分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

26 / 81
少女は、一人海原にぽつんといた。
何もない、雲一つない、空虚な海原

そして、急激に周囲を覆う黒い雲
悪意を持ったその雲はやがて彼女と同じ姿を写しだした、そして
必死にもがく彼女を覆い尽くそうとしている、

しかし、一筋の光が今、彼女に降り注ぐ、暖かい優しい光が





25 漂流(中)彷徨う魂

 

「不明艦を視認! 不明艦は重巡鈴谷、損傷多大!至急救助を!」

 

 

こんごう艦橋に響く、鳳翔艦爆3番機の報告無線!

 

「なっ! 鈴谷ですって!」とこんごうは叫んだ

艦長席のコミニュケーションシステムに映る鳳翔へ

「鳳翔さん、近海で大規模戦闘の報告を聞いていますか?」

 

すると鳳翔は

「いえ、泊地出港時にはなにも?しかし、損傷多大とは?」

 

「CIC航空士官、至急いずも07を鈴谷上空へ向けて!」

 

「はい 艦長!」とCICより返答が来た。

 

鳳翔は、

「ますは現状確認が最優先です、この距離なら急げば5時間程度で接触できます」

 

「はい 鳳翔さん」といい

 

こんごうは、別画面に映る陽炎、長波へ

「二人とも、情報は行っていますね、鈴谷さんの救助へ向いましょう!」

といい 戦術ディスプレイを操作し、長波へ最短コースを転送した。

 

鳳翔は 暫し考え、

「こんごうさん、陽炎ちゃんと先行して下さい、お二人なら30ノット以上で航行できます、残念ながら私の艦では」

 

こんごうは、躊躇する事なく、

「はい 鳳翔さん、陽炎教官と先行します」といい

「教官、いいですか!?」と画面に映る陽炎を見た。

 

「何時でも行けるわよ」といい

「長波、しっかり留守中、鳳翔さんを守るのよ!」

 

「長波了解しました、お気をつけて!」

 

「ではこんごうさん、お願いします」と鳳翔が言うと、

 

 

「はい」と返事をし

「航海長、取り舵5、第3戦速へ」と命じ、戦列を離れた。

こんごうが鳳翔の横を抜けるのと同時に、その後ろへ陽炎が着き、

2隻は白波をたてながら海原を切り裂いていく。

 

艦隊から分派し、離脱するこんごう達を見ながら、鳳翔は

「私ももう少し船体を強化しなくては、今後の戦いで遅れをとるわ、やはりあかしさんの提案を受け入れましょう」

 

それを聞いた副長は、

「よろしいのですか?船体強化、機関換装を含む大規模改修になります」

 

「ええ、でも今後戦いは激化の一途をたどるでしょう、いまのままでは、

先が見えています、かつて赤城さんがその姿を変えたように、私達も変化を

恐れてはなりません」

 

「はい、艦長」と静かに副長は答えた

「副長、こんごうさんが接触したあとの負傷者の収容の準備、軍医、衛生兵妖精は、

対応を」

鳳翔艦内では、一斉に鈴谷の負傷者収容の準備に取り掛かった

 

 

こんごうは、じっと前方の海域を見ていた

「艦長?どうされました?」

 

「匂うわ」

 

「えっ」と答える副長

 

「何かいる、こう悪意に満ちた何かが」

 

「艦長の感は当たりますからな、いい意味でも悪い意味でも」

 

「艦橋、CIC航空士官です、いずも07より鈴谷の画像来ました、回します」

艦長席のモニターにいずも07から送られてきた鈴谷のライブ映像が流れた。

同時にコミュニケーションシステムを通じて、鳳翔達にも送信された。

 

「なっ なにこれ!」と声を上げる陽炎

「酷い!」と声を失う長波

鳳翔はじっとその画面を見た。

 

そこには、粉々に砕けた艦首砲塔、

あちらこちらに被弾した船体、

火災が発生したのだろうか、機関部や煙突付近は黒く煤にまみれている。

マストに掲げた国籍を表す日章旗は煤にまみれ見るも無残な状態であった。

 

映像がズームされて甲板を写した。

 

「兵員妖精がいる!」と陽炎が叫ぶ!

