分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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70 マーシャル諸島解放作戦 第二次海戦3 発艦せよ!

敵ヲ級前衛空母部隊の空襲を凌いだ日の夕刻

軽巡由良を旗艦とした前衛警戒部隊の4隻は、無事パラオ泊地艦隊へと合流し、新しく軽空母瑞鳳を中心とした、空母1 軽巡1 駆逐艦6の機動部隊を編成した。

合流した由良へ、瑞鳳は

「由良さんが旗艦ですよね」

と問いただしたが、由良は何故かそれを固辞した。

「ここは、瑞鳳ちゃんでお願い」

「えええ!」

多少、じたばたしたが、結局、将旗は瑞鳳から動かなかった。

そのやりとりを聞いて提督は、一言

「済まんな」

とだけ言った。

 

由良としては、最愛の提督さんと共に過ごしたいというのが本心ではあるが、今の由良の立場がそれを許さない。

彼女は、軽巡である。

水雷戦隊旗艦として、預かった陽炎、長波を率いて、敵へ切り込む事も想定される。

そんな危険な状況へパラオ泊地提督を連れて行く訳にはいかないのだ。

提督さんには、きちんと後方から戦況を分析できる位置にいてほしい。

これが、彼女の本心であった。

 

軽空母瑞鳳を中心に、露払いは防空駆逐艦秋月

周囲を白雪、深雪、初雪で固めた。

その後方に単縦陣で軽巡由良、陽炎、そして長波が護衛する。

パラオ泊地提督座乗の瑞鳳は、秋月達で守り、いざという時、由良は気心しれた陽炎と長波で切り込む算段を整えた。

瑞鳳の艦橋で、パラオ泊地提督は

「明日以降、聯合艦隊が到着するまで、どうこのヲ級空母とル級無印艦隊を翻弄するかが、課題だな」と呟いた。

 

その頃当のヲ405号艦では、混乱状態が続いていた

「索敵隊はまだ敵の部隊を発見できないのか!!」

艦橋でどなるヲ級405号艦の艦長

幹部の一人が、

「後続の索敵隊も該当海域に敵影を見ずと報告しています」

「では、第一波の攻撃隊は、幽霊にでもであったのか!!」

声を上げ、幹部達を怒鳴る405号艦の艦長

 

405号艦の艦長が、いらだつのも仕方ない

その頃既にパラオ泊地艦隊は由良部隊を収容し、索敵圏域外へと退避しつつあった。

勿論自衛隊の支援の元、敵の索敵網をかいくぐりながら、一旦安全圏へと出ていた。

 

夕闇迫るなか、そのヲ級前母空母部隊を狙う水面下の影があった。

 

「イク、待った甲斐があった!」

聯合艦隊の留守部隊を預かる軽巡大淀から送られた特殊暗号電文“大淀暗号”を受信した潜水艦伊19の艦長室で艦娘イクは、嬉しそうに声を上げた。

伊8号と、このマーシャル方面を巡回航行し敵情電波の傍受をしていたが、ここ数日電波量が増え、特に今日はまるで洪水状態であった。

「何か起こったの?」と副長達と話していた頃、トラックの大淀から特殊暗号電文が流れてきた。

解読した電文を見たイクは、不敵な笑みを浮かべた。

「飛んで火にいる夏のヲ級なのね」

直ぐに幹部達を集めた。

発令所に集まった幹部達は、チャートデスク上の海図を見ながら、艦娘イクから

「大淀さんからの連絡で、敵の空母2隻がこの海域へ向ってきています」

「本当ですか! 艦長!」

副長を始め幹部達は驚きの声を上げた。

「今日の正午の位置がここなの」といいイクは鉛筆を取ると、海図に一つ×印をつけた。

「近いですな」

副長の声に、

「大淀さんからの情報では、今夜にもこの海域へ侵攻してくるの」

一斉にざわついた

「やりますか!」

航海長の声に艦娘イクは、

「聯合艦隊司令部からの指示は“敵に寝る間を与えるな”なのね」

副長は、笑いながら、

「そういう意地の悪い指示は、奇人変人の指示ですな」

一斉に笑いのでる発令所

イクは笑いの収まった頃を見計らい

「皆、そろそろうずうずしている頃だと思うから、今夜は一暴れするの!」

「はい! 艦長!」

一斉に行動に移る伊19号の幹部達

イクは、司令塔に登り外へと出た。

司令塔には数人の妖精水兵達が対空監視を行っていた。

夕日に染まる船体を見ながら、

「陽が出ている内に、浮上航行するとなんて意外なのね」と呟いた。

今回の作戦にあたり、出撃前の打ち合わせの席で黒島作戦参謀の指示はイク達潜水艦娘達を驚かせた。

 

「昼間は浮上して、周囲を警戒しろ。夜間は潜り身を隠せ!」

 

それを聞いたイクやハチは驚いた。

「黒島さん、それは逆なのね!」

すると黒島は、数枚の写真を鞄から取り出し、イク達へ見せた。

「これは?」

そこには敵、深海棲艦のイ級駆逐艦の写真が写っていた。

「いいか、ここを見ろ!」

黒島が指さすのは敵イ級のマストの上

「電探!!!」

「そうだ。敵の駆逐艦は、最新の電探を装備している。探知距離は海上で20kmを超える」黒島はそう言うと、イク達を見て

「いいか、今までは、索敵は目視が原則だった。だが、敵の電探は優秀だ、侮れん」

そう言うと、続けて

「今までの昼間は敵に発見されない様に潜り、夜間は目視が難しくなるという点を生かして浮上して敵を索敵、接近できた。しかし敵の電探にはそれが通じない、夜間であれ昼間であれ浮上していれば、20km圏内に入れば発見される」

 

「では、どうするの?」

ハチが聞くと、黒島は

「昼間は、緊急潜航の準備をしつつ浮上して周囲を索敵しろ。有視界範囲なら30kmは確保できるはずだ。敵を見つけても迂闊に近づくな。逆に夜間は此方の目視距離が悪く敵の電探の方が優位だ、潜って聴音重視でいけ」

イク達潜水艦組は、この黒島の指示により、基本的な戦術の組みかえを余儀なくされた。

今までと逆の戦術である。

昼間は見張り員を倍増し、周囲を警戒

夜間は敵の電探を避ける為、潜航しながら聞き耳を立てる

そんな日々が続いていた。

 

じっと密かに敵を待つ日々が続いたが、ようやくその日が来た

「イク、やるのね」

艦娘イクはそう言うと、沈みゆく夕日を見つめた。

 

 

そのイク達の動きは、直ぐに大淀から聯合艦隊旗艦大和、そして戦艦三笠へ伝えられたのと同時に自衛隊旗艦いずもへと伝達された。

既に、浮上航行するイクやハチを捕捉し、E-2JならびMQ-9リーパーを使い位置情報を確認した自衛隊司令部は、その情報を今度は逆に聯合艦隊へと伝達する。

数時間の間にあっという間に、この海域の戦術情報が各部隊へと流れていった。

それを受け取ったパラオ泊地提督は即決した。

「押し込むなら、今夜しかない」

そう言うと、直ぐに戦術ネットを開き、由良、陽炎、長波を呼び出した。

提督の顔を見て、いつもの様に笑顔を見せる由良

やや、緊張しながらきりっとした表情の陽炎

そして、やる気満々の長波の姿が映し出された。

パラオ泊地提督は、静かに、

「由良、情報は行っているな?」

「はい、戦術ネットを通じて受信しています。ご命令いただければ直ぐにでも」

にこやかに答える由良

「今から、反転すれば深夜にも捕捉できる距離だ。出来るか?」

提督の問に由良は満面の笑みを浮かべ、鋭い眼光で、

「改装された由良の実力をお見せいたします」

 

それを聞いたパラオ泊地提督は

「陽炎、長波!」

「はい! 提督!」

二人は揃って返事をした。

提督は、

「奴らに寝る間を与えるな!」

すると、陽炎は一言

「提督、こっちも寝る間がありませんけど!」

一斉に瑞鳳の艦橋で爆笑が起きた。

陽炎はすかさず

「ご褒美は、新型の対空機銃ということで。どう長波?」

「はい! それでお願いします! 提督!! 長波はファランクスお願いします!!!」

長波も直ぐに答えた。

 

パラオ泊地提督は渋い顔をして

「お前達はな・・・」というと、陽炎は、手元に一冊の本を出した

「え〜、あかしさんから“ここにある兵装は、提督の許可があれば装備できる”って聞きましたけど~」とあっさりと答えた。

その本の表紙には、

“試作 兵装一覧”と書かれていた。

そこには、あかしが製作可能な兵器がずらりと並んでいた。

大はスタンダードミサイルから小はボールペンまでありとあらゆる資材が並んでいた。

勿論その製作に必要なナノマテリアルの量や他の資材の量もキッチリと書いてある。

ある意味 通販カタログ状態であった。

ちなみに欄外には“敷島型ミニイージス艦”という末恐ろしい物もある。

陽炎や長波そして秋月の最近の楽しみといえば、この一覧を見ながら、“次は何を装備しようか”と考える事であった。

 

提督は頭を抱え、一言

「由良」

「はい、提督さん」

「問題は?」

すると由良は一言

「問題ありません、泊地資源備蓄量で十分賄えます」

それを聞いた提督は

「では、決まりだ。指揮は由良に一任する」

「はい」

由良は静かに返事をすると、

「陽炎ちゃんと長波ちゃんをお預かりします」

 

パラオ泊地提督は、

「これで、敵の前衛部隊を混乱できれば、舞台は揃う」

そう呟いた。

 

 

陽が落ち、闇が周囲を支配し始めた。

ヲ405号艦の艦長は、艦橋で

「散々な一日だった」

そう、心底呟いた。

彼女がそう思うのも無理はない。

主戦場となる中間海域の制空権確保の為、前衛偵察を開始した所、いきなり日本海軍の軽巡部隊がいた。

急ぎ攻撃隊を出したが、突然その攻撃部隊が敵戦闘機隊に襲撃された。

“その戦闘機はどこから来た!”

戦闘機隊がいたという事は、大なり小なり空母が近くにいる筈だが、索敵に掛からない。

おまけに、唯一帰還した一機は、着艦に失敗し、甲板上で大破。

乗員は救助できたが、運悪く大破機はエレベーター上で擱座し、炎上した。

甲板修理の為、数時間を無駄にし、ついに日没となった。

こうなると、航空機による索敵は出来ない。

これから半日は受け身の態勢で待つしかない。

僚艦も索敵機を出したが、成果なしであった。

 

途中、やや北よりの海域を航行する第三艦隊を索敵機が発見したが、此方の問に答えず前進して行った。

「あまり前に出過ぎては!」

そう思ったが、普段から猪突猛進の第三艦隊司令ル級無印の事だ。

敵を目前に焦っているのか。

第一艦隊へ向け第三艦隊の位置を報告したが、特に指示はなく、

“制空権確保の為、索敵を重視せよ”と短い指示だけがあった。

ヲ405号艦の艦長は

「ル級総司令は、何を考えて」と思った。

このまま第三艦隊の猛進を許せば、間違いなく敵索敵網に捕まる。

大和達主力艦隊に行きつく前に、敵の正規空母4隻の猛攻を受けかねない。

“いや、それより今日のジークは何処から来た! 敵の空母部隊の敵情は無かった”

さらに脳裏に

“もしかして、こちらの情報に見落としがあり、他に空母がいるのか?”

とも思案した。

最初に脳裏に浮かんだのは、味方の潜水艦部隊を駆逐した敵の軽空母部隊であったが

「いや、あの軽空母と護衛の駆逐艦は、先の戦いで損傷してポンペイ島まで撤退したとの情報だ。だとすると、他にまだ空母がいるのか?」

脳裏に色々と浮かんだが、どれも確証に欠ける。

不確実な情報に惑わされては、指揮はままならない。

沈みゆく夕日を見ながら、

「明日は、いい日になるといいが」

そう呟いたが、彼女にとって最悪な日はまだ続くのであった。

 

 

「艦長! 大淀さんから至急電です!!」

伊19号の司令塔の上で、周囲を警戒するイクの所に、電文を持った通信妖精が近寄ってきた。

電文を受け取るイク

暫し電文を見て、横に立つ副長へ向い

「大淀さんって、もしかしたら千里眼の持ち主なの?」と一言

不思議そうな顔をする副長に向い

「此方の攻撃に同調して、由良隊が敵の空母群へ夜戦を仕掛けるそうなの」

「えええ!」

驚く伊19号の副長達

それもその筈である。

本来、潜水艦の動きは、隠密行動が原則である。

友軍とはいえ、その行動は秘匿される事が多い。

イク達が敵空母への攻撃へ向け接敵予想地点へ急行している事は、本来なら由良隊は知らない筈であった。

「何処から、情報を」

不思議がる副長へイクは

「電文によると、イク達の攻撃の後、由良隊が状況を判断して夜戦を仕掛けるという事なの」

「それは、ある意味ありがたいです」

副長は

「此方の長距離雷撃の後、もしも敵が追尾してくる事を考慮すれば、振り切る時間ができます」

そう、潜水艦にとってそれは死活問題であった。

いくら、日本海軍の酸素魚雷の射程が長いとはいえ、必中を期して接近して攻撃すれば、その位置が敵に露呈する。

そうなると後は逃げの一手である。

浮上航行では20ノットを出せる伊号潜水艦でも潜航しては8ノットが精一杯

蓄電池の制限もある。

最悪、敵の駆逐艦に掴れば、追いかけまわされる事間違いなしであった。

 

だがそこに別の攻撃が加われば、イク達の生存率は一気に跳ね上がる。

既に、陽が水平線に隠れ、闇が支配しようとする海原で、イクは

「旨く行けば、由良さん達に感謝なのね」

そう言いながら、双眼鏡を片手に持ち、水平線を睨んだ。

 

イクやハチ、そして再編成された由良隊が、夜戦を敢行するとの情報は直ぐに戦艦大和の聯合艦隊司令部へと伝達された。

各艦からの情報を直ぐに、司令部内に設置された大型黒板へと記入されてゆく

それは時系列に整理され、状況判断用の海図へと、プロット記入されてゆく。

その海図を見れば、敵味方の水上艦艇の動きが一目瞭然に判断できるというものだ。

戦艦三笠の三笠や艦娘大和が持つ情報端末では、自衛隊から提供されるC4I広域戦術情報を使いこの数倍の情報を得る事ができる。

しかし、あえて山本や宇垣は、この端末を使わず、既存の通信網を使った情報収集と分析を聯合艦隊司令部で行った。

どこまでできるのか?

その実証実験でもあった。

次から次へと入電する情報を処理し判断する聯合艦隊司令部の参謀達

記録を取りながら例の軍令部参謀は唸った

「これが、情報戦というやつなのか?」

その声を聴いた、艦娘大和は、ニコッとして

「これで驚いては、あの自衛隊の皆さんの本当の実力を知れば、腰が抜けますよ」

大和は、テーブル上の作戦海図を指さし

「今、この聯合艦隊司令部へ流れてきている各種の情報は、全て自衛隊の旗艦空母いずもさんの艦内の作戦司令室で、精査された情報です。本来はその数倍の各種の索敵情報が彼女の司令部には集まっています。彼女の司令部で、聯合艦隊司令部が戦況を判断するに必要な情報を精査し、ここへ伝達しています」

大和はそう言うと、自らの情報端末を軍令部参謀へと見せた。

そこには、敵艦隊の詳細な位置や数、予想戦力などの情報

そして

友軍の各艦隊の位置が詳細に表示されていた。

それをみた軍令部参謀は息を飲んだ。

大和が持つ小さな手帳の様な機械に、いま聯合艦隊司令部が必要とする全ての情報が詰まっていた。

そして、その情報を取りまとめているのは、あのパラオの特務艦隊“海上自衛隊”であった。

大和は、少し意地悪そうな声で、

「そういえば、軍令部参謀はパラオであの自衛隊のはるなさんに喧嘩を吹っ掛けたそうですね…」

「えっ、あっ!」

答えに詰まり、目を白黒させる軍令部参謀

ジト目で、軍令部参謀を睨む艦娘大和

 

ポン!

大和の肩を黒島作戦参謀が笑いながら軽く叩いた

「その辺で許してやれ。でないとあとで叢雲に可愛い下僕を虐めたって、嫌味を言われるぞ」

「それは困りましたね」

一斉に作戦司令室内が爆笑に包まれた。

 

三和参謀が、軍令部参謀の横に立ち

「いいか、今までの聯合艦隊司令部では、ここまでの情報を処理し、検討する事は出来なかった。だが今は違う! 自衛隊という組織の協力を得て、我々は自らを変えて来た。この海戦で必ず成果を出してみせる」

そう強く声に出した。

頷く参謀達

黒島作戦参謀は、一言

「軍令部参謀、君はこの海戦で何を得るのか、よく考えてみるといい」

「はっ」

返事をする軍令部参謀

黒島作戦参謀は、戦術情報の書き込まれた海図を睨み、静かに声に出した。

「ここまで、情報が集まれば戦場は思いのままだ」

 

“海軍の作戦行動は柔軟性に欠けているのではないか?”

