分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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一人の少女とその僕を安住の地へと導く為、海神の巫女は海を駆ける。


(一部、残酷な描写があります。ご留意ください)




39 弾丸5

 

夕闇迫るルソン北部の沿岸部を1機のロクマルが、海面に水飛沫を引きながら海面数メートルの超低空飛行をしていた。

機首が少し上を向き、やや速度を落としていくのが体感で解る。

「ひえい艦長! 間もなく降下ポイントです!」と機長の戦術士官が叫んだ!

「分かったわ!」と、席から立ち、準備をするひえいとペアを組むスポッターの特戦隊員。

足にフィンを装備し、ゴーグル、そしてシュノーケルをつけて、防水仕様のタクティカルバッグ、そして同じく防水バッグに入った愛用のM40A5狙撃銃を持った。

機上整備員妖精が、

「ドア 開けます!」とサイドドアを開けると、ひえいとスポッターの妖精隊員は、

ドアの縁へ座り込んだ。

外は、夕闇が覆い海岸線もぼんやりとしか見えない。

ロクマルが機速を急速に落としてホバリングに入った。

海面にロクマルが生み出すダウンウオッシュによる水飛沫が舞い、猛烈な風が舞い上がっていた。

高度2m程度で海面すれすれにホバリングするロクマル

機上整備員が、

「降下点です! ご武運を!」と機体の騒音に負けないくらい大声で叫び、ひえいと特戦隊員の肩を軽く叩いた。

スキューバゴーグルを軽く手で抑えながら

「行ってくる!」とひえいが叫びながら、ヘリから飛び降りた。

海面めがけて、足から着水する。

やや高めの水柱があがり、二人とも海中へ消えた。

ひえい達の着水を確認すると、ロクマルは高度を保ったまま、右に急旋回し、来た進路を猛スピードで帰りだした。

急速に離れるロクマル

ひえいは海面へ顔を出し、腕時計の下に装備された磁気コンパスを確かめ、陸地の方向を確認した。

呼吸を整え、相棒の特戦隊員と水中に消えるひえい。

ゆっくりと海面下を泳ぎ出した。

 

そのひえい達の頭上では、無人偵察機MQ-9リーパーが高度3000mで待機していた。

またその上空1万メートルには早期警戒機E-2Jが、周辺海域の監視を行っている。

そこから遥か300km後方の洋上に待機する護衛艦いずもは、ルソン北部の海域を単艦で周回航行していた。

護衛艦こんごうとひえいは作戦海域へ向け、急進している。

いずもの甲板上には、対空警戒に当たるF-35J2機、そして、もしもの場合に備え対地攻撃仕様Mk82LJDAMを4発を装備したF-35Jも待機している。

 

いずもCICに併設された総合作戦指令室

「ランサー1の降下を確認しました」

統制士官の報告が上がった。

各種モニターが並ぶ統合作戦指揮所、ここはCICと並ぶいずもの心臓部だ。

 

いずもは元々、米海軍のニミッツ級空母をお手本として、設計された。

いわばIEP(統合電気推進)版ニミッツ級である。

よって艦内組織も米海軍をお手本にして、自衛隊独自の編成を組んでいる。

当初いずもの戦闘指揮所はCDC(Combat Direction Center)と呼称する事が予定されていた。

しかし、これに待ったを掛けたのが防衛省の内局だった。

理由は、“CDCは攻撃型空母の戦闘指揮所に用いる用語であり、護衛艦であるいずもには不適切である”であった。

要は、“いずも”は成りは空母でも護衛艦なんだから、CDCと言ってしまうと、攻撃型空母と認めてしまう。それでは五月蠅い連中がいるから何とかせい!

という事であった。

まあそれを言われると、いずもはDDHである。

日本語は護衛艦であるが、英文ではHelicopter Destroyer(ヘリコプター搭載型駆逐艦)である。

正に“お前のような駆逐艦がいるか!”であるが...

 

当のいずも本人は、

「CICでいいじゃないの? やる事かわらないし」とあっけらかんと答え、いずもの戦闘指揮所は、CICと呼称する事が決まった経緯がある。

そのCICに併設される作戦司令所では、

複数台のモニターが並び、数名のオペレーターがインカムを操作しながら、各種の映像を確認している、中央の壁面大型モニターには、今回の作戦域のデジタルマップが表示されている。

その指令室の後方にある指揮官席にいずもは座り、モニターに映る海面へ降下したひえい達の光点を睨んだ。

「海岸に辿り着くまで、30分程度ね」

オペレーターの隊員妖精が、

「リーパー1からの映像はいりました!」といい、大型モニター横のサブモニターを切り替えた。

ひえい達が降下したルソン北部の海岸線近くには、既にリーパーが先回りして、闇夜の中海岸線を赤外線カメラで監視していた。

いずもは、リーパーの操縦士と管制士官へ

「ひえい達の上陸地点を中心に、周囲を警戒しなさい、特にサーモデータは慎重に監視して」

「はい。副司令!」と管制士官が答えた。

画面には、海中を進むひえい達のサーモデータが表示されていた

じっとその映像を見るいずも。

「さあ、はじまったわ」といい、椅子に寄りかかりながら腕を組んだ

 

 

 

パラオ泊地、自衛隊司令部棟地下指令室

まだコンクリートの匂いも漂う真新しい地下指令室には、泊地提督を始め、由良などの全ての泊地艦娘達が集まって、前方の大型モニターに映し出される作戦状況を見ていた。

後方の席に座る、自衛隊司令と泊地提督、その後ろには秘書艦の由良

そして睦月などが思い思いの場所に座っていた。

留守を預かるきりしまも司令の座る横の席に着き大型モニターを操作していた。

ちなみにモニター操作は秋月がきりしまから指導を受けながら行っていた。

器用にノートパソコンを使いこなす秋月を見て、泊地提督が

「秋月、その機械に慣れたか?」と後ろから覗きながら聞くと、

「はい、提督 とても便利な機械です!」といい、横へ座るきりしまへ

「きりしまさん、このパソコンという機械 まだ予備はあります?」

きりしまは少し考えて、

「少し古いタイプなら予備があったと思うけど?」

すると秋月は

「これ秋月の艦の高射装置に繋げて、計算速度を上げる事が出来るようにあかしさんへ頼んでください!」

するときりしまは、ニコニコしながら、

「パソコンでいいの?」

「えっ!」と聞く秋月

すると、きりしまは

「秋月さん達には、もうすぐ各種レーダーと秋月さんだけにはCIWSが搭載されるわ」

「はい、聞いています」

「CIWSが付くという事は、レーダーと連動した新型の火器管制装置も付くの」

「本当ですか!」と驚く秋月

「でも、秋月さんはパソコンでいいのね」と意地悪く言うきりしま

「くっ! 下さい! 新型の火器管制装置」とじっときりしまを見た。

すると横から、

「きりしま その辺で許してやれ」と自衛隊司令が言うと、周囲から笑いが漏れた

 

泊地提督が、

「済まないな司令、陽炎、長波、秋月への電探装備に、秋月は新型の対空機関砲まで」

すると自衛隊司令は、

「いえ、連合艦隊の山本長官と三笠様から、彼女達の装備の開発を依頼されています。

今回のマーシャル諸島作戦で陽炎型、夕雲型、そして秋月型の水上、対空レーダー及び火器管制システムのテストを行い、結果が良ければ、一気に普及させたいと考えています」

すると提督は、ポケットから一通の手紙を出し、

「実は、その件で相談なのだが」といい、

「航空戦隊司令の南雲さんから手紙を貰ってね」

自衛隊司令は驚きながら、

「南雲中将からですか!」

「ああ、手短に話すと、マーシャル諸島作戦が成功した場合に、一時的に照月と初月を此方へ預けたいといってきている」

「ほう」と自衛隊司令が言うと、

「白雪達から、秋月の成長ぶりを聞いたらしい。ぜひ“照月達を鍛えてもらいたい”との事だ」

すると自衛隊司令は笑いながら、

「実はこちらには、宇垣参謀長から秋月型の教育をお願いできないかと打診されています」

 

泊地提督も、笑顔で

「はは、結局二人とも、照月達に期待しているということかな」

「ええ、秋月型には他の駆逐艦にはない、拡張性があります」

泊地提督の顔色が変わり

「拡張性?」

すると自衛隊司令はタブレットを取り出し、グラフを表示した。

「これは、秋月さんの艦霊波を簡易測定したものです」といい、べつの画面に

「こちらは すずやの最新波形、そしてその下はきりしまです」

じっと波形を見る提督、自衛隊司令は、

「波形は小さいです。標準的な駆逐艦陽炎型よりやや大きい程度です。しかしその波形の形状や特質は、鈴谷達重巡に匹敵する物があります」

唸る泊地提督

「すると、秋月達は軽巡並みに拡張すると?」

「はい、可能性はあります」といい、タブレットを操作して1枚の写真を表示した。

写真には、1隻の軍用艦と一人の艦娘とおぼしき写真が映し出された

その艦影は駆逐艦秋月に似た艦首、大型の艦橋にその上部には、大型の電探

主砲の配置位置など 秋月型に似た特徴を持つ

「この子は?」

「DD-161 初代護衛艦あきづき」といい、

「駆逐艦秋月さんのお子さんです」

提督はつい、

「おお」と声に出した!

周囲の艦娘達が一斉にこちらを見た。

 

提督は続けて、

「では、駆逐艦秋月もここまで成長する可能性があると?」

「はい、艦霊力の強化と共に段階的に改修を行えば、小さなこんごう級になる可能性も否定できません」

提督は唸りながら、

「きりしまさんの指導に期待するしかないな」といい、秋月の横へ座り細かく指示するきりしまを見た。

 

突然、指揮所の入り口のドアが開き、はるなと鳳翔と瑞鳳が大きなトレーや鍋を抱えて入ってきた。

「お待たせしました、御夜食もって来ました!」と はるなが言いながら後方のテーブルの上にトレーを置いた。

そこには、大き目のおにぎりが並んでいた。

「鳳翔さんお手製のおにぎりに、はるなさんの豚汁ですよ!」と瑞鳳が言うと、

「おお、やった!」と睦月達が一斉に動き出した!

しかし、ここでも一番最初に動いたのは秋月であった。

満面の笑みで、おにぎりを取って、食べ始めた

それを見た提督は、

「食い気も、拡充中だな」と笑っていた。

 

 

そんなパラオから東にあるここトラック泊地、戦艦三笠士官室

そこには山本に宇垣、三笠に大和、そして長門に金剛 秘書艦統括の大淀といった面々が、遅めの夕食を済ませて、金剛の淹れた紅茶を楽しんでいた。

ちなみに夕食は、大和が作った白身魚のソテーと野菜の味噌汁であった。

 

表向きには、この会合は“マーシャル諸島作戦の打ち合わせ”となっていたが、実体はルソン北部警備所奪還作戦の観戦であった。

パラオ経由で送信されてくる戦術情報を三笠の士官室にある大型ディスプレイに表示していた。

中央のテーブルには、複数の海図、ルソン北部の地図、そして船の形をした駒が並べてあり、

作戦の進行状況を表示していた。

テーブルに着く金剛の横では、大和が金剛の操作するタブレットを見ながら、操作方法の説明を受けていた。

そんな二人を見ながら山本は

「ああいう機器の取り扱いに対する順応力は、流石艦娘だな」

すると、横に座る三笠は、

「これは艦娘うんぬんかんぬん言う前に、単に向上心の現れじゃよ、黒島をみよ」

山本は

「黒島がどうかしたのか?」

「あ奴は、作戦立案の参考にしたいと言って、この艦の資料室に今は閉じこもっておる」

「ほう」という山本

「過去の戦訓、それもいずも殿の先達が歩いた戦訓を元に、考えられるだけ考えておる」

山本は腕を組み、

「もしかしたら、俺達が歩んだはずの道だな」

「その通りじゃ、我々は初戦の勝利に浮かれ、深い考えもなしに珊瑚海へ進出、初の空母戦で祥鳳を撃沈された」

「ああ、俺も読んだが、痛いなこれは」と顔をしかめる山本

宇垣が

「米豪分断作戦ですか?」と聞いてきた。

山本が、

「ああ、そうだ。当初の計画通り、オーストラリア分断計画を実施したが、珊瑚海で深海棲艦と米軍の波状攻撃を受けて祥鳳を撃沈された!」

「では! 彼方の祥鳳は!」と宇垣が身を乗り出すと、三笠は静かに首を横へ振った。

三笠は、

「いずも殿達がもたらした情報は確かに今とは違う。しかし我々には貴重な先達の教え、大切にせねばならぬ」

大きく頷く、宇垣

 

大和へタブレットの操作方法を教えていた金剛が、

「長官! いずもからレポートね!」といい、戦況状況を壁面の大型ディスプレイに表示した。

そこには、いずもより報告された

“ひえい、降下地点に到着、潜入作戦開始”との文面が画面に表示され、降下地点がマップ上に表示されていた。

すると、三笠は

「金剛、戦艦比叡はどうした?」

「はい、Meの艦で、姉妹でこの情報を見ています!」

三笠は、

「金剛、比叡達をここへ呼べ」

すると長門が

「三笠様 よろしいのですか? 機密作戦ですが!」

「だからじゃ! 金剛艦内で騒がれても困る、今後の事もあるしの」

 

金剛は、自分の艦で待機する比叡達へ三笠に来るようにメールを出した。

三笠は、

「宇垣、昨日は若手参謀達が押しかけたそうじゃな」と宇垣を見た。

「ええ、参りましたよ、途中で長官が来なかったら、全員殴ってましたね」

「まあ、堪えてやれ 俺達もああいう時代があったから、今がある」と山本が窘めると、

「しかし長官、あの大本営の連中に感化され過ぎです」

宇垣は、表情を厳しくして

「長官、気になる話があります」

「なんだね」

「はい長官、此方の情報員の話によると、大本営参謀達は三国同盟の早期交渉再開を目論み、既にドイツ側と在ドイツ駐在陸軍武官を通じて接触しているとの事です」

「なに!」という山本

「大本営参謀の話では、ドイツ側より早期に再び日本が対米開戦を決意、実行する事を打診されているとの事です」

「やはり、そうくるか」と山本が言うと、宇垣は

「その見返りに、ドイツの最新軍事技術を提供してもよいと打診されているそうです」

「軍事技術?」

「はい、各種の電探、新型噴式機関、そして開発中の新型爆弾の基礎技術」

「新型爆弾だと!」と表情を厳しくした山本と三笠。

宇垣は周囲に聞こえない様に

「はい、内偵員によると、1発で都市を破壊できるとの事です、自分には信じられない話ですが」

それを聞いた山本と三笠は、

「やはり、ドイツも開発していたか!」

「長官?」

山本と三笠の険しい表情を見て、宇垣が驚く

「宇垣、その情報決して他に漏らさぬようにしろ!」と山本がきつく言い放った。

「まずいの、イソロク」

「ああ、三国同盟が再び話題になり、その技術が拡散すれば日本、いや世界は破滅するぞ!」

「どういう意味ですか?」と宇垣が聞くと、

山本はそっと

「その技術は本物だ、米国も開発している、ドイツが先か、米国が先かという事だ!」

三笠は表情を厳しくしながら、

「宇垣、至急横須賀経由で姉上にその件報告せよ! 早急に手を打たねばならぬ、その技術、決して我が国へ持ち込ませてはならぬ」

「はい、既に報告書は出来ております、三笠様のご意見を加えて明日にも本土へ」

山本は、

「しかし、困ったものだな。ようやく日独伊三国同盟を俺の次官の椅子と引きかえに、何とか回避したのに またもや出てくるとは」と呆れ顔であったが、

宇垣が、

「ドイツ側からの圧力がかなり強いようですね、陸軍中心に色々と餌で釣られているようです」

三笠は

「独伊の狙いは、初めから対米参戦にある。ここで同盟を結べば米国の対日制裁は激しくなるばかりじゃ、そればかりか世話になった英国へ弓引く事になりかねん」

山本も、

「ヨーロッパの動乱に巻き込まれたら最後だ! 全世界規模の戦争に発展しかねん! ここは、俺達海軍が悪者扱いされたとしても、何としても対米開戦は避けなければ、この国の未来はない!」ときつく言い放った。

 

宇垣は、

「それともう一つ 大本営がらみで」と言うと、横から大淀が、

「本日夕刻、例の参謀達がパラオへ行きたいという事で、陸攻の手配を申請してきました」

山本が

「パラオだと?」

「はい、長官 どうやらここではパラオの被害の程がはっきりしないので業を煮やしたようです」と宇垣が答えた。

「いかがいたしましょうか?」と大淀が聞くと、

「構わん! 行かせろ」と三笠が答えた

「いいのか? 自衛隊の件もあるぞ」と山本が言ったが、

「奴らが現地で騒いだ所で、たかがしれておる。泊地は動かん、コロールの陸軍も問題ない」

すると宇垣が

「ああ、確か泊地提督の後輩が実質的に仕切っていましたね」

山本が、

「しかし、大本営に自衛隊の件が知れると厄介だぞ」

「そろそろ姉上の陛下への上奏が終わる頃。そう心配する事もない」と平然と答えた。

大淀は、

「明後日にはパラオへ定期便が向いますので、それでという事で手配しておきます」

宇垣は、

「泊地の方にも、一応警戒するように注意しておきます」

 

山本は壁面の大型ディスプレイを見て

「始まったか」と静かに呟いた。

宇垣が

「長官 ひえい君だけですか? 斥候は?」

「そう言う事だな、まず二人で敵地に侵入して状況確認、その後、本隊が空挺降下

周囲と輸送船を制圧、曙を保護そして」

「北部指揮所をせん滅ですか?」と宇垣

「ああ、たまらんだろうな。いきなり敵が目前に出現するんだ、奴らは北部警備所が米軍の支配地域下にある事で安心している、そこが此方も盲点だった」

宇垣は、

「長官、今後このような事態が生じない様に、各泊地、警備所の監視状況を強化します」

「うむ、済まぬな」

 

三笠士官室にいる全員が、大型ディスプレイに映るルソン北部の海岸線へ向う 光点を見つめた。

「ひえいちゃん fightデス!!」と金剛はぐっと拳を握った!

