分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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作戦発動に向け、着々と準備を進める連合艦隊
そこに、一人の男性が訪れる。
太平洋を舞台に、大芝居を打つ連合艦隊
その行く先とは。



46 マーシャル諸島解放作戦 序章4

 

パラオへ向け、トラック泊地を離水した二式大艇改は、その後順調に、飛行を続け、トラック泊地に停泊する戦艦三笠の管制圏域を抜けようとしていた。

 

無線を持った副飛行士妖精は、三笠航空管制に向け、

「三笠航空管制、こちらパラオ大艇1号。高度2000、水平飛行中。問題なし」

と報告した、すると

「Palau TAITEI zero one, Mikasa control. Radar contact. Proceed direct Palau Base, comprise with restriction and report leaving control zone. 」と英語で返答来た。

無線を受けた大艇改の副飛行士は、

「おっ、いずもさんの所のコントローラーか!」と唸った

 

現在、戦艦三笠には、いずもより、数名の妖精隊員が派遣され、イージス艦三笠の機能の保全活動を補佐している。

航空管制業務も、担当の要員が派遣され、三笠乗員に対する指導を継続的に行っていた。

 

副飛行士は、

「Proceed direct Palau Base, comprise with restriction and report leaving control zone, Palau TAITEI 01. 」と英語で返答した。

基本、日本海軍内の無線交信は、日本語である。

しかし、自衛隊はATC(航空管制用語)を使用する、順次この会話に慣れてもらう為に、時々いずもの管制士官妖精が無線を取る事があるのだ。

青い空に、緑色のパラオ大艇改はグングンと速度を上げていた。

 

大艇改が古巣へ向け、邁進していた頃、山本と三笠達は本土から来た、新聞記者達との会見の為に戦艦大和へ向った。

 

日本帝国海軍、連合艦隊単独旗艦 大和

2番艦武蔵とならび、世界最高峰を誇る戦闘艦である。

公式には九四式四〇センチ(サンチ)砲とされる三連装、三基九門の主砲

だれがどう見ても、長門より、超大であり、存在感のある兵装であった。

また艦影も、長門や金剛達に比べ、船体中央に集中配置された、艦橋や煙突など、

まるで、“海を動く巨大な山!”と表現させる程であった。

建造当初、徹底的な機密保持がなされ、大和が建造された呉の工廠では、専用のドックは、周囲からは完全に目隠しされ、そればかりが艤装中には鳳翔や間宮など近隣の艦艇を目隠し代わりに周囲に停泊させたり、ドックが見下ろせる丘には、妖精兵士が巡回するなど、徹底した機密保持であったが、流石に物が物だけに、そうそう隠せるものでもない。

軍令部はある時から、この機密保持の方針を転換し、海軍の権威の象徴として、可能な限り、公開するという方針に変えたのだ。

理由はいくつかある、

最大の理由は、機密保持に限界があった事

あれだけの巨大な船を建造しておきながら、国民に黙っておくことはできない。

いくら呉の市民が海軍に協力的であったとしても、次第に口々に噂が広がる。

あらぬ噂を立てられ、二番艦以降の建造に支障がでては、問題である。

そこで、艦の存在を一部公開し、国民に広く理解を求めるという方向へ転換したのだ。

そこで、大きく活躍したのが、艦娘大和だ

 

正に動く日本人形、大和撫子を具現化した艦娘と称されるほどの美人である。

また、性格も聡明で、連合艦隊を統べる艦娘として非の打ちどころがない。

そんな彼女の写真の一部を新聞記事として軍令部は公開した。

艦橋で、双眼鏡を持ち、操船指揮を執る大和。

同じく連合艦隊司令長官 山本大将と並び艦橋に立つ大和

そして、独特な自身のマストを模した日傘をさし、第一主砲基部の前に立つ大和

 

国内の反響は物凄く、公開された当日の新聞は即完売。

あまりの反響に、各社夕刊に追加の記事を乗せた程である。

 

その後、浅草にある某ブロマイド屋に、日本帝国海軍艦娘ブロマイドなる物が登場した。

ここでも、売れ筋は大和、武蔵、長門に金剛姉妹などである。

特に、金剛達は姉妹揃って写ったブロマイドが評判であった。

一部には、駆逐艦娘達の集合写真などが、人気があった。

 

何故、ある意味機密である艦娘達の写真が公開されたのか?

それは、横須賀の大巫女の、

「艦娘を広く世間に知らしめる」という方針を具体化したもので、これが一番手っ取り早ったのである。

三笠の艦娘としての具現化に始まる艦娘の歴史。

ロシアバルチック艦隊を見事打ち破り、その後の深海凄艦との数々の戦闘は、国民に“不敗の艦娘艦隊”、“海神より選ばれし巫女達”という一種の神話を生み出しつつあった。

大巫女を始め、当時の海軍首脳部はその国民の熱狂ぶりを危惧した。

尊皇派と呼ばれる陸軍の一派、現人神である天皇陛下を中心に国難を打開するというスローガンを持った軍部の一部と意見対立を生む。

彼らにとっては、現人神は、陛下お一人であり、海神の巫女などという存在自体が許せないというものであった。

これが後に新統帥派と呼ばれる嫌艦娘派(艦娘否定派)を生み出す事になる。

これを危惧した海軍首脳部と大巫女は、

“艦娘は特別な存在ではなく、広く国民に親しみやすい存在であるべき”という方針を打ち出し、艦娘現人神説を否定したのだ。

この艦娘達の容姿の公開については、意見が色々とあったが、軍首脳は、大和を初めとする各艦艇の機密が漏れる事より、艦娘達に国民の目が向くことで、艦艇本体から目を背けさせる思惑があった。

ある首脳は“大和の本当の建造費が露呈すれば、国民は黙っていない”とつい本音を漏らした。

 

艦娘に関する一定の情報が公開され、国民に広く受け入れられていった。

この騒動は、一旦は収まった様にみえたが、ここで思わぬ事態が、生じた。

公開された写真が、どれも美人や可愛い系の写真だった為、それ自体が話題となってしまったのだ。

誰が、そんな写真を撮影したのか。

そう、艦娘一の名(迷惑な)カメラマンである、青葉である。

 

米国などからの経済制裁に苦しみ、深海凄艦との戦闘で補給路が細るなか、国民は、厳つい軍人の自慢話より、笑顔でほほ笑む彼女達の写真に飛びついた!

 

結果 嫌艦娘派と海軍の艦娘擁護派の溝は広がるばかりであった。

 

その様な状況の中、本土、いや日本の支配地域で絶大な人気を誇る連合艦隊の旗艦である大和で、本土からこのマ号作戦の取材に来た新聞記者との会談が開かれようとしていた。

連絡艇に乗った新聞記者一行は予め待機していた、艦娘大和と大淀に案内され、トラック泊地、夏島近くの洋上に錨泊する大和へ向った。

連絡艇に乗り、大和へ近づく記者一行。

 

「おお! 流石連合艦隊旗艦! まさに水上の城だ!」と皆、思い思いに声を出した。

記者の一人が、カメラを持ちだし、艦影を撮影しようとしたが、近くにいた海軍巡邏(じゅんら)隊の兵員妖精に、

「写真撮影は、指示があるまで、控えてください!」と即注意された。

慌てて、カメラを降ろす記者

連絡艇は、静かに大和へ向う。

大和の後方には、長門、そしてその長門に完全に隠れる様に、戦艦三笠が錨泊していた。

一番若い記者が、

「やはり、見えないか。」とそっと呟く。

 

連絡艇は、静かに大和へ接弦した。

細いもやい綱が、舷梯に待機する大和水兵妖精へ投げ渡され、素早い手付きで連絡艇は、固定された。

舷梯に、器用に乗り移る大和に大淀、その後 不慣れな記者の為に、小さな手摺付きの渡し板が連絡艇に掛けられた。

 

波が殆どない泊地内部とはいえ、多少は揺れる。

不慣れな一般人が、舷梯に乗り移るのは、意外と大変である。

艦娘大和は、そんな記者達に、笑顔で、そっと、右手を差し出し、

「どうぞ」と介添をしながら、舷梯に案内していく。

大和の手を取った記者達は、顔を赤くしながら、舷梯を登っていったが、最後に連絡艇を降りた若い記者は、大和の手を借りる事なく、顔色一つ変えず、慣れた足取りで舷梯に乗り移った。

「あら、慣れていらっしゃいますね」と大和に声をかけられると、その若い記者は、

「今まで、色々と取材で乗せていただきましたよ。長門とか金剛とか」

「そうなのですか?」

「ええ、しかし、この大和に乗船できるとは」と言いながら、頭上を見上げた

まるで、巨大な鉄の塊がそこにはあった。

小声で、

「まあ、よくこんなバカでかい船を造った」と呆れながら、

「よくそんな金があったな」と呟く

そっと、横に並ぶ大和を見て、

若い記者は、内心

“彼女の実家が援助したと聞いたが、一体いくら出したんだ?”と思いながら舷梯を軽やかに登った。

 

 

記者達が、舷梯を登りきると、そこには舷門があり、一人の幹部妖精と、数名の水兵妖精が待っていた。

幹部妖精達は、大和を見ると、不動の姿勢で、敬礼した。

大和は答礼し、

「副長、ご苦労さま」と声を掛けた。

「はい!」と返事をする副長。

大和は、

「長官と、三笠様は?」と聞くと、

「はい、間もなく此方へ」そう答えると、副長は舷門で、乗艦申請の書類に署名をする記者達へ向い、

「記者諸君、本艦は帝国海軍の最高機密に属する艦です。写真撮影並びに乗員への質問等は、控えてください」

そう言うと、

「では、所持品ならびに身体検査をさせて頂きます」といい、記者一人、一人を呼んで、舷門にある長机の上に所持品を広げて、危険品などの持ち込みがないか確認した。

少し怪訝な表情をするが、後方に腰から拳銃を提げた兵曹妖精と、三八式小銃を持つ2名の水兵妖精が、睨みを効かせて待機していた。

渋い顔をしながら、記者達は次々と私物を机の上に出し、水兵妖精が身体を触り危険物を持ちこんでいないか、確認した。

カメラは勿論、筆記用具などを入念に調べる。

これは、大和が海軍の最高機密であるが故の処置という事で説明されていたが、実際は違う事を記者連中は知っていた。

この警戒は、これから記者会見をする連合艦隊司令長官である山本を守る為であった。

 

山本は、海軍省の次官時代に大臣の米内、軍務局長の井上(現四艦隊司令)と、激しく日独伊三国同盟締結に反対した。

無論、三笠を中心とした艦娘達もこれに同調した。

 

理由は色々とあったが、これ以上米国相手に火種となる事を避け、外交的努力を持って支那事変解決にあたるべきであると力説した。

その根底には、山本自身の独逸帝国への強い不信感があった。

急速に軍備力を強化し、近隣諸国へ軍事的圧力をかける独逸に、国際的信用がおけるのか、山本は懐疑的な姿勢であった。

また、独逸国内の“アーリア人優位主義”に扇動される国民性に強い危機感を覚えたのだ。

 

強硬に三国同盟反対を唱える、山本に対して同盟推進派の陸軍や一部海軍の有志、そして政治家などがこぞって彼を誹謗中傷する動きを見せた。

特に、米内などと、

「夜ごと、料亭に通い。芸子遊びに興じる海軍省幹部!」といい、世論を煽ったが、世間では、冷静に

「まあ、海軍さんのお偉いさんは、器量が違います」と、“英雄、色を好む”と言わんばかりの反応であった。

しかし、そんな中、業を煮やした同盟推進派、特に過激な思想を持つ陸軍の若手将校達、後に新統帥派と呼ばれる者達の間で、山本暗殺計画なるものが囁かれる事になった。

軍内部で孤立しそうになった山本達条約反対派

 

そこに、ノモンハン事件が勃発。

一気に対ソ戦への緊張が高まり、条約推進派は、

「三国同盟を締結し、独逸にソビエトを牽制させ、満州国境における対ソ戦を有利に進めよ」と世論を煽った。

新聞等の世論操作により、国民は

「早期に三国同盟、締結を」という声が、高まるなか、思わぬ大どんでん返しが起こった!

