分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

30 / 81

今は、静かに時間が過ぎていく 南の楽園、
しかし、嵐の襲来に備える娘達

その嵐の先にあるものは




28 パラオ防空戦1

パラオの海に 陽がゆっくりと昇る

朝日を浴びて、眼が覚めた

体をゆっくりと起こし、そして意識を覚醒していく

 

いつもの様に顔を洗い、髪を束ねて運動着に着替え、後部甲板へ出た

既に、数名の隊員妖精が体力維持の為に走り込んでいた。

「あっ こんごう艦長! おはようございます」

 

「おはよう!」と元気に返事をしながら、ストレッチ体操をしながら体をほぐして、ゆっくりと走り出した

頬をよぎる朝の潮風が心地いい、薄らと汗がでるまでしっかりと走り込んだ所で、時計を見た、間もなく“総員おこし”だ

行き足を止め

「今日も一日、忙しいぞ」と思いながら自室へ戻った

 

熊野は10分前には目を覚まし、準備をしていたが、すずやは結局、総員起こしがかかるまでぐっすりと寝込んでいた。

寝ぼけまなこで、

「熊野 おはよう」と言ってみたが

「すずや、総員起こしですわよ、早く着替えてこんごう艦長へ挨拶に行かなくては」

少し目を開けて、ぼーと状況を確認して、

「うそ、なんで起こしてくれないのよ」

「起こしましたわよ、そしたら“あと3分”と言ったのはすずやですわ」

「ううう」と唸るすずやであったが、

コン、コンとドアをノックする音がした

熊野が返事をしてドアを開けると、白い制服を綺麗に着こなしたこんごうが立っていた

「おはよう! すずやさんは?」

すると熊野は困った顔で

「それが・・」

こんごうが室内を除くと、そこには、未だに寝ぼけたすずやの姿が、

その姿をみたこんごうは鋭く

「すずやさん、5分以内に着替えて、士官室へ、1分遅れる毎に1Km罰走を課します」

「えええ!」と驚くすずや!

こんごうは、厳しい表情で、

「貴方は 護衛艦すずやの艦長です、艦の模範となる指針です、それがこれでは!」といい

「では熊野さん、行きましょう」と、熊野を連れてスタスタと士官室へ向って行った

 

「うおおお!」と声を出しながら、一気に目が覚めたすずやはどたばたと着替えだした

 

士官室へ向かう こんごうの後を歩きながら熊野は、

「そう言えば、この方はあの金剛型の艦霊を引き継ぐ方、佐世保の鬼金剛と呼ばれ、恐れられた方の魂を引き継ぐ方」

そんな事を考えていたら、急にこんごうさんが振り返り

「熊野さん、いま鬼金剛とか考えなかった?」

「えっ、いえ、そんなことは」と焦って返事をしたが

こんごうは笑顔で、

「そんなに怖がらなくても、大丈夫よ、流石におばあさまの様な鬼教育は出来ないわよ」

「おばあさま?」

「そうよ、三笠様から説明があったと思うけど、私は戦艦金剛の孫にあたるわ」

「はあ、ご本人を前にして失礼ですか、孫というより、お姉さまという方がぴったりですわ」

「そう?」

「はい、戦艦金剛さんはしっかりした方ですが、時々なにか抜けている時があるようで、比叡さんと二人でいると、いつも榛名さんが暴走を抑えるのが大変なようで」

すると、こんごうは笑いながら

「それ、想像できるわ」

 

士官室に入ると、既に副長をはじめ、幹部の方々が着席していたが、こんごうが入室すると、一斉に起立して待機した。

「皆、おはよう」といい、こんごうが席に着くのと同時に、皆着席した

熊野はこんごうの後方の席へ案内された。

 

「御免、副長もう少し待ってあげて」

「すずや艦長、寝坊ですか?」

「まあ、そんな所よ」と言うと、廊下をパタパタと走ってくる音が聞こえた

士官室に駆け込んできたすずや

「おっ、遅れました」

息を切らせ、髪を後ろで束ねた すずやが駆け込んできた。

士官室付の2士に案内され、こんごうの横へ着席した

「済みません」と言いながら席につくすずや

こんごうは チラッとすずやを見て、

「では、艦内ミーティングを始めます」といい、副長が今日の課業の内容と注意点を話した、続いて各科の長が報告事項を始めた

こんごうは、それを聞きながら、艦長としての判断を行い、時折下士官の代表である先任伍長に意見を求めながら打ち合わせは30分程度で終了した。

 

士官ミーティングの後、副長から差し出された、決裁事項に目を通し、確認のサインを次々とこなし、そして息つく暇もなく

「じゃ、次の仕事に行きましょう」といい、すずやと熊野を連れて、艦橋へ向った

 

艦橋に入ると、当直の引継ぎの真っ最中だった

「おはようございます」と皆で一斉に敬礼して挨拶してきた

「おはよう」と答礼しながら、艦長席へ付き、付属する各種ディスプレイ画面を表示させた。

 

すずやと熊野は後方の補助席へ着席してその作業を見守る

「あの、こんごうさん 色々と装備が多いのですね」と熊野が聞いてきた

「ええ、これは艦長専用のシステムよ、艦の電探などの警戒装置から機関や航空機の運航状態までが表示されるわ」

「すずや、物覚えが悪いですから、覚えられるでしょうか?」と熊野が心配そうに聞いてきたが、

「なによ、そこまで馬鹿じゃないわよ!」とすずやが反論したが、

「そういう所がダメなのですわ、ですからすぐ殿方に騙されるのですわ」

「うう、うっさい!」と後方でなにやら始まったが、こんごうは気にせず

画面をスクロールさせながら、

「艦の状況は問題なさそうね、燃料、弾薬の補給は?」

「はい、すでに定数を補給しております、追加の補給を申請しますか?」

「いえ」と返事をして

「VLS、アスロック数、減らした?」

「はい。いずも副司令のご指示で、当艦と ひえいは防空仕様へ変更となりました」

「まあ、潜水艦、皆で狩っちゃったからね」と言いながら、じゃれ合う後へ振り返り

「はい、そこまで、これから艦長会議を開催します、静かにね」

 

艦隊コミニュケーションシステムを起動し艦長席の前に投影型ディスプレイを映すと 既に、殆どのメンバーがシステム上に集合していた、最近は泊地の簡易司令部を通じて泊地提督、秘書艦の由良も参加している。

 

投影ディスプレイをみて、すずやと熊野が驚いているが、まあ想定した範囲なので、騒ぐ後席を無視して、

「おはようございます」と挨拶した、こんごうに釣られて、すずやと熊野も挨拶した。

中心に映る自衛隊司令といずも、その後ろには 三笠が控えていた。

「すずや君、熊野さん、昨日はゆっくり眠れたかな」と自衛隊司令が聞いてきた。

「はい、ぐっすりと」とすずやが言うと、熊野が

「寝すぎて、危うく罰走を頂くところでしたけど」とフォローした。

すると、ひえいが

「おっ、いきなり出たか 金剛力士!」と声を掛けた

「まあ、初日からでるなんて、さすがですね」とはるなが言うと

「すずやさん、こんごう怒らせると怖いわよ、あの金剛力士みたいに」ときりしまがぐっとメガネを直しながらすずやに迫った

ひえい達の話を真に受けたのか、すずやの顔色が段々と青くなるのが分かる。

「もう、変な事吹き込まないでよ」と笑って、振り返るこんごうであったが、

その笑顔も今のすずやには、恐怖でしかなかった。

「はっ、はぃぃぃ! 以後気をつけます」と慄くすずや

 

その姿を見た、三笠が

「こんごう殿、すずやの教育よろしく頼むぞ。一から鍛え直して、我が連合艦隊初の護衛艦娘に相応しい艦娘にしてもらいたい」

「はい、承りました」と一礼した。

それを聞いた熊野が

「丁度良い機会ですわ、殿方に弱い所もお願いします」と呟いていた

 

そんな会話をしながらも、朝の艦長会議は進んで行った

今日の全体予定や各艦の行動予定、それに付属する問題点などを話して 10分程度で終了して、ようやくこんごう達は朝食にありつけるのであった。

 

士官室で、朝食を取ったのち簡単に艦内を案内したが、すずやも熊野も驚きの連続である、それもそのはずだ、技術格差80年、おまけに最新鋭艦のスーパーイージス艦である。

通路を歩きながら、

「すずや、本当にこんな凄い艦の艦長なんて出来るのですか?」と熊野が聞いて来たが、

「すずやも自信ない」と落ち込むすずやを見て、こんごうが、

「あら、大丈夫よ、私が出来るのならすずやさんも出来るわよ」

「でも、こんごうさん優秀そうですし」とすずやが言うと、こんごうは

「どこが?」と聞き返してきた

 

「だって、あの戦艦金剛さんのお孫さんにあたるそうじゃないですか? とっても強そうだし」

それを聞くと、こんごうはぴたりと止まり、そして振り返り、

「すずやさん、いい? “家系”で艦長は務まりません、艦長、すなわち組織のトップを育てるのは、経験と実績です」

「経験と実績?」

「そう、私もこの艦が建造されて艤装が終了して就航した時、本当の事を言えば自信なんて全然なかった、この艦は新こんごう型スーパーイージス艦の一番艦として建造されたの、最新システム満載でね、就航当初、私の霊力とこの艦の同調が上手く取れず操艦に苦労したわ、とにかく真っ直ぐ進む事もままならない程、ある時なんか、接岸しようとして、桟橋に激突する寸前で回避した事だってあるわ」

こんごうは歩きながら、話を続けた、

「世間、特に新聞なんかには、“金剛型の欠陥船”とか“税金の無駄遣い”だとか色々と叩かれたわ、でもひえい達が励ましてくれたわ、最後まで諦めず粘って行こうってね」

「だから私は諦めなかった、毎日失敗の連続でも、次は少しでも前に進もうっておもいながらね」

歩きながら、静かにこんごうの話を聞くすずやと熊野

「私達 艦娘も元は人、最初から完璧に出来る人間なんて居ないわ、必ず失敗する、でも失敗した事を責めても仕方ないわ、もう終わった事、問題は次、同じ失敗を繰り返さない事よ」

「同じ失敗を繰り返さない?」

「そう、すずやさん」

「でも、どうすれば?」

「いい、今朝の件がいい例よ」

「今朝の件?」

「そう、総員起こしの件よ」

「あれは、すずや 朝弱いから寝坊しただけです」とすずやは反論したが

「でも、熊野さんはちゃんと起きて、着替えて行動した」

「それは、熊野の寝起きがいいせいです」と言いかけたが、こんごうが手で制した

「そこよ、その考えが問題なの」

 

「いい、誰にでも得意、不得意はあるわ、でも与えられた情報は皆同じなの、なのに行動に差がでる、なぜ?」

「行動に差?」

 

「昨晩、部屋に戻った時に机の上にあった艦内規則を見たわよね」

「はい、こんごうさん」

「そこには、艦内のスケジュール表があったはずよ」

「はい、熊野と見ました」

「そこで貴方と熊野さんは “総員起こし”の時間に関する情報を入手したはずよ、それも全く差のない情報をね」

「でも、結果はまるで違った、なぜ?」

答えに詰まるすずや

「貴方は、総員起こしが掛かってから行動すれば間に合うと判断した、でも熊野さんは、総員起こしがかかる前に準備をしなければ間に合わないと判断した」

「うう、その通りです」

「同じ情報でも、ここまで深く考えると結果に差が生じる事は明白だわ、同じ失敗を繰り返さないというのは、なぜその失敗は起こったのか、そして如何なる選択肢があったのかを考える事よ、それを繰り返す事が経験、そしてその経験に裏打ちされた行動結果が実績」

 

「難しいのですね」と熊野が言うと、

「言うは易く行うは難しなのは分かっているわ、それでもやらなければならないのが艦長という職責についた私達“艦娘”なの」

「いい、戦場では与えられる情報には限りがあるわ、選択できる行動もね、その中で進路を決めるのは自分自身なの、そして私が決めた進路を300名近い隊員が歩いて行くの、その事を忘れてはだめよ」

こんごうは 静かに廊下を歩く、時折すれ違う隊員妖精が道を開けて整列する、会釈しながらその横を過ぎていく、

こんごうは、ブレスレットの時計を見て、

「さっ、時間だわ、熊野さんを飛行場へ送り届けましょう」といい、甲板へ向かい歩きだした、開かれたドアの向こうは明るく日が差し、眩しい、その防水ドアの前に立つこんごう、ブラウンの長い髪がドアから吹き込む潮風に揺れて煌めいて見える。

「きれい」と熊野は思った。

 

その後こんごうは、すずやと熊野を内火艇へ乗せ、自ら操船して泊地の桟橋へと向かった、桟橋には由良が待っていて、こんごう達を司令部の黒い車へ乗せると、飛行場へ向った

 

飛行場に着くと、既に一式陸攻はエンジン暖気を開始しており、轟音を立てている。

護衛の零戦隊も泊地整備妖精の手によりエンジンが始動され、暖気運転が開始されていた。

 

飛行場の管理棟の前には既に、三笠、いずも、そして鳳翔、管理主任の瑞鳳が待っており、立ち話をしていた

こんごうは、チラッと時計を見て、いずもへ

「おはようございます。遅れましたか?」と挨拶した

「おはよう、こんごう、時間? 大丈夫よ、私達が早く着きすぎただけだから」

「早かったですね」とこんごうが言うと、

「あれに乗ってきたわ」といい遠くで独特の音を奏でる機体を指さした

「試験飛行ですか?」

「ええ、そろそろ必要になってきたから、いま私の艦の甲板上に全機出して、順次試験中だわ」

 

到着したこんごう達に気が付いたのか三笠が近づいてきた

「三笠様、遅れて申し訳ありません」

「こんごう殿 いや構わん、儂らが早すぎただけじゃよ」

こんごうと並ぶすずやへ

「すずや、こんごう殿の下、しっかりと学ぶのだぞ」

「はい、三笠様」と元気よく返事をするすずや

いずもやこんごうを見て

「名残惜しいが、そろそろ時間、いずも殿、こんごう殿 後を頼む」

「はい、三笠様。自衛隊全力を以ってパラオを守り抜きます」と いずもは力強く返事をした。

「では、熊野参ろうか」といい、熊野をつれ陸攻へ乗機して行った

足踏み台が外され、ドアが閉じられる。

窓越しに着席した三笠と熊野がみえた

 

