朝日が昇る頃、次々とトラック泊地を後にする聯合艦隊の各艦艇
大和や長門といった大型艦艇が次々と動き出す。
「やっぱり大和が動くと迫力があるな」
大和達から少し離れた海域を進む練習巡洋艦鹿島の艦橋で、双眼鏡を構える第四艦隊司令の井上中将
横に立つ、艦娘鹿島は、
「はい。でも大和さん級になると水道を抜けるのも一苦労ですけど」
「やはり、そうか？ 鹿島」
「はい。以前、大和さんにこのトラック泊地の航路情報をお教えした時に、船体が大きいので、水深に注意がいるとか。水路の幅も重要との事でした。狭い水路では航行が厳しいとか」
井上は、双眼鏡を覗き込みながら
「日本の船はでかくなったとはいえ、まだまだ造船力はアメリカどころか深海棲艦にも追いついていない。建造もそうだが基礎分野はまだまだ」
井上司令は、少し遠くを見ながら
「資源はない、教育の質は低い。日本のやるべき事はまだ多い」
鹿島は笑顔を浮かべ
「井上先生の講義ですね」
井上は、指揮官席に座り、腕を組み
「俺もつい最近まで、日本は大きくなったと思っていたが、実際はまだまだ亜細亜の小国に過ぎんという事を思い知らされたよ」
としみじみと語った。
「海軍省では軍務局長。剃刀と呼ばれ押しかける幹部や右翼を論破して蹴散らした方が、えらく弱気ですね」
鹿島がそう聞くと、井上司令は小さな声で回りに聞こえないように
「あの映像を見れば、君もそう思う」
とだけ囁いた。
ある日。
井上は一人で三笠に呼ばれ、戦艦三笠の資料室へと招かれた。
そこで見せられたのは
“日本帝国海軍の栄光と衰退”
という衝撃的な題名の映画であった。
三笠副長から、
「今からお見せする映画は ちょっとした空想科学映画です。もしもの内容ですから」
と言われた。
「その割には物騒なタイトルだな」
壁面に映し出された映像のタイトルを見て井上は笑いながら答えた
最初の頃は、自分も見た事のあるニュース映画の画像が流れた。
陛下をお招きしての演習の際の映像。比叡や長門、そして赤城の映像が流れる
しかし、急にある映像を見た瞬間 井上の表情が強張った
そこには風雲急を告げる日米関係
ニュース映画の画面から混迷を続ける支那半島情勢が流れた。
米国による石油禁輸政策、悪化する日米関係
「米英討つべし」
おどろおどろしい新聞の紙面が流れた。
井上は流れる映像を見て
“米英相手に戦争だと。深海棲艦相手にするのもやっとの我が国ができる話じゃない”
当時の心境を思い出した。
画面は流れ、御前会議による日米開戦の決議
戦争へと突き進む日本海軍の姿が映し出された。
息を飲む井上
単冠湾に集結する第一航空艦隊
井上は
“だが、この後南雲さんの機転で、”開戦ならず！“でこの日米の緊張状態も一時棚上げの筈だ”
そう思ったが、映画は
１２月８日の未明に赤城を飛び立つ零戦隊の映像が流れた。
“ガタッ！”
井上司令は席を立った。
「馬鹿な！ 真珠湾作戦は失敗したはずだ！」
そして、次に井上司令が見た物は
燃え上がる真珠湾の映像である。
九九艦爆の急降下爆撃受け、炎上する戦艦アリゾナ
雷撃を受け、転覆し、船底を晒す戦艦オクラホマ
ヒッカム飛行場とおぼしき映像では零戦隊や艦攻隊の攻撃を受け、駐機場で大破炎上するＰＢＹやＰ－４０の姿が鮮明に映し出された。
井上司令は青ざめながら横に座る三笠副長を見たが、副長は
「井上司令。これはもしもの世界の映像です」といい、井上に席に着くように促した。
井上は黙って席へついた。
画面は切り替わり、真珠湾攻撃成功に湧く日本国内の様子が映し出された
“臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。
大本営陸海軍部、十二月八日午前六時発表。帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり“
画面から流れるニュース映画の映像を見上げる井上
緒戦の勝利に湧く日本国内
提灯行列が町中を練り歩く姿を見ながら、井上は、大きな声で叫んだ。
「こんな事をして米国が黙って、はいそうですかと見逃すわけはないだろ！！」
映像は真珠湾攻撃と並行して実施されたという南方作戦を紹介していた。
日本軍はフィリピン及びマレー半島を席巻し、蘭印（インドネシア）を陥落させてゆく
「いくら石油が欲しいとはいえ、あそこまで戦線を伸ばせば」
唸る井上
映像は切り替わり、運命の珊瑚海海戦
自ら進言したニューギニア方面への侵攻の為のMO作戦を実施
しかし、結果は惨憺たる状態であり、虎の子ともいえる軽空母祥鳳を失い、翔鶴は大破という結果であった。
深海棲艦、そして米軍の猛攻を受け炎上する空母祥鳳
流れる映像を見た井上は絶句した。
その後のミッドウェイ海戦、そして日本海軍の敗北が決定的になったレイテ沖海戦
その頃には、井上はじっと席に座りうなだれたまま、流れる映像を見ていた。
余りの井上の落胆する様子から三笠副長から
「井上司令、このあたりで」
と声を掛けたが、井上は
「いや、最後が知りたい」
映像は続き、大和による沖縄特攻作戦
米軍機の猛攻を受ける戦艦大和
爆煙に包まれ沈みゆく大和の船体を見て、無言で涙する井上
そして１９４５年８月１５日 終戦
画面から
“難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス”
陛下のお声と同時に、皇居前広場でうずくまる人々が映し出された。
「負けたのか」
井上の声は細かった。
そして最後は、戦後呉の軍港で大破着底し、無残な姿をさらす戦艦榛名の姿が映し出された。
その榛名の船上で、ほほ笑む米兵たち
そこで 映画は終わった。
明るくなる室内
うなだれる井上に三笠副長が
「艦長室で、皆様がお待ちです」
そう言うと、井上を三笠艦長室へと案内した。
三笠の艦長室に入ると艦娘三笠の他に山本と宇垣が待っていた。
聯合艦隊の旗艦大和に劣らない、いやそれ以上の重厚な装飾ある室内。
井上は息を飲んだ。
生まれて初めて、戦艦三笠の艦長室に足を踏み入れる。
調度品一つ一つに重みを感じる。
現在の戦艦三笠はパラオで再建造された。
その時は、この艦長室も質素であったが、パラオの島民が運営する木工所の所員達が、三笠様に相応しい調度品をいう事でテーブルや椅子を提供してくれた。
それだけでなく日本本土で“戦艦三笠復活！！”という噂が立ち、日本国内の有名どころの工房や名工達から色々な装備品の提供があった。
三笠のベッドからコーヒーカップやスプーンにいたるまで国内の工房が
“三笠様の為の一点物”を作り、トラックへと送ってきたのである。
いまや三笠の艦長室は、“動く日本工芸品の博覧会場”といってもいいくらいであった。
青白い顔のまま立ち尽くす井上に三笠は、
「まあ、立ち話も様にならん」といい、席を勧めた。
宇垣参謀長の横の席に着く井上
席に着いた井上の前に、直ぐに艦長室付きの水兵妖精が、コーヒーカップを置く
コーヒーの香りが、井上の意識を現実へと引き戻してゆく。
井上の表情が落ちついた頃を見計らい、山本が、
「あの映画は、どうだ？ なかなかの大作だろう？」
すると井上の表情を厳しくし、
「長官。空想映画、娯楽映画にしては出来過ぎです！」
そう言いながら震える右手を顔の前まで上げ
「あまりにも現実的過ぎて、震えが止まりません！！」
「君ならそう言うだろうな、だがあれは空想ではなく事実だからな」
山本は静かにいうと、宇垣も
「おれも最初みた時は震えが止まりませんでしたよ」
宇垣は、井上を見ながら
「あの映像は、もう一つの世界の俺達が歩んだ、最悪の航跡だ」
そう言うと、宇垣はパラオに現れた自衛隊艦隊の件を井上に話し始めた。
井上は最初 狐につままれたような表情をして
“遂に 宇垣参謀長はイカレタのか！”と思ったが、ふと脳裏に
パラオに陛下の直属の特務艦隊が現れ、侵攻してきた深海棲艦を粉砕したという噂を思い出した。
井上はその能力をフル回転させ、宇垣の話を整理し、組み立て、思考した
そして弾きだされた答えは
“宇垣参謀長の話は間違いない”である。
今まで気になっていた噂話がそれで全て解決する。
別の時代から来た、超大な艦隊がパラオにいる。
その艦隊には金剛達にそっくりな艦娘達がいて、我々を助けてくれたという事実であった。
井上は山本や宇垣の話に聞き入った
そして自らの歩むべき道を見出していた。
巡洋艦鹿島の艦橋で司令官席に着きながら井上は、その時の事を思い浮かべた。
不意に
「なあ、鹿島。いま日本海軍に一番不足しているのは、何だと思う？」
「井上司令、急になんですか？」
慌てる鹿島に、井上は
「いや、戦の前に思う所を言っておきたくてな」
鹿島は少し考え
「装備とかですか？」
「違うな」と鋭くいい、
「人材だよ」と短く答えた。
「人材ですか？」
鹿島の問に井上は
「何故、金剛達第三戦隊の艦娘達はあの予備役となった中佐にいまでも忠誠を誓うのか？ 赤城や加賀は何故、本来水雷屋である南雲司令を慕うのか？ それは彼らが常に人として優れているからだ」
「人として、ですか？」
鹿島の問に井上は
「俺などは、まだまだ足元もおよばんよ」
「でも、鹿島は井上司令を信じております。天龍さんや龍田さんも同じですよ」
井上は、じっと前方を見たまま
「うれしい限りだな」
そう言うと、
「この戦い、厳しいが、負けなければ俺達の勝ちだ」
井上の声に不思議な顔をする鹿島
「あの、どういう意味でしょうか？」
井上は、笑みを浮かべ、
「その時がくれば、分かる」
とだけ答えた。
次々と トラック泊地内の錨地を離れる艦艇群
その中、春島の水上機基地でも出撃準備が進んでいた。
兵舎の前に並ぶ 二式大艇の搭乗員妖精達。
居並ぶ彼等を前に、お立ち台へと上がる艦娘秋津洲
メガホンを片手に持ち、勢いよく
「大艇部隊！ 出撃かも～！ ではなく、出撃です！！！」
笑いのでる大艇部隊
秋津洲は笑いが収まった頃を見計らい、
「今回の私達 大艇部隊の任務は、大和さん達聯合艦隊の前衛警戒です。このトラックと敵本拠地であるマーシャル諸島との海域には、未だ敵潜水艦が遊弋している可能性があります。また敵の前衛部隊がいる可能性もあります」
秋津洲は力強くそう言うと、
「先のトラック沖での敵爆撃隊との遭遇戦では、大艇ちゃんの火力で敵爆撃機をねじ伏せました！」
「はい！ 秋津洲さん！！」
一斉に返事をする搭乗員妖精達
彼らにとってあの一戦は、後世に語り継ぐ事のできる一戦であった。
なにせ、一航戦ですら手こずったＢ－２５相手に真向勝負を挑み、勝利したのだ。
秋津洲は
「今こそ！ 日本の飛行艇は世界一であるという事を証明する時です！！」
「おう！！！！」
一斉に拳を上げる搭乗員妖精達
秋津洲は姿勢を正し、列外に並ぶ民間飛行士達へ向い
「今回の作戦では、大日本航空さんのご協力で九七式飛行艇もこことポンペイ島までの物資輸送にご協力いただけるという事です、ありがとうございます」
と深く一礼した。
答礼する民間飛行士達
秋津洲は続けて、
「ポンペイ島に展開しているパラオの二式大艇改部隊並びに水観部隊と連動し哨戒活動を実施します！ 大和さん達の勝敗は哨戒活動に掛かっています！ 敵の部隊を必ず見つけてください！！！」
「はい！」
威勢のいい返事が返ってきた。
秋津洲は、気合を込めて
「今こそ、秋津洲流戦闘航海術実践の時。出撃！！！！」
「おう！！！！」
搭乗員妖精達は一斉に敬礼すると、駆け足で愛機へと向かっていった。
ドラム缶と渡し板で作られた簡易桟橋を掛け抜け愛機へと搭乗してゆく。
次々とエンジンが始動され、桟橋を離れてゆく二式大艇
水上機専用の滑走水面へ入ると、エンジンをフル回転させ離水する二式大艇
離水する大艇部隊を見送りながら秋津洲は、
「では、私もポンペイ島に移動します」
そう言うと自らの艦へと向かった。
秋津洲は聯合艦隊の動きに合せ、ポンペイ島に移動し、哨戒線を東側へと押し込む作戦であった。
同時にトラック泊地留守部隊に護衛された輸送部隊がポンペイ島に集結し、聯合艦隊への燃料等の補給作戦を行う算段であった。
それらは全て、黒島作戦参謀が予備役の元中佐の助言を受けながら策定し、留守部隊を預かる大淀が実行する兵站作戦の一環であった。
「補給路は、キッチリ守ります」
秋津洲は自らの艦へ向う内火艇の中で、ぐっと自分に言い聞かせた。
トラック泊地で各艦艇や航空機の出撃が続く頃
ポンペイ島で待機するパラオ泊地艦隊にも緊張が走った。
「やはり出てきたか」
パラオ泊地艦隊旗艦瑞鳳の艦橋で、指揮官席に座るパラオ泊地提督はモニターに映し出されたマーシャル諸島方面の戦況状況モニターをみて唸った。
横に立つ艦娘瑞鳳へ
「瑞鳳、済まないが由良と自衛隊司令に連絡を・・・」
すると瑞鳳は、ニコッと笑い
「皆さん、既に準備できています。モニターに映します」
そう言うと、手元のタブレット端末を操作して、艦橋のモニタ―に由良、そして自衛隊司令を映し出した。
自衛隊司令の横には、いずも、そして鳳翔の姿もあった。
「おはようございます。提督さん」
由良の声が瑞鳳の艦橋に響く
「ああ、おはよう由良」
提督は久しぶりに聞く由良の声に、口元が緩んだ
「瑞鳳ちゃん、おはよう。どう其方は？」
すると、瑞鳳はちょっとむっとした顔になり
「艦隊の再出撃準備は完了してますけど・・・・」と言いながらパラオ泊地提督を見て
「由良さん！ 聞いてください！ 提督ったら今朝も “アジの開きの焼き加減は由良の方がいいとか、味噌汁の塩加減は鳳翔の方がいいとか・・散々です！」
それを聞いた由良は、ぽっと顔を赤くして
「そうですか」
「由良、それはだな・・」一生懸命言い訳を模索する提督に由良は
「提督さん、パラオに戻ったら由良の朝ごはん いっぱい食べてくださいね」
笑顔で返事をする由良であるが、口元は少し引きつっていた
「はいぃぃ！」
必死に返事をするパラオ泊地提督
そんな二人に構わず 自衛隊司令は
「おはようございます」と静かに挨拶した。
横に映るいずもと鳳翔は、今にも吹き出しそうな顔を必死にこらえていた。
「うん」
パラオ泊地提督は、一瞬 咳払いをして場を戻すと
「由良、既に探知情報が伝達されていると思うが、敵の空母２隻と護衛部隊が其方へ向っている」
「はい。先程いずもさんから戦況情報を受信しました」
由良は自らの艦の艦長席にあるモニターを見た。
そこには、いずもより発艦したＥ－２Ｊが探知したマーシャル諸島方面の水上艦の情報が整理されて表示されている。
パラオ泊地提督は、
「早ければ明日にも敵の哨戒圏に入る」
パラオ泊地提督の声と同時にモニターに映る水上艦情報のうち、中間海域へ向う艦艇群がマークされた。
いずもが、
「敵の編成について先程 無人偵察機がその艦影を捉えましたので、表示します」
そういうと、別の画面に敵艦隊の全景が映し出された。
「ヲ級２隻を中心とした任務部隊と判断します」
いずもは、続けてモニターを操作して、由良やパラオ泊地提督のそれぞれのモニター上にＭＱ－９リーパーの捉えた敵前衛艦隊の艦種を表示した。
パラオ泊地提督は、唸りながら
「ヲ級の無印が２隻に、護衛部隊が・・ホ級が２隻にイ級が６隻か」
すると由良が、
「あのイ級、レーダー装備の艦ですね。後期型かその派生型でしょうか？」
「厄介ですね」
鳳翔が唸った、そして
「イ級の後期は、進化しています。特に対戦の度に防空力が強化されてきています」
「がっちり固めてきたな。まあ重巡がいないだけ、ましという所か」
パラオ泊地提督はモニターをみながら唸った。
「さて、パラオ泊地提督。どうされます？」
自衛隊司令の問いに、パラオ泊地提督は、暫し考え
「自衛隊司令。敵の目的は、やはり制空権の確保と索敵か」
「自分もそう考えます。敵は既に潜水艦部隊が殲滅され、中間基地を失いました。向こうからすればこの中間海域は自軍の戦力空白地帯です」
「まあ、確かに戦力はいない。ただ索敵は此方のものだが」
パラオ泊地提督は笑って答えた。
「さて、ここは積極的に攻めるか。それとも敵に見つからないように逃げ回るかだが」
それには、由良が
「積極攻勢にでれば、此方の索敵線がここまで伸びている事が露呈します。ここは敵の索敵網を回避しつつ、前衛警戒を行うのが得策ではないでしょうか？」
「だがな、由良。もし敵の哨戒機に発見されれば・・・」
「その時は、自分達の出番です！」
声の主は水観妖精であった。
「おっ！」
突然由良の後から現れた水観妖精に驚く提督
水観妖精は一歩前に出ると、
「敵の哨戒機の１機や２機。叩き落としてみせます」
と胸を張ったが、
「その後はどうする訳？」
と由良に聞かれ、
「そりゃ、全力で逃げます」とあっさりと答えた。
提督は、
「由良、明日は念のため水観を上げておいてくれ。俺達も準備出来次第 ここを出て、速やかに合流する」
そう言うと、自衛隊司令へ、
「自衛隊司令。もし押し込まれそうな時は・・」
「はい。掩護させていただきます」
それを聞いた、パラオ泊地提督は
「よし、瑞鳳。パラオ泊地艦隊は、前衛警戒部隊支援の為、ポンペイ島を出て中間海域へと向かう」
「はい、提督」
瑞鳳は元気に返事をした。
パラオ泊地提督は
「敵との交戦は極力さけよう。せっかくここまで敵を騙してきた。ここで露呈しては元も子ない」
提督は、モニター横の海図を見て
「明日の午後には合流できるとおもう。それまで耐えてくれ」
「はい、提督さん」
由良は静かに返事をした。
その頃既に、大和をはじめとする聯合艦隊第一遊撃隊、並び長門の第二遊撃隊、そして戦艦三笠率いる水雷戦隊は聯合艦隊編成時の第二警戒序列を形成していた。
勿論、前衛警戒は神通以下の第二水雷戦隊
その先頭には、戦艦三笠の姿があった。
そして前衛警戒の後方には複縦陣で進む大和以下の聯合艦隊本体
上空には トラック泊地より飛来した基地航空隊の零戦隊が直掩機として飛来していた。
上空を旋回する零戦を見ながら、山本は
「基地航空隊に、無理はするなと」
山本の横に立つ宇垣が
「そこは、大淀がしっかりと言い聞かせてあると思います」
なにせ今回は大航空戦が予想されている。
出撃を希望する飛行士妖精が多数いたが、南雲達は
