分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

67 / 81
62 マジュロ撤退作戦4

遠くで声が聞こえる

誰かに呼ばれたような気がした。

その声に誘われるように、薄らと意識が戻り始めた。

まるで二日酔いの朝の様な、頭痛が襲う。

「うううう」

苦痛のあまりうめき声が出た。

“起きなくては”

無意識にそう思い、ゆっくりと目を開けようとするが、まるで金縛りにあったように体が重い。

意識朦朧としながらも、ゆっくりと目が開いた。

見知らぬ天井

「ここは?」

こんごうは、そっと天井を見た。

椰子の葉を幾重にも重ねたこの地方独特の作りの屋根

ぼーっとする意識の中、はっとして体を起こそうとする。

しかし、体中に激痛が走る

「あ、あたた」

痛みに顔の表情が歪んだ。

脳裏に記憶を再生する

族長との会談

マオとの決闘

敵艦隊の砲撃

怯えるマオの顔、そしてそれを必死に庇う杉本二等兵

「はっ、マ、マオさん達は!!」

咄嗟に体を起こし、周囲を見回した。

 

焦点の合わない目で周囲をみると、そこはどこかの家の床の上であった。

申し訳ない程度のシーツ

その下には、ヤシの葉が幾重にも重ねてあった

 

「おっ、気が付いたか」

声の主を見ると、岡少尉が、横で胡坐をくんで座っていた。

グルグルと揺れる頭の中で、一生懸命記憶を組み立てた。

最後の記憶は、薄れゆく意識の中、岡少尉に抱きかかえられた所であった。

「え、あっ」

声にならなくて、キョロキョロと周囲をみた。

こんごうを挟んで反対側には、目を真っ赤にしたマオが座っていた。

「良かった、気が付いて」

こんごうの意識が戻った事を確かめたマオは、安堵の声を上げた。

その時、部屋の入り口で声がした

「大佐殿 気が付かれましたか?」

そこには 手にやかんを持った杉本二等兵が立っていた。

こんごうは、二人を見て

「二人とも 怪我はなかった?」

杉本二等兵は、マオの横へ座ると、

「はい、金剛大佐。二人ともかすり傷一つありません」

杉本二等兵は正座し、姿勢を正すと

「なんと言ってよいか分かりません。大佐殿に助けて頂き、どのように感謝したらいいのかと」

杉本二等兵は、深々と頭を下げた。

横に座るマオをそれに倣った。

「二人とも顔を上げて」

こんごうはそう言うと、杉本二等兵とマオを見ながら

「私は、自分の能力で助ける事ができるなら、それを使う事に躊躇はないわ。私にとっては、貴方もマオさんも同じ助けるべき人なの」

「しかし、大佐殿。自分は単なる兵、それも最下級の二等兵です。大佐殿が危険を冒してまで」

杉本二等兵はそう答えたが、こんごうは、

「私の任務は、この島の人、全てを無傷で脱出させる事よ。その中には貴方もマオさんも含まれるわ。島の人達を守る為に力の出し惜しみはできません」

こんごうは続けて、杉本二等兵を見ながら

「もし、貴方が私の恩に報いたいと思うなら、貴方の守るべき人達を全力で守りなさい」

そういってマオを見た。

「はい、大佐殿! しかと心に命じます」

杉本二等兵はしっかりと答えた。

 

こんごうの横に座る岡少尉は、杉本二等兵がもってきたやかんから、水を湯呑へ注ぐと、そっとこんごうへ手渡した。

「貴重な水だ、こぼすなよ」

こんごうは、それを受け取り、一気に飲みほした。

「はあ」

大きな息をして

「生き返るわ」

ふと、視線を感じてマオをみた。

床にきちんと正座していたマオは顔を赤くしながら、もじもじとしながら

「あの、その・・・」

「金剛さん、ごめんなさい」

そう言うと深々と頭を下げた

決闘の時の高飛車な態度とは裏腹な謙虚な姿勢であった。

 

「えっ」

マオの豹変ぶりに驚くこんごう

「だって、金剛さん。あんなに強いし、その・・」と声を詰まらせ

「やっぱり艦娘さんは 神の使いなんですね」

 

「へっ・・」

マオの口からでた言葉に驚くこんごう

杉本二等兵も、興奮気味に

「自分もみましたが、正にあれは神の力です。砲撃を跳ね返すとは、この眼で見ても信じようがありません」

岡少尉が杉本二等兵とマオに

「二人とも、その件だが」

そう言うと二人をみて、

「金剛大佐のあの力は、大佐の霊力と体力を非常に消耗する。場合によっては命に関わる場合もあると聞く。そうやたらと発揮できるものではない。今回は君達を助ける為 非常手段としてあの力を使われたと思う」

頷く杉本二等兵とマオ

「よって、不必要に他言して回らぬように」

杉本二等兵が、

「あの力は軍機という事ですか?」

岡少尉は

「君達の見た力は、あくまで金剛大佐独自の力である。そこを理解してもらいたい」

「はっ」

杉本二等兵は姿勢を正して一礼した。

「マオ君も宜しく頼む」

頷くマオ

 

こんごうは、二人をみて

「そういう事だから、よろしくね」

「はい、大佐殿」

岡少尉は

「まあ、マオさんなんか、さっきまで、自分のせいで金剛大佐が目を覚まさなかったらどうししようかと、泣いていたからな」

するとマオは、

「だって・・・」と声を詰まらせた。

 

こんごうは、続けて杉本二等兵へ

「守備隊長の曹長さんは?」

「はい、大佐殿。外で待機しております」

「では、呼んできてください。それとマオさんは族長さんをお願いします」

こんごうは、杉本二等兵とマオへそれぞれ理由をつけて 部屋の外へと出した。

 

室内に残るこんごうと岡少尉

こんごうは、岡少尉へ

「迷惑かけたみたいね。ごめんなさい」

「いや、こちらこそ。杉本二等兵とマオさんを助けてもらったんだ」

「私、どれ位気を失っていたの?」

岡少尉は腕時計を見ながら

「砲撃からかれこれ1時間と言った所だ、もうすぐお昼になる。それよりひえいさん達への連絡はいいのか?」

「そうね、心配してるとおもうわ」

 

こんごうは、タブレット端末を取り出すと通信回線を開いた。

直ぐに 音声通信でひえいが出た。

「191リーダー、アルファ アクチュアル」

「こちら、191ひえい」

ひえいは、直ぐに返事をすると、開口一番

「どう、お姫様抱っこされた気分は?」

「ひえい! いきなりそれを聞く! 普通は“大丈夫とか、怪我はない”とかじゃないの!」

こんごうは不機嫌そうな声で聞くと、ひえいはサラッと

「まあ、こんごうの事だから、その辺は大丈夫だと思ったけど、余り無理しないでよ。さっきからすずやが “こんごう艦長 大丈夫ですよね”って何度も聞くし、金剛姉さまからメールが何本も入るし、こっちは大変よ」

「ごめ~ん」明るい声で返すこんごう

「で、姉さまの方は」

「そっちは、いずも副司令が対応してくれた。こっちから返信するにも作戦中で 回線細いしね」

ひえいはそう答えると、本題に入った

「司令からの新しい指示、いい?」

「何?」

「敵の威嚇砲撃に対する欺瞞工作を開始せよ。被害の程度についてはこんごうに一任するが、十分日本軍に対して威嚇効力があった事を考慮せよって」

「また、難しい宿題ね」こんごうがいうと、少し考え

「負傷者が出た、支援願うという内容で、此方から陸軍の暗号電文を打電するわ、トラックで受信してもらって、あとは・・・って感じかしら」

「まあ、その線で報告しとく」

こんごうは、

「掃海部隊と先遣隊の準備は?」

「掃海部隊は、すでに準備できている。いますずやのマリーンが発艦した所。ロクマル部隊も続いていく。先遣隊もあかしに待機中だけど」

「じゃ、1時間後に上陸地点へ」こんごうはそう返した

「了解。行動開始ね」

こんごうは

「ひえい、敵の航空偵察に注意して、エクセルとの連絡よろしく!」

「了解 アウト!」

そういうと、ひえいは通信を切った。

タブレット端末を仕舞いながらこんごうは、岡少尉へ

「あと1時間ほどで、先遣隊が来ます。同時に撤退路確保の為の機雷原の掃海を開始します」

「それで、曹長達を呼んだのか?」

「まあ、それもあるけど、できれば日没までにある程度筋道はつけておきたいわ。砲撃が今日あったという事は、数日以内に敵は動く事が予想される」

「動く?」岡少尉が聞くと

「今回の砲撃を受けて、日本軍が動くのではと推察して、島の周囲の警戒が強化される前に逃げるわ」

「どの位余裕があると思っている?」

「二、三日って所かしら、向こうはまさか救助部隊が既に島に来ているとは想定していない筈よ、トラックが直ぐに動いても四、五日は掛かると踏んでいるはず」

「明日が勝負になるか?」

「そう言う事ね、少尉さん」

 

その時、入り口の方から声がした。

「金剛大佐殿、杉本二等兵です。隊長と族長をお連れいたしました」

「おう、入れ!」返事は岡少尉が出した。

その返事をきき、ぞろぞろと曹長達と族長が室内に入ってきた。

こんごうも、寝床から出ると床へ正座した。

こんごうの前に、曹長や伍長、そして族長が正座して座ると、深々と頭を下げた。

そして、曹長が、

「この度は、杉本二等兵とマオさんを金剛大佐のご尽力で救って頂きありがとうございます。陸軍守備隊ならび、島民を代表いたしまして御礼申し上げます」

族長も

「金剛様は、海神の使者。あの力を見れば疑う者などおりません」

するとこんごうは、

「皆さん、面を上げて下さい」

こんごうの声に答え、曹長達が面を上げた。

「まずは、杉本二等兵とマオさんが無事でなによりです、曹長さん。他の島民や兵の皆さんは?」

「はっ、大佐殿。幸い砲撃が海岸の警備所の前方区域へ集中した為に、ほぼ被害はありません。大佐殿がそのお力で砲撃の被害をそらしていただいたお掛けで、警備所要員も無傷です」

「それは、何よりデス!」こんごうは満足そうな顔をすると、曹長へ向い

「島の陸軍司令部の通信機は使用できますか?」

「はっ、大佐殿。長時間の使用は発電機の燃料不足で難しいですが、短時間なら可能です」

「では、トラック島の陸軍司令部宛てに、“今朝 深海凄艦より海上砲撃を受ける。守備隊に損害多数。救援を乞う”と打電してください」

「はあ?」と訝る曹長に岡少尉が

「曹長、あの砲撃は間違いなく威嚇目的で、警備所を狙ったものだ。損害が出ていないと辻褄が合わんだろう」

「では、偽電文ですか?」

「まあ、内容は偽だが、電文自体は正規の暗号電文で頼む」

すると、曹長は、

「宛ては、トラックの陸軍の守備隊司令部ですか?」

「それでいい、今トラックの陸軍司令部には、山下中将閣下が詰めていて、ちゃんと此方の正確な情報は海軍から流れている。偽電文に躍らされる事はない」

「本当でありますか? 岡少尉殿」

「ああ、問題ない」

それを聞いた曹長は、

「伍長、聞いての通りだ。通信班に電文作成をさせ、数回打電させろ。返信は傍受しなくてよい」

「はい、早速」

そういうと、伍長は立ち上がり、外へでた

残った曹長へ向い、こんごうは

「曹長さん、族長。あと1時間程で、撤退支援部隊の先遣隊20名がこの島へ来ます」

「1時間!」曹長は身を乗り出して聞いた

「はい。先程私の携行無線機へ連絡がありました。先遣隊20名を乗せた特殊航空機が此方へ来ます。警備所へ未確認機が来ても 迎撃しないように伝達してください」

「はい!」曹長へ急ぎ返事をすると、外に待機していた兵を呼び寄せ島の各所にある警備所へ伝令を走らせた

「友軍だぞ! 杉本!」曹長は表情を明るくしながら杉本二等兵へ声を掛けた。

「はい、隊長! 耐えた甲斐がありました」

杉本二等兵も声を詰まらせながら答えた。

こんごうは族長さんへ

「族長さん、島の住民への説明は、どのようになっていますか?」

族長は

「はい、金剛様。各村々の村長が、只今説得しておりますが、おおむね理解したという事です」

実際、各村長達の説得は、あっさりと進んだ。

最初 話を聞いた島民達は日本軍の指示という事で、嫌悪感を露わにしていたが、艦娘金剛が直接説得に来たと話すと、やや態度を軟化させた。

次第に話を聞き始めた所へ、深海凄艦の艦隊から砲撃を受けたのだ。

ローラの村から避難してきた人々が 口々に

「艦娘様のお言葉で、砲撃を受ける前に逃げてきた」と語り、

「艦娘様の“預言”がなければ私達は砲撃に巻き込まれていた・・・」と話が段々と飛躍して伝わっていた。

そしてダメ押しが、杉本二等兵とマオを、身を挺して守った事件だ。

初めてクラインフィールドを見た島の人達は、光輝くこんごうを見て、もう疑う事など無かった。

「海神の使者が私達を救いに来た!」

とあっという間に全島に知れ渡ってしまう。

これが後の“艦娘伝説”の発端となってしまったのだ。

 

