分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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小さな少女の魂を乗せた海鷹は一路、彼女を救うべく、南の楽園を目指した




26 漂流(下)鈴の音、熊の声

 

海上を、猛然と突き進む1機のSH-60K

 

「飛行班長!いずもまで、あとどの位だ!?」と戦術士官が問いただした。

 

「およそ10分、ダイレクトアプローチする!」と操縦席から返事がある。

戦術士官が、こんごうの顔色を見ながら、

「すまん、急いでくれ、艦長が持たん!」と叫んだ

「分かっている、これでも最大巡航速度だ」

こんごう艦載機こんごうスワローはいま、出しえる最大速度でぶっ飛ばしていた。

操縦士の飛行班長は、

“帰ったらホワイトロックに叱られそうだ”と内心思った。

本当なら最大運用限界速度Ⅴmoまで加速したい。しかしそこまで出せば、後日機体はいずもへ移送して各部を詳細に点検する必要がある。

鈴谷さんと艦長が心配なのは事実だ。しかしここで速度超過の愚を犯せば、数が少ないロクマルの運用に穴が開く。

焦る気持ちをぐっとこらえ、安全に確実に出せる最大速度でいずもへ向っていた。

 

横に座る副操縦士が先程からチラチラと計器画面を覗いているのが分かる。

飛行班長が後方へ聞こえないようにそっと

「あと何分だ?」

 

すると副操縦士は、

「15分が限界です、ぎりぎりです」

飛行班長はぐっと左手でコレクティブピッチレバーを握りしめ、

「大丈夫だ、この機体なら余裕で着く」といいじっと前方を見た

 

実は、燃料がギリギリであった。

鈴谷へ向う時も最大巡航速度で飛ばし、今もいずもへ向って同じく最大巡航速度だ

いくら燃費のいいロクマルと言え、燃料計のデジタル表示は刻々と減り続けていた。

ヘリは速度を上げると急激に燃費が悪化する、これは高度を上げた時も同じだ

余り知られていないがヘリは高速飛行すればするほど性能が悪くなる、

問題は回転翼だ、前進速度が速くなるほど、ローターの揚力が急速に低下、それを補うためにエンジンの回転を上げ、ローターの回転を維持する必要がある

そして燃費も悪くなる。固定翼にはない現象だ。おまけに今回は鈴谷に向かう際、向い風が大きく、その分燃料を消費した。

 

不意に副操縦士が、

「班長、空中給油機ほしいですね」と言い出した。

 

「タンカーか?お前、KC-767が有っても、ブームがなきゃ給油できんぞ」

 

「でも班長、この機体を含めて、艦隊すべてのロクマル、近代化改修予定であとはブームを付ければ空中給油機能が出来上がりますよ」

既に、機内の配管や配線が終わり、本来ならメーカーから給油ブームを受領すれば近代化改修が可能であった、しかし予算の関係でストップされていた。

 

「お前、そういうけど肝心の空中給油機はどうするんだ!パラオの滑走路じゃKC-767なんか運用できんぞ、KC-130も難しい、給油機なしじゃ話にならんぞ」

 

すると副飛行士は待ってましたとばかりに、

「いずもにある陸さんのあの機体はどうです?」

副操縦士の問を予想していたのか班長は

「確かに、あの機体があれば我々の運用範囲は各段に向上する、確か空中給油キットがあったはずだ」そして、

「まあ、帰ったら司令に提案書でも書いてみるか」といい、

「よし、誘導電波を拾ったぞ、進入開始だ」

 

「はい、班長」といい副操縦士は忙しく着艦データをコンソールへ入力し始めた

 

護衛艦いずもは当初、こんごう達への合流を目指し睦月、皐月を従え、東進していたが、こんごうの“鈴谷保護”の報を受け、こんごうスワローとの会合地点を算出し、今は反転

待機中であった。

 

 

機長の戦術士官がそっとこんごうの横へ来て

「艦長、あと10分でいずもです、航法誘導電波を受信しました」と告げた

こんごうはじっと身動ぎせず、

「ありがとう、もう少しね」と声では元気に答えたが、額や頬には大粒の汗をかき、

息も上がって来ていた。

こんごうは左手をじっと鈴谷の胸に当て、小さくフィールドを展開していた

鈴谷は機内に収容された後、組み立て式の担架に乗せられた所まではよかったが、無意識のうちに機内で一時的に暴れだした。どうやら艦から離れたことによる魂の混乱が原因の様であったが、こんごうのフィールドのお蔭で何とか鎮静した。

その後、安定を保つため、ずっと小規模のクラインフィールドを展開している。

 

「艦長、バイタル安定しています、フィールド弱めますか?」とFEが聞いたが、

 

「いえ、あと10分ならこのままでいきます、今は安定化が第一優先です」といい、

手を緩めなかった。

彼女の顔から大粒の汗が ぽたぽたと床に落ち始めた。

 

「艦長、失礼します」といい、FEがタオルで汗を拭う。

 

「ありがとう」と答えるが、それが精一杯であった。

操縦席から

「艦長、着艦進入に入ります、いずも目視確認できました!」と声が掛かった

 

こんごうは、「お願い」といって言葉を切った。

本心では

「急いで!」と言いたい所である、しかし大型の護衛艦いずもへの着艦とはいえ、着艦には細心の注意がいる、変にあせらせても仕方ない、私は艦の操船は出来ても、ロクマルの操縦は出来ない、ここは班長に任せるしかないのだ。

 

ゆっくりと機体が降下しているのが分かる、着艦体制に入った、

ふと横のドアの窓を見ると、見慣れた艦橋が見える

「いずもだ」と小さく声に出した。

米国の航空母艦に匹敵する大きさを持つ海自最大級の護衛艦、アイランドも海自現用艦の中では最大級に大きい

艦の操艦機能、中央戦闘指揮機能、そして後部には各飛行隊運用機能を有する複合艦橋だ。

ゆっくりと右手にいずも艦橋を見ながら降下するロクマル、一瞬降下が止まり、少し左右へ移動したと思った瞬間、ドンという感じで接地した。

機外で妖精隊員の動きがある、少しローターの回転が落ちたように感じた。

「ドア開けます!」とFEが機内の騒音に負けない声で叫んだ。

 

ゆっくりとサイドドアが開かれた、機内に一瞬ロクマルが起こすダウンウォッシュが入りこんだが、それも一瞬だった。

すでにドアサイドにはいずもの衛生科員が待機しており担架を受け取る準備をしていた。

衛生科員が、

「いくぞ!」と声を掛け、ゆっくりと鈴谷が横たわる担架を機外へ運びだした。

こんごうもそれに合わせ、左手を鈴谷に添えたまま一緒に機外へと出た。

頭上ではまだ、ローターが回転を続けている。

ローターを停止してしまえば良いが、停止作業中、ローターは徐々に重力に負けて先端が下がる、不意に下がってしまえば、甲板上で作業中の要員をひっかける恐れがあるからだ。

一定のピッチを掛け頭上の安全を確保しているのだ。

こんごうと衛生班員はロクマルのローターの影響圏域を抜け外へ出た。

そこにはストレッチャーがあり、その横にいずもが待機していた。

 

こんごうの疲労度合を見たいずもが

「こんごう、貴方大丈夫?」と声を掛けてきたが、こんごうは

「はい、問題ありません」と答えたものの、少し足取りが重かった。

衛生科員が

「こんごう艦長、ストレッチャーへ移します、フィールド解除してください」

 

こんごうは頷きながら、ゆっくりと鈴谷の状態を確かめながら、フィールドを解除していった。

鈴谷を乗せた担架は甲板上に置かれたストレッチャーの横へ並べられると、衛生科員は

一斉に左右に並び、

「いいか、いくぞ!1、2、3」と懸け声を掛け、鈴谷を簡易担架からストレッチャーへ移した。

直ぐにストレッチャーは、足を上げられ、サイドエレベーターへ移送された。

医務官と、鈴谷の一報を聞いたパラオ泊地の髭軍医がその横に立ち鈴谷の身体的な外傷の治療について話していた。

いずもとこんごうもその後に続いたが、いずもはこんごうに

「貴方、もしかしてずっとフィールドを展開してきたの?」

 

「はい、ロクマルへ移送した後、急に暴れだしましたので、落ち着かせるために」

 

「もう、そんな無理して」とやや呆れていたが、

 

「いえ、これ位」と答えてみたが、既に意識を保つのがやっとであった。

サイドエレベーターが下がり、格納庫を抜け、その先にある区画の中に艦娘専用の治療施設があった。

いずも達が入室すると、すでに鈴谷の体は診察台の上に乗せられていた。

衛生科員が、

「服、脱がせます!」といい煤と埃にまみれ、所々破れた鈴谷の服をハサミで切り、その裸体を露わにした。

髭の軍医が眠る鈴谷の身体を見て、大きな外傷がない事を確かめた後、即座に病衣が着せられた。

鈴谷は意識を眠らせたまま、CTなどの検査を受け、最終的に調整カプセルへ入り、修復剤入りの溶液に体を浸して、霊体補修と調整に入った。

 

いずもとこんごうは、その様子を別室の監視室から見ていた。

「どうやら、フェーズ3へ移行する事は阻止できたみたいね」

 

「はい、自我の崩壊を含むフェーズ3へ移行すると、もう艦娘に戻る事は難しい状態ですが、辛うじて踏みとどまってくれました。」と答えるこんごう

 

「さて、これからが問題ね、彼女の深層意識にいる悪意をどうやって取り除くか」

と少し考えるいずも。

すると、こんごうは、

「やはり彼女の力を借りて、鈴谷さんの艦霊を呼び出し、意識下から追い出すのが一番安全な方法ではないでしょうか?」

 

いずもは、暫し考え

「やはり、それが一番ね、無理にこじ開ければ、表面上は回復したように見えて、心の奥底に残留思念が残ると厄介だし、ここは鈴谷さん自身に、自力で深層意識から追い出してもらうのが一番か、その為にも鈴谷さんの艦霊を覚醒させる鍵がいるという訳ね」

 

「はい、副司令」とこんごうが答えると、いずもはポケットからタブレットを取り出し、

「三笠様には申し訳ないけど、彼女をここまで連れてきてもらいましょう」

といい 戦艦三笠への電文を作成して送信(メール)した。

 

するとこんごうは、

「とんぼ返りですね」と笑っていたが、急にいずもから

「貴方も少し士官私室で休みなさい、ここは私がいるから」と言われ、

「はい、ありがとうございます」とここは素直に従った。

そのまま自分もタブレットを取り出し、いずもの艦内ネットワークから自分の艦を呼び出した。

画面に、艦橋で指揮をとる副長が映し出された。

副長を見たこんごうは、

「副長、そちらの状況は?」

 

「はい艦長、現在鈴谷曳航準備に取り掛かっております、1時間程度で準備できますが、鈴谷の船体の損傷が激しいので高速での曳航ができません、帰港には暫く時間がかかります」

 

「鈴谷の乗員の皆さんは?」

 

「はい先程、鳳翔さんが到着されましたので、現在その指揮下に入っております、負傷者は鳳翔さんへ移送して治療中ですが重症者は少ないとの事です」

 

「副長、鈴谷副長へ伝えて、鈴谷さんは無事治療施設へ入り、現在髭先生が診察しています、安心するようにと」

 

「はい、艦長」といい、そして副長は

「艦長もあまりご無理をされませんように」と付け加えた。

 

「ありがと、ではそちらはお願いね」といい通信を切った。

 

こんごうはそのまま席を立ち、

「では副司令、暫く休憩致します」と一礼して艦娘治療室を後にした。

居住区にある、幹部士官区画

司令官室や艦長室が並ぶ区画の近くに艦娘士官用の個室がある。

いずもで開かれる会議や研修などで宿泊する際に使われる部屋で簡易ベッドに簡単な机があるだけの質素な部屋であるが、個室であるのでまあゆっくりできる。

いつも使う部屋の前まで来て、ドアを開け室内の電気をつけた。

窓から光が差し込んでいるが、少し暗い。

担当の二士がいつもきれいに掃除しているのだろう、ベッドのシーツには皺ひとつなく

綺麗に角が織り込まれていた。

こんごうは 雪崩れ込むようにベッドに崩れ落ちると、そのまま眠りについた。

眠る瞬間

「寝る! じゃましないで」と無意識のうちに思ったが、不意に

「いつ私が邪魔をした?」と言われた気がした。

しかし、意識もそこまでで深い眠りへ落ちていった。

 

 

トラック泊地、戦艦係留地区

 

戦艦三笠は 戦艦大和の巨大な船体の横にそっと沿うように係留された。

係留ブイへ船首を揃える際、180度回頭する必要があったが、三笠はタグボートの力を少し借り初期転回したあと、自力で位置を調整してぴたりとつけて見せた。

その動きを見て、大和の舷側に集まった妖精兵員からどよめきが起こる。

 

甲板では

「1番誘導索投げ!」と号令がかかり、細いロープが前方のタグボートへなげられ、それが係留ブイへと導かれ、太いもやい綱へと変わっていった。

「錨打て!」と号令がかかると、青い海面へ向け錨が勢いよく落下し、派手な水しぶきを上げた。

 

艦の係留作業がひと段落すると昇降口にスロープが設置され、ようやく乗り降りができるようになった。

その頃、泊地内部から猛スピードでこちらへ近づく1隻の内火艇

その内火艇は三笠へ近づくと、ぐるりと外周を一周回っていた。

内火艇の舳先へ立つ艦娘は

「へ~」、「ほ〜」、「おお〜」ともうすでに言葉ではなく奇声ともとれる声を発していた。

それを艦橋で見ていた三笠は

「やはり、一番乗りは奴か?」と横に立つ副長へ言うと、

三笠副長もその姿を見て

「ああいう姿を見ると、血は争えませんな」と答えた。

 

内火艇は三笠外周を観察した後、昇降用スロープへ近づくと舳先に居た艦娘は、居ても立っても居られないのか、スロープへ飛び移ったと思うと一気にピンク色の髪を振り乱しながら階段を駆け上がってきた。

甲板上で待機していた下士官に対し、その艦娘は息を切らせながら、

「工作艦明石、三笠様へ面会をお願いします」と言うと、返事は下士官からではなく

背後から聞こえた。

「明石よ、そんなに慌てなくとも儂は逃げんぞ」

振り返ると、艦橋から降りてきた三笠と副長が立っていた。

さっと姿勢を正し、敬礼し挨拶した

「三笠様、お帰りなさい」と言葉では言っているが、

視線がキョロキョロと、回りの装備品が気になるようで...