「基地航空隊が空母に乗れば、だれが俺達の帰る場所を守る！」といって一喝した。
“ではせめて、出来うる限りの洋上直掩を”という事で、基地航空隊が夕刻まで直掩する事になっていた。
甲板上で手を振る水兵妖精達に主翼をふり、合図する基地航空隊の零戦
山本は、腕時計を見て
「そろそろ南雲君達も、出た頃か」
山本の声に、直ぐに後に控える参謀の一人である三和作戦参謀が、前へ出て
「はっ、先程トラック泊地東航路の水道を抜け、外洋にて艦隊集結中との報告がありました」
「うん、下の司令部の様子は？」
「はっ、山本長官。問題ありません」
三和参謀はそう答え、周囲を見て問題ない事を確かめ
「自衛隊艦隊との通信も異常ありません。自衛隊の探知情報を司令部で精査していますが、今の所 敵の動きは予想範囲内です」
そういうと、そっと一枚の紙を差し出した。
そこには、敵の前衛空母部隊の動向が書かれていた。
受け取りそれを見る山本
「三和参謀。自衛隊との情報交換は密にな」
「はっ！」
三和参謀は一礼して一歩下がった。
聯合艦隊の司令部は今回の作戦に辺り、三和作戦参謀を始め一部の参謀達をパラオ泊地へと短期研修に出していた。
護衛艦いずもの艦隊司令部で、幹部作戦情報処理研修を行った。
自衛隊から提供される情報の他、戦艦三笠や金剛の収集する探知情報、
敵の通信傍受に関する情報など多角的に分析する能力を身に着けさせていた。
若い三和参謀達はまるで、乾いた土が水を含む様に、短期間にその能力を高めて行った。
トラック泊地に戻った三和参謀達は、直ぐにその能力を発揮しはじめた。
黒島作戦参謀が、立案したマ号作戦の概案を三和参謀達が煮詰めていった。
今回のマ号作戦は、表面上は突発的な戦闘が続いた結果 大規模海戦に発展したというストーリーであるが、裏では黒島作戦参謀達が綿密に仕組んだ海戦であった。
海軍内部で、奇人変人と言われる黒島作戦参謀を支えていたのは三和参謀達若い参謀達の熱意であった。
山本は黒島作戦参謀へ
「先任作戦参謀。ここまでは此方の読み通りといった所か？」
「はい、長官。問題は此処からです」
黒島はそう言うと。続けて
「敵は必ず前衛空母艦隊を使い此方の動向を探りに来ます」
「そこは、パラオが押さえるな」
「はい、長官。既に中間海域へ向けポンペイ島からパラオ艦隊が出る方向で調整に入ったと報告がありました」
すると山本は
「敵の空母艦隊は、前衛空母艦隊に２隻を割かれている。そうなれば本体は４隻か。参謀長、南雲君はやれるか」
山本の問に、宇垣参謀長が
「かなりの混戦が予想されます。ですが南雲さんも山口もちゃんと準備しています。それに赤城達も。問題ありません」
とキッパリと言い切った。
「となると、俺達は当面は敵の本体が相手か。ル級flagshipの１６インチ砲は長門とほぼ同じ性能を誇る。此方は大和の４６ｃｍ砲が頼りだな」
山本はそう言うと、横に立つ艦娘大和を見た。
「はい、長官」
大和は笑みを浮かべた
山本は
「さて、此方の利点を生かすには、どこまで敵に切り込めばいいかだが」
すると、大和の砲術長妖精が一歩前に出て
「我が艦の主砲の最大射程は優に３万ｍを超えますが、散布界精度を考慮すると２万前後が適正かと具申いたします」
山本は、
「やはり３万切った頃から牽制射撃をしながら２万まで押し込んで、あとはつかず離れずで、殴り合いといったところか」
「はい」砲術長妖精はしっかりと返事をした。
「対空戦では？」
山本は再び砲術長妖精に問うと、砲術長妖精は
「はっ、三式弾では大体１万を切ると 運用上難しい状態になります」
「というと？」
それには 大和が答えた
「はい、長官。それは私の艦の主砲の風圧が強すぎて、甲板機銃員に怪我をさせる恐れがある為に、接近されると主砲を撃てないのです」
「やはり、牽制程度にしか使えんか」
「残念ですが」
と大和は申し訳なさそうにいったが、砲術長妖精は
「防空戦に関しては、未知数の部分が多く、この戦いを一つの経験としていきたいと思っております」
そう言うと、続けて
「少数ですが、パラオから試作砲弾も届いております。それに周囲には最上等で十分固めますので、長官には安心して頂いてよろしいかと」
砲術長妖精とは違い、やや不安そうな顔をする艦娘大和を見た山本は
「なあ、大和」
「はい」
山本は静かに
「海戦ってのはな、どんなに殴られても、逃げ回ってもいい。最後の瞬間に軍艦旗を降ろさなかった方が勝ちだ」
「長官！！」
大和は驚いたが
「まっ、そう言う事だ。気楽に行こう」
宇垣参謀長もそういい、大和の肩を叩いた。
振り向けば、参謀達も笑いながら見ている。
「はい、長官」
徐々にいい意味での緊張感が漂う大和艦橋であった。
対する深海棲艦のル級flagshipの艦橋では、ル級総司令がじっと指揮官席に座っていた。
深海棲艦のタロア島からの出撃は、混乱を極めた。
当初は、制空権を確保する為、ヲ級空母艦隊が出撃後、ル級flagship以下の艦隊が任務部隊毎に編成を組み出港し、タロア島北部海域で集結し警戒陣形を形成する筈であった。
しかし、事を焦った第三艦隊のル級無印は、当初の計画を無視するが如く配下の部隊を率いて先行して出撃してしまった。
慌てたル級総司令は第三艦隊へ向け、再度“先行するな”と無電を打ったがが、返答がないまま、ル級無印の第三艦隊は猛進してゆく。
それとは別にヲ級flagshipを中心として４隻空母群は二手に分かれて、任務部隊を編成し、同じく中間海域へ侵攻を開始していた。
自らの艦の艦橋で、渋い顔をするル級総司令
残る第二艦隊と複縦陣を形成し、その周囲を駆逐艦で固めて警戒陣形を組み、目標の中間海域へ進路をとった。
「第三艦隊がだいぶ先行しているようですが」
副長の声にル級司令は
「困ったものだ。あれ程先走るなと言っておいたが」
「まあ、仕方ありません。パラオ侵攻部隊を率いた姉の敵討ちが出来るかも思えば艦隊の士気も上がっているでしょうから」
副長も諦め声でいうと、
「副司令の第二艦隊がしっかりついて来ていますので、我々と第二艦隊で何とかするしかありません」
ル級総司令は、そっと副長をみながら、
「やはりそうなるか？」
副長はそっと声を潜め
「あれだけ、先行してしまえば、間違いなく敵の索敵網に最初に掴まります。敵の本陣に行きつく前に、敵の航空攻撃にさらされる事は間違いありません」
そう言うと副長は、表情を厳しくしながら
「ここは、第三艦隊を囮にして、敵の位置を割り出しヲ級艦隊が対応する間に 敵の本体を叩くべきかと」
ル級総司令は、厳しい表情のまま
「それでは、第三艦隊を見捨てる事になるぞ」
それに副長は、
「致し方ありません。当初の計画では三つの艦隊で統合部隊を形成して敵艦隊を各個撃破の予定でしたが、第三艦隊が勝手に動くという事なら、そういう事です」
そう言いきった。
副長は、静かに
「姫は規律を乱す者は、許しません」
ル級総司令は、深く息をしながら、
「第三艦隊の動向に注意しつつ、警戒を怠らないように」
「はい、司令」
ル級総司令は、
「しばらく操艦指示頼む」
そう言うと、じっと前方を見た。
そこには、周囲を囲む駆逐艦達の姿が見えた。
脳裏で、
“敵の主力は大和に長門、戦艦の足なら中間海域まで早くて三日。間違いなく此方が先手を打てる”
そう思いつつ、脳裏に周辺海域の海図を思い出し
中間海域へ西進する自軍と同じ中間海域へ東進する日本海軍を思い描いた。
“先行した空母先遣部隊が制空権を確保、その索敵網に入った日本海軍を各個撃破すれば、おのずと向こうの戦力はそぎ落とされてゆく、最初の問題は敵の空母機動艦隊を早期に捕捉できるかだが”
そう思いながら
“第三艦隊には悪いが、勝手をするならここはやはり囮になってもらうしかないか”
そう思い始めていた。
“だが、油断は出来ない。敵の不明戦力は多い。例の大型空母、金剛達、そしてパラオとおぼしき艦隊”
今までの散発的な戦闘で苦渋を飲まされた敵を思い浮かべた。
脳裏に、高みから不敵な笑みを浮かべ笑う艦娘金剛の姿が映し出されてゆく。
くっ！
「忌々しい魔女め！」
ついル級総司令の声が出た。
その頃、深海棲艦のル級無印を旗艦とする１１隻の艦艇で構成される第三艦隊は、先行する前衛空母艦隊を追うように西へと進路を取っていた。
旗艦であるル級無印の艦橋で、第三艦隊司令を務めるル級無印は声を張り上げていた。
「もっと速力は出ないの！！」
「艦長！これ以上は機関が持ちません！」
機関担当の妖精兵が返事をした。
「私の艦はそんな柔な事では壊れない！ 急がないと前衛空母艦隊に獲物を取られる！」
やや興奮気味に叫ぶル級無印に、副長が
「艦長、あまり急いでも戦隊を乱します、それにまだ接敵情報はありません。現在１６ノットは出ています。単純計算なら明日の朝には中間海域へ進出できますので、そう焦らず」
そう副長に宥められたが、気持ちは逸るばかりであった。
ル級無印は、指揮官席に座ったまま
「姉、姉の敵を討てる機会が、やっと来たの！ 今度こそは」
焦るル級無印へ 副長が
「艦長、お気持ちはわかりますがよろしかったのですか？」
「何！」
ル級無印の声に副長は
「総司令の指示に従わず独断専行で艦隊を前に出してしまいましたが、これでは我が艦隊が孤立しています」
「ふん、そのような事」
ル級無印は、気にも留めないで
「ル級flagshipは、日本海軍の影に怯えている。先日のタロア島を攻撃された時もそうだ。あの時も積極的に追撃していれば 金剛型の一隻は仕留める事ができた筈だが、動かなかった。ここ暫くル級総司令は、消極的な言動が目立つ！ それでは好機を逃してしまう！」
ル級無印は激しく反論し、そして
「いいか、今更作戦だとか言っている場合ではない。敵の大和達が動き出したのは間違いないのだから、一刻も早く戦場へ着き陣形を整えるのが筋ではないか！！」
そう言うと、指揮官席のひじ掛けを叩いた。
静まり返る艦橋
ル級無印は
「いいか！ 見つけた敵は必ず屠る！ 我が艦隊に今一番必要な事だ！！」
そう言い放つと
「パラオ艦隊！ いれば必ずこの手で！！」
そう強く声に出した。
日本海軍、そして深海棲艦の主力部隊が目指す中間海域
ポンペイ島の北東 およそ８００km
タロア島から西へ約６００kmの海域
その海域には既に 軽巡由良を中心とした日本海軍の警戒部隊が展開していた。
軽巡由良を中心に、駆逐艦白雪、深雪、初雪の４隻で構成された警戒部隊は、単縦陣を組み、１０ノット前後の速力を保ちながら周辺域を周回航行していた。
現在の由良の任務は、敵動向の調査である。
搭載された２次元対空レーダーＯＰＳ－２４は、その能力をいかんなく発揮していた。
また改装されたマストには同じくＯＰＳ－２０が水上艦情報をしっかりと監視している。
艦娘由良は、艦橋で長いピンク色の髪を揺らしながら、双眼鏡を使い周囲を監視していた。
横に立つ副長も同じく双眼鏡を使い周囲を警戒している。
副長が、
「いずもさんの警戒機からの情報では、敵の動きが活発化しているとの事ですが」
由良は、双眼鏡を降ろし
「ええ。今朝、提督さん達と打ち合わせをしたけど、やはり敵の空母艦隊が此方へ向ってきているわね」
副長は、由良を見ながら
「少し艦隊を南下させやり過ごしますか？」
「いえ、極力この海域に留まりましょう」
由良は即答した。
「幾らいずもさんの警戒機の情報があるとはいえ、その情報を表に出す訳にはいきませんから、あくまで由良達が接敵して連合艦隊に報告したという事にしないと、後々面倒になります」
由良は続けて
「敵の空襲が心配ですが、既に瑞鳳ちゃん達が此方へ向って来てくれています。それにいずもさん達もクサイ島近海に待機していますから、備えは万全です」
「まあ、確かに。しかし、ヲ級無印２隻艦載機の数は優に１００機近くはなりますな」
「副長、いきなり１００機が襲ってくる訳ではないですから、まずは索敵網に掛からない様にしましょう」
「ですな」
由良は、艦橋後方に設置された対空レーダーと水上レーダーのモニター画面を覗き込んだ
「周囲に敵影はなしね」
「はい、艦長。今の所周囲１００ｋｍ圏域内に敵航空機はありません」
対空レーダー担当の水兵妖精が答えた。
隣に座る水上レーダー担当の水兵妖精も
「こちらも、周囲３０ｋｍ圏域内に敵影ありません」
由良は水兵妖精に
「敵航空機の接敵が予想されます、警戒を怠らないように」
「はい、艦長！」
レーダー担当の水兵妖精は元気に返事をすると、再びモニタ―画面を凝視した。
由良は、副長へ
「後方の白雪さん達にも注意喚起を」
「はい、既に情報は伝達しております。各艦より“警戒をより一層厳とする”と返信を受けております」
それを聞いた由良は、艦橋を見回して
「そういえば、水観の搭乗員達は？」
「ああ、彼らならいつ出番がきてもいいようにと、カタパルト横で待機中です」
由良は呆れ顔で、
「だいぶやる気満々ね」
副長も、
「まあ仕方ありませんよ、あの水観はただの水観ではなく、水上作戦支援機と呼べる仕様になりましたからね」
「無理しなきゃいいけど」
副長は、笑いながら、
「それは、“無理”というものでしょう」
由良は艦橋にある時計を見た。
午後２時を回っていた。
「日没まで後５時間、それを乗り切れば、明日まで持つわ」
当の水観妖精達は、由良のカタパルト上に設置された零式観測機の点検作業に余念がなかった。
「オイル漏れがないか、パイプのジョイント回りをしっかり確認しろ」
「はい、隊長！」
水観妖精の二人はカウルを開け、エンジン回りを重点的に点検していた。
軽巡由良には、航空機専任の整備士妖精はいない。
元々、泊地にいる時は、基地の水上機部隊航空隊の整備士妖精が整備を担当していた。
今回、その水上機部隊の整備士妖精達は全員大艇改の整備支援の為 ポンペイ島へ派遣されていた。
時間点検から飛行前の点検まで、飛行士妖精達が自前でする羽目になった。
水観隊の隊長妖精はつぶさにエンジン回りを見た。
ほぼ新品といっていい程のピカピカなエンジンがそこにはあった。
「フフフ、この瑞星13型はただの瑞星じゃない」
「はい。あかしさんの特製です！」
後席員も元気に返事をした。
「そうだ！ 色々とお願いした甲斐があった」隊長はそういうと、瑞星エンジンを撫でた
それを見た由良の甲板員妖精は、
「あれはお願いではなくて、ゴリ押しといいませんか？」
パラオを出撃する前、由良や秋月達の改修が進む中、水観妖精達はあかしに
最初は
「あの真っ直ぐ離陸する飛行機を由良へ搭載してくれ！！」と無茶苦茶な事をいい、それがダメなら
「こんごうさんに積んである回転翼機をよこせ！！」と出たが、
「あんた、どっちも操縦できんやろうに！」と言われると
「じゃ、今ある水観を好きに弄っていいからもっと強くしてください！」と要求を下向修正した。
“好き勝手に弄っていい”という言葉を聞いた、あかしの眼が光った。
由良から降ろされた水観は、早速パラオ工廠に増設された自衛隊の改修工場へ運ばれ、あれやこれやと弄られる事、数日。
再び現れた由良所属の水観は今までの水観と外見は変わらない。
しかし、そこにはあかしがこれからの日本海軍の航空機に必要とされる装備を満載した、動く実験機と化した機がいた。
水観隊の隊長は
「あかしさん！ 感謝です！」
そう言いながら、機体を撫でた。
そしてその頃中間海域を目指す深海棲艦の前衛空母艦隊も西へと猛進していた。
旗艦を務めるヲ級無印４０５号の艦橋では、前衛空母艦隊を任されたヲ級４０５号の艦長がチャートを睨んでいた。
「索敵機の発艦は明日の朝から行う」
前衛空母艦隊司令の声に、艦の副長が、
「遅すぎないでしょうか？ 既に中間海域入口まで６００ｋｍを切っていますが」
すると前衛空母艦隊司令は
「いや、今から出しても帰投は日没後になる。我が艦の練度を考慮すると夜間の着艦は心もとない」
そう言うと
「タロア島に現れた敵の戦艦群は空母を有してはいなかった。多分高速の重巡を中心とした打撃群で一撃離脱を狙ったものだ。心配する事はない。明日の夜明け前に偵察部隊を発艦させる。編成は問題ないな？」
「はい、艦長。僚艦の４０６号と本艦を合わせ６編隊、発艦させます」
ヲ４０６号の飛行隊長が答えた。
「まずはそれで様子を見よう。明日は終日、哨戒活動だ」
「はい、艦長」
ヲ級前衛空母艦隊司令は、席を離れ、飛行甲板を見た。
そこには、待機中のＦ４Ｆが数機並んでいた。
いつでも発艦できるように準備された状態で、甲板上に拘束されていた。
敵機が駆逐艦のレーダーに捕捉されれば１０分以内に発艦可能な様に訓練された隊員が待機していた。
キャットウォークにある対空機銃では、機銃員達が上空を見上げて警戒しているが、まだ表情が緩い。
「まだ、余裕はあるが、明日からは・・・」そう言うと、前方をみて
「相手は、あの日本海軍の機動部隊。本体が来るまでの間の繋ぎとはいえ、やるしかない」
「深海棲艦の前衛艦隊は、だいぶ押しているな」
護衛艦いずものＦＩＣ（旗艦用司令部）の司令官席に座る由良司令は、前方の大型モニターに映る戦況状況を見て一言呟いた。
「あの速力だと、明日の朝には由良さん達が深海棲艦の索敵網にかかるわね」
いずもはそう言うと、そっと小声で
「由良さんの事が心配？」
「ふん、心配した所で・・」といい、そこで言葉を閉じた。
あちらの世界の由良の家系は戦後、苦難の道を歩んだ
パラオ泊地の提督と永遠を誓った艦娘由良であったが、その後は厳しい道であった。
貧しい時代、パラオに取り残された由良を救ったのはパラオの人々であった。
由良司令自身、幼少期をパラオで過ごした。
だからこそ、艦娘由良の芯の強さを知っている
「彼女なら心配ない」
それだけ言うと、再びモニターを見て
「索敵機が出ていないようだが」
「まだ、距離があるし今から出ても索敵終了して帰投する頃には日没になるわ。無理をしていないと見るべきかしら」
いずもは、そう答えたが、由良司令の表情は厳しいままであった。
視線は正面の大型モニターに向いているものの、脳裏をフル回転させている。
右手でほおづえをつきながら、モニターを凝視するする由良司令
いずもは、
“始まったわね”