そんな事になっているとはこんごうは露しらず、族長の話から島民の説得については問題ないと感じ、話を進めた。

「曹長さん、族長さん。撤退は明日の午前中をめどに決行します!」

「あっ、明日ですか!」

慌てる曹長へ

「敵の威嚇砲撃があったという事は、敵はこの近海の哨戒活動を活発化させる可能性があります。敵に救援艦隊が発見される前に、撤退しなくてはなりません」

「う~ん」唸る曹長へ、族長が

「守備隊長殿、ここは艦娘様のお言葉に従いましょう。既にすぐそこまで船が来ているという事です」

「しかし、明日となると、装備品なども殆ど置いていくしかない。もてる機材は限られている」

するとこんごうは、

「最低の装備だけもって撤退です、重火器類はそのままここに置いていきます」

「破壊しなくてもよろしいのですか?」

「はい」

こんごうは、

「族長さん、島民の方も荷物は手荷物程度にまとめてください。それと残念ですが、家畜などは持ち込みできません」

「致し方ありません」族長はそう答え、

「あくまで一時避難。嵐から逃れる為と割り切るしかありません」

と胸の内を語った。

 

こんごうは、

「族長さんは、島民への説明をお願いします」

そして、壁際に控えるマオへ向い

「マオさん、族長さんのお伴をお願いできますか?」

マオは姿勢を正して

「はい! お父さんと共に皆を説得してきます」

「よろしくね」こんごうは笑顔で答え、そして

「杉本二等兵!」

「はい、金剛大佐殿」

「貴方は、族長さんとマオさんの警護を。何か不都合があればすぐ此方へ連絡を入れなさい。曹長さん、よろしいですか?」

すると曹長も

「杉本、族長との連絡役を頼む」

「はっ!」

元気に返事をする杉本二等兵

 

こんごうは、

「では、私達は、先遣隊を迎えにいきましょう」

そういうと、床から立ち上がり入口へと向かった。

外に出ようとしたこんごうへ、岡少尉は、

「外に出て驚くなよ」

「なによ」と訝しげに聞くこんごう

「いいか、何があっても笑顔を絶やさず、金剛を演じろよ」

そっと岡少尉は、こんごうに囁いた

そう言われながら、こんごうは部屋の外へでた

 

「えっ、これは!」

 

こんごうは、一歩部屋の外にでてたじろいだ。

そこには、族長の家の前の広場に100名を超えるであろう島民、老若男女問わず 多くの人が地面に正座してまっていた。

皆、艦娘金剛を見ようと集まって来たのだ。

部屋から出てきたこんごうの姿を見た瞬間に皆口々に

「艦娘様だ!」

「海神の使者様!!」

と声を上げ、一斉にひれ伏した。

 

深々と頭を下げる島民達

「えっ、あっ」

余り事に一瞬声を失うこんごうであったが、

「ほら、何か一言」と横から岡少尉が軽く肘で突いた。

 

そう言われこんごうは、待ち構える島民達が良く見えるように恐る恐る家の階段を数歩降りると、笑顔で

「皆さん こんにちは 英国生まれの金剛デ~ス!」と何時ものように挨拶したが、皆は頭を下げたまま動かなかった。

こんごうは、仕方なく

「皆さん、頭を上げて下さい」

すると、こんごうの前に 族長が出てきて

「皆の者、面を上げよ」

族長の声と同時に、一斉に面を上げて、こんごうを見上げた。

こんごうは、笑顔を絶やさず、静かに

「皆さん、砲撃による怪我はありませんでしたか?」

すると、一番最前列に座る初老の男性が、代表して

「はい、艦娘様のお力で島民皆無事でございます」

こんごうは、わざと深く頷くと、皆に聞こえるように大きな声で、

「私は、皆さんをこの島より救出する為に派遣されてきました。間もなくこの島の周辺で、日本軍と深海凄艦の戦闘が起こります。今上天皇は、この島における昨今の状況を憂い、我が連合艦隊へ“島民の無血救出”を実施せよとご下命されました。ここに日本陸海軍の合同部隊が皆さんを一時的に安全な場所へご案内します」

頷く島民達、

その瞬間、こんごうの雰囲気が変わった

 

大きく両手を広げ、そして

「我が名は金剛、強き意思を持ち、未来を切り開く海神の使者。日いずる国治めし天照大御神の名に於いて、悪しき邪神を打ち払う者なり」

そう言った瞬間、左手首のリングが光輝き、こんごうの体を 青白い光が包んだ。

 

「おおおお!」

神々しい光に包まれるこんごうをみて、島民達が驚嘆の声を上げた

 

光は優しく島民の頭上に降り注いだ。

明るい優しい、温かい光に包まれる島民達

皆、生きる力を感じた

「この方の言葉に嘘はない」

島民の誰もがそう感じた。

 

光が収束し、こんごうは、静かに両手を降ろした。

島民の誰もが まるで夢をみていたかのような表情を浮かべていた。

島の族長が皆の前に進み出て

「皆の者、艦娘様のお言葉に従い我々は一時的に島を離れる」族長はそう言うと、続けて

「既に迎えの船は、そこまで来ておる。各村の長の命に従い、早々に支度をせい」

族長の命は、絶対である。

一種の独裁者ともとれるが、これには理由がある。

小さい島とはいえ、複数の村がある。

本来は村の長がその村を仕切るが、これが島全体となると、必ず不協和音が生じる。

水くみ場、優良な漁場など生活の基盤、そして優秀な男や女を娶る場合のやりとりなど村を上げての戦いとなる。

全体を統治する者がいなければ、島は“内戦”という最悪の事態を招く

島という閉鎖された社会空間の中で、複数の村が共存して生きてゆくには、絶対的な権限を持つカリスマ的存在が必要であった。

族長とは、長い年月を経てその様な閉鎖社会が円滑に機能する為に生み出されたものである。

 

島民達は、族長の命を聞き、一斉に一礼すると各々の村へと帰路へついた。

その姿を、ぼーとしながらこんごうは見つめていた。

不意に

「大丈夫か」

岡少尉が、そっとこんごうの耳元でささやいた瞬間、こんごうは我に返った

「えっ、あれ? 島民の皆さんは?」

広場から島民の姿が消えた事に驚くこんごう

まるで、今までの事が夢の様な顔つきをしていた。

「おい! 覚えてないのか?」

「えっと、撤退の話をした所まで覚えているけど、急に意識が止まって、気が付いたら皆 いなくなっていて・・」と言い始めた。

「じゃあ、いま 島民の前で 霊力を使った事を覚えていないのか!」

「嘘!! そんな事・・」と唖然とするこんごう

そんなこんごうをじっと見る岡少尉

「やはりな」

「なによ!」

じっとこんごうの顔をみる岡少尉をみてこんごうが不機嫌そうな声をあげた

「いや、後で話す」

「ちょっと 何?」状況が理解できないこんごうであったが、

「急ごう、先遣隊が来るぞ」

そう岡少尉に急かされ、急ぎ海岸線の警備所へと向かった。

 

海岸線の警備所では、既に数名の兵が見張りに付いていた。

こんごう達に気が付き、塹壕の通路の中で姿勢を正して 敬礼して来た。

こんごうや岡少尉 そして曹長も答礼しながら通路を進む。

今朝と同じように塹壕内の土嚢を積み上げた見張り所へと出た。

こんごうは、内ポケットから、小型のインカムを取り出して、タブレット端末へと無線接続をし、通信回線を開いた。

「Radio check, radio check. This is Alpha actual, this is Alpha actual. Career flight, how do you read? over.」

返事は直ぐに来た。

「Alpha actual, this is Career one-three. You are read at 5, over.」

こんごうは、インカムを操作しながら

「Career 1-3 copy, reading fine. ワンスリー、現在位置は?オーバー」

「降下予定地点から西、10マイル!オーバー」

「了解、降下予定地点にフレアを焚く!目視確認後、こちらからホールドまで誘導します。copy?」

「Career flight, copy that! ETA 5 minutes.」

輸送機MV-22の隊長は、僚機へ

「ワンスリーは一旦島を周回して偵察する、ワンフォーはそのままストレートアプローチ」

「1-4!!」僚機も直ぐに返事を返した。

 

こんごうは、タブレット端末の画面情報を見ながら、曹長達へ

「間もなく 海軍の特殊航空機が島へ先遣隊を運んできます! 攻撃しないように再度確認!」

「はい! 大佐殿!!」

控えの兵が直ぐに他の警備所へ伝令に出た。

こんごうは、右手で西の方角を差して

「この方向です! 低空ですから見落とさないように!」

曹長達が一斉に、こんごうの指し示す方向を見た。

各員じっと双眼鏡を見る。

周囲には、波の音だけが響く、平和な時間が数分過ぎた。

急に双眼鏡を覗く伍長が

「正面! 1時方向! 水平線近く 機影らしきものフタ!」

一斉に他の兵達が伍長の言う方向を見た。

「小さい機影が 二つ見えます」

こんごう達の横にたつ曹長が双眼鏡を覗きながら答えた。

「友軍機よ」こんごうはそう言いながら、自分のタブレット端末で情報を確認した。

「大佐殿。低いですね! 時折波間に機影が消えます!」

「ええ、多分高度100m以下の高度で飛んでいるわ。もう海面すれすれといった感じかしら」

じっと双眼鏡を覗く曹長は、ようやくはっきりとしはじめた機影を見て、

「大佐殿、なんですか! あの機体は? 初めてみました」

日本海軍の輸送機といえば、米国製のダグラスDC-3の製造権を取得して国内生産した零式輸送機が有名である。

曹長達も何度もその姿を見たので、機影をはっきりと覚えているが、今自分が双眼鏡越しに見ている機影は、初めて見る機体だ。

双発機である事は分かるか、遠目にもはっきりとわかる大型のプロペラ

今までに見た事の無い機体である。

「曹長さん。あれは海軍の特殊作戦用の航空機。その存在を知るのは、一部の高官だけよ」

曹長は、

「その様な貴重な機体を 本作戦へ投入されたのですか?」

岡少尉が

「まあ、それだけこの撤退作戦が重要な作戦であるという証拠だ」

そう言っている内に 2機のMV-22はグングンと島へ接近してきた。

微かに 波音に交じりローターの風切り音が聞こえ出した。

こんごうは、持参したタクティカルバックの中から、赤色発煙筒を取り出すと、塹壕を抜け、警備所前の海岸線へ出た。

周囲を見回し、障害物がない事を確かめた。

慣れた手つきで、手に持った発煙筒のレバーを握り安全ピンを引き抜き、さっとレバーを放して、そっと足元へ投げた

地面に落ちた発煙筒は、少し間を置くと、赤色の煙をもうもうと立ち上げた。

こんごうは、発煙筒が作動した事を確かめると、直ぐに警備所の塹壕へ舞い戻った。

「もうすぐ 先遣隊が降下します! 埃と音が凄いから注意しなさい!」

こんごうは、周辺の陸軍兵に聞こえるように大声で叫んだ。

岡少尉の横に立つ曹長が

「金剛大佐は、降下といいましたが、落下傘降下でしょうか?」

すると、岡少尉は、

「まあ、見てのお楽しみだ。驚くなよ」

 

そういっている内に 2機のMV-22は目視できる距離まで近づいた。

曹長は、見慣れぬ航空機に

「あのような低空から降下できるのか?」と疑問を声上げたが、その時2機のうち、先頭をいく一機が大きく右へ旋回して、島の海岸線に沿うように飛び始めた。

曹長達は旋回しながら島の海岸線にそって飛ぶMV-22を見た。

その機体の機首には、大きな旭日旗が描かれていた。

やや灰色がかった機体に、鮮やかに描かれた旭日旗

そして、機体の後部には、同じく日本の国籍を表す日の丸が鮮やかに描かれていた。

「友軍機だ!」

「輸送機だ!!」

警備所に詰めていた陸軍兵達が一斉に手を振った。

MV-22も主翼を振りそれに答えた

歓喜の声を上げる兵達をみてこんごうは、満足そうな顔を浮かべる。

今回の作戦にあたり、懸念事項が幾つかあった

その一つが、現地部隊がロクマルやMV-22など この時代にない航空機を敵の航空機として誤認して撃墜しないか? であった。

誤射を防ぐ為にも、必ずこんごう達が先行上陸して、段取りをつける事、そして誰がみても疑いようのない日本海軍の象徴である旭日旗を機首に描く事で誤射を防ぐ事であった。

 

ふと見ると 伍長が嗚咽を漏らしながら泣いていた。

「どうしました?」

伍長は目がしらを押さえながら、

「申し訳ございません、つい友軍機を見て。本当に救援が来たと実感したら急に・・」と声を詰まらせた。

よく見れば、周囲の兵達も肩を叩き合い、友軍機飛来を喜んでいた。

それだけ皆 苦しい状況を耐え抜いてきたのだ。

一時は 友軍からも見捨てられ、もし敵が上陸して来れば島民ごと玉砕戦も覚悟したほどである。

曹長達は、今ひしひしと救援の手がそこまで来ている事を実感した。

しかし、そんな曹長達を脅かせる光景が起こった。

「Alpha actual, this is Career one-four. Marker insight.」

こんごうは 再び海岸線を見て、障害物がない事を確かめた

「Career 1-4, area has secured. Cleared to holding at Lima Zulu.」

「Cleared to hold LZ, Career 1-4!!」

こんごうは、大声で叫んだ!

