分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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パラオの海と夜空を仕切る水平線に一瞬光が走る!
すると、ゆっくりと光が差し、朝日が昇る
少しずつ明るさを増すパラオの海、




38 弾丸4

 

パラオの日本帝国海軍泊地では、早朝から複数の船の煙突から黒煙が昇っていた。

綺麗に整列し、舳先を外洋へ向け出船状態で漂泊している 白雪、初雪、深雪も昨夜から機関の出力を維持したまま、待機状態となっていた。

そのすぐ近くには12隻の民間貨物船や油槽船、どれも煙突から黒煙を上げ、出航準備を進めていた。

数隻の内火艇や小型の作業船が行き来して、抜錨準備を進めていた。

甲板上には、複数の人が作業にあたっているのが見て取れる。

 

白雪は艦橋横の見張り所へ出て、双眼鏡で泊地外周部に停泊する自衛隊艦隊を見た。

4隻のイージス艦のうち2隻は航海燈を点け、出航準備が整いつつあった。

一番大きな空母も、既に航海燈が点灯して各種の作業用のライトが付き、舷側の通路に人の気配がある。

大きな空母を見ながら、

「あんな大きな空母に護衛してもらえるなんて」と、護衛艦 いずもを見た。

全長320m、全幅は70mはあろうかという大型の艦だ。

「大和さんの艦はごつごつという感じだけど、いずもさんはスッキリした感じがする」といいながら、直ぐ近くで抜錨に向けて準備を整える護衛艦 こんごうと ひえいを見た。

「こんごうさん達も来てくれる。よし!今日も皆とがんばりましょう!」といい、抜錨に向け作業指揮をしながら、昨日護衛艦 こんごうを訪問した時の事を思い出した。

 

泊地の艦娘寮で 鳳翔さんが夕ご飯とお風呂を用意してくれているとの事で、皆で行った。

折角上陸するのだからと、行きがけに こんごうさんに前回のお礼をと思い、初雪、深雪と共に内火艇で立ち寄った。

舷梯を登り舷門で歩哨さんに、

「こんごう艦長に面会お願いします」と申告すると士官の方が来て、

「艦長室へご案内します」と言われ、後をついて行く。

通路を通る時、乗員妖精さんが皆敬礼して挨拶してくれる。

「何か、緊張するね」と 初雪達と話しながら通路を進んだ。

綺麗に整理された艦内、室内灯が明るく照らしていて、

「私達の艦とは大違い」と思いながら進むと、士官の方が立ち止まり、

「こちらが艦長公室です」といい、ドアをノックした。

中から女性の声で、

「どうぞ」と返事があった。

士官の方がドアを開け、

「入ります!駆逐艦 白雪、初雪、深雪艦長をお連れ致しました」と一礼して報告すると、

「お疲れさま」と優しい声が聞こえた。

「失礼します」と言いながら、室内に入ってびっくり!

「おお!立派な艦長室!」と声に出てしまった。

私達の艦の艦長室の数倍はあろうかという広さの部屋に、大きな執務机。

真ん中には対面式のソファーがあり、壁面にはいろんな写真とか本棚に書籍がぎっしり詰まっていた。

執務机には こんごうさんが座り、笑顔で私達を迎えてくれた。

「こんにちは、皆さん 護衛艦こんごうへようこそ」といい、席を立ち挨拶してくれた

「すみません、突然押しかけて」といい、皆で一礼して、こんごうさんの横に立つ女性を見て目が点になった!

 

「すっ!鈴谷さん!」

「行方不明艦娘」と 初雪がぼそりといい、

「でも、こっちの 鈴谷さんの方が大人だよ!」と 深雪。

 

そこには、海上自衛隊の白い制服を綺麗に着こなし、薄緑色のセミロングの髪を後ろで束ねた、鈴谷さんそっくりな女性が立っていた。

「紹介するわね、護衛艦 すずや艦長の自衛艦娘の すずやさん」

と こんごうさんから紹介され、

その艦娘さんはピシッと姿勢を正して、

「護衛艦 すずやです」といい、次の瞬間

「鈴谷だよ!皆久しぶり」と姿勢を崩した。

 

事態が理解できずに目をパチクリしていたが こんごうさんが、

「重巡 鈴谷さんは、訳あっていま自衛隊へ出向しているの。今は艦の改装工事中で私の艦で研修中よ」

すると すずやさんも、

「そういう事で、艦長見習いの すずやだよ」といつもの笑顔で話してくれた。

「えええ!」と驚きながら、

「出向ですか⁉︎」と こんごうさんへ聞くと、

「ええ。この事は機密扱いだから、トラックでは重巡 鈴谷さんは行方不明という事にしてあるわ」といい、続けて

「秘密だから、内緒よ」と私達をソファーへ誘った。

ソファーへ座ると対面に こんごうさん、そして すずやさんが座った。

こんごうさんはテーブルサイドに置いてあるティーセットを取り出し、

「紅茶でいいかしら?」と聞いてきた。

「おっ!お願いします」と即答してしまった。

よくトラックでは、金剛さん達が艦娘寮の庭で紅茶を飲んでいる姿を見ているが、

優雅に紅茶を飲む姿を見て、

「ああ、いいな~」などと思っていた。

自分達も声を掛けたいところだが、相手は戦艦、おまけに鬼といわれたその方だ。恐れ多くて近寄れない。

たまに 三笠様とか 長門さんなどが一緒にお茶会しているのを見ると、そこだけ別世界のようだ。

こんごうさんは綺麗な手で手際よく紅茶を入れ、それを すずやさんが横から手伝い私達へ配った。

「どうぞ」と言われ、ソーサーを少し手前に引いてほんの少しお砂糖をとり、静かに溶かして飲もうとした時、

「初雪!お砂糖いれすぎ!」と 深雪が叫んだ。

よく見ると 初雪が山盛りのお砂糖を紅茶へ流し込んでいた!

「長官が、砂糖が多い方が美味しいと」とぼそりと言うと、

「それじゃ、砂糖水になっちゃう」と注意したが、横では 深雪が、

「やっぱり大人は砂糖なしだ!」といい、そのまま口へ含んだが

少し口元を噛み、

「渋いです」と慌てて、砂糖を放り込んでいた。

そんな3人を見ながら こんごうさんは、

「今日はどうしたの?」と気さくに聞いてきた。

「あっ、あの前回の任務でのお礼です。本当にあの時はありがとうございました」と3人そろって頭を下げてお礼を言うと こんごうさんは、

「いいのよ、私達は任務ですからね」と笑顔で返してきたが、私はつい、

「あの、こんごうさん!」と姿勢を正して、

「こんごうさんって、もしかして“光の巫女”なのですか⁉︎」

ぐっと迫った。こんごうさんは、

「もしかしてこれの事?」といい左手を少し前に出し、手のひらの上に球体状の光の障壁を展開して見せてくれた。

「おおおお!」と唸りながら皆で身を乗り出して見入った。

じっと光の障壁の球体を見る 初雪が、

「触って大丈夫?」と聞いてきた。

「ええ、大丈夫よ」と こんごうが言うと、手のひらの上で七色に色を変化させる光の障壁をそっと触った。

じっとその反応を見る 白雪達。

「温かい、優しい」とぼそりと 初雪がいうと、

「触らせて!!!」と私と 深雪も球体を触った。

「本当!暖かくて優しい感じがします!」

こんごうさんは笑顔で、

「はい、一旦終わるわね」といい、球体を収束させた。

 

「やっぱりこんごうさんは、“光の巫女”なんですね!」と私がぐっと迫ったが こんごうさんは、

「う~ん、それはどうだろう。私は普通の艦娘よ」と平然と言ったけど、

皆でブンブンと首を振り、

「いえ、全然普通じゃありません!」

 

「あの、実は…」と私が話を切り出すと、

「どうしたの?」と こんごうさん。

「前回の任務での こんごうさんの力の件が油槽船や私達の乗組員妖精から漏れて、トラック内で、“パラオに光の巫女が舞い降りた!”って話になって」

「ホント⁉︎」と慌てる こんごう。

「すみません!中佐に言われて皆に口止めしたんですけど、何処からか漏れて、他の艦娘からパラオの巫女は本物か!って迫られて、つい」

「は~あ」と こんごうさんは頭を抱えていたが、

「まっ、仕方ないわ。別に隠すほどの力でもないし、ほんの少しの特技みたいなものね」

と言いながら こんごうさんは、

「でも、本当は秘密よ」と、ウインクして許してくれた。

「はい、こんごうさん!」と皆で元気な返事を返した。

こんごうさんは、

「今回は、ルソンの手前まで一緒に行きます。その後は 妙高さんが迎えに来てくれるそうよ」

「はい、そう聞いています」と答えると、

「一応、いずも副司令の艦載機が監視を続けるから潜水艦も何とかなるし、前回の作戦であらかた狩ってしまったから前回ほどの危険はないと思うけど、注意は必要ね」

すると私が、

「あの、今回は前回以上に護衛が多いのですが? 何かあるのですか?」

すると こんごうさんは少し考え、横の すずやさんを見ながら、

「少しルソンに用事があるの、内緒のね」と意味深な答えを返した。

すると 深雪が、

「観光ですか!」と間の抜けた質問をしたけど、

「それは、ヒ・ミ・ツです」と意地悪い笑顔で こんごうさんは答えた。

そんな こんごうさんを見ながら皆に笑いが広がった。

 

その後 こんごうさんと雑談を少して、護衛艦 こんごうを後にした。

 

そんな事を想い出して 白雪は、

「ルソンに用事ってなんだろう?」とふと考えた。

 

護衛艦 こんごうと ひえいではいつもより総員起こしが1時間繰り上げられていた。今日は こんごう達の早朝トレーニングもなく、早朝から出港に向け準備が急ピッチで進んでいた。

午前8時5分前、

後部ヘリ甲板に幹部や各科士官、曹士が整列していた。

列外には こんごう、すずやが並び、そして こんごう副長、航海長などの各科の長が並んでいた。ただいつもと違い、副長以下の各科の長は腕に「教育」と書かれた腕章をつけていた。

そして整列している隊員妖精の最前列には、元重巡 鈴谷の副長以下幹部が自衛隊の艦内服を着て整列している。

今回の油槽船護衛任務は、すずやの艦長としての教育と、元 鈴谷乗組員妖精の自衛隊員としての教育が組み込まれていた。

一度に800名近い 鈴谷乗員を訓練出来ないので、数回に分けて教育する事になっている。

今回はその第1回目でもある。

午前8時、

「掲げ!」と すずや副長の号令で、ラッパによる君が代の演奏と共に自衛隊旗が艦尾に掲揚された。

こんごう副長が前へ出て、

「すずや艦長より、訓示がある」といい、下がった。

すずやは皆の前へ出た。

何故かここでも弾薬箱のお立ち台があった。

弾薬箱の上に上がると すずやは、

じっと隊員妖精の一人一人の顔を見て、

「皆さん。今回の護衛任務、しっかりやり遂げましょう!」と一言いい、

「ルソンでは 曙が待っています。無事助け出します!」そして、

「護衛艦 こんごう! いっくよー! 総員抜錨準備!」と元気に右手を振りだした!

 

「はい!!すずや艦長!」と一斉に敬礼すると、皆持ち場へ駆け足で向った。

すずやは弾薬箱のお立ち台から降りると こんごうの元へ向い、

「こんごう艦長、私達も行きましょう」

こんごうは すずやの気力溢れる顔を見て、

「よろしくお願いね、すずや艦長!」

「はい!」といい、副長達と艦橋へ向った。

 

艦橋横の見張り所へ出て、インカム越しに抜錨準備の進行状況を確認する すずや。

その後ろでそれを見守る こんごう。

既に 白雪達とヒ12油槽船団は、泊地を離れ外洋へ向け船団を進めていた。

こんごう達は後から追いつき、後方へ着く。

「抜錨、出航用意!」

すずや副長の声が艦橋に響く。艦橋後方でラッパ手が出航用意のラッパを高らかに鳴らした。一斉に艦内が動き出す。

舳先では甲板員が錨の巻き上げ作業を開始した。

巻き上がった鎖にモップでさび止めの油を塗布して行く。

「1、2番主機、起動よし!」と機関担当科員の報告が上がる。

4機ある主機のうち2機を起動し、独特のガスタービン音を立てながら推進器へ電力を供給する。

すずやと こんごうは艦橋の中へ入り席へ着いた。

艦長席には すずや、後方のオブザーバー席に こんごう。

そして群司令官席には緊張気味の 陽炎が座っていた。

「ねえ、こんごうさん!ここって司令官席じゃない!」と最初、席を案内された 陽炎は慌てたが こんごうに、

「すみません。そこしか空きがないので、座っていてください」と言われ、無理矢理押し込まれた。

前回こんごうに乗った時はオブザーバー席だったが、今日は こんごうが すずやの指導で座っている。おまけに艦橋は すずや副長はじめ教育を受ける すずやの幹部や、指導員の こんごう幹部がぎっしりである。

「前回その席に座ったのは 三笠様ですよ」と こんごうに言われ、余計に緊張している。

すずや航海長が、

「甲板員抜錨完了、確認しました」と報告を上げてきた。

すずやは後方に座る こんごうへ向け、

「では、行きます」といい、

ぐっと前方を見て、

「両舷前進最微速!出港!」と号令した!

即座に すずや副長が復唱し、機関担当科員が電子式テレグラフを操作した。

戦闘機のスロットルレバーの様なスライドレバーを操作する。レバーには細かく目盛があり、各戦速の所に印がしてある。

低速航行時は電気推進方式であるので、静かに加速する。

こんごうに続いて ひえいも抜錨し、そろそろと動き出した。

その後は いずもだ。流石にこの大きさになると、最初動き出すまで時間がかかるので少し遅れて合流する。

 

 

こんごうは愛用の双眼鏡で岬を見た。

前回の防空戦の出撃では多くの島民が見送ってくれたが、今日は誰も居ない。

 

はずだった。

 

しかしそこにはいつの間にか小さな掲揚台が作られ、大きく「U」「W」の信号旗がパラオの風を受けたなびいていた。

その旗の下には複数の人影が!

双眼鏡で覗くと、近くの集落の子供達と少尉だ!

