分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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青く澄み渡る海を切り裂き、進む海神の巫女達。
時折、海鳥が周囲を飛び交い、その鳴き声を響かせていた。



48 マーシャル諸島解放作戦 前哨戦2

 

パラオ沖合で、護衛艦いずもはパラオ、自衛隊艦隊の最後尾へついた。

各艦、安全な距離を保っているので、先頭の長波から最後尾のいずもまで、数km近い距離があった。

時折、長波が進路を小刻みに変える。

その度に単縦陣で進む両艦隊は、まるで一本の紐の様に、見事な隊列を見せ、海原を進んだ。

 

パラオから十分距離を取った頃、護衛艦いずもの操舵艦橋で指揮を執るいずもへ、パラオ艦隊旗艦の瑞鳳から艦隊コミュニケーションシステムを通じて、

「いずもさん。瑞鳳です」と呼び出しがあった。

「はい、瑞鳳さん」と艦長席に座るいずもは、据え付けのモニター画面越しに答えた。

 

「パラオ泊地より、だいぶ離れました。そろそろ対空、対潜警戒陣形へ移行したいと思いますが」

すると、いずもは、

「そうね。鳳翔さん達が来る前に、陣形を整えておきましょう」そういうと、

「こんごう達を配置へ着かせますね」

「よろしくお願いいたします」と一礼して、通信が切れた。

 

いずもは、こんごう達を順次、コミュニケーションシステム上へ呼び出した。

画面上に映し出された、こんごう達へ向い、

「こんごう、防空、対潜輪形陣へ移行します。各艦は速やかに所定の位置へ着きなさい」

「はい、副司令!」とこんごう達が一斉に返事をすると、

いずもは、

「こんごうの操船指揮は、すずや補佐ね。艦の性能に振り回されないように注意しなさい」

「はい、副司令」と凛と答えるすずや

 

パラオ艦隊の後方を単縦陣で航行するこんごうとひえいは、防空ピケット艦として対空輪形陣の一番外側へと向かう為、こんごうは右翼、ひえいは左翼へと展開を始めた。

護衛艦こんごうの艦橋で、すずやは先方に設置されたモニターを確認しながら、こんごうへ向かい、

「こんごう艦長、対空警戒陣形へ移行する為、本艦は、艦隊右翼へ展開します!」

「はい、許可します」とこんごうが言うと、

すずやは、

「左右、ウオッチ! 周囲航行艦は?」

すると、左右の見張り員が、

「ありません!」と答えた。

すずやが、つい昔の癖で、即次の指示を出そうとした瞬間、こんごうは

「それでは、ダメよ!」と注意した。

 

こんごうは艦長席から立ちながら、艦橋から周囲を確認した。

「時間に余裕がある場合は、見張り員だけでなく、自分も目視で確認しなさい! 特に今回の様に複数の艦が同時に動こうとする場合は尚更です」

 

「はい、注意します」とすずやも、再び確認する。

「よし!」と言いながら、すずやは、

「面舵10、両舷前進強速! 瑞鳳の右舷を抜け右翼へ展開します!」

即、操舵手妖精は

「面舵10 両舷前進きょうそーーーく!」と復唱し、

速力をコントロールするスロットレバーを一段押し上げた。

同時に、操舵輪を右に少し切り、船首を右へ回した。

こんごうは、電動推進機構を採用しているので、加速はスムースだ。

 

新こんごう型は、公開データでは、COGLAG方式(ガスタービンエレクトリック・ガスタービン複合推進方式)を採用しているという事になっているが、詳しく言えば、潜水待機機能を有する為、大型のリチウムイオン電池を搭載し、それを併用している。

低速航行時などの低出力時は、電池に蓄積された電力を使い、速力が上がり、電池の能力を超えそうになった場合は、ガスタービンから電力を供給する。

いわばハイブリッド型である。

艦橋についている機関テレグラフ(スロットレバー)は、主機の出力調整ではなく、艦の速力調整用である。

操舵手は号令された船速にレバーを合わせれば、自動でその速力まで加速してくれる。

むろん微調整の赤黒も指示できる。

この電動推進は、もう一つの利点があった。

それは、緊急出港時、主機を始動しなくても、蓄電池内の電力を使って、出港できる。

いくらガスタービンとはいえ、始動後即、機関出力を上げて良い訳ではない。

そう、上手くすれば音を立てずに、そっと出港する事も可能だ。

既にこんごうは、それを実証してみせた。

 

操舵手妖精は、しっかりと小ぶりな操舵輪を保持し、舵を面舵へと切った。

護衛艦だけでなく、現行艦の殆どの操舵輪は、驚くほど小さい。

大和や金剛などは、テレモーター方式という水圧機械駆動式の操舵機構を有する為、それなりに操舵輪も大きい。

しかし護衛艦ともなると、まるで軽自動車のハンドル並みの大きさで、始めてみる一般の人などは、“あんな小さくて大丈夫”と思ってしまう。

新こんごう型では、操舵信号系に戦闘機と同じようにフライ・バイ・ワイヤーを進化させたフライ・バイ・ライトという、光信号ケーブル方式を採用している。

この方式の利点は、信号系に電磁波の影響を受けにくく、電磁パルス攻撃(EMP)に対応できる。

無論、ダメージがあった場合はバックアップの別系統の操舵システムもあり、人力操舵も可能だ。

そして、最後は、艦娘自身が艦霊石と同調して、自身の霊力で艦をコントロールする事もできる。

海上自衛隊、いや日本という国家が、莫大な費用と時間を投じて“艦娘”を存続させさてきたのは、最後の最後まで戦う事のできる艦、国民を守る事の出来る艦であるからである。

 

舵を右へ切った事で、船体はほんの少し左へ傾くが、その動きに反して、揺れは驚くほど少ない、船体底部に設置された、格納式フィンスタビライザーが、船体の揺れを抑えている。

このスタビライザーは、揺れを抑えるだけでなく、高速航行時は舵としても動き、潜航時は、潜舵翼としても、機能する。

その為、他の艦に比較してやや大振りで、それを見たある自衛官は

「まるで、空でも飛ぶつもりか?」とぼやいたそうである。

 

隊列を離れ、大きく進路を変えるこんごう。

こんごうが動いたのと同時に、ひえいの艦体も取り舵を切り。左翼へ展開を始めた。

こんごうとすずやは左舷見張り所へ出て、離れゆくパラオ泊地艦隊と、その後方に陣取る護衛艦いずもをみた。

殿ははるなであるが、此方は減速し、艦隊から距離を置きだした。

「こんごう艦長。しかし、20km以上はなれる防空輪形陣って、余り実感が湧きませんね」とすずやが言うと、

「でも、私達の時代は、これが常識よ。お互いの艦が数百メートルまで近づくなんて、観閲式とか、広報用の写真撮影位で、殆ど単艦で行動するのよ」

すると、すずやは、

「こう、仲間が見えないって少し不安になりません?」

「まあ、確かにそうだけどね。私達の時代、対艦攻撃は音速のミサイルの時代ですからね、固まっているよりは、分散して、索敵範囲を広げ、より早くより遠くで発見し、ネットワークを使い、共同で撃破する。輪形陣その物の規模が大きくなったと思えばいいわ」

「そうですね」とすずやは言うと、右耳に装着したインカムを操作して、

「CIC、艦橋! 砲雷長!」とCICの主を呼び出した。

「はい、すずや補佐!」と即インカムへ砲雷長から返事があった。

「本艦は、対空、対潜輪形陣へ移行中です、各艦とのC4Iの確認と、いずも艦載機とのデータリンクを確認。対空、対潜警戒を厳としてください」と手短に支持した。

すると、砲雷長は、

「はい、すずや補佐。自衛隊艦隊とのC4I並びパラオ泊地艦隊との艦娘コミュニケーションシステムともに接続確認済みです。上空監視のE-2Jよりのデータリンクも問題ありません」

「よろしくお願いします」といい、続けて、横に立つ航海長へ、

「曳航ソナーの投入用意は?」

「はい、すずや補佐。既に完了しています。定位置につき次第、投入します」

「作業員には、安全の徹底を」と指示しながら、再びインカムのダイヤルを操作して、今度はソナー室を呼び出した。

「ソナー長! すずやです」と少し声を潜めていった。

「はい」とソナー室長は返事をしたが、

「すずや補佐、普通に話していただいて結構ですよ」

「いや、だって大きな声だと邪魔かなって」

「大丈夫ですよ。ソナー妖精はみなノイズキャンセリング付きのヘッドホンを装備していますから。で、ご用件は?」

するとすずやは、

「曳航ソナー投入まで、もう少し時間がかかるみたいだけど、バウソナーとサイドスキャンソナーは?」

「はい、問題ありません」

すると、すずやは、

「これから、長丁場になるけど、ソナー妖精さん達の健康管理に留意してください」

「はい」

すずやは、その返事を聞くと、再びインカムのダイヤルを操作して、次は

「すずやです、飛行科班長いる?」と、後部艦橋の飛行科を呼び出した。

即、飛行科班長がインカムに出た!

「すずや補佐! 発令ですか!」と慌てて、

「何時でも飛べます。飛んでみせます!」

すずやと、モニターしていたこんごうは、一瞬吹き出しそうになりながら、

「飛行班長、まだよ。そちらの状態は?」

「は?」と期待外れの声をだしながら飛行班長は、

「何時でも行けます」

すると、すずやは、

「整備のホワイトロックにも宜しく伝えて」

「はい、今は、すずやさんのMCH-101の受け入れ準備中です」

「よろしくお願いします。」といい、インカムを切るすずや

 

次々と各所へ指示を出す、すずやを見ながらこんごうは、

「すずやさんの航空隊も、今回が初出動ね」

「はい、艦の方は間に合いませんでしたが、艦載機はなんとか、この作戦で運用試験ができて良かったです」

「マジュロの掃海業務、期待しているわよ」

「はい。今はいずもで待機していますけど、すずやのマーリン。活躍できるといいですけど」

「まあ、最初から期待しすぎるのも問題だけど。すずやさんの航空隊はいずもから選抜されたメンバーですから大丈夫よ」とこんごうは笑顔で答えた。

 

こんごう達、自衛隊艦隊が配置に着こうとしている時、パラオ泊地艦隊も防空輪形陣へ移行を開始した。

 

「提督、自衛隊艦隊の再編。始まりました」

「では、こちらも準備でき次第、艦隊陣形を防空輪形陣へ移行させよ」と泊地提督が言うと、瑞鳳は

「はい!」と小気味よい返事をしながら、

「さて、日頃の教練の成果を見せる時です」といい、艦長席へ座り直しながら、座席に付属する小型モニターを起動し、陽炎達を呼び出した。

4面分割された画面に、陽炎、長波、殿の秋月、そして自衛隊艦隊旗艦のいずもが映し出された。

瑞鳳は、画面上のいずもへ向い、

「いずもさん、パラオ艦隊も、防空輪形陣へ移行します」

するといずもは、

「はい、こちらは移行完了後、瑞鳳さんの後方へ付きます」

瑞鳳は、

「パラオ艦隊は、速やかに、防空輪形陣へ移行!」と凛と命じた。

「はい! 旗艦!」と長波達が答える。

 

最初に動いたのは長波と陽炎である。

長波は右翼へ、陽炎は左翼へ展開し、瑞鳳と並ぶように移行して航行を始めた。

綺麗に流れる様に左右へ展開する長波に陽炎。

長波、陽炎から操艦信号旗が即上がり、発光信号で各艦の操船状態を旗艦の瑞鳳へ知らせる。

信号手妖精がそれを即読み取り、

「長波! 面舵10! 本艦の右舷へ向け移動中!」

続けざまに。

「陽炎! 取舵舵10! 本艦の左舷へ向け移動中!」

瑞鳳は、その報告を聞きながら、艦長席に設置されたモニター画面に表示された運航情報にも目を通した。

そこには、長波、陽炎のレーダー解析情報がベクトル表示され、未来位置が表示されていた。

「うん、よし」と動きを確かめる瑞鳳

 

瑞鳳は、進路と速度を維持したままである。

右舷見張り員が、

「長波、本艦と同航進路にはいりました!」

同時に左舷見張り員も

「陽炎、同じく同航進路にはいりました!」

長波と陽炎は、まるで瑞鳳の楯となるように両サイド綺麗に並んだ。

間隔は500m前後で、離れすぎず近すぎずの距離である。

その動きをじっと、艦橋内部左側に設置された真新しい司令官席で見る泊地提督。

 

次に動きを見せたのは秋月

瑞鳳の後方から、加速し、左舷、陽炎と瑞鳳の間をすり抜ける進路を取った

左舷見張り員が

「後方より、秋月 接近! 本艦の左舷を航過します!」

瑞鳳は席を立ち、艦橋内部から、左舷方向を見ると、鋭い加速を見せ、黒煙を引きながら瑞鳳を追い抜き、艦隊の前衛にでようとする秋月が見えた。

秋月の鋭い艦首が、白波を立て、海面を切り裂き突き進む!

それを双眼鏡で、追う瑞鳳に泊地提督

 

「流石に、軽巡に匹敵する船体を持つだけあるな」

提督が唸ると、瑞鳳は

「そうですね、ただ駆逐艦としての取り回しなら、長波ちゃんが一番だと思います」

すると提督は

「ほう、意外だな。陽炎じゃないのか?」

すると瑞鳳は、

「陽炎ちゃんもいいですが、その改良型の夕雲型は、色んな部分で改良されました。それに」

瑞鳳は、じっと長波を見て

「彼女は、この一か月。努力しました。連日、連夜。陽炎ちゃんやこんごうさん達の元で」

 

瑞鳳は知っていた。

長波が、昼間の教練だけでなく、夜遅くまで、こんごうさん達から借りだした資料に目を通していた事を。

分からない事は、直ぐにこんごう達の下へ走り、あれやこれやと聞いていた事も。

まるで、乾いた土が水を吸い込むように、彼女は知識を学び、陽炎との教練で、それを実践してきた。

 

「そうだな」と頷く泊地提督そして、

「今では、まるで別人だ、あの陽炎と並んでも遜色ない」

提督は

「いや、長波だけじゃない、睦月や皐月、そして秋月、皆見違えるほどよくなった」

「はい」と答える瑞鳳。

提督は

「君もだ、瑞鳳」

「えっ、瑞鳳ですか?」

「そうだ、君も鳳翔の指導の元。旗艦として十分な指揮ができる所まで育った」

「はい」と力強く答える瑞鳳

「あとは、実戦あるのみだ、期待しているぞ」

すると瑞鳳は、

「由良さんほど、上手く出来ないかもしれませんが、瑞鳳頑張ります」

「よろしくたのむぞ」と提督はしっかりと瑞鳳を見た。

 

提督達がそう会話を交わすうちに、秋月は、瑞鳳を追い抜き、輪形陣の先頭へ躍り出た!

