分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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6隻の海面下の脅威を、打ち払った海神の巫女達
しかし、まだ戦いは終わりではなかった

海面下の脅威と戦う空の兵士達
勝利の先にあるものは・・・



52 マーシャル諸島解放作戦 前哨戦6

 

長波達とはるな達が潜水艦3隻を仕留める1時間程前、護衛艦いずもの甲板上には、朝日を浴びながら多くの機体が並んでいた。

前方の飛行甲板には、鳳翔航空隊の九九艦爆隊八機

そして、後部のアングルドデッキには、零戦隊七機が並び、既にエンジンを始動し各機轟音を立てながら、各機付き長の指示の暖気運転を開始していた。

前方艦橋の前に整列した、鳳翔零戦隊並びに、艦爆隊の飛行士妖精達

艦橋壁面の防水ハッチが開き、そこから出てきたのは、日本海軍の飛行服をまとう艦娘鳳翔、そして護衛艦いずもの艦長である艦娘いずも

鳳翔は、いつもの黒くしなやかな黒髪を、飛行の邪魔にならないようにお団子状に綺麗にまとめていた。

首元には、純白のマフラーを撒き、いつもに増して勇ましい表情であった。

鳳翔は、整列する飛行士妖精達の前に来ると、居並ぶ彼らへ向き

「皆さん、準備は?」

「はい、鳳翔中隊長! 問題ありません」

鳳翔零戦隊隊長が代表して答えた。

「では、総員、搭乗! 出撃!」

「オウ!!」という掛け声と共に一斉に愛機へ向った。

各員機体の後方へ回り込み、足かけを使い、翼の上に上がると、操縦席へ滑り込んだ。

直ぐに白い日本海軍の艦内服に緑色のジャケットを羽織った各機の機付き長が操縦席を覗き込んで、シートベルトの着用を手伝う。

鳳翔は、ゆっくりといずもに向い

「では、行って来ますね」とにこやかに話しかけた

「道中、お気をつけて」

いずもの返事を聞くと鳳翔は、静かに後部アングルドデッキに並ぶ零戦隊へと歩いていった。

その姿は、飛行服さえ着ていなければ、まるで近所に買い物でも行くかの様に軽い足取りである。

彼女は、零戦隊の先頭に並ぶ愛機の横へくると、そっと愛機の主翼を撫でながら、

「今日は お願いしますね」と優しく声をかけた。

ゆっくりと胴体左後方へ回り込み、胴体から足掛けを引き出し、いつもの様に左主翼上面に乗り移る。

慣れた手つきで防風の枠に手を掛け、操縦席へ滑り込み、まず方向舵のペダルの位置を調整する。座席の高さを上げ離陸位置へ設定した。

頃合いを見計らい、緑のジャケットを着た機付き長が、いつもように座席ベルトを肩に掛けながら、

「機体の調子は上々です!」

すると鳳翔は、ヘッドセットを頭にかぶりながら、

「ええ、乗った瞬間に分かります。」と答えながら、

「これでいい戦果が期待できそうです」と笑顔で返した。

 

「では! ご武運を!」

サッと敬礼すると足早に機体を降りていく。

それを確認すると、鳳翔は、ざっと操縦席を見回し、

「フラップ離陸位置、カウルフラップ開」と何時もの様に離陸前点検を開始した。

外では機付き長が足早に機体を一周しながら、各部の動作を確認する。

そしてそれが終わると、機体の右前方へ立ち、ハンドサインを出した。

一斉に翼下に待機していた鳳翔の整備妖精達が機体を係留していたラッシングベルトを、主翼下部の係留フックから外し、主脚の横へ待機した。

その間にも、鳳翔は機内の点検を済ませていく。

プロペラピッチレバーが、離陸位置である事を目で確かめると、

最後に、フットペダルを踏み込み、機体にブレーキをかけスロットレバーを押し込んで行く。

そのスロットレバーの動きに合せ、エンジンの回転が上がる。

同調して、油圧計の針が跳ね上がる事を確かめる鳳翔

油温計が規定値内である事を目で追った。

素早くスロットレバーを戻す。

今度は逆にきちんとスロットレバーの動きに連動して回転が下がるか確認した。

 

零戦は、米国ハミルトン製の定速ピッチプロペラを採用している

これは、プロペラのピッチ(取り付け角)が機械的に変化し、エンジン出力と負荷に合せ、プロペラの回転数がエンジン出力に対して適正な回転数になる様にしたプロペラである。

プロペラには、効率的な回転速度というものがある。

固定ピッチプロペラでは、エンジンの回転に合せて、プロペラの回転数も変化する

よって機体に掛かるトルク変化も多く、また直結されたエンジンへの負荷も大きい

例えば、固定ピッチのプロペラ機の上昇中の負荷を車で例えるなら、エンジン回転が低い状態で変速ギアを高い位置に設定しているような物で、エンジンが変速機を回しきれないトルク不足状態となる。逆に下りでは、負荷が無くなった分だけ、エンジンが過回転する事もある。

またこの過回転はエンジン破損の原因になるだけでなく、急降下時など高速回転時はプロペラの先端が失速して急速に効率が悪くなる事すらあった。

しかし、定速ピッチプロペラは、エンジン出力と連動しながらプロペラのピッチを変化させる事で、エンジンに過大な負荷がかかる事を防ぐと共にプロペラ効率の最適化を図っていた。

このプロペラの登場で、航空機の性能は一段上がったともいわれている。

無論これは、米国のハミルトン製のプロペラの機構を日本が複製したもので、日本独自の改良を加えてあるとはいえ、日本が勝手にコピーした物であった。

零戦を始め、日本の航空機は、独創的な機体が多いと言われているが、その基礎的な技術の多くは米国や英国の技術に頼っていた事も事実であった。

零戦は、欧米の特許技術をもって作られた機体といっても過言ではない。

本来なら、その特許に関する使用料を開発元に支払う必要があったが、しかし、当時の日本にはそれが出来ない事情が二つあった。

一つは当初、零戦の存在自体が秘匿されていた事

使用料を支払えば、零戦の存在自体が露呈すると同時に、勝手に特許を使った事に対する国際的な非難は免れない。

二つ目には、肝心の開発元との交渉が出来ない事

こちらは、当時日本と欧米各国との緊張感が高まり、その様な交渉が民間でできる状態ではなかった事に加え、深海棲艦の勢力拡大に伴う太平洋全域の交通路遮断により、経済活動そのものが停滞した事。

そして日米開戦の機運が高まると、交渉を言い出すタイミングを逸してしまったのだ。

日米開戦が避けられた現在、国際交渉の舞台でこの手の問題が徐々に表面化しつつあった

 

そんな事は微塵も感じさせない軽快な動きを見せる零戦の栄エンジン

鳳翔は、操縦席右側面の無線機のスイッチを入れ、周波数のノブを回した。

真新しい無線機には、予めいくつかの周波数がセットされており、選択ノブを回してチャンネルを選ぶとセットされた周波数が設定される仕組みだ。

鳳翔は、周波数をいずもデッキ管制に合せ、操縦桿に付いたプレストークスイッチを押し

「いずもデッキ管制、鳳翔アルファー1、感度如何」と言うと

「鳳翔アルファー1 こちらいずもデッキ管制、感度5」と返事が返ってきた。

続けて

「鳳翔アルファー1 敵味方識別コード 2401を指定します」

「鳳翔アルファー1 コード2401了解」と鳳翔は返事をすると、直ぐに無線機の横にあるトランスポンダーのボタンを操作して、識別コード2401を入力し、スイッチをアクティブへ切り替えた。

これを忘れると、敵機として撃墜されかねない

鳳翔は、全ての準備が出来た所で、翼端灯を点灯し

「いずもデッキ管制、鳳翔アルファー1、発艦準備よし」と報告する。

後続の6機の零戦も既に準備を整え、翼端灯を点灯していた。

「鳳翔零戦隊。誘導員の指示に従い順次発艦せよ、発艦後はチャンネル2番でいずも空域管制と交信せよ」

「鳳翔アルファー1了解!」

そう言うと、鳳翔は操縦席から大きく左右へ手を振り下ろし

「車輪止め 払え」と怒鳴った。

機体右前方に立つ機付き長妖精が、それを見て

「車輪止め 払え」と同じく大声で怒鳴ると同時にハンドサインで合図すると、一斉に左右の主脚の車輪止めが外される。

つま先のフットペダルを少し緩めると、するすると機体が前進を始めた。

前方で待つ、黄色いジャケットを来た鳳翔の甲板員の誘導に従い、ほんの僅か進み出て発艦位置へ着き、再びフットペダルを踏み、停止する。

誘導員達が前方から、足早に退避して行く。

鳳翔の目の前に広がる護衛艦いずものアングルドデッキ

「ふふ、やはりここだけでも、私の艦より広いです」そう思いながら、目は、最終の点検の為、計器盤を追っていた。

最後に発艦の為に、座席位置を再確認する。

零戦をはじめ、日本海軍の艦載機は全て尾輪式と呼ばれる主翼に主脚があり、胴体後部に尾輪とよばれる小さな車輪がつく形式である。

自衛隊の機体が、3輪式と呼ばれる機首下に前輪、主翼に主脚のある形式に比べ、構造が簡単であるという利点があるが、欠点としては滑走中の前方視界が確保できない。

特に初期滑走段階では、機首に隠れて殆ど前が見えないのである。

また、地上で急激に加速すると、エンジン反トルクによるグランドループと呼ばれる不意に機首が横を向く傾向が出る。

離陸時の直進性を考えれば圧倒的に3輪式が有利であるが、零戦などのレシプロ機は機体の重心位置や、軽量化などの問題から尾輪式が一般であった。

従って空母からの発艦や地上基地からの離陸の際は、座席位置を上げて、前方視界を確保する、それでも前が見えない者は、器用につま先立ちで操縦する者もいた。

鳳翔は、ぐっとつま先でフットペダルを踏み込み、機体にブレーキをかけると、スロットレバー押し込み、エンジンの加減速を再度確かめた。

再び操縦席を見回す。

フラップ、エンジンカウル、プロペラピッチや油温、油圧計、燃料の切り替えコックの位置など、ざっと目で追う。

この零戦に乗り始めてはや数年、幾度も飛ぶと、自然と見渡すだけで、各種のレバーやスイッチの位置が適正な位置かどうかが分かるようになる。

機体の右前方の安全エリア内で待機する黄色いジャケットを着た発艦士官妖精へ向い、準備完了のハンドサインを出すと、空母鳳翔所属の発艦士官妖精は短く敬礼し、右足を艦首方向へ突きだし、姿勢を低くしながら左手は腰に、そして力強く右手を進行方向へ振りかざした!

「鳳翔零戦隊 発艦!!」

鳳翔は気合溢れる掛け声をかけると、フットペダルを緩め、ブレーキを解除し、スロットレバー前方へゆっくりと押し込む!

独特のエンジン音とプロペラ音を響かせ、ゆっくりと進み出る鳳翔機

最初の1mはゆっくり、そろそろと進んだが、護衛艦いずもの30ノット近い速力が生み出す合成風力と、零戦の加速力で、あっという間に尾輪が甲板から離れた。

一気に速力を上げる鳳翔機。

鳳翔は、操縦席で小刻みに方向舵を切り、機首方位を保持する。

機体重量の軽い零戦隊は、斜め甲板からの発艦だ。

進行方向よりやや右手から合成風を受けるが、元一航戦の鳳翔零戦隊。

そんな事位で、離陸を臆するような者はいない。

十数mも滑走しない内に、ふわりと浮き上がっていく。

鳳翔は、発艦後のフラップや主脚の収容操作をしながら、窓枠に付いたミラーを見て、後続の機体が次々と発艦するのを確かめた。

「皆、調子いいようね」

そう言いながら、機体を上昇させながら、左へ切り、いずも上空を空中集合の為の待機旋回へと入っていった。

 

次々とアングルドデッキから発艦する零戦や、前方甲板から発艦する九九艦爆。

その様子を、艦橋横の見張り所から見下ろす艦娘いずも。

横には、第六飛行隊の飛行隊長が立っていた。

最後の零戦が今、滑走を開始する。

「最初の機体から、約10分です」飛行隊長が腕時計を見ながら、いずもに話しかけた。

「それは、早いとみるべきかしら? それとも遅い」

すると、飛行隊長は、

「まあ、早いと言えると思います。飛龍クラスで、30機近い艦載機群を15分という事ですから。此方は安全第一で、今回は15機を10分なら問題ありません」

飛行隊長は続けて

「発艦時間が問題になったのは第二次大戦までです。現代戦の様にレーダー索敵が発達すれば、ピケット艦と上空待機組を上手く運用する事で、防空は問題ありません」

「そうね、それに余り一度に大量に発艦すれば此方にも隙ができるわね」

「はい、それをミッドウェイでは突かれました」

そう答える飛行隊長。

「作戦行動内容に基づいた、適切な量の航空機を如何に運用できるかが、今後の課題であります」飛行隊長はそう締めくくった。

いずもは

「今回は、使わなかったけど。あれの訓練は?」

「はい、怠りなく。既に数回の発艦訓練を鳳翔隊に行いましたが、問題ありません。」

「そう、これで鳳翔さんの運用にも弾みができそうね」というと、いずもは上空を見上げた。

上空では、いずもから発艦した鳳翔率いる零戦隊。対潜仕様の九九艦爆隊

そして、瑞鳳から発艦した九七艦攻隊が、各小隊毎に集合し一路北を目指し変針して行った。

目標は、およそ120km程先でこちらを待ち構えるカ級デルタ群3隻である。

甲板上では、鳳翔所属の甲板員と自衛隊の甲板員が協力しながら、誘導用の2機のMV-22の発艦準備が進んでいた。

2機とも駐機場で既に、主翼を格納位置から回転させ通常位置へ展開し、両脇のエンジンを垂直に立て、ローターを展開。

エンジンを始動し、試運転を開始していた。

機体の周囲では緑のジャケットを着た自衛隊の列線整備妖精に鳳翔の整備妖精がつき、離陸前の点検項目の説明を受けていた。

せわしなく動く列線整備妖精達。

オスプレイの翼端灯と、衝突防止灯が点灯した。

離陸準備完了の合図だ。

チルトローターがほんの少し前方へ傾斜した。

それを確認した、黄色に黒のチェック柄の入ったジャケットを来た鳳翔の誘導員妖精がマーシャリングパドルを振りながら1機づつアングルドデッキへ誘導する。

その誘導員のすぐ後ろには、いずも所属の誘導員が付き、時折アドバイスをしながら機体をアングルドデッキへ並べた。

綺麗にアングルドデッキに一列に並び、発艦準備を整える2機のMV-22オスプレイ

先頭の機体の操縦士がいずも達を見つけ、短く敬礼する。

飛行隊長と揃って答礼するいずも。

直後、MV-22オスプレイのブレード音が甲高い音へと変わった。

発艦担当の誘導員の誘導の元、1番機がそっと甲板を離れた。

1m程浮き上がると、ゆっくりといずもの左舷側方向へと横移動し、甲板上から離れた。

そして、機体が前傾姿勢になると同時に、前進を始め、ゆっくりと高度を取りながら上空へと駆け上がっていく。

2番機は発艦すると、そのまま高度を取り、同じく一番機の後を追い、上空へと舞い上がった。

2機とも、飛行形態を固定翼モードへ変化させると、前方を飛行する鳳翔、瑞鳳隊の誘導の為、後を追っていく。

いずもは視界から、消える鳳翔機を見ながら

「ご武運を」とそっと言葉に出した。

 