少尉は直立不動の姿勢で此方へ向け敬礼している。子供達もそれに倣って敬礼していた。

こんごうは即座に、

「航海長!答礼警笛を!」といい、

「信号手、UW1を掲揚!」と命じた。

短く答礼の警笛が鳴り、こんごうのマストに「U」「W」「1」の信号旗が掲揚された。

後続の ひえいも答礼の警笛を鳴らす。

 

陽炎も指揮官席に付属する双眼鏡で少尉達を見て、

「少尉もやるわね」といい、こんごうを見た。

こんごうはじっと少尉達を双眼鏡で追っていた。

「むむ、これは脈ありかな」と 陽炎はそっと呟いた。

 

岬に立つ少尉と子供達。

集落の少女が少尉に、

「少尉さん、巫女様達は何処へ行くの?」

「こんごうさん達かい?」

「うん」と頷くと、

「西の島で悪い妖精に捕まっている仲間を助けにいくのだよ」

「帰ってくるのかな」と少女が聞くと、

「ああ、あの人は必ず帰ってくる」といい少尉は少女へ、

「この旗はね、“御安航祈る”といって、無事にいってらっしゃいという意味だよ」といい頭上にはためく信号旗を指さした。

「じゃ、今度から船が出かける時には、この旗を揚げれば皆帰ってくるの?」

「ああ、きっと帰ってくるよ」

すると少女は笑顔で、

「じゃ、これからみんなで毎日この旗を揚げるね」といい、旗を見上げた。

そっと少女の頭を撫でながら、

「こんごうさん達は強い、必ず帰ってくる!」そう言いながら、じっと去りゆく こんごう達を見送った。

 

 

 

こんごう達がルソンへ向け出港している頃、ここトラック泊地内の空母 飛龍の艦内では怒号が響いていた!

怒号の主は、

「貴様! ふざけるのも大概にしろ!!!」といい、対面の席に座る軍令部参謀と陸軍参謀を睨む一人の男性

軍令部連絡員の参謀は対面に座る第二航空戦隊山口司令へ向け、

「山口司令、先程お渡しした手紙は軍令部総長のご意向です」と言い放ったが、

「参謀!なんだこの手紙は、ええ!陸軍を擁護してマジュロへ送り届けて貰いたいと切に希望するだ!?これは命令書か!?おい!」といい、ぐっと軍令部参謀を睨みつけた!

「いえ。命令書などという堅苦しいものではなく、親書です」と答えたがそれを聞いた山口は、

「こんな物、くそ役にも立たん!」といい、受け取った手紙を握りつぶし、軍令部将校へ突き返した。

軍令部参謀は山口へ向け、

「しかし、山口司令。既に軍令部は参謀本部と協議して、陸軍師団をマジュロへ送り届ける事を確約しております。ここは総長の顔を立てるという事で…」と言いかけたが、

「それは前回の会議で出来ん話だと長官がお断りしたはずだ!」と山口が遮った。

「しかし」と軍令部参謀が答えたが山口はぐっと睨み、

「しかし、なんだ!」

答えに詰まる軍令部参謀。

その横で軍刀を抱える陸軍参謀は声を大きくしながら、

「はあ、情けないですな。あの猛将と呼ばれた山口司令も、三笠の顔色伺いですか」

「貴様、もう一度言ってみろ!」と山口が陸軍参謀を睨んだが、

「まま、山口司令」と軍令部参謀が場を収め、

「既に南雲司令には内諾を得ております。第二航空戦隊もここはひとつお願いできませんか?」

山口が目を細め、

「南雲さんがうんと言ったのか?」と軍令部参謀を見た。

「はい」と軍令部参謀が答えたが、

「例え南雲司令が承諾しても、我々は連合艦隊旗下。ましてこの 飛龍は艦娘艦隊の一員、軍令部総長の意向だけで動くわけには行かん!」

すると陸軍参謀は、

「山口司令、そう 三笠や横須賀の女狐を気にすることもないでしょう」と平然といい、

「三笠や横須賀は単なる艦娘、それも両人とも表向きは予備役扱い。いくら裏で色々と動いた所でたかがしれております」

山口は陸軍参謀を睨み、

「お前達、気は確かか⁉︎」

「ええ、いつまでも艦娘などいう訳のわからん者達に海軍を預けるのは如何なものでしょう」と軍令部参謀がいい、続けて、

「今回の作戦は、我々 “人”が海軍内の権威を取り戻す布石です」と続けた。

 

「話にならん!」山口はぐっと二人の参謀を睨み、

その体格に似あった大きな声で、

「飛龍!副長!大本営参謀はお帰りだ!」と叫んだ!

ドアが開き、

「はい、司令お呼びですか」と艦娘 飛龍、そして副長が入室してきた。

「飛龍!お二人はお帰りだ!」と山口司令が言うと、

「山口司令!話はまだ!」と軍令部参謀は言ったが陸軍参謀は、

「山口司令。本日はここでおいとましますが、良いご返事を期待しております」といい、軍刀を鳴らして席を立った。

それに続き軍令部参謀も席を立ち一礼した。

「副長さん、舷門までお見送りを」と 飛龍がいうと、副長は一礼して参謀二人を案内して退室して行った。

二人が出てドアが閉まった事を確かめると、山口は 飛龍へ向い、

「飛龍!舷門に塩撒いておけ!二度と乗艦させんでいい!」と捲し立てた。

すると 飛龍は、

「多聞丸、そんなに怒ると血圧あがりますよ」

そう言いながら、据え付けのヤカンからお湯を取り急須へいれ、お茶を山口の前へ置いた。

「ふん」と言いながら、そのお茶を飲む山口。

「飛龍、赤城からは何かいってきているか?」

「いえ、参謀達と南雲司令が会談した事は聞き及んでいますが、それ以外は」

山口はお茶を飲みながら少し考え、

「ふん、はったりか!こちらを先に説き伏せ、南雲さんを押し込むつもりだったな」

そう言っている内に副長が戻ってきた。戻ってきた副長へ向い山口は、

「奴ら何処へ向った!」と聞くと、

「はい、一航戦の方へ」

「あの、この事は宇垣参謀長へは?」と 飛龍が聞くと、

「いや、いらん。ここはトラック、我々の庭だ」といいながら、

「大本営はいったい何を考えてやがる」と表情を厳しくした。

暫しじっとしていたが、

「グダグダ考えても始まらん!飛龍、午後の教練は⁉︎」と野太い声で問いただすと、

「はい、照月、初月を標的にした艦攻部隊の雷撃訓練です、照月さん達の防空教練を兼ねています」

山口は立ち上がると、

「照月へいくぞ!前回みたいにヘマをする艦攻は、飯抜きと伝えろ」といい、

「作戦は既に始まっている!まごまごするやつは置いて行く!」

そう言いながら、飛龍を連れて席を立った。

無骨に響く音が 飛龍の艦内に響いていた。

 

 

その頃 こんごう達はヒ12油槽船団の護衛の為、複縦陣で進む油槽船団の外側へ着いた。最先鋒には 白雪、その右後方には初雪、左後方には深雪が着き、その内側には複縦陣で12隻の油槽船が着いた。

こんごうは 初雪の後方、ひえいは 深雪の後方へ着いた。

いずもは少し離れ、船団の殿である。

既に いずも甲板上には2機のロクマルが待機し、上空にはパラオ航空基地から 鳳翔の零戦隊6機が上空直掩に入り、同じく九九艦爆隊が対潜航空爆雷を装備して上空待機していた。これらの機体はその後 いずもへ着艦して終日警戒にあたる。また泊地から二式大艇改も飛来して、磁気探知装置を使い対潜警戒を行っていた。

それを船橋上部の見張り台から見る船団指揮官の元中佐は、

「はは、完璧な護衛だな」と息を呑んだ。

それもその筈だ。世界最強の防空能力を持つイージス艦が2隻、ヘリ搭載超大型護衛艦が1隻、上空にはベテラン搭乗員が駆る零戦に対潜爆雷を搭載した艦爆隊だ。

これで雷撃損傷艦でも出そうものなら、それこそ問題だ。

そうは言っても、やはり警戒は必要だ。不定期に進路を之字運動させ航行している。

ルソンまでおよそ1,800km、通常なら2泊3日の行程だ。

後からコンコンとラッタルを登ってくる音がした。振り返ると航海長だ。

双眼鏡を持ちながら周囲を見渡し、

「いや~、壮観ですね。重巡2隻に、超大型の空母が1隻、ベテランの駆逐艦3隻が護衛というのは」そう言いながら、

「あの重巡は、なりは貧弱に見えますが、中身はあの 金剛さんと同じですからね。羊の皮を被った何とかですか?」

「狼か?足柄が聞いたら怒るぞ」

すると航海長は、

「彼女、結構可愛いと思うんですけど、なんで狼なんですかねぇ」

「昔、イギリスへ式典に参加する為に行ったんだが、向こうで彼女の艦を見た英国人から“飢えた狼”と呼ばれたそうだ」

「へえ~、飢えた狼ですか。艦娘としちゃ動揺もしますね」

「ああ、足柄の艦影はやや武骨な感じだ。戦闘艦としては申し分ないが、英国人の感性には合わんかったみたいだな」そう言いながら続けて、

「金剛から言わせれば、あれは“飢えた狼”じゃなくて“本物の狼デス!”って事だが」

「本物の狼ですか?」と笑う航海長。

船団長の元中佐は、

「呉の提督から、“どこかに狼を飼いならせるイキのいい奴はおらんか”と言われているが、中々難しいもんだな」

そう言いながら右手を航行する こんごうを見た。

「気になりますか?」と航海長に聞かれ、

「何がだ?」

「いや、戦艦 金剛さんそっくりですし」

元中佐は、

「ならんと言う方がおかしいが、彼女の方が姉の様な感じだな」と笑いながら答え、

「ただ、仮に俺と戦艦 金剛が結婚したとして、子が出来ても、彼女達とは違う、別の艦娘だ。彼女達は彼女達として尊重すべき存在だよ」

「尊重すべき存在ですか」

「ああ、航海長。彼女達艦娘は海神の使い、神の名代である。その地位と名誉は明治天皇陛下より賜った大権により保障されている。我々人が侵す事の出来ない物だ」

「ええ」と答えながら、

「でも、艦娘はそれを驕る事もなく、皆いい子ばかりですね」と続けた。

「そうだな、航海長」といい、再び こんごうを見た。

艦橋で動く人影が見えた。

 

こんごうの艦橋では、すずやが艦長席に座り各種モニターを確認していた。

既にその辺りの作業は慣れたもので、モニターをタッチしながら次々と仕事をこなして行く。

後方のチャートデスクにいる すずや航海長へ向け すずやは、

「すずや航海長!次の変針点確認してる?」

「はい、艦長!あと少しです。先頭艦の 白雪から間もなく信号があると思います!」

そんな会話を艦橋の端で記録している こんごう副長以下の幹部。

こんごうはそっと副長へ、

「どう?」

「はい、艦長。おおむね良好です、最新機材への対応も問題ありません。すずや艦長の応用力の高さが乗員妖精にも適用されているようです」

「そう、じゃ少しお願いね」といい、群司令官席に座る 陽炎の元へ寄り、

「どうですか?」と声を掛けた。すると 陽炎は、

「じっと座っているのって意外に落ちつかないものね、風にでもあたろうか」と見張り所を指さした。

「はい、教官」といい、二人で艦橋横の見張り所へ出た。

数名の見張り妖精が大型の高倍率双眼鏡で周囲を監視している。特に海面付近を見て潜水艦の潜望鏡がないか確認しているのだ。

見張り所の手摺に寄り掛かりながら 陽炎は、

「作戦は明日の夜中ね」と こんごうへ聞くと、

「はい、私達はルソン島手前まで船団を護衛します。その後船団より分離。表向きはそこから変針してパラオへ帰投という事ですが、分離後進路を北へとりルソン島アパリ沖まで進みます。いずもは後方で待機。私と ひえいはそのままアパリ沖まで進み、夜を待ちます」

すると 陽炎は、

「そんなに近くまで陸地に近付いて発見されない?」

「はい。ルソン中部の 妙高さんのご手配で、日本海軍の哨戒計画は入手しています。それに米軍はいま サラトガを中心とした機動艦隊がニューブリテン島攻略作戦で出払っていますので、手薄です」

「でも、夜間とはいえ陸地に近付けば陸からは見えるわよ」

「ふふ、そこは心配ご無用です、教官」といい こんごうは、

「私達は80年後の最新鋭艦ですよ」

「まさか、雲隠れの術なんて使う訳じゃないでしょうね」と 陽炎が聞くと こんごうは、

「まあ、似たようなもんですね」と笑いながら答え、

「そこはお楽しみですよ」と答えた。

 

陽炎はそっと並走する船団を見ながら、

「曙とは」 そう言いながら遠くを見つめ、

「彼女とは、横須賀で初めてあったの。当時私は呉から転属して初めて都会の鎮守府勤務となったわ。呉の皆から“横須賀とはお気の毒”とか色々言われて緊張しながら浦賀水道を抜けて横須賀を目指したの」

陽炎は海を見ながら、

「緊張してたのかな、ガチガチになりながら猿島の付近まで来た時、いきなり周囲に訓練弾の砲撃をうけたわ」

「砲撃ですか?」と驚く こんごう。

「ええ、いきなり艦首方向に数本の水柱が立ったわ!慌てて周囲をみたら、1隻の駆逐艦が此方へ向けて砲撃していた。それが 曙」

陽炎は話を続け、

「まっ、その時は私が悪かったの。当日緊張して、きちんと海図も確かめず猿島沖の演習海域のど真ん中に入りかけたのよ」

「演習海域の真ん中!」

「ええ。丁度私が入ろうとした時、高雄さん達が演習寸前でね。それに気が付いた 曙が、絶妙な腕前で訓練弾を警告として私へ撃ちこんだのよ」

「派手な警告ですね」と こんごうは笑ったが、

「まあね。こっちも悪かったとはいえ、“いきなり砲弾撃ちこんでくる馬鹿は誰!”って無線で怒鳴り返したら」

「“いちいち、……うっさいわね。この呉の田舎娘!”って怒鳴り返されたわ」

「えっ」と目を白黒させる こんごう。

「まあ私もそこでカッとなって、“なによ!やる気!”って返したら、いきなり問答無用で訓練弾をまた撃ちこまれたのよ。もう周囲に上がった水柱でびしょびしょ」

「それで?」と聞き返す こんごう。

「頭にきちゃってね、此方も訓練弾を撃ち返して大喧嘩になったの」

「はあ?」

「後で聞いた話だけど、横鎮の提督、それを 高雄さんの艦橋で見てて、“おっ今度の駆逐艦娘は元気があっていい”とかいって笑い転げてたらしいわ」

陽炎は続けて、

「その後、何とか横須賀へ入港して提督室へ着任の挨拶に行ったけど、そこでね 高雄さんから“あのじゃじゃ馬と仲が良さそうね”、とか言われて結局彼女と臨時編成の第14駆逐隊を編成したわ。私に 曙、皐月に 長月、潮に 霰」