そう言いながらふと、青年時代の頃の由良司令を思い出した。
由良司令は、青年期を横須賀の海軍神社で過ごした。
普通に学生生活を送ると同時に、海軍神社の大巫女や引退した艦娘三笠から徹底的に“提督業”を叩き込まれた。
その中の一つが、毎日夕食後に、大巫女相手に囲碁を一局打つ事であった。
ただ打つだけでは、張り合いがないといい、大巫女は、
“儂に勝ったら、好きに生きてよい”と言われた少年由良は、あの手この手で大巫女を負かそうとしたが、そこは歴戦の勇士、大巫女である。
国内有数の棋士達が、“師匠”と崇める存在の相手にかなう訳もないが、それでも連日の対戦でそれなりの形にはなりつつあった。
由良は対戦するときは、決まって胡坐をかいて右手で頬杖をつきながら考える。
対する大巫女は、何時間でも正座をしながら表情一つ変えない。
いずもは、そんな二人の横で、何時間でも対局を見ていた。
最初はあっという間に終わった対局も年を重ねるごとに由良が粘り始めた。
しかし、かならず大巫女が数目差で勝つ。
毎回連敗する由良へいずもは
「いい加減 諦めたら？」と何度も言ったが、
由良は黙って大巫女との対戦を重ねた。
しかし、ある頃から対戦の雰囲気が変わり始めた。
ある時から、由良は勝敗よりも自身の思いつく手を色々と試し始めた。
いずもは、そんな大巫女と由良の対局を注意深く見てゆく
ふとある時、盤面を見て
“これ、もしかしてミッドウェイ海戦？”
そんな盤面があった。
いずもは、それ以降二人の対局を、先の大戦の海戦へと置き換えてみた。
由良の握る白の日本海軍、大巫女の黒の米軍と深海棲艦の勢力
圧倒的に不利な白を如何に生かして地を残すか？
由良の苦心が見えてきた。
由良司令は、正に実戦を生き抜いた大巫女、そして三笠と言った猛者に叩き上げられた生粋の提督と言える存在であった。
じっと前方の大型モニターを睨んでいた由良司令は、
「こんごうは、マジュロ近海で待機中だな」
「ええ、マジュロ残留部隊の回収ができる様に待機させているわ」
「ひえいと、あかしはいつ合流できる？」
いずもは、手元のレポートを見て、
「クサイ島への避難民の揚陸は終了して、明日の朝には此方へ」
由良司令は、戦況モニタ―を指さし
「あの空母艦隊を追従する打撃群は厄介だな」
「ル級無印を中心とした艦隊ね」
そこには ヲ級２隻を中心として空母艦隊とそのすぐ後を猛進するル級無印の第三艦隊が表示されていた。
由良司令は、
「このままだと、明日の昼以降に由良をはじめ警戒部隊は敵の索敵網にかかり、空襲を受ける。そうなれば敵の猛攻がある」
「ええ、それは想定していたわ」
「だが、そうしている内に、あのル級艦隊が空母艦隊に追いつき、強力な打撃空母群へ変わる事が予想される」
「えっ！」
慌てるいずも
「ヲ級だけなら逃げ切る事もできるが、ル級を含む高速部隊となると、キツイ」
いずもは、
「どうする？ 支援する？」
由良司令は、ほんの少し考え
「パラオ泊地提督を呼び出してくれ」
いずもは、直ぐにパラオ泊地艦隊をモニターに呼び出した。
司令官席のモニターにパラオ泊地提督とその横に並ぶ瑞鳳が映し出された。
直ぐにパラオ泊地提督が
「自衛隊司令、丁度良かった。相談したい事が」
「あの猛進するル級艦隊ですか」
自衛隊司令の問にパラオ泊地提督は
「ああ、予想以上に進軍速度が速い。ル級戦艦はさほど足が速くないと思ったが」
いずもがモニターを見ながら
「ル級は米国のノースカロライナ級を原型に深海棲艦で改良された艦種ですので、最大でも２８ノットが限界です。このル級艦隊はかなり無理をしていると思われます」
モニター情報の覧に１５ノット以上の高速で移動するル級無印の艦隊が表示されていた
「ル級が、１隻にリ級クラスの重巡が２隻、ホ級軽巡が２隻にイ級が６隻か」
パラオ泊地提督もモニター越しに編成を見た
「かなり強力な部隊だな」
「提督、基本構成は後方にいる本体の残りフタ艦隊も同じですが、各艦種のクラスは一つ上だと推測されます」
自衛隊司令は冷静にそう告げた。
「さて、由良達だが」
パラオ泊地提督の問に、自衛隊司令は
「自分としては、このままヲ級ならびル級艦隊に捕捉される前に、現海域から一旦離脱し、パラオ泊地艦隊へ統合編成する事を具申します」
「やはり、そう思うか」
「はい、ヲ級だけなら由良さんの搭載するレーダーを使えばいきなり空襲される事はありません。数波に及ぶ空襲を躱せばいいですが、もし損傷艦がでた時、ル級艦隊に追いつかれる恐れがあります」
パラオ泊地提督は
「まっ、致し方ないか。今まで前衛警戒をしてくれたしそろそろグルグル回るだけっていうのもあきた頃だろう」
すると、提督の横に立つ瑞鳳が一言
「提督、素直に言ったらどうです？ 由良さんいないと寂しいって」
「おっ、俺がか！」
やや慌てる泊地提督の後で 瑞鳳の艦橋要員達が一斉に笑いだした。
爆笑に包まれる瑞鳳の艦橋
「そう思いますよね、鳳翔さん！ いずもさん」
瑞鳳はそう言うと、モニターに映るいずもと鳳翔をみた。
いずもの横に立つ鳳翔は、一言
「瑞鳳ちゃん」
いずもも
「若いっていいですよね」
二人とも、笑いをこらえるのに必死であったが、いずもが、
「では、当の本人に聞いてみましょう」
そういうと、手元のタブレット端末を操作してサブモニターに当人を呼び出した。
そこには、顔を真っ赤にした艦娘由良が映っていた
「おっ、由良。その・・だな」
由良の表情から今の会話が筒抜けであった事を察した泊地提督は、しどろもどろに声を掛けたが、由良は静かに、ニコッとして
「提督さん」
「はいぃぃ！」
声色が上がるパラオ泊地提督
「ご指示を」
「お、おう」
パラオ泊地提督は気を取り直して
「由良、状況については既に分かっているとおもうが、中間海域へヲ級だけでなくル級艦隊が急進している」
「はい、いずもさんから周辺海域の情報は逐次受信しています」
「そういう事だ。速やかに転進し、此方と合流してくれ。艦隊を再編する」
すると由良は
「はい、了解しました。聯合艦隊の方にはなんと？」
「その事は心配しなくていい。こちらの動向は逐次大和の司令部へ報告しているし、由良の前衛警戒部隊の指揮はこちらに委譲されている」
「はい。では、早急に転進しパラオ泊地艦隊へ合流します」
由良は嬉しそうに声に出すと、瑞鳳は
「由良さん、旗艦も交代しますか？」
「それは、上手く合流できてから考えましょう」
そういうと、
「瑞鳳ちゃん、最新の位置情報を後で流してください。進路計算をします」
「はい、由良さん」
瑞鳳は元気に答えると、後を振り返って航海長へ位置情報の確認指示を出した。
パラオ泊地提督は
「日没まであと数時間。このままいけば明日の中には由良達を収容できるが、同時に敵の航空機の索敵圏内に入る」
「積極攻勢にでますか？」
自衛隊司令の問にパラオ泊地提督は
「いや、攻めるには役者が足らんな。ここは逃げに回ろう」
「同意します」
自衛隊司令も一時撤退を支持した。
パラオ泊地提督は
「俺達を見た、敵はどう思うかだな」
「そうでしょう。この海域には日本軍はまだ到着していないと、のこのこ出てきたらいきなり敵の偵察艦隊がいた。それをどう見るかです」
自衛隊司令はそう答え
「敵は、パラオ泊地艦隊の動向を探りにくるでしょう」
パラオ泊地提督は、ややうんざりした声で
「聯合艦隊の本隊到着まで、逃げ回るしかないという事だな」
「ええ、ヲ級２隻とル級艦隊に追い回される事になりますが」
「自衛隊司令。こういう時に君達の様に“雲隠れ”できるという事が羨ましくおもうよ」
パラオ泊地提督は、椅子に座り直すと
「さて、どう対処するか、じっくりと話そう」
「はい。泊地提督」
自衛隊司令は静かに答えた
泊地提督が、少し視線をそらし外を見ると、太陽は少し落ち影が艦橋内部へと長く差し込んでいた
「長い二日半になりそうだ」
提督の呟きのように、戦場の枠組みが少しずつ変わり始めていた。
数時間後
夕闇迫る中、中間海域へ向けトラック泊地を出撃した聯合艦隊の先頭を行く戦艦三笠の艦橋では、艦娘三笠と後方に展開する大和に座乗する山本達との間で、今後の展開についての意見交換が行われていた。
艦娘大和の差し出すタブレット端末をみた山本は一言
「思ったより敵の戦艦部隊の動きがはやいな」
大和の長官席に座る山本はやや緊張感の抜けた声でいうと、端末に映る三笠は
「お主はまるで、他人事のようじゃの」
「三笠よ。だってまだ１０００ｋｍ以上先の艦隊だぞ。ここで緊張しても始まらんよ」
「まあ、確かにそうであるがの」
三笠もある程度は同意した。
それもその筈である。
この時代 １０００ｋｍと言えば、航空機で５時間
船舶なら三日は掛かる距離である。
いきなり、頭上に砲弾とか罵声とかが飛んでくる事はまずない
「由良達は、パラオ艦隊が収容するという事じゃの」
「そういう事だな」山本の返事に、後方にいた黒島作戦参謀が補足した。
「三笠様。パラオ艦隊より由良達前衛警戒部隊を収容後、艦隊を再編し、囮になってくれるそうです」
やや嬉しそうに補足する黒島作戦参謀
「パラオは、俺達が現場海域に入るまで、敵の前衛部隊をくぎ付けにするか」
「はい、三笠様」
三笠は、
「イソロク、少し足を速めるかの？」
しかし山本は
「いや、聯合艦隊本隊は今の速力を維持しよう。後方にいる南雲君達と歩調を合わせたい」そういうと、
「心配するな。パラオには、無理はするなと伝えてある。それに自衛隊艦隊もクサイ島から北上すると連絡があった。いざという時は マジュロ沖にいるこんごう君が敵の後方から切り込む事もできるという事だ」
「イソロク、なら良いが」
山本は、手元の手描きの戦況状況図を見ながら
「まっ、しかし 自衛隊司令はよく考えているな」
続けて
「まあ、こうなる様に仕組んだとはいえここまで相手が乗ってくるとは」
「乗らざるを得んのだ。以前いずも殿の話に出たが、彼女達の辞書には“妥協や撤退”という文字はない。領主より命じられたことを徹底する。昔の武家政権と同じ」
三笠は
「理由は解らんが、マーシャル諸島の部隊は引くに引けない理由があるのじゃろう」
山本は暫し考え
「となると、三笠。海戦に勝ったからといって、おいそれとは引いてはもらえそうにないという事か」
「そうなる事も考える必要がある。向こうが退く為には、大義名分がいるという事」
「どうする」
山本の問に三笠は明確に
「敵の大将を攻め落す」
「ル級flagshipか？」
「イソロク、そういう事じゃよ。Flagshipを含めて敵のル級を確実に仕留める。そうすれば敵は戦線を維持できない。各個撤退を促すしかなかろう」
「すると、我々の最初の標的は、この先行するル級無印か」
「そういう事じゃの。パラオが時間を稼ぐ間に、各個撃破する」
山本は、後に控える宇垣や黒島作戦参謀をみた。
黒島作戦参謀は
「明日の朝までに、司令部で詳細を煮詰めます。自衛隊からの索敵情報を元に交戦海域を設定します」
そういうと下がり、司令部がある区画へと急いだ。
後に数人の参謀が続く
山本は、そっと
「情報一つで、作戦の枠組みが変わる。そういう時代なのだな」
そうしみじみと話した。
「山本長官？」
山本の声に横に立つ大和が声をかけると、山本は
「なあ、三笠。対馬沖での事をおもいだすな」
「イソロク」
山本は
「あの時、ロシアのバルチック艦隊は一体どこを通って、ウラジオストクへ入るのか聯合艦隊ではだいぶ揉めた。俺達若い士官候補生たちも日進の艦上で海図を広げて皆で話したものだ」
「そうじゃの、あの時東郷は、まだ対馬沖を通るという確信をもっておらんかった。聯合艦隊の司令部内でも意見が分かれておったからの」
三笠も当時を思い出ししみじみ答え、
「儂らが確信をもったのは、信濃丸の“敵艦隊ラシキ煤煙見ユ”を受信した後であったしの」
「まあ、あの当時はまだ艦の速力も遅かった。その段階で判断できた。しかし今は違う。艦の巡航速力は大幅に上がり、航空機を使った索敵は戦場の常識を一変した」
そして山本は、
「空中電探。航空機搭載型レーダーを使った敵情の把握は戦術の土台を根底から塗り替えつつある」
頷く三笠
山本は静かに
「俺はこの戦い、勝敗以上に学ぶべき事が沢山あるように思えてならない」
そして
「我々は、それに見合う代償を払う事になる」
厳しい表情の三笠
山本は、日本海海戦で欠損した右手を撫で、
「あの時は、人差指と中指だったが今回は、腕の一本位差し出しても惜しくはない」
「長官！！！」
大和が慌てて声を上げたが、山本は静かに右手で制し
「世が世なら、何も得る事なくブーゲンビルの上空で散った命だ。ならばこの海戦で得るものがあるなら、惜しくはなかろう」
大和は無言のままじっと山本を見た。
ポンッ
優しく大和の肩を叩いたのは宇垣参謀長であった
「まあ、そうならんよう宜しくたのむぞ。大和」
宇垣の声に、他の参謀達も
「油断はしていませんが、大和さんなら大丈夫です」
と声を掛けた。
頷く大和
そんな大和達を見ながら山本は一言
「戦争とは、難儀なものだ」
山本達聯合艦隊から遥か東へ４０００㎞程離れたここフィリピンの米海軍スービック基地では、一人の男性が数枚のレポートに目を釘付けにしていた。
静かに、
「始まったか・・・」
アメリカ海軍太平洋艦隊司令 チェスター・ニミッツ大将は執務室で静かに声を上げた。
秘書艦である艦娘サラトガは、そっと執務机の上にコーヒーの入ったマグカップを置く。
「妙高の話によると、三笠様の艦隊が深海棲艦の重巡艦隊を蹴散らしたそうですよ」
「本当か？」
ニミッツ提督は、カップに手を掛けながらサラトガへ問いただすと、
「ええ、さっき転属になった駆逐艦曙と挨拶にきましたよ」
「それは聞いていたがな」
残念そうな顔をするニミッツ提督
「陸軍のウィロビー大佐が本国関連の情報交換にって急に来て、提督が対応したから仕方ありませんよ」
それを思い出し、渋い顔をするニミッツ
「それで、三笠様の戦果は？」
「ええ、妙高もまだ詳しい内容は知らないようですが、敵重巡を撃破したという事です」
「それは素晴らしい！！！」
ニミッツ提督はそう言うと
「まだまだ、お元気そうでなによりだ」
サラトガは少し呆れて
「提督、三笠様の損害とか気にならないですか？」
するとニミッツ提督は、きっぱりと言い切った
「サラ、いいか！ 相手はあの戦艦三笠である。リ級如きは敵ではない」
「はあ、そうですね」
やや呆れながら答えるサラトガ
ニミッツ提督は、急に壁にあるカレンダーを見ながら
「サラ。俺の休暇はいつだったかな？」
ダン！！！！！
それを聞いた、サラトガは、激しく右手で執務机を叩いた
振動で マグカップが踊り上がる。
「提督！！ 逃げようなんて考えてませんよね！！」
サラトガの気迫に押されながら、ニミッツ提督は、
「いや、そこまではないが。ここの所この近辺は静かだ。今の内に休みを・・・」
と言いかけたが、サラトガは、
「寝言は寝てからにしてください！！ いくらラバウルを押さえてニューブリテン島を勢力下に置いたとはいえ、未だガダルカナル島の深海棲艦は活発な活動をしています！ソロモン海では我が軍と深海棲艦が連日睨みあい、ブーゲンビル島侵攻を計画する現地の陸軍部隊から毎日増援の要請があるのはご存知ですよね！」
そう言いながらニミッツ提督を睨んだ
「それは、聞いているが。陸軍の仕事だ」
ニミッツ提督は気迫に押されながらも答えたが、サラトガは更に
「その陸軍が、“本国からの増援は期待できないから、海軍に”と連日申し入れをしてきています！」
「う～ん」唸るニミッツ提督
サラトガは捲し立てる様に
「その本国とのルート確保の為にもマーシャル方面の深海棲艦は何としても排除し、日本との無害航行権を使い活路を見いだす事が重要ってこと位、提督でもお分かりですよね！！」
目を吊り上げながらニミッツを睨むサラトガ
唸るニミッツ提督にサラトガはぽつりと
「私だって、“世紀の海戦”を近くで見たいっておもいますけど我慢してるんですから」
「サラもそう思うか？」
ニミッツ提督の問にサラトガは
「こんな機会はめったにありません！ あの赤城率いる一航戦が深海棲艦の正規空母と真向勝負！ 空母艦娘なら、誰でもそう思います！」
サラトガはもっと気迫を込めて
「いえ、もし日本海軍が義勇兵を募集したら 真っ先に応募します！」
「おいおい！」
ニミッツ提督は慌てたが
「いいですか！ 今フィリピンにいる米陸海軍が真面に行動できるのは、妙高はじめ日本海軍が、南方資源確保の為補給路を守ってくれているおかげです！ 我々米軍は、そのおこぼれに預かっているといっても過言ではありません！ それを本国政府が全く理解していません！ もし妙高達日本海軍が退いてしまえば、私達はソロモンの深海棲艦の補給路分断作戦で、フィリピンは孤立していた事でしょう！ 当てにならない本国政府より毎日顔を合わせる妙高達を私は信じます！！」
サラトガは声を張り上げた
「サラ！」
正直いえば、ニミッツ提督も同じである。
ただ、指揮官としてそれは声にする事ができない。
「提督！ とにかく中部警備所の提督が三笠様や山本提督との面談を計画しています。それまで我慢してください！！」
「仕方ないか」
ニミッツ提督は諦め声で言うと一言、
「この戦いが、太平洋。いや世界の流れを変えるかもしれん」
明けて、翌朝
夜明けと同時に両軍は動き出した。
最初に動きだしたのは深海棲艦の前衛ヲ級艦隊であった。
２隻のヲ級空母を中心に、８隻の艦艇群が周囲を円形で囲む輪形陣を構成しながら、中間海域へ向けて航行していた。
朝焼けに照らされるヲ級４０５号の飛行甲板には６機のＳＢＤドーントレスが並びエンジンを始動し、暖機運転を開始していた。
既に、各機にパイロット妖精達が搭乗し、発艦開始の合図を待っていた。
艦橋では
「進路、速度をそのまま維持しろ！ 間もなく発艦開始だ！」
艦長であるヲ４０５号の声が響く
ヲ級４０５号
原形は米国海軍のレキシントン級と言われる。
深海棲艦のヲ級にはいくつかの階級がある。
この４０５号並びに後続の４０６号艦はその中でも古い部類ではあるが、その分経験値は高い。