 

 

 

 

漆黒の闇が覆う海面を、海岸線へ向け泳ぐ、ひえいとスポッター要員

ほぼ足が海底に付くほど陸地へ接近したが、むやみに起き上がる事はしない。

そっと海面から顔を出し、周囲を確認する。

ひえいは、顔をドーランで迷彩色に化粧して、完全に闇夜に溶けこんでいた。

周囲を慎重に確認する。

既に、立って歩けるほど水深は浅くなっていた。

ひえいは、後をついてくる特戦隊員へ

“上陸に備えて!”とハンドサインで指示を送ると、後方で警戒する隊員も了解の合図を出した。

まず、フィンを脱ぎ、フックで腰につけると、足のレッグホルスターから、9mm拳銃を抜き、右手に握りながらゆっくりと海岸を目指す。

補助員の特戦隊員も、20式小銃の折り畳み式ストックを伸ばし、いつでも撃てるようにしながら、ひえいの後を追う。

遂に、波打ち際まで来ると、二人は一気に起き上がり、海面から出ると前方10m程先の林へ駆け込んだ!

 

林の中へ駆け込み、再び周囲を確認する。

「どう?」とひえいが小声で聞くと

「クリアーです」と特戦隊員妖精から答えがあった。

「レポートするから、警戒お願い!」

「はい、ひえい副隊長」

特戦隊員妖精は、背負ってきた防水仕様のタクティカルバッグから、GPNVG-18暗視装置を取り出しそれをヘルメット内へ装備した。

20式小銃を構えながら、周囲をぐるりと見回す。

彼の20式小銃には、ACOGの最新バージョンの照準器が載せてあった。

闇夜の中、照準器を覗き込むとトリチウムにより照準線がハッキリと見える。

「周囲クリアーです!」と小声で報告する。

その間に、ひえいも暗視装置を取り出し、自らのヘルメットへ装備すると、インカムを操作して

「ランサーリーダー! ドライ」と短く報告した。

護衛艦いずも艦内の総合作戦指令室に控えるいずも副司令が、

「周囲は?」

「はい、問題ありません。これから待機地点へ向います、アウト!」

ひえいはタクティカルバッグからギリースーツを取り出し、それを着込むと、

使い捨ての防水バッグからM40と予備弾倉を取り出し、スリングベルトを肩に掛けながら、小声で、

「移動するわよ」

「はい!」と同じくギリースーツを着こんだ特戦隊員が返事をした。

静かに、林の中を進んで行く、

時計を見ると、現地時間19時前だ。

「待機地点まで、5kmか予定通りね」といい、そっと進む

暗視装置のおかげで、闇の中でも十分に進む事が出来た。

頭上には、薄っすらと雲間に月が見え、ほんのりと林の中を照らしていた。

林の中を慎重に移動する二つの影

 

少しづつ林を掻き分け進む、ひえい達

闇夜を照らす月明かり、そして暗視装置越しに見える視界を頼りに、林の中を進む。

時折、戦術情報を表示するタブレットを見ながら、位置を確認。

鳥や獣の鳴き声が木霊する林の中を静かに進むひえいと特戦隊員妖精

30分ほど歩き、一旦止まって周囲を確認した。

うっそうと茂る草木が見て取れる、時折獣の目だろうか、闇夜に光る物があった。

ひえいは、戦術情報を映すタブレットと磁気コンパスを見ながら、

「もうすぐね」と前方を見た。

後方で、周辺を監視する特戦隊員妖精に、

「もう少しで森を抜けるわ」

「はい」と返事をする隊員妖精は

「その後はムカデですか?」と聞いてきた。

するとひえいは

「ねえ、もう少しまともな表現はないの?」

すると隊員妖精は

「ゴキブリ」

「ああ、聞いた私がなんとかね」といい

「どうせ、地面を這う事には変わりないか?」といい、

また小枝を掻き分け、前に進み出した

 

 

 

 

ひえい達がルソン北部へ侵入している頃、その沖合100kmほどの海域では、護衛艦こんごうとひえいはまさに雲隠れしようとしていた。

迷彩服に身を包んだこんごうが艦長席に座り、オブザーバー席にはすずや

そして、群司令官席には陽炎が座っていた。

こんごうの座る艦長席に設置された艦体コミュニケーションシステムの画面には、ひえいの代わりに護衛艦ひえいを預かるひえい副長が写っていた。

こんごうは、

「ひえい副長、そちらの準備は?」

「はい、こんごう艦長 問題有りません」

こんごうは、

「こんごう、ひえい Sモードへ移行! 潜航!」

オブザーバー席に座るすずやが、インカムを操作して

「艦内配置 サブマリンモード! 潜航用意!」と通達した。

機関担当科員が即座に、

「主機停止! AIP駆動切り替え!」

「各部 防水シャッター閉鎖! 気密確認急げ!」と航海長の声を響いた。

操舵手が、

「スタビライザー展開完了! 操舵切り替えます!」と報告をあげた!

艦橋窓枠に防水シャッターが降ろされ、潜航警報の電子音が鳴り響く!

こんごうの艦長席のモニターには各部の確認状況が次々と表示された。

副長が、

「潜航はじめます!」という声に

「深度30! ダウントリム5 ダイブ!」とこんごうが答えると艦はゆっくりと前方へ傾斜し始めた

 

「おお! 沈んでる」とすずやが言うと、陽炎が、

「縁起でもないこと言わない! 潜ってるって言ってよ!」と言いつつ、その顔を見るとやや引きつっていた。

それもそのはずだ、陽炎やすずやにとって水上艦である護衛艦が潜水艦のごとく海面下へ潜航するなど想像も出来ない。

陽炎は、

「外が見えないって実感が湧かないわね」

すると こんごうが、

「見ます外?」といい、前方のモニターを艦外カメラへ切り替えた。

マストの上に装備された艦外カメラが、艦首からゆっくりと海面下へ沈む姿を映し出した。

海水が甲板上を洗い流し、主砲、そして艦橋下部と波が覆っていく!

「自分の艦じゃ見たくない光景ね」と陽炎がいい、続けて

「話には聞いていたけど、やっぱりすごいわこの艦」

 

やや姿勢が前傾になりながら、すずやも

「この機能はすずやの艦には付かないですよね」

「ええ、潜航待機機能は、船体構造そのものを最初から専用にする必要があるから、後から改修したすずやさんには付かないわね」

するとすずやは、

「こんごう艦長、新造艦の三笠には?」

「いえ、最初は計画したようだけど、三笠様が“そんな物はいらん”といって没になったみたい」

すずやは、

「う~ん、三笠が沈むって、いい感じしないですよね」

すると陽炎は、

「あの船は、少々の事ではびくともしないわよ、三笠だもんね」

 

そう言ううちに、マストまで完全に水没し、カメラ映像は完全に水中を映し出した。

すずやが

「イムヤより潜るのはや~い!」と声に出した。

すると こんごうは、

「潜航速度は、伊号より速いわよ、特に急速潜航はね」

「どうしてですか?」と聞き返す すずや

「この艦の潜航機能は元々対艦ミサイルから身を守る為の機能なの。だからいち早く潜航する事に重点を置いているわ」

「対艦ミサイルからですか?」

「そう、私達の時代対艦ミサイルは高速化して音の数倍の速度で飛来するわ。本来ならまず電子戦、SM-2、主砲、最後はCIWSという感じで防御する」

「はい、教本にもそう書いてありました」

「でも、実際はかなり難しいものよ、相手は此方の手の内を知っている。一番効果的なのは、今も昔も物量作戦よ」

するとすずやは、

「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるですか?」

「まあ、下手かどうかは別にして、数で押し切られると確実に届くミサイルが出てくる」

「はい」と答えるすずや

「そこで考え出されたのが、この潜水待機機能なの」

といい、こんごうは

「まず防御力の弱い、あかし、いずもが潜航する、その間私達が応戦して対応するの、そしていずも副司令達の安全を確保したら、次ははるなにひえい、そしてきりしまで最後が私よ」

「こんごう艦長が一番最後なんですか?」とすずやが聞くと、

「ええ、他の艦は潜航する事で対艦ミサイルを躱す事ができる、私はいざとなればあれを使ってミサイルを弾き飛ばす事もできるわ」

するとすずやは、

「それ! 反則っていわれませんか?」と笑いながら聞いてきた。

「いいの! 防げれば」と笑いながら答えるこんごう

「しかし、最初にこんな機能を考えた人は偉いですね」とすずやが聞くと、

「確かにね、最初に考えたのはお母さんよ」

「えっ! あの写真の方ですか」

するとこんごうは、

「私が子供の頃に読んでいた漫画の中にね、潜水艦を海中まで潜って追いかけ回す重巡の話があったの。そこから考えついたみたい」とあきれ顔であった。

因みにその重巡は、“飢えた狼”の親戚と呼ばれていたらしい。

こんごうは続けて、

「最初に2m位の模型を作って試験をして、次は10m程度の大型模型で試験して問題ないという事で、いずも副司令の艦から装備が始まったの」

「いきなりあんな大型艦からですか!」とすずやが驚いたが、

「まあ、技術的には問題は少なかったらしいけど」と言いながら

「運用する方は大変よ、水上艦と潜水艦の両方の資格が必要だもの」

すずやは、周りを見回して

「では、副長さんや航海長さんもですか!」と聞くと

「ええ、私を含めて全員潜水艦乗務員資格をもっているわ」と言いながら

「まあ、あれば便利よね、こうやって身を隠せるし、奇襲とか待ち伏せとか色々と作戦の幅も広がるわ」

するとすずやが、

「この機能には弱点はないですか?」と聞くと

こんごうは声を小さくして、

「あるわよ、まず潜航中は動きが鈍い、元々水上艦だもん 伊号より遅いかも」といい続けて、

「探知能力が極端に落ちる、今回はE-2Jが上空をカバーしてくれるけど、SPY-1は海中では使えないから、小型のドーム型レーダーを偽装して海面に上げているけど、それでも通常の半分の距離しか探知できないかな」と続けて、

「あとはこれが一番の問題なんだけど、見つかって攻撃された場合の反撃手段がない」

「えっ」と驚くすずや

「12式短魚雷があるのでは?」と聞き返した。

するとこんごうは

「あれは、水上発射型なの、水中では3連装短魚雷発射管は使えないわ」そう言いながら

「今度 あかしに改修させるか」とぼやいた。

そんな時、

「間もなく深度30です!」と副長が報告してきた。

こんごうは即座に、

「ダウントリム戻せ! 艦を水平に!」と指示を出しインカムを通じて、

「ソナー 艦橋 周囲の状況は!」と問いただした。

インカム越しに、

「はい艦長 当艦右舷200mの位置にひえい、深度30です、他は反応がありません」

「周囲の捜索を重点的に、潜航中はソナーが頼りです」

「はい! お任せください!」と元気な返事が返ってきた。

続けて

「CIC 艦橋! 砲雷長いる?」とCICを呼びだした

艦長席のモニターに砲雷長が映し出される

「お呼びでしょうか」

「状況は?」

「はい、水上偽装レーダー問題ありません、上空のE-2Jとのデータリンクも異常なしです」

「周辺海域の探査を続けて」

「はい、艦長」と返事がありモニターが切れた

こんごうは デジタル通信回線を開き、護衛艦いずもの作戦指令所のいずもを呼び出した

「いずも副司令、こんごう、ひえい 待機位置に着きました」と報告した。

「こんごう、此方でも確認したわ」といい、

「ひえいはあと1時間以内に射撃地点に到達できると思うわ」といい、最新のデータをこんごうへ送信した。

別画面でそれを確認するこんごう

「では、今のところ予定通りですね」と聞くと

「すこし問題があるの」といい、別の写真データを開いた。

「これは、最新のリーパーが捉えた警備所の映像です」

そこには、警備所の上空で待機するリーパーの赤外線映像が映しされていた。

陽炎も席を離れて、こんごうの横へ立ちそれを覗き込んだ。

同じく映像を覗き込んだすずやが、慌てて

「あっ! 曙がいない!」と画面の一部を指さした。

そこには警備所の小さな埠頭から沖合に向け伸びている木製の簡易桟橋があった。

本来 この時間ならそこに係留されているはずの駆逐艦曙の姿がない!

「曙さんがまだ帰ってきていない?」とこんごうが聞くと

「ええ、いまレーダー解析をしているけど、警備所へ向う1隻の船舶を見つけたわ」と

いい、E-2Jのレーダー解析画面を投影した。

そこには、ややジグザグに進路を変えながら進む1隻の艦艇の航跡解析図が表示されていた。

「えらく小刻みに進路を変えていますね」とこんごうが聞くと

「そうなの、対潜警戒しては変だし」といずもが答えると、それには陽炎が

「多分、いやいやながら帰ろうとしてるわよ、これ」と答えた。

「いやいやながら?」とこんごうが聞くと、

「彼奴、嫌な事があると、こうやってわざとゆっくり帰って時間を稼ぐ悪い癖があるの」

するとすずやが、

「すずやが居た頃は、“司令ただいま!”とか言ってすっ飛んで帰ってきてたけど」

「そりゃあ、堀司令の時はそうかもしれないけど、今のクソ司令なら考えるわよね」と陽炎が答えた。

いずもが、

「この調子だと、警備所へ入港するのは現地時間の夜の10時前後よ、作戦開始前には帰り着くとは思うけど、最悪は海上で保護する事も検討して」

「はい、その辺りの想定はしております。既に保護班の分隊長には想定しておくように指示してあります」

いずもは、

「曙さんが入港次第、潜入開始よ」

「はい、副司令」とこんごうが返事をした。

陽炎は、じっと画面を見て

「今行くから!」と呟いた

 

 

 

トラック泊地の戦艦三笠の士官室では、先程合流した比叡、榛名、霧島も加わり、ごった返していた。

三笠と宇垣、そして金剛はじっと前方のモニターを凝視していた。

比叡達はテーブルの中央で大和を囲み、榛名が持参したお手製のクッキーを囲んでお茶を飲む余裕があった。

後方では大淀となぜかしっかりとこの場にいる青葉が、状況の変化を記録している。

青葉が時折、写真を撮っていた。

そして部屋の端の小さなテーブルでは、山本と長門がここでも1局打っていた。

室内に山本の指す駒の音が響いた。

相手をする長門が、

「手堅いですね」と切り出した。

「ああ」と答え、桂馬を打ちこむ山本

渋い顔をする長門

「行き詰まりました」と答えた。

「だろうな。お前は俺が飛車、角で速効攻め込んでくると思い込んで、自陣を固めた。それが逆に今は足枷になって、動けない」

「固め過ぎましたか?」

すると山本は

「いや、以前の俺ならその戦法で間違いない、此方の攻めを上手く受け止め自滅するのを待てばいい」

そう言いながら、

「お前は俺が相手だと思ってこの局面を作りあげた。そこが盲点だよ」

「と言うと?」

「長門、この打ち方は、パラオの自衛隊の司令の打ち方だ」

「自衛隊の司令官ですか?」

「ああ見事だよ。攻めると見せては引き、相手が乗ってくれば背後を突く、籠れば包囲殲滅」

長門は興味深げに、

「どんな男ですか?」

山本は、盤面に歩を打ち込みながら、

「一言でいえば“昼行燈”だな」

応じ手を打つ長門が、

「昼行燈ですか!」

「ああ、実務は秘書艦のいずも君が仕切っている、滅多な事では前線に立たない。

口数は少なく、表情の変化も少ない、山口とは正反対の漢だ」

と言いながら、

「しかし、秘書艦のいずも君をはじめ、こんごう君達全ての艦娘、兵員妖精から信頼されている。彼の立案した作戦を確実に実行している」

すると長門が

「面白そうな男ですね」

「ああ、思慮深い。今ではなく明日の先を見る漢だ」と山本は答えた。

「明日の先?」

山本が、

「先のパラオ防空戦もそうだが、一つの戦いを必ず次の戦いの布石とする。パラオ防空戦は、今回のマーシャル諸島作戦の布石だ」

「どういう事ですか?」

山本は腕を組みながら

「パラオ防空戦は、航空戦、艦隊戦共にほぼ完全勝利だ。帰還できたのは一部の駆逐艦だけだ」

「はい」と答える長門

「今頃敗残兵を迎えたマーシャルの司令部はどうなっていると思う?」

すると長門は

「情報確認に追われているはず?」

「そうだ、今回の戦闘では真面にパラオ艦隊を拝んだ敵はいない、正体不明の兵器を使い、コテンパンにやられたと報告するはずだ」

「ええ、私もそれをここで見ました」

「特に艦隊戦では遠距離からの正確な攻撃を受けたと報告される」

「はい、あの攻撃力には驚くばかりです」と長門が答えると、

「現状、連合艦隊でそのような攻撃が出来る艦は?」と山本が聞くと、長門は少し考え、

「大和級ですか?」

「ああ、大和の46cm砲ならそういう誤認も起こりうる。奴ら今頃パラオに大和級の新造艦が配備されたのではと疑心暗鬼になっている頃だ」

山本は続けて、

「奴らは今まで、このトラックの事だけ考えていれば良かった、しかし、後方のパラオに強大な戦力があると知れば、どう出る?」

「迂闊に此方に手出しできない」

「ああ、そればかりかソロモンの押さえにもなる」

山本はぐっと長門を見て

「そんな状況を、ミッドウェイの姫が黙って見ていると思うか?」

長門は身を乗り出して、

「では、最終的な目的は!」

「ああ、ミッドウェイをこのミクロネシアまで誘い出す算段だろう。そして真の狙いはハワイの奪還だな」

「ハワイですか!」

「ハワイ、真珠湾は太平洋の要だ。そこを奪還できるかというのが戦局の大きな分岐点となる」

長門は、

「長官、しかしハワイは米国領です。我々が迂闊に手を出せば、真珠湾攻撃の時の様に国際問題化するのでは?」

山本は、腕を組み、

「そうだ、我々単独ならばな」と長門を見た、そして、

「だからオーストラリアを味方につけ、米国世論を友好へと傾かせ、そして3軍合同で奪還する!」

長門は驚きながら、

「三ヵ国海軍ですか!」

山本は、

「ああ、凄いぞ。米、豪、日の合同海軍だ!」とニマリと笑みを浮かべ盤面を見ながら

「長門、先は長いぞ」といい、駒を撃ちこんだ!