「明石よ、少しは落ち着いたらどうじゃ」と諦め顔で三笠は聞いたが、

明石は逆に興奮気味に、

「三笠様、なんですかこの艦!」と声にだした。

 

「戦艦三笠じゃが」とごく普通に返事をしたが、

 

「三笠さま、その様なボケはいいですから!!!」と叫びながら、甲板を触り、

「この装甲甲板、つなぎ目が殆どないじゃないですか!おまけに物凄い平滑度!」

「さっき外周を回りましたが、船体も殆ど継ぎ目のない構造です、リベットや溶接跡がないなんて信じられません!」と三笠にぐっと迫った。

余りの勢いに押される三笠、つい

「落ち着け、馬鹿者」といいげんこつを食らわせた、しかし明石は、それに負けず

「それにあのマストにあるクルクル回転している奴!もしかして新型電探ですか!」と立て続けに捲し立てた。

三笠も予想はしていたが、それ以上の反応に諦めて、

「明石、この艦に興味があるか?」と意味深に聞いてきた。

明石は三笠のその眼を見て一瞬たじろいだ。

この眼をするときの三笠は何か企んでいる、そう自身の本能が叫んだが、知りたいという欲望に勝てず、

「もっ、勿論です」と答えてしまった。

 

すると三笠は、

「この艦はおおよそ80年先の最先端技術をもって作られた艦じゃ、現世最強の艦と言っても過言ではない、ゆえに機密も多い」といい明石を睨み

「この艦で見た物、聞いた物を他言してはならぬ、良いか?」と鋭く睨んできた。

ぐっとたじろいだが、ここで負けては“最先端技術”を拝む機会はなくなると思い、

「勿論誓います」と答えたが、三笠の次の言葉は意外であった。

 

「但し、お主がこの艦で見た物、聞いた物をお主自身が理解し、分析した物を普及させる事は問わぬ」

 

「へっ、それはどう言う事ですか?」

「言葉の通りじゃ、いいかこの艦の装備は最新鋭と言葉で表すには次元が違い過ぎる装備じゃ、現行の艦へ普及させる為にはそれなりに噛み砕いていく必要がある、その役目、明石へ頼みたい」

明石はそう言われ、ぐっと息をのんだ。

“それほど中身は凄いのか?”

「わっ、分かりました」

 

それを聞くと三笠は

「よいか、この艦はそちの孫の会心の作、言い換えれば、これから其方が、進むべき目標でもある、こころして見るがよいぞ」といい

「副長、後を頼む、儂は海上司令部で今後の事を話してくる」といい、スロープを降り、

明石の乗って来た内火艇へ乗り込むと、内火艇を大和へ向わせた。

 

敬礼しながら三笠を見送り、そして明石は、

「三笠様、なにか変な事言わなかった?」と副長を見たが、

「まあ、そのうちお話があるでしょう」と誤魔化した。

明石は副長の言葉を聞きながら、

「ねっ、ねっ!何から見せてくれるの?」と期待に溢れる目で見た。

副長はこれから起こる事を想像しながら、

「では、まず舳先から順番にいきましょうか」といい

明石を甲板前方へ案内した。

それからしばらくの間、三笠艦内には明石の奇声ともいえる声が数時間響き渡った。

 

三笠は、大和へ着くとゆっくりとスロープを登り甲板へ出た。

当直の士官が敬礼して挨拶してくれた。

「三笠様、お帰りなさいませ」といい、大和が迎えてくれた。

「うむ、ご苦労であったな、皆揃っておるか?」

 

「はい、長官も先程こちらへ到着され、今は会議室におられます」と返答してきた。

「うむ、他は?」

「はい、宇垣参謀長、黒島先任作戦参謀、主要参謀と、私、長門様、

あと航空戦隊総括の赤城さんです、重巡以下の子達には?」

三笠はゆっくりと歩きながら、

「いや良い、上の意思決定がされぬまま情報だけ流せば、要らぬ混乱を招く、まあ噂話程度なら彼女達のお茶請け話に丁度よかろう」

大和は三笠の後を歩きながら、

「三笠様、遅ればせながら新造艦建造、おめでとうございます。この大和、あの名だたる戦艦三笠と海の上でお会いできるなど夢にも思いませんでした」

 

「大和よ、ありがとう」といいながら、三笠は振り返ると、

「そちも、戦友は大切にするのだぞ」といいそっと大和を見つめた。

 

「三笠様?」

三笠の眼には 何故か光る物があったが、

「さあ、イソロクを待たせるとあとがうるさいからの」といい、足早に大和艦内を歩いた。

二人の足音だけが廊下にこだましていた

 

 

 

金剛は自艦を大和たちが停泊している係留地後方の第3戦隊戦艦群の海面へ向け、タグボートに誘導されようやく係留作業が終了した。

いくらパラオで機関とスクリュー、舵などを改善したとは言え、やはり細かい動きはタグボートの助けが必要であった。

以前なら係留の向きなど気にもしなかったが、今は舳先を湾の外側に向け、いつでも出港できる体勢で係留した。

係留作業が終了する頃、居ても立っても居られないのか、僚艦から内火艇が近づいてきた。内火艇が昇降用スロープへ近づくと中から数人の艦娘が飛び出してきた。

金剛は、

「キマシタネ」といい、艦橋を降りて甲板へ迎えに出た。

 

甲板まで降りると、すでにそこには数人の姿が。

金剛をみるなり、

「金剛お姉さま!!」といい、比叡は金剛に抱きついてきた。

予想はしていたが、不意に抱きつかれ慌てる金剛、

「どうしました、比叡?」

 

「比叡は、比叡は」といいポロポロと目に涙を浮かべながら、

「お姉さまが被弾したと聞き、居ても立っても居られなくて…」と声を詰まらせた。

すると金剛は、そっと比叡の頭をなでながら、

「もう比叡は心配性デスネ、私はno problem!ほら」といってその場で軽く踊って見せた。

 

「金剛お姉さま、お帰りなさいませ」と榛名は淑やかに挨拶し、

横では、

「お姉さま、ご無事で何よりです」と霧島も挨拶してきた。

「皆も元気そうで安心デス」と笑顔で答える金剛。

その笑顔を見た瞬間、再び比叡は金剛に抱きつき、その感触を堪能していたが、

榛名と霧島は後方から近づく人の気配を感じ、さっと道を開けた、その気配に全く気がつかない比叡は金剛の感触を堪能していたのだが、急に肩を叩かれ、不機嫌に、

「誰、私とお姉さまの時間を邪魔する馬鹿は!」と振り返った先に立っていたのは!

 

「ひえー!! ちゅ、中佐!」といい比叡は固まってしまった。

そこに立っていたのは元第3戦隊指揮官、パラオの虎と呼ばれた元中佐であった。

固まる比叡を後目にして元中佐は、榛名達へ

「おっ、皆美人度に磨きがかかって大変よろしい、若干一人は変わらんな」と若干1名の比叡を見た。

元中佐は、右手に持つ杖で甲板を叩き“コン”という音をたてた、その音を聞き比叡も正気を取り戻す。

「しっ、失礼しました中佐」と直立不動の姿勢で敬礼する比叡。

比叡が緊張するのも、そのはずである。

目の前には元上司、それも猛訓練で鍛えられた鬼上司がいるのだ、幾ら予備役とは言えその眼光の鋭さに射貫かれそうになった。

比叡にとってはそれ以上に、お姉さまのいい人であるというのが問題であったが

 

榛名は慌てる事もなく、

「中佐、ご無沙汰しております」と一礼し、

霧島も、

「では、ヒ12油槽船団は中佐が指揮されてきたのですか?」と聞いてきた、

すると、元中佐は、

「おう、お前達が教練で使う重油、たっぷりと持ってきてやったぞ、その成果を期待しているぞ」といい

金剛へ向い、

「金剛、例の件宜しく頼む」

 

すると金剛は

「はい、中佐。ご期待に沿えるよう、この第3戦隊精進イタシマス」と普段の金剛からは想像できない丁寧な言葉で返事があった。

その雰囲気にただならぬ気配を感じる比叡達

 

元中佐はそれだけ言うと、コツコツと杖を鳴らしながら、下船の為にスロープへ向った。

それを敬礼しながら見送る金剛達

元中佐はスロープに待機する衛兵へ、いつもの用に気さくに挨拶しながら、静かに降りていった。

元中佐の姿が見えなくなって暫くたち、ようやく緊張から解放された比叡達は、

「お姉さま、一体何があったのですか!?」と比叡が聞けば、

「色々とお聞きしたい事があるのですが」と榛名も詰め寄り、

「先日、宇垣参謀長から“孫娘”という言葉を聞いたのですが」と霧島も問いただしてきた、流石の金剛もステレオ状態で問い詰められ形勢が苦しいとみると、

 

「良いですか!これから話す事は、トップシークレットデス、連合艦隊司令部でも機密事項に該当します、決して時が来るまで公開してはNoネ」

そして、妹達を見て、

「OK?」と聞くと、皆頷いて同意した。

「では、私の士官室で、ティータイムデス」といい妹達をつれ、幹部士官室へ向う金剛

そこで雷撃され、こんごう達に救助されパラオへ入港、修理改修された事、

次元の違う世界から来た同じ「金剛型の艦霊を持つ孫娘達」の事、そして三笠建造、

パラオ艦隊の活躍、特にこんごうの活躍を聞かせた。

暫し呆然とその事を聞く比叡達

最初はお姉さまお得意のジョークかと思ったが、改修された艦内設備、特に新型電探FCS-3を見せられ、現実であるという事を実感した。

最後に金剛は、

「中佐は、時が来れば自分も現役に復帰して、この第3戦隊を指揮し決戦に挑むとおっしゃっていました」そして力強く、

「いいですか!その日まで轟沈など決して許しません、生き残りなさい!」と妹達に訴えた。

比叡は、壁に飾られた1枚のカラー写真をみた、そっと席をたちその写真をじっとみて

「お姉さま、この写真の子達が!」と指さした。

 

「その写真は、由良の婚礼写真ですね、そうそこに写るYouそっくりな子が、護衛艦ひえいちゃんネ」

その言葉を聞き、榛名も霧島も一斉に席を立ってその写真を見た。

そこには、自分達と瓜二つの艦娘が映っていた。

もうここまで来れば、話を信じるしかない。

金剛は静かに紅茶を飲み、そして、

「私達は彼女達に繋がる世代の為にも、絶対生き残らなければなりません、その為にも

明日から猛訓練です!」と妹達を鋭く睨んだ。

 

すると比叡は、

「気合!入れて!行きます!」と腕を鳴らし、

榛名は

「勝利を掴んで見せます」と静かに語った

霧島は、メガネの位置を直しながら、

「私の計算で、艦隊に勝利を導いてみせます」と目を光らせた

 

金剛は、妹達の答えに満足しながら、

「でも、今日はティーを楽しみましょう」といい笑顔で妹達をみた

暫く、士官室に笑い声が響いていた。

 

しかし、同じ士官室でも作戦会議を行う大和士官会議室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

会議室の大型のテーブルには赤城が座り、対面には宇垣をはじめ、黒島など連合艦隊の主席参謀が雁首を並べていた。

宇垣を除く参謀の手元には、「最重要機密」と記載された

「パラオ特務艦隊概要について」という報告書が手渡されていた。

山本や三笠が到着する前に、事前に招集された幹部達は、宇垣の諜報部隊が収集した、

パラオ特務艦隊、すなわち自衛隊艦隊の概要について、その報告書を読むように言われていた、当初それを読んだ黒島達は、

「参謀長、冗談も程々にしてください」と半信半疑であったが、宇垣は

「おっ黒島、俺の情報網を疑うのか?それにもうすぐ生きた証拠がくるぞ」といい、外を指さした、そこには新造艦として甦った戦艦三笠がいた。

黒島達は目を疑った、横須賀で日本海海戦の記念艦として、桟橋に固定する形で船底にコンクリートを入れ、2度と船出できないようにしてあったはずの戦艦三笠がすぐ真横にいる。

会議室の棚から、各員双眼鏡を持ち出し、つぶさにその船体を確かめた。

新型の主砲、各所に見えるアンテナ、回転式電探、どれをとっても、現在の技術では理解できても、製作は程遠いものばかりだ、それに用途のわからない艦橋付近の白い板のような物まである。