「動かない!」と長波が言うと、

 

「いえ、気を失っているみたいですね」と鳳翔がいった。

甲板上に写る兵員妖精達は、皆無気力にしゃがんだり、うつ伏せに倒れている。

中には銃座にしがみつき、必死の形相を浮かべている者もいた。

時より、小さく動きがみて取れる。

 

「おかしい」とこんごうが唸った。

 

「こんごうさん?」と陽炎が聞くと、

 

「動きがない、まるで幽霊船だわ、艦娘鈴谷が無事なら兵員妖精達に霊力供給があるから、

こんな無気力状態にはならない、おかしいわ」

 

「じゃ、鈴谷さんは!」

 

「長波!答えを急ぐんじゃない!」と陽炎。

 

「すみません」と反省する長波。

 

「とにかく、接触には注意が必要だわ、意識がもうろうとしている彼女へ不用意近づけば、攻撃される危険性もあるわ」とこんごうが言うと、

急にコミニュケーションシステムが起動し、別画面にいずもが映った。

しかし、その場所はいつもの簡易司令所ではなく、護衛艦いずものCICであった。

「そうよ、こんごう、彼女への接触は細心の注意をして」

 

「副司令、出港したのですか?」

 

「ええ、いま泊地を出たわ、E-2Jが上がったから、位置情報も届いているはずよ」

こんごうは 艦隊戦術ディスプレイの位置情報を一読した、こちらへ向ういずもと護衛の睦月、皐月の情報が表示されていた。

30ノット近い高速で、こちらへ向っている。

 

「どうされたのです? 鈴谷さん救助であれば、私達がいますが」とこんごうが聞いたが、

 

「まずい事になったわ、至急鈴谷さんを保護します」

 

「まずい事?」とこんごうが聞き返した。

 

いずもは、システムを鳳翔隊全てへ繋ぎ、

「先程、連合艦隊司令部および近隣主要拠点に対して、ルソン北部警備所司令官から、

緊急伝で“鈴谷 逃亡、精神崩壊の恐れあり、味方打ちの危険がある為、発見次第 撃沈を”と通知してきたわ」

 

「なんですって!そんな馬鹿な!」と声を上げる陽炎

 

「鈴谷さんですよ、あのいつも明るくて、妹想いで、優しいけど 少し男にだらしない鈴谷さんが精神崩壊! ありえません!」と陽炎が言うと、

 

「私もそう思います、以前お会いした、彼女はとても心のしっかりとした方でしたが」と鳳翔もいずもの話を否定したが、

 

「あくまでも疑いがあるという事です、こんごう、状況は理解できた?」

 

「はい副司令、“撃沈”ではなく“保護”ですね」

 

「そうよ、まだ間に合う!こんごう、貴方、精神治療の訓練うけたわよね」

 

「はい、横須賀基地の大巫女様のもとで研修しました、一応合格という事でしたが」

と自信なさそうに答えるこんごう

 

「私がサポートします、艦娘鈴谷に接触し、保護しなさい」

 

「はい、副司令」

 

 

「やっぱり、あの“クソ司令”が原因だわ!」と突然 陽炎が怒鳴った、

よく見ると 右手を握りしめ、顔は怒りで真っ赤だ。

「陽炎ちゃん?」と鳳翔

 

「私の14駆逐隊時代の同僚、曙がルソン北部警備所へ最近配属になって、

数回手紙をやり取りしたけど、警備所の司令の事をぼろくそに書いてきたわ、

最初は“哨戒や警備を疎かにする怠け者”と書いてきたけど、最近では

“鈴谷さんを虐めて遊ぶ!最低のクソ司令”って、

曙が上司の事を、“クソ司令”というのはいつもの事だから気にしてなかったけど、

こんな事になるなんて!」

 

「陽炎ちゃん、いけませんよ、まだ」と言いかけた所に、

 

「陽炎さん、その事はまだ“秘密”にして下さい」といずもが割って入った。

 

「どういう意味ですか?副司令」とこんごうが聞くと、

 

「ルソン北部警備所の件は、連合艦隊司令部で現在内偵中です、その為にも

鈴谷さんを保護し、証言が欲しいのです」

 

すると鳳翔は

「皆さん、この件は非常に微妙な案件となりました、しかし私達のやる事は一つです、

鈴谷さん達を救助、保護する事です」

 

「はい!」と陽炎達が返事をした。

 