ヲ級空母艦隊司令がこの２隻を前衛に選抜したのは、艦載機がやや旧式ではあるが単独行動でも任務遂行に支障がない練度を有していたからである。
艦長は、席を立つと艦橋横の見張り所へ出た。
既に多くの水兵や幹部が見張り所へ出ていた。
艦の速力があがり、風を切る音が大きくなった。
「艦長。ドーントレス隊準備できております」
艦載機運用を総括する作戦士官が艦長に報告すると同時に、艦内電話をとる別の要員が
「４０６号より入電！ 発艦可能です！」
それを聞いた４０５号の艦長は、
「では、諸君始めよう。発艦始め！」
「発艦はじめ～！！」
特大のメガホンをとる号令員の声と同時に、発艦開始の信号旗がマストに掲揚された。
居並ぶ幹部達と見張り所から甲板上に並ぶＳＢＤドーントレスをみるヲ級艦長。
綺麗に２列に整列したＳＢＤドーントレスの１番機の操縦士が操縦席から敬礼すると、艦長以下の幹部が一斉に答礼した。
それを見届けた１番機の操縦士は、さっと手を降ろし、飛行メガネをかけ直すと、両手を使い、機体右手前方に待機する整備妖精へ
「チョーク外せ！！」と合図した。
同じサインを受けた整備妖精が同じように 両手で合図すると、今度は主翼下で待機する二人の整備士妖精が、車輪止めを外し、主翼の下から出てきた。
外した車輪止めを飛行士妖精に見えるように高く揚げた。
飛行士妖精は、それを確認すると、両足で踏ん張っていたフットブレーキを緩め、ほんの僅かだけスロットレバーを押しこんだ。
エンジン回転計の針がその分だけ上がったのと同時に、機体は緩やかに前方へと進み出た。
飛行士妖精は、左右のブレーキを別々にほんの僅かに踏み、効きを確かめる。
「よし」
左右のブレーキ細かく踏んで、機体を少し前進させると、一旦停止して、後席の機銃員へ
「アクセレーションチェックをしたら、直ぐに出るぞ！」
「了解です！ いつでも」
元気は声が返ってきた
飛行士妖精は、それを聞くと、再びフットペダルを踏み込み、機体にブレーキをかけ、右手の操縦桿を一杯まで引き、そして一気にスロットレバーを押しこんだ。
機体が身震いするような振動と、エンジンの轟音が機内を襲った
ガタガタと揺れる操縦席で飛行士妖精は、エンジン回転計、油圧計、油温計、燃料圧力計、と順に目で追ってゆく。
どれも計器の針も、エンジンの振動で躍ってはいたが、規定値上限ギリギリで安定
していた。
さっとスロットレバーを引き、今度はスムーズに回転が落ちる事を確かめると同時に、各計器の針も下がってゆくを事を目でおった。
「よし、出るぞ！」
飛行士妖精の声に、後席員へ返事ではなく、右手を上げて
“了解”の返事をした。
「ドーントレス隊 出撃！！」
その掛け声と同時に、スロットレバーを押しこむと同時に踏ん張っていたフットブレーキを解除する。
スルスルと前に出たＳＢＤドーントレス
早くも、尾翼が浮き上がって来た。
プロペラトルクで機首が大きく振れるのを、小刻みにラダーを打つ事で抑え込む飛行士妖精
最初はゆっくり、そしてプロペラが空気を掴んだ瞬間、一気に加速するＳＢＤドーントレス
あっという間に 飛行甲板を走り抜け空中へと舞い上がってゆく。
「今日は お荷物（爆弾）がない分、機体が軽い」
飛行士妖精は、呟きながら、手早く車輪とフラップの収納操作をしながら、ほんの僅かスロットレバーを引きエンジンの回転数を上昇定格回転数になるように調整した。
「２番機 発艦しました！！」
後席員の声がした。
チラッと風防枠に取り付けてあるミラーを見ると、小さくなる母艦から舞い上がる２番機が見えた。
それとほぼ同時に操縦桿を左へほんの僅かに切り、それに見合うだけ左のラダーペダルをふみ込み左上昇旋回へ入る。
直ぐに後方の２番機も旋回へ入ったのが見えた。
「よし！ 指定索敵方向へ向うぞ！ 機位を見失うな！」
後席員へ声をかけると
「了解です！」
ナビゲーター員を兼ねる後席員が直ぐに答えた
「燃料切れで海水浴は御免だからな」
飛行士妖精は、直ぐ真上の雲を見上げてそう呟いた。
「レーダーコンタクト！！」
「TACCO１、了解。今確認した。今３機目が上がったな！」
「はい。あっ４機目コンタクト！」
中間海域へ向け次々と発艦するＳＢＤドーントレスを遥か３００㎞近く離れた空中で監視するのは護衛艦いずも艦載機 Ｅ－２Ｊ。コールサイン“エクセル１－６”
その長大な監視の目を操る３名の士官妖精
対空監視士官、対水上監視士官、そしてその二人を束ねる戦術士官妖精。
今は、操縦席の副操縦士妖精も手伝いながら監視を続けていた。
対空監視士官妖精は、手慣れた手つきで、次々と上空へ舞い上がってくる深海棲艦のＳＢＤドーントレスに識別番号を付加してゆく。
それをモニターで監視する戦術士官妖精は
「ヲ級２隻から１２機。６線に散ったか」
そっと時計を見た
「最初のコンタクトから１０分以内か。意外と練度が高いな」
そう言いながら、手元のキーボードを操作し、護衛艦いずもへ“敵機発艦”の第一報を送信した。
その情報は、瞬時に太平洋の海を突き抜けてゆく
護衛艦いずものＦＩＣ（護衛群司令部）を経由して前衛警戒部隊の軽巡由良、パラオ艦隊。聯合艦隊の司令部の大和、戦艦三笠へと“敵機索敵開始”の報が流れた。
僅かな時間をおき、その情報は、聯合艦隊大和より後方に展開する南雲機動部隊旗艦 赤城へと知らされた。
「動いたか！」
第一報を聞いた南雲は、長官席から立ちがった。
朝焼けに照らされる赤城艦橋で、水兵妖精より通信文を受け取る草鹿参謀長
南雲は足早に艦橋後方にあるチャートデスクに向った。
直ぐにデスクには 中間海域付近の海図が広げられた。
草鹿参謀長が、電文を片手に赤い空母の駒、そして青い軽巡の駒と空母の駒を置いた
「味方の艦隊の位置については推測ですが、だいだいこの辺りかと」
草鹿の声に、南雲は
「赤城、どの位で接敵されると予想する」
草鹿から受け取った電文を読み込む赤城は、
「南雲司令。早ければ２時間以内に接敵される危険性があります」
「源田参謀、敵艦隊との距離を勘定すると、どれ位で空爆される？」
海図を見た源田航空参謀は
「位置情報が不確定ですが、発見されれば２時間以内にくるでしょう。もし敵があらかじめ空中待機していればもっと短い時間かもしれません」
「パラオは間に合うのか？」
南雲の問に、戸惑う草鹿参謀長達
しかし、赤城はきっぱりとこう答えた
「問題有りません」
そして、
「既に、“あの”パラオ艦隊が向っています。この索敵機の情報も既に受信している事でししょう」
赤城はそう言うと、にこりと笑顔で
「南雲司令。この場合、心配するのは敵のヲ級の方だとおもいますよ」
南雲も、眉をしかめながら
「そうだな」と声に出すと、
急に口元に笑みを浮かべ
「逃げるか？ それとも攻めるか？ パラオの提督のお手並み拝見といこうじゃないか」
そう言いながら、じっと海図を睨んだ。
同じ頃、赤城の後方２０ｋｍ程の後方を航行する第二航空戦隊旗艦 飛龍の艦橋では、艦娘飛龍が、二航戦司令の山口少将へ電文を渡していた。
それを読む山口少将。一言飛龍へ向い
「またしても、瑞鳳に取られるな、飛龍」
すると飛龍は
「瑞鳳ちゃん達、間に合うと思いますか？」
山口は呆れながら
「飛龍よう、もし間に合わんかったら嫁さん見殺しにしたって提督連中から一生叩かれるぞ。それに“あのパラオの提督”だぞ、南雲長官恫喝して秋月奪うような奴が、負ける戦いをすると思うか？」
「ですよね」
山口少将は、
「パラオの提督の事だ、嫁さん餌にして自分の所までヲ級を引っ張ってきて、瑞鳳で叩く、そしてそれに応じたル級無印艦隊を引っ掻き回した所に、頃合いを見て退く。呆然とするル級無印の前に大和達がでるという舞台を想像してみろ」
飛龍は
「ちょっとえげつないですね」
「その間に敵の本隊のヲ級flagshipは俺達で徹底的に叩く」
「はい、多聞丸！ 赤城さん達から艦爆隊、艦攻隊を預かりました。攻めの二航戦です」
飛龍は元気に答えた。
山口少将も口元に笑みを浮かべ
「そういうことだ」
飛龍は、
「そうなると、翔鶴さん達。五航戦がいないのは寂しいですね」
それを聞いた山口少将は、少し声を潜めて、
「なあ、飛龍。本当に五航戦はソロモンへ下ったと思うか？」
それを聞いた飛龍が少し怪訝な顔をし
「どういう事ですか？」
山口は指揮官席に着いたままじっと前方を見て、
「どうもな、会議の席での長官達の表情が気になる」
それを聞いた飛龍も表情を強張らせた。
「じゃあ！！！」
だが、飛龍はそこで声を閉ざした。
これ以上は、想像になる。周りに聞こえては後々問題になりかねない
山口は、
「なかなか 楽しい戦になりそうじゃないか」
そう言いながら、前方を睨んだ
中間海域を、パラオ艦隊と合流すべく西へ進む由良を始めとする警戒部隊にも緊張が走った。
艦長席に座る由良は、いずも艦載機が探知した索敵情報をモニター越しに見ていた。
「６線か〜」
珍しく間の抜けた声を上げる由良
「えらい、スカスカですね」
横から覗く副長もやや緊張感がなかった。
確かにその通りである。
もし日本海軍が同じように前方哨戒をするならこの倍の１２線
それも高度を変えて２段構えで行く。
それを深海棲艦は半分の機数でやろうとしていた。
「副長、当面此方へ向ってくる編隊はなさそうね」
「はい、艦長。今の所は大丈夫とはおもいますが、索敵方向が広がってくれば、見つかるのは時間の問題です」
副長は、続けて
「瑞鳳からの航空支援は、ギリギリまで待つという事でしたから、気が気でないですな」
「仕方ないわ、ここまで敵の空爆隊をおびき寄せる必要がありますから、早々に撃墜したら敵がにげちゃうわよ」
由良は、
「副長、白雪さん達に“対空警戒を更に厳とせよ”と下命して」
「はい！ 艦長」
副長は、すぐに信号手へ伝達した。
後方に単縦陣で並ぶ白雪達へ発光信号と信号旗で、指示が伝達されてゆく。
由良は、念のため艦橋後方にいる対空レーダー監視要員へ
「まだ、探知は出来ていないわよね」
「艦長、いくら我が艦のレーダーが優秀でも３００㎞は無理です。千里眼を持つこんごうさんじゃないですから」
レーダー担当妖精は呆れ顔で答えた。
副長は
「こういつも使っていると感覚が麻痺しますが、本艦の対空探知力は優に１００㎞はあります。これでも気が遠くなりますがこんごうさん達はその５倍以上ですからね」
由良も、
「いずもさんの早期警戒機と組み合わせる事ができれば、１０００㎞も可能という事ですけど、ここから月の上を見る様な感覚ね」
「ですが、敵は目前です」
副長は、声を上げた。
「そうね、出来るだけ提督さん達に近づきましょう！」
由良はそういうと、再び戦術表示モニタ―を見た
そこには、無意識の内に此方を追跡する進路を取る深海棲艦ヲ級部隊、そしてル級無印艦隊。
此方へと急速に接近するパラオ泊地艦隊が映し出されていた。
「大丈夫」
由良は静かにそう呟いた。
深海棲艦ヲ４０５号を発艦したドーントレス隊は、それぞれの索敵方向へ向け ２機編隊を組み、進んでいた。
高度は２５００ｍ前後を飛び、雲底の底を這うような形となった。
ＳＢＤドーントレス隊一番機を操縦する飛行士妖精は、右手で操縦桿を押さえながら左手に航空図を持ちながら、器用に操縦していた。
予め発艦前に立てた飛行計画に沿って捜索進路を飛ぶ
「現在位置の確認は出来ているな！！」
時々後席員に声をかけると、
「はい、母艦からの誘導電波も定期的に受信して間違いありません」
同じくチャートを見ていた後席員も答えた
「でも本当に敵の艦隊なんているんですか？」
後席員の声に、飛行士は
「解らん、先日タロア島を襲撃した部隊もいきなり現れた。日本軍は神出鬼没だ！」
飛行士はそう答えながら海面を見た。
何もない海面が暫く続く。
「そろそろ変針点か」
そう言うと後席へ
「右に１０度変針するぞ！」
「了解です！」
その返事を聞いたと同時に機体は右へ少し旋回し、進路を修正した。
「あと２時間、何も無ければ帰投だ」
飛行士妖精は、そう言いながら、操縦桿を握った。
「やっぱりこちらに向かってきてるわね」
軽巡由良の艦橋で、対空レーダーモニターを見ていた艦娘由良がそう言うと、対空レーダー妖精は
「本艦との距離は１２０ｋｍ前後です、このままの進路を取れば敵の索敵機が接触するまで２、３０分以内と思われます」
「そのまま監視を続けて」
「はい、艦長」
由良は艦長席に座ると直ぐにパラオ艦隊を呼び出した
モニターに映るパラオ泊地提督へ
「提督さん」と何時ものように声を掛けた
「ああ、分かっている。予想より早かったな」
「あと２０分以内に接敵しますが、いかがいたしますか？」
すると、パラオ泊地提督は
「済まんが」
由良はニコリとして
「解りました。通報後はどうしますか？」
提督は
「水観達に任せる。無理に撃墜しなくていいぞ」
「やっちゃっていいですね！ 旦那！！」
そう言いながら由良の後から水観隊の隊長が顔を出した。
「こら！！」
由良が怒るがそれには構わず、
「電探情報では２機だけですから、瞬殺してみせます」
「ちゃんと由良の指示通りにするなら問題ない」
「ガッテン！ 了解です！！」
水観妖精達が嬉しそうに答える姿を見たパラオ泊地提督は、
「パラオに無事戻ったら、水観降ろして水戦に機種替えするか？」
それを聞いた水観妖精達は
「旦那！ 約束ですよ！！」
「水観、そんな事を！！」
由良の声をよそに嬉しそうにしながら、艦橋を後にする水観妖精達
「提督さん！！！」
「まあ、いいじゃないか」
提督はそう言うと、やや含みのある声で
「そこは抜かりない」
深海棲艦ヲ４０５号所属のドーントレス隊１番機編隊の２機は進路を西南にとりながら水上の監視飛行を続けた。
１番機の飛行士妖精は、腕時計を見て
「変針して２０分か」
そう言うと、
「そろそろ限界点付近だ！ 気を付けろ！」
「はい！」
後席員から直ぐに返事があった。
頷く飛行士妖精
哨戒、索敵計画は、事前に綿密な飛行計画が必要である。
今回は初回という事もあり、６編隊が前衛哨戒へと出たが、各編隊は事前に飛行計画を練り、発艦、飛行する。
その間にも母艦は移動しているので、その分も考慮しながらフライトスケジュールを立てる。
もし母艦に何かあり事前の行動と違う航路を進んでいた場合、こちらは帰投時、敵だけでなく母艦を探す必要がある。
母艦に対して誘導無線の発信を依頼する事もできるが、その場合 母艦が敵に発見される危険性もあるので、むやみやたらに依頼する事は出来ない。
もし洋上で迷子になれば 燃料切れは必至であり、それは死を意味する。
艦載機乗りにとって、それはある意味空中戦よりも怖い事であった。
優秀なナビゲーター員とペアを組めることは飛行士にとってそれだけ帰還できる可能性が広がる事であり、頼もしい存在であった。
雲低高度か少し低い為に時折雲間に入りながら、僚機との間隔を保ちながら飛ぶ
「うん？」
一瞬、前方の海面に何かが光った
目を凝らす。
「おい！ 前方！ 船の航跡じゃないか！！」
「えっ！」
後席員も驚きながら身を乗り出して前方の海面を見た。
「１時だ！ １時方向！！」
飛行士妖精は左手で、その航跡らしき方向を指し示した。
「はい！ 複数の艦艇の航跡です！！」
後席員も海面にたなびく複数の艦艇の航跡を確認した。
「何隻いる！！！」
飛行士妖精の声に後席員は、
「三、いえ四隻です！！」
「艦種分かるか！！」
「ダメです！ この距離では艦影が小さく確認できません！ ただ戦艦ではなく小型艦のようです」
「よし！ 母艦へ現在位置と所属不明の船 ４隻確認 進路西南へ向け航行中と報告しろ！ 通常文で構わん！！」
「はい、了解です」
飛行士妖精は、右後方に飛ぶ僚機を見た。
２番機は主翼を振って、“視認した”“と合図してきた。
そうするうちに、後席員は、電鍵を叩き母艦へ第一報を報告した。
「報告終わりました！」
後席員の声が耳元に響いた。
飛行士妖精は、
「よし、所属と艦種を確認する為に接近する！」
「了解です！！」
後席員はそう言うと、後席の７．６２ｍｍ機銃を構えた。
飛行士妖精は、再び右横の僚機をみると、既に準備が出来ているようで、後席員が機銃を構えていた。
「一気に接近して、一撃かますか」
ドーントレス隊の飛行士妖精は、叫びながら前方を進む艦艇群を睨んだ。
「敵航空機からの電信発信を確認！」
軽巡由良の艦橋に通信員妖精の声が響いた
「見つかった様ね」
艦娘由良は、平然といいながら、艦長席の戦術モニターを見た。
「敵の航空母艦まで３００ｋｍ、もし攻撃隊がくるなら１時間程度かしら」
「どちらにしろ、その程度でくるでしょう。白雪さん達に合戦準備を下命しますか？」
副長の問に由良は、即断した
「前衛警戒部隊 合戦準備。敵航空部隊による空爆が予想されます！！！ 対空戦闘用意！！！」
副長が復唱するのと同時に艦内に
「合戦準備！！ 対空戦闘！！！！」
号令員妖精の声が響いた！！
「待ってました！！！」
何処かでそんな声がした。
即 軽巡由良の新型ステルスマストに対空戦闘用意の信号旗が上がった
信号員は、発光信号と手旗信号で後続の白雪達に対空戦闘用意を下命する。
白雪からも発光信号で
“命令、受領 対空戦闘用意”と短く返信があった。
由良は艦橋を出て右舷の見張り所へでた。
双眼鏡を構えると
「あれね」
水平線の上に微かに見える敵の索敵を捉えた。
「方位058 距離２万２千。機数はフタ。高度3000ｍから緩やかに降下中です」
由良の耳元に対空レーダー監視妖精から声が響いた。
由良はインカムを操作して、
「飛来方向からの追加索敵に注意しなさい！」
「了解です、いずも早期警戒機からの情報伝達も問題ありません！ 現在新たな対空目標は確認できません」
そうするうちに軽巡由良の各単装砲は、敵機へ向け砲を指向させていった。
砲雷長が、
「各主砲、弾種、散弾砲弾装填完了。砲撃諸元１万５千で設定完了しました！」
既に由良に搭載されたＦＣＳ－２が敵の索敵機に指向し、諸元を火器管制装置へと伝達していた、伝達された情報を元に軽巡由良に搭載された各50口径三年式14cm単装砲へと艦内無線情報伝達システムを使い個別へ諸元を送信していた。
由良の各砲では指定された諸元に基づき、仰角と方位角を設定する。