「紆余曲折、色々あったけど、いい親友ができたわ」と言いながら、

「そういえば昔、皆で喧嘩した事があってね」と 陽炎が言うと、

「喧嘩ですか?」

「ええ。まあ寄せ集めの問題児集団と言われていた14駆逐隊、みんな不満が溜まってたのね。合同演習の後の反省会で言い争いになってね。最初に手を出したのが 潮と 曙、皐月と 長月が巻き込まれて、最終的に 霰と私がとばっちりを受けて、横鎮の会議室で殴る、蹴るの大乱闘よ」

「はあ⁉︎」と呆れる こんごう。

「私も最初は止めにかかったけど、誰かのパンチが顔面に入って、ついかっとなったのね。こいつら皆のしてやる!全員叩きのめしてあたしの人生の敷石にしてやるってね」

呆れ顔の こんごう。

すると 陽炎は、

「その時、一緒に反省会をしていた戦艦 金剛さん達に取り押さえられて、ようやく収拾がついたわ」

「お姉さまですか!」

「ええ、怖かったわよ!まさに鬼金剛ってああいうことだって実感したわ」と言いながら少し身震いし、

「私達全員を一人で取り押さえて、その場で正座させて、上から目線で一言 “最低デス!”と言い放ってね。“You達が勇猛果敢なのは知っていますが、これは勇猛ではなく野蛮デス!弁えなさい”って」

「ハハハ、お姉さまらしいですね」と引きつる こんごう。

「でもその後、“皆で仲直りデス”とか言っていきなりお茶会始まって、榛名さんがクッキー焼いて来てくれたり、提督や 高雄さんとか皆来て慰めてくれたの」

「そうだったのですか」

陽炎は、

「ええ、私それ以来、金剛さんに頭上がらないわ」と言いながら、

「そんな苦労を共にした仲間なの、彼女」といい、

陽炎は こんごうへ振り返って、

「必ず、曙を助け出す。こんごうさん、力を貸して!」 ぐっと こんごうを見た。

「はい、教官」と優しく返事をする こんごう。

潮風が 陽炎のツインテールをたなびかせていた。

 

 

その頃、トラックでは南雲が重大な決断を迫られていた。

空母 赤城士官室には南雲航空戦隊司令、草鹿参謀長、そしてその対面には軍令部参謀と陸軍参謀が座っていた。

南雲は腕を組みながら軍令部参謀へ、

「飛龍の山口君の所へ行ったようだな」

「はい、それが何か?」

「彼は何と言った?」と鋭く問いただした。

「何をですか?」と軍令部参謀が聞き直すと南雲は、

「マジュロの件を要請に行ったのではないのか?」と再び問いただした。

少し軍令部参謀は表情を曇らせ、

「いえ、自分はただ二航戦の錬成度合いを確認に行ったまでです」

「そうか」と南雲は返事をしながら、

“多分、山口君の事だ。追い返されたな!”と思いながら、

「それで軍令部参謀、今日は何用だ」と話を切り出した。

それには陸軍参謀が、

「先日の件、ご返事を伺いにまいりました」と軍刀を鳴らしながら答えた。

南雲は一瞬、横に座る草鹿を見て、

「両参謀に少しお聞きしたいが、いいか?」

「はい、南雲司令。何でしょうか?」と軍令部参謀が答えると、

「今回のマーシャル諸島海域開放作戦におけるマジュロ侵攻の意味はいったい何なのか、説明していただこう」

「マーシャル作戦におけるマジュロ侵攻の意味ですか?」

「ああそうだ」と南雲は続けて、

「当初、我々トラックの連合艦隊にはマーシャル諸島の海域を深海棲艦の勢力下から解放し、速やかにミッドウェーとソロモン諸島の補給線を分断し、ソロモンの深海棲艦を孤立させよと下命しておきながら、マジュロ奪還を急ぐ意味の説明を受けておらぬ。本来ならマジュロ奪還は別働隊を用いて慎重に行い、その後安全を確保した後マーシャル諸島解放戦を行う予定である。無理にマジュロを突けば人質の生命に危機が及ぶ、その危険を冒す大義はなんだ⁉︎」

陸軍参謀は不気味な笑みを見せ、

「南雲司令、それを聞けば貴方は了承するしかなくなる。よろしいですか?」

「なんだ!」

陸軍参謀は軍刀に手を置きながら、

「今回のマジュロ侵攻は、我が日本陸海軍の深海棲艦支配地域への初の本格的な反攻作戦です。あの忌々しい深海棲艦に対し陸海軍が協力して、我々大本営が主導しての初の反攻作戦となります。その意義は大きい。この作戦が成功すれば朝鮮の済州島に巣を作る深海棲艦も根絶する事ができます」

すると軍令部参謀も、

「今回の作戦は、我々海軍においても意義は大きい。横須賀の大巫女や 三笠の影響を排除し、我々だけで奪還作戦を成功させれば陛下も、“人”が海軍を動かす事に異を唱えないでしょう。これは海軍の権威を取り戻す好機なのです!」

南雲は、

「貴様、だからと言ってマジュロの人質に危険が及んでも構わんというのか!」

すると陸軍参謀は、

「南雲司令、すでに深海棲艦との戦闘で多くの将兵、民間人が犠牲になっている。しかし今まで何の反攻作戦も成功していないのは、我々が艦娘に頼り過ぎたせいであると考えます。艦娘を海神の巫女といい、崇め過ぎたという事です。これからは彼女達は神の名代ではなく、兵器として扱う。そして我々“人”が海の覇権、そしてアジアの覇権を握り、ヨーロッパのドイツ帝国と協調し二大帝国体制を全世界に築き、世界の安定を目指すべきです」

 

すると南雲は、

「貴様ら、赤城をはじめ全ての艦娘は明治天皇陛下より地位と名誉を永劫に保障され、今上天皇陛下もそれを継承されている。艦娘を兵器として扱うなど,今上天皇に対し不敬である!」と両参謀を睨んだ。

 

陸軍参謀は、

「南雲司令、その今上天皇陛下に対し“拝謁権”などと称し、上から目線で意見する横須賀の女狐や 三笠は如何なものでしょう。これでは我々“人”は艦娘という得体の知れないものに支配されてしまいます」

すると南雲は、

「貴様ら大本営は、大巫女様や 三笠様の大権を排除して、統帥権の強化を目的としているという事か⁉︎」

陸軍参謀は、

「まっ、そう言う事です。我が大本営の権威回復の為、多少の犠牲は致し方ありません。マジュロは戦地ですよ」とほほ笑んだ。

 

“それがこいつ等、大本営の本音か!長官の言われた事が現実味を帯びてきたな!”

そう南雲は内心思い、

「では、陸軍参謀。マジュロへ強襲上陸し深海棲艦を排除するとの事だが、上陸作戦の概要などは出来ているのか?」

「ええ、既に出来ています。台湾の1個師団を使い強襲します」

「我々航空戦隊は、マジュロ周辺部へ展開する重巡艦隊の排除と、上陸支援か?」

軍令部参謀は、

「はい、そうであります」

南雲は深い息をして、

「分かった。総長の意向に沿い、陸軍師団を上空擁護しよう」

それを聞いた草鹿は慌てて!

「司令!それは!」と横に座る南雲を見たが、

南雲は小声で、

「後で話す」といい続けて、

「但し、マジュロの人質の安全は確保してもらう」

「人質の安全ですか?」と軍令部参謀が言うと、

「そうだ。それが出来ないのであれば、連合艦隊の別働隊が人質の安全を確保するまで、上陸作戦は控えてくれ」南雲は続けて、

「それと 赤城達艦娘を“兵器呼ばわり”することは控えてもらおう」

陸軍参謀は、

「南雲司令、まあいいでしょう。それではご承諾いただいたという事で、上陸作戦の詳細につきまして後日お知らせいたします」

「ああ、分かった」

「それと、連合艦隊の実施する救出作戦とは一体如何なる作戦ですかな?」と陸軍参謀が聞くと、南雲司令は

「それは君たちには口外出来ん、というより我々にも現段階でも秘匿されている」

「ほう、そこまで」と陸軍参謀。

「いったいどこの部隊なんですか、南雲司令!」と軍令部参謀が問い詰めたが、南雲は無言であった。

横に座る草鹿参謀長へ向け、

「草鹿さん!何処の部隊です、それだけでも!」と軍令部参謀が聞いたが、

「軍令部参謀、それを知るのは山本長官はじめ、一部の幹部だけだ。只我々は、作戦発動時点でマジュロの人質の安全は確保されているというのが前提条件となっている。それで十分だ、思う存分暴れていいということだ」そう言い、軍令部参謀を睨みつけた。

「まっ、草鹿参謀長。其処まで警戒なさらずともこれから共同で、大本営の権威回復の為、作戦を実行するのですから」

「陸軍参謀!まだ我々は!」と草鹿参謀長が声に出したが、南雲が手で止めた。

陸軍参謀は、

「時に南雲司令。先日お話しましたが、パラオへ向け深海棲艦の侵攻部隊が攻め入ったとの情報がありましたが、その後如何なる被害が?」

すると南雲は、

「その件なら、自分達より連合艦隊の司令部に聞けばよかろう」とそっけなく答えた。

「おかしいですな。我々の情報源によると、深海棲艦の艦隊30隻と上陸侵攻部隊がパラオ方面へ転進したとの事で、現在マーシャルには大した戦力はおらず戦闘は容易いとの大本営の見解ですが」と陸軍参謀が答え横の軍令部参謀も、

「現在マーシャルには空母は3隻、戦艦群も半数はいないとの軍令部の見解です。今です!今こそ攻め入って“我々「人」が主導して”勝利を掴むのです!」

南雲はぐっと両参謀を見て、

「連合艦隊司令部からの定時報告では、パラオ方面の哨戒圏には異常はなく、パラオ泊地及びパラオ首都のコロールも異常ないとの事だ。君たちは夢でも見とるんだな」と冷たく言い放った。

すると軍令部参謀は、

「我々の情報は確実です!」テーブルをドンと叩いた!

すると南雲は、

「君、ではその情報は何処から入手したのだ⁉︎隣の我々も知らんような事だぞ!」

「そっ、それは」と答えに詰まる軍令部参謀。すると陸軍参謀は静かに、

「南雲司令、我々大本営は深海棲艦の暗号を一部解読しており、また有力な情報源を確保しております。この情報は確実であると確信しております」といい、

「多分、今頃パラオは大規模な攻勢が仕掛けられており、被害が出ておるでしょう。まあ背後に敵がいる事になりますが、パラオは小さい。後日包囲すれば容易く殲滅できる」

草鹿参謀長が身を乗り出し、

「もしそれが事実なら、今頃このトラックは大騒ぎだぞ。パラオは泊地としては小さいが、中間拠点だ。そこを失えばこのトラックとて持たん!」

すると陸軍参謀は、

「だから連合艦隊司令部は黙っているのではないですかな?」

「なんだと!」と草鹿が吠えると、

「山本長官も 三笠も、パラオが陥落したとなれば大問題です。失点ですな。それを誤魔化す為に情報統制を行っているのでは?」

南雲は両参謀に、

「そこまで言うならお前達の目で確かめて来るがいい!パラオの提督は誠実な男だ!嘘、誤魔化しを最も嫌う!」

陸軍参謀は、

「南雲司令がそこまで言われるなら一度行ってきましょう。廃墟になったパラオへ。まあ渡航できたら、持ちこたえたという事ですかな」とニマリとした。

陸軍参謀は手に持った軍刀を鳴らして、

「では、上陸作戦の支援は確約していただいたということで、今日はここでおいとまします」といい、席を立った。

草鹿参謀長が大きな声で、

「副長!」と呼ぶと直ぐにドアが開き、

「はい!草鹿参謀長お呼びでしょうか!」と姿勢を正しながら副長妖精が入室してきた。

「お二人ともお帰りだ、舷門までお見送りを」

「はい!参謀長」と一礼し、

「では」と言いながら、陸海軍の参謀を案内しながら退室して行った。

入れ替わりに 赤城が入ってきて、

「南雲司令」と一言声を掛けたが南雲は、

「草鹿、赤城。話がある」といい、対面の席を薦めた。

黙って座る二人。南雲は、

「赤城、気配は?」と聞くと、赤城は少し瞑目して、

「周囲に気配はありません」と答えた。

その答えを聞いた草鹿が身を乗り出し、

「南雲司令!宜しかったのですか?陸軍の上陸部隊を支援すると確約して」

横で聞いた 赤城が少し驚きながら、

「本当ですか!?司令!」

南雲は静かに、

「赤城、お茶を入れてくれんか?」

「はい?」

「いや、少し喉が渇いた。お茶で構わん、淹れてくれ」

赤城はヤカンからお湯を取り急須へ注ぎながら、

「少し温いですが」と言ったが、

「構わん」と南雲が返し、

「ここは戦地だ、贅沢は言えん」

そっと南雲と草鹿の前にお茶を出す 赤城。

南雲は湯呑を持ちぐっと一気に飲み、

「奴ら、本性を現したか!」と声にした。

 

ダン!

