分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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遠くで誰かの呼ぶ声が聞こえた。

優しい声だ。



40 弾丸6

 

遠くで声が聞こえる

「・・・・・ん! ・・・・かんちょう! しっかりしてください!!!」

 

ぼ~とする意識の中、その声の主の姿がぼんやりと視界に映し出された!

薄緑色の髪が顔から垂れ下がり、此方をじっと見ていた。

「こんごう艦長!!」と声を詰まらせている。

 

すずやはそっと腕を伸ばし、こんごうの頬を触った。

ビクンっと反応があり、少し体が動く!

「こんごうさん! 大丈夫ですか!!」と すずやの声が室内に響いた!

「ううう」と唸る こんごう。

すずやの叫び声を聞いて、室外で警戒していたセイバー分隊長達が慌てて室内に入ってきた。

すずやに寄り掛かる こんごうを見て、

「こんごう隊長!」と分隊長が、慌てて近寄る

「撃たれたのか!」と すずやを見るが、

「いえ、急に倒れたの!」

分隊長は、小銃を床へ置くと、そっと こんごうの脈を診た

「脈は安定している」と言い、こんごうの顔色をみた。

「見た目、普段と変わらんようだが」

「ええ、死霊妖精と対峙して障壁を展開した頃から、急に別人の様になって!」

そうすずやが説明したが、その時

急に こんごうの眼が開いた!

「うう、どれ位経った?」とそっと、こんごうが声を出した!

 

すずやが、慌てながら

「こんごうさん!! 大丈夫ですか!!」

「うう」と唸りながら、身を起こす こんごう

「すずやさん! どれ位気を失っていた?」

「はい、数分です」

すると、こんごうは、

「死霊妖精は?」と聞いてきた。

「えっ!」と答える すずや

「どうしたの!」と聞く こんごう!

「お、覚えていないですか!」

「ごめん、すずやさん」と言いながら こんごうは、

「フィールドを展開して、死霊妖精の魂を捕まえた所までは覚えがあるの。でも急激に障壁を張ったせいで、霊力が追い付かなかったみたい。意識がもうろうとして、気が着いたら倒れていたわ!」

「えええ!」と驚くすずや!

すずやは内心

“じゃ、あの声は誰?”と思いながら

「凄かったですよ!」と こんごうを見て、

「障壁で死霊妖精の魂を捕まえて、そのまま球体へ閉じ込めました!」

「ええ、その辺りまで記憶にあるの」と こんごうが言うと、

「その後、こんごうさんの表情が急変して、まるでこう、畏怖を感じる表情で死霊妖精の魂に迫っていました」

「畏怖?」

「はい。そして右手で空中に魔法陣を描いて、神々しく“時の狭間に繋がりし回廊よ、開き給え!”って言うと魔法陣が輝いて、そして死霊妖精の魂を飲み込んでいきました!」

それを聞いた こんごうは、表情を変え、

「すずやさん!今、“時の狭間”って言ったわよね!」

「はい、こんごうさん」

こんごうは驚きながら、

「嘘! 魔法陣で“次元回廊”を開いた!」

「次元回廊?」と聞き直す すずや

じっと自分の右手を見る こんごう

「あり得ない!あの術式は理論式!具現化する事は・・・」と呟いた。

 

その時、こんごうのインカムへ

「こんごう!! 聞こえる! 大丈夫!!」

慌てた ひえいの声が響いた。

「ひえい。大丈夫 急に霊力解放し過ぎたみたい。そちらの状況は?」

「周囲に脅威目標なし」と返事が来た。

こんごうは、身を起こし、すずやが被っていた自分のテッパチを受け取ると、それを被り直しながら、

「セイバー分隊長。状況は?」

「はい。司令棟内の捜索、制圧を完了しました」

「他は?」

「はい。駆逐艦曙は、陽炎艦長指揮下既に湾内を離脱しています。貨物船の制圧は現在最終の確認中ですが、機関室内で銃撃戦があり、1名負傷です」

こんごうは表情を引き締め、

「様態は?」

「はい、肩を撃たれそうですが、弾は貫通し、骨には異常ないとの事で、治療を受けています」

こんごうは、それを聞くと、インカムへ向い

「ランサー1 セイバー1 ミッションコンプリートよ! 撤収する、合流して!」

「了解 ランサー1! 待ってて! 直ぐ行く!」

ひえいの明るい声が返ってきた。

こんごうは、インカムのダイヤルを操作して、回線を切り替え、

「いずも副司令、こんごうです」

「こんごう! 大丈夫なの!」とやや慌てた いずもの声が聞こえた。

「はい、ご心配をお掛けしました」

「状況はこちらでも把握している。ミッションコンプリートね」

「はい。1名負傷しました、申し訳ありません」

いずもの声は、落ち着きを戻し、

「こんごう、それは後でいいわ。迎えが行くまで30分程度かかるから、伏兵に気を付けなさい!」

「はい、副司令!」と答える こんごう

インカムを分隊周波数へ切り替え

「セイバー1です、全分隊! 作戦終了撤収用意!」と告げると

「ランサー2了解です」

「アーチャー1了解! 貨物船内部捜索終了します!」

各分隊長から返事があった。

ふと、すずやを見るとじっと屍となった元警備所司令を見ながら、手を合わせていた。

「すずやさん、行くわよ」

「はい!こんごう艦長!」と言い、こんごうの後を追う すずやとセイバー分隊長

三人揃って廊下に出る。

既に各部屋の制圧が終了し、廊下には他の隊員妖精が警戒の為に立っていた。

一人の隊員妖精が射殺した悪霊妖精達の写真を撮影していた。

後にパラオ泊地経由で秘密裏に連合艦隊司令部へ報告する為だ。

廊下を歩く こんごうと すずや

ふと すずやがドアの前で止まった。

ドアには、

「艦娘控室」とプレートが掛かっていた。

すずやは、そっとドアノブに手をかけ、回した。

“カチャン!”とドアが開く

静かにドアを開けるとそこには、机が二つ

ここは、鈴谷と曙の庶務室だ。

静かに部屋の中へ(はい )り、一番奥の机に向った。

鈴谷の庶務机だ

机の上は綺麗に整理されていた。

「曙、掃除してくれてたんだ」と言い、そっと机の上を撫でた。

後ろから、

「鈴谷さんの机?」と こんごうに聞かれた

「はい。堀司令がいた頃、ここで報告書を書いたり、曙とお喋りした机です」

机の上には、写真が一枚

それは、この警備所が出来た時、近くの漁村の人達と警備所開設を祝って撮影した集合写真

真ん中に、堀司令。右に鈴谷、左に曙、そしてその回りには大勢の人達

そっと写真を見てすずやは、

「堀司令。警備所守れなくてごめんなさい」と目に涙を浮かべた。

横に立つ こんごうが、すずやをそっと抱きしめた。

こんごうを見上げる すずや。

「こんごうさん。この警備所どうなるのですか?」

すると こんごうは、すずやを見ながら

「まだ詳しい事は聞いてないけど、これだけの事をやらかしてしまったから」

と言い、言葉を切った。

「そうですか」と落胆する すずや

こんごうは、

「何か持って帰る物はある?」と聞くと、すずやは首を横へ振った。

「いえ、ここの思い出だけを持っていきます」そう言いながら、

「すずやは、もう重巡鈴谷ではありません! 護衛艦すずやです」

「そうね、今日を境に生まれ変わるのよ」と こんごうも すずやを見た。

後方で、こんごう達を見ていた、セイバー分隊長が

「こんごう隊長、重要書類の捜索をしますか?」と聞いてきた。

「いえ、長居は無用よ。明日の朝には日本海軍の中部警備所から人が来るわ。彼らに任せておきます」

「はい、では撤収用意を」と言い、分隊長はインカムで部下に指示を出しながら廊下へ出た。

 

こんごう達もそれに続く、後方では他の特戦隊員妖精達が20式小銃を構え警戒しながら、後を追った。

司令部棟の外へでると、既にランサー、アーチャー分隊が集合し、防御体形を取っていた。

こんごうは、負傷したアーチャー分隊の隊員妖精へ駆け寄り、

「傷の具合は?」と声を掛けた。

負傷した特戦隊員妖精は、

「隊長! 申し訳ありません。居住区掃討中に数名、機関室へ逃げ込まれ、つい深追いし過ぎました!」

右肩の傷を見ながら こんごうは、

「帰ったら暫くモルモットよ」と笑いながら話した。

「勘弁してください!」と言う負傷隊員

自衛隊では、業務中の重大事故で負傷する隊員は多い。

しかし、そのような中、銃創患者は稀だ。

治療する方としては、“珍しい症例”として貴重な患者(別名モルモット)として扱われる。

あれこれと治療薬を試されたり、記録を取られたり、モルモット状態である。

 

こんごうは、

「各分隊長! 防御体形で収容地点まで移動!」

「はい!」と各分隊長が答える。

先頭はこんごう、すずやとセイバー分隊

中間にランサー分隊、そして負傷隊員

殿は、アーチャー分隊が務めながら、警備所入口から、堂々と出て行った。

警備所に繋がる小道を歩きながら、すずやが こんごうに、

「来るときはコソコソでしたけど、帰るときは堂々ですね」

すると こんごうは、小走りしながら、

「そうね、ここまで一気にやったから、とっとと帰りましょう」

横を歩くセイバー分隊長が、戦術情報を表示するタブレットを見ながら、

「一人逃げられたようです」と言い、タブレットを こんごうへ渡した。

そこには、上空で警戒監視をするMQ-9リーパーの赤外線映像が映し出されていた。

こんごう達の進む小道の先を進む小さな赤外線反応があった。

こんごうは、横で小銃を構えながら歩くセイバー分隊長へ

「確認した射殺者の数は?」

「はい。49名です!」

こんごうは、少し考え

「一人足らないわね!」

セイバー分隊長が、

「この小道の先にいます! 追撃しますか?」

「いえ! 撤収を最優先に。既に目的は達成したわ」と言い、タブレットを見て

「その歩いた先にいるのは、閻魔大王よ」と言い、ある光点を指した。

それを見たセイバー分隊長が、

「任せますか?」

「ええ」と答える こんごう

闇夜の中、回収地点へ急いだ!

 

その頃、こんごう達の遥か前方を一人の悪霊妖精が必死に走っていた!

「くそ! なんだ奴らは!」

悪態をつきながら、小道を駆ける悪霊妖精

貨物船から、司令部棟の待機室へ向かい歩いていた時、物音がした。

暗闇の中よく見ると桟橋の歩哨がいきなり倒れた!

「!」と声に出そうとした時、警備所入口付近に見た事もない兵員妖精が見えた!

 

物音すらさせず、警備所内に侵入してくるその影を見た時、本能的に“逃げろ!”と思い、

そのまま警備所裏側の林へ駆け込んだ!

 

林の中でじっと警備所をみると、いきなり大きな音がして銃声が響いた!

「敵襲か! いったい誰だ!」

我々は日本海軍に偽装している! ばれた形跡はない! 日本軍が友軍を攻撃する可能性はない! 米軍の可能性は?

それもない! そんな事をすれば大問題だ!

まさか友軍の深海棲艦か?

可能性があるとすれば、はぐれ者集団のソロモンか? いや穏健派の北方か?

「いや、奴らにはそんな事は出来ない!」と小声で呟きながら、林の陰から司令棟を覗いた。

色々と頭の中を駆け巡るが出た答えは単純に

“逃げろ”であった。

林の中を必死に走り、近くの漁村に繋がる小道へ出た!

一瞬どうするか悩んだが、戻っても多分警備所は殲滅されている。

いや仮に持ち堪えても、戦闘があった事実は隠せない

早晩 ここの事もばれる。

小道を走りながら、

「マニラ辺りに逃げ込んで、機会を伺うか?」そう考え、

「とにかく今は逃げる!」そう思い必死に小道を掛けた。

暫く歩くと、1台の車が止まっているのが見えた。

そっと近づく。

木の陰から、そっと車を見ると、誰も乗っていない様に見えた。

「しめた! 誰も居ない!」

そう思い、そっと車に近付く。

ドアに手を掛けた瞬間、背後から声を掛けられた!

「人の車を勝手に動かしては困るな」

振り向くと、男性が一人 立っていた

慌てて、

「済まない! この先の日本海軍の警備所の者だ! 急ぎ下の村まで行きたい」

すると男性は、

「そうかい」と言い、近寄ってきたが、急にポケットから拳銃を取り出し、

「なら、行先はあの世だ!」

「なっ!」と悪霊妖精が身をそらしたが、男性は確実に九四式自動拳銃を悪霊妖精へ向け引き金を引く!

“ダン!”と闇夜に銃声が響いた

悪霊妖精の胸に8mm南部弾が吸い込まれる!

 

「ぐおっ!」と唸りながら、道へ倒れ込む悪霊妖精

悪霊妖精へ向け

「日本軍の癖に、俺の顔を知らんという段階で素性がばれるな」と言い、その男性

ルソン中部警備所司令は再び九四式自動拳銃を悪霊妖精へ向け、そして静かに引き金を引いた。

“ダン!”と銃声が再び響き、そして静寂が訪れた。

 

ガサゴソと背後で音がし、中部警備所司令が振り向くと、漁村の村長であった。

「司令官、ご無事ですか?」と言いながら近づいてきた。

「ああ、問題ないよ」

司令は、九四式自動拳銃のスライドを引き、チャンバー内の弾を排莢して、ポケットに仕舞った。

司令の横に村長が来ると、死体と化した悪霊妖精を見ながら

「やはり悪霊妖精に乗っ取られていましたか?」

「ああ」と答え、村長へ向け

「済まんな、こんな物を見せて」と、どす黒い血を流す死体を見た。

村長は、

「構わんですよ、今は老いぼれですが、儂も昔は村を守る戦士でした」

そう言いながら、続けて

「死体はどうされますか?」

中部警備所司令は腕時計を見ると、深夜12時を既に回っていた。

「このままでいいよ、既におやっさんの指揮で中部警備所から、部隊が此方へ向っている」

「そうですか」とだけ村長は答え、北部警備所の方を見ながら

「中では一体なにが?」

「さあな。でも明日の朝 全てが分かる」

そう語りながら、闇夜の中自らも北部警備所のある方向を静かに見た。

 

 

 

パラオ泊地 自衛隊地下司令部

そこは、今、大きく二つの集団に別れていた。

由良を中心としたとした泊地艦娘達、既に興奮気味である。

すずやの被る こんごうのテッパチに装備されたCCDカメラから送信された映像を見た秋月や長波は、

「みっ! 見ました! こんごうさん! やっぱり光の巫女ですよ!」と興奮気味である。

鳳翔や瑞鳳は興奮する長波達を抑え込むのに必死であった。

皐月や睦月のベテラン勢は少し違って

「すずやさん、よっぽどあの司令に恨みがあったのかな」と睦月

「もし、鈴谷の船体が無事なら20.3cm砲撃ちこんでいたかも」と皐月

 

由良は泊地提督へ

「こんごうさん、やはり凄いですね!」と提督を見たが、

「ああ、少尉もそういう意味では命拾いしたな」と笑い、自衛隊司令達を覗いたが、

その自衛隊司令は、モニターを凝視しながら、いずもを呼び出していた。

「いずも、状況は?」

すると、いずもは、

「はい、全ての目標をクリアーです。現在各分隊撤収作業中、迎えのオスプレイは20分後に到着予定です」

司令は声を潜めて、

「こんごうのバイタルデータは?」

「はい、現在は正常です。問題の部分については計測できています」

と答えた。

「計測できた?」

すると いずもは、画面越しに

「計器は正常に作動していました。しかし、ブレスレットからのデータ送信が一時乱れました。正確に言えば、違う波動が現れたと言う感じです」

「違う波動?」と自衛隊司令の表情が厳しくなった。

「詳細は、其方へ戻って はるな、あかしを交えて検討したいと思います」

自衛隊司令は、腕を組み

「分かった。済まんが撤収作業指揮を継続してくれ! 以後の予定は変更ない」

「はい」と いずもは返事をして、通信が切れた。

自衛隊司令は、横に座る はるなと きりしまへ

「二人ともどう思う?」と聞いてみた。

すると はるなは、いずも経由で送信された こんごうの艦霊波データを見ながら、

「あの時に似ています」

きりしまが、

「あの時?」

すると、はるなは、

「きりしま、忘れた? 相模湾事件!」

「!!」と表情を厳しくする きりしま

自衛隊司令は、

「そうなのか? はるな」

「はい、イージス戦隊の衛生管理を担当していますので、艦娘運用課からあの時のデータを頂いています。こんごうが失踪する直前の波動に似ていると思います」

自衛隊司令は、声を潜め

「あの事件は謎が多い。当の こんごう自身の記憶がないが、データを見る限り凄まじい艦霊力が発生した事だけは分かっている」と言い、はるな達を見て

「この事は、こんごうには伏せていろ! 三笠様と相談する」

はるな達は少し驚き、

「相談ですか?」

司令は、厳しい表情のまま、

「ああ、もしかして、こんごうは“神の領域”に触れたかもしれん」

そう言い、じっと画面に表示された こんごうのバイタルデータを睨んだ。

 

 

