分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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55 マーシャル諸島解放作戦 第一次海戦(3)

朝日は水平線高く昇り、波静かな海原の中、白波を立てながら進む5隻の戦船。

先頭を行くは防空駆逐艦 秋月、そしてその後方、輪形陣の中心には旗艦 瑞鳳。

瑞鳳の右舷後方には駆逐艦 長波、左舷後方には 陽炎が陣取っている。

そして、瑞鳳達から少し離れた後方に護衛艦 きりしまが追従していた。

 

 

    □秋月

 

    □瑞鳳

 

 □陽炎   □長波

 

    □護衛艦 きりしま

 

秋月を頂点に 瑞鳳を三角形で囲うような配置だ。

瑞鳳の側面ががら空きであるが、これは、瑞鳳の両舷に 長波達がついてしまうと 瑞鳳の対空射撃の射線を塞ぐ恐れがあった事などから、陽炎達を少し後方へずらした配置を取ることにしたのだ。

 

その輪形陣の中央に位置する 瑞鳳の艦橋は緊張に包まれていた。

「提督! いずも戦闘指揮所より通達です。敵ヌ級艦載機群発艦中!」

瑞鳳の気合の入った声が艦橋に響いた。

「さあ、始めるか」と提督は言うと、静かに司令官席に座ったまま、

「対空戦闘準備せよ」

「はい!」

艦長席に座る 瑞鳳は元気に答えると、横に立つ瑞鳳副長へ

「合戦準備 対空戦闘!」

「はい」

副長は、

「総員! 合戦準備 対空戦闘!」

艦橋後方に控える水兵妖精が直ぐに艦内マイクを取ると、その横に立つ別の水兵妖精が呼吸を整え、一気にマイクへ向い “対空戦闘用意”の号令ラッパを鳴らした!

艦内に響く、対空戦闘用意の号令ラッパ。

 

「合戦準備! 対空戦闘!!!!」気合のこもった水兵妖精の声が艦内放送で流れる。

瑞鳳は艦長席にある艦内放送のマイクを取ると、

「総員、傾注! 艦長の 瑞鳳です!」

瑞鳳の声に一斉に動きを止める水兵妖精達。

瑞鳳は、

「いずも偵察機より、敵ヌ級が、我が隊を攻撃する為に攻撃隊を発艦させているとの情報を得ました。敵機到達まで、1時間です」

ざわめく艦内。

瑞鳳は大きな声で、

「臆する事はありません! 瑞鳳達は、今日の為に教練を重ね、そして研究してきました! 今こそ、その成果を見せる時です! エンガノ岬の借りは此処で返します! 総員奮戦努力せよ! 以上!」

そうしっかり締めくくった。

「おおおお!!!」

艦内から一斉に返事が返った。

パラオ泊地提督は指揮官席に座りながら、静かに

「勝ったな」と呟いた。

瑞鳳の舷側にある対空機銃座では、各銃座毎に対空機銃員が集まり、各班長の指示を待っていた。

その中でも以前艦首12.7センチ高角砲が装備されていた銃座は、異様な雰囲気に包まれていた。

居並ぶ対空機銃員を前に班長は、

「野郎ども! 遂にこの新型対空機関砲のお披露目だ!」

「おう!」と答える対空機銃妖精達。

「秋月の白い奴よりは少し劣るが、こいつの性能は先のパラオ防空戦で 鈴谷を襲った敵機を粉々にした事で実証済みだ。いいか! この 瑞鳳に近づく不届き者は全て叩き落とす!」

「おう!」と拳を上げて答える機銃妖精達。

「よし! 準備にかかれ!」

「おう」と威勢のいい返事をすると一斉に機銃妖精達は振り返って、グレーの防水シートに包まれた機銃へと向かった。

シートを手分けして剥ぎ取ると、そこには漆黒の20mm砲身を6門束ねた20mmバルカン砲が現れた。

「頼むぞ! VADS!」 機銃班班長はそう言いながら、20mmの砲身を撫でた。

 

艦娘瑞鳳は いずもから、向こうの次元の自分の最後の瞬間の話を聞かされていた。

資料にある被弾し燃え上がる自分の艦の姿を見ながら泣いていたが、鳳翔から

「瑞鳳ちゃん、この姿をよく覚えておきなさい。これは向こうの貴方が、此方の貴方へ宛てた貴重な教訓です」

そう言うと、

「今の貴方に何ができるか、よく考えなさい」と諭された。

それから瑞鳳は、資料を読み漁った。

何が自分に不足していたのか、そして出来る事はないのか。

エンガノ岬で囮部隊として艦載機の支援を全く受けられず、敵の航空攻撃を一身に受け果てたもう一人の自分に報いる為、考え抜いた。

そして出た答えが、「防空力の強化」だった。

瑞鳳は直ぐに行動に出た。

最初は自衛隊司令に頼みこんで、携SAMを増設した。

しかし、それでは雲霞のごとく襲い来る敵航空機群には限界がある。

そこで あかしの元へ行き、秋月と同じCIWSを搭載してくれと頼み込んだが、あかしの答えは

「瑞鳳さん、CIWSより操作が簡単な機関砲があるで」

という事で、あかしが基地防空用に製作したVADSを転用する事となった。

VADSは元々あった12.7センチ高角砲に比べれば射程は10分1程度の1200m前後であるが、それでも敵雷撃を牽制、撃破するには十分な射程である。

当初、12.7センチ高角砲に 陽炎達が装備している“近接信管付き散弾砲弾”という組み合わせも検討されていたが、艦攻隊を使った模擬戦では、高速で飛来する九七艦攻に12.7センチ高角砲が追従出来ないという事態が露呈した。

そこで、遠距離の迎撃は両翼を守る駆逐艦が担当し、直近まで近づいた敵機はVADSと25mm機銃群で対応する。

ちなみに後部の12.7cm砲も撤去され、ここには携SAM隊が陣取っていた。

事実上、手動のSeaRAM隊であった。

敵機襲来に備えるパラオ艦隊。

そのパラオ艦隊の後方、やや離れた位置に陣取る護衛艦 きりしま。

艦長の きりしまは、自艦のCICの艦長席に陣取って前方の大型戦況表示モニタ―を睨んでいた。

「パラオ艦隊旗艦、瑞鳳より入電。各艦へ防空戦闘準備下命。防空指揮、秋月へ委譲されました」

通信員がインカム越しに報告を上げた。

それと同時に、やや広めの防空輪形陣を取っていたパラオ艦隊は、艦隊間隔をやや狭め、防御態勢を取りつつあった。

「動きもいいわ。最初の頃のパラオ艦隊とは別の艦隊のようね」

きりしまが眼鏡をかけ直しながら言うと、直ぐ近くの席の砲雷長が、

「まあ 陽炎さんが、長波さんや 秋月さんをしごいていましたから、ようやくその成果が出始めたという所でしょうか?」

すると きりしまは少し身震いしながら、

「いや、あの時は久しぶりに陽炎教官の怒鳴り声を聞いたけど、いつ聞いても身が引き締まるわ」と言いながら、

「まあ、二人とも素質があるから艦娘に選ばれたわけだし、あとはどう育てるかが問題だったという事です。この時代はまだOJT、即ち現任教育制度が確立していないから、経験不足なまま、実戦で失われる子も多かった」

