分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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漆黒の海に光が走り、闇と光の境界線が引かれる。
闇と現実を切り分ける一筋の線。
そこに生きる彼女達



49 マーシャル諸島解放作戦 前哨戦3

 

水平線が、うすぼんやりと明るくなり、東の空が赤く明るくなる頃、護衛艦こんごうは、単艦でトラック諸島の東部海域を、一路マーシャルとの中間域へ向け航行していた。

正確に言えば広域防空陣形と呼ばれる、僚艦との距離を20km近く開けた陣形を取っていた。

この時代、この様な海域を、単艦に近い状態で航行すれば潜水艦のいい的になるが、今回の任務は、対潜活動と敵性情報の収集だ。

ある程度敵の動きを見る為に、単艦で誘っているともいえる。

まあ、こんごう単艦でも、この時代のカ級相手なら、問題となる事もない。

なにせ向こうの世界では、静粛性で世界有数のそうりゅう型を相手に猛訓練を積み、日本海では、某国の原潜を追い回した強者でもある。

 

こんごうは、明るくなった空を見ながら、艦長席のモニターを見ていた。

航海情報モニターには、左舷方向10km程の距離にひえいが航行している。

後方20kmにはいずも、その後方数kmには、はるなが待機していた。

こんごうとひえいで、敵潜を狩り出す。

動きがあれば、いずも艦載機、または鳳翔の99艦爆隊で航空攻撃

はるなは、敵潜水艦の情報収集と近隣海域のデータを収集していた。

こんごうとひえいのサイドスキャンソナーで捉えた海底のエコーは各艦で分析され、はるなへ転送される。

はるなで、地形データと照合し、相違点を探す。

これから暫くこの作業を繰り返す事で、海底地形図の精度を上げていくのだ。

こんごうは、艦長席で

「こんな事なら、ひびきさんにもっと色々教えてもらっておけばよかったかな」そう言いながら、視線を外へ向けた。

海自艦娘の中でも、ひびき型音響測定艦 1番艦ひびきほど、謎に包まれた艦はない。

海自は国民へ存在意義をアピールする為、艦内を公開する事が多いが、このひびきと姉妹艦のはりまは、未だに内部に一般人が立ち入った事がない完全な秘匿艦であった。

それゆえに、艦娘と言えども、不要に内部に入る事が出来ず、ひびき達は他の子とは疎遠であった。

そんな彼女であったが、護衛艦こんごうが就航の際、サイドスキャンソナーや音響計測機器などの調整を、わざわざ手伝ってくれた。

礼を言うこんごうに艦娘ひびきは、

「昔、母が戦艦金剛さんに大変お世話になったから、恩返しです」と笑って答えてくれた。

そのひびきの調整のお蔭で、新こんごう型のサイドスキャンソナーはひびき型音響測定艦と比較しても退けを取らない精度を誇っていた。

 

こんごうは、モニターを切り替え、自艦で探知したソナー映像と手持ちの海底地形図の重ね合わせの映像を見ながら、

「大まかな地形は、合ってるみたいね」と言いながら、画面を切り替え、対空レーダーを表示した。

「空も今の所は静かなものね」と画面を覗き込んだ。

 

昨晩も、深海棲艦の夜間偵察は続き、これで4日連続となった。

少しコースが北寄りであったが、行程はほぼ前日と同じで、飛来機も2機であった。

今回も、いずものF-35とE-2Jが上空から監視し、トラック泊地上空では2式陸偵と2機の零戦が警戒していたが、結局 泊地には進入せず100km程の手前で帰路へ就いた。

いずものE-2Jはやや前進して、帰路に就いたPBYを追った。

やはり、中間海域の東側の岩礁地帯へ着水したようである。

E-2Jの海面監視レーダーによると、付近に大型の艦艇数隻と小型艦艇を確認した。

詳細な監視データは今、いずもの情報分析班で解析中との事だ。

 

こんごうは、海図のデータを見ながら、

「そろそろ出てきてもいい頃だけど、最初のババは誰が引くのかしら」と画面を睨んだ。

 

その頃、護衛艦いずもの甲板上の駐機エリアでは、2機のF-35Jが発艦準備を進めていた。

F-35J戦術偵察仕様

左右の主翼にステルス仕様の増槽タンクをつけ、センターパイロンには電子写真偵察用の戦術ポッドを装備している。

自衛用に、AIM-9Xを2発、胴体の内部ウエポンベイに格納していた。

航空自衛隊が導入したF-35Aは当初、ウエポンベイでの9Xの運用が出来なかった。

運用するには、機外のハードポイントにランチャーを装備して吊るす必要があった。

マニアの間で、これでは折角のステルス性能が台無しだ!と非難されたが、当の空自は全く意に介していなかった。

何故か。

空自にとって、平時の任務行動において、ステルス性能は問題でなかったのである。

平時における空自の主な任務

それは、領空侵犯機に対する対抗措置である。

要は、庭先をうろつく不審者に吠えて追っ払う番犬であるが、この任務に於いては、ステルス性能はある意味“邪魔な”性能でもあった。

なにせ、防空識別圏(ADIZ)に侵入してくるのは、隣国の電子偵察機。

此方のレーダー情報や要撃機のRCS(レーダー反射率)などの情報収集が目的である。

そんな所に、ステルス性能ばっちりのF-35Aが近づけば、相手にとっては情報収集の格好の的だ。

結局は、主翼下のハードポイントにパイロンをつけ、増槽タンクに9Xまで装備して、わざと反射率を上げて、任務に就く。

勿論、航続距離の延長や、武装を見せる事で威嚇の意味もある。

有事の際、頼りになるステルス性能も場合によっては邪魔であるという事だ

では、なぜ航空自衛隊は、F-35Aの導入に踏み切ったのか?

それは、ステルス機を知る為であった。

当時の航空自衛隊は、ステルスに関する知識はまだ発展途上段階で、ようやく国産の試験機X-2の運用試験にこぎ着けたばかりで、近隣の大国があいついでステルス機の運用を始め、自らの戦力強化の為のステルス機の運用も急務であったが、それ以上に急務であったのが、アンチステルス技術の開発であった。

その為にも、ステルス機とはなんぞや?という事で、喉から手が出るほどF-35が欲しかったのである。

ある自衛官は、「ステルス機といえども、そこに存在するなら、必ず映る」と断言した。

 

航空自衛隊はA型から新規開発のJ型を日本独自に設計する際、既に米国で実施されていたウエポンベイの大型化を取り入れ、F-35Jでは9Xをウエポンベイ内で運用できる様になった。

この大型化されたウエポンベイには、ミサイルや爆弾だけでなく、戦術偵察ポッドの管理ユニットを装着する事も出来、機首のEOTS(電子・光学式照準システム)と合わせて、

高い精度の戦術偵察を可能にしていた。

空自としては、手間無く戦闘機を高性能偵察機へと変身させる事ができる有難い装置でもあった。

 

駐機エリアのF-35J2機は既に、エンジンが始動され、機体の各部を列線整備員が最終の点検を行っていた。

それを艦橋横の見張り所のデッキで見守る、いずも、そしてその横には鳳翔が立っていた。

 

いずも達が見守る中、2機の戦術偵察機仕様F-35Jは、マーシャラーに誘導され、前方甲板のリニアカタパルトへと向かう。

その機影を見ながら、鳳翔は、

「先日、第六飛行隊の皆さんのご厚意で、模擬飛行装置へ乗せて頂きましたが、本当に本物のそっくりな風景に驚きました」

「聞きましたよ、無難に飛んでいたと飛行隊長も驚いていましたよ」といずもは笑いながら答えたが、鳳翔は、

「いえいえ。真っ直ぐ飛ぶだけで、精一杯でした」

そう軽く答えたが、その真っ直ぐ飛ぶという事がいかに大変な事であるか、少しでも自分で操縦桿を握った事のある者ならわかる。

飛行機は基本、真っ直ぐ飛ばない。

プロペラ機だろうが、最新鋭JET機であろうが空中に浮いている限り、気象条件や飛行姿勢等により、流される。

特にプロペラ機の場合は、上昇と降下時は、プロペラトルクにより、機体が流され、ずっと方向舵(ラダー)の当て舵を打ち続けなければならない。

また刻々と変わる、上空の風向、風速を考慮して、地上目標を追いながら直線飛行をするのだ。

コンパスだけを頼りに飛べば大きく風に流され、あらぬ所に居たなどとなりかねない。

幾ら航法装置があるとは言え、基本は今も昔も変わりない。

鳳翔のF-35フライトシミュレーター訓練に同行した飛行隊長達が驚いたのは、鳳翔がマニュアルできちんとその部分を補正して飛んだ事だ。

「これが、彼方の世界なら、今直ぐにでもレッドインパルス隊(第13飛行教育団)へ転属してもらいたいです」飛行隊長は、驚嘆しながらいい、飛行班長は、

「複雑な電子計器の無いドルフィン(T-4)なら今直ぐにでも単独飛行ができます」と太鼓判を押した。

 

鳳翔は、いずもへ

「あの、あかしさんや皆さんに、私や瑞鳳ちゃんの航空隊の為にあんな立派な模擬飛行装置まで作っていただいて、ありがとうございました。」

「いえ、あれはあかしが、廃品の寄せ集めで作った物ですからね、少しでも皆さんのお役に立てば、幸いです」

「今日も朝からうちの子達が、並んでやっているそうで、いずもさんの航空隊の方がお相手していただいてるとか」

「まあ。航海中の技量保持には最適ですから」

いずも艦内に設置された、零戦のフライトシミュレーターでは、単に飛行訓練プログラムだけでなく、熟練搭乗員用に模擬格闘戦の訓練も行なわれていた。

1対多の訓練や。AIプログラムを使った格闘戦、そして第六飛行隊の隊員妖精が操作するF4FやF4Uを相手にした格闘戦など多彩な訓練が可能であった。

中には、F-35を相手に格闘戦を挑む強者まで現れた。

 

そう話している内に、2機のF-35は発艦準備が整った。

1番、2番カタパルトにセットされたF-35J

その後方でブラスト・ディフレクターが立ち上がった。

最終の確認を、列線整備妖精が行い、OKサインを出しながら下がって行く。

グリーンのジャケットを来た整備妖精が、発艦重量を書いたLEDパネルを操縦士へ掲げた。

それを確認し、OKサインを出すパイロット妖精。

2機ほぼ同時に最後の確認事項、各部の動翼を動かし、正常に動く事を確かめ始めた。

パタパタと補助翼と、昇降舵、方向舵が動く

F-35Jは、C型の主翼構成を採用したため、動翼はA型やB型のフラップとエルロンが同一になったフラッペロンではなく独立しているタイプだ。

激しく動く動翼を見ていると、駄々をこねる子供の様にも見え、少し微笑ましい。

1番カタパルトにセットされた1番機のパイロット妖精が、見張り所にいるいずも達へ短く敬礼し、正面を見た。

いずもや鳳翔も短く答礼する。

その直後、1番機のF-35のF135エンジンが唸りを上げた!