現実に新造された三笠を見た参謀達は、再び席へつき、再度報告書を食い入るように読んだ、いまここに書いてある事が事実なら、それこそ一大事だ。

事の重大さにいまさらながら気がついた。

そこへ、大和を連れた三笠が入室してきたが、皆あまりに真剣に報告書を読んでいたので、誰一人三笠に気がつかない、室内には、各自がページを捲る音だけが響いていた。

 

テーブルの端では、長門を相手にイソロクが、ここでも1局打っていた。

室内には、ページを捲る音と、盤面に駒を打つ音だけが暫く響いた。

 

ふと、黒島が視線を上げると、目前には三笠が既に着席していた。

慌てて、

「三笠様、気がつかず、申し訳ございません」と非礼を詫びたが、三笠は

「なに、その報告書が気になっておったのじゃろ」といい別段咎める事もせず

 

「イソロク、そろそろ終わりか?」と長門との対局の結果を聞いた。

すると長門は、

「長官の勝ちです、長官、少し指し方が変わりましたか?」と聞いてきた。

山本は、

「まあな、パラオでだいぶ勉強させてもらったよ、奇襲だけでは戦は勝てん」といい、

駒を片づけながら、自分も席へ着いた。

 

参謀達も、報告書を読むのを止め皆、山本に注目した

「さて、皆2週間の間、留守にして済まなかった、この2週間の間に、俺と三笠はパラオに現れた通称自衛隊艦隊に対する対応を検討する為に現地へ行っていた」

続けて、

「自衛隊艦隊については、宇垣参謀長がまとめたその報告書の通りだ」

すると、参謀の一人が、

「では、次元の違う未来から来たというのは?」

 

「ああ、事実だよ、その証拠をこの眼で見てきた、そしてもう一つの証拠があれだ」と

窓の外に写る戦艦三笠を指示した。

既に、長官と三笠様がその眼で存在を確かめて来ているのだ、もう疑う必要はない。

おまけに戦艦三笠を数日で建造したその技術力、驚嘆するばかりである。

 

黒島先任参謀は、率直に他の参謀達の意見を代表して、

「長官、その自衛隊艦隊、如何なさるおつもりですか?」と問いただして来た、

すると山本は、

「基本、我々と行動を共にしてくれる事は確認してきた、但し指揮命令系統については彼らが独立して持つ、こちらからは各種作戦について協議し必要な相互援助を行う」

すると黒島は

「では、自衛隊艦隊は我が連合艦隊の指揮下には入らないという事ですか?」

 

「ああ、あくまで同一の目的の為に行動を共にするという事だ」

 

「同一の目的?」と参謀の一人が声にだした。

その問には、三笠が答えた

「その目的とは、深海棲艦との和睦、そして海の安泰を築き上げる事じゃ」

 

室内にどよめきが起こった。

その声を制するように大和が、

「深海棲艦との和睦ですか? 殲滅ではなく」

山本は、

「その通りだよ、自衛隊艦隊の司令とこの2週間色々と話をしてきた、その結果から言えば、たとえ深海棲艦を殲滅したとしても、対米政策に好転は見込めない、何故か?それは、

米国が深海棲艦を利用しこの対日包囲網を引いているからである。結局我々は深海棲艦との戦闘で疲弊した所を米国に経済、軍事の両面から潰される事になる」

宇垣は、

「やはりですか?」と聞いてきた

山本は、

「ああ、ハワイ真珠湾攻撃の件もそうだが、米国が上手く立ち回りすぎる、深海棲艦を裏で煽る勢力が必ずいるとみていい」

 

山本は姿勢を正し、幹部参謀達を鋭く見た、

「いいか、今後の連合艦隊司令部の方針について話す。対深海棲艦については、強硬派と目されるミッドウェー群体を排除しつつ、穏健派アリューシャンの北方海域群体を説得し深海棲艦内部の体制変革を目論む、いいか目的は殲滅ではなく、和睦と共存だ!」

 

幹部の一人が、

「共存ですか、しかし!」

 

すると山本は、ぐっとその幹部を睨み、

「しかしとは?」

 

幹部は続けて、

「今まで、深海棲艦との戦闘で多くの将兵が戦死、傷ついています、ここで共存などと言っては、英霊達になんと言って詫びるのですか?」と強く反論した。

 

 

三笠は、腕を組みじっと話を聞いていたが、突如

「馬鹿者!」と声を荒げた、そして

「よいか!もしこのまま深海棲艦との戦闘を、なんの目的も持たず、ただ続けておれば間違いなく、米国との開戦は免れんぞ!ここにおる者の中で、深海凄艦、そして米国との三つ巴の戦いになったとき、いかに争いを終えるのか策のある者はおるか!」

 

三笠はぐっと鋭く幹部達を睨んだ。

すると、若手幹部の一人が、

「しかし三笠様、それは統帥部の権限では」と反論したが、

 

三笠は

「統帥部、参謀本部に軍令部か! あ奴らが、ここ数年まともに機能した事があるか! 真珠湾攻撃の際も、命じるだけ命じておいて、失敗すれば責任をこちらへ押し付け、その後の深海棲艦との戦闘でも、方策はなし、場当たり的な作戦ばかり、第一、その意義を説明できん作戦など論外じゃ!」と怒りを露わにした、そして

「良いか! 前線で砲火にまみれ血しぶきを浴びておる部下へ、命じる我ら前線指揮官がその様な他人任せでは、それこそ先に散った英霊になんと申し開きするのじゃ!」

 

 

山本は静かに席を立ち、

「諸君、今や軍令部はその目的を見失いつつあるといっても過言ではない、お上のご意思は以前より、民の安泰を切に望まれている、本来それを実現するのが我が連合艦隊であり、その連合艦隊を実務で指揮するのが軍令部であった。しかし現在、軍令部は多用途化する事案に機能が麻痺しつつあるともいえる、もし参謀本部や軍令部若手将校のいう南進政策で資源を確保し、国益に沿ったとしよう、一時的ではあるが国内は戦争特需に沸き景気は上向く、しかしその状況を米国が見逃すと思うか! この東アジアでの小競り合いが拡大し、そして太平洋地域全域へ広がったとき、我々はなんとする!」

 

そして 山本は静かに呼吸を整え、

「百年兵を養うは、ただ平和を護るためである」とだけいい、席についた。

 

静まりかえる室内

三笠は、皆を一瞥し、そっと語りだした

「今、パラオにおる自衛隊艦隊、彼女達は我々とは違う世界を80年進んで生きて来た、彼女達の世界では我が日本は、深海棲艦と米国との三つ巴の戦闘になり結果...」と横に座る山本をみたが、山本はそっと頷いた

 

「日本は敗戦したのじゃ」

 

「日本、連合艦隊が負けた!」

「そんな馬鹿な!」と一斉に声に出し、ざわめく室内

 

大和は横に座る三笠へ

「三笠様、嘘ですよね」と震えながら聞いて来たが、

三笠はそっと首を横へ振った。

 

「その様な御冗談を、わが帝国海軍が弱腰の米国などに負けるなど」と参謀の一人が大きな声でいったが、山本や三笠の眼は本気であった。

 

すると宇垣が

「長官、その敗戦はあくまで向こうの世界の話ですな」といった

山本は、

「ああ、そうだ。向こうの世界では真珠湾攻撃は成功したが、その後日本は戦略的視点から防戦一方に追い込まれ、国内産業は干上がり、日々の生活にも困るまで資源不足となる。そこへ米国の日本本土への直接攻撃により多数の民間人を含む戦死者を出し、結果、敗戦となった」

 

そして、三笠が、

「日本の戦死者数は、310万柱」

 

「310万人!!!」と皆の声がした。

 

山本は、

「いいか、無能な指導部の無能な方策で310万もの尊い命が失われたのが、自衛隊艦隊が歩んだ歴史だ、彼女達は国土を焼き払われ、すべてを失った世界から一つ一つ積み上げ、再び、専守防衛の理念の元、旭日旗の旗を掲げ復興した海上抑止力だ、我々は彼女達の先人が犯した愚策を繰り返すわけにはいかん、それを防ぐために、彼女達がこの世界へ送られて来たと考えてよい、もし俺の言った事が理解できない奴は今直ぐ辞表を書け、本土に帰ってもらう」

 

山本は、暫し幹部を睨み

「俺からは以上だ」と話を終わった

 

すると席の中央に座る南雲第一航空艦隊司令が、

「自衛隊艦隊の件、軍令部にはなんと報告するのですか? その戦力この報告書通りなら、我々は赤城級空母を2隻、大和級を4隻手に入れる機会でもあります、軍令部がだまっているとは思えませんが?」

 

すると山本は、

「軍令部が武力で接収にくると?」

 

「ええ、パラオ艦隊は無力でも、このトラックにいる空母機動艦隊や大和を動員すれば可能では」と南雲が答えたが、

 

山本は、

「なあ、三笠。お前、こんごう君と撃ち合って勝つ自信はあるか?」と聞いたが、

三笠は素直に

「ある訳なかろうが」

 

「でも、たかが重巡、正規空母と大和があれば抑える事ができるのでは?」と再び南雲が聞いたが、

 

三笠が

「南雲よ、仮に赤城に加賀、大和に長門を連れて行っても、こんごう殿には傷一つ付ける事はできんよ」

 

それには長門も反論した、

「三笠様、この長門、旧式とは言えビック7の一角をなす艦です、重巡ごときに遅れをとるなど」

大和も、

「私の46cm砲は世界最大級です、その砲が通用しない重巡など」

しかし、赤城だけはじっと黙っていた

 

南雲は

「どうした赤城、一航戦の誇りで負けませんといってみろ!」と急かしたが、

 

「私は三笠様のご意見に賛成です、我が航空戦隊の戦力では不十分です、報告書にはありませんが、長官機を護衛した我が戦闘機隊の報告によれば、自衛隊艦隊の航空戦力は当方の数倍近い能力があると推察されます、80年近い技術格差、航空機の80年とは天と地ほどの差があります、勝てる気がしません」と率直な意見を述べた

 

すると三笠は、

「流石、赤城じゃな。よいか皆、その報告書にある戦艦ル級を含む艦隊との戦闘、相手は戦艦1、重巡1、軽巡1、駆逐艦2の編成じゃったが、こちらは鳳翔の航空隊、そして自衛隊のこんごう殿、陽炎、長波の編成で迎え撃った。結果は、ル級を含む深海凄艦はすべて撃沈。こちらは99艦爆1機と長波の後部砲塔への着弾1発のみ、快勝じゃった」

 

すると南雲は、

「鳳翔隊の開幕航空戦でほぼすべての戦闘艦を叩いたのでは?」

 

「南雲よ、鳳翔の艦爆隊は6機しかおらん、それだけで5隻の戦闘艦を行動不能にできるのか?」

それには、南雲も答えに困った

「では?」

 

三笠は改まり、

「ああ、あの戦闘には儂も乗艦しておったが、今思い出しても身震いするほど衝撃的じゃった、自衛隊のこんごう殿は、はるか150km以上の遠方からル級艦隊を電探でとらえ、

鳳翔に搭載された自衛隊の特殊対潜機の誘導のもと、鳳翔隊を完璧に敵艦隊へ導いた。そして、遠方から、誘導式噴進弾2発でル級の行き足を止めた所を間髪いれず、鳳翔隊をル級に絞り突っ込ませた、見事な間合いじゃ、戦線が混乱した所を電探妨害しながら 一気に間合いを詰め、30km近い距離から命中9割以上の砲撃を毎分20発以上撃ちこんだのじゃぞ、いくら127mm砲とはいえこれだけ当たればただでは済まない、ル級、リ級ホ級とも撃沈、残るイ級は、陽炎と長波が雷撃できっちりしとめた」

 

すると、長門が、

「三笠様、いまの説明おかしくはないですか!いくらイ級とはいえ雷撃距離まで近づけば反撃され、こちらの損傷が1発だけとは辻褄が合いません」

 

三笠は

「長門よ、確かに反撃はすさまじかった、ル級の14インチ砲をはじめ、各種の砲弾、機銃がこちらめがけて飛んできた、しかし当たったのは1発だけだ」

 

長門は、

「そんなばかな、そのような力・・・、まさか!」と言いかけて押し黙った

 

三笠は、そっと

「いったであろう、そなた達の力では彼女には勝てんと」

 

山本は、

「まあ、このトラックにいる全艦艇をもってしても、自衛隊艦隊に損害を出すのは難しいよ、軍令部が武力での接収など言い出しても、無駄だ」

そして、

「この自衛隊艦隊については、暫く表向きは連合艦隊直属の特務艦隊として、存在を秘匿する、戦果についても公表しない。謎の艦隊として抑止力として扱う、いいな口外無用だ」と念を押した

 

すると、宇垣は

「皆、すまんが今読んだ資料は回収させてもらう、持ち出し禁止だ」といい、壁際に立つ

宇垣の秘書艦大淀が機密資料を集めて回った。

 

宇垣が

「では、パラオ特務艦隊に関する会議は以上だ、解散」といい、皆席を立ったが、

宇垣が

「黒島先任と大和、長門は残ってくれ、別件がある」といい引き留めた

 

皆が退室したあと、山本が

「参謀長、先任、この2週間、留守を済まないね」と言うと、

 

黒島先任参謀は、

「長官、パラオでだいぶ面白い事があったみたいですな、こちらは連日軍令部からの催促で死にそうでしたよ」

 

「ほう、例の件か、なんと?」と山本が聞くと、

 

「いつ、マーシャル諸島を奪還するのだ!の一点張りですよ」と呆れ顔である。

宇垣が、

「まったく、正式な命令書も寄越さず、作戦内容だけ寄越せとは無茶苦茶ですな」

 