パラオで自衛隊の作戦行動を見た聯合艦隊司令の山本の問に、黒島達幹部は凍り付いた

その通りであった。

奇襲など此方が先制する場合は、有利に事を運べる。しかし想定外の事態が生じた場合、成す術がない、全て“現場指揮官に一任するしかない”

しかし、これでは、作戦自体のバランスが取れない。

思い込みによる作戦行動は、作戦自体を瓦解させる。

最たる例がレイテ沖海戦だ。

黒島は表情を厳しくし、

「前世の轍は、二度と踏まん!」

ぐっと声に出した。

 

 

「へっ、へくしゅん!!!」

特大のくしゃみを艦橋に響かせたのは、他ならぬ艦娘叢雲であった。

「おっ、艦長。誰かの噂ですか!」

叢雲副長の声に、

航海長が

「そりゃ、例の軍令部の野郎があれこれと・・・!!!!!」

そう言った瞬間に航海長の脳天に艦娘叢雲のげんこつが飛んだ。

 

「馬鹿いってないで、進路確認しなさい!!」

「は~い!!」

特大のたんこぶを撫でながら、航海長は、海図を睨み

「予定進路です、遅れ進みなし!」

それを聞いた叢雲は、

「いい事! 聯合艦隊の最前衛はこの叢雲と吹雪姉さんです。そろそろ敵の前衛部隊が出て来る頃です、警戒を厳としなさい!」

緊張走る叢雲艦橋

艦娘叢雲は席を立つと後方の海図のあるチャートデスクの前に立った

夕刻迫る中、海図を睨む叢雲

そこには、聯合艦隊司令部より伝達された敵ヲ級前衛空母艦隊、そしてル級無印艦隊の位置が克明に記されていた。

叢雲は不敵な笑みを浮かべながら、一言

「さて、最初に掛かるおバカはどちらかしら」

 

 

その数時間後。

既に陽は沈み、周囲を闇が支配する頃

ヲ405号艦を中心とした深海棲艦前衛空母部隊は、空母2隻を中心とした輪形陣を維持したまま、進路を西へと取っていた。

ヲ405号艦の艦長は、艦橋でじっと時を耐えていた。

「夜になった。空襲の危険性は減ったが」

そう言うと、副長達幹部へ向い

「結局 敵の情報は無しか」

「はい。406号艦から発艦した隊も夕刻までに敵艦影を認めず、全機帰還しました」

「甲板の修理の状況は?」

すると甲板長が前に出て

「艦長、全て終了しました。全力出撃可能です」

ヲ405号艦の艦長は

「航空参謀! 明日早朝より索敵を再開する。敵の空母が必ず近海にいるはずだ! 見つけ出せ!」

「はい! 艦長」

 

緊張漂うヲ405号艦

 

しかし、その緊張感はある意味悪い方向へと流れつつあった。

 

灯火管制の敷かれたヲ級前衛空母部隊

殆ど光を漏らさず航行する艦隊であったが、ヲ405号のキャットウォーク上の40mm連装機関砲の機銃員達は、早朝から続く緊張状態にやや感覚が麻痺していた。

機関砲の銃座に着く水兵妖精は、長時間の待機にうんざりしていた。

「夜間、空襲はないんだから、俺達機銃員はねぐらへ返してくれよな」

彼がそう言うと、別の妖精兵も艦橋を見上げながら

「いいよな〜、幹部達は艦橋でコーヒー片手に戦争ごっこで・・・」

そう言うと、おもむろに、胸のポケットをまさぐり皺だらけのタバコを取り出し、ためらう事なくマッチで火をつけた。

周囲にタバコの匂いが流れてゆく

「程々にしろよ」

銃座を指揮する水兵妖精が窘めた。

周囲を見回せば、他の銃座の者達も思い思いにタバコをふかし、時間をつぶしていた。

ふと、上空を見上げれば、月が煌々と夜空を照らしている。

水兵妖精の一人が、腕時計を覗き

「夜明けまで、あと8時間か・・・」

波音にかき消されるような声で小さく呟いた。

 

「見つけたのね」

 

ムッとする空気が漂う伊19号の発令所で、艦娘イクは、額から汗を流しながら潜望鏡を覗いていた。

「見つけましたか?」

イクは一旦潜望鏡から目を離すと、副長と入れ替わった。

副長覗く潜望鏡の先には、月明かりに照らされた、複数の艦影はうすらぼんやりと見えていた。

「あの光は・・・」

副長は、うっすらと見える黒い輪郭の中に時折光が漏れているのを見逃さなかった。

「敵はだいぶ油断してるのね、灯火管制が甘いの」

イクはそう答えた。

副長は目を凝らして、

「まだ距離があります。ひい、ふう、みい・・、かなりの艦隊ですな」

副長は潜望鏡から目を離し潜望鏡を一旦降ろした。

 

イクと副長、そして水雷長以下の幹部がチャートデスクの前に集まった。

既にそこには、イクが読み上げた敵の方位を表す直線が鉛筆で書かれていた。

「飛んで火に入るなんとかですな」

チャートをみた副長

ほぼ艦首を北へ向けた伊号19の右舷方向から接近する敵の艦隊

イクは、チャートを指さし、

「敵は大淀さんからの情報の通りの進路を取ってきたのね」

副長は、口元に笑みを浮かべ

「大淀さんには借りができましたな」

「そうなのね、でもここまでがんばった甲斐があったのね」

イク達伊号潜水艦部隊は、宇垣参謀長の指示を受け、一旦ビキニ環礁付近まで北上し、敵の油槽船団へ対して波状攻撃を掛けた。

戦果は確認できていないが、それなりに敵の輸送作戦にブレーキをかけた。

そして、イクとハチは大淀からの指示に従い南下し、この海域で潜伏して機会を待った。

長期にわたる作戦を支えたのは、イク達の忍耐力であった。

限られた燃料と魚雷で、確実に戦果を挙げていた。

イクは、水雷長を見て

「後、魚雷は何本?」

水雷長は、きっぱりと

「6本です」

「一斉射で終わりですな」

副長がそう言うと、イクは不敵な笑みを浮かべ

「それだけあれば十分なのね、ハチも近くにいるし、敵の空母部隊の鼻先をへし折る機会なのね」

そういうと、チャート上の敵空母の未来予想位置を指さして、

「ここで、決めるのね」

一斉に頷く、幹部達

「一隻は貰う!」

イクの眼が光った。

 

同時刻。

ヲ級前衛空母の北を航行する深海棲艦第三艦隊ル級無印では幹部が艦橋に集まり、議論を交わしていた。

「やはりここであまり出過ぎては、敵の思う壺です! ヲ級前衛空母艦隊と歩調を合わせるべきです!」

艦隊の先任参謀が第三艦隊司令であるル級無印へ意見具申していた。

当初は、幹部達の進言を一喝していたル級無印であったが、副長の

「今の状況を亡き姉上が見て、なんと言われるとお思いですか?」との一言で冷静さを取り戻しつつあった。

ル級無印の姉は、その判断力と冷静な判断の良さからパラオ侵攻部隊を任されたが、それを上回るパラオ、自衛隊の連合部隊に壊滅させられていた。

彼女は、自らの艦と共に世を去っていた。

 

友軍の位置情報が記載されたチャートの前で、ル級無印の幹部達は

「既にここまできました、これ以上前にでれば、早ければ明日にも、敵の航空索敵範囲に入ると予想されます。既に敵戦闘機部隊の出現の情報もあります! ここはヲ級前衛空母部隊と行動を共にする方が、今後の展開が有利です」と何度も進言した。

 

結局ル級無印の第三艦隊は、ヲ級前衛空母部隊の北20km程の距離をヲ級と並ぶ様な形で西へと進路を取っていた。

「ヲ級前衛空母部隊は、レーダーで捕捉できているのか!」

ル級無印の問に副長が、

「はい、問題ありません。既に日没で有視界では厳しいですが、レーダーで捕捉しております」

ル級無印の副長はそう言うと、

「気がかりな事があるとすれば、敵の主力艦隊の位置情報が殆どありません」

「それはヲ級前衛空母部隊の索敵が不徹底だからではないのか!」

ル級無印の問に副長は

「先程までの情報によると、本日発見した敵軽巡部隊を攻撃に出た攻撃隊は、予想外の敵の戦闘機部隊と遭遇し、うち漏らすばかりか壊滅。肝心の敵部隊も見失っています」

「見失うとは、不甲斐ない!」ル級無印は厳しく言うと副長は

「艦長。問題は、そこではなく、敵の戦闘機部隊です! こんな洋上に戦闘機隊がいるとなれば、何処かに空母がいる筈ですが、今までそのような報告はありません」

「そんな事は解っている」

ル級司令は、機嫌悪く返事をしたが、副長は

「問題なのは、その戦闘機が何処から来たのかです。もしこの海域に既に敵の空母部隊が出てきているとなれば、護衛部隊もいる筈です。いくら日本軍とはいえ、貴重な空母を丸腰で、敵地に出すとは思えません、それなりの部隊がいる筈です」

唸るル級無印へ向い副長は、

「我々は、その部隊の動向を正確につかんでおりません」

副長は続けて、

「出撃前の報告では、敵の主力空母4隻は最後にトラックを離れる公算が大きいとの事でした。となれば、いくら航続距離の長い日本の戦闘機とはいえここまで届くとは考え難いです。いえそれだけではありません。話がうまく出来過ぎです」

「話がうまく出来過ぎだと?」

「はい、艦長」

副長はそう言うと、

「ヲ級前衛空母部隊の索敵機が、逃走する敵軽巡部隊を発見したのは、本日の午前10時頃、そして攻撃隊発艦、接敵までおよそ2時間です」

副長は、

「その間、敵の戦闘機隊はいったいどこで待機していたのでしょうか? 偶然通りかかったなどという事はない筈です。敵は組織的にヲ級前衛空母部隊の攻撃隊を迎撃し、そして殲滅した。そしてヲ級前衛空母部隊の哨戒網から抜けて行った」

副長は、立て続けて

「この一連の動きを説明できるとすれば、既にヲ級前衛空母部隊は敵の機動部隊に発見され、監視されていると考えるべきです」

「では、付近を航行する我々も見つかっているということか!」

「そうなるでしょう」

副長は淡々と答えた。

「では、なぜ敵の機動部隊は此方を攻撃して来ない! ヲ級2隻にル級だぞ、向こうからすれば絶好の的ではないのか?」

「布陣が整うのを待っているのではないでしょうか。此方を攻撃するには向こうの戦力が不足しており、敵本隊の到着まで索敵に徹していると」

ル級無印は、

「副長、もし仮にその考えが正しいとしてだ、我々の掴んでいる敵の配置情報に該当する艦隊は無い。そこまで危惧する必要はない」

ル級無印は、そっけなく答えたが副長は

「その我々の情報が、“正しい”という確証はありません!」副長は強く声に出すと、

「大変申し上げにくいのですが、事の発端はパラオ侵攻に始まります」

その言葉を聞いて、ル級無印は表情を険しくした。

副長は、

「当時、艦長の姉上である侵攻部隊司令は、ミッドウェイの総司令部の情報を信じ、パラオには、大きな部隊はいない、探知能力も我が軍程はなく、容易に接近、侵攻できるという情報の元、作戦を立案し、実行しました」

無言でそれを聞くル級無印

「しかし、当初の予想とは違い、パラオに到達する前に敵に発見され、部隊は全滅、また陸戦隊を乗せた輸送船団も撤退中に日本軍に奇襲され壊滅しました」

押し黙るル級無印

マーシャルの司令部では伏せていたが、それは事実だ。

彼女の姉の部隊は、パラオ泊地艦隊と自衛隊艦隊により壊滅的な被害を受けていた。

ル級無印の副長は、ぐっと艦長であり、第三艦隊司令であるル級無印へ向い

「今、我々が対峙している日本海軍は今までの日本海軍ではないと考えられます。戦い方がまるで違います、何か別の次元の敵を相手にしている。そう感じる所があります」

「別の次元?」ル級無印が聞くと、副長は

「言葉ではうまく表現できませんが、今までと勝手が違う、そう感じる事があります」

副長の不安そうな顔を見たル級無印は、

「上に立つ者がその様な弱音を吐くとは、情けない!」

副長を一喝した

そして

「例えそうであったとしても、やる事には変わりはない! 姉の仇である日本海軍を一隻でも多く沈め、姉の御霊への供物とする事である!!」

ル級無印はぐっと右手の拳を握った。

「見ていろ! 必ず仇は・・・」

その言葉が、艦橋に響いた。

 

暗闇が支配する時間

艦娘イクは、一瞬だけ潜望鏡を上げ、周囲を確認した。

予想した方位を確認する。

「やはり居たのね!」

そういうと、すぐに潜望鏡を降ろした。

潜望鏡深度のまま、ほぼ艦首を北へ向けて、自動懸吊装置を使い深度を保ったままじっとしていた。

潜望鏡を降ろしたイクは直ぐにチャートデスクへ向い

「副長、方位は間違いないのね。この進路で来た!」

そう言うと、予想された敵進路が書かれたチャートを指さした。

「問題が距離ですな」

副長がチャートを覗き込みながら、答えた。

本来夜間なら、堂々と浮上して敵艦隊へ接近する事もできた。

浮上時の伊号の足は速い、短時間なら20ノット出せる。

しかし、艦載型電探の登場は、イク達の戦場を大きく塗り替えてしまった。

夜間だからと不用意に浮上すれば、敵の電探に探知される恐れがあった。

当初、その事が理解できないイク達は大いに戸惑った。

本来なら黒島達聯合艦隊司令の幹部がイク達に電探とはなんぞや・・・と説明する所であるが、当の黒島達も今回の作戦で初めて電子戦を経験する。

上手く説明できないのである。

そこで登場したのが、明石であった。

戦艦三笠の書庫で猛勉強し、運用は三笠の幹部妖精達から教育を受け、秘密裏に来島していた自衛隊の技術妖精達のレクチャーを受け、理解を深めていた。

そんな明石は、イク達を前に、

「電探、別名レーダーというけど、簡単に言えば、光の出ない回転式探照灯のようなものよ!」

そういうと、部屋にあった黒板に簡単な絵をかいて、

「原理は、物凄く簡単なの。探照灯と同じで、光の代わりに電波を使う所がミソなの」

解説用の絵を指さしながら

「艦の上から、クルクル回る探照灯を想像して、もし水面上や空中に物があればどうなるかな?」

「光に映し出されるのね」

明石の問にイクが答えると、

「そう、一瞬だけどそれが映しだされるわよね、レーダーはこの作業を一分間に何回転もして、連続して行うの。すると、その像がはっきりと捉える事ができる」

明石は

「レーダーは探照灯と違って電波で探知を行うから、目に見えない。探知されるほうは、探知された事に気が付かないのが難点なの」

少し考えたイクは

「だから黒島さん達は、昼間は浮上して周囲を警戒し、目視監視能力が落ちる夜間は潜航しろって、そういう事なのね?」

「イクちゃん、そういう事。昼間なら此方の目視監視能力もレーダーと互角だけど、夜間は圧倒的にこっちの探知距離が落ちる。潜水艦である事の利点を生かして息を潜めるのが得策ね」

 

イクは発令所で、明石の説明を思い出しながら、

「夜間の浮上航行での接近は危険すぎるのね」

そういうと、通路を挟んだ場所にいる聴音妖精に

「感は?」

すると聴音妖精はヘットフォンをしたまま首を横へふり、

「まだ、ありません」

「艦長、まだ距離があるという事ですな」

「そういう事ね。副長」

イクは少し考え、

「短時間、潜望鏡を上げて方位と距離を測定しましょう。攻撃は一回のみ。その後は無音潜航で潮流に乗り、海域を離脱です」

「機関長、蓄電池は?」

「6、いえ7時間は大丈夫です」

「酸素は?」

炭酸ガスの濃度計を覗き込む

「まだ、10時間は大丈夫です」

ほっとするイク

 

イクは、

「水雷長、酸素魚雷の用意は?」

「はい、いつでも」

水雷長は、しっかりと答えた。

「では、30分後にもう一度潜望鏡を上げ、敵位置を確認。諸元設定後速やかに攻撃、離脱するのね」

「はい」

副長以下は一斉に返事をすると、持ち場へと静かに散って行った。

イクは、発令所の時計を見た

「夜の11時か」

刻々とその時が迫っていた。

 

 

イクが息を潜める海域の上空で、そっと羽音を立てながら飛ぶ影

MQ-9リーパー

護衛艦いずもが運用するMQ-9は数機あるが、いまこの海域を飛ぶのは海上監視能力を強化した派生型のガーディアンと呼ばれるタイプである。

胴体下部に海面監視為の水上監視レーダーを装備し、対潜哨戒機の代わりを務める。

そのMQ-9は、ほんの短時間、水面上に顔を出した伊号19の潜望鏡をはっきりと探知し、データを上空で待機するE-2Jへ送信、リレーされたデータは護衛艦いずもへと伝達された。

いずもCICで受信したデータは直ぐにFICへ転送され、戦術情報として処理されると同時に、C4Iネットを通じて、聯合艦隊上空で待機するE-2Jを経由し、旗艦大和、三笠へ伝達される。また暗号電文で後方のトラック泊地に待機する軽巡大淀内の海上司令部へと伝達されていた。

勿論、パラオ泊地艦隊ならびポンペイ島で待機中の戦艦金剛へも送信されている。

 

護衛艦いずものFICで、じっと戦況情報を表示する中央大型モニターを睨む自衛隊艦隊司令の由良は、

「黒島さんは、敵を眠らせないつもりだな」

横に立つ艦娘いずもは

「そういう意地悪な作戦を考えるのは、貴方もでしょう?」

「別におれは虐めているわけではないがな」

由良司令はそう言うと、

「潜水艦2隻による夜間攻撃に、パラオ泊地艦隊の夜戦か。敵は大混乱だな」

すると背後から、

「それは、海軍一の奇人変人の考えですからね」

明るい声の主は、艦娘鳳翔であった。

「鳳翔さん」

「いずもさん、状況どうですか?」

するといずもは、前方の大型モニターを指差して、

「見ての通りですよ、昼間の由良隊の件が余程こたえたのでしょうか。之字運動もせず夜間も輪形陣を崩しませんね」

鳳翔はニコッと笑顔で、

「イクちゃん達は、今頃“獲物が鍋と葱を背負って来た!”と目を光らせている頃ですね」

それを聞いた瞬間、いずもは、大笑いしながら、

「さぞ美味しい鍋ができるでしょうね」

 

いずもと鳳翔の会話には入らず、じっと戦況を見る由良司令

そこには、制空権確保の為、西へと進む深海棲艦前衛空母部隊。

そしてその南部に位置し、じっと息を潜める伊19号、西よりには伊8号が敵空母を待ち構えていた。

そして、南西より急進するパラオ泊地水雷戦隊の3隻

その距離60km

由良司令は頭をフル回転させ、静かに一言

「2時間後には、結果がでるな」

そう言うと、身を背もたれに預け、誰にも聞こえないように小さく

「無理はしないでくれ」

と呟いた。

 

その視線の先

パラオ泊地艦隊 軽巡由良の艦橋では、夜間戦闘に向け準備が急がれていた。

艦内では、甲板上の可燃物の撤去確認に始まり、夜戦に向け準備が進む。

その甲板上の一番の可燃物であろう、水観の発艦準備が進められていた。

艦橋で艦娘由良は、水観妖精の二人へ

「いい、水観の出番は敵の30km圏内に入ってからよ。夜間だけど行けるわね!」

既に数回の夜間発艦を経験している水観妖精は

「任せてください、艦長。その為の各種装備がてんこ盛りです」

自信満々で答えた。

普段は頭上に飛行帽に飛行眼鏡の出で立ちの水観妖精であるが、今日はしっかりと暗視ゴーグルを被っていた。

「後席員。今回は、例のあれを使うけど準備は?」

「はい、任せて合点です!」

ぐっと拳を突き上げた。

副長が

「やはり、狙うのは」

由良は目を光らせ

「そう、空母よ! 2隻のうち1隻でもここで仕留めることができれば、戦局は此方へ大きく傾くわ!」

由良副長は

「少し北には ル級無印もいますが?」

すると由良は

「それは無視します! この戦闘の目的は敵空母前衛艦隊をかく乱する事です。戦艦は大和さん達に」

由良は水観妖精達を見て

「いいこと。イクさん達の攻撃で混乱した所を、私達が夜戦でさらに捲し立てたという事にしますが、本命は敵空母です。試作砲弾の数はあまりありません。水観の誘導が今回の作戦の成否を左右します」

「了解しました。水観の名誉にかけて成功させて見せます!」

姿勢を正して敬礼する水観妖精達

由良は続けて、水雷長を見て

「試作魚雷の準備は?」

水雷長は、

「はい、全て整っています。先程陽炎、長波の水雷長と艦隊内通信で打ち合わせをしましたが、問題ありません。統制射撃が可能です」

由良は、居並ぶ幹部達をみて

「いい、この夜戦で一隻でもいいから仕留めて、敵空母群をここで足止めするのよ」

「はい! 艦長!!!」

一斉に返事をする幹部達

由良は目を光らせて、

「提督さん、見ていてください」

 

 

単縦陣で進む由良隊の最後尾に位置する駆逐艦 長波

艦橋内部は、夜間戦闘に備え、赤色灯により赤く照らされていた。

前方には、駆逐艦陽炎、その前には軽巡由良が進んでいた。

艦長席に、どっしりと座る艦娘長波

特徴的な髪が照明に栄える

長波の長い黒髪は、独特である。

表面は、艶やかな黒髪であるが、その影になる面は、光の加減でピンク色に見える。

艦娘特有の現象であった。

艦娘とは、艦魂の憑依体である。

それゆえ、通常の人体ではありえない事も、平然と起こる。

桃色や銀色の髪、赤い瞳などが代表的であるが、その中でも長波は、特異だ。

髪の表面と裏側で、光の加減で髪色が変わる。

副長は、チラッと艦長である長波の髪を見た

「うん、いつもと変わらん」

長波は、興奮気味になると、髪の内側のピンク色が濃くなる傾向があったが、今はいつもと変わらぬ、落ち着いた色であった。

そんな長波は、先程から艦長席の上で胡坐をかきながら、据え付けのモニターを睨んでいた。

「う~ん」

悩む長波の声が艦橋に響く

 

