分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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60 マジュロ撤退作戦2

こんごう達3隻の自衛艦隊が一路マーシャル諸島マジュロ島を目指していた頃、トラック泊地の夏島にある帝国海軍の夏島司令部内に設置されたマーシャル諸島解放作戦、通称マ号作戦の陸海合同作戦本部内では、ここ数日発生した中間海域における海軍の戦闘についての経過報告並びに今後の動向についての検討会が開かれていた。

海軍からは、山本長官、宇垣参謀長をはじめとする聯合艦隊の幹部。そして第一航空艦隊の南雲司令や山口二航戦司令。四艦隊の井上司令や一艦隊の高須司令などが顔を並べていた。

陸軍は、マジュロ島奪還作戦を指揮する山下陸軍中将以下の幹部、そして例の参謀本部の連絡将校が列席していた。

当初、山下中将は、

「軍規違反、いやそれどころか艦娘大権に抵触する行為を行った者の会議への出席など、認められん!」と参謀本部の将校の参加を拒否したが、本土の陸軍参謀本部より、

「参謀本部として意見をいう者が、その者しかいない。作戦遂行に関し、参謀本部の意向を反映させる為にも、会議への参加は絶対である」と強く命じられた。

山下中将は、渋々陸軍参謀本部の意向という事で、宇垣参謀長を通じて今作戦の責任者である山本長官へ、参謀本部将校の会議への出席を打診した。

「まあ、構わん」という長官の返答で、今回の会議への参加を許可された。

夏島司令部内の会議室の中央には、大テーブルが設置されていた。

テーブル上座右には海軍を代表して聯合艦隊の山本長官が座り、その左には陸軍の上陸部隊を指揮する山下中将がついた。

そして、テーブルを挟んで、陸海軍の指揮官や参謀が順序良く着席していた。

海軍の指揮官の後には、大和や長門を始めとした各艦隊(遊撃隊)の指揮官が控えていた。

今回の会議は、あくまで指揮系統の確認を中心とした、作戦の実行時期の検討であり、艦隊指揮官を中心に話が進む。艦娘はあくまで補佐的役割であった。

陸軍側も作戦幹部を中心に席へ着いていた。

その士官達の後方に、陸軍の軍服を着た一人の女性が、目立たぬように着席していた。

その女性の視線が、艦娘長門とあった。

軽く会釈する女性

長門もいつもの厳しい表情ではなく、笑みを浮かべながら会釈する。

「相変わらずだな」と長門

横に座る大和が、不思議そうに

「長門さん。珍しいですわね。陸軍の中に女性の方が」

すると長門は

「そうか、大和は初めてだったな。彼女は陸軍の揚陸艦神州丸の艦長だ」

「えっ、では艦娘さんですか?」

すると長門は、

「ああ、あきつ丸と並び陸軍の数少ない艦娘だ」

大和は、そう聞かされ再び彼女を見ようとしたが、前方に座る陸軍の幹部の背中へと隠れてしまった。

「長門さん、控えめな方ですね」

「まあな、あきつ丸もそうだが、陸の子達はちょっと堅い」

 

少しざわめく室内

陸軍参謀本部の連絡将校は、席に着くなり海軍側のメンバーを見回した。

そうそうたる顔の中に、艦娘三笠の姿が見えない事に、

「事前情報通りだな」と安堵した。

現在、この夏島の司令部を始め、各所に厳重な情報統制がかけられている。

それでも街中には、色々な話があった。

トラック泊地の陸軍守備隊に命じてそれらの情報を集めた結果。“三笠を始め数隻の艦艇が出撃した”という事だった。

前回、三笠に威圧されて以来、最も警戒すべき人物は三笠であった。

彼女の一声で、会議の流れが一気に変わる。

彼にとっては非常に都合の悪い人物である。

 

海軍の末席に座っていた将校が席を立つと、静かに宇垣参謀長の耳元で何かを囁いた。

頷く宇垣参謀長

そのまま、前へ出ると一礼し、

「では皆様、時間となりましたので、マーシャル諸島解放作戦並びにマーシャル諸島における統治権回復作戦の軍議を開始いたします」

そう声に出した。

参謀本部の将校は、彼を見て驚いた。

つい最近まで行動を共にしていた、海軍軍令部の連絡将校である。

あの一件以降、ここの司令部付きとなり活動しているという事で、此方との接触が殆どなくなっていた。

海軍軍令部の将校は、

「軍議に先立ち、各将官の皆様には、本会議における内容については秘匿とさせて頂きます。現在作戦は実行段階となっております。敵への情報漏洩を防ぐ為にもご留意頂きたい。特に本土よりの報道関係者との接触については慎重に願います」

頷く各員。

軍令部将校は

「なお海軍軍令部といたしましても、本作戦の機密保持の為、本土側での検閲を強化するように関係機関へ指示しております」と一声付け加え、一礼し末席へ戻った。

山本は、

「そういう事だ。諸君らも夜な夜ないたらぬ所で、口を滑らせんようにな」

すると、宇垣参謀長が、

「そうなると、一番怪しいのは長官ですな」

「そうか?」と笑いながら答える山本長官

陸海軍の参謀達にも笑みがこぼれた。

笑いがひと段落した時、海軍の黒島作戦参謀が席を立ち、

「では、海軍より、現況を報告いたします」

そう言うと、指揮棒を持った。

直ぐに、司令部付きの水兵妖精数名がテーブル上に大判の海図を広げた。

黒島は、指揮棒を使いながら

「既に、一部の方々はご存知かとおもいますが、この中間海域には多数の敵潜水艦が潜伏しており、それらを掃討する目的で、対潜水艦戦闘に特化したパラオ泊地空母瑞鳳を旗艦とした対潜部隊を前進させ、積極的な対潜活動を実施した結果、敵潜水艦部隊の行動を抑止する事に成功しました」

海図の上に小型の空母の青い駒が水兵妖精の手によって置かれた。

「おお、やったな!」海軍側の幹部達から声が上がった。

「これで、道は開けた!」陸軍側からも声が上がる。

 

黒島の話を聞いた陸軍参謀本部の将校の表情が厳しくなる

「またパラオか、例の特務艦隊か」

小声で呟いた。

 

黒島作戦参謀は、その後パラオ艦隊とヌ級軽空母艦隊との遭遇戦、そして損傷した瑞鳳を追ってきたリ級艦隊戦などの要点をまとめて各幹部へと報告した。

しかし、この報告において、中間海域にあった敵航空基地への攻撃並びに敵のトラック泊地の攻撃は意図的に秘匿された。

黒島作戦参謀の説明を聞いていた二航戦司令の山口少将は、横へ座る南雲司令へそっと

「かなり、戦果を過小報告しているようですが」

すると南雲は小声で、

「例の特務艦隊絡みの戦闘は全て秘匿される。仮設航空基地の攻撃は瑞鳳達がやったようだが、瀕死の筈の瑞鳳がそこまでやればおかしいと判断したのだろう」

「南雲司令。すると、この戦果報告も?」

「間違いなく、黒島君と大淀の作文だな」

南雲は、チラッと大淀をみたが、

“中々の力作です” 彼女はニコッと笑顔で答えた。

南雲は、

「うちの子達は、中々文才があるな」と呟いた。

 

海軍の主要な司令達は、既に内々にここまでの海戦の概要を説明されていたが、公表できない部分もある事も十分熟知していた。

また、黒島を始め参謀達もそれを理解していたので、ここまで秘匿された部分について、騒ぐ者もなかった。

ただ陸軍の参謀達の中には、初めて海軍の軍議に参加した者もおり、不慣れな為か多少周囲が騒がしかった。

黒島作戦参謀は、一通り説明を終えると、指揮棒をテーブルへ置き、手元の資料を取ると、

「ここまでの戦果についてですが、敵潜水艦を数隻撃沈。ヌ級軽空母艦隊の内、ヌ級軽空母1隻大破、同空母艦載機の半数以上を撃墜、同艦隊のヘ級軽巡を大破もしくは撃沈。また追撃してきたリ級艦隊については、リ級重巡2隻を大破、もしくは撃沈、軽巡1、駆逐艦2隻に大破以上の損害を与えました」

「おお、これは凄い!」

一斉に陸軍の幹部達から声が上がるが、海軍の参謀達は冷静であった。

いや逆に表情を厳しくした。

黒島作戦参謀は、少し間を置いて

「此方の被害ですが、パラオ艦隊の旗艦瑞鳳が、敵潜水艦の雷撃並びにヌ級軽空母の艦載機の攻撃を受け、大破状態です」

「大丈夫なのか」着席した陸軍の参謀達から声が上がった。

黒島作戦参謀は、つづけて

「また同艦の護衛についていた駆逐艦3隻についても、航空攻撃を受け、小破に近い損害が出ております」

 

それを聞いた陸軍参謀本部の将校は

「ふん、パラオはボロボロだな」と小声で囁いた。

 

黒島作戦参謀は、

「なお、リ級艦隊と交戦した戦艦三笠以下の水雷戦隊についてでありますが、駆逐艦1隻に損害が出ておりますが、現在パラオ艦隊と合流し、ポンペイ島まで撤退中であります」

そう言って戦況の報告を終えた。

山下陸軍中将は、

「黒島作戦参謀。状況については解ったが、正直陸の我々には勝っているのか、負けているのか? 判断がつきかねるが、どちらと見る?」

すると、黒島作戦参謀は、

「現状を言えばどちらでもありません。これが答えです」

「どういう事だね」と山下陸軍中将が聞くと、

その答えは山本長官から、

「戦略的にどう見るかという所だな」と答えた。

「はい、その通りです」と黒島作戦参謀は追従した。

「戦略的といいますと?」と山下中将は聞くと、黒島作戦参謀は、

「これまでの海戦では、確かに当方の被害より敵深海凄艦へ与えた損害の方が大きいですが、当方と深海凄艦では艦艇の建造能力が違い過ぎます。米国ほど差がある訳ではありませんが、当方1に対して相手は5という推測値があります。此方は軽空母とは言え瑞鳳や駆逐艦に損害が出ています。そう言う意味では、此方として手痛い状況であるのは事実です」

山本が、

「ここは損害の有無というより、広域に考え、戦力差で相手を制圧できているかと考えるべきだな」

頷く海軍の将官達

「戦力差ですか」

山下中将が聞くと、山本は

「盤面の手駒の数では、相手が上だ。此方は数に限りがある。一斉に数の勝負で来られるとこちらに分がない。ここは多少手間がかかるが徐々に削り取っていくしかない」

山本は

「真面にぶつかっては此方が不利、如何に相手をこちらの土俵に乗せるかが、この海戦の勝敗を決める」

山下は、

「では、まだその機ではないと、山本長官はお考えですか?」

「ああ、海の戦いは陸とは違い、戦線というものが存在しない。あるとすれば面の戦いだ。そこに航空機を使った遠距離攻撃を駆使すれば、戦いは平面から立体へと変化する」

「立体化した戦いですか?」

ざわつく陸軍の参謀達

「黒島君」と山本がいうと、黒島は、マーシャル諸島のマロエラップ飛行場を指揮棒で指し、

「現在敵の地上配備の航空機はこのマロエラップ飛行場を中心に確認されています。A-20型爆撃機やP-40、P-38も少数ですが確認できました。それ以外にもヲ級flagshipを中心した大型空母6隻がタロア島北部に集積しています」

山下は唸りながら、

「大規模な航空戦力ですな、山本長官」

「ああ、非常に厄介だ」

黒島作戦参謀は、

「これまでの海戦で、ほぼ中間海域は、戦力空白地帯となりました。但し制空権においては、マロエラップ飛行場を中心とした爆撃隊の攻撃範囲内です。誰もいないといってのこのこと出てしまうと、頭をたたかれる恐れがあります」

山下陸軍中将は

「山本長官、何か策でも?」と聞く

「ここは、少し様子を見ようと思う」

「様子ですか」山下陸軍中将が、怪訝な顔すると、

「いや、なにそんなに長い時間じゃない。敵が出るか、籠るか動きを見たい」

すると突然、陸軍の参謀から手が上がった

見れば例の参謀本部の将校である

「なんだい」と山本が聞くと、

参謀本部の将校は席を立ち

「大本営 陸軍参謀本部として意見具申します! 既に海戦が行われ当方の圧倒的勝利との事、今、勝機はこちらにあります。ぜひ聯合艦隊には出撃して頂き、我が陸軍のマジュロ島奪還を支援していただきたい」