トラック泊地 戦艦三笠士官室

今、その話に出た艦娘三笠は、じっと腕を組み瞑目していた。

護衛艦いずも経由で送信されてきた、死霊妖精と こんごうの戦闘を見て、

直ぐ横に座る、金剛や大和、長門も押し黙ってしまった。

テーブルの中央に座る比叡が、

「金剛お姉さま! あれはいったい!!」と声を引きつらせながら聞いてきた。

すると、金剛は

「比叡、慌ててはNOネ!」といい、

「あれが こんごうちゃんの“霊力”デス」

すると、榛名も

「姉さま! あの力は!」

「そうです! 計算上私達の艦霊力では説明が出来ません!」と霧島も迫った

すると、瞑目していた三笠が、

「皆、慌てるでない!」と制し、横に座る金剛を見ながら、

「良いか、この戦艦金剛は元をただせば、英国王室に古くから仕える魔女の家系。護衛艦こんごう殿も次元が違えど、魔女の力を持っていても不思議ではない」

すると、比叡が、

「三笠様! それは解ります。しかし、死霊妖精の魂を消し去るとは! 魔法陣を空中に描き、具現化できる力とは一体!」と迫った。

 

三笠は腕を組んだまま、一言、

「神の領域」

と呟いた。

 

対面に座る山本が

「神の領域?」

すると三笠は、

「我ら艦娘は、海神の巫女と呼ばれておるが、その発祥は口寄せの巫女。即ち高天原にすまわし神々と意思を通わせ、その魂を憑依させる所が原点といえる」

三笠は続けて、

「我々は、海神の名代である船の魂“艦魂”をこの身に憑依させる事で艦娘となった」

頷く山本。

三笠は

「本来、この身に憑依するのは艦の魂であるが、その魂は神々が具現化させたものであると考えられておる」

「ああ、そう説明しないと説明できない」と山本が言うと、三笠は

「しかし、高位の霊力を持つ者なら、神の意思を直接憑依させる事もできるのではないかと以前姉上が推察されておった」

「神の意思を直接!」

「そう、神に触れるという事じゃ」と言い、三笠は山本を見た。

山本は、

「では、こんごう君は“神の意思”に触れたという事か」

「そう、考えるべきじゃな」と三笠は答え、そして、

「彼方の世界の姉上達は、かくも素晴らしい艦娘達を育て上げた! その娘達を7人も我らの世界へ送ってくれた。その想いにいかに答えるか」

山本は

「ああ、それを思うと、辛いものがある」

三笠は、他の者達へ

「皆、よいか今見た事は口外せぬように」

「はい」と頷く艦娘達

 

三笠は横へ座る金剛へそっと

「金剛、もう一人の“金剛”は辛い道を歩いたようじゃな」

すると金剛は、

「三笠様、でも こんごうちゃんを見れば、それは間違いではなかったという事ネ」

と笑顔で答えた。

「そうじゃの」と言い、三笠は撤収作業に入った こんごう達の映像を見て、

「儂らの戦い、これからが正念場」と決意を新たにした。

 

 

ルソン島北部アパリ沖を無灯火航行する駆逐艦曙

夜間赤色照明で照らされた艦橋では、陽炎が操艦指揮を執っていた。

時折、持参した戦術情報が表示されるタブレットを見ながら、妙高との会合地点へ急いだ。

タブレットを見ながら、

「そろそろ会合地点ね」と横に立つ曙副長を見た。

副長は、

「陽炎艦長、しかしこの闇夜では、洋上合流も難しいです。当艦には電探がありません」

「うん? 大丈夫」と言い、自身が持つタブレットを副長へ見せた。

「これは?」

「戦術情報用艦隊コミュニケーションシステムって言うの」

「何かの呪文ですか?」と曙副長は、真顔で聞いてきたが、

陽炎は、

「これはね、この艦を中心にした水上電探情報を表示する機械よ」

「当艦を中心にした電探情報ですか! しかし当艦には!」と驚いたが、

「ええ、この点が今の私達」と言い、画面上の中心部分を指さした

「そして、これが私達に近付いてくる艦影よ」と別の光点を指さした

その光点は真っ直ぐ駆逐艦曙を目指してきていた。

正確に言えば、ほぼ正面にくるように、先程から陽炎が操艦指示を出していたのである。

曙副長は、

「何処からそのような情報を?」と聞いたが、陽炎は右手の人差し指を真上に向けて、

「空の上よ。この艦の上空に電探を装備した大型航空機が待機して、周囲300km程を監視しているのよ、この機械で、その情報を見る事ができるの」

「周囲300km!」と副長は驚き、そして

「陽炎艦長! 何時から我が軍はそのような航空機や機械を開発したのですか!」

「ふふ、な、い、しょ」と意地悪く笑い

「ちょっと理由があって、今は秘匿戦力なの」と答えた。

「彼らのようにですか?」と艦橋入口で警戒にあたる特戦妖精隊員を見た。

「まあね」と言い陽炎は、

「この後、もっと驚くから見てて」そう言うと、曙航海長へ

「そろそろ妙高さん達の艦が見えてくる頃よ! 前方へ点滅発光信号上げて!」

「はい! 陽炎艦長!」と航海長の返事が返ってきた。

闇夜の中、チカチカと前方へ向け点滅発光信号が送られた!

すると間を開けず、

「本艦の前方! 1時方向! 応答信号です!」

陽炎は、

「よし、ここまで来れば大丈夫ね。航海灯点灯して! 甲板員は接舷作業用意!」

「はい! 航海灯点灯! 接舷用意!」と航海長は復唱する

即座に艦内放送が掛かり

「甲板員 接舷作業用意!」と通達された。

陽炎は、

「前方艦へ発光通信! 当艦は曙。現在位置にて停船! 接舷を求む 送れ!」

「はい、陽炎艦長」と言い、通信妖精が復唱し信号を送った。

「機関手! 両舷停止!」と陽炎は続けざまに命じると、

「はい! 両舷停止!」

機関手がエンジンテレグラフを操作する音が艦橋に響いた!

駆逐艦曙は急速に行き足を止めて行く。

月明かりの中、前方から近づく艦影がうすぼんやりと見えて来た。

此方の右舷に接舷するようで、取り舵を切り、一旦距離を取りながら回頭してきた。

副長が、

「あれは、ルソン中部の海防艦ですね」と双眼鏡を、覗き込みながら話してきた。

すると、陽炎は

「海防艦とはいえ、商船に機銃付けているだけだもんね、占守とは大違いね」と言い、

「武装商船か警戒艦という方が正解ね」

すると副長は、

「占守さん達は、立場上“軍艦扱い”です、装備もそれなりに揃っています」

「そうね、菊花紋章もあるしね」と言いながら陽炎は前方の艦影を見た。

「妙高さんですか?」と副長が聞いてきたが、

「多分ね、迎えをお願いしてるから」と陽炎が答えると、

「ご自分の艦じゃないですね」

「流石に、重巡が動けば、米軍にばれるわよ」そう話している内に、ルソン中部警備所所属の海防艦は、ゆっくりと回頭し、駆逐艦曙の横へ並んだ。

海防艦から、もやい綱の誘導索が投げられた!

それを拾い、もやい綱を手繰り寄せる甲板員

ゆっくりと接舷する海防艦

甲板員の妖精が海防艦の乗員を見て、手を振っている。

馴染みの顔をみつけたようだ!

つい甲板員達の顔が緩んだ

「こら! まだ接舷作業中だぞ!」と航海長が注意するが、その航海長の声も明るい。

接舷を確認すると、海防艦から舷梯が渡された。

最初に、三八式歩兵銃を持った兵員妖精が二人、曙へ渡ってきた。

一応警戒しているが、甲板員たちの顔を見て安堵の表情を浮かべていた。

手を上げて、海防艦へ安全を報告すると、舷梯を渡り一人の女性が歩いてきた。

それを迎える陽炎と曙副長

「ご無沙汰しております。妙高さん」と陽炎が敬礼しながら挨拶した。

すると、妙高は、答礼しながら

「元気にしてた! 陽炎」と気さくに答えた。

「はっ はい」と緊張気味に答える陽炎

やや太めの眉に綺麗に切り揃えた前髪、そして後で綺麗にまとめられたお団子状の後ろ髪。

優しい和風の雰囲気が漂う女性であるが、紛れもない“武闘派 妙高型!”のネームシップ 艦娘妙高だ!

同じ重巡でも、司令部機能を重視した高雄型より、より戦闘を意識した妙高型

鋭い目つきで見る者を震え上がらせる 次女 那智

飢えた狼と言われ、食らいつたら離さない 三女 足柄

大人しい性格と言われながら、決して諦めず粘り強い 四女 羽黒

その個性派ぞろいの妙高型のネームシップ。

おしとやかなお姉さまなのが、この妙高であるが、一度火が付くと爆発的に威力を発揮する一番怖い人である。

妙高は、曙副長を見て、

「乗員に異常は?」と鋭く聞いた。

「はい、全員問題ありません 妙高秘書艦!」

妙高が続けて、

「陽炎、曙は?」

「はい、寝てます」

すると妙高は驚きながら

「へっ! 寝てる?」

「はい、警備所を脱出する際、ちょっと」と言い陽炎が言葉を濁らせた。

「もしかして、自分も司令にお礼参りにいくとか言い出した?」

「はい、妙高さん。それはまずいので、暴れ出す前に薬で眠らせました」

妙高は、陽炎に、

「流石、元14駆逐隊のフロチラリーダーね! それで正解よ」と言い

「今は?」

「はい、艦長室に」と言い、副長と共に曙艦長室へ向った。

艦長室の前には、緑色の戦闘服を着た特戦妖精が歩哨として立っていた。

陽炎達の姿を確認すると、即座に艦長室のドアをノックし、

「特務隊の者です! 妙高艦長! 陽炎艦長 曙副長入ります」と言い、ドアを開けた。

妙高達が艦長室の中に入ると、曙は自分の寝床で、スヤスヤと眠っていた。

曙が眠るベッドの横に立つ曙の軍医は、妙高達へ

「ぐっすりと寝ております」と静かに言った。

妙高は、

「えらく、ぐっすり寝てるわね」と曙の顔を覗き込んだ。

そこには安堵の表情を浮かべ眠る曙の横顔があった。

衛生兵を兼ねる特戦隊員妖精は、

「先程、曙艦長の生体情報をいずもへ送信しました。当方の医務官の話では健康上の問題はないとの見解です、艦霊波については いずも副司令から“波動に異常はない”との返答を頂いております。副司令からは、“日頃の心労が溜まっていたのでしょう”との事です」

陽炎は、

「じゃ、単に疲れているだけ?」

「はい」と答える特戦隊員妖精

妙高が、

「ヒ12油槽船団で、パラオから髭先生が中部警備所へ来ているから、経過観察は任せましょう」

そう言いながら、艦長室を後にした。

通路を歩く、妙高と陽炎。その後ろを護衛の特戦隊員妖精2名が付く

甲板上へ出ると、陽炎が特戦隊員妖精へ向い

「そろそろ迎えが来る頃かしら?」

「はい、既に近くまで来ています」と言い、陽炎へ戦術情報が映し出されたタブレットを見せた。

「じゃ、帰る準備しよっか」

「はい、陽炎艦長」と言い、二人の特戦隊員妖精は、後方に曳航してきたゾデアックボート2隻を引き寄せ始めた。

 

それを見た妙高が、慌てて、

「まさかあのボートで、パラオまで帰るわけ?」と聞いてきた。

すると、陽炎は

「ちゃんとお迎えが来ますよ、世界最強の戦闘艦が」と言い左舷の海面上を指さした。

月明かりに照らされ静かに波が漂う海面

妙高は

「何もないわ・・・」と言いかけた時、左舷400m程の場所の海面が盛り上がり始めた!

「えっ! 鯨」と声に出した!

最初に見えたのは、マストとおぼしき構造物、次にその前方に艦橋の様な構造体!

「うそ! 船が海中から浮き上がった!」

妙高は目を丸くして側舷の手摺にしがみつきながら、その艦を見た!

最初は、潜水艦? と思ったが、マストを見た瞬間に“艦”と思った。

艦橋の様な構造物が見えた瞬間、戦闘艦!と確信した!

 

「なっ! なんだ!」と言う声がして振り返ると、曙の兵員妖精達が一斉に艦内から飛び出してきた!

艦橋の見張り所や側舷、よく見ようとマストに登る者まで現れた。

見張妖精が、

「左舷! 400m所属不明艦浮上しました! 後方にもう1隻 同型艦浮上してきます!」と大声でさけんだ!

「おおおお!」とどよめきが艦内で響いた。

陽炎は、曙副長へ

「友軍艦よ。撃っちゃだめだからね!」

「はい」と返事をしながら,後方の兵員へ

「友軍艦艇だ! 撃つな!」と大声で叫んだ。

 

浮上した戦闘艦とおぼしき艦のマストに、大きな海軍旗(自衛隊旗)が掲揚された。

妙高はじっとその艦影を凝視した!

自分の艦より少し小さい!

排水量は1万トン未満かな?

鋭い艦首、流れる様な綺麗な舷側!

高い艦橋に直線的な構造物

傾斜した独特なマスト!

それに回転式の電探?

じっと目を凝らしてみる!

兵装は・・・、

「えっ! 単装砲が一門?」と思わず声に出した

それ以外の兵装が見当たらない!

 

横を見ると、陽炎がニコニコしながら、

「妙高さん、見かけに騙されてはだめですよ。あの艦の主は鬼と呼ばれた艦娘の直系ですよ」と意地悪く話した。

「鬼?」と言いながら妙高は少し考えて、急に表情を青くして、

「まさか! 金剛さん!」

「ふふ、そうです。あの艦の名前は護衛艦こんごう、後はひえいです」

と意地悪な笑顔を浮かべた!

「うそ!!! 金剛に 比叡!!」と手摺から身を乗り出した!

妙高は陽炎を見て!

「じゃ!艦娘さんも!」

「ええ、金剛さんの直系の方です!」

妙高は

「そう言えば、白雪達が“光の巫女に護衛してもらいました!”とか言ってたけど、最初は冗談かと思っていたけど!」

陽炎は、静かに

「ええ、彼女達は“七人の海神の巫女”です」

「嘘!!! 本当に!」とぐっと妙高は陽炎に迫った!

陽炎は落ち着いて、

「今日の北部警備所急襲も艦娘こんごうさんが直接現地に乗り込んで指揮しています!」

「えっ 艦娘が陸戦指揮?」と驚く妙高

「こんごうさんだけでなく、ひえいさんも」

押し黙る妙高

「彼女達の力は 三笠様、そして山本長官が御認めになった力です。あの 大和さんでも多分太刀打ちできないでしょう!」

「そうなの?」

「ええ、そして彼女達を束ねる旗艦いずもさんは、一人で米太平洋艦隊を相手にできる能力があります」

妙高は目まいを覚えた。

陽炎は陽炎型のネームシップ!

あの一癖ある陽炎型、その次級のやんちゃ揃いの夕雲型をまとめるネームシップだ。

その陽炎が言うのである。それは“事実”という事だ!

陽炎は落ち着いて、

「妙高さん、パラオに海神の巫女が舞い降りました! 時代が動きます!」

「白雪達もそう言っていたわ! 時代が動くって!」

陽炎は、

「妙高さん、想像してください! 光の巫女を先頭に、大和、武蔵、長門に陸奥

そして多数の艦艇が、艦隊を組んで太平洋の邪神に挑む姿を!」

妙高は息を呑んだ!

幼い頃、まだ艦娘として覚醒する前、人間の幼女であった頃。

「日本、扶桑の国には海を守る七人の海神の巫女がいる。この国が国難を迎えた時、彼女達が現れ、私達の歩む先を指し示す。」と父に教えられ、

母は、私に

「もし、貴方に力があるなら、その示された道を歩みなさい」と優しく言われた事を想い出した。

その“光の巫女”の艦が目の前にある!

陽炎は続けて

「勿論、その中にはサラトガさんも入っていますよ」

「!」と驚く妙高!

陽炎はじっと妙高を見て、

「今、パラオでは連合艦隊と共同で、ミッドウェイ包囲網について研究しています。その中で、我々だけでは世論は動かないという意見があります。今後太平洋の安定化の為には、米海軍の協力は絶対条件です」

「では、私にその調整役をしろと!」

「はい妙高さん、サラトガさんと連絡を密にとってください。ニミッツ提督を動かし、米海軍を動かし、そして米国世論を動かす!」

妙高は、陽炎を見て、

「でも、何の確証もないわ!」と言ったが

「証拠なら、目の前に!」と言い、護衛艦こんごうを指さした。

そして、静かに力強く

「彼女たちは、私達より80年先から来た未来の艦娘達です!」

言葉を失う妙高

そうだ! あの艦は海中から現れた! 今の造船技術では説明できない!

 

近づいて来た緑色の服を着た兵員妖精が

「陽炎艦長。そろそろお時間です」と声を掛けた。

陽炎は、

「御免なさい妙高さん。本当はもっと伝えたい事があるのですけど」

「貴方の言いたい事は分かったわ」と答える妙高

陽炎は、

「曙をよろしくお願いします!!」

「分かったわ」と返事をする妙高

2名の特戦隊員妖精が、引き寄せたゾデアックボートに乗り、

陽炎は、もう一隻のボートに一人で飛び乗った。

器用に船外機のエンジンをかけると、大声で

「あっ! 曙のポケットの中の包み! すずやさんからです!」

「鈴谷さん!!」

「はい!」と答える陽炎

「妙高さん! では!」と言い、敬礼して、ボートの船外機の出力を上げ静かに駆逐艦曙から離れていった!