凄まじい轟音が甲板上に響き渡る!

パイロット妖精が、キャノピー横にセットされた取っ手を握り、操縦桿とスロットレバーから手を離して、“準備ヨシ”の合図をすると、即座に黄色いジャケットを着た射出要員が周囲を確認し、あの独特な低い姿勢を取り、前方を左手で指し示す。

甲板上に埋め込まれたキャットと呼ばれるカタパルト操作室内で、担当員が確認し、射出のボタンを押した!

普通ならここで、白い煙を上げながら、カタパルト上をシャトルが猛スピードで走り、打ち出されるのだが、いずもは最新のリニアカタパルトだ。

シャトルはスルスルと数十センチ動いた後、滑らかに一気に加速して、F-35を空中へ放り出した!

甲板から、放り出されたF-35J1番機は、一瞬沈みこんだが、直後素早く上昇姿勢を取り、左へ捻り空中高く舞い上がった!

2番機もアフターバーナーを吹かしながら、それに続く!

甲板上では、続いて発艦するE-2Jの発艦の為、ブラスト・ディフレクターが下がり、

E-2Jがそろそろと前に進み出る。

マーシャラーの誘導で位置へ着くと、主翼を展開し始めた。

発艦作業を見ながら、鳳翔は、

「いつ見ても、素早く、確実な発艦作業ですね」

「ありがとうございます。でもまあ、これでも遅い方ですね」

「えっ、まだ早くできるのですか?」と鳳翔が聞くと、

「ええ、前方のカタパルトだけでなく、後方も斜め甲板のカタパルトも使えばもっと早く全力出撃ができますよ」

すると鳳翔は、少し不思議そうに

「あの、いずもさん。F-35は垂直離陸が出来ると聞きましたが、なぜカタパルトを?」

「まあ、確かにF-35Jは垂直離着陸機ですけど、通常の運用では、あまり垂直離陸を重要視しません、運用上の制約が多いという事です」

「制約?」と鳳翔が聞き直すと、

「はい、最大離陸重量とか燃料の消費など制約がありますので、それに」

「それに?」と鳳翔が聞くと、いずもは真顔で、

「私の艦には、立派なカタパルトがありますから、使わないともったいないですよ」

「そうですね」と笑いながら答える鳳翔

そう言ううちに、E-2Jも発艦し、暫し、甲板上に静けさが戻り、潮風を切る音だけが響いていた。

 

いずもから、数キロ前方を飛行する、いずも艦載機SH-60K、いずもスワロー02号機は、後部からMADバードを曳航しながら哨戒飛行を続けていた。

赤と黄色で塗装された磁場探知装置の端末が、空中を曳航されながら海面上を飛んで行く。

いずもに搭載されているSH-60Kは、海上自衛隊の中でも最新バーションの機体だ。

本来なら、SH-60Kの後継機の新型のSH-60が搭載される予定であったが、選考時のごたごたにより、調達導入が大幅に遅れた。

しかし多用途化する対潜活動、特にソナーとMADの強化は急務であった。

そこで、いずもへ搭載されたSH-60Kは、電子装備を一新し、中身は最新の装備へ変更され対潜哨戒機としての寿命延長された機体である。

 

海上自衛隊の歴史は、正に対潜活動の歴史であった。

1960年代、ソビエト海軍の原潜はその長期航行能力を使い度々日本海へ侵入してきた。

海上自衛隊としては、その探知に全力を注いだ。

なんとしても、その動きを日本海で食い止め、太平洋への進出を防がなくてはならない!

当時の原潜は、長期潜航は可能であっても、原子炉タービン等など機械音が高く、静粛性に乏しく、発見は可能であった。

しかし、急速に静粛性が上がりパッシブソナーでの探知に限界が出始めると、海上自衛隊はアクティブソナーと、MADを使った攻めの探知を重要視し始めた。

過去の経験を元に、海上自衛隊では、潜水艦探知は至上命題であった。

そのような経緯があり、対潜活動の切り札、いずもへの搭載機は、最優先で改修された。

いずも艦載機のMADバードは、最新の超伝導素子を使ったセンサーを搭載。

微弱な磁場の変化を詳細に把握する事ができた。

 

いずもスワロー02号機の操縦席後部でMADバードの端末画面をじっと睨む戦術航空士妖精(TACCO)、その横でMADを操作するセンサー員妖精

通常SH-60Kは、2名の操縦士、2名のセンサー員が搭乗するが、今回はより対潜作戦に特化する為に戦術航空士妖精1名を乗せ、ソノブイ等などの投下指示を強化していた。

「飛行士! もう少しコースを右寄りへ修正してくれ。03号機と探知エリアが被りそうだ!」とTACCOがインカム越しに言うと、操縦席の飛行士妖精が、

「はい、右に少し変針します、行き過ぎた場合は修正願います!」

「了解」とTACCO

機体はほんの少し右に傾き直ぐに戻った。

「OK!」とTACCOが声を上げた

TACCOの隣でパネルを操作するセンサー員妖精が、

「そろそろですかね?」と声を掛けた。

「多分な」とTACCOは、視線をモニターに向けたまま、

「日本海軍からの事前情報では、ここから100km程東よりの海域で、敵潜水艦の雷撃報告が多数ある。という事は、既にこの辺りに前衛の偵察艦がいてもおかしくない」

「でも、中々釣れませんね」とセンサー員妖精が言うと、

「こんごう艦長とひえい艦長の網にかからないという事は、奴らは、かなりこの海域を知らべてあるという事だ」

「地の利は、向こうですか?」

TACCOはパネルのボタンを操作しながら、

「そうだな、俺たちには海域の海底情報が少ない、ぶっつけ本番という事だ」

センサー員妖精は、

「いやですよ、いきなり海底からズドーンなんて事は!」

「それは、無かろう。この時代水中発射できるのは、魚雷のみだ。それも無誘導。いきなり海中からハープーンが飛び出してくるとは思えん」

しかしTACCOは表情を厳しくして、

「だからと言って、舐めて掛かる訳にも行かん。奴らは数で勝負にくる。持久戦になれば此方が不利だ」

そう言いながら、

「確実に、奴らの索敵網を潰していく、地道な作戦だが、やるしかない」そう言いながら、モニターコンソール画面を凝視した。

 

 

そのいずもスワロー02号機の担当区域の海底。

深度100m程の海底に、深海棲艦カ級、カ610号潜は、ひっそりと息を潜めていた。

艦長のカ610号は、数時間前に近くを通過した大型艦の事を考えていた。

深夜に、バッテリーの充電と空気の入れ替え作業を行い、艦隊指揮艦のヌ級軽空母へ定時通信を入れ、そのまま潜航して海域をシュノーケル航行しながら、周回した。

本来はシュノーケル上部に付いた小型レーダーを使い、周囲を探知するのであるが、その時はたまたま点検中で未稼働であった。

艦長のカ610号は、仕方なく潜望鏡で周囲を見回していたが、水平線に小さな黒い点を見た。

 

反射的に、

「潜航!! 急いで潜って!!」と叫んだ!

 

静かに、身を海中深く隠す。

他のカ級の艦長なら、まずその黒い点の正体を確かめようとレーダーを照射したり、浮上しようとするが、彼女は逆であった。

急いで海底へ着底して、息を潜めた。

暫く待つと、ソナー妖精が

「艦長。微かですが、推進音がします。」

「微か? では距離が遠いという事?」と艦長のカ610が聞き直すと、ソナー妖精は首を傾げて、

「申し訳ございません、音源が小さすぎて、距離の判定ができません。おまけに聞いた事がない音です」

「聞いた事がない?」

「はい」とソナー妖精は言いながら、カ級艦長へ向い

「雑音のない清んだ推進音です。初めて聞きましたが、気持ちのいい音です」

カ級艦長は、暫し考え、はっとしたように、副長へ

「艦内、一切音を立てないで、これから数時間は、エイの真似事よ!」

「はい」と副長は返事をすると、

「艦内総員、着底待機。音を立てるな」とそっと他の者へ伝えた。

普段なら大声で、伝達される命令も、伝令が艦内をそっと歩き各所へ伝えた。

乗組員の殆どが、持ち場で横になり、酸素の消費を押さえる姿勢を取った

それから数時間、じっと海底で動かず待ち続けていた。

探知した音源は、その後かき消え、静かさだけが、周囲を包み込んだ。

ソナー員妖精は、首をかしげながら、

「今まで聞いた事がない音です、音源は二つありましたので、2軸推進だと思われます」

カ級は、

「そのまま、聴音を続けて。近くにいるとまずいわ」

「はい!」と返事をするカ級ソナー妖精

カ級艦長は、チャートデスクの上に広げられた海図を見ながら、

「副長、二酸化炭素の濃度は?」

「まだ、十分許容範囲内です、夜まで待ちますか?」

「できれば、そうしたいわ」と答え、チャートをなぞり、

「さっき見えた艦影、トラックの北側から来たわ」

「トラックの船ではないという事ですか?」

「副長、そこはなんとも言い難いわね、艦影も一瞬見ただけで、判別はつかなかったし、それに」

「それに?」と副長が聞くと、

「彼女の話も気になる」

「彼女? あの北方群体のカ級eliteですね」

「ええ」と610号潜の艦長は答えながら、クリップボードに挟んだ一枚の通信文を手に取った。

それは、以前パラオに来た北方群体のカ級eliteが、この610号潜の艦長へ送った暗号電文である。

彼女と、北方群体のカ級eliteは、顔見知りであった。

元々北方群体のカ級eliteは、期間限定で派遣され、パラオ方面を偵察する事を目的としていた事もあり、マーシャルのカ級達とは殆ど会う機会はなかった。

しかし、この610号潜のカ級はたまたま派遣されたミッドウェイでこのカ級eliteと会う機会があり、お互い前衛偵察を目的としているという事もあって、意気投合したのだ。

その北方群体のカ級eliteが急遽パラオ偵察を切りあげ、北方群体のあるダッチハーバーへ帰還した。

その際に、最後に個別に送ってきた暗号電文にはこうあった。

「パラオにいる新型艦の艦隊には手を出すな! 見たら直ぐに逃げろ!」

である。

最初は、お別れの挨拶にしては、変ねと思いつつ、その後、マーシャルの司令部で、

パラオ方面へ派遣した通商破壊艦隊のカ級潜水艦艦隊が壊滅した事を知った。

司令部では、口を閉ざしているがパラオ侵攻部隊のル級艦隊や護衛のヲ級艦隊も全滅し、少数の駆逐艦が残存兵をつれて帰って来た。

聞いた話では、頼りにしていたラバウルのB-17部隊も全滅し、その後ラバウル基地は米軍の攻撃で壊滅したと聞く。

この件については、司令部内で緘口令があったようで、今では噂話しか出ない。

“パラオには、何かある”という噂がマーシャルの艦隊内部で囁かれるようになり、一部では、超大な射程を持った超大型の戦艦がいるとか、特殊な装置をつけた重巡がいるとか、

