分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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南洋の穏やか気流を、その翼に受け、飛翔する一機の大艇
束の間の和やかな時間が流れていた。
しかし、その行く先では、事態は少し変化して来ていた。



43 マーシャル諸島解放作戦 序章1

 

南洋特有の日差しを受け、その2式大艇改はゆっくりとトラック諸島、夏島へ向い、順調に飛行を続けていた。

本来なら、護衛に零戦の数機でもつける所であるが、事前の偵察で周囲に脅威目標がない事やE-2Jによるレーダー監視を継続している事などを考慮し、護衛の零戦はつけなかった。

今回の訪問は、極秘扱いである。

零戦の護衛を付ければ、彼らは夏島の飛行場へ降りる事になる。そうなればパラオ提督や自衛隊司令がトラックへ来た事が露呈する危険性があった。

 

機体中央の兵員待機席では、パラオ泊地提督と旗艦由良、その後方の席では、自衛隊司令といずもが着席して、しばし空の旅を楽しんでいた。

前方の席に座る泊地提督

その横では、提督の肩に身を預け、深い眠りにつく由良

 

パラオを離水後、暫く書類などに目を通していた二人であったが、大艇の妖精飛行士から、

「お昼には少し早いですが、機内食です」と、小さな包みを二つ渡された。

それを受け取り包みを開くと 少し大きめのおにぎりが二つ、大根の漬物の入ったお弁当であった。

鳳翔の手作りお弁当である。

由良は、ひじ掛けに装備された、折り畳み式のテーブルを出すと、持参した水筒から、冷たいお茶を入れて、提督へ

「提督さん、どうぞ」と差し出した。

「ありがとう」と言いながらそれを受け取る提督。

提督は鳳翔の作ったおにぎりを一つ取り、口元へ運ぶ

しっかりと握られているが、固くもなく、柔らかすぎず、接妙な握り加減である。

「おっ、梅だな」とおにぎりの中の具材をいうと、由良は

「こちらは、ツナですよ」と由良も別のおにぎりを食べながら答えた。

おにぎりは、質素な食べ物だが、奥が深い。

熱々のご飯に、塩をほんの少しまぶした手で握る。

勢いに任せて握れば、米粒がつぶれ食感が悪い。

逆に弱いと、米粒がばらけてしまい、ぱさぱさ感がでる。

正に、手加減一つで味が決まる。奥が深い調理である。

由良は、

「この握り加減は流石 鳳翔さんですね」

「ああ、美味い」といい、おにぎりを頬張る泊地提督

 

鳳翔は、どんなに数があっても必ず手でおにぎりを握る。

戦闘糧食などで、大量に必要な時は、本来なら型押しする方が、効率よくできる。

しかし、それはおにぎりという食べ物ではなくて、ご飯の塊となってしまう。

 

泊地提督は、おにぎりを食べながら、思考を巡らせた。

自衛隊が来てから、食材に関する進歩は著しいものがあった。

元々 艦娘寮の食堂は鳳翔と、瑞鳳が手分けしていたが、今は自衛隊の司令部が泊地に併設される形であり、その隊員妖精への食事の提供という事で、各護衛艦の食堂妖精隊員が配置されて、対応してくれている。

それに、あかしさんやいずもさんに搭載されていた保冷車を降ろして、食堂に併設させる形で運用しているので、食材の保存がきく。

そして、食材自身もかなり良くなった。

パラオでは、以前の主食はタロ芋や魚介類が主で、日本の統治領になった後から米飯や西洋食が入ってきた。

そこで問題になったのが、肉類である。

これはパラオだけでなく、南洋諸島全般にいえるのだが、肉類の不足は兵站部門の大きな問題でもあった。

以前、軍令部に相談したことがあったが、回答は、

「現地で、牛でも飼え!」である。

提督は、おにぎりを頬張りながら、その時の事を想い出した。

“このパラオで牛だと! 何を考えている!”であった。

元々パラオは平野部が少ない、牧草を育成する場所もないのだ。

そんな所で牛など論外である。

牛1頭を飼うのにその体重の数十倍の牧草と体重に見合う水が、何より広い場所が必要なのである。

確かに肉質はよく、栄養価も高いが、それなりに対価の掛かる家畜なのだ。

農家が、農耕用に1頭、細々と飼うのとは訳が違う。

結局泊地では、近所の農家にお願いして、豚を泊地用に飼ってもらっている。

雑食性に優れた豚は、狭い場所で飼育しても問題がない。

鶏は、泊地の端の飼育小屋で瑞鳳の兵員妖精が飼育している。

瑞鳳が作る卵焼きの為の採卵と、鶏肉用である。

ようやく肉類はめどがついた。

ただ、我々が良くても、近隣の村々では、赤貧洗うがごとしの生活が続いていた。

泊地で積極的に 現地民を採用しているとはいえ、それはほんの一部にしか過ぎない。

“現地の生活向上の為、なんとかしたい”とそう思っていた所に自衛隊から、

「生活支援プログラム」なる物が提案された。

柱は二つ、

“自立と教育”である

 

自衛隊司令は、

「我々が、道路を作ったり、橋を架けたりする事は簡単な事です。しかし、与えるだけでは、彼らは自立できません。最も大切な事は、彼らが自らの手で、自分達の生活を養えるかです! 主役は彼らなのです」

それを聞いた瞬間、頭を殴られた気がした!

“俺たちは 与え、従えさせればそれで民が裕福になる”と勘違いしていたのではないか!

そんな中、近くの漁村の夫婦が漁村を代表して泊地を訪れ、

「生活向上の為、知恵を貸してくれ」と願い出てきた。

睦月達が仲良くしている少女を養う、夫婦のいう事だ。無碍に出来ない。

その話を聞いた自衛隊司令は、漁村の経済状況を調べ、

「漁獲量はありますが、機会損失が大きいです」と報告してきた。

「機会損失?」という聞き慣れない言葉に、自衛隊司令は

「必要な時に、必要な物を提供できていないという事です」

詳しく聞くと、この漁村の主な顧客は、コロール市内の旅館や、ホテルなどで、顧客側の要望に上手く漁村が対応できていないのでは?という事であった。

自衛隊司令の提案により、まず漁村の前の湾内に生け簀を作り、水揚げした魚類を分類して、生きたまま飼育、保管する。

村の女性が当番で、顧客を回り、必要な魚の種類を聞いて回り、翌日に鮮度を保ったまま届ける。

これにより、顧客側からは、必要な魚が安定して手に入る、漁民からみれば、漁獲量の大小に関わらず安定して売れるという仕組みを作った。

そして、この仕組みは漁民達に“養殖”という技術を生み出し、小さな小型魚から最近は大型魚へと範囲が広がりつつある。

大型魚などは日本から進出してきた缶詰工場が安定して、買ってくれる。

不安定な漁村の生活が、生け簀一つで大きく激変して来た!

 

次の教育

元々 南洋庁の指導に従って、強制的な同胞化政策は行わず、公学校と呼ばれる教育機関で年少者を対象に日本語や算数などの教育を行っていたが、あくまで日本への同胞化政策の一環として行っていた。

ただ、各島に一つしかなく通える子供も少ない。

 

しかし、自衛隊司令は、

「100人の軍人より、1人の優秀な教員の教えが国を豊にします」そう言うと、自衛隊の隊員妖精達を積極的に村へ派遣し、教育活動に参加した。

時には、非番のはるなさんも参加していた。

驚いた事にはるなさんは、自衛官でありながら、教員免許を持っているそうで、

近所の村々を訪れては、色々子供達に教えている。

小さな子供達に、彼女達は、簡単な算数や国語、そして最も力を入れたのが社会科である。

特に小さな子供たちに好評なのが、航空写真を使った「世界の探検」という授業で、

グーグルアースという地図情報を使い、世界各地を紹介する物だ。

最初は、自分達のパラオ諸島から始まり、日本の紹介

富士山や四季折々の農村の風景を紹介した。

驚いたことに、北極や南極などの未開の地の写真もあった。

今では、睦月達と同行してはるなさんが村へ行くと、

「はるな先生」と大人気らしい。

 

以前、自衛隊司令に、こんな事を聞いた

「なぜ、自衛隊はそこまで、教育に力を入れるのだい?」

すると、自衛隊司令は

「未来への投資と言うべきでしょうか?」

「投資?」と聞くと、自衛隊司令は、

「日本人の悪い癖は、直ぐに結果を求める事です。教えた事に対して、そのまま直ぐに理解させ、実行させる。確かにその時は出来ても、時間が経つと忘れて出来ない」

「う~ん」と唸った

確かにそうだ。鳳翔が事務要員として現地島民を雇い、教育しているが、その時は出来ても、時間が経つとまた忘れてしまう事がある。

自衛隊司令は、

「これは、基礎学力の不足という事もありますが、最大の要因は、向上心の欠落というべきでしょうか?」

「向上心の欠落?」

「はい、このパラオを含め南洋諸島は古くはドイツ帝国の統治領、その後日本の統治領となりました。とくに日本が統治してからは近代化が進んでいます。しかしその反面、島民の所得は低いままです。島民の中に“日本に従えば貧しいが生活できる”という一種の依存症が出来ているのではないでしょうか?」

自衛隊司令は、続けて、

「日本に依存すれば、パラオは安泰という考えが生まれてしまえば、日本は何時までも莫大な資金をこの南洋諸島へ投資し続ける事になります」

「では?」と聞くと、

「経済的な自立と、精神的な自立を促す事です」

そう自衛隊司令は、答えた。

「それで、子供たちへの教育か?」

「はい。親には、経済な自立を促し、子供たちには精神的な自立を促す。そしてその子達が大人になった時、更にその子供たちの世代へ更なる自立を促す」

自分が司令に、

「それで、我々が得られるものは?」は聞くと、司令は

「日本への信用と信頼です」とはっきりと答えた。

「信用と信頼か」

自衛隊司令は、

「過去の日本軍の行いを見て、今の所、信用については五分五分という感じでしょう、信頼については、これからのお話という事です」

「過去を“信用”し、未来を“信頼”するという事か、先の遠い話だな」

「はい、提督」と自衛隊司令は、答えると続けて

「しっかり生き残ってください。投資を回収するまで」

「ああ」と答えた。

 

そんな、日々の会話を想い出しながら、ふと横からの視線を感じて、横に座る由良を見た。

じっとこちらの顔を見ていた。

「どうした?」と聞くと、

「提督さん、口元に」といい、そっと右手を提督の口元に差し出し、口元に付いたご飯粒を取ると、そのまま自分の口へと運んだ。

「おう、ありがとう」

「いえ」といい、やや顔を赤くしながら答える由良

 

そこだけ見れば、平和な新婚夫婦の日常である。

 

そんな二人の後方の席に座る自衛隊司令といずも

此方も、機内食の鳳翔お手製のお弁当を食べていた。

自衛隊司令は、前席に座る提督とやや顔を赤くしながら話す由良を見ていたが、急に横に座る、いずもから、

「ほら! ぼ〜と食べてると、ご飯粒落ちるわよ!」と小声で注意された。

司令は、横眼で、じっといずもを見たが、いずもは

「何よ? 貴方もああいう風にしてもらいたい訳?」と前席の提督と由良を見た。

「いや、いい」と司令は答え、

「後が高くつく」と返した。

 

ちょっとムッとした顔つきをしたいずもであった。

 

