分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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その人物は、強く、
「俺はたとえ大本営を敵に回しても、必ず新しい日本を築きあげる。」
そう 固く決意した。
歴史が、ほんの少しだけ、動いた。

しかし、その動きは大きな動きと変わって行く。




42 銃後の戦い2

 

話は少し遡って、こんごう達が、ルソン北部警備所を強襲する当日

ここ帝都の皇居内の会議室には、陸海軍の両大臣そして陸海軍の両総長が陛下の呼び出しを受けて、集まっていた。

 

広い会議室の中に大きなテーブルが一つ。

真っ白いテーブルクロス

皺や染み一つ無く、四角をしっかりと織り込まれていた。

そこに上座へ向うように並べられた四人分の椅子。

そこには、神妙な顔つきの陸海軍大臣と、陸海軍の総長が着席していた。

 

上座には、小さなテーブル、そして質素な椅子

一国の国家元首が座るには、質素過ぎるのではと思うが、平素より

「国民に臥薪嘗胆を強いるこの身。過分な装飾は避けよ」と、自ら進んで、質素な生活を送られている、今上天皇

静かに椅子に座り、目前の陸海軍の首脳部を見ていた。

 

その日の朝

軍首脳部へ「至急参内せよ」と陛下から ご下命があった。

軍首脳部の4名は、それぞれの公務を全てキャンセルし、指定された時間に皇居の奥、

会議室へ侍従長を先頭に案内された。

通常、御前会議や大本営会議などの、陛下の御臨席を仰ぐ会議で使用される会議室へ通された。

海軍大臣は、先導する侍従長の後を追いながら、会議室へ入る。

入口で、着席位置を案内する侍従長を見た海軍大臣は、一瞬侍従長が目配せしたのを見逃さなかった。

 

海軍大臣は、

“お呼びの件は、表向きはマーシャル諸島だが、本題はやはり、あれか!”そう思いながら、席に付き、まだ空席の前方の陛下のお席を見ながら、

“ここは頑張らんと、いかん! 戦闘開始だ!”と呟いた。

着席し、暫し待つと、ドアが開き、侍従長に案内された陛下が入って来られた。

即、起立し、一礼。

陛下は静かに、上座に着席されると、

「皆、楽に」といい、我々に着席を促した。

一斉に着席する。

 

じっと居並ぶ陸海軍の首脳部を見る陛下。

普段は、大変物静かで、落ち着いた雰囲気があるが、実はきちんと言うべき時は言う方である。

海軍大臣は、

“ご自分の言葉の重みを知るが故、陛下のお言葉は絶対である”そう感じていた。

 

一国の運命を左右する。

 

それはこの国の未来を左右する“お言葉”である。

 

陛下は静かに、四人の陸海軍の首脳へ

「本日、皆を呼んだのは、先般話のあったマーシャル諸島解放作戦の件である」と話を切り出した。

「先般の報告では、海軍連合艦隊がこのマーシャル諸島の海域を解放し、陸軍師団がマジュロへ侵攻し、島の奪還を行うとのことだが、如何か?」

すると、海軍軍令部総長は、

「はい、マーシャル諸島の海域解放は、海軍トラック泊地の連合艦隊旗下の艦隊を使い行います」

そして、陸軍参謀総長も、

「マーシャル諸島 首都マジュロ奪還につきましては、台湾に居ります陸軍師団一千名が敵前上陸し、奪還する予定であります」

すると陛下は、

「前回、その件につき、マジュロ残留の残留部隊の保護について其方に問うたが、返事を得ぬままであった。また民間人の救出については、如何にするつもりか?」

参謀総長は、

「はい、その件につきましては、現在調整しております」

「調整?」と陛下が聞くと、陸軍参謀総長は、

「はい、海軍軍令部総長の御厚意により、トラック泊地に駐留する航空戦隊を、我が陸軍師団の援護につけていただけるとの事。これで上陸部隊の安全は確保できた物と確信しております」

海軍軍令部総長も、追従して、

「陛下。現在第一、第二航空戦隊に 陸軍師団を援護するように、軍令部の意向を申し送っております。南雲司令ですので、そこは抜かりなく執り行うと思います」

 

すると、陛下は静かに考え

「意向というのは? 命令ではないのか? 軍令部総長」

軍令部総長は、慎重に言葉を選びながら、

「恐れながら申し上げます。今回の陸軍マジュロ奪還作戦への航空支援は、我が海軍の実施するマーシャル諸島の海域解放作戦、いわゆるマ号作戦の付帯作戦ではなく、陸軍の独自の作戦であり、軍議を起こして命令するより、陸海軍本部内の協議結果として航空支援を南雲へ打診した物であります。」

 

陛下は、

「では 軍令部総長。マジュロ奪還作戦は陸軍の作戦であるので、海軍は手伝い程度の事、詳細な軍議は不必要であると」

「はい」と短く答える軍令部総長

「軍令部総長。それでは重ねて聞くが、この陸軍師団援護に関して、マ号作戦を指揮する連合艦隊の山本とは話をしたのか?」

それには、

「いえ、今回のこの陸軍師団の援護につきましては陸軍の作戦であり、山本達の介入する余地はないかと」

すると陛下は、

「参謀総長、そなたは?」

「はい、一応現地へ大本営を代表して陸海軍の作戦将校を派遣しておりますので、それで十分かと」

 

陛下は、横へ控える侍従長を手招きすると、侍従長は、端のテーブルからトレーに乗せた書類を持ち、静かに陛下のテーブルの上に置き、また横へ下がった。

トレーの中には、複数の書類が入っていた。

その内、2冊の書類の束を取り出し、陛下は

「これは、陸軍参謀本部より提出された“マジュロ奪還に関する計画”、そしてこちらは海軍軍令部より提出された“マーシャル諸島の海域解放作戦の計画書”である」

といい、自らの手にその2冊の計画書をとった。

そして、

「各々の作戦、大変よく出来ておると思う」といい、両総長を見た。

「はっ、有難きお言葉」と両総長は揃って一礼したが、陛下は、

「しかし、なぜ同一の地域を深海棲艦から奪還するのに、各々別の作戦が必要であるのか?」

それには、海軍軍令部総長が、

「残念ではありますが、我が海軍の陸戦隊は、装備や人員の面で、陸軍師団より劣り、このような敵前上陸作戦後の長期の展開には不向きであります。その点陸軍師団であれば、敵前上陸、展開なども自在であると」

参謀総長も、

「我が陸軍は、海軍とは命令系統も違い、海軍の指揮下に入れば、混乱をきたすと思われます」

「では、そなた達は各々が独立して作戦を実行した方が、効率が良いということか」

そう陛下が問いただすと、参謀総長は

「はっ、その通りでございます」と返した。

しかし陛下は、

「確かに、参謀総長の考えは正論である。しかし、このようなやり方が何時までも深海棲艦相手に通用するか、甚だ疑問」

そう言いながら、両総長を見て、

「朝鮮半島、済州島の件については如何説明する! あの島が深海棲艦に陥落した際もそなた達は、各々独断で防衛戦を行い、陸海軍が混乱した隙に済州島への深海棲艦上陸を許した。その後の奪還作戦においても陸軍は、短期で奪還できると説明しておきながら、未だ糸口すらつかめておらぬではないか!」

とやや語尾を荒くした。

 

参謀総長は、やや頭を下げながら

「陛下、済州島奪還につきましては、我が陸軍、数度に渡る再上陸を試みましたが、敵深海棲艦は新種の陸上要塞型であり、済州島の要塞化が当初の予想を遥かに超えております」

続けて海軍軍令部総長も、

「我が海軍も、現在満州との航路確保を優先として、済州島の包囲網を構築し、航路確保の為 対馬を対応前線泊地として艦隊を派遣しており、抑え込む事が出来ております」

陸軍参謀総長は、

「今回のマーシャル諸島における陸海軍の奪還作戦は、本格的な深海棲艦の占領地域への反攻作戦であり、これを足掛かりとして、済州島の深海棲艦も殲滅。陛下へ吉報をお届けできるよう、陸海軍将兵 奮闘努力致します。」

両総長が一礼したが、陛下は、トレーの中にある1枚の紙を取り、

「そのマジュロ奪還について、前回 そなたは残留部隊は百名程度で、民間人の残留者は皆避難しており、民間人に犠牲がでる事はないと申した! しかし実際はどうなのだ!」

そう言いながらぐっと陸軍参謀総長を睨んだ。

押し黙る参謀総長。

陛下は、

「ここに 現地部隊が連合艦隊司令部へ宛てた報告がある! 現地守備隊はおよそ100名、その他マジュロ島に邦人、現地島民が900名、周辺諸島部に数百名が隠れ住んでいると報告が上がっておるが、軍令部はそう連合艦隊司令部より報告を受けておらんのか!」

