分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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61 マジュロ撤退作戦3

 

水平線に、光が走り、静かに夜が明けていく。

こんごうは、そっと明けて行く空を見上げ声を上げた。

「今日も いい天気ネ」

 

そんなこんごうの姿を見て、岡少尉は、笑顔で

「なんだかんだ言いながら、やはり素は“金剛”という事か」

 

マーシャル諸島首都、マジュロ島の駐日本陸軍の指揮所

指揮所とは言え、小さな民家を接収して指揮所代わりとしていた。

本来は、マーシャル諸島の指揮命令系統を司る指揮所が別の所にあったが、撤退という逃走をした旧司令部の連中はご丁寧にも司令部として使っていた建物を破壊していた。

無論、無線機等の機材も持ちだしていてほぼ何もない状態であったのだ。

 

金剛(こんごう)は、外へ出て、指揮所前に立ち、両腕をゆっくりと頭上に伸ばし背伸びした。

「う~ん」

「疲れたか?」後から岡少尉はそっと声を掛けた。

こんごうは、

「疲れを隠しても仕方ないわ、小型艇での外洋航行に上陸。気疲れするなという方が無理よ」

「意外と正直だな」岡少尉はそう言うと

「そうね、無理に“疲れてません”とか言って意地張っても、良い事はないわ」

こんごうは、軽く屈伸運動をしながら、

「族長との面談、上手くいきそう?」

「それを俺に聞くな! 昔から交渉事は苦手だ」

それを聞いた瞬間、こんごうの動きが止まった。

「えっ、うそ!」

「お前に嘘をいってどうする!」真顔で答える岡少尉

「俺は、基本“影”の人間だ。表に出る事は苦手だ」

「えええ!」こんごうの大きな声が響いた!

「じゃ、何! 私が交渉するの!」

「そう言う事だな」岡少尉は、意地悪い笑みを浮かべながら返した

「ううう」唸るこんごう

「一応、話は伍長が粗方つけてくれていると思う。問題は向こうの出方だ」

「南洋庁からの避難指示書で、動いてくれる程 楽じゃないという事ね」

「そういう事だ。曹長達は何とか納得してくれたが、ここに来るまで多数の犠牲を払っている。そこを押し殺して納得した」

「ええ」頷くこんごう

岡少尉は

「島民にとって、現在の状況を作りだしたのは、深海凄艦ではなく、我々日本軍、いや日本という国家だ。それこそ誠心誠意、真摯な説得がいる」

 

「真摯な説得ね」こんごうは表情を厳しくしながら、

「まあ、ぶっつけ本番! 真向勝負しかないわね」

岡少尉は、

「そう言う所は、金剛家なんだな」

「あら、よく知っているわね」

「まあ、三戦隊指揮官だった中佐からも色々と聞いている。実に金剛一族らしいよ」

「おっ、おじ・・・」そこまで言いかけて こんごうは口を閉ざした。

まだ、元中佐と艦娘金剛との恋路が上手くいくとは限らない

正直言えば、二人の仲を知る者の間では金剛がいつ元中佐を押し倒すのかとさえ言われているが、身内としては、そこは考えものである。

こんごうは、頭を抱えて、

「これ以上、金剛姉さまが暴走して、金剛家の暗黒史に新たなページが刻まれないようにしないと」

そんなこんごう達を、そっと物陰から見る視線

 

こんごうは、視線に気が付き、そっとその視線の元を追った

陸軍の指揮所前、道路を挟んで反対側の家々の影からそっと此方を伺う視線

視線の主は、家の影からそっとこんごうを見ていた。

その視線へむけ、笑顔で軽く手を振るこんごう

その瞬間、視線の主は、物陰へ隠れてしまったが、直ぐにまたそっと家の影から此方を見ていた。

岡少尉が

「子供か?」

「そうね」こんごうは、静かに答えると、

その場にしゃがみ込み。再び視線の先を笑顔でみた。

すると、その視線の主は、そっと物陰から姿を現した。

小さなおかっぱ頭の幼女である。

じっとこんごうを見ていた。

こんごうが、静かに手招きすると、その幼女は、ゆっくりとこんごうの前まで歩み出てきた。

「こんにちは」こんごうが優しく問いかけると、その幼女はじっとこんごうの顔を見ながら、たどたどしい日本語で

「こんにちは」と挨拶してきた。

優しく幼女の顔をみるこんごう

この年代の子供としては、やや痩せてはいたが、顔色はよく、見た目の栄養状態が良い事に安堵するこんごう

“まだ、子供に食べさせるだけの事はできるということかしら”

こんごうは近づいて来た幼女の頭をそっと撫でた。

幼女の眼から、警戒心が消え、笑みがこぼれる。

こんごうは、そっと優しく

「お嬢ちゃん、一人?」

静かに頷く幼女

「そう」そう言いながら、優しく幼女の頭を撫でるこんごう。

幼女は、じっとこんごうの顔を見ながら

「お姉ちゃんは、艦娘?」とたどたどしい日本語で聞いてきた。

「ええ、そうよ」優しく、ゆっくりと答えるこんごう

そして、

「私は金剛、艦娘金剛よ」

「コンゴウ?」

「そう」こんごうは静かに幼女にそう答えた。

幼女は、

「金剛お姉ちゃんは、強いの?」

「ええ、強いわよ」とニコニコしながら金剛が答えると、

「じゃ、島の回りにいる悪い奴をやっつける事ができるの?」

すると、こんごうは、

「Hi、任せてネ」と笑顔で答えた。

その答えをきき、明るい表情をする幼女

先程までの、警戒する雰囲気が一気に明るい表情へと変わってゆく

 

その時、幼女の背後で、幼女を呼ぶ声がした。

「お母さん!!」幼女が声のする方向に大きな声で叫ぶ

道を挟んだ反対側の家の中から、一人の女性が飛び出してきた。

こんごう達のもとへかけよると、幼女を抱え

「申し訳ございません」と日本語で謝ってきた。

こんごうは、優しく

「いえ、大丈夫です」

女性は、こんごうを見て

「あの、日本の艦娘さんですか?」

こんごうは、笑みを浮かべながら、

「Hi、金剛デス! よろしくデス」

それを聞いた瞬間、女性は、深々と頭を下げ、

「娘が失礼をしました」と丁重に謝ってきた。

余りの謝り方に、こんごうは驚きながら、つい素で、

「いえ」答えながら、そっと、女性に抱きかかえられる幼女をみて、

「お子さんは、いくつですか?」と女性に尋ねた。

「はい、3才と半年になります」

すると、こんごうは、

「賢いお子さんですね。しっかりと私の問いに答えていました」

女性は、嬉しそうに

「ありがとうございます。海神の巫女様のお目にかなったというだけでも、この子の将来が開けます!」

明るい表情で答えた。

こんごうは、何気に答えたが、女性からしてみれば、“艦娘”とは、海神の巫女。

即ち島民が信仰する海の神の名代である。

その艦娘に“賢い”と褒められたというだけでも、この子にとっては大きな栄誉である。

幼女を抱きかかえながら、何度もお辞儀をする女性

そんなこんごうを見て、家々から、ぞろぞろと人が出てきた。

子供や女性が、直ぐにこんごうを取り囲んだ

遠巻きに男達が見ている。

口々に、

「艦娘様が、島に来た!」

「これで、私達は助かる」といい、次々とこんごうの手を取った

一人、一人に丁寧に答えるこんごう

一人の老婆がこんごうの前へ出て、こんごうの顔を見ながら

「ありがたい。本当にありがたい」と手を合わせてこんごうを拝んだ。

そんな老婆に対しても、こんごうは、そっと優しくその手をとり、笑みを絶やさず

「私達が来たからには、大丈夫です」としっかりと老婆へ答えた。

老婆は、こんごうの声を聴き

「海神は、この島を見捨てなかったのですね」

「はい」静かに答えるこんごう

 

こんごうの回りに、次々と島民が集まりはじめた。

それを見た、守備隊の曹長は、

「岡少尉殿、直ぐに島民を下がらせます」

そう言うと、島民へ対して、声を上げようとしたが、岡少尉は、それを制した

「構わん、金剛大佐が納得されるまで、島民と話をさせてくれ」

「しかし、岡少尉殿。恐れ多くも陛下と同格であられる海神の巫女 神の名代と言われる方々です。まして戦艦金剛大佐は、対深海凄艦での戦闘、第一次大戦での英国派遣など数々の戦歴のあるお方です。島民が気安く話かけるなど」

岡少尉は

「だがな、曹長。当の金剛大佐が、ああやって島民と話している。そこを無理に引き裂くのは 逆に無礼ではないか」

「はあ、しかし」困惑しながら曹長が話すと、

「うん、あれでいい」そう静かに答えた。

 

岡少尉は、ふとパラオの海岸で、子供達と海水浴をしながら楽しく遊ぶこんごう達の顔を思い出した。

「やはり、その本人の持つ魅力というのは、姿が変わっても、本質は変わらんという事だな」

そう言いながら、

「彼女には、不思議な力がある。人を引き寄せる魅力、何か見えない力の様な物を感じる」

そう静かに呟いた。

 

岡少尉達が、そっとこんごうと島民達のふれあいを見ていたが、

「曹長、戻りました」

背後からそう声を掛けられ、振り向くと伍長であった。

「族長と会えたか?」

「はい、早朝ではありましたが、やはり金剛大佐達が上陸した事を、村人から聞き及んでいたようです。面会の申し入れについては、了解を得ました。“1時間後に”という事です」

それを聞いた岡少尉は、腕時計を見て、

「朝の9時前か、まあ丁度いい頃だな」

岡少尉は、島民達と楽しそうに話すこんごうをそっと見守っていた。

 

 

 

「どうやら、無事に上陸できたようね」

いずものFIC(艦隊司令部)で、由良司令と並び席へ着くいずもが、そう声を上げた。

いずものFIC内部、前方の大型モニターには、マジュロ島周辺海域の戦術情報が、刻々と映し出され、中央のモニタ―にはマジュロ島上空で監視飛行を行うMQ-9リーパーのが捉えたこんごう達の姿が映し出されていた。

由良司令は、テーブルの上に置かれたマグカップをそっと持ち上げた。

なみなみと注がれたコーヒーが、今にもこぼれそうである。

そっとカップを口へ運びながら、

「毎度のことながら、こんごうの操船技術は大したものだな」

「あら、そうね」いずもは、意地悪く

「どこかの誰かさんも見習ってもらいたいものだわ」

自衛隊司令は、

「じゃ、今度俺が、この艦の操船指揮をしてみようか」

いずもは、眉間にしわを寄せ

「もう、やめてよ。内火艇でもどこ行くか分からないのに!」

「だったら、俺はじっとしているのが一番だな」

 

