分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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深海棲艦前衛空母部隊へ夜戦を仕掛けたパラオ泊地艦隊
残るヲ級へ追撃を行う南雲中将

空母対決へと繋がる一戦の結末は・・・




71 マーシャル諸島解放作戦 第二次海戦4 

その女性は、静かに夜明けを迎えていた。

瞑目し、腕をじっと組みながら、戦艦三笠の“露天艦橋”で朝日を浴びていた。

微動だにせず、流れる潮風が黒髪を揺らしていた。

 

“カン、カン・・・”誰かが、露天艦橋へ続くラッタルを登ってくる。

“あのラッタルを使うという事は副長か”

 

戦艦三笠の艦橋最上部にある露天艦橋

新造された戦艦三笠は、艦橋も一回り大型化された。

但し元の戦艦三笠の面影を十分残している。

ぱっと見た目 以前とほぼ変わらない様にみえるが、じつはかなり差があった。

しかし、そんな“新”戦艦三笠の中でも、ここ露天艦橋は、以前とほぼ同じ作りであった。

あかしはなんとご丁寧にあの“マントレット”も再現していた。

露天艦橋の壁面に隙間なく並べられたマントレット

はじめて見た者は、でっかい白い枕?と思ってしまうが、水兵が使うハンモックを芯にした弾避けの緩衝材である。

ちなみに“新”三笠のマントレットの中身は、ハンモックではなく、ちゃんとした防弾繊維が詰め込まれていた。

 

艦娘三笠は、静かに眼を開け、じっと前方の海域を睨んだ。

真っ白なマントレットが、目に眩しい

 

「天気晴朗なれど・・・」と声をだすと、後ろから

「本日は、ややうねりがありますが、波高しとは」

副長の声であった。

三笠は振り返ると、

「あの時は、波高しといっておったが、実際はかなり荒れておったからの」

副長は、

「それに比べれば、今日は穏やかです」

「副長、南雲達は出たか?」

「はい、先程暗号電文にて、前衛空母部隊の生き残りを追撃するとの事です」

「いずも殿からは?」

「こちらに」

副長は、レポートを三笠へ手渡した。

バインダーに挟まれたレポートを見る三笠

 

「ル級無印艦隊は動かなかったか」

残念そうな声を出す三笠

 

「もし、ヲ級に合流しておればの、いい標的になったのだが」

「はい、艦長。向こうもだいぶ警戒しているようです」

副長の返事に三笠は

「こちらの心理戦が効きだしたということかの」

三笠はそう言うと

「瑞鳳隊、そして自衛隊によるカ級狩りによる情報収集網の遮断。中間基地の破壊とトラック空爆阻止による戦力空白地帯の創出。ダメ押しとなるタロア島奇襲、これで敵の精神的圧迫は極限まで高くなった」

頷く副長

「敵にとって勝てる筈の戦いが、形骸化する」

「敵の司令官は、今頃混乱しているでしょうな」

副長の問に三笠は

「深海棲艦とはいえ、人と同じ意思をもつ。副長、人というのは、肉体的苦痛には耐える事ができても、精神的苦痛には意外と脆いものじゃ。精神的苦痛に耐えきれなくなった時、人は安易な道を選ぶ、そこに隙が生じてくるもの」

副長は

「厳しい一手を打たれたなら、更に厳しい手を返せですな」

三笠は笑いながら

「そういう事じゃよ」

急に表情を引きしめた三笠は

「ふん、儂らの差したこの一手。敵の司令官はどう返してくるかの」

 

副長は、頷き、

「艦長、そろそろお時間です」

三笠はそれを聞くと、

「操舵艦橋へ降りる」

といい、静かにラッタルへと向かった。

後に続く副長

 

操舵艦橋に入り、艦橋右にある黄色いカバーのかけられた艦長席に座る三笠

直ぐに自ら、ひじ掛けに設置されたモニターを起動し、画面を呼び出した。

 

分割された画面には、聯合艦隊司令長官の山本、その後ろには大和

パラオ泊地提督と瑞鳳

そして自衛隊艦隊司令といずも、そして鳳翔がうつし出されていた。

時計の針は、午前7時を回った頃である。

「済まぬの、少し待たせたかの」

三笠の問に山本は

「いや、待つという程じゃない。それに昨夜からの動きもあるしな」

 

三笠は、

「どうせお前の事じゃから、三和あたりと一局打っておったのだろう」

「そこはな」山本は言葉を濁した。

実際、いざ作戦が動きだせば指揮官はする事がない。

細かな事は、参謀が全て仕切る。

逆に言えば、指揮官があれこれを口を挟むようでは、物事は決まらない。

物事は、参謀が合議し、その合議された結果にたいし指揮官が可否を決断する。

扱う人数が100人程度ならワンマン社長でも、組織は回る

組織が小さいので、指揮官である社長の眼が全てに届く

しかし、それが千人を超えると話が違ってくる。

社長が全ての人員を把握する事は、ほぼ不可能になる。

さすれば、どうするか?