 

 

 

その頃、ルソンのアパリの森林地帯を抜けつつあるひえいと特戦隊員妖精は、ルソン北部警備所が一望できる丘の上まで数百メートルまで近づいていた。

林の中から、前方の小高い丘を見上げるひえい

タブレットの地図情報と照合しながら、小声で

「あそこね、大体300mってとこかしら」

隊員妖精は少し溜息をついて、

「斜面を装備抱えて、匍匐前進ですか?」

「文句言わないの、いくわよ」といい、その場に腹ばいになりゆっくりと斜面を這いあがりだした。

「芋虫 いきます!」と小声でつぶやき特戦隊員妖精も続く

第五匍匐前進と呼ばれる、ほぼ地面にへばりつくような姿勢で進む。

但し、大切なM40だけは地面に擦れないように慎重に両腕で抱えている。

横の特戦隊員妖精は、20式小銃のスリングを右手で掴み、小銃を引きずるように進む。

闇夜の中、微かに草木が擦れるガサゴソという音だけがほんの少し響いていた。

数m進んでは、止まり、周囲を伺い、また数m進む

これを300m繰り返す、立って歩けば数分の距離を30分近くかけてゆっくりと草木に隠れて進む。

既に、顔は草や木の枝で擦り傷だらけである。

ひえいは、

「ちゃちゃと終わらせて、お風呂でのんびりするぞ」と内心さけんだ!

 

 

 

それを上空で警戒しているMQ-9リーパー

機首に搭載されたカメラが、地上の映像を拾い、それを機上解析してさらに上空で待機するE-2Jに搭載されたデータリンクポッドを使いいずもへ送信される。

いずもでは、飛行偵察隊内に設置されたMQ-9運用隊によりMQ-9が操縦され、常時1機当たり2名のオペレーターが操縦とカメラ操作などを行っていた。

いずもで受信したデータは即座に作戦司令所でいずも達が確認するのと同時に、偵察隊情報処理班により詳細な検討が行われていた。

いずも達幹部は現状の確認であるが、情報処理班ではその映像から更なる情報を読み取ろうとしていた、昼間の偵察なら野道の轍1本の幅から通過した車両の大きさなどを推察する、施設の形状からその施設の目的などを推察していく。

今回の作戦でも、刻々と収集されるそれらの情報を分析し、より精度を上げていくのだ。

そして既に写真データは飛行隊へ回され、もしもの時の空爆優先順位も決定されていた。

いずもは、作戦指揮所で横に立つ陸自妖精を束ねる中隊長妖精へ

「スケジュール通りね?」と問いただした。

「はい、駆逐艦曙の入港が遅れていますが、それ以外はほぼタイムスケジュール通りです。このまま深夜まで海中で待機後、まず駆逐艦曙保護班がロクマル2機で警備所南部のこの海岸の入り江深く侵入し待機します。その後強襲班フタ班が空挺降下、同時に狙撃班が、歩哨3名を狙撃、強襲班の着地をサポートします」

すると、いずもは、

「先に曙さんの保護でいいのね」

「予定ではそうですが、その辺りは現場のこんごう二佐の判断になります」

いずもは司令官席の背もたれに身を預け、

「じっと待っているっていうのも落ち着かないものね」

すると陸自中隊長妖精は、

「それが、指揮官の仕事です」と答えた。

いずもは、狙撃地点に近付くひえい達の光点を見守った。

 

ひえいは、なんとか匍匐前進で、警備所を見渡せる丘の頂点へたどり着いた

時計を見て、

「予定時間内には着いたわ」と呟き、横へ並んだ特戦隊員妖精へ、

「準備するから、周辺警戒おねがい!」と小声でいうと。

「合点承知の助です」と返事が返ってきた

この隊員妖精腕はいいが、時折変な事を言うのが玉に瑕なんだが。

そう思いながら、まず射撃地点を確認する為にバッグから高倍率単眼鏡を出した。

暗視装置越しに覗くと、まず木製の桟橋が目に入った

「あれ? まだ曙が帰ってない?」

すると、横に待機する特戦隊員妖精が、タブレットを操作して戦術情報を呼び出した。

「曙さん、帰港が遅れているみたいです。E-2Jが艦影を捉えています」といいタブレットをひえいへ見せた。

そこにはデジタル通信で送信されたいずも司令部の戦術情報がアップロードされていた。

ひえいは、

「好都合だわ」と小さく呟いた。

「?」と顔を向ける特戦隊員妖精

「入港後、間を置かずに保護できれば、機関出力が高いままよ。直ぐに出港できるわ」

「そうなんですか?」

するとひえいは、

「陸さんには分からないか、あの手の艦は一旦機関出力を下げて、ボイラーの火を落とすと中々動けないものなの」

すると特戦隊員妖精は、

「いつもひえいさん達を見慣れていると、わかんないもんですね」

ひえいは、

「車みたいに、キーを捻って即出発とはいかないわよ」といい、

「こんごう達もそのタイミングでくるわよ」

そう言いながら、単眼鏡を横へ向けた、簡易桟橋に小さな小屋があり、一人の歩哨が立っていた。

「桟橋の歩哨、距離は?」と横の特戦隊員妖精へ聞くと、

特戦隊員妖精は、レーザー距離計付き双眼鏡でそれを見ながら、

「585mです」

単眼鏡を動かし、

「入り口の歩哨二人は?」

「だいたい、610って所ですね」

「解った」といい、腹ばいになったまま、まずM40A5を手元へ引き寄せ、前方下部に装備された折り畳み式の2脚を展開する。

ハリスバイポッドのボタンを押して、伸縮式の足を延ばした。

次にタクティカルバッグから緩衝材入りのバッグに梱包された暗視装置を取り出し、M40A5のフロントレールに装着した。

ヘルメットに装備されたGPNVG-18暗視装置を上げ、視界を確保すると、

慎重に、M40を前方へ置き、スコープについたフリップアップのスコープカバーを開け、伏せ撃ち姿勢を決る為、伏せたまま右肩へストックショルダーを当て、左手をストック後端のサポートホルダーへ添えた。

スコープ越しに前方を見ると、スコープ前方の暗視装置が警備所を映し出していた。

「リーパーからウエザー拾って」とひえいが言うと

「はい、これですね」といい、タブレットを見せた。

「地上気温 28℃ 風北より1.5mか」といい、ストックに張ってあった小さい紙を見た。

「よし、これなら大きな補正はいらないわ」といい、じっとスコープを覗き込んだ。

よく映画などで、カチカチとスコープのダイヤルを回して照準線を弄っているシーンがあるが、実際は既に最適射撃距離で調整されているスコープの照準線をいじくり回すような事は避けたい。手元の弾道補正表の範囲内なら弄らない事だ!

ゆっくりとボルトレバーを操作して、初弾を装填する。

ボルトレバーを引き、7.62x51mm NATO弾を、静かにチャンバー内に装填する。

通常の7.62mm弾ではなく、狙撃用に選び抜いたM118マッチ・アモ(競技用弾)だ。

トリガーセーフティを掛け、特戦隊員妖精へ

「いずもへ報告、ランサー1 レディ」

「はい」と短く返事をした特戦隊員妖精は、タブレットを操作していずも司令部へ電文を送信した。

 

 

 

夜の10時近くとなり、近隣を航行する船舶が減った事を確かめると、護衛艦こんごうとひえいは、再び浮上し待機していた。

後部甲板には1機のロクマル。

そして格納庫内にも、もう1機待機していた。

甲板上のロクマル“ひえいスワロー01”は先程こんごうに着艦し、現在ベアトラップで甲板上に固定されていた。すでにエンジンは離陸出力を保っており、頭上ではローターがけたたましい音で鳴り響いている。

甲板上は赤色の甲板照射燈で照らされて明るい。

ヘリ格納庫横の安全区画に立つこんごう、横には陽炎が立っていた。

陽炎は腰に、愛用のブローニング拳銃を下げていた。

「じゃ、こんごうさん、先に行ってまっているわよ」といい、陽炎は3名の特戦隊員妖精と共にヘリへ向け、歩き出した。

「はい、此方も準備でき次第動きます!」と答えるこんごう

黄色と黒のチェッカーの入ったベストを着る甲板要員から、

「陽炎さん! 頭低くしてください!」と言われて、少し頭を低くする陽炎

機体のサイドドアから乗り込む。全員が乗り込むと、甲板要員が外からスライドドアを閉め、機内の機上整備員へサムアップサインを出して、ドアロックを確認する。

夜間誘導用のマーシャルパドルを持つ誘導員が前方へ立ち、両手を水平に広げた!

ロクマルのローター回転音が変化し、離陸準備が整うと、ヘリ甲板右端に埋め込まれるように装備されている発着艦指揮所で待機する飛行班長が、

「ひえいスワロー01 ベアトラップリリース! ナウ!」と無線で言うのと同時に指揮所内の機材を操作し、ひえい艦載機を拘束していたベアトラップを解除した。

それと同時に、マーシャラーはライトパドルを少し上に振り“上昇せよ”と合図する!

ロクマルのローター回転音が一瞬変化したのと同時に、機体がふわりと浮き上がってゆっくりと上昇した。すると既に機体下部に装備されていたホイストロープが機体から垂れ下がった。

ひえいスワローはそのままゆっくりとマーシャラーの誘導に従い高度10m程度の所でホバリングを開始した。

機体が停止した事を確かめると、飛行科員の妖精達が格納庫内で待機していたゾディアックボートを抱えて甲板上に出てきた。

ヘリから吹き降ろされるダウンウオッシュに飛ばされない様にしながら、ホイストロープにボートを固定する。

ボートが固定された事を確かめると、再びゆっくりとひえいスワローは上昇を開始し、護衛艦こんごうから離れて行った。

じっと無言で、離れて行くロクマルを見送るこんごう

小さくブザーが鳴り響き、格納庫内から別のロクマル、こんごうスワロー01がベアトラップに牽引されて、発着場へと出てきた。

ゆっくりとバックするロクマルには既に、すずやと3名の特戦隊員妖精が搭乗していた。

開け放たれたサイドドアに駆け寄り、こんごうは、すずやへ

「いまの所 あと1時間程度で曙は入港するわ、曙入港と同時に私達も行動を開始する」

「はい、艦長! こちらは待機地点でまっています!」

「いずもからの通信を必ず確保してね」といい

「あれは持った?」

「はい、ここに!」とすずやはポケットを指さした。

「きっと喜ぶわよ!」

「はい!」と大きな声で返事をするすずや

 

ロクマルは発着位置までくると、整備班長の指示でローターが展開される、それをハンドライトで照らして、外部確認する整備班長!

「スタートするぞ、グズグズするな!」と整備班長の声が甲板上に響いた!

こんごうも他の要員と共にヘリから離れる、ヘリの前方のマーシャラーがエンジン始動のサインを出すと、

 

“ヒィィィン”という独特のエンジン始動音がしたのと同時に、

“ゴォォオオ”と排気音が甲板上に響き渡った。

本来なら、衝突防止灯や翼端灯などの航空灯火が点くはずだが、戦闘飛行だ、全て消灯されている。

ターボシャフトエンジンの回転が安定したところで、ローターブレーキが外されたようで、

ゆっくりとローターが回転し始めた。

徐々に回転を上げていく、ロクマル

先程と同じ要領で、離陸準備が整い、機体が浮き上がった!

バブルウインド越しにすずやが此方を見ているのが分かる。

吹き降ろしのダウンウオッシュに舞い上がる髪を押さえながら、ボートの吊り上げ作業を見たが、此方も問題なく進み、ロクマルはすずやを乗せてゆっくりと艦を離れて闇夜に消えて行った。

 

発着艦指揮所で待機していた飛行班長が近寄り、

「オスプレイは1時間後に到着予定です」と報告してくれた。

「再発艦までの時間は?」

「10分以内に燃料補給が可能です」

「分かったわ」と言いながら、こんごうは格納庫内に向って歩き出した。

格納庫内では、特戦隊員妖精達が最終の銃器の確認作業を行っていた。

まず20式小銃

彼らの使う20式小銃は少し一般隊員が使うものと外見が違った。

全員、ホロサイトにサプレッサー、そして銃口横には小型のレーザーサイトが装備されている。

そして、小銃本体では一見すると分かりにくいが、刻印が一切ない。

本来、小銃には使用する小銃弾や、製造メーカーやシリアルナンバー、そして自衛隊の桜の刻印や安全装置の指示などがレーザー刻印されているが、特戦隊員妖精が使う20式にはそれが無かった。

唯一、シリアルナンバーの代わりにバーコードが張ってあるが、今回はそれも剥ぎ取ってある。全くの無印だ。

そして拳銃も同じく、本来ある桜の刻印やメーカーの刻印がない。

もしもの場合、国籍が分からない様にする為である。

まあ、20式を完全な形で回収されれば、言い訳できないが、破壊する事が前提条件となっている。

各自テーブルの上に広げられた、弾薬箱から小銃弾を取り出すと、確実にマガジンへ装填する。

弾頭やケースに傷があるものや、変形している恐れのあるものは容赦なく外していく。

“その1発が生死をわけ、作戦の成功を危うくするのだ!”

装填したマガジンを各自ベストのマガジンポーチへ仕舞い込む、足のサイドポケットにも仕舞い、あとはタクティカルバッグへ押し込んでいく。

通常戦闘とは違い、潜入戦闘の場合、後方からの弾薬補給はない。

持ち込んだ弾数で勝負する。

静音侵攻に失敗し、奇襲出来ない時は制圧戦闘しかない、そうなれば銃撃戦は避けられない。

戦場で、弾切れは即“死”を意味する。

準備をする隊員妖精の顔が引き締まっていく。

 

こんごうも自らの装備品を確認し、弾薬を補給する。

通常の海自の訓練なら、武器庫担当妖精が装弾済みのマガジンを用意してくれるが、今回は全て自分の目で確かめながら行う。

P-MAGへ弾薬箱から5.56mm弾を取り出し、慎重に確実に詰めていく。

格納庫内にこんごう達が弾薬を詰める音が響いていた。

 

 

 

その頃 パラオ泊地の自衛隊地下司令部では、泊地提督と自衛隊司令がじっと大型ディスプレイに映し出される作戦進行状況を凝視していた。

作戦自体は始まったばかりであるので、極端な変化はない。

駆逐艦の子達が少し時間を持て余し始めたので、きりしま先生による“初級 電探講座”なるものが司令部の後方で始まった。

最初はきりしまが、秋月に装備予定の対空、対水上レーダーの説明をしていたのだが、それを聞いた長波が、

「長波もお願いします!」と参加してきた。

すると、横にいた睦月に皐月も

「今後の事があるから」と一緒に聞き出し、結局 由良や鳳翔、瑞鳳も加わり、簡易講習会となったのである。

 

泊地提督が

「司令、すまないね 忙しいところ」

「いえ、作戦自体は始まってしまえば自分は見ているだけです」

「司令、此方から指示する事はないのかい?」と泊地提督がいうと

「原則的にはありません、前線指揮官のいずもと現場のこんごうが判断します」

「任せているということかい?」と泊地提督が聞くと

「はい、但し放任している訳ではありません、任命した責任はあります」といい前方のモニターをじっと見た。

司令の視線があるモニタ―に止まった。

北部警備所を上空から監視しているリーパーの赤外線映像のモニターだ

司令は横に座るはるなへ

「はるな! この場所を中心に赤外線映像を広域映像に切り替えろ!」といい、画面上の一点をレーザーポインターで指示した。

「はい!」と返事をし、リーパーの映像を縮小表示する、はるな

じっとその映像を凝視していた司令は、インカムを操作して、

「いずも! 聞こえるか!」

「はい、司令。何か問題でも?」といずもが答えた。

すると司令は

「ひえい達のポイントの警備所を挟んだ反対側の赤外線反応はなんだ?」と問いただした

するといずもは、

「はい、それは先程情報解析班が映像解析しましたが、小型のピックアップトラックです、妙高さんからの事前情報では、米軍の監視員のようです」と答え、そして

「先程から殆ど動きがありません、眠っている可能性がありますし、その位置からはこんごう達の降下点は目視できません」と報告してきたが、司令は拡大した画面を見ながら。

「いや、それじゃない! その後方500mの所に微弱な反応が出てるぞ、近くの集落から続く小道沿いだ! 車両じゃないか!」

「!」と慌てるいずも

「直ぐに、確認します!」と返事が返ってきた。

司令は

「はるな、この反応をマークしろ!」

はるなは直ぐにパソコンを操作して、その不明反応をマーク記入した。

いずもから、

「司令、判明しました、小型の車両が1台止まっています、乗車人数は不明です、反応が小さい事から、少数だと推察されます」

「何時から止まっている!」と司令が聞くと、

「はい、10分前の映像には映って居ません」

「すると最近止まった車か!」

じっと、司令といずもの会話を聞いていた泊地提督が、

「司令、もしかるすると奴かもしれん」と言うと、

司令は少し考え、

「提督のご手配で、遠巻きに警戒線を張っているという事でしたが」

「ああ、実はルソンの中部警備所の司令とは顔なじみでね」

「顔なじみ?」と自衛隊司令が聞くと、

「海兵の1期後輩だ、彼に頼んで作戦中、下の集落から侵入者が来ない様に監視してもらっている」

「では、例の警戒網ですね、作戦の事も?」

「ああ、曙の保護の件もある、妙高さん経由で概要は知っているが大丈夫だ、俺達四馬鹿と違って彼奴は優秀だ、事の重大さもきちんと理解している」

「なら」といい、インカムを切り替え

「いずも! その不明車両にフレンドリーコードを割り当てろ! 友軍の監視員だ」

「はい、司令!」といずもから返事があった。

自衛隊司令が続けて、

「やはりこの米軍の監視員は何とかしておきたかったです、少し予想位置より近い」

すると泊地提督は、にこりと笑い、

「そういえば司令、ルソンの北部警備所付近で最近、夜間物盗りがでるらしいぞ」

自衛隊司令は、

「物盗りですか? それは物騒ですね」と不敵な笑みを浮かべて答えた。

静かに画面を見ると、その友軍車両から二つの反応が出て、静かに米軍の監視員の方へ近づくのが分かった

「物盗りね~」と司令は呟いた。

 