 

「独ソ不可侵条約」の締結である!

 

これを聞いた条約推進派は、正に寝耳に水状態となった。

まさか、当てにしていた独逸とソビエトが手を結ぶとは、全く想定していなかったのだ。

推進派は、在独逸大使などを通じて、情報収集を行ったが、既にその頃、ヒトラーの関心事は、アジアの小国との同盟より、ソビエトとのポーランド分割へ傾ており、全く相手にしてもらえない状態となった。

完全に梯子を外され、外交的に身動きできない日本

 

その後、独逸は、ソビエトの脅威がなくなったと判断、ポーランドへ侵攻

ここに、第2次世界大戦の幕が切って落とされた。

 

日本国内が、独逸のポーランド侵攻に驚愕する頃、山本達は

「独逸は、元々ポーランドと不可侵条約を結んでおきながら、一方的に軍事侵攻を行い、進軍した、あまつさえ、宿敵ソビエトと不可侵条約を結んでいる。この様な信義に反する行為を行う国家と軍事同盟を結ぶのはいかがなものか?」と世論へ訴えた。

 

流石に、条約推進派は勢いを失い、結果日独伊三国同盟は一旦立ち消えとなった。

ただ、こうなると推進派の怒り鉾先は、終始反対を表明した山本本人に向けられた。

「山本次官の思惑で国家の利益を損ねた」と世論を煽り、連日海軍省に陸軍の若手将校が押しかけ、面会を強要するばかりか、あまつさえ、配下の兵を従え、海軍省へ銃口を向ける者まで現れた!

山本は、

「では、本職が辞すれば良いのか!」と反論し、事の収拾に努めたが、

推進派の陸軍若手将校達の熱は収まらず、要求は厳しさを増し、遂に

「山本次官が強気の発言をするのは、艦娘達の存在がある。現人神であるお上に対して、艦娘大権などといい、上から目線で意見する大巫女や三笠は、国家にとって百害あって一利なし!」という意見まで出始めた。

山本は遂に意を決し、辞表を米内大臣へ提出したが、当の米内はそれを受け取りながら、

「一晩、考えさせろ」といい、返事を保留した。

山本本人は、このまま次官を辞して、予備役か、まあ内地の鎮守府提督辺りへ着いて、頃合いを見て、退役だなと思ったが、翌日、米内より、

「少し付き合え」と言われ、車に乗ると、なんと向った先は二重橋であった。

 

驚きながら、皇居内部へ入ると、侍従長に付き添われながら奥へ通され、御前会議などが開催される会議室へ案内された。

上座に陛下の玉座だけという簡素な室内

ここまで来ると、嫌な予感が山本を襲った。

 

暫し待つと、侍従長に案内され、陛下と、なんと大巫女、そして三笠が入室してきた。

陛下が、玉座へ着席されると、その左右に大巫女、そして三笠が並んだ。

二人の放つ、重圧な霊力が、陛下の威厳を増していた。

深く一礼し、直立不動の姿勢で立つ山本海軍次官。

 

陛下は、直立不動の姿勢で立つ山本へ、

「山本海軍次官。そなたは昨日 その職を辞したいという事で、米内に話したそうだが」

すると山本は、

「はい、自分といたしましては、今回の陸軍三国同盟推進派との一件。穏便に事を治めるには、自分が辞するのが一番かと思い、昨日 米内大臣へ辞表を提出いたしました。」

すると陛下は、暫し、じっと山本を見て、

「それが、そなたにとって、最善の策という事か?」

山本は静かに

「はい」とだけ、答えた。

しかし、陛下は、

「しかし、それは国家にとっては最悪の選択となりえる」

山本は、はっとしながら、顔を上げ陛下を見た。

すると、横に立つ大巫女が、

「山本次官、確かにお主が辞すれば、今回の騒動。一旦はケリが付く。しかしその問題の根幹である、独逸第三帝国を軍事的に利用するという、陸軍内部の急進派はそのまま残り、我が海軍が膝を屈した形となる。それでは、今後、陸軍急進派を止める者がおらぬ」

大巫女は続けて、

「陸軍急進派に対して、牽制となる一石が必要となる」

山本次官は息を飲みながら

「それを、自分に?」

「そういう事じゃの」と大巫女は答えた。

山本次官は、少し考え、

「自分には、過分な事かと」と答えた。

しかし、大巫女は、静かに、そして言葉を選びように、

「あの日、日進の口寄せの巫女は、身を挺してそなたを守った。それは何の為じゃ」

 

山本は、そっと、そして、重く、

「そっ、それは」と答えた。

山本の脳裏に、あの日、血塗れになりながら、日進の露天艦橋で、必死に砲撃に耐え、自分達少尉候補生に、「海神の御加護があります、けっして諦めていけません!」と言いながら、血塗れの巫女服を振り乱しながら、指揮をとる日進の口寄せの巫女の姿を思い出した。

 

大巫女は、静かに、

「武人は戦を好む。しかし、それは戦の本質を理解しては居らぬ、本当の武人とは、戦を好まぬ、東郷も乃木もそうであった」

 

山本はじっと陛下を見て、

「では、自分に“抑止力になれ”と」

 

静かに陛下は頷き、そして、

「次官、暫く陸暮らしという事だが」

「はい」と山本が答えると、

陛下は、優しい面差しで、

「では、暫し、潮風にあたると良い」

 

すると、米内は一歩前へ出て、山本次官へ向き、

「山本イソロク次官、海軍省次官の任を解き、新たに日本帝国海軍、連合艦隊司令長官を任ずる」

 

「えっ!」と驚きの余り、陛下の御前である事を忘れ、声が出た!

 

陛下は、静かに、

「そなたは、海軍省より、海が似合う」と静かに語り、そして

「長らく、連合艦隊司令長官の座は空席であったが、そなたを推挙する者が二人、いや多数おったのでな、この国難、そなたの指揮で乗り切ってみせよ」と力強く言葉を発した。

笑みを浮かべる、大巫女に三笠

 

山本は、

“ああ、詰んだな”と思いながら、

静かに、一礼し、

「謹んで、拝命いたします」と静かに答えた。

 

その答えを、満足そうに聞きながら陛下は、

「山本長官、秘書艦であるが、本来なら連合艦隊旗艦である長門が務める所であるが、今後の事を考慮し、艦娘艦隊旗艦である、この三笠をつける」

 

「へっ!」と驚きのあまり、とんでもない声がでた!

 

それもその筈だ。

日本帝国海軍の全ての艦娘を統べる艦娘旗艦 戦艦三笠

確かに、船体は横須賀で記念艦として固定係留されているとはいえ、艦娘三笠はいまだ現役、おまけに予備役扱いとはいえ、海軍大将。

そんな御仁が自分の秘書艦である。

 

三笠は、ニマリと笑い

「イソロク、儂と共に、再び海で暴れてみるか?」

山本は、内心

“これは、どう手綱を握ればいいのか?”と悩んだが、考えても仕方ないと諦め、

「よろしくお願いいたします」と一礼した。

 

ここに、山本イソロク連合艦隊司令長官が誕生したのだ。

 

しかし、これで納得できる陸軍急進派ではなく、その後もあの手この手を使い、山本を追い込もうとした。

三国同盟に反対し、親米ともいえる山本が海軍実戦部隊の長である連合艦隊司令長官という事は、彼らにとって、都合の悪い事が多い。

結果、絶えず暗殺計画が囁かれる事態となる。

今や、連合艦隊という存在が、山本の警護役となっていると言っても過言ではない。

 

 

大和舷門で、身体検査と所持品の検査を受けた、記者一行は、艦娘大和達に案内されて、大和士官室へ向った。

大和とはいえ決して広くない艦内通路を歩く。

記者達は、周囲をキョロキョロと興味深く見た。

当初、山本との記者会見は、夏島の陸上司令部か、副旗艦の長門艦内という事が考えられていたが、三笠が、

「折角、本土からわざわざ来たのだから、ここは最高の場所で会見といこうかの」と言い出した。

しかし、宇垣達は大和艦内に一般人を入れる事に、懸念を表した。

それもその筈だ、艦娘大和は世間に公表されたとはいえ、大和自体はまだ秘匿扱いの部分が多い。

しかし、山本は、

「既に、大和に武蔵は、日本海軍の象徴として広くその存在が認知されている。ここは上手く宣伝塔として使おう」といい、結果大和艦内での会見となった。

本土から、遠距離、大艇で夏島に来島した記者一行は、その事実を知らされ、驚喜した。

今まで、存在が知られて置きながら秘密のベールに包まれ、詳細が不明な最新鋭艦を直かに、それも艦内に入れるのだ。

これを、記事にして本土に送れば、間違いなく特ダネだ!

多少の検閲の強化など、その事を考えれば、十分目をつむれる。

 

興奮気味の記者一行は、艦娘大和に案内され、ある部屋の前まで来た。

大和が、静かにドアを開けるとそこは、幹部士官室であった。

艦の大きさに十分見合う広さ。

正面には、艦内神社の御社が祀られている、奈良の大和神社(おおやまとじんじゃ)より祭神が分霊されて祀られていた。

大和は静かに、艦内神社の前まで、来ると姿勢を正し、二礼二拍一礼し、艦内神社へ参拝した。

それに倣う記者一行

 

大和は、振り返ると、

「では、皆様お掛けください。山本連合艦隊司令長官と三笠大将は間もなく

本艦へご到着されます」

そう言いながら、各記者へ席を勧めた。

普段なら、この士官室は大型のテーブルが据え付けられているが、今日は会見用に、

艦内神社の前に、大振りのひじ掛けの付いた、白いクロスに包まれた椅子が2脚、そしてその対面には、記者達が座る、通常の椅子が並べられていた。

後方では、大淀の指示の元、ニュース映画会社の記者が動画用のカメラを設置していた。

大淀が、撮影のアングルなどを細かく指示していた。

これは、機密保持というより、最も効果的に映る見栄えを重視したアングルを指示していた。

それを見た若手記者は、

「長官も、三笠様も気合が入っているな。これは一波乱あるという事か?」と思いながら、

そっと後方にいる大淀をみると、ニコリと笑いながら、眼鏡をかけ直した。

「成程ね、通りで俺が呼ばれた訳か」と呆れた顔をした。

その呆れ顔をみた大淀は満足そうな笑みを浮かべた。

 

“はあ~”と深いため息をつきながら、若手記者は一番後方の席に座った。

席の前方には、在京の有力紙の記者が陣取った。

これは、まあ業界の暗黙の了解である、今日の仕切りは、東京日報の古株の記者がする事になっている。

若手記者は、

「俺まで、質問時間が回ってくるかな?」と思いながら、そそくさと、メモと筆記用具を取り出した。

 

暫し、待つと、廊下に複数の足音が聞こえてきた。

足音がドアの前に来る前に、ドアが開き、外で待機していた水兵妖精が、

「大和艦長! ご報告いたします。連合艦隊司令長官並びに三笠大将がご到着されました!」と報告し、直ぐに横へ引くと、入れ替えに、

大和副長に案内された、山本と三笠が入室してきた。

一斉に立ち上がる記者一行。

「済まないな、遅れて」と言いながら、山本が入室してきた。

一礼し、山本達を迎える記者達を見ながら、

「固い挨拶は、無しじゃ」といい、三笠も笑顔で入ってきた。

 

山本は、どっかりと前方の椅子に腰かけた。

横の椅子に三笠が座り、愛用の軍刀へ両手を預けた。

その後方に、艦娘大和がそっと立つ。

 

日本帝国海軍の双璧が並ぶその後方に、海軍、いや日本の象徴ともいえる艦娘大和が優雅にその立ち姿を、現した!