そういい、軍令部総長を見た。

「申し訳ございません、多少情報が錯綜しており、現地部隊の報告が正確に伝わっておりません」

陛下は、

「前回の会議の際も、この件につき両総長へ問うたが、お前達は、確認もせず作戦を立案し、私の了解を取ろうなど、無謀ではないか?」

すると、参謀総長は、

「はっ、誠に申し訳ございません。しかしながら、マジュロは既に戦地であり、詳細な情報を得るには時間がかかり過ぎます。ここは一気に軍を進め事の収集を図るべきであると具申致します」

軍令部総長も、

「海軍軍令部も陸軍参謀本部に同意いたします」

「では、陸海軍の両総長は、マジュロの民間人については、犠牲を考慮せずという事か!」と陛下は厳しく言い張った。

参謀総長は、

「はい、本作戦は、奇襲により、敵前に上陸部隊を侵攻させ、一気呵成に上陸する所存であります。島民につきましては、前回の会議でもご説明いたした通り、周辺部の山岳地帯へ避難させて、被害を最小に抑える方向で検討しております」

すると、陛下は、

「侍従長。あれを」といい、侍従長を呼んだ

すると侍従長は、一冊の本と、地図を両総長の前へ出した

「これは?」と参謀総長が陛下へ聞くと

「それは、ナショナルジオグラフィックのマーシャル諸島を扱った号である、付属の詳細な地図があると思うが、参謀総長! マジュロを指し示してみよ!」と言われ、地図を覗き込む陸軍参謀総長

参謀総長は、目で島々を追うが、全て英語で記載された地図に、マジュロを見つけ出す事が出来なかった。

横を見て、軍令部総長を見たが、同じく島を見つけ出す事が出来ない様子であった。

遂に見かねて、海軍大臣が

「ここだ!」といい、一つの島を指示した。

「ここで御座います」と参謀総長が返すと、陛下は

「その島を見よ!」

じっと地図に書かれたマジュロ島をみた。

そこには、礁湖と呼ばれる島の中央が陥没し海水で満たされた湖が存在する独特の島があった。

陛下は、

「そなた達は、前回の会議でも、守備隊、住民は山岳地帯へ逃げ込んだと申したが、その島のどこに山がある!」

無言になる参謀総長

「そなた達は、攻めろ攻めろと言うが、相手はこの世界で最も海を知り尽くした種族、深海棲艦である。その深海棲艦相手に、満州の様に力押しで戦いが出来るとは到底考えられぬ! 作戦地域の地理一つ熟慮せぬそなた達は、本当に本作戦を成功させたいと思っておるのか?」

すると参謀総長は、

「はっ、本作戦は陸軍参謀本部の若手参謀が中心となって立案した物であり、多少不手際の所がありますが、これも経験であると考えて了承した次第であります」

「しかし、そなたは、了承した限りは、本作戦において責はあるのではないか! それは裁可を与えた私も同じである。この様な現地の状況が把握されていない状況では、作戦の成功はおぼつかない。陸軍はもう一度作戦を検討し直す事」

しかし、それには参謀総長は、

「陛下、恐れながら申し上げます。既に本作戦の概要にそって台湾の師団に出動を命じており、輸送の船団も間もなく台湾に入港いたします。陸軍と致しましては、このまま作戦を実行致したいと思います」

軍令部総長も、

「海軍に置きましても、既に連合艦隊司令部へ作戦を下命しており、海域解放作戦に向けた作戦立案を行っております、この段階で陸軍の作戦を割り込ませるなど」と答えた。

「では、陸海軍とも、作戦は独立して行うという事か?」

「はっ、」と一礼する陸海軍の両総長

ここまで言えば、陛下は了承してくれるに違いないと思ったが、陛下は、

「作戦の実行については 前回も申したが現地島民並びに邦人の安全を第一にする事 これは絶対条件である」

それには、参謀総長が

「しかし、陛下。一旦戦闘が始まれば、住民の保護は戦火が収まるまで、待つしか」と言いかけた所で、海軍大臣が、

「よろしいでしょうか」と割って入った。

「海軍大臣、何か?」と陛下がお聞きになると。

「ここは、現地に一番近い、山本と三笠大将に任せましょう」

「山本と、三笠か?」と陛下が聞くと、

「はい、山本がトラックから自分に宛てた私信によれば、既に連合艦隊司令部では、マジュロ島の人質救出に向け、作戦を立案しているとの事です。陸軍の上陸作戦の前に実施できれば、民間人の被害は最少で済みます」

すると陛下は

「最少か?」と聞いて来たが、

「はい、どのような作戦になるか、詳しくは聞いておりませんが、既にあの海域での解放作戦を立案しており、周辺部の検討も進んでいるとの事。経験豊かな三笠大将もついております。被害が限りなく少なくなるよう立案すると思います」

それには、軍令部総長が、

「軍令部では、その様な作戦があるとは聞いていない!」と反論したが、海軍大臣は、

「軍令部は先の情報漏洩の件もある。住民救出は極秘裏に行わなければならない。迂闊に漏洩の恐れがある部署へ話などできるものではない」

海軍大臣は、

「マ号作戦は、マーシャル諸島全域の深海棲艦の排除が目的です、その作戦に先立ち、最大の懸念事項であるマジュロ島の民間人の安全の確保を行うのはごく自然の事」

陛下は少し考え、

「既に山本達は動いておるという事か?」

「はい」と答える海軍大臣

陛下は、

「では、マジュロの民間人の保護については、連合艦隊の山本並びに筆頭秘書艦である三笠へ一任する。」

「我が陸軍の上陸作戦は!」と参謀総長が声にだしたが、

「連合艦隊によるマジュロの民間人保護、その後陸海軍のマーシャル諸島での作戦を実行とする」と陛下は言うと、そのまま終始無言の陸軍大臣へ向け

「陸軍大臣。何か意見は?」

すると指名された陸軍大臣は、一礼し、

「御意のままに」と短く答えた。

この瞬間、事実上マーシャル諸島マジュロ人質救出作戦は、連合艦隊主導で行われる事が決定した。

 

やや不満顔の参謀総長ではあったが、陛下が決定された事を今更覆すわけにもいかず、一礼して了承した。

 

陛下は、静かに別の話を切り出した。

「その連合艦隊 筆頭秘書艦三笠より、“パラオ泊地に現れし、所属不明艦隊について”という事で話が参っている」

といい、テーブルの上に置かれたトレーから、1冊の書類を取り出した。

参謀総長が、

「陛下、その件につきまして、上奏申し上げます。我が陸軍の現地パラオ駐留部隊を通じ、その艦隊について調べましたが、艦船は6隻、巡洋艦4隻、小型空母2隻、国籍は日本国を名乗り、海軍旗を掲げているとの事。」

軍令部総長も

「その不明艦隊について、参謀本部より照会を受け、軍令部内部でも調査致しましたが、該当する艦隊はなく、また海軍省艦政本部にて建造等についても関与しておらず、停泊していると思われるパラオ泊地を管轄する第四艦隊並びに、連合艦隊司令部へ問い合わせを致しましたが、現在まで回答がございません。」

軍令部総長は、続けて

「このままでは埒があきませんので、トラックに居ります大本営の参謀二名をパラオへ派遣し、この不明艦隊を確認。もし他国の艦隊が偽装しているのであれば速やかにこれを接収して、我が海軍の戦力と致したいと思います」

参謀総長も、

「陸軍参謀本部もこの意見に同意致します。」

すると陛下は、静かに、両総長を見て

「そのパラオに駐留する不明艦隊。便宜上“特務艦隊”とするが、今後帝国陸海軍の関与を一切禁止する。“手出し無用”」

「へっ、陛下!」と参謀総長が身を乗り出した。

「陛下、恐れながら。その様な不明艦隊を長期に泊地に停泊させるなどパラオ諸島を武力制圧されかねません!」と軍令部総長も反対の意を唱えた。

 

しかし、室内に鋭い声が響いた!