 

その頃、駆逐艦曙は、警備所のあるアパリの目前まで来ていた。

艦橋の艦長席で、ぶつぶつ言う一人の少女

ピンク色の“ミヤコワスレ”の髪飾りを手で弄りながら、ため息交じりに

「なんか、やだ!」と呟いた。

横に立つ曙副長が、

「どうしました?」と聞くと

「なんで、またあの“クソ司令”の所に戻らなきゃいけないのかって思っただけ」

「仕方ありません、あそこが自分達の定係港です」

「うう、なんかやだ」と駄々をこねる曙

「今の警備所! 異常よ」と叫び

「司令は腐ってる! 他の連中も死んでるみたいに無言だし、不気味だし」と

「あんな所より、ルソン中央で妙高さん達といる方が数百倍ましだわ!」

「はあ、確かにその部分は自分も同感ですな、以前の堀司令の頃とは天と地の差です、乗員妖精の中には怯えて上陸拒否する者もおります」

曙はぐっと拳を握って、

「もし今度、鈴谷さんみたいな事があったら1発殴って、ルソン中央へ駆け込んでやる! こいつ等は艦娘と妖精兵員を蔑ろにしたって!」

すると副長は、小さな声で、

「しかし、それでは処罰は必至です、あの司令の親戚は陸軍参謀本部付き中将です、軍令部内部にも親派が多いと聞きました」

すると曙は、

「なら、三笠様の所へ行って訴えて、陛下へ上奏してもらう! こいつ等皆おかしいって!」と叫んだ!

一斉に艦橋要員が振り返った。

「艦長!」と副長が窘めたが、

「今度、鈴谷さんの様な事があったら、やる! 絶対やる! 最悪解体されてもやる!」といい、艦長席のひじ掛けを握り締めた。

遠くに、ルソン北部警備所の灯りが見えた。

曙はぐっと前方を睨んで

「私は駆逐艦 曙! あの名高い第14駆逐隊陽炎の僚艦! ここで負けたら皆に笑われるわ!」

「はい、艦長」と静かに答える副長

遠くで警備所の灯火が揺れていた。

 

 

 

その頃、護衛艦こんごうでは、いずもより派遣された第2ヘリコプター団のMV-22Bが着艦し、給油作業が行われていた。

「もたもたするな! 作戦中だぞ!」

整備班長の怒鳴り声がエンジン音に負けない音量で響いている。

給油ホースを抱えた飛行科要員が機体側面の給油口へホースをセットし、合図すると、一点加圧式の給油口からの給油が開始された。

その間もエンジンは停止する事なく、頭上ではローターが青色の回転面識別灯を点けたまま回転を続けていた。

格納庫内のこんごうは、整列する特戦隊員妖精達に向い、ニコッと笑って

「さて、準備はいい?」と陽気に聞いた。

「はい! こんごう隊長」と一斉に答えを返す。

「では、行きましょう!」といい、装備を抱えてオスプレイへ向い歩きだした。

各自装備を抱え、オスプレイへ向う。

オスプレイの後部カーゴドアの前でこんごう、すずやの両副長が待っていた。

こんごう副長が、

「ご武運を!」といい、敬礼していた。

「副長、留守の間お願いね」と言うと、

「お帰りの時間に合わせてお風呂用意しておきます」

「期待してるわ」と笑顔で答えた。

横に並ぶすずや副長が、

「こんごう艦長! すずや艦長の事お願いします!」とぐっとこんごうを見た

こんごうは、すずや副長の手を取り、

「すずや副長、私達はこの時の為に訓練してきたわ、そしてすずやさんもね、皆を信じて!」

「はい、こんごう艦長」と力強く返事をするすずや副長

「じゃ、行ってくるわ」と気楽にいい、カーゴランプを登るこんごうと特戦隊員妖精達。

手空きの飛行科員や副長が整列して敬礼しながらこんごう達を見送った。

給油作業が終わり、ホースが外される。

機体の周囲を飛行科員が一周して、ハッチや可動部を点検し、前方のマーシャラーへOKサインを出した。

マーシャラーがハンドサインで、タイダウンベルトを外す様に指示すると、機体側面に待機した飛行科員がラッシングベルトを解いて機体の係留を解除した。

ローターの回転数が上がり、音が変わった。

マーシャラーの指示に従い、ゆっくりと護衛艦こんごうの後部甲板から発艦するMV-22オスプレイ。

一旦 後部甲板上でホバリングした後、ゆっくりと右舷方向へ移動し、そして緩やかに上昇航路を取って、転換モードから固定翼モードへと変わり、闇夜に消えて行った。

こんごう副長はじっとその姿を見て、

「艦長!ご無事で!」と呟いた。

 

 

闇夜の中、刻々とその時を迎えるルソン北部警備所を見渡せる小さい丘の上に、一台のピックアップトラックが止まっていた。

その運転席には、一人の米国人男性がじっと双眼鏡を片手に眼下に見える日本海軍ルソン北部警備所を眺めていた。

双眼鏡を運転台の上に放り投げると、片手に持ったビール瓶を口元へ運び、少し喉を潤しながら、ぼ~と眼下を見た。

蒸し暑い空気が、首元にまとわりつく。

男は、怠そうにしながら、

「ああ、なんで今日なんだ」と呟いた。

本当なら、今日は休暇でマニラで騒げるはずだった。

しかし、我が大将ニミッツ提督は、急遽マッカーサー大将とニューブリテン島攻略作戦を実施し、奇襲により深海棲艦ラバウル基地を奪取して後方を遮断する事に成功した。

これでニューブリテン島の深海棲艦は壊滅状態だ。

このおかげで、スービック基地は連日関連艦艇の出撃が相次ぎ、自分達の情報部も人手不足!

急遽、休暇を取り消された。

「まあ上司に、休暇を取り消された代償に楽な仕事っていったら、日本海軍の監視かよ」

上司からは、

「警備所に出入りする艦艇の確認だけでいいぞ」と言われて、終日ここで見張りをしていた。

明日の朝には交代がくる、後数時間この狭い車内で我慢すれば休暇が来る。

男はそう思いながら、下の村で購入したビール瓶を口元へ運ぼうとした時!

不意に、運転席側のドアが開いた!

「なっ!」と声を出そうとした瞬間、わき腹に痛みを感じ、そのまま運転席にかがみ込んだ。

「ううう」と唸りながら、強烈な痛みが体を走る、横腹を殴られた!

そう思い、開け放たれたドアを見ると、口元をハンカチで隠した二人の男が立っていた。

「へえ~! やっぱりいた」と自分を殴りつけた男が言うと、いきなり襟首を掴れ、車外へ投げ出された!

 

ぼす!

 

みぞおちに一発食らい、息が出来ないまま口をパクパクさせていると、目隠しと猿ぐつわ、そして手足を縛られ、多分トラックの荷台へ投げ込まれた。

目隠しをされ、動きが捕れない!

バタバタと動こうとしたが、急に耳元で、

「なあ、あんちゃん 俺達は別にあんたの命まで取ろうって訳じゃない。ちっとこずかいが欲しいだけだ、あんちゃんが大人しくしてくれれば,OKだ!」と現地訛りの強い英語で話しかけられた。

「OKか?」と聞かれ、無言で頷く!

ここは逆らえば、間違いなく口封じの為、あの世行だ!

すると声の主は、

「聞き分けのいい子は、神の御加護があるぞ」と言い放った。

内心、“だったら今直ぐその御加護が欲しい!”と思った

“クソ! そう言えば下の村でビールを買った時に、雑貨屋の女主人から、「最近ここいら辺で、夜中に物盗りが出てるそうだから気を付けなよ」と言われていたな!”

 

ガサゴソと車内を物色する音。

そして誰かが服の中を物色する。

「兄貴! ありました!」と声がした。

どうやらダッシュボードに置いていた財布と拳銃が見つかったようだ。

カチャカチャと音がする!

スライドを操作して弾を排出している。

「あんちゃん、米軍かい?」

それには答えない。

「まあ、どうでもいい」といい、ガサゴソとまた音がした。

「ちぃ、金はこれだけか! しけてやがる」と悪態が聞こえた。

“悪かったな貧乏軍人で!”と内心答えたが、

「明日の朝まで、そこで大人しくしてな!」といい、足蹴りされた。

 

ぐっ!

傷みが走った!

急に回りから、人の気配が消えた。

モソモソと動こうとするが、身動きできない!

「くそ! 朝までこのままか!」とゴモゴモと口を塞れたまま叫んだが、それに答える声は無かった。

 

 

米軍の監視員を襲った賊の二人はそのまま、闇夜の中 林を抜け警備所と集落を繋ぐ道路沿いに停車する1台の車に近づいた。

静かに、助手席の窓をノックした。

窓が開く。

「村長、これを」といい、先程米軍の監視員を襲った際に奪った数枚のドル紙幣を助手席に座る白髪の老人へ渡した。

すると老人は、それを受け取り、

「この金は、村の資金にするが良いか?」

「はい。それで」といい、男たちが頷いた。

すると運転席に座る、男性が

「おう! 若いの今日は済まない」といい、懐から封筒を取り出し、

「これで家族に何か買ってやってくれ」といい、封筒を賊に扮した若者二人へ渡した。

中身を見た若者二人は、

「こんなに頂いてよろしいのですか! 中部警備所司令!」

すると司令と呼ばれた男は、

「声がでかい。内緒だぞ」と笑いながらいい、

「済まんが、今日の件は全て記憶から消してくれ」

「解りました。では」といい、そのまま闇夜に消えて行った。

 

車内に残る二人の男性

村長と呼ばれた、初老の男性が、

「司令。これで良かったのですか?」

すると司令と呼ばれた男性は、

「ああ、俺が先輩から頼まれたのは“曙が帰ってくる前に米軍の監視員を無力化する事”だ。これでいい」

村長は、

「いったい何が起こるのですか?」と運転席に座る中部警備所司令を見たが、

「実は俺も良くは聞いていない。しかし今日を境にあの警備所がまともになるのは確かだ」

村長は、

「これで、曙さんが助かるなら。いくらでも協力します!」

「済まない村長。君たちの通報が無ければ、俺達も気がつかなかった」

すると村長は、

「しかし、もう少し儂らの連絡が早ければ、鈴谷さんもあんなことには」

「村長、それは気に病む事ではないよ。本来その仕事は我々の仕事だ。俺達が彼奴の異常にもう少し早く気がつけば、こんな事態にならなかった」

「司令、儂らの集落は、貧しい集落じゃった。あそこに警備所が出来て、堀司令は儂らの集落から人を沢山雇ってくれた。鈴谷さんも曙さんも他の人も皆、儂らには優しかった」

村長はぐっと拳を握って、

「でも、その後に来たあの男は違った! 村の者を警備所から追い出し、得体のしれぬ輩を入れ、そして鈴谷さんを虐め、追い出した!」そして、

「儂らは、堀司令と鈴谷さん、曙さん達には世話になった、いやそんな言葉で言い表す事が出来ん程、世話になった」

司令は静かに、

「村長、あと数時間我慢してくれ。それで全て終わる」

中部警備所司令はそう言いながら、止めた車の中から、遥か前方の闇夜の中にある北部警備所を睨んだ。

 

 

その頃警備所を見渡せる丘の上で、完全に周囲に同化しているひえいと特戦隊員妖精は、海上の前方から近づく灯火を確認した。

「やっと帰って来たみたいね」とひえいが呟くと、

「まだ、午前様ではないですよ」と横の特戦隊員妖精が答えた。

するとひえいは、

「子供がうろつく時間じゃないわね」といい時計を見た。

現地時間の午後10時を回っていた。

「曙さんって一応成人ですよね」と特戦隊員妖精が聞いたが、

ひえいは、横目で、

「艦娘に年齢を聞くのは、ご法度よ」と睨み返した。

「ははは」と言いながら視線が泳ぐ特戦隊員妖精

「いずもへ、通信入れて! 曙の灯火を確認。間もなく入港」

「はい」といい、インカムでいずも作戦指揮所へ報告する隊員妖精。

ひえいは、顔を引き締めて、

「さあ、本番、気合入れていきます!」と言いながら、ぐっとスコープを覗き込んだ。

 

 

アパリの町から十数キロ離れた、周囲を断崖で囲まれた小さな入り江の深くに2機のロクマルは近づいていた。

先頭を飛行するロクマルがゆっくり減速するのを確認すると、後続のロクマルも同じように減速に入った。

2機は並ぶようにホバリングに入る。

2機の生み出す猛烈なダウンウオッシュに水飛沫が上がった。

ひえい機の機内では、降下に向けて準備が進んでいた。

機上整備員が、機体中央下部にある小さいハッチを開けて、眼下にホイストされているゾディアックボートの状況を確かめながら、インカムで操縦士に、

「降下状況よし! そのままあと1m!」と報告した。

操縦士妖精が、細かく操縦桿を操作して、機体の位置を保ちながら、ピッチレバーをほんの少し下し降下する。

「着水!」

その声と同時に、ホイストロープが切り離された。

機上整備妖精は、直ぐに、

「ドア開けます!」と怒鳴り、

左サイドドアを開放すると、待機していた特戦隊員妖精がファストロープ用の太目のロープを海面に漂うボートへ向けて投げ出した。

特戦隊員妖精は、暗視装置越しに海面を見て、

「降下点よし! 行くぞ!」と怒鳴り、次々と降下を開始した。

3名の特戦隊員妖精があっという間にボートへ降り立つ。

ボートの上に降り立つと即座に20式小銃の折り畳みストックを展開した。

先に降下した二人は、姿勢を低くし、周囲を警戒する、最後の一人が船外機へ取り付き、何時でも動ける様に、準備する。

上空のロクマルの右のサイドドアでは、機上整備妖精が、陽炎にホイスト用救難具を着せ、ホイストケーブルに接合していた。

「陽炎さん! いいですか? こう腕を組んで!」と胸の前で腕を交叉させる機上整備妖精

「これでいい?」と答える陽炎

「では、降ろします」といい、ゆっくりとウインチを操作して陽炎を降下させる。

操縦席では、操縦士妖精が暗視装置越しに降下する陽炎を見ながら、小刻みに機体の位置を調整した。

ゆっくりとゾディアックボートに降下する陽炎

ボートの上に降り立つと陽炎は教えられた通りに、救難具を脱ぎ、そっと手放した。

横で特戦隊員妖精が、ケミカルライトを回し“巻き取れ”の合図をしていた。

引き上げられるホイストケーブル

それと同時に、ひえい機はゆっくりと前進を始めて、闇夜へ消えて行く。

その横を、同じくこんごう搭載機も後追いで低空を進んで行った。

陽炎が横を向くと、もう1隻のゾディアックボートにすずやと3名の特戦隊員妖精が待機していた。

曙保護班の分隊長が、20式小銃に付いたレーザーサイトを短く2回点灯すると、もう1隻のボートからも同じく2回返信があった。

分隊長は、インカムで、

「いずもCC(コンバットコントロール)、ランサー分隊準備よし! 送れ!」と短く告げた。

「ランサー2! いずもCC。現在位置にて待機 送れ!」

「ランサー2了解! 終わり」

それを聞きながら陽炎は、腰に装備したホルスターから愛用のブローニング拳銃を取り出し、スライドをゆっくりと引いた。

カチャン!という小気味よい音が闇夜に響いた。

拳銃を再び、ホルスターへ仕舞うと、闇夜の中警備所の方向を睨み!

「曙!今いく!」と呟いた

波間に2隻のボートが揺れていた。

 

 

 

警備所から10kmほど離れた海上の上空7000mではこんごうが降下のタイミングを計っていた。

警備所の上空では、静音飛行するMQ-9リーパーが張り付き、暗視映像を撮影し、いずも経由でリアルタイム送信してきていた。

こんごう達が搭乗したMV-22Bオスプレイは、高度7000mの上昇限界高度ギリギリで、待機状態であった。

降下予定点を中心に、ゆっくりと旋回飛行をしながら、既に機内の気圧は、降下に向けて

減圧され、後部カーゴドアも開かれている。

各特戦隊員妖精は、隣席の隊員妖精達とお互いに、装備品のラムエアーパラシュートの点検作業を終え、キャンバス地の椅子に座って何時でも飛び出す用意をして待機していた。

既に減圧されているので、全員酸素マスクにゴーグルを装備している。

暗く、夜間赤色灯の灯る貨物室内で、こんごうはじっとリーパーから送信されてくる地上の警備所の状況を監視している。

そこに警備所の簡易木製桟橋へ向う、駆逐艦曙の姿が映し出された。

 

こんごうは決断した!

