分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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迫りくる大いなる悪意
それに立ち向かう海神の巫女
そして、異国の巫女
様々な思いが 未来を切り開く

戦闘描写に一部残酷な描写があります。
ご理解の上お読みください。





33 パラオ防空戦6「夜戦」

パラオの海に陽が沈みかける頃、こんごうとひえいは先行する泊地艦隊へ合流した。

敵深海棲艦の本体は、此処から約300kmほど北を輸送船団を引き連れ低速で南下中だ。

 

先頭を行くパラオ泊地旗艦軽巡 由良、2番艦睦月、3番艦は皐月、

そして艦隊型駆逐艦の集大成と言わる 陽炎型のネームシップの 陽炎、

新鋭の 夕雲型の 長波、5隻の戦闘艦が白波を掻き分け進む。

その後ろをひときわ大きな艦橋が特徴の海上自衛隊、最新鋭護衛艦スーパーイージス艦 こんごう、そして僚艦の ひえいが続く。

パラオの海を7隻の航跡が幾重にも重なりあっていく。

 

その1万2千メートル上空では、海上自衛隊旗艦 いずも所属のE-2Jホークアイが周囲の海域をレーダー監視している。そしてその前方300kmの海域上空7,000mにはMQ-9リーパーが低速飛行を行い、装備した開口レーダーで海面監視を継続している。その監視する海面には今、12隻の敵戦闘艦とその後方50kmに上陸部隊を乗せた10隻近い輸送船団がいた。

 

泊地旗艦 由良は艦隊コミュニケーションシステムを使い、夜になる前に作戦の打ち合わせを行った。

画面上には各艦の艦長と いずも、そして泊地に待機する提督、自衛隊司令、サブモニターには 鳳翔、瑞鳳が映っていた。

「では、敵本隊の迎撃戦について検討します」と 由良が切り出した。

「まず、現在の敵本隊の位置並びに構成です」といい、別画面にE-2Jのレーダーエコーを呼び出した。

由良はこの艦隊コミニュケーションシステムをほぼ完全に使いこなしていた。

自衛隊が来てからというもの、泊地部隊や自治政府の調整役として多忙を極める 由良にとって、いずもから提供されたタブレットやノートパソコンは既に、ツールとして定着していた。元々彼女の勤勉な所と相まって急速にその能力を上げている。

最近では、連合艦隊司令部への報告は電信ではなく、戦艦 三笠経由のメールになりつつある。

これは、現在連合艦隊が使用している暗号電文が解読されている事を考慮して、通常電文は電信で、秘匿性の高い自衛隊関連の報告は電子メールでと使い分けているのである。

そんな応用力の高い 由良がこのシステムに慣れるまでさほど時間はかからなった。

モニタ―上には敵艦隊の位置情報が映し出された。

 

「およ、一杯いる!」と 睦月が言うと、

「いよいよ、ボクの出番だね!」と 皐月が答えた。

「はい、はい。皆しずかに!」と 陽炎が制した。

長波はというと、少し緊張しているのか顔を引きつらせていた。

そんなは長波の顔を見て 由良が、

「長波ちゃん?」と声を掛けた。

「はっ、はい!」と緊張気味に返事をする 長波。

「なに?緊張してるわけ?」と 陽炎が聞くと、

「す、少しです!」

「大丈夫、大丈夫」と 睦月がいうと、

「あんたは気楽ね」と 陽炎が答え、そして、

「長波!」と 陽炎が呼び

「はい! 陽炎教官!」

「貴方は今まで生き残った。本当ならあの夜沈んでいたかもしれないけど、今は生きている。そしてこれからも生き残る! いいわね!」

それを聞いた 長波は、

「はい! 長波、必ず生き残ってみせます!」

 

その返事を聞くと由良は

「じゃ、お話続けますね、敵本隊の布陣は ル級戦艦が2隻、リ級が2隻、ホ級軽巡が2隻、駆逐イ級が6隻の12隻です、これが複縦陣で航行しています、後方の上陸部隊は10隻を確認しています。」

由良は続けて、

「海戦予定海域は此処から北へ200kmほどの海域です、後8時間程度です、それまでに、各艦、甲板上の可燃物等の破棄、格納をお願い」

そう言うと、続けて、

「まず今回は、開戦前にいずもさんの航空隊から夜間航空支援をしていただきます」

といい、別の画面のいずもを呼び出した。

「はい、今回は皆さんが夜戦に入る前に、まず事前に広域の無線、電探妨害を行います、その後に対艦ミサイル攻撃をル級、リ級、ホ級に対して行います」

すると、

「夜間の航空攻撃って可能なんですか!」と皐月が聞いてきた

「皐月さん、ええ問題ありませんよ」と言いながら、

「手痛い1発を差し上げますよ」と笑顔で答えた。

それを こんごうは艦橋で聞きながら、

「司令、あれを使う気ね」

すると横に座る すずやが、

「あれ?」

「そう、航空自衛隊装備の最大級の対艦ミサイル」

「どんな対艦ミサイルなんですか?」

こんごうは少し考え、

「そうね、大和さんの主砲弾が音の3倍で、精密に当たるという感じかな?」

「大和さんって、40センチ砲ですよね」

「えっ」と驚く こんごう。

「45口径46cm砲よね」と聞くと、

「えっ!長門さん達と同じ40cm砲って聞きましたよ!」と すずやが答えた。

すると こんごうはタブレットに 大和の兵装を呼び出し、

「機密保持の為そう言われているけど、実際はこうよ」といい、すずやへ見せた。

そこには 大和の兵装が表示されていた。

「すっ、凄い。46cm砲なんて想像できません」

すると こんごうは、

「そうね、大和さんで使う91式徹甲弾なんて重さ1.4トン、射程なんか42㎞よ。こんな物、私の艦に当たれば船体真っ二つよ」

「大和さんと 武蔵さんは怒らせないほうがいいみたいですね」と すずやは顔をひきつらせた。

 

そんな二人の会話をよそに、由良はシステム上で、

「では話を続けます。いずもさんの航空支援の後、敵本隊が混乱している所へ、私達が夜戦を仕掛けます。後続の上陸部隊については夜戦後の動向を監視し、侵攻を諦めないようなら、夜明け後に航空攻撃並びに私達の砲戦で殲滅します」

すると 皐月が、

「じゃ 由良さん、その上陸部隊が撤退したら追撃しないの?」

「ええ、そういう事ですね」

「え〜、だって侵攻部隊ですよ!」と 皐月が抗議したが、それには いずもが答えた。

「皐月さん。お気持ちはわかりますが、あまり深追いしてもきりがありません。それに無事に彼らが帰れるとも思えないですし」

「どういうことですか!いずもさん」

「帰り道には、トラックの哨戒圏を通過するという事です。行きはよいよい、帰りは・・・」

「トラックの皆が黙ってないか」と 皐月が言うと、

「皐月ちゃん、そういう事ね」と 由良が念押しすると、

「は〜い」と 皐月は返事をした。

由良はぐっと前を見て、

「但し、脅威となる本隊は徹底的に叩きます!決してパラオへ近づけてはいけません」

「はい、旗艦!」と駆逐艦の子が一斉に返事をした。

由良は いずも達自衛隊艦隊へ向け、

「いずもさん、皆さんよろしくお願いします」と一礼した。

すると いずもは、

「微力ですが、頑張ります。それに こんごう、ひえいもおります。大丈夫です」と太鼓判を押した。

 

由良は

「提督さん、なにかありますか?」と泊地提督に聞いたが、提督は

「暁の水平線に勝利を刻め、皆の奮闘を期待する」と短く言った

「はい、提督!!」と再び駆逐艦の子達の元気な声が響いた。

 

由良達が夜戦へ向け、準備を進めている頃、ル級を中心とした侵攻部隊、戦艦ル級の作戦室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

ル級艦隊指揮艦

元になったのは米国の最新鋭艦ノースカロライナ級戦艦

主砲は16インチの三連装砲、副砲兼用として5インチ38口径連装高角砲を装備。

対空、対水上戦闘に対応した艦だ。深海棲艦ミッドウェイ工廠で建造され、最新鋭艦レーダーを搭載していた。

 

作戦室の机の上にはパラオ周辺海域の海図、そしてその上には複数の木の駒、飛行機や船舶の駒が並び、海図上に戦況を再現していた。

ここ数時間、青い自軍の駒はほとんど動く事がない。

ル級艦隊司令は、参謀達を前に悩んでいた。

「作戦参謀、もう一度整理して!」とル級司令が言うと、

「はい、ル級艦隊司令!」と作戦参謀の悪霊妖精が前へ出て、海図の上の駒を指揮棒で示しながら、

「まず、本日午前中に実施されたラバウル航空隊のパラオ泊地への航空爆撃でありますが、変針点通過の連絡を最後にB-17隊との交信が途絶いたしました」

作戦参謀は続けて、

「その後、日中に実施されたヲ級艦載機82機による泊地爆撃についても、艦載機の発艦、並びにパラオ近海まで近づいた事は無線確認がとれましたが、その後無線が途絶、詳細不明です。その後、ヲ級艦隊の前衛哨戒を行っていたリ級前衛艦隊、並びにヲ級空母機動艦隊とも連絡途絶です」

ル級司令は落ち着いて、

「それで、状況確認に行かせたうちの観測機は?」

「はい、発艦して既に2時間以上たちますが、音信不通です」

「観測機も?」

「はい、全く連絡が取れません。現在艦隊間の無線、水上、対空レーダーともに全ての艦で使用できない状態です」

ル級達は知る由もないが、ル級の艦載観測機は間違いなく前方に展開していたヲ級空母艦隊へ到着していた。すでにヲ級は2隻が沈没、1隻も転覆している状態で駆逐艦を除く他の艦も浸水し、航行不能の状態で漂っていた。状況を確認しようと低空に降りた時、パニック状態のイ級駆逐艦数隻から誤射され撃墜されていたのだ。

 

ル級艦隊には既に上空で監視活動を行っているE-2Jより広域ジャミングが開始されており、艦隊間無線、各種レーダーを妨害しており、情報孤立状態であった。

 

ヲ級指揮官と違いル級艦隊司令は冷静であった。

下手に騒ぐ事もなければ、怒鳴る事もない、それはまだ余裕があった事と、戦場からまだ遠いという感覚からくるものであった。

しかしすでにル級達の艦隊は、自衛隊並びにパラオ泊地艦隊に捕捉されており、見えない戦闘状態であった。

 

ル級は暫く海図を見ながら考えていたが、

「行くべきか、それとも退くべきか」と呟いた。

それを聞いた副官の悪霊妖精は、

「帰るのですか!」と問いただした。

「これだけ、次々と音信不通になるのは 尋常じゃないわ、何かある、そう考えるべきだわ」

「司令、しかし!」と副官

「ええ、分かっている、マーシャルやミッドウェイの司令部は迅速にパラオの日本海軍を殲滅し、パラオを占領せよと言っている、特にミッドウェイの姫が関心を持っている事も、パラオを占領できれば、トラックを無力化できるだけでなく、メラネシア方面を抑えるソロモン群体と協力すれば対オーストラリア戦でも有利になる」

「はい、戦局的は一気に我が方へ、日本軍を北へ追いやる事もできます」

ル級は、

「やはり、日本海軍が増派したと思われる、新型空母2隻と新型の重巡4隻が大きかったか?」

副官は、

「ラバウルのB-17の偵察では、全く迎撃を受けなかったといっております、パラオにはそこまでの探知能力はないと考えますが?」

「増派分の中身がはっきりしない内に、出撃したのが裏目に出たかしら?」

「しかし、出撃はミッドウェイからの指示です、姫のご命令とあれば無視できません」

ル級司令は、背後にあった椅子に掛け、足を組みながら、

「敵の戦力を過小評価しすぎたかしら?」

すると副官は、

「いえ、我々は当初の見積より大きい戦力をもって対応しております、過小とは言えません」

「しかし、結果はいまだ確定戦果はなし、友軍はことごとく音信不通」

黙り込む副官

「潜水艦部隊が、無事ならもっと情報を集められたでしょうに」とル級司令は呟いた。

 

戦艦金剛雷撃に始まる、パラオ諸島潜水艦包囲作戦は一旦は上手く行きかけたが、ある時を境に急速に行方不明になる潜水艦が急増し、ついにこの海域に派遣した潜水艦は全て音信不通となった。ただ1隻残存した北の群体から派遣された偵察用カ級は任務終了と同時に北の群体へ帰還し、事実上この海域には1隻の潜水艦も居ない。

マーシャルの司令部で、残存する潜水艦を回してほしいと具申したが、返答は

“トラックの監視網の構築で空きがない”であった。

この件について、マーシャル司令部はミッドウェイの群体本部よりかなりキツイ叱責を受けたようで、今回の占領作戦を成功させなければ、司令部要員の左遷もあり得る。

ル級は

「作戦立案にもう少し時間が欲しかったわね」

「はい、我々は収集した情報を検証する間もなく、出撃しました」

と作戦参謀が答えた。

ル級司令は、

「仕方ないわ、撤退はありえない、明日の昼までにパラオを有視界圏内に捉え、艦砲を持って沿岸部を砲撃、上陸用地点を制圧します、日本海軍の艦艇がどの程度残存しているか不明ですが、数はそこまでないと考えましょう、新型の重巡が出てきた場合は私と2番艦で対応します、とにかく橋頭堡を築く事を最優先に」

「はい、司令」

するとル級は

「副長、間もなく日没よ、レーダーが妨害されているのなら、奴らは必ず夜戦でくるわ、対潜、水上警戒の見張りを増やして!」

「はい、各艦へ通達します」

ル級は、

「本当なら、船速を早めて一気に行きたいけど、後ろに鈍亀引き連れているとそうもいかないか」と嘆いた

作戦室を夕焼けが染めていた。

 

 