「おおお!」と記者から声が漏れた。

 

記者団代表の古株の記者が、

「山本長官、三笠大将。本日は、お招きいただきありがとうございます。」と最初の挨拶をすると、山本は

「いや、此方こそ。遠路このトラック泊地まで、何もない所だが、まあゆっくりしてくれ」といつもの調子で返事をした。

 

古参の記者は、

「まず、始めにお写真を撮らせていただいてもよろしいでしょうか?」

すると山本は、

「ああ、構わんよ」というと、記者達が一斉に立ち、思い思いのアングルから写真を撮った。

 

若手記者も写真を撮ろうとしたが、すでにいい場所は有力紙の古株連中が抑えている。

少し後方から、数枚写真を撮った。

「あら、前に出ないのですか?」と後方で待機していた大淀に声をかけられた。

すると若手記者は、

「流石に、うちの様な弱小紙が、有力紙の先輩諸氏を押しのけてまで、撮るほど度胸はないよ。」

大淀は、

「確かに貴社は、発行部数は有力紙に遥か及ばないですが、その購読者は財界や政治家だけでなく、幅広い層に及んでいます。諸外国では、“日本のワシントンポスト”と呼ばれるほどですけど?」

すると、若手記者は、

「過分な評価ですよ。うちの社の方針は、“この眼と耳と足で確かめた事以外は載せるな”ですからね」

そう言いながら若い記者は、

「お蔭で、自分の様な新米は、海外を転戦ですよ」と笑いながら、答えた。

そして、

「まあ、写真は後で、彼女からとびきりのを分けてもらいますよ」

すると、大淀は

「ちゃんと検閲は受けてくださいね」

「はい、それで彼女は?」

「すぐ近くで待機しています」とニコリと笑った。

 

その若い記者は、

“成程ね、居残りか”と内心思った。

 

写真撮影が一通り終わり、記者達が席に着くと、古参の記者が、会見を仕切り始めた。

古参の記者は、

「では、今回の記者団を代表しまして、東京日報ですが、改めて、連合艦隊司令長官並びに三笠大将。お招きありがとうございます」と一礼した。

 

「いや」と軽く、返事をする山本。

三笠も、にこやかに返事をした。

しかし、その眼光の奥底で、鋭くその東京日報の古参の記者を睨んだのを、後方で若い記者は、見逃さない。

“三笠様! 例の件かなり怒っているな。これは一波乱あるぞ!”と若手記者は身構えた。

 

古参の記者は、そんな三笠の表情にも気が付かず、メモ帳を見ながら、

「では、まず連合艦隊山本司令長官に、今回のマーシャル諸島方面での大規模作戦について、抱負などお聞きしたいと思います」と話を切り出した。

 

山本は、少し表情を厳しくした。

“本来なら、極秘扱いの本作戦がここまで露呈しているとは、やはり要注意だな”

 

すると山本は、落ち着きながら、

「君たちは、大本営軍令部から、本作戦について、説明は受けたのかね?」と聞き返した。

すると、

すると、東京日報と名乗った古参の記者は、自慢げに、

「はい、既に軍令部より、自分達はこのマーシャル諸島開放作戦について、説明を受けております。深海凄艦により、占領されたこのマーシャル諸島の実効支配を取り戻し、再び日本の統治権を確立し、ひいては、背後に控える米国への牽制であると!」

 

山本は渋い顔をしながら、

“軍令部め! やはりそこへ世論を持っていくか!!”と腹の中で唸った!

横の三笠も表情を厳しくした。

 

山本は、表情を変えずに、

「既に君たちも知っているとは思うが、このマーシャル諸島は、元は我が国の統治領であったが、先の真珠湾に展開中の深海棲艦への威力偵察後、急進してきた深海棲艦に占領される事態となった。本作戦は、わがトラック泊地に展開中の連合艦隊を使い、速やかに同諸島の制海権並びに制空権を奪還し、速やかに実効支配を回復する事を目的としている」

 

 

真珠湾攻撃

日本海軍が、米国との開戦の為、真珠湾を攻撃しようとした事は事実である。

これは覆しようのない事実であったが、南雲達が向った先には米軍ではなく、深海棲艦がハワイを占領し待ち構えていた。

南雲司令は、攻撃予定前日、計画になかった事前偵察の為、艦攻を飛ばし、真珠湾の状況を確かめた。しかし、そこには米軍ではなく、おびただしい深海棲艦の艦艇がひしめいていた!

報告を受けた南雲司令は、一考した。

「このまま真珠湾を叩くか! それとも仕切り直すか?」

赤城に乗る多くの参謀達は、

「このまま進軍し、真珠湾を攻撃し、占領しましょう!」と強く進言したが、南雲司令は、

「しかし、それでは当初の目的である、米機動艦隊、特にサラトガを中心とした空母群を殲滅するという目的が果たせない。」といい、結果南雲司令は

「真珠湾攻撃することが、目的ではない。米海軍を行動不能にさせる事が目的だ、これでは、当初の目的とは違う」という事で、攻撃中止を決意!

12月7日、無線封鎖を解除し、後方200海里で待機する旗艦長門へ、

「奇襲失敗! 転進する!」と打電

一路、トラックへの撤退進路を取ったが、その進路上には、既に深海棲艦のル級flagship達が待ち構えていた。

ただ、南雲司令が、予定より早く撤退進路を取ったため、ル級達は南雲司令達の捕捉に時間がかかり、後方から追撃する形となった。

逃げる赤城達、追うル級

赤城達は深手を負いながらもなんとか、急派された金剛達の支援を受け、ル級の追撃を振り切ったが、その代償として無防備のマーシャル諸島を占領されてしまったのだ。

 

日本国内の報道機関は、“連合艦隊、真珠湾奇襲に失敗!”と報じ、南雲や山本を臆病者となじったが、この真珠湾攻撃の中止により、間一髪で対米開戦は避けられた。

これは、攻撃失敗の報が、いつもより早く陛下の元へ知らされ、陛下の開戦中止の御英断が即決されていた事が主な要因であるが、ワシントンの大使館が宣戦布告の暗号電文を上手く解読できなかった事も大きい。

ある大使館員は後日、この様に語った。

「いつもなら、本国からの暗号電文は鮮明に聞こえるが、その日だけは、雑音だらけで判別できなかった!」

正に、神のいたずらである。

 

ただ、事はこれで収まらなかった!

米国は、

「日本が、真珠湾を攻撃しようとした事は明白であり、開戦を前提とした行動であり、宣戦布告の無い開戦など、国際的信用問題である!」と国際連盟などを通じ、詰め寄った。

窮地に立つ、日本外務省

そこで、つい苦し紛れに、

「我々の行動は、真珠湾へ展開した深海棲艦への威力偵察である!」と返答した。

 

外務省は、「ハワイには移住した数多くの日本人がいる、自国民保護の為、ハワイへ展開した深海棲艦の動向を探る為である!」という事で、全ての嫌疑をこれで跳ねのけた!

以後、米国とは、この問題で喧々諤々の問答を繰り返すはめとなったが、逆にその事で、米国と接触が増え、外務省は、

「幸い転じて、何とかだ!」と、対話路線を繰り広げる事になった。

 

 

場を仕切る東京日報の記者は、山本の返事を聞き、メモを取りながら、

「山本長官、本作戦は、深海棲艦への本格的な反攻作戦であると同時に、深海棲艦に占領された我が国の統治領を奪還する事が目的であるとお聞きしておりますが?」

 

山本は、

「ああ、その通りだ」と答えた。

すると、東京日報の記者は、

「今回は、深海棲艦に占領されたマジュロに対して、陸軍の上陸部隊が奪還作戦を行うとの事ですが?」

それには、山本は、

「君、そこは、我が海軍は預かりしない所だね。我々はこのマーシャル諸島の制海権と制空権を確保し、深海棲艦よりマーシャル諸島の実効支配を奪還する事を目的にしている、陸軍の上陸作戦については、聞き及んでいるが、あくまでこれは別の作戦であり、作戦の主体は我が海軍がもっている」

すると、東京日報の記者は

「山本長官、我々が東京の軍令部で受けた説明によると、連合艦隊が敵艦艇群を殲滅し、南雲機動部隊が陸軍師団を擁護し、マジュロ奪還作戦を行うとの事でしたが?」

山本は、笑顔で、

「その辺りについての作戦の詳細については、機密だが、マジュロの奪還については、残留し、深海棲艦の脅威にさらされている、現地島民や守備隊の残留部隊もいる。そこは察してもらいものだが」

すると、東京日報の記者は

「その残留部隊救出の為、陸軍の支隊が上陸作戦を敢行するとの事、既に台湾より支隊が向ってきていると聞き及んでおりますが」

山本は、その東京日報の記者を見ながら、

「君は、我々より、この作戦に詳しいようだが」と冗談交じりに話した。すると記者は

「わが社は、大本営陸海軍部とは、ご縁がありますから」と答えた。

 

すると山本は、鋭く切り返し

「そう言えば、このマーシャル諸島での作戦を最初に報道したのは貴社だったね」

「はい、軍令部総長の御厚意で、若手の方々からお話を伺う機会がありましたので」そう語った。

山本は、

「そこで見聞きした内容を、そのまま記事にして公表したという事かい?」

山本は、深い息をして、横の三笠をみたが、三笠も呆れ顔であった。

山本は、東京日報の記者を見ながら、

「君たちの取材活動をとやかくいうつもりは、毛頭ない。しかし、君たちは見聞きした事の意味をもう少し考慮して記事にしてもらいたい」

それを聞いた東京日報の記者の表情が険しくなり、

「山本長官、それは我々に対して、都合の悪いことは書くなという事ですか!」と反論した。

「いや、そうは言っていない。その記事の影響力を考慮してもらいたいと言っているのだ」

山本は続けて、

「今回のマーシャル諸島解放作戦は、海域開放作戦であるのと同時に、マジュロ島近隣に取り残された現地島民並びに陸海軍の守備隊の保護も作戦に含まれる」

すると場を仕切る東京日報の記者は、

「それは、聞き及んでいます。マジュロ島に取り残された陸軍守備隊の同胞を決死の覚悟で、山下少将が指揮される支隊が救出するとか。我々もその瞬間に立ち会うべく陸軍の上陸部隊に同行いたします。」