「そうですね。大戦末期の秋月型や夕雲型は、活躍出来ないまま終わった子も多いと聞きます」

「うちの司令の考えとしては、私達が全ての艦娘を教育するのが一番だけど、それではとても非効率です。だから教育できる人材を育てるという事に重きを置いたという事」

きりしまは続けて、

「そう言う意味では、このパラオ艦隊はまさにうってつけの艦隊だった。旗艦 由良さんは秘書艦としても優秀、5500トン級の軽巡の模範となる艦だし、睦月さん、陽炎教官、秋月さんはネームシップ。そして何度も損傷しながら戦い続けた「武勲抜群」と言われた皐月教官もいる。極めつけは空母艦娘の長、鳳翔さん。エンガノ岬の死闘を最後まで戦い抜いた 瑞鳳さんもいる」

「規模は小さくても、そうそうたるメンバーという事ですな」と砲雷長が言うと、

「まあ、多分泊地提督も狙いは同じで、トラック泊地の後方拠点として実戦教育に重きを置いたという事ね」

きりしまは左耳に装備したインカムのチャンネルを替え、

「艦橋、CIC。副長、きりしまです」

「はい、艦橋! 副長です」直ぐに副長から返事があった。

「瑞鳳との間隔を500mに設定して、余り近づきすぎると、向こうの防空戦闘の邪魔になる」

「はい、戦闘開始までに間隔を調整しておきます」

副長は、

「一応念の為に聞きますが、回避行動は」

「我が きりしまには不要です! と言いたいけど、瑞鳳さん達の動きに合せて。操艦指揮は任せる」

「わかりました、現状を見ながら適時回避行動をとります」

きりしまはインカムを切り、再び前方の戦況表示モニタ―を見た。

そこには、敵ヌ級の艦載機群が空中集結を終え南下してくる様子が、上空で監視中のE-2Jにより捉えられていた。

「およそ300kmか。1時間で接敵ね」

砲雷長が、

「数は30機です。まあ、我が艦だけでも何とかなる数ですが」

「それは、なしね」と きりしまは答えると、

「SM-2やSM-6で半数落として、主砲とCIWSを使えば10分でけりが着くけど、それじゃ 瑞鳳さんのレベル上げにはならないわ」

「レベル上げですか、まるでゲームですな」と砲雷長が言うと、

「ヌ級には悪いけど、ほんと周回攻略できるなら4、5周してもらってレベリングしたい所よ」

砲雷長は、

「確認ですが、もし敵機が此方に来た時は、主砲とCIWSで迎撃ですか?」

すると きりしまは眼鏡を光らせ、

「それで十分です! 相手はレシプロ機。訓練標的機より低速です」

「まあ、確かに」

きりしまは手元にあったレーザーポインターをとると、モニタ―上の敵仮設基地を指示しながら、

「SM-2は、B-25対策として取っておきたいの」

「そうですな」と砲雷長。

その時、

「鳳翔戦闘機中隊、10分で艦隊上空へ到達」

航空管制士官の声がCICへ響いた。

「航空迎撃管制は、エクセルで間違いないわね」

「はい、艦長。エクセル13が迎撃管制を行います」航空管制士官はそう答えた。

きりしまは一言、

「さあ、どう出てくるかしら」

そう言いながら、モニタ―を凝視した。

 

発艦後、空中集合を終えた瑞鳳航空隊各機は、後方より合流した鳳翔艦爆隊そして、いずもより派遣された誘導兼救助用のMV-22オスプレイ2機に誘導され、待機地点まで進出。そこで旋回待機しながら攻撃のタイミングを計った。

瑞鳳の零戦隊が周囲を警戒する為に少し高度を取り、攻撃隊を取り囲むように分隊毎に別れ飛行していた。

先頭を行くMV-22Bオスプレイはコンバットレスキュー仕様で、胴体下部へミニガンを装備していた。

また後部カーゴドアにも機銃を装備して、もしもの時に備えていた。

そんな護衛部隊に守られながら飛行する瑞鳳の九七艦攻隊1番機の隊長は、中央の席に座り海図を見ていた。

不意に前方の飛行士から、

「隊長、結構待ちますね」

「ああ。敵の艦載機が発艦し、電探誘導圏内を抜けるまで待機だ」

すると、

「発艦中を狙う手もあったのでは?」

「確かにその手も検討されたみたいだが、今回は、少し向こうの手が早かったみたいだな」

隊長は海図を見ながら、

「どちらにせよ、この待機地点を抜ければ10分もしない内に敵の勢力圏内だ。敵は例の近接信管付きだ! 頭上げると食われるぞ」

「そこは、任せてください! プロペラで水面を切ってみせます!」

飛行士は自信に満ちて答えた。

それもその筈だ。

パラオでの教練では、秋月や きりしまを相手に日々突入訓練を繰り返した。

低空を高速で這うように飛び、プロペラが巻き上げる海水が胴体下面に張り付き、塩となるような訓練を繰り返した。

仮に きりしまの艦橋より高い高度で通過しようものなら、

「このチキン野郎!」と艦攻隊の隊長は怒鳴りまくった!

 

