分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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ここに、陸海軍の両雄が共に、手を合わせて、次なる時代の第一歩となる歩みを、進み始めた。
それは、始めは小さく、後に大きな歩みとなる一歩であった。



54 マーシャル諸島解放作戦 第一次海戦(2)

トラック泊地では、聯合艦隊の山本長官と山下陸軍中将が作戦の合同指揮所を開設すると決めたその日の内に、海軍トラック泊地の夏島の海軍司令部内に簡易合同指揮所が設置された。

この合同指揮所は夏島にある海軍司令部の一角。奥の会議室をあてがわれたが、今までの指揮所とは 雰囲気がだいぶ違った。

まず、海軍の司令部自体の警戒が以前に比べ厳重になった。

今まで、海軍軍人や関係者なら安易に入る事が出来た司令部は、外に小銃を持つ歩哨が立ち、周囲の警戒も厳しくなった。

門できちんと身分証を提示しないと、海軍軍人といえど司令部内に入れない。

そして今までない事であったが、立ち入り出来る区画の制限が加えられた。

一般事務員が入れる区画、その上の幹部級が入れる区画、そして最後はこの合同指揮所のある最重要区画である。

当日の夕刻、大急ぎで集められた陸海の作戦参謀を前にして、

聯合艦隊司令長官の山本、陸軍上陸部隊を指揮する山下中将は表情を厳しくしていた。

山下中将は、目の前に整列する陸海軍の作戦要員を前に席を立つと、静かに

「諸君、急な招集、ご苦労である」と第一声を発した。

一斉に注目する作戦参謀達。

山下は居並ぶ陸海軍の作戦参謀達を見ながら、

「今回、我が陸軍マーシャル諸島上陸部隊は、海軍のご協力の下、共同で作戦を実施する事になった」

深く頷く参謀達。

予め海軍は黒島作戦参謀から、陸軍は山下中将の副官より大和内での軍議の話が伝達されており、異議を唱える者などいない。

山下陸軍中将は居並ぶ参謀達を前に声を上げて、

「まあ、中には“海主陸従”などと言う輩もいるが、陸軍参謀諸君は心してもらいたい。太平洋での戦いは、海の戦いである。制海空権を確立できなければ、我々陸軍は1mmたりとも動く事はできん!」

「はい!」一斉に返事をする陸軍の参謀達。

 

入れ替わりに山本が立つと、居並ぶ作戦参謀を見ながら、

「我が帝国陸海軍の作戦目的はこのマーシャル諸島の制海権、制空権を確保し、首都マジュロを深海棲艦の支配下より奪還、同地域における統治権を回復する事である」

すると後方にいた一人の海軍作戦参謀が手を上げ、起立し

「よろしいでしょうか?」と山本を見た。

「うん、構わん」

「はい、我が海軍の当初の作戦目的には、同地域における深海凄艦の殲滅は、作戦完遂の重要目標ではないという事で伝達を受けておりますが、その方針は変わりありませんか?」

若い作戦参謀が山本へ聞くと、山本は

「その方針に変わりはない」とはっきりと答えた。

一部の陸軍参謀がざわめいたが、山下陸軍中将が鋭い眼で睨むと静かになった。

おずおずと別の陸軍の作戦参謀が手を上げ、

「山下閣下、海軍の方針は山本長官よりお聞きしましたが、陸軍としては」と言葉を切ると山下は、

「陸軍としては、上陸占領、統治権の回復を最優先として、不用意な殲滅作戦は行なわない」と此方もきっちりと答えた。

するとその陸軍参謀は、

「大本営の意向として同地域における深海凄艦を殲滅し、ひいてはナウル、ツバル方面へ進出せよとの意向を受けておりますが?」

今度は海軍側の作戦士官がざわめいた。

山本がそっと手で制する。

山下中将は、

「確かに大本営参謀本部よりその旨の通達を受けたが、正式な命令書には、マーシャル諸島の統治権の回復という部分しか記載がない。当方が確認した所、陛下よりご下命あったのは、あくまでもマーシャルの統治権の回復であり、深海凄艦を追って南下の御裁可は下りておらん」

すると陸軍の作戦参謀は、

「では、参謀本部の意向は?」

山下中将はきっぱりと、

「無視して良い!」と言い切った。

ざわめく陸軍士官。

山下は居並ぶ陸軍の作戦参謀を見て、

「陛下よりご下命あったのは、このマーシャル諸島の統治権の回復並びにマジュロに取り残されている現地島民及び守備隊の救出である。それを拡大解釈し、フィジー諸島方面までの統治権の確立と見るのは無理がある。幾ら大本営陸海軍部に統帥権遂行の権限があるとはいえ、それはあくまで陛下の大権である統帥権の行使を代行しているに過ぎない」

山下は一呼吸おいて、

「我々は、支那大陸での愚策をこの太平洋で繰り返す訳にはいかん」と強く言葉に出した。

頷く陸海軍の参謀達。

山下は、そう言うと静かに席についた。

山本が、

「黒島作戦参謀!」

「はい」

素早い動きで起立すると、

「では、海軍の実施するマーシャル諸島海域解放作戦、通称マ号作戦についてご説明します」

黒島の声と同時に、背後に控えていた海軍の司令部付きの水兵妖精達が一斉に前に出て、前方の黒板に大型の海図を張り出した。

黒島は指揮棒を持ちながらゆっくりと前へ進み出ると、マ号作戦の全容について、海図を使い説明を開始した。

説明する黒島海軍作戦参謀を見ながら山下陸軍中将は、

「山本長官。そう言えば、三笠様のお姿が見えませんが?」と、そっと山本へ声を掛けた。

すると山本は、

「うん?」と言いながら

「三笠なら、ちょっと散歩に行くらしい」

「散歩ですか?」

「ああ。駆逐艦を率いて、敵の重巡に挨拶してくるらしい」と平然と山本は答えた。

「えっ」と驚く山下。

山本は、

(程々に頼むぞ、三笠)

そう思うのであった。

 

 

その頃戦艦大和の士官室には、三笠と宇垣、その背後には大和が控えていた。

そして、招集された駆逐艦白露、時雨、五月雨、涼風、

軽巡五十鈴、

更には金剛に榛名に比叡と霧島がいた。

 

因みに五十鈴達が呼びだされる前に、扶桑と山城が呼び出されていた。

急な呼び出し、おまけに“大和へ来い”という事で慌てて駆け込んだ扶桑達であった。

扶桑の慌てぶりに、第一艦隊司令の高須も心配してついてきた。

居並ぶ扶桑と山城を睨み、三笠は一言

「呼ばれた理由は分かっておるな」

扶桑は

「はい、山城の事ですか」

すると三笠は、意地悪い眼をしながら

「何の事かの」ととぼけて見せた。

要は、ここへ慌てて来たという事はそれなりに二人に自覚があったという事で、それ以上は追及しなかった。

無論、艦隊司令の高須もいる。

頭越しに叱りつけては、二人には逆効果となる。

“呼び出された”という事で十分であった。

三笠に睨まれ萎縮する山城を見て、三笠は、

「のう、山城。そろそろ錨を上げんと錆がでるのではないか?」

その言葉を聞いて、山城は急に眼を輝かせ、

「しゅ、出撃ですか! 三笠様!」と身を乗り出した。そして

「相手は戦艦ですか! 空母ですか! この山城 必ず撃破してみせます!」と三笠に迫った。

すると三笠は、

「お主達にしか出来ん仕事じゃよ」といい、例の陸軍上陸部隊の掩護の件を伝達した。

確かに出撃は出撃だが、それは海戦ではなく地味な支援作戦と聞いて再びしょげる山城であったが、姉の扶桑は

「山城、これも立派な作戦です。私達がお役に立つのなら頑張りましょう」

「はい、姉さま」と元気なく答える山城。

すると三笠は、

「二人とも、肌は綺麗に磨いておくのじゃぞ」

「はっ?」と不思議そうな顔をする扶桑に山城。

三笠の横に座る宇垣が、

「今回の陸軍の上陸部隊には、多数の新聞記者やニュース映画社が同行する。お前達は海軍の顔として出撃する」

「私達が上陸作戦の顔ですか!」

再び山城が声を上げた。

「そう言うことじゃな。海軍の代表として、しっかりと山下中将殿を護衛し、その威風堂々たる姿を国民へ知らしめるという事だ」

三笠は二人を見ながらそう答えた。

宇垣は、扶桑達の横に並ぶ高須司令へ

「そういう事だ、高須司令。詳細は後で伝達するが、頼めるか?」

「はい、宇垣参謀長。第2戦隊、陸軍護衛の任務、承りました」

作戦自体は地味だが、多数の記者の前で海軍の顔として立ち振る舞うと知り、嬉々として大和を退艦して行った扶桑達と入れ替わりにやって来たのが五十鈴達であった。

 