黒島は、

「ええ、軍令部の若造どもには、正式な命令書があって、長官から指示が無ければ作戦は組めないと突っぱねましたが、命令書は近日中に届く予定ですので、こちらもそろそろ本腰をいれていかないと」そう言いながら頭を抱えた。

宇垣が

「おまけに、陸さんの連絡将校まで来て、長官に会わせろといいだしましてね。今はいないから用件はなんだと聞いたら、“マーシャル群島奪還作戦についてだ”といって、陸の師団を上陸させるから護衛しろといってきましたよ」

 

山本は表情を厳しく、

「陸軍までか! 参謀本部の意向だな」

 

長門は3人の会話を聞きながら、

“長官と参謀長は、世間では艦隊派と航空主戦派で反目していると思われているが、この3人の時は気さくに話す、やはり元は似た者どうしという事か”

 

すると宇垣は、

「黒島、既に問題点の整理は出来ているのか?」

 

「はい、参謀長」といいながら、持参した鞄を開き、マーシャル群島の地図を取り出した、そして

「おおよそ、作戦距離は直線で2000km、少し遠い位ですが、十分行動半径内です。

ただ問題が幾つか、まず最初に深海棲艦の拠点がはっきりしていません、奴らは、諸島の西を中心に重巡艦隊を巡回させ外敵の侵入を防いでいます」といい西部海域を示した。そして

「現在までの接敵情報を精査しましたが、ル級のelite級を確認していますが、flagship級は未確認情報のままです、重巡、軽巡及び水雷戦隊を確認、空母群についても、空母ヲ級、ヌ級を数隻確認しています。かなり厚い陣営です、これらが群島地帯に散らばっているようで、拠点が定かでない。よって攻撃目標を設定しにくい状態です」

三笠は、

「集中させ航空攻撃を受けぬよう、分散運用しておるのか?」

黒島は、

「はい、そうなれば、どこかに指揮命令系統を統括する所があるはずですがその所在が掴めません、ご存知の通り、過去数度、駆逐艦を最深部まで突入させましたが、小型魚雷艇の猛攻をうけ撤退しています、航空偵察も試みましたが、奴ら、西部諸島部に陸上電探を設置したようで、早々に迎撃される始末です」

つづけて、宇垣が、

「奴らの正確な拠点位置と行動半径の索敵が早急に必要だな」

黒島は地図を指し示しながら、

「同じく、懸案が一つ、2週間ほど前、諸島支援の為接近した時雨が、P38と思われる陸上機の機銃掃射を受けました。」

山本は

「本当か!陸上戦闘機まで出てくるとなると、次は大型爆撃機だぞ」

黒島は話を続けながら

「今の所、陸上型爆撃機は確認されていませんが、陸上機を運用できる滑走路をもつ基地が、最深部にあるとみるべきです、以前から話のあったマロエラップが怪しいとは思うのですが、あそこはそこまで滑走路が長くないはずです」

それには三笠が応じて、

「深海棲艦の基地建設能力は我々の想像を超えておる、重爆撃機が運用できる滑走路があってもおかしくあるまい、島の外周部を埋め立て、基地を建設しておるのであろう」

 

黒島は

「とにかく、作戦立案するにしても攻撃目標が定かでないと、見積も出来ません、

とにかく行って叩き潰せでは、トラックの油と資源が持ちません」

 

宇垣は、

「威力偵察ね~、あまりお勧めできなんだな」とぼやいた、それもそのはずだ、

先月ソロモンでそれをやって手痛い反撃をうけた。

 

すると三笠が、

「その件、儂と金剛に任せてくれんかの」

 

「おっ、三笠様、何かいい案でも」

 

「宇垣よ、儂と金剛の新型電探、水上探知距離は300kmをはるかに超える、おまけに金剛と連動して探知目標を測定できる、対空も同じじゃ、足の速い陽炎型と夕雲型数隻で、奴らの鼻先をかすめるだけでよい、探知情報を精査してやつらの出所を抑える、どうじゃ」

 

それには、大和たちがうなった

「水上300km以上ですか!私の21号でも150kmが精一杯で、そこにいる位しかわからないのですが、個別に識別という事ですか?」

 

「そうだが、水上目標なら200隻位は識別可能じゃ、金剛の電探情報と合わせるとその倍は固いな」

すると宇垣が、

「概要には書きませんでしたが、凄まじい性能ですね、後で見学させてください」

「自分も同行させてください」と黒島も追従した。

すると三笠は、

「構わんが、いま行くとちとうるさいぞ」

「五月蠅い?」と怪訝な顔をする黒島。

 

「ああ、明石ですね、昨日も俺の所へきて“明日入港予定の新型艦はなんだ!”ってしつこかったですからね、今頃驚きで奇声を上げている頃ですか」と宇垣があきれ顔でいった。

 

「本当に困った奴、まあこれもいい勉強よ」

 

山本は、

「さて、話を戻すか、他の懸案はやはりあれか?」

黒島は表情を厳しくして、

「はい。マジュロに取り残された邦人、現地人です。総数1000名近くおります。マーシャル群島で戦闘が起こった場合、間違いなく」

三笠は、

「現状は如何なる具合じゃ?」

 

すると宇垣が、

「青葉、報告を!」と声に出した

 

いつの間にか会議室の片隅に青葉が直立不動の姿勢で立っていた。

一礼したあと、

「報告いたします、現地に残留した情報員からの無電連絡では、現在マジュロ近郊に残留している邦人、現地人は980名、皆健康状態には問題なしとの事です、深海棲艦のマジュロへの上陸は確認されていませんが、環礁外周部に多数の機雷を設置し、事実上海上封鎖されています、食料については、環礁内部の漁でなんとか賄っている状況です、医薬品、油の不足により、事実上もって2ヶ月程度ではという事です」

そう言うと青葉は再び一礼し、壁際の大淀の横へ下がった。

 

山本は

「2か月か? 厳しい状況だな」

 

宇垣が捕捉して、

「現在、駆逐艦によるドラム缶輸送を続けて支援していますが、近づくのも難しい状況です、奴ら我々に大きな動きがあれば、環礁外部に待機させた重巡艦隊に、この環礁毎砲撃で消し去ると無線放送してきました」

 

三笠が、やや怒りながら

「元はと言えばあそこは首都という事で、陸の部隊が駐留しておったはず。奴ら、深海棲艦が近づいてきたという情報が流れたとたん、民間人を放り出して行きおって!

なにが“転進じゃ!”、そもそもその邦人とて陸を支援する為に来た者ばかりじゃろうに」と怒りながら話したが、山本が

「まあ、終わった事をグダグダいっても始まらん」となだめ、

 

山本と三笠の両大将は、腕を組み、暫し思考していたが、

山本は、

「黒島君、マーシャル群島開放作戦は次の3つの作戦を想定してくれ、まず

1は深海棲艦の正面艦隊の誘因と殲滅、ル級を含む深海棲艦を諸島から引き剥がし、艦隊航空戦をもって殲滅する。

2は深海棲艦の航空基地の無力化、艦隊航空戦に際し、敵航空基地からの増援部隊を絶つ

3はマジュロに取り残された民間人救出作戦

これは、1と2に先行して行う、成功した直後、1、2の作戦を即実行して海域の開放を目論みたい。」

 

黒島は、少し頭を抱えて、

「実は、1と2については既に骨子を考えていますが、3については全く未知の作戦です。我々海軍は撤退作戦はあっても邦人救出作戦は経験がありません。民間人を相手にどんな装備がいるのか? 見当がつかない状態です」

 

すると三笠は、にやりと笑い、

「なら、専門家の意見を聞くか、イソロク」

 

「専門家?... 自衛隊か!」

 

「ああ、彼女達ならできる、いっそお願いするのも手じゃぞ」

 

すると山本は

「三笠、それは少し図々しくないか、お前だって無理言って艦を貰って

その上、パラオ防衛、そしてマーシャルで邦人救助となるとかなりの借りだぞ」

 

三笠は平然と、

「まあ、借りられるうちは借りでおこう、催促なしの出世払いでな」

 

すると長門が、

「では、三笠さま、次は元帥ですか?」

 

やや冗談めいて、

「それも悪くわないがの、元帥より今の地位が一番面白い、まあ冗談はさておき、相談するのも策とみるが」

 

山本は、

「概要がまとまり次第、相談にいくか?」

 

即座に宇垣が

「俺も同行させてください!」といい、黒島も

「説明の為に同行します」と声にだした。

そして

「あの~、おまけでいいので私も」と青葉が手を上げた

 

すると三笠は

「パラオは大人気じゃの」と笑っていたが、

 

宇垣が、

「マーシャルの件はそれ位で、もう一つの懸案ですが」といい

三笠が

「ルソンと鈴谷の件じゃな」

大和や長門の表情が急に厳しくなった。

 

大和が、

「長官、ルソン北部警備司令の電文は本当でしょうか?私には信じられません、一部の子に情報が洩れて、動揺が広がっています」

長門も

「まあ、多少男に弱い所があるが、あの妹想いの鈴谷が精神崩壊など、考えつかん」

すると、山本が、

「お前達、あのルソン北部警備所司令の話、信じるに値するか?」

と大和達を見たが、皆首を横へ振った

大和は、

「あまり言いたくはありませんが、呉でもよい評判を聞きませんでした」

長門も

「彼奴は、軍令部に出向していた響にちょっかいを出すなど、不届き者、私の41cm砲の標的に...」と言いかけた所で、三笠に睨まれた

 

山本が話を続け、

「ルソン北部警備所の前任司令はおれも良く知っている方でな、あの方ならと思い、無理を言って在籍してもらっていたが、後進の為にと退役された、その後釜が奴だった。

奴に決まった時に、軍令部と大臣宛てに意見具申したよ。ルソンには米軍もいる。問題のある将校を配属するのは如何なものかって」

すると、宇垣が

「軍令部に無視されましたか?」

山本は、少し口調を厳しくし、

「ああ。いくら連合艦隊司令長官とはいえ、人事権はこちらの管轄と一笑されたよ。

海軍大臣には、手は尽くしたが、横やりが入った、本当なら北の島で頭を冷やさせるつもりだったらしい」

 

「横やりとは、例の親戚の参謀本部付きの中将ですな」と宇垣が聞いた

 

「ああ、全く困ったもんだ海の人事に介入してくるとは」と山本もあきれ顔である。

 

三笠は静かに皆を見て

「実はな、今回のルソン件、パラオでたまたま元中佐から報告を受けてな、自衛隊司令を交えて検討したが、結果から言えば、ルソン北部の司令は精神を悪霊妖精に乗っ取られた可能性が高い」

 

「なっ なんですって! そのような事が」と大和が聞いたが、

三笠は、

「落ち着くのじゃ。多分ルソンの司令は精神を完全に悪霊に乗っ取られ、もはや生ける死体と化しておると推察される。宇垣どう思う?」

 

すると宇垣も、

「こちらの掴んだ情報でもそのように考えると辻褄があいます、配属当初はまあ、好色でしたが、勤務自体には問題はないようでした、ところがある頃から急激に外部との接触を嫌いはじめています、その頃警備所の人員を入れ替えるという事をしていますが、

この入れ替えに不審な点が」

 

「不審な点?」

 

「ええ、現地の機関を動員して、入れ替えた者を追跡調査しましたが、そのほとんどが

行方不明者や身元がはっきりしない者ばかりです」

 

「幽霊か?」と山本が聞くと、

三笠は表情を厳しくし、

「いや、すべて悪霊に乗っ取られた死人じゃよ、もはやルソン北部は敵の手に落ちたも同然じゃな」

すると長門が

「では! あそこにはまだ駆逐艦 曙が残っています!」

宇垣が、

「青葉、現状では?」

 

青葉は一歩前へ出て、

「はい。現地の情報員の最新の報告では、定時の哨戒業務を行っている以外、曙本人、及び乗員は一切艦外へ出ず、警備所内で孤立しています。補給は哨戒時にルソン中部補給地へ寄り、分けてもらっています」

 

山本が

「宇垣、その辺りは?」

 

「ええ、状況が状況のなので、中部補給地には言い含めてあります、本当なら曙を保護したい所ですが、こちらが動けば内偵が露呈しますので」

 

「内偵はどの程度まで進んでいる?」と山本が聞くと、壁際にいた大淀が前に進み

 

「はい。搬入資材、資金などを精査しましたが、警備所規模に比較して3割以上の過剰な資材、資金が流れています。それらの多くが使途不明です。資金については現地で資材を購入しています。こちらから送付した資材についても先に現地で購入した資材と合わせ、

所在がはっきりしません。どこかへ横流しされたと考えるべきです」

 

山本は

「その横流し先が」

 

「はい、ルソン北部近海にいた深海棲艦の部隊だと推測されます」と大淀が話を締めくくった。

 

三笠は

「いったい誰が、それだけの資金をルソンへ送ったのか気になるの」

宇垣が、

「その辺りは、横鎮で押さえてあります、あちらの手札の一つにするみたいです」

 

「姉上も駒を揃えつつあるという事か?」

すると宇垣が、

「ええ、下手をすると参謀本部いえ、統帥部を巻き込んだ不祥事に発展する可能性もありますからね」

宇垣がつづけて、

「どちらにしても、まず 鈴谷を見つけ、話を聞く必要があるのですが」

 

それを聞いた三笠は、山本を再び見て、頷くのを確かめると、

「実は鈴谷は既に、儂らを護衛して来たパラオ艦隊が帰路にて捕捉、現在接触中じゃ」

 

「まさか! 撃沈など!」と長門が身を乗り出したが、

 

「落ち着け、馬鹿者」と三笠が制し、そして

「よいか、今回のパラオ護衛艦隊の旗艦は鳳翔、経験豊富な陽炎、新鋭の長波、そして

自衛艦隊の重巡戦隊総括のこんごう殿じゃ、経験も能力も申し分ない、その彼女達が、状況に流され、友軍を撃沈すると思うか?」

大和が

「自衛隊のこんごうさんの事はよく解りませんが、鳳翔さんがいるなら」と答えた、それには山本が、

「大和、こんごう君がいるなら大丈夫だよ、なんせ三笠が専属秘書艦にしたいという位だしな」

それには、宇垣や黒島が

「本当ですか!」と驚いた、

それもそのはずである、あの三笠大将の眼にかなう艦娘など早々いない、以前は戦艦金剛を秘書艦としていた、その後は暫く空席のままである、もしこんごうが秘書艦になれば2代(?)続けての就任である。

それには、三笠が、

「まあ、今はパラオ防衛の為保留しておるがの」といった瞬間、三笠の軍服のポケットから聞いた事のない音が鳴った、皆一瞬凝視すると、三笠はポケットに手を入れ、薄い板状の物を取り出し、何やら操作したとおもうといきなりその板に向かい

「儂じゃ、どうした」と話した、するとその板、すなわち携帯タブレットから

「こちら副長です、自衛艦隊旗艦、いずもさんより電文を入電しました、転送します」といい別の音がした。

タブレットをじっとみる三笠

大和や長門、いや山本を除く部屋の全員が驚いた、板状の物から声がしたのだ!