少しエンジンの回転が上がり、試運転の最終段階の加速点検、エンジンを最大出力まで上げて油圧、油温に異常がないかの点検が始まった

飛行場に轟く陸攻の爆音

 

エンジンの回転が下がり、落ち着いた頃、操縦席右側に座る飛行士妖精が、手で合図した、それを受けて地上の整備妖精が、車輪止めを外す。

ゆっくりと動き出す、一式陸攻

由良やいずも、こんごう達が一斉に敬礼して見送る、窓に答礼する三笠や熊野が見える

すずやも敬礼していたが、熊野の姿が見えた瞬間、大きく手を振って、

「くまの!!!」と大きな声で叫んでいる

 

陸攻は、ゆっくりと誘導路を進む、その後ろを護衛の零戦隊12機が続いていた。

零戦隊を指揮する加賀隊の隊長は、搭乗前に、鳳翔から包みを渡された。

「鳳翔艦長、これは?」

すると鳳翔は

「早朝から、準備でバタバタしていましたから、途中で食べてください、おにぎりですよ」

「有難い、鳳翔艦長のお手製おにぎりですか」すると、横に立つ瑞鳳も

「玉子焼きも少し入れておいたから、途中でつまんでね」

「ありがとうございます!」と零戦隊全員でお礼をいい、一斉に愛機へ向った。

誘導路へ向う愛機を操作しながら、

「おっ、今日はエンジンの調子がすこぶるいいぞ」と加賀零戦隊隊長はおもった

いつもなら、アイドリングで少しぐずるエンジンがまるで別のエンジンのように軽やかに回っている。

一昨日、パラオへ来てから、やる事が無かったので、管理棟で皆じっとしていたのだが、瑞鳳さんが、

「折角パラオまできたんですから、機体点検しましょう!」と言い出し、何らやら人員を呼び護衛の零戦隊を整備し始めた。

パラオの整備妖精に交じり、見た事のない制服を着た整備妖精が多数現れ、テキパキとカウリングを外し、オイル交換、エンジンプラグの点検、可動部の潤滑油など補充、機銃類の点検などの作業を1日で終わらせてしまった。

「瑞鳳さん、見た事のない方達ですけど、大丈夫ですか?」と心配になって聞いたが、

「大丈夫よ、ほらさっきみた最新鋭機の整備もしてる方達ですよ」

「でも?」と言いかけたが、不意に後から

「俺の保証じゃだめか?」と声がした、振り返ると鳳翔零戦隊の隊長だった。

「ご無沙汰しております、教官」

「おう、皆元気そうだな」

「はい!」

「加賀の嬢ちゃんは相変わらずか?」

「ええ、まあ」

「あの嬢ちゃんも、瑞鳳ちゃんみたいに可愛げがあれば、貰い手数多だろうに」

「教官、それは言わないでくださいよ」

「それで、教官 あの方達は?」

「ああ、自衛隊のいずもさんの整備妖精さんだ、腕は抜群に良い、任せとけ」

「まあ、教官が言われるなら」と素直に従ったが、いまその意味が分かった気がする

 

零戦隊は陸攻の後で待機すると、先頭の陸攻がゆっくりと滑走路を滑走し始めた、滑走路を半分程度滑走した所で、足が地面から離れて、離陸していく。

その後 零戦も各小隊毎に離陸した。

離陸した陸攻の左右に、行きと同じく いずも艦載機のF-35が素早く護衛に付いた。

零戦隊も順次 空中集合し、護衛体形を作る。

それを地上で見送るこんごうとすずや

遠方に消える機影をみながら、こんごうは

「さっ、これから忙しくなるわよ」と言うと

「はい、こんごうさん」と元気に返事をするすずやであった。

 

そんな光景が繰り広げられた同時刻、ここパラオ工廠では別の興奮に包まれた一人の女性

「フフフ….ついにこの箱を開ける時がきましたよ!!」と興奮気味である

工廠内に立つあかしの目の前には、大きな木箱がおおよそ30前後積み上げられてあった。

昨夜のうちにあかしの艦内から、ここパラオ工廠へ運び込まれた木箱だ。

 

パラオの工廠妖精が、

「あかしさん、この木箱の山は?」

「ふふ、開けてのお楽しみ」といいながら、バールを持つと、手前の木箱の蓋を開け始めた、数人がかりで木箱の箱を開けると、中には黒く、長い棒が束になった物見えた。

慎重に緩衝材を取り除き、これまた数人がかりでその物体を木箱から取り出した

「あかしさん もしかしてこれガトリング砲ですか?」

「正式には JM61A1バルカン砲っていうんや、毎分6000発 発射できる優れもん」と興奮気味に話だした

「6000発!」声を失う工廠妖精

「ふふ、これはね、航空自衛隊で使ってたF-15っていう戦闘機に搭載されていた中古品、補給本部さんの方で保管してあったやつを、ギンバエじゃなくて正式にもらい受けてきたんよ」

「いま、言い直しまたよね」

「もう突っ込むな」といい工廠妖精の肩を叩くあかし

「でも、あかしさん、これ砲身だけですよ、撃てませんよ!」

「安心なさい! 後ろの木箱の中にはこいつの付属部品もあるから今から組み立てるんや!」

「いったいなにができるのですか?」と工廠妖精が聞くと、

「これや!」といい 写真を見せた

「これは?」

そこには、移動式の対空機銃の様な物が映っていた

「VADS、通称バッズっていうやつ、発射速度を毎分3000発に調整して対空機銃としてつかうの」

「対空機銃ですか」

「そう、地上基地防空用、これがあれば低空進入する機体も粉々になる」

「そっ、それは凄すぎです」目を丸くして驚く工廠妖精!

あかしは 後方に待機する工廠妖精やあかしの工廠隊員に

「ここには10機分のVADSの部品がある。今日中に組み立てて、明日には泊地対空部隊へ配備して訓練できるようにせなあかん。いい!?」

「おう!」と声があがる、

「よし! 各員担当に別れて組立開始!」

一斉に木箱へ突進する工廠妖精達

 

あかしの艦内工廠長が、

「艦長、よくあんなもの持ってましたね」

「ふふふ、チョットしたアルバイト頼まれてたの」

「アルバイト?」

「そう、防衛装備庁からの依頼。基地防空用のVADSの組立。部品はメーカーの純正品だけど、M61は中古だから自前で組立たほうが安かったみたいよ」

「艦長、公務員はアルバイト禁止ですよ」と呆れる工廠長

「大丈夫、代金は結局装備庁内で内部処理するから問題ないって」

あかしは目を輝かせて、

「ふふ、見てなさい蚊トンボども」とあかしの声が工廠に響くのであった。

 

 

そんなあかしの興奮とはまた別の興奮が、いずもの甲板上ではあった

現役の大型原子力空母を少し小さくしたいずも。

それでも海上自衛隊最大級の大きさの全通甲板をもち、アングルドデッキを装備し、本格的な空母としての機能を有する護衛艦、その広い艦内施設の中にはSH-60KとF-35、艦隊防空の要 E-2Jが搭載されている、

そして 今荷ほどき作業真っ最中なのが、本来オーストラリアで行わる演習に参加予定であった陸上自衛隊 第2ヘリコプター団のMV-22Bである

 

この第2ヘリコプター団の創設は異例中の異例と言われた

本来 MV-22は陸上自衛隊、中央即応集団隷下の第1ヘリコプター団で集中運用されていたが、諸島防衛の為、九州へ配備が始まった

その頃から 海自の艦艇との運用連携を模索していたのだが、いずも建造が決まり、急速にその機運が高まり、ついに防衛省は陸海混合航空団の創設へ踏み切った

その初の運用がこの第2ヘリコプター団であった

機体の基本運用は陸上自衛隊であるが、操縦者や機上整備員などに海自の妖精隊員が出向する形をとり、海上艦艇での運用をスムーズに行う事を目的としている

彼らは、通常の兵員輸送業務の他、海自の機雷掃海作業、そして空中給油機機能を運用するマルチ部隊である

機体も 陸自のMV-22とは塗装が異なり、グレーをベースにした洋上迷彩仕様である

今、その機体がいずもの甲板上へデッキアップされ、順次飛行点検に入っている。

甲板上にまず 3機のMV-22が並び、主翼を展開、チルトローターを転換して、各種の点検作業に入った、陸自の整備妖精が機体上部へ上りローター回りも目視点検している、

機体下部では同じく海自の整備妖精が整備ハッチ類のロックを手で触りながら確認していた。

いずも艦橋の見張り所から、その機体をじっと見つめる二人の男性

泊地提督と自衛隊司令である。

最近 この二人はつるんでいる事が多い、どうやら由良といずもがいつも一緒にいるので自然とそうなるのである。

 

甲板に並ぶMV-22Bを見て、泊地提督が

「自衛隊司令、凄い機体だね、確か資料によるとオスプレイというそうですね」

「ええ、MV-22Bオスプレイ 米国で開発された機体です」

泊地提督は少し考え、

「流石、開発環境の整った米国だ、我々の考えつかない物を実用化してくる」

「そう言えば、提督は米国に駐在した事があるそうですね」

「司令、よくご存知ですね、ええ、当時海軍次官だった山本長官の推薦で駐在武官として2年ほどいましたが、人生観がかわりましたよ」

「いい経験だったわけですね」

「ええ、いい勉強をさせてもらいましたよ」と泊地提督は語った

由良司令は

“俺も幼少の頃、爺ちゃんからアメリカの話はよく聞いたな”と不意に思いだした

 

泊地提督がそう語るうちに1機のオスプレイが、離陸して行った

「あのオスプレイの特徴とは?」と泊地提督が聞いてきた

「まあ、ロクマルと固定翼機を足して割ったと思ってください」

「どういう意味ですか?」

「ロクマル、ヘリコプターですが、最大の特徴は空中に停止できる事です。ここぞという場所に停止して作業できる、これは通常航空機に出来ない」

 

「ええ、そうです」

「しかし、ヘリコプターには弱点もある」

「弱点?」

「航空力学的に高速飛行ができない、精々300kmが良いところです、また長距離の飛行にも向かない」

「では、あの機体はそれが可能だと?」

「ええ、あの機体は固定翼機としての運用の運用能力と回転翼機の柔軟性を持ち合わせています」

すると、泊地提督は

「はは、まるで夢の航空機ですな」と言ったが

「ええ、確かに、開発には半世紀以上の時間を費やした機体です」

「半世紀以上!」とその言葉を聞いた泊地提督は驚いた

その時、離陸したオスプレイがチルトローターを回転させヘリコプターモードから固定翼機モードへ変更し一気に加速していった

 

「ええ、この機体の原型は 1940年台後半に実験機が製作される所からスタートします、まあその当時の結果は惨憺たる状態でしたが、米国はこれで諦めませんでした、その後も実験と試作を繰り返し、2000年までには ほぼ実用に耐える機体を製作、そして本格的に実用化し、日本をはじめ世界各国で採用される機体となりました」

司令は、

「一つの技術を大成させるには、時間が必要です、米国の恐ろしいところは、その基礎研究の底辺の深さです」

「基礎研究の底辺?」

「ええ、まあ零戦を一つに例えましょう、零戦の開発は海軍と三菱が共同で行いましたが、主たる設計は三菱のみでした、機密保持の観点から考えると仕方ない事ですが、設計思想が偏ってしまうという悪い弊害もあります、零戦はまさにその典型です、軽量、小型の機体に20mm機関砲と重武装、一見すると格闘戦闘機としては いいように見えますが、米国の大出力化する機体について行けなくなりつつある、要するに汎用性に乏しいという事です」

「はは、手痛いな」と表情を厳しくする提督

「比較として米国のP-51をあげましょう、P-51の最大の特徴は 大出力エンジンを使った加速性能、そして12.7mm機銃6門という重武装でしょうか、この加速性能を可能したのは エンジンの出力だけでなく、層流翼型という空力特性の優れた主翼の断面形状です、これを開発したのはアメリカ航空諮問委員会という産学官連携組織です、

日本のように単一の組織が開発したものではありません、翼型ひとつでこの差です、

運用一つとっても基本姿勢が違います」

「運用?」

「ええ、提督、零戦は非常に素晴らしい機体です、ただその性能が極端に優れている為、

熟練搭乗員妖精による運用が非常に重要です」

「ああ、あの機体は癖がある、降下時の速度制限、速度域の差で舵の効きが違う、新人の飛行士妖精では満足な性能はだせん」

「しかし、P-51は確かに性能は平凡です、単機なら零戦の敵ではないでしょう、しかし、機体の性能に癖がなく、誰でも短時間の訓練で扱える、汎用性に優れ、整備性もいい」

司令は続けて

「まさに、物量作戦が得意なアメリカの機体といえます、兵器の開発はその使用する母体である組織の運用思想と合致しなければ、どんないい物も能力を発揮する事はできません」

提督は

「技術とは、作るだけではだめで、使うという事も考えなければ意味がないという事だね」

「はい、提督」

「だが、いま我々はその技術を一気に吸収している」

「ええ提督、そこは気をつけるべきです、何事も便利過ぎれば、盲点もある」

「情報の意味というやつかい?」

「はい、提督、与えられた情報を正しく理解できなければ、それは只の雑音です、誤った判断をする要因にしかなりません、この時代はまだ情報が少ない時代です、判断もし易い、しかし、これが飛躍的に増えれば、混乱を起こし、誤った判断原因になりかねません」

泊地提督は、甲板上に並ぶオスプレイを再び見ながら

「君たちが一気に 陸上兵力を展開しなかったのはその為かい?」

「はい、いずもやこんごう達だけでも、凄まじい海上戦力です、そこに付属する陸上戦力があると解れば、泊地内部であらぬ誤解の元になりかねません、物事には順序が大切です」

 

泊地提督は

「君にはかなわんな、長官に警戒するだけ無駄と言われたがようやくわかった気がするよ、君たちをこの泊地へいれた時には すでに計算済みという訳かい?」

「そこまでは考えていませんでしたが、あの時はここしか行き場がないという状況でしたからね、長官と三笠様が直接こちらへ来てくれた事は天佑神助でした」

泊地提督は司令に向かい、

「まあ、どちらにせよ、我々にも君たちは天佑神助だったわけだ」

 

二人はそう言いながら、次々と離陸して行くMV-22を艦橋から眺めていた。

 

 

 