食事も終わり、空の旅もあと少しとなる頃、泊地提督は椅子を少し倒し、機外を流れる南洋の海を見ながら、ゆっくりと休んでいた。

横では、由良が提督の肩に身をまかせ眠りについていた。

提督はそっと由良を見ながら

自衛隊が来てからというもの、急速に泊地は拡充され、今や単なる後方補給拠点ではなく、南洋諸島の一大防衛拠点となりつつある。

いや軍事面だけでなく、経済面でも大きな影響がある。

そんな泊地を切り盛りしてくれている。

「済まんな、無理させて、いつか平和な時代が来たら、お互いゆっくりしよう」

そう言いなら、そっと由良の頭を撫でた。

 

自衛隊司令は、書類に目を通していたが、いずもから

「ねえ、出発前に由良さんから聞いたけど、陛下からお言葉があったって本当?」

自衛隊司令は書類を鞄へ押し込むと、

「昨日、海軍省から速報の電文が、泊地へ来た」

「内容は?」といずもが聞くと、

「我々、自衛隊は便宜上 パラオ泊地特務艦隊と呼称し、正式に日本国の籍を有し、各艦の艦長である艦娘達には、明治天皇陛下が制定された艦娘大権を授け、その行動に一切の制限を設けず、帝国陸海軍の関与を一切受けない」

いずもは、

「じゃ、私達は、日本国に属する軍事力でありながら、統帥権が及ばない組織という事かしら?」

「そういう事だ、指揮権は此方にある」

司令は続けて、

「当面の対応窓口は、連合艦隊の山本長官と三笠様だ」

いずもは、

「これは、どういう風に理解すればいいのかしら?」

「まあ、軍部に対する抑止力という所かな」

「軍部に対する抑止力?」

「ああ、いずも。本来なら俺達自衛隊は内閣総理大臣が最高指揮監督権を有し、防衛大臣が自衛隊の隊務を統括する文民統制だが、これをこの時代で実行すれば、現内閣が指揮権を有する事になる。暴走する軍部への牽制になるという事だ」

いずもは、小声で

「でも、由良。そんな事を軍部が見逃すと思う?」

自衛隊司令は、

「いや、必ず何等かの妨害工策を仕掛けてくる。そこが狙いだな」

「狙い?」といずもが聞くと、

「泊地提督からの話では、最近大本営統帥部内に新統制派と呼ばれる集団が形成されつつあるという事だ」

「新統制派?」

「ああ、本来統制派とは、軍内の規律統制の尊重という概念からスタートし、次第に活動がエスカレートしていき、軍部の拡充の為の活動となった。陸軍大臣を押して、政治に介入し、戦争遂行の為の資源確保、そして統帥権干犯を使い、内閣へ圧力を掛けた」

そう言いながら、司令は

「まあ、政治の世界の派閥ほどはっきりした物があった訳ではない。統制派という言葉も戦後に出来たものだ。しかし、提督のいう“新統制派”は全く違った組織だ」

「違う組織なの?」

「ああ、陸軍の一派が、ナチス政党をまねて、軍事力による世界の安定化を模索している。極端に言えば、大和民族優位主義と言えるものだ」

「なに? それ」

「皇紀2600年を誇る我が国が、アジア太平洋地域を治め、ヨーロッパを治める独逸と、世界の富を2分割しようという構想らしい。」

「大東亜共栄圏を拡充したような物かしら?」といずもが聞くと、

「いや、もっとひどい。いわば占領統治だ。完全に日本へ組み込み、植民地化する事を狙っている。大和民族を頂点とした人種政策をとり 日本の優位性を確保するのが目的だ」

いずもは、しばし考え

「じゃ、彼らにとって私達 艦娘は!」

「そう、最大の敵という事だ。艦娘大権により、その地位と名誉を天皇陛下より永劫に保障されたお前達は、邪魔な存在という事だ」

「では、先日の騒動も?」

「ああ、提督の話だと間違いなく“新統制派”の息のかかった者達だ。別名艦娘排除派とも呼ばれている」

「艦娘排除派?」

「そうだ。艦娘は三笠様を筆頭に、海軍内部で大きな勢力を占めている。特に大巫女様や三笠様は、陛下に対し、直接拝謁できる権利や、強大な艦娘艦隊を軍令部を通さずに指揮でき、また両名とも外務大臣に匹敵する外交特権をもつ」

司令は続けて、

「特に、昭和天皇陛下のご指南役である大巫女は邪魔な存在だ。奴らの狙いの一つにそんな艦娘の持つ“艦娘大権”を廃止し、艦娘を兵器として使い、自らの優位性を確立させようとする動きがある」

「ふ~ん、それが先日のあの暴挙へ繋がる訳ね」といずもが聞くと、

「まっ、そう言う事だ」と司令も返した。

司令はうんざりした目で、

「あのクソ婆のおかげで、此方へ飛ばされて来たと思えば、今度は国家がひっくり返るかもしれん騒動に巻き込まれそうになっている。勘弁してくれ」

すると、いずもは、目をつりあげて

「それを、言うなら私が最大の被害者よ。本当なら今頃!」とぎっと由良司令を睨んだ!

すると、いずもの声に反応して、前方の席にいた泊地提督が振り返ってきたが、いずもは

愛想笑いでその場を誤魔化した。

 

そんな会話をしていた自衛隊司令達の前方の席では、由良がスヤスヤと提督に体を預け眠りについていたが、大艇の機長が提督に近付き、

「そろそろ、トラックです、三笠からの誘導電波を拾いました」

すると、提督は、

「解った、ありがとう」といい、そっと由良の頭を撫でて

「由良。そろそろ起きてくれ」と優しく耳元で囁いた

暫くすると、

「う~ん」と声を出しながら、由良が目を覚ました。

しばし、ぼ〜としていたが、

「えっ、 申し訳ありません、眠り込んでしまいました!」と顔を赤くしながら、答えた。

「ぐっすり眠れたかい?」

「はい」と照れながら答える由良。

「もう少しでトラックだ」

「えっ、もうそんな」といい、窓へ視線を向けた。

雲間から、小さな島々が見えだした。

 

 

「パラオ大艇1号。此方三笠航空管制。識別符2500を設定、進路085、高度は自由に変えてよし」

「三笠管制、パラオ大艇1号! 了解。降下を開始する」

二式大艇改は、トラック泊地からの日本語の誘導に従い、トランスポンダーのコードを2500へ変更し、着水面区域へ向け、ゆっくりと降下を開始した。

 

 

航空管制誘導を行うのは、戦艦三笠と金剛だ。

現在 トラック泊地には、空母赤城の一航戦、飛龍の二航戦、瑞鶴の五航戦。

夏島の陸上基地には、守備隊の零戦や陸攻隊、海上には二式大艇や九七式飛行艇などが飛び交い、やや過密気味である。

そこで、三笠と金剛が在泊している時は、両艦が分担して初歩的な航空管制を実施していた。

今まで、気ままに飛んでいた飛行士妖精達であったが、初歩的とはいえ無線誘導による飛行指示に戸惑っていたが、なんせ指示を出すのはあの戦艦三笠と金剛である。

渋々従っていたが、知らず知らずのうちに、無線誘導による航法を体得していたのだ。

今までの推測航法は、飛行途中で風速や風向が変わってしまうと、大きく航路がずれてしまい、挙句の果てには迷子になる事もしばしばだった。

しかし、今は事前に提出した計画書を元に、哨戒飛行をしても、航路から外れるとすぐに三笠から無線で、修正を指示してくる。

電探誘導の有効性を飛行士妖精達は認識し始めた。

各飛行隊の隊長妖精達は、統一した意見として、“各空母に早急に、航法管制用の電探を装備すべし”と航空戦隊司令の南雲へ意見具申した程である。

 

二式大艇改はパラオで改修されているので、TACAN(戦術航法装置)搭載機だ。

三笠が発信するVOR(超短波全方向式無線標識)電波を受信し、トラックへの降下を開始した。

三笠戦闘指揮所、航空管制妖精の誘導を受けながら、トラック泊地夏島沖の飛行艇離発着水用海水面を目指す。

この時代の飛行艇は、湖水や湾の中など、比較的波高の緩やかな所であれば、着水できた。

だからと言って、湾内のどこでも着水できる訳ではない。

きちんと定められた水面上の区域“水上機滑走区域”へ降りなくていけない。

着水の際は、周囲に航行する船舶が無い事を、警戒船が出て確認する。

特にうねりを伴うような大型船が近くを航行すれば、水上滑走中にうねりを受けて、プロペラや機体が損傷する可能性がある。

飛行艇は波に弱いのだ。

 

提督達を乗せた二式大艇改は、トラック泊地夏島沖の水上機滑走区域上空へ差し掛かった。

海面に、滑走区域を知らせる複数の浮標が並んでいるのが見える。

機長は、観測用の窓から、双眼鏡を使い滑走区域周辺を慎重に観察した。

既に無線で、担当部署へ到着予定時刻を連絡しておいたので、警戒船が出て周囲を監視しているようだ。

機長は、操縦席に座る操縦士妖精へ

「よし、波高も問題ない! もう1周回って、南側から侵入しろ!」

「はい! 機長!」と大きな声で返事があった。

今回の飛行は、パラオ泊地の提督はじめ、要人が搭乗するという事で、腕扱きの飛行艇飛行士妖精達を選抜して来た。

機長は、機内に向い、

「各員、着水態勢!」と号令を掛けた。

すると、

「後部観測員、準備よし!」と後方から大声で返事があった。

続けて

「対潜要員、同じく!」とMAD等を操作する兵員妖精から返事があった。

「機銃妖精、いつでも!」と胴体各部に張り付いていた機銃妖精達が答えた。

「おい! 安全装置は掛けたな!」と聞き返すと。

「はい! 確認しました!」と返事が来た!

機長は、提督へ近づき

「提督、間もなく着水です」

すると、提督は、

「お手柔らかに頼むぞ」と笑いながら答えた。

機長は続いて、

「自衛隊司令、よろしいですか?」

司令は、軽く手を上げ、

「はい、宜しく」と答えた。

 

大艇改は、ゆっくりと着水予定海面の上空を左旋回しながら、最終の着水コースへ入った。

その間も機長や他の兵員妖精達は窓から海面を監視していた。

慎重に海面を見る。

流木一つでもあれば、それが致命傷となりかねない。

それだけ、飛行艇の着水は神経を使う。

機長は、自席に着きながら以前自衛隊の妖精から聞いたUS-2という新型の飛行艇の話を思い出した。

「自衛隊の飛行艇は、外洋3m近い荒波の中 離着水できるというが、一体どんな構造をしているのだ。 しかし、80年後もこの大艇の血が流れる機体があるとは、因果なもんだな」

そう思いながら、外を見たが、ふと遠方の船影をみて、表情を厳しくした!

「げっ! “かも~”がいる! こりゃ無事に帰れるか?」と一瞬脳裏にうかべたが、今は着水に集中だ!

 

操縦桿を握る飛行士妖精は、着水に向け最終旋回を終え、機首を水上機滑走区域へ向けた。

エンジン出力を絞り、独特の構造の親子フラップと呼ばれる高揚力装置を主翼からせり出した。

この親子フラップにより、大艇は、着水時低速まで減速しても、失速速度を遅く保てる。

構造が複雑で整備に時間がかかるが、着水速度を押さえる必要がある飛行艇には有効な装置だ。

飛行士妖精は、しっかりと操縦桿を握り、着水面を見た。

機首を少し上げ、機体の姿勢を整え、ゆっくりと海面へ降りて行く。

その姿は、正に大鷲と呼べる優雅な姿だ!