それを聞いた陸軍の山下陸軍中将は、

「君、その気持ちは分かるが」

「山下閣下。参謀本部の意向として、同島の奪還は絶対であります」と参謀本部の将校は語尾を強くし

「これは、参謀総長の御意向でもあります」

「君、それは分かっているが、今出て行けば、間違いなく輸送部隊は敵の空爆を受ける」

すると陸軍参謀本部の将校は

「そこを海軍には何とかしていただきたい」

その言葉を聞いた瞬間、対面に座る南雲を始めとした海軍の将官の表情が険しくなった。

一瞬、山口少将が身を乗り出して、何かを言いかけたが、山本がそれを軽く手で制し、

「では、陸軍参謀本部としては、ここは討って出ろという事かね」

「そこまでは、申し上げません。しかしながら陸軍参謀本部の意向として同島の奪還は至上命令であり、最も優先される事項であります」

山本は

「君は、以前。マジュロ島の奪還が陸軍の最重要作戦目標であって、同島の守備隊、並びに現地住民の生命については考慮せずといったが、参謀本部として現在もその考えに変わりはないのかい?」

「はい、現在まで本土の陸軍参謀本部より作戦の重要目的は同島の奪還であるとの連絡を受けております」

ざわつく室内

「貴様! 陛下の御意志に背くつもりか!」

山下陸軍中将の声が上がった。

「いいか! 幾ら参謀本部の意向! 参謀総長の命と言えども、陛下は、同島の住民の安全を最優先せよと、参謀総長へご下命を下されている。それを無視して進軍するなどこれこそ“統帥権干犯”である!」

そう言うと物凄い形相で参謀本部の将校を睨んだ。

いや山下だけでなく、居合わせた全ての将官からきつく睨まれた。

「くっ!」

口元を引きつらせながら、着席する参謀本部の将校

山本は、居並ぶ陸軍の将校を見て

「懸念されているマジュロ島の残留部隊と島民の救出については、海軍が責任をもって行う。山下陸軍中将旗下の諸君たちが動くのは、その後という事になる」

宇垣参謀長が、

「少し補足させてもらうが、この救出作戦は作戦の性格上、完全に秘匿されている。勿論、海軍内部でもだ。実際我々も詳細は、知らない」ときっぱりと言い切った

「なお、同島における情報がある。大淀!」と宇垣参謀長が声をかけると、控えていた大淀が前に進み出て、一礼すると、電文を持ち

「つい1時間程前でありますが、敵深海棲艦マーシャル諸島駐留部隊と名乗る者が、ラジオ放送で我が聯合艦隊に対し、“不用意に中間海域へ軍を進軍させた場合、マジュロ島の人質に対し無差別の攻撃を行う。当海域は我が深海凄艦ミッドウェイ群体の実行支配地域である”との放送を発しました」

「卑怯な!」長門の声が響く

「正々堂々と勝負しやがれ!」摩耶は席から立ちあがり叫んだ!

将校達からも困惑する声が上がった。

 

山本は、

「以前から同様な放送はあったが、今回ははっきりと“無差別攻撃”と言ってきた。下手に手出しは出来んよ」

陸軍の参謀の一人が手を上げ

「では、山本長官。このまま手をこまねいているおつもりですか?」

山本は落ち着きながら、

「いや、そうは言わんが、今は正面切ってドンパチできる状況ではない。状況が整うまでもう少しかかるという事だよ」

そう優しく答えた

頷き着席する陸軍参謀

山本は、

「海軍の軍令部としての意見は?」と末席につく軍令部参謀を見た

直ぐに軍令部参謀は席を立ち

「はっ、軍令部の方針は当初と変更ありません。マーシャル諸島の海域の解放並びに同地域の統治権の回復を目標にしております。なお陛下の御意向につきましては、軍令部総長、並びに海軍大臣よりご指示いただいた内容で間違いありません」ときっぱりと答えた。

 

その返答を聞いていた山口少将は、そっと南雲司令へ

「彼。だいぶ日焼けしましたな」

すると南雲は

「ああ、ほぼ毎日叢雲にしごかれているようだからな」

山口は、

「それはご愁傷様ですな」とにやけながら答えた。

南雲は、そっと

「叢雲は、見込の無い者には、声はかけない。彼女に任せておけば大丈夫だ」

頷く山口

 

山本達が、マ号作戦の軍議を開いている頃

マーシャル諸島の深海凄艦でも、今後の対応について検討する為幹部が集められた。

艦隊の総司令のル級flagshipは、居並ぶ者達を前に無言で腕を組んでいた。

そして、静かに、

「やはり、リ級達はダメだったか」

副官のeル級eliteは、

「はい、現在までに入電した情報によると、敵軽空母群を追尾していたリ級艦隊は、昨日深夜戦艦三笠を中心とした水雷戦隊と遭遇戦となり、旗艦のリ級elite、並びにリ級無印、ヘ級軽巡、イ級駆逐艦が撃沈、もしくは航行不能で自沈。残りの艦艇も多数の被害が出ており各艦、負傷者の収容を行いつつ撤退進路をとりました」

そう沈痛な声で答えた。

「そう」とル級艦隊司令は答えると、短く一言

「敵艦の損害は?」

「はい、現在残存艦艇からの情報を集約していますが・・・」と一瞬声を切り、そして

「ほぼ、敵は無傷だと思われます」

ル級司令は、

「ぼろ負けね」

静かに頷く副官

突然

「なぜ、そんな結果になる! こちらは重巡2隻にレーダー装備の軽巡に駆逐艦だ! 夜戦ならこちらに分があるはずだぞ!」

第三艦隊のル級無印が怒鳴った。

「落ち着きなさい。第三艦隊司令」とル級艦隊司令はいうと、ル級艦隊司令はテーブルの上のレポートを取った。

「先のパラオ侵攻部隊の残存艦の情報やこれまでの交戦情報を精査すると、日本海軍の一部の艦に電波妨害装置が搭載された可能性がある」

「電波妨害装置?」ル級無印やヲ級flagship空母艦隊司令が怪訝な顔をすると、

ル級艦隊司令は、

「パラオ侵攻部隊の残存艦からの情報では、艦隊戦の前に急に無線やレーダーに強力な妨害があり、使用できない所を敵に奇襲されたという事だ」

すると、ヲ級flagship空母艦隊司令が軽く右手を上げ

「いいか、艦隊司令」と発言を求めた

「なに、ヲ級司令」

「此方も、パラオ侵攻部隊や今までの空母戦を検討したが、パラオの防空能力は、こちらの当初の見積もりを遥かに超えている。ここは何等かの新兵器があると推察するが」

「パラオめ!!」第三艦隊のル級無印が唸った

姉妹艦が指揮するパラオ泊地侵攻部隊は、数隻の駆逐艦を残しほぼ壊滅した。

彼女にとって“パラオ艦隊”は仇なのである。

「では、日本海軍の全ての艦艇に何等かの対レーダー装置があるとお考えですか?」

副官が聞くと、

「いや、今まで接触したトラック泊地の艦艇にはそのような装置は無かった。ただパラオ泊地の艦艇については、何らかの装置があると思うべきだわ」

ル級艦隊司令は続けて

「事前情報では、パラオ泊地の司令官は前衛的な人物らしい。今までの日本海軍にはないタイプだ。それに気になる所では、新型の重巡4隻に大型空母2隻も配備されたとの未確認情報もある。先のカ610号の確認した超大型空母群がそれだと推測される」

副官は、

「艦隊司令。そうなると、此方の戦力見積もりもやり直す必要が出てきます」

「そうね」ル級艦隊司令はそう言うと

「私達は仮設航空基地を失い、当初の目論見は全て失敗した。完全にこの中間海域は戦力空白地帯となった」

そう言うと、テーブル上の海図を指揮棒で指した。

「トラックは、どう出てくるかしら」

第三艦隊のル級無印は

「その様な呑気な事を! ここは直ぐにでも中間海域の支配をこちらに取り戻すべく艦隊を出すべきです」

身を乗り出していったが、副官は

「確かに、パラオの軽空母群や昨夜リ級と交戦した三笠艦隊は、此方の索敵範囲外へと出た。しかし、新型の重巡を中心とした大型空母群の行方が知れない。不用意に出ればリ級達の二の舞になるぞ!」

「くっ!」

渋々、席に着く第三艦隊のル級無印

ル級艦隊司令は

「例のラジオ放送に対する日本海軍の反応は?」すると副官は、

「はい、今の所はありません」

「ラジオ放送とは?」ヲ級flagship空母艦隊司令が聞くと、ル級艦隊司令は

「あまり気乗りはしなかったけど、日本海軍が中間海域へ進軍した時はマジュロ島を無差別攻撃すると宣言したの」

「本気ですか?」とヲ級flagshipが聞くと

ル級艦隊司令は暫し考え

「日本海軍が動けば、致し方ないわね」ときっぱりと答えた。

「不要な犠牲を出したと姫が怒るぞ」とヲ級flagshipがいうと、ル級艦隊司令は

「分かっているわ」と短く答えた。

「日本海軍は、動くのか?」とヲ級flagshipが聞くと、ル級艦隊司令は

「既に日本は世界に向け、マーシャル諸島の奪還を宣言しているわ。以前姫から聞いたのだけど、日本の軍人にとって“ミカドの命令は絶対”だという事よ。向こうにとってはこの海戦は日本の威信のかかった戦だということ」

副官が

「その証拠に、最新鋭の大和にベテランの長門、そして西洋の魔女、浮かぶ鬼神と異名をとる金剛をはじめとする戦艦群、主力空母4隻を揃えてきた」

ル級艦隊司令も

「それに先程もいった パラオ泊地の最新鋭空母や重巡まで投入してきたという事は、向こうは本気で此方を潰しにきているという事よ」

そう言いながら、テーブル上においた右手の拳を強く握り絞めた。

「このまま、ズルズルと戦いを続けて消耗戦になると、此方が不利だわ。ここはどこかで一気に趨勢を決める必要がある」

副官のル級eliteが、

「出ますか?」

その声に第三艦隊のル級無印が身を乗り出した

「出るなら、先陣は自分が!」

すると、ル級艦隊司令は

「慌てるな」と手で制し

「奴らは必ず動く。此方はこのマロエラップ飛行場を中心とした防空体形を生かしながら、相手を仕留める。艦隊航空決戦になるわ」

そう言うと、

「ここは我慢比べといった所かしら」

 

その後、戦況の状況を確認し、副官を除き他の者達が退室した会議室には、ル級艦隊司令と副官のeliteだけが残った。

「少し消極的だったかしら」とル級艦隊司令がいうと、

「致し方ありません。まさかあそこまでトラック泊地封鎖作戦が失敗するとは思いませんでした」

ル級艦隊司令は、

「パラオを攻撃したB-17部隊が全滅した時に、考慮すべきだったということか」

副官は、

「パラオに係るとろくな事がないというのが、今の実感です」といい、

「マジュロ島の件ですが」

「なに?」

「はい、司令。実はマジュロ島の巡回部隊が、不足しています」

ル級艦隊司令は

「どういう事?」

「はい、マジュロ島を周回していた艦隊の一部は、中間海域の部隊から出していた為、編成を維持できない状態です」

「では」

「はい、司令。 このままですと巡回の間隔を広めにする必要があります」

「それだと、監視に穴があくわ」

副官は、手元のレポートを見ながら

「今後は、マロエラップ飛行場から定期的に偵察機を飛ばして、動きがあった時に、艦隊を派遣するというのはいかがでしょうか?」

「出来るの?」とル級艦隊司令が聞くと

「はい、問題なく」副官はそう答えた。

「日本軍は必ず動く。その時が決戦だわ」

ル級艦隊司令は、そう強く言葉に出した。

 

 

 

こんごう達が、クサイ島を出港して20時間が経過した深夜2時

護衛艦こんごう以下の護衛艦は、目的地のマジュロ島まであと150km圏内まで接近していた。

ここまで高速の船速を生かし、18㏏の速力を維持し突き進んで来た。

これが日本海軍の艦艇であれば敵の潜水艦を警戒して之字運動を行いながらの進軍で、ここまで短時間に進出することはできない。

既に目的地まで残り6時間程度の行程となり、こんごう達は時間調整の為船速をやや落としながら航行を続けていた。

その護衛艦こんごうの後部艦橋にある飛行科の乗員控室では、深夜とはいえ大勢の人が集まっていた。

控室の最前列には、艦長である艦娘こんごう

横には、艦長補佐のすずや

そして、現地案内役の日本陸軍の岡少尉が並んで座っていた。

その後ろの席には、SH-60Kを操縦する飛行科班長と副操縦士、機上戦術士官そして機上要員を兼ねるソナー員が座っていた。

後方の席には、機体整備班長が、どっしりと腰を降ろし、最終の点検項目を機付き員と確認している。

 

当初岡少尉は、最前列ではなくて、後方の席に座ろうとしたが、こんごうから

「貴方はここよ!」といって、最前列を指定された。

「いや、そこは幹部の席だろう」と遠慮しようとしたが、こんごうは、むっと睨んで

「貴方は今作戦の重要な要員です! きちんと詳細を聞いて貰わないと困るわ」

そう睨まれて、結局すずやの隣へ着席させられた。

席に着きながら、岡少尉は横へ座るすずやへ、

「意外に強引だな」と声を掛けたが、

「だって、“金剛”さんですから」とすずやは平然としながら答えた。

それを言われると、少尉も納得するしかない

 