と興奮気味に話した。

東京日報の記者は、続けて、

「この上陸作戦を支援するという事で、南雲機動部隊が航空支援を行うと聞き及んでいますが、赤城さん達の活躍が見物ですな」

山本は慎重に言葉を選びながら

「確かに初期の頃は、赤城達を使い航空強襲を検討していたがね、どこで嗅ぎ付けたが知らんが、深海棲艦は、“マジュロ島に日本軍が近づけば、島を砲撃して壊滅させる”と無線で通告してきた。既に島の周囲は、幾重にも機雷が敷設され、艦艇の接近は出来ないばかりか、沖合には、重巡が待ち構えているよ」と困り顔で答えた。

記者達は唸った。

「そっ! それは」と東京日報の記者は、慌てながら、

「では、連合艦隊は陸軍残留部隊を見捨てるのですか!」と山本に詰め寄った。

山本は、さらっと

「当初考えていた作戦は、全てご破算でな、今別の計画を立案している」

東京日報の記者は、

「それは、どのような作戦ですか!」と他の記者達は身を乗り出した。

山本は、

「それは、軍機につき口外できんな」

「そっ、そんな!」と記者達から、落胆の声がでた。

最前列の東京日報の記者は、

「山本長官。我々記者団は、大本営陸海軍部より、本作戦において国威発揚の為、取材を許可されております。ここはひとつ、国民へ向け、作戦についてお話ししていただけないでしょうか?」

しかし、山本は、

「作戦自体の意義や目的は当初から変更はない。本作戦は深海棲艦の南進に対し、楔を打ち込み、彼らの行動に一定の圧力をかける事が目的である。作戦の詳細については、話すことはできんな、いくら大本営の命令でも」

東京日報の記者は、語尾を強くしながら、

「長官はお分かりでない、今や日本国内は、このマーシャル諸島解放作戦で話題騒然です。この戦いを勝ち、深海棲艦の脅威を排除し、ひいては、三国同盟を締結し、我が国に圧力をかける米帝に一撃を加えるべきとの声が多数です!」と声を上げた!

頷く記者団。

ただ、最後尾にいた、若手記者だけは怪訝な顔をした。

 

山本は、声を落ち着かせながら、東京日報の記者を見て

「君に聞きたいのだが、どうしてマーシャル諸島の深海棲艦の排除が、米国への宣戦布告へ繋がるのだい?」

すると東京日報の記者は、

「現在、我が国の繁栄を阻害しているのは、深海棲艦と米帝です! この両者は我が国だけではなくアジアにおける脅威です。特に米帝の禁油措置など対日強硬政策は、国内産業に大きな影を落としております。」そう言うと、続けて、

「我が国が、困窮しているのは、米帝の傲慢な態度であり、この皇紀2600年の我が日本が屈するなどあり得ません!深海棲艦を排除し、米帝のアジア侵略を防ぐ事が我が国の使命であります」

その声に頷く記者達。

東京日報の記者は、続けざまに

「米帝の侵略を防ぐ為、ぜひ三国同盟を再交渉し、独逸と共闘すべきです!」

 

山本は、横に座る三笠をチラッとみたが、もう呆れ顔を通り越し、諦め顔であった。

山本は、椅子に座り直すと、ぐっと声をあげ、

「君たちは、余程米国と戦争がしたいのかね」と鋭く記者達をにらんだ!

山本の表情をみてたじろぐ記者達。

ただ、一人、最後尾の若手記者だけが、じっと山本をみた!

 

コン!

 

三笠の軍刀が、小さく床を叩いた

 

「戦、戦とはやるようでは、物事の真義の見極めは難しいものよ」と、三笠は静かに語った。

頷く若手記者

 

東京日報の記者は、

「山本長官は、現在我が国が置かれている国難をご理解されていない!」と膝を叩き、

「石油不足により、我が国の経済は逼迫し、臥薪嘗胆を強いる日々です!」と返した。

山本は

「それは、痛い程理解している。この大和を動かす油、それだけでなく我々の衣食住は、全て、国民の血税で賄われている。」

「では、何故。米国との開戦をそこまで避けるのですか! 我が国はこのままでは座して死を待つばかりです」

と、東京日報の記者は、詰め寄った。

 

山本は静かに

「私は、次官の頃より、米国との緊張状態の根源は、支那問題であり、その解決は武力ではなく、外交であるべきであり、米国との武力衝突は回避すべきであると申し上げている。最近の大本営会議でも、陛下は“対話と交渉”を持って事の解決にあたる様にと、関係大臣に、お話されている。」

すると、記者は

「しかし、国民の多くは、米国との開戦を望んでおります。早期に独逸と同盟を結び、この世界を日独の大国で治め、我が国の繁栄を安定させるべきと」

 

コン!

 

三笠が軽く床を軍刀で叩き、

「儂も、幼少の頃、日清戦争を体験し、日露戦争では口寄せの巫女、そして戦艦三笠として体現し、あの日本海海戦を戦ったが、戦をすれば、国家が潤うという考え方は、賛同しかねる。戦とは、タダではできぬ。莫大な戦費を国内外から集め、長期の準備を必要とする。記者諸君、今の我が国にその様な体力があると考えておるのか? まして相手は、世界経済の覇者、米国である。砲火を交える前に、経済戦争で負けておるわ」

山本も、

「確かに、対米開戦となれば、一時的に国内に戦争特需が生まれ、景気は上向く。枢密院の見積では、開戦半年で仏印などの占領地からの物資補給で我が国の戦争資源の備蓄は上向くと言われている。」

すると、記者は、

「やはり、開戦が我が国の国難を救う唯一の方策です、国民世論もそれを願っています」と捲し立てたが、

「しかし、半年も経てば米国は、態勢を立て直す。此方が1隻空母を作る間に、向こうは同型艦を10隻は作れる。1機の零戦を作る間に30機のグラマンを作れる。これだけの戦力差があると、長期戦は難しい。戦争遂行は困難だよ」

「では、長官も三笠様も、対米戦には反対であると。」と記者が聞くと、

「ああ、その通りだ。」と山本は即座に答えた。

 

記者を代表する東京日報の記者は、

「しかし、山本長官。米国は、事ある毎に我が国に対し、満州からの撤退、軍備力の縮小など難題を突き付けてきております。特に満州の利権に関わる問題については、強行な姿勢を崩さず、あまつさえ、支那事変以降中華民国を支援する為、援蒋ルートを通じ多額の支援を行っており、混乱に拍車をかけています。その様な米国に膝を屈しろと!」

山本は、

「確かに、米国や英国は、支那事変については、中華民国を支援した。これは中華民国というよりは、蒋介石を支援し、ソビエトが支援する共産党軍への牽制の意味合いが強い。そういう意味では、支那戦線は我が国を相手に、米ソを巻き込んだ代理戦争であるともいえる。」

メモを取る記者達。

山本は話を続け、

「この複雑な事象を生んだ、最大の原因は何か。そう満州国の建国である。独立国家とはいえ、事実上我が国の半植民地状態であり、我が国の政治、経済、そして軍事が大きくこの国に影響を及ぼしている。その様な状況の中、隣国の中華民国では、内紛状態で国民党軍、共産党軍が各々米ソの代理戦争をする事態である。」

山本は、

「この状況を一気に解決する事は出来ない、複雑に絡み合った糸と同じだ。もし一気に解決するには、それは糸を切る、即ち大陸での全面戦争という事になる。しかし、それでは残るのは破壊された国土と、永遠に続く憎しみのみという事になる。」

東京日報の記者は、

「では、長官は、米国との緊張状態を解決するには、満州から日本が撤退する事が一番であると!」

「まあ、極論はそうだが、我が国としては、そうはいかない。」

「勿論です。我が国が満州での利権を確保する為、どれほどの人的損害が出したかお忘れですか」と記者は凄んだが、

「だが、このまま居座り続ければ我が国その物が、この満州という混沌の渦に巻き込まれる。いや既に片足を突っ込んでいるともいえる。」

押し黙る記者達。

山本は、続けて

「問題は、満州国という国家の不安定さにあると言える。近隣諸国の不安定な政情や、脅威にさらされ、未だに国家とて自立できていない。これではよろしくないと本職は考える」

すると、三笠も

「基本に立ち返ることじゃな。満州国建国の目的はなにか?」

すると、最後尾にいた若い記者が

「満州国民による民族自立です」と力強く答えた。

頷く三笠

山本は、

「対米交渉については、粘り強く外交的努力を持って行い、決して軍事力を用いて解決する事などないよう、本職としては強く国民に希望するものです」

山本の言葉を、メモを取りながら、最前列の東京日報の記者は、

「では、山本長官は、この大和を中心とした連合艦隊は、対米戦には役に立たないとおっしゃるのですか!」

「まあ、確かに戦えと言われれば、我が海軍は全力をもって戦う。この大和もその為に建造された。」

頷く艦娘大和

「しかし、我が海軍の本来の目的は、陛下の統べる日本という国家を守る為の海上抑止力である。その力を領土拡張などという事に使うのはいかがなものかな」

答えに詰まる東京日報の記者。

 

毎朝新聞と名乗る記者が手を上げ、

「山本長官にお聞きします。山本長官は次官であられた頃より、日独伊三国同盟の締結には強く反対されてきましたが、そのお考えには変わりありませんか?」

山本は笑顔で、

「ああ、変わりはない。今でも独逸との軍事的同盟は対米交渉において、不利となる要素が強い。我が国が同盟によって得る利益より、現在独逸と対峙する米国、英国などの反発は必至の状態となり、政治、経済活動に大いに障害となる」

すると、横から東京日報の記者が、

「しかし、山本長官。お言葉ですが、既に独逸はヨーロッパ戦線では、フランスを占領し、英国へ迫る勢いです、近くでは、アフリカ戦線でも米英を押さえ、その勢いはインド方面に向いつつあるとの事です。独逸がインドに入れば、もう雌雄を決したも同然。」

山本はその記者を見ながら、

「君としては、独逸という勝ち馬に乗れという事かい?」

「その通りです。いま同盟を結ばなければ、我々はバスに乗り遅れてします!」

 

山本は、静かに、記者を見て

「では、そのバスは何処へ向うのかい?」と聞き返した。

すると、東京日報の記者は、興奮気味に、

「独逸と我が国の二大大国による世界秩序の建設です。これこそわが皇国に相応しい偉業でありませんか!」と胸をはったが、

三笠はそっと、

「陛下が、その様な蛮行をお許しになると思うのか?」と釘を刺した。

山本も、

「確かに我が国は、現在、経済的に窮地に陥っているが、武力をもって他国を支配下、ましてや占領するなど、もっての他であると本職は考える」と強く反論した。

そして、冗談交じりに

「独逸と同盟を結ぶなら、自分としては、米国との同盟、協調路線こそ、この混沌とした時代を乗り切る秘策であるとおもうがな」

 

「日米同盟ですか!」と目を見張る記者達。

とんでもない話が、連合艦隊司令長官の口から出てきた。

 

最前列の東京日報の記者は、

「山本長官。戯言も程々にお願いします。日米同盟など」

すると、山本は、

「いや、冗談でもなく本気で考えているよ。日米の海軍、いやインドに居る英国海軍、オーストラリアなど太平洋全域の海軍力を集結させ、深海棲艦への海上抑止力とする」

 

最後尾にいた若手記者は

「日米海軍同盟か! 政治、経済的に敵対していても、対深海凄艦という事では、利害関係が一致する、ここが突破口という事か、長官も考えたな」と思いながら、

「いや、パラオの入れ知恵か?」と唸った。

ざわめく室内を見ながら、山本は、

「我が海軍は、既にルソンに於いて、米海軍と暫定協定を結び、周辺海域の安定化に向け、活動している、その活動を広げ、太平洋全域の安定化を模索したい」

 