業務毎にグループを作り、リーダーを置き、そのリーダーにその業務に必要な権限を与え、管理させ、人員を動かしていく。

社長の役割は、各リーダーの選出と任命という事になる。

指揮官の職務は、優秀なリーダーを育て、その者に権利を与え、義務を順守させる事になるのである。

各リーダーは、与えた職責に対し、権利を行使し業務を遂行し組織に利益をもたらし、組織の秩序を維持する事が主な役割となる。

山本にとってそれは、宇垣以下の聯合艦隊司令部の各要員達であり、各員がそれぞれの職責をきちんと行えば、山本自身は、何もする事がない。

最後に決断するだけである。

 

山本は、話を切り出し

「さて、パラオ泊地提督。昨夜はご苦労であった。予想を上回る戦果のようだが」

「はい、長官。自衛隊の支援の元 敵ヲ級1隻を撃破できました。これは事前に伊号潜水艦部隊の攻撃があってのこと。ヲ級撃破の戦果は伊号部隊へ」

「ほう、いいのか?」

山本の問にパラオ泊地提督は

「はい。由良とも今朝話したのですが、14cm単装砲の一斉射にしては、あまりに敵の損害が大きすぎるので、ヲ級自体に何らかの損傷があって、由良の攻撃はそれを助長したのではないかとの意見でした」

「山本長官。その件について、意見を述べてよろしいでしょうか?」

声の主は鳳翔であった。

「鳳翔、構わんが」

「ありがとうございます。無人偵察機が撮影した由良さんの試作砲弾が弾着した瞬間の映像を見ましたが、砲弾は昇降口から格納庫内へ飛び込んでいます。これは推測ですが、イクちゃんの雷撃によりヲ級の格納庫内で艦載機の燃料が漏れ、気化していたとこに砲弾が炸裂し、爆発炎上したと考えられます」

横からいずもが付け加えた

「自衛隊の分析でもほぼ同じ答えです。空母特有の損害の出方であるとの事です」

山本は渋い顔で、

「まあ、空母はいわば動くガソリンタンクだ。マッチ一本で大惨事だ」

以前 赤城に艦長補佐として勤務した時代を思い出した。

 

「残りのヲ級は 南雲達が片づけるか」

三笠の問に、山本は

「だいぶ山口はやる気のようだ」

「今から、気負い過ぎるのも問題じゃが」

「三笠。まあ、そこは飛龍がついている。上手くやる」

三笠は

「さて、これで敵の前衛空母部隊はほぼ殲滅できるとして、近くにいるル級無印艦隊じゃが」

「ああ、警戒しているな。動かなかった」

山本も慎重に答えた。

 

「パラオが転進するには、路銀が心細いかの?」

三笠の問にパラオ泊地提督は、

「申し訳ございません。由良、陽炎、長波ともに昨夜の戦闘で、損傷があり、特に陽炎は第三砲塔付近に被弾し、小破です。戦闘はできますが、態勢が整うまで暫しこの辺りで待機したいと思います」

山本は

「南雲達に叩かせるのが安全策だが」

「よろしいでしょうか?」

自衛隊司令が口を開いた

頷く山本

「本日午後にも敵の空母機動部隊本隊の索敵範囲内に南雲機動部隊が入ります。敵空母機動部隊の誘因の為 電波妨害を攻撃終了後に停止します。南雲中将には敵空母機動部隊への対応を専念させるべきとおもいます」

「となると、ル級無印艦隊がどう動くかだな」

山本は、じっと考えたが、三笠が急に

「イソロク、簡単じゃよ。餌を目の前にぶら下げればよい」

 

“やはりそう来るか”

山本は諦め顔で、

「仕掛けるか?」

すると三笠は、

「儂が神通達を率いて、一戦仕掛ける。儂が出てきた事を知れば敵も浮足立つであろう」

山本は後に控えていた宇垣へ

「どう思う?」

「まあ、此方の本命は、敵のル級flagship艦隊ですので、その線でいいかと」

宇垣も諦め顔で答えた。

山本は

「しかし、神通達だけでは戦力的に少し不安があるのではないか?」

「イソロク、心配せずともよい。あくまで威力偵察といった所じゃ 儂とてル級相手に殴り合いは御免じゃからの」

と三笠は言葉ではいってみたが本人の眼はそうは言っていなかった。

山本はそっと宇垣へ

「ありゃ、神通達とル級を取り囲んで魚雷をぶち込む気、満々だな」

「ですな」

宇垣も同意した。

三笠は、

「話は戻るが、由良の試作砲弾の効果。予想以上であるな」

パラオ泊地提督は

「水観との運用で、ほぼ全弾命中。試作とはいえ現状のままでも十分実戦に耐えると進言します」

しかし、自衛隊司令は

「そこはまだ判断しかねる部分ではあります」

「どういう事かな、自衛隊司令」

「はい、山本長官。今回軽巡由良へ搭載した誘導弾ですが、水観との共同運用が前提であります。艦載機を持たない場合、また艦載機を運用できない状況では効果がありません。あくまで目標を別に指示する装置なりが必要になります」

「成程」

頷く山本

 

自衛隊司令は

「山本長官。今回はあくまでコンセプトモデル。いわゆる概念の確認というべきもので、誘導兵器の実用性を確かめたにすぎません」

「まあ、今回の結果を見れば、誘導兵器の有効性について軍でも検討せざるを得ない」

いずもも、

「今後10年で、電子機器は急速な発達を見せ、戦場の構図は大きく塗り変わる事になります」

「艦砲が、対艦噴進弾に変わるということじゃな」

「はい、三笠様」

いずもは、続けて

「ただ、逆に言えばそうなるまで10年近い歳月がかかります。それまで現行の兵器を如何に有効に使うかという事も問題になります」

 