根も葉もない噂が飛び交っていた。

ただ事実として、カ級艦長は、

「友軍が全滅に近い被害を受けながら、パラオを制圧できなかった」という事は認識していた。

そしてこの電文だ。

610号潜のカ級艦長は、コンコンと右手の人差し指で、海図上のトラック諸島を叩きながら、

「何かがおかしい」と呟いた。

副長が覗き込むように、

「おかしいとは?」と聞くと、

「この日本軍の余裕は何? 今までの日本軍なら、陸でも海でもどちらかがマジュロ島を奪還に来ると思っていたけど、動かない」

「しかし、司令部の情報では、既にマーシャル方面への侵攻作戦が計画されていると大々的に宣伝があったそうですが?」

「副長。でも常識的に考えて軍事作戦をそう簡単にプレスに流す?」

副長は、困り顔をしながら、

「そこはなんとも。日本人の考える事はわかりかねます。」副長の返事を聞きながら、艦長は、

「ただ、今までの“前進あるのみ”という姿勢ではない事は確かね」

カ級艦長は、静かに

「とにかく、次に何か来るか慎重に見極めましょう」

そう言いながら、静かに、チャートを見た

そのチャートには、数十キロ南に友軍艦を示すマークが一つだけあった。

 

そのチャートに書かれた友軍。

カ605号潜では、いま静かに動き出そうとしていた。

着底待機し、獲物をじっと待っていたが、ソナーが聞いた事のない推進音を探知。

徐々にその推進音が近づいてきていた。

605潜の艦長は610号潜のカ級と違い、積極的であった。

605潜は元々前衛偵察艦ではなく、後衛の群狼作戦向けの艦であり、艦長も前衛での偵察活動の経験は少なかった。

海底でただじっとしているのに飽きてきた頃、ソナーが聞いた事のない推進音を探知した。

此方へ、少しずつ音源が近づいているとの事だ。

「そろそろ海底にへばりつく事にも飽きたわ」と605潜の艦長は言うと、

「タンクブロー! 深度30まで、無音浮上!」と命じた。

静かに動き出す、カ605号潜

「副長、近くに友軍の水上艦はいなかったわね。」と605号潜のカ級艦長が聞くと、副長は、

「はい、現在は中間海域の東側にいるとの事です」

「では、水上艦は日本軍だけか」

「はい、艦長。そうです」

ギシギシと時たま軋む音を立てながら、ゆっくりと惰性に任せて浮上する605号潜。

605号潜艦長のカ級は口元に笑みを浮かべ、

「さて、今回はどんな獲物が掛かるかお楽しみだわ」と薄ら笑いを浮かべた。

 

 

カ級605号潜が捉えた推進音は、護衛艦いずもの推進音であった。

しかし、カ605号潜が動き出す前に、既にいずもスワロー03号機のMADにその姿を捉えられていた。

「MAD コンタクト!」とTACCOが機内に告げた!

続けざまに、

「飛行士! 今のコースをもう一度飛んでくれ。再測する!」

「了解!」

操縦席のコンソール画面にAHCDS(先進戦術情報処理表示装置)が算出した新しい索敵コースが表示された。

それに従い、飛行士妖精は、機体を旋回させ、再びMADによる探知を再開した。

MADの探知情報は、即座にリンク16を通じて母艦であるいずも、そして対潜担当艦はるなへ通知された。

再び、先程反応のあった地点付近へ差し掛かるいずもスワロー03

じっとモニターコンソールを凝視していたTACCOは、

「動き出したか!」と呟き、

「飛行士! ディッピングソナーへ切り替える!」

「はい、TACCO!」

TACCOは隣で待機するセンサー員へ。

「MAD巻き取り! ディッピングソナー準備!」と号令した。

「了解!」とセンサー員は、即MADの曳航ワイヤーを巻き取り始め、平行してディッピングソナーのウインチ操作盤の電源を入れた。

操縦士は新たにAHCDSにより設定されたディッピングソナー投入位置を確認して、機体を滑らせた。

SH-60Kは、ソナー投入予定海域へ来ると、機首を持ち上げ減速しながら、ゆっくりと高度20m程の高さでホバリング態勢にはいった。

海面にダウンウオッシュによりいくつもの波紋が広がり、水飛沫が舞うなか、そろそろと海面へ降ろされていくディッピングソナー

 

ディッピングソナーのセンサーを調整しながらセンサー員は、

「大物が釣れるといいですね」とTACCOへ声を掛けたが、TACCOは

「餌が問題だよな。一番近いのは母艦か?」

「ですね。」とセンサー員が答えると、

「まあ、あれだけでかい餌ですから、かからん方がおかしいですよ」

するとTACCOは

「しかし、一口食べれば後悔するがな」

「食いますかね?」

「多分な」とTACCOは答えながら

「前回のパラオでの殲滅作戦の時もそうだが、どうも相手のカ級は慎重さに欠ける部分があるな」

センサー員は、ディッピングソナーの操作パネルを操作しながら、

「慎重さですかぁ~」

「ああ。前回も、こう如何にもって感じだったな」

センサー員妖精は、

「まあ、この時代。日本軍の対潜活動は 場当たり的で、ヒットも少なかったですからね」

TACCOは、

「ああ、だが今回はそうはいかん。喧嘩を売った相手が悪かったと思ってもらおう」

と力強く言った。

横の窓から、外を見ると、少し離れた所に、もう1機のSH-60Kがホバリングに入り、海面へディッピングソナーを降ろし始めた。

いずもスワロー02だ。

レーダー情報では後方で、はるなスワローが同じくディッピングソナーを投入を開始している。

両機ともディッピングソナーを降ろして、探知を開始したようで、リンクシステムを通じて位置詳報のやり取りが、始まった。

2km圏内の円内にホバリングするこの3機で、MADが探知した不明艦を絞り込んでいく。

そしてその情報は、機上処理され、対潜担当艦のはるなへ転送され、はるなで詳細に分析されて、識別される。

一旦見つかってしまうと、逃れる事はかなり難しい。

 

その頃 605潜は、ゆっくりと惰性で無音浮上し、深度30mまで来た。

惰性で潮に流されながらも、周囲の音に耳を傾ける605号潜のソナー妖精

「推進音、徐々に近づきつつあり、10時方向です。微弱な推進音、複数」

カ605潜の艦長は、チャートデスク上の海図を見ながら、

「ほぼ左手から正面に来るコースね」と笑みを浮かべ、

「潜望鏡深度まで浮上して、レーダー探知で方位確定後。魚雷攻撃をします」

副長が、

「攻撃ですか?」

「そうよ」と605潜のカ級艦長は答えたが、副長は

「艦長。我々の任務は、この海域を通過する艦船の監視です。攻撃は後方の部隊の仕事ですが?」

カ級艦長は副長を睨み、

「副長、私の判断に何か不服でも?」

「いえ、そうでは。しかしよろしいのですか?」

するとカ級艦長は、

「いいわよ。たまたま見つけた敵を、攻撃しても作戦自体に大きな影響は出ないわ」

そう言いながら、

「前衛偵察もそろそろ飽きてきたし、ここで少しでもスコアを稼いでおきたいの」

「では、分かりました」と副長は言うと、

「アップトリム5! 潜望鏡深度まで浮上!」

「アップトリム5!」タンク手妖精が、バルブをほんの少し操作し、艦首を持ち上げた。

惰性でゆっくりと浮上するカ605潜

 

ギシギシと時折、水圧変化の影響で船体が軋みを上げた。

カ級艦長は少し傾く床に耐える為、発令所内の身近な手摺を握った。

「深度25m・・・20m・・・15m」と要員が深度を読み上げた。

「トリム戻せ! 艦水平!」と副長が号令を掛ける

タンク手妖精が、複数あるバルブを操作してタンクに少し注水し、艦を水平に戻した。

徐々に浮上の行き足が止まった。

「潜望鏡深度です」と潜舵手妖精が小さく声を上げた。

カ級艦長は、潜望鏡の前まで来ると、そっと潜望鏡を覗き込んだ。

少し波立つ海面が見える。

潜望鏡の取っ手を掴み、ゆっくりと回転しながら、周囲を見回す。

 

波間に何か見えた。

その姿がはっきり見えた瞬間、カ605潜の艦長は、驚きの余り声を上げた!

「何! あのでかい船は!」

そこには、ゆっくりと進む護衛艦いずもの姿があった。

直ぐに潜望鏡の倍率を上げて詳細に見る。

比較する物がないが、構造物の大きさから300mはあるかも

 

カ605潜はじっとその艦を見た。

「日本軍の旭日旗が見える。日本の大型空母よ」といい、潜望鏡を副長へ譲った。

副長が覗き、

「これは! 日本の新型空母ですか?」

「よく分からないけど、特大の獲物よ!」と605潜の艦長は嬉しそうに表情を明るくした。

副長は、少し潜望鏡を動かし、

「後方に重巡らしき艦影が見えます。」と言いながら

「おかしいですね、こんな海域に来るのに、駆逐艦がいない。空母と重巡だけとは?」

605潜の艦長は、興奮気味に、

「なおの事、良いこと尽くめじゃない。あの忌々しい駆逐艦どもが居ないなら、この空母と重巡は頂きましょう」

すると、副長は

「魚雷の射程には、少し遠いですがこのまま待てば、射線に空母を捉える事ができます」

605潜の艦長は、

「6本全部お見舞いしてあげるわ。これならあのでかい図体の空母なら躱しようがない」

副長と潜望鏡を代わりながら、方位諸元を読み上げるカ605潜の艦長。

「潜望鏡降ろして」とカ605潜の艦長と言いながら

「レーダー手! 距離諸元取れた?」

「はい! 現在方位300 距離8000mです」とレーダー手は答えながら、

「艦長、それ以外の探知目標があります!」

「それ以外? 後ろの重巡は後回しよ」

レーダー手は、

「いえ、これを見てください。」

といい、艦長をレーダー手席へ招き、レーダースコープを見せ、

「この反応が多分、目標の空母です」といい、スコープ上の光点を指さした、そして

「その後ろの反応が重巡です」ともう一つの光点を指示した。

走査線かクルクルと走り、その度に光点が光った。

「そして、問題は、この小さなブリップです。先程から本艦を中心に3つあるのですが、動きません!」

「動かない?」と艦長が聞くと、

「はい、反応があるのですが、微弱な上に動かないので、駆逐艦ではないと思います」

「では、何?」

「反応的には、航空機ですが、いっこうに動きません!」

艦長は怪訝な顔をしながら、

「動かないなんて事があるの?」

「いえ、普通航空機なら、動きがある筈ですが、ご覧の通り動きません。」

「小型の駆逐艦ではないの?」

「反応が微弱で、艦艇という事も。それに」

「それに? 何?」と艦長が聞くと。

「先程の空母と重巡ですが、潜望鏡で確認して空母という事が分かっていますが、レーダーエコーの大きさからみれば、軽巡かそれ以下の船の反応しかありません。正直言えば、先程報告した距離も怪しい数字です」