 

「両総長! 陛下の“勅命”である。控えろ!」

鋭い眼光で、陸海軍の両総長を睨んだのは、陸軍大臣であった。

 

声を出す事も出来ない両総長を見据えながら、陸軍大臣は、

「陛下、宜しければ、そう御判断された理由をお聞かせください」

すると陛下は、手に取った書類を見ながら、

「この三笠の報告によると、その特務艦隊は、自然発生的にその海域へ現れた日本国に帰属する艦隊であるとの事、艦の艦長は全て艦娘である」と言いながら、

「この様な事は、過去に前例がないとはいえ、自然発生的に艦娘が現れる事について、横須賀の大巫女はその可能性を否定しなかった。私は三笠の報告を枢密院議長と協議した結果、その者達をこの日本へ受け入れる事を決断した」

すると軍令部総長が、

「陛下、では艦艇であれば我が海軍へ編入するべきであると具申いたします」

しかし、陛下は、

「この艦隊については、自然発生的に出現した。即ち神のご意思により、発生したと考察する。よってこの艦隊には艦娘大権を授けると共に、帝国軍へ編入せず、自由裁量を与える」

陸軍大臣は

「神のご意思ですか」

「そうである」と陛下が答えると、参謀総長が、

「そのような者どもを、我が国に受け入れるなど危険であります! 直ぐに軍を差し向け接収すべきかと」

すると、陛下は

「この三笠の報告によると、その艦隊の火力は超大であり、現行のどの艦隊をもっても対抗出来ぬとある。既に彼らより、連合艦隊へ協力する旨を受けているとの事、そうなれば地位と名誉を保障した艦娘大権を授け、我が日本国と国民の為、共同戦線を行うが得策と考えるが」

陸軍大臣は

「それも一理あるかと」

 

陛下は、

「それでは、この特務艦隊については、以後秘匿戦力として扱い、公表は一切せず、その行動に制限を設けず、帝国陸海軍の関与を禁止する。なお当面この艦隊の対応を連合艦隊山本、並びに三笠へ任せる事とする」

 

「しかし!」と参謀総長が声にしたが、

「陛下の御前である! 見苦しいぞ!」と陸軍大臣が睨んだ。

 

了解の意思を表す為、皆で一礼した。

 

侍従長が前へ進み出て、

「本日の会議は、これにて終了いたします。なお陸海軍両大臣には、陛下より別件にてお話が御座いますので、そのままお待ち下さい」といい、陸海軍の両総長の離席を促した。

起立して、一礼し、席を離れる陸海軍の両総長

 

控えていた宮内省職員に案内され、退室していく。

静かにドアが閉まると、陛下は

「両大臣、私はこの後 来客と面会がある。ゆっくりとしていくが良い」といい、急に席を立った。

「へっ、陛下!」といい、慌てて席を立つ両大臣

すると陛下は、笑顔で

「ここは宮中。壁も障子もしっかりしていますよ」といい、笑いながら別のドアから退室された。

深々と一礼して見送る陸海軍大臣

 

二人会議室へ取り残された形となった。

「まあ、立ったままもなんだ」といい海軍大臣が座ると、

渋い顔で陸軍大臣も座った。

すると、再びドアが開き、宮内省の職員が、お茶を持ってきてくれた。

二人の前へ静かに湯呑を置くと、

「御用の際はお呼び下さい」と一礼して退室していった。

海軍大臣は、椅子の向きを直し、陸軍大臣へ向うと

「折角、陛下が御膳立てしてくれたんだ、有難くここを使わせていただこう」と話を切り出した。

すると、陸軍大臣は

「お前は、ここより神楽坂の料亭辺りの方がよかったのはないか! 米内!」

「そうしたいのは山々だが、あそこは壁も障子も薄くてかなわんよ。東條」

そう言うと、海軍大臣の米内は、

「まず、お詫びからいこう」と話し始め、

「前回の大本営会議の際、頭越しに叱りつけて申し訳ないと、海軍神社の大巫女様より伝言を預かっている」

すると、陸軍大臣の東條は、

「ふん、致しかたない。陸軍としては、あそこで“資源確保の為の南進政策”を出さなければ、参謀本部内で弱腰とされ、若手参謀達が何をしでかすか分かった物ではない。二二六事件の様な事は御免だ」

米内海軍大臣は、

「そちらとしては、いいガス抜きになったという事か」

「いや、単に弱火になっただけで、依然として開戦派は健在だ。あの参謀本部付き中将の一派が主導して、若手を焚き付けている。一部の新聞や知識人どもも同調して軍内部に、新統制派とも呼べる派閥を作りつつあるぞ、米内」

「それについては、此方も頭が痛い。軍令部内部にも同調者が多い。うちの総長は対米開戦には慎重な姿勢だが、此方も若手参謀達に引きずられる形だ。省内は何とか持ちこたえているがな」

東條は、少しお茶を口に含むと、

「あの中将一派の目的は日本にナチス政党を作り上げる事だ!」

「ナチス党か!」と言うと、

「ああ、あのアドルフ・ヒトラーという男、確かに知略家であるが、問題はその取り巻きだ。宣伝相のゲッペルス等に祀り上げられているとしかいいようがない。中将一派の目的は担ぎやすい神輿を探し、そして祀り上げ、背後から操り、事を上手く運ぶ算段だろう」

米内は東條を見て、

「奴らは最終的に何を目的にしている? 東條」

「うちの若い奴を中将の研究会と称する講演会に参加させて探ったが、最終目的は新世界の分割の分け前にありつく事だ」

「新世界分割の分け前?」と米内が聞くと、

「奴らは、既に水面下で独逸と接触し、三国同盟の早期交渉再開について検討している。

ヨーロッパを制した独逸、アジアを制した日本、二者で世界の富を分け合おうという構想だ」

米内は、

「そんな与太な話、陛下がお許しになるとおもうか!」

「米内、さっきも言ったはずだ! 担ぎやすい神輿を探していると!」と東條が声を上げた。

「おい、まさか!」

東條は表情を厳しくして、

「今上天皇陛下は、決してそのような無謀な事はお許しにならない! 奴らは自分達の意向に沿う親王を説き伏せ、交代劇を画策している」

米内は、

「おいおい! いくらなんでも無謀だぞ。陛下をご退位させて、別の親王を即位させるなど!」

すると東條は、

「確かに平時なら出来ない。しかし戒厳令下ならどうだ! この帝都が空襲され戒厳令が発令され、一時的に軍部が主導権を握る。今上天皇陛下の安否不明という事で、別の親王を名代として即位させ、陰から操る」

米内は驚きながら、

「奴ら本気か!」

東條は、

「今の所は、もしもの話で通っているが、現実問題、否定できまい!」

東條は声を潜め、

「奴らはその為なら、深海棲艦でも使う。例のルソンを経由して、此方の意向を伝え、手引きしたと考えられる。これは“もしも”の話ではなく“いつか”という事だ」

米内は、

「そう遠くない日という事か!」

「ああ、ただ問題もある。軍部のみでこれを行えば、世論の反発は必至。“陸軍がやるなら、致し方ない”という世論を作り出す必要がある」

米内は少し考え、

「それで、マジュロ奪還を成功させ、世論を煽り、“陸軍ここにあり”を宣伝する目的か!」

すると東條は、

「マジュロに関してはそれだけではなく、不手際の隠滅も兼ねている」

「いよいよ、外道だな」と米内は呟いた。

東條は、

「俺が知る範囲はここまでだ! あまり奴らに接近し過ぎると、此方まで火の粉が降りかかるからな」

「いや、これでだいぶ話が繋がった。流石、お上が信頼するはずだな」

 

東條は、鋭く

「米内、ルソンは今日か?」

「ああ、既にパラオを奇襲部隊がヒ12油槽船団を護衛して出港した。明日の夕刻には大本営は大騒ぎだな」

「確か、自衛隊というそうだな、その特務艦隊」

米内は、静かに

「お見通しという訳だな、確かパラオにはお前の子飼いの少尉がいたな」と言いながら

「陸軍特務陰陽師部隊。霞部隊、満州を中心に各部隊の行動を裏から探り、“カミソリ”と言われたお前に報告する部隊と聞いたが」

「そんな大した事はない、米内。ただ真実を知る為には、多少は非合法な部隊も必要という事だ。お前の所の青葉部隊と同じだ!」

すると米内は笑いながら、

「ありゃ、完全に青葉の趣味だ! それに宇垣が予算をつけて、艦娘達を組織的に運用しているに過ぎんよ」

そう言いながら米内は、

「前から聞こうと思っていたが、あのパラオの少尉、確か岡と言ったな。彼ほどの術者なら、土御門の一門なのか?」

すると東條は、

「これは口外するな。奴の力は国内でも屈指だ。陛下の護衛につけたいと俺は本気で思っている。元々彼奴は、土御門でも有力な術者だった。幼少の頃、諸般の事情を考慮して、広島の分家に養子にだされた」

「諸般の事情?」

「将来、土御門の姓を名乗れば回りが警戒する。それを苦慮した本家が彼の将来を見据えて一門から外へ出した」

「ほう」と答える米内

米内は少し間を置き、

「東條、例の件考えてくれたか!」

「あの、あきつ丸が持ってきた件か?」

「そうだ!」と米内は言いながら、ぐっと東條をみた。

「陸海軍統合幕僚組織か」

「ああ、東條。今回のマーシャル諸島の件もそうだが、俺達は、何かといえば“統帥権”を使い、反抗勢力を潰してきた。そして陸海軍が、各々の思惑に沿って軍務、軍政を進めてきた」

「ああ」と答える東條

「今日の陛下のお話ではないが、このままでは我々は戦略的に思考が欠如したまま、深海棲艦との闘いを続ける事になる。そうなればいつか行き詰まり、お手上げ状態だ」

「満州の再来か?」

「そうだ、東條」と言いながら米内は、

「明治、大正の世なら、現行の組織でも何とかなった。しかし、ここまで統治領が広がり、幅広い軍務、軍政が求められる中、限られた資源、人材で事を成そうとすれば、陸海軍が独自に歩むことは困難だ」

