分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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マーシャル諸島で始まった、小規模な海戦は、その波紋を大きく広げ、全体を飲み込む波へと変貌するのか

マーシャル諸島開放作戦 第2節へ



53 マーシャル諸島解放作戦 第一次海戦(1)

 

 

水平線上に朝日が昇り、静かな水面が目の前に広がる。

波穏やかな、太平洋の海原を進む2隻の護衛艦。

こんごう、そして僚艦のひえいは、次の作戦の為、カロリン諸島の東に位置するクサイ島、こんごう達の時代ではコスラエ島を目指し南下を続けていた。

艦娘こんごうは艦橋の艦長席に座りながら、波静かな水面を双眼鏡で監視していた。

眼前には、穏やかな太平洋の海原が広がっている。

副長以下の艦橋要員達も各々違う方向を、双眼鏡で監視業務をこなしている。

こんごうは双眼鏡から目を離すと、艦長席のサイドコンソールにある小型モニタ―を見た。そこには、護衛艦こんごうを中心とした運行状況が表示されていた。

運航状況を確認するこんごう。

横に立つ副長へ

「燃料の消費が3割か。少し使い過ぎたかしら?」

すると副長は、

「まあ、順当な線じゃないですか。パラオからここまで無給油ですから」

「クサイ島で燃料補給でいいのね」とこんごうが確認すると、副長が手元のボードを見ながら、

「はい、合流したあかしより補給を受ける予定です。その他の補給については現在の所予定はありません」

するとこんごうは、

「既に通知している通り、クサイ島で案内役の現地要員が乗艦します。船に不慣れかもしれないから、サポートを」

「はい、幹部用の居室を一つ用意しておりますので、其方で」

その時、艦橋入口で元気な声がした。

「すずや、入ります!」

振り向くと、青い艦内服を着たすずやであった。

「昨日の戦闘詳報はできたの?」とこんごうが聞くと

「はい、先程」そう言いながら、こんごうの横の席にかけると

「こんごう艦長のサーバーの未決済文書フォルダーに入れておきました」

こんごうはそれを聞くと、ポケットからタブレット端末を取り出し、自分のサーバーへアクセスし、すずやの作成した昨日の戦闘詳報が保存されている事を確かめた。

「印刷は?」とこんごうが聞くと、

「はい、手順通りしてあります。」と答えるすずや

それを聞いたこんごうは

「では、後で確認しておきます」というと、他の書類が来ていないか確かめた。

「やっぱりね」というこんごう

「やっぱりって、なんですか?」横に座るすずやが不思議そうに聞くと、

「ひえいの分の報告書が出てない」とむっとした顔をするこんごう

すずやは、

「あの~、もしかしてひえい艦長ってこの手の事が・・・」

「そう、昔から大の苦手。私やはるな、きりしまがついてないと、直ぐにさぼるの」

「そうなんですか!」

するとこんごうは真顔で、

「いい、すずやさん。ゼッタイ手伝は、Noだからネ!」

余りの気迫に、

「は、はい」とたじろぐすずや

すずやは、脳裏に艦長室で唸りながら書類と格闘するひえいを浮かべた。

 

すずやは、艦長席の運行モニタ―を見ながら

「艦長。このまま、クサイ島まで南下ですね」

「ええ、今の速力だと明日の朝には到着ね」

「あかしさんは、先に島に入っているのでしょうか?」

「いえ、沖合で待機しているはずよ。まず島には大淀さんのご手配で、要員が先に入って、族長に説明して場所の使用の許可を取り付けている筈よ」

すると、すずやは

「島のどのあたりに、宿営地を作るのですか?」

こんごうは、モニターにクサイ島の地図を呼び出し、

「この北部の入り江を使う予定よ。周囲を原生林で囲まれていて、海上からしか上陸できない上、島の居住地域と離れていて問題もない」

「でも、こんな所に1000人ですか、少し狭い気がしますが」

「まあ、一時避難だし。多少の不便な所は我慢してもらうしかないわね」

すずやは、

「あかしさんと合流後、どのようにマジュロへ入ります?」

こんごうはモニターを地図を少し縮小して、マーシャル諸島の全域を映し、

「私達は、あかしと合流したあと、このクサイ島とマジュロの中間点まで進出、その頃瑞鳳さんたちパラオ艦隊は、例の仮設基地を攻撃できる圏内にとどまって相手を刺激する。

相手が動き、注意が瑞鳳さん達に向いた頃合をみて、私達がマジュロへ接近するわ」

すずやは、

「接近後は、艦長は現地要員と上陸して、私達は潜航待機ですね」

「そう、その間の操艦指揮はお願いね」とこんごうはにこやかにすずやをみると、

「はい、お任せください。すずや、がんばっちゃいます!」とすずやは胸を張ってみせた。

すずやは、

「そういえば、現地案内要員ってどんな方なんですか?」

するとこんごうは、

「こちらからお願いしたのは、まず現地に詳しい事」

頷くすずや

「次に、戦闘も予想されるので、戦闘経験がある事」

再び頷くすずや

「最後が重要なんだけど、私達の艦に乗るという事は、情報が漏れないように口止めできる事」

「うう、難しい注文ですね」というすずや。そして

「こんな凄い艦に乗ったら、自慢したくなりますよ。きっと」

そう言いながら、すずやは、ちょっと意地悪く、

「こんごう艦長、もし厳つい男性だったらどうします?」

するとこんごうは、

「そこはね、仕事ですからね」と割り切った答えを返し、

「三笠様がご手配してくれたという事ですから、意外に可愛い娘さんかもよ」

すると、すずやは、

「ですね。だったら曙みたいにひねくれてない子がいいですね」と笑いながら答えた。

「もう」とこんごうも、笑顔で返す

そんな、明るい会話が続く護衛艦こんごうの艦橋

 

 

しかし、事態はこんごう達が予想した以上に早く進んでいた。

ここマーシャル諸島中間海域にある仮設基地の沖合で漂泊する深海棲艦軽空母ヌ級の会議室では、配下の艦艇の艦長が集められ、マロエラップの司令部からの命令が通達されていた。

この仮設基地の警戒の為派遣されたヌ級軽空母艦隊は旗艦であるヌ級軽空母、軽巡ヘ級、駆逐艦ロ級が2隻、同じくハ級が2隻の計6隻である。

 

「では、我々の前衛艦隊で、この日本軍の空母群を攻撃するのですか!」軽巡ヘ級の艦長が話を切り出した。

「そうだ」ヌ級は静かにそう言うと、

「相手は空母2隻、おまけに一隻はヲ級flagshipを上回ると聞いていますが」

そのヘ級の質問に対しヌ級司令は、

「その大型空母については、殆ど情報がない。艦載機の数や種別も不明だ」

「それでは攻撃のしようがありません。それに相手には重巡が2隻と駆逐艦が3隻。それに対してこちらは、自分に、駆逐艦4です。数こそ同じですが、火力が不足です」

頷く駆逐艦の艦長達

「しかし、マーシャルの司令部からの命令は、この空母群へ一撃を加え、この仮設基地周辺海域から離脱させる事だ。殲滅ではない。一撃を加え相手に損傷艦を発生させ、戦線離脱させる」

ヌ級司令はそう答えると、

「本日中にはB-25部隊、護衛戦闘機隊も来る。必要ならマロエラップから艦載機の応援を要請してもいい」

「とにかく、一撃離脱でいいのだ」とヌ級司令は語った。

渋々頷くへ級艦長

その時、ドアがノックされ、

「接敵中のカ610号より最新情報です。敵空母艦隊が2つに分離しました」と司令部要員が通信文を持って入ってきた。

それを受け取るヌ級司令

電文を渡した司令部要員は、会議室のテーブル上の海図に並べられた赤い駒を動かし始めた。

「どういうことだ?」とへ級艦長が聞くと、

「はい。カ610号の報告によると、南下中の敵空母群は、2つに分離。軽空母並びに駆逐艦3隻は再び北上を開始、大型空母と重巡は海域を離脱した模様です」

「何!」一斉に司令部要員を見る艦長達

大まかな位置に配置された赤い駒

南下をする正規空母の駒一つと、巡洋艦を表す駒が一つ

反転し、北上する軽空母の駒と駆逐艦の駒が三つ

ヌ級司令は

「610号の報告では、もう1隻巡洋艦がいた筈だが」

「はい。報告によると探知範囲外という事で、接敵確認できないとの事です」

「うむ」と返事をするヌ級司令。

返事をしながら、じっと海図上の敵空母群の駒を見た。

「これなら、やれるか」そう言いながら、北上する敵軽空母艦隊を指さした

「はい。これなら、ほぼ此方と戦力比は同じです」とヘ級艦長達も同意しながら頷いた。

ヌ級司令は司令部要員を見て、

「マロエラップからの重巡艦隊の到着は、いつだ」

司令部要員は手元の書類を見ながら、

「はい、早くても明日の午後以降になるとの事です。」

それを聞いたヌ級司令は、

「では、準備出来次第、この仮設基地周辺海域より南下、敵軽空母群を要撃する。各艦の艦長は準備怠りなく」

「はい」と一斉に返事をする各艦の艦長達。

ヌ級司令は、

「610号潜へ指示、敵軽空母群の詳細な位置を随時報告せよと」

「はい」と答える司令部要員

「水上機隊ならびに、仮設基地の戦闘機先発隊に周辺海域の索敵を実施させろ」

すると司令部要員は、

「戦闘機隊の先発隊は、まだ到着後間がありません。それに元々陸上機です。洋上飛行には不向きです」

「戦闘機隊は仕方ないか」とヌ級司令は諦め、

「B-25は?」と聞くと、

「はい、戦闘機隊を誘導してきた2機が来ていますので、其方なら」と司令部要員が答えた。

「とにかく、出せる機体は出してくれ。相手の場所がわからなければ、攻撃もできん」

「はい、至急索敵要綱を作成します」といい、メモを取る司令部要員

 

ヌ級司令は海図を見ながら、

「奴らはまだ、この海上基地に気づいていない。大型空母が離脱した今こそ攻撃のチャンスだ」

一斉に頷く各艦の艦長

「諸君、勝機はある」ヌ級司令は力強く、そう語った

 

その頃、相対する事になるパラオ艦隊の旗艦瑞鳳の艦橋では、艦隊コミュニケーションシステムを使い、自衛隊司令とパラオ泊地提督達が今後の作戦を打ち合わせていた。

「では、きりしまさんは間もなく此方へ合流するという事で」と泊地提督がいうと、

「はい、まもなくそちらの情報端末に運航状況が表示される頃です」と自衛隊司令が答えた。

既に、いずもとはるなはパラオ艦隊から分離し、南下。後方100km程の距離をおいている。

「さて、相手はどうでてくるかな」と泊地提督がいうと、

「既に、敵仮設基地には数機のB-25と戦闘機隊が入っている事が偵察飛行により確認されました。一両日中には、完全な稼働状態になるとおもわれます」と自衛隊司令が答え、続けて

「敵基地沖合で待機するヌ級艦隊の動き次第です。こちらを積極的に排除にくるか、それとも仮設基地を死守か」

「司令はどちらと見ている」

すると自衛隊司令は、

「まあ、五分五分という所でしょうか」

「後方のマロエラップ辺りから、応援が来る可能性は?」と再び泊地提督が聞くと、

「その可能性は大きいとみます」と答え、

「現在の所、敵仮設基地に駐留するヌ級艦隊で、我々パラオ・自衛隊艦隊を攻撃する事は無謀です。しかし、戦艦や巡洋艦を含めた艦隊の増援と、B-25爆撃隊が進出してくれば、戦力差が無いと判断すると思われます」

「そうなれば、積極的に排除にくるか」と唸る泊地提督

横に並ぶ瑞鳳をみて、

「瑞鳳、だいぶもてるみたいだな」と笑いながらいうと、瑞鳳は、

「こういうのは、モテるとは言わないのではないでしょうか。提督」と呆れ顔で答えながら、

「いずもさんにききましたが、向こうの世界の私は、エンガノ岬で果てましたが、此方ではそうはさせません。その為の装備も教練も積んできました。向こうでの借りは此方できっちり倍返しさせて貰います!」

