分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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戦いとは、いつも前線で起こるとは限らない。
この次元に現れた彼女達を取り巻く環境は、少しづつ確実に変化し始めた

その変化は、小さな波紋を呼び、やがて国家を揺るがす大きな波へと変わる




41 銃後の戦い1

トラック泊地で、山本が、大本営参謀達に戦いを挑んでいた頃、

青い海面を切り裂き、白波を立てながら南の海を進む3隻の艦船

 

昨日深夜、ルソン北部警備所を強襲して、無事駆逐艦曙を保護したこんごう達。

朝の課業開始と同時に、艦内ミーティングや朝の巡検などの業務をこなしたこんごう達は、

午前中に武器庫で、昨日使用した銃器の点検、清掃作業を行った。

きちんと、バレル回りを専用の溶剤で洗浄し、綺麗にしてからシリコンスプレーで、可動部に注油しておく。

89式小銃に比べ、強化プラスチック部品を多用した20式小銃

そのお蔭で、M4カービンより軽量である反面、使用する潤滑剤などは、強化プラスチックを浸食しない物を使う必要がある。

少し手間のかかる小銃でもあった。

銃器の点検を終え、ようやく普段の艦娘生活へと戻ってきたが、

護衛艦こんごうの艦長公室では、今一人の艦娘が、パソコンを前に果敢に戦いを挑んでいた。

 

艦長執務机に座り、「う~!」と唸りながら、キーボードを操作している一人の艦娘

 

「自衛艦娘 すずや」である!

 

パソコンの画面には、「帝国海軍ルソン北部警備所強襲作戦。戦闘詳報 駆逐艦曙保護班」と表示されていた。

 

今回の警備所強襲作戦では、本隊を率いたのはこんごうであるが、駆逐艦曙保護班では先任士官は三佐(少佐)のすずやであり、彼女が曙保護に関わる報告書を作成するのだが、どうやら本人は意識していなかったようで、現在、戦術情報モニターの記録映像画面をみながら、記憶を遡っている真っ最中であった。

う~う~唸りながら、戦闘レコーダーに記録された情報を見ながら、報告書を作成する。

 

ある自衛官はこういった。

 

「我々の最大の敵は“書類”である」

 

とにかく、何をするのにも書類が必要である。

毛布一枚、テント一つ借りるにしても、あちこちと書類を抱えて印鑑を貰いまくるのである。

 

逆の事を言えば、書類さえ整ってしまえば、意外になんでも出来る。

対戦車ヘリコプターの側面にでかでかと萌えキャラを書いてみたり、F-15の機首に「特殊迷彩(戦闘意欲向上の為の迷彩)」という事で、文章に出来ない様な女性像を書いても“書類に上司の印鑑”があればOKなのである。

 

ペーパーレス化が進んだこんごう達の時代でも、まるで時代遅れの様に、紙の文章を作る事を求められた。

特に、戦闘詳報などの作成はパソコンを使っても、最後はきちんと印刷して、作成者の署名が入る。

これは、由良司令達が確認するのと同時にいずもの司令部内の法務担当官が読み、その行動に法的な問題が無かったか、客観的に判断する為でもある。

次元が違うとはいえ、こんごう達はれっきとした“自衛官”である。

作戦行動については、一定の規則がある。

今回は国籍秘匿作戦とはいえ、倫理上問題となる民間人などの虐殺行為などか無かったかなどを審査する必要があるのだ。

「法を遵守する」これは、自衛官として決して譲れない部分である。

 

苦戦するすずやを横から見ながら、こんごうも横のテーブルで書類に目を通していた。

使用した弾薬や装備品の一覧である。

返却された残弾数から、消費量を割り出していた。

異常な数値がないかを確認していた。

 

パソコン画面を見ながら唸るすずやは、

「こんごう艦長。この報告書、毎回戦闘の度に必要なんですか?」と情けない声で聞いてきた。

こんごうは書類に目を通しながら、

「そうね、原則はそうだけど、今後戦闘が継続的に行われるようだと、データレコーダーの情報で代用する事も考えないといけないかもね」

そう答えながら、

「報告書は苦手?」とすずやを見た。

するとすずやは、

「すずや、基本的にこの手の事務作業は苦手です」と情けない声をだした。

するとこんごうも、

「まあ、私もドンパチしてる方が得意だけど、こればかりはね」といい、自分の書類にサインをする。

こんごうは、笑顔で、

「戦いは、いつも前線で起きるとは限らないわよ。これも戦い。さあ頑張って!」とすずやの頭を撫でていた。

「は~い。頑張ります」と既に涙目のすずやであった。

 

そんな書類と格闘するすずや達の後方に位置する護衛艦いずもの艦長室では、艦娘いずもがパソコンの画面越しに、パラオ泊地の自衛隊司令部内の由良司令と今後の事を打ち合わせしていた。

 

「由良、今回の作戦で何か問題点は?」といずもが聞くと、同じく司令官公室の庶務机に座る自衛隊司令の由良は、

「こんごうの件を除けば、問題ない。パーフェクトミッションだ!」

「で、そのこんごうの件はどうするの? 下手をするとルソン以上の一大事よ!」

由良司令は、視線を泳がせて、

「それを言うな! 考えるだけで思考がオーバーフローしそうだよ」と笑いながら答えた。

それを見たいずもは、少しムッとしながら

「貴方はいいわよね! いつも後方で! 直接指揮する私の身にもなってよ!」

そう言いながら、ぐっと由良を睨むいずも

 

由良司令は、表情を変えず、

「俺がこの命を懸けるのは、その時だ!」と鋭い視線で話した。

いずもは 深く息をして、

「分かっているわ」といい、静かに

「その時 貴方の横にいるのは私だという事もね」といいながら、

「やっぱり、あの時 あそこで泳がなければこうならなかったのかな?」と小さく呟いたが、それには由良が

「おっ、俺はいい物見せて貰ったがな」とニヤツきながら答えると、

いずもは顔を真っ赤にしながら、

「今度 こんごうに記憶を消す術式を教えてもらうから、貴方実験台になって!」と睨んだ!

「勘弁しろ」と笑いながら答える由良司令

「で、こんごうの件はどうするの?」といずもが聞くと、

すると由良司令は、

「しばらく保留だ!」

「保留?」といずもが聞いた。

 

「あの時の映像と、データは閲覧制限を掛けた。医療幹部と俺達だけしか閲覧できない」

「こんごうも、対象外?」

「そうだ。当の本人に記憶がない以上、混乱を招く」

由良司令は、静かに

「神の領域に触れた可能性がある」

いずもも、

「ええ、詳しい事象が今まで計測された事がないから、確証がないけど」

由良は画面越しに、

「トラックにいる三笠様と相談してみる。この手の話となるとやはり三笠様が一番手っ取り早い」

「では、マ号作戦の打ち合わせの際に」といずもが聞くと、

「ああ、多分此方が言わなくても、向こうも聞きたくてウズウズしているはずだ」

 

いずもは、表情を変えて、

「で、そのトラック行きだけど、どれで行くの? オスプレイだと航続距離が足らないわよ」

すると、由良司令は、

「泊地提督が、二式大艇を用意してくれる。直接大和横へ乗り付ける」

「陸攻じゃないのね」

「まあ、陸上飛行場へ降りれば、誰かに目撃される可能性もある。そこは慎重にしたい」

するといずもは、意地悪い笑みを浮かべながら、

「昔あったアニメみたいに、直接オスプレイで乗り込むかと思ったけど」

 

「確かに、三笠には、小さいがヘリ発着場があるが、あれは三笠への物資補給用のスペースでオスプレイを降ろすには少し手狭だ。大和には後部甲板まで空中線がある。ひっかければ事故の元だしな。なかなかアニメの様にはいかん」

由良は続けて、

「打ち合わせに関する項目は、メールでそちらに送っておいたが読んだか?」

「ええ、見たけど。この前線拠点設営って、何?」

「コスラエ島、今でいえばクサイ島辺りに、前線拠点を置きたいと思う」

いずもは別画面で、海図を確認した。

「確か、日本の統治領で、人口は1000人程度の小さな島。トラックから1200km、マジュロから900kmの中間点にある島ね」

「ああ、ポンペイ島も考えたが、あそこは、島がでかい上に陸軍もいるとの情報だ。トラック防衛の前線拠点でもあり、我々が隠れるには不向きだ」

いずもは、

「という事は、マジュロの民間人は立てこもるのではなく、撤退でいいのね」

由良司令は、

「今回の海戦は、連合艦隊と深海棲艦の正面切っての戦いだ。奴らは必ず見せしめの為に人質に対して砲撃を加えてくる。いくら こんごうのフィールドが強固でも、島全体を覆い尽くすことはできん」

「でも、由良。撤退した事がばれると、彼ら出てこないかもよ」

「そこでだ。島民と入れ替えに特戦隊員を派遣して一時的に偽装工作をする。無線の発信、沿岸部の小型艇の運行。夜間の灯火などで、まだ島に人が残っている事を偽装し、戦闘開始と同時に強行脱出する」

いずもは、表情を厳しくしながら、

「由良。一歩間違えば、特戦隊員妖精に大規模な被害がでるわよ」

「分かっている。そうならんように仕向けるのが俺の仕事だ」

いずもは、メールを見ながら、

「こちらの先発は、こんごうにひえい。 私に はるなでいいのね」

「そうだ、こんごう達はマジュロの潜入班。お前とはるなは対潜活動だ」

「泊地側の先発は、陽炎さんに、長波さん、秋月さんに、瑞鳳さんね」

「ああ、4人とも対潜活動を中心に行う」

すると、いずもは、じろっと由良を睨んで、

「対潜活動だけ?」

「聞くな。多分来るぞ、マロエラップの軽爆撃機。パラオ部隊が対潜活動に出た事は、何処からかかならず漏れる。瑞鳳さんを仕留めに、艦隊の一つでも出してくるかもしれん」

「ねえ、もしかして最初からそれが本音?」といずもは由良司令を睨んだ。

すると、由良司令は、

「できれば、少しでも敵の戦力をそぎ落としておきたい。それにマーシャル諸島の各艦艇の位置、レーダーサイトの位置なども偵察する必要があるしな」

「じゃなに! 瑞鳳さん達を餌としてぶら下げて、マーシャルの動きを探るのが本音なの?」

「ああ、泊地提督の了解も取ってある。危険だと判断した場合は、全力でトラックに逃げ込む、勿論お前の航空支援の下でだ」

「はあ~」といずもは大きなため息をつき、

「前哨戦だけで、かなり疲れそう」

「まあ、ぼやくな」と由良が言うと、

「まあ、いいわ。ご褒美期待しよっと」といずもは、じっと由良を見たが、当の由良は、表情一つ変えなかった。

いずもは、一瞬ムッとした表情を浮かべたが、話題を変えて、

「陽炎さん達の改修はどんな感じ」

由良は、

「工事自体は終了した。今あかしが最終の確認作業中だ」

「瑞鳳さんにも、航海レーダーが装備されるのよね」

「ああ、その辺りも既に終わっている」と答える由良。

いずもは、

「瑞鳳さん、CIWSが欲しいとか言わなかった?」と聞くと、

「いやそれはないが・・・」と由良は言葉を濁した。

「ねえ、まさかあれ追加配備したの?」

「済まん!」と由良は急に、眼前で手を合わせて、

「いや、瑞鳳さんの機銃妖精達に押し切られてな」

いずもは、やや呆れて、

「何か、深海棲艦の艦載機が可哀想になってきたわ」

いずもの脳裏に、携SAMに追われ逃げ回る深海棲艦の艦載機の姿が浮かんだ!

 

いずもは、話を続けて、

「それで、あかしは大丈夫なの。かなりオーバーワークじゃない?」

「ああ、泊地司令のご手配で、現地島民を多数雇用してもらって、すずや、鳳翔さんの改修作業を急いでいる。改修のプランも出来ているから、あかし工廠長とパラオ工廠長が手分けして、作業指揮をしてくれているから、大分楽にはなったが、今回の作戦では後発組としてあかしの艦も使う」そう言いながら、

「それでだ、実は横須賀鎮守府からパラオ泊地の提督宛に連絡があって、パラオ工廠の監督役に最適な工作艦娘を一人紹介してくれるそうだ」

「工作艦娘?」

「ああ、この方だ!」といい、由良はいずものモニターへデータを送信した!

