分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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漆黒の闇夜の中、夜と海を隔てる一筋の線

水平線

その水平線に一瞬、光が走る。
次の瞬間、眩いばかりの光が、闇と海を切り分けていく。



45 マーシャル諸島解放作戦 序章3

 

トラック泊地の夏島に朝が訪れた。

 

パラオ泊地提督は、開け放たれた引き戸から差し込む朝日を受け、目が覚めた。

静かに目を開ける。

うすぼんやりとする意識の中、そっと横を見ると、静かに寝息を立てて眠る由良の姿があった。

そっと起こさない様にしながら、床を抜け出て、縁側に座る。

遥か前方に、朝日を浴びて、シルエットが浮かび上がる戦艦大和の姿が見える。

「大きい」と無意識のうちに唸った。

始めて大和を見たのは、進水後の呉だった。

丁度艤装作業が真っ盛りの頃、たまたま呉の工廠を訪れた際に、呉の提督の手配で見学できたが、特徴的な集中防御思想に基づく、艦橋や煙突の配置に驚いた。

ただ、その時、大和を秘匿する目的で、大和に横付けされていた鳳翔を見て、

「こんな、立派な空母を目隠し代わりにするなんて、勿体ない」と思い、ならうちに配属してくれるようにあちこち走りまわった事を想い出した。

泊地提督は、

「その鳳翔は、今パラオで近未来化改修中か」と言いながら、大和の艦影を眺め

「これも、何かの縁だな」と呟いた。

 

背後で、物音がした。

ふりかえると、浴衣を着た由良が、そっと床から起き上がってきた。

由良は、少し目を擦りながら、

「おはようございます。て、あなた」とそっと朝の挨拶をした。

提督は、

「おはよう。気分は?」

「はい、ぐっすり寝たせいで、問題ありません」

由良は、静かに提督の横に正座した。

「あの、昨晩は五十鈴姉さん達が騒ぎすぎて申し訳ありません」

「いや、構わないよ。自分達の事を祝ってくれたし、由良も久しぶりに皆にあえて良かったじゃないか」

「ええ、ですけど」

 

昨晩、結局宴会は大いに盛り上がった。

とはいえ、そこは五十鈴が気を利かせ、そう遅くない時間、“まだいいじゃないれすか!”と駄々をこねる、ほろ酔い加減の阿武隈を鬼怒と二人で抱えて、帰って行った。

その後、据え付けのお風呂に入り、用意された浴衣に着替え、寝室である奥の座敷へ向かった。

やはりここでも、布団は大き目の一組だけであったが、いつもの様にそろって床へ着いた

由良は、床へつくと、日頃の庶務の疲れか直ぐに寝息を立て始めた。

「落ち着いたら、ゆっくりしような」とそっと頭を撫で、提督も眠りへと落ちていった。

結局 二人ともぐっすりとトラックの夜を堪能したのであった。

 

提督は、横に座る由良へ

「さあ、今日も午前中は長官と会議だ、作戦まで時間が無い。」

「はい、提督さん!」と気合の入った返事をする由良

そっと、立つと、布団を上げに奥へ消えた。

そんな彼女を見ながら、提督は、

「次に、ここへ来るときは、作戦中か」と呟いた

 

 

提督と由良が朝の静かな時間を過ごしていた頃、もう一人の由良は戦艦三笠の士官私室で目を覚ました、

二人用の士官私室の2段ベッドの下段

決して広いとは言えない2段ベッドの中、司令は、じっとしていた。

それも、その筈だ。

横には、いずもが、しっかりと由良司令の腕にしがみつき、寝息を立てていた。

由良司令は、そっといずもを見た。

偽装用の眼鏡をはずし、白く透き通るような綺麗な肌、白く長い髪が見て取れる。

いずもの本来の姿がそこにはあった。

 

昨晩、山本長官達との会談も一区切りつき、三笠と共に、士官私室区画へ向った。

三笠はこんごう等に比べて、小ぶりな艦だ。

艦橋部分を元の三笠より大型化してあるとはいえ、やはり少し手狭である事は間違いない。

それでも、この時代の艦艇に比べれば、居住区はかなり余裕がある。

そんな三笠には、個室は二つしかない。

三笠の艦長用個室。

あとは、山本が使う連合艦隊司令長官用の個室である。

当初は、山本が、

「俺の個室を使ってもらって構わんぞ」と言っていたが、自衛隊司令が、

「それは、もったいないです」という事で、士官用の二人部屋で寝る事になった。

三笠は士官用私室の前で、

「まあ、多少狭いが、二人には問題なかろう」といい、ドアを開けた。

そこには、まだ真新しい士官用の部屋があった。

基本的には、外来の上級士官などが使う部屋であるが、現在三笠は最高機密指定であり、他の艦の者は勝手に乗艦できない。

実際、この部屋はまだ未使用のままであった。

「では、明日の朝」と、挨拶し、静かに室内に二人で入った。

いずもは、書類と着替えの入った鞄を据え付けの机の上に置く

司令も着替えの入った鞄を、横並びの机の上に置いた。

上着をハンガーに掛けながら、

「意外と内装はしっかりとしているな」

すると、いずもは

「あら、来た事ないの?」

「ここは初めてだよ。三笠様の艦長室は何度か足を運んだな」

司令はシャツ姿になりながら、そっといずもを見た

既に、いずもも上着を脱ぎ、スカートを綺麗に畳んでいた。

本来なら、少し目のやり場に困る所であるが、そこは勝手知ったる、何とかである。

眼鏡と髪を束ねたリングを外した。

由良の前でしか見せない、本当の姿が露わになる。

 

由良は、2段ベッドの梯子に手を掛け

「お前、下使えよ」といい、梯子を上がろうとしたが、急にいずもにシャツを掴まれた。

「なんで、私が下なのよ。上官の貴方が下でしょう」

 

海自とは言わず、自衛隊の隊舎の中には、2段、3段ベッドは当たり前にある。

特に海自では、古い艦では、士官私室と言えども3段ベッドであった艦もある。

子供であれば、ベッドの上段で寝るのは嬉しいものであるが、流石に大人になると話が違い、自衛隊では、階級が下の者が一番上で階級が上がる事に寝る場所が下がって行く。

最下段に寝るようになって、ようやく自分が昇進した事を実感できるのである。

いずもにとって、由良司令は上官であるので、自分が上に寝るのが普通だが、由良は

「まあ、Ladies firstという事でだ」といい、再び上がろうしたが、再びいずもに、グイと引っ張られて、独特な目で睨まれる。

「それなら、その、だから」といずもはもじもじしながら、

「いっ、一緒に寝て!」

「おい、しかし、ここは艦内だぞ」と由良は慌てたが、

いずもは、

「寝るだけでいいから、初めての所、苦手なの知っているでしょう!」

由良は、こうなると、いずもがまるっきりダメなのを知っている。

「狭いがいいのか?」

「うん」と頷くいずも

由良は諦め、

「狭いけど我慢しろよ」といい、部屋の電気を消し、いずもの手を取って2段ベッドの下に二人で潜り込んだ。

ベッドの中に入ると、いずもは由良の腕にしがみつき、

「うん、落ち着く」と言いながら、そっと目を閉じた。

「ああ、お休み」といい、自分も目を閉じた。

 

直ぐに、いずもの寝息が聞こえ始めた。

「明日も忙しい」と静かに呟いた。

 

 

結局、一晩中、由良はいずもに、抱き枕の如くしがみつかれたままであった。

由良が目を覚ますのと、ほぼ同時に、いずもも目を覚ました。

「うっ、う~ん」と唸りながら、身を起こすいずも

「おはよう」と由良が声を掛けると、

「うん」と少し寝ぼけまなこで返事が来た。

「眠れたかい?」

「うん」

いずもは、少しフラフラしながら、ベッドから這い出ると、机の上に置いた偽装用の眼鏡をかけ、そして、白い髪を精神感応金属製のリングで束ねた。

すると、肌の色は少し色合いを増し、髪は毛先から、しなやかな黒髪へと変化していく。

いずもは急に、まだベッドの中にいる由良へ振り返ると、

「ほら、ぼっとしてないで。今日も忙しいんだから!」と、スイッチが入ったが如く捲し立てた。

苦笑いしながら、由良も、

「ああ、そうだな」と静かに答えた。

舷窓から、朝日が漏れていた。

 

 

三笠艦内に総員起こしが、発令され、一斉に艦内が動き出す。

自衛隊司令の由良は、身支度を整えながら

「今日、南雲さんを説得できるかどうかが、ある意味、鍵だな」

「ええ、このまま作戦が始まれば、間違いなく、ミッドウェイの二の舞になるわ」

いずもも、据え付けのロッカーの鏡で髪を整えながら答えた。

司令は、

「さて、どう説得したものかな?」

「あら、何か案でもあるんじゃないの?」

すると司令は、椅子に座り

「いや、正直何も考えていない。そもそも我々の話をきちんと聞いてくれるかどうか、そこが心配だ」

いずもは、そっと司令の前に立ち、

「まあ、色々と考えても仕方ないじゃない。南雲司令は戦史以外よく存じ上げないけど、向こうの赤城さんは、何度かお会いした事があるわ」

「そういえば、引退された後、静かに余生を送っていると聞いたが」

「ええ、長門海将補のご紹介で、“空母の心構え”を講義して頂いた事があるわ」

自衛隊司令は、

「今日は、もうひと波乱ありそうだな、いずも」

「まあね」

「頼りにしているぞ」

すると、いずもは、ニコッとしながら、

「高いわよ」

「いずも、ある時払いの催促なしで頼む」

「じゃ、利子はちゃんとお願いね」といずもは笑って答えた。

 

そんな何気ない会話をしながら、身支度を整え、室内を整理して、廊下へ出ると、

三笠も丁度、私室を出る所であった。

「おはようございます。三笠様」と司令といずもは揃って朝の挨拶をした。

「うむ、おはよう」と三笠もそれに応じ、じっと、司令といずもを見た。

そして、

「いずも殿には、よき夜であったようじゃの」

「えっ」と驚くいずも

「いや、日頃より、顔色が良い。」

いずもは急に顔を手で押さえて

「いえ、そんなことは」と顔を赤くしながら慌てたが、

「なに、隠さずともよい、のう司令」と自衛隊司令を見たが、司令はそれには無言であった。

ここで何か言おうものなら、墓穴を掘りかねない。

三笠は、笑みを浮かべながら、

「では、参ろうか」といい、自らを先頭に士官室へ向った。

 

三笠と司令達は、三笠士官室に入ると、既に副長以下の主要幹部と、水兵妖精達の統括である、先任伍長が待機していた。

三笠は、あきづき型護衛艦を元に建造された事もあり、艦内組織は自衛隊を参考に、独自に編成を組んでいた。

三笠は上座に座り、自衛隊司令といずもは、壁面のソファーへ腰掛けた

一斉に幹部が着席した。

「皆、おはよう」と三笠が挨拶すると、

「おはようございます!」と元気な返事が幹部妖精達から帰ってきた。

副長が、

「艦長、これが本日の編成と課業内容です」と書類を差し出した。

書類を受け取り、一読する三笠

そこには、艦内の業務編成や本日の訓練課業などの概要が記載されていた。

「うむ、これで問題無かろう」といい、三笠は末席の先任伍長へ

「先任伍長、皆の様子は?」と聞くと、先任伍長妖精は姿勢を正して、起立し

「はっ! 現在の所、大きな問題はありません。皆来るべき海戦へ向け、教練に邁進しております」

すると、三笠は

「先任伍長、皆に伝えよ。日々の教練の成果に期待しておる。」

「はい!」

三笠は続けて、

「しかしの、余り気張り過ぎもいかんぞ。そこは適度に頼む」

「はい、各科班長と協議の上。適度の休憩をいたします」

すると、副長が、

「課業明けの夜の自由時間に、甲板で映画でも上映しますか?」

「ほう、何かあるのかの?」

すると副長は、

「はい、確か大和にエノケンの映画が保管されていると聞きましたので」

「ほう、それは良いの。副長早速手配を」といい、三笠は先任伍長へ

「伍長、皆に伝えよ。今夜は映画上映会だぞ」

すると先任伍長は笑顔で、

「ありがとうございます。艦長! これで皆今日、一日頑張れます!」と深く一礼した。

航海長が、

「よろしいのですか? 大事な作戦前ですが」

すると、三笠は、

「大事な作戦前だからこそじゃよ。連合艦隊は、マ号作戦に向け、皆気が立っておる。これでは、いざという時上手くない。当艦が率先して余裕を見せなくてはどうするのじゃ」

「はあ」と航海長が返事をしたが、三笠は、

「マ号作戦。場合によっては日本海海戦の様な激戦となるやもしれん」

その言葉を聞いた瞬間、各幹部の表情が厳しくなった。

「今の内に、笑えるだけ笑い、泣くだけ泣いておこうではないか」

「はい、艦長」と航海長も静かに返事をした。

 

その後、各幹部より、報告を受けた三笠は、

「本日、儂は、昨日同様に当艦にてパラオ泊地提督、並びに自衛隊司令と連合艦隊の会議に出席する。その後、本土から来た記者との会見予定である。なお本土から、記者等が来ておる。上陸する兵員妖精は、当艦の情報漏洩など無い様心するよう」

「はい!」と幹部が一斉に返事をした。

 

三笠は、ソファーに座る自衛隊司令といずもへ向け。

「司令、何かご助言はあるかの?」

すると、司令は席を立ち、

「いえ、艦内を拝見させて頂きましたが、機材等の管理も良く、兵員妖精の練度も高く、本艦の能力を十分発揮できていると思います」

いずもも、

「戦艦三笠は、建造は自衛隊。管理は日本海軍という事で、初の技術移転案件であり、本来なら数ヶ月かかる海上訓練指導隊における訓練、並びに監査を短期で終了しましたが、現在の稼働状況を見る限り問題ないかと」

すると、三笠は

「一応、合格点という事かの? いずも殿」

「はい」

 

その答えを聞いて安堵する幹部妖精達

しかし、三笠は、

「これ! これで安心してはならん。当艦の能力はまだ十分発揮できておらん! いよいよ教練を怠りなきように」と注意を与えた。

 

頷く幹部達

 

副長妖精が、

「では、本日の打ち合わせはこれで」というと、幹部妖精は一斉に起立し、一礼して退室して行った。

 

士官室付き水兵の妖精が、テーブルと椅子を綺麗に整え、三笠達の朝食の準備が食堂科の水兵妖精達の手によって用意される。

今日は、ご飯に、ワカメと玉ねぎのお味噌汁、地元でとれた魚の焼き魚である。

意外に質素であるが、他の兵員妖精達も同じメニューである。

三笠は普段は、皆と同じものを食べる。

自分だけ特別であればそれだけ手間をかける。

彼女はそれを嫌うのである。

 