宇垣は居並ぶ五十鈴達へ向い

「急に呼び出して悪いが、五十鈴。お使いにいってくれ」

「お使い? 遠征ですか?」と五十鈴が聞き返すと、テーブル上の海図を指差して

「白露達と、現在このマーシャル諸島との中間海域で対潜活動を行うパラオ泊地艦隊への支援だ」

すると、白露が

「あの具体的には?」

宇垣が

「既に知っていると思うが、パラオ泊地艦隊が、マーシャル諸島との中間海域で、敵潜水艦部隊の掃討作戦を実施している」

「はい」と頷く五十鈴達

「一昨日より、断続的に敵潜水艦部隊との交戦が続いていて、既に3隻の撃破を確認した」

「おおお」と唸る白露達

「しかし、そう喜んでいられない。瑞鳳が被弾した」

「えっ!」

驚きの表情を漏らす五十鈴

「先程、夏島の司令部に寄りましたが、その様な話は聞いてません。参謀長」

五月雨が、そっと聞くと

「まあな。今の所 大々的な戦果公表は控えている。マ号作戦に実質的に入っている現在、潜水艦掃討作戦とはいえ、海戦があったなんて公表してみろ。われ先にと出撃したがる輩が多いだろ」

「はあ」と答える五月雨

後方で話を聞いていた榛名が

「では、今回の要員は」

「まあ、比較的落ち着きがあって、ここぞという時に元気のある奴らを選んだ」と宇垣は五十鈴達を見回した。

榛名は、

「まあ、確かにそうですね」

五十鈴は、

「被弾は瑞鳳だけですか?」

「ああ、まあ被弾したとはいえ、航行には支障ない。航空機運用もできる」

すると宇垣はテーブル上の海図を指さし

「いまパラオ艦隊は、瑞鳳を中心にこの位置を周回航行しながら、制海空権を確保している」

頷く五十鈴達

宇垣は、

「しかし、敵は瑞鳳被弾を知り、後方にいたヌ級を前進させてきた」

そう言うと、瑞鳳を表す青い駒の前に赤い空母の駒を置いた。

「軽空母ですか!」と五十鈴が言うと、宇垣は、

「この軽空母群については、瑞鳳達で十分対応できる」というと

赤い空母の駒の後方に赤い戦艦の駒を一つ置いた。

「問題は、その後方に、多分重巡を旗艦とする艦隊だと思われるが、動きがある」

「重巡艦隊ですか」と五十鈴が聞くと、

「詳細については、不明だが、元はマジュロを包囲していた重巡艦隊がこの海域まで出てきている」

真剣に海図を見る五十鈴達

三笠は

「五十鈴達には、儂と共にこの重巡艦隊を牽制しつつ、瑞鳳達をポンペイ島まで撤退させる為の支援を行う!」

すると、白露は

「重巡艦隊と一戦ですか!」

三笠は不敵な笑みを浮かべながら、

「白露、重巡艦隊では相手に不足かの?」

「いえ、一番先に、敵艦発見して見せます!」

「期待しておるぞ」と三笠は言うと、

「儂を旗艦として、高速水雷戦隊を編成する。金剛に榛名は、儂に随伴せよ」

「了解ネ」と金剛がいうと、急に

「えええ! 何で榛名なんですか!」と比叡が進み出た。

「砲戦なら、私を!」

すると三笠は、

「比叡、今回は速力重視で行く。お主と霧島には別任務を与える」

「別ですか」と霧島が聞くと

「速吸とヒ14油槽船団の一部をポンペイ島まで前進させる。その護衛を頼む」

そして、宇垣は

「その後、一時的に撤退して来た瑞鳳達を収容し、次の機会を待つ」

「次の機会?」と霧島が聞いたが、一瞬鋭く眼鏡の奥で考え、

「そう言う事ですね。わかりました」と言うと比叡を見ながら

「比叡姉さま、船団護衛も重要な任務です」

「ううう」と唸る比叡

三笠は、

「五十鈴達は、通常の哨戒任務として。金剛達はヒ14油槽船団分隊の護衛という事で出港する」

すると五十鈴が、

「支援自体が秘密ですか? 三笠様」

「まあ、そう言う事じゃの。極力目立たぬように頼むぞ」

「僕は大丈夫です」と時雨

「お任せください」と五月雨

「へへ、涼風の本気見せてやる!」と涼風は拳を鳴らした。

宇垣は、

「では、五十鈴達は、明朝マルロクマルマル時までに抜錨し、トラック泊地の外周部へ集結、三笠様の到着を待って、瑞鳳の撤退支援作戦にあたれ」

「はい。了解しました!!」と元気に返事をする五十鈴達

その後宇垣が、注意点を伝達し、五十鈴達は、大和を退艦して行き、士官室には金剛達が残された。

五十鈴達が退室した士官室内で、三笠は

「では、金剛達にもう一つ作戦を説明する」

すると金剛は

「マロエラップ強襲作戦ですネ!」

比叡達が身を乗り出した

「敵本拠地を叩くのですか!」

「そうじゃ」

宇垣は

「金剛達、第3戦隊はポンペイ島まで進出、その後敵動向に留意しながら、クサイ島で待機。大和達主力部隊が敵ル級主力艦隊を中間海域までおびき出した所で、背後から回り込み、敵飛行場があるマロエラップを艦砲にて攻撃、退路を遮断する」

宇垣は続けて、

「一斉に動き出すと、敵に察知される恐れがある。順次艦隊をポンペイ島に集結させて、行動させる」

すると榛名が、

「あの、自衛隊、こんごうちゃん達は?」

「自衛隊の支援は得られる事になっているが、誰が支援に来てくれるか未定だ」と言いながら

「まあ、誰が来ても、お前達、孫娘の前でドジだけは踏むなよ」

と笑いながら答えた。

すると、金剛は、他の姉妹を見ながら

「そうネ。金剛型の実力、見せてあげるネ!」

「はい、姉さま」と皆一斉に返事をした。

すると宇垣は

「では、金剛達も明朝、出撃とする」

「はい。参謀長!」

一斉に敬礼し、命令を受領した。

その後宇垣は、注意点を伝達した後、金剛達が退室しようとした時

「金剛」とそっと声を掛けた。

「はい。参謀長」

すると、宇垣は、静かに

「速吸とヒ14のタンカーの指揮は、元中佐が執る」

「!」と驚く金剛

「無事にポンペイ島まで戻れ。奴が待っている」

「はい! 金剛頑張るネ!」

そう言いながら元気に大和士官室を出た。

それを見た三笠は、宇垣に向い一言

「上手いの」

苦笑いで、答える宇垣であった。

 

トラック諸島の陽は傾き、夕暮れが近づく頃。

この夏島の繁華街は 賑やかさに包まれていた

マ号作戦を前に、大勢の兵が本土や周辺地域から集結したため、この夏島の繁華街も連日大賑わいであった。

特に今日は陸軍の上陸部隊が到着、休養の為上陸して来た事もあり、普段にも増して大賑わいであった。

そんな喧騒の中、繫華街の外にある小さな小料理屋の座敷では数人の陸軍軍人達が集まり宴を催していた。

上座に座るのは、例の陸軍参謀本部の連絡将校。

そして、トラック島の陸軍守備隊の将校が数名、最後に新聞記者が一人であった

「では、参謀殿はその合同指揮所へは入れなかったのですか?」

そう言いながら東京日報の古参の記者が聞くと、

「ああ」と渋い顔をしながら参謀本部将校は答えた。

記者の差し出した、日本酒の杯を受けながら

「大本営参謀本部の連絡将校として、陸海軍の合同会議で意見を述べたいと山下閣下へ具申したが、参謀本部の意向は既に通達されておりこれ以上の意見は現場指揮権への介入であると断られた」