「頼りにしているぞ、瑞鳳」

「はい、提督お任せ下さい」

「それに防空指揮は秋月がいる。経験豊富な陽炎に、新鋭の長波もいる」

「はい、提督」

モニタ―越しに、

「瑞鳳ちゃん、私も後方で支援するから頑張りなさい!」鳳翔が、しっかりとした声で励ました

「はい、鳳翔さん頑張ります」

自衛隊司令が

「間もなく、きりしまも其方に合流します。微力ですがお役に立つでしょう」

すると瑞鳳は、

「自衛隊さんの微力は、微力になってませんよ」

「ちがいないですな」と瑞鳳副長

一斉に艦橋にいた瑞鳳の副長達の明るい笑いが響いた。

提督が軽く手を上げ、笑い声を制すると、

「こちらは、暫く受け身でいいのかな」

すると自衛隊司令が、

「はい、暫くこの海域で相手の出方をまちましょう」自衛隊司令はそう言うと、

「向こうに、自分達がまだ仮設基地の存在に気がついていないという風に偽装します。あくまで瑞鳳さん達は、この海域を制圧するのが目的であるという風に見せかけます」

「そうやって、ズルズルと向こうの戦力を引きずりだしていくわけだな、司令」

「はい。向こうが戦力の逐次投入では我々を排除できないと判断した時、向こうがどうでるかが勝負です」

「狙いは、向こうの三つある戦艦群か」

「はい、一つでも削り落とす事が出来れば、戦力比率は大きく此方へ傾きます」

「そうやって、此処で火を上げ、注意を引けばマジュロへの侵入もやり易くなるということか、司令」

すると自衛隊司令は、

「まあ、そこまで欲張る必要はありませんが、向こうが此方へ攻撃に前のめりになれば、マジュロへ割ける船も少なくなります」

「まっ、とにかく最初にくるのが、ヌ級かそれともB-25か、どちらにしても新しい防空体系を試す良い機会だな」と泊地提督は瑞鳳を見た。

「はい、提督」

その時、提督の座る群司令官席のモニタ―ブザーが鳴った。

「おっ、なんだ?」と泊地提督が言うと、横から瑞鳳が、

「あっ、別の船からの呼び出しですね」といい、慣れた手つきで前方モニタ―を起動し、呼び出した相手を表示した。

画面に映し出されたのは、笑みを浮かべる彼女であった。

「おっ、由良! 無事にトラックに入港できたか」

「はい、提督さん。先程入港し、今は春島錨地に停泊しています」

「無事で何より、白雪達や奴も無事だな」

「はい。きりしまさん、あかしさんの御助力で道中特に問題もありませんでした」

「長官への挨拶は済んだのか?」と泊地提督が聞くと、

「これから、中佐と間宮さんと三笠へ向います」

すると泊地提督は、

「既に話は聞いているとおもうが、由良はそのまま白雪達と臨時編成の艦隊を組んで、聯合艦隊の直接指揮下に入ってくれ」

「はい、提督さん」と返事をする由良

提督は

「山本長官や大和さん率いる第1遊撃隊へ配属される事になる。かなりキツイが大丈夫か」

「はい、私の最新鋭のレーダーが皆様のお役に立つなら、由良頑張ります」と笑顔で答えた。

別モニタ―に映る自衛隊のいずもが、

「由良さん、助けがいる時は遠慮なく言って下さい」

「はい、ありがとうございます」

由良は、泊地提督の横に立つ瑞鳳へ

「瑞鳳ちゃん。艦隊旗艦は、どう?」と聞いてみると、

「はい、やっぱり難しいです」と苦笑いしながらそう返事をすると

「でも、ちゃんと戦果も挙げてるから大丈夫よ」と由良が言うと、瑞鳳は真顔で、

「いえ、そっちじゃなくて」とじっと横眼で提督を見ながら、

「日々、確実に未決済の書類の山が成長してます」ときっぱりといった。

「おっ、瑞鳳!」と慌てる泊地提督

すると瑞鳳はむっとしながら、

「由良さん! 聞いてください。提督、事務処理になると、二言目には、由良ならな~とかいって格納庫に逃亡するんですよ」

するとモニタ―に映る由良は、急にジト目で、

「提督さん!」

「おう」と提督が返事をするが、

「泊地に帰ったら、提督室でじっくりとお話いたしましょう」と泊地提督を眼光鋭く睨んだ。

無言で頷く泊地提督

 

いずもが、

「やっぱり、泊地提督には由良さんが一番ですね」

「それをお前がいうか」と自衛隊司令

笑いの出る瑞鳳艦橋

暫しの平和がそこにはあった

 

 

その後方30km程、水平線上に辛うじて、先行するパラオ艦隊を有視界範囲に納めるカ610号潜。

普段は2,3人の見張り員しかいない発令塔の上には、倍の人数の見張り員が立ち、それでも足らないのか、艦首や艦尾にも、双眼鏡片手に周囲を警戒していた。

司令塔の上には、例の大型双眼鏡が設置され、遥か彼方を航行するパラオ泊地艦隊を捉えていた。

その下の発令所の中では、カ610号潜の艦長や幹部が集まっていた。

「では、ヌ級司令部からは、この軽空母群の方を追えという事なのね」とカ610号の艦長が通信文を持った副長へ尋ねると、

「はい」

「マーシャルの分遣隊司令部の方からは?」

「監視を強化という事以外は」

「う~ん」と海図上の各艦の配置図を見ながら唸るカ級艦長

そして、

「いったい、いつの間にあの大型空母と重巡が離脱したのか分からない」と唸った。

昨日夕刻確認した時は、間違いなく超大型の空母とその後方に新型の重巡がいたのに、今朝確認の為再接近した所、あの艦隊から姿を消していた。

カ級艦長は見張り員達に、

「いつあの大型空母と重巡が離脱したの!」と問いただしたが、

見張り員達はまるで気がついていなかったようで、

「水平線上に、複数の灯火を確認しましたが、分離した灯火はありませんでした」

本来なら夜間の偵察にはレーダー照射が一番いいのだが、この艦隊は今までの日本海軍の艦隊と違いSGレーダー装備艦がいる。

という事は、レーダー波探知装置を持っている可能性も否定できない。

今までの対潜能力からも、接近は慎重にいく必要があった

結局、超大型の空母と新型重巡を見失ってしまったカ級達であったが、ヌ級司令部より、軽空母群の追跡を再度命じられ、残ったショウホウ型軽空母艦隊の追跡を開始した。

カ級は、

「あれだけの艦を、見失うなんて」と落ち込んでいたが、副長が、

「まあ、夜間ですし。昨夜は雲が低く月明かりも弱かったです。致し方ないかと」

「まあ、命令なら仕方ないけど、私個人としては、あの超大型の空母と重巡に興味があるわ」

「やはりですか」と呆れ顔の副長

「日本海軍があれだけの超大型の空母を建造出来たという事だけでも驚きだし、あれだけの艦なら、さぞ素晴らしい艦娘が操っているのでしょうね」

「艦長、一応敵ですけど」と副長が言うと、

すると、カ級は

「以前、北のカ級eliteから聞いた話だけど、北方群体では日本海軍との間に不可侵条約の様な物が以前にあったって言っていたわ」

「それなら自分も聞いた事があります。日本海軍の戦艦三笠と先代の北方棲姫との間で、ウラジオストクで交わされた約束事だとか。正式な条約ではなく、まあ口約束のような物ですが、聞いた話では、三笠は日本国内では大臣に匹敵する外交権限を持つとか」

「そうね、それで暫く日本軍と北方群体は、戦闘がなく不確定な国境で睨み合いになったけど、この前の真珠湾攻撃の時に、どさくさ紛れて陸軍がアッツやキスカを占領したらしいわね」カ級がそう言うと副長は、

「情報がないので、よくわからんのですが」

「北のeliteの話だと、北方群体の中で、条約破りだといって好戦派がだいぶ騒いだらしいわ。北のeliteが此方へ派遣されたのも好戦派の工作だといってたわね」

すると副長は、

「まあ、どこの群体でも、似たような話はありますから」

「そうね。まあそういう輩には、関わらないのが一番ね」とカ級艦長は言うと、

「さて、仕事に戻ろう」といい、チャートを見た。

そこには、日本海軍の空母群に接敵してからの航跡が記載されていた。

「奴らは、やはりこの海域に留まるつもりでしょうか?」

「副長、まあこの航跡を見る限りそう考えるのが普通でしょう」

チャートに鉛筆で書かれた航跡はトラックとマジュロを結ぶ線上の中心を中間点として、北上と南下を繰り返す日本海軍の軽空母群の航跡が書かれていた。

「嫌な位置に、陣取られたわね」とカ級がいうと、

「はい、この位置ならどこからでも例の仮設基地を攻撃できます」

「それで、ヌ級が出てくるという訳」

「はい、通信文による明日の午後以降にこの海域へ進出し、敵空母群と一戦交えるとの事です」

するとカ級は、

「でも、副長。戦力は向こうが上よ」

「はい、自分もそれはおもいましたが、今朝の段階で例の大型空母と重巡が探知範囲外へ出た事は司令部へ通知していますので、勝算があると踏んだのではないでしょうか?」

カ級は腕を組みながら考え、

「それはどうかしら?」

「といいますと」

「副長、あの大型空母と新型の重巡がこの軽空母群から離脱した理由が分からないわ。探知範囲外だからといって、戦線を離れたと判断するのは早計だわ」

「では、艦長はどうお考えですか?」と副長に聞かれ

「最悪、ヌ級艦隊が誘い出されている可能性もあるわ」

すると副長は、

「しかし、奴らはこの仮設基地には気づいていないはずです。ヌ級艦隊は基地の周辺にいたので、ヌ級艦隊も発見されていないのでは」

カ級はチャート上の仮設基地を指さしながら、

「色々と考えたのだけど、本当に奴ら仮設基地に気がついていないのかしら?」

「どういう事ですか?」

「副長、この敵空母群の位置取りだけど、まるで仮設基地につかず離れずという感じじゃない」

「はい、そう言われると」

「そういう部分を考えると、何かしらこの仮設基地の存在を認識していると思わない?」

「う~ん」と唸る副長、そして

「では、なぜ彼らはこの仮設基地を攻撃しないのですか?」

「そこは分からないけど、我々からすれば非常に目障りに映る。できれば排除したいとは思わない」

「確かに」

「少し考えすぎかもしれないけど、日本海軍の超大型の空母と重巡は近くにいる。軽空母群に味方の眼を引きつけさせて、仮設基地を攻撃する機会をうかがっているかもしれないわ」

「やっかいですな」

「ええ、まあとりあえずこの軽空母群をしっかり追尾して、ヌ級艦隊を誘導しましょう」

「はい」そう答える副長とカ級は、チャートを覗き込んだ。

 

 

そのカ級達の後方100km程の距離には、昨日深夜に瑞鳳達から分離した護衛艦いずもと、はるなが、カ級の後をつけるような進路を取りながら北上していた。

艦橋ではいずもが艦長席に座り、後方のオブザーバー席にはいつもの姿をした鳳翔が座っていた。

艦長席にある戦術情報を映し出したモニタ―を見ながら、いずもは

「航海長、艦隊速力は今の速力を維持して。余り前に出ると、敵のカ級に気づかれるわ」

「はい」と航海長は指示し、速力を微調整する為、指示を機関員へ出していた。

いずも達が見るモニタ―には、遥か前方150km程を北上する瑞鳳率いるパラオ泊地艦隊。

そして、その後方30km程を尾行する敵カ級潜水艦。昼間であるが、瑞鳳達から距離があると判断したのか浮上航行して後を追っていた。

そしてその後方100km程の距離に、護衛艦いずもとはるなが同じく瑞鳳達を後方から支援する為に北上していた。

モニタ―を見ながら鳳翔は、

「うまく、カ級をだませたでしょうか?」

「ええ、この進路を見る限り、瑞鳳さん達に食いついていると思います」

鳳翔は、

「しかし、昨夜は驚きました。今でもこんな大きな艦が潜航できるなんて信じられません」と目を白黒させながら周囲を見回した。

いずもは

「まあ、潜るだけですけどね」と笑顔で答えた

昨日深夜、追跡するカ級から逃れる為、いずもとはるなはパラオ泊地艦隊から分離した。

正確にいえば、闇夜に紛れて潜航し、そのままその位置で待機したのだ。

何も知らないカ610号潜は、潜航したいずも達の直上を浮上航行したまま通過した。

鳳翔はその時の事を思い浮かべて、

「何となく、イクちゃん達の気持ちが分かった気がします」

「そうですね。私達の艦が潜航できるといっても、イクさん達の様に潜航中に敵を攻撃できる訳でありません。じっと耐えるだけですから」

いずもはそう答えた。

「でも、あのように身を海中へ隠せるという発想は凄いですね」と鳳翔は言うと、

「まあ、建造当時は、周囲からは奇人変人扱いでしたけど、米軍との演習でその効果がある程度あると実証されてからは、積極的に防空戦における防御手段として運用を考えられました」

