分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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57 マーシャル諸島解放作戦 第一次海戦(5)

「なんだ! この戦闘は!」

トラック泊地の戦艦大和の幹部士官室内で、瑞鳳の防空戦を見ていた、第二航空戦隊司令の山口は、唸った。

「赤城さん! 鳳翔さんやりましたよ!」と喜ぶ飛龍

「ええ、流石鳳翔さんです」と安堵の表情を浮かべる赤城

 

聯合艦隊司令長官である山本は、対面に座る南雲航空戦隊司令に、向って一言

「どうだね、南雲君」

「はい、山本長官。色々と思う所はありますが、まずは鳳翔達が無事でなによりです」

そう言うと続けて、

「やはり、これからは索敵重視の戦法が、有効であるという事ですな」

「まあ、そう言う事だ。相手が見えていれば攻めるも守るも融通が利く」

山本は静かに答えた。

「赤城、どう思う?」

南雲は、赤城に意見を求めた

「はい、南雲司令。瑞鳳さん達の防空戦についてですが、ほぼ一方的な勝利です。敵攻撃隊は全機撃墜。当方の被害機は無し。攻撃による艦艇損傷もなしです」

そう言うと、

「勝因は、やはり南雲司令のご指摘の通り、索敵と統制力です」

といい、テーブル上の指揮棒を取り

「まず、早期に制空戦を制した事が大きいです。特にこの50km付近での鳳翔さん達戦闘機中隊が、敵戦闘機隊を足止め、撃破できた事で、瑞鳳さん達は艦爆、艦攻隊の迎撃に専念できました」

といい、海図上を指示した。

赤城の対面に座る由良が、

「はい、パラオ艦隊では、電探を使った航空要撃戦闘について積極的に教練してきましたので、その成果だと考えます」

赤城は、

「この上空で電探監視を行う警戒機は、非常に艦隊防空に有効であるという証拠ですね」

そう言いながら、戦況モニター上のE-2Jの光点を指揮棒で指示した。

「遥か彼方300km以上の距離で、敵機の接近を知らせてくれる。それだけの時間があれば、此方は十分に防空体制を取れるだけでなく、要撃管制も上空で出来る。まさに空飛ぶ指令室だよ」

山本は、赤城を見ながら答えた。

「鳳翔は、また腕を上げたな」

南雲がいうと、由良は

「はい。鳳翔さんの艦は今改修工事中です。工事自体は副長さん以下の幹部が面倒を見ていますので、鳳翔さんご自身は護衛艦いずもで模擬戦を中心にした教練を積み重ねています」

「なあ、飛龍。うちの二航戦、鳳翔隊とやったら勝てるか?」と山口が聞くと、

飛龍は、顔を青くしながら

「1対1の格闘戦なら絶対むりです。数で押せるならなんとか」

横の赤城を見た山口は、

「赤城の一航戦ならいけるだろう?」

すると赤城は、表情を厳しくして

「多分、以前なら押し切る自信がありましたが、今の鳳翔隊を相手にするとなると厳しいでしょう」と言いながら

「鳳翔さん達の採用している2機編隊で交互に攻撃を行う攻撃法は、私達も研究する価値があると思います。昨今の深海凄艦機は、防弾強化を行っています。今後出てくる新型機も強力な防弾装備であると予想されますので、一撃で倒せない可能性があります。深追いすれば自ずと後方が疎かになりやすいです」

それを聞いた山本は

「やはり、今のままでは限界がくるか?」

「はい、長官。確かに零戦は攻守ともに優れた機体ではあります。数が同じであれば負ける事はありませんが、相手が増えれば此方の機動性が封じられてしまいます」

赤城は、そう答えた。

「零戦じゃダメって事ですか? 赤城さん」

「飛龍さん、そう言う訳じゃないの。言葉にできないけどもう少しこう、根本的な所をなんとかしないと、この先消耗戦になった時、零戦では追いつかなくなる事が予想されるの」

「消耗戦ですか?」

赤城は表情を厳しくしながら

「ええ、零戦は、非常に優れた機体です。小型、軽量で運動性もいい。しかしその反面 製作には、熟練した工員を多数必要とし、また工数も多い。そう生産性がよくないの」

赤城は続けて

「そして、それ以上に問題なのは、搭乗員です」

「搭乗員?」飛龍が聞き直すと、

「空母艦載機の搭乗員妖精は、陸上機と違って操縦だけでなく洋上航法や艦隊戦の知識など多彩な教育が必要なの。そうおいそれとは育成できない。その搭乗員をきちんと守る事のできる機体と航空機運用ができないか、私達も研究する必要があると思うの」

「う~ん」と唸る飛龍

唸る飛龍を横目に、山口は、

「南雲司令。秋月型はやはり使えます! うちの照月達も期待できるのでは?」

「山口、それは厳しいかもしれん」と南雲は言い切った

「そうでしょうか?」

「まあ、照月達は配属間もない。教練は十分に行ったとはいえ今回の作戦が、事実上の初陣だ。過大な期待は禁物だ」そう言いながら、

「秋月もいいですが、陽炎や長波の動きもいい。瑞鳳の個艦防空力も強化されている。長官! 電探と新型対空機関砲、そして噴進弾。ぜひ量産していただき我が航空艦隊にも配備して頂きたい」

山本は

「まあ、そうしたい所なんだが、なんせあの機材ときたら凄まじい資材を消費するからおいそれとは出来ん」

「そこをなんとか」と南雲が言うと、山本は

「実は、直ぐの配備という訳にはいかんが、今パラオで増産に向けた準備を進めている、この戦いを無事乗り切ったら、赤城達を順次改装しようとおもう」

それを聞いた赤城は

「本当ですか! 長官!」

「ああ、まずは瑞鳳や鳳翔を使って試験して、結果次第で順次改装していきたい」

「やはり、今回は間に合いませんか」と南雲が問うと、

「流石に間に合わん」と山本はそっけなく答えた。

横に座る宇垣が

「その代わりと言ってはなんですが、パラオから由良が応援に来てくれています。自衛隊との情報共有も由良を通じて行えますので、いきなり不意打ちを食らう事はないでしょう」

「由良、頼めるのか?」

「はい、南雲司令。私の艦が前衛部隊として対空警戒にあたります。上空にはいずもさんの警戒機も常時待機していますので、対空警戒はお任せください」

由良はにこやかに答えた。

そこに士官室のドアが開き、しばし席を外していた黒島作戦参謀が入ってきた。

一礼して席につくと

「来ました。瑞鳳からの救援要請です」

そう言いながら、一枚の電文を山本の手元に差し出した。

「黒島。D暗号か?」

「はい、参謀長」

電文を受け取る山本

「救援要請?」南雲達が怪訝な顔をすると、黒島は、

「はい、瑞鳳は敵雷撃隊の攻撃を受け、被弾炎上し、大破。という事で」

「なっ!」と驚く南雲達

「しかし、先程」と山口が言うと、

すると由良が

「これが、現在の瑞鳳ちゃんです」といい、前方のモニタ―に瑞鳳の映像を呼び出した。

瑞鳳の上空で待機するMQ-9リーパーから転送された軽空母瑞鳳は、右舷後部からモクモクと黒煙を上げていた。

「被弾したのか!」山口は慌ててみたが、

同席している長門は、ニコニコしながら、

「山口司令、よく見てください」

そう促されて、画面をよく見ると、それは

「これは、単純な黒煙、煙幕か!」

由良が、

「はい、パラオでの作戦会議の際に、此方が一方的に勝ってしまっては相手が出てこない可能性もあるので、やられた様に偽装してみては?という意見がでましたので、急遽発煙装置を製作して、取り付けてあります」

山本が、

「まあ、近くで見れば一目瞭然なんだが、遠くから見れば被弾炎上しているように見える。おまけに瑞鳳から被弾炎上の報告と救援要請を打電させれば、疑いようがない」

宇垣が、

「大淀。軍令部への第一報は?」

すると末席にいた大淀が

「はい。“パラオ艦隊旗艦瑞鳳は、本日早朝、敵空母群を発見、艦載機を発艦させ、これを攻撃するも、敵防空が厳しく艦載機損害多数。当方も敵空母群より発艦した艦載機の襲撃を受け、旗艦瑞鳳魚雷複数本を右舷に被弾、船体損傷。艦内延焼中”という文を作りました」

宇垣が

「で、黒島。此方の対応は?」

「はい、参謀長。“近隣海域を警戒中の戦艦三笠以下の水雷戦隊を救援に向わせる”という事で、瑞鳳に返信する予定です」

宇垣は続けて

「大淀、情報統制は?」

「はい、青葉部隊を中心にすでに行っております。夏島の陸上司令部内の陸海軍共同指揮所にも、同様の情報を流しておきます」

「どういう事です!」と状況を飲み込めない山口が聞くと

「記録上は、瑞鳳はこの戦いで被弾炎上し、大破状態で逃走中という事だな」

「長官!」山口が慌てたが、南雲は

「餌ですか?」と落ち着きはらって山本を見た。

「まあな。ヌ級が撃沈された事は向こうも気が付く。しかしこちらは大破で逃走中となれば、止めを刺しにくるだろう。おまけにあの三笠が来ると知れば、向こうも動く」

南雲は

「狙いは、この仮設基地周辺海域にいる重巡艦隊ですか?」

「まあな。この重巡艦隊と一戦交えれば、向こうも否応がなく動き出すことになる。芋づる式に戦力を投入するか、それとも一気にケリをつけに来るかが問題だがな」

山本は海図上の敵航空仮設基地周辺海域にある赤い駒を睨んだ。

南雲はそっと

「我々の出番は?」

山本は、そっとテーブル上の指揮棒を取ると

「このマロエラップ北部海域にいる、敵空母群を主戦場である中間海域北部海域へ引きずり込む時だ。奴らを叩かない事には制空権の確保は出来ない」

そう言いながら、海図にあるマロエラップ北部海域を指した。

「上手くのりますかな? 長官」と南雲が聞くと

「まあ、その為の餌に、大和に長門、そして俺だ。これでかからんようならどうしようもないな」

南雲はそっと、

「マジュロは任せますか?」

「ああ、彼女達なら上手くやる」

山本は静かに答えた

南雲は深く息をして

「山口」

「はい、南雲司令」

「この一戦にすべてをかける。向こうはヲ級flagshipを中心とした6隻。此方は4隻。不利な条件だが、やるしかない」

「はい」と頷く山口

南雲は、

「こうなると、五航戦をソロモン方面へ派遣したのは痛いですな」

「まあな、ソロモン方面の深海凄艦の動きが活発化している。この機に裏口を叩かれると厄介だ」

山本はそう答えたが、南雲は、その山本の視線がテーブル上の海図の別の場所を睨んだ事を見逃さなかった

“ほう、原達はそこですか!”