すると守備隊の将校も

「我々も、直接作戦に関与しない者は会議への参加はできませんでした」

「完全な秘密主義ですか?」と記者が聞くと、

「今、聯合艦隊も上陸部隊も、作戦の概要が外へ漏れる事を非常に警戒している」

と参謀本部将校は答えた。

「しかし、参謀本部の意向に背くとは山下閣下も大胆ですな」と記者が聞くと

「以前から、山下閣下と三笠大将は交流があったと聞く、山下閣下が強気に出るのは、三笠大将の意向であろう」と参謀本部の将校は答えた。

「例の事件ですな」と記者が聞くと

「ああ、あの時、山下閣下は決起した将校を庇う発言をなされ、陛下より不評をかった。本来なら、首謀者へ同調したという事で処罰の対象となる所であったが当時、陛下の御意見役であった三笠大将が、“山下少将達を処罰すれば、陸軍の統制をとる者がいなくなってしまう、状態は今より悪化する事もありうる”と上奏し、陛下は山下閣下達の処罰を保留された」

記者は

「それで、山下閣下はいまだに三笠大将には頭が上がらないという事ですか?」

「そう言うことだ。今回の上陸部隊の指揮も、三笠大将がこのトラックにいるという事で自らかって出たという話だ」

再び参謀本部将校へお酌をしながら記者は、

「しかし、困りましたな。作戦の情報がないとなると、どのように記事にすればよいか」

おちょこに注がれた日本酒を飲みながら、陸軍参謀は

「まあ、そのあたりは追って知れてくる。問題はない」

「こちらも、色々と聞いておりますが、海軍は今回の上陸作戦に空母ではなく戦艦をつけるとか」

「まったく、此方の意向を無視して、戦艦など。それも旧式の艦をつけてくるとは」と陸軍参謀は返した。

記者は、

「ですが、国民向けの絵として最高であります。戦艦を背景にしながら、上陸地点に向う部隊。絵になります」

「ふん、ならいいとするか」

陸軍参謀はそう答えながら、

「我々、大本営参謀本部の目標は、このマーシャル諸島を拠点としてフィジー諸島方面へ進出し、オーストラリアへと繋がる戦線を確立する事。なんとしても成し遂げねば、三国同盟の再交渉にも影響しかねん」

すると新聞記者も、

「そうですな。我が皇国と独逸が歩調を合わせ、世界の新秩序を打ち立てる。まさに明治開闢以来の壮挙となりうえるでしょう」

頷く他の陸軍参謀達。

「マジュロに上陸して、拠点さえ確保できれば、本土より応援を呼び、陣を仕立て、南下する。我々の目指すは、この島々の覇権確保」

陸軍参謀はそう強く唸った。

 

 

 

その頃、トラック島より東へ700km程の海上を、瑞鳳を旗艦として北上するパラオ艦隊では、護衛艦きりしまも合流し、瑞鳳を中心とした防空輪形陣を展開していた。

露払い役は、防空駆逐艦秋月

左右には、陽炎、そして長波

殿には、護衛艦きりしまがやや距離を置いてついていた。

既に陽は傾き、赤い夕陽が水平線上を照らしていた。

「瑞鳳、最終直掩機。着艦にはいります!」

防空駆逐艦 秋月の艦橋に見張り妖精の声が響いた。

艦橋後方の対空レーダー要員が、

「上空直掩機。全て着艦しました」

艦長席に座る秋月は、

「副長、通達。見張り員は対潜警戒を厳として」

「はい」と答える秋月副長

秋月は、艦長席のモニタ―を見ながら

「いずもさんの警戒機が夜間、上空から支援してくれるとは言っても、後方に敵潜水艦が追尾して来ています。不意の雷撃に注意! 各艦との距離、確認して!」

「はい!」と水上レーダー画面を見ていた水兵妖精が各艦との距離を声に上げて読み上げた。

それを聞きながら秋月は、

「副長、明日は朝から対空戦闘になりそうね」

すると副長は

「やはりヌ級は出てきますか?」

「提督や自衛隊の司令はそう考えているみたい。事実ヌ級艦隊は、既にこの仮設基地周辺海域を抜けようとしている」

そう言うと、艦長席の戦術モニターのマップを縮小表示させた。

そこには、パラオ艦隊の右前方500km程先を南下してくるヌ級艦隊が映し出されていた。

ヌ級艦隊の上空1万メートルには、いずもより派遣されたE-2Jが常時監視を継続しており、時折MQ-9リーパーが降下して、敵艦隊を撮影していた。

「まあ、しかしこうやって敵情が分かるというのも、何とも言い難いものがありますな」

副長がそう言うと

「まあ、そうね。呉の艦娘学校で習った艦隊戦の常識は、もはや通じないという事を実感するわ」

秋月は、艦橋前方にいた砲術長へ

「砲術長!」

「はい、艦長」

「今の内に、主砲、対空機銃、特にCIWSの点検、お願い」

すると砲術長は

「既に怠りなく点検済みです」そう言いながら

「皆、張り切ってますよ」

すると、秋月は、

「張り切るのはいいけど、長10cm砲ちゃんの機嫌はどう?」

「はい、問題ありません。あかしさんに提供して頂いたグリスでしっかりと整備してあります!」

頷く秋月

副長が

「どの程度の敵機がくるでしょうか?」

すると秋月は、手元の資料を見ながら

「ヌ級クラスの艦載機の数はおよそ30機。まあ瑞鳳さんとほぼ互角。内訳は不明だけど、いずもさんの偵察機からの資料だと標準的なヌ級艦のようだから戦闘機が12、艦爆と艦攻が9機程度かな」

副長は唸りながら、

「う~、戦爆混合部隊ですか」

秋月は

「いずもさんや提督の情報によると、敵も新型戦闘機の運用を始めたという事だし、確かコルセアとかいう機体だけど、戦闘機として使える上に噴進弾を装備して艦攻としても使える厄介な機体があるそうよ」

「資料で見ましたが、非常に厄介ですな」

すると秋月は、

「まだ、きりしまさん達の装備する誘導弾でないだけ有難いわ。おまけに射程も4km程度と短いから、こちらの主砲とCIWSで十分対応できる。要は焦らず確実に撃破していく事よ」

「そうです」と副長も頷いた。

秋月は、ぐっと右手の拳を握って、

「この秋月型防空駆逐艦 自衛隊の皆さんのお蔭で、さらに強化されました。1機たりとも瑞鳳さんには近づけさせません!」

頷く副長達

その瞬間

 

グゥ~

 

秋月のお腹が盛大に鳴った。

「えっ、と」と真っ赤になる秋月

 

すると、艦橋の入り口から

「そろそろ、鳴る頃だとおもいましたよ」

秋月達が振り向くと、そこには食堂を仕切る糧食班長と班員たちの姿があった。

「夕ご飯です」といい、餅箱を差し出した。

餅箱の中には、大き目の麦飯のおにぎりと沢庵が並んでいた。

糧食班長が、餅箱をチャートデスクの上に置くと、秋月は、

「交代で食事を摂って」と声を掛けた。

副長が

「艦長、どうぞ」

「えっ、いいの?」と秋月が聞くと

「これ以上、お腹が鳴っては、その音で敵潜がよってきます」

「えええ~」

笑いながら、手の空いた艦橋要員からおにぎりを手に取った。

駆逐艦秋月と言えば“麦飯のおにぎり”と言われる程、艦娘達の間では有名である。

その影響か、他の姉妹も、白米のおにぎりより麦飯のおにぎりが出される事が多い

理由は色々とあるが、腹持ちがよく、栄養価が高い。

麦飯というと、“粗食”というイメージがあるが、秋月ではその意味が違った。

ちゃんと理由があった。

海軍では、早くから脚気の予防策として麦飯が定着していた。

脚気は、ビタミン不足の為に足の末梢神経障害を起こし足のしびれやむくみを生ずる病気で、症状が悪化すると死に至る場合もある。

海軍発足当時の明治の頃、白米の食事がようやく一般化して来たが、現代に比べ一食当たりの白米の摂取量が多かった。

要は、山盛りのご飯に、少量の副菜などという食生活であった為、副菜の野菜などから摂取するビタミンが不足、結果、脚気が流行する事になる。

早い時期より、日本海軍は、脚気の原因は白米のデンプン質の過剰摂取なのではと推察し、食生活を見直し食事の洋食化を推進した

麦飯や野菜を煮込んだカレーの導入はそう言う経緯から生まれた物であった。

 

