分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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静かに眠る南の島
しかし、その島を目指し邪悪な影が静かに近寄ろうとしていた。




47 マーシャル諸島解放作戦 前哨戦1

 

トラック泊地より、帰島したパラオ泊地提督と自衛隊司令は、翌日の朝、パラオ泊地艦隊の全艦娘と自衛隊所属の艦娘達を、日本海軍パラオ泊地司令部2階の簡易指揮所へ集合させた。

 

綺麗に整理された室内に、きちんと椅子が並べられ、前列より、鳳翔、瑞鳳、駆逐艦の先任である睦月に皐月、そして陽炎に長波、秋月が並んで座った。

後列には、自衛隊のこんごうにすずや、ひえい、はるなにきりしま、あかしである。

全員が揃った頃を見計らい、泊地提督、秘書艦由良、自衛隊司令に副司令官のいずもが入室してきた。

鳳翔の号令で一斉に起立する。

 

静かに、前方に進み出る泊地提督

その横に由良、そして自衛隊司令達が並んだ。

 

「礼!」と鳳翔が号令を掛けると、素早い動きで一礼した。

 

代表し、答礼する泊地提督、そして

「掛けてくれ」

 

「着席」と鳳翔の切れのある号令が室内に響く。

ガタガタと少し音を立てながら、皆着席した。

泊地提督は、皆の前方へ進み出ると、静かに、泊地の艦娘達の顔を見た

 

“よし、皆 いい表情だ”

 

流石に、ベテランの鳳翔や、駆逐艦として歴の長い睦月、皐月は表情に余裕がある。

今回 対潜部隊の旗艦として出撃する瑞鳳も、気負う事なく、いつもと変わらず、

陽炎や長波、秋月も表情に余裕が見える。

“これなら、大丈夫だ!”と自身が指揮する艦隊を見た。

そして、後方に座るこんごう達を見ながら、

“これも、彼女達の指導のお蔭だ、それに報いる為にも必ず成果を残す”

 

泊地提督は、ぐっと鳳翔達を見て、

 

「時は、来た」と重く声にした。

 

頷く鳳翔達

 

泊地提督は、皆をしっかりと見ながら

「連合艦隊司令長官より、パラオ泊地艦隊に、マーシャル諸島解放作戦における対潜戦行動が下命された」

 

そして、

「我がパラオ泊地艦隊は、速やかに計画された作戦行動に従い、マーシャル諸島海域へ進出後、敵潜水艦部隊の殲滅戦を実施し、マ号作戦、各遊撃隊並びに空母機動部隊の進路を確保する」

 

「はい!! 提督!!」

由良を始め、泊地所属の艦娘達が一斉に返事をした。

 

泊地提督は、

「なお、今回も自衛隊の皆さんの後方支援を受ける。この場を借りて厚く御礼申し上げると共に、宜しくお願いしたい」

すると、代表してこんごうが静かに立ち

「我が自衛隊艦隊も微力ではありますが、各員心して、戦います」と挨拶した。

 

そっと、長波が、

「こんごうさん達の微力って、ヲ級空母の艦載機を瞬殺したり、カ級の魚雷をはじき返したり、B-17を叩き落とせる威力があります!」と突っ込んだ。

「こら! それを言わない!!」と横から陽炎が軽くげんこつを入れた。

笑いが漏れる室内

 

緊張感の緩んだ室内を見ながら提督は、

「皆、これは気をつけてもらいたいが、自衛隊艦隊はあくまで秘匿戦力であり、表に出る事が出来ない。今回の作戦は、全トラック泊地の艦艇と陸軍支隊も参加する大規模作戦であり、自衛隊艦隊は完全に影に徹する事になる。」

そう言うと、ぐっと皆を見ながら、

「いいか、この戦いは今を生きる我々の戦いである! 我々の流す血と汗が明日へ繋がる! そう彼女達へ繋がる道だ! それを心してくれ」

 

すると、一斉に

「はい! 提督!」と返事があった。

由良達 泊地の艦娘達にはそれで十分であった。

 

満足そうな表情を浮かべる泊地提督

「作戦について、秘書艦由良が説明する」といい、場を由良へ譲った。

 

静かに提督と入れ替わり、前方へ立つ由良

同時にいずもも席を立ち、由良の横で、タブレットを操作して、前方に据え付けられた大型ディスプレイを起動し、マーシャル諸島の海図を表示した。

 

そんな由良の動きを見ながら、瑞鳳はそっと横に座る鳳翔へ

「由良さん、最近、表情に余裕があるというか、落ち着きがありますね」

「そうですね、やはり、精神的に余裕があるという事ですね。近々、“改”の認定がでるそうですよ」

「いいな~」とつい本音が出る瑞鳳

すると鳳翔は、笑顔で、

「瑞鳳ちゃんにも、きっといい出会いがありますよ」

しかし、瑞鳳は、

「私より、鳳翔さんの方が先ですよ!」

「えっ! 私ですか!」と驚く鳳翔

 

すると、瑞鳳は、鳳翔の手を握り、

「鳳翔さん! 軽空母とは言え対潜空母になった私達! この作戦で頑張って、いい殿方を見つけましょう!」

と気迫迫る瑞鳳に

「そっ、そうね」と焦りながら鳳翔は答えた。

何か、あらぬ方向に頑張りを見せる瑞鳳。

“ふふ、これで姉さんにも負けないわ!”とぐっと目を輝かせた!

 

そんな皆を見ながら、由良は静かに、

「では、今回の作戦の概要について打ち合わせを始めます」といい、タブレットを操作した。

「本マ号作戦は、我が連合艦隊が、マーシャル諸島海域における、制海権ならびに制空権を取り戻し、同海域の実効支配を回復する事を目的としています」と言いながら、

「私達、パラオ泊地艦隊には、トラック泊地と、マーシャル諸島海域の中間海域に展開する敵、潜水艦部隊を殲滅し、本作戦の各遊撃隊並びに空母機動部隊の進路を確保する事が求められています」

そう言うと、タブレットを操作し、海図上に矢印を表示し、トラック泊地から進出するパラオ泊地艦隊を表示した。

由良は、

「現在の所、当海域には、十数隻のカ級並びにその後方には、指揮命令系統を統括するヌ級軽空母群が控えています」

由良は続けて、

「瑞鳳ちゃん率いる対潜部隊は、まずこのカ級潜水艦部隊を叩き、相手の動向を探ります。それと同時に索敵範囲を徐々に広げ、このヌ級軽空母群を発見次第、即時攻撃。相手の潜水艦部隊の指揮命令系統を破壊します」

頷く瑞鳳

 

由良は

「なお、瑞鳳艦隊は、継続して同海域で哨戒活動を実施しますが、もし、この動きに反応して、敵艦隊が急進してくるようなら、後方へ退避し、入れ替わりに三笠様指揮の水雷戦隊ならびに戦艦金剛さん指揮の第3戦隊が対応します」

すると瑞鳳が、手を上げ

「あのその場合、どこまで下がります? トラック泊地ですか?」

「いえ、このポンペイ島まで下がってください」というと由良はポンペイ島をレーザーポインターで指した。

「泊地艦隊は、このポンペイ島を拠点として活動します。此方から派遣される大艇改もこのポンペイ島を仮基地とします」

「了解です」と頷く瑞鳳

 

由良は、画面を操作しながら、

「瑞鳳艦隊は、その後同海域へとどまり、深海棲艦側へ圧力をかけ続けて下さい。」

「はい!」

 

由良は静かに鳳翔を見ながら、

「鳳翔さんと、同航空隊は、自衛隊艦隊旗艦いずもへ派遣。適時瑞鳳艦隊へ航空支援を実施してください」

「はい」と静かに頷く鳳翔

由良の横に立ついずもが、少し前に出て

「なお、瑞鳳艦隊には、自衛隊よりはるなが合流し、直接支援を。私の艦載機も後方より支援を行います」

はるなは席から立つと、

「私、はるなが同行いたします。皆さん、よろしくお願いいたします」と一礼した。

「うん、はるなさんが来てくれるなら大丈夫!」と長波が声にだしたが、横から陽炎が、

「ほら、そうやって気を抜くから、あんたは毎回模擬戦で追い込まれるのよ!」

「うっ!」を詰まらせる長波

長波、現在陽炎相手の砲撃模擬戦で、連敗記録更新中である。

 

由良も

「長波ちゃん、油断は禁物よ。幾らレーダーを装備したとはいえ、今回が初めての本格運用ですからね」

「はい!」と小気味いい返事をする長波

 

「私は、後続部隊として、ヒ14油槽船団を護衛し、トラック泊地経由でポンペイ島に入ります」

由良は、

「睦月ちゃんと皐月ちゃんは、予定通り泊地に残って、警戒業務をお願いね。二人だけで大変だとはおもうけど」

すると睦月が

「へへ~、睦月にお任せで~す」と元気に返事をして、横に座る皐月も

「まっかせて、由良さん!」

元気な返事を聞きながら由良は、

「もし、戦闘が長期に及んだ場合は、陽炎ちゃん達と交代する事もあるから、準備は怠りなくね」

「は~い!」と答える二人

 

由良は、そっと提督をみた

頷く泊地提督、

それをみて、

「では、自衛隊の皆さんの予定についてお話します」

すると、由良といずもが入れ替わった。

表情が厳しくなるこんごう達。

いずもは、そっと前にでながら、

「今回、自衛隊は、大きく二つの作戦を実施します。一つ目は瑞鳳艦隊に同行し、対潜支援を実施する。これははるなが主体となって行います」

頷く、はるな

「私の艦も、クサイ島まで進出、瑞鳳艦隊並びに連合艦隊に航空支援を実施します」

「きりしまは、あかしとヒ14油槽船団を護衛、その後クサイ島まで進出、あかしは待機、きりしまは、瑞鳳艦隊の支援に」

「はい」と答えるきりしまにあかし

 

いずもは、こんごうをみて

「そして、本作戦における最大の難関を、こんごう、ひえいお願いね」

「はい、必ずマジュロに取り残された人々を救出してみせます!」

とこんごうは力強く答えた。

そんなこんごうをみながら、いずもは、

「宇垣参謀長からのリクエストは、どう?」

こんごうは、少し困った顔で、

「まあ、なんとか。そういう状況を作り出せという事ですね」

「無理しなくていいからね」と一言付け加えた。

こんごうは、

「あの、此方がお願いしていた件ですが?」

「ああ、その件なら、連合艦隊の方で適任者を探してくれたわ。島の内部に詳しく、現地守備隊や族長と面識のある人間で、口が堅く秘密が漏洩しない人物、できれば戦闘経験がある人ね」

「はい、少し注文が多かったですが」

いずもは、

「三笠様が良い方をご推薦くださいました。安心して。クサイ島で合流する予定よ」

「ありがとうございます。」と一礼するこんごう

そんなこんごうを見て微笑むいずも

しかし、そんないずもの微笑みをみたひえいは、

“なにか、あるな! あの顔は!”と思いつつ、じっといずもを見た。

 

いずもは、はるなへ、

「例の服は、出来ている?」

「はい、副司令官! 試着も終了しています」

すると、こんごうは顔を赤くしながら、

「あっ、あの副司令官。着なきゃだめですか? あれ」

「仕方ないでしょう、戦闘服着たまま島をうろつけば、現地の人達に警戒されるし、貴方が艦娘である事を印象付ける為です」

「ううう」と唸るこんごう

横に座るすずやが、

「こんごうさん、でもよくお似合いでしたよ! 本物と瓜二つです!」

と目を輝かせた。

「だから、いやなの」とぼやくこんごう

すると、ひえいが、

「もう、いっそそれを戦闘服にすれば~!」と冗談交じりに言ったが、

「覚えてなさい! いつか皆も!」と睨み返した

 

そんなこんごうを後目に、いずもは、自衛隊司令を見て一言

「司令、何か?」

すると、司令は、その場で席を立ち、

「本作戦は、マーシャル諸島の実効支配を回復するという目標があるが、その最終的な目的は、深海棲艦側の動きを牽制する事だ、現在ミッドウェイの群体は、オーストラリアの海域封鎖に向け、マーシャルを経由し、その戦力を展開している。ここへ楔を打ち込み、今後の日本の外交交渉を有利に展開するという目的がある。各員、その事を十分理解してもらいたい。以上です」

頷く泊地や自衛隊の艦娘達。

 

由良が前に出て、

「では、艦隊編成について、確認します」

「まず、パラオ対潜艦隊は、泊地提督が指揮をとります」と言いながら、

「旗艦は軽空母 瑞鳳」

「はい!」と大きな声で返事をする瑞鳳

「前衛対潜攻撃隊 駆逐艦 陽炎、長波」

「はい!!」と陽炎と長波も揃って返事をした。

「防空指揮担当艦 駆逐艦 秋月」

「はい! 艦隊の空、必ず守りぬきます!」

すると、泊地提督は、

「南雲航空戦隊司令より、“照月達の模範となるよう活躍に期待する”とお言葉を頂いている。頑張れよ」

「はい! 提督!」と元気に答える秋月

 

由良は、続けて、

「自衛隊艦隊より、はるなさんが随行艦として、ポンペイ島より行動を共にしてくれます」

一礼する、はるな。

 

「私、由良は後続部隊として、ヒ14油槽船団を受け入れ、連合艦隊向けの物資を搭載後、きりしまさん、あかしさんと油槽船団を護衛し、トラック泊地へ入港、その後ポンペイ島を経由して瑞鳳艦隊へ合流します」

すると、瑞鳳が手を上げ、

「その時は、旗艦は由良さんに変更ですか?」

 

由良は、笑顔で、

「いえ、そのまま瑞鳳ちゃん、お願いね」

「えっ!」と驚く瑞鳳

どうやら、由良が来るまでの暫定の旗艦だと思っていたようだ。

 

「実はね、今回トラック泊地での会議で、宇垣参謀長から、“自衛隊艦隊のレーダー情報を各艦へ伝達する中継艦がいる”との指示があり、私がその任に就く事になりそうなの。」