「まあ、組織もそうだが、兵器も用兵もそう急には変える事は出来んからな。特に今日本は貧乏だ。これ以上 あれやこれやと作っていたらあっという間に破産だよ」

山本はしみじみと答えた。

実際、日本は破産寸前であった。

米国とのいざこざによる経済封鎖により外資は逃げ、海外での資産調達も限界に達しようとしていた。

国内は、国債を発行する事でなんとか持ちこたえていたものの、景気はどん底。

国民生活に暗い影を落としていた。

唯一明るい話題といえば、対米開戦が棚上げされ、南方方面から資源輸送路が辛うじて第三国経由で続いている事であった。

そんな暗い世相に、一部のメディアや活動家は、“戦争をすれば特需が生まれ、資源も確保できる”と国民を説いて回った。

連日連夜、町の講堂で、国民大会と銘打ってその方面の弁士が熱弁を振るっていた。

確かに一理ある。

戦争は経済活動でもある。

大量の武器、弾薬そして人員を動かせば金も動く。

ただ、通常の経済活動と違い、戦争は消費行動のみである。

生産活動を伴わない。

勝てば、領土や賠償金が入ってくるが、かかった経費に比べると、そろばんが合わない事が多い。

日露戦争が良い例である。

なんにせよ、戦争とは“非生産的な行動”である事には変わりない

 

山本は、

「まっ、なんだな。作戦行動中にこうやって各指揮官と軍議が行えるというのは、ある意味便利なものだ」

「確かにそれは言えます」パラオ泊地提督も同意した。

山本は

「それに引きかえ、今頃向こうは情報が入らず、混乱しているころか」

自衛隊司令が、

「こちらで傍受した敵艦隊の無線によれば、しきりに友軍艦隊を呼び出しています。最初の頃は暗号電文でしたが、余程焦っているのか平文での呼び出しも頻発しています」

山本は笑みを浮かべ

「孤立した時、敵の将は何を思うか、闇雲に進むかそれとも立ち止まって己を振り返るか。そこが潮目とみるがな」

「進むしかないと思います」

いずもが静かに答えた

「この時代の深海棲艦の“辞書”には撤退という文字はありません。勝つことが全てと言われていました」

いずもの声は重かった

「うむ」

山本や三笠は深く頷いた

 

“いずも殿としては、辛い所であるな”

 

三笠は内心、そう思った

 

山本は、

「そろそろ 南雲達の部隊が敵の前衛空母部隊の残存部隊へ着く頃だな」

すると、山本の後に控えた大和が

「あの、前衛空母部隊の生き残りのヲ級はかなり損傷しているとの情報ですが、すこし大袈裟ではないでしょうか。このまま・・・」と言いかけた時、山本は厳しく

「それは出来ん相談だ、空母を取り逃がせばそれは後々、脅威となる。もしミッドウェイに回航され修理されれば元も子もない。大和、ここは手を抜くわけにはいかん」

 

宇垣も大和の肩を叩き、

「ここは戦場だ、情けは後々響く。それにもし俺達があのヲ級を見逃して 大本営に中破と報告しても、大本営発表では撃沈とされ誇大な戦果として国民に公開される。そうなれば軍部は勝ったと思い間違った判断をしかねん。結局回り回って 最後に復活して来たあのヲ級の被害を受けるのはお前かもしれんぞ」

山本は、表情厳しく

「この海域にいる空母は全て潰す。そうしなければ此方は建造力の差で、何時か奴らに制空権を奪われる。そうなればもう太平洋の安定は見込めない」

厳しい山本の声に、大和も頷いた。

 

「頼むぞ 南雲」

山本の思いは遠く空を進む攻撃隊へと注がれた。

 

利根4号機の位置報告を頼りに、進空する赤城、飛龍の攻撃隊

先頭を行くのは赤城の九七式艦攻隊長機。

周囲に11機の艦攻が散らばる。

その左後方には 飛龍の九九艦爆隊が12機。編隊を保っていた。

そして上空前方には、赤城の零戦護衛部隊が、散開して周囲を警戒しながら飛んでいた。

「利根機からの報告は、続いているか!」

艦攻隊を率いる1番機を操る隊長妖精の声に、

中席の航法士妖精が

「はい、つい先ほど最新の位置情報を受信しました! 方位はこのままでお願いします! およそ10分で目視圏内です!」

「おう、後席! 対空警戒いいか!!!」

「はい、隊長! 機銃も準備できてます!!」

後席の機銃員妖精が7.7mm機銃を構えた。

 

周囲を見回せば 各機とも突入の準備を整えていた。

機銃員は身を乗り出して周囲を警戒し、各操縦士達も索敵に余念がなかった。

「隊長! 飛龍さんの話だと敵の無線は妨害されているっていってましたけど。本当ですかね」

「そうらしい。例のパラオの特務艦隊の支援だということだがな、詳細は解らん!」

機銃員は続けて、

「山口司令は、敵の生き残りの空母は損傷していて甲板が使えないっていってましたけど」

「だと有難いが、油断するな! 飛龍さんも言っていたが敵の本隊も近い。新型機がいるそうだ」

「あの写真で見たヘンテコな形の機体ですね!!」

機銃員の問に

「ああ。武装も結構強力だ、今までのようにはいかんらしい」

艦攻隊隊長は答えた。

そう答えながら、出撃前の事を思い出した

出撃前に、艦攻隊、艦攻隊の隊長は、飛龍の艦橋へ呼び出され、山口から直接

「これは、秘匿だが今回の作戦は全てパラオにいる特務艦隊が支援している。もし攻撃目標を見失った場合は、その特務艦隊の支援機から直接無線で、敵艦隊の位置が通報される。その場合は、その指示に従え」

艦攻隊の隊長はその時

「パラオの特務艦隊。例のお召し艦隊ですか!」

山口は、

「そうだ! その行動は極秘だがその能力は、長官と三笠様が保証されている」

そう言うと、

「あくまで、此方に不利な状況ができるまで彼らは動かん。そこを理解しろ」

そう言われた。

 