こんごう達の前方では、大型モニターにマジュロ島近海の海図情報が表示され、横にあるホワイトボードには、気象班班長が、マジュロ島まで飛行経路上の気象状況を書き込んでいた。

ホワイトボードを始めてみた岡少尉は

「すずやさん、あの黒板というか白い板は、黒板の代わりか?」

するとすずやは、

「はい。見たままで、ホワイトボードっていいますけど便利ですよ。ああやって文字も書けるし、磁石で紙を留める事もできますし、側面にあるボタンを押すと書いた内容を紙に複写できるんですよ」

「ほう、それは便利だな。まさに近未来の黒板といった所か」岡少尉が感心しながらいうと、すずやは

「でも、一番いいのは、チョークの粉が出ない事ですね、汚れずに済みますから」

「文明の利器だな」

 

気象班班長は、ホワイトボードに書き込んだマジュロ島周辺地域の気象情報を、指揮棒を使いながら説明を開始した

「現在の海域から、マジュロ島までの飛行航路上、運航に支障になる様な気象事象は、現在確認されておりません。風は3ノット前後、南の風。雲量は2から3。3000FT以下に所々に小さな雲がある程度です」

こんごうは、その説明を聞き、後に控える飛行科班長に

「問題点は?」と聞くと、飛行科班長は

「いえ、絶好の飛行日和です」

その答えを聞いた気象班班長は一礼して、後方の席へ移った

入れ替わりにこんごうは席を立ち前方へ立つとサブモニターを操作して、ひえい、そしてあかしを呼びだした

「二人ともいい?」とこんごうが聞くと

「OKよ」モニターに映るひえいは気さくに答えた

あかしも

「こちらも準備OK! 輸送用のオスプレイは明日マルロクマルマルに、いずもから到着予定や」

こんごうはそれを聞くと、

「じゃ、私と少尉の上陸について最終確認にはいるわよ」

そういうと、指揮棒を持ち、モニターに映るマジュロ島周辺海域の海図を指し

「現在、当艦はマジュロ島の西180km圏まで接近しています。上空で監視業務を行っているE-2J並びにリーパーの情報によると、マジュロ島周辺100km圏内にて敵性艦艇並びに航空機の動きを認めていません」

岡少尉が、

「一番近い敵は、やはりマロエラップ飛行場か」と聞くと

「ええ、直線距離で180kmしかないわ。もう目と鼻の先といった所よ」

こんごうは平然と答えた。

「敵の索敵能力を考慮して、艦隊は現在位置を中心に、待機行動へはいります」

岡少尉が、

「少し遠くないか?」と質問したが、こんごうは

「この艦の能力があれば 6時間以内にマジュロ島沖30kmまで進出できるわ、それに無理に沖合まで近づかなくても上陸用舟艇は高速だから、問題ないわ」

少尉は右手を軽く上げて分かったと合図した。

こんごうは、

「ひえい、私が離艦後の艦隊指揮をお願い」

「ひぇー、了解」とおどけて答えた。

笑いが漏れる室内

「もう」とむくれるこんごうをよそにひえいは

「で、こんごう。待機中は潜る、それも洋上待機?」

「状況によるけど、発見される危険がなければ洋上待機して」

「了解」と元気に答えるひえい

岡少尉は、横へ座るすずやへ向って

「一応、説明を受けているが、こんなでかい艦が、潜水艦の様に潜れっるていうのは信じがたいな」

すずやは、

「自分も最初は驚きましたけど、慣れると平気ですよ、少尉。それにこの艦よりでかいいずも副司令官の艦も潜れますから、問題ありません」

それを聞いた岡少尉は、

「もう、なんでもありだな」と呆れながら

「そのうち、空中戦艦のように空でも飛ぶんじゃないか」とにこやかに答えた

 

檀上のこんごうは、あかしへ向って

「あかし、避難民受け入れ準備は?」

「ぼちぼちかな。航空機格納庫を使う予定」

するとこんごうは、

「オスプレイはどうすんのよ?」

「避難民抱えて、オスプレイまではちょっときついから、状況みて、いずもへ帰還させる」

あかしはそう言うと、

「ああ、副司令みたいなでかい艦内格納庫欲しいわ~」

するとこんごうは、

「仕方ないでしょう、貴方の格納庫の4分の1は、工作機械で埋まってるんだから。下ろせば広くなるわよ」

あかしは、

「そりゃ、あかんで。あれを下ろしたら単なる“輸送艦”になっちゃう」

再び室内に笑いが出た。

岡少尉は

「すずやさん。なんか、緩やかな雰囲気だが、いつもこんな感じか?」

「いいえ、本題はこれからです」と表情を厳しくした

 

こんごうは、

「じゃ、本題はいるわ」と話を切り替えた

一瞬で室内の雰囲気が、緊張につつまれた。

こんごうは指揮棒を持ち、

「後1時間後。マルサンマルマル時に、私と少尉を乗せたロクマルがゾディアックをスリングして離艦。マジュロ島手前30kmまで進空します」

頷く飛行士妖精達

「往復200km近い距離があるけど、問題ないわね」とこんごうが聞くと飛行科班長は

「行きはゾディアックを吊っていますので、速力が出ませんが、復路は問題ありません」

「無理はしなくていいわよ」とこんごうが聞くと

「それは、大丈夫です。それより敵の制空圏内ですので、敵機の方が心配です」

ひえいが、

「ちょっと遠いけど、SM-2で叩き落とす?」

こんごうは、

「そんな勿体無いことしないの。上空支援はE-2Jの直掩機のF-35がしてくれますから、エクセル隊の指示に従ってください」

岡少尉が手を上げ

「上陸前に見つかった時は、中止か?」

「いえ、極力交戦は避けて、迂回しながらいきましょう。飛行科班長、いい?」

「了解です。エクセルの誘導指揮に従います」

こんごうは、指揮棒でモニター上の一点を指し

「この地点で、ゾディアックを切離し、私と少尉は、ロクマルを離れマジュロ島へ向います。マジュロ島まではおよそ30km程、1時間程度を見込んでいます」

1時間も小さなボートで揺られる事を思うとげんなりとする岡少尉

そんな岡少尉にお構いなく、

「上陸後の行動については、計画書通りだけど、未確定要素が多いわ。留意して」

頷くすずや、そして岡少尉

こんごうは一同を見回して特に質問がない事を確かめると、短く

「では、準備にかかりましょう」

その声を聴いた瞬間、飛行科班長以下の飛行士妖精達は一斉に席を立ち後方の出口へと向かった。

岡少尉も、別の飛行科員に案内され後部ヘリ格納庫へと向かった

すでに、後部ヘリ甲板の上には、SH-60Kが格納庫から引き出されて、ローターを展開していた。

少しうねりがあるが、RAST(着艦拘束装置)がロクマルの下部から突き出たブローブをがっちりと掴んで機体を甲板上に固定している。

赤い夜間照明に照らされたヘリ格納庫内ではやや大きめのテーブルが広げられ、その上には岡少尉の持ち込んだ九四式拳銃や小型のナイフ、背嚢などが、きちんと整理されて並んでいた。

テーブルの横には、副長と武器庫要員が立っていた。

副長が、

「岡少尉殿、お預かりした携行武器ですが、ご確認ください」

岡少尉は、テーブルの前まで来ると革製のホルスターに入った九四式拳銃を取った。

慎重にホルスターから拳銃を抜く

一通り見て、一言

「ああ、間違いない」

それを聞いた副長は、ボードを出し、

「では、返却の確認証にお名前を」といい、ボールペンを差し出した。

それを受け取り、書類に名前を書く少尉

「万年筆とはまた違った書き味だな」

「ボールペンといいますけど、極細のペン先から油性のインクが出る仕組みです。万年筆より汎用性が高く、耐久性があり、製造も安く出来ます」

すると岡少尉は、所属と名前を書きながら

「弟へもって帰ったら喜ぶだろうな」

「何か、書き物をされているのですか?」と副長が聞くと、

「いや、新聞記者なんだがこんな便利な筆記具があるとしれば、喜ぶかなとおもってな」

副長は、

「では、無事パラオに御帰還された時は、新しいのを用意しておきますから、お立ち寄り下さい」

「おっ、いいのか?」と驚く岡少尉

副長は、

「艦長もお世話になる事ですし、これも何かの縁です」

「期待してるよ」と、副長に書類を差し出しながら、

「まあ、こんごうさんなら問題なかろう」少尉がいうと、副長は、周囲を確かめ、そっと

「実は、艦長。時々ドジな所がありますから、貴方の様な方が一緒に行ってくれて本当に助かります」

「そうなのか?」意外そうな顔をする岡少尉

副長は、

「先代、艦長のお母様にあたられる初代護衛艦こんごう艦長も、こう鉄壁な方でしたが、思わぬ所でドジを踏む方で、我々も苦労しました」

と笑いながら答えた。

岡少尉は、装備品を確認しなつつ、副長や武器庫要員と雑談しながら時を過ごしていた。

その横では、別の隊員妖精達が、ゾディアックボートの点検を行っていた。

真っ黒な船体に、2機の船外機がついていた。

1基はエンジン式、もう一基は小型の電動式の船外機である。

「ゴム製のボートか」少し不安そうな顔をする岡少尉へ副長は

「見てくれは少し華奢ですが、これでも20ノット以上の高速で外洋走行可能なボートです。まあ多少揺れるのは、遊園地の乗り物に乗ったと思って諦めてください」

岡少尉は、周囲を見回し

「そう言えば、こんごうさんは?」

すると格納庫の入り口から、

「女性の支度は、色々と大変なのよ」

振り向くとこんごうとすずやであった。

「おっ、その服も似合うぞ」

つい岡少尉は、口に出した。

こんごうは、

「あらそう」といいながら自分の服を見直した。

彼女はいつもの青い幹部用艦内服ではなく、陸自の戦闘迷彩服を着こんでいた。

頭には今日は迷彩柄のブーニーハットであった。

こんごうに気が付いた隊員妖精達が敬礼すると、こんごうも答礼しながらテーブルへ近づき、肩に担いだタクティカルバッグをそっと降ろした

「背嚢も迷彩か。徹底してるな」

岡少尉がいうと、すずやがニコニコしながら

「岡少尉さん、他に変わった所はないですか?」と意味深な声を掛けてきた。

そう言われ、じっとこんごうを見る岡少尉

こんごうの顔を見たとき、

「ほう」と声を上げた

「なっ、なによ」やや顔を赤くしながら答えるこんごうに

「その帽子でよく分からなかったが、中々いい髪型になってるじゃないか、普段よりその髪のほうが、君らしい」

「よっ、余計なお世話です。今回の任務上、この髪型にしないと“金剛”になれないから仕方ないの!」

やや声が、ドギマギしながら答えるこんごうをよそに、すずやも

「少尉さんもそう思うでしょう! すずやもこっちのほうが絶対いいと思いますけど」

普段、腰に届きそうなこんごうのブラウンの髪は、綺麗にまとめられ、前方へと流れる髪と後方へ流れる髪、そして耳の横でお団子状にまとめられていた。

このお団子上のシニヨンがある為に、いつもの丸天帽の迷彩帽子ではなく、自由度の高いブーニーハットを被っていた。

 

こんごうは、

「大体、髪型セットするだけで30分もかかるなんて、もう実用的じゃないわ、やっぱりストレートが一番よ」とぶつぶつと言いながらも、テーブルの上に装備品を広げて最終の確認始めた

通信機やメディカルキット、そしてBLACKHAWKのCQCホルスターに収められたミニベアの9mm拳銃を取り出した。

ホルスターから静かに抜き出し、そっと手に持つ

「うん、いいようね」と安心して、ホルスターへ戻ししっかりとロックがかかった事を確かめ、右足へとホルスターを装備した。

「そんな所へ着けて、じゃまにならないか?」

岡少尉が聞くと、

「慣れの問題よ、この位置だと、右手を真っ直ぐ伸ばした状態で、直ぐに拳銃が抜けるわ」

そういうとこんごうは、見事な手さばきで、ホルスターから9mm拳銃を抜き構えた。

少尉は

「まあ、君の実力はルソンの件で知っているからな、聞いただけだよ」

 