南雲は何食わぬ顔をして、

「米軍との連携がとれるのですか?」

するとそれには、宇垣が

「その辺りは ルソン中央の妙高が上手くやっている」

「まあなにせ、スービックの主は東郷提督の崇拝者だ。そこは上手くやるさ」と山本も答えた。

南雲は笑みを浮かべ

“既に、そういう事ですか”と心の中で思った

 

宇垣は

「山口、済まんが先程も言ったが、この瑞鳳達の戦闘は一部戦果を隠蔽する。ここで見た事、聞いた事は他言無用だ。赤城、飛龍も頼むぞ」

頷く山口達

宇垣は続けて、

「赤城、飛龍。一航戦と二航戦の戦闘機隊は、指示通り今は陸上の基地だな」

「はい、参謀長。全機移動済みですが」

すると宇垣は、

「済まんが、今夜から暫くは禁足令を出してくれ、いつでも飛べるように」

「はあ」と答える赤城であったが、南雲は

「来ますか? 長官」

「来るな。早ければ明日あたりかもしれん」

山本はそう言いながら、

「奴らはヌ級を潰された。早期に動かなければ仮設基地が此方に露呈する」

それを聞いた山口が、はっとしながら

「空襲ですか!」

「奴らは、動く。ここで今俺達を押さえなくては、この中間海域の主導権を失う。奴らにとっては都合が悪い。動くなら此方が油断している今だな」

山本はそう言いながら、海図を睨んだ。

「由良、自衛隊からの情報は?」

宇垣がそう聞くと、直ぐに前方のモニタ―に

「はい、これは数時間前に撮影された敵仮設航空基地の周辺写真です」

「おお!」と唸る山口

「凄い、敵の滑走路が一目瞭然じゃないか!」

そう言いながら、画面を食い入るようにみた。

末席に座っていた黒島作戦参謀が立ち、指揮棒を持ち

「先程、この写真を分析いたしましたが、この駐機場にはB-25が12機、また戦闘機P-40が20機程度配備されていると思われます」

「航空機はそれだけか?」

「いえ、参謀長。この位置にPBYが4機ほど確認できます」といい、駐機場の先の海面を指示した。

由良が

「撮影時刻は、本日午前6時前後との事です」

「数時間前じゃないか!」と山口はおどろいた。

「いずもさんの偵察機は、数種類ありますが、この写真を撮影したのはMQ-9リーパーという、小型の機体で、24時間近い滞空時間と長大な航続距離を持った機体です」

由良が細かい説明を山口達にしている横で、南雲は

「ここまで はっきりと分かると、おちおち外出もできませんな、長官」

「まあ、そういう事だよ。いずも君の話だと、1mほどの物体なら識別できるとの事だ」

由良は、

「監視をしているいずもさんの偵察機の情報によると、敵仮設航空基地に動きがあり、B-25への燃料搭載が確認されております」

「長官。奴ら、このトラックを爆撃するつもりでしょうか?」

「南雲君、12機の爆撃機では、ことトラック泊地の機能を停止する事はできん。しかし、それ以上に打撃を与える事ができる作戦がある」

しばし考える南雲

「機雷による閉塞作戦ですか」

モニタ―の横に立つ黒島が、

「先程もいいましたが、この写真以外に数十枚の鮮明な写真を提供していただきましたが、その内の数枚に航空機雷と思われる物が確認できました」

そう言うと、黒島は別の写真をテーブル上に差し出した。

写真の中に赤い丸がしてあり、そこには運搬車に載せられた航空機雷らしき姿が見えた。

「どう対処するおつもりですか?」

南雲は山本に問い質すと

「前回までの、奴らの偵察行動から推測するに、トラックの閉塞作戦を行うつもりだろう。此方は奴らの動きに合せて、航空隊による迎撃戦闘を行う」

「湾の中の艦艇を外に出さないのですか?」

南雲は続けたが、

「皆一斉に動き出せば、此方が察知した事が露呈する。あくまで“偶然”に敵来襲を早期に発見して、被害が最少で済んだという事を演出したい」

「長官、危険なのでは?」

「南雲さん。その為に航空隊に準備をさせています。仮に機雷を敷設された場合に備えて、神通達に演習名目で掃海準備を命じてありますので、短時間で復旧できるでしょう」

宇垣はそう答えた。

山本は、由良を見て

「由良の方の準備は?」

「はい、白雪ちゃん達とこの後直ぐに、対空警戒線へ出ます」

山本は、赤城へ向い

「敵機来襲の場合は、由良が対空誘導を行う。符丁を後で合わせて於いてくれ」

「はい、長官」

「敵の動きが活発化して来ておりますな、この重巡艦隊も動くと踏んでおられるのですか?長官」

そう言いながら、南雲は海図の上の敵仮設航空基地横にあった敵重巡艦隊を指さした。

「まあな。表向きは敵ヌ級の攻撃で瑞鳳は瀕死の重症状態で、敗走中だ。追えば確実に捕捉できる。おまけにこちらからは、三笠が救助に向かうと分かれば餌としては十分だろう」

「もし、餌につられなかった時は?」

それには、宇垣参謀長が

「もし、敵重巡艦隊が出てこなかったら、トラックからこの仮設航空基地を爆撃する際に、標的が増えるだけです。瑞鳳、そしていずもさんに間借り中の鳳翔の攻撃隊も加えて徹底的に叩きます」

南雲は頷きながら

「長官。計算済みという訳ですか。これも彼の思案で?」

「ああ、我々は、この仮設航空基地を発見して、右往左往していると相手に思い込ませる。暫し戦闘の中心はこの中間海域だが、その間にこちらは次の布陣を進めておく。全てが整った時、初めて大和達の出番だ」

「はい」とほほ笑む大和に長門

山本は、じっと海図上のある一点を睨んだ。

 

その睨まれた先には、戦艦三笠を中心とする水雷戦隊。そして後方には戦艦金剛、榛名が複縦陣で進んでいた

右単縦陣には、戦艦三笠 駆逐艦 白露に時雨

左単縦陣には、軽巡 五十鈴、駆逐艦 五月雨、涼風

後方には、金剛と榛名が18ノット近い速力を出し進んでいた。

先頭を進む戦艦三笠の露天艦橋で、艦娘三笠は、潮風に長い黒髪をたなびかせながら、前方を睨んでいた。

後方のラッタルから、誰かが昇ってくる気配がした

振り向くと副長であった。

そっと三笠へ近寄り

「トラック司令部より、瑞鳳の救援指示を受信しました」

「うむ」と電文を受け取る三笠

「一般電文かの?」

「はい、一応慌てているという事でしょうか?」

すると三笠は、口元に笑みを浮かべ、

「まあ、仕方なかろう。大和におるイソロク達は事実を知っておっても、夏島の司令部の大多数は偽装情報しかしらん。瑞鳳からの救援要請電文で慌てるのも無理は無かろう」

といい、

「ここまでは、予定通りじゃが、果たして敵の重巡艦隊が出てくるか、そこが問題だがな」

「はい」

三笠は、

「自衛艦隊からの情報では、敵は重巡2杯に軽巡2、駆逐艦4。数はこちらと互角」

「はい、正面でぶつかっても大丈夫ではありますが」

副長はそう答えたが、

「しかし、相手は駆逐艦を除き電探装備艦。夜戦は不利じゃの」

「はい。昼間なら此方も互角ではあります」

三笠は不敵な笑みを浮かべ

「相手も、そう思う」

「仕掛けますか?」と副長が聞くと

「夜討ちを仕掛け、足を止めた後。瑞鳳の航空隊で仕上げよう」

「はい」と静かに答える三笠副長

「瑞鳳達との合流まで、どの位ある?」

「はい、このままの進路、速度を保持すれば本日中にも合流できます」

「よろしい、後でパラオ提督と自衛隊司令、金剛と打ち合わせをする。通達を」

「了解致しました」

それを聞き、艦橋へ下がる副長

三笠は、じっと腕を組み、

「奴ら、今頃慌てておる頃じゃろ。自ら仕掛けて於いて思わぬ方へ転ぶ。戦とはそういうものじゃ」そう言いながら

「どう転ぶか分からぬから、戦というのは厄介じゃの」

じっと眼光鋭く、水平線の彼方を睨んだ。

 

その睨まれた先、深海凄艦仮設航空基地守備艦隊をヌ級より引き継いだ、リ級eliteは自艦の会議室で、他の艦艇の艦長や仮設基地の主要メンバーと会議を開いていた。

当初は、今早朝敵空母を奇襲したヌ級の戦果評価の会議であったが、事態は思わぬ方向へと流れていた。

会議室に集まった幹部達は、ヌ級艦隊からの無線放送を傍受しながらテーブルに広げた海図上へ青や赤の駒を並べ戦況を分析していた。

リ級eliteは、

「この分なら、敵の空母はヌ級達のいい餌だな」と高を括っていたが、ヌ級の攻撃隊が発艦し敵空母群へ向ったとの情報を受けたあたりから、状況がおかしくなり始めた。

壁面のスピーカーから急に雑音が流れ始めた。

「おい! どうなっている!」

通信員を呼び、原因を調べさせたが、状況は改善せず、結局無線傍受を止めてヌ級からの連絡を待った。

ただ、じっと時間だけが過ぎる中、無線が回復したとの通信員の報告で、傍受を再開したが、その第一報は!

「敵機来襲! 旗艦ヌ級、ヘ級轟沈! 負傷者多数 至急救援乞う!!」という随行の駆逐艦からの一報であった。

「なに!!」

どよめくリ級eliteの作戦室内

「どういう事だ!!」と慌てるリ級elite達

混乱するリ級司令部

時刻が刻々と過ぎ、ようやく状況がはっきりしてきた。

敵空母群へ向けヌ級は、艦載機を発艦させたが、直後敵艦載機の奇襲攻撃を受け、旗艦ヌ級、軽巡ヘ級が沈没、両艦の負傷者を随行艦が収容し、撤退してきている。

此方の攻撃隊については、通信障害の為戦果不明であった。

そして、暫しの後。偵察艦カ610号がマーシャルの司令部へ発した

“敵空母より大量の黒煙を確認、被弾したと思われる。友軍機の損害多数、数名の飛行士を救助”という電文を傍受した。

リ級eliteは、戦況を見る限り

「こちらは、ヌ級と軽巡が轟沈しているが、向こうも深手を負っているという事か」

と判断した。

直ぐに状況確認の為、仮設航空基地の水上機部隊へヌ級艦隊が向った海域の捜索を命じた。

数機のPBYが、負傷者の捜索と敵空母の動向を探る為、緊急離水して行った。

その後、状況を整理していたが、通信員が

「敵空母が、トラックの日本軍へ宛てたと思われる暗号電文を受信しました」といい、解析された電文をリ級eliteへ報告してきた。

電文には、此方の攻撃を受け、被弾、炎上し速力低下。至急救援を乞うというものであった。

リ級eliteは、

「これで、向こうの軽空母も深手を負っている事がはっきりとした」

居合わせた他の艦の艦長達が、

「どうしますか! リ級司令!」

そう言いながら詰め寄った。

リ級eliteは、暫し考え

「副長、マーシャルの司令部からは、何か言ってきたか?」

横に立つ副長は、

「いえ、向こうも戦況分析で混乱しているのでは?」

リ級eliteは、仮設飛行場を管理するB-25部隊の隊長へ向い

「司令部から指示のあった、トラック奇襲の件だが、予定通り今夜実行できるな?」

「はい、そこは抜かりなく」

「では、マーシャルの司令部の指示通り、今夜実行する」

「はい、リ級司令」

リ級は、居並ぶ艦隊の幹部に対し

「我が艦隊は、ヌ級艦隊の残存部隊の収容と敵空母の追撃を行う」

「はい」

一斉に頷く各艦の艦長や幹部達

「直ちに、出撃準備。各幹部は情報収集を急げ」

リ級eliteは、そう言うと、幹部達を見回した。

瑞鳳追撃戦へと舵を切ったリ級艦隊

 

そしてその後方のマーシャル諸島、マロエラップにある深海棲艦マーシャル諸島分遣隊の司令部でも、混乱が続いていた。

「では、ヌ級は撃沈されたのね!」

「はい、ル級司令」

副官であるル級eliteは、レポートを見ながらそう答え、続けて

「敵空母に深手を負わせたようですが、此方はヌ級及びヘ級が撃沈されております」

「ヌ級艦隊司令の安否は?」

「今の所 不明です。残存部隊は負傷者を収容し、此方へ撤退してきております」

「仕方ないわ」と渋い顔をするル級flagship

副官は、

「前衛偵察艦のカ610号よりの報告によると、此方の艦載機攻撃を受け敵軽空母は被弾しかなりの損害が出ている模様です」

「損害?」

「はい、司令。船体より多量の黒煙が上がっているのを確認したとの事です」

「撃沈は出来ていないのね」

「はい、しかし敵空母よりトラックの日本軍に救援要請が打電されておりますので、航行に支障がでていると推測されます」

ル級艦隊司令は

「610号は追跡をつづけているの?」

「いえ。報告によると現在 現場海域において友軍の救助作業中との事です。610号より負傷者多数収容の為、一旦帰投したいと申請が出ております」

副官のル級eliteはレポートを見ながらこう答えた。

ル級艦隊司令は、

「負傷者を抱えているなら、仕方ないわ。ここまで下がらせなさい」

「はい」副官はそう言うと、別の水兵妖精へ指示を出した。

副官は、

「仮設基地航空隊より、トラック島攻撃は予定通り本日深夜に離陸、明日の早朝、現地を奇襲予定です」

ル級司令は、

「救助の件はどうなったの?」

「はい。本来なら第6潜水艦部隊とヌ級艦隊を進路上に配置する予定でしたが、それが出来ないので、仮設基地の水上機部隊に支援させます」

「そう、ヌ級艦隊が行動不能というのは、痛いわね。掩護の戦闘機隊を付けられない」

「はい、司令。しかし、今回は早朝の奇襲です。前回までの偵察でトラック島には地上配備のレーダー装備がない事は、はっきりしています。日本軍の艦載型のレーダーも探知距離が短い事は分かっていますので、発見されても迎撃される前に爆撃する事ができます」

ル級司令は、席に着いたままじっと腕を組んで押し黙った。

“本当に奇襲できるの?”