同じ大将である山本は、連合艦隊司令長官という立場上 食事もそれなりに豪華である。

特に来賓を迎えた時などは、大和艦内で艦内音楽隊の演奏を聞きながら洋食のフルコースという事もある。

「深海棲艦と戦う前に、自分の胃袋と戦うとは」と以前山本がぼやいていた。

 

雑談をしながら、自衛隊司令といずもと朝食を摂り、食後のお茶を飲もうとした時、壁面に据え付けられた、艦内電話が鳴った。

三笠は、チラッと壁の時計を見たが、山本達が来るには少し早い。

「何かの?」

一番近くに居た、いずもが電話をとり、

「はい、士官室です」と答えた。

用件を聞きながら頷くいずも、電話口を手で塞ぎ、

「舷門からです。三笠様に予定外の面会希望者だそうです」

「ほう、こんな早朝から誰かの?」

すると、いずもは、ニコッとして、

「最上艦長、他2名だそうです」

三笠は渋い顔をしながら、

「何処で嗅ぎ付けたかの? 目的は儂ではなく、そなた達であるぞ」

すると自衛隊司令は、

「自分としては、構いません。彼女達にはそれを知る権利があります」

いずもも、

「まあ、近況報告という事で」

それを聞いた三笠は、

「では、乗艦を許可する」

いずもは、艦内電話で乗艦許可を舷門へ伝えた。

 

少し待つと、士官室のドアがノックされ、静かに開いた。

「舷門当直妖精入ります!」と声がして、ドアが静かに開いた。

水兵妖精が、

「報告します! 最上艦長以下3名をご案内いたしました」

三笠は、

「うむ、ご苦労。下がってよろしい」

「はっ!」と言いながら、敬礼し、退出する水兵妖精と入れ替えに、最上達が入室してきた。

そこには、最上型一番艦艦長、最上

同じく2番艦艦長 三隈

そして4番艦艦長 熊野が立っていた。

 

「おはようございます。三笠様」と三人は揃って挨拶をした。

「うむ、おはよう」と三笠は答えながら、

「皆、どうしたのじゃ。この様な早朝から」

と少し意地悪く聞いてみた。

すると、最上は、

「あの、その、僕は・・・」ともじもじしながら、なかなか本題の切り出せない最上を見かねて、熊野が

「あの、三笠様。パラオの特務艦隊の司令と副官のいずもさんが此方へ来ていると、良ければ、お話を」

すると、三笠は

「と、いう事らしいの。司令」

自衛隊司令といずもは、揃って席を立ち、

「はじめまして、最上さん、三隈さん。熊野さんとは、ご無沙汰しております」と挨拶をした。

「自分が、特務艦隊司令です。こちらが副官のいずも」といい、いずもを紹介した

すると、いずもは、

「パラオ泊地特務艦隊。正式には海上自衛隊 第3護衛隊群第1艦隊旗艦、いずもです」

とにこやかに話した、

 

「僕が、最上型一番艦、最上です」とやや慌てながら答え、

続いて、

「はい、同じく2番艦 三隈です」とこちらも緊張して答えた

 

自衛隊司令達と面識のある熊野は、

「自衛隊司令、いずもさん、ご無沙汰しております。先般は大変お世話になりました」と優雅に一礼した。

すると、自衛隊司令は

「いえ、ご無理を申し上げたのは此方です」

 

三笠が、

「まあ、立っていては、話もできまい。ここへ」といい、自らの横の席を薦めた

「失礼します!」といい、最上達は席へ着いた。

 

三笠は、

「熊野、よう自衛隊司令がここへ来ておる事が分かったの?」

すると熊野は、

「いえ、実は昨日偶然、車に乗ったパラオ泊地提督と旗艦由良さんのお姿をお見かけしましたので、その・・・」と言いながら、

「宇垣参謀長の所へ行って、聞いてみたのですが、参謀長は否定されなかったので、三笠様の所ならと思い」

「まあ、致し方あるまい。パラオ泊地提督を見られたという事は」と三笠は納得した。

 

初めて会う自衛隊司令といずもを見て、もじもじする最上と三隈を見ながら、三笠は

「のう、自衛隊司令達に聞きたい事があるとのことじゃが」

「あの、・・・」と声を詰まらせながら、最上は

「す、鈴谷は?」と話を切り出した。

続いて三隈が、

「ルソン北部を脱走したと聞いて、その後、熊野からパラオの特務艦隊で保護されて心配ないって言われましたけど、それ以外の話は検閲が厳しくて分からないです」

 

すると、三笠は、

「熊野?」と聞くと、

「はい、最上姉さま達には、情報は断片的にお話ししています。ただ全容は」と言葉を濁した。

それもその筈だ。

鈴谷がルソンを脱走した事は事実である。

しかし、それは深海棲艦の死霊妖精達から逃れる為であったが、無意識とはいえ、配下の曙を取り残した事は問題であった。

おまけに、鈴谷自身も危うく悪霊に精神を乗っ取られかけ、精神崩壊寸前まで追い込まれ、こんごうや、熊野の助けが無ければ今頃は深海棲艦化していたかもしれない

これが公になれば、警備所を深海棲艦に占領され、艦娘を鹵獲されかけた事がばれる。

海軍全体の一大事であった。

三笠は

「のう、最上、三隈。確かに鈴谷はルソン北部警備所を脱走した。これは事実じゃ」

「えっ!」と驚く最上に三隈

「しかしの、その時既に、北部警備所の大半は、深海棲艦の悪霊妖精達により、精神を乗っ取られておった。」

最上は、席を立ち、

「三笠様! それでは鈴谷も!」

「モガミン、落ち着いて」といい、三隈がそっと腕を引いた。

「うん」と言いながら、席へ着く最上

 

「鈴谷も、悪霊妖精達の罠にはまり、危うく精神崩壊を起こす寸前までいったが、無意識のうちに防衛本能が働き、ルソンを脱出。一路トラックへ向った」

「ここですか!」と最上や三隈が叫んだ

「そうじゃ。鈴谷にとってそなた達は最後に頼る事の出来る者。無意識のうちにここを目指した」

三笠は続けて、

「鈴谷の船体は、度重なる深海棲艦との戦闘で、既にボロボロであった。漂流寸前の所をパラオ艦隊の鳳翔達が保護した」

「パラオ艦隊ですか!」

「そうじゃ、最上。瀕死の状態の鈴谷は、そこに居る特務艦隊のいずも殿の最新の治療施設へ運ばれ、トラックから駆け付けた熊野、そして特務艦隊のこんごう殿の精神治療で何とか深海棲艦化を食い止めたのじゃ」

「こんごう殿?」と三隈が聞くと、熊野が、

「お姉様、こんごうさんは、新こんごう型と呼ばれる特務艦隊の重巡の方です。戦艦金剛さんの5番目の姉妹艦です」

すると最上は

「えっ! 金剛さんに比叡さん達以外の姉妹艦がいるの?」

熊野は

「はい、でも今は、秘匿扱いですので、詳しくは」

最上は

「鈴谷は、元気なのですか!」

すると、自衛隊司令は、

「はい。今は帝国海軍から自分達、自衛隊艦隊へ出向しています」

「出向?」

三笠が、

「事情が事情とはいえ、脱走した鈴谷をそのままパラオ泊地艦隊で預かる訳にもいかぬでの、今は指揮権の違うこの自衛隊艦隊へ預けておる」

「では、元気なのですね」と最上が聞くと、いずもは、

「見てみますか?」

「えっ! どういう意味ですか?」と最上が不思議そうに言うと、いずもは

壁面の大型ディスプレイを起動した。

電源の入ったディスプレイを見た、最上と三隈は声を出した

「おお!」

「何あれ?」

すると、以前このディスプレイを見た事のある熊野が

「この機械は、特務艦隊の方が作成した、映像映写機ですよ。お姉さま」

「映像映写機?」

「はい、色んな所の映像を、その場で見る事のできる特殊な機械です」と熊野は得意げに話しながら、自分も

“いずもさんの艦内で初めてみた時は、最上姉さまの様な感じだったのかしら?”

 

いずもは、自衛隊司令へ向き

「IDお借りしても宜しいでしょうか?」

「構わんが、程々にな」

するといずもは自分のタブレットを艦内ネットワークへ接続して、パラオ泊地内部に停泊する護衛艦こんごうの士官私室の監視システムの映像を呼び出した。

副官であり、旗艦でもあるいずもであるが、各自衛艦娘達の私室まで覗く権限はない。

唯一その権限を持つのは、司令の由良だけである。

 

ディスプレイには、こんごう艦内の士官私室が映し出された。

その部屋を見た熊野は、

「あら、この部屋はわたくしと、鈴谷が泊まった部屋ですわ」

「今は、すずやさんの私室として使用しています」

すると、それを聞いた最上達は

「えええ! ここが鈴谷の部屋ですか!」

「嘘、信じられない」

最上達はそう言いながら、

「あの鈴谷ですよ。艦娘学校時代に部屋の片づけが全然できなくて、香取教官を本気で怒らせた、鈴谷の部屋ですか!」

そこには、綺麗に掃除され、磨き上げられた床。きちんと四隅を折り畳み皺ひとつないシーツの見える2段ベッドに、バームクーヘンを連想させるが如く綺麗に折り畳まれた毛布。

書類一枚なく、綺麗に片付けられた机。

机の上の本棚はきちんと整理され、散乱防止用の収納庫のドアもきちんと閉めてあった。

そしてその収納庫の上には、熊野が贈った、

“整理整頓”と書かれた紙が綺麗に張ってあった。

それを見て少し微笑む熊野。

 

その映像を見た三笠は、

「流石じゃの、こんごう殿の指導のお蔭じゃ」

「はい、お褒めの言葉ありがとうございます。こんごうは、事細かく指導するのではなく、極力本人の自主性を優先します。自ら模範を示し、その必要性を説くという指導法です」

と司令が答えた。

三笠は

「やってみせ、というところはイソロクと似た所があるの」

「はい、その辺りは、彼方の次元の戦艦金剛さんが、幼い頃からご指導されています。」

三笠は満足そうに、

「イソロクの教えは、きちんと彼女達に伝わったという事」

「はい、三笠様」

 

すずやの私室の変貌に驚く最上達をよそに、熊野は、

「あの、いずもさん。肝心の鈴谷がおりませんわ」

「あら、ごめんなさい」と言いながら、いずもは画面の右端に写る現地時間を見た

「まだ、総員起こし前ね」と言うと、

「じゃ、多分ここね」といい、タブレットを操作して画面を切り替えた。

即座に、画面が切り替わり、そこは護衛艦こんごうの後部ヘリ甲板であった。

 

「ここ、空母の甲板ですか!」と最上が聞くと、いずもは

「いえ、ここは、護衛艦こんごうの特殊対潜機の発着場です」

じっと画面を見る最上と三隈

すると三隈が

「あの、これって記録映画ですよね」

「いえ、今現在のパラオ泊地に停泊中の艦船の内部映像ですよ」といずもは、笑顔で、答えた。

「そんな!」

最上や三隈は驚いたが、熊野が

「お姉さま、落ち着いてください。この方達は、“海神の七人の巫女”の艦隊の方々です」

「えっ!」と目を白黒させる最上に三隈

いずもは、

「この映像は、パラオ泊地に停泊している我が艦隊のこんごうの船上で今撮影している映像を、最新の電信技術でここトラックへ転送しています」

「えええ!」と驚く最上に、三隈

熊野が、

「最上姉さま、三隈姉さま。熊野はこの眼で見て参りました。この特務艦隊の皆さまの力を。間違いなく、海神の七人の巫女様です」

目前のいずもを見ながら息を飲む最上達

そんな最上達をよそに、いずもはタブレットを操作し,

「あっ、居たわ」といい、画面を拡大した。

 

そこには、ブラウンのしなやかな髪をたなびかせながら、颯爽とヘリ甲板を走るこんごうの姿。

朝日を浴びなら、煌めくこんごうを見た熊野は、

「綺麗ですわ。まさに海神の七人の巫女です」といいながら、羨望の眼差しを向けた。

それもその筈だ、熊野はこんごうの導きで鈴谷の精神領域まで足を踏み入れた。

この時代、これができるのは横須賀の大巫女だけである。

その絶大な秘めた力を垣間見たのだ!

 

最上達も、その美しい姿に息をのんだ。

そして、そのこんごうの横を、束ねた薄緑色のセミロングの髪を振り乱しながら走る一人の女性

 

「鈴谷!」と最上が叫んだ!

