分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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各々の思惑とは裏腹に、戦いの舞台は揃いつつあった。


68 マーシャル諸島解放作戦 第二次海戦1 大和出撃

トラック諸島に朝日が昇る。

 

夏島周辺海域に停泊する日本海軍の艦艇群は朝日を浴び、その船体を輝かせていた。

各艦一斉に総員起こしの号令ラッパが鳴り響いた。

ひときわ元気な声が響く!

 

「野郎ども! 朝だ! 起きやがれ!!!」

 

重巡摩耶の艦内に響く、艦娘摩耶の声である!

水兵妖精達は一斉に目を覚まし、吊り床を上げる。

各分隊毎に点呼、巡検、そして艦内清掃と日々の課業が始まった。

各部の清掃を終え、ようやく朝食にありつける。

艦長の摩耶が士官室へ入ると、副長以下の幹部妖精たちが一斉に起立し

「おはようございます。摩耶艦長!」

元気な声で朝の挨拶をする。

「おう、皆。今日もいい天気だな」

「はい、夏島の気象班によると今週一杯、天候は安定しているそうです。出撃には、絶好の天気です」

摩耶は席に着きながら、表情を厳しくし、

「連絡あったのか!」

「はい。今朝早く大淀さんより、各遊撃隊旗艦ならび主要な艦娘に本日、ヒトマルマルマルに夏島の司令部へ出頭せよとの事です。内容は、マ号作戦最終の軍議を行うとの事です」

摩耶は居並ぶ幹部妖精達へ

「良し! 出撃準備へ」

「はい! 艦長!」一斉に返事をする幹部妖精達

摩耶は、

「だが、その前に今は朝飯だ! しっかり食べておくぞ!」

「はい」

副長の返事と同時に、士官室付きの水兵妖精達が、朝食を摩耶達の前に並べ始めた。

今朝のメニューは、ご飯に味噌汁、地魚の煮つけに、目玉焼きに海苔の佃煮である。

まだテーブルに並べられた温かいご飯から湯気が昇る。

「じゃ、いただきます!」

摩耶は、箸を取ると一口ご飯を口へ運んだ。

「うん、今日もいい具合だ!」満足そうな笑みを浮かべた。

それを見て安堵の顔をする糧食班員達

摩耶の声を合図に一斉に幹部達も箸を取った。

摩耶は、

「班長、今日も旨い!」

「ありがとうございます」深く一礼する糧食班長妖精。

「出撃となったら、暫く戦闘糧食だ、他の水兵たちにもしっかり今日の内に食べておくように伝えてくれ」

「はい、既に兵員食堂でも朝食が始まりました。皆しっかりと食べています」

「うん、結構!」

摩耶は、箸を進めた。

そんな摩耶に、副長が、

「先程、連絡に来た大淀さんからの伝令から聞いたのですが、どうやら金剛大佐達が一戦やったそうです」

「聞いてる。確かパラオの瑞鳳達を助けに行って敵のリ級重巡艦隊を蹴散らしたそうじゃないか。かなりの戦果が出たけど金剛さん達も手痛い反撃を受けてポンペイ島に避難したと聞いたけど、摩耶がいればそんなへまはしない」

摩耶は口をモグモグさせながら答えたが副長は、

「いえ、その戦闘ではなく、まだ未確認ですが、どうやら金剛さん達三戦隊と五十鈴さん達の水雷戦隊が、タロア島へ夜襲を仕掛けたそうです」

「なっ! なに!!!」

摩耶は副長から聞いた内容に驚き、危うく口の中のご飯を吹き出しそうになった。

他の幹部妖精達もざわめきだした。

「どういう事だ?」

摩耶の怪訝な顔に副長は

「先程 伝令に来た司令部の要員の話では、詳細は不明ですが、金剛大佐率いる部隊が、敵本拠地に殴り込みをかけ、敵飛行場にかなりの損害を与えたようです」

「金剛さん達の被害は?」

「はい、艦長。今の所金剛大佐はじめ大破、轟沈艦は無いようです」

摩耶は、

「はは〜ん、道理でここ暫く金剛さん達を見ない訳だ。てっきりあの元中佐と出かけたと思っていたが、そんな所まで」

摩耶は、ご飯を口に放り込みながら、

「しかしよう、瑞鳳達の助けに行って一戦交えて、確か此方も被害が出た筈なのに直ぐに敵本拠地強襲なんてできるのか?」

すると、航海長が

「その瑞鳳救出戦に参加した三笠様が昨日夕刻帰還されましたが、輸送船2隻に明石さんが同行していました」

「本当か? 航海長」

「はい。自分が艦橋当直でしたので、この眼で確かに」

摩耶は箸をおき、モグモグと口を動かしながら考え、そして、

「あの黒島のハゲ親父! 何か隠してやがるな」

「艦長!!」

慌てる副長に向い摩耶は

「予めポンペイ島に明石や補給艦まで手配していたとなると、この奇襲は思いつきじゃない、そうとう準備された作戦だ」

頷く副長達

「となると、今回の出撃も面白くなりそうだな」

摩耶は目を輝かせた。

 

「聯合艦隊が出撃準備に入っただと!」

トラック泊地夏島にある陸軍守備隊司令部棟で、参謀本部付将校は声を張り上げた。

「はい、先程山下閣下へ、夏島の海軍司令部より通達がありました。本日ヒトマルマルマルにマ号作戦の最終軍議ならび出撃準備の会議を行うとの事であります」

陸軍司令部の要員は参謀にそう返事をし、続けて

「なお。山下中将より参謀殿も出席するようにとのご指示であります」

陸軍参謀は、不気味な笑みを浮かべ

「ようやく動きだしたか」

そう言うと、居並ぶトラック泊地守備隊の面々に向い

「これでマジュロ島を再占領し、マーシャル諸島に足場を築く事ができる」

参謀は続けて

「そうなれば、陸軍の活動拠点をマジュロ島に置き、ゆくゆくはツバル、フィジーと勢力をひろげ、最後は」

「オーストラリアです!」

守備隊兵が答えた。

「そうだ! 来るべき三国同盟に備え我々、陸軍の力を見せる時である!」

陸軍参謀はそう強く声にだし

「今回の作戦、マジュロ島の占領はぜひトラック泊守備隊を中心に成功させ、次への足掛かりにする」

「はい! 参謀殿!!」

守備隊一同は答えた。

「これで、中将殿へ吉報を届ける事ができる」

陸軍参謀は小さく微笑んだ。

 

 

ヒトマルマルマル

夏島にある聯合艦隊陸上司令部内にあるマ号作戦陸海軍臨時司令部は熱気に包まれていた。

司令部内の会議室の中央には大判のマーシャル諸島の海図が広げられ、既に青い駒や赤い駒があちらこちらに並べられていた。

その海図を囲むように上座に聯合艦隊司令長官の山本。

その横には艦娘総指揮官である三笠大将

聯合艦隊参謀長の宇垣。

山本と並ぶように陸軍マーシャル方面侵攻軍を指揮する山下陸軍中将

そしてテーブルを囲むように海軍の主要な参謀や南雲を始めとする主要艦隊の指揮官、その後には各旗艦の艦娘がずらりと並び、対面には陸軍のマーシャル諸島方面軍を預かる参謀達が並んだ。

陸軍調の軍服に身を包む艦娘神州丸の姿もあった。

そして、例の大本営陸軍参謀本部の将校も席に着いていた。

 

「南雲司令、いよいよです」

 

第二航空戦隊を預かる山口少将が、横に座る第一航空戦隊の南雲司令にそっと声を掛けた。

「そうだな、見ろ」南雲はそっと前方のテーブル上の海図を見た。

その海図のトラック泊地には、戦艦の駒が3つ、空母の駒が1つ、そして輸送船の駒があった。

対するタロア島には、戦艦の駒が3つ、空母の駒が1つである

「艦艇の戦力的にはほぼ互角といった所か」

南雲はそう言いなら、ぐっと海図を睨み、これからの軍議の内容を脳裏に描いていた。

そんな厳しい雰囲気が室内を覆う

山口の後に控える飛龍は落ち着かない様子で、ソワソワしていた。

「飛龍さん、緊張してる?」

飛龍は、声の主である横に座る赤城をみた。

「ちょ、ちょっと緊張してます」飛龍は慌てて答えた。

「まあ、緊張するなって言うほうがおかしいわよね。いよいよだもの」

「はい、赤城さん。しかし流石ですね。こんな所でも笑顔を絶やさないなんて」

落ち着いた表情の赤城を見て飛龍はそう言うと、

「まあ確かに緊張はするわよ。でも慣れの問題かしら」

赤城はそう答えながら上座に座る三笠達を見ながら、

「流石、三笠様や長門さんは堂々としていますね。大和さんも初陣ですけど、落ち着いた表情です」

「ですね」

三笠は、上座でいつもはあまり持ち歩く事の無い愛用の軍刀をしっかりと握っていた。

長門は、腕を組んだまま静かに瞑目し、大和はいつもと変わらぬ表情であった。

時折、小声で人の声はするが、静かな室内

壁の時計の音がやけに大きく聞こえた。

 

「定刻となりました。これよりマ号作戦に参加予定の陸海軍部隊の最終軍議を行います」

聯合艦隊付き秘書艦である大淀の声が室内に響いた。

一斉に姿勢を正す。

大淀は、

「本会議は、マ号作戦の最終段階の全力出撃に向けての会議となります。本作戦の指揮を執る聯合艦隊司令長官より訓示!」

一斉に 上座に座る山本を見た。

山本は静かに席を立つと、ゆっくりと居並ぶ将官達を見た。

「諸君、マーシャル諸島解放作戦は、遂に佳境を迎えた。聯合艦隊は全力出撃を行いタロア島に本拠地を構える敵深海凄艦をマーシャル諸島より排除し、この地域一体の統治権の回復を目指す」

一斉に頷く将官達。

山本は、

「なお、海軍の実施する作戦に平行し、陸軍山下中将率いる陸軍部隊によるマジュロ島奪還作戦も平行して実施される」

山下中将は、席についたまま一礼した。

山本は言葉に重みをもたせながら

「これまでの軍議においても説明してきたが、今回の作戦は同地域に侵攻した深海棲艦への本格的な反抗作戦であるのと同時に、世界各国の陸海軍、政府が注目している作戦でもある。日本帝国陸海軍の実力を遺憾なく発揮し、作戦を遂行して貰いたい」

山本は、そういうと静かに再び席についた。

大淀は、

「陸軍作戦指揮官、山下中将殿より訓示」

山下中将は、席を立つと、

「陸軍将官諸君、ようやく我々の出番である」

陸軍の参謀達から少し笑いが出た。

「山本長官の指揮の下、海軍部隊によりマジュロ島までの航路の安全は当初に比べ各段に上がっている。聯合艦隊が出撃すれば敵の本拠地は聯合艦隊へと主力を差し向け、我々マジュロ島奪還部隊への対応は遅れる事になる。これも山本長官はじめ、海軍の作戦指揮、ならび艦娘殿の作戦遂行力があっての事である。感謝いたします」

山下中将は軽く一礼し話を続けた。

「我が部隊の目的は、人的被害を最小にしつつマジュロ島を奪還、同地域の統治権を回復する事である。陸軍各将兵の奮闘を期待する。また今回護衛をしてくださる海軍第一艦隊の皆様、どうぞよろしくお願いいたします」

それを聞いた第一艦隊司令の高須と、旗艦である艦娘扶桑が一礼した。

山下中将は、

「先程の山本長官の話にもあったが、本作戦は深海棲艦の侵攻地域への本格的な反攻作戦であるのと同時に、初の陸海軍の現地合同司令部を用いた作戦でもある。参謀諸君の英知を結集させた作戦である。各員の奮闘を期待する」

山下中将が席へ着くと、大淀は、

「前回の軍議より以降のマーシャル諸島方面の敵動向ならび海軍特務部隊による前段作戦について黒島作戦参謀よりご報告します」

大淀はそう言うと壁際に下がり、入れ替わりに黒島作戦参謀が、指揮棒を持って、中央のテーブルの前に踊りでた。

黒島は指揮棒を持ちながら

「前回の軍議以降、敵深海棲艦の主だった動きはありません。無電等の発信もここ数日は少なく動きがない状態であります」

そう言いながら、タロア島の周囲に置いてあった赤い戦艦の駒を並べ直した。

黒島は、慎重に言葉を選びながら

「この動きと合わせ、パラオ泊地艦隊による敵潜水艦掃海作戦、そして中間海域における敵ヌ級軽空母を中心とする警戒艦隊及びリ級重巡艦隊との交戦を経て、ほぼ中間海域までの航路の制海権を我が方が得たと考えられます」

頷く将官達

「なお、パラオ泊地艦隊はこの戦闘により損傷艦がでており現在ポンペイ島にて停泊、修理作業にはいっており、本作戦への参加については出来ないとの報告を受けております」

表向きには、パラオ泊地艦隊旗艦瑞鳳は雷撃により中破以上、秋月、陽炎、長波についても損害がでているという事になっていた。

黒島は、

「この状況下、聯合艦隊司令部はマジュロ島の島民救出の為同海域に進出が可能と判断。パラオ泊地所属の支援艦を同島に向わせましたが、同島北部海域まで接近した所を敵哨戒機に発見され救出を断念いたしました。なお支援艦はその後タロア島より飛来した敵爆撃隊と交戦後音信不通であります」

ざわめく室内

事実を知らない参謀達がざわめき始めた。

「お静かに願います」

大淀の声が室内に響く。

黒島は、厳しい表情で、

「支援艦からの最後の通信によると敵爆撃隊の猛攻を受け退避中との連絡でありましたが、その後は当方からの呼びかけにも応答がありません。なお深海棲艦のタロア島より発信されたと思われる通信の量が増大した事と合わせ、轟沈したと推測いたします」

再びざわめく室内

 

“ダッン!”