 

その頃、120km程離れた海域を浮上航行中のカ600号潜の発令所では、カ級潜水艦隊の実質的な指揮官であるカ600号が、チャートを見ながら、戦況を分析していた。

そのチャートには、自分の配下である3つの潜水艦部隊と既に1隻になった偵察艦の位置が記載されている。

副長とチャートを覗き込むカ600号

既に自分が直接指揮をする第1部隊は接敵に備え、両翼へ展開し、カ600を中心に陣形を形成していた。

 

「敵空母艦隊までおよそ100km前後という所か」

「はい、現在の速力を維持すれば、4時間後には接敵できます」と副長が答えた。

「敵の哨戒機の行動範囲に入りますが」と副長が続けていうと、

「各艦、レーダー探知を強化させろ。哨戒機が来た場合は10km圏ギリギリまで浮上航行する」

「はい、しかし艦長」と副長が言葉を切った。

「分かっている。だがここは時間が惜しい。10km程ならギリギリ目視されない。それに奴らは独逸や欧米のような機上レーダーを持たない。」

「はい」と頷く副長

「対空警戒員を増やしておりますので、何とかなるでしょう」と横で聞く航海長が答えた。

副長が、

「この空母群へ向った第3部隊。きちんと攻撃できるのでしょうか?」

するとカ600号潜の艦長は、

「過分な期待は、無理だ。奴らは個艦でようやく戦闘できる程度の技量しかない、群狼作戦などまだまだできん」

「攻撃がバラバラになると、発見され、各個撃破される危険がありますが」

すると、カ600号は、

「そこが狙い目でもある。奴らの駆逐艦は3隻、第3部隊を追い回すのに手一杯になる。」

「敵の警戒を第3部隊へ向け、此方は手薄になった空母本隊を叩くという事ですか?」

「そういう事だ、副長。まあ奴らには、しっかりと逃げ回ってもらおう」と口元に笑みを浮かべるカ600号

彼らの安否など気にもしない。

しかし、その頃第3部隊は、既に長波隊や護衛艦はるなによって、深海深くその姿を消していた。

そして、こんごう達へ向った第2部隊も海底にその墓標を刻んでいた。

カ600号が、まだ見ぬ敵艦隊へ思いをはせていた時

「艦長! レーダーコンタクト!」発令所内にレーダー手の声が響いた!

「どうした!!」副長が声を掛ける!

「本艦の前方 2時方向、反応ありです」

「距離は!」

「はい、およそ10km強! 此方へ向っています」

それを聞いたカ級達は一斉にセイルに駆け上がった。

カ級艦長達が慌てて昇ってきた事を受けて、セイル上の見張り員達が

「艦長、どうしました」と声を掛けたが

「航空機が、此方へ向ってきている! 2時方向だ!」

副長が大きく手を振りかざして、その方向を指した。

一斉に、その方向を見る見張り員達

「いました! 小型機1機。 機種は・・」と見張り員がいうと。

「み、見た事ありません。今まであんな飛行機は!」

カ級が、

「敵なの! 味方なの!!」と怒鳴ると

「友軍機にあのような形状の機体はありません!」と見張り員が双眼鏡を構えながら答えた。

慌てながら、カ級達も双眼鏡を構えた。

じっと水平線上をみる。

うすらぼんやりと、その航空機らしき姿が見えた。

「何 あれ?」

そこには、まるで胴体しかない航空機が飛んでいた。

胴体の上に、なにか大きなプロペラの様な物が見える。

「以前雑誌で見た事のある、オートジャイロのような機体です」と副長が横から言った

「友軍は、オートジャイロは使っていない。日本軍には観測機として採用されたと思うけど」とカ級はいうと、

「はい、しかし距離があります」

その不明航空機は、真っ直ぐ此方へ向ってきていた。

「ここで、発見されるのはまずい、とにかく潜ってやり過ごす」

カ級は、急ぎ艦内へ戻り、

「潜航!!」号令を掛けた

見張り員達が一斉に艦内に雪崩れ込んできた。

最後の要員が、ハッチを閉める

「潜航、深さ30m」

副長が潜航指示を掛けると、艦内が慌ただしくなった。

あちらこちらで、号令とそれを復唱する声が響く。

前方へ傾斜する発令所内で、カ級は手摺に捕まりながら、

「哨戒機が来たという事は、奴らは近い」

そう確信したのだ。

 

その頃、カ600号潜の南10km程を飛行していたこんごう艦載機こんごうスワローの機上では、戦術士官が、水上レーダーとにらめっこをしていた。

戦術士官であるTACCOは、「エネミーデルタ1、レーダーロスト」と言うと、

「やっと潜ったな」とモニタ―を見ながら呟き、横で待機するセンサー員へ向け、

「ディッピングソナーとソノブイ用意しといてくれ!」

「はい、TACCO。MADはどうしますか?」

「いや、粗方の位置は掴んでいる。鳳翔隊が来るまで、頭を押さえればいい」

「了解です」とセンサー員は、ディッピングソナーのウインチの電源を入れ、各種モニターの準備を開始した。

インカムで操縦席を呼び、

「飛行士! ディッピングソナーによる探査を始める、指示する場所でホバリングに移行してくれ」

そう言うと、AHCDS(戦術情報処理装置)を通じて、ホバリング位置を指定した。

「はい、航法データもらいました。ホバリングへ移行します」

SH-60Kは、ゆっくりと機首を上げながら高度を落とし海面近くまで降下してホバリング体勢に入った。

「ディッピングソナー、降ろします!」センサー員の掛け声と共に、ディッピングソナーの端子が機体下面からそろそろと海面へと降ろされていく。

TACCOは、

「さあ、釣りの時間だ」

そう言いながら、正面のモニタ―を睨んだ。

そこには、ひえい艦載機と応援のいずも艦載機が、各々の獲物を求め、ホバリング体勢に入る姿があった。

上空には、支援のE-2Jが待機し、各機間の情報伝達に一役かっていた。

護衛艦いずもを中心とする、海上自衛隊第2護衛群第1艦隊は、海上自衛隊、いや自衛隊の中でも、情報伝達機能を重視した艦隊である。

その特徴の一つが CEC機能の強化であった。

CEC(Cooperative Engagement Capability:共同交戦能力)

海上自衛隊が運用するC4Iシステムは、個艦で探知した情報を個艦で処理し、対処する方法であったが、対艦ミサイルの高性能、高速化、弾道ミサイル迎撃システムの導入に伴い、各艦が連動して、探知、迎撃を行うシステムへと変貌を遂げたが、これはあくまで海自内部での運用であり、E-767AWACS等を運用する航空自衛隊とは、システム運用が全くできていない状態であった。

この問題が露呈し始めたのは、いずもの前級護衛艦かが級で、F-35Bの運用が開始された時であった。

これまで艦載型固定翼機の運用をした事の無い海上自衛隊は、近隣諸国の政情不安を理由に諸島防衛の為、購入したばかりのF-35Bを航空自衛隊と共同で、“DDHかが”で運用する事を「政治決断」により行う事になった。

まがりなりにも空母化する事になった護衛艦かがであるが、早期警戒機を持たない海上自衛隊は、その能力を当時導入されたばかりの航空自衛隊のE-2Dへ依存する事になった。

表面上は、陸上基地より進空した空自のE-2DやE-767で対空警戒業務を行う事で、F-35Bを使用した艦隊防空任務が出来るという事であったが、問題は情報のやりとりが空自機間でしか出来ない事であった。

そう、日本が購入したE-2Dは米海軍が装備していたCNC機能を取り外してあり、海自へのC4Iへのアクセスが限定的にしか出来ないモデルであったのだ!

要は、護衛艦かがはF-35Bの運用プラットフォームとしての機能しかなく、空自のE-2DやE-767との間はリンク16を中心とした運用しか出来ず、限定された情報のやりとりであり、とても護衛艦かがを中心としたイージスシステムの防空体形に組み込むには能力不足であった。

これは、元々護衛艦かがの建造当時、米軍で運用されていたVA-8BハリヤーⅡや開発中のF-35Bの燃料や弾薬補給などの運用支援を第1段階に徐々に海自が固定翼機の艦上運用力を持つという計画であった為、いきなり自前で空自機を運用、作戦をするという所まで、デジタル化が進んでいなかったのだ。

また独自にデジタル化の道を歩んだ空自と海自間で、防空システムの齟齬が生じると大問題を抱えてしまった。

そればかりではなく、海自側にも問題があった。

折角E-2Dが探知した対空目標に対して、長射程を誇るSM-2や最新のSM-6で攻撃を仕掛けようとしても、空自の所有するE-2DではCNC機能が未搭載の為、終端誘導が出来ない。

これでは、自分達の持つ兵器の有効性を存分に発揮する事が出来ないのだ。

 

護衛艦いずもの就航に合せ、防衛省は一体化された共同交戦能力の開発に努めた。

その一つが、E-2J、F-35Jの開発である。

E-2Jは外見はD型であるが、中身は米海軍の運用機をお手本にCNC機能を搭載し、いずもをはじめ海自艦のCICで、E-2Jの探知情報を処理し、配下の部隊へ伝達できる機構をようやく実現したのである。

これが、独自に発展し、艦娘C4Iシステムへと発展していくのである。

いずもという空母の就航は、海上自衛隊、いや日本の自衛隊組織へ与えた影響は計り知れないものがあったのだ。

 

こんごうスワローのTACCOは、上空で待機するE-2Jを経由して送られてくる他の2機ロクマルの位置情報を見ながら、

「よし。皆 釣りはじめたな」というと、ディスプレイを切り替え、対空情報を確認した。

そこには、E-2Jが探知したいずも、瑞鳳から発艦した航空機群が表示されていた。

既に、各隊の先頭にはMV-22が付き、誘導を開始していた。

北部海域より南下する敵カ級D群に対し、E-2Jの指示により、鳳翔、瑞鳳隊は一旦 西の空域へ離脱する進路を取った。

その後 いずも、こんごう、ひえいのロクマルにより、敵カ級の頭を押さえ、動きを止める。

ロクマル隊をレーダー探知したカ級達は慌てて、皆海面下へ姿を隠していた。

まあ、それは今までなら正しい選択である。

航空機から、潜水艦を守るには“潜る”が一番正しい選択で“あった”。

こんごうスワロー機のTACCOは、海面下へ投入されたディッピングソナーの低周波アクティブソナーを起動しながら、

「隠れても無駄だ、そちら艦の特徴は既に把握している」

そう言いながら、音響ドップラーの解析画面を睨む。

モニタ―を操作しながら、水温データを確認する。

「よし、シャドーゾーンの外だな」と音響データを確認した。

時刻は既に午前9時を過ぎている。

陽も高い、海面の温度と海中の温度に差が生じ、温度境界面でソナーエコーが乱反射する事がある。

TACCOは、操作盤をいじりながらソナーを調整した。

直ぐに、画面上にドップラー反応が現れる

「捕まえた」

そう言うと、データーディスプレイ上のエコーにマークを打った。

「これで、逃さん」と表情を厳しくした。

既に他2機も、残りの2隻を探知したようだ。

「これで、袋のネズミだ。あとは鳳翔さん達の腕次第ということだな」

 

そして、その海面下では毎時5ノットという低速で移動するカ600号がいた。

発令所では、カ級艦長達がチャートを覗き、

「610号からの報告では、このまま南下すれば、後4時間で敵に接敵できる」

「はい、此方は潜航してしまいましたが、向こうが北上しているとの情報ですので、現在位置で網を張り、迎え撃ちましょう。もしやり逃しても、夜を待ち、浮上航行して追いかければ、十分攻撃可能圏内です」副長も、そう答えた。

航海長が、

「現在深度30ですが、もう少し潜りますか?」

するとカ級艦長は、

「いや、このままでいい。この深さなら航空機から目視される危険は少ない、それに見つかった所で、所詮空の上から、この艦を攻撃などできぬ」

「そうです」と副長も追従した。

もしここで彼らが後30m潜れば、ロクマルから身を隠す事も可能であったかもしれない。

 

副長は、僚艦2隻の大まかな位置をチャートに書き込み、

「この位置取りなら、どの艦かの警戒網に引っ掛かります」

「昼間、雷撃し損害艦を出して、夜戦へ持ち込むか」とカ級がいうと、

「はい、ヌ級空母司令部からの電文では、ヌ級も索敵機を出して、この敵空母群を探しているそうです」

するとカ級は渋い顔をして、

「余計な事を。この空母群は我々の獲物だ。」

「はい、前衛の第3部隊が上手くやれば、損害艦やはぐれ艦がでる事が予想できます」

「まあ、時間はある。ここは相手が出てくるまでまとう」

カ級はそう言うと、発令所の壁に背を預けた。

しかし、その頭上では、既に包囲網が刻々とせばめられていた。

 

海面上で、そのカ600号を追跡するこんごうスワローは確実にエネミーデルタ1ことカ600号を探知していた。

操縦席後方のセンサー員席で、エネミーデルタ1の攻撃指揮を執るTACCOは、上空で支援するE-2Jからの対空情報に目を通していた。

「よし、鳳翔隊が来たな」と画面を見た。

対空情報のモニタ―には、誘導役の2機のオスプレイと護衛の艦娘鳳翔が率いる零戦隊7機。

その後方に二手に別れて飛行する鳳翔の艦爆隊と瑞鳳の艦攻隊が映っていた。

識別ブリップには、各編隊毎に降下体制に入っているようで、高度表示が降下中を表していた。

上空で待機するE-2Jの管制士官妖精が、鳳翔の九九艦爆隊、そして瑞鳳の九七艦攻隊を各々担当するスワロー隊に管制引き継を開始した。

こんごうスワローは、鳳翔の九九艦爆隊8機の攻撃を指揮する。

「こんごうスワロー、こちら鳳翔艦爆1番!」

鳳翔の九九艦爆隊の隊長機から、無線が入る。

攻撃を指揮するTACCOは

「こちら、こんごうスワロー。攻撃士官」と返事をすると、

「獲物は見つかったかい?」と艦爆隊の隊長から返事があった。

「九九艦爆隊、既に此方で探知している。何時でも攻撃できる」

「艦爆隊、了解。進路160で高度600mまで降下中」

TACCOは対空情報モニタ―を確認し

「こちらでも確認した。そのまま降下してくれ。此方が目視できるか?」

すると艦爆隊の隊長は、

「間もなく此方を視認できると思う」

無線を聞いた2名のセンサー員が窓越しに上空を確認すると、

「右3時方向、九九艦爆隊確認しました!」

右のスライドドアから上空を見ていたセンサー員が降下する機影を確認した。

「艦爆1番、こんごうスワロー。そちらを目視で確認した」

「こちら艦爆1番、此方もそちらを確認した、獲物はその下か?」

「いや、少し前方に移動している。高度600mで、待機旋回へ入ってくれ」

「了解。これより待機旋回へ入る」

そう言うと、九九艦爆隊は、降下を止め、こんごうスワローがいる辺りを中心に左待機旋回へと入った。

TACCOはデジタル通信を使い、いずもCICへ

「デルタ1への攻撃を開始する」と通信文を送ると、即いずもCICの攻撃担当士官より

「攻撃を許可する」と短く返信がきた。

コンソール画面上のエネミーデルタ1の表示ブリップが“攻撃準備中”を表す赤い点滅へと変化する。

「センサー員! ディッピングソナー巻き上げ! ソノブイ用意!」

「了解!」と機体後部でディッピングソナーの巻き上げが始まると同時にTACCOは

AHCDS(戦術情報処理装置)へソノブイ投下位置を入力した。

即データを僚機と、操縦席へ転送する。

「操縦士、ソノブイ戦へ移行する!」

「はい、データ受領しました。移動開始します」

静かに、機体が前傾し前進を始める

「センサー員! ソノブイ2本用意」

「2本ですか?」と射出担当のセンサー員が答えると

「カ級の音響特性なら2本で十分位置特定ができる。」とTACCOは答えながら、

「一本300万はする高価な機材だ! ここぞという時のために温存しておく」

「ですね」とセンサー員も答えた。

自衛隊の消耗品補給はあかしの工廠が、パラオ産のナノマテリアルと本土から輸送、備蓄された資材を使い、維持している。

今の所、不足なく弾薬や機材等は揃っているが、今後の戦局次第では不足する事もありうる。

余分な資材はない。

投資した戦力資材に見合う成果を上げなければ、破産しかねないのだ。

 