こんごうとすずやは、艦橋で今回の夜戦の概要を検討していた。

由良から提出されたプランを見ながら、

すずやが、

「敵は複縦陣ですね、リ級が先頭、次がル級、ホ級にイ級が3隻の単縦陣が二つ」

「そうね、分厚い布陣ね」そう言うと、こんごうは、

「今回はまず、夜戦に先立ち、リ級、ル級、ホ級に対していずも航空隊による対艦ミサイル攻撃を行います」

「こんごう艦長、いずもさんの攻撃で殆どケリがついてしまそうです!」とすずやが言ったが、

「う〜ん、どうかな?今回の概要では、リ級とホ級には対艦ミサイルを1発ずつよ。まあこれで運が良ければ撃沈、悪くても行動不能にはなるわね。問題はル級よ。リーパーからの映像では、原型は米国のノースカロライナクラスよ」といい写真データを表示した。

それを見た すずやは、

「うわっ!16インチ砲9門って凄い」

「前面装甲は最大で300mm、側面でも200mmはあるわ。固いわね」こんごうは続けて、

「この装甲をもつ戦艦に対しては、ASM-3を1発使用する予定よ」

「このASM-3でどれ位威力があるのですか?」と すずやが聞くと、

「理論上は大和さんの400mm装甲を撃ち抜けるってなってるけど、やったことないからね」

「こんごう艦長!もしかして、これ実験ですか!?」と すずやが聞いたが、こんごうは平然と、

「まあ、そんな物ね。私達の兵器がどこまでこの時代の戦艦に有効かを検証する良い機会ですからね」といいながら、

「じゃ、話を戻すわね。今回の戦法はオーソドックスな丁字戦法よ。私達は夜陰に乗じて攻撃を仕掛けます。相手を右に見ながらまず右舷砲撃戦、そして相手の頭を押さえた所で、

面舵を切り、反航戦に移行します」

「反航戦に移った所で 睦月達が雷撃戦ですね」

「そういう事ね」

「20線以上の魚雷が一気に襲いますよ、すご!」

こんごうはモニターを見ながら、

「海戦開始は22時以降になるわ。既に上空にいるE-2Jがジャミングを開始しているから、此方の動きは察知されていないわね」

すると すずやが、

「質問してもいいですか?」と聞いてきた。

 

最近のすずやは、以前より口調が落ち着いてきている、これはこんごう達と勤務している関係で、今まで自分が最上位の“艦長”であったが、ここでは発令員兼“艦長見習い”という事で、副長と同格である、よってこんごうと話すとき、勤務中は上司として対応しているから、口調も「じゃん」とは言えないのである、やはりきりしまの“こんごうは怒らせると怖い”という助言が効いているようだ。

 

「ん、何?」

「いえ、電波妨害かけているという事は、深海棲艦から見れば“発見してるぞ”ってことになるのでは?」

「すずやさん、いい質問ね、そうよ、妨害するという事は、相手に見えているぞ!と威嚇するようなものよ」

「え〜!じゃ、夜戦仕掛けてもあまり意味がないのでは!」

「そうかしら?」と こんごう。

「だって、向こうもル級を筆頭に待ち構えているわけでしょう?」

「確かにル級達の防御力は大きいわ。でも今敵艦隊は無線、レーダーを塞がれ情報的に孤立しているわ。B-17部隊、前衛艦隊、空母機動艦隊とも連絡が取れず、戦果も不明、友軍の位置も不明。暗中模索状態よ。僚艦同士の連絡にも事欠く状態でしょう。そんな中いきなり航空爆撃、そして砲戦になればどうなるかしら?」

すずやは少し考え、

「混乱を起こす?」

「そういう事。この混乱を上手く使って、由良さん達以下の泊地艦隊で包囲殲滅戦を行うという事よ」

すずやは、

「でも私達、自衛隊だけでこの海戦は勝利できそうですが?」

「そうね、いずも副司令が本気をだせば既にル級達は海の底かも。でもね」

「でも?」

「すずやさん、この戦いは“日本海軍と深海棲艦”の戦いなの。私達が全ての戦場で戦うわけではないわ。私達が戦えない状況もある。それに戦場はここだけではなく、太平洋地域全域で行われているわ。パラオだけ強くなってもダメなの。日本海軍自体が強い体質を望まれているのよ」

「強い体質ですか!」と すずや。

「ええ。今の日本海軍には確かに戦艦 大和さんを始め、長門さんや 金剛お姉さま達、赤城さんや 加賀さん、そして 高雄さんはじめ優秀な艦娘さん達がいるわ」

「はい」

「でも、こと組織戦闘という面では、弱い体質なの、言い換えれば“個性”が強すぎる艦隊なの」

「個性ですか!」というすずや

「そうね、確かに艦娘の性能を突き詰めていくと、その艦の個性が際立つわよね」

「はい」

「例えば 島風さん」

するとすずやが、

「あのうさぎ娘ですね」

こんごうは笑いながら、

「島風さんは速力重視型の駆逐艦と言われていますが、高い外洋航行性、攻撃力、機動性、経済性など色々と織り込んだ艦です。とくに速力重視なので、そこが際立ってしまった」

「そうですよね。呉で訓練見ましたけど、“みんなおっそ~い”とか言ってぶっ飛びでした」と すずやが答えると こんごうは、

「そんな 島風さんを艦隊編成に組み込むと、他艦との速力差が生じて上手く編成出来ない事が多いわ。結局 島風さんの利点を上手く活かせないまま単艦行動が多くなる」

「そう言われると、一人で行動している事が多かったですね」

こんごうは、話題を変え、

「すずやさん、ジグソーパズルって知っている?」

するとすずやは、

「あっ、子供の頃、まだ人として学校に通っている頃に使いました。色んな形の図形を組み合わせて、絵とか地図を作るやつですよね」

「ふふ、そうよ」そういうと こんごうは、

「艦隊とは、そのジグソーパズルのようなものなの」

「パズルですか?」

「そう、任務という完成された絵を組み立てるため、色んな種類の図形を組み合わせて目的に応じた編成を組む、これが柔軟な艦隊運用よ。 でも今の海軍はそれができない。余りに単艦の個性が強すぎてパズルの絵柄が合わない状態なの」といい、こんごうは続けて、

「島風さんという単艦では非常に優秀な子も、編成が組めないのではその能力を発揮できないわ」

すずやは、

「そう言われると、何となくわかります」

「泊地提督とうちの司令は、泊地艦隊のモジュール化を進めようとしているの」

「モジュール化?」

「そう、モジュール化ってね、1つの複雑な機構を、依存度の強い部品で構成するのではなく、交換可能な独立した機能を持つ部品同士で構成しようとすることなの」

「?」と不思議な顔をするすずや

「簡単にいうとね、泊地艦隊の旗艦は誰?」

「由良さんです」

「そうね、これから行う夜戦の指揮も由良さんよね、でも今日の泊地の防空戦の指揮はだれが執ったかしら」

「えっと、秋月さんです」

「じゃ、もし対潜なら?」

「う〜ん、指揮は由良さんですが、能力的には陽炎さんでも」

「じゃ、船団護衛なら」

「睦月さんと皐月さん」

「そういう事、各任務で中心となる艦を変えていき、即応力、柔軟な運用を可能にするの、これなら多少艦の性能が偏っていてもいいわ」

「じゃ、旗艦はどうなるのですか?」

「勿論、リーダーとしての由良さんは変わりないわ、でも旗艦としては皆が旗艦に成り得る能力を有する事になるわね」

「そんな事が可能なんですか!」

「その為の情報システムよ」

すると、すずやは

「では、今回の夜戦も?」

「そう、戦局の変化に応じて 由良さんが判断して、編成を組み直し対応する事になる、この夜戦はある意味、そういう部分の試験も兼ねているの」

 

「建制化というやつですか?」

こんごうは、

「似てはいるけど、全然違うものよ、建制化は指揮権に上下があるわ、駆逐艦が艦隊の指揮をとる事はできないわよ、モジュール化とはそれがないの、現場に柔軟な指揮権と判断基準を与える事になるわ」

「じゃ、だれが判断するのですか?」とすずやが聞いた

「マネージャーと呼ばれる人たちよ、ここでは由良さんが相当するわ」

「マネージャー?」

「日本語にすれば、管理者という事よ」こんごうは、続けて、

「うちの司令を見れば分かるとおもうけど、殆ど前線に出ないわよね」

「そう言えば」と考えるすずや

「全て、いずもさんにお任せという感じですが」

「そう、司令の仕事は、作戦の目的を設定し、目的を達成する為に必要な管理者を選ぶ事なの」そして、

「艦隊の管理者であるいずも副司令は旗下の私達を使い、目的達成に必要な目標を設定し、実行する、場合によってはそれが私だったりするわ」

すずやは、

「あの、今の話だと目的と目標が別の物みたいに聞こえますが、違うのですか?」

すると こんごうは、

「ええ、全然違うわ」といい、

「いい?」そう言うと、腕を伸ばして艦長席のひじ掛けにあるボールペンをとった。

そして、

「いま私が、このボールペンをとったわよね」

「はい」

「私の体の中の頭脳という管理者が、ペンをとるという目的の為に腕に、“右手を15cm前に出しペンをとりなさい”という指示をした。腕はその目標に従い行動しペンをとって完了」こんごうは続けながら、

「ペンをとるという、数値では表せないものを“目的”、そしてその目的を、具体的な数値で表すのが“目標”と呼ぶの」

そして こんごうは、

「たぶん、うちの司令は いずも副司令に、今回の防空戦の目的に“泊地艦隊の経験値の向上”というのを挙げている。副司令はその目的達成の為に作戦を立案し、計画、実行したという訳」

すずやは腕を組んで、

「なにか、今までの海軍のやり方と全然違う!」と言うと、

「そうね、だって80年も差があるわけだし」といい、艦橋の窓から遠くを見ながら、

「日本は“敗戦”という分岐点を迎え、大きく変わったわ。外圧により自らの姿を大きく変えたの。80年、私達艦娘にとっては然程の時間ではないかもしれないけど、人にとっては大きな時間、親子3世代にも及ぶ時間、先人の残した教訓を元に今を築いた」

こんごうは言葉に力を込めて、

「でも今回は違う。自分達の力で日本の姿を変えなくてはいけないわ」

すずやは、

「日本の姿」

こんごうは、笑顔で、

「泊地艦隊とすずやさんはその第1号ね」

「す、すずやがですか!」

「そうよ、もし今のすずやさんを最上さん達がみたらどう思うかしら?」

「うう、よく解りません」

「そうね、自分ではわからないものよ、でもきっと驚く、あの朝寝坊のすずやさんが自分で朝起きて、きちんと毎日、トレーニングしてるなんて知ったら卒倒しちゃうかも」

「うう、ひどいです、こんごう艦長!」とむくれてみるすずや

こんごうは表情を引き締め、

「中々、自分自身では変化が見えない、変わった事に気がつかないものよ。だから人は自身の目的を見失いがちになるわ。目標を迷いがちになる。いい、すずやさん。貴方はもう“重巡 鈴谷”ではなく“護衛艦 すずや”なの。しっかりと目的を定め、その目的を達するための道筋、目標を進まないといけないわ」

すずやは、

「はい、心します!こんごう艦長」

 

こんごうは、すずやの返事を満足そうに聞いていたが、不意に艦橋後部から声がした。

「艦長! 夕食お持ちしました!」

振り返ると、科員食堂の調理長である。

「じゃ、ご飯にしましょう」とこんごうが言うと、

「艦長お先にどうぞ」と副長が勧めた。

「御免、皆も交代で食べて!」

「は〜い」と艦橋各所から声が上がった。

こんごうと、すずやはお昼を食べた後方の予備デスクへ再び移り、晩御飯を見た。

塩おにぎり2個、漬物、そして缶詰である。

緑色の缶詰を不思議そうに見るすずや

「ん、すずやさんどうしたの?」

缶詰を手にとり、

「こういう四角い缶詰、初めてみました」そう言うと、

「缶切りどこだっけ」とデスクの引き出しを開けかけたが、こんごうが

「あっ、これ缶切いらないわよ」といい、缶のプルタブを引いて開けてみせた

「すごい! 缶切りいらないのですか!」

「そうね、他にも色々と便利なものはあるわ」と言いながら、

「切り口鋭いから、手を切らないようにね」といい缶詰を渡した。

すずやは、

「う〜ん、こういう便利な物を本土で売ったら大儲けできそうです」

こんごうは、笑って、

「じゃ、一生懸命生き残らないとね」

「はい」といいながら缶詰を受け取るすずや

中を見て驚いた

「やっ、やった! 秋刀魚ですよ、秋刀魚のかば焼き!」と大喜びである

「うれしそうね」

「だってこんごうさん、秋刀魚大好きなんですよ、よく鈴谷の副長達と艦尾で釣ってました!」

こんごうは

「まあ、航海中は大した娯楽もないから、どこでもやる事は同じね」

すると、いきなり副長が

「こんごう艦長なんか、この前の航海でマグロ釣ってましたね」

「ふふ、あれはまぐれあたりかな」といい、

「パラオはマグロも美味しいから、こんど挑戦してみるか」

と笑いながら、おにぎりを頬張った。

海戦予定海域まであと6時間である。

 

 

夕闇迫るフィリピン、クラーク米陸軍航空軍基地 司令部会議室

会議室には、米海軍太平洋艦隊司令ニミッツ、そして副官のサラトガ

その対面には、愛用のレイバンのサングラスを拭く男、ダグラス・マッカーサー極東陸軍司令官と副官が座っていた。

マッカーサーは不機嫌であった。

本来なら今日のうちに首都マニラに戻る予定であったが、急に呼び止められたからだ。

元々、米海軍の太平洋艦隊司令部はハワイにあった。その当時のキンメル司令は日本海軍並びに深海棲艦の真珠湾攻撃を避けるため、艦隊を2分して避難させた。一つはオーストラリアへ、もう一つはここフィリピンのスービックへ。

お蔭で深海棲艦がハワイを占領したあと、太平洋艦隊はここフィリピンを中心に活動を再開。キンメルの後任にニミッツが来たが、極東に展開していた米海軍もその支配下に置いたため、マッカーサーとしては動かせる米アジア艦隊を奪われた形であった。

 