艦攻隊の隊長妖精は、ふと前方で警戒飛行にあたる同僚の赤城戦闘機中隊の中隊長機を見上げた。

赤城艦攻隊の隊長は、以前山本長官と三笠様を護衛して、パラオまでいった戦闘機中隊の隊長の話を思い出した。

「パラオに物凄い艦隊がいる! 艦載機はなんと噴式機だ!! 見たこともない兵器でどら猫たちをけちらした!!」

長官護衛の任務から帰った赤城零戦隊の面々は興奮気味に他の飛行士達へ話した。

最初は、眉唾ものだなと思っていたが、ただその話は、後日緘口令がひかれ、表だって語られる事はなかったが、その後のパラオ泊地艦隊の活躍を見れば だれも疑う者はいなかった。

その後、内々に“パラオ特務艦隊は、陛下の勅命により陛下の直轄部隊となった”と聞かされた。

そして、パラオ特務艦隊を表す隠語として“パラオのお召し艦隊”と言われはじめていた。

 

赤城艦攻隊の隊長は、一言

「できれば 俺達もその御利益に預かりたいものだ」

 

その頃、悪夢の夜を生き残ったヲ級406号艦とイ級駆逐艦3隻は、未だ夜襲を受けた海域から抜け出せないままであった。

理由はいくつかある。

まず沈没艦の乗員の収容

たった一晩の夜戦で、ヲ級空母1隻、ホ級軽巡2隻、そしてイ級駆逐艦3隻が撃沈され、または大破状態に追い込まれた。

周辺海域には、多くの遭難者が漂う状況である。

生き残った3隻のイ級駆逐艦は、多くの負傷者を救助すべく全力で活動していた。

カッターボートに乗れる者はまだ幸運であった。

殆どの者は、浮遊するがれきにしがみつき、既に数時間この海原を漂っている。

残存艦の最高位であるヲ級406号艦の艦長は、救助活動の指揮をイ級の古参の艦へ委任した。

今、ヲ406号艦はそうせざる得ない状況であった。

昨晩の日本海軍の夜襲により、指揮官である405号艦を失ったばかりか、自身の艦も敵艦隊の集中砲撃を受け、左舷を中心に激しい砲撃を受けた。

特に機関部と甲板の損傷は激しく、機関部についてターボ・エレクトリック方式を採用していたが、その要である発電機が複数損傷していた。

おまけに、損傷し、浸水多数で喫水線を下げ、いまや辛うじて10ノットをだせるかどうかであった。

それと同時に、ヲ級406号艦の艦長を悩ませたのは、電波妨害であった。

友軍艦隊と一切交信できない、近くにいる艦は発光信号と手旗信号でなんとか意思疎通ができたが、肝心の第一艦隊のル級flagshipと連絡が取れない。

ヲ級406号艦の艦長が焦った。

「事実上、これ以上この海域に留まる事ができない以上、退避するしかない。しかし、勝手に“撤退”すれば、後々ミッドウェイの姫に叱責される。なんとしてもル級flagshipの言質をとる必要が・・・」

確かに彼女はヲ406号艦の艦長としては優秀であったが、指揮官の器ではなかった。

撤退の“決断”が出来ないのである。

艦橋で、右往左往するヲ級406号艦の艦長

刻々とその時間は迫りつつあった。

 

 

「航法士! 現在位置は間違いないな!!」

「はい、先程も天測しました! 電文送信も問題ありません!!」

利根4号機は、今も敵艦隊を捉え続けていた

「機長! 敵! 撃ってきませんね!」

最後部の機銃員の問に、機長は

「俺達に構っている程、余裕がないのかもしれん! どちらにしてもこのまま付かず離れずを保つ」

高度3000m前後を雲間に隠れながら、敵前衛空母部隊の周囲20kmほどの距離を周回飛行しながら、零式三座水偵利根4号機は監視を続けた。

「機長、見つかっているとおもいますか?」

中席の航法士妖精が聞くと、

「見る所、敵は救助活動で手一杯のようだ。イ級の5インチ砲じゃここまで届かん。向こうの指揮官は、苦虫を嚙み潰したような顔をしてるだろうな」

「だといいですけど」

航法士はそう答えながら、現在地を再び電文にして、機上電鍵をたたき始めた。

 

 

「飛行甲板の修理はできんのか!!!」

ヲ級406号艦の艦長は、艦橋で周囲の幹部へ怒鳴り散らしていた。

「現状では、無理です。工作艦を呼ぶか、いっそミッドウェイへ帰還するかしないと、とても発艦可能状態にはなりません」

甲板長の切実な返事が返ってきた。

渋い表情で、飛行甲板を見る艦長

そこは、月面かと思えるほど、あちこちで甲板がめくれ上がり、大小様々な穴があいていた。

露天駐機していたワイルドキャット戦闘機は、主翼が吹き飛び、擱座した機体や、胴体がへし折れ、ひっくり返った機体が散乱していた。

それら破損機の撤去もできないほど飛行甲板は荒れ果てていた。

艦も左舷を中心に被弾し、直撃弾を受けた破孔から浸水、傾斜していた。

傾斜を押さえる為、バラストタンクに注水して、水平を保ったが、喫水線が下がり、速力が出ない。

おまけに、機関室にも被害が出て、推進用発電機が損傷していた。

 

「第一艦隊との連絡はまだとれないのか!」

通信参謀が前に出て

「昨晩から断続的に、強力な電波妨害を受けています! ほぼ全域の周波数が使えない状況です!」

「クソ!」

ヲ級艦長は、この日何度目かの悪態をついた。

“この状況をどうすればいいのか!!!”

決断を迫られていた、もう一刻の猶予もない、退くか、それとも・・・・

本来艦隊の指揮を司るヲ405号艦はまっさきに撃沈された。

混乱するなか、次々と友軍艦は撃破され、今の残っているのは本艦とイ級が三隻!