長門が

「三笠様、その機械は?」

 

すると三笠は

「携帯端末という通信機じゃ、儂の艦や金剛を経由してパラオとの間で音声や電文のやりとりができる装置、それに儂の艦や、金剛の電探情報もみる事ができる優れものだ」

 

すると興味深く、それを見る宇垣、

山本が

「宇垣、それを持つのはやめとけ、四六時中居場所を追跡されて居留守もできんぞ」

 

宇垣は、

「四六時中ですか?」と言うと、

山本は

「ああ、おちおち遊びにも行けん、三笠は俺にも持たせたかったらしいが、丁重にお断りしたよ」

すると、大淀が横から

「ぜひ、参謀長と海軍大臣には持たせていただきたいですね、参謀長は油断するとすぐ釣りに行きますし、海軍大臣の夜遊びにも歯止めがいるでしょうから」と笑っていたが、

宇垣は、

「大淀あれはな、食料調達という立派な任務だ」

やや呆れて聞く大淀であったが、そんな彼女達をよそにじっとタブレットを凝視する三笠、目元がふと笑った。

「三笠、いずも殿はなんと?」と山本が聞くと、

 

静かに、

「間に合ったか、海神の神々のお導きか」と三笠は告げ、そして視線を大淀へ向け

「大淀、熊野は今どこにおる?」

すると大淀は

「はい、大和さんの話にもありましたが、鈴谷逃走の情報が一部の艦娘へ漏れてしまいましたので、動揺を防ぐために今はこの大和艦内の艦娘区画へ保護しております」

すると、三笠は

「ここへ、連れてまいれ、話がある」とだけいい、じっと腕を組み瞑目し始めた

 

数分後、熊野を連れた大淀が会議室へ戻ってきた、

室内へ案内された熊野は山本、三笠の前まで来ると、

静かに一礼し、

「熊野でございます、山本長官、三笠様お帰りなさいませ、お呼びという事で参りました」と淑やかに挨拶したが、目の焦点は定まっておらず、いつもの優雅さはなかった

すると三笠は、じっと熊野を見て

「のう熊野よ、申したき事があるなら、素直に話すがよいぞ」と優しく諭した、すると

熊野は三笠の元まで駆け寄り、

「三笠さま、鈴谷は精神崩壊などしておりません!ましてや友軍を裏切り逃亡など、鈴谷は、鈴谷は...」といいながら急に声を詰まらせ、ポロポロ目に涙をため、泣き出してしまった。

三笠はそっと席から立ち、熊野の横までくると、静かに頭を撫でた

「三笠様?」驚き、顔を上げる熊野

 

三笠はそっと優しく、

「熊野、分かっておる」といいながら、大和たちへ

「ここにおる者で、鈴谷の精神崩壊の報を信じるものはおるか?」と聞いたが、顔を横へふった。

「鈴谷が誠実な事、皆しっておる安心せい、それに既にパラオ艦隊が鈴谷を発見し、先程救助したと連絡があった」

 

すると熊野は

「でっ、では鈴谷は助かったのですか?」

 

すると、三笠は

「その通り、鈴谷は現在 パラオ特務艦隊に保護され、パラオ泊地へ向っておる、船体は、鳳翔以下の艦隊が同じくパラオへ曳航中じゃ」

 

顔を上げながら、熊野は

「ほっ、本当ですか!三笠様!」

 

「ああ、安心せい」といい、席へついた、

 

三笠の代わりに大和がそっと熊野の横へ立ち、ポケットから小さなハンカチを取り出した。

「熊野さん、せっかくの美人が台無しですよ」といいそっとそのハンカチを手渡した。

それを受け取り、涙を拭きながら、熊野は

「では、鈴谷は精神崩壊などではなく、助かるのですね!」と身を乗り出して聞いてきたが、三笠の答えは厳しかった。

「熊野よ、今の状態では厳しいとしか言えん。状況的には先月起きた夕立の件より悪い。鈴谷は今、精神を悪霊に乗っ取られかけておる。気を抜くと自我が崩壊して悪霊化し、最悪、重巡棲姫化する可能性もある」

 

三笠の言葉を聞き、青ざめる熊野、しかし三笠は話を続けた、

「熊野よ、まだ海神の神々は鈴谷を見捨ててはおらぬ。パラオには、髭軍医もおる。そして

最新の艦娘精神治療施設と技術をもつパラオ特務艦隊がおる、その旗艦いずも殿から、そなたへ 鈴谷治療の支援要請がきておる」

 

熊野は、

「特務艦隊からの支援要請?」

三笠は、

「今、鈴谷の艦霊は強制的に眠らせている状況という事だ、まあ冬眠していると思えばよい、そうする事で、悪霊からの精神浸食を防いでおる、しかしこのままではいつか魂が尽きて、悪霊化する恐れがある、それを防ぐには、鈴谷自身の力で悪霊を振り払い覚醒する必要があるのじゃ、そしてその覚醒の鍵となるのがお主、熊野」といいじっと熊野を見た

 

「わたくしですか!」と驚く熊野

 

「そう、魂を呼び起こす道を指し示す声として」

そう言うと、三笠は

「熊野、至急儂とパラオへ向う、よいな」

熊野は、静かに

「はい、三笠様」と力強く返答した。

 

大淀が、

「陸攻をご用意いたします、護衛は、今回は12機でよろしいでしょうか?」

すると三笠は

「それはちと大袈裟ではないか、すでにトラックパラオ間は儂や金剛、そしてパラオ特務艦隊の電探網で包囲されておる、前回のような奇襲を受ける事もあるまい」

 

大淀が困惑しながら

「あの実は、前回護衛した赤城隊から“パラオに最新鋭機がある!”という話が流れてしまい、加賀隊や二航戦や五航戦から、パラオ方面の任務を志願する者が多数でる始末でして」

 

すると三笠は呆れて

「仕方あるまい、各隊の主要な要員で選抜せよ、良い機会じゃ」

 

すると宇垣が

「あの~、自分達も」と言いかけたが、山本が、

「宇垣君、マーシャル方面の作戦立案急いでくれ」とあっさりと言うと

「ですよね...」と宇垣と黒島はガックリと項垂れた

 

「大淀、いつ頃出立できる?」と三笠が聞いたが、大淀は

「準備だけでしたら、2,3時間ですが、今からですと日没して夜間飛行となります

位置を見失う機がでる恐れもありますので、出来れば夜明け前の離陸が安全かと」

 

三笠は暫し考え、

「では、早朝に出立し、パラオには午前中に到着するようにするかの」

「はい、三笠様、至急手配いたします、向こうにも暗号電文で送信します」と大淀が言ったが、三笠は

「いや、よい。儂が自分で送る」といい、再びタブレットを操作し、電文(メール)をしたためると送信した。

それを見ていた大和たちは

「たったそれだけで、暗号電文ができるのですか?」

と聞いてきた、

すると三笠は、

「その通り、80年と言う時間は世界を狭くしたらしいぞ」

 

それを聞いた山本は、

「遊び人には、辛い時代だな」とぼやいた

 

 

南雲第一航空艦隊司令は、空母赤城に戻ると、艦隊司令官室へ直行した

司令官室に入るなり、同行した秘書艦赤城へ

「何故、お前はあの時出来ますと言わなかった!」と怒鳴りつけた

「司令、落ち着いてください」と赤城が言ったが、

「たかが80年先の未来から来た艦隊。この赤城をはじめとする第一航空艦隊で十分押さえつける事ができるはずだ」と捲し立てたが赤城は、

「司令。山本長官や三笠様が、“無駄だ”と言われました。それだけ彼女達の実力があるという事です」

すると南雲は

「もういい、俺は軍令部総長へ報告書を書く、下がっていろ」といい放った

無言で一礼し、静かに退室する赤城

「その戦力、なんとしても手にいれる」と唸る南雲

 

廊下へ出た赤城は、深くため息をついた。

不意に後方から声を掛けられた

「また司令に怒鳴られたか?赤城」振り返ると、草鹿参謀長と源田参謀であった。

「はい、少し」と控えめに答えたが、草鹿参謀長は

「また長官とやり合ったか?」

「いえ、そのような事は」と赤城が答えたが、顔は困惑気味であった

すると、源田参謀が

「赤城、お前昼飯食ったか?」と聞かれた

「いえ、色々あって食べそこねました」

「なんだ、大和でうまいもんでも食ってきたとおもったぞ」と源田参謀が笑いながら言ううと、草鹿参謀長が時計をみて、

「俺たちも今からだ、下士官食堂ならまだ開いているから、行くか?」

「はい!」と元気な返事が帰ってきた

源田参謀が、

「嫌な事は、食べて忘れよう」といい、赤城の背中を押した

赤城の通路に、三人の靴音だけが響いた。

 

 

翌日、早朝、まだ夜が明けきらぬうちに、零戦12機は軽やかにトラックの航空基地を離陸した。深夜まで誰が行くか揉めたようだが、結局加賀隊が4機、二航戦が4機、五航戦が4機でケリが付いた。薄明かりの中、各隊毎に編隊を組んで陸攻の離陸を待った。

陸攻には、三笠と熊野が搭乗している、離陸前に後部機銃座に隠れていた青葉は大淀が確保してつまみ出された。

 

一式陸攻は、難なく薄暗い滑走路から離陸すると、一路パラオを目指して進路を取った、

即座に左右に零戦隊が護衛に付き、13機の編隊は 彷徨う魂を救うべく飛翔を続けた

 

離陸後機内では、熊野はじっと俯いていた、最初は緊張していたのだろうが、

暫くすると、スヤスヤと眠りについていた、多分昨夜は眠れぬ夜だったに違いない

そっと三笠は、据え付けの毛布を取り出し、熊野へ掛けた

自身も深く椅子へ背を預けじっとしていた。

ふと思えば2週間前この空路を飛んだ時、よもやまた自身が艦を持ち海原へでる事になるなど思いもよらなかった。運命とはわからぬ物と痛感した。

ふと、ポケットにあるタブレットが鳴った。

取り出し画面を起動してみると、パラオの哨戒圏内に入ったようで、自衛艦隊の電探情報が表示されていた。

こちらへ向う4機の光点

「来たか」と言うと、機長である陸攻小隊長へ

「出迎えがくるぞ」と叫んだ、すると小隊長は、

「彼奴ですか!楽しみですね」と返答してきた。

 

前方の遠方に見えた小さな黒点はみるみるうちに大きくなり、勢いよく横を過ぎて行った。

少し機体が揺れた衝撃で 熊野が目を覚ました

「三笠様、なんですの?」と聞いてきた。

「パラオからの出迎えが来たぞ」と機外を指さした、そこには

陸攻を左右に囲むように並走する、第六飛行隊のF-35が飛んでいた

その姿を初めて見た熊野が

「三笠様、あの機体は?」

「パラオ特務艦隊の艦載機じゃ」といい、Fー35を見ると、パイロット妖精が敬礼しているのが見える、窓越しに答礼すると、バンクして答えた

熊野が

「初めて見る機体ですが、あの機体は?」と興味深くその機体をみた

「パラオ特務艦隊の噴進機じゃよ、音の2倍の速さで飛ぶ事ができる」などと平然と語ったが、

「おっ、音の2倍ですか!」と驚く熊野

「熊野。これからパラオで見聞きする事、極秘事項に関わる。気をつけるのじゃぞ」

熊野は不思議そうに、

「パラオ、一体なにがあるのでしょうか」

 

「まあ、見てのお楽しみじゃ」といい、再び機外のF-35を見た

 

F-35の回りには、加賀隊や翔鶴、瑞鶴、蒼龍、飛龍の各零戦隊が近寄ってきては、離れるという行動を繰り返していた、彼らにとってはまさに目前の機体は異形の存在である。

 