 

そして、静かに瑞鳳の後方に、護衛艦いずもがやや距離を取って着いた

前方の瑞鳳から見ても、まるで大きな山が動いている様な、重圧な雰囲気が漂う護衛艦いずも。

その後方数キロには、殿のはるなが位置していた。

既に、曳航ソナーを引きながら、対潜警戒を始めていた。

 

そして、瑞鳳の上空に小さな黒い点の様なものが浮いていた。

いずもから発艦した小型ドローンだ。

ドローンは、軽やかに飛びながら、輪形陣へ移行するパラオ艦隊を撮影していた。

綺麗な航跡を引きながら左右へ素早く展開する、長波に陽炎。

そして、その後方から、タイミングを計り、先頭へ躍り出る秋月。

その中央で、威風堂々と構える瑞鳳

 

ドローンは、やや高度をとりながら、綺麗に秋月を先頭に形成された輪形陣を撮影した。

その映像は、いずもからすでに発艦し上空で警戒任務にあたるE-2Jを経由して、トラック泊地の戦艦三笠へと送信されていた。

その戦艦三笠の士官室で、送信されて来た映像をじっとみる複数の人物

正面のモニターをじっと睨む、艦娘三笠

その横には、昨晩の警戒任務から帰港した金剛

そしてその対面には、同じくじっと画面を見る宇垣参謀長。

その横には、なぜか青葉がいた。

 

「うーん」と唸る宇垣

普段から、余りの仏頂面に“鉄仮面”と揶揄される事の多い彼であるが、付き合うと意外に表情が多彩である事に気が付く。

特に家族や艦娘達の話をしている時は、一喜一憂する表情を見せるが、今は真剣に、いずも経由で送信されて来た、パラオ艦隊の動きを逐一目で追っていた。

いや、正確に言えば、その前の自衛隊艦隊の分離の時から、ずっと唸っていた。

 

三笠は、金剛の煎れた紅茶の入ったカップに手をだしながら、

「どうじゃ、宇垣。皆の動きは?」

すると宇垣は、

「三笠様。もし、何も知らなければ、パラオ艦隊ではなく、どこの熟練艦隊だ?と聞いた所です。 瑞鳳の指示から、輪形陣形成まで動きに無駄がない、正に“阿吽の呼吸”という所ですか」

「ほう。では合格かの?」と言うと

「まあ、及第点を出しても良いかと」

それを聞いた金剛は、

「Oh! それは凄いネ!」と驚いた。

三笠も、

「辛口のお主から、その点数がでるとは、驚きじゃの」

直ぐに、青葉が、

「参謀長! 次のネタにしていいですか! 参謀殿から及第点を貰った瑞鳳艦隊って!」

すると宇垣は、

「まて青葉。ここでパラオ艦隊が目立つのはまずい」

「うう」と青葉

宇垣は、

「まあ、及第点というか、よくここまで育ったというべきです」

といい、

「初めて長波を呉で見た時、“このままでは、長生き出来ん”と思って、思い切ってパラオへ預けてみましたが、まさかここまでとは」

すると三笠は

「やはり、艦娘を育てるのは、よき“艦娘”ということかの?」

宇垣は、

「はい、鳳翔が瑞鳳、赤城や加賀を育てたように、長波は陽炎、そしてこんごうさん達を見て、自らの目指す姿を見出したという事です」

三笠は、そっと

「そのこんごう殿は、彼方の世界の陽炎達に育てられた。いや、自衛隊司令の話によれば、生き残った全ての艦娘達に育てられたといっても過言ではない」

「はい」と重く頷く宇垣

「たった一ヵ月で、パラオ艦隊は、日本海軍屈指の艦隊へと変貌した」

三笠は、重く、

「宇垣よ」

「はい、三笠様」

三笠はぐっと宇垣を見ながら、

「日本海軍の艦娘達、いや世界の艦娘達の行く末。この戦い如何に関わっておる」

「はい、承知しております」

「うむ」と深く頷く三笠

宇垣は、陣形を整えるパラオ艦隊の映像を見ながら、

「始めよければ終わりよし。頼んだぞパラオ艦隊」と呟いた。

 

 

パラオ艦隊は、防空駆逐艦 秋月を先頭に防空輪形陣を形成し、その外周に自衛隊艦隊のこんごう、ひえいがピケット艦として付き、後方には対潜警戒の為、はるなが陣取った。

確かに、編成としては、極端に少ない。

本来なら駆逐艦だけでも10隻は必要であるが、彼女達はネットワークという武器を手に、数の不足を補った。

 

「提督。各艦配置へ着きました」

瑞鳳は、しっかりと報告した。

「ご苦労、対空、対潜警戒を厳としてくれ。神の道まで丸一日掛かる」

「はい、トラック哨戒圏(神の道)まで、現行隊形を維持します!」と瑞鳳は答えた。

「うむ」と頷く泊地提督

その時、艦橋後方の電探担当妖精より、

「電探、感あり! 当艦隊へ近づく航空機多数! 敵味方識別 鳳翔航空隊ならびに、パラオ泊地基地航空隊です!」

続けて、横並びで座る通信妖精が

「いずも航空管制、鳳翔隊並びに泊地基地航空隊の無線誘導を開始しました。本艦隊到着まで、30分です」

その報告を聞いた、泊地提督と瑞鳳は、提督の座る司令官席のモニターで機影を確認した。

そこには、零戦20機、九九艦爆八機を従えた鳳翔が此方へ向って来ていた。

本来、鳳翔の零戦隊は 定数14機しかない。今回の作戦では、防空戦が重要視される為、陸上基地であるパラオ基地航空隊より腕利きの飛行士妖精の6機を臨時で加え、鳳翔戦闘機中隊を編成した。

九九艦爆は 定数の8機を総動員して来た。

瑞鳳の零戦中隊21機と九七艦攻9機と合わせても、58機と数としては、圧倒的に少ない。

提督は、一路いずもへ向う、鳳翔航空隊のレーダー航跡を見ながら、

「数は少ない、しかし、我々には最新鋭の要撃管制がある。必ず乗り切ってみせる」

と唸った。

 

その頃、いずも甲板上では、動きが慌ただしくなった。

これから、鳳翔航空隊を受け入れるのだ。

いずもの飛行甲板要員達と、あらかじめ乗船していた鳳翔の甲板員妖精達は、決められた手順で、受け入れ準備を開始した。

甲板員は、着艦する零戦や、九九艦爆に合せ、アレスティング・ワイヤーのテンションを調整し、LSO(着艦信号士官)はボールと呼ばれるフレネルレンズ光学着艦装置の照射角を、零戦などの日本海軍機用に調整する。

既に訓練等なで多数の着艦を行い、その度に泊地航空隊とLSOの信号妖精は反省会を実施、より安全に着艦できるように改善を進めてきた。

いずも艦橋では、

「鳳翔航空隊、後方10kmまで接近! 間もなく直上!」艦橋内部に、航空隊を無線誘導してきた管制士官妖精の声が、インターホン越しに響いた。

「副長。進路、速度そのまま。甲板員の準備状況は?」いずもが、副長へ問いただすと、

船務長を兼任する副長妖精は、

「はい。配置完了しております。」

と直ぐに返事をした。

 

甲板上では、もしもの場合に備え、レスキュー隊員妖精を乗せたSH-60Kが発艦しようとしていた。

いずもは、艦長席のサイドポケットから、艦長を示す赤いストラップの付いた双眼鏡を取り出し、左舷見張り所へ出てきた。

そこには、着艦を指揮する第六飛行隊の隊長妖精と飛行班長が揃って待機していた。

いずもを見ると、即敬礼した。答礼で答えるいずも。

「航空団司令妖精は指揮所?」といずもが聞くと、

「はい」と第六飛行隊の隊長が答えた。

いずもは、自衛隊としては初の陸海空の3自衛隊の混成航空団である。

その為、その艦載機として運用は、米空母以上の複雑な物となった。

混乱が予想された運用をなんとかする為、3自衛隊で協議の結果。

空母航空団司令妖精を新たに新設し、空母航空団の運用指揮を任せたのである。

今回は、空自所属の妖精士官が任についている。

 

いずもは、本来ニミッツ級をお手本に建造された。

いずもの建造計画当時、ジェラルド・R・フォード級が最新鋭であったが、流石にそこまで露骨にお手本にしてしまえば、某国からまた横槍が入りかねないと判断した防衛省は、前級のニミッツ級をベースに日本独自の機構を盛り込み、いずもを完成させた。

外見上の特徴は、何と言っても艦橋構造だ。

ニミッツ級やフォード級では艦橋は船体に比較して小ぶりだ。

これは、艦橋には、操舵と空母航空団の指揮系統だけあり、それ以外は艦内へ収めた為、小ぶりとなったが、いずもでは逆に、前級のかが型やひゅうが級と同じ様に、前方艦橋には、操舵と空母航空団の指揮系統、そして後方に各飛行隊の指揮所という構造を採用した。

その分、艦内のスペースには余力を持たせていた。

ようは、でっかい“護衛艦かが”だと、防衛省は言い張った。

そんな紆余曲折を経て、護衛艦いずもは完成したのだ。

 

大型の艦橋の見張り所は前方艦橋から後方の各飛行隊の指揮所まで、全通の通路を兼ねている。

いまはその見張り所に、無線機片手に、第六飛行隊の隊長と飛行班長が、着艦機の最終誘導の指示の為待機していた。

 

いずもは、

「最初に降りるのは?」と聞くと、飛行班長が、

「はい、九九艦爆隊 8機で、ストレートアプローチです」

「そう」と答えながら、後方上空をみると、既に視界内に鳳翔航空隊が入ってきた。

高度1000m前後の高度で、編隊を組み此方へ向う零戦隊

その下、一定間隔を開け、すでに着艦進路へ降下侵入を開始した九九艦爆隊

「GCA(着陸誘導管制)は上手くいっているようね」といずもが聞くと、

飛行隊長妖精が

「はい、鳳翔、瑞鳳の航空隊も短期間で習得しました。ILSは使えませんが、有視界圏内まで誘導できれば、夜間や悪天候時でも着艦可能です」

いずもは、双眼鏡越しに、まるで階段の踏み板のように段々に位置する各九九艦爆隊を見ながら、

「航海中も引き続き、シミュレーション訓練を継続してください。」

「はい。副司令」と飛行班長が答えた。

いずも艦内には、簡易式の零戦と九九艦爆のシミュレーターがある。

無論、F-35などの艦載機のフルフライトシミュレーターもある。

これは、完全にF-35の動きを再現した物であるが、いくらあかしと言えど、その零戦版を作ろうとすると大変な作業であった。

そこで、泊地内部にあった破損機の操縦席部分を切り取り、簡易モーションが可能な動揺装置に乗せ、その周囲3面を大型ディスプレイで囲った簡易式のシミュレーターを作り上げた。

操縦ソフトは、既存のパソコンゲームソフトを改修して使った。

本格なフルフライトシミュレーターからみれば、ゲームセンターのゲーム機並みだが、鳳翔や瑞鳳の飛行士妖精達はこれでも喜んだ!

これなら、時間と場所を選ばす、訓練ができるのだ!

燃料の心配や墜落死の危険もなく、ありとあらゆる状況を体験できる。

熟練の飛行士妖精から、配属間もない飛行士妖精まで、時間のある限りこの模擬飛行装置へ足を運んだ。

新人の飛行士妖精は特に空母への着艦を中心に模擬訓練に励み、熟練妖精達は、戦技研究に余念が無かったが、その中でも人気だったのが、幻と消えた“真珠湾攻撃”の再現であった。

しかし、これが、後日大いに役に立つとは だれもその時は考えなかったのである。

 

 

いずも達が見守る中、最初の鳳翔艦爆隊の1番が着艦の最終コースへ乗った。

 

既にGCAの誘導を終了し、有視界での着艦体制に入っていた。

ILS(計器着陸装置)に比べてGCAは、1機毎に周波数を占有して音声誘導する為、多数の機体が着陸する場合、有視界で着陸地点が確認できたら、後続の機体へ誘導を譲るのだ。

 

艦爆中隊の隊長は

「よし! 着陸指示灯確認!」というと、無線機で

「鳳翔艦爆1番 ボール確認!」と直ぐに3点着艦姿勢を作った。

隊長は、目視で、 操縦席を見回し、フックやフラップがきちんと降りている事を確かめ、後席の機銃妖精へ向い

「間もなく降りるぞ!」と怒鳴った!

「何時でもどうぞ!」と大声で返事がきた。

隊長は、

「後ろはちゃんと来てるか!」

「はい、金魚のふんですよ!」と笑いながら答える機銃妖精

隊長は

「殿の新人は来てるな!」

機銃妖精は、目を細めて、最後尾の九九艦爆を見ながら

「少しふらついてますが、ちゃんと来てます!」

「よし!」

隊長は、意識を前方に見える、護衛艦いずもへ集中した。

光学着艦装置の横一列の緑のライトと中央の赤いライトが一直線になる様に、機体の降下角を調整する。

「鳳翔艦爆1番、コースそのまま」

いずもの着艦士官から無線で指示が出た。

 

艦爆隊隊長は、ぐっと前方のいずもの斜め甲板を見た

いずもは、でかい。

帝国海軍最大級の大和をはるかに上回る大きさであり、赤城よりも一回り大きい。

お艦や瑞鳳になれてしまうと、距離感が狂いがちになる。

しっかりと着艦地点を見定めて、艦尾を目標に近づく

「いまだ!」

操縦桿を少し引き、最終の3点着艦姿勢を決めた。

機首が少し持ち上がり、フレアーと呼ばれる制動姿勢を取りながら、護衛艦いずもの艦尾をすり抜けた!

 

軽い衝撃があり、主脚が飛行甲板を蹴った!

その瞬間、艦爆隊長妖精は、スロットレバーを押し込む!

エンジンの回転が急激に上がった!

しかし、それに反して、機体は急制動が掛かる。

「ぐっ!」

肩に食い込むベルトの感触を確かめ、確実にフックがワイヤーを掴んだ事を確かめた。

直ぐにスロットレバーを戻し、機体の行き足を止めた。

一旦停止する九九艦爆

ピンと張るアレスティング・ワイヤー

飛行甲板の後方から機体に近寄る一人の甲板要員

緑のジャケットに緑のヘルメットを被っていたが、ジャケットの下の作業服は日本海軍の作業服だ!

引っ張られたワイヤーのテンションにより、機体が少し後退りした。

その時、緩んだワイヤーがフックから外れた。

機体に近づいた緑のジャケットを着た甲板要員が、右手をグルグルと回して、“巻き取れ”の合図をすると、直ぐにワイヤーは巻き取られ次の着艦へ備えた。

無事着艦した九九艦爆 1番機は、次の機体へと進路を譲る為、黄色いジャケットを着た誘導員に誘導され、いずもの前方艦橋前まで進み、そこで隊長は駐機の為のブレーキを掛けた。

エンジンのカウルフラップを開き、エンジンの冷却運転を開始する。

アイドルより、ほんの少し高い回転数で、油温が下がるまで数分間エンジンを回す。

その間に、フラップやフックなどを定位置へ格納し、無線機や敵味方識別信号機の電源を切り、降機の準備をする。

後席の機銃妖精も機銃に安全装置をかけ、弾倉を取り外し。格納へと備えた。

十分にエンジンが冷却された事を確かめ、発動機の点火栓のノブを“閉”へ回すと、静かにエンジンは数回転回り、その動きを止めた。

エンジンが止まると直ぐに、一人の妖精兵員が操縦席横へ駆け上がってきた

「お疲れ様です、隊長!」

そう声を掛けたのは、この九九艦爆の整備を担当する鳳翔の機付き長妖精であった。

「おう、無事着いたぞ!」と明るく声をかけながら、機付き長妖精の手を借りて、ハーネスをはずし、機外へ出た。

後方の機銃妖精も、他の妖精兵員の手を借りて機外へと出ようとしていた。

装備品を持ち、主翼の上を歩きながら、

「いずもの乗り心地はどうだ?」と、鳳翔から派遣された機付き長妖精へ聞くと

「こう、いっちゃなんですけど、広過ぎです。昨日も艦内で迷子になるうちの整備妖精が、続出しましたから」と笑いながら答えた。

「お前、狭いお艦よりはいいだろう?」と聞くと、

「まあ、それはそうですね。飯も上手いし、ちゃんと個人の寝床もありますから」

「本当か!」と九九艦爆隊の隊長は驚いた。

「ええ、自分達には三段ベットでしたが、ちゃんと個人の寝床がありましたよ。飛行士妖精は士官ですから、3人部屋の個室だと思います」

九九艦爆の隊長は、機体から降りながら、

「そりゃ、有難いな」と言いながら、主翼の上を歩き、

「お艦も、改修が終われば居住性も改善されると聞いた。乞うご期待だな」

「そうですね」と、返事をしながら機付き長妖精は、

「では、機体はお預かりします」と、敬礼して言うと、配下の鳳翔の整備士妖精を動員して、九九艦爆を手で押して、駐機エリアへと進めた。

牽引車を使う事もできるのだが、重量三トンもない機体だ。

この後 残りの九九艦爆や二〇機近い零戦を受け入れる。

牽引車でいちいち引いてまわるより、人海戦術で“手で押した方が早い”という訳である。

機付き長妖精の掛け声と共に、動き出す九九艦爆一番機

大きな艦橋前で、僚機の着艦を見守る隊長と機銃妖精

二番機が着艦を終え、駐機エリアへ進んで来た。既に艦尾には三番機が侵入しようとしている。

僚機の着艦を見ながら ポツンと艦橋前に立つ艦爆隊隊長は、一言

「やっぱり、広過ぎだわな」と呟いた。

 