 

南雲は湯呑を音を立ててテーブルへ置くと、

「草鹿、赤城。陸軍の師団を擁護してマジュロ上陸作戦を支援する」

「司令!しかしそれは!」と草鹿が乗り出したが、

「ああ、分かっている」といい、一呼吸おいて、

「昨日、山本長官と話をしてきた」

すると草鹿は、

「長官とですか⁉︎」

「ああ。手短にいえば、長官は本隊作戦に支障が出ない範囲で陸軍の上陸作戦を支援して構わんという事だ」

すると草鹿が、

「しかし、人質の件が」

「それは念を押された。人質の安全確保が優先であると」

草鹿は、

「それで陸軍へ釘を刺したわけですね!」

「ああ、それしか方法を思いつかん」と南雲は答えた。

そう言いながら南雲は、

「我々は時間稼ぎだ」

「時間稼ぎ?」と 赤城が言うと、

「そうだ。奴らの事だ、我々を無視してでも、マジュロへ近づく。そうなれば間違いなく深海棲艦を刺激して、マジュロを包囲している重巡艦隊に砲撃され人質はひとたまりもない!」

「はい」と頷く草鹿参謀長と 赤城。

「我々が同行して、奴らの行動を抑制する。その隙に別働隊が先手を打って、人質を確保してもらう。その後であれば、幾ら陸軍が暴れても問題ないという事だ」

「司令、それでは我々は猫の鈴ですか?」

「まあ草鹿、そんな所だ」

「では、司令。上手く鳴いて見せないといけませんね」と 赤城が言うと、

「赤城、期待してるぞ」と南雲が返した。

「司令、この事は宇垣参謀長には?」

「いや、いい。昨日長官と話した。多分宇垣さんや黒島君はこちらの事情を考慮した裏作戦を考えているはずだ」

「裏作戦ですか?」

「ああ、俺達が当初の目論見とは違い、本隊から一時的に離脱する恐れがある、それも勝手にだ」

「はい」と答える草鹿参謀長。

「それを見逃す深海棲艦ではあるまい。無防備な空母が2隻もマジュロを目指してウロウロするんだ、向こうからすればいい鴨だとは思わんか?」

「はあ、ネギと鍋を持った鴨ですか?」

「はは、そうだよ」と笑いながら南雲が答え続けて、

「多分、敵空母や陸上基地からうんかのごとく敵機が来るぞ」

「では我々は囮役ですか!」

「多分な。本来の作戦の 大和達へ食いつくか、離脱したこちらへ食いつくかで動きも変わる。山口君の二航戦の動きが重要な鍵となる」

草鹿はじっと考え、

「戦域が当初の予想より大幅に広がります。大丈夫でしょうか?」

「解らん。しかし昨日の長官との会談の感触からすると、策があると見たが」

「三笠様と 金剛さんでしょうか?」と 赤城が答えた。

「赤城、二人がどうした?」

「いえ、司令。三笠様と 金剛さんはパラオで大型の電探を装備したとお聞きしています。有効索敵範囲はゆうに300kmを超えるそうです」

「本当か⁉︎」と驚く草鹿。

「草鹿、そう驚く事もない」といい、南雲はじっと 赤城を見て、

「実はな、長官のところでパラオにいる特務艦隊の資料を見せてもらった」

すると草鹿や 赤城は身を乗り出して、

「あの自衛隊という組織ですか⁉︎」と二人揃って問いただした。

「ああ。既に知っているとは思うが、彼らは別の世界から来た艦隊だ。我々の80年先を行く世界だ」

「80年ですか!」と草鹿が言うと南雲は、

「そうだ。俺もお前も既に墓の中だ。赤城はまだ現役かな?」

すると 赤城は、

「艦霊力は持っても、艦が持ちません。多分引退しておばあちゃんですよ」

南雲は続けて、

「今回の作戦では、多分マジュロの人質救出は自衛隊が行う。それしか戦力がない!彼らの力があれば人質救出は確実だ」といい、草鹿と 赤城を見て、

「いいか!自衛隊が人質を救出するまでの間、絶対にマジュロへ陸軍を近付けてはならん!臆病者、卑怯者と罵られても構わん!責は全て俺が負う」

南雲は草鹿と 赤城に頭を下げた。

「南雲司令!」と慌てる 赤城。

すると草鹿は、

「南雲司令。その責は、一航戦全員で負いましょう。なあ 赤城!」と横の 赤城を見た。

「はい、加賀さんも私が説明すれば納得してくれます」と笑顔で答えた。

「済まん」といい深々と頭を下げる南雲、目尻に涙を浮かべ、

“俺は、なんて素晴らしい部下を持ったんだ”と呟いた。

 

 

その頃、少し離れた夏島にある連合艦隊司令部の管理棟内の一室では、部屋の主が来客に対して怒鳴り返していた。

「貴様ら、話にならん!」と声を荒げる宇垣参謀長。

「参謀長、今です。今ならマーシャルはがら空きです。大和、長門を前面に押し出し、攻勢を仕掛けるべきです」と息巻いているのは、数名の各戦隊の若手参謀達である。

宇垣は、

「確かにマーシャルには攻勢を仕掛ける。しかし事は慎重にしなければマジュロの人質はどうするつもりだ⁉︎」と睨み返した。

「そっ、それは 大和や 長門の攻勢をもって敵艦隊を排除しつつ、台湾の陸軍師団で強襲上陸をかければ容易く奪還できます!」

宇垣は若手参謀達を睨み、

「お前達は馬鹿か!いいか、いくら 大和や 長門の攻撃力が優れていても、マジュロへ近づいただけで沖合に構える重巡艦隊がマジュロを砲撃するぞ!そうなれば人質はどうする!」

すると若手参謀の一人が、

「島の中央部の山岳地帯へ逃げればいいことです」と自信ありげに答えたたが、宇垣は背後にあった地図を掴むと若手参謀達の前へ出し、

「貴様、この島のどこに隠れるところがあるんだ!答えてみろ!」といい、マジュロの地図を出した。

マジュロは礁湖と呼ばれる島の中央が地盤沈下して、島の内部が海水の湖の様な地形である。高い山や森林地帯は無くリング状の低い土地があるだけの島だ。

「これは」といい答えに詰まる若手参謀。

別の若手参謀が、

「しかし宇垣参謀長!今マーシャルの戦力は大幅に減っています。パラオ方面へ大規模艦隊が進軍したとの情報を得ています。今ならマーシャルはがら空きです。この隙に攻め入れば、我々連合艦隊の勝利は確実です!」と捲し立て、

「マーシャルを攻め落し、ソロモンを分断。その後オーストラリアを包囲して屈服させ、

アフリカを制したドイツ帝国と共闘し、インドの英国を追い出し、アジアの覇権を確保する。そうすれば陛下もご納得いただけますし、国民の安泰につながります!」

「参謀長、ぜひご決断を!」と別の若手参謀が迫った。

 

宇垣は目前の若手参謀達を睨み返し、

「お前ら、頭は真面か!」と怒鳴り、

「大体そのパラオへ敵大規模侵攻艦隊が進軍したという話は何処から聞いた!?我々にはなんの話もないぞ!」

すると若手参謀の一人が、

「はい、軍令部の連絡将校殿から直接聞きました。軍令部の話です、確実です!」と自信満々に答えたが宇垣は、

「お前達、パラオは隣だぞ!東京よりは遥かに近いこのトラックでもそんな話は聞いていない!お前達、そこまで言うならパラオへ行って来い。民間航空路なら席はあるぞ!」

その時ドアがノックされた。

「誰だ⁉︎」と不機嫌に宇垣が言うと、

「どうした?廊下まで怒鳴り声がしたぞ」と山本が笑いながら入ってきた。

姿勢を正す若手士官、執務机から立ち一礼する宇垣。

「どうもこうもありません!こいつ等皆、熱にやられています!」と宇垣が言うと、若手参謀の一人が、

「山本長官、この後お伺いしようと思っておりました!ぜひ自分達の意見具申をお聞きください!」

「ほう、何だい?」と言いながら、ソファーへ座る山本。対面の席に宇垣が座り、周囲に若手参謀が立った。

 

「長官!いまマーシャルは手薄です。今直ぐ 大和、長門を前面に押し出し、強大な火力をもってマジュロの重巡艦隊を打ち払い、マロエラップの敵航空基地を破壊し、マーシャルを奪還しましょう!」

そして別の若手参謀が、

「その後はソロモンを分断、オーストラリアを包囲し、アフリカを制したドイツ帝国と連携しインドを制し、我が大日本帝国がアジアの盟主としてドイツと共闘し二大帝国を築き、世界の安定を目指すべきです。このマーシャル諸島解放作戦はその布石。ぜひ今直ぐご決断を!」と迫った。

同席した他の若手参謀達も一歩前へ出た。

「まあ、君たちの言う事にも一理あるとは思う」と山本が言うと、若手参謀達の顔が緩んだ。

「では、攻め入っていただけるのですね」と若手参謀の一人が聞くと、

「いや、まだだ!」と山本は答えた。

「なぜ!?なぜです!?マーシャルの敵戦力は大幅に減っています!今こそ好機!」

と若手参謀がまくし立てたが、

「君、そのマーシャルの戦力評価は誰から聞いたのだい?」

「はい長官、軍令部将校殿です」と若手参謀が答えた。

“やはりか”と顔に出しながら宇垣を見ると、あきれ顔であった。

山本は静かに、

「確かにマーシャルは攻める。元々我々の統治領だ。しかし、今回の作戦は立案に時間がかかる。マジュロの人質の件もある」といい、

若手参謀達へ向い、

「君たちは攻めろ、攻めろと言うが、人質はどうするつもりだい?無理に攻め込めば間違いなく戦火にさらされひとたまりもないが、もしそうなった時、君たちは陛下や国民に対して、帝国軍人として責任が取れるのかい?」

「そっ、それは」と答えに詰まる若手参謀。しかし別の参謀が、

「マジュロの人質も我が帝国国民です。陛下の御ためなら、その命捧げましょう!」

山本は静かにその参謀を睨み、

「では、君は自分の家族や恋人がその人質となっていても、同じことが言えるのだな!」と睨んだ。

「うっ、それは」と答えに詰まる参謀。

山本は静かに、

「いいかね。失敗した真珠湾攻撃でも、数年前から構想を練り、訓練に訓練を積み、ようやく実施できた。しかし想定外の事態となり、作戦自体、いや対米開戦自体が中止となった。今回も、どのような事態が起こるか予想できん。いよいよ準備は怠りなくしなくてはならん。軍令部の情報を鵜呑みにして気安く攻める事の出来る相手ではない。既に向こうは此方が攻め入る事を十分に知っている。艦隊同士のぶつかり合いになる。そんな所へ民間人を巻き込めばひとたまりもないが、そこはどうするつもりなんだい?」

「そっ、それは陸軍師団がマジュロへ強襲上陸すれば事は済むと、軍令部参謀が!」

山本は落ち着き、

「では、陸軍師団はどうやって重巡艦隊が取り囲むマジュロへ近づくつもりなんだい。島の周囲には機雷原もある、我々の駆逐艦ですら容易に近づけない島へ」

答えに詰まる若手参謀。

山本は続けて、

「先程君はドイツと手を組み、2大帝国体制で世界の安定を目指すと言ったが」

「はい長官!現在ドイツ帝国はアフリカ戦線で奮戦し、間もなくアフリカを制します。我が国も早急に三国同盟交渉に復帰して、ドイツ帝国と共闘する方が得策かと思います」

「では君たちは、三国同盟の交渉の復活を願うのかい?」

「はい、長官!」

そう言うと山本は、

「そこまでドイツ帝国のヒトラー総統を信用すると?」

「はい。彼の書いた「マイン・カンプ」を読みましたが、大変優れた指導者であると思います」

そう若手参謀が告げると山本は、

「君たちの読んだのは、日本語訳の物かい?」

「はい、書店で購入したものです」

「ではその日本語訳には、日本人については何と書かれていた?」

すると若手参謀は、

「はい長官。日本人は勤勉で優秀であり、わがアーリア人種の盟友にふさわしいと書かれております」

それを聞くと宇垣に、

「あれはあるかな?」と言うと、

「待ってください」といい、宇垣参謀長は執務机に戻り製本された一冊の本を取り出した。

それを受け取りページを捲る山本。あるページを開き若手参謀達へ差し出した。

「読んでみろ」といい、本を渡す。

そのページをじっと読む若手参謀達。その間、山本と宇垣はじっとその姿を見ていたが、

「長官!これは?」と若手参謀の一人が声にした。

「その本は、ドイツ語の達者な知り合いに頼んで、マイン・カンプの原本を直接訳してもらったものだ。今君たちが見ているページに書かれているのが、ヒトラーの日本人に関する項目だ!」

若手参謀の一人が、

「日本人は勤勉であり、また勇猛であるが、その文化はアーリア人が築いた文化を模倣したものに過ぎない」と表情を変え、

「このような事が!」と言い放った。

山本は、

「確かにあのアドルフ・ヒトラーという男は指導者としては大変優れているが、彼の掲げる“アーリア人種第一主義”は、大変危険な思想だ」といい、続けて

「そのように他民族を排他的に考える指導者と手を組むというのは、如何なものかね?」

宇垣も、

「今はいいが、いつか、俺達日本人も利用価値が無くなれば、排除される可能性も否定できんぞ」

山本は若手参謀達を見て、

「物事の真偽というのは、その物事をどの立場から見るかで大きく変わる。我々が真実として信じている者も、見る方向を変えると虚像となる。人から聞いた話を丸呑みするのではなく、自分の目と耳とそして」といい、自分の胸を手で押さえ、

「心で感じることだよ」

宇垣は、

「いいか。先程のパラオへ向ったという侵攻部隊についてだが、情報源が大本営だけで、それ以外の情報源がない。此方のマーシャルの戦力評価は、現地に偵察員が出向いて犠牲を払い確認した情報だ!どちらの信用度が高いか言わんでも分かろう!」

黙る若手参謀達。宇垣は、

「お前達、既に作戦は始まっているぞ!こんなところで御託を並べる時間があるなら、各戦隊へ出した概要の精査でもせんか!」と若手参謀達を睨んだ。

 

「失礼いたしました」といい頭を下げ、退室する若手参謀達。

入れ替わり、大淀がお盆に湯呑を乗せて入ってきた。

湯呑を二人の前に並べる。

「若い奴らにも困ったものです」と宇垣は渋い顔をしたが、

「そう言う俺達も若い頃はそう言われたんだ、堪えてやれ」と山本が窘めた。

「しかし、このトラックまであのような輩があらわれるとは、いよいよ注意が必要ですな」

「ああ。海軍省の次官時代は連日ああいう事があったが、ここまで来るという事は、今頃軍令部や海軍省では大事だな」といい湯呑を取り、お茶を口へ運ぶ山本。

「大淀、奴らは誰と接触していた?」と宇垣が聞くと、

「はい、軍令部の連絡将校と参謀本部の将校です。連日夜な夜な勉強会と称して、集まっているようです」

「やはり、奴らか」

「それと先程 赤城さんからこれを」といい、折りたたまれた紙を宇垣へ渡した。

「赤城からか?」といい、それを受け取り一読した宇垣は、そのまま山本へその紙を渡した。

それを読む山本。宇垣は、

「どうしますか?止めますか?」と山本を見たが、

「いや、このままやらせろ。南雲君としてはこれが最善の選択だろう」と言いながら、

「実は昨日、彼と話した」

「南雲とですか?」

「ああ宇垣。彼には本隊作戦に支障が出ない範囲で、陸軍師団の擁護を許可した。勿論、マジュロの人質の安全確保が第一である事は念を押してな」

宇垣は、

「それでは一航戦は別行動になります。下手をすると二航戦も引きずられかねません!」

「多分、山口君のことだ。南雲が動けば“見捨てては行けん”と言ってついていくだろうな」

「では!長官」と宇垣が身を乗り出した。

「ああ。大和達打撃艦隊をマロエラップへ近づけ、敵主力艦隊を作戦海域までおびき寄せる。それと同時に南雲達がマジュロに接近する。多分マロエラップの陸上基地と空母群から雲霞のごとく敵機が南雲達を襲うぞ。その隙に 金剛達にマロエラップをたたかせ、後方を遮断する。陸上基地さえなくなれば、航空機の脅威は半減する」