「どうしました? 艦長」

長波副長の声に艦娘長波は

「欲しいな〜、支援航空機」

「はあ!」

突拍子もない長波の答えに、副長は驚いた。

「いきなりですか?」

長波は、

「ほら、由良さんは水観積んでるから、制空権の確保から弾着観測までできるけど、長波は単艦の時は、なんにもないし」

副長はあきれながら、

「艦長、我が艦の何処にあれだけでかい物を積むことができるんですか?」

すると長波は先程まで睨んでいた艦長席のモニターを副長に見える様に回して

「これなんて、どう?」

モニターには、青い迷彩塗装をした大きなブーメランの様な物が映っていた。

「なんですか? これ」

副長が興味深く見ると、長波は

「無線式の無人偵察機、“すきゃんいーぐる”っていう名前だって。発艦は小さな格納式カタパルトで打ち出して、回収は、網とかワイヤーで回収するって書いてある」

「ほう、これなら我が艦でもつかえそうですな」

「でしょう! 制空は無理でも、前衛偵察とかレーダーの届かない島の影とか色々と使えそう」

長波は、

「ふふん、今回の作戦成功させて、提督さんにお願いしてみよう!」

そう言うと艦橋の要員達に

「皆! 今回は夜戦だあ! 夕雲型の実力を見せるぞ!」

「おう!」

一斉に返事があった。

「電探射撃と統制水雷戦で、敵を仕留める!」

長波は、右手を拳を握り

「んで、必ずファランクスとこの無人機をゲットだ!!!」

「おう!!!!」

士気の上がる艦橋で、副長は冷静に

「提督、間違いなく戻ったら破産です」と静かに呟いた。

 

 

刻々と時間の過ぎる中、深海棲艦前衛空母部隊は深夜西へと進路を維持したままであった。

前衛空母艦隊司令であるヲ405号艦の艦長は、艦長室で執務机に向い、唸った。

「敵は何処に消えた! ジークは何処から来たのだ!」

机の上には近隣の海域の海図が広げてあった。

鉛筆で、友軍艦隊の暫定位置が記入され、今までの情報を元に日本海軍の艦艇群の推測位置が赤色で記入されている。

「敵の空母艦隊、アカギはまだ1000㎞近く離れている筈だ。いくらジークの航続距離が長いとはいえ、洋上を航行する艦隊の上空直掩など・・・」

ヲ級艦長は、夕刻開かれた幹部達との会合を思い浮かべた。

そこには唯一帰還したTBD隊の5号機の機長も参加した。

冷静さを取り戻していた機長は、

「ジークの編隊は、偶然あそこにいた訳ではなく、予め待ち伏せていたと思います。最初にワイルドキャット隊がやられました。此方の動きに合せて、まるで来ることが分かっていた様な動きです」

そう報告してきた。

ざわめく室内

幹部の一人が、

「偶然なのでは?」

しかし、その声が出た途端、生き残った機長は

「あれが、偶然だと! 小隊があっという間に全滅だぞ!! ふざけるな!!」

物凄い剣幕でその幹部を睨んだ。

この事実は、ヲ級前衛空母部隊だけでなく、深海棲艦の全部隊に衝撃を与えた。

 

「もし、それが事実なら、この海域の制空権は、既に日本軍が握ったという事になる」

室内にヲ級艦長の声が響いた。

その声を聴いた幹部達に重い空気が流れた。

一人の幹部が

「しかし、艦長。それならなぜ敵は我が艦を攻撃して来ないのですか! 飛来方向から大まかな位置は算出できる筈です。今までの日本軍なら勇んでくると思いますが」

確かにそうだ。

艦載機同士の接触があった筈なら、敵は此方を索敵し、攻撃して来る筈だが動きがない

色々と議論はあったが、結論として

“敵の戦闘機隊は、遠路軽巡艦隊の直掩に来た所を、たまたま此方の攻撃隊と遭遇戦になった”

という話で会議は終わり、

“明日、早朝より再び前方空域を索敵し、敵艦隊の発見に努める”という事で散会した。

 

「安易であったのでは」

ヲ級艦長はつい口に出した。

結局、どこで敵は此方の動きを察知したのかという部分で結論が出なかった。

今の所、我が艦隊は敵に接敵された形跡がない。

じっと海図を見た。

ふと、

「潜水艦に見張られているのか?」

疑念が湧く

机の上にあったレポートを捲り

「出撃前の報告では、敵潜水艦部隊はビキニ環礁付近で輸送船団への攻撃を頻発させているとの事だったが、ここまで南下してきたのか?」

そう言うと、最新の被害報告を見た

「いや、最後に輸送船団が襲われたのは数日前だ。我々の出撃との時間差を考えると、考え難い」

ヲ級艦長はそう考えた。

その情報は古かった。

確かに、トラックより派遣された伊号潜水艦部隊はビキニ環礁で南下する深海棲艦の輸送船団へ対して補給路破壊作戦を実施していた。

しかし、それは黒島達が周到に準備した陽動作戦の一つで、派手に潜水艦部隊をビキニ環礁で活動させたのは、日本軍の潜水艦部隊は北上していると敵へ刷り込みを行うためであった。

敵艦隊の動きをほぼリアルタイムでつかんでいた聯合艦隊司令部は、敵前衛空母部隊の動きに合せて、事前にイクとハチを部隊から離脱させ、この海域で待機させ、待ち構えていた。

表面上、パラオ艦隊につられる形で前進してきた敵前衛空母部隊に混乱を生じさせる作戦を立案した。

 

無論、詳細に詰めた作戦ではなく、トラック島に残留した聯合艦隊司令部の潜水艦指揮担当班が、全体の動きを把握した上で、大淀に指示し、イク達を前進させていた。

 

その為、敵の海中への関心度は低かった。

ヲ級艦長は、脳裏に今後の事を思い描きながら、ふと壁の時計を見た。

「深夜11時半か」

 

そう運命の時間であった。

 

海面を切り裂き、波間からすっと一本の棒の様な物が上がった。

「いた。やはり予想進路を真っ直ぐきたのね」

艦娘イクは、潜望鏡を覗き込みながら、そう言うと

「方位マルフタマル、距離6、いえ7千。敵速15、射角は5度ずらし」

直ぐに横に立つ副長が小さな声で復唱した

「方位マルフタマル、距離7千。敵速15。射角5度ずらし」

航海長が直ぐに敵位置をチャート上に記載した。

同時に攻撃士官が射撃計算盤を回し、各魚雷発射管の諸元を計算する。

計算盤のダイヤルが回る音だけが小さく発令所に響く

「一番から六番、計算終了」

「航海長。艦首は?」

「はい、おおむねこのままで良いかと」

 

イクは潜望鏡を覗いたまま

「聴音!」

「はい、少しですが感あります。当方へ向う音ありません」

その間にも、発射諸元は艦首魚雷室へと伝達され、発射管の調整が行なわれていた。

艦内の誰もが、一秒、一秒を長く感じる時である。

潜望鏡を上げたまま、じっと周囲を警戒する艦娘イク

「潜望鏡、例の電探に探知されないでしょうか?」

副長が心配そうに聞くと、

「明石さんの説明によると、まだ深海棲艦の電探の能力は低くて、浮上して司令塔を海面上に晒していなければ探知されにくいって話だったけど、あと少しで攻撃なの! もうしばらく辛抱なのよ」

潜望鏡を覗くイクの額から汗が滴り落ちた。

 

もしここで敵の駆逐艦にでも発見されれば、イクは逃れるすべはない。

 

その時、伝声管から小さな声で

「魚雷室 諸元設定完了」

水雷長の声であった。

 

その声を聴いた瞬間

イクは、潜望鏡から目を離し、一瞬だけ副長を見た

大きく頷く副長

「発射管注水! 準備でき次第発射口開け!」

直ぐに復唱され、魚雷発射管内部に海水が注ぎ込まれる。

満水になった頃を見計らい、水雷員は発射管のドアを開く為ハンドルを回した。

機械音が艦内に響いた

ここまでくれば、敵も察知した筈だ!

「準備良し!!」

水雷長の声が再び発令所に流れた

イクは、大きく息をして、

「1番から6番! 魚雷発射!!」

 

パシュー

圧搾空気により順次、海中へと進み出る酸素魚雷

「推進音 確認!」

聴音妖精の報告と同時に、イクは祈った。

「一本でいいの! 敵を混乱できれば!」

 

副長が首から下げたストップウォッチを押し、

「目標到達まで およそ7分!」

長い七分の始まりである。

 

 

対する深海棲艦前衛空母部隊は、なんと夜間にも関わらず空母2隻を中心とした輪形陣を保持したままであった。

午前中の敵軽巡部隊への攻撃に際し、敵戦闘機部隊との遭遇戦は、旗艦であるヲ級405号の判断を混乱させた。

敵機来襲に備え、夕刻まで防空輪形陣を維持した。

夕刻になり、各艦の艦長から

「対潜警戒の為、複縦陣もしくは艦隊戦に対応した陣形を」

と意見具申があったがヲ級艦長は、決断できぬまま、夜を迎えた。

無論ヲ405号では、幹部が集まり議論したが、結論が出る前に日没となった。

「敵潜水艦の兆候はありません。それより敵の空襲に備えるべきです」

夕闇迫る405号艦の艦橋で幹部達は、ヲ級艦長に具申していた。

それほどに 瑞鳳航空隊との遭遇戦は彼らにとって予想外であり、衝撃が大きかったのである。

“敵空母はまだいない、この海域の制空権は必ず確保できる”そう確信していた幹部達は、この一戦で、完全に自分達の目論みが崩れ去った事を悟った。

結局、議論はあったが、結論の出ない状況となり、夜間の再編は危険が伴うとの判断で、

陣形はそのままであった。

戦隊指揮官のヲ級405号の艦長は、

「念のため、外周の駆逐艦隊に、対潜、対空の警戒を厳とするよう指示を」とだけ命じた。

深夜、その輪形陣外周、南端に位置するイ級後期型駆逐艦

マスト上部に大型のレーダーを装備し、ピケット艦としての機能を有していた。

深夜、そのイ級駆逐艦のレーダー室では、レーダー員は機器が生み出す放射熱のむせ返る暑さの中、最新鋭のPPIスコープを睨んでいた。

「なんだ、このゴーストは!」

レーダー員は、周囲の機器の発する熱に耐え、大粒の汗を額から滴り落としながら、大声でぼやいた。

「おっ、どうした?」

部屋の隅で待機中の別のレーダー員がより声をかけると、渋い顔で、

「急にモニターの調子が悪くなった。このノイズは海面のゴーストか?」

「いや、それはないだろう。今日はべた凪だ。照射角を調整してみたらどうだ?」

「やってみる。手伝ってくれ」

そう言うと、レーダー員は、機材のつまみを弄り始めた。

しかし、結果は変わらず、PPIモニターは、依然ノイズの嵐であった。

「う~、故障か?」

レーダー員の声に、他のレーダー員も

「一旦 電源落として、真空管を調べるか?」

「そうだな、一応上に知らせておこう」

二人のレーダー員は、PPIモニターに現れたノイズを機材の故障と判断した。

壁に掛けてある艦内電話をとり、艦橋を呼び出し、一言、二言いうと電話の受話器を置いたレーダー員は、怪訝な顔をした。

「どうした?」

「いや、艦橋から“艦隊内通信”も不調らしい」

「ふ~ん」

この時、深海棲艦前衛空母部隊の全てのレーダー、通信機材が同じ現象に悩まされていた。

 

 

「ECM継続中」

その深海棲艦前衛空母部隊の上空8千メートルで、旋回飛行をする海上自衛隊のE-2J

コールサイン“エクセル1-2”

戦術士官妖精は、管制卓の前で、じっと水上艦艇の全体状況を監視していた。

敵空母艦隊へ向け、南より伊19、西より伊8号が接近している事は、低空で監視業務をしていたMQ-9ガーディアン改が探知していた。

両艦とも、短時間潜望鏡を上げ、敵位置を把握しながらジワリジワリと敵空母艦隊の包囲網を狭めていく様を上空から監視していた。

戦術士官は

「そろそろ仕掛けるか?」

そう思った頃、護衛艦いずものFICより

“伊号支援の為、敵レーダー、無線に対しECM戦を開始せよ”と指示が出た。

即座に戦術士官は、管制卓を操作しスタンバイ状態にしてあった電子戦システムをアクティブへと変えた。

E-2Jの胴体下部に装備された、ECMポットが各種ジャミングを開始する。

 

 

航空自衛隊が、E-2Dアドバンストホークアイの運用を始め、海上自衛隊が多目的護衛艦かがで本格的なF-35Bの運用を行っていた頃、護衛艦いずも建造計画が持ち上がった。

日本初の本格的な“空母”

その“空母”で運用する航空機について、航空自衛隊、海上自衛隊。そして陸上自衛隊が協議した。

そこで懸案となったのが、電子作戦機であった。

前政権で米国のご機嫌伺いの為 EA-18Gグラウラーを購入するという話が出たが、時期尚早、周辺国を刺激するという事で没になった。

海上運用できる電子作戦機

F-35JにもECMポットの運用は可能であったが、能力的には限定的であった。

そこで白羽の矢が立ったのが、日本独自の改修を計画していたE-2D改 後のE-2Jであった。

エンジンの大型化に伴い、発電機も大容量に変更し、戦術士官など運用面でも問題ない。

専用のECMポットは国内電機メーカーが開発し、胴体下部に新たにハードポイントを設けて、そこに搭載された。

そして、それと同時期に開発されたのが、無人機運用の為の中継ポットであった。

E-2Jは、MQ-9をいわば子機として運用できるように、システム改修されていた。

戦術士官は、横に並ぶ対水上、対空監視の戦術士妖精と協力し、この複雑なシステムを運用していた。

 

ターボプロップエンジンの独特の音の中、戦術士官は、

「これで、敵の眼と口は潰した。海中の耳はなんともならんか」

横に座る士官妖精が、

「確かこの時代のソナーってあまり精度がよくないですよね」

「まあ、俺達が装備している物に比べれば、糸電話とスマホ位の差はあるだろうが、伊号とは言え、そんなに静音性はないと思う。近づけば探知されかねんな」

戦術士官は、

「見つかる前に 伊号の嬢ちゃんたちが仕事を片付けてくれる事を願うばかりだな」

そう言うと、管制卓にある大型の液晶ディスプレイを見た

そこには、敵前衛空母部隊、そしてやや北よりを航行するル級無印艦隊

ガーディアンが捉えた2隻の伊号潜水艦の位置

そして、南西方向より急接近する軽巡由良の水雷戦隊

「さて、お祭りの時間だな」

小さく呟きながら、ディスプレイを凝視した。

 

緊張高まる伊号19号の艦内

各員、直ぐにでも艦長の指示があれば行動できるように構えていた。

ぐっと息を飲む乗員妖精達

むせ返る程の湿度、炭酸ガス濃度は規定値内とはいえ、息苦しさを感じる艦内

艦内の電球が、不気味に艦内を照らし、潜水艦独特の雰囲気を作り出していた。

静まり返る発令所内で、じつと右手に構えるストップウォッチを睨む伊号19の副長

「魚雷到達時刻まで1分!!」

副長の声が発令所に響いた

「聴音! 敵の動きは!!!」

鋭いイクの声が響く

「敵推進音、複数! 探信音なし!」

航海長が、イクヘ

「まだ此方に気ついていないのでしょうか? 敵の先陣まで五千をきりました!」

イクは額から大粒の汗を流しながら一言

「そのまま真っ直ぐ来るのね! もうそれで十分!」

じっと目をつむり 天の海神へと祈った

“お願いなの! 力を貸して!”

 

 

ヲ級405号の艦長は、そのまま艦長室でじっとしていた。

壁にある時計が、規則的に時を刻んでいた。

ヲ級405号の艦長の脳裏から、“あのジークは何処から来た!”この疑念が消える事は無かった。

見えない空母に怯え始めていた。

ふと脳裏に、

“日本海軍が超大型の空母をこの海域へ投入してきた!”

“カ級が超大型の空母を目撃した!!”

以前、タロア島の司令部で聞いた噂話を思い出した。

出撃前の会議では、この超大型の空母については、ル級総司令は

「未確認情報であり、断定できない」と言葉を濁した。

肯定しない代わりに、否定もしない。

“各自の判断に委ねる”

という曖昧な物であった。

ヲ級艦長は、一言

「今回は、未確定部分が多い!」

 

確かに、刻々と状況は変わる。

それは致し方ない。

しかし、我が方は、敵、日本陸海軍の暗号電文の解読に成功し、敵情を把握できていた筈であった。

しかし、ここ最近、その情報では説明できない事が多い。

完全に此方が出遅れているのでは思える場面が続いていた。

「やはり、この海域は・・・」

ヲ級艦長がそう思った瞬間

 

ゴッオン!!!

凄まじい衝撃が、ヲ級艦長を襲った。

“なっ!”

咄嗟に椅子にしがみついたが、衝撃によりその椅子ごと空中へと投げ飛ばされ、壁面へぶつかった。

 

“ごほ!”

 

下から突き上げるような衝撃と同時に、凄まじい轟音が艦内に響き渡った。

 

“ギギギ!! ベキッ!!!”

金属が擦れ、折れる様な鈍い音が艦内に響き渡った。

艦が何かにぶつかったのか!!

飛ばされながら一瞬そう思ったが、壁に当たった瞬間、室内を照らしていた電球が衝撃で弾き飛び、室内が真っ暗になった。

複数のガラスが割れる音

壁面に叩きつけられたヲ級405号艦の艦長は、その場にある何かに必死にしがみついたが、真っ暗闇で、何もわからない。

その間にも、艦が大きく上下左右に揺れている。

まるで激流に翻弄される木の葉のようだ。

そう思う間にも、自分の体に何か重い物が次々と当り、激痛となっていた。

「ゴホ!!!」

息が出来ないほどの激痛が体を襲う

ヲ級艦長は、声にならない声で

“一体なにが!”

そう叫んだ

 

“ドッ~ン”

その時、再び衝撃波の重い振動が、暗い室内を襲った。

ビリビリと舷窓が振動で揺れた。

 

「外か!」

ようやく声が出た。

真っ暗な室内で、この時ようやく気が付いた

「攻撃された!!」

ヲ級艦長は、手探りで周囲を探った。

真っ暗闇のなか、前後、左右、まして上下の感覚も先程の衝撃で完全に麻痺していた。

既に、自分が立っているのか、座っているのか、それすらわからない状態であった。

 

「どうなっている!」

ようやく出た声で、大声で叫んだ。

しかし、誰も返事がなく、金属の軋む嫌な音が艦内に轟轟と響いていた。

 

その時、薄っすらと舷窓から光が差した。

その光が映し出したのは、艦長室の全ての調度品がひっくり返り、あちらこちらに飛散し、散らばる無惨な室内であった。

執務机は、ベッドの上まで飛び。無惨に砕けていた

舷窓から強い光が此方へと差し込んできた。

「どの艦か、探照灯をつけているのか!」

差し込む光を頼りに、へたり込んでいた床から立ちあがった。

痛みの割に、すっと立ちあがれたことに安堵した。

ヲ級艦長は、そのまま真っ直ぐ艦内通路へと続く艦長室の出口のドアを開けようとしたが、何故か固くてびくともしなかった

「くそ! どうなっている!」

ヲ級艦長は、慌ててもう一つ別の部屋へと通じるドアを開けようとしたが、これも開かない。

薄明かりの中、周囲を見回した。

壁面にだらしなくぶら下がっていた艦内電話が目に留まった

駆け寄り、受話器を取る

「艦橋!! 艦橋!! おい!! 聞こえているか!!」

 

しかし、直通電話の先 艦橋からの返事はなかった。

「くそ!」

怒りに任せて 受話器を壁へと投げつけた。

 

そして我に返り気が付いた

「閉じ込められた」

 

焦燥感が、全身を覆い始めた。

 

 

 

“ドッ~ン”

鈍い振動音と同時に、伊号19号の船体がガタガタと小刻みに揺れる。

「弾着音 ヒト! 確認!」

 

聴音妖精の声に

“おおお!!!”