こんごうの準備が終わりかけた時、武器庫要員が、9mm拳銃用のマガジンを数個、テーブルの上に置いた。

「艦長。全て通常弾頭ですが、よろしかったのですか? 対魔用弾頭もご用意できますが」

こんごうは、マガジンを受け取とり、腰のマガジンポーチへ仕舞い込みながら、

「いいわ。今回は潜入作戦で、戦闘は予定していないし、20式小銃ももって行かないから、危うい状態なら、とっとと帰ってくるから」

「はい、ではサインを」といい武器庫要員は、弾薬の受領確認書を差し出した。

書類にサインをするこんごう

タクティカルバッグの装備品を確認し終わると、少尉を見て

「そちらの準備は」

「ああ、いつでもいいぞ」

すると、こんごうは、後部ヘリ甲板上にあるロクマルを指さして

「じゃ、乗りましょうか」と何時ものように声を掛けた。

「お手柔らかにたのむ」

少尉も覚悟を決め、こんごうと二人並んでロクマルへと向かった。

二人がロクマルへ乗り込むと、副長とすずやがドアサイドへ立ち、

「では、艦長。お気を付けて」

「少尉殿 艦長をよろしくお願いいたします」

すずやと副長は挨拶すると、直ぐに格納庫内へと下がった。

それを合図に、スライドドアが閉められた。

こんごうと岡少尉、二人並んでキャンバス地の席へ着くと、直ぐにソナー員がより

岡少尉へシートベルトを掛けた

こんごうは手慣れた手つきでベルトを締めた。

岡少尉が、席の座り具合を確かめていると、

「はい、これ」とこんごうにヘッドセットを渡された

こんごうがヘッドセットを被るのを見て、岡少尉もヘッドセットを被る。

インカム越しに、

「上空では、騒音が凄いから、これで会話するの」とこんごうが言うと、

「具合悪くなったら直ぐにいってよね」

「ああ」と既に諦め状態の少尉である。

機長役である、戦術士官が、

「艦長、エンジン始動並びに離艦準備に入ります」

するとこんごうは、右手の親指をそっと上げ

「さあ、行くわよ!」と気合を入れて声に出した。

その声を聴いた、操縦席に座る飛行科班長は、

「よし! ビフォー・エンジン・スタート・チェックリスト!」

左の操縦席に座る飛行士が、分厚いチェックリストのエンジン始動の項目を読み上げていく。

「アウトサイド、クリアー!」と声に出すと、機体前方で待機するマーシャラーも機体周囲を確認、特に操縦席から死角になるテールローター回りに誰もいない事を確かめ、

「クリアー!」と返答した。

 

直後、こんごう達の頭上にある2000馬力を超えるターボシャフトエンジン2基が独特の起動音を響かせ起動しはじめた。

「凄い音だな」

今まで聞いた事のない音を聞き、慌てる岡少尉へ

「こんなのまだ小さい方よ、この艦の動力はこれと同じ仕組みのエンジンが4基、1基辺り3万馬力もあるのよ」

「その割には、艦内は静かだな」と少尉が聞くと

「色々と工夫してるのよ!!」

そう話している内に、エンジン音が上がり、清んだ音へと変わる。

同時に頭上のローターも回転をはじめた。

ヘッドセット越しに操縦席から

「艦長、発艦準備完了です」と飛行科班長の声が響く

「いいわ!」こんごうの声が答える

それを聞いた瞬間、機体はふわりと浮き上がった。

「おっ!」

今までに体感した事のない動きに戸惑う岡少尉

そんな岡少尉にお構いなく、機体は5mほど上昇するとピタリと空中に停止した。

夜間照明に照らされた機内から、興味深く機外を見る岡少尉

「噂には聞いていたが、本当に空中に止まれるとは驚きだな」

「これで驚いていたら、大変よ。これからもっと驚くから」

岡少尉は、

「君達と付き合うと、“常識”という概念が如何に、砂上の楼閣かというのを実感するよ」

こんごう達がそんな会話をしていると、機上整備員を兼ねるセンサー員が、床板のパネルを外し、真下を見た。

そこには、既にスリングされたゾディアックボートがあった。

「TACCO。スリングOKです」

「よし。班長、離艦!」

それを聞いた飛行科班長は、左手に持つコレクティブピッチレバーをそっと引き上げた。

機体が数m浮がる。

機体を少し左へふり、ヘリ甲板から離れた。

右の窓から徐々に離れる護衛艦こんごうを見る岡少尉

最低限の灯火に照らされた護衛艦こんごう

少し離れると、その灯火も消灯され、周囲を闇が包んだ

赤い機内灯の光だけが周囲を包んでいた。

岡少尉は、深く座席に座り直すと、

「1時間か、まあ揺れも少ない。寝て待つか」

そう言うと、じっと目を閉じた。

 

 

「こんごうスワロー、発艦しました!」

護衛艦いずものFIC(艦隊作戦司令部)内に航空担当士官の声が響いた

自衛隊司令の由良は、前方の大型モニターを睨みながら、

「分離点までどれ位だ?」

横の席に座る副官のいずもが

「そうね、1時間程度かしら」

「そこから、ボートで1時間か。少し少尉にはきつくないか?」

いずもは、

「こんごうも色々と考えたようね。最初は、オスプレイからの高高度降下低高度開傘

しかし、いくらこんごうとのタンデム降下でも、訓練を受けていない者がやれば失神する危険があるわ。次は、スキューバによる潜航潜入。これも訓練していないと、無理。結局この案が一番安全策という事で採用されたみたいね」

由良司令は、

「お前が、ギリギリまで少尉の名前を伏せるからだろ。事前に訓練も出来たと思うが」

するといずもは、横眼でぎっと睨んで

「なに、私のせい?」

「いや、そうは言わんが」あたふたしながら答える由良司令

 

「まあ、その辺で勘弁してやるのじゃな」

サブモニタ―に映る三笠の声が響いた

「そうデス! 旦那様は大切ネ」

その横の画面では金剛はニコニコと答えた

「金剛さん、旦那様って」といずもは顔を赤くしながら答えると、

「黙っていてもMeには分かるね」意味深な笑顔を見せる金剛

流石にこの辺りは、百戦錬磨の強者である。

 

三笠は、

「無事、マジュロ島へ向ったようじゃの」

「はい、今の所は作戦通りです。こんごうの事ですから、上陸までは順調に推移するかと」

自衛隊司令はそう答えた

「問題はその後じゃの、司令」

「はい、三笠様。正直言えば、不確定要素が多く、行き当たりばったりという事も」

 

「こんごうちゃんなら、大丈夫ネ」

艦娘金剛の声が響く

「昨晩の岡少尉とのbattle! 最高デス!」

金剛は興奮気味に話し、

「もし、時局が許すなら今すぐにでも、英国へ連れて行って、国王陛下に謁見して、英国魔術師協会へ入会してほしいデス!」

それを聞いた三笠は、

「しかしの、横須賀の・・・」と言いかけた瞬間、金剛が

「Mamaなら問題ないネ! あの力を見ればOKするしかないネ!」と突っ込んで来た

 

それを聞いた自衛隊司令は

「やはり白魔女様はご存命であったか」

いずももそっと、

「こんごうには、どう説明します?」

「いや。無理に言う事はない。時の流れに任せよう」

そして、静かに

「まずは上陸だ、1000名の命に係る。正直なりふり構わずといった所だ」

「はい」いずもはそう答えながら、前方の大型モニターに映るこんごうスワローのブリップを睨んだ。

 

こんごう達を乗せたSH-60Kは、100m以下の高度を保ちながら一路、マジュロ島へと突き進んでいた。

比較的気象条件が安定して事もあり、機内は騒音を除けば、特段不快に感じる事もなく、ただ時間が過ぎていた。

岡少尉は、うつらうつらしながら、夢を見ていた。

淡い光の中、小さな子供の頃、まだ自分が土御門の本家で暮らしていた頃

大きな屋敷の庭先で、子犬とじゃれ合いながら、遊ぶ自分。

母屋の縁側には、笑みをたたえ、此方を見る父。

そして、その横で、まるで包み込むような視線で此方をみている女性

そっと 満面の笑みを浮かべていた。

「母上!」

岡少尉は、亡き母親の姿を見て一瞬叫んだ。

その時、遠くから

「だ・・、い・・、大丈夫!」

聞き慣れた声がした。

一瞬、意識を取り戻し、目を開けた。

 

朦朧とする意識の中、ふと横を見ると、直ぐ真横にこんごうの顔があった。

「おっ!!」

たじろぐ岡少尉

「大丈夫? うなされていたわよ」

身を起こしながら岡少尉は、

「済まない、つい寝込んでしまった」

そう言いながらこんごうを見た。

どおやら、寝込んでこんごうに寄りかかっていたようだ。

「迷惑を掛けたようだな」

「別にいいわよ」とこんごうは顔を赤くしながら答えた。

その時、

「艦長、操縦席です。降下予定地点まであと10分!」

 

「了解です」

こんごうは、そう返事をすると、岡少尉へ向い

「気分は?」

「まあまあかな」

「しっかりしてよ! もうすぐ降下よ」

こんごうの声が岡少尉の耳元に響く

「済まん、直ぐに準備する」岡少尉は、そっと姿勢を正した。

足元に置いてあった、背嚢を掴む

機体の機首が少し上がり速度が低下していくのが解った。

ナイトビジョンを装備したソナー員が、しきりに床面に開いた開口部からスリングされたボートを見ていた。

こんごうは、座席のベルトを外し、ソナー員の横へ立つと、

「どう?」

「はい、艦長。問題ありません、現在高度30m 間もなくボート着水です」

こんごうは、それを聞くと、機体右側面のサイドドアを開いた

機内に、風が流れ込んでくる。

「TACCO! 周辺海域の情報は!」

コンソール画面を操作する機長役の戦術士官は

「はい、上空で支援中のエクセル15からの情報では、100km圏内に水上、空中に機影なしです」

それを聞いたこんごうは、

「TACCO! ボート着水! GO!よ!」

「はい!」

戦術士官は、操縦席へ降下開始を告げる

徐々に高度を下げるSH-60K

機体の前進速度が急速に落ち、海面20mまで降下した。

機体がホバリング態勢に入る。

「ボート着水位置! 水面障害物なし!」ソナー員の声が機内へ響いた

TACCOの

「切り離し、よう~い!」

「用意よし!」ソナー員の声が機内に響く

TACCOは、そっとこんごうをみた。

静かに頷くこんごう

「離せ!!!!」

 

TACCOの号令と同時に、ロクマルから切りなされて海面上へ数m落下するゾディアックボート

ほんのわずかな水飛沫を上げ、着水する。

その水飛沫をロクマルのローターが生み出す強力なダウンウオッシュがかき消した。

ゾディアックボートは、そのダウンウオッシュにより、海面に張り付いた状態となった。

こんごうは、海面に降りたゾディアックボートを見た。

まだ周囲は漆黒の闇夜であったが、艦娘の視力をもってすればそれは簡単に見る事ができた。

「着水確認!」

胴体床面の穴から海面を確認していたソナー員の声が響く

こんごうは、座席の横に置いてあったタクティカルバッグを背負うと、バッグのハーネスをしっかりと締め、岡少尉へ向い

「先に降りるわよ」

「おう」状況が飲み込めない岡少尉は、瞬間的に返答した。

ドアサイドから着水したゾディアックボートを見るこんごう。

じっと海面を見る。

そのこんごうの眼が海面に揺らめくゾディアックボートを捉えた

「ボート視認!! 降下用意!」こんごうの声が響く

「行きますか! 艦長!」ソナー員の声が機内に響く

「先に降りるわ! 少尉をお願い!」

「了解です!」ソナー員がサムアップサインで答える。

それを聞いたこんごうは、突然、サイドドアから、海面へ向け飛び降りた!

「おい!」

慌てた岡少尉は、ドアサイドから真下を覗き込んだ

その瞬間、漆黒の闇夜の中 ぽっと蒼白い光が海面付近に灯る。

岡少尉は、その光を見た瞬間、なにか懐かしい感触を思い描いた。

「あの光は、何処かで」

その光の中心に、こんごうがいた。

高さは、およそ30mはあろうかという高さであったが、まるで、そう舞い降りるという表現が一番似合う。

独特の髪がまるで生き物様に宙に舞う。

「美しい」

岡少尉は、今の心境を無意識に言葉にした。

こんごうは、艦霊力を集中し、クラインフィールドを下方へ展開すると、ボートの上にそっと降り立った。

徐々に霊力を集約させ、ボートの上にそっと降りたつ。

確実にボートに着いたこんごうは、直ぐに霊力を霧散させたと同時に、背中に背負ったタクティカルバッグをボートの床へ投げ出すと、ボートの四辺にあったスリングベルトを急ぎ回収し始めた。

それと同時に、上空のロクマル機内では、

「次は少尉の番です!!」

ソナー員の指示に従い、背嚢を背負う岡少尉

少尉を前に、スリングベストを着せるソナー員

「少しきついですが、大丈夫ですか?」

「問題ない!」しっかりとした口調で答える岡少尉

「では、此方へ」そういうとドアサイドへ岡少尉を案内した。

ドアサイドに立つ岡少尉へ ウインチから繰り出したホイストケーブルを接続する。

何度も、ハーネスやフックを確認するソナー員

TACCOへ向い

「用意できました!」

「降下点、安全確認!!」TACCOの声が機内に響く

ソナー員がドアから海面上のボートを見ると、こんごうが下から短くライトを2回点灯させた。

「降下点確認!!」

「よし! 降下準備!」

TACCOの指示でソナー員が岡少尉をドアの端まで案内する

頭上にかぶったヘッドセットを取ると岡少尉は、

「ここでいいのか!」と大声で言うと

「はい! では、腕を組んでください!」

そういうと、ソナー員は胸の前で腕を組む仕草をした。

それに従う岡少尉

ソナー員は、ウインチを操作し、

「では、降下始めます!」

「世話になったな!」岡少尉が大きな声で返すと、

「艦長の事! 宜しくお願い致します!」

ソナー員が大声で返した。

その後方で、機長役の戦術士官も席に着きながら

「ご武運を!!」とサムアップサインで岡少尉をおくりだした!