山本は 大淀が差し出した海図を見ながら、概要を説明した。

「ただそうなると、大和達の航空戦力がありません」

「そうだ、だから本来ならここにいる連中を呼び戻す!」といい、海図の一部を指さした。

宇垣は、

「しかし、そこの押さえが無くては!」と言うと、

「何、スービックの御大将にお願いして、Eに動いて貰おう」

「出来るのですか!?長官」と宇垣が聞いたが、

「既にその海域は彼らの海だ。三笠に一筆書いて貰えば、彼も納得するだろう。Eも 三笠とは仲がいいらしいからな」

宇垣は笑いながら、

「その時は 妙高に言って特製間宮羊羹でも差し入れしておきます」

山本は、

「これで空母の数ならこちらが勝ったな」

「はい。早速黒島に裏作戦を立案させます、長官」

「済まんが頼む、決して大本営に悟られんようにな」

「はい」と頷く宇垣。

山本は一呼吸おいて、

「明日の夜か」と呟いた。

「はい、今朝ヒ12油槽船団の復路便を護衛して出港したのを確認しました」

「曙の状態は?」と山本が聞くと、宇垣は

「現地の情報員によると、やはり精神的な疲労があるようです。外部からの観察でも状態は悪くなっているとの事です」

「保つか?」

それには宇垣はしっかりと、

「大丈夫です。彼女はあの14駆逐隊で 陽炎達と戦火をくぐり抜けて来ました。その 陽炎が向っています、必ず耐えています」

山本は宇垣のその顔を見て満足そうに、

「やはり君は彼女達にとって“親父”さんだな」と呟いた。

 

 

ヒ12油槽船団の復路便の航海は順調に進み、パラオ西方の海域を進んでいた。

すずやは艦橋で艦長代理として操船指揮を執っていた。陽炎は折角こんごうに乗艦したのだからと言い、CICへ向い砲雷長から最新のレーダー技術の講義を受けていた。

近日中に 陽炎と 長波、そして 秋月には あかしが製作した駆逐艦用対空、対水上レーダーが装備される。

秋月には対空強化火器も搭載予定だ。

陽炎は、砲雷長から各種レーダーの特性や欠点について説明を受けていた。

その頃こんごうは、艦長公室で各種の書類の決裁を済ませ、奇襲作戦の計画書を精査していた。既に作戦は実行段階であるが、見落としはないか?想定されていない事はないか?と時間の許す限り考えてみる。何度も頭の中で作戦を実行して、不具合がない事を確かめた。

 

書類を机に投げ出し作戦地区の地図を見た時、突然艦内に

「対潜戦闘配置!」と すずや副長の声で艦内放送がかかった!

艦内に対潜配置の警報の電子音が鳴り響いた。

こんごうは咄嗟に机の上に置いてあった帽子と、小型インカムを鷲掴みにすると、椅子を蹴って室外へ飛び出した。既に各所の防水扉が閉まりかけていた!

「待って!通る!」と大声を出しながら、全力で艦橋を目指す。こんごうが過ぎたあと、一斉に各所の防水ドアが閉鎖される。

息を切らせながら こんごうは艦橋へ駆け込んできた。

既に すずやが、

「戦速! 第三戦速! 面舵!5 初雪さんの右手に出て!」と号令を掛けていた。

すずや航海長が、

「曳航ソナー、投入よう~い!」と艦内電話で甲板員へ指示をしていた。

こんごうがそっとオブザーバー席へ座ると副長が寄り、

「報告します。先程 いずもスワロー06が、進行方向2時、距離1万で不明音源を探知しました」

「増援は?」と聞くと、

「はい、いずもスワロー04が向います」

前方の艦長席では すずやが矢継ぎ早に、

「飛行班長!航空機即時待機!」と下命していた。

「はい、艦長代理。航空機即時待機に入ります!」とインカム越しに返事がある。

椅子の横のモニターに格納庫の内部の映像が映し出された。

整備班長のホワイトロックが整備妖精に向い怒鳴りながら、ロクマルの発艦準備をしているのが分かる。

すずやはインカムを切り替え、

「ソナー 艦橋! 目標コンタクト出来てる⁉︎」と聞くと、

「艦長代理、まだです」と返事が来た。すずやは即座に、

「CIC 艦橋! アンノン コンタクト出来てる?」

「艦橋 CIC アクティブです!いずもスワロー06のデータ拾っています!」

「音紋識別急いで!いずもとのリンク問題ない?」と次々と指示を出していた。

 

こんごうは後方で すずやの指揮を見ながら、横に立つ副長へ

「大分さまになって来たわね」と言うと、副長はニコニコしながら、

「ああいう姿を見ると、艦長の新人時代を思い出しますな」

すると こんごうは、

「昔の事は覚えてませ~ん」と横を見る こんごう。

「はは」と笑いながら答える副長。

 

すずやは後方に座る こんごうへ向い、

「こんごう艦長、対潜配置完了しました。現在、不明音源、音紋解析中です。いすもCICより対潜配置で待機との指示です!」と報告した。

「はい、わかりました」と こんごうが返事をすると、すずやは再び前方を見て、

「通信! 初雪に信号。“対潜警戒厳となせ、対潜配置のまま待機せよ!”送れ!」

通信担当妖精が復唱し、信号手へ電文を伝えた。

こんごうは愛用の双眼鏡で周囲の艦艇を見回すと、初雪、白雪ともに戦闘警戒態勢に入っているようだ。油槽船団の見張り所にも大勢の船員が出て、周辺を警戒していた。

こんごうは すずやへ、

「すずやさん、この辺りは日本海軍と米海軍の潜水艦が行き来する場所です。対応慎重にね」と言うと、すずやは、

「はい、こんごう艦長!」と気合の入った返事が来た!

そしてじっと前方を見た。

ぐっと気合の入る すずやを見て こんごうは、ふと席から立つとそっと後から近寄り、右手の人差し指で“えいっ”と すずやの頬を指で押した。

 

「キャイーン」という何とも言えない声が艦橋に響く。

すずやは後を振り返って、

「こんごう艦長!」と言うと、

こんごうは笑顔で、

「今からそんなに緊張してたら大変よ。まだ警戒配置なんだからね」

「えっ!」という すずや。

「適度な緊張は必要だけど、あんまり力が入るのはダメよ、ほら力抜いて」といい、すずやの肩を両手で揉んだ。

優しい手の感触がした。

「はい、艦長」といい、そっと こんごうを見る すずや。

 

そんな二人をCICの艦長席でモニター越しに見る 陽炎は、

「ああいう所は戦艦 金剛さんそっくりね」と横に立つ砲雷長へ言うと、

「確かに」

陽炎は砲雷長へ、

「その後、不明音源はどうなったの?」すると砲雷長は、

「動きはありませんね。位置、深度ともに変化なしです」

陽炎はCICの大型ディスプレイに表示された不明音源を睨んだ。

 

その頃 いずも艦内のCICでも慌ただしく動きがあった。

「砲雷長、不明音源はその後動きなし?」

「はい副司令、完全に動きを止めました」

CICの司令官席に座る いずもは少し考え、

「自動懸吊装置がついている?友軍かしら」といい、手元の資料を見た。

由良から貰ったルソン周辺の日本海軍の哨戒予定表だ。

「日本海軍の伊号潜水艦が数隻哨戒についているから、それかしら」と言いながら、肘掛けに設置された艦内電話を取り、

「飛行隊司令、いずもです」と飛行隊を呼び出した。

飛行隊を総括する司令妖精は即座に返事を返し、

「はい、副司令」

「鳳翔さんの九九艦爆の一機に警告爆雷を装備して、発艦準備」すると飛行隊司令妖精は、

「はい、既に準備できています。起爆深度は規定の三〇mです」

「念の為に他の九九艦爆には航空爆雷を装備、うちのロクマルには一二式を」

「はい、既に即時待機です」

いずもはそれを聞くと、

「対潜士官!捜索をアクティブへ変更、スワロー06で狩り出しなさい。それでも動かないときは警告爆雷で様子を見ます!」

「はい。捜索、アクティブへ変更。狩りを始めます!」

対潜士官は矢継ぎ早に不明音源上空にいる いずもスワロー06へ、アクティブピンによる捜索を命じた。

直ぐに不明音源艦の位置が特定された。

甲板上では警告爆雷を抱えた99艦爆が1機エンジンの暖気運転を終了し、正に発艦しようとしていた。既に上空には誘導役の別のロクマルが待機、その周辺には2機の零戦が周回飛行をして、直掩していた。

 

その頃不明音源とされた潜水艦の艦内では、静寂だけが漂っていた。

「聴音、どう?」

じっと聞き耳を立てる聴音妖精。

「船団近づいています、数は不明ですが10隻は超えてますね」

「距離は?」

「大体、8,000って感じですか。もう少しあるかもしれません」と言いながら、

「艦長、もう少しまともな聴音機をつけてくださいよ」

「ふん、贅沢は敵だわ」といいながら、発令所の中で少女は、

「う~ん、多分友軍だとは思うけど、嫌な情報もあるし、ここはじっとしといた方がいいかな」

段々と室温の上がる発令所の中でじっと汗を拭きながら、赤毛のポニーテールを整えた。

「副長、酸素はあとどれくらい持つの?」

副長は二酸化炭素の濃度計を見ながら、

「これなら、まだ十分いけます。余計に動かなければ大丈夫です」

「深度は?」

「40ちょいです、もう少し潜りますか?」

「いいわ。うちの駆逐艦ならそんなに聴音の性能も良くないから、じっとしいてればばれないわよ」そう言いながら、

「通り過ぎたら、浮上して驚かせてやりましょう」と笑いかけたその時、いきなり頭上で小さく“ピィーン”と探信音が鳴った!

「なっ、なに?」と聴音手へ聞くと、首をかしげながら、

「こんな探信音聞いた事ありません!また来ます!」

再び小さく“ピィーン”と探信音が鳴った!

「うそ!気づかれた!?」と副長を見たが、

「そんなはずは!付近に駆逐艦が接近した可能性はありません!」

少女は、

「総員、衝撃に備えて。次は爆雷よ!」

 

 

不明音源の上空で いずもスワロー06はホバリングしながら、ディッピングソナーを海面へ垂らしていた。

機上で戦術士官は、

「そこにいるのは分かっているから、大人しく浮上しなさい」と呟いたが、相手の不明潜水艦は微動だにしない。

ソナーのアクティブピンを打ちながら、機上コンピュータで収集した解析情報を いずもや こんごう達へ送信していた。

「深度40mか。ぴくりとも動かん所を見ると、自動懸吊装置がついている。という事は伊号か?」

無線のチャンネルを切り替え、

「いずもCIC スワロー06、アンノン 位置、深度共に変化なし」と報告すると、

「スワロー06、いずもCIC。アンノンに対し、浮上を促す為、警告爆雷を投下する。04が誘導しているので、留意してくれ」

「06了解、投下前にソナーを巻きあげる、アウト!」

 

「警告爆雷か」といい、戦術士官はレーダーモニターを見た。

そこには零戦に護衛されたロクマルと警告爆雷を抱えた九九艦爆が此方へ向ってくるのが写っていた。

パラオからルソンの海域は、日本海軍だけでなく、南下する米軍の潜水艦や深海棲艦の潜水艦もいる。日本海軍ではルソンの米軍と協議し、誤爆を防ぐ為、潜水艦を発見した場合、安全距離を取り、炸薬量を減らした警告爆雷を1発投下して、浮上を促す。

もしそれに従わない場合は、敵性潜水艦と判断し、攻撃できると協定を結んでいた。

もし敵潜水艦なら、この時間で逃走するか攻撃もできるが、潜水艦だからと言ってむやみに攻撃して米海軍の潜水艦だった場合は、国際問題になりかねない、逆もしかりだ。

友軍潜水艦からすれば、頭上の艦艇が友軍か深海棲艦か?判断に迷う所であるが、警告爆雷を投下されればそれは友軍という事である。

深海棲艦なら、警告ではなく本物の爆雷が雨嵐と降り注ぐはずだ!

 

「06、04だ! 間もなく爆雷を投下する、ソナーを収納してくれ!」

「了解、既に巻き上げを開始した!」

戦術士官の声を聞き、機上整備員がディッピングソナーを巻き上げ始めた。

「また直ぐ降ろすから、宜しく!」と戦術士官が声を出すと、

「はい!機長!」と大きな返事が来た。

インカムを切り替え操縦士へ、

「聞いていると思うが、04達が警告爆雷を投下する。俺達はそのまま監視を続行する」

「操縦士了解しました。機長!下は伊号ですか?」

「多分な。深海棲艦なら今頃大慌てで逃げ回っているはずだ」

「米軍のガトー級では?」と操縦士が聞いてきたが、

「いや、米軍ならここまで綺麗に海中に留まれん」

そう言いながら、

「せめて10mまで浮上してくれれば、いずもから超長波で警告するのだがな」

そう言いながら、バブルウインドウ越しに外を見た。少し遠くにカラースモークが海面から湧きがっているのが分かる。爆雷の投下予定地点だ!

「あそこか」と言いながら、

「さて、誰が浮き上がってくるかな」と海面を見た。

 

その直下の海中では、

「もし友軍なら、そろそろ警告爆雷を投下するころよ!」といい、少女は発令所で身構えた。

艦内の総員、何かに掴まっている。

副長が

「いきなり狙ってきたらどうしますか?」

「その時は、深海棲艦って事で尻尾を巻いて逃げるしかないわよ」

「しかし、さっきの探信音はなんだったんでしょうね、いきなり頭上からくるとは?」

「近くに駆逐艦が接近した様子はないし、そんなに簡単に見つかるとも思えないし」と少女は考えていたが、

「水面、着水音を確認! 来ます!」と聴音妖精が小声で叫んだ!