「こんごう、重巡鈴谷へ移乗して、艦娘鈴谷を速やかに保護しなさい」

 

「はい 副司令」といい自席のサブモニターを切り替え、飛行科を呼び出した。

 

「ホワイトロック!うちのロクマル、換装は?」

 

そこには整備班長が、

「はい 艦長!完了しています,ウインチ等の整備も完了、救難仕様です」

 

「飛行班長!航空機即時待機!私も行きます。準備出来次第直ちに発艦。」

 

「はい艦長、航空機即時待機、発艦準備はじめます!」と飛行班長が返事をするのと同時に艦内には「戦闘救難体制!」と号令がかかった。

一斉に後部甲板の機体へ駆け出す隊員達

 

「副長あとお願い!」といい、こんごうは艦長席をけり後部甲板へむけ走り出した

 

狭い通路を駆け抜け、後部格納庫を通り、後部航空機発着場へたどり着いた。

既に SH-60Kのエンジンは始動し、暖気運転を開始していた。

 

機体の横には武器庫を管理する砲雷科の隊員妖精が待っていた。

「艦長,念の為に」と、私の9mm拳銃と愛用のレッグホルスター、そして予備弾倉を渡してくれた。

「予備弾倉の弾は あの弾です」と付け加えた。

 

「ありがとう、まあ使わないと思うけど」とそれを受け取ると、ロクマルへ滑り込んだ。

サイドドアが閉められる。

 

機内には、いつもの機長の戦術士官、操縦士の飛行班長と副操縦士、センサー員、そしてFEだが、いつもあるディッピングソナーとソノブイシューター、補助椅子も外されて機内スペースを確保していた。

 

「もう、オスプレイとは言わないけど、もう少し大きい機体が運用できないかしら」といいながら、こんごうは腰に転落防止用の安全帯を着け待機する。

 

こんごうの右足に装備した9mm拳銃を見た、センサーマンが、

「艦長!自分はもって来てませんよ」

彼は、普段は各種センサー類の操作を補佐しているが、救難活動時は降下救助員として先陣を切って降下する降下救助員妖精でもある。

 

「念の為よ、こんなもの使わないのがいいに決まってるわ、貴方は救助作業に集中しなさい」

 

「艦長! 発艦準備完了です」と操縦士の飛行班長が叫ぶ。

 

「発艦しなさい」とこんごうは後席から操縦席にむけ答えた。

操縦席で飛行班長はオーバーヘッドパネルにある、ローターブレーキの解除レバーを操作し、ローターの回転を上げていく。

唸りを上げて回転数が上がるメインローター。

 

機体を固定していたベア・トラップが解除され、さらにローターの回転数が上がった。

やや垂れ下がり気味だったローターの回転面が 独楽のように逆三角形型へ変化し始め、メインローターのピッチが増し、風切り音が変わった瞬間、

機はふわりと浮き上がり、少し後退したあと艦体の左舷を通り、一気に上昇していった。

 

助けを求める、その声へ向って。

 

トラック泊地 西部海域 通称“神の道”

神の道へ入った後も 三笠達は対潜活動を継続していた。

幾ら先月、徹底的にカ級達を追い回したとはいえ、あの時は3日で4隻しか撃沈出来なかった、しかし昨夜は数時間の間に4隻である。

三笠はその事を思い、

「カ級の残存艦艇がおる可能性がある、対潜警戒を厳となせ!」と阿武隈達へ通達した。

特に 白雪達には

「昨夜の長波の活躍を見たであろう! お主達も気を引き締めてかからんと追い抜かれるぞ!」と発破をかけた。

 

パラオ出港時、白雪達の乗員の中には、

「ドラム缶に護衛されるとは」といい、やや冷めて見ていた兵員妖精達であったが、

長波達の活躍、鳳翔の対潜活動、そして光の巫女“こんごう”の出現で、

自分達もうかうかしていられない、光の巫女が現れたという事は時代が動くぞ!と、

皆いつにも増して真剣に航海を続けていた。

 

三笠は 艦橋ではなく、その上部の露天艦橋で指揮を執っていた。

海を渡る潮風を全身で受けながら、腕を組みじっと前方の海域を睨んでいた。

副長が ラッタルを登り上がってきた。

 

「イソロクは どうした?」

 