ウインチに吊り下げられ、空中に宙ぶらりんになる岡少尉。

ソナー員は、左手にウインチのコントロールボックスを持ちながら、右手でウインチケーブルをもちながら慎重に岡少尉をボートへと降ろして行く。

その間、岡少尉はじっとして微動だにしなかった。

凄まじいロクマルのダウンウオッシュとローターの風切り音の中、降下する岡少尉

操縦桿を握る飛行科班長は、右の操縦席の窓から暗視ゴーグル越しに、ホイスト降下する岡少尉をみた。

細かく、そして優しく操縦桿とコレクティブ・ピッチ・レバーを動かし、岡少尉を確実にボートの上に誘導する。

これが、救難専用のUH-60J(ブルーホーク)であれば、パイロットは機体を水平に保つだけでよく、左右の微調整はウインチを操作する機上整備員がジョイスティック状のコントローラーを使い機体を左右に動かす事ができる仕組みがある。

しかし、こんごう達の装備する60Kは、主任務が対潜である為そのような救難用特殊装備がない。

しかし、そこは百戦錬磨の飛行科班長

操縦桿を握る手の感触、座席の感触、計器だけでなくありとあらゆる感覚を駆使して、機体を安定させていた。

「あと2m!!」

ウインチを操作するソナー員が叫んだ。

こんごうは、ゾディアックボートの上で、降下してくる岡少尉を見上げた。

闇夜の中、ロクマルが舞い上げる水飛沫を受けながら降下してくる岡少尉

ほんの僅かで手が届く所まで来た。

だが、ここで無理に少尉を掴んだりはしない。自然に着船するのをまった。

もし、掴んでしまった時、急に機体が動けば此方も危険になる。

少尉は、そっとボートの上に降り立った。

その瞬間、こんごうが素早く動き、ケーブルを外した。

大きく右手を回し“巻き上げ”の合図を送る。

するとケーブルが巻き上がるより先に、ロクマルがゆっくりと前進し、上昇して行く。

こんごう達を包み込んでいた、ロクマルのダウンウオッシュが静かに消える。

数分もしない内にロクマルの爆音が、波の音にかき消され、まるでなにもなかった様な静寂な漆黒の海、そしてほんの僅かな月明かりだけの世界となった。

少尉は、ボートの船縁に寄り掛かかりながら、

「ここでいいか?」とこんごうへ声を掛けた

「ええ、楽にしていて」

それを聞いた少尉は、腰を降ろしながら、背嚢を降ろし、体をボートの縁へ預けた

波間に揺れるボート

こんごうは、タクティカルバッグから、少し大きめのタブレット端末を出すと電源を入れた。

通信システムを起動すると、携帯無線を繋ぎ、装備したインカムでひえいを呼んだ

「191リーダー、アルファリーダー」

「アルファリーダー、191。メリット5」

こんごうは、

「着水終了、次の行動に移る。送れ!」

「191了解。リーパーで追尾監視する。送れ!」

「アルファリーダー了解。終わり」

こんごうは無線を切ると、2基ある船外機のうち大型のエンジン船外機を海面へ降ろし、起動準備に入った。

月明かりに照らされる海面をじっと見る岡少尉をみたこんごうは

「気分は?」

「そうだな、まあ緊張しているせいかな。そんなに悪くない」

「少尉、これから暫く揺れるけど我慢して」

少尉は、表情を曇らせ

「こればかりは仕方ない」

「じゃ、行くわよ!」こんごうは、そう言うと、船外機を起動させた。

爆音が水面に響く。

「揺れるから、しっかり掴ってて!」

「おう」少尉もエンジン音に負けない様に大声で答えた

それを聞いた瞬間、こんごうは船外機の出力を上げた

グイっと船首が持ち上がる

同時にボートを急回頭させ、一路マジュロ島へと舵を切った。

少尉は、内心

“顔に似合わず積極的な操船だな”そう思いながら、必死にボートにしがみついた。

波を蹴りなら、グングン船速を上げる、ゾディアックボート

船外機を操作しながらこんごうは

「さて、ここから先は行き当たりばったりだわ」

そういいながら

「まっ、正面からいけば何とかなるか」金剛家お得意の真っ向勝負でいく覚悟を決めた。

 

 

「アルファリーダー、海上移動を始めました」

護衛艦いずも内部のFICの大型モニターに、海面を移動するこんごうと岡少尉を乗せたゾディアックボートが映し出されていた。

モニタ―を見る自衛隊司令は

「島まで30km、日の出前には、上陸できそうだな」

横に座るいずもも、

「ええ、ここまで来ると後は、二人に任せるしかないわ。とにかく島の族長をどう説得できるかが鍵よ」

「失敗した時は、やはり最終プランか」司令が聞くと、

いずもは、書類を捲りながら

「ええ、こんごうのプランでは、こんごう、ひえいで同島に防衛圏を設定して、マロエラップからの攻撃をしのぐ事になるわ。防空に関してはF-35をあかしに派遣して対応する案だけど、ル級主力の三個艦隊に正規空母6隻の艦隊でこられるとこんごうでもきついわね」

「そうなる前に」司令がいうと、

「ええ、その時は、私の艦とはるなときりしまで、マロエラップへ一撃を加えて敵の戦力をそぎ落とす」

「それは、避けたい」自衛隊司令。

「作戦としては一番確実だが、戦術的勝利を得る事ができても、我々の存在も大きく露呈する。そうなれば深海凄艦だけでなく欧米各国も我々、いや日本を警戒し、世論が対日戦へと傾く可能性が大きい」

いずもも、

「そうね。戦略研究班の報告では、現在の米国世論はまだまだ対日戦支持が幅を利かせているという事だわ」

いずもの艦隊司令部内にある戦略研究班では、米国などのラジオ放送を傍受し、現在の米国本土のメディア動向を探っていた。

いずもは、

「レポートにあったけど、だいぶルーズベルトは追い込まれているようね」

自衛隊司令は、椅子に寄り掛かりながら

「だろうな、本当なら今頃 日本と開戦し、三国同盟を結んだドイツにも宣戦布告。大手を振ってドイツ戦線を戦えたはずだが、その全てが目論見から外れた」

司令は続けて

「モンロー主義から脱却し、ファシズムの拡大を阻止したい彼にとって、日米開戦は一大転換点となるはずだった。しかし神のいたずらか、この世界ではそうならなかった」

「そうね。そのせいで、いまやヨーロッパ大陸はナチス政権が支配し、ヒトラーがこの世の春を謳歌しているそうよ。英国のチャーチルの渋い顔が見えるわ」

いずもは淡々と答えた。

司令は、静かに

「問題は、チャーチルがどうでるかだな」

「どういう事?」いずもが怪訝な顔で聞くと

自衛隊司令は、口元に笑みを浮かべ

「まだ、日本が入り込む余地があるという事さ。まだこの世界は間に合う」

そういうと、

「その為にもこの戦い、しっかり押さえて日本の本気度をアピールしたい」

そういうと、モニター上を一路マジュロ島へ向うこんごう達の見た

「頼むぞ。こんごう」

そう静かに声に出した

 

こんごうの操船するゾディアックボートが、海上を移動し始めて、はや1時間程度が経過した。

このゾディアックボートは、船底にFRPを採用した複合艇と呼ばれるタイプだ。

低速時は、硬質ゴムが十分な浮力を稼ぎ、高速走行時はFRP製の船底が優秀な走破力を発揮する。

軍用ばかりでなく、民間でも海難救助や外洋航行など幅広く使用されている。

時折、船底を打つ波でボートが派手にジャンプする。

岡少尉は、ボートの縁に掴りながら、

「中々、大胆な操船だな!」と大声を上げた。

エンジンの音に、少尉の声が、かき消された

「なっ、なに! 聞こえないわよ!!」

こんごうは、エンジンの音に負けないように大声で返した。

「いや、中々荒っぽいな!」

するとこんごうは、むっとした顔で、

「ちんたら30km、泳いで行く方がよかったかしら!!」

「それは、勘弁だな!」少尉もエンジン音に負けない様に大声で返事をした。

 

時折タブレット端末を見ながら、こんごうは船外機を操作する。

本来、この様なゴムボートが外洋で長距離を航行するなど、自殺行為に等しい。

しかし、こんごう達は艦娘士官候補生時代、あの鬼教官の陽炎から小突き回されながら、ゾディアックボートの外洋航行の操船を叩き込まれた。

艦娘特有の優れた視力、そして持久力、そして海の巫女としての波を読み切る力

それらを駆使し、こんごうはゾディアックボートを操る。

端末の画面には、上空で支援するE-2Jからの進路指示情報が表示されていた。

こんごうは、じっと前方を睨んだ。

そして、急に船速を落とすと、

「島影が見える頃よ」そう言うと前方を指さした。

岡少尉もぐっと前方を睨む。

まだ闇が包む水平線、その正面だけ闇の濃さが深かった。

「あそこだ、輪郭的には間違いない」

岡少尉がそう答えた

「10kmを切ったわ」こんごうが言うと、

「悪霊級がいると、気配を感じ取られる距離だ」

岡少尉も慎重に答え、前方の島影に意識を集中した。

「今の所は、問題ない」少尉は手短に答えた。

「このまま、近づくわよ」こんごうは、船速を緩めながら、徐々に島影に近づいていった。

 