そんな事を思い出していた時、

「各航空隊へ、いずも管制11号。敵航空機群は間もなく敵管制圏内を抜ける。瑞鳳、鳳翔の各隊は、攻撃侵入高度へ移行せよ」

無線で高度変更の指示が来た。

「よし、仕事の時間だ!」と瑞鳳艦攻隊隊長は、いうと飛行士へ

「攻撃隊形へ移行する」

「はい、隊長!」

艦攻隊隊長は無線を取ると、

「瑞鳳艦攻隊、各分隊毎に攻撃隊形へ移行。速やかに侵入高度へ」

「2分隊了解!」

「同じく 3分隊了解!」と次々と返事が来た。

9機の艦攻隊は3機ずつの分隊編成に別れ、隊形を整えた

上空で誘導指揮を執るE-2Jエクセル11より

「九七艦攻隊、いずも管制11号。進路085へ。高度は任意に変更してよし」

「瑞鳳艦攻1番、了解!」

左右に展開する2分隊、3分隊の分隊長機も了解の意味を表すバンクで答えた。

「飛行士、進路085、高度300まで落とせ!」

「はい」

前席で操縦桿を握る飛行士は、操縦桿を右に切り込みながら高度を急速に落とし、機首方位を085へ向けた。

隊長が上をみあげると、鳳翔の九九艦爆隊は、逆に高度を取りながら雲間へ隠れようとしている。

「各攻撃隊へ、いずも管制11号。 只今より敵艦隊へ向け電波妨害を開始する。多少無線が聞きづらいが我慢してくれ」

すると艦攻隊隊長は、

「よろしく!」と返事をすると、同じく鳳翔の九九艦爆隊も

「これでも十分聞こえるぞ!」と返事をしてきた。

直後、少し無線に雑音が入ったが、以前の無線機に比べれば可愛いものだ。

以前は無線と言えば故障しているのが当たりまえの状況で、手信号や信号弾で意思を伝えていた。

ただ突撃前の“体形作れ”の白信号弾は、敵の注意を引く。できれば奇襲したい。

そういう意味でも、あかしが改修した無線機は効果絶大であった。

艦攻隊隊長は周囲を見回す。

第2分隊、第3分隊ともに傘型隊形を作りやや間隔を広げつつあった。

発艦前の打ち合わせでは、我々艦攻隊は敵の後方へ回り込み、敵ヌ級に対し右舷への集中攻撃を行う。

上空で警戒する いずもの管制機が、時折進路の修正指示を出してきた。

それに従い進路を修正する飛行士妖精達。

「艦攻隊各機へ、進路そのままヨーソロー! 敵艦隊まで距離30km!」

上空から誘導するE-2Jより指示が来た。

「艦攻1号より各機。突撃高度へ! 各機 続け!!」

隊長が無線でそう叫ぶと、前席の操縦士妖精は操縦桿をぐいと前へ押し込み、一気に高度を50m以下へ下げた。

「この先に敵の空母がいる!」

隊長は前方の水平線を睨み そう叫んだ。

 

その頃、ヌ級の艦橋では艦隊間無線に突然ノイズが入り始め、各艦との通信に支障をきたし始めていた。

「艦隊間通信は不通のままか!」

ヌ級艦隊司令がきくと、受話器を握った副長は、

「だめです、ノイズが入って通話できません!」

副長は、

「ヘ級からレーダー不調と連絡が入った後、全ての通信がアウトです」

ヌ級艦隊司令は唸りながら

「うむ、これでは上空直掩機の誘導もできんではないか」

「はい。攻撃隊は予定通り敵艦隊の予想地点へ向いましたが、此方の守りは直掩の6機だけです」

「まあ、元々直掩が手薄なのは致し方ない。その分攻撃隊は、敵を奇襲できる」

「はい、司令。我々は敵航空機の接敵を受けておりませんので、敵は此方を補足できていないと思われます。しかし我々はカ610号により敵空母の位置を掴んでおります」

副長はそう答えると、

「この電波障害は、自然現象と考えます」

「例の太陽の動きに関係する奴か?」

「はい。詳しい事は不明ですが、時折この様な広域の電波障害が起こる事が知られております」

ヌ級司令は渋い顔をしながら、

「仕方ない、暫く警戒を厳にしろ」

「はい、司令」

副長はそう答えると、

「通信! 各艦へ通達、対空警戒」

「はい」通信手は副長の指示を聞くと、直ぐに信号手の元へ走った。

 

ヌ級司令は席に着きながら、

「通信が使えないとなると、攻撃隊との連絡に支障をきたす。原因を調べて早急に対処しろ」

「はい」と答える副長。

「帰路の誘導電波が出せなければ、進路はこのままを維持して、推測航法で帰投させるしか方法はありません」

ヌ級司令は、

「折角、敵艦隊を襲った攻撃隊が洋上で迷子になったとあっては、笑い者だぞ」と余裕を見せていたが、その表情を凍らせる事態が起こった!

 

「敵機! 7時方向!」

艦橋横の左舷見張り員が大声で叫んだ!

 

「なに! 敵機だと!」

副長が慌てながら艦橋を飛び出した!

直後、輪形陣前方を航行する軽巡ヘ級から、信号弾「敵機来襲」が打ちあがった!

ヌ級も慌てながら席を立ち、左舷の見張り所へ飛び出した。

後方7時方向をみると、すでにいくつかの黒い筋が空中を舞っていた。

双眼鏡を持ち上げ、その方向を見た。

「くそ、ジークか!」

味方のワイルドキャット1機が、ジーク(零戦)の3機編隊に追われているのが分かる。

「他の直掩機を掩護に向わせろ!!」

ヌ級司令は叫んだが、

「ダメです。通信が使えません!」

艦橋の中から大声で返事があった。

「くそ、これではせっかくのレーダー管制も役に立たんではないか!」

そう言う内に、追われていたF4Fは零戦の攻撃を受け、次々と黒煙を上げ落ちていった。

ある機体は火を噴きながら螺旋状に回転しながら、海面へと落ちる。

また別の機体は零戦の機銃掃射を受け、上空で爆散していた。

元々、12機しかいないF4F。

今回は無理して甲板上に露天係留することで18機を搭載し、攻撃隊の掩護に12機、

残り6機を直掩として残したが、相手はその倍以上の零戦だ。

「各艦! 対空戦闘用意!」

ヌ級は叫んだが、副官が

「レーダーが使えません! 防空指揮できません!!」

「構わん! 敵機を近づけさせるな!!」

艦内に対空戦闘用意の号令が掛かり、警報ブザーがけたたましく鳴り響いた!

零戦が舞う地点までの距離、およそ15km前後。

前方を航行するヘ級や周囲を航行する駆逐艦ロ級、そしてハ級から主砲による対空射撃が開始された。

しかし、零戦隊の動きが早く追従できない。

零戦は此方の射撃をあざ笑うかの如く、射程ギリギリの空域を飛んでいる。

左舷側の対空機関砲が、上空の零戦へ向け照準を定めた。

ヘ級や他の駆逐艦達も、左舷方向を飛行する零戦隊へ向け機銃攻撃を開始したが、距離があり過ぎて効果がない。

「攻撃隊はまだそんなに遠くへ行っていない。掩護の戦闘機を呼び戻せ!」

ヌ級は叫んだが、

「先程もいいましたが、通信が全てアウトです! 何処とも連絡がつきません!!」

艦橋内部から通信員が大声で答えた!

「くそ! 此れでは戦闘機隊は!」といいながらヌ級は上空を見上げたが、遂に最後の1機のF4Fが火だるまになりながら海面へ向って落下していく姿が見えた。

「直掩戦闘機隊、殲滅されました!」見張り員の声が艦橋に響く!