「由良さん、情報中継艦ですか?」と秋月が聞くと、

「ええ、当初は自衛隊艦隊のレーダー情報を直接 各遊撃隊や空母機動部隊へ知らせる予定だったの、でも自衛隊艦隊の存在はいまだ、秘匿扱いですから、自衛隊の名前を直接出す訳にはいかないの」

「そうなのですか?」

すると、横から泊地提督が、

「そこでだ、パラオ泊地艦隊には最新の電探装備を試験運用しているとの情報を流して、各艦娘達を納得させている。パラオ泊地艦隊の情報なら信用するという訳だ」

由良も、

「場合によっては、皆に合流せずに、そのまま連合艦隊の遊撃隊に合流して、レーダーピケット艦として動く事もありえるわ」

秋月も、

「由良さんに搭載されたOPS-24は、探知距離も改良されたものですから、きっと艦隊の眼としてお役にたちますよ!」

 

由良は手元の書類に目を落とし、

「では、話を戻します。鳳翔さんと鳳翔航空戦隊は、自衛隊のいずもさんに同行し、瑞鳳艦隊ならびに、連合艦隊への航空支援を行ってください」

「はい」と短く答える鳳翔

泊地提督は、

「一応指揮権は独立しているが、そこは艦娘同士、宜しく頼む」

「はい」

 

泊地提督は、

「今回の作戦は、真珠湾攻撃の際には及ばないものの、支援艦まで含めると、100隻近い艦艇が動く、一大作戦だ。各員の奮戦に期待する」

 

「はい! 提督!」と泊地の子達の元気のいい返事が返ってきた

 

泊地提督は、

「明日、マルキュウマルマル時、泊地艦隊は出撃する。水平線に勝利を刻め!」

 

「はい!」 一斉に返事があった

 

そんな姿を見ながらこんごうは

「この戦い、必ず明日へ繋げてみせる」と心へ強く誓った。

 

 

その頃、ルソン島にある米海軍スービック基地も朝の喧騒の中、一日の業務が始まろうとしていた。

綺麗に整備された岸壁には、ラバウル攻撃から帰還した旗艦空母サラトガが係留され、先のニューブリテン島奪還作戦で消費した物資の積み込みが進められており、乗員の妖精兵員達は束の間の休息を楽しんでいた。

そんな中、基地内部の司令部

チェスター=ニミッツ提督は、予定していた面会者を前に、表情を厳しくしていた。

 

提督室のソファーには、ニミッツ提督と横には、秘書艦であるサラトガ

対面には、

若いながら、日本海軍のルソン島中部警備所を任されている警備所司令。

そして、秘書艦である重巡妙高が座っていた。

 

司令部付きの給仕員が、ニミッツ提督達の前のテーブル上に、コーヒーを並べ、立ち去る。

 

中部警備所司令は、ドアが閉まるのを確かめると、

「ニミッツ提督。このような早朝より押しかけ、申し訳ありません。」と謝罪の言葉から始めた。

 

ニミッツ提督は、コーヒーに手を掛けながら、

「いや、構わんよ。君たちも色々と忙しいようだね」

「ええ」と答える中部警備所司令

ニミッツ提督は、

「私も、若い頃から“日本”という国を見てきたが、唯一気に入らないのが、直ぐに謝る所だな。もう少し押しが強くないと国際社会では生き残れないと思うが」

 

警備所司令は、

「中々、数百年続いた鎖国と、島国気質は抜けないものです」と笑いながら、答えた。

すると、ニミッツ提督は、

「まあ、そうやって、切り返しが出来る様になったというだけ、日本の若人は成長したという事だな」とこちらも笑顔で答えた。

 

そんな二人の会話を聞きながら、妙高は正面に座るサラトガをみると、サラトガは目線で

“また、はじまったから暫くほっておいていいわよ!”と送ってきた。

 

ニミッツは、以前北部警備所にいた堀中将より、

“この中部警備所司令は、若いが日本海軍の中では、中々のやり手、大いに鍛えて貰いたい”と言われていた。

ニミッツは、警備所司令が訪ねて来る事に、世界情勢などの視野の広い話を繰り広げ、司令の力量を見た。

若いながら、この警備所司令は、国際情勢にも詳しく、特に軍事力は、政治、外交の保険であり、国家自衛の戦力であるべきで、その国力を圧迫してはならない。富国強兵などは論外であるとの持論をもっていた。

“面白い男だ” 彼はそう思った。

全ての日本海軍の士官がそうかと言えば、そうではない事は、新しい北部警備所の司令を見て分かった。

この男は、少し違う。そうニミッツは感じた。

彼との話の中で、時折、彼に影響を与えたとおぼしき士官学校の四人の先輩の話が出てきた。

気になったニミッツは、それと無く妙高に聞くと、驚いた事に、その4名がニミッツも噂を聞いた事のある4人だった。

一人は、横須賀鎮守府提督

あの横須賀海軍神社を抱える、艦娘の総本山

キリスト教で言えばバチカン市国の様な場所の提督。

噂では、連合艦隊の宇垣参謀長らの懐刀と呼ばれている。

 

二人目は、

呉鎮守府提督

こちらも、横須賀とならび4大鎮守府の一つ。

日本の艦娘の教育機関で、艦娘になれば必ず最初に配属される場所だ

いわば、艦娘の登龍門!

ここにいるミス香取のしごきを耐え抜かなければ、日本の艦娘に成れないと聞いている。

 

三人目は、

元日本海軍第一艦隊、第三戦隊司令

階級は中佐ながら、戦艦金剛型4隻を従え、この太平洋で所狭しと暴れまわり、南雲機動艦隊救出戦やパラオ近海での戦闘が有名だ。

今は、負傷し海軍の油槽船団の船団長をしていると聞く。

 

そして四人目が異色の存在、現パラオ泊地の提督

士官学校在校中より成績優秀

卒業席次も10位以内という事で、将来を期待され、卒業後は海軍の中枢である軍令部勤務。

しかし、ある時から、現場指向に転換、陸戦隊の指揮経験を積んだのち、いきなりパラオ泊地という僻地へ志願して、赴任

その後、トラック泊地の後方拠点として、急速にその存在価値を上げた立役者だ。

 

そんな異色の4人の元、後輩として(悪い)影響を受けた中部警備所司令を見ながら、

“日本海軍も、面白い人材が揃いだしたな”とニミッツは考えていた。

 

お互いの主の話が本題から、それそうになったのを見かね、遂に妙高が

「司令! お説教はしたくはありませんが、ニミッツ提督のお忙しいお時間をご無理してお邪魔して居ります事お忘れなく」と釘をさした。

すると警備所司令は、

「お前固いな、せっかくいいとこなのに」とぶつぶつといい、

「やっぱり、秘書艦は那智が良かったかな」とぼそりと言ったが、妙高は

「あら、よろしいのですか? 那智なら言葉より先に手が動きますけど」

「うっ!」と答えに詰まる警備所司令

 

「君も、だいぶ苦労しているようだな」とニミッツがいうと、それを聞いたサラトガは、

「それでは、まるで提督が私に苦労を掛けていないように聞こえますが?」

「そうか」とニミッツが、答えると、

「そうです! 大体この前のニューブリテン島奪還作戦も、いきなり作戦を始めて、詳細もなにもあったものではありませんよ! いくらマッカーサー大将と先陣争いしたいからといって、“出せるだけ出せ!”とかもう無茶苦茶ですよ。一部不足する資材は、妙高が分けてくれたからよかったですけど、もうあのような無茶苦茶な作戦は御免こうむります!」とむくれながら答えた。

「そうなのか?」とニミッツ提督が聞くと、

警備所司令は、

「いえ、そんな大袈裟な事ではありませんよ。フィリピン自治政府経由で来る予定の資材の一部を、お譲りしただけです。これも自治政府と貴国との三者協定に基づく資材の優先権を守ったまでです」

サラトガは、

「提督も、本国政府や議会に言ってやってください! いまだに議会では“日本と戦え!”と息巻いている議員がいるそうですが、此方は補給の殆どは南方頼り、その補給路は三笠様達の艦娘艦隊が守っていると! もう妙高達がいなかったらこのフィリピンなど、干上がっています!」

「それは、重々分かっているが」とニミッツも答えに詰まった。

このフィリピンを始め、米英豪は、東、東南アジア地域に数多くの統治領を持ってはいたが、現在太平洋、インド洋などは深海棲艦の独壇場であり、本国政府との補給路確保に苦慮していた。

在フィリピンの米軍も何とか補給路を確保してはいたが、その量は不足気味であった。

ニミッツにとってハワイを追い出された上、日米開戦となれば、それこそ大問題で、

戦おうにも、肝心の弾が来ないのでは話にならない。

そんな折、三笠がアジア地域歴訪で、海路の共同防衛案を提案してきた時は、他の者には言えなかったが、心底嬉しかった。

三笠はこの交渉で、輸送した石油や資源の優先権について、宗主国である米国とフィリピン自治政府を優先し、日本についてはその余剰分をという事で、話がついた。

実際はフィリピン自治政府が買い付けした油や資源は、フィリピン自治政府経由で日本へ再輸出される。

その分フィリピンにはお金が落ち、独立時の資金としてプールされる。

もう一つ、ニミッツ提督がこの三笠の提案に乗ったのは、米海軍の無害通行権の確約であった。

アジア地域の日米海軍がお互いの統治領の領海を通過する際。国際海洋法を遵守し、無害通航権を認めるというものであった。

日本側からすれば、不要な衝突を避け、安全に補給路を確保するという大義名分があり、

また、米軍からすれば、日本が管理するミクロネシアを安全に抜ける事ができればポリネシアを抜け本国へのルートを確保できる。

ニミッツにとっては、太平洋の中心地。ハワイを深海棲艦に押さえられている関係上、南半球回りでの補給路確保は死活問題であった。

ここに、日本海軍と、米海軍太平洋艦隊との間に、暫定的に地位協定が締結され、ルソンに中継基地として小規模の警備所が3ヶ所設置され、周辺地域の航路の確保を行っていた。

 

厳しい視線を投げるサラトガに、

「まっ、その件は置いておいてだ」とニミッツは話を切り替え、

「まずは、其方の話から聞こう」

「はい、ニミッツ提督」と警備所司令は、答えると、

「先日の日本海軍の北部警備所が、正体不明の武装集団に襲われた件ですが」

ニミッツの表所が厳しくなった。

「警備所司令。一応報告は受けているが、正体不明の武装集団に襲撃され、50名近い犠牲者が出たと聞くが?」

「はい、北部警備所司令以下 50名の警備所要員が死亡しました」

指令は続けて、

「本事件は、正体不明の武装集団に不意を突かれた形となり、当方が全く反撃出来ない状態で、警備所が全滅するという事態で、我が海軍内部でも、・・・」と声を潜め

「あまりの不甲斐なさに、その襲撃の詳細が機密扱いとなりました。」

 

ニミッツは、ぐっと中部警備所司令の眼を見た

“その割には、落ち着いているな。”

 

警備所司令は、

「なお。米海軍に置かれましては、当地における日米海軍地位協定に基づき、我が方の捜査資料を提出させていただきます」

司令がそう言うと、妙高が持参した鞄から、やや厚めの書類を提出した。

それを受け取るニミッツ

そのまま、横に控えるサラトガへ渡した。

 

「それで、襲った武装集団に心当たりは?」とニミッツが聞くと、

警備所司令は、

「はい、我が方の捜査では、マニラのマフィア辺りではないかと推測されますが、何分確証となる物がありません」そう言うと、少し言葉を濁し

「ご存知でしょうか、殺害された北部警備所司令は、曰く付きの人物でして、あちらこちらのその筋の人間に恨みを買っていたようで」

すると、ニミッツ提督は、鋭く

「恨みを買っていたのはその筋だけでなく、日本海軍にもだろ」と切り込んだ。

中部警備所司令は、表情を厳しくしながら、

「どういう事でしょか? ニミッツ提督」

すると、ニミッツ提督は、

「なに、こちらも新しい警備所司令が来ると聞いて、色々と伝手を使って調べた、あの殺害された司令は、問題児の様だね。ここマニラでもいい話は聞かなかったよ。」

そういうと、

「彼は、自軍の物資をマニラの闇市へ流し、資金を得ていたようだね。そしてその資金を本来渡してはならない相手、我々の共通の敵へ横流ししていた」

 

「ニミッツ提督、何か証拠でも?」

すると、ニミッツ提督は

「実は、我々もあの警備所司令は、何か隠していると感じ、情報部を通じ監視させていた。ミス鈴谷が行方不明になった時に感じたよ、ただ事ではないとね。ただ日本海軍の警備所だ、我々が直接手を出す訳に行かん。かと言って確たる証拠もない。ただある時から、マニラの情報筋から、北部警備所が深海棲艦側と繋がっているという噂があった。」

「噂ですか?」と警備所司令が聞くと、

ニミッツは、

「ああ、ある筋から買った資源や油を、深海棲艦側へ横流ししているという噂だ」

続けて、

「確証がない、こちらはただ見ているだけという状況だった」

司令は、

「まっ、此方としては、犠牲者が出た事は痛いですが、まあその、米軍や自治政府へ迷惑がかからなかった事が不幸中の幸いです」

ニミッツは、司令の横に座るサラトガを見ると、サラトガは小さな包みを持ち出し、妙高へ渡した。

「これは?」

サラトガは

「これは、私のお手製のクッキーよ。曙さんへのお見舞い」

「うそ! いいの?」と妙高が言うと、

「いいのよ、本当なら提督とお見舞いに行きたい所だけどね」

するとニミッツ提督も

「済まんな、堀中将が居た頃なら気安く行けたが、立場上早々行くわけにもいかん。それで彼女の様子は?」

「はい、此方が保護した時は精神的に疲れが見えていましたが、今は休養し、船体も整備が完了しました。来週からは周辺海域の哨戒に出します」と妙高が答えた。

「そうか、これからはご近所だ。宜しく伝えてくれたまえ」

「はい、ニミッツ提督」と妙高が返事をした。

 

 