駆逐艦秋月でも例にもれず、麦飯であるが、麦だけだと正直、食感が悪い。

白米より、固く粘りが無い。

そこで、白米を混ぜて炊いて、食味をよくしている

秋月は麦が7に白米が3であるが、照月達は少し違うらしい。

 

とにかく防空駆逐艦娘達は、よく食べる。

対空射撃は気力と体力、そして素早い計算が求められる高度な戦闘である。

まずしっかりと食べておかないといざという時に本領発揮できない。

ヒョロヒョロでは、どうしようもない。

秋月型にまず求められるのは、食べる事であった。

秋月は艦長席を離れ、デスクの前まで来ると、手袋をとり、

両手を合わせて

「いただきます!」と大きな声でいうと、おにぎりを手に取り、大きく口を開けながら、ひとかみ。

特徴的な、大きな瞳を、輝かせながら、

「う~ん」と歓喜の声を上げた。

「美味しいよ! 班長」と糧食班長を見た。

「ありがとうございます」と糧食班長はそう答えながら、缶切りを使い牛缶の蓋を開け、お箸と共に、秋月の前にそっと置いた。

秋月は、手に残ったおにぎりを口へ押し込むと、牛缶を手に取り

「やっぱり、おにぎりにはこれよね」と言いながら、中の牛肉をお箸でとりあげると口へ運んだ。

口の中で溶ける牛肉を堪能しながら、そっと視線はチャートデスクの上の海図を追った。

横に立つ砲術長が、同じくおにぎりをたべながら、

「先程の話ですが、敵の艦載機の編成をどうみますか?」

「ヌ級の階級が分かると助かるけど、無人機の情報だと無印って感じだから、F4FにSBDドーントレスとTBDだと思う。もしかしたら戦闘機はF4Uコルセアの可能性があるわね」

秋月は牛缶を摘まみながら

「前回のパラオ防空戦でも分かっているけど、陽炎さん達の12.7cm連装砲は追従性が悪い。的確に敵艦攻隊の侵入進路を予測して濃密な弾幕形成ができるかが今回の課題」

「そうですね。長10cm砲の散弾砲弾とCIWSが上手く弾幕形成できるかが鍵です」

そう砲術長は答えた。

砲術長は、周囲に聞こえない様に、

「ところで、あかしさんの提案されている第2次改修案ですが」

「ええ、長10cm砲を乗せ換える案ね」

「はい、砲手の中には、親しんだ長10cm砲を手放すことに異を唱える者もおりますが」

すると秋月は、牛缶をテーブルへ置きながら、

「でも、その結果が前回のパラオ防空戦です。弾幕形成に失敗し、敵機の泊地侵入を許しました」

そう言うと秋月は、

「今までの長10cm砲と対空機銃では、今後高速化する航空機への対応はできません。やはりきりしまさん達が装備している単装砲と同系列の主砲、誘導弾を導入すべきです」

秋月は、そっと

「それにあかしさんの話では、長10cm砲を降ろして、成分を分解して再び形成し直して 新型主砲を作るという事です」

「では!」と砲術長というと

「はい、長10cm砲の魂はその新型砲へ受け継がれます」

秋月は、そう答えた。

そして、

「砲手の皆へ伝えて。心残りが無いよう、長10cm砲 最後の御奉公となる海戦。しっかりとその役目を果たすようにと」

「はい! 艦長」

そう砲術長はしっかりと答えた。

秋月は、再び食べかけの牛缶を手に取ると、

「明日の朝は、起床ラッパの前に対空戦闘ラッパが鳴る」

そう呟いた。

 

 

翌朝、まだ陽も昇らぬ頃。

現地時間午前5時

瑞鳳の甲板上には、九七艦攻、そして零戦二一型が所狭しと並べられていた。

機体の周囲には、各機の担当整備妖精が整列し、周囲は投光器で明るく照らされていた。

甲板上には、瑞鳳が、普段は艦内神社の前に備えてある甲板艤装を纏い、長弓をもって立っていた。

横には、パラオ泊地提督が立つ。

そしてその前には各飛行士妖精達が整列して並んでいた。

飛行士妖精達を前にパラオ泊地提督は、一言

「諸君らには、開幕航空戦、一番槍をお願いする!」

「おう!!!」と一斉に返事をする飛行士妖精達

泊地提督は、

「目標は敵ヌ級空母。それに集中せよ!」

「おう!」と再び答える飛行士妖精達

提督は、

「我々の目的は、敵ヌ級を撃破し、敵仮設基地沖合に待機するリ級重巡艦隊をこの海域へおびき出す事である」

頷く飛行士妖精達

「今回、瑞鳳航空隊は全機攻撃とし、艦隊防空は、後続の鳳翔零戦隊が行う。なお上空で鳳翔九九艦爆隊も合流し、戦爆混合部隊とする」

「はい!」

代表して瑞鳳戦闘機中隊長が答えた。

艤装をまとう瑞鳳が一歩前に出て

「いずもさんの無人機の情報によると、敵ヌ級の随行艦は、軽巡ヘ級、駆逐ロ級、ハ級が各々二隻。各艦とも電探装備で、対空機銃も充実しています。艦攻隊は突入時の高度に留意して、下手に高度を上げると近接信管の餌食になります」

「はい、海面すれすれで飛んで見せます!」

九七艦攻隊の隊長が答えた。

「戦闘機隊。敵は間違いなくレーダー管制要撃を行い、早期に攻撃隊を排除にくるでしょう。数で押し切りなさい!」

「はい!」と戦闘機中隊長が答えると、瑞鳳は

「被弾時、帰還困難と判断した場合は、機体の投棄を許可します。皆無事帰って来なさい」

そうしっかりと声に出した。

「はい! 艦長!!」

一斉に答える飛行士妖精達。

瑞鳳は、後を振り向き、パラオ泊地提督を見た。

大きく頷くパラオ泊地提督

瑞鳳は、提督に対して敬礼し、再び飛行士妖精達へ振り向き、大きな声で

「瑞鳳航空隊! 総員搭乗はじめ!!」と号令した。

一斉に瑞鳳に敬礼して、愛機へ駆け出す飛行士妖精達

 

97艦攻隊の隊長は、愛機へ来ると、まず機体を一周して異常がない事を確かめた。

その間に、操縦士妖精と後部機銃手が先に機体に乗り込み、エンジン始動の準備を始めていた。

ふと、機体の下を覗き込んだ時、整備妖精が九一式航空魚雷へ何かしていた。

「おい、どうした?」

隊長が声をかけると、整備妖精は慌てて、何かを隠した。

隊長が、整備妖精の向いにある航空魚雷を見ると、小さな字で、

“見敵必殺”と白いチョークで書いてあった。

その若い整備妖精は、

「申し訳ございません」といい、

「この文字を書くと、爆弾がよく当たると、その、いずもさんの整備妖精に聞いたもので」

艦攻隊隊長は、

「馬鹿者!」と一喝した。

「はい、直ぐに消します!」と整備妖精は慌てたが、艦攻隊隊長は、

「字が小さい!」

「えっ」と驚く整備妖精

すると、艦攻隊隊長は、

「お前、これから俺達はこのでっかいブツをヌ級のどてっぱらにぶち込みに行く! 小さい文字でチマチマ書くな! お前のナニぐらいでっかく書け!」

「はい!!」と元気に返事をしながら、若い整備妖精は、再び魚雷の側面にチョークで、大きく、“見敵必殺”と書き込んだ。

「おうし、これでいい」と満足そうにいう艦攻隊隊長

そして、

「あとは任せておけ!」

すると整備妖精は、

「ご武運を!」といい、魚雷から離れた

艦攻隊隊長は、そっと書かれた文字をなぞりながら

「今日は頼むぞ。九一式航空魚雷改二改」と、ポンと魚雷を叩いた。

そこには、いつも使う九一式航空魚雷よりほんの僅か全長の長い魚雷が機体の下に吊り下げられていた。

 

その間にも、零戦隊、そして艦攻隊の各機は次々とエンジン始動し、発艦前点検を開始していた。

準備の出来た機体から翼端灯が点灯していく。

最後の機体の翼端灯が点灯した。

舷側の発艦指揮所で待機していた、発艦士官が白旗を振った。

“発艦準備完了”の合図だ!