それを見たいずもは、

「なっ! ほんと!」と驚きの声を出した。

「まあ、確かに腕は一流なんだけど、本当にここまで来れるの? 艦だって今は精々10ノットでるかでしょう?」

由良司令は、

「そこは何とかするんじゃないか」とまるで他人事の様に言ったが、

「はあ、また悩みの種が増えた気がする」と困惑するいずもであった。

 

由良は画面越しに、少し表情を厳しくした。

それを見たいずもが

「由良? 何か悪い知らせ?」と聞いてきた。

「ああ、明日の朝 大本営陸海軍の参謀2名がトラックからこのパラオへ来るそうだ」

「大本営の参謀? 連合艦隊の司令部参謀ではなく?」

「ああ、本土の連中らしい。今回のマ号作戦に絡んで本土から来たという事だ。明日泊地提督に面会を申し込んで来た」

「マ号作戦がらみ?」といずもが言うと、

「連合艦隊の宇垣参謀長からの連絡では、大本営ではマジュロ侵攻作戦を立案していて、その指揮と事前調整の為の要員だという事だが、先のパラオ防空戦の事も探っているみたいだ」

「防空戦の事? でもあの戦闘は秘匿されたはずでは?」

「そうだ。秘匿されているが、それを知る人物ということだ」と由良は表情を厳しくした。

「じゃ、ルソンがらみね」といずもが言うと、

「ああ、帰港は明日の午後だな?」

「ええ、そうだけど。」

「済まんが、お前の姿を見られると事が大きくなり過ぎる可能性がある。帰港時間を調整する」

「分かったわ。留守番のはるな達はどうするの?」

「まあ、構わんだろう。自衛隊の敷地に入らなければ、隠し通せる」そう言いながら、

「仮に、はるな達が露呈しても、構わんよ。そろそろばれる頃だ、頃合いかもな」

と由良は話した。

続けて、

「済まんが後で、こんごうと ひえいに話をしておいてくれ」

「分かったわ」

由良は、

「残りの帰路も、気をつけろよ」と言いながら、通信が切れた。

 

「気をつけろか。貴方の方が心配よ」といい、そっと机の上の一枚の写真をみた。

写真立ての中にある、1枚の写真。

大きな日よけの帽子を被った色白な少女と、日焼けした少年が、青い海をバックに写っていた。

少女はやや不機嫌そうな顔。

少年は、無垢な笑顔で青い海をバックに、手を繋いで写っていた。

いずもは そっと写真立てを手にとり、

「そういう不器用な優しい所はあの時から変わらないわね」と言いながら、じっと写真の少年を見た。

 

 

いずも達が帰路を進んでいた頃、パラオ泊地内にある自衛隊司令部1階の会議室では、パラオ泊地にいる全ての艦娘達と航空隊の操縦士妖精の代表が集められて、陽炎達に搭載された水上、対空レーダーの説明会が行われていた。

既に、きりしまによる基礎レーダー取り扱い講習が、数回にわたり艦娘と各艦に新しく選定された電探妖精に行われており、作戦開始まで継続して教育が実施される。

綺麗に並べられた椅子の前方には、由良、鳳翔、瑞鳳、睦月に皐月、秋月そして長波が横並びに座りその後ろには、各艦の副長をはじめとする幹部、そして電探妖精、

鳳翔、瑞鳳の航空隊の隊長、副隊長、由良の水観妖精も来ていた。

陽炎は、こんごうのCICの艦長席に設置された艦娘用C4Iシステム 別名艦隊コミュニケーションシステムを通じて、参加している。

前方の司会台には、きりしまが立ち、

「皆揃ったみたいね、じゃ今から、新型電探に関する説明会を始めるわよ」といい、

「手元の資料、皆持った?」と一同を見回した。

由良が代表して、

「はい、きりしまさん」と返事をしてきた。

きりしまは檀上で、

「まず、説明会の前に、今手元にある資料は、今回皆さんに搭載した電探、以後レーダーといいますけど、このレーダーに関する説明資料です。部外秘ですので、各艦から絶対に持ち出さない事」

「は~い!」と睦月達から返事が上がった!

きりしまは、

「じゃ、まず説明会に辺り、泊地提督からお話があります」と言うと、即座に由良が

「起立!」と号令を掛けた、

一同、姿勢を正して、起立する。

泊地提督が、大型モニター前に登壇し、前方を見ると、由良は

「礼!」と短く号令した。

ザッという音と共に一斉に一礼する。

泊地提督が、答礼し、

「皆、着席してくれ」と答えると、由良は

「着席!」と号令する。

ガタガタと少し音がして、皆一斉に着席した。

姿勢を正して、提督の言葉を待つ由良達。

泊地提督は、

「諸君、この度自衛隊のご厚意によりマ号作戦の先発隊への電探、射撃指揮装置、また秋月には新型の対空機関砲を搭載して頂いた。感謝いたします」

といい、同席するきりしま達へ一礼した。

軽く答礼するきりしま達

「また、後発組の由良、並びに留守組の睦月、皐月についても同様の改修工事を継続して行う予定である。これは自衛隊と我が帝国海軍の間の“技術移転協定”により実施される。この技術移転協定は、現在自衛隊の持つ各種電探、誘導兵器等の技術を順次公開、移転する事で、我が帝国海軍の底辺強化を目的としている」

とここまで、提督が言うと、

「難しい話はこれ位にしてだ」とやや笑いながら、

「じゃ、睦月!」と睦月を指差し

「なぜ、いきなり自衛隊の持つあの強力な誘導兵器や正確無比の主砲を君たちに搭載しないのか、分かるか?」

すると、指名された睦月は

「むむむ!」と考え

「使いこなせないから」と答えを出した。

すると提督は、にこやかに笑いながら、

「おっ、えらい。半分アタリだ!」

「にひひ! ほめられた」と嬉しそうに笑う睦月、しかし、横に座る皐月が

「半分外れ」とボソッと突っ込んだ!

 

提督は、

「そう、今の自分達、正確に言えば今の自分達が使ってきた用兵方法では使いこなせないという事だ」そう言いながら、続けて

「自衛隊の電探、レーダーだが汎用の水上航海用のレーダーだけでも探知距離100㎞以上である。空中探知用に至っては300㎞を優に超える。おまけに常時全周囲探知可能だ。

既に我々はこのレーダーを使った海戦、防空戦を経験し、完全勝利を収めた。しかし それは自衛隊の皆さんの助けが有ってはじめて出来た事である」提督は続けて、

「このレーダーに関する用兵を、我々はまずきちんと身につけなければ、幾ら高性能な砲や誘導兵器を持った所で、猫に小判だ。今回のマ号作戦はレーダーとそれに付属する管制装置を我々がきちんと使いこなせるかが、勝敗の要となる。各員、その事を十分理解してくれ」といい、降壇した。

 

きりしまが、

「では、今回搭載したレーダーについて、あかしから説明があります」

すると、あかしが席を立ち、自身のタブレットを操作して、前方の大型モニターに1隻の駆逐艦の3D映像を表示した。

「あっ! 長波だ!」と長波が声にだした。

 

そこには、駆逐艦 長波 第1次改修工事と書かれたタイトルと、駆逐艦長波の全景3D映像が写しだされていた。

あかしは

「では、説明はじめるよ」といい、

「今回の第1次改修工事では、駆逐艦、軽巡、軽空母を対象とした、対水上、対空警戒能力の強化を目的としています」

そう言いながら、駆逐艦長波の3D映像をゆっくりと回転させた。

「まず、外見上の大きな改修点は、これですね」といい、艦橋後方のマストをレーザーポインターで指した。

そこには、今までのトラス構造のマストではなく、やや後方に傾斜したステルスマストが搭載されていた。

「えっ~と、今までのマストですと、レーダー2個に、電波探知装置を搭載すると強度不足なので、少し大きめのステルスマストへ変更してあります」

長波は、

「へへ~、前より恰好よくなった!」

あかしは、

「このマストに、まず上から、戦術航法装置(TACAN)のアンテナ、その下に、OPS-28対水上、対空警戒レーダー、その下にOPS-20航海用レーダー」と順にレーザーポインターで指し示し、

「そして、艦橋上部には、FCS-2-31D駆逐艦用電波射撃指揮装置とNOLR-9D駆逐艦用電波探知装置を搭載しています」

「おおお!」と声が漏れた。

やや大型のマスト、そのマストには二つの回転式のレーダーアンテナ、そして艦橋上部には白いお椀状のアンテナを装備して、より一層強くなった感が出ていた。

きりしまは、そっと小さな声で横へ座るはるなへ

「ねえ、正面からみるとどうしてもあの艦に見えるのは私だけ?」

「やっぱり きりしまもそう思う? どう見ても“晴風”ね」

 

あかしは、説明を続けて、

「えっと、まず今回の改修の目玉! レーダーですが2種類搭載しています!」

そう言いながら、別画面を開き、OPS-20とOPS-28の映像を開いた。

「まず、OPS-20から説明するよ」といい、OPS-20の諸元データを開いた。

「このレーダーは主に航海用レーダー。水上航行する船舶を監視する為のレーダーです。

見通し距離30km内なら探知可能。主に近距離水上監視用として使用してください」

真剣な表情で、前方の画面を睨む各艦の妖精兵員達

「次、OPS-28-1Dといいますが、これは私達が装備する同型のレーダーを駆逐艦用に改修したものです」そう言いながら、画面をOPS-28の諸元へ切り替えた

 

「このOPS-28は本来、遠距離海上索敵及び低高度を侵入する航空機用のレーダーですが、駆逐艦対空能力向上を目的に、当泊地で改修を加えた改良型です」

そう言いながら、諸元を説明し始めた。

「探知範囲を広げて、中高度の航空機にも対応しました!」

すると、後方の席から手が上がり、

「あの、中高度の探知距離は?」と質問が出た。

するとあかしは

「う~ん、条件にもよるけど、60km未満って所かな?」

すると皆から、

「えっ」と声が上がった

「21号電探より短いのですか!」と秋月が聞いてきたが、あかしはハッとした表情で、

「あっ、御免。この数値は1m位の小型の標的に対しての精密測定だから、通常の探知距離は150km以上あるわよ。この時代の航空機の大編隊なら200kmでも探知できるかも」

「おおお!」と声があがる。

あかしは

「このOPS-28は本来、水上警戒並びに低高度の航空機用に開発された物を、照射するビームのパターンを変更して、対空用の能力を付加させたんやけど、あくまで2次元レーダーですから、そう期待せんといてね」

すると睦月は、

「いや、十分期待します!」と目をキラキラさせた。

あかしの横に立つきりしまは、

「はい、じゃ講習会のおさらいね。皐月さん。2次元レーダーと3次元レーダーの差は?」

「へへ~、僕に任せて。2次元は、方位と距離が判定できます。3次元はそれに高さを同時に計測する物です!」

「はい、正解です。よく復習していますね」ときりしまは笑顔で答えた。

あかしは、

「このOPS-28-1Dは、基本は距離と方位を測定。高度については、測定ビームを切り替えて精密測定で対応です。各電探妖精さんは手順書を再確認してください」

頷く各電探妖精

「この二つのレーダーと戦術航法装置は鳳翔さん、瑞鳳さんにも舷側に新しくマストを追加して搭載します」

「ありがとうございます。」と一礼する鳳翔と、瑞鳳

 

きりしまは、

「講習会で何度も注意したけど、レーダーは影絵だと思って。此方が照射したビームの反射波を受信してレーダースコープに表示する。原理は単純だけど、その分思わぬ見落としもある。影の後は探知できない。ゴーストいわゆる偽の反射標的が表れたりする事は多いわ。電探妖精は探知目標を鵜呑みにせず、必ず地形図や海図と照合して、レーダースコープ上に情景を思い描きなさい」

「はい! きりしまさん!!」と一斉に各艦の電探妖精から返事があった。

 

あかしは画面を切り替え、

「では、次は軽巡、駆逐艦用電波射撃指揮装置FCS-2-31Dです」

長波の艦橋上部にでんと据えられたFCS-2

白いお椀型のフェーズドアレイレーダーが特徴的だ。

「陽炎さん達が搭載する94式方位盤や射撃盤ですが、各々が独立しているので、砲撃諸元を入力するまで時間がかかります」

モニター越しに陽炎が、

「そうなのよね。おまけに主砲は秋月とは違って平射砲だから対空不向きだし、この前の泊地防空戦の様に、直前で進路変更されると、手も足もでないわ」

すると、あかしは

「主砲については、第2次改修工事で、交換する予定があります。秋月さんの長10cm砲も真っ青な砲を搭載します!」

「本当ですか!」と長波が身を乗り出した!

「はい、その為にも今回の作戦で、FCS-2の取り扱いに慣れてもらいもます」

「はい! あかしさん!」と元気に返事をする長波

 

「では、話に戻ります。このFCS-2-31Dは、自衛隊の小型艇で使用していた物を改良して、軽巡、駆逐艦で使用できるようにしたものです」

あかしは、続けて

「先程のOPSレーダーで探知した目標を、このFCS-2で精密測定し、各砲に合せた諸元を計算し、艦内ネットワークを通じて、各砲へ諸元を送信します。これにより、今まで以上の速度で諸元入力が可能であり、逐次回避運動する場合も目標を自動追捕しますので、諸元も自動で更新されます。ただし砲が今までの通りですので、適正射撃位置の算出は砲手の腕に頼る所が大きいです」

睦月が

「それでも、夜間の射撃能力は各段に上がるのにゃ!」と言うと、

皐月が、

「一方的に夜間に撃ちこまれる事ない」と続けた。

長波が

「これで、深海棲艦の“電探神話”にも負けないぞ!」と意気込んだが、それを聞いたきりしまが、前へ出て、

「ダメです! いい米軍や深海棲艦の使うSGレーダーは初期的とはいえ、優秀なレーダーです。油断してはいけません」

そう言いながら、駆逐艦の子達を見て、

「それに今、長波さんが言った“電探神話”ですが、これは幻影です。レーダーを装備すれば、それで全てうまく行くという訳ではありません。レーダーにも死角はあります! 日頃からその取り扱いに熟知する事も大切ですが、平素からきちんとした目視による見張りも重要な索敵要素です!レーダーと目視による複合的な索敵が一番大切です。その証拠に私の艦でも見張り所には高倍率双眼鏡が設置されていますよね」と長波を見た。

「はい、気をつけます」と長波が返事をした。

 

あかしは、

「今までの九四式方位盤と射撃指揮装置は、今のところ温存します。今回の作戦でデータが取れて、実用上問題ないと判断した場合、順次撤去予定です」と言いながら、

「最後ね」といい別の画面を表示した。

画面には、艦艇色に塗られた小さな円柱が表示された。

「NOLR-9D駆逐艦用電波探知装置です。皆には逆探と言ったほうが解りやすいかな」

といい、概念図を表示した。

「この電波探知装置は、レーダー波等を受信すると、その方向や種別を判定します。

最終的には、FCS-2と連動して、電波の発信源に照準を合わせる事もできます」

すると、長波が手を上げて、

「じゃ、相手が電波を出している方が、照準が正確になるって事ですか!」

「そういう事」とあかしが返事をした。

横に座る秋月が手を上げ、

「きりしまさん達が装備しているNOLQ-3は搭載されないのですか?」

あかしは、

「よう勉強してはる! 流石秋月さん!」といい、

「私達が搭載する、NOLQ-3D電波探知妨害装置ですけど、敵性電波の受信、探知、そしてそれを元に自動で妨害する機能を持つ電子戦用の機材なんやけど、本当は搭載できないか、色々と検討したんよ。でもね艦内電力を莫大に消費するから今回は見送りです」