今までずっと思っていた疑念が脳裏をかすめた。

“確かに、今までの日本軍のレーダーは初期の物で、アメリカの技術を転用した我が方のレーダーに比べれば性能も運用もこちらに分がある事は分かっている。でも戦況は、芳しくない。それに610の報告では、新型重巡にはSGレーダーらしきものがあったとある。例の大型空母も行方不明だ、不明な事が多すぎる”と思った時

「失礼します」という声と共に、部屋のドアが開いた

入室してきた情報部の要員が一枚のレポートを副官へ渡した。

それを読んだ副官の顔色が変わった。

「どうしたの?」

「司令! 敵の救援部隊に、三笠がいます!」

「えっ!」と驚くル級司令

副官はレポートをル級司令へ渡すと、

「敵暗号電文では、救援部隊は戦艦三笠を中心とした水雷戦隊です」

副官はそう言うと、

「司令、これはチャンスです! あの三笠を討ち取れば、敵の戦意は落ちます! こちらに流れをもってこれます!」

副長は興奮しながら声を上げた。

しかし、ル級司令は落ち着いて

「情報の信用度は?」と聞き返した

すると副官は

「敵が使用する暗号電文を解読した物です、信用に値するかと」

ル級司令は、腕を組んだまま暫し考え

「仮設基地のリ級達守備艦隊は追撃戦に出たのね」

「はい、撤退する駆逐艦を収容する事を目的に、追撃に入りました」

ル級司令は

「リ級艦隊に“敵救援部隊の行動に十分注意する事”と伝えて」

「司令?」と副官が聞き返すと

「どうも、腑に落ちないの。私達は相手の軽空母が損傷していると思っているけど、実際それを見た者はいないわ。610号も黒煙を確認しただけで、実際に損傷を確認した攻撃隊は戦果不明で、全機未帰還。信用できる情報が乏しいわ」

「では、司令。これらの電文や610号が確認した黒煙は偽装であると?」

「そこまでは言わないけど、此方が確認した情報が少なすぎる。なにか足らない気がするの」

そう言いながら、ぐっとテーブル上の海図を睨んだ

「不用意な一戦にならなければいいのだけど」

そう静かに語った

 

 

そして、同じくじっと海図を睨む一人の男

海図と言っても大型ディスプレイ上に表示された、戦況情報をひとつひとつ読み解きなら、これからの流れを組み立てていく。

そんな作業を既に数時間繰り返していた自衛隊艦隊司令は、ここ護衛艦いずものFIC(司令部作戦室)でじっとしていた。

不意に後から

「どうしたの、そんな仏頂面して」

振り返ると艦娘いずもであった。

「鳳翔さん達の収容は終わったのか?」

「ええ、全機無事収容したわ。瑞鳳さんの艦爆が2機未帰還だけど、乗員は全員救助できたから、まあ損害的には大した事はないわ」

「他の損傷機は?」

「瑞鳳さんの艦攻にかなりの損傷があるわ。今損傷度合いを調査しているけど2,3機は修理で、飛べないかも」

そう言いながら、横の席へ座った。

すると、自衛隊司令は

「やはり、何か機銃群の外側から攻撃する方法を考えないと、消耗戦になった時に稼働機不足になりかねんな」

「そうね。ホーミング魚雷のような打ちっぱなしの物を考えないと、損害は広がるばかりよ」

司令は

「そう言えば、あかしから航空魚雷の改修案が提出されていたな」

いずもは、怪訝な顔をして

「私も見たけど、確かにあり合わせの物で作るとなると、あんな形になるけど、大丈夫なの?」

すると司令は

「そこは、分からんが、あかしが出来るというからには、出来るという事だろう。まあ奇想兵器、珍兵器の類だが、可能性の問題だな」と答え、司令は視線を再び前方のモニタ―群へ戻した。

「鳳翔さん達は?」

「うん、今搭乗員控室で、反省会をしてる」

「出撃後なんだし、ゆっくりしてもらえばいいのに」と司令はいうと、いずもは

「そう言ったけど、直ぐに次の出撃があるから今の内にって」

司令はぐっとモニター群を睨み

「次か?」

いずもは、

「ねえ、今回の出撃。貴方パラオにいても良かったんじゃないの?」

すると司令は

「まあ、本来ならそうしたい所だが、まだパラオ、トラック間の通信施設は不安定だ。後方で指揮を執るには、不十分だしな。この時代の戦闘にも慣れておきたい、それにだ」

「それに」いずもが不思議そうな顔をすると

「お前が留守にすると、俺の部屋が散らかるからな」

「そ、そうね」とじっと横眼で司令を睨むいずも。

 

いずもは、視線を返して

「で、次はどう動くの?」

「俺たちは、このままパラオ艦隊の側面に位置して、パラオ艦隊と三笠様の水雷戦隊の合流を支援する。きりしまは、分離してこちらに向ってきているのだな」

「ええ、後数時間で合流できるわ」いずもはモニターを見ながら答えた。

自衛隊司令は

「情報部の分析では、敵仮設航空基地の守備艦隊に動きがある。多分損傷したと思い込んでいる瑞鳳さん達を追撃するつもりだろう。俺達はそれを迎え撃つ三笠、金剛艦隊の側面支援だ」

いずもは、

「きりしまをこちらに下げたけど、良かったの?」

「構わん、レーダー情報の支援は上空のE-2Jが行う。きりしまの姿を五十鈴さん達に見られる方が問題だ」

「敵の追撃艦隊、どの程度出てくるかしら?」

「そうだな、戦闘艦は重巡2杯を含めて合計8隻確認されている。全て出てきても、金剛さんと榛名さんがついているから、問題ないだろう。ここは日本海軍だけで十分対応できる」

すると、いずもは

「問題は、こっちね、動きはあるの?」といい、モニターに映る敵仮設航空基地を睨んだ

「ああ、燃料と機雷の搭載を確認した」

自衛隊司令は、数枚の偵察写真をいずもへ渡した

眼鏡をほんの僅か動かし、いずもはそれを凝視した。

「今夜かしら?」

「多分な、深夜に離陸して、早朝に爆撃だろう」

「トラックへは?」

「既に通知済みだ。赤城さん達が手前で迎撃する。仮設航空基地には陸攻隊を送るそうだ」

「こちら側からは、護衛の鳳翔さんの零戦隊と艦爆隊ね」

「ああ、その辺の手配は任せる」と静かに語る自衛隊司令

そして、

「奴らは、この仮設航空基地という手駒を失う。その後が問題だ、制海権を取り戻しにくるか? それとも戦況不利と判断して籠るか?」

そして、視線を動かし別モニターを見ると

「こんごう達のスケジュールは、予定通りだな」

「ええ、クサイ島に到着した頃ね。ふふ、状況が楽しみだわ」といずもは笑みを浮かべた

「はあ」と深くため息をした司令は、

「お前、絶対こんごうに恨まれるな」

それには、笑顔で答えるいずもであった。

自衛隊司令の視線の先には、クサイ島周辺に停泊する3隻の自衛隊艦艇の表示があった。

 

 

 

その日の深夜

中間海域にある深海棲艦の仮設航空基地では、トラック諸島空爆へ向けた離陸作業が佳境を迎えていた。

煌々と灯りが灯るなか、駐機場には12機のB-25

全機燃料を満載し、弾倉内部には、航空機雷を抱えていた。

エンジンの試運転を終えた各機は、次々と誘導員のライトに誘導されながら、滑走路へと向かう。

既に、周囲の海域には、守備部隊の重巡艦隊の姿は無く、数隻の補給船が停泊するのみであった。

地上滑走をする先頭のB-25に陣取った爆撃隊の隊長は、駐機場で静かに翼を休めるP-40を横目で見ながら、

「いくら奇襲とはいえ、護衛の機体が無いというのは心もとない」

そう言いながら、

「当初の作戦計画では、爆撃実行時は、前進したヌ級艦隊が上空直掩して、カ級潜水艦部隊が誘導と救助を担当してくれるはずだった。しかしヌ級は今朝の戦闘で撃沈され、カ級潜水艦部隊も、敵の駆逐艦に殲滅されたと聞く。本当に大丈夫か?」

脳裏に疑問とも不安ともとれる言葉が浮かぶ。

マーシャルの司令部では、ひた隠しにしているが、パラオ攻略へ向った部隊がほぼ殲滅された事は、マーシャルにいる連中には暗黙の了解だ。

噂では、大和級がいるとか、砲弾を弾き返した重巡がいたとか、いきなり雲間から敵機に襲われたとか、いろいろな噂が飛び交い、最後には、超大型の空母がいるとか、信じがたい話が出たが、誰もその正体を確認した者がいない。

まるで、雲をつかむ様な話だ。

噂が噂を呼び、まるで正体の掴めない相手に、ボクシングを挑むような感覚が、マーシャルでは蔓延し始めていた。

そこに、数日前のカ級潜水艦部隊の全滅の話、そして今朝はヌ級艦隊が大被害を受けたと聞けば、乗員達の動揺はかなりのものであった。

昼間、爆撃計画の最終確認の為。仮設航空基地のバラック小屋の指揮所へ集まった各搭乗員からは、

「不安要素が多い、作戦を中止すべきだ!!」と声が上がったが、結局

マーシャルの司令部より直接電文で、

「万全を期して、トラック泊地に敵艦艦隊を封じ込めよ!」と厳命された。

そう言われてしまえば、従うほかない。

そう考えている内に、機体は滑走路へと出た。

操縦席より、

「隊長! 離陸準備整いました!」と声がかかった。

爆撃隊隊長は、意を決して

「よし! 離陸!」と声を上げた

その声と同時に、B-25の2基のエンジンが唸りを上げた。

座席に座り、じっと機内で振動に耐える爆撃隊隊長は

「とにかく、とっとと行ってさっさと帰ろう。そうすれば温かいベットと、まともな食事のあるマロエラップへ帰還できる」そう、心の内で思った。

 