試験飛行を順次終わらせたMV-22は 二手に別れた

3機が いずも甲板上へ、残りの3機は あかしの甲板上へ着艦し待機している。すると いずもの格納庫内からサイドエレベーターを使い数台の車両が運び出された。

陸上自衛隊の高機動車や軽装甲機動車が並んでいた。

あかしの甲板上には 3トン半トラックの姿も見える

これらの車両を迅速に泊地内部へ展開するのだ、機体2カ所にあるカーゴフックにスリングベルトを装備したMV-22は、順次高機動車や軽装甲機動車を釣り上げ、次々と泊地内部へ移送し始めた。

あかしの甲板上でも、3トン半トラックを吊り上げたMV-22が泊地内部へ向った

そして、あかしの後部ウエルドックからはLCACが 射撃管制車両などの特殊車両を搭載して、普段は二式大艇が使う陸揚げ用スロープへ向いピストン輸送を開始している

 

それを、いずも艦橋から、双眼鏡で眺める泊地提督は

「あの機体の展開能力というか、この陸上兵力の展開速度は凄いね」

「ええ、今日は通常の輸送展開ですから、安全第一で速度も遅いですが、実戦ならもっと早く展開できます」

「兵員妖精が一〇〇名、車両十数台が 短時間で展開できるとは」

不意に背後から

「それが可能なのが私とあかしの艦です」と声がした

振り返ると、三笠を見送った いずもと 由良が立っていた。

「司令済みません、陸揚げ指揮をお願いして」といずもが言ったが

「なに、俺はここで立っていただけさ、全体指揮は副長と飛行隊司令妖精が行ったし、陸自さんは中隊長妖精が指揮を執ったから俺はここで 提督と立ち話さ」

「それで、進捗は?」といずもが司令の横へ立つと、

「概ね順調だね、各機あと1往復で車両の陸揚げ終了だ」

泊地提督は、陸自妖精達を見て

「マーシャル諸島作戦のマジュロ奪還も彼らが主体となるのですか?」

「お聞きになりましたか、ええ橋頭堡を築くのは彼らになります、守る事に関してはプロですから」

「彼らの働き、見てみたいですね」と提督が言ったが、横から由良が、

「その前に 泊地を守ってもらわないと、提督さんの家もなくなりますよ」

「おっ、それは一大事だな」

と 提督が言うと、いずもも由良も笑顔でそれに答えた

しかし、自衛隊司令だけは、表情を変えず、じっと前方の海を睨んでいた。

 

 

三笠達を見送った後、こんごうとすずやは 護衛艦こんごうへ戻ってきていた。

こんごうは、艦長公室にすずやを案内し自分の机の前の椅子へ座らせ、自らも席へ座った

艦長室は二つの部屋に別れている、公室と私室

公室は艦内業務を行うのに必要な部屋でいわゆる仕事部屋だ、私室は居住区画、

寝室や洗面台などがある。

有人艦であれば、艦長室として一体化された区画であるか、艦娘艦では分離されている、

これは、艦娘が女性であることへの配慮からで、艦娘運用艦が有人艦にくらべ

搭乗員数が少なく、区画に余裕があるために取られた措置である。

 

こんごうは、席に着くとサイドテーブルからティーセットを取り出し、慣れた手つきで紅茶を入れ、すずやに差し出した

「あっ、ありがとうございます」とややオドオドしながら、それを受け取るすずや

 

その姿に こんごうは

「なに? 今朝ひえい達が言った事が気になる?」

 

「ええ、だってこんごうさん、戦艦金剛さんのお孫さんにあたるって聞きましたから」

「鬼金剛とか思われてる?」

「うう、はい」と肩をすくめながらすずやが答えた

「まあ、確かに、士官候補生時代から“鬼金剛の再来”とか“金剛力士”とか呼ばれているのは自覚しているわ、特に教練では手を抜かないというは本当の事よ」

「ううう」と引くすずや

こんごうは やや表情を厳しくしながら、

「私達が、教練で使用した小型訓練艇は、訓練艇とはいえ、武装して、30ノット以上でる船よ、一歩間違えば大事故になる事もあるわ、おもちゃじゃないの」

「それを操船指揮するという事は、自ら律して、いかないと出来ないわ。だから必然的に厳しくなる」

こんごうは、話を続けた

「その厳しさに ひえい達は応えてくれた。私は金剛力士と呼ばれる事は、名誉な事だと思っている」

「名誉?」

「ええ、金剛力士 仏教の守護神、阿形と吽形、邪悪に対し怒りを表に出し打ち払う阿形、怒りを内に秘め、強気意思を持ち、邪悪を払う吽形、私もあの神像のように、強き心を持って邪神を打ち払い国民の楯となる存在になりたい、そう思っているわ」

そう優しく語り、自ら淹れた紅茶を 口に含んだ、すずやもそれに倣う

優しい紅茶の香りが、室内に漂っていた

 

「さあ、私のお話はここまで、今後のすずやさんの事を話しましょう」

「私の事ですか?」

「ええ、貴方は重巡 鈴谷として、艦娘としての基本教育と、重巡艦長としての教育は出来ている、そして戦果もある」

「はい」と、ここは元気に返事をしたすずやであったが、

「しかし、それはすべて忘れ、ゼロから積み上げなさい!」

「えええ!」

「どうしてです!?すずやの上げた戦果も忘れろって!?」

するとこんごうは、

「貴方がこれから学ぶことは、色々とあるわ、艦の操艦から、指揮、作戦立案から実行、

でも、その全てが今まで経験が役に立つとは限らないの、逆に言えば今までの経験が固定概念となっている事もあるわ」

「固定概念!」

「そうよ、具体的な例で言えば、現在連合艦隊では、作戦行動中は無線封鎖をして、お互いに位置を通報はしないわよね」

「当たり前です、そんな事をすれば、敵に位置を知られてしまいます、闇夜の提灯ですよ」

「その戦い方は1930年代までなら通用したわ、でも今は違う」

「違う?」

「航空機及び高速航行が可能な空母打撃群の出現で、戦場は一気に拡大したわ。点在する戦域を管理出来なければ、戦線の構築は出来ないの。敵よりもより早く、より確実に相手を見つけ、仲間に知らせ、戦線を構築する。それが私達の戦い方なの」

「では、無線封鎖はしないのですか!?」

「ええ、勿論、電探もどんどん使って敵を探すわよ、相手よりも1mmでも早くね」

「でも、そんな事をしたら敵を呼び寄せます」

「そうね、でも敵に対応できる時間もできる、出会い頭でいきなり戦闘とはならないわ」

こんごうは、

「日本海軍は伝統的に奇襲や強襲を好む傾向がある、相手に気づかれないようにそっと近寄り、一撃必中の攻撃を加え壊滅させる」

「そうです、そっと忍び寄って、一気にたたみ込む戦法です、夜戦なんかその典型ですよ」

「その前提条件は何?」

「はい、こんごうさん 相手に見つからない事です」

「最近の深海棲艦の艦艇や米軍の艦艇は電探、レーダーを搭載しているわ、それも大規模にね、既に奇襲や夜襲といった戦術は時代遅れなの」

「ううう」と返事に困るすずや

「いい、貴方が戦ってきた土俵とこれからの戦闘の土俵は全く違ったものになるわ、その変化に対応できなければ、そう遠くない日に連合艦隊は壊滅する事になる」

「壊滅!」

「ええ、戦場の変化のスピードについてこれなくてね。今までは2次元の戦い、海面上での戦いが主だったわ。でもこれからは3次元、航空機を使い立体的な戦いが主になるの」

「3次元」

こんごうは、少し間を置き

「すずやさん、貴方が学ぶのは、幅広い視野を持った判断力です、今見えている物の先を見通す力よ」

「見えている物の先を、見通す力」すずやは 静かにうなずいた

 

すずやは、

「あっ、あのこんごうさん」

「ん、なに?」

「こんごうさん達は 違う次元の80年先の未来から来たって聞きましたけど」

「ええ、それは本当よ。だからこの次元の戦艦 金剛さんとは本当は姉妹ではなくて、次元の違う同じ金剛型の艦霊を持つ艦娘というのが正確な言い方かしら」

すずやは少し悩んで、

「あの、こんごうさん達が住んでいた次元にも 鈴谷はいたのですか?」

そう聞かれ、こんごうは少し悩んだ、

「ええ、いたわ、連合艦隊 最上型3番艦 重巡鈴谷」

「じゃ、彼方の 鈴谷もどこかの提督とケッコンカッコカリをして、子供とか孫とかいたのですか!?」そう言いながら すずやは身を乗り出してきた。

しかし、こんごうは 首を横に振った

「えええ! ケッコンカッコカリ出来ないんですか! すずや結構可愛いと思うですけど」

こんごうは、静かにすずやを見ながら、

「すずやさん、あなた1944年10月25日 レイテ沖海戦で戦没しているわ」

すずやはそのこんごうの答えを聞き、気楽に

「え〜、戦没!」と言いながら、はっとして

「せっ、戦没って、戦死したって事ですか!?」

「ええ、彼方の次元の重巡鈴谷さんは、米軍のレイテ島上陸作戦に対応する為に発動された捷一号作戦に参加、熊野さんと共に果敢に戦ったけど、10月25日 米軍機の猛攻を受け、至近弾により魚雷室に火災が発生、その後酸素魚雷が誘爆、13時20分に横転、沈没しているわ、艦娘鈴谷を含め兵員妖精90名が戦死、行方不明者560名にのぼった」

「米軍って! 相手は深海棲艦じゃないのですか!」

「私達の次元では、真珠湾攻撃が成功したの、そして日本は深海棲艦、米軍と三つ巴の戦いをする羽目になった」

「アメリカと戦争」と唸るすずや

「そして、1945年8月15日 日本は米国主導の連合国に無条件降伏したのよ」

「えっ、じゃ日本 負けたのですか」

「ええ、惨憺たる状況でね」

すずやはじっとこんごうを見つめ、

「あの、くっ、熊野は?」

「1944年11月25日 フィリピンのサンタクルス沖で米軍機の攻撃を受けて重巡熊野も沈没しているわ」

「じゃ、熊野も!?」

「安心して、艦娘熊野さんは、艦霊石と共に無事に艦を脱出して、帰国しているわ、戦後お子さんが海上自衛隊 護衛艦くまの艦長に就任しているの、まあ私達の大先輩ね」

 

「うん、よかった」と胸をなでおろすすずや

こんごうは、机の下から2冊の本を取り出した

「これを読んでおきなさい」とその本を手渡した

そこには

“旧日本海軍 連合艦隊 艦娘便覧”と

“旧日本海軍 作戦行動記録 1941年~第二次大戦終戦”と書かれた戦史本であった。

 

「こんごうさん、これは?」

「これは、私達の生まれた次元の連合艦隊の軌跡です、真珠湾攻撃から序盤の攻勢、そしてミッドウェー海戦の大敗から一気に没落するまでの記録です」

それを手にとるすずや

パラパラとページを捲りながら、すずやは

「あっ、あの、もしこちらの世界でも、米軍と戦闘になってもこれがあれば勝てるのでは?」

「もっともな質問ね、でも答えはダメ」

「ダメとは?」

「いい、彼方の世界では 重巡鈴谷は1944年10月25日に戦没しているけど、こちらの世界では、どう?」

「まだ生きてます」と答えるすずや

「ええ今はね、でももし私達が来なければ、鈴谷さんはどうなっていたかしら」

すずやは少し考え、

「間違いなく沈むか精神崩壊を起こして、深海棲艦化していました」

「そういう事、既に私達がこちらへ来た事で、私達自衛隊が知っている連合艦隊の軌跡は意味がないの」

「意味がない?」

「そっ、こちらの次元は、私達が経験した歴史とは全く違った歩みを始めたわ、時が分岐したと考えた方がいいかしら」

「時の分岐ですか」

「そういうこと、だから私達自衛隊も、この時代をきちんとゼロから歩いて行かなくてはいけないの」

 

そう言いながら、こんごうは紅茶を一口含み、

「その本に書かれた戦史は、すずやさん達から見れば単なる空想の産物でしかないわ、もしかしたら起こるかもしれない事」

「もしかしたら、起こる事?」

「でも、私達、自衛隊にとっては既に経験した祖母や母の時代の事なの、私達はその苦難の時代を先人の方の努力で乗り越え、新しく生まれた海上抑止力なの」

そして、こんごうは、

「その本の厚みの分だけ、私達は経験し、学び、自己を変革させてきたわ」

こんごうにそう言われ、再び本を手元にとるすずや

最初に本を取った時よりも、重く感じる

 

「前にもいったけど、貴方は艦娘としての基本は既に身につけている、戦闘経験もある」

「私があなたに学んで貰いたいのは、自己をマネジメントする事」

「マネジメント?」

「この時代にはまだ希薄な意識だけど、自分の持つ資源、資産を管理し、危機に対応する能力を総じて“マネジメント”というわ」

するとすずやは

「それは、どのように役に立つのですか?」

「護衛艦というのは、いわば会社組織と同じなの、艦長と言う代表取締役社長がいて、艦のすべての責務を負う、その下には重役に相当する副長達幹部士官、その下には下士官、そして曹士まで、彼らは護衛艦の資源、資産なの」

「社長である艦長は、それを管理、運営して利益を上げる必要がある」

「利益?」

「そう、“生き残る”という利益よ、私達は国民の楯よ、私達が一番最初に死んだら誰が 非力で無防備な国民を守るの?」

こんごうは、少し間を置き

 

「武人は、勇猛果敢に戦い、散る事が美徳とされているけど、それは自衛隊の美徳ではないの、“最後まで生き延び守る”、これが自衛隊の美徳」

「多分、今の時代では、卑怯者とか臆病者とか言われるでしょう、でも私達はその本の厚みの分だけ、学んだの」

 

すずやは

「何か難しいですね」と渋い顔をしたが、

「でも、それを学び、血と肉にしてもらいます」と こんごうはぴしゃりと言い放った。

 