「くっ!」唸るヌ級司令。

「敵機が来るぞ、左舷対空弾幕形成急げ!!!」

前方を航行する軽巡ヘ級の6inch連装速射砲や駆逐艦の5inch連装砲が唸りを上げて、遥か上空に群がる零戦へ向け、弾幕形成を行っていた。

上空にポンポンと黒い点が出来る。

「届いていない!!」ヌ級は双眼鏡越しに上空を見上げた。

空中戦を終えた零戦が隊列を組み直すのが見て取れる。

「突入の機会をうかがっています!」

副長が横から声を掛けた。

「ふん、来るなら来るがいい。数は少ないがこちらには新型の対空砲弾、“マジックヒューズ”がある」

ヌ級は自信ありげに声を上げた。

深海凄艦は第三国経由で、米国が開発したVT信管を入手していた。

ただ、表では深海凄艦と戦闘状態を装いながら、裏では武器商人を介して武器を輸出していた米国の商社は、国際連盟加盟各国の批判を浴びて取引量が減っていた。

しかしミッドウェイの深海凄艦工廠では、支配地域より入手した資材を元に、これらの兵器のコピーを繰り返していたのだ。

 

此方を攻撃する為に、遥か彼方の上空で集結しつつある零戦。

ヌ級が双眼鏡で覗くと、その後方に独特の脚を持つヴァル(九九艦爆)がチラチラ見える。

「奴ら! 攻撃隊を伴っているぞ!」

ヌ級は唸るように吠えた!

 

ヘ級やロ級達の主砲弾幕形成が功を奏したのか、中々零戦や艦爆が此方へ近づいてこない。

「よし、このまま弾幕形成を続けさせろ!」とヌ級は叫ぶと、

「無線機はまだ直らないのか!!」と艦橋へ怒鳴った。

艦橋の中から通信員が、

「ダメです。予備の機材も試しましたが、ノイズが酷く通信不通です」

副長が、

「これでは孤立状態です」

「分かっている。とにかく今は、あの戦闘機隊と艦爆隊を近づけさせるな!」

ヌ級司令が厳しく言い放った。

ヌ級の左舷側にある5inch高角砲も射撃を開始した。

周囲に響く砲撃音。

 

「押し切れるな」

ヌ級がそう感じた時、

 

「右舷 低空! 敵機多数!!!」

右舷見張り員の声が艦橋に響いた。

「何! 右舷だと!」

ヌ級は慌てた!

「しまった!」

知らぬ間にそう叫んでいた。

 

 

「引っ掛かったな!」

高度十数mの低空をまるで這うように進む九七艦攻隊の隊長は、九七艦攻の中席でそう叫んだ。

発艦前の打ち合わせで、敵電探探知圏内に入る前に零戦隊と鳳翔さんの九九艦爆隊は、わざと高度を取り敵艦隊の左方向より接近し、砲火を一時的に上空に集中させる。

同時に電波妨害を実施し、敵の航空管制力を無効化し、敵戦闘機隊を排除。

敵の眼が零戦隊や艦爆隊へ向いている隙に、敵艦隊右舷方向より接近し、雷撃、離脱するというものであった。

艦攻隊の隊長は、遥か彼方上空で開く黒い爆炎を見ながら。

「おお、派手に打ち上げてるな」といい、

「まあ、その分こっちはがら空きだ」

敵艦隊は左舷側を飛ぶ零戦隊に気を取られ、未だ艦攻隊への対空砲撃を開始できていない。

 

敵艦隊右舷後方10km程の距離から少し機体を右へ旋回させ、編隊を敵艦隊の進行方向へと向けた。

すでに目視で敵ヌ級空母を捉えた!

「各機! 攻撃態勢!」

各分隊毎に左斜一線隊形へと、低空で隊形を整えなおした。

ここでふらつくような奴は居ない。

正に月月火水木金金で、日々飛行教練に励んだ結果だ!

「敵空母、目視で確認!」

前席の飛行士妖精が大声で叫んだ!

「雷撃照準、任せる!」隊長が言うと、

「はい! しっかり乗せてみせます!」飛行士妖精が答えた。

九七艦攻の場合、通常爆弾による水平爆撃の照準と投弾は中席の機長が行うが、雷撃の場合は前席の操縦士が進路を決め、魚雷投下位置を言う。

正に飛行士妖精の熟練度が、雷撃成功の鍵であった。

そう今までは・・・。

 

ポン、ポンと機体の周囲に敵艦からの対空砲弾が炸裂し始めたが、全て此方の前方で起爆し、機体を多少揺らす程度だった。

「よし! あかしさんの話の通りだ!」

艦攻隊の隊長は叫んだ。

敵深海棲艦の装備する近接信管はまだ初期の物で、その信頼性や精度において自衛隊の使用する物とは桁違いに精度が悪く、誤作動しやすい。

とはいえ今の自分達には脅威である事には変わりなかった。

対処の方法について悩む飛行士妖精へ あかしは、

「まあ、対処する方法としては、超低空を飛ぶ事」と答えた。

VT信管は、要は小型の電波発信機と受信機がセットになった信管であるが、当時の精度では、海面ギリギリではVT信管の発信した電波が海面で乱反射して、誤爆する事があった。

艦攻隊の飛行士妖精達はそこを突いた。

「奴らが近接信管を信じているなら、俺達の生き残る道はこれだ!」

そう言うと、日々低空飛行訓練を重ねた。

プロペラが巻上げる塩水が主翼に塩となって固まるまで、低空を飛び敵の対空砲弾を躱す術を会得した。

無論、これには自衛隊の きりしまや 秋月が仮想敵役をかって出た。

きりしまや 秋月もただ目標になるだけではなく、特に 秋月は自身の対空経験値を上げる為に積極的に空砲で対空射撃を行い、日々訓練をこなした。

その成果か今艦攻隊は高度10m前後という超低空を、這うようにヌ級へ近づいていた。

しかし、次第に艦攻隊への対空射撃が厳しくなり始めた頃、

 

「奴ら、慌てて艦攻隊へ砲撃を始めたな。今度はこっちが御留守だ!」

敵直掩戦闘機隊を排除し制空権を確保した零戦隊、

敵艦隊上空で囮として飛んでいた瑞鳳零戦隊の隊長はそういうと、無線で

「瑞鳳零戦隊、各分隊! 各個に牽制攻撃はじめ!!」

零戦隊隊長はスロットレバーを押しこみ機体を加速させると、敵艦隊の先頭を行くヘ級軽巡へ向け右ロールを打ち一気に降下して行った。

それに続く2番機達!

零戦隊隊長は、右ロールを打ちながらスロットレバーに付属する機銃選択ノブを操作し、20mmと7.7mm同時発射を選択した。

ほぼ、敵ヘ級軽巡の真上から急降下しながら、九八式射爆照準器にヘ級軽巡を捉えた。

進入降下角30度!

敵対空機銃掃射を避ける為、キツイ右旋回降下をしながらヘ級へと突進していく。真下にヌ級へ向け進路を取る艦攻部隊が見えた。

「くっ!!」

機体と体にかかる荷重に耐えながら、照準器を睨む!