なお、各砲には多少の個体差がある。
それは砲手が個別に微調整する事になっていた。
各種のレーダー情報と射撃管制装置は艦橋後方に増設された戦闘情報指揮所で管理されている。
「近づいてきているわね」
艦娘由良は、右舷見張り所から双眼鏡でゴマ粒程度にしか見えない敵機を見た。
「少し威嚇しますか？」
副長の問に、
「いえ、ギリギリまで接近させましょう。できれば此方の詳細を送信するまで泳がせます」
「不明機、機種確認！！ 深海棲艦のＳＢＤドーントレスです！！」
大型双眼鏡を覗いていた見張り妖精が声を上げた
由良は少し眉間に皺をよせ、
「ドーントレスか、ちょっと苦手かな」
すると、横に立つ砲術長が、
「艦長、それは昔の台詞ですよ。今この由良の防空力は軽巡随一です。たった２機なら問題有りません」
「そうです、それに既に奴も上がっていますので」
副長もそう答えた。
由良は、双眼鏡を再び構えた。
右舷後方上空から接近する二つの影
由良の右耳に装備された小さなインカムから
「敵航空機 進路変更。本艦隊を中心に反時計回りに回り込もうとしています！」
対空レーダー妖精がインカム越しに報告してきた。
「高度は？」
「はい、艦長。先程と変わりません、距離も２万前後です」
「了解です。監視を続けなさい」
信号員が、
「白雪以下、対空戦闘用意良し。敵機視認。“指示”待つです！」
由良は即座に、
「現状のまま待機せよ」
「はっ！」
信号員は直ぐに信号灯と手旗信号を使い白雪以下３隻へ由良の命令を伝達する。
その間にも、敵機は雲間に見え隠れしながら、距離を保ちながら追尾してきていた。
「こちらの艦種を確認しようとしているわね」
時折雲間に消える機影を見ながら由良が言うと副長も
「多分、あの距離なら此方が軽巡と駆逐艦という事位しかわからんでしょう」
「攻撃して来ないわね」
由良は双眼鏡から目を離さずそう言うと、
「索敵重視で、“お土産”を忘れたのでは？」
「副長、そのお土産はあまり欲しくなわね」
由良はじっと遠目に旋回しながら此方を伺う敵機を見た。
ドーントレス隊１番編隊は、発見した所属不明の艦隊を追尾する為に、雲間に隠れながらその艦隊を監視した。
１番機の飛行士妖精は、
「この距離で撃ってこないという事は、此方に気づいていないか、射程外か」
「２万以上離れていますし、雲に隠れていますから見つかっていないのでは？」
後席員が答え、続けて、
「飛行士、それに日本軍の小型艦はレーダーを装備していません。目視圏ギリギリですから」
「だといいがな」
飛行士は緩やかな右旋回をしながら敵艦隊を目視し続けた。
飛行士は、片手で双眼鏡を覗きながら
「よし、母艦へ電文。敵艦隊軽巡1 駆逐艦３ 南西へ向け１２ノット以上の速力で航行中。現在位置をも忘れるな」
「了解です」
後席員は、直ぐに無電の電鍵を叩き始めた。
その間も飛行士妖精は、海面に航跡を描きながら進む日本海軍の軽巡部隊を監視し続けた。
「電文送信終わりました！」
後席員の声が飛行士妖精の耳元に響いた
「よし、一気に接近して確認して離脱するぞ」
「はい」
後席員は元気に返事をすると、後席に設置された7.62mm連装機銃の安全装置を外した。
飛行士妖精は左後方を飛行する２番機へ向け
“接近する”
とハンドサインを送った
“了解した！”
僚機も主翼を振って合図してきた。
飛行士妖精は、右手前方に航跡を引く敵艦隊を睨み
「上空から、急降下して機銃掃射。確認後はつかず離れずで、追尾だ」
そう言うと、操縦桿を右へ切り、由良達の後方へと回り込む進路を取った。
「敵の無電発信を再び確認！」
無線傍受をしていた通信員の声が艦橋内部に響いた。
「敵機後方へ回り込みました！ ５時方向です！！」
見張り妖精からも声があがる
艦橋の艦長席で、由良は声を張り上げた
「始めます！ 右対空戦闘！！」
「右 対空戦闘！」
号令員の対空戦闘の号令ラッパと艦内放送が一斉に流れた。
由良の単装砲が、一斉に旋回し、敵機の方向を指向する。
それと同時に、由良はインカムを操作して、
「水観！ 攻撃を許可します！ 白雪さん達に近づけさせないで！！」
「了解！！」
やや震える音声が由良の耳もとに帰ってきた。
由良を発艦して、上空４０００ｍで待機していた、由良の零式水上観測機は、その機体を完全に雲中に溶け込ませていた。
時折、雲間から海上を進む軽巡由良以下の前衛警戒部隊の航跡が海面に見えていた。
「周囲の警戒を怠るな！ 奴らは直ぐそこにきているぞ！」
水観隊の隊長が操縦席で怒鳴ると、後席員は
「はい！」
後席員の元気な声が返ってきた
「由良水観１号。こちら由良航空監視」
隊長の耳元に無線の呼び出し音が鳴った
「こちら由良水観１号！」
「敵機、本艦後方７時、距離３万！ 高度３千！ 機数フタ。視認できるか？」
それを聞いた水観隊長と後席員は、即座に該当する方向を見た
じっと雲間から空中を見る
一瞬 空中に何かが光った
「あれだ！！」
隊長妖精が叫んだ！
「由良管制、本機の前方２時方向下に機影フタ確認！！」
「それが、敵機だ！」
由良航空管制の答えに由良の水観隊長は
「由良水観 了解！！」
答えながら、前方に見えた敵機を睨んだ。
「この距離を保ちながら、頭を取るぞ！」
「はい！！」
後席員の返事と同時に水観隊隊長は、スロットレバーを押しこみ、機体を少し上昇させてゆく。
時折、機体を傾け眼下を進む敵機を見た。
「どーんとこいだな」
「隊長！ それを言うならドーントレスですよ」
水観の機上で毎度御馴染みの会話をしながら、後席員は留式7.7mm機銃の安全装置を外した。
敵のＳＢＤドーントレス２機は軽巡由良達を遠巻きにしながら旋回し、観測を続けていた。
その動きを見ながら水観隊の隊長は、
「索敵機隊としてはまずまずだが、上空警戒がなってないな」
「由良隊に航空戦力がないと高を括っているんじゃないですか？」
後席員の声に、
「油断するな、既に由良発見の一報が流れている。仲間が集まってくるかもしれん」
「はい、対空警戒も気を付けます！」
後席員は、そう言うと、機銃を構え、周囲を警戒した。
その時、ドーントレス２機の動きに変化があった。
大きく右へ切り込み由良隊の直上を目指し始めた。
「接近する気だ！ 仕掛けてくるぞ！」
隊長は操縦桿を握り絞めた
突然無線から、声が飛び込む
「由良航空管制より対空戦闘発令！ 対空戦闘発令！！」」
それを聞いた瞬間、隊長はスロットレバーを押し込んだ！
唸る瑞星13型エンジン！
加速する零式水上観測機
「水観！ 攻撃を許可します！ 白雪さん達に近づけさせないで！！」
艦娘由良の声が無線を通じて水観隊の隊長へと届いた
「了解！！」
返事をしながら、機体を左へと捻り込みほぼ背面状態になると、操縦桿を少し引き急降下態勢に入る
「うおおおおおお！！！」
機体の各所が“ギシギシ”と不気味な音を立てた。
プロペラの風切り音がいつもと違い、小刻みに音質が変わる
水観隊の隊長は、重い操縦桿を右手で必死に支えながら、左手でスロットレバーに付属する機銃発射把柄へ指を掛けた。
“くっ！！！”
背面状態からの急降下
一瞬、－Ｇがかかりその後急激に＋Ｇが体を襲う。
意識をもっていかれないようにする為に、下腹に力を込め、声を上げ唸る！
そうしないと、意識を保てない。
急降下しながら左ロールをして、あっという間に敵２機編隊の頭上へと舞い降りた
照準器に、敵機を捉え、
「後！ 貰った！！！」
照準器いっぱいに敵の２番機を捉えた瞬間、水観隊の隊長は機銃発射把柄を握り込んだ。
“バリバリバリ”
小気味よい音を立てながら、機首の九七式７．７ｍｍ固定機銃が唸りを上げる。
赤い航跡を引きながら７．７ｍｍ機銃弾が敵ドーントレス２番機へと降り注いでいく。
次々とドーントレスへ吸い込まれてゆく７．７ｍｍ機銃弾
ドーントレスから細かい何かの破片が飛び散った。
“くっ！”
ほぼ直上から襲いかかった由良の零式水上観測機は、複葉機とは思えない運動性を発揮して、あっという間に深海棲艦のドーントレス隊の２番機を射抜き、そのまま海面近くへと急降下して行った。
水観が海面近くで姿勢を立て直し、再び機首を持ち上げ上昇姿勢に入った瞬間。水観の頭上で 一つの火球が花咲いた！
「敵爆散！！ １機撃墜です！！！」
後席員の声に上空を見上げた水観隊隊長は、爆散し粉々に砕け、黒煙を引き海面へと落下する１機のドーントレスを確認すると、
「ドーントレスなら７．７ｍｍでも結構いけるな」
そう言いながら、降下で稼いだ、速力を使い再び上昇しようともがき始めた。
「水観攻撃はじめました！ 敵後方機 爆散です！！！ １機撃墜！！！」
軽巡由良の艦橋横の見張り員が大声を張り上げた。
それを聞いた由良は直ぐに、
「電波妨害始め！！ これ以上こちらの情報を打電させてはダメよ！！」
「はい」
艦橋後方で無電担当の水兵妖精が、先程まで敵無電を受信していた周波数へ大出力電波の送信を開始した。
原始的な手であるが、時間を稼げればいい。
「敵機間もなく１万５千に接近！！」
対空監視妖精が声を上げる。
「航空管制！ 水観に上空待機を指示」
「はい、艦長！」
直ぐに水観へと連絡が入った。
それを聞いた水観妖精は、機上で、
「もう少しだったが、追いつかん」と前方をちょろちょろと飛ぶＳＢＤドーントレスを睨んだ。
時折、こちらを近づけまいとドーントレスの後部機銃が唸っていた。
「いつも見たく、突っ込みますか？」
後席員が聞いてきたが、水観隊の隊長は、首を横へ振り、
「味方撃ちされたらしゃれにもならん」
「ですよね」
後席員も頷いた。
前方を必死で由良達の方向へ向うＳＢＤドーントレスを見て
「残念だったな、由良の弾幕は一味違うぞ」
そう言いながら、操縦桿を右へ切り、空域を離脱して行った。
「水観！ 空域離脱します！！」
由良の耳元のインカムに対空レーダー妖精が報告を上げた。
「間違いないわね？」
艦娘由良の問にレーダー監視妖精は
「はい、しっかりと転進しています」とはっきりと答えた。
「今回はしっかりと守りましたね」副長の声に由良は
「今度、命令違反したら始末書１０倍増しだからって念押ししておいて正解だったわ」
すると副長は、
「その前回の始末書もまだ未提出ですか？」
由良はムッとして
「提督さんは、“なんの事だったかな”とかとぼけてますけど、多分提督さんの事だから、“これは貸しにしとく”という事なんでしょう」
副長は笑いながら、
「まあ、そういう事なら」
由良は気を取りなおし、
「敵機進路は！」
「はい、本艦右舷、５時方向より接近中 距離１万６千！！！」
レーダー監視妖精の声が艦の内外のスピーカーを通じて大音量で響いた
それを聞いた各単装砲が再び敵機へと指向する
対空機関銃も同様に単機で進んでくるＳＢＤドーントレスを補足した
「さて、間もなくよ」
珍しく由良の声が まるで獲物を待ち構える猛獣の様な重厚な声で響く
「２番機はどうした！」
ＳＢＤドーントレス隊の一番機の操縦士妖精は声を上げた
「被弾！ 離れます！！！」
そこには水観の攻撃を受け、よろめきながら急降下するドーントレス隊２番機の姿があった。
後席員が、急接近した敵機を後部機銃で捕らえようとしたが、急襲にまったく動く事が出来なかった。
あっという間に敵機は自分達の横をすり抜けてゆく。
黒い黒煙を引き、フラフラとよろめきながらあらぬ方向へ飛ぶ２番機は、一気に火の手に包まれ爆散した。
「くっ！！」
後方からの振動で、僚機が爆散した事を悟ったＳＢＤドーントレス隊１番機の飛行士妖精は
「敵機は！」
「はい、下方へ逃げました！」
後席員の返事を聞くと、
「相手はゼロか？」
「いえ、複葉のフロート付き、一本足です！」
“くっ！”
飛行士妖精の表情が強張った
「油断した！！」
敵艦隊に近づくまで、気配を感じなかった事で、対空警戒が疎かになった。
敵艦に軽巡がいるなら、艦載機の事を考慮すべきだった。
複葉のフロート付き
脳裏に思い浮かべるのはあの１機
「Pete（ピート）か！」
「はい、シングルフロートでした！！！」
飛行士妖精は、
「まずいな」と口の中で唸った。
日本海軍が有する水上機は色々あるが、このピートは要注意だ。ジークほどではないとはいえ、かなりの機動性がいい、特に手練れの操縦士に掛かるとジーク並みに厄介な存在だ。
ＳＢＤドーントレスの飛行士は一瞬で判断した
「このまま、敵艦隊の上空を振り切って逃げるぞ！ 敵機を近づけるな！！」
「突破ですか！！」
後席員が慌てて聞くと
「ここで変針してもピートに追撃される。このまま敵艦隊を突っ切ってピートを振り切るぞ！」
「了解です！！」
ＳＢＤドーントレスのライト R-1820エンジンが唸り上げた。
プロペラの風切り音が変則的に変わる。
速度計の針がジリジリと上がる。
“早く！ 速度を！！”
飛行士妖精が焦りを見せた
「敵機海面上へ降下、再び上昇し着いてきます！！！」
後席員が悲鳴に似た声を上げた。
身を乗り出して海面上へ降下した零式水上観測機をみた
「まずい、下から突き上げてくるぞ！！」
飛行士妖精は、焦り、機体を左右に揺らし敵機の追撃を振り切ろうとしたが、突如後席員が、
「敵機離れます！！！」
「なに！！！」
飛行士妖精が後方を見るとやや下を、大きく機首をふり空域離脱を計る複葉の水上観測機が見えた。
「助かった！」
後席員は安堵の声を上げたが、飛行士妖精は、
「馬鹿野郎！ 此れから先は艦砲による攻撃がはじまるぞ！ 敵機が逃げたのは味方撃ちを避ける為だ！！」
それを聞き顔が引きつる後席員
「くっ、やられた」
飛行士妖精は叫んだ。
本来なら敵の直上から一気に降下して、機銃掃射しながら敵艦隊の編成を確かめるつもりだったが敵の艦載機の攻撃で完全にタイミングを失った。
前方には、軽巡を先頭に４隻の艦艇が待ち構える。
「このまま、上空を突っ切る！ 編成を打電！！」
すると、後席員から、
「隊長！！ 無電が使えません！！ 電波妨害です」
「なに！」
前方眼下の敵艦隊を睨み
「くそ！ 追い込まれた！」
焦りが声に出る。
軽巡由良の艦橋では、右舷後方より接近する敵機を由良達が双眼鏡で確認していた
「１万５千です。方位０２８ 高度1400！」
由良はそれを聞くと、凛と下命した。
「右舷対空戦闘！ 主砲独立打方 弾種、新型散弾砲弾」
「右舷対空戦闘！ 主砲独立打方 弾種、新型散弾砲弾」
砲術長がインカムを操作しながら、復唱する。
各１４ｃｍ単装砲の砲術妖精達は一斉に身がまえた
既に 準備万端である。
緊張高まる艦内
由良はぐっと気合を込めて
「よ〜く狙って！ てっー！！！！」
“ダッッン！！！！”
敵機を補足していた50口径三年式14cm単装砲５門が、一斉に火を噴いた！！！
それを合図に、単縦陣で後方を進む白雪達も12.7cm連装砲での対空戦闘を開始した。
僅かに揺れる艦橋内部でじっと敵機を睨む由良達
“そろそろ”
由良がそう思った瞬間。
敵機ＳＢＤドーントレスの周囲に黒煙の花が咲いた
「散弾砲弾！ 起爆確認！！」
砲術長の声が艦橋に響く！
次の瞬間、その黒煙に突っ込んだ敵機から紅蓮の炎が上がった！
「やった？」
由良が声を出したのと同時に、赤い炎に包まれた敵機は、一気に爆散した。
粉々になった敵機は、細かい部品をまき散らしながら、海面へと落ちてゆく。
「敵機 撃破を確認」
砲術長は静かに報告した。
「艦長、一斉射でおわりましたな」
「そうね」
副長の問に由良は
「これで、敵も本気でこちらを攻めてくるわよ。対空戦闘警戒の継続を白雪以下の艦へ下命。警戒を維持して」
「はい」
「対空レーダー監視は？」
「はい、艦長。現在周囲１００ｋｍ圏域内に敵性航空機無し」
「水上監視は？」
「はい、同じく。探知範囲内に敵性艦船を認めず！」
各々のレーダー監視妖精が報告を上げた。
「いきなり奇襲はなさそうですな」
「副長、でも次は本格的な空襲になるでしょう」
由良は艦橋前方にある時計を見上げた
午前９時４０分を指そうとしていた。
「あと１時間で瑞鳳ちゃん達の防空圏内。それまで粘れば此方の勝ちです」
「敵艦隊の位置ははっきりしたのか！」
ＳＢＤドーントレス隊１番隊の無電報告を受けたヲ級前衛警戒部隊４０５号の作戦室では、
ドーントレス１番機が報告してきた
“敵、部隊発見”の一報を聞き、慌ただしさを増していた。
その後、現在位置と
“敵艦隊 南西方向へ１２ノット以上で航行中。数は４ 軽巡１ 他小型艦3”を打電してきたが、急に妨害電波と思われるノイズが入り、その後音信不通となった。
「撃墜されたか」
ヲ級４０５号艦長は、音信不通になったドーントレスの最後通信文を見て唸った。
「こんな所まで日本軍が出てきているとは」
作戦室のテーブル上には、近隣の海図が広げてあり、各哨戒部隊の哨戒線が書かれていた。
その一ヶ所に×印がしてある。
作戦幹部の一人が声に出すと、別の幹部が
「先日のマロエラップ飛行場を襲撃した部隊の一部ではないでしょうか？ マロエラップを襲った部隊には軽巡や駆逐艦がいた事が確認されています」
ヲ級４０５号はそれを聞くと
「だとすると、戦艦が数隻いたはずだ。どこにいる？」
唸る幹部達
「とにかくこの軽巡の部隊を先に叩く」
ヲ級４０５号は、続けて
「本艦から戦闘機隊と艦攻隊を出せ。１小隊ずつでいい。艦爆隊は４０６号からだ。残りは索敵範囲をこの敵部隊周辺に集中して、その戦艦部隊を探せ。見つけ次第全力で叩く！」
「はっ！」
幹部達は、一斉に敬礼すると、持ち場へと散っていった。
ヲ級４０５号は、口元に笑みを浮かべ
「もし、戦艦部隊を捕まえる事ができたなら、大金星だ」
そして、動きがあったのは此方でも同じであった。
「座標位置はここで間違いないな！」
「はい！ 暗号座標 ウ、フタサン、ネ、ヒトマル。ナカです！」
通信妖精は、簡易暗号電文を黒島作戦参謀へ渡した。
緊張走る大和艦内の聯合艦隊の司令部
長官公室の隣にある聯合艦隊の司令部では、三和参謀達たちが海図を広げ情報収集に勤しんでいた。
「三和！ 位置は？」
黒島作戦参謀の声に
「ここです」
三和参謀は、テーブル上の海図の一点を指さした
その一点を睨む黒島作戦参謀