画面越しでも分かる、必死にこんごうについて行こうとしている。

最上は

「僕、あんな、鈴谷。初めて見た」

「私もです」と三隈も声に出した。

 

いずもは、そっと画面を拡大した。

そこには、こんごうと並び、大粒の汗を流しながら、一心不乱にこんごうに並ぶすずやの姿があった。

その姿を見た三笠は、

「あの時、こんごう殿にすずやを託して正解だったという事かの」

それには、自衛隊司令が、

「確かに、こんごうの指導の成果もありますが、すずや本人の自覚が目覚めたという事でしょうか」

「自覚か」と三笠が聞くと、自衛隊司令は、

「こんごうは、決して押し付けの指導はしません。自ら考えさせ、行動させる。それが何故必要かをしっかりと考えさる指導をします。」

いずもが、

「今のすずやさんにとって、こんごうは超えるべき壁です。壁は大きいほど、超えた時の姿はより高みを目指すものです」

三笠は、じっとディスプレイ上で必死に走るすずやを見ながら、

「うむ、これで彼女は一線を越えたの」と納得し、最上達を見ながら、

「そなた達も、気を抜くと、すずやに追い抜かれかねんぞ、いや既に追い抜かれておるかもしれん」

「そんな事は」と最上が反論したが、三笠は、

「良いか、すずやは、海神の七人の巫女の弟子と言える。現世最強の艦娘達と共に切磋琢磨しておる。その様な方から直接指導されれば、自ずと力量も上がろうというものよ」

じっと壁面のディスプレイを睨む最上達

 

そこには、こんごうとすずやだけでなく、多くの隊員妖精達がランニングしていた。

すずやは、体格のいい隊員妖精に負けず、しっかりとこんごうの走りに追従していた。

最上達が画面越しにすずやを見始めて、既に数周。後部ヘリ甲板をランニングしていた、こんごうの行き足が遅くなり、格納庫前でゆっくりと止まった。

続いてすずやも止まる。

ゆっくりと歩きながら、呼吸を整え、屈伸運動をして体をほぐしていた。

「うそ! 鈴谷あんなに体柔らかった?」

そこには、足を延ばして、ストレッチするすずやの姿が

「艦娘学校では、少しでも動くと、“痛いし~”とか言っていましたけど、今は別人ですわ」

熊野も驚きの表情を見せた。

三笠は、

「良いか、最上。艦娘の優劣を決める物はなんじゃ?」

すると、最上は

「はい、艦娘個人の艦霊力です。優れた霊力は優れた艤装を使役できます」

三笠は

「では、その優れた霊力は、如何にして身につける?」

「えっ! 三笠様。霊力は個人固有の物で、後から大きくなるとは聞いた事はありません」

すると、三笠は

「いずも殿、あれは出せるかの」

いずもは、

「はい」と言うと、別の壁面ディスプレイに二つの波形グラフを表示した。

「この波形は、すずやさんの艦霊力の波形グラフです」

「艦霊力を計測する事ができるのですか?」と熊野が聞いた。

「はい、特殊な機材が必要ですけど」とにこやかに答えた。

正確にいえば、この時代、艦霊力を正確に把握する事は出来なかった。

唯一、艦霊力を霊力として見る事が出来たのは横須賀の大巫女と、三笠だけであった。

いずもは、

「上の波形グラフは、鈴谷さんを保護した時のグラフです。多少波に揺らぎがあります。」

そこには、大小の波が、不規則に連なる歪な波形が現れていた。

「熊野、この時の事は覚えておろう」

「はい、三笠様。鈴谷はもうボロボロ状態でした。」

 

いずもは、

「下のグラフは、最新のすずやさんのグラフです」

そこには、綺麗に調律された、綺麗な波形が並んでいた。

「綺麗な波形ですわ」と熊野が言うと、

いずもは、

「これだけだとよく解らないので、比較にこんごうの波形を並べましょう」

そう言うと、いずもは、一番下にこんごうの波形を表示した。

「今、表示したのは護衛艦こんごうの波形です。この時代で言えば3万トン級の戦艦に匹敵する波形です」

そこには、すずやより、やや大きめの波形が表示された。

「流石、綺麗な波形じゃの」

「これは、こんごうの平時の波形です」

「平時?」と三笠

「こんごうの戦闘時の波形は、この数倍あります」

「あの時じゃの」

「はい」と静かに答えるいずも

 

「この波形を見て頂くと分かると思いますが、すずやさんは、保護直後と現在では波形の質も大きさも変わり、戦艦級に匹敵するものがあります。」

すると、最上は

「じゃ、すずやの霊力は成長したという事ですか!」

「はい」

「のう最上、艦娘の艦霊力とは、即ち、艦娘の心と体に宿る物。心技体を磨き上げ身につける物じゃ」

「心技体ですか?」

「そう、心とは、強き精神力、どのような苦境になろうとも、負けぬ闘志。技とは、自らの艤装を使いこなす技量、積み重ねた教練に裏打ちされた確かな技術。そして体、強き心は強き体に宿る。艦霊力を内に秘め、それに負けぬ体」

三笠は、画面の中で、ストレッチ運動をするすずやを見た。

 

すると、急に画面に映るこんごうが、振り返り、格納庫上のカメラに向き、じっとこちらを睨んだ。

「あら、気が付いたみたい」

画面上のこんごうは、ストレッチをするすずやへ向い、何か話しかけていた。

すると、すずやは急に、ランニングする隊員妖精達へ何かを話すと、一斉に隊員妖精達が集まってきた。

10名近い隊員妖精達は綺麗に2列横隊で整列した。

「音声拾います」といずもが手元のタブレットを操作した。

壁面のディスプレイから、すずやの切れのある声で、

「気を付け! 連合艦隊三笠大将に、敬礼!」

と気合の入った号令が掛かった。

こんごう以下の隊員妖精達が一斉に敬礼する。

 

それを満足そうに見る三笠

朝日が、こんごう達を赤く染め上げていた。

 

満足そうな三笠の顔を見たいずもは、

「映像終わります」といい、中継画像を切った。

 

三笠は、

「最上達よ、見た通りすずやは、確実に成長しておる。お主達も

精進せねば、あっという間に、追い抜かれてしまうぞ」

 

深く頷く最上達

三笠は、続けて。

「特に、最上。お主は、今回のマ号作戦終了後、本土へ回航され改装予定じゃったの」

「そう、三笠様。僕、航空巡洋艦になるみたい」

三隈が、

「あのどの様な艦なのでしょうか? 航空巡洋艦とは」

いずもは、手元のタブレットを操作して、

「これは、参考ですけど」と、いい、彼方の次元の航空巡洋艦最上の三面図を表示し、

「最上さんの改修は、この様に後部砲塔を撤去して、水上機運用が可能な航空機甲板を後部へ増設します」

その三面図を見た熊野は

「あの、この姿は泊地で見たこんごうさんの艦によく似ておりますわ」

「ええ、この最上型航空巡洋艦は、ある意味こんごう達の原型と言える艦です」

熊野は、

「でも、原型より、物凄い発展型が先に就航しているというのも、何とも言い難いですわね」

話の見えない最上達が不思議そうな顔をしたが、熊野は

「あの、鈴谷の艦は、今は?」

「ええ、あの時の損傷はほぼ修復完了しています。現在最新鋭の護衛艦へ改装作業中ですよ」

「へえ、鈴谷も改装か、僕みたいな艦になるのかな?」

いずもは

「これが、完成予想図です」といい、壁面ディスプレイに、護衛艦すずやの完成予想三面図を表示した。

 

「大きな航空甲板ですわ、後部が全部飛行甲板ですわね」と熊野が言うと、

「あれ! 砲塔が一門の単装砲になってる?」と最上

「あの、単装砲の後部のマス目の様なフタが並んだ物は何ですか?」と三隈も不思議がった。

三笠も、

「操舵艦橋は、そのままで戦闘指揮所は艦橋後部に増設かの、後部艦橋まで上部構造物が一体型とは、こんごう殿達の艦を意識しておるのか」

いずもは、

「はい、17式対艦誘導弾や、内火艇など艦外装備はこの構造物の中へ収納しています、対電探対策の為です」

 

熊野が

「いずもさん、あの、どのような装備なのですか?」

すると、いずもは、横に座る自衛隊司令を見たが、司令は静かにうなずいた。

いずもは、席を立ち、ディスプレイの前までくると、

「改装後のすずやさんに搭載される兵装については、極秘扱いですので、他言無用でお願いしますね。」といい、まず主砲を指さして、

「主砲は、62口径5インチ単装砲。127mm砲です」

「ええ! 127mm!」と最上が叫び、

「小さい、駆逐艦の砲です」と三隈が驚いた。

 

「コホン、のう最上、儂の砲も今は127mm砲じゃが。何か問題でもあるかの?」

三笠はそう言いながら、最上を睨んだ

「うっ!」と驚く最上に三隈

いずもは笑顔で

「この砲は、最大射程37km、毎分20発の発射速度を誇ります」

「射程37km! 三年式12.7センチ砲より長い!」

「それに毎分20発の発射速度は凄いですわ」と熊野も唸った。

いずもは、

「勿論、電探射撃照準装置と自動で連動していますから、一度補足した目標は逃しません」

「電探照準器付き!」と最上が言うと、

「いいな、僕も電探欲しい」とつい本音が出た。

 

いずもは、続けて

砲塔後部の部分を指差して、

「この部分には、64発の誘導式対空噴進弾、後部の航空機格納庫上部に32発の誘導式対潜噴進弾を装備します。この辺りはこんごうと同じです。」

「噴進弾装備ですか! まだ実験段階と聞きましたけど」と三隈

どうやら最上達は、話の内容から12cm30連装噴進砲と誤認した様だ。

いずもは気が付いたが、ここはそのまま誤魔化した。

 

三笠は

「射撃指揮装置は、FCS-2なのかの?」と聞くと、いずもは

「いえ、完全なイージスシステムを搭載します。」

「ほう、完全なAWSか、よくぞ頑張ったの」

 

いずもは続けて、

「対空機銃は前後に2基」といい、艦橋前方のファランクスを指さした

「たった2基だけですか? 貧弱過ぎです」

「安心してください、最上さん。この対空機銃は、20mm6砲身ガトリング砲で、毎分3000発の発射が可能です。これも電探の射撃指揮装置と連動していますから、捕捉されれば逃げる手段はありません」

「3000発ですか!」と目を白黒させる最上に三隈

熊野は以前、こんごうに宿泊した事があるので、納得していた。

 

三笠は、

「最上達、すずやはこの艦を操る霊力を、自らを研鑽し得た。そなた達も精進するのじゃ」

「はい!」と元気な返答が帰ってきた。

 

最上達はその後、暫しすずやの近況などを聞き、納得したのか、艦を後にした。

入れ替わりに、山本達が入室してきた。

顔ぶれは昨日と同じで、泊地提督と由良も同行していた。

 

自衛隊司令といずもは起立して、山本達と朝の挨拶を交わしていた。

山本は、席に着くなり、

「三笠、今そこで、最上達とすれ違ったが、何かあったのか?」

「いや、すずやの件で、自衛隊司令に面会に来よった」

「ほう、しかしよく自衛隊司令達が来ているのが分かったな」

すると三笠は、

「なに偶然にも、熊野が泊地提督と由良を見たとの事。まあそこから連想したそうじゃ」

宇垣が申し訳なさそうに、

「いや、昨晩。熊野達が押しかけて来て“パラオ泊地提督と由良さんを見ました。もしや特務艦隊の方がいるのでは”と詰め寄られまして、」

三笠が、

「以前、若手参謀達が押しかけた時は、一喝して押し返したのに、艦娘ではかなわんかの」

宇垣は苦笑いしながら

「流石に、艦娘三人に迫られるとちょっと」

「ほう、君でもかね」と山本

「長官、彼女達は、姿は少女でも、深海棲艦相手にドンパチを繰り広げる猛者ですよ、そこいらのボンボン連中とは違います」

 

三笠は、宇垣の横に座る黒島をみた、目元に少し隅が見える。

「黒島、熱心なのは良いが、余り根を詰めると、正確な判断力が鈍るぞ」

「はい、三笠様。お心遣いありがとうございます」と答え、

「しかし、既に作戦は始まっております。奴らも我々の迎撃戦の立案に悩んでいる筈です。ここは、頑張り所です。自分の脳裏では、既に海戦、制空戦が始まっています」

山本も、

「まあ、余り無理はするな」と一言だけ言った。

 

大淀と青葉が、テーブルの上に作戦海域の海図と資料を並べ軍議の準備を進めた。

泊地提督と由良も自衛隊司令達の横へ座り、準備を整えた。

準備が整った所で、山本が

「諸君、おはよう」と改めて朝の挨拶をした。

「はい、おはようございます」と一斉に返事がある。

「今日の軍議は、昨日の続きでマ号作戦全般について、パラオ泊地提督、自衛隊司令の意見を聞きたい」と山本が言うと、パラオ泊地提督と自衛隊司令が一礼した。

 

黒島が起立し、

「では、会議を始めさせていただきます」と言いながら、手元の書類に目を通した。

そして

「昨日、提出されました瑞鳳隊による対潜作戦計画並びに自衛隊司令より提出されたマジュロの人質救出計画について、精査いたしましたが、計画自体の問題点はありません」

山本が

「我々、各遊撃隊への連絡は?」

「はい、パラオ艦隊については、連合艦隊司令部経由です。自衛隊艦隊については、三笠経由となります」

三笠が、

「うむ、少し間が開くの」

すると、いずもが手を上げ

「あの、よろしいでしょうか」

「うん」と山本が頷くと、

「長官が座乗なさる、戦艦大和へ私達と通信のできる簡易通信機を搭載するというのはどうでしょうか」

「そのような事が可能なのですか?」と大和が聞くと、

「はい、小型のパラボラアンテナを大和艦橋部へ設置し、この携帯端末で通信できるようにします」といずもは自身のタブレットを指さした。

「先日のお話では、大和さんは既に金剛さんから、ある程度操作法を習っているとの事です。大和さん用の端末をパラオ艦隊へ委託してトラックへ入港時に改修すればいいのでは」

「司令。できるのかね」と山本が聞くと、

「まあ、あかしが出来ると言えば」

すると、いずもは

「はい、既に、うちのあかしに機材の調達の確認をしております。ヒ14油槽船団へあかしの工廠妖精を便乗させ、トラックへ入港後即機材の取り付け、調整を行います。こちらの明石さんの協力があれば、数時間で可能かと」

いずもは続けて、

「あかしの工廠妖精はそのまま大和さんの艦内に待機し、散弾砲弾の運用指導と、機材の管理に従事させたいと思います」

山本は、

「大和。意見は?」

「いえ、私としては願ったり叶ったりです」

いずもは、

「この端末では、艦娘C4Iシステム、通称艦隊コミュニケーションシステムの運用ができます、例えば三笠の電探情報を見たり、私達自衛隊艦隊の広域電探情報を見る事もできます」

パッと顔を明るくした大和

「では」

「はい、大和さんには、現世最強の電探情報を提供します。私の艦から早期警戒機を常時大和さん達の遊撃隊の上空へ飛ばせば、周囲600km圏域内の海上脅威目標を探知する事ができます。パラオ艦隊に同行する はるな、そしてこんごうの情報も時間差無しで把握する事ができます」

「これで、遊撃艦隊は敵を手玉にとれます!」と大和は声を上げた。

すると、宇垣が、

「自衛隊司令。無理を承知でお願いするが、その装置。大淀にもなんとかならんか」

「いずも、あかしの手配は?」

「はい、司令。問題なく」

すると、司令は、

「という事です」とあっさりと言った。

いずもは、大淀を見て、

「大淀さんには、作戦司令室として、大型ディスプレイを士官室に設置というのはどうでしょうか」

大淀は、

「本当ですか、ありがとうございます」と眼鏡越しに目を輝かせた。

三笠は

「これで、我が艦隊の作戦指揮能力は相手を上回ったの」

「そう言う事だ、俺達は相手の動きをじっくり見ながら、確実に駒を打てばいい」と山本も頷いた。

黒島が、

「長官、しかし、懸念事項があります」

「懸念事項?」と山本が聞くと、黒島は

「はい、自衛隊から提供されたもう一つの戦史を研究してきましたが、我が方の空母運用について、問題があるかと」

山本は、表情を厳しくし、

「問題点とは?」

「はい、長官」と黒島は言うと、数個の空母型の青い駒を海図上に並べ、

「今回のマ号作戦においても、空母群は南雲司令の元、集中運用されます。先の真珠湾攻撃の際もそうですが、航空機動艦隊は集中運用する事で、敵地への奇襲、強襲との打撃力重視で運用してきました」