605潜の艦長は、

「所詮、レーダーもあまり当てにならないという事ね。いいわ、既に方位諸元は確認しているし、レーダーを止めて。攻撃に移る」

「はい、艦長」

レーダー手は、レーダーの停止作業に入った。

「攻撃士官、2000mまで切り込むわよ! 魚雷射角計算いい!」

チャートデスクに向い、計算盤を片手に攻撃士官妖精が

「はい、敵がこのままの方位と速度を保てば、15分後には雷撃可能位置です。6線、5度ずらしで囲い込みます」

「ふふ、貰ったわね。副長、潜航! 雷撃用意!」

「はい! 艦長」

一斉に動き出す艦内

 

潜航する艦内で、カ605潜の艦長は

「これで、あの新型の大型空母を仕留める事ができれば、ミッドウェイに凱旋できる」

と笑みを浮かべ、

「これで、私の地位も安泰よ」と笑みを浮かべた。

 

 

 

その頃、いずもの後方に位置する護衛艦はるなのCICでは、慌ただしく対応に追われていた。

「鳳翔艦爆隊6機、対潜仕様にて発艦完了」航空管制士官妖精がインカム越しに報告を上げて来た。

「はい、では先程探知した位置へ、誘導を」

艦長席に座るはるなは、落ち着いた声でそう言うと、

「はい、既に、いずも航空管制により、該当区域へ向け進空しています。」

「航空士官! 該当区域に入り次第、警告爆雷を投下、反応を見て」

「はい、誘導指揮管制をいずもより引継ぎます!」

 

CICの艦長席に座るはるなは、いつもと変わらない表情を浮かべ正面壁面の大型ディスプレイを見ていた。

そこには、はるなを中心に、前方2kmにいずも。

そこからやや南寄りの海域に3機のSH-60K

その3機のSH-60Kの中心には不明の潜水艦が1隻

既に、SH-60Kに探知されて所在は確認されていた。

 

「いずもまで、6000mか」とはるなは囁いた。

そう言うと、手元のモニタ―にタッチして、画面をスクロールさせた。

そこには、近隣の日米の潜水艦の動向が表示されていた。

日本軍の前衛偵察の伊号潜水艦は、自衛隊艦隊の前進に伴い、現在全艦トラック泊地へ向け浮上航行中。

これは、三笠より確認済みの通信があった。

また米海軍の偵察艦が2隻。この海域に入っていたが、それも現在は浮上航行し、帰路へついたと、ルソンの妙高さんから、大淀さん経由で連絡があった。

「となると、この辺でうろつくのは深海棲艦だけね」

はるなの横へ立つCICの主である砲雷長が、

「もう少し早く敵味方識別ができると、有り難いのですが」

するとはるなが、

「仕方ないわ、この辺りは日米海軍、深海棲艦の潜水艦が遊弋する海域です。米海軍の潜水艦2隻の最終確認を大淀さん経由でルソンへお願いしているから、それまでは爆雷警告が必要よ」

「念の為に、スワロー隊に短魚雷を準備させておきますか?」

「そうね、此方からアクティブで狩りだす事もできるけど、まだ手の内は見せたくないし、それに」

「もう1隻ですか?」と砲雷長が聞くと、はるなは座席の画面をスクロールさせ、

「この、こんごうのサイドスキャンのデータ。どうも引っかかるわ」

と言いながら、こんごうから送信されてきた、サイドスキャンソナーのデータを表示した。

そこには、サイドスキャンソナーのデータを元に作成された海底の地形データが表示されていた。

一ヶ所だけ、不自然に隆起している所があった。

砲雷長は、

「先程、その海域をいずも02号機がMADで探査しましたが、該当区域内で、反応はありませんでした。MADの探知の条件がよくないようです」

「磁場が乱れている?」

「はい。機上TACCOの報告では、探知波にノイズが入るそうです」

はるなは渋い顔をしながら、

「磁力を含んだ鉱石が海底にあって、地磁気を乱したか、もしくは艦その物に対策がしてあるかね」

「まさか! 船体消磁ですか!」砲雷長が声を上げたが、

はるなは、落ち着きながら

「可能性としては否定できないわ。磁気感応式機雷対策で英国ではこの時代既に水上艦に対策が取られていたわ。潜水艦に応用したのはもう少し後だった気がするけど」

はるなは、壁面モニターへと視線を移し、

「まあ、これは後回しにて、今は、このアンノンをどうするかね」

はるなは、航空士官妖精へ

「航空管制! 鳳翔艦爆隊はあとどれ位で現場に着くの?」

「はい、5分以内に! 既にいずもスワロー02号機が現場へ誘導開始しました。」

続けて横に座る攻撃士官が、

「鳳翔隊。警告爆雷投下後、反応なければ攻撃を開始します!」

はるなは、

「攻撃はスワロー隊?」と聞くと

「いえ、いずもCICより鳳翔艦爆隊を優先せよとの事です」

「はい、ではいずも03号機は12式に諸元設定のまま待機、鳳翔隊がうち漏らした場合に備えます。こちらのスワローはアクティブソナーで探知を継続、逃がしてはダメよ!」

 

「はい」と各部の要員が一斉に返事をした。

 

砲雷長が、

「しかし、このアンノンは不用意ですな」といいながら、

「こちらのMADに引っ掛かったと同時に動き出し、幾ら無音潜航しているとはいえロクマル3機に追われては逃げられないでしょうに」

「ふふ、そうね」とはるなも笑みを浮かべた。

砲雷長は、

「おまけに、水上を警戒する事なく、いきなり潜望鏡深度まで浮上して、レーダー照射まで、これでは見つけて下さいといっているのと同じですな」

「まあ、仕方ないといえばそこまでだけど。この時代、日本軍のソナーはパッシブもアクティブも全く使い物にならない代物だし、潜望鏡監視は熟練妖精さんの目が頼みの綱。航空機での捜査も手法が確立していないから、効率が悪かったわ」

はるなはそう言うと、

「まあ、今までの日本海軍相手なら、少し警戒すればいい程度だったはずよ。潜水艦の探知能力は低い上に、攻撃は爆雷オンリー。その爆雷も深度100m以下では使い物にならない」

砲雷長は、

「此方をなめているという事ですか?」

「でしょうね。でなくてはこんなに大胆に出てきません」

はるなはそう言うと、

「でも、今回は相手が悪かったわ」

「そうですな、しかし本艦の目と耳は誤魔化ません」といい、頭上を指さした。

「ええ、対潜に特化した新こんごう型3番艦の実力。とくと味わいなさい」といい

はるなはぐっと艦長席のひじ掛けを握り、

「80年間、蓄積したこの対潜能力。必ず皆へ伝授して、最強の“駆逐艦隊”を作り上げてみせるわ」

「はい、艦長。その為の本艦です」

 

護衛艦はるなは、新こんごう型の中でも、他の3艦とは基本構造は同じであるが、対潜能力を強化した各種の装備を満載している。

特に外見上、大きく目を引くのはステルスマスト上の潜望鏡監視用レーダーである。

これはP1対潜哨戒機に搭載されたHPS-106を改良し、護衛艦あさひ型へ初搭載されたものを更にバーションアップしたものだ。

本来水上監視用にOPS-28があるが、ステルス化された潜望鏡探知用としては、能力不足である。

そこで護衛艦はるなは、試験艦あすか、護衛艦あさひ型で実績のあった、このHPS-106が搭載された。

はるなは、空はSPY-1D(V)で、水面はHPS-106で隈なく探知するという徹底ぶりであった。

今回も、カ605潜の潜望鏡をいち早く探知し、位置を特定した。

無論その後 不用意に605潜がレーダー照射したので、位置はさらに特定されてしまった。

 

その頃、鳳翔艦爆隊、隊長は愛機を駆り、現場海域へ侵入してきた。

「鳳翔艦爆1番、いずも02。進路右5度修正」

「鳳翔艦爆1番 了解」

艦爆隊隊長は、返信しながら、機体の進路をほんの少し右へ修正した。

左後方には2番機以降の機体が隊形を整え、連なっている。

隊長は、後方の最後尾をチラッと見た。

「よし、来てるな」

今回の潜水艦への攻撃は、6機で行う。

正確に言えば、最後尾の6番機は、警告爆雷で、破壊力は殆どない。

最後尾で、少しふらつく6番機を見ながら隊長は、無線で

「鳳翔艦爆6番!」

「はい! 隊長!」と即6番機から返事があった。

「緊張してるか?」

「いえ、大丈夫です」と6番機は元気に答えてきたが、隊長は

「その割には、機体が揺れてるぞ?」

「はい、多少気流が」と6番機は言いかけたが、隊長が

「6番、いいかそれくらいの緊張を持て! 警告爆雷とはいえ、爆雷だ」

「はい、隊長!」と無線越しに返事がきたが、隊長は

「当てるなよ!」

「へっ」と変な返事を返す6番機

すると隊長は、

「お前が抱えるのは警告爆雷だ! いきなり当たったら大変だからな。上手く外せよ」

「隊長~!」

6番が困るのも当たり前だ。

普段の訓練では、“見敵必殺”と連呼する隊長が、今日は“外せ”である

 

今にも前方を飛ぶ先輩格の99艦爆飛行士妖精達の笑い声が聞こえて来そうである。

直ぐ前を飛ぶ5番機の後部機銃員がお腹を抱えているのが見て取れた。

「いずもスワロー02より、愉快な艦爆隊諸君、そろそろいいか?」

「おう、何時でもいいぞ!」と艦爆隊の隊長妖精の声が聞こえた。

「鳳翔艦爆隊は、高度300mまで右旋回降下」

「了解!」

一番機を先頭にゆっくりとした右旋回をしながら、一糸乱れぬ降下旋回をする鳳翔艦爆隊

高度300mまで降下した鳳翔艦爆隊。

ここまで降りると海面の波もはっきりと見える。

穏やかな波間が見える、しかし、その下には不明潜水艦が息を潜めている。

揺れる波間を見ながら艦爆隊の隊長は感慨深く、

「俺たちが、もう少し早くこの技術を手にしていれば、お前達も・・・」

そう言いながらぐっと操縦桿を握った

隊長は、半年前に、共にパラオで鳳翔の下 猛訓練をこなし、トラックへと転属途中に深海棲艦の潜水艦の攻撃を受け、輸送船ごと犠牲になった仲間を思い出した。

急に後方の機銃妖精が、

「隊長! 大丈夫ですよ、奴らもきっと高天原から見ていてくれます!」

「そうだな」と伝声管越しに答え、

「あの時は何も出来なかった。だが今は違う。自衛隊の皆さんのお蔭で俺達は戦える刀を得た、奴らを必ず一刀両断にしてくれる」

「はい!」力強く答える機銃妖精

その時、無線で

「いずも02より、鳳翔艦爆隊、警告措置へ移る。艦爆隊は現在位置で待機、6番機は我の指示に従い警告爆雷を投下する」

「鳳翔艦爆隊了解!」と答えると、6番機から

「鳳翔艦爆6番 了解」と返事が返ってきた。

 