いずもは、前方艦橋横の見張り所で、次々と着艦する九九艦爆を見ていた。

「もう、皆さん。問題は無さそうね」

「はい、副司令。流石 日本海軍でも腕利き揃いの鳳翔航空隊です。既に夜間や雨天の離着陸も実施しましたが、問題はありません」

そう第六飛行隊の隊長は答えた。

横に立つ飛行班長も

「瑞鳳隊も、ほぼ同じレベルに達しています」

すると、いずもは、

「あとは、実戦あるのみか」

「はい」と両名が答えた。

 

艦爆隊が、無事全機着艦した事を確かめた鳳翔航空隊、総指揮官機を操る艦娘鳳翔は、風防越しに、眼下を航行する瑞鳳と、いずもを見た。

着艦準備の為、先程からパラオ、自衛隊艦隊の周囲を周回飛行しながら、隊形を小隊毎に整え直し、艦爆隊の着艦を見守っていた。

 

上空から見ても、全長200mの瑞鳳と、320mあるいずもでは、まるで大人と子供の様な差すら感じる。

瑞鳳本人も、パラオへ配属されこの数ヶ月で成長したが、艦娘としての実力はやはりいずもの方が数段上だ。

なにせ、世が世なら“姫”なのだから。

上空からみても、やはりその差は歴然であった。

いずもの甲板上で、動き回る、色とりどりのジャケットを来た自身の配下の妖精兵員達が見える。

「皆、いずもさんの妖精さん達に迷惑かけてないかしら?」

 鳳翔がそんな事を考えていると、

「鳳翔アルファー01、いずもアプローチ。分隊毎に建制順に着艦進路へ進入せよ。

進入後は、いずも LSOの指示に従え!」

鳳翔は、操縦桿に付いた、プレストークスイッチを押しながら

「アプローチ、鳳翔アルファー01、了解。分隊毎に着艦進入を開始します」

そう答えると、右横を見た。

そこには、右エシュロン隊形と呼ばれる 右後方に順次機体が並ぶ飛行隊形を取りながら鳳翔機に追従する鳳翔戦闘機中隊 第1小隊の6機が連なっていた。

そして、その後方には 第2小隊の6機と予備機。

更に後方には、パラオ泊地航空隊の精鋭6機が連なっていた。

総勢20機の零戦隊

鳳翔は、連なる戦闘機中隊を見て

「何とか、数と腕前は揃えたわ。瑞鳳ちゃんの中隊と合わせて、数だけは“現”一航戦にならんだわね」とほほ笑んだ。

今回は、鳳翔自身が、零戦の戦闘機中隊の中隊長を務める。

鳳翔は、操縦桿に付属する無線のプレストークを押しながら、

「鳳翔01より、中隊各機。いずもへの進入を開始します。分隊毎に建制順に着艦しなさい」とヘッドセット越しにいうと、ちらっと左下を見た。

丁度護衛艦いずもが、左下に見える。

「1小隊、私に続きなさい! いくわよ!」と言うと、艦隊上空を周回する左回り周回経路から抜ける為、操縦桿を左に捻り、機体を一瞬垂直に近い角度まで傾けると、鋭く左旋回へ入った。

スロットレバーを少し絞り、降下速度を調整しながら、左降下旋回へ入る。

バンク各を調整しながら、ゆるい180度右降下旋回を行う。

速度計を見ながら、規定値まで速度が落ちている事を確かめ、

「車輪、下げ!」と掛け声をかけながら、車輪の操作レバーを操作する。

低い動作音がして、ゆっくり車輪が降りるのが分かる。

車輪が降りた事で、空気抵抗が増えた。

一瞬速度が低下するが、操縦桿を気持ち押して、機首をほんの少しだけ押さえて増速する。

気持ち的には、半紙一枚押したかどうかだ。

鳳翔は、旋回計、特に旋回釣合計をちらっと見た。

よく旋回は、行きたい方向に、補助翼(エルロン)を切るだけで旋回が始まると思わがちだが、実際はとても繊細な操作が必要だ。

補助翼を切ると、確かに機体は傾き、その方向に機体が流れ始める。

しかし、それは車で言えば ドリフトしているのと同じ状況で、大きく外側へ流されているだけである。

そして、それに伴い主翼の揚力が減少、プロペラの反動トルクと相まって、機首上げや機首下げなどの変則的な動きを生み出す。

綺麗な旋回をする為には、補助翼を切るのと同時に昇降舵(エレベータ)をほんの少し切り、機首の上下変動を押さえる。

そして旋回によって生み出された遠心力を打ち消す為、機首方位を決める方向舵(ラダー)を旋回方向へ踏み込まなければならない。

要は、旋回する為には、この3つの舵を的確に適量操作し、釣り合い力を調整する必要があるのだ。

 

“三舵の調和”

 

実はこれが、至難の業だ。

旋回を見れば、その操縦者の性格や、力量が見てとれると言われる。

熟練搭乗員と新人の差が一番現れる所でもある。

新人が操縦すると、大抵は、プロペラトルクの影響を打ち消す事が出来ず、旋回しながら機首が上下に大きく変動し、速度や高度が一定しない。

おまけに遠心力を打ち消すラダー操作を怠り、外側に大きく流される。

そして、慌ててそれを補おうとラダーを強く打つ

最悪は、ラダーを打ち過ぎて、錐もみ状態となるのである。

では熟練飛行士妖精はどうしているのか?

熟練になると、旋回時、飛行計器を注視していない。

正確に言えば、見てはいるが、視線は常に外を向いているというべきである。

ではどうやって 旋回角度や速度を判定しているのか?

“五感”である

機体の傾きと迎角は、“見え幅”という技を使う

簡単に言えば、カウリングの前方の輪郭線と地上や海上の水平線との角度で、機体の旋回角を判断するのだ。

それ以外にも、風防越しに聞こえる風切り音や、体に掛かる荷重など、熟練妖精になればなるほど、敏感に感じものである。

鳳翔は、視線で、旋回釣合計の黒いボールを見た。

「よし、真ん中」

旋回中、きちんと三舵の調和がとれていれば、この釣合計の黒いボールは常に真ん中にある。

熟練妖精の中には、傾斜計の代わりに、機首のカウリングの上に、タコ糸の様な物をつけて代用するものもいる。

機体が横滑りすると、糸が流されて横滑りを知らせてくれる。

80年後のJET戦闘機でも、時々機首に糸がついているのは、その為である。

 

綺麗な降下旋回を見せる鳳翔機

鳳翔は旋回しながら、手早くフラップを降ろし、着艦フックを下げた。

目で、エンジンの油音、油圧を追い、異常値が出ていない事を確かめる。

視線は自然に操縦席を見回した、

各種のレバー類が、所定の位置にあるか、スイッチ類はいいか、おかしな所はないか?

視線は忙しく動き回った。

小刻みに、そして優しく、操縦桿と方向舵を操作し、左降下旋回を継続する。

機体が、ほぼ180度旋回を終えた頃 旋回を止める為、“停止”の舵を打つ

旋回方向とは、反対の舵を切り、旋回運動を止めた。

 

旋回は、基本、3つの動作からなる、

“初動”、旋回を開始する為、旋回方向に運動エネルギーを発生せる為に舵を切る。

“持続”旋回運動を保持する為に、適度なバンクを取り続ける。

航空機の主翼は、基本的に、上反角という上方に角度を持っている。この上反角は、機体に発生した傾きを元通りに復元させる効果をもつ。その為、旋回など人工的に傾斜を生みだした場合、傾斜が戻らないように、適度に舵を打ちつづける必要があるのだ。

最後に、”停止“

旋回運動を止める為に、旋回方向と逆の舵を打ち、旋回の運動エネルギーを打ち消す

と文章に書くと簡単であるが、この3つの動作を先程の“三舵の調和”をもって行うのだ。

無論、その間も方位や速度に注意を払う事を忘れてはいけない

 

ある熟練飛行士妖精はこういった。

「旋回は、千回やって形になる、急旋回は九千回やって、ものにできる」

そう言わしめるほどの “技”なのである。

 

鳳翔は、機体の旋回を止め、直線降下体制に入った。

正確に言えば、いずもはアングルドデッキなので、斜め直進となる。

しかし、鳳翔は流れる機体を巧みに操縦し、最終の着艦コースへ見事滑り込んで来た。

いずもの左舷後部に 特徴的な光学式着艦装置が見えた。

「いずもLSO、鳳翔01。ボール!」

鳳翔は、無線でそう叫ぶと、直ぐに LSOから

「鳳翔01、チェック! コースそのまま、ヨーソロー!」と指示が出た。

鳳翔の目前に、いずものアングルドデッキが広がる。

着艦接地点をぐっと見た。

目で、ボールを見ながら、

「降下角、速度、よし!」と呟き、

いずもの艦尾が目前に大きく迫った所で、機首をゆっくりと持ち上げた。

三点着艦姿勢を決める。

その瞬間、いずもの艦尾を飛び越え、甲板上へ鳳翔機は滑り込んで来た。

 

綺麗な三点姿勢を決めながら、艦尾を飛び越えた鳳翔機を、艦橋見張り所から見守っていたいずもは、唸った。

 

「綺麗だわ」

 

降下開始から、最終進入まで、まるで一本の航跡を引くように、進んで来た鳳翔機

零戦特有の曲線美を見せながら、フレアーをかけ、甲板を蹴った。

少しタイヤから白い煙が上がったが、直ぐに2番ワイヤーをフックで捉え、見事な着艦を見せた。

停止した鳳翔機は、誘導員の指示の元、艦橋横の駐機エリアまで進んで来た。

停止すると、直ぐに整備妖精が駆け寄り、車輪止めを掛けた。

鳳翔は風防を開け放ち、操縦席で、エンジンの冷却運転などの最後の作業をしていた。

そんな鳳翔機を見ながら、いずもは、

「流石に鳳翔さんね。もう問題ない位この艦になじんでますね」

すると、飛行班長が

「やはり、パイロットとしての素質というか、我々より一枚上手ですね」

そう言いながら、後部駐機エリアに並ぶスクランブル待機中のF-35を指さし、

「いつか、あれを駆って、飛ぶ日が来るかもしれませんよ」

「えっ、そうなの?」といずもは驚きながら、飛行隊長達を見ると、

「はい、副司令達がトラックへ行かれた間に、鳳翔さんのご希望で、シミュレーターに搭乗されたのですが、まあ、飛ぶだけなら無難に飛んでいました」

「へえー」と驚きの声をあげるいずも

飛行班長も、

「まあ、流石に戦闘とか、離着陸とかは無理でしたが、初回であそこまで出来るとは、流石“空飛ぶ艦娘”です」

いずもは、エンジンを停止し、降機する鳳翔を見ながら、

「ホント、今の勢いなら、“史上初の音速突破の艦娘”なんてありそうだわ」

「ですね」と呆れ顔の飛行隊長に班長

 

そんないずも達を見つけた鳳翔が、大きく手を振って挨拶してきた。

こちらも、手を振り返すいずも。

鳳翔へ手を振りながら

「まっ、それは今回の作戦が無事終了できたら、考えましょう」

そう言いながら、艦橋横の階段を降り、鳳翔を迎えに出た。

甲板上には、次々と荒鷲が舞い降りていた。

 

パラオ艦隊と自衛隊艦隊が、一路中継地のトラック泊地を目指し進んでいた頃、その最終目的地であるマーシャル諸島 マロエラップの飛行場の管理棟には、深海棲艦マーシャル諸島分遣隊の幹部が勢揃いしていた。

 

質素な作りの平屋の建物

コンクリート製で作られた頑丈な建物である。

その管理棟の会議室には、分遣隊の総指揮官であるル級flagshipや副官であるル級elite、そして第3艦隊を指揮する若きル級、空母艦隊を指揮するヲ級flagship、飛行場を管理する

飛行場姫がいた。

マーシャル諸島に派遣された飛行場姫は、まだレベルが低く、ミッドウェイにいる飛行場姫達に比べて、運用能力は低いが、飛行場を建設する能力に長けていた。

それゆえに、今回の侵攻作戦では、ル級flagshipは無理を承知で、同行させた。

ル級flagshipは、副官のeliteから昨晩実施されたある作戦の報告を受けていた。

「では、目標の100km圏内までは進空できたという事ね」とflagshipが聞くと、

「はい。司令」とeliteは答えた。

その答えを聞いた第3艦隊の司令を務めるル級無印は、

「やはり、トラックの日本軍のレーダー能力は、心配する程もないという事です。ここは、一気に攻め入りましょう!!」と語気を荒げ身を乗り出したが、ル級flagshipは静かに、

「たった一回の偵察で、彼女達の能力を判断するのは、早計だわ」と窘めた。

そして、腕を組みながら、会議室中央に広げられた大判の海図と、その上に置かれた青と赤色の各種の駒を睨みながら、

「PBYは、敵機の要撃は受けなかった。間違いない?」と問いただした

すると、副官のeliteは、

「はい、敵戦闘機の要撃は受けなかったそうです」そう言うと、手元の書類に目を落とし、

「中間海域で、哨戒中のカ級数隻に敵の無線情報を傍受させましたが、特段の動きはありませんでした。静かなものだったとの報告です」

その報告を聞き、じっと海図を見るflagship

そんなル級flagshipをみて、ル級無印は、

「司令! ご決断くだされば、我が第3艦隊がヲ級flagshipを護衛して、トラック泊地へ殴り込んでみせます!」と声を上げたが、副官のeliteが、

「落ち着け、確かにその線も捨ててはいない。しかし、中間海域より西側は、日本軍の哨戒網がきつい。むやみに大規模艦隊をだせば、トラックの手前で捕まるぞ。トラックへ近づけば、泊地の航空隊の波状攻撃を受けかねない」

すると、ル級無印は、

「しかし、奴らの航空機探知能力は、100kmもありませんでした! 中間海域まで進出して、空母艦載機の航空攻撃を行えば!」

「航続距離が足らん」

そう声を上げたのはヲ級flagshipだ

「中間海域からトラックまでは 1000km近くある。艦載機では、とても無理だ!」

「ぐっ!」と唸るル級無印。

 

ル級flagshipは、じっと海図を睨んだまま、

「やはり、あの手しかないか」そう言うと、会議室の端に座る、飛行場姫へ

「飛行場姫、工事の進捗状況はどうなっていますか?」と丁寧に聞いた。

すると若い飛行場姫は、

「概ね予定通りよ、でもいいの? 一回キリの使用って。もう少し手を入れれば、前線飛行場として使えるわよ」

それには、flagshipは、

「それでいいわ。一度使えば、位置が露呈する。無理に守って被害が出るより、目的を果たしたら、とっとと捨ててしまうのが安全策です」

「なら、分かった」と飛行場姫は答えた

Flagshipは、

「飛行場姫、工期はあとどれ位?」と聞くと、

「そうね、1週間ってところかしら」

すると、flagshipは、

「解りました。工事が終わったら、作業員妖精は直ちに撤退して下さい。作戦終了後は、即簡易飛行場は廃棄します」

「勿体無いわね」と言いながら、頷く飛行場姫

Flagshipは、横に座るeliteに

「周辺海域の哨戒を強化して。作戦開始まで、日本軍に知られるとまずいわ」

ル級eliteは、

「潜水艦部隊の指揮をするヌ級に、周辺海域の警戒強化を指示します」

指揮官のFlagshipは、続けて、

「トラックへの偵察行動は、継続して行って。とにかく奴らの探知能力を正確に測る事が今回の作戦の成否を決めるわ」

「はい、司令」と答えるelite

ル級flagshipは、静かに

「あと、1週間。この状況を耐えれば、先手は此方が打てる。時間は味方だわ」と呟いた。

 

会議室のある管理棟の外では、B-25が、南国の陽を浴びて、輝いていた。

 

 