そのイ級は負傷者救助で手一杯。

本艦も飛行甲板を始め損傷激しく、とても戦闘などできない。

事実上 前衛空母部隊は形骸化した。

 

“どうする! ル級艦隊司令の許可なく撤退すれば、任務放棄とみなされミッドウェイで処罰がまっている、かと言ってこのままここに留まっていては、奴らの餌食だ!!”

そう思い、艦橋のから上空を見上げた

そこには、小さな点が、雲間に隠れながら動いていた

「日本軍の偵察機め! 完全に位置を発見されたな」

ヲ級艦長がそういうと、副長以下動揺を隠せない

それもそうだ、いま空襲なり、艦砲砲撃なりを受けてもこちらには、全く反撃できない

今できることは、一刻も早くこの場を去ることだ。

しかし、ル級司令と通信ができない。

ヲ級艦長は、ジレンマに陥った。

決断できない指揮官の末路は・・・

 

「前方1時! 機影ヒト!!!」

赤城艦攻隊の隊長は、中席の航法士の声に、指示された方向を見た。

「おっ! 利根の零式水偵か!」

「間違いありません! バンクしています!」

機銃員も答えた

「敵は近いぞ!!!」

 

その時

「正面!!! 艦影!!!」

後席の機銃員が叫んだ。

雲間に隠れながら、4隻の艦影がはっきりと見える。

「見つけた!!!」

 

他の艦攻、艦爆も次々と敵艦隊を目視し、主翼を揺らして“確認”の合図を送ってきた。

「ざっと見、距離は2万か」

艦攻隊の隊長はそう言うと、中席の航法士へ

「艦攻隊各機! 高度を落とす」

「はい!」

航法士妖精は返事をすると、信号銃を取り出し、白弾を一発上空へ打ち上げた

それを見た九七艦攻各機は、小隊毎に編隊を組みかえ、高度を落とし始めた。

それと同時に、飛龍の九九艦爆隊は旋回しながら高度を上げ始めた

敵艦隊を取りまくように旋回降下する九七艦攻隊

艦攻隊隊長は、降下しながら、ふと発艦前に飛龍艦上で受けた話を思い出した。

「今回は、遠距離低空侵入は行わず、今まで通りの攻撃法をとってください」

艦娘飛龍は、整列した赤城艦攻隊、そして飛龍艦爆隊の面々にそう伝えた

「えっ」

驚く飛行士妖精達

赤城艦攻隊の隊長妖精は

「飛龍艦長! それでは敵の電探に捕捉されるおそれがあります。聞けば敵の電探は探知距離100km以上だとか。躱す為にはその手前で低高度に降りる必要があると聞きました」

飛龍は、

「それは間違いありません。しかし今回は、パラオ特務艦隊の支援の元、電波妨害に成功しています。現在敵の電探、通信は無力化されています」

「おおお」

一斉に驚く飛行士妖精達

飛龍の横に立つ山口が口を開いた。

「諸君らが、日頃から低高度侵入攻撃法を特訓し、実用段階に入った事は俺も知っている。しかし、今回の攻撃ではそれは封印してくれ」

「何故です! せっかく実戦で試す機会ですが」

艦攻隊の隊長はそういうと、

「今は此方の手の内を見せたくない」

山口はキッパリと答えた

「敵の電探をかいくぐる方法は、ある意味“必殺技”だ。今回のヲ級如きで使うには勿体ない。もっとでかい獲物までとっておけ」

「山口司令。でかい獲物ですか、例えばヲ級flagshipとか」

飛行士妖精が聞くと、山口は笑みを浮かべ

「それ位じゃないと割があわん」

飛龍が前に出て、

「今回の攻撃目標は、既に飛行甲板が損傷し、いわば標的艦状態です。確実に仕留めてください」

そう言われて 飛龍を飛び立った。

艦攻隊の隊長は降下しながら、前方の目標艦を睨んだ。

「やはり、艦載機の直掩はなしか」

そこには、船体をやや傾斜させたヲ級空母とその周りで、うろつくイ級駆逐艦三隻の姿があった。

敵艦隊の周囲を旋回し、態勢を整える。

「よし、頃合か」

艦攻隊の隊長は、編隊分離のハンドサインを送った

ヲ級に対し別々の方向から雷撃を加える為、各4機編成の小隊が、三方向に分離してゆく

隊長は第一小隊を引き連れ、ヲ級右舷方向へと回り込み始めた。

此方に動きに気づいたイ級がヲ級の楯になるべく動き始めた

 

イ級三隻から各方向に、防御用の弾幕形成が始まった。

「隙だらけだな!」

頭上で炸裂する五インチ砲弾を見ながら艦攻隊の隊長は唸った。

「向こうは統制がとれていない!」

しきりにイ級達は砲撃を繰り返し始めたが、砲撃諸元が合っていない。

遥か後方で、砲弾が炸裂していた。

「例の電波信管じゃなく、時限信管か」

周囲を見回し、他の小隊が分散し旋回点に近づいた事を確かめ艦攻隊の隊長は、一気に機首をヲ級へと振り向けた。

「勝負はここら!!」

ぐっと気合を込めた

 

低空に舞い降りた艦攻隊の周囲に、敵イ級の砲撃が降り注ぎ始めた頃、上空で旋回飛行をしていた赤城零戦隊12機は一斉にイ級駆逐艦へ向け、急降下を開始した。

「艦攻隊に血路を開く!!」

赤城零戦隊の中隊長は、僚機を率いて、一気に砲火を開くイ級へ向け急降下を開始した

“ブオオオオーーーーー”

独特の羽音を響かせ唸る三枚可変ピッチプロペラ

零戦に搭載された栄エンジンを最大限に生かす最高のプロペラである。

 