深海棲艦の仮設航空基地よりB-25、12機が深夜飛び立った事は、仮設航空基地上空で監視飛行を行っていたMQ-9リーパーにより探知され、更に上空で待機するE-2Jにより識別され、ポンペイ島の北東海域で待機していた護衛艦いずもを経由しトラック泊地の戦艦大和へと通知された。

また同情報は、トラック泊地の東部海域で待機に入った軽巡由良を中心とした警戒部隊へも送信されていた。

戦艦大和の艦内に設置された作戦室では、山本が敵爆撃隊離陸の報を受け、

「来たか!」席に腰掛けながら声を上げた。

直ぐに司令部の要員が、テーブルの上に大きく広げられた海図の上に赤い飛行機の駒を置き、計算尺とコンパスを使い予想進路と、到達予定時刻を書き込んだ

「山本長官。およそ4時間程度で、トラック上空です」計算尺を片手に司令部要員が山本へ向い答えた

「すると、夜明け直後だな」

「寝込みを、襲われますな」宇垣は答えた。

山本はうんざりした顔をして、時計を見ると深夜の2時だ。

「昨日は瑞鳳戦で、早かった。今日はB-25の襲来か、いや、まっ騒がしいな」

宇垣も、

「その瑞鳳達は今日中に三笠様と合流して、あの敵重巡艦隊と一戦やろうって腹積もりですから、まだまだ続きますよ」

山本は、背を伸ばしながら

「五十鈴に艦長補佐として乗ってた頃は、徹夜を何日もこなしても大丈夫だったが、やはり寄る年波には、俺でも勝てんな」

「全くです」と宇垣も答えた。

横に立つ大和が、

「少しお休みになられますか? 長官」と声を掛けたが、山本は

「いや、ここでいい」そう言うと、横に座る宇垣へ

「南雲達は陸か?」

「はい。黒島達と最終の作戦確認の為、基地航空隊へ」

山本は、

「相手は、此方が動いている事に気が付いていない。寝込みを襲えると確信している」

「はい、此方は自衛隊からの情報に加えて、由良をこの位置へ配置して監視していますので、敵機来襲の探知は万全かと」

宇垣はそう答えながら、海図上の一点を指さした。

そして

「泊地から、100km程の距離に防空線を引き、一、二航戦でB-25を迎え撃ちます」

「一、 二航戦は全機出すのか?」

「いえ、長官。半数は、残します」

山本は、

「まあ、12機のB-25に対して40機近い零戦が襲えば、何とかなるか」

「はい。南雲司令は由良からの誘導を受け敵機が低空へ逃げ込む前に仕留めることができればという事でしたが」

山本は、海図上の敵仮設航空基地を指し示し

「で、此方の方は?」

「はい、基地航空隊より陸攻12機を向わせます」

「直掩は?」山本が聞くと、宇垣は手元の書類を見ながら

「計画通り、いずもさんから鳳翔隊。同じくいずもさんへ退避中の瑞鳳隊がつきます」

「仮設基地には、P-40が確認されている。上がってくると厄介だ」

「はい、長官。その辺りはいずもさんが何とかしてくれるようです。」

「ほう」

そう言いながら、山本は

「さて、ここは上手く受け流して、相手がどうでるかだな」

「はい、籠るか、それとも打って出るか。長官はどうお考えですか」

山本は暫し考え

「ミッドウェイの姫君が、どういう位置付けでこのマーシャルを見ているかが、鍵だな」

「といいますと?」

「なあ、宇垣。どうも府に落ちない。本気で俺達を攻めたいなら、ル級などではなく戦艦棲姫辺りを旗艦に据えてくるとおもうが、どうも今のマーシャルは戦力的に不均衡だ」

「それは、自分もおもいましたが、元々マーシャルの深海棲艦は、真珠湾攻撃の後の赤城達を追ってきた部隊です。向こうも戦力が整っていなかったのでは?」

山本は、椅子から体を起こしながら、

「だが、それならここ数ヶ月、戦力の補強がない。空母群の補強があったが、戦艦群は当初のままだ」

宇垣は身を乗り出しながら

「では?」

「ミッドウェイの姫君からすれば、このマーシャルはさほど重要ではなく、もっと他に注力する所があったという事だな」

「他ですか? たとえばオーストラリアとか、フィジーとかですか長官」

「そこまでは、判断できん。そもそも俺達はその相手であるミッドウェイの姫君の正体を確かめていない」

「はい、北方群体などは昔からある群体でしたし、多少我々のとの接点がありましたので、素性ははっきりしていますが、この中部太平洋のミッドウェイの姫君は、30年程前に存在が確認されて以降、急速に勢力を伸ばしてきた群体です。地理的にもあまり人との接点がなく、正体が分からないままです」

山本は、静かに

「相手の意図が読めんというのは、辛いものだ」

そう言うと、再び思考を戦場へと戻して行った。

 

 

深海棲艦仮設航空基地を離陸したB-25、12機は3機ずつの4分隊に分かれ目的地のトラック泊地を目指していた。

弾倉内部には、米国の最新のMk25型航空機雷が搭載されていた。

試作品をミッドウェイの工廠が極秘裏に入手し、コピーしたものだ。

各機弾倉内部に4発の機雷を搭載し、燃料は満載

仮設航空基地の滑走路を全部使い切ってようやく離陸出来た。

まだ、敵の哨戒圏外という事で、各機翼端灯を点灯し、夜間の編隊を組んでいる。

爆撃隊の隊長は、そっと腕時計を見た。

午前5時過ぎを指していた。

そっと席を立ち、航法士兼爆撃照準士の所に行き、

「あとどれ位だ?」と声を掛けた

「はい。予定通りあと1時間少々で、敵トラック泊地です」

“フライトコンピューター”と呼ばれる特殊計算尺を片手に、航法士が答えた。

「燃料は、大丈夫だな」

「はい、これも予定通りです」

隊長は、

「爆撃も予定通りだといいがな」と航法士の肩を叩いて、席へ戻った

高度4000m付近を巡航速度で飛んでいる。

席に着きながら、周囲を見回すと薄っすらと僚機の姿が見えた。

そっと手元の地図を開いた。

それは、トラック泊地の地図であった。

四季島を中心とした環礁の数か所に赤く×印がしてあった。

「一度の空爆で、湾を封鎖できるとは思えんが」

爆撃隊隊長は、地図を見ながら声を出した。

隊長は、2ヶ月ほど前にマーシャルのル級flagshipの艦内で行われた作戦会議を思い出していた。

当初、この作戦は、日本軍の戦力がトラック泊地に揃った所で、まず後方支援基地のパラオ泊地を攻撃し、兵站を遮断。潜水艦部隊を中心に包囲作戦を実施する。

その後、トラック泊地の機能が低下し、敵艦艇の動きが鈍くなった所で、ラバウル基地のB-17と共同で、航空機雷をトラック泊地の環礁の出入口へ投下。湾を封鎖する。

その後 前線部隊のヌ級艦隊をもって空爆を断続的に実施。

という算段であった。

当時、司令部は出来る事なら、敵主力艦を鹵獲できればという想いがあったが、

肝心のパラオ侵攻作戦は失敗。余波を受けたラバウル基地は米軍の侵攻を受け、B-17部隊と共に壊滅。

此方も、潜水艦部隊に続き、掩護のヌ級艦隊も敵軽空母との遭遇戦で損失

前提の条件が全て無くなったが、この機雷敷設作戦は、我々のB-25部隊のみで実施となった。

「仕方ない、ここで奴らの主力を足止めできるなら、やるしかない」

爆撃隊の隊長は、そう言いながらじっと地図を睨んだ。

その隊長の後方では、機体側面に設置された12.7mm機関銃の射手の一人が

「おい、あと1時間で敵地だ、ジークが来るかな?」

と同僚のもう一人の射手妖精へ声を掛けた。

「さあな、早朝の不意打ちだ。奴らまともなレーダーもない。仮に警戒中の船舶に見つかっても、夜間誘導出来ないとなると、此方が有利だ」

すると、

「じゃ、こいつも余り用がないな」そう言いながら自分の担当するM2機関銃を撫でた。

「そう願いたいな」と同僚も答えながら、視線は周囲を警戒し、周りを見回していた。

機体上部の旋回機銃も、時折回転しながら辺りを伺っていた。

「用心するに、越した事はない」

緊張感に包まれる機内、乗員達の視線は厳しくなってきていた。

 

そして、緊張の面持ちでいるのは、ここトラック泊地でも同じであった。

深夜三時、 一、二航戦の熟練搭乗員達は、待機室へ招集された。

そこで、駐機場に待機する陸攻部隊の出撃準備にまず驚いた。

「何処か攻めるのか?」

陸攻に搭載される陸用爆弾を見ながら、攻撃目標が艦艇ではないと察したが、待機室で待っていると、待機室へ入って来たのは、なんと南雲航空戦隊司令であった。

一斉に起立し、姿勢を正す。

南雲に続き、山口、そして草鹿参謀長、そして源田航空参謀、赤城に加賀、蒼龍に飛龍の各艦の艦娘達であった。

南雲は、居並ぶ熟練搭乗員を前に、開口一番

「諸君、後二時間以内に、ここトラック泊地は空爆される!」

「えっ!」

一斉に顔を見合わせる熟練妖精達

南雲は、

「君達 第一航空艦隊戦闘機部隊の面々には、このトラック泊地へ向って来ている敵爆撃隊を迎撃してもらう」

「南雲長官! どういう事でしょうか?」

赤城戦闘機中隊の隊長が代表して聞くと、南雲は

「敵のB-25の編隊がこのトラック泊地へ向け進行中との情報を得た。君達は前衛警戒艦の由良の誘導に従い、このB-25の侵攻を食い止めてもらう」

南雲に代わり草鹿参謀長が前にでた。それと同時に控えていた司令部付の水兵妖精達が前方の黒板へ海図を張り出した。

草鹿参謀長は、指揮棒を取り

「既に一部の者は知っていると思うが、昨日この中間地点に於いて 前衛哨戒部隊の軽空母瑞鳳と敵ヌ級艦隊との遭遇戦があった。当方は敵ヌ級を撃破するも、瑞鳳も被弾し現在撤退作戦中であるが、司令部では、なぜこの海域にヌ級艦隊がいたかを調査していた所、哨戒中の大艇が、此方へ向うB-25の部隊を発見した」

ざわめく室内

「我々は、既に泊地東部海域に、最新電探を装備した軽巡由良の部隊を進出させている。皆はこの由良の誘導に従い、敵爆撃機を迎撃してもらう」

赤城の戦闘機中隊長が、

「可能なのですか?」

それには、草鹿参謀長の横に立つ源田航空参謀が、

「方法は、三笠様や金剛がいつも行っている誘導と同じだ。心配するな。それより夜間の離陸だ、失敗してこけるなよ」

「それは、任せてください」熟練搭乗員達は笑みを浮かべながら答えた

「あの~」飛龍の戦闘機中隊長が

「あの、陸攻隊は?」

草鹿参謀長が、

「あの陸攻隊は、この中間点に新たに新設された敵の航空基地を叩く」

そう言いながら、深海棲艦仮設航空基地がある辺りの海図を指した

「では、このB公達はそこからですか?」熟練搭乗員達が一斉に聞くと、草鹿参謀長は

「ああ、間違いない」

「陸攻の護衛は?」別の熟練搭乗員が聞くと、

「そこは、手配してある。問題ない。お前達はトラック防空に専念してくれ」

頷く熟練搭乗員達

草鹿参謀長が下がると艦娘赤城が前に出た。

「皆さん、先程も話にありましたが、既にマ号作戦の航空戦は始まっています」

赤城の厳しい声に、表情を厳しくする搭乗員たち。

「敵爆撃隊の一機たりともこのトラック泊地を拝ませてはなりません! 全機全力で阻止しなさい!」

「はい! 赤城艦長!」熟練搭乗員達が一斉に答えた

「全機、準備でき次第 離陸! トラック泊地の空を守り抜きなさい!」

「はい!」

全員一斉に起立すると、南雲達に一礼した。

静かに、答礼する南雲

姿勢を戻す熟練搭乗員達

代表して 最前列にいた赤城戦闘機中隊長が、一歩前に出て、振り向き

「各機 搭乗はじめ!」

「おう!」一斉返事をすると、我先に愛機へと向かって行った。

その背中を、静かに見守る南雲

「皆、無事に帰ってこい」

 