「はい艦長、司令官室へお戻りになりました」

 

三笠は自分の事は棚にあげ、

「やはり歳だからの、徹夜は堪えるか?」と聞いたが、

 

「いえ、どうやら先任参謀と1局打ちに行ったようです」

 

「全く、飽きぬやつじゃ」と呆れ顔で答えながら、

露天艦橋にある格納式戦術ディスプレイを取り出し、各艦の位置情報と対水上レーダーの情報を見た。

「間もなく見える頃か?」

 

「はい」と副長が答えた直後、後方で見張りをしていた見張り妖精が、

「11時の方向! 艦影」と声を上げた。

 

首から掛けた双眼鏡で、報告された方向を見ると、うっすらと小さい影が見える、

黒煙が3本だ。

 

「ようやく御登場か」と三笠が言うと、

 

「はい、途中から誘導電波を出しておりましたので、迷子になる事は無いかと思いましたが、当艦並びに金剛搭載の新電探装置FCS-3の威力ですな」

 

「このイージスシステムを使えば、今までの様な“暗中模索”の夜戦も、

少しはまともになる、それ以上に、戦場を把握できる情報戦の優位性、

パラオでの戦闘で嫌というほど理解した」続けて、

「連合艦隊の近代化を推し進めなければ、我々の行く道はさらに細くなる事になる」

 

「はい、それにはあかし殿をはじめ、自衛隊艦隊、パラオ艦隊の協力なくては不可能です」

 

「自衛隊が開発を行い、パラオ艦隊が実戦試験を行う、うちの明石達が普及させる、

この仕組みを作りあげんとならん」三笠はそう言うと続けて、

「まずは 軽巡、駆逐隊向けの2次元電探の開発が最優先じゃ」といい、また前方から近寄る艦影を見た。

「すれば、彼女達が生き残る確立も高くなる、決して轟沈などさせぬ」

そう言いなら彼女は 手に握る双眼鏡を掴んでいた。

 

 

トラック泊地を出港した白露型4番艦夕立は、姉の時雨、妹の春雨と共に、ヒ12油槽船団の護衛任務の為、艦隊合流を急いでいた。

昨夜、司令部参謀長付の秘書艦 大淀さんから呼び出しを受け、3人で参謀長室へ出頭した、当初時雨と春雨は呼び出される心当たりが無かったので、

「夕立! また何かやらかした?」と聞いたが、

「そんな事ないぽい」と答えたが、

 

時雨姉さんからは

「ぽいねえ...」と言われ夕立は答えに詰まった。

一瞬“食堂の缶詰をギンバイした”のがばれたかと思ったが、参謀長室で、秘書艦大淀から、

「お仕事よ、明日入港予定のヒ12油槽船団の護衛任務です」と指示書を渡された。

 

「護衛任務ぽい?」と夕立が言うと

 

「僕は構わないよ」と時雨が答えた

 

「護衛任務は得意です、頑張ります」と春雨が答えた。

大淀は、

「では、夕立さんを旗艦に指定します」

「ええ!夕立ぽい!?」と夕立が言うと、

 

「はい、先日食堂から持ち出した分、しっかりお仕事してください」とじっと大淀に睨まれた。

 

「頑張るぽい」と肩を落とす夕立

大淀は、

「お見舞い品が欲しいなら、今後はきちんと書類を書きなさい」と注意した

うなだれながら夕立が、

「分かったぽい」と返事をした。

 

先月、ソロモン諸島の威力偵察を、榛名を中心とした艦隊で行った

しかし、その情報が洩れていたのか、威力偵察艦隊は帰路、深海凄艦の強襲を受けた。

榛名が懸命に殿で交戦するなか、追撃する艦隊を振り切れないと悟ると夕立が単艦で、

敵艦隊へ突っ込んだ!