 

その時、室内に床を叩くひときわ大きな音が響いた。

上座に座る三笠が軍刀で床を鳴らした!

「狼狽えるでない! これは戦である! 覚悟の上の戦い」

そう言って鋭い眼でざわめく参謀達をみた。

 

三笠の一喝により落ち着く室内

三笠に続き山本が静かに、

「支援艦には300名近い兵員が乗っていたが、生存についての情報はない。聯合艦隊を預かる者としてこの損失は大変申し訳なく思う」

深く頭を下げた。

横に座る宇垣が重い口を開き、

「今回の救出については、綿密に計画していたが、予想以上に敵の哨戒網が濃く、島に接近する事が出来なかった」

宇垣は続けて、

「この結果に、陸海軍の現地首脳部は同島の住民の事前救出を断念し、当初の予定通り陸軍上陸部隊による強襲作戦を実施する事を決断した」

宇垣の言葉に静まりかえる室内

陸軍を預かる山下中将も

「致し方ありませんな。山本長官始め海軍がご努力されたが、救出を断念という事であるなら陸軍として全力で同島を奪還いたします」

重い空気が流れた。

皆の表情が暗くなる。

そんな中、陸軍参謀達の中に混ざる参謀本部付の将校の口元に笑みがこぼれた。

“ふん、これで山本も三笠も終ったな。この戦いが終わればマジュロ島民の救出失敗と今までの戦いでの損害の責を取ってもらう事もできる。これは参謀本部として吉報だ、上手くいけば、横須賀の女狐や海軍大臣を罷免する事もできる切り札になる。急ぎ山本達が救出を放棄した事を参謀本部へ知らせねば”

参謀将校は笑みを浮かべながら、思わぬ収穫に満足した。

 

黒島は、指揮棒で青い戦艦の駒を一つタロア島の近くへ置いた。

「聯合艦隊司令部では、この支援艦の同島への接近によるマジュロ島近海の緊迫状態を利用し、第三戦隊戦艦金剛以下の艦隊をポンペイ島より同島海域へ急派、敵の意表を突き昨晩深夜、タロア島にある敵飛行場を強襲! 滑走路を含め多数の被害を与えました」

 

「本当ですか!!」

 

一斉に声が上がった!

顔を見合わせる参謀達

宇垣参謀長が

「詳細な戦果については、未確認であるが、金剛型四隻による艦砲砲撃をおよそ30分間行った。如何に深海棲艦の基地が頑丈と言われようと、無傷とはいかないだろう」

「タロア島と言えば敵の本拠地ではないですか!」

海軍の参謀の一人が声を上げた。

山本が、静かに、

「仇はとったということだよ」と囁いた。

 

黒島は、

「戦果については不明でありますが、金剛以下戦艦4隻、軽巡1隻、駆逐艦4隻の砲撃です。かなりの被害を与える事はできたと確信しております。なおこの奇襲作戦において敵駆逐艦隊の追撃を受け戦艦金剛達に多少の被害がでており、現在ポンペイ島まで退避中であります」

そう言うとポンペイ島に戦艦の駒を一つ置いた。

「敵航空基地が無力化された意義は大きい」

第一航空艦隊指揮官である南雲の口が開いた。

「これで、航空戦力的にはほぼ互角という事です」

南雲の横に座る山口少将も声を上げた。

南雲は、

「しかし、まだ制空権を確保したというにはほど遠い。敵には空母6隻がある。搭載航空機の数はおよそ400機近い。此方は赤城、加賀、飛龍に蒼龍。艦載機は300機前後。数の不足を練度で補うとしても厳しい」

南雲は、黙っていたが、ここにパラオの瑞鳳の艦載機が加わればほぼ互角であった。

それにいずもには、鳳翔隊もいる。

トラック泊地の陸上基地には基地航空隊や一式陸攻隊。

秋津洲率いる2式大艇部隊も健在である。

単純な艦載機数では日本海軍の方が上回る。

おまけにその背後には伝家の宝刀とも呼べるいずも艦載機群が控えていた。

南雲は、

「黒島作戦参謀。敵航空基地が完全に破壊されたと仮定して、復旧にはどの程度を予想している?」

「はい、南雲司令。現行まで算定基準を採用すれば半月という所ですが、深海棲艦の基地修復機能はずば抜けています。もって一週間」

 

「一週間だと!!!」

「ばかな」

陸海軍の参謀達から声が漏れた。

 

驚きの声が上がった

陸軍の参謀の一人が、

「黒島作戦参謀! 戦艦4隻の砲撃といえば、かなりの砲撃量です。ほぼ更地になったと思っていい。それを一週間で復旧するなど無理です!」

黒島は、陸軍の参謀達を見ながら、

「先程もいいましたが、我々の常識ではそうです。しかし深海棲艦は米国より大型の建設用機械を導入、いえ技術を盗用したとの情報があります。1000m級の未舗装滑走路なら数日で整地を終える能力があります。我々のつるはしとスコップ、ネコ車で作る滑走路とは訳が違います」

「そんな事が・・・」

絶句する陸軍の参謀。

「早々に仕掛けなくてはなりませんな」

南雲の声に一同が頷く

「南雲君、その通りだ。今敵は本拠地を強襲され混乱している。この機に乗じて全力出撃を行い、敵艦艇群を誘い出したい」

山本はそうこたえると、凛とした声で

「聯合艦隊、各遊撃隊並び第一航空艦隊は明朝マルロクマルマル時より順次出撃し所定の作戦行動に入る」

「はっ」一斉に各将官より返事があった。

黒島作戦参謀は、

「まず、トラック泊地より、第一遊撃隊旗艦大和、次第二遊撃隊旗艦長門以下で聯合艦隊を編成し、一路中間海域を目指します。なお、別に三笠大将率いる第二水雷戦隊神通以下の艦隊が随行します。その後方に第一航空艦隊旗艦赤城以下14隻、第三遊撃隊旗艦摩耶以下の航空作戦部隊が続きます。既に中間海域前衛にはパラオ泊地所属の軽巡由良率いる前衛警戒艦隊5隻が配置につき進路上の監視を行っております」

黒島作戦参謀はそう言うとトラック泊地とタロア島との中間点に軽巡の青い駒を一つ置いた。

「相手だが、ル級戦艦3隻、ヲ級空母6隻を含む大小艦艇総数50隻近い。向こうの編成がいまいちよくわからんが、此方と大差はないと考える。差が出るとすれば向こうの6隻の正規空母群の動きだ」

宇垣はそう言うと、黒島作戦参謀も、

「作戦立案の段階より向こうの空母群の編成について考察してきましたが、基本は2隻を一つの部隊として運用していると考察されます」

「するとこちらより実働部隊が一つ多い事になるな」

「はい、南雲司令。但しそれはあくまで運用上の事で、作戦時はどういう編成になるか未知数です」

黒島作戦参謀はそう答えた。

「来れば叩き落とすだけだ。赤城できるな」

南雲は、後方に控える赤城を見た。

赤城は静かに席を立ち、自信に満ちた声で、こう答えた。

「第一航空艦隊の名誉にかけて、敵空母6隻を屠って見せます」

 

「赤城」

三笠の静かな声が室内に響く

 

「はい、三笠様」

三笠は。じっと赤城を見て、

「この一戦、日本だけでなく世界の空母艦娘がその動向を注視しておる。師匠鳳翔の名誉にかけて恥じぬ戦いをせよ」

「はい。お任せください」

深く頷く三笠

黒島作戦参謀は、

「山本長官座乗の戦艦大和を中心とした聯合艦隊は、一路この中間海域を目指します。敵艦隊がタロア島より出てくれば、ここマーシャル諸島北部海域を決戦場に設定し、艦隊を周回させ、敵の動きを待ちます」

黒島作戦参謀は、青い戦艦の駒を二つマーシャル諸島北部海域へ進めた。

 

「敵は出てきますか?」

南雲が聞くと、山本は

「将棋で言えば、王手まで数手。囲碁ならオオヨセという所かな」

すると、囲碁の玄人である三笠が、

「オオヨセというにはまだ早かろう。地が出来た、いう所かの」

碁をたしなむ者から笑みが出たが、三笠は表情を厳しくして

「ここで、手を抜いていてはコウで稼がれてしまう。各個撃破に出られる前に一気に形勢を此方へと引き込む事が肝心じゃ」

頷く将官達

黒島作戦参謀は

「既に此方の動きは敵に知れていると推測します。向こうは此方を迎撃する為に出て来るか、それともタロア島周辺海域で迎え撃つ為に防御態勢を取るか不明でありますが、此方が出れば何らかの形で動きはあると思われます。此方は既に前衛警戒艦隊を配置しております。またポンペイ島に配備しております水偵部隊、二式大艇部隊、伊号潜水艦部隊により敵情を監視しております」

静まり返る室内

すると長門の清んだ声で

「黒島作戦参謀。要は我々戦艦部隊は、敵の眼の前に踊りでて、派手に一戦すればいい訳だな」

長門の声は室内に響いた。

「その通りです。小細工なしの真向勝負です」

黒島作戦参謀は、綺麗に磨き上げられた自らの頭を撫でながら答えた。

笑いの出る室内

黒島作戦参謀は、笑いの収まった頃を見計らい

「トラック泊地の留守部隊は大淀が指揮を執ります。なお大型艦に損傷が出た場合は、ポンペイ島にて待機中の金剛隊を救援、曳航艦として派遣する予定です」

そう言うと、ポンペイ島を指揮棒で指し示した。

 

今回の作戦には、大和や長門、そして赤城、加賀といった日本海軍の中でも大型の部類の艦が多数参加する。

作戦参謀としては、色々と悩む。

戦闘に補給、そして問題となるのが、大破艦が出た時だ。

大型艦が航行不能なった時、どうするか? である。

まかり間違っても敵に拿捕されるなどは論外であるが、貴重な艦を自沈させる訳にもいかない。

そうなればトラックかポンペイ島まで曳航する必要がある。

大和級を曳航できる艦

となるともう金剛級しかないのである。

駆逐艦では、微々たる速力しか出せず、追撃する敵を振り切れない可能性もあった。

黒島がそれを痛感したのは、数ヶ月前に実施された真珠湾攻撃である。

作戦は失敗というか中止され敵戦艦群に追われた赤城達を救ったのは金剛達であった。

黒島は補給や救援艦隊といった兵站の重要性を痛感していた。

今回はその手駒として、初めから金剛達三戦隊を残しておいたのだ。

 

山本は、

「諸君、既に時代は航空機を使った機動戦に移行しつつある。戦艦同士が艦砲で撃ち合う海戦は、もしかしたらこれが最後になるかもしれん」

その言葉に息を吞む将官達

「思い起こせば対馬沖での日本海海戦。俺も日進に乗り込み、士官候補生として戦った。そう思えば色々と考える事はある」

山本は少し間を置き、

「あの時、旗艦三笠に翻るZ旗を見て、身が震えた事を覚えている。“皇国の興廃この一戦に在り各員一層奮励努力せよ”当時の日進の巫女から聞いた言葉が今でも脳裏に焼き付いている」

山本はそう言うと、力強く

「このマ号作戦の最終決戦は、単なる統治権回復の戦いではない! 我が日本という国家が何者の侵略も許さず、世界の安定を目指すという意志表示である。この戦いは全世界がみている、恥じぬ戦いをしてもらいたい!」