まだ夜明けまで間がある、周囲は暗い

島影に近づくにつれ、月明かりに照らされた島の輪郭がはっきりとしてきた。

「灯り一つないわね」

「まだ殆どの人が寝ている時間だ」

少尉はそう言うと、背嚢の中から、双眼鏡を取り出した。

そっとボートの縁に身を隠しながら、双眼鏡を覗く。

「やはり、この距離と暗さだと海岸線は見えんな」

しかし、少尉の背後でタクティカルバッグを開くこんごう

バッグの中から暗視ゴーグルを取り出した。

素早く装備すると、前方の海岸線を見た

「大丈夫、海岸線に人影らしいものはないわ、もう少し近づきましょう」

そういうと、エンジン船外機を止め、横の電動式船外機を海面へ降ろした。

「近づくわよ」

電動式船外機が静かに起動すると、ゾディアックボートはゆっくりと前進を始めた。

殆ど音を出さずに、海岸線へ向うゾディアックボート

「凄いな。電気式の船外機か?」

「ふふん、驚いた?」得意げなこんごう。そして

「こんなもので驚いていたら、大変よ」

「だろうな、君達の陸戦隊なら、足音一つ立てずに敵前上陸も可能なんだろ」

「まあ、そこまではないけど、近い事はできるわよ」

そう答えながら、前方を見ていたこんごうは、

「伏せて! もうすぐ人の有視界圏内に入るわ」

それを聞いた岡少尉は、直ぐにボートの縁へ、身を隠した。

こんごうも姿勢を低くし、じっと前方を見た。

ボートの揺れも少しずつ収まってきた。

「もうすぐ接岸よ」こんごうがそういうと、岡少尉は、

「了解した」

闇夜に、電動モーターの低い回転音と、波の音だけが響く。

少尉は、右の腰に下げた九四式拳銃のホルスターをそっと触った。

コンという軽い衝撃と同時に、ガリっという音が聞こえた。

砂浜へ、ボートが乗り上げた音であった。

「着いたか」そう言って岡少尉が立ちあがろうとした瞬間、こんごうが岡少尉の袖口を掴み、小さな声で、きつく

「まだよ!!」

そういうと、暗視ゴーグルを使い、そっと海岸線を除き見た。

「誰かいるか?」岡少尉の問いに、

「ここからだと見えないけど」

こんごうは、そういうとゴーグルを外し、手元のタブレットを操作して島の上空で偵察支援を行いMQ-9リーパーの赤外線暗視カメラの画像を呼び出した。

そこには、海岸線に打ち上げられたこんごう達のゾディアックボートが上空から捉えられていた。

タブレット画面を操作して、周囲の林の中を検索する。

「大丈夫ね。周囲の熱源反応は私達だけだわ」

それを聞くと岡少尉は、

「体温を感知できるのか?」

「ええ」

岡少尉は、

「死霊には効果がないぞ」

すると、こんごうは、

「それも対策済みよ、地上に電探波を照射して検索しているから、動く物体なら関知できるわ」

「至れり尽くせりだな」

岡少尉は、続けて

「上陸するか?」

「ええ、私の後に着いて来て」

こんごうは、身を屈めたままタクティカルバッグを背負った。

岡少尉も背嚢を背負う

こんごうは、そのまま立ち上がる事はせず、身を伏せ、ボートの縁に沿うようにそっとボートから這いずり出た。まだ足元は水際で、ブーツが海水に浸かる。

岡少尉も見よう見まねで、ボートの縁から水際へと降り立った。

こんごうは、周囲を注意深く暗視ゴーグルで監視し、

「大丈夫、気配はないわ」そう言うと、ボートの係留紐を持ち

「引っ張って!」そう言うと、岡少尉と腰を屈めながら数mゾディアックボートを海岸へ引き上げた。

ボートの影に隠れながら、

「林まで20mって所かしら」

「まっ、そんなもんだな」

こんごう達の直ぐ目の前に、この地域特有のヤシの林が見えた。

「駆け込むけど、いい?」

岡少尉は、

「あまり足は速くないんだけどな」

「ぶつぶついわないで、先に行って!」そう言いながらこんごうは、右足に装備したホルスターから、9mm拳銃を抜き、そっとスライドを引いた。

「俺が先なのか?」岡少尉は慌てながら聞くと、

「だって、動き出した瞬間、いきなり林の中から撃たれるってよくある事でしょう」

「だったら君の艦霊力の防御壁があるじゃないか?」

こんごうは、むっとしながら

「あれを使って、もし霊力探知されたどうすんのよ?」

少尉は、渋々、

「仕方ない。向こうに着いて安全が確認できたら合図する」そして

「いきなり、背後から撃つなんてのは勘弁だぞ」そう言うと、じっと林の中を睨み

小声で「いくぞ!」と言い放ち、一気に前方の林の中へ向い駆け出した。

ボートの影でこんごうは、林の中を注視しながら、9mm拳銃を何時でも撃てるように構える。

ほんの僅かの間に岡少尉は ヤシの林の中へ消えて行った。

周囲に再び静寂が訪れる。

遠くで、海鳥だろうか何かが鳴く音が響いていた。

「意外と、足早かったわね」

林の中へ駆け込んだ少尉を見て、こんごうは呟く。

「流石に、中国戦線を戦い抜いたキャリアは伊達じゃないという事かしら」

 

暫く待つと、林の方から、短くピィーと口笛の音がした。

こんごうは、再び周囲を確認すると、先程の岡少尉と同じ様に、一気にボートの影から飛び出し、林の中へ駆け込んだ。

一番手前のヤシの影で岡少尉がしゃがんで待っていた。

「どう?」

こんごうは、息一つ乱さず、岡少尉の元へ駆け込んできた。

「ざっと見たが、周囲には気配はない。少し先に島を一周する道があった」

そういうと、

「今、俺達はどの辺りにいるんだ」

こんごうは、ポケットの中からタブレットを取り出すと、画面を起動し周辺地図を表示し、少尉に見えるように差し出した

「いま私達がいるのが、ここ。1㎞も行かない内に島の中心地のローラ地区へ入れるわ」

すると岡少尉は、

「その地図は、新しすぎだな。この道はこんなに広くない。もう少し距離があるとみた方がいい」

「仕方ないわよ、地図情報を全て今の時代に合せる事が出来ないんだから」

「まあ、大体の位置が分かるだけでもありがたいよ」少尉はそういうと、立ち上がり、

「村へ通じる道はこの先だ、行こう」そういうと、歩き出そうとしたが

「ちょっと待って」

こんごうがそれを止めた

「どうした?」

するとこんごうは、

「この格好で、村人や日本陸軍の軍人と会うのはまずいわ」

こんごうは、自分の着る迷彩服を指さした。

「そ、そうだな。確かにそのままだと警戒される」

こんごうは、右手に持った9mm拳銃をホルスターへ戻し、その場に背負ったタクティカルバッグを降ろした。

ブーニーハットを取り、特徴的な髪型を整えた。

そしておもむろに、こんごうは少尉に向かって

「着替えたいんだけど」

「おう」とどきまぎしながら答える岡少尉

その間にも、こんごうは迷彩服の上着を脱いでいた。

月明かりの中、カーキーグリーンのシャツ姿のこんごう

ぴっちりとしたシャツが、こんごうの身体的特徴をより鮮明に浮かび上がらせていた。

その姿を ややぼ〜としながらそれを見る岡少尉

 

こんごうは、

「ねえ、岡少尉!」

こんごうの気迫ある声に

「はい」とつい返事をしてしまう岡少尉

 

「着替えたいんですけど!!」ぎっと岡少尉を睨むこんごう

「すっ、済まん」少尉は慌てて、林の中を指さして、

「この先に小道がある。そこで待っている」

そういうと、そそくさと歩きだそうとしたが、急にこんごうが

「少尉!」

「なんだ?」振り向く岡少尉へ向け、こんごうは、にこやかな笑顔で、

「今度覗いたら、殺すわよ」

すると岡少尉は、

「いや、一度で十分だ」そう言い放つとこんごうの返事を聞かず、スタスタと林の中へ消えて行った。

 

「くっ!」岡少尉の背中を睨みながらこんごうは

「やっぱり、機会を見て記憶を消しておいた方がいいかしら」

そう言いながら、右太ももに装備したホルスターや弾帯ベルトを外し、タクティカルバッグの中をのぞいた

「はあ、やっぱり着なきゃだめなの~」こんごうの悲痛な声が闇夜に響いた

 

 

岡少尉は、こんごうから離れ、島を一周する道路沿いの茂みの影に隠れた。

幹線道路といっても、車1台通れるかどうかの細い道で、あちこちにへこみや轍があり、普段は、荷車程度しか通らない。

そもそも島は今、海上封鎖されている。

ガソリンどころか、発電機を動かす油すら貴重な資源だ。

人が移動する時は、徒歩か自転車、それがこの島の実情であった。

周囲はまだ暗い。

そっと腕時計を見た。

「4時半を回ったか。そろそろ夜明けだぞ」

頭上を見上げると、薄っすらと明るくなり始めた。

こんごうと別れてかれこれ10分以上経過しようとしていた。

「よく分からんが、やはり女性の身支度というのは時間がかかる」

そんな事を呟いていた時、村のある方向から、少し気配がした。

茂みに身を潜める岡少尉

じっと気配のある方を睨んだ。

数人の人らしき気配が感じられる。

そっと意識を集中して、霊視を試みる

脳裏に見えるのは、青い光を放つ霊体が4つ

「人だな」

少尉はそう言うと、慎重に少し道へ近づいた。

木立の影から、そっと気配のする方向を覗き込む

そこには、やや明るくなりかけた道を、徒歩で近づいてくる人影らしき影が4つ見えて来た。

4人の人が、ぞろぞろと此方へ歩いてくるのが分かった。

岡少尉は、そっと口笛で、鶯の鳴きまねをした

 

“ホーホケキョ”

 

南洋の島に似つかわしくない音が、周囲に響いた

 

それを聞いた瞬間、その人影の先頭を歩いていた男の左手が上がった

“止まれ”の合図だ。

直ぐにその場に全員しゃがみ込んだ。

 

岡少尉は、その動きを見て

「以前と変わらず、よく訓練されている」

そして、ふたたび鶯の鳴きまねをした。

 

周囲を伺う、4人の気配

先頭を歩いていた男は、静かに

「日本で2番目に高い山は?」

 

木立の影に居た岡少尉も静かに、

「北岳」と短く答えた。

 

すると、相手の男は、

「貴様の所属と氏名を名乗れ!」と今度は厳しい口調で言うと、

 

「日本帝国陸軍 パラオ方面隊偵察第一小隊 岡少尉」

そう手短に影から答えた。

 

暫くの沈黙の後

「岡少尉! 岡少尉殿でありますか!」

4人の人影が一斉に動いた。

岡少尉は、静かに木立の影から出ると、4人の前に立った。

そこには、38式小銃を持った日本陸軍の4人の兵士がいた。

「曹長、久しぶりだな」

まるで、近所の知人にもあった様に気さくに答える岡少尉

直ぐに4人の日本兵が岡少尉に駆け寄り、姿勢を正し、敬礼した。

「少尉殿。ご無沙汰しております」

曹長と呼ばれた男が、姿勢を正しながら、答えた

「固い事は抜きだ」と岡少尉も軽く答礼し

「今、ここの守備隊の指揮はだれが執っている」

すると、曹長は、

「はっ、自分であります」

続けて、

「色々とありまして、守備隊は2個分隊、70名の編成です、申し訳ございません。自分より上級の士官は、その戦死か・・」

「分かっている、逃げたな」

岡の声に静かに頷く曹長

岡少尉は、

「済まんな、今まで苦労を掛けて」

「いえ」ぐっと声を堪える曹長。

よく見れば他の兵も、声を堪えていた。

岡少尉は、そっと曹長の肩を叩いた。

曹長は、声を詰まらせながら、

「岡少尉殿、なぜここに?」

「君達の救出作戦の斥候だ」

曹長は、ぱっと明るい表情で、

「では、援軍が!」

「ああ、間もなく到着する。安心しろ」

岡少尉は、続けて

「聯合艦隊の山本イソロク大将のご手配で、最新鋭の重巡2隻に空母が1隻 既に直ぐ手前まで来ている。後続部隊として、台湾から山下閣下率いる部隊も続く」

それを聞いた瞬間、遂に曹長は、

「皆聞いたか! 援軍だぞ!」

「はい、分隊長!」

遂に一番若い2等兵などは、嗚咽を漏らし泣き出してしまった。

 

「もう少しの辛抱だ」

そう岡少尉は、皆に語った

 

曹長は、

「岡少尉。先程 斥候といいましたが、お一人ですか?」

岡少尉は、答えにつまりながら

「いや、実は・・・」といい、一言

「海軍側の調整官としてだな・・・」そういった瞬間、背後の林がざわついた

曹長達は、一斉に38式小銃を構え

「誰だ!!!」鋭い声で誰何した!

 

少し周囲の林が揺れた

曹長は、じっと物音がした方を見た。

警戒する曹長に向い岡少尉は、

「大丈夫だ」と告げると、林へ向い。

「こちらの安全は確保してあります! 金剛大佐!」と声を掛けた。

 

「えっ!」

驚く曹長達の前に、月明かりに照らされながら、現れたのは、艦娘 戦艦金剛

あの巫女服調の戦闘装束をまとい、特徴的なブラウンの髪、そして電探を模した髪飾り。

何度も写真でみた、あの戦艦金剛が今、目の前にいる

啞然とする曹長達の前まで歩み進み出ると、満面の笑みで、

「Hi!」と気さくに右手を上げ、

「英国で産まれた帰国子女の金剛デース! ヨロシクオネガイシマース!」

金剛(こんごう)の口元がやや引きつっているのを、岡少尉は見逃さなかった。

 

ややポカンとして金剛を見る守備隊の面々

「皆、どうした?」

余りの驚き様に、岡少尉が声をかけると、曹長以下の守備隊の面々は正気に戻り、

「しっ、失礼しました! 金剛大佐殿!」

守備隊の面々は、姿勢を正して一斉に敬礼した。

金剛(こんごう)も笑みを浮かべて、答礼する。

 

曹長は、あたふたしながら、

「岡少尉殿。いったいこれはどういう事でしょうか? 大佐であられる金剛殿が海軍側の調整役とは?」

 

少尉は、真面目な顔つきで、

「今回の救出作戦は、陸海軍のマーシャル方面での反攻作戦の一環として行われる。陸軍側は 山下中将閣下。そして海軍側は山本イソロク大将が指揮を執り、総指揮は山本イソロク大将だ」

「では、陸海軍の合同作戦という事ですか?」

「そうだ、曹長」岡少尉は答えると、続けて

「聯合艦隊の山本長官、並びに三笠大将は、このマジュロ島の内情について苦慮されている。勿論族長以下、住民の反発がある事も承知している。その為 この金剛大佐が三笠大将の名代として直接 族長を説得に来た」

表情を厳しくする曹長

岡少尉は

「それだけ、事態は切迫しているという事だ」

金剛(こんごう)は、

「私が、族長さんとしっかりお話して、皆を無事撤退させるネー」

 