少し場の雰囲気が和んだ。

そこを見計らい、警備所司令は、

「お話は変わりますが、既にニミッツ提督のお耳にも入っているとは思いますが、我が日本海軍は、マーシャル諸島に展開中の敵深海棲艦側に対し軍事行動を行う予定です」

 

ニミッツは、テーブルの上のコーヒーを口に運びながら、

“今日の本題は、此方か?”と思いながら、

「ああ、聞いている。だいぶ日本の報道で騒がれているようだが」

警備所司令は、頭を掻きながら、

「まったく本国の新聞屋にも困ったものですよ。どこで情報を得たのか? あれだけ報道されてしまうと、マーシャル諸島の深海棲艦だけでなく、ミッドウェイやソロモンの群体まで警戒されてしまいます」

 

「まあ、君たち日本海軍が国民から期待されていると思えば、そう悪くもあるまい」

「そうですが、ニミッツ提督。あの報道以降、マーシャル諸島の深海棲艦は急速に警備を強化しています。ご存知とは思いますが、マジュロ島には現地島民や陸海軍の守備隊が数多く取り残されています。彼らに危害が加えられないか心配です」

ニミッツは、

「司令、ここでその話を出したという事は、我々に何らかの話があるのではないかね?」

「はい、ニミッツ提督。」といい、警備所司令は、姿勢を正すと、

「連合艦隊司令長官 山本イソロク大将並びに艦娘艦隊三笠大将より、ニミッツ提督宛てにご伝言です」

「ほう、ミスター山本とミス三笠から」

興味深そうに身を乗り出すニミッツ提督。

「現在、トラック泊地に展開する連合艦隊は、旗艦大和を中心にマーシャル諸島の実行支配を奪還する為、マーシャル諸島解放作戦、通称マ号作戦を計画、既に実行段階にはいりました」

表情を厳しくするニミッツ提督。

 

「実行段階?」

「はい、ニミッツ提督。各方面から、トラック泊地へ必要物資の押し込みが始まっています。先日も我が警備所から油槽船団が出たばかりです」

「では、既に各方面が、マーシャル諸島の作戦に向け動いていると?」

「その通りです。」と言いながら、警備所司令は、

「連合艦隊からの情報では、現在マーシャル諸島とトラックの中間海域は深海棲艦の強力な潜水艦隊による防衛線が敷かれており、第一目標はこの潜水艦哨戒線を破壊する事です」

ニミッツ提督は

「潜水艦狩りかい?」

「はい」と答える警備所司令。

「大丈夫なのか? 日本軍の対潜水艦能力は低かったと思うが」

ニミッツは若い頃 潜水艦部隊の指揮をした事もある生粋の潜水艦乗りである。

それゆえに正確に、日本軍の対潜能力を把握していた。

 

警備所司令は、

「実は、本作戦の為にパラオに専門の部隊が設立されました。既にルソン、パラオ間のルートでその能力を実証済みです」

ニミッツは、机の上から新聞をとり、テーブル上に置いた

「これだね、空母を対潜部隊の旗艦に据え、空から情報収集をするか。考えたな」

それは、妙高経由で入手した週刊青葉であった。

そこには、鳳翔を中心としたパラオ対潜部隊設立の記事が出ていた。

英文の全訳文書が添付してあった。

「しかし、航空機の目視確認だけでは、探知は難しいはずだが?」とニミッツは問いただした。

「申し訳ございません。自分も詳しい内容については、軍機につき此方まで届いてはいません」と司令は返しながら、少し声を潜めて、

「これは軍機ですが、パラオ近海で通商破壊をしていた深海棲艦のカ級10隻近くを、既に撃破しております。そこからお察しください」

警備所司令は、

「山本長官より、本作戦における米軍との不慮の事故を避ける為、作戦予定海域であるマーシャル諸島近海で偵察活動中の米海軍の艦艇がいれば、至急圏外へ退避してもらいたい、との事です」

ニミッツは、

「サラ?」と彼女を見た。

サラトガは、

「本当は、軍機なのですよ」と言いながら、

「潜水艦が2隻、中間海域より、トラック側で、偵察活動中です」

「サラ、本日中に引き上げ命令を出せ。昼間の浮上航行を許可する。」

「はい、提督」と返事をしながら、メモを取るサラトガ

警備所司令は、

「ありがとうございます。」と一礼して、続けて

「もう一つ」といい、

「本作戦に応じて、ソロモン方面の深海棲艦の動きが活発化する可能性があります。その為、我々はビスマルク諸島の東部海域へ、押さえの為空母艦隊を派遣する予定です」

「ビスマルク諸島か」とニミッツが身構えた。

警備所司令は、

「あくまで、ソロモンの群体が、トラックの裏戸を叩かない為の牽制です。ビスマルク諸島の東部海域を巡航し、脅威がないと判断した段階で即、撤退します」

ニミッツは、

「我々は良いとしても、あまりニューブリテン島へ近づくと敵対行為とみなされ、陸軍やオーストラリア軍が警戒するぞ」

「はい、それについては、当方に戦闘の意思のない事を表明する目的で、保証書をお持ち致しました」と警備所司令がいうと、妙高は、鞄の中から一枚の紙と、1冊の書類を取り出した。

「これを」とニミッツへ、手渡した。

それを見たニミッツの表情が強張る。

そして、

「本物か?」と聞くと、

「ご確認ください。三笠様の御署名入りですよ」と妙高が答えた。

最初の紙には、連合艦隊司令長官 山本イソロク並びに艦娘艦隊 三笠大将の署名の入った確約書で、日本海軍が今回、ニューブリテン島へ接近するのは、一時的な警戒措置であり、米国並びに豪州領を攻撃する意図がない事を、宣言する物であった。

そして、もう一冊の書類を見て、ニミッツは、

「これは、作戦計画書じゃないか!」と驚きの声を上げた!

警備所司令は、

「はい、これを見て頂ければ、我々の行動もご理解いただけると思います。」

「いいのか! こんな物を我々に見せて!」とニミッツは声を上げた。

すると警備所司令は、

「山本長官からは、これは日本海軍の誠意の表れであると、また三笠様からは、ニミッツ提督とは、旧知の中、信頼しているとの事です」

ニミッツは、受け取った書類を静かにテーブル上へ置くと、腕を組み、じっと瞑目したが、急に眼を見開き、

「サラ、この日本海軍の作戦計画書を至急、検討しろ。最重要機密扱いだ。それとニューブリテン島で待機している、フレッチャーにノースカロライナ以下の艦艇を直ぐに動かせるように指示しろ。ビスマルク沖に日本海軍の空母が出てきた事によりソロモンが動くようなら、背後から深海棲艦を叩く」

「yes sir!」ときりっと返事を返すサラトガ

 

ニミッツは、司令を見ながら、

「ビスマルク諸島には、どの艦隊が来る予定なんだい?」

すると司令は、

「銀髪の姉に、ヤンチャな妹です」

「ふっ、五航戦か。それではミス加賀が寂しがるな」とニミッツは答えた。

それを聞いた妙高は、

“今度、青葉に言って 瑞加賀ネタは止めるように言っておきましょう。”と呆れた顔をした。

 

ニミッツは、

「警備所司令。其方の要件は了解した。では此方も君たちにお願いがある」と話を切り替えた。

「お願いですか?」と司令が聞くと、

「なに、簡単な事だよ」と笑顔で、ニミッツは、

「連合艦隊司令長官 山本大将、そして秘書艦であるミス三笠と、頃合を見て会談をしたい」

「山本長官達と会談ですか!」

ニミッツは、

「ああ、我々は此処一ヵ月程、日本海軍の動きに注目している。無論悪い意味ではなく、こう何か、動こうとしている。そんな感じだ」

続けて、

「私としては、非公式に山本長官、ミス三笠と会談し、日本海軍の真意を確かめたいと思っている。」

「非公式ですか」と警備所司令が聞くと、

「ああ、公式に米海軍太平洋艦隊司令長官という事で会えば、何かと本国が五月蠅い。ここはまず、個人的に会って意見交換したい」

すると、サラトガは、

「意見交換よりも、三笠様と昔話がしたいだけですよね」と突っ込まれた。

「まっ、それもあるが」とつい本音が出るニミッツ

警備所司令は、

「御意向は解りました。ここで即答はできませんが、まずは自分より山本長官へご連絡し、長官の御意見を伺いたいと思いますが」

「構わんよ。今はマーシャルでの作戦で忙しいと思うが、宜しくお伝え願おう」

 

ニミッツは、ソファーにかけ直すと、

「ところで司令。君は“Japan Maritime Self-Defense Force”という部隊を聞いた事はあるかね?」

警備所司令は、怪訝な顔をしながら、

「ニミッツ提督。初めて聞く言葉ですが、日本語にすると日本国海上自衛軍、いや部隊ですか? Japanese Imperial Navyではなくて?」

「そうだ、ミス妙高はどうだい?」

妙高も、

「ニミッツ提督。私も軍歴が長い方ですが、その様な部隊は聞いた事は」

「そうか」といい、

「いや、もし知っているなら、と思ったが」とニミッツ。

「どうかなされたのですか?」と妙高が聞くと、

「なに、大した事ではない。つい最近 ラバウルに取り残されていた連中がだいぶ世話になったという事だ」

「ほう、そうなのですか?」と警備所司令が聞くと、

「まっ、知っていたら感謝状の一枚でも出したい所だがな」と残念そうに話した。

 

ニミッツは

「まあ、仕方ない、もし心当たりがあれば教えてくれ」と言いながら、一枚の写真を警備所司令に見せた。

その写真は、かなりぼやけていたが、洋上に浮かぶ超大型の空母の写真であった。

写真を見た警備所司令は

「かなり大型の艦ですね。米国の最新鋭空母ですか?」

すると、ニミッツは、

「だと嬉しいが、残念ながら、その艦には別の国の海軍旗が掲げてあった」

「ほう」と受け答える警備所司令

「その旗は、日本の旭日旗だそうだ」

ニミッツの答えに、急に表情を厳しくする警備所司令

そんな警備所司令の表情を確かめる様に、

「この写真は、最近ある島で、偶然撮影された物だ。」

「偶然ですか?」と警備所司令が、聞いたが、ニミッツは、意地悪そうに、

「そう、偶然だよ」と答えた。

 

妙高は、テーブルに置かれた写真を見ながら、

“へえ~、偶然ですか? それにしては構図はしっかりしているし、ぼやけている以外は、意図的に撮影した物ね”と思い、そっとサラトガを見たが、サラトガは、目で

“お願い、それ以上突っ込まないで”と必死に語っていた。

 

ニミッツは、

「最近のパラオ泊地は何かと面白そうだね、司令」

すると、警備所司令は、表情一つ変えずに

「まあ、青葉が喜びそうなネタばかり色々とありましたからね」

「そうだな、戦艦三笠の改修に、泊地提督と秘書艦の結婚など話題が色々とあったね」とニミッツは、言いながら、

「ぜひ一度、君に影響を与えたパラオ泊地提督と、最近パラオへ来たという艦隊の指揮官と話しがしてみたいものだ」

警備所司令は、

「ニミッツ提督。パラオはいい所ですよ。ここよりも海は綺麗ですし、静かで落ち着きがあっていい。ぜひ休暇はパラオへ御出でください」

 

そんな二人の会話を聞きながら、表情青くする妙高にサラトガ

妙高は、

“司令! それではまるでパラオに誘っているも同然じゃないですか! もし特務艦隊の件がばれたらどうすんのよ!!”と内心頭を抱え、

“ああ、由良になんて言おうかしら・・・”と心の中で叫んだ!

 

サラトガは、

“ああ、次の休暇は、カリフォルニアのサンタクルーズ辺りでのんびりしようと思ったのに、この調子だと、トラックかパラオになりそう”と、ここでも頭を悩ました。

 

悩める艦娘二人をよそに、ニミッツと警備所司令は、その後も時間を忘れ舌戦を繰り広げていた。

 

 

 

その頃、遠く離れた東に位置する孤島

 その男性は、静かにヤシの木や熱帯性の木々が並ぶ小さな森の中を歩いていた。

遠くに海の波の音が聞こえる。

肩には、日本軍の標準装備 三八式小銃を抱えていた。

男の持つ三八式小銃は、古く所々に大きな傷が見えた。

そんな小銃を大切に右肩にかけ、左手には、軍用の水筒をもって歩いていた。

森の中の小道を抜けると、眼前に海が開けて見えた。

少し轍に沿って歩くと、木々に囲まれ、周りから見えにくい所に、ほんの少し土嚢を積み上げ、地面を掘り下げた小さな塹壕が目に入った。

足早にその塹壕にすべり込んだ。

「どうだ、状況は!」と塹壕の中で、双眼鏡を構え、海面を見る複数の日本兵へ声を掛けた。

「あっ、分隊長!」と一番年下の二等兵が声に出した。

皆、敬礼しようとしたが、

「構わん、監視を続けくれ」といいながら、場を指揮っている古参の伍長の元へ寄った

「伍長、状況は?」と分隊長と呼ばれた男が聞くと、

「変わりませんね。現れるのは、深海魚の船ばかりですよ」とぼやきながら答えた。

「まあ、そうぼやかんでくれ、ほら」と言いながら、右手にもった水筒を伍長へ渡した

「有難いです」とそれを受け取りながら。横で監視を続ける二等兵へ

「皆で飲め、分隊長の差し入れだ」

それを聞いた、二等兵は

「はい! ありがとうございます。」と言い。一礼して他の者の所へ駆け寄った。

伍長は、

「自分は、東北の生まれなんで、子供の頃から水には苦労した事がないですが、まさかこの年で、水の有難さを実感するとは思いませんでしたよ」と苦笑いした。

分隊長は、

「済まんな、伍長。飲み水は島民や民間人優先だ」

「まあ、分かっています。しかし分隊長、目の前にあれだけ水があるのに、海水ですからね」と恨めしそうに海を見た。

 

ここは、マーシャル諸島のほぼ中央に位置するマジュロ島

周囲を完全に海に囲まれた南の孤島だ。

 