 

海面近くへ、舞い降りた大艇改は、最後の引き起こしを掛け、静かに海面に着水した。

船底部分が海面へ接触した瞬間!

 

ゴン!という、物凄い音がした!

まるで、大きな石が当たったような音だ。

 

同時に機内にガタガタと凄まじい振動が伝わる

初めて飛行艇に乗った人などは、“墜落したのでは?”と思いたくなる程の振動だ。

それもその筈。

幾ら低速まで減速しているとはいえ、時速百数十kmで、海面へ接触したのだ!

陸上機の場合、車輪や脚が、接地した際の衝撃を吸収するが、飛行艇にはその様な物が無く、着水の衝撃がもろに機体にかかるのである。

一般的に飛行艇の機体寿命は、陸上機に比べて極端に短い。

良く持って15年程度だ。

理由は、運用する状況の過酷さにある。

淡水湖などに着水するのならいいが、塩分を含む海水面へ着水を余儀なくされ、機体の腐食の進行も早い。おまけにこの衝撃だ!

機体のあちこちで、歪が生じ、海水が機内へ漏水する。

薄い外板があっという間に腐食するのである。

機長は、着水の振動に耐えながら、

「それも、あかしさんの改修で、解決した」と呟いた。

対潜哨戒機改修1号機となったこの機体は、陸揚げされまずエンジンを取り外しオーバーホール、そして塗装を一旦全て剥がし、ジュラルミンの無垢状態へされた後、特殊金属ナノマテリアルを吹き付けられた。

驚いた事に、それまで波打っていた外板はまるで一枚の板の様に滑らかな表面に変化した。

そればかりでない!

今まで外板のつなぎ目から海水が漏水していたが、それがピタリと止んだ。

その後、防水塗装をされたこの機体は、非公式ながら、最高飛行速度が1割増加した!

それだけではなく、空気抵抗が低減したおかげで、燃料消費が押さえられ航続距離が伸びた。

それ以上に飛行士妖精に評判なのが、低速での舵の効きが以前とは全然違う!

自分でも操縦したが、まるで別の機体の様に仕上がっていた。

「ありがたい」

機長は、本心からそう思った。

低速での舵の効きは俺達 飛行艇乗りにとっては、生命線だ!

飛行艇の事故の殆どは、離水と着水の時に発生している。

肝心な時に舵が効かないではどうしょうもない。

そう考えている内に、機体の振動が収まり、機速は急速に低下して、静かになった。

「無事に降りたな」と思いながら、ベルトを外し席を立ち、泊地提督の所へ行くと、

「提督、無事到着しました。機体が停止した後に迎えの連絡艇が来るそうです」

すると、パラオ泊地提督は

「解った」と答え、

「機長!」

「はい?」

「皆に、いい着水だったと伝えてくれ。帰りも頼むぞ」

すると機長は、素早く敬礼し

「はっ! ありがとうございます!」と答えた。

 

機長は、内心

“この方は、褒める時はしっかり褒め、叱る時はきちんと叱る。 出来た方だ”

 

二式大艇改は、水上機滑走区域を使いきり、そのまま浮標に従い、区域から離脱した。

区域外で待機していた、作業艇の前で、四基あるエンジンを順次冷却し、停止して行った。

その頃、猛スピードで近づいてくる一隻の小型艇

舳先に立つ二人の女性

一人は、ピンク色の長い髪、腰回りの服装に目のやり場に困る女性

そう、工作艦 明石

その明石は、横に並ぶ銀髪をサイドテールにまとめた髪型を持つ女性へ

「ねえ、あの大艇どう?」と聞くと、その女性は、

「あの大艇ちゃん、いいかも~!」とご機嫌な声を出した。

明石は、

「どの辺が?」と聞くと、

「あの機首なんか、鹿さんみたいかも~」とこれまたご機嫌な声を上げた

その声が既に彼女の興奮度合いを表していた。

そんな彼女を見た明石は、

“私が三笠様や金剛さんの艦を見た時もこんな感じだったのかしら?”と思いながら、パラオ泊地所属の二式大艇改へ近づいた。

警戒船の前で、エンジンを停止して、停泊する二式大艇改の左舷後方のドアへ静かに横づけされた小型艇。

小型艇の兵員妖精が、少し細いもやい綱を、開け放たれた二式大艇改のドアに待機する飛行士妖精へ投げた。

横づけ係留が完了するか、しないかの内に、艦娘明石と、銀髪艦娘は、大艇に飛び乗った。

機内に入ると既に、そこにはパラオ泊地提督と、秘書艦軽巡由良さん、その後方には見た事の無い軍服を着た一組の男女が立っていた。

明石達は、直ぐに姿勢を正し、敬礼しながら、

「ご無沙汰しております。パラオ泊地提督、由良さん!」と明石が代表して挨拶した。

「おう、明石元気だったか!」と気さくに答礼して答える提督。

そして明石の後方の艦娘へ向け

「秋津洲、パラオ大艇部隊設立の時は世話になったな」

「はい、提督さんも、由良さんもお元気そうで」といい、続けて

「そう言えば、ご結婚おめでとうございます」といい、二人揃って一礼した。

由良が照れながら、

「ありがとうございます」と答えた。

 

明石は、

「三笠様のご指示で、皆さまのご案内を仰せつかりました」

提督は、

「忙しい所すまんな」

 

秋津洲は、機内をキョロキョロ見ながら、

「提督! その…」とじっと提督を見た。

「ああ、分かっている。この機体を見たいだろ」

「はい!」と元気に答える秋津洲

すると提督は、

「この機体は機密の塊だ。ここで見聞きした事は、口外できない、しかし」というと、

明石が、

「しかし、自分達が理解した物を広めることは問題ないですね」と笑顔で答えた。

すると提督は、後方にいる自衛隊司令を見て、

「いいかな?」と聞いた。

すると、自衛隊司令は、

「まあ、他ならぬ明石さんの頼みですし、いつも世話になっていますから」

「?」その返事に疑問符を浮かべる明石をよそに、既に興奮気味の秋津洲は、早速機長を捕まえて、質問攻めを開始していた。

困惑する大艇改の機長を見ながら、

「お~い、秋津洲! 機体勝手に分解するんじゃないぞ! 帰りもこの機体で帰るからな!」と提督が声に出したが、既に興奮モード全開の秋津洲は、

「解ってる、かも~」と背中越しに答えた。

不安顔の提督とは違い、じっと明石を見る自衛隊司令といずも

「やはり、血は争えんな」といずもをみたが、

「こちらの明石さんの方が大人ですね」と笑顔で返した。

 

提督達は、明石の案内で連絡艇に乗り込むと、艇長妖精へ、

「すまんが…」と声にしたが、連絡艇の艇長妖精は

「はい、連合艦隊司令部より、皆さまを戦艦三笠へお送りするように下命されております」

と答え、素早い動きで少し後進を掛け大艇から、離れると、舵を切り、戦艦三笠へと向かった。

 

結局、その後二式大艇改は、胴体側舷に揚陸用の車輪を取り付けられ、ほぼ拉致状態で、秋津洲の作業船に曳航され、トラック泊地大艇基地へ運ばれ、スロープを使い揚陸。

提督達が帰還するまでの間 秋津洲の徹底した身体検査を受ける事となる。

 

 

トラック泊地内部を進む連絡艇

周囲を 大小の島々が並ぶ

連絡艇の内部では、提督は明石を囲み由良と雑談をしていた。

 

いずもは、そっと由良司令へ

「ねえ、ここへは来たことは?」

「ああ、チューク諸島には、ばあちゃんに連れられて、何回か来た。島の形も俺達の次元とほとんど変わらん」

そう言いながら、湾の内部に点在して停泊する艦艇群を見ながら、

「やはり、遠くから見ても、あれは壮観だな」と前方の戦艦群が停泊する区画を指さした。

 

遠くには、独特の艦橋構造をした、戦艦扶桑と山城

その横には、艦橋にFCS-3を装備し、近代化改修を行った戦艦金剛

直ぐ近くに、比叡、榛名、霧島が並ぶ。

 

少し離れた所には、第四艦隊旗艦、鹿島と天龍、龍田が見える。

その近くには、摩耶に鳥海である。

その回りには、各艦隊に所属する大小の艦艇群が所狭しと停泊していた。

 

進行方向に、遠方からでもハッキリと分かる、ひときわ大きな艦体。

特徴的な艦橋に、巨大な46cm砲を9門装備した、世界最大級の戦艦

 

戦艦 大和

 

そのすぐ近くには、威風堂々。

歴戦を重ね、重圧な風格を備える

 

戦艦 長門

 

そして、その両艦の間の一番の特等席に係留されているのは、あの日本海海戦で当時世界最強と言われた帝政ロシアのバルチック艦隊を打ち破り、帝国海軍の名を世界に知らしめた名艦

 

戦艦 三笠

 

日本帝国海軍を代表する艦が、いまこのトラック泊地に集結している。

それだけでも、周囲を圧倒する重厚な雰囲気を醸し出していた。

 

司令は、

「三笠をパラオで見た時は、そうは思わなかったが、やはり並ぶと存在感が凄いなあの艦は」

「戦艦三笠ですか?」

「ああ。パラオにいた時は、まだ新造だったが、今では大和、長門を従え、正に威風堂々だな」

「ええ」と答えるいずも。

そっと自衛隊司令へ、

「私もあの輪の中へはいれるかしら?」

すると、自衛隊司令は、

「大丈夫だ、君にはその資格がある。君は海上自衛官。日本の防人だ」

司令は、脳裏に太平洋の大海原を突き進む戦艦三笠、そして、大和、武蔵、長門に陸奥

その後方には、いずもにこんごう達

そして 数多くの艦船を思い浮かべた。

 

「その時は、俺も行く」と小さく呟いた。

 

連絡艇は、戦艦三笠へ近づくと左舷に設置された昇降用の舷梯に静かに横づけされた。

巧みに連絡艇を操船する艇長、

舳先に待機する兵員妖精が、少し細いもやい紐を舷梯に待機する三笠の乗員妖精へ投げ渡した。

それを受け取り、連絡艇を接舷させる三笠の乗員妖精。

作業が終了するのを見計らって、明石を先頭に舷梯を登る。

舷門に差し掛かる頃、舷門送迎の為のサイドパイプが鳴り響いた。

甲板まで登ると、そこには三笠副長妖精以下、幹部妖精達が整列して待っていた。

三笠副長が、

「パラオ泊地提督、自衛隊艦隊司令に対し、敬礼!」と号令を掛けると、一斉に敬礼した。

泊地提督らは、答礼し、

「久しぶりだね。皆」

「はい。提督 お元気そうで」と答える三笠副長。

自衛隊司令は、

「艦の調子はどうだい?」と副長へ聞くと。

「はい、多少の不具合はありますが、次回の定期検査で改修すればいい程度です。何時でも本格的な戦闘が可能です」

 