「うむ」と頷く山本

「奇襲や強襲といった相手の意表をつく作戦では、集中運用による強力な打撃力は有効ですが、発見された場合は、防御力の弱い空母群では、相手の恰好の的です」と黒島は指揮棒で駒を指しながら話した。

山本は深く息をした後に腕を組み、

「実は、昨晩。自衛隊司令からも同様な指摘を受けた。我が海軍の空母運用に問題があると」

すると、自衛隊司令は

「はい、僭越ながら意見具申させて頂きました。自分達の考えも黒島作戦参謀と同様です」

表情をさらに厳しくする山本や宇垣

それもその筈だ。

世界最強とまで言われた、帝国海軍の空母群

練度、装備どれをとっても世界中の海軍の中では、この艦隊を抜く艦隊は、無い。

今までは。

 

山本は、

「昨日そう言われて、大和に帰った後に、色々と考えたのだが、確かに、自衛隊司令の指摘の通りだよ」

「しかし、長官。我が海軍の運用思想に問題があるとは」と宇垣が言ったが、山本は

「参謀長。確かに今までのやり方なら問題ないのかもしれん。しかし、いつまでも航空強襲が通用するとは思えん。既に我々は真珠湾で此方の手の内を明かしている」

「う~ん」と唸る宇垣

その時、士官室の艦内電話が鳴った。

大淀が席を立ち、電話をとり、二言三言話すと、そのまま山本の元へ行き、何かを話した。

「うん、ここまで案内してくれ」と山本が言うと、大淀は踵を返し、艦内電話へ向い何かを話した。

 

「実はな、昨晩。自衛隊司令の要望で、南雲達をここへ呼んでいる」

「長官、南雲と赤城ですか?」と宇垣が言うと、

「ああ、せっかくの機会だ。ここは、じっくり話そう」

 

士官室のドアがノックされ、

「舷門当直妖精です! 航空戦隊南雲長官、並びに旗艦赤城艦長をお連れ致しました!」と元気な声が掛かった。

「おう」と宇垣が答えると、静かにドアが開き、舷門当直妖精と南雲、そして赤城が揃って入ってきた。

「当直妖精、ご苦労であった。下がってよろしい」と三笠が声を掛けると、

「はっ」と返答しながら、当直妖精は素早い動きで一礼し、退室した。

 

パラオ泊地提督は、南雲の姿を確かめると、即起立し、南雲を迎えた。

由良や自衛隊司令達、そして大和以下の艦娘達も倣って起立した。

南雲は、

「おはようございます」と山本や三笠へ一礼して静かに朝の挨拶をした。

「ああ、おはよう」と答える山本、そして

「南雲君、済まんな。朝から呼び出して」

「いえ」

「赤城も、忙しい所を済まん」

「いえ、山本長官」と答える赤城

 

山本は、

「南雲君は、パラオ泊地提督とは確か面識があったね」

南雲は渋い顔をして、

「はい、呉以来です」

 

パラオ泊地提督は、

「南雲司令。ご無沙汰しております」と一礼した。

「その後、秋月はどうだね」

「はい、南雲司令。我が泊地艦隊の防空の中枢として活躍しております」

「うむ」と頷く南雲

 

帝国海軍の最新鋭駆逐艦 秋月

舞鶴海軍工廠で建造された秋月は、呉に回航され、駆逐艦としての基本訓練を受け、最初の所属先を決定する会議が呉であった。

最新の防空型駆逐艦である秋月の配属を希望する各鎮守府や泊地司令の申請が軍令部に殺到したが、最終的にトラック泊地へ展開中の第一航空艦隊か、教育で定評のある第四艦隊隷下のパラオ泊地かで大揉めに揉めた。

結局、中々話がつかず、南雲、パラオ泊地提督が呉で直に話し合うという事態になった。

両者一歩も引かぬ話し会いであった。

まあ、議事録上は穏やかに進んだという事にしてあるが、実際は一触即発の状態で、呉の提督が両者を何とか宥めていた。

南雲は、ついいつもの剣幕で、

「貴様など!」とパラオ泊地提督を睨みつけたが、泊地提督が、

「南雲司令が、脇差を抜く前に自分は九四式でお相手します」と此方も睨み返した。

まあ、本来こんな会話を中将である南雲へすれば、パラオ泊地提督は謹慎どころの話では済まされないが、当時のパラオ泊地提督は必死であった。

泊地開設以来、初の深海棲艦の打撃艦隊の襲来を、呼び寄せた金剛、赤城の応援で何とか切り抜けたものの、艦隊防空力の不足は由良達だけでは如何ともしがたい状態であったのだ。

南雲は南雲で、どうしても秋月が欲しい理由があった。

現在 第一航空艦隊には、古株の第7駆逐隊、新鋭の第10駆逐隊が隷下に入っていたが、

今一つ 防空力に不足を感じていた。

その不安が的中したのが、真珠湾攻撃からの撤退戦で第7駆逐隊を中心に対応したが、敵急降下爆撃機の頭上侵入を許し、赤城、加賀が中破するという事態を招いた。

彼にとっても防空駆逐艦秋月は、喉から手が出る程欲しい子であったのだ。

数時間にわたる話し会いの結果、秋月はパラオへ、そして間もなく就役予定の二番艦、四番艦を第一航空艦隊へという事でケリがついた。

南雲は一歩引いて、秋月は諦めるが後続の2隻を引き取るという事で、納得したのだ。

秋月は日本海軍初の本格的防空駆逐艦であるが故に、その運用方法については、試行錯誤が予想された。

呉の艦娘学校では、あくまで船として基本訓練が中心で、戦術研究などは配属先で行う事になっていた。

当初、南雲は秋月を獲得できれば、7駆へ預けて教育訓練を考えていたが、肝心の7駆の曙がルソンへ引っこ抜かれそれどころではなく、かと言って新鋭の第10駆は自分達の事で精一杯であった。

そこを上手くパラオ提督に突かれ、

「秋月は、うちの陽炎が教育します。その反省を2番艦以降へ反映すれば、より短時間で実践配備ができる」と言われ、渋々納得するしかなかった。

また、南雲にとってパラオ泊地提督は軍令部時代のコネを使い、一航戦の旗艦赤城を一時的に引っこ抜いた事を、心よく思っていなかった。

 

そんな二人がテーブル越しに対峙するのだ、雰囲気が悪くなるのも仕方ない。

しかし、南雲は急に、固い表情のパラオ泊地提督ではなく、横に立つ由良へ笑顔を見せ

「由良、結婚おめでとう。便宜上はカッコカリなど言ってはいるが、名実ともに夫婦だ」

赤城も、

「泊地提督、由良さん。おめでとうございます」

「ありがとう、赤城」と提督

「赤城さん。推薦を頂き、ありがとうございました」と由良も赤城へ一礼した。

「いえ、鳳翔さんからお話を頂いておりましたので、喜んで引き受けさせていただきました」

 

山本は、話が由良達の結婚の話となり、場の雰囲気が和んだ所を見計らい、

「南雲君と、赤城は初めてだったな、此方二人が」山本が言いかけたが、

「パラオ泊地に駐留する特務艦隊の方ですな」と南雲が続けた。

すると、自衛隊司令といずもは姿勢を正し、

「お初にお目にかかります。日本国海上自衛隊 佐世保基地所属第2護衛隊群第1艦隊司令です」

「同じく、第2護衛隊群第1艦隊旗艦を務めます。護衛艦いずもです。司令部副司令を兼務します」

対する南雲達も

「日本帝国海軍、第一航空艦隊司令の南雲だ」

「第一航空戦隊 旗艦赤城です」

と手短に挨拶をした。

南雲は鋭く、自衛隊司令を見た。

“表情は、優しい雰囲気がある、しかし眼光鋭い。若いがやる様だ。”と思いながら

並んで立つ泊地提督をチラッと見て

“あの男と同じく、要注意だな”と内心思った。

 

そして横に立つ赤城は、いま緊張の頂点に達しようとしていた。

硬くなる表情を見かねた金剛が、

「Hey! 赤城どうしたネ!」

すると三笠は、

「赤城よ、何もいずも殿はお主に食ってかかろうという訳ではないぞ」

「はっ、はい」と返事はしたものの、表情は硬いままであった。

それもその筈だ、

今、自分の前には、史上最強と思われる空母艦娘がいるのだ。

ある日、南雲から呼ばれ、パラオに自衛隊という特務艦隊がいる事を聞かされた。

軍令部や海軍省も知らない特別な部隊で、その能力は超大であると。

確かに、長官や三笠様をパラオへ護衛した自身の零戦隊の隊長から、パラオに配属された噴式機の話は聞いていた。

超大型の空母がいるとの事であったが、実際はどうなのだろうと思っていたが、帰って来た三笠や金剛から、“光の巫女の艦隊”の話を内々に聞かされ、そして同行した阿武隈達の話を聞いて確信した。 

“パラオに別の世界から来た、80年先の最新鋭艦隊がいる”と

いま、その旗艦が目の前にいる!

 

赤城は、じっといずもを見た。

白く透き通るのではと思う程の肌。

知的な雰囲気を醸し出す縁なし眼鏡、その奥に見える魅入られそうな特徴的な瞳。

そして、黒く長い艶やかな黒髪。

赤城はふと自分の腕を見た。

海上での教練の連続で、日焼けした腕、時間があれば、寮に併設された弓道場へ通い、腕を磨く日々、腕も男勝りに筋肉質であった。

いずもから、漂うその重圧な艦霊力は、空母艦娘としての能力の高さを表していた。

 

緊張気味の赤城を見たいずもは、笑みをうかべ、静かに右手を赤城へ差し出し

「はじめまして、赤城教官」と満面の笑みで挨拶をした。

「えっ」と驚く赤城

無意識のうちに差し出されたいずもの右手をしっかりと握る赤城

「現役時代の赤城教官にお会いできて光栄です」

状態が飲み込めず目を白黒させる赤城

 

三笠が

「ほう、いずも殿にとって彼方の赤城は、そのような存在であったか」

するといずもは、

「はい、私達の次元では、赤城さんは海軍を除隊後、静かに余生を送っておりましたが、ある時から、防衛大学校の特別講師として復帰され私や護衛艦かが先輩、いせ、ひゅうが先輩の教育に奔走されました」

いずもは続けて、

「こんごう達にとって、陽炎さんや皐月さんが、厳しい教官であったように、私にとっては、赤城教官は恩師です。」

三笠は、

「のう、赤城。もう一人のそなたは、この様な立派な艦娘を育て上げた。今のお主はどう思う?」

すると赤城は、

「あの、実感が」と戸惑いながら答えた。

すると、三笠は、

「赤城よ、もう一人のそなたは、自らを研鑽し、そしてこの様な立派な艦娘を育てあげたのじゃ」

じっといずもを見る赤城

 

山本は、

「まあ、立ったままというのもなんだ」といい、全員に着席を促した。

 

大和達が席を譲り、宇垣の隣へ着席する南雲に赤城

対面にはパラオ泊地提督に自衛隊司令達が座った。

 

南雲は席に着くと、

「それで、長官。お話とは」

「昨日から、パラオ泊地提督と自衛隊司令を交えて今回のマ号作戦に関する打ち合わせをしていたのだが、自衛隊司令から我が海軍における空母運用の方法について懸念事項があるとの意見でな」

すると、黒島が、テーブル上の海図に戦艦の形をした駒と、その後方に空母の形をした青い駒を4つ並べた

「その件についてですが、南雲司令。自分も同様に、懸念事項があります」

「黒島作戦参謀もか」

「はい。今回の作戦は、前回の真珠湾攻撃の際とは違い、一航戦、二航戦の空母機動部隊は、戦艦群の後方にて、第1から第3までの各遊撃隊に適切な航空支援を与えるのが主目的である為、後方に待機となっています」

南雲は、

「ああ。うちの若い参謀達にはどうもその辺が気にいらんようだ。積極的に前方へでて、敵機動部隊並びに地上基地を先制攻撃するべきとの意見もある」

「それについては、先の会議でもお話ししましたが、当初の初期案にはありました。しかし、既に此方のマーシャル諸島への進軍が露呈している状況下では、航空奇襲は厳しいかと」そう言いながら黒島は指揮棒で駒を揃えた。

宇垣は、

「南雲はどう思う」

「まあ、自分としては、黒島作戦参謀の考え方に賛成です。自分達は攻める事は得意でも、守りは少し問題がある」

「ほう」と山本がいうと、南雲は、

「長官。先の真珠湾攻撃からの撤退戦では、我々は逃げの一手で、敵機の直上侵入を許したばかりか、赤城と加賀を中破させる失態を演じました」

南雲は、金剛を見て、

「もし、金剛達が間に合わなかったら、完全に退路を断たれ、赤城も加賀も、いや飛龍達も今頃は海の底だった」そう言うと南雲は、

「あの時、三笠様の忠告通り、金剛達を連れていけば、あのような事には」

すると、三笠は、

「まあ、よいではないか。結果 皆無事に帰って来たのじゃ」

南雲は、

「最近になって、草鹿参謀を中心に、あの当時の戦況を分析したが、どう考えても敵の動きが早すぎる。まるで此方を真珠湾で待ち構えていたようです」

宇垣は、

「南雲、そのまさかだ。奴らは俺たちの暗号電文を完全に解読している。あの当時の俺たちの動きは完全に向こうへ筒抜けだ」

「なっ!」身を乗り出す南雲。

そして、表情を青くする赤城

 

宇垣は、

「深海棲艦のミッドウェイの姫君は、どうやらこの太平洋地域の覇権の把握を目論んでいるようで、目障りな米海軍を真珠湾から追い出し、何も知らない俺たちをおびき寄せ、赤城達を一網打尽にしようとした」

山本は

「実はな、この自衛隊司令とパラオで会って以来、ずっと宇垣配下の参謀達に研究させていたが、そこで出た答えが、此方の情報が全て深海棲艦へ漏れているという事だ」

南雲は、

「では、我々はまんまとその罠にはまったという事ですか!」

山本は、

「そう言う事だな、なあ南雲君。以前から気になっていたのだが君は何故 12月7日攻撃前日に、計画になかった真珠湾の偵察を行ったのだ?」

南雲は、真面目な顔をしながら、

「笑わないで聞いて頂けますか、夢枕で誰かに言われたのです。“お前の行く先は、お前の望む所なのか”と」

静まり返る室内

「真か、南雲!」と三笠が言うと、

「はい、7日の早朝。聞き慣れない女性の声でそう言われました」

三笠は、重く声に出し

「まさに、神の声であったな。その声が無ければ、赤城達は、今頃は」

大きく頷く赤城

 

山本は、自衛隊司令をみて、

「どう思う?」と一言聞いた。

すると、自衛隊司令は、

「まあ、科学的な実証は難しい話しですが、南雲司令は、山城さんを指揮されていた頃から、海神にはご縁があるようですから」

 