続けて、

「元々、明治の頃、伊藤公を始め、政府の首脳陣は皆 軍人上がり、我々軍と阿吽の呼吸で、外交を進めて来たが、今は官僚を始め、民間人が大多数だ。この様な中、外交と軍がバラバラでは、いつかそう遠くない日に、政府は崩壊するぞ」 米内は続けて、

「東條、それに今の大本営は“統帥権”を使い、政府を押さえ込んでいる。確かにお前達、統帥派と呼ばれる者達にとっては統帥権という言葉は便利な言葉だ。しかし、その統帥権を濫用すれば、その責任は誰がおとりになる! ほかならぬ陛下だ! 今の大本営はその事を理解していない。まるで統帥権を免罪符と勘違いしている!」

 

丸い眼鏡越しに表情を厳しくし、押し黙る東條

 

「耳が痛いな」と呟く東條

米内は語尾を弱め、

「俺達は有頂天になり過ぎた。ここで自ら襟を正さねば、取り返しのつかない事になるぞ」

東條は、

「その答えが、文民統制か? 米内」

「あくまで、一つの案だ。陛下が任命した文民の国務大臣の下に、陸海軍が統率される。それにより、軍事に対する政治の優先を確保する。」

「ふん! 米内、それもあの自衛隊の入れ知恵か?」東條がそう聞くと、米内は

「確かに。だがな東條、彼女達はそれで、80年間どことも戦争をしていない。俺達よりよっぽど立派だ!」

米内は、

「俺達は軍人だ! 生き馬の目を抜く様な国際政治の舞台で丁々発止渡り歩くには、経験不足だ! 軍人は軍人らしく、戦場で戦うべきだよ」

米内はそう言うと、

「陛下の御為とは、陛下ご自身の為ではなく、この日本国の為でなくてはならない。そこを間違えるな」と静かに米内は東條に語った。

 

米内は、ぐっと東條を見て

「310万柱!」

「何だその数字は、米内」

米内は静かに、

「あの自衛隊のいた世界では、真珠湾攻撃が成功し、対米開戦、そして深海棲艦を巻き込んだ世界大戦へと発展し、日本は敗戦。日本の軍民合わせての戦死者は・・・」

「310万人か!」と東條は身を乗り出した!

「そうだ、次元が違うとはいえ、もしかしたら俺達が歩んだ道、いや一歩間違えばこれから歩む道だ! ここは何としても、対米開戦阻止、そして深海棲艦との和睦。それ以外に俺達 日本の生き残る道はない!」

すると東條は、表情を厳しくしながら、

「もし、そんな事をすれば、若手将校どもが黙っていないぞ! それこそ命を狙われる!」

「東條! なにを今更! 310万対1 俺の命一つで国民が目覚め、不戦の決意をしてくれるなら、安い」米内はそう言いながら、胸のポケットから1枚の紙を取り出した。

そしてそれを東條に渡した。

「これは?」

「読んでみろ、東條」

そこにはこう記載されていた。

 

“服務の宣誓”

“私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います”

 

米内は、

「それは、自衛隊の“服務の宣誓”というそうだ。自衛隊と言う組織に入隊した時、最初に行う儀式の中で読み上げ、宣誓する」

米内は続けて、

「それを見た時、俺は思った。確かに自衛隊のいた世界では、日本は破れた。しかし、その後歩んだ道は間違いなかった。80年間不戦の誓いを守り続けた」そして、言葉に力を込め、

「310万人の犠牲を無駄とせず、その礎の上に新しい国家を築き上げた彼女達。俺達にそれが出来るのか! 東條!」

 

黙る東條

 

米内は、

「俺はたとえ大本営を敵に回しても、必ず新しい日本を築きあげる。彼女達へ続く未来の為にも、俺には、その責任がある!」

 

「米内!!」

東條は身乗り出し、

「東條、お前はどうする」と米内は東條をみた。

 

「おっ、俺は・・・」と言葉が出ない東條

 

そんな東條を見ながら、米内は席を立ち、そっと東條の肩を叩いて、

「今日はここまでにしよう。答えは急がん。だがしっかり考えてくれ」

そういい、席を離れ、静かに会議室を後にした。

東條は、姿勢を正し、先程まで、陛下がご着席されていた上座を見て。

 

「陛下、自分は・・・」と静かに呟いた

 

 

 

 

 

時は数日流れ、再びパラオへと戻る。

ルソン北部警備所を強襲したこんごう達は、無事パラオ近海まで帰還したが、自衛隊司令より“今朝から大本営の連絡将校が探りにきている、入港時間を遅らせろ”との指示を受け、本来お昼前に入港するところを、夕刻に変更し、無事泊地外周部にある自衛隊漂泊地へ入港した。

夕闇迫るなか入港が終わると、こんごうは即留守番役の二人の艦娘を護衛艦こんごうの士官室へ、呼び出した。

 

そして、今その士官室は異様な重圧に包まれていた。

 

士官室の床にきちんと正座して、うなだれる二人の艦娘。

「はるな」 と 「きりしま」

 

 

そして、その二人の後方では、椅子に座り、

「ああ、やっぱり」とやや諦め顔のひえい、状況が呑み込めず目を泳がせるすずやの姿があった。

 

そして、正座をしながらうなだれる はるな達の前には、仁王立ちで腕を組み、じっと鋭い視線で二人を見下ろすこんごうの姿があった。

そのこんごうが放つ、重圧な艦霊波は今、室内を覆い尽くし、はるな達の両肩に大きく圧し掛かっていた!

正直、すずやなどは、目まいを覚えそうな威圧感である。

 

バン!

 

急にこんごうが、壁面に据え付けられた大型モニターを叩き!

「えっ! いったいどこをどうしたら、こういう事になるの! 説明して!」

 

モニターには、その日の午前中に起きた、ちょっとした騒動の記録映像が流れていた。

守衛所の監視カメラの映像は、きりしまに締め上げられ、気を失う陸軍参謀を映し出していた。

「ごめんなさい、反省してます」ときりしまが、蚊の鳴くような声でいうと、

「本当に御免なさい」と涙目ではるなも追従した。

 

こんごうはぎっと視線を鋭くして!

「いい、幾ら相手が、軍刀を抜いたからって、艦霊力使って相手を締め上げるなんて論外です! おまけに平手打ちまで! 良い事! 貴女達は、八千トン級の護衛艦を操る事のできる艦霊力の持ち主よ。この時代で言えば、三万トン級の超弩級巡洋戦艦の霊力。生身の人間が真面に食らえば、骨折なんてもんじゃ済まないわよ!」

 

するときりしまは、

「うん、だから叩く瞬間、一瞬だけ霊力を込めた」と言い訳してみたが、

こんごうは、鋭い声で

「だから、問題はそこじゃなくて、なんでそんな暴力沙汰になるまで状況が悪化したのかって事を聞いてるわけ!」

それには、はるなが、

「こんごう、私達もね、事を穏便にしようとしたけれど、向こうが勝手にヒートアップして先に由良さんを突き飛ばしたの。おまけに小銃まで持ち出すし」

とオドオドしながら答えた。

こんごうは、視線をはるなへ向けると、

「はるなも、変にきりしまを焚きつけないでよ! 本当なら貴方が止めに入る所でしょう」

「うう、ごめんなさい」

 

ひえいが、そっと席を立ち、

「こんごう、その辺にしてあげたら。」

「ひえいは黙ってて!」とこんごうはひえいを見たが、

ひえいは、意地悪な視線をこんごうへ向け、

「へ~、いいのかな。どこかの誰かさんは、水着を見られたとか言って、職務中の少尉さんを問答無用で引っ叩いたのよね~」

 

「えっ」と急に表情を変えるこんごう

 

きりしまとはるなも反撃のチャンスは此処しかないと思い、

「ねっ、ひえいもそう思うでしょう! 私はちゃんと手加減したけど、少尉さん思いっきり腫れてましたね・・」ときりしまが、切り込むと はるなが、

「おまけに怪しいからと言って、9mm拳銃で小突きまわしてましたよ」とはるなが追い打ちを掛けた。

 

「ううう」と焦るこんごう

 

完全に形成が逆転した、3対1で、こんごうが責められる立場だ!