副長妖精が右手に持ったストップウォッチを押した。

「皆! 備えて!!!」と少女が叫ぶ。

少し間が開き、

 

“ど~ん”という音と、小さな振動、船体が少し揺れた。

 

「各部! 損害報告!」と少女が言うと、

伝声管から小声で、

「機関室異常なし、蓄電池問題ありません!」

「前部魚雷室、異常なしです。撃ち返しますか?」

すると少女は

「変な事言わないで、次!」

「居住区、異常なしです」

最後に

「後部区画、魚雷室異常ありません」と報告が上がった。

 

横の副長を見て、

「起爆深度は?」

ストップウォッチを見ていた副長は

「大体30ってとこです」

少女は少し考え、

「聴音、追加の爆雷はなし?」

すると聴音妖精は、

「はい、先程の1発だけです」

 

少女は横の副長へ向い、

「友軍ね。アップトリム5、潜望鏡深度までゆっくり浮上して」

「はい、イムヤ艦長」

潜舵手、空気手がそれぞれの機材を操作すると、艦は惰性でゆっくりと浮上を開始した。

潜望鏡深度で一旦艦を水平にして、潜望鏡をあげ周囲を一周して見回した。

「いた! 意外に近い。先頭は吹雪型よ、後は油槽船団」

副長は書類をパラパラとめくり、

「すると、トラック帰りのヒ12ですね。吹雪型が3隻ついているという報告です」

「えっ、それ以外にもいるわよ」と イムヤ。

「吹雪型3隻に、見た事のない大型の重巡2隻に….」と言いながら、少し潜望鏡を回して息を呑んだ。

「どうしました?艦長!」

「なっ! なにあの艦!? 超大型の空母がいるわ!」といい、潜望鏡を副長に譲った。

潜望鏡を覗き込む副長。

「本当ですね!この距離でもはっきり見えるという事はゆうに300mはありますよ」

「ちょっと、それ大和さんより大型よ!」

副長は少し考え、

「110号艦でしょうか?」

すると イムヤは、

「あれはまだ横須賀のドックで建造途中よ。適合艦娘探しで大巫女さまが日本中飛び回っているって聞いたわよ」

「するとあの艦は?」

イムヤは

「まずは浮上しましょう」といい、潜望鏡を下した。

「はい、艦長」といい副長は続けて、

「浮上配置! 浮上、浮上!」と号令を掛けた。

先任が、

「対空要員は浮上後、念のため配置につけ。但し許可あるまで発砲するなよ!」

奥から返事が聞こえた。

バラストタンクから排水される音が艦内に響く、潜水艦妖精にとっては一番安心する音だ。

艦内が一斉に浮上に向け動き出した。

ゆっくりと惰性で浮上する伊号168。

海面を割り、最初に司令塔が浮かびあがった。静かに船体上部がゆっくりと姿を現す。

イムヤは発令所から司令塔に繋がる階段を登り、ハッチを開け、司令塔の上に出た。

後方では船尾に海軍旗が即座に掲揚された。

対空機銃員が13mm機銃や7.7mm機銃に取り付き準備を進めていた。

甲板上のハッチが開放され、空気の入れ替え作業、そして艦尾から黒い煙が上がり、

ディーゼルエンジン2基が起動した。

イムヤは司令塔の上に駆け上がると、周囲を双眼鏡で警戒する。副長、航海長が続く。

甲板上に手空きの兵員妖精が出て、束の間の青空を見上げた。

「あれね!」といい、前方の船団を指さした。

この距離からでもはっきりと見える。

 

突然、背後からパタパタと聞いた事のない音が近づいてきた。慌てて振り返ると、直ぐ頭上に見た事のない航空機がいた!

「カ号観測機?」と イムヤは思ったが、以前見た事のあるカ号とは形状が全然違う、いや大きさもこの機体の方が大きい。

その不明機はゆっくりと頭上を旋回したあと、速度と高度を落としながら後方から近づいてきた。機首に付いたライトらしきものが点灯し、機体を左右に振って友軍機の合図をしている。

「お~い、撃つなよ!」と先任が叫んだ。

機銃に取り付く妖精が手を上げた。

その不明機は速度をどんどん落としながら降下して、高度10mまで来た!

「凄い! あんな低空を低速で飛べるなんて!」

「あの機体に見つかったのでしょうか?」と副長が聞くが、

「おかしいわよ。私達は深度40mにいたのよ、上からは解らないはずよ」

「ですよね」といい、皆でその機体を見上げた。

甲板上に出ている妖精兵員たちも皆見上げている。

その機体は、ゆっくりと近づき、遂に私達の真横へ近づいた!

じっとその機体を見る。

操縦席とみられる部分には、白いヘルメットを被った妖精兵員。

此方を見て手を上げた。

窓の様な所にも別の妖精兵員が此方を見ている。

今まで聞いた事のない“パタパタ”という独特の音が周囲に響いていた。その機体から吹き降ろされる風で、髪が舞い上がった。

「艦長! 日の丸です!」といい副長が指さす方向を見ると、

小さいがはっきりと日本の国籍識別章の日の丸が見える。そしてその横には黒字で

「海上自衛隊」と記載されていた。

イムヤは

「ねえ、海軍に海上自衛隊なんて組織あった?」

「聞いた事ありません! しかし国籍標は日本です!」

イムヤはじっとその航空機を睨んだが、次の瞬間その航空機は イムヤ達の真横で機体を空中に停止させた!

「とっ! とっ! 止まってるわよ!!!」と司令塔の縁に身を乗り出して、その航空機を見た。

「うっ! うそ~!」

横の副長や航海長を見たが皆、唖然としている。

「空中で止まる航空機なんて聞いた事ないわよ」と イムヤは慌てた。

しかしその航空機は自分達の目の前で止まっている。

 

突然、その機体の中央部分のドアが開いた。

中から白いヘルメットに緑色の服を来た妖精兵員が敬礼してきた。

つい、いつもの癖で答礼してしまった。

ヘルメットで表情が分からないけど、少し顔の表情が緩んだ様に見える。その不明機の兵員妖精は手を振り始めた!

此方もつい手を振って答えた。

すると、その機体は再びゆっくりと前進して、上空へ舞がって行く。

去りゆく不明機を見ながら イムヤは、

「いつの間に我が海軍はあんな機体を作ったの!」

すると副長は、

「解りません!でも確かにあの機体は日本製です」

「分かるの?」と イムヤが聞くと、

「何となく、日本の匂いがします」と副長妖精が答えた。

こんな時の妖精の勘は鋭い!

「後方から、零戦2機!」と航海長が叫んだ。

振り向くと、後方から零戦2機が編隊を組み超低空で接近してきた。

右にバンクしながら司令塔の横を駆け抜ける!

「識別帯はどこ⁉︎」

すると副長が、

「艦長! 鳳翔隊です、パラオです!」

イムヤは唸った。

「パラオの 鳳翔さん!」

再び航海長が、

「後方から先程の不明機の同型機と九九艦爆です!!」

後方から急接近した不明機の同型機と日本海軍の九九艦爆が編隊を組み、司令塔の真横を低空で航過する!

2機とも右に少しバンクしながら、此方へ機体を見せていた。

不明機の後方に位置する99艦爆の操縦席と後席の飛行士妖精が手を振っているのが見えた。

甲板上の乗組員妖精が一斉に帽フレで返答していた。

とっさに

「艦爆の識別帯は!」と聞くと、

「同じく 鳳翔隊です!」と副長が返した。

 

先程の零戦2機と不明機、そして九九艦爆は、先行する不明機と編隊を組むと、ヒ12油槽船団へ向け進路を取った。

「やはり、友軍なのね」といい、船団の後方に控える超大型の空母を睨んだ!

 

 

「アンノンは、伊号168と判明!」

こんごうの艦橋にCICからの報告が響いた。

すずやは後方に座る こんごうへ向い、

「対潜戦闘警戒を解除して、通常警戒配置へ戻します」

と告げると横に立つ すずや副長へ、

「対潜戦闘用具収め! 通常警戒配置!」

復唱して艦内放送をかける すずや副長。

 

すずやは艦長席のモニターを いずもスワロー06の機首カメラに切り替えた。

いずもCIC経由でロクマルの映像を見た。

伊号168の司令塔の上で、赤い髪をたなびかせながら、上空を見上げる少女が写っていた。

 

「イムヤだ!」と すずやは呟いた。

こんごうが横から、

「知り合い?」と聞くと、

「はい。彼女、ルソン中部警備所に配属されています」といい続けて、

「ルソンには重巡は 鈴谷と中央の 妙高さんだけです。ルソンには潜水艦母艦がいませんから、彼女達潜水艦への洋上補給は 鈴谷と 妙高さんの仕事でした」

そう言いながら画面に映る イムヤを見て、

「堀司令の頃は潜水艦艦娘達とも仲が良くて、堀司令自ら 鈴谷に乗って皆の補給を指揮していたんです」

すずやはぐっと画面を見て、

「それがあのクソ司令が来てから、“それは俺の仕事ではない!”とか言ってルソン中央からの要請を蹴っていました。それ以来、彼女達とちゃんと話していなくて」と寂しそうに画面を見た。

すると こんごうは笑顔で、

「じゃ、挨拶していく?」

「えっ!」と驚く すずや。

「お友達なんでしょう」と こんごうが言うと、

すずやは、

「でも、すずやの事は機密なのでは!」と聞き返した。

「でも、“こんにちは”位なら大丈夫なんじゃないの、いずも副司令に聞いてみる?」

「はい!」と元気に すずやは返事をしてモニターを切り替え、

「いずも副司令、すずやです」と いずもを呼び出した。

いずもCICの司令官席に座る いずもが、

「どうしたの、すずやさん」と笑顔で聞き返してきた。

「あっ、あの」といい、

「イムヤに挨拶して行きたいですが、よろしいですか?」

いずもは すずやの後に控える こんごうを見たが、こんごうは軽く頷いた。

「いいわよ、あまり近づき過ぎて姿が露呈しないようにね」

すずやは満面の笑みで、

「ありがとうございます、副司令!」

 

護衛艦 こんごうは緩やかに船団を離れ、停船している 伊号168へ近づいて行った。

 

船団をやり過ごす為、停船している 伊号168の司令塔の上で、艦娘 イムヤは此方へ急速に接近してくる見慣れない重巡を見た。

「新型の重巡がこっちへくるわ!」

すると横に立つ副長も、

「見ない形です。高雄さんのような艦橋ですね」

すると イムヤも双眼鏡を覗きながら、

「艦橋たか~い。でも砲が前方は一門しかないわよ、対空機銃も一つしか見えない!」

すると副長も、

「大きさの割に砲が小さいですね、駆逐艦のような単装砲です。あれじゃ海防艦並みですよ」

イムヤも、

「なにか、艦の大きさと兵装があってない感じよね。でも足は速そう!もうこんなに近くにきたわよ」といい、双眼鏡を降ろしてその近づく艦を見た。

 

こんごうの艦橋では すずやと こんごうが席を離れ、見張り所へ出てきた。CICから 陽炎も上がってきていた。

三人並んで、前方に見えてきた 伊号168を見た。

すずやは双眼鏡で、前方に見える伊号を見た。司令塔の上で此方を見ている イムヤを見つけた。

そっと横に立つ こんごうを見たが、無言で頷くだけだった。

すずやはインカムの操作ボタンを操作して、網膜投影ディスプレイを起動して、インカムを艦外スピーカーへ切り替え、静かに、落ち着いて、そしていつもの様に思いを込めて叫んだ!

 

「イムヤ~! 元気~!」と、

 

 

伊号168の上では イムヤがずっとこちらへ近づく新型の重巡を見ていた。

「確かに変な艦だけど、何か強そう!こう見てるだけで、強いぞって感じるわ」

すると副長も、

「ええ。見た目とは裏腹に、強い気を感じます。この艦“強い”です」

すると イムヤは、

「私を見つけたのもこの艦かしら?」

そんな事を考えていると、その新型重巡は反航する進路をとり、さらに近づいてきた。

相対距離が300m程になり、重巡を近くで見て取れる距離だ。

そっと双眼鏡を持ち上げ、再び新型重巡を見ようとした時、

 

「イムヤ~! 元気~!」

 

新型重巡の船外スピーカーから声を掛けられた!

「えっ!!! 今の声!」一瞬驚いた。

 

続けて、

「お~い、私は元気だよ!!」

 

再び声を掛けられて、イムヤは慌ててその声のする新型重巡を双眼鏡で見た!

此方の右舷側を反航しながら進んでくる新型重巡。艦橋とおぼしき場所の横の見張り所らしき所に、艦娘らしい姿を見つけた。

 

「えっ!!! 鈴谷さん!」

 

思わず声に出した。

横にいる副長も双眼鏡を覗きながら、

「手を振っている方、鈴谷艦長にそっくりですね!」

イムヤは、双眼鏡で新型重巡の見張り所で大きく手を振る一人の艦娘を見た。

遠くからでも分かる薄緑色のセミロングの髪、大きく明るい目!

服が違うが、間違いない!

「すっ! 鈴谷さんよ!!」といい、

「生きてた! 生きてたんだわ!」

慌てて、

「副長、拡声器取って!」

副長は下の発令所へ向け拡声器を出すようにいい、それを受け取った。

拡声器といっても、でっかいメガホンだ。

大きなメガホンを抱えて、イムヤは新型重巡へ向い、

「鈴谷さん! 鈴谷さん!! 鈴谷さ~ん!!!」と名前を連呼したが、それに返事はなかった。

新型重巡は 伊号168のほぼ真横へ並んだ。300m先に見える重巡の見張り所を見ると、鈴谷そっくりな艦娘が両手を大きく振っていた。

「間違いない! 鈴谷さんだ!」

そう思いながら双眼鏡で横に並ぶ他の人を見た。

「えっ! 金剛さん! それに陽炎さんも!」

鈴谷とおぼしき艦娘の横には、特徴的なブラウンの髪を潮風にたなびかせる戦艦 金剛、そしてパラオ泊地所属の 陽炎が見えた。

イムヤは副長へ、

「さっきの零戦と艦爆、確かパラオの 鳳翔さんの機体だったわね」

「ええ、識別帯はそうですが」

イムヤはすれ違う新型重巡を見ながら、

「パラオ、何かあるのかな」と思いながら、すれ違う重巡の艦尾を見た。

すると、後部甲板の後に先程の不明機と同じ機体が見える。

それをじっと双眼鏡で観察していた時、艦尾に艦名らしい文字を見た。

白字で書かれた文字を読み、声に出した。

 

「こ ん ご う」

 

「えっ! 金剛!」といい、もう一度その艦名を見る。

間違いない、平仮名で“こんごう”だ。

 

「金剛さん、艦、乗り換えたの?そんな事ができるの?」

と考えている内に、その新型重巡は速力を増し、ヒ12油槽船団へ合流すべく舵を切り、

急速に離れて行った。

副長が、

「艦長。あの艦娘さん、もし 鈴谷さんだったとしたら、どうします?」

「どうするって、何を?」

すると副長は、

「ルソン北部の司令から、発見次第即撃沈をって指示が出ていますが」

しかしイムヤは、

「なんで⁉︎ そんな事できる訳ないでしょう、副長。あの 曙じゃないけど、あのクソ司令の言う事なんて聞ける⁉︎」といい、続けて、

「この前も、燃料あぶないから少し分けて下さいって無線でお願いしたら、“うちにはよそへやる燃料はない、他をあたれ”って冷たく言われたのを忘れた?」

「あの時は何とか中央へ辿りつけましたが、危なかったですね」

「それに副長」といい、去りゆく新型重巡を見ながら、

「戦艦 金剛さんに喧嘩売って、無事に生きて帰れると思う?」

副長は震えながら、

「それは無謀ですね」

「あの艦、絶対戦艦 金剛がらみよ!何となくわかるの」と イムヤも身震いしながら、

「鬼がふえちゃったよ!」と涙目であった。

副長が、

「では、この事は」

「ええ、明後日には中央へ戻るわ。司令と 妙高さんへ直接報告する。それまで皆に口外しないように、念押ししておいて」

「はい、イムヤ艦長」

イムヤは去りゆくかつての仲間を見送った。

 