波を掻き分け、豪快に進むゾデアックボート2隻を見ながら妙高は、

「七人の海神の巫女、光の巫女の伝説は現実となったか・・・」と呟き、

「あの子、いまサラッと凄い事言って帰ったわよ。私に米軍との調整役しろなんて」

そう言いながら、

「ふふ、でもちょっと楽しくなりそう」と笑みを浮かべた。

それをみた曙副長が、

「時代が動く、ですか」と静かに聞くと

「ええ、間違いなくね」と妙高は答え、

「さあ、ルソン中部警備所へ帰りましょう。後始末が大変よ」と副長をみた。

「はい、妙高秘書艦!」と元気に返事をする曙副長

前方に見える護衛艦こんごうを睨み

「あの艦は、強い」と静かに呟いた

 

 

その頃、こんごう達は回収地点で、迎えのオスプレイを待っていた。

回収地点は、小道を少し入った最初に空挺降下した草地だ。

先発した特戦隊員妖精が、こんごう達を迎えた!

「ラムエアーパラシュートの回収は?」と こんごうが、聞くと

「はい。既に終了しました。」

こんごうは、

「各分隊長! ランディングゾーンを確保して!」

「はい!」と各分隊長から返事が上がる。

各分隊毎に、オスプレイの着陸予定地点を中心に防御体形を取り周囲を警戒した。

突然、林がガサゴソと動いた!

慌てて、小銃を向ける特戦隊員妖精達!

「私よ! 私!」と林の中から ひえいの声がした!

「ランサー1よ!」と こんごうが言うと、皆小銃を構え直して、再び周囲を警戒した

林の中から、ひえいとスポッター員の隊員妖精が現れた。

こんごうの前まで来ると、

「間に合った!」と大きく息をした。

ここまで、600m全力で走ってきたようだ。

こんごうは、小銃を持ったまま、

「お疲れ!」と声を掛けた

「私より、こんごう! 大丈夫なの?」と こんごうを見る ひえい

「うん、急に力を使い過ぎただけみたい。でも戦闘中に意識を失うなんて指揮官失格だわ」と肩を落としたが、

「いいんじゃない。あそこまで行けば最後の仕上げをするだけだし、それは こんごうにしか出来ないことだしね」と言い こんごうの肩を叩いた。

ひえいは、こんごうの横に立つ すずやへ向い

「いや~、すずや凄かったね。至近距離からとはいえ全弾命中。これで借りは3倍返しできたかな?」

「はい。きっちり利子をつけて」と笑顔を見せた。

その時 こんごうのインカムへ

「セイバー1 キャリア01 10マイル!」と短く通信があった!

向えのMV-22Bがここから10マイル地点まで来た!

こんごうはインカムへ向い

「キャリア01 セイバー1 ランディングゾーンクリアー!」と返事して、

「ストロボマーカーで誘導する!」と続けた。

「キャリア01!」とオスプレイから返事があった。

 

こんごうは、ランディングゾーンへ歩きながら胸のタクティカルベストから、一見すると手榴弾の様に見える赤外線ストロボマーカーを取り出すと、ピンを抜いて起動させて着陸地点へ置いた。

昼間なら赤い発煙筒を焚くのであるが、夜間では全く見えないので、赤外線フラッシュマーカーを使う。

不可視なので肉眼では見えないが、暗視装置越しなら、上空からでもピカピカと光るマーカーを確認できる。

夜間のヘリの着陸地点の誘導や、攻撃目標の誘導などで使用される。

 

遠くから、パタパタと独特の音が聞こえてきた。

「オスプレイですね」と すずや。

段々とパタパタという音が大きくなり、そしていきなり上空を影が通過した。

「キャリア01 ランディングゾーンゾーンを確認した! 此れより着陸体制に入る!」

オスプレイから通信が入る。

「了解! グランドクリアーよ!」と こんごうが返事をした。

上空を一旦航過したオスプレイは、回転翼の回転面表示燈を点灯した

上空に丸い緑色の円盤が二つ現れた。

オスプレイはそのまま大きく右旋回をして着陸地点へ向う、旋回を停止し、機首を こんごう達のいる草地へ向けると、飛行モードを固定翼モードから転換モードというエンジンナセルを斜めに可変させ機体を減速させた。

機体が十分に減速した事を確かめると、次にエンジンナセルを垂直に立てて、垂直離着陸モードへ移行する。

この間も機体はゆっくりと前進しながら降下している。

実は、オスプレイに限らず、ヘリコプターはこの降下する瞬間が一番危険なのである。

急激に垂直に近い降下をすると、ボルテックスリングステート(渦輪状態)と呼ばれる自身で作り出した降下気流で、急速に揚力を失い最悪は、操縦不能となるのである。

これを防ぐ為、通常では降下はゆっくりとした前進降下し、垂直に降下する場合は必ず適正降下率を厳守しないと、地面に叩きつけられる事になる。

 

ゆっくりと機首を上げ減速しながら地上を目指すオスプレイ

後部カーゴドアにはM134ミニガンが装備され、機上要員が周囲の警戒を行っていた。

周囲で警戒に当たる特戦妖精達にも、オスプレイのダウンウオッシュが襲い始めた!

すずやが舞い上がる髪を慌てて押さえた。

サイドドアから、別の機上要員が顔を出し、着陸地点を目視確認しているのが見てとれる。

そして、オスプレイはゆっくりと接地した。

機上整備要員が後部カーゴドアからおり、機体の周囲を確認すると、

こんごう達の元へ駆け寄り、

「こんごう隊長! お迎えに上がりました!」とローター音に負けない大きな声で叫ぶ!

「待ってたわよ」と笑顔で返す こんごうは、インカムで

「各分隊! 搭乗急げ! 撤収!」と短く命令した。

各分隊長が指揮して、警戒要員を残しながら、順次機内へ駆け込む特戦妖精。

カーゴドアの左右には既に別の特戦隊員妖精が張り付き、小銃を構え周囲を警戒した。

次々と乗り込む隊員妖精達。

各分隊長が こんごうの元へ集まり、

「我々で最後です」

すると こんごうは、

「よし、帰ろう」と言い、ひえい、すずやと共にオスプレイの中へ消えて行った。

最後に、カーゴドアの周囲を警戒していた隊員妖精が中へ消えると、オスプレイのローター音が急速に高くなり、機体はフワッと浮きあがった。

そのまま、ゆっくりと前進しながら、上昇し闇夜へと消えて行く。

 

すずやは、機内でキャンバス地の椅子に座り、そっと窓から外を見た。

上昇する機体が、林を抜けた時、眼下にルソン北部警備所が見えた。

その警備所を見ながら、そっと

「さよなら」と小さく呟いた。

 

トラック泊地、戦艦三笠士官室

現地時間で既に午前4時近くとなり、艦内は静まり返っていたが、この士官室ではまだ熱気があふれていた。

既に、いずもよりデジタル文字通信を通じて、

「ルソン北部警備所 強襲作戦終了。曙保護、マニラへ向う。強襲班間もなく撤収。

負傷者1名軽傷。脅威目標全排除」と報告があった。

金剛は興奮気味の比叡達を連れ、先程自分達の艦へ帰った。

特に比叡は、こんごうのCCDを通して初めて見た自分の孫娘が、ギリースーツで偽装したなまはげ状態であったので、

「お姉さま! あのひえいちゃんの恰好は何ですか!!」と驚いていたが、

それには、三笠が

「あれは遠距離狙撃手の制服だそうだ。自然と同化して600m遠方から敵を小銃で撃つ」

そして、

「のう比叡、今のお主にはそれができるかの? あの孫娘は艦隊砲戦でも遠距離必中じゃぞ」

「うっ!」と答えに詰まる比叡

比叡、確かに金剛4姉妹の中では一番気合と元気がある娘であるが、気合が入りすぎて、砲戦精度が今一歩足らないのである。

固まる比叡の横で、金剛が

「皆見ましたか。あれが私達の孫娘の実力のほんの一部ネ。負けない様にトレーニングデス!」と妹達に発破をかけていた。

「はい! お姉さま!」と比叡達は答えながら、士官室を後にした。

金剛達が退室して、静けさを取り戻した士官室で三笠は、椅子に背を預け、瞑目したまま、

「終わったな」と呟いた。

「ああ、見事としか言いようがない」と山本が答えた。

三笠は、目を見開いて

「のう宇垣。もし我が海軍の陸戦隊に同じ任務を与えた場合、ここまで上手くできるかの?」

すると宇垣は、

「答えは、否です!」そう言いながら、

「我が軍には、静音侵攻という概念がありません。精々200名程度の兵力で包囲して、突貫するのが関の山です」

「そうなれば、銃撃戦となり当方の被害も出る。米軍にも知れ後々面倒な事になるという訳じゃな」

「はい、三笠様。今回はその点、手際の良さで米軍の付け入る余地がありません。我が方は“被害者”として振る舞う事ができます」

そう宇垣は答えた。

「重ね重ね、彼女達には借りができたな」と山本が言うと、

「太平洋の安定化は、世界の安定化への道筋。その為には形振り構まってなどおれん」

と三笠は良い、

「借りれるうちはいくらでも借りる。ある時払いの催促なしじゃ!」と笑いながら話した。

そっと大淀が、三笠達へお茶を配った。

それに手を伸ばしながら山本が、

「ルソン北部はこれからどうする?」

宇垣は

「はい、その辺りの権限は軍令部と海軍省の管轄ですが、多分軍令部は混乱するでしょう。海軍省は既に横須賀経由で体制を整えてありますので、在日米国大使館と水面下で交渉に入ると思われます。」

「では、存続方向かい?」

「はい長官、北部警備所は元々、台湾とルソンを繋ぐルートの哨戒任務を担当する潜水艦部隊への補給拠点として重要な地点でした。その機能は出来れば維持したいと考えております」と宇垣が答えると、

「スービックの大将にはなんと話す?」と山本が聞くと宇垣は、

「中部警備所司令と妙高が上手く交渉する事になるとおもいますが、当面は現地職員を採用して、常駐艦艇は置かず、中継点として運用する方向になると思います」

「では、曙は?」

「暫くは妙高が面倒を見る事になります」と宇垣が答えた。

山本は暫し考え、

「なあ、三笠 そろそろスービックの大将も気が付く頃じゃないのか?」

「気が付くとは?」

「いや、先のラバウルの件、今回のルソンの件もそうだ、我々が何か動こうとしている事に気が付くはず」

「まあ、マーシャル諸島の件もある。一度しっかりと話す機会がいるという事じゃな」

三笠は、

「マ号作戦が終わり次第、儂の艦は初期運用点検で一度パラオへ向う。その時にでも足を延ばすとするかの」

すると山本が、

「その時は俺も行くとするか」と言い、ニマリとした。

すると三笠は、

「お主は単に、自衛隊司令と打ちたいだけじゃろ!」

笑いながら、三笠は、別テーブルで今回の戦況記録をまとめる大淀へ

「大淀、今日の予定は?」

「はい、本日の午前中は予定を入れておりません。ヒトゴウマルマルから大和士官室にて、マ号作戦の幹部検討会を予定しております」

すると三笠は、

「例の大本営の参謀も呼んでいるのか?」

「はい、一応」と答える大淀

三笠は、

「イソロク、例の件。大本営から言質を取っておくべきではないのか?」

「ああ、後で南雲達へ責任を押し付けられても困る」

すると宇垣が、

「マジュロへの陸軍擁護の件ですか?」

山本は、

「ああ、表向きは奴らの要望通りに南雲達が、陸軍船団の護衛をする。奴らの事だ、無線封鎖を理由にして、独断で俺達より前に出る。そうすれば間違いなくマジュロ近海で戦闘となり、人質はひとたまりもない」

続けて、

「軍令部として、正式に南雲達を動かすなら“信書”などではなく正式な“命令書”をだしてもらわんと、責任の所在がはっきりせん」

宇垣も、

「もし、南雲達に損害が出た場合、彼の独断専行という事で処理されかねません」

三笠は、

「軍令部としては、それが狙いの一つじゃな。マジュロで戦闘を行い、多数の民間人に犠牲を出した。独断で陸軍擁護の為先行した南雲を処分し、真珠湾攻撃の失敗の責と合わせて、左遷させるか」

「ああ、多分な。南雲君は軍令部総長には、恩義もあるが、それ以上に赤城達艦娘を信頼している。軍令部としては扱いにくい駒なんだろう」と山本は答えた。

宇垣は、

「軍令部としては、自分達の意向に沿いやすい。御し易い人選をすると?」

「ああ、南雲君は、確かに今の役職に推してくれた総長には恩義を感じ、今まで軍令部の意向に反する様なことはしなかった。しかしそれは彼が単に軍令部の指示を忠実に“軍人”として実行してきたに過ぎん」と山本は話ながら、

「しかし、本来ならば真珠湾攻撃を強行して米国との開戦となる筈だった所を、彼の判断で中止し、帰還した」

「はい、真珠湾には米軍ではなく、多くの深海棲艦の艦艇が入っていました」と宇垣が応じた。

「俺も、当初は弱腰とかなり怒ったが、いよいよ今になって考えればそれで良かったと思うよ」

「はい、長官。南雲の攻撃中止、そして転進の判断が早かった為、赤城達は進路上で待ち構えていた深海棲艦の打撃艦隊と鉢合わせする事なく、撤退できました」

「ああ、あのまま突っ込んでいたら、間違いなく包囲殲滅されていた」

「はい、奴らの追撃艦隊も振り切る事ができました。赤城達も中破しましたが、無事に帰還できた事は大きいです」と宇垣が答えた。

山本は、

「俺達はそこで気が付くべきだった。情報漏洩の可能性を」

「はい、暗号電文が破られているとの懸念は以前からありましたが、確証がなく軍令部内部でも懐疑的でした」

宇垣は続けて、

「では、軍令部内部にも今回のルソンの様な諜報員が潜んでいると? 長官」

「その可能性は否定できん、ルソンが動き出したのは今年になってからだ、軍令部内部とは限らん、例の新聞記事もそうだ。財界等も接点としては考えられる」

三笠は、

「ルソンを潰した事で、深海棲艦との直接的な窓口を失ったその影の存在が今後如何にでるか? 横須賀と海軍大臣達の活動次第じゃな」

「それを言うなら、お前の姉が一番楽しそうに動くだろうな」と山本が言うと、

「また無茶な事をせぬとよいがの」と三笠は笑いながら、

「さて、ひと眠りして、今日の午後の戦いに備えるとするか」そう言いながら、外を見た。

空が薄く光輝き始めていた。

 

 

こんごう達を乗せたオスプレイは、一路 いずもへ合流すべく東へ進路をとっていた護衛艦こんごう達に合流した。

まず ひえいを降ろす為、護衛艦ひえいの後部ヘリ甲板上にホバリングしたオスプレイであったが、なんと ひえいは機体が高度1mほどまで降下すると、

「ここでいいわ!」と言い、さっさと装備を担いで後部カーゴドアから飛び降りた。

装備を抱えながらヘリ格納庫へ向う ひえいに 前方のドアサイドから手を振りながら こんごうは、

「ひえい! お休み!」と大声で声を掛けた

ひえいも、

「寝ぼけて、ベッドから落ちないでよ!!」と笑いながら返してきた!

その後 前方を航行する護衛艦こんごうへオスプレイは滑り込んだ。

きちんと着艦すると、飛行科の整備妖精が一斉に駆け寄り、機体が艦の横擦れで滑り落ちないように、タイダウンベルトで機体を甲板上へ固定した。

頭上ではローターが、緑色の回転面表示燈を点け 闇夜の中回り続けていた。

後部カーゴドアから こんごうを先頭に、すずや。そして特戦隊員妖精達がぞろぞろと降機してきた。

負傷した特戦隊員は同僚に肩を担がれて降りてきたが、機体の外へ出た所で医療班の担架に乗せられ、そのまま医務室へと運ばれた。

これから、銃創治療をあれこれとされるのだ。

 

格納庫前では、先に帰還した陽炎や副長、航海長など主要な幹部が出迎えてくれた。

そればかりか、非番の隊員妖精達が、格納庫の周囲や屋上に集まり、拍手で こんごう達を迎えていた。

手を挙げながら、それに答える こんごうや、特戦隊員妖精達

全員、ヘリ格納庫内に入り、ようやく灯りのある場所まで来ると、皆汗と埃まみれである事に気がついた。

すずやは、ヘリ格納庫前で整列して待つ、鈴谷副長達を見つけ、

「副長!」と駆け寄る すずや

「すずや艦長! お帰りなさい」と鈴谷副長が声を掛けた。

すずやは、満面の笑みで、

「皆! 借りはきっちり三倍返しで、利子つけて返してきたよ!」

「本当ですか!」と すずやを囲む鈴谷乗員達。

「うん! 曙も無事、脱出できた!」

「はい、それは先程 陽炎艦長からお聞きしました」そう言いながら、鈴谷副長は、

「それで、あの“クソ司令”は?」

すずやは、興奮しながら

「凄かったわよ! こんごう艦長が光の障壁であのクソ司令に憑りついた“死霊妖精”を捉えて、あの世へ押し込んだのよ!」

「ほっ! 本当ですか!!!」と驚く副長達

すずやは、じっと こんごうを見て

「こんごう艦長は間違いなく光の巫女、七人の海神の巫女よ」と副長達へ語った。

 

こんごうと特戦隊員妖精達は分隊毎に塊になりながら格納庫へ集まると、前方に立つ こんごうは手を叩いて、

「はい皆、注目!」と言いながら前方へ出た。

分隊長が整列させようとしたが、こんごうは

「みんな、そのままでいいわ!」と言い

隊員達の前へ出た。

 

外でエンジンを回すオスプレイに負けない位、大きな声で こんごうは、

「現時刻をもって、“ルソン北部警備所 強襲作戦”を終了します」と宣言した。

「はい! こんごう隊長!!」と一斉に返事があった。

こんごうは、

「今回の作戦の目的である駆逐艦曙の保護、北部警備所を占領していた敵勢力の排除。この2点を全てクリアーしました。作戦成功です!」

「おおお!」と拳を上げる特戦隊員妖精達

お互いの肩を叩く者もいる。

すずやと陽炎はその間じっと頭を下げて、心からのお礼をしていた。

こんごうは、喧騒が収まった頃を見計らい

「さて、最後の一仕事よ! 各分隊毎に集合。残弾返還作業はじめ!」と号令を掛けた。

「はい! こんごう隊長!」と一斉に返事があった

格納庫内に置かれたテーブルに各分隊毎に集まり、装備品を紐解いていく。

未使用の小銃弾をマガジンから指定の弾薬箱へ戻す。

カチャカチャとマガジンから1発づつ丁寧に抜いて行く。

それを武器庫担当妖精達が回収する。

後日残弾数を確認して報告するのだ。

その他の手榴弾。信号弾などの装備品も全て、武器庫担当へ返却して、小銃、拳銃の点検を行い残弾がない事を確かめていく。

たった1発の実弾でも回収し忘れれば、事故の元だ!