自衛隊司令は、気を取り直し

「周辺海域には、変化はないか!」

前方の戦術情報を統括する担当士官から、

「はい、E-2J並びに、ひえいからの戦術情報では、近隣圏内に敵性情報はありません。なおタロア島周囲に、敵性航空機の動きが検知されています」

大型戦術情報モニタ―に 拡大されたタロア島周辺海域の情報が映し出される。

複数の航空機のブリップ、そして島の北部には無数の艦艇群のブリップがあった。

「あの艦艇群にASM-3を10発でも撃ち込んでやれば、一気にケリがつくんだけど」

いずもは、残念そうにいうと、

「まあ、確かに反射率の大きな戦艦群をターゲットにE-2Jとリーパーで終端誘導を併用すれば 敵の主力艦艇群はほぼ全滅だ。だが、そうすれば・・・」

「思わぬ所に、敵を作る。でしょ」

「そう言う事だ。だから山本長官や三笠様も 俺達を前面に出さずに後方での情報支援という形を取った」

「でも、良かったの?」といずもが聞くと、

「いざという時、動けるのが俺達だけなら、前へ出る。だがまだ今回は日本軍に余力がある。問題は今後の戦局しだいという事だな」

自衛隊司令は、深く椅子にかけ直すと、

「人質というカードが無効化されたあと、それに気づいた奴らがどうでるか? そこが勝敗の分かれ目だ。もし、動いて出てくればこちらは機動戦と、情報戦で有利になる。もしタロアに籠れば、双方の被害は免れない」

いずもは、

「深海凄艦の玉砕戦の可能性もあるという事?」

司令は深く息を吐きながら

「それは、避けたい。無用な被害が出るばかりだ。出来るだけ海上戦力と陸上航空戦力を切り離して、各個撃破したい」

「そうなるように、仕向ける必要があるという事ね」

「ああ、海上戦力については、山本長官自らがおとりとなって、引きつけてくれる。タロアの航空基地の戦力を上手く無効化できれば、道は開けてくる」

自衛隊司令は、そう答えた。

「その為に、金剛さん達のマロエラップ飛行場強襲作戦は、重要な作戦という事ね」

「いずも、そう言う事だ。マジュロ島を奪還し裏口からマロエラップ飛行場を叩く。そうすれば、敵は出てこざるを得ない」

いずもは、時計を見ながら、

「金剛さん達は、ポンペイ島に着いた頃ね」

そう言うと、手元のレポートを見ながら、

「奇襲部隊の編成は 金剛さん達第三戦隊 戦艦4隻に軽巡五十鈴さん、白露さんに、時雨さん、五月雨さんに涼風さん」

「涼風さんの損傷はどうなんだ?」

「三笠様からの連絡では、戦闘には支障がない程度という事よ」

 

自衛隊司令は、

「まあ、五十鈴さんがついているなら問題ない」

そういうと、ぐっとマジュロ島が映るモニタ―を睨んで、

「ここから先は、手際よく事を運ぶ。情報の伝達速度が勝敗を分けるぞ」

「はい、司令」いずもは静かに答えた。

自衛隊司令が睨んだ戦術情報モニタ―に、タロア島南部より南下する数隻の艦隊のレーダーエコーが表示されていた。

進路はマジュロ島方面

既に、アンノウンコードからエネミーコードが割り振られ、情報担当官の指示の元、マジュロ島上空で待機するE-2Jの水上監視対象となっていた。

自衛隊司令は、

「あの南下する艦隊どうおもう?」

「どう?というと?」いずもが答えると、

「いつものマジュロ島監視の巡行艦隊ではないの?」

「だといいがな」自衛隊司令は、表情を厳しくし

「例の深海凄艦の発した警告文は見たか?」

「ええ、もし深海凄艦のミッドウェイ群体が、ジュネーブ条約に加盟していれば、抵触の恐れがあるわね」

いずもは、続けて

「残念だけど、まだこの時代 深海凄艦は国家として認められない。国家でない群体が条約に加盟し、批准する必要もない。だから彼女達は海で孤立した」

そして、

「本気で、マーシャル諸島の部隊は マジュロ島の島民を虐殺するかしら?」

自衛隊司令は、

「状況によりけりだが、可能性がない訳ではない。もし敗北が決定的な状況に陥った場合や向こうの指揮官が戦死し、指揮命令系統に混乱が生じた場合。考えたらきりがない。向こうにも血気盛んな連中はいるだろう。連敗が続けば、日本軍に対してダメージを与える為に、やりかねん」

「でも、今までは手出ししてきていないわ」

「ああ、人質は、生きているからこそ意味がある。言ってはなんだが、死体に戦術的価値はない」

自衛隊司令は、静かに語った。

そして、

「日本軍に対して、マジュロの人質の価値を再認識させる為に、一戦しかけてくる事は考えられる」

司令の横に座るいずもは、腕を組み

「そう言われると、あり得るわね。ひえい達に阻止させる?」

「いや、ひえい達の存在が露呈すれば救出作戦が根底から瓦解する。ここは監視に徹しろ」

自衛隊司令の指示を聞きいずもは、直ぐに担当員へ向い、南下する深海凄艦の艦隊を注視するように指示を出した。

「二日、二日粘れば、状況はこちらに傾く」

自衛隊司令は、そう強く言葉にだした。

頷くいずも

 

 

その頃、こんごうと岡少尉は曹長の案内で、マジュロ島の首長である族長に会うためローラの村中を通る道を、歩いていた。

三八式小銃を肩に担いだ数名の日本兵が護衛に付き、ぞろぞろと村の奥へと進む

道は舗装こそされていないものの、良く整備され軍のトラック程度なら通れそうな幅があった。

左右に並ぶ家々に、人の気配がある。

既に、数人の村人が、ローラの村だけでなく、近隣の村まで

「艦娘さんが、自分達を助けに来た!」とふれ回っていた。

そのせいか、こんごう達が家の前に来ると、次々と家々から人が出てきて、日本式に深々と頭を下げた。

こんごうは、笑顔を絶やさず

「Hi、おはようございマス!」と右手をひらひらと振りながら、挨拶して回った。

そんな金剛(こんごう)を見ながら、曹長は、

「やはり、艦娘さんの威厳は凄いです。自分達にここまで丁重な挨拶をする島民など殆どいません」

そう言うと

「岡少尉殿。やはり、今までの占領政策が上手く機能しているという事でしょうか?」

それを聞いた岡少尉は、

「曹長、それは違う。島民の敬意は、俺達ではなく、艦娘である金剛大佐へ向けてのものだ。それも日本海軍の軍人というよりは、海洋信仰の使者として意味合いが強い」

「艦娘さんは崇めるべき存在という事ですな」

曹長がそういうと、

「そういう事だ、曹長。彼らにとって艦娘とは、純粋に信仰の対象だ」

岡少尉は、続けて、

「曹長。それに先程言った占領政策というのも、間違っている」

「と、いいますと?」曹長が聞くと

「このマーシャルを含めたミクロネシアは、占領地ではなく、あくまで統治領だ。我々は第一次世界大戦の戦利品としてこのミクロネシアを取ったと勘違いしている者も多いが、あくまで国際連盟により委託された地域、各地域が独立するまでの後ろ盾になる事が目的だ」

岡少尉は、続けて、

「軍事、経済的支援を行う事で、自主独立を促し親日国家を建設し、ひいては国際社会における、日本の外交力を強化する」

少尉は、表情を厳しくして

「併合した朝鮮半島や、外交政策を無視した関東軍のごり押しで建国した満州の二の舞は避けなけばならん」

曹長は

「難しいですな、岡少尉殿」

「いや、大したことはない、銃剣より対話、尊重と敬意。これを忘れない事だ」

曹長はしみじみと

「関東軍の時代、岡少尉はそれを忘れませんでしたな」

すると岡少尉は

「ああ、お蔭で未だに“万年少尉”のままだがな」と笑いながら答えた。

 

曹長と歩きながら、そんな会話する内に、少し開けた場所へ出た

周囲を木々に囲まれ、前方には、この地方特有の高床式の住居

さほど大きくはなく、普通の住居と同じ程度の大きさだ。

その住居の前は広場の様になっていた。

その住居の前に、数名の男性が椅子に座っているのが見えた。

中央に座る初老の男性

その左右にも、如何にも村長といった感じの男達が椅子に腰かけていた。

こんごう達の姿を見たその男達は椅子から立ち上がった。

 

曹長は、男達の前まで岡少尉とこんごうを案内すると、中央の男性に向い

「この者が、このマジュロ島の村々を治める族長です」

そう言って、初老の男性を紹介した。

深く一礼する初老の男性

「この島を治めております、族長でございます」たどたとしいが、はっきりとした日本語で挨拶された。

こんごうも、

「日本海軍 第一艦隊第三戦隊 旗艦戦艦金剛デス」とゆっくりとはっきりと聞こえる様に初老の男性へ答えた。

横に立つ岡少尉も、姿勢を正して

「日本陸軍 パラオ諸島駐留部隊 偵察中隊1小隊所属 岡です」

 

二人の挨拶を聞きながら、初老の男性は、優しい表情であったが、その眼光は鋭かった。

“此方の出方を伺っているという所だな”

岡少尉はそう感じた。

族長は、左右に立つ男性達を見ながら、

「この者達は、各村々の村長でございます。このマジュロ島の事はこの者達と協議の上 決めております」

 

それを聞いたこんごうは、身を引きしめた。

“ここにいる人達が、この島の実質的な行政執行者ということね”

 

族長は、静かに

「遠路、このような田舎の島に、海神の巫女である艦娘様がこられるとは、いったい何事でございますか」

岡少尉は、曹長に対して、

「族長達は、日本語は大丈夫なのか? もし不自由なら英語でも、マーシャル語でも俺が通訳するが」

「はい、少尉殿。日本語で大丈夫です」

その答えは、族長から帰ってきた。

こんごうは、数歩前に歩み出て族長の前に立つと、深々と頭を下げた。

静かに頭を上げると、

「早朝より面会に応じて頂き、ありがとうございます」

「いえ、その様な。もし事前に艦娘金剛様がこの島へ来る事が分かっておりましたら、何もない島でございますが、出来うる限りの歓待をいたした所でございます」

こんごうは、族長の返事を聞き、

「まず、始めに日本海軍を代表して、マジュロ島への物資補給について、度重なる失敗をお詫びいたします」

「いえ、島民に対する補給の件については、事情は分かっております。あなた方 艦娘様達が危険を冒してこの島へ近づこうとした事も聞き及んでおります。元々何もない島。自給自足が当たりまえの島でございます。そう御気になさらないでください」

こんごうは、ここまでの会話を聞き

“この族長は手ごわい”そう感じた。

 

普通 日本軍へ対する憎悪があるなら、いくら取り繕っても態度や言葉尻に嫌悪感がでる。

しかし、この族長はそれがない。

過去の経緯より、何故危険を冒してまで、艦娘である自分がここまで来たのか?