ぶっきらぼうに、

「ニミッツ、用件はなんだ!」と切り出した。

ニミッツは、

「ビッグニュースだ!日本の連合艦隊長官付秘書艦、戦艦 三笠大将からだ」といい、三笠からの手紙を渡した。

「フリートガール 三笠か!」と手紙を受け取り、読みだす。

暫しの沈黙が流れる。一読すると横に座る副官へ手紙を渡した。

手紙を見る副官。

「どう思う?ウィロビー」

「将軍、これだけではなんとも。第一これを 三笠が書いたものかも判定しかねます」

それにはニミッツが、

「その筆跡は間違いなくミス 三笠の物だ。それにそれを持参してきたのはルソン中部警備所の秘書艦、重巡 妙高本人だ!間違いない」

「まあ、三笠フリークの君が言うなら間違いないな」とマッカーサーが言うと、

「フリークではなく“崇拝者”と言ってもらいたいもんだ」とニミッツが返した。

それを聞いたサラトガは内心、

“どっちも一緒でしょ!”と言いたかった。

マッカーサーは、

「ウィロビー、内容の信憑性は?」

彼は暫く考え、

「フィフティー、フィフティーかと」

ニミッツが、

「ミス 三笠の伝言が信じられないと!」とせまったが、

「いえ、そんなことはないのですが、この手紙には不明な点があります」

「不明な点?」

「はい、ニミッツ提督。まずラバウルが爆撃されると予告していますが、手紙には一言も“日本軍が爆撃する”と書いていません」

「そっ、そうだが」と答えに詰まるニミッツ。

「それに、このラバウルの住民とみられる人たちの件ですが、どうやって彼らは知ったのですか?我々すら、中々近づけない所です。ましてトラックからの航空偵察では無理です。人数もここまで正確には出ない」

マッカーサーは、

「では、何らかの謀略だと?」

ウィロビーは、

「そこも難しい判断です。現在このフィリピンでは米軍と日本軍は一定の協定があり、相互不干渉、フィリピン自治の確約をしております。その中、この様な謀略を仕掛けて日本海軍に利があるとは思えません」

ウィロビーは続けて、

「確かに、ラバウルの深海棲艦部隊は日本、とくにトラックにとっては喉元の剣です。排除したい気持ちはわかりますが、ラバウルは現在もオーストラリアの統治領です。そこを日本軍が爆撃したとなると、国際的に問題となりかねません」

するとサラトガが、

「手紙を持参した艦娘 妙高もこの事を全く知らされていなかったようです。その後電話連絡をいただきましたが、日本海軍警備所の提督も知らなかったようです」

マッカーサーは愛用のコーンパイプを銜え暫し考え、

「日本軍でありながら、日本軍でない部隊」と呟き、

「ニミッツ、これでポーカーの借りはチャラだぞ」といい、

「ウィロビー、ニューブリテン島の師団を動かせるように手配をしてくれ。ラバウルに動きがあり次第攻め入る。日本軍が飛行場を占領する前にこちらで押さえる」

「はい、将軍!」とウィロビーは返事をすると、席を立ち電話へ向った。

 

マッカーサーは、ニミッツに向かい

「日本軍と付き合うのも、程々にな」

ニミッツは

「陸軍はどうか知らんが、海軍は海軍のやり方がある」とそれを突っぱねた

それを見た二人の副官は、

“どうしてそんなに仲が悪いのか(しら)?”と頭を抱えた

 

 

由良を旗艦としたパラオ泊地艦隊、並びにこんごう、ひえいは

単縦陣を組みながら、敵本隊の手前50kmまで接近していた。

真っ暗な漆黒の闇の中を進む7隻の軍用艦

時折、海面に夜光虫の群れが光輝いているのが見えていた。

微かに、雲間に月あかりが見える、それ以外は全く黒一色である。

辛うじて前方の輪郭が分かる程度である。

すでに各艦の照明は夜間戦闘照明に切り替わり、灯火管制が引かれていた。

本来なら無線封鎖をし、発光信号を使い各艦の連絡をとるのだが、すでに各艦には自衛隊の提供した簡易デジタル送信設備と艦隊コミュニケーションシステムがある、今回はそれをフル活用する。

由良は夜間照明に切り替わった艦橋で、艦長席へ座り、モニター画面に向かってタッチペンを使いながら、進路指示を出していた。

ただ、由良以下の泊地艦隊はまだ対水上、対空レーダーを未搭載であったので、レーダー情報はこんごう、ひえいからの転送であった。

 

「副長、こんごうさん達がいるけど、見張りはちゃんと厳としてね」

「はい、由良艦長! それにしてもあの暗視装置とは便利な機械ですね」

「ふふ、私もさっき見たけど、全部緑色に見えるのには驚いたわ」

「あれがあれば、夜間の見張りも各段に向上します」

「あかしさんにお礼しないとね」

「はい、艦長」

由良達泊地艦隊は、夜間哨戒能力を向上させるため、今回試験的に各艦へ微光暗視眼鏡が支給されていた。

副長は、

「既に、こんごうさん達の電探には敵本隊が捉えられています。このまま行けば予定通り右舷砲戦で開戦できます」

「この距離まで近づいて何も動きがない所をみると、やはり電探妨害が上手くいっているみたいね」

「はい、ただ向こうも警戒しているはずですから」

「そう副長。油断、慢心、絶対ダメね」

「はい、艦長」

すると副長が、

「水観おいてきてよかったのですか? むくれてますよ」

「仕方ないじゃない。砲戦で被弾したらせっかくの機体が台無しよ。夜戦じゃ役に立たないから、こういう時はお留守番ね」

副長は、

「そのうち、“おれも暗視装置つけて、夜も飛ぶ”とか言い出しそうですよ」

「副長、もうそんな無茶なこと言わないで。本気にしたらどうするの」

「ですよね」と笑ってごまかしたが、奴ならやりかねんと思った。

 

由良は音声通信で、

「各艦へ、あと1時間で戦闘海域へ突入します、各艦確認お願い」

睦月は元気に!

「主砲も魚雷も準備よし、張り切っていきましょう!」というと

「僕も準備よし、砲雷撃いけます!」と皐月も答えた

 

陽炎は落ち着いて、

「陽炎も準備できてるわ」と答え、

長波は、

「夜戦準備よし。 さぁ!戦闘態勢!」と気合をいれたが、睦月から、

「ドラム缶はすてたにゃ?」と聞かれた。

「睦月さん!今日は積んでません!!!」

艦隊内部に笑いが出た。

 

由良はこんごう達へ

「こんごうさん、泊地艦隊は準備できました、其方は宜しいですか?」

こんごうはモニター越しに

「はい、こんごう、ひえい共に準備完了しております」と言いながら

「あの、宜しいのですか?フィールド展開しなくても」と聞いた。

由良は、

「いずもさんから聞きましたが、こんごうさんの光の障壁は持続時間が10分程度と聞いています。今回の夜戦は複数回攻撃を仕掛けるかもしれません。余り長い時間障壁を展開すれば、霊体に影響が出るとお聞きしました」

「はい、申し訳ありません。私にもう少し力があれば」と こんごうが恐縮しながら話したが、

「気にすることないわよ」と 陽炎が割って入った。そして、

「由良さんの言う通り、今回は私達の力で戦って見せる。前回も助けてもらったし、白雪達もそうよ。それに今回は相手は無線、電探が妨害されて目も耳も聞こえない。その上、いずもさんの支援もある。これで勝てなかったら大変よ」

「そう、そう」と 睦月が頷いた。

「僕もそう思うね」と皐月が同意し、

「長波様! やってみせます!」と長波は拳を元気に振り上げた

すると、陽炎は、

「まあ、みんな元気だけはあるから、大丈夫よ」

すると、こんごうは

「まあ、陽炎教官がそういうなら」と納得した、するとひえいが

「ふふふ! このひえい様の精密射撃の出番ね、気合入れていきます!」

こんごうは、内心

“頭いたくなってきた”と思いながら、

「由良さん、危険と判断したときだけ使います、それで宜しいでしょうか?」

「はい、宜しくお願い致します」といい、皆に、

「皆! 砲戦開始は相対距離1万5千で開始、私と睦月、皐月ちゃんで先頭艦に集中的に砲撃します、駆逐艦群は陽炎、長波ちゃんでお願い」

「はい! 旗艦!」と皆が一斉に返事をした

由良は、

「こんごうさんと ひえいさんは重巡、軽巡をお願いします」

「了解しました」と返事をする こんごう。

すると ひえいが、

「こんごう!」と声をかけた。

何かいやな予感が...

「何?」

「ねね!リ級任せて!」

「いいけど」と こんごうが答えると、

ひえいは

「ふふふ、改良したヒトフタ式の標的にしてやる」と不気味な笑みを浮かべた。

それを見た すずやは、

「ひえいさん、大丈夫ですよね。ね!!」

「さあ、どうかしら?」と答えると、

「そんな〜」と すずやの声が艦橋に響いた。

 

 

そんなこんごう達のはるか後方では、泊地空母部隊といずもが待機していた。

先頭は秋月、次艦は鳳翔、そして瑞鳳、少し離れていずも、その後方にはきりしまが単縦陣で周回航行していた。

空母艦隊の旗艦は、勿論鳳翔である。

秋月、きりしまが対空、対潜警戒をしながら待機していた。

 

既に夜間航行の為、灯火管制をしているとは言え、いずもなどは煌々とあかりが点いていた、周囲には対潜ヘリが飛び、きりしまも対潜警戒を厳としているので、急に潜水艦に襲撃されるという事はないが、慣れていない鳳翔達は少し驚いた。

甲板上の待機エリアには、3機のF-35Jが待機していた。

各機の翼下には、18式対艦ミサイル改が2発装備されている。

18式対艦ミサイル改(ASM-3改)は、現在航空自衛隊が装備する最大かつ最強の対艦ミサイルである。

音速の3倍の速度で飛び、300kgの高性能炸薬がその運動エネルギーを使い、目標艦内部で炸裂する。

21世紀、空対艦ミサイルの主流は大きく分けて二つに別れた。

一つは、ステルス機が運用するステルス性に優れた対艦ミサイル。

もう一つは、敵の強力な防空体制をすり抜けていく、高速の音速対艦ミサイル。

18式改は後者に属する。敵の迎撃ミサイルを躱し、敵艦へ迫るのだ。

勿論、形状はステルスに適したもので、鋭い弾頭、細く長い弾体などは従来の対艦ミサイルとは比較にならない。

この対艦ミサイルを開発する際、防衛省の内局では、

「高速化より、ステルス性を重視するべきでは」と意見がでたが、ある高官が、

「どうせ基地の駐機場に並んだ瞬間に、マニアという情報員にばれる。あっという間に世界に配信だ。なら堂々と勝負するまでだ」と言ったとか、言わなかったとか。

 

いずもはCICで、発艦準備の進む3機のF-35Jを見ていた。

モニターに映る鳳翔が、

「夜間も発艦、そして着艦できるなんてすごいですね」

瑞鳳も、

「この前、いずもさんの飛行士妖精さんが、“雨天でも問題ない”って!」

すると、いずもは

「ええ、余程悪天候で艦の揺れが制御できない時は無理ですが、少々揺れるくらいなら問題ないですよ」

鳳翔は、

「しかし、夜間飛行は危険では?」

「鳳翔さん、大丈夫ですよ、その為の訓練を彼らは妖精航空学生の頃から受けています」

甲板上では、すでに3機ともエンジンを起動し、アンチコリジョンライト、翼端灯、編隊灯を点けて待機していた。

いずもは、モニターを確認し

「鳳翔さん、時間になりました、敵本隊に対し、航空攻撃を開始します」

鳳翔は、一礼して、

「よろしくお願いします」と静かに伝えた。

いずもは、インカムを操作し、

「フライトコマンダー! 攻撃隊発艦はじめ!」と伝えると、

「はい、副司令、発艦始めます!」と力強い返事が返ってきた。

甲板上の監視モニターには、カタパルトにセットされたF-35Jがアフターバーナーを点火し、エンジンノズルから物凄い勢いで炎を出しているのが映っていた。

そして、一気に射出、闇夜にその炎だけが赤く天を目指して物凄い勢いで登っていく姿が映し出された。

 

上空で、僚機を待つF-35J

チカチカと点滅する衝突防止灯と、左右の翼端灯、そしてポジションライトが艦隊の上空で2周ほどする間に、3機のF-35Jは集合を終えた。

すると隊長機のライト以外は全て消灯され、夜間編隊を組み、北の空へ消えて行った。

いずもは、

「鳳翔さん、攻撃隊発艦完了しました、およそ30分で攻撃開始です」

すると、鳳翔は、

「はい、いずもさん」といい

「すみません、本当なら、総員でお見送りしたいところなんですが」

「いえ、構いませんよ、お気持ちだけで」と言いながら、別モニターに映る攻撃隊の進路を確かめた、その進路の先には敵本隊がいる。

そっと、いずもは、

「こんごう、由良さん達をお願い」と呟いた。

 

 

F-35J、3機を指揮する第六飛行隊隊長妖精は、発艦後左上昇旋回をしながら高度600mまで上昇して僚機の到着を待った。

後方から近づく2番機、機内に接近警報の電子音が鳴った

「ツー、ジョインナップ!」と僚機から無線がくる、ジッパーコマンドと呼ばれる、短音を2回鳴らして答えた。

機動飛行中など動きが取れない時にこの返答をするが、“新人の頃上官にこれをやってえらく怒られたな”などとそんな事を想い出していた。

自分が新人の頃、前任の飛行隊隊長はことある事に自分を連れて飛んだ、ある時は悪天候、ある時は夜間など時と場所を選ばない。

ある夜間飛行などは、レーダー誘導を使い着陸訓練中にいきなり滑走路の照明が最低限の照明を残して消えた!