TACCOはモニタ―を睨みながら

「間もなくソノブイ投下予定位置、1番 Drop、Ready!」と号令を掛けると

射出機で待機するセンサー員が

「1番 Ready!」と合図を返してきた。

 

TACCOは、じっと投下位置を示すモニターを睨んだ

そして、

「1番 Drop Now!」

「Drop Now!」センサー員が最初のソノブイをシューターから海中へ投下した。

少し間が開き、

「2番 Drop Now!」と声が掛かる

「Drop Now!」と復唱する声が機内に響いた

窓から外を確認していた別のセンサー員が

「ソノブイ 着水確認!」と水面上に浮かぶソノブイを確かめた

 

TACCOは、直ぐにセンサーコンソール画面を確かめ、ソノブイをからのデータを正常に受信しているかを確認した。

「よし」とデータを確認した。

ソノブイのアクティブソナーをセットすると、直ぐに探知データがSH-60Kの機上処理装置を経由して、上空のE-2Jを通じ、100kmほど遠方にいる護衛艦はるな、そしていずものCICとFICへ送信される。

音響データは護衛艦はるなの処理装置で音響解析された後、再びE-2Jを通じてSH-60Kへ転送される。

そればかりではなく、他の2機が投下したソノブイデータもE-2Jを経由して配信される。

この機能を使えば、他機のソノブイを使いながら、自機が追う敵潜の位置特定を補足する事もできる。

単機で追えば大量のソノブイが必要になる位置特定も、複数の機体で戦闘海域を覆えば、効率的な索敵が可能となる。

その為にも、海自としてはどうしてもCNC機能(共同交戦能力)のあるE-2Jが必要であった。

 

TACCOは、各機が投下したソノブイデータを共有しながら、自分が追うエネミーデルタ1を特定した。

 

「よし、深度30、毎時5ノットで南下している。此方の探知に気がついていないな」というと、管制卓上のドラッグボールを操作して、エネミーデルタ1の予想進路ベクトル表示の一点をマークした。

「飛行士! アタックポイントデータ見えているか!」

すると、操縦席の飛行士妖精が

「はい、こちらのナビデータで確認しました。移動を開始します!」

機体は、静かに機首を右へ切り、先程TACCOがマークした攻撃地点へ機体を切った。

「センサー員! レッドマーカー用意!」

「何時でも!」

そこには、機体下部のハッチを開け、スモークマーカーの投下用意をするセンサー員がいた。

TACCOは無線を切り替え、

「鳳翔艦爆隊! こんごうスワロー」

「おう、待ちくたびれたぞ! こんごうの!」と鳳翔艦爆隊の隊長妖精の返事が無線から聞こえる。

「すまん。では、お仕事の時間だ」と言うと、

「間もなく、爆雷投下地点に赤色発煙筒を投下する。着水後爆撃侵入を開始してくれ!」

「了解した。此方は既に攻撃隊形に移行した。」

レーダー画面を見ると、周回飛行をしていた鳳翔艦爆隊は、一旦空域を離れ、隊形を縦一列のトレイル隊形へと変更し、空域への突入タイミングを計っていた。

「間もなく投下地点です」操縦席から声がかかった。

ロクマルの機首が上がり、減速しホバリング体勢に入る。

小刻み揺れる機体

TACCOはじっとマーカ―投下のタイミングを計った。

毎時5ノットという低速で移動する標的がマーカ―投下地点に着くタイミングと、艦爆隊の攻撃侵入開始から投弾までの時間差を脳裏で素早く勘定する。

パラオで、時間がある限り幾度も鳳翔隊、瑞鳳隊と攻撃パターンの訓練を重ねた。

今では、阿吽の呼吸で攻撃する事ができた。

「センサー員! マーカー。Drop Ready!」

「Ready!」と素早く返事が来る

戦術情報モニターの敵潜のエコーマークと投下位置のマークが重なる直前、

「Drop Now!」TACCOの声が機内に響く

「Drop!」

センサー員はそう答えると、手に持ったレッドマーカ―を海面に投げ込んだ

「退避!!」

TACCOが操縦席へ怒鳴る

「了解です!」

そう返事が来たのと同時に、ロクマルは大きく右へ傾き、一気に現場を離れた。

TACCOは、左側面のバルブウインドウから海面を覗いた。

そこには、赤い煙幕を漂わせながら、海面に浮かぶマーカ―があった。

「頼んだぞ 鳳翔の旦那」

TACCOは、ぐっと上空を進む鳳翔隊を見上げた。

 

鳳翔九九艦爆隊の隊長は、海面上を急旋回しながら離脱するロクマルを見下ろしていた。

既にそこにロクマルが待機しているという事は、そこが投下地点である。

先程から隊形を縦一列の飛行隊形に整え、各機の間隔を調整していた。

上空にピタリと一列に等間隔で並びながら飛ぶ九九艦爆隊

流石、元一航戦だけはある。

機体の間隔を一定に保って飛ぶというのは、実は物凄く難しい。

車と違い、飛行機にはブレーキというものがない。

間隔を調整する為に、車の様にブレーキを踏んで調整とはいかない。

エンジン出力と舵を上手く調整して飛行間隔を揃える。

特に急降下爆撃機隊はこの等間隔で飛ぶ技術を徹底に磨く

海上だけでなく、地上の攻撃の際もそうであるが、きちんと僚機との間隔を取らないと、先方の機体が投弾した爆弾が舞い上げる破片や土埃で自分の機体に損傷を受けかねない。

また相手に反撃の機会を与えない為にも、連続した投弾が重要なのだ。

リーダー機の適切な位置取りは勿論の事、僚機にも卓越した技術がいる。

それを会得する為に、最初は二機で爆撃訓練、そして三機と段々と数を増やす、最後は八機全てが、綺麗に揃うまで訓練を積み上げた。

 

海面上に赤い煙幕を確認した鳳翔艦爆隊の隊長は、

「よ~し」と言うと無線のプレストークスイッチを押し

「野郎ども! 仕事だ!! 鳳翔艦爆隊! 突入する!! 我に続け!」

すると、後続の二番、続いて三番機と順次主翼を振って“了解”の合図を送ってきた。

後席の機銃妖精へ

「いいな!!」と短く隊長が聞くと、機銃妖精は、

「お任せします!!」と大きな声で返事がきた。

艦爆隊隊長は、スロットレバーを押し込み、機速を上げると操縦桿をゆっくりと引き、上昇角20度の上昇経路に入った。

右手下方の海面には赤い煙幕で指示された投下地点が見える

「待ってろ。いまでっかいのをお見舞いしてやる」そう言いながらも、投下地点をしっかりと確認しながら上昇姿勢を保持する。

クルクルと高度計が回り、高度が上がる。

唸る金星エンジン!

高度1000mを超えたあたりで、機体を捻りながら右へ切り込み、上昇で得た位置エネルギーを利用して、降下角20度の急降下姿勢をとった。

機体を立て直すのと同時に、主翼下部の空気制動板を開き、降下速度を調整。

直ぐに、操縦席前方の95式射爆照準器を覗いた。

照準器の正面に、海面に漂う赤い煙幕を見た!

操縦桿とフットペダルを細かく操作しながら、海面上の一点を目指して突入する。

その海面下には、ゆっくりと進む敵カ級潜水艦をイメージしながら。

「用~意!」と声をかけ、投下索を握る。

後席から、計器盤を注視していた機銃妖精が、

「間もなく 300!」と声を掛けてきた。

海面上は、大きな対象物がない

一点だけを凝視し続けると高度感覚を失う事がある、後席員はその為不意に高度が下がり過ぎないように、前方を監視していた。

一瞬の静寂の様な時間が過ぎた後

 

「て~!!!」という声と同時に、投下索を引く!

ガコンという音と共に、250kg爆弾を改良した航空爆雷が空中に放たれる。

急激に負荷の無くなった機体は、一瞬浮き上がろうとするが、それを押さえ機体を水平に保つ!

離脱高度は250mだ!

もう、すぐ目の前に海面が見える

後席の機銃妖精が振り返りながら、

「弾着確認! ど真ん中です!!!」

「おう、後はついて来てるか!」と隊長が聞き替えると

「はい! 2番機、3番機投弾しています! 4番態勢にはいりました!!」

「よう~し、一旦離脱するぞ!」

「はい」元気な機銃妖精の声が聞こえる

機体を右に捻り、右上昇旋回へと移しながら、自分も首を捻り後続機の投弾を確認した。

「よし」と頷く艦爆隊隊長。

 

そのころ海面下では、

「直上!! 着水音、多数!!」突然、カ600号のソナー員が叫んだ!

「なに!!!」一斉に、発令所内部の要員達がソナー員を睨んだ!

 

「爆雷なの?」とカ600号の艦長が聞くと、

「解りません! 周囲に駆逐艦らしき音はありませんでした!」とソナー員

続けて

「着水音、まだ続いています!」

「ちぃ!」と悪態をつきながらカ級艦長は、

「潜航! 深さ80!」

「潜航!! ダウントリム一杯! 急げ!!!」と副長が指示を出した

潜舵手が艦尾を上げ潜航姿勢に入ると同時に、バルブ手がタンクへ注水し、艦に行き足が付いた。

“ギギギ”という、船体の軋む音が艦内に響く

 

「急げ 早く!」誰かの小声が発令所内に響いた

深度計の針がじわじわと下がりだした。

カ級艦長は、手摺に捕まりながら

「何処から、攻撃を受けた。航空機か?」と副長を見ながら言うと、

「解りません。潜航前に見たのはオートジャイロです。とても爆雷を搭載できるような機体ではありません!」

カ級は渋い顔をしながら、

「とにかく、此処を切り抜けて 敵くうぼ・・・」と言った瞬間、頭上で大音響がした。

鳳翔艦爆隊1番機の投弾した新型航空爆雷が、カ600号の司令塔の右側で磁気信管を起動させ、爆発した。

250kg爆弾の凄まじい爆破水圧と衝撃波が、カ600号を襲った!

一瞬のうちに艦内は阿鼻叫喚の世界へと変貌した。

凄まじい衝撃波は、艦内の計器類のガラスを叩き割り、固定されていない物を全て吹き飛ばした。

照明の裸電球が衝撃で吹き飛び艦内が真っ暗になる

カ級自身も全身を発令所の壁面に叩きつけられて、身動きできない

「ぐううう」と唸るような声を出すのが精一杯である。

誰かが、

「灯りを!!」とようやく声を出した。

しかし、艦内に灯りが付く事は無かった。

2発目の航空爆雷が直上で起爆、今度は上下に大きく艦内が揺れた

その瞬間、何処かに亀裂が入ったのか、発令所内に水飛沫が舞った。

「ハッ! ハッチを!!」と副長らしい声がしたが、それに答える者はいなかった

次々とカ600号を襲う航空爆雷

遂に爆圧に耐え切れず船体の中央部が歪み、大きく、くの字に曲がり、船体に亀裂を生じた。

亀裂から、大量の空気の泡が海中へと流れ出る。

ほぼ水平の姿勢のまま、ゆっくりと沈下するカ600号は、二度と水面へ姿を現す事は無かった。

 

「四つ、五つ、六つ」

上空で、待機旋回する鳳翔艦爆隊の隊長は、水面に大きく立ち上がる水柱の数を数えた。

「よし、上出来だ!」と叫んだ

あかしさんから聞いた話では、この新型航空爆雷。250kg爆弾という事で、破壊力がかなりある。通常のカ級なら4発もあれば、船体に亀裂を生じる事ができる。

通常の爆雷と違い、磁気信管であるので敵潜のまじかで起爆する。

その威力は絶大であった。

「2発しくじったが、まあよかろう」と言うと、

「後席。水面に何か見えるか!」

「はい、大量の気泡が見えます! あっ、何か浮いてきました!」

後席で双眼鏡を使い海面を監視していた機銃妖精が答えた。

そこへ、海面上を確認する為に、上空で待機していたこんごうスワローが降下してきた。

じっと上空で、攻撃効果判定を待つ鳳翔艦爆隊

その時、無線に

「鳳翔艦爆隊! こんごうスワロー」と呼び出しがあった。

「艦爆1番!」と隊長が答えると、

「攻撃地点に大量の気泡、浮遊物を確認。敵潜の音響反応も消失した。」

息を飲む鳳翔艦爆隊

「敵潜を撃沈したと判断する」

こんごうスワローのTACCOから、報告を受けた隊長は

「ふう」と大きく息をついた。

いつも、この瞬間だけは緊張する。

水上艦の攻撃と違い、潜水艦への攻撃は目に見えない

成果判定が難しい

後続の僚機達を見ると、主翼を振って喜んでいた。

ふと、少し北の海域へ向った瑞鳳の九七艦攻隊のいた場所で、水柱が複数上がり、その周囲を九七艦攻隊が飛んでいるのが分かる

「向こうもはじまったな」

そう言いながら、鳳翔艦爆隊の隊長は配下の機体をまとめ、待機旋回へと入った。

 

 

鳳翔、瑞鳳の艦爆、艦攻隊がエネミーデルタ1及び2への攻撃を開始した頃、北に10km程離れた海域では、いずも艦載機、いずもスワロー16がエネミーデルタ3への攻撃準備に取り掛かろうとしていた。