こんごうも、すずやも自分の使った銃器の残弾を所定のケースへ返却していく。

弾薬をマガジンから抜く作業をしているこんごうへ陽炎が、

「こんごうさん。 今回は本当にありがとう」と声を掛けた。

すると こんごうは、

「いえ、陽炎教官。私達は“やるべき事をやるべき時に行った”までです」

陽炎は、

「また自衛隊の皆に借りができたわね」

すると こんごうは、少し考えて、

「私達は、未来の貴方に育てて頂きました。これはある意味恩返しです」

「でも、それは私ではないわよ」と陽炎が返したが、こんごうは、

「ええ、そうです。でもそれでいいです」

「えっ、なぜ?」と聞く陽炎

こんごうは、手を止めてじっと陽炎を見て

「多分、彼方の世界の陽炎教官は、私達が此方へ飛ばされる事をだいぶ以前から知っていたのだと思います。だから自分達に厳しい教練を課した。この世界で生き残れるようにと」

じっと聞く陽炎。

こんごうは続けて、

「私達がいま、こうして生き残っているのは、彼方の世界の陽炎教官、そして皐月教官や士官学校の校長の厳しい指導のおかげです。その教練の成果をこの世界で皆の為に使えるならそれでいいんです」

そう言いなら再び、弾薬を抜き始めた。

陽炎は、

「私の責任も重大ね。必ず生き残ってこんな立派な“艦娘”を育てないといけない」

こんごうは笑顔で

「期待していますよ、陽炎教官」と答えた。

 

こんごうの横へ副長が立ち、

「艦長。お帰りなさい」と声を掛けた。

「うん、只今。負傷者の状態は?」

「はい、先程見て参りましたが、医務官によると、弾は貫通しており、骨に異常はなく、このまま泊地の施設で療養すれば問題ないとの見解です」

「そう! 良かった」と顔を明るくする こんごう

副長は、

「本艦とひえいは、このまま旗艦いずもへ合流し、パラオへ帰還します」

「航海上の問題は?」と こんごうが聞くと、

「いえ、対空、対潜とも いずもより支援航空隊が出ております。後数時間以内に合流できます」

「分かったわ、暫く操艦指揮をお願い」

「はい。艦長」と敬礼しながら格納庫を離れる副長

後部ヘリ甲板では、こんごう達を搬送したオスプレイが燃料給油を終わらせ、いずもへ帰還する為再び発艦して行く。

それを飛行科や特戦隊員妖精達が帽フレで見送っていた。

機体を翻して帰還するオスプレイ“キャリア01”

 

弾薬の返還が終わった特戦妖精から順次、控え室へ向う為装備を抱え格納庫を出ようと通路へ向うと、通路へ通じるドアの前で、トレーを持った二士の海自隊員妖精が待っていた。

「皆さん、お帰りなさい」と一礼し、特戦妖精達へそれぞれの私物の入ったトレーを渡していた。

セイバー分隊長こと、第一分隊長は、

「おっ、若いの。帰ってきたぞ!」と言い、自分のトレーを受け取った。

「はい! ご無事でなによりです! お風呂をご用意しています。皆さん順次入ってください」と元気に答えた。

「おっ、そりゃ有難い」と言い、笑顔でトレーを受け取り、その中から階級章とネームパッチを胸に張り最後に肩に国籍章の“日の丸”を貼った。

分隊長はそっと日の丸のパッチを撫でながら、

「やはり、ここにはこれだな」と言いながら、部下たちと控え室へ向った。

 

こんごうは、すずやと陽炎を伴って艦娘居住区へ入った。

こんごうの私室、すずやの艦娘居室がある区画だ。

廊下を歩く、すずやへ向い こんごうは

「今日の午前中は、勤務は無いから。ゆっくりしていいわよ」

「えっ!」と驚くすずや

すると こんごうは、

「きちんと休んで、頭をスッキリさせて、次の仕事にかかるわよ!」と すずやを見た。

「はい、マーシャル諸島作戦ですね」

横に並ぶ陽炎も、

「私の艦も電探と新型の射撃指揮装置を装備したし! 一暴れできそうね」

「陽炎教官は私達と先発して、トラック、マーシャル諸島間の敵潜水艦の殲滅作戦を行います」

「げっ! また長波と組むの?」

「はい」と こんごうは笑顔で答え、

「長波さんの夕雲型は、改陽炎型ですから、戦隊を組みやすいという事です」

「まっ、何とかするか」と答える陽炎

「すずやは こんごうさんの下で、お勉強ですか?」と聞くと、

「ええ、新しい分野を勉強してもらいます」

「新しい分野?」と首をかしげる すずや

「そう。機雷掃海」

「機雷!」と声を上げる すずやと陽炎

こんごうは二人へ向い、

「人質がいるマジュロ沿岸には、艦艇の接近を防ぐ目的で、機雷が敷設されている事が分かっています」

「そうね。白露達が数回鼠輸送を実施したけど、そのせいで島に接近できずに思ったほど効果が出てないって聞いたわ」と陽炎が補足した。

「はい、まあそのせいで深海棲艦自身も島に近付けないまま遠巻きに監視している事はトラックからの資料で分かっています」

すずやは

「何か間抜けな話ですよね。島を占領する為に回廊の一つでも作っておけばいいのに」

すると、こんごうは、

「そうかしら? もし最初から占領する気が無くて、包囲する目的なら?」

「包囲?」という陽炎

「ええ、マーシャルはトラックまでおよそ2000kmです。十分航空攻撃が可能な範囲、そんなとこに深海棲艦が前線拠点を築くとならば、何らかの保険がいるはずです」

すずやは、

「じゃ、マジュロの島民たちは最初からその保険という訳ですか!」

こんごうは、

「ええ多分ね。由良さんに頼んで、その時の戦況報告書をトラックから取り寄せてもらって見たけど、手際が良すぎるわ」

すずやは、

「では艦長、すずやの任務は、その島の周囲に敷設された機雷群の除去ですか?」

「そうよ。改修された すずやさんの艦は大型のヘリ甲板をもつわ、この艦の倍はある大型の甲板よ」

「完成予想図みましたけど、あそこまでくると、末っ子の伊吹みたいになりますよ!」

「ふふ、軽空母?」と こんごうが笑いながら話したが、すずや本人は

「すずやは、元は重巡、今は護衛艦です。戦闘艦です!」

とややむくれて、

「空母じゃ砲は撃てません!」

「あら、その言葉。鳳翔さんが聞いたら怒るわよ」と陽炎

「ううう」と唸る すずや

そして、

「鳳翔さんは、散弾砲弾搭載で対空値上がりましたけど、赤城さんなんか20cm砲撃ってるとこ見た事ありませんよ!」と すずやがまくし立てた

こんごうは、

「まあ、うちの あかしに言わせれば、“あのケースメイト砲は廃止して両舷にCIWSを装備するほうが、絶対いい”とか言っていたけど」

そう言いながら、

「すずやさんには、新型の対潜ヘリと航空掃海具が搭載される予定よ。マーシャルには艦は間に合わないけど、新型のヘリは梱包を解くそうだから、私か瑞鳳さんに搭載して、その運用を勉強してもらいます」

「へへ~! 新型ヘリ!」と嬉しそうな すずや

「すずやさん、機雷掃海は地味な作業ですが、その作戦貢献度はすさまじいものです。

機雷1つで作戦が大きく変わる事もあります。心してくださいね」

「はい! こんごう艦長」と元気に返事をする すずや。

 

すずや達の居室の前までくると、こんごうは、

「副長が、お風呂沸かしてくれているそうだから、先に入ってね」

「えっ! こんごう艦長こそ先に!」」と すずやが言い、陽炎も

「一番活躍した こんごうさんが先に入らないと」と続けたが、

「御免、まだちょっと色々とね」と言い、手を合わせた

「それでは、お先に頂きます」と言い、すずやと陽炎は居室へ消えた。

こんごうはそのまま、歩き、自分の私室へ入る。

ドアを閉め、部屋の電気を点けた。

小さな洗面台の前まで行き、顔を洗い埃を落とした。

じっと洗面台の鏡に映る自分の顔を見て

「酷い顔」と呟いた。

汗と埃で、顔や髪は埃まみれである。

そのまま机に行き、深くリクライニングシートに腰掛けた。

 

「ふう」

 

深く溜息を洩らした。

リクライニングシートに背を預けながら、目頭を摩った。

「ダメね。また戦闘中に意識を失うなんて」

そう言いながら、時計を見た。

既に現地時間の午前3時を回っていた。

机の上のパソコンを起動し、ポケットからインカムを取り出して、

いずも副司令のプライベート用の通信回線を呼び出した。

暫くすると、パソコン画面上に いずもが映し出された。

画面越しに いずもを見ると、そこは総合作戦指令室ではなく いずもCICの指揮官席であった。

 

「こんごうです。お時間よろしいでしょうか?」と こんごうが話を切り出した。

すると、

「ええ、いいわよ。報告なら後でもいいのよ」

「はい、一応ご連絡だけでもと思い」

「戦況推移については、此方でも記録しているわ。文書報告はパラオ泊地へ帰還した後で提出しなさい」

「はい」と返事をする こんごう。

続けて、

「負傷者を1名出してしまいました。それに戦闘中に指揮官である自分は、不注意で気を失い、指揮に混乱を招きました。」

いずもは、そっと優しい眼で、

「そこが、貴方の良い所でもあり、最大の欠点ね」と言い

「こんごう。今回の作戦は50名近い敵勢力を実質18名の隊員で制圧するという作戦です、おまけに相手のボスは死霊妖精。通常弾の効かない相手。霊力で封じ込めるしか有効な方法がないのが実態です」

「はい」と静かに答える こんごう。

「幾ら奇襲作戦とはいえ、此方が不利であった事には変わりはありません。そのような状況の中、負傷者1名で済んだ事は幸いです。負傷の度合いも銃弾貫通という事ですし」

「しかし、貴重な特戦隊員妖精を負傷させたことは」と こんごうが言いかけたが、いずもは

「いい こんごう。貴方は指揮官です! 悔やむより前を見なさい」と厳しく言い放っいた。

「はい。心します」

いずもは、

「貴方は長年、金剛家の家長候補として、厳しい教練を受けてきました。責任感が強い。逆に言えば、何でも自分でしょい込む癖があります」

じっと聞く こんごう

「もう少し仲間を頼りなさい」と優しく諭した。

「はい」

「それに、今回戦闘中に意識を失った事については、不可抗力です」

「しかし!」と こんごうは身を乗り出したが、

「ねえ、こんごう。どこまで記憶がある?」と いずもに聞かれた。

「はい、フィールド展開して、死霊妖精の霊体を確保。圧縮する所位までです」

いずもは、手元の機材を操作して、

「その後、急に意識が遠のいた?」

「はい、副司令」

「これを見て、こんごう」

そう言いながら、こんごうのパソコンへデータを送信した。

そこには、こんごうの艦霊波の観測データが表示されていた。

いずもは、

「これは、今回の作戦中の貴方の艦霊波を測定したものです。降下前から突入まで終始安定しています。普通の艦娘なら戦闘でかなり波形に乱れを生じますが、こんごう、貴方はその乱れがない。流石です」

「はい、ありがとうございます」と答える こんごう

「問題はこの後よ、急に波形が大きく振れているわ。丁度フィールド展開をしたあたりね」

「はい副司令、フィールド展開には一時的に艦霊波を増幅させる必要があります」

「ええ、この振れはフィールド生成時の振れよ。でもその後」と言い、画面を指さした

そこには、急に波形が大きく変わり、複数の波形が現れた!

「こっ! これは?」と聞く こんごう

「丁度、貴方の意識が無くなる頃の波形ね。本来の貴方の波形に複数の別の波形が折り重なるように同調して、共振しているわ、そして」と言い、波形の変化を見た。

すると複数の艦霊波は、完全に同調し、共振して以前の数倍の波形となり、画面の表示域を飛び出した。

声を失う こんごう

「こんごう。これはあくまでも推測の域だけど、意識を失ったのは貴方のせいではなく、他の艦霊波の影響を受けたと考えるべきなの」

「他の艦霊波ですか?」

「ええ、いいこんごう。貴方のその精神感応用ブレスレットは他の艦娘達とは違い、貴方本来の力を抑制するように調整されているわね」

「はい」と答える こんごう、続けて

「自分の艦霊波は不意に乱れる傾向がある為の処置です」と答えた。

いずもは内心

“本当は超大な艦霊波を押さえる為なのだけど”と思いながら、

「貴方の波動に反応する別の波動があり、今回はそれらの波動が複合的に重なりあって超大な波動を生み出したと推察しているわ」

「別の波動?」

「そう、詳しい事は泊地へ戻って、はるなや あかしと検討します。こんごう、艦隊合流後の指揮は私がとりますから、今日はゆっくり休みなさい」

こんごうは、少し悩んだが、

「はい、ではお言葉に甘えてそうさせて頂きます」

いずもは、

「すずやさん達は?」

「はい、いまお風呂へ行かせております」

「貴方もゆっくりするのよ。帰ってきたら次はまた戦場行きになるわ」と いずもの表情が厳しくなった。

「具体的な指示が出たのですか!」と こんごうが聞くと、いずもは

「いえ、まだよ。でも作戦案自体は具体性を帯びてきたわ。帰還後、私と司令がトラックへ打ち合わせに行くから、その後直ぐに作戦が始まると思って」

「はい、こちらの作戦については、複数想定しておきます」

「お願いね、こんごう」と言い いずもは、

「じゃ、こんごう。おやすみ」

「はい、副司令」と静かに返事をして通信を切った。

 

インカムを机の上に投げ出して、両手を組んで背伸びをする。

「う~ん!」とつい声が出た。

ふと、机の上の自分の私用のタブレットのメール受信ランプが点滅しているのが分かった。

「誰だろう? はるな達なら戦況みてるはずだから、いちいちメールして来ないし」と思いながら、タブレットを取って、画面を起動し、メールを開くとそこには数通の新着メールが、全てトラックの“金剛”からである。

一通づつ開いて中を見ると、最初は「今回の作戦を三笠士官室で山本長官や三笠様達と見ています! fightデス“」とか、「ひえいちゃんは、ドコデスカ?」とか、

「そんなに高い所から、飛び降りてダイジョウブデスカ」とか?

色々と短いメールが来ていた。

たぶん、自分がこの端末を艦内に置いていっている事を知らなかったようだ。

最初は、漢字と平仮名とカタカナの混じった金剛独特の文章であるが、後半のメールになると、だいぶ慌てているようで、

「こんごうちゃん ダイジョウブデスカ」と完全に平仮名とカタカナだけになった。

たぶん慌ててメールしたに違いない。

慌ててメールする金剛お姉さまの姿を思い浮かべながら、少し笑いを堪え、

「心配かけちゃったかな」と思いながら、金剛お姉さまへ、

「無事任務達成し、すずやさん達と先程帰還しました。こんごうは大丈夫です」と短く返信メールを送信した。

メールは艦内サーバーを通じて、いずもからパラオ、そしてトラックの戦艦金剛の艦内サーバーへ送信され、金剛のタブレットへ表示されるはずだ。

ただ、まだ通信回線が細いので戦術情報が優先される。

「多分、今頃は夢の中かな?」と思いながら、机の上にタブレットを置いた。

 

室内にドアがノックされる音が響いた。

「すずやです! 入ってよろしいですか?」と外から すずやさんの声がした。

「どうぞ!」と返事をすると、ドアが開き、すずやが入ってきた。

いつも着ている寝間着代わりの艦内服を着て、お風呂上りなのか少し頬が赤かった。

「お風呂お先に頂きました!」

「陽炎教官は?」

「はい、先に部屋へ戻っています」

こんごうは、それを聞くと、

「よし、じゃ私も入ろうか」と言い、着替えを持って席を立った。

すずやの前までくると、

「今日は、ゆっくりやすみましょう」と言い、部屋を出た。

そっと廊下を歩く こんごうの後ろ姿をじっと すずやは見送っていた。

 

 

駆逐艦曙では、妙高が操艦指揮をとりながら、商船改造の海防艦を従え、一路ルソン中部警備所のあるマニラ湾を目指していた。

艦橋は、赤色照明が灯り、夜間航行用の灯火を点灯していた。

艦長席に座る妙高は、曙副長へ、

「少し、曙の様子を見てくるから、操艦指揮をお願いできる?」

「はい、妙高秘書艦」と返事をして、

「操艦指揮承りました」と答えた。

妙高は、席を立ち居住区内の艦長室へ向った。

狭い艦内の通路では、所々に兵員妖精達がいたが、皆妙高の姿を見て、安堵の表情を浮かべていた。

「もう少し、私達が早く気がついていれば、ここまで苦しめる事もなかったのに」と妙高は思いながら、艦長室のドアをノックした。

「妙高です」と言うと、中からそっとドアが開いた

駆逐艦曙の軍医が立っていた。

「どうぞ、お入りください」と、妙高を招き入れた。

「どう? 具合は?」と妙高が聞くと、

「はい、余り変化はありませんね。よく寝ています」

妙高はそっと曙の顔を覗き込むと、少し表情が動いた。

「うっ、ううう」と声を出し、少し体を動かす曙

 

「曙、聞こえる?」とそっと妙高が声を掛けた。

ぴくんと眉が動いた。

そっと瞼が開く。

「あ~」となんとも言えない声を出しながら、曙はそっと起き上がって、

「あれ? 妙高さんが居る」と小さな声で良い、

頭をゆらゆらと左右に少し揺らしながら、

「おはようございます」と寝ぼけながら挨拶した。

 

「おはよう、曙。気分は?」と聞かれ

ややぼ〜とした表情のまま

「少し頭が痛いです」と続けて、周囲を寝ぼけまなこで見回して

「あっ、私の部屋だ」とようやく意識が覚醒しはじめた。

暫し、ぼ〜としながら急に、

「みょ!妙高さん!!」と慌てて声にだした!