室内を覆っていた、重厚な霊力が霧散したのを見計らってひえいが、

「まっ、二人とも反省してるんだし、これ位でいいじゃん」

 

「うう、まあいいわ」といい、こんごうは二人へ、

「二人とも、今後は気をつけて」

「はい」と胸を撫でおろす、はるなときりしま。

二人揃って立ち上がると、士官室のテーブルについた。

 

ひえいは席に戻りながら、

“そう言えば あの時少尉さん、こんごうに思いっきり叩かれながら、あの程度で済んでるってどういう事なの? 普通の人間なら、気を失っているわ。”そう思いながら

“ふふ、これは面白そうな展開”などと思いつつ、席へ腰掛けた。

 

こんごうは、前に座る はるなと きりしまへ向い、

「今回の件は、由良司令より、“まあ相手が先に手を出した”という事で、問題視せずとするそうです。泊地提督さんからも、“由良さん以下 艦娘達に怪我が無くてなにより”との伝言です。以後、気をつける様に」

「はい」と一礼する、はるなときりしま。

 

こんごうは、前方のモニターを切り替え、

「さて、頭を切り替えて」といい、皆をみたが、 きりしまはこんごうをみて、

「話をすり替えたね」といい、はるなも

「そうそう、私もあそこで少尉さんと何があったか聞いてみたいわ」と意地悪な視線をこんごうへ向けた

 

「ううう」と顔を引きつらせ、真っ赤になるこんごう。

「ほら、二人ともその辺にしないと、こんごうがその手の話に免疫がない事、知ってるでしょう」とひえいが助け舟をだした。

室内に暫し、笑いが響いたが、こんごうが、

「まあ、そのことは置いといて」といい、

 

「皆、既に知っていると思うけど、連合艦隊が実施するマーシャル諸島の解放作戦、マ号作戦について、私達自衛隊艦隊も、実働部隊として参加します。」

そう言いながら、モニターにマーシャル諸島の海図を表示した。

「現在までの作戦概要は次の通り、まずパラオ艦隊が、マーシャル諸島とトラック泊地の中間点の潜水艦掃海作戦の為、出撃します。内容は、旗艦は瑞鳳さん、陽炎教官に、長波さん、秋月さんを伴っての出撃です。此方は、旗艦はいずも副司令、私に、ひえい、はるなです」

「私とこんごうは、マジュロ班でいいのよね」とひえいが聞くと、

「ええ、パラオ艦隊は主に対潜活動、私とひえいは マジュロ奪還作戦の予定です」

こんごうは、海図をレーザーポインターで指し示しながら、

「私達とパラオ艦隊は、合同で艦隊を組んで、トラック泊地手前まで行きます、その後瑞鳳さん達は、トラック泊地へ入港、私達はさらに前進して、このコスラエ島、今のクサイ島の沖合まで前進します」

「ええ! トラックいかないの!」とひえいが声に出した。

「残念です、せっかくおばあ様の現役時代が見れると思ったのに」とはるなも残念がったが、こんごうは

「まあ、仕方ないわよ。私達は秘匿戦力です。堂々と衆人環視の中に入るわけにはいかないの」そう言いながら、

「また、面倒な事起こしたら今度は承知しません!」と釘を刺した。

 

こんごうは、話を戻して、

「パラオ艦隊はその後、燃料を再補給し、トラック防衛の前線拠点、ポンペイ島まで前進し、その後対潜活動に入ります。はるなは、その頃パラオ艦隊に合流してね」

「はい」

「私とひえいは頃合をみてマジュロへ潜入し、住民脱出の準備作業に入ります。」

するとひえいが、

「潜入から、脱出までの時間は?」

「二日って所かな?」

「えっ、半日とかじゃないの?」とひえいが聞くと、

「問題は二つ、一つは住民がマジュロ本島だけでなく、周辺の小島にも隠れている事。その人達を集めるのに時間がかかる事。それとこれが最大の問題。連合艦隊からの情報では現地の族長が、今度日本軍が来たら叩き返すと豪語しているという事なの」

「なに? それ」ときりしまが言うと、

「現地の人達は、島が海上封鎖され困窮しているのでは?」とはるなが聞いて来た。

「確かに困窮しているのは事実なの、あと2ヶ月物資が持つかぎりぎりだそうよ。ただ現地の族長は自分達を置き去りにした陸軍を大変恨んでいるみたいなの」

「それって陸軍の失態でしょう、なんで海軍が関係あるの?」とひえいが聞くと、

「その辺の事がよく解っていないの、とにかく私が先行上陸して族長を説き伏せて撤退させる必要があるという事よ」

「でも、日本軍の言う事は聞かないんじゃないの」とはるなが聞くと、

すずやが、

「あの補足していいですか」

「なに?」とこんごうが聞くと、

「あのミクロネシア地方は、大変海洋信仰の強い地域です。海神を崇める風習が今も生活のあちこちで見られます。そんな人たちにとって、“艦娘”は海の神、戦船の守り神として信仰の対象となっています。陸軍の話は聞かなくても、私達の話なら可能性が」

「そういう事ね」とこんごう

 

「はるなは、瑞鳳さん達と、対潜活動をお願い。多分うじゃうじゃいるから、思いっきり狩り出して」

 

「任せて、大丈夫です」とはるなは元気に答えた。

こんごうは、

「多分、その対潜活動に触発されてマーシャル諸島から艦隊が出てくると思うわ、その時は三笠様が対応してくれるから、無理しなくていいそうよ」

はるなは、少し考え

「もしかして、私達の対潜活動って 敵情報の収集が目的?」

「まあ、対潜哨戒が本命だけど、敵情報収集をいずも副司令の部隊が行う予定だから、あながち間違いではないわね」

はるなはニコニコしながら、

「じゃ、少し荒らしても大丈夫よね」

こんごうは、

「程々にしてよね、後片付け大変なんだから」

こんごうは、話をきりしまへ向け

「きりしまは、後続部隊として、由良さん、あかし、そしてルソンから来る油槽船団を護衛して、トラック経由でコスラエ島へ向って。」

「あかしも出るの?」

「ええ、多分戦闘で損傷艦が多数でる事が予想されるから、コスラエ島で待機、場合によっては、マジュロ作戦で住民撤退を手伝ってもらう」

きりしまは、

「由良さんと油槽船団は、トラックで分離なの?」

「油槽船団はトラックへ入るわ、由良さんはその後 瑞鳳さん達の指揮の為 パラオ艦隊へ合流して、連合艦隊の指揮下へ入る予定よ」

「きりしまは、その後は、パラオ艦隊の防空担当艦として、秋月さん達の補佐をお願い」

「了解!」

「陽炎教官達の改修はどう? きりしま」

「予定通り、訓練も開始しているから、問題なし。射撃指揮装置を使った砲戦訓練も開始したわ、結果も計算通り!」

「分かったわ、明日の朝、泊地提督と由良司令達が、大艇でトラックへ打合せに行きます。帰り次第、即作戦となるから、各艦、準備怠りないように」

「はい、」と短く返事をするひえい達。

こんごうは、じっと壁面に表示された海図の中のマジュロを睨み、

「私達の力で、必ず助け出す!」

そう、強く誓った。

 

 

 

パラオの首都、コロール近郊にある帝国陸軍在パラオ偵察中隊の駐屯地では いまちょっとした騒ぎの後始末に追われていた。

午前中、「あの所属不明艦隊を臨検するぞ!」と意気込んで、海軍泊地へ乗り込んだ大本営参謀達であったが、結果は臨検どころか、はるなときりしまにより、返り討ちにされ、這々の態で、駐屯地へ帰ってきた。

陸軍参謀もしばらくして、気を取り戻したが、セーブしていたとは言え、あのきりしまの異様な艦霊力の重圧に、軍人とはいえ一般人が耐えられる筈もなく、暫く椅子に座り、ガタガタと震えるばかりで、声の一言も出なかった。

 

その頃、偵察中隊の中隊長は、多方面からの苦情の電話に悩まされていた。

最初の電話は、南洋庁の次席からで、

「泊地内部で、陸軍が問題を起こしたという事だが、どういう事だ!」という物であった。

それには、中隊長は、

「まあ、少し意見の食い違いで、衝突しただけでして・・・」と言葉を濁しながら逃げたが、次に掛かって来た電話は、なんと南洋庁長官からであり、

「陸海軍の士官が、泊地内部で、艦娘さんに暴力を振るったとの話があるが、本当か?」という物である。

中隊長は、それには、

「いえ、暴力という程では、多少肩が当たる程度でして・・・」とここも、何とか逃げ切ろうとしたが、南洋庁長官は、

「馬鹿者! 小銃をちらつかせ、軍刀を抜いて威嚇するなど、多少の事で済ます事ではないぞ!」と電話越しに怒鳴りつけた!