 

「よし、今だわ、曙入港で奴らの注意がそちらへ向う。その間にランディングしましょう!」

こんごうはインカムを操作して、

「ランサー1! セイバー1! 間もなく降下。タイミング合わせて入り口の歩哨を排除して!」

「了解、ランサー1!」と短くひえいの声で返事があった。

インカムを操縦席へ切り替え、

「機長! こんごうです、降下開始する。機体を降下予定地点へ向けて!」

すると機長から、

「はい待機旋回を止め、降下予定地点へ向います!」

こんごうはキャンバス地の椅子から立ち上がると、近くで待機する機上整備妖精へ、

「間もなく降下するわ」と伝えた。

「はい、こんごう隊長!」と返事をすると機上整備妖精は、既に開け放たれた後部カーゴドアの縁までいき、小さな円筒形の容器を機外へ投げ捨てた。

降下地点までの気象データを観測するマーカーだ!

こんごうはポケットから、小型の戦術情報タブレットを取り出し、画面を切り替え、マーカーの情報を読み取る。

「風速2mか、北よりの風。よし問題なし」

機内のカーゴルームに降下用意のブザーが鳴り響いた!

一斉に立ち上がる特戦隊員妖精達。

後部カーゴドアの前にこんごうを先頭に並ぶ

後部ドアの上にある赤いライトが2度点灯した!

“降下1分前の合図だ!”

 

「1分前!」と機上整備妖精が、右手の人差し指を立てて合図した。

 

こんごうは、じっと闇夜の空を見ながら、

「我が主、高天原に住まわし海神の神々。我に力を!」と唱えた

その瞬間、こんごうの左手のブレスレットが光輝く!

 

それと同時に、後部ドアの上にある赤いライトが消灯し、青のライトが点灯した!

「イクワヨ!」と独特の発音でこんごうが言うと、

「おう!」と特戦隊員妖精達が答え、一斉にカーゴドアから闇夜へ飛び出した!

 

高度7000mの闇夜

こんごうは飛び出した後、素早く降下の為の姿勢を決めた!

左手の高度計を読み取る!

既に6800m

周囲を暗視装置越しにみると、他の特戦隊員妖精達の手足に装備したケミカルライトが綺麗に見える。

接触しないように、間隔を開け降下する十数名の隊員達。

こんごうのインカムに

「セイバー分隊、アーチャー分隊、エクセル01、コースそのまま。間もなくリーパーからの誘導を開始する」

 

こんごうは、凄まじい風切り音の中

「セイバー1 了解!」

と手短に答えた。その間にも高度はどんどんと落ちて行き、既に5000mを切りつつあった。

 

 

こんごう達が、降下を開始したのと同時に、ひえいは行動を開始した。

「ひえいさん! 降下始まりました」

スポッターの特戦隊員妖精が小声で報告する。

ひえいは、

「最初に入口の歩哨二人をやる! 桟橋の歩哨は曙接岸の後よ!」

特戦隊員妖精は、不可視レーザー距離計で目標までの距離を測り、

「はい、目標アルファ距離615m!」と小声で報告した。

ひえいは、M40の安全装置のレバーを外し、呼吸を整えた。

「始める」と小さく呟き、スコープ越しに目標を睨んだ!

軽く息をする、伏せ撃ち状態で、しっかりとハリス製のバイポッドで地面に立つM40をまるで抱きかかえる様に構えるひえい

スコープ越しに目標の警備所入口の歩哨の一人を捉えた。

照準線を最初の歩哨の頭部へ合わせる。

軽く息をする度に、照準線が小さく上下に揺れる。

それで正しい。

もし銃を斜めに構えていれば、照準線は上下ではなく左右に揺れる。

呼吸をゆっくりと整えた。

上下に揺れていた照準線の揺れが収まり、静かに最初の標的の頭部へ収まる。

そっと引き金に掛けた右手の人差し指を少し絞る。

ほんの少しだけ引き金が動く。

じっと神経を集中させる。

脳裏に、引き金を引き切り、銃身から撃ちだされた7.62mm弾が回転しながら闇夜を突き進んで、標的の頭部へ命中するイメージを掴んだ。

その瞬間、引き金の最後の1mmを引き切った!

次の瞬間、少し強めの反動がひえいの肩を襲う!

しっかりとそれを受け止めながら、無意識のうちに引き金を引いた右手の人差し指は引き金から離れ、ボルトレバーを勢いよく跳ね上げた。

右手で、ボルトレバーを引き、空薬莢を空中へはじき出した!

そして、静かに、ボルトレバーを押し込み次弾を装填。

レバーを押し下げ、ロック。

この間僅か数秒

「次!」とひえいが小声で言うと、

「距離、620m」と相棒の特戦隊員妖精が答えた!

ひえいは再び、呼吸を整え次の標的の頭部へ照準線を合わせ、意識を集中した。

 

警備所入口の小さな歩哨所では、二人の悪霊妖精が歩哨に立っていた。

歩哨小屋に立つ一人と、その外の小さなテーブルの椅子へ腰かけ背を預ける歩哨

傍らには、日本軍の三八式歩兵銃を立て掛けていた。

成りは日本軍の恰好をしているが、行方不明になった日本軍兵士へ憑りついた悪霊妖精達である、体は既に彼らが乗っ取っていた。

外で椅子に座る悪霊妖精が、

「なあ、俺達は何時までこんな田舎にいるんだ?」

すると、小屋の中にいる歩哨が、

「どうやら、ここを引き払うみたいだぞ!」

椅子に座る悪霊妖精は、

「本当か?」

「ああ、鈴谷の件もある。この体もそろそろ限界だ。マニラ辺りに忍び込んで、次の獲物を物色するらしい」

それを聞いた悪霊妖精は、テーブルの上のビールの瓶を片手に取り、

「今度は米軍か?」と小屋の中の同僚に聞いたが。

「さあ、分からん」と答えが返ってきた。

 

椅子に掛ける悪霊妖精が手に持ったビールを飲もうとした瞬間、

バン!という、まるで西瓜を叩き割ったような音がして、自分の顔面めがけて生暖かいものが降り注いだ!

「! なんだ!」と思い、顔にかかったその生温かいものを手で拭いさり、ぼんやりとその手を見て!

「なっ!」と思った瞬間、前方にいた同僚の悪霊妖精の後頭部が大きくえぐれている事に気が付いた!

ふらふらとそのまま倒れる、小屋の中の悪霊妖精

「どっ! どうし...」と声を続けようとした瞬間、自分も脳天に凄まじい衝撃を受けてそこで意識が飛んだ。

最後に見たのは、流れ出す黒い血であった。

 

 

「標的アルファー、頭部に命中! そのまま先方へ倒れる! 反応なし。」

ひえいの横で、高倍率暗視装置付きの単眼鏡で標的を確認したスポッターの特戦隊員妖精が狙撃結果を報告する。

「次、標的ブラボー。頭部へ命中、そのままテーブルへ倒れ込む、反応なし!」

ひえいは落ち着いて、三番目の標的へ照準線を合わせた。

「次、やりますか?」とスポッターの特戦隊員妖精が聞いてきたが、

「いえ、入口の歩哨さえ排除できれば、こんごう達のランディングゾーンは確保できる。もし桟橋の歩哨がいない事で曙さんが慌てるといけないから、こんごう達の突入に合せて排除する」

「はい!」と答えるスポッター

「周囲を警戒して、もうすぐランディングよ!」といい、再びスコープ越しに神経を集中させた。

 

 

駆逐艦曙は、ようやく警備所のあるアパリ近郊のちいさな湾に近付いていた。

湾の入り口には小さな漁村があり、遠くに家々の灯火が見える。

双眼鏡でそれを見ながら、曙は、

「村長や、皆元気かな?」

「艦長、どうされました?」そう横に立つ副長が聞くと、

「うん、最近村へ行ってないから、皆元気かなって思っただけ」

副長は、遠くを見ながら

「懐かしいですな。前はよく集落から人が来て、若い人たちと堀司令や村長を囲んで桟橋で宴会をしたものです」

すると、曙も、

「ええ、そうね。楽しかった」と呟いた。

そして、強く拳を握りしめ、

「それもすべてあのクソ司令が来てから無くなった! 良かった事,楽しかった事全て!」

 

副長がそっと曙に、

「艦長! 艦長がご決断されれば、この副長はそれに従います!」

すると、近くにいた航海長や他の兵員妖精達も、

「艦長! 自分達も同じです! このままでは鈴谷さんの二の舞です!」

曙は、

「皆、分かった。少し考えさせて」といい、じっと前方を見た。

副長が、

「間もなく入港です、桟橋へ接舷しますか?」

「ええ、明日も早朝から任務があるわ。投錨しないで、桟橋係留しましょう。」

「はい、艦長」と答え、副長は

「入港用意!」と声に出した。

艦橋後部で入港用意のラッパが鳴る!

バタバタと甲板員が動く気配がした。

前方に、警備所の簡易桟橋が見えてきた。

薄明かりのなかぼんやりと司令部管理棟が見える。

人の気配が全くない。

多分、警備所の要員は司令管理棟で寝ているに違いない。

「昔なら、どんなに遅くてもちゃんと迎えてくれたのに」と思いながら、

「なんで、こんな事になっちゃったんだろう」と思った。

 

駆逐艦曙は、ゆっくりと減速し、警備所の簡易桟橋へ近づいた。

巧みな操船で、取り舵を切り桟橋左へ横滑りしながら回頭し近づく。

曙は、見張り所に出て、接舷状況を確かめた。

木製の簡易桟橋がゆっくりと近づく。

桟橋まで、あと数mという所で、数名の甲板員が桟橋へジャンプして取り付いた。

「大丈夫?」と曙が言うと、

「はい!艦長!」と大きな声で返事があった。

即座に、桟橋上の甲板員へ、錘の付いた細い誘導索が投げられた。

それを拾い、手繰り寄せる甲板員。

誘導索には、もやい綱が繋がれていて、それを桟橋のボラードへ結びつけた。

甲板上で、もやい綱の巻き取りが始まる

大型タイヤの防舷材を甲板上から舷側へ投げおろし、ゆっくりと桟橋へ接舷した。

即座に、舷梯が桟橋へ渡され、ようやく入港完了だ。

曙は、副長へ

「あのクソ司令の所へ報告に行ってくる」といい、見張り所を離れ、

そして、

「副長、明日も早いから、機関出力維持したままでいいわ、燃料は?」

「はい、明日の警備活動分は問題ありません」

「じゃ、あとお願い」といい、ラッタルを降り始めた。

コンコンとラッタルを降りながら、

「やだな」と呟き、甲板上に出て、舷梯を渡り桟橋へ出た。

薄明かりの中、警備所の司令棟が見える。

「行きたくはないけど、行くしかないか」といい、司令部棟へ歩き出した

頭上にうすぼんやりと月が輝いていた。

ふと、月の前を何かが横切った。

“鳥?”と思い思いながら目を擦った。

「疲れてるのかな? こんな夜中に鳥なんて」と思い、ぼーと夜空を見上げて

「いかん、ここで挫けたら女が廃る!」とぐっと拳を握って、

「あのクソ司令、今度何かあったら絶対殴ってやる!」といい、一歩一歩確実に警備所司令棟へ歩いて行った。

桟橋の入口には、一人の歩哨が立っていた。

小銃を肩に担ぎ、ぼーとこちらを見ている。

いつも思うが、まるで“死人”が立っているようだ、此方が近づいても反応がない。

まえに一度、

「お疲れ様」と声を掛けたが、ただ頷くだけである。

不気味だ!

無言で横を過ぎると、ぎろっと睨まれた。

そのまま無視して横を過ぎた。

前方に見える司令棟を見て

「やっぱり、言うべき事は言わないと」と心に誓い、そっと司令棟のドアを開けた。

 

 

こんごう達は、警備所の外周にある草地へ向け一気に降下していた。

上空で待機するMQ-9リーパーから不可視レーザーが照射され、着陸地点を照らしている、それを暗視装置越しに見ながら降下姿勢を調整していた。

高度計を見た。

高度400m!

メインリップコードを引いた!

直ぐに、ラムエアーパラシュートが開き、減速に入った。

先頭のこんごうがパラシュートを開くとそれを合図に皆、次々とパラシュートを開いた。

コントロールラインを掴み、パラシュートを操作する。

こんごうは周囲を見回し、異常がない事を確かめた

風切り音が響くなか、リーパーからの誘導レーザーに従い、スパイラル降下を続ける。

闇夜の中、地上が見えた。

高度100m

左右の手に握ったコントロールラインをゆっくりと引き、減速しながらフレアーを掛ける!

地上の着地地点を確認した

「よし! 問題ない」と声に出しながら、細かくコントロールラインを操作して着地点を目指した。

 

暗視装置越しに着地点の草地が見える。

あと30m

最終の減速の為、コントロールラインを引き切り、一気に減速して、そっと着地する。

ストンっという感じで接地した。

これが、通常のマッシュルーム型のパラシュートだとドスンという感じで、減速できない。

 

こんごうは、接地の際、数歩地上を歩くのと同時に、パラシュートを切離し、ハーネスを脱いだ!

即座に、20式小銃の折り畳みストックを展開し、構える!

続々着地する特戦隊員妖精達

直ぐにパラシュートを切離して、こんごうを中心に集合し防御円陣を組んだ!

こんごうは、

「セイバー、アーチャー分隊点呼!」と言うと、

各分隊長が点呼をとった。

「セイバー 異常なし!」と第1分隊長が報告する。

「アーチャー分隊 同じく!」と第2分隊長も小声で報告した。

 

全員で防御円陣を組みながら、周囲を警戒する。

こんごうは、インカムで

「いずもCC オールメンバーランディング!」と報告すると、

「いずもCC了解! オペレーションノーマル!」と連絡があった。

今の所、計画通りだ!

こんごうは、ハンドサインで、

“前進”と合図すると、セイバー、アーチャー分隊は一斉に、移動を開始した。

静かに、そして確実に

闇夜の中、暗視装置を頼りに草地を抜け、小さな小道へ出た。

この道を数百メートル進めば警備所の入口だ。

こんごうは、再びハンドサインで、部隊を二手に分け道の左右に沿うように進んだ。

 

ルソン北部警備所の入口が見えて来た。

こんごうは、インカムで、

「ランサー1 歩哨は?」と聞くと

「入口の歩哨はキル! 桟橋はタイミングを伺ってる。現在曙接岸作業中」

こんごうは、それを聞くと、先頭を歩く二人を先行させ歩哨所をのぞかせた。

“問題無し”の合図 レーザーサイトの点滅が来た!

「よし!」と小声でいいながら、ハンドサインで“小隊 前進”を合図する。

一斉に小道から、警備所の入口へ雪崩れ込む特戦隊員妖精達

既に、狙撃された悪霊妖精の死体は、先行した隊員妖精により歩哨小屋へ投げ込まれていた。

小屋の影に身を潜めるこんごう達

暗視装置で、司令棟を見ると、丁度曙らしい少女が棟の中へ入って行ったのが分かる

「ランサー1 今司令棟に入ったのは?」とインカムで聞くと答えはひえいではなく横のスポッターから、

「ここからだと人相までは不明、服装から曙さんと思われる」とあった。

こんごうは、

「桟橋制圧を開始する、歩哨を排除!」

「ランサー1」とスポッターから返事があった。

多分ひえいは、狙撃に向け準備に入ったなと思いながらこんごうは、

横に身を屈め待機するアーチャー分隊長へ

「貨物船の制圧始めて!」と小声でいうと、小さな声で

「はい! 始めます」といい、アーチャー分隊長は分隊員を引き連れて桟橋奥に係留されている小型の貨物船へ向う。

本来は中部警備所とここ北部警備所を結ぶ連絡補給船で、以前は潜水艦部隊への補給作業などで使われた。

こんごうはインカムを切り替え

「ランサー2! セイバー1 状況送れ!」と言うと

「間もなく駆逐艦曙に接舷、移乗始めます」

「了解、此方も桟橋制圧開始」とこんごうは答えインカムを切った

 

陽炎とすずやを乗せたゾディアックボート2隻は、こんごう達の降下に合せて、待機していた入江を出た。

外洋の荒波にも耐えるゾディアックボートはその走波性を生かし、一気に警備所のある湾に近付く!