一式陸攻はF-35の誘導を受け、最短コースでパラオ飛行場への着陸コースを取った

ゆっくりと降下を開始した一式陸攻、雲間を抜けその先に見えたのは、パラオ飛行場の滑走路である、零戦隊が、上空で直掩の為周回飛行に入るため、隊から分離し離れていった。F-35も2機が分離したが、他の2機はそのまま陸攻の左右を固め警護しながら降下してきた。

以前に比べ拡張されたパラオの滑走路へ向け着陸態勢をとる陸攻、車輪とフラップを降ろし、ゆっくりと降下姿勢をとる、その横に2機のF-35が同速度で降下している。

高度300mを切った所でF-35は降下を止め、そのまま直進し、一式陸攻は滑走路へ滑り込んだ、綺麗に鎮圧された路面は機体に軽い衝撃を与えただけで、まるで滑るように降り立ち、静かに減速していった。

減速した陸攻はゆっくりと、誘導路を通り、駐機場へ向う。

三笠と熊野は窓から外を見ると、誘導路脇で緑色の戦闘服を着た隊員妖精らしき影が、数名、ホースの様な物から液体を散布、その後を大型の鎮圧機らしき重機が進み地面を押し固めている。

熊野は不思議がり、三笠へ

「三笠様、あの方たちは何をしているのでしょうか?」

すると三笠は、

「このパラオ飛行場の拡張工事じゃ、ここパラオ飛行場は以前の数倍の大きさになる、大型の航空基地としてミクロネシア防空の拠点となる」

熊野は、

「横須賀航空隊に匹敵する大きさですよ!」

「それを可能するのが、彼らじゃ」といい自衛隊員を指した。

 

「彼らは...」

 

陸攻はゆっくりと飛行場の管理棟の前まで来た、以前は粗末な丸太小屋であったが、今では、プレハブの2階立てとなっていた

1階は鳳翔、瑞鳳の飛行士妖精の待機室と外来者の待機所、2階は管理事務所がある、

管理棟の横にはこれもプレハブであるが、管制塔も設置され、上には玉ねぎ型の半円形のドームのような物があった。

陸攻は管理棟の前まで誘導され、エンジンが止まった。

パラオ艦隊、旗艦由良、そして飛行場管理主任である瑞鳳が機の側まで行くとのと同時に飛行場の妖精兵員が足置きをセットすると、静かにドアが開いた。

ドアが開き切る前に中から熊野が飛び出してきた、そして外で待機する由良へ駆け寄り、

「由良さん!!鈴谷、鈴谷の様態は!?」と迫ってきた。

「熊野さん、落ち着いて!」と由良が慌てたが、その後ろから、三笠がゆっくりとで降機してきた、敬礼しながら出迎える由良と瑞鳳を見て、

「出迎えご苦労であった、で鈴谷の状況は」

敬礼した腕を降ろしながら、由良は、

「はい。現在、自衛隊艦隊の旗艦いずもで霊体治療を実施しております」

「では、いずもへ向うとするか」

すると由良は、普段三笠が持たない軍刀を左腰に下げているのを見て

「三笠様、その軍刀はまさか!」

「ああ、今回は相手が相手じゃからの」といい不敵な笑いを見せた

 

瑞鳳は、肩からぶら下げた無線機をとり何か言うと

「間もなく、お迎えが来る予定です」と告げた、

熊野は会話について行けず、暫くじっと聞いていたが、

「あの、何の話でしょう?」

すると三笠が

「来たようじゃの」といい、上空を見上げた、そこには見た事のない航空機が独特の爆音を立て急降下してきた。

少し砂埃が上がったが、綺麗に整地された駐機場は埃で煙る事もなく、静かにロクマルは接地した。

サイドドアが開き、中から緑の服を着た妖精が降りてきて、目前まで来ると素早い動作で敬礼した

「三笠様、熊野様、お迎えに上がりました」

 

三笠は満足そうに

「うむ、ご苦労である」といい由良を引き連れ、スタスタとロクマルへ歩き出した

慌てて後に続く熊野

機内へ乗り込むと、すぐさまサイドドアが閉められ、機体はふわりと浮き上がり、一路

泊地外周部へ停泊する旗艦いずもへ向った。

熊野は驚きながら、バブルウインドから機外の風景を眺めていたが、急に表情が険しくなった。

「鈴谷!」と大きな声を出した。

そこには、パラオ工廠横の桟橋に、無残な姿をさらす鈴谷の艦体があった。

既にあかしの工作船が出ており、浮きドックへの収容作業を急ピッチで進めているのが見て取れる。

「鈴谷の船体の状況は?」と三笠が由良に聞くと、

「はい、大破判定との事です、艦首主砲は3基とも破壊され、艦尾主砲2基も辛うじて動く程度です、高角砲、その他機銃類も大なり小なり破壊されています、

ほぼ戦闘能力を喪失している状態です、機関部も損傷しており、辛うじて舵が効いていたというのが現状です」

 

「よく、ここまで持ったの」

 

「はい、艦霊に接触したこんごうさんの話では、“熊野さんに逢いたい”という一心でここまで来たようです」

それを聞いた三笠は、

「なに、由良!こんごう殿は鈴谷の艦霊に直接、接触したのか!」

「はい、光の障壁を使い、直接鈴谷の声を聞いたそうです」

 

三笠は暫し考え、

「その力、姉上にも匹敵する力」

由良は

「やはり、彼女は光の巫女、選ばれし者なのでは?」

三笠はそれには、答えず、じっと眼下の鈴谷の船体を見ていた

 

一式陸攻が着陸した事を確かめた護衛の加賀隊以下の零戦隊は、順次着陸し、陸攻のすぐ近に誘導され駐機した、全機着陸し、整列駐機した時、突如上空から現れた見た事のない機体。

加賀隊隊長以下、皆 大きな回転翼をもつ機体に驚いたが、その機体が空中で停止して、ゆっくりと垂直に着陸したのをみて腰を抜かしそうになった。

「なんだ、あの機体は!!」と驚いていると、飛行場管理主任の艦娘瑞鳳と瑞鳳零戦隊隊長妖精が揃って迎えに来てくれた

「皆、お疲れ様、管理棟の中に朝ご飯用意してるよ、勿論玉子焼きも用意しておいたわよ」

と明るい声で瑞鳳が声を掛けたが、加賀隊の隊長は

「ずっ、瑞鳳さん、あの機体はなんですか! 真っ直ぐ着陸する機体など見た事ありません」

すると瑞鳳は

「え〜、いま見たでしょう、あれはロクマルっていう特殊対潜航空機よ」

「ロクマル?」

すると、ロクマルは三笠たちをのせて、今度は垂直に離陸していった。

もう声を失う、トラックの零戦隊

「艦長、少し刺激が強すぎましたか?」と瑞鳳隊の隊長が言うと、

「どうかしら?」と瑞鳳が答えた

 

すると、瑞鳳が肩から掛けている携帯型無線機が瑞鳳を呼び出した、

何やら話し込む瑞鳳

沈黙するトラックの零戦隊へ向け瑞鳳が、

「皆さん! いずも航空隊が先輩方へ挨拶したいそうです」といい滑走路左手を指した

そこには、エシュロン隊形で上空へ侵入してくるF-35の4機編隊があった

滑走路上空までくると、急に先頭の1機が右へ急旋回して分離し降下してきた。

車輪を降ろし、ライトを点灯しているのが分かる、そのまま着陸するのかと思いきや、その機体はゆっくりと滑走路上をまるで ヒトが走る速さまで減速すると浮いたまま、

駐機場の方へ進んできた、まるで上空から糸で吊るしているようだ。

独特の金属音を立てゆっくりとこちらへ近づくF-35

瑞鳳は笑顔で手を振っている、まるでいつも当たり前のように

トラックの零戦隊の近くまで、ホバリングしながら進んできたF-35は一旦空中で停止した、操縦席で飛行士妖精が敬礼しているのが分かる。

加賀隊以下の兵員妖精もそれを見て我に返り答礼した。

すると、F-35は機首を一瞬下げ、まるで“おじぎ”をしたかと思うと、機体を翻して、上空へ急上昇していった。

すでに言葉を失うトラック零戦隊

瑞鳳はそんな彼らに

「瑞鳳の玉子焼き冷めちゃうよ!さあ行きましょう」と声を掛け、管理棟へ皆を案内した。

管理棟へ向う途中、加賀隊の隊長は、

「あれが未来の戦闘機、もう次元が違い過ぎる、赤城隊の旦那の言った事は本当だった」

後に空母艦載機隊の中でささやかれる、礼儀正しい新鋭機の話の元はここから始まった。

 

三笠達を乗せたロクマルは、旗艦いずもへ降下を開始していた。

熊野は眼下に停泊する見た事のない大型空母2隻、そして異形の重巡4隻をみて

「三笠様、あれがパラオ特務艦隊ですの?」と聞いた

「その通り」

降下を開始して程なく、ロクマルは静かに着艦した、普段なら揺れる甲板に勢いよく降りるのだが、いずもは停泊中で揺れもない。おまけに 三笠大将以下来客が搭乗している、失礼があってはロクマル隊の失態となりかねない。

接地後、すぐに甲板上で待機していた、白いヘルメットをかぶった甲板要員が近づいてきた。

機内でFEが、

「三笠様、ドアを開けます、降機、移動の際は、頭を低くしてください」

といい、ゆっくりとドアを開いた、一瞬風が舞い込んできたが、それも収まると

機外で先程の甲板要員が手招きをして案内を始めた、その後に三笠、由良、そして熊野が続く

そこで熊野は艦橋下で、待機していたパラオ泊地提督と見慣れぬ軍服姿の数名を見た

ゆっくりと艦橋の下まで歩きながら熊野は、今着艦した大型空母を見た。

鈴谷の船体の破損に気を取られてよく見ていなかったが、いよいよ見ればこの空母、装甲甲板だ!それに大きい、多分赤城さんより大きい。

艦橋の下の壁面に数字で186と書かれ、その下にはローマ字でIZUMOと記載されていた。

熊野は直感で、米軍の空母に似てる!と感じ取った

でも兵員妖精達は日本の妖精だ!マストらしき所にある軍旗も日本海軍の旭日旗

“この艦は何?”と思ってしまう。

 

艦橋下には、泊地提督、自衛隊司令、いずもが待機していた、いずもの横には

「榛名さん?」

熊野はそこで、トラックにいる筈の戦艦榛名を見た。

「なぜ 榛名さんがここに?」不思議に思いながら、三笠と泊地提督の前まで来た

「三笠様、ご無事の到着、お待ちしておりました」と提督が敬礼しながら挨拶した

「泊地提督、自衛隊司令、この度の鈴谷保護の件感謝する」

二人は短く返事をしてそれに答えた

 

熊野は現状に困惑しながら、

「三笠様、この方たちは? それに榛名さんまで?」

 

三笠は慌てて、

「済まぬ、紹介がまだであったな、泊地提督は既にしっておるからよいとして

その横にいるのがこの特務艦隊“海上自衛隊艦隊”を指揮する艦隊司令」

自衛隊司令は、

「初めまして熊野さん」といい握手を求めた

熊野も

「熊野でございます」と社交辞令として握手した

そして

「彼女が、この艦隊の旗艦で秘書艦である 護衛艦いずも殿」

「いずもです、熊野さん」と笑顔で挨拶してきた

三笠は続けて、

「そして彼女が、自衛隊艦隊の対潜担当艦の護衛艦はるな殿」

はるなは、優雅に長い髪をたなびかせながら、静かに一礼した

「金剛型7番艦、護衛艦はるなです、よろしくお願いいたします」

熊野は

「くっ、熊野です」と挨拶するのが一杯である

熊野も、確かに神戸生まれのお嬢様であるが、はるなの優雅さはその上を行く

三笠は

「他の者達は?」といずもへ聞いた

「はい、ひえいは、本日は艦内待機、きりしまは防空当直、あかしは昨日深夜入港した鈴谷さんの船体の破損状況の確認です」

 

「こんごう殿は?」

「こんごうは 現在鈴谷さんの霊体保護中です」

 

横から熊野が

「三笠様、いま金剛さんとか比叡さんのお名前が聞こえましたが、この方々は?」

すると三笠は熊野へ振り返り、

「熊野、これから逢う艦娘達は金剛達の妹分、同じ金剛型の艦霊をもつ者達じゃ、しかし訳合っての、この艦隊は連合艦隊の秘匿艦隊として機密保持されておる、よいな」

 

「機密ですか?」とたじろぐ熊野

 

「そう機密じゃ、もし他の者にばらせば・・・」

 

「ばらせば?」

そう言うと三笠はじっと熊野を見て、

「分かっておるな」とだけ言った

 

「はっ、はい」とやや焦りながら熊野は返事をした。

 

「ねえ、はるな なんだと思う?」とはるなの横に立ついずもが、聞いたが

「副司令、ばらした時のペナルティですか?」

すると はるなは少し考え

「身体検査1時間とかではないでしょうか?」

 

「そっ、それは勘弁してもらいたいわね」とあきれ顔で答えに応じた

 

自衛隊司令の先導で、いずもの艦内を進む三笠達

艦の中心部にある艦娘治療施設区画へ入った。

区画の入口には、珍しく自動小銃で武装した隊員妖精2名が立哨している。

司令を見ると、素早く敬礼しながら、入口の防水ドアを開いた

入口には、関係者以外立ち入り禁止の札が掛かっている

全員が区画へ入った事を確かめると、再び防水ドアを閉じた

警備が厳しい

「物々しい警備じゃの」と横を歩くいずもへ三笠が声を掛けた

「本意ではないのですが、最悪の事態を想定しています、もし鈴谷さんが負けて悪霊化する事態となるとここで食い止める事になります」

通路内部にも小銃で武装した隊員妖精が立哨している

 