赤城零戦中隊を筆頭に、次々と離陸する零戦隊

月明かりの中に姿を溶け込ませて言った。

 

戦艦大和内部の会議室は、現在 聯合艦隊海上司令部(FIC)として機能していた。

自衛隊から供与された通信システムを使い、現在は軽巡由良の対空警戒艦隊。中間海域へ向け航行中の戦艦三笠、金剛の合同部隊、撤退行動中の瑞鳳達 そして此方へ向ってくる敵爆撃隊の位置情報が、前方のテーブル上の海図へと記入されていく

「航空基地より、第一航空艦隊迎撃選抜隊。全機離陸を確認。待機空域へ向います!」

士官妖精が電文を読み上げると同時に、海図上へ情報を書き込む

黒島作戦参謀が指揮を執り、各部隊の動きを監視していた。

幹部士官室より、移動してきた山本達は、海上司令部の要員の動きを見ながら

「だいぶ、様になってきたな」というと、横に並ぶ宇垣は

「この様な海上司令部というのは、初めての事です。まだまだ経験不足かと」

「まあ、そうだが、きちんと前線の動きが把握でき、各作戦の経過が一目瞭然で分かる様になっただけ、進歩したという事だよ」

山本は頷きながら答え

「しかし、まだいずも君達に比べれば赤子だな」

宇垣は

「自分は、まだ自衛隊の艦へ乗った事がないので、何とも言えませんが、それほどですか?」

山本は席に着きながら腕を組み

「ああ、自分の目の前に戦場がある、そう言う感覚を覚えるよ」

そう言うと、

「今までの作戦指揮のやり方自体を見直すいい機会だ」

「はい、それは同感です」宇垣も納得した。

席についた山本と宇垣へ、そっと艦娘大和が、

「朝食には少し早いですが、お召し上がりください」

そう言うと、小皿に乗ったおにぎりと、沢庵を差し出した。

「お、有難いな。少し腹が減ったところだ」

山本と宇垣は小皿を受け取ると、直ぐに水兵妖精が、湯呑と急須を持ち、熱いお茶を山本達へ配った

山本は、おにぎりを頬張りながら、

「英国は、電探を使った防空戦闘指揮を本格的に運用しているようだな」

「はい、今英仏海峡は、制空権争いが熾烈になりつつあります。海上では英、独両軍に加え深海棲艦の活動も活発化しているとの事です」

宇垣の話を聞き、山本は

「三極構造なのは、ここばかりではないという事だな」

「はい、長官」

宇垣は声を殺して

「三国同盟再交渉に向けた独逸の活動が、活発化しているようです」

「そうか」

「はい、長官。横須賀からの情報では、非公式の交渉団派遣を要請してきているとか」

山本は

「そこまで、日本にご執心とはな」

「はい、奴らとしては、三国同盟を締結し、満州国境で対峙するソビエトを牽制したいとの思惑でしょう」

山本は、水兵妖精の差し出した湯呑を取り、

「そうなれば、米国世論は一気に硬化する。対日制裁は激しくなり、結果再び対米開戦論が出る事は必至だな」

「はい、長官。そうなれば日本は終わりです。一部の参謀達は対米戦を行えば米国は必然的に独逸に宣戦布告し二面作戦を強いられる、そうすれば我々にも勝機はあるとほざいていますが、そもそも独逸が日本の為に動くとは考え難いです。あの国は条約破りの常習犯です」

宇垣は真剣な顔で答えた。

「ポーランドの件も然りだが、独逸とソビエトは今後の動向を注視する必要がある。今、三国同盟を再交渉すれば我が国だけでなく下手をするとヨーロッパでの戦局図を塗り替えかねん、いらんことに手を突っ込むのは御免だ」というと山本は、

「チャーチル卿の渋い顔が目に浮かぶな」

「全くです」と頷く宇垣

 

宇垣は、

「それはそうと、東京がご立腹ですが」

「軍令部か?」と山本が聞くと、

「はい。山下中将と勝手に現地司令部を開設したという事で、参謀本部より横槍が入ったようですが、米内大臣と東條陸軍大臣が抑え込んだようです」

「そりゃ、済まん事をしたな」

宇垣は、

「陸海軍の本部参謀達にはいい薬ですよ、同一の地域を奪還するのに、作戦が二つもあるという事自体が異常です」

宇垣は声を再び潜め

「やはり、将来的には、自衛隊の上部組織の様な国防省という概念が必要になってくるのではと最近は考えています」

山本は、頷き

「同じ日本を守るのに、陸海軍で予算の取り合い、資源の取り合い、人材の取り合い。これじゃ守れる物も守れん。おまけに外交の感覚は皆無ときたもんだ」

「はい。同感です」

山本は、ぐっと腕を組み

「陸さんにも、優秀な将兵は沢山いる。自衛隊の様に優秀な指揮官の元、これらを有効的に使う事が出来ない我が軍は、先細るばかりだ」

「はい」

その時、電文を持った通信士妖精が入室して、大きな声で

「警戒艦 由良より入電! 敵航空機群探知 大型機12機 トラック泊地東部海域 距離300km 高度4000mです」

 

「おお、来たか!」

ざわめく室内

電文を捲る通信士妖精は

「由良、迎撃部隊の誘導を開始しました」

直ぐに、水兵妖精がテーブル上の海図の上に赤い飛行機の駒を置いた。

対面には、その赤い飛行機の駒へ向う青い飛行機の駒

宇垣は、チラッと腕時計を見て

「長官、ざっと計算して、会敵まで40分前後ですか」

「ああ、丁度夜明け直後だな」

山本はそう言うと

「頼んだぞ 零戦隊!」と海図上の青い駒を睨んだ

 

 

その零戦隊を率いるのは、赤城戦闘機中隊長

一航戦、二航戦の各戦闘機中隊から精鋭を選抜、総勢40機の編隊を組み、現在 トラック泊地東部海域 100km前後の空域を飛んでいた。

「赤城零戦隊、由良航空管制。進路そのまま。敵航空機群 1時方向 距離50km 高度3500m 緩やかに降下中」

無線で、軽巡由良より敵航空機の位置情報が耳元に流れた

「赤城一番、了解!」

喉元の無線のスイッチを押し、返答する。

周囲にいた僚機達も、一斉に羽を振って“了解”を表した

「まあ、しかし、明石が無線機を改良してくれたお蔭で、よく聞こえる」

今まで、この機内無線機は、本当に使い物にならなかった。

本土では上手く通話できるのに、南方へ来た途端に、故障の連続だった。

どうやら南方特有の高湿度に真空管がやられたようだが、明石は零戦の無線機を取り外し、順次パラオへ送った。

返送された無線機はまるで別物の様によく聞こえる。

「パラオか」

以前、長官と三笠様の乗機の陸攻を護衛して、パラオに行った時、突然現れたグラマンをあっという間に撃墜したあの噴進機の事を思い出した。

「確か、特務艦隊。自衛隊と言ったな。彼らの工廠ならこれ位は楽勝か」

そう思いながら、前方を見た。

間もなく夜明けだ。

正面の水平線は明るくなり始め、空もうっすらと陽を浴びていた。

由良からの誘導に従い 4000m前後を飛んでいたが、敵はゆっくりと降下しているようだ。

「このまま行けば、上から襲える!」

そう確信した。

「そろそろ 見えてもいい頃合だが」

そう思いながら周囲を見回す。

僚機の飛行士妖精達も、首を周囲へ向け、敵を目視しようとキョロキョロしていた。

明るくなり始めた空を見ながら、雲間を飛んで行く

「赤城零戦隊、由良航空管制。進路修正065敵航空機群 12時方向 距離30km 高度3200m 緩やかに降下中」

再び由良より進路修正の指示が入った。

「赤城一番 了解」

微かに操縦桿を右へ切り、機首方位を065へ合わせた

後続の二航戦の部隊もそれに従う

「由良航空管制より、各戦闘機中隊へ。敵航空機群 3機編隊の4個分隊へ編隊を再編した。繰り返す敵は4個分隊」

「赤城一番、了解です!」

 

「赤城1番より各戦闘機隊、敵まで30km! 目前だ! 各機前方下方注意!」

一斉に主翼を振って、“了解”の合図を送ってきた。

その時、

「右下方1時ちょい右! 水平線手前! 機影あり!」

後方にいた3番機が機影を水平線上に見つけた。

言われた方向に、ぐっと視線を集中する。

「いた!」

雲間に、微かに複数のゴマ粒の様なものが見える

「3番お手柄だ! 後で奢るぞ!」

「はい! 必ず帰りますから!」

加賀、飛龍、蒼龍の中隊長も発見したようで、主翼を振っていた。

赤城戦闘機中隊長は、

「やったな! 絶好の位置取りだ!」

雲間から見えるゴマ粒は、明るくなり始めた空で、その姿を段々とはっきりとさせて来た。

「B-25だ!」

特徴的な尾翼がはっきりと見てとれる。

奴らは、此方の右手下方を進んでくる。

「これが、電探誘導による接敵か! まるで奇跡だ!」

眼下に進みゆく敵爆撃隊を見て唸った。

それもその筈だ、いままでこの手の迎撃戦では、遠方で味方機が敵機を発見しても誘導精度が悪く、迎撃機が出ても真面に接敵できないことがしばしばだ。

しかし、由良の電探誘導は正確な上、此方が攻撃するのに絶好の位置まで誘導してくれた。

赤城戦闘機中隊長は、再び無線へ向い

「由良航空管制、赤城1番! 敵機を確認。戦闘へ移る」

「由良航空管制、了解。武運を祈る!」

無線が一旦切れ、再び赤城戦闘機中隊長は、

「中隊指揮官機より、各機へ。敵機右下方を通過中。直上より、一撃離脱で行く! 深追いはするな!」

「加賀隊了解」

「飛龍隊、了解です」

「蒼龍隊、分かりました!」

各中隊長から返答があった。

「攻撃隊形へ移行!」

号令すると、各戦闘機中隊は、各分隊へと編隊を組み替えた。

残りの機体は高度を少しとり、上空待機へと入る。

赤城戦闘機中隊長は、ざっと操縦席を見回した

既に機銃の試射も終らせて何時でも突入できる。

敵のB-25は悠々と下方を何も無いように、過ぎ去ろうとした瞬間

「攻撃はじめ! 突入!」

無線に向いそう叫んだ瞬間、右に補助翼を切り、右方向舵を踏み込んだ!

機体は、一気に背面状態となり、天地がひっくり返る。

頭上の雲間から敵B-25を捉えた

「くっ!」

背面となり、体にかかる荷重の変化に耐えながら、操縦桿を引き起こし、半宙返りの要領で、敵の頭上めがけて、機体を引き起こした。

体に、一気に加重がかかる。

“ギッ”

機体の軋む音と唸る栄エンジンの音が、操縦席に響く。

ほぼ敵機直上から、一機に雲を突き抜け、正面に敵B-25の先頭機の機体上面を捉えた。

OPL照準器一杯にB-25の機体上面が映る。

「くっ、砕けろ!!」

赤城戦闘機中隊長はそう言い放つと、20mm機銃の発射レバーを引いた!