同じ頃、トラック泊地の湾内

トラック泊地は、夏島を中心とした複数の島々の周囲を、周囲200kmにも及ぶ世界最大級の珊瑚礁が取り囲む、ある意味自然の要塞である。

その広い湾内では、大和や長門など複数の大型艦艇が漂泊しても問題なく、十分な航行が可能なほど広い。

その湾内の一角に、数隻の空母群が漂泊していた。

日本帝国海軍、第一航空艦隊の赤城、加賀、蒼龍に飛龍、そして少し離れた所に、翔鶴、瑞鶴が停泊していた。

事実上、日本海軍の空母機動艦隊が勢揃いしている。

その空母赤城の士官会議室では、今、唸り声が響いていた。

「ううう、これは厳しいな」

唸り声の主は、二航戦の主、山口少将だ。

腕を組み、じっと唸っていた。

赤城の会議室の大型のテーブル上には、トラックからマーシャル諸島にかけての大判の海図が広げられ、マーシャル諸島との中間海域の付近に青色や赤色の空母型の駒が複数並んでいた。

唸る山口少将の隣には、静かにじっと海図を凝視する南雲航空戦隊司令。

そしてテーブルを挟んだ反対には、連合艦隊の宇垣参謀長と作戦参謀の黒島が着席していた。

そして山口の隣には赤城に加賀、飛龍に蒼龍が着席していた。

 

「宇垣参謀長。少し厳しすぎませんか?」

山口はこう切り出すと、宇垣は

「山口、これでも甘い査定だ」と厳しく言った。

「ううう」と腹から唸る山口

 

 

今、赤城の士官室では、第一航空艦隊の一、二航戦と仮想敵役の連合艦隊の黒島作戦参謀を中心とした作戦立案班との間で、空母機動艦隊の模擬戦、“兵棋演習”が行われていた。

 

南雲率いる、第一航空艦隊隷下の一、二航戦。

通称「南雲機動部隊」

対する仮想敵は、正規空母6隻の深海棲艦だ。

黒島作戦参謀が、深海棲艦役を買って出た。

想定は、マーシャル諸島との中間海域を東進する南雲機動部隊の4隻は、今まで通り、密集した陣形を組み、一路マジュロを目指す進路を取っていた。

索敵機は計12機の12線で、展開されていたが、黒島の深海棲艦側は、まず中間海域の後方で、2隻の空母を配置した。

索敵網に掛かる深海棲艦の2隻の空母。

進行役の司令部付の妖精兵員が

「索敵4号機、南雲機動部隊より東、方位095 距離500kmにて、敵空母2隻、随行艦 数隻を発見」と報告しながら、赤い空母の駒を南雲機動部隊の前方500kmの位置へ置いた。

「来たな!」と唸る山口に対し、南雲はじっと海図上の駒を凝視していた。

山口は隣に座る南雲に、小声で、

「攻撃しますか?」と声を掛けたが、暫し南雲は考え、

「あからさま過ぎないか、山口」

「と言いますと?」

南雲は声を潜め、そっと

「如何にも、とって下さいと言わんばかりの石じゃないか?」

山口は眉をひそめ、

「しかし我々の進行を阻害するというのであれば、しかりかと」

南雲は

「山口、それなら、残りの4隻は何処へ消えた?」

山口は少し考え、

「マジュロとマロエラップ防衛の為、後方で待機とは考えられませんか?」

「甘いな。此方は精鋭の4隻。幾ら向こうにflagship級がいるとはいえ、戦力の逐次投入は、愚策だ」

「南雲司令。では、この2隻は!」

「ああ、捨て石だな」といい、じっと海図を見た。

南雲は、

“こちらの索敵線の甘い所はどこだ?”

そこには、12線の索敵線が前方へ広がっていた。

時間経過と共に、進行役により、索敵機の位置も変化しているが、1機だけ、不測事態を想定した判定により、発艦が遅れた。

一番北の索敵線を担当する、利根の機体だ。

他の機体の半分程度しか索敵できていない。

「利根機か」と南雲が呟いた。

赤城が、その言葉に反応して体を揺らした。

「赤城さん? どうしました?」

赤城の横に座る、加賀がそっと声を掛けた。

「うん、なんでもないわ。加賀さん」とニコッとしながら答えた赤城。

しかし、その表情は少し青ざめていた。

「赤城さん、顔色悪いですよ」と並ぶ飛龍も声を掛けたが、

「大丈夫よ。さあ演習に集中しましょう!」

と気丈に返事が来た。

「はい」と飛龍は静かに答えた。

 

南雲は、遅れ気味の利根機の索敵線を見ながら、山口へ、

「山口、あれをどう思う?」

と視線で、利根機の索敵線を見た。

「う~ん」と唸りながら、山口は、

「確かに、遅れていますが」

山口がそう言った後方から、一航戦の若手参謀が近寄り、

「南雲司令。この2隻を攻めましょう! ここを突破すればマジュロまで1000kmを切ります。十分攻撃可能範囲です」

他の数名の若手参謀達も南雲の元へより、口々に前方の2隻の空母の攻撃を進言したが、一航戦の草鹿参謀長と源田航空参謀は、後方の席から動かなかった。

じっと南雲の判断を待った。

南雲は、

「高い授業料になるかもしれんが、やってみるか」と呟き、

「赤城、今出せる艦攻、艦爆は?」

「南雲司令! 攻めるのですか!」

赤城は驚きの声をあげながら席を立った。

「ああ、このままでも動きが取れん、攻めてみよう」

「しかし、司令! 残りの4隻の位置が!」と赤城が言ったが、

南雲は静かに、

「だが、前方の2隻の空母も無視できん」そう言うと、

「そう焦るな、これは“演習”だ。失敗してもだれも死なん」

赤城は席へ付き直し、手元の書類に目を通しながら、

「一航戦の全機だせます、二航戦は?」と飛龍を見た。

「はい、二航戦も全機だせます、」飛龍もそう答えた。

南雲の後方から、そっと草鹿一航戦参謀長が寄り、

「念のため、半分残しますか?」

すると、山口は

「前方の2隻は、此方が引き受けましょう。残りの4隻の動向も気になりますし」

「そうだな、山口。」と南雲は、静かに言いながら、

「それに、敵の索敵機をこちらは発見できていない。敵の索敵線がどこまで伸びているのか、見当がつかない」

そう言うと、

「赤城、二航戦に、前方の2隻を攻撃させる。艦爆、艦攻隊に零戦の半数をつけて出せ」

「はい、南雲司令」と赤城は言うと、手元の自軍の戦力表から、二航戦の艦爆、艦攻隊の機数と、零戦隊2小隊分の機数を、メモ紙に書き、進行役の兵員妖精へ渡した。

それを、受け取り、海図上へ駒を並べる進行役。

その時、敵側の進行役が、新たに赤い空母の駒を4つ置き

「利根1番機、機動部隊より、方位015 距離600kmにて、敵空母艦隊を発見。空母4 随行艦15です」

 

遅れていた利根機が、時刻変化と共に索敵線を伸ばし、ようやく敵空母群を発見したのだ

これで、南雲機動部隊の前方の東部海域には、2隻の空母、そして北部海域には4隻の空母が現れた!

 

「おおお!」

室内に、声が上がった

南雲達の後に控えた、参謀達が集まり、相手の戦力を推測し始めた。

 

「やはり、そこか」と南雲は静かに語り、山口は

「これで、此方の位置が露呈しましたな」と困り顔をした。

 

若手参謀が山口に寄り、

「山口司令、直ぐに攻撃隊を呼び戻して、この敵空母4隻へ向わせましょう!」

と進言したが、それには後方にいた一航戦の源田航空参謀から

「その様に、途中でコロコロと命令を変えると、現場は混乱するぞ! 第一、攻撃隊を収容し、打ち合わせをした後に再度発艦となると、収容作業で1時間、補給、発艦でさらに2時間は掛かる」

「しかし!」と若手参謀が源田に詰め寄ったが、

源田は、

「いいか、幾ら兵棋演習とはいえ、現場の作業時間まで無視していい訳じゃない」

源田を中心に、参謀達が対応策を論じ始めた頃、南雲はじっと海図を睨んでいた。

赤城や加賀、飛龍、蒼龍も、席を立ち南雲と山口の後へ集まった。

じっと南雲の一言をまった。

加賀は、

「敵空母の主力が出てくるのなら、流石に、慎重に攻めたいところですが」と赤城に声を掛けたが、赤城は

「このままでは、此方は圧倒的に不利ね」

「さて、持ち時間も少ない」と南雲は言うと、

「方針を決めよう。攻めるか、退くかだ」

蒼龍が、

「長官! 退くですか! そんな~!」

蒼龍の声に、後で議論していた参謀達も話を止めた。

 

南雲は、じっとテーブルの対面に座る敵役の黒島作戦参謀を見た。

表情一つ変えず、席に着く黒島作戦参謀

 

南雲は、

「ここは、攻めよう」と即決した。

「攻めですか」と横に座る山口

「ああ、山口」と言いながら、手元の書類に目を落とした。

「今回の兵棋演習の目的は、マジュロ近海へ接近した味方艦隊の擁護と、後続の陸軍支団の上陸支援だ」

「はい」と答える山口

「ここで、撤退するという事は、任務の遂行は出来ない」

「しかし、南雲司令。戦力的にはかなり不利です」と赤城が抗議したが、

「赤城さん、弱腰ですね」

「加賀さん!」

「高々、深海棲艦の6隻の空母、この第一航空艦隊の敵ではありません」

そう加賀は言い切った、しかし、

「加賀、慢心は隙を生む」と南雲は、静かに語った。

南雲は続けて、

「この設定状況下で、転進して撤退すれば、マジュロに進出した友軍艦隊は、敵に包囲されかねん、陸軍の上陸も危うい」

「しかし、このままでは、二方向から挟撃されます」と赤城

 

南雲は、

「山口、一点突破で行こう」

「では、正面の2隻に戦力を集中ですか」

「ああ、北の艦隊はまだ600kmある。直ぐには来ない」そして、

「正面の2隻へ火力を集中し、突破、マジュロ近海の味方艦隊との合流を最優先にする」

 

すると、蒼龍が、

「あの、南雲司令。一旦南下して、こう迂回するというのはどうでしょうか?」といい、海図の南方方面を指さした。

それには、山口が

「それこそ、敵の狙いだ。確かに東南方向には、敵艦隊は居ない。でもなぜ何も居ない!」

蒼龍は、少し考え、

「待ち伏せですか?」

南雲は、

「多分な。前方の2隻で行き足を止め、北の主力4隻で、この東南海域へ押し込む。そしてそこには、潜水艦部隊が待ち構えているという事だ」

南雲は、

「赤城、飛龍。正面の2隻に対する追加攻撃隊を策定してくれ」

「はい」

赤城と飛龍は席へ戻り、後方にいた参謀達と追加攻撃隊の編成を協議し、それを進行役へ渡した。

 

第一次攻撃隊の後方に、第二次攻撃隊の駒が、並べられた。

両攻撃隊で、総数100機近くになる大攻撃隊となった。

山口が、

「いささか、大袈裟ですかね。捨て駒に」

しかし、南雲の表情は硬かった

対面で座る黒島作戦参謀の変わらぬ表情を見て、

“俺達は何か見落としていないか?”とじっと海図上の複数の駒を見た。

 

そして、

“正面のオトリの2隻には、十分な攻撃隊を差し向けた、これで血路は開ける”そう思った瞬間

 

“オトリの2隻”という言葉に引っかかった。

 

「しまった! やられた!」

南雲は、身を乗り出して、つい声に出した

 

黒島作戦参謀の口元に笑みが浮かび上がる。

 

その時、進行役の兵員妖精が、第1次攻撃隊の駒を前方の2隻の敵空母の前に進めた。

そして、

「第1次攻撃隊より、入電。 敵空母はヲ級flagship、並びにelite。艦載機は全て新型。

当方、損害多数」

と状況想定を読みあげた。

 

「なに!!」

山口も、衝撃の余り、声を上げた!

「あれは捨て石ではなくて、敵の主力!!」加賀は、驚きの余り、声を震わせていた。

 

赤城は顔面蒼白となり、飛龍も蒼龍も声が出なかった。

後方の参謀達も、いきなり前方の敵艦が敵の主力と分かり、困惑していた。

 

その後は、散々だった。

第1次攻撃隊、並びに第2次攻撃隊も、敵要撃機の集中攻撃を受け、敵空母到達前に3割の撃墜判定、おまけに残りも接敵時に半数が撃墜判定となり、事実上攻撃隊は壊滅状態と判定された。

そして、丸裸状態となった赤城達は、北から進撃してきた、ヲ級無印4隻の波状攻撃を受け、赤城、加賀は大破。飛龍は中破、唯一蒼龍が航行可能という判定が下り、作戦失敗という、統裁官役の宇垣の判定で幕を閉じた。

 

「あんな、一方的な戦いなどあるか!」と口々に不満をいう参謀達を源田航空参謀が宥めながら、退室させたあと、南雲と山口、そして草鹿参謀長、宇垣に黒島と赤城達による反省会が始まった。

 

室内に山口の唸り声が響き、冒頭の会話となる

山口は

「宇垣参謀長。いくら相手がflagshipやeliteでも、攻撃隊の半数が撃墜判定とは、納得できません」

宇垣は、火力の効力を規定する火効表を山口に差し出した。

「山口、それは深海棲艦の最新情報を元に作られた新しい火力判定表だ」

それを受け取り、ページを開く山口

「これは!」

山口の後から、加賀や飛龍、蒼龍がそっと覗き込む

「敵への対艦攻撃時の被弾率が、以前は1割五分だったのに3割とは!」

「制空戦闘機隊の制空権確保率も、以前は7割だったのに4割まで落ちていますよ!」と飛龍が声に上げた。

 

南雲は

「宇垣、ここまでやられるかね」

それには、宇垣は、

「楽観は出来ないと思います」

 

その時、ドアがノックされた。

「入れ!」と草鹿参謀長が答えると、ドアが勢いよく開き

「おう、結果はどうだった!」と山本が、金剛を従えて入って来た。

南雲達が席を立とうとしたが、山本は、手で制止して、

「構わんよ」といい、演習状況を表した海図上の駒を見た。

そこには、青い空母の駒の上に、“大破”や“中破”と書かれた紙が添えられていた。

 

「ほう、三隻もやられたか」と感心したような声を上げ、宇垣の横へ座った。

直ぐに飛龍が、山本にお茶の入った湯呑を差し出し、

「黒島作戦参謀、意地悪なんですよ!」と笑いながら声を掛けた。

すると黒島は、

「そりゃ、第一航空艦隊相手に戦う訳ですからね、真っ当な戦い方じゃ勝てません」

 

そんな黒島達の話に、山口は、

「話を戻しますが、いくら最新情報とは言え、この判定率は少し厳しすぎます」

すると宇垣は、横に座る山本へ何かを話した。頷く山本

鞄から、数枚の書類や写真を取り出し、南雲や山口達の前に出した

「南雲さん、現在までに確認されている深海棲艦の新鋭機です」といい、一枚の写真を、指さした。

「変わった形の主翼だな」と南雲がいうと、後から見ていた赤城は、

「米国の航空雑誌に載っていましたが、確かF4Uコルセアという機体ですか?」

黒島作戦参謀が、

「おっ、よく勉強してるね。その通りだ」

赤城は

「でも、この機体はまだ試作段階で、本家の米国でも実践配備されていないと聞いていますが」

宇垣は、

「だから、ここで実戦試験をしているという訳だな」

「実験ですか!」と赤城は言うと、

「この機体だけじゃない、flagshipには新型の艦爆、艦攻も搭載されている」

そこには、SB2CヘルダイバーやTBFアベンジャーの写真があった。

それを見た加賀は、

「しかし、どれも試作機の域を出ていないものばかりです。無敵の零戦隊の敵ではありません」とツンと答えた。

 

しかし、それには、山本が

「加賀。そう言うが、零戦も初陣から既に数年、幾多に渡り深海棲艦との戦闘で、深海棲艦もそれなりの対策をしてきている。我々の優位がそういつまでも続くとは限らん」

答えに詰まる、加賀

草鹿参謀長が

「それは言えます。搭乗員妖精によると、最近接敵した敵機は、此方を見ると急降下して、無理に空中戦をせずに、全力で逃げたそうです。降下速度に制限のある零戦の弱点を突かれつつあります」