そんな雑談をしながら三笠艦内を、副長を先頭に歩く。

まだ新造して間がない。

真新しい匂いがする艦内である。

士官室の中に入ると、まだ誰も居なかった。

副長に、奥の席を案内されたが、それには提督が

「いや、自分達は此方でいいよ」といい下座に進んだ。

「それは、艦長より皆さまは大切なお客人。失礼のないようにと」

「副長。それを言うと、三笠様は我々の上官だよ」と笑いながら答えた

そして、

「上座は肩がこるからね」と付け加えた。

 

テーブルの下座に泊地提督、副官の由良、そして自衛隊司令といずもが並んで座った。

提督の横で、三笠副長が、

「泊地提督。誠に申し訳ございませんが、艦長と山本長官は“少し野暮用”を済ませてくるとの事です」

「野暮用?」

「はい」と答える副長

横に座る由良へ、何気に

「何かな?」と聞くと

「さあ?」とこちらも思い当たる節がないようだが、それには副長が

「昨日、パラオで起きた一件についてです」

「パラオで起きた一件?」と提督は少し考えると、

「あれかい?」

「はい。先程大本営参謀が帰島いたしましたので、早速夏島の司令部へ呼び出した次第です」

横から自衛隊司令が、

「山本長官や三笠様はご存知なのかい?」と聞くと、

「はい、ここで実況を見ておいででした」

「そっ、そうなの」と驚く泊地提督達

すると、いずもが、

「あの、済みません。実はあの時 もしもの場合を考えて監視カメラの映像を私の艦を経由して此方へ流していました」

泊地提督は頭を抱えて、

「参ったな。これは」

「申し訳ございません」といずもが謝ったが、

提督は

「いや、そっちじゃないんだ」と言いながら、

「実は、今回の件をネタに、色々と軍令部にねじ込むつもりだったが、三笠様に知れたとなると・・・」

「なると・・・」と自衛隊司令が聞くと、

「もっと酷いねじ込み方をするな」と大笑いを始めた。

そして、

「まあ、奴らにとって最悪の事態だな。艦娘を総括する指揮官。陛下に直接拝謁できる拝謁権を有し、上奏できる方だ。そんな方に今回の不祥事が知れたとなると、後が大変だぞ」

「と言うと?」と自衛隊司令が聞くと、

「奴らは、俺の所へ来た時、“大本営の意向によって派遣された”と言った」

「はい」

「と、いう事は奴らの行動の責任は、大本営陸海軍本部が取るという事だ」

提督は、

「もし、今回の件が陛下のお耳にはいれば、それはもう叱責どころでは済まん。両総長の責任問題になりかねん」

「ほう」と目を鋭くする自衛隊司令、そして

「その辺りが落としどころですか?」

「多分な。今頃夏島の司令部は最悪の雰囲気だろうな」

と笑いながら答えた。

 

笑いが収まった頃を見計らい、同席していた明石が、

「では、私はこれで」といい、一礼して退室しようとしたが、自衛隊司令が

「明石さん。少しいいですか?」と呼び止めた。

「はい?」といいキョトンとする明石

泊地提督は、

「そう言えば、正式な紹介がまだだったね」

と言いながら、自衛隊司令といずもを

「こちらの両名は、現在パラオ泊地に展開している特務艦隊の司令と副官のいずもさんだ」

すると明石は目の色を替え、

「えええ! この方達が、自衛隊艦隊の方ですか!」

泊地提督は、横に立つ三笠副長を見た。

すると副長は

「はい、明石艦長には当艦の現地整備をお願いしておりますので、艦長より大体のご説明をしております」

明石は緊張しながら、

「失礼しました! 服装から米軍の方かと」

すると自衛隊司令は、右手を差し出し

「初めまして、いつもお孫さんにはお世話になっています」

司令の右手を取り、握手で挨拶する明石

「いえ、私としてはあまり実感が湧かないですけど」と答えた。

同じくいずも、右手を差し出して、

「副官のいずもです。護衛艦いずもの艦長を兼任しています」

明石はいずもの手を取り、

「あの、三笠様と金剛さんからお話は伺っています。今日、艦は?」と聞くと

「はい、パラオでお留守番です」と笑顔で答えた。

「うう、残念です。色々と見たかったです。」と言うと、横から提督は

「いずもさんの艦は凄いぞ! この三笠も凄いが、それ以上の艦だ。事実上世界最強だぞ」

「ああ、見たいです~」と言いながら、

「提督、帰りは私も連れて行ってください!」と明石は真顔で答えた。

すると、三笠副長妖精は、

「それは困りましたな、明石さんがいないと、このトラックの艦艇は壊滅状態ですからな」

提督は笑いながら、明石に対面の席を薦め、明石が着席すると

「まあ、孫との対面もそう遠くないかもしれん」

「本当ですか!」

「ああ、マ号作戦の件は聞いているな」と話を切り出した。

「はい、マーシャル諸島海域解放作戦ですね。既に概要の説明を受けております。私達工廠部門にも、前線修理の為の資材の確保、燃料等の戦時物資の確保が下命されております。既に、本土から速吸ちゃん指揮する給油艦部隊も来ました」

提督は、

「今度の海戦は、正面で艦隊、航空隊がぶつかり合う厳しい戦いになる、多くの損傷艦がでる事が予想されている」

「はい、現在陸上工廠、私の艦内工廠も出撃予定艦の整備作業等にてんてこ舞いです」

「今回の戦闘で、本土での修理が必要な大破艦が出た場合は、このトラックかパラオで修理する」

「えええ? でも私の艦は中破までしか修理できませんよ!」

「大丈夫だ、明石。パラオにはこの三笠を建造した工作機械類がある。君も知っていると思うが、この三笠は横須賀にあった艦を補修したものではなく、瓜二つの外観を持つ新造艦だ。君の孫はこの艦をたった2週間で完成させた」

「そっ、それが信じ難いですけど、現物を見ると納得するしか」と答える明石

自衛隊司令が、

「今回の作戦では、うちのあかしもクサイ島まで進出します。損傷艦が出た場合は、明石さんと協力して、修理させたいと思いますが、いかがでしょうか?」

明石は身を乗り出して

「本当ですか!」

自衛隊司令は

「はい。状況にもよりますが、修理が可能な物は極力こちらでと考えております」

すると明石は、

「はい、喜んで。しかしなぜ私に?」と問いかけて来た。

自衛隊司令は、

「鈴谷さんの件は?」

「はい、三笠様から極秘扱いで、パラオで保護され自衛隊艦隊で近代化、いえ近未来化改修を受けているとききました」

「ええ、そうです。じつはその改修の際に明らかになったのですが、我々の持つ資料と、実際の艦の構造にかなり差がある事が分かっています」

明石は、

「差ですか?」

「ええ、ご存知とは思いますが、我々は同じ様な歴史を歩いた別の次元から来た艦隊です」

「はい」と静かに答える明石

「我々の次元の鈴谷さんと、こちらの鈴谷さんで就航時期やその後の改修で差が生まれて来ているようです。その為こちらの手持ちの資料だけで改修計画を立てづらいという弊害が起きています」

泊地提督は、

「それが、すずやさんの改修が遅れている理由かい?」と聞くと

自衛隊司令は

「まあ、要因ではあるのですが、最大の原因は、彼女が出来る子だったという事です」

「出来る子?」と提督が聞くと、

「彼女は、こんごうの指導の下、OJT、現場での実務教育を行って来ました。その結果現在の彼女の能力は、当初の予想をはるかに上回っています。当初計画した護衛艦たかなみ型への改修では、彼女の器に収まり切れないという事です」

「それ、なんとなく分かります」と由良が答えた

「以前の鈴谷さんは、でっかい睦月ちゃんというか、重巡と言うより、大きな軽巡といったフカフカした雰囲気がありましたけど、一戦毎にこう雰囲気が出来て来て、今ではこんごうさん達と並んでも遜色ない感じです。鳳翔さんも同じ様な事を言っていましたし」

提督は、

「褒められて伸びると自称していたが、そこまでとはな」

自衛隊司令は

「話を戻しますが、この時代の艦艇に関する我々の資料や知識は、少し違うものです。そこで改修や修理を迅速かつ確実なものにする為に、海軍で艦艇修理の経験豊富な貴方にご協力をお願いしたいと思います」

明石は、目を輝かせて

「よろしくお願いいたします」と一礼した。

 

すると、いずもが持参した書類鞄から、少し分厚い資料を取り出し、明石の前へ差し出した。

「これは?」と明石が聞くと、いずもが、

「はい、これは輸送支援艦 あかしの概要、現在のパラオ工廠の能力、そして現在改修作業中のすずや、鳳翔、そして由良さん以下のパラオ艦隊の改修状況の資料です」

「読んでもよろしいのですか?」と明石が聞くと

「はい」

その返事を聞くか聞かないかのうちに、明石は資料に飛びついた。

パラパラと資料を物凄い勢いで読みふける。

 

「凄い! この子! 前線での戦闘も可能な大型輸送艦。対潜航空機を運用できて、艦艇修理や建造も可能な工廠能力って!」と自分の孫娘の性能を見て驚きの声を上げた。

 

「ねっ、この潜水待機機能ってなんですか?」と明石が聞くと、

「それはですね」といずもが、優しく答えた。

 

泊地提督は、

「まっ、暫く長官も三笠様も来ないみたいだし、丁度いいか」と思いながら、夏島の方向を見た。

 

そんな明石といずもの会話が続く三笠士官室とは違い、同じトラック泊地夏島内にある日本帝国海軍、連合艦隊陸上司令部の会議室は、異様な雰囲気が漂っていた。

 

お昼前にトラック泊地に帰島した大本営の陸海軍の両参謀は、その足で一旦夏島にある陸軍守備隊の司令部へ向ったが、既にその司令部には連合艦隊司令部より、“大本営両参謀は、直ちに連合艦隊司令部まで出頭せよ”と厳しい命令が下されていた。

命令が、連合艦隊司令部だけであれば、そう急ぐ事もない。

連合艦隊は、大本営海軍、軍令部隷下だ。

陸海軍本部を代表して来ている自分達に、そうそう言えるものではない。

しかし、今回は命令自体が、連合艦隊司令長官の山本大将と三笠大将の両名から直接出ている。

そうなると話は別だ。

幾ら大本営を代表して来ているとはいえ、それはあくまでマ号作戦に関しての権限であり、それ以外の部分については、一介の将校に過ぎない。

大将である、山本、三笠の呼び出しを無視できる程、度胸は無かった。

 

大本営参謀達は、陸軍の司令部から車で連合艦隊司令部へ来ると、司令部内へ入った。

直ぐに、秘書艦の大淀が出て来て、二人を会議室へ案内した。

しかし、その道中の雰囲気が尋常ではない。

普段なら、挨拶の一つもあるが、今日はすれ違う者全て無視されていた。

参謀クラスの者から、端は兵卒まで。

まるで 二人が存在しないかのような扱いである。

軍令部参謀は、同期の司令部付きの参謀がいたので、そっと近寄り

「何があった!」と声を掛けたが、同期の司令部付き参謀は、表情を厳しくして

「やり過ぎだ、馬鹿!」と厳しく言い放った。

「何だと!」と答える軍令部参謀

同期の参謀は、

「お前、会議室を出た時、命が有れば儲けたと思え!」そういい、足早に離れた。

離れる同期を見ながら軍令部参謀は

「なんだ、彼奴?」と声に出した。

そうこうしている内に、二人は大淀に先導されて、会議室へ入った。

 

そこには、既に連合艦隊司令 山本と筆頭秘書艦の三笠が席に付いて待っていた。

壁面の控え席には、戦艦金剛が、ニコニコしながら座っていた。

だが、その笑顔が作られた笑顔である事は一目瞭然であった。

 

山本は、いつもの真っ白い第二種軍装であった。

三笠は艦娘として正装である、大将服に大将を表す正肩章

そして、いつもは持たない一太刀の軍刀を右手に持っていた。

 

「三笠刀」

 

あの日本海海戦で、破壊された戦艦三笠の砲から精錬され作られた刀である。

三笠が持つ物は、その中でも三笠自身が霊力を込めて仕上げた逸品であり、普段は戦艦三笠艦内の艦内神社に奉納されている。

そう、あの鈴谷に憑依した悪霊を切り裂いた軍刀である。

 

大淀は、

「山本長官、三笠艦娘艦隊司令 大本営参謀両名をお連れ致しました」

すると、山本は

「ご苦労、手配は」と聞いた。

大淀は、

「はい。会議室周辺、全て人払いをしております」といい、笑顔で、

「ここで何が起きても問題ありません」と言いながら、一礼して退室して行った。

静かにドアが閉まる。

その瞬間、三笠の表情が一層険しくなった

部屋の内部を重厚な霊力が覆い尽くす。

 

部屋の端で椅子に座る金剛は、顔を引きつらせながら、

“三笠様、先制パンチが余りキツイと、あの二人最後まで持ちませんヨ!!!”