甲板上に、各機の放つエンジンの爆音が響き渡っている

 

瑞鳳は、提督へ一礼し、

「では瑞鳳航空隊、推して参ります」

「うむ、頼む」

瑞鳳は飛行甲板上、先頭の零戦の横へ立つと、そっと左手に長弓を持ち、矢筒の中から1本の矢を取り出した。

横須賀海軍神社の大巫女が作った破魔矢である。

瑞鳳は、少し足を開き両足の位置を決めた。弓道でいう足踏みを揃える。

呼吸を整え、自らに、

「大丈夫、朝の鍛錬で鳳翔さんやいずもさんと練習した時と同じ」と言い聞かせた。

弓を構え、そっと両手を持ち上げ、呼吸を整えながら、ゆっくりと弓の弦を引き切った。

全身の神経を、集中した。

その搔き集めた力を、一本の矢へ注ぎ込む!

細い瑞鳳の腕が、しっかりと弓の弦を引き切った瞬間

「瑞鳳航空隊!! 発艦!!」

瑞鳳の腹の底から唸るような声と共に、矢が前方へ放たれた!!

弓から放たれた矢が、空へ向い青白い光を放ちながら消えていった瞬間

零戦1番機が、滑走を開始した。

「総員! 帽フレ!!!」

艦内放送がかかると、舷側の通路に待機していた乗員妖精達が一斉に、白い帽子を振って

“武運を祈る”と航空隊を送り出した。

次々と滑走を始める零戦。

並走する長波や陽炎の乗員妖精達も、思い思いの場所で、力いっぱい帽子を振って攻撃隊を見送っていた。

パラオ泊地提督は、発艦する各機へ敬礼しながら、

「皆、無事に帰還してくれ」

そう呟いた。

 

その頃、後方に接近していた深海棲艦カ610号は、敵空母艦隊に動きがある事を察知していた。

当初、北上を続けていたこの艦隊は1時間程前から進路を少し東へずらした。

「何かしら?」とカ610号潜の艦長は考えたが、答えは直ぐに出た。

発令塔の上に登り、まだ明けやらぬ海を見ながら、敵艦隊の方向を見ていたが、

「風上側に航行してる?」

すると横に立つ見張り員が、

「微かですが、灯火が水平線上に確認できます。何か作業をしているのでは?」

カ級は、発令所へ向い

「副長!」と声を掛けた。

発令所の中から、

「はい、艦長! 御用ですか?」

「最新の位置情報は、送信した?」

「はい、ヌ級とマーシャル諸島の司令部へ、先程」

副長は、そう答えながら、司令塔内の梯子を登ってきた。

「何かありましたか」

「敵艦隊に動きがあるわ」

それを聞くと副長は、双眼鏡で敵艦隊がいると思われる方向を見ながら

「灯火が見えます。何か動きがあるようです」

カ級艦長は、例の大型望遠鏡に取りついた。

薄暗い闇の中、精神を集中して双眼鏡の先の敵空母を睨んだ。

艦娘と同様に深海凄艦の彼女達も一種の霊体である。精神を集中する事で、常人離れした能力を発揮する事が出来た。

カ級は薄明かりの差す海面すれすれの敵空母を視界に捉えた

「見えた」

カ級の言葉に注目する副長達。

ここから20km以上離れた海上で、夜明け前の薄明かりの中、敵艦の船影を捉えたのだ。

じっと敵空母を凝視した。

空母の輪郭の中から、何かゴマ粒の様な物が飛び出てきた。

「艦載機?」

すると、次々とそのゴマ粒の様な影が敵空母から舞い上がっていく

「まずいわ!」カ級はそう叫ぶと、

「副長! 簡易暗号電文! “敵空母 艦載機多数発艦中”打電して」

すると、副長は、

「この位置からだと敵に捕捉される危険がありますが」

「構わない、ヌ級も間もなく艦載機を発艦する時刻よ。発艦中に襲われたら目も当てらないわ!」

副長は

「奴らの攻撃目標は、どこでしょうか? ヌ級でしょうかそれとも」

カ級は

「それは、まだわからない。至急ヌ級とマーシャルの司令部へ現状報告して!」

副長は、復唱する手間も惜しんで、司令塔の梯子を下りて行った。

カ級は再び大型双眼鏡を覗いた。

先程より、敵空母の上空で、編隊を整えつつある敵艦載機群

「20機以上はいるわ。全力出撃よ」

そう言うと、周囲にいる見張り員へ

「敵空母が艦載機を多数発艦中! 対空警戒を厳として!」

「はい!!」と周囲から一斉に返事があった。

その時、艦内の発令所から

「艦長! 大変です!」

副長の声が響いた。

カ級が司令塔の上から艦内を覗くと、副長が此方を見ながら

「無線機の不調で、電文発信ができません!」

「えっ!」驚きながら艦内へ滑り込むカ級

直ぐに無線室へ駆け込んだ。

ヘッドフォンをつけた無線員へ向い、

「どういう事?」

すると無線員は、困惑した顔をしながら

「先程まで、問題無く受信できていたのですが、急に雑音だらけで、受信できません。この調子なら発信も届かない可能性が」

そう言いながら、ヘッドフォンをカ級へ渡した。

それを受け取り耳へかざすと、

“ザァーザァー”と砂嵐の様な音が響いていた。

「他のチャンネルは?」

すると無線員は、

「はい、艦隊間で使う複数のチャンネルを使用しましたが、全て同じです。広域帯で不調です」

横から副長が、

「機材故障か?」

「いえ、受信電波を途絶させると、雑音も収まりますので機材ではなく、電波帯その物の問題であると判断します」

副長は

「艦長、これは!」

「ええ、間違いなく日本軍の広域電波妨害よ」

カ級は、考えをまとめようとした時、

司令塔で大型望遠鏡を覗いていた見張り員が、

「敵艦載機群! 集結終了。本艦進行方向2時方向へ向います!」

カ級は、司令塔の通路の穴から上を見上げ

「2時方向ね!」

「はい! 艦長!」見張り員の大きな返事が返ってきた。

素早くチャートデスクへ向い、現在位置を確かめた。

「2時方向という事は、北上するわ」といい、敵空母群の位置から2時方向を指でなぞると、南下してくるヌ級艦隊。そしてその後方には仮設航空基地があった。

「間違いなく奴らの狙いは友軍の攻撃よ!」

副長は

「しかし、連絡する手段が」

カ級は、

「あの妨害電波は何処からだとおもう? 副長」

「可能性があるのは、敵空母艦隊ですが」

するとカ級は、

「仕方ない。敵空母群から距離を置きましょう。減速して」

「しかし、それでは見失う可能性が」

副長がそう答えたが、

「敵艦載機が、ヌ級の予想位置に到達するまで1時間はあるわ。何とか連絡できれば敵の奇襲は防げる」

「はい」副長はそう言うと、直ぐに機関減速指示を出した。

 