慎重に周囲を警戒しながら、高速で警備所のある湾の入り口へ差し掛かかる。

近くの漁村の灯火が見える。

2隻のボートは少し船速を落とした。

先頭を行く陽炎を乗せたボートの上で、ランサー分隊長が、右手を下へ下す仕草をした。

他の隊員妖精が一斉にボートの縁へ身を隠した。

「陽炎さん! しゃがんで下さい! 曙へ接近します!」

「こう?」といい、陽炎も身を隠す。

他の隊員妖精はボートの縁に20式小銃や、20式短小銃、そして一人だけM27 IAR分隊支援火器を構えた。

ランサー分隊長は、それを確認すると左手で首を切る仕草をした。

ボートの船外機を操作していた隊員妖精は、エンジン式船外機を止め、横に並ぶ電動式船外機を起動した。

電動式船外機は、馬力はエンジン式に比べ劣るが音が出ない。

静かに、湾内を進む。

闇夜の中、ようやく駆逐艦曙の船影が見えだした。

陽炎は、

「艦橋横へ付けて!」と船外機を操作する隊員妖精へ告げた。

静かに、曙の船体へ近付く。

分隊長は、

「甲板上に誰もいません! そのまま接舷します!」

「お願い!」と陽炎が言うと、横へ並ぶボートの上のすずやを見た。

じっと曙の船体を睨んでいた。

今にも大きな声で、

「曙!」と叫び声を上げそうな表情がみてとれる。

「もう少しよ」と自分に言い聞かせる陽炎

そっと駆逐艦曙の左舷艦橋横へ接舷した。

間髪入れずに、隊員妖精が簡易梯子を掛けた。

まず分隊長が昇って、周囲を見回した。

そっと音を立てない様に、梯子を登り切り、甲板上に出た。

念のため20式短小銃を構える。

次に梯子を昇ったのは陽炎だ。

甲板上に上がると、腰に据えたホルスターからブローニング拳銃を抜いた。

先に上がった分隊長が、

「兵員妖精の気配がしませんね?」

すると陽炎は、

「ええ、多分 殆どの兵員妖精は休憩で休んでいるわ」といい、後方の煙突を見た

「しめた! 機関出力が高い! この煙の量なら出港まで短時間でいける!」

後方で、物音がした。

振り向くとすずやと2名の特戦隊員妖精達だ!

陽炎は、分隊長へ向い

「当直の士官妖精が艦橋にいるはずよ! ます彼から説得するわ」

すずやも、

「多分、副長さんよ! 彼必ず曙が戻るまで待っていたもん!」

 

陽炎は小声で、

「彼なら話も分かる! 行くわよ!」といい、慣れた足取りで甲板上を歩き出した

慌てて、警戒をする分隊長達

陽炎の後を追うすずや

陽炎は、まるで自分の艦の様に、艦橋横のラッタルを登り進んで行く

「ちょっと待って、陽炎!」とすずやが言うが、それにお構いなくどんどん進む

ラッタルを登り切り、艦橋へつながる見張り所へ来ると、一人の兵員妖精が、背を向けてて、しゃがみ込み何かをしていた。

陽炎は、静かにその妖精の後ろへ立ち、そっと肩を叩いた

「なんだよ! 今!…」といい、立ち上がり振り返った兵員妖精は、眼前に立つ陽炎をみて、

「えっ! かっ、陽炎艦長!」と慌てて、姿勢を正した。

陽炎は笑顔で、

「副長は中?」と聞くと、

「はい、陽炎艦長殿!」と固まりながら答える兵員妖精

「そう」といい、横を抜ける陽炎

兵員妖精は、陽炎に続く人影を見て、息を呑んだ!

「鈴谷艦長!!! ご無事だったんですね!」とぐっと姿勢を正して敬礼した

「元気だった? 航海長と機関長は?」とすずやが言うと、

「はい、多分食堂か機関室です!」

「ごめん、直ぐ呼んできて!」

「はっ、はい!」

慌てて艦内に消える兵員妖精!

陽炎は、そっと艦橋の入口のドアを開けた

ギィーと金属音がする。

静かに艦橋へ入る。

艦橋の電気は消えていたが、チャートデスクの上の電灯が灯り、副長が書類を読んでいた。

「当直の交代ならまだいいぞ!」と副長は書類を見たまま声を出したが、

「遅くまでご苦労ね、曙副長」と陽炎が声を掛けた。

その声に反応するが如く、顔を上げる曙副長!

「かっ! 陽炎艦長!」

即座に、座っていた席から立ちあがった。

「久しぶりね、元気?」と陽炎が声を掛けた。

「どうして!ここに!」と問うたが、その後ろに立つもう一人の姿をみて、

「鈴谷艦長!!!」と声に出し、読んでいた書類を投げ出しながらすずやへ近づき、そっと手を取った

「ごっ、ご無事で! 皆心配しておりました!」と涙声で答えた。

すずやは、

「ごめんね、心配かけて」とそっと副長の手を握り返した

副長は、すずやの後方に控える見慣れぬ姿の妖精達をみて、

「鈴谷艦長! 彼らは?」

するとすずやは、

「パラオ泊地所属の特務艦隊の特殊部隊よ」

「パラオの特務艦隊?」と副長が聞くと、

「ごめん、機密扱いだからそれ以上は」といい副長の眼前で手を合わせた。

ドタドタと艦橋後部で音がした!

振り返ると、航海長や機関長などが慌てて入ってきた。

艦橋に入るなり、すずやや陽炎を見て!

「鈴谷艦長! それに陽炎艦長まで!」と航海長が声にだした。

機関長はすずやの姿を見て、

「ご無事で、」といい目に涙を浮かべた。

陽炎は、副長へ

「副長、これを」といい、ポケットから1通の書類を出した

それを受け取る副長

「これは?」

すると、陽炎は、

「連合艦隊司令長官山本大将、並びに筆頭秘書艦三笠大将の命令書です。現時刻をもって艦娘曙、並びに駆逐艦曙はルソン北部警備所所属を解除、私陽炎の指揮下へ入ります!」

 

書類を見た副長達は姿勢を正し、

「了解いたしました!」と答えた。

そして、

「何が起こっているのですか!」と陽炎を見た。

それには、すずやが

「副長、この警備所異常だとは思わない?」と聞いた

副長は、

「やはり!」

陽炎が、

「この異常さを招いた張本人を、“パラオに舞い降りた光の巫女”が征伐にきたの」

すると艦橋にいる他の兵員妖精達が、

「光の巫女! あの七人の光の巫女ですか!」と陽炎に詰め寄った。

陽炎は、

「彼等は、その光の巫女の忠実な僕よ」と特戦隊員妖精達を指さした。

代表して、ランサー分隊長が敬礼した。

曙副長は、

「我々は今後どのように?」と聞くと、

すると陽炎は、

「曙が戻り次第、ここを脱出します、その後は近くまで妙高さんが迎えに来ているから、合流するわ」

すると副長が

「警備所司令達が追ってきませんか?」

それには、すずやが、

「安心して、こんごうさん達が上手くやってくれるから」

「金剛さん? 金剛艦長ですか!」と副長が聞くと、

すずやは意地悪い笑みを浮かべて、

「それ以上は内緒、機関長! 出港出力までどれ位?」

「はい、鈴谷艦長,まだ出力は維持したままですので、さほど時間はかかりません」

すると陽炎が

「よし! 曙が戻り次第、とんずらするわよ!」

「はい!」と一斉に返事をして、動きだす副長達

陽炎は、

「さて、一番の問題児が言う事聞いてくれるかが、問題ね」

「ホント、そう思う」とすずやもやや心配顔で答えた。

 

桟橋奥の貨物船制圧に向ったアーチャー分隊長達は、慎重に簡易桟橋横の桟橋歩哨小屋を覗いた。

そこには、既にひえいにより頭部を撃ち抜かれ、息絶えた悪霊妖精の死体がうつ伏せで倒れていた。

死体を、歩哨小屋の影まで移動させる。

前方には、駆逐艦曙が見える。

じっと観察すると、少し動きが見えた。

そっとレーザーサイトで合図を送ると、向こうからも2回“チカチカ”と合図があった。

アーチャー分隊長は、

「よし! 曙の船体確保は出来ている。貨物船制圧へ向う!」と部下たちへ告げ、警備所奥地の小さい埠頭に係留されている小型貨物船へ向った。

曙の船体を横切った際、甲板上に伏せて警戒に当たるランサー分隊長達が見えた。

そのまま、素早く、静かに駆け貨物船へ繋がる舷梯の前まで来た。

物陰に隠れながら、暗視装置越しに周囲を見回す。

「周囲! クリアー!」といい、突入態勢を整えた。

既に船内構造は頭に入れてある。

この船、元は日本国内で内航船として使われていたものを、警備所開設と同時に海軍が買い取り、フィリピン内の輸送や潜水艦部隊への補給船として使っていた。

北部警備所強襲が決定すると、パラオ泊地提督が本土の元の所有者に連絡して図面を入手、すずやの証言をもとに、内部構造を把握した。

アーチャー分隊長はインカムを操作して、

「セイバー1 アーチャー分隊 レディ!」と短く伝えた。

 

こんごう達も、静かに、警備所司令棟の物陰へ進みつつあった。

所々に置かれた物資の影や、土嚢の影を伝いながら、司令棟の壁面へ近づく。

司令棟まで、50m程の距離まで近づいた。

ぼんやりと窓越しに誰かが立っていた。

こんごうは左手を出し、“待て”の合図をした。

一斉に物陰に隠れる特戦隊員妖精達

こんごうも、物陰に隠れ、そっと司令棟の窓を見た

そこに見えたのは特徴的な花の髪飾りの曙だ!

何か物凄い剣幕で捲し立てている。

「何か揉めてるみたいね」

すると、後方のセイバー分隊長は、

「突入しますか?」と訊ねてきた。

こんごうは

「曙さんを巻き込む恐れがあるわ、少し成り行きを見守りましょう」といい、じっと窓を睨んだ。

 

司令棟の司令官室では、哨戒任務の報告に来た曙が、警備所司令と横に立つ副官へ向け、日頃の鬱憤をぶちまけていた!

「いったい何時まで、こんな無意味な哨戒任務を続ける訳!」と怒鳴り、

「いい、たった一隻の駆逐艦で他の警備所や泊地と連携もなく、周囲をグルグル回っても、燃料と時間の無駄よ! せめてルソン中央と連携させて!」と怒鳴り、警備所司令を睨む曙

すると執務机から立ち上がった警備所司令は、

「お前は、単純な哨戒任務一つもできん、ボロ駆逐艦か?」と上から目線で答えた。

「なっ! なんですって! もう一回言ってみて!」と顔を真っ赤にしながら聞く曙

「お前は単純な任務もできん、“ボロ駆逐艦か”と聞いたんだ!」

すると曙は、ぐっと拳を握り、フルフルと震えながら、

「どういう意味!」と睨み返した。

すると、警備所司令は後ろに手を組みながら、ゆっくりと曙に近付き、

「そもそも、今の任務がきついのは、鈴谷が逃げたせいだ、恨むならあのバカ娘を恨む事だな!」

曙は、ぐっとこらえながら、

「鈴谷さんを悪く言うな! それなら鈴谷さんに無理な作戦を強いたあんたの責任はないの!」

それを聞いた副官が、

「曙! 司令をそのような呼び方で呼ぶとは失礼だぞ!」と注意したが、曙は敵意むき出しの表情で、副官を睨んだ。

そして、

「いい! 私はアンタ達がはなたれ小僧の頃から、深海棲艦と戦ってきたの!あんた達下っ端ごときに“ボロ”呼ばわりされる筋合いはない!」ときっぱりといい、

「大体変じゃないの! 鈴谷さんの件、軍令部からお咎めなしって!」

すると警備所司令は、

「ふん!俺は軍令部から信任が厚い。鈴谷一隻ごときでどうこう言われる事などない」

「ごときとはなによ! ごときとは!」と曙は怒鳴り返した。

「まあ、そう怒るな」といい、警備所司令が曙に近付こうとしたが、曙は後退り、

「近づくな! このクソ司令!」とぎっと睨んだ

曙は、もう最終手段しかないと決意した!

 

「いい! このクソ司令! 鈴谷さんの件を含めてこの警備所の異常さは艦娘艦隊司令三笠大将へ報告して、直接陛下へ上奏してあげる! 首を洗ってまってなさい!」

そう言い踵を返し、ドアを開け物凄い勢いで廊下へ出た!

 

室外へ出た曙を見ながら、副官は、

「困りましたな。軍令部は何とかなるとして、三笠へ直訴されると疑いの目が此方へ向く事になります」

警備所司令に扮した悪霊妖精は、暫し考えて、

「明日の朝、出航前に拉致しろ。直接呪詛を送り込んで、支配下に置く」

「乗員妖精はどうしますか?」

「抵抗する者は殺せ、どうせ乗っ取った後は用済みだ」

副官の悪霊妖精は、不敵な笑みを浮かべて、

「久しぶりに暴れる事ができそうですな」と舌なめずりした。

「程々にしておけ」といい、口元に笑みを浮かべた。

 

 

司令棟を飛び出した曙は、トボトボと来た道を帰りだした。

目一杯に涙を浮かべながら、

「くそ! 許せない! 私はいいの、でも鈴谷さんを悪くいうのは許せない!」

ぐっと拳を握り締めながら、自分の艦を目指して歩く

桟橋横の小さな歩哨小屋を見たが、歩哨が見えない。

それには、お構い無しに桟橋をコツコツと歩きながら、ふと自分の艦を見た。

「あれ? 機関出力が上がってる?」と言いながら艦へ近づいた。

甲板員らしき姿がチラホラ見える

「皆どうしたのかな? 何かあったの?」と思い舷梯の前まで近づくと、舷梯から誰か降りてきた。

その影は舷梯を降りると、桟橋に立ち、腰に両手を当て、

「曙 なんて顔してるの?」と声を掛けられた

「えっ!」とその声の主を見た

月明かりに照らされる声の主。

特徴的な狐色のセミロングの髪を大きな黄色いリボンでツインテールにし、前髪はワンレン。前髪にちょっとあるアホ毛が特徴だ。

きりっとした大きな目でじっとこちらを見ていた。

 

「かっ! か! 陽炎!!!」と声に詰まった。

陽炎は、そっと曙に近付き

「らしくないわね、そんな涙目になって」

曙は、驚きながらそっと陽炎の右手の袖口を恐る恐る触った。

「どっ! どうして! なんで! 陽炎がここに!」

ビクビクしながら、陽炎を見る曙

「オドオドしないでよ、調子狂うわ」と陽炎は答え、

「親友に逢いに来るのに理由はないわよ」

その言葉を聞いた瞬間、曙は遂に緊張の糸が切れ、陽炎に抱きつき

「陽炎! 陽炎!」と泣き出してしまった。

陽炎はそっと、曙を抱き寄せ、

「大丈夫よ、もう心配しないで」とそっと語りかけた。

グズグズと鼻を鳴らしながら、曙は

「どうしよう! 鈴谷さんが、鈴谷さんが!」と声を詰まらせたが、不意に甲板上から声を掛けられた。

「そんなに 鈴谷の名前連呼しないでよ~、超恥ずかしいのだけど」

声の方向を見て、曙は息をのんだ!

「す! 鈴谷さん」と小さく声に出した。

すずやは、静かに舷梯を降りると、陽炎の横へ並び

「久しぶり曙。元気だった?」といつもと変わらぬ笑顔で話しかけた

「鈴谷さん」と小さな声で、じっとすずやを見る曙

そして、

「鈴谷さん!!」と今度はすずやへ抱きつき泣きじゃくる曙

嗚咽を漏らしながら、すずやへ抱きつく曙

そっと顔を上げて、

「生きてたんですね!!」

「そうよ、ほらちゃんと足もあるじゃん!」と答えるすずや

曙は、

「司令に報告しないと! あのクソ司令に一泡吹かせる事ができます!」とすずやの手を握った。

それには、陽炎が、

「それは無理ね。曙!今直ぐここを出るわよ!」

「どういう事!?」と曙が聞くと、

「いい曙。もうすぐここは戦場になるわ、私は貴方を保護に来たの」と陽炎が答えた。

「戦場?」と曙が聞くと、

「そう、いい曙、この警備所おかしいとは思わない?」と陽炎が聞いた

「それは思う。皆死んだようだし、以前いた人たちとは全然違う。司令は異常だし、他の警備所とは交流したがらないし」

それを聞くとすずやは、

「いい曙、目じゃなくて、艦霊力でこの警備所を見るの」

「艦霊力で?」

「そう」

「でも鈴谷さん、どうやって?」

するとすずやは、曙の手を取って

「いい、目を閉じて、心で念じて。“真実の姿”をと」といい、曙の手をそっと握った

曙は目を閉じ、意識を集中した。

それと同時に、すずやも意識を同調させた。

すずやの左手にはめたブレスレットが淡い光を放ち曙の体を覆った。

 

曙は心の眼で見た!

黒い霧の様な物に覆われている警備所を!

警備所司令達のいる司令棟は黒い霧で覆われ、見るだけで吐き気を覚えた。

 

 

そっと目を開ける曙

「今のは! まさか!」

するとすずやは、

「見えた?曙 悪霊妖精の霊気」

「じゃ! もしかしてこの警備所!」

すずやは、静かに、

「司令以下全員が、悪霊妖精に乗っ取られているわ」といい、

「鈴谷も危うく乗っ取られかけたの。でも本能的に危険と思って、逃げ出しちゃった」

「そうだったんですね!」

すずやは続けて、

「彷徨いながら、無意識にトラックへ行こうとして途中のパラオで保護されたの。今はパラオの特務艦隊に所属しているわ」

曙は、

「パラオ! それで陽炎と!」といい、横の陽炎を見た。

そして、

「ここが戦場になるってどういう事ですか! 鈴谷さん!」

すずやは、

「曙、私達は貴方の保護とここに居座る深海棲艦の悪霊妖精の殲滅に来たの」

「私の保護と悪霊妖精の殲滅」

「そう」といい、すずやは甲板を見上げた。

すると、むくっと甲板上に伏せていた特戦隊員妖精達が数名立ち上がった。

見た事のない兵士妖精に驚く曙

陽炎は、

「さあ、脱出するわよ!」と曙の手を引っ張った!

「待って!陽炎」と曙は手を振りほどき、そして眼前にぐっと拳を握って

「だったら私も行く! 一発殴らないと気が済まない!」

すると陽炎は、

「よく言うわね曙。貴方今の自分の状態が分かってる?」

「えっ!」と答える曙

「いい?今の貴方、普通の人と悪霊妖精の区別もつかない程、霊力が弱っているわ。気力だけで持ちこたえているようなものよ!」

「でも、陽炎!」と曙はすがるような目でみたが、

陽炎はすずやをみて、頷いた。

陽炎とすずやは、数歩下がって曙から距離を取ると同時に、自分の口元を押さえた。

そして陽炎は、ポケットに忍ばせた小さな携行スプレーをシュッと曙の鼻元へ軽く吹きかけた。

 

「げほっ! 陽炎!」といい、その噴霧剤を吸い込み、むせる曙

突如、体の力が抜けた!