「さっ、小難しい話はここまでとして」といい席を立ち、壁面にある液晶モニターを点けた。

自分のポケットから タブレットを出し、データを呼び出して、液晶モニターへ投影した

そこには、パラオ近海の衛星写真が映し出された

「さて、昨日の作戦会議の復習よ」といい、その写真データに現在のパラオ泊地の海軍艦隊、及び自衛隊艦隊の位置をプロットした

こんごうは すずやに対し昨日の会議の内容を再度聞かせ、内容を確認していった

特にこんごうは 前衛哨戒艦として前進配備されるので、全体の流れの把握は重要な事である。

説明を終わり、すずやに

「何か質問は?」と聞いたところ、すずやは

「あの、素朴な質問ですがいいでしょうか?」

「何?」

「あの副司令のいずもさんの艦載機とかで、そのラバウルの深海棲艦の基地を先制攻撃した方が早くないですか?」

「そうね、確かにあのF-35を使えば 深海棲艦ラバウル航空隊は瞬殺されるわ、確実にね」

「えっ、そんなに強いんですか?」

「やる気になれば 米国の太平洋艦隊をせん滅できるかもね」

「えええ!!」

「但し、相手が一カ所に集まっていればの話よ、太平洋に分散されたら追っかけるだけで大変だわ」

こんごうは すずやに向け、

「さて、なぜ我々がラバウルに狙われているのに先制攻撃しないか? 解る?」

「いえ」

「それは、私達自衛隊の根幹が“専守防衛”だからよ」

「専守防衛?」

「そう、私達の次元で戦後に発布した新日本国憲法で、戦力不保持・交戦権否認を規定する日本国憲法第9条というのがあるわ、簡単に言えば他国を侵略できるほどの巨大な軍備を持たず、国家間の戦争を否定するというものよ」

「そっ、それじゃ自衛隊って戦争できないって事ですか!」

「まあ、建前上はね、ただ世間はそんなに甘くない、近隣諸国から軍事的脅威に晒されば自衛手段として自衛隊を使い、国土、国民の防衛に努めるっていうのが私達の時代の考え方なの、このパラオはこの時代、日本の統治領で憲法上は日本国土の一部と解釈しての防衛行動よ」

「じゃ、攻め込まれるまで黙って耐えろって事ですか!」

「ええ、そういう事ね、どんなに罵られても、こちらから手を出す事は許されないの」

「だから今回は相手に先に爆撃させるのですか!」

「まあ、そういう事ね」

「酷い!」とすずやは身を乗り出して反論したが、

「どこが?」

「だって、先に手を出すってわかっていて、じっとして撃たれろとか信じられません!」

「だから、構えて待っているわけ」

「構える?」

「そう、今泊地内部は、防空体制強化の為に色々準備しているわ、内容はこんな感じよ」といい モニターを切り替え、防空体制強化メニューを表示した

「何か色々と書いてありますけど、大丈夫なんですか?」

「さあ、あかしの力作もあるみたいだから大丈夫でしょう、防空専門の部隊も展開したようだし、問題ないわ」

こんごうは続けて、

「実はね、この時代へ飛ばされて来た時、一番最初に問題になったのはそこなの、私達の時代にあった憲法と今の憲法が根本的に違うから、準軍事組織の自衛隊の取るべき行動は何ってことになったわけ」

「そこで、いずもの司令部の法務担当妖精を交えて司令達と話をしたの、結論としては

行動原則として私達の時代の新日本国憲法および自衛隊法を遵守する事、但しそれで対応できない場合は、司令がこちらへ飛ばされる前に大巫女様から受けた指示に準じる事」

すずやは驚きながら

「えっ、大巫女様から受けた指示?」と、聞き直した。

こんごうは、

「1.こちらの世界の大巫女様、もしくは三笠様へ速やかに接触する事」

「2.行動に関しては自衛隊員としての規律を守る事」

「3.現場判断を優先する事、ここでは司令の判断よ」

「4.武器の使用は、随時認める事、これは撃たれたら撃ち返して良いという事ね」

「そして、ここが一番大変な事なんだけど」といい

「5.来るべき時に備える事」

「こんごうさん、来るべき時とはなんですか?」

すると、こんごうは少し間をおいて

「深海棲艦との和睦交渉」

 

「わっ、和睦交渉!!!」すずやは目を白黒させた。

「そんなに驚かないの」といい、

「もし、このまま深海棲艦との戦闘が長引けば、米国は必ず策を講じて、我々と戦闘状態になる事を画策するわ、本来なら真珠湾攻撃をさせて口火を切り、今頃は三つ巴の戦闘をしているはずよね」

「ええ、私もマレー作戦に参加する予定でしたけど、真珠湾攻撃が失敗して即陛下から、

戦闘中止の命があったと電文を受け、引き上げました」

「ねえ、すずやさん、米国と戦争になって本気で勝てると思ってる?」

すずやは、少し考え、

「勝てると思ってい・・・・いません」と、小さな声で答えた

「何故?」

「ルソンに以前いた前任の爺ちゃん司令が、アメリカは大きな国だ、本気で怒れば

それこそ大変な事になるって、よく曙やすずやに話をしてくれました。米軍の将校さんも時々来ては、同じ事を言っていました」

「将校?」

「ええ。階級章を外して来ていましたけど、御付の方の話ぶりでは佐官以上の方みたいで、以前若い頃、日本で東郷提督と三笠様にお会いして以来、日本愛好者になったって言ってました。お土産によくお菓子とか貰いましたし」と嬉しそうに話していた。

 

「東郷提督と三笠様のファンで、佐官以上の人ね」とこんごうは、ある人物を想い出していた。

 

「さて、話を戻すわね」といいモニターに映る地図を、縮小して、ニューブリテン島のラバウル付近を映した。

「私達も、司令の判断で先制的自衛権というのを使えば先制攻撃できない事もないわ、でも今回はしたくても出来ない、そのもう一つの理由が、これよ」といいニューブリテン島の後方にある島を指した。

「パプアニューギニアですか」

「ええ、ここには、オーストラリア軍と米軍が ラバウル群体と対峙する形で張り付いているわ、もし我々日本がラバウルを先制攻撃したらどうなる?」

「米軍が進出して来て、不意に戦闘になる可能性がある?」

「そういう事、ラバウルを攻撃するにしても大義名分がいるの、おまけにニューブリテン島はオーストラリアの統治領だから、攻撃しても占領できない」

「じゃ、どうすれば?」

「まあ、自衛的措置としてパラオ防衛戦の後に、滑走路を破壊して行動不能にする程度ね、あとは米軍とオーストラリア軍の動き次第だわ」

「なんか、物凄く損な役回りですね」

「ええ、今回の作戦はあくまでマーシャル諸島開放作戦を有利に進めるための、撒き餌みたいな物だから、よくばらないという事よ」

すずやは、少し頭を抱え

「何か、作戦が今までと全然違う」

「全然違う?」

「だって、今までは、あそこへ行って戦って来いとか、ここに深海棲艦がいるからせん滅してこいっていう単純な作戦ばかりで、こんな複雑な内容は初めてです」

「ふふ、そうね。今までのようにはいかないわ。これからは護衛艦の艦長として、地政学的観点からも作戦を理解できるようにならないとだめよ」

「地政学的観点?」

「そう、貴方の放つ1発の、その意味を考えなさい」

すずやは、その問には無言であった

 

昼食を挟み こんごうとすずやの話は夕方まで続いた

夕方になり、こんごうの講義も終わり、艦内課業も終了、夕食の後の自由時間となった

すずやは艦娘居住区の自室に戻ってきた。

昨日は熊野と一緒だったから、別に何も感じなかったが、ポツンと一人部屋へ入ると、

微妙な静けさだけが漂っていた。

部屋の電気をつけて、室内に入る、空調機器の音だろうか、何かの音がしていた

制服の上着を脱いで、少し楽な恰好をしながら、小さめの机の前に腰掛けて、最初に見たのは、艦内スケジュール表

もう一度、時間を確かめる

「同じ失敗を繰り返さない」

そして、次に開いたのは、こんごうから預かった2冊の本

まず、“艦娘便覧”

1頁ずつゆっくりと開いてみた、

よく知っている艦娘もいれば、まだ見た事のない艦娘の名前まであった。

大半の艦娘の艦艇は1943年以降 次々と撃沈されている、とくにミッドウェー海戦以降 被害が激しいのが分かる。

それよりも、衝撃なのは、ページの最後にある二文字

“戦死”

ある子は艦と共に、

ある子は救助後、救助艦で戦死

またある子は脱出後 上陸した場所が激戦区と化し陸上戦になり地上兵力として参戦、そして戦死

“陸に上がった艦娘にまで、銃を持たせて戦うってどういう事!”悲しみと怒りで一杯になる。

戦死と書かれた、子達の顔を思い浮かべた、どの子も元気な子ばかり、笑顔しか浮かんでこない

 

ふと気が付くと、机の上に大粒の涙が落ちていた。

「すずや、泣いている」と言いながら、涙を拭き、もう1冊の本を取った

“作戦行動記録 1941年~第2次大戦終戦”

 少し分厚い表紙を捲った

最初のページは、開戦に至る経緯が記載されていた。

深海棲艦の支配地域の拡大、それに伴う経済混乱、米国の経済制裁、シナ大陸での戦闘激化

私達の歩んだ歴史に似た、歩みが綴られていた。

御前会議による対米戦開戦の決定、戦争準備、そして運命の1941年12月8日

私達の世界では、ここで深海棲艦が予想外の動き、すなわち先手を打って、ハワイを包囲、封鎖するという手段に出た

結果、私達の世界では、真珠湾攻撃が失敗した、でもこんごうさんの世界では成功している、その後、緒戦の優勢、連合艦隊はインド洋や、東アジアでイギリス、オーストラリアの海軍をほぼ殲滅、米国海軍にも多数の撃破を出し、破竹の勢いだ。

資料を読み進める。

日本軍はパプアニューギニアに駐留する米豪の脅威を取り除く為のポートモレスビー攻略を画策、通称MO作戦を発動した。

しかし、米軍は連合艦隊の作戦内容を暗号解読で把握

“えっ 作戦内容を暗号解読で把握? じゃこちらの手の内は筒抜け?”

更に読み進める。

米軍は 正規空母2隻を含む機動艦隊で待ち伏せし、こちらは空母3隻で対応

戦力的には有利だったはずなのに、動きを察知され空母1沈没、1中破

“嘘! 祥鳳さん 撃沈されてる!”

“これが、連合艦隊初の空母同士の本格的な戦闘の結果なの?”

不意に こんごうさんが昼間言った言葉「3次元の戦場」というのが現実となった瞬間だった。

 

この珊瑚海海戦の後、連合艦隊はミッドウェー海戦で大敗、正規空母群に多数の被害を出し、まるで坂道を転げ落ちるが如くの衰退を見せた。

読み進めながらふと気が付くと、また大粒の涙を流している自分に気が付いた。

涙を拭こうとした時、ドアをノックする音が室内に響く

返事をしながら、席を立ち、ドアを開けると、そこには、こんごうが立っていた。

「こんごうさん?」

するとこんごうは、

「前を通ったら、光が漏れてたから、まだ眠れない?」

「えっ」と思って壁面の時計を見たら、既に消灯時間を過ぎていた

「入ってもいい?」と聞かれ、

「はい」と小さく返事をして、こんごうさんを部屋へ招き入れた

 

こんごうは、ベッドの縁に腰掛けた、自然とすずやもその横へ掛けた。

「戦史資料みていたの?」とこんごうさんに聞かれ

「はい」と返事をし、続けて

「あの、本当にこんごうさんの世界では、戦死した艦娘がいたのですね」

「ええ、この資料に書かれている事は、私達の世界では実際に起こった事よ」

すずやは 小さな声で、

「皆、苦しかった、辛かった、痛かったのかな」

「ええ」と こんごうは静かに答えた。

不意に、すずやの目から涙がこぼれだした

「そんなの 酷過ぎます」といい、目頭を押さえながら、声を詰まらせて泣き出した

こんごうは、横に座るすずやの頭をそっと抱き寄せて

「亡くなった方々は、確かに大勢いるわ、でも生き残った方もいる、私のおばあさまのように、皆ちゃんと覚えているわ、そして大切にしている」

すずやは、すすり泣く声で

「大切にしている?」

「そう、あの方達が守ろうとしたもの、家族や恋人、大切な人々」

そしてこんごうは

「私達 戦後の艦娘は、あの方達の意思を継ぐもの」

「こんごうさん!!」」とすずやは感情を抑えきれなくなり、こんごうの胸の中で号泣した

それを、そっと抱きしめて見守るこんごう

 

 

廊下の闇に、すずやの泣き声がこだました

 

 

 

翌朝、こんごうは日課である、起床時間前のランニングの為、後部甲板へ向った

甲板へ出ると、昇り始めた朝日を浴びて、一人の女性が立っていた

すずやだ。

薄緑の髪を綺麗に束ね、こんごうと同じトレーニングウエアを着ていた

「おはようございます」とこんごうの姿を見たすずやが挨拶してきた

「おはよう、すずやさん。どうしたのその恰好?」

すると、すずやは

「すずや、決めました!」

「決めた?」

「はい、こんごうさん」

そして、すずやは

「昨日の夜、あのまま寝てしまいましたけど、夢の中でもすずや泣いてました、そうしたら、長身の金色の髪を持った黒いドレスの女性が現れて」

「金色の髪の黒いドレスの女性?」

「はい、その女性が、“泣いていても、先へは進めぬ、もし自らの運命を変えたければ、お前が深層意識から覚醒した時のように、自ら進んで、ドアを開ける事だな”と」

「それで?」とこんごうが聞くと、

「気がついたら朝でした」すずやはじっと こんごうを見て、

「だから決めました。すずや、こんごうさんの元で自分を変えて行くんだって。重巡 鈴谷じゃなくて、護衛艦 すずやとして」

そして、

「宜しくお願い致します」と深々と こんごうへ一礼した。

すると、こんごうは笑顔で、

「じゃ、ますは体力作りからね」といい、すずやを伴い、準備運動を始めた

すずやと二人で、準備の為のストレッチ体操をするのだが、

「痛いしぃ~…」とすずやの悲鳴にも似た声がパラオの海に響いた

 

 

 