それを知りたがっている様に感じられる。

 

こんごうは、そっと左後に立つ岡少尉を見た。

静かに頷く岡少尉

こんごうは、呼吸を整え、本題へと入り始めた

「族長。本日私が、このマジュロ島へ来たのは、艦娘艦隊総大将であられる三笠大将の名代として、マジュロ島の長である族長へ三笠大将よりの信書をお持ち致しました」

そう言うと、足元に置いてあったバッグのサイドポケットから、一通の手紙を取り出し、静かに族長へと渡した。

手紙を受け取り、静かに開封する族長

書面へ、視線を落とす族長

そこには、三笠の直筆による今までの海軍の補給並びに支援活動に対する不備と、陸軍守備隊の逃亡に関する詫びが綴られていた。

内容的には、日本陸海軍の不備を認め、その責任の所在について三笠が責任をもって追及し、対処するとしたものである。

族長は、親書を見終わると、その書面を居並ぶ他の村長達へと渡した。

そして、

「艦娘三笠様の御意向は解りました」族長はそういうと、

「以前、この島にいた日本軍の守備隊につきましては、島民の中には、“我々を見捨てて逃亡した”と悪意をもっておる者も多数おります。またその後の補給についても陸軍は何もしてくれなかった事と合わせ 不信感がつのっております」

「はい、それについては当方も十分理解しております」

こんごうは、丁重に答えた。

こんごうは、

「その件について、日本帝国陸海軍の首脳部は島民の皆さん、そして残留部隊の記録等から当時の対応を精査し、処分が必要なら厳しく対応するとの事です」

すると一人の村長が前へ出て

「日本軍は、いつもそう言う都合のいい事ばかりいう!」と厳しく声を上げた。

族長が手で制したが、その村長は

「族長! あの件をお忘れですか!」

 

岡少尉は、曹長へ向い

「あの件とは?」

「はい。誠に言いにくいのですが、その元あったマーシャル諸島方面の司令部部隊が、撤退する際、住民には、深海凄艦との戦闘を行うといい、村々の貴重な食料を接収したのです。実際は防衛任務を放棄し、沖合に待機させていた船で撤退したそうです」

曹長は続けて、

「自分達がこの島までたどり着いた時、島には殆ど食料らしきものはなく、細々と近海での漁でしのぐありさまでした」

そして、曹長は

「族長は、このように現状を理解されていますが、近隣の村では今でも日本軍に対する嫌悪感はくすぶっています。中には、強制的に食料を供出させた所もあったそうです」

「曹長。自分達を助けてくれると思った日本軍が食料だけ奪ってトンずらしたとなれば、そう思うのも仕方ないな」

岡少尉は、

「その時、食料を接収した者達の所属と氏名は解っているのか?」

「はい、少尉殿。元司令部の人員名簿が残されておりましたので、聞き取りした所大まかな所は」

それを聞いたこんごうは、

「事情は了解しました。その件を含め、今回の件については厳しい処分を行って頂けるように、私から三笠様、そして聯合艦隊山本イソロク長官に具申いたします」

族長は

「約束して頂けるのでしょうか?」

「はい、海神に誓って」

そう言うと、こんごうは丁重に 族長へ向って頭を下げた。

 

岡少尉も同じく頭を下げた。

曹長以下の兵もそれに続く

 

族長は、しばしこんごうを見て、

「わかりました。その件につきましては金剛様へお任せいたします」

それを聞いたこんごうは、そっと少尉を見た。

頷く岡少尉

少尉は、内心

“これで マジュロ島の司令部の撤退に関する証拠は揃った。問題は誰が撤退の指示を出したのか謎の部分が多い。ここは慎重に調べていく必要がある”

 

族長は、こんごうを見て

「三笠様からの信書には、自分達に“早急に島からの避難を”と書かれていたが、これはいったいどういう事でしょうか」

 

こんごうは、今回の上陸の核心部分の話を始めた。

「私がこの度島に来たのは、帝国海軍並びにミクロネシア地域を所管する南洋庁より、マジュロ島の島民全てに、一時避難を勧告する為に参りました」

「なんと、避難ですと!」驚く族長

ざわめく村長達

こんごうはざわめきが収まるのを待って

「近い将来、この島の近海は戦場になる可能性があります。いえ、可能性ではなく戦闘が起こると言った方がいいでしょう」

「戦いがここで起こるという事ですか」族長が聞くと、

「はい」こんごうは静かに答え、そして

「現在、日本陸海軍は、共同でこのマーシャル諸島方面の統治権回復の為、マーシャル諸島の奪還作戦を実施しています」

「奪還作戦ですか」族長がきくと、

「はい、作戦は既に実行段階です。まずこのマーシャル諸島方面への海路を確保する為に、障害となっていた敵深海凄艦の潜水艦艦隊を殲滅しました。また中間海域に展開していた敵空母群も、撃退しマーシャルまでの道を確保しました」

「では」

「はい、族長。私がこのマジュロ島まで無事に到達で来たのがその証拠デス!」

こんごうは自信をもって答え、そして

「日本海軍は海域の制海権の奪還、そして日本陸軍はこのマジュロ島を中心とした諸島の奪還を目的に、作戦行動にはいりました」

「では、この近海で戦闘が」

「はい、近海ではなく、この島を中心に上陸作戦が予定されています」

族長は、表情を厳しくして

「それでは、我々島民が巻き込まれてしまいます」

「はい、それを防ぐ為に、島民とこの島の守備隊を深海凄艦に察知される事なく、全員一時的に別の安全な島へ避難して頂きたいと思います」

すると別の村の村長が

「島を捨てろというのか!」と声を上げた。

「そうだ! 避難といいつつ我々を追い出してこの島を占領するつもりだろう!」

次々と村長達が声を上げたが、こんごうは眼光鋭く、

「その様な事はありません!」と厳しく声に出した

こんごうは、岡少尉を見て、

「少尉」と話を促した。

岡少尉は、一歩前に出て、静かにそして、重く

「本撤退作戦は、日本国の元首であられる今上天皇の命により実施される。陛下はこのマーシャル諸島、とくにマジュロ島の島民の苦難にご配慮され、陸海軍の首脳部に対し、その全力をもって無血撤退せよと勅命を発せられた」

その言葉を聞いて、姿勢を正す曹長達

「また、陛下は島民の財産についても可能な限り保全せよときつくお言葉にされた。そのお言葉を受け、すでにトラック島には、統治権回復後の行政を管理する南洋庁の職員が

待機している。島民の財産には我々日本陸海軍は一切手を付ける事は出来ない」

族長は、

「では、我々の避難後の島の財産は保障されるという事ですか」

「そうだ! 陛下が勅命にて命じている」

それを聞いて、顔を見合せる村長達

こんごうは、そっと優しく

「もし、その命に逆らう者がいれば、艦娘大権を持つ、三笠様が切り捨てるでしょう」

 

族長は息を飲んだ。

“日本軍は本気だ!”

族長はそう踏んだ

“味方を犠牲にしても、この島、いやマーシャル諸島の統治権回復に全力であたろうとしておる。 ドイツ帝国とは大違いだ”

“その証拠に、艦娘金剛様をこの地まで、危険を冒して使者として派遣された、ここはどう答えるべきか”

族長は苦慮した。

顔を見合せる村長達

 

こんごうは、内心

“あと一歩で”と思った。

交渉は、序盤此方の非を認める事で、相手の不満を前面に出させた。

それに対してこちらは、身を切る覚悟で臨む事を伝え、本気度を伝えた。

あとは、族長達がどうでるか?

このまま島に残っても、戦闘に巻き込まれる可能性がある。

選択肢は少ない

 

顔を見合せる村長達の中から、

「深海凄艦は今までこの島を攻撃した事はない、封鎖しているだけだ! 彼らは我々を攻撃しないのでは?」

という声が出た。

 

しかし、こんごうの答えは

「その答えは Noデス!」

であった。

「先日、トラック島とマーシャル諸島の中間海域で前哨戦と言える海戦がありました。敵は、軽空母、重巡を含む艦隊がほぼ全滅。日本海軍は軽空母が損傷したものの、他に被害はなく、圧倒的に我が軍の有利で海戦を終えました」

「ほう! それは」驚く族長達

「深海凄艦のマーシャル駐留艦隊は、我が軍の攻勢を恐れ、日本海軍が中間海域より東に進軍した場合、このマジュロ島の残留部隊ならび島民を無差別攻撃するとラジオ放送で、通告してきました」

「なんですと!」驚愕の表情を浮かべる族長達

「族長!」村長達が顔を見合せた。

族長は、暫し考え

「では、我々島民は、日本軍にとって、“喉に刺さった魚の小骨”といった所ですか」

 

「はい」こんごうは静かにうなずいた。

族長は、しっかりとこんごうを見て

「避難先は?」

「ここから、西へ900km程の距離にあるクサイ島です」

族長は、

「避難すると、いってもクサイ島も我が島と同じ貧しい島。我々が大挙して押しかけては」と心配そうに聞く。

しかし、こんごうは、笑みを浮かべ

「そこは、大丈夫ネ! すでにクサイ島の族長から了解を得ています。皆さんには海軍が用意した避難地へ入って頂きます」

「では、避難場所があると」

「はい、住居とはいきませんが、ちゃんとした宿営地をご用意しました。食料や必要な物資も海軍が責任をもってお届けシマス!」

族長は、

「ここからの具体的な避難の方法は? まさか小舟でという訳には」

こんごうは、ニマリとしながら

「既に、この島の西40km程の距離に、重巡2隻、空母1隻からなる救出部隊が待機しています。此方の準備が整い次第、島の10km圏まで接近し、特殊航空機や上陸用特殊舟艇を使い、皆さんを収容します」

「島の周りは機雷で囲まれていて、大型の船は接近できないが」族長が聞くと、

「はい、そこは考慮しております。問題ありません」こんごうは自信たっぷりに答えた。

「すべて、計画済みという事ですな。金剛様」族長が聞くと

「はい」

そして、こんごうは

「この救出計画で、もっとも重要な事は、撤退行動を敵に察知される前に皆様を艦艇に収容できるかです。島民の皆様の協力が絶対条件です」

 

「う~ん」腕を組み唸る族長。

族長の回りに村長達が集まり、マーシャル語と呼ばれる現地語で話を始めた

聞かれたくない話なのだろう。

 

こんごうは、そっと考えた

“族長達の選択肢は少ない。我々に協力して、島から撤退するか、それもと残留して戦闘に巻き込まれるか”

“いままで、相手が攻撃して来なかったからこれからもしないという保証はない、戦局が変化してきている事が認識できれば、出る答えは一つだわ”

 

数分、族長と村長の話が続いたが、族長が手を上げた。

皆の声が止まった

族長は、こんごう達の前に出て、何かを言いかけた。

 

“決まったわ!”こんごうは、そう確信した

しかし、その瞬間こんごうの左手がグイっと後ろへ引っ張れた。

「えっ!」

前方の族長達へ神経が集中していた事もあり、足元を崩しながら、後方へ倒れ込むこんごう。

 

ズボ!