 

 

B-25編隊の1番機

爆撃隊隊長は、操縦席後方の座席に座りながら、腕時計を見た。

「あと30分か」

編隊は、爆撃に備え徐々に高度を下げ始めた。

最終的には700mまで降りる。

隊長は手に持った地図を見ながら、

「ここまでは、ほぼ予定通りだ。このまま上手くいけば」と言いながらふと視線を機外へ向けた時、右後方を飛行していた分隊の上空で何かが光った!

「ん?」

光った物の正体を知った瞬間!

「ジークだ!!! 敵機直上!!!」

その声と同時に、機体上部回転機銃が、唸りを上げて射撃を始めた。

「何処だ!!」

機体側面の12.7mmM2機関銃手が叫びながら周囲を見回した。

「上だ! 上!!!」

何処からか声がした瞬間

“ガン、ゴン”

機体に、複数の振動が伝わる!

金属が裂ける様な音に加え、機銃弾が通過した場所に大きな破孔ができた。

「おわ!!!」

その声と同時に、機体上部の回転機銃の射撃が止んだ

「機銃手撃たれました!!」

隊長が振り向くと、回転機銃内が赤い鮮血で真っ赤に染まっている。

「だれか代われ!!」

後方から声がするが、再び機体に衝撃が起こった

“ガン、ガン、ガン”

不規則な金属音が機内に響いた直後、

“ドン”という低い音と共に、機体が急に身震いし始めた。

右主翼を見ると、エンジンから黒煙が吹き上がり、火災が発生している。

操縦席へ駆け寄り

「消火できるか!」と操縦士へ怒鳴ったが

「ダメです! 火の手が・・・」

顔を引きつらせながら答えた。

必死に、操縦桿を抑える操縦士

周囲を見回して隊長は、

「くそ、このジークは何処から湧いてきた!!!」

見えるだけでも10機以上の敵戦闘機が、爆撃隊に襲いかかっていた。

「3番機 食われました!」

左手を見ると後方を飛んでいた3番機が、炎上し、右に横転しながら降下して行くのが見えた

「く!」

隊長が後を振り向き、通信士へ

「マーシャルへ、だで・・」と声を出そうとしたが

しかし、その時凄まじい衝撃が操縦席を襲った

 

「ごあ!!」

声にならない声が、操縦席を包み、鮮血が飛び散った

隊長機の直上から、零戦の放った7.7mm機銃弾が至近距離で操縦席を襲った。

真っ赤に染まる操縦席、息絶えた操縦士はその身を操縦桿へ委ねた。

コントロールを失い、右に大きく傾き機首を下げ、横転しながら急降下する隊長機

操縦席から転げ落ち、通路に横たわる爆撃隊隊長は、体に掛かる荷重に耐えながら、被弾した胸を押さえ、

「こっ、こんな・・・」

それが、最後の言葉となった。

 

次々とB-25へ襲いかかる第一航空艦隊隷下の戦闘機隊

最初の一撃で、かなりの機体に損害を与えていた。

不意を突かれたB-25編隊は大混乱に陥った。

零戦は、深追いはせず、上空から3機一組で襲いかかり、一撃で離脱。

再び態勢を立て直し、今度は下方から20mm機銃を浴びせ掛けた。

深海凄艦側のB-25も果敢に、反撃を試みるも、ある機体はエンジンに被弾し、エンジンから出火。主翼の燃料に引火し、主翼が爆散、錐もみしながら海面へと向かった

また別の機体は、胴体後部に集中的に被弾、尾翼がその衝撃で引きちぎれると、まるで独楽の様にクルクルと横転しながら、急降下していく。

B-25側からすれば阿鼻叫喚の世界であるが、そんな中、1機難を逃れた機体があった。

最後部にいた機体だ。

少しエンジンの調子が悪く、分隊編隊からやや離れて飛んでいた。

その分隊を襲ったのは蒼龍の戦闘機中隊であったが、これもまた運悪く、最後尾のB-25に気が付かず、先行する機体に全機群がってしまった。

最後尾にいたB-25は、先行する友軍編隊に、日本海軍の零戦部隊が襲いかかる瞬間を見た。

咄嗟に機長は、

「降下だ!! 今すぐ!」

そう叫ぶと、スロットレバーを押しこみ加速すると、操縦桿を押し一気に海面へ向け急降下した。

「うおおおおお!」

迫る海面

高度200mを切った所で、機体を引き起こした。

直ぐ真下に水面が見える。

水平になるB-25

「いいか! ジークは上だ! 対空射撃!!!」

機内で声がした。

直後

「右上! 2機!!」

右側側面機銃手が叫びながらM2機関銃を撃ち始めた。

機体上部の旋回機銃や尾部機銃が零戦を近寄らせまいと必死に射撃を繰り返した。

此方へ右上方から突入してきた2機の零戦は、激しい対空機銃と低空に逃げ込まれた為 途中で主翼を翻し返し追撃を諦めた

「しめた! 奴ら一撃離脱戦法が出来ない。このまま寄せつけるな!」

機内で機長が叫んだ

それに答える様に、左右の側面機銃や上部旋回機銃が激しく零戦を撃ちまくっていた。

 

「あちゃ~、あれはまずいな」

「ですね。隊長」

その戦闘を遠方から見ていた者達がいた。

トラック泊地水上機部隊の二式大艇だ。

昨日夜、水上機隊を指揮する艦娘秋津洲に急遽呼び出された大艇隊や零式水偵隊は、予想外の事を聞いた

「深海凄艦の空襲が予想されています。出撃準備です」

大艇隊の隊長は

「秋津洲、“かも~”ではなくて“です”か?」

「はい。先程、大淀さんより連絡がありました。夜明けと同時に離水し、軽巡由良の無線誘導に従い、迎撃戦を行う零戦部隊の支援です」

そう言われ、早朝、離水した大艇二機に数機の水偵は、軽巡由良に無線誘導され先程 この待機海域へ入ってきた。

目的は、被弾した友軍機の帰還支援と救助である。

戦闘に巻き込まれない様に低空で待機していた大艇の1号機であったが、低空に逃げ込んだB-25に苦戦する零戦隊を見た。

「あれは、どこの部隊だ?」

大艇の隊長が言うと、飛行士は双眼鏡で、零戦の識別帯を見て、

「あれは、蒼龍さんの所の旦那達ですね」

大艇隊の隊長も双眼鏡で、B-25を追撃する零戦を見ながら、

「低空に逃げ込まれて、下方が取れないのだな。上からだと機銃の餌食になりやすいぞ」

「そうですね、側面も高度がないので逃げ場がない、あっ!」

双眼鏡で状況を見ていた飛行士が、声を上げた。

「どうした?」

「1機 被弾した模様です。帯引いてます」

「なに!」

窓越しに戦闘空域を見ると、1機の零戦が黒煙を引きながら、空域を離脱していた。

「通信! 被弾機は!!」

隊長は後方の通信員に向い叫んだ

「はい、無線では蒼龍4番です。エンジン被弾 戦域を離脱との事です」

直ぐに、後方を飛んでいた水偵1機が、その被弾機を追う為に離脱して行った。

「まずいな、このままだと被害が増えるぞ」

 

攻めあぐねる零戦隊を見ていた隊長であったが、急に後方にいた機銃員が

「隊長!! 行きましょう!!」

「やるか!」

「はい! 我々が側面から押しこめば奴らの防御は手薄になります!」

この言葉に、大艇隊隊長は意を決し

「よし! 此れこれより対空戦闘に移る! 通信員、水上機隊の指揮を2番機へ委譲」

「はい、打電します!」

隊長は、操縦士へ向い

「敵機の左側面へ付けろ! 右対空戦闘!」

「おう!」と一斉に各員が答えた

隊長は

「見てろ、この二式大艇がただの飛行艇じゃないという所を見せてやる」

 

 

その頃 零戦隊の追撃を振り切ろうと低空をもがくB-25では

「寄せるな! 撃ち続けろ!!」

断続的に攻撃を繰り返す零戦を、寄せつけまいと旋回機銃が唸りを上げていた。

機長は

「このまま、逃げてトラックまで行ければ」とまだ爆撃を諦めては居なかったが、左側面機銃員が機内電話で、

「左 後方より大型機接近!」

「何が来てる!」機長が叫び返すと、

「大型の水上機です! 新型です」

機長は慌てて、左手後方を見た。

そこには、此方へ向ってほぼ同高度を急接近してくる大型の緑色の飛行艇が見えた。

「何だ、あれは!」

グングンと此方へ向って近づいてくる日本海軍の飛行艇

「どうする気だ」

そう思った瞬間、突然飛行艇の機首にある機銃から銃撃を受けた!

「おっ」

それを合図に、敵大型飛行艇の側面や上部機銃も一斉に此方へ向け射撃を開始してきた。

「応戦しろ!!」

機内に怒号が飛び交う。

B-25の上部旋回機銃が、素早く回転し、左後方につけた大型の敵水上機を狙おうとした瞬間、上空から零戦が襲いかかった。

「くそ! 五月蠅いハエめ!!」

旋回機銃手は、再びまとわりつく零戦を追い始めた。

 

それを見逃さない大艇隊隊長

飛行士へ

「もっと寄れ! 奴らの注意を此方へ向けさせろ」

機内に20mm機銃の発射音が響く

確かにB-25の12.7mm機銃に比べれば発射速度は遅いが、威力はこちらの方が上だ。

「大艇の重武装は 伊達じゃない! 撃ちまくれ」

隊長の声が機内に響いた

 

2機の大型機による機銃の撃ち合いという前代未聞の状況を見ていた蒼龍零戦隊の隊長は、

「有難い! 奴らの注意が大艇隊へ向いている内に仕掛ける」

そう言うと、主翼を振り再度編隊を招集しなおした。

直ぐに、左右に2番、3番機が付き編隊を整えた。

蒼龍隊隊長はB-25の右側面上方へ向い、機体を捻り込んだ。

照準器一杯に敵機を捉え、

「これで終わりだ」

そう叫びなら、機銃発射レバーを握り込んだ。

 

B-25の機内では、混乱が続いていた。

左後方には大型の水上機

上空から零戦の攻撃とまるで、周囲から連打されるサンドバッグ状態である。

 

“ガン、ゴン”

敵水上機から発射される機銃弾が時折、機体にあたり彼方此方に穴が開いていく。

「くそ、あの水上機なんて頑丈なんだ!」

機長は、操縦席から後方をつけ回す水上機を睨んだ

相手の操縦士は手練れだ!

此方が、逃げようと機体を振ると、即座に先に動きだし、機体を横滑りさせながら、後方から動きを封じる。

上昇しようとすれば、零戦が頭上から襲い、逃げ場がない!