「はい! 長官!」

一斉に海軍将官から返事が上がった。

黒島作戦参謀は

「陸軍部隊の出撃に関しては、山下中将へ一任させていただきます」

すると山下は

「陸軍部隊は、敵の艦艇群の動きを見て出撃時期を判断する。まずマジュロ島までの制海権、制空権が確保されている事が前提である」

すると、例の参謀本部付将校が、起立し

「大本営陸軍部としては、マジュロ島の早期占領を第一目標としております。聯合艦隊の出撃に合せ、陸軍部隊も出てもらいたいと具申します」

すると山下は、

「君の意見も理解しておる。参謀本部の意向も理解しているが、制海空権が確保できない所に、のこのこ出ていけば、早晩結果は見えているとおもうが」

そう言われて言葉が詰まる参謀本部将校

山下は

「君、あわてんでもいい。島は逃げん」

きっぱりとそう言いきった。

陸軍参謀達から笑いが出た

渋々席に着く参謀本部将校

山本は、

「高須君、陸軍部隊の護衛は任せた。大事な部隊である。しっかりと頼む」

「はい、心得ております」

第一艦隊司令の高須が答えると、山本は高須の後に控える艦娘扶桑へ向い

「扶桑。今回、艦隊戦は無いとは思うが用心してくれ」

「はい、山本長官。妹の山城共々注意してまいります」

すると宇垣も、

「高須司令、すまんな。本当なら重巡の一隻も付けてやりたいが手駒の数が足らん」

すると高須司令は

「宇垣参謀長、お心遣いありがとうございます。その分手練れの春風達を預かっております。護衛任務はこれで十分かと」

宇垣は、

「既に“情報”は行っていると思うが、マジュロ島の周囲には機雷が多数敷設されている。接近の際は、春風たちに十分掃海させて接近するように」

「はい、“情報”は頂いております。いざとなれば、扶桑と山城の主砲で処理させますよ」

高須司令は笑いながら答えてみせた。

「おっ、それは絵になるな。扶桑型の斉射は迫力があるからな」

宇垣がいうと、高須は、渋い顔をして

「まあ確かに6基12門の一斉射は絵になりますが、艦橋まで砲煙まみれになるのは勘弁して貰いたいですな」

それを聞いて少し顔を赤くする扶桑

 

大淀が、手元の書類に目を落としながら

「高須司令。司令部より通知しておりますが、陸軍上陸部隊には本土よりの従軍記者が同乗いたします。ご配慮の程よろしくお願いいたします」

「了解している。派手な所をお見せしましょう。なあ扶桑」

「はい、司令。山城も楽しみにしております」頷く扶桑

 

山本は、席を立つと

「諸君、幾度に渡りこの作戦について検討してきた。既に各員の果たすべき役割は熟知していると思う」

暫し間を置き

「明朝、聯合艦隊はタロア島に展開する敵空母機動部隊ならび戦艦部隊に対し全力出撃し総力戦を行う。この戦いは我々日本にとって “分岐点”となる重要な戦いである、各員の奮戦を期待する。以上」

「はい!!!」

室内に返事が響く。

 

聯合艦隊の出撃が決まった。

 

 

その頃、タロア島の北部海域に停泊するル級flagshipの艦内は、静まり返っていた。

昨晩の混乱はいまだに尾を引いていた。

各艦は戦闘態勢を維持したまま夜明けを迎えた。

それらの水兵達は昨晩からの緊張状態に朦朧としていた。

深夜、突如として起こった戦闘

完全に油断していた。

その一言に尽きる。

ここ数日 艦隊は浮かれていた。

殆どの兵は、二日前のマジュロ島に接近した敵重巡級艦艇の撃沈に、“日本軍の実力とはこの程度か!”と浮足立っていた。

各艦の艦長だけでなく、水兵に至るまで“日本軍はマジュロ島に接近できなかった”と高を括っていたのだ。

ところが、突如深夜に敵艦隊の奇襲を受けた。

タロア島のマロエラップ飛行場に対する艦砲による攻撃はすさまじく、被害の程がはっきりしない。

ただ、全ての将兵が理解していたのは、マロエラップ飛行場が使用できないという事実と、すぐ目の前に敵日本海軍の戦艦が現れた。

それだけでなく自分達は砲弾一発も撃ち返す事が出来なかった事である。

完全に“寝首をかかれた”状態であった。

敵襲に混乱する中、対空砲座に着いた兵達が見たのは、無数に飛び交う敵の砲弾と、着弾の度に響く轟音と閃光。そして燃え上がるマロエラップ飛行場であった。

統制を欠いた深海棲艦の各部隊は身動き一つ出来ないまま、夜明けを迎えた。

夜明けを迎え、兵達が見たのは島のあちこちから黒煙が上がり、無残な姿となったタロア島であった。

周囲が明るくなった頃に、ようやく無線、無電の障害が解消され、友軍同士の通信が確保され、艦隊内部の混乱は落ち着き始めたが、兵達の緊張感はそのまま疲労感へと変わり始めた。

対空砲座についた兵達は、額に流れる汗を拭いながら、じっと上空を睨む。

太陽に照らされ、ジリジリと気温が上がる。

ヘルメットにライフジャケットを着こんだ水兵妖精達は正に、蒸し風呂状態であった。

 

その時、水平線に黒い無数の影が映った!

「ハッ! 敵機か!!!」

空中に浮かぶ何かを見た瞬間、咄嗟にそう思うが、よく見れば遠くを飛ぶ海鳥の群れであった。

この様な状態が既に数時間続いていた。

極度の緊張と疲労感が彼らを蝕みはじめていた。

 

ル級flagshipに集まった各艦隊の司令達は一応に無言のまま、士官室のテーブルへと着いてゆく。

上座に座るル級flagshipもまた無言のままじっと、テーブル上の海図へ視線を落としていた。

無言のままでは埒が明かないと思ったのか、空母機動部隊司令のヲ級flagshipが

「艦隊司令、昨日の被害は?」と話を切り出した。

深海棲艦マーシャル諸島分遣隊司令であるル級flagshipは重く口を開き

 

「見ての通りだ」

と一言だけ語った。

 

そう、誰れが答えてもそう答えるしかなかった。

未だにタロア島のマロエラップ飛行場では火がくすぶり続け復旧どころではない。

ル級司令の答えに捕捉するかのように副官のル級eliteが

「今わかっている被害は、マロエラップ飛行場に駐機していた航空機、搭乗員及び地上基地要員のほぼ全てを失った」

「すると、基地機能は完全に停止したという事か」ヲ級flagshipが聞くと

「その通りだ。それに」

「それに、まだあるのか?」

「ああ、空母艦隊司令。マロエラップ飛行場に移設した司令部が完全に破壊された。同時に司令部要員も殆どが戦死、もしくは所在不明だ」

副官の答えに、

「今更作戦を考えてなんとする!! 水上艦艇はほぼ無傷だ! 彼等がここまで来れたという事は、我々が向こうの本拠地であるトラックへ行く事もできる筈! ここは全艦隊で敵地へ突入し、姫へ吉報をお届けすべきだ!!」

第三艦隊指揮官であるル級無印がテーブルを叩きながら、怒鳴った!

しかし、ル級総司令は、

「慌てなくてもいい、敵は来る」

そう言うと、手元のレポートをテーブル上の海図へ出した。

それを受け取るヲ級空母機動部隊司令

「日本海軍の行動予定か!」

「ああ、そうだ。トラックにいる日本陸軍が定時報告として日本本土へ送信している内容を本艦で受信して解読させている。どうやら聯合艦隊は明日以降、本格的な出撃体制に入る」

そう言うと赤い戦艦の駒を一つテーブル上の海図へ投げ出すと、指揮棒を使いその駒を中間海域へと進めた。

「聯合艦隊はこの中間海域まで進出し、我々の動きを見定めるようだ。我々が出てくれば、この海域より北部で戦闘を行う、もしタロア島周辺海域に籠るようなら、ここまで押し込んでくる算段のようだ」

ヲ級flagshipが

「敵の布陣は?」

それには、副官のル級eliteが

「今わかっていのは、向こうは4つの艦隊で出てくるという事だ。まず一つ目が聯合艦隊旗艦大和を中心とした打撃艦隊。二つ目が同じく戦艦長門を中心とした部隊。そして三つ目が重巡を中心とした艦隊だ。この部隊は同時に敵空母機動部隊に同行するとの情報だ」

するとル無印が、

「副司令。あの例のボロ船もくるのか!」

ル級eliteは、渋い顔をしながら

「第三艦隊司令。今の所は詳しい情報はないが、ここまでくれば出て来るという事だ。以前の目撃報告では、駆逐艦隊を率いて水雷戦を仕掛けてきている。三笠の性格から考慮すると、間違いなく今回も先頭で出てくると予想される」

副官の答えにル級無印は、

「ふん、あんな前大戦の遺物のボロ船、私の艦の16インチ砲で粉々にしてやる」

ル級無印は自信満々に答えたが、

「第三艦隊司令。幾ら敵とはいえ失礼だぞ」

ル級総司令の声が室内に響いた。

「いいか、その事は決してミッドウェイの総司令の前では口にするな! 即、降格の上解体されるぞ! いいな!」

不満げな表情を浮かべるル級無印

副官は、

「敵の総大将だが、今回は三笠ではなく聯合艦隊の山本が直接旗艦大和に乗り前線へ出てくるとの情報だ」

「その話、前にも聞いたが間違いないのか? ル級elite!」

「ヲ級司令、そこは間違いない。既に日本国内でも“山本出撃”という事でプレスリリースされている」

「ふん、ならその大和を袋叩きにすれば話は早い」

ル級無印はそう言い放ったが、

「そう易々とはいかんだろう」

ル級総司令の声は重たかった。

「まず大和自体、今回が初陣である。我が方としてもその防御力や攻撃力については未知数の部分が多い、とくに主砲について長門と同型の41cmと言われているが、ミッドウェイの情報部ではそれ以上の46cmの可能性を指摘している」

「46cm!!」

驚くル級無印

「そればかりではない、装甲も今までの日本海軍の戦艦とは違い、強化されているとの推測だ」

「本当か? 理由は?」

ヲ級空母艦隊司令が聞くと、ル級総司令は

「公開された写真を分析した結果、艦橋や主砲の配置など今までの日本海軍の艦艇にはない配置だ。今までの戦訓を生かしていると考えるべきだ」

ヲ級空母機動部隊司令は、

「ただ魚雷を撃ち込むだけではダメということか」

「なら、その分沈むまで撃ち込むまで!!」

ル級無印がいうと、

「だが、大和にはあの長門がついている」

ル級総司令の鋭い声が室内に響く。

深海棲艦中部太平洋群体、通称ミッドウェイ群体と日本海軍の攻防戦はかなり前からあった。

特にミッドウェイ群体が活動範囲を広げ、その触手をマリアナ諸島へ広げた時、日本海軍との攻防は激しかった。

聯合艦隊旗艦であった長門は、僚艦陸奥と共にサイパン、グアムを死守する為に果敢に戦った。

この長門達の戦いにより深海棲艦ミッドウェイ群体のマリアナ諸島侵攻は食い止める事が出来たが、陸奥が大破する事態となった。以後陸奥は呉に回航され長期修理を余儀なくされる。

深海棲艦はこの長門達の果敢な戦いを見て“日本海軍の底力”を思い知らされた。

以後、深海棲艦の古参の幹部達は日本海軍を警戒していた。

「やはり、厄介な存在だな。大和は後回しにして先に長門を仕留めるか?」

ヲ級空母機動部隊司令が聞くと

「空母機動部隊は、赤城達への対応を優先してくれ」

ル級総司令はそう答え、

「まずは、制空権の確保が優先だ!」

「では、我々が先行して制空権を確保するという事でいいのか?」

ヲ級空母機動部隊司令の問に、ル級総司令は

「出来るか?」

「問題ない。気がかりといえば敵の動きだ」

その問いに、ル級総司令は

「先手は我々が取る」

そう言うと、席を立ち青い駒を複数、海図上へ並べた。

「日本海軍が、中間海域に入る前に此方が制空権を確保する」

指揮棒を使い、青い戦艦の駒や空母の駒を中間海域上へ並べた。

「今までの情報を精査すると日本海軍はまだ出撃できていない。明日以降の出撃であると推測する。こちらは既に準備ができている。早急に中間海域へ進出し防衛線を構築する」

そういうと、皆を見回し、

「日本海軍より、先にこの中間海域に出て敵の意表を突く」

指揮棒で、中間海域を指し示した。

「その中間海域。仮設航空基地があったが使用できるのか?」

ヲ級空母機動部隊司令の問にル級総司令は

「いや、確認できていない。攻撃を受けたあと放棄したので多分無理だ」

「では、その海域の制空権を確保するには空母だけが頼りという訳だな」

「そういう事だ。ヲ級司令。空母機動部隊は直ぐに出られるのか?」

ル級総司令の問にヲ級空母艦隊司令は、

「私を含めて6隻可能だが、制空権を確保だけなら無印を2隻先行させよう。丁度準備できている任務部隊がある」

「解った、ヲ級司令。その線で進めてくれ」

ル級総司令は、次に

「我々三個艦隊と残りの空母艦隊は、中間海域へ進出後、索敵を実施し、前進してきた日本海軍の部隊を各個撃破する」

そう言いながら、海図上の青い駒の前に日本海軍の部隊を模した赤い駒を並べた。

「消極的だ! 敵が出てくる今ならトラックはがら空き! 私の第3艦隊がトラックに突入して粉砕すればいい」

第3艦隊のル級無印が強気の発言をしたが、

「トラックの航空基地は健在だ。それに中間海域から西側のトラックよりの海域の哨戒網は強固。無理に突っ込めばお前の姉の二の舞。パラオの悪夢の再来になる」

ル級総司令は静かに答えた。

ヲ級空母機動部隊司令が、

「日本軍に対して、何等かの行動を起こすか? 例のマジュロを砲撃するというのはどうだ? 我々に敵対すれば島民を危険にさらすと警告するというのも一案だが」

そう提案したが、ル級総司令は、

「それは、無駄だ。先日マジュロに接近した敵重巡を撃沈したが、日本軍はその後このタロア島を砲撃した。という事は、マジュロの部隊とは別にタロア島砲撃部隊を差し向けていたという事だ! 日本軍はマジュロ島の人質の損害に構わずこのタロア島を砲撃した。我々の“脅しには屈服せず”ということだ。そうなれば無駄にマジュロ島を砲撃する必要はない、ほっておくのが一番だ。それだけで十分効果はある」