決して派手ではないか、艦内から声が上がった。

 

その数秒後 再び

“ドッ~ン”

再び伊号19に海中を伝わってきた衝撃波の振動が襲った

「再び 弾着音!!」

聴音妖精の報告に副長は

「少なくともフタ発当たりました」

笑みを浮かべながら艦娘イクを見たが、当のイクはいまだ厳しい表情を崩さなかった

「勝負はここからなのよ」

そう言うと、沸き立つ艦内に、厳しい声で

「聴音! 敵の動きは?」

すると聴音妖精は、ヘットフォンをそっと触りながら、

「雑音酷く探知できません!」

それを聞いたイクは、直ぐに、

「潜望鏡を上げ!」

イクの号令と同時に潜望鏡が上がった。

「いきなり目の前にイ級は勘弁なのね」

そう呟きながら、そっと覗き込んだ。

ほぼ正面にその目標群が見えた。

 

そこには、時折爆発光の様な物が見える影が映っていた。

慎重に潜望鏡を回転させ周囲を確認した。

「よし、此方にまだ気づいていない!」

此方に向ってくる艦艇がいない事を確かめ、直ぐに潜望鏡を下げた。

 

一瞬考え、そこで即決した。

「全力で 逃げる!」

横で、それを聞いた副長は

「えっ! 潮流に乗ってそのまま海域を離脱するのでは!」

イクは、額の汗を拭いながら、

「上は、まだ此方を探知できていない! この混乱に乗じて、一気に離脱なの!」

「勝負にでますか!」

するとイクは、

「ここまで来たらそうなのね!」

 

そう言うと、直ぐに

「反転! 取舵! 進路120」

「とりか〜じ 進路120!」

操舵員が復唱し、艦は潜航したまま、左へと回頭を始めた。

「副長! 回頭終了と同時に浮上! 両舷前進強速でお願い!」

「了解です!」

「甲板長! 対水上戦闘に備えて!」

「はい! 艦長!」

イクは、機関室へ通じる伝声管へ向い

「機関長! 回頭終了したら主機始動! 準備してなの!」

伝声管から

「浮上ですか! 艦長!!」

「全力で逃げるのね!」

「了解です! 今から直ぐに暖気運転開始します!」

「お願いなの!」

 

そう言っている間にも、伊号19は船体を軋ませながら水深20mの海中でもがきながら回頭を始めた。

「お願いなの! 急いで!」

イクは祈る様に呟いた

“敵が混乱しているのは精々10分程度、そのあいだに一刻も早くここから離脱できるようにしなければ!”

額に流れる大粒の汗を拭った

 

「舵戻せ! 進路120! ようそろ~!」

操舵員の声が発令所に響いた。

艦が回頭を止め、安定する前に副長が、気合のある声で

「浮上!!」

 

「浮上!!」

潜舵手、空気バルブ手が一斉に復唱するのと同時に、艦内に排水する音が響いた。

艦首が上がり、一気に海面を目指す

イクや、甲板員が各々艦外へと通じる梯子の前に集まった。

イクは、頭上の水密ドアを見上げ、

「海神よ! お願い、もう少しだけ力を貸してなの」

 

艦尾の機関室では、機関長が、その瞬間を待っていた。

艦の回頭が終わり、艦首が水面へ向け鎌首を上げた。

「よし、野郎ども! 仕事の時間だ!」

「おう!!」

一斉に機関員妖精が配置についた。

 

艦はまだ海中であったが、機関長は、伝声管へ向い

「艦長! 主機起動します!」

「お願いなのね!!!」

 

イクの声が機関室に響いた

機関長は大声で、

「主機、起動!!!」

 

その号令と同時に、補助機が動き出し、機関室内に機械音が響いた

 

“カン!”

 

“カン! カン!”

 

最初はゆっくりとディーゼルエンジンが回る

“焦るな!”

機関長は、自分にそう言い聞かせた

“このエンジンは、繊細だ! じっくり暖気してやらんと!”

 

じっと目の前の主機を睨んだ

 

“カン、カン、カン・・・・・・”

独特の起動音を艦内に響かせながら、全身を揺らす主機

突然

 

“ゴオッオ”

凄まじい振動と同時に一気にディーゼルエンジンが目覚めた

 

「ようし! 一発始動だ!!」

機関長は叫ぶと同時に

「暖機運転!!!」

機関員妖精は、持ち場で慎重に主機を見た。

機関長は、懐からタペットバルブを取り出し、静かに主機へ乗せ、耳を傾けタペットバルブから聞こえる機械音に集中した。

 

「いい音だ、今日は機嫌がいい」

 

そう言うとニマリと笑顔を浮かべた。

 

発令所にも、主機が起動した振動が伝わってきた

「間もなく 浮上!です!!」

副長の声が発令所に響いた。

 

本来なら、浮上後。艦内換気を行った後 主機を起動せよと運用規則にはある。

しかし、戦時にそんな呑気な事をしていては、命がいくらあっても足らない

イク達は経験上、短時間なら海中で主機を起動しても問題ない事を把握していた。

これも日頃の“月月火水木金金!”の教練の賜物であった。

今回のように、浮上後、即全力航行となれば、悠長に暖気運転などしている時間などない。

戦時では、“瞬きをする一瞬が、生死を分ける”

艦の性能を知り尽くし、自ら艦と一体となったイクは、厳しい状況の中でも、如何にしたら“生き残れるか”これを追求してきた。

 

主機の排気が、艦内に流れ込み始めた。

「もう少し!」

イクは、ぐっとその排気を堪えた

 

その時、艦内に水面に出た時に生じる波の音が響いた。

「出たのよ!」

イクの声と同時に、甲板員妖精が司令塔の梯子を昇り、水密ハッチへと取りついた

勢いよく、ノブを回す。

 

“ギィィィ”

重いハッチを持ち上げた。

同時に、大量の海水が、発令所内部へと流れ落ちた。

イクや甲板員は頭から海水を浴びながら、司令塔の梯子を登る。

イクは急ぎ、司令塔の上に出た。

直ぐに周囲を注意深く見回した

「敵影なし!」

イクの声と同時に司令塔に次から次へと甲板員達が昇り、周囲の警戒に着くのと同時に、甲板上の14cm単装砲や25mm連装機銃の準備に入った。

 

甲板上の、水密ハッチが次々と解放された。

艦内に新鮮な空気が流れ込むのと同時に乗員妖精達は、無事浮上できたと安堵する間もなく、イクの厳しい声が響いた

「いい! ここはまだ敵の勢力下なの!! 周囲の警戒を厳として!!」

一斉に持ち場に着く乗員妖精達

 

イクは司令塔の上で、後方を睨んだ

水平線の上に、幾つもの照明弾が上がり、周囲の艦艇を浮かび上がらせ、時折探照灯が、周囲を照らしていた。

双眼鏡を構え、その照明弾に照らされた艦影をみた

そこには、一隻の空母が照らされていた。

「大型艦! 空母が一隻傾いている!」

横に立つ見張り員も

「はい! 艦長! 空母らしき艦影、その右にもう1隻! 大きく傾斜している艦があります!」

イクは

「少なくとも2隻に損害を与えたという事なのね!」

 

揺れる司令塔の上でイクは、息を飲んだ。

既に機関は暖気運転を終了し、全力航行に入っていた。

発令所から

「艦長!!! 機関両舷強速です!!」

「了解なの! 今の内に一気に逃げるのね!!」

伊号19は 20ノット近い速力を出しながら、現場海域を離れようとしていた。

 

イクは、再び双眼鏡で、小さくなる光源を見たとき、

傾斜する空母の前方に位置する駆逐艦に大きな水柱が上がった。

 

“どっーん”

重い爆発音が伝わってきた。

同じく見張っていた見張り員が

「雷撃です!!」

イクは、

「ハチよ! ハチの攻撃なのよ!!」

 

イクは即座に

「これで敵は、追撃どころじゃなくなるの!」

 

伊号19の攻撃に遅れて、やや西よりに待機していた伊8号の魚雷群が深海棲艦前衛空母部隊を襲った。

伊号19の攻撃により混乱していた前衛空母部隊は、再び夜間雷撃を受け完全に指揮系統が麻痺しつつあった。

 

 

傾斜するヲ級405号艦の艦長室では、閉じ込められたヲ級405号艦長が何とか室外へ出ようとしていたが、固く閉じたドアはびくともしなかった。

「くっ!」

悪態をつきかけたとき、ドアの外から物音がした。

「艦長! 艦長!!! ご無事ですか!! 返事を!!」

聞き慣れた航海長の声であった。

 

「航海長!! ここだ!!」

ヲ級艦長は声を振り絞った。

 

「艦長!!」

ドアを叩く音がした。

「ドアが開かん! 衝撃で歪んだようだ」

すると、何やら外で数人が話す声がしたかと思うと、ドアが重い金属音を立てながら、ほんの少しだけ開いた。

その隙間に、金属棒が差し込まれ、数人がかりで、重い金属製をドアをこじ開けた。

通路から非常用照明の薄明かりが差し込んできた。

「艦長! 御怪我は!」

一番に飛び込んで来たのは、航海長であった。

ヲ級艦長は

「大丈夫だ、多少擦りむいた程度だが。それより状況は!」

ヲ級艦長は、開いたドアから通路へと出ると足早に薄暗い通路を歩き、艦橋を目指した

航海長は、

「はっ、現状分かっている事だけ申し上げます。敵潜水艦による魚雷攻撃です。本艦を含め、左舷を航行中のホ級軽巡1隻に被害が出ています」

「本艦の被害は!!!」

「はっ、左舷後方に被弾。浸水個所数か所でありますが、既に機関科を中心にダメコンが対応! 浸水は収まりつつあります。しかし、浸水により左舷側に傾斜、バラスト注水中ですが、問題はそれより格納庫です」

ヲ級艦長は、足を止めた

「格納庫! 艦載機か!」

「はっ、数機が先程の衝撃で、横転し燃料が漏れだしていると報告がありました」

「いかん」

ヲ級艦長は、焦った

空母と言えば古今東西を問わず、海上を動くガソリンタンク

普段は厳重に管理されている航空機燃料ではあるが、こう言う時は厄介であった。

「格納庫内の換気を急がせろ! 機関は!」

「はい。機関部には異常ありませんが、衝撃で各部のパイプに損傷が出ています。現在復旧作業中です、機関長より発電機本体の損傷はないとの事ですが、衝撃で配電盤がやられたとの事です、これも復旧中です」

ヲ級艦長は、再び歩きだし

「副長は上で、指揮を執っているのか」

「はい。操艦指揮を継続しています」

「他の艦の損害は?」

航海長は、そっとヲ級艦長に近寄り

「左舷後方を航行していたホ級に被弾しました。浸水による傾斜が止まらないようです。残念ですが、そう長くは・・」と言葉を切った

「くっ!」

ヲ級艦長の顔が歪んだ。

その間にも、通路を通り、幾つもの階段を登って艦橋へと入った

ヲ級艦長は、艦橋へ入るなり、

「陣形外周の警戒駆逐艦はどうした! 敵の潜水艦は見つかったのか!!」

副長達が敬礼しながら

「はい、艦長。今だ発見に至りません! 艦艇同士の連絡に支障が出ています!」

「どういう事だ」

ヲ級艦長は、艦長席に着きながら怒鳴った

副長は、

「30分ほど前から、艦隊間通信ならびレーダーが不調です」

「不調だと!」

「はい、機能しないと報告を受けています」

副長の報告に、ヲ級艦長は、

「くっ、それは敵の妨害電波ではないのか!」

しかし、副長は

「しかし、艦長。前衛警戒の駆逐艦も、周囲に敵の水上艦艇を確認しておりません。機材故障の可能性があると判断しましたが」

「馬鹿者! あれほどル級艦隊司令から敵の電波妨害に留意せよと訓示を受けていたのを忘れたか!」

「はっ、しかし・・」

副長はそこで言葉を濁した。

確かに出撃前に各艦の幹部に対し、ル級艦隊司令より訓示と最近の戦闘に関するレクチャーがあった。

その中で、日本軍の電波妨害が多発している事に関する警鐘があったが、正直副長達は、重要視していなかった。

“レーダーや無線機などの機材は、此方の方が数段高性能であり、日本軍が高等な電波妨害戦などできる筈がない、今まで大したことは出来ていない”という思い込みがあった。

それに副長達の判断には、近くに敵の水上艦艇がいない事も影響していた

この時代、確かに通信欺瞞や、電波妨害をする事はあったが、その場合、大出力の電波発信機が必要である。

この時代の航空機にはまだ大出力の電波を発信できる物が少なく 現在でいう電子作戦機という概念がなかった。

電波妨害は水上艦艇からという、思い込みが作用していたのだ。

 

だが、今この深海棲艦前衛空母部隊の上空には、想像を遥かに超える怪鳥が、その眼を光らせていた。

ヲ級艦長は、渋い表情のまま

「とにかく艦隊を再編する! 被弾したホ級には掩護の駆逐艦を1隻つけろ。それ以外の駆逐艦は前方に展開し、対潜陣形を形成。本艦と406号艦は後方で単縦陣へ移行。発光信号にて下命しろ」

副長が復唱しようとした時、艦の前方で、再び轟音がした。

 

“どっーん”

鈍く重い衝撃波が、艦橋の窓を揺らした

「!!!」

重い衝撃が、ヲ級艦長達を襲う

 

「前方警戒のイ級駆逐艦に雷撃! 被弾の模様です!!」

見張り員が大声で叫ぶ声が艦橋内に響いた。

慌てて前方を見ると、薄っすらと月明かりの中に大きな水柱が立ち、その水柱の中に一隻のイ級駆逐艦が呑み込まれていた。

イ級は盛り上がった水面から数メートルは弾き上げられた後、無惨にもそのまま海面へと叩きつけられ、巻き上げらた大量の海水が容赦なくそのイ級を包み込んでいた。

「いかん! あれでは」

ヲ級艦長の叫び声もむなしく、水柱が消えた時、既にイ級は左舷に大きく傾き、甲板上を何かが転がって海面へと落ちていくのが見てとれた。

ヲ級艦長が慌てて双眼鏡を構えると、それはイ級の甲板員妖精達であった。

 

「救助! 救助を急がせろ!!」

副長の声が艦橋に響いた

「くそ!!」

ヲ級艦長は、この日何度目かの悪態をついた。

 

 

イク達伊号潜水艦2隻による雷撃により、敵深海棲艦前衛空母部隊は、正に混乱状態へと陥りつつあった。

伊19号の攻撃によりヲ級405号艦は損傷、近くを航行していたホ級にもかなりの損害を与え航行に支障をきたす状態へと追い込み、伊8号の攻撃はイ級一隻を大破状態へと追い込んだ。

 

その状況を冷静に見つめる一人の女性

 

「好機です」

艦娘由良は、艦長席に設置してある戦術情報モニタ―を見て、一言つぶやいた。

「行きますか! 艦長」

副長の問に、

「敵艦までの距離は間もなく30kmです」

由良はそう言うと、

「一気に切り込み、敵を更なる混乱に陥れましょう! 陽炎ちゃん、長波ちゃん! 用意はいい!」

モニタ―の分割画面に映る陽炎と長波は目を輝かせて

「陽炎、いつでも行けます!」

「長波も同じくです!」

 

由良はそれを聞くと、

「では、始めましょう!」そう言うと、

「合戦準備! 対水上戦闘!」

 

即座に艦内に合戦準備の号令ラッパが鳴り響き、艦内放送で

「合戦準備! 合戦準備! 夜間対水上戦闘!」

気合のこもった号令妖精の声が響いた。

 

とは言え、艦内は既に夜間戦闘に向け準備万端整えていた。

由良は、気を引き締めて

「両舷前進 第三戦速!」

「両舷前進 第三せんそ~く~!!」

機関担当の妖精水兵が復唱するのと同時にテレグラフが操作され、小気味よい音を立てた。

増速する由良隊

 

由良は、口元に少し笑みを浮かべ、静かに

「遂にあれを試す時がきました」

その視線は、艦首主砲へと注がれていた。

 

 

由良は視線を戻し、戦術モニターを慣れた手つきでタッチしながら、上空で待機するE-2Jを呼び出した。

「いずも警戒管制。こちら軽巡由良」

「いずも警戒管制エクセル1-2です!」

直ぐに戦術士官妖精から返答があった。

由良はインカムを操作しながら、

「北部海域に展開する敵戦艦部隊に大きな動きはありませんか?」

「はい、現状変化なし。敵空母艦隊より北40km付近の海域を、複縦陣で西へ航行していますが、先程よりやや速力が落ちました。警戒しているようです」

「了解しました、敵戦艦部隊の監視を続けてください。それと敵に対する電波妨害はもうしばらく継続してください」

「エクセル1-2、了解です」

由良は、再びモニタ―に映る陽炎、長波を見て

「いい。二人とも今回は、主目的は敵空母部隊の行動のかく乱です。目標は敵正規空母。できれば手負いになっている一隻、足止めできればよしとします」

「はい、由良さん」

陽炎、長波が同時に返事をした。

「現在、自衛隊の支援の元、敵のレーダーは無効化されています。先程イクさん達の雷撃も合わさって敵空母部隊の陣形は大きく乱れています。ここをつきます」

そう言うと、戦術モニターのペンツールを呼び出して、戦術情報画面にタッチしながら、図形を織り交ぜながら説明を開始した。

「このままの進路を維持、敵の左舷方向に反航進路をとります。距離1万5千で私の艦から敵空母へ向け精密誘導砲撃を実施、その後敵陣形に突入、水雷戦を実施。魚雷投射後は、一斉回頭、戦域を高速離脱します。何か質問は?」

「由良さん! 砲戦は?」

長波の質問に

「各個判断で構いません。但し奇襲の要素を含みますので、第一射目は本艦からの精密誘導砲撃を行います」

「FCS、レーダー測距射撃で構いませんか!」

陽炎の問に

「折角装備したんですから、バンバン使いましょう。自衛隊のあかしさんの説明だとこの時代、私達が装備するレーダーを探知する逆探はまだ開発されていません」

「ふふん、貰ったわ」

陽炎の自信にあふれる声が響く

「狙いは、空母ですね」

長波も目を輝かせて言うと、

由良はにこりと笑顔で、

「ホ級など雑魚に構わず、空母に集中砲火です。制空権を取れば、あとは赤城さん達がキッチリ仕上げてくれます」

 

由良は、艦橋後方で対空レーダーを監視する管制妖精へ

「水観の位置は?」

「はい、本艦の後方20km圏内 高度3000で待機中。指示あり次第、突入できます」

由良は、じっと戦術情報モニタ―に映る水観のブリップを見た

「水観! 頼んだわよ」

 