おまけにあの大型飛行艇、此方のM2機関銃の銃撃を受けてもびくともしない。

逆に向こうの銃撃は 射程が短いが威力がある。

「逃げるしかない!」

機長はそう言うと、帰りの燃料の心配などする間もなくスロットレバーを押しこもうとしたとき、

“ガン、ガン、ガン”

頭上で複数衝撃を感じた。目の前の計器盤から火花が飛び散り、体に無数の痛みを感じた

「うっ、」

声が出ない

急に視界が暗くなり、意識が遠のく

薄れゆく意識の中、ふと手元を見ると、そこには粉々に砕けた両手があった。

隣では、副操縦士が、口から大量の吐血をしながら、座席に寄り掛かっていた。

「や、やられ・・・」

機長の意識もそこまであった

 

蒼龍隊の隊長は、上手くタイミングをつかみ、僚機と共に逃げるB-25の直上から操縦席を狙った。

敵機の上部旋回機銃は、追従する大艇に気を取られ、その隙に敵機に肉薄

20mm機銃の一撃を加える事ができた。

機体を右に切り返し、離脱しながらB-25を見た。

左エンジンに被弾したようで、機体が傾き始め主翼のあちこちから、黒煙をたなびかせていた。

急に大きく機体が左に傾きはじめた

「やったか!」

蒼龍隊の隊長は、ぐっと敵機を睨んだ

B-25は、そのまま傾斜を増し、遂に背面状態になると急降下し、あっという間に海面に叩きつけられ、機体は粉々に四散した。

「意外に苦戦したな。やはりもう少し火力がいるか?」

蒼龍隊の隊長はそう言いながら、周囲を見回した。

上空の彼方此方に黒煙の帯が漂い、それらは全て海面へと続いている。

「どうやら、終わったな」

そう言いながら、主翼をバンクさせて、僚機を呼び寄せた

「4番がやられたが、無事か?」

よく見ると、少し離れた所に黒煙を引きながら飛ぶ4番機が見える。

その横には、水偵が寄り添い不時着水に備えていた。

ざっと周囲を見回して他に脱落機が居ない事を確かめた。

直ぐ近くを飛ぶ 二式大艇の左側へ機体をつけると、主翼を振って、支援のお礼を言った。

大艇の操縦席や、側面の窓から、此方へ手を振る飛行士妖精達が見えた。

「戻ったら、ビールでも差し入れるか」

そう言いながら、他の中隊との合流を急いだ。

 

 

「失礼します! 通信員です」

そう言いながら、電文を持った水兵妖精が作戦室と化した大和会議室へ入室して来た。

居並ぶ作戦参謀達の前までくると、大きな声で、

「警戒艦 由良より入電、航空戦隊 敵攻撃隊の迎撃に成功。脅威目標の全機の撃墜を確認」

 

「おお、やったか!」

室内に一斉に安堵の声が響く

直ぐに黒島作戦参謀が、

「こちらの損害機情報は!」

通信士が、

「はい、戦闘機中隊の無線を由良で中継しておりますが、当方の被害は4機。全機飛行は可能ですが・・・」と困惑しながら答えた。

「どうした」困惑する通信員へ 山本が声をかけると。

「はい。それが、大艇の1機が戦闘に参加した模様で、蒼龍隊と共同で1機撃墜との情報です」

 

「はぁ、飛行艇が空中戦か!」

呆れる参謀達

 

山本は、宇垣を見ながら

「これは、また面白い話ができたな」

「長官、確かに大艇は重武装が売りですが、B-25を追いかけまわすとは」

宇垣も呆れ顔であった。

 

その時再び会議室のドアが開き、

「失礼します」と別の通信員が入ってきた。

一礼すると、

「陸攻隊より、最終点を通過の暗号電文を入電しました」

黒島は、直ぐに山本達の方を振り向くと、山本は深く頷いた

それを見た黒島作戦参謀は、

「攻撃隊へ電文、予定変更なし。作戦続行せよ」

「はい、送信いたします」

一礼し、退出する通信妖精達

 

宇垣はそっと山本へ

「通信は、由良を経由という事になっていますが、殆どはいずもさんの警戒機が経由してくれて、助かります」

すると山本は、

「俺達も 陸攻を改造して通信機能を充実させた空飛ぶ作戦室を検討する必要があるな」

「はい、やはりこれからの作戦は、通信と索敵が重要な要素です。早急に強化する必要があります」

「電子作戦機だな」と山本が言うと

「長官。そこまでの機能はどうかとおもいますが、電探装備の大型機を長時間滞空させる事で、広い範囲を警戒できるという利点は、今回の作戦で十分に理解出来ました」

宇垣は、

「そう言えば航空本部で、大型機の計画があるとか?」

「ああ、深山の試験結果を考慮してB-17の様な機体を計画している」

山本は、少し考え

「ねじ込んでみるか?」

「はい。実用化できれば、本土防衛の有力な戦力です」と声を潜めた。

山本は、表情を厳しくし

「あると思うか?」

「可能性としては、否定できません。もし奴らが今回の戦闘で負けたと自覚するようなら、戦局打開の為に直接本土攻撃の手段にでる事も考えておくべきです」

山本は、深く息をして

「全ては、ミッドウェイの姫君の腹の内か」と呟いた

 

 

その頃、12機の一式陸攻は一路 深海棲艦仮設航空基地を目指して飛行を続けていた。

先頭を行く陸攻1番機の機内で陸攻隊の隊長は操縦席後方の座席に座り、腕時計を見た。

「離陸からもうすぐ3時間、あと少しだな」

そう言うと、手元の地図と飛行計画書をみた。

数日前に、聯合艦隊の黒島作戦参謀から敵航空基地の爆撃を下命された時は、正直できるかと不安であった。

敵基地は トラックから1000kmの遠方、おまけに制空権は未確定

友軍の戦闘機の護衛は、未定

という未確定要素だらけであったが、日を追うごとに作戦内容が煮詰まり、敵基地の正確な位置、滑走路の方向や主要な建物の配置など、次々と情報が集まった。

特に陸攻隊の隊長が驚いたのは、黒島作戦参謀から渡された1枚の写真であった。

作戦検討の行われた航空基地の一室で、黒島作戦参謀から、「機密だぞ」と言われ、渡された敵仮設基地の上空写真。

「こっ、これは」

そこには、詳細に撮影された敵の航空基地があった。

2000m級とおぼしき未舗装滑走路

滑走路の端には、駐機場と思われる場所があり、そこには複数のB-25とP-40と思われる戦闘機が数機、駐機していた。

黒島作戦参謀は、

「今回の作戦の第1攻撃目標は、この滑走路の完全破壊だ、使用できないように破壊してくれ」

「精密爆撃ですか」

「そうだ、滑走路と駐機場を爆撃して、基地機能を停止させてほしい」

黒島作戦参謀からそう言われ、写真を見た

「B25はいいとしても、P-40がいます。此方の護衛は?」

すると黒島作戦参謀は、

「現在、近海にパラオの瑞鳳が展開している。そこから直掩機を出す」

やや不安な表情をしながら、

「瑞鳳隊 大丈夫ですか? 空中集合とか、かなり難しいですけど」

黒島作戦参謀は、自信に満ちた顔で

「大丈夫だ、鳳翔が太鼓判を押した」

「まあ、お艦がいいと言うなら」

という事で、今回の爆撃は実行に移された訳だが、隊長は揺れる機内で、その写真を見ながら、

「一体、どうやって撮影したんだ」とまじまじと写真を見た。

通常、この手の偵察写真は、解像度が余り良くない。

飛行場全体を撮影しようとすると、高度を取る為、細かい物がぼける

まあ、何か飛行機らしきものが映っていると分かる程度だが、この写真ははっきりと機種が判定できる。

いやそれ以前に この距離を飛んで撮影してくる事ができるのは、我々陸攻か大艇隊位だ。

だが、我々はつい最近までこの基地の事は知らなかった。

大艇隊の隊長にそれとなく聞いてみたが、全く知らなかったようだ。

「誰が撮影したんだ?」

それに今回の作戦は、機密の部分が多い

一番の機密は、今彼らを誘導している電波の発信元だ

黒島作戦参参謀から、

「作戦当日は、友軍の電波誘導がある。その電波誘導に従えば敵基地まで真っ直ぐに行ける」

と言われ、機上無線方位機を使い、指定された周波数の電波を拾ってここまで来た。

途中 天測も併用しているが、ほぼ予定の進路を飛んでいる。

「近くに伊号潜水艦でもいるのか?」と思いながら、地図を見ていた。

すると、右側面の機銃員から

「隊長! 右4時方向 機影多数!!」

「敵機か?」

「待って下さい」

皆で、視線を凝らして、指示された方向を見た。

「機影、零戦です! 友軍です」

別の機銃員が答える。

「護衛の瑞鳳航空隊だな」

近づく機影を見た。

「隊長、凄い数ですよ」

機銃員が興奮しながら話しかけてきた。

「そうだな、ざっと見ても零戦が30は居るな、九九艦爆に九七艦攻もいるぞ」

すると、機銃員が

「隊長。この部隊本当に瑞鳳航空隊ですか? 瑞鳳の部隊には九九艦爆は居なかったと思いますが?」

「確かにそうだな、零戦も20機程度の筈だ」

そう話している内に、零戦を中心とした、護衛部隊は、陸攻に追いつき、各分隊毎に陸攻隊を支援する為に、陸攻隊の後方上空へ着いた。

先頭を飛ぶ1機の零戦が、陸攻隊の1番機の左横に滑り込んで来た。

陸攻隊の隊長は、近づく零戦の識別帯を見て絶句した。

「こっ、この識別帯は! 航空母艦鳳翔! まさか!」

慌てて、手元にあった双眼鏡で、零戦の操縦席を見た。

そこには、零戦の操縦席で、笑顔で此方へ手を振る艦娘鳳翔の姿があった。

「鳳翔さんだ!!!」

「えええ!!!」一斉に驚く陸攻隊の面々

「本当です! 鳳翔さん! お艦です!!」

別の飛行士妖精も双眼鏡で鳳翔を見た。

「隊長! 鳳翔さんが来てくれました!」

「おう。鳳翔さんがいるなら、心強い! これで敵のP-40にも負けん!」

「はい、隊長。一航戦が師と仰ぐあの鳳翔隊です!」

「そうだな、これで俺達は爆撃に専念できる」

「はい、隊長。やりましょう!」

陸攻隊の隊長は、再び双眼鏡で後続の零戦や九九艦爆、九七艦攻を見た

「鳳翔隊だけじゃない、零戦隊の一部は瑞鳳隊もいる。九七艦攻は瑞鳳隊だ!」

「という事は、パラオ航空隊ですか?」

陸攻隊の隊長は

「編成からみるとそうだが」というと、少し考え

「ここで詮索しても仕方ない。今は任務に専念するぞ」

「はい!」

機内から、一斉に返事があった。

鳳翔隊に気が付いた僚機達も翼を振っている。

「よし、士気は高い!」

陸攻隊の隊長は、ぐっと目標のある前方を睨んだ

 

 

その睨まれた先には、深海棲艦仮設航空基地があった。

ほぼ東西方向に延びる滑走路の両端には土嚢を積上げた防空用の陣地があり、ボフォースの40mm機関砲を2門設置していた。そして防空陣地では、留守を預かる深海凄艦の兵員妖精達が手持ち無沙汰に時間を潰していた。

防空陣地の中で、待機する深海凄艦の兵員妖精の一人が

「爆撃隊はいつ帰ってくるんだ?」

そう言うと、機関砲に寄り掛かっている別の兵員妖精が、

「あと2時間かそこいらじゃないか、明け方にトラックについて、寝込みを襲うそうだから」

すると、不気味な笑みを浮かべながら最初の兵員妖精が

「俺は、どうせ襲うなら、不細工な野郎よりあの綺麗な艦娘の方がいいな」

「お前正気か? 艦娘っていえば俺達の上司と同じ艦魂の霊体だぞ! 肉体があるとは言え、俺達なんか瞬殺されかねん」

しかし、相手の兵員妖精は、

「ぐふふ、そこがイイのさ。艦娘とはいっても所詮は、人。女だ!」

「どうかしているぞ、お前」

呆れながら答えたが、兵員妖精は、彼の気持ちも分からん訳ではないと思った

「ミッドウェイを出て、数ヶ月。日本軍と対峙して膠着状態。緊張の連続の上、ここ暫くは、この小島のおもりだ。真面でいろという方がおかしい」

そう愚痴をこぼした。

派遣当初は、工兵達とこの島の滑走路建設

重労働の上、島には宿舎は無く、補給艦での生活。狭い船倉で雑魚寝の毎日

水や食料は何とかあったが、娯楽もなく来る日も来る日も、海を眺めながらの作業

滑走路が完成し、お役御免かと思いきや、今度は守備隊として防空陣地整備

そして、ようやくトラック爆撃隊が来たと思ったら、日本軍はなんと近隣海域に軽空母を派遣して制海権の奪還を目論んできた。

いつここで戦闘が起こるか分からん状態が、ここ数日続いていた。

数日前には、ヌ級軽空母艦隊が出撃したが、噂では撃沈されたらしい。

後続のリ級重巡艦隊も出撃していったが、果たして生きて帰れるか?