 

ル級総司令は、声には出さなかったが、脳裏に

“カ610号が目撃した形式不明の大型空母の所在が分からない”そう考えながら

“もしかして、この大和達は我々をおびき出す為の罠か? のこのこ出た所を例の大型空母艦隊が攻めてくるという事は・・・”

一瞬不安がよぎった。

その不安をかき消すかのように声を出し、

「我々は、この中間海域を主戦場として敵艦隊を迎え撃つ。各艦隊は準備出来次第速やかに出撃せよ」

「はい、司令」

ヲ級空母司令や副官が返事をした。

ル級総司令は、

「もう十分 時間は稼いだ」

「司令? それはどういう意味だ」ヲ級空母艦隊司令

ル級総司令は、ファイルの束から一枚の命令書を取り出し、ヲ級空母艦隊司令達の前に置いた。

それを受け取り、じっと見るヲ級空母艦隊司令

「ヲ級司令、なんと書いてある?」

第3艦隊司令のル級無印が聞くと、ヲ級空母艦隊司令はやや困惑した顔をしながら

「この指示書はなんだ! ミッドウェイの総司令部は我々を見捨てたのか!!!」

「なんだと!」

ル級無印もヲ級から命令書を奪い取るとその内容を読んだ。

そこにはミッドウェイの総司令部より、マーシャル諸島分遣隊へ向け、日本海軍のトラック泊地へ攻撃を加え、同地域における日本海軍の動きを封鎖しろとあった。

なお補給は適時行うが、艦隊増援は行わない。

トラック泊地の占領については、当初の計画通りであるが、実行不能の場合は、同地域における日本海軍の動向を抑制する事を重視せよ。

という内容である。

ようは、遅滞作戦を実施し、日本海軍をくぎ付にしておけというものであった。

ル級総司令は、

「これは、パラオ侵攻作戦が失敗した後に届いたものだが、パラオ作戦についてはお咎めなしの代わりに、この地域で日本軍相手に時間を稼げという事だ」

怪訝な顔をする司令官達を前に、ル級総司令は、

「皆、現在、ミッドウェイの総司令部では、戦力補強に向けて組織の改編を行っているのは知っているな」

「聞いている。今までの戦艦重視の編成から航空戦力を中心とした機動部隊編成にする案だ」

ヲ級空母機動部隊司令が答えた。

「その通りだ。新型の空母をミッドウェイの工廠で建造中だ」

「ああ、私の艦を原型に重量級の機体が発艦できるようにカタパルトを装備した艦を建造している」

ヲ級の返事に、ル級総司令は、

「それに最新の情報では、遂に米国との裏交渉の糸口が見えだしたようだ」

「本当か!」

ル級無印が聞くと

「ああ、今占領しているハワイの米国人の一部解放と引き換えに、最新の技術建造技術の横流しとハワイの軍港での我々の自治権を認めるという内容だ」

「これでパールハーバーは我々の物となったということか」

「そういう事だ。念願の自治領取得まであと一歩」

ル級総司令は、続けて、

「ここで日本軍を足止めし、我々の深海棲艦ミッドウェイ群体の力を見せれば米国をはじめ各国の対応は変わる。この戦いは全世界が注目している、ミッドウェイの姫の名誉にかけて負ける訳にはいかない」

唸るように声にだした。

 

 

夕闇迫るトラック泊地

春島沖にある戦艦錨地の近くに停泊する第一航空艦隊

空母赤城の艦内でも明朝の出撃に向け最終の作業と確認が続いていた。

狭い通路を行きかう兵員妖精達

皆表情に緊張の色はあるが、表情は明るかった。

「もう降ろすものはないな!!」

「はい、班長!!」

士官室の中では兵員妖精達が、慎重に最後の木製のテーブルを運び出した。

「よし、これで可燃物は全て運び出したぞ」

幹部士官室は、普段は幾つもの豪華なテーブルと綺麗に揃えられた椅子があったが今は、大きな作戦用の海図を置くテーブルと簡素な椅子があるだけであった。

「綺麗に片付いたな」

班長妖精が振り返ると、そこには南雲司令が一人で立っていた。

「長官入室!! 気を付け!!!」

班長の声に一斉に動きを止める兵員妖精達

「ご苦労、続けたまえ」

南雲司令の声に、作業を再開する兵員妖精達

「ここも戦闘になれば、臨時の病室か」

南雲の問に班長妖精は

「ここが使われるほど、酷い状態になるのでしょうか?」

「班長、それは解らんが、そうならんようにするのが指揮官の務めだ」

「はっ、兵員妖精一同。奮戦努力いたします」

班長妖精は一礼した。

南雲は、そのまま一人廊下へと出た。

暫し歩くと、数名の飛行士妖精達が集まっていた。

そこには、普段は艦橋にある艦内神社の社が綺麗に磨かれ、祀られていた。

祭壇の下には、様々なお酒の一升瓶が並んでいる。

熨斗紙には、各飛行隊や整備隊など名前と力強い字で“必勝”と書かれていた。

飛行士妖精達は整列し、二礼二拍一礼し神妙な面持ちで参拝していた。

ふと一人が南雲に気が付いた

 

「はっ、長官!」

その声につられ他の飛行士妖精達も一斉に南雲の元へ駆け寄る。

「出撃前に神頼みか」

南雲が笑いながら聞くと、

「はい、ここはしっかりとお願いしておきます」

飛行士妖精の一人が答えた。

別の飛行士妖精が、

「長官、こいつはまだ新米ですので、今回が初陣です」

「そうか、先輩達の言う事を聞いて、しっかりと頼むぞ」

「はっ、お任せください。敵は新型が出てくるとの話ですか、零戦は無敵です。空戦なら負けません!」

新米飛行士妖精が姿勢を正して答えたが、背後から

「敵を侮っていけません! 油断大敵です!!」

厳しい声がかかった。

振り返ると、そこには

「あっ、赤城艦長!!」

飛行士妖精達は一斉に姿勢を正した。

赤城は、飛行士妖精達の前に立つと、ぐっと飛行士妖精達を睨み

「深海棲艦の最新鋭機コルセアは、2000馬力級の発動機を備え、速力は零戦より上です。12.7mm機銃6門を装備し、優れた防弾装置を備えています。零戦の利点である機動力を速力と攻撃力でねじ伏せる強力な戦闘機です。油断していると、あっという間に海水浴する羽目になります!!」

赤城の気迫に押されて、深く頷く飛行士妖精達

赤城は、

「前回の部隊内の教育講義でも話ましたが、今まで単機での一騎打ちという空戦構図から複数機の連携による組織戦闘へと空戦の構図は変わりつつあります。すでにパラオ所属の鳳翔隊、瑞鳳隊では組織戦闘を実施し、多くの戦果を挙げています。帝国海軍航空隊、随一と言われる鳳翔隊の先輩方に負けないよう、心しておきなさい!」

「はい! 赤城艦長!」

飛行士妖精達は一斉に元気な返事をした。

それをみて頷く南雲

“艦内の士気も高い。この戦、一筋縄では行かないがこれなら十分やれる”

そう確信した。

 

南雲は再び 艦内の通路を歩きはじめた。

後を歩く赤城

「南雲司令、巡検なら副長を呼びましょうか?」

赤城が声を掛けたが、

「いや、構わん。単に落ち着かんだけだ」

そういうと、通路を出て舷側の対空砲座へと出た。

 

実際 南雲自体手持ち無沙汰であった。

出撃まで、司令としてあれこれと思案する事は多い。

特に今回は、正規空母6隻を相手に戦いを挑む。

本来なら、かなり無理な戦であったが自衛隊司令の助言などもあり考え自体はまとまった。

後は赤城達を信じてそれを行うだけである。

 

舷側の対空砲座では、機銃妖精達がウエスで、対空機銃をピカピカに磨き上げながら、

「深海魚の猫どもは、この25mm連装機銃でみじん切りにしてやる!」と威勢のいい声をかけていた。

「おっ、それは頼もしいな」

南雲は気さくに声を掛けた。

南雲や赤城に気づき、整列する機銃妖精達

南雲は磨かれた連装機銃を撫でながら、

「うん、よく整備されている」

「はっ、ありがとうございます」

機銃妖精班長が前へ出て一礼した。

南雲は居並ぶ機銃妖精達へ

「今回 本艦は敵の航空機攻撃に対して楯の役目となる。猛烈な対空戦闘が予想される。諸君らの活躍に大いに期待している」

「はっ、」

機銃妖精達は南雲の言葉に一礼し

「赤城艦長のご指示により、日頃より、組織的防空について研究し、教練を重ねてまいりました。単装砲班、高角砲班と協力し、濃密な防空弾幕をご覧にいれて見せます」

「うん」南雲は満足そうな顔をした。

この後、南雲は気ままに艦内を見て回り、妖精兵達に声をかけ士気を高めた。

後に続く赤城も表情は厳しかったが、南雲の性格を知っていたので、そのまま同行した。

一般に南雲は、気難しい性格と思われがちだが、それは軍人としての一面であり人としては、温厚な性格であり、気遣いのある人間でもある。それゆえ時に決断力が弱いと評価される事があるが、芯は水雷屋上がりのしっかりとした軍人であった。

 

同じ頃、戦艦大和の幹部士官室では、山本以下の聯合艦隊幹部が少し早めの夕食をとっていた。

いつもなら聯合艦隊司令長官の山本の食事は、豪華な内容であるが、既に艦内は出撃に向け、臨戦態勢である。

夕食もほぼ一般の妖精水兵達と変わらぬ内容であったが、まだ綺麗なお皿に盛ってあるだけ余裕があった。

山本は、小魚の煮物を頭からかじりながら

「参謀長、例の陸の連中の動きは?」

宇垣参謀長は、ニマリと笑い

「早速かかりました。本土へ向け“聯合艦隊マジュロ島救出作戦を放棄”と報告しています」

そう言うと、続けて

「今夜は 例の記者連中と夏島の料亭です」

山本は、

「またある事無い事、書かれて散々な目に合うな」

笑いながら答えた。

参謀の一人が、

「長官、よろしいのですか? そこまでされて。本土のご家族に万一の事があっては一大事ですが」

 

かつて海軍へ対する民衆の不満が、本土で留守を預かる家族の元へ向いた事があった。

家族が道を歩けば罵声を浴び、夜な夜な群衆が家を囲み、投石をするなどの事案があった。

右翼と呼ばれる連中に先導された群衆は、留守の家族へ罵声の限りを浴びせたのだ。

海軍軍人の家族は、常日頃から世間の厳しい目に晒されていた。

山本は、

「その辺りは米内さんと横須賀が上手くやってくれている。心配する事はない」

と答え

「我々は、この戦いに集中しよう。出撃後の陸さんの動きは山下中将に任せてあるが」

すると宇垣が

「はい、水面下で大淀と山下中将の副官との間で調整しております。神州丸も同席しておりますので、抜かりありません」

山本は、

「あの陸軍参謀には、少し“死線を彷徨ってもらう”。そうしないと他の将兵が浮かばれん」

頷く宇垣や他の参謀達

山本の背後から、お茶の入った湯呑を差し出す艦娘大和が

「長官、すこし意地悪なのではないでしょうか?」

すると山本は

「歳を取ると、若人には意地悪くなるのが人情というものさ」

そう答えながら、

「あの参謀、根はいいと見たが、歩んだ道が悪かったということだな」

「人間、どう転ぶか分かったものではありませんな」

宇垣もしみじみと答えた。

 