 

その水観の機上では、機長と後席員がいつもようにだべりながら待機していた。

機長は暗視ゴーグルを装備し、夜間飛行を堪能していた。

後席から後席員が、

「隊長、特殊光学誘導装置。問題ありません」

それを聞いた水観妖精は

「ようし! これで何時でも戦闘海域へ突入できる! いいか勝負は一回きりだ! 試験ではうまく行ったが、実戦は初めてだ! 気合いれていけよ!」

「はい!」

後席員は元気に返事をすると、水観の下翼左を見た

普段なら小型の60kg爆弾を搭載する為のレールがある場所に今日は別の流線形の物体が吊り下げられていた。

それを見ながら後席員は、

「ふふん、今日から水観は弾着観測機から、目標指示機へ格上げです!」

「おう、そういう事だ!」

機長の隊長も元気な声で返してきた。

隊長は、操縦桿を握り直し、一言

「あかしさんにごねた甲斐があったぜ」

 

 

深海棲艦前衛空母部隊を襲った自衛隊のジャミング攻撃と伊号潜水艦の水雷戦の混乱は、空母部隊の北部に展開する深海棲艦第三艦隊にも大きな混乱をもたらしていた。

戦艦ル級の艦橋で、第三艦隊指揮官であるル級無印は、声を張り上げ

「まだレーダーと無線は回復しないのか!!」

副長が、

「はい、先程の報告では未だ多量のノイズに包まれ、使用できない状況です」

 

ル級無印は、不機嫌に司令官席に座り直すと

「敵は近い! 今まで敵に攻撃された時は必ず電波妨害があった。特にここ直近の戦いではそうだ!」

「ル級総司令からも、その辺りは注意喚起がありました」

副長もそう続けて、

「司令。いまだに前衛空母部隊と連絡が取れません。目視圏内まで接近しますか?」

するとル級無印は、少し考え

「今は動くな」

「しかし、敵の攻撃が迫っているとなれば・・・」

副長の声を遮る様にル級無印は、

「だからこそだ! 下手に近づき味方撃ちされてはかなわん。タロア島の二の舞は御免だ」

タロア島という言葉を聞いて 副長も顔をしかめた。

タロア島マロエラップ飛行場を強襲した日本海軍の戦艦部隊は、飛行場を砲撃により使用不可能にしただけでなく、同島に展開していた前線司令部を跡形もなく消し飛ばした。

これは深海棲艦側にとっては手痛い損失で、これ以降日本軍の動向の詳細の分析ができず、古い情報を元に行動するしかなかった。

そして、その強襲は、同島北部に停泊していた主力艦隊にも混乱をもたらし、敵味方の確認が出来ないまま友軍艦を攻撃し、損害を出すという不手際を起こしていた。

深海棲艦の艦隊の中に“夜戦恐怖症”が蔓延し始めていたのだ。

レーダーを装備した深海棲艦にとって日本海軍の旧態依然の“夜戦”は正に恰好の標的であったが、当てにしていたレーダーがことごとく塞がれてしまっては、どうする事も出来ない。

単純な夜戦の経験値であれば圧倒的に日本軍が有利なのだ。

ル級無印は、副長に向い

「艦隊各艦へ 見張りを厳重にさせろ! 夜襲があっても慌てる事なく隊列を乱すな」

「はっ!」

副長は復唱すると、信号員へ指示を出した

ル級無印は、目の前の闇夜に向い

「どっちへ来る! こちらかそれともヲ級か!」

ぐっと闇を睨んだ。

 

時計の針は、夜の12時を回り、日付が変わった。

「敵艦隊との距離2万をきりました!」

水上監視用のOPS-20をモニターしていた水兵妖精がインカムに向い叫んだ。

海戦前の静かな時間だけが刻々と流れる独時の時

艦娘由良はじっと前方の闇を見た。

もしこれが日中なら、敵艦隊に目視されホ級以下の艦に五月雨式に砲撃され、ヲ級からの攻撃隊に猛攻されていたろう。

しかし、自衛隊の支援の元 敵の眼 “レーダー”は完全に潰された。

由良はモニタ―画面を見た。

そこには、各種データが並んでいるが、マストの上にあるNOLR-9は敵のレーダー波を探知していない。

由良はぐっと右手の拳を握り

「ここまでくれば、後はやるだけです」

そう強く声に出し、そっと

「提督さん! 由良 頑張ります」

気合を込めて言葉にした。

 

そしてその由良の艦首第一砲塔では、初弾発射に向け準備が進んでいた。

「班長! もって来ました!」

砲術妖精達が慎重に運んできたのは、グレーに塗装された大型の弾薬箱

班長は慎重に上蓋を開けるとそこには、緩衝材に包まれた数発の14cm単装砲用の砲弾があった。

砲弾を慎重に取り出す。

床面に立てると、弾頭の保護カバーを外した。

班長は、

「確認するぞ! 仕様書を読め!!」

「はい、班長」

ケースに内部に付属していた説明書に従い砲弾を次々と点検する班長達

「点検終了!」

砲術妖精の報告に班長は

「よし! 初弾装填!」

慎重に砲身に装填される砲弾

尾栓が閉じ、班長は、砲身に向い両手を合わせ

「頼む! 初弾命中してくれ! この一発が日本海軍の希望なんだ!」

班長の声に他の班員たちも

「たのむぞ! 試作誘導砲弾!!」

一斉に砲身を拝んだ!

 

そのすぐ後方に位置する駆逐艦陽炎では、既に砲撃、水雷戦の準備を整え“今か今かと”その時を待っていた。

「敵艦隊まで、1万8千です!」

その声に、艦娘陽炎は、

「FCS問題ないの!」

その問に艦橋後方に増設された戦闘指揮所では

「はい、敵艦補足しています。目標敵空母1番艦! 照準用電波間もなく照射開始です!」

戦闘指揮所を預かる戦術士官妖精の声がインカム越しに返ってきた。

「砲術長! 主砲の準備は!」

「はい、暫定諸元既に伝達済みです。電探測距後、捕捉します!」

陽炎は、インカムへ向い

「水雷長! 例のブツは!!」

「はい! 艦長! 準備万端です! 発射の号令待ってます!!」

全ての部署が、“戦う”為に準備を整えた

副長が、

「しかし、艦長。ここまで接近して気が付かんとは、敵は何をしているんですかね」

副長は、続けて

「まさかとは思いますが、既に敵は我々を探知して、わざと引きつけているとか?」

すると、陽炎は

「そう思いたくもなるわよね。普通なら・・」

そう言いながら艦橋前方にある戦術情報が表示されたモニターを指さし

「あれだけ右往左往すると、ちょっとね」

 

そこには伊号潜水艦の攻撃により混乱する深海棲艦の空母部隊の陣形が表示されていた。

被弾した405号艦を中心に数隻の駆逐艦が周囲を囲み、その後ろに別の空母が並び、その他の艦はてんでんバラバラに航行していた。

「どう見ても、真面な陣形とは思えないわね」

「電波妨害が効いているのでしょうか?」

副長の問に

「それもあるけど、多分 夜戦慣れしていないからじゃないかしら」

陽炎は

「どちらにしても、間もなく攻撃よ! 気合いれていくわよ!」

「おう!!」

艦橋要員が一斉に答えた。

 

静かに、そして確実に敵空母艦隊へ接近する由良隊

静かに波を切り裂き、闇夜を獲物へと近づいてゆく

「間もなく1万6千です!」

敵艦との距離を測定していたレーダー員が艦橋へと報告する。

副長が

「各見張り員は監視を厳としろ! 特に左舷はそろそろ敵が目視できるぞ!」

「艦橋! 左舷見張り員。 11時方向に艦影複数確認」

直ぐに左舷の熟練見張り妖精が報告してきた。

由良は、それを聞くと、

「砲撃射線を確保します。面舵10!」

「おもか〜じ! 10」

操舵員の復唱する声と同時に艦橋が僅かに左へと傾く

速力が出ているので、舵も切れもいい

軽巡由良は直ぐに艦首を右へと振った

「舵! 戻せ!」

由良の号令と同時に操舵員は、復唱しながら舵を戻した。

 

「FCS 射撃測距!照射はじめ!」

軽巡由良に搭載されたFCS-2は敵の空母1番艦へ照準を合わせた。

レーダー測距されたデータは直ぐに射撃計算機へと転送され、各砲へあっという間に諸元を各砲塔へ伝達する。

伝達された情報を元に、射線を確保した艦首と左舷の14cm単装砲が旋回し、仰角をとった。

各砲塔から“用意良し!”の声が掛かる

同時に、各機銃班や水雷班も準備を整えた。

副長は、息を飲み、一言

「艦長、本艦側の準備できました」

 

由良はそれを聞くと、

「航空管制士官! 水観へ伝達! “光学誘導を開始”」

「はい、艦長」

対空管制を担当する戦術士官妖精は直ぐに水観へ

「由良水観1号! 由良航空管制 “光学誘導開始せよ、繰り返す誘導開始せよ!」

 

“光学誘導開始せよ、繰り返す誘導開始せよ”

水観隊の隊長のヘッドセットに軽巡由良からの無線の声が飛び込んで来た

「由良航空管制! 水観1号了解 誘導を開始する!」

隊長は返答し、後席員へ

「仕事の時間だ。 敵の空母は見えているな」

「はい、捕捉できています。そのまま左旋回をお願いします」

後席員は直ぐに返事をした。

その後席員は、夜間飛行用の暗視ゴーグルではなく、VRゴーグルの様な物をつけていた。

いま、水観は敵艦隊の上空2000mで、雲間に隠れながら旋回飛行をしていた。

暗視ゴーグル越しに敵の空母をみる隊長

複数の艦影が、輪形陣とも複縦陣とも取れない乱れた陣形のままもがいているのが見て取れた。

隊長は、じっとその目標の空母を見た。

やや左に傾斜している

「伊号の攻撃が効いているな」

そう言うと急に、

「飛行甲板の昇降機! 見えるか!」

「えっ、と・・、あっ昇降機が降りています!」

後席員はVRゴーグル越しに見える敵空母の姿を答えた。

今 後席員の眼には、水観の左翼下に装備された小型LANTIRNポットが捉えた映像が映し出されていた。

 

“小型省電力型LANTIRNポット”

 

あかしの“水観近代化計画”の一つである。

護衛艦こんごうにとって、SH-60Kが精密砲撃の眼であるのと同様に軽巡由良にとって弾着観測機である水観は、砲撃精度を高めるツールであった。

そこで、あかしや、由良、水観隊の隊長はどうしたら砲撃を正確に命中させることができるかは喧々諤々の話し合いの末、出た答えが、“滑空誘導弾”なる構想であった。

本来なら、対艦ミサイルを装備すれば、話は早いのだが、そうなると兵器運用の概念が根底からひっくり返りかねない。

射程150km近い対艦ミサイルを運用するには、この時代の装備ではまだ力不足である。

下手に搭載すれば、敵味方識別装置を持たない友軍を味方撃ちし兼ねない。

そこで、考えたのは

目標まで、砲弾を飛ばす事はできるのである。

“要は当たればいいのだ”

「砲弾の精密誘導化」

これが可能であるなら、由良だけでなく、あの超弩級戦艦の砲弾も凄まじい威力を持つ射程30kmの音速ミサイルとなりえるのである!!!

軽巡由良とその水観には、その試作モジュールが搭載されていた。

 

 

水観隊の隊長は、ヲ級の甲板を睨み、

「そこだ! そこを狙え!」

「はい、照準固定します」

後席員は、右手に握る小型のジョイスティックを器用に操作しVRゴーグル内の照準レティクルを敵空母の艦橋横に位置する開放された昇降口へと合わせ、スティックを押しこみ、照準を固定した。

「照準固定!!」

「よし、誘導光照射開始!」

「照射はじめます」

後席員は、今度は左手に持つピストル型のジョイスティックの引き金を引く

すると、後席員のVRゴーグルに、水観に搭載された小型LANTIRNポットからレーザー光が照射され、真っ直ぐに敵空母の飛行甲板へと伸びた。

そして、甲板に照射されたレーザー光は、反射し、上空へと光の帯を伸ばした。

無論、不可視光線なので、肉眼では目視できない。

暗視ゴーグルや小型LANTIRNポットを通して可視化している。

水観妖精は、無線を通じ

「由良航空管制 水観1号! 照準固定完了! 砲撃開始してください!」

 

“砲撃開始してください!”

水観からの無線が、軽巡由良の艦橋に響いた

 

大きく頷く艦娘由良

モニターに映る陽炎、長波も頷いた。

由良は、大きな声で

「では、はじめます」

 

ぐっと呼吸を整えながら

「左舷砲戦! 目標! 水観指示の敵空母1番艦。弾種試作光学誘導弾!」

 

砲術長が、復唱しながら、インカムを使い各砲塔へ指示を出した。

一気に、緊張高まる艦内

由良の切れのある声が艦橋に響く

「よ〜く狙って!! てぃぃ!!!」

 

「撃てぃぃ!!」

砲術長の号令と同時に艦首2門、左舷1門 艦尾の3門

合計6門の14cm単装砲が同時に火を噴いた!!

 

“ドン、ドン、ドン・・・・”

 

重い発砲音が漆黒の闇に響く

 

艦娘由良は、ぐっと左舷 敵艦隊の方向を睨み

「お願い! 当たって!」

 

14cm単装砲から発射された砲弾は、音速に近い速力で敵艦隊を目がけ飛翔した。

発射後、直ぐに弾頭部分から小さな三角形のフィンが3枚展開した。

回転する弾頭の姿勢を安定させ、目標の敵ヲ級へ向け一直線に進む

 

真っ赤な航跡を引きながら飛翔する6発の弾頭は、群れを成しヲ級空母上空へと差しかかった。

その時 弾頭のシーカーは水観が照射したレーザー光を感知し、フィンが急激に弾頭の軌道を真下のヲ級へと捻じ曲げた。

 

 

ヲ級405号艦の昇降機内部へと、突如降りそそぐ6発の14cm単装砲弾

弾頭重量が40kgにも満たない軽量な弾頭であるが、今のヲ級を仕留めるには十分であった。

正にヲ級405号にとって地獄の時間が始まろうとしていた。

 

ヲ級の格納庫内では、潜水艦の攻撃によるものと思われる雷撃により混乱していた。

酸素魚雷が艦底で起爆した為、艦内のありとあらゆるものが衝撃で吹き飛び、ひっくり返った。

無論、艦載機も例外ではなく、係留用のワイヤーが衝撃で引きちぎれ、数機が天井近くまで舞い上がり、格納庫内で擱座したのだ。

幸い火災は起こらなかったが、大量の燃料が床面や壁面にまき散らされた。

吹き飛んだ機材や機体に多くの水兵妖精達が下敷きになり、阿鼻叫喚の格納庫内であったが、なんとかダメコン隊の活動で、負傷者の救助と格納庫内の換気を行っていた。

 

格納庫内で作業にあたる水兵妖精が、物音にふと何気なく天井を見た瞬間、再び艦内に衝撃が走った。

「おっ!」

声にする間もなく、衝撃は艦内を包み込んだ。

振り返り、換気の為開放していた昇降機口を見た瞬間、その水兵妖精達を猛烈な熱波が襲い、炎が全身を包んだ。

 

「おわ!!!!」

息も出来ないほどの熱波と閃光が格納庫内を走る!

そこで、水兵妖精達の意識は消え去った。

 

軽巡由良の放った試作誘導滑空砲弾は見事6発とも、ヲ級空母の昇降口に弾着した。

昇降機の解放部分から、飛び込んだ砲弾は納庫内で炸裂。

格納庫の天井に充満していた気化したガソリンに引火して爆発的な燃焼を起こし、艦内を一気に火が走った。

 

その瞬間、ヲ級405号艦の艦長は、艦橋の艦長席で、一言だけ

「な、なにが!!」

そう叫ぶのが精一杯であった

爆発的な燃焼が、艦内で起こった。

そして ヲ級405号艦に更なる不運が既に起こっていた。

伊号19号の雷撃により艦底に亀裂が入り、それが原因で、航空機用ガソリンタンクから大量の航空機ガソリンが艦底内部へと漏れ出していたのだ。

格納庫内で発生した爆発的な燃焼は、その気化したガソリンへとあっという間に引火したのだ。

その炎は艦内を瞬時に、灼熱地獄へと変貌させていた。

 

「弾着!!」

水観妖精は、機上から軽巡由良の放った砲弾が、全弾ヲ級を襲った瞬間を見た。

一瞬、ヲ級の昇降口に閃光が走った。

「んっ」

ほんの一瞬 間が開いた。

 

“カチッ”

脳裏に時計の秒を刻む音が響いた!

 

次の瞬間 その昇降口から凄まじい閃光が起きたのと同時に、ヲ級の飛行甲板がもこもこと波打ったかと思った瞬間、

“どっーん”

 

重い炸裂音が、上空を飛ぶ水観の機体を揺らした。

「おっ!」

咄嗟に操縦桿を握り直し、飛行姿勢を整えた水観妖精

視線をヲ級へ戻した時、ヲ級の昇降口や舷側の格納庫開放部から、眩い閃光と炎がまるで、暴れる大蛇のごとく飛び出した。

そして、急檄に膨れ上がったヲ級の飛行甲板は、大音響とともに甲板上にあった係留中の艦載機ごと空中高く、舞い上がり、粉々に砕けちった。

ヲ級の開口部という開口部から多数の炎がと吹き出し、周囲を真っ赤に染めていく。

 

水観妖精は息を飲んだ

そこは間違いなく“灼熱地獄”であった。

 

「由良、こちら水観! 敵ヲ級1番艦 火災発生! 大破状態!! 繰り返す! 敵大破!!!」

水観隊の隊長は、冷静に今の状況を軽巡由良へと送信した。

いや、冷静に報告したつもりであったが、声はまさに叫び声であった。

上空から見れば、その被害は一目瞭然であった。

既に周囲は炎上するヲ級により明るく照らされていた。

暗視ゴーグルを取り、炎上するヲ級を再び見た。

飛行甲板は既に原形をとどめていなかった。

いやヲ級自体が原型を留めていなかった。

艦底で気化爆発したガソリンにより、内部より膨れ上がり、舷側の外板が多数吹き飛び、原型を留めていない。

既に艦は大きく左舷に傾き始めていた。

飛行甲板右舷の艦橋はその構造物の半分を吹き飛ばされ、特徴的煙突からは多量の黒煙と炎が吹き上がっていた。

 

水観隊の隊長は、一言

「あれは、5分と持たん」

 

その言葉通り、ヲ級405号艦は爆発を繰り返しながら左舷方向に横転し、あっという間に波間にその船体を没しはじめていた。

だが、被害はそれだけではなかった

雷撃を受け損傷しヲ級に寄り添うように航行していた、ホ級軽巡も爆発の巻き添えをうけ、横転し、艦尾より沈み始め、周囲にいた駆逐艦にも巻き上げられた艦載機や可燃物が雨の様に降りそそぎ、右往左往しはじめていた。

 

上空から見ていた水観隊の隊長は、

「こりゃ、完全に混乱してるな」と驚きの表情を浮かべた。

 

しかし、一番驚いたのは他ならない艦娘由良であった。

試作砲弾が弾着した時、由良達は敵艦隊から距離1万5千を切り、敵艦隊の目前まできていた。

無線越しに聞こえる水観隊の隊長の「弾着!!!」の掛け声と同時に、敵艦隊のいる前方を睨む。

 

一呼吸置いて、次に由良達の眼に飛び込んできたのは、まるで天に向い昇る赤い龍と思えるほどの大きな火柱であった。

「えっ!」

あまりの派手な火柱に思わず声の出る由良

そして、

“どっーん”

爆発により生じた衝撃波が由良の艦橋の舷窓を揺らした。

状況が読めず、一瞬ポカ~ンとした表情で火柱を見る由良達

 

“由良、こちら水観! 敵ヲ級1番艦 火災発生! 大破状態!! 繰り返す! 敵大破!!!”