黒島作戦参謀達が睨む海図には、透明のフィルムがかぶせてあり、そのフィルムには正確に升目が書かれていた。
各升目には、番号が振られており、その番号は全て不連続であった。
このプラスチック透明フィルムは、本作戦に辺りいずもの司令部が作成したものであり、自衛隊、パラオ泊地艦隊、そして聯合艦隊の司令部（三笠、大和、長門、赤城、鳥海？、大淀）に極秘配布されたものである。
海軍が保有する海図に合せ作成されたこのフィルムの座標を使い自衛隊の戦術情報を暗号電文で受信し、座標に展開する。
それを元に戦況を分析するというものである。
戦艦三笠や大和、そして大淀には自衛隊のデジタル通信機があるのでリアルタイムで戦況を分析する事ができるが、聯合艦隊の司令部がその情報を理解するまで至っていないのが現状である。
山本や宇垣参謀長は、本作戦にあたり議論を交わした。
“自衛隊の戦術情報をどう扱うか？”
三笠、そして南雲を交えた議論は数時間にわたり、出た答えは
“考えろ！”
である。
自衛隊のもたらす戦術情報は、今までの情報とは質、量ともに桁が違い過ぎる。
その莫大な情報を現在の聯合艦隊の司令部で処理し、分析、そして行動を起こすには余りにも能力が不足していた。
要は、本来なら８０年という時を経験して得る戦術情報処理の技術を、結果だけ得ても、会得するのは、表面上の事だけであり、その先の戦略的思考が欠落すれば、行き着く先は同じであるという事である。
これは、山本達が危惧していた人的能力の不足で、特に応用力即ち予定外の事案が発生した場合の対応力不足が問題視された。
これは、当時の通信、情報伝達能力の脆弱性から各艦隊の行動を予め定めそれに沿って行動するという日本海軍の行動パターンから起こるものであった。
もう一つの次元の海戦を研究した黒島は
「行動の目的と目標をはっきりとしない事が全ての敗因です！！」
ときっぱりと言い切った。
黒島は、一例として、もう一つの次元の真珠湾攻撃をあげた。
「この真珠湾攻撃では、目的は米国の太平洋地域での作戦行動を半年以上遅滞させ、米国世論を早期講和へと傾けさせる事でありました。その為に攻撃目標は真珠湾の港湾施設と我が軍にとって最大の脅威となる米海軍太平洋空母艦隊でしたが、そのどちらもうち漏らしています。確かに奇襲には成功しましたが、これでは戦略的には失敗といっても過言ではありません！」
それには、同席した南雲も、
「自分も色々思案しましたが、もし自分が与えられた状況を考慮するなら、もう一人の自分の様な行動をとったと思います」
と深く声に出した。
山本は
「戦術的な事に固執しすぎたという事だ。“負けて勝つ”、これを忘れた将に未来はないということだな」
それを聞いた三笠は、重く一言
「我が海軍、いや日本そのものが学ぶべき事が多すぎる。このマーシャルでの戦を日本の糧とするべく、各将兵には奮戦してもらうしかあるまい」
聯合艦隊、いや日本という国家にとってこのマ号作戦その物が、その後の日本を決める大きな“分岐点”となりつつあった。
大和の作戦本部で唸る黒島作戦参謀をはじめとする幹部達
「山本長官！！ 入室します！！！」
作戦室の入口に控える水兵妖精が大声でいうとの同時に、ドアが開き山本と宇垣が室内へ入ってきた。
一斉に姿勢を正す幹部達
山本は、海図の前まで来ると戦況が記入された海図を睨んだ
「由良達は、見つかったな」
「はい、先程。索敵機を２機撃墜したとの報告を確認しました」
山本は、少し意地悪い笑みを浮かべ、
「さて、敵はこの由良達をどう見るかだが」
そう言うと、居並ぶ幹部達を睨んだ。
居並ぶ幹部達は身を震わせた
“長官は何を考えているのか！”
脳裏でありとあらゆる事を思案する。
山本は居並ぶ幹部達を見たが、列外で記録を取る例の軍令部参謀に目が止まった。
一心不乱に海図を睨み、思案する軍令部参謀に向い
「軍令部参謀！ 君は現状をどう判断する？」
突然指名され、少し慌てる軍令部参謀であったが、
「はっ、」
そう返事をすると一歩前にでて、テーブル上の指揮棒をとると、深く息をしてそして
「敵は、突如現れた由良艦隊の目的を思案していると推察します！」
「ほう、その意味は？」
山本は間髪入れず問いただした。
すると軍令部参謀は、直ぐに
「深海棲艦から見ればこの海域は、戦力空白地帯です、そこに敵の部隊がいたということは、色々思案すると考えます」
「ほう、それは、どういう意味かな？」
山本は説明を促した。
軍令部参謀は、海図の前に来ると、指揮棒で海図を指しながら、
「敵の指揮官は、こう考えると推察します。“この艦隊はいったいどこの艦隊だ？” とすれば、一番可能性があるのは先日のタロア島襲撃部隊ではないかと？」
山本や宇垣は頷きながら、
「続けたまえ」
「はっ、」
軍令部参謀は、そう返事をしながら
「敵は、必ず金剛達の戦艦部隊を探そうともがくはずです」
山本は一言
「及第点だな」
その一言を聞いた瞬間に作戦室は 大爆笑の渦に包まれた。
宇垣は軍令部参謀の肩を叩き
「上出来だよ。問題はその後だ」
「はあ」
意味が分からず目を白黒させる軍令部参謀
山本は一言 小さな声で誰にも聞こえないように、
「由良の孫は、鯛を釣るつもりだ、祖母を餌にしてな」と呟いた。
当の由良艦隊では、依然対空警戒が続く状況であった。
「一斉射で終わりとは、あの新型砲弾の威力は噂以上です！！！」
駆逐艦白雪の艦橋で、砲術長が興奮状態であった。
「聞けば、１２．７ｃｍ用の砲弾も開発されていると聞きます。既にパラオ泊地の陽炎や
あの長波にも装備され秋月の長１０ｃｍ砲にも装備されているとか、ここはぜひ我が艦にも！」
懇願するような目をする砲術長に艦娘白雪は
「実は、その件についてトラックで由良さんからお話を聞いたのだけど、あの砲弾は特殊な信管がついていてまだ試作段階だそうです」
「しかし、艦長。見るところ既に運用上は問題ないとみますが」
白雪の副長も会話に参加してきた。
「かなり完成の度合いが高いそうですが、あの砲弾は正確に射角と方位角を敵に指向させる必要があるそうです、由良さんに搭載されている新型電探と射撃指揮装置があって初めて効果があるとの事でした」
それを聞いた砲術長は
「そうですか、残念です」
すると副長は
「砲術長、諦めるのはまだ早いぞ。陽炎や長波に搭載されているという事は、我が吹雪型にも可能性があるという事だ」
砲術長の顔が明るくなった
「そうですよね」
白雪は
「由良さんからこれは内緒という事で聞きましたが、既に睦月さんや皐月さんにも新型電探とそれに連動する小型の射撃指揮装置が搭載され、試験が始まったそうです。それが上手く行けば、順次駆逐艦へ搭載される可能性があるそうです」
「おおおお！」
副長や砲術長の驚きの声が上がった。
その時、前方を航行する軽巡由良から発光信号が点滅した。
「信号読め！！」
白雪副長の声に 信号妖精が
「警戒機ヨリ入電。敵空母ヨリ戦爆混合部隊ノ発艦ヲ確認。接敵マデ１時間。各艦対空警戒ヲ厳トセヨ」
直ぐに艦娘白雪は
「返信、白雪了解。」
「はい！」
信号手妖精は直ぐに 信号灯と手旗信号で軽巡由良へ受領の返信を送った。
白雪は、艦内放送のマイクを取ると、
「艦長です。各員そのまま聞いてください。先程敵の空母より戦爆部隊が発艦したとの情報が由良さんより伝達されました。約１時間以内に戦闘開始です」
白雪は、落ち着いた声で、何時ものように
「皆さん、一緒に頑張りましょう！！！」
「おう！！！」
艦内のあちこちから威勢のいい返事が返ってきた。
士気の上がる駆逐艦白雪、後方の深雪や初雪でも同じように士気が上がっていた。
その頃、その由良艦隊を目指しヲ級空母２隻から飛び立った戦爆混成部隊は、一路南西へと進路を取っていた。
先頭を行くのは、ヲ級４０５号艦所属のTBD デヴァステイター隊６機
その右手には ヲ級４０６艦のＳＢＤドーントレス隊６機
そしてその上方には、護衛のＦ４Ｆヘルキャット隊６機がついていた。
ＴＢＤ隊の１番機で操縦桿を握る隊長は、
「方向はこっちで間違いないな！」
「はい、索敵機の最後の通信から割り出した方位です」
中席に座る雷撃手を兼ねる航法士妖精がそう答えた。
「後はついて来ているな！」
「はい、隊長！ 問題ありません」
後席の機銃員が周囲を見回しながら返事をした。
「敵に空母はいないが、気を付けろ！ 索敵機が消息不明という事は、艦載機がいるかもしれん」
隊長の声に機銃員は
「隊長。日本軍の軽巡の艦載機ですか？」
「そうだ！ 意外に動きがいいという噂だ」
「厄介です」
風切り音に負けない大きな声で機銃員は返事する。
航法士は航空図を見ながら、
「軽巡１ 駆逐艦３の小さな艦隊に、１８機も出すなんて艦長も何を考えているのですかね」
隊長は、
「中間海域では、うちの軽空母がやられた。ヌ級とはいえ数はあった筈だ。日本軍は手強いぞ」
「えらく弱気ですね、隊長」
航法士の問にＴＢＤ隊の隊長は、
「こいつもかなり旧式だしな、そう無理はできんということだ」
そう言いながら、操縦席を見回した。
「ナビ、後予定海域までどの程度だ？」
「はい。今の高度と速度を維持すればおよそ１時間以内に接敵予想海域です」
すると隊長は、
「３０ｋｍ手前で隊を分散させて索敵させる。近くなったら教えろ」
「了解です」
航法士は、航空図を左足の膝上に置きながら、右手に持つ計算尺で時間を算術しはじめた。
その間にも、由良達へと確実に近づく深海棲艦の艦載機群
揺れる機内で隊長は
「一体何隻、仕留めることができるか」
脳裏に敵艦への雷撃シーンを思い浮かべていた。
「少し進路が北へズレだしているみたね」
軽巡由良の艦橋で、艦長席に設置された戦術情報モニタ―を見た艦娘由良
他のモニターを監視していた副長も
「本艦の進路が少し南よりになったせいですね。我が隊の右舷後方より接近してくる進路ですな」
「対空士官！ いずもさんの艦載機からの情報は？」
「はい、艦長。本艦からの距離およそ２８０ｋｍ。方位055、高度3000から3500の範囲で、機数１８です。３つの群体に分かれて接近中。本艦のＯＰＳ－２４の探知圏内までのこり２０分です」
由良は、右耳に装備したインカムを使い
「航空管制！ 水観へ。高度4000で待機、以後はいずも艦載機の管制下にはいるように」
「はい、下命します」
由良は、じっとモニターを睨んだ。
そして静かに、
「大丈夫です。提督さんなら間に合います」
その視線の先には、由良達を追う深海棲艦の艦載機群
そして、ほぼ正面からこちらへと向かってくる無数の光点
その光点の後方には、４隻の艦艇のブリップ
“ＩＪＮ ＣⅤ-ＺＵＩＨＯ”の文字が情報モニタ―に映っていた。
由良は一言
「舞台はこれからです」
「敵の前衛部隊だと」
“敵軽巡部隊発見”の報は、ヲ４０５号を通じて、ル級flagship艦隊に打電されていた。
「はい、中間海域にて軽巡１、駆逐艦３の小規模艦隊を発見。南西方向へ逃走中との事です」
通信兵が電文を、ル級司令へ渡した。
それを一読すると、ル級司令は席を立ち、艦橋後方のチャートデスクの前までくると直ぐに幹部達が海図を用意した。
「電文によるとこの辺りです」
幹部の一人が、中間海域の海図の一点に鉛筆で×印を付けた
「意外に近い」
唸るル級司令
副長を始め幹部達がひそひそと話をしていた所へ追加の電文が送られてきた
「ヲ４０５号艦よりです、接敵した索敵機との通信途絶。攻撃隊を編成。発艦開始との事です」
「攻撃隊の中身は？」
「はっ、ル級司令。戦闘機６、艦爆、艦攻隊が各々６。計１８機です」
通信兵は、電文を副長に渡し敬礼すると退出していった。
「まずは、様子見といったところでしょうか？」
副長の問にル級司令は
「４隻か、足らんな」
「何がですか？ 司令」
「タロアを襲った連中かと思ったが、戦艦がいない」
電文を見るル級司令
「後方支援などの別の部隊でしょうか？」
腕を組みしばし考えるル級司令
「正確には、判断しようがないが。一つ言える事は、我々よりも先に中間海域に展開していたという事だ」
ル級司令は続けて、
「先のマジュロへ接近した敵の重巡。そしてタロア島を襲った戦艦部隊。どちらも此方の索敵網をかいくぐっている」
副長は怪訝な顔をして、声を潜め
「我々の索敵情報が敵に漏れているとでも？」
「その可能性については、ル級eliteも心配していたが、確証がない。単なる偶然か、それとも」
「それとも？」 副長の問に、ル級司令は
「神のいたずら。だとすると我々の前途は予想できんな」
押し黙る幹部達
ル級司令は、
「通信、宛て第二艦隊司令ル級elite “敵前衛部隊接敵の報あり、更なる警戒を厳とせよ”以上 私の名前で送れ」
「はっ！」
それを聞いた通信参謀が直ぐに電文作成を指示する
「そろそろ、第三艦隊は前衛部隊に追いつく頃だな」
「はい。しかし正確な位置情報が送信されて来ない為、あくまでも推測ですがこの辺りだと」
幹部の一人が、海図に青い戦艦の駒を一つ置き
「本日中にヲ級４０５号艦へかなり接近すると思われますが、ヲ級に電波誘導させますか？」
「いや、ここで無理に誘導させたところでヲ級４０５号艦の指揮に従うとは思えん。そのまま進軍させたほうが、いいだろう」
ル級司令の脳裏に
“第三艦隊に一体どの部隊が引っかかるか、それによって此方の動きも変わる”
そう思いながら、海図を睨んだ。
「これから先は、友軍の動きに注意しつつ、接敵情報を聞き逃さないよう注意を」
「はっ！」
一斉に敬礼する幹部達
ル級司令は前方を見た。
艦橋の窓の外には、複縦陣で進む第一艦隊の艦影が映る
一言「敵の動きが読みにくい」
じっと外を眺めた。
「隊長！ そろそろ接敵空域です」
ＴＢＤ隊の１番機の航法士妖精がチャートを見ながら操縦桿を握る隊長へと声を掛けた
「よし、隊を分散させるぞ」
そう言うと右手をアブレスト編隊で飛ぶ僚機へ向い主翼を数回振ると、ハンドサインで
“分隊毎に再編”と指示を出した
同時に、機銃員が信号銃で同行するドーントレス隊やヘルキャット隊へ散開の指示を出した。
それを受けた各分隊は、少しずつ編隊の間隔を開き、戦闘態勢へと編隊を組みかえてゆく
散開する各機を見ながらＴＢＤ隊の隊長は、
「少し高度を落とす！」
そう言うと、スロットレバーをわずかに絞り、機首を下げた。
頭上近くにあった雲底が離れ、海面がはっきりと見えだした。
「索敵機はこの先で、敵艦隊を見つけた！ 敵は近い！ 見落とすな！」
「はい！！」
航法士も、機銃員も双眼鏡を片手に、海面を監視し始める
僚機も同じように海面監視を始めた
「さて、今日はだれが一番最初に見つけるかだな」
機銃員が、
「隊長！ 今回もやりますか？」
「おう いいぞ！ 最初に見つけた奴には俺が奢る！」
「おう！！！」
「おれが頂きだな」
ナビゲーター員や機銃員の嬉しそうな声が機内に響いく
「さて、ここからが勝負だ」
ＴＢＤ隊の隊長も操縦桿を握り直し海面を見た。
２００㎞近くを飛行して来た、距離的にはさほど遠い距離ではない。
問題は速やかに敵の艦隊を発見できるかだ。
索敵機が無事なら、誘導してもらう事も可能であるが、接敵したＳＢＤドーントレスは消息不明だ。
なら自分達で探すしかない。
ここでノタノタしていたら、帰りの燃料が不足する。
ここから先は、時間との勝負だ。
もし攻撃可能時間内に敵艦隊を発見出来なければ、母艦へ帰投するしかない。
実際、出撃したものの、接敵できず帰投する確率はかなり高い。
接敵できれば“ある意味運がいい”と言える。
他の機体の乗員達も周囲を見回す。
ただ、この時攻撃隊は油断していた。
事前の出撃ブリーフィングでは、
“近隣の海域には敵空母は確認されていない”と伝達されていた。
その為、本来なら対空警戒を行うべき機銃員までもが海面を見て、敵艦隊を探す不手際を行っていた。
それが、彼らの運命を決定した
「瑞鳳戦闘機中隊１番、此方いずも誘導管制」
「瑞鳳１番！」
瑞鳳戦闘機中隊長は、自分を含め１２機の零戦を引き連れ、間もなく戦闘空域へと入ろうとしていた。
「最終誘導を開始する。右旋回用意！」
「右旋回よう～い！！」
瑞鳳零戦隊の中隊長は無線で返事をする。
「旋回はじめ！」
いずも艦載機Ｅ－２Ｊから誘導に従い右旋回を開始した。
後方に着く各小隊も１番機にならいゆっくりとした右旋回を開始した。
やや緩やかな旋回角をとりながら一糸乱れぬ編隊を組む瑞鳳戦闘機隊
「旋回止め！」
再びＥ－２Ｊより指示が入る。
直ぐに旋回操作を止め、機体を水平に戻す中隊長
一斉に旋回を止め編隊を整える零戦隊。
零戦隊中隊長妖精は、周囲を見回した。
自ら率いる第一小隊５機が右手に位置し、左手には第二小隊の６機が位置していた。
「よし、皆ついて来ている」
「瑞鳳１番、いずも誘導管制。敵位置情報を伝達する。進行方向２時、高度２５００、機数は１８、距離は２万」
「瑞鳳１番了解、誘導を感謝する」
瑞鳳隊の中隊長が返事をするとＥ－２Ｊの管制士官妖精は、
「おまけの１機は、別の進路から奇襲するそうだ。間違って落とさんように」
すると中隊長は
「奴の機体なら、見間違う事はありませんし、落とされるようなへまはせんでしょう」
「了解。誘導を終了する」
直ぐに中隊長は、無線を使い
「瑞鳳戦闘機中隊各機へ、敵まで２０ｋｍを切った！ そろそろ目視圏内だ！ 各員前方注意！」
一斉に主翼をバンクさせて“了解”の合図を返してきた。
こちらは4000ｍ近い高度を飛んでいるせいで、時折雲間に入る。
一瞬脳裏に、
“高度を少し落とすか？”と浮かんだが、
“いや敵はほぼ我々の正面を横切る、そう誘導された。いずもさん管制士官は優秀だ、間違いない、敵は必ずこの雲の下にいる！”
そう思った瞬間、遠くの雲間の下に微かに黒い点が動いた。
「敵機発見！！！」
同時に他の小隊も敵機を発見した。
右手から真横を通過する進路だ。絶好の奇襲位置
「流石、いずもさんの管制隊。間違いない！！！」
中隊長は叫びながら
「各小隊！ 戦闘態勢！」
「一小隊了解！」
「二小隊、了解！！！」
無線で各小隊長から返事があるのと同時に、各機は２機ずつの分隊へと編隊を組みかえた
中隊長機の右後方には、１小隊の６番機がピタリとつく。