鳳翔は少し意地悪い顔をしながら、

「この様な機能があれば、色々と戦術の幅も広がりますね」

「はい、今回の様に追跡を躱す事もできます。防空戦に於いて艦載機発艦後、身を隠して、飛来した敵機を躱す。接敵できずに右往左往する敵機に優位な位置から味方が迎撃するという事も可能です」

いずもはそう答え、

「どの時代でも、私達艦艇は、航空攻撃に弱いという原理は変わりません。如何に早く敵機を発見し、防御手段を取るか、それが勝敗を分ける鍵です」と力強くいった。

「それは、私も思います。自衛隊の皆さんの“戦場を情報で支配する”という意味の重要性を感じています」といい、

「それを学べただけでも、今回無理して御同行させていただいた成果です」と鳳翔

すると、いずもは楽しそうに

「聞きましたよ、既にF-35シミュレーターを乗りこなしているとか。それだけでなくて、最近はSH-60のシミュレーターも挑戦されてるとか」

すると鳳翔は嬉しそうな顔をしながら、

「はい、各飛行隊の皆さんにはご無理をいって申し訳ありませんが、せっかく学べる機会ですので」

するといずもは、

「いえ、全然かまいません。というかぜひこの機会に色々と学んでください」

「いずもさん」と鳳翔

「鳳翔さん。先日の泊地提督の話ではありませんが、今後数年の内に、日本海軍の航空機は急速に噴式化します。今の日本はこの分野は後進国ですが、私達のもたらす情報は最先端の技術です。問題はそれを使いこなす運用、“用兵”ができるかです」

頷く鳳翔

「ぜひ、鳳翔さんには、その先駆けになってください」

いずもは、鳳翔を見ながらそう力強く語った

「鳳翔、精進していきたいと思います」と鳳翔も力強く答えた。

その答えを聞き優しく微笑むいずも

 

心の中で

“やはり、次元は違っても鳳翔さんは鳳翔さんです。この前向きな志 此れこそ元祖 空母艦娘ですね”とつぶやいた。

 

いずもは以前、もといた世界で防衛大学校在籍中に戦後まで生き乗った戦中艦娘達の講義を受けた事がある。

赤城などの講師陣の中に、艦娘鳳翔も居た。

彼女達、実戦を生き残った艦娘達の講義は、どの教科書よりも貴重であり、その一言が重く、戦後派艦娘達へ多大な影響を与えたと言っていい。

とくに、鳳翔の講義は、貴重であった。

長きに渡り、深海棲艦と戦い、第二次大戦後は兵装を解かれ、復員船として多くの復員兵を戦地から日本へ送りとどけた彼女

そのどれもが、絶えず前向きに生きて来た証でもあった。

次元が違えど、こちらの鳳翔もまさにその通りの生き方をしている。

空母艦娘の先駆けである彼女は、艦娘の枠にとどまらず、飛行士としても優秀な素質を持ち自らの艦載機群を率いて、絶えず先頭で戦ってきた。

自らに必要な技術を学び、そしてそれを広めていくことに全力を投入しているといっても過言ではなかった。

その鳳翔が、新しくJET化する航空機へ挑戦しようとしている。

 

いずもは、

「新しい、日本海軍航空隊の基礎はできつつあります」と鳳翔を見ながら話すと、

「はい、私の艦ではF-35の運用は出来ませんが、オスプレイやロクマルなら十分可能です。今回の大規模改修はその為です。」と鳳翔は答えると

「今後の事を考えると、回転翼機の運用は必修です。ぜひこの機会に会得したいと思います」としっかりと答えた。

 

鳳翔はモニターを見て、

「敵は動くでしょうか?」

するといずもは、

「うちの司令は、間違いなく動くとみているわね」

「やはり、この仮設基地周辺海域に展開するヌ級艦隊でしょうか」

するといずもは、艦長席のモニタ―を切り替えた。

そこには、敵仮設基地上空8000mの高高度で飛行しながら、敵ヌ級艦隊を監視するMQ-9リーパーの監視映像が映し出された。

仮設基地の沖合に停泊するヌ級空母と軽巡ヘ級、駆逐艦ロ級が2隻、ハ級が2隻の計6隻が映し出された。

いずもは、

「まあ、瑞鳳さん達が相手にするには、丁度いい規模です。艦載機の数もほぼ互角、向こうは仮設基地の支援があるでしょうが、こちらは鳳翔さんの航空隊が控えています」

「そうですね」と鳳翔はいいながら、モニタ―を見て

「でも、こう相手の状況が手に取るように分かるというのも、ちょっとずるいですね」

すると、いずもは、

「その代わり相手は、裏で米国の最新武器を第三国経由で輸入しています。それだけでなく日本海軍の暗号解読情報や船舶、艦娘の情報なども第三国経由で流れていますから、おあいこです」

「しかし、私達の暗号が漏れているというのは、盲点でした」と鳳翔がいうと

「乱数表を使った暗号というのは、使用頻度が上がると解読されやすいです。しかし本来なら日本海軍の暗号は暗号書と乱数表がないと解読できないものです」

すると鳳翔は

「では、何処かで暗号書と乱数表が・・・」と言いかけ

「あっ、」と声を出した

いずもは、

「ええ、そうです。ルソン北部です。こんごうの報告では警備所内に暗号書と乱数表は保管されていたそうですが、多分複製を作られて敵の手に渡ったと見るべきですね」

「では、今回のマ号作戦も全容は既に」

「ええ、表の作戦は筒抜けの筈です」といずもは答えた。そして

「しかし、私達の存在や作戦行動は、完全に極秘です。敵が知っているのは、赤城さん達が陸軍を擁護してマジュロを奪還に来る事、そして大和さん達がマロエラップへ攻め入るという情報です」

いずもは続けて、

「そこへ、予定外の瑞鳳さんの登場で、向こうは慌てるはずです」

「自分達の得た情報に無い作戦行動があるという事ですね」と鳳翔が聞くと

「そうです。司令の考えでは、瑞鳳さんをあえて前線に近い所に置くのはそうやって相手を混乱させて、作戦を場当たり的にするのが目的です」

「対処療法ですか?」と鳳翔が聞くと

「はい。こうやって必ず相手より、一手先を打ち続ける事で相手は、自ら自壊し始めます」

いずもは

「我々が、勝ったのではなく相手が自ら敗北したという設定を作り上げる必要があります」

鳳翔は少し不思議そうな顔をしながら、

「前から不思議だったのですが、なぜこの様な受け身の作戦を。いずもさんの航空兵力と大和さん達の打撃力があれば敵艦隊を殲滅できるのでは?」

するといずもは

「問題はそこなんです」といい

「勝ち過ぎてはダメなんです」

「どいう事でしょうか?」と鳳翔が聞くと、

「昨日までの緒戦は此方が完全に優勢で進みました。敵はカ級10隻を損失していますが、此方は損害無しです」

「そうですね。ほぼ完勝です」

鳳翔がそう答えると、いずもは

「もし、この戦果をトラックにいる子達が聞いたらどうおもうでしょう?」

鳳翔は少し考え

「“勝機は我にあり、決戦を挑むなら今”とか言って、摩耶さんあたりが騒ぎそうですね、いずもさん」

「そうです。そしてその動きは必ず東京へ伝わり、世間を騒がすでしょう」

いずもはそう答えると、続けて

「そうなると、色々とこの勝利を使ってあらぬことを画策する連中も出てくるという事です」

鳳翔は急に表情を厳しくして、

「大本営ですか?」

「はい、それだけではありません。大本営から情報を得る新聞など報道機関。我々の時代ではマスメディアと呼んでいますが、彼らが勝利を煽り立てる事は間違いないでしょう」

「でも、いずもさん。国威発揚という部分ではそう言う動きも必要なのではないでしょうか?」

いずもは、

「確かに、国民に対して“強い日本”という姿勢を示す事は重要ですが、行き過ぎた国粋主義は危険です。特に自国優先という考えは国際協調を阻害し、ひいては国際社会からの孤立化を招きます」

いずもは続けて、

「確かに、他国に対する脅威、特に経済的な脅威においては、強行的な手段も必要ですが、あくまでそれは“政治”の世界で解決すべき問題であり、軍事力をもって解決するなど、中世の世代の考え方です」

いずもはそっと艦橋の窓の外に広がる海を見ながら、

「私達の先達は、それを310万柱という途方もない犠牲を以て、学びました」

深く頷く鳳翔

「負け過ぎず、勝ち過ぎずという事が重要なのですね」

「はい。指揮官とは勝つだけではなく、その先を見なくていけません」といずもはしっかりと答えた。

鳳翔は、

「それで、瑞鳳ちゃん達にあんな変な装備を追加したのですね」

「ええ、上手く出来ればいいですけど」といずもは一癖ある笑みを浮かべながら戦術モニタ―に映る一つの光点を指さし、

「上手くいくかどうか、それは彼女次第ですね」とカ610号潜の光点を睨んだ

鳳翔は

「という事は、今回の戦果も?」

「はい、皆さんには残念ですが、一部を除いて秘匿されます」

「一部?」と鳳翔が聞くと

「はい、陽炎さん達が仕留めた分は、戦果として報告されますが、それ以外の部分、こんごう達の撃沈した分やはるなの分は秘匿されます」

「いずもさん。では日本海軍が直接携わった分のみという事ですか?」

「はい。今頃瑞鳳さんから、トラックの司令部へD暗号で報告がされている筈です」

「えっ」と驚く鳳翔

「いずもさん。今、D暗号書って」

「ええ、既に深海棲艦が解読しているD暗号書を使った電文です」

すると鳳翔は

「それでは、こちらの情報が」

するといずもは、

「そこが狙いです」といい、モニター上で前方を進む敵潜水艦のエコーを指さし、

「すでに、この敵の監視艦は今回の戦闘の経過をマーシャルへ電文報告していると思います。多分その報告を受け取ったマーシャルではこんな一方的な戦いはという事で、この監視艦の報告を疑問視している頃でしょう」

頷く鳳翔

「しかし、瑞鳳さんからそれを一部肯定する暗号電文が発せられたとなると、この監視艦の情報の信憑性が増します。マーシャルの司令部はこの艦の報告を真実として受け止め、今後の作戦を計画する」

「では、わざと此方の情報を流して相手を信用させるという事ですか?」

「はい。一度情報の信頼性ができれば、それを再度疑う事はあまりありません」といい、

「昔から、人を騙すには、与えた情報にほんの少しだけ事実を加えれば、嘘も真実になります」

鳳翔は呆れ顔をしながら

「これは、自衛隊司令さんがお考えになったのですか?」

「ええ、彼は昔からこの手の事が得意でしたから」

すると鳳翔はそっといずもの耳元で、

「いずもさん、だいぶご苦労なされたのですね」と囁いた

「ええ、近いうちに倍返ししてもらいますから」といずもはほほ笑んだ。

 

 

その頃トラック泊地の春島錨地では、パラオ泊地所属の軽巡由良が投錨し、停泊作業を終えていた。

その由良に、一隻の連絡艇が横付けされた。

連絡艇には、ヒ14油槽船団を率いて来た元第三戦隊司令であった元中佐と、給糧艦である艦娘間宮が乗っていた。

ラッタルを降りて連絡艇に乗り込んだ艦娘由良の顔を見た元中佐は、

「由良、どうした。えらく不機嫌だな」と声をかけると、

「えっ」と言いながら、両手で頬を押さえた。

「そんなに変な顔でしたか?」

「お前、眉間にしわが寄ってたぞ」と元中佐に言われ、

「いえ、そんな」と言葉を濁したが、元中佐は

「どうせ、旦那がまたやらかしたか?」

すると由良は急に真顔になり、

「中佐、聞いてください! さっき瑞鳳ちゃんに無線をいれたら提督、瑞鳳ちゃんの所で何もしてなくて、報告書類が山のごとくなってますって、瑞鳳ちゃんが!!」と急に捲し立てて言い始めた。