と内心思いながら、自分もこの威圧感に必死に耐えた。

今頃外では、大騒ぎネ!

こんな重厚な威圧感を感じて真面な人がいれば・・と思いながら、

パラオの彼ならOKかなと一瞬思い出した。

しかし、長官はよく耐えているネ。

流石、付き合いが長いだけはある。

 

三笠の放つ重厚な威圧感を受けながら、固まる大本営参謀に山本は、

「両名とも、掛け給え」といい、席を薦めた。

「はい」と短く答える軍令部参謀

椅子を引こうと右手を出したが、無意識のうちに手が震えて、ガタガタと音を立てていた。

必死な思い出で椅子を引き、着席する。

椅子一つに座るのにこんなに緊張するのは、久方ぶりだ。

息を呑んだ。

横に座る陸軍参謀も同様で、右手に持つ軍刀が、ガタガタと音を立てていた。

 

ぐっと対面に座る山本長官と三笠を見た。

何時もの涼しげな表情である。

横に座る三笠も、いつもと表情は変わらない。

しかし、この重厚な感じはなんだ!

二人を見る視点が合わず、遠近感が掴めない程、威圧感を感じる。

軍令部参謀は、焦りを感じ始めた。

 

山本は、静かに

「両参謀とも、帰島後すぐ、呼び出して済まない」と話を切り出した。

そして、

「パラオはどうだったかな?」と軍令部参謀を見た。

 

軍令部参謀は、息を飲みながら、横に座る陸軍参謀を見た。

しかし、そこにはガタガタと小刻みに震える陸軍参謀がいた。

それも、その筈だ。

前日の朝 意気込んでパラオ泊地へ乗り込んだものの、逆に不明艦隊の霧島似の艦娘に締め上げられたのだ。

あの時、受けた重厚な艦霊力をまたこの部屋で、受けているのだ。

正気でいろという方が難しいのでは。

 

軍令部参謀は、意を決して

「はい、長官。特段変わりなく」と答えた。

すると、山本は、

「まっ、そう言う事だ。君たちが軍令部や参謀本部で得た情報は、信頼性に欠けるという事だな」

すると、軍令部参謀は、

「しかし、この話は軍令部総長も了解なされた話です。信頼性がないなど」と反論したが、

「参謀。では、その話は何処から出てきたのだ?」と、山本は静かに聞いた。

それと同時に三笠の表情が厳しさを増した。

 

まるで 山本の背後に異様な重圧を感じた。

「そっ、それは…」と答えに詰まったが、急に横に座る陸軍参謀が、

「るっ、ルソン北部警備所の司令から情報が流れて来た」とぼそりと呟いた。

そして、絞るような声で、

「彼は、我が陸軍参謀本部付き中将のご親戚。深海棲艦側と何等かの接触があり、その情報を我が大本営で入手して、作戦を立案した。マジュロ侵攻は間違いなく成功する!」と唸り上げた。

山本は、内心

“ようやく、尻尾を出したか!”

 

そして、静かに、

「三笠、その辺でいいぞ。これ以上は、常人には厳しい」と山本は言うと、静かに室内の霊波が、収束した。

 

一瞬表情が緩む軍令部参謀。

しかし、三笠は厳しく一言

「なっとらんな。この程度の威圧波動で根を上げるとは。昨今の参謀は鍛え方が足らんのではないか! 真之などは、この程度笑い飛ばして受け流したぞ」

山本は、

「同じ参謀でも、あの秋山参謀殿と比べるのは、少し酷じゃないか」と笑い。

「まあ、今の大本営には、あの当時の事を知る者は少ない」といい、日本海海戦で負傷、欠損した左手の人差指と中指のあたりを撫でた。

 

山本は、

「今日、両参謀を呼び出したのは、マ号作戦について、陛下よりご指示があった」

と話を進めた。

軍令部参謀が、

「陛下からですか!」と身を乗り出したが、

「ああ、ここに海軍省からの電文がある。確認したまえ」といい、数枚の電文を両参謀へ差し出した。

そこには、海軍大臣名で、

 

マーシャル諸島解放作戦について、下記内容を今上天皇陛下が、陸海軍本部へ下命された。

厳守すべし

1、 マーシャル諸島解放作戦に於いては、マーシャル諸島首都並びに近隣諸島に残留する民間人の安全を最優先する事。

これは、陸海軍の実施する作戦における優先事項である。

2、 民間人救出に関する作戦は、全ての作戦において最優先とし、連合艦隊司令長官並びに艦娘艦隊司令にその権限を与える。

 

 

それを読んだ軍令部参謀は、電文を横で、ようやく正気を取り戻しつつある陸軍参謀へ渡した。

それを読んだ陸軍参謀は、

「これは一体!」と驚きの声を出し、

「陛下が、この様なご指示をされるとは到底考えられません。何かの間違いでは!」

 

すると山本は、

「その電文は、陛下より招集を受けた陸海軍の首脳部会議に同席した米内海軍大臣が直接 こちらへ送って来たものだ。軍令部からの正式な指示は後日だな」

軍令部参謀は、

「米内大臣の間違いでは?」と聞いたが、

「いや、同様の電文が、陸軍大臣名で、其方の司令部へ届いているはずだ」と陸軍参謀を見た。

 

「ぐっ!」と表情を歪める陸軍参謀

 

山本は、

「陛下の御沙汰があった。今後陸軍のマジュロ侵攻は人質救出の後という事で、準備してくれ」

「しかし!」と陸軍参謀が食い下がったが、

「君は、陛下の御沙汰を無視できるのかい?」と陸軍参謀を睨んだ。

 

陸軍参謀は、渋々

「いえ、陛下の御沙汰という事であれば、陸軍軍人として従います」

「ならば、そう言う事だ」と山本は話を締めくくった。

 

陸軍参謀は、

“くそ! 何があった。 海軍軍令部内部は我々、新統制派の意見を汲んで優先的にマジュロ侵攻を容認したはずだぞ、それを覆すとは”

そう思いながら、

“まさか、横須賀の女狐め! 陛下に入れ知恵したか?”と勘繰り始めた。

 

そんな 陸軍参謀を見ながら、山本は

「陸軍参謀。その顔の痣はどうしたのだい?」と聞いて来た。

「こっ、これはパラオで少し」ときりしまに張り倒され、青く痣になった左の頬を摩った。

山本は、

「パラオで、美女にちょっかいを出して、痛い目にあったかい」と笑いながら聞いてきた

無言で、長官を見る陸軍参謀

 

 

軍令部参謀は、表情を強張らせた。

“まずい! パラオでひと悶着起こした事が露見する前に、ここは、攻めなくては!”と思い、

「長官、お聞きしたいことがあります」

「何だね。軍令部参謀」

「はい、パラオ泊地で、所属不明の艦隊 重巡4、空母2隻を確認しました。その内の一隻の空母は超大型です!」

すると、山本は落ち着き払い、

「ほう」と軽く受け流した。

「長官! パラオ提督の説明では、彼らは日本国所属を名乗り、海軍に属さない独自の指揮権を有すると主張し、不法に泊地の一部を占領しております! 今すぐ艦艇を差し向け接収すべきです!」と意見した。

しかし、山本は

「パラオの提督は、何と言っているのだい?」

「はい、彼らとは協力関係を保っている。よって我々の関知する所ではないと」

 

陸軍参謀が、

「けしからん話です、あの様な者達を放置するとは! そもそも、山本長官や三笠大将もこの不明艦隊についてはご存知だと伺いましたが、本当ですか!」

 

「ああ、知っているよ。」と平然と答える山本

それを聞いた軍令部参謀は、

「長官! ではなぜ接収しないのですか! あれ程の戦力があれば! とくにあの超大型の空母など使い方次第で如何様にでもできるではないですか!」と身を乗り出した。

 

「落ち着きたまえ」と山本は手で軍令部参謀を制した。

そして、

「彼女達には、我が日本帝国軍は、陸海軍を問わず手を出すことはできんよ」

「何故です。連合艦隊司令ともあろう方が情けない」と陸軍参謀が声を荒げたが、

山本は、静かに

「お上より、勅命が出ている」といい、手元の手板を静かに海軍軍令部参謀に渡した。

そこには、宮内省より通知された、今上天皇陛下の自衛隊艦隊へ対する勅命が記載されていた。

 

「こっ、これは!」と唸る軍令部参謀

同じく勅命を確認する陸軍参謀

「これは、先日、陛下が、陸海軍の両大臣並びに総長を呼び、直接ご指示された内容だ」

 

「ぐっ」と唸る陸軍参謀

 

軍令部参謀は、焦った。

“まずい! 非常にまずいぞ! こちらが知らなかったとは言え、陛下が勅命を出され、関与を禁止した部隊へ 武力を使い面会を強要したとなると、事は一大事だ! ここは上手く納めなくては!”