山本達が、夕食を摂っていた頃、戦艦三笠艦内でも出撃へ向け最終段階へとはいりつつあった。

ただ此方は、前哨戦の後という事もあり、補給を済ませいつもと変わらぬ艦内である。

艦娘三笠は、艦尾にある艦長室で、静かに時を過ごしていた。

日露戦争当時の戦艦三笠であればここは長官公室であった場所だ。

かの東郷提督が聯合艦隊司令長官として指揮をとった場所であるが、パラオで新造された戦艦三笠では、ここが艦長室となった。

当初は、船体中央部の区画に艦長公室を設計したあかしであったが、

「儂の部屋は艦尾で、きまりじゃ!」

三笠のわがままな一言で変更となった。

その室内はいつもと変わらぬ豪華な装飾品が並んでいた。

他の艦では、決戦へ向け艦内の可燃物、木製の装飾品などは艦外へと運びだされたが、戦艦三笠の艦内では、そのままであった。

それは三笠本人としては、いつ如何なる時でも、誰を迎えても恥ずかしくない装飾は残しておきたい。

そういう三笠の意地の現れでもあった。

時代は移り、聯合艦隊旗艦を大和に譲ったとはいえ、世界の艦娘の頂点でもある三笠の譲れない所でもあった。

艦娘三笠は、艦長室のテーブルに座りじっとテーブル上の碁盤を睨んでいた。

そこには白、黒の碁石が並んでいた。

腕を組み、じっと盤面を睨む三笠

盤面入り乱れる黒と白の碁石

盤の中央 天元には白石

その左上にもう一つの白石

 

そして左下の星には複数の黒と白の石がせめぎ合う状況であった。

やや黒石が有利に見える。

黒を持つ三笠の表情は厳しい

黒を一手差し、

「マーシャル諸島をこれで押さえたとして、次は・・・」

そう口にした時、ドアがノックされた。

「副長です、巡検報告に参りました」

「入れ」

三笠は静かに返事をした。

ドアが開き、三笠副長妖精が入室してきた。

「艦内巡検、終了致しました。明朝の出撃問題ありません」

副長は三笠の前までくるとそう報告しながら、三笠の差す盤面を覗きみた。

 

入り乱れる白黒の碁石をみて

「中々、天元に打たれると厳しいですな」

すると三笠は

「そうじゃの、この天元の白石自体には意味はない。しかしこれはある意味要石。今後の展開で大きく響く」

副長が

「あとの流れが複雑になりますが」

三笠は、腕を組んだまま

「確かにそうじゃ、この天元の白石が生きる打ち方ができれば、黒を握る此方は四方を睨まれ、動きにくい。逆にこの白を殺せば盤面は押さえたも同然」

そういいながら、続けて

「以前、こんごう殿はこの天元の白を上手く使い 儂の黒を翻弄した。あの時は数目差で儂が勝ったが、厳しい戦いであった。いま思えばこんごう殿に上手く盤面を踊らされたといってよい」

副長は、驚きの表情をしながら、

「艦長相手に、そこまでとは」

三笠は笑いながら

「流石、金剛の孫。いざという事の肝の座り方が違う。儂を相手に笑みを浮かべなら打ちよった」

副長も、

「パラオでの一局、見てみたかったですな。艦内の囲碁通の間では、一種の伝説化しています」

三笠は、

「副長、彼方の世界の儂らはとんでもない艦娘達を育てたという事じゃな」

「はい、それが80年という時代の厚みであると思います」

そう深く答えた。

それを聞いた三笠は席を立ち、艦尾のスターンウォークへと通じるドアを開けた。

副長を伴い艦尾の遊歩道、スターンウォークへと出た。

月明かりに照らされるマストを見上げた。

現行の戦艦にはない、帆船時代の面影を色濃く残すマスト。

確かに OPSレーダーなど最新の装備があるとはいえ、月明かりに照らされたマストは巨大であった。

三笠の三笠たるゆえんの一つである。

じっとマストを見上げる艦娘三笠

「艦長」

副長が、そっと声を掛けた

三笠は静かに

「対馬沖での海戦から、まだ40年。しかし、世界は大きく変わった」

「はい。艦長」

「艦娘も日々進化続けておる、しかし、まだその先は見えぬ」

三笠の問に副長は押し黙った。

三笠は

「再び、あのマストにZ旗を掲げる時、世界はどう変わるのかの」

「艦長、それは・・・」

「そう副長、それは神のみぞ知る。いや神も知りえぬ世界かもしれん」

三笠はそう言うと、静かに

 

 「我々はどこから来たのか? 我々は何者なのか? 我々はどこへ行くのか?」

と呟いた。

 

今の三笠の一番知りたい事であった。

 

夏島の陽は落ち、繫華街にも明かりが灯り始めた。

普段なら、多くの軍人や妖精兵。そして島民が行きかう道も、ここ数日はやや賑わいを欠いていた。

決して閑古鳥が鳴くような状態ではなく、逆に行き交う人々には、なんとも言えない緊張感が漂っていた。

“聯合艦隊 出撃近し!!”そう言う噂が町中に流れていた。

それを裏付けるように、馴染みの海軍さん達の姿がここ数日見えないばかりか、高級将校達はぱたりと姿を現さなくなった。

それもその筈だ、各艦隊とも出撃を見据え、“禁足令”を出し、何時でも出撃できる体制を整えていた。

静かな繫華街にある小さな小料理屋

その一室に集まる複数の軍人と民間人

例の陸軍参謀本部の将校と東京日報の記者達だ。

数名で席を囲みながら、

「聞く所によると、海軍、聯合艦隊はマジュロ島の島民救出に失敗したようですな」

陸軍参謀へ向け、ビールをお酌する東京日報の古参の記者が、口元に笑みを浮かべながらきくと、陸軍参謀は大袈裟に驚く表情をして

「お前、それは・・」と言いつつも

「軍機だが、それは事実だ。今日の会議で山本や三笠がマジュロ島への上陸失敗を認めた」

「それは、一大事ですな!」

記者も大袈裟に答えた。

「それだけではない、救助に向かった艦艇が敵の空襲を受けて行方不明だ。聯合艦隊では撃沈されたと判断したようだ」

「それは!!」

記者はメモ帳を取り出し、何か書き込んだ。

「救援艦には300名近い乗員がいたという話であるが、大部分が海へ消えたな」

陸軍参謀は表情一つ変えず答えた。

東京日報の記者は、身を乗り出しながら、

「海軍は救助を諦めたという事ですか? それで今回の出撃になると」

「ああ、マジュロの人質救出は陛下のご意思でもあったが、聯合艦隊はそれを成し遂げる事なく、タロア島を砲撃した」

「たっ、タロア島を砲撃ですか!!」慌てる東京日報の記者

メモを取りながら

「戦艦数隻による奇襲作戦のようだ。詳細はまだわからぬが、敵にかなりの損害を出したという話だ」

「ほう、それは面白い話です。海軍は民間人を見捨てて、功績に走ったという事ですな」

東京日報の記者は、鋭く聞いた。

「聯合艦隊は、マーシャル諸島の統治権回復を最優先にして、作戦行動に出た」

「マジュロの件を隠蔽する為に作戦行動に出たという事ですな」

記者が答えると陸軍参謀は、コップに入ったビールを飲みながら

「そういう方向で頼めるか」

鋭く記者を見た。

「お任せください。東京にはそう記事を送ります」

陸軍参謀はそれを聞き、満足そうな顔をして

「ならばよい」

続けて、

「君達記者は、我が陸軍が実施するマジュロへの上陸作戦へ同行してもらう」

「はい、いい絵を期待しております」

記者はそう答えながら、参謀の持つコップへ再びビールを注いだ。

「海軍は、真珠湾攻撃以来、失敗の連続ですな、ここはやはり陸軍に頑張って貰いたいと国民は感じております」

記者の声に陸軍参謀は

「任せておけ、このマジュロへの上陸作戦を成功させ、“陸軍ここにあり”と旭日旗を海岸へ打ち立ててみせる」

陸軍参謀は自信に満ちた声でそう言い放った。

「はい、私どもとしても国民を鼓舞する事ができる話題であります」

陸軍参謀は、威勢よく、

「その先は、マジュロを足掛かりにマーシャルを陸軍が押さえ、再び軍政を敷き南進政策の足掛かりとする。さすれば国民も陸軍の声に耳を傾け、“三国同盟締結”へ向け勢いもつくというものだ」

「はい、今の近衛内閣は海軍の顔色を見過ぎております。海軍は艦娘無しでは戦う事も出来ないというのに。その点陸軍は違います。真の皇軍であります」

「そういう事だ。陛下の皇軍は我が陸軍である。陸軍あっての皇国であるという事をこの戦いで国民へ知らしめる必要がある、君達にも期待しているぞ」

陸軍参謀はそう言うと、記者へビールを勧めた。

「我々 陸軍の出撃は間もなくである」

「陸軍部隊の指揮は、やはり山下閣下ですか」

「その通りだ。まあ問題ない。上陸まではな。その後は我々参謀本部がマジュロを支配すればよい。後は本土から順次応援がくる。それまでは山下閣下には踊ってもらう」

記者は、

「東京の方は、かなり揉めているようですな」

「聞いているか?」陸軍参謀の問に 東京日報の記者は

「はい、本日の航空便で本社より概略が。陛下が支那大陸問題について言及されたとか? これは異例中の異例です」

陸軍参謀は、

「詳細は解らぬが、戦線の拡大に難色を示されたという事だ」

そう言うと不満そうに

「これは、我が陸軍にご理解のある陛下のお言葉とは思えぬ。絶対に海軍、横須賀の女狐の謀略である」

「海軍が、恐れ多くも陛下をたばかったという事ですな」

東京日報の記者が聞くと、

「まあ良い、海軍もこの戦いが終われば真珠湾攻撃の失敗も含めて厳しい状況になる。そうなれば我が陸軍が 陛下を守護する立場となりうる」

「正にその通りです」

記者も追従した。

「海軍の天下もそれで終わり、皇国を背負うのは陸軍である」

陸軍参謀の不気味な笑い声が周囲に木霊した。

 

 

同じ月明かりに照らされたマーシャル諸島タロア島北部海域では、深海棲艦の艦隊が、出撃へ向け、着々と準備を進めていた。

夕刻、制空権を確保する為2隻のヲ級空母が護衛の軽巡を中心とした水雷戦隊を伴い中間海域へ出撃していった。

夕闇の中、自艦の艦橋から錨地を抜ける空母2隻をみながらル級総司令は、

「これで、先手は打った」

そう思ったが、夜が更け、周囲が闇夜に包まれると、再び脳裏に昨夜の悪夢が蘇ってきた。

結局、タロア島のマロエラップ飛行場はほぼ壊滅状態であった。

午後になり火の手が収まった頃に 再び島内を調べたが、島内にいた飛行士妖精や司令部要員はほぼ全員戦死、もしくは行方不明であった。

辛うじて基地要員の一部が生存していたが、砲撃により錯乱状態でありまともに会話が出来ない状態であった。

今は待機していた貨物船を改装した病院船に収容している。

 

艦内は出撃が決まり、着々と準備が進んでいた。

其方の方は、副長以下の幹部が仕切っているので、総司令であるル級自体の出番はない。

艦長室兼司令官室の自室で、その時をじっと待つ。

そんな中、艦内に響く機関の音だけが騒々しい

 

執務机の椅子に腰かけながら、ル級flagshipは、机の上に放り出されていた作戦計画書を手に取った。

そこには、全滅したマーシャル諸島司令部が事前に作成していた、日本軍迎撃に関する概要が記載されていた。

マーシャルの司令部では、傍受した日本海軍、陸軍の無電よりマーシャル諸島方面への日本軍の反攻作戦は近いと推測し、何処に防衛線を設定するか検討されていた。

特に最近の日本海軍の動きに注目していた。

奴らは、中間海域へ積極的な威力偵察を繰り返し、強力な軽空母を含む対潜部隊を呼び寄せ、同海域を掃海し、前衛警戒にあたっていた軽空母艦隊を撃破した。

また、中間点に設営した航空基地を攻撃、基地警備にあたっていたリ級重巡艦隊を撃破している。

そればかりか、此方が先手で打ったB-25によるトラック泊地攻撃を阻止した。

それにより、このタロア島とトラックとの間は一種の戦力空白地帯となった。

日本海軍が、この海域を主戦場としている事は明白であった。

日本海軍や陸軍の作戦暗号電文を解読した結果がそれを裏付けていた。

概要書に目を落としながらル級司令は、既に幾度と読み直した敵戦力の項目を見た。

日本海軍の主力は大きく分けて2つ

戦艦大和と長門を中心とした打撃部隊。

そして、空母赤城を含む4隻の正規空母を含む空母機動部隊

それ以外にも、トラックには扶桑型2隻の戦艦がいるが、これは足が遅い

どうやら陸軍部隊の護衛に回ったとの情報であるので直接的な脅威ではない。

ル級司令の脳裏に、その艦影を描きながら

「やはり脅威は熟練の長門に、最新鋭の大和。それに・・・」

 