カ級は、チャートデスクの前で、自問自答し始めた

「奴ら、いつヌ級や仮設基地に気が付いたの?」

「この広域の妨害電波は何処から?」

そして

「もしかして、私達が追尾している事に気がついていた?」

ふと、あの時の超大型空母に威圧された時の事を思い出し

「あり得るわ」

そして、不意に

「まさか!」

そう言うとじっとチャートを睨んだ

そして周囲に聞こえないように

「奴らに利用されたの?」とそっと囁いた。

その答えは、夜明けと同時に分かる事になる。

 

 

その頃、瑞鳳達から北へ500kmほど北上した海域を、南下するヌ級艦隊は防空輪形陣を形成しながら、艦載機の発艦準備を開始していた。

まだ周囲は薄暗かったが、昨日の夕刻の内に艦載機は全て甲板上へ上げられ、今は最終の爆弾、魚雷の装填作業が行われていた。

ようやく陽は昇りはじめ、甲板上を照らし始めていた。

ヌ級の艦橋では、ヌ級艦長であり、この艦隊の指揮官を務めるヌ級が艦長席に座りじっと作業の進行状況を見ていた。

「あとどれ位で、発艦できる」

横に立つ、発艦指揮官は

「はい、あと30分以内に。すでに全機爆装を終え、順次エンジン始動、暖気運転に入ります。」

ヌ級は

「急がせろ。間もなく夜明けだ」

「はい」発艦士官は伝令を呼び、作業を急がせるように甲板員へ伝えた。

「副長、610号からの最新情報は?」

すると横に立つ副長は

「はい、此方に」といい、一枚のレポートを差し出した

そのレポートには先程入感した敵の最新の位置情報が記載されていた。

「北上してきているという事は、此方は奴らの右側面から突っ込む形だな」

「はい」

ヌ級は

「既に此方は水上機が4機、未帰還だ」

「はい、未帰還機が向ったのは610号の報告して来た海域を索敵に出た機体です。敵の哨戒機に見つかり撃破されたものと判断します」

副官はそう答えると

「610号の報告位置は、ほぼ間違いないかと」

頷くヌ級

一昨日より断続的に瑞鳳達に接近した深海凄艦の水上機は、上空で監視業務を行うE-2Jにより遥か300km手前で捕捉、艦隊上空で待機する瑞鳳直掩隊によりことごとく撃墜されていた。

副長は、周囲に聞こえない様に

「仮設基地水上機隊は既に、可動できる機体が半数を切りました」

「心配するな。この海戦で敵空母を叩けば事は終わる」ヌ級がそう答えると

「攻撃予定時間に、610号に無線誘導の指示を出せ」

すると、副長はさらに声を潜め

「実は、その610号との通信が不調です」

「不調? どういう事だ」

「はい、潜水艦部隊との専用周波数で、電信通信で呼びかけていますが、反応がありません」

ヌ級は

「撃沈されたのか?」

「いえ。通信士によると、その周波数帯に雑音が混ざり、受信確認できないとの事です」

「故障か」と再びヌ級が聞くと、

「判断するには、材料が。念の為 打電は続けさせます」

「うむ」

その時、艦橋後方より

「攻撃隊、発艦準備完了です」甲板員の声が艦橋内部へ響く

ヌ級はゆっくりと席を立つと、艦橋左側の見張り所へ出た。

甲板には、エンジンを高らかに響かせるF4F戦闘機やSBD艦上爆撃機、そしてTBD艦上攻撃機が並んでいた。

全機、準備完了の合図である翼端灯が点灯していた。

ヌ級は

「では、発艦始め!」と号令すると、横に立つ士官が、白旗を振った。

それを見た甲板員が、甲板上で合図をすると、直ぐに1番先頭に駐機するF4Fの車輪止めが外され、整備妖精達が一斉に退避していく。

F4Fの操縦席の飛行士がヌ級に対し敬礼すると、ヌ級達幹部が一斉に答礼した。

それを見たF4Fの飛行士は、エンジンの回転を上げ、一気に滑走を開始した。

次々と、滑走を始め、発艦するF4Fワイルドキャット。

ヌ級は発艦する機体を見送りながら、

「これで、先手は此方が打った!」

「はい、我々は、敵の位置を既に把握していますが、敵は我々の存在に気がついていません。その証拠に索敵機の接触を受けておりませんし、軽巡へ級のレーダーも捉えておりません」

「ああ、夜明け直後に奇襲でききれば、此方の勝利は間違いない」

「はい、司令」

ヌ級達は、勝利を確信していた。

しかし、その動きは、上空9000mで監視するMQ-9リーパーと、E-2Jにより、既に瑞鳳達へ逐一知らされていたのである。

 

 

そしてその情報は、後方1000kmにあるトラック泊地にも転送されていた。

まだ夜が明けやらぬ中、戦艦大和には、複数の内火艇や連絡艇が接舷されていた。

そして、その幹部士官室では、聯合艦隊司令長官の山本、宇垣参謀長、作戦参謀の黒島

第一航空艦隊司令長官の南雲中将 そして第二航空戦隊司令の山口

艦娘大和に、長門。司令部付きの大淀、そしてパラオ泊地艦隊旗艦の由良

一航戦旗艦の艦娘赤城、同じく二航戦旗艦の飛龍がテーブルを囲っていた。

大和艦内はまだ総員起こし前であったが、この幹部士官室周りは今では不夜城の状態であった。

夏島の陸上司令部内に設置された陸海軍の合同指揮所が“表”の作戦指揮所だとすると、ここ大和艦内にある指揮所は“裏”をつかさどる指揮所である。

この裏の指揮所は、後日軽巡大淀へ移設される。

いまその大淀では、司令部機能拡充の為の現地改装が明石の指揮の下、急遽行われていた

無論その改修に密かに派遣された“あかし”の要員が関わっている事は、機密であった。

 

テーブル上には、大き目の薄型ディスプレイが設置され、由良の操作するノートパソコンへ接続されていた。

そしてディスプレイの画面には、マーシャル諸島中間海域の上空に待機するE-2Jの探知情報が、護衛艦いずもを経由して、大和に新設されたアンテナに送信され、艦内Wi-Fi通信システムを経由して由良のノートパソコンへと情報を流しこんでいた。