南雲は、

「山本長官。それに例の電探探索ですか?」

山本は、湯呑を持ちながら、

「そうだな、黒島」

 

すると黒島は

「はい、今回の兵棋演習では、侵攻する南雲機動部隊を如何に、素早く捕捉し、此方の想定した状況を作り出すかでしたが、こちらの前衛主力を、おとりと誤認して頂いたおかげで、第1次攻撃隊の飛来方向から大まかな位置を特定できました」

南雲は、

「我々は、前方の2隻が敵の主力とは思わずに、その懐に飛び込んだ訳か」

「はい、そう言う事です」

山口は、

「しかし、接敵時のこちらの損害率が高いが、その理由は?」

黒島作戦参謀は、横にあった大型の木製コンパスを取り、

「現在までの情報によると、深海棲艦側の対空電探の探知範囲は、条件にもよりますが、おおむね50~100km前後の全周警戒が可能です。駆逐艦などに搭載して、艦隊の前衛に数隻配置すれば、200km近い索敵範囲があります」

そう言いながら、赤い敵空母を中心に半径100㎞の円を書いた。

「広いな」と唸る山口

「この中を、編隊を密集させて飛行すれば、いい的だな」と南雲が言うと、

「はい、詳細は解らなくとも、“そこに不明機が多数いる”という情報だけで十分です。指揮官は、近くの迎撃機を無線で誘導し、艦隊の防空輪形陣の外で効率よく迎撃できます。」

黒島は、そして、

「この電探防空網を上手く突破できたとしても、敵輪形陣へ近づく前に、その存在が露呈していますので、直掩機の迎撃も効果的です。また最後は、艦砲の濃密な対空砲火が待っています」

「しかし、雷撃位置までくれば、こちらの雷撃隊も負けてはいません」

「そうです!」と飛龍や蒼龍が声を上げたが、宇垣が、

「そうは、問屋が何とかだ」

そう言うと、一枚の写真を差し出した。

「これは?」と山口少将が聞くと、

「VT信管、日本語で近接信管という」と宇垣が答えた。

「近接信管?」

黒島が

「この信管は、主に対空用の信管で、5インチ25口径、並び32口径の対空砲で使用されるものですが、特徴は、信管の動作時間の設定が必要ありません。簡単に言えば 小型電探付きの信管というものです」

「ええええ! 電探付き信管!」と驚く飛龍、蒼龍

「なんですか? それは」と加賀が聞くと、黒島は、写真を指示して

「この先端部分に、微弱な電波を発信する部分があります、標的の近くまでくると、この受信部が反射された電波を受信し、標的の近距離で砲弾を炸裂させます」

「では、砲手は、砲角と方位だけ合わせれば、信管の作動時間の設定は不要という事なのか?」と山口が聞くと、

「はい。我が海軍の様に、雷撃の為密集して編隊を組んで進空する標的に対しては、効果的に機能します」

 

山口は、

「要するに、敵に近づくのも一苦労という事か」

南雲は

「やはり、この電探警戒網を如何に突破するかが、鍵だな」といい、先程黒島の書いた円を指さした。

赤城が、

「あの、何か策はないのですか? この前のお話では妨害策があるとの事でしたが」

それには、宇垣が、

「無い事はないが、きついぞ」といい、

「いいか、敵の対空電探は、探知距離こそ100㎞ほどあるが、探知可能最低高度はそう低くない。」

加賀が、

「では、探知可能距離の外側から、低空進入すれば探知される可能性も低くなるという事ですか!」

 

「そう言う事だ」と宇垣が言うと、飛龍が

「でも、宇垣参謀長。それだと敵艦隊を目視で発見できない場合もあります」

「そうですよ、参謀長!」と横から蒼龍も同意した。

 

しかし、それには、草鹿参謀長が

「誘導機をつけよう、おとりとなる零戦隊に上から誘導させる。それなら、何とかなるか」

押し黙る赤城達

 

南雲は

「長官。パラオが配置に着くまでどの位ありますか?」

「南雲君、一週間という所だな。明後日の朝一にここへ寄って、燃料を補給、打ち合わせの後すぐ中間海域へ向う」

南雲は、海図上の中間海域を睨み、

「瑞鳳達が配置に付けば、何かしらの情報を持ってくるでしょう。それを期待します」

 

そう言うと、南雲は末席に座る金剛へ向き、

「金剛。三笠様は、今日はどうした?」

すると金剛は、

「今日は、用事があると言って、沖へデタネ」

「沖?」と南雲が聞くと、

山本が、

「なに、昨晩来た“招かざる客”の帰り先を調べるといって、金剛と入れ替えで警戒に出た」

すると赤城が慌てて、

「長官。お一人で、ですか!」

「いや、春雨と五月雨がついて行った」

 

南雲は

「いや、昨晩は驚きましたが、司令部からの情報ではPBYが、単機で接近して来たとの事ですが」

「ああ、金剛の電探で探知し、三笠に二式陸偵を誘導させて、夜間接敵に成功した」

「本当ですか! 長官」と赤城が言うと、

「ああ、金剛や三笠の電探は最新鋭だ。三笠は電探情報の処理能力も高い」

「凄い性能です。夜間接敵など」と唸る赤城

「しかし、長官。夜分にPBY1機で、侵入してくるなど、奴ら何か企んでいるのでしょうか?」と南雲が聞くと、

すると、山本は

「南雲君、その辺りはまだ推測する情報が乏しい。ただ奴らは、俺たちがマーシャルを攻めるという事は知っている」

「では、先手を仕掛けてくることも?」

「あり得るという事だ」と山本は静かに語った。

 

山本や南雲達は、じっと海図の一点

トラック、マーシャルの中間海域を睨んだ。

 

「ここを突破できるかどうかが、今回の作戦の大きな鍵だ」

そう山本は呟いた。

 

 

それから、丸1日後

パラオ艦隊と、自衛隊艦隊はトラック泊地西部海域300kmまで接近した。

既に艦隊は、防空輪形陣を解き、パラオ艦隊は翌朝のトラック泊地入港に備え、

長波を先頭に、パラオ出港当時と同じ単縦陣へ艦隊を再編し、進路をトラック泊地へと向けていた。

 

自衛隊艦隊は、そこから数十キロ離れた後方を、いずもを中心とした陣形をいまだ継続しながら、進路をやや北よりへ変え、トラック泊地の北東海域を目指していた。

いずも達は、当初パラオ艦隊と分離した後、一時的にクサイ島へ向い、状況偵察を行った後、各艦の作戦行動を行う予定であったが、急遽マーシャル方面からの偵察が二日続けて行われた事から、山本と三笠は、コミュニケーションシステムを通じて自衛隊艦隊司令と協議し、パラオ艦隊が哨戒線に到達するまで先行して、同海域へ入り対空警戒業務を行う事になった。

 

対潜ヘリのSH-60Kが、発艦する甲板を見下ろす操舵艦橋の群司令官席に座る由良司令は、じっと腕を組み、遠くトラック泊地へ進路を切ったパラオ艦隊を見た。

そっと横にいずもが立った。

「例の夜間偵察。山本長官、えらく警戒しているわね」

自衛隊司令は、

「前回のパラオでの一件もある。奴らが理由なくここまで出てくる事は考えにくい」

「じゃ、やはり何かしらの手を打ってくるという事かしら?」

 

「そこは、分からん。」といい、

「いずも、あとどれ位で、此方の偵察が可能になる?」

いずもは、少し考え

「明日の午前中ってとこかしら。できればマロエラップまで1000kmの所まで近づきたいわね。」

「奴らの状況を正確に把握できるかが、問題だ。マーシャル全域を調べるとなると、時間もかかる」

「それは、考慮したわ。偵察機仕様を2機態勢で飛ばして情報収集する予定よ」

そういずもは答えた。

そして、

「今夜も来るかしら?」

 

自衛隊司令は、

「多分な、暫く続くだろう」

「昨晩は前日と同じ位置で、引き返したそうだけど、三笠のレーダー解析では、マロエラップ方面から飛来したとの事よ」

「それには、目を通した」と静かに答える司令

 

いずもは、

「やはり、こちらの探知能力を試すのが、目的かしら?」

「ほぼ、その線で間違いないと思う。単純な威力偵察なら昼間の方が、効率がいい」

司令は、

「こちらの防空監視体制は?」

「既に、E-2Jが出ているわ。今の所、中間海域の東側300km程までをこんごう達と探知可能よ。明日の朝にはもう200kmは押し込めるわ」

司令は、座席に付いた小型モニターを操作しながら、海上警戒レーダー画面を見た。

そこには、中間海域の手前から、トラック泊地へ向う戦艦三笠の識別符と友軍コードを割り当てられた2隻のエコーが映っていた。

「では、三笠様は戻られたのだな」

「ええ、今晩から防空警戒はこちらが一時的に行う予定よ」

司令は、

「要撃は?」

「中間海域から、トラック手前までは此方で監視するけど、トラック上空まで入り込みそうなら、2式陸偵とトラックの零戦隊が対応する事になっているわ」

「済まんが、齟齬がないようにな」

「はい、司令」と静かに答えるいずも。

 

既に陽は傾きかけ、いずもの船体を赤く染め上げようとしていた。

 

 

それから、数時間後、

既に陽は沈み、漆黒の闇夜が周囲を覆う空を、独特な羽音を立てながら、高度1万メートル付近を飛行する、“鷹の目”を持つ、1機の機体

 

E-2Jアドバンストホークアイ コールサイン“Excel05”

航空機プロペラ製造の老舗 ハミルトン社製の8枚プロペラを装備し、速力と燃費を向上させた。E-2C時代のやや大きめの騒音も、このプロペラのお蔭でかなり軽減した。

 

3名いる電子システム士官のうち、航空管制を担当する航空管制士官妖精(ACO)は、もう数時間、じっとコンソール上のレーダー画面を凝視していた。

画面に映るのは、前方数キロで哨戒飛行を行う2機のF-35だけで、近隣に対空目標はない。

これが彼方の世界なら、夜空に数機のエコーが映るが、静かな物だ。

しかし、航空管制士官妖精は、緊張気味にレーダーコンソール画面を見ながら

「カタリナのRCS(レーダー反射断面積)ってどの位だ?」と呟くと、

一番端の席に座るレーダーオペレーター妖精が、

「的確な数字がある訳じゃないですが、陸攻と同じ位だと思いますけど」

中央の席の戦術士官妖精は、

「まあ、ステルス性能がある訳じゃない。ここは粘り強くいこう、それにそろそろ時間だ」

そう言いながら、腕時計を見た

深夜12時頃を指していた。

「そろそろですかね」と航空管制士官妖精がいうと、戦術士官妖精は、少し体を揺らして、緊張を解きながら、

「一昨日からの敵の偵察飛行コースの解析では、深夜にこの海域を抜けている」

そういった傍から、航空管制士官妖精のレーダー画面に反応があった。

「レーダーコンタクト!」

昨日、三笠が観測したコースと、ほぼ同じコースを不明機が進んできた。

「アンノン、方位075 高度3000、速度180km、機数はフタ!」

「2機か!」戦術士官がインカム越しに聞いてきた。

「はい! エコーは2つあります!」

「ゴーストじゃないな!」

「エコー自体はしっかりしています」

戦術士官妖精は、隣席に座る、レーダーオペレーター妖精へ

「該当区域のセクターを上げろ!」

「はい!」

レーダーオペレーター妖精は、コンソールを操作して、胴体上部に搭載された特徴的な円盤AN/APY-9の動作モードを拡張セクタースキャンと呼ばれる、全周警戒しながら、特定の方向を精密に探知するモードへと切り替えた。

航空管制士官妖精は、画面上に映る二つのエコーへタッチペンを使いながら、アンノンコードを割り当て、識別した。

戦術士官は、即C4Iシステムを使い、旗艦であるいずも、並びに配下のこんごう達、そして前衛で戦闘空中哨戒(CAP)飛行にあたるF-35、2機へ情報を転送する。

「要撃しますか?」と戦術士官妖精に航空管制士官妖精が聞いたが、

「いや。いずもCICの指示をまとう。一応、ケツにつけておくか」

というと、コンソールにある、キーボードを操作してデジタル通信で、CAP役の2機のF-35へ警戒飛行に移行するように指示し、送信した。

直ぐに、画面上に、コールサインの入った「了解」の文字が返信されてきた。

航空管制士官妖精は、再びタッチペンを使いながら、2機のF-35へ飛行コースを指示し、同じくC4Iを通じて指示した。

これで、F-35のパイロット妖精の被るヘッドマウントディスプレイシステム(HMDS)にコースの指示が自動で表示されるのと同時に、ナビゲーションシステムにも表示される。

戦術士官妖精は、

「さて、いったい何者か、乞うご期待だな」とレーダー画面を睨んだ。

 

その頃、いずもCICでは、上空のE-2Jからの報告を受け、各管制要員がせわしなく動いていた。

艦長席に座るいずもは、

「アンノンは2機なのね!」と自席の画面を確かめながら、要撃管制士官妖精へ確かめた。

「はい。Excel05、セクター精度を上げて探知した結果です!」

 

いずもは、自席のモニターを見ながら唸った。

「2機? どういうつもりなの?」

後方から近づく気配を感じて、振り返ると、司令であった。

そっと、艦長席のモニターを覗き込むと、

「2機か?」と小声で聞いた。

「ええ、一応後方にF-35が警戒につくけど」

「トラックから900kmか。今の速度を維持すれば4時間って所だな」

「夜明け前には、トラックへ差し掛かるわよ」といずもが答えると、

「CAPに国籍と機種を確認させろ、その後は、後方で待機。近づくな」

「どうしたの? 警戒するわね」

自衛隊司令は、いずもの後方のオブザーバー席へ座ると、

「此方が、気がついていないという事を偽装したい」

続けて、

「三笠様への連絡頼む。もしトラックへ侵入し爆撃という事なら、トラックの零戦隊に対応してもらおう」

いずもは、手元のコンソールを操作しながら、

「爆撃かしら?」

司令は、

「多分、それはないな。PBYなら爆弾は4トンにも満たない。B-25なら、もう少し巡航速度が速い」

「単純な偵察なら2機も来る必要はないじゃないの?」

司令は少し考え、

「レーダー反射率の事を考えているのかもな?」

「RCS?」

自衛隊司令は、

「そう、奴らは過去2回の偵察で、泊地手前まで、侵攻できる事は確かめた」

「ええ」と答えるいずも

「奴らとしては、考えるはずだ。2回の偵察が要撃されなかったのは、日本軍がトラックの泊地内部で電探を可動させていないのか? それとも目標が小さくて遠距離探知できなかったのか? という事だ」

司令は続けて、

「2機でわざと派手に、侵攻する事で、此方の出方を見ている可能もある」

「じゃ、下手に触らない方がいいという事ね」

「そう言う事だ」

いずもは、じっと壁面の大型ディスプレイに写し出された2機の国籍不明機を睨んだ

 

その国籍不明機の後方30km程の距離を、2機のF-35は飛行していた。

正確に言えば、相手の航空機の速度が遅いので、その距離を保つように後方で、周回飛行をしていたのである。

リーダー機であるSKULL05を駆る第六飛行隊の飛行班長は、E-2Jを経由していずもCICから送られて来た指示を見て、

「う~ん、国籍と機種ね」と唸った。

そして、無線で、

「06は、そのままホールド。俺が確認してくる」

「06、ラジャー。ホールドポジション」

その答えを聞くと、飛行班長は、機体を軽く右へ捻り、編隊を解いた。

向こうは高度3000m、此方はその倍の6000mを飛んでいた。

周囲は、漆黒の闇夜。時より月明かりがうっすらと雲間を照らしている。

ほぼ、国籍不明機の直上から、ゆっくりとした螺旋降下をしながら、雲間に滑り込んだ。

ヘッドマウントディスプレイシステムに、不明機の未来位置が表示される。

それを見ながら、小刻みに機体を揺らし、静かに不明機の上空へ差し掛かる

今05機は、自機のレーダーは全てスタンバイ状態で、不明機の情報は、後方のE-2Jからのレーダー情報を頼りにしていた。

F-35のレーダーは小型のAN/APG-81を搭載していたが、いくら小型とはいえ、レーダーを起動したまま近づくと、レーダー波が不明機の無線等に影響を及ぼす事も考えられる。