東京日報の記者は、

「幾ら次官の御経験があるとはいえ、日本が連合国側と海軍同盟など、非現実的です。それなら、三国同盟を締結する方が現実性があり、我が国にとって有益です」と再度自らの主張を繰り返した。

そして、

「そもそも、相手の米国が我々の話など」といいかけたが、

 

「ニミッツ提督は、話のわかる漢であった。無論マッカーサー大将も、まあ気難しい方ではあったが、しっかりと大局を見て話のできる御仁であった」と三笠が重く語った。

 

以前、三笠は、真珠湾攻撃の後処置と東アジア地域における軍事的衝突回避、そして南方方面の資源の通商路確保の為の交渉に長門に座乗、一路ルソンへ向い、当時厳戒態勢の米陸海軍首脳部と単独交渉を行った。

その結果、アジア地域での、武力衝突を回避したのだ。

これは、表向きは、艦娘大権と、艦娘艦隊指揮官として明治天皇より一定の外交特権を授けられており、三笠自身の独断専行とされた。

しかし、実際は、極秘裏に、陛下より、全権大使として任命され交渉に当たった。

この単独交渉については、当時、新聞各社は「戦艦三笠の土下座外交!」と揶揄し、我が国が膝を屈したと非難したが、結果 第3国経由での石油の確保、通商路の安全確保とルソンなどに小規模の警備所を設置する事を認めさせた事など、国民の評価は高かった。

なにより、アジア地域での米軍との戦火を防いだ事、これが一番評価されていた。

 

山本は、

「この話は、あくまで自分の個人的な意見である。そこは理解してくれ。ただ太平洋全域の現状を鑑みると、我が国のみで、太平洋全域の安定を確保する事は、現実性が乏しい。かと言って、米国やオーストラリアなどが個別に動きを見せたのでは、不測の事態もありうる、多少時間がかかっても、外務省や関係各員には外交的努力を重ね、粘り強く交渉をお願いしたい」

 

山本の言葉を必死にメモを取る記者達、

ただ、最前列の東京日報の記者は、不満顔であった。

 

別の記者が手を上げた。

「大日(大阪日報)です」

「どうぞ」と山本が答えると、

「お話が戻りますが、今回のマーシャル諸島での戦闘では、大規模な海上戦闘が予想されていると、軍令部よりお聞きしています。この大和も参戦するのですか?」

山本は、にこやかに

「ああ、詳細は勘弁してもらいたいが、この大和を始め、長門に金剛達、トラック泊地の艦艇を総動員して対処する。」

「では、山本長官、三笠様もこの大和に座乗されて、指揮をなされるのですか?」

「勿論、自分がこの大和に座乗し、連合艦隊を率いて前線へでる」と山本は強く言葉にした。

「おおお!」と声が漏れる。

「長官自ら! 指揮官先頭ですか」と聞かれ山本は、

「まあ、大和の艦橋で座っているだけだがな」と笑いながら、答えた。

すると、三笠も

「儂も、自分の艦で出撃する!」と声にした。

 

「えっ! 三笠様! 戦艦三笠で、ですか!」と記者達が一斉に騒ぎだした。

すると三笠は

「皆も知っておると思うが、儂の艦は横須賀で、日本海海戦の記念艦として係留されておったが、この度駆逐艦隊旗艦として、改修し現在当泊地にて教練を実施しておる。儂も大和、長門達の戦列に加えてもらうとするかの」と笑いながら、答えた。

記者達の目の色が変わった。

 

「戦艦三笠! 出撃ス!」

「日本海海戦の英雄! 再び戦場に!」

 

この見出しだけで、読者は食いつく!

あの日本海海戦を勝利に導いた戦艦三笠が、再び戦場に帰ってくる!

記者の一人が、

「三笠様、ぜひ今海戦における意気込みなどお聞かせ下さい!」

「意気込みと言われてもの。儂はただ、軍令部の指示の元、この山本達の立てた作戦を実行するのみ、儂の様な老いぼれの話より、大和」といい艦娘大和を呼び

「大和よ、連合艦隊旗艦、そして艦娘総旗艦として、本作戦の志を申してみよ」

すると大和は、三笠達の後方から一歩、静かに前に出て、軽く一礼し、

「わたくし、大和は、陛下より、賜りしこの戦艦大和を用いて、必ずマーシャル諸島の深海凄艦を討ち果たし、海域の安定を図り、ひいては、太平洋の安泰を目指す所存であります。また、国民の皆さまの貴重な税金、資材を用いてこの様な立派な艦を建造して頂いた事、深く感謝いたしますと共に、その負託にこたえる事が出来る様、精進いたします」

としっかりと声にした。

 

「ありがとうございます」と満足そうな声を上げる記者

 

その後、戦局などについて、2,3質問が出たが、時間となり、結局最後尾にいた若手記者は、質問の機会を逃した。

山本達が、退室した後、記者団一行は、大和の案内で、大和甲板を見て回る事になった。

 

若手記者は、記者団の最後尾で静かに、艦内通路を歩いていた。

ふと、視線を横の通路へ向けると、そこには別の艦娘とおぼしき少女が立っていた。

軽く笑顔で、挨拶する。

若手記者は、彼女を見ると、自分のシャツのポケットから一枚の人型をした小さな和紙を取り出すと、小さく何かを呟き、そっと息を吹きかけた。

すると、人型の紙は、ヒラヒラと宙を舞ったと思うと、通路に降り、まるで人のようにてくてくと通路を歩きだし、記者団の後を追った。

そっとそれを見守る若手記者

薄いピンク色の髪を揺らしながら、セーラー服をまとった少女が近寄りながら、

「どーも。ご無沙汰です」と言いながら、

「いや~、いつ見ても、あの式神は凄いですね。青葉には、あなたそっくりの人が歩いているように見えますよ」

すると若手記者は、

「まあ、あの位は術者ならお手の物だよ。」

青葉は、

「では、此方へ」といい、若手記者を連れ、別の通路を歩きだした。

 

青葉と若手記者は、大和中心部にある、ある部屋の前で立ち止まった。

青葉がドアをノックした。

「青葉です、お連れ致しました」

 

「おう、入れ!」と中から声がした。

そっと、ドアを開けると、そこは連合艦隊司令長官室で、中には先程会見を終えたばかりの山本、三笠、そして宇垣が、ソファーへ座り待っていた。

 

青葉と若手記者は、山本達の前までくると、一礼した。

若手記者は、

「ご無沙汰しております、山本長官、三笠様、宇垣参謀長には日頃から宗家がお世話になっております」

すると、山本は、

「まあ、立ち話もなんだ、掛け給え」といい、宇垣の横のソファーを薦めた。

 

若手記者は、宇垣の横へ座る。

青葉は、別の席へ掛けた。

直ぐに長官室付きの水兵妖精が、人数分のコーヒーをもって現れ、静かに、テーブルへ置き、

一礼して、退室していく。

 

静かにドアが閉まるのを確かめると、三笠は

「岡殿、宗主殿はお元気かの?」

「はい、三笠様、まああの方は、殺しても死なない方ですから」と平然と言ってのけた

山本は、

「岡君、先程の記者会見、君は質問しなかったが良かったのかい、時事日報としては記事もいるだろうに」

すると、岡と呼ばれた若手記者は、

「まあ、聞きたい事は他の社の方が聞いてくれましたし。それよりもいいのですか? 長官や三笠様が前線へ出るなどと公表して、情報が第三国経由で奴らに漏れるのは必至ですが」

すると、宇垣は、コーヒーに手を掛けながら

「まっ、長官も三笠様もそれが狙いだよ。奴ら必死になってこの大和と戦艦三笠を追い回すだろう」

「では、やはり陽動ですか? マジュロの人質救出の為の」

すると、山本も、

「敵の大将が二人揃って出てくるんだ、ル級達も出てこざるを得ない。そういう状況を作りだし、その隙に人質を救出する」

岡記者は、声を潜めて

「パラオの特務艦隊ですか?」

 

宇垣が、

「聞いたのか?」

「はい、兄から宗主へ、手紙があり、その中に」そう言いながら、

「まあ、最初は半信半疑でしたが、大巫女様と米内大臣から資料を閲覧させていただきました。」

すると三笠は、

「宗主殿は、何と?」

「はい、式盤にて星読みをいたしましたが、一言“南に、光る星が七つ”とだけ答えが帰ってきたそうです」

それを聞いた三笠は、満足そうな笑みを浮かべ

「やはり、海神の七人の巫女であったか。」とだけ答えた。

 

岡記者は

「では、パラオの特務艦隊は光の巫女達という事ですか? 兄からの手紙では艦娘は6人で、残りは男性だと聞きましたが」

「確かに、艦娘は6人だが、巫女、即ち神の使いは巫女とは限らん、彼ら自衛隊その物が、海神の使いといって過言ではないよ」と山本が答えた。

そして、

「帝都の状況は。どんなものだい?」

岡記者は、

「昨年末の日米開戦というような緊張感は、無くなりつつあります。各種国事行事も例年通り開催されていますし、今は桜が綺麗ですよ」

「祖国は、いつもと変わりなしか」と山本

「はい、国民生活も多少の物価上昇はありましたが、しかし配給制を導入する事もなく、まあ流通量が少ない程度で、そこは上手く政府が管理しています」と言いながら、

「昨年末の三笠様のアジア歴訪の効果が大きく、南方方面の資源確保と海上輸送路の確保が大きいですね、米国の禁油政策も第3国経由という事で、事実上形骸化しています」

「ふん、あの時、新聞各社は、儂の行動を売国奴となじったが、そちの時事だけは英断と褒めてくれた、礼を言うぞ」と三笠

「いえ、わが社は元々対米開戦には慎重な姿勢です。それに報道とは煽るものではなく、伝える物です」

岡は山本を見て、

「しかし、山本長官。強気にでましたね。日米海軍同盟ですか? 各社騒ぎますよ」

すると山本は、

「そうだな、益々三国同盟派に狙われるな。」と苦笑いをした。

「この件、他の方々には?」

「ああ、米内さんや堀には、手紙を書いている。米内さんは外務大臣と検討してくれるそうだ、堀もそれなりに上京して動きを見せてくれるとの事だ」

「すると、ワシントンとジュネーブは大忙しになりそうですね」と岡が返した。

そして、岡記者は鋭く、

「それで、山本長官の乗るバスは何処へ向うのですか?」

すると山本は、笑みを浮かべながら、

「深海凄艦との和平」としっかりと答えた。

岡記者は、表情を厳しくしながら、

「やはり、そこへ着きますか」

「ああ、君程の者なら、先程の会見で見えたろう。太平洋連合艦隊と深海凄艦との和平交渉、これがバスの終着点だ」

と山本はしっかりと答えた。そして、

「当初は、我々だけで和平交渉をと思っていたが、その後の検討の結果、やはり、米国や英国、豪州などを巻き込んだ和平交渉でなければ、火種は消せないと思う」

すると岡記者は、

「それは、三国同盟どころの話ではありませんよ。もし新統帥派が知れば、国賊扱い間違いなしですよ」

山本は、

「いいじゃないか、この太平洋を舞台に、ギャンブル出来るとなると、張り合いもあるというものだよ」と笑いながら、答えた。

すると、三笠は、

「益々、このマ号作戦、成功させねば示しが、つかぬの」

岡記者は、

「率直に勝算は、どの程度と?」

すると、山本は

「六対四って所か、まあ、引き分けなら御の字だな」

「えらく弱気ですね」と岡記者が聞くと。

「弱気というがな、戦力差ではほぼ互角だ。守る向こうの方が、分がいい」

と山本は答えた。

すると岡記者は、

「その、パラオの特務艦隊がいてもですか?」

山本は一呼吸おいて、

「確かに、彼らが表に出て戦えば、この戦いなど瞬殺で終わるよ。それだけの力がある。だからこそ、彼らは影に徹する。存在しない艦隊としてな」そして、山本は

「強大な力は、使いどころが難しい。我が方だけ一方的に圧倒的な戦力強化となれば、深海凄艦、いや欧米各国が見合った戦力をという事で、更なる軍備強化に動く。そうなれば被害を被るのは、国民だ。今の日本には、これ以上臥薪嘗胆を強いる余力はない」