攻撃士官であるTACCOは、

「操縦士、此方も仕事に掛かる。一旦海域を離脱、南側から侵入して12式で仕留める」

「はい。」と操縦席から返事があった。

既に、ディッピングソナーは巻き上げられ、ソノブイによる相互探知へと切り替えられていた。

TACCOは、ソナードップラー反応をモニタ―で確認すると、

「いまだ、状況がつかめず南下中か」

それもその筈である。

各々の艦は10km前後の間隔を保ち、浮上航行しながらパラオ艦隊を目指して南下していたが、接近して来た、こんごう、ひえい、そして増援のいずもスワロー16を探知し、発見を恐れ潜航した。

まあ、そこまでは教科書通りである。

この時代の航空機には、対潜能力は殆どない。

目視発見さえされなければ、撃沈される恐れはなく、潜航して身を隠してやり過ごすだけで良かったが、

「まあ、見つかった相手が悪かったと思って諦めてくれ」

TACCOは、そう言うと、標的であるエネミーデルタ3の座標諸元の入力を済ませ、12式短魚雷を活性化させた。

一旦、エネミーデルタ3(カ602号)から距離をとる為、数キロ南下したいずもスワロー16は、再び機首を北へ向け、攻撃ポイントへ向った。

すでに機上では、12式の投下準備が整い、あとは敵潜の前方1km程の所へ投下すれば、確実に仕留める事ができる。

「この距離ではずしたら大事だな」といずもスワロー16のTACCOは呟いた。

元々12式短魚雷はロシアの最新鋭原潜に対応できるように設計された。

この時代のカ級とは、天と地ほど静粛性がある上、ホーミング魚雷の回避策や積極的な迎撃魚雷も装備している。

そんなロシア原潜に対応するべく開発された12式短魚雷を使うとなると、鶏の首をはねるのに、牛刀を使うような物であるが、ここは致し方ない。

投下予定地点が迫る。

目で、攻撃兵器管制卓の表示を追う。

各種の警告灯や表示に異常がないか、確認し諸元に異常がない事を確かめた。

「よし」と一呼吸おいて、

「12短魚雷、よ~・・・・」と声を上げた瞬間

 

「旦那! その攻撃待った!!!」

 

無線に投下を制止する声がはいった。

「おっ!」

兵装投下ボタンに指を掛けていたTACCOの動きが止まった

 

「間に合った!」と無線で告げられ、

「いずも16号機、こちらパラオ大艇1号」と無線の主が名乗った。

TACCOは、慌てて対空警戒レーダー画面を見た。

そこには2機の大艇が、此方へ向って猛進してきていた。

上空で警戒するE-2Jからの警告が無かった事を見ると、予めこの空域へ侵入する事の了解を取っていたという事か。

TACCOがそう考えていたが、大艇1号の隊長は無線で、突然

「済まん、いずも16号。その獲物俺達に譲ってくれ」

「?」とTACCO思うのと同時にいずもCICの攻撃士官からデジタル通信で、

“いずもスワロー16は、エネミーデルタ3への攻撃を中止。攻撃はパラオ大艇部隊が行う。現場空域にて、大艇部隊をフォローせよ”

そう通信文を送ってきた。

「まあ、しゃないか」と“命令受領”の電文を送る。

無線で、

「大艇1号、いずもスワロー16」

「おう! 聞こえるぞ!」と大艇隊の隊長の声が聞こえた

「こんごうさん達の獲物は仕留めたのか?」といずもスワロー16のTACCOが聞くと

「勿論だ! すずやさんとひえいさんがきっちり仕留めた」

大艇隊の隊長は、続けて

「折角、パラオからでっかいブツを積んできたんだ。 一度使わせてもらいたい」

TACCOは、

「そう言う事なら。こちらの探知情報は届いているか?」

すると、大艇隊の隊長は

「確認した。此方で再度、磁気探知を実施して、攻撃に移る」

「了解した」とTACCOは答えた。

横に座るセンサー員を見た。

センサー員は頷きながら、兵装管制コンソールへ向い、12式短魚雷のモードをアクティブからスタンバイへと替え、安全装置をセットし、インカムを切り替え、操縦席に高度をとり、大艇隊の上空支援に向う事を伝えた。

徐々に高度をとりながら、一旦海域を離れるいずもスワロー16

TACCOはモニタ―にソノブイから得たエネミーデルタ3のデータと空域へ侵入するパラオ大艇部隊を重ねて表示した。

「パラオ大艇1号、進路065へ変針、高度200を維持」

「パラオ大艇1号、了解」と大艇隊の隊長から返事がくる。

その間にも大艇隊の2機は右へ少し旋回しながら、隊形を磁気探知の為の横一列の飛行隊形へと変化させた。

右旋回しながら横一の密集隊形を取る大艇隊の2機

高度を200mへ降下してきた。

 

大艇改1番機の機内では、機長でもある隊長が、大声で怒鳴っていた

「これより、対潜戦闘に移る!」

すると、

「後部機銃、監視員よし」

「機首監視員、準備よし」

「兵装、航空爆雷準備よし」

次々と声が上がる、最後に、横に座る

「磁気探知装置、準備よし」

対潜員は続けて、

「磁気探知開始します!」と告げた。

二式大艇とパラオの大艇改との外見上の大きな違いは、機体尾部に増設された磁気探知装置のブームだ。

まるでお尻に棒がくっついたようで、多少不格好であったが、文句を言う乗員妖精などは居なかった。

この装置は、パラオ大艇部隊の能力を飛躍的に向上させた。

今まで、対潜活動と言えば、潜水艦の現れた海域の上空を飛んで、目視で海面を確認するしか方法が無かった。

相手が浮上しているか、潜望鏡を上げている時位しか発見できない。

おまけに一旦潜られてしまうと、此方は攻撃どころか、探知もままならない状態であった。

これでは、いくら大艇の航続距離が長大で、長時間索敵ができるとはいえ、その能力を十分に発揮する事はできない。

しかし、あかしの改修により、この磁気探知装置(MAD)、海面浮遊式聴音探信機(ソノブイ)の搭載で、大艇改の探知能力は一気に高まった。

また、大艇改の探知情報をロクマルやE-2Jを経由してイージス艦で解析する事もできる。

現在改修中の空母鳳翔には、初期的ではあるがCICが搭載されこの対潜情報が分析できるようにしてあった。

大艇改で探知、鳳翔のCICで分析、九九艦爆隊で攻撃という一連の流れができつつあった。

 

大艇改1号の対潜要員は、MADの反応を表す小型モニターを凝視していた。

横に並走する2号機でも同じように対潜員がモニターを睨んでいる筈である。

そのほかの者も、機外が見渡せる所で、各自双眼鏡を片手に海面を睨んだ。

既に、大まかな位置はロクマルが探知しているが、攻撃の為に正確な位置を割り出す必要があった。

無論、ロクマルから誘導してもらうというのも手である。

しかし、大艇隊の隊長はあえてそれを言わなかった

 

「いつも。自衛隊の支援がある訳ではない!」

 

出撃を前に、ある日パラオ泊地提督は、泊地の要員を集めそう語った。

「このパラオ泊地の現在の能力は、横須賀、呉にも並ぶ一大拠点となった。しかし、それは自分達の努力の結果ではなく、自衛隊の支援があってこそである」

泊地提督はそう言うと、

「しかし、今はその力添えに甘えよう。だが、我々は甘えるだけではだめである。彼らを目標に切磋琢磨しなくてはならない。使える機材、機会は最大限に使え! 責任は俺が持つ!」

泊地の艦娘や要員を前に提督はそう語った。

失敗してもいい、次の機会にその失敗は活かせるなら。

今、泊地のメンバーはそれを合言葉に日々研鑽していた。

大艇隊の隊長は、双眼鏡で海面を睨み

「この一戦が、貴重なんだ」と自分に言い聞かせた。

 

いずもスワロー16が投下しておいたソノブイ情報を元に、捜索範囲を定め、2機で編隊を組み低空飛行に入る大艇隊

もう、直ぐ真下に海面が見える。

MADの探知は名のごとく磁場の変化を探知する物である。

その為に、出来るだけ相手に近い方が探知精度が上がるのも事実だ。

しかし、あまり低くなり過ぎては、探知範囲が狭くなる、

まずアタリをつけて、徐々に範囲を狭くしていく。

 

じっと機内で、磁気探知装置のモニタ―を睨んでいた対潜員が

「磁気探知に感あり、反応徐々に大きくなる!」と叫んだ!

「兵装員! 発煙筒用意!!」隊長が指示をすると、

「用意よし! 合図を!」兵装員が手に発煙筒を持って、解放された窓越しに立った。

モニターを凝視する対潜員が

「投下用意!!!」と合図すると、兵装員は発煙筒を構えた。

「投下!!」

「とう~か!!!」

と掛け声と共に兵装員が安全ピンを引き抜き、発煙筒を機外へ放り出した。

隊長が別の窓から身を乗り出し、落下する発煙筒を確認した。

 

「隊長!! 2番機から報告です!こちらとほぼ同じ位置で反応大との事です」

無線に耳を傾けていた、通信員が大声で叫んだ。

「飛行士!! 発煙筒の着水位置上空をもう一度飛べ!」

「はい、隊長!!」

飛行士妖精はそう返事をすると、大艇改を右旋回へ入れ、再度同じ方向から侵入に入った。

「隊長、友軍の可能性はありませんか?」と兵装員が隊長へ問いただしたが、

「いや、その線はない。今朝の段階でトラックとルソンへ確認し、大淀さんから返事をもらっているとの事だ」

と隊長が答えると、

「じゃ、思いっきり落としても問題ないですね」と兵装員がいうと、

「おう、一発でかいのをかますぞ!」と隊長がいうと、機内のあちこちから元気のいい返事が返ってきた。

「奴ら、“飛行艇”が対潜攻撃できないと、高を括っているようだが、その時代は終わりだ。なんせ俺達は、“対潜哨戒機”だからな」そう言うと、窓から、翼下を見た。

そこには、力強い音色を響かせる2基の火星エンジンと、爆弾用吊具で翼下に吊るされた2発の新型250kg航空爆雷が装備されていた。

「2機で、合計8発ある。必ず仕留める」

隊長は、右手の拳をぐっと握りしめた。

 

右手に海面に漂う発煙筒の煙幕を見ながら旋回する大艇改の2機

攻撃の為、旋回を止め、煙幕を目標に、直進しようとしたとき、

「大艇1号、いずもスワロー16」と無線で呼び出された

「大艇1号!」と隊長が応答すると、

「敵潜が浮上している! 現在深度10だ!」と告げられた。

 

「なに?」と隊長は声に上げた。少し考え

「奴目、僚艦が攻撃された事で、状況が分からず浮いてきたな!」そう言うと

「総員、敵潜が浮上して来た! 目かっぽじって監視しろ! 潜望鏡を上げるぞ!」

一斉に持ち場で双眼鏡や目視で外面を監視する機銃員達。

「いました! ほぼ正面! 潜望鏡を出しています!!」

機首監視員が叫んだ。

隊長は操縦席へ駆け込み、正面を見た。

数キロ先に潜望鏡の航跡を確かめた。

「見つけたぞ! 飛行士頼む!」操縦桿を握る飛行士の肩を叩いた。

「お任せ下さい! 直上に誘導して見せます!」

「おう、見逃すな!」

直ぐに後へ下がり

磁気探知装置を睨む対潜員に

「正面に、敵潜の潜望鏡を確認した。反応は?」

「はい、微弱ですが探知しています。進路そのままです」

横に座る兵装員へ

「爆雷の投下機会は一回きりだ! 頼むぞ」

「はい! きっちり直上で落として見せます!」

隊長は、通信員へ

「2番機はどうだ!」と声を掛けた。

「はい、向こうも潜望鏡を確認、攻撃態勢に移りました!」

「よし」というと、隊長は操縦席下部にいる観測員に、

「水平爆撃照準器で一応補佐しろ!」

すると、操縦席の床下から、

「はい、記録取っておきます」と声が聞こえた。

 

操縦席から、

「間もなく、潜望鏡の直上!!!」と副飛行士の声が響いた。

磁気探知装置のモニターを凝視する対潜員

操作盤のボタンを押しながら、探知装置の感度を上げた

徐々に標的に近づく2式大艇

機首の監視所では、別の要員が水平爆撃用の照準器を覗いた、

高度300m

ほぼ真下に海面が見え、はっきりと潜望鏡の航跡を確かめた。

隊長は、操縦席後方の窓から後を見ると、2番機も攻撃態勢に移り、此方の後方へ付いた。

 

対潜員は、モニターを見ながら、

「反応大きくなる! 爆雷投下よう~い!!!!」と声を上げた。

「用意よし!」と隣に座る兵装員が操作盤を前に応じる。

 

操縦席でも、はっきりと潜望鏡を確認した!

飛行士妖精が、小刻みに操縦桿とフットペダルを操作しながら、進路を修正する。

隊長も身を乗り出し、前方の潜望鏡の航跡を見る。

ぐっと目を凝らすと航跡の先頭にまるで海面から突き出たマッチ棒の様な物が見えた

「いたぞ!」

そして、静かに、

「逃がさん!!」と唸った。

 

操縦席後方では、対潜員がモニターを見ながら、投下の機会をうかがっていた。

磁気反応が最大になった瞬間、対潜員は、はっきりとした声で

「爆雷投下!」と声を上げた。

通路を挟み横に座る兵装員が、投下操作をすると、左右の主翼に吊るされていた4発の新型航空爆雷が海面めがけて投下された。

隊長は、操縦席の窓から真下を覗く。

正にその時、海面に突き出た潜望鏡の真上を通過したのだ。

そして、投下された航空爆雷は、真っ直ぐその潜望鏡めがけて落下していった。

 

高速で潜望鏡の上空を過ぎ去る二式大艇改1号機

過ぎ去った直後に潜望鏡周囲に、弾着の4本の水柱が立った。

「起爆したか!」

「確認します!!」

隊長の声に、後部機銃員が答えた。

 

窓から、後方を臨む隊長。

後方に位置する2番機も潜望鏡を目標に全弾を一斉に投弾した。

航行する潜望鏡とその航跡付近に、次々と着水する新型航空爆雷

 

左上昇旋回をする大艇改1号機の監視窓から、海面を睨む隊長

「当たったか!」と思った瞬間

海面が、白く膨らみ、まるで噴火したかかのような、大きな水柱が上がった!

「よし! 起爆したぞ!!」

後方の監視員からも

「複数の爆雷の起爆を確認!!」と声が上がる。

鳳翔隊や大艇隊が使う新型航空爆雷は、磁気信管だ。

敵潜への接触、もしくは損傷を与える距離になると起爆する。

起爆したという事は、有効弾を与えたという事である。

 

「有効弾が出ている! 戦果を確認しろ!!」

そう隊長が言った瞬間、海面が再び盛り上がった!

海面を凝視する大艇の要員達

 

白く次々と上がる大きな気泡や、浮遊物を押し分け、泡立つ海面に突如、潜水艦の艦首が現れた!