分隊長は、身近にあった双眼鏡を手にとると、愛用の小銃を塹壕の壁面に立てかけ、そっと海を双眼鏡越しに覗いた。

少し傾きかけた陽が見える。

岸から数百メートルほどの沖には小さな木製の小舟が数隻

地元の漁師達だ。

漁師の家の出身の分隊長は、

“あのあたりまでは、確か水深が浅かったな、機雷の心配もない。”そう考え、

“今度、族長と話して地引網を試してみるか?”などと考えていたが、急に横で 同じように双眼鏡を構える伍長から、

「やはり、来ませんでしたな」と声をかけられた。

「海軍の補給か?」

「はい、分隊長。期待していたのですが」と声を落とした。

「さっき、司令部を出る時に、通信士からも聞いたよ。中間海域で雷撃を複数受け、接近を断念したそうだ。次回は未定との事だ」

すると、後方で聞いていた若い二等兵が、

「だらしないです! 我々がここで頑張っているというのに!」と声を上げたが、

分隊長は、

「こら! そう言うな。多分此方へ向ったのは、トラックの駆逐艦の艦娘さん達だ、経験豊富な彼女達が突破できない程、ここ最近の奴らの防衛線が強化されている」

伍長が、

「一戦ありますかね、分隊長」

「多分な、伍長。 例のラジオ放送か?」

「はい、本土からの放送を聞きましたが、大規模な奪還作戦が検討されているという事でありました。」

分隊長は、怪訝な顔をしながら、

「いったい本土の上は何を考えている。普通に考えてもこの手の作戦は、極秘に準備し、目標を定め一気呵成に攻めるというのが常套手段だ」

横に立つ伍長も、土嚢越しに海岸線を見ながら、

「自分も考えましたが、ようわからんです。ここまで公表するという事は、ここは陽動で実は再び真珠湾攻撃をするとか?」

「だが、伍長。そうなると米国が黙ってない。いくら深海棲艦に占領されているとはいえ、自国領土が攻撃されれば、せっかくフィリピン経由で輸入できている油も止められる」

「そんなもんですかね?」

「まあ、伍長。世界ってのは、意外と不条理なのだよ」

そんな分隊長と伍長の話を聞いていた若い二等兵は、

「分隊長、例え米国との戦争になっても、この三八式で追いはらって見せます!」と気合いの入った声を上げた。そして

「聞くところによると、米兵はガムを噛み、気合いの無い、腰抜けどもだと聞いています。我々2600年の歴史を持つ皇軍の敵ではありません!」

分隊長はその若い二等兵の声を聞きながら、

「その気合は十分買ってやろう」と言いながら、ベルトにつけた弾薬盒から小銃弾5発をひとまとめにした、クリップを取り出した。

「いいか、若いの。日米の工業力の差は今の所、おおよそ10倍あると言われている。」

頷く二等兵。

分隊長は、

「俺たちが、どんなに頑張っても、この弾5発しか作れない時に、相手は余裕で50発の弾を作れる。この差が分かるか?」

すると二等兵は

「しかし、我が方には、大和魂があります。軟弱な米兵に負けるなど!」と言いかけたが、分隊長は、

「向こうにも ヤンキー魂という言葉がある。」と返し、静かに皆に聞かせる様に、

「米国は、まだ建国して若い。若いという事は力もある。無鉄砲でもある。ここは古い歴史を持つ我が国が逆に手本を見せる時ではないのか?」

「お手本ですか?」と二等兵が聞くと、

「そうだ。民族自決によるアジア地域の安定化を我々が率先して行う事で、米国との不毛な議論を避け、深海棲艦に対抗しうる力を得る」

「そのような事」と二等兵がいったが、

「既に、海軍の三笠大将は、ルソンのマッカーサー大将と話しをしてルソンの安定化を計ったではないか。ルソンで出来る事は何処でも出来るという事だ。」

黙る二等兵

横に立つ伍長が、

「お前のその大和魂。無駄にするな」

「伍長殿」と二等兵はぐっと先輩格の伍長を見た。

「その心意気は、陛下と家族の為にとっておけ。こんな南の島で散らす訳にいかんぞ」といい、伍長は若い二等兵の肩を叩いた。

そして、

「その気合で、本土に帰って、若い姉ちゃんでも口説いて貰わんと俺たちも安心出来ん」

「伍長~!」と顔を赤くしながら二等兵は答えた。

他の兵からも笑いが出た。

 

そんな、和やかな雰囲気を壊す叫び声が上がった!

「来ました!!! 定期便です!」

一斉に動き出す兵達

皆、愛用の小銃や九六式軽機関銃を塹壕越しに構えた!

 

「何処だ!」分隊長が叫ぶと、

「はい! 右、水平線手前 黒煙が見えます!」と見張りの兵が叫んだ。

急いで、言われた方向を見る。

幾つかの黒い黒煙が見える。

ぼんやりと艦影らしきものが見え始めた。

陣地の後方では、九五式野砲に装弾して砲撃準備を整えた。

 

「お~い! 戻れ! 戻れ!!!」と数名の兵士が海岸線に駆け寄り。大声で叫びながら手を大きく振った。

その動きに気が付いたのか、浅瀬に居た数隻の小舟は急いで網を引き揚げ、皆一斉に港へ逃げ込もうとしている。

「間に合いそうか?」と伍長に聞くと、

「まだ、十分距離があります!」と返事が返ってきた。

 

じっと徐々にはっきりと見えだした艦影を確かめる。

「あの2本煙突、ホ級軽巡が1隻に いつものイ級が2隻か?」

「分隊長、そのようすね。最近 重巡を見ませんが、何かあったのでしょうか?」

すると分隊長は

「重巡を動かすとなると、それなりの油も食う。巡回なら軽巡で十分と判断したのだろう」

「そうかもしれません。最近は巡回の間隔も短くなりつつあります。」

分隊長は渋い顔をしながら、

「益々、包囲網が狭くなるな」と言いつつ、

「軽巡の砲は何処を向いている?」と伍長に聞いた。

伍長は、

「進行方向です、此方を指向してはいません」

「伍長、そのまま待機。下手に刺激するな!」

すると伍長は、大声で

「野砲待機! 撃つな!」と後方の野砲要員へ怒鳴った!

 

そうするうちにグングンとこちらへ近づいてきた深海棲艦の艦隊は、沖十数キロで急に向きを変え、遠ざかる進路を取り始めた。

「あれからこちら側は、機雷がある。こちらも出られんが、奴らも近づけない」と分隊長は呟いた。

やや遠ざかるホ級達をみて、やや安堵の表情を浮かべる兵達をみながら分隊長は、

「この状態が長く続くと、精神的に参るな」と呟くと、横に立つ伍長も

「全くです」といい、

「しかし、分隊長。奴ら何故一気に、ここを攻め落さないのでしょうか?」

分隊長は、小銃を構えたまま、

「奴らの頭の中まで見通せるわけじゃが、多分俺たちは、撒き餌だな」

「撒き餌ですか?」と伍長が聞くと、

「ああ、俺たちがここで生きている限り、トラックの海軍さんは、無理を承知で補給をせざるを得ない。そうなれば必ず海軍さんに損害が出る。そうやって、弱った所を叩く腹積もりだろう」

「では、今回引き返したのも?」

「ああ、伍長。奴らの策略に気がついた海軍さんの手だろう」

分隊長は、そう言いながら

「ここで奴らの手に乗るほど、海軍はお人好しではないよ。連合艦隊司令長官と三笠様はあの日本海海戦を戦い抜いた方だ。我々が窮地なのは百も承知している。並みの将なら、今頃救援といい、軍艦をこの沖合に向けていたろう。でもそうなれば奴らの手の内だ」

「では、救出を無理強いしないのは」

「ああ、伍長。やるときは、このマジュロ島だけではなくマーシャル諸島全域を巻き込んだ、戦いだ」

そう静かに答えながら、

「待とう。必ず迎えは来る」と伍長の方を叩いた

「はい、分隊長」と伍長もしっかりと答えた。

 

その沖合では、傾く夕日を浴びながら深海棲艦の艦隊がここは我らの海だと言わんばかりに、悠々と目の前を通り過ぎていた。

 

 

それから数時間後、真夜中を迎えたトラック泊地

静かに、夜行性の動物たちの声が、木霊し、海岸線にうち寄せる波の音が聞こえる。

 

ここ三笠艦内も静かに、夜の時を過ごしていた。

時より、少し揺れる艦内

しかし、それが逆にゆりかごの様に、妖精兵員達のこころよい眠りを誘っていた。

三笠も、私室で静かに眠りについていた。

 

“ボー! ボー! ボー!”

 

静かな眠りの中、突如 トラック泊地に警告の短い短音汽笛が3回なった!

その瞬間、三笠の体が反応した!

意識を直ぐに戻し、湾内に響く警告警笛の余韻を聞いた。

直ぐに、艦内電話が鳴り響いた。

ベッドから這い出すと、直ぐに壁面にある艦内電話に飛びつく。

「何事じゃ!」と開口一番にそう問いただすと、相手は戦闘指揮所(CIC)の当直であった。

「艦長、ご報告いたします。防空当直艦金剛より入電、マーシャル諸島方面より、国籍不明機 1機が当泊地へ向け進空中とのことです」

「国籍不明機?」

「はい。マーシャル諸島の方面より、進空してきました。米軍機ではないと思いますが、確認の方法がありませんので、国籍不明機としています」

 

三笠は電話越しに、

「直ぐ其方へ向う。金剛からの情報は来ておるな?」

「はい、既に当艦に届いております」

当直士官妖精は、そう言うと、

「只今、山本長官もこちらへ向うとのご連絡がありました」

「解った。情報の分析を急ぐ様に」

「はい、艦長」

三笠はその返事を聞くと、艦内電話を降ろし、急ぎ着替え、

艦長室を出て、通路へ出ると、既にそこには副長が待機していた。

「状況は?」と三笠は歩きながら聞くと、

「はい。金剛からの情報によると、泊地よりの距離600km、高度3000、速度180で 真っ直ぐ当泊地を目指してきています。」

三笠は、

「戦闘機にしては、速度が遅いの? 副長」

「はい、艦長。速度や高度から、B-17でもないようです」

「単機という事は、偵察機という事かの?」

すると、副長は少し考え、

「はい、確かに。しかし、深海棲艦側には我が方の一式陸攻の様な5、000kmを超える航続距離を持つ機体は無かったように思います」

「その通り」

副長は、

「マーシャル諸島のマロエラップからここまで、おおよそ2、100kmです。往復するとなると、4、000kmをはるかに超えます。」

「うむ」と頷く三笠

そう話しているうちに、二人は戦艦三笠の中心部 戦闘指揮所(CIC)へたどり着いた。

三笠達に気がついた歩哨の水兵妖精が、

「三笠艦長、入ります!」といいながら、CICの重い水密ドアを開けた。

そこには、砲雷長を始め、既に幹部妖精達が揃っていた。

三笠と、副長はCICの中央に置かれたテーブルに近づき、

「砲雷長、状況は?」

すると、CICを統括する砲雷長は、

「はい、艦長」といい、テーブル上の海図に、

「防空当直艦、金剛より、この地点にて高度3、000m 速度180~200km前後で飛行する単機を探知と報告がありました」といい。海図の一部を指さした。

戦艦金剛に搭載された 艦娘C4Iシステムを経由して、三笠CICへ送信されてくる探知情報が、既にいくつも海図にプロットされていた。

現在地は、泊地からおよそ550km程の距離だ

プロットされた点は、真っ直ぐこのトラック泊地を目指していた。

 

「うむ~」と唸る三笠

丁度その時、背後にドタドタと足音が聞こえてきた。

 

「連合艦隊司令長官、並びに参謀長。入室します」との歩哨の水兵妖精の声と共に、

山本と宇垣が入室してきた。

「三笠、状況は!」と山本は開口一番に聞いた。

「国籍不明の航空機が単機、此方へ向っておる。しかし、速度が遅い、高度も3,000mと低い。B-17ではないと思うが、正体がわからん」

山本達もテーブルに集まり、海図上に表示された国籍不明機の航跡を見た。

「航跡を見る限り、このトラックを目指していると思われますが、こんな深夜に来るとなると、やはり偵察でしょうか?」と宇垣が聞くと、山本は、

「それで間違いないと思う。夜間偵察についてはパラオの一件もある、自衛隊司令からも注意喚起があった。おまけに満月が近い、夜も明るい。」

三笠は、

「こういう時に、自衛隊の力の凄さを実感するの。とにかくこの不明機の正体を確かめる必要があるぞ」

と言いながら、此方へ進む不明機の航跡を指さした。

すると宇垣が、

「あれを使いますか?」

「使えるのか?」と山本が聞くと、

「はい、既に訓練は終了しているという事です。三笠の無線誘導があれば、接敵は可能かと」

「三笠できるか?」と山本が聞くと、

「航空管制士官、準備は?」

「はい、艦長。既に金剛より情報を受信、誘導可能です」と航空管制士官妖精が答えた。

それを聞いた山本は即決した。

「よし。二式陸上偵察機を出せ!」

それを聞いた航空管制士官は、据え付けの電話をとると、回線を夏島の陸上司令部へ繋いだ。

戦艦三笠が漂泊する場所には、係留用の簡易ブイがあったが、三笠は夏島の司令部との連絡網確保の為、海底有線電話ケーブルをブイ経由で引かせていた。

これは、大和や長門にも回線が繋がっており、いざという時の連絡網として使われていた。

 