 

すずやは去りゆく 伊号168を後方に見ながら、じっと見張り所の手摺を握りしめ、俯きながら、

「ごめん、イムヤ。今は答えられないの」といい、目に涙を浮かべた。

名前を連呼され、イムヤが自分を認識した事は分かった。本当なら近くに寄って、

“鈴谷元気だよ!”と言いたい。でも今はダメだ。ルソン北部から出された「撃沈指示」はまだ生きている。ここで自分の事が露呈すれば、パラオの皆に迷惑が掛かる。

ぐっとこらえた。自分が生きている事さえ伝えればそれでいい、今は。

 

そっと頭を撫でられた。

顔を上げると こんごうだった。

「こんごう艦長」と目に涙を浮かべたまま顔を上げると、

そっと抱き寄せられた。

温かい、優しい こんごうさんの匂いがした。

「すずやさん、今は我慢して」

「はい」

「でも、もうすぐそれも終るわ。終わらせてみせる」とぐっと こんごうが言うと、

「はい、艦長」と すずやは小さな声で答えた。

こんごうは優しく、

「次に皆に逢う時は、護衛艦 すずや艦長として恥ずかしくないようにね」

「はい。すずや、頑張ります」

こんごうは艦内服のポケットからハンカチを取り出すと、

「はい、これ」といいハンカチを渡すと、

「操船指揮がまっているわよ」と すずやを見た。

ハンカチを受け取り、涙を拭きながら すずやは、

「すずや艦長代理、操船指揮へ戻ります!」といい、ハンカチを握りしめて艦橋へ入った。

それを見送る こんごう。

そっと 陽炎が こんごうの横へ立ち、

「彼女、強くなったわね」

「はい、教官。流石重巡艦娘です」

すると 陽炎は、

「指導教官がいいせいかしら?」と こんごうを見た。

「それは、私を教育して下さった彼方の 陽炎教官のおかげです」

陽炎は、

「ねえ、もう一人の私ってどんな感じ?」

こんごうは笑顔で、

「そうですね。容姿は今より少し大人ですね、背も少し高くて、海自の制服が似合っていましたよ」

「私も少しは成長したって事かしら?」

「ええ、そうですね」

「で、どんな教官だったの?」

「一言でいえば、存在自体が脅威という感じですね」

「脅威?」

「ええ。教練は厳しく、予断を許さない、正に“常在戦場”でした」そう言いながら、

「でも、お休みの時は色々と横須賀を案内してもらいました。ここのケーキは美味しいとか、ここの定食はいいとか」

「食べる事ばっかりね」と笑っていたが、

「あと、現役時代の“ギンバエ前科”の話とか」

それを聞いた瞬間、陽炎の顔色が変わった。

「もしかして全部聞いた⁉︎」

「はい、それはもう面白おかしく」

「ううう、よっ、余計な事を、彼方の私は!」と 陽炎が言ったが、

「泊地の皆には内緒よ、特に 由良さんには!」

「もしかして、鳳翔さんの件ですか?」と こんごうが聞くと、

「あの時は、もみ消しに大変だったんだから」と真剣にいう 陽炎。

「ああ、最悪!」と頭を抱える 陽炎、横で対称的な笑顔の こんごう。

護衛艦 こんごうは傾く夕日を浴びながら、ヒ12油槽船団と一路 ルソンを目指した。

 

 

 

その頃、トラック泊地は既に陽が落ち、闇が島々を覆っていた。

連合艦隊陸上司令部のある夏島には多くの料亭や食堂があり、夜になると大勢の海軍関係者でにぎわう。

そこだけ切り取れば、ここは南の島ではなく横須賀か呉かといった感じであるが、ここは紛れもなく最前線の泊地である。そんな一角にある料亭の一室に数名の海軍将校と、一人の陸軍将校が集まっていた。

参謀本部の陸軍将校を囲み、軍令部将校と複数の若手参謀達が酒を酌み交わしながら談笑していた。

「やはり宇垣参謀長の説得には失敗したか」と軍令部参謀が言うと、

「はい、山本長官が途中で入ってきて」と若手参謀が答えた。

「仕方あるまい。世間ではあの二人は反目していると言われているが、見た限りそうでもない。これは意外だ」と軍令部参謀が答えたが、若手参謀の一人が、

「確かに山本長官は航空主戦派、宇垣参謀長は艦隊決戦派です。しかし、黒島作戦参謀が上手く両方を併用した作戦を立て、両人の意見を反映しています。また 三笠がその間を取り持っていますので、世間で言われるほどギクシャクした関係ではありません」

すると軍令部参謀が、

「黒島作戦参謀への接触は?」

「ダメです。あの人は作戦立案中は自室に籠り、従卒も近づけません。正に奇人ですよ」

「やはり連合艦隊の首脳部は切り崩しできないか」と軍令部参謀が言うと、

「まあいいではないか。南雲艦隊を引き込んだ、これで上陸部隊はマジュロへ近づける」といい、陸軍参謀は酒を煽った。

軍令部参謀が、

「しかし、三笠の影響力が予想以上に強いですな。これではまるで 三笠が連合艦隊の司令長官ではないか」

「はい、軍令部参謀。山本長官はじめ宇垣参謀長達も 三笠の意見には反対できません」

すると陸軍参謀は、

「ふん、それも少し我慢すれば終わる事。我らが実力をもってマジュロを奪還し、艦娘など不要な事を陛下と国民に知らしめれば、きっと陛下もお考えを変えて頂ける」

「流石、参謀本部は正しい」と賛同する若手参謀達。

「艦娘を神の使いといい、崇め、陛下と同等に扱うなど論外。奴らは得体の知れない存在、深海棲艦と変わらぬ!そんな者達に海軍を任せるなど。我々が主導権を取り戻し、深海棲艦をせん滅し、ドイツ帝国と共闘して2大帝国を築き、アジアの覇者となる」と軍令部参謀が息巻いた!

そんな話を先程からしていたが、末席に座る一人の若手参謀が静かに席を立った。

よく見ると、今日、宇垣参謀長へ迫った若手参謀の一人だ。

「おっ、どうした?」と横の同僚から声をかけられるが、

「いや、用を足してくるだけだ」といい、部屋を後にした。廊下に出るとポケットからメモ用紙を取り出し鉛筆で何か書くと、その紙を綺麗に折って、廊下を歩きだした。

廊下の角を曲がろうとした時、出会い頭に誰かとぶつかった。

「きゃっ!」という声とともに、空の食器を廊下に落とした少女が尻餅をついていた。

とっさに少女へ、

「大丈夫かい」と声を掛けた。

すると少女は、

「はい、海軍さん。大丈夫です!」と元気な返事が返ってきた。

割烹着を着た少女はどうやら仲居さんのようだ。

少し着物の大きさが合っていないのか、襟元が余っていた。

後にいた別の年配の仲居さんから、

「これ!ちゃんと前をみなさい」と怒られている少女。

それを見た若手参謀は、

「いや、悪いのは此方だ」といい、少女へ

「怪我はないかい?」

「はい海軍さん。ご迷惑をお掛けしました」と一礼した。

「君、まだ若いね」と少女へ聞くと、

「はい、昨年国民学校を卒業しました!」と元気に返事がきた。

「じゃ、まだ15歳かい!」と驚きながら、

「なぜここに?」

「はい、トラック泊地は稼ぎがいいと聞きましたので!」と元気に返事がきた。

すると後に立つ年配の仲居さんが、

「いえ、ここも海軍さんのおかげで繁盛しています。どこのお店も人手不足で、本土からこんな子でも来てくれるだけ大助かりです」

すると若手参謀はポケットの中から幾ばくかのお金を取ると、それを紙に包み、

「大変だろうが、頑張るのだよ」といい、少女へ渡した。

少女は、

「えっ、これは?」

若手参謀は、

「頑張る子へご褒美だよ」といい、そのまま厠へ歩きだした。

少女と年配の仲居は一礼しながらそれを見送った。

 

少女と年配の仲居さんは板場へ入ると、少女は年配の仲居さんへ向い、

「このお金、皆さんで分けてください」といい、先程若手参謀から貰ったお金を年配の仲居へ渡した。

「いいのかい?」と年配の仲居が聞くと、

「はい。私は立場上、これを頂く訳にはいきませんので、皆さんでどうぞ」

「では、有難く貰っておくよ」といい、そのお金を仕舞う仲居。

板場では複数の板さん達が忙しなく働いていた。

少女は、

「板長さん、少し離れます」といい、勝手口から裏門を通り外へ出た。

少し路地を歩いて角を曲がると、1台の車が止まっていた。

車に近寄り、助手席のドアを開けそっと乗り込む。

そして、

「大淀さん、これを」といい、先程若手参謀がくれたお金を包んであった紙を、運転席に座る 大淀へ渡した。

「ありがとう、吹雪ちゃん」

大淀はそれを開くと中を確かめた。

後席から、

「吹雪、今日も店は満員か?」

「はい、参謀長。これも皆さんのおかげです」

「はは、大変だな」と言いながら宇垣は 大淀へ、

「どうだ?」

「はい、参加者は以前と変わりありません」

すると宇垣は、

「うん、わかった」といい、そして

「済まんが監視を強化してくれ、特に接触者は要監視だ」

「はい、参謀長」と返事をする 大淀。

助手席に座る 吹雪が、

「あの、参謀長」

「なんだ、吹雪?」

すると 吹雪は、

「もう少しお店手伝ってきていいですか?」

「おっ、どうした?」と聞く宇垣。

「いえ、あのお店には 吹雪の乗員妖精達も時々お世話になっていますので、少しお手伝いしたいとおもいます。これから忙しくなる時間ですし」

すると宇垣は笑顔で、

「かまわんが、明日の勤務に支障のないようにな」

「はい!ありがとうございます、参謀長!」

車を降りようとする 吹雪に宇垣は、

「女将さんと板長さんによろしくな」

「はい、参謀長。失礼します」といい、お店へ駆け戻る 吹雪。そんな彼女を見ながら宇垣は、

「これも勉強だ、吹雪」といい、その姿を見送った。

 

その頃、護衛艦こんごう達ヒ12油槽船団は、ルソンへ向け夜間航行中であった

白雪達も、前回の事がある、昼間以上に警戒を強化した。

艦橋の夜間当直はこんごうだ

とは言え、実際は艦長席のリクライニングシートを倒して、仮眠をとっている。

但し、左腕の精神感応金属製のブレスレットは薄明かりを放ち、艦のシステムと同調していた。

もし、艦のAWS(イージスウエポンシステム)に反応があれば、即座に目が覚める

艦橋内部にこんごうのブレスレットの灯りが微かに輝く

すずやと陽炎は、艦娘士官居住区内のすずやが使う居室で就寝前の自由時間を楽しんでいた。

とは言え、警戒配置中である、いつでも動けるように、すずやも艦内服の上着だけ脱ぎ、いつでも呼び出しに対応できるようにし、机に向かい今日の日誌を書いている。

机の上には熊野の字で書かれた「整理整頓」という標語が、でっかく貼りだされていた

陽炎も横の机に向かい、こんごう砲雷長から借りた「初期教育課程 電子戦の原理と実践」という教本を読んでいた。

陽炎は、教本を読む手を休め、すずやを見て、

「意外ね」と声を掛けた

「なに? 陽炎?」とすずやも手を休め、陽炎を見る

「いえ、昔 熊野さんとか不知火達から聞いた貴方の印象と今の印象が違う事」

「へへ~、進歩してる?」

「う~ん、進歩しているというより真面になってるという感じかな」と陽炎が答えると

「それじゃ、まるで以前の鈴谷が酷かったみたいじゃん!」

陽炎は笑いながら、

「皆から聞いたすずやさんの印象は、妹想いだけど、それ以上に男にだらしなく、軽い性格の子ってきいたけど」

「ううい、まあ確かに、男性だけじゃなくて艦娘にも軽く挨拶してたけど、そこまで言う?」と陽炎を睨んだ

「まあ、怒んないでよ、あくまで又聞きした話だから」といい、

「でも、今は別人の様ね、こんごうさんの影響?」と聞くと

「うん、そうね」といい、すずやは

「こんごう艦長といると、物凄く安心するの、“この人なら間違いない!”って」

「私も同じよ、こんごうさんは安心感があるわ、懐が大きいって感じね」

「ああいう感じは、昔お世話になった木村少将とか堀司令とかに似てる気がする」

「おっ、髭の木村さん!」と陽炎が言うと、

「鈴谷が新人の頃、指導役で鈴谷に乗っていたの、よく艦尾で釣をしてたよ、以前

何してるんですかって聞いたら、釣り糸を垂らして、“これで潜水艦の情報を探っているんだ”って真顔でいうから、笑っちゃった!」

「木村さんらしいね」と陽炎も笑って

「ねえ、聞いてもいい?」と話を切り替えた

「なに?」とすずやが言うと、

「あんまり、思い出したくないかもしれないけど、ルソンの事」

表情が厳しくなるすずや

「いったい、どうやってルソンの司令は鈴谷さんの意識を乗っ取ろうとしたの、私達艦娘には、対悪霊妖精用の抗魔術式が掛けてあるはず、普通なら接触できない筈よ」

すると、すずやは、

「陽炎、その抗魔術式には欠点があるって知っている?」

「欠点?」

「そう、その術式は大巫女様が縫製したその戦闘装束に掛けられていて、私達艦娘が、敵と認識した者に対して発動するという事」

陽炎は、少し考え、

「じゃ、私達が味方と思えば、発動しないという事?」

するとすずやは

「どういう経緯かは知らないけど、悪だから全て発動するとは限らないということね」

そして、すずやは、

「鈴谷はそこをうまく突かれたみたい、こんごう艦長と話してはっきりした、あのクソ司令は、最初言葉巧みに鈴谷に近付いて、警戒心を削いで、出撃を繰り返して、精神的に疲労がたまった頃を見計らって、“大丈夫か”とか言いながら、鈴谷に直に接触して、呪詛を少しずつ送り込んだのよ!」