そして、

「中隊長! このパラオを含め南洋群島における統治政策が、円滑に行われているのは、泊地の由良さんはじめ、艦娘さん達が、積極的に現地族長を説得し、族長会の協力を取り付けたおかげである! 現在も族長会の長は艦娘さん達に絶大な信頼を置いている。その艦娘さん達に手を上げるなど、統治領政策を破たんさせるつもりか!」

「いえ、決して!」とあたふたと答える中隊長

南洋庁長官は、

「この件については、管轄する拓務省を通じて正式に軍部へ抗議する!」

「えっ!」と慌てる中隊長

もし、ここで問題でも起こせば、本土への転属は絶望的となる。

「しかし、南洋庁長官。自分達は大本営参謀達に従っただけです!」

すると電話越しに南洋庁長官は、

「貴様は、事の真偽も確かめずに、行動したのか! いくら大本営参謀達とはいえ、陛下より艦娘大権を授かる身、いわば現人神である今上天皇陛下と並び、神の名代である艦娘さん達に危害を加えるなど、もう立派な不敬罪であるぞ! それなりの処罰があってしかりだ!」

「そっ、それは!」と声を詰まらせた中隊長

南洋庁長官は、少し声のトーンを落とし。

「本来なら、そうしたい所であるが、先程、泊地提督より連絡があり、“けが人等が出なかった事も考慮して、ここは穏便に”と申し出があった」

「泊地提督からですか!」

南洋庁長官は、

「命拾いしたな。中隊長。今後はこのような事が無いよう、よく少尉と話してくれ! こちらからは以上だ!」といい、南洋庁長官は、電話を切った。

中隊長は、受話器を置こうとしたが、手が震えて上手く置けない。

今更ながら、事の重大さに気が付いたのである。

 

大本営参謀達は、その夜、陸軍在パラオ部隊の狭い宿舎に泊まる事になった。

本来なら、コロールのホテルに泊まり、海軍泊地へ停泊する不明艦隊を接収して、意気揚々と夜を楽しめる筈であったが、狭い宿舎の一室に閉じこもっていた。

既に、コロールの町中に“大本営参謀達が、泊地の艦娘さん達に手を上げた!”という話が、尾ひれがついて広がり、巡回へ出た何も知らない偵察部隊から、「町の様子がおかしい」という報告を受けていた。

そんな街中にでれば、何処から石が飛んでくるか分かった物ではない。

仕方なく、この宿舎に宿を取った。

裸電球一つの暗い室内に、二人はじっとしていた。

海軍軍令部参謀は、

「参謀殿、ご気分は?」と聞くと、

陸軍参謀は

「今は大丈夫だ、あの艦娘! 霧島か!」といい、きりしまに張り倒された頬を濡れた手拭いで冷やしていた。

軍令部参謀は、

「はい、確かに容姿は金剛型の4番艦霧島です。横にいたのは榛名ですが、二人ともトラックにいた筈です、よく似た別の艦娘ではないでしょうか?」

「それも、奴らを偽装する為か!」と陸軍参謀が聞くと、

「多分そうだと思いますが、あそこまでそっくりな娘を探してくるのも大変かと、血縁関係者ではないかと思います」

「あの二人に姉妹はいるのか?」と陸軍参謀が聞くと、

「それについては、不明です。正確に言えば、艦娘の出身地や親族については、建造に関わった横須賀の大巫女と少数の者しか知りません。彼女達を保護する目的で我々には知らされておりません。殆どの家族も親戚も、公にはしないしきたりです」

「そうなのか?」と陸軍参謀が聞くと、

「はい、彼女達はいわば生贄に近いものがあります」

「生贄?」

「ええ、参謀殿。例えば金剛。進水は1912年です、おおよそ30年前ですが、艦娘金剛は、その際“艦魂下しの義”を行い、艦の魂を少女へ憑依させて艦娘となりました。それ以来、成長の度合いは通常の人間よりはるかに遅くなり、未だにあの容姿です」

「では、もし人なら30才、いや40才以上という事が?」

「ええ、そうなります。肉体的には、ほぼ固定された容姿を保ちます」

すると陸軍参謀は、

「良いではないか、若いままの姿というのは」

「確かにそうですが、本来の親、兄弟は通常に年を取ります。彼女達から見れば、自分だけ取り残された形です、艦娘の寿命については諸説あり、確定されたものはありませんが、人よりは遥かに長生きする事は確かです」

軍令部参謀は、

「その様な状況で、艦娘の精神的安定の為、艦娘となった時に、戸籍から籍を抜き、艦娘船籍簿へ籍を移動させ、“人”としての痕跡を消してしまいます。事実上、海神へ捧げられた生贄の様な物ですよ」

「その代償が、容姿の固定化か」と陸軍参謀が唸ると、

「そういう意味で言えば、ある意味化け物です」

陸軍参謀は、

「ふん、やはり軍はあのような者達に任せるのではなく、我々人が主役でなくてはならない」

「はい、参謀殿」と軍令部参謀も答えた。

陸軍参謀は、

「明日、トラックに帰る、この件山本長官と三笠へ確かめ、事と次第によっては、参謀本部へ報告し、山本長官の問責へと発展するかもしれん」

「そうなれば、三笠も同罪ですな」と軍令部参謀

「ああ、そうすれば必ず横須賀の女狐にも嫌疑が掛かり、失脚間違いない。そうなれば我々の計画も一歩進む」

「はい、艦娘擁護派を排除し、軍内部に新秩序を築き上げ、早期に日独伊三国同盟の締結、そして、日ソ不可侵条約を破棄し、独逸と協力し、満州に圧力を掛けるソ連を排除。

仏印への進駐を始め、南方資源を確保し、インド、オーストラリアを占領し、アラブへと繋がる輸送路を確保し、我が国の基盤を強固にします」

陸軍参謀は、

「我が国の産業基盤が強固になれば、外圧を掛ける米国など恐れる事などない。あの米兵の軟弱な姿を見よ、我が無敗の陸軍の敵ではないわ!」

「全くです。海軍も艦娘を兵器として前線で積極的に使い、消費すればいい。いざとなれば、有人艦を多数建造して置き換える事もできます」

と軍令部参謀も答えた。

陸軍参謀は、

「艦娘どもに、寛容な陛下であるが、我々の行動をきっと御認め頂く、それが国家安泰の近道だ」

そう言いながら、続けて

「覚えていろ、艦娘ども。この借り必ず返す」と鋭く言い放った。

 

翌朝、大本営参謀達は、コロール港から、民間空路でトラックへ戻った。

本来なら、海軍の陸攻で戻る予定であったが、昨日あのような事件を起こしたばかりだ。

パラオ泊地にそのまま行ける訳もなく、高額の運賃を軍が支払うとの約束で、民間企業が運営する九七式飛行艇へ搭乗した。

行きの一式陸攻とは違い、広い室内、ゆったりとした座席。

6時間飛行を快適に過ごせる装備があった。

コロール港を離水後、大きくパラオ泊地上空を迂回しながら、上昇する九七式飛行艇

ふと、軍令部参謀は昨日 問題を起こしたパラオ泊地外周部にある自衛隊の宿営地を見た。

視線が無意識に、不明艦隊の方へ向った。

 

「なっ、なんだ! あの艦は!」

 

そこには、昨日いなかった超大型の空母が1隻、それと形式不明の巡洋艦が2隻増えていた。

特に目を引くのは、遠方からも分かる、超大型の空母

横に並ぶ巡洋艦と比較しても大型であるのが分かる、変わった形状の甲板が目を引いた。

「一号艦より大きい! 信濃級か!」と声をあげたが、その声は九七式飛行艇のエンジン音にかき消された。

 

遠ざかる泊地を見ながら、

「あれは一体?」と呟いた

横に座る陸軍参謀は、まんじりともせず、トラックからの帰還指示の件を考えていた。

“急な呼び戻し、まさか泊地での騒動が連合艦隊へ知れた?”

“いや、それはない。その最中に呼び出しの電報は来た。では?”

暫し思考を巡らせて、

“マ号作戦絡みか! 作戦計画の変更か?”と思いながら、

“何としても、マジュロへの敵前上陸を果たし、帝国陸軍ここにありを実証し、中将閣下へ吉報をお届けせねば”

そう思いながら、深い眠りに着いた。

 

 

同時刻。

パラオ泊地、大艇係留場に停泊する一機の二式大艇

 

この二式大艇、正式には二式飛行艇。

川西航空機製、1941年に初飛行した最新鋭飛行艇である。

前作の九七式飛行艇に比較して大型化された胴体、強力な火星エンジン。

7,000kmを超える航続距離、そして時速470km近い高速飛行が可能

この当時の飛行艇と言えば、その構造が災いして、速力が遅く、戦闘機などのいい鴨になりがちであった。

しかし、この二式大艇は 20mm旋回銃5門や7.7mm旋回銃を装備して、ある意味「空中戦艦」の様を呈していた。

こんな最新機をパラオ泊地は二機も保有していた。

泊地開設当初は、九七式飛行艇を使用していたが、その九七式は以前、深海棲艦の打撃艦隊が現れた際の空襲で、焼失。

泊地提督は補充機を画策する過程で、この二式大艇の実戦配備を聞き、海軍航空本部を訪れ、どこでどういうコネを使ったのか、先行量産機2機を配備させた。

この2機は、配備後ルソンからパラオ、そしてトラックへと通じる航路の対潜警戒活動にその超大な航続力をいかんなく発揮した。

しかし、昼間、浮上航行する潜水艦を発見しても、攻撃する手段が通常爆弾しかなく、一旦潜航されると、手も足も出ない事が多かった。

 

ところが、自衛隊が現れてから状況が一変した。

2機の二式大艇のうち、1機を対潜哨戒機としてあかしが大幅改造したのである。

まず胴体。機首の機関砲を廃止し、水上監視用レーダーを搭載。

また、機尾の機関砲も廃止。磁気探知装置(MAD)を装備した。

右側面後方には、SH-60Kより拝借した、ソノブイシューターを装備し、艦隊コミュニケーションシステム、リンク16のスペックダウンバージョンを装備し、潜水艦探知能力を向上させた。