ヘ級へ肉薄する事数百メートル。

「今だ!」

スロットレバーに付属する発射レバーを握った!

機首の7.7mm機銃、そして主翼に装備された2門の20mm機銃が唸りを上げた!

真っ直ぐ、ヘ級の対空機銃座へと銃弾が降り注いでいく。

零戦隊隊長は数秒の間、必死の形相で発射レバーを握り、素早くレバーを放すと、直ぐに機体を上昇右旋回へといれ、一気に高度を稼ぎながら上空へと離脱する。

体にかかる荷重に耐えながら後方を見ると、2番機、そして3番機も機銃掃射を終え、離脱経路に入った。

周囲を見れば、他の分隊が駆逐ロ級やハ級へ機銃掃射を加え、艦攻隊の突入経路を確保していた。

「よし、もう一撃できる!」

隊長は、長年の経験から残弾がまだあると確信し、次の攻撃の為に再び上空へと舞い上がっていった。

 

「助かる!」

上空で対空砲の囮になっていた零戦隊が、こちらの突入に合せて上空から機銃掃射を仕掛けてくれている。

これで此方への敵対空射撃が軽減される。

超低空飛行を続ける艦攻隊。

敵ヌ級空母右舷後方へと迫っていた。

“ゴン!”

時折機体に機銃弾が当たり不気味な音を立てていたが、まだ飛行には問題ない。

「空母まで! 2000!!」

飛行士妖精が叫ぶ!

「もう少しだ! 粘れ!!!」

艦攻隊隊長の叱咤が飛んだ

「後続は!!」

「はい、ついて来ています!!」後席員が叫んだ!

ドン!

機体の近くで対空砲が炸裂、大きく機体が揺れ出した。

「頼む! あと少し!」

隊長は、そう心の奥底で叫んだ!

日本海軍の使う91式航空魚雷は、空中投下型の魚雷としては破壊力もあり優秀であるが、射程が短い。

距離2000m未満、高度は30m前後での投弾となる。

出来るだけ相手に接近し、投弾したい。

そうすれば相手は回避する事も難しい上に、此方の雷撃照準精度も上がる。

「1500! 投弾よう~い!!」

前席の飛行士妖精の声が操縦席に響いた。

中席に座る隊長が、投下索を握った。

「用意、良し!」

飛行士妖精は前方に大きく横たわるヌ級を睨み、

「てっ!」

その声を聞いた瞬間、艦攻隊隊長は投下索を引いた!

「て~!」

 

機体に魚雷を拘束していたワイヤーバンドが解放され、魚雷が機体から離れていく。

それと同時に魚雷内部のジャイロが起動し、魚雷の空中姿勢を安定させた。

海面へ向け、高速で突っ込む91式航空魚雷!

海面へ突入した瞬間、その衝撃で空中姿勢を安定させる木製の空中安定尾翼が粉々に吹き飛び、本来の91式航空魚雷の安定板が機能し始める。

機関部が起動し2重反転スクリューが高速回転をはじめた。

速力43ノットを誇る91航空魚雷が目を覚まし、前方を進むヌ級へ向け猛進を始めた。

 

次々と91式航空魚雷を投弾した瑞鳳艦攻隊には、最後の難関が待ち構えていた。

「よし、ずらかるぞ」

「はい、隊長。切り抜けて見せます!」飛行士妖精はそう答えると、高度を保ったまま、ヌ級の右艦首方向へと進路をとった。

周囲をかすめる対空機銃が激しさを増した。

「南無三!」と隊長は唸る。

敵の艦艇の対空機銃は、40mmや20mm機銃だ!

我々の対空機銃に比べ威力もあり、弾幕もきつい。

艦攻隊はどうしても敵艦に対して、水平方向の自由度がない。

投弾後も、全速力で真っ直ぐ飛びきるしか逃げ道がない。

その為、投弾後の離脱中に対空機銃に食われる機体もかなりある。

「くそ、対空砲火がキツイ」隊長がそう唸った時、上空にいた零戦隊の数機が一斉に

ヌ級に対して急降下し、機銃掃射を開始した。

慌ててヌ級の対空機関砲が、艦攻隊から急降下する零戦へと砲火を切り替えたが、動きが早く追随できない!

「零戦隊が掩護してくれている! 今だ! 急げ!!!」

艦攻隊隊長が怒鳴った!

一気にヌ級とへ級の合間を縫って、離脱する。

「後続 4番機! 被弾! 帯び引いてます!」

「6番も被弾した模様!」

後席の機銃員が大声で叫んだ!

隊長が振り向くと、第2分隊の2機が被弾し、黒煙を引きながら、ヌ級の艦首すれすれを飛び越えていた。

 

その4番機では

「火は消えたか!!」

機長の声が操縦席に響いた!

「はい! 右翼の火は消えました! しかし、燃料が!!」

必死に機体を安定させようともがく飛行士妖精は 悲痛な声で答えた。

第2分隊の分隊長も務める4番機機長は、右翼を見た。

右翼中央部に大き目の被弾の跡があり、外板がめくれあがっているのが見えた。

そこから大量の燃料が霧の様に流れ出していた。

「母艦までもつか!」機長は前席の飛行士へ聞いたが、

「ダメです! このままだと半分も届きません!」

4番機機長は後席にも聞こえる様に、

「諦めんぞ! 生きて帰って、瑞鳳からご褒美の卵焼きを貰うまで諦めん!」

「ですな!!」前席の飛行士もそう大声で答えた!

“ドン!”

ヌ級の艦首を飛び抜けた直後、周囲に再び対空砲が集まりだした!

真横で炸裂した対空砲の衝撃波によって機体が大きく揺さぶられ、左右に大きく揺れる。

「低く飛べ! 頭を上げるな! このまま安全圏まで飛び続けろ!!」

「帰る! 必ず!」分隊長は、機内でそう叫んだ。

4番機率いる第2分隊は、被弾機を抱えながらヌ級から離れつつあった。

後続の第3分隊の3機は、同じくヌ級の右側面後方から投弾した。

前方を飛ぶ第2分隊の3機へ対空砲火が集中したお蔭で、こちらは無傷で投弾。

直後、各機一斉に機体を左へ捻り込み海面すれすれを飛びながら、ヌ級の艦尾方向へと飛び抜けた。

 