 

興奮気味の水観隊の隊長の無線が艦橋に響いた。

 

「えっ、大破なの?」

ちょっと状況が読めず、キョロキョロと周囲を見回す由良

由良だけでなく、艦橋に響いた全員の動きが止まった

 

それもその筈である。

命中率を高めた試作砲弾とはいえ、弾頭部分の炸薬量は40kgもない。

いくら6発全て命中しても、本来なら空母を“大破”などあり得ない話である。

由良としては、飛行甲板や昇降機を破壊できれば、御の字で本命はこの後の雷撃戦のつもりであった。

しかし、いきなりヲ級1番艦を一斉射で大破させてしまった。

「ちょっと、やりすぎたかしら・・・」

何処かで聞いたようなセリフを吐いた由良であったが、直ぐに、

 

「砲術長! 主砲目標変更! 敵空母2番艦! いける?」

砲雷長は、直ぐに

「戦術士官! レーダー測距」

「はい、選定完了。砲撃諸元伝達!」

軽巡由良のFCS-2が、混乱する深海棲艦空母部隊の中から逃げ惑うヲ級406号艦を探知した。

「艦長、試作砲弾は数がありません」

砲術長の問に由良は即座に返答した。

「弾種変更、通常徹甲弾!!」

砲術長は、各砲へ命令を伝達した。

 

「由良さん!先に砲撃します!」

モニタ―からの声の主は次艦の陽炎だった。

「敵の2番艦いける?」

「はい、既に長波と照準できています!」

由良らはすかさず、

「二人とも、砲撃始めて! この機会を逃さず敵空母を追い込みます!」

「了解!!」

陽炎、長波の返事がシンクロしながら返ってきたのと、同時に両艦から一斉に砲撃が始まった。

 

 

「艦長!航空士官です! 水観より入電! “敵駆逐艦に発見された模様、対空砲火多数”」

よく見れば、敵艦隊から上空へ向け赤い線が幾重にも延びていた。

「離脱させさない!!」

由良は厳しく命じた。

 

そして、

「6千まで切り込んで、水雷戦よ!」

ぐっと前方を睨んだ。

 

 

“どっーん”

その衝撃波は深海棲艦第三艦隊にも届いていた。

ル級無印の艦橋がビリビリと振動した。

「なんだ!」

ル級無印は、慌てて前衛空母部隊がいた方をみた。

薄っすらと水平線が赤く染まっている

 

「左舷方向に爆発閃光を複数確認! 前衛空母部隊の方角です!!」

見張り員の悲痛な声が艦橋に届いた。

ル級の横に立つ副長が

「空母機動部隊が攻撃されているのでしょうか!」

ル級無印は、渋い顔をして、

「状況が分からん! 無線はまだ使えんのか!」

後方にいた通信参謀が

「現状変わりありません、無線、無電共に妨害電波で使用できず、レーダーもノイズで機能しません」

「くっ、日本軍め!」

忌々しいと言わんばかりの表情で、闇夜の中の灯りを見た。

「やはり、空母部隊へ接近して状況を確認したほうがよろしいのではないでしょうか、転舵すれば、1時間以内に目視圏内にはいると思われますが」

副長の進言にル級無印は、

「この混乱状況の中、接近は危険だ」

静かにそう言うと、時計を見た。

「あと数時間で夜明けだ。艦載機を出して状況を確かめろ。それまで各艦の警戒を厳とし、戦闘準備態勢を維持せよ」

そう言うと、じっと闇夜を睨み、

「なぜ此方を狙わない」

急な問に副長達幹部は顔を見合わせた。

後方に控える参謀の一人が、

「此方に気が付いていないのではないでしょうか」

ル級無印は、

「その確証は?」

答えに詰まる参謀

ル級無印は、ムッとしながら

「もういい、どちらにせよ夜明けまで動くな。視界が確保でき次第、艦載機を出せ。状況が分からんのでは、戦いようもない」

「はい、直ぐに手配を」

幹部達は一斉に動き出した

ル級無印は、

「いったい何が起こっている」

そう言いながら、薄っすらと光る水平線を睨んだ。

 

ヲ級前衛空母部隊と由良隊との戦いはまだ続いていた。

ヲ級1番艦を撃沈した由良隊は、一気に敵陣へと切り込んでゆく

旗艦であるヲ級405号艦が撃沈され、混乱する前衛空母部隊

元々、対潜警戒の為 艦隊の駆逐艦は前方へ展開し対潜活動の為に縦横陣を形成しようとしていた所を、由良の砲撃を受け大混乱に陥った。

無線も無電も、そして頼みの綱のレーダーも使えず、旗艦であるヲ級を失い右往左往する駆逐艦達。

残るヲ級空母406号隻は、何とか態勢の立て直しを図るべく増速しようとしたが、炎上、沈没するヲ級405号や周辺にいた駆逐艦達に阻まれ身動きが取れない状態で、団子状態となって進んでいた。

そこに陽炎、長波の艦砲砲撃が始まった。

あっという間にヲ級406号艦に雨あられと砲弾が降り注いだ。

「攻撃よ! 攻撃!! 距離は1万を切ったわ! 今の装備なら必中距離よ!!」

駆逐艦陽炎の艦橋に、艦娘陽炎の檄が飛んだ

「敵ヲ級2番艦 命中弾多数! 本艦と長波の砲撃と思われます!」

艦橋の熟練見張りが双眼鏡越しに報告してきた。

沈没しかかるヲ級405号艦の炎に照らされた僚艦406号艦

その406号艦も陽炎と長波の砲弾の直撃を受けていた。

敵空母の左舷に集中砲火を受け、直撃弾が多数命中し閃光が走っていた。

「敵空母、速力低下しています!」

見張り員の声が響いた。

「敵の駆逐艦の反撃があるわよ! 雷撃まで皆! 耐えて!」

陽炎の怒鳴り声とほぼ同時に、敵の駆逐艦の5インチ砲弾が左舷後方で炸裂し、凄まじい水柱を上げた。

「まだ、照準が甘い! いまのうちにもっと近づくの!」

陽炎の叫びが艦橋に響いた

 

後方に位置する長波でも

「ってぇーい! 最後まで気を抜くんじゃないぞ!」

長波のドスの効いた声が艦内に響いた

「おう!!」

各所から、気合の入った声が響く

長波のFCS-2が、目標の敵ヲ級2番艦を的確にとらえ、刻々と諸元を修正し、それを各砲塔へと伝達する。

それから先は、砲手妖精達の独壇場だ。

いくら、自衛隊の支援の元、電算化が進んだとはいえ、12.7cm連装砲自体は今までのままである。

的確な照準操作と砲撃動作は全て手動にて行われる。

各砲 独立打法にて持てる力を最大限発揮していた。

双眼鏡で、敵ヲ級を見ていた見張り妖精は、

「ヲ級への至近弾、命中弾多数です。本艦の砲撃も有効弾があります!」

その時、敵の反撃が始まった。

艦首方向に水柱が上がった

「敵駆逐艦数隻、此方へ回頭始めました!」

「敵弾 左舷前方! 至近弾です!!!」

「損害なし!!」

見張り妖精や艦橋要員が次々と報告してくるなか、長波はじっと艦長席にすわり、

前方を睨む。

「艦長! 敵駆逐艦フタ! 本艦方向へ転舵します!!」

艦橋後部に増設されたレーダー班の水上監視レーダー員がインカムで報告してくる。

長波は、慌てることなく、口元の八重歯を光らせ

「ほう、この長波様に挑むってか! イ級如きが」

副長が、

「主砲照準変更しますか?」

だが、長波は冷静に

「照準はそのままヲ級!」

そう言うと、副長へ

「副長。今回の夜戦の目的は、敵空母艦隊の航空戦力を削り、明日以降展開する赤城さん達への地ならし。イ級如きの雑魚は、アイスキャンディー(25mm連装機銃)であしらっておきな!」

「空母さえ、行動不能にすれば、イ級なんかただの動く標的」

ときっぱりと言い切った。

その時、艦橋のすぐ前方を火の玉が横切った

「おう!」

一瞬驚く艦橋要員達

「敵の照準が正確になってきました」

やや焦る艦橋要員達

「慌てるな! ビビってると余計に弾が当たるぞ!」

長波はぐっと艦長席のひじ掛けを握りしめ

「焦るな」と小さく声にした。

 

“肉を切らせて骨を断つ”

 

“今ここで、照準をイ級へ変更すれば、ヲ級を取り逃がす。それでは夜戦を仕掛けた意味がない、堪えろ!!”

そう自分へ言い聞かせた。

ふと、ある言葉を思い出した

 

“逃げては、ダメよ!!”

 

言葉の主は、自衛隊の艦娘ひえいであった。

ある日、長波は自衛隊艦隊で一番砲戦が得意というひえいを訪ね、ストレートに

「砲戦の極意とはなんですか?」

と唐突に聞いてみた。

ひえいは、最初驚きながらも、ニヤニヤ顔になり、

「長波ちゃんのそういう直球勝負なところは、お姉さん気に入っているわよ」と言いながら、長波の頭を撫で、

「そうね、極意って程の物はないわ。日頃の教練の積み重ねで得た経験と優秀な装備。そして、その装備を使いこなす熟練の隊員妖精達、でも・・」

ひえいは一呼吸おくと

「最後は、やっぱり自分に勝つことかな」

 

「自分に勝つ?」

 

意外な答えに驚く長波に、ひえいは、

「どんなに装備が充実し、乗員妖精の練度が上がっても、恐怖を克服できないと話にならないわよ」

そう言うと、長波をじっと見て

「いい、此方が撃てるという事は、向こうも撃てる。そう砲戦はタイマン勝負なの! 気合で負けたら、部下はついてこないわよ」

 

「気合で勝つですか!」

「そう、指揮官はドンとしてなくちゃね」

ひえいは笑顔で、

「自分に負けない。安易な答えではなく、常に厳しい選択肢を選べる自分を目指しなさい」

長波の脳裏にひえいの声が響いた。

 

長波の視界に既に此方へと向かってくるイ級2隻の砲火が目視で見えだした。

「くっ、ここで退くわけには!」

長波は、気を引きしめた。

 

その時、先頭を行く敵イ級の回りで水柱が複数あがり、同時に先頭のイ級の艦首に火柱が上がった。

「陽炎ちゃんたちはそのままヲ級への砲撃を続けて! イ級は私が足止めします!」

その声の主は由良であった。

軽巡由良はヲ級1番艦を砲撃したあと、2番艦を指向しようとした時、イ級達の反撃が始まった。

まだ照準修正に余裕があったのだ。

長波は、

「よし! これで心置きなくヲ級を叩く!!」

ぐっと拳を握り

「見張り員! 6000切ったら敵の水雷攻撃に注意! こっちもそろそろ行くよ!」

「此方 水雷! いつでもどうぞ!」

艦橋内部にインカムで報告する水雷長の声が響いた

 

対する深海棲艦ヲ級406号艦は、左舷や艦橋に複数の命中弾を食らい、艦内で火災が発生していた。

「ダメコン隊 消火急がせろ」

艦橋では、艦長達が必死に指揮を執っていたが、そう言った側から、また敵の砲撃があり、

船体に衝撃が走った

「左舷前方に被弾! 至近弾多数!」

艦長は、艦橋で頭を押さえ、

「くっ、なんでこんなに本艦ばかりを狙う! ホ級やイ級もいると言うのに」

怒鳴りながら、

「奴らの眼はどうかしている! もしかしたら本艦しか見えていないのか!!!!」

執ように狙い撃ちされ、穴だらけにされる自分の艦

 

「火災を抑え込め!! 405号の二の舞になるぞ!!!」

副長以下の幹部達が艦内電話をつかみ、各所へ伝達するが、回線が途切れかかっていた。

「副長!! 第三艦隊ル級無印とは連絡は!!」

「だめです。無線は妨害されたままです!! 返答ありません!!!」

そう言う矢先に、今度は甲板に上に係留中のF4Fワイルキャットが、砲撃で吹き飛ばされ、粉々になりながら、飛行甲板の上を転がって、海面へと落下した。

既に飛行甲板はボロボロで、応急処置どころではない。

伝令が艦橋へ駆け込んできた。

「報告します! 機関室左舷に被弾!! 機関部に浸水! 負傷者多数です」

伝令は手短に報告した。

艦長達は伝令をみたが、白い水兵服は煤で汚れ、所々血がにじんでいた。

「機関長へ 機関を止めるな! ここで止まればいい標的だぞ!」

「はい!」

伝令は踵を返し、再び機関部へと戻った

敵艦からの砲撃は激しさを増して行った。

 

真っ暗な闇の中、由良隊の放つ砲火が周囲を赤く染めていた。

由良達の攻撃は佳境へと入り始めた

態勢を立て直した深海棲艦の駆逐艦が猛烈な反撃へと出た。

由良以下の三隻に、必死に抵抗を始めた。

 

“ダッン”

 

轟音と同時に巨大な水柱が駆逐艦陽炎の右舷に立ちあがった。

舞い上がった海水が、容赦なく陽炎を襲い、衝撃が大きく船体を揺らす

「至近弾!!!  夾叉されています!!!」

陽炎は艦長席の戦術モニターを睨み、

「敵空母まで7000を切った! あと少しの辛抱よ!! 今が踏ん張り時!! 攻撃の手を緩めるな!!!」

自らを鼓舞するように声を張り上げた。

だがその時、艦体を凄まじい衝撃が襲った

「くっ」

陽炎の体に痛みが走った。

「被弾っ、した」

陽炎は一瞬の苦痛に耐えながら、声を上げた。

陽炎の苦痛の声を聴き、慌てて駆け寄る副長

陽炎は手を上げ、

「ふん! これくらい! 大丈夫、それより被弾個所の確認と救護! 痛みは大した事は無いから」

自らの魂と艦の魂が融合して誕生した艦娘

艦に何等かの損傷があれば、それは艦霊を通して艦娘へ“痛み”となって跳ね返ってくる。

「第3砲塔付近に、敵弾! 火災発生!」

見張り員の声が艦橋に響いた!

副長は艦内放送で、急ぎ

「応急修理要員! 後部甲板! 火災発生!! 救護班も急げ!」

 

艦橋に伝令が飛び込んできた。

「報告します! 後部甲板ヘッジホッグ附近に敵弾! ヘッジホッグ大破。第3砲塔への水圧供給できません!」

「怪我人は!!」

「はい、艦長。 数名爆風でやられましたが、重傷者はいません」

伝令の第3砲塔班の砲術妖精に

「砲塔動かせないの!!」

「手動ならなんとか動かせますが、態勢整うまで暫し時間を!」

 

「いい、手が足らないなら飯炊きでもなんでも連れていって! とにかく一発でも多く撃ち込むのよ!」

 

「了解です!」

伝令の砲術妖精は駆け足で再び艦橋を飛び出した。

再び、駆逐艦陽炎の前方に水柱立ちあがった

海水は容赦なく艦橋を襲う

「ふん!!」

陽炎は、気合を入れ直し、インカムを左手でつかむと、

「水雷長!!もうすぐ敵艦との距離6000! 方位盤計算いい!」

多少雑音が入るが、水雷長の声が返ってきた。

「電探測距数値の入力終わりました。 方位盤設定準備ヨシ! 合図あれば行けます!」

「水雷長! 由良さんから、統制射撃指示があります! 回線回すから、此方に構わずぶっ放して!」

「了解です!」

その間にも、陽炎や長波に敵の砲弾が降り注いだ。

揺れる船体

「もう少し!」

陽炎は、ぐっと歯を食いしばった。

 

 

「そろそろ限界かしら」

艦娘由良は、艦橋で副長に向いそう言うと、戦術ネットワークを通じて

「艦隊! 雷撃戦用意!! 目標敵ヲ級2番艦!」

 

副長が復唱する。

既に由良の左舷2基4門の魚雷発射管は回頭を終え、敵空母を指向していた。

「左舷魚雷発射管、全発射管準備ヨシ!」

直ぐに由良水雷長の返答が艦橋のスピーカーから流れた

 

「陽炎水雷! 準備よし!」

「同じく 長波!!」

手短に後続艦からも返事がきた。

 

既に各艦とも目標を定め、発射管を回頭させていた。

 

「目標 敵艦との距離! 6000!!!」

FCS-2を操作する戦術士官妖精の声がスピーカーから流れると同時に由良は、ぐっと息を飲み。気合を込めて

「行きます! 各艦 魚雷撃て!!!」

 

“魚雷撃て!!!”

 

艦娘由良の気合の入った声が、水雷妖精達の耳に入った瞬間、

「てっ!!!!」

水雷長の号令一過、一斉に由良の左舷魚雷管2基4門の魚雷発射管から、次々と海面へと打ち出される九三式酸素魚雷改

同時に陽炎、長波からも16本の酸素魚雷が撃ちだされた

海中へと姿を没した九三酸素魚雷改は、直ぐにエンジンを起動。同時にジャイロを安定させた。

この酸素魚雷。“改”と名が付くには理由がある。

そうあかしにより、魔改造されていた。

後部の機関部と、炸薬量はそのままにして弾頭部分に、音響追尾機構を組み込んである。

実質的世界初の音響探知魚雷といっていい物である。

以前、瑞鳳隊が使用した魔改造された航空魚雷と同じ仕組みで、

着水後、一定距離直進し、その後一番近い音源へ向け進路を調整修正するという仕組みである。

実は、あかしはこのタイプを作る前に、九三式酸素魚雷の弾頭部分に完全追尾式の誘導装置を組み込んだ試作品を製作したが、ことごとく失敗した。

原因は、酸素魚雷が急激な姿勢変化に対応できず自壊し誤爆するのだ。

あかし曰く 九三式酸素魚雷は“猪突猛進の猪以下の代物”と言わしめた。

かと言って いきなり12式短魚雷のような高性能の魚雷を搭載できない理由もあった。

元々自衛隊の装備する短魚雷は、対潜水艦用であり、艦隊戦に使用できない。

あかしや由良達は喧々諤々の議論を重ね、九三式酸素魚雷の改良を進めた。

九三式酸素魚雷は当たれば確実に軽巡なら轟沈、戦艦でもバイタルパートに一撃を食らわす事ができる性能を保持しているが、なにせ中々当たらない。

ならば、当たる様にすればいい、いつも惜しいところまで行くなら、最後だけきちんと音響追尾できるだけで、命中弾は増える。

由良達はそう確信した。

そういう試行錯誤の上、生み出されたのがパラオ式九三式酸素魚雷改である。

 

敵空母へむけ20本もの酸素魚雷が海中を突き進む

 

「敵に回避の暇を与えるな! 頭を押さえて!」

陽炎は艦橋で怒鳴った。

長波と共同で敵ヲ級2番艦の動きを止めた陽炎であったが、敵駆逐艦の反撃も激しく、所々で被弾しはじめていた。

5インチ砲弾が至近距離で炸裂し、敵艦艇から時折20mm機関砲弾が襲って来た。

此方も負けじと、12.7連装砲が火を噴き、25mm連装機銃が応戦する。

そんな混戦状態での雷撃戦となった。

艦橋に

「全魚雷の発射を確認!!」

陽炎水雷長の声がスピーカーから流れた。

 

陽炎は即座に、

「由良さん! 陽炎 全魚雷の発射完了!!」とインカムへ怒鳴った。

続く長波も、

「同じく 長波! 完了!!」

やや声が詰まっていた。

 

由良は決断した

“ここまでね”

 

「艦隊、一斉回頭!! 面舵! 戦域を最大戦速で離脱!」

由良の号令とほぼ同時に副長が復唱し、操舵手が操舵輪を思いっきり回した。

艦橋が、軋みながら左へと傾くのと同時に艦首が右へと鋭く切れ、反転進路へと入る。

「主砲! 牽制射撃を継続! 敵のイ級を近づけさせないで!」

「はい! 艦長!」

砲術長がインカムを使い各主砲へ各個射撃を命じた。

ここまで来れば、命中させる事より、牽制し近づけさせない事が大事だ。

 

追撃しようとする敵イ級2隻へ由良の砲火が集中した。

イ級の周囲に砲弾が降り注いだ。

その時、突如、イ級の上空から赤い航跡が複数イ級達へ降り注いだ

 

「てええぃぃぃ!」

急降下しながら、水観隊の隊長は雄叫びを上げた。

「隊長!! 水面みえてるんでしょうね!!」

後席員が不安そうにいうと、

「うんなもん! 分かるかばろー!! ここは気合と根性だ!!」

そう言いながら、機銃の機銃発射把柄を握った。

機首の7.7mm機銃2門が、由良達を追跡しようとするイ級の艦橋へ向け吸い込まれてゆく。

高度計の針がクルクルと回り、急降下しているのが分かる。

「こなくそ!!!」

声にならない声を上げながら、機首を引き起こし、機体を捻る水観隊の隊長

複葉機の特徴である低翼面荷重を生かし、一気に上昇する水観

水観は、右へ大きく捻り込みながら、反復し再び、急降下姿勢に入った

「由良には、近づけさせん!!」

 

 

由良達を追尾しようとした、イ級2隻は突如、上空から機銃掃射を受け混乱した。

慌てふためき、探照灯を上空へ照射したり、照明弾を打ち上げ機銃掃射を行なう機体を探したが、動きが早く察知できない。

混乱した対空機銃員たちが、月明かりに映った雲の影向け無茶苦茶に対空機銃を撃ち始めた。

混乱した指揮系統がそれに拍車を掛けた。

“日本軍の夜間空襲だ!!!”