 

 

「えええ!」と駆逐艦の子達から一斉に声が上がったが、それには

「静かに!」と由良が一喝した。そして、

「皆さん、これ以上ご無理を言って駄目です。鈴谷さんや鳳翔さんの大規模改修工事。それに皆さんの電探設備、言い出したキリがない位 あかしさんは私達の為に頑張ってくれています」

「は~い」と渋々返事をする睦月達

 

「御免」といい、眼前で手を合わせるあかし

「実はね、色々と検討したんよ、アンテナ部を色々と分離して、搭載場所を考えたけど、それだと不都合が多くて、手間がかかりすぎるの」

着席していた泊地提督が立ち、

「済まんな。その件については自衛隊司令からも相談されていたが、我々にとっては電子戦は未知の領域だ。まずきちんとレーダーを使いこなす事を重要視したい。それとだ・・・」といい、少し言いにくそうに、

「実はな、レーダー等を作り出す資源。ナノマテリアルというそうだが、現在あかしさんの探査艇で採掘しているが、採掘が間に合わない状態でやや枯渇気味だ」

泊地提督がそう言うと、

「ここは無理をせず、じっくりと装備と経験を整えていきたいと思う」と締めくくった。

 

あかしは、

「ここまでは、各艦の共通装備です。パラオ艦隊旗艦である、由良さんには、このほか対空警戒用3次元レーダーOPS-24を搭載します」といい、画面を切り替えOPS-24を表示した。

そこには、3D映像データで由良に搭載されたOPS-24の動画が表示された。

クルクルと回る、OPS-24

あかしは、レーザーポインターで、

「由良さんもマストを改修して大型のステルスマストを装備し、このレーダーセットを搭載します。」

軽巡由良の3Dデータを回しながら、説明するあかし

すると、はるなが、不安そうな顔で、

「ねえ、あかし。24は大丈夫なの?」と聞いてきた。

由良が、

「あの、どういう意味です? 大丈夫とは?」

それには、きりしまが

「実は、このOPS-24って初期の頃色々と問題があって、使い勝手が悪いという事で、評価がいまいちだったの」

「本当ですか!」と驚く由良

「ふふ、そこは抜かりはありませんよ」とあかしは自身満々に答えて、

「あの当時は、運用上の問題で、使い勝手の悪いレーダーになってしまいましたが、今回製作したのは完全に新規のOPS-24D(destroyer)と言える物です」

きりしまは、

「由良さんの能力なら FCS-3ユニット搭載できたんじゃの?」

するとあかしは、

「実は、艦霊波の能力的には問題ないの。特にご結婚されてから後の霊波波動は、重巡に匹敵する物があるんだけど、問題は船体の方。フェーズドアレイレーダーをどこに装備するか問題なのよ。あすかみたいに艦橋上部に装備する事も検討したけど、艦橋自体強度アップを図らないといけないし、そうすると改修が大規模改修になる!」

そう言いながら、

「実は提督さんと相談したのだけど、この時代の戦闘に十分耐えるなら、古いタイプのシステムでも構わない、逆に、無理に最新鋭のシステムを搭載しても“運用が不慣れなら弊害になる恐れがある”という事で、ここは対空早期警戒を目的にしたOPS-24を搭載しました」

そう言いながら、

「由良さん、そういう事で、性能はばっちり保証します! 戦闘機ほどの大きさなら、探知距離200㎞は保障しますよ!」とあかしは自信満々に答えた。

「200㎞! すげ~!」と室内から声が上がった!

 

再び提督が席を立ち

「諸君、この様に各艦、対空、対水上において超大な探知能力をパラオ泊地艦隊は持つ事になる。という事は今までと陣形の組み方も大きく変わる事になる」

すると、あかしは画面を切り替えた。

泊地提督が、前方の大型ディスプレイを指差しながら、

「現行の輪形陣は、各艦の間隔は1~2km前後であるが、今後索敵中は、前衛警戒艦が前方へ出てレーダー警戒し、各艦の間隔を段階的に、広げて索敵範囲を広げて行く。敵機発見と同時に、艦隊を集結させ 艦隊防空戦を行う」

すると睦月が手を上げて

「提督! それだと各艦の行動にばらつきがでにゃい?」

提督は、

「睦月、今までなら、間違いなくバラバラの行動になるだろうけど、今各艦には、自衛隊の艦隊コミュニケーションシステムという、便利な機械が搭載されているのを忘れたかい?」

「あっ、そうです」と焦る睦月

 

提督は、

「レーダーを搭載しただけで、艦隊の運用が今までと変わってくる。これは空母艦載機についても同様だ」といい、きりしまをみた。

するときりしまは、自身のタブレットを操作して、前方のスクリーンへアニメーションを表示した。

きりしまはアニメーションを指し示しながら

「航空隊の皆さんは、この映像のように、既にE-2Jによる要撃管制を経験されていると思います」

すると、代表して鳳翔零戦隊の隊長が、

「ああ、きりしまさん。その通りだ。我々は、管制機の誘導で相手より早く敵機を発見し、優位な位置から攻撃できた」

きりしまは、

「今後、防空誘導は管制機及び防空指揮艦の電探妖精が行う事になります」

すると隊長は、

「振り分けは?」

「遠距離の誘導は管制機が、艦隊防空戦は、防空指揮艦が行います」ときりしまが答えた

 

あかしは

「えっと、少し話を進めます」といい、次は秋月の3D映像を表示した。

「今回の第1次改修では、秋月さんには試験でCIWSを搭載します」

そこには、後部高射装置を撤去して、新たに設置されたファランクスが“でん”と据えてあった。

「ファランクスですね!」と秋月が言うと、横に座る長波が

「ずるい! 秋月だけ!」とむっとした。

するとあかしは、

「御免ね、長波さん。本当は間に合えば陽炎さん達にも搭載したかったんだけど。」

といい、

「陽炎さん達に搭載するには、搭載スペースを確保する必要があるの。場所としては、艦橋前方の空間。そこだと後方の射線に影ができる。一番いいのは、後方の2番砲塔を撤去して、そこに搭載するのがいいのだけれど」

「2番砲塔の撤去か」と前方の別モニター越しに陽炎が唸った。

長波も

「えっ! 主砲の撤去ですか!! 弱くなっちゃう!」と目を白黒させた。

 

困惑する二人に、きりしまは、

「この写真をみてほしいのだけど」といい、1枚の写真を前方のモニターへ表示した。

写真を見た、陽炎は

「雪風?」と声に出した。

そこには 後部2番砲塔を撤去し、変わりに25mm3連装機銃をハリネズミの様に装備した、駆逐艦雪風の姿があった。

きりしまは、

「私達の次元の雪風さんは、1943年の6月に対空値向上の為、後部2番砲塔を撤去して、25mm機関砲を装備しました。早晩対空値の向上は急務になります。」

陽炎は、

「私達もいつかは決断する必要があるという事ね、きりしまさん」

「はい、そしてそれは由良さん達全ての泊地艦艇も同様です」

「睦月達もですか?」と睦月が聞いてきた。

きりしまは、

「はい。現行の7.7mmや25mm機銃では、高速移動する航空機を、確実に撃墜する事は困難です、レーダーと連動したファランクスの様な艦艇用近接防御火器が今後の艦隊防空戦の要です」

きりしまの横に立つ提督は、

「現在、我々日本海軍は、艦隊砲戦を重要視し、防空戦を軽視する傾向が強い。これは戦艦や巡洋艦の超大な防御力、軽巡、駆逐艦の高速速力をもってすれば敵航空機からの被弾、損傷は最少で済むという古い用兵理論に基づいている」

そう言いながら、続けて

「確かに、航空機が複葉機の時代ならそれで十分であった。しかし航空機の進歩、搭載兵器の進歩は我々の想像をはるかに上回るものだ。君たちは既にそれを“自衛隊”という組織を通じて肌で感じていると思う」

頷く由良達

「今回のマ号作戦はある意味において、我々が新しい用兵論を導く為の布石でもある、そしてその導きだされた物に対して、斬新な考えで自分達も変化する必要があると考えている」

「では、提督さん。私達の改修が段階的に行われていくのは、その用兵方法に柔軟に対応する為ですか?」と由良が聞いてきた。

「ああ、そうだ。この件に関しては、以前山本長官、三笠様が此方にいらした当時から検討を重ねてきた」

由良は

「えっ、そうだったのですか?」

「済まんな、別に隠すつもりは無かったんだが」

由良の横に座る鳳翔が

「そう言えば、新造の戦艦三笠や改修された金剛さんには、自衛隊の誘導兵器は搭載されませんでしたね」

すると提督は、

「ああ、あかしさん達から提案はあったのだが、三笠様も金剛も“使い方が分かりにくい”という事で、今回は見送られた」

由良が、

「使い方ですか?」

それには、きりしまが

「使い方とは、“操作法”ではなく作戦時の使いどころと言った方が正しい言い方です」といい、続けて

「私の使う17式対艦ミサイルは弾頭重量300kg、速度1,200km 射程は100kmを軽く超えます」

「おおお」と後方の兵員妖精から声が上がる。

「捕捉した目標に対しては、高い精度で命中します。この時代の艦船には防ぐ手段は殆どありません」

提督は、

「諸君らは、既にその能力を先のパラオ防空戦におけるヲ級空母攻撃、並びにル級艦隊への先制攻撃で知っていると思う」

頷く泊地艦娘達

提督は、

「しかし、この攻撃では、上空からの事前の電探監視があり、早期に敵味方の識別を行い、攻撃目標の選定を迅速に行った。即ち情報組織戦闘である。現在我が帝国海軍には、その様な考え方、用兵論が存在しない。そこに三笠や金剛に誘導兵器を搭載しても、味方を誤射する恐れがある」

提督は続けて、

「現在の帝国海軍は、遠距離での索敵値が極端に低い。相手が見えない状況で、高価な誘導兵器をポンポン放りこむわけにはいかんからな」と笑いながら話した。

すると、瑞鳳が

「提督! 瑞鶴さんが“アウトレンジで決めてやる”とか言ってますけど、そういう事なら、全然効果が無いという事ですか?」

「そういう事だ。瑞鶴がよくそう言って、索敵機の情報を元に、遠距離航空攻撃を行っているが、肝心の接敵率は正直、言葉に出来ないくらい悲しい数値だ。大半の攻撃隊は接敵できずに帰還する。いや帰還できるだけまだいい、途中で迷子になる者もいる」

提督は一呼吸おいて、

「対する深海棲艦は、レーダー情報を元に航空隊の管制要撃を行うので、効率がいい。これでは我が方の損害が増えるのは当たり前だな」

提督は、

「しかし、我々は、自衛隊の皆さんのおかげで、ようやくこの情報戦を戦い抜ける装備を持った。このマ号作戦はそういう意味では大変意義の大きい作戦だ。皆心してくれ」

一斉に

「はい!」と大きな返事があった。

 

きりしまは、特徴的なメガネを直しながら

「さてここで、そのファランクスを装備する秋月さんに質問です」と話を切り出した。

「はい、きりしまさん」

「今回装備するファランクスの特徴は?」

すると、秋月は起立し、

「6砲身の20mm ガトリング砲です、毎分3000発発射可能。有効射程1500m。そして最大の特徴は、目標の補足、追尾まで全て連動するレーダーが自動的に行います。敵機が有効射程内に入ったら、戦闘指揮所内の安全装置を解除するだけで、目標捕捉、追尾、撃墜までを自動で行います!」

秋月は、

「また、私の装備するBlock1B型では、光学照準器も併用で使用でき、小型の艦艇。特に魚雷艇などの攻撃に対応する事が可能です」

きりしまは、

「はい、その通りです」といい、前方の画面にファランクスの作動映像を流した。

「秋月さんに搭載するのは、このファランクスのBlock1Bを少し改良して、携行弾薬数を増やし、また発射速度をすこし落とした物になります」とあかしが補足した。

きりしまは、画面の前に立ち、

「既に、泊地の皆さんは演習などでこのファランクスの威力を知っていると思いますが、現行のレシプロ航空機がこのファランクスに捕捉された場合、ほぼ逃げる手段はありません」

「だよな・・・」と唸る飛行隊の隊長妖精達

きりしまは、ぐっと表情を厳しくして、

「各航空隊の隊長さんは、今後艦隊防空戦の際、艦砲並びに対空機銃の有効射程内には絶対に入らないように。もし入った場合 結果はこうなります」といい、後方のモニターを指さした。

そこにはきりしま搭載のファランクスにより、粉々に粉砕されるドローン機が映しだされた。

後方から手が上がった

「はい、鳳翔隊隊長さん」ときりしまが言うと、

「直掩中に下手に近づいて、撃墜されちゃ敵わん。我々に搭載している敵味方識別装置で何とかならんのか?」

きりしまは、

「原則 友軍信号を出している物は照準しない様に設定しています。しかし、混戦模様となると濃密な弾幕に巻き込まれる恐れもあります。そしてこれが一番怖いのですが、その敵味方識別装置が故障していた場合、敵機認定され問答無用で粉々です」