「呪詛を!」と唸る陽炎

「最初は弱い、恨みとかを生み出す呪詛、段々とそれが強くなる様に仕向けたの!」

「人の弱みに付け込んだという訳?」

「そう、鈴谷褒められると喜ぶ方だから、戦闘の後、司令に褒められると有頂天になる悪い癖があったの、それをうまく利用された! 頑張ったなとか言って頭を直接撫でながら、心では呪詛を練ってたのよあのクソ司令!!」と怒り心頭であった。

「そして、意識が乗っ取られかけたという訳?」

「そう、もうその頃になると、自分が二人いる感じで、体の中で喧嘩してる感じだよ」

そう言いながら、すずやは、

「こんごうさんや、三笠様、そして熊野のおかげで何とか意識を奪い返せたけど」

「曙、大丈夫かな」と心配そうな顔をした

「大丈夫 彼女なら」と強く答える陽炎、そして

「あの子、勘は鋭いの、危険は直ぐに分かる子なの」と陽炎

陽炎は、

「明日の今頃は、ルソンね」

「そう、借りはきっちり返さないと!」と拳を握るすずや

「殴るの? ヌメヌメするかもよ」と陽炎が言うと、

「うわっ!きんもーっ!」と返すすずや

二人の笑い声が室内に木霊していた

夜は静かに更けて行った。

 

 

 

翌朝、水平線上に朝日が昇る

隊列を組み、一路マニラ湾に面する日本海軍ルソン中部警備、補給拠点を目指すヒ12油槽船団

朝日を浴びる艦橋でこんごうはうっすらと目を開けた。

リクライニングシートを戻しながら、

「何もなかったみたいね」と、先程配置に付いた副長へ挨拶した。

「おはようございます、何とか夜を乗り切りましたね」といい、こんごうへコーヒーの入った艦長用のマグカップを差し出した

それを受け取りながら、

「ありがとう、前回みたいに、ここで群狼作戦でもしかけられると厄介だもんね」といい、珈琲を口へ含んだ。

内心

“やっぱり苦いな~”と思いながら、

「分離点まで、どれくらい?」

「現在船速を維持すれば4時間程度です」

こんごうは時計を見ながら、

「10時前には艦隊分離か」といい、

「今夜は大忙しになりそう」と艦橋から朝日を浴びて輝く、ヒ12油槽船団を見た。

 

「さあ、正念場よ」といい、背を伸ばして、席を立ち、艦橋前方へ出て、ぐっとルソン方面を見据えた

確実にルソンに近付くこんごう達、その行く先には、未だ状態を理解していない曙がいた

ただ、静かに時間だけが過ぎていく。

 

ヒ12油槽船団は順調に行程を消化し、全体の7割程度の行程を進んでいた。

空荷である事と、対潜警戒が最少の範囲で済む事などが影響して予定より早く進んでいた。

油槽船団はその後、進路を南に変針し、ルソン島を南回りで進み、明日の朝にはマニラ湾の米軍スービック基地の対岸に位置する日本海軍の中部警備所へ入港する。

米軍の基地の直ぐ近くに、日本海軍が居を構えると言うのも変な話であるが、これはフィリピン自治政府の置かれた微妙な立場を表していた。

現在米国は、表向きには日本に対して、“禁油政策”を継続しているが、米国も戦争にならないなら、いつまでも禁油政策を続けても経済的に不利になるという意見から、一部を第三国経由で日本へ輸出していた。

その経由国がフィリピン自治政府である。

将来的に米国からの独立を約束されたフィリピン自治政府としては、何としても今外貨を蓄える必要があった、そうしないといざ独立と言ったとき、財布が空ではとんでもない事になる。

そして、日本もインド洋を深海棲艦に封鎖されサウジアラビア方面からの石油が完全にストップしている状況の中インドネシアのパレンバン油田だけに頼るのは危険で、また上質な潤滑油などの加工油は米国の製品が品質的に安定していた事もあり、多少割高と分かっていても、この油を購入するしか生き残る道が無かった。

そう言う三者の思惑がある事で、一致して現在の仕組みを組み上げた

ある事とは、昨年末の三笠によるアジア歴訪である。

真珠湾攻撃が失敗した事を知ると、三笠はトラックへ入港した長門にそのまま座乗、

一路フィリピンを始めインドネシアなどのアジア各国を歴訪し、半ば強権的な外交権を使い、外野から“土下座外交”と揶揄されながら航行の安全確保と引き換えに石油の第三国経由の輸入を引き出した。

この様な微妙な勢力関係が今のフィリピンである。

 

その後、こんごう達自衛隊艦隊は船団から分離する為 船団の右側に、こんごうを先頭に単縦陣に艦隊を組み替えた。

 

分離点を迎え、こんごう達はゆっくりと進路を北に取る。

表向きには、ここから変針して、パラオへ帰還する事になっていた。

艦隊分離の際、初雪達から、“また会いましょう!”と発光信号を受け、

ヒ12油槽船団の船団長の元中佐からは

「サクセンノセイコウヲイノル カイシンノゴカゴヲ」と信号を受け、多数の船員の帽フレの見送りを受けた。

御礼を返信しながら、こんごうは

「そう言えば、まだ御爺様とゆっくりお話しした事なかったわ、一度ゆっくりお話ししたいわ」と思いながら、離れゆく船団を見送った。

 

その後こんごう達は船速を早め、ルソン北部の海域を目指した。

午後には、ルソン北部の海域へ達しようとしていた。

護衛艦こんごうの後部にある、飛行隊搭乗員待機室、普段はロクマルの飛行士妖精が待機しているが、今日は陸自特殊作戦群の隊員妖精が着席していた。

前方の大型ディスプレイには、副司令のいずもが写り、その横の別画面には、ひえいが写っていた。

ひえいの後方には、ひえいとペアを組む観測員の特戦隊員妖精が控えていた。

 

待機室のドアが開き、こんごう、すずや、そして陽炎が入室してきた。

「起立!」と特戦第一分隊長が号令を掛け、一斉に起立した。

こんごうは、いつもの艦内服ではなく、陸自の迷彩服に同じく丸天帽、そしてすずやも艦内服ではなく、艦娘鈴谷の戦闘装束、綺麗な茶色のブレザーの制服、襟元にはオレンジのスカーフが巻かれていた。

「おおっ」と声が隊員妖精から漏れた

この鈴谷の制服はオリジナルの服ではない、オリジナルは鈴谷を保護した時、いずもの艦内で切り刻まれていた。

いますずやが着ている服は、簡単にいえば、はるなお手製のコスプレ衣装である!

当初、すずやもこんごうと同じ戦闘服姿で行く予定であったが、曙が鈴谷を認識しやすくする為に、はるながお手製で作った単なる服であった。

しかし、そこは凝るはるな、すずやの採寸から、鳳翔さんに手伝ってもらい生地選び、縫製、そして飾りつけ、なんと肩の金属プレートまで綺麗に再現されて、勿論甲板ニーソも再現されていた。

試着し、鏡を見た時、

「おっ、鈴谷じゃん!」と自分で納得していた。

ただ以前と違うのは、左腕に霊体保護の為、簡易調整した精神感応金属のブレスレットをしている。

陽炎はいつもの陽炎である。

 

3人が前方の席へ付くと、一斉に着席した。

こんごうが、前方の司会台に立ち

「皆さん、時が来ました、ルソン北部警備所を急襲し駆逐艦曙さんを救出します」と告げた。

無言で頷く特選隊員達

「本来なら、自衛隊艦隊司令の訓示がありますが、今回はいずも副司令より訓示があります」といい、前方の画面にいずもが映る

分隊長が起立を促そうとしたが、いずもが

「皆、座ったままでいいわ」といい、

「今回の任務は、連合艦隊からの非公式要請に基づき、完全に国籍を隠蔽して行う非正規活動です、その点に注意して作戦行動を実施してください」と続けて、

「皆 無事に任務を達成する事を願っています」と括った。

 

再びこんごうが前に立ち、

「では、最終の打ち合わせに入ります」と言いながら、

「今回の作戦の目的は深海棲艦の悪霊妖精に占拠されたルソン北部警備所の奪還、並びにそこで事実上の人質状態の駆逐艦曙の保護です」といい、

「既に作戦行動計画は頭の中に入っていると思うから割愛するけど、少し変更があります」と続け、モニター画面に近海の映像を映し出した。

「当初、護衛艦ひえいを沿岸部まで近づける予定でしたが、レーダー解析によると、沿岸部の船舶航行が予想よりも多く、大型艦艇を近づけるのは危険と判断し、曙保護班と随行員は、ヘリで沿岸部まで移動、その後ゾディアックボートで湾内に侵入という事にします」

すると手が上がり、

「ボートはヘリでホイストですか?」と質問が出た。

「ええ、ロクマル2機を付けます」とこんごうが返した。

「次に制圧班の降下地点ですが、最新情報によると周辺部に米軍の監視員が潜伏している事が判明しました」

ざわめく室内、

「なお、この監視員は普段は湾内に出入りする日本艦艇を監視しているので、夜間の動きがない時は、監視が手薄になります、我々はそこを突きます」といい、前方の画面を切り替え、警備所周辺の見取り図を出した

「警備所外周部にあるこの草地へ降下します、なお回収地点もここに変更です、ひえい合流地点まちがえないでね」

するとモニターに映るひえいは

「おいてかないでよ!」と叫んだ

こんごうは一呼吸置き、

「何か質問は?」と聞くと、第1分隊長が、

「もし、警備所から脱走する悪霊妖精兵士がいた場合は追撃しますか?」

こんごうは、

「いえ、今回の目的はあくまで、曙の保護と警備所の奪還です、もし敷地外に逃げる者がいた場合は追わなくていいわ」

「では、それらの者は」

「泊地提督のご手配で、遠巻きに警戒線が張ってあるそうよ、其方の仕事になるわ」

「はい」と返事をする分隊長

するとすずやが手を上げた。

「何?すずやさん」とこんごうが言うと、すずやは席を立ち、こんごうの横へ並び、特戦隊員妖精に向いしっかりと一礼して、

「今回は、鈴谷と曙の為、皆さんに危険な任務をお願いする事になりました、本当なら日本海軍で何とかしなくてはいけない事ですが、海軍にはそのような力はありません、皆さんが頼りです、どうぞよろしくお願いいたします」と深々と一礼した。

すると陽炎も席を立ち

「皆さん、お願い、曙を助けて」と同じく深々と頭を下げた

 

一瞬、顔を見合わせる特戦隊員妖精達

代表して第1分隊長が、席を立ち

「こんごう艦長、こんなかわいい女性二人に頼まれると、やりがいもでますな」と言いながら、二人を見て

「我が、特殊作戦群、いえ自衛隊総力を挙げて、必ず任務を達成して見せます」

と、自信に満ちた声で二人に答えた。

「ありがとうございます」と再び一礼するすずやと陽炎

 

こんごうは、ぐっと着席する隊員妖精達を見て、

「では、私から最後に一言」といい、姿勢を正した。

「先程も話にありましたが、今回の作戦は非正規活動です、仮に現場にて戦死者が出た時、遺体の回収が不可能と判断した場合は、規定に従いその場で処理します、なお随行員2名の安全は最優先に」と、続けて

「異議のある者は、参加辞退を」と告げた。

先程の分隊長が周囲を見回し、

「異議のある者はおりません、全員参加です」

 

陽炎は近くに座る、別の隊員妖精へ

「ねえ、どういう意味?」と小さく聞いた。

すると、その妖精隊員は、

「今回の任務は国籍秘匿任務です、我々は日の丸を背負っていくわけには行きません、もし戦死者が出て、回収不能と判断した場合、人相や装備品から国籍を判断されないように、全てその場で破壊します」

「破壊?」

「陽炎艦長、簡単に言えば焼夷手榴弾で、遺体を燃やします」といい、続けて

「それでもダメな時は、最後は空爆で破壊し尽くすという手もあります」

陽炎は驚き、

「そっ! そんな!」と小声でいったが、

隊員妖精は、

「それが、特殊作戦部隊です」と小さく答え、檀上のこんごうを見た。

陽炎は、

「こんごうさん達も?」

「はい、こんごう隊長、ひえい副隊長も例外ではありません」

陽炎は、檀上のこんごうをじっと見て

「それでも、行くのね」と呟いた

 

こんごうは、じっと着席する特戦隊員妖精達を見て、

「では、戦場にいきましょう! 時刻規正を行います」といい。自らの時計を見た

「現在時刻 16:10 前30秒」

一斉に腕時計を合わせる隊員妖精達

「ゴウ、ヨン、サン、フタ、ヒト 今!」と言うと一斉に腕時計をして時間を合わせた

 

「現時刻をもって、日本海軍ルソン北部警備所強襲作戦を実施します」とこんごう宣言した。

待機室の端で待機していた海自の隊員妖精が特戦隊員妖精達に小さいトレーを配り始めた

それを受け取る特戦隊員妖精達、受け取った者から順に、ポケットにある私物や、身分証明書などのIDカード、胸につけている徽章、階級及び部隊章、そして肩につけている国籍を表す日の丸のパッチを全て剥ぎ取り、最後に首から掛けた認識票をトレーへ収めた。

収め終わった隊員から席を立ち、トレーを入口で待機する隊員妖精へ渡していく。

 

トレーを受け取る2士の海自隊員妖精に向い、特戦隊員妖精が、

「おっ、若いの しっかり預かっといてくれよ」と声をかけると

「はい、皆さんもご武運を」と元気に返した

特戦隊員妖精達は部屋の外へ出て後部ヘリ格納庫へ向い、これから銃器の点検を行う。

こんごうも身分を表す物をすべてトレーの中へ収めた

 

モニターに映るいずもへ向い、

「いずも副司令、作戦行動を開始します」

「こんごう、ひえい、気をつけて」といずもはいい、すずやへ向い

「すずやさん、陽炎さん、皆を信じて」と一言だけ伝えた

「はい、副司令!」とすずやは敬礼して答えた

ひえいは、こんごうに向い

「じゃ、私は先に行くから、後よろしく!」

こんごうは、

「CoolなShot期待してるわよ」

すると ひえいは、

笑顔で、

「任せなさい、さあ気合入れて行きます!」と拳を握った

 

こんごうは、振り返り、すずやと陽炎へ向い、

「私達もいきましょう!」

「はい」と二人は返事をしながら席を立つ、

 

三人の足音が、護衛艦こんごうの通路に響く

明日へ向う 戦う乙女の足音が艦内に木霊していた。

 

 





こんにちは、スカルルーキーです
分岐点 第38話 お届けします

え〜、本文とは関係ないのですが、小説情報のタグが他の方に比べて少ないかなと思う事が時々あります。

別に何か意識している訳ではないのですが、出てくる艦娘さんを全て書く訳にもいかず、他に思いつく事もないので、単純に”こんごう”だけなんですよね

さて次回は”静かに そして突然に”です

では




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