「くるわよ!!」

 

近くMV-22を見上げる曹長達

海岸線に近づくオスプレイは、徐々にその大きな2基のティルトローターを持ち上げ、固定翼モードから垂直離着陸モードへと変換を開始した。

急速に速度が落ちた。

曹長達は、唖然とした。

「しょ、少尉殿!! なんですか! あれは!!」

曹長が今まで見た事のない形態のオスプレイをみて慌てて岡少尉へ声を掛けた

すると岡少尉は、

「うん、海軍の特殊航空機だが、何か問題でもあるのか」と平然と答えた

曹長は、ほぼ海岸線で、ホバリング態勢へ入ったオスプレイを指さし、

「空中に止まっています!!」

「そうだな」とオスプレイを見ながら岡少尉はまるでいつもの事だと言わんばかりであった。

周囲を見れば、先程まで歓喜の声を上げていた伍長達も呆然とオスプレイを見上げていた。

こんごう達の前方100mほどの距離、高度20mほどまで降下したオスプレイはモウモウと砂煙を巻上げていた。

機首がゆっくりと左へ回頭し機体の左側面がこんごう達の正面に来た。

機首には、鮮やかな旭日旗

機長席に座る飛行士妖精がじっとこんごう達を見ている。

操縦席後方のサイドドアが開放されていて、グリーンのヘルメットを被った機上整備員が ドア越しにこんごうに敬礼しているのが分かる。

こんごうも、答礼で答える。

その瞬間、後部のカーゴドアから太いロープが1本 地上へ投げ出された。

それが地面に着いた瞬間、次々と後部カーゴドアから緑色の迷彩服に身を包んだ陸自の特殊作戦群の隊員妖精達が、ファストロープ降下を開始した。

最初の一人が、スルスルとロープを滑り下り、地上についた瞬間には、もう次の隊員がロープの中間点まで来ていた。

次々と降下する陸自隊員妖精を見ながら岡少尉は

「よく訓練されている。流石 海軍の隠し駒だな」

それを聞いた曹長は、

「岡少尉! 彼らは何者ですか? 装備や服装が日本陸海軍の物ではないようですが!」

すると岡少尉は

「連合艦隊預かりの海軍特務艦隊所属の特殊作戦部隊だ」

「特殊作戦部隊? でありますか少尉殿」

「ああ、曹長。彼らは敵に気づかれる事なく、敵地奥深く侵入し、作戦を遂行、そして生還する事ができる。その為の訓練を積み、最新の装備をもった最精鋭部隊だ」

「しかし、その様な部隊があるとは自分は聞いた事がありません!」

岡少尉は、そっと

「実在すれど、存在せず」と静かに語った

それを聞いた曹長も小声で、

「我が陸軍の例の部隊のような存在ですか? 少尉殿」

「まあ、そんな所だ」というと、

「実際 今君達の目の前に彼らはいる。それが証拠だ」

唸る曹長

岡少尉は、そっと曹長に

「よく見ておけ、これが帝国陸軍の80年後の実力だ」

「それは!」曹長は息を飲んだ

 

その間にも、次々と隊員妖精達がオスプレイから降下してきた。

あっという間に10名近い隊員妖精達が降下し、降下地点に円陣を組み、周囲を警戒している。

円陣を組み、膝立て姿勢で、右足へ装備したCQBホルスターへ手を添えて何時でも撃てる態勢をとっていた

普段使う20式小銃は今回持参せず、全員9mm拳銃のみという軽い武装であるが、それでも背中に背負うタクティカルバックを含め20kgを遥かに超える重量を携行していた。

ホバリングするオスプレイの後部ドアから、大型のカモフラージュネットや機材類が地上へと投げおろされた。

それが終了すると、キャリア1-4は、降下用のロープを垂らしたまま、ゆっくりと前進を開始し、ティルトローターを前傾させながら海上へと離脱する。

その爆音が消えない内に、林の後方から先程離脱したオスプレイが、島を一周して再び戻ってきた。

此方は既に ヘリモードに移行し、林を掻き分けるように進んできた。

砂浜で円陣を組み、警戒態勢をとる隊員妖精達の上空で ホバリングすると先程と同じように 隊員妖精達がファストロープ降下を実施する。

全員が降下するまでほんの数分だ!

全員が降下すると、キャリア1-3も 前の機体を追うように海岸を離れた。

呆然とその姿を追う伍長達

最初に機体を視認して 10分も経たないうちに全員の降下を完了した。

「Alpha actual, Career 1-3. これでお届け物は全てです」

「アルファ、了解。受領印はいらないかしら?」

こんごうの問いに、キャリア1-3の機長は

「パラオに戻ったら差し入れで」

「了解よ」元気な声で答えるこんごう

「ご武運を! 1-3, out!」

 

こんごうはその返事を聞くと、塹壕の中から出て

「先遣隊! 集合!」と声を掛けた。

こんごうの声を聴いた先遣隊。その指示を受けた先遣隊の隊長は“小隊、前へ”と号令をかけ、2つある分隊の各隊長が、さっと右手を上げ前へ振りだし、分隊員に対して“前進”を意味する手信号を送った。

その瞬間、円陣を組んでいた隊員妖精達はさっと散開し、傘型へ隊形を組みかえると足早にこんごうの前に集合した。

先遣隊長が先にこんごうの手前6歩の位置までくると、即座に回れ右をして隊員に正対、小隊は1分隊長を基準として、速やかに2列横隊へ隊列を組みかえ、整列した。

整列を終えた隊員妖精

先遣隊長は人員点呼を実施した後、一旦小隊に“休め”の号令をかけ、こんごうへ再び正対すると、

「小隊、気をつけぇ! 敬礼!!」と、

ハキハキとした声で号令をかけ、こんごうに対し敬礼した。それに答礼するこんごう

こんごうの答礼がおわると、

「直れ!!先遣隊 総員20名、事故無し、現在員20名、列外1、健康状態異状なし!集合終わり!!」

先遣隊を預かる特殊作戦群 第一小隊の小隊長がこんごうへ報告し、再度敬礼する。

それを聞いたこんごうは答礼し、

「休ませ。…皆さん、やる事は解っていますね」

「はい!」一斉に返事をする隊員妖精達

こんごうは、

「撤退開始は 明日の〇九〇〇時を予定しています。本日中に指揮所をこの警備所内に設置、LCACの揚陸地点、並びオスプレイの着陸地点の確保を」

「はい、計画に従い実行します!」

先遣隊長が答えた。

こんごうは振り返ると、塹壕の土嚢の上に立ち此方を見ていた曹長へ向い

「曹長さん! こちらへ」と呼び寄せた

こんごうに呼ばれ、いそぎ駆け寄る曹長、そしてその後を岡少尉が追った。

こんごうは、先遣隊長へ

「こちらが、日本陸軍 マジュロ島守備隊を預かる曹長さんです」

「はっ、よろしくお願いいたします」紹介され敬礼する曹長

すると、先遣隊長も

「日本海軍 特務艦隊所属特殊作戦群 先遣隊隊長です」と偽装した所属名称を答え答礼した。

岡少尉が、

「撤退作戦の現場指揮はこの先遣隊長が指揮する。現地守備隊は、先遣隊長の指揮の下 救援部隊の受け入れ準備を行え」

「はっ! 岡少尉殿」

 

先遣隊長と守備隊長がお互いの紹介をしている横で、こんごうはインカムを操作し、別の部隊を呼び出した。

「Suzuya marine zero one, this is Alpha actual, over.」

「01!」と直ぐに返事があった

 

「現在位置送れ」

「Now position 15miles break, こんごうスワローとひえいスワローも続いています!」

「了解、そのまま掃海作業にはいりなさい」

「01, wilco!!」

そっとこんごうの横へ岡少尉が立った

「機雷掃海部隊が来たか?」

「ええ、もうすぐ有視界範囲にはいるわ」

こんごうは、タブレット端末に表示される戦術情報を見ながら答えた

 

こんごうは、陸軍曹長達へ、

「間もなく、海上の機雷掃海の為の航空作戦が始まります。大きな音がしますが、敵襲ではないので、うろたえない様に各警備所ならびに村々に伝達してください!」

曹長は、直ぐに姿勢を正し

「はっ、至急伝令を出します!」

曹長は 配下の兵を呼び直ぐに伝令を出した。

岡少尉へ曹長は、

「機雷原はかなり広いですが、掃海できるのですか?」と素朴な疑問を問うと、岡少尉は平然と

「こんごう大佐が大丈夫というなら、大丈夫という事だ、なんせ海は彼女達の庭だ」

そういうと、岡少尉は

「俺達は、陸でやるべき事をやるぞ」

「はっ、少尉殿!」曹長は、気合を込めて返事をした

撤退作戦へ向け、急速に動き出す陸軍守備隊

 

洋上の水平線近くに3つの機影が見えた

監視所の塹壕の上で 洋上の監視業務をしていた陸軍兵が、

「正面やや左! 水平線に機影3!」

居合わせた陸軍兵やこんごう達が その方向を双眼鏡でみた。

機影を確認したこんごうは、早速タブレット端末を起動し

「Zero one, Alpha actual, now visual contact.」と目視確認した事を告げた

「01 roger, ETA 3 minutes.」

そう返事が返ってくる間も、確実に島へ近づくMCH-101と2機のロクマル

双眼鏡を覗いていた曹長達は、おぼろげながらはっきりとしてきた機影みて息を飲んだ

「あの機体も 初めてみます」

曹長は驚きの声を上げた。

大きな竹とんぼの様な羽を 頭上で回す航空機

曹長は、ふと敵味方航空機識別表に記載のあったカ号観測機を思い出した。

「少尉殿、カ号観測機によく似た機体のようですが?」

「曹長、まあ遠くでみるとそう見えるが、近くでみると全く違う、これから起こる事を見れば一目瞭然だぞ」

岡少尉は自信にみちて答えた。

 

MCH-101を先頭に、左右にロクマル2機が付き傘型隊形で、島へ接近してきた3機は、機雷原のある海岸から5kmほどの所までくると編隊を散開させた。一旦上昇し、周回飛行を開始するロクマル2機

MCH-101は、静かに掃海予定海域へ侵入するとスリングしてきた、掃海具を海上へと投下した。

海面上で、ホバリングしながら掃海作業の準備を進めるMCH-101

こんごうは、それを双眼鏡で確認しながら、時折タブレット端末を覗いた。

そこには、上空で監視飛行を行うE-2Jからの戦域戦術情報が表示されていた。

「今の所、敵の航空偵察はなさそうね」

一安心といった感じで、再びMCH-101のホバリングする方向を見た。

「掃海、どれぐらい時間がかかる予定だ?」

横に立つ岡少尉が聞くと、

「そうね、粗方4、5時間といった所かしら、燃料の問題もあるから、途中で一旦引き上げる事になるわね」

「計画では、撤退路だけ掃海する事になっているが、ちゃんと解っているのか?」

そういうと、ホバリングするMCH-101を指さした。

「問題ないわ」

こんごうは、続けて

「連合艦隊からの情報では、深海凄艦は音響探知型や磁気反応型の機雷を装備していないわ。この島の周囲を取り囲む機雷も、接触型の浮遊式機雷とアンカーを使った係維機雷。ヘリで掃海具を引いてアンカーケーブルを切断して、浮上してきた機雷を機銃で処理するの」