 

今までこんごうが立っていた地面に、何かが突き刺さる音がした。

「きゃ!」

こんごうは姿勢を崩しながら後方へ倒れたが、咄嗟に誰かの体にしがみついた。

一瞬閉じた眼を開けると、そこには岡少尉がいた。

こんごうは、後方へ倒れながら、なんと岡少尉へ抱き着いていた。

「えっ、あっ!」と声にならない声を上げる。

「大丈夫か!」岡少尉が、小さな声で声をかけると、こんごうは、

「いきなり、何!」とムッとした顔で岡少尉を睨んだ。

すると、岡少尉は、

「見てみろ!」とこんごうがさっきまで立っていた所を睨む

 

そこには、一本の矢が地面に突き刺さっていた。

地面に斜めに刺さる小さな矢

 

「何、あれ?」

岡少尉に抱きついたまま、こんごうが聞くと、その答えは、近くの木の上から聞こえた

 

「だまされないで!!」

女性の声で片言の日本語が、周囲に響く

こんごう達が声の方向をみると、右手の奥の木の上に、一人の女性が立っていた。

皆の視線が注がれる中、その女性は器用に木の上から飛び降りると、軽やかに地面に舞い降りた。

 

地面に立つ女性

こんごうは、岡少尉から離れると、じっとその女性を見た。

一見すると15才くらい? いや顔は幼いが体はしっかりとしている。

日焼けした肌、見える腕や足には、ぜい肉は無く木から飛び降りる時の動きもしなやかである。

こんごうの第一印象は“小さな日焼けしたひえい”といった感じである。

 

その女性は、左手に弓を持ったまま、鋭い眼光でこんごうを睨んだ!

“いい眼をしているわ”こんごうは、一瞬そう感じた

“力のある眼”若い気力溢れる眼であった。

 

「皆! 騙されないで!」

女性は、鋭い声で、そう言い放った。

 

族長は、怪訝な声で、

「これ、マオ! 艦娘様に失礼ではないか!」

すると、マオと呼ばれた女性は、

「お父さん! この娘はあの日本軍です! 私達を見捨てた日本軍なのですよ!!」

そう言いながら、ぐっとこんごうを指さした。

そして、

「深海凄艦が来る前までは、島を占領して、威張り散らし、いざ敵が来たらさっさと食料を奪って逃げたあの日本軍の一員です!! 許せる筈はありません」

マオは、凄まじい形相で、こんごうを睨んだ。

「止めないか、マオ」

族長は、慌てながら前へ進み出ると、マオの横に立ち

「確かに、そうであるが、艦娘様は、海の神の名代。 我々の神である海神の使い。決してその様な口の利き方は」

「ですが、その娘は、日本海軍の軍艦の魂を憑依させた、元はと言えば人間です。神というには!」

マオは直ぐに反論し、

「お父さん。この娘は我々に島から出ていけなどと、勝手な事を! 決して受け入れる事はできません」

「しかしの、マオ。この島で戦いが起こるとなれば、島民への被害は計り知れん。家や家畜を失う事になるかもしれんが、島民の命に代えることなど」

族長は、そう言いながら娘を説得した。

しかし、娘のマオは

「なら、簡単な事。この島を守ると日本軍が約束したなら、大きな戦艦を沖合に並べて あの深海魚を寄せ付けなければいい!」

「これ、マオ」族長が慌てた。

マオの言い分を聞いていたこんごうであったが、

「えっと、マオさんでよろしいのかな」

「そうよ」マオはやや高飛車に答えた。

こんごうは、静かに

「本来なら、戦艦や空母をこの島に大々的に派遣して、島を防衛するのが一番いいけど、そうは問屋が何とかでね、大型の戦艦や空母が中間海域を超えた瞬間に ここから200km北にある敵の本拠地 タロア島から大挙して敵の爆撃機が 1時間で飛んでくるわ」

こんごうは、続けて、

「そうなれば、島の人達には逃げ場はない。今回私がここまで来れたのは、敵の動きを察知して少数の部隊を率いてきたからなの、大部隊を派遣できない理由はそこなの」

 

マオは

「じゃ、なに日本軍はそれだけ弱いって事」

「まあ、正直いえば、どっこいどっこいかしら。戦力、力の差は殆どないわ。私達が今までこのマーシャル諸島方面を奪還できなかったのは、この島の島民を人質に取られていた為よ。でもようやく相手に隙ができた。脱出するには今しかないわ」

 

こんごうの後に立っていた、守備隊を預かる曹長が

「マオさん! マオさん達の気持ちもわかる。日本軍の一員として、この島を守り切る事が出来ないこの状況、平にお許し願いたい」

そう言うと、頭を下げた。

一斉に倣う部下達

曹長は、マオを見ながら

「確かに今までは、深海凄艦はこの島を攻撃して来なかった。それは我々が人質としての価値があったからだ。しかし、状況は変わった。我が軍の反攻作戦が開始されれば、この島は確実に見せしめとして攻撃され、多数の死傷者がでる。いやもっとも怖いのは、敵の陸戦隊が上陸し、島民の魂が餌食となる事だ。すでにソロモン諸島では多くの住民が犠牲になった。それだけは絶対に避けたい」

深く頭を下げる曹長

マオはじっと考え、

「解りました」と渋々と答えたが、急にこんごうを指さし、

「その代わり、この艦娘を叩きのめす!」

 

「えっ!」

驚く族長や曹長達

「これ マオ! なんと恐れ多い事を」慌てる族長や村長達へ向いマオは

「確かに 曹長さんがいう事にも一理あります。でも島民の中には 自分達を見捨てた日本軍に対して、恨みを持つ者は多い。島の意思決定をするお父さんや村長さん達が納得しても、どうやって島の人達を納得させるの!」

「しかしのう」族長はやや困った顔をしたが、マオは

「こう言う時は、昔からの習わしで “決闘”で決めるのが一番」

マオはそう言うと、家の中に入ると、直ぐに出て来た。

右手には、2本の短剣を模した木刀をもっていた。

刃渡り30cm程の両刃の短剣を模したものだ。

マオはその一つをこんごうの足元へ投げた。

「取って」

マオにそう言われ、短剣の木刀を取るこんごう

それを見たマオは、

「族長、島の戦士を治めるこのマオ。決闘をもって島の行く末を決めます」

「しかし、マオ。相手は艦娘の長、三笠様の名代。ただでは済まぬぞ」

族長がそういうと、

「構いません!」

マオは、こんごうを睨みながら答えた。

 

マオは

「いい艦娘! 私が勝てば私達はこの島から一歩も出ない」

するとこんごうは、

「じゃ、私が勝ったら素直に指示に従ってくれる?」

ムッとしながら、マオは

「ええ、いいわ。その時は私が責任をもって島民を説得する」

続けて、マオは、

「勝敗は、どちらかが負けを認めるか、戦えなくなるまで」

 

こんごうは、後に控える岡少尉へそっと

「それでいい?」

すると岡少尉は、ニマリと笑みを浮かべ

「お嬢さん、もう一ついいかな?」

「なに!」

「金剛大佐は、霊力を使わない、使った瞬間に負けとする」

「えええ、うそ!」今度は、こんごうが声を上げた。

岡少尉は、小さな声でそっとこんごうに、

「霊力で威圧すれば、瞬殺だろうが、それでは島の者達は納得せん。ずるしたと言われるぞ」

「ううう、分かった」渋々了解するこんごう。

 

マオの口元に、笑みが見える

“ふふ、これで、此方にも分がある。最初は艦娘って事で、分が悪いと思ったけど、霊力が使えないなら、ただの綺麗な顔したおばさんだわ!”

 

マオは、木刀を構えた。

こんごうは、諦め顔で、右手でほんの少しだけスカートをたくし上げ、スカートの下、右足の太股に隠して装備したCQBホルスターから9mm拳銃を抜きだした。

「いじっちゃ、ダメよ」と、後の岡少尉へそっと渡した。

9mm拳銃を受け取りながら岡少尉は、

「勝算は?」

すると、こんごうは、

「う~ん、五分五分かな」

「おっ、意外と弱気だな」

こんごうは、振り向きながらマオを見た。

「あの子 強いわ」

「ほう」

「こう、なんていうか動きは粗削りだけど、若手を治めると言い切るだけの実力はあるという事ネ。舐めて掛かると痛い目をみるかも」

「慎重だな」と少尉がいうと、

「まあ、1000名の命がかかっているわ、此方も本気でいく」

そういうと、マオへ向って歩きだした。

5m程の距離を置き対峙するこんごうとマオ

 

岡少尉は、曹長達に下がる様に合図すると、曹長達や族長達は一斉に後へと下がった。

両手で、木刀をしっかりと構え、姿勢を低くし攻撃的な態勢を取るマオ

対するこんごうは、右手で木刀を持ち、左手はそっと後へ回して、楽な姿勢をとった。

対称的な構えを見せるこんごうとマオ

 

こんごうは、じっとマオの姿を見た。

「いい眼をしているわ」

真っ直ぐ此方を睨む清んだ瞳

邪神を知らぬ、清んだ瞳

じっと精神を整える。

マオが纏うオーラが、実体化する。

マオの背後に、明るい炎が見える。

自らの信念に基づく、明るい光を放っていた。

「この子は、正しき道を歩む者」

こんごうはそう呟いた。

 

「攻めにくい」

対するマオは、木刀を構えながら、こんごうを見てそう思った。

最初、軽く木刀を構えるこんごうを見て、

「なんだ、その程度。やっぱり艦娘とはいえ、船が無ければ ただの人」

そう高を括ったが、いざ正面に立つと、こう、なんというか攻める場所がない。

胸元まで引いた木刀。

踏み込めば一撃を与える事ができそうであるが、あの胸元にある木刀の切先が微妙に此方を見ている。

下手に突っ込めば、一撃で突きを食らう!