いずもスワロー02号の機内ではTACCOが、コンソール画面を睨みながら、

「奴目、動き出したな! 此方の懐に入り込んでヒットアンドウェイするつもりだろうが、そうはさせん」

他の2機のSH-60が探知したディッピングソナー情報を元に確実に相手を追い込む。

既にディッピングソナーはアクティブモードではっきりと不明艦を捉えていた。

TACCOは、

「さて、ドアを叩いて、どう出るか? お楽しみだな」と呟き鳳翔艦爆隊への誘導を始めた。

「センサーマン! グリーンマーカー用意!」

「マーカー! レディー!」と返事を返してきた。

TACCOは、操縦士へ、

「警告用マーカーの投下位置、大丈夫だな!」

「はい。ホバリングへ、入ります」

いずもスワロー02号機は、ゆっくりとホバリング体勢へ移行した。

TACCOは、位置を確認すると、

「マーカー! ドロップ ナウ!」と声を上げた

投入口から、発煙筒を投下するセンサー員

海面へ向け、落下する発煙筒!

着水と同時に、海面に緑色の煙幕を立ち昇らせた。

「空域離脱!」

TACCOがそう言うと、SH-60Kは軽やかに、機体を前進させ、現場を離れた。

「さあ、お仕事の始まりだ!」

TACCOは、そう囁いた

 

上空で待機する艦爆6番機の飛行士妖精は、落ち着かない様子で、隊長機の後を、皆と旋回飛行を続けていた。

「緊張しますか?」と伝声管越しに後部の機銃妖精から声を掛けられた

「まあ、爆雷抱いて飛ぶ事には慣れたが、自分だけ警告爆雷っていうのがな」

「まあ、警告ですからね、ここは気楽にいきましょう」

すると、飛行士妖精も

「ああ、そうだな」と軽く返した、その時

「鳳翔艦爆6番 いずも02。海面上の緑色の発煙筒が確認できるか?」

周囲を見回す6番機飛行士妖精

右手前方に、海面に漂う緑色の煙幕を見た。

「いずも02、鳳翔艦爆6番。目標を確認!」無線で返答した。

「鳳翔6番、あの煙幕の中心付近へ投弾してくれ。不明艦はそれから500mほど東寄りにいる」

6番機の飛行士妖精は再び、海面を漂うグリーンマーカーを確認すると、

「了解! 警告爆雷投下する」

チラッと、隊長機をみると、軽く主翼を振った。

“行ってこい!!”の合図だ

こちらも、主翼を振って、“了解”を返した。

後席の機銃妖精へ

「おうし! いくぞ!」

「はい!」と機銃妖精からも、操縦席まで届く元気な返事が返ってきた。

艦爆隊は、上空で待機旋回をしていたが、6番機は旋回を止め、ほんの少し直線飛行をしながら、エンジンの回転数を上げ増速した。

機体に行き足が付いたところで、少し操縦桿を引いて20度程度の上昇飛行に入った。

クルクルと回る高度計の針

「よし、これ位でいいか!」と6番機の飛行士妖精が言うと、後席の機銃員妖精へ

「かけるぞ!」と大声で叫んだ!

後席から

「了解!!」と踏ん張るような声が聞こえた

それを聞いた瞬間、飛行士妖精は、操縦桿を右へ切り、機体を右下方へ切り込んだ!

一気に体に加速度が掛かる

「うっ!」と一瞬、込み上げる荷重に耐え、機体を上昇姿勢から、降下姿勢へ変化させた。

風防越しに緑色の煙幕の中心をぐっと睨む。

無意識に操縦桿と方向舵を切り、機首を煙幕の中心へ向けた。

今度は20度の緩降下へ入った。

風防前の95式射爆照準器を覗き込み、煙幕の中心を捉える

6番機の飛行士妖精は、

「やっぱり、艦爆はこれだな」と呟いた。

99艦爆は、水平爆撃用に90式爆撃照準器も装備していてが、如何せんこれが使いづらい。

97艦攻の様に、爆撃手と操縦者が別ならいいが、99艦爆は照準器を覗きなら自分で操縦しなくてはならない。

自ずと艦爆隊は、正面の95式射爆照準器を使った、降下爆撃を好む傾向が強い。

再び、高度が300m前後になった頃、

「よう~い」と声に出し、気合を込めて!

「てー!」

警告用爆雷を機体から切り離した!

 

爆雷の抵抗と、重量が軽くなった事で、機体が一瞬浮き上がる。

機体に、無理な荷重をかけない様に慎重に、操縦桿を引き起こす。

機体が水平になった所で、降下爆撃の加速度を生かして、一気に離脱した!

「どうだ!」と、思わず後席に声を掛けた!

 

「命中! 煙幕のど真ん中に落ちました!」

 

「よっしゃー!!!」と思わず声に出す6番機

 

海面に、水柱を立てながら、水面に消える対潜航空爆雷

「鳳翔艦爆6番、投弾終了、安全高度まで退避する」

「いずも02、了解」と管制機から返事あった。

そして、

「6番!」と隊長の声で呼ばれた

「はい!」

緊張しながら、待つと

「いい出来だ! 後は任せろ!」

「ありがとうございます。」そう満足気に無線に叫ぶ6番機

 

水面下、護衛艦いずもを雷撃する為、回頭を終えゆっくりと雷撃位置へ進んでいたカ605潜の艦内に声が響いた!

「着水音! ひとつ、後方6時!」ソナー員が叫んだ!

「着水音!!!」と副長が聞くと

「いきなり、着水音です!」とソナー員が慌てながら答えた。

「爆雷なの?」と605潜の艦長が聞くと

「解りません! いきなり大きな着水音です!」

既に、副長が無意識にストップウォッチを押していた。

直後、

“ど~ん”という音と共に、軽い振動が伝わってきた。

「遠いわ」とカ605潜の艦長が言うと、副長がストップウォッチを見ながら、

「爆発深度が浅いですな。後続の投下もないという事は、警告ですか?」

「見つかった!」と艦長は慌て、

「周囲に、駆逐艦でもいるの?」

するとソナー員は、

「いえ、本艦の周囲には、推進音や機関音はありません!」

「じゃ、今の爆雷は何処から来たっていうの?」と艦長はソナー員を睨んだ。

 

副長が

「単発の攻撃という事は、駆逐艦ではなく。飛行艇からの航空攻撃ではないでしょうか?」

「航空攻撃?」

「はい、日本軍の飛行艇は爆弾を搭載できるそうです、改良すれば爆雷も搭載できるでしょう」

すると、艦長は

「どうして、こちらの位置が露呈したの?」

「多分、先程潜望鏡を使用した時に、航跡が出ていたのではないでしょうか?」

「それで、どうされますか?」と副長は落ち着きはらって聞いた。

ここで選択できる選択肢は二つ

一つは、爆雷を投下した艦への反撃

しかし、近隣に駆逐艦らしき艦はなく、此方を攻撃してきた者の正体がわからない。

もう一つの選択肢

それは、ひたすら逃げる

爆雷を投下されたという事は、既に此方の存在が露呈している。

いくら日本軍の対潜能力が低いとは言え、攻撃された事を考えると、この海域をうろつくのは危険である。

航空機なら、潜航して姿を隠せば、発見されることはまずない。

しかし、近隣の駆逐艦でも呼び寄せられれば、面倒だ。奴らはしつこい。

副長は、艦長が後者を選択すると思っていたが、カ級艦長から出た答えは、

「あと少しで、雷撃可能位置だわ。このまま微速で進み、攻撃後一気に離脱しましょう」

「えっ」と声を出す副長

「しかし、先程の爆雷攻撃は」

「後続の攻撃が無い所をみると、此方の位置を正確につかんでいる訳ではない。このまま雷撃深度で進み、6本全て一斉発射して、離脱する」

副長は一抹の不安をいだきながら、カ級艦長の下した決定を、実行すべく

「雷撃用意!」と号令した。

一斉に動き出す艦内

「これで、あの大型艦は貰ったわ」とカ級はほほ笑んだ

 

 

「うん? 動き出したか」

真下の不明潜水艦の動向を注視していたいずもスワロー02号機のTACCOは、ソノブイのアクティブソナーの解析画面を注視した。

鳳翔艦爆6番機が警告爆雷を投下した後、爆発の影響で、相手のソナーは一時的にその能力を失う。

その隙に、周囲に数本のソノブイを投下しておいた。

不明潜水艦は、浮上することなく、深度20m前後をゆっくりと回頭しながら、艦首をいずもの未来位置へと向けつつあった。

「にげりゃいいのに」とTACCOが呟いた時、護衛艦はるなのCICの攻撃士官より、デジタル通信にて、

“アンノンアルファをエネミーアルファへ変更、攻撃対象として即時攻撃を開始せよ”

TACCOは、キーボードを叩きながら命令受領の返信を打つ、その間にもリンクシステムを通じて、戦術情報が書き換えられ、モニター上の不明潜水艦は、敵潜水艦を表すブリップへと識別コードが変更された。

「さて、仕上げといくか」というと、ソノブイのアクティブソナーの感度を上げ潜水艦の最終位置を確認した。

その情報は、即時リンクシステムを通じて後方で待機する僚機のいずもスワロー03へ転送されている。

いずもスワロー03のブリップが、攻撃準備完了のサインへ切り替わった。

「よし、まずは鳳翔艦爆隊の爆雷攻撃からはじめよう」といい、旋回待機する鳳翔艦爆隊の誘導へと意識を切り替えた。

 

 

上空で周回飛行しながら出番を待つ鳳翔艦爆隊は、じっと海面近くへ降下したSH-60Kを上空から見下ろしていた。

「中々、はじまりませんね」と後席の機銃妖精が聞いてきたが、隊長は

「ああ、まずは警告して、友軍や米軍なら素直に浮上し、国籍章を上げる筈だ」

「米軍もですか?」と機銃妖精が聞いて来た。

「そうだ、ルソンの米軍のお偉いさんと三笠様の間の話で、不慮の事故を防ぐ目的で色々と取り決めしたそうだ」

じっと海面を見ながら、旋回待機を続けていたが、ホバリング体勢でいたいずものSH-60Kが動きだした。

「動き出したな」

そう言ううちに、無線で、

「鳳翔艦爆隊各機へ、いずもスワロー02。不明潜水艦は警告に従わず、いずもへの攻撃進路へ入った。不明艦を敵潜水艦として、攻撃行動へ移る」

「鳳翔艦爆1番了解」

艦爆隊が上空で旋回待機するなか、いずもスワロー02号機は直線飛行しながら2個の赤いマーカーを立て続けに海面上へ投下した。

「艦爆隊01へ、右旋回し、進路025へ。敵潜水艦は、マーカ―の間を移動中」

「了解、攻撃へ移る」艦爆隊の隊長は、海面に漂う赤い煙幕を見ながら

「各機、攻撃隊形!」

後方に控える艦爆隊が順次 主翼を振って

“了解”の返事を返してきた。

隊長は、待機旋回を止め、一旦直線飛行をしながら、エンジンの出力を上げた。

唸る金星四四型エンジン!