「それは・・・」と鳳翔隊の隊長が声にしたが、きりしまは

「私達の次元では、この敵味方識別装置、IFFと言いますが、戦闘中にこれが故障し、友軍に撃墜される、または地上で攻撃されるという事案が頻発しました。故障の原因は様々です。例えば事前の連絡不手際で、識別符が正確に伝わっていなかった。戦闘中に発信機の故障、アンテナ等への被弾による信号不具合など言い出したキリがありません」

きりしまは、メガネを鋭く光らせ、

「航空隊は必ず要撃管制官の指揮に従い、きちんと行動する事」

そう言いながら、急に後方の席を指さし

「特に、由良の水観さんは念を押しておきます。以前の戦闘詳報を読みましたが、独断で艦隊防空圏内に入り、敵機を追い回すなど今後は控えてください」

「うっ!」と唸る由良の水観妖精

「そうよ、水観! 今度は命が無いわよ!」と由良も睨んだ。

「分かった」と渋々いう水観妖精

すると提督は、

「そう言えば由良。あの時の始末書 まだ見ていないが」

「解りました! 至急書かせます!」とまるで鬼のような形相で水観を睨んだ。

「くっ、くそ~」と唸る水観妖精

 

笑いが広がる室内

 

その後新型の砲弾や改良された航空魚雷などの説明があり、会議の最後に由良が、

「皆さんに提督さんから、連絡があります」

すると提督が、席を立ち、再び登壇した。

「明日の朝、トラックからの定期便にて、大本営付きの陸海軍の連絡将校が2名 このパラオを訪れる」

ざわめきが起こった。

「来島の目的は、表向きはパラオの視察という事だが、実体は、先のパラオ防空戦の被害状況の確認だ」

鳳翔が手を上げ、

「提督さん、先の防空戦は秘匿扱いされ、その戦い自体を知るのは私達と現地島民の一部だけです、それも内々に族長さんから固く口止めされていると聞きましたが」

「ああ、本来なら大本営が知るはずはない。しかし何処からか漏れてその確認に来た」といい、少し意地悪い笑いを浮かべ、

「何処から漏れたかは、青葉達の領分だから俺達が関知する所ではないが、皆明日、その将校達に何を聞かれても、知らぬ存ぜぬで通してくれ」

長波が手を上げ、

「あのもし、自衛隊の皆さんの事を聞かれたら?」

「その件については、“連合艦隊の預かりの友軍艦隊で、特務機関の船ですので分かりません”と答えてくれ」

由良が、

「あの、到着時のご案内など、私がつきましょうか?」と提督に聞いたが

「その件だが、先程在パラオ陸軍の偵察中隊の隊長から連絡があって、“出迎え不要、此方で対処する”と連絡があった」と提督が答えた。

「では、少尉さんが対応ですか?」と由良が聞いたが、

「いや、中隊長自ら対応するようだ。あの中隊長はそろそろ本土へ復帰する、ここで点数を稼いでおきたい所だろう」

そう言いながら、

「こちらへも必ず立ち寄る筈だ! 皆“失礼の無いように程々にな”」と笑みを浮かべた

「は~い!」と駆逐艦の子達が一斉に返事をした。

 

パラオに小さな嵐が訪れようとしていた。

 

 

翌日、早朝にトラック泊地を飛び立った一式陸攻は、順調に飛行を続け、予定通り現地時間の10時前には、パラオ海軍航空隊基地の上空へ姿を現した。

途中から警戒監視を行っている いずも航空隊のE-2Jが機影を捕捉していたが、周辺に脅威目標が無い事や、進路に間違いのない事もあり、誘導せずにそのままパラオへ向わせた。

パラオ航空基地でも、地上据え付けの対空レーダーで機影を捉え、海軍が使う無線方位指示器を使い、パラオまで電波誘導してきた。

トラックを夜が明ける前に離陸し、遠路2,000km 5時間近い飛行時間だ。

一式陸攻の特徴と言えば、その長い航続距離と速力である。

しかし、機内は狭く、騒音もひどい、座る座席は固く長時間座ると、振動とエンジン騒音で体中が痛くなる。

大本営参謀達は、この環境の中5時間近くも狭い機内でじっと耐えるしかないのである。

 

実はパラオ―トラックの間には、民間空路があり、九七式飛行艇の民間機仕様機が飛んでいた。

この空路はサイパンを経由して横浜まで伸びている。

この民間仕様の九七式飛行艇

乗客14名を乗せる事ができ、座席は3段階のリクライニングシート

トイレや簡単な調理のできる場所まであった。

しかし、あくまで民間空路。 軍人とはいえちゃんと料金を払わなければ乗る事が出来ない。

結局 出張などは、狭い軍用機に同乗させてもらう羽目となる。

もし、大本営参謀達がこの長距離飛行に慣れていれば、パラオへ侵入した際に、眼下に見える泊地湾外に、見た事の無い大型の重巡、空母がいる事に気が付いたはずであるが、当の二人の参謀は長距離飛行に耐えられず、ずっと座席で俯いたままであった。

 

陸攻を指揮する機長から、

「参謀殿、間もなくパラオ飛行場に着陸します!」と告げられ、ようやくぐったりとした体を起こした。

陸軍参謀は、

「ようやくついたが」と外を見た。

眼下には、コロールの街並みが見えた

「被害はないようだ」とそう思いながら反対側の窓を見る軍令部参謀へ

 

「はい、此方もなにも変化はありません。綺麗な街並みが見えます」と答えた

「爆撃されていないのか?」と陸軍参謀は思った。

内心、

“いや、中将から聞いた話では、大型の爆撃機が30機も襲ったと聞く、艦載機も100機近くいたはずだ! 被害が無いとは一体どういうことだ!”と疑った。

そう考えている内に、陸攻は海軍パラオ泊地飛行場へ着陸する為にゆっくりと高度を落とし始めた。

眼下には、うっそうと茂る南国特有の森林が続いていたが、突如それが切れて、綺麗に鎮圧整地された滑走路が現れた。

着陸の衝撃を少し感じたが、陸攻はまるで滑るように、パラオ航空基地の滑走路を走り、減速していく。

 

パラオ航空基地の滑走路。

見た目は、どこにでもある土を鎮圧整地しただけの滑走路に見えるが、実は自衛隊の手により、液体セメント強化材により強固に固めてあり、見た目以上の強度がある。これによりF-35やE-2Jといった重量のある航空機の運用を可能にしているのだ。

現在は、少し離れたペリリュー島に新規に滑走路を建設中だ。

 

綺麗に整地された誘導路を通り、飛行場管理棟前で機体は誘導員に誘導されて、駐機した。

エンジンが止まると、直ぐに飛行場妖精が機体左後部の乗降口に足置き台を置く。

後部ドアが開き、まず機上整備妖精が降りてきて、機体を一周して、周囲を確認する。

その後、乗降口に現れたのは、軍刀を片手に持つ陸軍参謀、そしてその後を海軍軍令参謀の将校が地上へ降り立った。

 

「ほう、意外に綺麗な飛行場だな」と感心する陸軍参謀

海軍軍令部参謀も、

「はい、ここパラオはトラックを中心としたミクロネシア防衛の後方部隊。その分強化されてきてはいます。しかしこれ程とは。横須賀の基地もここまで綺麗に整備されてはいません」

そう言いながら、周囲を見回した。

そこには、真新しい飛行場管理棟、その横には綺麗な管制塔。

強化された大型機用の掩体壕など本土でも見た事のない装備が並んでいた。

すると、1台の車が近寄ってきて、目前で停車した。

助手席から、陸軍の防暑衣を来た男性がおりて、参謀達の前に立ち敬礼すると、

「参謀殿、陸軍在パラオ偵察中隊 中隊長であります」と挨拶した。

「出迎え、ご苦労」と短く答礼し、車へ乗り込む参謀達

参謀達が乗り込むと、車はコロールの陸軍偵察中隊の駐屯地へ向った。

 

それを、じっと管制塔の上から見るひとりの女性

無線機が並ぶ管制卓の上の電話をとり、内線ボタンを押し、内線番号を押した。

少し前なら、まず電話機横に付いたハンドルを回して、交換手を呼び出して、相手の内線番号を言って、回線を繋いでもらう。

その間、長い時は数分じっと待たなければならないが、今は自衛隊が交換機という機械を設置してくれたおかげで、電話1本かけるのも楽になった。

呼び出し音が鳴る間、

「これだけ便利だと、本土に帰った時、電話のかけ方忘れそう」などと思いながら待つ。

数秒待つと、相手が出た。

「あっ、由良さん。瑞鳳です。はい、予定通り大本営参謀達はコロール方面へ向かいました。今の所問題はありません」

電話で大本営参謀達の来島を報告すると、瑞鳳は、管制卓の上の双眼鏡で、走り去る参謀達を乗せた車を追いながら

「面倒な奴らが来た」と不機嫌に呟いた。

それもその筈だ。

話は少し遡る。

陸攻が着陸する前に、飛行場管理棟で庶務作業をしていた瑞鳳。

そこへ、陸軍偵察中隊長が押しかけ、駐機場まで車を入れさせろと言って来た。

最初は、ニコニコしながら笑顔で、やんわりと「安全上問題がありますので、管理棟横までにしてください」と断ったが、なんだかんだと言い出し、遂には

「大本営より直接視察に来られている。ここは失礼があると昇進にひびく」と言い出した。

 

泊地提督から、

「問題を起こさない限り、自由に行動させろ」とは言われていたが、山本長官や三笠様の時でも、車は管理棟に止めて、歩いて頂いた。

ぐっと

「あんたの昇進より、航空機の安全が優先するの!」と言いたい所を堪えて、

「誘導する妖精兵士に従ってくれるなら、許可します」

という事で、機体側まで車を入れる事を許可した。

遠のく車を睨んで、

「何も起こらない事を祈るしかないか」といい、管制塔を後にした。

 

大本営参謀達は、泊地内部の道路を、コロールの陸軍中隊の宿営地へ向った。

軍令部参謀がふと泊地外周部に停泊する見慣れぬ艦影の重巡をみた

「おい! あれはなんだ!」と前席に座る偵察中隊の中隊長へ聞くと、

「軍令部参謀! ご存知ないのですか? 参謀本部へはご報告しておりますが、海軍の特務艦隊というそうです」

「海軍の特務艦隊?」と首をかしげる軍令部参謀

「ご存知でしたか!」と横に座る陸軍の参謀を見た。

「詳しい事は聞いてない。東京を出る時には、パラオに所属不明の艦艇が数隻いるとしか聞いてないぞ」

そう言いながら陸軍参謀も、その艦影を見た

軍令部参謀が目を凝らしてその艦影を見た

「重巡か! いや高雄や妙高より少し小さいようだ。しかし軽巡より格段に大きい。兵装はよく見えんが主砲が前方にあるだけか? あの大きな艦橋はなんだ?」といい、

「やけにちぐはぐな艦だな」と呟いた

「見た事の無い艦影だ。どこの艦隊だ! あのような艦は全く知らん!」と声に出した。

軍令部参謀は、再びその艦影を見た。

そこには、重巡の後へ隠れる様に、空母らしき影が見えた!

「なっ! 空母だと!」

そう言いながら、窓を開け、身を乗り出した

「翔鶴型より小さい、丁度祥鳳と同じくらいか!」

祥鳳と比べて、遜色のない立派な船体が見て取れる

「おい、中隊長。あの艦隊はいつからこのパラオ泊地に停泊している!」

すると中隊長は、少し考え

「確か、以前戦艦金剛がここへ避難して来た時に一緒に入港してきたと記憶しておりますが」

「金剛と一緒にか! しかし、あの金剛雷撃の際の報告書にはそんな事は一切書いてなかったぞ!」と声を張り上げた。

中隊長は、

「はあ、自分は海の事はよく解りかねます。うちの小隊長が詳しいので、後ほど紹介します」

陸軍参謀は、

「あの艦隊の事は調べてあるのか?」と中隊長を見た

「はい、それも含めて後ほどご報告いたします」といい、コロール市内へ向った。

軍令部参謀は横の陸軍参謀へ

「あの艦隊、上手く使えば我々の擁護に?」

「それも手だな、この泊地の提督は話のわかる奴か?」

軍令部参謀は

「どうでしょう? ここの提督は軍令部内部では変わり者として有名です。」と軍令部参謀が答えた。

「変わり者?」と陸軍参謀が聞くと

「ええ、海軍兵学校を優秀な成績で卒業し、恩賜の軍刀組です」

「ほう、いわゆるハンモックナンバー10位以内ということか」

「はい、その後軍令部作戦部勤務。勤務成績は非常に優秀で、非の打ち所がないという事でした」

「ほう、その様な人物が変わり者とは?」

軍令部参謀は、

「はい、そのまま行けば海軍大学校へ入校し、上級将校への道が開けていたはずですが、ある時、兵学校時代の教官であった艦娘由良と数隻の駆逐艦を従え、このパラオへ自ら進んで転属し、度重なる内地への転属指示を断り、パラオに居座る変わり者ですよ。一応階級は泊地司令という事で少将ですが、今の経歴なら大佐でもおかしくないですね」