「隙があるようで、攻める事ができない」

そう思わせる雰囲気を相手は漂わせていた。

表情にも、余裕がある。

口元に笑みを浮かべ、此方をみている。

対峙するだけで、此方の余裕がどんどん目減りするのが、身をもって感じる。

「間を置けば此方が不利になる、隙が無いなら、隙を作るまで。私の得意の連打で相手がひるんだ時、一撃を加える!」

マオはそう思うと、木刀を握り絞め、呼吸を整えた

「行くぞ!」

両手で握り絞めた木刀を こんごうへ向け振りだした。

 

マオのその表情の変化を、こんごうは見逃さない

「来るわね」

そう思いながら、じっとマオの顔を見た。

一身に此方へ向け、敵意を表すオーラが出ていた。

「そんなに、しなくても」と思いつつこんごうは

「初手は、受けて流すか」といい、胸元で構えた木刀を軽く少しだけ前方へ出した。

その時、マオが木刀を振りかざして、突進してきた。

 

「てっやー」独特な掛け声と共に、突進するマオ

振り上げた木刀を、こんごうめがけて、一気に振り下ろす。

しかし、こんごうは慌てる事なく、右手にもった木刀で、それを軽々と受け止めた

“カッン!!!” 重く木刀のぶつかり合う音は響く

渾身の力を込めて、撃ち込んだマオの一撃を、こんごうは、右手首を捻り、木刀の刃先で滑らせ、軽く躱した。

「くっ、」

マオは最初の一撃が躱されたと悟った瞬間、即座に一歩下がり、大きく右へそらされた木刀を切り替えして、こんごうの真横を狙った。

しかし、その一撃もマオの木刀の切先を追うこんごうの木刀により、あらぬ方向へと流されて行く。

 

その光景を見た族長は、

「うむ、素晴らしい。流石に艦娘様だ」と驚嘆の声を上げた

「族長?」

横に立つ別の村の村長が聞くと、族長は

「見よ、娘の力任せの攻撃を、金剛様は、剣の切先を切り返すだけで躱しておる」

「確かに。しかし、族長。攻めているのはマオの方です。マオが有利という事では?」

「のう、マオの足元を見よ」族長がそういうと、村長達はマオの足元を見た。

既に、数回に渡りこんごうへ打撃を行っている為、マオがいる辺りの地面は荒れていた。

族長は、

「それに比べ 金剛様は足一つ、動かしておらん」

そう言われ、村長達がこんごうの足元をみた。

そこには、最初の楽に構えた足位置から、殆ど動いては居なかった。

「金剛様は、殆ど動いておらん、それに比べ娘は、動き過ぎだの。これでは自滅する」

族長はそう語った。

その言葉を裏付けるように、マオは激しい撃ち込みを数回繰り返してはいたが、こんごうに軽くあしらわれ、攻めあぐねていた。

 

「くっ、なんで効かないの!」

マオの焦りがつい声に出た。

 

「岡少尉殿! 止めてください」

曹長が、慌てながら岡少尉へ懇願した。

「ん」

まるで、他人事の様に返事をする岡少尉

曹長は、

「少尉殿! もしこれで金剛大佐に怪我でもあれば、陸軍としては一大事です!!」

しかし、岡少尉は

「問題ない」と静かに答え、

「さて、どうする。こんごう」と静かに囁いた。

 

マオは先程から、渾身の力を振り絞り、連撃を繰り出していたが、その全てをこんごうに防がれていた。

狙った先に、一撃を加えるが、必ずといっていいほど、先にこんごうが構える木刀の切先がそこにあり、渾身の一撃を軽やかに躱していく。

「くっ、なんで当たらないの!!」

マオは こんごうから距離を取りながら焦りが、つい声に出た。

 

目の前にいる艦娘は、表情ひとつ、いや笑みさえ浮かべならこちらの攻撃を躱していく。

焦りの表情を浮かべるマオに対して こんごうは静かに

「それで、おしまい? 大層な口の割には、私にかすりもしないわよ?」

挑戦的な口調で、マオをけしかけた。

 

「くっ、このおばさん!」

マオは、即座に言い返した。

その瞬間、こんごうの眉間がぴくついた。

 

肩で息をするマオ

“どうして、効かないの! これだけ連撃を加えているのに!!”

マオは焦りだしていた。

普段は島の男どもを相手に 無敗を誇っていた。

だから、多少の自信もあった。

以前聞いた話では、艦娘とは船の魂と会話の出来る適性者だという。

海神の巫女ともよばれ、海の神の名代として扱われ、崇められている。

幾ら軍艦、いや日本海軍の艦娘といえ、元は人間

霊力さえ使えなければただの人! そう思っていたのに、この眼の前にいる日本の巫女調の服を着た戦艦金剛と名乗ったその艦娘は、私の剣をあっさりと躱して行く。

マオの額から、大粒の汗が滴りおち始める。

木刀を使い、連撃を加えたせいで、だいぶ手元が怪しくなってきた。

幾ら両刃の短剣を模した木刀とはいえ、それなりの重量はある。

戦が長時間になれば、体力的に自分が不利になる。

「ここは、勝負にでるしかない」

マオはそう言うと、こんごうから少し距離をとった。

 

 

こんごうは、マオの表情の変化から

「勝負にくるわね」そう勘繰った。

「どう来るかしら、助走をつけて一気に切り込む? それとも体重をかけて接近戦かしら」

じっとマオを睨んだ。

肩で息をしていたマオは、呼吸を整えた。

両足を開き、木刀を胸元の高さまで上げると水平に構え、切先をこんごうへと向けた

呼吸を整え、前足に体重を掛けた。

 

それを見たこんごうは、先程と変わりなく、右手で胸元まで引いた木刀を軽く構えていた

左手はバランスを取る為に腰の後へ回し、静かに構える。

表情ひとつ、呼吸ひとつ以前と変わりないこんごう

 

「その余裕の表情も終わりよ!!」

マオはそう言うと、全身のバネを使い、獲物を狙う黒豹の如く一気にこんごうへ向け駆け出した。

木刀の切先は、こんごうの胸元を狙っていた。

 

「正直すぎるわね」

こんごうに向け一気に、突きを繰り出そうとするマオを見てこんごうはそう言うと、胸元で構えていた木刀を素早く降ろし受けの態勢を作った。

迫るマオの木刀の切先

 

こんごうは慌てる事なく、慎重にマオの木刀の切先の動きを見た。

身体的にも常人離れした艦娘の動体視力は、素早い動きを見せるマオの木刀をはっきりと捉えていた。

猛進してくるマオの木刀の切先をこんごうの木刀の切先が捉えた。

こんごうは、そのまま右手首を切り替えしマオの木刀の勢いを下方へと抑え込む。

マオは、その瞬間

「くっ! このまま」

そう言うと、一気に体重を掛けこんごうへぶつかって来た。

マオの木刀は、こんごうの木刀に抑え込まれた形となり、地面へ向いているが、それはこんごうの木刀も同じであった

激しくぶつかるマオとこんごう。

息がかかるのでは思う程顔が近づくと、マオは

「やるわね! 私これでも島では負けた事ないのに」

するとこんごうは

「じゃ、今日。初黒星かしら」

「くっ、ほざくな! おばさん!!」マオは顔をゆがめながら、力の限りこんごうを押し込もうとした。

 

その時、急にマオのみぞおちに激痛が走った。

「ぐお!」

苦痛の表情を浮かべるマオ

余りの痛さと、衝撃で一気に肺から息が漏れた。

もんどりうちながら、後方へよろめいた。

激痛の正体は、こんごうの左手の拳であった。

背中に回してあったこんごうの左手の拳はマオがこんごうを押し倒そうとのしかかってきた瞬間、見事にマオのみぞおちへ突きささっていた。

 

「剣に集中しすぎて、体ががら空きよ」

後方へ倒れるマオへ向い こんごうはそう言うと、

「私まだ、実年齢でも二十代なの! 余りおばさん呼ばわりされるのはね」

表情こそ、ニコニコしているが、眉間にしわが寄っていた。

 

「くっ、」

苦痛の表情を浮かべながら、よろよろと立つマオ。

まだ闘志は衰えてはいなかったが、だいぶ足元がふらつきだしていた。

服には汗がにじみ、地面へ倒れた事で、埃まみれであった。

それに引きかえこんごうは、汗一つかいていない。

決闘が始まる前と全く同じ姿のままである。

 

「まだやる?」

こんごうが、余裕の表情で聞くと、マオは木刀を握り直して

「まだ 戦える!!」

と、こんごうへ向け木刀を構えた。

ふらつきながらも、立ち上がりこんごうへ木刀を向けた。

こんごうは、ふと

「私にも、こんな時代があったわ」と子供の頃を思い出した。

 

「てっやー!!」

声にならない声を上げながら、最後の力を振り絞り、こんごうへ一撃を加えようと、マオは木刀を振りかざし、一気にこんごうめがけて、振り下ろす。

 

しかし、こんごうは、冷静にその一撃を右手に構えた木刀で受け止めると、すかさず左手でマオの右手首を掴み一気に捻り込みながらマオをねじ伏せた。

勢いあまって地面に突っ込み そのままスライディングするマオ

こんごうは、掴んだマオの右手を捻る。

「痛た!!」

捻られた右手首の痛みに耐えかねてマオの手から木刀が落ちた。

こんごうは、そのままマオの上に馬乗りになると、マオの右手を捻って後へ回して完全にマオを抑え込む。

「くそ! 放せ!!」

マオの声が周囲にひびいたが、その時、地面にうつ伏せに倒れたマオの顔の横にこんごうの木刀が突き刺さった。

 

“ばすっ”

 

乾いた音をたてながら、マオの首元横に刺さるこんごうの木刀

「これが、実物の剣なら、声も出せない内に黄泉の国の入口を叩くところよ」

こんごうは、そっと馬乗りのままマオの耳元で囁いた。

「くそ! 離れろ!!」マオは息も絶え絶えで叫んだが、殆ど動く事すらできない。

 

「そこまで」

静かに重く族長の声がした。

族長は、重々しくこんごうの横へ立つと、

「マオの負けでございます」と丁重に一礼した。

「族長!」

他の村長達が声を掛けたが、族長は

「見苦しいぞ!!」

そう一喝すると、

「マオは、島の闘士の長。いわば島一番の剣闘士。そのマオがここまで負けたのじゃ。島の掟に従い、勝者の言い分を聞く。お主たちはその掟を曲げるつもりか!」

「しかし」と村長達が声を上げかけたが、族長は、

「どのみち、選べる道はない」

 

こんごうは、ゆっくりと立ち上がると、スカートについた埃を少し払い、

「では、私達の指示に従っていただけるという事ですか?」

「はい、それが掟でございます」と族長は、静かに答えた。

 

しかし、マオは直ぐに起き上がるとこんごうを睨んで

「卑怯よ! 真面に戦おうとしないなんて!!!」

「あら、それが、戦術というものよ、お嬢ちゃん」

こんごうは、あっさりと返した。

 

嬢ちゃん呼ばわりされたマオは、真っ赤になりながら、

「艦娘なんか! 嫌い!!」

そう言い放つと目頭を押さえながら、林の中へ駆け込んでいった。

 