「力技だな」

「そう言わないでよ、本当なら事前に潜水士を潜らせて確認したい所だけど、時間がないから仕方ないの」

「まあ、そこはそちらの専門分野だ。お任せするしかないな」

岡少尉もそういいながら、双眼鏡を覗いた。

ホバリングしていたMCH-101が、掃海具を引きながらゆっくりと前進飛行を開始した。

「おおお! 動いた!」

MCH-101の一挙手一投足に、驚きの声を上げる陸軍兵達

よく見れば、林の中にも人影が出来ていた。

島の住民達である。

突如、上空に現れたオスプレイに驚いたが、機首に掛かれた旭日旗をみて、

「日本軍の飛行機だ!!」と島民達は声を上げていた。

あっという間に頭上を飛び去った航空機を追って この海岸まで皆出てきたのだ。

そして、そこには既にオスプレイの姿はなく、代わりに海上にはヘンテコな乗り物が宙に浮いているのをみて、腰を抜かしそうになった島民もいた。

木の影から 海上のMCH-101を覗く島民達

ただ、こんごう達が慌てていない所をみて

「やはり、あれも日本軍の飛行機なのか?」と皆で顔を見合せコソコソと話しているようであった。

元々 島民達にとって飛行機自体が珍しい

最近でこそ 日本軍の水上機などを見ていたが、今、目の前を飛ぶ初めて見る飛行機ともなんとも言えない物体に興味津々であった。

 

海上を飛ぶMCH-101は、2本のケーブルを牽引していた。

そのケーブルの終端には、イルカの様な形をしたブイ

そしてケーブルには金属製のワイヤーカッターが複数装備されていた。

2本のケーブルは、ブイに設置された整流板により、左右に広がり、

曳航されている。

掃海艇の使う掃海具とほぼ同じ構造であるが、ヘリで曳航する点が違った。

ヘリで機雷を掃海する利点としては、海域の浮遊する機雷に接触する危険がない点である。

艦艇を安全な海域で待機させ、まずヘリで曳航具を使い、粗方掃海してしまう。

その後、掃海艇を入れ、海底の磁気反応機雷や音響機雷を個別に潰していく。

これは機雷掃討と呼ばれている。

ちなみに MCH-101が曳航するブイには スキャンソナーが装備されており、MCHの機上システムにデータを送信し、海底の機雷を捜索できる。

 

岡少尉と並びMCHの動きを見ていたこんごうは、MCHとロクマルの通信を聞きながら

「どうやら 最初の一匹目が釣れたみたい」

「釣れた?」

「まあ、見てて」こんごうがそう言うと、沖合を飛行するMCHの上空で待機していた2機のうち1機が降下してきた。

海面上高度200mほどの高さでホバリングすると、いきなり右サイドドアが開き、中からアームに固定された7.62mm機関銃が出てきた。

そしてガンナー役のロクマル搭乗員は、MCHにより係留用のケーブルを切断され海面の上に浮上してきた機雷へ向け、機銃掃射を開始した。

海上にヘリのローター音と共に 機銃の射撃音が響いた。

直後、島中に響き渡る様な轟音が鳴り響く

 

“ズドーン!!”

機銃掃射を加えたとおぼしき海面が、急に盛りあがり、白い大きな水柱を立てた!

腹の底から、突き上げるような空気振動が、こんごう達のところまで響く

「おう!!」

余りの音に岡少尉も驚いた。

 

急に爆発が起こった為、陸軍兵達が慌てて 塹壕の中へ駆け込んだ

曹長が

「金剛大佐殿! 危険です!」と大声で叫んだが、こんごうはニコニコしながら

「大丈夫よ! 十分安全な距離です」

その声を聴いて、恐る恐る塹壕の中からでる陸軍兵達

その横では、平然と指揮所設営する陸自要員達がいた。

舞い上がる水飛沫を見ながら 岡少尉は、

「凄い威力だな」

「ええ、でも海上に現れた威力自体はそう大したものじゃないの、機雷の本当の怖さは水中で爆発する事よ」

「どういう意味だ?」

「地上で、爆発物が爆発しても、対象物に対して被害を及ぼす事ができるのは、爆発で生じた破片と衝撃波ね、直撃や至近弾でなければ破壊に至らない。でも水中で爆発する機雷は、破片は無くてもその爆破による衝撃波は周辺の海水を押し上げ 物凄い水圧を生み出し対象の艦艇の船底を一気に襲うわ。装甲板が捲れるだけならまだしも、場所によっては竜骨に亀裂が生じる場合もありえる。いま処理した機雷だと駆逐艦なら真っ二つよ」

「厄介だな」岡少尉がいうと、

「そうね、機雷自体は、兵器としては地味な兵器だけど、その戦術的効果は、他の兵器より数段優れているわ。生産コスト、つまり安いお金で出来て、相手の行動を十分牽制できる」

こんごうはそう言うと、静かに

「私達の次元では、終戦末期、あの機雷を主要な港、軍港、そして関門海峡などの航路にばら撒かれた。もうそれだけで、海上交通網は完全にマヒしたわ。血管が詰まった日本という体は、そう長くはもたなかった」

そして、遠くを見て

「戦後80年過ぎてもその全てを掃海できていないの、今の向こうの次元では その戦いが平和な世の中で、人々に気づかれる事なく続いているわ」

岡少尉は、曳航具を曳航するMCHを見ながら、

「君達のこの技術は、そうやって培われたという事か」

「そうよ。戦後間もない頃、多くの犠牲を払い私達の先達は日本の海を取り戻したわ。でも今この時も、まだそこに危険はあるの」

こんごうは、いつ戻れるともしれない向こうの世界を思い出した。

そう言った瞬間、また別の機雷が、ロクマルの機銃掃射によって処理された。

凄まじい轟音と共に、海上に水柱が立ち昇る!

その光景を見ながらこんごうは、表情を厳しくして、

「亡くなった先達の恩に答える為にも、この機雷掃海を成功させて、撤退路を確保して見せる」そう強く言葉に出した

岡少尉は、その表情をじっと見た

 

 

「空中掃海部隊、掃海開始しました」

「すずやマリーン、掃海具曳航開始です!」

護衛艦いずものFIC(旗艦用作戦司令室)では、上空で監視飛行にあたるMQ-9リーパーの情報を元に、次々と正面の大型ディスプレイに戦術広域情報が表示されていた。

各方面を担当する情報統制士官が、水上、海上、空中の各種索敵情報を処理すると同時にタイムスケジュール管理を行う統制士官が全体の進行を管理していた。

それらの情報は 艦娘専用のC4Iシステムを通じて各艦へ伝達される

司令官席に座る由良司令、その横に副司令兼艦長のいずもがいた。

「いまの所は予定通りか」

司令がそっと聞くと、横に座るいずもは、むっとしながら

「どこが 予定通りですって! じゃ何! あの砲撃も予定のうち?」

少し言葉に棘があった。

「まあ、何らかの威嚇はあるとは思ったが、まさかこんごうが巻き込まれるとは想定して無かったな」

平然と答える司令に、いずもは

「今回は、事なきを得ましたが、もしあれがひえいとか他の娘なら大怪我ですよ!」

「だから、こんごうを派遣した」

司令はそう言うと、

「まあ、戦艦金剛さんが、此方では有名人だしな」と付け加えた。

 

いずもは、

「大体、あの砲撃の後、その戦艦金剛さんからメールで、彼女の無事を何度も聞いてきた時、“めんどうだから”って対応私に投げ出したでしょう!」

「いや、そのな」と司令は言葉に詰まって

「だって お前。あの時の金剛さんの慌てようはな・・・」

いずもは、むっとしながら腕を組んで

「もう、金剛さん宥めるの大変だったんですから」

司令はそっと

「済まん、その内に返す」

「いいわ、期待してないから」といずもはいつもの様に返事を返した。

 

いずもは、気を取り直して、

「各統制士官! 敵航空機ならび艦艇の接近に注意せよ! 島を砲撃したということは、近いうちに事後偵察が予想される、撤退作戦に支障ないよう留意せよ!」

各統制士官の返事が、室内に響く

現地の掃海作業を監視していた士官妖精が

「ロクマル隊、浮遊機雷の掃討作業に入ります」

その報告と同時に、正面モニターには、ロクマルが捉えた赤外線探知装置(FLIR)、逆合成開口レーダー(ISAR)の画像データが表示されていた。

機雷の形状を見たいずもは、表情を曇らせながら、

「深海凄艦の接触型機雷です」と静かに答えた。

こんごう達のいた世界では、機雷による海上封鎖を行ったのは、米軍だけでなく深海凄艦もしかりであった。

日本海軍との戦闘が厳しさを増す中、深海凄艦は米国からの技術漏洩により製作した機雷を大量に日本近海へ敷設した。

戦中、戦後と日本はその処理に大いに悩まされる。

戦争が終わり、ようやく人々に平和が訪れたが、海上に多数敷設された機雷の脅威はそのままであり、これらの一部は国籍不明のまま日本の沿岸へ流れついた。

時には漁船や貨物船がこれらに接触し轟沈する事件が起こった

また海岸に流れついたものもあり、住民達が知らずに近寄り、数十名の死傷者を出す大惨事も起きていた。

当時、機雷の処理は米軍の“要請”という名の命令により発足したばかりの海上保安庁の掃海部隊が行っていたが、国籍不明の機雷の処理にてこずる事になる。

既に、深海凄艦の各群体は米軍により解体されており資料もない。

そもそも、多量の機雷を敷設したのは米軍であるが、事後の処理を敗戦国の日本へ押し付ける形であった。

現在の様にGPSにより、敷設位置が正確に分かる訳でもなく、海上の至る所にその危険性が潜んでいた。

戦後間もない頃、瀕死の日本を救うべく、国内航路を行き来する内航船の船員達は、絶えず機雷の恐怖と戦い続ける事になる。

日本国民は、その怒りを米国へ向けるが、敗戦国である日本が強くでる事もできず、結果 人々の怒りは深海凄艦へと再び向けられた。

その様な国内事情のなか、いずもの母である北方棲姫や少数の亡命した者達は辛うじて 大巫女達の支援の元、時が過ぎるのをじっと待ったのである。

いずも達の一族にとっては、辛い時代であった。

 

ロクマルが、浮上した機雷を機銃掃射で破壊してゆく。

モニター上にFLIRが捉えた機雷が、一瞬 白く光った瞬間、粉砕されてゆく

次々と浮揚してくる機雷をMCHやロクマルのISARが捉え、戦術モニター上に、プロット表示してゆく。

統制士官が、それらに番号を振り、次々とデータ処理を行う。

「なんとか、航路は確保できそうだな」

司令がそういうと、いずもは、

「まだ、深海凄艦側が音響機雷や磁気反応型の機雷を持たないからいいけど、今後の事を考えると掃海部隊もなんとかしたいわ」

「また、難題が増えるな」

そういいながら、司令は背を椅子へ預けた。

「あとどれ位で、作業は終わる?」

するといずもは、

「日没までには、航路確保ができるわ。マーカ―を設置すれば、LCACの航路は完成よ」

「撤退開始は、予定通り。明日のマルキュウマルマルか?」

「もう、問題が起こらなければね」

いずもは、

「この後の展開は?」

それを聞かれ司令は、手元の資料を見ながら

「俺達は、このままこの中間海域で、待機する。ひえいとあかしはクサイ島に避難民を届けたあと、物資を受け取り艦隊に合流」

「じゃ、お使いはこんごうを行かせる訳?」

「そういう方向で、三笠様達と調整してくれ。こんごうならいざという時、自分で自分を守る事ができる」

「ひえい達が悔しがるわよ」

「仕方ない。本当なら四艦とも出したいが、そうなるとこっちががら空きになる。いざという時、直ぐに動ける位置で、隠れていたい」

「こちらは、伏兵に徹するという事?」

「そういう事だな」

いずもは、

「こんごう、すこしハードワークになるわよ」

由良司令は、

「そこで、音を上げるほど柔な訓練は積んでいないだろ、なんせ“陽炎教官の教え子”だからな」

いずもは、メモを取りながら

「作戦計画を修正しておくわ」

「ああ」と由良は返事をしながら、前方壁面の戦術情報モニタ―を睨んだ

 

その頃、マジュロ島では、沖合で続く掃海作業で生じる機雷の爆破処理の轟音が、響いていた。

当初 轟音に驚いた島民もいたが、陸軍兵達が各村へ伝令に走り

「撤退路を確保する為に、沖の機雷を爆破処理している!」と告げて回った。

それを聞いた島民達は

「やはり、村長の話は本当だった!」といい、皆急ぎ家の片づけを始めた

早朝、族長の命により、各村々の村長が呼び出された。

族長が、呼びだすとなればかなり重要な要件の筈

各村々の人々は村長が帰ってくるのを待った。

その内、お付きで付いて行った者が慌てて帰ってきて、

「艦娘様が島に来た!」とふれて回った。

村の若い衆が、数人、族長の住むローラの村へ行き続報を待ったが、その内

「救援隊が来て、島から脱出するそうだ」という話が伝わってきた。

島の若い衆達はこれを聞いて、

「島を出るだと!」といい、日本軍の横暴な発言に反発したが、次の続報を聞いて驚いた。

村へ駆け込んで来た若者は、息を切らせながら

「マ、マオが艦娘様とけっ、決闘して完敗した!!!」と叫びながら村へ走り込んできた。

村の人々は、駆け込んで来た若い衆から決闘に至った経緯を聞き、まあマオの事だ、致し方ないと納得した。

マオは族長の娘であるのと同時に、若い衆の代表格である。

日本軍が、強制的に島から退去を通告してくれば、例え敵わないと知りつつも抗議の意味を込めて 何等かの動きを立場上しなくてはならない。

しかし、艦娘様相手に決闘を挑むとは?