「浮上してきたか!」

隊長はそうおもったが、次の瞬間、隊長が海面に見たのは

艦首から10mほどの所で引き裂かれた艦首部分であった。

浮上してきた、艦首部分は、その船体部分をゆっくりと回転させながら、再び、海面下へと没していった。

 

静まりかえる機内

 

隊長は、一言

「おうし! 撃沈だ!」

「うおおお!」という声に共に、肩を叩きあう兵員妖精達

2機の大艇改は、揃って上空へと駆け上がった。

 

しかし、この海域での戦いはこれで終わりではなかった。

鳳翔、瑞鳳各隊が各々の攻撃目標へ攻撃を開始した時、上空で警戒待機していた艦娘鳳翔率いる7機の零戦へ無線が入った。

「鳳翔アルファー1、いずもエクセル16」

「鳳翔アルファー1」と短く答える艦娘鳳翔

「警戒区域内に、所属不明機1機が侵入した。飛来方向より深海棲艦の航空機と思われる。確認後、迎撃せよ」

「鳳翔アルファー1了解」と鳳翔が返事をすると、上空の管制機より

「進路035、高度2000へ変針、不明機まで距離300km」と

「了解」と返事をする鳳翔

続けて

「戦闘機隊! 第3分隊は私について来なさい!」と無線で言うと直ぐに

「5番了解です」

「6番 合点です!!」

と返事があった。

鳳翔は、軽く主翼を振ると、機体を右へ切り返し、機首方位を035度へ合わせた。

直ぐに、左右へ5番機と6番機が付く

「小隊長! 後はお願い!」

「はい、お任せください!」と直ぐに1番機の小隊長から返事があった。

鳳翔は、戦闘機第1小隊の小隊長へ残りの機体の指揮を任せると、2機を引き連れ不明機へと向った。

 

 

編隊から分離し、30分ほど経過した。

無線で、艦爆、艦攻、そして応援で来たパラオ大艇隊が見事敵潜水艦を撃沈した事を確かめたたが、鳳翔は、目の前の不明機に神経を集中した。

「相手は1機、速度は200km前後で南下中という事は、偵察機ですね」というと、眼下の空域を注視した。

先程から数度に渡り、上空の管制機の誘導を受け進路を修正した。

鳳翔は、無線で僚機の2機へ

「5,6番機。右手前方下方に、不明機が見える筈です、見落とさないように!」というと、2機とも主翼を振って“了解”の合図を送ってきた。

この空域は少し雲が低いようだ。

相手機は高度1000m前後を飛んでいる、こちらは少し上の1500mだ

ただ雲が低い為、視界が悪く、時折雲間に入る。

僚機の間隔を少し開き、不意の接触を防ぐ。

雲の切れ間をじっと睨む

「やはり、こういう時に機上レーダーがないというのは、不便ですね」と鳳翔は呟いた。

既に、いずも艦内のF-35のシミュレーターを乗りこなす彼女は電子機器の有難みを感じていた。

「鳳翔アルファー1、エクセル16。目標まで10km、右手下方に見えるはずだ」

「鳳翔アルファー1、了解」と返信する鳳翔

じっと右手下方を見た。

一瞬、海面上を動く影を見た。

「いた、あれだわ」

雲間からはっきりと機影を見た

「PBYですね」

そう言いながら、機体を少し右に捻り、もう一度雲間から、機体を確かめた。

間違いないPBYだ

「エクセル16、鳳翔アルファー1。不明機はPBY。機数は1」と短く報告した。

「鳳翔アルファー1、エクセル16。国籍を確認せよ」

「アルファー1、コピー」と短く返事をした。

 

後は、国籍である。

こればかりは接近するしかない。

問題は、今は昼間で、接近すれば間違いなく銃撃される危険があった。

「5番、6番。貴方達は攻撃位置へ着きなさい。私が接近して国籍を確かめます」

「鳳翔中隊長! それは危険です。自分が!」と5番機が無線で返してきたが、

「大丈夫です。一気に行きます!」というと、主翼を振って“位置へ着け”と合図した。

5番機は、

「解りました。攻撃位置へ着きます」

そう言うと、6番機を連れてやや高度を取り始めた。

鳳翔は、前方右下方から接近するPBYを見下ろした。

かなり接近したが、雲が視界を遮るのか、それともパラオ艦隊の発見を急いでいるのか、上空の此方の警戒を怠っているようで、発見された形跡がない

「ダメですね。注意が下方へ向き過ぎです」と鳳翔は言った。

鳳翔は、周囲をぐるりと見回した。

「他に、機体はいないようね」

既に上空で待機する僚機と、監視役のE-2Jがいるとはいえ、油断はできない。

 

不明機のPBYと高度差をもってすれ違った瞬間、鳳翔はスロットレバーを押し込みながら、操縦桿を引き起こし、緩い上昇へ入り、一気に高度を稼ぐと、そのまま右へ切り返しながら機体を捻り、一気に降下態勢へと移った。

上昇する事で得た位置エネルギーを今度は降下態勢に変える事で加速度をもった運動エネルギーへと変化させていく。

急激に下がる機首の正面に、不明機のPBYの上面を捉えた。

PBYの右側面へ急接近する鳳翔機

鳳翔は、巧みに操縦桿を操作して、降下速度を調整した。

零戦の欠点の一つに降下速度の制限がある事である。

原因は色々と言われているが、根本は零戦が“柔らかい”飛行機であるという事である。

これは、強度が不足しているとか、使用している鋼材の硬度が不足しているとかそう言う問題ではなく、“設計自体が柔らかい”のである。

零戦は徹底的に空戦性能にこだわった格闘戦用の機体である。

設計段階からグラム単位の重量管理をして生み出された。

故に、強度を保つ為の工夫も他の機体に比べ正に、空雑巾を絞るような知恵を繰り返したのだ。

機体の強度を確保する簡単な方法が、補強版を使うという方法である。主要な構造品の接合部に補強板を当て、強度を稼ぐ方法である。設計も簡単で工作も楽だが、重量増加という欠点がある。

もう一つの方法は、力学的に歪を逃がすという方法だ。

要は、強度が欲しいから“固くする”のではなく、あえて柔らかく作って機体に掛かる荷重を上手く力学的に逃がす、応力回避の方法だ。

零戦は、この二つの方法を上手く組み合わせて設計された。

故に、軽量かつ格闘戦での高荷重にも耐える機体が出来上がった。

しかし、当時まだこの応力回避や航空力学の研究は完全ではなく、急降下時のフラッターを招く事になった。

よく零戦は、“紙の様に脆い戦闘機”と揶揄されるが、それは開発された時代背景が生み出したもので、航空機としての設計自体は非常に優れていた。

 

鳳翔は、降下角と速度に注意しながら、目前のPBYへ迫った。

一気にPBYの右側面を上空から駆け抜け、PBYの腹の下へ抜けた。

これなら、側面機銃は、鳳翔機を追う事ができない!

鳳翔は、深海棲艦の機体にある特徴的な文様を見て、

「エクセル16、不明機は深海棲艦機!!」と短く無線で告げた。

その時、PBYより、機銃掃射を受けるが、此方の動きに追従できず、あらぬ方向に弾をまき散らしていた。

「上空が御留守のようですね」と鳳翔は言うと、鋭く補助翼と方向舵を左へ切り込み、

機体が左へ向いた瞬間、操縦桿を引き起こした。

左上昇バレルロールを決める鳳翔機。

あっという間に、PBYの下部から抜け出し、今度は上部へと、背面状態で回り込んだ。

PBYの機銃手達が、鳳翔機を追うが、機動が速すぎて追いつかない。

「鳳翔アルファー1、エクセル16。交戦を許可する!!」

上空で、監視するE-2Jより交戦許可が下りた。

PBYの周囲で、零戦を巧みに操る鳳翔は、無線のプレストークスイッチを2回軽く押し、

“了解”の合図、ジッパーコマンドを送った。

PBYを中心に、バレルロールをする鳳翔。艦娘と言えども、体に掛かる荷重は並大抵ではない。声が出せない時に使うのが、このジッパーコマンドだ。

パラオ泊地に所属する航空機は、自衛隊のあかしにより無線機を全て交換されていた。

以前の飛行服に付属するマイクでは、送信する時に喉元のボタンを操作する必要があった。

しかし、改修機では、操縦桿にプレストークスイッチが付き、操作がし易い。

無線機の精度も各段によく、以前とは天と地程の差であった。

「お艦! 行きます!!」

上空で、攻撃態勢で待機していた5番機が無線で叫んだ。

“パチ、パチ”とジッパーコマンドを送る。

鳳翔は、バレルロールを打ちながら、PBYの機銃手達の注意を、自分へ向けさせた。

「お艦! 離脱してください!!!」と5番機が言うと、鳳翔は、バレルロールの機動から、一気に補助翼と方向舵を一杯に切り込み、クイックロールと呼ばれる急旋回をした。

「うっ!!!」

急激に右に切り込んだせいで、体に掛かる荷重が一気に増加する

“ギギギ”

機体の軋む音がする。

“多分、主翼の外板が波打っていますね”

鳳翔は渋い顔をした。

 

急横転をしながらPBY機から、離れる鳳翔機。

ここぞとばかりに、PBYより機銃掃射が加えられるが、それを高度を落としながら躱す鳳翔。

PBYの注意が、下方の鳳翔へ向った瞬間を5番機は見逃さなかった。

「行くぞ! 6番!!」と無線で叫ぶと、スロットレバーを押し込み、操縦桿を押し、急降下姿勢へ入った。

一気に、雲間から踊り出る2機の零戦。

「上が御留守だぞ!」

5番機の飛行士妖精は

「一気にケリをつけるぞ!」

「おう!」と6番から返事があった

二人にはそれで十分であった。

スロットレバーに付属する機銃選択用のスライドボタンを20mm機銃へ切り替えた。

ぐっと操縦席正面の98式射撃照準器を睨んだ。

急速に照準器一杯に広がるPBYの上面!

「食らえ!!」

スロットレバーに付属する射撃レバーを握った。

“ガリガリガリ”

両翼から、独特の発射音をだしながら、撃ちだされる20mm機銃弾!

20mm機銃2門の発射の衝撃は凄まじい、機首の方位がずれ、射線が狂うのを、必死に方向舵で修正する。

赤い航跡を引きながら、次々と銃弾がPBYの胴体上部や主翼上面へ、吸い込まれていく。

「まだまだ!」

5番機の飛行士妖精は、照準器を睨みつけ、発射レバーを握り続けた。

“ボっ!”突然、異音がしたような気がした瞬間

PBYの右翼、エンジンナセルの根元付近に白い煙が上がり、そこから右翼が引きちぎれた!

機体のバランスを崩したPBYは、そのまま右に横転しながら、一気に海面めがけて落下していった。

上空で態勢を立て直す5,6番機に鳳翔機が近づく

直ぐに、鳳翔を中心に編隊を組み直した。

直後、海面に大きな水柱がたった。

そこには、上空から黒煙を引きながら海面へと墜落したPBYの残骸が、漂っていた。

上空から、残骸を確認した鳳翔は

「エクセル16、鳳翔アルファー1。目標の撃墜を確認。生存者確認できず」と短く、無線で告げた。

 

「鳳翔アルファー1、エクセル16。全ての作戦を完了した。いずもへ帰還せよ」

「鳳翔アルファー1!」鳳翔はしっかりと無線で答えた。

誘導役のMV-22へ合流する為、進路を南へと取る鳳翔隊

 

鳳翔は、

「さて、今日はおとり役でしたけど、次回は猫相手ですね」と呟きながら、正面空域に集合する、友軍機を見た。

 

 

「鳳翔機、エネミーエコー1撃墜」

いずもCICに、航空管制士官の声が響いた。

「航空管制! 各隊の空中集合を急がせて。帰還進路の安全確保は?」

「はい、副司令。問題ありません。スカル隊上空支援に入っています」

CIC正面のモニターには、帰路へ就く為、空中集合をする鳳翔、瑞鳳の各攻撃隊と、護衛の零戦隊。

そしてその上空で監視するE-2Jとエリアスイーパー役の2機のF-35が映っていた。

各機、旋回待機するMV-22を目標に集合し、帰還予定である。

ここまで来れば、特に言う事はない

「ふう」と大きく息をしながら、艦娘いずもは自分の席に着いた。

「う~ん」

背もたれに背を預けなら、背伸びをする。

「ご苦労だったな」

そう言いながら、自衛隊司令が、横の群司令官席に着いた。

「あら、FIC(旗艦司令部)はいいの?」といずもが聞くと、

「向こうはこれからが戦場だ。俺がいると邪魔らしい」と苦笑いした。

「でしょうね」と笑いながら、答えるいずも

「これで、9隻。いや昨日の分を合わせると10隻か。」と司令が言うと、

「一日で、これならいい線いったんじゃない」と余裕のいずも

「まあ、お前が対潜空母として、本気を出せばこんなもんじゃないだろうが」と司令がいうと、むっとしながら、いずもは

「ねえ、元々私は、建造当時“多目的航空機運用護衛艦”っていう長ったらしい艦種だったのに、いつの間にか“空母いずも”なんて呼ばれて、挙句の果てに、金食い虫の岸壁女王とか散々だったわ」

司令は、

「まあ、確かにお姫様である事は、事実なんだがな」

「で、どこまで見えてるの?」といずもが聞くと

「例の仮設基地に貼り付けてあるヌ級艦隊の動き次第だ」と自衛隊司令は答え、続けて

「今回の戦況を、マーシャルがどう受け止めるかだな」

いずもは、

「多分、動きが出てくるのは、明日以降よ、由良」というと、

「ああ、俺たちは暫くこの海域をうろつく事になりそうだな」といいながら正面のモニタ―を見た。

艦隊の運行状況を示すモニタ―には、パラオ、自衛隊艦隊が、進路を北から西よりに替え、やや深海棲艦の仮設基地より遠ざかる進路を取りつつある事が表示されていた。

そして、自分達の後を追尾する1隻の潜水艦

此方も、距離を置き、此方の動きを監視していた。

「ヌ級はどう出るかしら」といずもが聞くと

「俺達が変針した事は、この追跡艦から今日中に報告が行く、カ級艦隊の殲滅、そして偵察機の撃墜で俺達の脅威度はある程度認識したはず。仮設基地を防衛する為に排除にくるか? それとも暫し様子を見て仮設基地の態勢を整えるのを優先するかのどちらかだな」

「どっちだと、見ているの?」といずもが聞くと

「五分五分という所かな」

「えらく、大雑把ね」といずもが呆れると

「多分、この仮設基地のヌ級艦隊は、さほど作戦行動の決定権を持たないと思う。元々警備目的で派遣されていると推測する。それに通信を傍受した限りでは潜水艦艦隊の指揮中継艦を兼ねていたようだ」

「では、やはり当初の分析の通り、マーシャルから誰かでてくるかしら?」

司令は腕を組みながら、いずもを見て

「先程帰還した偵察機の写真解析では、仮設基地の受け入れ準備が整いつつある。となると一両日中に爆撃部隊と戦闘機隊が配属される。奴らとしては、それまでどうしてもこの仮設基地を隠蔽したい。目の前を我々がうろつくのは気に入らん筈だ。今後のトラック侵攻を考えれば、早期に排除したいと考える」