航空管制士官妖精が、夏島の司令部経由で、飛行場に待機する二式陸上偵察機隊へ夜間出撃の指示を出していた時、三笠のタブレットが鳴った。

画面を見ると金剛であった。

「三笠様、unknownのinformationは届いているね?」

「ああ、此方でも確認した」

「コースを算出して、intercept?」と聞いてきた。

その声を聞いた、山本達は考えた。

この不明機が、トラックまで来るのにざっと計算してあと3時間はかかる。

金剛は警戒監視の為、湾を出て外洋を航行中だ、先回りして三式弾で仕留める事も出来る。それ程相手が低速なのだ。

「どう思う?」と山本は三笠を見た

「この動きからすれば、間違いなくマーシャルの深海棲艦だとは思う。しかしこんな夜間に低速の航空機を近づける意味があるのか? そこが解せぬ」

それには宇垣が、

「奴らには、作戦行動半径2000kmを超える偵察機がありません。唯一あるのはB-25と飛行艇です」

「B-25とカタリナか?」と山本が言うと、

「しかし、B-25でもぎりぎりのはずじゃぞ、それにB-25にしては速度が遅い」と三笠

「やはり飛行艇か?」

山本は、少し考え、

「二式陸偵の結果待ちだが、もしカタリナならそのまま偵察させよう。撃墜してしまえば、此方の探知能力が露呈する。それに夜間偵察ならさほどの情報収集能力もない。」

宇垣は、

「そのまま出来るだけ後をつけさせますか?」

「ああ、飛来方向だけでも分かれば、良しとしよう」

山本は、タブレット越しの金剛へ向い

「金剛、俺だ。不明機はこのまま様子を見る、電探監視を続けてくれ!」

「yes sir!」と金剛の返事があった。

三笠は振り返ると、

「通信、夏島の司令部へ伝達! 各艦隊旗艦へ、不明機は単機。状況判明するまで現状維持で待機」

「はい、艦長」と通信妖精が答えると、

「特に、摩耶には“勝手に撃つな”と儂が念を押しておると伝えよ」

「はい」

宇垣は苦笑いしながら、慌てながら艦橋へ上る摩耶の姿を思い浮かべ

「長官、撃ちますかね」

「解らんな」と山本も苦笑いした。

 

その頃、夏島の海軍航空隊基地では、蜂の巣を突いたような状態であった。

夏島の陸上司令部を経由して、戦艦三笠より、夜間出撃の命が下った。

航空隊基地の妖精兵員達は、格納庫前の水銀灯を点け、それと同時に誘導路や、滑走路脇にランタンや油を染み込ませた松明を掲げ、滑走路を照らした。

 

既に駐機場では、2機の二式陸上偵察機が、轟音を飛行場内に響かせながら、エンジンの暖気運転を開始していた。

 

二式陸上偵察機

支那事変において海軍航空隊は、単座戦闘機による長距離飛行に限界を感じ、敵地上空までの誘導、そして戦闘、帰還機の誘導や通信を可能とする誘導戦闘機の開発を目論んだ。

そこで、開発されたのが、一二〇〇馬力級のエンジン二基を搭載した十三試双発陸上戦闘機であったが、機体としての性能が当初の海軍の要求を下回った為、双発戦闘機としての採用は、却下された。

しかし、海軍は、この機体の一部を改修し、武装長距離偵察機として再検討したのだ。

まず、評価の悪かった遠隔操作式7.7mm動力旋回機銃を取り外し、機体を軽量化した。

乗員は、操縦士に、航法士、そして通信兼射手の3名である。

この機体は、後にさらに改修され夜間戦闘機「月光」となる

 

 

二式陸偵の1番機を操縦する偵察機小隊の隊長妖精は、初の本格的な出撃であったが、いつもと変わらず、エンジンの暖気運転を続けていた。

操縦席後方の二人へ

「お前達、準備は?」

すると、真後ろの航法士妖精は

「はい、自分は準備できました」

すると隊長妖精は、

「今回も、三笠の航空誘導があるが、幾ら誘導があるからといって機位を見失うな!」

「はい、天測も併用しながら確認します!」

一番後ろの通信士妖精に伝声管越しに

「通信士、無線機の状態は?」と聞くと、

「すこぶる順調です! 本土に居た頃とは比べ物になりません!」

すると、隊長は、

「三笠の誘導を聞き漏らすな!」

「はい!」と切れのいい返事がきた。

 

隊長は、エンジンの暖気運転を続けながら、

「前線とは言え、ここは風通しがよくて助かる」と呟いた。

 

元々彼らの機体は、本土で試験運用される予定で試作された試験機だった。

しかし、急にトラック泊地より、“至急、夜間運用できる機体をよこせ!”と航空本部へ山本長官名で指示が出たのだ!

 

この時、連合艦隊の条件にあう機体は、陸軍の二式複座戦闘機の屠龍か海軍の試作段階の二式陸上偵察機だけであった。

連合艦隊としては、陸軍の最新鋭機屠龍を借りる訳にもいかず、急遽試作機の二式陸上偵察機2機を本土より、海上輸送。

ここトラック泊地で実戦試験運用となったのである。

トラック泊地に陸揚げされた機体を受け入れた明石は、隊長達に

「運用上不具合は?」と聞いた。

開口一番に隊長が、

「無線機何とかなりませんか? 明石さん」

「無線機?」

「ええ、電信、電話ともに雑音が酷くて、殆ど使い物になりません」

すると、明石は?

「2機とも?」と聞き直した。

「もう一機は少しまともですが、似たり寄ったりです。偵察機にとって無線機は生命線です、せっかく双発で発電容量にも余力があるのに、これでは」と隊長は訴えた。

明石は、その場で少し考え、

「いいわ、思い当たる節があるから。無線機その物の性能はなんともし難いけど、出来るだけするわ」といい、配下の工廠妖精達を飛行場に呼び寄せた。

まず機体から、無線機本体を取り外し、明石の工廠で整備し調整した別の無線を取り付け、

機体のアースなどの配線を全てやり直した。

すると、以前とは比べ物にならないほど綺麗に聞こえる。

それだけでなく、機体の細かい部分の現地改修を施された。

それを見ていた、偵察隊隊長妖精は、

「流石、連合艦隊のお膝元だ。」と納得した

 

1番機機長である隊長は、手短に左右のエンジンの油温、油圧を目視した

定評のある栄エンジンを搭載している事もあり、エンジン自体の信頼性は抜群だ。

「よし、出るぞ!」と後席の二人の乗員妖精に声を掛けると、

「はい!」と揃って返事が来た

 

右横で、同じくエンジンの暖気運転をしていた。僚機の翼端灯が点灯した。

準備完了の合図だ!

「車輪止め! はらえ!」と風防越しに指示すると、一斉に兵員妖精が、車輪止めを外した。

駐機ブレーキを解除し、ほんの少しスロットレバーを開いて、エンジンの回転を上げた。

小さな衝撃があったのち、するすると機体が前に進みだした。

駐機場の端で、誘導員がランタンを使い、進行方向を指示してくれる。

機体のブレーキを使い、小刻みに進行方向を調整しながら、誘導路へ向った。

隊長はチラッと後方を見ると、2番機も駐機場を後にしたようだ。

誘導路に入ると直ぐに前方に誘導用のトラックがライトを付けて先導してくれた。

滑走路の端まで来ると、先導のトラックはそのまま滑走路外へ退避した。

一旦滑走路と誘導路の境界付近で待機する。

とは言え、何もない原っぱを整地した飛行場だ。

正直言えば、どこが誘導路でどこが滑走路なのか? よく解らんというのが本音である。

隊長は、素早く操縦席を見回した。

“カウルフラップ、閉”

“左右エンジンの油温、油圧異常なし”

“主翼フラップ 離陸位置”と呟きながら、確認作業をこなす

 

後方の僚機を見ると、此方も離陸準備が出来たようだ。

無線に、

「陸偵1番並びに2番。三笠航空管制。準備でき次第離陸せよ、離陸後は右旋回。方位025で高度3500まで上昇。復唱せよ」

隊長は了解した旨を後方の通信士へ伝える為に右手を上げた。

直ぐに後方の通信士が、

「三笠航空管制、陸偵1番、了解。離陸後は右旋回、方位025で高度3500まで上昇」

「陸偵2番、了解」と2番機からも返答が帰ってきた。

 

隊長は、飛行場内の管理棟を見た。

管理棟の横には、少し大きな櫓があり、昼間なら見張り妖精と離発着を管理する管制妖精がいる。

月明かりの中、櫓から、短い点滅発光があった。

“離陸許可でたな”と隊長が呟くと、

「よし、出るぞ!」といい、ブレーキを解除して離陸位置に付いた。

機体に装備された着陸灯に照らされた滑走路とおぼしき草地が広がる。

左後方に2番機が付いた。

うっすらと月明かりの中、滑走路の端を示す松明の光が見える。

両足のつま先に力を入れ、ブレーキをかける、そしてスロットレバーを一杯まで開き、左右の主翼に装備された栄エンジン二基を全開運転した。

闇夜の飛行場に、栄エンジンの轟音が響く。

左右のエンジンの回転計が規定値まで上がる事を確かめ、再度各エンジンの油温と油圧計が正常な数値である事を確かめ、プロペラピッチや、混合器レバーなど各種のレバー類が定位置である事を目で追う。

 

すっとスロットレバーをアイドルまで戻す、

「よし、エンジンの追従も問題ない!」

隊長はそういうと、

「離陸するぞ!」と怒鳴った

「はい」と後席の二人から返事が来た。

つま先の力を抜いて、ブレーキを解除し、ゆっくりとスロットレバーを押し込む!

その動きに連動して、二基の栄エンジンの鼓動が上がった!

だが、急に押し込んではダメだ

確実に2本のレバーを操作してエンジンを全開まで持っていく

機体が、小刻みに上下しながら加速し始めた。

細かく方向舵を打ちながら、前方に見える滑走路端の松明を目標に機体の機首方位を保持する。

双発機は、単発の零戦以上に離陸時のプロペラ反動トルクが大きい、急に加速するとあっという間に、機首をあらぬ方向へ向けてしまう。

昼間なら、流れる景色で、大体の速度を判別できるが、夜間は目標となる対象物が認識できない、注意深く機体の姿勢を保ちながら、加速させていく。

速度計の針が、離陸速度に差し掛かった頃、不意に機体の振動が消えた。

「脚が離れたな」と思いながら、車輪の格納レバーを操作して、脚を引き込むと、機体はグングンと加速度合いを増した。

それと同時に高度計も針もクルクルと小気味いい感じで回り、高度を上げていく。

ふと眼下に、停泊中の艦船の灯火がちらほらと見える。

 

ふと、

「夜中に、轟音響かせて離陸したとなると、後で文句も出そうだ」などと思いながら、

機体を右に捻り、機首方位を磁方位025へ合せた。

飛行場を見れば、いま丁度2番機が離陸したようだ。

闇夜の中、翼端灯の光が此方へ向ってくるのが分かる。

 

隊長は、これから向う国籍不明機へ思いをはせ、

「さて、何がでるかお楽しみだな」と呟いた。

 

 

「陸偵2機とも離陸しました。会合地点へ向います」

三笠戦闘指揮所内に航空管制妖精の声が響いた。

砲雷長が、

「会合予定までの時間は?」

「はい、およそ1時間半です」

「1時間半か?」と言いながら、山本達は不明機の航跡を書いた海図を見た。

すでに、航跡からトラックまでの予想進路が、書き込まれていた。

直ぐに、士官妖精の手で会合予想地点が算出され、海図に印が打たれた

「およそトラックまで350kmほどの距離か?」と山本が言うと、

「はい」と宇垣も答えた。

三笠は、腕を組み、海図を睨んで

「しかし、こんな夜更けに単機で近寄るなど、奴らの目的は何じゃ」

「やはり、先程から話の出ている“偵察”ではないでしょうか?」と宇垣

「参謀長、偵察とはいえ足の遅い機体で、敵地偵察とは、少し無謀ではないのか」と三笠が聞き返すと、

宇垣は、戦闘指揮所内を見回して、

「青葉が言っていましたが、“ハイテクノロジー”というそうですが、我々は本来この様な、高度な電探技術を持っていない事になっています。精々艦艇に搭載した13号や21号電探が関の山です。」

「奴らは探っているという事かの」

「三笠、そう考えるのが筋だろう」と山本が横から割って入った、そして

「パラオの件で、奴らは疑心暗鬼にとらわれている頃だろう」

三笠も、

「儂もそう思う。奴らは生き残った駆逐艦からパラオ戦の詳細を聞き出したはずじゃ、闇夜の中いきなり攻撃された事、向った攻撃機は全て帰って来なかった事など、今までの常識では考えられない事ばかりじゃからな」

「奴らは、確かめるはずだ! それが偶然だったのか? とな」と山本が言った。

宇垣は、

「ここは、下手に動かず様子見ですな」というと、

「まあ、そういう事だな」と山本が答えた。そして、

「もう一歩、踏み込もう」と言いながら、

「奴らは何故そこまで、我々の索敵能力を重要視する?」

じっと考える三笠に宇垣

「まさか、あ奴ら、」と三笠がいうと、宇垣も、

「真珠湾攻撃の再現ですか?」と答えた。

山本は、

「可能性としては、否定できない。いやもし俺が敵将なら、今が好機と見る」といい、テーブルの上の海図、そのトラック泊地を指さし、

「今、このトラック泊地には、大和をはじめ、連合艦隊の主力艦隊が勢揃いしている。わざわざ日本本土まで出向かなくても、一網打尽にできる好機だ」

「おまけに、此方の作戦内容は、漏れましたからね」と宇垣が追従した。

三笠が

「奴らの哨戒線が、強固なのは、もしかして、その為か?」

「多分、此方をこのトラックへ封じ込めて、頃合を見て、叩くつもりかもしれん」

と山本が言った。

宇垣は、

「こちらの索敵網を探り、仕掛けてきますかね?」

「可能性としては、否定できないな。当初、奴らは防衛に徹する

と見ていたが、攻めに出る事もあり得るという事だ」

と山本が返した。

「もし、そうなったらどうするつもりじゃ?」と三笠が聞くと、

山本は、

「あと1週間もすれば、パラオ艦隊と自衛隊が哨戒線に到達する。彼女達の探知網を駆使して、予防線を張るしかないな」

三笠は、呆れ顔で、

「えらく人任せじゃの」というと、

「お前じゃないが、借りられるうちは借りておこう。ある時払いの催促なしでな」

宇垣は

「それは、“彼女達の未来”という高い利子がつきますよ」と真顔で言ったが、山本は、

「なら、必ず全員を交渉のテーブルへ着かせて見せる」と静かに強く語った

 

三笠は不敵な笑いを浮かべ、

「期待しておるぞ」と重く語った。

 

 

その頃、少女は息を切らせながら、走り込んできた!