ある老人は、

「それが、あの子の性格じゃよ」と笑いながら話していたが、そんな中、村中へ日本軍の兵隊さんが駆け込んで来た!

「敵の艦隊が近くまで来た! 砲撃される可能性がある! 島の南側に避難せよ!!!」

それを聞いた村民たちは、慌てて島の南の海岸線へと避難した。

海岸線沿いの林の中で 身を隠す村民

それを 囲うように日本軍の兵たちが固めた。

その時、北の海岸線で、大きな爆音が響く!

「砲撃だ!! 皆伏せろ!!」

日本軍の兵士の声が大声で叫んだ

皆一斉に、地面にしゃがみ込む

小さな男の子が、母親の袖口を引っ張りながら

「お母さん! 怖い」

男の子が、震える声で、母親の顔を見た。

母は、じっと男の子を抱きしめ

「大丈夫! 大丈夫よ」そう言いながら ぐっと男の子を抱きしめたが、

横に居にいたローラの村の幼女が、

「大丈夫、お姉さんが大丈夫って」

「お姉さん?」男の子の母親が、そっと幼女に聞くと、

「うん、艦娘のお姉さんが、悪い奴らをやっつけてくれるから、大丈夫」

爆音響くなか、笑顔でそう答えた

男の子は、

「お前、艦娘にあったのか!」

「うん、今朝あったよ」

そして、明るい表情で、

「マオねえちゃんより、強いから、悪い奴にも負けないもん」

幼女は、ぐっと周りに聞こえる位大きな声でいった。

周囲の人々も、幼女の声を聞き次第に

「艦娘様が来ているなら、海神の御加護があるかもしれない」という声が、聞こえ出した

そうしている内に、急に砲撃が止んだ

周囲を固めていた日本軍の兵達は、注意深く林の中から北部の海岸線を覗き込んだ

そこには、砲撃の激しさを物語るようにいくつも黒煙が上がり、砂煙が舞っていた。

「警備所のある所のようだが」と兵の一人がいうと、

「隊長たちは、大丈夫でしょうか?」と別の兵が聞いた

「解らん、結構激しい砲撃のようだったが」

遠くの水平線に、多分砲撃を加えたとおぼしき艦艇の姿が見えた

「クソ! こちらが手出しできないとしって好き勝手撃ちやがって」

日本軍の兵が悪態をついた。

しばし、待機して状況を確認していると、道路を歩いて此方へ向ってくる伍長が見えた。

林の中から兵が出て、

「伍長殿、ここであります!」と声を掛けた

「おう、皆無事か!」

「はい、自分の班が率いた島民は怪我一つありません、爆音で赤子が驚いて泣いた程度です」

「それは、良かった」伍長は返事をすると、兵の一人が、前へ出て

「それで、警備所付近が砲撃されたようですが、大佐や隊長は無事なのでしょうか」

伍長は、急に困った顔になり、

「それがな・・」と声を止めた

島民達も周囲に集まりだした。

伍長が、周りに集まった島民達へ、砲撃にマオと杉本二等兵が巻き込まれて、危うく死にかけた所に、金剛大佐が砲撃をかいくぐって助けに行った事、そして艦娘の霊力を使い、二人を守り切った事を伝えた。

目撃した別の陸軍兵も、興奮気味に

「まるで、夢でも見ているようでした。金剛大佐の放つ青白い光に包まれた二人は、あの激しい砲撃の中、かすり傷、いや埃一つ無かった!」と話した。

伍長達の話を聞いた、村々の人々は口々に、

「やはり、海神、神の御加護がこの島にも降り注いだ!」

「艦娘様について行けば 我々は助かる!」

そういう声が聞こえ始めた。

 

安全が確認され村々へ戻る島民達

そして村へ戻ると、族長の家から帰ってきた村長に詳細を聞き、

「やはり、艦娘様の力は偉大だ」という風に段々と話が誇張されはじめた。

その内、なんと

「艦娘金剛様が、マオ達を襲った敵の砲弾を“素手ではじき返した!”」

という、とんでもない話に膨れ上がった。

族長とマオ、杉本二等兵が、村々を回って説得する頃には、その必要もないほど、島の中に“艦娘神話”が浸透していたのである。

 

同時に、島を囲っていた機雷を爆破して脱出路を確保するという話が村々へ伝わった。

そして、その爆破作業の爆音が島に響く頃、皆確信したのだ

「我々は 助かる」と

そんな事になっているとはつゆしらず、こんごうと岡少尉達は、砲撃された警備所を片づけ、オスプレイから投下された物資を使い、警備所内部に撤退作戦の現地指揮所を開設した。

そこに、陸自の先遣隊長の指揮の下 カモフラージュネットを張り、土嚢を積み直し 簡易指揮所を開設した。

用意した木製のテーブルの上に、持参した島の全域の航空写真や、集落等の情報が書き込まれた地図などが所せましと並べられた。

そして、通信機などもセットされた。

それを見た守備隊長である曹長は息を飲んだ

「こっ、これは!」

詳細に撮影された航空写真をじっと見た。

“つい最近の写真だ! 塹壕や防御陣地、家々の並びが新しい!”

それに、写真の精度にも驚いた

今までの航空写真は、輪郭のぼやけた物が多い。辛うじて島の輪郭が分かる程度だ

しかし、この写真は輪郭どころか、家々の形、いや人の形まではっきりとわかる。

曹長は次に、テーブルの上に置かれた島の村々概要が記載された書類を手に取った

そこには、島の人口や村の数、世帯の数など情報がびっしりと記載されていた。

それを見た岡少尉が、

「曹長、その情報に間違いはないか?」

「はい、大体合っています。少尉殿」

曹長は続けて、岡少尉へ向け

「この写真やこの情報は一体どこから?」

岡少尉は、声を潜め

「軍機にあたるが、その写真は海軍の特務艦隊所属機が撮影した物だ。多分数日前の写真だな。島の情報はトラックの海軍が収集した物と、我々の部隊の情報を精査してまとめた」

「なんと、数日前の写真ですか!」

そういうと、ぐっと島の写真を覗き込んだ

大判の写真を詳細に見た。

曹長は

「少尉殿、全く航空機の飛来に気が付きませんでした」

「だろうな、多分 現在の陸軍の装備と練度では、探知する事はできんよ」

「海軍は、その様な装備をもった部隊が存在するという事ですか?」

「ああ、先程見た航空機もその部隊の所属だ。先遣隊隊長の部隊もそうだ」

岡少尉は、そう言うと、

「今回の救出作戦は、敵の本拠地の直ぐ隣という現実的には実行不可能な地理条件の作戦だ。敵もそう思っている。こんな深層部に救援艦隊が来て、島民を1000名もさらってゆくなど想像もできないだろう。しかし、海軍はそれが可能な部隊を持った」

岡少尉は

「向こうに着いたら、説明があると思うが、今回の作戦は軍機の塊といっていい。その辺り、他の兵達にも念押し頼むぞ」

「はっ」曹長は姿勢を正して一礼した

曹長は少尉のいう意味を十分理解した。

“この部隊があれば、我々の戦局が一変する。もしかして俺達は歴史の一角に立ち会っているのかもしれん”

そう心に言い聞かせた。

 

その時、こんごうが指揮所へと入ってきた。

入ってくるなり、いきなり

「ああ、お腹すいた」と呟きながら、陸自が持ち込んだキャンバス生地の椅子へもたれ込んだ。

「おっ、どうした?」岡少尉が声をかけると、

「いよいよ、考えたら昨日からちゃんとした食事をしてなかったわ。夜通しボートで疾走して、上陸してみれば、いきなり決闘だし、おまけに砲撃受けて、散々な一日だわ」

岡少尉は、腕時計を見ると

「まだ午後の3時だぞ。まだ陽が暮れるまで時間がある」

するとこんごうは、むっとした顔で、

「なによ! まだこれから何かあるとでも?」

「そうは言わんが、ここは最前線だ。大佐殿」

そう岡少尉に意地悪く言われこんごうは、

「解っています」と不機嫌に答えた。

その会話を聞いていた曹長が、

「大佐殿、申し訳ございません。事態が急変して食事の用意が間に合わない状況でして」

こんごうも

「曹長さん、大丈夫よ。ただちょっと疲れたから、愚痴の一つも出ただけだから」

そう言いながら、笑顔を絶やさないこんごう。

こんごうだけではなかった

岡少尉を始め、陸軍の兵達は今朝から真面に食事が出来ていない状況だった。

深夜にこんごうと岡少尉が上陸して以降、あれよあれよ言う間に、状況が動き、明日には撤退という事態だ。

今頃ローラの村にある簡易司令部では、撤退にあたり各村々の人々の名簿作成や廃棄するもの、残す物の選別やらで大騒ぎである。

島の人々もそうである。

明日には島を離れるとなれば、やる事も多い、もっていける物は少ない。

片付けと始末に追われていた。

島民達もご飯どころの騒ぎではないのである。

そんな中、空腹に耐えるこんごうを見かねて、指揮所内にいた陸自の妖精隊員が、そっと自分のタクティカルバックの中から、防水パックに入った包みを取り出し、他の陸軍兵達に見つからないようにそっと渡した。

「二佐、これを」

それを受け取り、防水パックを開くと中には、カロリーメイトが一箱入っていた。

「いいの?」

「はい、ちゃんとしたレーションは、明日の便で着きますので。これは自分の私物です」

そう陸自妖精は答えた。

「ありがとう、頂くわ」

こんごうはそう答えると、嬉しそうにそっとカロリーメイトの箱を開け、一つ取り出し、口へ含んだ。

モグモグと頬張る

「ううん」となんとも言い難い味がする。

普段であれば、ぱさぱさした感じがするが、今は口の中に広がるフルーツの香りが心地良かった。

さっきまで不機嫌そうな顔をしていたこんごうが 急に眼を細めて嬉しそうな顔をしたので、岡少尉が

「おっ、どうした?」と声をかけてきた。

「へへえ、お菓子貰った」

「お菓子?」と怪訝な顔をする岡少尉

すると、こんごうは 

「食べてみる?」とカロリーメイトを一つ取ると 岡少尉へ差し出した

「棒状のクッキーか?」

不思議そうにカロリーメイトを見ながら口へ含んだ。

横に立つ曹長にも、

「曹長さんもどうぞ」といい、一つ渡した。

曹長も、

「では」といい、カロリーメイトを受け取り口へ含む

「おおお! これは」

曹長は口へ含んだ瞬間、驚きの声を上げた

甘い果物の香りが口の中に広がる

「果物入りのクッキーと言った感じだな」岡少尉というと、

「見た目は、落雁のようでしたが、これはうまいです」と曹長は答えた。

 曹長は、しみじみと

「いいですな、海軍は食がしっかりしています」

そう言いながら、

「支那戦線にいた頃は、本当に辛かった。飯盒はあれど中で炊く米は無し。水も食料も細々としかなく、周囲は敵だらけでした。それに比べればここはまだ海があり、魚があるだけ有難い所です」

「そうだな」そう深く答える岡少尉

 

こんごうは、ふと岡少尉と曹長を見ながら

“今、私の目の前にいる人達は、私には分からない苦渋の道を歩いてきた。それが当たり前の時代に 今自分がいる”

そう現実を実感した。

 

こんごう達が、そんな会話をしていた時、通信機の前に座る陸自隊員が

「掃海部隊より、入電です」

そう言うと、通信内容をメモした紙をこんごうへと渡した。

それを一読するこんごう

「どうした?」

岡少尉が聞くと、こんごうは、

「予定区域の掃海をほぼ完了したわ」

「本当か!」

「ええ、この地域の沖合5km圏域の機雷をほぼ掃討したわ」

こんごうは、通信員へ

「掃海部隊へ通信、最終確認後、各母艦へ帰還せよ」

「はい」陸自妖精はそう返事をすると通信機へ向った

こんごうは、椅子から立ち上がると、テーブルの上の島の地図を見ながら、

「LCACの上陸地点の確保は出来た。オスプレイは、この指揮所の裏の野砲陣地を整備して着陸地点を確保すればよし」

地図を確認しながらいうと、一言

「明日の夜明けと同時に行動開始よ」

 