南雲は、若い頃第1艦隊の山城の艦長補佐として、艦娘山城を補佐する立場にいた。

演習中に、接近した軽巡神通と衝突しかけた事があった。

慌てた艦娘山城は、取り舵を取るよう連呼したが、冷静にその場を見ていた南雲は、

「山城艦長! 面舵です!」と一喝し、南雲の気迫に負けた艦娘山城は面舵を切り、間一髪、接触を免れた。

後で艦娘山城は

「なぜ、面舵を?」と聞くと、若き南雲は一言

「そう、誰かにささやかれました」とだけ答えた。

以来、水雷戦隊指揮などで、神業的な操艦指揮を見せ、水雷屋南雲と言われる程になった。

 

山本は、

「まあ、あの時の事は色々とあるが、結果は、対米開戦は避けられ何とか俺たちの首も繋がった」

 

南雲は、

「自分としては、解せないのは、なぜあの時深海棲艦の追撃艦隊は、我々の索敵網を躱して、攻撃隊を直上まで誘導できたかです」

すると、いずもは

「よろしいでしょうか?」と手を上げた

「いずも君、かまわんよ」と山本が発言を許可すると、いずもは壁面ディスプレイを起動して、一つの海図を表示した。

「これは」とディスプレイをみて驚く南雲

いずもは、

「まあ、未来の便利な機械と思ってください」

と言いながら、タブレットを操作した。

そして、

「日本海軍も、米軍を模倣した深海棲艦も基本の索敵方法に差はありません。多層、複数線の哨戒機による索敵方法です」

「うむ、我が方が基本、2層の20線近い索敵だ」と南雲が続けた。

いずもは、

「私達の研究では、現段階では、索敵については、日本海軍と深海棲艦では差は少ないとの見解です。逆に乗員の練度でいけば日本海軍に利があります」

頷く南雲に赤城

いずもは、続けて、

「今現在、深海棲艦と日本海軍に大きな差があるとすれば、それは電探技術と情報解析技術です」

「電探と情報解析?」と南雲が怪訝な顔をした。

いずもは、

「深海棲艦は、既に駆逐艦や軽巡にまで、艦載型の電探を装備しています」というと、画面にマスト上に大型のレーダーアンテナを装備した、駆逐ロ級やハ級の画像を表示した。

「う~ん」と唸る南雲

「これをご覧ください」といずもはいい、別の画面を呼び出した。

「これは、深海棲艦の標準的な空母機動部隊の輪形陣です」

そこには、ヲ級を中心に防空輪形陣を組む、深海棲艦の空母機動部隊の模式図が表示された。

じっとその模式図を見る南雲に赤城。すると赤城が

「外周の駆逐艦が、やや離れていますが、これは?」

するといずもは、

「いい、質問ですね!」といい、そっと眼鏡をかけ直し、指揮棒を持って、ディスプレイの前に立った。

「この艦隊の外周を取り囲む駆逐艦は、レーダーピケット艦です」

「レーダーピケット艦?」と赤城が言うと

「はい、このピケット艦は、艦隊の四方を電探で探知し、艦隊に近づく敵機をいち早く探知します。そして探知した情報を元に、上空で待機する直掩機を誘導する役目を担っています」

急に表情を厳しくする南雲

「深海棲艦の艦隊に接近する航空機は、まず艦隊外周で、このピケット艦の電探に捕まり、上空で待機する迎撃機の要撃を受けます。」

「では、索敵機は敵本隊を発見する前に、迎撃されるという事ですか!」と赤城が身を乗り出した。

「はい、その多くが敵機との接触を打電する前に迎撃されていきます。未帰還機として計上されていきます」

南雲は

「成程な、撤退戦の際における偵察機の未帰還率が高い訳がこれで説明できる」

 

いずもは、続けて、

「基本的な索敵方法は、同じですが、深海棲艦は、此方の暗号電文を解読して、赤城さんたちの動きを予想しています。事前に網を張って置けばその挙動は一目瞭然です」

「それが、情報解析という訳か」南雲がいずもを、見ながら言うと、

「お心当たりがあるのでは?」

「あり過ぎて、返答に困るな」と南雲は答えた。

これで、撤退戦の相手の動きの速さの説明が付く

 

いずもは続けて、

「艦隊防空戦についての懸念事項をお話します」

といい、画面を別の画面に切り替えた、そこには、4隻の空母を中心とした、輪形陣が表示されていた。

「現在、日本海軍は、一航戦赤城さんを中心に二航戦の飛龍さん、場合によっては五航戦の瑞鶴さん達を含めて集中運用しています」

「うむ、その通りだ」と南雲はいうと、

「基本、我々は打撃力を重んじる。各空母より発艦した攻撃隊を取りまとめ、一点集中して、超大な打撃力としている」

「はい、それにより、敵地攻撃、艦隊攻撃に於いて最大級の火力を発揮できます」といずもは答えた。

「ただ、逆に言えば受けに脆いか」と南雲は静かに答えた。

「はい、前回の撤退戦の際もそうですが、深海棲艦は、此方の暗号電文を解読し、空母群の大まかな位置を掴んでいました。あとは、索敵方法ですが、それ自体は目新しい所はありません。要はどちらが先に見つけるかです」

南雲は、

「だが、奴らは、我々の大まかな位置を掴んでいた。これでは最初から立場が違う」

いずもは、それには、

「その通りです、そして、彼らは、此方の機動部隊の予想進路上に網を張り、分散した各空母群から攻撃隊を発艦させ、撤退しようした赤城さん達に襲いかかった」

表情を青くする赤城

「しかし、その攻撃は散発的だった。一回当たりの攻撃隊の数も20機にも満たない。あれでは、赤城達には致命的な被害を与える事はできん」と南雲は強く反論したが、

「確かに、そうです。一度の攻撃では効果は薄いです。しかし、一度捕捉されてしまうと、連続的波状攻撃を受けやすく、戦闘が長時間に及びやすい。必然的に損害が拡大し、脱落艦が出やすい状態になります。一隻でも脱落艦がでれば、もう救う手立てはありません」

腕を組み、唸る南雲

その横で、赤城が

「はい、確かにあの時は数時間に及ぶ対空戦闘で、妖精兵員達も疲労度が高く、士気を保つのが精一杯でした」

 

山本は、

「奴らの狙いはそこだよ。昼夜を問わず我々に圧力をかける。昼間の航空攻撃、夜間の潜水艦による雷撃、我々は疲労し、注意力が落ちる。希望を失いかけた所で、一気にけりをつける」

南雲は、じっと腕を組み、テーブル上に並べた青い空母型の駒を凝視して

「では、どのように対応すれば」

それには、黒島が、

「今回の作戦では、試験的に空母機動部隊を2分します」

「艦隊分離を行うのか! 戦力分散は愚策ではないか!」と南雲が声を上げた。

黒島は、海図上の青い3つの戦艦の駒の後に、二つの青い空母型の駒を、少し間隔を開いて並べ、

「今回の作戦における、空母機動部隊の目的は、前衛の3つの遊撃艦隊に対して適切な航空擁護を与え、海戦予定空域の航空優勢を確保する事です」

「うむ、それは、先の会議で説明を受けた。我々は各遊撃隊を追従する形で後方に位置し、敵空母群の出現に備えるという事だな」と南雲が言うと、赤城もそれに頷いた。

黒島は、

「本作戦の初期段階では、空母機動部隊による敵地攻撃や積極的な艦艇群への攻撃を控え、先行する各遊撃隊の制空権確保を優先します」

「相手を攻めないのか!」と南雲が黒島を問い詰めると、黒島は

「はい。初期段階の目的は、敵勢力の把握と誘引が目的です」

そう言いながら、青い戦艦の駒の前に、赤い戦艦の駒を並べた。

「長官座乗の大和を中心に、敵艦艇群をこのマーシャル諸島北部海域へ引きずり込む事が初期段階の目標です。彼らを巣穴の外へ誘いだし、こちらの土俵へ立たせる事です」

南雲は

「少し消極的ではないか?」

するとそれには、山本が、

「まあ、緒戦は向こうに華を持たせようじゃないか。向こうが浮足立つのを待つ」としっかりとした口調で話した。

黒島は、

「当初は、仕掛けると見せて、敵が出て来た段階で、逃げに転じます」といいながら、青い駒をマーシャル諸島の北部海域へ進めた。

黒島は

「南雲司令の空母機動部隊は、艦隊を一航戦、二航戦に分離し、お互いの相対距離を20海里程とってください」

「20海里だと! それでは離れ過ぎている。艦隊間の連絡は、信号は使えない。電信になるぞ」

「はい」と冷静に答える黒島

「貴様は先程、我が軍の暗号は解読されているといったばかりではないか! それではこちらの位置情報が洩れてしまう!」

南雲は激しく抗議した。

黒島は、ニヤリとして

「ですな」としか答えなかった。

それを聞いた南雲は、山本を見て、

「では、長官! 赤城達を使い!」

「ああ、君の考えた通りだよ、南雲君。敵航空戦力を赤城達へ誘い、航空消耗戦を強いる。此方は、緒戦を受け身で対する」

黒島は、

「敵航空攻撃に対応する為、艦隊を2分し、損害の分散を図ります。敵の矛先を分散させ、敵空母群をこの北部海域へ誘い出すのが目的です」

南雲は呆れ顔で、

「長官、そこまで」

横に座る赤城も唖然とした。

それもその筈だ、虎の子空母4隻、敵航空機をおびき寄せる餌にするというのだから。

山本は、

「こちらの態勢が整い、反転攻勢に出るまで、艦爆、艦攻隊は温存してくれ。破損の危険があるなら、一時的にトラックへ留め置いても構わん」

「では、緒戦は戦闘機隊だけでいいと?」

「それも手だな。しかし戦闘機中隊だけでは、索敵が心もとない。索敵用の艦攻は必ず連れていってくれ」と山本が答えると、

南雲は、暫し瞑目しながら、考えを巡らせて

「長官の御意向は解りました。持ち帰り草鹿達と検討させてください」

南雲は続けて、

「もし、敵の機動部隊がマーシャル諸島へ立てこもった場合はどうされるのですか?」

それには、黒島が

「その場合は、迂回しながら進攻する金剛以下の第3戦隊で、マロエラップの飛行場を背後から叩き、相手が混乱した所に、大和以下の遊撃隊が3方から敵主力を包囲します。空母機動部隊には敵空母群の捕捉、殲滅をお願いする事になります」

「策定済みという事か」

「はい、南雲司令。それらの一連の動きは、後方で待機する大淀内の司令部で分析し、各艦隊へ逐次指示します」

そう黒島は、答えた。

大淀が、

「赤城さんには、後日私の方から新しい暗号表をお渡しします」

「新しい暗号表?」と赤城が聞くと、

「D暗号表は解読された可能性がありますので、艦隊旗艦向けの独自暗号表を御配りします」と大淀が答えた。そして

「読んで楽しい暗号表ですよ」と笑顔で一言付け加えた。

 

南雲は、

「しかし、黒島参謀。艦隊を分離して損害を分散させるというのが分かる、しかし肝心の敵の索敵はどうする。個別の艦隊がバラバラに索敵したのでは、効率が悪いぞ」

「そこについては、一航戦、二航戦の各艦隊で独自に索敵網をお願い致します。」

「それでは、タダでさえ、ざるな索敵網が、大網になってしまうではないか」

「南雲司令。その部分については、助っ人をお願いしています」と、黒島参謀は、自衛隊司令達を見た。

「自衛隊に応援を?」と南雲は言うと、

いずもが、

「私達の早期警戒機が、マーシャル諸島全域の監視を行います」

「マーシャル諸島全域の監視だと!」と南雲が言うと、いずもは壁面のディスプレイに一機の航空機のデータを表示した。

そこには、双発のプロペラ機が表示された。

背中に搭載された大型の円盤が特徴的なE-2Jアドバンスドホークアイ

大きさを表す諸元表が写真の横に表示された。

「陸攻とほぼ同じ大きさだな。陸上機か?」と南雲が言うと、いずもは

「いえ、私の艦で運用する艦載型の大型電探搭載機です」

「ええ! この機体が艦載機ですか」と赤城は目を白黒させた。

「はい」といい、いずもは、自分の艦から発艦するE-2Jの動画を表示した。

そこには、デッキアップされ、折り畳まれた主翼を展開し、カタパルトで打ち出されるホークアイの姿があった。

「広い甲板」と赤城は、言葉少なく、映像を凝視した。

「この機体は、電探を搭載しているといったが、どんな機体なのだ」と南雲も興奮気味に聞いてきた。

いずもは、

「この機体の特徴は、この背中にある大型の電探のアンテナとそれを処理する能力です。探知距離は対空で600km 水上で360km、2000個の艦艇、航空機の判別が可能です」

南雲は息を飲んだ。

「確かに技術格差が80年近くあるとはいえ、そこまで進化するのか。電探技術は!」

いずもは、続けて

「この機体は、単に目標を探知するだけでなく、味方の航空機を探知した脅威目標へ誘導する事もできます」

「誘導もですか!」と赤城は身を乗り出した。

話を聞いていた三笠が

「のう、赤城。パラオへ深海棲艦の侵攻部隊が押し寄せたという話は聞いておるの?」

「はい、最初は噂話という事でしたが、先日南雲司令より」

すると、三笠は、

「パラオの鳳翔や瑞鳳は、このいずも殿の早期警戒機の誘導の元、的確に敵航空攻撃隊を捉え、多くを撃墜しておる。その実力は実証済みじゃ」

じっと、ホークアイの飛行動画を見る赤城

三笠は、

「いずも殿は、この機体を普段は12機搭載しておる」

「えっ、12機もですか」

すると、いずもは、

「はい、今回の作戦では、10機程度を搭載してくる予定です。この機体を交代で飛行させ、マーシャル諸島全域の監視を行います」

南雲は、肩を落としながら、

「長官。この様な素晴らしい索敵機があるのであれば、我々の索敵網はいらんのではないでしょうか?」

すると山本は

「そうもいかん、南雲君。自衛隊の存在は秘匿戦力だ。いずも君達が電探で探知した目標を我々の索敵機が目視で確認し、電文報告する。そうすれば相手は自分達が見つかった事を察知する。さらに浮足立つという事だよ」

と意地悪い笑みを浮かべた。

南雲は、

「長官。その辺りも、嵌め手という事ですか?」

「まあな」

いずもは、

「話は変わりますが、赤城さん。艦隊防空戦の場合。組織的な防空指揮は何方が取っていますか?」

赤城は、少し考え

「組織的な防空指揮ですか?」と問い返してきた。

「はい、発見した敵機に対して、迎撃指揮を誰が行っているかという事です」

赤城は少し考え、

「そう言う意味で、艦隊の内部で統一された指揮系統はありません。各艦が発見した敵機を個艦防空するという考え方です」

いずもは、横に座る司令を見た。

静かに頷く司令

 