結局、元中佐と間宮は、直ぐ目の前の大和に着くまでの短い間、由良の愚痴を聞く羽目になった。

大和に着くころには由良の愚痴も収まり、普段の由良にようやく戻ったのであった。

大和の左舷後方の舷門横に接舷した連絡艇

舷梯に乗り移る由良、そして足の悪い中佐を補佐しようと手を出そうとした所、舷門から

「Hi!! 中佐!!!」と元気な声が聞こえた。

見上げると、そう金剛である。

一気に舷梯を駆け下りてくると、

「中佐 会いたかったネ!」と元中佐に抱きついた。

「おう、元気だったか!」と元中佐も気さくに答えると、

「金剛は、元気デス!!」と何時もよりハイテンションな返事が返ってきた。

そんな二人に全く動じる事の無い由良と間宮は、スタスタと舷梯を登り、舷門へ出た。

舷門には三八小銃を担いだ当番水兵と大和副長が待っていた。

由良は大和副長の前までくると、

「申告します。パラオ泊地所属軽巡由良、給糧艦間宮並びにヒ14油槽船団長、乗艦許可願います」

すると大和副長は、

「はい、許可致します。お待ちしておりました」と答え、

「既に長官と三笠様は士官室にてお待ちです」

そう言うと、由良達を大和幹部士官室まで案内した。

日本海軍有数の超大型艦である大和であるが、意外にその艦内の通路は狭い。

護衛艦いずもの広い通路を見慣れた由良は、通路を歩きながら

「やはり、こう言う所にも80年という差を感じるわね」と思いながら、間宮と揃って通路を歩く。

時折白い艦内服を着た水兵妖精達とすれ違ったが、皆副長や由良の姿を見ると、即通路を開け、一礼して彼女達を迎えた。

「流石、聯合艦隊旗艦です。規律もいいですね」と由良が言うと間宮は、

「私の艦は、軍人より軍属の調理人の数が多いですからね、少し緊張します」

そんな二人とは対照的なのは、後を歩く元中佐と金剛

今回もしっかりと中佐の手を取り、介添しながら歩いていた。

「金剛さん! 聯合艦隊旗艦の中ですよ!」と由良がむっとしながら言うと、

「由良も、提督に合えなくて寂しいデスネ」と余裕の表情で返す金剛

「まあ、二人ともその辺で」と結局、元中佐が割って入った。

そんな会話をするうちに幹部士官室の前に来ると、副長がドアをノックし

「大和副長入ります」というと、静かにドアを開けた。

副長に続き、由良達も幹部士官室へと入った。

そこには山本長官、宇垣参謀長、そして三笠が待っていた。

由良達は山本の前に並ぶと、

「パラオ泊地駐留艦隊旗艦由良、給糧艦間宮並びに第14油槽船団、到着いたしました」

と一礼し報告した。

山本が

「由良、護衛ご苦労」と労いの声をかけると

「はい、自衛隊のきりしまさん、あかしさんの支援もありましたし、白雪ちゃん達も頑張りましたので、航海無事終了する事ができました」

「うむ」と頷く山本

「間宮、中佐。ルソンからの行程、ご苦労だった」と間宮や元中佐に声を掛ける山本

間宮が、

「はい。ルソン中部を出る際に、既に海域の潜水艦掃討作戦が完了し、このトラックまでは一定の安全が確保されていると聞きましたし、パラオからはあのような立派な空母と巡洋艦に護衛していただき、間宮感謝しております」

元中佐も、

「今回も白雪達が頑張ってくれましたから、道中特に問題なく」と答えた。

「まっ、立ち話もなんだ」といい、山本は席を勧めた。

金剛は、元中佐の椅子を引いて、元中佐の着席を介添していた。

「中佐、至れり尽くせりじゃの」と三笠がニヤニヤしながら言うと、

「はい、有難いかぎりです」

すると金剛は珍しく顔を赤くしながら、

「中佐、有難うネ」恥ずかしそうに言った。

すると宇垣は、

「ほう、金剛でもそんな顔するとは、いや驚きだな」といい、

「青葉がいたら、今週のネタになったろうに」と冷やかした

真っ赤になる金剛

 

元中佐が宇垣参謀長を見ながら、

「参謀長殿、そう言えば大淀や青葉の姿が見えませんが?」と聞くと、宇垣が

「済まんな。昨日、瑞鳳達が一戦交えてな。今その戦果の作文中だ」

すると元中佐は

「先程、由良から少し聞きましたが、二日でカ級10隻、当方の被害はなしとなれば大戦果です。軍令部あたりが聞いたら小躍りして喜びますが」

宇垣は、

「そうなるとあらぬ事を色々と考える輩が多いからな。特に自衛隊が絡んだ戦果は情報統制がいる」

「では、いつもと逆ですか?」と元中佐が聞くと、

「そうなるな」と宇垣は答え、手元の海図を広げた。そして

「いま、瑞鳳達の後方には、深海棲艦のカ級監視艦が一隻張り付いている。昨日の瑞鳳の周辺で起きた対潜活動については、この監視艦が目撃している」

海図上に並べられた青や赤い駒を見る元中佐達

宇垣は

「いま、大淀に手配させ、自衛隊の通信網を使い、“昨日敵潜水艦3隻を撃沈、瑞鳳雷撃を受け被弾、但し魚雷は起爆せず船体の一部を損傷。速力微少に低下するも艦載機の運用に支障なし、対潜活動継続”という電文を瑞鳳に送る。その電文はそのまま瑞鳳からこちらへ海軍D暗号で返信される」

元中佐は口元に笑みを浮かべながら、

「成程。敵が既に此方のD暗号を解読しているという所を上手く使う訳ですか」

「ああ、奴らは瑞鳳から発信されたD暗号をマーシャルやミッドウェイで解読する、そしてこの監視艦からの報告と合わせて、瑞鳳が損傷しているのではないかと勘繰るはずだ」

横から山本が、

「それだけではない。昨夜の内に自衛隊のいずもさん達はこの監視艦の探知範囲外へ移動した。この暗号電文をみたマーシャルの敵司令部はどう思うかだな」

元中佐は

「まあ、普通なら貴重な大型空母をこれ以上危険海域へはおけない。後方へ下げたと判断するでしょう」

「まっそういう事だな。そうなれば、敵から見れば自分達の攻撃可能範囲内にいる軽空母と数隻の駆逐艦という、恰好の餌だな」と宇垣が言うと

「そう上手くひっかかりますか?」

すると宇垣は

「解らん」ときっぱりと答えた。

「えらくいい加減ですね」と由良が呆れながら聞くと、宇垣は

「お前の旦那と、自衛隊司令の発案だ。此方から流す偽情報に適度に事実を混ぜて相手を信用させる。相手が此方の偽情報を鵜吞みにし始めた所で、更に偽情報を流して混乱させる作戦だ」といい、

「確かにパラオの提督は前からこの手の策略が得意だが、最近は鋭さに磨きがかかったな」と山本が付け加えた。

元中佐が、

「なにかありましたか?」と聞くと、宇垣が先日の陸攻の件を話した。

呆れ顔になる由良、そして膝を叩いて笑う元中佐

由良は

「確かに、前から哨戒用に陸攻が欲しいとは言っていましたけど、写真と交換って」

「まあ確かに、最新の噴式エンジンの情報と陸攻1機なら安いかもな」と元中佐。

そう言いながら元中佐は、

「では、これも価値がある物です」といい間宮を見た。

すると間宮は、持参した風呂敷の中から竹の皮に包まれた羊羹を取り出し、山本と三笠の前に置いた。

「私の艦の和菓子職人から長官と三笠様へという事で預かってまいりました」

「おっ、」と大の甘党の山本の表情が緩んだ。

「済まぬの」と三笠

間宮が、

「直ぐにお食べになりますか?」と聞いたが、山本は

「本当なら今直ぐ食べたいところだがな、この後来客と昼食でな。冷やして、客人と頂く事にしよう」と言いながら、受け取った羊羹を士官室付きの水兵妖精へ渡した。

一礼しながら受け取り、大切に調理場へ運ぶ水兵妖精

元中佐は、

「宇垣参謀長には、これを」といい、持参した鞄の中から大型の封筒を取り出した。

静かに、封筒を宇垣参謀長へ渡す元中佐

「これか?」

「はい、参謀長。ルソン北部警備所で回収した、深海棲艦の暗号電文書と乱数表です」

宇垣は封筒を受け取り、中にある2冊の小冊子を取り出した。

まず一冊の小冊子を手にとり、そっと開く

「乱数表か」

そこには、各ページにびっしりと書かれた数字の羅列があった。

乱数表を山本へ渡すと、次にもう一冊の冊子を取って

「これが乱数に対応する暗号書だな」といい、ページを開いた瞬間

「なっ! なんだこれは!」

宇垣のあまりの驚きように、山本は

「どうした、参謀長」

「長官、これを」

宇垣は手に持った暗号書を山本へ渡した。

山本はポケットから老眼鏡を取り出し、それをかけると、そっと暗号書を開いた

「ほう、これは」と唸る

そこには、乱数表に対応する数字と、その横には動物や山、川とおぼしき図形化された絵と発音記号らしきものがびっしりと書き込まれていた。

暗号書を見た山本は

「古代文字のような感じだな。三笠分かるか?」

暗号書を受け取り、中身を見た三笠は

「これは、深海棲艦の古代文字ではなかろうか?」

「深海棲艦の古代文字ですか?」と宇垣が聞くと、

「以前、自衛隊のいずも殿から聞いた事があるが、深海棲艦の起源については、80年後の向こうの世界でも諸説紛々でまだ解き明かされておらんそうだ。ただ元は一つの海洋民族であったものが、分離し、群体を形成し各群体 独自の形態になったというのが、いずも殿達の時代の定説じゃ。その元になった母体で使われていた古代文字、神聖文字の類ではないかの」と三笠は答えた。

元中佐が

「自分もそう考え、パラオへ寄港した際に、いずもさん達の意見をと思っていましたが、入れ違いでしたので、残留していた自衛隊の司令部で複製を製作してもらい、自衛隊で検証してもらえるように依頼してきております」

山本は、

「三笠、我々で言えば、地方の方言みたいなものか?」

「まあ、そういう事じゃな」

宇垣が、

「しかし、困りましたな。こうなると直ぐに使えないです」

「そこが、狙いだろうな」と山本が言った。

「どういう事ですか?」と宇垣が聞くと

「この手の文字は、深海棲艦といえど、全ての人員が知っている訳でないはず。古代文字という事は既に廃れ、解読できる者も少ない」

宇垣は、

「では、身内でも読める人員は限られるという事ですか? 長官」

「そう言う事だな。限られた要員や権限のある者しか読めない。その上、敵に鹵獲されてもこの様に全く意味不明な絵の羅列では手も足もでんな」

と山本は言いながら暗号書を手に取り、

「本来ならそうだろうが、此方には自衛隊の資料がある。共通性を見つけ出し解読する事もできる」

宇垣は頷きながら、

「間宮、この乱数表と暗号書の鹵獲は漏れていないな」

「はい、両資料ともルソン中部司令が北部警備所から直接回収しました。他の者は触っておりません。情報操作し、北部警備所の襲撃の件は外部にはまだ漏れていません。周囲の民間人も口裏を合わせています」

宇垣は

「お前が受信した、北部警備所発の電文は?」と聞くと

「はい、此方に」といい、少し薄い冊子を取り出し、宇垣へ渡した。

「これも、パラオで複製を作り自衛隊の情報機関で、乱数表との整合性を検証していただいております」

三笠は金剛を見ながら、

「金剛、いずも殿へ鹵獲した敵暗号書の解読が可能かどうか電文を頼む」

「了解ネ」と金剛はいうと、懐から自分のタブレット端末を取り出し、いずもへ直接、電子メールを送信した。

器用にタブレットを操作する金剛に、元中佐は

「流石、艦娘だな。もう操作を覚えたのか?」

「とってもEasyネ。私の艦の主砲を撃つ方が大変」

金剛が操作するタブレットを興味深そうに見る間宮

「あの、それ由良さんとか睦月ちゃん達ももっていましたけど、なんでしょうか」

「これですね」と間宮の横に座る由良が自分のタブレットを取り出した。

「これは、タブレット端末という携帯型の通信機です。自衛隊さんの通信網の範囲なら、電話の様な通話に電文、写真撮影などもできる便利な機械ですよ」と自分のタブレットを起動した。