すると熊野はいずもの元へ駆け寄り、

「す、鈴谷はそれほど危険な状態なのですか!」

「いえ、今は眠っています」そういうと、

「着きましたよ」と通路の奥の一室へ案内された。

 

熊野は部屋に入って驚いた。

見た事のない機械がずらりと並び、色々な数字や波を表示していた。

そして 前方の大きなガラス板の向こうに、半透明の円柱が横たわっている。

じっと中をみると、

「鈴谷!鈴谷ですわ」と仕切りのガラス板にへばりついた

鈴谷は先程みえた半透明の円柱の中に病衣を着て、横たわっている、何か液体に浸されているのか、鈴谷の髪が浮いていた。

その鈴谷の横に白い制服を着た、女性が立っている。

その顔をみて

「金剛さん、戦艦金剛では!」と叫んでしまった。

「熊野よ、彼女は護衛艦こんごう殿じゃ、金剛型5番艦といった所かの」

「三笠さま、しかし戦艦金剛さんそっくりです、先程のはるなさんも」

「そうであろう、彼女達は戦艦金剛の血を引く者、似て当たり前じゃ」

「血縁者ですか?」と熊野は、三笠に尋ねた

「まあ、そういう事だ」

 

こんごうは、鈴谷が収容された調整槽の横に立ち、じっと左手を調整槽に乗せ、目を閉じている、彼女の左腕から、青白い光が放たれ続け、鈴谷の眠る調整槽を包んでいた

 

三笠は、

「こんごう殿は何時から結界を張っているのだ?」といずもへ問いただした

「今朝からです、かれこれ数時間近く経過しています」と答えた

 

「そのように長時間結界を張って、大丈夫なのか」と再びいずもへ問いただした

 

「はい、本来なら避けるべきなのですが、出力を絞って霊体保持に専念しているので、

なんとかこんごうも、持ちこたえています」

 

モニター画面の前に座る髭の軍医が

「三笠様、こちらで、霊波を計測していますが、安定した出力です、非常に素晴らしい力です」

いずもは そっと三笠にしか聞こえない小さな声で

「実は、自分もこんごうと交代で保護結界を張ろうとしたのですが、彼女に拒否されてしまいました。多分私の艦霊の起源が問題なのではないかと思います。はるな達では霊力不足です。

ここは致し方なく」

 

「そういう事か」と三笠は小さな声で答えた

 

三笠は、心配そうに鈴谷を見つめる熊野を見て

「いずも殿、現状の説明を熊野へ」といずもへ話を移した

 

いずもは、熊野の横へ立ち、

「鈴谷さんの身体的な傷については、ほぼ完治しています、意識を取り戻せば数日で元通り元気な鈴谷さんになります」

 

「では、鈴谷の意識は?」といずもを覗き込んできた

「今、彼女の意識は彼女自身の深層意識の中まで押し込んでいます、無我の領域と言ってよいでしょう、もし自意識がこのまま覚醒すれば、意識の外周にいる悪霊にそのまま霊力を浸食されてしまう恐れがあります」

 

「では、どのようにすれば、鈴谷を助ける事が出来るのですか?」

 

それには、三笠が答えた

「よいか熊野。鈴谷を助けるには、鈴谷自身で自分の魂の中に入り込んだ悪意を取り除く必要がある。悪霊と決別する意思が必要なのじゃ。その意思をもって自ら力で覚醒する。そうしなければ、こちらから無理に起こす事は出来ん」

 

じっと説明を聞く熊野

「熊野さん、貴方には同じ最上型改として貴方の艦霊で鈴谷さんの艦霊に接触して、彼女を説得してもらいたいのです」

 

「えっ!」と驚く熊野。そして、

「わたくしは、その様な高等な霊体技術を持ち合わせておりませんが」

 

「大丈夫です。鈴谷さんの魂までの道案内は彼女、こんごうが行います」

じっと別室で鈴谷に向け結界を張り続けるこんごうをみて、熊野が

「分かりました、熊野が参ります」

すると、三笠が

「よいか熊野、意思をしっかり持つのじゃぞ、そうしないとお主の魂も浸食されるおそれがある、ここから先は未知の領域、いわば神々の領域じゃ、気を引き締めていくのじゃ」

 

「はい、三笠様」

 

それを聞くと、いずもは左耳へ装備したインカムを操作して、

「各員へ、此れより艦娘鈴谷さんへの深層意識治療を開始します、艦内警戒配置へ!」

 

艦内に警戒配置を通達する放送が掛かり、警報ベルが短くなった。

いずもは 壁面に待機する武装した保安要員へ

「保安要員、いざという時は躊躇する事なく行動しなさい」

指示を受けた2名の保安要員は

「はい、副司令!」と敬礼したあと、自身の持つ89式自動小銃改に装備されたホロサイトの電源を入れ、コッキングレバーを操作し、初弾を装填、右指の親指をアンビセレクターへ掛けいつでも安全装置が外せる状態として、銃口を下げたまま位置へ着いた

物々しい雰囲気が室内に漂う

もし、鈴谷の覚醒に失敗して最悪の事態が起こった場合、ここで鈴谷が暴れだせば彼女を射殺する事もあり得るのだ、それ程この治療は危険が伴う

 

いずもは、緊張する熊野、そして三笠をつれ、鈴谷が眠る隔離室の重たいドアを開いた

静かに3人が入室すると、外部から係員がドアを閉め、ロックした。

その雰囲気に

「物凄い警備だな」と泊地提督が自衛隊司令に聞くと、

「ええ、なにぶん魂への接続は危険が伴います。とくに今回の様な深層領域への進入は何が起こるか。自分達の時代でも解明できない部分でもあります」

「本当かい? 由良」と横にいる由良へ聞いたが、

「はい、これはもう神の領域へ近づく行為です」と緊張して答えた

 

熊野たちが、隔離室へ入ると、静かにドアが閉まった

静かに物音ひとつしない空間で、じっと鈴谷を結界で守り続けるこんごうがいた

じっと目を閉じ、鈴谷の収容されている調整糟に左手をかざし、霊波を送り続けているのが熊野にもわかる。

いずもは、熊野を連れこんごうの横へ立った

すると、静かにこんごうの眼が開いた。

 

「こんごう、熊野さんを連れてきました、鈴谷さんの具合は?」

「はい、今の所深層意識下で、休眠状態です」

いずもは、三笠を見て

「では、はじめさせて頂きます」

「うむ、皆心して臨んでくれ」とだけいい、壁面近くの計測機器が並ぶ区画へ下がった。

 

いずもは、

「熊野さん、これを左腕に着けてください」といい銀色のブレスレットを渡した。

「これは?」それを受け取り、左手首にはめる熊野

「これは、精神感応金属でできた腕輪です。一時的ですが、貴方の艦霊を強化します」

すると、熊野は

「あの、どのようにすれは鈴谷の魂に接触できるのですか?」

「熊野さんの左手を私の左手に重ねてください、そして鈴谷さんに心の奥底から語り掛ければいいです、私が鈴谷さんの魂まで導きます」とこんごうが答えたが、

「語りかけるとは、どの様な事を言えばよいのでしょうか?」

こんごうは、少し考え

「今、鈴谷さんは眠っている状態ですから、そうですね、鈴谷さんを朝起こすイメージで語りかけてください」

「はあ、朝起こすイメージですか?」すると熊野は困り顔で、

「困りましたわ、鈴谷朝は弱くて、なかなか起きてくれないのです」

それには、こんごうも

「それは、困りましたね」といい、

「では、はじめましょう」そう、こんごうが言った瞬間、

 

“チャリン”

 

熊野が左手をこんごうの左手に重ねようとしたとき、熊野のポケットで鈴がなった。

ポケットに手を入れ、鈴とそれにつながるお守りを取り出した。

そして、何かを思いついたのか、それを左手に握り、そして静かにこんごうの左手に重ねた。

熊野は静かに目を閉じた、その瞬間、熊野の口から

「高天原に住まわし海神の神々、この熊野の魂を鈴谷の彷徨える魂へ、導き給え」と声が出た

 

「姉上!」と三笠が叫んだ

そう熊野の口から出たのは 海軍神社に住まう大巫女の声である

 

その瞬間、熊野が握るお守りから青白い光が放たれ室内を包んだ、そう暖かな優しい光が

 

 

そこは、何もない空間であった。

真っ暗な空間、私鈴谷はこの空間にいつからいるのだろう?

上も下も右も左もわからない空間、暑くもなく、寒くもない、そう何も感じない空間

ふと体を触ろうとしても、何も触れる事もできない。動いている感覚すらなく、ただ呆然と意識があるだけであった。

浮いているの? それとも沈んでいるの?

 

もし、ここが深海なら私、沈んだのかしら?

 

そうね、あれだけ傷つけば船(体)も持たないわ、沈んだのかしら?

そう思うと急に、誰かが話かけてきた、

“ならば貴方の体、私がもらい受けてあげる”と声がした

鈴谷の声?

真っ暗な世界に、そこだけ形が見える、いえ見ているのじゃなくて認識できる?

その形は少しずつはっきりと形になりだした。

えっ鈴谷! 私そっくりな形をした何か

その何かが静かに近づいてくる

そして、私に触れた!

“アナタノ魂 ワタシ二チョウダイ”

 

何か危険な感じがした、振り払おうとするが、腕の感覚も、いや体の感覚がない!

 

その時、別の声がした!

“お... おき… 起きなさ~い!!! 鈴谷!!!」

 

その声のする方を見た、すると小さな白い点の様な物が見えた、少しづつそれは大きくなり、やがて明るくなり、周りを包みこんだ、明るい優しい光

「温かい」と一瞬思った、そして、

「私、生きてる、生きているんだ!」と思った瞬間、目が覚めた

 

「う〜」少し唸ってみる、声がでる

視点がぼやけている、ゆっくりと目を開ける、そこは部屋の中だった

窓から 明るい朝日がさしている、遠くで小鳥の鳴く声が聞こえる。

不意に

「もう一度寝る」と言って布団をかぶった

すると、その布団を誰かが剥ぎ取った。

「起きなさ~い! 鈴谷!」

「なによ! 熊野! やっといい気分で寝れると思ったのに!」

といって意識がはっきりした。

目の前には、熊野がいる、ここは!

そうだ、ここは呉の艦娘訓練学校の寮だ。

見慣れた室内、木製の二段ベットに机、窓の外は...

「あれ? 外、真っ暗」

 

「目が覚めた 鈴谷!」と熊野が急に抱きついてきた

「いっ、痛いよ、熊野」あまりに力一杯抱かれたので、つい声にでた。

熊野は 再び鈴谷を見て、

「だって、貴方 あなた今死にかけてるのよ!」

 

「えっ?」

「鈴谷、今悪霊に魂を乗っ取られかけているの、しっかりして!」

と熊野は鈴谷を揺すった

「どういう事?」状況が上手く理解できない、いや待てよ

そう言えば...

すると、熊野と反対側から声を掛けられた

「思い出した? 鈴谷さん」

振り返るとそこには

「こんごうさん?」

そうだ、鈴谷 ルソン北部補給処に配属になって、新任の司令に追い詰められて、“騙されたんだ!”

 

「あの野郎!」とふと怒りが込み上げたが、熊野が

「鈴谷、今はダメよ」と外を指さした。

そこには、よくは認識できないけど、何かがいる

 

すると熊野は、

「私達ができるのはここまでです、これから先は鈴谷の意思で覚醒して、あの悪霊を振り払って」

「えっ、うそ」

こんごうが、

「鈴谷さん、ここは貴方の深層意識の中の領域なの、これ以上私達がここで活動すれば、あなたの自意識が混乱して崩壊する事もあるわ、それを防ぐには貴方自身の意思であの悪霊を振り払い、深層意識下から抜け出す事が必要なの」

 

「鈴谷の意思で?」

 

「そう」と静かにこんごうは答えた。

 

熊野がそっとポケットから鈴の付いたお守りを出してきた。

「はい、これ」

「熊野、これは!」

熊野はそっと鈴谷の手をとり、お守りを渡した。

「鈴谷が、迷わず私達の所まで帰ってこれますように」

それを受け取り、じっと手の中に握った。

 

「じゃ、鈴谷まっているわ」といい、熊野とこんごうの姿が光に包まれ、少しづつ消えていった、それと同時に部屋の中も眩い光に包まれた。

一瞬目を閉じる、そしてそっと目を開けると、また何もない真っ暗な空間であった

ただ、前とは違い、体の感覚がある、自分をしっかりと意識できる

「うん、鈴谷生きている」

 

また、誰かが、鈴谷に触れようとした

“アナタノ魂 ワタシ二チョウダイ、ソウスレバラクニナレルゾ”そう耳元で呟いたが

それには答えなかった、答えてはいけないと心が叫んでいる、

じっと前方を見た

小さな光の点が見える、あれが目指す場所、鈴谷が帰る場所

そっと一歩を闇の中で踏み出した、感触がある、また一歩を踏み出す。

そして、私鈴谷はその光に向かって歩いて行った

 

 

こんごうは、静かにフィールドを収束させていった。

光の環が、静かにこんごうの左手のブレスレットへ収束されてくる。

額には大粒の汗がにじみ出て、少し呼吸が荒かった

すぐに、いずもが駆け寄り、

「こんごう、大丈夫?」と声を掛けたが こんごうは、

「自分より、熊野さんを!」

意識を取り戻した熊野は一瞬ふらつき、床にへたり込んでしまった。

「ここは? 戻ってきたのですか?」とぼーとしながら回りを見回す熊野。

いずもは、熊野の腕をつかみ、

「熊野さん、ご気分は?」

 