零戦隊中隊長は、左手に握る発射把柄の機銃選択ボタンを7.7mm機銃へと合わせた。

左右には、僚機が並び降下してきた。

自分達の機体に気が付いたイ級の対空機関砲が、此方に向け銃撃を開始してきたが、照準が間に合わないのか、それとも射撃統制がとれていないのか各砲座ともバラバラの方向へと機銃掃射を行ってきた。

「甘い!!!」

周囲で、機銃の曳光弾が過ぎるのをみながら、零戦隊中隊長は唸ると、照準器にヲ級を庇うように進むイ級の甲板を捉えた。

此方へ向け対空機銃を向けてくる敵の水兵妖精に混ざって、多くの水兵妖精が甲板上に連なっていた。

「済まん、悪く思わんでくれ」

零戦隊中隊長は、そう心に呟くと、照準器一杯に映ったイ級の甲板へ向け発射把柄の発射レバーを握った

“ガリガリ・・・”

独特の発射音を響かせながら、機首に装備された7.7mm機銃が唸った

中隊長機の発砲を合図に赤城零戦隊は、一斉にイ級へ機銃掃射を開始した。

応戦するイ級駆逐艦

弾着したイ級の甲板に火花が飛び散り、同時に撃たれた敵兵達が倒れ、鮮血が飛び散った。

阿鼻叫喚の中、混乱するイ級の甲板上

短い機銃掃射を終えた零戦隊中隊長は、再び機体を上昇させ再度機銃掃射を行う為、反転進路へと入った。

零戦隊中隊長の眼下に、ヲ級へ向け雷撃進路をとる赤城艦攻隊の九七艦攻が映った。

「艦攻隊には、手出しさせんぞ!」

零戦隊は再びイ級へ向け機銃掃射を開始した。

 

 

「敵機、左舷低空! 数4」

ヲ級艦橋横の見張り所から大声で報告が上がった

「対空機銃! 対応急げ」

左舷キャットウォークに設置された40mm機関砲や20mm機銃が、射撃を開始したが、低空を侵入する敵編隊を中々捉える事ができない。

「いかん、このままでは敵の射線にはいる!」

ヲ級406号艦艦長は、焦りを見せた

こちらへ向け真っ直ぐ突っ込んでくる日本海軍の艦攻4機

熾烈な対空砲火が、低空を進んでくる日本海軍の艦攻へ浴びせらせた。

 

「くっ」

炸裂する対空砲火

揺れる九七艦攻

周囲で炸裂する対空砲弾。

此方へ向け、赤い閃光を走らせてくる機銃弾

「毎度の事ながら、奴らの40mmはキツイ」

米海軍とほぼ同等の対空防御力を誇る深海棲艦

装備も充実している。

空母とはいえ、長距離には5インチ砲

中間距離にはボフォースの40mm砲

そして、近距離にはエリコン20mm機銃と三段構えである。

とくに厄介なのがボフォースの40mm砲

クリップ給弾で切れ目ない射撃が可能であった。

ただ、エリコン20mmに比べ重量があり動きが鈍い欠点もある。

 

赤城艦攻隊の隊長は、そのボフォースの40mm砲の砲火を躱す為、方向舵を使い機体を横滑りさせなら、小刻みに進路を変えた。

「あと1000!」

目前まで迫ったヲ級を睨む

「4番 被弾!」

後席機銃員が叫んだ。

一瞬振り返ると、最後尾に付ける4番機が黒煙引いていた。

“カン、カン”

「くっ、20mmか!」

自分の機体にも複数の銃撃を浴び始めた。

「まだまだ!!」

隊長妖精は、ぐっと操縦桿を握り直した。

「艦攻乗りは、度胸が命!」

機体をかすめる銃弾にも構わずヲ級の左舷を目指す

脳裏に、敵艦の未来位置を描き、距離を目算し、投下位置を感ピューターが即座に割り出す。

「投下よ〜い!!」

隊長の声に、中席の航法士が

投下索を握り大声で返事をした

「用意よし!!」

「後続、ようい良し!」

後続機が小刻みに主翼を振り、準備完了の合図を機銃員が確認し、報告してきた。

“もう少し! 慌てるな!”

 

隊長は脳裏で

“このヲ級 手練れだ! 此方の動きを見てやがる! 普通ここまで近づけば、右なり、左なりに回避する。しかし、こいつ、こっちの投弾を見切るつりか!”

そう思うと

「ふん、それが命取りになる」

 

次の瞬間 艦攻隊長は、意を決し、

「てっ!!!!」

 

「てっぃ!!!」

中席の航法士が、投下索を引く

胴体下に装備された航空魚雷が、空中へと解き放たれ、鋭い角度で海面へと突き刺さる

後続の3機も隊長機にならい、一斉に投下した。

「よし! 奴の舳先をかすめてとんずらするぞ!4番は!!」

「はい、黒煙消えました! ついて来ています!!」

後席の機銃員は、7.7mm機銃を構えながら答えた

 

これから1分

地獄の時間だ!