 

山本は、

「陸軍参謀。もう一度聞くが、その痣はどうしたのだい?」

 

陸軍参謀は、答えに詰まりながら、

「こっ、これは」と言いかけた所で、横に座る軍令部参謀が、

「それは、パラオ泊地内部で、転んだものです」

 

「ほう、転んだとは、大変だったな」と山本は言いながら、

「それにしては、傷が大きいようだが?」と問い詰めた。

すると、軍令部参謀が、

「はい、実は不明艦隊の件で、泊地内部で関係者を尋問している際に転んだものです」と苦し紛れに答えた。

「ほう、尋問とは穏やかでないな」

「はい、長官。しかし、軍令部としては不明艦隊の正体を知る為には致し方ないと」

と緊張しながら答えた。

 

山本は、落ち着き払った声で、

「では、君たち両参謀は、泊地提督が、特務艦隊への接触を禁じたのに関わらず、勝手に在パラオ陸軍小隊を動かし、武装小隊を使い、特務艦隊への面会を強要し、なおかつ制止に入ったパラオ艦隊旗艦 由良大佐を突き飛ばした」

 

「そっ、それは! 単に肩が触れて、先方が倒れただけです」と苦し紛れの返事をする陸軍参謀。

「そっ、そうです。多少その不明艦隊の件でパラオ泊地内部で揉めましたが、軍法に違反するようなことは」と軍令部参謀も慌てて答えた。

軍令部参謀は、

“まずい、長官達の話ぶりからすると、先日の件が、既に長官達の耳に入っているかもしれん。ここは、事実が露見する前に収めなくては”と焦りだした。

 

先程からじっと黙って、陸海軍の参謀を睨んでいた三笠であったが、

「両参謀は、映画は好きかの?」と聞いて来た。

 

緊張していた陸海軍の両参謀であったが、三笠の場違いな質問に、顔を見合わせながら、

「はあ、まあニュース映画などはよく見る方ではありますが」と軍令部参謀が答えた。

すると、三笠は、口元に笑みを浮かべ、

「それは結構。丁度面白い映画が、届いておる」と、言いながら控え席に座る金剛を見た。

すると、金剛は、

「用意するネ」と言いながら席を立ち、まずテーブルの上に戦艦三笠より持参したプロジェクターをセットすると、室内のカーテンを閉じ部屋を少し暗くした。

自身のタブレットとプロジェクターをWi-Fi接続して、三笠を見た。

「では、始めよ」と三笠が言うと、タブレットを操作して、ある映像をプロジェクター経由で、薄暗い会議室の壁面へ映し出した

 

そこには、昨日の朝、陸軍の武装小隊を引き連れ、自衛隊の宿営地正門へ押しかける大本営参謀たちが映し出された。

自衛隊守衛所から撮影された監視カメラの記録映像が、ご丁寧な事に音声付で流れた。

「こっ、これは!」と息を飲む両参謀達。

 

はじめに自衛隊の警衛妖精隊員に制止され、押し問答を繰り返す両参謀が映し出された。

 

じっとそれを見る山本と三笠

 

流れる映像を見ながら、軍令部参謀は額から出る汗を拭きとろうと、ポケットに入れたハンカチを取ろうとしたが、手が震えて動かないでいた。

横の陸軍参謀も、大粒の汗を額から流していた。

 

映像は流れ、警衛妖精との押し問答を制止しようと泊地の由良達が、割って入った。

由良と参謀達の言い争いと事態が変化して行った。

そして、遂に

 

「きゃ!」

 

陸軍参謀に突き飛ばされ、声を上げて転ぶ由良!

咄嗟に長波が前へ出て、陸軍参謀を睨んだ!

 

その映像が流れた瞬間。

室内に先程とは比べ物にならない程の濃密な威圧感が流れた。

恐る恐る両参謀は、三笠を見た。

 

しかし、三笠は意外にも静かに映像を見ていた。

 

ふと、軍令部参謀は威圧感を感じる控え席を見た。

そこには、普段のにこやかな表情ではなく、まるで鬼のようにこちらを睨んでいる戦艦金剛の姿があった。

そう今、室内を覆い尽くす威圧感は三笠ではなく、金剛が発していたのだ。

三万トン級の超弩級戦艦、歴戦を戦い抜き「鬼金剛」と呼ばれた艦娘の重厚な威圧感を全身で感じていた。

 

大本営の両参謀は、体の震えが止まらない。

余りの緊張で、既に汗も止まり、呼吸一つするにも、意識しなくては出来ないほど、追い詰められた!

 

“くっ! 金剛の様な旧式艦でこの力か! 大和ならどうなっていたか!”と意識を保ちながら、軍令部参謀は唸った。

 

そんな金剛を見ながら、三笠は一言

「金剛」と言い放った。

すると金剛は、渋々、霊力を弱めて、威圧波動を解いた。

 

深く息をする大本営参謀達

 

その時、

「そこまでです!」

静かに重みのある声が会議室に響いた。

その声を聞いた瞬間、軍令部参謀は表情を強張らせた。

 

はるなの声だ。

由良に優しく声を掛け、軍令部参謀へ向い、所定の手続きをとる様に話す、はるな。

しかし、軍令部参謀は、その話は聞かず力押しで通ろうとして、次の瞬間、はるなに投げ飛ばされた。

顔面蒼白になる軍令部参謀

 

「クスッ」と小さな笑い声が響いた

金剛の声だ。

投げ飛ばされた軍令部参謀を見て、口元を緩めた。

 

映像は流れ、遂に陸軍参謀とはるなが対峙する場面となった。

多少の問答の後、遂に陸軍参謀が軍刀を抜き、切先をはるなへ向けた。

 

「ほう、やったか!」と山本が声に出した。

 

当の陸軍参謀は、既に顔色が青く、息をするのもやっとの状態であった。

 

金剛が、一瞬身を乗り出そうとしたが、三笠が

「金剛!」と鋭く制止した。

 

渋々席に付く金剛

もし三笠が制止しなければ、間違いなく陸軍参謀へ 三万トン級の拳をお見舞いしていたに違いない。

 

間合いを取り、軍刀越しに睨み会いになる陸軍参謀とはるな

そこに、急に後方から、近づく影

その影は、一瞬で陸軍参謀を掴むと、後方へ投げ飛ばした。

 

そこには、眼鏡をはずして、まるで“羅刹神”と化したきりしまの姿があった。

 

その映像を見た瞬間、陸軍参謀は

「おわっ!」と声にならない声を上げた。

あの時の恐怖が蘇ったのだ!

急に、ガタガタと音を立てて、震え出した。

 

次の瞬間、室内に大音響で

“ぱしっ”と鋭いきりしまの打撃音が響いた!

 

壁面の映像には、きりしまに締め上げられ、失神寸前の陸軍参謀が映し出された

 

その瞬間! 控え席の金剛は、

「Great!! きりしまちゃん!」と拳を振り上げた!

そんな興奮気味の金剛をよそに、山本と三笠は冷静に映像を見ていた。

二人の参謀は、何とか意識を保ちながらも、

“なぜ 長官と三笠は何も言わない!”と成り行きを見守るしかなかった。

 

その後、映像は、失神した陸軍参謀を車へ押し込み、撤退する一行を映し出し、終了した。

 

金剛は映像を止め、部屋のカーテンを開け、室内に光を取り入れた。

 

無言で陸海軍の参謀を睨む、山本と三笠

既に、顔面とは言わず体中の血の気が引き、息をする事も言葉を発する事も出来ず、じっとする陸海軍の参謀達。

まるで、蛇に睨まれた蛙状態である。

 

山本は、静かに

「両参謀、この映像は昨日、パラオ泊地に隣接する特務艦隊の守衛所前での映像だ。今朝届いた」と告げた。

 

実際は、山本や三笠も、そして金剛も、いずも経由で送信された映像をリアルタイムで見ていた。

特に金剛は、偶然金剛士官室で同席していた比叡達も見ており、榛名は、孫娘はるなの合気道を見ながら、

「あの流れるような動きは、やはり私の血が流れているのでしょう」と、嬉しそうに話し、

また霧島は、陸軍参謀を問答無用に滅多打ちにした きりしまを見て、

「普段は知的に、やるときは勇猛に! まさに霧島です!」とメガネを摩った

 

両参謀は、じっとするしかなかった。

既に、どんなに言い訳しても事実を知られてしまったのだ!

軍令部参謀は、

“くそ! 俺達を呼び出したのは、全てを把握していたからだ! 嵌められた”

と思い、冷静さを欠いていた。

 

山本は、

「多少、行き違いはあったとは言え、パラオ泊地提督が接触を禁じた特務艦隊へ 武力を背景とした面会強要。そしてそれを制止したパラオ泊地旗艦 由良を突き飛ばし、対応した特務艦隊の艦娘はるなさんへ軍刀を抜き、威嚇しているな」と静かに聞いた。

そして、

「大本営両参謀、君たちはどんな権限があってこの様な行動をとったのか、説明してくれ」と両参謀へ問いただした。

 

「そっ、それは!」とガタガタと震えながら軍令部参謀が答えたが、急に横から

「統帥権であります! 我ら大本営陸海軍本部が有する軍を管理する権利を実行したまでです! それを連合艦隊司令とはいえ制止する事は、統帥権を犯すものであります!」

そう、陸軍参謀は虚勢を張った!

 

「統帥権か!」と 山本が陸軍参謀を睨んだ。

その反応を見て、自分達に勝機があると見た陸軍参謀であったが、

 

ダン!!

 

大きな音が響いた!

 

三笠が右手に持つ軍刀で、床を叩いた。

その音に ビクン!と身を反応させる陸海軍の参謀達

三笠は、かつて見た事の無いような形相で、陸海軍の参謀達を睨むと、

 

「笑止千万!」と鋭く言い放った!

 

三笠の放つ鋭い眼光に身動き、返事一つ出来ない参謀達。

 

三笠は、身動きできない参謀達へ向け

「そなた達。統帥権を持ち出せば、全て思い通りに事が運ぶと思ってはおらぬか!」

そういうと、軍刀をぐっと握り。

「そもそも 統帥権とは、陛下が日本帝国陸海軍を統治し、指揮する権限。陛下の大権である、そなた達参謀如きが、軽々しく口にして良い言葉ではないわ!」

 

三笠は、静かに、そして言葉一つ一つを慎重に選びながら、重く

 

「君臨すれども統治せず」

と鋭く言い放つと、

 

「先々代の明治天皇陛下の頃より、当代の天皇陛下は自身の意向が、国政に深く影響を及ぼす事をご考慮なされ、積極的なお言葉を避けてこられた。しかし、当時の伊藤公、山縣公を始め、政府、軍の要人は 陛下の御意向を御推察し、それを見事に実行して見せた」

三笠の言葉に、深く頷く山本

 

「しかし、昨今の軍部は、統帥権の独立を憲法が保障している事を逆手に取り、内閣や国会、そして国民、何より陛下の御意志を無視して、独自の思惑により、満州事変、そしてノモンハン事件などの越境事案を起こしておる!」

三笠は、ぐっと両参謀を見据え

 

「これらの事柄。一度でも陛下の御裁可を仰ぎ事に至ったことがあるのか!ましては国会や御前会議に図ったことは!」と両参謀を睨んだ!

 

陸軍参謀は、声をかすれさせながら、

「そっ、それは当時の関東軍が行った事で、我々に責任は・・・」

と何とか言葉にしたが、

それには、山本は、

「陸軍参謀は、確か参謀本部の前は関東軍の勤務だったそうだね」と落ち着いて聞いて来た。

「そっ、そうであります」と返事をする陸軍参謀

山本は、いつもと表情を変えず、

「関東軍では、だいぶやらかしたようだな」と核心をついた。

 

「えっ!」と答える陸軍参謀

 

「なに、パラオの陸軍の少尉はパラオ提督と義兄弟と呼べる漢だ。泊地の子達も信用している、勿論私も三笠も良く知っている。」

そういいながら、

「いや、なに岡少尉が、陸軍の内部で冷遇されていると聞いて、それなら海軍にもらおうと彼の経歴を色々調べた」

 

その話を聞き、言葉を失う陸軍参謀

 

「君は、関東軍で、中華民国側へ越境した挙句、無抵抗の民間人を拷問に近い形で尋問し、あまつさえ、現地女性へ暴行を加えようとしたな」

 

「そっ、それは!」と答えに詰まる陸軍参謀

驚きながら、横に座る軍令部参謀が陸軍参謀を見た。

 

「そればかりではない。越境した事実を隠蔽する為に、岡少尉に罪を着せて、自害を強要!」

 

「ぐっ!」と唸る陸軍参謀

山本は、

「まあ、その時は少尉が自害してしまえば事が公になるという事で、越境の事実そのものをうやむやにした。君はその後、何事も無かったように参謀本部入りし、罪を着せられた少尉は、パラオへ左遷だ」

 

山本は、深く息をした後、腕を組み、

「陸軍参謀、君はその参謀飾緒をするに相応しい人物なのかい? 私にはとてもそうは思えないが」と鋭い視線で、陸軍参謀を見た。

そして、

「参謀とは、指揮官の懐刀。良識の府でなくてはならない存在であるが、その参謀が今回の様な不祥事を起こし、どうするのか、ハッキリしたまえ」と厳しく問い詰めた。

 

陸軍参謀は、視点が定まらず、口をパクパクと動かし、何かを必死で呟いていた。

横に座る、軍令部参謀はまだ少し落ち着きがあり、じっと山本と三笠を見ていた。

 

一向に答えの出ない陸軍参謀に向い、ついに三笠が席から立ちあがった!