慌ててタワーを呼び出したが、飛行隊指揮所にいた前任の隊長に、

「それで降りろ!」と言われた。

真っ暗闇の中、無線誘導と最低限の灯火だけで進む。

進入角表示灯も、滑走路末端灯も見えない、ご丁寧に格納庫やアラートハンガー前の照明も落とされていた、基地の回りだけ漆黒の空間であった

当時のF-1戦闘機はこのF-35ほど夜間飛行の能力がない、冷や汗をかきながら恐る恐る降り、そして離陸。

これを1時間繰り返した。それ以来、少々の事で驚かなくなったな。

 

「スリー、ジョインナップ!」と最後の機体が来た

左アブレスト隊形で集合し空母艦隊の上空を過ぎようとした時、露払いの 秋月から発光信号で、

“キタイノブクンヲイノル”と信号が上がる!

続いて 鳳翔から、

“ブジノキカンヲイノル”

そして 瑞鳳からは、

“センカヲキタイスル カイシンノゴカゴヲ!”と信号が上がった。

「有難い」と思い、バンクして返信した。

 

無線のプレストークスイッチを押し、

「オールメンバー 01! 準備はいいか!」

「ツー!」

「スリー!!」と僚機が返信してきた。

機体は漆黒の闇の中、微かに見える隊長機の編隊灯が闇夜に光っていた。

 

 

由良は、いずもから

「攻撃隊発艦、30分後に攻撃開始」とデジタル文字通信を受け取った。

上空にはE-2J、そして敵本隊上空5,000mにはMQ-9リーパーが待機しており、敵本隊を赤外線カメラで監視している。

こんごう経由で送られてきた赤外線映像を見ながら 由良は、

「各艦、あと30分で攻撃開始です。敵、本隊右舷、方位020、距離3万5千。間もなく有視界範囲内です!見張りを厳としなさい!」と凛と命じた。

「はい、旗艦!」と駆逐艦の子達から返事があがった。

由良は、

「砲術長、弾種徹甲弾。準備いい?」と聞くと、

「はい。徹甲弾、準備できています!」

すると 由良は、

「私の単装砲は対空には向かないけど、対艦なら負けないわ。由良のいいとこみせちゃおうね」

「はい!艦長!」と艦橋、いや艦内各所から返事があった。

否応なしに士気の上がる艦内。

すると右舷見張り妖精が、

「右舷方向!艦影多数。灯火管制を敷いています!」と報告してきた。

由良も見張り所へ出て右舷方向を暗視装置で見ると、うすぼんやりと艦影らしき影が水平線の上に見えた。

由良は、

艦橋へ戻り艦長席へ着くと、

「各艦、合戦準備!砲雷撃戦、目標右舷方向、敵打撃艦隊!!」とコミュニケーションシステムを通じ命じた!

睦月達が一斉に復唱しながら、自艦の副長へ命じていた。

由良の艦内でも合戦準備の号令が鳴り響き、副長が艦内放送で、

「合戦準備! 右舷砲雷撃戦 各砲諸元計算急げ」と命じた。

由良は本来砲側照準であるが、艦隊コミュニケーションシステムを通じて、こんごう達が捕捉した目標までの方位、距離を正確に知る事ができる。それをもとに諸元計算を行い、砲角を調整できるように訓練を積み重ねた。

 

由良は

「航海長! 戦闘旗、旗旒Z 掲揚!」

「はい! 艦長!」

軽巡 由良のマストに 旭日旗、そして日本海海戦以来の伝統である、Z旗があがった

由良副長が、

「夜間で見えないというのが、少し寂しいですな」というと、

「そうでもないわよ」とモニターを回して見せた。

そこには、後方のこんごう艦橋から撮影された高解像度夜間映像により、はっきりと映し出された由良の戦闘旗、そしてZ旗が映し出されていた。

「皆見ているわ、鳳翔さんたちも、提督さんも」

「はい」と力強く返事をする由良副長

由良はそっと左指の指輪を触り、

「あなた、見ていてください、由良頑張ります」とそっと呟いた。

 

漆黒の闇の中飛行を続ける3機のF-35J 

夜間飛行に合せ、ヘルメットのバイザーも夜間用の透明度の増したタイプを使っていたが、

ヘッドマウントディスプレイシステム(HMDS)のお蔭で、夜間も問題ない。

始めてこのHMDSを使った時は、かなり違和感を感じた。

しかし、慣れというのは怖いもので、今では遜色なく使っている。

飛行隊隊長は、慣れるといえばといい、右手に握るサイドステック方式の操縦桿を見た。

「このサイドステックにも色々あったな」と昔を思い出した。

サイドステック方式の操縦桿は 航空自衛隊では国産のF-2戦闘機で初めて採用された。

じつはこれが曲者だった。

今までF-1やF-4EJのパイロット妖精だった者がF-2への機種転換訓練を受けたのだが、この操縦桿、圧力感知式で数mmしか動かない。

初めてF-2のシミュレーターに乗ったときは加減が分からず、担当から、

「そんなに力を入れると折れますよ!」と冗談交じりに注意されたが、その注意は現実となった。

本当に折れてしまったのだ、飛行中に!

ACM訓練を終え帰路へ就いたとき、いつもの癖で、えい!と旋回したとき、

「バキ!」という感触が右手にあった。

慌てて右手をみると、なんとサイドステック方式の操縦桿が根本付近で外れていたのだ!

揺れる機体の中で眼を凝らして、冷静に状態を見る。

配線は切れていないようだった。

オートパイロットを入れて基地へ連絡し、そしておもむろにはみ出した配線を操縦桿の中へそっと押し込んで、ゆっくりと折れた部分を刺して動かしてみる。

意外にも素直に機体が反応した。

「これなら帰れる!」と思い、エマージェンシーをコールして最優先で基地へ帰り、普通に着陸した。

原因は操縦桿を固定している金属金具の破断であったが、あの時は正直おどろいたな。

 

既に機体は攻撃開始地点に到着し、待機中であった

高度600m、速度マッハ0.8の巡航速度だ。

上空で管制しているE-2Jにより、既に攻撃目標の選定は終了していた。

今回も、中間誘導をE-2Jが、終端誘導をリーパーが行う。

敵本隊との距離は120km、計算上は発射後3分以内に着弾する。

 

「オールメンバー マスターアーム チェック!」と僚機の状態を確認する

「ツー、シムレッド、ASM-3 トリガーカバーオープン! レディ」

「スリー、シムレッド、ASM-3 トリガーカバーオープン! レディ」と無線で返答してきた。

自分も、再度火器管制装置を確かめた

機体は、ゆっくりとゆるやかな旋回飛行をしている。

E-2Jからデジタル文字通信で、

“攻撃位置へつき、攻撃開始せよ”と送信されてきた。

無線を入れ、

「スカル01ラジャー」と短く返し、HMDSに映し出された進路指示に沿って機首方位を定めた。

2番機、3番機がやや編隊の間隔を開くのが分かる。

僚機の編隊灯の位置でどれくらい離れたかを確かめ、十分距離をとった事を確かめると、

「01、フォックス3」とコールし、操縦桿の発射ボタンを押し込んだ。

火器管制装置に入力された諸元に基づき、まず右翼下のASM-3がパイロンから切り離された。

真っ暗闇の中へ落下するASM-3

突然 右下で閃光が上がる、初期加速用ロケットモーターに点火したのだ。

閃光もほんの一瞬だ、あっという間に消え、殆ど光が見ない

レーダー画面上にだけ、ブリップが映る。

次に左翼下のASM-3が発射された。

こちらも、初期加速用のロケットモーターに点火し、闇夜の中へ消えていった。

 

僚機も次々とASM-3を発射した。

発射されたASM-3は、ロケットモーターで時速500kmまで瞬時に加速すると、ミサイル下部のインテグラル・ロケット・ラムジェットが起動! 一気にマッハ3まで加速する!

レーダー画面上でもそれが確認できた。

「よし、慣性飛行に入った」ここまでくれば安心だ。

 

インテグラル・ロケット・ラムジェットと聞けば物凄い技術のように聞こえるが、実は原理は非常に簡単で、がらんどうの筒の中に高速で空気を流入させ、内部で燃料を噴射、燃焼させる。燃焼した高圧、高温の排圧空気は後方から排出し、推力を得るというものだ。

実際は、内部には空気の流入制御や、衝撃波制御の為の内部コーンが付くのだが、ターボジェットに比べ部品が少ないという点ではこちらに利がある、起源は古く1913年には考案されていた。

欠点としては、起動する為、マッハ0.5まで加速する必要があった。

その為 以前から補助用ロケットを使い加速していたが、近年補助ロケットの小型化に成功、弾体の小型化に寄与している。

 

加速するASM-3計6発を確認して、

「さて、結果はかえってからのお楽しみだな」と思いながら僚機を連れて いずもへの帰路へ就いた。

着弾まであと3分。

 

こんごう艦橋では、戦闘へ向け、急速に準備を進めていた

「合戦準備 対水上戦闘!」とこんごうが命ずると、横に座るすずやは、インカムを操作し、

「合戦準備 対水上せんと~う!」と独特の言い回しで艦内放送をかけた。

即座に、CICの砲雷長が、警報ベルを鳴らす。

艦内に鳴り響く電子音、最低限開放されていた各水密ドアが閉鎖される。

艦橋では既に副長以下の妖精達が、防弾仕様のライフベストを羽織っている。見張り要員や甲板員はそれに加え、88式鉄帽をかぶり頭部を保護するが、この時代の機銃弾まで弾くほどの強度はなく、破片などから頭を守る程度の事しかできない。

すずやも念の為、防弾ベストを着た。

背中に「艦長見習い」とでかでかとステンシルされているのがちょっと恥ずかしくて、

最初の頃は

「みっ、見ないでってば!あぁー」と顔を真っ赤にして言っていたが、慣れればなんの事はない。

すずやは、棚からこんごうの分を探したが見当たらない

「副長、艦長のベストは?」

すると副長は、

「こんごう艦長なら、いつも防弾ベストは着ませんよ」

「えええ! 本当!」と驚き、

「でも、規則だと艦橋では戦闘中は着る事になってるわよ!」

副長は、

「まあ、艦長とかひえい艦長もそうですけど、動けないから着ないですね、それにこんごう艦長の場合、弾が当たりませんから」

「はあ?」と驚くすずや

「それどういう事?」

「まあ、みててください」とそっとこんごうを見た

 

由良は、送信されてくる戦術情報を見て、

「各艦 攻撃開始10分前です! 一気に敵前方へ躍り出ます!」と各艦へ伝え、

「船速! 最大戦速!」

航海長が、即座に

「両舷前進、最大戦速!」と号令した。

機関担当妖精が、機関テレグラフを操作しながら復唱した、艦橋にテレグラフを操作する鐘の音がする!

既に機関室では、いつでも出力を上げられるように、待機していた

一気に加速する軽巡 由良

婚礼の際、船体をナノマテリアルでコーティングした効果が出ていた、元々36ノット近い高速航行が可能な由良、最高速までの時間が短縮されて安定して加速していく。

 

「睦月、いくよ!」と睦月は艦橋で叫んだ。

こちらも、陽炎達に比べれば旧式とはいえ、まだまだ一線級の駆逐艦、

「航海長 遅れないで!」

「任せてください!」と睦月航海長は巧みに指示を出し、由良の後を追った

 

皐月も、

「皐月、出るよ!」といい、加速する由良、睦月の後を追った

勿論、陽炎、そして長波も加速し泊地艦隊は一気に30ノットを超える高速航行へ移行した。

こんごうも、由良達が十分加速した事を確かめ、

「第5戦速!」と号令すると、

操舵員が、

「両舷 第5戦速!」と復唱し主機出力を上げた

船体が加速し30ノットを超える速力に達する

「すご~い、30ノットを超えるまでアッという間! おまけに殆ど揺れない」とすずやが驚くと

「ふふ、凄いでしょう」とこんごうが笑顔で返してきた。

「こんごう艦長、まだ最大戦速じゃないですよね?」とすずやが聞いてきた、

「まだ、余裕があるわよ」とこんごうが言うと、

「えっ、でも資料では速力30ノットって」

すると、こんごうは

「それは一般情報で、本当は40ノット手前まででるわよ、短時間なら40ノット越えもできるわ」

「本当ですか!!」と驚くすずや

「ええ、ひえいはもう少し速いわね」すると、すずやは

「でも、これって公試船速ですよね」というと、

「いえ、戦闘可能船速よ」

「うっ、うそ~」と目を白黒させた。

それもそのはずだ、高速で回頭などすれば、運が悪ければ復元力不足で転覆しかねない。

こんごうは、

「これでも、高速戦艦の末裔よ、これ位でないと、金剛お姉さまに笑われちゃうわよ」

「はは、そっ、そうですよね」、恐るべし金剛一家

 

そんな会話をしていたが、

「艦橋 CIC いずも攻撃隊 対艦ミサイル攻撃開始 弾着まで2分30秒!」

こんごうは、

「ひえい、準備は!?」

「こんごう、いつでもいいわよ!さあ砲“雷撃”戦だあ!」と気合をいれた。

一瞬こんごうは“雷撃”という言葉を聞いた気がしたが、聞かなかった事にした。

「ひえいの目標は重巡2隻よ、一気にたたみこんで!」

「あいよ、任せなさい!」と元気な返事が返ってきた。

 

「CIC 艦橋! 右水上戦闘 目標敵軽巡隊 弾種対艦徹甲弾」と すずやがインカムを通じて砲雷長へ伝えると、

 

「CIC、準備できています!お任せください!」といつもの返事が返ってきた。

こんごうは、

「砲雷長。弾着後、即攻撃始め」

「はい、艦長!」

 

「間もなく、相対距離1万5千! 砲戦開始海域です!」と副長の声が響く!

「各員、現状待機」と矢継ぎ早に命令をだした。

 

艦橋に

「弾着!1分前!」と声が響いた。

そっと愛用の双眼鏡で、敵艦のいる右舷方向を見た。

微かに船影らしきものが見える。

「まだ気がついてない」そう思った瞬間、

「10秒前、5、4、3・・だんちゃ~く! 今!」

 

右手水平線上に複数の閃光が上がった。

そして一呼吸おいて、

“どっーん”と独特の音と振動が艦全体を揺らした。

ASM-3が発生させた衝撃波が遅れて来たのだ!