敵艦との距離が一番近くなる。

舷側に装備された敵の20mm機銃の集中砲火をかいくぐらなければならない。

「耐えろ!!」

艦攻隊の隊長は、大声で叫んだ。

 

 

「左舷 雷撃機! 投弾!!」

対空機銃の発射音が響くヲ級艦橋に、見張り員の声が負けじと響く

ヲ級艦長は、敵の雷撃隊の進路を慎重に見切っていた。

「躱せる。左回頭! Port!!」

ヲ級艦長の号令と同時に、操舵員が舵を切った。

しかし、動きが鈍い

「くっ、やはり昨夜の砲撃で思うように動かん!」

ヲ級艦長は、焦った。

パラオ隊の夜襲により、艦は損傷し傾斜。

水平を保つ為、バラストタンクへ注水したのがあだとなり、喫水線を下げている。

その為動きが、いつもより鈍かった

おまけに推進用モーターにも一部故障があり、推力が十分発揮できていなかった。

のろのろと回頭するヲ級。

 

その時 目の前を敵の艦攻隊が過ぎ去っていった

「くそ 日本軍め!」

忌々しく機体を睨むヲ級艦長

突然、艦橋の窓ガラスが次々と割れた。

“ごわ!!”

何かが艦橋内で弾き飛んだ。

身を屈め頭を押さえる艦橋要員達

「日本軍の機銃掃射です!!」

誰かの叫び声が艦橋に響く

みれば、今艦首方向を飛び抜けた艦攻の後部座席から機銃が此方へ向け撃たれていた。

赤い閃光がはっきりと見える。

“カン、カン・・・・”

艦橋内部に火花が散る。

飛び抜けた日本軍機を見ながら、艦橋要員達の怒号が飛ぶ

「忌々しい奴らめ、くそったれ!!!」

だが、ヲ級艦長達に次々と試練が訪れる。

「右舷! 敵の艦攻4機! 続いて後方から同じく4機!!」

見張り員の悲痛な声が届いた

「なっ!」

皆で慌てて右舷をみると、対空砲火をかいくぐり4機の日本海軍の艦攻が接近していた。

「動けん!」

最初の艦攻の攻撃を躱す為 左に回頭し反航進路を取ったが、敵にそれを悟られ、敵にとって絶好の射線上に自らの艦を陥れてしまった。

「落とせ! このままだと!!!」

ヲ級艦長の悲痛な声は、猛烈に火を噴く対空砲火の爆音にかき消された。

低空、果敢に猛進してくる日本海軍の艦攻隊

 

突然、突っ込んでくる艦攻隊の先頭の機体が空中で爆散した!

「よし! 1機撃墜だ! そのまま近づけさせるな!」

熾烈さを増すヲ級の対空砲火

イ級達も周囲を飛ぶ零戦へ向け果敢に対空砲火を浴びせる

「何とかもちこたえ・・・」

ヲ級艦長の声が出きる前に、傷つきながらも猛進してきた3機の九七艦攻は次々と魚雷を投弾していった。

 

ほぼ同時に右後方からも別の艦攻隊四機が突進してくる。

見れば一機、黒煙を引いていた。

「くっ!」

こうなるとどちらに艦首を振っても、躱せない

「最初の攻撃は囮か!」

ヲ級艦長は、表情を強張らせた

対応する対空砲火

黒煙を引いていた一機が、ついに力尽き海面へと呑み込まれた。

しかし残りの三機は、対空砲火をかいくぐり、次々と魚雷を投下してゆく。

右舷方向から六本の魚雷に狙われたヲ級

「右だ! 右へ回頭しろ!!!」

ヲ級艦長は苦し紛れに叫んだ

操舵員妖精が急ぎ舵輪を回すが、艦の動きは鈍い

その間にも、日本軍の艦攻隊はバラバラの方向へ飛び去っていく。

ジワリと舳先が動き出した瞬間

 

“ダッン―――”

凄まじい衝撃がヲ級空母を襲った

「右舷、艦首に被弾!」

艦橋横の見張り員が叫ぶのと同時に、艦首に特大の水柱が上がった

衝撃で、キャトウォーク上の水兵妖精が数人弾き飛ばされ、海面へと落下するのが見えたが、今助けるすべはない。

 

“ダッン―――”

再び、激しい衝撃がヲ級を揺らした。

「艦尾か!!」

ヲ級艦長は、身を乗り出し艦尾方向を見た。

そこには、大きな水柱が立ちあがっていた。

 

「ダメコン! 負傷者救助急げ! 火災は!!」

ヲ級の声に各担当が一斉に動き出す!

混乱する艦内

その時!

「直上!! 急降下!!」

艦橋横の見張り所へ飛び出て、頭上を見上げるヲ級艦長達

そこには、雲間を抜け、まっすぐ此方へ急降下してくる日本海軍の艦爆隊があった

「まずい!!」

ヲ級艦長が声にだした瞬間、最初の一機が爆弾を投下した。

落下してくる爆弾を目視するヲ級達

 

“一瞬 時が止まった”

 

そうヲ級達は感じた。

しかし、無常にもその爆弾は、真っ直ぐにヲ級の艦橋横の飛行甲板に吸い込まれてゆく。

“どっーーーん”

凄まじい衝撃と炎が、爆弾が吸い込まれた辺りから舞い上がった。

「おわ!!」

一瞬、身を屈める艦橋要員達

 

ヲ級は恐る恐る、一瞬閉じた眼を開けた

そこには、甲板上に開いた大穴から、真っ黒な黒煙と、赤い炎が勢いよく舞い上がっている。

ヲ級艦長以下、艦橋要員達が指示を出そうとしたが、彼らの意識もそこまでであった。

九九艦爆隊の投下した航空爆弾の一発が、艦橋を直撃

操舵室を完全に吹き飛ばしていった。

その瞬間 ヲ級空母は完全な鉄の箱舟へと変わり果ててしまった。

 