「えっ! ここは?」と周囲をキョロキョロと見回す曙

妙高は優しく、

「貴方の艦の、貴方の部屋よ、曙ちゃん」

「えっ、えっ」と暫しキョロキョロして、そして

「そうだ! 鈴谷さんは! 陽炎は!」

と周囲を見回した。

妙高は、そっと曙のベッドサイドに腰を下ろし、

「ねえ、曙ちゃん何処まで記憶があるの?」

すると、曙は

「えっと・・・・」と考えて、

「哨戒任務が終わって、警備所へ帰って、・・・あの忌々しいクソ司令に、文句を言って・・・」と言い、

「桟橋の自分の艦に帰ったら、いきなり陽炎と・・・あっ!」と言い

曙は妙高の顔を真剣に見て、

「妙高さん!!! 鈴谷さんに逢いました!! 鈴谷さんです!!!」と慌てながら妙高の手を取った。

妙高は、そっとその手を握りながら、じっと曙の目を見て

「いい、曙ちゃん、貴方は昨夜“ルソン北部警備所には帰っていない”」

「えっ! どういう事ですか?」

すると妙高は、

「貴方の艦は、ルソン北部警備所のあるアパリ近郊の沖合で“機関不調”の為一時的に沖合に停泊したの、修理の為、中部警備所から海防艦が出て貴方を曳航して翌朝、中部警備所へ入港した」

「ええええ!!」と声に出す曙

妙高は、

「ねえ、曙ちゃん。陽炎ちゃん達に何と言われたか覚えている?」

曙は少し考えて、急に、

「妙高さん!! 大変です!! あの警備所、深海棲艦の悪霊妖精に占領されています! あのクソ司令も悪霊妖精の偽物です!!!」とぐっと妙高の腕をつかんだ!

「ええ、私もうちの司令からそれを聞いてびっくりしたわ。でも安心して、あの悪霊妖精達は、海神の“光の巫女”が征伐してくれたわ」

 

曙は、目を白黒させて!

「妙高さん! 今“光の巫女”って! あの海神の七人の巫女ですか!!!」

すると妙高は、落ち着きながら、

「ええ、私もその艦を見たわ! もう信じられないという他はないわね」

ベッドの横に立つ軍医も、

「艦長! 自分を含めこの艦の乗員妖精が皆見ました! あの艦こそ“光の巫女”の艦に間違いありません!」

曙は、

「では、あのクソ司令の悪霊妖精は!」

「ええ、パラオの特務艦隊“光の巫女”が成敗したわ」

「特務艦隊“光の巫女”」と呟く曙

妙高は、

「私も詳しい事は聞いていないの。でもパラオ経由で、特務部隊が北部警備所を占領している深海棲艦の悪霊妖精部隊を殲滅すると連絡を受けたの。そして貴方を保護するとね」

「私を保護?」

「ええ、貴方を保護した後、あの警備所にいる悪霊妖精を殲滅したという事よ」

曙は、

「じゃ! 私が見た陽炎や鈴谷さんは!」

「ええ、特務艦隊に協力していたということね」

と妙高は静かに答えた。

妙高は、そっと曙の頭を撫でながら、

「曙ちゃん。今はゆっくり休みなさい」

「妙高さん!」とじっと妙高を見る曙。

ふと、曙は自分の制服のポケットに何か押し込まれているのに気が付いた。

そっと取り出してみる。

白い小さな紙袋だった。

そっと中を開けた。

中には見た事の無い透明な包装紙に包まれた小さなクッキーと手紙が入っていた。

そっと手紙が取り出して、開いた。

そこには、鈴谷の字で、

 

曙へ

私は元気で、今“光の巫女”の元で勉強しています。

艦も改修工事で、新しい“護衛艦”という艦種になります。

でも、私は私です。

次に逢う時は、護衛艦すずやとして、新しいすずやを見てください。

クッキー作りました

これを食べて元気だしてね!

 

貴方の親友、すずや

 

 

曙はそっと手紙を置き、袋の中から小さなクッキーを取り出した

形が不揃いなクッキー達

たぶん、鈴谷さんが全部手作りしたのだろうと考えた。

静かに、透明な包装紙を開いて、そっと口の中へ放り込んだ

ポリポリと嚙みしめてみる。

口の中に甘いバターの香りが広がった。

 

「美味しい!」

 

妙高は、そっと曙の髪を撫でながら、

「もう大丈夫よ」と呟いた

頭を妙高に預けながら、曙は

「はい」と小さく頷いた。

 

窓から見える水平線に光が走り、静かに闇夜を明るく染め始めた。

「夜明けね」と妙高が窓を見ながら、囁いた。

 

 

朝焼けを浴びる日本帝国海軍フィリピン自治区北部警備所の門を数台の軍用トラックと1台の乗用車が通過する。砂煙を立てながら進み、司令棟の前までくると、ブレーキ音を響かせながら急停車した。

即座に後部の荷台から、大勢の日本海軍の兵士が降りてくる。

皆、手に38式歩兵銃を持っていた

軍用トラックの助手席から降りてきた、中年の男性

しっかりとした体格で、髪を短く切りそろえて海軍陸戦隊の制服を着ていた。

その男性が、大声で

「第1分隊、第2分隊は司令棟の捜索!! 第3分隊は貨物船だ! 他の分隊は周辺を捜索しろ!」といい、自らも腰のホルスターから南部十四年式拳銃を取り出し、スライドを引いた。

「伏兵に気をつけろ! よし! 散れ!!」と号令を掛けると、一斉に兵員が各捜索地点へ向う。

乗用車の運転席からは、白い帝国海軍の制服を着た一人の男性が降り、先程の中年の男性の隣へ立った。

「済まんな おやっさん! 朝早くから皆を連れだして」とその制服を着た男性が言うと、

「中部司令。これはいったい」と、“おやっさん”と言われた兵曹長は警備所を見回した。

すると、ルソン中部警備所司令は、

「何者かに襲われたみたいだな」とまるで他人事の様に言い放った。

「と、いう事にするのですか?」と兵曹長が再び聞くと、

「まあ、そういう事だ。皆への緘口令は?」

「はい、既に言いくるめてあります」

 

中部警備所司令と兵曹長は、そろって管理棟の方へ歩き出した

管理棟の前までくると、壁面の窓を見上げた。

ガラスが1枚だけ割れている。

足元を見ると、複数の足跡が分かる。

そっと兵曹長へ、

「どれ位の人数だと思う?」と聞くと、同じように足元の靴跡を見て、

「10人未満って所ですか?」

「ああ、そんなに数がない。少数の分隊規模だ」と言い、入口のドアへ向った。

ドアの前には、既に歩哨が立ち、三八式歩兵銃を構えながら周囲を警戒していた。

歩哨の横には、第1分隊長が待っていた。

中部警備所司令の前にくると、

「報告致します! 内部にいたと思われる警備所要員。並び北部警備所司令の死亡を確認しました。」

すると中部警備所司令は、

「賊の亡骸は?」

「はい、ありません!」

兵曹長は、

「本当か! 向こうの死亡者が見当たらないとは!」

「はい。全員この警備所の要員です」と第1分隊長が答えた。

中部警備所司令は、

「済まんが中に入るぞ」と言い、ドアをくぐった。

一番手前の部屋 兵員控え室

ドアノブは粉々に砕けている。

兵員が、椅子でドアを固定して閉まらないようにしていた。

司令が中に入ると、そこには数名の死体があった。

ある者は、机にうつ伏せになり、ある者は床へ転がり、ある者は壁面にたたきつけられて、無数の血痕を残していた。

司令は遺体の一つへ近づくと、そっと両手を合わせて合掌し

「来世は、正道を歩む事を切に願わん」と唱えた。

同室の兵員達も司令に合せ合掌した。

それが終わると、部屋の中に小さな筒の様な物が落ちていることに気が付いた。

触ろうとしたが、急に兵曹長が!

「司令! 御止めください! 手榴弾かもしれません!」と手を遮ったが、

「使用した後のようだ」と言い、そっとそれを持ち上げた。

じっとそれを見たが、一切の表示がない、単なる筒のようだ

微かに、何か燃えた匂いがした。

それを手に持ったまま、死体を見て

「どう見る兵曹長」と、目を厳しくして聞いた。

「はい。非常によく訓練された襲撃犯です。そんじょそこらの物盗りやくざの仕業ではありません」と言い、壁に寄り掛かる死体を指さし

「例えばあの死体ですが、胸と、頭部に2発づつ銃撃されています。多分最初に面積の大きい体の中央を狙い動きを止めた後、頭部を撃ち止めを刺した」

続けて

「確実に仕留める為に、同一ヶ所に2発撃ちこんでいます! 襲撃しているとはいえ、混乱する室内でどうやったらそのような正確な射撃ができるのか、不思議でなりません!」

兵曹長は、さらに、

「自分達の持つ三八式歩兵銃は槓桿(こうかん)を操作しなければ、撃つ事ができません! 米軍の自動小銃は単発ですが、その操作がいらず早く撃てます。しかし、それでもこれだけの弾数を即座に撃ちこむ事ができるか、疑問です」

兵曹長は、床に落ちた空薬莢を拾い、

「それにこの弾ですが、米軍の弾より一回り小さいです、多分5mmちょいというところですか?」

「流石だな」と言い、

踵を返しながら、兵員待機室を出た。

そのまま廊下を歩き、通信室を見ると、そこには通信機に向い、倒れ込むようにこときれている二人の兵員

後方からそっと近づくと、通信機の横には、配下の第1分隊長が、机の上の書類を覗いていた。

「どうだ?」と中部警備所司令が声を掛けると、

「これを」と、数枚の紙を渡した。

それを受け取る中部警備所司令

「何かの乱数表か?」

「はい。日本海軍の乱数表ではありません」と第1分隊長が言うと、

「すまんが、この部屋にある全ての書類は回収する。一枚たりとも残すな」と司令は命じた。

「はい!」と敬礼しながら答える分隊長

再び、部屋を出て一番奥の司令官室へ向う。

部屋の前までくると、ドアは粉々に砕かれ、原型を留めていなかった。

「凄いな」と砕かれたドアをそっと開けた。

床に、ここの副官が倒れていた。

鮮血が見てとれる。

そして、壁には、北部警備所司令だった男の亡骸だ

 

兵曹長は、

「司令! この北部警備所司令の死体だけおかしいです」と声を出した。

「ああ、分かるか」

「はい、この死体は数時前に死亡したものではありません。血の色や肉体の腐敗度合からだいぶ以前に死亡していたものなのでは?」

中部警備所司令は、そっとその亡骸を見ながら

「奴は、どうやら死霊妖精に乗っ取られていたようだ」

「悪霊ではなく、死霊妖精ですか!」

「そうだ、悪霊妖精は生きた人間の魂を浸食して乗っ取る。即ち憑依する肉体は生体である事が条件だ。しかし死霊は、死んだ人の残存思念を乗っ取ると言われている」

「厄介ですな」と兵曹長が言うと

「そうだな、悪霊妖精は、憑依した肉体が死滅すれば憑依が解け、天界へ転生する。しかし死霊妖精は死体だ、死体をいくら撃った所で効果がない」

「はい。死霊妖精との対峙は我々人は原則禁止されています。それが出来るのは術者である陰陽師か、高位の艦娘達位です。この近辺ならパラオの彼か三笠様、横須賀の海軍神社の大巫女様配下の巫女達位です」

司令は、

「そうだ。当初ここの事が分かった時。我々が殲滅する予定だった。しかし、死霊妖精がいる可能性がある事が分かり、急遽変更になった」

兵曹長は、

「では、パラオ陸軍の彼が今回の作戦を?」

「いや、陸の陰陽師部隊とは情報交換だけで、始末は俺達海軍の仲間らしい」

「“らしい”ですか? 司令」と兵曹長が聞くと、

「ああ、俺もそれ以上の事は聞いていない。」としらを切った。

中部警備所司令は、床に落ちたすずやが落とした9mm拳銃の空弾倉を拾い上げ、

「済まんが、奇襲した者の残留品は全て回収して、妙高に預けてくれ。それと、警備所要員の遺体は、もうすぐ下の村から応援が来る。彼らと外の広場で荼毘にふしてくれ。」

「はい」と答える兵曹長。

「丁重にな」と司令は付け加えた

中部警備所司令は、壁に横たわる元北部警備所司令の遺体を見ながら、

「しかし、まあよく撃ちこんであるな」

「ええ、ざっと見たところ、18発近く撃ちこんでありますね。ご丁寧に足や腕、頭部が致命的ですか」と兵曹長が言うと、

「いや、死霊妖精は実体弾は効かない。もし効力があるとすれば大巫女様が研究されている術式を埋め込んだ弾だが、まだ実用化にほど遠いと聞いた」

続けて、小さな声で

「彼女、よっぽど恨みがあったな」と呟いた

部屋を出て、再び、司令部棟の外へ出ると、

貨物船を捜索していた第3分隊長駆け寄り

「司令、貨物船内捜索終了しました。全員死亡です」と短く報告した。

兵曹長が

「分隊長、済まんが遺体の処理と始末をする」

「はい!」といい貨物船へ戻って至った。

中部警備所司令と、兵曹長が歩きながら、

「司令、そう言えばここを監視していた米軍の情報員は?」

「ああ、奴か。昨晩、賊に襲われて身動きが取れなくなったが、今朝たまたま近くを通りかかった村の村長が見つけて米軍に通報したみたいだぞ」とニンマリと笑うと、

「“たまたま”ですか」とこちらも笑いながら答えた。

「さあ、米軍の横槍が入る前に片付けして、痕跡を一切消してしまうか」

「はい。司令」と兵曹長が答えた。

中部警備所司令は、振り返りながら司令棟を見て、

「堀司令、仇は鈴谷がしっかりと討ちました」とそっと呟いた。

 

 

一路 パラオへ向けて帰還する自衛隊艦隊

露払いは、こんごう、次艦はいずも。殿は ひえいの単縦陣で、航行を続けていた。

既に夜は明けて、艦内では総員起こしが掛かり、朝の課業が始まっていた。

一応、警戒態勢を敷いているとはいえ、脅威目標がほぼ無く、通常の対潜警戒で対応していた。

上空には、既に いずもよりロクマル部隊が発艦し、周辺海域の警戒に当たる。

また昨晩より、E-2Jも継続して監視業務を行っているので、いきなり航空機や潜水艦に襲撃されるという事はないが、念には念を入れよという事であった。

そして、こんごうはというと、夢の中・・・ではなかった。

習慣とは末恐ろしいもので、どんなに疲れていても、その時間が来るとしっかりと目が覚める。

今朝、お風呂に入ってベッドに潜り込んだのは既に午前4時近かった。

即座に睡魔に襲われたが、結局総員起こしが掛かる10分前にはしっかりと目が覚め、無意識のうちに顔を洗い、意識を覚醒させて、身支度を整え、室内を清掃して課業の準備に入った。

鏡の前で、濃紺色の艦内服を着ながら こんごうは、

「やっぱりこっちの方が落ち着きがあって、“自衛艦娘”って感じよね」と言いながら、髪をといた。

実は、こんごう達にはこれ以外に海自陸戦要員用にデジタル・ピクセル・パターンの迷彩服が支給されている。

これは、米軍などと共同訓練する際に、相手の艦に乗り込んだ時、自衛艦娘だけ単調な艦内服ではという事で支給されたが、逆に自分の艦では完全に浮いてしまうので、普段は着た事がない。

因みに こんごうは、以前在日米軍と共同訓練をした際、相手の艦に挨拶へ出向いたが先方の艦長から、

「こんごう艦長! 日本のフリートガールは巫女服で操艦指揮をするのではないのか?」と聞かれ目まいを覚えた。

おまけに、

「聞いた所では、“ギソウ”という艦の装備を模した物背負っていると聞いたぞ?」と聞かれ、内心

“一体誰がそんな変な艦娘文化を広めたの?”と聞き返したい気分であった。

 