 

即座にCICの砲雷長は、

「右水上戦闘 CIC指示の目標 トラックナンバー1005、1006 弾種対艦徹甲弾 主砲攻撃はじめ」

「主砲 発砲!」といい、砲術妖精隊員がトリガースイツッチを引いた。

ここに、パラオ北部海域の夜戦が開始された。

 

 

真っ暗闇を進む深海棲艦ル級艦隊

先頭を行く戦艦ル級に座上するル級艦隊司令は、指揮官兼艦長席に座りながら、じっと闇夜を耐えていた。

今まで、闇夜は自分達にとっては有利に働く要素だった。

日本海軍は目視による有視界範囲内の索敵、こちらは電探、それも最新型の物を搭載している。夜戦では圧倒的に有利なはずだった。

水上艦艇なら30km近い距離から正確に方位、距離が分かる。航空機なら100kmは固い。

しかし今、このレーダーが使えない。スコープが砂嵐のように真っ白である。

もう一つの頼みの綱、艦隊間無線も雑音だらけで全く使えない、

現在僚艦との通信は発光信号に頼っている。

ル級指揮官は席に座りながら、

「副官、レーダーとラジオは?」

「はい、ル級司令。変わりなく使用できません」といい続けて、

「この障害は自然現象でしょうか?」

「いえ、これだけ大規模かつ長時間、障害が起こるとは考えにくい。間違いなく妨害、それも組織だっているわ。間違いなく日本海軍の仕業よ」

「しかし、奴らはまともな・・」と言いかけたが、

「いえ、持ったと考えるべきよ。優秀な電波戦の兵器を」

そういい、

「来るわよ、奴らが得意な夜戦を仕掛けるには絶好のタイミングだわ」

「はい。各艦、戦闘態勢に・・」と副官が言いかけた瞬間、船体を物凄い衝撃が襲った。

船体が左へ大きく揺さぶられる。

「うわっ!!!」と咄嗟に椅子にしがみついた!!

「なっ」と言いかけたが、声が出ないほどの衝撃が襲う。艦が上下に大きく跳ねた!

副長や操舵手が壁や計器盤に打ち付けられて、異様な音を立てた。

艦橋の防風ガラスが全て吹き飛び、粉々になって舞い込んできた!

 

「ううう」と呻き声が一瞬聞こえたが、その後聞いた事もないような轟音が艦橋後部から聞こえ、再び凄まじい衝撃が艦内を襲い、ル級司令官は椅子から投げ出され床に叩き付けられ気を失った。

 

ASM-3は、途中E-2Jの中間誘導、そして終端誘導をリーパーからアップデートデータを使い海面上10mの高度をマッハ3近い高速で、先頭のル級1番艦の艦橋後部、2本ある煙突付近へ着弾した。

900kg近い弾体重量が、音速の3倍で衝突したのだ。それだけでも凄まじい運動エネルギーだ。弾頭は煙突をなぎ倒し、そのまま機関区へ突入、内部で高性能炸薬を炸裂させた。一気に爆発したエネルギーはル級の船体を押し上げ、8基あるボイラーを悉く破壊した。いくら分散配置され残存性に優れた機関区といえど、このエネルギーを防ぐ手段はなかった。

 

「ううう、つぅ」と声を上げた、体があちこち痛い、

凄まじい振動が収まり、船体が大きく左右に揺れるなか、ル級司令官は頭を左右に振りながら起き上がる。

艦内は電源が落ちているのか、真っ暗闇だ、時折、何処からか大きな爆発音と、振動が伝わる

“被弾した!!!”と咄嗟に思ったが、“何処から”と周囲を見回した。

 

「副長!!!」と声に出すが、声が震えてまともな声にならない

「航海長!! だれか!!!」と声を出すが、だれも返事がない!

突然、左手で爆発が起きた、顔を向けると、僚艦の2番艦が大爆発を起こしていた、

その爆発の閃光でようやく艦橋の中が明るくなった。

そこには、床や壁面に叩き付けられて、動かない艦橋要員が見えた、駆け寄ろうとするが、自分の足元に何かが当たった。

下を見ると副長だ、そっと首元に手を当てるが、すでに事切れていた。

よろめきながら、艦橋横の見張り所へ出た。

そこで見た物は、大きく変形した2本ある煙突、粉々に砕けた船体中央構造物、機関区がむき出しの状態で大きな炎を上げ、延焼している。

左手を見た、先程の爆発はやはり、2番艦だ、後方の重巡、軽巡も被弾したのか!

「駆逐艦以外は、全て被弾している!! なんて事!!」

そう思った時、再び、艦の周囲に振動が起こった!

「砲撃されてる!!」 水平線に複数の閃光を見た!

「日本海軍の奇襲!!」

 

 

由良は、艦橋でこんごうCIC要員の

「弾着! 1分前!」の声を聞いた、

 

そして、

「各艦、右舷砲撃開始1分前!!」と声に出し、

続けて、

「砲術長、準備はいい!?」

「はい艦長、何時でも!」

艦橋内部に、

「10秒前、5、4、3・・だんちゃ~く! 今!」と こんごうCICから通信が入った!

 

瞬間、由良は、

「主砲! 目標 敵ル級 撃ち方始め!!!」と凛と命じた。

 

砲術長は、

「各砲、諸元計算に基づき、独立打方にて砲撃始め!」と艦内放送をかけた

一斉に射撃を開始する由良の14cm単装砲!

 

元々由良は高度な射撃管制装置を持たない。単装砲の砲側照準だけであったが、あかしが艦橋で受信した艦隊コミュニケーションシステムの情報を元に計算した砲撃諸元を、有線で各砲へ送信するシステムを作った。

各砲の砲手の元には、方位、砲角といった諸元が小型モニターに表示される。

砲座にセットされた小型モニターを見ながら砲手妖精は、

「有難い!この闇夜、これで当たります。当ててみせます!」

そして、

「よ~く狙って!って、真っ暗で見えんが、撃て!!!」といい14cm砲を発射した!

 

睦月、皐月も由良と同じく 砲撃を開始した。

後方ではこんごう達も重巡、軽巡へ向け127mm砲をつるべ撃ちに撃ちこんでいる。

 

陽炎は艦橋で、

「いや、やはり こんごうさん達のあの砲の連射速度には敵わないわ」といいながら、

「さあ、砲撃戦開始よ」といい、

「主砲 交互撃ち方 始め!」と命じた。

交互に火を噴く、3基の主砲。

 

しかし 長波艦橋では少し問題が起こっていた!

「さあ、長波様、砲撃はじめるぞ! 砲撃戦も気を抜くんじゃないぞ!」と長波が意気込んだ時、艦内電話で何やら話していた砲術長は顔面蒼白になり、

「かっ、艦長大変です!」

「どうしたの!!」と振り返る長波

「1番、2番主砲。共に弾種、対空散弾砲弾のままです!」

「ええええ!!!」と目を白黒させる長波

「どういう事!」

「すみません、自分の指示間違いです、対空警戒の為、揚弾機の中に残ったままです!」

「うううう」と唸る長波

「ええい、仕方ない、そのまま撃っちゃえ!!」

「いいんですか!」と副長が聞いたが、

「もう間に合わない、撃たなきゃどうしょうもないよ!」といい、

「1番、2番主砲 目標敵駆逐艦 交互撃ち方 始め!!!」と元気いっぱい声に出した。

 

長波砲術長は、艦内電話をとり、

「1番、2番、弾種そのままいけ! 交互撃ち方始め」と電話越しに叫んだ!

交互に火を噴く 長波の12.7cm連装砲

長波の放った対空用散弾砲弾は、普段の彼女では考えられない程正確に、敵駆逐艦6隻の頭上へ降り注ぎ、艦上100mで起爆した。

真っ暗な闇に、ぽん、ぽんと閃光が浮かび上がった

その真下には、閃光に照らされた敵イ級駆逐艦の艦影が!

それを見た長波は

「うう、徹甲弾なら初弾命中だったのに」と地団駄を踏んだ!

 

その閃光を見た陽炎は、

「あれ? 長波まだ砲弾が散弾砲弾のままじゃない!」と横の副長を見た。

「その様ですね。多分揚弾機の中に残ったままだったのでは」

それを聞いた 陽炎は、

「ほんとにもう」と呆れながら、

「まあ、撃ち尽くすまで仕方ないか」といい、双眼鏡で右舷方向の敵駆逐艦群のいるあたりを見た。

また、ぽん、ぽんと敵艦の頭上で散弾砲弾が炸裂した。

陽炎は双眼鏡を覗きながら、

「そろそろ、こちらの砲炎から位置がばれる頃よ。反撃に注意して」

「はい、艦長」と副長が返事をした。

主砲は絶え間なく砲撃を繰り返していた。

じっと敵艦を見る 陽炎、また 長波の対空砲弾が敵艦の上で炸裂した。

「あれが徹甲弾なら命中かな?」と思いながら、

「ん?反撃してこない?」

陽炎はおかしいと思った。ル級やリ級、そしてホ級は いずもさんの対艦ミサイル攻撃でほぼ戦闘力がないはずだ。由良さん達と こんごうさん達の一斉砲撃で反撃の暇を与えないから、此方への砲撃がないのは解るが、無傷の駆逐艦群に動きがない?

もう一度駆逐艦群を双眼鏡でよく見直すと、微かに光が見える、炎だ!!

「効いてる!」というと、艦隊コミュニケーションシステムで長波を呼び出した!

「長波!!」

慌てて、画面に出る長波!

「陽炎教官、すみません、あと少しで撃ち終わります!」

すると陽炎は、

「いや、そのまま散弾砲弾撃ち続けなさい!! 効いてるわよ!」

「へっ」と声に出す長波

「いや、だから効果が出てる、よく見なさい、敵各艦、火災が起きてる!」

慌てて、双眼鏡で敵駆逐艦を見る長波

よく見ると、敵駆逐艦の数隻で火災が起きているようだ。

長波は、

「砲雷長、主砲、そのまま散弾砲弾で砲撃続けて!」

「はい、艦長」

その会話を聞きながら 長波は、

「これは、意外と行けるかも」と思った。

 

長波の考えは当たっていた、

長波の放った新型対空砲弾は、敵イ級の頭上およそ100m未満で炸裂し、その内部の鋼球は敵イ級達の頭上に降り注いだのだ、イ級の甲板上に居た深海棲艦の妖精兵員達はたまったものではない、警戒の為対空機銃や見張り所にいた兵員妖精は頭上から降り注いだ散弾の直撃を受け、ある者は体の各所を撃ち抜かれ、あるものは頭部のヘルメットを貫通して即死、またある者は手や足を吹き飛ばされのたうち回る。

一瞬にして駆逐艦の甲板上を血の海へ変貌させた。

第2射、3射と砲撃を受ける度、阿鼻叫喚の甲板はその姿を地獄絵図と変えて行ったのだ。

おまけに、陽炎の砲撃の至近弾も加わり、甲板上ではほぼ動けるものがいなくなった。

いや、被害はそれだけにとどまらず、降り注ぐ散弾はガラスを突き破り艦橋内部にも飛び込み、跳弾となって艦橋内部の要員を撃ち抜いていった。

そして各砲座も、装甲の薄い所から内部へ散弾が入り、内部の砲塔要員を打ち砕いた。

砲塔内部の砲弾や甲板上に積み上げてあった対空機銃弾などが誘爆、そして遂に魚雷発射管に散弾が命中し、大爆発を起こした!

正に、“下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”である。

 

こんごうとすずやは、その光景を赤外線カメラ映像で確認しながら、あっけにとられた。

「なっ、長波ちゃんってえげつないですね」と顔を引きつらせるすずや。

「いや、確かに小型艦艇の制圧に使えると聞いたけど、あそこまでとはね」とこんごうも呆れていた。

 

こんごうは、砲撃を続けながら、じっと戦況モニターを見ていた

既に、目標の軽巡2隻は沈黙して動きがない、ただ何とかル級についていこうとしているようだ。

「砲雷長、少し散布幅が広がってきた?」とCICの砲雷長を呼び出した。

「はい、由良さん達の射撃散布幅が先程から広がりつつあります、多分敵艦の戦列が乱れたせいですね」

「う〜ん、やはり前にでるか」といい

「ひえい、そっちは!?」

すると ひえいは、

「敵重巡2隻、殆ど反撃なし。戦闘力を消失したみたいね」といい、

「由良さん達、結構手間取っているみたいね」

「仕方ないかな。レーダー照準できないから、この闇じゃね」

「やはり、砲塔別の射撃管制が欲しいわね」と ひえいが言うと、

「ひえい、由良さんの前へでるから、あとお願い」

「ちょっと、こんごう!」と慌てる ひえいをよそに、

「こんごう艦長、何を!」と すずやが慌てた。

「由良さん達の前へ出ます」といい、

「航海長、第6戦速!」と艦体を加速させた。

「取舵5、由良さん達の左舷方向へ」

こんごうは一旦戦列を離れ、戦艦2隻へ砲撃を加える 由良、睦月、皐月の左舷方向へ出た。

「こんごうさん!」と由良が声を掛けた。

「由良さん、此方で囮になります。その間にル級2隻に集中砲火を加えてください」

そう言うと こんごうの艦体はあっという間に 由良達を追い抜き、敵艦隊の前方へ躍り出た。

2隻のル級ではまだ一部の副砲や高角砲などが生き残り、散発的ではあるが、反撃が続いていた。

ただ、闇夜に無差別に撃っているのでまるっきり別の所へ着弾しているが、こちらの砲炎を目標にしてきたのか、先程から至近弾が増えだした。

 

こんごうは、

「副長 いい?」と聞くと

「はい、艦長」といい、振り返りながらサムアップサインを出した。

艦橋、いや艦内の全ての部署がこの瞬間の為 準備していた。

“何がはじまるの?”すすやはそう思いながら、ぐっと息を呑んだ。

 

こんごうは静かに呼吸を整え、そして力強く、

 

「エンゲージ」と囁いた。

 

その瞬間、こんごうの体を青白く光りが包み、幾重にも光のリングが体を覆った。

 

「ええええ!!!」と目を白黒させ驚く すずや。

それもそうだ、この様な重圧感のある艦霊波など体験した事がない!