「それで、ヌ級を前に出してくる?」といずもが聞くと、

「そこは、もう少し様子を見たい。マーシャルから部隊を出して、ドミノ倒しでヌ級を前に出すか、ヌ級艦隊単独でくるかだな」

司令は表情を厳しくしながら、

「色々なパターンがあるが、手駒は向こうの方が多い。此方は現存戦力でどこまで耐えるかだな」

すると、いずもは

「手持ちのF-35でマーシャルの頭を一回叩いておく?」

「いや、不要な挑発は避けよう。出来れば向こうに敗因を悟らせたくない。」と自衛隊司令は返した。

いずもは

「“攻めている”のに“勝てない”。そう言う状況を作るのね」

「まあ、そう言う事だな。戦力を投入しても、その戦力が跡形もなく消える。そうやって向こうの戦力を消耗させ、艦隊決戦の為の下地を作る」

自衛隊司令はそう答えた。

「ヌ級艦隊程度ならいいけど、いきなり向こうのル級flagship艦隊が出てきたら事よ」

「その時は、パラオ艦隊と一緒に尻尾を巻いて逃げるさ。」

司令は続けて、

「念のために、三笠様と金剛さん達が近くまで出てくる。向こうの3つある艦隊のうち、一つでも打撃を与えられれば、この戦場が大きく動く」

「戦力のバランスを崩す訳ね」といずもが聞くと

「そうだ。今の状態では、向こうが有利だが、均衡状態からほんの少しだけ此方へ傾けさせればいい、そうなった時、相手の司令官が無理に押してくるか、それとも退くか、そこを確かめれば、マーシャル全体の動きも見えてくる」

いずもは、自衛隊司令をみながら、

「まっ、貴方のその手腕を期待してるわ」

そう言いながら、前方壁面の艦隊の運行状況を示すモニタ―を見た。

「こんごうとひえいは、このまま南下させて、コスラエ島まで下げていいのね」

そこには、パラオ、自衛隊艦隊から分離し南下を開始したこんごう、ひえいのブリップが映っていた。

「ああ、当初の予定通り潜水艦艦隊は殲滅できた。次の段階“敵艦隊の誘い出し”と、マジュロ島の人質救出作戦へ移行する。こんごう達はコスラエ島で、あかしと合流。此方はトラック経由で来るきりしまを回収して、暫くここでダンスだな」

いずもは、少し口元に笑みを浮かべて、

「で、荷物はコスラエ島についたのかしら?」

「明日中には、ポンペイ島から大艇で入るそうだ」

自衛隊司令が表情一つ変えずに答えた。

「こんごう。荷物の中身知ったら怒るわよ」といずもが意地悪くいうと、司令は驚きながら

「おっ、お前まだ言ってなかったのか?」

「だって、現地要員って言ったら、こんごう、“現地の方ですね、言葉は大丈夫ですか?”って、それだけしか聞かないから、“大丈夫”って言ったら納得したわよ」

司令は、眉を顰め

「お前、またこんごうに恨みを買うぞ」

司令の脳裏にジト目で睨むこんごうの姿が浮かんだ。

「フフフ、いいの、いいの」といずもは笑いながら、

「色々と、期待されている方々も多いみたいだしね」と意地悪く言った。

「俺は、責任もてんからな」

すると、いずもは、ニコニコしながら、

「貴方は、“私の責任”だけとってくれればいいのよ」

「う~」と唸る自衛隊司令

幼い頃の出来事が脳裏に過った。

 

それから数時間後。

周囲の海は、傾く夕日を浴び、赤く染まり、遥か彼方の水平線上に、パラオ、自衛隊艦隊の艦影がゴマ粒の様に見える。

そんないずも達の後方30km程の位置に付けるカ610号の発令所では、艦長以下の主要なメンバーがチャートデスクの前に集まり、暗い表情を浮かべていた。

「やはり、私達が聞いた爆発音は、第3部隊を攻撃した敵の爆雷のようね」

カ610号の艦長が話を切り出した。

「はい、既に定時報告の時間ですが、第3部隊からの位置報告の無電がありません」

航海長が、ボードを見ながら報告した。

「という事は、戦果もなしか」とカ級が言うと、

「脱落艦が無い所を見ると」と副長が答えた。

「ダメだったみたいね。」と静かに言うカ級。

「他の部隊は?」航海長へ問いただした。

首を横に振る航海長。

「各部隊の定時報告時間に、無電傍受を試みましたが、受信はありませんでした」

「そう」と静かに、落胆しながら答えるカ級艦長

「敵重巡へ向った第2部隊も、やられたのでしょうか?」と魚雷室長が聞くと、

「そう考えるしかなさそうね」とカ級は、腕を組みながら答えた。

「たった1隻の重巡で、3隻の潜水艦を相手にできるものでしょうか?」と航海長が疑問を呈した。

「もしかすると、私達があの重巡以外の艦を見逃したのかもしれない」とカ級は答えた。

「しかし、仮にそうであったとしても、重巡に潜水艦を攻撃できるとは」と航海長が言うと、

「航海長、俺と艦長は見た。敵の新型重巡が迫撃砲の様な物で友軍艦とおぼしき艦へ攻撃を加える所を」

「しかし、今までそんな兵器を日本海軍が持っているなどいう情報は!」と航海長が言うと、

「そうだ。“今までは”だ。しかしこのパラオ所属艦とおぼしき艦隊は、新型の重巡を2隻、新型の超大型の空母を有する。俺達の知らない新兵器を搭載していても不思議はない! あの重巡にはSGレーダーとおぼしき新型のレーダーも確認されている」

副長は、そう言うとチャート上のパラオ艦隊を指さした。

「“今まで通り”とはいかなくなったという事だ」と強い口調で副長は話した。

「そうね」

暫し、黙っていたカ級艦長は静かに語った。

「あの艦隊にいた駆逐艦の動きを見ても、とてもよく訓練された部隊だと思うわ、それだけでなく、新型の重巡を数隻もち、見た事の無いような超大型の空母までいる」

カ級は続けて、

「下手をすると、トラックに入った大和より、厄介な存在なのかもしれない」

「しかし、少し不用心ではありませんか? こんな潜水艦がうろつく海域に数隻の駆逐艦と重巡だけで、貴重な空母を2杯も投入するとは?」

そう魚雷室長が聞くと。

「それだけ、相手に自信があるという事よ。此方の動きを完全に封じ込める事ができるという自信があるという事」

そうカ級は答えた。

「そういえば、第1部隊が接触するまでどれ位かかりそうなの?」とカ級がきくと、

航海長が、

「それが、」と言葉を濁した

「どうした?」と副長が問いただすと、

「第1部隊の定時報告時間を過ぎていますが、司令部宛ての無電を受信できませんでした」

「えっ、どういう事?」とカ級が再び聞くと、

「そのままです。既に定時報告を過ぎていますが、どの部隊からも位置報告、生存報告が在りません」

「そんな、馬鹿な!」と副長が言うと

「こちらからの、呼び出しはしたの?」とカ級が聞くと

「いえ、敵艦隊と近い為、不用意な発信はしていません。三角測量で位置を割り出されかねませんので、控えています」と航海長が答えた。

「それでいいわ」とカ級は答えた。

カ級は、腕を組みながら瞑目し、静かに

「もしかしたら、第1部隊もやられた可能性があるわ」

「艦長。しかし第1部隊は、今朝の時点で此処から100km以上離れた海域にいました。どうやって攻撃するのですか?」

「副長、今日の午前中。敵の艦載機が多数発艦していったのは覚えている?」

「はい。一瞬、マジュロや例の仮設基地を攻撃するのではと慌てましたが、2時間後には全機帰還したようです。友軍の基地が攻撃されたという無線もありません」

「そう、友軍の地上基地は攻撃されていないのに、なぜあれだけの艦載機が発艦したのかしら?」そうカ級艦長は副長に問い質した。

暫し考える副長以下の幹部達

副長は、恐る恐る

「まさか、第1部隊を発見し、艦載機で航空攻撃したと?」

カ級は、チャートを見ながら

「あの艦載機が帰還して来た方向は、第1部隊のいる方向だったわ。可能性としては否定できない」

航海長が

「しかし、どうやって。潜航してしまえば航空攻撃をかわす事もできる筈ですが?」

カ級は

「航空機による潜水艦への攻撃は、実例がないわけじゃないわ。ただ有効的な手段が無かっただけよ。仮に日本軍が艦爆や艦攻に搭載可能な航空爆雷を開発し、運用を開始したと考えれば、あの出撃と第1部隊の安否不明は繋がる」カ級は、皆の顔を見ながらしっかりと答えた。

「艦長、もしその推測が正しいとすれば」

「ええ、副長。この艦隊に不用意に近づくのは危険だわ」

カ級はそう言いながら、

「航海長、現在位置を定時報告時に敵位置として報告して」

「はい」と答える航海長

「副長、敵との距離はこれ以上近くならない様に」

「はい」

「レーダーと無線、無電は暫く不用意な使用は控えて」

すると副長が

「余り連絡が疎かになると、友軍からも位置が掴めなくなりますが」

「ええ、分かっているけど。ここは孤立してもいいから身を低くしておきましょう」

そう言うと、そっと

「絶対生きて帰って、あれを取り返す」と言いながら、ぐっと海図の一点 ウェーク島を睨んだ。

静かに、波間に揺れるカ610号潜であった。

 

 

同時刻。

トラック泊地の艦娘寮の駆逐艦待機室では、一匹の熊。

いや一人の艦娘が、檻の中の熊の様に、室内をウロウロと行ったり来たりを繰り返していた。

「なあ、不知火。少しは落ち着いたらどうやねん。見てるこっちまで焦る」

すると黒潮にそう言われた不知火は

「不知火は、落ち着いています。ただ少し歩いて運動を・・・」

「だったら、外でせいや」と不快な顔をする黒潮

黒潮は、落ち着いて、

「陽炎なら、心配あらへんって」

不知火は、黒潮へ向い

「不知火は、心配などしておりません。ただ長波がドジをして陽炎に迷惑を掛けていないか、案じているだけです」

「そやね」ともう呆れる黒潮

“普通それを、心配していると言わない?”

 

事の発端は、今朝夏島の艦隊司令部へ出向いた際、廊下の前を歩く大淀さんと青葉さんの会話を盗み聞きした事からであった。

断片的な会話の内容から、

「パラオ艦隊が、敵潜水艦艦隊と接触し、戦闘になった」とか

「相手は 数隻の船団を組んでパラオ艦隊を包囲している」とかであった。

それを聞いた瞬間、前を歩く大淀さんを捕まえて聞き出そうと思ったが、不知火が声を掛ける前に、司令部前に止めてあった車へ二人で乗ると、出て行ってしまった。

「多分、三笠へ行くつもりですね」と不知火は思った。

最近、何か事が起こると幹部が、戦艦三笠へ集合して会議を開いている事は分かっている。

陸上司令部以上に警備かきつく、私達でも安易に中にいれてもらえない。

おまけに、左右を長門さんや大和さんが固めて、お二人の巡邏隊が甲板上で警備している。

近づく事さえままならない。

それに、今までなら、この夏島の司令部で聞き耳を立てれば、色々と分かったが、最近はそうは行かなくなった。

司令部の作戦担当要員の口が堅い。

仕方なく、次の手段に打って出た。

秘書艦室へと向かう。

ここには、この部屋の主である大淀さんの補佐の為当番制で各艦種から、艦娘が派遣されていた。

開けられていたドアから、そっと中を覗き込むと、

「いた。標的発見」

そこには、複数ある席の一つに座り、書類と格闘する軽巡阿武隈の姿があった。

丁度都合のいい事に、他の人がいない。

不知火は、そっと中へ入った。

「ううう」と唸りながら、そろばん片手に何かを計算していた。

「ど、どうして合わないの?」と首を傾げる阿武隈

積み上げられた書類を、物凄い形相でにらんでいた。

どうやら計算が合わないようだ。

入り口に立つ不知火に気づき、

「あら、不知火ちゃん。どうしたの」

不知火は、それらしく

「いえ、不知火の当番日を確認に」と言いながら、壁面に掲げてあった当番表を見た。

しかし、

「あれ? 来週以降の予定がない?」

そこには、数日後の予定から白紙の秘書艦予定表が張ってあった。

阿武隈は、顔を上げると、

「ああ、それね。来週からは準戦闘態勢に入るから、秘書艦の補佐はお休み。皆本業に専念するそうよ」

「では、出撃ですか!」と不知火は、阿武隈を見たが

「どのみち、既に戦闘の火ぶたは切られているみたしだしね」

といい、一枚の紙を不知火の前でちらつかせた。

「阿武隈さん、それは?」と不知火が聞くと

「見たい? パラオ艦隊の最新の定時連絡」

「見ます!!」と不知火は阿武隈の手から、紙切れを奪い取った。

通信文を睨む、不知火

しかし、通信文には一言

「パラオ艦隊、行動予定通り」とだけ記載されていた。

「えええ! これでは、全然わかりません」と不知火は阿武隈を見た。

阿武隈は

「そんなに、陽炎ちゃんの事が気になるの?」と意地悪く聞くと、

「いえ、別に不知火は陽炎の事など。ただ長波が艦隊の邪魔をしていないか気になっただけです」とここでも、長波をダシに使っていた。

「じゃあ、不知火ちゃんは長波ちゃんが気になる訳ね」と阿武隈が聞くと、

「長波が、ドジをして陽炎に迷惑を掛けていないか気になっただけです」

阿武隈は、ニコニコしながら

「結局、陽炎ちゃんが気になるわけですね」

最初は、押しに弱い阿武隈からあれこれ聞き出そうとしたが、結局自分で墓穴を掘ってじわじわと責められる不知火であった。

さすが長良型の最終艦、見た目に寄らず、駆逐艦をあしらう経験値は高いのである。

阿武隈は、席を立つと入口のドアを閉め、椅子を一つ寄せて、不知火へ勧めた

椅子を受け取り、阿武隈の横へ座る不知火

阿武隈は、

「ねえ、不知火ちゃん。この電文はパラオ艦隊が定時に発信した連絡なの。まあ定型文のようなものね」

頷く不知火

阿武隈は、表情を厳しくして

「これは、機密よ。他言したら大事だからね」と前置きして、

「先程、特別暗号文で司令部の大淀さん宛てに、パラオ艦隊から“敵潜水艦隊と接触、交戦”と電文があったわ」

 

“ガタ!”