じっと画面を見る間宮

起動画面の後、直ぐに待ち受け画面が出たが、それは

「あら、パラオの提督さんですね」

由良のタブレットの待ち受け画面は、パラオの提督とのツーショット写真であった。

「あっ」と慌てる由良

慌てながら由良は、

「間宮さん、こんな事もできるんですよ」と タブレットを操作して、料理のレシピを数多く画面に表示した。

「えっ、この料理の写真は!」とぐっとタブレットを覗き込む間宮

「はい、各地の郷土料理だけでなく、各国の料理の作り方が載っていますよ」

由良がそう言うと、間宮は

「由良さん。今度ゆっくりと見せてください!」とぐっと由良を見た

「ええ」と間宮の気迫に押されながら、答える由良

そんな二人を見ながら、元中佐が

「そう言えば、この艦の主が見えませんが?」

「ああ、大和なら、いま客人を迎えに出ておる」と三笠が答えた

「客人?」と元中佐が聞くと、

宇垣が、

「今朝、君達が入港する前に、例の陸軍の上陸部隊が到着した。指揮を執る山下中将が挨拶したいと申し入れがあった」

元中佐は

「夏島錨地にいた船団ですね」と聞くと、宇垣は、

「ああ、今夜あたりは夏島の繁華街は陸軍で貸し切りだな」

山本は、

「遠路台湾から来てくれたんだ、そこは多目に見ても良かろう」

「で、山下中将とはどのようなお話を」と元中佐が聞くと、

「まあ、差し障りのない所といきたいがな」と宇垣がいい、

「実は、陸軍内部で足並みが揃っていない」

「参謀長。どういう事ですか?」と元中佐が聞くと、

「実は、中々陸軍のマジュロへの上陸作戦の内容がつかめないので、台湾の高雄駐留部隊を経由して調べさせたが、どうやら大本営陸軍参謀本部と山下中将側とで、意見の対立があったらしい」

「意見の対立?」と元中佐

宇垣は、

「まだ本人に確認したわけではないが、陸軍参謀本部は今回のマジュロへの上陸作戦を 現地島民を犠牲にしても成功させよと厳命したらしい」

「それは!」と唸る元中佐

「まあ、人情に厚い山下中将の事、そんなことは出来んと突っぱねて、海軍と協力して人的被害を最小にすべきと反論したらしい」と宇垣が答えた。

「でしょう」と元中佐が言うと

「最終的に、参謀本部は命令を押し切ったらしいが、あれこれと理由をつけて山下中将は、出撃を渋ったらしい」

山本は

「まあ、彼の気質を考えればそうなる、ここは膝を交えて、話してみるか」というと、三笠も

「山下殿には、ルソンで世話になったしの、此処は前線指揮官同士、じっくりと話そうではないか」

そう静かに語った。

 

その頃、夏島にある陸軍トラック泊地守備隊の司令部では、怒鳴り声が響いていた。

「貴様! 正気か!!」

「はい、山下中将。我々参謀本部としては、早急にマジュロへの上陸作戦を敢行すべきであるとの意向です」

司令部の応接室では、台湾よりマジュロへの上陸部隊を率いて来た陸軍山下中将と大本営参謀本部付きの例の陸軍将校とがテーブルを挟んで対峙していた。

「確かに命令は受領している。速やかにマーシャル諸島マジュロへ上陸し、同地域を支配下へ置き、統治権を回復せよということであった」

「はい」と頷く陸軍将校

「上陸作戦は君が心配ぜずとも必ず実施する。しかし今はその時ではない。海軍の実施するマ号作戦と連携し、海域の航路確保が済んでからだ!」

すると陸軍将校は

「それでは、遅いのです」

「遅いだと!」と山下中将は陸軍将校を睨んだ。

恰幅のいい、指揮官らしい堂々とした風貌で、ぐっと陸軍将校を睨む山下中将。

「はい、海軍のマ号作戦が実施されれば話題は其方へ向き、我が陸軍の上陸作戦の意義が薄れます。我々が苦難を乗り越えて上陸作戦を実施したという事に意義があるのです」

すると山下中将は、

「君の話では、上陸作戦を行う事に参謀本部としての意義があり、成果はどうでも良いと聞こえるが」

「いえ、決してそのような事は」と陸軍将校は言うと

「あの名高い南方軍の山下閣下の事、作戦の成功は間違いありません」陸軍将校は言うと、

「参謀本部といたしましては、早急にこのマーシャル諸島での統治権を回復し、本地域における態勢を確立し、ひいてはツバル、フィジーに至る戦線を構築するのが目的であります」

「お前達の本音はそこか!」と山下中将は参謀本部将校を睨み、

「そして、ソロモンを迂回し、オーストラリアへ至る戦線を構築し、ひいてはアフリカを制した独逸と協力してオーストラリアの占領か」

「はい」と静かに、不敵な笑みを浮かべながら答える陸軍将校

山下中将は遂に、

“ドン!”という大きな音を立て、テーブルを叩くと

「貴様ら参謀本部は、支那大陸であれだけ好き勝手な事を画策し、現場の部隊へその責任を押し付けただけでは事足らず、こんどは太平洋で勝手に動くとは!」

すると陸軍将校は、

「中将閣下、我々は勝手に事を進めておる訳ではありません。全て陸海軍の参謀で協議の上、陸海軍本部の御承認を頂いております。これは戦争遂行の準備です」

「いいか! 対米開戦は陛下の御意志により避けられた。これ以上戦火を広げれば、陸軍とてただでは済まんぞ! 分かっているのか」

「勿論です。しかし、陛下と言えども、全てをお知りになっている訳ではありません。要は結果を残せばいいのであって、過程は我々にお任せいただければ、我が皇国は安泰です」

 

山下中将は、

「話にならん!」と言い切ると、

「マジュロへの上陸作戦は行う。但しそれは海軍のマ号作戦と歩調を合わせてだ。我々陸軍の独断専行など言語道断。もし貴様が参謀本部権限で勝手に兵を動かした場合、それなりに覚悟してもらう」

陸軍参謀将校はぐっと山下中将を見た。

「山下閣下 我々はなにも」

「聞く耳持たん! 出直せ!!」ときっぱりという山下中将

 

山下の後方にいた副官がそっと山下に近づき、

「閣下、そろそろお時間ですが」

山下は腕時計を見て

「今の話は、聞かなかった事とする」と言うと、一言

「戦車では、海は渡れん。覚えておけ」と言い放ち、乱暴に席を立つと、部屋を後にした。

 

山下中将が退室した後、数名の守備隊の将校達が入室してきた。

「山下閣下はご賛同いただけましたか?」と一人が聞くと、参謀本部将校は

「やはり、無駄だった。頭が固い」と呆れ顔でいった。

「旧態依然とした思想に取りつかれている」

「では、」

「ああ、心配するな」と参謀本部将校は言うと

「策は色々とある。要は我々がマジュロへ上陸し、南進する事に意義があるのだ」

そう自分に言い聞かせた。

 

山下は、守備隊司令部を出ると、外で待機していた憲兵隊の先導の元、車で桟橋までくると、海軍の迎えの連絡艇へ向った。

連絡艇の前では、艦娘大和、そして夏島司令部より駆けつけた大淀が待機していた。

桟橋を副官と従卒を伴い歩いてくる山下中将を見た大和達は、姿勢を正し、深く一礼し、

「陸軍南方軍 山下閣下。ようこそトラック泊地へ」といい、

「聯合艦隊単独旗艦 大和で御座います」

「同じく、聯合艦隊司令部秘書艦総括 大淀です」

「山下だ、宜しく頼む」

「はい、ではご案内させて頂きます」と大和は言うと、連絡艇へ案内した。

舷梯を歩く山下へ向い大和は、

「御足もとにご注意ください。少し揺れますので」とそっと手を差し出しと

「いや、かたじけない」といい、大和の手を取り、舷梯を歩く山下

副官や従卒もそれに続き、最後に大淀が乗り込むと、直ぐに舷梯が外されて、連絡艇は春島錨地に浮かぶ戦艦大和へと舵を切った。

連絡艇内で、大和は周囲を見ながら、山下へ、このトラック泊地についての説明をした。

「この島々全て、海軍の拠点なのか?」と山下が聞くと

「はい、全てという訳ではありませんが、大きな島には各部隊の拠点があり、航空基地も複数あります。各種の保養施設なども完備しておりますので、長期の作戦にも支障はありません」

「先程の夏島だけでも、かなりの繁華街があったが」

「はい、やはり夏島が一番発展しています。日本から料亭なども来ていますので、台湾からの長旅の疲れをいやすにはもってこいです」

山下は、

「ここまでの拠点を作り上げるには、大層苦労されたろうな」

「はい、先達の方々のお蔭です」と大和は答えた。

 

そう言ううちに、連絡艇は春島錨地沖へとたどり着いた。

目前に戦艦大和が迫る、直ぐ横には、戦艦三笠、そしてその隣には、長門が控えていた。

山下は、戦艦三笠をじっと見て

「噂には聞いていたが、やはり」と呟き、

「やはり、あのお方はご自分で出るつもりなのか!」と息を飲んだ。

 

山下は、戦艦大和、そして三笠、長門を見比べながら、

「やはり、戦艦はいいものだな」と呟いた。

目前にある最新鋭の超弩級戦艦大和。

この距離までくると、正に「鋼鉄の山」というのが正しいか。

まだ新しく、そのペンキの輝きも失われていない。

そして、長門

歴戦の勇士と言うべき風貌を持ち、威風堂々たる姿である。

正に、長年「日本海軍の顔」として聯合艦隊旗艦を務めただけの貫禄を感じる

しかし、そんな2隻を従え、中央に陣取る戦艦三笠

大和や長門から見れば、まるで小舟という程小さい。

しかし、その三笠から漂う戦艦、戦う船としての威圧感は、他の艦とはまるで違う。

山下は

「自分も陸軍の中では、重責を担う者という自覚はあるが、やはりあのお方から見ればまだまだ小童という事だな」

そう思いながら

「これからお会いする山本長官や宇垣参謀長、そして三笠様との会見。今作戦を成功に導く為にもぜひ有意義な会談にせねば」

そう自身に言い聞かせ、自らを鼓舞した。

連絡艇は、静かに、丁重な操船で、大和の舷側へ接舷する。

山下は、大和に先導され大和舷梯を登っていく。

登り切った先には、大和の舷門がある。

真っ白く染み一つない水兵服を着た2名の水兵妖精が、着剣した三八式小銃を持ち、

「捧げ銃!」と号令を掛け、上甲板へ上がって来た山下達を出迎えた。

山下は、出迎えの舷門兵の前で、立ち止まり、姿勢を正し答礼しながら、前を見ると、そこには、何と艦娘三笠自ら出迎えの為立っていた。

「久しいの、山下殿」と笑みを浮かべながら山下を迎える三笠

山下中将は、驚きながら姿勢を正し、三笠の前に立つと、敬礼しながら

「ご無沙汰しております、三笠様」と恐縮しながら挨拶した。

「なに硬い挨拶はなしじゃ、遠路ご苦労であったの。道中どうであったかの」

すると、山下は

「はい。海軍のご厚意で護衛の駆逐艦をつけて頂き、無事何事もなく」

すると三笠は

「なに、大事な陸軍部隊。海の上の安全を保障するのは我が海軍の務めじゃからの」

三笠は、そう言うと、自ら山下中将を案内しながら大和の上甲板を歩き始めた。

歩きながら三笠は

「山下殿。どうじゃこの大和は」

「はい、正に海に浮かぶ鋼鉄の城。壮観であります」そう言い

「この様な立派な船を建造できる、海軍の力は世界有数でありますな」というと、三笠は立ち止まり、そっと壁面を手で撫でながら

「山下殿、この艦は陛下より賜った大切な国の宝。この大和の艤装一つ一つに国民の陛下を思う気持ちが込められておる」

すると三笠の後に控える大和も

「私のような若輩者に、この様な立派な艦をお与えくださった陛下。そしてこの艦を建造するにあたり国民の皆様の貴重な資産を使わせて頂き、大和感謝の言葉もございません。皆さまの負託にこたえるべく、今作戦、大和。艦首の菊花紋章に恥じぬよう全身全霊もって戦わせていだだきます」