「各機！ まず戦闘機を叩き落とす。相手は６機だ！ 余った奴らは艦爆、艦攻隊を叩け！」
「了解！！！」
各機、主翼を振って返事をしてきた。
「由良の対空射撃は２万前後で始まる、始まったら決して近づくな！ 味方撃ちされるぞ！」
中隊長は、念押しした。
眼下に敵の編隊が接近してくる。
操縦席をぐるりと異常がないか、見回した。
既に、空になった増槽タンクは投棄した。
「よし、いつでもいけるぞ」
スロットレバーに組み込んである、機銃選択のレバーを機首の７．７ｍｍ機銃にセットし、軽く機銃発射把柄へ指を掛けた。
全機、まるで獲物を狙う猛獣のごとくそっと雲に隠れ敵編隊の上空へと忍びよる。
肉眼でもはっきりと敵機の形状が読み取れた。
「Ｆ４Ｆワイルドキャット！ ずんぐりむっくりと毎度おなじみのＳＢＤドーントレスに先頭はＴＢＤか」
中隊長はそう言うと、
「一気に乱戦に持ち込んでカタを付けるぞ」
各機間合いを計る。
雲間に敵機はチラッと見える
「ここまで近づいて、気づかんとは」
中隊長は少し呆れたが、敵機の挙動が乱れた
「見つかったか？」
そう思ったが、違う。
ぐっと目を凝らすと、先手を打った奴がいた
「あの馬鹿！ 早いぞ！」
叫ぶのと同時に
「始まったものは仕方ない！」
咄嗟に操縦桿にある無線のプレストークスイッチを押しこんだ
「全機！ 突入！！！」
それを合図に各分隊毎に一気に敵戦闘機へと頭上から切り込んだ！
機体を左に捻りながら背面状態へと入ると、操縦桿を引き急降下姿勢に入る。
素早く姿勢を戻すと、一気に雲を抜けた先には、敵の戦闘機隊がいた。
ＯＰＬ射撃照準器に敵の戦闘機隊の一角を捉える。
「後ががら空きだぞ」
照準器のレティクルに敵機が収まった。しかし、隊長はまだ機銃の発射レバーを引かない
「まだ・・・」
急降下する機体を巧みに操り敵機をレティクルの中心にとらえ続けた。
お互いの距離が急接近する。
この段階に至っても敵機はまだ大きな回避運動をしない。
「？」
隊長は一瞬、後方を見た。
僚機がしっかりとついてきている。
周囲に見えるのは味方の零戦ばかりだ。
敵のＦ４Ｆの機首の先にチラッと何かが飛び込んだ。
「奴ら、水観を追いかけているぞ！」
隊長は、
「水観の旦那！ パラオで一杯奢ります！！！」
その瞬間、ＯＰＬ照準の一杯に敵のＦ４Ｆの後姿が映る、距離は300ｍ！
「まず！ １機！」
気合を込めて、機銃発射把柄を握る
機首から、眩い光と共に７．７ｍｍ機銃弾が次々と前方を飛ぶＦ４Ｆへ吸い込まれてゆく
次々と命中する７．７ｍｍ機銃弾
敵機から、細かい金属片が空中へと散らばってゆく。
敵機の右翼から黒煙が上がった瞬間、激しい炎が主翼を包み込んでゆくのと同時に右翼の補助翼が引きちぎれ、右へと大きく横転しながら機首を真下へ向け黒煙を引きながら急降下していった。
瑞鳳戦闘機中隊の中隊長は、素早く周囲を見回した。
他の分隊も一斉に攻撃を開始した。
開戦と同時に空中に数個の黒煙の花が咲き、海面へと落ちてゆく。
そのどれも敵Ｆ４Ｆワイルドキャットだ！
「よし！ 開幕航空戦は頂きだ！！」
中隊長の声が零戦の操縦席に響いた。
敵艦隊の想定位置に到達したものの、中々敵艦を発見できない深海棲艦の艦載機群であった。
海面上を監視するＴＢＤ隊の隊長はやや焦りが出始めた。
「ナビゲーター員！ あとどれ位留まれる？」
「隊長。ざっと１時間は行けます」
「燃料の残量に注意しろ」
「了解です」
ＴＢＤは、やや燃費が悪い。
こう言う時に不利になる
じっと海面を見ていた時、水平線の手前に何かが光った
「うん？」
右手で操縦桿を握り、左手で器用に双眼鏡を覗いた。
「いたぞ！ 敵艦だ！ 左手１０時方向だ！」
一斉にその方向を見る搭乗員達
他の隊の連中も敵艦を発見したようで、主翼を振って“発見”を知らせてきた。
「ざっと３０ｋｍ位か」
大まかな敵艦隊との距離を確認した時、何かが海面上から急速に上昇してきた！
「敵機だ！！ 敵の下駄ばきです！！」
後席の機銃員が叫んだ
「くっ、艦載機がいたか」
ＴＢＤ隊の隊長直ぐに喉元の無線をスイッチを入れ
「ワイルドキャットリーダー、敵機だ！ １０時方向！」
「了解した、此方も見えている、攻撃隊はそのまま敵艦へ向え。あの複葉は此方で処理する」
「済まん、我々はそのまま敵艦隊へ向う」ＴＢＤ隊の隊長は返事をすると、此方へ向ってくる日本軍の複葉機には構わず敵艦隊へと進路を取った。
少し上空に位置していたＦ４Ｆ隊は、此方へ向ってくる緑の複葉機へ向け６機が機首を下げ、迎撃態勢に入った。
ＴＢＤ隊の隊長は、眼下の海面上から急上昇する零式水上観測機を睨み唸った。
「なんだ！ あの上昇率は！！！ 俺達以上じゃないか！！」
そこには、翼端から白い雲（ペイハー）を引きながら急上昇してくる零式水上観測機があった
複葉とは思えない角度でグングンと上昇する日本軍機
「うっ、何処を狙う！！」
ＴＢＤ隊の隊長はその向う先を見た。
「ドーントレス隊か！！」
その敵機の先には後方に展開するドーントレス隊がいた。
「いかん！」
無線で注意を呼びかけようとした時、機銃員の叫び声が聞こえた
「頭上！！ 敵機！ ジークです！！！！」
「何だと！！！」
振り返るとそこには数機の零戦が真っ直ぐ此方へと急降下してくるのが見えた！
「待ち伏せされた！！」
ＴＢＤ隊の隊長は慌てて、無線のスイッチを入れたが耳元には大音量の雑音が広がった
「くっ、ジャミングだ！！」
後席の機銃員がさっとブローニングＭ２機銃を構え、迫りくる零戦を追う動きが早く追従できない。
「散開しろ！！！」
大きく主翼を振り“散開”の合図を送る
零戦隊の接近に気が付いた数機が散開しようともがくが、ワイルドキャット隊はそのまま水観へと向かう為機首を下げたままであった。
「いかん！」
そう思った瞬間、零戦の銃撃が始まった。
あっという間に３機のワイルドキャットが炎に包まれ、戦列を離れてゆく。
慌てて散開するＦ４Ｆのワイルドキャット
しかし、既にこの時残りの３機の後にも零戦の編隊がピタリと付き追撃を初めていた。
ＴＢＤ隊の隊長は、咄嗟に機体を右へ横転させ、急降下態勢に入った
「くっ、荷物があるだけ機体が重い！！ なんとか振り切らないと」
同じく他のＴＢＤも各々降下し、海面近くへと難を逃れようともがきながら降下を開始した。
「後はどうだ！！！」
機銃員に大声で怒鳴ると
「ワイルドキャット隊はダメです！ 残り僅か！ ドーントレス隊には複葉とジークが食らいつきました。こっちは今の所全機ついてきています！！！！！」
「くそ！！ どうなってやがる！ 空母はいないはずじゃないのか！！！」
そう怒鳴ると
「あのジークは何処から現れた！ トラックからじゃ届かんぞ！！」
「わかりませんよ！」
ナビゲーター員が叫び返した。
海面近くまで急降下したＴＢＤ隊は、バラバラになった編隊を組みかえた。
ここまで来れば、下から狙われる事はない、上空に来たジークは後部機銃で威嚇できる。
ＴＢＤ隊の隊長は、頭上を見上げた。
だが、既にそこは零戦と水観の狩場と化していた。
「右水平線手間 黒煙！！！」
ナビゲーター員が右手を指さし叫んだ！
そこには、複数の艦艇から上がる機関の排気煙がたなびいていた。
「敵艦隊だ！！！ 見つけたぞ！！」
ＴＢＤ隊長は ハンドサインで“攻撃態勢整え”と合図すると、残りの５機はやや間隔を開き、攻撃態勢に入った。
「ざっと２０ｋｍか！ このまま低空で突っ切るぞ！ ジークを近づけさせるな！」
「了解です！」後席の機銃員が怒鳴った
ＴＢＤ隊長は、機体をやや右へ滑らせると、その艦隊へ向け猛進し始めた。
「敵機６ 低高度から接近中 方位３５０、距離２万２千！」
軽巡由良の艦橋に対空レーダー監視妖精の報告が流れた。
「こちら攻撃士官！ 目標補足、数６。高度300ｍ、各個に射撃計算を開始します」
由良の艦橋に次々と指示が飛ぶ。
艦娘由良は、落ち着いた表情で、
「攻撃士官！ 射線上に友軍機は？」
「はい、水観を含め全機、範囲外です！」
それを聞いた由良は、椅子に座り直すと
「少し早いですが 始めます！」
気合を込めて
「右舷 対空戦闘！ 各主砲 よ〜く狙って！！！！ 撃ち方始め！！！」
「右舷 対空戦闘。 主砲！ 撃ち方始め！！」
砲術長がインカムで号令を掛けると同時に 由良の１４ｃｍ単装砲が対空戦闘を開始した。
「急げ 相手はたったの６機だ！！ ひるむ事はないぞ！」
由良の第一主砲の班長妖精は 大声で怒鳴った。
「方位角良し！ 仰角よし！」
「尾栓確認よし！！」
第一主砲の砲手妖精達はいつもの訓練と同じように、手際よく対空散弾砲弾を専用のケースから取り出すと、装填する。
「準備よし！」
依然ならここで、全員で耳を塞ぎ爆音に備える所であるが、今は砲術妖精全員にインカム付きの防音型イヤーマフが配備され、班内の会話は全てこのイヤーマフを通じて行われている。
必要なら艦長、砲術長の指示もこの回線を通じて指示される。
「撃て！！！」
班長の声と同時に、第一主砲が火を噴いた。
敵機に指向可能な５門の１４ｃｍ単装砲が各自砲撃を開始した。
元々由良の１４ｃｍ単装砲は 平射砲であり対空射撃は不向きとされていた。
しかし、その不利を軽巡由良を始めとする長良型は７門という数で補っていた。
側面火力だけでも５門ある１４ｃｍ単装砲
それに、軽巡由良に新規に搭載されたＯＰＳレーダー、ＦＣＳ－２と射撃諸元計算装置
攻撃士官妖精は、各レーダーからの探知情報を使いＦＣＳ－２が精密測定した個別目標をモニター上で選択し、担当主砲を割り当てるだけで、その主砲に対応した砲撃諸元が計算され各砲に伝達される。
「弾幕形成 始まります！」
砲術長の声と同時に、右舷方向から侵攻してくる敵雷撃隊の前方で、黒煙が上がった
６機の敵編隊へ向け猛烈な弾幕が形成される。
由良は、双眼鏡を覗きながら、
「１４ｃｍ単装砲でも、一斉射ならかなりの弾幕形成が可能です」
敵編隊の一番右側にいたＴＢＤから火の手が上がった。
次の瞬間、空中で爆散した。
低空に降りていたせいで、そのまま海面へと火の玉は突っ込んでゆく。
初弾の弾幕をくぐり抜けた５機のＴＢＤが低空を猛進してくる。
「敵ながら、やりますね」
由良は慌てる事無く、
「主砲、対空砲撃！ 続けて！ 各対空機銃員は各個に射撃開始！」
砲術長が復唱すると同時に各単装砲の二射目が発射された！
無論、ＦＣＳにより諸元を修正された射撃である。
艦橋に１４ｃｍ単装砲の砲撃音が轟く！
「白雪以下 主砲対空砲撃開始しました！」
見張り員の報告と同時に、軽巡由良の艦橋に１２．７ｃｍ連装砲の砲撃音が聞こえてきた。
敵編隊の前方に徐々に濃密な弾幕が形成されてゆく。
白雪達は、軽巡由良から伝達された敵位置諸元を元に素早く砲撃諸元を算出する訓練を道中重ねていた。
的確な諸元により、由良と連携しての弾幕形成が可能となっていた。
「おわ！ なんだこの弾幕は！！！」
ＴＢＤ隊の隊長は、炸裂する砲弾の空振動で震える機体を、必死に抑え込んだ。
「６番機が！！！」
機銃員の叫びと同時に左手に位置していた最後尾の６番機に火の手が回った
あっという間に機体は火に包まれ、急降下してゆく。
「くそ！ あと少しという所で！！！」
もう敵艦隊は目前だった！
今まで経験した事のない濃密な弾幕がそこにはあった。
「艦砲の砲撃にしては正確すぎる」
そう思う間もなく、再び周囲に黒煙の花が咲き始めた。
“ガン、ゴン、ガン・・・・”
何か堅い物が機体に猛烈な勢いであたった。
機体に無数の穴が開く
「ごわ！！！」
後席から突然悲鳴が聞こえた
隊長が振り返ると、そこにはナビゲーター員が血塗れになり、痙攣していた。
「おい！！」
後席の機銃員が声を掛けたが、返事がない
「隊長！！！！」
機銃員の悲痛な叫びが機内に響く
「今は敵艦に集中しろ！！」
機体の右手でぱっと閃光が走った。
「４番が！！！！」
機銃員の声と同時に４番機が爆散する音が伝わってきた。
「いかん、このままでは全滅する！！」
ＴＢＤ隊の隊長はそう言うと、操縦桿を押しこみ、一気に高度を下げた
“海面すれすれまで降りれば、敵の砲弾を躱せる！”
そう咄嗟に判断した。
残りの３機のＴＢＤもよろめきながら海面近くへと高度を落とした
だが、ＴＢＤ隊の隊長の目論みは、新型散弾砲弾のＶＴ信管には意味はなかった。
由良の第３射が再びＴＢＤ隊を襲った。
ドン！ ドン！ ドン！！！
機体の直ぐ真横でまるで狙い撃ちされた様に次々と砲弾が炸裂する
「なっ！！！」
隊長は声にならない声を上げた。
これはもう自分の知る“日本海軍の対空砲撃”ではなかった。
今まで経験した事のない未知の領域である。
脳裏に、
“この弾幕を抜けて敵まで行きつけるのか！”
震える右手でぐっと操縦桿を抑え込んだ。
今度は左手で閃光が走った
“やられた！！！”
一瞬脳裏にそう思ったが右手の操縦桿の感覚がある。
“おれじゃない！”
「誰だ！！」
「３番です、３番がああああ！！！」
機銃員の痛切な声が届いた。
周囲を見回せば、もうそこには残り２機
しかし、その２機も１機は黒煙を引いている、もう１機もよろめき、よく見れば機銃員が機銃に身を預け項垂れている。
「もう１万を切った！！！ あと少し我慢しろ！ 一発でいい、一発当たれば敵は轟沈だ！！！」
隊長は叫びながら、敵艦隊の先頭を行く軽巡ヘ向け機首を修正した。
「敵３機 なおも接近中！ 距離１万を切りました！」
軽巡由良の攻撃士官は各種レーダー情報から割り出した敵の距離情報を艦橋へと伝達した。
右舷方向を睨む艦娘由良
その視線の先には、低空に舞い降りた３機のＴＢＤの姿がはっきりと映った。
「弾幕形成！ 急ぎなさい！！！」
由良の声が艦橋に響く
既に由良に装備された２５ｍｍ連装機銃が攻撃士官からの方位情報を元に弾幕形成を始めた。
主砲と合わせ、濃密な弾幕を軽巡由良の右舷に形成する。
凄まじい勢いで形成される黒煙のカーテン
それを見ながら由良副長は、
「こうなると、秋月に搭載された自動追尾型多砲身機銃が欲しいですな、無理なら瑞鳳に搭載された半自動でもいいです」
由良は此方へ向う敵機から目を離さずそのままの姿勢で
「そう言う話もあったけど、提督さんが、“むやみに搭載するとうちの連中絶対弾切れを起こすからここはもう少し様子見をしよう”って」
「それは言えますな」
副長は納得した。
その時、此方へ向う敵機の最後尾の機体から黒煙が上がった！
「敵機ヒト！ 被弾！！！！」
見張り員の声と同時に黒煙を引く敵機が隊列を離れフラフラと迷走し始めた。
「１番、２番主砲！ 機体を追え！ その他は突っ込んでくる奴だ！」
砲術長は個別に目標を指示すると、直ぐに攻撃士官が指示目標の情報を各砲の班長へと伝達する。
即座に目標を変更し、砲撃態勢を整えてゆく。
敵編隊から離脱したＴＢＤの１機は遂に耐え切れなくなったのか、胴体に吊り下げた魚雷を投棄して、急速に機首を左へと振り、対空砲火から逃れようともがき始めた。
その間にも、白雪以下の駆逐艦の１２．７ｃｍ連装砲も猛烈に対空砲撃を行った。
完全に行き場をうしないつつあるＴＢＤ隊
ここにきて高度を下げてしまったことが裏目に出て、身動きが出来ず、ただ真っ直ぐにに軽巡由良へと進路を取るしかなかった。
「５番が離脱します！！ 火を噴いてます！！！」
ＴＢＤ１番機の機銃員が叫ぶのと同時に、最後尾にいた５番が よろめきながら黒煙を引き、編隊から離脱する。
「くそ！ なんだ！！！」
ＴＢＤ隊の隊長は、思わず大声で叫んだ
機体の周囲には猛烈な弾幕があり、時折無数の砲弾の破片が機体が襲う。
まるで、この機体を狙い撃ちしているかのように正確に炸裂する敵の砲弾
「こんな事は！！」
隊長は今までの日本軍の対空砲撃とは明らかに違うこの対空砲撃に、理解できないまま海面すれすれを飛んだ。
もし、少しでも頭を上げればあの弾幕の餌食だ。
残りは自分を含め２機
「何とか 雷撃位置まで！」
操縦桿を握りながらＴＢＤ隊の隊長は叫んだ。
「意外としぶといわね」
艦娘由良は、接近する２機のＴＢＤを見た
「中々の練度です。あの位置では・・・」
副長も接近するＴＢＤを見た
既に距離は５千まで近づきあった。
「う～ん、やっぱり下に降りられると厳しいわね。こういう時は秋月ちゃんの長１０ｃｍ砲が有利かしら」
由良は接近する敵機に構う事なく会話を続けた
副長は、対空砲をものともせず接近する敵機を見て
「ああなると、長１０ｃｍ砲でも厳しいですな」
航海長が
「艦長！ 進路はこのままですか？ そろそろ雷撃位置に近づきつつあります！！！」
由良は
「大丈夫です。各艦へ通達、回避は各個に行え！」
直ぐに信号員が信号灯に取りついた
由良は自信に満ちた顔で、
「来るなら来なさい。改装された由良の足の速さを見せてあげる」
「間もなく敵機 ４千！！！！」
攻撃士官のレーダー情報が艦橋に流れた
もうすぐ敵の雷撃可能距離に入る
艦橋要員達は一斉に構えた。
右舷方向から接近する２機の敵機を睨み由良は、
「回避は投弾後」
そう言いながら、ＴＢＤの動きを読み取った
その間にも２５ｍｍ連装機銃や、１３ｍｍ四連装機銃などの弾幕をくぐり抜け接近する２機のＴＢＤ
「くそ！ 近づく事が出来ん！！！」
執ように狙いすましてくる敵の対空砲に進路を小刻みに変え、何とか目標の敵軽巡の右舷3千まで接近したＴＢＤ隊であったが、ここまでくると機銃の対空射撃も加わり此方へ向ってくる攻撃は激しさを増すばかりだ。
小刻みに揺れる機体を無理矢理抑え込みながら、接近を試みる。
「後は！！！」
機銃員に大声で声を掛けた
「2番がなんとか来ています！！」
「あと少しだ！！！！」
「はい！！！」
機銃員も機体の縁にしがみつきながら耐えた。
“カン、カン、カン”
機体に無数の機銃弾が当たる
既に胴体や主翼のあちこちに穴が開き、主翼からは燃料が少しづつ漏れて、霧となっていた。
「あと千！ 1000ｍ近づけば！！」
そう必死に思いながら、操縦桿を握った。
「敵機間もなく2千！」
攻撃士官は、再びレーダー情報を艦橋に流す
「来るわね！」
由良は慌てる事なく、右舷に形成された弾幕をくぐり抜ける2機のＴＢＤを睨んだ