 

たった1機の水観の攻撃で、完全に統率を失った2隻イ級

しかし、イ級の不運はそれだけではなかった。

由良達を追尾に掛かった2隻のイ級は運悪く、ヲ級を狙った雷撃の射線上を進んでいた。

 

突如 2隻のイ級の後部が数m海面から浮き上がった!

それと同時に、周囲に凄まじい水柱が立ち昇り、2隻のイ級駆逐艦を飲み込んだ。

轟音が、複数闇夜を切り裂いてゆく

 

水柱が収まり、再び2隻のイ級が、海面上に姿を現した時、既にイ級は本来の姿を留めていなかった。

両艦とも、船体が大きくゆがみ、見ただけでダメージを受けているのが分かった。

1隻は船体がへの字に折れ曲がり、もう1隻は完全に艦尾が損失していた。

上空で、旋回飛行する水観隊の隊長は、その姿を見て

「ありゃ、ダメだな」

直ぐに両艦とも船体を海面へ没し始めた。

への字に折れ曲がったイ級はゆっくりと横転しながら船底を海面上へと晒し、もう一隻は、破壊された艦尾から沈み始めていた。

開口部という開口部から、海水が吹き上がり、飛沫を上げているのが見えた。

煙突から、黒煙が消えた瞬間

先頭のイ級が大爆発を起こし、粉々に砕け散った

「おっ!」

水観隊の隊長は、慌てて距離を取った。

「機関部に海水が入ったな、水蒸気爆発か」

由良隊を追跡していた2隻のイ級は、完全に水面下へと没した

「由良航空管制! 水観。 敵イ級フタ、雷撃により撃沈!」

「水観、航空管制。レーダーにより確認した。他の艦艇は!」

「確認する!」

水観は、他の艦艇を確認する為に、高度を取り始めた

高度を取り始めた水観に、衝撃波が襲った

 

“どんーん”

腹に響く衝撃波が、数回水観を襲った。

暗視ゴーグル越しに、その衝撃波の方向を見た。

そこには、水柱が少なくとも4本立っていた。

2本がホ級軽巡の艦尾、そして、残りの2本はヲ級空母の艦尾と船体中央部付近から立ち昇っていた

「やったか!!!」

ぐっと水柱を睨む水観隊の隊長

しかし、距離があり、見えにくい

後席員へ

「そっちではどうだ!」

 

小型LANTIRNポットで捉えた映像を確認した後席員は

「はい、はっきりと見えます! ヲ級に2本 ホ級2本の命中!!」

「よし!」隊長は直ぐに無線で

「由良艦橋! 水観! 敵ヲ級、ホ級各一隻に命中弾を確認!」

すると、直ぐに

「水観! 由良です! ヲ級に命中したのね!」

「はい、艦長!」

 

由良は即座に由良へ

「用は済みました! 長居は無用! 撤退します!」

水観隊の隊長は

「艦長! 戦果の確認は!」

「それは、もっと上の方から確認してもらいます! 急がないとル級艦隊に追いつかれますよ!!」

 

それを聞いた水観隊の隊長は、

「了解です、速やかに戦域を離脱します!」

あっさりと進路を西へと向けた

由良隊が過ぎ去った海域では、ヲ級を始め損害を受けた艦が必死に生き残る為の戦いを始めた。

 

 

その状況を上空から密かに見守る無人偵察機MQ-9

その映像は、さらに上空で待機するE-2Jを経由して南方海域で待機する自衛隊艦隊、旗艦いずもの艦隊司令部へと送信された。

艦隊司令部施設(FIC)の群司令官席に座る由良司令は、じっと中央大型モニターに映る暗視映像を見ながら

「予想以上に上手くいったな。あかしのおもちゃは」

横に座る艦娘いずもは、呆れながら

「おもちゃね~、その割には、お値段高いわよ。かなりの量の資材とナノマテリアルを消費したわよ、あの砲弾と誘導装置」

自衛隊司令は

「だが、効果はあった」

「そうね、砲撃した6発、全弾命中。即席の誘導弾としては上出来かしら」

司令は、

「魚雷もまずまずといったところか」

「まあ、20本近く発射して6本命中。そうおもえば御の字かしら」

いずもは、続けて

「こう言ってはなんだけど、魚雷よりMLRSの様なロケット弾の方が良くない?」

「確かに、魚雷は柔軟性に欠ける。そう言う意味ではロケット弾が一番だ、今回の結果を踏まえて、パラオ泊提督を交えて、検討しよう」

既に自衛隊司令の脳裏には次の戦いの図式が組み上がりつつあった。

 

いずもは、映像を見て

「ホ級は、ダメのようね」

そこには、横転し船底を晒すホ級の姿があった

「ヲ級は流石にしぶといか」

司令の視線は、喫水線を下げながらも辛うじて航行するヲ級406号艦の姿があった。

「酸素魚雷を2本も受けて、まだ浮いているなんて」

やや呆れ顔のいずもへ、横に座る鳳翔が、

「いずもさん。たぶん射角が甘かったか、艦底で起爆せず通過後に起爆したのではないでしょうか?」

鳳翔の問に、自衛隊司令は

「鳳翔さんの考えがほぼ正解か。まあどちらにしろ急造品だ。戦果があるだけ良しとするか」

そう言うと、いずもへ向い

「戦果情報の通知は?」

自衛隊司令の問にいずもは

「今、偵察班を中心に確認作業中よ。直ぐにトラックの大淀さんへ送信してあとはいつもの流れね」

すると、自衛隊司令は、広域戦術情報を表示したモニタ―を見て

「そろそろ、南雲さん達が動き出す頃合か」

その視線の先には、赤城を旗艦とする第一航空艦隊のブリップが煌々と光っていた。

 

 

その夜、空母赤城の艦橋で、第一航空艦隊司令である南雲中将は、司令官席に座ったまま、腕を組み、ただじっと瞑目し、揺れる空母赤城に身を任せていた。

艦橋には、空母赤城の機関音と、波の音だけが流れていた。

瞑目する南雲へそっと赤城が

「南雲司令。夜も更けてまいりました。公室でお休みになられますか?」

と声を掛けたが、南雲は静かに目を開け、一言だけ

「いや、今はいい」

そう言うと、静かに艦橋の時計を見た。

「そろそろか」

赤城は、

「イクちゃん達が仕掛けると大淀さんから連絡がありましたが、出来るのでしょうか?」

赤城の問に、南雲は、

「彼女達ならやる。その為にわざとピキニン諸島での伊号隊による輸送船攻撃を頻発させ、敵に潜水艦部隊は北上していると思わせる情報を流した。これも宇垣参謀長や黒島の思惑の内。いや・・・、彼の思惑か・・」

赤城は、周囲に聞こえないように

「あの方ですね、司令」

「そういう事だ。となると、パラオも黙ってはおらんだろうな」

「はい、最新の情報では、由良さんが反転攻勢に出たとの事です」

赤城の報告に、南雲司令は、

「誰を連れて行った?」

「はい、情報では陽炎に、長波です」

南雲は、

「三艦とも、最新の電探装備だったな」

「はい、機密資料には、由良さんの電探は水上探知距離40km、上空探知120km以上。個別の識別が可能とのことです」

赤城は続けて

「敵前衛空母部隊の上空には、いずもさんの電探偵察機が監視していますので、敵情は此方へ筒抜けです」

南雲は、笑みを浮かべながら

「これで、負けたら一生笑い者だな」

そう言うと、

「一度見てみたい物だな、その電探を使った夜戦というのを」

「南雲司令?」

赤城の声に南雲は

「いや、なに、元々俺は水雷屋だ。今までの闇夜に突っ込む夜戦ではなく、“見える夜戦”というのに興味はある」

続けて、

「トラックで秋月から電探の説明を受けたとき、思ったよ。以前は“電探なんぞ闇夜の提灯、役に立つどころか、此方の居場所がばれて元も子もない”と思ったが、今ある技術が全てではない、まだ先があるのだとね」

南雲は、静かにそして重く声に出した

「この戦いで、多くの将兵が、そう“開眼”してくれれば、やる価値はあるということだ」

 

赤城は、そっと

「はい、司令。私もそう思います」

と静かに頷いた。

 

静かな艦橋に、突然、重く水密ドアの開く音が響いた

ドアより入って来たのは、通信妖精である。

「報告します! トラック泊地情報統制艦 大淀より入電!」

南雲と赤城はその通信妖精の顔を見た。

妖精兵の口元に笑みが見えた

“いい知らせか”

南雲は直感した。

もし、都合の悪い知らせなら静かに、赤城か草鹿にそっと見せる。

堂々と言うという事は、吉報という事だ

「うん、読め」

南雲は、そっというと、通信妖精は艦橋全員に聞こえる様に大きな声で

「本深夜、敵前衛空母部隊へ対し、伊号潜水艦部隊が雷撃戦を実施! 敵ヲ級正規空母、並びホ級軽巡 イ級駆逐艦各一隻に甚大なる損傷をあたえる」

 

“おおっ!!”

赤城の艦橋に声が響いた。

通信妖精は、続けて

「伊号潜水艦部隊の攻撃の後、パラオ泊地軽巡由良以下3隻が敵空母部隊へ夜戦を敢行! 損傷したヲ級1隻、ホ級2隻、イ級2隻を撃沈。残るヲ級1隻にも甚大なる被害を与えた模様」

南雲はそれを聞き、指揮官席から立ちあがると、

「敵の空母! 一隻は沈めたのだな!」

「はい! 南雲司令」

通信妖精は電文を赤城へと差し出した。

そこには、攻撃された敵前衛空母部隊の損害の詳細と、現在位置が記入されていた。

 

赤城は、さっとそれを読み

「敵の前衛空母部隊の生き残りは ヲ級が1 イ級が3です。ヲ級は喫水線を下げているとの事です」

南雲は、チャートデスクの前まで来た

そこには、今までの情報をまとめて記入しある海図が置かれていた。

ぐっと海図を睨む南雲

 

“カン、カン、カン”

 

階段を勢いよく上がってくる複数の足音が艦橋まで響いた。

艦橋のドアが勢いよくあき、最初に飛び込んで来たのは、草鹿参謀長、続いて源田航空参謀、他の幹部も続々と艦橋へ雪崩込んできた。

息を切らしながら、草鹿参謀長は

「司令!」

「おう、イク達とパラオがやったな!」

草鹿参謀長は、

「はい、これで此方がかなり有利になります! 空母の残りは5隻!」

すると、南雲は

「いや、4隻にする!」

「はっ?」

草鹿や源田達へ向い、チャート上の敵前衛空母部隊を指さし

「この生き残ったヲ級を叩く。そうすれば、必ず奴らも食いつく」

そう言うと、そっと指を動かした

その指先には、敵空母部隊本体の4隻の予想位置が書かれていた。

 

「南雲司令、呼び水ですか」

「そういう事だ、草鹿」

その時、再び通信妖精が入ってきた。

敬礼すると、大きな声で

「二航戦 飛龍より入電です」

そういうと、電文を草鹿参謀長へと渡した。

それを一読した草鹿参謀長は、

「山口司令も同様のようです。既に攻撃隊の編成を開始したとの事です」

「うむ」

南雲は頷くと、

「源田、赤城。一航戦からは護衛戦闘機隊を編成しろ」

「はい」

両名が返事をすると、南雲は

「敵の前衛空母部隊は既に航空機運用機能は損失していると判断するが、敵の空母本隊との遭遇戦も危惧される。護衛は十分つけろ」

「はい、2個小隊 12機を編成します」

源田航空参謀は返事をすると、直ぐに編成作業に入った。

南雲は続けて

「草鹿! 利根、筑摩に下命! 速やかに該当海域へ水偵隊を進出させ敵前衛空母部隊の発見を急げ」

「はっ」

幹部達は攻撃へ向け、一斉に動き始めた。

 

草鹿は、南雲へ

「司令。こうなると、ここにいるル級艦隊もなんとか」

そういうと海図上のル級無印艦隊を指さした。

しかし、南雲は首を横へ振った。

「狙いを絞ろう。あれこれ出来る程俺達は器用じゃない」

海図の前に立つ南雲は、草鹿や赤城に

「このヲ級艦隊を攻め落せば、近くにいるル級艦隊は、攻撃隊の飛来方向から俺達の位置を予測する。後をつけてくれば、そこに待ち構えるのは・・・」

そう言いながら、海図上で指先を動かした。

 

「長門さんの41cm砲ですね」

 

赤城が笑みを浮かべながら答えた。

第一航空艦隊の前方には、既に大和、長門の各遊撃隊が展開していた。

攻撃隊を追ってくれば、そこには大和達が待ち構える事になる恰好であった。

「赤城、大和の聯合艦隊司令部へ“ヲ級追撃”の報を入れてくれ」

「はい、南雲司令」

赤城は通信妖精へ命じ早速、電文の作成に入った。

 

南雲は、ぐっと海図を睨み

「これが航空戦の始まりとなるか・・・」

静かに呟いた

 

 

 

“チン、チン、チン・・・”

 

空母飛龍の甲板上では、警告のベルの音が響き、昇降機がせわしなく動き、次々と艦載機を飛行甲板上へと押し上げていた。

押し上げられた艦載機は、薄明かりの中、艦尾まで整備士妖精達に押され、綺麗に整列される。

その作業を、艦橋横の見張り所からじっとみる第二航空戦隊 司令の山口多聞少将。

九七艦攻は航空魚雷、九九艦爆は二五〇kg艦艇用爆弾を装備し、出撃の時を待っていた。

山口司令は、横に立つ艦娘飛龍へ

「編成は?」

「はい、艦攻隊は赤城さんからお借りした二個小隊、艦爆隊は私の隊から同じく二個小隊をだします」

すると飛龍は

「あの~、多聞丸。蒼龍からは出さなくていいの?」

「うん? 構わん」

山口は、その貫禄のある体を振り向かせ、飛龍へ

「これはあくまで、前哨戦。食前酒すらならん戦いだ」

しかし、表情は厳しいまま

「だが、手を抜くわけにはいかん。敵の空母をうち漏らせば、後々面倒になる」

すると、飛龍は、少しもの言いたげに、

「司令、情報によるとすぐ近くにル級艦隊がいるそうだけど?」

「それには構うな」

「相手にしないって事ですか?」

「そう言う事だ。南雲長官の訓示を忘れたか! “一に空母、二に空母だ!”まずは制空権確保が第一。もしル級艦隊を叩く必要があるなら、草鹿参謀長から指示がある。今回は敵前衛空母部隊の殲滅が目的、他に構うことはない」

飛龍はむっとした顔で、

「なんかつまんないです。獲物がそこにいるのに」

山口は、急に表情を緩め、右手で、飛龍の頭を撫でながら、

「心配するな、戦艦も空母もまだまだいる。機会はある、それまでとっておけ」

「はい、多聞丸!」

なんとなく山口に言いくるめられ、納得する飛龍

山口は

「副長、あとどれ位で、準備できる?」

「小一時間もあれば」

「うん、日の出に間に合う。急がず確実に行え。菊月以下の護衛部隊へ“対空警戒を厳とするように下命!”」

「はっ!」

副長は直ぐに指示に取り掛かった。

山口は、見張り所から、海面に映る月を見た。

口元に笑みを浮かべ

「夜明けと同時、まずは最初の一発を食らわすとするか」

 

その頃、重巡洋艦利根の後部甲板では、水偵隊が次々と発艦準備に入っていた。

「カタパルトは、異常は無しだな!」

利根艦橋で艦娘利根は艦長席に座り、甲板員から報告を受けた。

「はい、現在3番機の発艦作業中です!」

艦娘利根は、艦橋の時計を見た。

午前4時を回っていた。

「夜間である! 安全確認を怠るでない!」

「はい!」

甲板員は返事をすると後部甲板へと戻って行った。

利根副長が、

「艦長、やけにカタパルトにこだわりますな」

すると利根は、怪訝な顔をして

「いや、南雲長官や赤城が、ことある毎にの、“カタパルトは大丈夫か?”と聞くのでな“」

副長も不思議そうな顔をして

「艦長、心当たりでも?」

「ある訳ない。筑摩共々、整備は万全じゃ! その証拠にあと2機で発艦は終わる」

艦橋に零式水偵のエンジン音が響いた。

高まるエンジン音と同時にまだ夜明け前の薄明かりの空中へと、零式水偵が射出されてゆく

「利根3号機! 射出!! 続いて4号機射出します!!!」

艦橋横の見張り所から報告が入った。

高まるエンジン音と同時に 空中へと打ち出された利根4号機

艦橋横をすり抜け、上空へと向かう零式水偵を見て、利根は一言

「でかいのを見つけてくるのじゃ!!」

 

南雲機動部隊が動き始めた頃、その前方に展開する大和、長門を中心とする戦艦群にも動きがあった。

大和艦内では、戦闘準備態勢のまま、交代で眠りにつく水兵妖精達

静まり返る艦内の中、聯合艦隊司令長官室に連なる幹部士官室では、慌ただしい動きがあった。

次々と入電する情報をまとめ、海図へと進行状況を落とし、黒板に時系列に入電情報を記入してゆく聯合艦隊前線司令部要員達。

 

“コン、コン、コン”

活発な動きを見せる前線司令部要員達を見ながら、艦娘大和は、静かに聯合艦隊司令長官室のドアをノックした。

直ぐに中から返事があった。

「入れ!」

大和は静かにドアを開けると、山本がベッドに腰掛けていた。

大和を見るなり

「動きがあったか?」

「はい、山本長官」

大和の笑みを見た山本は急ぎ立つと、鏡の前に立った。

直ぐに、大和が持つ上着にそっと片腕を通し、身支度を整える。

深夜といえ、聯合艦隊司令長である彼にとって規律と威厳を保つ為に、身なりはしっかりと整える。

それが例え戦場であっても変わる事はない。

“上に立つものが、やって見せなければ、下は動かん”

それが、彼の信条でもある。

山本が、聯合艦隊司令として、配下の部下から絶大な支持を受けるのは、その人柄もさることながら、自らに厳しいからである。

“遊ぶ時は、思いっきり遊び、やるときは、全力で戦う!”