その頃、島から西へ30kmほどの海域で待機する護衛艦ひえいのCICでは、艦娘ひえいが、艦長席に陣取り、じっと前方のモニターを睨んでいた。

戦術情報を統括していた士官妖精が、

「掃海部隊 予定区域内の掃海作業を終了しました」と報告を上げてきた。

掃海作業指揮を執るひえいは、モニターを睨見ながら、

「ロクマル隊は、各母艦へ帰投。マリーンは再度 海域の確認を」

「はい、指示します」

航空管制士官を通じて各機へ指示が伝達された。

ひえいは、艦長席のサブモニターに映る、すずやへ向い

「すずや、もう少しマリーン使うけどいい?」

「はい、ひえいさん。燃料も問題ありません。先にロクマルを収容します」

すずやは護衛艦こんごうのCICの中で、テキパキと指示を出し始めた

その姿をみて、

「うん、様になってきた」

それを聞いたひえいの副長が、

「まあ、元々重巡の艦長ですから、素質があったという事です。教官役がこんごう艦長というのも大きいかと」

「そう、私やはるなじゃここまで教え込めないかも、きりしまは理論派だし、こんごうなら自然体でできるからね」

ひえい副長が、

「こんごうの副長に聞きましたが、すずや補佐は、見かけによらず非常に覚えが良くて、切れのある判断ができるそうです」

「へえ~、ちょっと意外」ひえいは笑いながら、

「ぱっと見 ギャル系なのに」

するとひえい副長も

「まあ、人は何とかですよ」といい、モニターを見ながら、

「このまま、明日の撤退開始まで 何もなければいいのですが」

すると、ひえいは表情を厳しくして

「やめてよ、まるでフラグじゃん」

「そうですか?」とひえい副長が聞くと、

「こんごうの行くところ、いつも波乱含みで、予定通りってのが少ないのよ。分かる?」

「まあ、こんごう艦長と付き合いの長い艦長ならではですな」

ひえいは、幼少の頃を思い出しながら、

「お願いだから、あと1日。何もおこらないで」

そう言いながら、再びモニタ―に映るマジュロ島を睨んだ。

 

マジュロ島の海岸線の撤退作戦の司令部では、こんごうと岡少尉。そして曹長や陸自の先遣隊長たちが 避難民の情報の収集と撤退作戦の詳細な打ち合わせに入っていた。

こんごうは、テーブルの上の地図を指さしながら、島民の誘導を行う曹長や伍長に向い

「明日の朝、マルロクマルマルに、各村々の人々の誘導を開始します。誘導は陸軍の皆さん よろしくお願いします」

「はっ、大佐殿」曹長が返事をした。

こんごうは、続けて

「集合場所は、ここ。ローラの村の族長の家の前の広場とその周辺。村単位で集まってください」

頷く曹長達

こんごうは、

「救援艦隊へ乗船開始は、マルキュウマルマルです。それまでに避難民をローラの村から この指揮所まで誘導します、一番人数の多いローラの村の人々は特殊上陸用舟艇で船へ向います。残りの村の人達は 特殊航空機で往復輸送します」

すると、日本兵の一人が、

「大佐殿、よろしいでしょうか?」

「はい」

「特殊航空機というのは、今朝みたあの変な形の飛行機ですか?」

「ええ、あの機体は狭い場所に着陸して、再び離陸できるように設計されています。一度に

20名近い人員を輸送できます」

「おおお!」と声が上がった

「上陸用舟艇は 何人ですか?」と別の兵が聞いた

「え〜と、確か今回は一度に200名は輸送できるはずよ」

「えっ!」と驚く兵達

「200名ですか?」

「中隊規模の人数を一度に輸送できる大発など、聞いた事がありません」

こんごうは、意地悪く、

「ふふ、明日見てのお楽しみよ」

それを聞いて顔を見合せる日本兵達

岡少尉が陸軍の兵達へ

「避難先のクサイ島で、再度説明があると思うが、今回の撤退作戦は作戦上 極秘扱いとなる。我々は、敵に察知される事なくこの島を抜けだし、そして敵にはまだ島に島民がいると思わせる。それに伴い作戦行動自体が高度な軍機扱いとなる。他言無用だ」

「はっ、少尉殿」

こんごうは、続けて

「島民と皆さんは、海軍の用意した空母へ収容されます。クサイ島まで二日程の船旅よ。艦内での行動については、海軍の指揮に入ってもらいます。それと携行する火器類は、規則で、一時的に乗艦時に預かる事になります」

曹長は、

「了解いたしました。」

別の兵が

「大佐殿。クサイ島の宿営地はどの様な所でありますか?」

こんごうは、

「宿営地というほど 立派じゃないけどちゃんとしたテントと水があるわ。贅沢しなければ、ここと遜色ない生活ができるわよ」

すると曹長は、質問した兵に向い

「こら! 俺達は生きてこの島を出れるだけ有難く思え」そう言うと、こんごうへ向い姿勢を正して、

「金剛大佐殿、一つだけお願いがあります」

「なんでしょうか?」

曹長は、

「自分達は元々 タロア島北部の警備を担当しておりましたが、深海凄艦の侵攻の為、この島まで撤退してきました」

「はい、そう聞き及んでいます」

「撤退の際、部隊の者が数名戦死しております。残念ながら亡骸は、回収できませんでしたが、遺品をもってきております。持参する御許可を頂きたいのですが」

すると、他の兵達も

「お願いします! 大佐殿!」と一斉に頭を下げた。

こんごうは、静かに

「解りました、許可します」そういうと曹長へ向い

「亡くなった方のご家族の所在は?」

「はっ、調べればわかると思いますが」

こんごうは、

「では、その方々の遺品は、クサイ島で連合艦隊より派遣された要員を経由して、ご家族の下へ届くよう手配しましょう」

「はい、ありがとうございます」と深々と一礼する曹長

 

こんごうは、その後も撤退に関する打ち合わせをしていたが、ふと指揮所の外が騒がしい。

「何かしら」

そう思った時、外からマオの声がした

「金剛さ~ん!」

元気なマオの声がする。

こんごうは、カモフラージュネットを掻き分け、外へでると、そこには、椰子の葉で編んだ籠を持ったマオが嬉しそうな顔を浮かべて立っていた。

「あら、マオさん」

こんごうが声をかけると、マオは

「こんごうさん、見てください。これ」

そう言うと、籠の中身をこんごうへ見せた

そこには、大小様々な魚が並べてあった。

「マオさん、どうしたのこれ?」

すると、マオは、海岸線を指さして、

「いっぱい、打ち上げられてますよ」

「えっ」驚きならこんごうが海岸線を見ると、そこには多くの島民が海岸線に出て、波際に打ち上げられた魚を拾い集めていた。

それを見た曹長は、

「ああ、ドッカン漁ですな」

「ドッカン漁?」とこんごうが聞くと

「先程、機雷を爆破処理した際に、海中にいた魚が、爆破の衝撃波で絶命したり、気絶して浮き上がって、そのまま波に流されて海岸線に流れ着いたのでしょう」

そういうと、

「爆破による漁を、通称ドッカン漁とかダイナマイト漁とか言ってます。まあ漁としては感心できませんが、今回は副産物ですし、いいのではないでしょうか」

海岸線では、女性たちが、流れ着いた魚を集めていた。

マオが、こんごうを見て

「こんごうさん、沢山取れました。ぜひ今夜は我が家に夕飯を食べに来てください」

マオの申し出に驚くこんごう。

まあこんごうが驚くのも仕方ない、数時間前には、木刀とは言え刃を交えた相手だ。

「えっと、いいのかしら?」と岡少尉を見るこんごう

岡少尉は、

「いいのではないですか、大佐殿」と返事をして、そっとこんごうに、

「これも、仕事だ」と囁いた。

こんごうは、笑みを浮かべて

「ええ、では、お邪魔させていただくわ」

「はい、御待ちしております」といい、嬉しそうに再び海岸線へ向うマオ

再び島の女性たちと、波打ち際の魚を集め始めた。

女性達と話ながら、歩くマオの姿をみて、こんごうは

「ああいう姿は、やはり女性といった感じね」

とマオの後姿を見追った

 

水平線に陽が傾きかけた頃、こんごうと岡少尉が、杉本二等兵の案内で族長の家へと向かった。

林を抜け、家の前にくると、そこには多くの島民が集まっていた。

家の前の広場には、松明が掲げられて、周囲を明るく照らしていた。

こんごうの姿をみた島民達は、一斉に頭を下げて挨拶してきた。

こんごうも、笑顔を振りまきながら気さくに

「Hi、みなさん」と右手を軽く振りながら、挨拶する。

今朝がた、族長達が座っていた場所に、大き目の木製のテーブルが置かれ、椅子がいくつもならんでいる。

そこには既に、族長が待っていた。

こんごうを見ると、族長は

「金剛様、さあ此方へ」とこんごうを上座へと案内した。

案内されるまま、上座へと座るこんごう

こんごう、そして岡少尉と曹長が順に座ると、直ぐに家の中から、マオを先頭に、島の女性達が、料理を抱えて現れた。

昼間、海岸で捕った魚の塩焼きや、お刺身が並べられた。

また数は少ないが鳥肉を焼いたものも並んでいた。

マオは、笑顔で、こんごうの前に、大きな鯛の塩焼きを置いた

「大きな鯛ね」とこんごうが言うと、

「はい、今日捕れた魚の中で、一番大きな魚です」

所々に焦げ目があるが、身も崩れず比較的綺麗に焼けている。

村人たちも、思い思いの場所に座ると、族長が

「皆の者、今宵は、艦娘金剛様をお迎えして、ささやかであるが、宴としたい」

そういうと、続けて

「我々は明日、暫しの間離れる。不安な者もおろう。しかし金剛様は約束された、悪しき邪神を打ち払い、海の安泰が訪れた時、我々を島へ戻すと。今はそのお言葉を信じて 明日を生きようではなか!」

「おう!!」島の若い衆達が一斉に力強く返事をした。

族長は、

「では、今宵は皆で楽しもう」

そう言うと席へ着いた。

こんごうの隣には、マオが座り、

「どいぞ」といいながら、箸を差し出した。

「ありがとう」と返事をしながら、それを受け取るこんごう

族長が申し訳なさそうに

「金剛様、本来なら、酒の一つでもお出ししたい所ではありますが、何分何もない島ですので」

「いえ、構いませんよ。皆さんのお気持ちだけで十分です」

そういうと、目の前の鯛へ箸を伸ばした

そっと身をほぐして、一口、口へ含んだ

じっとこんごうの反応を待つマオ

「うん、美味しい」

満足そうな顔をするこんごう

それを合図に、島の人達も次々と自分達の食事を始めた。

色とりどりの魚料理を食べる人々

よくよく考えれば、明日の朝には、島をでるのだ。

食料を残しておいても、意味はない、そこであるだけの物は、今日食べてしまおうという事である。

他の村でも、各村長の下 同様の食事会が行われていた。

「こうなると、やはり酒がないのが寂しいな」ぼそりと岡少尉がいうと、こんごうは

「そう? 私はこれでも十分いいわよ」と満足そうに焼き魚やお刺身に手を伸ばしていた。

まあ、こんごうとしては丸々一日ぶりのまともな食事だ。

岡少尉達の会話を聞いた曹長が、そっと

「実は、以前は少量ですが、日本酒などもあったそうですが、例の撤退時の食料供出の際に殆どが没収されていったそうです」

岡少尉は

「本当に、上の連中はやらかしてくれたな」

「はい」曹長はそういうと、つづけて

「あの司令部の連中は今どこに?」

すると岡少尉は

「大半はサイパン経由で本土に戻った。一部はトラックの陸軍守備隊に編入されている」

「トラックですか?」曹長は驚くと、岡少尉は小さな声で

「山下中将閣下率いる奪還部隊に同行してくるとの情報もある。いらん事をされる前に雲隠れしたほうが無難だ」

「そういう事ですか」

「ああ、曹長。留意しておいてくれ」

「はい」静かに頷く曹長

 

酒は無くとも、皆で集まって食事となれば話も弾む

日本兵達も、交代で食事に加わり、故郷の話などに華を咲かせていた。

よく見ればいつの間にかマオの隣には杉本二等兵が座っていた。

こんごうは、周囲にはお構いなく目の前の魚を猛烈な勢いで食べていた「う~ん 旨い」と一口ごとに声を上げていた。

そんなこんごうを見て、マオは

「あの、そんなに慌てて食べて大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。それに正直 美味しいから箸も進むわ」と満面の笑みで答え、