「最悪ですわ、何か足もとがふらついています」と言いながら、ゆっくりと立ち上がったが、力が入らないのか足元がおぼつかない

いずもの手を借りてようやく立ち上がり、そして

「鈴谷は! 鈴谷はどうなったのですの?」と横に立つこんごうへ視線を向けた

するとこんごうは、

「私達の呼びかけで、自己の覚醒には成功しました、あとは鈴谷さん自身の力で、深層意識から抜け出せば、完全に覚醒できます」

「では、助かったのですね?」

「いえ熊野さん、まだ油断してはいけません」といずもが 鈴谷の入る調整槽をみた

 

3人で暫し、調整槽をみたが、不意にこんごうが

「始まりました」

すると、いずもが

「熊野さん、さがりましょう」と熊野を三笠が待機する観測機材の並ぶエリアへ下がらせた。

鈴谷の横たわる、調整槽の修復剤入りの溶液が抜き取られ、カプセルが開き、鈴谷の体が露わになった。

三笠の表情が厳しさを増した

「いずも殿、悪霊と対峙した事は?」と聞いてきた

 

「はい数回、海賊対策で」

「儂も数回あるが、このように艦娘に憑依した悪霊を取り出すのは初めてじゃ」

「私も初めてです、鬼が出るか蛇が出るか、全く予想出来ません」

そう言うと、インカムを操作し

「保安要員! 最終段階に入ります。泊地提督並びに由良さんを最重要護衛対象に!」

するといずものインカムに

「おい! おれは護衛なしか!」と司令の声がしたが

「貴方は自分の身は自分で守れるでしょう!自衛官なんですよ!」と怒鳴り返した

「仕方ないな」といい、諦めたようだ

監視室では、提督達の前に武装した保安要員が立った

司令は仕方なく保安要員から9mm拳銃を受け取ると、自らいつでも撃てるように構え、

観測機器を操作していた髭の軍医や医務官たちは区画外へ はるなの誘導で退避した。

由良は提督の前に立ち、いつの間にか取り出したC96を構えた。

 

こんごうは三笠の横まで下がると、ちらっと三笠の腰に下がる軍刀を見た。

柄に右手がかけられ、既に鯉口が切られていた。

いずもは、

「三笠様。この艦は一応、対霊術式がかけてありますが、莫大な霊力には対応できません。お気を付けください」

 

「ならば、この部屋の中で仕留めるしかないな」

 

「はい、艦内で暴れられると大変です」

 

「いずも殿は熊野を頼む。儂とこんごう殿で押さえよう」

 

「はい、こんごう行ける?」

即座にこんごうが

「問題ありません!」と答えた

 

その時、鈴谷の体が少し動いた。

身構えるこんごうと、三笠

「う〜」と鈴谷の声がした

「鈴谷!!」と熊野が前へ飛び出そうとしたが、いずもがそれを止めた

 

「鈴谷が!」と熊野が声に出したが、

「まだ、鈴谷さんの意識と悪霊との分離が出来ていません、近づくのは危険です」

ぐっと堪える熊野

 

静かに鈴谷の上半身が起き上がった、右手で目を擦りながら、まるで寝起きの悪い子供のようなしぐさをしてぼーと前方を見た、不意に熊野達の方をみると、

「あっ熊野、おはよう」と間の抜けた挨拶をしてきた

「鈴谷!!」と声にだす熊野、こんごうと三笠はさらに表情を厳しくし身構えた。

ぼーとこちらを見ながら、

「あれ? 三笠様? それに...えっーと、確かこんごうさん?」と段々と意識が覚醒してきたようである。

ゆっくりと立ち上がり、調整槽から出た。

調整槽の横に立ち、そっと自分の体を見直す鈴谷

先程まで修復剤入りの溶液に浸っていたせいで、病衣が体に張り付いて鈴谷のボディラインをはっきりと浮き上がらせ、セミロングの髪からは、ぽたぽたと溶液が染み落ちていた

鈴谷は一瞬自分の胸元をみて

「やだ…マジ恥ずかしい…見ないでってば!あぁー」と言いながら、熊野をみて

「熊野、私鈴谷よ」といい、よろよろと熊野達の方へ歩こうとしたが、

「止まりなさい、それ以上こちらへ近づいてはだめ!」急にこんごうに止められた

「えっ」

厳しい表情で、こちらを睨むこんごうと三笠

三笠は

「どちらが、実体じゃ?」

こんごうは

「霊波的には どちらも同じに見えます、しかし」

「皆、どうしたの?」と熊野をみたが、

熊野は

「鈴谷が 二人?」といい、後を指さした

そこには、鈴谷と同じ格好をしたもう一人の鈴谷が立っていた。

後に立つ鈴谷が、

「私よ、熊野、鈴谷は私」といい熊野を見た

前方にいた鈴谷が、振り返りながら、

「うそ! なんで私がももう一人いるの! うわっ きっもー」と自分の姿を見て叫んでいたが、いずもは熊野へ

「いい、片方は本物の鈴谷さん、もう一方は鈴谷さんの魂を複写した悪霊よ、惑わされないで」

熊野は二人の鈴谷をじっとみた。

どこかに差があるはず。私にしか分からない差。しかし、

「いずもさん、だめです。見分けが付きません!」

 

しかしその時、

 

“チャリン”

 

室内に鈴の音が鳴り響いた。

 

前方に立つ鈴谷がそっと左手を前に出し、握っていた手を開いた。

そこには、熊野の鈴の付いたお守りが握られていた。

 

「三笠様! 前の鈴谷が本物の鈴谷です!!」咄嗟に熊野が叫んだ

 

さっと、こんごうが前方の鈴谷の腕を掴んで、こちらへ引き寄せ、後方にいるいずもへ引き渡した。

引き渡された鈴谷を素早く 自身の背後に回し、熊野の横へ

その間、三笠は霊力を高め、後方にいる鈴谷へ無言の圧力をかけ続けていた。

後方にいた鈴谷は数歩後退りし、三笠との間合いをとった。

 

本物の鈴谷を受け取った熊野は、観測機器の上に畳んであった大き目のタオルをとり、そっと鈴谷の頭の上に掛けた

「熊野、ごめん」と小さな声で鈴谷が謝ると、

「もう、鈴谷はわたくしがついていないと、ほんとダメですの」と粋がって答えたが、眼には涙が浮かんでいた

 

しかし、その二人の横に立ついずもは、ぐっと調整糟の横に立つもう一人の鈴谷を睨んだ。

鋭い眼光の奥底で黒い瞳が一瞬、赤くなる。

「三笠様、間違いありません! 悪霊霊体です」といずもが叫ぶ。

 

すると、もう一人の鈴谷は突然

「ふふ、その通りだよ」といい、不気味な表情を浮かべた

特徴的な瞳は、急に赤く光り 薄緑色の輝く髪はみるみるどす黒い色へと変化していった

「あと少しでそこの小娘の魂を食い込む所だったのに、邪魔を」と鈴谷の姿をした悪霊はいい、

「まあいい。ここにいる者達の霊力を吸い取り、そしてこの艦を乗っ取れば、我が主へのよい供物となる」と不気味に笑いながら言い放った。

 

「主への供物じゃと!」、三笠は身構えながら問いただした

 

「我が主、太平洋の姫」とだけいい、三笠を睨んだ。

次の瞬間、一瞬眼を赤く光らせ、一気に三笠に襲いかかった。

 

その瞬間を、三笠は見逃さなかった。

一瞬のうちに鞘から刀身を抜き取ると、襲いかかる鈴谷を模した悪霊を一刀両断に割いた

悪霊が三笠の刀の切先を躱そうとしたが、三笠の軍刀は霊力を帯び、まるで鞭のように、悪霊の実体を切り裂いた

 

「ぐっ、ううっ」と声にならない奇声を発し、胴から切り裂かれた悪霊、もし人体なら鮮血飛び散るところであるが、切り口からは、おびただしい黒い霧のようなものが流れだしていた。

 

「くっ、浅かったの」という三笠

正眼の構えに仕切り直し、再び対峙する

 

しかし、三笠の一撃は予想以上に相手に深手を与えていた

「おっ、おのれ」といいながら、徐々に悪霊は、実体を保持できなくなり、鈴谷の姿をした悪霊は、まるで砂城が崩れるように黒い霧へと変化していった。

その朽ち果てる姿を見た鈴谷は、

「うわっ、きっもー!」といい、横にいる熊野も、

「終わったのですの?」といずもを見たが、いずもやこんごうも、そして三笠も表情は厳しいままであった。

「いえ、まだよ、単に実体が無くなっただけで、悪霊の意識そのものはまだあるわ!」

といずもは 厳しく前方に漂う黒い霧の塊を見た。

 

不意に、霧の中から声がした

「よくも、姫に捧げる体を!」といい、急に黒い霧が集まりだした。

そして、

「ならば、その小娘を頂く」といい、霧の塊は急に、熊野を目指し突進してきた。

「熊野!」といい、鈴谷が熊野に覆いかぶさる

咄嗟に

「こんごう!!」といずもが叫んだ!

こんごうは、返事をする間もなく、左手を前に突き出し、

「フィールド展開!」と叫び、三笠達の前に光の障壁を作った。

 

クラインフィールドにあたり、眩い光と共に跳ね返される悪霊の霊体

「なっ、なんだと! 神の楯か!!」と悪霊の霊体が唸る

 

こんごうは、左手を突き出したまま、三笠の前に立ち、そっと意識を集中した。

左腕のブレスレットの光が増量し、ハニカム状の光の環を形成していた。

こんごうは、無言のまま物凄い霊圧で、悪霊の霊体を押し込んでいく。

不意に、開いていた左手を、ゆっくりと閉じていく、それに応じてクラインフィールドも悪霊の霊体を包み込み、一気に球体の形へと変形する

「ぐおっっっ」と既に声にならない奇声を上げる悪霊の霊体

フィールド内部は、こんごうの放つ霊力、すなわち戦艦金剛級の重厚な霊力が悪霊を押し潰す勢いである。こんごうは最後の力を振り絞り静かに、

「鈴谷さんの純粋な気持ちを弄んだ事を、御世の世界で詫びなさい」といい、霊体を握り潰した。

「ぐわっ!」と悪霊の断末魔が響く。

眩い光が消えた時、悪霊の霊体はこんごうのクラインフィールドに押しつぶされ、御世の世界へ旅立った。

 

ゆっくりとフィールドを解除するこんごう。

その姿を見た鈴谷と熊野は二人揃って、

「光の巫女? ですの」

 

こんごうはそっと振り返る、

「いえ、ただの海上自衛艦娘ですよ」と笑顔で笑って答えた。

 

三笠は一言、

「見事じゃ、流石こんごう殿」といい、こんごうの横に立った。

 

鈴谷はお礼を言おうと、前へ進もうとした時、不意に意識が遠のいた。

崩れる体の中で、熊野も同じく倒れる感覚があった。

鈴谷と熊野はそのまま、意識を失ってしまった。

 

 

薄っすらと、何かが見える、そっと目を開けてみる、目前には、木目が見える

「何?」と思い、視点が徐々にはっきりしてきた。

「天井」と声に出してみた、

ふと左手を上げて、目の前にかざしてみた。

光に透けて手が見える。そっと自分の顔を触ってみた。感触がある。

「ああ、生きてる」と実感して、ゆっくりと起き上がった。

新しい病衣を着て、ベッドに横たわっていた。

不意に横から

「目が覚めた?」と優しく声を掛けられた。

振り向くと

「こんごうさん」

そこには、護衛艦こんごうが椅子に座っていた。

「気分は?」と聞かれ、

「まあまあです」と答えた。そしてこんごうの後のベットに横になる熊野が見えた。

「熊野!!」と声にだしたが、こんごうさんから

「静かにね」と言われ、そして、

「昨日、貴方を目覚めさせる為に、艦霊力をかなり消費したから、あの後二人揃って気を失っただけよ、今は寝てるだけ。今日安静にしていれば熊野さんは大丈夫」

すると鈴谷は、

「あの、鈴谷は?」するとこんごうは、

「暫く安静だそうよ。後で髭先生の診察があるから、相談しなさい」

窓の外に写る工廠横の桟橋。

浮きドックに収容された、無残な姿の重巡鈴谷。

それをみて、

「副長達は、皆無事なんですか!」と慌てて聞いた

「ええ。重傷者が数名いたけど、皆回復しているわ。貴方の霊力が正常な値になったことで、副長さん達もみんな無事。でも船体の損傷は激しいわね。暫くお休みよ」

俯きながら、

「鈴谷、とんでもない事をしちゃった」

するとこんごうは、静かに鈴谷を抱きしめ、

「終わった事を悔やんでも仕方ないわ。貴方は生きている。これからの事を考えなさい」

そう諭され、

鈴谷は、

「はい、こんごうさん」と小さな声で返事をした。

 

パラオの海の音が静かに響き、明るい陽射しがさしていた。

しかしそれは、次の戦いの前の静けさでもあった。

 

 

 




こんにちは スカルルーキーです
分岐点 こんごうの物語を読んで頂きありがとうございます。

26話漂流(下)、何とか完結しました。
本当なら1話の話が脱線しまくり、3話になってしまいました。
もう少しまとめる努力をしなくては、

では また次回

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