そんな海上での喧騒をよそに、早朝のパラオ泊地 艦娘寮の先、飛行場の手前の区画に

訓練場がある。

200m近い射撃場や運動場などがあり、普段は泊地の警備妖精などが訓練で使用している、その訓練場の端に立つ小さな小屋

入口の看板には「弓道場」と書いてある

入口を入ると板の間があり、そこが射場、弓を射る場所である、そしておよそ三〇m程先には小さい丘のように土が盛り土され円形の的が並べられていた

その射場に立つ二人の女性

航空母艦 鳳翔と瑞鳳である。

丁度今は、瑞鳳の弓の教練の時間であった。

瑞鳳は、射位に立ち、呼吸を整え、的に向かい足踏みを揃えた

ぐっと足に力が入る。

左手には弓と矢を持ち、右手は腰に据え、体の重心を整える

右手を矢に添え、ぐっと的を見た

そしてゆっくりと、両腕を頭上まで持ち上げ、両拳を左右に振り分ける要領で、弓を引く

キリギリと音がする、瑞鳳の小柄な体からは信じられほどの力を感じながら弓を引き分ける。

弓を引き切り、ぐっと的を睨む、華奢な体のせいか、手元が少しぶれるのを必死に抑え、頃合いを待ち、そして

「えい!」と気合をいれて、矢を放った

 

タンと小気味いい音がして、瑞鳳の放った矢は的に当たったが、中心から大きく外れてしまった。

弓を降ろしながら、正面に一礼して、数歩下がる

後方にいた鳳翔が、

「良い構えでしたね」

「やったー、軽空母でもやればできるんですね」と嬉しそうに喜んだが、

「ダメですよ、ここは神聖な道場です」と叱られてしまった。

そして、鳳翔は続けて、

「足踏みから、引き切るまでの動作は問題ありませんね、よくここまでできるようになりました」

「はい鳳翔さん、ありがとうございます」と瑞鳳も嬉しそうである

「しかし、引き切る時、無駄な力があるようですね、腕がぶれていましたよ」

「すみません、まだこの長弓になれていなくて」

そう言うと、自らが持つ弓を指した。

瑞鳳は元を正せば、潜水母艦として竣工しておきながら、軽空母として完成するというドタバタぶりを発揮しており、彼女の性格もそれに似たのかもしれない

身長がやや小さいが、空母艦娘として発艦の儀式で使う弓はなぜか 姉の祥鳳と同じものを使っているので、余計に大きく見える

瑞鳳は“姉はまあ、身長もあり、胸部装甲も... 和服の似合う日本美人というのに、この差は?”と思う事もある

 

ふと、入口で気配がした

「誰かしら?」と鳳翔と瑞鳳が振り向くとそこには、

真っ白い弓道着を着た、いずもが立っていた

「おはようございます、鳳翔さん、瑞鳳さん」と笑顔で挨拶してきた

「おはようございます」と二人で返事をしながら近寄ると

「泊地提督から、こちらに弓道場があるとお聞きして、早朝ならお二人が教練されているから、いってみては?と薦められました」

「では、いずもさんも? 発艦の儀式をされるのですか?」と鳳翔が聞くと

「はい、記念行事とか儀礼的な場面が多いですけど」といい、担いでいたケースを床に下した

「あの、押しかけて申し訳ございませんが、私も教練ご一緒させて頂いてよろしいでしょうか?」といずもが聞いてきたので、鳳翔は、

「ええ、ぜひ」と答え、いずもを板の間へ誘った

いずもは 錬成場へあがると、まず始めに神棚へ向い、一礼しそしてその横に掲揚されている日章旗へ一礼、そして正面へ向き、的場へ一礼した

本座と呼ばれる待機位置へ正座すると、持参したケースから、弓と数本の矢を取り出した

その弓の長さは、230cmはある大きな弓、そして黒い

「その弓の素材はなんでしょうか、竹ではありませんね」と鳳翔が言うと、

「はい、私達の時代 良質な竹は高級品となってしまいましたので、炭素繊維という新しい素材でできた弓が一般的に使われています」

「なにか、洋弓みたいですね」と瑞鳳が言うと、

「ええ、原理は同じですから、差はありませんけど弓自体の構造は 全然違うものです、この弓は日本古来の弓道の弓を再現したものです」

いずもは、そう言うと懐から、赤い襷を取り出し、弓道着の袖口を織り込みながら、綺麗な襷がけを披露し、右手にゆがけという親指を保護する防護具をつけた。

それを見た鳳翔は、

“この方は、確か横須賀の海軍神社でお育ちになったとお聞きしました、では大巫女様のご指導を受けた方です、どのような腕前か楽しみです”

 

いずもは板の間に正座して、じっと的を見ながら呼吸と精神を整えた

そして、深々と一礼し、作法に則り、起立、射位に着いた

そこまで、まるで水か流れるように、動きに無駄がない。

静かにその動作を見守る、鳳翔と瑞鳳

まず、きっちりと足踏みを添え、そして右手を腰に添え、左手にはカーボン製の弓と矢を持ち、的に向け軸足を決める、

ゆっくりとした動作で、右手を矢に添え、的を見定めた

瑞鳳は 次第に弓道場の緊張感が高まっていくのを感じた

“なな、何 この緊張感!”

横をみると、鳳翔もじっとしていずもの一挙手一投足を凝視している

 

いずもは、体の正面に構えた弓と矢を持った両拳を上に持ち上げ、弦を引き切る動作へ移った。

ギリギリという、弦の音と共に両腕の拳が左右へ別れ、弓が引き切られる。

瑞鳳はその姿をみて驚いた

“あんな長弓を、あの体で、そして全然ぶれてない!”

 

しっかりと引き切れた弓、真っ直ぐ的へ向けられた左人差し指、そしてその指の上の矢は、微動だにせず

弓の力を弦が貯め、そして矢へ

不意にいずもの左腕に着けているブレスレットから、青白く光が漏れた

「艦霊波が、いずもさんの精神に反応していますね」と鳳翔がそっといった

「えっ!」と瑞鳳が言った瞬間、矢は放たれた

 

タンと小気味よい音を立て、矢は的の中央へ突き刺さった

 

矢を放った後も、いずもは、姿勢を崩さない

ゆっくりと弓を降ろし、作法に則り一礼し 数歩下がる

 

瑞鳳は、

「鳳翔さん! 凄いですよ、的中です!」とはしゃいでいるが、いずもは、

「少しぶれましたね、久しぶりに射たので、勘が鈍りました」

鳳翔は、いずもの前に来ると、

「素晴らしいですわ、いずもさん」といい、横に並ぶ瑞鳳に

「瑞鳳ちゃん、これが“超弩級空母の集中力”です」

「超弩級空母?」と瑞鳳

「瑞鳳ちゃん、私はここでは赤城さん、本土では加賀さんや翔鶴、瑞鶴さんを指導しましたが、弓を引き切る際に、艦霊力が同調している方は初めてお目にかかりました」

そして

「発艦の儀式は、空母艦娘にとって大切な儀式、破魔矢を使い、邪心を払い、航空隊の安全を祈願する儀式です、その為にも集中力は不可欠です、高度に訓練された精神力はここ一番という時物凄い力を発揮します、赤城さんや加賀さんが一航戦なのは、正規空母であるという事と、この高い集中力の賜物なのです、いずもさんの集中力は 赤城さん達をはるかに凌駕しているとお見受けします、多分 霊波的には大和さん以上でしょう」

するといずもは

「いえ、そんな事はありませんよ。霊波が反応したのはこの精神感応金属のせいですし」と左手のブレスレットを撫でた。

「いえ、それは単純に艦霊力を増幅させるための物とお聞きしております、元の霊力の強さ、そして精神力の強さがなければ、あのような反応はしません」と鳳翔は言った

「瑞鳳ちゃん、私達も負けないように 教練しましょうね」と

「はい、鳳翔さん、いずもさんもよろしくご指導ください!」と瑞鳳は元気に声にだした

そう言いながら、3人の空母艦娘たちは 早朝の弓道場で汗を流したのであった

 

 

 

この日のパラオ泊地艦隊は朝から、忙しかった

旗艦由良を含め、すべての艦のボイラーに火が入り、機関出力を徐々に上げていた。

自衛隊艦隊も 旗艦いずも、随行艦きりしまの抜錨準備が進んでいる

 

それを、泊地司令部2階の提督室から見る二人の男性

泊地提督と自衛隊司令である

「今日の合同演習が上手くいくといいね」と提督が話かけると

「まあ、最初から上手くいくとは限りません、元々指揮権の違う組織が行動する訳ですから、多少の齟齬は考慮すべきでしょう」

すると、泊地提督は、

「まあ、各艦に自衛隊との通信機器が整備されたのは幸いだったね」

「ええ、既に装備した陽炎さんや、長波さんの経験を生かして、簡易通信機ユニットを作りましたから、短時間で換装できました、あかしの話だと今はインバータと呼ばれる直流から交流電源を生成する装置を介していますが、次回以降の換装計画で交流化を進めて、艦内の電源の安定化を模索したいとの事です」

「艦内電源の交流化はかねてよりの懸案ですが、本来なら横須賀の工廠まで出向かないと改修できない。ありがたいです」

提督は、抜錨した由良がタグボートにサポートされながら、離岸する姿をみて

「以前、長官も言っておられたがこう見送るばかりでいいのかと思うよ」

司令は

「提督は、由良に座乗されて、指揮を執りたいですか?」

「まあ、本音を言えばね、由良達にまかせっきりというのもな、正直、男としてこれでいいのかと思うよ、司令はいずもさんに一任かい?」

「ええ、自分が行っても艦隊を動かすどころか、いつも“邪魔ですから、座っててください”と言われるのがおちですよ」

自衛隊司令は続けて、

「まあ、確かに最前線で指揮を執るというのにも憧れますが、自分としてはあまりお勧めできませんね。提督はパラオ泊地艦隊の提督というだけでなく、このパラオ諸島の防衛を担う最高位の指揮官でもあります。一局の戦いに集中するのではなく、その先を見て頂きたいと思います」

「今の戦いではなく、次の戦いかい?」

「ええ、現代戦においては、砲火が交わった時には、勝敗はすでに8割はついていると考えるべきです、事前の情報収集と分析 戦略思想に基づいた戦術目標の設定と周知、戦闘はその結果を求めるための戦いです」

泊地提督は腕を組みながら

「やってみなければ分からないは、通用せんという事だね」

「はい、やった時には既に勝敗が見えている、それが現代戦の基本です」

「入念に用意周到し、情報を共有し、一気呵成に戦うか、まるで武田信玄の“風林火山”だな」

「武田信玄の風林火山は戦国時代としては、完成された戦術であったと思います」

「我々もそれに、あやかりたいものだ」

 

自衛隊司令は、少し間を置き、

「提督は、軍令部ご出身とお聞きしましたが」

「昨日もそうだが、よく調べてあるね、ああ軍令部第1部に在籍していたよ、周りの評判がよくなくてね、ここへ飛ばされてきたんだ」

自衛隊司令は

「そうですか?自分が聞いた話では、宇垣参謀長が“俺の背中を任せられるのは彼奴だけだ“と言って引っこ抜いたとお聞きしましたが」

「戦艦金剛から聞いたか? まあ宇垣のおやじさんに誘われたのは事実だよ」

「では、今でも軍令部にコネがある?」

提督は、表情を厳しくし、

「司令、何が言いたい」

「戦いは、前線だけで起こるものではありません」

提督は、声を潜め

「中佐の奴が言っていた、例の件か」

「はい、留意すべきでしょう、今後戦闘が激しくなった場合、一時的に我々の目を本土へ釘付けする目的で利用される可能性があります」

提督は暫し、黙り込んだが、

「横須賀に、呉の提督、同期が軍令部の各部署に少数だがいる、奴らなら信用できる」

「では?」

「ああ、それとなく匂わせておこう、奴らも心得ている、いざという時は動いて貰おう」

「ええ、お願い致します」と答えながら、泊地提督と自衛隊司令は順次、泊地を出港する艦艇を窓辺から見送った。

 

 

数時間後、軽巡由良を旗艦とした パラオ泊地と自衛隊の合同艦隊は、演習の為に パラオの南部海域へ進出していた。

先頭は旗艦由良、その後ろを対空駆逐艦秋月 そして鳳翔、瑞鳳と並び、その右側には、睦月、皐月が並走、左には陽炎、長波 そして少し離れて 護衛艦いずも、殿はきりしまである

今回の演習の目的は二つ、一つはパラオ泊地艦隊を対象にした、艦隊防空戦、もう一つはいずもへの離着艦訓練である。

 

訓練海域へ入る前に、いずもは、訓練用の低速ドローン20機を射出した、

一旦、視界外へ向け飛行し、既に見えなくなった。

 

このドローンがいつ襲ってくるか予想できないのだ、

 

静かに時間だけが過ぎる

以前なら、「周囲に敵影なし」と言って油断している頃だ、

そんな中、由良の上空を舞う1機の機体

由良艦載機である零式水上観測機、

水観妖精は、機体を操縦しながら、きょろきょろと周囲を警戒した

「いいか、訓練とは言え、実戦に即した教練だ、必ずどこかにいる」

後席の通信妖精は

「でも、機長 自衛隊の電探があればあっという間に見つかるのでは?」

すると水観は

「バカヤロー! もし自衛隊の艦艇に被害がでて電探が使えない時はどうする? そんなときの為の俺たち観測機だろ!」

「はあ、しかし今日は本来 由良で待機のはずですよ」

「いいんだ」

「もう、そんな事言って知りませんよ。だいたい最近出番がないから飛ばせとか、無茶苦茶ですよ」

そんな後席員のぼやきを気にせず、水観妖精は、

「通信機と敵味方識別装置の番号は間違いないな?」

「はい、発艦前に教えてもらった番号を設定しています」

「忘れると、きりしまさんに撃墜されるらしいぞ」

「それは、勘弁してほしいです」

 

パラオ泊地の航空隊の機体には 簡易型であるが識別用のATCトランスポンダーが装備された、これは民間用であるが、レシプロ機などの小型の機体でも装備でき、電力消費量も小さい、同時に無線機も更新され今までとは比較にならないほど鮮明に聞こえる

 

その時である、艦隊右手水平線の直ぐ上に何か光った

「うん?」と水観妖精は、双眼鏡を構えた

薄っすらと何かが見える

「いた! あそこだ!」

無線機へ向い、

「不明機発見、艦隊2時方向」と叫んだ

咄嗟に操縦桿をきり、ラダーペダルを踏みこみ、不明機へ向う

後席員から

「機長、あくまで偵察ですからね、て、い、さ、つ! 7.7mmで撃墜しようなんて考えないで下さい」

「うっさい」と怒鳴りながら スロットルを開け、機速を上げる。

唸る瑞星エンジン

複葉機でありながら、機体の殆どが金属製という水観

安定した操縦性と水戦に負けない運動性を誇る、唯一武装が頼りないのが欠点だった

「由良へ 黙って近づくなど100年はやい」と水観妖精は叫んだ

 