これを実践してきたからこそ、配下の将兵から慕われるのである。

 

鏡を見て、身支度を整えた山本は振り返り、艦娘大和へ

「どうかな?」と一言いうと、大和は、笑顔で

「はい、いつもの聯合艦隊司令長官です」と答えた。

山本は内心

“大和もこう言う所は、まだまだか。あいつなら、あれやこれやと言う所だが・・・”

そう思うと、静かに長官公室から幹部士官室へと進んだ。

 

大和が静かにドアを開けると、元気な声で士官室付きの水兵妖精の声が響く

「聯合艦隊司令長官 入室!!!」

 

士官室内の幹部達が一斉に姿勢を正した。

山本、そして大和と室内へと入る。

「動きは?」

山本はそう言いながら、中央の大テーブル上の海図を見た。

そこには、青、赤の大小さまざまな駒が並び、各種の情報が書き込まれた、メモ紙が海図上に画びょうで止められていた。

宇垣参謀長が山本の横に立ち

「南雲達が、敵前衛空母部隊へ止めを刺しにいくとの事です」

「制空権は我にありという事を相手に知らしめるためにだな」

「はい。同時に、この敵ル級艦隊を当方へおびき寄せる為でもあります」

そういうと、敵ル級無印艦隊の駒を指さした

「南雲達の本命。敵の空母機動部隊は?」

山本の問に宇垣は、

「自衛隊からの情報によると、現在位置はここに」

敵空母部隊本体の赤い駒を指さす宇垣参謀長

じっと戦況状況を見た山本は、

「宇垣、この敵前衛空母部隊を餌に、双方の航空戦が始まる事になりそうだな」

「はい、それと同時にこちらはこのル級無印艦隊と遭遇戦を装い、敵の判断力をそぎ落としていく所存です」

それを聞いた山本は

「“ぼや”も一斉に起きれば大火となるか」

「はい、そういう事です」

山本は、

「敵の司令長官は今頃、情報途絶に悩んでいる頃か」

「はい、自衛隊の協力で、電波障害が功を奏しているようです。敵各隊の連携は途切れがちです」

山本は腕を組むと、

「通信障害が終わった時、向こうの指揮官は、何を思うか・・・」

じっと海図を睨んでいたが、不意に

「宇垣、暫くここを頼む」

「はい」

宇垣の返事を聞くと山本は

「上へあがる」

そう言い残して、士官室を後にした。

直ぐに、従卒兵と艦長の大和が後を追った。

その姿を宇垣参謀長は、

「五分で勝つか。長官も厳しい所か」

と呟いた。

 

山本は、通路に出ると、静かに艦内を歩き始めた。

後に着く大和は

「艦橋に上がられますか?」と聞いたが、山本は黙ったままであった。

艦橋へ上がるなら、幹部が使うエレベーターがあるが、それには乗らず、

一旦外へ出た。

そして、無言のまま、階段を昇り始めた。

“カン、コン”

波音に紛れ、山本や大和の足音が階段に木霊する。

途中、見張り業務に着く見張り妖精達とすれ違った。

夜明け前の薄明かりの中、突如階段を登ってきた山本の姿を見た水兵妖精達は姿勢を正し、敬礼した。

山本は、ただ

「うむ、ご苦労」

と声をかけ、再び艦橋を目指し、階段を登る。

山本は、上を見上げ一言

「長門なら、艦橋に着く頃だが、流石大和はつかんな」

そう言いながら、黙々と操舵艦橋を目指し階段を登る。

そして、操舵艦橋横の見張り所までくると、立ち止まり、じっと水平線をみた。

微かに夜明け前の光が、水平線を赤く染めた。

 

山本は、手摺に手を添え、じっと水平線を睨んだ。

潮風が、山本を包み込む

「対馬沖のあの時・・・」

静かに語り始めた山本

「はい?」

横に立つ大和が聞くと

「日本海海戦のあったあの時、俺は日進に乗り、少尉候補生として伝令担当だった」

 

山本は、じっと赤く染まり始めた水平線を見た。

「あの時代、日本は瀕死状態だった。明治維新と同時に開国したはいいが、周囲は既に欧米、そして清にロシアと敵ばかり。国として生き抜くのが精一杯の状態。そんな時、ロシアと一戦交えるとなり、海軍は備えた。いや日本全てが備えた“その時”の為に。そう言っても過言ではなない。もしバルチック艦隊を無傷で通過させ、ウラジオストクへ入港されれば、陸軍は窮地に陥る。態勢を整えたバルチック艦隊に対し、此方は打つ手がない。どうしても入港前に捕捉し、一隻でも多く沈める事ができれば、戦局が有利になる。皆そう考えた。だが、相手はあの黒海で無敵を誇るバルチック艦隊。そう易々とはいかん。それは誰もそう思った。俺だけじゃない、あの東郷提督もそう思っていた。だからこそ我々は備えた」

山本は一呼吸おくと、

「皆、勝てる自信があった訳じゃない。だが負ける気もしなかった。俺達は“その時”の為に教練を積んできた。今もそれは変わらん! “その時”の為に兵は存在する!」

強く声に出した。

山本は、振り向くと、一言

「戦(いくさ)とは、何時になっても難儀なものだ」

そう静かに呟いた。

 

朝日が水平線を赤く染め上げる頃。東へ進出した零式三座水偵 “利根4号機”の機上では、機長が操縦桿を握りながら、周囲を見回した。

雲底が予想より低かった。

時折、低く垂れこめた雲が視界を遮る。

「機長! どうします! このままだと下が見えません!」

後席機銃員の声が伝声管を通じて聞こえた。

機長は即決した。

「仕方ない! 雲の下にでるぞ!」

このまま雲中を進んでも、埒が明かないと判断した機長は、スロットレバーをほんのわずか絞り、機体を降下させた。

雲中を抜け、雲の下に出た、

直ぐ真上に、雲の底がべったりと張り付く

「機長! そろそろ予定空域です!」

「よし! 見張りを厳としろ! 機銃も用意しろ! 相手は空母だ、艦載機が上がっているかもしれん!」

「はい!!」

中席の航法士、後席の機銃員が同時に答えた。

機長は、周囲を見回しながら

「こう言う時、三座は有難い」と声に出した。

偵察機とは、その名の通り、敵支配地域へ侵入し、敵情を偵察する任を帯びているが、この時代、索敵の主力は“眼”である。とにかく眼の多さが索敵の優劣を決めるといっていい。優秀な搭乗員の索敵眼力は、当時の電探より数倍有能であった。

利根、筑摩の水偵妖精達は日々鍛錬を重ねた精鋭揃いであった。

「第一航空艦隊の眼となる」

それを合言葉に日々、教練と鍛錬を積み重ねて来た猛者達であった。

 

皆で、周囲を探索する。

上空の警戒をする機銃員

海図を見ながら、位置を確認し、周囲を探索する航法員。

操縦桿を握り、水面上を見る機長

その時、中席の航法員妖精が、

「機長、右二時方向、水平線手前! 黒煙複数!!!」

「なに!」

機長は、指示された方向を見た。

そこには、複数の黒煙が立ち昇っていた。

「よし、確認に行くぞ!」

直ぐに操縦桿を右へ切り、機体をその方向に向ける機長。

「航法士! 現在位置を確認! “複数の黒煙を確認”と赤城へ打電しろ!」

「はい、しかし、いいのですか? 敵艦を確認できていませんが」

航法士の問に機長は

「とにかく今は時間が味方だ! 敵が此方に気づく前に誘導するぞ!」

「はい!」

航法士は直ぐに無電を打ち始めた。

 

 

無電は、直ぐに赤城へと届いた

赤城艦橋の鋼鉄製のドアが開き、通信妖精が駆け込んできた

「報告します! 利根4号機より入電。該当空域にて複数の黒煙を発見、接近確認するという事です」

電文を草鹿参謀長へと渡す通信妖精

電文には、発見時の座標が記載されていた。

直ぐに、源田航空参謀達が座標を元に、位置を特定する。

「本艦から東へ400㎞程の距離です。攻撃可能圏内です!」

南雲は、海図上に落とされた、その位置を見た。

そっと赤城へ

「どう思う?」

すると赤城は、

「位置的には、敵前衛空母部隊だと思われます。ル級無印艦隊はもう少し北よりかと」

赤城の返事と同時、再び艦橋に別の通信妖精が入ってきた。

「第二航空戦隊 飛龍より入電。利根4号機通報の海域へ向け、攻撃隊を発艦する! 以上です」

大きな声で報告した。

 

「山口は気が早いな」

南雲の声に一瞬 艦橋に笑いが出た。

源田航空参謀が、

「司令、どうしますか?」

南雲は、短く

「やろう」と答えた。

直ぐに、幹部が艦橋から飛び出た。

艦内放送がかかり、

「戦闘機隊! 発艦準備はじめ! 発艦準備はじめ!」

一斉に飛行甲板上での動きが慌ただしくなる。

既に、12機の零戦が綺麗に飛行甲板後部に並べてある。

各機に担当の整備士妖精達が取りつき、エンジン試運転の準備を開始する。

各機の機付き長が操縦席へ座り。各種の点検を始めると同時に、他の整備士妖精達が、手分けして、零戦の大きなプロペラを手で押し、ゆっくりと回転させる。

こうして、星型エンジンの各シリンダーやギアにオイルを循環させ、混合気をシリンダー内に流しこんでゆく。

操縦席に潜り込んだ、機付き長妖精は、油圧計が動き出すのを待った。

油圧ポンプがきちんと作動しなければ、エンジンはあっという間に焼き付く。

特に星型エンジンは、シリンダーが放射線状に配置してある関係で、シリンダー内のオイル切れを起こしやすい欠点がある。

入念にエンジン始動前にオイルを循環させておく必要がある。

零戦に搭載された栄エンジンは、意外に繊細なエンジンである。

最低でも、週に一度は、エンジンに火を入れなければならない。

火を入れる事ができない洋上の航海では、手動でプロペラを回してオイルを循環させないと、あっという間にオイルが切れてしまう、厄介なエンジンでもあった。

しかし、一旦火が入れば、クラス最高と言われる出力を弾きだし、正に零戦の心臓として軽やかに鼓動する力強い存在でもあった。

甲板上に並べられた零戦は、準備で来た機体から次々と整備士妖精達の手によりエンジンが始動される。

 

赤城艦橋下に設置された大型の黒板の前にあつまる飛行士妖精達

その前に立つのは、鋭い視線の源田実参謀

精悍な引き締まった面立ち、鋭い眼光

居並ぶ一航戦の飛行士妖精達も、源田に睨まれると身震いする。

海軍航空隊内の教練の厳しさでは、飛龍の人殺し多聞丸か、赤城の源田か・・と言われたが、源田が多くの飛行士妖精達から、尊敬されたのは、自ら操縦桿を握り、数多くの実戦をこなしてきた飛行機の権化であったからである。

その技量は、群を抜いており新規試験機を飛ばす時、テストパイロットとして誰を選ぶかと言えば、艦娘鳳翔か赤城の源田かと言われる程であった。

ただ、その源田も、こと鳳翔については

「鳳翔さんには、一生かかっても追いつかない」と漏らしていた。

 

源田航空参謀は、黒板の前に立つと居並ぶ飛行士妖精達へ、

「我々の出番が来た! 標的は前衛空母部隊の生き残りの一隻! こいつに止めを刺す!」

そう言うと、黒板に書かれた敵前衛空母部隊の陣形の中心を拳で叩いた!

「既に聞いていると思うが昨夜、伊号潜水艦部隊並びパラオのじゃじゃ馬たちがこの前衛空母部隊に一戦仕掛け、ヲ級を1隻、ホ級を2隻、雑魚数隻を屠ったが、まだヲ級1隻が健在だ! 損傷しているとの情報もあるがこいつを取り逃がすと後々厄介になる。そこでだ、飛龍隊と我が赤城隊の攻撃隊がこの生き残りを叩く。諸君ら赤城戦闘機隊は道中の護衛が任務である!」

すると、飛行士妖精の一人が手を上げ

「源田参謀! 敵の戦闘機隊の出てくる可能性は!」

 

源田は

「情報によると、この生き残りのヲ級はかなりパラオ隊が叩いたという事で、船体が傾斜しているとの情報だが、油断は出来ん。それに後方に位置する敵の空母本隊から上空直掩が出てくる可能も否定できん! 必ず攻撃隊より先行し、確実に攻撃隊を突入させよ!」

「おう!!」

飛行士妖精は一斉に返事をした。

源田は厳しい声で、

「いいか! 相手は手負いとはいえ、油断するな! 制空権確保! これが我が赤城隊の使命だ!」

「はい!!」

元気よく飛行士妖精は返事をした。

「発艦後、上空で攻撃隊と合流の後、利根4号機の誘導に従い、敵発見空域へ向え。途中雲底が低い場所があるとの事だ。見張りを怠るな!」

源田は手短に注意した

頷く飛行士妖精達。

源田は、振り返ると、そこには艦長である艦娘赤城が立っていた

場を赤城に代わる。

赤城は一歩前に出た。

姿勢を正す零戦飛行士妖精達

赤城は、出撃の際に使う大弓と破魔矢を持ち、居並ぶ飛行士妖精達へ、一言

「相手は手負いとはいえ、正規空母。ここで取り逃がせば、その災いは後顧の憂いとなって我々に襲いかかってきます! 見つけた限りは必ず屠ります!」

「おう!!」

一斉に返事をする飛行士妖精達、そして背後に控えた整備士妖精達も大きな返事をした。

赤城は、皆を見回し、そして声高く、命じた。

 

「各員! 搭乗はじめ!!!」

 

赤城の気合の入った声が甲板上に響き渡った。

一斉に敬礼をすると、皆愛機へと駆け足で向う。

 

赤城第一戦闘機中隊を率いる中隊長妖精は、一番先頭にならぶ愛機へと一目散にかけこんだ。

直ぐに操縦席へは向わず、機体を反時計回りに一周して、外部に異常がない事を確かめた。

既にエンジンが始動、暖気運転されているので右翼前から胴体下の増槽タンクを確認して左翼後縁へと抜け出た。

胴体左の足かけに足を掛け、器用に左翼の上に立つ

操縦席に陣取っていた機付き長妖精が操縦席から立ち、外へ出ると同時に直ぐに中隊長妖精は操縦席へ滑り込む。

機付き長が、大きな声で、

「エンジン、油温、油圧とも異常なし! 暖気運転は終わっています!」

「済まんな!」

中隊長は大きな声で機付き長の耳元へ返事をした。

機付き長に手伝ってもらいながら安全帯を閉め、座席位置を調整した。

視線を動かし、各種のレバーやコックの位置が離陸前の位置にある事を確かめた。

「おし!」

大きく頷く

機付き長は、中隊長の肩を叩いて

「中隊長! ご武運を!」

「おう! 行ってくるぞ!」

それを聞いた機付き長は、直ぐに機体から降り、機体の右前方に立った。

主翼下には二人の整備士妖精が、車輪止めに手を掛け待機する。

後続の零戦各機も、轟音を響かせながら発艦準備が完了してゆく。

赤城は全機の発艦準備が完了した事を確かめると、艦橋の前方へと進み出た。

飛行甲板の最前方から、風向きを知らせる水蒸気の帯が真っ直ぐ甲板上を流れてゆく

「うん、いい風向きだわ」

赤城はそっと声に出し、背中に背負う矢筒から、真新しい矢を取り出した。

まずは、一礼し、そして足踏みを整える。

自らの身長を超える大弓を左ひざの上に預け右手は腰に構えた。

静かに呼吸を整え、南雲の一言を待った。

 

艦橋横の見張り所へ出た南雲、そして草鹿達幹部

草鹿は、赤城が胴構えと呼ばれる動作に入った事を確かめると、南雲へ向い

「南雲司令! 発艦準備完了です」

それを聞いた南雲は、一呼吸おいて、重く声に出した。

 

「赤城戦闘機隊! 発艦はじめ~!!!」

 

「発艦はじめ~!!!」

赤城の飛行甲板に発艦士官の声が響くのと同時に、見張り所から白旗が振り下ろされた。

それと同時に、赤城は一気に弓を引き切り、

「航空隊!発艦!!!!」

気合の入った声と同時に、矢を天高く射抜く!

赤城を手を離れた破魔矢は、青白い光を放ちながら、甲板上を駆け抜け、朝焼けに染まる水平線上へと消えていった。

 

「払え!!!!!」

一番機、中隊長の声と同時に、機付き長は、手信号で、翼下の整備士妖精へ合図すると、

二人の整備士妖精は、手慣れた手つきで車輪止めを外した。

さっと機体から離れる整備士妖精

 

少し前方へ出た零戦隊中隊長機は、左右の車輪のブレーキの効きを確かめ、異常がない事を確認すると、エンジン音を高め、甲板上を疾走して行った。

「帽フレ!!!!」

号令と同時に、一斉に整備士妖精や対空機銃妖精達が白い帽子を振って“武運長久”を祈った。

南雲は見張り所で、出撃する零戦を見送りながら、

「皆、無事に帰って来い!」

と声に出したが、その声は零戦のエンジンにかき消され、周囲には聞こえなかった。

 

赤城の右後方を航行する空母加賀からも、朝日を浴びながら数機の零戦が駆け上がってきた。

加賀より発光信号が上がる。

「加賀より信号! “艦隊直掩隊、発艦開始”です」

「うん」

南雲は返事をしながら朝焼けに染まる艦隊を見た。

護衛の摩耶、鳥海。

水偵の帰りを待つ利根、筑摩

そして、照月を中心とした護衛駆逐艦

輪形陣を見渡しながら、見張り所へ上がって来た赤城へ向い

 

「長い一日になりそうだな」

 

すると赤城は、にっこり笑い、

「出来れば、我々にとって最良の一日であればいいのですけど」

そう言いながら、上空で攻撃隊と合流する為旋回待機する零戦隊を見上げ、

「彼らなら、きっとやってくれます」

自信に満ちた声で答えた。

 

戦いの舞台は、空へと移りつつあった。

 





こんにちは
スカルルーキーです。
分岐点 こんごうの物語 第70話をお送りいたします。

まず初めに、9月、10月と台風被害に見舞われました地域の皆様 お見舞い申し上げます。
一日も早い復旧を願っております。


さて前回投稿より、三ヶ月近く投稿できず誠に申し訳ございません
ちまちま書いておりましたら、あっという間に三ヶ月経ってしまいました(-_-;)
次回は、もう少し気合いれて頑張ります

では

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