対するヌ級艦内は混乱状態となっていた。

いまだに無線とレーダーはノイズまみれで使い物にならず、真面な対空迎撃指示が出来ない。

各艦バラバラに対空射撃をする為、上空から襲ってくる零戦にきりきり舞いさせられて、未だに撃墜できない。

おまけに上空の零戦に気を取られている内になんと、右舷後方に敵雷撃機9機の侵入を許してしまった。

気が付いた時には既に距離は5000mを切っており、対応が遅れた。

ようやくヘ級達の対空砲や舷側に装備された各種対空機銃が対応し、何とか2機被弾させたが、次々と魚雷を投下されていった。

艦橋でヌ級は慌てる事なく、

「Port!(取舵) 急げ!!」

右舷から襲い来る魚雷を躱す為、進路を左へ切り魚雷を躱そうと動いた。

「これで、躱せる!」

ヌ級は、投弾していく敵機の位置から素早く計算し、魚雷を躱す事が出来ると確信した。

そう、もし艦攻隊が投弾した魚雷が今までの91式航空魚雷なら、殆どを躱す事が出来た筈だ。

ヌ級司令の指示の元、急速に左へ転蛇するヌ級軽空母。

1500m前後で投弾された9本の91航空魚雷は、直進すればその殆どがヌ級の右舷を抜けてしまうコースであったが、不思議な事に魚雷の大多数が左へ転蛇したヌ級に合せ、進路を微妙に変えてきた!

右舷見張り員が悲痛な声で、

「右舷 魚雷来ます!!!!」

ヌ級は艦長席で、

「なに!!!」と驚きの声を上げた。

直後!

“グッオン!”

 

船体をけたたましく爆音が包み、凄まじい振動が艦橋を襲った!

「ぐっ!」

ヌ級は衝撃に耐える為座席のひじ掛けを両手でつかんだが、船底から突き上げるような衝撃に複数回襲われ、遂に座席から放りだされ、体を激しく艦橋の壁面に叩きつけられた。

「ゴホ、ゴホ」と息をしようとするが、襲い来る衝撃で呼吸が出来ない。

直後、右舷に水の壁が複数立ち上がった!

再び艦内を衝撃が襲った。

度重なる衝撃で、艦橋にあった固定されていないものはあちらこちらへと飛び散り、窓のガラスは衝撃で粉々に吹き飛ばされていた。

衝撃がようやく収まり、ほんの一瞬、静寂の時があったが、再び何処からか爆発音がした!

「だっ、誰か動ける者は!!!」

ヌ級は腹の底から声に出した。

「は、はい」

近くで倒れていた副長が起き上がってきた。

「何発受けた!」ヌ級司令がよろめきながら聞くと、

「解りません! 多数被弾した模様です」

「直ぐに損害確認! ダメコンは機関室を死守しろ! 電源が落ちれば対空射撃もままならん」

「はい!」

ようやく他の艦橋要員達も、のそのそと動き出した。

その時、顔を煤で真っ黒にした水兵が駆け込んで来た。

「報告します! 右舷機関室付近、後部機械室付近に多数被弾の模様。浸水始まっています!」

「機関室 やられたのか!」

「はい、損害不明!です!!」

「くそ!!」ヌ級はその場で床を蹴った。

慌てながら右舷見張り所へでたが、先程までその場にいた筈の見張り員がいない。

衝撃で水面へ放り出されたようだ。

黒煙渦巻く右舷側を覗き込むと、船体の右側面から大きな火の手が上がり、モウモウとあちらこちらから黒煙が立ち昇っていた。

「消火急がせろ!」ヌ級は叫びながら、再び艦橋へ戻った。

 

艦橋へ入った瞬間、

“ドン!”と強い衝撃が船体を揺るがした。

「何事!」と衝撃波のした方向を向くと、前方を航行していた軽巡ヘ級の艦尾に数本の水柱が上がっていた。

「ヘ級が被弾したか!!」

ヘ級の艦尾を水柱が覆い尽くした。

息を飲みながら水柱が収まるのを待つ。

そこには、黒煙を上げながら、艦尾をめちゃくちゃに破壊された軽巡ヘ級の姿があった。

艦尾は完全に破壊され、大きな破孔が開き、そこから急速に艦内に海水が流れ込んでいるのが見て取れた。

「まずい、あれでは持たん!」

ヌ級はそう言ったが、既に成すすべなしである。

そう思う間にもヘ級は艦尾から沈み始めた。

へ級は航行不能となり、戦列から離れ始めていた。

 

しかしヌ級も、ヘ級を救助できる余裕のある状態ではなかった。

徐々に右舷方向に船体が傾き始めていた。

「艦、右舷傾斜5度です。傾斜徐々に増えつつあり!」

艦橋に操舵員の叫び声が響く。

「舵はまだ効くな!」

「はい、艦長。辛うじて!」

そこへ、伝令が息を切らせながら走り込んで来た。

「機関室、浸水止まりません! 排水ポンプの半数が雷撃で損傷した模様! 艦の傾斜維持厳しいです」

「くっ!」

ヌ級は、

「とにかく、艦を維持させろ!」

 

黒煙漂う艦橋に再び、対空機銃の音が響き始めた。

「まだ、対空戦闘は続いている! 次は急降下がくるぞ!」

ヌ級は声を張り上げた!

 

そしてそのヌ級の上空では、鳳翔の九九艦爆隊9機が、攻撃機会を伺いながら待機していた。

瑞鳳の九七艦攻隊が次々と魚雷を投弾していくのが上空から確認できる。

「いい射点だ!」

九九艦爆隊の隊長は、機体を傾けながら九七艦攻隊の攻撃を見ていた。

「ん? 数機被弾したか!」

次々とヌ級を飛び越えていく九七艦攻の内2機が黒煙を引いていた。

直ぐに、上空で掩護していた同じ瑞鳳の零戦数機が駆け寄り被弾機を庇う様に飛んでいる。

「火は出てませんね」

後席の機銃員がいうと、

「なんとか安全圏まで行けば、いずもの旦那達が拾ってくれる」

九九艦爆隊の隊長はそう言うと、無線を九七艦攻隊の使う周波数へ切り替えた。

そこには、九七艦攻隊の隊長が必死に被弾した二機を励ましながら、誘導する声が聞こえた。

再び視線をヌ級へ戻した瞬間、最初の水柱がヌ級の右舷後方に立った。

「ようし、一本目!」

直後次々と水柱が立ちあがっていく。

少し遅れて、

“ドン!”という起爆した衝撃波が聞こえて来た。

「何本命中した!」

監視を続ける後席の機銃員へ聞くと、

「5本です!」

続いて、

「進路を外れた2本が、前方のヘ級へ命中しました」

艦爆隊の隊長は、

「行き掛けの駄賃じゃないが、やったな」

ヘ級を見ると、既に艦尾から黒煙を上げていた。

よく見れば、艦尾部分は完全に吹き飛ばされて、既に大破同然であった。

「流石、あかしさんが改良した91式航空魚雷の命中率は凄いな」

「そうですね。瑞鳳隊の腕もいいですが、探知式ってのがいいですね」と機銃員が答えた。

 