此方からの電波発信は最少にする必要があった。

 

飛行班長は、不明機の接敵が近いと感じ、機首下の電子・光学式照準システムEOTSを起動した。

EOTSは、赤外線探知機能を持つ。

夜間や雨天など視界の悪い状態でも、熱源の形状を正確に把握できる。

飛行班長は、計器盤のセンターコンソールにEOTSの画像を映し出した。

右螺旋降下しながら、速度を調整し、不明機の後方上空へ着いた。

相手機の速度は180km

一瞬 VTOLモードへ変更して飛ぶ事も考えたが、高度が3000mである。

VTOLで飛ぶには、少し高度が高い。

通常飛行形態のまま、ギリギリまで速度を落として、そっと後方から近づく

じわじわと高度を落とし、後方へ付く。

ヘルメット内部に投影される、不明機の未来位置を表すベクトル表示を見ながら、そっと愛機を滑らせる。

「そろそろ捉える頃だが」

双方の距離が急激に近づく

そう呟くと、EOTSが不明機を捉え、その輪郭をセンターコンソールへ映し出した。

ぼんやりとしていた熱探知映像は、距離が近づくにつれ、しっかりとした輪郭を表した。

「PBYだな」と飛行班長は、呟いた

B-25なら、尾翼が特徴的なH型尾翼だが、この2機は通常の十字尾翼だ。

 

少しスロットレバーを開き、加速する。

高度差をややつける為、少し上昇し、不明機の右上方へ回り込みながら、機体を捻り、バレルロールと呼ばれる機動をしながら不明機の周囲を、闇夜の中遠巻きにぐるりと一周した。

F-35に搭載された6ヶ所ある外線画像センサーが、不明機を夜間でも鮮明にとらえる。

頭を動かすと、ヘルメット内に、センサーの捉えた暗視映像が、自動で表示されるので、夜間飛行の際、暗視装置を使う必要がないほど、鮮明に機影を捉える事ができた。

「無印、深海棲艦の機体か」

飛行班長は、そのまま、PBYの周囲を遠巻きにバレルロールしながら、注意深く観察した。

胴体後部の格納式機銃はまだ、格納されたままで、乗員の姿も見えない。

「奴ら 距離があると思って、油断してるな」

飛行班長は、そうつぶやくと、そのままバレルロールを続けて、不明機編隊の下へ潜りこみ、ゆっくりと距離を取り始めた。

「さて、後は、静かに監視させてもらおう」

そう言うと、僚機との会合点へ機体を滑らせた。

 

F-35、SKULL05が撮影した赤外線映像は、直ぐに後方に待機するE-2Jを経由してほぼリアルタイムにいずもCICにいる、司令達へと届いた。

CICの各要員が、国籍不明機を深海棲艦のPBYと判定し、識別コードをアンノンから、エネミーコードへと切り替え、こんごう達イージス艦へ、対空戦闘警報を送信し、要撃士官は、追加掩護のF-35の発艦指示を、艦橋下部の空母航空管制センターへ指示していた。

 

撮影された画像を見ながら、司令は、

「PBYだな」

「そうね、やはり偵察かしら」

司令と、いずもは画像を丹念に見た。

「主翼下部に、爆弾らしきものは見当たらない。偵察だな」

いずもは、自衛隊司令を見ながら、

「E-2JとF-35に後方から監視させますか?」

「そうだな、暫く様子を見よう、それと三笠様にも、接敵の連絡を」

「はい、それは既に」

通信士官妖精が、デジタル通信を使い、F-35接敵とその際の様子を短文にまとめ送信していた。

自衛隊司令は、

「これで、はっきりした。奴らは目的を持ってこの偵察を行っている」

「目的?」といずもが聞き直すと、

「単純な偵察なら、2機もいらん。さっきも言ったが、こちらの出方を伺う目的なら、もう少し派手に動いてもいいが、今の所そのそぶりもない。一直線にトラックを目指している」

「目的は何かしら」

そう言いながら、いずも首を傾げた

「トラックまで、あと700kmか、3時間という所だな」

司令はそう言うと、

「しばらく様子を見よう」

そう言いながら、深く席に座り直した。

 

深海棲艦のPBY2機と接敵して1時間ほど経過した。

E-2JExcel05は、PBYの後方200kmの位置を保ちながら、CAPのF-35を従え監視を継続していた。

要撃士官は、

「トラックまで、残り500kmか」と言いながら、レーダーコンソールに映る深海棲艦のPBY2機の動きを見た。

既に、いずもから発艦した追加の応援のF-35がトラックの手前で待機し、此方のF-35も何時でも動ける状態であったが、相手に不審な動きはなく、真っ直ぐトラック泊地を目指していた。

「うん?」

その時、監視を続けるPBYに動きが有った。

「高度が落ちている?」

深海棲艦のPBYを表す2つのブリップに表示された高度を表す数字が徐々に減少し始め、進行方向を表すベクトル表示に降下率が表示された

緩やかに降下を開始した2機のPBY

 

レーダーオペレーター妖精が、海面近くへ降下する事も考え、レンジの調整を行いながら、

「どこまで降りるつもりでしょうか?」

すると、戦術士官妖精は、

「まあ、水上機だからな。その気になれば海面に着水なんて事もあるかもしれんが、こんな所で高度を落とすという事は、トラックのレーダー搭載艦に探知される事を警戒しての行動だな」

「でも、公式情報では、大和さんとか金剛さんとかに搭載された21号電探って対空探知距離は100kmもないはずですが」

すると、戦術士官妖精は、

「それは、戦後世代の俺たちだから知っている情報で、この時代では軍機だ。奴らだって考えるさ、大和さん位でかい船なら、強力な電探を積んでいるかもってな」

戦術士官妖精は、コンソール画面を凝視しながら、

「確かに、船としては優秀だが、それを支えた細かい技術については、未成熟な部分が多いのが、今の日本の欠点だ」

「欠点ですか?」とレーダーオペレーター妖精が言うと、

「ああ、先日。あかしさんの所で、修理に出された零戦の無線機を見たが、まあ真空管を使うというところは致し方ないとして、その真空管を固定している基盤だが、真空管に直接半田で配線を固定してあった」

「えっ! プリント基板とかじゃないですか?」

「ああ。基盤はあるが、あくまで真空管を固定しているだけでな、端子に直接配線を半田付けしてあったよ」

「何か、こう小学校の工作ですね」とレーダーオペレーター妖精が言うと、要撃士官妖精は、

「プリント基板の製法自体は、確立しているが、生産技術が追い付いていない。過酷な状況下での安定性に問題がある。本土では問題ない無線機でも、この南方では不具合が多発するのは、こういう細かい部分の技術力が不足しているからと言えるな」

そう言いながら、タッチペンで、コンソールを操作しながら、

「こう、昔から日本ってのは、着眼点はいいが、実用性に乏しいというのは悲しい現実だよな」

すると、レーダーオペレーター妖精が、真上を指さし

「まあ、その最たる例が、今真上にある、これですか?」

要撃士官妖精は、

「まあ、そういう事だな」と頷いた。

「自分達で開発した技術で、やり込められてしまうというのは、何とも悲しいもんだよ」と呟いた。

 

早期警戒機E-2Jに搭載されているレーダードーム

簡単に言えば、でっかい八木アンテナである

この汎用性の高い指向性アンテナは1920年代後半に、その名前の通り、日本人によってその特性が発見され論文が発表されて以降、世界中で研究、開発が進んだが、なぜか日本ではあまり重要視される事なく、戦中まで注目される事が無かった。

しかし、欧米各国では、指向性電波、即ちレーダー開発において画期的な改革をもたらした。

そう言う意味では、自ら作り出したものに対して、正当な評価が出来なかった例である。

 

要撃士官妖精は、

「でも、今回はそうはいかん。彼方の世界の借りは、此方できっちりと返させてもらう」

そう強く言葉にした

 

 

 

 

「エネミーアルファ01、並びに02。降下しています!」

こんごうのCICに、対空監視を担当する士官妖精の声が響いた。

 

前方の壁面にある大型ディスプレイには、E-2Jが捉えた深海棲艦のPBY2機の戦術情報が、刻々と表示され、未来位置がベクトル表示されていた。

その画面を、じっと凝視するこんごう、そしてその横にはすずやがいた。

「PBY2機とも降下し始めましたけど、どうするつもりでしょうか?」

そう言うすずやにこんごうは、

「トラックまで、500kmを切ったわ、対空電探を警戒して高度を落としているとみるべきね」

「対空電探ですか? でもトラックの艦艇には、電探装備艦は少ないという事になってますけど」

こんごうは、にこやかに

「すずや補佐。表向きにはね」

「でも、三笠様や戦艦金剛さんの情報が漏れたとはおもえませんが」

するとこんごうは、

「多分、パラオの亡霊の効果がでているわね」

「パラオの亡霊ですか?」とすずやが聞くと、

「そう、先のパラオ防空戦では、此方はS級完全勝利を収めたわ」

「はい、まるで教本通りの戦いでした」

「逆に言えば、深海凄艦側から見れば、行く先々で私達が待ち構えていたという事になるわ」

「はい、こちらは、先手を打ち続けました」とすずやが答えた。

こんごうは、

「確かにパラオ艦隊と私達で戦うとなれば、先手で打たなければ、勝ち目はない。その辺りの先見性は司令のお得意とする所だけど、向こうは、生還した者からパラオ戦の詳細を集めて、分析したはずよ。何故自分達の最新鋭艦隊が敗北したのかと」

頷きながら、黙って聞くすずや。

こんごうは、静かに

「今、マーシャルの深海棲艦の首脳部は、見えない敵、理解できない敵に最大の警戒をしている頃よ。パラオ戦の敗北は偶然だったのか、それとも計算された敗北だったのかと」

すずやは、

「では、艦長。この偵察も」

「そう、此方の力量を計ろうとしているわ」

こんごうはそう言いながら、

「残念だけど、力量を計っているのは、向こうではなく、此方だけどね」

こんごうの脳裏に、いずものCICで、不敵にほほ笑みながら、次の一手を模索する由良司令と、冷静にそれを見るいずもの姿が浮かんだ。

こんごうは、CICの艦長席で、その長くすらりと伸びた足を組み、じっとモニター画面を睨みながら、優雅に、

「相手が悪かったわね。うちの司令は、米第7艦隊を相手に、互角に戦う方なの」と静かにほほ笑んだ

 

その後、深海棲艦のPBYはトラックの泊地の手前150kmまで進入。

段階的に高度を下げ、最終的に500mを切ったが、上空で監視するE-2J、及び泊地内部で待機中の三笠、金剛のOPSレーダーに捕捉されていた。

その後反転し、夜明け前に探知エリアを出た。

 

 

トラックの泊地に、朝日が昇る頃。旗艦瑞鳳以下のパラオ対潜部隊は、泊地の西側入口の水道へ入ろうとしていた。

トラックの泊地は、周囲を珊瑚礁に囲まれた自然の要塞ともいえる場所であるが、それゆえに、泊地内海へ入る為の水道は限られる。

特に大型艦が入港する場合は、水深を確保する必要がある為、潮位には十分注意する必要があった。

慎重に水路へ入る、瑞鳳率いるパラオ艦隊

先頭は、長波、そして陽炎、旗艦瑞鳳、最後は防空駆逐艦秋月が単縦陣で、トラック泊地へ入ってきた。

朝日を浴びながら進むパラオ艦隊を、じっと見る一人の少女

 

駆逐艦不知火の艦橋横の見張り所で、艦娘不知火は、双眼鏡越しに入港してきたパラオ艦隊を見ていた。

開口一番、

「なぜ、陽炎が先頭ではないのですか!」と呟いた。

それを横で聞いた不知火副長妖精は、

「そこまでは解りませんが、陽炎さんもほらいますよ」

と次艦の陽炎を指さしたが、不知火は不満そうに、

「先輩格である、睦月さんや、皐月さんならわかります。しかしなぜあの“ドラム缶長波”が先頭なのか、不知火には理解できません」

すると副長は、

「まあ、艦隊の露払いができるほど、長波さんの練度が向上したという事でしょう」

その長波は、無難にトラックの泊地の水道を抜け、停泊予定地の春島錨地へと艦隊を誘導していた。

不知火は、不機嫌に、

「多分 陽炎の指導のおかげでしょう。陽炎には同情します。あのような出来の悪い子をあてがわれるとは」

「不知火艦長!」と副長は慌てたが、

それに構わず不知火は

「陽炎は、我が陽炎型のネームシップ。その技量は素晴らしく、とても不知火などは足元にも及びません。その陽炎が後方泊地の警備などという閑職。陽炎には、我が第二水雷戦隊こそふさわしい働き場所です」

そう言いながら、

「まあ、いいでしょう。今回こそちゃんと陽炎とお話して、陽炎を二水戦へ復帰させます」

すると副長は、

「しかし、それではパラオの皆さん、由良さんや鳳翔さんがご納得しないのでは。第一、あのパラオ提督をどの様に説き伏せるのですか?」

「うっ」と言葉に詰まる不知火

不知火は、ぐっと前方を通過する陽炎の艦影を見ながら、

「それでも不知火は、諦めません」そう言い放った。

 

 

「へっ、へっくしゅん!!!」

 

 

何とも言い難い、声が艦橋内部に響いた。

「陽炎艦長、風邪ですか?」と冗談まじりに陽炎副長が声をかけると、その声の主、艦娘陽炎は、

「うう、ちょっと悪寒が」といい、

「もう、作戦前、いえ作戦中に風邪なんて。それこそ不知火達に笑い者にされるわよ」

そう言いながら、艦長席で、手元に折り畳んだトラックの泊地内部の航路図を睨んだ。

「航海長! 右舷方向に浅瀬があるわよ」

「はい! 右舷見張り員。警戒せよ!」

艦橋横の見張り所から、元気な声で

「はい! 確認しました。問題ありません!」

陽炎は、操舵艦橋後部に新設された電探員に向い

「海上レーダーの様子は?」

「はい。動作問題ありません。本艦の進路上に障害となる船舶もありません」

「よし」と頷く陽炎

新しく新設されたマストに設置されたOPS-20で探知した水上目標は、その進行方向や識別符が画面上に表示される。

操舵手妖精は、その表示されたベクトル表示を見ながら、接近艦を回避する事もできる。

陽炎が座る艦長席に設置された小型モニターにも航海レーダー情報が表示され、泊地内部に停泊する金剛や、三笠の識別符が確認できた。

 

再び、海図へ視線を落とす陽炎

トラック泊地は、四季諸島と呼ばれる4つの大きな島と七曜諸島と呼ばれる7つの中規模の島々、そしてその周囲を小島が点在し、その周囲を珊瑚礁が囲む。

その為、大和などの大型艦が停泊できる場所は四季諸島の水深の17mある春島錨地が割り当てられていた。

春島錨地は、水深が深い場所が多く、大型艦の運用が比較的しやすい環境が整っていた。

長波に先導され、パラオ艦隊は事前に指定された春島錨地を目指した。

慎重に進路を取る長波

それを、後方から見る陽炎

双眼鏡越しに、前方の駆逐艦長波を見ると、艦橋横の見張り所で、身振り手振り、あちこち動き回りながら、操船指揮を執る長波の姿が見える。

特徴的な黒と桃色の混ざった髪が、大きく揺れているのが見てとれた。

「長波艦長、確かトラック泊地は初めてですよね」と副長が声を掛けた。

「そうね」と陽炎は、双眼鏡から目を離さず、じっと長波の艦影を見ながら、

「最初は、私が先導して、春島錨地にはいりましょうって提督に進言したの。そしたら提督から、これも経験だから、パラオからトラックまで全行程の露払いをやらせてみろって」

すると、陽炎副長は

「では、合格という事ですか?」

「う~ん、半分かな」と言いながら陽炎は、

「この戦いを無事、乗り切ったら“陽炎教官”から“陽炎さん”に格上げしてもいいわね」

すると、副長は、笑みながら

「意地悪ですな」と言ったが、陽炎は

「当たり前よ! もう一人の私は、あんな立派な艦娘を4人も育てたのよ。この私も手抜きはできないわ」

「そうですな」といい、副長も強く頷いた。

 