「中々 船の中では鮮度のいい魚は食べられないものよ」

「えっ、そうなのですか?」と驚くマオ

「そうよ、確かに周囲は海ばかり。竿を垂らせば、魚の一匹位は直ぐに釣れるわ。でも普段は艦内の食堂でちゃんとした献立があるから、勝手に魚を釣って食べるのは厳禁なの。休日とか、食料庫がさみしくなるとか、そういう事態にならないと、難しいわね」

「意外でした。毎日魚ばかりかと思って」マオは正直に答えると

「流石に、それは厳しいわね。私の艦でも数百人の人員がいるから、釣りして食料を賄いますなんてしてたら、深海凄艦と戦う暇もないわよ」

笑いながら、こんごうは答えた。

そんなこんごうに、マオは急に

「あっ、あの金剛さん」

「うん、何? マオさん」

マオは急に真顔になり、

「また、私と決闘してくれますか!」

「へっ!」 意外な問いに慌てるこんごう

「おい、マオ、なんて事を」

隣に座る杉本二等兵が慌てて声を掛けた。

マオは、しっかりとこんごうへ向い

「直ぐではなくて、今度お逢いできた時で構いません! もう一度 お手合いお願いします!」

マオは深く頭を下げた

「マオさん」

こんごうが優しく声を掛けた

マオは顔を上げながら、

「今回の決闘で、分かりました。マオはまだ力不足です。今回、島を出る事を機会に、色々な島を回って修行して、次回金剛さんにお逢いした時に負けないように頑張ります。ですから、その時はお手合いお願いします」

こんごうは、少し考え、

「ええ、楽しみにまってるわよ」

「はい!」元気に返事をするマオ

 

その会話を聞いていた岡少尉が、族長へ

「族長、いいのか」

「はい、金剛様がよろしければ、私としては構いません。それにマオを始め、島の若い者達には、今回の避難を通じて外の世界を知ってもらういい機会であると思います」

族長はそう言うと、

「島の殆どの住民は、島の外の世界を知りません。今まではそれでも生活できた。しかしこれからは島の外の世界を知らなければ島を守る事もできないでしょう」

岡少尉は、

「昔から、可愛い子には旅をさせよというが、まさに今回の避難は、その機会という事だな」

「はい、少尉殿」

族長は深く頷いた

そうしてマジュロ島の夜は静かに更けていった。

 

更けてゆく夜

ここトラック泊地 夏島にある料亭小松

多くの海軍軍人達やトラックに住まう日本人達で、連日賑わっていたが、そんな喧騒の中、離れにある一室では、重要な会談が行われていた。

その一室には、連合艦隊司令長官の山本。

そして 参謀長の宇垣中将

招かれたのは、マーシャル諸島マジュロ島奪還部隊を指揮する陸軍山下中将と副官であった。

離れの座敷には、予め4人分の料理と酒類がならんでいた。

先に来ていた山本と宇垣

程なくして山下中将達が女将に案内されて離れへと入った。

案内役の女将に山本は

「女将、あとはこちらでやるから」

すると女将は

「はい、受けたまわっております」と深く一礼すると、宇垣へ

「宇垣様、万事ご手配通りに」とだけ告げ、静かに席を外した。

山本は、山下中将へ

「まあ、何もない宴ですがどうぞ」といい、対面の席を勧めた

「これは」と恐縮しながら、座る山下中将と副官

山下は、山本へ向い

「急なお誘いでありますが、如何なされたのですか?」

「いや、山下君がこちらへ来てから、こういう席を設けていなかったのでな」と山本は答えながら、冷えたビールの瓶を山下中将へ差し出した

「これは、申し訳ございません」

山本は、ビールを注ぎながら、

「神楽坂辺りに比べれば、綺麗どころも居なくて、済まないね」

「いえ、今は作戦前の大事な時期でありますので」

すると、宇垣が

「まあ、榛名あたりがいれば華となったでしょうが」

「おっ、それなら金剛達もいたほうがいいか?」と山本がいうと、宇垣は

「長官、あの四姉妹に酒を飲ませると、長官の給金が一夜で散財しますよ」

「それはまずいな」

緊張していた山下中将に笑みがこぼれた

お互いに、杯にビールを注ぐと、山本が

「では、マーシャル諸島奪還作戦の成功を祈って」と軽く音頭をとり、乾杯しながら

山本は

「山下中将、陸軍の様子は?」

山下はコップを置きながら、

「はい、台湾で急編成した部隊ではありましたが、ここへ来て以降、部隊の編成も整い、また海軍のご協力で不足していた弾薬等の補給も本土よりサイパン経由で届き、感謝しております」

「では、準備は万端という事ですな」

「はい、山本長官」

山下陸軍中将は力強く答えた

山本の勧めで山下陸軍中将達は、料理に箸を勧めた

「いや、南方とは言え、この様な立派な料亭を誘致できるなど、流石海軍です」

料理を食べながら山下陸軍中将がいうと、山本は

「このトラックは、元々何もない所で、繫華街も小さかったが、本格的に海軍の南方拠点として整備が始まった頃に、士官用の慰労の場がないという事で、無理を言って出てきてもらった」

山本は

「その分、この地域の安全は 海軍が保障しなくてはならないが、将兵たちには陸は唯一の楽しみですから」

山下陸軍中将は、趣向を変えて

「山本長官。一度お聞きしたかったのですが、長官は陸軍が進める満州や支那大陸での戦闘を如何お考えですか?」

山本は 腕を組み

「難しい問題ですな。もうここに至っては抜本的な解決策はない。というか一体我々は何処と戦っているのか、それすらわからん状態ですからな」

「ええ、本来は支那事変を発端とした蒋介石率いる中国国民党との闘いであったはずが、ソ連の支援を受けた 共産党軍が中華民国内で勢力を伸ばし、敵国内での勢力図が流動的であるという事です」

「まあ、その為 我々は交渉を誰とすべきなのか、今一つはっきりとしない状況にある。既に支那大陸だけで 10万を超える犠牲を出した。止めようにも相手がはっきりとしない状況では、いかんともしがたいと自分は考えますが」

山本は静かに答えた。

「やはり、手を引くべきであると」

山下中将が聞くと、

「米国のご機嫌を損ねるという面もあるが、それ以上に支那大陸という底なし沼に、貴重な“人、モノ、金”を投げ捨てるような物だと考えています」

山本は、そう言うとつづけて

「昨年12月8日に真珠湾攻撃が失敗し、陛下の御英断により日米の開戦が中止された事は、ある意味、日本にとって救いであり、支那大陸の惨劇を太平洋で演じなくてよかったと本心で思っている」

「山本長官」山下中将は身を乗り出す

「山下中将。我々は米国という国を、見誤っていたのかもしれん」

「見誤る?」

「そう」山本はそういうと、

「最近、ある艦隊の指揮官からね、米国は“負け方を知らない国”だと教わった」

「負け方を知らない国?」

山本は、コップのビールを少し口へ含むと、

「当初 我々は陸軍による南方資源の確保と合わせて真珠湾の米主力艦隊を殲滅し、太平洋における軍事的均衡を崩し、我が方に有利な条件で、講和を結ぶ。そういう戦略思考で作戦を立てた。しかし、ここに一つ大きな落とし穴があった」

「落とし穴ですか」山下中将が聞くと、

「米国が、講和に乗るという事を前提にした戦略思考だったという事だ」

山本は、

「俺も、米国に打撃を与え、戦意を削ぎ、こちらからある程度の条件をだせば、米国は飲むと踏んだだがな、いよいよ今になって考えれば 稚拙な考えだったよ」

山本は続けて、

「相手は、建国以来、周辺国との紛争で負け知らず。工業も経済も右肩上がりの国が、そうやすやすと、頭を下げる訳がない。もしそれが出来る国なら、話がここまでこじれる事もない」

「う~ん」

深く息をしながら、思いにふける山下中将

「おまけに、深海凄艦という第三の勢力が現れた。これにより太平洋の軍事的勢力は三極化した。三つの柱がお互いを牽制する事で、倒れない、そんな状況だ」

山本は、コップを膳の上に置くと、

「今回のマーシャル諸島での作戦も、確かに力づくで相手を叩き潰す事はできた。まあ、それに見合うだけ此方も被害がでるが、ただそうすれば一歩間違えばミッドウェイの群体が占領しているハワイの日系移民、いやそれだけでなく現地の米国人へ仕返しと称して危害を加える事も懸念される。そうなれば米国の対日世論は益々悪化する」

「難しいですな。ただ勝つだけでは、結果として我が国にとって最悪の事態となるとは」

山下陸軍中将は厳しい表情をした。

 

山本は、

「最近ね、」

「はっ?」山下中将が聞き返すと、

「最近ね、たまに三笠と囲碁を打つ」

「ほう、囲碁ですか? 」

急に話が変わって慌てる山下中将

「まあ、三笠の様な玄人相手に、置石6つでも勝てる訳がないのだがな、いざ一局指してみると、所々で“勝った”と思う局面がある」

「ほう」

興味深く聞き入る山下陸軍中将

「その盤面は此方が押しこめたと思って、いざ終局して、整地をすると地合いで大差がついて負けているという事が多い。まあ三笠に上手く乗せられて、体よくあしらわれたという感じだな」

山下中将は、笑いながら

「流石三笠様ですな。負けて、勝つですか」

「まあ、そういう事だ」

山本はそう言うと、表情を厳しくして、

「今回の作戦の真骨頂は、まさしくそこだよ」

山下中将の表情が厳しくなった。

「それで、空母の大破の報や駆逐艦の損害を大々的に公表している訳ですか?」

先のパラオ艦隊、三笠艦隊の損害は、瑞鳳の大破、陽炎、長波の小破。そして三笠艦隊も五十鈴や涼風の大破や小破といった感じに、かなり損害を誇張して正式に公表された。

確かに敵の空母や重巡艦隊を仕留めたといえ、軽空母とはいえ貴重な航空戦力に損害を出したと、特に軍令部内の一部から非難の声が出ていた。

「まあ、此方が大破したといえば、敵も信じるしかあるまい。向こうは此方の戦力がだいぶ削がれたと思っているだろうね」

山本は意地悪く言った

「では、本当は」と山下中将が聞くと

「ご推察の通りですよ」

山下中将は、

「敵は浮足立つかもしれませんな」

「そう願いたいが、敵将もなかなかの曲者のようだ。今だに動きを見せない」

山本は残念そうにいうと

「だから、こちらから仕掛ける事にした」

「仕掛けますか? 山本長官」

それを聞いた、宇垣参謀長が、持参した鞄から一冊の冊子を取り出した

「現在 既に進行中の作戦です」といい、冊子を山下中将の下へそっと差し出した

それを受け取り、表紙を見る

表紙には、赤く“機密”の記載と“第四遊撃艦隊作戦計画書”とのみ記載されていた。

「拝見してもよろしいのですか? 宇垣参謀長殿」

「はい、ご覧ください」

山下中将は、そう言われそっと冊子の表紙を開いた

中を読み進む 山下の表情がさらに厳しくなった。

「山本長官! 敵本拠地タロア島のマロエラップ飛行場を艦砲にて攻撃とありますが!」

「ええ、その通り」

そこには、現在ポンペイ島にて待機中の金剛型戦艦四隻と軽巡五十鈴を中心とした水雷戦隊で、臨時編成の第四遊撃隊を編成し、マジュロ島を経由しながら敵哨戒圏を突破してタロア島南部海域より 敵マロエラップ飛行場へ夜間接近し艦砲にて使用不能状態にする作戦が記載されていた。

じっと計画書を 読み込む山下中将

「可能なのですか? ポンペイ島からざっと1400km近くあると記憶しておりますが、その間に 敵に見つからず近づく事など」

山下中将は素朴な疑問を、山本達へ投げかけたが、

「山下中将。じつは極秘裏に中間海域付近に、潜水艦を数隻、配備してあります。これにより敵情は、掴めますし上空の制空権についてもほぼ問題ありません」

宇垣参謀長が、自信ありげに答えた

「しかし、敵の本拠地に近づくという事は、もし発見されれば、マロエラップ飛行場から猛攻を受ける恐れも。敵艦隊が動く事も予想されますし、第一にマジュロ島の人質救出の件がまだ」

山下中将が聞き直すと、山本は

「それも考慮済みでね。もし金剛達が手前で発見されれば、目的を基地攻撃から敵の誘引へと切り替え、敵艦隊の誘い出しに使う。無論金剛達には十分その辺りを説明しているから、彼女なら上手くやる」