「戦艦三笠」

 

「以前姫様よりお聞きした三笠の性格であれば間違いなく出てくる」

以前接触したリ級重巡艦隊の残存艦の話では、間違いなく戦艦三笠であったとの事

「三笠を仕留める事ができれば、艦娘達の士気は大きく削がれる。そうなれば此方の分が良い」

ル級司令は呟いたが、続けて

「しかし、あれ程の強運の持ち主だ。そう易々とはやらせてくれないだろう」

先程の戦闘の残存艦の報告では、戦艦2隻による遠距離砲撃で動きの取れなくなったリ級重巡艦隊へ水雷戦隊を引き連れ、果敢に切り込みをかけてきたという。

ル級司令の脳裏に、大和や長門からの遠距離砲撃で混乱する味方部隊に、果敢に水雷戦を挑む三笠以下の水雷戦隊を想像した。

「やはり、早期に制空権を確保し、敵の動きを封じなければ勝機は薄いな」

艦艇同士の機動戦となると今一つ連携の欠ける深海棲艦の部隊であった。

「空母戦が勝敗を握るか」

そう言うと、もう一つの書類の束を机から取り上げた。

「あの超大型空母は何処へ消えた?」

書類を見ながら、ル級司令は唸った。

その書類は 自衛隊艦隊に接触したカ610号がミッドウェイへ帰還する前に急遽作成された“日本海軍所属と思われる超大型空母に関する報告書”であった。

推定全長 300m級

排水量 不明

艦載機数 不明

並ぶデータは“不明”という文字ばかりであった。

艦載機種は、零戦と艦爆だという事だが、大きさから推測される艦載機数は優に100機を超える。これは此方の正規空母の1.5倍の数量だ。

もしこの空母が、まだこの海域のどこかに潜伏しているとなれば、正規空母数ではほぼ互角という事になる。

そうなれば、我が方の戦術は根底から狂う。

しかし、この超大型空母と護衛の新型重巡の情報がある時期からピタリと止まった。

此方の索敵網にまったくかからない。

結局、この超大型空母を目視したのはカ610号のみである。

マーシャルの司令部では、このカ610号の目撃した超大型空母について情報不足という事で、作戦概要から削ったが、カ610号はここを離れる直前まで

「あの空母は危険です! 早期に発見し全力で撃破する事を具申します!!」

そう言って譲らなかった。

ル級司令は、一枚の紙を手に取った。

それはカ610号が、見たという超大型空母のスケッチであった。

実はカ610号が撮影したいずもの写真は、既にここマーシャルにはなく情報を知ったミッドウェイの総司令部が早々にフィルムごと回収していったのだ。

スケッチを見ながらル級司令は、

「この新型の敵空母は必ずいる! いったい何処だ!」

脳裏にこの近海の海図を思い浮かべた

もう幾度と目を通し、隅々まで記憶した海図だ。

「我々の哨戒圏の外。日本軍の制海権の端・・・、ポンペイ島・・・、クサイ島」

疑わしい島々を口にしたが、

「可能性ならポンペイ島だが、軍港機能はない。クサイ島は島が小さい、守備隊程度しかいないはずだ」

脳裏に

「ビキニ、いやもっと南だ、待ち伏せするなら・・・、クェゼリン環礁、いや近すぎる。ここから400kmもない」

ル級司令は頭脳をフル回転させた。

「確かにクェゼリンは怪しい、以前日本軍の部隊もいたが、早々叩き潰した」

 

怪しい所を上げればきりがない

ここマーシャル諸島は、数多くのラグーンがある。

条件さえ整えば大型艦を隠す事の出来る湾は数多い。

一瞬脳裏に、艦隊の背後から砲撃される情景を思い浮かべた

此方が想定している主戦場はそのクェゼリンの西の海域だ。もし敵が先手でクェゼリンを押さえて待ち伏せされれば元も子もない。

「先行している前衛空母部隊に事前哨戒をやらせるしかないか」

ル級司令はそう呟いた。

不安要素を上げれば、数多い。

超大型空母もそうだが、昨日タロア島を砲撃した戦艦4隻を含む艦隊

戦艦4隻という所が気になった。

「同型艦が4隻。あの金剛の白魔女か」

ル級司令は渋い顔をした。

「いつも行く手を邪魔ばかりされる」

 

ル級司令にとっては、ある意味、大和や長門以上に警戒すべき艦娘であった。

真珠湾攻撃に失敗した赤城達をあと一歩という所まで追い込み、撃滅できるという時、現れたのが金剛達である。連携の取れた砲撃戦で此方の行く手を阻むばかりか、しっかりと赤城達を囲み、こちらの追撃を振り切った。

 中間海域でのリ級重巡艦隊への遠距離砲撃、そして今回のタロア島強襲とあちらこちらで邪魔ばかりされる。

「ミッドウェイの姫の危惧される事が現実となったか」

ル級司令は、以前ミッドウェイの総司令部で、

「日本海軍でもっとも注意しなければならない艦娘は、三笠でも長門でもない! 金剛である!!」

と姫から訓示を受けていた。

姫の話では、日本海軍は“金剛”という艦娘を手に入れる為に門外不出の艦娘建造の術式に関する情報を英国へ提供したと聞く。

以前より独自に艦娘建造に熱心であった英国は、その情報を元に次から次へと優秀な艦娘と艦娘艦の建造に成功し、その情報は流れて米国へと渡っていった。

姫曰く、

「あの娘は他の子とは違う、白魔女の血を受け継ぐものである。日本の神道と英国の白魔女の両方の特性を持つ、これは我が深海棲艦にとってはもっとも危惧すべき力である」

と警戒感を露わにしていた事を思い出した。

「姫の忠告を聞いていれば・・・、今回のような被害は」

ル級司令は、そう呟いた。

「トラックに注意を奪われすぎた。大和、長門にこだわり過ぎたということか」

そういいながら、書類の束を机に置いた。

「ここに至っては、致し方ない。戦局回復の為にも、何としても日本海軍を退けなくては」

 

ル級司令は、腕を組み瞑目しながら思考を巡らせた。

“過ぎた戦いを悔いても仕方ない。これからの戦いに集中するのだ”

そう自分に言い聞かせた。

「日本軍の目的ははっきりしている、我々をマーシャルから追い出す事だ」

深く息をすると、

「奴らは確実に我々を追い詰めた、前衛潜水艦部隊と軽空母艦隊、中間海域の前線航空基地、護衛の重巡艦隊。どれも我々がトラック侵攻の為に準備した部隊をことごとく打ち破っている。向こうもそれなりに被害が出て・・・」

という所で思考が止まった

「向こうの被害・・・」

そこに引っ掛かった。

「そう、金剛は確か先の重巡艦隊との夜間戦闘で被害を受けたと、日本海軍は報告していたが・・・」

そう言いながら、机の上の書類を漁った。

一枚のレポートを手に取った。

それは、日本海軍が本土の司令部へ送信したリ級重巡艦隊戦の報告の電文の暗号を解読したものである。

そこには、確かに金剛が敵リ級重巡の砲撃を受け損傷したとあった。

しかし、数日後のタロア島砲撃に再び現れた。

訝しげに書類を見るル級司令

「損傷が軽微だったのか? それともこの電文自体が偽造なのか?」

頭の中で思考を巡らせた。

「今までの日本軍では味方の損害は軽微に報告して、戦意高揚の為敵の損害は過大に報告する傾向があった。それを考慮すればこの報告はある意味正確だ。金剛は確かに損害を受けたが、それをおして出撃してきたということか? なら金剛達はしばらくは、動けない」

 

ここでル級司令は致命的な失敗を犯した。

 

与えられた情報を元に複数の選択肢を選ばす、自己に都合のいいように解釈した。

これはル級司令を責めるにはいかない。

人間、誰もそうであるが、責務を負えば、それなりに重圧に苛まれる。

今、ル級司令は、誰もがぶつかる壁に出合った時、それを回避しようとする人間、いや生物本来の性に従った。

しかし、それは時として最悪な結果を招く。

苦しい時に、厳しい判断をするのは精神的に辛い。

しかし、それが出来なかった事が後々、尾を引いてゆく事になるとはル級司令は、この時思いもしなかった。

 

「金剛達はしばらくは動けない。敵の戦力から除外していい、パラオ艦隊も同じくだ」

そう言いながら書類を机の上に置いた。

「当面の問題は、敵の空母艦隊がどう出てくるかだ。先行して制空権確保にくるか?」

ル級司令は、暫し悩んだ。

「今までの山本なら、ここを航空奇襲するという事もあり得たが、今回は艦隊で攻めて来た。少し違う気もするが」

本来なら、ここで副官のル級flagshipがいれば助言をもらえたであろうが、彼女は今、自らの艦隊の出撃指揮に勤しんでいた。

またそれを補佐する艦隊司令部は、タロア島のマロエラップ飛行場への砲撃で完全に壊滅しており、いまル級司令を補佐できる者は周囲にはいなかった。

「山本、三笠は何を考えている?」

そう深く息をしながら呟く。

「今までの日本海軍とは違う、こう何かに絡めとられるような嫌な感じがする」

ル級司令の本能がそう警告していた。

目を閉じ、じっと脳裏にこれからの海戦を思い描く

自らの艦の艦橋の前方に現れる戦艦大和、そして長門。

その前方に海原を切り裂きなら、猛進する戦艦三笠

その露天艦橋で、腕を組み不敵に笑みを浮かべる艦娘三笠

それを思い描いただけで、身が震えた!

 

そして、その三笠達の後方に広がる白き霧

その霧の中から現れる超大型空母と新型重巡

 

息を飲むル級司令

 

「勝てるのか・・」

つい本音が声にでた。

 

 

頭を左右にふり、

「勝つ、必ず勝つ。この戦は、我がミッドウェイ群体の未来がかかっている。無様な戦いはできない!」

そう自らに言い聞かせた。

マーシャル諸島は深い闇に包まれていた。

 

 

トラック泊地午前4時前

まだ周囲は闇に包まれていた。

トラック泊地夏島沖の駆逐艦錨地に停泊する駆逐艦叢雲の艦橋では煌々と灯りが灯り、複数の水兵妖精達が行き来きしていた。

甲板上では作業灯が点き、甲板員達がせわしなく動き回りながら、出港の用意をしていた。

艦橋に立つ艦娘叢雲は、いつものように艦橋から近くに停泊する僚艦である駆逐艦吹雪を見た。

駆逐艦吹雪の艦橋も同じように灯りが点き、甲板上では複数の甲板員がウロウロしているのが見て取れた。

「姉さんも問題なく準備できているようね」

叢雲はそう言うと、

「航海長! まだ夜明けまで時間があるけど、航路情報は?」

「はい、艦長。東側水路出口までは算出してあります」

叢雲は、航海長に向い

「途中、水深が浅い所があったと思うけど?」

「はい、おおむね15mを確保する航路を選びました」

「なら、いいわよ」

そっけない返事をする叢雲

「私と姉さんは、第一遊撃隊の前衛警戒で先に外洋へ出て警戒監視だけど、いきなり湾内で“座礁”とかみっともないからね」

「そこは、お任せを」

航海長は、しっかりと答えた。

 

出港準備の進む艦橋で、叢雲副長が

「いや~、残念でしたね。あの軍令部の若いの。大和に乗るそうで」

それを聞いた叢雲は、むっとしながら

「ふん、せっかくこの私が一番いい席で、観戦させてあげようと思ったのに、軍令部の命令で、大和で戦闘詳報の作成だって。そんなの聯合艦隊の司令部の奴がごまんとあの大和に乗っているから、やらせとけばいいのよ」