身支度を終え、廊下に出ると丁度 すずやと陽炎が部屋から出てくる所であった。

「あっ、おはようございます。こんごう艦長」と すずやがいつも通りに明るく挨拶し、

「昨日はお疲れ様。こんごうさん」と陽炎も朝の挨拶をしてきた。

「おはようございます。お二人ともまだ寝ていてよかったですよ」と こんごうが言うと、

「目が覚めちゃいました」という すずや。

陽炎は、

「私も、習慣って怖いわね」と言いながら、

「折角、最新鋭艦に来ているから、色々と勉強したいしね」と言い、手に持ったレーダー取り扱いの初期教育課程の教本を指さした。

こんごうは、そんな二人を見ながら、

「じゃ、しっかりと朝ご飯を食べて、鋭気を養いましょう」と言い、率先して幹部士官室へ向った。

廊下に、こんごう達の足音が響いていた。

 

 

トラック泊地 ヒトゴウマルマル(15:00)

こんごう達がパラオへ向け帰路の航海を続けている頃、ここトラック泊地の戦艦大和艦内の会議室では、山本長官、宇垣参謀長、黒島作戦参謀などの連合艦隊の錚々たる首脳部、そして航空戦隊長官の南雲、二航戦の山口少将などの各戦隊指揮官。

そして、三笠を筆頭に大和、長門、扶桑、金剛、赤城、飛龍などの主要な艦娘達

末席には、大本営を代表して、軍令部将校と、参謀本部将校が出席していた。

会議室の正面には黒板が用意され、トラックからマーシャル諸島までの海図が張られている。

またテーブルにも、同じように数枚の海図が並べてあった。

席の後方に待機する若手幹部達は、皆姿勢を正して、じっと会議が始まるのを待っていた。

大淀と、大和の妖精兵員が、手分けして居並ぶ幹部へお茶を配り終えた頃合いを見て、

作戦参謀の黒島が、静かに席を立ち

「では、これより軍令部より下命されております、マーシャル諸島解放作戦についての検討会を行います」と告げた。

黒島が、会議を進めようとした所、山本が手をあげた

「長官?」と黒島参謀が言うと

「済まん、会議の前に一言」というと、ぐっと末席に座る二人の大本営参謀を見て

「軍令部参謀、参謀本部参謀にお聞きするがよろしいか?」

すると、軍令部参謀は、

「はい、長官何か?」

「本日、君たちに来てもらったのは、本作戦において軍令部が我々に無断で、航空戦隊を動かそうとしていることについてだが、その意図はなんだね」

表情を厳しくする軍令部参謀。

慌てて南雲の顔を見たが、南雲は表情一つ変えず、じっと山本を見ていた。

軍令部参謀は、横へ座る陸軍参謀へ顔を向け、小声で少し話すと、山本へ向い

「はい、先般もお話いたしましたが、我等大本営では、既に陸海軍両総長の合意の元、マジュロ侵攻を決定しており、陛下へのご説明も終っております」

山本は落ち着いた表情で、

「それで?」と話を促した。

軍令部参謀は、

「上陸する陸軍部隊を、上空より擁護する必要があるため、直接一航戦司令南雲司令にお願いに行った次第です」

すると、山本は

「確認するが、それは軍令部がきちんと陛下に本作戦の趣旨をご説明し、陛下の御裁可を受け、なおかつ陸海軍指導部の意思決定の手順を踏んだということか?」

「はっ、はい」と答える軍令部参謀

山本は、

「では、なぜ軍令部は今回の作戦要綱に、きちんとその事を明記しないのか?」

「そっ、それは」と答えに詰まる軍令部参謀

横から、参謀本部将校が、

「今回のマジュロ侵攻は、我が陸軍の作戦。海軍の命令書に記載されていなくともおかしくはありません」

「そっ、そうです」と追従する軍令部参謀

すると山本は、

「ならば、その陸軍の作戦にいくら軍令部総長の意向をとはいえ、連合艦隊の虎の子の航空戦隊を勝手に動員するとは、どういう了見かな?」と鋭く睨んだ!

軍令部参謀は、

「山本長官! 我々は勝手になどと! きちんと軍令部、参謀本部の合同会議の席上にて、マジュロ侵攻は決定し、上陸する師団の擁護を軍令部総長が確約いたしております。これは軍令部の決定事項であり、統帥権を委託された軍令部総長の職権の範疇であります」

すると、山本は

「では、軍令部はこの件について 我々連合艦隊には口出しするな!という事だな」

軍令部参謀は、言葉を濁しながら、

「まあ、そういうことです」と答えた。

すると山本は、

「では、軍令部はこのマーシャル諸島解放作戦を放棄して、マジュロ侵攻作戦を優先するのか?」と問い詰めた。

「長官、どういう意味でしょうか?」と軍令部参謀が言うと、

「軍令部は我々連合艦隊司令部に対して、トラック泊地に在籍する艦艇、航空機を用いて、速やかに敵深海棲艦のミッドウェイ方面とソロモン方面の中継点である、マーシャル諸島の海域を開放せよと下命しておきながら、その海域開放作戦の主力艦隊である、航空戦隊を勝手に別行動させるということだろ? それでは作戦の成功は見込めない」そう言いながら山本は続けて

「あれも、これもと同時に複数の作戦をこなせる程、うちの南雲達は器用じゃない。どちらを優先するのか、ここでハッキリさせてもらいたい」

「そっ! それは!」といい言葉に詰まる軍令部参謀

すると、軍令部参謀の横に座る陸軍参謀が、

「ほう、では連合艦隊は航空擁護がないと、深海棲艦と戦えないとおっしゃるのですか?

こんな立派な大和や長門、金剛といった戦艦群があるではないですか! ここはぜひこの大和の力を見せて頂きたいものです」とやや声を荒げながら問い返した。

その問には、山本ではなく、山本の横に座る宇垣が、ぎっと陸軍参謀を睨んで

「いいか貴様! いくら大和や長門の防御力が超大でも、敵深海棲艦のヲ級艦載機の波状攻撃、そしてマーシャル諸島に近付けばマロエラップの敵陸上基地からの空爆を受ける! そうなれば、この大和とてもたん! 戦艦単一艦種で、戦場を渡り歩くなど,愚の骨頂だぞ!」と怒鳴り返した。

その言葉を聞いた南雲達幹部は一斉に驚きの声を上げた。

それも、その筈だ。

事ある毎に、航空主戦派の山本長官と戦術論で意見がぶつかる事が多い宇垣参謀長が、航空機の有用性を認めたのだ!

宇垣は続けて

「これからは、機動力の航空機戦力! 集中運用により敵地に対しての浸透打撃の戦艦群! この両面を上手く取り合わせた戦術が必要となる。お前達がしようとしているのは、戦力分散だ! これでは勝てる戦も負けてしまうぞ!」

すると陸軍参謀は、

「ほう、ではこの大和も敵航空機ごときに蹂躙されてしまうと」といい、なめる様に艦娘大和をみたが、当の大和は平然としていた。

山本は、

「航空機は単機なら、この大和にかすり傷一つ負わせることはできんだろう。しかしそれが10機、20機と膨れ上がり大軍となった時どうする?」

 

「蜂じゃよ」

 

それまでじっと黙っていた三笠が、口を開いた。

「たった1匹の蜜蜂なら、儂らの敵ではない、手で叩き落とせばよい、しかし、それが群れをなして、一斉に襲いかかった時、なんとする。ましてや蜜蜂のうちはまだよい、獰猛なスズメバチなら命に関わる」

黒島参謀が、

「後で詳しくお話しますが、マロエラップの敵飛行場に双発の爆撃機が配備されたとの情報が入っております」

「軽爆撃機ですか?」と南雲が聞くと

「数は少ないがB-25かA-20だと思われる」と宇垣が答えた。

どよめきが起こる。

宇垣は、

「その航空機が主力の艦隊に自分達の護衛を頼むんだ、その辺りも既に検討しとるんだろうな軍令部参謀!」と相手を睨んだ

山本は、軍令部、参謀本部の両将校へ向け、

「で、大本営はどうするんだい? マジュロをとってマーシャル諸島の開放を諦めるか、それともマーシャル諸島の海域解放後マジュロ侵攻作戦を実施するか、ここで決断してくれ」と迫った!

軍令部参謀は、

「マーシャル諸島の解放が優先です」と小さく答えた。

山本は、

「では、マーシャル諸島の解放作戦の後 制空権、制海権を確立後 陸軍主体のマジュロ侵攻作戦を実施するという事でいいのだな」

「はい」と答える軍令部参謀

横の陸軍参謀は顔を赤くしながらもそれに追従した。

山本は、続けて

「その陸軍主体のマジュロ侵攻作戦に、我々連合艦隊の航空戦隊を使う訳だが、きちんとした命令書を軍令部総長名で、発令してほしい」

すると、それには軍令部参謀は、

「それは、すでに総長から」と言いかけたが、山本が

「君が言うのは、これかい?」といいポケットから一通の手紙を出し軍令部参謀の前へ置いた。

それは、軍令部総長が南雲へ宛てた信書であった。

「いいかい、この文章には、正式に“軍令部総長として命ずる”という文言が一言もない。

あくまで、総長の私信の域を出ていない。これでは南雲達を預かる俺としては受理できないな」

「しかし、その私信は、総長の意向でありまして、軍令部の決定事項です」と軍令部参謀が返したが、

山本はやや語尾を強くしながら、

「いいか! 軍令部参謀! 俺達帝国海軍軍人は、陛下と国民を守る為に存在する。決して軍令部総長の私兵ではない! 俺達に唯一“死んで来い”と言えるは今上天皇のみだ! そこを履き違えるな!」と言い、

「こんな手紙一つで、陛下より預かりし赤城、加賀、蒼龍、飛龍、そして貴重な乗員妖精達、優秀な将兵達! 彼らに死んで来いといえるのか!」と軍令部参謀達を睨んだ!

頷く南雲や山口達。

 

「そっ、それは」と答えに詰まる軍令部参謀

山本は、

「マジュロ侵攻作戦を止めろとは言ってない! やるならきちんと陛下の御裁可を受けた“命令書”を持ってこいと言っているのだ!」

「しかし、それでは時間が足りません!」と軍令部参謀が反論したが、それには黒島参謀が

「現在の所、マーシャル諸島の解放作戦の開始まで1ヶ月ほどかかる予定です、先に制空海権を確立するなら、侵攻作戦まで1ヶ月半は掛かります」と補足した。

「十分だ、既に軍令部は陛下にご説明しているなら、参謀本部と連名で上奏し、正式なマジュロ侵攻の命令書を作成すればいい」と山本が問いただした。

顔を見合わせ、小声で話す大本営参謀達

「わかりました、正式な命令書を作成いたします」とだけ軍令部参謀が答えた。

 

三笠が、

「そういえば其方達は、パラオへの渡航を申請しておったな」

ざわめきが室内に起こった。

軍令部参謀が、

「はい、少々確かめたい事がありますので」と答えると、

三笠は、

「まあ、行くなとは言わんが、あそこの泊地には、今来客が来ておる」

「来客ですか?」と軍令部参謀が聞くと、

「ああ、我が国、いや世界にとって貴重な来客じゃ、失礼のないように。もし彼女達の機嫌を損ねるような事があったら・・・」

そう言葉を区切り、

「世界は終わりじゃな」と大本営参謀の二人を睨んだ

陸軍参謀は、

「三笠様も御冗談を」と笑ったが、他の参謀達の目は真剣であった。

“三笠様にそこまで言わせるのか! あの特務艦隊は” 南雲も内心そう思っていた。

 

話が、一区切りついた所で、黒島参謀が、

「では、本題のマーシャル諸島の解放作戦の検討を始めさせていただきます」と会議を始めた。

黒島は、

「まず、今回軍令部より、下命されております、マーシャル諸島の方面の開放作戦全般につきまして、以後“マ号作戦”と呼称します」

黒島は続けて、

「既に各戦隊には、軍令部よりの命令の写しを配布しておりますので、詳細は割愛いたしますが、連合艦隊が果たすべき役割は、まず敵深海棲艦マーシャル諸島分遣隊を速やかに同諸島より排除し、制海権、制空権を奪還する事。また深海棲艦太平洋中央艦隊とソロモン諸島分遣隊の補給路を分断し、オセアニア地域における我が軍の今後の活動を容易ならしめる事です」

黒島作戦参謀は、前方の海図を指揮棒で指し示しながら、説明をした。

「また、懸案事項であります、マジュロに取り残された邦人、現地島民、並びに少数ではありますが、陸海軍の守備隊とその軍属につきましては、マ号作戦開始前に、別動隊をもって、対応する所存であります」

すると、末席に座る軍令部参謀が、

「よろしいですか? 前回の会議では、別動隊をもって救助するとの事でしたが、その詳細は?」

すると、黒島作戦参謀は、

「はい、その件につきましては、前回も申し上げましたが極秘扱いとさせて頂きます。」とあっさりと切り捨てた。

黒島参謀は、

「マジュロの作戦につきましては、その内容から、隠密行動が前提となりますので、あえて当方から指示はせず、担当部隊へ一任させて頂きます。我々連合艦隊の作戦開始は、その担当部隊より、人質の確保が出来たとの連絡の後開始される事になります」

すると、参謀本部の陸軍将校は、声を荒げて、

「それでは、我が軍が実施する上陸作戦との連携が出来ないではないか!」

それには、黒島参謀が、

「はい、元々陸軍の作戦とは連携する事は考えておりません」ときっぱりと言った。

「どういう事だ!」と海軍軍令部の参謀も声を上げたが、

黒島は、

「作戦の順序でいけば、まずマーシャル諸島の周辺海域の対潜作戦、次に隠密行動での人質救出作戦、そして我が連合艦隊による海域開放作戦、その後制空海圏を確保した後、陸軍主体のマジュロ侵攻作戦となります」

すると陸軍参謀は

「何故 我が精鋭の陸軍師団を最初に使わん! あのような小さな島などあっという間に占領してみせるが!」と声を上げたが

山本が耐えかねて、

「陸軍参謀、そこがおかしいと言っとるんだ! 侵攻作戦ではなく、救出作戦でなければ、民間人の安全は確保できんぞ」

すると、陸軍参謀は、

「しかし、民間人の犠牲を気にしていては、戦は出来ん!」と“ダン”と手に持つ軍刀を鳴らした。

山本は、

「軍令部参謀! 確認するが、大本営は今上天皇陛下へ、今作戦をご説明した際、マジュロの民間人の事は何と説明したのだ!」と鋭く問いただした。

応じた軍令部参謀は、

「はい、そっ、それは・・・」と言い言葉を濁した。

山本は、たたみ込むように!

「大本営は陛下に、本作戦において、マジュロの残留者は全て守備隊であり、民間人、現地島民は避難して、作戦実行時に民間人に被害が出る事はないと説明したな!」と睨んだ!

それを聞いた南雲は、

「本当ですか! 長官!」

「ああ、ある筋からの情報だ! 更に陛下より、“残留守備隊の安全は確保する事”とお言葉を頂きながら、陛下に対しては、マジュロの山岳地帯へ撤退し、海戦、上陸作戦が起きても守備隊の被害はないと進言し、あまつさえ、上陸作戦があれば、敵背後から守備隊が襲いかかるであろうと言ったそうだな!」とぐっと大本営参謀達を睨んだ!

陸軍参謀は、やや表情をこわばらせながら、

「山本長官、一体どここらそのような戯言を」と反論したが、山本は、

「戯言か、俺の先輩でもあり、元連合艦隊司令長官は夜遊び好きだが、そんな戯言は言わん男だがな!」

「ぐっ! 海軍大臣か」と小声で応じる陸軍参謀

山本は、

「陛下はマジュロの残留民間人の数を過小に報告したという事で、陸海軍両総長を叱責なされ、再度両総長へ、“マジュロの残留の民間人、守備隊の安全確保を最優先にせよ”ときつく言われたと聞いているが、今までの陸軍参謀の話では、陛下のご意向は完全に無視されている。そこはどう説明するのだい?」と陸軍参謀を見た。

陸軍参謀は、やや言葉を選びながら、

「そっ、それは陛下に対しては、マジュロ侵攻作戦の成功のご報告をもって」

「島の占領と引き換えに一千名近い民間人と守備隊の骸を築き上げたと報告するのか!」と山本が睨んだ!

 

三笠は、じっと腕を組み、瞑目しながら黙っていたが、目を見開き、

「のう陸軍参謀、一つ老婆心から忠告しておく。ここは満州ではない。そなた達の勝手がまかり通る程、寛容な土地ではないという事を心しておくが良いぞ」

「どういう意味ですか! 三笠大将!」と陸軍参謀が声を張り上げたが、

三笠は、静かに落ち着き払い、

「そなた達陸軍は、マジュロ撤退の際、現地島民や邦人を見捨てて撤退したな。現地からの風の便りでは、その事で現地族長が大変立腹しており、再び、帝国陸軍が上陸すれば、叩き出すと残留陸軍守備隊に豪語しておるそうだぞ」

三笠は続けて、

「その様な状況も考慮せず、単に突貫上陸するなど愚の骨頂。深海棲艦の砲弾の前に、島民の放つ毒矢が飛んでくるな」と冷めた笑いを浮かべた。

山本は、

「大本営参謀達、君たちは一体なんの為にマジュロ侵攻をそんなに急ぐ?理由を説明したまえ!」と詰めよった。

すると陸軍参謀は、

「我が陸軍の権威回復です。深海棲艦の占領地域を奪還し国威向上を目的としております。その為には、多少の犠牲は致し方ないと考えております」と冷静に語った。

ざわめく室内、幹部の後方に座る若手将校たちが顔を見合わせた。

「一千名の民間人が、多少か?」と宇垣が睨んだが、陸軍参謀は、

「宇垣参謀長、既に満州をはじめとする支那大陸では、多くの将兵、民間人が戦闘で亡くなっています。その多くが陛下の御為命を懸けております。同じ我が日本の統治領ミクロネシアでそれを行って何が不都合というものですか!」と声を大きくして言い放った。

静まり返る室内

 

三笠が静かに、

「陛下の御為か。」

三笠は、椅子に背を預けながら、

「のう陸軍参謀、そなた達陸軍は、満州事変、そして盧溝橋事件と支那大陸で戦火を拡大してきた。二言目には、我が国の国益、ひいては陛下の御為と言い、事態の収拾に動く内閣や、外務省には、統帥権干犯と言い、その口を抑え込んだ。その結果はどうじゃ!