いずもは、

「山本長官、三笠様。あのお話をしてもよろしいでしょうか?」

すると、山本は、

「MI作戦かい? かまわんよ。自分が立てた作戦とはいえ、御粗末な内容だとおもう」

すると三笠は

「お主は、そう言うがの、向こうのお主はそうせざるを得ない事情というものがあったのであろう。お主もそこは同じ轍を踏まぬようにせねばな」

「ああ」とそっけない返事をする山本

いずもは、

「今から、私達の居た次元で実際に行われた、深海棲艦空母群と日本海軍の空母群の海戦の記録映像を流します」

それを聞いた南雲は、

「空母同士の海戦!」

「はい、事実上、この海戦が私達の次元の日本海軍の“分岐点”ともいえる戦いです」といい、静かに

「海戦名は、ミッドウェイ海戦」

「ミッドウェイ!!」とその名に赤城や大和、長門達も驚いた。

「深海棲艦の本拠地じゃないか!」と長門が言うと、いずもは、

「はい、私達の次元。真珠湾攻撃が成功し、日本と米国を中心とした連合国、そして領有権問題を抱える深海棲艦との三者の戦闘状態となりました」

山本は、

「一歩間違えれば、今の俺たちも同じ状況だった」

「はい、米国との開戦後半年程度は、日本軍は陸に、海に快進撃を続け、占領地域を拡大し、ついに南はソロモン方面、北はアリューシャン列島の一部をその支配下に置きます」

そう言いながら、歴史資料の日本軍の占領地域の地図を表示した。

そこには、オーストラリアへ向け進撃する日本軍の赤い線が伸びていた。

「まずい、それは手を広げ過ぎている」と宇垣が唸った。

「兵站の限界線を越えている」と黒島も呟いた。

いずもは、話を続け、

「開戦緒戦の勝利を受けて、大本営陸海軍部の首脳陣は浮足立ちました。“これは勝てる”と」

山本は、

「多分に勝ちすぎると、こうなる。早期講和は何処へ消えた!」と山本は厳しい口調で言い放った。

まるで自分を叱咤するように。

「大本営陸海軍部は、当初より計画していた米豪遮断作戦を実現するために、オーストラリア領のポートモレスビーを占領する作戦、MO作戦を計画します。陸軍の上陸部隊を、祥鳳を旗艦とした部隊で護衛するというものです」

「どこかで聞いた話に似ているな」と南雲がいうと、

「今回のマ号作戦後のマジュロ侵攻に似ています」赤城が答えた。

いずもは、画面を切り替え

「深海棲艦は、既にこの頃より、日本軍の暗号電文を解読。MO作戦の主目標がポートモレスビーである事を察知します。ソロモン方面の群体に所属する2隻の正規空母群で、上陸部隊を護衛する祥鳳。そしてトラックから鹿島さん率いる五航戦の2隻の空母を迎え撃つ計画を立てます」

と言いながら、アニメーションでその航跡を表示した。

南雲は、

「戦力比なら、此方が有利だ」といったが、いずもは

「しかし、ここで誤算が起きます」といい、トラックからの応援に駆け付けた翔鶴をポインターで指した。

「翔鶴さんの索敵機が、敵空母を発見したとの報を送ります。それを聞いた原司令は、五航戦の攻撃隊を発見した空母へ向わせますが、直後それは誤報で、駆逐艦と油槽船であることが判明します。しかし呼び戻す方法がなく、攻撃隊はその駆逐艦と油槽船を攻撃してしまいます」

南雲は表情を厳しくして、

「加賀が知ったら、また五航戦への風当たりがつよくなりそうだな」

いずもは、

「深海棲艦は、この攻撃から日本軍の動きを推測、近くに空母群がいる事を探知します。そして最初に捕まったのが、上陸部隊を護衛する祥鳳さんです」

「なっ!」と言いながら、画面を凝視する南雲

「祥鳳さんは、深海棲艦の延べ90機近い艦載機の猛攻を受け、撃沈されました」

「なっ! なんですって!」と赤城が席を立った。

「落ち着け! 赤城!」と南雲が制した。

「申し訳ございません。」と言いながら、静かに席へ付いた。

南雲は、静かに、

「艦娘祥鳳は?」と聞いた。

それには、自衛隊司令が、

「残念ながら」と短く答えた。

赤城はもちろん、居合わせた艦娘達の表情が曇った。

いずもは、続けて

「祥鳳さんの撃沈を受けて、別働隊を指揮する井上司令と五航戦の原司令は、敵空母2隻の発見を急ぎます。」

そう言いながら、ディスプレイの海戦アニメーションを動かした。

「そうして、双方の発見はほぼ互角でした。両艦隊間で、初の空母同士の殴り合いとなり、日本海軍は、深海棲艦のヲ級空母1隻を撃沈、そして1隻を大破させました」

「やり返しましたね!」と声に出す赤城

「しかし、此方も翔鶴さんが、深海棲艦の攻撃をうけ大破、炎上する事態となります」

南雲は、小声で、

「翔鶴は、また貧乏くじを引くようだな」と呟いた。

いずもは、

「それ以外にも、大小の艦艇に損害があり、四艦隊の井上司令は、損害が大きすぎるとして、艦隊の撤退を決意、事実上MO作戦は失敗しました」

宇垣は、

「長官、どう思われますか?」と聞くと、

「最初、これを読んだ時は、だらしないと思ったが、落ち着いて考えればこの時の井上君の考えも分からん訳ではない。既に海戦でポートモレスビーへの侵攻は露呈している。そこへ、傷ついた艦隊で上陸部隊を護衛する方がおかしい、一戦交えた時には答えは出ているはずだ」

いずもは、

「長官のご指摘通り、すでに米軍はポートモレスビーの守りを固めていました、陸の米軍、海の深海棲艦。日本海軍は完全に嵌められたという事です」

いずもは、続けて

「この段階で、日本海軍の暗号はほぼその全容が深海棲艦並びに米国の情報機関に解読されていたと推測されます」

宇垣が、

「しかし、ポートモレスビーの米軍、ソロモン方面からの深海棲艦の動きが連動しているように思えるのだが」

それには、自衛隊司令が

「戦史研究では、この時の動きの連動は、両者が日本軍の上陸阻止と空母群の撃退という目的が同じであった為に偶然にも戦術的な動きが一致するという事態を招きます」

司令は落ち着きながら、

「しかし、米国の情報機関は、この海戦で一つの知見を得ます、“深海棲艦は使えると”」

「戦わずして勝つということだな」と山本が言うと、

司令は静かに

「はい。米軍は表向きは深海棲艦とドンパチしながら、本国の情報機関は日本軍の動きを第3国経由で流し、深海棲艦を操り、自国の兵力の温存を図ります」

宇垣が

「しかし、よく深海棲艦がその話に乗ったな」

司令は

「のったというより、騙されたというべきです。第3国を経由した段階で情報源は秘匿されました、おまけに第3国より、資金提供もあり信じるという感じでしょう。お互いの利害関係が一致したという事です」

「表ではドンパチしながら、裏では密使を使い、手を握るか、戦国時代真っ青だな」

と、宇垣が唸った。

「米国としては、自国兵士の損害を最小にして、日本軍を追い込める。おまけに深海棲艦の勢力もそぎ落としていく、多少の資金を流せばそれができると思えば、十二分に元が取れる訳です」

山本の表情が厳しくなった。

「やはり、米国の大統領の思惑は、深海棲艦を使い自国の代理戦争をさせるという事か」

自衛隊司令は、

「現場の思惑とは違うのでしょうが、それが一番議会を説得しやすい。この時期既に、対独戦で精一杯の状態です。太平洋地域は深海棲艦に戦わせ、両者が衰えた所を一気に叩く」

 

山本は

「戦術的敗退を装いながら、戦略的優位にたつ、最後に勝ちを取ればいいという事だな」

「はい」と、自衛隊司令は、静かに答えた。

いずもは、

「この動きに連動して、深海棲艦に大量の資金が流れこみます、その多くはミッドウェイの群体に流れ、急速にその戦力を拡大、近隣の独立群体を吸収し、一大勢力となります」

「その流れに、北のレ級達が乗ったという事なのじゃな」と三笠が聞くと、

「はい」といずもは、静かに答えた。

そして、

「この後、大本営陸海軍部では、長期戦に備え、戦力の温存を図ろうとしますが、すでに陸の米軍、海の深海棲艦は反転攻勢へ出る準備を整えつつありました」

いすもは、一呼吸おいて、

「そのような中、連合艦隊司令長官は、早期講和に向けた最後の一手を打ってでます」

「それが、ミッドウェイ攻略作戦じゃよ」と三笠が静かに、重く声に出した。

室内にいた者達が息を飲んだ。

山本は

「幾ら、勝負師の俺でも、無謀だな」

自衛隊司令が、

「長官、既にその時には、それ以外の選択肢がない状態でした。このまま戦線を押し込まれるか、それとも深海棲艦を殴りつけ交渉のテーブル上へ座らせるかという状況です」

いずもは、

「前者の場合は、間違えれば国家の崩壊です。後者は勝利こそありませんが、破滅は免れます、彼方の次元の山本長官は、破滅よりは、みっともなくても、生き残る道を選びました」

いすもは、続けて

「これが、その作戦の概要です」といい、壁面ディスプレイを別の画面に切り替え、

「進攻部隊は大きく2つに分かれています。赤城さんを中心に、一航戦、二航戦の空母4隻、榛名、霧島さんを中心に護衛を組み、ミッドウェイ島への航空攻撃を仕掛けようとしていました」

いずもは、表示された概要図を少し縮小表示して、

「その後方に旗艦大和を中心としたミッドウェイ攻略部隊が続いています」

そこには旗艦大和を中心に陸軍支隊2000名を乗せた輸送船団を護衛する形で、攻略部隊が続いていた。

赤城は、

「五航戦の皆さんは?」

「はい、先の珊瑚海での損傷と搭乗員妖精の補充が間に合わず、参加できませんでした」

 

南雲が、表示された日本海軍の戦力表を見て、

「戦力的には、此方が有利に思えるが」といった。

「はい、確かに。この段階では、ミッドウェイ近海にいるのは、戦艦群と空母が2隻という情報でした。」

いずもは、そう言うと画面に深海棲艦側の艦艇の位置を表示した。

「当初、日本海軍の軍令部と連合艦隊は珊瑚海での戦闘で、この海域の空母は2隻のみと推測していました。」

南雲は、

「珊瑚海で損傷した空母をこのミッドウェイ近海まで曳航してくるだけでも一苦労ある。近くの群体で修理する方が理に適う」

いずもは、

「じつは、そこに大きな誤算がありました」

「誤算だと?」と南雲が言うと

「この時、ミッドウェイの群体には米国の裏ルートから大量の資金と資材が流れ込んでいました。ミッドウェイの首脳部は、損傷したヲ級空母をミッドウェイの工廠まで曳航し、僅か3週間で修復、戦線復帰させただけなく、第3国経由で購入した小型空母3隻に、主を憑依させ、配属させました」

そう言うと、新しい戦力表を表示した。

「これは!」と唸る南雲

「こちらの倍はあります!」と赤城も唸った。

そこには、正規空母3隻、小型空母3隻

ミッドウェイの陸上基地には、100機近い航空機、そして

「B-17だと! それも12機!」と南雲は叫んだ

 

いずもは、

「海軍軍令部も、連合艦隊司令部も、作戦を急ぐあまり、事前の情報収集に齟齬があり、最新の敵情を理解していませんでした。この時ミッドウェイは島の形が変わるほど拡張され、第二の真珠湾と言われるほどまで拡張していました」

大和が、

「港湾棲姫、集積地棲姫級の姫がいれば、それもあり得ます」

山本は

「まあ、奴らは緒戦の勝利に現を抜かしていた俺たちに反抗すべく、確実に準備を進めて、じっと待ち構えていたという事だ」

 

いずもは、

「では、ここからは時系列で海戦の様子を表示します」というと、タブレットを操作して、ディスプレイ上に海戦の様子を表示した。

 

そこには、赤城と加賀を飛び立ったミッドウェイ島攻撃隊が、ミッドウェイ島から飛び立った要撃機に行く手を阻まれ殲滅される様子が映し出された。

表情を青くする赤城

次に、ヲ級空母の索敵に接敵されヲ級、ヌ級から発艦した艦載機群が先行する一航戦に襲いかかった。

いずもは、

「この時 赤城艦内は、混乱状態となります。ミッドウェイ攻撃隊より追加の攻撃支援要請、ヲ級空母群の接敵が重なり、幹部はミッドウェイ島の第二次攻撃を進言する者、ヲ級空母群を叩く事を進言する者で意見が分かれます」

いずもは、続いて

「艦内は、ミッドウェイ島の二次攻撃に向け、艦攻、艦爆共に陸用爆弾を抱えて待機していました、戦闘機隊は直掩の為上空で待機、燃料が心配な状態です」

南雲は、

「多分俺の事だ、決断できずに暫し考えていた筈だ」

いずもは、

「はい。しかし、南雲司令は、最終的には、直掩機を収容しながら、その間に艦攻、艦爆隊を対艦攻撃仕様へ変更し、先にヲ級空母群を叩く事を決断します」

赤城は

「そんな! 無茶です! 兵装を換装しながら、戦闘機隊の収容など!」

いずもは、静かに

「事態は、その無茶をしなければ、ならない状態に追い込まれたという事です」

テーブルに肘をつき、頭を抱える南雲

顔面蒼白でディスプレイを凝視する赤城

そこには、一航戦に迫る敵航空機群が映っていた。

「混乱を生じていたのは、赤城さんだけではなく、並走する加賀さん、その後ろにいた蒼龍さんも同様の状況です。唯一、少し離れた所にいた飛龍の山口司令は最初から、防空隊を整え、艦隊攻撃の準備をしていました」

「そうなのか」と顔を上げながら南雲が聞くと、

「あの方は、そういう所は、腹をくくる方です」

といずもは言いながら、

「山口司令は、手薄になった艦隊の上空へ手持ちの制空戦闘機隊を全て上げますが、多勢に無勢。次第に制空権が奪われ、ついに艦隊の上空へ艦爆隊の侵入を許します」

画像は、赤城に襲いかかるドーントレス隊のCGへ切り替わった。

甲板上に数発の艦艇用爆弾が命中した。

艦内で爆発が起こる!