三笠は、そっと大和の横に停泊する自らの艦を見ながら

「微力じゃが、儂も出る」と静かに語った

それを聞いた、山下中将は焦りながら

「三笠様自ら出陣なされるのですか!」

「そうじゃ、儂自ら水雷戦隊を率いて、敵へ切り込む!」

山下は慌てながら、三笠の前へ出て、

「幾ら海軍が、指揮官先頭の精神をもっているとはいえ余りに危険! もし陛下がお知りになれば、即御止めになります」というと、三笠は

「例え陛下といえど、儂が行くと決めれば、お許しくださる。それが儂ら、艦娘の定めじゃからの」

「しかし」と言いかけたが、急に開放されていた壁面の防水ハッチの中から

「山下中将、三笠は言い出したら聞かないからな、まあ諦めてくれ」

中から声を掛けてきたのは、なんと山本長官であった。

「山本長官」と山下中将は姿勢を正し、敬礼して

「本日は、急な訪問をご容赦ください」と挨拶した。

すると山本は、答礼しながら、

「いや、遠路ご苦労様です」と言いながら、

「ようこそ、トラック泊地へ」と言いながら、艦内へ入る様に勧めた

艦内へ入り、通路を歩きながら三笠は

「お主は、士官室でまっておるのではなかったか?」と聞くと

「中々お前が帰ってこんから、用足しのついでに、見に来たという事だ」

スタスタといつもように士官室へと入る山本達

士官室では、宇垣が待っていた。

「長官、山下中将とご一緒だったのですか?」と宇垣が聞くと

「ああ」と答えながら、椅子の前に立った。

向って右手奥の上座から、宇垣、山本、三笠。 少しあけて大和に大淀が立った

対面には山下中将、その横には副官が立ち、後方の壁面に従卒兵が控えた。

山下中将は、腰に下げた軍刀を従卒へ預けると、姿勢を正して一礼し、

「陸軍南方軍 マーシャル諸島進駐部隊の指揮を執ります山下です。よろしくお願いいたします」と丁重に挨拶した

対する山本も

「遠路ご苦労でした」と答えながら、

「まあ、掛けて」と言いながら、席へ付いたが、山下と副官はまだ立ったままであった。

「どうしたのじゃ」と三笠が聞くと、

「お詫びを」と山下中将はいい、再び姿勢を正して

「先程、陸軍守備隊の司令部で聞きましたが、陸軍参謀本部の情報将校が、パラオ泊地に於いて、泊地所属の艦娘さんに暴行を加えたとの事。自分の知らぬ事とはいえ、陸軍の失態である事には間違いありません。陸軍を代表する者として、深くお詫び申し上げます」と深々と副官、従卒共々頭を下げた。

それを見た山本は

「まあ、頭を上げ給え」といい

「その件についてだが、此方にも落ち度はある」と言いながら

「その陸軍参謀と同行していた、此方の軍令部参謀も本来ならその暴挙を止める必要がありながら、自ら加担した。そういう意味ではこちらもある程度の非はあるという事だ」というと、宇垣参謀長が、

「今回の件は、正式に聯合艦隊司令長官の名前で、陸海軍本部へ抗議文を送っています。此方としては、陸海軍の両大臣の判断を待っているという所です」

「しかし、それでは示しがつきません」と山下はいうと、

「恐れ多くも、明治天皇陛下より、大権を授かった艦娘さん達に手を上げるなど言語道断です」というと、宇垣は、怪訝な顔をしながら

「山下中将。手を上げるとは?」

「はっ、自分がここの守備隊の者から聞いた話では、パラオ泊地で現地の艦娘さんと押し問答になり、突き飛ばしたという事でありましたが」

すると、宇垣は

「実は、それ以外にも連合艦隊預かりの特務艦隊の艦娘に、軍刀を抜いて威嚇した」

「なんと!」と驚きの余り声を失う山下。

横の副官を見たが、副官も知らなかったようで、顔を横に振った。

山下は身を乗り出して

「ならばなおの事、今直ぐ守備隊司令部へ戻り、自分と副官、上陸部隊の上級将校の3名でここトラック泊地で簡易軍事裁判を開き、処罰いたします」といい、動こうとしたが、山本が手で制して

「まあ、山下中将」と山本が手で制して、

「立ったままもなんだ」といい、席を勧めた

おずおずと席に着く山下と副官

従卒兵は、壁面にある椅子へと掛けた

山本は、

「実は、それにはまだ続きがあってな」

「続きですか」と山下が聞くと、宇垣が

「特務艦隊の艦娘さんと睨み合いになったんだがな、別の腕っぷしの立つ艦娘にとっつかまって、気を失うまで平手打ちでのされたそうだ」

「はっ?」と山下

山本は

「まあ、そう言う事でな、此方としては、これ以上作戦前に事を荒立てる訳にも行かん。当事者であるパラオ泊地の提督からも、幸い当方にさしたるけが人も居ないことから、ここは穏便にという事で、処分は東京へ一任してある」

「はあ」

三笠も

「儂からも、その陸軍参謀には釘を刺しておる。安心せい山下殿」

「三笠様も!」

頷く三笠

「まあ、そう言う事であれば」と頷く山下

 

山本は、時計を見ると、

「大和。準備は?」

「はい、整っております」

そう言うと、士官室付きの水兵妖精に小声で何かいうと、水兵妖精は、退室し直ぐに戻ってきた。

数名の水兵妖精達が、大きなトレーを慎重に持ちながら、山下の横へ来ると、

「失礼いたします」と声を掛けながら、山下や副官の前に、コップやお箸などを揃え、テーブルの上に並べ始めた。

「山本長官。これは」と山下が聞くと

「いや、昼には少し早いが、遠路きてくれたんだ、飯もださんで帰したなんて事になると、海軍はけち臭いなどと言われかねんからな」と笑いながらいうと、

「そのような事は」

「まあ、そこは冗談だが。色々と話もある。腹が減っては何とかだ」

山下は、後方で待機する従卒兵を呼び

「軍刀はそこへ置いたままでよい、お前は廊下で待機していろ」

「はい、閣下」と一礼し、部屋を出る従卒兵

山下は、内心

“食事という場を作りながら、内密の話か? 余程情報漏洩が怖いと見た”

入口のドアが開き、白い給仕服を着た水兵妖精達が入ってきた。

大きなトレーの上には大き目のお皿が二つ、その上には、見事な大振り鯛が2匹乗っていた。

「ほう、鯛ですか」と山下が聞くと、

「はい、トラック泊地で捕れた鯛です。酒蒸しにしております」と大和が答えながら、見事にナイフとフォークを使い、山下達へ切り分けていく。

鯛の酒蒸しに、温野菜がそっと添えられた。

頃合を見計らい、給仕員の水兵が冷えたビール瓶を山本の前に置いた

山本は、冷えたビール瓶を持つと。

「まあ、昼間っから飲んだくれる訳にはいかんが、少しはいいだろ」といい、山下へビール瓶を差し出した

「こっ、これは申し訳ございません」と言いながら、杯を受ける山下。

宇垣や三笠達の達のコップにもビールが注がれ、山本が

「では、マーシャル諸島解放作戦の成功を祈り」といい、乾杯の音頭を取ると、

皆静かにグラスを上げた。

山下は、静かにビールを口へ含んだ。

喉元を通る冷えたビールが、南洋の暑さを忘れさせてくれる。

空いた山下のグラスへそっと大和が、酌をしながら、

「鯛も冷めないうちにお召し上がりください」

「では、」と山下は言いながら箸をとり、そっと鯛の身を取ると、口元へ運んだ

口へ含むと、柔らかく蒸された鯛の身がほぐれ、いい香りが口いっぱいに広がった。

「うん、旨い」と唸る山下

そして、

「この様な上手い鯛は久しぶりです。本土の高級料亭の味ですな」

すると山本は

「まあ大和は、聯合艦隊旗艦という役割上、戦闘艦としての能力はもちろんだが、砲艦外交もできるように、給仕員は一流どころを揃えてある。お蔭でおれは体重が増えそうだよ」と笑いながら答えた。

大和も

「食材の味を十分生かしながら、調理する事に心がけております」と答え

「今日の鯛は、宇垣参謀長がご用意なされました」

「おっ、参謀長自らですか」と山下は驚くと、宇垣は

「いや、この大和のいる錨地付近は水深が深くて、いい瀬が多い。釣りをするにはもってこいだ」

「では、宇垣中将自ら釣って頂いたのですか」

「ああ、ここでは、それ位しか娯楽もないしな。釣り放題だ」と笑いながら答える宇垣

山本が

「丁度、大和がいる位置がいい瀬になっていてね。暇があれば皆で釣三昧だな」

「これは、有難い」と軽く一礼する山下

その後、お互いの近況や台湾の状況などを話しながら、食事も終わり、食後の珈琲がテーブル上に並べられた。

給仕員が、各々の前に小皿に盛られた羊羹を並べた

山下は、

「ほう、羊羹ですか」と聞くと、山本が

「今朝、ルソンから間宮が入港したのでね。早速もって来てもらった」

「では、これが噂に名高い、海軍御自慢の給糧艦 間宮さんの羊羹ですか」

「ああ、一流どころの和菓子の老舗にも負けない味だ、さあ」といい山本は羊羹を進めた

「では」といい山下は、小さな楊枝で、一切れとり、口元へと運んだ

「う~ん、旨い」と唸る山下

甘すぎず、といってぱさぱさした感じもない、程よい甘さが口の中に広がる

「小豆の風味が素晴らしいですな」というと、三笠は

「これはな、こうやって行儀よく食べるのも良いが、やはり一番うまいのは、戦闘中に艦橋で丸ごと一本かじるのが一番うまい食べ方じゃな」と笑いながら話した

「えっ、戦闘中にですか?」と山下が言うと

三笠は

「山下殿。主砲の号砲響くなか、この羊羹をかじるのは、最高であるぞ」

驚く山下に宇垣が

「山下中将。まあ艦娘とはいえ、女性です。極度に緊張した状況が続く砲戦。甘味が彼女達の気力を保ってくれるのは事実です」

山本も

「まあ、これが男なら、酒だという事だろうが」

すると三笠は

「戦の最中とは言え、腹はすく。この羊羹をかじりながら思うのじゃよ。“儂はまだ生きておる”とな、そして“必ず帰る”とそう自身に言い聞かせるのじゃ。気力で負けては、戦は勝てん」

山本は、

「実際、今回わざわざ護衛まで付けて間宮を、ルソンから呼んだのも、作戦に参加する艦娘達へ、羊羹等の糧食を支給する為でね。これがあるとないとでは、士気に影響を及ぼすほどだよ」

「そこまで」と山下は言うと、宇垣は、

「今頃、夏島の艦娘寮の酒保は 買い出しの艦娘達で大騒ぎだな」

すると大和が、そっと

「その、私の艦からも買い出しに」

「お前もか?」と宇垣が聞くと

「はい、どうあがいてもこの味には敵いません。各部署で注文を取って先程」と赤くなりながら答えた。

それを聞いた山本は、

「まあ、これで、マ号作戦は勝ったな」と笑みを浮かべ、正面に座る山下へ

「さて、本題に移ろう」と話を切り替え

「山下中将、今回のマ号作戦と連携した陸軍のマジュロへの上陸作戦についてだが」

山下は

“ここからが、今日の本題だな”と意気込み

「はい」と言うと、横の副官を見た。

副官は直ぐに、持参した鞄の中から、分厚い書類を出し、そっと山本の前に置いた。

表紙には、

「帝国陸軍 マーシャル諸島上陸作戦 概要書」と記載されていた

「ご提示がおくれましたが、これが我が陸軍が計画しております、マジュロを含むマーシャル諸島全域の上陸作戦の計画書です」

手に取る山本

「実はね、再々、例の参謀に上陸作戦の計画書を提出する様に要望していたのだが、返事は、“上陸作戦は陸軍の作戦につき、海軍のご意見無用”と突っぱねられてね」

「なんと!」と驚く山下中将。

「まあ、確かに上陸作戦は陸軍主体であるのは事実であるが」と前置きし

「すでに聞き及んでいると思うが、今回の上陸地点のマジュロには多数の民間人や現地部隊が取り残されている。その事についてだが、陛下より“現地住民の安全を最優先にせよ”とご下命が下っているのはご存知か?」

「はい、山本長官」と山下中将はいうと、

「実は、お恥ずかしい話ながら本作戦について、参謀本部より命令を受領したのですが、余りに内容に具体性がないというか、当方の下調べした内容と余りに違い過ぎた為、参謀本部へ数回に渡り作戦情報の精査を依頼したのですが、要領を得ず、仕方なく南方軍で独自に調べ、このマジュロに多数の民間人や軍属、現地守備隊が取り残されている事実をつかみました。それと同時に陸軍大臣の東條閣下より、陛下が“現地民間人の安全を最優先にせよ”とお言葉があったとご連絡を頂き、我が南方軍にて、再度侵攻作戦を見直したのがこの概要書であります」

深く頷く山本達

三笠は、内心

“姉上達のご配慮か。ここは一手此方が先へ出たな”と思った

 