これにより戦線は混乱をきたし、榛名達は戦域を離脱する事に成功するが、

単艦突入した夕立は、大破寸前までおい込まれ、本人も精神崩壊寸前までいったが、

パラオの髭先生と三笠が駆けつけ、治療のお蔭で早期に復帰できた。

しかし、夕立乗員妖精はかなりの数が負傷し、いまもトラックで治療中の者も多い。

夕立は そんな部下を見舞おうとしたが、手ぶらでは恥ずかしかったのか、

食堂から果物の缶詰を数個ギンバイしたのだ。

 

“やっぱりか”と諦め顔の時雨に春雨

 

参謀長が、

「此方の哨戒圏まで、パラオ対潜部隊が護衛してきている」そして

「船団の中には就航間もない最新鋭艦と、パラオで改修した金剛がいる、案内たのむぞ」

 

「はい、参謀長!」と三人とも姿勢を正し敬礼した。

 

退室間際に、

「新鋭艦ぽい?駆逐艦かな」

 

「なら僕たちの後輩だね」

 

「優しい人ならいいけど」と3人それぞれの想いを呟いていたが

 

「大丈夫でしょうか?」と大淀は宇垣へ聞いたが、

 

「まっ、なんとかなんじゃねえの、あの方もいるし、いざとなれば金剛もいるし」と知らぬ顔である。

 

「はあ」と不安げに窓辺を見る大淀であった。

 

 

洋上での艦隊合流は難しい、成功率はかなり低い、

殿を走る春雨が

「誘導電波が来て助かりますね」と前方の姉達へ語ると、

 

「これで迷子になったら、新入りに失望されちゃいそうだ」と時雨が答えた。

 

すると先頭の夕立は

「見えたっぽい!」と声を張り上げた。

 

前方にうっすら艦影が見えだした。

上空には 数機の機影が見える。

次第に艦影がはっきりと見えだした。

夕立は 自艦の艦橋で双眼鏡を持ち、此方へ近づく艦影を確認した。

 

「先頭艦は、新型ぽい?」と言うと、無線で、

 

「後ろは、金剛さんだね」と時雨が答えた。

他の艦より高い艦橋と大型の船体が目立つ。

 

「ここまで、皆さん無事のようですね」と春雨。

後方の船団をみて、損傷艦が居ない事に安堵したが、急に夕立が黙り込んだ。

 

暫く沈黙が続いたのを不思議に思い、時雨が

「どうした、夕立?」と聞いたが返事がない。

 

「夕立姉さん?」春雨が聞くと、

 

突然、

「夕立、幽霊みたっぽい!!」と叫んだ

 

「はあ! 幽霊!?」と驚く時雨。

 

「夕立姉さん、あんまり“ぽいぽい”言ってるから 目まで“ぽい”になった?」と春雨がからかいながら、話したが、当の夕立は真剣に、

「金剛さんの前の新鋭艦!」といい、後の時雨達に見えるように進路を少し右へずらした。

 

時雨も春雨もその幽霊船と呼ばれた新鋭艦を見ようと、すこし取舵をきり前方がよく見える位置についた。

 

「駆逐艦より、少し船体が大きいね、艦橋が高い」と時雨が言うと、

 

「高いマストですね、形状的には」と春雨が言えば、

 

三人揃って

「三笠...ぽい」

 

暫しの沈黙の後

「みっ みっ! 三笠!!!」

 

そこには、青き海原を、白波を掻き分けながら、威風堂々と戦艦金剛以下ヒ12油槽船団を従える戦艦三笠の姿がはっきりと見えていた。

 

「うそっっ!!」と驚きを隠せない夕立達に、突然無線で

 

「夕立、時雨、春雨! 出迎えご苦労であった、速やかに艦隊の殿へ着き、対潜警戒を行え」と聞き慣れた声で指示が出た

 

「三笠様! ぽい?」と夕立が言うと、

 

「夕立!!“ぽい”ではないわ!儂じゃ!」と怒鳴られた!

 

夕立達3人は、各々の艦橋で、前方から近づく戦艦三笠の艦橋上部、露天艦橋に立つ

艦娘 三笠の姿を見た。

潮風に 長い髪を揺らし、腰に手をあてがい、前方海域をじっと睨むその姿。

睨まれただけで 震えがきそうだ!