「陽炎! 何!!!」と陽炎に寄り縋る曙

すると陽炎は、

「御免、時間がないの! 暫く寝ていて」

「えっ!」と答える曙

次第に意識が薄れ、力が抜け、陽炎へ寄り掛かった。

意識を失い、だらしなく陽炎に寄り掛かる曙

倒れ込む曙の姿を見た副長達が甲板上から駆け降りてきた!

小声で、

「艦長! 大丈夫ですか?」

しかし、意識がない曙は返事をしなかった。

副長達と一緒に降りて来た特戦隊員妖精の衛生員が、脈と瞳孔を調べ、

「大丈夫です。脈拍等異常ありません、眠っています!」

陽炎は曙副長へ

「曙、ここで意地張って一緒にいくとか言い出したら大変だから眠って貰ったわ」

すると副長は

「大丈夫なんですか! 陽炎艦長!」

「ええ、艦娘用に調整された睡眠剤よ。1時間位で目が覚めるわ」

すずやが、

「副長、御免。曙を艦長室へ運んで」

「はい!」と副長が答えると、副長と航海長が両脇から曙を支え、運び始めた

すると、すずやは自分のポケットから小さな包みを出して、それを曙の制服のポケットへ押し込んだ。

運ばれて行く曙を見ながら、すずやは陽炎へ、

「陽炎! 後はお願い」といい、ポケットからインカムを取り出し、それを右耳へ装着して、ダイヤルを操作し、静かに

「セイバー1 すずや 曙保護完了! 離岸作業に入ります!」

すると、セイバー1こと“こんごう”から

「首尾は?」と聞かれ

「はい、一緒に行くと言い出したので、予定通り眠らせました。駆逐艦曙の指揮は陽炎が執ります!」

「了解。速やかに合流して」

「はい」と短く返事をしてすずやはインカムを切った。

既に舷梯を登り、甲板上で此方を見る陽炎

「じゃ! 行ってくるわ」とすずやが言うと、

すると陽炎は、拳を上げて!

「キツイ一発をかましてね!」

すずやは、笑顔で、

「借りは3倍返しじゃん!」といい、此方も拳を返した!

駆逐艦曙から降りたランサー分隊の隊員妖精達がボラードに取り付き、もやい綱を外していた。

海面へ投げられるもやい綱。

それを引き上げる曙兵員妖精達。

静かに出港準備が進む。

よく見ると、兵員妖精が対空機銃に取り付き、銃口を司令棟へ向けていた。

すずやは、

「“撃っちゃいかんぞ”といいたいところだけど」

と言いながら桟橋を歩き出した。

左右にランサー分隊の隊員妖精達が小銃を構えながら続いた。

すずやは腰に据えたホルスターから9mm拳銃を取り出し、静かにスライドを引いた!

 

カチャンと小気味いい音が闇夜に響く!

「全弾あのクソ司令に叩き込んで、この恨みはらしてやるじゃん!」といい、ぐっとグリップを握った。

 

 

護衛艦いずもの司令部で、じっと司令官席に座る艦娘いずも

「今の所予定通りね」と横に立つ陸自の中隊長妖精へ聞くと

「はい、曙の保護が出来ました。これで作戦の最重要項目はクリアーです。あとは殲滅だけです」

リーパーからの映像を見ながら、

「準備は?」と聞くと、

「はい、既にセイバー分隊は司令棟を包囲しています。ランサー分隊がバックアップに、貨物船はアーチャー分隊が入口を押さえていますので、艦橋から掃討するだけです」

「突入タイミングはこんごうが計るのね」

「はい、その辺りは現場指揮官が判断します」

「そう」と静かに返事をするいずも

じっと腕を組み、リーパーからの映像を睨んだ。

そこには、司令棟を囲むこんごう達の姿が映っていた。

 

 

桟橋からランサー分隊が合流した。

すずやはこんごうの横へくると、

「こんごう隊長! 曙出港しました」と報告した。

 

こんごうはすずやへ

「すずやさんは後方へ、ランサー分隊はすずやさんの援護!」といい再び周囲を確認した。

今の所、警備所内部には大きな動きがない!

インカムを切り替え、

「ランサー1 周囲に異常は?」とひえいを呼び出した。

「ないわ! こちらは何時でも行ける!」とひえいの声で返事があった。

こんごうは続けて、

「アーチャー分隊 そちらは!」

「位置に着きました。何時でも!」と分隊長から返事があった。

後に控えるセイバー分隊長が、

「こちらも準備よし」と小声で報告した

 

 

こんごうは、意を決しインカムへ向い、静かに

「各分隊! 突入! 前へ」と命じた。

一斉に動き出す各分隊!

 

桟橋奥の輸送船を取り囲むアーチャー分隊長はこんごうからの

“突入!”の指示を聞いた!

「いくぞ!」と短く言うと、さっと物陰から飛び出した。

まず先行する隊員が、貨物船へ繋がる舷梯の入口まで来た。周囲を警戒しながら小銃を構えた。

次に二人一組になった隊員妖精が舷梯を駆け上る!

甲板上に出ると、左右に別れ小銃を構えた。

周囲を見回し、脅威目標がない事を確かめ、レーザーサイトで合図すると、後続の隊員妖精が舷梯を掛け上がって来た!

後続のツーマンセルは静かに、操舵室へと繋がるラッタルを登る!

操舵室の前までくると、隊員妖精はポケットから小さな鏡を取り出し、そっと操舵室を鏡越しに覗き込んだ。

“しめた 誰も居ない。奥の通信室だ”

そっと操舵室のドアを開ける

ギィィと少し音がしたが、中から反応がない。

少し間を置き、そっと中に入る。

少し奥に灯りが見える。

テッパチについた暗視装置を跳ね上げ、肉眼に切り替える。

ハンドサインで、

“奥にいくぞ!”と後続に合図すると、軽く肩を叩かれた

”了解!“のサインだ

奥の通信室に灯りが見える。

そっと近づく。

ドアが開いていた。

先程の鏡で中を覗くと、一人の悪霊妖精が通信機の前で本を読んでいる。

後方からそっと近づく。

“カタ”と物音がした

こちらの気配に気が付いたのか、本を読んでいた悪霊妖精が、背中越しに視線を本に向けたまま、

「おう、交代か!」と言ったが、それには、特戦隊員妖精は、

「ああ、あの世へのな!」といい、20式小銃の引き金を引いた。

サプレッサー付きの20式小銃から数回の小さな乾いた音がした。

 

声を発する間も与えないまま、悪霊妖精は背後から脳天を撃ち抜かれそのまま机の上につっぷして倒れ込んだ!

通信機に、鮮血が流れる!

特戦隊員妖精は、そのまま通信機に向け、小銃弾を数発撃ちこみ、テーブルの上にあった電鍵を銃床で叩き割った!

特戦隊員妖精は、インカムへ向い、

「アーチャー5 通信室クリアー」と短く報告した。

 

通信室を制圧したアーチャー分隊は、そのまま後部の居住区へ向け静かに進んだ。

通路を挟み、左右に小部屋が複数ある。

アーチャー分隊長はハンドサインで、

“進め”と合図すると、後続の隊員妖精達が次々と部屋へ突入する。

少し怒号が飛ぶが、数発の射撃音と共にそれも消えていった!

貨物船の制圧戦は確実に進んでいた。

 

 

こんごう達司令棟強襲班セイバー分隊とバックアップするランサー分隊。

既にランサー分隊により司令部棟の周囲は包囲されていた。

こんごう達セイバー分隊は司令部棟の壁沿いにゆっくりと前進した。

入口のドアの前までくると、こんごうはサインを出し、数名をドアの反対側へ配置する。

こんごうの後方にM870散弾銃を構えた隊員妖精が控え、小声で

「破壊しますか?」とこんごうに聞いたが、

「いえ、ドアに鍵がかかっていない事は先程曙さんが出て行った事で分かっているわ!」といい、ハンドサインで、“準備せよ”と合図を送り、ドアの反対側に待機する隊員妖精へ指示を出す、一斉に小銃を身構えた。

こんごうは、一瞬神経を集中してそっと腕を伸ばしてドアノブに触れると、そっとそれを回した。

ロックが外れる感触を確かめると、ゆっくりとドアを押し込む。

内開きのドアがゆっくりと開いた!

内部の灯りが外へ漏れる

こんごうは、ヘルメットに装着された暗視装置を跳ね上げ肉眼へ切り替え、ポケットから小さな鏡を取り出し、そっと差し出し内部の様子を伺った。

そこには、誰も居ない廊下。

廊下の上には裸電球があり、廊下を照らしていた。

こんごうは、素早くハンドサインを送り出し、

“突入用意!”と合図した。

一斉に頷く隊員妖精達

こんごうが再び

「ランサー2! 用意は?」と小声で聞くと、

「はい」と短く返事があった。

廊下の左右には複数の部屋がある。

一番手前には兵員待機室

ここには、十数名の悪霊妖精が寝泊まりしている。

その横は、通信室、通常なら二人いるはずだ!

その反対側が、鈴谷と曙の艦娘居室。

ここは鈴谷と曙以外は使わない、無人であることは、外から確かめてある。

そして一番奥が、標的のいる“司令官室”だ!

こんごうは、ぐっと意識を集中し、

「GO!」と小さく叫んだ!

こんごうを先頭に、一斉に司令棟内部へ侵入する特戦隊員妖精達!

それと同時に、外で壁面に沿うように待機するランサー分隊長は、手にもっていた20式短小銃のストックで、兵員待機宿室の窓ガラスを叩き割った!

「なんだ!」と中から声がする!

別の隊員妖精が、割れた窓の隙間からM84スタングレネードの安全ピンを引き抜き投げ込んだ!

1秒、ほんの1秒の間だが、スタングレネードはコロコロと床面を転がり待機室のほぼ中央で止まると、瞬時に爆発! 凄まじい閃光と180デシベルの爆発音を周囲にまき散した!

「ぐわ!!!」と中から悲鳴とも叫び声とも取れない異様な叫び声が聞こえた!

突如、室内に響き渡る大音響!

ドアが突然 吹き飛ばされた!

何かの影が室内に舞い込む! しかし突然の大音響と閃光で耳も目も麻痺し、うろたえる悪霊妖精達!

タン、タン、タン!と乾いた音が室内に響き渡った!

「おっ! ぐっ」と声にならない音が響き渡る!

 

廊下を駆け足で進む、隊員妖精2名は、通信室の前まで来ると、20式小銃をドア越しに連射した。

「おわ!!」と中から複数の声が聞こえる!

すずやからの情報で、通信機がドアを開けた正面の壁面に沿うような形で設置されている事は事前に把握していた。

そして、いつもその通信機へ向い2名の担当が座っている事も。

ドア越しに、数十発5.56mm弾を撃ちこんだ。

隣の待機室ではスタングレネードが炸裂したのか大音響が響き、小銃の発射音が響く!

ドアの左右の壁面に展開した二人の隊員妖精の一人が、20式小銃のストックで、ドアノブを叩き壊した!

ギィィという乾いた音がして、ドアが動いた。

その瞬間! 二人の隊員妖精は一斉に通信室へ突入した!

室内に入ると素早く、壁面に沿うように左右へ分かれた。

20式小銃を構え、前方の通信機の前に座る二人の悪霊妖精達へ狙いを定めた!

ぐったりとして、机にひれ伏す二人の悪霊妖精

隊員妖精の一人がゆっくりと前方へ出て、状況を確かめる

通信機に向かう二人の悪霊妖精は複数の小銃弾を受け既にこと切れていた。

そのまま、隊員妖精は通信機に数発の小銃弾を撃ちこみ、ここでも電鍵を破壊した。

同僚の隊員妖精へ

「よし! クリアーだ!」といい、入口のドアへ向った

 

こんごうと、数名の隊員妖精は標的がいる司令官室の前まで一気に走り切った!

ドアの左右に分散して待機した!

このドアの向こうに最重要攻撃目標の警備所司令と副官がいる!

 

 

こんごう達が突入する少し前、警備所司令と副官は今後の事を話していた。

席に座る悪霊妖精の警備所司令は、

「曙は、拉致して本部へ連れて行く! 姫が色々楽しむだろう!」といい、不気味な笑いを浮かべた。

「まあ、その後は駆逐棲姫へ改修ですか」と副官も笑いを浮かべた

「ああ、艦娘から深海棲艦への改修は例がないが、それこそ超大な戦力になる可能性がある」

悪霊司令は、

「話は変わるが、やはりパラオの件はその後音沙汰なしか?」

副官は、

「はい、全く。30隻近い友軍艦隊が行方不明です。戦果も全く伝わってきません、まるで戦闘など存在しなかったと言わんばかりです」

悪霊司令は暫し考え、

「となると、友軍艦隊は全滅したと考えるべきだな」

「全滅ですか!」

「ああ、そうだ。パラオへ着く前に戦闘があり、パラオ攻撃が出来ないまま洋上で殲滅された。パラオ泊地やコロールが無事なら日本軍としては“そんな艦隊は知らん”と言ってしらを切れる」

すると副官は

「しかし、なぜそのような事を! 我々を殲滅できたなら日本軍としてはいい宣伝材料になるのでは?」

「そこが分からん。しかし、今回の件でマーシャルの戦力は大幅に削られた。ミッドウェイからの戦力補充もままならん状態でトラックと対峙する事になる」

「はい、しかしこちらの仕掛けが上手くいけば、奴らは空母を失う事になります」

「ふふ、赤城達が燃える姿が目に浮かぶな」と笑う悪霊司令

副官は、

「我々への帰還命令も、その辺りが原因ですか?」

「多分な、日本軍はマーシャル諸島作戦に向け、このルソンからパラオ、そしてトラックまでのルートを強化してきている。これ以上ここで活動すれば正体が露呈しかねん。そうなれば芋づる式に東京への仕掛けも露呈し、奴らの頭上に爆弾を落とす計画も水の泡となりかねない」

「そうですな司令。まあ我々の目的は東京へのルートを作る事。それができた今、ここに居ても仕方ない事です。」

副官は続けて、

「鈴谷は惜しかったですな」

「ああ、あと一歩で精神崩壊を起こし、完全に我々の仲間入りだった」

「しかし司令、鈴谷は今どこでしょう! その後連合艦隊や他の泊地からも発見の報告がありません。友軍や米軍の哨戒網にもかからない。どこかの無人島に漂着しているのでは」

と副官が聞くと、

「いや、それは考えにくい。そうなら食料、燃料などが尽き精神崩壊が助長され、送り込んだ呪詛により新しい悪霊が鈴谷の精神を支配しているはずだ。何かしら連絡がある」

「では?」

悪霊司令は、

「どこかの泊地に逃げ込んで、治療を受けている可能性がある」

「では、ここの秘密も日本軍にばれているのでは?」

「いや、そこまでは至っていないだろう。精神治療は高度な術式を必要とする。並みの艦娘では出来ない。我々なら最低“南方棲戦姫”といった姫クラスの霊力が必要だ」

副官は、

「艦娘でそれが出来るのは、横須賀の女狐と三笠だけです」

「そうだ、女狐はともかく三笠はその辺りが苦手と聞いている」そう言いながら、

「普通の泊地で出来るのは、精々精神崩壊を食い止める位だ。治療となると横須賀まで連れて行く必要がある。そうなれば海軍軍令部経由で参謀本部にも知れ渡り、此方にも情報が入る」

「では、一体どこに?」と副官が聞くと

悪霊司令はじっと壁面の地図を見ながら、

「トラックには着いていない。すると途中のパラオか?」

「パラオですか?」と副官が聞くと、悪霊司令は

「可能性が一番高い。あそこにはトラック並みの工廠と、艦娘治療の医師がいるとの情報だ」

「しかし、それなら日本海軍の軍令部に何等かの報告があり、我々にも情報が回ってくるはずでは?」

「ああ、しかし何等かの意図があり隠蔽されているとすれば!」

「では、ここの事も既に日本海軍に露呈しているのでは?」

「それにしては、全く動きがない。鈴谷が保護されてここの事がばれていれば何等かの動きがあってしかりだ! しかし補給も給金も以前と変わりない」

副官は少し考え、

「我々を油断させて、内偵しているのではないでしょうか? 本来なら鈴谷の件で何等かの御咎めがあってしかりの所、“精神崩壊は鈴谷自身の問題である”という事で、連合艦隊からは御咎めがありませんでした。軍令部は此方の手配で同じくお咎めなしです」

悪霊司令は、

「まあ、どちらにせよ引き時だ。これ以上は怪しまれる」といい席を立ち、窓辺越しに桟橋に見えるはずの曙の船体を見た。

しかし、そこには駆逐艦曙の船体は無く、桟橋を離れ湾内を微速で出港する駆逐艦曙の後ろ姿がぼんやりと見えた!

「おい!! 曙が動いているぞ!」と慌てながら窓辺による悪霊司令。

副官も慌てながら、窓越しにその姿を確認した。

副官が執務机にある電話をとり、ハンドルを回し、通信室にいる交換手を呼ぼうとした瞬間!

兵員待機室あたりから大音響がした!

 

“パァァァン!”という炸裂したような大音響と共に、銃声が聞こえた!

「敵襲!」と短く悪霊司令が叫ぶ!

とっさに副官が腰に下げたホルスターから米軍が使うM1911コルトガバメントを抜き、スライドを引き、ドアへ向け構えた!