山本は、

「具体的には、どのようになされるおつもりですかな」

山下の副官は持参じた鞄の中から、地図を広げた

地図は、マーシャル諸島のマジュロの地図であった。

「上陸作戦自体は、単純な作戦です。この島のこの部分が一番上陸に適しておりますので、此処に第1陣を上陸させて、橋頭堡を構築し、順次上陸する次第です」

横に座る副官が

「なお、詳細な作戦行動につきましては、先程お渡しいたしました、計画書に記載されておりますので、ご検討ください」

山本や宇垣は、山下の提示した地図を見た。

正確なマジュロ島の地図に、びっしりと作戦の概要が記載されていた。

部隊の上陸順から、予想される戦闘、沖合の機雷群まで正確に書き込まれていた。

それを見た山本は

「山下中将、だいぶ、検討されたようですな」

「はい」と頷きながら山下は

「実はお恥ずかしい話ながら、大本営参謀本部より命令を受領し、作戦計画を練ったのですが、参謀本部側からの資料提供が余りに稚拙でして」

「ほう?」と答える山本

「まあ、この地図一枚にしてもマーシャル諸島の全体図は寄越すものの、肝心の上陸地点の地図は無し、ただ“速やかにマーシャル諸島の深海棲艦を排除しマジュロを奪還、同地域の統治権を回復せよ”とこの一点張り」

山下は

「確かに、参謀本部の統治権を回復せよという命令は理解できますが、その為に必要な作戦情報をよこさないというのは、何とも」

山下は続けて、

「仕方なく当方で、必要情報を収集し作戦を練り上げました」というと、宇垣参謀長を見て、

「宇垣参謀長殿、台湾の海軍高雄航空隊や在台湾部隊には情報収集で大変お世話になりました。この場を借りてお礼申し上げます」と副官と一礼した。

宇垣は、

「まあ、この程度の事なら」と返事をした。

台湾の海軍部隊から、マーシャル諸島のマジュロに関する情報提供の申し入れがあり、宇垣達は集められるだけの情報を集めて、台湾へ送っていた。

山下は、地図を指さしながら、

「作戦開始には、いくつかの前提条件がありますが、それらが全て整っていると仮定の上お話します」といい、

「まず、我々は陸軍の揚陸艦神州丸を中心とした船団にて、このマジュロへ夜間接近し、敵の警戒船団躱し、大艇を使い奇襲上陸を行う所存です」

「ほう、神州丸をもってきたかい」

「はい、本来ならあきつ丸もとおもいましたが、流石に前線に出すにはまだ早いと」

三笠が

「あきつ丸は、陸軍海上部隊の要となる子じゃからな、ここは慎重に育てたいということじゃ」

「はい、分かっております」と山下はいうと、

「上陸は3波に分けて行う予定であります、まず前衛部隊200名が大発を使い先行上陸し、橋頭堡を確保し、後続部隊を受け入れる予定です」

頷く山本達

「現在までの同島における状況ですが、現地島民が1000名近くおり、上陸に際して彼らの安全をいかに確保するかが、最大の課題であります」

と山下はいうと、山本は

「その件だが、実は我が海軍で極秘に島民の脱出計画を立てている」と言うと

「やはりですか」と山下は答え

「じつは、内々に東條閣下より、裏の作戦(人質救出)は海軍が行う。我々は表の作戦を派手にすればいい。と連絡を受けましたので」

「東條さんらしい言い方だね」と山本は笑いながら言うと

「まあ、そういう事だ。ここは派手に上陸してくれ」と山本がいうと、山下中将は、姿勢を正して、

「はい、山本長官。実はその件で、お願いがあるのですが」

「なんだね」と山本が聞くと、

「戦艦、いえ巡洋艦で構いませんので、一隻。貸していただけないでしょうか」

「おっ! 戦艦か!」と山本が驚くと

「はい」と答える山下

宇垣が、

「確か、先に来島した陸軍の連絡将校は、空母を貸せといっていたが」

すると、山下は、少し語気を強めて

「それは、現場を無視した参謀本部の意向です。我々上陸部隊は確かに航空支援も必要ですが、それ以上にマジュロを取り巻く機雷の除去と上陸地点への艦砲による支援が必要不可欠です。今の所、マジュロはまだ敵に占領されていないという事ですが、もし敵が我々の動きを察知して島を占領していた場合、我々は火力不足で、水際でのたうち回る事になります!」

山本は

「それで、火力の戦艦か?」

「はい、是非に」と山下と副官は深々と頭を下げた。

「まま」と山本は言うと、宇垣を見て

「何とかなるか?」

すると宇垣は、ここぞとばかりに

「扶桑達はどうでしょうか?」

「おっ、第一艦隊か?」

「はい、扶桑と山城、それに台湾から来た護衛の駆逐艦達を臨時編成して上陸支援部隊に」

というと、三笠は

「まあ、山城達なら絵になるじゃろ、機雷の件は駆逐艦の子へ任せればよい」

「はい」と答える宇垣

「決まりだな」と山本がいうと、背後に控える大淀を見ながら

「行けるか?」と聞いた

「はい、台湾からきた春風ちゃん達は少し時間を頂ければ、大丈夫です、扶桑さんも問題ありませんが、山城さんがちょっと」といい宇垣参謀長を見た。

「山城がどうかしたのか?」と山本が聞くと、宇垣が

「金剛達 第三戦隊が最前線へ出ると知ってだいぶいじけましてね、機嫌が」

すると三笠が、鋭く

「大淀、後で二人を儂の所へ」

「えっ」と驚く大淀

「大和、お主も聯合艦隊旗艦として同席せい」

状況を察した大和は、静かに

「はい」と重く返事をした。

山本は、

「程々にしておけよ」と言うと

「この程度で、いじけるとは情けない」と答える三笠を見ながら山本は、

“気合が足らん”と説教される山城を思い描いた。

 

山本は、気を取り直して、山下へ

「そう言う事で、マジュロには戦艦2隻と護衛の駆逐艦をつけよう」

「本当ですか!」と身を乗り出して答える山下

「有難いかぎりです、貴重な戦艦を2隻も」と山下は言うと、山本は

「6基12門の35.6cm砲だ、絵になるぞ」と答えた。

すると山下は

「ご存知でしたか、新聞屋が多数今回の上陸部隊へ同行する事を」

「ああ、先日ここで、会見を開いてね。その席上でそういう発言があった」

山下は

「参謀本部にも困ったものです。どういう了見か知りませんが、非戦闘員を同行させよとは」というと宇垣が

「まあ、国民向けという事でしょう。海軍は艦娘達がいますから国民のうけもいいですが、陸軍はその点」

「はい、色がないのは寂しい限りではありますが、派手にする事もないと思いますが」と山下は不満そうに言うと山本が

「まあ、そこは大本営の顔を立てておこうじゃないか」と括った。

 

山下は少し姿勢を正して

「本上陸作戦についてですが、前提条件としまして、海軍のマ号作戦と連動して行う事を前提としています」

山本は

「連動するとは?」と問いただすと、山下は

「はい、我々の収集した情報によれば、マジュロ周辺海域には、マジュロを巡回する形で敵艦隊が遊弋し、このトラックからマジュロへの海域には敵潜水艦部隊がいるとか」

「ああ、そうだ」と山本が答えると

「その様な海域へ、上陸部隊を乗せた足の遅い船団で突入するなど、自殺行為です。ここは海軍が実施するマ号作戦の成功を以て、海域の安全が確保されたのと同時に行動を起こしたいと思います」

山下はそう答えた。

「では、この周辺海域の安定を以て、上陸作戦を開始するという事かな」

と山本が聞くと、

「はい、陸軍だけ先行しては、仮に上陸できたとしても、その後の補給が続きません。我々は、マジュロを起点として、マロエラップ、そして最終的にはナウル方面の守備を固め統治権を回復する必要があります。ここは海軍と歩調を合わせて戦わせて頂きたいと思います」

山本が、

「では、山下中将の考えとしては、海軍の侵攻に合せて陸軍も事を進めるという事かな」

「はい」としっかりと返事をする山下陸軍中将

そして、

「参謀本部の者などは、“先にマーシャルに日章旗を掲げるのは、我が陸軍”っとはやる者もおりますが、それこそ愚策。我が陸軍は、単独で海洋進出できるほど、海上兵力を持ち合わせておりません」

山本は宇垣参謀長を見ながら、

「参謀長、うちの方としては?」と聞くと、宇垣参謀長は、

「はい、自分としては願ったりです。海域の解放は目処がたっていますが、その後の地域の平定まではこちらの陸戦力では対応できませんので、ここは陸海軍共同で事を進めるのが得策かと」

それを聞いた、山本は席を立つと、右手を軽く差し出し

「まっ、そう言う事だ。共に頑張ろう。宜しく頼む」

山下も、起立し姿勢を正して、

「では、陸海軍共同で、このマーシャル諸島の制圧作戦を行うという事でよろしくお願いいたします」と固い握手を交わした。

 

それを見た三笠は、内心

“ここで、陸海軍が歩調を合わせる事ができれば、作戦の成功率は大きく上がる。いやそれよりも、大きな意義がある。山下殿と山本が歩調を合わせ作戦を成功させたとなれば、本土の新統帥派への牽制になるばかりか、取り巻き勢力への警告にもなる”そう思うと、

ふと、ある事を思い出し

“ふん、これでまた我が祖国は、一歩進み出たという事かの、東郷”

 

山下陸軍中将は、

「つきましては、共同の本部を設置できればと思いますが、山本長官、いかがでしょうか」と山下は提案してきた。

「陸海軍の共同指揮所という所か?」と山本が聞くと、

「そこまでの機能は、どうかとおもいますが、我々も海軍の動きに合せて、船団を動かす必要があります。その為に毎回軍議を開くのは非効率ですので、一定の将官を派遣して作戦の進行状況を確認しながら進めるというのはどうでしょうか?」

「参謀長。どうだ?」と山本が聞くと、

「はい。夏島の司令部内に陸海軍の連絡部署を作り、そこで対応させれば可能かと。通信網も海軍の通信網を使用してもらえば、効率的であります」

山本は、横に座る三笠へ

「三笠。意見は?」

「面白いではないか」といい、

「まあ、帝都では、陸海軍の参謀どもが張り合っておるようだが、ここは前線。砲火の前に立てば、陸だ海だと言い争っている余裕などない」

そういうと、

「よろしく頼む、山下殿」

「はっ、」としっかりと一礼する山下陸軍中将

「決まりだな」と山本が言うと、宇垣は

「大淀、済まんが後で、陸軍側と調整を」

「はい、かしこまりました」と大淀は返事をすると、要点をメモへ書き出し始めていた。

山下は、

「山本長官。海軍は何時頃から、具体的な海域開放作戦を開始する予定でありますか?」

「実は、既にその第一段階を発動している」と山本は答えた。

「既に、動きが!」と山下は慌てたが、

「いや、まだ序盤戦という所だよ。相手の動きを見る為に、数手打ってみた所だ」というと、話を察した大和が、テーブル上へマーシャル諸島の全域の海図を広げた。

山本は、例の仮設基地周辺海域。この海図上では、何もない海域を指さし、

「中将も既にご存知とおもうが、マジュロへ向うこの周辺海域には、敵潜水艦部隊が哨戒している」

「はい。その為、海軍の行う支援補給作戦が停滞していると聞き及んでいます」

山本は、手元にある赤い潜水艦の形をした駒を取り、中間海域へ置くと

「この潜水艦部隊が非常に厄介でね。広範囲にわたり、数隻が展開し、此方の輸送用駆逐艦を雷撃する事案が多数発生している」

頷く山下陸軍中将

山本は、再び手元の駒の中から、青い空母と駆逐艦を表す駒をとり、赤い潜水艦の形をした駒の前に置いた。

「このまま放置する訳にもいかんのでな、駆逐艦3隻と制空権確保の為に軽空母をこの海域へ派遣し、対潜水艦掃討作戦を実施している」

「潜水艦掃討作戦ですか?」と山下が聞くと、

「ああ、既に一昨日から作戦を開始しているが」と表情を少し曇らせた

「どうされました」と山下が聞くと、

「今の所、成果は五分五分という所でね」

「山本長官?」

「実は、まだ公表はしていないが、既に敵潜水艦3隻を撃沈したが、此方も無傷とはいかなくてな、随行する軽空母が反撃にあい、損傷している」

「なんと!」と驚く山下陸軍中将

宇垣が、

「損傷は大した事はなく、相手の放った魚雷が命中したんだが、起爆せず、船体の一部に穴が開いただけで、速力が少し低下したが、空母としての機能は問題ない」

山本は、

「まあ、相手もそれなりに準備して、此方を待ちかまえているという事だね」

すると、山下は少し言葉を強く

「本当に、大本営統帥部には、困ったものです。事前に作戦概要を新聞へ洩らすなど! もし自分が統帥部におればこんな事は」

「まあ、仕方なかろう」と三笠が宥めたが、山下は

「しかし、三笠様」

「まあ、軍令部や参謀本部としては、ここは派手に行かなくては、支那大陸や対馬防衛戦の停滞感から抜け出せないのも事実だ。彼らとしては国民の目を我々、太平洋に向けさせ、都合悪い事を隠したいのさ」と山本は答えた。