満州を中心として、支那大陸での混乱を招いたのではないか?」

すると、陸軍参謀は

「しかし我が国は、それに見合う国益を満州から得ております。これはひとえに、我が陸軍の方針が間違っていなかった為と考えております」

「だが、その反面、世界からは村八分にされ、国際連盟では脱退寸前まで追い込まれた。これでは、海洋立国の我が日本の未来は暗いと儂は思うがな」と三笠は答えた。

そして、

「我が国は、明治開闢以来、深海棲艦との間に祖国存亡の戦いを続けておるが、決して我が国、一国の力だけではこの太平洋の安泰は実らぬ。米国、豪国、英国とも強調し、アジア地域全体で当たらなければ、この広い太平洋の安泰は望めぬ」

三笠はじっと大本営参謀達を睨み、

「そなた達の“陛下の御為”とは、本当に陛下の御心を反映したものかの?」

 

「ぐっ!」と唸る陸軍参謀

山本が

「三笠、その辺で勘弁してやれ」と言い、

「大本営両参謀。既に陛下より、マジュロの残留民間人に対する保護の方針が出ている以上、マジュロ侵攻作戦は、残留民間人の安全確保の後という事だ!」

「うっ!」と唸る海軍軍令部参謀

山本は、

「南雲君」

「はい、長官」

「先程も言ったが、陸軍主体のマジュロ侵攻作戦への航空擁護の件だが、正式に軍令部総長名で命令書が出るそうだ。」

「はい、そう理解いたしました」と南雲が言うと、山本は

「命令を出す以上、作戦の成否については、軍令部総長が責任を持つそうだから、心置きなく戦ってくれ」

「はい」と一礼しながら答える南雲

押し黙る大本営参謀達

 

黒島が、

「では、会議を進めさせていただきます。現在マーシャル諸島に展開している深海棲艦群につきましては、大きく4つの艦隊を確認しております」と言い、

前方に表示された、艦艇識別表を指揮棒で指し、

「まず、戦艦群が3個艦隊、空母機動艦隊か一つ確認されております」

「かなり分厚いですね」と四艦隊の井上司令が言うと、

「まあ、予想のうちだな、お前の所の鹿島、天龍、龍田にも動いて貰うぞ」と山本は答えた

すると井上は、

「はあ、助かります。鹿島はいいとして、天龍などは、“俺を使え!”と毎日うるさくて敵いません」と困り顔で答えた。

周囲に笑いが広がった。

「おっ、龍田は?」と宇垣が聞くと、井上は

「参謀長、聞かんでください。毎日 愛用の薙刀を磨いて微笑んでますよ」と引き攣りながら話した。

 

黒島は、

「この戦艦群ですが、ル級flagshipを中心とした艦隊、同じくル級eliteを中心とした艦隊、最後は無印のル級艦隊です。各艦隊ともリ級重巡、軽巡、駆逐艦を伴い、10隻程度の艦隊を組み、このマロエラップ北部海域を中心に活動していると推測されます。なお、マジュロ近海へ出現する重巡艦隊につきましては、この3個艦隊から適時抽出され編成されていると考えております」

「30から40隻近い艦艇群か」と初めて長門が声を上げた

三笠は

「長門どう思う?」と長門へ意見を求めた。

「はい、ル級flagshipは私長門とほぼ同等の能力を持つ艦であると推測します。flagship、eliteを私と大和が抑え込めば。無印については、摩耶達でも十分かと」

黒島は、

「対戦艦群への対応としましては、艦艇数ではほぼ互角ですが、やや此方の方が総火力の数値が、不足しております」

宇垣が、

「やはり、全面的なぶつかり合いでは、やや不利か?」

黒島は、

「はい、敵の3個艦隊が一斉に出てくれば、総火力で此方が押し切られる可能性があります」

すると、後方の若手参謀の一人が手を上げ、

「しかし、戦艦の数なら当方が上、ここは一気に押し込むべきではないでしょうか?」

これに、黒島は

「はい。当泊地に所属する全ての戦艦を動員できれば、数の上ではこちらが有利です、この大和、長門、扶桑、山城、金剛型の4隻、そして三笠」

すると、三笠は

「のう黒島。儂の艦まで頭数に入れるのか? あの老いぼれ艦を」と言ったが

それには、

「外せば、“なぜ入れん”とすねるだろお前は」と山本が言うと、室内に笑いが出た。

 

南雲達主要な将には既に三笠が最新の電探を装備した、高速艦である事は説明されていたが、機密保持の為、他の士官には、“横須賀で展示されていた戦艦三笠をパラオへ回航し、機関と兵装を日本で建造途中の駆逐艦から転用した”と無茶苦茶な説明で納得させていた。

普段は、大和と長門の影に隠れて、艦影が他から見えにくくしてある事や、日露戦争当時の旧式艦だという事で、若手参謀らの関心度は低かった。

 

黒島は室内の笑い声が収まると、

「この戦艦群のうち、扶桑、山城については、トラックでの待機組としますので、戦力から除外します」

すると、第一艦隊を預かる高須司令が、

「扶桑達を除外する理由はなんでしょうか?」と聞いたが、黒島は

「今回の作戦では、当泊地の主力戦艦群がほぼ出払ってしまいます。もしもの時の救援部隊をお願いしたいと思っております」

すると、高須司令は

「また、留守番ですか?」

それに続いて、扶桑も、

「長官、こう留守ばかりだと、山城の不幸癖が加速します」と答えたが、

山本が、

「すまんが、その代わり第3戦隊の金剛達はこの作戦の重要拠点を叩いてもらう」

すると金剛が、

「高須司令! Me達が、扶桑達の分も暴れてくるネ!」

やや笑いを浮かべる高須司令を見ながら宇垣が、

「高須、実は若干懸念もあって、少し戦力を温存しておきたい」

「懸念ですか?」

「ああ、黒島説明を」

黒島参謀は、

「はい、本来この手の侵攻作戦は秘密裏に作戦計画を立て、綿密な準備と情報収集が必要でありますが、先の新聞記事により、作戦の実行自体が世界中に知れ渡ってしまいました。

勿論、深海棲艦のミッドウェイ群体にもです」といい、末席に座る大本営参謀達を睨んだ。

視線を逸らす大本営参謀達

「こちらが出払っている内に、裏門から押し入られては、たまりません。その為の警戒兵力として 第一艦隊の扶桑、山城を当てたいと思います」

「わかりました」と高須司令が一礼して答えた。

黒島は、続けて

「同様の理由で、五航戦には、ソロモン方面の牽制をお願いしたいと思っております」

五航戦を預かる原少将は、

「了解しました。」と一礼した。

 

黒島は、

「では、作戦の全体概要について、ご説明します」といい、前方に掲示された海図の前に出た。

「現在までに検討した作戦概要は、まず敵深海棲艦の前衛哨戒部隊の排除から作戦が始まります!」と言い、トラック諸島とマーシャル諸島の中間点を指揮棒で指した。

「現在 この海域では、深海棲艦の潜水艦部隊が前衛防衛線を構築しており、近づく艦艇に対して、雷撃攻撃を波状的に仕掛けてきており、我が方の海上偵察活動に支障をきたしております。この活動が以前は小規模でしたが、例の記事以降急激にその活動を活発化しており、容易にマーシャル諸島に艦艇が近づけない状態です」

すると、席の中央付近に座る、山口少将が、ぎろっと大本営参謀達を睨んで

「まったく、東京は余計な事をする」と呟いた

黒島は、

「当方も、警戒網に穴がないか、駆逐艦艇を出し探りましたが、数回雷撃を受けた所で危険と判断し、現在この駆逐艦艇を使った偵察活動は中止しております」

宇垣が、

「まず、この厄介な潜水艦部隊の排除からだな」と腕を組んだ。

すると、南雲が、

「神通達、2水戦で狩り出しますか?」と聞いたが、

黒島は、

「いえ、新設されたパラオ対潜部隊を使います」

南雲は

「あの空母鳳翔を中心とした部隊ですか? しかし、鳳翔は改装工事の為今回の作戦には参加できないと聞いておりますが?」

山本が

「ああ、鳳翔は参加できないが、瑞鳳が来る。鳳翔の部隊を搭載してな。それに随行艦に陽炎、長波が付く、対空警戒は秋月だ。」

南雲は

「しかし、航空機による対潜部隊とは、いったいどのような部隊なのでしょうか? 長官」

「新型の航空対潜爆雷を装備している。陽炎達が、狩り出し、鳳翔の対潜航空隊が仕留める。陽炎達には試験で最新の駆逐艦用電探も装備してあるので、警戒艦としても機能してもらう」

表向きには、自衛隊の装備するSH-60Kなどは秘匿兵器だ。

記録の残る公式の会議では、決して幹部といえど口に出来ない。

「秋月が来るとなると、照月達が喜びそうですな 長官」と南雲が言うと、

「おう、ここへ一時寄港するからな、そう伝えて置いてくれ」

黒島は、

「では、続けます。敵潜水艦部隊の排除が終了し、航路の安全が確保され次第、我々は艦隊集結を開始し、速やかに出撃準備を整えます。まず大和を中心とした戦艦打撃群が東進し、その後方に赤城を中心とした航空戦隊が控えます」

南雲が、

「我々が先行するのではないか? 黒島君」と聞いて来たが、

「はい、当初それを検討しました。航空戦隊の奇襲をもって敵航空基地を破壊し、大和を突入させる案ですが、これは情報漏洩で奇襲が厳しい状況です。ここは正攻法で行きます」

幹部達が一斉に、大本営参謀達を睨みつけた。

黒島は、

「先行する戦艦群に対して、後方の航空戦隊より十分な直掩を行いながら、相手の出方を探ります」といい、トラックとマーシャルの中間点を指し、

「我々は、活発な無線交信を行い、相手の出方を待ちます」

ざわめきが室内に起こった。

山口少将が、

「黒島参謀! 無線封鎖しないということか! それでは敵を呼び寄せるぞ!」

「はい、今回の作戦では、無線封鎖はせずお互いの位置を正確に把握する事が成功の鍵であります!」

すると末席に座る軍令部参謀が!

「黒島参謀 異議あり! そのような事をすれば敵艦隊を呼び寄せ、当方に甚大な被害がでるぞ! ここは定石通り、無線封鎖し敵地へ侵入すべきではないのか!」

すると黒島参謀は

「いえ、今回はその逆です。上手く敵艦隊をこの主戦場とする海域へおびき出す事ができるかどうかが、勝敗の鍵となります」といい、マーシャル諸島の北部海域を指した

「深海棲艦は、マジュロの人質がいる事で、このマーシャル諸島に立てこもっています。我々の艦隊は不用意にマーシャル諸島に近づけば、6隻のヲ級空母群とマロエラップの地上基地より航空波状攻撃を受けます。そこで、この北部海域まで敵艦隊をおびき出し、足の短い陸上機の影響を排除する作戦です」

続けて、

「問題は、この誘い出しに上手く敵艦隊が食いつくかですが、」と言うと

山本が

「そこでだ、大きな餌を置こうと思う。」

「餌ですか?」と南雲が言うと、

「ああ、大和と俺だ!」

「長官!」と南雲が叫んだ

山本は南雲を手で制止して、

「俺が、大和に座乗して、連合艦隊司令部共々、最前線へ立つ」

周囲からざわめきが起こった。

「長官、それはあまりにも危険では! 長官にもしもの事があれば!」と山口が言うと、

「なに、心配するな。この大和そうそうの事では沈まん。なあ大和」と山本が大和を見ると、

「はい、この大和。その名に恥じぬようしっかりと長官をお守り致します」と深く一礼した。

「しかし!」と山口は続けたが、

「おっ、山口。俺だけじゃたらんか? なら」と言い、

「儂も自分の艦で出る。水雷戦隊を率いて大和の直掩じゃ、日本帝国海軍の長が二人も揃って前線に立つのじゃぞ。それで食いつかんとなると、もっといい餌を探さんとな」

と笑いながら三笠は話した。

山本は、

「俺達が前線に立つ事は、時期を見て公表する。丁度来週辺りに本土から新聞記者が来島予定だ。面会の予定もある。そこで情報を流して記事にし、回り回って奴らの知るところになるという算段だ」

宇垣が

「奴ら、目の色を変えてきますよ」

「人気者は辛いのイソロク」と三笠が笑いながら言うと

「もてるのは、慣れているが、今回は少し考えるな」と笑いながら答えた。

 

黒島は、

「では、続きを」といい、海図を指し示しながら、

「長官率いる戦艦群がこのマーシャル諸島との中間点まで進出します。もし敵戦艦群がこの動きに追従するようなら、そのまま進路を北へ転進して、北上しこのマーシャル諸島北部海域まで引きずりだします」

若手参謀の一人が、手を上げ

「黒島参謀殿、その海域を主戦場とする意味は?」と聞いてきた。

「はい。先程も言いましたが、マロエラップの陸上機の攻撃範囲外である事。海域全体を広く使える事です。大和、長門の艦砲有効射程を考えると、諸島部での砲戦にはあまり向きません、また狭い諸島部では、こちらが包囲殲滅される危険があります」

山本が、

「大海に出て、盤面広くを使えということだよ」

黒島が、

「作戦海域が広範囲に及びますので、無線封鎖はせず必ず各艦隊の位置情報を正確に把握する事が重要です」

すると、若手参謀の一人が、

「それでは、此方の位置も知れてしまいます。まさに闇夜の提灯ではないでしょうか!」

と意見したが、黒島参謀は、

「確かにご指摘の通りです。しかし、深海棲艦の大型艦艇には水上電探、小型艦艇にも前線警戒用の電探が既に装備されております。我々には見えていなくとも相手は此方の位置を正確に知っている。ならばそれを逆手にとってこちらの有利な土俵へ誘い出すのが得策であると考えます」

黒島参謀は続けて、

「この誘い出した敵戦艦群3個艦隊についてですが、過去の海戦の分析から、指揮艦であるflagship艦を中心として包囲殲滅戦を仕掛けてくる事が予想されます」

「包囲殲滅戦か」と南雲がいうと、

「はい。足の速い艦隊を用いて当方の進行方向を遮り、後方より、強力な砲戦艦隊で圧迫して、潰す戦法です」

「力押しじゃの」と三笠が言うと、

「はい正にその通りです」と黒島が答えた。

そして、

「もし、敵がその戦法で来た場合は、我々は。まず前方の艦隊を全力で突破して、相手の後方へ大きく回り込み、背後を突く作戦を検討しています」

「各個撃破か?」と南雲が聞くと、

「はい。やはり3個艦隊と正面切って戦うのは不利です、ここはちょこまかと動き回わり、徐々に戦力を削り落とす作戦を進めたいと思います。」

軍令部参謀が、

「それでは、消極的ではないですか! 大和、長門を出すなら正面から叩くべき!」と声を上げた

しかし、それには黒島は、

「今回の海戦は、一度の決戦でケリがつくほど甘くはありません。日本海海戦のようなパーフェクトゲームは稀です。数回の小競り合いが続き、最後まで戦場に立っていた方の勝ちという事になります」

山本が、

「その為にも、状況の把握は重要な勝敗要素。各員そこは十分理解してもらいたい」

山本は続けて、

「南雲君。航空戦隊の最重要攻撃目標は敵空母群の撃滅。この一点に絞ってくれ」

「はい」と頷く南雲

「パラオの瑞鳳を入れても、空母の数では、此方が不利だ。無理はするなよ」

「はい、長官」と再び南雲は頷いた。

 

すると、陸軍参謀が

「南雲機動艦隊は我々陸軍を擁護してくれるのではないのか!?」と聞いたが、

宇垣参謀長が、

「先程も言ったはずだ、陸軍の上陸作戦は海域開放作戦の後だ! 海戦やってるど真ん中に上陸部隊の輸送船団などいてみろ、いい鴨だぞ!」

黒島参謀が続けて、

「まだ陸軍の作戦概要を拝見していませんが、上陸部隊の擁護は、制海権、制空権確保の後になることだけは確かです」

「ぐっ、それでは」と陸軍参謀が言いかけたが、ぐっとこらえた。

 

黒島は、

「我々の主力艦隊が、北部海域で戦闘をして、注意を引き付けている間に、第3戦隊金剛、比叡、榛名、霧島を中心とした戦艦群でマロエラップの敵陸上飛行場を叩き、制空権を確保します」

頷く金剛!