そんな彼女達をじっと見るひとりの男性

「来たな!」といい、広く開かれた飛行甲板の上で、双眼鏡を構えていた。

ふと後ろから

「何してるの? 多聞丸?」と声をかけられて振り返ると、艦娘飛龍が立っていた。

第2航空戦隊司令。 山口少将は早朝から彼女達が入港してくるのをじっとまっていた。

双眼鏡で、隈なく先頭の長波から殿の秋月までをなめるように見わたした。

「やはり、改修されているな」

「改修?」と飛龍が不思議そうにいうと、山口は双眼鏡を飛龍に渡し、

「先頭の長波を見て見ろ、あのマスト!」

飛龍は双眼鏡を受け取り、パラオ艦隊の先頭の長波を見た。

「変なマストですね。 傾いていますよ」と言いながら、

「何かクルクル回る物が、二つ見えますけど!」と声を上げた

山口は腕を組みながら

「あれが最新の電探だそうだ。対空と対水上の電探だ」

「本当ですか!」と飛龍は言いながら、双眼鏡を構え直した。

艦橋横の見張り所で、うろつく長波をみて、

「ドラム缶! 発見!」と声を上げた

しかし、山口は、

「瑞鳳を見て見ろ!」

飛龍は、そのまま双眼鏡を、少し後ろを航行する瑞鳳へ向けた

「あれ? 瑞鳳ちゃんもへんなマストを装備してます」といい、続けて

「新型の電探も見えます」といい、つい

「いいな、飛龍も欲しいです。多聞丸!」と本音が出た。

飛龍は、そっとその後方の秋月を見て、

「秋月ちゃんも、電探装備してますね!」と言いながら、

「あの後部砲塔前の白い筒はなんでしょうか?」

すると、山口は、ニヤリと笑い、

「何か面白そうなものがあるな。行ってみるか?」

飛龍は

「じゃ、照月ちゃん達と行ってみましょうか?」

山口は、

「そうだな、南雲さんも多分、見ているはずだ。皆で見学といくか」といい、そっと飛龍をみた。

「行きましょう!」と飛龍も笑顔で答え、そして

「何があるのか楽しみです」

 

そう答える飛龍の前を、パラオ艦隊は、通過して行った。

 

 

春島錨地へ入ると旗艦の瑞鳳は艦隊を解き、各自投錨地を決め、ゆっくりと進んだ。

錨地の奥には、その巨体を携える大和、そして威風堂々の長門、その影になるようにひっそりと戦艦三笠がいた。

その先には金剛達第三戦隊の4隻、そしてその並びには、同じ第一艦隊の扶桑に山城の姿も見える

少し離れた所には、摩耶に鳥海、そして赤城や加賀などここはまさに、重巡、戦艦、空母の聖地である。

本来、駆逐艦である長波や陽炎、秋月は、夏島周辺の錨地が割り当てられるが、今回は、その行動自体が秘匿されているので、機密保持ができる、この戦艦区域での投錨となった。

先頭の長波が戦列を離れ、機関後進をかけ、行き足を止め始めた。

その右横へ並ぶように陽炎も、機関後進をかけ、減速した。

艦内に入港用意のラッパが鳴る。

甲板員妖精が一斉に甲板上に出て、投錨準備を始めた。

陽炎は、

「航海長、錨鎖長は?」聞くと、

「この場所の水深がおよそ15mですから、135mって所ですね」

「問題ないわね」

「はい。」

艦内放送で

「錨泊準備! 艦首右錨用意!」と号令が掛かった

通常は、錨は巻き上げられて、錨鎖環というブレーキで引き留められているが、それを少し緩めて、海面近くまで右舷の錨を降ろした。

船体がゆっくりと停船すると、最初に水深を図る為に錘付きの縄が海面に投入された。

投入された縄の長さで水深を、錘に付いた海底の沈殿物で、海底の地質を調べるのだ。

いくら海図で、確認しているとはいえ、きちんと水深を確認しておかないと、後でとんでもない事になる。

水深を確認した甲板員妖精が、大声で、

「水深15m!」と報告してきた。

航海長は、再び、鎖の長さを計算し直し、

「行けます」と答えた。

それを聞いた陽炎は、

「投錨!」と凛と命じた。

 

甲板上で待機する水雷長が、

「錨打て!!」と号令を掛けると、甲板員が、錨へと続く鎖を固定していたクサビをハンマーで打ち外した。

ガラ、ガラと最初はゆっくり、そして次第に勢いよく鎖が流れ、錨が海面に落下する。

直ぐに甲板員が錨鎖環のハンドルを操作して、鎖の流れにブレーキをかけ、落下速度を調整した。

この何気ない投錨作業、実は危険極まりない作業である。

錨自体の重さは、駆逐艦とはいえかなり重い。それが勢いよく落下し、流れる様にそれに繋がる鎖が動く!

もし、流れる鎖に足でもとられようものなら、大変である。

投錨作業は、危険な作業でもあった。

そして、もっと危険なのが、投錨作業中の鎖の暴走である。

錨泊地の水深が深い場合、無理に投錨すると、投錨した鎖の重さに錨鎖環(ブレーキ装置)が耐えきれず、鎖が流れ出し、最悪、錨ごと海中へ紛失するという事態を招きかねない。

水深をきちんと測定し、錨鎖長から荷重を計算し、鎖の重さがブレーキ装置の限界を超えていない事を確かめておかないと、錨の紛失という大失態を招く。

それだけ、錨を降ろすというのは、慎重にやる作業なのである。

 

じっと、艦首から流れる鎖を見る陽炎

その鎖の流れが、静かに止まった。

「よし」と声に出す陽炎

航海長へ

「下は、砂地?」と聞くと、

「はい、少し珊瑚礁がありますが」と答えが返ってきた。

陽炎は、内心

「珊瑚さんごめんなさい」と思いつつ

「航海長、錨泊作業お願い」と残りの指揮を委ねた。

テキパキと錨泊作業をこなす甲板員達

陽炎は、見張り所で、周囲を見回した。

既に投錨作業を終えた長波、

瑞鳳は錨を海面近くへ下し、「吊り錨」状態で投錨の機会をうかがっているのが分かる。

少し離れたところに、秋月が停船した。甲板要員がせわしなく動いているのが見える。

 

甲板上で作業をする水雷長達を見ながら、

「副長、私はこの後提督達と司令部へ挨拶にいきます」

「はい、伺っています」

「燃料の追加補給の後。明日の早朝には、出港だから、機関の火は落とさないで」

「はい」

「それと、乗員は半舷上陸を許可します」

「よろしいのですか? 明日の朝には出港ですが?」

陽炎は、

「いいわよ、今のうちに酒保で、美味しいものでも食べておいて。ここを出たら暫く死線を彷徨う事になりそうだから」

副長は、

「そうですな、ではお言葉に甘えます」といい、艦橋内部へ向い

「聞け! 艦長から半舷上陸の許可が出た! 各科班長は希望者の編成を組め!」

「半舷上陸! 本当ですか!」

艦橋内部から声が返ってきた

「本当だ! 時間を無駄にしたく無ければ、停泊作業を終わらせろ!」と副長が発破をかけた

「おおお!」と艦橋内部から声が上がる

直ぐに艦橋付の水兵妖精が艦内放送で、半舷上陸許可の放送をかけると、艦内のあちこちで声があった。

それを見た、陽炎は

「副長、皆に余り羽目をはずさないように注意喚起しておいて、それとお酒はダメよ」

「はい、下船前の点呼時に徹底します。」

陽炎は

「それと、上陸できない者の為に、誰か買い出しに行かせて」

副長は、

「主計科班長が、多分希望者の買い出しに出ますので、大丈夫かと」

「艦長は何かご入用で?」と副長が聞くと

陽炎は少し考えたが、

「多分、あとで艦娘寮へ顔を出すから、その時にでも酒保へ寄るわ」

そう答えながら、甲板上の停泊作業を見守った。

 

 

その後、陽炎達は、迎えの内火艇に乗り、泊地提督達と揃って、戦艦三笠へ向った。

戦艦三笠へ乗船すると、副長の先導の元 士官室へと案内された。

そこには、すでに山本、宇垣、三笠、そして金剛が待っていた。

 

テーブルを挟んで、山本の前に整列するパラオ艦隊の提督と艦娘達

提督が一礼すると、それに習って瑞鳳達も一礼し、

「パラオ対潜部隊、只今到着いたしました。」と提督が申告した。

山本は、

「遠路、ご苦労だったね」といい、対面の席を勧めた

着席する提督達。

提督は、数日前に山本達にあったばかりであるが、瑞鳳は久しぶりの対面である。

やや緊張していたが、士官室付きの水兵妖精が早速、綺麗に磨き上げられたカップとソーサーを皆の前に並べ、金剛が淹れた紅茶が、ティーポットから静かに注がれていった。

山本は、温かい湯気が昇るカップに、山盛りの砂糖を入れながら、

「さあ、温かいうちにいただこう」といい、続けて

「道中、変わった事は?」

それには、提督が

「はい、自衛隊艦隊の協力の下、敵潜水艦部隊との接触もありませんでした。同行したはるなさんの話では、周辺海域に気配を感じないそうです」

山本は、それを聞き、

「やはり、マーシャル方面に戦力を集中し始めたということか」

山本は、紅茶を口元へ運びながら、そう呟いた。

宇垣が、

「瑞鳳、艦隊旗艦として、初陣だがどうだ?」と笑顔で聞くと、瑞鳳は、少し照れながら、

「はい、緊張してます」と正直に答えた

すると、三笠が

「よい、よい。のう金剛」というと、

「そうデス! 瑞鳳ちゃん。赤城の様に油断すると、また25番を食らうネ」

瑞鳳は、焦りながら、

「そっ、そうですね」と答えると、

「瑞鳳ちゃん、ダイジョウブデス! 潜水艦は陽炎達が、敵機は秋月が仕留めますから、no problemデス!」と。

すると、三笠も

「そうじゃ、旗艦は、ドンと構えておればよい」

「はあ」と答える瑞鳳

 

宇垣は、並んで座る長波をじっと見た

“いい顔になってきたな”そう実感した。

既にパラオ近海でのカ級戦、防空戦、そしてこんごう達と共同での艦隊戦など幾多に渡り修羅場をくぐり抜けた。

もう練度、経験値でいえば、姉の夕雲を追い抜いているといえる。

そんな長波に、宇垣は

「どうだ、長波。初めてのトラックは」

「はい、予想以上に湾内が複雑だったので焦りましたが、何とか無事入港できました」

「そうか、夕雲達も来ているから、後で顔をだしてやれ」

「はい、ありがとうございます。」としっかりと受け答えした。

以前なら、悪態の一つでもいう所であるが、しっかりした物であった。

宇垣は、

“経験は艦娘を変えるというのは、本当だな”と痛感した。

そして、

「陽炎、秋月も、ご苦労だったな」というと、

「いえ、問題はこれからです」と陽炎が代表して短く答えた。

頷く泊地の艦娘達

 

山本は、

「さて、時間もおしい事だ。会議を始めよう」というと、金剛は、手元のタブレットを操作して、壁面の大型ディスプレイを起動し、トラックの北部海域を一足先にマーシャルの方面に進行するいずも艦内のCICで待機する自衛隊司令と副司令官のいずもを映し出した。

 

「おはようございます」と一礼する、自衛隊司令といずも

山本が、

「おはよう、司令、いずも君」といい、

「昨晩は遅くまで済まなかったね。礼を言うよ」と、深夜に飛来した深海棲艦のPBYに対する監視の礼を言うと、司令は

「いえ、自分達は座っていただけですので、現場の者達に伝えておきます」

山本は、その返事を聞くと、早速本題に入った。

「さて、パラオ艦隊の当初の目的である。中間海域に展開する敵軽空母群と潜水艦艦隊に対する作戦行動については、変更はない。」といい、瑞鳳達をしっかりと見ながら

「日頃の訓練の成果を存分に発揮してもらいたい」

 

「はい!! 長官!」

 

瑞鳳以下の艦娘達が一斉に、元気な返事をしてきた。

それを満足そうに聞く山本達

宇垣はその声を聞きながら

“その自信に満ちた声、期待できる”と彼女達、一人一人をぐっと見つめた。

山本は、

「問題は、ここ数日の深海棲艦の夜間偵察だが、前回のパラオ防空戦においては、敵B-17を用いた爆撃の為の情報収集であったが、今回の偵察をどの様にみる、自衛隊司令」

すると自衛隊司令は、

「昨夜の偵察を含め、過去3回の偵察時の行動を見る限り、此方のレーダー監視能力を探る目的であると推察します」

「やはり、そうなるかな」と山本が言うと、自衛隊司令は

「単機による探知範囲の確認。3回目は複数機による精度の確認と推します」

宇垣は、

「此方が手出しせずに、そのまま見送ったが、それで良かったのか?」と聞くと、自衛隊司令は、画面越しに

「本職はそう考えます。本来トラックには、陸上配置型の電探は配備されておりません。艦載型の電探も泊地内部では、保守の為運用されていなかったと記憶しております」

山本は、少し表情を厳しくして、

「誘い込むか? 司令」と聞いた。

すると自衛隊司令は、口元に笑みを浮かべ

「探知は、こちらが。迎撃はそちらで」

すると宇垣は、

「摩耶辺りが聞いたら、小踊りしそうな状況だな」

三笠は静かに、

「パラオの亡霊の再来かの」というと、いずもが、

「金剛さんもいらっしゃるので、“トラックの魔女”というのは、どうですか?」

すると、金剛は、

「witchのperformanceなら、こんごうちゃんの方が数段上ネ」

「ですね」と頷く陽炎達

笑みのこぼれる室内に、山本は、

「奴ら、航空攻撃をするにしても、どこからするつもりだ。空母群を前に出せば、此方のイク達に捕まるはずだ」

宇垣も、

「こちらの陸攻の様な機体が、向こうにはありません。B-17もラバウルで叩きました。マーシャルの方面での目撃情報もありません」

三笠が、

「なら、使える機体はB-25か、空母艦載機だけじゃが、どちらも足が足らん」

しかし、泊地提督は、表情を厳しくして

「長官、まさかとは思いますが、深海棲艦はあの手を使う事は考えられませんか?」

山本は、

「空母にB-25を搭載しての強襲か?」

「えっ!」と驚く瑞鳳達

「提督そんな事ができるのですか?」と瑞鳳が聞くと、

「ああ、かなり限定された運用状況だが、可能だ」と提督は答えた。

 

すると、自衛隊司令が、

「その件について、検討したい資料があります」

「検討?」と山本がいうと、

自衛隊司令は

「いずも、例の資料を表示してくれ」

「はい」と答えたいずもは、画面を分割して、海図を表示した。

そして、

「これは、マーシャルとの中間海域の海図ですが、これに一昨日からの偵察機の飛行航跡を表示します。」

3本の点線が表示された。

一昨日からの深海棲艦の偵察飛行の航跡だ。

2本は三笠、金剛のFCS-3が探知した航跡、1本は自衛隊のE-2Jが追尾、探知した航跡である。

いずもは

「昨夜の航跡に、ご注目ください」と皆の視線をその航跡に集中させた。

「こちらの早期警戒機が、撤退する敵偵察機を監視した所、この地点で降下を開始し、その後 探知できなくなりました」

「探知できない?」と宇垣が聞くと、

「はい、着水したと考えられます」といずもが答えた。

そこは、トラック、マーシャルの中間海域から少しマーシャルの寄りに入った、深海棲艦の制圧海域であった。

「燃料補給か?」と泊地提督が言ったが、その海域を見て宇垣が、

「確かあそこは!」と声を上げ、

「金剛、海図を取ってくれ!」と叫んだ。

 

金剛は後にあったマーシャル方面の大判の海図を取り出したが、宇垣は

「それじゃない、中間海域の詳細海図だ!」

すると、金剛は、その横にあった海図を手にとり、

「これですネ!」といい、宇垣の手元へ置いた。

海図を広げる宇垣

「やはりだ!」

 

宇垣の慌てようを見た山本が

「何かあるのか?」と聞くと、

「長官、あそこは、浅瀬です。干潮時は、海底が海面上にでる程の浅瀬があります」といい、続けて

「黒島と作戦行動海域を選定する際に、水深が浅すぎるという事で、除外しました。此方の潜水艦の行動も制限される事から、偵察哨戒範囲から除外されている区域です」

「空白地帯か!」と山本が言うと、

「はい」と宇垣が答えた。

 

自衛隊司令は、

「山本長官。自分は、PBYはそこから来たと考えています。そこには何かあると考えています」

「何か?」

「はい」と静かに答える自衛隊司令

「探る必要があるという事じゃな」と三笠が言うと、

「しかし、相手の制圧圏内ですが」と宇垣がいったが、それには自衛隊司令が

「あと数時間で、いずもの艦載機の偵察圏内に入ります。状況が整い次第、探りを入れます」

山本は

「頼めるのか?」と聞くと、司令の横に立ついずもは、にこっと笑い

「長官、間宮羊羹、期待していますわ」と静かに言った。

 

ぷっ!