 

海面上のマーカーを右後方に見ながら、十分に機速が付いた事を確かめると

「よし、いくぞ!」

ゆっくりと機体を引き起こし、上昇姿勢に入った。

6番機の時よりも、上昇角が大きい、

高度を上げる鳳翔艦爆隊

隊長は、高度が十分上がったと感じた瞬間、操縦桿を右へ切り込み、ラダーを右へ踏み込みながら、機体を右旋回降下姿勢へ切り替えた。

急激な荷重に軋む機体。

体に掛かる荷重のせいで、一瞬視界がぼやける。

ぐっと下半身に力をいれ、それに耐えた。

機体は右に切れ込みながら、機首を下へ向け、一気に加速を始めた

巧みに操縦桿を操り、機体の姿勢を整える。

「見えた!」

前方に、二つの煙幕!

この二つの煙幕を結ぶ線上に敵潜水艦がいる。

降下角30度!

95式射爆照準器を覗き込み、海面を睨んだ!

ふと、海面下を進む敵潜水艦が見えたような気がした。

実際は、見える筈などない。

しかし、艦爆隊隊長は、長年の経験と、パラオでの訓練の結果。イメージとして水面下の潜水艦を捉えたのである。

「待ってろよ、今そのどてっ腹にデカいのをお見舞いしてやる」

照準器に海面を捉え、

「よう~い」と投弾体勢を整えた、

「て~!!」と掛け声と共に航空爆雷を、投下した。

 

海面へ向け、一直線に突き進む新型航空爆雷

機体を引き起こしながら隊長は、

「頼む!当たってくれ!!」

大きく声に出した!

 

 

「本艦の周囲に着水音!! 複数!」

カ605潜は、いずもへの雷撃の為、回頭を終了し、距離を詰める為、静かに前進していた。

しかし、それもソナー員の叫び声で、事態は急変した。

「何処から!!」とカ級艦長が慌てて聞くと、

「ほぼ 直上です!! 数少なくとも5個です!」

「爆雷!!!」とカ級艦長が叫んだ!

直後、

「魚雷! 1番から6番まで、全弾発射して!!」とカ級艦長は魚雷発射員妖精へ叫んだ!

「えっ!」と驚く発射員妖精

副長が、

「艦長! まだ方位角が合っていません!」

「いいから、直ぐに撃ちだしなさい!」

直ぐに攻撃できるように、発射管には、注水済みで発射口も開口してあった。

「ええいぃ」と声を出しながら、発射操作をする担当妖精

少しの衝撃と共に、次々と打ち出される魚雷

米国製のMk.14のコピー品である。

「発射終了!!!」と担当員が叫ぶ!

カ級艦長は、即座に

「潜航!! 急いで!!」

 

艦内に「急速潜航!!」と声が掛かる!!!

艦尾にいた兵員妖精達が、一斉に艦首方向へ狭い通路を全力で前部魚雷室へ向け走った。

バルブ手が、ノーズタンクへ注水

潜舵手は、潜航舵を切った!

艦首が急激に下がり、艦が潜航姿勢になる!

「潜れ!!」と誰かが唸る

 

カ級は傾く発令所内で、

「大丈夫よ、日本軍の爆雷は深度100m以下だと動作が不安定になるわ。それに数も5発なら、躱せる」と自信をみせた。

 

彼女の判断は、ある意味では正しかった。

今までの日本軍の爆雷は、起爆深度調整が3段階しかなく最大で80m

という事はこれ以下に潜れば、起爆を避けられる

おまけに、爆雷は自然沈下、沈下途中に不意な回転運動が加わり、真っ直ぐ沈下しない上に、沈下速度も遅い。

全力で、潜航すれば躱す事も可能だ。

 

 

しかし、それは今までの日本軍の爆雷である

99艦爆隊が投弾したのは、パラオ工廠とあかしが共同で開発した航空機搭載型の航空爆雷である。

弾頭部分は流線形に整えられ、信管は磁気反応式であり、ごく狭い範囲であるが、尾翼部分が可動し、反応した物体方向へ舵を切ることができた。

今までの爆雷との最大の差は、炸薬量である。

95式爆雷が炸薬量100kgなのに対して、この新型航空爆雷は元々航空機用の25番爆弾を改良したもので、炸薬量は200kgを超えていた。

よって起爆時に敵潜水艦に与える破壊力も凄まじいものがあった。

 

投下された爆雷の磁気反応信管は、確実に海面下の敵潜水艦を捉えた

 

 

急速潜航するカ605潜の発令所内で、カ級艦長は静かに深度計を睨んでいた。

時折水圧で、フレームが軋む音が発令所内に響いた。

「まだよ! 早く潜って!」

傾く発令所内の床

手摺を掴み、じっと耐えた!

「深度80!」副長が叫んだ!

「もっと深く潜って!」

そう言った矢先、

こん棒で頭を叩かれた様な凄まじい衝撃が、艦内を襲った!

「ぐわ!!」と声にならない声が艦内に響く!

 

99艦爆隊隊長の放った最初の航空爆雷がカ605潜の前方で炸裂したのだ!

カ級艦長も体を放りだされ、壁面に体をぶつけた。

頭を打ったのか、視界が定まらない!

揺らぐ視界、副長が何かを叫んでいるが、鼓膜がおかしいのか、聞こえない。

艦長は頭を振り、よろめきながら立ちあがった!

震える体を起こし

「被害報告!」と声にするのが精いっぱいであった!

直ぐに、

「居住区、浸水!」

「機関室!! スクリューシャフトより浸水」と大声で通路越しに返事があった。

よろめきながらカ級艦長は、

「慌てないで! 応急修理!」と声を上げた瞬間、2回目の衝撃が艦内を襲った!

 

「ごおお!!!」

と誰かの声がした!

その時、艦内の電力が落ちた。

真っ暗闇に包まれる艦内

体が衝撃で、何かに叩きつけられた.

「ごあ!」と肺から息が吐き出される

左右、上下に大きく揺れ動く艦内。

電源も落ち、前後左右、いや上下すら判らない。

 

“パーン、パーン”

何かがはじけるような音が複数続いた。

直後、何処からか水飛沫が上がった!

全身ずぶ濡れになりながら、何かに掴まる

うっすらと、赤い非常灯が点灯した。

艦が大きく右に傾斜していた。

副長が、

「浸水止めろ!!」

バルブ手が、

「ブローバルブ、損傷!! 沈下が止まりません!!」

動ける兵員妖精が、直上のバルブを閉めようとしているが、上手く動かない!

カ級艦長は、薄れる意識の中で、

「なぜ? 何処から攻撃されたの?」

そう呟いた。

再び、凄まじい振動と轟音が、艦を襲った!

激しく揺れる艦内

轟音で、悲鳴や叫び声が、かき消された。

カ級605潜艦長が、最後に見た光景は、発令所の通路を怒涛の如く襲ってくる、海水の壁であった。

 

 

99艦爆隊隊長は、海面上に次々と上がる巨大な水柱を見ながら、

「やったか!!」

すると後席の機銃妖精は

「爆発の水柱 3本確認!」と声を上げた

「浮遊物は!!」

「まだありません!」

艦爆隊隊長は、無線で、

「鳳翔艦爆隊各機へ! 敵潜浮上に備え、機銃掃射用意。各機位置へ着け!」

上空で待機していた6番機も加わり、3機づつの分隊編成に編隊を組み、着弾点を見ながら右旋回をして、敵潜の浮上に備えた。

隊長は、じっと海面を注視した。

すると突然、無数の気泡と、おびただしい浮遊物、そして重油とおぼしき油膜が浮きがってきた。

 

「鳳翔艦爆1番、いずもスワロー02。敵潜の圧壊音を確認。撃沈だ!」

急に無線でそう告げられた

「隊長!! やりましたよ!!」

後席の機銃妖精が叫んだ!

艦爆隊隊長は、操縦席で、海面に漂う無数の浮遊物を見ながら

「悪く思わんでくれ」と呟き、そして、

「いずも02、鳳翔艦爆1番、了解。いずもへ帰還する」と無線でいうと、

「鳳翔艦爆1番、そのまま高度1000mで待機せよ」

「おっ、どうした?」と隊長が聞くと、いずもスワロー02号のTACCOは、

「済まん、いずもは今取り込み中だ」

「取り込み中?」

艦爆隊隊長は、

「一体どうした?」

そう思った。

 

 

話は、ほんの少し遡る。

 

いずもCICで、艦長席に座り、じっと戦況モニターを睨むいずも。

その横の群司令官席で、いつもと表情を変えず、戦況を見守る自衛隊司令

そして、いずもの後方のオブザーバー席に座る鳳翔

鳳翔は、そっと艦長席に座るいずもへ、

「いずもさん、警告に従ってくるでしょうか」

するといずもは、

「鳳翔さん。ここで取れる選択肢は二つしかありません。攻撃かそれとも撤退かです」

横に座る司令が

「お前はどっちだと思う?」

いずもは、冷静に、

「仕掛けてくるわよ」

「えっ、自分が攻撃されているのにですか?」と鳳翔が驚いた。

いずもは、

「だからこそです」といいながら、モニターを指さし、

「このカ級の艦長は、不用意に潜望鏡を上げたり、レーダー照射をしたりと注意力がありません。多分自分が有利だと判断しているのでしょう。その証拠に警告爆雷投下後も本艦を狙う射線へ向っています」

いずもは、そっと誰にも聞こえないように、

「これが彼女なら、絶対に退くわね。いえ、元々仕掛けてこないわ」と呟いた。

 

しかし、その時

「はるなスワロー! 高速推進音探知! 数6!!」と攻撃士官妖精が答え、別の妖精士官が

「はるなより、雷撃警報! 魚雷6本! 本船へ向う! データ表示します!!」

正面右のモニタ―が雷跡情報を表示した。

そこには、はるな艦載機並びに護衛艦はるなが捉えた、魚雷のソナーエコーが表示されていた。

C4I担当士官が、護衛艦はるなから送信されて来た情報を、モニタ―に表示しながら続けて、

「雷跡6本! うち3本は軸線後方外れます! 本艦の進路上には3線、左舷7時方向、接触まで およそ3分!」

「追いかけてくるってことね」といずもは、冷静に答えた。

司令は表情一つ変えずに、椅子に座り直すと、一言

「いずも、頼む」と静かに言い放った。

「任せて」といずもは言うと、

「艦内警報! 雷撃回避運動!」と声を上げ、

「さあ皆! ダンスの時間よ!」

発令員が、コンソール上の雷撃警報のボタンを押した!