右手に持っていた三笠刀を左手に持ち替え、右手が柄に掛かっていた。

 

「両参謀とも、今回のパラオにおける狼藉! 大変許し難い! そなた達は、泊地提督が接触を禁じた特務艦隊への武力威嚇、並びパラオ泊地艦隊旗艦由良に対する暴力、それだけで十分じゃ! そもそも由良は艦隊旗艦! 階級は大佐じゃ、そなた達下位の官位の者が手を上げて良いわけではないわ!」

そう言うと、急速に室内に、先程を上回る重圧な霊波が覆い尽くした。

 

三笠は、ゆっくりとした動作で、陸海軍の参謀達にまるで見せつけるかの様に、三笠刀を抜いた。

 

刃先に光が走る!

 

テーブル越しに三笠の握る三笠刀が、陸軍参謀の喉元へ向けられた。

曇り一つない、鋭い光を放つ切先が、陸軍参謀の眼前に迫った。

 

三笠は、静かに、重い口調で、

「特に、艦娘へ軍刀を抜き、切りかかるなど、言語道断! 他の者が許しても、この艦娘艦隊指揮官、戦艦三笠が許すとでも思ったか! この愚か者!」

陸軍参謀の目前、数センチまで切先が迫る。

 

陸軍参謀は、既に腰が引け、口をパクパクさせるだけで、声も出せない。

それもその筈だ、両参謀には歴戦の艦娘三笠の重厚な霊波がのしかかっているのだ!

 

声の出ない両参謀を後目に、三笠は

「由良を始め、パラオ泊地の艦娘は皆、明治天皇陛下より、地位と名誉を永劫に保障された、海神の使い。その艦娘に暴力を振るうなどそれこそ 陛下の命に逆らう不敬罪である」

そして、

「両名ともこの場で、儂の名において、成敗してくれる!」とぐっと三笠刀の柄に霊力を込めた。

 

光輝く 三笠刀

 

軍令部参謀は、もう呼吸すらままならない状態で、先程、廊下ですれ違った同期の言葉を思い出した。

 

“会議室を出た時、命が有れば儲けたと思え!”

 

その言葉の意味を今、感じ取った

 

陸軍参謀は、既に言葉を発す事も出来ず、失神寸前であった。

眼前に三笠の構える三笠刀の切先が、自分を狙い、微動だにせずある。

どの位時間が経過したすら間隔が麻痺して判断できないでいた。

数秒か、いや数分、もっと長く十数分か!

 

じっと切先の一点を見た。

「ひぃぃぃ!」

不意にその一点が自分目がけて突き進んだ気がし、異様を声を出してしまった。

しかし、まだその軍刀の切先は自分の眼前にある。

既に、全ての感覚が麻痺してきていた。

 

陸軍参謀と三笠が対峙して、暫く経ち、陸軍参謀が奇声を上げたのを見計らい、山本は静かに右手を上げ、

「三笠、その辺で」と声を出した。

 

三笠は、それを聞くと、流れるような動作で、右手を返し、大本営参謀達の前で三笠刀を鞘に納めた

 

「パチン」と鍔が鯉口に当たり、小気味いい音が室内に響くと同時に、重厚な威圧波動は徐々に霧散し、普通の空間へと変貌していった。

 

三笠は、軍刀を右手に持ち替えると、静かに席へついた。

そして、陸軍参謀を見ながら、

「他の将の制止なら無視もするが、イソロクの頼みなら、ここは収める。イソロクは儂と日本海海戦を共に戦い抜いた戦友」そう言いながら、

「次は無いと思え!」と鋭く言い放った。

 

深く深呼吸をしながら、ようやく意識を正常な状態へと戻した陸軍参謀

 

大本営参謀達が正常に戻るのを待って山本は、

「両参謀とも、今回の不祥事については、正式に陸海軍大臣に通知し、東京での軍法会議を申請する」

 

「軍法会議ですか!」と軍令部参謀が身を乗り出した。

「その通りだ。特務艦隊への接触を禁じた、パラオ泊地少将への抗命罪。艦娘由良に対する暴行。これは抗命罪も含まれる。そして何より由良はパラオ泊地旗艦であり、艦娘大権を有する身だ。これ以上の罪状は必要あるまい」

 

「しかし!」と陸軍参謀が反論しかけたが、

「しかし、なんだい?」と山本が聞くと、

「自分はあの不明艦隊の艦娘に暴行を加えられました! その件は!」

軍令部参謀も、

「自分も あの榛名似の艦娘に投げ飛ばされました」

すると、三笠は、

「黙らんか! 言わせておけば!」と再び立ち上がろうとしたが、山本が、

「三笠」といい、制止し、

「あの二人は、両名とも階級は中佐だ。君たちよりは同格、もしくは上だ。そもそも最初に武装小隊で威圧し、軍刀を振りかざして脅迫したのはどう説明する!」

「ぐっ!」と声に詰まる陸軍参謀

 

山本は

「今回は、証拠として音声付の映像もある。陸軍参謀、逃げられんぞ!」と厳しい視線を投げた。

 

答えが来ない陸軍参謀を見ながら、山本は、

「本来なら、この場にて両名を拘束し、東京へ送還させる所であるが、現在我が連合艦隊司令部は、マ号作戦に従事しており、大本営との間に不要な諍いは避けたい。よってマ号作戦終了までは、両名は本来の派遣目的である、マ号作戦関連の連絡業務に専念し、それ以外の活動については、制限する」

 

「ぐっ!」と息を飲む陸軍参謀

その横で項垂れる軍令部参謀

事実上の最後通告だ。

 

山本は、

「では、本来の参謀としての業務に専念してくれ。本日はこれまで」といい、両参謀に離席を促したが、両名とも席を立つ事が出来ないでいた。

 

「どうした?」と山本が聞いたが、横に座る三笠が

「こやつら、腰が抜けておる。情けないの」といい、席を立ち

「陸軍将校ともあろうものが、この程度の事で、腰を抜かすとは! これでは黄泉の国で乃木も泣いておるわ!」と言いながら、席を離れ、陸軍参謀の横へ立つと、

静かに、重く、

「命拾いしたの、次は承知せんぞ」と、三笠刀を右手に持ちながら、颯爽とその場を離れた。

山本、金剛も、それに続き席を立った。

 

会議室に取り残された大本営参謀達

結局、その後、陸軍参謀は連合艦隊司令部の要員に両肩を担がれ、迎えの車に放り込まれた。

軍令部参謀は、ふらつきながらもなんとか立ち上がり、おずおずと廊下へ出た。

遠巻きにこちらを見ている司令部要員達。

 

そんな中、先程の海兵同期が此方へ寄って来た。

近づくなり、急に、

「命はあったようだな」と声に出した。

「まあな、実際死んだようなものだ」

すると、連合艦隊司令部付きの同期は、

「まあ、三笠様に切り捨てられなかっただけでも、良かったと思え」

「ああ、しかし越権行為で、軍法会議にかけられる可能性がある」

それには、同期が、

「まあ、仕方なかろう。ただ今回の事は、お前は参謀本部将校に付き添う形で巻き込まれている。そこに多少情状酌量の余地がある」

「どういう事だ?」

すると同期は、声を潜め

「あの陸軍参謀は、元々曰く付きだ! 越権行為の常習犯。お前はそれに引きずり込まれたという事だ」

 

「うっ」と答えに詰まる軍令部参謀。

「いいか、作戦終了までは、本来の仕事に精を出せ! 上はそれを見ているという事だ」

そう言いながら、同期の参謀は静かに廊下を去って行った

 

「そうだな」と答えながら、静かに自分の宿舎へ戻った。

 

 

その頃、パラオ泊地外周部で待機、漂泊している護衛艦いずも艦内の艦娘区画の奥。

艦娘専用の医療施設がある区画では、こんごうとひえい、すずやが病衣をまとい 治療室の壁面に備えられた椅子に座り待機していた。

その観察室。透明なカプセル状の艦娘用の調整槽が3つ並んでいた。

複数のケーブルがまるで生き物の様に、繋げられ、それらは後方の監視室へと繋がるケーブルへと接続されていた。

それが無ければ、無機質な空間であるが、まるでリラクゼーションサロンの酸素カプセル室の様な感じである。

今日は、月に一度の艦娘の健康診断の日である。

こんごう達 スーパーイージス艦娘は、通常のDD型の艦娘達に比べ、霊力の消耗が激しい。

安全かつ確実な艦の運用を行う為に、一定期間ごとに、艦娘の体と精神のオーバーホールと言われる「霊力調整作業」を行う。

この時代の艦娘達の“入渠”作業に近いものがあるが、あれは、単純なお風呂に、高速補修材入りのお湯を張り、浸るもので、霊力の自然回復を目的としている。

従って、戦闘時の傷が大きい場合などは、何日も入渠と食事、休憩を繰り返す事になる。

しかし、時代は流れ、艦娘の医療技術は各段の進歩を遂げた。

その一つが霊体修復技術だ。

普段から、霊波動を計測する事で、各個人の艦娘の疲労度を監視し、疲労度に応じて、この艦娘治癒施設で、霊体の補正を行う。

その結果、各艦娘達は、常に最高のパフォーマンスを発揮できるのだ。

 

すずやはキョロキョロと、周囲を見回した。

薄いブルーの装飾がされた、綺麗な室内。

まるで、海の中を連想させる。

そこに並ぶ、3つの調整槽。

各調整槽は、透明なマテリアルプラスチック製で、見た目以上に強度がある。

薄い水色の病衣をまとい、こんごう、ひえい、そしてすずやがこの治療室に入り、待機していた。

キョロキョロと調整槽や周囲の機材を見ていたすずやを見て、こんごうが

「どうしたの?」と声を掛けた。

するとすずやは、

「こんな感じの所だったんですね。すずやあの時は意識がもうろうとしていて、良く思い出せないです」

「そう。ここもこれから毎月通うから、早く慣れなさい」とこんごうに言われて、やや赤くなるすずや

それもそうだ。

先程から少し目のやり場に困っていた。

 