「で、艦長。もし我が艦に乗っていたら彼は何処に座らせるつもりだったのですか? もしかしてここですか?」

と副長は、艦長席を指さしたが、叢雲は

「貴方はおバカ? そこは私の席! 彼奴はあそこヨ!」

そういうと、後部煙突前に設置された対空機銃を指さし、

「彼奴は、あそで弾運びさせてやるつもりだったのに、上手く逃げられたわね」

「艦長がしごきすぎるせいですよ」

副長も少し笑いながら答えた。

「そう? あれでも一応手加減したつもりだけど」

叢雲はさらりと言ったが、

「あれでですか・・」

と他の艦橋要員たちは呆れた。

例のパラオでの一件の罰という事で、山本の命により一時的に聯合艦隊の司令部付きになった軍令部将校は、そのまま宇垣の一声で叢雲預かりとなった。

叢雲に乗艦した将校殿

しかし、そこは正に地獄であった。

懲罰乗船という事で、階級に関係なく、全ての課業をこなす必要があった。

日々の甲板磨きに、銃器の手入れ、船体のペンキ塗りとありとあらゆる課業をこなしていった。

そのお蔭か、乗艦当時は青白い顔であったが今では黒く日焼けし引き締まった体つきになっていた。

副長は

「しかし、惜しいですな。中々優秀でしたので。本艦付きにできればよかったのですが」

「ふん、まあいいわ。大和さんで精々頑張ることね」

副長は

「彼も軍令部へ戻れば、出世街道に乗るでしょうから、ここは頑張るでしょうな」

「どうだか。ああいう奴は何かでへまして、僻地の警備府辺りへ飛ばされて埋もれるのがおちよ」

すると、副長は、ニヤニヤしながら

「ではその時は、艦長が志願して秘書艦になりますか?」

すると叢雲は顔を真っ赤にしながら

「なんで 私が!!」

 

副長は、内心

“まんざらでもないみたいだ。運があれば”そう思った時

 

「定刻です!!」

艦橋に声がした。

時計が午前4時を回った。

「出撃するわ!」

叢雲の鋭い声が艦橋に響く

「出港用意!!」

副長の号令と同時に艦内に、出港用意の号令ラッパが鳴り響いた

艦内に緊張が走る。

 

「抜錨用意!!!」

甲板に甲板長の声が響き渡った。

一斉に配置に着く甲板員達

配置に着いた水兵達を確認した甲板長が、“準備完了”の白旗を上げた。

 

その時、駆逐艦吹雪から発光信号が上がった。

「吹雪より、“叢雲ちゃん、行くわよ”です!」

信号員が大声で艦橋に報告する。

叢雲は、艦長席に着くと、姿勢を正し、凛とした声で

「第一遊撃隊 前衛警戒艦 叢雲 抜錨!」

 

「抜錨!」

甲板長の号令が掛かった

ピィィィーーー

注意喚起の笛の音がなると同時に、錨を繋ぐ鎖が轟音たてながら巻き上げられる。

甲板員達は巻き上げられた鎖に、海水を掛け泥汚れを落とし、油の着いたモップで丁寧に鎖に錆止めの油を塗って行った。

 

ゴン!

鈍い音が艦内に響く

「抜錨 完了です!」

副長が、抜錨作業が完了した事を確かめ、叢雲へ向い報告すると、叢雲は、前方を見て

「両舷前進微速!」

叢雲指示と同時に、航海長が

「両舷前進微速!!!」

 

艦橋要員が小気味良い音を立ててエンジンテレグラフを操作するのと同時に、そっと動きだす駆逐艦叢雲

 

動き出す自らの艦に

「悪くないわ」

満足そうな顔をする艦娘叢雲

「さて、どんな戦場が待ち構えているか、お楽しみよ」

不敵な笑みを浮かべた。

 

駆逐艦叢雲と吹雪が動き出した頃、聯合艦隊旗艦 大和でも出撃に向け慌ただしく動き始めた。

午前5時を回り水平線に朝焼けが差す頃。

大和の第一主砲前には妖精兵や山本をはじめとする聯合艦隊司令部の幹部が並ぶ。

水平線に朝日が昇り始め、大和の船体を赤く染め上げた。

 

「必勝を祈し、遥拝!!!」

 

大和副長の号令と同時に、一斉に脱帽し、昇る朝日へ一礼した。

暫し首を下げた。

「直れ!!」

再び 副長の号令で一斉に姿勢を正し、着帽する乗員妖精達

居並ぶ顔に険しい表情が、みてとれた。

 

大和副長は、通る声で、

「出撃に際し、大和艦長より訓示を行う!!」

姿勢を正す、乗員妖精達

 

艦娘大和は、一歩前にでると、整列する山本や宇垣に一礼し、そのまま第一主砲前のお立ち台へと登壇した。

姿勢を正す大和

前甲板一杯に並ぶ水兵妖精達

振り返ると、艦橋横の見張り所や第二主砲の周囲にも、多くの水兵妖精達が並び大和の訓示を息を飲んで待った。

 

「艦長に対し、敬礼!!」

大和副長の号令と共に、一糸乱れぬ動作で一斉に敬礼する水兵妖精

艦娘大和は、静かに答礼しながら

“うん、大丈夫です”そう強く心に言い聞かせた。

大和の答礼が終わるのと同時に

 

「直れ!!」

副長の号令で、さっと手を降ろし、再び直立不動の態勢を取る水兵妖精

 

大和は、居並ぶ水兵妖精達の顔を一人、一人見ながら、

「遂に、戦艦大和! 初陣の時が来ました!!!」

凛とした声で第一声を発した。

 

表情を引き締める水兵妖精達

大和は、その引き締まった顔を見ながら、

「既に、各員には聯合艦隊山本長官より、訓示が通達されていますが、この戦いは単なる深海棲艦との戦いではありません。我が祖国、日本という国家の行く末を決める大切な戦いであります」

大和はそう言うと、深く息を吸い、甲板に響き渡る清んだ声で、

「皆、日頃より聯合艦隊旗艦として恥ずかしくない厳しい教練を積み上げ本日に至りました。我が大和の46cm3基9門の主砲は世界最大、その能力を広く世界へ知らしめる時です!」

頷く水兵妖精達

「我が艦は、陛下より授かりし日本の守護神です! そして、この船体にある無数のリベット、一つ、一つに国民の願いが込められています! その国民の負託にこたえるべく各員の奮戦努力を期待します!! 以上!!!」

 

「おううう!!!!」

一斉に水兵妖精達の返事が、周囲に木霊した。

 

皆の鋭気溢れる声に満足そうな顔で降壇する大和

 

大和副長が、

「通達する。本日マルロクマルマル時に、抜錨! 出撃する。総員出港配置につけ!」

「おう!!」

水兵妖精達は、一斉に敬礼すると、一気に解散し駆け足で持ち場へ散っていった。

動き出す大和艦内

既に機関の出力は出港可能な出力まで上げてあり、艦内の準備も整いつつあった。

山本や宇垣などの聯合艦隊幹部と艦娘大和は、操舵艦橋へと上がってきた。

艦橋の防水ドアが開き、山本達が入室すると艦橋要員が一斉に敬礼した。

答礼する山本

艦橋右にある長官席に腰を下ろした。

 

周囲を見回す

左横には、戦艦三笠

その横には戦艦長門が見える。

三笠の甲板上でも水兵妖精達が集まり、なにやら三笠が訓示を行っていた。

威勢の良い掛け声が、ここまで響いてきた。

大和がそっと、

「長官、やはり聯合艦隊の旗艦は戦艦三笠の方がよろしかったのではないでしょうか?」

すると山本が

「だがな、いくら海軍伝統の指揮官先頭といっても聯合艦隊旗艦自ら敵に切り込む訳にもいかんだろう。三笠の性格からしてやる気満々といった感じだぞ、あれは」

「ですな。先のリ級重巡艦隊との戦闘でだいぶ勘を取りもどしたと言っていましたから、やりますねあれは」

宇垣も笑いながら答えた。

山本も頭を抱えながら、

「三笠の事だ、絶対あそこで指揮をとる」

山本はそう言いながら三笠の露天艦橋を指さし、

「おれももう歳だからな、ここでじっとしているよ。そうすれば敵からやってくる」

「しかし、大丈夫でしょうか?」

大和が少し不安な顔をしたが、

「三笠か? まあ心配するだけ無駄だよ。足は海軍で一番速い。電探も射撃装置も超最新。それに“三笠”だ。敵の弾の方が避けてゆくよ」

山本は笑いながら答え、横に立つ宇垣も

「水雷戦隊は、二水戦の神通はじめ、不知火達でがっちり固めてある」

山本は、

「あれだけ腕揃いをもっていったんだ。ル級の一隻でも仕留めないと様にならんだろう」

そう言いながら、前方の海域で待機する神通を中心と第二水雷戦隊を指さした。

そこには、昨夜の内に移動してきた軽巡神通をはじめとする水雷戦隊が待機していた。

山本は手元の編成表を見ながら、

「この布陣で、どこまで行けるか。本格的な空母機動戦は世界の海軍でも例がない。先の瑞鳳戦が良い参考になればいいが」

「はい、その辺りは司令部で検討しました。南雲司令と山口少将なら間違いありません」

後に控える黒島作戦参謀が、答えた。

山本はじっと編成表に目を落とした

そこには、

 

第一遊撃隊

旗艦 戦艦大和

重巡 最上、三隈

軽巡 鬼怒

 駆逐艦 夕雲、巻雲、秋雲

第一遊撃隊前衛警戒部隊

駆逐艦 吹雪(司) 叢雲

 

第二遊撃隊

旗艦 戦艦長門

重巡 熊野、青葉

軽巡 阿武隈

駆逐艦 夕立、村雨、春雨

 

随行艦隊(第四艦隊より抽出)

巡洋艦 鹿島

軽巡 天龍、龍田

 

別働水雷戦隊

旗艦 戦艦三笠

軽巡 神通

駆逐艦 不知火、黒潮、天津風、時津風

 

中間海域前衛警戒艦

旗艦 軽巡由良(防空警戒担当)

駆逐艦 白雪、深雪、初雪

 

航空機動艦隊

第一航空艦隊

旗艦 空母赤城

空母 加賀

重巡 摩耶、鳥海(第三遊撃隊兼務)

駆逐艦 照月、初月

駆逐艦(第7駆逐隊より) 潮、漣、朧

 

第二航空艦隊

旗艦 空母飛龍

空母 蒼龍

重巡 利根、筑摩

駆逐艦(第23駆逐隊より)菊月、夕月、卯月

 

支援艦隊(トラック泊地司令部待機)

旗艦 大淀(司)

 

と記載されていた。

 

「しかし、まあ見事に第一遊撃隊は、新米揃いだな」

山本が編成表を見ながら言うと、後方に控える黒島作戦参謀は

「はあ、色々と想定される戦局を考えたのですが、敵は間違いなくこの大和を狙ってきます。それも航空戦力を使い波状攻撃を仕掛けてくると想定されます」

「そうだな」頷く山本達

「そうなると、やはり防空力の高い夕雲型を集中配置し、同じく防空力のある最上型でがっちりと守るのが得策かと判断しました」

黒島は続けて、

「ル級を含む敵艦隊については、出来うる限り航空戦力を使い殲滅し、長門率いる第二遊撃隊の砲戦をもって殲滅という筋書きを描きましたが、正直、自信はありません」

「作戦参謀。えらく自信のない返事だな」

「はい、長官。今回の海戦では、大和を始め大型戦艦と空母を連動させた初めての作戦です。不確定要素が多い分、色々悩みました」

 

山本は

「まあ、俺達は囮だ。敵の索敵圏内にはいり、あとは逃げて逃げまくるだけという訳だな」

「はあ、まあそう言う事ですが、敵が上手く引っかかるか。そこが問題です」

黒島作戦参謀そう答えた。

「かかるさ、間違いなく」

山本はあっさりと答えた。

そして

「こちらの情報は、全て向こうに流れている。俺がこの大和にいる事も、三笠が出撃する事、そして此方の目指す海域も」

宇垣が、一枚の書類を差し出しながら

「向こうは手ぐすね引いてまってます」

それを受け取る山本

「動いたか? 参謀長」

「はい、ヲ級空母2隻が駆逐艦を伴い、タロア島から出たといずもさんより入電がありました。こちらより先に中間点を押さえて待ち構える算段です」

山本は

「中間海域には、由良達がいた筈だが」

「はい、パラオ艦隊で対応すると先程パラオの提督から入電がありました」

「参謀長。ポンペイ島に駒を隠しておいて正解だったな」

「はい、長官。それも特大の駒ですが」

宇垣が笑いながら答えた。

「参謀長。パラオには、無理せず防御に徹し不利と見れば引いてよいと伝えよ」

「はい、長官」

 