緊張続く孤島で、まともな精神でいろという方がおかしい

 

陣地の端では、一人の兵員妖精が、ビール瓶片手に、呑気に歌を歌っている。

朝からの飲酒、もし分隊長に見つかれば、処罰ものだが、その飲んでいる人物こそ分隊長本人だ。

娯楽もないこの仮設基地では、数少ない娯楽は、食う事、寝る事。そして飲む事だ。

やることやれば、朝から飲んでいようと、もう誰も咎めない。

そこまで部隊の緊張と疲労は達していた。

 

「後すこし我慢すれば、それも終わりだ」

彼はそう呟き、そして

「ヌ級は残念だが、敵の空母は深手を負った。リ級達が仕留める。それにトラックさえ陥落すれば、ミッドウェイに帰還できる」

そう言いながら、機関砲の射手席に腰掛けた。

回りは海だけという、なんの変哲もない孤島

しかし、島というにはあまりに小さい。

元々、浅瀬にあった岩礁を埋め立て作った人工島だ。

大潮の時など、この機銃陣地まで波が押し寄せる。

台風の一つでもくれば、滑走路が波で抉られてしまうかもしれない。

それほど、華奢な作りであったが、飛行場であり、最前線である事は事実だ

 

“こんな所での生活もあと少し”

銃座に着きながら、自分にそう言い聞かせ、ふと西の空を見上げた。

所々に雲が広がり、日差しを和らげてくれていたが、その雲の下、水平線の辺りに複数の黒い点の様な物が見えた

「ん?」

眼を細めて見るが、距離があるのか、何かはっきりしない

隣にいた同僚へ

「おい、西の水平線の辺り、1時位の所に何か飛んでいるぞ?」

その方向を指し示した。

「ああん」と怠そうな返事をしながら同僚が、手元にあった双眼鏡で示された方角を見て

「う~ん、何か飛んでいるようだ」

腕時計を見た。

「爆撃隊が帰ってくるには、まだ少し早くないか?」

「そうだな」と同僚は素っ気ない返事をした。

「こんな時に護衛艦隊がいないとは」

仮設航空基地には、地上配備のレーダーはない。

レーダー索敵は、本来は沖合で待機する艦艇群の仕事であった。

しかし、ヌ級からこの基地の防衛を引き継いだ重巡リ級艦隊は、敵軽空母の追撃戦に出て不在。実質的にレーダー索敵が出来ない。

銃座に座りながら兵員妖精は、

「おい、一応指揮所へ問い合わせてくれ。味方か敵かって?」

すると、同僚はしぶしぶ土嚢の上に置いてある野戦電話の受話器を上げ、呼び出し用のハンドルを回した。

暫く待つと、駐機場脇の指揮所が出たようで、大声で、飛来機がある旨を伝えていたが、指揮所からの返事は意外な物であった。

受話器を置き、怪訝な顔をする同僚の兵員妖精

「おい、指揮所はなんと?」

「いや、指揮所でも機影を確認したが、無線が不通で識別できないだと」

「無線が不通?」

すると同僚は、

「ああ、何か雑音だらけで全然使えないそうだ」

そう言うと、再び双眼鏡で、遠くから近づく機影を見た

「ん?」

「どうした」

「いや、あの編隊、小型機がいるようだ」

「小型機?」

「ほら」そう言うと、自分へ双眼鏡を渡してくれた。

それを受け取り、自分も見てみた

双発機のような機影の周囲に小さな機影が複数見える

「おい、爆撃隊には護衛の戦闘機隊はついて行っていない! あれは日本軍じゃないのか!」

「本当か!」

慌てる同僚

「もう一度、指揮所へ確認してくれ!」

「おう」と慌てて、野戦電話に飛びついた。

その時、突如駐機場脇の指揮所が、轟音と共に爆散した!

「おわっ!!」

凄まじい爆発の衝撃波で、砂ぼこりが舞い上がり、周囲の視界を遮った。

 

「何だ! どうした!」

「敵襲か!!!」」

慌てながら、ヘルメットを被り、銃座に集まる兵員妖精達

「誰か、敵機を見たか!」酔っぱらっていた分隊長も慌てて駆け寄ってきたが、

「いえ、遠方に機影が見えますが周囲にはありません」

「何処から攻撃している!!」

皆で周囲を見回すが、遠方に複数の機影が見えるだけで、近くに機影が見当たらない

「何処だ!! 探せ!!!」

誰かがそう叫んだ時、再び背後で、轟音が響いた

振り返ると今度は、駐機場で爆発が起こっていた。

爆風で、地上に止めてあったP-40が空中高く舞い上がり、頭から落下し粉々になる機体や、爆風に煽られ、ひっくり返る機体が見えた。

「戦闘機隊がやられているぞ!」

「日本軍の攻撃だ!」

先程までのだらけた雰囲気は、一変し、機銃の弾倉などを準備しはじめたが、

「何処から攻撃している」

兵員妖精達が、周囲を見回そうとした瞬間、上空から黒い何かが近くに落下した。

「えっ!」

そう思う暇もなく、対空陣地はMk82LJDAMの直撃を受け、完全に破壊された。

 

 

「エクセル14、スカル11。敵対空陣地の無力化に成功」

「スカル11フライト。エクセル14、了解。」

雲上 高度5000m付近を飛行するF-35 2機は、深海棲艦仮設航空基地の指揮系統の破壊ならびに対空陣地を破壊する為、低空を飛行するMQ-9リーパーのレーザー照準支援を受けLJDAM4発を投下した。

まず最初の1発は、仮設航空基地の指揮通信をつかさどる指揮所を攻撃した。

指揮所といってもバラック小屋という方が、似つかわしいその建物は、Mk82爆弾により粉々に粉砕された。

続いて、駐機場の入口にいたP-40に向け、1発のMk82が投下された。

リーパーからのレーザー照準支援を受けたLJDAM仕様のMk82は、正確に駐機するP-40に命中し破壊。周囲に駐機してあった他の機体を巻き込みながら、爆散した。

これで、他のP-40は駐機場内で動きが取れなくなった。

そして最後は 滑走路の両端に設営された40mm機関砲の破壊だ。

2機のF-35Jは予定された攻撃目標を完全に破壊した。

 

1番機を操縦する第六飛行隊の飛行班長は、MQ-9リーパーが捉えた仮設航空基地の映像をコクピットモニターで見ながら、

「予定の攻撃目標は破壊した、あとは陸攻隊と鳳翔さん達が仕上げてくれる」

そう言うと、高度を取り、上空で警戒飛行に当たるE-2Jの直掩へと戻って至った。

 

鳳翔は、進行方向に立ち昇る複数の黒煙を視認した

「予定通り対空施設が破壊されたようですね」

鳳翔は、自らの機体を編隊の先頭を行く陸攻隊の隊長機の横へ並べ

操縦席から、陸攻隊の隊長へハンドサインで、「攻撃隊形作れ!」と合図した。

 

陸攻隊の隊長妖精は、鳳翔の合図を見て

「よし。頃合だ!」

そう言うと、大声で

「野郎ども! 仕事の時間だ!」

「おう!」と機内から一斉に返事があった

「通信! トツレ連送!」

「はい、隊長」

陸攻隊の隊長機から、モールス信号で発せられた“トツレ”の連送を受信した各分隊は、爆撃隊形へと、編隊の間隔を調整していた。

陸攻隊の隊長は操縦席から、既にしっかりと形の見える敵仮設航空基地を見た。

「思ったよりもでかいな」

そう言うと、操縦席に座る飛行士妖精へ

「予定通り、西から滑走路沿いに侵入しろ」

「はい、隊長」と元気に返事をする飛行士妖精。そして飛行士妖精は

「先客がいたみたいですね?」

隊長も、仮設基地から昇る複数の黒煙を見た。

「どうやら、先客が地ならししてくれたようだ! 敵の戦闘機は地上で足止めされているぞ、今が好機だ」

直ぐに後方を振り向き、

「ト連送! 全機突撃!」

「はい!」

 

機首部分にいる爆撃照準手は、90式照準器に爆撃諸元を設定した。

操縦士妖精は、大まかに西から敵仮設航空基地の滑走路に沿うような飛行進路を取った。

もう目標まであと10kmを切る

「弾倉開け!」の掛け声と共に胴体の弾倉庫が開き、250kg爆弾4発が顔をのぞかせた。

爆撃照準手は照準器を覗き込み、

「進路、少し右へ」

「右へ」飛行士妖精が復唱し、機体の進路を修正する。

照準器内に、仮設基地の滑走路が見えて来た。

照準手は、慎重に攻撃目標の滑走路を見た。

今までの経験をもとに、機体の移動速度、周囲の風速風向を考慮して進路を決める。

「有難い。滑走路の両端で黒煙が上がっている、これで地上の風は読めた」

たなびく黒煙を元に地上の風力を勘定し、問題ないと確信して、

「進路そのまま ヨーソロー!」と指示をだした

照準手の声が機内に響く

投弾前の緊張感が機内を包んだ。

「よう~い!!」

 

隊長はじめ、皆息を飲んだ。

その瞬間

「てっえええ!」という掛け声と共に 250kg陸用爆弾4発が、一斉に弾倉から空中へ放たれた。

 

それを合図に、後続の機体も順次、爆弾投下を開始した。

独特の風切り音を立てながら、地上へ落下する陸用爆弾

陸攻隊隊長は、操縦席の窓から地上を見た

そこには、地上の滑走路上に次々と着弾する250kg陸用爆弾

巻上げる砂埃で、滑走路が一時的にかすむ

「堤防の一部が切れたようだな」

滑走路の西端の一部堤防が切れ、海水が滑走路上に流れ込んでいた。

「これでもう、暫くはこの滑走路は使えまい」

 

敵の反撃を全く受ける事なく爆撃を終えた陸攻隊は、上昇しながら編隊を整え始めた。

陸攻隊の過ぎ去った後、まだ駐機場には多くのP-40がいたが、それらに向いパラオ航空隊の九九艦爆や九七艦攻が、陸用爆弾で攻撃を続行した。

うち漏らした機体も、零戦による機銃掃射によりことごとく破壊された。

およそ20分間にわたり深海棲艦仮設航空基地上空を蹂躙した日本海軍の攻撃隊が過ぎ去った後、仮設基地では、動く物は何一つなく、時折聞こえる爆発音、そして遠くへ過ぎ去ろうとする日本海軍機の羽音だけが木霊していた。

 

 




皆様 こんにちは スカルルーキーです
「分岐点 こんごうの物語」第57話です

え〜
ごめんなさい、思いっきり予告詐欺やらかしました。
三笠の艦隊戦の予定が、文章が出来上がったら何故かB-25迎撃戦になっていた。
正確にいうと、B-25迎撃戦だけで、この文量になってしまって、三笠戦まで書くと、とんでもない事になりそうなので、一旦投稿します。
三笠艦隊戦を期待されていた皆様、ごめんなさい

いつも思うのですが、本業でちゃんとした小説を書いている作家の方って、尊敬します。
自分で書いて見て、創作する事の難しさを実感してます

次回は、・・・

では


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