山本はそう言うと、宇垣へ

「立派な助っ人がくるらしいから、おれはそっちを期待したいが」

「自分も、そう思いますが」

会話の中身がわからない山下中将が

「助っ人とは? 山本長官」

「いや、済まんこっちの話だ。気にせんでくれ」

山本はそう答えながら、

「懸案の人質の件ですが、目処が付きそうだ」

「えっ、本当ですか! 山本長官!!」

山下中将や副官が身を乗り出す

宇垣が

「まだ極秘作戦なので、詳細は不明ですが、先発部隊がマジュロ島へ上陸したようです」

「おおお、遂に!」

山下中将が声を上げた

「現在、島民ならび残留陸軍部隊の撤退に向け、活動を開始したとの事です」

宇垣参謀長がそう答え、続けて

「なお、現地との連絡網が不安定な為、不明ではありますが確認でき次第、閣下にもご連絡さしあげます」

山下中将は

「マジュロ島の島民の安全さえ確保できれば、同島の奪還作戦も本格的に開始できます」

すると、山本は、一言

「山下中将。そのマジュロ島の奪還についてだが、貴官はどう思われますか?」

「といいますと、山本長官」

山本は

「確かに、マジュロ島は、マーシャル諸島の首都として重要な島であるのは事実であるが、島としてみれば、陸地も狭く、軍事的な価値は殆どないといってよい。それよりも以北 クェゼリン環礁などの方が 戦略拠点としての価値は高いと思われる」

「確かに、その通りです」

山本は、ぐっと山下中将を見て

「そこで、聯合艦隊として、山下中将へ提案がある」

宇垣参謀長が、直ぐに鞄から別の冊子を取り出した。

冊子を受け取り、中身を一読する山下中将

急に、驚きの声を上げた

「なんと! マジュロ島を無視するとは!」

「そう、マジュロ島を無視して、敵本拠地タロア島を制圧し、マーシャル諸島の北部奪還の中核拠点としたい」

「山本長官! タロア島制圧ですか!」

山下中将の横に座る副官も、驚きの声を上げた。

「ああ、マーシャル諸島の統治権の回復が今回の作戦の主たる目的です。その為にはクェゼリンやミリといった地域に点在する敵地上部隊を撤退に追い込む必要がある。その為にも制空権の確保は絶対条件です。制空権確保の為に、タロアの敵航空基地を奪取できれば、我々は今後の作戦が有利になる」

山下は、腕を組み

「確かに山本長官のご意見は真っ当でありますが、本職に与えられた任務はマジュロ島の奪還です。そのマジュロ島を無視して他の島を攻めるとなると参謀本部、いや大本営に楯突く事になりますが」

山本は、

「山下中将。なにもマジュロ島を攻めるなとは言ってはいないよ。あくまで攻撃目標として無視し、敵の本丸を叩くという事だ」

「どういう事でしょうか? 山本長官」

山本は宇垣参謀長を見て、

「参謀長、説明を」

「はい」宇垣はそう言うと、鞄の中から書類を出し

「先程も申し上げましたが、既に我が方の先遣隊がマジュロ島へ上陸し、島の内情について概略ですが連絡してきました。結論からいえば 敵性勢力はなく、島の内部には友軍兵100名程と、島民が1000名程度いるだけです」

「では、上陸しても敵はいないという事ですな」

「はい、山下中将」

「まあ、殆ど戦闘らしい戦闘にはならんでしょう」と宇垣は答えた。

山本は、

「陸軍としては、マジュロ島を奪還したという名目さえあればいいのでは?」

「まあ、少数の兵を上陸させて、守備隊を編成すれば事は足りると思いますが」

山下はそう答え、

「主力部隊は、そのまま温存し、タロア島を強襲して飛行場を奪取する。問題は参謀本部が“ウン”というかどうか?」

「その件については、此方で既に根回しを進めています。作戦が決行される頃には、参謀本部、軍令部ともに嫌とは言えない状況を作り出してみせます」

宇垣が自信ありげに答えた。

 

山下は、内心

“既に、海軍省と陸軍省の内部で摺合せをして、外堀を埋めているという事か、此方としては、マジュロ島に少数の部隊を揚げれば名目は立つ。それに例の参謀達の南進案より此方の方が、陛下の御意向に沿うものだ”

山下の不安そうな表情を読み取った山本は、静かに

「山下中将。今回のマ号作戦ならびに付帯する陸軍のマジュロ島奪還作戦の全体指揮は、陛下の御下命により、自分が全体指揮を執る事になっている。最後の責任は俺が持つ。安心してくれ」

要は、山本がマジュロ島ではなくタロア島の敵航空基地奪取の方が戦略に重要であるので、現場指揮官として、陸軍の攻撃目標を変更させた。と弁明すれば、大本営は納得するしかないのだ。

 

山下中将は、

「山本長官 御意向は解りました。ただ急な話なのでここでのご返答は出来かねますが」

「構わんよ、ぜひ検討してもらいたい」

横から宇垣が

「山下中将。この作戦自体は高度の秘匿性が求められます。この作戦構想自体を知るのは、トラックの海軍の中でもごく一部の将官のみです。陸軍の護衛につく第一艦隊の高須には今朝話したばかりです。決行寸前まで、信頼できる者以外には口外しないでいただきたい」

「はい、了解しました」

宇垣は、

「特に あの参謀本部付きの将校一派には決して漏れないようにお願いします」

「心得ました」しっかりと返事をする山下中将

山本は、

「では、今宵は十分に料理と酒を堪能しておこう、間もなく硝煙と怒号が飛ぶ日々だからな」

「はい」山下中将達も返事をしながら、善の上を料理と酒を堪能し始めた

 

その頃、山本達のいる離れへと続く中庭の木の影に一人の男が立っていた。

例の陸軍参謀本部付きの連絡将校である。

じっと木の影から、山本達のいる離れの方向を見ていた。

「やはり、ここからでは中の様子はうかがう事はできんか」

小さな声で 悪態をついた。

日頃から、山下中将達の行動を監視していた将校であったが、陸軍のトラック守備隊の者より

「今夜、海軍の山本長官と山下閣下が極秘で海軍料亭で会合を持つ」との情報を得た

守備隊の連中を使い、どのような内容の話か調べさせたが、奪還部隊の司令部要員誰一人として内容を知らされていない。

そればかりか、副官以外の者は同行しない完全な密会である。

「もしや、マジュロ島の人質の件か?」と思い、会談のある同じ時刻に 料亭に数名分の予約をいれ、守備隊の連中と料亭に潜り込んだ。

闇夜の中、中庭にでて、そっと山本長官達のいる離れへと近づいてきた。

塀際の木の影に隠れ、少しづつ離れへと近づいていく。

微かに人の声が、聞こえ出した。

障子ごしに、部屋の中に人の気配がする。

「あと少し近づけば、聞こえるか」

そう思い、そっと一歩を踏み出そうとした時、右の頬に冷たい感触を感じた

「!」

そっと、右を見ると、顔の直ぐ真横に、月明かりに光る日本刀の切先があった。

背後から、女性の声で

「へ~え、龍田。最近の鼠は 国防色の服を着て、歩くのか?」

すると、今度は左の頬に、薙刀の刃先が迫り

「あら~、天龍ちゃん。この人良くみたら、パラオで由良さんを殴った陸軍さんじゃない?」

同じく後から、甘い女性の声が聞こえる

「そうなら、遠慮はいらないな」そういうと、背中越しに

「おい、陸軍! ここは海軍の縄張りだ! 勝手にちょろちょろされては困る」

天龍は、そう言うと鋭く光る日本刀を陸軍参謀の頬へ近づけた。

目の前に日本刀の刃先が光る

「ふふふ、三笠様は御見逃したようだけど、海軍の縄張りに入り込んだ鼠を駆除したっていえば、いいのかしら~」

同じく薙刀の刃先が顔に触れそうになった。

刃先に映る自分の顔を見ながら陸軍参謀は、

「貴様ら、俺が誰だか知っているのか?」

「おう、知ってるぞ。パラオで由良にちょっかい出して、居合わせた特務艦隊の艦娘にボコボコにされた陸軍さんだろ」

天龍がそう言い放つと、龍田は

「ねえ、天龍ちゃん。後々めんどくさいから、ここで彼の首と胴体を泣き別れさせるってのはどう?」

「いいんじゃねえ。俺達の制止を振り切って中に入ろうとしたって言えば、何とかなるかも。大体俺達 艦娘に手上げといて お咎め無しってのが気に食わないな」

龍田の問いに天龍は、あっさりと答えた

「じゃ、そういう事で一気に殺っちゃおうかしら・・・」

龍田の殺気迫る高揚した声が響いた。

 

「ひっ!」

その声を聴いた陸軍参謀は、脱兎のごとく一気に駆け出すと、中庭を抜け自分達の部屋へと駆け込んでいった。

腰を抜かしながら、逃げる陸軍参謀を見ながら

「なん~だ、つまらん」

天龍の声が中庭に響いた。

 

部屋の外で、男の奇声が聞こえた。

「終わったようだな」

「そのようですね。提督」

6畳ほどの座敷に、膳が4つ

上座に座る男性が

「まさか、バッサリ、やってないだろうな」

「それはないとおもいますよ。龍田さんがついていますから」

銀色の髪をツインテールにまとめた女性が答えた。

「その龍田が一番危ないだろう。大体警護なら、天龍達より、青葉辺りでも良かったけどな」

すると、ツインテールの女性は

「提督。青葉さんだと、警護より、長官達の話を盗み聞きする危険の方が大きいですよ!」

部屋の障子が勢いよく開いた。

「よう、井上提督、鹿島秘書艦。仕事終わったぞ!」

威勢よく部屋へと入る天龍

「もう天龍ちゃんたら」

その後に薙刀を持った龍田が続いた。

「おう、お疲れ」

井上第四艦隊司令は、天龍と龍田へ席を勧めた

席に着く二人へ井上提督は

「で、どうだった」

「宇垣のおっさんの言う通り、例の陸の将校がうろついてやがったから、こいつでちょっと脅したら、腰抜かしながら逃げていった」

そう言いながら 愛用の日本刀をかざした。

にこにこしながら龍田も頷く

それを見た鹿島は、

“天龍さんより、龍田さんの脅しのほうが、効いたようですね”

 

その時、障子越しに

「皆さん、お揃いですか?」と声がした。

鹿島が、

「はい、お願いします。吹雪ちゃん!」

そこには、いつものセーラー服姿ではなく、仲居さんの割烹着姿の吹雪であった

手に持ったお盆には、よく冷えたビールの瓶が並んでいた。

「おっ、今日はここのお手伝いか?」

井上提督が聞くと、

「はい、宇垣参謀長より、長官達の密会のお世話を拝命しております」

「向こうは?」と井上が聞くと、

「はい、長官も山下閣下もお話が弾んでいるようでした」そう言いながら、ビールの瓶をそっと井上の膳に置きながら、

「強襲戦の件を長官が、ご提案されました。山下閣下はかなり関心を持ったようです」

「そうか、だと第一艦隊は忙しくなりそうだな」

「はい」吹雪は小さな声で答えた。

「明日にも、高須さんの所へ行くとするか」

そう言いながら、吹雪からビールの瓶を受け取ると、

「おう、天龍、龍田」といい、二人が持つコップへビールを注ぐ

皆、杯が揃った所で、井上は鹿島や天龍達、そして居合わせた吹雪へ向い

「マ号作戦は、実行段階へ入った。数日中に出撃がある。久々の大戦だ!」

「はい!」鹿島達が一斉に答えた

「では、勝利を!」と音頭を取った

一気にビールを飲み干す天龍

「うっ、うめ~!」天龍はビールを飲み干すと、横に座る吹雪へ

「吹雪! お前もどうだ」とコップを差し出したが、吹雪は天龍のもったコップへビールを注ぐと、

「天龍さん。残念ですけど、これから長官達の席のお世話がありますから」

そういうと、

「今日の席は、宇垣参謀長の奢りという事ですから、皆さん楽しんでください」

と告げ、席を外した

「さあ、今日は参謀長のおごりだ! 飲んどけ」と井上がいうと、

鹿島は

「あまり飲み過ぎて、明日きつくても、知りませんから」

「つう、うちの秘書官はきついね」井上達の笑い声が部屋に響いた

そうして、トラックの夜は静かに、更けていった

 

 

 




こんにちは スカルルーキーです

お待たせしました。
第62話 マジュロ島撤退作戦4をお送りいたします。

いや、前回の投稿が9月末ですからなんと2ヶ月も開いてしました。(反省してます)
当初の予定では マジュロ島撤退作戦編はこの回で終了させる予定でしたが、書き進めていくうちに、到底終わらないと感じて急所、切の良い所で投稿させていただきます。

しかし、もう季節は冬ですよ。
鍋の美味しい季節ですね。
個人的には、キムチ系なべより味噌とか醤油とか好きです。
辛い系は、食べた直後は、体が温まっていいのですが、後々キツイので・・
福岡は、水炊きという選択肢も。

次回は、「船が丘を走る」です
では

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。