「では、昇進を蹴ってまでこのパラオへ居座っているという事か?」と陸軍参謀が聞くと、

「ええ、そうです。同期は横須賀、呉の提督、そしてあの第三戦隊金剛を率いて暴れたパラオの虎と言われた猛将です。」

すると陸軍参謀の表情が厳しくなった。

「横須賀に呉に、あの予備役中佐か! 皆 艦娘擁護派ばかりだな」

「ええ、おまけについ先日 秘書艦由良とケッコンカッコカリをしたばかりです」

「なに! 艦娘と結婚だと!」と驚く陸軍参謀

「はい、艦娘と結婚するには非常に厳しい審査があります。恋愛関係だけでなく、身辺の調査、他の艦娘達の推薦、三笠、大巫女の認可が必要です」

すると陸軍参謀は

「確か陛下にもご報告が上がると聞いたが」

「はい、陛下にご報告申し上げ、最終的に艦娘艦籍簿に陛下の御署名を頂きます。これだけ厳しい審査があります。その辺の小娘相手に恋愛ごっこという訳にはいきません」

軍令部参謀は声を潜め

「確証がある話ではありませんが、ここの提督がパラオへ転属したのは 宇垣参謀長の強い要望があったという事です」

「宇垣参謀長のか?」

「ええ、トラックを連合艦隊の最前泊地とするにあたり、後方を任せる事の出来る唯一の者という事で、周囲の反対を押し切ったという事です」

「では、連合艦隊司令長官の山本大将とも」と陸軍参謀が聞くと、

「はい、非常に良好な関係のようです。三笠大将にも信任厚いと聞き及んでいます」

陸軍参謀は、

「そのような提督を説き伏せ、我が方へ引き込む事は可能なのか?」

すると、軍令部参謀は

「パラオ提督は、元を正せば軍令部の出身。軍令部の意向の重要性は理解すると思いますが」

陸軍参謀は

「まずは、陸軍駐屯地へ赴き、泊地の内情の報告を受けてからだ」といい、車外を見た

綺麗に整備された海軍泊地が広がっていた。

「爆撃された痕跡がない?」

「ええ、自分も見て驚きました。情報では大型の爆撃機が多数泊地を襲ったと聞いていますが、被弾の跡が全くありません」

陸軍参謀は

「いったい どうなっているのだ! 我々の情報は間違いないはずだ」

 

困惑する大本営参謀達を乗せた車は、海軍泊地を抜け、整備された道を進み、コロール市街へ差し掛かった。

パラオの首都コロールは、日本の統治領である南洋諸島を統治する南洋庁の本庁がおかれ、近代的な街並みが並ぶ都市である。

日本からの移住者も多く、町の一角だけを見れば地方都市に匹敵する街並みを再現していた。

そのコロールの郊外に、日本帝国陸軍在パラオ偵察中隊の駐屯地があった。

大本営参謀達を乗せた車は、その駐屯地の門をくぐり、そのまま駐屯地の中隊司令部の前へ滑り込んだ。

車が停車すると司令部の中から数名の司令部要員が出てきて、整列して大本営参謀達を出迎えた。

車を降りた参謀達は中隊長の案内で、司令部の会議室へ入った。

陸軍参謀は椅子へ腰を降ろすと対面に着席した中隊長へ

「ここの指揮官は、君か?」と問いただした。

「はい、参謀殿」と答える中隊長。そして

「パラオは元々、海軍の基地が先に出来た事もあり、我々陸軍はこの偵察中隊のみが駐留しております」

中隊長は続けて、

「参謀殿、急な御来島ですが、何かあったのですか?」

すると陸軍参謀は

「いや、近日中に発動される大規模作戦に向けての視察だ」

すると中隊長は、

「本土からの新聞で読みましたが、マーシャル諸島を敵深海棲艦から奪還するとの事ですな。必要とあらば我がパラオ偵察中隊もぜひお使いください」

それには陸軍参謀が、

「マーシャルの海域開放は海軍が行う、首都のマジュロ奪還は我が陸軍の師団が行う予定だ」

すると中隊長は、

「我が陸軍はどちらの師団を?」と聞くと、

「安心せい、台湾に駐留する陸軍師団が向う。およそ1千名の最強師団だ」

「おお、これは心強い。これでマジュロ奪還も約束されたも同然ですな」と中隊長も笑顔で返した。

陸軍参謀は、少し表情を厳しくして、

「中隊長。つかぬ事を聞くが、ここ数日パラオで大規模な戦闘が起きたという報告はないか?」

「大規模な戦闘ですか?」と驚きの表情を浮かべる中隊長

少し考えたが、

「いえ、ここ数週間は静かな物です。泊地では戦艦金剛さんの入港や、戦艦三笠の進水式や、提督と由良さんの結婚式などだいぶ騒がしい日々のようですが」

「おかしい?」と顔を見合わせる参謀達

すると中隊長が、

「そう言えば、数日前に海軍パラオ泊地と南洋庁の主導で、防空演習がありました」

「防空演習?」と聞く陸軍参謀

「ええ、なんでも、以前近海に深海棲艦の打撃艦隊が出現して、暫く戦闘が続いた事の反省から、地元民の避難訓練を兼ねて、大規模な演習がありました」

「ほう?」と答える参謀達

「我が中隊も、この駐屯地に防空陣地を築いて、対空警戒をしましたが、あれ程大規模な演習も初めてです」

「大規模?」と軍令部参謀が聞くと、

「通常、演習なら支給する弾は訓練弾ですが、今回は全弾実弾。住民の避難も南洋庁の職員や泊地の妖精兵士が総出で行っていました。演習期間は町に人っ子一人居ない状態です。上空には泊地の戦闘機が警戒で飛んで回る徹底ぶりでした」

「それで」と陸軍参謀が話を急かした。

「ええ、演習自体は一日で終わりましたが、泊地では、曳航標的を使った実弾演習や夜戦訓練などがあったようで、艦艇の出入りが激しかったです」

すると陸軍参謀は、

「あくまで、演習で敵機は見なかったという事か?」

「はい」と中隊長は短く返事をした。

陸軍参謀は、横に座る海軍参謀へ向け

「これでは、確証を得ないではないか!」

「やはり、泊地提督へ直接聞くしか方法はないかと」

海軍軍令部参謀は、中隊長へ

「中隊長。あの泊地外周部にいる艦隊の件だが」と話を切り替えた、

すると中隊長は

「はい、その件につきましては先日、参謀本部付き中将よりご指示を頂き、既に調べております」といい、数枚の書類を差し出した。

「おお、参謀本部の中将殿か! 流石先見の明がある」といい書類を受け取る陸軍参謀。

受け取った書類に目を通す陸軍参謀

読み終わった書類から、横に座る軍令部参謀へ手渡して行く。

その書類は、先日泊地提督が岡少尉に渡した偽装書類を元に作成されたものだ。

陸軍参謀は、

「重巡が4隻に、空母が2隻だと!」と驚いた

「先程見えたのは、重巡は2隻で空母が1隻でしたが、他は外洋に出ているという事か」と海軍参謀が答えた。

続けて、

「しかし、この重巡、兵装が駆逐隊と同じ127mm砲が1門、対空機銃が4基というのはいったい?」

陸軍参謀は、

「それに、この艦隊はパラオ艦隊ではなく、独立した指揮命令系統を持つ艦隊であり、パラオに寄港しているにすぎず、日本海軍パラオ泊地とは別組織であるとある」

「そのような艦隊など聞いた事がありません、それにあのような艦艇を建造したとう事も聞いていません!」と身を乗り出す海軍参謀

陸軍参謀は、

「この報告書を書いたのは誰だ!」

「はい、我が偵察中隊第1小隊を預かる少尉です」と中隊長が答えると、

「済まんが詳しい話を聞きたい、ここへ呼んでくれ」

「はい」と答え、中隊長が席を立ち、廊下で待機する者へ少尉を呼んでくるように伝えた。

暫くして、ドアがノックされた。

「入ります!」と声がした。

静かにドアが開き、一人の男性士官が入室してきた。

中隊長の横へ立つと、

「お呼びという事ですが」といい話を切り出した。

すると、中隊長は、

「ああ、大本営陸海軍の参謀殿が、泊地に停泊している艦艇の件で君に聞きたいそうだ」

「はい」といい、岡少尉はゆっくりと大本営参謀達の方へ向き直った。

 

岡少尉を見た、陸軍参謀は表情を急変させた!

 

「貴様! こんな所に!」といい少尉を睨みつけた。

少尉は表情一つ変えずに、陸軍参謀へ

「ご無沙汰しております」と一礼し、ちらっと階級章をみて、

「昇進されたようですね、おめでとうございます」と静かに語った。

中隊長は、

「少尉。参謀殿と知り合いか?」と聞いてきたが、岡少尉は

「はい、関東軍勤務時代の上司です」と短く答えた。

ぐっと少尉を睨む陸軍参謀

少尉は、それには微動だにせず、

「関東軍時代は“大変お世話になりました”」と静かに答えた。

中隊長は、

「ほう、それは奇遇だな」といい、

「少尉、この報告書にある泊地内部にいる艦艇の件だが」

すると、少尉は

「中隊長。その報告書が全てであります」と姿勢を正して言葉を返した。

軍令部参謀は、

「この報告書によると、所属不明艦隊は重巡4隻、空母2隻。すべて艦娘が艦長の艦とあるが間違いないか?」

「はい」と短く返事をする少尉

「重巡の兵装は、127mm単装砲が1門、対空機関砲が4門。それ以外の兵装は見当たらないとの事だが、不自然ではないか!」と質問を続ける軍令部参謀

しかし、少尉は

「外部からの監視では、それ以外の兵装は確認できません。空母については対空機関砲が確認できましたが、艦載機は、確認できておりません」

陸軍参謀は

「この艦隊は連合艦隊預かりの特務部隊という事だが、泊地の指揮権の範疇ではないという事か?」

「はい、そう泊地内部の者から聞きました」

すると、参謀は

「では、あの艦隊には指揮官が別に存在するという事か?」

「そう聞いております」

陸軍参謀は小声で横に座る軍令部参謀へ向け

「その司令を上手く説得出来れば、我々の擁護につける事ができるのでは」

「はい、装備が貧弱ですが、駒の一つにはなるかと思います」と軍令部参謀が答えた。

軍令部参謀は少尉へ

「少尉、この艦隊の司令官とは一体だれだ?」と聞いたが

「はい、それにつきましては、不明であります」と少尉が答えた。

「不明?」と陸軍参謀が聞くと、少尉は、

「はい、あの艦隊は連合艦隊預かりの特務部隊という事です。指揮系統や指揮官の素性については不明です」と平然と答えた。

実はこの辺りの受け答えについては、既に泊地提督や自衛隊司令と打ち合わせをしており、何を聞かれても、報告書が全てであると一点張りすることになっていた。

すると陸軍参謀は、

「満州の時も役に立たん奴だったが、ここでも変わらずか!」と少尉を睨んだ

少尉は平然としたまま、起立している。

陸軍参謀は、

「まあいい。泊地提督から直接聞けばいい事だ」

そう言いながら、中隊長へ

「中隊長。武装した小隊を一つ貸してほしいのだが」と切り出した。

「小隊ですか?」と聞くと、

「そうだ、泊地にそのような正体不明の艦隊がいるとなれば、此方もそれなりの威厳が欲しい」と陸軍参謀が答えた。

軍令部参謀も、

「場合によっては、軍令部より権限を与えられた自分の判断で、その不明艦隊を接収する事もあり得る」と追従した。

すると中隊長はやや驚きながら、

「海軍泊地内部に武装小隊を入れるのですか!」と聞いてきたが、

陸軍参謀は

「構わん、我々の警務という事で入れればよかろう。司令部前で整列するだけで、提督には分かってもらえるだろう」と口元に笑みを浮かべた。

軍令部参謀も、

「まあ、致し方ありませんな。不明艦隊がいる状況では」と答えた。

中隊長は、少し考え、

「では、少尉。第一小隊を」と少尉を見たが

少尉は姿勢を正して

「お断りします」とキッパリと答えた。

 

「断るだと! 貴様!」

陸軍参謀は、少尉を睨みつけた。

 

少尉は微動だにせず、

「海軍泊地に対し、威嚇ととられかねない行動を起こすのは問題であります」

すると陸軍参謀は、

「威嚇ではない! 単なる警護だ!」

すると少尉は

「なら、武装は必要ありません。数名連れて行けばよい事」と静かに返した。

陸軍参謀は、

「貴様! 上官の指示に逆らうか! あの時から変わっとらん!」

 

ダン!