また潜水艦に対する攻撃も、新型航空爆雷を搭載する事により、確実に仕留める事ができる様になった。

 

但し、機上設備ではデータ処理は能力不足により出来ないので、探知は可能でも音紋データによる艦種の特定は、イージス艦を経由する必要があった。

それでも、昼夜を問わず探知できるという利点があり、二式大艇の運用能力は飛躍的に向上した。いわば日本版P2Ⅴネプチューンという感じである。

 

それ以外にも外見上の大きな変更点に、消波機構を船底部分に取り付けた事である。

この消波機構は、離発着水時に発生する海水の飛沫を打ち消す装置で、これにより安定した水上滑走が可能となった。

この装置は、特に離水時の操縦が各段にやり易くなったと操縦士妖精には大変好評で、ぜひ内地へ知らせ、全機改修するべきであるとの意見具申がでるほどであった。

この改修機は、先のヒ12油槽船団護衛や、パラオ泊地防空戦における哨戒作戦においてその能力を発揮した。

その結果、パラオ泊地では、残る1機も、対潜哨戒仕様へと改修され、現在2機態勢で運用している。

改修後は、二式大艇改と呼ばれていた。

 

大艇改の係留地には、大艇を係留するポンツーン(舟橋)から、海岸へ向い木製の桟橋が掛けられて、搭乗員が乗り降りできるようになっていた。

その桟橋を歩く、複数の人影

泊地提督と由良に鳳翔、そして自衛隊司令に副官いずもにこんごうとすずやであった。

先頭を歩く提督の後を由良と留守を預かる鳳翔が歩いていた。

由良は、

「鳳翔さん、済みません。一泊二日の間ですが、留守の間宜しくお願いします」

「はい。大丈夫ですよ。由良さんも提督さんと色々忙しいとは思いますけど、頑張ってね」と笑顔で答えた。

「頑張る?」と由良が不思議そうに聞くと、

「ほら、会議とはいえ、中々お二人で、出掛ける機会も少ないですし」といいながら、声を潜めて、耳元で何かを囁いた。

「えっ!! 私と提督さんは会議に行くのであって、その…」と顔を真っ赤にしながら答えたが、鳳翔はやや意地悪な視線を向けながら、

「まあ、いいじゃないですか。折角の機会です。夜も頑張って下さい」とニコニコしながら答えた。

 

由良と鳳翔達より少し離れて、歩く自衛隊司令達

前方を歩く由良と鳳翔が何か話していたが、急に由良が真っ赤になる姿を見て

「あら? 由良さんどうしたのかしら」といずもが聞くと、

「さあ、何でしょうか」とこんごうが答えた。

司令は終始無言であった。

その横顔を見て、いずもは小さな声で、

「何、緊張してるのよ」と司令に聞くと、

「いや、幾ら提督や由良さんがついて来てくれるとはいえ、連合艦隊の本丸へいきなり乗り込むのは少し無謀だったかな」

「なによ、今更! 大体コミニュケーションシステム使えば打合せもできるのに、“せっかくだから、大和とか長門とか色々見てみたい”と言ったのは貴方よ」

「そうだが」そう言いうと、

「多少なりとも、俺達の事を知っている幹部も多い。衆人環視の中に入るというのは、居心地がいい物じゃない」

「檻の中のパンダって所かしら」

「パンダか、確かにな」そう答え、再び口を閉じた。

その表情を見ながら、いずもは後を歩く、こんごうとすずやへ

「こんごう。留守の間 宜しくね」

「はい、副司令」と答えるこんごう

「定期健診は今日の午後ね。」

「はい」

いずもは、すずやへ向け、

「すずやさん、今日の霊波測定で、貴方の艦の最終的な艤装内容が決定するわ」

するとすずやは、

「すずや 頑張ります」とぐっと拳を眼前で握ったが

「変に、意識したりしなくていいわ。今の状態でも貴方の霊波は十分、イージス艦級よ」

「本当ですか、副司令!」

「ええ、だから緊張しなくていいわよ」

「はい」と嬉しそうに答えるすずや

司令はこんごうへ向い、

「はるなときりしまの件は、まあ、そのだ…」

するとこんごうは、

「解っております。本人達も反省しておりますので」

いずもが、横から、

「こんごうもあんまり攻めると、ブーメランになるわよ!」

「うっ」と答えに詰まるこんごう。

眼を白黒させていた。

そんなこんごうの表情見たいずもは、すずやの耳元で

「昨日何かあったの?」と聞くと、

「実は…」と言いながら、昨日の士官室での一件を話した。

そんないずも達を見ながら、司令が

「どうした? いずも」

「いえ、ただ“こんごうにブーメランが顔面ヒットしただけです”」

司令は、淡々と、

「そう」とだけ答え、スタスタと桟橋を歩いた。

 

提督と由良は既に二式大艇改に乗り込み、それに続いて自衛隊司令といずももポンツーンに係留された大艇改へ足を掛けた。

「では、お気を付けて」といい、鳳翔、こんごう、すずやが敬礼して、見送った。

大艇の胴体側面のドアが閉まり、大艇を固定していた、もやい綱が解きほどかれる。

こんごう達は、そのまま海岸線まで下がると、右翼端のエンジンから順次始動されていく。

桟橋に待機していた大艇の整備妖精達も急ぎ、桟橋を離れた。

四基ある火星エンジンが全て始動され暖気運転に入った。

この火星エンジンも、あかしの工廠妖精により徹底的にオーバーホールされ、各部にナノマテリアルを吹き付け、摩擦係数を極限まで減少させ、耐久性を向上させたものである。

このオーバーホールエンジンは、まずエンジンが一発で始動できる。温度上昇が押さえられて、耐久性も良いと飛行士妖精達には好評であった。

 

大艇内部の席も改修時に大幅に改良され、乗員待機用の椅子は 

二列のややゆったりとした椅子が用意されていた。勿論リクライニングシートである。

提督は席に付くと、由良は、

「機長と打ち合わせをしてきます」といい、席を離れた。

それに気が付かない自衛隊司令が、後から泊地提督の横へ座ろうとした瞬間、いずもに袖口を掴れ、後方の席へ引きずり込まれた。

 

「おっ、おい」といい、自衛隊司令がいずもをみると、ムッとした目つきで睨んでいた。

「どうした、いずも」と小声で聞くと、いずもは

「少しは気を使いなさいよ! ばか由良」と小声で返した。

「なんだよ!」と、やや怒りながら由良自衛隊司令が返すと、いずもは

「いい、ここの所 御爺様と由良さんは忙しくて中々、お二人の時間が取れないの」

「おっ、おう」と答える司令

いずもは、

「ご自宅にお帰りになっても、執務に追われる日々なの、分かる?」

「そうなのか?」

「当たり前でしょう! 泊地の庶務に、私達の補給関連の庶務、連合艦隊へ報告、言い出したら切がないくらいあるわよ」

「おう」といずもの気迫に押され気味な司令

「私達がついているとは言え、せっかくお二人でゆっくり出来るのですよ。この鈍感!」

とまあ言いたい放題のいずもである。

こうなると、過去の経験から“触らぬいずもに祟りなし”で、たたじっと聞き手に回るしかない由良司令であった。

 

そうしている内に、由良も操縦席から戻り、提督の横の席に座った。

着席直前に、いずもに説教されている自衛隊司令を見て、

「後ろの自衛隊司令。どうされたのですか?」

「さあな」ととぼける泊地司令であったが、いずもの剣幕から大体の流れを予想した。

“これも 鳳翔の手配かな。まあいい、トラックも久しぶりだ、阿武隈達もいる。由良にはゆっくり休んでもらいたいが”と思っていた。

 

そんな、各自の思惑をよそに二式大艇改は、パラオの海を蹴り、大空へと舞い上がっていった。

 

 

その頃、ビスマルク海北部海域を一路スービック基地へ向け帰還する為に北上する艦隊

旗艦CV-3サラトガを中心とする空母機動艦隊。

その艦橋で、指揮艦席に座る一人の男性

一枚の電文を見ながら、じっとしていた。

「サラ、電文は間違いないのだな」

そう問いただす、米海軍太平洋艦隊司令長官 ニミッツ提督

「はい、確認しました」

「う~ん」と唸るニミッツ提督

サラトガは、

「この日本海軍北部警備所壊滅とはいったいどういう事でしょうか? 警備所司令以下50名近く死亡とありますが」

しかし、ニミッツはそれには答えず、じっと電文を睨んだ

「長官?」とサラトガが声に出すと、

「う~ん」と唸るばかりである。

そして、

「このルソン北部警備所を襲ったのは、不明武装集団だな?」

「はい、現在まで、どこの所属か不明です。日本海軍から通報を受けたスービックの部隊が現地を確認しましたが、不明のとの事です」

ニミッツ提督は、

「サラ、確かうちの情報部の者が監視してはすだが?」

「はい、それについても、何等かの妨害工策があったようです」

「妨害工作?」

「詳細は不明ですが、襲撃時監視者はいませんでした」

「駆逐艦曙がいたはずだが?」

「はい、それなら難を逃れて、今妙高の所に避難し無事を確認しているそうです」

「うん」とやや嬉しそうな顔をするニミッツ。

 