 

「不明機発見、艦隊2時方向!」

いずもCICに 由良水観妖精の声が響いた

「あら、意外に早く見つかったわね」

CICの艦長席に座るいずもは 意外そうに話した

前方の管制卓に座るいずも砲雷長は、

「由良さんの水観妖精さんは、目がいいそうですよ」

「それでも、この距離で見つけるとは 動物的勘かしら」

そう言いながら、艦隊コミニュケーションシステムを起動し、由良を呼び出した。

「由良さん、では予定通り教練開始します」

「はい、いずもさんよろしくお願いいたします」と由良は一礼した

いずもはきりしまを呼び出し

「きりしま、教練 艦隊対空戦闘」と短く命じた

きりしまは、自艦のCICで

「はい、教練 艦隊対空戦闘 開始します」と復唱した

いずも艦内に 対空戦闘警報の電子音が鳴り響いた

艦内隔壁が次々と閉鎖されていく、甲板上も綺麗に整理されて何もない。

いずもは

「私の艦で、対空戦闘しなきゃいけないなんて、元の次元じゃ考えられないわね」

砲術長は、

「まあ、そうなったら我が艦は防御手段が少ないですから、そうならんようにお願いします」

いずもは 艦長席へ座り直し、レーダー画面上に写る、敵機役のドローンを見つめた

 

きりしまは自艦のCICで艦長席に座っていた。

「教練 対空戦闘よ〜い!」と砲雷長がインカムに叫ぶのと同時に、管制卓の警報ベルのボタンを押した。

艦内に対空戦闘警報のベルが鳴る。

一斉に艦内が対空戦闘の準備に入るが、今回は きりしま自体は動かない。

きりしまは、メガネを掛け直すと、

「攻撃管制士官! コミュニケーションシステムを通じ、泊地艦隊へ迎撃振り分け」

「はい、迎撃振り分け始めます」

きりしまのSPY-1は そもそもいずもから打ち出されたドローンを最初からずっと監視していた、ドローン20機は100km近く離れ誘導圏域ぎりぎりまで進空すると転進し、艦隊の右手前方から、襲撃するコースをとった

本来なら この距離ならSM-2で十分迎撃できる、30kmを切れば主砲、そしてCIWSだ、20機ならきりしま1隻で瞬殺出来るが、それでは教練にならない

今回の合同演習では、情報の提供は自衛隊から行われ、実際の艦隊防空は泊地艦隊が行うという想定で行われている

不意にレーダー監視要員から、

「エネミー 3派に分離、アルファ10機、ブラボー5機、デルタ5機です」

そして

「あの艦長、このその他1機はどうしましょう」

「邪魔なら撃ち落としなさい・・・とはいかないわね、まあ、放っておきます」

 

「各群 距離80km、速度200、アルファ―群低高度へ移行、ブラボー、300で進入、デルタ上昇し2000まで上がりました」

ほぼ同時に攻撃士官が

「各艦、攻撃目標振り分け完了、データ転送開始します!」

探知した目標情報を各担当艦へ送信した

艦隊防空指揮は 秋月が行う

「さて、秋月さん 教練の成果、見せてもらいましょう」ときりしまは艦長席からじっとモニターを睨んだ

 

 

秋月は、真新しい艦長席に座っていた

あかしにより、改修された艦橋内部には 新しい艦長席が設置され、小型のモニターがそれに付属してついている、後方には新しい通信機そして艦隊コミニュケーションシステムを利用したリンクシステムの表示用モニターがある。

それらを操作する兵員妖精も配置された。

秋月は、艦長席のモニターを凝視しながら、きりしま経由で送信される対空レーダー情報を分析していた。

コミニュケーションシステムの画面には、由良を始め パラオ泊地艦隊のメンバーが映し出されている。

 

「秋月です、皆さん 対空目標を画面上で確認できましたか?」

「はい、秋月ちゃん」と由良が代表して答えた。

各艦には、迎撃対象とする群体が割り振られていた。

低空飛行で進入する機体 A群10機、多分艦攻部隊だ、これは由良を中心に睦月、皐月で迎撃する

その後方のB群5機 艦爆の水平爆撃隊か? この対応は陽炎と長波だ

私は高度2000まで上がったC群5機 急降下爆撃部隊が相手だ

「各艦、信管及び弾種確認してください」

「由良、主砲、接近信管 弾種 対空用調整破片弾」

「睦月 いざ参りますよー」

「皐月、僕も準備よし!」

「陽炎 いけるわ」

「長波! いつでもいけます!」と ここでは、長波の声が一番大きかった

 

「間もなく 3万です、1万5千で砲撃開始します、対空機銃は各個の判断で射撃開始してください、回避運動は合図があるまでなしです、鳳翔さん、瑞鳳さんは回避に専念してください」

「はい、秋月ちゃん」と鳳翔が返事をした

右舷見張り員が

「右舷! 2時方向 不明機確認! 機数不明!」と声を出した

横に立つ副長が、

「ようやく目視確認できました、電探の威力は凄いですな」

「ええ、それだけじゃないわ、各艦に素早く情報が伝わる事で、時間もできる」

副長は、

「それに、新型の信管、あの対空砲弾も凄いです」

「ええ、あの砲弾の中には、硬質の鉛玉が数百個仕込まれているわ、それが接近信管の動作で、航空機前方で炸裂するの、炸裂のエネルギーを受けて鉛玉はまるで機関砲弾のように周囲に散らばる、機関砲で鴨撃ちするみたいなものだわ」

 

突然、後方のシステム監視員から

「電探情報に変化あり、B群 急速に回避運動に入りました、艦隊の後方へ回り込むようです」

秋月は即座に、陽炎へ

「陽炎さん! 対応できますか?」

すると陽炎は

「任せて」といい、

船体を少し減速させ、瑞鳳の後方へ回り込む、その動きに合わせ、長波も後方へ回り込んだ、駆逐艦といえど砲の旋回速度は遅い、最適な射線を確保する為には、目標物の移動に合せ、砲だけでなく船体自体を動かし、射線を確保する必要がある。

秋月は 艦長席のモニターを再度確認し、各艦の射線が十分確保できた事を確かめた。

モニタ―には、各目標の高度、速度、識別番号、そして予測移動方向などが表示されている。

後方のシステム監視員が、

「間もなく1万8千です!」と声を上げた、

副長が、

「対空戦闘よ〜い!」と声を張り上げると、後方の兵員妖精が 元気に対空戦闘用意の号令ラッパを鳴らした、否応にも感情が興奮する。

「高射装置、再計算まちがいない!?」と 秋月が言うと砲術長は、

「はい、確認しました!」

副長が

「電探情報と合わせての計算です、方位、機数 距離がしっかり分かっていますから、各砲への射撃指示も今までとは、精度が違います」

「きりしまさんに、教えてもらった事をしっかり実践していくわよ」

「はい、艦長」と副長が答えたが、不意に

「そう言えば、あかしさんが 使ってない後部高射装置の大きさを測っていましたね」

「後部高射装置? あの入れ物だけあって中身のない所?」

「ええ、これなら乗るかな?とか言っていましたけど」

「乗る? 何かしら」と不思議がる秋月

「あの噴進弾とかですかね」と副長が言うと、

「あんなもの乗せたら、船体火災になっちゃうわよ、それよりそろそろよ」

そういうと、双眼鏡を構え 近づくドローン群を見た

米軍のF4Fに似たずんぐりむっくりのレシプロ機体が見えた、あかしさんの工廠のお手製らしい。

今回はいずもさんの艦載機妖精が無線操縦している、ここまで編隊を崩さず進空してくる

「練度が高い、気を抜くとやられるわよ」

後方のシステム監視員がふたたび、

「距離、1万6千!」

 

秋月は

「対空戦闘指揮艦より、各艦へ 1万5千になり次第各艦、砲撃開始!」と号令を出した

 

モニタ―越しに 各艦の艦橋で指示を出す艦娘達が見える

艦隊は、やや変則的な輪形陣を維持しながら 20ノット近い速度で航行を続けた

 

最初に口火を切ったのは旗艦由良である

由良は、艦橋で

「そろそろ頃合ね」というと、

「各砲、砲撃始め! よく狙って……てーぇ」と大きな声で号令を出した

横に立つ 由良副長も

「いいか、この由良はパラオ泊地艦隊の旗艦である、最高の砲手でなければならん、外すな!」と発破をかけた

一斉に 前部、後部、そして右舷の14cm砲が吠えた。

それを合図に睦月、皐月も砲撃を開始した

 

一呼吸置き、瑞鳳の後方へ回り込んだ 陽炎、長波も砲撃を開始

ここぞとばかりに、前部主砲を炸裂させている

 

秋月も

「さあ、始めましょう。撃ち方、始め」と号令を出した、

秋月の目標は 中高度を進空するドローン部隊 5機

移動する目標に合せ、砲測照準とも合わせ、砲を移動させながら、毎分15発の射撃を繰り返す。

突然、艦隊のはるか前方の空間、約1万4千付近に黒い小さな雲がぽつぽつと開いた

ひとつ、ふたつ、それは段々と数を増し、あっという間に 進空するドローン部隊の前方に花開いた

その瞬間、黒い雲へ突っ込んだドローンは飛散し分解、あるものは燃料に引火したのか火だるまになりながら落ち、あるものは操縦系をやられたのか、あらぬ方向へ飛び海面へ激突した

 

「システム監視員! 電探情報確認! 見張り員 全周警戒継続!」と秋月は叫んだ

システム監視員は

「戦果報告します! 17機撃墜、3機不明!」

「不明? どういう事?」

「はい、砲撃直前に急降下して 海面近くへ退避されました!」

「見失ったの!?」

「はい!」

「ええい!!!」と秋月は悪態をつきながら、

コミュニケーションシステムに向かい

「全艦へ警報 3機 電探失探! 低高度に注意!」と叫んだ。

 

 

すぐに、由良の見張り妖精が、

「失探機 発見! 艦隊3時方向 本艦へ真っ直ぐきます!」

そこには、超低空の海面すれすれを飛行する3機ドローンがあった

距離は 5千を切っていた、もう肉眼でもはっきり見える

 

真っ直ぐ由良へ向う、

「まずい、由良さんを雷撃するつもりだ!」と秋月は叫んだが、自分の砲は、仰角があり間に合わない、睦月、皐月も同じだ、

由良さんも、低空で対応できないようだ

 

とっさに秋月が

「由良さん、機銃で海面叩いて!」と叫んだ

 

由良は

「対空機銃 撃ち方はじめ! 海面を叩いて! 弾幕よ!」と叫んだ

由良に搭載された25mm連装砲が唸りを上げて対応した、睦月、皐月の艦首機銃も射撃を開始し、ドローンの行く手を阻む

秋月はその弾幕を見て

「弾幕が薄い……ような気がします。弾幕です!」と叫んだ

 

海面ギリギリを進むドローン3機の前方に、猛烈な水柱が立った

水柱に突っ込みバランスを崩したドローン2機はそのまま 海面に激突した

1機は 居たたまれないのか、進路を変更し、由良の艦首方向へ急旋回をした、

それを追う機銃群、しかし由良の船体が影となり射撃が一瞬やんだ

 

ドローンが300㎞近い速度で 由良の艦首方向を超低空ですり抜けようとした時、突然 ドローンが爆散した

いきなり頭上から、急降下してきた水観の7.7mm機銃が降り注いだ

「由良の鼻先を掠めるとは 良い度胸だ」水観妖精は降下を緩めながら、由良の右舷を飛び抜けた。

 

由良は

「水観、ありがとう」と無線で言うと

水観は返事をする代わりに、機体をロールさせて応答した

 

秋月は艦長席のモニターを再度確認し、

「周囲に警戒目標は、無いみたいね」といい、

「各艦、目視全周確認お願いします!」

 

鳳翔、瑞鳳を含む、パラオ泊地艦隊の全艦の見張り妖精が一斉に周囲の見張りを再開した

その間に 陽炎、長波も元の位置に戻ってきた。

各艦から、

「脅威目標 見当たりません」と報告が上がる

 

「乗り切った?」と秋月がつぶやいた瞬間、コミュニケーションシステムにいずもが映り、

「はい、皆さん、教練終了です」

それを聞いた秋月は 席から起立し、

「はい、いずもさん」と敬礼して答え、そして

「対空戦闘指揮艦より、パラオ泊地艦隊各艦へ、教練終了、指揮を旗艦由良へ移行します」

「秋月ちゃん、お疲れ様、指揮を引き継ぎます」

いずもは コミュニケーションシステムを使い

「では、皆さん、反省会は帰港してからですが、まあ輪形陣の内側に侵入した機体はありません、合格ですね」

すると きりしまも

「自分の電探情報の提供がありましたが、それでも防空指揮はいい感じです、もう少し図上演習を強化しましょう」

いずもが、

「しかし、由良さんの水観さんは腕がいいですね、水観から、水戦へ転向しますか?」

すると由良が、

「いずもさん、あんまり褒めないでください、調子に乗りますから」と厳しくいった

由良は

“それでなくても、最近あかしさんと何やらコソコソやってるみたいだし”

 

 

 

パラオ泊地艦隊は 輪形陣を解いて、由良を先頭に単縦陣へ移行した。

ただし、いずもと長波は単縦陣から少し離れ、別の単縦陣を組んでいる

単縦陣へ移行したあと、鳳翔、瑞鳳の零戦隊が次々と発艦し、上空で各小隊毎に編隊を組んで、周回飛行を開始した

 