「はっ、そう言う事なら。守備隊全力であたらせて頂きます」

曹長は姿勢を正して答えた。

岡少尉は

「曹長! 状況について説明したい。指揮所はあるか?」

「はっ、小さいですが」

「では、一旦そこへ行こう」

「了解いたしました。岡少尉殿」

曹長は、一番若い二等兵へ向い

「お前は、先に戻って主だった者を集めろ」

「はい!」元気に返事をすると二等兵は、来た道を駆け足で、駆けて行った。

「岡少尉殿。金剛大佐殿。ではご案内いたします」

曹長はそう言うと、岡少尉と金剛を連れて 村の方へ歩き出した。

 

後をついて歩く岡少尉と金剛(こんごう)

岡少尉は、横を歩くこんごうへそっと

「本当にその服を着ると、瓜二つだな」

こんごうも声を潜め、

「やめてよ、今にも恥ずかしくて泣き出したいくらいだわ」

「そうか、俺は似合っているとおもうぞ」さらりという岡少尉

こんごうは、

「褒めても何も出ないわよ」

岡少尉は、

「話し方も、そっくりだな」

「まあ、声の質は同じだしね。子供の頃、よくおばあ様の物まねを皆でしたのよ。今頃役にたつとは思わなかったわよ」

そう言いながら、ぎっと岡少尉を睨んだ。

岡少尉と金剛がなにやら話しているのを見た曹長は

「金剛大佐殿、何か問題でもありますか?」

こんごうは、慌てて、

「大丈夫デス!」

 

岡少尉は、そっと

「あまりしゃべり過ぎてボロがでんようにな」

「そう思うなら、しっかり補佐してよ。それと私、素でも二佐、今で言えば中佐待遇なんだけど」

「ふふん、今更だな」と意地悪い笑みを浮かべる岡少尉

 

そんな会話をしている内に、前方が開けて来た。

道を挟んで、左右に大小の家が並ぶ

曹長が、家々を指さしながら、

「ここが、ローラの村です。まあこの島で一番大きな村で、マーシャル諸島の首都という事ですが、まあ、実際はご覧の通り本土の地方の町より小さい村と言った方が正解です」

こんごうは、周囲を見回した。

殆どの家には、灯は無く、静かな空間だけがあった。

静かにその家々を見渡すこんごう

窓の影から、此方を覗く気配を感じた。

「だいぶ警戒されているようね」そっと岡少尉へいうと、

「仕方ないだろう、いきなり守備隊以外の軍人と艦娘が現れれば、住民としては警戒する」

「あまり歓迎はされていないという事かしら?」

「そうとは言えんな、いきなり石を投げつけてこん所をみると、様子見といった感じか」

先頭を歩く曹長の行き足が止まった。

少し大きめの小屋の前で 立ち止まると、

「小さいですが、ここが守備隊指揮所です」

そういうと、高床式の住居の階段を少し昇り中へ岡少尉とこんごうを案内した。

岡少尉達が中にはいると、大き目の質素なテーブルに 小さなランタンが乗っていた。

ほんのりとした灯りが、その場に居合わせた者達を浮かび上がる。

数名の陸軍の兵士がその場にいた。

「おお!」

ランタンの灯りに照らされた金剛(こんごう)を見た瞬間、殆どの兵が驚きの声を上げた

「Hi! 皆さん こんにちは」

こんごうは笑顔で、皆に挨拶した。

一斉に席を立ち姿勢を正す兵士達

居合わせた伍長が、

「金剛大佐、岡少尉に敬礼」と短く言うと、一斉に敬礼した。

つい いつもの癖でこんごうも答礼する。

岡少尉は、

「まあ、固い挨拶は後でだ。みんな席についてくれ」

そういうと、こんごうと揃って席についた。

曹長や伍長、そして他の兵達も席へ着く

口々に、

「本物の艦娘さん。初めて見ました!」とか

「ああ、カメラがあれば、家宝に出来たのに」などの声が聞こえる。

 

「こら、私語は慎め!」曹長の声が、他の者を一喝した。

「申し訳ございません。金剛大佐殿、岡少尉殿」曹長は、申し訳なさそうに謝ったが、

「気にしないでください」こんごうは優しく答えた

やや暗い室内を見て 岡少尉は、

「電力はやはりだめか?」

「はい、岡少尉殿。発電機はありますが、肝心の燃料が不足しており、いざという時の為 運転は控えています。夜間はもっぱら松明か、ランタンを細々と使う程度です」

するとこんごうは、

「支援輸送が失敗してSorryネ。皆努力したけど、中々近づく事ができなくて」

「いえ。皆 艦娘さん達が敵潜に阻まれながらも果敢に補給してくれた事は感謝しております」

そういうと、

「ただ、本隊、陸軍からの支援がなく、皆忘れ去られたのではと」

 

「その事については、申し訳ない。積極的に動かなかった参謀本部側に責任がある」

「岡少尉殿。参謀本部はあまりに無責任です!」曹長は きっぱりと言い切った。

そして、

「自分達 マーシャル諸島北部の部隊には、“抵抗しつつ撤退せよ”と言いながら、このマジュロ島の本隊は先に撤退して、ようやくここまで来たら島民や軍属が多数残されている状態ではありませんか!」

「君達の怒りは、もっともだ! だからこそ聯合艦隊の山本長官や三笠様が動いた。台湾の山下閣下もそうだ。このマジュロ島の守備隊、住民を全員救出する作戦を立案し、実行する。自分が陸軍側の調整官、海軍側の調整役がこの金剛大佐だ」

 

曹長の横に座る伍長が

「では、少尉殿。自分達は本当に脱出できるのですか?」

「ああ、その為に俺達が来た」

それを聞いた瞬間、居合わせた者達は、表情を明るくした。

岡少尉は、

「君達には、生きて脱出してもらいたい」

「どういう事でしょうか?」曹長が聞くと

「君達は、本土では、生死不明となっている」

 

ダン!!

曹長がテーブルを拳で激しく叩いた

「岡少尉殿! どういう事ですか!」

岡少尉は静かに、

「マーシャル諸島方面に深海凄艦の艦隊が攻め入ってきた時、ここマジュロ島のマーシャル方面軍の司令部の連中は、“マーシャルは持たない”と早急に判断して、独断でトラックまで撤退した」

「はい、自分達がここまでたどり着いた時は、もぬけの殻でした」

曹長は、

「直後に、深海凄艦の艦隊が沖に現われ、自分達は“死”を覚悟しましたが、深海凄艦は砲撃する事なく、機雷で海上を封鎖し、船舶の接近を阻止してきました」

「君達と島民は実質的に深海凄艦の人質となった」

「はい」頷く守備隊の面々

岡少尉は、

「深海凄艦は、マジュロ島に日本人の人質がいる! 攻撃してくれば危害を加えると聯合艦隊へ圧力をかけている」

「岡少尉殿。自分達が不甲斐ないばかりに、申し訳ございません」と曹長は謝ったが、

「いや、そこは仕方ない」

こんごうも優しく頷いた。

 

「問題は、逃げた旧マーシャル諸島方面軍の司令部とそれを支持した参謀本部だ。守備隊、ましてや現地島民や邦人を置いて来たなんて本土にしれてみろ、陸軍を揺るがす大問題になりかねん」

岡少尉は続けて、

「そこで参謀本部は、“マジュロ島には少数の守備隊と一部の島民が残るのみ”と情報をでっち上げ、島の安全な所に避難して問題ないという誤情報を流した」

「そんな!」

「無茶苦茶です」

居合わせた者達が一斉に声に出した。

 

「参謀本部は、マジュロ島以北にいた守備隊については、撤退の混乱で生死不明という扱いになった」

「ぐっ!」

テーブルの上で拳を握る曹長達

「だが、そんな折、深海凄艦からマジュロ島に日本人がいて我々が包囲しているぞ!なんて言われてみろ、参謀本部としては、自分達の虚実が表沙汰になりかねん」

岡少尉は一呼吸おき、

「参謀本部内の一部で、意図的にこのマジュロ島で戦闘を起こして、君達を戦死させると意見が出た」

「本当ですか! 岡少尉」

席を立ち、岡少尉へ迫る曹長!

「落ち着け、曹長」

「はい」静かに席につく曹長

「無論、そんな暴挙を東條閣下が許す筈もないが、参謀本部の急進派、例の新統帥派の面々が“再占領の上陸作戦”という形で軍令部内を押し切ってきた」

表情を硬くする曹長達

「我々は見捨てられたのですか」

「だが、この事態を苦慮した聯合艦隊の山本長官や三笠様が、積極的に本土に働きかけ、君達を秘密裏に救出する作戦を立案した。それがこの脱出計画だ」

「では! 岡少尉殿」

「君達と島の住民、そして邦人を、陸軍の侵攻作戦の前にこの島から連れ出す」

岡少尉は続けて、

「山下閣下が、侵攻部隊をしっかりと取りまとめている。必ず山本長官と歩調を合わせて行動を起こす。心配する事はない」

「そうです! 長官達に任せておけばOKネ!」

金剛(こんごう)もそう言って少尉を補佐した。

 

曹長達は、顔を見合せたが、古参の伍長が

「分隊長殿、ここは危険を冒してまで来てくれた金剛大佐と岡少尉を信じましょう」

他の兵も

「分隊長、自分もそう思います。あの金剛大佐が来てくれたという事でも 海軍の本気度が分かります」

 

分隊長である曹長は、腕を組みじっと考えたが、

「岡少尉殿、我々の安全はだれが保障してくれるのでしょうか?」

曹長は続けて

「先程のお話ですと、参謀本部の急進派は我々残留部隊を戦闘と称して葬り去ろうとしているという事です。仮に撤退できたとして、住民や部下達の安全はどうなるのですか?」

 

岡少尉はきっぱりと

「それは、問題ない。参謀本部の急進派は君達には指一本触れる事はできん」

岡少尉は背嚢の中から封筒を取り出し、

「正式な撤退命令書だ。参謀総長と陸軍大臣の連名による正規の命令書だ」

封筒を受け取り、中身の書類を確認する曹長

「はい、確かに受領いたしました」

曹長は続けて

「しかし、いくら命令があるとしても、その・・」と声を詰まらせ

「撤退後、配置換えと称して、我々を大陸の激戦地へ送り、そのままという事は?」

岡少尉は、

「君が危惧するのは仕方ない。それが今までの陸軍のやり方だ。だが今回はそうはいかん」

そういうと、岡少尉は姿勢を正して、

「今回の撤退作戦は、陛下の勅命にて実施される」

 

その言葉を聞いた瞬間、曹長達は一斉に姿勢を正して

「へっ、陛下の勅命でありますか!」

岡少尉は、

「ああ、間違いない。陛下はこのマジュロ島の実情を苦慮され、陸海軍の総長並びに両大臣に、直接“マジュロ島の残留部隊並びに民間人の無血撤退を実施せよ”とお言葉を発せられた。曹長この意味が分かるな」

曹長は姿勢を正したまま

「はい!」

岡少尉は、

「全員、無傷で連れ出す」

 

曹長は、

「岡少尉殿。具体的にどのような作戦でありますか!」

「それは、金剛大佐より説明がある」

岡少尉はそう言うとこんごうを見た

こんごうは、タクティカルバッグの中から、近隣の海図を出し

「では、説明します」

こんごうは海図を指さしながら、

「現在、この地点、島から50km程の距離に、重巡2隻、空母1隻が待機しています。私達は、島の族長を説得し、住民避難を了解させたと同時に、この救出艦隊は、島から30km圏内まで進出し、島の周囲にある機雷の一部を掃海シマス! この掃海された回廊を使い、特殊上陸用舟艇と特殊航空機を使い住民と皆さんを脱出させます」

こんごうは続けて、

「深海凄艦の巡回艦隊の間隔を睨みながらの作業デス! 撤退時間は多くても2時間、最短で1時間程度しかありません」

 

曹長は、厳しい表情を崩さず、

「1時間ですか」

ざわつく守備隊の面々

「No problemデス」

こんごうの元気な声が響いた

岡少尉が、

「聯合艦隊の山本長官は、今回の作戦の為に最精鋭の部隊をご手配してくれた。金剛大佐の指揮に従えば、1時間で撤退できる」

こんごうは力強く、

「任せて下さい!」と拳を突き上あげた

「おお」と唸る曹長達

 

岡少尉は

「問題は、撤退当日、島民と邦人を短時間で集合させて、一気に空母まで輸送する、その為には住民の協力が必要だ」

 