霊波波動を精密測定する際、極力外部からの干渉を避ける為、服や装飾品は全て外す規定である。

ようは、丸裸状態で、調整槽に浸る必要があったのだ。

今は病衣を着ていたが、その下は…である。

チラチラと病衣の隙間から見える、こんごうやひえいの重厚な胸部装甲に目を奪われそうになりながら、すずやは、

「あっ、あのやっぱり脱がないといけませんか? これ」とヒラヒラと病衣を右手でばたつかせた。

「手順書は読んだでしょう。規則だからしっかり守ってね」とこんごうが笑いながら答えた。

「でも、超恥ずかしいですけど」と顔を真っ赤にしながらすずやが答えると。

横のひえいが、

「いいじゃん、今更。お風呂だって裸で入るでしょう」と言うと。

「でも、ほら」とすずや指を指した方向には、ガラス越しに、はるなやきりしま、そしてモニターと睨めっこ中のあかしの姿があった。

おまけに、部屋の隅には監視カメラも設置されていた。

すずやは、涙目で、

「カメラ越しに、皆見てますよ! きっと!」

するとこんごうは、笑いながら

「大丈夫よ、カメラの映像は記録用で、幹部と医療関係者しか見れないの。閲覧には司令の許可がいるわよ」

すると、すずやは、

「しっ、司令も見るんですか!」

それには、ひえいが、

「ぶ~、司令は関係者から申請があれば、審査して許可を出すだけで、画像は見ない」

横からこんごうが

「画像の点検は、艦娘のプライベートを保護する観点からいずも副司令が行っているわよ」

すずやは、

「でも、司令も艦娘なんですから、見る気になれば」

こんごうは笑いながら、

「大丈夫よ。その辺りの倫理的な部分はしっかりしている方ですし、もしそんな事をしたら、ね…」

「そうそう。いずも副司令が黙ってないって」とひえいが続けた。

ひえいは、

「ここまで来たら諦めが肝心よ、“艦娘は度胸、提督は愛嬌”っていうでしょう」

「ひえいさん、それ逆です」とすずやは突っ込んだ

「そっ、そうね。 でも比叡家ではいつもこんなもんよ」と胸を張った

 

その時、室内に放送が入った。

はるなの声だ。

「皆、準備はいい?」

こんごうがガラス越しにこちらを見るはるなを見た。

すると、こんごうが

「若干、一名駄々をこねてるけど、問題ないわよ」と右手を軽く上げた。

「じゃ、ブレスレットと服を脱いで、調整槽に入って」とはるながマイク越しに指示を出した。

こんごうとひえいは、各々の調整槽の横へ立つと備え付けのバスケットに左腕に装備した精神感応金属製のブレスレットを静かに入れると、慣れた手つきで病衣を脱ぎ、そのまま調整槽の中へ体を横たえた。

最初はドギマギしていたすずやであったが、恥ずかしがるすずやを見かねて、監視室のはるなが、室内の明るさを少し落とした。

やや室内が暗くなり、意を決してすずやは病衣を脱ぎ捨てると、調整槽の中へ飛び込んだ!

すずやが、調整槽の中で寝そべると、自然と頭がヘッドレスト部分にあたり、楽に寝る事が出来た。

体の下には、柔らかい樹脂でできたクッション状の物があり、体を優しく固定していた。

 

体に、調整槽の冷たい感触が伝わる。

「閉めるわよ」とはるなの声が,室内へ響いた

静かに調整槽のフタが自動で閉まる。

調整槽のフタ自体が半透明なので、フタが閉まっても回りが見えているだけ安心感がある。

 

ガコンという音がして、フタがロックされた。

「うう、超緊張してきた!」とすずやが、呟くと、耳元の小型スピーカーから

「そない、緊張せんでええよ。いつもと一緒で」とあかしの気さくな声が聞こえた。

「解るんですか?」とすずやが言うと、

「こっちで脈拍とか体温、艦霊波まで全部計測してるからね。少し脈拍が平常値より高いかな」とはるなの声がした。

続けて、

「それでは、調整液をいれるわね。すこし冷たいけど、直ぐに慣れるから」

ほんの少しひんやりとした感触が下から伝わってくる。

艦娘用に調整された高速補修材入りの調整液が、少しづつ下部から注入されてくる。

 

横の調整槽に入っているこんごう艦長をふと見ると、じっと目をつむって、完全に体の力が抜けているのが分かる。

そうしている内に、調整液は、肩を浸す程注入された。

しかし、ヘッドレストに頭を預けているので、顔が浸ることはない

静かに、目を閉じて深く息をする。

遠くに波の音が聞こえた気がした。

「まるで、海に浮いている感じ」とつい声に出た。

薄明るい室内の中 夕暮れの海の上で、波に漂っているようなそんな感触を受けた。

すずやは、知らない内に、睡魔に襲われスヤスヤと、そのまま深い眠りについた。

 

「よし、三人ともノンレム睡眠になったわね」と脳波測定をしていたはるなが言うと、

「いや~、相も変わらずこんごうさんの寝つきはいいですね」とあかしが、艦霊波モニターを見ながら話した。

「まあ、どこでも、どんな状況でも、寝る事が出来るのはこんごうの特技なのよね。でもノンレム睡眠時でも、艦にいる時は艦魂石と反応して、艦をコントロール出来るのもこんごうだけなんだけど」

あかしは

「あれでしょう。自衛艦娘の七不思議の一つ。前にこんごうさんに聞いた時、士官学校時代、立ったまま寝る事を覚えたら、出来る様になったとか言ってましたけど、本当ですか?」

すると、はるなは、モニターを見ながら、

「半分本当かな。士官学校時代、陽炎教官にしごかれて、立ったまま寝るというとんでもない特技を身につけたのは本当。でも寝たまま艦をコントロールする事が出来る様になったのは」そこまで言って、

「例の事件以降ですか?」とあかしが続けた。

「そうね、あの事件以降。こんごうは大きく変わったわ。」

「変わった?」とあかしが聞くと、はるなは

「クラインフィールドを自由に使える様になったり、意識下で艦をコントロールできる様になったり、こう普通の艦娘には出来ない、強力な艦霊波を制御できるようになった」

「へえ~」と答えるあかし

 

「で、その艦霊波の方は?」と後から、きりしまが声を掛けた。

「うん、三人とも安定してますね。こんごうさん、ひえいさんは以前と変化なし、すずやさんは、いい線行ってますよ」と嬉しそうに話すあかし。

「どの程度?」ときりしまが聞くと。

「う~ん、あたごさんとか、ちょうかいさんとかに並ぶクラス。やっぱり形式上は軽巡でも、重巡として見出されただけはありますね」

「じゃ、フル規格のAWS(イージスウエポンシステム)を搭載しても問題は?」

「はい、きりしまさん。大丈夫です。このあかしが保障しますよ」

「すずや型護衛艦の誕生ね」とはるなも嬉しそうに話した。

 

きりしまが、

「ねえ、はるな。話は変わるけど、今日の食堂の晩御飯は何?」と聞いて来た

するとはるなは、

「もう、きりしま。まだ計測作業中よ」

「いや、お腹がすいたし、それに測定はフルオートだし、モニター見てるだけって飽きるから」

「あ~、私も聞きたいです!」とあかしもモニター越しに声を上げた。

はるなは呆れながら、

「えっとね、確かタロ芋コロッケだったかな?」

「おっ! もろパラオ料理」ときりしまが嬉しそうに声を上げた。

「鳳翔さんが、仕込みをしてるから、後で手伝いにいかなきゃ」とはるながいうと、

「パラオ泊地には、食べ盛りが一杯いるもんね、量も半端じゃないし」

ときりしまは、大皿に山盛り盛られたコロッケに突進する、秋月達駆逐艦娘を思い起こした。

 

 

はるな達がそんな話をしている時、ほんの一瞬、はるな達はモニターから目を離した。

その時、ほんの少しこんごうの体が何かに反応し、動いた。

それに同調して、艦霊波もコンマ数秒乱れたが、記録装置上は、単なるノイズとして記録された。

 

深いノンレム睡眠の中、こんごうはまたあの場所に来ていた。

 

大海原を、舳先で切り裂き、進む一隻の戦艦

その戦艦の羅針艦橋で、その金色の髪を持つ黒いドレスの女性は、静かに艦長席にたたずみなら、前を見据えていた。

「へえ~、中も本物とそっくりなのね」とこんごうは後から声を掛けた。

艦長席に座るコンゴウは、しなやかな金髪を揺らし、

「失礼だな。こう見えても私も“コンゴウ”という名の艦の主なのでな」そう言うと

「久しぶりというべきか」と振り向きながらこんごうを見た。

こんごうはゆっくりと前へ進み、彼女の横へ並んだ。

「でも、この艦橋よくできているわ。以前見た金剛お姉さまの艦橋とそっくり」と言いながら、此方に飛ばされて来て、金剛と接触した際に乗艦した金剛の艦橋を思いだした。

「当たり前だ。あの艦とこの艦は兵装こそ違え、表裏一体。どちらも真でどちらも偽という事だ」

こんごうは、いぶがりながら、

「どういう事?」

 

コンゴウは、口元に笑みを浮かべ

「私のユニオンコアは、お前達と同質の物。いわば私はお前であって、お前は私であるということだ」

コンゴウは、続けて

「よいか、お前の祖母、母、そしてお前、この次元の金剛、そして私。共通するものは何だ?」

こんごうは少し考え、

「意地っ張りな所」と真顔で答えた。

 

コンゴウは、口元に笑みを浮かべ、

「流石、歴代の金剛の中でも、頭一つ抜けているだけはある。まあ意思が固いという事。金剛という名、名は体を表すというが、正にそうだ」コンゴウは続けて、

「まあ、私の場合は、思い込みが激しすぎて、危うく地球そのものを壊しかけたがな」

「えっ」と驚くこんごう

 

こんごうは、少し間を置き

「そういう事なら、貴方ね。この前私の体を乗っ取たのは!」と鋭い目つきでコンゴウを見た。

 

「私が、お前のコアのソースコードをハッキングしたと?」とコンゴウが聞くと、

「そうよ! あの時の映像は司令からの指示でロックされてよく解らないままだけど、私が意識をなくした後 誰かが私を使って死霊妖精を次元回廊の狭間へ送り込んだ!」

コンゴウは笑いながら、

「ふふ、そのようだな」

「そのようだなって! 何考えているの! 貴方!」とコンゴウを睨んだが、コンゴウは

「誤解するな、こんごう。 前にも言ったはずだ。 私は傍観者だと」

「傍観者」

「そう、私は次元の彼方からこの時代の流れを見る単なる傍観者。当事者ではない」

そう言うと、コンゴウは

「その鍵は、お前のここにある」と、こんごうの胸を指さし、

「お前自身の心の中、お前のコアシステムの中だ」

 

コンゴウは、そっと横へ並ぶもう一人の自分へ向い

「我が名はコンゴウ。強き意思を持つ者。 お前は何処へ向う こんごう」

 

「私は…」そう答えながら、意識を無にした。

 

静かに、時間だけが流れていた。

 

 

 

 





こんにちは、スカルルーキーです

「分岐点」 第43話をお送りいたします。
今回より、お話がトラック、そしてマーシャルと続いていきます。

最近、戦闘シーンを書いていませんね。(-_-;)

毎回、多くの方から、ご感想や誤字修正などを頂き感謝いたします。
過去作品においても、多くの方から用語等を修正して頂き感謝しております。
今後とも、本作品をよろしくお願いします。

次回は、「青い駒、赤い駒」です



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