そう今回、瑞鳳の九七艦攻隊が使用した91航空魚雷は、自衛隊のあかしの工廠妖精達により試験的に改修された91航空魚雷改二の最新バージョンというべきものであった。

これは、着水して一定距離を直進後、弾頭部分に新しく装備された小型ハイドフォンが周囲にある一番近い音源を探知、その方向へ進路を修正するというものであった。

要は音源の近くへ放り込めば、その音源に向い真っ直ぐ進むという代物であった。

無論、自衛隊の装備する12式短魚雷の様な機動性を持つわけではなく、精々左右10度前後進路修正ができる程度であったが、それでも投弾後に軌道が修正されるという点では画期的であった。

当初、あかし達は九七艦攻隊へ本格的なパッシブ式ホーミング魚雷の搭載を検討していた。

12式を改良する案が有力であったが、大問題があった。

1発当たり大量のナノマテリアルを消費するのである。

これは自衛隊の兵器全般に言える事なのだが、確かにあかしの能力を使えば弾薬のコピーは可能であったが、それにかかるコストが割高であった。

また運用上も慣れ親しんだ91魚雷と性能格差があり過ぎて問題あるとの指摘から、結局現行の91式航空魚雷へ誘導装置を組み込むという方式へと変更された。

これが意外に上手くいった。

91式航空魚雷本体は本土で製造され、安定的にパラオやトラックへ運ばれてくる。

パラオで誘導装置の組み込みだけを行えば、即簡易ホーミング魚雷の完成であった。

要は91式航空魚雷のJDAM化だ。

これなら最小の資源で、効率的な誘導兵器を作れる。

今回、瑞鳳の艦攻隊には数は少ないが、この改良版91式航空魚雷が配備されていた。

後にこの考えは、発射装置はそのままで砲弾の着弾精度を上げるという方針を生み出し、例の近接信管付き対空散弾砲弾などへと発展していったのである。

 

黒煙を上げ、行き足の鈍りだしたヌ級空母を上空から見た九九艦爆隊の隊長は、

「そろそろ、此方も仕事に入るか」というと、無線を切り替え、

「いずも管制11号。鳳翔艦爆1番。攻撃態勢へ移行する」

直ぐに、

「鳳翔艦爆1番、いずも管制11号、了解。周囲に敵性航空機を認めず」

隊長は無線で、

「鳳翔艦爆隊全機、攻撃に移る。各分隊毎に突入隊形作れ!」

「2分隊了解!」

「3分隊、了解!」

直ぐに分隊長機から返事があった。

各分隊毎に傘型飛行隊形で対空砲火の圏外を飛んでいたが、隊長の号令一過、一斉に急降下突入隊形である単縦陣隊形へと変化させた。

急降下爆撃の際の突入方法に、単縦陣で一機づつ突入する方法と単横陣で一斉突入する方法の2通りがある。

移動する艦艇に対して命中率を上げるには、単縦陣で先行する機体の着弾点を見ながら、後続の機体が修正投弾する方が効率がよい。

しかし単縦陣で投弾する場合、侵入経路が同一の為、後続機が対空砲火の餌食になりやすい欠点があった。

逆に単横陣で各個に一斉突入した場合は、対空砲の弾幕は分散するが、投弾位置がバラバラで命中率は芳しくない。

 

鳳翔艦爆隊は大きく左旋回をしながら、黒煙をたなびかせるヌ級の上空へ向う。

敵の対空砲の有効射程圏内に近づいたのか、周囲に対空砲の炸裂炎がチラホラと見えだした。

起爆する度に振動波で機体が小刻みに揺れる。

「鳳翔艦爆1番、瑞鳳零戦1番」

「おう」と鳳翔艦爆隊の隊長が無線で答えると、

「側面牽制に入ります!」

「了解。助かる」

艦爆隊の隊長が下方を見ると、低空を傘型隊形を取りながら、零戦隊が敵ヌ級やロ級へ向け機銃掃射の為突入するのが見て取れた。

既に先頭を行くヘ級は対空戦闘能力を喪失しているのか、沈黙したままだ。

ヌ級を含めて残りの5隻が対空砲を打ち上げてきてはいるが、明らかに統制を欠いていた。

此方の方へ砲火を向けてくる者はまだましで、低空の零戦やら、まったく関係のない方向に撃つ艦、ましてや退避行動に入った艦攻隊を追従する艦もあった。

「奴ら混乱してるな」

そう言うと、

「これで対空火砲は分散し、弾幕も薄くなる!」

 

隊長は再び無線で、

「艦爆隊各機へ、標的はヌ級のみ! 雑魚には目もくれるな!」

「おう!」各機から返事があった。

すると隊長は、

「外した奴は、お艦の晩飯抜きだぞ!」

一斉に、各機主翼を振った。

そう言っている内に、遂にヌ級の上空へと差し掛かった。

後席の機銃員へ、

「準備はいいか!!」

「はい、いつでも!」

隊長は下方に白い航跡と、雷撃被弾し黒煙を引くヌ級を睨み、

「各分隊! 突撃!!」

その瞬間スロットレバーを押しこみ加速すると、一気に操縦桿を左へ切り込み、左方向舵を足で踏み込んだ!

機体が一瞬背面状態になり、左降下旋回に入りほぼ真下にヌ級を捉えた。

隊長や後席の機銃員に鋭く荷重がかかる。

艦爆隊隊長は、必死に荷重に耐えた。

一瞬、目の前が暗くなり頭が貧血の様な感触を受けた瞬間。

脚に圧力がかかり、貧血の症状が和らぐ。

「圧力服、効いてる!!」

隊長は唸った。

パラオでの訓練中、いわいるブラックアウトと呼ばれる急降下に伴う脳内貧血の為、数名の飛行士妖精が危うく失神し墜落しかけた。

今までは原因がよく分からず、単純に生理現象という事で片付けていたが、自衛隊の飛行士妖精からそれが荷重による血流障害であると教えられ、対策として鳳翔隊の飛行士妖精達は全員自衛隊から借用した対Gスーツを下半身に装着していた。

機内に小さなGメーター付きの圧力タンクを追加で装備。

Gメーターが一定値を超えると、圧力タンクからホース越しにGスーツへ圧縮空気が送られ、下半身を圧迫し、脳の貧血状態を防ぐ。

 

隊長は機体を水平に戻し、照準器にヌ級の飛行甲板の前方を捉える。

「よし」

制動版を開き、降下速度を調整した!

日本海軍の急降下爆撃の進入角度は50度だが、ベテランの鳳翔艦爆隊はやや深い60度である。

この角度になると、ほぼ垂直に降下する様なものだ!

高度計の針がクルクルと回りどんどん高度が落ちる。

95式射爆照準器の中心に、ヌ級の飛行甲板の前方を捉えた!