 

「てっ! てっ、敵機は何処!!!」

 

重巡高雄型3番艦 艦長の艦娘摩耶は艦橋へ走り込んでくるなり開口一番、こう叫んだ。

慌てる摩耶をみた、摩耶の副長は、

「摩耶艦長。落ち着いてください。夏島の陸上司令部より、先程入った情報では、此方へ向っている敵機は単機で、まだ500kmもの先ですよ」

摩耶は、そんな副長の冷静さと別に

「機関! 出力あげろ! 抜錨用意!」と息を切らせながら、

「それと、対空戦闘用意も発令しな!」と立て続けに命じたが摩耶副長は、

「摩耶艦長! 司令部からの通達では現状待機です!」

すると摩耶は

「んな事は、分かってるんだよ! だから対空戦闘準備で待機だ!」と息巻いたが、その時、後から切れのある声で、

 

「摩耶姉さん! 何をやっているのですか!」

 

摩耶が声の方向に振り返ると、そこには

「うっ! 鳥海」

艦橋の入り口で、眼鏡越しでもはっきりと分かる赤い瞳を鋭く輝かせた姉妹艦 鳥海が立っていた。

 

「なっ、何って対空戦闘用意…」と此方を睨む鳥海の気迫にやや押されながら摩耶

が答えると、

「姉さん! 待機指示が出ていたはずです。勝手に動くと後で叱られますよ!」

「しかし、鳥海。敵機が此方へ向ってきているんだぞ! 迎え撃たなくて何処する?」

すると鳥海は、スタスタと艦橋の中へ入り、摩耶の前に立つと、

「司令部経由で三笠様の指示が各艦隊旗艦に届いているはずですが!」と睨みつけた

「うっ、」と声に詰まる摩耶

「“う・ご・く・な!”という内容だったはずですけど」

 

摩耶は、鳥海の気迫に押されまいと、

「鳥海 なんでそれを知っている?」

「ハァ、」鳥海は呆れた声を出しながら、

「やはりですね。摩耶姉さんの独断専行を心配した大淀さんが私の所へ伝令を走らせて来ましたよ。」

「くっ、あのお局眼鏡!」とボソッと摩耶が言うと

「という訳よ、副長さん。艦内に通常状態での待機指示。通信妖精、発光信号で第三遊撃隊所属艦へ、不明機は泊地航空隊が対応。指示あるまで待機と摩耶名で発令しなさい」

「はい」

「応答の無い艦艇については、内火艇で伝令を走らせて、命令を徹底して」

「はい、鳥海艦長」と通信参謀妖精が返事をした。

 

そんな鳥海を見て、摩耶は

「鳥海! 勝手に命令するな!」と怒鳴ったが、

鳥海は、むっとした顔で、腰に手を当てながら、

「なら、摩耶姉さんがしっかりと命令してください! ほら!!」と艦橋の窓越しに周囲の艦艇を指さした。

よく見ると、配下の駆逐艦や軽巡の灯火が灯り、甲板上に水兵妖精の姿がちらほらと見える。

「姉さんが指示しないから、各艦勝手に準備初めていますよ!」

「ほう、いい心掛けじゃないか」と摩耶がいったが、遂に鳥海が

「いい加減にしてください! 姉さんは第三遊撃隊の“旗艦”です! 姉さんが率先して規律を乱してどうするの!」

といい、ぎっと目を真っ赤にして、摩耶を睨んだ。

薄暗い艦橋の中で、鳥海の眼が、赤く鋭く光った。

「うっ!」と身を引く摩耶

「で、でも。来てるだろ? 敵機」と、オドオドしながら摩耶が返事をすると、

「そこへ座ってください!」といい、艦長席を指さした。

渋々と座る摩耶

その前に、仁王立ちし、ぐっと摩耶を睨む鳥海

「いいですか! あまり勝手な事をすると、横須賀の高雄姉さんに言付けますよ」

「そっ、それは!」と摩耶が身を乗り出しかけると、

「それとも呉の愛宕姉さんがいいですか?」

無言で首を横に振る摩耶

「高雄姉さんの説教か、愛宕姉さんの“ぱんぱかぱーんの刑”と、どちらがいいかと聞いています!」と鳥海は、摩耶を睨んだ。

摩耶は、遂に表情を青くしながら、

「どちらもヤダ!」と本音を漏らした。

 

高雄の説教は、海軍の中でも有名だ。

最初は普通のお説教なのだが、話の中盤に入ると、シクシクと泣き出し、

「あなたが上手く出来ないのは、私の秘書艦としての指導が悪かったのですね」と泣きながら、言うのである。

ここでつい、

「その様な事は」と答えようものなら

「では、悪いのは貴方ですね?」と言質を取られ、一気に攻め込んでくる。

よく同じ手を 神通も使う。

 

いや、摩耶にとって高雄姉さんの説教はまともな方だ。

問題は 次女の愛宕姉さんの説教である。

正直、説教になっていないのだ。

「まあ、そんなにくよくよしないの」とか言いながら、

「元気が無いのがいけないわね」といい、呉の新人艦娘達の前で愛宕姉さんと

“ぱんぱかぱーん”と腕を振り上げて大きな声で例の仕草をさせられるのだ。

そんな摩耶を見た呉の新人駆逐艦娘達は、

「愛宕さんには、決して逆らってはいけない」と身をもって実感する。

 

摩耶副長は、艦長席に座り鳥海に説教される摩耶を見ながら、

「ありゃ、2,3時間は説教が続くな。」と思いながら、テキパキと部下へ、現状待機の指示を出していた。

 

二式陸上偵察機2機が、洋上に出て既に1時間近くが経過していた。

隊長は、一番後ろの後席に座る通信士妖精に向い

「三笠からは、何か言って来たか?」と伝声管越しに聞くと、

「いえ、進路、速度、高度とも現状のままです。」

直ぐ真後ろの航法士が、

「隊長、そろそろ右前下方あたりに見えてくる頃です」

「よし、少し月明かりがある。目を凝らせ!」といい、三人で目を凝らした

僚機も後方で、監視体制に入っているようだ。

既に両機とも、翼端灯を消し、空中衝突を避ける為、少し間隔を開けて飛行していた。

「三笠より通信。目標まで距離30km、当機の右下方高度2000mです!」

此方は雲間に隠れるように飛んでいるので、やや高度を上げて2800m程度で飛んでいた。

「300m、降りるぞ!」というと、後方の通信士は、座席から小型の信号灯を取り出し

僚機へ向け発光信号で、降下を指示した。

直ぐに僚機が主翼を振って“了解”を返してきた。

ほんの少し操縦桿を押して、ゆっくりと降下する。

散在する雲間を抜けて、雲底まで出た。

僚機も直ぐに雲間から抜け出た。

 

薄い月明かりの中、進空する二式陸上偵察機。

隊長は目を凝らしながら、前方を監視した。

ふと、右手の前方に不自然な影を見た!

「いた! 右手下方二時方向!」

即座に、航法士妖精が双眼鏡で、隊長が指し示す方向を見た。

「いました! ぼんやりと機影を確認できます!」

「2番機に指示します!」

通信士妖精が、後方に待機する僚機へ、発光信号を送る。

僚機も発見したようだ、少し翼を振って返答してきた。

「通信、三笠へ報告」

「はい」と通信士は信号灯を床へ置くと、直ぐに電鍵に持ち替え、予め決められた、

“接敵”の電信を送った。

隊長は、

「よし、国籍と機種を確認するぞ!」と伝声管越しに叫ぶと、

不明機と高度差のある反航する進路を取った。

「一旦 やり過ごして、後方から捻り込む!」

相対距離は 10km程度まで近づいたが、此方に気がついた様子はない。

やや此方の高度が高い状態で近づいていく。

じっと不明機を監視していた航法士妖精が

「機影、大体見えました。双発、高翼機です」

「B25か? それともPBYか?」

「隊長、もう少し近づいてください。胴体の輪郭が分かりません!」

隊長妖精は、少し考え、

「すれ違いざまに、上昇反転して後へ着く、その時最も近づく筈だ! 見逃すな!」

隊長は、薄明かりの中、動く機影をしっかりとその眼に捉えた。

長年、操縦士妖精として鍛え抜いたその視力は、夜間でも十分機影を捉える事が出来た。

「荷重をかけるぞ! 堪えろ!」隊長が大声で叫んだ!

グングンと右下方を進む不明機の影とすれ違った瞬間、機首を30度程度持ち上げ、緩やかな上昇に入った瞬間右にバンクを切り、機体は海面に垂直状態になった!

機体の各所から、ギシギシと荷重に耐える金属音が聞こえる!

「ぐっ!」

下腹にしっかりと力を入れて、急激に掛かる荷重に耐え、操縦桿をしっかりと保持する。

機体は、緩やかな上昇右旋回を行いながら旋回する。普段ならここで舵を緩めて機体の姿勢を戻すが、隊長は、そのまま上げ舵を切り続けた。

機体、一瞬背面状態になりながら、機首を下方へ向ける様に切り込んできた。

“上昇反転”、“ウイングオーバー”と呼ばれる機動だ!

此方の速度が十分に確保できている場合に、エンジンの回転を落として、相手の機速に合せるのではなく、一旦機体を上昇させ、速度を高度という位置エネルギーへ変換させる。

この時、一時的に速度は低下するが、反転しながら降下する事で、高度を速度という運動エネルギーへ転化するのだ。

そうする事で、エンジン出力を一定に保ったまま、相手の後へ上手く回り込むことが出来る。

航空機を操縦する際、決して忘れてはいけない法則がある。それは

「高度は速度に、速度は高度に変換できる」という事だ。

幾ら軽快な運動性能を持つ零戦やこの二式陸上偵察機とはいえ、この物理法則からは逃れられない。

飛行士妖精になると、この事は身をもって叩き込まれる。

エンジンをぶん回しておけば、速度が稼げる訳ではない。

小型、軽量な零戦とは言え、宙返りを繰り返せば、必ず運動エネルギーが減り、勢いを失う。

如何に自分の位置エネルギーを使い、相手の後を取るか。

そんな試行錯誤を繰り返して、生み出されたのが零戦の特技。

「左捻り込み」である。

 

 

前方眼下に鮮明に、機影を捉えた!

もしこれが戦闘なら、絶好の射撃位置だ!

 

航法士妖精は、体に掛かる荷重に耐えながら、双眼鏡越しに不明機の機影を捉えた。

「国籍章なし! 深海棲艦機。機体はPBYです!」

隊長は、ウイングオーバーの機動を終えると、PBYの後方上空の雲間に位置を取り直した。

「通信士! 三笠へ報告!」と隊長がいうと、通信士は先程と同じ様に予め決めてあった符丁を短く電鍵で叩いた。

「報告終了!」

隊長は、それを聞くと、

「よし、一旦離れる! 2番機に指示!」

通信士は、素早く2番機へ指示の発光信号を送る

隊長は、左上方へ舵を切り、深海棲艦のPBYより距離を取り始めた。

「さて、奴ら何処まで近づくかな?」

「隊長、20mmの出番がありそうですか?」と後方の航法士妖精が聞いてきたが、

「さて、どうかな? 先程の指示では、後をつけろという事だったが」

航法士妖精は、地図を見ながら、

「三笠様達は、なぜ撃墜しないのですかね?」と聞くと

「さあな? しかし、何か意味があるという事だ」

隊長は、そう答えると、

「さあ、雲間で、“雲隠れ”しながら後をつけるぞ」といい、遥か前方下方を飛ぶPBYを見た。

「奴ら、どこまで行く気だ」そう呟いた。

 

 

「不明機は国籍章なし! 機種はPBYです」

三笠戦闘指揮所に、二式陸上偵察機からの報告が響いた。

「深海棲艦のカタリナか」と山本が呟いた。

先程から、真っ直ぐトラック泊地を目指してくる深海棲艦のPBYの航跡が海図上に刻々と刻まれていた。

「泊地の防空圏内まで入ってくるでしょうか?」と宇垣が聞くと、

「さて、どうかな?」と山本も半信半疑で答えた。

しかし、三笠は

前方壁面の大型ディスプレイを見ながら、

「それは無かろう」と答え、

「PBYが、この泊地上空に差し掛かるまであと2時間も無い、しかし夜明けまでそう間がない。日が出てしまえば、いくら電探能力が低いとはいえ我が軍に発見される危険性がある」

「手前で引き返すか?」

「イソロク、そう見るのが妥当ではないか?」

「では、やはり」と宇垣が聞くと、

「もし、奴らがここで引き返すなら、間違いなく、此方の出方を伺っているという事だな」

と山本が答えた。

そして、

「奴ら、攻撃は最大の防御というが、攻めを意識し始めたという事だな」

三笠は、

「さて、どこまで踏み込んでくるかの?」

そう言いながら、じっと大型ディスプレイに映る深海棲艦のPBYの光点を睨んだ。

 

 

二式陸上偵察機が、深海棲艦のPBYに接敵し、監視を開始して30分程が経過したが、余程相手が警戒していないのか? いっこうに上空で監視する二式陸上偵察機に気がついた様子が無かった。