岡記者は、

「相手に、此方の勝因を悟らせずに、上手く勝つという事ですか」

山本は、砂糖をコーヒーにいれ、静かにかき混ぜながら、

「まっ、そういう事だ。戦国武将も真っ青な知略がいるよ」と答えた。

三笠も、

「儂としても心苦しい。そちもすでに聞き及んでいるとは思うが、先のパラオ防空戦では、自衛隊の協力が無ければ、パラオは壊滅、占領されてこのトラックも風前の灯火となっておった。それに儂は、あのような最新鋭艦まで建造してもらった」

すると岡記者は、

「聞く所によると、三笠様が気合で長官を押し切ったとお聞きしましたが」

「おい! 岡君、それをどこで!」と山本が慌てた。

すると岡記者は、

「まあ、情報源は」といい、末席に座る青葉を、チラッと見た。

目が泳ぐ青葉

 

岡記者は、

「そう言えば、パラオ提督と由良さんが来ているとお聞きしましたが?」

「よく知っておるの」と三笠がいうと、

「実は昨晩、五十鈴さんから、極秘でパラオ提督が来ていると言われましたが、自分達、記者団は、陸軍の守備隊の接待があって、抜け出せない状態でした。」

山本が、

「済まないね、岡君。君と入れ違いで先程、ここを離れた」

「ああ、残念ですね。実家から色々とご伝言を受けてきていますから」と岡記者は困り顔であった。

そんな岡記者を見ながら宇垣は、鋭く、

「さっき陸軍の接待といったな?」と怪訝な顔をした。

「ええ、自分達は本土から大艇で、サイパン経由でここへ来ましたが、到着直後から陸軍の守備隊が同行して、夜な夜な接待と称して、例の陸軍参謀と会合ですよ」とうんざりした顔で答えた。

山本が、

「宇垣、聞いていたか?」

「一応は、今回の記者団のトラック派遣も、大本営の参謀本部のごり押しです」

「岡君、例の参謀本部の将校はなんと言っている?」

岡記者はうんざりした顔で

「相も変わらず、三国同盟を締結し、この太平洋を制するのは我が国であるという、お決まりの新統帥派の論調ですよ、問題なのは、在京の有力紙の記者がその考えに同調しているという事ですかね」

山本は

「やはりか、今日の会見を見て思ったよ。特に場を仕切った東京日報の記者は、要注意だな」

岡記者は、

「あの記者は、例の陸軍参謀本部付きの中将とも親しい関係です」

岡記者は、続けて、

「陸軍内部の新統帥派は、着実にその勢力を強めつつあります、特に日米開戦に至らず、肩透かしを食らった状態の陸軍や、嫌艦娘派の海軍の若手を中心にその勢力を拡充している状況です」

宇垣が、

「その中心人物が、例の参謀本部付きの中将か?」

「はい、宇垣参謀長」

岡記者は、続けて、

「その不満の矛先は、海軍だけでなく、最近は、陛下の周辺まで及びつつあります」

「なんと、不敬な!」と三笠はうなった。

岡記者は、

「東條閣下は、いま現在、陸軍内部の取りまとめに躍起になっていますが、新統帥派の勢力はじわじわと陸軍中枢に浸透しつつあります」

山本は、

「そう言う状況での、マ号作戦か! 道理であの参謀本部の将校が息まくわけだな」

宇垣は

「こちらに届いている状況も、本土でも陸軍内部の動きに不審な点があるとの事です。多分 東條閣下に近い良識ある将官を国外へ配置し、旧統帥派の勢力をそぎ落として、国政への影響、乗っ取りを画策しているのでしょう」

三笠は

「それで、山下殿の様な良識ある陸軍将官が相次いで海外へ飛ばされた訳かの」

岡記者は、

「ええ、山下少将だけでなく、他の方々も何かにつけて陸軍の中枢から外されつつありますが、何とか東條閣下だけは、陛下の御親任厚いので、彼らもおいそれとは手が出せない状況です。それに最近までは、彼らに同調するそぶりを見せていましたので、彼らとしては、東條閣下の出方を見守っているといった所です」

山本は

「あの方は、そういう所は得意な方だ。伊達に関東軍参謀長をやっていないよ」

宇垣は、

「しかし、いいのかい、岡君。宗家である土御門家は、陸軍と繋がりの深いお家柄だ。その分家とはいえ、君の様な術者が海軍と接触していると知られれば、新統帥派の標的にならないか?」

すると岡記者は、

「ご安心を、参謀長。我が宗家である土御門家は、本来、天皇家を守護する影の存在です。兄の所属する陸軍霞部隊も元は陛下の直轄の部隊でしたが、陛下の御信任厚い東條閣下へ、預けられたというだけです。その霞部隊も元を正せば 宮中にて陛下を御守りする陰陽師集団霞族から、派生した物です。我々の行動は、陸軍というより、陛下の御意志という事です」

宇垣は

「では、君がここへ来て、我々と接触を持ったのも?」

「はい、そういうことで」

山本は

「岡君、済まないな。我々は前線だ、もし帝都で何かあっても直ぐには駆けつける事は出来ない。その時は」

「はい、山本長官。分かっております」と岡記者は、一礼した。

「岡殿、宗主殿には、姉上との連絡を密にとお伝え願いたい」と三笠がいうと、

「はい、確かに承りました。」

岡記者は、

「山本長官、話は変わりますが、長官も三笠様も最近まで パラオにいたとお聞きしましたが、兄にお逢いになりましたか?」

すると山本は

「岡少尉かい? 残念ながら入れ違いで本土に帰っていて会えなかったよ、色々と話がしたかったがね」

すると岡記者は、残念そうに

「そうですか」と言いながら、続けて、

「皆さん、ご存知の通り、兄の岡少尉は、本家より私の岡家へ養子にだされていますが、本来なら土御門家の家督を継ぐべき次期当主です。」

頷く三笠達

すると岡記者は三笠を見て、

「三笠様、実は宗主よりお願いというか、相談が」

「ほう、儂に相談とは?」

岡記者は少し言いずらそうにしながら、

「あの、兄もそろそろいい年なので、よき伴侶をという声が宗家の中で」

「ほう」と答える三笠、そして

「なら、宗主のお目にかなう方を娶ればよろしいのではないか」と少し意地悪く聞いてきた。

「はあ、しかし問題が少し」

「問題?」と山本が聞くと、

「はい、長官。まず土御門家へ嫁ぐという事になれば、一定の呪力を持つ者でないと、あの家では生活できません。」

「まあ、そうだな」と宇垣が答える。

「次に、兄の伴侶という事は、最低でも兄を押さえる事のできる術者がいいかと」

すると三笠は笑いながら、

「かかあ天下かの」

「まあ、そういう事です。兄は歴代の陰陽師の中でも特異な存在です。詠唱なしで術式を組み上げる事ができます、その力だけでも、強大です。その兄を諭す力が必要です」

「う~ん」と唸る山本。

横で、ニコニコしながら聞く三笠

その二人を見た宇垣は

“ここは、黙っておこう。下手に言えば彼女に一生恨まれかねん”

岡記者は、

「宗主としては、大巫女様や三笠様のお目にかなう艦娘の方をご紹介していただければ、という事です」

山本は、

「しかし、当の岡少尉はどう思っているのかい?」

すると、岡記者は

「はあ、それが一番の難問で、以前宗主がこの件を兄に話したのですが、一言“余計なおせわです”といって、“自分の嫁は自分でさがします!”と」

それを聞いた三笠は遂に、大笑いして、膝を叩きながら、

「聞いたかイソロク! やはりそうなるという事じゃよ!」

「おいおい、いいのか」と山本も呆れ顔で答えたが、三笠は

「宗主殿の条件に合う艦娘となれば、もう彼女、こんごう殿しかおるまい。」

そう言うと、岡記者を見て

「岡殿、宗主殿へ伝えてもらいたい。海神のお導きにより、これ以上にない最高の艦娘との縁がまっておるとな」

すると、岡記者は身を乗り出し、

「ほっ!本当ですか! 三笠様!」

「ああ、誠じゃ」と頷く三笠

岡記者は、

「そう言えば、先程、金剛殿と? 戦艦金剛さんですか? しかし確か彼女は元第3戦隊の指揮官と相思相愛という話でしたが」

すると、宇垣がそっと横から、

「同じ金剛でも、こんごう違いだ。正確に言えば戦艦金剛の孫娘だ。うちの金剛より、数倍、出来がいいぞ」とこっそりと言った。

それを聞いた青葉が、

「いいんですか? 参謀長。あの方物凄い地獄耳ですよ、あの髪飾りを使って魔術で、盗聴してる、なんて噂もありますよ」

「おっと、それはまずいな」と顔を引きつらせる宇垣。

 

岡記者は、

「もしかして、パラオの特務艦隊の重巡旗艦の方ですか?」

「そうじゃ、まあ、今は知り合ったばかりという事だが、中々面白い事になっておるようだしの」と言いながら、三笠は青葉を見た。

すると、青葉は

「岡さん、後で面白い写真見せてあげます」とニコニコしながら答えた。

 

そんな三笠達を見ながら、山本は内心

“済まんこんごう君。すでに外堀は埋められてしまった! 後は君たち次第という事だ”と嘆いた。

 

三笠は

「これも、海神のお導きじゃの」と嬉しそうに語った。

 

 

 

三笠達が、そんな会話をしていた頃、一路トラックとマーシャル諸島の中間海域を猛進する2隻の駆逐艦

 

白露型1番艦 白露、そしてその後方には、2番艦の時雨

二日程前にトラック泊地を出港し、一路進路を東へとり、ポンペイ島の北部を抜け、

マーシャル諸島の深海凄艦の哨戒ラインギリギリまで接近していた。

トラック泊地から1500㎞ 一直線にマジュロを目指していた。

先頭を行く、白露は、艦橋で、まんじりともせずじっと双眼鏡で海面を凝視していた。

普段は、艦橋後部にある艦内神社の前においてある艤装を身にまとい、いつでも戦闘できる態勢を整え、第一戦速18ノットで、波を切り裂き突き進んでいた。

白露は、そっと双眼鏡を降ろし、後を振り向き、

「航海長、進路間違いない?」

「はい、白露艦長。変針点まで。あと30海里です。」

「一時間ちょっとか」とチラッと時計を見た。

まだ、陽が高い。

「副長! そろそろ村雨達が襲われた地点に掛かるわ! 対潜警戒を厳として!」

「はい、艦長。既に見張り妖精を総動員しています。手すきの者も、飯炊き以外は甲板で見張りです」

白露の甲板には、数多くの妖精達が出て、思い思いの方向を覗いていた。

とにかくまともな聴音装置を持たない白露型は、見張り妖精の目だけが頼りであった。

傾く陽が、海面でキラキラと乱反射するなか、見張り妖精達は、必死で海面を凝視した。

 