「あー」

呆然としながら、マオの後姿を見送るこんごう

「ちょ、ちょと! 約束は!!!」

慌ててマオに声を掛けるが、あっという間に林の中へと消えるマオ

 

それを見た曹長は即座に、後に控えていた二等兵へ、

「杉本二等兵!」

「はい!」 呼ばれた二等兵が前へ出た。

 

曹長は杉本二等兵の持つ三八式小銃を取ると、マオの消えた林の方向を見て

「ちょっと行ってこい」

「はっ?」怪訝な顔をする杉本二等兵

横から、伍長も肩を叩きながら

「ああなるとマオ嬢ちゃん、俺達の話は聞かんが、お前の話なら聞くだろう」

曹長は

「マオ嬢ちゃんを説得して、金剛大佐への協力を取れ」

「はっ」姿勢を正す杉本二等兵

横から伍長がそっと

「ちょうどいい機会だ、口説いてこい」

「はあ」慌てる杉本二等兵

すると、他の兵達も

「ほらほら、行った行った!」と肩を叩き、

「いよ! もてる男は辛いね!!!」などと声を掛けた。

一礼して、急いでマオの後を追う杉本二等兵

「そう言う仲なのか?」

岡少尉はそっと曹長へ聞くと、

「はあ、まあそういう事です」といい

「この島では 彼女は族長の娘、そして島一番の剣士という事で、同年代の男がよって来なかったそうですが、うちの杉本二等兵はまあ年代も近い事もあって、その・・」と声を濁らせた。

 

そんな会話の中、本来の勝者であるこんごうは、呆然としながら立っていた。

「なんなの!」と憮然としていたが、族長から

「娘が失礼いたしました」と丁重に頭を下げられた。

「いえ、大丈夫です」

慌てながら答えると族長は

「先程も申しましたが、勝者は金剛様です。島の掟により、決闘の勝者の言い分を聞く。これは変わりありません」

族長はそう言うと、跪いて、

「海神の巫女である金剛様。我が島の民を正しき道へお導き下さい」

 

こんごうは、静かに

「では、避難を受け入れていただけるのですか」

「はい、この島が戦場になれば島民の多くは逃げ場を失いう事になります。早晩結果が見えております」

「では、落ちついて、最初から話をしましょう」

「はい、金剛様」

族長はそう言うと、こんごう達を自宅の中へと招いた。

 

「よし、一歩前進だわ」

こんごうはそう呟いた

 

杉本二等兵は、林の中へ消えたマオを必死に追った。

「速い!!」

マオは16才である。普通なら大人の男ほどの運動能力など無い。

しかし、幼少の頃から闘士として、父親に厳しく教育された。

細い体躯は、可能な限りぜい肉を取り覗き、戦う為に育てられたといっても過言ではない。それが、族長の一族の宿命の様な物であった。

身体能力は、島の同年代では群を抜いている

そんな彼女が、こんごうにぼろ負けしたのだ。

マオを必死におう杉本二等兵であったが、焦りは無かった

「こんなときは、あそこだ」

そういうと、林を抜けた先にある浜辺へと出た。

村の北の端にある浜辺

周囲は綺麗なサンゴ礁が覆い、遠浅の海岸線が連なる静かな浜辺だ。

林を出て右手を見ると、砂浜の中に大きな流木の木が横たわっていた。

「いた」

杉本二等兵が見た先には、海岸に打ち上げられた流木に背中を預けながら、膝を抱えて砂浜へ座るマオの姿であった。

そっと彼女の横へ近づいていく。

近づく杉本二等兵をみて、マオは膝の中に顔を埋めたまま

「なによ、健司! 負けた私を笑いに来た!」

マオに名前を呼ばれた杉本二等兵は、そっとマオの横へ座った。

胡坐をかぎながら、マオへ向い

「そういう訳じゃないが」

「じゃ、なんで来たのよ!」

ムッとした声で顔を下に向けたままマオが聞くと、

「心配だから、かな」ぎこちなく、杉本二等兵は答えた。

「ふん。どうせ曹長さんに言われてきたのね」

「まあ」

マオは、うずくまったまま、

「勝てる、勝てると思ったのに」悔しそうに声に出した。

「本気で?」杉本二等兵が聞くと

「何よ! 健司は私の腕を疑う訳!」マオは 顔を上げて杉本二等兵を睨んだ。

「まあ。確かにマオの剣の腕は島で一番だ。多分俺達でも、剣のみなら敵わない」

マオは、少し表情を明るくして

「だって勝てると思ったの! 見た目あまり強そうじゃないし、綺麗な服きて笑顔でお父さんや村長さん達と話してたから」

「だから、挑戦したのか?」と呆れながら杉本二等兵がきくと、

「だって、艦娘とはいえ元は人だし、ちょっとおばさんぽかったし」とマオはもごもごしながら答えた。

杉本二等兵は

「もしかしたら、他の艦娘さんなら勝てたかもしれないけど、あの金剛大佐は筋金入りの強者だと聞く。ただの艦娘さんじゃない。あの剣豪三笠様の一番の弟子と呼ばれて、聞くところによれば魔法も使えるらしい」

マオは、

「でも今回は剣だけだった」

「まあ、そういう事だよ。俺達とは実戦経験が違う。なんせあの第一次世界大戦 英国の要請を受けて英仏海峡にいる深海凄艦を蹴散らし、その後もあちらこちらで深海凄艦相手に戦い続けた方だ。切った張ったは俺達以上に経験を積んだ方だぞ。怪我しなかっただけ良かったと思うべきだよ」

そう言いながらマオを慰めた。

 

マオは顔を上げ、杉本二等兵を見ながら

「ねえ、やっぱり皆 島を出るの?」

「そうなると思う。どの道 日本軍の反攻作戦が始まれば、間違いなくこの島は戦場になる。そうなる前に島を出たほうがいい」

「健司達は残るの?」

「いや、今朝聞いた話では、俺達の部隊も島民の皆と一緒に別の安全な島へ移送される。この島には、だれも残らない」

「本当に?」

「ああ、そういう事だ」

そう言いながら 杉本二等兵は優しくマオの髪を撫でた。

「その後は?」

「その後?」マオの問いに戸惑う杉本二等兵

「健司達はまた別の所へ行くの?」マオがそっと聞く

「それは、どうかな。まだ正式な命令もないし、暫く島民の皆と避難生活じゃないか」

そう言いながら杉本二等兵は、突然

「おれは、好きだ」

 

「えっ」

 

「おれは、好きだぞ。この島、そして島の人達」

突然の事に驚くマオを見ながら杉本二等兵は

「だから、ここに必ず帰ってくる」

そして、力強く

「その時は、マオも一緒だ」

 

「うん」

顔を赤くしながら、頷くマオ

若い二人には、それで十分であった。

 

 

こんごうと岡少尉達は、族長の家で族長達に撤退作戦について説明をしていた。

「では、既に迎えの船はそこまで来ているという事ですか?」

族長が聞くと、こんごうは

「はい、島の西40km程の距離で待機しています。島には2時間ほどで来れる距離です」

そう言いながら、

「島の周囲は機雷原、そして定期的に敵艦艇の巡回がある事が分かっていますので、事前に機雷原の一部を除去し、撤退路を確保して、敵の偵察の眼をすり抜けて撤退します」

「そのような事が 可能なのですか?」

村長の一人が聞いた

「はい、可能です。その為には島民の皆さんの協力が必要です。準備でき次第、一斉に集合して、一気に撤退します」

こんごうがそう答えると

「島民と軍人合わせて 1000名ですぞ。それだけの人を運ぶ事ができるのですか?」

「はい、族長。その為に 200名乗りの特殊上陸用舟艇と30名収容できる特殊航空機をご用意しました。お任せて下さい」

族長達は顔を見合せ、

「金剛様がそう言われるなら」と納得した。

撤退の手順を相談していたとき、こんごうのタブレットが短くなった。

聞き慣れない電子音に驚く族長達であったが、こんごうはにこやかに

「すみません」といい、一旦家の外へと出た。

内ポケットからタブレット端末を取り出すと、画面を起動した。

音声通信の表示が出ていた。

相手は島の上空を監視するE-2Jである

「エクセル15、アルファリーダーです」

こんごうはE-2Jの戦術士官を呼び出した。

「15です、緊急。警戒海域に敵軽巡艦隊が侵入、数5」

「内容は?」

「はい、リーパーからの情報では軽巡が2 駆逐艦3です。現在艦種についてはひえいで精査中」

戦術士官は続けて、

「方位010、距離35km 14ノット前後で接近中です」

「1時間程度で視認できる距離ね」

「はい」戦術士官は通信越しに答えた。

そのとき通信に、ひえいが割り込んできた

「こんごう! 艦種は、ヘ級とイ級。イ級は後期型に近いわ!」

こんごうは、

「ひえい、そっちの状況は?」

「今、念のため、潜ってる。どうする? 浮上して迎撃する?」

「いえ、そのまま待機して」

「了解!」

E-2Jの戦術士官が

「アルファリーダー、直掩のスカル隊が対艦装備ですが?」

するとこんごうは、

「そのまま待機して、こちらから手出しは出来ない」

「了解です、必要なら支援要請を」

「分かったわ」

 

こんごうと戦術士官の会話がひと段落した時、再びひえいが

「こんごう、司令からその艦隊について、伝達事項があるわよ」

「司令から?」

「そう、例のラジオ放送に絡んで 深海凄艦が何らかの威嚇行動を画策する事が予想されるので、対処せよ。だって」

「対処せよね~」とこんごう

「いまから たこつぼでも掘る?」ひえいが冗談交じりに

「1000人掘るなんて無理よ、第一 ヘ級って6inch連装速射砲でしょう。射程はそんなに長くないから、島民を一時的に退避させるわ」

「まあ、それが無難かな」

ひえいは、そう言うと、

「あっ、それといずも副司令から」

「副司令からなに?」

「“素人相手に、ボディーブローは反則ですよ”って」

「嘘! 見てたの!!」こんごうは慌てながらタブレットを握ると、

「ばっちり、リーパーの子機からね」

「あちゃ!」こんごうは渋い顔付きになった。

 

護衛艦いずもの無人偵察隊が装備するMQ-9リーパーは、米国のMQ-9を日本で改良し、E-2JやF-35Jに搭載された中継ポットを使用して衛星通信を使わずに遠隔操作が出来る。

またヘルファイヤーミサイルの搭載だけでなく、小型の航空機型電動式ドローンも搭載する事が出来る。

この小型ドローンはリーパーから放出されると、高度300m前後で耐空しながら機首に備えたCCDカメラで 地上を監視できる能力を備える。

その情報はリーパーを経由してE-2Jへ送信されていずもへと渡る仕組みだ。

また F-35Jが地上攻撃する際は、マーカ―としても使える様になっていた

無論 回収はせず使い捨てだ。

 