不知火は席を立ち、目の前に座る阿武隈へ迫った。

「かっ、陽炎は無事なんですか!」

すると、阿武隈は、

「御免ね。私が知っているのはそこまで。続報は三笠様の船で受信するそうよ」

「ううう」と唸る不知火

阿武隈は、不知火の頭を撫でながら、

「いい、今から話すことは海軍の最高機密。大和さん以上の機密です」と前置きして

「私がここへ来る前に、白雪達とヒ12油槽船団を護衛してパラオへ寄った事は知っている?」

「はい、艦隊速報で見ました」

「そこでね、ある人達に合ったの」

「ある人達?」不思議そうな顔をする不知火

「名前を、自衛隊と言ってね、最新鋭の重巡4隻に、新型空母が2隻、その内1隻は超大型空母、大和さんと並んでも遜色ない船でしたよ」

「えっ!」と驚く不知火

「不知火は、そんな艦隊があるなんて聞いた事ありません」

「でしょうね。阿武隈も目の前で見るまで知りませんでした」

そう言いながら、続けて

「今回のパラオ艦隊の派遣では、その自衛隊艦隊が極秘で同行しています。戦力的には問題ありません」

不知火は、

「しかし、重巡では、対潜活動はできません! ここは不知火が加勢に」

阿武隈は、静かに不知火を椅子へ座らせると、

「これは機密扱いだけど、実は私達がパラオからこのトラックへ来る途中で、複数のカ級の攻撃を受けたの」

「本当ですか! 初耳です」と不知火言うと

「ええ、戦闘自体が秘匿されているから不知火達が知らなくても当然です」

阿武隈はそう言うと、

「もう、凄かったわ。今思い出すだけでも、身震いしそう」と阿武隈は体を揺らした。

「そんなに猛攻を受けたのですか?」と不知火

「ええ、相手をコテンパンに撃沈したわ」

「へっ」と驚く不知火

阿武隈は、

「真っ暗闇のなか、次から次にカ級が雷撃を加えてくるの。でも三笠様や戦艦金剛さん、鳳翔さんを中心に艦隊を組んだ陽炎ちゃんに長波ちゃんが電探夜間砲撃で撃沈してくれたし、それに自衛艦隊の“こんごう”さんが、初雪ちゃんを襲った魚雷を“光の障壁”ではじき返してくれたわ」

「阿武隈さん! 今“こんごうさん”って。それに光の障壁って、まさか!」

阿武隈は、声を潜め

「パラオ泊地にいる自衛隊艦隊は、戦艦金剛さんの御親戚の方々が艦娘をなさっています、そして、あの艦隊こそ間違いなく、伝説の“海神の7人の巫女様”です」

といい、

「いま、パラオ泊地艦隊は海神の7人の巫女様の庇護の元にあります。ですから、安心しなさい」

不知火は思い出した。

艦娘寮で、以前扶桑さんや摩耶さん達が、“パラオに海神の七人の巫女が現れたらしい”という話をしていた事や、それらしい話を、白雪達の乗員妖精が話していたと自分の艦の乗員妖精から聞いた事を思い出した。

結局、それ以上阿武隈さんから情報を聞き出す事は出来ずに、寮に戻ってきて待機室でウロウロするばかりである。

 

待機室の椅子に座り、目の前をうろつく不知火を見ていた黒潮が、待機室の入り口に立つ影を見た。

「どないしたん? 夕雲」

そこには、やや心配顔の夕雲が立っていた。

夕雲は、そっと不知火の前に立つと、一礼して

「不知火さん、お聞きになりました?」

「なんの事ですか」とツンとしながら答える不知火

“あかんな”と思いつつ黒潮が

「パラオの事やな」と話を切り出した。

「黒潮!」と不知火がいうと、

「ええやん、ここに来たちゅうことは」

「はい、少し噂を聞いて、阿武隈さんに聞いたら、不知火さんにって」

すると、黒潮は、

「えらいたらいまわしやな」といい、不知火へ向き

「そう言うことや、話したり」

不知火は渋い顔をしながら、秘書艦室で阿武隈から聞いた話をかいつまんで、夕雲へと話して聞かせた。

当初は心配顔の夕雲であったが、次第に落ち着きを取り戻し

「そう言う事なら、心配ありません」と胸を撫でおろした。

「夕雲、長波が心配ではないのですか?」

「はい。不知火さん」と夕雲が答えると、

「今の長波の実力は、陽炎さんに“大丈夫”と太鼓判を押して頂きました。陽炎さんが御認めになったという事は、パラオ艦隊の旗艦である由良さんや、鳳翔さん、睦月さん達も御認めになり、パラオ泊地提督が必要と判断されて今回の遠征艦隊に配属されたと思います」

「それだけ、ちゃんと実力があるという事やな」と黒潮が付け加えると、

「はい」としっかりと答えた。

そして、

「先日あった長波は、今までの長波とはまるで別人でした。確かに身体的にも少しというか、だいぶ育っていましたけど、何より“艦娘”としての自覚が出たように思います」

不知火の後で、“うんうん”と頷く黒潮

「ですので、夕雲は心配しておりません」としっかりと不知火を見た。

夕雲は、話を切り替え

「不知火さん。先日の食堂では、大変失礼しました。私達夕雲型は悪気があったわけではありません。今後は注意するように皆に言い聞かせます」と不知火へ深々と頭を下げた。

「うっ」不意に謝られて、驚く不知火

黒潮が、肘で不知火を突いた

“ほら、今しかないで!”

 

「解りました。顔を上げなさい夕雲」と不知火は言うと、

「不知火も少し言い過ぎました。今後はお互い頑張りましょう」

「はい、不知火さん」

夕雲は、「では」といい、席を立つと一礼してその場を離れようとしたが、

「夕雲! 今回の作戦では配属間もない夕雲型の子は、私達が補佐します」

すると、夕雲はにこっと笑顔で、

「はい、よろしくご指導ご鞭撻のほどお願いいたします」

と再び一礼し、部屋を後にした。

 

自分の台詞を、取られてしまい固まる不知火をみながら、黒潮は

“あかんな、これは一波乱ありそうやわ”と頭を抱えた。

 

 

その頃、トラック泊地内の春島錨地に停泊中の戦艦三笠の士官室では、午前中に行われたパラオ艦隊並びに自衛隊艦隊のカ級艦隊の殲滅作戦の戦果検討会が開かれていた。

連合艦隊司令長官の山本に、三笠。宇垣連合艦隊参謀長。黒島作戦参謀

艦娘は、大和に長門、金剛に連合艦隊司令部秘書艦大淀、情報統制担当の青葉、そして工廠、補給部門担当の明石が今日は同席していた。

 

“フフフン”と鼻歌交じりに、機嫌よく皆に紅茶を配る金剛を見て、長門は

「金剛、えらく機嫌がいいな」と横へ座る大和へ聞くと、

「はい、自衛隊のお孫さん達がカ級を4隻撃沈しましたし、それにもうすぐ」といい、金剛を見た

長門は少し考え、

「おう、そう言えばもうすぐ奴が来るな」

「ええ」と答える大和。そして

「ヒ14油槽船団が明日の朝には入港ですからね」

そんな二人の会話を聞き、三笠は

「大淀。ヒ14油槽船団の入港はいつじゃ」

「はい。既にトラック外周部へ到達済みです。明日の朝一番の満潮時に泊地内へ入港予定との事です」

山本が、

「護衛してくれたきりしま君とあかし君は?」

「はい、現在既にヒ14油槽船団より分離し、パラオ艦隊自衛隊艦隊との合流点に向け変針したそうです」

頷く山本

「無事に、油も羊羹も来たようで一安心ですな」と宇垣が言うと、

「大和達に搭載予定の新型砲弾もこの便でくる。手筈は?」と三笠

「はい、三笠様。既に仕様書を頂いていますので、バッチリです」末席の明石が答え、

「大和さんには、数名の自衛隊からの要員が乗り込みますので、管理も問題ないと思います」と続けた。

大淀が、

「機密保持の観点から、輸送艦を直接大和へ接舷させ、砲弾を積み込む予定です」

頷く山本達

明石は、

「山本長官、その、自衛隊の工作艦あかしはトラックには来ないのですか?」

「今の所、寄港の予定はないが」と山本は答えると、

「いえ、色々と聞きたいことが」

三笠が、

「まあ儂としても、皆に紹介できる環境が整えば、紹介したいがの。今はまだじゃな」

「えええ」と明石が言うと

「まあ、仕方なかろう。今回の戦闘の戦果も含めて、自衛艦隊の存在その物を今は秘匿する必要がある。特にもうすぐ陸軍の上陸部隊もこのトラックへ入る、東京からの新聞記者もいる。世界の目がこのトラックへ集まっているともいえる。そんな所へ自衛艦隊が入港してみろ、世界をひっくり返すほどの大騒ぎになる」

「確かにです」と頷く明石

宇垣が

「おっ、そう言えば時事日報の彼はどうした?」と青葉を見ながら聞くと、

「はい、表向きは“記者”をしていますが、本土より空路で入った陸軍霞部隊と共にトラック泊地内部の“影”の探査を実施しております」

「そっちは任せていいのだな」

「はい、参謀長。問題なく」と青葉は答えた。

「さて、時間もない。本題へ入ろう」と山本はいうと、

「金剛、パラオ泊地提督と自衛艦隊司令を呼び出してくれ」と金剛に声を掛けた。

金剛はテーブル上に置かれた端末を操作して、壁面のモニタ―に瑞鳳艦内のパラオ泊地提督といずもFICで待機する自衛艦隊司令を並べて表示した。

一礼する両名

各々の横には、旗艦である瑞鳳といずもが控えていた。

山本は軽く答礼すると、

「両名とも、昨日からの対潜活動、ご苦労であったね」

「はい」と代表してパラオ泊地提督が答え、

「まあ、自分はここで座っていただけですので、他の者達が頑張ってくれただけです」

と自衛隊司令も答えた。

「昨日の前衛艦、そして今日の本隊と二日間で10隻の撃沈とは、いや驚きというか、流石です」

黒島作戦参謀が称賛した。

「ありがとうございます。黒島作戦参謀殿」パラオ泊地提督が一礼し、それに応じた。

宇垣参謀長も、

「自衛隊艦隊の皆さんには、感謝します」

「はっ、痛み入ります」と自衛隊司令も答えた。

 

山本は

「泊地提督。今回の戦闘をどの様に評価する」

すると、泊地提督は

「はい。対潜作戦において、航空機を用いた哨戒活動の重要性並びに、それを支援する軽空母艦隊の運用の重要性を再認識しました」

「やはり、時代はそういう方向に流れるか」

「はい、長官。今回の対カ級艦隊に対する作戦行動。確かに自衛隊艦隊の働きは大きい物がありますが、大艇改を使用した広域の哨戒活動、それを支援する零戦隊。発見後相手の攻撃範囲外からの軽空母艦載機による航空攻撃。軽空母護衛の為の駆逐艦隊の対潜能力の強化など、我が方の装備や運用を改善する事で今までカ級戦隊の攻撃で受けた被害を軽減できる事は明らかです」

泊地提督はしっかりとした口調で答えた。

宇垣参謀長が、

「泊地提督、今回の作戦に参加した大艇部隊や駆逐艦の陽炎達が装備した対潜兵器を我が方へ転用する事は可能なのか?」

「宇垣参謀長、それについては自衛隊司令より意見具申があります」

自衛隊司令へ注目する山本達

「現在、パラオ泊地においては対潜活動に大艇を使用しております。超大な航続距離と滞空時間を誇るこの機体は対潜活動に大いに寄与しておりますが、問題もあります」

「問題?」と山本が聞くと、

「はい、問題点は飛行艇という事です。爆雷等の機外装備品を搭載するには、一旦陸上へ上げる必要があります」

「運用上の問題ということだな」と山本が言うと、

「はい。それに元々飛行艇としての設計が優先していますので、機体そのものは大型ですが、殆どの部分は船としての浮力を稼ぐ為の区画で、機内の有効性に問題があります」

山本は、笑みを浮かべて、

「そこまで分かっているという事は、解決策も考えてあるという事だね」

「既に、うちのあかしが色々と考えていますが、それに関して少しご相談が」

「何だい? 自衛隊司令」

「一式陸攻を数機。パラオへ派遣して頂けないでしょうか?」

「おっ、陸上機か」と山本が聞くと

「はい、長官。引き続き大艇の対潜能力の強化は行いますが、トラックやパラオなど陸上基地が使用できる場合は、陸上機での対潜哨戒活動を検討すべきかと」

山本は少し考え

「前に見せてもらった、自衛隊装備概要の映画の中に4発の対潜哨戒機があったな」

すると、自衛隊司令の後方にいたいずもが、

「これですね」といい、山本達の前のモニターに、P-3Cの写真を表示した。

「おお、これだ。流線形の綺麗な機体で、軍用機らしくない大人しい雰囲気で、覚えていたよ」

すると、いずもは

「はい、元はロッキードエレクトラという民間機でしたから」

山本は

「という事は、陸攻を対潜機へ改造するという事かい? 自衛隊司令」

「はい、日本本土など運用環境が整っている所では、陸攻の方が運用効率が良いかと」

宇垣が

「う~ん、陸攻か」といい、

「きつい注文だな。定数不足で彼方此方で引っ張りだこだが」

すると、泊地提督が

「もしよろしければ、長官から一筆頂ければ、自分にあてがありますが」

山本は

「おっ、軍令部時代のコネを使うのか?」

泊地提督は、

「航空本部に知り合いもおりますので、ねじ込む事はできるかと」

三笠が、

「それでは、角が立つ」と言うと、

「そこは、お任せ下さい。取引です」と泊地提督が言った。

「取引?」と山本が聞くと

「自衛隊の持つ最新の噴進式エンジンの写真と陸攻の取引です」

山本や三笠は、呆れ顔で

「写真1枚で、陸攻1機か!」

すると泊地提督は、笑みを浮かべながら

「80年後の最新技術です。写真1枚から得る情報は、基本技術を数年は飛躍させるでしょう」といい、続けて

「我が海軍が、陸軍に先駆けて噴進式エンジン。ジェットエンジンの開発に成功すれば、例の三国同盟再交渉の餌になっている独逸からの最新の噴進式エンジンの話も陳腐化します」

山本は膝を叩いて

「そう来るか」

「はい。これなら1枚の写真で、陸攻も安いかと」泊地提督は、笑みを浮かべながら答えた。

三笠は、

“流石に、孫も孫なら、祖父も祖父と言ったところかの”と心のうちに語った

山本は

「米内さんからの情報では、海軍省内部にも、独逸の最新軍事技術を入手する為に、早期に三国同盟の再交渉をという声があるとの事だ。世論も徐々にその方向へ傾きつつあるが、我々海軍が自力で最新技術を開発したと言えば、国民を納得させることができる」

頷く宇垣や黒島作戦参謀

モニタ―越しに、自衛隊司令の眼光が鋭くなった。

三笠は

“やはり。そう来るかの。”と心の奥底で思った

 

宇垣参謀長が、話を替え

「自衛隊司令、陽炎達に装備した例の新型対潜迫撃砲だが、量産は可能なのか?」

「はい、既に図面を其方の明石さんに検討して頂いています」

すると、明石は、

「図面と概要書を頂きました。此方の工廠妖精で検討しましたが、十分本土で開発、製造可能であると思います。また概要図を呉にいる夕張へ送ってありますので、向こうでも検討しています」といい、続けて

「但し、それはあくまで発射機と対潜弾の開発ですので、問題はどうやって潜水艦を発見するかです」

「やはり、問題は探知能力ということか」

「はい、宇垣参謀長。その部分ですが、今後対潜哨戒機の能力強化と駆逐艦搭載の探信、聴音機の強化を実施します」と泊地提督が報告した。

「では、手は打ってあるという事か。提督」

「はい、参謀長。既にパラオの工廠で、待機組の睦月、皐月に新型探信、聴音機の取り付け工事に入っております」

 