司令も、執務机からコルト32オートを取り出し、スライドを引いた!

ドアの外で少し気配がする。

そっとドア越しに拳銃を構える副官

 

そのドアの反対側では、こんごう達突入部隊4名がドアの左右に別れ、今まさに突入しようとしていた。

こんごうの後方でM870散弾銃を構えた隊員妖精は、ドアの斜め前からドアノブを破壊しようと前に進みかかるが、こんごうからハンドサインで、“待て”と合図された!

こんごうは一瞬神経を集中させて、そして。

「ドアの向こうに気配がある!」と小声で囁いた!

すると、M870散弾銃を構えた隊員妖精は、照準をドアノブではなくドア本体へ向けた。

少し後方へ下がるこんごう

それを合図に、散弾銃を構えた隊員妖精は一気に数発の12ゲージスラグ弾をドア本体へ叩き込んだ!

粉々になる入口のドア!

中から、

「ぐぅ!」と悲鳴とも取れない声がしたのと同時にこんごうは一気にドアを蹴破り中へと突入した!

室内に入ると直ぐに壁面に沿い左へ身を移す。

そこには、血まみれで倒れる兵員妖精!

手にはコルトガバメントを握っていた!

そしてその後方に呆然と立ち尽くす海軍制服を着た男性!

写真で見た“ルソン北部警備所司令”だ!

瞬間的にホロサイトにその人物を収め、引き金を引いた!

“タン、タン、タン”とトリプルタップで引き金を引く!

肩に伝わる反動を押さえ、しっかりとハンドガードを握り絞めた!

20式小銃右側面のエジェクション・ポートから勢い良くはじき出される5.56mmの空薬莢!

 

カランと床に空薬莢が落ちる音が響く

 

標的の悪霊司令の体の胸に3発の5.56mm弾が吸い込まれた!

 

「ぐわっ!」と呻き声が聞こえ、悪霊司令は、銃撃を受けた反動でよろよろと壁に叩きつけられ、そのまま、ゆっくりとしゃがみ込んだ!

こんごうの後方から、2名の隊員妖精が侵入してきた。

左右に20式小銃を動かしながら、周囲を確認する。

その間もこんごうは壁に寄り掛かる悪霊司令へ銃口を向けたままである。

隊員妖精の一人が、床へ倒れた副官らしき悪霊へ近づき、脈を診た!

「どう?」とこんごうが聞くと、

「クリアー」と短く答えた。

別の隊員妖精が、壁に寄り掛かる悪霊司令へ近づこうとした時、急にこんごうが、

「まだよ! そいつ只の悪霊妖精じゃない! 離れて!」

とっさに20式小銃を構え、こんごうの後方へ下がる隊員妖精2名

こんごうは、静かにハンドサインで“下がれ!”と合図すると、3名の隊員妖精は室内にこんごうを残したまま、小銃を構え、後退りしながら室外へ出た!

 

その時、ゴソゴソと壁面にへたり込んだ悪霊司令の体が動いた。

20式小銃を構え直すこんごう

悪霊司令の体が急に動きだし、ゆっくりと起き上がって立ち上がった。

体から、夥しい血が流れているが、その血は鮮血ではなくどす黒くくすみ、異臭を放ち始めていた。

 

不気味に表情が歪む悪霊司令、静かにおぞましい声で、

「そのような豆鉄砲。おれには効かぬわ!」といい、こんごうを睨みつけた。

そして悪霊司令は、右手に持ったコルト32オートをこんごうへ向けた!

そして、じっとこんごうを睨む

「お前!! 戦艦金剛! なぜこんなところに!」

 

するとこんごうは、

「地上でおいたをする悪霊は、黄泉の国へ帰り神々の前で懺悔しなさい!」と冷たく言い放った。

すると悪霊司令は、

「黄泉の国へ行くのはお前だ!」といい、32オートの引き金を引こうとした瞬間!

窓ガラスが砕けた!

その音と同時に、悪霊司令の右手首が吹き飛んだ!

「ぐう!」という声と同時に、手首ごと引きちぎれた32オートが床へ落ちた

こんごうは、冷静に、

「ひえい! ナイスショット」とインカムに囁いた

ひえいの放つ7.62mm弾が司令の右手首を32オートごと吹き飛ばした!

 

ひえいは、こんごうへインカム越しに、

「司令棟の周囲はクリアー、貨物船の制圧に少し手間取っているわ!」

するとこんごうは

「ひえい! ランサー分隊を応援に回して! こちらは私がケリをつける」

「了解!」と短く返事するひえい

 

右手を吹き飛ばされた悪霊司令は、ちぎれた右手首を押さえながら、

「金剛!!!!」とこんごうを鋭く睨んだ!

ちぎれた手首からどす黒い血が流れる。

こんごうは、静かに、

「あら、そんなに痛くないわよね。だってあなた既に“死んでいる”からね」

 

「ふっ、フフフ。はっはっはっ!」と急に笑い出す悪霊司令

「流石、戦艦金剛だよ。その通り、この体は魂を乗っ取ったんじゃない。奴を殺して魂を俺が操っている。そうこの体は操り人形だよ。金剛!」

 

20式小銃を構えるこんごうを睨む悪霊司令

「そう、やはりね。貴方悪霊じゃなくて“死霊”ね」

「その通り」と短く答える死霊妖精

 

「へ~、そういうことだったですか!」とドアの向こうから声がした。

静かに“コツコツ”と足音がした。

破壊されたドアから、影が室内に入ってきた。

その姿をみた死霊妖精は、

「鈴谷! 生きていたのか!」

すずやは、こんごうの横へ並ぶと、

「残念、確かに貴方に仕込まれた呪詛で危うく意識を乗っ取られかけたけど、こんごうさん達に助けられた」といい、静かに9mm拳銃を両手で構えた。

表情を厳しくしながら、数メートル先の死霊妖精へ狙い定めると、ゆっくりと確実に引き金を引いた。

タン! タン!と小気味いい音が室内に響く、コン!コン!と空薬莢が床面に落ちる音が木霊する!

 

カチャン!

スライドストップが掛かった!

すずやは手にする9mm拳銃に装填された9発の弾を全て元警備所司令の死霊妖精へ叩き込んだ!

 

一発撃たれる毎に体を震わせる死霊妖精

しかし、その表情は痛がるどころか、薄ら笑いを浮かべていた。

そして、

「そんな弾など、俺には無意味」と言い放った。

 

すずやは慌てる事なく、9mm拳銃の底部にあるマガジンリリース用のレバーを操作して空のマガジンを捨てた。

訓練で何度も繰り返した手順で、左腰に装備したマガジンポーチから別のマガジンを取り出し、それを9mm拳銃の底部へ素早く押し込む。

その間、死霊妖精は全く身動きが取れなかった。

こんごうが凄まじい勢いで霊力を集中し、威圧し続けていた!

こんごうの左手に装着した、ブレスレットが青白い光を放っているのが分かる。

 

すずやは、9mm拳銃のスライドストップレバーを押し下げ、初弾を装填した。

ぐっと再び死霊妖精に狙いを定めた。

こんごうに威圧されながらも、死霊妖精は、

「無駄だ」とすずやを睨んだ。

するとすずやは、

「ええ、確かに普通の9mm弾なら貴方には効かない。でもこの弾の味は一味違うわよ!」

そう言うと、最初の1発目を死霊妖精の右足に撃ちこんだ!

 

“ダン”今までの9mm弾とは違う重い音がした!

「ぐあ!」と今まで聞いた事のない声を上げる死霊妖精!

 

すずやは、

「痛い? そうでしょう。この弾は彼方の世界の横須賀基地海軍神社の大巫女様お手製の“対死霊妖精用の魔弾”よ!」

9mm魔弾を撃ちこまれた右足の傷口から異様な瘴気が上がる。

「くっ!」と表情をゆがめる死霊妖精

すずやは、

「今のは下の漁村の人達を追い出し、苦痛を与えた罰」といい、

次の狙いを左足へ向けた

ダン!と重い音がする。

そして、次弾を正確に左足の太ももへ撃ちこみ

「これは、警備所にいた人たちを追い出した罰!」と言い放った

「ぐおっ!」と苦痛の表情を浮かべる死霊妖精!

よろめきながら、再び壁面に後退りした。

すずやは、狙いを左肩へ定め、

引き金を引く!

ダン!っと9mm拳銃から白煙が上がり、空薬莢が床へ転がった

「ぐう!」と再び死霊妖精が身震いしながら、苦痛の表情を浮かべた。

「これは、堀司令の作ったこの警備所の名誉を傷つけた罰!」

新しく出来た銃創から“じゅぅぅう”と肉が焼けるような音がして瘴気が溢れた。

次は右肩へ狙いを移し、

表情を厳しくし、しっかりとグリップを握って、静かに引き金を引く!

再び、ダン!と重い銃声が室内に響いた!

身震いし、苦痛の表情ですずやを睨む、死霊妖精

「今のは、曙を苦しめた罰!」とすずやは、冷たい瞳で死霊妖精を睨んだ!

すずやの視線に、動きが取れない死霊妖精。

遂に立てなくなり、その場にへたり込んだ!

 

すずやは、へたり込み傷口から瘴気を放つ死霊妖精へ向け再び狙いを定めた

心臓へむけ、正確に引き金を引く!

“タン、タン.・・・タン”と3発の魔弾を心臓へ撃ちこんだ!

「ごっ!」と身震いする死霊妖精

「これは、すずやの大切な熊野を泣かせた罰よ!」

 

そう言うと、すずやは、最後の狙いを死霊妖精の眉間に定めた

「そして、これはすずやを弄んだ(もてあそんだ)罰! 受けとりなさい!」といい、静かに引き金を引く!

ダン! ダン!と間を開けて2発の魔弾が死霊妖精の眉間に吸い込まれた!

既に凄まじい痛みに声を上げる事も出来ない死霊妖精の眉間に二つの穴が開く!

それと同時に反対側の壁面に9mm魔弾により破壊された頭蓋骨と、肉片が飛び散った!

 

カチャン!

 

室内にすずやの持つ9mm拳銃のスライドストップが掛かり、全弾を打ち切った!

 

真っ直ぐ死霊妖精へ伸びたすずやの手が少し震えているのが分かる。

銃口からはまだ、白く硝煙が出ていた!

 

「はあ、はあ!」と少し息の荒いすずや

すうっと深く深呼吸をして息を整え、手に持つ9mm拳銃のスライドストップを解除し、デコッキングレバーを右手の親指で押し下げ、ハンマーを解除した。

そっと9mm拳銃をホルスターへ仕舞う。

そして、横で20式小銃を未だに死霊妖精に向け構えるこんごうへ

「終わったのですか?」と小さく問いただした。

しかし、こんごうは厳しい表情を浮かべたまま、身動きしない死霊妖精を睨み

「いえ、これからが私の本番よ! すずや!下がりなさい!」と厳しい口調で話した。

「はっ! はい!」と返事をしながら後方へ下がるすずや

するとこんごうは、

自ら20式小銃を下し、スリングベルトを外して、20式小銃を壁に立てかけた。

そして、CCDカメラ付きのテッパチのあご紐を外して、テッパチをすずやの頭に乗せ、

「少し預かってて」といつもの笑顔で言うと、後頭部で束ねた長いブラウンの髪を解いた。

静かに揺れるこんごうの長いブラウンの髪

 

すずやの放った魔弾を受け身動きしなくなった死霊妖精を睨みこんごうは、

「さあ、最後の仕上げよ!」と言いながら、死霊妖精と対峙した。

すずやへ向け、こんごうは

「すずや! ブレスレットへ意識を集中! 訓練通りに“霊波防壁”を張りなさい!」

こんごうの厳しい声が響く

 

すずやは左手を前に突き出し、そして右手を左手首に装着したブレスレットへそっと添えた。

意識を集中して、イメージする!

自らを守る楯を!

すると、ブレスレットが青白く光り、ほんのわずかだが、すずやの前の空間が揺らぎだした!

陽炎の様に揺らぐ空間

こんごうは、

「いい! そのまま霊力を維持しなさい! でないと食い殺されるわよ!」

「はい! こんごうさん!」と力強く答えるすずや

 

 

 

こんごうは、ぐっと目の前で壁に寄りかかり、身動きしない死霊妖精に向い

「そろそろ出てきたら? その体も限界でしょう」

すると、すずやが撃ちこんだ魔弾の銃創から漏れ出した瘴気が、死体と化した元指令の体の上に集まり始めた!

徐々に集まり始めた瘴気は、その形を不規則に変えながら、やがて生き物の様に揺らぎ始め、そして、

「きっ! 貴様よくもこの俺を苦しめてくれたな!」と唸るような声が瘴気の中から聞こえた。

「このままでは済まさん! すずやお前の魂、食いつぶしてやる!」

先程まで聞こえていた死霊妖精の声でその瘴気の塊は叫びながら、すずや目がけて突進してきた!

 

キィィン!という金属音に似た音がした!

 

その瘴気の塊は、すずやに突進したが、すずやが自ら作り出した霊波壁に阻まれ、弾かれた!

再び、壁面に押し戻される死霊妖精の瘴気

すずやの横に立つこんごうは、この瞬間を見逃さない!

 

「フィールド展開!」

こんごうは左手を差し出した!

左手に装着された精神感応金属製のブレスレットが青白く光り輝き、こんごうの身体を包み込んだ!

ブラウンの髪が、宙に舞い上がり、まるで生き物の様にうねる!

体の周りに幾重にもリング状のクラインフィールドが展開し、一気に壁面にはじき返された死霊妖精の瘴気を包み込んだ!

「こっ! これは! 神の楯!!」と瘴気から死霊妖精の声がした!

「ぐあぁぁ」と苦痛に満ちた声が続く。

こんごうの放つクラインフィールドは、そのまま瘴気を包み込むように集約し、そして球体へと形を変化させた。

完全に球体の中へ閉じ込められる死霊妖精の瘴気

こんごうは、差し出した左手をゆっくりとまるでリンゴを握りつぶすかの様に握る。

すると、球体状に変化したクラインフィールドが少しずつ小さくなり出した!

「金剛!!!!」と死霊妖精の唸るような声がする!

そして、

「覚えていろ! 必ず黄泉の国で再び復活してお前達の魂を食い殺してやる」と死霊妖精は呻き声を上げた。

 

少しの静寂の後、こんごうは急に表情を豹変させて、薄ら笑いを浮かべ、まるでその死霊妖精を見下した様に、冷たく

「お前の様な下等な死霊妖精が意思を存続させたまま輪廻転生の歯車に乗れると思っているのか! この愚か者!」

 

すずやは、その声を聞いて驚いた!

“こんごうさんの声じゃない! 別の人の声だ!”

 

 

こんごうは、そのまま、

「我が使者 海神の巫女達を愚弄した罪、許し難く万死に値する。よって貴様の魂は黄泉の国にて再生させずそのまま永遠の時の狭間で彷徨い続けるがよい!」

その声を聞いた死霊妖精は!

「貴様!誰だ!」と聞いたがこんごうはそれには答えず

右手を突き出した。

右手の先が光り、こんごうの霊力が一気に集約するのが見て取れた!

その集約した霊力は、空中で集まり、そして綺麗な魔法陣を描き出した!

 

その魔法陣を見た死霊妖精の魂は!

「金剛! 貴様西洋魔女か!」と呻きながら叫んだが、その問にもこんごうは答えず霊力をさらに集約させた。

空中に描き出された魔法陣に向い、こんごうは

「我が名にて命ず、時の狭間に繋がりし回廊よ、開き給え!」

こんごうの口からきいた事のない声がした!

その瞬間、空中に描かれた魔法陣が光輝いた!

そして、死霊妖精を包み込んだ球体状のクラインフィールドをゆっくりと呑み込み始めた!

「やっ! やめろ! 闇は嫌だぁぁぁ!!!」と死霊妖精の断末魔が響いた!

 

球体状のクラインフィールドが完全に魔方陣へ消えた瞬間、魔法陣は霧散した。

 

そっと霊力を収束させるすずや

左手のブレスレットが、光を失い普通のブレスレットに戻った。

すずやはじっと自分の手を見ながら

「出来た! 霊波壁!」と呟いた。

以前の自分なら、こんな力は無かった!

そう感傷に浸る間もなく、慌ててこんごうを見た。

既にこんごうも、フィールドを収束させ、じっと立っていた。

すずやは、こんごうの元へ寄り、

「こんごうさん! 今のは?」とぐっと迫ったが、

こんごうは、優しい笑顔で、そっとすずやへ

「我が使者、すずやよ」と聞いた事のない優しい声でこんごうから話かけられた

思わず、

「はい! こんごうさん」と返事をしてしまった。

「そなたは、強い。そして優しい。 これからもこの我が分身“光の巫女”と共にこの世で、海の民の笑顔を守る為突き進んでおくれ」と優しい声で語り掛けられた。

すずやは、

「あなたは?」と聞いたが、それには答えが無かった。

すずやは、その時思い出した!

以前、この声をどこかで聞いた!

闇夜の中、この声に導かれた事を!

 

 

次の瞬間、こんごうはまるで糸の切れた操り人形の様に、膝から崩れ落ちた。

慌てて支えるすずや!

「こんごうさん! こんごう艦長!! しっかりしてください!!!」

すずやの声が室内に響いた

 

 

こんごうは、意識を失ったまま、じっとすずやに抱きかかえられていた。

 

 

 




こんにちは
スカルルーキーです

分岐点 第39話です

え〜、連載開始から早1年です。
あっという間の1年ですが、全然お話が進んでいません!(;^_^A
これでいいのか?と思いつつ、まあ、何とかなるさというお気楽モードで書いてます

毎回、多くのご感想や誤字報告などを頂き感謝しております。
今後ともよろしくお願いいたします
では


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