こんごうは、

「ちょっとまってよ。という事は、この映像はもしかして」

「そう、ちゃんと三笠様とか金剛姉さまとかにも流れているわね」

こんごうは、一瞬目まいを覚えた。

「ああ、終わった」

そう呟いたが、後から

「何が終わったんだ?」

 

振り返ると、岡少尉が立っていた。

「なっ! なんでもない」慌てながら答えるこんごう

 

「通信はなんだった?」

岡少尉が聞くと、急にこんごうは表情を厳しくして、

「岡少尉。族長と曹長さんは?」

「中で待機しているが」

「向こうで話すわ」そういうと、直ぐに族長の家に入り

待っていた曹長や族長達へ向い

「友軍から、敵深海凄艦の軽巡艦隊が島へ接近しているとの情報が入りました」

椅子に座っていた曹長が、こんごうが手に持つタブレット端末を差して

「金剛大佐殿、その機械は?」

「あっ、これは艦娘専用の通信機材デ~ス。とても便利デス」と少し話を誤魔化し

「沖合で待機中の救出艦隊の水偵が、南下してくる敵の軽巡艦隊を補足しました」

そういうと、テーブル上にあった島の全域を網羅した地図を指さして、

「北から南下してきているようです。タロア島の敵の部隊でしょう」

曹長は、

「いつもの偵察艦隊ではないでしょうか、島の手前で引きかえしていきますが」

村長達も

「そうだな。いつも近くまで来るが何もしないで帰っていく」

と今回もそうであるかのような発言が続いたが、こんごうは

「今回もそうとは限りません」厳しく声に出した。

「先日、深海凄艦は日本海軍に対して、中間海域より東へ侵入すればこの島を攻撃すると明言しました。彼らからすれば日本軍へ対し“我々は本気だ”と意思表示する必要があります」

岡少尉は少し考えて、

「一撃くるか?」

「そう思う方が自然ね」こんごうがそう答えた。

表情を強張らせる曹長達

話が分からず、キョトンとする村長達に向い曹長は、

「奴ら、威嚇砲撃を加えてくる恐れがあります」

「威嚇砲撃?」族長が聞くと、

曹長は、

「自分達の戦力を誇示する目的でこの島の何処かに、砲撃を加え、日本軍へ警告するつもりでしょう」

ざわつく村長達。

村長の一人が、

「どこかに 隠れる場所は?」

そう言うと島の地図を見たが、そこには逃げ場となる様な山や大きなジャングルもない、ただリング状の低い土地しかなかった。

こんごうは、

「慌てないでください。まだ時間はあります」

そう言うと、地図を見ながら

「敵の艦隊は、これまで北部から接近して、このローラ地区の海岸をかすめる形で通過していますね」

それを聞いた曹長は、

「よくご存知ですね。その通りです」

岡少尉がそっと

「曹長、君達の気がつかない所でずっと海軍は、救出の機会を伺っていたという事だ。それだけ今作戦における海軍の意気込みが分かるだろう」

「はい」頷く曹長

こんごうは続けて、

「接近中の艦隊で一番大きい艦は 軽巡です。6インチ砲で射程は精々15km前後と推定すれば、島の南部へ一時避難すれば、敵の射程外です」

「では」族長が聞くと、こんごうは

「敵は、一番住民が集まるこのローラ地区の付近を狙ってくると思われます。念の為このローラ地区の住民を南部へ避難させましょう」

曹長は、こんごうを見て

「金剛大佐、時間的な余裕は?」

「そうね、大体1時間から1時間半といった所かしら」

曹長は、直ぐに族長をみて、

「直ぐに行動しましょう!」

そういうと、居合わせた伍長達へ

「伍長、至急ローラ地区の島民を島の南部へ避難。各監視所へ敵の艦隊接近に備える様に伝達!!」

「はっ!」

伍長達が一礼すると一斉に 室外へと飛び出して行った。

族長は、各村の村長達へ 凛として

「聞いての通り。 皆各村へ戻り、警戒と島からの退避の準備をせい」

「はい、族長」

村長達もぞろぞろと部屋を後にし、急ぎ自分の村へと帰って行く

 

こんごうは、そっとタブレット端末を見る。

そこには、刻々と此方へ接近する敵艦隊の位置情報が上空のE-2Jから送信されていた。

「まずいわね」

「どうした」岡少尉が聞くと、

「敵の艦隊。徐々に増速している。やる気みたいね」

こんごうはそう言うと、

「私達も監視所へ行きましょう」

すると曹長が、

「では ご案内します」

そう言いながら、族長と揃って家を出た。

村の中では、伍長以下の守備隊の兵が 家々を回り、

「敵の艦隊が海岸へ接近してきている。念のため島の南側へ避難してくれ!」と言いながら 住民を誘導していた。

ぞろぞろと家々から出てくる住民達

 

慌てる事もなく、住民達は、数名ずつ固まって、島に一本しかない循環道路にそって島の南部の村へと徒歩で歩きだしていた。

こんごうは その住民の中に、朝知り合った幼女と母親の姿を見た。

こんごうの姿を見た幼女は、こんごうへ駆け寄り、じっとこんごうを見ながら

「艦娘様! 悪い奴らが来るの?」

こんごうは、幼女と同じ視線になるようにその場にしゃがみ込み、

「大丈夫よ、悪い奴らは この金剛がやっつけてやるからね」

優しく答えながら、そっと幼女の頭を撫でた。

「うん」

元気に返事をしながら、幼女は再び母親の後を追って行った。

 

監視所へ向いながら、

「子供には、優しいな」

岡少尉が聞くと、

「あら、私は誰にでも優しいわよ」

「そうか、おれはいきなり初対面で殴られたけどな」

「それをここで言う?」むっとするこんごう

「済まん、済まん」と笑いながら返す岡少尉

周囲に漂う緊張感が一気に 抜けた。

曹長達は、手分けして避難する住民を誘導しつつ、北部海岸にある警備所へとたどり着いた。

警備所といっても 指揮所などというものはなく、海岸線に塹壕と通路を掘り、土嚢を積み上がただけで、そこに寄せ集めの対空機銃や、野砲を配備しただけである。

「大佐殿、狭い所で申し訳ございません」

塹壕の通路で曹長が謝ると、こんごうは

「大丈夫デス!」元気な声で返してきた。

 

積み上げた土嚢の中、見張り用の小窓から海岸線を覗くこんごう達

こんごうは、そっとタブレット端末を見て

「そろそろ有視界圏内にはいる頃よ、方位的にはこっちね」

そう言うと、北の方向を指さした。

直後、双眼鏡を覗いていた伍長が

「水平上に複数の艦影を確認。金剛大佐の指示された方向です!」

一斉に双眼鏡を構える曹長達

曹長は、双眼鏡を構えながら、

「もし撃ってきた時は 反撃しますか?」と岡少尉へ聞いたが、

「止めとけ、野砲で届く距離でもない」

「では、野砲部隊は下がらせます」

「それがいい」

曹長は、野砲部隊へ塹壕内に下がる様に指示を出した。

岡少尉は、

「もし砲撃があるとすれば、時間的にどれ位だと思う?」

するとこんごうは右手の人差し指を口元へ添えながら、少し考え

「10分か、そこらね。警告なら数発撃ち込めばいい」

そして、

「軽巡2隻に駆逐艦3隻なら、一度に砲撃しても20発は来ないわ」

「本当か?」岡少尉が聞くと、

「陸地への砲撃は 着弾観測が必要よ。必ず初弾は単発で各個射撃。後に誤差修正して交互撃ち方だと思うわ、一斉斉射は絵にはなるけど、精度的には疑問だわ」というと、

「今回、もし撃ってくるなら、此方への被害は少ない方が向こうにとっては都合がいいわ。島民に被害が出れば、人質としての価値がなくなる」

続けて、

「そう考えれば、着弾観測の難しい内部の礁湖への砲撃より海岸線への砲撃が確実だわ」

岡少尉は、

「ついでに 機雷原も吹き飛ばしてくれるとありがたいが」

「馬鹿な事言ってないで、しっかり監視してよ」

こんごうは、ムッとした顔で答えた。

 

そう話している内にも 敵の軽巡艦隊は、グングン此方へ近づいてきていた。

「大佐殿、本来ならそろそろ引き返す頃ですが」

曹長は、双眼鏡を覗きながらこんごうへ報告した。

こんごうも 双眼鏡を覗き、

「まだ此方への進路を取っていますネ! 距離は1万5千を切った頃です。あと10分もしない内に敵の射程に入りマス!」

緊張漂う警備所

背後にいた伍長が

「金剛大佐殿、島民の誘導完了と報告がはいりました。念の為 10名程つけております」

「OKネ」こんごうは元気に答えた。

 

じっと皆で、此方へ近づく敵軽巡艦隊の艦影を見ていた。

双眼鏡越しに、おぼろげに艦影が見える。

煙突らしきものから、黒煙が上がっていた。

「そろそろかしら」

こんごうがそう呟いたとき、海岸線を歩く人影がみえた。

「えっ!」驚くこんごう

こちらの警備所へ向い、談笑しながら歩く二つの人影

杉本二等兵とマオであった。

「あの馬鹿!」

曹長はそういうと、大声で

「杉本!! マオさん! 此方へ走って来い!!!」と怒鳴った。

しかし、まだ距離があり波音によび声がかき消されているのか、話に夢中になっているのか一向に此方に気がつかない。

その証拠に マオは満面の笑みを浮かべ杉本二等兵と話し込みながら歩いていた。

「馬鹿やろう! 敵だ! 杉本!!」

同僚の兵や伍長が大声で叫ぶが、いっこうに此方に気がつかない。

こんごうは、双眼鏡を滑らせ海上の敵艦隊を見た

「まずいわね、もうすぐ軽巡の射程に入るわ」

そう言った瞬間、敵艦隊の位置で 何かが光った!

咄嗟にこんごうは全身の力を込めて

「発砲炎 確認!!」

その言葉を聞いた瞬間 曹長は大声で、叫んだ

 

「杉本!! マオさんを守れ!!!」

 

 

海岸を歩く杉本二等兵とマオは、他愛のない会話をしながら歩いていた。

マオも先程まで、こんごうに負けた事で落ち込んでいたが杉本二等兵と話している内にそんな事も忘れて話に夢中になっていた。

 

“杉本!! マオさんを守れ!!!”

 

杉本は、ふと守備隊長である曹長に呼ばれた気がした。

声のする方向、そう警備所のある方向へ顔を向けると、大勢の人が、大声で叫んでいた

「えっ?」

慌てて警備所の方へ意識を向ける。

 

「杉本! 敵だ! 伏せろ!!!」

曹長や先輩である伍長の声が響いた。

立ちどまり海上へ意識を向けた瞬間、その眼に遥か遠方を航行する艦艇を捉えた。

「まずい!」

そう叫ぶと、咄嗟にマオの手を取り、

「走るぞ!!」

そういうと、マオの手を引っ張った。

「えっ、どうしたの」

急に手を引かれて慌てるマオ

しかし、その時 沖合の艦艇群から光が見えた!