「くっ、空母部隊が攻撃されている!」

深海棲艦前衛空母部隊の北20kmほどの距離を航行していた同第三艦隊の旗艦ル級無印の艦橋で同艦隊司令のル級無印は唸った。

「対空戦闘! 準備急げ!!!」

艦橋内部に号令が飛び交う

「船速あげますか!」

副長の問にル級第三艦隊司令は、

「今から行っても間に合わん! それより此方の防御を急がせろ!」

副長の横に立つに立つ砲術長が、

「対空戦闘準備完了です、僚艦も全艦準備でております」

ル級無印は、遥か先で黒煙を上げるヲ級空母艦隊の残存部隊を双眼鏡で見ながら

「奴らは此方も発見している筈だ! 来たら返り討ちにしてやる」

その眼中には、黒煙に群がるゴマ粒のような日本軍を捉えていた。

 

友軍艦のいた方向を凝視しるル級無印達

次第に立ち昇る黒煙の量が増えた。

 

「かなりの被害が出ているようです。合流を急ぎましょう」

副長の進言に、ル級無印は、やや渋い顔をし

「防空輪形のまま、第三戦速まであげろ。対空戦の準備を怠るな」

「はっ!」

直ぐに副長が、艦隊増速を指示した。

ル級無印は時計を見た

「8時を回ったか」

その時、見張り員が

「敵機、編隊を組み撤退します!!」

「なに!」

一斉に黒煙上がる南の方角を見た。

そこには、無数のゴマ粒のような日本軍機が集結し、編隊を組み、東の方向へと機首を向け、撤退を開始していた。

「逃走方向を確認しろ! 方位盤測定を急げ!!!」

ル級の艦橋に指示が飛ぶ

「これで敵の空母の位置が特定できる」

ル級無印は唸った、そして

「通信参謀、まだ通信は回復しなのか!!」

「はい、第一、第二艦隊、ヲ級空母部隊とも応答ありません。酷い通信妨害が続いています」

「うーーー」

深く考え込むル級無印

「司令?」

副長が覗き込むと

「おかしい。近くに敵艦艇がいないのにも関わらず、こうも長く通信妨害がおこるなど考えられん」

すると通信参謀は

「可能性あるとすると、自然現象かもしれません」

「自然現象?」

ル級無印が聞くと、通信参謀は

「詳しい理屈はまだ解明されていませんが、自然現象の一つに大規模な通信障害が起こる事があるというのは、この通信の世界では良く聞く話です。不規則に起こるので、予測できないのが現状です」

「では、その自然現象が今回の通信障害だというのか?」

「確信はありませんが」

通信参謀の答えに、副長が、

「それにしては、日本軍にとって都合のいい自然現象じゃないか。そう考えると人為的な物とみるのが、自然です」

「副長のいう通りだ」

ル級無印はそう返すと、

「まずは、前衛空母部隊の残存部隊へ接近し、状況を確かめる。敵航空機の逃走方向を確かめ、敵の予想位置をわりだせ! 可能なら水上機を前衛偵察に」

直ぐに動き出す副長達

ル級無印は、

「敵の本隊は近い」

そう唸った。

 

空母赤城の艦橋では、次々と入電する攻撃隊からの情報に湧いていた。

第一航空艦隊の参謀長である草鹿参謀長は

「今まで情報をまとめるぞ。残存していた敵ヲ級は撃破、ほぼ大破という事で間違いないな」

「はい、艦攻隊、艦爆隊の戦果報告、並びに利根4号機の報告では大破、撃沈です」

通信参謀が、

「現場に最後まで残った利根4号機からの報告では、“敵ヲ級左舷傾斜後、爆発を繰り返し横転”との事です」

南雲は、短く

「腹を見せたのだな」

「はい、報告ではその様です」

通信参謀が答えた。

笑顔がこぼれる、参謀達とは対照的に、表情の厳しい南雲は

「こちらの損害は?」

草鹿参謀長は、やや声のトーンを下げ

「判明しているだけで、艦攻隊がフタ、艦爆がヒト、零戦隊は損害ありませんが、各隊に損害機多数との事です」

南雲は指揮席から立ちあがると、

「赤城、帰投部隊の誘導は?」

「はい、既にクルシー誘導波を発信しております」

赤城は、

「もし、大きく帰路が外れた場合は、いずもさんの警戒機が警告してくれる手筈です」

南雲は、静かに

「うむ。二航戦の山口に攻撃隊の収容を急がせろ。今日の午後にも敵の空母機動部隊の索敵圏内にはいる」

「はい」

幹部が一斉に返事をし、各々の部署へ指示を始めた。

南雲は、静かに歩き艦橋横の見張り所へ出た。

既に飛行甲板では、帰還する零戦隊の収容準備に入っていた

飛行甲板上をせわしなく動き回る水兵妖精達

南雲は、その作業を見ながら、横に立つ赤城へ

「やはり、手負いとは言え正規空母相手に無傷とはいかなかったか」

「司令」

そっと赤城が声を掛けた。

南雲は静かに、前方の海域を見ながら

「済まぬ。お前達の犠牲、必ず日本の未来に繋がると信じている」

じっと空を見上げる南雲

その空は、いつも変わりなく青く澄み渡っていた。

 

 

赤城防空戦へと続く・・・

 

 

 





こんにちはスカルルーキーです
第71話をお送りいたします。

毎回 多くの方にご感想や、誤字報告などを頂き感謝いたします。
また、投稿が遅れました事を深くお詫び申し上げます。

本来ならもう少し早く投稿できると思っていましたが、なかなか時間が取れず、またお話の区切りが悪く、ダラダラと延びて申し訳ありませんでした。
実は、本来なら赤城の防空戦まで投稿する予定でしたが、文書量がこの倍近くあり追いつかない状態でして、今回はここまでとさせて頂きました


さて 世の中「コロナウイルスの話題」で一杯ですね。
まあ、思う所もありますが、これを一つの経験として次回に活かしてもらいたいものです。

次回 赤城防空戦です

では

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