テーブル上のディスプレイを興味深く覗き込む山口少将

「噂には聞いていたが、これが最新鋭の電探か!」

すると、由良は、ニコニコしながら、

「最新鋭というより、近未来というものですね」

すると、山口は

「済まん由良、この画面を説明してくれ」

由良は手元の指揮棒を持ちながら

「現在、パラオ泊地軽空母瑞鳳は、トラック泊地より1000kmの中間海域を敵仮設基地へ向け北上する進路を取っています」

「仮設基地?」と山口が聞くと、山本が

「山口君、済まんな。今まで情報漏洩の恐れがあったので、秘密にしていたが、ここから1200km程の距離に深海凄艦は仮設の航空基地を建設した」

「本当ですか!」と山口は驚いたが、意外にも南雲は

「やはり、ありましたか」

「南雲さん?」と宇垣が聞くと

「いや、先日飛来した敵偵察機の飛来方向を赤城が計算したところ、この中間点付近ではと推測しておったので、もしやと思い」

宇垣の横に座る黒島作戦参謀が

「流石ですね」と言いながら、テーブルに大き目の海図を広げた

そして、

「敵はこの地点の岩礁地帯を埋め立て、中型の爆撃機が運用できる仮設の航空基地を作りました」

「いつの間に!」と山口が言うと、

「奴ら、俺達の眼がマジュロの人質に向いている間に作り上げた。敵ながらこの機動力は凄まじいものがある」

「参謀長、深海凄艦の展開能力は、済州島の件でも実証されております」

南雲は落ち着きながら語った。

山口が、

「では、瑞鳳達の目標はこの敵航空基地ですか?」

それには、山本が

「いや、瑞鳳達の目的は、敵ヌ級艦隊とその後に続くリ級重巡艦隊の誘引だよ」

山口は

「囮ですか!」

「そういう事だな。敵仮設基地は別動隊が叩く」

宇垣がそう答えた。

南雲は、

「では、三笠様と金剛達ですか」

「いや、三笠達は後続の重巡艦隊の遮断が目的だ。基地はトラックの陸攻隊が叩く」

そう言う内に、黒島は由良に助言をもらいながら、テーブル上の海図へレーダー情報を分かりやすくする為に青、赤の戦況表示の駒を並べた

南雲は

「やはり自分の様な老兵には、此方の方が理解しやすいですな」

山本が

「君もそうかい。俺も何度も説明を受けるが、この電探画面より、此方の方が実感が湧くが、ぜひ山口君にはこの電探情報を理解できる様になってもらいたい」

すると山口は、渋い顔をしながら、

「努力します」といい、並びに座る飛龍へ向い

「飛龍、これ分かるか?」

すると飛龍は

「なんとなく」と自信なさそうに答えた。

「赤城は?」と山口が聞くと先程からじっと画面を見ていた赤城は

「解ります」というと、

手元にあった指揮棒を取りながら、

「この点が瑞鳳ちゃん達です、そしてその前方およそ400km程の所にいるのが敵ヌ級艦隊ですね」

画面を操作する由良は

「はい、そうです」

「この後方の点が、いずもさん達ですか?」と赤城が聞くと、

「はい、今瑞鳳ちゃん達の後方100km程の距離を保ち、艦隊支援を行っています」

すると赤城は、そっと

「いずもさんの洋上航行の姿 見てみたいです」というと、由良は

「見てみますか?」

「えっ?」と驚く赤城

由良は画面を見ながら、指揮棒で、画面上の一つの光点を指して

「丁度、偵察機が1機。帰還してきましたので、映像をこちらで投影できますよ」

そう言うと、ノートパソコンを器用に操作しながら、護衛艦いずも上空へ帰投したMQ-9リーパーの外部カメラの映像をテーブル上のモニターに表示した。

そこには、洋上を朝日を浴びながら航行する護衛艦いずも、左後方に着く護衛艦はるなの姿があった。

 

「美しい!」

 

赤城は、護衛艦いずもの第一印象をそう語った

朝日を浴び、煌めく海面の上を、真っ白い航跡を引きながら航行する2隻の護衛艦

「これが、8万トン級の空母か!」

山口は腹の底から唸りながら画面を食い入るように見た。

後方を航行する重巡と比較しても、一回り、いや二回りも大きい

山口は当初、この自衛隊という組織の事を半信半疑でいた。

個別に南雲司令や宇垣参謀長から説明を受け、三笠様を護衛し、パラオへ向った零戦隊の話を聞いても、実感が湧かなかったが、今日大和へ来て、この機材を自在に使いこなす由良やこの映像を見せられ、初めて自衛隊という組織を認識できた。

山口はそっと飛龍を見たが、ポカンと口を開けたまま、画面を食い入るように見ていた。

すると、突然

「多聞丸! 見て! 甲板が斜め!」

山口は

「そう言えば」と言いながら、航行するいずもを注視した。

 

山口や飛龍が興奮気味にいずもへ着艦するリーパーからの映像情報を見ているところに、由良は分かる範囲で説明を付け加えていた。

そんな二人を見ながら、南雲は冷静に、

「遥か彼方1000km先の情報を、この場で見る事が出来るなど、自分のような老兵には考えつかない事ですな」

すると、山本も

「まあ、俺も色々と経験してきたが、こればかりは、何度見ても驚くよ」

南雲は、姿勢を正し、

「長官、今回の瑞鳳と敵空母との一騎打ち。初の空母間対決ですな」

その言葉に、山口達も表情を厳しくした。

そして、

「勝算は?」と問いただした。

「南雲君、パラオの提督は負ける戦いはしない漢だ。そして自衛隊の司令は負けない戦い方を知っている漢だ」

山本はそう答えた。

南雲はそっと頷きながら

「やはり、あの司令はそういう漢でしたか」

山本は、

「この戦いは難しい。我々が一方的に勝ってしまえば、国内の対米開戦派を助長させる。かと言って手を抜く訳にもいかん。それに既にこの戦いは世界の列強各国がしる所でもある。無様に負けられない所でもある」

「勝ち過ぎず、負け過ぎずといった所ですか?」

「ああ、碁で言う持碁に持ち込むということかな」と山本は答えた。

南雲は

「長官、難しいですな。高段者同士の打ち合いで、持碁に持ち込むなど、勝ちに行くより遥かに厳しい。読みを間違えれば、此方が総崩れになります」

「まあ、俺なんぞ強気の一手しか打てんが、彼は違う」

南雲は、そっと

「80年という歳月は、帝国海軍にその様な指揮官を育てる事ができたという事ですか」

山本は、笑みを浮かべながら

「それが、80年という時間の重みだよ、南雲君」

 

その時、モニター画面を見ていた由良が、

「瑞鳳航空隊発艦始まりました」と声を上げた。

モニター画面には、小さな光点が、いくつも“CV-ZUIHOU”と書かれた光点の周囲を回るのが見てとれた。

黒島が、直ぐに、飛行機の形をした青い駒を海図上の瑞鳳の駒の前に置いた。

由良は続けて、

「後方のいずもより、鳳翔航空隊、発艦始まりました」

 

「えっ!」

それを聞いた赤城や飛龍は驚いた。

「由良さん、今 鳳翔航空隊って!」

赤城は慌てながら、由良を見た。

由良は、

「はい。間違いなく護衛艦いずもより、鳳翔航空隊発艦開始です」

 