山本は、

「では、強化の部分は頼んだ」といい

「さて、例の偵察艦は、まだ後方に位置したままか」と山本が聞くと、

「はい、本艦隊後方30km圏域外を追尾してきております」

そう言うと、自衛艦隊司令は別のモニタ―を遠隔起動し、艦隊周辺部の戦術情報を映し出した。

そこには、やや西よりに進路を変えたパラオ、自衛艦隊とその後方に張り付くエネミーアルファ―こと、カ610号潜が投影されていた。

「そのまま、尾行させるのか、自衛隊司令」

「はい、長官。今回の件もですが、このカ級は大変優秀な艦のようです。一定の距離を保ちながら、此方の位置を友軍へきちんと報告しています。速力差をきちんと補う為、此方の動きを推測し、先回りしています」

 

「となると、次はどうでるかの」

「はい、三笠様。この前衛の仮設基地をどうみるかです。現在の我々の位置からですと、十分、この航空基地を艦爆、艦攻で攻撃できる範囲内です。相手にとって我々は嫌な位置にいる訳です」

黒島作戦参謀が、

「やはり、ここは、仮設基地に張り付くヌ級を中心とした艦隊が前衛に出てくるのではないでしょうか、もし仮設基地の存在が露呈すると、向こうは路線変更せざるを得ないです」

しかし、宇垣は

「それこそ我々に、ここに何かありますと言っているような物ではないか?」

「う~ん」と唸る黒島作戦参謀

すると、自衛隊司令は

「ここは、少し様子を見ましょう」

「ほう、なぜ? 今なら攻勢にでる事もできるが?」

「はい、山本長官。相手の司令部内部の動きを見たいと思います」そう自衛隊司令は答え、

「現在までの、戦闘経過を見る限り相手の司令ル級flagshipは非常に慎重な性格の様です。無理に進軍する事でのリスクより、多少我慢しても確実な方法を選択する。“石橋を叩いて渡る”そう表現するのが正しいでしょう」

「その通りじゃの」三笠が頷くと、

「推測するに、数か月に及ぶマーシャル諸島での駐留は、部隊内部に進軍派を生み出している可能性があります、彼らにとってパラオ、自衛隊艦隊のいるこの中間海域は、囲碁で言えば、正に中心、天元の一石です。我々の位置には戦略的には強い力はありませんが、彼らから見れば、進軍の妨げになる事は確かです」

自衛隊司令は続けて、

「しかし、もし相手が我々を積極的に排除にきた場合は、進軍派が敵司令部内で動き出し、相手の歩調が乱れる事になります」

「そこを、突くか」と山本が静かに聞くと

「はい。その時こそ大和さん達の出番となります」

頷く大和に長門

黒島作戦参謀は、

「相手が前のめりになる様に仕向けるという事ですか?」

「はい、そう言う事になります」

宇垣参謀長は、

「具体的には、どうするつもりだ?」

自衛隊司令は

「間もなく、此方にきりしまが合流しますので、その後一旦我々自衛隊艦隊は、パラオ艦隊より分離し距離を置きます。大体100km程度を見込んでいます」

「100kmか?」と宇垣参謀長

「宇垣よ、我々にとって100kmというのは遠い距離じゃが、自衛隊にとっては隣の様なものじゃの」

「はい、三笠様。十分我が方の監視域内です」 自衛隊司令は静かに答え、

「分離後、パラオ艦隊は例の仮設基地へ近づく進路を取り、相手ヌ級艦隊の動きを刺激し、空母航空戦を挑む予定です」

「そうやって相手を順次、舞台へ上げていく訳か、自衛隊司令」

「はい、相手は自分が攻めている筈なのに、成果が上がらないという葛藤をいだく事になります」

「攻めあぐねているという状況を作るという訳ですか、自衛隊司令」

「そうなります。黒島作戦参謀」

山本は、

「敵に、自ら打った石。仮設基地という石を囲ませて、それを餌に相手を誘って打たせる作戦か」

「はい」自衛隊司令は、静かに答え、泊地提督も頷き同意した。

三笠は、

「当初は、自陣に有利な陣形をという事で、誘い出し、手数が進むほど“仮設基地”が足枷になり動けない状況を作るという局面じゃの」

山本は、

「黒島作戦参謀。仮設基地への航空攻撃の準備は?」

「はい。既に作戦概要書を作成し、陸攻隊の隊長より、いつでも対応可能との返答がありました」

「泊地提督、護衛の零戦隊については?」と山本が聞くと、

「はい、鳳翔隊並びに瑞鳳隊が護衛に付きます。編隊の合流誘導については自衛隊の支援を仰ぎます」

「では、問題ないな」

「はい」泊地提督は、しっかりと答えた

 

「さて、マーシャルの主の次の一手 とくと拝見させてもらうか」と山本は、テーブル上の海図の一点 マロエラップを睨んだ。

不意に三笠が

「時に金剛」

「はい、三笠様」と金剛が返事をすると、

「お主、間もなく中佐率いる船団が来るという事で、逢引きできると期待しとるようじゃが、暫しお預けじゃぞ!」

すると金剛は、

「Oh! 三笠様! どういう事ネ!」

三笠は

「当たり前であろう、既に作戦は発動段階である」といい、金剛を睨み、

「お主は、孫娘達が死線をくぐっておるというのに、呑気に逢引きなどやっておる場合か!」

すると金剛は、

「三笠様。こんごうちゃんなら No Problemデス。ル級flagshipなどこんごうちゃんに傷一つ付ける事は出来ません!」

「しかしのう」と三笠がいうと、

「まあ、三笠様。それくらいは」と宇垣参謀長が助け船を出した。

そして、

「まあ、こう言ってはなんですが、それ位の余裕を持ちましょう」

「余裕かの」

「はい」と宇垣が答えると、

大和も、

「元第三戦隊の指揮官であった中佐と金剛さんの仲は、既に艦娘達の知るところですし、駆逐隊の子達などはあこがれる子もおりますので」

「ほう、そうなのか?」と山本が聞くと

「はい、勇猛果敢で名をはせた中佐と相思相愛という事だけでなく、予備役になってもその中佐に尽くす金剛さんの姿はまさに、艦娘の鏡であると駆逐艦の子達が話していました」

すると三笠は、

「それは単純に、青葉の記事を読み過ぎておるからではないのか?」

「えええ!」と青葉が

「真面目に書いてますよ、その部分は!」と身を乗り出した。

宇垣が、

「まあ、こんな殺伐とした戦場ですから、艦娘とは言え“乙女”です。そんな話の一つや二つないと、持ちません」といい、大和や長門を見て

「二人とも。金剛や由良に先を越されるようでは、聯合艦隊の旗艦として、自覚が足らんな」と笑いながら言った。

顔を真っ赤にする大和

長門は、

「自分は、色恋沙汰より、艦娘として陛下の御為この身を尽くすのが本分であると思います」

宇垣は、ニコニコしながら

「まあ、そう言うな。余り身持ちが堅いといざという時、困るぞ」

「そうデス」と金剛が言うと、

「お主は、軽すぎじゃ」と三笠に突っ込まれた。

笑い声が響く、三笠士官室

 

そんな三笠士官室とは、対照的なのは、マーシャル諸島マロエラップにある深海棲艦マーシャル諸島分遣隊司令部の会議室

つい先ほどまで、怒号が飛び交っていた。

既に、陽は落ち、回りは闇が支配していた

煌々と灯りの灯る室内には、4人がテーブルを挟み座っていた

深海棲艦マーシャル分遣隊総指揮官 ル級flagship、同第2艦隊指揮官兼副官のル級elite。

対面には第3艦隊指揮官であるル級無印、そして空母艦隊を指揮するヲ級flagship

数時間前から、戦況分析会議を各艦隊の幹部を交えて行っていた。

本来なら、カ級潜水艦隊が敵空母群を捉え、これに対する戦果分析となるはずであったが、前衛艦隊を指揮するヌ級艦隊司令より、

「カ級潜水艦部隊との連絡途絶」という報告が入った。

そればかりか、

「仮設基地水上機 2機消息不明」と追加報告が入ったのだ。

この水上機は、例のPBYであるが、1機は鳳翔隊が撃墜。もう1機は、パラオ艦隊へ近づくコースを取った為、いずも航空管制の誘導の元、瑞鳳の直掩機隊により撃墜された。

両機とも不意を突かれ、無電を打つ間もなかった。

そんな状況が、ここマロエラップの深海棲艦の司令部で分かるはずもなく、各艦隊の幹部は現状分析できず、想像で発言するばかりとなり、結局戦果不明という事で、一旦会議は終了した。

ル級flagshipは、各艦隊の司令に残る様に言い、この状況となった。

「一体どうなっているのですか!」

開口一番、第3艦隊のル級無印が話を切り出した。

すると、副官のル級eliteは

「先程、報告した通りだ。カ級達とは1隻を除いて連絡途絶、索敵中のPBYが2機消息不明。発見した敵空母群は無傷だ」

「それが、理解できないです。 空母というでかい的に魚雷も当てられない程うちの潜水艦どもは揃って無能者ですか!」

「総司令の前だ、口を慎め!」と副官が注意したが、ル級無印は、構わず

「私が聞いた話では、相手は大型空母と軽空母、そして重巡が2隻と数隻の駆逐艦だけというではないですか! それにあの“パラオ艦隊”の可能性があるという事です! ぜひ私に出撃許可を!」と身を乗り出して訴えた。

「それは、出来ない」

ル級総司令は、ぴしゃりと言い放った

 

「な、なぜです! 姉の敵を討つ絶好の機会です。お願いです。出撃許可を!」

「ならば、余計に出せない」

「総司令!!」ル級無印は、ぐっとル級総司令を睨んだ。

 

副官のeliteは、

「まずは、落ち着け、今は我々戦艦を中心とした打撃艦隊が動けば、向こうも戦艦を繰り出してくる。そうなれば折角ここまで秘匿した仮設基地も露呈するばかりではなく、準備を進めたトラック封鎖作戦自体も破綻しかねない」

「ぐっ!」拳を握り堪えるル級無印

「今は、動くな。耐えて」ル級総司令はそう静かに、声に出した

頷く、ル級無印

ル級総司令は、

「さてと、この日本軍の空母部隊だけど、どう思うヲ級flagship」

ヲ級flagshipは、

「難しい質問だな」といい、テーブル上に広げられた海図の上の赤い空母の駒を指さし、

「この仮設基地目指し北上して来たかと思えば、今度は仮設基地を目前に西に転進している、最新のカ610号の報告では、今後は南下しているというではないか」

「Uターンして戻るということ?」とル級総司令が聞くと

「総司令、そうともいえんな。予想現在地からでも、奴らの艦載機で十分仮設基地を攻撃できる。しかし、奴らは攻撃の機会がありながら攻撃していない」

「そうね、610号からの報告では、対潜活動を行っているとの事だけど」と総司令のル級flagshipが答えた。

「やはり、この中間海域を抑えるのが目的なのではないでしょうか? カ級達を排除してマジュロへの物資輸送線を確保する目的なのでは?」

副官のル級eliteがそう言うと、

「その線が一番あやしいとは思うけど、潜水艦対策に空母を出すというのは」

「多分、我々を警戒してという事でしょう」とヲ級flagshipが答えた。

ル級総司令は、

「さて、どうしたものかしら」と海図を見た。

どうみても、敵空母群は邪魔な存在だ。

このまま南下して海域を離脱してくれればいいが、その確証がない

「副官。まだ610号は敵空母群に接触したまま?」

「はい。敵空母群の後方40km前後を追跡しています」

「できる限り、追跡を継続させて」

「はい」と答える副官のelite

ル級総司令は、ヲ級flagshipを見て

「前衛部隊のヌ級艦隊で、この空母群を攻撃できるかしら?」

ヲ級flagshipは、腕を組みながら

「攻撃だけなら、何とかなるかもしれんが、殲滅は難しい」

「理由は?」と副官のeliteが聞くと

「この報告にある新型の空母の戦力が全く分からん。仮にアカギクラスならヌ級では対処できん」

「やはり、正規空母のヲ級クラスが必要?」

「正直言えば」とヲ級flagshipは答えた

「しかし、今ここから正規空母を抜くわけにもいかないわね」とル級総司令が言うと、

「殲滅は無理でも、一定の被害を与えて戦線を離脱さえる事は出来るかもしれん」

ル級総司令は、少し考え

「多少なりと支援が必要ね」

「では、自分達を!」第3艦隊のル級無印が、声を上げたが

「主力艦隊は動かせないわ」ル級総司令がそう答えると、副官へ向け

「マジュロを警戒していた重巡リ級艦隊を再編成して、仮設基地まで前進、ヌ級艦隊の後方支援に、ヌ級は敵空母群を捕捉後、海域からの排除を最優先に攻撃。この線でどう」

「はい、それでよろしいかと。明日になれば仮設基地にはB-25、P-40などが全機展開しますので、航空支援も可能となります」

「ヲ級艦隊司令。それでいいかしら?」

「了解した。大した戦果は期待できん。軽空母とはいえ本格的な空母間での航空戦は初めてとなる。過大な期待は禁物だ」

ル級総司令は、第3艦隊のル級無印を見た

やや不満げなル級無印であったが、上司が決定したならそれに従うしかなく、了解の意思を表す為頷いた。

「elite、司令部で作戦概要書を作成して。ヌ級前衛艦隊は速やかに、中間海域へ進出、敵空母群に対し航空攻撃を実施。目的は、敵空母群の海域からの排除。なお支援の為重巡艦隊を編成、仮設基地周辺海域の警戒にあたらせる」

メモを取りながら副官のル級eliteは、

「はい、正式な指令書は後になりますが、重巡艦隊の編成は明日の午前中にも。仮設基地には、明後日には到着できるかと」

「ヌ級にあまり突出しすぎない様に伝えて、それと610号潜には敵空母群の正確な位置情報を送るように命令して」

「はい」と頷く副官

 

ル級総司令は、静かに席を立つと、振り返りながら背後にあった窓辺に立った。

外は、既に暗く、闇が広がっていた。

遠くの沖合に停泊する艦艇群の灯火がうすらぼんやりと見えていた。

ふと、窓に映る自分の顔を見ながら

「少しやつれたかしら」とささやいた。

 

「艦隊司令」と副官のeliteがそっと後から声を掛けた

ル級総司令は、じっと窓に映る自分を見ながら、

「あと少し、あと少し耐えれば」

 

これが、後に「第1次マーシャル沖海戦」と呼ばれる戦いの幕開けとなるのであった。

 

 

 





こんにちは スカルルーキーです
分岐点 こんごうの物語。第52話です

昨年末に投稿して以来、一ヶ月もかかってしまい、誠に申し訳ございません。
大した内容でもありませんが、毎日少しずつ書いておりますので、中々まとまらず、何とか ”前哨戦”を終わらせる事ができました。

さて、今年の冬は珍しく喉を傷めてしまい、毎日咳き込む日々でございます。
多分、ファンヒーターの使い過ぎが原因ですが、日々ゴホゴホいいながら、暮らしております。

次回は、「エンガノ岬の借りは、きっちり倍返し」です
では

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