いずもは、システムを通じ、鳳翔と瑞鳳を呼び

「では、鳳翔さん、瑞鳳さん 零戦隊の着艦訓練を始めさせていただきます。」

「いずもさん、うちの子達宜しくお願い致します」と鳳翔もいい

「いずもさん、瑞鳳の航空隊もよろしくご指導ください」

するといずもは

「皆さん、陸上基地でちゃんと訓練されていますから、大丈夫ですよ、それに私は大船ですから」と笑顔で答えた

いずもは、艦橋後部の飛行隊司令部へ向う、ここにはいずもで運用するすべての航空機の管理状況が把握される運用司令室だ

飛行隊司令部へ入ると、飛行隊司令妖精、第六飛行隊の飛行班長妖精が待っていた

「状況は?」といずもが聞くと

「訓練予定機、全機発艦し、現在上空待機中です」と飛行隊司令妖精が答えた

「フライトコマンダー、では始めましょう」

「はい、艦長」と飛行隊司令妖精が答えると、即座に飛行班長が、艦内マイクを取り

「各員へ通達、これよりパラオ泊地航空隊の着艦訓練を開始する、不測の事態に備えよ」

いずもは、別のモニターを見た、そこには後方を航行する、長波が見える

インカムを操作して、長波本人を呼び出した

「長波さん、いずもです、準備できましたか?」

モニタ―に出た長波は、

「はい、いずもさん とんぼ吊りの準備完了しました」

「では 始めます、いざという時はお願いね」

「はい!」と元気な声で返事がきた、横から飛行班長が

「こちらのロクマルも 位置につきました」と報告してきた。

 

これから行われるのは、鳳翔と瑞鳳の零戦隊のいずもへの着艦訓練である

一見すると そんなの簡単じゃないですかと言われてしまうかもしれないが、そうは問屋が何とかである、まず問題なのが着艦自体の方法が違う

進入角誘導は光学着艦装置を使う、いずもは改良型フレネルレンズ光学着艦装置を搭載している。これに関しては、日本海軍でもごく初歩的であるが、着艦指導灯を装備していたので問題はなかった。

地上基地での移動式の光学着艦装置を使った訓練でも問題は生じなかった

しかし、30ノット近い高速で航行するいずものアングルドデッキへ着艦するとなると勝手が違う、おまけに日本海軍の場合、飛行甲板への接地と同時にエンジンカットする癖があり、もしワイヤーをひっかけ損ねた場合 間違いなく甲板から転落する。

ウェーブオフ 即ち ゴーアラウンドという習慣が余りなかった

これは、着艦した航空機を甲板前方へ一時的に集めて最後にエレベーターで艦内へ収容するという日本海軍の運用スタイルがもたらした結果である。ちなみに大戦中の空母では着艦時ワイヤーをひっかけ損ねた場合に備え、前方には大型ネットが装備されていた。

いずもは、アングルドデッキを使い着艦する、ワイヤーをひっかけ損ねた時は、即エンジンを吹かし再度離陸する必要がある。

その為の訓練をする必要があったのだ。

 

「LSO準備はいいか!」と飛行班長がインカム越しに声を掛けた

「はい、班長。何時でもどうぞ!」と返事がくる。

いずものLSO(着艦信号士官)は 空自のベテラン飛行士妖精が務めている。

いつも地上基地ではモーボと呼ばれる滑走路脇にある夏は暑く、冬は涼しい移動式指揮所で着陸機に温かいアドバイスを送っているメンバーだ、今日は潮風吹く艦尾が仕事場だ。

LSO士官2二人は、トリガー式のスイッチを右手に持つ。

彼らが目視で危険と判断した場合、スイッチを押すと、光学着艦装置の赤ランプが点灯し、着艦をやり直す。今回は飛行隊指揮所にもベテラン妖精が付き、監視している。

 

いずもは、状況を確認したあと、

「アプローチ、鳳翔隊から誘導開始」と指示を出した

飛行隊指揮所の上にあるフライトコントール内のアプローチ管制から、鳳翔隊へ着陸進入許可が下りた

 

「鳳翔隊、いずも進入管制、着艦進入開始せよ。進入後はローパス、再度空中集合せよ」

すると

「鳳翔1番 了解」と返事がきた

鳳翔の零戦隊を指揮する1番機の隊長は、空中集合した編隊から離れ、ゆっくりとした降下旋回に入った。

後方を振り返ると、2番、3番と後続機も編隊を解き、着艦進路へ入るために後方へ付き始めた。

左手にいずもが見える、見慣れたお艦と比べると圧倒的に大きい、この高度でそう思うのだ。実際泊地の中でもひときわ大きさが目立つ

後方にとんぼ吊りで控える長波が、漁船のように思えてくる

「大きさに騙されるな」と呟きながら、ちらちらと いずもを見て着艦の為のベースターンの位置を見定める。今 いずもは30ノット近い速度で航行している。お艦より速い。その事を考慮しながら、スロットルを絞り、降下する。左後方に いずもが移動したのを確かめながら、ゆっくりと左旋回を決める。

旋回が終わると、丁度 眼下に長波が見えた

最終進入の為に旋回する、いずもの後方へ出た

即座に車輪とフラップを着陸位置へセットし、確認する。

今回は接地はしない、着艦フックは格納したままだ、

座席の位置を上げ、3点着陸姿勢を作る、スロットルを調節して速度97ノット付近へ合わせ、降下率が一定になるように心がける、

前方にはいずもの斜め甲板が見える

最終旋回をするとき少しオーバーラップさせて旋回したせいで、今はきちんと目前に斜め甲板がある、普段お艦に降りるように正直に旋回すれば今頃進路がずれていたかもしれない

いずも左舷に 光学着艦装置が見える

「昼間なのに、明るく見える、こりゃあ有難い」と思いながら、指示装置の真ん中の球を左右の水平指示器と同じ高さになる様に降下角を微調整した

「鳳翔1番、いずもさくら、コースそのまま」といずも飛行隊指揮所から無線で指示が来た。

ゆっくりといずもの艦尾に近づいた

不意に、不謹慎かもしれんが

「でかい艦尾だな」と思ってしまった。

 

3点着陸姿勢を保ったまま、艦尾を高度10m前後で通過した

「鳳翔1番 ウェーブオフ!」と無線が入る

すかさず、スロットルをふかし、機体の姿勢を整えた。

ここで慌ててはいけない、急激に回転の増加したプロペラの反動トルクで機首が振られるのをラダーで押さえ、車輪とフラップを格納し、機速が乗るのをまつ、

じわじわと速度が上がる、あっという間に斜め甲板を通過して、再び海上へ出た

再び、上昇して、周回飛行をする編隊へと集合した、

後方を見ると、後続の機体が次々と 斜め甲板をローパスするのが分かる

不意に無線から

「鳳翔6番 低いぞ! 進入中止!」といずも飛行隊指揮所から声が掛かった

よく見ると うちの6番機が、いずもの斜め甲板の左横を飛び去るのが見えた

「彼奴は、お艦に戻ったら甲板10周だな」

鳳翔隊隊長はそう思いながら、次の訓練に向け編隊を再集合させた

 

いずもは、飛行隊指揮所から次々と甲板上をローパスする零戦隊を見た

コミュニケーションシステムを通じて、鳳翔、瑞鳳も訓練の様子を見ている

また1機、進路を外してゴーアラウンドした

「あっ、瑞鳳の零戦だ!」と瑞鳳が怒ったが、

「瑞鳳さん、まあまあ」といい、いずもが窘めた。

「しかし、皆さん よく地上基地で訓練されています、進路を外したのは数機だけです」

しかし、鳳翔は、

「もう少し 教練を強化する必要がありますね」と冷静に告げた。

「初めてにしては上出来だとおもいますが」

「いえ、いずもさん、確かに斜め甲板で勝手が違う所はありますが、それを克服するのが、鳳翔航空隊です」と鳳翔は厳しく言った

いずもは、思った

“この方は世界で初めて航空機運用を専門する艦として設計、建造された艦娘。未知の物に対する研究心、探求心を忘れない方だ。当初、航空機の運用もままならない日本海軍が 鳳翔建造と同時に艦載機、一〇式艦上戦闘機を作った。艦載機とは名ばかりの木製布張りの機体。まともな誘導装置などもなく、ただ飛ぶだけの機体だった。初めての着艦は外国人の方がやったそうですが、それを見た鳳翔の妖精飛行士が失敗を何回も繰り返し、技術を習得したとお聞きした。聞いた話では 鳳翔さんご自身も、着艦した機体が甲板から落ちない様に兵員妖精達と機体に飛びついたとお聞きした事があります。”

 

鳳翔は瑞鳳の顔を見ながら、

「いずもさんのロクマルが私の艦へ降りたように、私の子達がいずもさんへ難なく降りる事ができるよう、瑞鳳ちゃん精進しましょうね」

「はい、鳳翔さん」と瑞鳳も元気な声で返事をしてきた

 

横に立つ、第六飛行隊の班長妖精が

「副司令、全機、予定のローアプローチを実施しました、問題ありません」と報告してきた。

「では、訓練を次の段階へ移行」

「はい、タッチアンドゴー訓練へ移行します」

飛行班長は無線を取り、鳳翔、瑞鳳の零戦隊へ、次の訓練課程の開始を通知した。

今回も、鳳翔1番から、着艦コースへ乗る。

既に、3回ローパスを決めているので、難なく最終進入コースへ入ってきた。

いずももじっとその進入を見る、3点着陸姿勢を決めた。

「鳳翔1番、さくら、コースそのまま」と飛行班長がインカム越しに話している

艦尾をおよそ10mの高度で通過した鳳翔1番機は そのままの姿勢を保ち見事に、甲板に接地、そして次の瞬間 再びエンジンをふかし、尾翼をもち上げ、素早く離陸姿勢になると、斜め甲板を使い切る前に甲板から足が離れた

「流石、鳳翔さんの隊長さんね、一発で決めたわ」と唸るいずも

「ああいう綺麗なフレアー着陸は我々には出来ないですからね」と飛行班長も腕を認めた

 

その後も次々と、鳳翔隊、瑞鳳隊の零戦隊部隊はタッチアンドゴー訓練を繰り返した

途中、一機フラフラと機速を急激に落とし、甲板上へ失速しながら接地した機体は慌ててエンジンを吹かした為、勢いあまり、あらぬ方向を向いたが、即ラダーが効いたのか、姿勢を立て直し、何とか再離陸に成功した

いずもだけでなく鳳翔やとんぼ吊りの為待機中の長波もはっとしたが、事なきを得て胸を撫でおろした。

 

いずもの後方で待機する長波では、甲板上に要員が待機し、いつでもカッターを下せる様に待機していた。

艦橋で、

「艦長、暇ですね」と長波副長があくびをかみ殺していたが、

「副長、緊張感が足りないわよ!」

「いや、でも何も起こらないですね」

「副長、起こっちゃ困るわよ、もし本当にトンボ吊りになったら零戦の回収は諦めて、飛行士妖精の救助を最優先って陽炎教官に言われたけど、できれば零戦も回収したい」

「でも、海に落ちた機体って再利用できるんですかね?」

「どうかな?」

長波は、時計を見て

「皆! あと少しで訓練も終わり! 最後まで気を抜かず頑張るよ!」

「は〜い」と少し間の抜けた声が艦内から帰ってきた

〝でも、本当に何も起こらないと 暇だ“と長波は内心思っていた

 

いずも着艦訓練の第2段階のタッチアンドゴー訓練も全機無事こなし、鳳翔、瑞鳳の零戦隊 18機は最後の難関へ挑戦するとこになる

 

「副司令、最終の着艦を開始します」と飛行班長が告げた

「では、各員、最終確認を」といずもが言うと、艦内の護衛艦航空管制センター(DATCC:Destroyer Air Traffic Control Center)は慌ただしくなった

いずもから凡そ16km圏内の全ての航空機と甲板上の航空機を管制する、通称″クラウド アウト″の通信士が無線を使い、鳳翔1番機を呼び出し、残りの燃料の残量を問いただしていた

返信された燃料残量から、機体の着陸重量を割り出し、甲板の着艦装置員に通知した。

班長は艦内電話を取り

「甲板要員、着艦する、送った重量でワイヤーテンション調整いいな!」と叫んでいた

またある者は別の電話で、

「ダメコン、不測の事態へ供えろ、いざという時は搭乗員の救助を最優先、機体は破棄していい」と告げた

別の隊員妖精は、無線を片手に

「いずもレスキュー01 さくら、最終訓練に入る」と上空で待機する救難仕様のSH-60Kに指示を出していた。

今まで以上の緊張が艦内に走る

モニタ―越しに写る、鳳翔や瑞鳳も緊張しているようだ。

 

 

と、突然

「ふぁ~」と間の抜けた声がした

いずもが見ると、トンボ吊りの為待機中の長波だった

よく見ると涙目で あくびをかみ殺していた

長波は はっとして

「すみません!!」と慌てていたが、急に鳳翔が笑い出した

瑞鳳もあっけにとられていた

「さて、長波さん、気合の入れ直しはいいですか」といずもが笑顔で聞いていたが

長波は 青くなりながら

「はっ、はいぃぃ!」と返事をした

いずも達の横を並走していた 由良達の艦内でも状況をモニターしていたので、いきなりの事に艦内大爆笑となった。

陽炎は

「彼奴、絶対大物になるわよ」と呆れて見ていた

長波のドラム缶事件に次ぐ、不名誉な1頁が新たに刻まれた

 

そんな長波の事とは別に、いずも甲板上では次々と準備が進んでいた

甲板要員から

「甲板上、準備よし いつでもどうぞ!」と返事が来た

 

いずもは気を取り直し、

「では、鳳翔隊より着艦しなさい」

 

飛行班長がインカムを操作し、

「フライトコントロールより LSO 着艦開始、フルストップだ!」と告げた

エアバンドモニターのスピーカーから、管制圏を進入コースに合わせる″アプローチ″に移行した鳳翔隊と、それを誘導する管制員の声が聞こえる。

 

上空で待機する鳳翔1番機から編隊を解き、順次着艦コースへ乗る、今回は完全に着艦するためにコースへの進入は1機ずつ間隔を十分に開けている。

いずもや飛行班長は、双眼鏡を片手に降下してくる鳳翔1番機を見た

既に数回、コースを回っている、今回も殆どずれる事なく最終進入コースへ滑り込んできた。次に誘導するのは、いずもから約5kmに近づいた航空機を視認誘導するLSOだ

姿勢を決め、ゆっくりと降下してくる。

車輪とフラップが降り、そして着艦フックが降りた

「鳳翔1番、いずも ボール、チェックギアダウン、フックダウン、固定良し」とLSOの飛行士が無線で通知すると、

「鳳翔1番 了解」と返答があった

鳳翔1番機は、綺麗な3点姿勢を作り上げると、いずもの艦尾を先程と同じ10mの高さで通過し、静かに接地した。

いずもの4本あるアレスティング・ワイヤーの2本目をヒットした鳳翔1番は、ワイヤーを引きずりながら急速に行き足を止め、停止した。

甲板要員が駆け寄り、着艦フックからワイヤーが外れている事を確かめ、手をグルグル回すハンドサインを送ると、ワイヤ―が巻き戻された。

マーシャラーと呼ばれる誘導員が出て、鳳翔1番機を斜め甲板から、艦橋横へ誘導している。

ただ、零戦は尾輪にステアリングが無い、地上での細かい動きはブレーキ操作で方向を変えるので、要注意だ。

駐機エリアまで誘導されると、そこで停止、エンジンの冷却運転を行い、エンジンを止めた、即座に整備要員が駆け寄り、前輪に特製の牽引バーを取り付けた。

空母専用の小さな航空機牽引車が近づき、牽引バーを接続すると、操縦士妖精を乗せたまま、牽引を開始、前方のサイドエレベーターまで牽引すると、エレベーターへ乗せ、格納庫へ向った

この作業を僅か数分で行う。そうしている間にも2番機が着艦してきた。

「飛行班長、今の所、順調みたいね」

「はい、副司令、問題あり・・・」といいかけ、飛行班長の声が遮られる

咄嗟に

無線マイクを握り、

「低い! ウェーブオフ! ウェーブオフ!!」とLSOが叫んだ

そこには、鳳翔の4番機が着艦の為 進入して来たが、急に機速がおち、フラフラとしていた。

LSOが 危険と判断してエマージェンシーランプを点灯させ、着艦をやり直しさせようとしたが、まずい事に、急速に降下してしまい、いずも艦尾が巻き起こす乱気流に捕まった!