「赤城さんは、この時、攻撃隊の換装作業の為 大量の魚雷や爆弾が無造作に散乱している状態でした。艦内で発生した火災はこの爆弾類の誘爆を招き、急速に被害が拡大します」

赤城は、何かを言おうとしたが、口がパクパク動くだけで声が出なかった。

突然、末席にいた金剛が、

「榛名達は何をしていたのデス! 霧島も!」と叫んだ。

「金剛さん、この時、艦隊は極度の混乱状態でした、接敵情報が無線封鎖の為、他の艦へ伝達されず、榛名さん達はいきなり対空戦闘をする羽目になります。本来の艦隊旗艦である赤城さんは、兵装換装の混乱で身動きでいない状況でした」

「ソレでも!」と金剛

しかし、それには、三笠が

「金剛、それでも彼方の榛名達は精一杯やったのじゃ、責めるでない」

静かに席に着く金剛

 

いずもは、ディスプレイに映るアニメーションを動かしながら、

「赤城さんに続いて、加賀さん、蒼龍さんが被弾、炎上します。この段階で、深海棲艦は攻撃目標を空母へ集中させてきます」

 

じっとディスプレイを睨む南雲

「この後、各艦とも損害多数となり、加賀さん、蒼龍さんは沈没、辛うじて赤城さんは浮いていましたが、曳航不能と判断され、自沈」

「うっ!」といい、顔を机に沈める赤城

そっと無言で赤城の頭を撫でる、南雲

いずもは画面を進め、

「唯一、少し離れた所にいた飛龍さんと山口司令は、残存機を集め、最後の攻撃を行います。ヲ級空母群の最後尾を攻撃させます!」

そこには、唯一残った飛龍が数隻の駆逐艦を従え、敵空母群へ最後の攻撃隊を発艦させる画面が映し出された。

赤城は顔を上げ、声を振り絞って

「山口司令! 飛龍さん!」

いずもは

「この攻撃は敵の意表を突き、敵ヲ級を一隻撃破する事ができましたが、敵の電探により飛来方向が露呈し、飛龍さんは、敵機の猛攻を受け、健闘むなしく」といい、画面上で飛龍が撃沈された事を表示した。

いずもは、静かに

「ここに、日本海軍の空母機動部隊は事実上、壊滅し、以後進攻部隊は制空権を喪失し、防戦一方となり、退却する事になります」と締めくくった。

 

ダン!

 

机を叩く音が士官室に響いた!

 

「全ては俺の決断力の無さが招いた失策という事か!」と南雲が唸った。

 

そんな南雲を見ながら、山本は

「南雲君、それは違うな。そういう意味で言えば、俺たち全てに責任がある」

黒島が、

「そうです、南雲司令。作戦立案をした自分達は敵性情報の確認を怠り、立案の基本を守りませんでした」

宇垣も、

「本来、強力な防空力を持つ大和は、陸軍のおもりで後方二〇〇海里も離れていた。これでは、本来の大和達の意味がない」

頷く大和に長門

山本は、

「先行した君たちに島の攻撃と、敵機動部隊の殲滅という二面する命令を出した。俺の責任でもある」

 

南雲は、この時山本のある言葉を思い出した。

 

“うちの南雲達は、あれこれこなせるほど器用じゃない“

 

そうだ、あの会議の時、強行にマジュロ侵攻を唱える大本営参謀達に長官はこう言った。

では、長官達は、この別世界の海戦の事を知って、それを危惧したのだ!

ようやく南雲は、長官達連合艦隊首脳部が、何故マ号作戦に今まで以上に慎重に臨んでいるかを理解した。

“この一戦は、一筋縄ではいかぬ!”

そう直感した。

 

いずもは、赤城の顔を見て

「赤城さん、質問を戻します。艦隊防空指揮は現在、個艦防空が中心で組織的な防空指揮は行われていないという事ですね」

「はい」

「この海戦の敗因の一つに、日本海軍の艦隊防空指揮能力の不足というのがあります」

「防空指揮能力の不足?」と南雲が聞くと、

「これをご覧ください」と言うと、いずもは、画面を切り替え、一隻の空母を中心とした、輪形陣を表示した。

「これは、先程もお見せしました米海軍並び深海棲艦で採用されている空母防空陣ですが、日本海軍の輪形陣と比較して見た目は大差ありません、どちらかというとやや、個艦の間隔が広いと言うことです」

じっと配置図を見ていた赤城が

「あの、あの艦隊四方にやや離れて配置されている駆逐艦はもしかして?」

するといずもは、

「これが、日本海軍との最大の差である、先程お話したレーダーピケット艦です」といい画面を拡大した。

そこには、マスト上に大型の電探を装備した駆逐艦が表示された。

「深海棲艦は、このレーダーピケット艦を多数艦隊の外周に配備し、艦隊に接近する敵航空機を早期に発見、艦隊旗艦である空母または防空指揮艦へ通知します」

「防空指揮艦?」

「はい、南雲司令。防空戦闘に特化した艦です、我が方の秋月型を発展させた艦だとお考えください。」

 

宇垣が

「噂に聞く、防空棲姫か?」

「宇垣参謀長。今回はそこまでの強者は出てきてはいないと思います」と黒島がいうと、

「その根拠は?」と山本が聞いた。

それには、黒島は、

「今回の深海棲艦の艦隊の旗艦はル級flagshipである事が事前偵察で確認されています。姫級の艦が、イロハ級の指揮下に入る事は稀です」

しかし、自衛隊司令は、

「確かにセオリー通りなら、そうですが、長官のご指摘の通り、万が一という事もある、ここは慎重に偵察をする必要があると思いますが」

山本は、

「そうだな、いずも君、頼めるかな?」

「はい」といずもは返事をして、

「この防空指揮艦は、対空戦闘だけでなく、各空母から発艦した要撃機の電探誘導を担当します。」

「要撃誘導ですか!」と赤城が聞くと、

「はい」といい、画面のアニメーションを動かした。

そこには、外周部から侵入しようとする、攻撃隊を、迎撃の為誘導する防空指揮艦が映し出された。

「この電探装備の駆逐艦を外周部へ配置します、この米国製の電探は、自艦を中心とした360度を検走できる形式の物です、現在日本軍が一部に配備している13号や21号とは違い、常時360度を索敵できますので、索敵範囲にムラがありません」

画面上のアニメーションに、索敵範囲のレーダーレンジが表示された。

 

唸る南雲

「この様に、我が方の攻撃隊は、遥か遠方で敵航空機の要撃を受けます。複数、波状的に接近した場合でも、哨戒ラインに待機するピケット艦に探知され、即防空指揮艦より要撃指示がなされます」

「これは」と南雲の表情が一段と厳しくなった。

「これでは、我が方の航空隊は接近できません」と赤城が答えた。

 

「運よく、この電探探知網を突破できたとしても、その段階で攻撃隊は、かなりの損害を出しています」

いずもは、続けて、

「外周部で、要撃管制された迎撃戦闘機隊に要撃され、行く手を阻まれます。仮にこの戦闘機隊を躱したとしてもその後は、艦砲、そして対空機銃による濃密な弾幕射撃がまっています。これも飛来方向が電探により露呈していますので、かなりの確率で撃墜されてしまいます」

 

「やはり、無傷では近づけぬか」

「はい、三笠様。私達の様な、有効な対処手段をもっていないと厳しいかと」

「対処手段!」と南雲

「はい、チャフと呼ばれる電波欺瞞紙、まあ小さなアルミ箔の塊です、これを空中に散布すると、電探波が乱反射して、実像が判別できなくなります」

「いずもさん、でもそれは相手にこちらの動きが探知されているという事ですか」

「はい、しかし、電探波をかき乱す事で、正確な探知は出来なくなります」

「その隙をついて、突入するか!」と南雲

「はい、それ以外には電波妨害という手がありますが、これは大型の航空機、例えば大艇辺りに装置を積む事なりますので、少し厳しいかと」

南雲は、

「いずもさん。チャフというその欺瞞紙だけでも、なんとかならんか?」

いずもは少し考え、

「艦爆を1機、チャフボマー化して、回廊を開くという手がありますが、戻り次第なんとかしてみましょう」

いずもは、続けて、

「このチャフを有効的に使うには、敵の電探波の周波数特性を調べる必要がありますが、そこは、私達の方でご用意します。まずは防空戦をきちんと戦い抜いてください」

「ありがとうございます」とぱっと表情を明るくした赤城

 

自衛隊司令は、そっといずもに

「おい、大丈夫か? 安請け合いして」

いずもは、タブレットを操作しながら、

「以前、あかしがこんなものをよこしたわ」といい、一枚のリストを表示した。

そこには、各種の兵器のリストが並んでいた。

その中に、簡易式チャフ散布機というのがあった。

「現行の兵器体系に合せて、直ぐに実用化できる物を列記したリストよ。あなたのサインがあれば、開発、実装できるそうよ」

じっと、リストを見る司令。

いずもは、リストの一部を指差して、

「これなんか、陽炎さんの改修にどさくさに紛れて積んであるわ」

その機材の名前を見て、渋い顔をする司令、海面に立つ円形の水柱を想像しながら、

「カ級達の墓標がいくつあっても足らんぞ」と唸った。

 

いずもは、赤城を見直し

「赤城さん、現行の日本海軍の防空戦は、個艦防空が主体です。これを今直ぐどうこうする訳にはゆきません。装備も訓練もマ号作戦には間に合わない」

「では、やはり敵機の侵入を許す事に」

「はい、かなりの確率で侵入されるとみて間違いありません」

いずもは、

「電探情報については、私の艦載機が逐一ご連絡しますが、現行のままでは組織的な防空指揮は望めません」

「誰かに音頭を取らせて防空指揮をしろという事だな、いずもさん」

「はい、南雲司令」

南雲は、暫し考え

「利根と筑摩に仕切らせよう。」

「司令!」と赤城

「お前達、空母艦娘は、艦載機運用に専念しろ。利根を一航戦、筑摩を二航戦へ付けて、補佐に照月、初月をつけ、7駆は一航戦、10駆は二航戦へ付ける」

「いずもさん、この案に何か意見は?」

と南雲が聞くと、いずもは、

「現行では、それが最良かと」

そう言うと、赤城をみて

「赤城さん、これは心してください。けっして全員で同じ方向を向くなと!」

「いずもさん、どういう事です?」

「個艦防空の場合、見つけた敵機に対し、全力で対空射撃をします。しかし、その敵機を全員で追いかける必要はありません。防空指揮艦がしっかりと誰が対応するか指示してください」

「いずもさん、実際その様な事が可能なのですか?」

すると、由良がそっと手を上げ、

「あの、赤城さん。パラオ艦隊では、秋月ちゃんが防空指揮艦をしています」

「秋月か!」と南雲が聞くと、

「はい、南雲司令の御厚意で譲っていただいた秋月は、自衛隊艦隊のきりしまさんの指導の下、パラオ艦隊の防空指揮艦として十二分にその能力を発揮しております」

とパラオ泊地提督が答えた。

いずもは、

「これを、ご覧ください」といい、画面にあるアニメーション映像を呼び出した。

「これは、先のパラオ防空戦における、泊地正面海域に侵入した深海棲艦の艦載機群の撃退戦です」

そこには、パラオを襲撃しようとしたヲ級艦載機群を効率的に迎撃した鳳翔、瑞鳳の零戦隊。そして泊地の前方へ布陣し、対空艦砲にて敵機を撃墜するパラオ艦隊、そして泊地内部で待機した鳳翔、瑞鳳が新型対空砲弾や携SAMで敵機を撃墜するシーンが映し出された。

鳳翔が、対空指揮の為、指揮棒で目標を指示するシーンを見た赤城は

「凄い、鳳翔さん!」と目を煌めかせながらその姿をじっと見た。

「相変わらず、闘志は衰えずか」と南雲も唸った。

いずもは、

「この泊地前面での防空戦では、侵入してきた敵機情報を我々が提供。その情報を元に秋月さんが、要撃指示を各艦へ伝達。効率的な迎撃に成功しました」

すると、南雲は、

「要撃指示は、旗艦の由良ではないのか?」と言うと

由良は、

「はい、私の処理能力では、各要撃指示は難しい所がありますので、私は艦隊行動の指揮をとりました」

「餅は餅屋という事か」と南雲は言うと、

「はい、各艦の個別の能力は大変素晴らしい物です。しかし、その能力を最大に発揮するには、権限を与える必要があります」

「司令、権限とは?」と南雲が聞くと、

「その事を、判断できる者が適切に判断し実行する権利です。指揮官とは、全てを指示する訳には行きません。その任に最適な艦娘を選任し、指揮権を与える。そしてその結果に責任を持つのが、司令の職務であると考えています」

 

南雲は、じっと司令を見て

「君は、余程秘書艦のいずもさんを信頼していると、みえる」

すると、自衛隊司令は、

「南雲司令。いずもは、“秘書艦”ではなく、“副司令”です。自分を補佐するだけはなく、自分と同等の指揮権を有します。自分は、作戦中は殆ど前線へ立つ事はありません。後方の司令部で戦況把握に努めます。いずもには、作戦の成功目標を伝達しておけば、後はいずもが、最適な艦娘を選び、編成し、行動します」

「そうなのか? 指揮官先頭ではないのか!」と南雲は言うと、

自衛隊司令は、

「自分は、ドンパチが苦手です。拳銃一つ扱うのも苦手ですので、」と苦笑いしながら答えたが、それには、山本が、

「だが、彼のパラオ防空戦の采配は見事だったよ、完全に深海棲艦の艦隊を手玉にとり、相手の艦隊はほぼ壊滅、此方の損害は、軽微だ。もし公表できるなら“日本海海戦の再来”と言われただろう、いやそれ以上に重要なのは、あの防空戦が、このマ号作戦に及ぼす影響は計り知れない。奴らは完全にあの防空戦以降、動きを止め、此方の動きを探り始めた、それにより、此方は準備に十分な時間稼ぎができた」

宇垣が、

「それだけでなく、奴らは此方の情報を集めようとあの手この手を使いだしたようです、横須賀から在日米機関の動きが活発化しているとの報告です、米国はこのマ号作戦の動きを探ろうとしています。その情報は多分、第3国経由で売られて奴らに渡るでしょう」

三笠が、

「そこが、姉上たちのねらい目という事かの」

「多分ですな」と宇垣が答えた。

山本は、

「南雲君、この自衛隊司令は、そういう先を見る漢だよ」

じっと自衛隊司令を見る南雲

 

“確かに、長官の言われる通りかもしれん。器が俺たちとは少し違う”と感じた。

 