 

少尉の右手拳が机を叩いた

 

「少しは、参謀本部勤務で真面になったと思いましたが、貴方はあの当時と全く変わっていない!」と眼光鋭く陸軍参謀を睨む少尉

「なっ、なんだと! 貴様」そう言いながら身を乗り出す陸軍参謀

 

少尉は落ちついた声で、

「あの時、貴方は抗日活動をしている村を偵察するという目的の為に我々の中隊を引きだした。しかし、その情報は単なる噂話の域を出ていなかったにも関わらず、功を焦って無謀な強行偵察を上層部の許可を取らずに行った!」

 

「貴様! それを!」と少尉を睨んだが、少尉はそれには構わず

「元々、抗日運動とは無縁の村に部隊を進め、抗日運動を否定する村人に対し尋問と称して暴力を働き、あまつさえ・・・」と言いかけた所で、陸軍参謀は席を立ち、軍刀に手を掛けた。

 

「貴様! それ以上言えば、上官侮辱で処罰するぞ!」と怒鳴ったが、

少尉は、冷めた眼で、

「どうぞ、ご自由に」といい、

横で、あたふたする中隊長へ

「中隊長。自分の部隊はこの後、教練がありますので、ここで失礼します。もし泊地へ押し入るというなら。他の小隊を」といい、そして

「参謀殿、昔のよしみで忠告しておきます」

 

「なんだ!」と少尉を睨んだが、

「ここパラオでは、艦娘は海の神の名代として尊敬されております。もし彼女達に銃口を向けるような事があれば、貴方だけでなく陸軍全体がこのパラオで行動できなくなるでしょう。いやパラオだけでなくミクロネシア全域で住民を敵に回します」

 

すると陸軍参謀は

「なんだと! たかだかあんな小娘どもに、この無敗の帝国陸軍が後れを取るなどあり得ん!」と怒鳴り返した。

 

少尉は、

「そう思われるなら、どうぞご勝手に」といい、一礼して部屋を出た。

 

「申し訳ございません。後できつく叱っておきます!」とアタフタしながら中隊長が答えたが、陸軍参謀は落ち着きを取り戻し、

「構わん! あのような奴ほっておけ! それより武装小隊を用意しろ!」と声を上げた

慌てて会議室の電話をとり、部隊を招集する中隊長

 

陸軍参謀は、

「覚えておれ! 今度は太平洋の孤島へ左遷させてやる!」と唸った。

 

会議室を出た少尉は、静かに廊下を歩く、不意に後方から

「小隊長、大丈夫ですか」と声を掛けられた。

振り返ると配下の軍曹であった。

「ああ、それよりどこに声が掛かった?」

 

「はい、第二小隊に声が掛かりました。」

少尉は、

「あとで二小隊には詫びをいれておかんとな」と言うと、

「大丈夫でしょう。二小隊の奴らも泊地の子達とは仲がいいですから、ボンクラ参謀の警務より、睦月さん達に逢いにいくという感じじゃないですか?」

「だといいがな」

すると、軍曹は

「泊地提督には、連絡を?」と聞いてきたが、

「いや、奴らがここへ来た事は知っている。想定内だ」と静かに答えた

そして、

「奴らがどんなに騒いだところで、自衛隊には、指一本触れることはできん」

そういいながら、静かに廊下を歩いた。

 

 

その後、大本営参謀達は陸軍偵察小隊を引き連れ、乗用車と軍用トラックに分乗して海軍パラオ泊地司令部へ向った。

「日本帝国海軍 第四艦隊 第三根拠地隊」と書かれた看板を掲げた門に差し掛かった。

入口で、歩哨の誰何を受けたが、乗用車に乗る偵察中隊の中隊長が

「本土から来られた大本営参謀殿が、泊地提督へ面会を希望している」と告げると、

歩哨妖精は、姿勢を正し、

「はい。お通りください」といい、参謀達を乗せた車を通した。

しかし、門の守衛には、既に

「大本営参謀達がきたら、そのまま通せ」と泊地提督から指示されていたのだ。

あくまで急な訪問というのを装っていた。

車はそのまま進み、司令部前でブレーキ音を響かせながら停車した。

即座に助手席の中隊長がおり、ドアを開けると、軍刀を持った陸軍参謀と海軍軍令部参謀が降りてきた。

しぶしぶついて来た、偵察第二小隊は、三八式小銃を抱えたままトラックから下車し、司令部前に整列した。

中隊長に案内されて、泊地司令部の中へ入る。

正面の受付には、丁度鳳翔が立っていた。

中隊長は、やや大きな声で、

「泊地司令に面会したい」と鳳翔へ告げた。

「はい、ではこちらへ」といい鳳翔が先導して、2階へ続く階段を上がった。

鳳翔の後を偵察中隊の中隊長、そして大本営参謀達が続く。

階段を上がる姿を、1階の地元島民達の事務員が見ていた

「ここは、地元の者が多いな」と陸軍参謀が中隊長へ声を掛けると、

「はい、提督が積極的に地元民を採用しています。泊地内部で教育を行い、工廠や兵站を任せているようです」

陸軍参謀は、横に並ぶ軍令部参謀へ

「海軍は人手不足なのか? あのような初歩的な教育しか受けておらん者達を採用するとは?」

すると軍令部参謀は

「はあ、その辺りの権限は泊地の司令官の権限でありますので、軍令部としていかんともしがたく」

そんな大本営参謀達を全く気にする事もなく、鳳翔は3人を提督執務室前まで案内した。

そして、静かにドアをノックし、

「鳳翔です。来島された大本営連絡将校殿が御面会をという事で参っております」とドア越しに声を掛けた。

中から、ドアが開き、由良が、

「どうぞ、お入りください」と参謀達を室内へ招きいれた。

提督は、執務室から立ち上がると、

「ようこそ パラオへ」と言いながら、参謀達をソファーへ案内した。

ソファーへ座る陸海軍の参謀達

後ろに中隊長が立った。

提督も対面に腰掛け、その後ろに由良が立つ

鳳翔が執務室に据付けの給仕台でお茶を入れ、提督や参謀達の前に配り、一礼して部屋を去っていった。

陸軍参謀は、軍刀に手を懸けながら、じっと由良を見たが動じる気配はない。

提督は、頃合いを見て

「軍令部参謀。急な来島であるが、何事かな?」と話を切り出した。

「はい、近々発動されるマーシャル諸島解放作戦の為の後方視察です」

すると提督は、

「後方視察? うちはいつもと変わらんがな」と言いながら、

「本作戦の内容については、連合艦隊司令部より現在極秘という事で、外部への伝達は極力控えていると聞いているが、参謀は不用意にその事を陸軍参謀の前で話しても良いのか?」

すると軍令部参謀は、

「はい、自分とこちらの参謀本部将校殿は、各々の総長のご意向により派遣されておりますので、大本営を代表してこちらへ出向いているという事です」

提督は少し考え、

「という事は、君たちは今回のマ号作戦において大本営を代表して前線であるトラックへ来ているという事かね?」

「はい、そう受け取って頂いてかまいません」と軍令部参謀が答えた。

 

軍令部参謀は続けて、

「泊地提督。少しお伺いしたい事があります」

「何かな?」

すると、急に陸軍参謀が、

「先日、此方の泊地では、大規模な防空演習が行われたと聞きましたが」

提督は、落ち着いた声で、

「ああ、非常に有意義な演習だったな、なあ由良」といい、由良を見た。

「はい、提督さん。泊地艦隊を2軍に分け、敵艦隊役の鳳翔さんが頑張り、此方の防空陣営手前まできましたから、駆逐艦の子達にはいい経験が出来ました。」

すると、泊地提督は参謀達の後方で直立不動の姿勢で立つ偵察中隊の中隊長へ向け、

「中隊長。演習の際は住民誘導など世話になった。南洋庁からも非常に対応迅速で住民の避難体制に問題はないとの事連絡を受けている。今後もよろしく頼む」

すると中隊長は、姿勢を正して、

「はい、その件につきましては、先日南洋庁の担当官よりご連絡頂きました。在パラオ部隊 感謝の極みであります」

 

すると陸軍参謀は、

「泊地提督。その演習 本当に演習だったのですか?」と鋭く問いただした。

提督は、

「参謀、それはどういう意味かな?」

「提督、我々の入手した情報では、ここパラオへ向け、マーシャル諸島の深海棲艦の艦隊が西進したとの情報があります。その演習、本当は実戦ではなかったのですか?」

提督は、少し驚きながら、

「面白い。いったいどこからそんな与太話がでてくるんだい?」そう言いながら、

「見ての通り、このパラオはいつもと変わらぬ平和な日々だ。硝煙の匂い一つない」

表情を険しくする陸軍参謀の横で、軍令部参謀が

「我々 大本営ではこのパラオへ向け、深海棲艦のル級戦艦を含む空母群。およそ30隻と上陸部隊が向ったとの情報を得ております。近海まできたことは間違いありません!」

しかし、泊地提督は

「ほう、そりゃ大事だな」と笑いながら

「由良、最近の哨戒任務の報告は?」

「はい、提督さん。特別異常な事はありません。まあ最近まで金剛さんがいた事で、騒がしい日々でしたけど」と笑顔で答えた。

「しかし、提督! 我々の情報源は正確です! ここに深海棲艦が来た事は間違いありません!」と軍令部参謀が食い下がったが、提督は、

「君は、友軍が深海棲艦に攻撃される事がそんなに望みなのか?」と鋭く聞いた。

「いっ、いえ」と答える軍令部参謀

提督は、

「もし君たちの話が本当だとしよう。ル級を含む打撃部隊、空母がいるとなるとかなりの艦載機がこの泊地を襲ったはずだが、見ての通り泊地は何も被害はない」といい、後方に立つ偵察中隊の中隊長へ

「中隊長。君は深海棲艦の艦載機を見たか?」と聞いたが、

「はっ、はい。パラオへ赴任して以来、一度も見たことはありません」と答えた。

 

提督は、

「参謀、その情報原とは一体なんだ? 不確定な情報に振り回されていると本質を見失うぞ」

「そっ、それは」と答えに詰まる軍令部参謀。すると、横に座る陸軍参謀が

「我々、陸軍の情報網です、海軍の預かり知らぬことです」と答えた

「ほう、陸軍の情報か。よく海の事が分かるな」と鋭く問いただした。

「その件については、此方も秘匿させていただきます」と返す陸軍参謀

提督は、暫く陸軍参謀を睨んだが、

「まあいい、とにかく見ての通り、このパラオは何時も変わらず平和そのものだよ。な由良」と由良をみた

「はい、提督さん」と由良も静かに答えた。

しかし、由良の鋭い眼光は二人の参謀を睨んだままだ。

あのジト目で睨まれるとある意味怖いものがある。

 

陸軍参謀は、横へ座る軍令部参謀へ小声で何か話すと、提督へ向い

「提督、話は変わりますが、泊地の外周部に見慣れぬ艦がありますな」と話を切りかえた。

軍令部参謀も、

「あの艦影、重巡2隻に、空母が1隻。我々軍令部も把握しておりませんが、ご説明していただけますか?」と迫った。

提督は、

「把握していないか」といい、やや笑みを浮かべた。

それもその筈だ。

この時代、電信で送れる電文の量は少量、ましてあちこち経由して送信される。

正確に各艦艇の行動を本土の軍令部で把握するのは困難であった。

ある艦では、補充された兵員妖精が自分の艦に行くのに当初言われた泊地に行くと、

「その艦なら○○泊地へ行った!」と言われ、慌てて言われた泊地へ行くと、

「ああ、それなら××へ転進した」といわれ、あちこち探しまくってようやく1か月後に着任したという話はざらである。

特に駆逐艦などは使い回され、定係港にいる事が稀な事が多い。

 

泊地提督は、

「あの艦隊は、連合艦隊預かりの艦隊であり、我が帝国海軍と友好関係にある日本国の艦隊である」

「はっ?」と答える参謀達

軍令部参謀は、

「申し訳ございません。もう一度ご説明いただけますか? 提督」

すると提督は、

「あの艦隊は、日本国の艦隊であり、我が海軍とは別組織である。よって我が海軍には指揮権はない。現在あの艦隊については連合艦隊山本司令長官、並びに艦娘指揮官 三笠大将の預かりとなっている」

それを聞いた軍令部参謀は席を立ち!

「海軍の指揮下にない艦隊ですか! 軍令部の指揮下にないとは!」と迫ったが、

「落ち着きたまえ!」と提督は手で制した。

「そんな馬鹿な! この海軍に属さない重巡や空母など!」と軍令部参謀が叫んだが、提督は、

「では、艦政本部であのような艦艇を建造したことはあるかな?」聞いてきた。

「いえ、自分の記憶する限りではありません」

横に座る陸軍参謀が、

「おかしいではないですか! 日本国の所属という事であれば、その艦隊は統帥権が及ぶはず。軍令部の指揮下にないという事はおかしい、統帥権の範疇であるはず!」と提督を睨んだ。

しかし、提督は静かに、

「参謀、そもそも統帥権とは、陛下が帝国陸海軍を統率する大権であり、軍政については陸海軍大臣、軍務については陸海軍の総長がその職務を担っている」

「その通りです、“帝国陸海軍の全ての将兵”はこの統帥権の範疇にはいります」

そう軍令部参謀が答えると。

「そう、帝国陸海軍の所属ならな」と提督はいい、

「あの艦隊は、国籍は日本国だが、帝国陸海軍の所属ではない。よって軍令部の指揮下には入らず、独立した指揮権を有している。艦艇の艦長は全て艦娘である。それは既に三笠大将により確認されており、それに伴いあの艦隊の艦娘達には明治天皇陛下より全ての艦娘へ授かった“艦娘大権” 即ち“艦娘の地位と名誉”を永劫に保障する。これが適用される」

軍令部参謀は、

「どういう事です」と怒鳴ったが、提督は

「解らんか? 簡単に言えば“君たちの言うことは聞かん!”ということだ」

軍令部参謀は、

「ちょっと待ってください! ではこの泊地では、正体不明の艦隊を停泊させ、あまつさえその艦隊を拘束せず、自由に行動させていると!」

「ああ、そうだよ。あの艦隊については、既に山本長官と三笠様、そしてパラオ自治政府の族長会の間で協議し、このパラオ泊地の一部を貸し与え駐留させる事を認めている」

「そのような勝手な事! 軍令部としては認められない! 直ぐに部隊を出してあの不明の艦隊を接収すべきです!!」軍令部参謀が声を大きくして迫った

しかし、提督は、

「勝手? いいかね軍令部参謀。あの艦隊の各艦の艦長は艦娘。という事は、日本国に属する全ての艦娘を統括する三笠様がその駐留を御認めになった。軍令部がとやかく言う事ではないと思うが」

「ぐっ!」と答える軍令部参謀

「提督! この件、至急軍令部へ報告させていただきます!」

「ああ、構わんよ」と提督はあっけなく答えた。

そして、言葉鋭く、

「もしあの艦隊を接収するという事であるなら、我が泊地は一切協力できない」

それには、軍令部参謀が、

「なんですと! 軍令部の意向に反するのですか! 提督!」

 

「当たり前だ! 陛下がその地位と名誉を保障された艦娘へ、銃口を向けるなど! 貴様らそうなった時、どうなるか分かるか! 世界中の艦娘を敵に回すぞ!」

すると、静かにしていた陸軍参謀が、

「はあ、情けないですな。泊地を任される程の方が、たかだか艦娘ごときに振り回されるとは」と声を上げた!