 

再び、腕を組み考えだすニミッツ提督

「サラ、騒がしいとは思わんか?」

そう言いながらニミッツ提督は、サラトガを見た。

「騒がしいとは何でしょうか?」

「いや、最近、ルソンからパラオ、そしてトラックの海域に掛けて、日本軍の活動が活発化している。」

「はい、確かに、発端は戦艦金剛さんの雷撃事件からです。情報部の入手した情報では、その後パラオ近海で大規模な潜水艦狩りが行われたようです。またパラオに潜入中の諜報員からは、所属不明、形式不明の超大型の空母を旗艦とする空母群がパラオに入港し、足場を固めつつあるとの事です」

ニミッツ提督は、サイドテーブルに置かれた別の書類を取った

「これだな」

そこには、遠方から撮影されたと思われる、護衛艦いずもの姿を写した写真があった。

「大和タイプと同等か、それ以上の大きさか?」

「はい、比較する物がありませんが、300mはあるかと」

サラトガは、

「それとその諜報員からですが、先日パラオで大規模な空襲があったようで、泊地上空に深海棲艦の航空機が侵入したとの事です」

「本当か?」

「はい、事実確認にてこずっていましたので、ご報告がおくれましたが、此方です」

そう言いながら、1枚のレポートを出した。

それを受け取り、読みだすニミッツ

サラトガは、

「この件について、ルソン中部の妙高に確認しましたが、その様な戦闘は報告がないという事です。東京の駐在武官にも確認しましたが、日本軍からは何の戦果報告もないとのことです」

「隠蔽された戦闘か?」

「そう考えるべきです」とサラトガは答え、そして

「例のマーシャル諸島方面の作戦絡みでしょうか?」

「そこは、分からんが、我が軍のニューブリテン島奪還作戦の発端となったラバウル侵攻作戦も、元はと言えば“所属不明の部隊”が深海棲艦のラバウル基地を攻撃した事から始まった」

そう言うと、別のレポートを手に取った。

そこには「深海棲艦ラバウル航空基地攻撃作戦 戦果報告書」と書かれていた。

数ページパラパラとめくると、複数の写真が添付されていた。

「サラ、このラバウルを攻撃した日本軍とおぼしき部隊はどう思う?」

サラトガは、真面目な顔つきで、

「笑わないで聞いてもらえますか、提督。 パーフェクトです」

「ほう、辛口のお前がそう言うとは」

「はい。まず上空からの写真を見てください」

サラトガはそう言うと、深海棲艦のラバウル基地の上空写真を取り出し、

「この滑走路への爆撃ですが、滑走路中央部分から等間隔に落ちています、これで深海棲艦機は離陸する事ができません。それもセンターラインにそって等間隔です。こんな芸当、うちの爆撃機妖精達には到底無理です。次に、駐機エリアのP-40ですが、これも各個に爆撃されています、P-40だけ爆撃され、駐機場自体への損害は最少です。

そして、格納庫や司令部棟ですが、これもまるで狙ったかのように、その建物だけです」

「サラ、どこが凄いのだい?」

「提督、この爆撃隊の凄い所は、“無駄弾が1発もない”という事です!」

「無駄弾?」

「そうです。普通、水平爆撃、急降下爆撃にせよ、狙った所に確実に落ちるのではなく、その付近に落下します。場合によっては、大きく的を外して、見当違いの所に落ちる事もあります。しかし、この爆撃隊はまるで、針に糸を通すような精密な爆撃を、敵基地上空で行ったという事です」

「そうだな」と答えるニミッツ提督

「幾ら奇襲したとは言え、この様な一方的な戦闘ができるのでしょうか? おまけにこのラバウルには、地上配備型のレーダーもありましたが、それも破壊されています」

「なあ、サラ。現行の日本軍の部隊にこんな芸当ができると思うか?」

するとサラトガは、

「日本軍の中で、戦闘練度で行けば、赤城や加賀ですが、トラックからは動いていない事を確認しています。可能性があるとすれば、パラオの鳳翔さんですが、艦載機数が少ないので、ここまで大規模な爆撃ができるか疑問です。結果から言えば、日本軍の中では実行は厳しいという事です」

ニミッツは、一枚の紙を取り、サラトガへ渡し、

「やはり、その謎を解く鍵はこれか?」

「これは、確かラバウルに残ったオーストラリア守備隊の兵員が見たという、日本の新型航空機ですね」

その紙は、鉛筆で、スケッチされたオスプレイらしき姿が書かれていた。

「サラ、その航空機どう思う?」

「はい、私も色々と航空機を見てきましたが、こんな異様な飛行機は初めてです、主翼の大きさに比較して、プロペラが異様に大きな機体です。これでは、地上にいる時、プロペラが地面に接触します」

サラトガは続けて、

「私の戦闘機隊の隊長妖精にも見てもらいましたが、同じ意見でした。多分プロペラの反射を誤認したのではないかと?」

「では、例の支援物資の件はどう説明する?」

「この航空機から投下された物資ですね、しかし1回の投下で1トン近い物資を投下できるとは、到底信じがたいです。私達の使うC-47でも精々100kg程度の貨物をドアから落とすのがやっとです。どんな機体構造をしているのか、不思議でなりません」

ニミッツ提督は、

「それもあるが、もっと問題なのが、投下された支援物資だ」

「はい、私達の部隊が現地に到着した時、既に殆ど物資が消費されていましたが、空の容器などは今まで見た事ない物ばかりです。優れた工業力を持たないと生産できない物であると推測します」

「今の日本に生産が可能か?」

するとサラトガは、

「専門家ではありませんので、どう答えるか悩みますが、それが存在したという事は、製造できたという事ではないでしょうか」

ニミッツは、暫し腕を組んだまま、じっと考え

「サラ、今回のラバウル関連の報告書だが、この所属不明の日本軍に関する部分は、俺の名前でトップシークレット扱いにしてくれ。本国への報告も一時棚上げしろ」

サラトガは慌てて、

「よっ、よろしいのですか?」

ミニッツは、

「ああ、政治的な配慮もある」

「政治的な配慮?」

するとニミッツは、

「もし仮にこの所属不明部隊が日本軍だとしよう。俺達より先にラバウルの深海棲艦を攻撃したとすると、ラバウルは現在オーストラリア領だ。それこそ日本が領土拡大政策を取ったと大騒ぎする馬鹿どもがまた、騒ぎだすぞ」

「しかし、提督。日本からすればこのラバウルの深海棲艦は、トラックを脅かす脅威です。

既にB-17も配備されていたようですし、日本海軍にしてみれば十分攻撃する理由があったのでは?」

「だがな、サラ。それだけの理由で、問答無用でラバウルを先制攻撃出来ない。何等かの理由が必要だ」

「理由ですか? 脅威になるだけじゃなくて?」

「そうだ、そこで先程の話しに出て来た、パラオ空襲だな」

そう言いながら、ニミッツは、

「ラバウルにいたB-17は何処へ消えた? 残留していたオーストラリア兵の話では、攻撃された前日に全30機が離陸し、1機も帰還しなかったそうだ。多分、パラオを空襲に行って、返り討ちに逢ったな、そしてその後パラオの部隊にラバウルが強襲された」

「意趣返しという奴ですか?」

「まあ、そんな所だろう」とニミッツは、答えながら、

「スービックへ戻って、日本海軍のルソン中部の司令と話をしてみよう。場合によってはトラックへ行き、連合艦隊の山本長官やミス三笠と会談を持つ」

するとサラトガは、

「そこは、単に三笠様に逢いたいだけじゃないですよね?」とぐっとニミッツを見たが、

「聞くな!」とニミッツは笑いながら、手元の1枚の写真を見た。

それは、英文で書かれた手紙を撮影した写真であった。

写真の端に透かし文字で書かれた文字を見ながらニミッツは

「Japan Maritime Self Defense Forceか、一体どんな部隊なんだ」と静かに語った。

 

 

戦いの舞台は、東の島へ 移りつつあった。

 

 

 





こんにちは
スカルルーキーです

分岐点 こんごうの物語 第42話をお届けします。

昔、亡くなった祖父が大切にしていたアルバムの中に、一枚大判の写真がありました。
それは、昭和天皇陛下に対して、深々と頭を下げる、祖父と祖母の姿です

たぶん、昭和50年代頃の写真だと思いますが、祖父は町内会の有志一同で、皇居の勤労奉仕へ参加した時の写真です。
奉仕作業の後、陛下が奉仕した方々へ、ご挨拶されている写真ですが、子供心に、感慨深げに見た事を覚えています。
とても静かな表情で、右手を上げ、挨拶されていた写真ですが、とある事情で消失してしまい、残念です。

今回、この作品を書くにあたり、思い出した記憶です

次回、「これって、いいかも~」です




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