「艦長、まだ陽が高いですが、仕掛けてきますかね?」と副長が聞くと、

白露は、双眼鏡を覗きながら

「う~ん、分かんない。でも前回、マジュロへ向った村雨と夕立は、真昼間に雷撃を受けたといっていたわ」

副長は、

「3時間程前に受信した、不明電波も気になります。村雨さん達が雷撃された際も、不明電波を受信しています」

白露は、

「とにかく、後半日我慢して、何とかマジュロへ近づきたいわ。」

「そうですね。前回の村雨さん達やその前の不知火さんたちもこの辺りで、敵に発見され雷撃を受けて、接近できずにいます。」

「副長。どんな手を使っているのか分からないけど、遠距離から雷撃でこちらが回避運動すると、何処からともなく艦爆や艦攻が現れて、機銃掃射を受けるのは勘弁して」

 

白露達は、後部甲板上に物資輸送用のドラム缶を満載していた。

マジュロへ取り残された住民と守備隊向けの物資だ。

発電機用の油、医薬品などの補給物資を積んでいた。

本来なら、もう少し大型の軽巡などで運べばいいのだが、敵は周辺の島に電探を持ち込んだようで、大型艦艇は即探知されてしまう。

駆逐艦のような小型の艦艇の出番であった。

 

 

白露は、そっと意思を、背中に背負う艤装へ集中させた。

「時雨、聞こえる?」

「はい、姉さん!」と鮮明に時雨の声が脳裏に響いた。

白露は、

“よし、概念伝達 上手く繋がった!”

 

概念伝達

艦娘独自の思考波通信。

といえば聞こえは良いが、要は、艦霊波を使った通信技術で、電波の代わりに艦霊波を使う点が特徴である。自分の艦の装備を模した艤装を身にまとい、霊波を、艤装を経由して、疑似電波化、特定の艦娘と双方向通信を行うという艦娘独特の通信技術である。

利点としては、霊波を使う事で、通常の無線では傍受されない事で、まるで会話をする様に、相手の脳裏に直接声を響かせる事ができる。

しかし、欠点もある。

到達距離が短い。艤装なしでは数百メートル、増幅用の艤装を突けても数キロだ。

そして、最大の欠点は、霊力の消費が激しい事である。

よって使用は戦闘時などに限られ、けっして身内の内緒話になど使ってはいけない事になっている。…のだが

 

「時雨、そっちは?」

すると、時雨の声が

「警戒は密にしてるけど、まだ全然、ほんとうにいるの?」

「どうかな?」と言いながら、

「どんな時でも、一番!の私に任せなさい」と元気に答えた。

「僕としては、そっちが心配だよ」と時雨の笑い声が聞こえてきた。

白露は、

「時雨、このまま待機して、日没までもう少しよ。」

「うん」と時雨の声が聞こえてきた。

 

艦橋に、傾きかけた陽が差し込み始めた。

煌めく海面を、双眼鏡でなめる様に、凝視する。

「はあ、もう少しまともな聴音装置があれば少しは楽ができるのに」と白露は、ぼやいた。

副長が

「艦長、無い物ねだりしても仕方ありませんよ。今の海軍の探信儀も水中聴音機も、これだけ船速が速ければ雑音だらけで使い物になりません。あれは潜水艦の位置が大体わかる時、狩の時にしか使い物にならない代物です。」

白露は、双眼鏡から目を離す事なく、

「こう、潜水艦の潜望鏡を発見できる電探とかできないかな?」

「はっ? 潜望鏡を探知する電探ですか?」と副長は驚きながら聞いた。

「以前、明石さんに冗談交じりに聞いたら、真顔で、“出来ない事はないけど”って返事だったもん。なら理論的には出来るという事じゃないの?」

副長は呆れ顔で、

「白露艦長、水面見るのが飽きてきているのは解りますが、そうそう都合のいい物はありませんよ」

「だよね~」と答える白露

しかし、急に副長は白露に近寄り小声で、

「気になる噂を聞きました」

「噂?」

「はい、何でもパラオで駆逐艦に搭載可能な、高性能対空、対艦の電探を開発したとか」

「ほっ、本当!」

「はい、今回のマ号作戦に参加する、陽炎さんと、長波、そして秋月に搭載され運用試験されるそうです。結果が良ければ順次駆逐艦へ搭載していくとの事で、その準備で明石さんが、技術習得の為、三笠へ通っていると工廠妖精から聞きました。」

目を輝かせる白露、そして、一言

「で、秋月は解るとして、なんで陽炎とあの問題児のドラム缶なの?」

副長は、

「艦長、声が!」と言いながら

「まあ、陽炎さんは、陽炎一家全19隻、夕雲さん達や建造中をふくめると、38隻の大所帯ですよ、陽炎さんで運用試験すれば、即陽炎型、夕雲型に搭載できます。その流れで長波さんでも試験しているのでは?」

すると、白露は

「どうせ、変な方向に個性派ぞろいの白露型ですよ」とふて腐れ、

「とにかく、電探と水中聴音機はまともな物がほしいわ!」とつい本音が出た。

 

そんな会話をしていた時、艦橋内部に伝声管から声が響いた!

「左舷! 10時方向 雷跡フタ! 速い」

檣楼で警戒していた熟練見張り妖精の叫び声だ!

 

白露は、突先に、

「機関! 両舷前進強速! 取舵! 雷跡と反航進路をとって!」

すると、副長は、

「反航ですか!」と聞き直した!

「そうよ! 同航進路を取って、どてっ腹をみせたら、次がくるわよ!」

 

機関手が、テレグラフを操作し、機関前進強速を指示!

操舵手が、舵を急ぎ切る!

すると、艦は遠心力で、右へ傾き始めた!

副長は、咄嗟に、艦内放送へ飛びつき!

「左舷方向 雷跡フタ! 衝撃に備えろ!」と怒鳴った!

警告警笛の短音が、鳴り響く!

 

「時雨! 見えてる!」

「はい、姉さん! 見えてる! フタ線とも姉さんの方に向かってるよ!!」

「私に構わず、反航進路をとって。まだ次がくるわよ!!」

 

「雷跡! 反航進路!」と檣楼見張り所から声かかった!

「舵戻せ!!」と副長が即答えた!

素早い動きで操舵手妖精が舵を切り直した!

「舵、中央!」

回頭が終わり、艦の傾斜がゆっくりと戻る。

白露は伝声管に飛びつき、

「見張り妖精! 雷跡見えてる?」

「はい、ほぼ正面、右舷方向ヒト、左舷ヒトです!」

「躱せそう!」

「なんとか!」

 

急速に魚雷との距離を縮める駆逐艦白露

白露は艦内放送のマイクを掴むと!

「両舷、見張り妖精、次! 横からくるわよ! 見逃さないで!」

「おう!!!」と左右の見張り所から声が上がった!

 

副長に

「時雨は!」

「はい、左舷後方、七時方向です!」

単縦陣から雷跡回避の為、一斉回頭した為、左舷後方に時雨が付く形となった。

本来なら、再び単縦陣へ戻したいが、前方から魚雷が来ている、無理に動かせば、雷跡と交叉しかねない。

白露は焦った!

「この! どっちから来る? 右、左!」

 

前方から接近する2本の魚雷!

こいつはおとりだ! 

前回 村雨は、ここで魚雷から逃げようと同航進路を取りかけたが、後続の夕立が、

「他にいるかもっぽい」といって、魚雷に反航進路を取って一気にすり抜けていった。

その辺の勘の鋭さは、ソロモンの悪夢と呼ばれただけはある。

 

夕立の機転で、村雨はその後雷撃を受ける事なく、海域を離脱した。

しかし、奴らも馬鹿じゃない!

魚雷を躱す瞬間、此方が身動きできない時間がある! その瞬間を狙ってくるはずだ!

白露は、急に喉の渇きを覚えた、

ふとみると、手の平に大粒の汗を握っている。

じっと、前方の海面を睨んだ!

此方へ向い、猛進してくる海中の魚雷を脳裏に思い描く。

「当たらないで!」と唸った!

「あと! 500m!」

マスト上の熟練見張り妖精が、伝声管で、魚雷の位置を伝えてきた!

副長が、艦内放送を掴み!

「正面!! 魚雷来るぞ!」と叫んだ!

白露も、艦橋で、足を踏ん張り、衝撃に備えた!

その瞬間、脳裏に、航跡を引きながらすれ違う2本の魚雷の姿が浮かぶ!

 

「雷跡! フタ通過! 躱しました!」

暫しの沈黙の後。

 

「ふう、躱した?」と航海長妖精が深い息をしたが、

「まだよ! 不知火さん達はこの後 続けざまに雷撃を受けたわ! 見張り妖精! 必ず来る! 見つけて!」

 

艦橋横の見張り所から、返事が聞こえた!

白露は、艦橋の入口から顔を出し、後方に見える時雨を見た!

「時雨! 大丈夫!」

「うん、姉さん。僕は問題無いよ」

「まだ襲ってくるわよ! 気を抜かないで!」

「わかってる!」と時雨の返事が脳裏に響いた!

 

白露は、額に流れる汗を拭った。

「どっち!!」

精神を集中して、瞑目した。

“お願い! 見つけて!”

 

脳裏に、マストや見張り所、甲板上、そればかりか、主砲の上まで登って雷跡を捉えようとしている見張り妖精達の姿が脳裏に浮かんだ!

“皆 頑張って”と心の中で叫んだ!

 

その瞬間!

「任せてください!」と各所から一斉に声が掛かった!

 

 

その時 直ぐ近くを航行する時雨は、思わぬ物を見た!

「えっ! 嘘!」

ほんの一瞬! 前方を航行する白露の船体が、白く輝いた!

船体に青白い無数の線が、まるで神経の様に走り、光輝いた!

「なに! あれ!」と思った瞬間

 

急に、時雨の脳裏に!

「右舷! 雷跡4線 時雨躱して!」 白露の声だ!

突先に、

「右舷に雷跡四! 見つけて!」と大声で叫んだ!

 

白露は、今 全神経を艦霊に集中していた。

艦橋に居ながら、まるで自分が宙に浮かんでいる様な感覚に襲われていた。

“えっ、これは?”と周囲を見回すが、何も見えない。

というより、見えているが、いつもと風景が違う。

艦橋で、指揮していたのに、いつの間にか、体が浮かんでまるで宙を舞っているかのような感覚であった。

“えっ、えっ!”とグルグルと回りを見ると、自分の艦のあちこちが、浮かんでくる。

というより、自分が浮いているといった感じだ。

 

「驚いた?」

 

ふと、声をかけられ振り向くと、そこには

「えっ! 私!」

 

自分と同じ、恰好をした少女が立っていた。

じっと少女を見た。

「あなたは?」と白露が聞くと、

「名乗る必要はないわ、あなたが思っている通りよ」とその自分そっくりな少女が答えた。

「私 白露の艦霊」

「そう、私は貴方、貴方は私」

そう白露の艦霊は答えた。

そして、

「私の眼は貴方の眼、私の耳は貴方の耳。私の肌は貴方の肌、今こそ心を一つに」

そう言うと、そっと私そっくりな私が近づき、私に重なった!