山下陸軍中将は、少し困り顔で、

「困ったことに、その為、新聞記者やニュース映画の取材人を上陸部隊へ同行させろとは、我々は遊びに行くわけでありません」

「そこは理解してやってくれ」と山本が宥めた

そして、山本は

「序盤戦は、ほぼ互角という事だ。この大和が出るまではもうしばらくかかる。それまでしっかり休養をとっておいてもらいたい」と話を締めくくった。

深く頷く山下陸軍中将

三笠は

「時に、山下殿」

「はい、三笠様」と山下が答えると、

「山下殿、陸軍は、このマーシャル諸島での戦闘、どこまで戦うおつもりかな?」

山本も、

「おっ、俺もそこは聞いておきたい。どこまでやったら“合格”ということかな」

すると、山下は、少し困った顔をして、

「陸軍参謀本部より下命された作戦は、マーシャル諸島マジュロを中心とした日本の統治権を回復せよというというもので、具体的な再占領目標まで提示しておりません」

「こちらと似たようなものだな」と山本が言うと、

「奴らめ、終わりをぼかしてきよったな」と三笠は鋭くいい。

「その様な内容では、統治権を拡大解釈し、経済圏と見れば、戦域はどんどん膨れ上がるぞ」

山下は、三笠の言葉を聞き、

「実は、我々の司令部では、それを危惧しております。すでに参謀本部より随行する予定の将校などは、ナウル方面、いやその先のツバルまで足を延ばせと、作戦に口を出すしまつでして」

宇垣は、

「例の統帥部の陸軍参謀か」

「はい。困った輩です。参謀本部付きの中将派。ご存知でしょうが、新統帥派と呼ばれる輩です。現行よりより強力な統帥権を確立し、陸海軍を大本営で掌握。ヨーロッパを制した独逸と協力し、2大帝国主義を目指すと。もう自分としては狂気としか思えません」

山下陸軍中将は、呆れたように言い放った。

山本は、

「で、山下中将は、どこまで戦うつもりなのかな?」と聞くと

「はい、我々が独自に確認した所、陛下の作戦に関する御裁可は、マーシャル諸島の統治権を回復せよという部分で止まっています。よって深海棲艦が占領する前の状態への回復を最終的な作戦完遂目標としたいと考えております」

「では、イギリス領やオーストラリアであるフィジー諸島方面には手を出さないと?」

「はい、山本長官。その様な事をすれば、いくら現状、深海棲艦に占領されているとはいえ、宗主国であるイギリスやオーストラリアが黙ってみている訳がありません。またそうなれば支援する米国との関係を悪化させる恐れがあります」

そう言うと、注意深く言葉を選びながら

「その様な事、陛下は、決してお許しになりません。いくら大本営に統帥権遂行の権利があるとはいえ、統帥権は陛下御一人の大権であります。将兵如きが振り回していい言葉ではありません」

三笠は、その答えを聞き、満足そうに

「まさしくその通りじゃ」と深く頷いた。

山下達の会話を聞きながら宇垣は内心

“例の陸軍将校、やはり目的はマーシャル諸島作戦を拡大させ、事実上の陸軍の南進政策を実現する事か。となると、うちの連中にも釘を刺しておかんと、軽々しく口車に乗ると大事になるな”

そう、自分に言い聞かせた。

 

 

その日の午後。

マーシャル諸島 マロエラップにある深海棲艦の司令部棟では、ル級flagship総司令を始め、幹部が集まり、一つの電文を検討していた。

会議室に集まる幹部達は、派遣部隊の総司令ル級flagshipをじっとみた。

ル級flagshipは、先程からある電文を読んでいた。

横へ座る副官へ向い

「この情報は間違いないの?」

「はい、日本海軍の軽空母。暗号表よりズイホウと判明いたしましたが、この軽空母より、トラックの日本海軍へ報告された暗号電文を解読したものです」

ル級司令は

「敵潜水艦3隻を撃沈、当方雷撃を受け船体の一部を損傷。速力低下するも航空機の運用支障なしか」

「敵潜水艦3隻を撃沈とは?」同席した空母艦隊を指揮するヲ級flagshipが聞くと、

「多分、一番近かったカ級第3部隊の事だと思う」

「では、やはり」とヲ級flagshipが聞くと

「ええ、第3部隊は、この軽空母を中心とした駆逐隊にやられたと見るべきだわ」といい、テーブル上の海図に記載された瑞鳳達の位置を指さした。

副官が

「カ610号からの目撃報告でも、駆逐艦が積極的に対潜活動を行っていたとの報告があります」

「610号はまだ、追尾しているのね」

「はい、司令」と答える副官

「しかし、大型空母と重巡を見失っている!」第三艦隊を指揮するル級無印が言うと、

ヲ級flagshipが、

「軽空母に多少なりとも被害が出たとなれば、貴重な正規空母をこれ以上対潜活動の護衛には就かせられないと判断したのではないか?」

そう言いながら

「向こうからすれば、被害が出ているとは言え3隻カ級を撃沈したのだ。“もうこの海域には敵は居ない”と油断しているかもしれん」

副官は、

「これで、こちらのヌ級前衛艦隊とほぼ互角の戦力となりました。いえ向こうの軽空母が損傷しているなら、此方に利があります。ヌ級達にも勝機が見えてきました」

第3艦隊のル級無印は

「その様な、手緩い事では。ここは完勝を目指し、間もなく仮設基地海域へ入る重巡部隊と基地のB-25を投入して壊滅するべきです!」と捲し立てた。

すると副官は

「必要ならそうするが、重巡はまだしもB-25まで繰り出せば、仮設基地の存在が露呈する」

ル級flagshipは、副官のeliteを見て、

「ヌ級艦隊は、既に仮設基地を出たの?」

「いえ、本日夕刻という事で連絡を受けています。後続のリ級重巡艦隊が、仮設基地の防御範囲内に入り次第、出撃するとの事です」

ル級flagshipは、じっと駒の並ぶ海図を睨んだ

“確かに610号の情報と日本海軍の暗号電文の内容は一致するが、では第1部隊と第2部隊はどうした? あの大型空母と新型重巡は何処へ消えた?”

ル級flagshipは、ヲ級flagshipを見て、

「空母艦隊は動かせる?」と聞いた

「どの程度だ?」

「正規空母のヲ級を1隻でいいわ」

するとヲ級flagshipは、

「護衛の駆逐艦込みで動かせるが、前に出すのか?」

ル級flagshipは、海図を指さしながら

「どうも、この行方不明の大型空母と重巡が気になるの。本当に後方へ下がったのか確かめようがないわ」

副官も、

「その大型空母ですが、日本海軍の暗号電文に一切出てきません」

「出てこない?」とル級総司令が聞くと

「はい、情報部で日本海軍の暗号電文を解読していますが、この海域から発信される暗号は全て、この瑞鳳を中心とした艦隊のみの情報で、610号の報告した大型空母や新型重巡の形式表示が見当たらないとの事です」

すると、ル級無印は

「なら、610号の報告したその大型空母は幻だったいう事だ!」と声を上げたが、ル級総司令は、

「今まで610号の報告が間違ったことはない。彼女は自身の眼で確かめた事しか報告しない。憶測や推測を挟まない正確な報告は、ミッドウェイの姫も御認めになった」

と厳しく言った。

そして、

「何等かの理由で、日本海軍が秘匿しているという可能性もある。それだけの大型空母なら、なおの事」そう言うと、

「この日本海軍の軽空母を排除後。トラック泊地閉塞作戦を実施します」とはっきりと声に出した。

副官のeliteへ向い

「爆撃隊の状況は?」

「はい、予定機数全て、仮設基地への展開を終了しました」

「では、72時間以内に作戦を実施します」

「はい」と答えるル級elite

「仮設基地戦闘機隊並びに水上機隊へ、周辺海域の哨戒を密にして」

副官が

「何かあるのですか?」と聞くと、

「この見失った大型空母と重巡。どうも気になる」

ル級flagshipは、腕を組みながら

「必ず近くにいる、そう思うの」といい、海図を睨み付けた。

そして、

「このヌ級艦隊と敵軽空母戦が引き金になって大規模戦闘へと発展する前に、トラック泊地の閉塞作戦を成功させ、大和達を湾内に閉じ込める」

そう言うと、

「各艦隊は、その後、出撃となる、各員準備おこたりなきよう」

「はい」と頷く、各艦隊指揮官たち

ル級flagshipは、海図を見ながら

「始まるわ」そう静かに呟いた。

 

 

同じ頃、既に瑞鳳達を迎え撃つ為、出撃態勢に入ったヌ級軽空母の艦橋では、ヌ級艦隊司令もマーシャルの司令部経由で受信した“瑞鳳被弾”の電文を読んでいた。

「敵は、損傷している!」

そう言うと、横の副官へ

「この電文は間違いないのだな!」

「はい、マーシャルのル級flagship司令部より転送されてきたものです」

「では、マーシャルの司令部も確認したという事か」

「はい」と答える副官

ヌ級司令は、

「相手の軽空母は、被弾し、速力が低下しているとの事だ」

「はい、先程電文を見ましたが、これで此方にも勝機が見えてきました」と副官が言うと、

「大型空母と、重巡も戦域を離脱とある、敵は軽空母と駆逐艦3隻のみ。此方が有利だ」

「はい」

ヌ級は、壁面の時計を見て、

「艦隊は予定通り、本日夕刻、この仮設基地周辺海域を出て、敵軽空母群を要撃する」

「はい」と頷く副官

既に各艦とも機関の出力を上げ、今夕の出撃へ備えていた。

ヌ級司令は、

「仮設基地水上機隊へ伝達。所定の計画に従い、索敵を開始せよ」

副長は、手もとのボードを見ながら、

「はい、既に第1陣の索敵隊が離水しております。カ610号の最新の報告によると、この辺りかと」といい、チャート上の一点を指さした。

そこは、仮設基地から、600kmほど西の海域で、丁度仮設基地とトラック泊地を結ぶ線上であった。

「相手の最新の情報は?」とヌ級司令が聞くと、副官は手元からレポートを取り出し、

「マーシャルの司令部よりの最新情報です、敵艦隊はおそらくパラオ泊地艦隊。軽空母はカ610号からの報告によると“ズイホウ”と推測されます」

「艦載機の数は?」

「はい。推定30機です。ただ内容が不明ですので、戦爆混合部隊であると推測されています」

ヌ級司令は

「我が方も、艦載機の数は、ほぼ同じだ。戦闘機は12機、艦爆、艦攻共に9機ずづだ。

多少戦闘機の数が心もとないが」

すると、副官は

「こちらは、既にカ610号が接敵し、敵の大まかな位置を掴んでいます。敵を300km圏内に捉える事ができる明日の朝、一気に襲えば勝機はあるかと」

「敵の艦隊直掩戦闘機隊が動き出す前に叩くということか?」とヌ級が聞くと、

「はい、黎明の発艦となりますが、今夜は月も明るく、恰好の時期かと」

ヌ級は

「反復攻撃ができるとは、思わん。一回の襲撃で相手にダメージを与える。それでも駄目なら、軽巡ヘ級に駆逐艦をつけて雷撃戦を仕掛ける」

「はい」と答えながら概要を記録する副官

ヌ級は、

「時刻になり次第、順次出撃、敵軽空母を討つ」

「はい」と副官はしっかりと答えた

 

ヌ級は、

「明日の昼 我々が手にするのは、勝利かそれとも敗北か」

そう、自らに言い聞かせた。

 

陽が、ゆっくりと傾く南の海で、その海戦は静かに始まろうとしていた。

 

 

 




こんにちは スカルルーキーです

「分岐点 こんごうの物語」
第53話をお送りします

え〜
気が付くと20万UAを突破しておりまして、日々アクセス履歴を見ると、色んな時間に見て頂いており、深く感謝いたします。

お話は変わりますが、先日ちょっとした油断から、1-5と2-4で涼風と祥鳳を轟沈させるという大失態を演じてしまいました。
どちらも、大破していたのに、「もう一戦」という欲張った考えで進軍してしまいました。
いくらゲームとはいえ、やっぱり、育てた艦がロストするのは、辛いです( ノД`)シクシク…

次回は
「さあ、始めましょう。撃ち方、始め!」です...(多分)

では



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