曹長は表情を引き締め、

「岡少尉殿。その件ですが、その、島民の日本軍に対する感情があまり・・」

「良くない、だろ曹長」

「はい。少尉殿。特に族長を中心とした者達は、“我々を見捨てた日本軍は、独逸帝国より劣る”とかなり反感を買っております」

「曹長、その辺りについてはこちらでも承知している、族長と面会は可能か?」

「はい、少尉殿。反感感情はありますが、全く拒否されている訳でもないので、何とかなると思います」

岡少尉は、チラッとこんごうを見た。

頷くこんごう

「俺と金剛大佐が、族長や村の長達を説得する。至急 場を設けてもらう様に手配してくれ」

曹長は、

「了解であります。夜明け後に、此方から面会を申し出ておきます」

「自分や金剛大佐が上陸した事は、さっき村中を通った事で、既に知れ渡っているだろう。問題は門前払いされない事を祈るばかりだな」

岡少尉は続けて、

「まあ、今回は金剛大佐がいる。向こうも無下に扱う事もないと思う」

そう言いながら、こんごうを見た

やや引きつりながら、ニコッと笑う金剛(こんごう)

 

「岡少尉殿、質問してもよろしいでしょうか?」

伍長が軽く手を上げ、

「本作戦は撤退という事でよろしいのでしょうか?」

岡少尉は少し考え、

「我が軍に関しては、撤退という考え方で間違いない」

すると伍長が、

「島民を説得する上で、撤退となると島民に対して、“島を捨てろ”という事になり、理解が得られない可能性があります」

「それは、大丈夫ネ。島民は撤退ではなく一時避難デス!」

金剛が伍長の質問に答えた。

 

岡少尉が、

「島民については、一旦ここから 900km程離れたクサイ島まで避難させる。既に一時収容の為の仮設テント村が出来上がりつつある。またクサイ島守備隊、クサイ島の族長会も この件については了解している」

曹長が、

「では、岡少尉殿。島民については、帰還できると?」

「ああ、このマーシャル諸島方面の戦闘が終了し、統治権が回復しだい帰還できる」

「そのクサイ島での生活ですが、食料等については?」

「初期の内は、海軍の補給がある。仮に長期になる場合は漁等の生活環境を整える」

岡少尉は続けて、

「君達の部隊も、クサイ島まで撤退し、再編成される。多分またこの島へ戻ってくる事になる」

曹長が、

「あくまで、マーシャル諸島方面での戦闘のとばっちりを受けない為の撤退、避難であるという事ですか」

「その通りだ」岡少尉は、確かな声で答えた。

 

曹長は暫し考え、

「それなら、確実とは言い難いのですが、族長を説得できるかもしれません」

「まあ、少しは希望があるという事だな、曹長」

「はい、どちらにしても今の状態では、あと2週間もしない内に燃料や医薬品が底を突きます。潮時であると判断します」

曹長もそう答えた。

 

岡少尉は、

「よし、作戦の詳細を打ち合わせるぞ」

「はっ」一斉に返事をする守備隊の面々

 

こんごうはそっと外を見た

ようやく闇が薄れ、空が明るくなり始めた

「今日1日が勝負だわ」

明るくなる空を見て、そう呟いた。

 

 

こんごう達が、マジュロ島へ上陸した夜

東京の新橋も夜のとばりが下り、繫華街に並ぶ大小の店では、勤め帰りの男達の歓声が響いていた。

その繫華街にある小さな小料理屋

カウンターの席が数席にテーブル席が3つほど、20人も入れば満席になりそうな小さな店では、常連の客数人がカウンターで一日の疲れを癒していた。

「全くよ〜、こう世の中不景気だと、大きい戦争でも起きて特需がなきゃ、給料下がりっぱなしだ」

カウンターに座る中年の男性が、コップ片手に、カウンター越しに立つ、和服姿の女将へ愚痴をこぼした。

「あら、それは大変ですね」笑顔で、空になったコップへビールを注いだ。

横に座る別の男性も

「そうそう。本当なら今頃対米戦で、特需があって景気も良くなって、にっくき米帝も叩いて、万々歳だってのに」

「だよな、海軍が腰抜けなばかりに」

「そう、軍神山本イソロクも年には勝てないって来たか〜」

そんな話を酒のつまみにしながらビールを啜る男達

女将は

「でも、戦争してお金儲けっていうのはどうなんでしょうね」

そう言うと、男達のコップへビールを注ぎながら、

「もう支那大陸では、何万もの軍人さんがお亡くなりになったそうですよ」

すると男は、

「そらあ、戦争だからな」

別の男も、

「でも、そのお蔭で、満州は日本の占領地。広大な資源のある支那大陸の制覇も近い」

「そうそう。ヨーロッパじゃナチスドイツのヒトラーが破竹の勢いで勝ってるていうのに、このままだと、俺達はバスに乗り遅れてしまう!」

男はそう言うと、一気にコップの中のビールをあおった。

「海軍が、深海魚相手にモタモタしてるから、米帝にもなめられるし、独逸にも相手にされなくなる、米内と山本は日本をつぶす気か〜」

段々と男の声が大きくなった。

 

その時入口の引き戸が開いた。

「いらっしゃいませ」

女将が優しく挨拶する。

暖簾をくぐり、一人の男性が入って来た。

女将が、その男性の顔を見て、

「お連れ様は彼方に」と奥のテーブル席を案内すると、その先には、

時事日報の東京本社 政治経済部の編集を束ねる経済部室長が座っていた。

「おう!」と軽く挨拶すると入口に立つ同じく時事日報の外事部室長は

「済まん、遅くなった」そう言いながら、女将へ向い

「女将さん、ビールを2本頼む」

「はい、お待ちください」そう言うと、女将は奥へ引いた。

外事部室長は席へ着く、

経済部室長が、

「済まんな、先にやっていていた」といい、グラスに注がれたビールを持った。

「いや、出がけに編集長に掴まった」

「そりゃ、災難だったな」と経済部室長

女将がその時、お盆に冷えたビール瓶を2本のせ、テーブル席へとついた。

外事部室長へ、

「さあ、どうぞ」とビール瓶を持ち 外事部室長の持つコップへお酌した。

「ありがとう」と笑顔で返す外事部室長

奥へと下がる女将

「じゃ、改めて」と経済部室長がいい、軽く乾杯した。

一気にビールを飲み干す二人

経済部室長がビール瓶をとり、外事部室長へビールを注ぎながら、

「例の記事の件か?」

「ああ、掲載以来、連日ありがたい有識者という読者や、何とか同友会とかいう輩からの脅迫ともとれる激励電話が鳴りやまんそうだ」

外事部室長は、続けて

「まあ、予想してはいたが、思った以上の反応だ」

「ほう、どんな内容だ」

「なに、いつも通りさ。我が国を窮地に落とし込もうと画策する米帝と安全保障など言語道断。その様な事を模索する腰抜け聯合艦隊の山本長官は国賊であり、追従する者は断罪をもってなんたらとかいう内容だな」

経済部室長は、

「それで、うちの編集長殿はなんと?」

「えらく、エキサイトしてたな。“やれるものなら、やってみろ!”こんな感じだよ」

「だろうな、あの人は元は従軍記者上がりだ、そこいらの兵隊さんより肝が据わっている」

外事部室長は、テーブルの上にあった焼き鳥の串を取ると、口へ運びながら、

「予想通りの反応だ、多分背後には」

「間違いないな、例の急進派 新統帥派が付いている」外事部室長は、そっと答えた

経済部室長は、

「これで完全に、参謀本部を敵に回したな」

「まあ、其方としては都合が悪いかもしれんが」

すると、

「いや、社としてちゃんとしてもらえるなら構わんよ。逆に保守、中道派勢力からはお声掛けが来ている」

「ほう、早いな」と外事部室長

経済部室長も、焼き鳥を摘まみながら、

「山本長官の安全保障構想を、経済面から説いたのがうちの記事だが、例の如く経済学者とか有識者と名乗る連中からは、机上の空論とか絵に描いた餅とか散々叩かれたが、各省庁の受けはいい、特に枢密院と大蔵省は米内さんに説明を求めているという事だ」

「はやり、金絡みか?」

「そうだな」経済部室長はビールを飲みながら、

「満州事変から、盧溝橋事件 そして中華民国との戦争で国庫は逼迫している。そう言う意味では、大蔵、いや近衛首相はなんとか持ちこたえた」

「そうだな、昨年10月に対米工作失敗の責を取って総辞職かと思ったが、内閣改造で乗り切った」

外事部室長は

「もしあそこで、名前の挙がった東條さんだったら」

経済部室長は

「それを思うと、身の毛がよだつよ。今頃こうして酒も飲めん」

そう言うと

「内府の木戸さんが東條さんを推したが、当の東條さんが近衛首相に、“逃げは許さん”と迫ったそうだな」

外事部室長は

「東條さんの腹の内はよく解らんが、元関東軍参謀長としての思いもある。この時局をなんとかする為にも、自分が首相に祭り上げられてしまっては、陸軍を止める者がいないと思ったかもしれん」

「対米開戦は、中止。ハルノートの回答も保留のまま。外交上は手詰まり感があるが、三笠様達が上手く立ち回ったおかげで何とか首の皮一枚で、日本は持ちこたえている」

「そう言うことだな」経済部室長も頷き、

「ただ、余り時間がないのも事実だ」

「そうだな。国庫が底を突くのが早いか、それとも」

「それとも、・・・・」

それから先は、二人とも押し黙ってしまった。

 

暫しの沈黙の後、経済部室長が

「おっ、そう言えば長官の案。意外な人物から問い合わせがあった」

「意外な人物?」外事部室長が聞くと、経済部室長はそっと

「箱根の御隠居だ」と囁いた

「本当か!」

経済部室長は、声を潜め

「在京のおつきの人が、此方へ出向いてきた」

「で、なんと?」外事部室長は身を乗り出して聞く

「あの山本長官の太平洋安全保障に関する私案の出所は何処だという事だ」

「どういう意味だ?」外事部室長が聞くと

「ご隠居曰く、“あの私案は、山本が考えたにしては、政治色が強い、他の者が入れ知恵したのではないか? 例えば三笠様とか横須賀の主とか」

外事部室長は、

「流石だな」と答え

「トラックにいる岡からの情報では、最近山本長官や三笠様に新しい軍師がついたらしい」

「軍師? 新任の海軍の参謀か?」経済部室長が聞くと

「詳しい事は解らんが、山本長官や三笠様の信任も厚く、宇垣参謀長たちも信頼しているとか、今回の構想もその軍師が助言したらしい」

そう外事部室長が答えた。

「思い当たる人物がいるか?」と経済部室長が聞くと

「いや、いない。ああいう全く新しい構想を海軍が思いつく事自体、驚いた」

経済部室長が、

「なあ、現地の岡君はその参謀に接触できるか?」

すると外事部室長は

「まあ、打診はしているがな」と外事部室長の答えは歯切れが悪かった

「どうした?」

「いや、この件で海軍省や、横須賀あたりに探りを入れると皆、口を閉ざす。先日なんか高雄さんから、“海軍の機密に抵触する恐れがありますから、ご注意を”って」

「なんだ、そりゃ」と呆れる経済部室長

ニヤリと笑い

「なんか、面白いネタがありそうだな」

「まあ確かにそう思うが、外事部としては、これ以上の突っ込みはなしだ。折角海軍内部に築き上げた信頼関係を壊したくない」

そう外事部室長が答えた。

経済部室長も

「まあ、高雄さんからクギを差されたなら、仕方ないか」

外事部室長はビールを口へ運びながら、

「で、箱根の御隠居は、それ以外は」

「いや、単に記事に関する事だけを聞いてきた。何か情報があれば知らせて欲しいという事だ」経済部室長もビールを飲みながら答え、そして

「あの御仁は、海軍の理解者であると同時に 海軍に対して怨みもある方だ、ここは慎重に答えたい」

「そうだな」外事部室長もそう答え、

「もしお前。自分の娘を人身御供に出せと言われたらどうする?」

「正直悩む。“艦娘”として転生できれば、生涯の身分と地位を保障されるが、人ではなくなる。現人神、陛下と同格の海神の巫女だ。会う事もままならんとなると、どう思うべきか」経済部室長も静かに答えた。

外事部室長は、

「身内に“艦娘”を持つというは、それだけ重い決断がいるという事だ。あの御仁の娘は、例の一号艦の艦娘だ。それだけ身内にも重責がかかるという事だな」

 

二人の男が、これからの日本の行く末を語った夜は、静かに更けていった。

 

 

 

 




こんにちは
スカルルーキーです。

分岐点 こんごうの物語 第60話お送りいたします。

毎回 多数の方より、ご感想や誤字報告を頂き、感謝しております。
全てにご返答できないですが、皆様からの感想を励みに頑張っております。

残暑厳しいです。
もう9月の声を聞こうとしておりますが、日中は、暑い日々でございます。

さて今回も 予告詐欺でした(-_-;)
というか、前々回の予告が今回です。
完全に遅れておりますが、ご容赦ください。

では、次回も頑張ります

 

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