 

吹き出しそうになる陽炎達をみて山本は、

「それで済むなら、いくらでもお願いしたいよ」といい、頭を掻いた

笑いの漏れる三笠士官室

 

その後、暫し状況分析があり、解散となった。

提督と瑞鳳はそのまま自艦に戻り、瑞鳳に同乗してきた、あかしの工廠妖精をつれ大和と大淀へ向った。

目的は、デジタル通信機の設置である。

 

陽炎と長波は、トラックの夏島にある艦娘寮へ向い、秋月は、来客対応の為、自分の艦へと帰ってきた。

接舷された内火艇を降りると、足早に舷梯を駆け上がった。

舷門で迎えの副長へ

「お客様は?」と聞くと、

「先程出たと、連絡ありました。間もなくご到着です」

そう言ううちに、舷梯には、別の内火艇が接弦した。

 

秋月では、副長以下の幹部が来客を迎える為に、舷門横に整列した。

舷梯を昇る足音が聞こえる。

舷門の当直妖精が、舷門送迎のサイドパイプを綺麗に鳴らした。

それに合わせ、一斉に秋月達が姿勢を正し、敬礼する。

舷門に現れたのは、第一航空艦隊司令南雲司令、一航戦の旗艦赤城、そしてその後ろに、二航戦司令の山口、そしてその旗艦の飛龍であった。

舷門に上がる南雲へ

「南雲司令長官。ようこそ駆逐艦 秋月へ」と元気に挨拶した。

南雲は、笑みを浮かべながら、

「秋月、久しぶりだ。元気そうでなにより」といい、横に並ぶ赤城も

「秋月さん、入港直後忙しい所、押しかけてごめんなさいね」

すると、秋月は

「いえ、栄えある第一航空艦隊の皆さまをお迎えできて、秋月光栄であります」と凛と答えた。

秋月は、山口や飛龍とも挨拶を交わしている内に、最後に舷梯を登ってきた二人をみて、

「照月! 初月! 元気だった!?」と駆け寄った

「秋月姉!」

「秋月姉さん」と照月達も秋月へ飛びついた

「二人とも、南雲司令や赤城さん達にご迷惑をおかけしてない?」と秋月が聞くと、

「うん、大丈夫よ」と照月は元気に答え、

「僕も大丈夫」と初月は、控えめに答えた。

「そう」といい、二人の手を取る秋月

嬉しそうに姉妹艦との再会を果たす秋月を、静かに見る赤城

南雲は、

「赤城、どうした?」

「いえ、南雲司令」といいながら、

「私は、姉妹艦というのがおりませんので、ああいう姿をみると、つい」

「そうだな」と南雲はそっと言葉を掛けた。

 

赤城は、元々は天城型巡洋戦艦の二番艦として、計画された。

元は戦艦なのだ。

1916年、戦艦天城、そして赤城、翌年には同型艦の高雄に愛宕の建造が議会で承認されたが、ワシントン海軍軍縮条約にて、天城型巡洋戦艦の建造自体が撤回される事態となり、建造初期段階であった三番艦高雄と、四番艦愛宕の建造が中止。資材確保の為 解体処分となった。

ほぼ形になりつつあった天城と赤城は、条約により、補助艦艇として空母への改装が可能であった為、空母へ生まれ変わる事になった。

しかし、そこへ更なる不運が襲った。

1923年9月 関東地方を襲った大地震により、改装中の天城は船台より落下!

船体重要部位のキールを大破する。

調査の結果、修復不能と判定され、天城も完成しないまま解体処分となり、建造、

就航できたのは、赤城ただ1艦のみであった。

艦娘赤城は、第一航空艦隊の旗艦として、面倒見の良いお姉さまという印象であるが、彼

女自身は、孤独でもあった。

 

はしゃぐ照月達を宥めながら、秋月は

「南雲司令、急な御来艦ですが、御用は?」

「いや、パラオ泊地提督より、君達が色々と最新装備を持っていると聞いてな。ぜひこの眼で見ておこうと思ってな」

すると、秋月は

「その件につきましては、泊地提督からお聞きしております。では此方へ」といい、南雲司令達を艦橋内部へ案内した。

操舵艦橋内部、後方に新設された電探員席へ案内し、

「これが、軽巡、駆逐艦用にパラオで開発された新型電探です」といい、OPS-20や24のレーダーモニター画面を見せた。

「凄い! 秋月姉! これキラキラ光ってますよ!」と画面を覗き込む照月

同じ様にモニター画面を見ていた初月が、急にフラフラしだした。

「目、目が回る!!」といい、派手に尻餅をついた

どうもクルクルと回る走査線を目で追って、目を回したようだ。

思わぬ反応に、笑いだす秋月

 

秋月や副長達は、山口や赤城達に機材の説明を続けた。

南雲は、そんな秋月姉妹たちの姿を見ながら、綺麗に整備された艦橋内部を見回し、

新設された電探や無線装置、色々な装置の付いた真新しい艦長席を見て、

「やはり、旧態依然の戦い方では、駄目だという事か」

そう強く実感したのであった。

 

 

秋月達が和やかに過ごしていた頃、ここ夏島にある艦娘寮の食堂では、一触即発の状態が生じていた。

テーブル越しに対峙するのは、

陽炎型2番艦 艦娘不知火

対峙するのは夕雲型1番艦の艦娘夕雲であった。

不知火の後には、いつも一緒の黒潮や、同じ陽炎型の親潮、騒ぎを聞きつけた天津風や時津風がいた。

夕雲の後には、配属間もない巻雲や高波が立っていた。

そして、テーブルには、陽炎と長波が座っている。

因みに夕雲達と一緒にいた秋雲だが、この睨み合いの状況の中、冷静に椅子に座る陽炎へ

「陽炎姉さん、私はどっちに?」というと

「話がややこしくなるから、あんたは真ん中に座ってなさい!」

と言われ、渋々テーブルの真ん中の席へ座った。

 

緊張感漂う中、口火を切ったのは夕雲であった。

「不知火さん、幾ら先任とはいえ、今の発言は失礼です!」

すると、不知火は

「そうでしょうか? 不知火は事実を言ったまで、この不知火に落ち度でも」といい、夕雲を睨み返した。

 

睨み会う二人を、下から見上げる陽炎と長波

くいっ!

陽炎の袖口を誰かが引っ張た。

振り返ると、黒潮である。そっと陽炎へ

「陽炎。この状況、どないするねん!」

「どうって?」

「このままだと、まずいで」と黒潮

 

「はあ~」と陽炎は、深くため息をついた

 

なぜこうなったのか?

話は少し遡って、山本達に挨拶を終えた陽炎と長波は、それぞれの姉妹艦達に挨拶をする為、この夏島にある艦娘寮へと来たのだ。

たまたま寮の食堂の前で、夕雲達と会い、食堂のテーブルへ懸け、挨拶を交わしているところへ、不知火達が陽炎を探してやってきた。

ところが陽炎は、夕雲達との話に夢中になっていて、入口から入ってきた不知火や黒潮に気がつかなかった

食堂に響く、陽炎達の笑い声につい、不知火はカチンと来て、つかつかと陽炎の下へ行くと、

「二水戦嚮導駆逐艦である、この不知火に挨拶なしとは、陽炎も偉くなりましたね」と声を掛けた。

振り返りながら、陽炎は

「あっ、御免。先に夕雲達にあったからつい話込んじゃった。忘れた訳じゃないのよ」

と、いつものお気楽モードで話した。

直ぐに、対面に座る長波が席を立ち

「ご無沙汰しています。不知火さん」と丁重に挨拶した。

 

「うっ」

少し身構える不知火

じっと長波を見た。

最後に長波にあったのは、呉の艦娘学校で訓練を受けていた頃であるが、その時に比べ、顔立ちが精悍になっている!

表情も他の夕雲型より、大人の雰囲気が漂う

陽炎と並んでも、遜色を感じない。

いつもなら、「長波様だ~!」といい、悪ガキ大将であったが、目の前にいる長波は、ある意味“別人”かと思いたくなる。

 

ふと、焦りが出た。

つい

「こんにちは、長波」と言いながら、

「陽炎には、同情します。今回の様な重要な作戦に、長波のような経験不足の子を僚艦にするとは、パラオの提督は何を考えているのでしょう」

すると、陽炎は、

「あらそう? でも、長波やるわよ」と、平然と答えた。

「それはどういう事ですか、陽炎? 長波は呉でも、ドラム缶を爆雷と間違えて投下するほど、練度が低かった筈です」

陽炎は、

「あんたは、いつまでそんな古い話をしているの?」と呆れたが、長波も

「不知火さん、確かに呉時代の長波は、ドジでしたが、パラオで陽炎教官や由良さん、睦月さん、皐月さん、皆さんのご指導を受け、今回の作戦では対潜前衛部隊として抜擢されました」

「陽炎教官?」

長波の言葉に不知火が反応した。

「そっ、長波は今。私が直接指導しているの」

「陽炎が指導教官ですか!」

「そう言う事。長波の実力は、パラオ提督や由良さん、鳳翔さんや睦月達もちゃんと認めているわ、じゃなきゃこの厳しい作戦で、私の僚艦は務まらないわよ」

すると、不知火は、

「しかし、陽炎。このドラム缶がパラオへ配属されてまだ一ヶ月と少々。その短期間で実力が上がるとは思えませんが」と長波を指さした。

「不知火。一ヶ月あれば十分よ、元々実力のある夕雲型よ。きっかけさえあれば夕雲達も立派になるわよ」

その言葉を聞いて、明るい表情になる夕雲達

すると、不知火は

「パラオは、それほどのんびりしているのですか? この様な経験不足の子を使うとは」と長波を睨み、

「陽炎は、我が陽炎型のネームシップです。パラオという後方泊地ではなくトラックの様な前線泊地でこそ、その実力が発揮できるというものです」

「そう? 私は結構気にいってるけど、パラオ。ご飯は美味しいし、優秀な教え子が沢山いるし」

「沢山?」と不知火がきくと、

「そう。この長波をはじめ、私の教え子たちはみんな優秀なの」

すると、不知火は

「陽炎も、後方勤務で、気が緩みましたか?」と聞き返した。

横に立つ黒潮が

「不知火、それ言い過ぎや」と注意したが、不知火は遂に

「パラオはお気楽ですね」と言ってしまった。

それに反応したのは陽炎でも、長波でもなく、じっと話を聞いていた夕雲であった。

 

「不知火さん、幾ら先任とはいえ、今の発言は失礼です!」

 

…という流れである。

 

段々とトーンの上がる話しぶりに、近くに居た天津風や時津風なども集まり、次第に陽炎型対夕雲型という構図を生み出してしまった。

 

「はあ、困った」とため息をつく陽炎。

黒潮を横目で見たが、瞬間、黒潮はぶんぶんと顔を横へ振った。

“ダメ、あかん”という合図である。

陽炎は、この後の展開を想像した。

このまま展開がヒートアップすれば、不知火は

「これは駆逐艦(おんな)駆逐艦(おんな)の勝負です、口出し無用」とか言い出しかねない。

かと言ってここで、どちらかに加勢するわけにもいかないし。

と考えあぐねたその時、不意に背後から、

 

「不知火、そろそろ午後の教練の準備をしなくてもいいのかしら?」

 

そう優しく問いかけられた。

振り返ると、そこには、第二水雷戦隊旗艦である艦娘神通が、ニコニコしながら立っていた。

「えっ、はっ、はい!」と背筋を伸ばして挨拶する不知火達

陽炎や長波も席を立った。

神通は、手を叩きながら、

「お話は、課業が終了したあとで、ゆっくりしましょうね」と、不知火達を見た。

顔は笑っていたが、目は…である。

不知火や夕雲達は蜘蛛の子を散らすように散開した。

それを見た神通は、

「陽炎、もう少し強く言っても良くてよ」

「はい、今後注意します」

その返事を聞くと、神通は長波を見た。

長波は、神通をしっかりと見ながら、

「初めまして、神通さん。夕雲型4番艦を預かる長波です」ときちんと挨拶した。

 

神通は、優しく

「こんにちは。第二水雷戦隊旗艦神通よ」と気さくに挨拶してきた。

初めて、神通を見た長波は物腰の柔らかい印象を受けたが、そこは既に陽炎からあれやこれやと聞かされている。

慎重に対応した。

 

神通は、椅子を勧め、3人とも着席した。

「陽炎もトラックにきて早々、災難でしたね」

「はあ」と答える陽炎

「普段は、そんなにつんけんした所もないのですが、ああなるとのめり込むので」

「困ったものね」と神通も実感しているようだ。

そして、神通は、

「長波さんは、落ち着いていましたね」というと、

「はい。日頃から、陽炎教官に対処法を指導して頂いておりますので」と丁寧に答えた。

神通は

「私は最初に、長波さんが食って掛かると思っていましたが」

「昔の長波ならそうしていましたが、今は大切な作戦前です。事を荒立てるのは得策ではないと思いました」

「そう? それはなぜ?」と神通が聞くと

「長波達、パラオ対潜部隊は特殊装備をもった特化部隊です。ここで悪目立ちするのは、提督や由良さんのご迷惑になります」とはっきりと答えた。

 

神通は、

「良い判断のできる子ですね」と長波を褒めた。

 

神通は、横へ座る陽炎を見て、

「陽炎、以前頂いたお手紙の件ですが」

「はい、二水戦の嚮導の件ですね」

「その方は、今回の作戦に参加されるのでしょうか?」

すると、陽炎は声を潜め

「軍機ですが、秘匿部隊として」と短く答えた。

すると、神通は微笑みながら、

「では、技量は戦場で拝見できるという事ですね」

「はい」と短く答える陽炎

「陽炎の推薦なら、間違いのない方でしょう」といい、そっと席を立ち

「長波さん、陽炎の事。宜しく頼みます」

「はい、長波。全力で陽炎教官を補佐します!」と力強く答えた。

「陽炎」

「はい、神通さん」

神通は、

「よい生徒に恵まれましたね」と優しく微笑んだ。

「はい、これも神通さんのご指導のお蔭です」

 

それを聞き、満足そうに神通は静かに席を離れた。

 

通路へ消える神通を見送った陽炎は、一言

「はあ、これならまだル級を相手に、殴り合いをしてる方が楽」とつい本音を漏らした。

「ですね」と長波も同意しながら、二人して肩を落とした。

 

陽炎は、気を取り直して、

「さて、ここの酒保。伊良湖さんの妖精さんがやってるそうだから、饅頭も美味しいそうよ」

「本当ですか!」と目の色を変える長波

「さっ、饅頭でも食べて、休憩しよ、休憩!!」といい、長波と揃って席を立った

 

翌日からは、気の抜けない日々が来る。

そう思いながら、酒保へと軽い足取りで向った二人であった。

 

 

 





こんにちは、スカルルーキーです

まずは
祝! 25DD あさひ型2番艦 護衛艦「しらぬい」進水! おめでとうございます!
きたよ、来た来た。
ぬいぬい!!

さて、お話は、前哨戦の鍔迫り合いがはじまりました
先手を打つのはどちらか?

では、



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