副長は、
「艦長。やはり本艦だけでは厳しかったですな」
「パラオでの防空戦の時は 陽炎さんを中心に駆逐艦隊が濃密な弾幕を張ったわ。瑞鳳さんや鳳翔さんの支援もあったし、基地防空隊の掩護もあった。そう考えるとまあ順当な所じゃないかしら。最終防空線までたどり着いた敵機が２機ならまずまずという所です」
由良はそう言うと、ぐっと敵機を睨み
「あと一息です！ 追い込みなさい！！！」
敵機の周囲に激しい弾幕と機銃弾の矢が突き刺さる。
「身動きが！！！」
殆ど真っ直ぐにしか飛べない状況にＴＢＤ隊の隊長は声を上げた
「まだ、距離はあるが・・、ここは、かなりのギャンブルだが」
そう言うと、雷撃準備に入った。
本来なら、雷撃手を兼ねるナビゲーター員が操作をするが、後席で既にこと切れていた。
投下のタイミングを自分で判断するしかない。
照準器無しで、感で投下するしかないのだ。
おまけに 高度も低い、上手く魚雷が走航するか怪しいのも事実であるが、そんな事に構う余裕は既になかった。
ＴＢＤ隊隊長は軽く主翼を振って左後方を飛ぶ２番機へ “投弾用意！”と合図しが、返事の合図がない。
しかし、それに構う事なく、前方１５００ｍほど先を航行する敵軽巡ヘ向け
「頼む！ ここまで来たんだ！ 当たってくれ！！」
叫ぶのと同時に航空魚雷を投下した。
ほぼ同時に２番機も魚雷を空中へと 放り出した。
海面を突き破り、海中へと身を投じる航空魚雷
だがＴＢＤ隊の２機の危機が去った訳ではない
依然として熾烈な対空砲火が、機体を目がけて来る。
ＴＢＤ隊の隊長は、
“突っ切るか！ 回避か！”
そう一瞬脳裏に思い描く
しかし、その答えが出る前に、
「２番機！！！ 左へ逃げます！！！」
機銃員の叫び声が聞こえた
「馬鹿！！！ 腹を見せるな！！！」
ＴＢＹ隊の隊長は叫びながら、左後方を見た。
そこには、左方向へと主翼を傾け、回避運動を開始する２番機の姿
「今です！！！」
艦娘初雪の声が甲板上に響いた。
今まで、白雪や深雪に比べ、砲撃の手が緩かった初雪から一斉に対空砲火が上がった。
「ギリギリまで待ちました！ 初雪やります！」
初雪はこの瞬間を待っていた。
腹を見せ逃げる敵機へ向けて一斉砲火を浴びせた。
魚雷を投下したＴＢＤのうち１機が、砲火に耐えかねて、主翼を翻し初雪の前方を飛びさろうとした瞬間
「逃がさない！！！」
初雪の鋭い声と同時に、対空機銃の機銃弾の雨が無防備にさらけ出されたＴＢＤへと吸い込まれてゆく。
無数の銃撃を受け、小刻みに震えながら対空砲火から逃れようとするＴＢＤ
しかし、機体からは無数の金属片が飛び散り、遂に爆音と共に空中で爆散した
「おおおお！」
一斉に初雪の甲板上で声が上がった。
爆散するＴＢＤを見た初雪は、淡々と一言
「私だって本気を出せばやれるし…」
「２番が！！！」
機銃員の悲鳴にも似た声がＴＢＤ隊長機の耳元に響くが、今はそれどころではない
「突っ切る！」
大声で機銃員に言うと、再び高度をギリギリまで下げた。
既に、敵の軽巡は、目前であった。
「敵機 魚雷投下！！本数フタ！！！ 本艦へ向う！！！」
見張り員の声が艦内放送で流れた
副長は、咄嗟に
「艦長！ 右ですか！ それとも！」
由良は慌てる事なく、
「面舵一杯！ 反航進路！」
「面舵一杯！！！」
航海長と操舵手妖精が復唱するのと同時に操舵輪が回され、舵が切れる
パラオでの改修の結果、軽巡由良の機動性は同じ長良型を遥かに上回る。
艦橋が左へと傾くなか、艦首は右へと切れ急速に回頭する。
敵機と対面する形となった軽巡由良
「舵中央！ 見張り員は雷跡に注意！！！」
艦娘由良は立て続けに命令した。
「雷跡 フタ確認！！ 本艦進路より外れます！！」
見張り員の声が由良へと届く
各員は慌てず対処するが、砲術長が
「主砲、指向間に合いません！ 対空機銃で対応します！」
回頭したせいで、主砲の追従が間に合わず、対空砲撃ができない。
「構いません」
由良はそう言うと、インカムのチャンネルを切り替え、二言三言いうと
砲術長をみて、
「大丈夫です、逃しません」と自信に満ちて答えた。
魚雷を投下したＴＢＤ隊の隊長機はたった１機で軽巡由良へと進路をとり続けた。
驚いた事に敵の軽巡は此方へ向け回頭してきた。
「くっ、魚雷を回避するつもりか！」
だが、此方もそれで生き残るチャンスが生まれた。
回頭し、こちらと対峙した事で対空砲撃が緩んできた。
「今だ！ 今しかない！」
ＴＢＤ隊の隊長は叫びながら、軽巡の頭上を飛び越える進路をとった。
熾烈な対空砲火が、少し弱まり活路が見え始めた。
「行ける！これで！！」
グングンと迫る軽巡
軽巡に近づいた事で、味方撃ちを恐れたのか他の駆逐艦からの砲撃も止みつつある。
「よし、これで逃げ切るぞ！」
ＴＢＤ隊隊長はそう確信した。
「雷撃は躱されそうだが、帰還できれば、第２次攻撃隊を編成できる！ 次こそ」
目前に迫った軽巡を飛び越えるべく ほんのわずかに高度を上げた。
「直上だ、真上なら・・・、真っ直ぐ軽巡を飛び超えろ！」
まるで、軽巡を掠めるように 軽巡を飛び越えてゆくＴＢＤ
不思議な事に、その瞬間だけは、何処からも攻撃を受けなかった
軽巡の艦尾を超えた瞬間
「よし！！ あとは逃げ切るぞ！！！」
だが、彼の思惑はそこで途切れる事になる。
“パシュー”
全速力で、軽巡由良より離れるＴＢＤへ向け、由良の艦尾から 一筋の白煙が舞い上がった。
その白煙を引く矢は、あっという間に加速し、ＴＢＤに突き刺さった。
その瞬間、轟音をたて空中で爆散すＴＢＤ１番機！
「ようし！ 敵機撃墜！！」
「やり～！！」
由良の水兵妖精は、肩に担いだ携ＳＡＭの発射を降ろすと
「携ＳＡＭは、瑞鳳さんだけじゃなくて、この由良にもあるって事を思い知ったか！」
もう一人の水兵妖精が
「いや～、あかしさんに頼んで、少数ですけど積んでおいてほんと良かった」
「敵機、爆散を確認！」
由良の右舷見張り妖精が艦橋へ向け報告する。
別の見張り妖精が
「敵機ヒト！ 低空をよろめきながら北東へ逃走します！！」
先程、編隊から離脱した敵の５番機だ。
「艦長！ 砲撃再開しますか？」
砲術長の問に由良は
「いえ、無理は禁物です。此方へ来ていないなら構いません」
由良は続けて
「各員 対空戦闘警戒を継続！ 弾薬の補給、砲身の冷却を急いで！」
「はっ！」
砲術長は直ぐに各所へ指示を出した
その間に由良はインカムを操作し、上空にいる戦闘機隊を呼び出した。
「瑞鳳戦闘機中隊、こちら軽巡由良です」
「はい！ 由良大佐！ 此方瑞鳳戦闘機中隊、中隊長です！」
直ぐに返事が由良の耳元に返ってきた。
「そちらの状況は？」
「はい、敵戦闘機ならびドーントレス部隊を全機撃墜しました。水観を含め当方に損害はありません」
「良かった」ほっと胸をなでおろす由良
「艦長！ 一機逃げてるぞ！！！」
そこに水観隊隊長の声が割って入った。
「今から追えば間に合う！」
しかし、由良はほんの僅か考え
「ほっておいていいわよ」そう言うと
「いずも警戒管制機、由良です」
「はい、いずも警戒管制エクセル１－８」
「逃走した敵機は補足できますか？」
「はい、捕捉しています」
由良は
「逃走方向は 敵の空母の方角でしょうか？」
「はい、多少ずれてはいますが、敵空母まで距離２００ｋｍ前後です。そのままの進路を取れば、合流は可能です」
Ｅ－２Ｊの戦術士官は探知情報からそう判断した。
由良は、艦長席の戦術情報モニタ―を見て、ニコッと笑い
「提督さんは、ちょっと意地悪ですね」
そこには 瑞鳳に座乗するパラオ泊地提督から、次の作戦指示がデジタル通信文で流されていた。
「瑞鳳戦闘機中隊は、いずも警戒管制機の指示に従い帰還してください」
「瑞鳳戦闘機中隊！ 了解です」
「それと、水観はもう少し上空直掩！ 回収は安全圏に入ってからです」
「おう！ 任せてくれ」
元気は水観の声が返ってきた。
副長以下の指示で 再び艦隊の隊列を整えた由良達は、一路パラオ艦隊との合流地点を目指した。
「意外と 手こずったかしら？」
クサイ島を離れ合流したひえい、あかしを加え 広域輪形陣を組みながら中間海域へ向け北進する自衛隊艦隊
旗艦 護衛艦いずものＦＩＣで艦娘いずもは前方の大型モニターに映し出されていた由良の対空戦をみてこう一言感想をいうと、横に座る自衛隊司令は
「まあ、順当というところだ。レーダーやＦＣＳを装備した由良に比べ残りの３隻は無改修の吹雪型だ。瑞鳳航空隊との遠距離連携ができただけ上等とみるべきだ」
淡々と由良司令は答え
「基本 どんな戦場も数が勝負だ。今回は敵の経験値が今まで通りならこちらは２隻は沈められていたと推測できるが、瑞鳳航空隊の参戦で敵の想定が覆った。問題がこの後だな」
いずもは、前方の大型モニターを指さし
「あの伝書鳩はちゃんと巣に帰るかしら？」
そこには、遁走する１機のＴＢＤが映し出されていた。
由良司令は
「帰りつけば、此方の思う手が一つ前に進むだけだ、帰らなければそれはそれで、此方の思惑が進むだけだ」
いずもは横眼で、司令を見ると
「そういう意地悪な思考は、誰に似たのかしら？」
自衛隊司令は、その問には答えず
「パラオ艦隊の支援は？」
「上空には ２機のＥ－２Ｊで監視態勢を敷いているわ。Ｆ－３５を４機、５分待機で待たせてあるし、必要なら３０分以内に爆装した機体もだせるし、少し時間がかかるけど鳳翔さん達も出られるように待機しているから、制空権は問題なしよ」
いずもは、続けて
「で、あの前衛の空母２隻は、どうするつもり？」
「それは パラオ艦隊でお相手するそうだ。我々はしばらく動ける位置で待機だな」
司令はそう言うとモニターを見て、一言呟いた
「戦場が動く！」
それから数時間後
ヲ級４０５号艦を中心とした深海棲艦の前衛空母艦隊は、何とか帰還した１機のＴＢＤがもたらした情報で混乱していた。
「なに！ 敵の戦闘機に襲われただと！！！」
ヲ４０５号艦艦長は、被弾しボロボロになりながら帰還したＴＢＤの飛行士妖精から報告を受け、衝撃を受けた。
艦橋へ報告にきたＴＢＤ５号機の飛行士妖精達を見て、ヲ４０５号艦の艦長は驚いた。
煤で真っ黒になり、服もあちらこちら切れていた。
飛行士は頬を怪我したのか、治療の痕が生々しかった。
飛行士妖精は艦長の前までくると。重い口を開き、
「敵艦隊を目視で確認しました。間違いなく軽巡を中心とした部隊でした。しかし攻撃開始直前に直上からジークの集団に襲われ、ワイルドキャット隊は全滅。ドーントレス隊も同じく空戦に巻き込まれ全滅しました。ＴＢＤ部隊は何とか敵の艦隊直前まで進みましたが、今までに経験した事のない猛烈な対空砲火に手も足も出ず」
そこまで言うと、ジークの出現に驚きを隠せない幹部達へ向い
「えぇ！ 全然ブリーフィングと話が違うじゃないか！！ 敵の空母は近海には居ない。戦闘機は心配する事はないだと！！ こっちは１０機以上のジークに追い回されて部隊は全滅だぞ！！」と叫び、罵詈雑言を幹部へ浴びせた。
宥める幹部に食いかかる飛行士妖精達を退室させた後に残る暗い表情の幹部達
「どうかル級司令へ報告を」
幹部の一人が口を開いた
ヲ４０５号艦の艦長は、
「攻撃隊の戦果については、そのまま伝えろ。電文の内容は任せる」
「はい」
艦長は横に並ぶ副長へ向い
「甲板の修理はあとどれ位で出来る？」
「はい、おおむね１時間程度かと」
「修理でき次第 第２次攻撃隊をだす。４０６号艦へ索敵隊を編成し、逃げた軽巡艦隊をさがさせろ」
「ハッ」
副長は直ぐに作業へとかかった。
ヲ４０５号艦の艦長は、艦橋から眼下の甲板を見た
そこには 着艦に失敗し擱座炎上したＴＢＤ５号機の姿があった。
渋い顔をしながら艦長は、
「ジークだと！ いったい何処から」
“敵航空隊現る”の一報はその日の午後 ル級司令率いる深海棲艦第一艦隊旗艦へともたらされた。
暗号電文を受け取ったル級flagshipの幹部達は一斉にざわついた。
士官室内の司令部では、タロア島での難を逃れた数名の司令部要員達がテーブル上に海図を広げ、戦況分析を行っていた。
逐次 ヲ級４０５号艦より報告を受け敵軽巡部隊の位置を把握していたが、予想外の展開に慌てた。
しかし、ル級司令だけは、冷静に一言だけ
「やはり、いたか」
その思い一言に幹部達は
「司令、それは」
ル級司令は席から立ちあがると、テーブル上の海図を見ながら、
「我々の得ている戦果情報は不確実なものが多い」そう言うと、まず中間海域を指揮棒で指し
「この仮設航空基地近海での敵軽空母との交戦においても こちらは“敵の軽空母にダメージを与えた”というカ級の報告を元に戦果判定をした。しかし肝心の攻撃隊は全滅して直接確認した者はいない。それに重巡艦隊と金剛達との戦闘でも金剛にダメージを与えた筈なのに、数日後にはタロア島を襲撃してきた」
幹部の一人が
「しかし、司令。敵の損害については敵の無電の傍受により確認されています」
ル級司令は静かに
「その無電自体が偽装だとしたら何とする」
「！！」
驚きの表情を浮かべる幹部達
幹部の一人が
「しかし、司令。日本軍がその様な事をするとは考え難いです。損害を軽微に報告するならわかりますが、誇大に報告するなど聞いた事がありません」
しかしル級司令は
「そこだ、我々は今まで日本軍の損害状況を敵の東京への報告を元に算出してきた。もしそれを日本軍、いやあの山本や三笠が知っていればなんとする？」
押し黙る幹部達
「司令。その報告ですが、日本海軍だけでなく陸軍の報告も同様な内容でした。この二つから我々はその情報が確かであると判断しましたが」
するとル級司令は
「もし、その日本陸軍の情報の元が日本海軍、聯合艦隊からの物だとしたらどうする」
「では、ル級司令。情報ソースの出所が一緒で、そのソース自体が操作されたものであると？」
ル級司令は、
「そう疑う要素が多分にあるという事だ」
そう言うと、一言
「パラオ侵攻作戦が失敗して以降、日本海軍の動きは我々の予想を超えている」
頷く幹部達
ル級司令は、
「既にここに至っては致し方ない。日本海軍ならび陸軍の発する情報は、今後注意して扱うように」
「はっ！」
一斉に返事をする幹部達
ル級司令は
「ヲ４０５号へ、あまり深追いはせず、中間海域の制空権の確保を第一として作戦行動をとるよう伝達せよ」
「司令、では、敵の軽巡艦隊は追撃しないのですか？」
「そうだ。もしこの軽巡艦隊が敵の罠だとすれば何とする。攻めれば攻めるほど此方の損害が増えるばかり、ここは聯合艦隊との決戦を重要視する」
唸る幹部達
ル級司令は一言、叱咤した
「忘れるな！ 我々の目的は聯合部隊との対峙である！ 小細工に惑わされるな！」
夕闇せまる頃
パラオ泊地艦隊旗艦 軽空母瑞鳳の艦橋では、司令官席に座るパラオ泊地提督が、じっと腕を組み、前方の海域を睨んでいた。
その時、突如
「提督！ 聞こえるか！！！」
聞き慣れた声が瑞鳳の艦橋に流れた
「おう、生き残ったようだな」
提督は、モニターを見ながら返事をすると、その声の主は一言
「褒美は、始末書免除で頼むぞ！！」
すると提督は
「始末書は、まあそうだが」と言葉を濁し
「瑞鳳戦闘機中隊の隊長が、囮役感謝するとことで、“勝駒”を奢るといっているぞ！」
それを聞いた水観隊の隊長は、
「そいつは有難がたい！ パラオに戻ったらパラオ全部隊で宴会だ！」
するとパラオ泊地提督は
「ちょっと待て 全部隊って」
「当たり前だの何とかだろう！ 提督！ そこは気前よくど～んといかんかい！ 旦那！！！」
それを聞いた瑞鳳の艦橋要員から、いや瑞鳳の艦内から一斉に爆笑の声が上がった。
肝心の瑞鳳も
「聯合艦隊以上にこき使われていますから、そこは期待します」
「うう、善処する」
提督はそう答えながら、財布の中身を勘定しそう言うのが精一杯であった。
瑞鳳の前方に 夕日を浴びながら、零式水上観測機が有視界範囲に入ってきた。
同時に 艦橋横の見張り員から
「前方！ 艦影複数！ 前衛警戒艦隊です！」
そこには 水平線上に薄っすら艦影が浮かぶ由良以下の艦隊が見えた。
パラオ泊地提督は珍しく自ら戦術情報モニターをタッチして、
「由良、聞こえるか？」
と声を掛けた。
暫し待った
「はい、提督さん」
懐かしい声が聞こえた
無言で大きく息をするパラオ泊地提督
「日没までに艦隊合流できるか？」
戦術モニタ―に映る由良は、
「はい、問題ありません。既に此方でも目視確認できました。進路ご指示を」
由良は落ち着きながら答えた。
すると、パラオ泊地提督の横に立つ横に立つ瑞鳳は一言
「横にこい！ ですよね」
それを聞いてぱっと赤くなる由良
「ううん」
パラオ泊地提督は咳払いをしながら
「済まんが、陽炎と長波を加えて、水雷戦隊を編成してくれ。秋月は瑞鳳直掩とする」
「はい、陽炎ちゃんと、長波ちゃんをお預かりします」
すると瑞鳳は、一言
「素直じゃないですよね」
攻めの瑞鳳を見て一言 由良は
“瑞鳳ちゃんも、かなり皆様に影響されたのかしら？”
その会話を、Ｃ４Ｉ艦娘戦術ネットワークを通じて聞いていた皆一同が、大爆笑したのは、後に分かった事であった。
戦場は、次の舞台へと駒を進めたのである
こんにちは スカルルーキーです。
第６９話を お送りいたします。
まず最初に、Ｚ１１様はじめ多くの方より 誤字報告並びご感想、そしてメッセージを頂きありがとうございます。
皆様の御支援のおかげで何とか頑張っております。
前回投稿から、あっという間に２ヶ月が過ぎてしまいました。
光陰矢の如し・・・
投稿が遅れました事 深く反省しております。
何とか投稿できる所まで来ましたが、正直まだ手直しがいるのでは？ と思っております
さて、話は変わりますが最近 ある物と戦っております。
それは・・・
「体重計」
少し油断したここ数ヶ月。
予想以上に体重が増えており、体の動きが悪くなったと実感する事、数日
恐る恐る体重計に載って 唖然！
このままでは！と思い、カロリー計算をしながら一か月を過ごしました。
現在 標準体重＋３㎏まで何とか落としました。
（５ｋｇ減量。しんどかった）
いや～、本当に日頃の体調管理は大切だと実感しました。
次回
「発艦してください！」
の予定です
では