宇垣が、

「赤城、今まで黙っていたが、鳳翔は今、護衛艦いずもに乗っている」

「では、まさか!」赤城は身を乗り出していうと

「まあ、そういう事だ」宇垣はそう答えた。

南雲は

「鳳翔自ら、零戦で出ましたか」

「まあ、海軍航空隊広しといえど彼女程の乗り手はおらん。そう言う所は三笠と一緒で言い出したらとまらんからな」と山本は笑いながら答えた。

南雲は、

「いずもさん達の航空機は?」と聞くと

「いずも君の戦闘爆撃機は、今回は上空での支援のみで、攻撃隊には参加しない」

「長官。戦闘爆撃機とは?」と山口が聞いた。

すると、モニター画面を操作する由良が、パソコンを操作して F-35の動画を表示した。

「これですね」

「噂に聞く噴式か!」山口は唸った。

飛龍も、

「これですか、私の航空隊が三笠様を護衛してパラオにいった時、空中で止まってお辞儀をしたという機体は?」

「はい、F-35という機体です。私は飛行機は門外漢ですが、いずもさんに聞いた話だと、戦闘機としての機能、爆撃機として大量の爆弾を搭載できるそうです」

由良は画面を見ながらそう答えた。

「爆弾はどの程度搭載できるのだ?」山口が興味深く聞くと、

「えっと、色々と種類があるようですが、聞いた話では 通常の爆弾なら8トン位だそうです」

「なに!」という顔をする山口

「由良さん、800kgの間違いじゃないですか?」と飛龍も疑ったが、

南雲は、

「山口、由良の言う事は間違いない。俺も資料を見たが、それ位の数字が書いてあった」

「南雲司令! この機体1機で 陸攻8機分の攻撃力ですか!」唸る山口

宇垣は

「ああ、この機体をいずも君は20機近く搭載している。それだけでも莫大な攻撃力だ。おまけに全弾百発百中が可能な、無線誘導弾だ」

「参謀長、そんな凄い艦があるなら、この大和とその艦でマーシャルへ押し入るってのは」

「山口、ダメだな」と宇垣は速攻で答えた。

山本が、

「それこそ先程言ったが、此方が一方的に勝ってしまう。もしそうなれば、深海凄艦だけでなく、米国や英国の対日姿勢が益々厳しくなる」

宇垣も

「まあ、表向きは俺達が、“紙一重で勝った”という事にしたい」

「勿体ないです」と山口は言ったが

「山口、だが俺達は自衛隊により、今までとは全く違う戦場をこれから目撃する事になる」

南雲は、重く言葉にしながらモニター画面を睨んだ。

そこには、敵ヌ級艦隊へ向う瑞鳳航空隊、そしてその瑞鳳隊に合流する鳳翔艦爆隊。

瑞鳳の上空に向う、鳳翔率いる鳳翔零戦中隊の光点があった。

山本は、

「由良。作戦の概要を説明してくれ」

「はい、長官」

由良は返事をすると、指揮棒を持ち、モニターを指し示しながら、

「既に、瑞鳳航空隊と鳳翔艦爆隊は空中集結を終え、この待機地点へ向け北上を開始しました」

そう言うと、瑞鳳艦隊の真北の一点を指した。

「対するヌ級は、現在発艦中です。空中集結後、真っ直ぐ瑞鳳艦隊を目指すと思われます」

そう言うと、パソコンを操作して、モニターに進路予想図を表示した。

食い入るように見る赤城達

「此方が先手を打つか!」山口がモニターを睨みながら、唸ったが

「はい」と由良が答えると、

「こちらは、敵航空機群が、敵の電探誘導圏内を抜けた頃合いを見て攻撃を仕掛けます」

「電探誘導圏内?」

聞きなれない言葉を聞いて、山口が尋ねると

「敵 ヘ級軽巡や駆逐艦には対空用の電探、レーダーと言いますがこれが装備されています。もし敵の探知圏内に敵戦闘機隊が残っていた場合、瑞鳳攻撃隊が電探誘導された敵戦闘機隊に迎撃される恐れがあります。それを避ける為、敵航空機群が誘導圏を抜けるのを待ちます。その後攻撃開始と同時に電探妨害を行い、瑞鳳攻撃隊を掩護する予定です」

由良は指揮棒を使い、画面を説明した。

 

「そんな事が可能なんですか?」

飛龍が不思議そうに聞くと

「はい、私達は鷹の眼を持っていますから」

「鷹の眼?」山口が聞くと

由良は、パソコンを操作して画面にE-2Jの動画を表示した

「いずもさんの艦載機、早期警戒機E-2J 愛称はホークアイです。 日本語では鷹の眼。背中にある大型の電探で、半径300km圏域内の水上、対空目標を探知し、その場で戦闘指揮ができる、空飛ぶ作戦指揮所です」

そこには、いずもの前方甲板から、発艦するE-2Jの映像、そしてその後上空で、レドームを回転させ警戒監視にあたる機体の映像が表示された。

山口は

「おい、こんな大型機を発艦できるのか! あの空母は!」

「はい、この機体を最大で 12機搭載できるそうです」と由良はサラッと答えた。

「まて、まて」と山口がいうと、

「長官!」と山本の顔を見た。

山本は、平然と

「俺も いずも君の艦に乗ったが、言葉に出来ん位、素晴らしい。いずも君一隻でも十分、この戦いを勝ち残れる」

そう言うと、

「こんごう君達を含めれば、総火力は、現行の日本海軍を遥かに上回る」

横に座る宇垣も

「まあ、血迷っても、自衛隊相手に一戦やろうなんて思わんことだ」

というと、

「自衛隊は火力もあるが、それ以上に重要なのは、その組織力だ。我々をはるかに上回る情報収集と分析、そしてそれを有機的に使う事ができる組織。こんごう君達 戦闘に特化した艦娘を使いこなす優秀な秘書艦、そして最大の武器は、必ず数手先を読む優秀な指揮官。こんな組織の支援を受けて、この戦いを負けるようなら 俺は海軍を辞める」

宇垣はそう言い切った。

「参謀長!」

山口は慌てたが、

「まっ、それには同感しますな」

南雲も、そう言い切った。

「南雲司令!」

「なあ、山口。そんな自衛隊の指揮官とあのパラオの提督が手を組んで、一戦やろうというという事だ、平穏無事に終わると思うか?」

「うっ」

山口は身を引き締めた。

南雲は、

「話は戻るが、由良。攻撃はいいとして、瑞鳳の守りはどうする? 零戦隊もその攻撃隊の上空直掩に出ているようだが」

すると、由良は、今度はテーブル上の海図を使い、瑞鳳を指揮棒で指し

「はい、瑞鳳ちゃんの防空は、まず瑞鳳ちゃんを中心に 秋月ちゃん、陽炎ちゃん、長波ちゃんで変形的な防空輪形陣を形成します」

そう言うと、中心に瑞鳳を置き、その周囲に正三角形上に秋月達の駆逐艦の駒を配置した。

「本来なら、この倍の駆逐艦で囲みたい所ではありますが、パラオにはそこまでの駆逐艦はありませんので、この陣形で対応する予定です」

そう言うと、緑色の飛行機の駒をとり

「後方で待機する、自衛隊のいずもさんより発艦した、鳳翔戦闘機中隊20機が、瑞鳳ちゃんの前方に防空線を構築します」

「待ち構えるのか!」

山口が聞くと、

「はい、敵の動きは、いずもさんの警戒機のレーダーによって逐一報告されますので、此方に有利な位置で待ち構える事ができます」

由良は手元の指示書を見ながら

「鳳翔戦闘機中隊は、敵戦闘機隊を引きつけ攻撃隊より分離させます」

「攻撃隊をわざわざ通すのか?」と再び山口が聞くと、

「鳳翔さんの戦闘機中隊は、20機ですので、攻撃隊まで追尾すると押し負ける可能性があるとの事です」

南雲が

「いや、それでいい。意外とあの戦闘機の機銃掃射は厄介だ。数度に渡り襲われると確実に対空機銃員が犠牲になる。そうなれば艦爆、艦攻隊の突入を許す事になりかねん」

そう言うと、

「戦闘機を防空圏の外側へ押しやり、艦爆、艦攻の防御に集中する策だな」

「はい」と由良は答え、

「瑞鳳ちゃん達は、その為の教練と必要な装備を用意しました」

と自信に満ちて答えた。

南雲は、

「なあ、黒島作戦参謀。自分達独力で、この様な航空作戦が可能か?」

黒島作戦参謀は、

「正直いえば、無理です。我々は敵艦隊を索敵する手段が、索敵機による目視のみです。それに引きかえ自衛隊は、複数の電探搭載航空機を使った広域同時索敵です。得られる情報の量、質が違い過ぎます」

山本は、

「まあ、まるでお釈迦様の手のひらで戦うようなものだ。今頃自衛隊の司令は、次の一手を思案している頃だな」

「ですな」と宇垣

「まっ、矢は放たれた。じたばたしても始まらん」と山本は言うと、

「由良、此方の攻撃隊が攻撃を始めるのは?」

由良は、モニターを見ながら

「そうですね。300km近く距離がありますから、小一時間ほどあるかと」

すると、山本は席を立ち、

「山口、久しぶりにやるか」と駒を打つ仕草をした。

「今からですか?」

「おう、一時間もあれば、一局指せるぞ」

山口は、横に座る南雲を見たが、別段表情を変えなかったので、

「では、やりますか」と席を立ち、テーブルの端へ移動した。

直ぐに士官室付きの水兵妖精が、将棋盤と駒箱を山本達の前へ置いた

将棋盤を挟み、座る山本と山口

駒を並べながら、山口は

「長門、最近の長官は?」と探りを入れると、いつも山本と将棋を指す長門は、

「お強いですよ」と短く答えた。

すると、山口は

「長官が、強いことは知ってる。調子はどうだということだよ」

長門は、口元に笑みを浮かべ、

「まあ、指してみれば分かります」と答えた。

横に並ぶ大和も、含みのある笑みを浮かべた。

「ふん」と答え、駒を並べながら山口は

“こりゃ、瑞鳳達の戦いより厳しいかな”

そう思い、最初の一手を繰り出した。

 

放たれた矢は、確実に標的へと突き進んでいた。

つづく

 




こんにちは スカルルーキーです
「分岐点 こんごうの物語」 第54話をお送りいたします。

一ヵ月ぶりの投稿となりました。
大変遅れて、申し訳ございません。

今回は、少し文字数が少なく、お話が中途半端な感じですが、これは文字数が4万語を超えると、使用環境によっては端末がフリーズする可能性があるとのご指摘があり、きりいいところで 分割いたしました。

次回は 「全機 突撃!」です

では



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