「奴ら、本当に気がついてないのですかね?」と後方の通信士妖精が伝声管越しに聞いてきたが、隊長は、

「動きからすると、気がついていないようだな」

先程から、PBYは、進路、速度、高度も殆ど変化せず、真っ直ぐトラック泊地を目指していた。

「航法士、トラックまでどれ位だ!」

「はい。 距離およそ150㎞、現在速度を維持したままなら、あと1時間もしない内に、到達します」

隊長は唸った。

「奴ら何処まで行く気だ?」

そう思った瞬間、急に眼下のPBYが、ゆっくりと右旋回を開始した。

「よし! 動いた」

此方も、雲間からPBYを確かめながら、緩やかな右旋回に入る。

トラックを目指して、西に進路を取っていたPBYは、ここで急に、もと来た進路、東へ転進し、マーシャル諸島方面を目指し始めた。

「引き返した?」とその動きを見た二式陸上偵察機隊の隊長は考えたが、そのまま監視を続けた。

進路を変更し、トラックとは真反対方向へ進みだしたPBY

「引き返しましたね」と航法士妖精が言うと、

「そうみたいだな」と隊長は返した。

そして、

「まあ、20mm機銃も使いそうにないな」

その時、最後方の通信士妖精が

「隊長、三笠より入電、帰投命令です」

「間違いないか!」と隊長が聞くと、

「はい、電信で指示がありました」

「よし、子守りは終わりだ! 帰ろう」

というと、隊長は、大きく数回左右に主翼を振った

直ぐに後方の2番機も応答のバンクを見せた。

それを確認した隊長は、ゆるやかな右旋回始めながら、

「航法士、帰路算出!」というと、直ぐに、

「はい、進路フタロクゴ(265)でお願いします。」

「フタロクゴ、ヨーソロー!」と隊長が復唱しながら、右旋回を止め、進路を固定した。

機体を安定させながら、白み始めた水平線を見た隊長は、

「夜明けか」と言いながら、続けて

「奴ら、これからちょくちょく来るな? お次は何がくるかお楽しみだな」

と独り言を呟いた。

 

 

数時間後、トラック泊地に敵偵察機接近の報は、夜明けを迎えたここパラオ泊地に、もたらされた。

既に艦隊出撃の為、前日より沖合待機をしている護衛艦いずも艦内の士官室では、自衛隊司令と艦長のいずもが朝の幹部ミーティングを終え、少し早めの朝食を摂っていた。

既に食事を終え、食後のコーヒーを飲みながら、

「偵察機飛来か?」と司令が話を切り出した。

「そうね、トラックの手前100km前後まで接近して引き返したそうだけど、目的は何かしら?」

司令はコーヒーを飲みながら、

「夜間の単機。おまけにPBYか。攻撃ではなく偵察、それも此方の夜間対空探知能力を探るというのが、目的だな」

「でも、泊地手前で引き返したけど」

「ああ、大和さんあたりが装備している21号電探なら条件が揃えば100km程度の探知能力がある。」

司令は続けて、

「100km程度まで押し込めれば、トラックまで目と鼻の先だ、そこから防空隊が上がっても、通常なら間に合わない」

するといずもは、

「じゃ、航空攻撃をしかけてくる?」

「いや、そう考えるのは、早計だろう。」と司令はいい、

「単純に此方の準備態勢を確認したいだけかもしれんし、これから頻繁に偵察してこちらの動きを抑える為かもしれん」

「こちらの動きを抑える?」といずもが聞き返すと、司令は、

「時間稼ぎだな」

「どういう事?」

すると司令は、

「奴ら、何かしかけようとしているのかもしれん。例えばトラック空襲とかな」

いずもは、

「でも、航空攻撃をするにしても、足の長いB-17はラバウルで叩いたわ。今確認しているのはB-25とA-20位よ」

続けて、

「どちらも、とてもマロエラップからじゃトラックまで航続距離が足らないわよ」

司令は、コーヒーカップを置きながら、

「そう思うか?」と鋭く聞いた。

いずもは、そんな由良の表情をみて、少し考え、

「まっ! まさかあの手を!」

司令は、

「忘れたか? あの時、本土が空襲される筈はないと大多数の人間が考えた。しかし山本長官だけは、違った」

司令は続けて、

「深海凄艦は、米軍より早くカタパルトの重要性に気づき、独自技術で蒸気カタパルトを開発し、大型機の空母運用を可能にした」

「じゃ!」

「そういう事だ、奴らはもしかしたら、カタパルト装備の空母の増援をまっているのかもしれん。今トラックは、連合艦隊の主力艦が勢揃いしている。叩く好機と見る事もできる」

「どうするの?」

「まあ、焦っても仕方ない。今の話はまだ推測の域を出ない。まずは潜水艦狩りをしっかりして、血路を開く事が第一目標だ」

「そうね」といずも、コーヒーを飲みながら答えた。

由良司令は、静かに右手の人差し指で、テーブルをトントンと叩き始めた。

その仕草をそっと静かに見守るいずも

“由良があれをしている時は、多分ありとあらゆる事態を考えている時ね”と優しく由良司令の顔を見ながら、そっと壁面の時計に目をやった。

「そろそろ泊地艦隊とこんごう達の抜錨時間か」と呟いた。

 

その頃、泊地外周部にある、自衛隊艦隊漂泊地

護衛艦こんごうの艦橋では、艦長である艦娘こんごうが艦長席に座りじっと前方を見ていた。

その右後方には、この度、艦長見習いから昇格した艦長補佐のすずや。そして左後方には

いつもの副長が立っていた。

艦長補佐のすずやは、自分のタブレットの画面をスクロールさせながら、出港前の確認を行っていた。

すずやの持つタブレットには、出港確認のリストが次々と流れた。

それを、目で追いながら確認していくすずや

「よし!」と最後の項目を確認した。

横に並ぶ副長を見ると、一度だけ頷く。

「航海長!」と声を掛けた

「はい、すずや艦長補佐。両舷見張り異常なし、周囲に航行艦ありません」

続けて、

「抜錨作業、甲板上作業共に終了、係員所定の位置へ着きました!」

それを聞くと、そっと艦長席に座るこんごうの前まで来ると、静かに

「こんごう艦長。出港準備整いました」

こんごうは、すずやの顔を見ながら、笑顔で、

「では、出港。操船指揮はすずや補佐お願い」

こんごうは、そう言いながら、

「副長、久しぶりに“あれ”やろうかしら?」

副長は、

「気合いれますか? 艦長」

「やはりこういう時はね」といい、艦長席を立ち、ラッパを持つ信号員妖精の横へ立った

すると信号員妖精は、こんごうへラッパを渡し、

「気合の入ったやつ、お願いします!」

それを笑顔で受けとるこんごう

そして、

「すずや補佐。出港指示を」というと、

「はい、艦長。」とすずやは元気に返事をすると、振り返り、元気いっぱいに

「では、いっくよー!」

「護衛艦こんごう 出港! 両舷前進最微速!」

そう言いながら、束ねた薄緑色の髪をたなびかせ、右手を大きく前へ振りだした!

 

次の瞬間 艦体全域に、こんごうの演奏で、勢い良く「出港ラッパ」が鳴り響いた。

 

“おおおお!”と艦内から一斉に声が上がった!

 

この出港用意のラッパだけは、何十年たっても必ず人力で演奏される。

こんごうの就航当時、このラッパ演奏も時代の流れという事でデジタル録音による放送が検討されたが、こんごう本人が、

「そのような事をするなら、私が演奏します!」と本気でいい、公試の度に、こんごう自身が出港用意のラッパを演奏するという事態になったが、意外と不器用なこんごう。

音程の外れた出港用意のラッパで、乗員妖精達を悩ませた。

就航当時の不具合と合わせて、

「出港ラッパもろくに吹けない、三代目!」と酷評された。

しかし、こんごうはめげずに、時間のある毎にマウスピースで、練習を重ね、公試が終了する頃には、見違えるほど綺麗なラッパを鳴らした。

そのかいあってか、ラッパ演奏の録音化は免れたのだ。

 

こんごう独特の気合の入った音色が響く艦内!

 

艦橋付の3曹妖精が、マイクに向い

「しゅっこーーーーう」と気合入った放送をかけた。

その声を聞いた、操舵手は、手元の機関出力を制御するスロットレバーを、一段押し上げた。

 

COGLAG方式を採用した新こんごう型、高性能な推進用モーターのスムースな加速で、静かに、停泊地を後にした。

こんごうは、ラッパを信号員へ渡すと、

「いい音だったわ、よく手入れしてあるわね」

「ありがとうございます。自分も艦長に負けないいい音色を響かせることが出来る様、がんばります!」

「よろしくね」と笑顔を返すこんごう

こんごうは、艦長席のサイドポケットに仕舞ってあった愛用のビッカースの刻印の入った双眼鏡を取り出すと、すずやと揃って左舷見張り所へ出た。

すずやは操艦指揮をする為、小型のインカムを右耳へ装備し、航海長へ細かな操艦指揮を指示していた。

 

こんごうは、双眼鏡越しに後方を見た。

既に、ひえい、そしてはるなも動き出し、此方の後方へ付き、単縦陣へ移行しつつあった。

「艦長、パラオ艦隊と合流するまで、半速でいきます。」

「はい。すずや補佐、パラオ艦隊は?」

「本艦の右舷4時方向から接近中です。右舷見張り員が確認しました」

すずやは、手短に報告した。

流石に元重巡艦娘だけはある、状況判断がいい。頭の回転が速く、上手く状況を理解できる。

言動が軽く、学生気分の抜けない娘と思われがちだが、自衛艦娘となってからは、こんごうの指導の元、まるで別人の様な艦娘へと成長した。

こんごうはすずやの返事を聞きながら、満足そうに、

「パラオ艦隊と合流後は、当艦が露払いです。艦隊編成時、操艦には細心の注意を」とすずやへ言うと、すずやは、

「はい。いずもさんや瑞鳳さんの引き波に注意します」と答えた。

右手前方に、泊地を出たパラオ艦隊が見えて来た。

先頭は、長波、次艦は陽炎、今回旗艦を務める瑞鳳、そして殿の秋月が見える。

こんごうは、双眼鏡越しに瑞鳳を見た。

新しく装備した、傾斜のあるステルスマストにOPS-20や28レーダーが見える。

そして、マストに輝く「少将旗」

泊地提督が座乗し、旗艦としての役目を帯びた瑞鳳

上空では、泊地航空基地を離陸した、瑞鳳隊の零戦や艦攻隊が着艦の為に待機していた。

そっと前方の長波へ視線を移す。

こちらも、真新しいステルスマストにOPSレーダー、そして、艦橋上部のFCS-2の白いお椀型のフェーズドアレイレーダーが輝いていた。

射撃指揮装置並びにレーダー類の装備により、艦橋後部に新しく電探室が増設された。

船体後部に目をやると、今まで爆雷投射機があった場所には、別の装置が搭載されていたが、グレーのカバーが掛けてありここからでは良く分からない。

長波も気合が入っている様子で、艦橋横に出て、大きく身振り手振りで、指揮をしていた。

「ふふ、気合入っているわね、長波さん」とこんごうが言うと

「まあ、装備も一新しましたし、彼女にとっては、これほど本格的な海戦は初めてですから、“ドラム缶長波”の汚名返上と頑張りたいのでは」と、すずやはいうと、

「いいな~。早くすずやの艦も改装終わらないかな?」

「かなり進んでいるのでしょう?」

「はい、艦長。船体の修理、改修は殆ど終わりました。今はパラオ工廠の妖精さんたちが、兵装艤装の取り付け、調整作業中です。」と嬉しそうに話すずや。

そして、

「兵装もですけど、機関がガスタービンってのが、いいですね。おまけに電動推進。これで熊野にゃ負けないです!」

「ふふ、でも、その分取り扱いには細心の注意がいるから、今回の作戦で、それを十分学んでね」

「はい、艦長!」と元気に返事をするすずや

こんごうは、すずやと会話をしながらも、愛用の双眼鏡から、目を離す事はせず、右前方に、艦隊集結の為、こんごう達へ近づくパラオ艦隊を注視した。

 

泊地を出たパラオ艦隊は、こんごう達の右手からゆっくりと進み、面舵を少し切り、各艦逐次回頭、自衛隊の前に出た。

旗艦の瑞鳳が発光信号を上げ、長波達へ進路指示を細かく指示していた。

そんな動きを見ながら、すずやは、

「パラオ艦隊との歩調あわせます!」というと、

「機関 両舷前進半速赤15!」とインカム越しに指示した、

即、船体の行き足が少し落ちた。

素早い手付きで、信号員がこんごうのマストに、回転信号標「赤15」の信号旗を揚げた。

本来、こんごうは、ひえい達僚艦の自衛隊艦隊とは、運航システムの情報をダイレクトでやり取りしているので、こんごうの速力情報は、同じシステムを運用するひえい達の艦橋ディスプレイに表示される。

しかし、それを装備していない旧型の艦艇に対しては、旧態依然の発光信号や信号旗を使った指示が必要である。

どんなにシステムは高度化しても、それで全てが事足りる訳ではない。

 

パラオ艦隊は、上手く自衛隊艦隊の前方へ割り込むと、直ぐに単縦陣の隊形を整えた。

特に長波は露払いとして、しっかりと進路を保持していた。

「長波、いい動きですね。艦長」とすずやが言うと、

「そうね、最初に見た頃とは、まるで別人ようだわ。」

「陽炎さんが直接指導している成果ですね。」とすずやは言いながら、続けて

「私も、色々な駆逐艦娘達と艦隊を組んできましたけど、パラオ泊地の子達は、皆練度が高いです」と言いながら、前方で隊列を整えるパラオ艦隊を見た。

「そうね、私達もまだ他の泊地の人達と艦隊を組んだことがないから、なんともいえないけど、パラオの人達の練度が高い事は、身をもって感じているわ。やはり、由良さんや鳳翔さんのご指導がいいのでしょう」

すずやは、周辺を監視しながら、

「それもありますけど、睦月ちゃんや皐月ちゃんみたいな熟練駆逐艦娘が先任、十分な教練ができる環境に、油。前線拠点でありながら、きちんと訓練できる所なんかそうそうありませんよ」

「まあ、それも泊地提督さんの手腕の現れかな?」とこんごうが言うと、

すずやは、

「内緒ですよ。」と声を潜めて、

「軍令部内でのパラオ泊地提督の評価って最低なんです」

「えっ! 本当?」と驚くこんごう

「はい。」とすずやは言いながら、

「まあ、なんといいますか、“切れすぎた剃刀”と表現するのが一番ですね」

じっと前方の瑞鳳の艦影を見ながら、こんごうは

「その辺りの評価も、遺伝するのかな?」

「どういう意味です?」とすずやが聞いたが、こんごうはそれには無言であった。

 

長波を先頭に、パラオ艦隊とこんごうを先頭に自衛艦娘は揃って、単縦陣へ整列し、泊地を抜け、最先端部の小さな岬に出てきた。

いつもなら、近くの漁村の子供達が、出港する艦娘達へ、手作りの国際信号旗UW「ご安航を祈る」を上げ、見送りしてくれるが、今日はいつもと雰囲気が違った。

こんごうが、愛用の双眼鏡で岬をみると、そこには数多くの人影が見える!