「450!」

後席で高度計を見ていた機銃員が叫ぶ。

「まだまだ!」

唸る隊長。

「400!!」

「もう少し!」

一瞬間を置き、遂に

「350!!」

機銃員の叫び声が前席に届いた!

「いまだ! てっ!」

隊長は250kg航空爆弾を投下した!

 

 

「敵機! 直上!!!」

対空見張り員の叫び声がヌ級の艦橋に響いた!

「回避!!」副長の操艦指示がでるが、雷撃被弾の為、速力が出ない。

必死に舵に執りつく操舵員。

「対空迎撃! 何をしている!!」

ヌ級司令は叱咤するように答えたが、艦橋の後方から

「統制射撃できません! 低空のジークへの対応で手いっぱいです!」

「くそ!!」

ヌ級は悪態をつきながら、艦橋左舷の見張り所へ出た。

直上を見上げると既に数機、急降下爆撃姿勢に入り、真っ直ぐ此方へ向って来ていた!

ヌ級は壁面にある射撃指揮所へ繋がる艦内電話をとり、

「射撃指揮! 上空に急降下だ!! 対空迎撃!!」と大声で怒鳴り散らしたが、射撃指揮所からの応答はなかった。

「通じんではないか!」

ヌ級は、手に持った受話器を壁面に叩きつけた。

 

「敵、投弾!!!」

真横にいた見張り員が大声で叫んだ!

急いで直上を見上げるヌ級司令。

そこには、ほぼ頭上で爆弾を切離し離脱する九九艦爆と、艦爆から投下された250kg航空爆弾が真っ直ぐ此方へ落下してくるのが見えた!

「避けろ!!!!」

誰かが大声で叫ぶ。

咄嗟にヌ級司令は、見張り所の防護壁の影に身を隠した。

ほんの数秒、

しかし、長い数秒の後、

 

“ドン!!!”という小さい衝撃の後、凄まじい振動と爆音がヌ級司令を襲った。

「ぐわ!!」

耳を押さえ身を低くしていたとは言え、防護壁越しにもろに爆圧を受けた。

壁面に体ごと叩きつけられた。

ヌ級司令はよろめきながら、

「そ、損害・・・」と声に出そうとしたが、次の航空爆弾が同じく甲板中央、艦橋真横へ着弾した。

もう言葉に出来ないような爆音と衝撃がヌ級を襲った。

船体が数メートルは跳ねあがったのではないかと錯覚するほどの衝撃だ!

よろめいた瞬間、壁面に頭を強く打ちつけ、額が切れたのか血が顔面を覆い始めた。

手で顔面を拭うと、真っ赤な血が手に付く。

「くそ!」再び大声で悪態を言い放った。

そして、

「我々は、攻めていたのではないか!」

「奴らはいつ我々の位置を知った」そう叫んだ。

しかし、ヌ級司令の声はそれ以上響かなかった。

3発目の着弾は艦橋を直撃した。

着弾直後、艦橋内部から凄まじい閃光が上がり、轟音を立てて完全に破壊された。

この瞬間、ヌ級軽空母は完全に空母としての機能を喪失し、辛うじて海に浮かぶ鉄の箱と成り下がった。

その鋼鉄の箱に向け、残りの艦爆も次々と投弾していく。

既に組織的な対空迎撃はなく、次々と甲板上へ着弾する日本海軍の航空爆弾。

 

上空では投弾を終えた九九艦爆隊が集合し、対空砲の圏外へ抜けようとしていた。

隊長は後席の機銃員に、

「全機きてるか?」と問いただすと、

「はい、全機います! 被弾機なし!」

と元気な声が返ってきた。

「何発当たった」

すると、

「多分、全弾当たったと思います」

後席の機銃員は自信なさそうに答えた。

「多分?」隊長が怪訝な声で聞くと、

「はい、4発目までは数えたのですが、その後は黒煙が酷く確認できません」

すると隊長は、

「まあ、戦果報告は後で彼奴に聞くか?」と頭上を指さした。

「そうですね」と機銃員も答える。

隊長が指さした上空8000mでは、いずもより飛来したMQ-9リーパーが攻撃の様子を逐一、E-2Jを経由して護衛艦いずもへ送信していた。

その時。

 

“ド~ン”

一段と大きな音と振動が、艦爆隊まで届いた。

隊長が音のする方向を見るとそこには、この位置からでもはっきりと分かる遥か上空まで届く黒煙を立ち昇らせ、船体を右に大きく傾斜させ転覆寸前の敵ヌ級軽空母の姿が見てとれた。

そしてその後方では、艦攻隊により艦尾を吹き飛ばされたヘ級軽巡が、艦首を残しほぼ沈没している。

周囲には残された駆逐艦ロ級2隻、同じくハ級2隻が、負傷者救助の為周囲をグルグルと周回していた。

すでに、遠ざかる此方へ向け発砲する艦は無かった。

後席の機銃員が、

「戦果、軽空母1、軽巡1撃沈って事ですかね」

すると九九艦爆隊の隊長は、

「まあ、そうだな。これでこの海域の制空権は事実上、我々が握った」

そう言うと、

「あとは瑞鳳が上手くやれば、第1段階の達成だ」

機銃員は周囲を警戒しながら、

「瑞鳳大丈夫ですかね」

艦爆隊の隊長は、

「心配いらん。秋月達がいる、それにお艦が、頭を守る」

そう言うと、

「きりしまさん、お艦をお願いします」そう呟いた。

 

戦場はもう一隻の軽空母へと移っていった。

 




こんにちは スカルルーキーです

「分岐点 こんごうの物語」 第55話をお送りいたします

前回も書きましたが、55話は元は54話の後半部分でしたので、これで一話分です

さて、今回のお話で、きりしまの艦橋より高く飛んだ奴を「チキン野郎!」と艦攻隊の隊長が罵ったと言っていましたが、これは実話です。
ただ 機体が97艦攻ではなく、三菱F-1ですけど

元F-1パイロットの方から聞いたのですが、
ASM-1が実戦配備される前、空自の対艦攻撃の主力兵器は、なんとロケット弾!
白いロケット弾ポッドを抱えて、海自の護衛艦相手に対艦攻撃攻撃訓練を繰り返す日々
射程の短いロケット弾
とにかく肉薄しなと有効弾にならない。
低空を這うように飛んで、護衛艦に模擬攻撃を仕掛けたそうで、その時護衛艦の艦橋より高く飛んだ奴は「チキン!」と呼ばれたそうです
恐ろし! だって時速800km近い速度で 高度30mですよ!
あの当時はまだ低空飛行用のオートパイロットも未装備だったはず!
ちなみに 同じ事を F-104でもやっていたそうです。
訓練を見た米軍の士官が「カミカゼ」といった気持ちがわかります

次回は
「弾幕よ! 弾幕!!!」です





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