「撃った!!」

杉本二等兵の表情が一気に強張った。

「何処に落ちる!」

必死にマオの手を引きながら警備所の塹壕目指し走るが、砂に足を取られ、進まない

「くっ!」

焦る気持ちと同時に、マオの手を放さない様に必死に握った。

 

“ドッン!!!”全身に響く音が背後で聞こえた。

振り向くと、300m程の沖合に大きな水柱が立った。

「ちぃ。近い!」

「敵なの!」

ようやくマオも事態を理解したようであるが、杉本二等兵は走りながら

「警備所の塹壕に逃げるぞ!」

そう叫んだ瞬間、なんとマオの足が砂に絡んで転んでしまった。

つられて浜辺に転ぶ杉本二等兵

「大丈夫か! マオ!」

這いずりながらマオに近づく

「うん」

マオがそっと起き上がろうとした時、杉本二等兵はマオの体を砂浜へ押し込んだ

「次が来るぞ! 立つな!」

そう叫んだ時 今度は200mほどの離れた距離に着弾した。

凄まじい轟音と同時に、体が舞い上がるのではないかと思える程の振動が二人を襲った。

「きゃ!!!」

恐怖の余り立ち上がりかけたマオを杉本二等兵は必死に押さえた。

「動くな!!」

杉本二等兵は、そう叫ぶと、マオに覆いかぶさった。

「今動くと危険だ! 絶対に立つな!!」厳しく声にだした。

そして、左右の手でマオの耳を塞いだ

「健司!!」マオが不安そうな声で杉本二等兵を呼ぶが、

「しゃべるな! 舌かむぞ!!」

そういった時、次の着弾があった

150m程の距離だ!

爆音と同時に、爆風が杉本二等兵の背中をかすめていく

「近くなってる」

パラパラと杉本二等兵の背中に、弾着のショックで舞い上がった大量の砂が降り注いだ!

杉本二等兵は、心の中で

”焦るな! 今動けば、間違いなく爆風と破片にやられる!“

 

必死にマオを体を庇うように覆いかぶさった。

「次来るぞ!」

そう思った瞬間、頭上で轟音が響いた

「くっ! 近い! 直撃か!!!」

 

“マオ ごめん 守れなかった”

衝撃に備えて、眼をぐっと閉じた。

 

 

しかし、急に周囲が静寂に包まれた。

「えっ」

砲撃着弾の爆音も、舞い上がった砂の音も何も聞こえない

耳がやられたのかと思い、そっと眼を開けた。

目の前には、必死の表情を浮かべるマオ

 

恐る恐る後を振り返るとそこにはなんと

「金剛大佐!!」

 

 

こんごうは、砂浜に倒れる杉本二等兵とマオの前に 仁王立ちで立ち、左手を天空高く上げていた。

その左腕のリングから、青白い光が眩いばかりに光輝き、収束した光は半球状のドームを形成し、こんごう、そして杉本二等兵とマオを覆いつくしていた。

 

杉本二等兵とマオは、地面から身を起こすと、光輝くこんごうを見た。

その時、こんごうの直上で、砲弾が炸裂した

「きゃ!!!」

眩しい閃光と同時に周囲を覆い尽くす黒煙に驚くマオは、咄嗟に杉本二等兵へ抱き着いた。

杉本二等兵もマオをぎゅっと抱きしめ、衝撃に備えたが、何も起こらなない。

そっと眼を開けると、こんごうの作り出す光の壁が、衝撃を受け止め砲弾の破片と爆風をあらぬ方向へと弾き飛ばしていた。

「大佐殿!!!」

杉本二等兵が声を出すと、こんごうは、

「二人とも怪我は!!!」

 

「はっ、自分は大丈夫であります」

マオも、小さな声で

「大丈夫」と答えた

 

こんごうは、自らの霊力を最大限発揮して クラインフィールドを形成しながら、

「いい、二人とも。砲撃はそんなに長くは続かないわ! もう少し辛抱して!」

 

そうこんごうが声に出している間も、次々と周囲に艦砲が着弾し始めた。

こんごう達を中心に、次々と着弾の閃光が上がった。

しかし、障壁の内部に居る杉本二等兵とマオにはその音や振動が伝わらない。

全てこんごうが発するフィールドに吸収されていた。

状況が掴めず、ぼーとこんごうを見る杉本二等兵とマオ

「いい、今私の艦霊力で 防御壁を形成している! 余り長くは持たない! 次、砲撃の間が空いたら、全力で陣地へ逃げなさい!」

「しかし、大佐殿は!」

杉本二等兵が慌て聞くと、

「私の事は構わない! いい 貴方は彼女を守る。それだけに専念しなさい!」

「しかし! 大佐殿に何かあれば!」

杉本二等兵は慌てたが、こんごうはフィールドを展開しながら、

「グダグダ言わない! 貴方も日本男児! 皇国の守護者なら守るべき人を全力でまもりなさい!!!」

こんごうは厳しく声を上げ、 

「今 貴方が守るべき人は、彼女デス!」

そう言うとマオを見た。

杉本二等兵は、頷くとそっとマオを抱きしめた。

「大丈夫だ、金剛大佐の言葉を信じよう」

頷くマオ

 

マオは、自分の目の前に立つこんごうを じっと見た。

高く突き上げられた左手の手首の腕輪から、眩い光が放たれてそれがこんごうの直上で収束し、空中にそして六角形の半透明の板の様な物を作りだしていた。

その板が無数に積み重なって、半球状の空間を作り、自分達を覆い尽くす。

こんごうの放つ青白い光は、優しくこんごうを包み込んでいた。

光輝くこんごう

ブラウンの長い髪がまるで生き物の様に空中にゆらゆらとたなびいていた。

マオは息を飲んだ

「これが、艦娘の本当の姿なの」

 

そこには恐怖とか、威圧感などはなく、優しい光に包まれた神のような存在が立っていた。

つい先程、そのこんごうに戦いを挑んだ自分の愚かしさに呆然とした。

 

しかし、そのこんごうもさほど余裕がある訳ではなかった。

「意外に砲撃が長い」

既に、フィールドを展開して5分以上が経過していた。

相手は 軽巡2隻にどうやら駆逐艦3隻も砲撃に加わりだしたようで、先程から着弾の間隔が短くなってきていた。

「くっ、威嚇砲撃ならとっとと止めなさいよ、もう」

こんごうの生み出すクラインフィールドも 万能ではない。

砲撃が直撃すれば、フィールドは損傷する。

それを素早く別のフィールドで補修して行かなくてはならない。

艦にいる時は、艦に搭載された艦魂石の霊力補正を受けて、膨大な演算も容易く行う事ができるが、艦から離れてしまうと艦娘個人の演算能力で、それをすべて補正しなくてはならない。

「余り長引くと、補正が間に合わない」

こんごうの気持ちに焦りが見え隠れしていた。

それと同時に、膨大な霊力、そして体力を消費していく。

彼女の額に大粒の汗が、にじみ出ていた。

 

その間も、砲撃は止まない。

幾らフィールドを展開しているとはいえ、フィールドに掛かる衝撃は、霊力波動を通してこんごうにフィートバックしてくる。

「もう少し、もう少しよ」

こんごうは自分を叱咤しながら杉本二等兵とマオを砲撃から守り抜く。

しかし、既に10分近くこの状態を保っていたが、こんごうの意識が次第に薄れ始めた。

「うっ、霊力が」

段々とクラインフィールドを維持するのがやっとの状況に追いこまれていく。

意識が朦朧とし始めるなかで、

「あと、1,2発直撃を受ければ、もたない!!」

が、そう思った時、不意に砲撃が止んだ。

周囲に漂う爆煙や砂ぼこりが徐々に、晴れて青い空がこんごう達の頭上に現れた。

「はあ、はあ」

肩で息をしながら、

「おっ、終わった」

こんごうは、腹の底から絞り出すように声を出した。

 

ゆっくりと霊力を収束させ、フィールド霧散させる。

薄れゆくフィールド

少しずつ杉本二等兵とマオ達の耳にいつもと変わらぬ波の音が聞こえてきた。

「ふう」

こんごうは、大きく息をすると、振り上げていた左手をそっと降ろし、しゃがみ込む二人を見て、

「二人とも怪我はない?」

「はい、大佐殿」杉本二等兵が急ぎ返事をした。

マオも声にならないのか、うんうんと頷いていた。

 

こんごうは、ふらつきながら

「良かった」

そういうと、膝から崩れ落ちた。

 

「大佐殿!!」

「金剛さん」

杉本二等兵とマオは慌ててこんごうの横へ駆け寄った。

「大丈夫よ、少し力を使いすぎただけ」

こんごうは、荒い息を落ち着かせながら、ようやく声にだした。

顔から ぽたぽたと大粒の汗が、砂浜へとこぼれ落ちる。

足膝を砂浜に食い込ませながら、かろうじて体を起こしていた。

マオがそっと近くにより手を差し出した。

「立てますか?」

こんごうは、足膝を起こしながら、ゆっくりと立ち上がろうとした。

しかし、その時急に視界が暗くなった。

遠のく意識

体中から力が抜け、まるで糸が切れた操り人形の様に、背中から地面に倒れかけた。

もう、意識も朦朧として声も出ない。

まるでスローモーションの様に倒れるこんごうの背中を急に誰かが抱き留めた。

抱きかかえられたこんごうは、そっと顔を上げた。

そこには、岡少尉の顔があった。

小さな声で

「大丈夫か? こんごう」

意識が朦朧としていて、返事も出来ない

少尉は、返事の出来ないこんごうをみて、そっと抱き上げると、

「あとは、任せろ」

そう言うと こんごうを抱き上げたまま、そっと浜辺を歩き始めた。

 

薄れゆく意識の中でこんごうは、じっと岡少尉の顔を無言で見ていた。

 

そこには、いつもと変わらぬ青い海と空が広がっていた

 

 

 





皆様
こんにちは、スカルルーキーです。
分岐点 第61話をお送りいたします。

あの暑かった夏も終わり、ようやく秋だ!! と思っていましたが、例年に比べて雨の日が多くからっとした秋晴れに中々なりませんね・・・
最近は、紅葉とかも今一つです

艦これ、イベント期間中ですが、まったりやってます
早い時期に「岸波」ちゃんがドロップしたので、うん、それで満足です(おいおい!)
どうも、我が泊地は打撃力不足のようで、最後の一撃が足らないですよ。
あと少し、あと一撃でボス倒せるって何回も追い込むですけど・・・・

では、次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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