「いけないわ!」といずもも叫んだ

降下気流に捕まったのか、機体が急速に降下して、一瞬 甲板の影で見えなくなった。

 

一瞬 誰もが最悪の事態を想定した

その瞬間、甲板の影に隠れた鳳翔4番機は 再び機体を現し、再度アプローチコースへ戻ってきた。

姿勢を決め直すと、甲板へすべり込んだ

キュッとタイヤの鳴る音がして、少しふらつきながら、4番ワイヤーをヒットして、停止した。

 

「とっ、止まったわね」といずもが言うと、

「止まりましたね」と飛行班長も呆れた

そして、

「ああいう機体の身軽な所は うらやましいですな」

「少し着艦速度を増速する?」

「はい、副司令、今後の検討課題とします、多分本艦の艦尾乱流が、鳳翔さん達より大きいので、いまの進入速度では不安定なのかもしれません」

飛行班長は視線を着艦する機体へ向けながら話を続けた、

「今、パラオ基地でうちの隊長が指導して艦攻、艦爆隊を訓練していますが、機体重量も重いですから、考慮すべきです」

いずもはモニターに映る鳳翔と瑞鳳を見て

「お二人はどの様に思われます?」

「私も、いずもさんの考えに賛成です、機体の強度と相談して、もう少し増速して接地させましょう」と鳳翔が言うと、瑞鳳も同意するように首を縦に振った

いずもは、飛行班長に

「班長、パラオ基地にいる隊長と相談して、対応を検討して」

「はい、副司令」と返事をしながら、視線は次々と着艦する零戦を追っていた

 

着艦した零戦隊は、一旦いずも格納庫へと収容され、燃料を再度補充し、再び甲板へ挙げられた。

その間、飛行士妖精達は いずもの飛行隊指揮所横の隊員控え室へ案内された

本来なら、待機中はたばこの一つでも吸いたい所であるが、いずも艦内は禁煙である。

綺麗に並べられた 椅子に座り、待機していると

そこに いずもと飛行班長が入ってきた。

「総員 起立!!」と鳳翔隊の隊長が号令を掛けると 一斉に席から立ちあがった

いずもは、

「着席してください」

ガタガタと音を立てながら一斉に着席した

 

いずもは、前方の教卓の後に立ち

「はい、皆さん 本日の着艦訓練 お疲れ様でした、全体としては事故もなく無事全機着艦でき、いずも艦長として安堵しています」

そして、一呼吸置き

「しかし、今後はきちんと着艦信号士官 LSO及び飛行指揮所の指示は厳守してください、無理に着艦すれば大惨事になりかねません」

すると鳳翔4番機の飛行士妖精が手を上げ、起立した

「申し訳ありません、飛行姿勢が回復した際、目前に甲板が見えたのでそのまま降りてしまいました」

すると、いずもは 表情を厳しくして

「今回は、上手くいきましたが、これが夜間や雨天など有視界飛行が出来ない場合は、危険な行為です、飛行士、LSOそして指揮所 三者が揃って降りられると判断した時、初めて着艦できる、そう思ってください」

鳳翔4番機の飛行士は

「はあ、しかしすでに甲板が見えていました、行けると思いましたが」と反論したが、

急にいずも後方にある大型ディスプレイが起動し、そこには目を吊り上げ怒った鳳翔の姿が・・・・

「聞き分けの無い子はだれですか!」

すると、飛行士妖精全員で 鳳翔4番機の飛行士妖精を見た

「はっ、はい」と姿勢を正す4番機妖精

鳳翔は

「いいですか、自衛隊には自衛隊の規則という物があります、それを遵守して初めていずもさんの艦は正常に機能するのです、こちらの都合を押し付けてはいけません」

「もっ、申し訳ありません」と一礼する4番機妖精

いずもは、

「着席してください」といい、席を薦め、そして

「今日の訓練でも分かりますが、皆さんは腕もいい、流石連合艦隊航空隊の一員であると感心しました、今後航空隊の重要性は日増しに増してきます、皆さんの更なる技量向上を期待します」といい、降壇した

横に立つ飛行班長妖精が前へ出て、発艦の手順について説明し確認、そして 再び鳳翔隊の隊長の号令で起立、一礼し、解散 各員自衛隊の隊員妖精に案内され甲板上へ出た

そこには、鳳翔、瑞鳳の零戦が綺麗に整列して発艦の時を待っていた。

各零戦には、研修を受けた海自の甲板要員が待機し、エンジンの始動準備を初めている

鳳翔、瑞鳳の両零戦隊の飛行士は甲板上へ整列し、代表して鳳翔隊の隊長が

「いずも艦長、本日はありがとうございました」と敬礼すると、皆一斉に敬礼した

いずもが答礼し、

「皆さん、基地に帰り着くまでが訓練です、気を抜かないでお願いします」

それを聞くと、鳳翔隊の隊長は 振り返り

「各員、搭乗!」と号令を出した

一斉に愛機に駆け寄る飛行士妖精、

鳳翔隊の隊長は、愛機の操縦席へ付き、いずも整備妖精の手を借り、ハーネスで体を固定する、その間に前方の整備妖精がプロペラを手で回し、オイルとガスを吸引させている。

操縦席をぐるり見回し、異常がない事を確かめ、マグネットが切れている事を確かめ、

カウルフラップを開いた。

「回せ!」と声に出しながら、ハンドサインを送ると、右機首横に立つ整備妖精が、本来ならエナーシャを回すためにクランクを差し込む所に何か、別の機械を差し込んだ。

その機械は電動モーターで動くようで、ぶーんという回転が聞こえる

それと同時に、エナーシャがゆっくりと回転し始めた、いつも兵員妖精がクランクで回すより、早い時間でエナーシャの回転が安定した。

「前ハラエ!」と声に出して、サインを送ると、その機械を持っていた整備妖精が機首から離れ、次の機体へ向う。

再度、周囲を確認し、

「コンターク!」と叫び、エナーシャとプロペラシャフトを接続してプロペラを回す、そして、プロペラが少し回った瞬間に マグネットを接に切り替えると、パス、パスと音がしながら、エンジンが起動した、確実に起動した事を確かめ、エナーシャを切断する

スロットルを少し開け、回転を安定させる、

主翼の上の足置き場で待機する整備妖精がエンジンの音に負けないくらいの大声で、

「問題ありませんか!?」と聞いて来た。

「おう! 問題ない」と返事をすると

「では、下がります、お気をつけて!」と言い下がろうとした

「ありがとう!」と大声で礼を言う

整備妖精が主翼からおり、エンジンの暖気運転が始まった

後方を見ると、全機エンジンが始動したようだ、

真新しい無線機のスイッチを入れる、機体識別装置もスタンバイにした

油温、油圧とも正常、ブレーキを踏みこみ、操縦桿を一杯に引き、エンジンを最高回転まで上げ、同じく油音、油圧が規定内である事を確かめた。

全て問題ない事を確かめる

無線で、

「鳳翔1番、準備ヨシ!」と告げた、暫く待つと 2番機、3番機と準備よしと報告が上がる

「しかし、この無線機 よく聞こえる、今までとは雲泥の差だ」

“無線機はあかしさんの艦内工廠の隊員が取り付けたものだ、確か民間用を複製したと言っていたが、これで民間用なのか!と驚いた。

操縦桿に付いたボタンを押せば、飛行帽に内蔵されたマイクが声を拾う、今までは機体同士の通信はごく短距離しか出来ないがこれはパラオ基地やお艦とも通信できる、これだけでもだいぶ助かる、それにこの機体識別装置、電探誘導する際に使うそうだが、こちらの識別番号を電探上に表示できるそうだ“

などと考えていたが、無線機から

「鳳翔1番、こちらクラウド アウト 発艦位置へ進め」と指示があった

両足のつま先でブレーキを踏みこみ、「チョークはずせ!」と叫びながら、両手で合図すると、主翼の下で待機していた整備妖精が車輪止めを外し、機体の左右に退避した。

誘導員に指示され、ほんの数m進み 艦橋横の発艦位置まで進む、右手には2番機が並んだ、2機並列して並んでも十分広いそして、前方甲板、この距離でもお艦に比べれば十分滑走距離がある、おまけにいずもさんは 30ノット近い速力だ、相対風も十分取れる

“これで、発艦できなきゃ問題だな”と思いつつ、

再度ブレーキを踏みこんでエンジンを吹かし、息継ぎしない事を確かめ、座席の位置を一番上まで上げ、発艦に備える。

ふと艦橋横の見張り所を見ると、いずもさんと飛行班長が見える。

手短に敬礼し、視線を前方へ戻した。

「鳳翔1番、発艦はじめ。発艦後は空中集合、無線誘導にてパラオ基地へ帰投せよ」

「鳳翔1番 了解、発艦!」と無線で短く答え、ブレーキを緩めスロットルを開き、滑走を開始した。

「おう、これはいける」いつもより軽やかに零戦は空へと舞い上がった。

 

 

いずもは艦橋横の見張り所で、甲板後部に並べられ次々とエンジンを始動する零戦を見ながら、

「あかしの作った電動クランク回しは上手く動いたようね」

横に立つ飛行班長は、

「ええ。エナーシャ回しは、自分もパラオ基地で体験させてもらいましたが、結構重労働ですからね。整備妖精が あかしさんに泣きついたそうです」

「もう少し小型化して、鳳翔さんと 瑞鳳さんにも差し上げましょう」

「それは、喜びますよ」

 

いずもは暖気運転に入る零戦を見つめ、

「私の艦に零戦が並ぶ。この姿をお母様が見たらなんと言われるだろう」と呟いた。

 

発艦位置に 鳳翔隊1番機が並ぶ。隊長が敬礼している。答礼すると、隊長機はエンジンを吹かし、前方甲板を勢いよく滑走し始めた。

直ぐに尾翼が浮きあがり、姿勢を決める。艦首まで走り切る前に足が離れた。

続いて2番機、その後ろには3番機と次々と発艦していく。

発艦する零戦を見ながら、いずもは自分の生まれながらの運命を感じていた。

 

 

トラック泊地 連合艦隊司令部 2階 長官室

三笠は、早朝より実施した駆逐艦を伴う艦隊運動教練の報告書を仕上げていた。

今日は2水戦の 不知火、黒潮、天津風、時津風を従え、半日じっくりと教練した。

2水戦旗艦の 神通も 三笠に乗り込み、戦隊指揮の指導を行った。

現在、2水戦の駆逐艦のリーダー格は 不知火であるが、これが 三笠も手を焼く性格である。

普段は非常に大人しく冷静で、何かあると「不知火に落ち度でも?」と聞いてくるのだが、いざ戦闘となるとまるで別人のように容赦ない。

「沈め!」と酸素魚雷をまき散らすわ、演習相手に「もっと骨のある奴はいないの」というわで手綱をとる 神通も頭を痛めていた。

そんな 不知火を含めた 陽炎型4艦を従えての訓練であった。

2水戦の主力となる4人、技量も練度も問題ない。

あとは連携か。そう三笠は考えながら、夕刻迫る長官室で執務をこなしていた。

 

山本も書類に目を通している。静かに時間だけが過ぎていたが、

コン、コンとドアをノックする音がした。

「入れ!」と 三笠が返事をすると、静かにドアが開き、宇垣と秘書艦の 大淀が入ってきた。

宇垣は山本の前まで来ると、

「釣れました。かなりの大物です」と不敵な笑みを見せ、電文を山本へ渡した。

それを受け取り一読すると、横へ来た 三笠へ電文を渡した。

大淀が、

「マーシャル群島北部を前衛哨戒中のイ8号からの電文です。戦艦ル級、重巡、軽巡多数を含む艦隊が、西へ進路を取り進軍しているとの事です」

山本が、

「ハチはどうした?宇垣」

「はい、長官。深追いせず、そのまま待機させています」

三笠は、

「空母はおらぬのか?」

「いえ、現在確認されておりません」と返事をする宇垣。

山本が、

「引き続き、伊号各艦に哨戒を厳とさせよ」

「はい、長官」と返事をする宇垣。

三笠は、

「大淀、ルソンには?」

「はい、抜かりなく偽の艦隊行動予定表を送っています」

 

三笠はわざと哨戒網に穴のある偽の艦隊行動予定表を 大淀に作成させ、それをルソン北警備所へ送った。イ8号達はその哨戒網の穴で待ち伏せし、深海棲艦艦隊の通過を確認していたのだ。

三笠は机の上に置いたタブレットを取り、手短にメールをまとめ、いずもへ送信した。

 

そして、

「戦の駒は整いつつある」と静かに語った。

 

トラックは何もなかったように静かな夕暮れを迎えつつあった。

 

 

 

 




こんには スカルルーキーです
分岐点、こんごうの物語を読んで頂きありがとうございます。

今回 亀更新となり申し訳ございません。

今回はパラオ防空戦1 導入編です
やや暴走気味のあかしさん、次は何を作るのでしょうか?

次回は、そのまま「パラオ防空戦2」です

はい


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。