提督は、表情をより険しくして、

「貴様! もう一度それを言ってみろ。このパラオから無事に出られるとは思うな!」

 

由良の眼光がより厳しくなった。

 

軍令部参謀が、

「あの艦隊の件については、分かりました。出来ればその艦隊の司令と面会したいのですが、ご紹介していただけますか?」

すると提督は

「残念だが、参謀。彼らは連合艦隊でも秘匿扱いとしており、部外者との面会は出来ない。先方の許可の無い者は、艦隊駐留地への立ち入りは出来ない!」

「面会も出来ないのですか!」と軍令部参謀が聞くと、

「そうだ。彼らの駐留地は、いわば治外法権だ。我々の権限は及ばない」

「まるで、海外の軍隊ではないですか!」

すると提督は、

「まあ、ある意味そうかもな」と小さく答えた。

 

陸軍参謀が何かを軍令部参謀へ話した。

頷く軍令部参謀

「分かりました。今回の件は正式にトラックの山本長官と三笠大将へ確認し、大本営へ報告いたします」

「構わんよ」と返す提督

参謀達は、席を立とうとしたが、提督が、

「そう言えば、三笠様からこう言われなかったか? “彼女達の機嫌を損ねるな!”と」

「なぜ! それを」と軍令部参謀が声にしたが、提督は

「そういう事だ」と短く答えた。

 

陸軍参謀は

“くそ、あの女策士め! 俺達がここへ来る事を予想して仕込んでいたな!”と思いつつ、

「では、マ号作戦の際、トラックで」といい、席を立った

 

退室する二人の参謀とあたふたする中隊長の背中を見送りながら、提督は、

「奴ら、そのまま帰るかな?」と由良を見たが、

「どうでしょうか? あのまま自衛隊の司令部へ向いそうですが」

「多分な、下にいるのは偵察中隊か?」と窓から、司令部前で待機する武装小隊を見た。

「はい、2個分隊ほどです、少尉さんのお顔が見えませんので別の部隊ですね」

と由良が答えた。

「まあ、自衛隊の宿営地へ向った所で、入口で身分証を見せないと中には入れん」

そう言いながら、由良を見て、

「由良、済まんが皆を連れて、一応自衛隊の司令部へ行ってくれ。もしもの時は頼む」

「はい。提督さん」と一礼する由良

提督は、

「まあ、なんだ。こういう時にいずもさんも、こんごうさんも居ないというのは」

すると由良は、

「あら、提督さんは、自衛隊の司令が御心配なのですか?」

「まあ、彼はこう押しに弱いようだが。大丈夫かな」

 

由良は、

「大丈夫でしょう。そうでなければいずもさんやこんごうさん達の上官は務まりません。それに、冷静沈着の はるなさんや頭脳明晰のきりしまさんもいますから、切り抜けられるとおもいますが」

「そうだな」といい、眼下で、武装小隊に何か命じている大本営参謀達を見た。

 

泊地司令部の外へ出た大本営参謀達は、車に乗るとそのまま泊地の奥にある、自衛隊の司令部へ向った。

陸軍参謀は

「なんだ! あの泊地提督の態度は! 我々が大本営統帥部の意向を受けて来ているという事が分かっとらん!」

軍令部参謀も、

「あそこまで変り者だとは思いませんでした。しかし、あの艦隊の正体は?」

すると、前席の助手席に座る偵察中隊の中隊長は、

「以前 お見えになった参謀本部付き中将の連絡将校殿に言われて、この泊地の艦艇を調べておりましたが、あそこまでの艦隊とは思いませんでした」

すると、陸軍参謀は

「お前は気がつかなかったのか?」

「参謀殿、申し訳ございません。自分は船の事はさっぱりわかりませんので、小隊指揮官の少尉に任せておりました」

すると陸軍参謀は少し考え、

「くっ! あ奴。図ったな!」といい拳を握った。そして

「中隊長! 少尉はこの泊地に出入りしているのか!」と大声で聞いた。

「はい、確か泊地提督と同郷だそうです」

それを聞いた陸軍参謀の表情が一変した。

「どうしました! 参謀殿?」と中隊長が聞くと、

「あの報告書は、偽物だ! 岡め! 泊地提督と結託してあの艦隊の事を隠蔽しようとしたな!」

「隠蔽ですか?」と軍令部参謀が聞くと、

「いいか、海軍指導部も知らないような艦隊がこのパラオにある。重巡4隻と空母が2隻だ! これは大問題だぞ。もしその戦力が帝都に押し入れば大変な事になる」

軍令部参謀が

「どういう事です!」

「いいか! あの不明艦隊は、山本長官や三笠に保護されている、いわば彼らの駒だ! 大本営に対して何等かの形で動く時、武力として使う事も考えられる!」

「では、陛下に弓引く事に?」

「ああ、そうなる可能性も否定できんが、我々としては制御できない武力がそこに存在する事が問題だ!」

そう言いながら、陸軍参謀は、

「とにかく、あの艦隊の正体を突き止め、至急中将へご報告せねば」と唸った。

 

 

大本営参謀達を乗せた車は、そのまま泊地奥にある、自衛隊司令部へと繋がる道を疾走した。

泊地の工廠近くの自衛隊司令部の前

自衛隊の敷地と、海軍パラオ泊地の敷地は一応区分けがあり、高さ2m程のフェンスで区分けされていた。

フェンスの所々には通用門があり、泊地の勤務者は、事前に配られたICチップを埋め込んだカードを門の鍵にかざすと、鍵が開き、自由に出入りできる。

自衛隊司令部ではこの情報を管理しており、敷地内に何人の部外者がいるか絶えず把握していた。

それ以外には、通常の門が一ヶ所あり、警衛勤務に任ずる自衛隊員妖精が警戒にあたっていた。

 

大本営参謀達を乗せた車は、その通常門の前に車を停車させた。

後方には、武装した小隊を乗せたトラックが続いて止まった。

トラックの荷台から、三八式小銃を抱えた兵士がぞろぞろと降りてきて、分隊長の指揮で整列する。

陸軍参謀達は車から降りると、自衛隊の敷地へ入ろうとしたが、哨所に詰めていた歩哨に、

「止まれ!」と制止された!

そして、

「ここより先は、許可の無い者は立ち入りご遠慮願いたい!」と参謀達へ告げた。

すると、陸軍参謀が

「貴様、無礼であるぞ。我々大本営参謀に対して」と声を張り上げたが、門を預かる警衛隊の隊員妖精は、堂々と、

「はい、あなた方が、帝国軍人であることは解りますが、しかしこの先は我が特務艦隊の敷地です。日本帝国軍の指揮権の及ばない場所であります。もし御用の向きがあるなら泊地司令部を通じて、申請して頂きたい!」と返した。

すると陸軍参謀は、

「貴様、妖精の分際で、俺達に歯向かうか!」と睨みつけたが、それには全く動ずる事のない警衛妖精。

 

軍令部参謀が前へ出て、

「我々は大本営より、このパラオを視察に来ている。ここの艦隊の責任者と面会したい」

すると、警衛妖精は、

「それは此処では承れません! パラオ泊地の司令部を通して頂きたい」ときっぱりと返した。

その様な押し問答を守衛所前で繰り返していたが、遂に我慢できなくなったのか、陸軍参謀が、中隊長へ

「これでは、埒が明かない! 中隊長! 小隊を前へ出せ! こじ開けてでも中へはいるぞ!」

すると、中隊長は

「よっ、よろしいのでしょうか!」

すると陸軍参謀は、

「貴様は黙って命令を実行すればいい!」といい、中隊長を睨んだ。

「はっ!」と即座に姿勢を正して

「小隊前へ!」と短く号令した。

 

中隊長の命令を聞いた 第2小隊の面々は、

「何か、嫌な事に巻き込まれたな」と思いながら、数歩前に出た。

 

すると、門前の警衛妖精は右手を上げた。

守衛所の中で待機していた、緑色の戦闘服を着た他の隊員妖精達がぞろぞろと出て来て、

一斉に入口を塞ぐように並び、その後方では、車止めの拒馬が設置された。

警衛妖精は、

「それ以上はこの敷地に近付かないで頂きたい!」といい、腰に差していた警棒を抜いた。

 

偵察小隊を挟んで、大本営参謀達と、自衛隊の警衛部隊がにらみ合う形となった。

陸軍参謀は、

「そのような警棒で、この小隊が止められると思っているのか!」といい、中隊長へ

「中隊長! 小隊弾込め!」と命じた。

それを聞いた中隊長は慌てて、

「参謀殿、それはやりすぎです。ここはパラオ泊地。海軍の敷地内で勝手に武力行動をとったとなると後が大変です!」

すると、陸軍参謀は、

「構わん! 海軍敷地内にいる所属不明部隊を誰何したと言えばいい。そうであろう軍令部参謀!」と横に並ぶ軍令部参謀を見た。

「その通り、このような不明部隊をこの海軍泊地に止め置く事は問題です」

追従する軍令部参謀

「しかし!」と中隊長は答えたが、陸軍参謀は

「ええい! もう良い。俺が直接指揮を執る! 小隊弾込め!」といい、偵察小隊を睨んだ。

お互いの顔を見合わせる小隊の兵員達、

その時、後方から声がした。

 

「ここは海軍泊地内です!勝手な武力行使はお控えください。」

 

由良の声だ!

振り返ると由良が鳳翔はじめ泊地にいる艦娘達を従え、立っていた。

由良達はそのまま偵察小隊を割って進み、自衛隊の警衛妖精の前に並んだ!

大本営参謀達へ向い、姿勢を正した。

由良、鳳翔、瑞鳳、皐月に睦月 そして長波に秋月

全員 自分の所有する護身用の拳銃を携行していた。

由良も愛用のモーゼルC96を、わざと目立つように肩から大型のホルスターで携行していた。

 

由良は

「大本営参謀! 先程も申しましたが、ここは海軍の敷地です! ましてや貴方は憲兵ではありません! このような泊地内部での武力威嚇行為は軍規違反です!」

すると陸軍参謀は、軍刀に手をかけ、

「艦娘ごときが、この大本営から来た俺達を馬鹿にするか!」とぐっと睨んだ!

すると、由良は、

「そうではありません。この守衛所から先は、特務艦隊の管轄下です! いくら大本営参謀とはいえ、立ち入る事はできません!」

「ふん! その特務艦隊とやら、俺がこの眼で確かめてやるまで!」といい、陸軍参謀がぐっと前へ出たが、由良は一歩も引かなかった!

 

「そこを開けろ!」と、いい、由良の肩に手をかけ、突き飛ばす陸軍参謀!

 

「きゃ!」

 

声を出し! 転ぶ由良!

 

咄嗟に長波が駆け出し由良の前へ立った!

「由良さんになんて事を!」といい、陸軍参謀を睨んだ!

 

「ほう! 駆逐艦風情がこの大本営の意向を受けた俺達に歯向かうか! 貴様なぞ紙切れ一枚で北の僻地へ飛ばす事もできるぞ!」と軽蔑した目で長波をみた!

 

「この!」といい、長波は、腰に吊るしたホルスターへ手を掛けた。

陸軍参謀と長波の睨み会いとなった。

陸軍参謀が、軍刀の鞘を抜こうとした時、自衛隊の敷地から声がした

 

「そこまでです!」

 

静かな重みのある声だ。

静かに、その声の主は、陸軍参謀達の前へ進み出た

 

長い黒髪を風にたなびかせ、染み一つ無い真っ白い海上自衛隊の第三種夏服を着た女性、その後方に同じく黒髪をショートカットにし、特徴的なオーバル型のフレームレスメガネを掛ける女性

 

その姿を見た 軍令部参謀は、息を呑む!

「戦艦 榛名に霧島だと!」

 

はるなは、そっと由良の元へより、

「大丈夫ですか?」と手を差し出した。

その手を取りながら、立ち上がる由良

「はい、はるなさん。」と答える由良

 

軍令部参謀は前へ進みでて

「貴様ら なぜここに!」とはるな達を見た!

 

はるなは落ち着いた声で、大本営参謀達へ

「お初にお目にかかります。当泊地に駐留しております、特務艦隊 はるなです」と

静かに挨拶した。

後で

「同じく、きりしまです」とこちらも一礼した。

はるなは、

「大本営参謀殿、これより先の敷地は、特務艦隊の管理地です。たとえ大本営参謀とはいえ、所定の手続きを取って頂かない限り立ち入りはご遠慮ください」

 

それには軍令部参謀が、

「戦艦榛名! なぜ貴様ここがここに!」とそういいながら、はるなの前に進み出て

「どけ! 俺達はここの司令に話がある!」といい、はるなの肩に右手を掛けようとしたがはるなは、その手を取ると、合気道の入り身投げと呼ばれる技を使い。手首を返しながら、軍令部参謀を投げ飛ばした。

 

「ごわ!」と声にならない声を上げ、地面に叩き付けられる軍令部参謀

 

「えっ!」

あっという間の事で、あっけにとられる由良達

 

はるなは黒髪を舞い上がらせ、流れるように、技を決め、そっと立ち上がった。

 

きりしまの横に立つ秋月が、

「きりしまさん! 今のは柔術ですか?」

「いえ、合気道と呼ばれる体術よ。柔道に似てはいるけど、相手の力を上手く使い、制するの。こんごうやひえいに比べて はるなは体力的に弱いから、ああいう体術が得意なの」

 

表情一つ変えず、軍令部参謀を投げ飛ばした はるな。

慌てて軍令部参謀に駆け寄る中隊長!