確かに重圧感がある、重みを感じる。

でも、暖かく優しい。

 

「操舵手、もらうわよ」

即座に操舵手は、

「ユーハブ! コントロール!」といい、舵輪から手を離した。

こんごうは、

「アイハブコントロール!」といい、ぐっと前を見た!

こんごうの船体は今、艦娘 こんごうの支配下へ置かれた。

 

「探照灯、照射!」とこんごうが言うと、即座に艦橋後部の2基の探照灯が、敵艦隊ル級2隻へ照射された!

 

闇夜に浮かび上がった2隻のル級

 

由良はこの瞬間を逃さない

「各砲! よ〜く狙って!! 撃てぇ!!!」と一気に号令した。

 

タイミングを図っていた睦月、皐月もこの瞬間を待っていた。

「てぇえええ~い!!」と睦月が叫ぶ!

皐月も、

「沈んじゃえー!」といい、一斉に砲火を加えた。

 

勿論、駆逐艦群を鎮圧した陽炎、長波も、

「長波!一気に叩き込むわよ」

「はい、教官!」といい砲火を加えた、勿論長波は散弾砲弾のままだ!

闇夜に浮かび上がるル級2艦の周囲に 無数の水柱が立ち上がった!

 

しかし、ル級の残存兵力も負けていない。

生き残った副砲や高角砲、対空機銃などが、探照灯を照射するこんごう目がけて襲いかかった。

 

「フィールド展開!」

 

こんごうの船体の周囲にクラインフィールドの楯が覆う!

護衛艦 こんごうの船体に幾重にも青白い光の帯が走った。

イデアクレスト、こんごうの特有の文様が船体に浮かび上がった。

 

「すっ、凄い霊力!」と唸るすずや

艦娘である すずやなら分かる。横に座る こんごうが放つ、重厚な霊波。しかし威圧するものでも、恐れを抱くものでもない。言葉に言い表しがたい力だった。

ふと以前にも感じた事がある。

“そうだ。あの時、すずやが深層意識で彷徨っていた時、進むべき道を指示した光だ!”

 

横に座る こんごう。

長いブラウンの髪から霊波動が絶え間なく流れ、それが体をリング状に覆い、幾重にも文様を出している。

 

「光の巫女」

 

すずやはそっと呟いた

もし、今のこんごうさんが、青色の艦内士官服ではなく、戦艦金剛さんと同じあの巫女装束なら間違いなく皆そう呼んだだろうとすずやは思った。

 

ル級2隻の放つ各種砲弾は全て こんごう目がけて飛んできたが、その全ては こんごうに届く前に空中で、フィールドに邪魔され爆散していた。

 

「一気に詰めるわよ!」と こんごうが言うと、

「面舵! 4点回頭!!」と叫んだ。

一気に右へ回頭する護衛艦 こんごう。

その素早い動きを実現するのは、護衛艦 こんごうの船舶としての基本性能、そして こんごう自身の艦娘としての能力、この二つが上手くマッチングしている証拠だ!

 

「まるで、氷の上をすべる様!」と表現するすずや

全く揺れない、まるで水が流れるが如く、よどみなく回頭する

「まじ凄い!! これがこんごうさんの実力!」

 

護衛艦こんごうは、敵艦隊を横切り、右方向に相手を見る様に回頭しながら探照灯を照射し続けていた。

こんごうの探照灯に照らされたル級艦隊

 

それに続く由良達も、

「各艦! 右4点逐次回頭!! 反航戦進路へはいるわよ!」と由良は、各艦へ通達すると、続けざまに、

「各艦 最適射線にて雷撃 その後は一気に戦域を離脱します」

それを聞いた、由良の61cm連装魚雷妖精は、

「まってました! 今日こそは、今日こそは当ててみせます!」といい

右舷魚雷発射管を回転させた。

船体を少し左へ傾かせながら右へ90度回頭する由良

右手には、こんごうの探照灯に照らされたル級艦隊

由良は、

「砲術長 砲撃 手を緩めないで!!!」

「はい、由良艦長!」と砲音に負けない大声で返事をした。

航続の睦月達も逐次回頭を行い、由良の後に続いた。

射線が動き、前部砲塔だけでなく後部砲塔も一斉に砲撃を開始した。

 

探照灯に照らされたル級艦隊の周囲に無数の水柱が立つ、時折、敵艦隊の上空で対空砲弾が炸裂し、周囲を照らした。

その間も、由良の魚雷妖精は艦内電話を握りしめて 合図を待った

艦橋で由良は、こんごう、ひえいから送信されてくるレーダー情報を元に雷撃を算出していた。

「ここよ! 砲術長 雷撃始め!!」

砲術長は

「魚雷妖精! 撃て!!」

 

艦の中央に設置された61cm連装魚雷発射管 2基から4本の九三式酸素魚雷が圧搾空気により打ち出された。

海面に投げ出された九三式酸素魚雷を見ながら、魚雷妖精は、手を合わせ

「お願い ちゃんと当たって!」と拝みたおした。

 

魚雷妖精がそう願うのも当たり前だ。

この九三式酸素魚雷、当たれば駆逐艦は一撃で、重巡も数発あれば撃破できる。また射程は25km、速力50ノットいう化け物みたいな魚雷である。しかし落とし穴もあり、

余りに高性能過ぎて、取扱いが複雑。おまけにあまりの速さの為、姿勢制御のジャイロや起爆用信管が誤作動するなど、問題児でもあった。

由良に続き、睦月達も次々と魚雷を海中へ投下した。

 

海中を進む20本以上の魚雷の群れ!

まさに水雷戦隊の本領発揮である。

この中にしっかりと、探信音を出しながら海中を進む ひえいの放った12式短魚雷2本が混じっていた。

 

炎上するル級艦隊とすれ違いながら、砲撃を加える由良達泊地艦隊と自衛隊艦隊

こんごうは、探照灯照射を続けていたが、由良達が魚雷を発射し、急速に戦域を離れて行くのに合わせ、こちらも戦域を離脱しようとしていた。

既に、敵艦からの砲撃はなく、時折起こる爆発音だけが海に木霊していた。

 

副長が、

「由良さん達が戦域を離脱しました!」と言うと、突然右後方の海域で数本の大きな水柱と炎が上がった。

見張り員が、

「雷撃5本命中です、敵ル級1隻 急速に右に横転! 重巡2隻撃沈です」

 

こんごうは少し息が荒くなりながら、

「はあ。よし、ここまで来れば」といい、

「フィールド解除」と言いながら、ゆっくりと霊力を弱めた。

こんごうの船体を覆っていたクラインフィールドが収束し、こんごうの船体はいつもの姿へ戻った。

 

操舵手が、

「舵とります!」といい、操舵輪に手を掛けた。

こんごうが、

「お願い」というと、

「アイ! アイハブコントロール!」といい、操舵を代わった。

 

顔に大粒の汗をかき、やや表情の厳しい こんごうの顔を見ながら すずやは、

「こんごう艦長大丈夫ですか!?」

するとこんごうは、

「ええ、少し疲れただけ、前より力が安定していたわ」

そう言うと、

「副長、暫く戦闘警戒を継続して」といい、

「CIC 砲雷長 私よ」

「はい、艦長」といいながら 砲雷長がインカムに出た

「敵艦隊の動きは?」

すると砲雷長は、

「はい、今の戦闘海域から動いていません。上空のE-2J並びに当艦のレーダーでも確認しました。あと戦果ですが、戦艦1、重巡2、駆逐艦2撃沈です。既にレーダーエコーが消えました。その他艦艇についてはリーパーの映像を いずもで確認していますが、殆ど戦闘能力は消失したものと思われます」

こんごうはそれを聞いて、

「暫く水上戦闘警戒配置を継続して」

「はい、艦長」と砲雷長が返事をしてインカムが切れた。

 

すずやが、後方のキャビネットからタオルとミネラルウォーターを取り出して来た。

それをこんごうへ渡す

「すずやさん、ありがとう」と、こんごうが言いながらそれを受け取る、するとすずやが

「すずや 感動しました!! こんごう艦長!」と目をキラキラさせながら話かけてきた。

「どっ、どうしたの?」

 

「だってこんごう艦長、物凄く恰好良かったです、正に“光の巫女”です!!」

「そ、そお?」そう言いながら、受け取ったミネラルウォーターの蓋を開け、口へ含んだが、すずやは、興奮気味に、

「はい、ですから今度 戦艦金剛さんと同じ戦闘装束着てください、絶対似合いますよ」

それを聞いた瞬間、こんごうは飲みかけたミネラルウォーターを吹きそうになった。

咳き込むこんごうに、

「どうしました、こんごう艦長?」と不思議そうな顔をするすずや

艦橋のメンバーはじっと こんごうの返事を待っていたが、

「ううう、悪夢が」と唸る こんごう。

そう、あの日の悪夢が脳裏をよぎった。

 

艦隊コミュニケーションシステムの呼び出し音がなり、モニターに由良が映った

咳き込み、顔面真っ赤の こんごうを見て、

「こんごうさん、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」と笑って答えた。

別枠に 睦月達も映った。

「こんごうさん!」と皆声を掛けてくれた。

すると ひえいは、

「大丈夫、大丈夫。こんごうならあれ位ね~」といい、

「もう、ひえい」と こんごうが返した。

 

由良はこんごうが無事な事を確かめ、

「各艦、損害報告!」というと、

「睦月、大丈夫なのです」

「ボクも問題な~し」と皐月も答え

「陽炎も損害なしよ」

「長波、大丈夫です」と長波が答えたが、

睦月が、

「長波ちゃん、ふふふ、やっちゃいましたね」と言うと、

由良が、

「はい、はい。そこまでにしてあげて」といい、

「はい。では各艦、単縦陣へ再集結します。敵艦隊の損害甚大と判断し、パラオへ帰還します!」

 

「やった! 勝った!!」と一斉に声が上がった

こんごうは笑顔で、

「じゃ、後は 鳳翔さんたちに任せて帰ろう」といい、

「ひえい、由良さん達と合流するわよ」

「了解! さあ帰って・・」といいかけたが、こんごうが、

「遊ぶ前に、戦闘詳報お願いね」と釘をさした!

「ひえ~えええ!!」と悲鳴を上げる ひえい。

 

 

 

戦域から離脱する由良達、その後方では鳳翔達が最後の仕上げをするために待機していた。

しかし、そこにはいずもの姿はなかった。

次の作戦の為、鳳翔達泊地空母部隊から単艦離脱し、南東へ転進していた。

いずもはCICで、艦隊コミュニケーションシステムを通じて鳳翔達と、こんごう達の戦闘を精査していた。

「鳳翔さん、戦艦1、重巡2、駆逐艦2が撃沈ですね、残存兵力は戦艦1、軽巡2、駆逐艦4ですが、どの艦も戦闘能力はほぼ消失したと考えていいでしょう」

すると鳳翔は、

「後続の上陸部隊は?」

「はい、先程東へ進路を変えました、たぶん由良さん達の戦闘を確認して、侵攻を断念したようです」

すると瑞鳳が、

「じゃあ、明日の朝はこの残存兵力を叩けばいいの?」

「そういう事ね、瑞鳳ちゃん」と鳳翔がいいながら、

「いずもさん、良かったのですか? きりしまさんをそちらの護衛につけなくて」

するといずもは、

「はい、問題ありません、潜水艦対策なら私のロクマル部隊がいますし、まあ何とかなるでしょう」

そして、

「きりしま、鳳翔さん達の護衛お願いね」

「はい、副司令。秋月さんと二人でしっかりと守ってみせます」

いずもは思考を次の作戦行動へ切り替えた。

CICの壁面モニターには、ニューブリテン島のある一点に光点が当てられていた。

「やられぱっなしというのも癪だし、たまには反撃してもいいわよね」と密かにほほ笑んだ。

 

 

パラオ泊地司令部2階 簡易司令部

泊地提督と自衛隊司令は、簡易指揮所のリクライニングシートに座り、戦況をモニターしていた。

既に 由良達泊地艦隊と こんごう、ひえい組は戦域を離脱し、泊地への帰路に就いている。

入れ替わるように 鳳翔率いる空母部隊が前進、夜明けと同時に航空攻撃を以て仕上げをする。ル級艦隊の後方にいた上陸部隊は東へ転進、海域からの離脱を急いでいた。

提督は、

「これで、パラオが戦場になる事はなくなったか」

「はい提督、急場はしのいだと思っていいでしょう」と自衛隊司令が答えた。

「しかし、この上陸部隊、見逃して良かったのかい?」

すると自衛隊司令は、

「いずもに夜間攻撃させる事も検討しましたが、そこまでしなくても撤退すれば目的は達成できます、それに帰り道には」

「ははは、イク達が待ち構えているか」

「ええ提督、行きがけにお預け食らっていますからね」と言いながら、

「それにトラックも黙ってないでしょう、この情報は三笠様や金剛さんも共有しています」

提督は、輸送船団に襲いかかる水雷戦隊を想像した。

泊地提督は、

「空母群とこのル級戦艦群の駆逐艦数隻を残すようだが、何か意図があるのかい?」

と問いただした。

「まあ、まず負傷者救助の為ですね、これだけの艦隊の負傷者を泊地で救助するには限界もあります、それと」

「それと?」

「これが、最大の意図ですが、生き残った兵士は我々の姿を見ていません」

「?」

自衛隊司令は泊地提督へ向い、

「B-17部隊並びに泊地を奇襲したヲ級艦載機群は殲滅させましたが、対艦ミサイル攻撃された空母群と夜戦をしかけたル級本隊は、我々の姿をまともに確認する事なく一方的にやられました」

「そうだが」

自衛隊司令は、

「モビィ・ディックですよ」と不敵な笑いを見せた

「モビィ・ディック? あの“白鯨”かい?」

「ええ、提督、あの小説は実際の捕鯨船での体験を元に書かれた小説ですが、白鯨と捕鯨船の格闘を描いていますが、実際は捕鯨中に鯨と衝突した捕鯨船の生き残った船員の話に実在しない白鯨という尾ひれがついた話です」