自衛隊司令は、横に座るいずもを見て

「いずも。資料を」と言うと、いずもは持参した鞄から、分厚い書類と、一冊の黒革の本を取り出した。

いずもは、そっと分厚い書類を南雲司令の前に差し出し、

「これは、私達のいた次元で、大東亜戦争と呼ばれた対米、対深海凄艦戦に於ける、海戦の戦史資料です。特に空母戦についてまとめてあります。ご参考にしてください」

南雲は、そっと分厚い書類を手に取りながら、

「貰っていいのかね」と聞くと、

「はい」と静かに答えるいずも。

 

そしていずもは、赤城へ向い、一冊の黒革の本を差し出した。

それを受け取りながら、赤城は

「これは?」

「この本は、ある方から、赤城さんへの贈り物です」

「私に、贈り物?」と言いながら、受け取った本の最初の一ページ目をそっと開いた。

それは、本ではなく、分厚い日記帳であった。

最初の一ページにはこう書かれていた。

 

 

“この記録は、私が空母として生まれ、そして研鑽し、望まぬ戦いの中、明日を見つめて生きて来た記録です。これを後世の艦娘へ伝える事が、私の使命であると考え、この随筆をまとめました。この戦訓を、後世の艦娘の皆さんが血肉として活かしてくれる事を切に願います。”

 

と書かれ、最後に、

 

“元日本帝国海軍 第一航空艦隊、第一航空戦隊 旗艦 赤城”としっかりした自筆の署名が入っていた。

 

 

 

その字を見て、言葉を失う赤城

そこには、間違いなく、自分の筆記で書かれた、空母赤城の戦史があった。

いずもは、そっと、

「この随筆は、赤城教官が、私の艦の自衛隊旗寄与式の際に、“空母艦娘の心得”として贈って頂いた、世界に一冊しかない空母赤城の航海日誌をまとめたものです」

赤城は、

「よろしいのですか! その様な物!」

「はい」と静かに答えるいずも。

続けて

「多分、赤城教官は私達が、此方へ飛ばされてくる事をご存知だったと思います。その随筆は、赤城教官から、あなたへ渡して欲しいと私に託された物だと考えています」

それを聞いた赤城はそっと、黒革の本を抱きしめて、

「感じます。もう一人の私を」と小さく呟いた。

 

三笠は、

「のう赤城よ、その想いに答えるなら、そなたは必ず最後まで生き残り、この事を後世に伝えねばならぬ、よいな」

「はい、」と赤城は涙声で答えた。

 

南雲は

「済まない、この様な貴重な物まで」

すると、いずもは、

「いえ、私の使命の一つは、これで達成されました」と静かに答えた。

 

三笠は、内心

“彼方の世界の姉上たちは、そこまで見ておったのか! これで南雲も赤城も自衛隊を認める。 この戦の行く末、世界が変わる”と唸った

 

その後、時間いっぱいまで、自衛隊司令を含めて、作戦の打ち合わせをした後、お昼前に、トラックを立つ為、パラオ泊地提督達は戦艦三笠を後にする事になった。

大艇係留地へ向う連絡艇がくるまでのあいだ、舷門で、挨拶や雑談をするパラオ泊地提督達をよそに、南雲は、自衛隊司令に声を掛けた。

二人揃って、三笠の艦首方向へ向う。

それを見た赤城は、南雲の後を追おうとしたが、いずもにそっと袖口を掴まれ、

「お二人だけで、お話したいのでしょう」と止められた。

 

南雲は、自衛隊司令を連れ、三笠の艦首主砲の前に来た。

「近くで見たのは、初めてだが、意外とごついな」と南雲が言うと、自衛隊司令は

「はい、砲塔内部は完全に自動、無人化され、装薬から発射、排莢まで全自動です。砲自体の回頭速度も今までの砲とは桁違いです」

 

南雲は以前、赤城が

“自衛隊相手に勝てる気がしない”といった事を思い出した。

「その通りだな」と小声でつぶやいた

 

南雲は

「今日は、色々とありがとう」と素直に言うと、自衛隊司令は、

「いえ」と短く答えた

 

南雲は、暫し遠くを見つめ、そして、静かに

「司令、もう一人の俺は軍人として、最後は恥ずかしくないものだったかね?」

自衛隊司令は、少し無言でじっと南雲を見たあと、

「1944年 中部太平洋方面艦隊司令長官としてサイパン島へ赴任後、サイパン島を攻略にきた深海凄艦との戦闘の後」

と言葉を閉ざした

 

南雲は、

「責任を取って自決したか」

 

自衛隊司令は、静かに重く

「はい」とだけ答えた

 

南雲は、じっと遠くを見ながら、

「俺は、最後は、海の上か、鎌倉の家の畳の上と思っていたがな」

自衛隊司令は、

「では、鎌倉のご自宅でお願いします」

 

南雲は、振り返り、そっと自衛隊司令の肩を右手で叩き、

「そうだな、せっかく時を超えて、君たちの助言を受けたんだ、最後まで生き残り、恩給生活といこうか」

そう笑いながら言うと、南雲は、しっかりとした足取りで、舷門へ向った。

後を追う自衛隊司令

二人には、それで十分であった。

 

その後、舷門で、山本達の見送りを受けたパラオ泊地提督達は、連絡艇に乗り、大艇係留海域で停泊中のパラオ大艇航空隊1番機へと向った。

連絡艇はゆっくりと二式大艇へ接弦すると、提督達は二式大艇へ乗り移った。

そこは、疲れ切った表情の大艇の機長が待っていた。

機長を見た泊地提督は、

「だいぶ、お疲れのようだが、大丈夫か?」

すると、機長は

「はあ、殆ど拉致状態でした」とほとほと困った声で答えた。

 

それも、その筈だ。

秋津洲の指揮で、大艇整備場へ陸揚げされたこの二式大艇改は、まず、あちらこちらと写真撮影された。乗員も秋津洲や他の大艇乗員妖精から質問攻めにあったが、これでは乗員妖精の休養が出来ないと判断した機長が、

「質問は自分が答えますので、乗員は休養を」という事で、他の乗員は秋津洲の手配で宿舎へ向い、機長だけが取り残された。

秋津洲は、興奮気味に、

「これは、大艇ちゃん改なんて物じゃないかも! 新造機かも~!」と言いながら

あれこれと機長を連れて聞いて回った。

夜が更け、周りが暗くなると、投光器を持ち出し、遂には明石配下の工廠妖精まで呼び寄せ、消波機構、エンジン回りや防水加工などを詳しく調べた

機長は、分解されそうな勢いを何とか食い止めた!

 

結局、大艇改の身体検査は明け方まで続き、ようやく早朝に開放された。

満足そうな秋津洲は、

「この結果は、直ぐに川西さんに送って、他の大艇ちゃんも改修してもらう。かも~!」と徹夜明けのハイテンションで叫んでいた!

それを聞いた機長は青ざめた!

「この改修は、川西じゃできんですよ! あかしさんの負担が!」と頭を抱えた。

そんなドタバタを演じていた。

 

泊地提督達は何となくその風景を思い描きながら、

「済まんかったな。俺達だけゆっくりさせてもらって」

機長は、

「自分は大丈夫です、まあトラックの連中は、いい刺激になったみたいですし」

「そうなのか?」と提督が聞くと、

「ええ、対潜に特化した機体という事で、かなり」とニンマリと機長は笑った

「それは、大変だな」と提督は答えた。

多分、秋津洲の事だ、川西で改修できないと知ったら必ずパラオへ押しかけてくる。

「これは、本気で、工廠機能の大幅強化を考えないといかんな」と思いながら

“横須賀の言っていた、工廠責任者の着任を急がなくては。しかし、本当にパラオまで来れるのか?”と別の心配をした。

 

提督達は、来た時と同じ席に座り、離水の準備を待った。

機体のドアが閉まり、連絡艇が離れた。

操縦席から、離水に向けた点検の掛け声が聞こえる。

「後部、準備よし!」と最後部の妖精兵員が声を掛けた、すると、次々と

「機銃妖精、銃座固定確認、準備よし!」

「対潜妖精用意よし、いつでも!」

と次々と声が掛かる。

機長は、座席に座る提督へ

「よろしいでしょうか?」と声を掛けた。

「おう、頼む」と答えた。

すると、機長は、

「あの、離水はあれを使いたいのですが?」

提督は、

「ばれたのか?」

「はあ、フラップについた排気痕をみて、これは?と」困り顔の機長

泊地提督は、後席の自衛隊司令をみて、

「そういうことだが、いいかな?」と声を掛けた。

自衛隊司令は、

「まあ、構わないでしょう。いずれは日本のお家芸となる技術ですから」

 

それを聞いた提督は、

「そういう事だ、ここは決めてくれ!」

それを聞いた、機長は、顔を明るくして、

「はい」と力強く答えた。

操縦席へ向い、

「操縦士! 短距離離水だ! 機関士、APU起動!」

それを聞いた、操縦席の側面に座る機関士は、即座に操作盤のレバーを引いた。

すると、機体の右上面の小さなハッチが開いたと当時に、ヒィィィンという独特な起動音を響かせ、APU(補助動力装置)が起動した

「機内電力、安定しました! 一番より起動します!」と機関士妖精が叫んだ。

小型ガスタービンエンジンのAPUが生み出す、電力は大型の火星エンジンを始動する為に電力供給を開始した。

 

二式大艇を対潜哨戒機として改修する際、一番に問題となったのが、電力不足であった。

装備する機首レーダー、MADなどの多彩な対潜機材を動かす為には、火星エンジンの発電だけでは、到底まかなえない。

そこであかしたちは、小型の補助発電用のガスタービンエンジンを機体に装備し、電力不足を一気に解決したのだ

 

右翼の一番エンジンより、次々と起動されていく。

四基の火星エンジンが順次始動される。

機体は、水上機滑走区域に隣接する待機区域をゆっくりと進む。

これが、地上機なら、駐機エリアで、エンジンの暖気運転が可能であるが、水面に浮かぶ大艇改は、止まる事が出来ない、即ち、ブレーキがないのだ!

ジワリと前進しながら、グルグルと待機区域を回りながらエンジンの暖気運転を行った。

機内では、その間も離水に向けて準備が進んだ

機関士妖精は、慎重に計器を読み取り

「発動機、全機。油温、油圧。定格に達しました!」と大きな声で報告した、

それを聞いた、副飛行士は

「飛行士、離水許可とります」と告げ、手元のマイクを握り

「三笠航空管制! 此方パラオ大艇1号。離水準備よし」と無線で告げた。

即座に、

「パラオ大艇1号、三笠航空管制。離水よろし。 風180度より2ノット、気圧29.88 離水後は進路240にて、高度2000を保持、識別符2401を設定、復唱せよ」

副飛行士は、それを復唱しながら、気圧高度計のノブを回しながら地上気圧を設定。

計器盤に設置された真新しいトランスポンダーにコード2401をセットし、作動のボタンを押した。

 

全ての準備が終わり、ゆっくりと水上機滑走区域へ進む大艇改

通信員が、上部ハッチから身を乗り出し、周囲を警戒すると同時に、滑走区域外で待機する警戒船へ、発光信号で離水の合図を行った。

飛行士は、副飛行士が読み上げる離水前の点検項目を次々と確認していく。

「フラップ、離水位置!」と副飛行士は言うと、飛行士はレバーを操作してフラップを降ろした

それを見た、機関士妖精は、

「機長! BLC起動します!」

というと、別のレバーを操作した。

APUで作られた、圧縮空気が、機内のダクトを通じて、フラップの上面や補助翼、昇降舵、方向舵へ設置された吹き出し口へ流れ込んだ!

 

離水位置へ着いた大艇改

機長が、

「離水する!」というと、機関士妖精はゆっくりと火星エンジンの出力を揃えながら、出力を上げた。

船底を叩く、波の衝撃がダン! ダン!と小刻みに伝わる。

波に打たれ小刻みに変わる機首方位を、操縦士妖精は巧な舵捌きで抑え込む!

「BLC効いている!」

そう、呟く飛行士妖精

 

BLC(境界層制御)と呼ばれる動力式高揚力装置

圧縮した空気をフラップや動翼の上面の形状に沿うように噴出させる事でより、高い揚力を得る、舵も同様に低速時に効きがよくなり、操縦性が良くなる。

戦後開発された技術で、戦後初の国産水上機PS-1より採用された日本独自の技術だ。

あかし達は、大艇改を製作するにあたり、分解した大艇の各部へ配管を通して、このBLC機構を装備したのだ。

加速する大艇改。

そして、数百メートル滑走したかと思うと、まるで、吊り上げられたように、軽々と海面を蹴り、離水した!

 

「うそ~!」と驚きの声を上げたのは、滑走区域外周にいた警戒船にのる秋津洲とトラック泊地の大艇妖精達!

息を飲んだ!

滑走を開始したかと思うと、一気に加速した、

「速い!」と唸る大艇妖精達

自分達の乗る大艇とは比べ物にならない加速をする大艇改!

「同じ機体か!」と叫んだ!

機体の防水加工と、オーバーホールされた火星エンジンの出力強化で、スムーズに加速する大艇改。

普段なら、船底に波があたり、機首方位がなかなか定まらず蛇行するが、この大艇改は、真っ直ぐに滑走する。

「方向舵が効いている! この低速で!」

 

そういううちに、加速した大艇改は、秋津洲達が乗る警戒船の前で、軽々と離水した

それも、普段の半分程度の速度である!

「えっ! もう足が離れた!」

目を白黒さえながら、離水する大艇改を見守る秋津洲達

 

グングンと高度をとり、大きく右に旋回しながら、一路パラオを目指す大艇改!

ぽかんとしながら、目の前で離水した大艇改を目で追いながら秋津洲は

「ああ! 大艇改ちゃんが!」と名残惜しそうにその機影を追った

 

離水し、高度を取るパラオ大艇改を見送った三笠は、横で、同じ様に見送る山本へ

「では、儂らはもう一仕事といこうかの」

すると、山本は、

「記者相手に、リップサービスは得意じゃないがな」というと、

「次官時代は、米内より、そちの会見の方が人気があったそうじゃの」と笑いながら、三笠達は、次の仕事である内地から来た記者達との会談の為。戦艦大和へ向った。

 

 

そこには、ある意味、今後の行く末を決める会見の場があった。

 

トラック泊地の長い一日は、まだ終わらなかった。

 

 

 





こんにちは
スカルルーキーです。

まず、残暑お見舞い申し上げます。
もう8月も終ろうかというのに、私の住む九州では連日猛暑が続けておりますが、聞けば、関東より北では冷夏とか!

本当に日本は縦に長いという事を実感いたします

さて、今月、頑張りましたが、一話しか投稿できませんでした。
本当に申し訳ございません。
毎回、色々な方からご支援を頂いておりますが、今月は少しリアルが多忙でいした。
次回は、もう少し頑張ります

では、また次回まで


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