「参謀殿、大丈夫ですか!」

「ああ、」と言いながら身を起こす軍令部参謀

 

それを見た陸軍参謀は、

「この艦娘! 大本営参謀に手を上げるか!」といい、軍刀に手を掛けた。

じっと間合いを保つ はるな。

じりじりと間を詰めようと迫る陸軍参謀

遂に陸軍参謀は、我慢出来ずに、軍刀を鞘から抜いた!

「止めてください! 参謀殿!」と偵察中隊の中隊長が叫んだが、陸軍参謀は、

「五月蠅い! こんな小娘どもに、なめられては我が陸軍の沽券に関わる! ここは通るぞ!」

右手に軍刀の抜き身を持ち、左手には鞘をもっていたが、鞘が邪魔になったのか、その鞘を投げ出した。

 

すると、鞘は横で見ていたきりしま目がけて、まっしぐらに飛んできた。

 

“パシッ”

 

右手で投げつけられた鞘を受け止める きりしま。

急に表情を険しくして、その軍刀の鞘を地面へ投げ捨てると。

愛用のメガネをそっと外した。

横に立つ秋月が、

「きりしまさん?」と声を掛けたが、

きりしまは、

「秋月!! これ持ってて」とドスの効いた声でいい、愛用のメガネを秋月に渡した

 

いつもと様子の違うきりしまを見て、秋月は

「はっ、はい!」と慌てて返事をしながらメガネを受け取った。

 

静かに、前方ではるなと対峙する陸軍参謀へ近づいた。

 

陸軍参謀は、軍刀を構え、はるなと対峙していた。

はるなの後方では、由良達、そして警衛妖精が、もしもの場合に備えていた。

詰所の中で待機する妖精隊員は、物陰で20式小銃を構えた。

もし、陸軍参謀がはるなに切りかかれば、威嚇射撃をする為だ。

 

はるなは、静かにぐっと陸軍参謀を睨みながら、身構えた。

鋭い視線で、まるで射貫くように陸軍参謀を見たが、陸軍参謀に近づくきりしまの気配を感じて、数歩下がった

 

それを見た、陸軍参謀は、

「はっ、幾ら艦娘とはいえ。生身の人間。恐れる事もない!」といい、抜き身の軍刀を振りかざし、

「そこの艦娘!道を開けろ!」といい、軍刀の切先をはるなへ向けた。

周囲の者が息を呑んだ!

 

その瞬間 陸軍参謀は、誰かに後ろから襟首を掴れ、投げ飛ばされた。

 

空中を舞う陸軍参謀!

 

「ごっ!」

と、唸り声を上げ、腰から地面に落ちる陸軍参謀

 

きりしまは、凄まじい形相で、尻餅をついている陸軍参謀へ近寄ると、左手でグイッと襟首を掴み、参謀を持ち上げた。

軽々と陸軍参謀の襟首をつかんで持ち上げるきりしま

陸軍参謀の足が地面から離れ、バタバタするばかりである。

 

ギリギリと締まる陸軍参謀の首元

「はっ、はっ! 放せ!」と震える声でいう陸軍参謀

手に持った軍刀をばたつかせたが、吊し上げられ、身動きできない。

首元がしまり、息が出来なくなりつつあった。

 

遂に、耐え切れなくなり、右手に持った軍刀を地面に落とした。

“カチャン”という軍刀が地面に落ちる音が周囲に響いた。

 

きりしまは、まるで蔑む目で陸軍参謀をみると、

「よくも、私の大切な家族に、刃をむけたな!」といい、襟元をさらに締め上げた

 

「くっ、苦しい」

もはや、声を出すのもやっとの陸軍参謀

 

「歯!食いしばれ!」と参謀を睨むきりしま

そして、

「あんたも、サウスダコタの様にボコられたいみたいね」と、右手に一瞬霊力を集中させ、平手打ちを軍令部参謀の顔面に向け撃ちこんだ!

 

“ぱしっ”鋭い音が周囲にひびく

 

「ごっ!!」ともはや声にならない声を上げる陸軍参謀

 

呆然とそれを見る、軍令部参謀達、余りの気迫と艦霊波の圧力に声を上げる事も、身動き一つできず、じっときりしまと、締め上げられる陸軍参謀を見た!

 

「1発で済むと思うな!」と再び、右手を構えるきりしま

 

「きりしまさん!」と後方にいた秋月が声をあげた!

近くにいた はるなへ向い

「はるなさん!止めてください!」

秋月の懇願を聞いて、はるなは、

「仕方ないわね」

と、きりしまへ向い

「きりしま!」と声を掛けた。

 

陸軍参謀を軽々と持ち上げ、締め上げた状態のきりしまが、

「なに!」と返事をすると、はるなは落ち着いた声で、

 

「殺しちゃダメよ。あとが面倒だから」

 

「分かってる!」といい、さらに参謀を締め上げるきりしま

 

その低い声を聞いた軍令部参謀や中隊長が震えあがった。

正に、陸軍参謀を締め上げるきりしまの姿は

“羅刹霧島”と言える姿である

 

「はっ! はるなさん! 今何か変なこといいませんでした!」と目を白黒させながら秋月がはるなを見たが、当のはるなは、笑みを浮かべながら、

「まあ、私達に面会を強要するあたりは、許すとして、由良さんを突き飛ばすのは言語道断ですね。由良さんは明治天皇陛下より、艦娘としての大権を与えられた方です。その艦娘を突き飛ばした挙句、自衛隊の敷地への立ち入りを禁じた事に抵抗しました」

「はい」と答える秋月

「これは、立派な抗命罪です。由良さんはパラオ泊地旗艦。階級は大佐です。軍令部の参謀が、軽々しく扱って良い方ではありません」

そう言うとはるなは、

「その由良さんに危害を加えただけでなく、連合艦隊と友好関係にある私達に刃をむけました。これは私達に取って立派な“威力業務妨害”です」と静かに語った。そして

「このような事態となっては、私達としても“自衛行動”をとらざるを得ません」

「でも!」といい、秋月は締め上げられる陸軍参謀を見た。

既に、息も出来ず、白目をむきだし口をパクパクさせていた。

そこに、きりしまの2発目の平手打ちが顔面を直撃した!

 

「おら! たかだか平手打ち位で音を上げてるんじゃないわよ! さっきの勢いは何処へいった! おら!」といい、さらに襟元を締め上げるきりしま

 

いつも頭脳明晰のきりしまであるが、今の姿は羅刹神である!

きりしまに襟首締め上げられ、動きの取れない陸軍参謀

 

遂に、白目を剥き、失神してしまった!

 

それを見たきりしまは、そっと陸軍参謀を地面へ落とした!

慌てて駆け寄る陸軍中隊長!

きりしまは、鋭い眼光を放ちながら、

「たかだか平手打ち2発で、失神するなんて! 鍛え方が足らない!」といい、前方に控えた、軍令部参謀を睨んだ!

 

「次は誰!」といい、ぐっと軍令部参謀を見た。

 

軍令部参謀は震え声で

「おい! 小隊前へ出ろ! こいつ等を排除しろ!」ときりしまを指差したが、

小隊を預かる第2小隊長は、

「第2小隊、後方へ下がれ! 小銃収め! 撤収する」と短く告げた。

ぞろぞろと整列した小隊は、小銃の安全装置を確認し、後方へ下がった。

軍令部参謀は

「何をしている!」と小隊長を睨んだ!

 

小隊長は、軍令部参謀に、

「軍令部参謀殿、これは既に護衛任務を逸脱しております! 艦娘さん達に銃口を向けるなど、もっての外です!」

すると軍令部参謀は、

「貴様! 命令に逆らうか!」

すると小隊長は、

「参謀殿、ここはパラオです。満州や朝鮮ではありません! 軍部の勝手が許される場所ではないのです! 艦娘さん達は“海神の使い!”神の使いとして崇められています! その艦娘さん達に銃口を向けたとなれば、自分達は即 街に出る事は出来なくなります!」

 

「貴様!」と軍令部参謀が小隊長を睨んだが、

小隊長は、

「艦娘さんは国の宝、いえ世界の宝です。そんな彼女に銃口を向ける位なら、自分は軍を辞めます」といい、

「小隊、乗車! 帰るぞ!」と号令した。

一斉に軍用トラックに乗車する陸軍偵察小隊!

オロオロするばかりの中隊長をよそに、

第2小隊長は、由良の元へより、

「大変失礼いたしました。謹んでお詫び申し上げます」と深々と頭を下げた。

由良は小隊長へそっと

「小隊長さん、今回の事は泊地提督がきちんと処理してくれますから、ご安心ください」

「はい」と答える小隊長、

由良は、

「少尉さんによろしくね」と笑顔で小隊を送った。

トラックの荷台に乗った兵員達が睦月達へ手を振っていた。

睦月達もそれに答えた

静かにその場を離れる偵察小隊のトラック

 

そんな横で、鳳翔が前へ進み出て、軍令部参謀へ

「軍令部参謀さん、ここはお引きなさい。これ以上こじらせれば、大本営と連合艦隊の間の問題になります! そうなれば陛下のお耳に入るのは必至です」

「ぐっ! 旧式艦ごときに言われるとは!」といい鳳翔をみたが、その時、泊地司令部の方向から1台のバイクが猛進して来た!

 

由良と軍令部参謀達の前で止まると、司令部付きの妖精兵員が降りてきた。

軍令部参謀の前に来ると敬礼し、

「軍令部参謀殿に、至急電です!」といい、電文の入った封筒を渡した。

「至急電だと?」といい、電文を受け取る軍令部参謀

封筒を開き、電文を一読する。

「くそ!」と悪態をつきながら、中隊長へ

「中隊長 ここは引き上げる!」と言い放った。

 

中隊長は、失神して気を失った陸軍参謀を車の後部座席へ乗せると、そそくさと助手席へにげこんだ!

軍令部参謀は無言ではるな達を睨んだが、

「これで済むと思うな!」と呟いた。

 

軍令部参謀が車へ乗ろうとした時、きりしまが

「忘れ物よ!」といい、鞘に納めた陸軍参謀の軍刀を軍令部参謀へ投げつけた!

 

投げつけられた軍刀を受けとる軍令部参謀!

無言で車へ乗り込むと、車は猛スピードで泊地を後にした。

 

由良は電文を届けた司令部の兵員妖精へ

「電文は何?」と聞くと、兵員妖精は、

「はい、大本営両参謀に対して、連合艦隊司令部より、“至急トラックへ帰還せよ”との電文です」

「連合艦隊司令部から?」

「はい」と答える兵員妖精

 

秋月は、そっときりしまの横へ駆け寄った。

「きっ、きりしまさん」と震え声で、眼鏡を差し出した。

きりしまは、振り返りながら、

「ありがとう。秋月さん」と何時もの笑顔でそれを受け取り、そっと掛けた。

 

そして、

「さあ、皆さん! 邪魔者は消えたし、講習会はじめますよ!」

 

「はい! きりしまさん」と元気に返事をする秋月を始めとする駆逐艦の子たち

 

終始、後方で成り行きを見守っていた瑞鳳は、

「今度から、きりしまさんも怒らせないようにしよう」と心に誓った。

 

 

大本営参謀達を乗せた車は、泊地司令部の前を猛スピードで過ぎると、そのまま正門からコロール市街へと通じる道へ走り出た。

そんな車を、泊地司令部の2階。提督執務室から見る二人の男性

 

「提督。少し大袈裟になりましたか?」と自衛隊司令が聞くと、泊地提督は

「いや、構わんよ。大本営の連中にはいい薬だよ」といい、自衛隊司令をソファーへ誘った。

ソファーへ腰掛けながら、

「大本営の参謀の中には、艦娘を毛嫌いする派閥があってね、事ある毎にああやって嫌がらせをしてくる。このミクロネシア方面ではまだいいが、台湾や満州、朝鮮などでは目に余る事もしばしばだよ」

「そうでしたか」と答える自衛隊司令

「しかし、大本営に自分達の事が知れてしまいました」

「まあ、いつかは露呈する。想定した範囲内だよ。既に海軍省の内部や軍令部の信頼のおける者達には、横須賀が内々に手は打ってあるそうだ」と泊地提督が答えた。

「それが、この電文ですか?」といい、自衛隊司令が一枚の電文を手に取った。

「ああ、正式な通知は数日中に航空便で届く」と泊地提督が答えた。

「しかし、陛下からお言葉を頂くとは思いませんでした」と自衛隊司令が電文を見ながら言うと、泊地提督は、

「推測の域を出ないが、横須賀の大巫女様が、陛下に上奏し、それを枢密院議長が審議して、陛下に助言なされたのだろう」

「枢密院ですか、提督」

「ああ、司令。現在の枢密院議長は海軍出身だ。大巫女様も話がしやすかったという事だな」

「陸軍の方は?」と自衛隊司令が聞くと、

「まあ、少し心配ではあるが、横須賀とあの夜遊び大臣が手抜きをするとは思えん。任せるしかないね」

提督は、そう言いながら、

「まあ、俺達は、俺達にしかできん仕事をするまでだな」といい、テーブルの上に広げられたマーシャル諸島の海図を見た。

「ええ」といい、同じく海図を覗き込む自衛隊司令

 

今、静かに、二人の脳裏には、マーシャル諸島で激闘を繰り広げる各々の艦隊の姿を思い描いていた。

 

そして、自衛隊をめぐる戦いは遠く帝都でも、静かに進みつつあった。

 

 

 





こんにちは
スカルルーキーです。

分岐点 こんごうの物語 第41話です

えっ、マーシャル作戦じゃないのか?と言われてしまいそうですが、その前に、周囲の変化を少しと思い書き始めましたが、何故かあれこれと書いている内に、また悪い癖も文章がダラダラです。

次回は、
銃後の戦い 帝都編です

では

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