山本は、そっと双眼鏡をとり、前方の海域をみた。

朝焼けを受け、浮かび上がる島々の中を2隻の駆逐艦が単縦陣で、東へと進路を取っていた。

「大和。あれは、吹雪に叢雲だな」

「はい、長官。吹雪さんに叢雲さんですね」

山本は後を振り向き。

「軍令部参謀!」

山本の声に直ぐに、例の軍令部参謀が一歩前に出た。

「はい、山本長官」

山本は軍令部参謀を見た。

以前見た時は、少し青白い顔で、如何にも軍令部の将校といった趣であったが、今では顔は引き締まり程よく日焼けして、いい感じになっていた。

「お前、叢雲に乗らんでよかったのか?」

山本の問いに軍令部参謀は

「はい、自分の職務は軍令部への戦果報告ですので、司令部のある大和に乗艦いたします」

「そう言う割には、だいぶ叢雲で鍛えられたようだな」

軍令部参謀は、苦笑いしながら、

「はあ、新兵教育の頃を思い出しました。やはり東京の机の上で考えるのと、海の上で戦うのとでは、全然違うという事を実感致しました」

軍令部参謀の言うのも無理はない。

艦隊の編成が決まった後、各艦はその任務に応じた教練を積み重ねて来た。

第一遊撃隊駆逐艦部隊の主な任務は 旗艦大和の護衛。特に防空護衛である。

吹雪、叢雲を中心に夕雲達は一航戦を相手に連日防空訓練。それが終われば、不知火達を相手に艦隊戦の模擬戦とハードな教練をこなした。

それを指揮したのは、言わずと知れた神通である。

山本は、

「あれで音を上げてないということは、君は陸より海だな。どうだ、これが終わればどこかの鎮守府の提督の元で勉強してみるか?」

するとすぐに宇垣が

「横須賀は止めとけ」

「はあ?」

宇垣は

「横須賀が軍令部も近くて、何かと便利だがあそこはな・・」

 

「大巫女様がいますから」

サラッと大和がフォローした。

ある意味、海軍のニトログリセリンと呼ばれる横須賀海軍神社の主“大巫女”

艦娘の頂点であるのと同時に陛下に唯一進言出来る元老院長老でもある。

それを形式上は収める横須賀鎮守府の提督は気苦労が多い。

山本は笑いながら、

「まあ、その分。多少夜遊びしてもお咎めなしだがな」

「長官。高雄さんが聞いたら怒りますよ」

と大和がいうと、山本は笑って誤魔化した。

 

黒島作戦参謀も笑いながら

「まあ、本土なら呉に、佐世保、舞鶴ですが、呉は、新人艦娘研修でてんやわんや、佐世保は今、済州島の深海棲艦と対馬攻防戦で手一杯。唯一空きがあるのは舞鶴ですが、あそこも」

「ああ、支那大陸が怪しくなったら忙しくなる」

山本の厳しい声が響いた

「そうですな。日本の裏口は今、がら空きです」

宇垣もそう答えた。

「奴らもそれを知っている」

山本はそれだけをいって言葉を閉ざした。

 

軍令部参謀は驚いた。

軍令部内部では、そこまで考えた事はない。

今、軍令部内の話題は、このマ号作戦を成功させ深海棲艦の動きを封じると同時に、米国へ対しての牽制を強めるという話題ばかりだったが、聯合艦隊首脳部の眼は本土の防衛。そして支那大陸の動向にあるのか?

なぜここまで?

軍令部参謀は一瞬思った

ふと、パラオの例の特務艦隊を思い浮かべた。

脳をフル回転させた。

“聯合艦隊付きの同期から聞いたが、あの艦隊はただの海軍の艦隊ではなく特別な艦隊だという事だった。山本長官や宇垣参謀長、黒島作戦参謀、南雲司令達もあの艦隊の司令の事を時折話す。それほど何か重要な存在なのか?”

そう思いながら

“あの榛名や霧島そっくりの艦娘達。見た事のない超大型の空母と新型の重巡艦隊”

軍令部参謀は、

“長官達は何を考えているのか?”

訝るばかりであったが、

不意に黒島作戦参謀が、肩を叩いた。

「なあ、君が望むなら小さいが警備府あたりを紹介できるぞ。ミンダナオのタウイタウイに租借地を借りて海上航路警戒の為の警備府を置く話がある」

「本当ですか? 軍令部でも聞いた事はありませんが」

すると黒島は

「軍令部には、内緒だがな」

「えっ!」

驚く軍令部参謀

宇垣が、

「参謀、フィリピンでは我が海軍と米海軍は仲がいい」と笑いながら答えた。

「三笠ルートですか?」

軍令部参謀が聞いた。

“三笠ルート”

軍令部内部ではフィリピンの米海軍ニミッツ提督が大の東郷提督と三笠大将の崇拝者であり、真の東郷の弟子と三笠に言わしめた仲である事は有名である。

いくらフィリピンがマッカーサーの天国と言えど海軍はニミッツ提督の承諾なく動かす事は出来ず、このニミッツ提督との三笠の関係を三笠ルートと呼んでいた。

その恩恵は日本に計り知れない物をもたらした。

 

日米開戦ならず!

 

そうなった瞬間、三笠は直ぐにニミッツ提督の元を訪れ、鉾先を納めさせた。

そればかりか、フィリピン自治政府と外交交渉を電撃的に行い、石油をはじめとした資源の第三国経由での輸入を認めさせたのだ。

海軍省を通じ、外務省はこの三笠ルートを大いに活用していた。

いまや米国との交渉の裏側はこの三笠ルートが握っているといっても過言ではない。

ただ、この様な状況をよく思わない勢力もいた。

軍令部内部の新統帥派だ。

“軍政をもって国家の運営にあたる”と信念を持つ彼らにとってこの三笠ルートはある意味じゃまな存在である。

艦娘ごときが、国政、ましては陛下に意見するなどもってのほかと、反艦娘を旗印にしていた。

軍令部内部では、艦娘派と反艦娘派が入り乱れる状況であり、本来それを諌める立場の軍令部総長は、完全に風見鶏状態であった。

 

宇垣や黒島は含みのある笑いを浮かべ

「まっ、考えておいてくれ」黒島はそう言うと、

「秘書艦は、やっぱり叢雲だな」

そう言った瞬間、艦橋は爆笑の渦となった。

 

近くにいた大和副長が 参謀の肩を叩きなら

「参謀殿! 叢雲さんに見込まれた段階で諦めてください」

「そうなのか?」

軍令部参謀は目を白黒させたが、大和副長は

「叢雲さんは、見込のある者を育てる事が得意な方ですよ、あの方の眼にかなったという事は、見込ありという事ですよ」

 

「そういう事だ。がんばれよ」

宇垣が含みのある笑みを浮かべた

軍令部参謀は、

“パラオで艦娘に逆らった罰がこれですか!”と思った瞬間

 

「国旗掲揚、5分前!!」

艦内放送がかかった。

艦橋の内部の要員が作業を止め、一斉に艦首の方向を向く。

山本も席を立ち、艦首方向を向いた。

前甲板の艦首掲揚台に向け3名の水兵妖精が歩調を整えながら進んでゆく。

前から二人目の水兵妖精は大切に、三角形に畳まれた日章旗を抱えながら行進していた。

掲揚ポールの前までくると、3名は規律正しい動作で、日章旗を広げ、掲揚準備を整えた。

その後方には数名の号令ラッパを構える水兵妖精が整列した。

 

 

大和の船体を朝日が照らし上げた。

当直士官の合図と同時に、号令ラッパ隊が、ラッパ君が代を演奏しはじめた。

同時に艦首掲揚ポールに日章旗が翻った!

艦橋では、山本以下。全ての者が姿勢を正し敬礼する。

 

静かにラッパ君が代に合せ、艦首掲揚ポールに日章旗が昇る。

同時に艦尾には 軍艦旗が掲揚された。

 

国旗掲揚が終わると、山本は静かに振り返り、

「時間だ。行こうか」

そう静かに命令した。

「はい、山本長官!」

艦娘大和の凛々しい声が艦橋に響いた。

大和は、山本の前に進みでると、

「戦艦大和。聯合艦隊、出撃致します」

山本は、静かに頷いた。

大和は振り向き、副長以下の艦橋要員へ向い

「戦艦大和。推して参ります!!」

凛とした声で命じた。

 

「出港用意!!!」

大和副長の声が艦橋に響く

艦内に出港用意の号令ラッパが高らかに鳴り響いた

「出港よ~い~!!!」

独特の言い回しの号令が艦内放送でかかった。

甲板員達が一斉に持ち場に着く。

既に大和の錨は巻き上げていた。

大和の錨はその巨大な船体を固定する為、他の艦艇に比べて巨大であり、巻き上げにも時間がかかる。

その為、出撃準備の内示が出て段階で予め巻き上げてあった。

今は艦首と艦尾にある2基の大型ブイにもやい綱で繋がれていた。

昨日まで横づけされていた台船も離れ、2隻のタグボートが前後のブイに接舷していた。

黒煙を上げ、準備を整えて待つ2隻の曳船

甲板長の号令が甲板上に響いた

「艦首 綱一番! 放せ!!!」

艦首側の大型ブイの上で待機していた泊地兵員妖精が、数人がかりで戦艦大和とブイを繋いでいたもやい綱を、解き放つ。

同時に前甲板では甲板員妖精達が数人がかりでクルクルと回りながら、あっという間にもやい綱を巻き取った。

同時に後甲板でも甲板副長の指揮の下、ブイからもやい綱が放たれた。

大和は、艦橋左横の見張り所へ出て、その作業を見守る。

 

大和の表情は硬い

不意に肩を叩かれた

振り返ると宇垣参謀長であった。

「そう、緊張するな。艦長はどんと構えていればいい」

「はい、しかし」

 

「まあ、緊張するなとは言わん。大和自体を動かす機会も少ないから練度に不安があるのも事実だ。だがその日に備えて教練を積んだのも事実だ。自信を持て」

宇垣にそう言われて、表情を緩める大和。

 

その時、左横に停泊していた戦艦三笠が動き始めた。

「おっ、いつ見ても素早いな」

「そうですね。ああいう身軽な動きに憧れます」

大和もついそう漏らした。

戦艦三笠の露天艦橋には、艦娘三笠が威風堂々と立ち、腕を組み、じっと前を見ていた。

他の艦にはない、独特のガスタービンエンジンの音を響かせながら微速で前方へ出てゆく。

その三笠の後に着くように、神通以下の第2水雷戦隊の面々が、周囲から集まり続く。

 

ピィィィ!!!

 

前甲板で作業完了の白旗を上げる甲板長

同じく後部甲板でも、合図の笛が鳴り響き、作業確認を終えた甲板副長が白旗を上げた。

 

出港指揮を取り仕切る大和副長が、

「出港用意 完了しました」

 

大和は頷くと、艦橋へ戻り司令官席に座る山本の前へ立つと、一礼し、

「聯合艦隊旗艦、戦艦大和。出港準備完了いたしまた」

 

すると山本は、まるで散歩にもいくような軽い声で、

「では、海へでようじゃないか」

 

大和も笑顔で、

「はい、海原へと赴きます」

 

静かに返事をすると、その長い髪をたなびかせながら振り返り、前方をみて、大きく右手を振り出し、命じた!

 

「戦艦大和。推して参ります。両舷前進微速! 進路夏島北海域!」

 

即座に艦橋機関員が

「両〜舷前進微速!!!」

テレグラフを操作する機械音が操舵艦橋に響く

 

艦橋各所で号令が続く

山本は、そっと大和を見た。

厳しい表情ではあるが、どこか余裕が見れた

“これなら、俺が何か言う事もあるまい。ここは彼女の城だ”

そう思うと、自分の胸元に下げた双眼鏡をとり、前方を見た。

 

「さて、敵は何処か」

そう呟いた。

 

 

「ぼさっとするな! 次は長門だぞ!!」

先程まで、大和艦首方向の係留ブイに接舷していた曳船の艇長は、出港する大和に見とれる泊地要員達を叱咤した。

自ら機関の推進を後進へと切り替え、舵を切る。

大きく後進しながら左へと後進回頭する曳船

回頭を終え大和の左舷方向を抜ける曳船

「お〜い 武運長久を祈る!!」

「ル級なんぞ ぶっ飛ばせ!!!」

曳船上から泊地要員達が大和の甲板上にいる水兵妖精達へ威勢のいい声を上げた

大和からも、

「行ってくるぞ!」

「大物仕留めてくるからな!!」

水兵妖精達の色々な声がかかった。

 

大和の舷側を反航する曳船

艇長はふと甲板を見上げた

そこには、馴染みの大和甲板長妖精の顔があった。

操舵輪を握りながら、敬礼すると、甲板長も答礼してきた。

無言の二人

 

曳船の艇長は、そっと

「無事に帰ってこい」

 

そして、

「じゃないと、この前の飲み代をまだ貰ってないからな」

そっと呟いた

 

大きな航跡を引きながら トラック泊地を進む戦艦大和

聯合艦隊は、静かに動き出してゆく

 

 

 





こんにちは スカルルーキーです

少し時間がかかりましたが、第68話をお送りいたします。

え〜、艦これ2019年夏イベントも無事(?)終わり 新しい艦娘さんを迎えた提督さんも多いとおもいます
大切に育ててくださいね。

私は、・・・
聞かんでください。
E2突破して、これからという時に、リアルで色々ありまして、全然ダメでした。
ここの所 完走できない事が多くて。

さて 次回は ”由良 頑張る”です
お〜い 水観 出番だぞ!

では

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