艦内に鳴り響く、雷撃警報の電子音!

艦内を映す複数のモニタ―に、一斉に動き出す、隊員妖精達の姿が映る。

既に、通路隔壁は閉鎖され、防水シャッター等も降ろされていた。

CICでも、座席に座る士官妖精達が、シートベルトを一斉に締め始めた

いずもは、鳳翔へ向い

「鳳翔さんもベルト締めてください」

「ベルトですか?」と鳳翔が聞くと、

「揺れますよ」といずもは返した。

そう言われ、鳳翔はオブザーバー席のシートベルトを締めた。

 

その頃、飛行甲板も大慌てであった。

幸い、発艦中の航空機はなかったが、鳳翔艦爆隊の受け入れ準備の真っ最中であった。

突如、甲板上に鳴り響く雷撃警報!!

「雷撃警報!!! 甲板要員は直ちに係留処置ならびに退避せよ!!」

艦外スピーカーが大音量で、警告を鳴らした!

それを聞いたいずもの甲板要員は大声で、

「急げ!」といい、一斉に動き出した。

甲板上で動いていた牽引車が急停車したと思えば、運転手の妖精隊員が飛び降り、後部の工具箱から数本のラッシングベルトを取り出した。

牽引車に駆け寄る数名の隊員妖精が手分けして、牽引車を甲板上の係留口へ固定した。

駐機場に待機していたF-35の周りでも、係留用のチェーンを足早に再確認して回る列線整備妖精達。

訳が分からず立ち尽くす鳳翔の甲板要員達にいずもの自衛隊妖精が大声で手招きしながら、

「急いで艦内に入れ! 雷撃されているぞ!!」

「魚雷か!」と慌てて艦内へ急ぐ鳳翔の兵員妖精達。

キャットウォークや艦橋横の出入り口へ一斉に退避する隊員妖精達

ほんの1分も経たないうちに甲板上は綺麗にだれも居なくなった

防水ドアが閉められ、人っ子一人居ない甲板

 

いずもCICに響く声!

「雷跡3線、進路、雷速変わらず! 本艦左舷7時から8時方向、進路塞がれました!」

護衛艦はるなより送信されて来た情報を読み上げる担当士官!

続けざまに、別の要員が、

「接触まで 2分!!」と声を上げたが、CICの中は冷静であった。

鳳翔はそっと、いずもへ

「いずもさん、大丈夫ですか?」と声を掛けた

いずもは、笑みを浮かべながら振り返り、

「余裕です」と答えた。

そして、

「こんごうの様に、はじき返す事はできませんけど、跳ね飛ばす位は私にもできますよ」

「えっ?」と驚く鳳翔

いずもは、CICの艦外モニターを見ながら、

「甲板要員の退避は終わったようね」といい、インカム越しに

「艦橋、CIC」

「はい、艦橋。副長です」と落ちついた声で返事が来た。

「操艦貰うわよ」

「準備OKです、ユーハブ」

「アイハブ!」といずもは返すと、大きく呼吸を整え、静かに

「エンゲージ!」と囁いた

 

いずもの左腕のブレスレットが、眩い光を放ち、その蓄積された霊力を解放した!

船体が青白く光輝き、幾重にも文様が走り、いずも独特のイデア・クレストを浮かび上がらせた。

 

いずもを取り巻く光が、静かに収まった。

そこには、普段は黒髪をまとういずもではなく、純白の髪をまとう、もう一人の彼女の姿があった。

 

「両舷前進、第五戦速」

いずもが、そう語ると、艦は急速に勢いを増した。

 

「凄い!」

鳳翔は、腹の底から唸った

背中越しに、いずもを見ながら、

“8万トン級の超大型空母を、艦魂石と同調して“艦霊力”だけで自在に操船している!“と心底驚嘆し、

「やはり、“姫級”の力は凄いですね」と実感していた。

 

護衛艦いずもや新こんごう型では、米国の最新鋭イージス艦で採用されたSMC(ship's mission center)の採用は見送られた。

理由はいくつかある。

システムそのものが複雑である事。

一極集中化は効率的な運用が可能であるか、戦闘被弾時などのリスク分散が出来ない事。

など、色々とあったが、最大の理由は

“艦娘艦では不要な事”であった。

そう、艦娘自体が動くSMCである。

彼女達自身が、艦霊石(コアシステム)と同調すれば、操船から戦闘指揮まで、自身で行う事もできる。

まあ、それに伴うリスクとして精神力の消費は莫大であるが、自衛隊としては、複雑多岐なシステムを導入するよりは、日本海海戦より脈々と受け継がれた実績のある“艦娘”を採用したほうが安全であったのである。

 

艦娘いずもの意識の下、急加速する護衛艦いずも

日本の最先端技術 超伝導技術を採用した大型超伝導モーターを搭載した4基のアジマスラスターが、海面下で力強く海水を切る!

一気に速力を上げる護衛艦いずも

 

「うっ!」

鳳翔は、急な加速で、体を座席に押し付けられて、少し戸惑った。

“零戦に乗っている時は、時折こんな加速感を感じる事はあるわ、でも船でこんな加速を体験するなんて!”

鳳翔は、そっと視線をいずもの隣の群司令官席に座る自衛隊司令に向けた。

じっと、座席に座り、ひじ掛けに手を置きながら、表情一つ変えない自衛隊司令を見て

“落ち着いていますね、いずもさんの操艦を信頼されているという事でしょうね”と思いながら、

“パラオ泊地の提督さんも、いつも由良さんの指揮官席でじっとしていますが、そう言う所は指揮官として似ているのでしょうか”と思った時、似ているという言葉が気になった。

しかし、鳳翔の思考はそこで、別の声にかき消された。

 

じっと雷跡の解析画面を見ていたいずも

刻々と迫る3本の魚雷

雷速40ノット近い。

此方は30ノットを超えたが、振り切る事はできない。

と言うより、いずもはじっとある時を待っていた。

後方に迫る3本の魚雷

もう目前まで来たと思った瞬間、いずもは

「砲雷長! 面舵!」

砲雷長は、艦内放送で、

「総員! おもか~じ!!」と叫んだ、

その瞬間、艦が大きく左へ傾いた。

艦はゆっくりと30度近い傾斜角になった。

CICにいた要員は、大きく傾く艦の傾斜に耐えるように座席にしがみついていた。

「おおっと!」

コンソール上のマニュアルが、傾斜で落ちそうになったのを慌てて手で押さえるCIC要員妖精。

鳳翔も、座席で傾く傾斜に耐えていた。

前方のモニターに、上空で待機していたSH-60Kより撮影された護衛艦いずもの映像が流れた。

大きく左へ傾斜しながら、右へ舵を切る護衛艦いずも

艦尾が、大きく左へ流れ、艦首が急速に右へ切り込み、舳先が波を切り分けていた。

ほぼ90度近い右回頭をした直後、いずもは再び

「砲雷長! 次取舵!!」といずもが叫ぶ、

「はい!」と砲雷長は返事をすると、艦内放送で再び

「総員、とりか~じ!! 切りかえすぞ!」と声を張り上げた!

いずもは霊力を使い、艦を今度は左へ切り替えした。

艦尾のアジマスラスターか根本から回転し、逆方向に推進を切り替える

左へ傾いていた船体は、ゆっくりと傾斜を戻し今度は右へ大きく傾き始めた。

それと同時に艦首は左へ切れ込み、艦尾が右へ大きく流れた。

上空から見ると、まるで、急激なスラローム走行をしているようである。

 

護衛艦いずもは、30ノット近い速度を出しながら、ごく短時間のうちに、左右に船体をくねらせ、大きなS字の航跡を海上に描きだした。

 

その航跡に、いずもを狙って放たれた3本の魚雷が猛進して来た!

8万トン近い排水量が生み出す巨大な航跡に突入する3本の魚雷

 

最初の1本と2本目は、いずもによってかき乱された水流により、もみくちゃにされながら、あらぬ方向へ進路を変えた。

最後の1本は、航跡に突っ込んだ瞬間に、信管が誤作動し、大きな水柱をいずもの後方で立ち昇らせた!

 

護衛艦いずもは、進路を静かに戻すと、姿勢を回復させた。

「ソナー! 後続は?」

するとソナー妖精は、

「はい、探知音ありません。 全弾躱しました」

いずもは、それ聞くと

「砲雷長、警報解除」といい、

「艦橋、CIC」

「はい、艦橋。副長です」

いずもは、インカム越しに、

「ダンスは終わりよ」と短く言った。

すると副長は

「今回はおとなしかったですな」

いずもは、

「たった3本の魚雷じゃね。 倍の数でもあればもう少し踊れたけど」

副長は、あきれ声で、

「艦長、ほどほどにして頂かないと、艦が持ちませんよ」といい、続けて

「操艦、艦橋でお預かりします」

「お願い、進路戻して」

「はい」と副長は返事した。

 

いずもは、深く息をして、霊力を収束させた。

先程まで、白く輝いていた髪は、いつもの漆黒のつやのある黒髪へと戻っていた。

いつものいずもの姿であった。

 

横に座る司令が、一言

「ご苦労だった」と告げると、

「ええ!! それだけ?」と司令を睨む不満顔のいずも。

司令は、

「無誘導の魚雷3本だ、お前ならお手の物だろう」

「だったら、もう少し派手に踊った方が良かった?」

すると、司令は苦虫を嚙み潰したような顔をして、

「その内、横転するぞ」と言い放った。

 

鳳翔が、後の席から、

「いずもさん。流石ですね。この艦を自在に霊力で操艦できるなんて、感動しました」

すると、いずもは振り返って

「ありがとうございます。でも、この手の事ならやはりこんごうが一枚上手ですね」

「こんごうさんですか?」と鳳翔が聞くと、

「ええ、彼女の霊力は、私をはるかに上回ります。ひえい達は各々各分野に特化して強化されましたが、こんごうは全ての分野で他の3人と同等の能力をもつ万能娘です」

鳳翔が、

「あの光の障壁もですか?」

「光の障壁、クラインフィールドといいますが、実戦に耐えるのはこんごうただ一人です。私も少し使えますが、あくまで使えるという程度です、他の子達は具現化するのが精一杯です」