その瞬間、意識がもどった!

 

その時、耳に、此方へ向うスクリュー音が響いた!

「右舷よ!!! 四線!」と白雪は怒鳴った!

その直後、

「右舷、三時方向! 雷跡多数!」

マスト上に待機する熟練見張り妖精が伝声管越しに叫んだ!

 

「面舵!!! 雷跡と反航進路を取って!」と白露は叫び!続いて、概念伝達で、

「時雨!! 右舷に雷跡四! 見つけて!」と脳裏で唸った!

時雨の返事を聞く間もなく、艦が右に回頭しはじめ、遠心力で大きく左へ傾斜する。

咄嗟に何かに捕まり、足を踏ん張る白露

 

「おおお!」と艦内で声があがるが、構っていられない

 

マスト上の熟練見張り妖精が、伝声管越しに、

「雷跡反航進路! 舵戻せ!」

副長が指示する前に、操舵手妖精が舵を戻した!

 

白露は伝声管に向い、

「雷跡は4本で間違いない!」

「はい、ほぼ正面に4本。射角やや広がりつつあります!」

 

まずい、このままでは!

咄嗟に時雨へ

「時雨! 直ぐに私の後へ入りなさい!」

「姉さん! それじゃあ姉さんが!」

「いいから、つべこべ言わず、一番艦の私の後に直ぐに入る!」

 

左後方に位置していた駆逐艦時雨が、素早く白露の後方へ回り込んだ!

 

白露は再びマスト上の熟練見張り妖精に、伝声管を使い、叫んだ!

「雷跡位置確認! 進路指示お願い!」

 

「はい」と返事があったが、暫しの沈黙の後

「右舷3線、離れつつあり、左舷1線、こちらは反航進路、進路そのまま、ヨーソロー!」

航海長妖精が、見張り妖精が、示した操舵指示を復唱し、操舵手妖精は、舵を保持した。

副長が、艦内放送で、

「雷跡4線 正面からくるぞ! 総員、衝撃に備えろ!」

どたどたと音がする。

甲板上で無防備な、見張り妖精達が、遮蔽物の影に隠れる。

 

しかし、妖精達は、それが無駄である事を知っていた。

もし1発でも食らえば、通常なら大破は免れない。

しかも今回は、補給物資が後部甲板に満載である。

燃料や小銃弾などの可燃物も多い、火災でも発生しようものなら、炎上は間違いない。

物陰に隠れながら、水兵妖精達は、手を合わせて、

「海神よ、どうか御加護を」と祈った。

 

白露は、再び意識を集中した。

水中を此方へ向い猛進してくる魚雷の姿を、脳裏に描いた。

 

マスト上の熟練見張り妖精は、双眼鏡を両手でしっかり保持し、大きく揺れる見張り所の中で、此方へ迫る、4本の雷跡を確かめた。

奴らの魚雷は、20ノット前後しか出ない、おまけに雷跡がしっかり見える。

「よし、躱せる」

そう言いながらも、視線はしっかりと雷跡を追った。

右の三線は大きく離れて行く進路だ。

左舷の一線はぎりぎり真横を通過する進路だ。

「頼む! 当たるな!」と心底祈った。

 

しかし、事態は思わぬ方向へ流れた。

左舷の一線の雷跡が、少しづつ進路を左、即ち白露達の方に向け始めた。

「くそ!! なんであそこで!」と唸りながら、

熟練見張り妖精は、慌てて伝声管に向い怒鳴った!

「左舷雷跡! 進路変化! 本艦へ向う! ほぼ正面 残り五〇〇!!!」

 

艦橋に、

「ほぼ正面!! 残り五〇〇!!」

熟練見張り妖精の叫び声が艦橋に響いた。

 

それを聞いた副長が、回避の指示を出そうとした瞬間、白露は

「ダメ! 待って!」

「副長! 今回避すれば、舷側に被弾する! 艦首で受け止める!!」

副長は、即座に、艦内放送で、

「艦首要員! 後方退避!!! 走れ!!」

どたどたという足音と、叫び声とも奇声ともとれる声が艦内に響いた!

「死にたく無ければ、急げ!」

艦首連装砲要員などが、甲板上を後方へ慌てて下がっていく。

 

「間もなく! 接触!!」と伝声管から声が上がった!!

すかさず航海長が、警告警笛を短音で数回鳴らした!

「皆! 構えて!!!」

白露が、叫んだ

艦橋の副長以下の妖精達は、身近な物に捕まり雷撃の衝撃に備えた。

 

「姉さん! 逃げて!」

時雨の叫び声が脳裏に響いたが、白露は

「間に合わないから、あんたは後で隠れてなさい!」

「でも!!」

「来るわよ!」

そう概念伝達で叫ぶと、自分も足を踏ん張って衝撃に備えた。

“ここで進路変更すれば、雷跡の見えていない時雨がやられる! 一番艦の意地の見せどころよ!”

 

緊張の余り、額から大粒の汗が流れ落ち、床へぽたぽたと落ちる。

手摺に両手をしっかりと添え、衝撃で投げ出されないように、足を踏ん張った。

脳裏まで、心臓の音がドクドクと聞こえてくるようだ。

こんな時、不思議と艦橋は、静かなものだ。

本来なら、波音で聞こえないのに、壁に掛けた時計の音だけが響く。

そんな気すらする静けさである。

 

 

同じ頃、マスト上の熟練見張り妖精は、信じられない光景を見た。

左舷側の一線の雷跡は、徐々に此方へ向ってきていたが、三〇〇m程手前で、急に進路を右へフラフラと取り始めた。

「ん? なんだ!」と見張り妖精は凝視した。

最初は、微妙にフラフラした雷跡は、次第に左右に大きく揺れ始めた!

「おおお!」と唸る熟練見張り妖精。

そして、急に雷跡は、右に大きく振れて、明後日の方向に進み始めた

「故障か!」

 

深海凄艦が使う魚雷は、元々米国の21インチ魚雷を模倣して作られた魚雷だ!

確か、信頼性に問題があると聞いてはいたが、

熟練見張り妖精は、伝声管に向い叫けんだ!

「敵魚雷! 制御を失い本艦から大きく離れます!」

 

艦橋にマスト上の熟練見張り妖精から、

「敵魚雷 制御を失い本艦から大きく離れます!」と伝声管越しに報告があった。

艦橋の手摺にしがみついていた白露は、

「えっ! どうなってるの?」

そう言いながら、伝声管に向い

「見張り妖精!  状況報告!」

すると

「敵魚雷、本艦手前300mで急に制御を失い本艦左方向へ逃走、現在本艦へ向う雷跡ありません!! 艦長 助かりました!!!!」

 

白露は、一瞬意味が解らず、ほ~としたが、

「姉さん! 大丈夫!!!」時雨の叫び声が、脳裏に響いた

「うん」と答えた。

すると、白露は、ぐっと右手の拳を握りながら!

「時雨ほら! この白露型1番艦白露姉さんにお任せだよ!」と、元気に声に出した。

「はは」と、困りながら返事をする時雨。

 

次の瞬間、白露は

「あは、アハハ」と笑いながらその場にへたり込んでしまった。

慌てて副長達が近寄り、

「艦長! 大丈夫ですか!」と声を掛けた。

大きく息をしながら、白露は

「みっ、水頂戴」

すぐさま艦橋付の水兵妖精が、湯呑と水の入ったヤカンをもって、白露の元へ駆け寄り、白露へ湯呑を渡し、そっとヤカンから水を注いだ。

湯呑になみなみと注がれた水を、一気に飲み切る白露

「はあ、はあ」と肩で息をしながら、

「副長、各見張り妖精に再度、全周警戒! 雷撃の次は、艦載機の猛攻が来るわよ!」

それを聞いた副長は、艦内放送に飛びつき、

「各見張り妖精は、再度全周警戒! 対空戦闘用意! 敵艦載機の襲来が予想される。場合によっては補給物資の廃棄もある、各員直ちに配置につけ!!」

一斉に各水兵妖精達が動き出した。

艦内に対空戦闘準備の号令ラッパが鳴り響いた!

機銃妖精たちは、40mm機銃や13mm連装対空機銃に弾倉を装填し、周囲に目を凝らした。

艦橋後方から、砲雷長妖精達が

「対空戦闘準備よし!」と声を上げた。

 

副長は、

「艦長、対空戦闘準備できました。」と言いながら、

「どうされますか?」

すると白露は、床にへたり込んだまま、しばらく考え

「残念だけど、此方の位置が露呈したわ、戻りましょう!」

 

「そんな! 姉さん!!」と時雨の声が脳裏にひびく

「後、後半日進めばマジュロだよ! 皆この物資を待ってる! 行こう!」

白露は、概念伝達越しに

「ダメよ、宇垣参謀長の指示を忘れた? “敵の潜水艦と接触した場合は、速やかに帰島せよ” 奴ら私たちの位置を絶対通報したわ、近くに空母でもいたら艦載機の猛攻を受けるわ、補給物資を積んだ状態じゃまともな対空戦闘はできない。」

「でも! ここまで来て、マジュロを見捨てるの! 僕は嫌だ!」と時雨は反論したが、

「いい、もしここで私達が損傷したら、マ号作戦はどうなるの! もう予備の駆逐艦なんてはないわ、そればかりか有人の海防艦まで総動員して戦うのよ」

「でも!!」

白露は、

「悔しいのは解る、でも無理は出来ないのよ。多分マジュロ沖には、重巡艦隊が待ち構えているわ。位置が露呈した限りはもう近づく事は出来ないわ」

「くそ!」と時雨の声が聞こえた。

 

「時雨、戻るわよ」と静かに言うと、概念伝達を切った。

副長へ向い、

「時雨に信号、進路反転、ポンペイ島を経由してトラック泊地へ帰還します」

「はい、艦長」

白露は、羅針盤妖精へ向って

「羅針盤妖精、進路算出お願い」

「はい」といいながら、羅針盤妖精が航路算出を開始した。

 

航海長の操船指揮で、駆逐艦白露は、ゆっくりと右回頭をしながら、その場を離れた。

それに続く駆逐艦時雨。

 

白露は、これ以上の雷撃はないと感じ、艤装を艦内神社の前に収めると、静かに艦橋横の見張り所へ出た。

複数の妖精達が思い思いに双眼鏡を構え、対空警戒をしている。

じっと後方を見た。

そこには、あと500km進めば、マジュロが見えるはずだ。

白露は、そっと

「ごめんなさい、次こそは助けに行きます」と呟いた。

傾きかけた陽が、少し赤く2隻の駆逐艦を照らしていた。

 

 




こんにちは。
スカルルーキーです。

「分岐点、こんごうの物語」を読んで頂きありがとうございます。

私の住む九州はようやく、朝晩涼しくなり、秋を感じておりますが、今年は秋の味覚、秋刀魚が不漁だとか!!!!

これは、もう某国の出来損ないのミサイルなどより、一大事です!!
秋に秋刀魚を食べれないとは!
あの大根おろしをたっぷりと載せて、ポン酢で食べる秋刀魚は、某国産のマツタケなど足元に及ばない美味なのに!

地球よ! 大丈夫か!
と真面目に心配する自分であります。

次回は、抜錨! いざ戦場へ
です。

あれ! こんごう今回でてない。
うん、気にしない

では



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