泊地提督は暫く考え、そして急に膝を叩いて笑いだした。

「そっ、そういう事かい!」

「ええ、深海棲艦の生き残った駆逐艦の兵員はいったいなんと報告するでしょうか? いきなり遠距離から攻撃された事、一撃で空母や戦艦を轟沈寸前まで追い込む威力」

提督は

「大和か?」

「ええ。奴らは、このパラオに 大和型が配備されたと勘違いするかもしれません。こんごう達を 大和クラスと誤認するかもしれません」

提督は、

「はは、すごいなパラオは。一気に 大和級戦艦を4隻も配備したことになるな。実際は 大和より上だがな!」

自衛隊司令は落ち着き、

「憶測が憶測を呼び、彼らはこのパラオをトラック以上に危険と判断するでしょう」

提督は、

「そこが狙いか? 司令」

「はい、我々は、囲碁でいう所の左辺の星に相当します、天元を抑える深海棲艦にとって我々を殺せるかどうかがこの太平洋地域の戦局を大きく左右するでしょう」

 

泊地提督は、

「俺も大概策士と言われたが、君はそれ以上だな」と言うと、

司令は静かに

「祖父の教えのお蔭です」と静かに答えた。

 

コンコンとドアを叩く音がした。

司令部付きの隊員妖精が対応すると、留守を預かるはるなであった。

司令の前までくると一礼し、

「報告いたします。泊地並びに周辺地域の捜索、救助活動概ね終了いたしました」

司令は静かに、

「何人収容できた?」

「はい、確認できたのは10名分です。それ以外にも数名分の一部を収容したしました」

司令は静かに、

「分かった。あかしの艦内へ一時収容してくれ。くれぐれも丁重に」

はるなは、

「はい、あの司令」といい、

「埋葬は如何なされますか?」と聞いた。

すると司令は、

「いずもが帰還したら相談する。彼らには彼らなりのしきたりがある」とだけ伝えた。

 

はるなは泊地提督を見たが、提督は了解する意味で一度頷いた。

はるなは静かに一礼し、

「了解いたしました」といい、静かに退室して行った。

 

泊地提督は、

「いずもさんには、辛い事だな」と静かに語ったが、自衛隊司令は

「彼女はそれを乗り越えてきました、大丈夫です」と静かに答えた。

 

彼らが見るモニタ―には、一路ニューブリテン島を目指すいずもの光点が映っていた。

 

 

トラック泊地 戦艦三笠 士官室

既に深夜を回っていたが、士官室は熱気に包まれていた。

山本に宇垣、そして会議を終えたあとから参加した黒島参謀

三笠に大和、長門、金剛、秘書艦の大淀、情報収集員の青葉がずっと会議室に詰めていた

壁面のモニターに映し出された戦況を見ながら黒島は、

「これは、大戦果と言っていいのでしょうか?」と横に座る宇垣へ聞いた。

「それ以外にどう表現する、黒島」

「はあ、少し実感が湧かなくて」と黒島。

「それを言われると俺もそうだが」と宇垣が答えた。

すると 三笠は、

「では、この映像をどう思う?」といいモニター画面を切り替えた。

そこには闇夜の中炎上するル級艦隊の映像が映し出されていた。

 

この映像はル級艦隊を監視するMQ-9リーパーの映像を、E-2J経由で戦艦 三笠で受信したものだ。防空戦開始当初は監視対象が多く回線の制約から受信出来なかったが、監視対象が少なくなった事で回線に余裕ができたのだ。

 

山本は

「遠距離航空攻撃による敵艦隊の組織的作戦行動の阻害、その後水雷戦隊による包囲殲滅か。以前自衛隊司令が言っていた、3次元的作戦だな」

黒島参謀が、

「3次元的作戦?」

「ああ、黒島君。我々は今まで航空隊と艦隊では別々に攻撃目標を設定しているよね」

「はい」

「今回の作戦では、航空攻撃と艦隊戦を組み合わせてどう動けるかを確かめている」

すると黒島は、

「長官! そのような事が可能なのですか!」

「黒島君 今のパラオは80年後の通信技術で動く最新の組織だ、確かに由良や睦月達は旧型であるが、使い方次第ではここまで強力な戦力になりえる」

「通信技術ですか!」と黒島が唸ると、

「自衛隊司令はネットワークと呼んでおったがな」と三笠が答えた。

「ネットワークですか」と黒島はメモを取った。

宇垣が、

「しかしこの戦果、全く公開できないというのも惜しいですな」

すると 長門が、

「由良達の戦果は公表されないのですか!」

それには 三笠が、

「そうじゃ、一切公開されない。今日も一日パラオは平穏無事という事だな」といい 大淀を見た。

「はい。パラオから発信された電文全て、“本日も異常なし”です」

大和が、

「あの、それでは 由良さんたちのご苦労が報われないのでは?」

「それは問題あるまい、由良達とて自分達の置かれておる立場は十分理解しておる、まあ褒賞等はないが、それに見合う資源を融通しておこう」と三笠が答えた。

山本が、

「大淀、青葉、情報統制たのんだぞ」

「はい」と大淀と青葉が答えた。

青葉が手を上げ、

「長官。ルソン北部を監視していた情報員からの報告では、本日夕刻、例の貨物船が帰還するそうです。喫水線の位置から積荷は空のようです」

「青葉、その件も少し調べろ」と宇垣が言うと、

「はい、既に中部警備所の 妙高さんが調査を開始しています。たた 妙高さんからの連絡では、スービックに見張られているので注意がいるそうです」

「ほう 青葉、その情報は何処から?」と山本が聞くと、

「三笠様を崇拝するあの方からだそうです」と答えた。

三笠は苦笑いしながら、

「まったく、そなた達より出来る弟子が米海軍の大将とは、東郷が聞いたらなんというかの」

それには山本達が渋い顔をした。

 

 

ル級艦隊 戦艦ル級 1番艦

ル級司令官は、薄明るくなり始めた水平線を見ながら、大きく傾く艦橋で、被害報告を受けていた。

既に、日本海軍の艦隊は遠方に退き、周囲には敵艦影は見えない

「撃沈されたのは2番艦、重巡2、駆逐艦2で間違いないわね」

「はい、司令、しかし軽巡も殆ど航行不能です、事実上駆逐艦4隻だけが稼働できます」と生き残った士官妖精が答えた

ル級は

「残存艦に至急、移乗しなさい、この艦も長くはもたないわ」

「しかし司令、それでは!」と士官は叫んだが、

「間もなく夜明けです、航空攻撃があるかもしれません、急ぎなさい」

ル級指揮官は、昇り始めた太陽を見た、一瞬、水平線が光ったあと、ゆっくりと朝日が昇る。

「朝日か、皮肉なものね日本海軍の象徴だわ」と呟いたが、次の瞬間、その朝日をバックに小さな点をいくつか見つけた。

「やはり、来たわね」といい、

士官へ、

「もう、真面な対空兵器もないわ。直ぐに動ける駆逐艦へ行き、海域を離脱しなさい!」

「司令!」と言いながら、意を察したのか士官は、

「ご武運を」といい、敬礼し艦橋を去った。

見張り所へ出ると、危険を冒して接舷したイ級駆逐艦へ舷梯がかけられ、負傷した妖精兵員がまだ無事な兵員たちに担がれ移乗していた。

メガホンをとり、

「まだ時間はあるわ! 慌てるな」と大声で叫んだ!

駆逐艦の艦橋から数名の妖精兵員が手を振っているのが分かる。

グングンと大きくなる機影を見て、

「対空機銃、いえサブマシンガンの一つでもあれば、時間が稼げるのに」

そう思いながら、迫りくる機影を見た。18機近い機影が2手に別れている。

「鳳翔と瑞鳳の航空隊か」と思った。

すでに、この艦も近くにいるホ級軽巡も全く動けない、真面な対空兵器もない、

生き残った駆逐艦4隻も砲撃でボロボロで、手動操舵で何とか航行できる程度、おまけに負傷者を大量に抱え、対空数値はゼロに近い、こんな所を襲われれば!

 

ル級司令官は双眼鏡で迫りくる日本海軍機を見た。

「ん! 近づいてこない?」

どうした事か、日本海軍機は5,000m付近まで近づきながら、編隊を組んで周回飛行を開始した。

ゆっくりと編隊を組み上空を旋回する日本海軍機。

1機の急降下爆撃機が戦列を離れ、此方へ近づいてきた。

双眼鏡で覗くと、主翼振っている。

上空までくると、艦橋上部を通過して艦隊の周囲を1周した。

「ふん、そう言う事」と言いながら、

接舷したイ級を見た。

最後の士官がイ級へ乗り込み、舷梯が海中へ投げ捨てられた。

甲板上にいる兵員妖精達が敬礼していた。

答礼しながら、去りゆくイ級達を見送る。

 

破壊された艦橋の艦長席へ着き、じっと目を閉じた。

「短い付き合いだったけど、ありがとう」と声に出た。

瞼の中に、はじめてミッドウェイの工廠で新造されたこの艦を見た時、

「これが私の新しい体!」と躍り上がったのを想い出した。

「こんな結末になるなんて」と言いながら、

「次は、平和な海でゆっくりしたい」と思い意識を沈めていった。

 

 

ル級の上空で単機旋回飛行をしていた99艦爆鳳翔隊隊長は、

「イ級4隻は十分離れたな」と後席員へ問いただした。

「はい、4隻とも東へ進路をとりつつあります」そして、

「隊長、いいのですか?イ級逃げますよ」

艦爆隊隊長妖精は、

「お艦からの指示だ。それに既に対空砲火一つも上げられん程損傷している。おまけに敵兵とはいえ負傷者満載の艦を問答無用で沈めたとあれば、夢見が悪い」

隊長機はル級の艦橋横を航過した。

艦橋内部に人影を見た。

「艦長か!」といい機体を捻った!

「武人として、けじめはつけるという事か。敵ながらあっぱれというしかないな」

 

鳳翔隊隊長は無線を使い、

「鳳翔、瑞鳳各攻撃隊、所定の目標へ向け攻撃はじめ!」と命じた。

上空で待機する 鳳翔99艦爆隊、瑞鳳の97艦攻隊は、各機あらかじめ定められた攻撃目標へ向け、進空を開始した。

 

殆ど動く事のないル級、並びにホ級2隻は艦爆、艦攻隊の攻撃により、無数の水柱と炎に包まれながら、ゆっくりその姿を海中へ没して行った。

 

攻撃後、沈みゆくル級を眼下に見ながら編隊を整える鳳翔隊隊長は、無言で敬礼を送りながら、その姿を見送った。

 

 

ここにパラオを目指し侵攻してきた深海棲艦の艦隊は壊滅した。

しかし、もうひとつの脅威に対して、彼女は手を緩めなかった。

 

 

ニューブリテン島 深海棲艦ラバウル航空隊基地

ラバウル基地司令部の中は今、どんよりとした空気が流れていた。

基地の最高司令であるラバウル飛行場姫は、じっと司令部の椅子に座り、まんじりともせず夜明けを迎えた。

両腕を机の上につき、顔を押さえ、必死に状況を理解しようとしていた。

司令部に詰める参謀の悪霊妖精達へ

「で、全機連絡はなし?」と聞くと、

「はい、飛行場司令 一切音信不通です」

飛行場姫は、

「どちらにしても、離陸して20時間以上経過している、B-17、30機全機未帰還ということだ!」

参謀の一人が、

「どこか他の飛行場に着陸しているのでは?」

「どこに降りるの? ここからパラオまでの間、友軍の飛行場はないわよ!」

参謀の悪霊妖精は、

「一応、ソロモンの群体、マーシャルの分遣隊へ遭難の可能性という事で通知しておきます」

「ええ、お願い」といい再び頭を抱えた

「30機も行って、1機も帰って来ないなんておかしい!」と呟き、

「奴ら、新型の迎撃機、駆逐機を配備したの?」

参謀は、

「今までの偵察飛行では、パラオ基地には零戦と艦爆、艦攻しか確認されておりません」

飛行場姫は、

「新型の空母がいたはずよ! あの艦載機は何?」

参謀は、

「湾内に居た所の写真では甲板上には、何もありませんでした」

飛行場姫は、再び考え、

「今夜、夜間偵察を出して、とにかく戦果を確認しないと!」

「はい司令、準備させます」といい、参謀達が部屋を退室しようとした瞬間、いきなり滑走路上で爆発が起こった

“どぉーん!”という唸るような音に続き、凄まじい振動とそして衝撃波が建物を襲い、窓ガラスを粉々に吹き飛ばした。

衝撃波で椅子ごと壁面へ飛ばされる飛行場姫。

砂埃と共にガラス片が室内へ舞い込む!

「なっ! 何!!!」と目を押さえながら、よろよろと立ち上がり、割れたガラス片で切れた顔を押さえた。

窓から外を覗くとそこには、大穴が開いた滑走路、破壊されたP-40戦闘機、そしてB-17が黒煙を上げ、燃え上がっていた。

遠くから再び“どぉーん!”という音が聞こえてきた!

音の方向を見ると、

「くっ!! レーダーサイトが!」

基地から少し離れた高台に設置されたレーダーサイトで大規模な爆発があった!

「だっ! 誰が攻撃してるの! 日本軍それとも米軍!」とキョロキョロと周囲を見回したが、何処から攻撃しているのかさっぱりわからない。

不意に上空を見上げると、雲の間に小さな機影が複数見える!

「まさかあれ!?あんな高高度から空爆なんて!」と思ったが、彼女の意識もそこまでであった。

飛行場姫のいたラバウル基地司令部は、Mk82LJDAMの直撃を受け粉々に砕け散った!