長門が

「高速戦艦の腕の見せ所だな」と横に座る金剛を見ると、

「任せて長門、私達の実力、見せてあげるネ!」

 

黒島は、

海図から指揮棒を下しながら、

「以上が、本作戦の概要になります。要点は如何に相手艦隊を誘い出しこちらの優勢圏内に引き込むが焦点となります」

すると、山本が席を立ち、全参謀達を見据えながら、

「本作戦は、今までの我が軍の作戦とは違い、積極的に通信を行い、戦局把握を重視する。

確かに、各艦隊は火力的には相手より劣る。しかしそれを連携という新戦術で補い、最後に残るのは我々である! 各員その事を十分理解してくれ」

「はい!!」と各参謀から返事があった。

「山本長官! その作戦方針には軍令部としては賛同しかねます! あまりにも博打です! ここは既存の作戦の様に各艦隊に無線封鎖を行い、計画書通りに行動させ個別に敵を撃破するべきであると進言します」と軍令部参謀が反論したが、それには山本が、

「軍令部参謀。確かにその方法であれば過去何度も実施しており、安定感もある。しかし、敵はその戦法を既に十分研究している。我々が相手を研究するようにな。しかし既に時代は、電探と高性能な通信機、そして高速で移動する航空機の時代だ。我が軍は電探技術と運用で大きく敵深海棲艦に溝を開けられている。我々はその溝を埋める新戦術を何としても確立する必要がある。多少失敗しても、前を見なければ勝機は掴めんとおもうが」

すると、宇垣参謀長も、

「自分も同感です。現状では、我が軍は索敵能力値がかなり低い。これは今後 戦場を支配するのは、“情報”であるという事を考えると致命的な欠陥ともいえる。これを埋める戦術、思考を我が軍は早期に取り入れる事が急務だ」

各参謀の顔色が変わった。

宇垣の口から、戦場を支配するのは「情報」であるという言葉が出たのだ。

今まであれ程、戦艦による火力制圧を前面に押し出してきた参謀長が宗旨替えしたのだ!

宇垣の対面に座る山口は内心

“宇垣さんの主義が変わる程、あのパラオの艦隊がもたらした物は大きいという事か!”と思いながら、

“この戦いで彼らは一体どんな戦いをするのか? 見物だな!”と感じていた。

黒島は、指揮棒を下しながら、

「以上が本作戦における概略となります。なお作戦開始は、備蓄資材の状況等を考慮し、対潜活動を2週間後。本体作戦を1ヶ月以内に発動と致します」

各参謀の表情が厳しくなる。

山本が、

「近日中に、本作戦を想定した図上演習を行う。各参謀諸君には鋭意検討の程、よろしく頼む」

「はい!」と各参謀が一斉に返事をした。

 

その時、会議室のドアがノックされ、静かにドアが開いた。

そこには、大和通信士官が手板を持って入室してきた。

「失礼します! ルソン中部警備所司令より、連合艦隊司令部へ緊急電です!」と言い、秘書艦大淀へ通信文を渡した。

大淀はそれを受け取ると、そのまま山本へ渡した。

一読する、山本

その後、電文を横の三笠へ渡す

「長官、何事ですか?」と宇垣が聞くと、山本は表情を厳しくしながら、

「現地時間の昨日深夜、ルソン北部警備所が所属不明の武装集団に襲撃された!」

どよめきが起こる室内!

「ルソン北部警備所ですか!」と慌てて参謀本部の陸軍参謀が身を乗り出した。

同じく軍令部参謀も、身を乗り出しながら、

「警備所司令は? 警備所司令は無事なんですか!」と聞いて来た。

すると、山本は

「落ち着きたまえ!」と声で制した。しかし、軍令部参謀は、

「あの警備所司令は貴重な人材です」

宇垣がその言葉に反応した。

「ほう? 彼が貴重な人材だと?」と聞くと。軍令部参謀は、

「はい、彼は参謀本部付き作戦課中将の御親戚。我々軍令部内部にも賛同者の多い方です。彼に一大事あれば、それは軍令部にとって大きな痛手です!」

山本は、

「軍令部参謀。残念ながら中部警備所司令からの報告では、北部警備所司令を含む要員50名全員の死亡を確認したとある」

「本当ですか!」と席を立つ軍令部参謀!!

ざわめく室内!

山本の前に座る南雲は、

「長官、所属不明の武装集団とは一体?」

山本は、

「この電文では、まだ何とも言えん。ただ分かっているのは、警備所が何者かに襲撃され、全滅したという事だ」

宇垣は即座に

「通信参謀! 至急ルソン中部警備所へ電文、“中部、南部警備所の警戒を厳とし、中部警備所司令は米軍との調整に当たれ” 以上だ」

「はい、参謀長!」

山本は、

「大淀。至急海軍省並びに軍令部へ第一報を転送してくれ。宇垣、確認作業を急がせてくれ」

「はい、長官」と返事をした宇垣の傍へ大淀が寄り直接宇垣から指示を貰って記録し始めた。

 

三笠は、それとなく

「同警備所の駆逐艦曙は夜間哨戒中で出払っていて無事との事じゃ、近海を航行中の中央の海防艦と合流し、ルソン中央へ向っておる」と付け加えた。

事情を知らない赤城や扶桑の表情が緩んだ。

 

末席に座る軍令部参謀は、

「長官、確認などと悠長な事を! 直ぐに中部警備所の妙高を現地へ派遣して、救助を!」と声を上げたが

山本は、

「落ち着き給え! ここで騒いでもなんともならん」と軍令部参謀を睨み、

「既に、全員死亡を確認したという事は、現地での戦闘が終わったという事だ!」と付け加えた。

軍令部参謀は「そのような!」と言いながら、落胆し、席へ座った。

横にいる陸軍参謀も目を白黒させるばかりだ。

軍令部参謀は横に座る陸軍参謀と何かを話し、

「長官、現地状況を至急確認致したいと思いますので、本日は此処で失礼させて頂きます」

すると山本は、

「ああ、構わんよ。陸上司令部の通信を使ってくれ」

「では」といい、席を立つと、そのまま陸軍参謀と退室して行った。

 

退室する二人の参謀を見ながら、山本は、

「済まんが、各員に今後同じような事が起こるかもしれん、身辺の警護には十分留意してくれ」と注意を促した。

南雲が、

「襲撃集団は深海棲艦ですか? それとも米軍でしょうか?」

すると、横に座る山口が

「南雲さん、米軍はないでしょう! ルソンの米軍を仕切るのはマッカーサーとニミッツ提督ですよ、マッカーサー大将はどうか解りませんが、あの“東郷提督を師と仰ぎ、戦艦三笠をこよなく愛する”ニミッツ提督が、三笠様に黙って日本海軍の警備所を襲撃するとは考えにくいです」というと、対面に座る三笠は

「のう山口、それではニミッツ提督殿の性癖がおかしいと言っとるようなものじゃぞ」

と言うと、周囲の艦娘や参謀達が笑いを浮かべた。

笑いが収まると、山本は、

「詳細はルソン中央が調べて追って連絡してくると思うが、各員作戦前だ、いよいよ怠りなきように」

「はい」と参謀達が返事をした。

南雲は

「長官、これで悩みの種が一つ消えましたな」と落ち着いて問いただした。

「悩みの種?」と山本が聞くと、

「はい、実はうちにいる第7駆逐隊の潮達から、ルソン北部で曙が虐められているのではないか? 調べて欲しいと嘆願されており、近日中にご相談したいと思っておりました」

山本は、椅子に背を預けて、

「いいか、今から言う事は、他言無用だ」といい居並ぶ参謀や艦娘を見た。

「宇垣、いいか」と山本が言うと、

宇垣参謀長が、

「実は、ルソン北部警備所の司令には、資材横領の嫌疑が掛けられており、内偵されていた」

「資材横領ですか!」と一同が声に出した。

「ああ、実は以前ルソン中央の司令の所へ、マニラの繁華街を仕切るとある筋の輩が押しかけて来てな、未払金の代金を払えと詰め寄ったそうだ。」

「未払いの代金ですか?」と南雲が聞くと、

「ああ、中央の司令は、最初は夜遊びの遊興費位かと思って金額を聞いて余りの額に驚いたそうだ! 中身を聞いたら、闇市場で仕入れた油をタンカー1隻分用意して、渡したのに代金を貰っていないという事だった」

「タンカー1隻分の油ですか?」と南雲が聞くと、

「ああ、その一件以降、色々と調べていたが、どうやらルソン北部警備所の司令は資材を横流ししていた形跡がある」と宇垣が答え、続けて

「それに絡んで、ルソンのとある方面から恨みを買っていた可能性を否定できん」

山口が、

「長官、問題は誰に横流しをしていたかですな」と不敵な笑いを浮かべた。

「そうだな」とそれ以上の返事を避けた。

そっと赤城が、

「あの、北部警備所にいた鈴谷さんのその後の消息は?」と質問してきた

山本は小声で横に座る三笠へ何か話した。頷く三笠、同じく宇垣も頷いた。

山本は静かに、

「実は、鈴谷は既に保護してある」

「本当ですか! 無事、無事なんですか!」と赤城や扶桑達が身を乗り出したが、それには長門が、

「落ち着け、鈴谷は無事だ、なあ金剛!」と言うと、金剛は

「はい、赤城。今パラオで休んでいるネ」

「パラオですか!」と赤城は山本や三笠を見た。

すると山本が、

「ああ、実は鈴谷はルソン北部警備所で度重なる出撃を繰り返し、虐待を受けた。その後意識もうろうとしながら、どうやらこのトラック目指して来たようだ」

「トラックですか?」と南雲が聞くと、

「ああ、最上達もいる、無意識にここが安全だと思ったのだろう。途中パラオ近海で漂流中の鈴谷を鳳翔達が発見し、一時的に保護した」

「では、鈴谷さんは!」と赤城が聞いたが、それには三笠が

「大丈夫じゃ、髭先生の治療を受けて今はパラオで養生しておる」

赤城達の顔に安堵の表情が浮かんだ。

南雲が、

「艦の方は?」と聞くと、山本が、

「鳳翔からの連絡では、正直言えば大破、沈没寸前。よくここまで持ったということだ」

すると三笠が静かに、

「想いじゃよ。最上達に逢いたいという想いだけで、そこまで持ったということじゃ」

「想いですか」と南雲は呟いた

 

宇垣が、

「その一件もあり、自分の不祥事が表面化するのが怖かったと見えて、それで鈴谷撃沈指示という事だ」

「すると、あの指示は無効という事ですか?」と赤城が聞いてきたが、

「当たり前じゃ! そもそも、一介の警備所司令が命令できる内容ではない」と三笠が言うと、赤城が、

「はい、私達艦娘は、明治天皇陛下より、“地位と名誉”を賜っております。私達を解体処分するには、陛下の御裁可が必要です」

「その通りじゃ! それを無視していきなり撃沈せよとは笑止千万! おまけにそれを追従して認めた軍令部は如何に陛下に申し開きするのか聞きたいものじゃ!」と三笠は声を上げた。

頷く大和達

三笠は続けて、

「今回の一件、根は深い。先程の軍令部参謀の発言にもあったが、軍令部の認識と我々現場の認識はかけ離れておる。皆そこは十二分に理解してもらいたいものじゃ!」

宇垣は、席の後方に座る複数の若手参謀達を睨んだ!

既に、目が泳いでいる若手参謀達

 

暫しの沈黙の後 黒島参謀が、

「予定外の事がおこりましたが、本日の検討会の議題は以上です。ご質問は?」

周囲を見回したが、特になく、

「では、各戦隊へ資材見積を作成しております。ご検討して頂きたい。以上です」と言い、席へ戻った。

会議の終了を受け、末席の参謀達から順次退席して行く中、五航戦の原司令が退室しようとした時、山本が、

「原君、ちょっと」と声を掛けた。

退室する幹部参謀達と挨拶しながら、最後に残る五航戦 原司令。

原は、そのまま山本の対面へ着席した。

「長官何か御用ですか?」と話を切り出したが、

山本は、

「いや、今回はソロモン方面の押さえを頼んで済まないね」

「いえ、これもきちんとした任務、お任せください。」

「護衛の駆逐艦の選出は間もなく終わる、編成後、速やかに訓練、移動を開始してくれ」

「はい」と返事をする原司令

「そう言えば、瑞鶴はどうした? お前が来るなら旗艦の瑞鶴もくると思ったが?」

「はあ、長官それが」と言いかけたが、横から宇垣が

「謹慎中ですよ」とそっと耳打ちした。

「謹慎中?」と宇垣の顔を見る山本

「実は、先日重巡摩耶と鳥海を相手に瑞鶴の航空隊が攻撃教練を行ったのですが、その撃墜判定を巡って艦娘食堂で瑞鶴と摩耶が言い争いになったようで」

やや困惑しながら、原は

「最初は模擬撃墜した攻撃機の数で、言い争いになったようですが、まあお互いああいう性格ですから、どちらも退かず」

「それでか?」と山本があきれ顔になったが、片付け作業をする大和が

「それなら私も見ましたが、凄い剣幕でした」とやや笑いを浮かべて

「摩耶さんが、瑞鶴さんの胸ぐらを掴んで、“私の対空戦闘があんたのへぼ攻撃隊に負ける訳ない!”と言いって睨んでましたからね」

「まったくこまったものじゃ。あの両御転婆には」と冷めたお茶を口元へ運んだ。

それを聞いた山本は、

「三笠、お前だって東郷提督時代に後先考えずに色々とやって、東郷提督を悩ましたそうじゃないか?」と笑いながら言うと、

「それを言うなら、儂より朝日じゃろ!」と山本を横目で見た。

山本は、

「それで、どうなった?」

「はあ、瑞鶴は翔鶴が、摩耶は鳥海が取り押さえて、何とか事なきを得ましたが、運が悪いというか・・・」困惑しながら原は答えると、

すると大和が

「丁度そこに、赤城さんと加賀さんが入って来て、事の一部始終を見てしまいまして、瑞鶴さん、摩耶さんとも加賀さんから正座と言われて・・・」

「加賀の説教かの?」と三笠が言うと、

「はい、もう1時間位説教されていましたよ、最後は二人とも、足が痺れたようで、加賀さんの声も聞こえていないようでしたけど」と大和が笑いながら答えた。

「それで、二人とも謹慎かい?」と山本が聞くと、

「はい、まああの場に私も居ましたので、致し方ないと思います。特に、配下の軽巡や駆逐艦の子達の前でもありましたので、今日は謹慎して、反省文を出すようにと加賀さんから言われています」と大和が答えた。

山本は、

「大和、長門」と二人を呼び、

「済まんが、作戦が近い。艦娘達の神経も尖ってきていると思うが、ここは焦りは禁物だ。適度に息抜きさせてくれ」

「はい、留意します」と一礼して大和と長門は席を離れた。

 

原は困り顔で山本をみて、

「瑞鶴はいい子なんですが、いまいち頑張りどころが違うような気がするのですが」

「まあ、俺達にもそんな時代があったんだ、成長している証拠だよ」と言いながら山本は

内ポケットから、封筒を一つと、折りたたんだ紙を取り出し、原の前へ差し出した。

「これは?」と聞く原

紙を取り、見開く

それを見た山本は、

「その符丁を受信したら、直ちにその封筒を開封してくれ」

「この符丁ですか?」

「ああ、原君。いいか我々の行動を必ず無線傍受しておいてくれ」

すると原司令は、

「マーシャルに“いない”、我々もですか?」と少し意地悪い笑みを浮かべた。

「ああ、“いない”君たちもだ」と山本は答えた。

 

原は、大事そうにその封筒を仕舞うと、

「この符丁が流れない事を祈っています」と言い、席を立ち一礼した。

退室する原司令の後ろ姿を見ながら、山本は、

「俺も、出来るならそうしたいと思う」と呟いた。

 

戦艦大和の会議室を飛び出した、二人の大本営参謀は、まず夏島にある、連合艦隊陸上司令部へ赴き、そこでルソン北部警備所襲撃の情報を集めようと躍起になったが、結局先程聞いた内容以上の情報は無く、仕方なく同じ夏島にある陸軍トラック泊地守備隊の司令部へ向い、独自に情報を収集しようとしたが、元々陸軍はルソン島に拠点がなく、駐在武官経由の情報収集となり、全く手詰まり状態であった。

陸軍守備隊の司令部で、大本営陸軍参謀は、

「いったいどうなっているのだ!!」と居並ぶ守備隊の幹部へ向い怒鳴り散らしていたが、

守備隊の隊長は、

「参謀本部将校殿。お言葉ではありますが、この守備隊の通信施設は周辺諸島部との通信機能が精一杯です。連合艦隊司令部の通信施設がこのトラックでは一番機能が優れております。その連合艦隊司令部でも情報が集まらないとなると、直接現地へ赴くしか方法がありません」

「うむ、現地か!」と言い、同席する海軍参謀本部将校を見た。

海軍参謀は、

「明日、パラオへ被害状況の確認へ出向きます。そのあと足を延ばしてルソンで確認すればよろしいかと」

陸軍参謀は、椅子に背を預けながら、

「まあ仕方ない。明日パラオへ出向いた後、ルソンで現地確認としよう。警備所司令は我が参謀本部付中将の御親戚、陸海軍を繋ぐ要である。また奴らの情報を数多く我々にご連絡くれた方だ」

「はい、軍令部内部でも、信任が厚い方です」と軍令部参謀も追従した。

陸軍参謀は、壁にかかる周辺地図を見ながら、小さく

「ここで計画が露呈しては、中将へ合わせる顔がない、何としてもマジュロ侵攻を実行して、計画を成功させねば」と鋭い視線を、地図のマジュロへ向けた。

 

確実に、戦いの舞台は、マーシャル諸島へと移りつつあった。

 





こんにちは
スカルルーキーです。

「分岐点 こんごうの物語」第40話をお届けします。

春イベ出撃の提督の皆さま お疲れ様です。

毎回 皆さまからご感想やご意見を頂き感謝しております
さて、投稿遅れまして申し訳ありません。
この時期は、微妙に忙しくて、なかなか考えがまとまらず苦心しました。
春イベで、海防艦が出て来て、一部を書き直したりして慌てふためいております。

次回は、きりしまさん、切れるです・・・?
では


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