艦娘特有の高視力を駆使して、岬をみると、子供達の手作りの掲揚台には、いつもの数倍の大きさの信号旗 “UW”が掲げてあった!

南の島の風を受け、大きくたなびく信号旗

多分、手作りなのだろう、少し模様が歪であるが、綺麗に塗り分けられたUWの信号旗

そして、そのはためく旗の下では、数多くの島民が、泊地艦隊、そして自衛隊艦隊の出港を見守っていた。

こんごうは、双眼鏡で、その人達をみた。

島民の先頭は、なんとパラオ族長の長である!

パラオの民族衣装をまとい、首から族長の長を表す首飾りをしていた。

その後ろには各村々の長達が同じく民族衣装をまとい並び、勢揃いしていた。

そしてその回りには村々の人々が見える。

あの睦月達と仲良しの少女の姿も見えた。

 

先頭を行く長波のマストに

返信のUW1の信号旗が掲揚されたと同時に、返礼の汽笛が鳴らされた。

甲板上に、兵員妖精達が出て、各自“帽振れ”で見送りに答えている。

後続の陽炎も、返信の信号旗が上がり、皆で帽振れをしている。

陽炎自身も艦橋横の見張り所へ出て、答礼している姿が見えた。

瑞鳳では、対空機銃妖精や飛行甲板上に多くの兵員妖精達が出て、此方も帽振れで返答していた。

秋月も同じく、甲板上に兵員妖精達が出て、思い思いに帽振れで答えた。

 

こんごうのマストにも、返答のUW1が掲揚された。

こんごうは、

「信号士。岬へ向け、発光信号。“見送り感謝する。護衛艦こんごう”送れ」

すると、信号士妖精は、

「艦長? 岬の皆 信号読めますかね?」

「いいのよ、此方の感謝の気持ちが伝われば」

「なら、了解しました!」と、手慣れた手つきで信号を岬へ送った。

すると、岬からも多くの人達が手を振って答えてくれる姿が見えた。

甲板上に、先任伍長を中心に、手の空いた妖精達が出て、各自帽振れで、見送りに答えていた。

こんごうが見ると、なんと白い調理服を着た食堂科の者まで出てきている。

ひえいも、見送りに答礼していた、そして、最後に湾を離れたはるなが、見えてくると、

岬にいた子供達が、一斉に大きな横断幕を広げた!

そこには、

 

「ハルハルせんせい がんばれ!」

 

と、大きな文字で書かれていた。

 

護衛艦はるなから、ひときわ大きな返礼の汽笛が鳴った!

それを見たこんごうは、

「はるな、大人気ね」

「そうですね、睦月ちゃんから聞きましたけど、はるなさんが授業にいく日は、朝から公学校は満員御礼だそうですよ」

「本当?」とこんごうが聞くと、

「はい、子供達だけでなく、大人の人も一緒に授業を聞いているそうです」

こんごうは笑顔を浮かべ

「まあ、はるなは艦娘にならなかったら小学校の先生になりたかったそうだから、ある意味本職ね」

すずやが

「小学校って、尋常小学校ですか?」

「まあ、だいたいそんなものよ。少し法令が変わったけど、年齢的には同じかな?」

すると、すずやは、

「はるなさんが、小学校の先生~か、うん似合いますね」

「でしょう」と笑顔で返すこんごう

そして、再び岬を見て、

「しかし、物凄い見送りね」

「はい、島の人達にとっては、マーシャル諸島の人達とは、遠い親戚の様な関係です。他人事ではないという事でしょう」

「親戚?」とこんごうが聞くと、すずやは しっかりとした口調で、

「こんごう艦長、このミクロネシアからポリネシアの人々は、何世紀も掛けて島伝いにその勢力を広げてきました。その為、言語とか風習とか違ってきてはいますが、皆“海を崇める海洋信仰”という部分では同じです、彼らにとって海の脅威に立ち向かう私達“艦娘”は希望なのです」

こんごうは、しっかりとすずやの目を見て、

「では、そのパラオの人達の負託にこたえる事ができるよう、頑張りましょう!」

「はい! こんごう艦長!」とすずは、しっかりとした声で答えた。

 

そんなすずやは、再び岬を双眼鏡で見ながら、一言

「いませんね」

「うん? 誰が」とこんごうが答えると、すずやは、ニヤニヤしながら

「ほら、陸軍の少尉さんですよ。前回はちゃんと見送りしてくれたじゃないですか」

すると、こんごうは

「別に、問題ないわよ、彼も軍人ですから、それなりに忙しい身でしょうから」とそっけなく答えたが、すずやは、

「ええ~、でも前回は帰還した時も子供達と“お帰りなさい”のUW3を揚げてくれましたよ」

「そっ、そうね」といいながらこんごうも双眼鏡で、岬を再びみたが、彼の姿は無かった

「まっ、そんなものよ」と呟くこんごう。

こんごう達は、岬を抜け、洋上で待ついずもへと進路を取った。

 

 

こんごう達が岬を抜けて外洋へと進路を取り始めた頃、パラオ泊地の水上機滑走水面区域では、マ号作戦の対潜支援の為 トラックへ向う2機の二式大艇改がエンジンを始動し、離水位置へ着こうとしていた。

大艇改1番機の機長は、

「ついこの前、トラックから帰ってきたばかりで、またとんぼ返りか」と思いながら、

「今度秋津洲に捕まったら、間違いなく分解されかねんな」等と思いをはせながら、機内の通路を歩き、操縦席から後方の乗務員席へと向った。

通信員妖精や対潜員妖精などが既に席に着き、離水準備の確認を行っていた。

声をかけながら、後方へ進む。

機体中央後部に、先日提督達が着席した座席が並んでいるが、今日は満員御礼だ。

大艇改の支援の為、整備妖精も同乗している。

一人一人のベルトを確かめ、最後尾にいる一人の男性の所まできた。

「少尉殿。間もなく離水です。準備は宜しいですか?」

すると、陸軍の防暑服を着た少尉は、

「済まんが、宜しく頼む。」といい。

「しかし、この大艇改。外は大艇でも中はまるで新造だな。」

すると、大艇機長は、

「岡少尉、この機体の内部の事は」と声を潜めていうと

「最高機密だな」と答えた。

 

「では」と隊長、一礼し、離水の為に操縦席へ戻って行った。

岡少尉は、窓から、外を見たが、既にエンジンが始動され、プロペラが小さな水飛沫を巻上げていた。

その向こう側には、泊地の司令部棟がぼんやりと見えていた。

少尉は、昨日の事を思い出していた。

昨日、急遽泊地司令部へ呼び出された。

少尉が司令部へ行くと、提督室へ通され、そこには、トラックから戻った泊地提督と由良、自衛隊艦隊の司令に副官のいずもが待っていた。

「なにか、嫌な予感が」と思いながら、ソファーへ掛けると、泊地提督から

「少尉、来て早々済まないが、君を暫くパラオ艦隊で預かる事になった。」

「海軍が、自分をですか?」

「ああ、連合艦隊の山本長官からのご指名だ。上の方とは早急に話をする。君の上官にも話はつけておく」

すると、岡少尉は、

「先輩が、そういうなら既に手筈がついているという事ですね。」

「そう言う事だ」と泊地提督が答えた。

「まあ、前回の一件を揉み消してもらった手前、うちの中隊長は頭があがらんでしょう」

それを聞いて意地悪い笑みを浮かべる泊地提督。

「自分としては、構わんですよ。」

「おっ、少尉。中身を聞かず即答していいのか?」とニコニコにしながら聞く泊地提督

「いえ、大体先輩は、こうやって意地悪い顔をする時は、ろくでもない事を考えているときでしょう。何年付き合っていると思っていますか?」

「そうなの? 少尉さん」と由良が聞くと、

「ええ、子供の頃は先輩と弟と、三人でどこそこの庭にある柿を取ってこようとか、あそこの畑にある西瓜を取ってこようとか、悪ガキでしたからね。由良さんも要注意ですよ」

すると、急に由良の表情が厳しくなり、

「提督さん! 後でお話があります。」といい、ニコニコしながら

「その辺りのお話をゆっくりとお聞かせください」とぎっと睨んだ。

「おいおい、そういう昔の話はだな」と場が和んだ

少尉は、提督達と並んで座る自衛隊司令といずもを見たが、

先程から、いずもの視線が鋭く自衛隊司令に突き刺さっている。

“此方も、似た者同士か”と思いながら、ふと“似た者”という言葉が引っ掛かった。

 

今まで意識した事が無かったが、先輩と自衛隊司令。二人並ぶと、時々表情が似ている事に気が付いた。

少尉は、皆に気取られないように、細心の注意を払い、意識を集中した。

彼は高位の陰陽師術者である。

人の微妙な霊波を感じる事ができる。

 

じっと二人の霊波を見た。

 

“ほう、そういう事か。道理で、山本長官や三笠様が、この自衛隊司令にこだわる訳か”と思いながら、

“先輩や由良さんが何も言わないという事は、まだという事だな”といい気配を霧散させた。

 

少尉は、

「それで、自分は何をすれば?」と問いただした。

「要件は2つある」と言いながら、

泊地提督は、

「我々、パラオ艦隊は今回ポンペイ島を前線拠点として使用する。自衛隊艦隊はそれより東南のクサイ島だ。済まないが、先行して両島に先回りして、狩ってもらいたい」と表情を厳しく話した。

「狩ですか?」という少尉

「既に、ポンペイ島には、大淀さんの手配で、我々が行く事が通知されている。ポンペイ島は島も大きく、人の出入りも多い。例のルソンの件もある。密偵が居ないか探ってもらいたい」

「ええ、分かりました。クサイ島もですか?」

「クサイ島には、自衛隊艦隊が入る。密偵の捜査もあるが、それ以上に頼みたいのは、現地の陸軍の守備隊への口止めと、族長への根回しだが、頼めるか?」

少尉は少し考え、

「実弾(金)を使っても?」と聞くと、

「構わん。由良手配は?」と泊地提督が聞くと、

「はい、円とドルを用意できますけど、どちらを?」

「出来れば、両方を。陸軍は円で、現地島民はドルでと思います」

と少尉は答えた。

「はい、では至急用意させます」

提督は、

「最後の任務だが、これが最も重要だ」といい、テーブルの上に置いた海図を指さし、

「自衛隊のこんごうさんと二人で、マジュロへ極秘潜入して、島民救出の段取りを残留部隊としてほしい」

少尉は、

「これは、難易度が高いですね。」と笑いながら答えた。そして

「いずもさん、彼女に後ろから撃たんように頼んでくださいよ」と冗談交じりに話したが、いずもは、

「そこは、少尉さんの行い次第という事ですね」と此方も笑顔で返答した。

そして、

「どのような方法で?」と少尉が聞くと、

いずもが、

「こんごうに乗船してもらい、夜間に島に接近、小型艇で上陸します。護衛艦こんごうと僚艦のひえいは、その後一旦海域を離脱します」

少尉は、

「上陸する人数は?」と聞くと、いずもは

「当初は、“お二人”で、その後島の残留部隊と調整の後、自衛隊の特殊部隊を20名ほど上陸させ、救助船への誘導を行います」

泊地提督は、

「済まんが、先行して上陸して、残留守備隊と現地族長への脱出説得を行ってくれ」

少尉は腕を組み、

「まあ、現地残留守備隊については、残留している者に顔見知りもいます。 何とかなるでしょう。問題は族長です。此方の得た情報では、かなり陸軍への反発があるようですが、自分の話を聞いてもらえるでしょうか?」

それには、自衛隊司令が、

「うちの”こんごう”を使ってくれて構わん」といい、

「ああ見えても、“金剛”だ。」

 

泊地提督も、

「最初にトラックの親父様の所へ顔を出してくれ。三笠様直筆の族長への書状を用意している。それをもって、こんごうさんと説得してもらいたい」

少尉は、

「益々、彼女の恨みを買いそうですね」というと、泊地提督は、

「そう言うな、いいもの見たんだろう。」

すると、少尉は珍しく表情を赤くした。

「提督さん!」と由良が厳しい視線を投げた

 

いずもは、持参した鞄から書類を出し、

「これは、こんごう作成のマジュロの住民救出計画書です。少尉はクサイ島でこんごうと合流後、マジュロへ向ってもらいます」

少尉は、その書類を受け取りながら、

「まあ、彼女の件は置いておいて、千名近い人命が掛かる作戦です。微力ながら努力します」と一礼した。

「済まんな、いつもこんな汚れ役ばかりで」と提督が言うと、

「まっ、その内返してもらいますよ」

そう返事をした。

 

 

少尉が、昨日の事を思い出す間に、大艇改は離水し、一路中継地であるトラック泊地を目指し、上昇を開始した。

ふと眼下を見ると、外洋へ出ようとする泊地艦隊と、こんごうを先頭にそれに続く自衛隊艦隊が見えた。

 

「さて、どんな事になるやら」

 

少尉はそう思いながら、これからの事に思いをはせた。

彼らの行く先に、如何なる戦いが待っているのか、まだ誰も予想も出来なかった。

 

 





こんにちは スカルルーキーです
分岐点 第47話お届けします。

前回の投稿より、少しというか、だいぶ間が開いてしまいました。
申し訳ございません。


さて、お話の中で少尉と泊地提督達が、あちこちで果物をかっさらう部分がありますが、あれは私の実話です
子供の頃、近所の悪ガキ連中と、どこそこのビワが上手そうだととか、あそこ梨はもういけるとか、そういう話しばかりしてましたね。

ただこれには、ルールがあって、ちゃんと持ち主に
「おっちゃん! 頂戴!」と一言いうのが暗黙の了解でした。

今思えば、緩い時代だったな~と思うばかりです

次回は、「前線へ」です
では


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