「それほどまで」と驚く鳳翔

 

司令は、いずもと鳳翔の会話を聞きながら、じっと前方壁面の戦況モニターを睨んだ。

二人に聞こえない様に

「最初の一匹は潰した、さあ残りの一匹はどうでる?」

そう言うと、再び、こんごうのサイドスキャンソナーが捉えた不自然な隆起のある一点をじっと睨んだ。

 

その睨まれた先にいるカ610潜は、じっと海底で息を殺していた。

発令所内のソナー員の横で、艦長は、

「状況は?」と小声で聞くと、

「距離は解りませんが、方位は本艦の南方です。爆発音が複数と大きな圧壊音が一つ」

「最初の爆発音は、爆雷?」と聞くと、ソナー員は

「だと思いますが、今までの日本軍の爆雷より音質が違いました。ここまではっきりと聞こえるという事は、それなりの威力があると思います」

艦長はソナー員の肩を叩いて

「少し長丁場になるけど、もう少し頑張って」

「ありがとうございます。」

艦長は狭い発令所内を通り、チャートデスクの前で待つ副長の所まできた。

副長は、艦長へ向い、

「やはり、先程の爆発音は」

「ええ、605がやられたみたいね」といい、

「爆雷とおぼしき爆発音と、船体の圧壊音を確認したわ」

と、チャートを見ながら、

「別の船に攻撃されたみたいね」

「では、我々の接触した艦ではなく、後方に別の本体がいる可能が?」

「あるわね、私達の見たあの小さな艦影は前方警戒で、後方に別の艦がいる」

副長は、

「やっかいですね。このままここで張り付くとしても、動きがとれません」

艦長は、

「もう少し北へ動きましょう」

すると副長が、

「しかし、それでは本来の哨戒線より外れますが」

カ級艦長は、少し考え、

「どうも、嫌な予感しかしないわ」

「嫌な予感ですか?」と副長が聞くと

「いい、前回のパラオ封鎖作戦、並びに侵攻作戦において前衛部隊の通商破壊部隊は、北のeliteを除いて全艦未帰還となった」

「はい、総数10隻になります」

「マーシャルの司令部では、口を閉ざしているけどそれ以外にも侵攻部隊はほぼ壊滅状態という事だったわ」

「自分も噂でききました。大和クラスの新造艦がいるとか、特殊な装備をもった重巡がいるとか」そう副長がいうと、

「あくまで噂です。戦場にはつきものですが」

「いい、根拠のない噂はないわ。実際味方の潜水艦部隊は全滅している」と艦長は副長を睨んだ。

カ級艦長は続けて、

「この一か月程の間に、何らかの方法で日本海軍の対潜能力が大幅に向上したという事だわ。それに今回はどうも向こうも網を張っているかもしれない」

「網ですか?」と副長が聞くと、

チャートを指でなぞり、

「日本軍は、2ヶ月ほど前から、ここマジュロへの物資輸送を駆逐艦で細々と行って来たわ」

そう言いながらマジュロ島を指さした。

「はい」と頷く副長

「でも、最近は此方の哨戒網の強化と合わせて手前の中間海域で引き返す事が多い」

「はい、司令部でも此方の防衛線の強化の勝利であるとの判断です」

カ級は、副長を見て、

「本当に?」と問いただした。

「と、言いますと?」

カ級艦長は、

「前回、白露タイプの2隻が近づいた時に感じたの、撤退の判断が早すぎるって。もしかしたら日本海軍はこちらの配置状況を探ろうとしているのかも」

「我々のウルフパックをですか?」

「ええ、こちらの全容を掴んだ上で、パラオから強力な対潜部隊を呼び寄せ、道掃除をさせようとしている。そう考えると何となく辻褄が合うわ」

副長は、少し考え

「その考え、自分も同感ですが、司令部が信じますか?」

「どうだか」とカ級艦長も不安な顔をしたが、

「どちらにせよ、この忠告は、事実みたいね」と言い、以前北のカ級eliteが寄越した電文を手に取った。

そして、

「此方が、レーダー技術で有利な時代が、終わりを告げているのかもしれない」

深く頷く副長

「副長、酸素は?」

「はい、二酸化炭素の濃度はまだ規定値内ですので、このまま待機なら夜まで十分かと」

「バッテリーはまだ大丈夫ね」

「それも問題ありません」と返事をする副長

「では、日没後。周囲を警戒しながら、浮上して、艦内換気とバッテリーの充電をしながら、この海域から離脱。北部区域へ移動します」

「アイ」と答える副長

「司令部にはなんと?」と副長が聞くと、

「事実だけを伝えます。爆雷音並びに圧壊音を確認と」

「はい、艦長。では浮上時に電文を送信しておきます。」

「手短にね、ここは既に敵の制圧海域という事を忘れないように」

「はい」

メモを取る副長の横で、カ610号潜の艦長は、どんよりと湿った空気の中、今まで経験した事のない焦燥感に取らわれていた。

 

 

そして、ここトラック泊地でも、一人の艦娘が、焦燥感とは別の自己嫌悪に落ち込んでいた。

「やってしまいました」

そう呟く事、既に数十回

艦娘 不知火は完全に落ち込んでいた。

自艦の艦橋横の見張り所で、手摺に寄りかかりながら、じっと遠方を湾外へ向け航行を始めた、駆逐艦3隻と軽空母の艦隊を見ていた。

来た時と同じく、駆逐艦長波が先頭を切り、次艦に陽炎、旗艦の瑞鳳 最後に防空駆逐艦の秋月が単縦陣で並び、湾の東よりの航路へ向け航行を開始していた。

 

不知火は結局、陽炎と話す事が出来なかった。

午後の神通を交えた艦隊運動訓練は熾烈で、普段の2割増しの科目でびっちり日没まで続き、へとへとになりながら、帰港。

夏島近くの駆逐艦錨地内に投錨し、その日は艦内泊

教練の反省書と、明日の教練の編成確認をするうちに深夜となり、寝込んでしまった。

翌日 朝早く、春島錨地に停泊中の陽炎に面会しようと思い、司令部へ内火艇をお願いしたら、司令部から、

「春島錨地内は、現在機密保持区画です。不要不急の錨地内の立ち入りは制限されています」と返事がきた。

不知火は、内心

“きっとあのお局眼鏡の仕業か”と唸った。

今、春島錨地は最新鋭艦の大和、改修された三笠がある。

ある意味機密の宝庫だ。

この手の検閲は、あのお局眼鏡の範疇。

なんとか、春島錨地へ行く方法はないかと思ったが、急に司令部より、

「パラオ艦隊の出港時間が繰り上がりました」と連絡があった。

結局程なくして、陽炎達パラオ艦隊は、春島錨地を離れてしまった。

遠ざかるパラオ艦隊を見ながら、不知火は、

「結局、陽炎とはお話できませんでしたが、そもそも今回の件は、陽炎が不知火にちゃんと挨拶に来ないのがいけないのであって、不知火に落ち度はありません!」

とキッパリと言い切った。

遠ざかる駆逐艦陽炎を見ながら、

「マ号作戦が終わったら、ちゃんとお話して、トラック泊地へ来てもらいます」

そう言いながら、

「まずは、作戦です」といい、意識を切り替えた。

 

 

「へっ、へくしゅん!」

なんとも声にならない音が、艦橋に響いた。

「艦長、今度は何方が噂しているのでしょうな」と副長が聞くと、

陽炎は、

「どうせ、不知火か黒潮辺りじゃないの」と言いながら、

「全く、とんだトラック入港だったわよ」

副長は、笑いながら

「聞きましたよ、艦娘食堂で一触即発状態だったらしいですな」

陽炎は艦長席で、座席に付属した小型モニターを見ながら、

「ほんと、不知火には困った。もう自分が二水戦の駆逐艦嚮導ってわかってやってるから質が悪いわ」

「まあ、仕方ありませんな、それがあの方の性格ですから」

「ブレーキ役の黒潮が気の毒よ」

副長が、

「では、また二水戦へ戻りますか?」と聞かれたが、陽炎は、モニターを操作しながら、

「それはないわ。私は長波やそれに続く子達を育てていく義務があるの。仲良し姉妹で艦隊を組んでいる時間はないわ」

とはっきりと言った。

「ですな」と副長も答えた。

副長は、話題を変え

「やはり、いずもさん達に食らいつきましたな」

「ええ、パラオで作戦会議した時にも聞いたけど、奴らの哨戒線は予想以上に西よりだった」

「先程、連絡のあった撃沈艦は、先行偵察艦でしょうか?」と副長が聞くと、

「そこは、よく解んないけど、どのみちこれから行く先には、うようよいるわよ」

すると副長は、

「陽炎艦長。新型爆雷投射機の出番ですね」

「ええ、今まで散々トラックの子達を追い回してくれたつけは、三倍返しで返してあげる」

陽炎は、不敵な笑みを浮かべながら、じっと前方を進む、駆逐艦長波を見た。

その艦尾には、以前あった九四式爆雷投射機と三型装填台が廃止され、2基の新型爆雷投射機が装備されていた。

かつて、独逸潜水艦部隊を苦しめた、あの対潜迫撃砲の改良型である。

「見てなさい。」とぐっと拳を握った。

 

 

三笠は、出港するパラオ艦隊を、自艦の露天艦橋で見送っていた。

頭上のマストには、パラオ艦隊へ向け、UWの信号旗が掲げられていた。

瑞鳳には、返信のUW1が掲揚されていた。

去りゆく瑞鳳率いるパラオ艦隊を、双眼鏡越しに見送っていたが、不意に後方から

「艦長、山本長官がお見えになりました」と声をかけられた。

双眼鏡を降ろし、振り返ると三笠副長である。

「副長、他の者は?」

「はい、ご一緒でございます」

「うむ」と返事をしながら、三笠は、

「皆、無事で」と言葉を切り、副長へ向き

「では、参ろう」と二人揃って、露天艦橋のラッタルを降り始めた。

露天艦橋に、三笠の靴音が響く、

 

その足音は未来へと続く足音なのか、それとも破滅への序曲なのか

まだ、この時は誰も分からなかった。

 

 

 





こんにちは。
スカルルーキーです

分岐点 こんごうの物語を読んで頂きありがとうございます。
毎日アクセス履歴をみていますが、深夜まで多くの方にアクセス頂き、感謝しております。
今後もとも、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、話しは変わりますが、仕事場の直ぐ横を高速道路が走っているのですが、先日聞き慣れない音がするなと思いふと高速道路をみると、96式装輪装甲車の車列が走っていました。
開口一番

「はや!!」

いや、予想以上に速いです。高速を全然平気で走ってました。
ちょっとうるさいけど。

では




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