 

第六飛行隊の飛行隊隊長は、自分の投下したMk82LJDAM、2発が目標の司令部とおぼしき建物に直撃するのを確認した。

 

護衛艦 いずもは、昨日深夜、鳳翔達と別れニューブリテン島の沖まで接近していた。

早朝、6機のF-35J、1機のMV-22Bを発艦させ、この深海棲艦ラバウル航空隊を奇襲したのだ。

6機のF-35Jの左右の主翼には、Mk82、500ポンド爆弾をレーザー誘導化したLJDAMが4発、同じくウエポンベイには2発、計6発のLJDAMが搭載されていた。

念の為、自衛用にサイドワインダー9Xを2発搭載している。

各機は割り当てられた目標に対し、自機の光学照準システムEOTSを使い目標を選別、高高度からの精密誘導爆撃を行った。

前回の偵察飛行で、レーダーサイトの位置や対空砲火類、司令部などの重要施設は写真偵察隊により解析されていたので、デジタルマッピングシステムを使い正確に照準できる。

飛行隊隊長は、

「う〜ん、GPSが使えなくても、この精度なら問題ないか」と言いながら次の目標、格納庫をヘルメット内に表示された映像を見ながら、スロットルに付属したジョイステックでマークし、操縦桿についたトリガーを押す!

後は火器管制装置が自動で機首下のセンサーから誘導用レーザーを照射し、そのレーザーに沿ってLJDAM仕様のMk82、500ポンド爆弾が落下、命中する。

 

上空では作戦支援の為E-2Jが待機しており、警戒管制を行っていた。

飛行隊隊長は、自分に割り当てられた攻撃目標を全て撃破した事を確かめると、僚機をまとめた。

他の機体も全弾投下したようだ。

眼下では、大穴のあいた滑走路や誘導路、駐機場にいたP-40やB-17も全て破壊され、司令部や格納庫も破壊炎上している。

 

無線で

「スカルアルファフライト、ジョインナップ!」と言うと、周辺に散開していた僚機が集まり出した。

全機無事揃った所で、

「いずもコンバットコントール! スカルアルファリーダー ミションコンプリート RTB」と告げた。

 

6機のF-35Jが去った深海棲艦ラバウル基地は廃墟と化していた。

 

ラバウル基地から西へ30kmほど離れたジャングル地帯に、オーストラリア、ラバウル基地守備隊の米豪合同軍と周辺市民が避難するキャンプがあった

米豪合同軍とは言っても殆どがオーストラリア兵ばかり30名ほどが、150名近い市民をこのキャンプで保護していた。

キャンプを預かる中隊長は疲弊していた。

木の切り株に腰を下ろし、トンプソンM1短機関銃を抱え、ウトウトとしていた。

不意に背後から声をかけられた。

「大丈夫ですか、中隊長」と言うのは、ライフル小隊を指揮する軍曹だ。

「ああ、すまん、少し寝不足でウトウトしていた」

「どうです!」といい金属製のカップに入ったインスタントコーヒーを差し出した。

「おっ、どうしたこれ!」と中隊長が言うと、

「偵察隊を町へ下ろしました。雑貨屋に残っていた食べ物と一緒に回収してきました」

ヘルメットを脱ぎながらそれを受け取った。

口へ含みながら、

「人間ってのは勝手だよな・・・」と中隊長はつぶやいた。

隊長の前に腰を下ろしながら軍曹は、

「どうしました?」

「いや軍曹、1か月前基地にいた頃は、こんなまずい物なんか飲めるかと言いながら普通に入れたコーヒーを呑んでいたが、こんな状況になるとあのまずかったインスタントが物凄く旨く思える」

軍曹は笑顔で、

「中隊長、それはまだ“諦めていない”という事ですよ」

「ああ、まだあきらめるには早すぎる、あの尾根を二つ超えれば友軍がいる」と険しい山間を見た。

再び軍曹を見て、

「町へは?」と聞くと

「はい、食料、医薬品を回収に、特にドクターからはペニシリンなどの感染症の薬を探してほしいと言われたのですが」

「無かったか」

「はい、病院などは徹底的に破壊されていました、辛うじて雑貨屋が残っていましたので、奥から少量ですが探してきました」

キャンプにとっては、医薬品不足はすでに致命的な問題であった。

深海棲艦が1か月前、いきなり上陸作戦を決行してきた。

此方が反撃する暇もないうちに我々は市民を誘導するので精一杯の状態となり、このジャングル地帯へ逃げ込んだ。

ジャングルの中をさまよいながら、同じように避難して来た市民をまとめ、このキャンプを設営した、幸い深海棲艦は基地を占領すると、それ以上は追撃する事もなかったが、

150名近い民間人を抱え動きが取れなくなった。

友軍に合流する為には、険しい山道を通り、尾根を二つ超えていかねばならない。

女、子供、中には生まれたばかりの子を抱えた母親もいるそんな状態では到底無理だ。

ここで友軍がくるのをじっとまつ持久戦へもつれこんだ。

すでにそんな状態が1ヶ月続いている。

食料は、敵の目を盗み、時々下の町へ降りて確保してきた、しかしここに来て衛生状態の悪化から感染症らしい症状が多発していた。

 

「このままでは、奴らと戦うまえに全滅するか」

軍曹は

「しかし、友軍はなにをしてるんですかね」と呆れ顔でいった。

「ああ軍曹、多分奴ら俺達を人質にしていると思う」

「人質ですか?」

「そうだ軍曹、奴らの事だ、“ラバウルに近付けば、ジャングルにいる民間人を爆撃するぞ”とかな」

「では、奴らにとって我々は」

「ああ、保険みたいなものだ、奴らにとって俺達は“生きていてもらわないと困る”存在という事だ」

軍曹は、

「それで、ここまで攻めてこない訳ですか」

「まあな、俺達が時々町に降りても何もしないのは、生かすための餌やりみたいなものだ」

「俺達はモルモットですか」

「今はな、しかしそのうち殴り返してやる」

「中隊長 そうこなくちゃ」といい軍曹は中隊長の肩を叩いた。

軍曹が立ち上がろうとした時、“どぉーん!”という唸るような音が周囲に響いた!

「うん? なんだ 火山か?」と軍曹がいった。

ラバウルには活火山がある。

しかし、その後数回その大きな音は鳴り響いた、驚いた鳥がバタバタと音を立てて飛び立つ、不安がるキャンプの民間人。

中隊長は咄嗟に!

「各小隊 戦闘準備!」と大声で叫んだ!

一斉に動きだすオーストラリア兵。

キャンプの周囲に掘った塹壕へ駆け込む、民間人も近くの塹壕へ駆け込んだ

 

緊張がキャンプを覆った

どこかで、恐怖のあまり子供が泣き出したようだ。

静かに鳥の鳴き声と遠くから爆音が聞こえた。

 

急に、一人の兵士が駆け寄ってきた!

高台の見張り所にいた兵士だ!

「中隊長! 大変です!」

塹壕へ滑り込むと兵士は、息を切らせながら、

「らっ、ラバウルが攻撃されています!!」

「攻撃だと!!」

そう言いながら、身を屈めながら高台の見張り所へ向った

 

高台の見張り所、土嚢を積み上げた遮蔽壁からそっと双眼鏡でラバウル方向を見た。

そこには、無数の黒煙があがり、時折爆音が響いてきている。

「ここまで聞こえるとなると、かなりの規模の攻撃だな」と言うと、ついて来た軍曹も双眼鏡を覗きながら、

「友軍ですかね」

「だといいが、航空機の姿が見えない、何処から攻撃してる?」

「爆発の威力が大きいですね、海上からの艦砲射撃では?」

そう言われ、遠方に見える海上をみたが、艦艇らしきものは見えない

「いや、海上にはなにもない」

 

視線をこちらへ戻すと、何か近づいてきていた!

「何か来るぞ!」

その物体は、見た事ないような形状の航空機だ!

聞いた事のないような様な音を立てこちらへ向ってくる!

とっさに軍曹が、

「戦闘準備!!」と叫ぶ、見張り所にいた兵士たちが一斉にM1ガーランドや

トンプソンM1短機関銃を構えた。

 

しかし、中隊長は

「待て! 翼を振っている、それにライトを点灯しているぞ!」

「米軍ですか?」と軍曹が言ったが、

「解らん、あんな形状の航空機は見た事がない」

ほぼ正面から接近するその航空機は、見た事ないような大きなプロペラを2基つけた双発機だ、

「C-47より少し小さいですね」と軍曹がいった。

元々彼らはラバウル基地の守備隊だ、航空機には詳しい、しかし彼らには更に詳しくなる必要があった。

敵味方識別の為だ、困った事に友軍である米国と同じ兵器を使う深海棲艦

塗装や装備品の形状の違いから敵味方識別をするしか方法がない。

仕方なく米軍では、戦闘機の主翼に派手なチェッカーマークを入れたり、原色の識別帯を入れるなどして遠方から識別しやすいようにしている。

今回、深海棲艦にラバウル基地を奇襲されたのも、接近した艦艇群を友軍海軍と誤認したため、反撃が遅れたからである。

 

その見慣れぬ航空機は、独特の音を立て、我々の陣地の頭上を航過していくと、大きく右に旋回しながら、再び我々の方へ迫って来た。

中隊長は、その旋回する姿を双眼鏡で追いながら、

「日の丸が見える! 日本軍だ!!」

軍曹も慌てて双眼鏡で確認した

「主翼、胴体部分に小さいですが日の丸です! 日本軍機に間違いありません!」軍曹は続けて

「中隊長! ではラバウル基地を攻撃しているのは日本軍ですか!」

中隊長は双眼鏡を下ろしながら、

「解らん、ただ一つ言えることは、我々を攻撃する意思がないという事だ」

上空では見慣れぬ航空機が主翼を振りながら旋回し、再びこちらへ近づいてきた。

皆、呆然と近づく航空機を見た。

突然、その航空機の後部から何か大きなものが落ちた!

「なんだ!?」と思い再び双眼鏡で覗く!

 

落下した物体は、直ぐに小さなパラシュートが開くと、次の瞬間ひときわ大きなパラシュートが3つ開いた。その下には何かをぶら下げていた。

「何かを投下したのか!?」

ゆっくりと降下するパラシュートと積載品。

陣地の下にあるやや広めの草むらへ落下した。

パラシュートが地上に降り風になびいていた。

「軍曹、第一小隊と共についてこい!」と叫びながら、塹壕を飛び出し、坂を駆け下りた!

パラシュートに近づきその先の落下品に駆け寄った。

大きなネットに包まれた数多くの紙製の箱が見える!

無意識にナイフを取り出し、ネットを切り裂き、箱を取り出して一つ開封した。

そこには、

綺麗に梱包された緑色の缶。一つ取ってみた。

日本語らしい表記の下に、英語で

「乳児用粉ミルク」と記載されていた。

別の箱を開けた兵士が、

「中隊長!レーションです!!食料ですよ!!」と叫んだ。

そして軍曹は、

「中隊長!こちらは医薬品です、ペニシリンがあります!!」

医薬品の箱を抱えた軍曹は、

「これだけあれば2週間、いや3週間は持ちこたえられます」

再び上空に先程物資を投下した見慣れぬ航空機か近づいてきた。

見上げる我々の頭上で主翼を大きく振り、そして一気に右へ旋回し、一路北へ飛び去っていく。

「彼らは?」と呟くと、

「中隊長!」と軍曹が叫んだ。

振り返ると、軍曹が1通の手紙を持っていた。

「これが、貼り付けてありました」

白い封筒を受け取り、震える手で中身を開け、じっと文章を読む中隊長.。

 

突然中隊長はその場に膝から崩れ落ち、両手で顔を押さえ嗚咽を上げた。

「神は我々を見捨てなかった!」といい、手紙を軍曹に渡した。

そこには英文で、

「われ 扶桑の国 海神の巫女。海神の命により異国で苦しむ民へ救いを差し伸べる。

友は間もなくやってくる。海神の御加護を」と短く書かれていた。

 

「中隊長、これは?」と軍曹が聞くと、

中隊長は、

「扶桑の国というのは、日本の別名だ。海神の巫女とは日本海軍のフリートガール“艦娘”の別名だ。日本では艦娘は海の神の使いとして崇められている」

「では、ラバウル基地を攻撃したのは日本海軍ですか」

「ああ、日本のフリートガールだ!」

中隊長は続けて、

「耐えよう、間もなく友軍が来る。それまで生きて耐えよう!」

軍曹は遠くに小さくなったオスプレイを見ながら、

「日本にどえらい借りができましたな」

中隊長は立ち上がり、

「生きて帰って、恩返しするさ」といい、去りゆくオスプレイを見た。

中隊長は再び手紙を見た。そこには小さく透かし文字で、

「Japan Maritime Self-Defense Force」と書かれていた。

 

それから数日後、ラバウル基地は米海軍CⅤ-3サラトガを中心とした機動艦隊の空爆を再び受うけ完全に機能を停止、深海棲艦の残存部隊は海路撤退。それに合わせ背後の森林地帯を米豪合同軍が進撃し、避難していた民間人を保護。ラバウル市街地並びにラバウル基地を深海棲艦から奪還した。

サラトガ達の空爆が成功した背景には、すでに滑走路が破壊され、司令部機能も停止しており、組織立った反撃を受けなかったからだ。

この反攻作戦は米国内、オーストラリアで大々的に報道された。米軍には久しぶりの大戦果である。

米国内、オーストラリア国内がこの話題で騒然となり、作戦を決行したマッカーサーとニミッツの株を大いに上げる事になった。またラバウル基地を奇襲空爆した立役者として、

米海軍のフリートガール“CⅤ-3サラトガ”の名を高める事になった。

しかしこの反攻作戦において、事前に日本海軍が空爆を実施したのではという噂が流れたが、当の日本海軍は沈黙したままコメントをしなかった。

 

この事は後に日本、そして世界を動かす事になる。

「謎の日本艦隊 Japan Maritime Self-Defense Force」という名で。

 

パラオの海は、いつもの静けさをとりもどしつつあった。

 

 

 




こんにちは、スカルルーキーです
分岐点 こんごうの物語を読んで頂きありがとうございます。

パラオ空襲編も残すところ後1話となりました。
丸一日のお話に6話も消費しちゃった、どうしよう...
先行き不安なスカルルーキーです

次回は
「補給や休養もたいせつよね」です

2017/1/26
Z11様より誤字報告いただきました、ありがとうございます。

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