 

「はっ、はいいい!三笠様!」と三人は慌てて返事をして、艦隊合流準備へ入った。

 

ヒ12油槽船団の右舷側から 反航して進入してきた夕立達は、すれ違いざまに一気に逐次回頭し、船団の後方へ、単縦陣形でついた。

 

三笠は、

「全く、儂を幽霊扱いするとは」といい、やや怒っていたが、

回頭する夕立のその動きを見ながら、

「だいぶ回復したようじゃの、しかし今のままではまだ足らぬ」といい双眼鏡を下した

 

「“訓練に制限無し”ですか?」と髭の副長が聞き返した。

 

三笠は、不敵な笑いを浮かべ、

「地獄とは、実際にそこをくぐらねば、分からぬ、儂の教練を通過できぬ者は、前へは連れて行けぬ、パラオでの陽炎の行いを見たであろう」

副長は、陽炎が機会ある毎に、長波を使い経験値を上げさせていた事を想い出した。

 

「儂は、その上を行かねばならぬ、たとえ鬼と呼ばれようとな」と三笠は言うと、

まだ視線を前方の海域へ戻した。

 

カンカンと音がした、ラッタルを駆け上がってくる者がいる。

そこには、通信参謀がいた、2通の通信文を持っていた。

「艦長、ルソン北部警備所から連合艦隊司令部及び近隣主要拠点向けの通信を傍受しました」と最初の1通を渡した。

 

「ルソンだと!」と表情を険しくする三笠。

通信文を受け取り、それを読む三笠。

「しまった!奴め、先手で鈴谷を罪人に仕立て上げる気じゃな!」

通信参謀は2通目を三笠へ渡した。

「連合艦隊司令部宇垣参謀長より、山本長官並びに艦長宛てです。」

 

「宇垣からじゃと」といい、もう1通の電文を読んだ。

 

副長が、

「参謀長はなんと?」

 

「ああ、各拠点に対し“事の真偽を確かめるまで、対応は慎重に行え”と暗号電文で個別に通知したとある」

 

またもやラッタルを駆け上がって来る音が聞こえた。

上がって来たのは山本であった、後には先程まで1局交えていたであろう先任参謀妖精が付いていた。

 

「三笠、電文は読んだか!」と三笠の顔を見るなり山本が聞いてきた。

 

「ああ、今読んだ所じゃ!」と答える三笠。

 

「まずいな、先手を打たれたぞ」

 

「焦るでない、宇垣が応じ手を打っておる、多分今頃は、各主要拠点の提督達に、宇垣の使者が行って“動くな!”と伝えている頃じゃ」と答える三笠。

 

「しかし、敵前逃亡、精神崩壊ときたか。おまけに始末をこちらへ押し付けるとはな。」と呆れる山本。

 

「しかし、これも奴らの手」という三笠

 

「どういう意味だ、三笠」

 

「イソロク、今の鈴谷の状態をいかに見る?」

 

「想像するに、度重なる戦闘で疲労、損傷が激しく自我を保つのが精一杯のはず」

 

「もし、自我を保つのがやっとの艦娘を、友軍が目の色を変えて攻撃したとすれば?」

 

「自我の崩壊、精神崩壊を招き最悪・・」

 

「そう、悪霊化して“重巡棲姫”へと変貌する恐れすらある」と三笠は答えた。

そして、

「宇垣の指示は、正しい。ここで下手に動けば 鈴谷は希望を失う、奴は今 耐えておる」

 

「耐えている?」

 

「そうじゃ、イソロク、なぜ鈴谷は、警備所から脱走したと思う?」

 

「耐えられなったからか?」

 

「多分な、鈴谷の本能がそうさせたと思う」

 

「どういう意味だ」と山本が聞くと、

 

「鈴谷は元々、最上達に続いて建造される予定であったが、第四艦隊事件の為、急遽設計が変更され、最上型とはいえ姉達とは違う性格となった、その時熊野とは姉妹とはいえ、まるで双子の様に建造された、この意味が分かるか?」

 

「では! 三笠」

 

「そう、今の鈴谷の心を支えているのは、熊野じゃ、多分 鈴谷はこのトラックにおる熊野に会いに無意識のうちに脱走したとみてよい」

 

三笠は続けて、

「奴め。その事を考慮して、この“鈴谷撃沈要請”の電文を打ちよったな! もしトラックにおる熊野が出て来て、鈴谷を撃沈するような事があれば!」

 

「ああ、間違いなく熊野も崩壊する」

 

「そのような事、決してさせてはならん、至急トラックへ戻り、次の手を打つぞ、イソロク」

 

「次の手?」と聞く山本

 

「鈴谷の保護じゃ、今回の件の鍵は鈴谷じゃ、彼女を保護し詳細を聞けば、ルソンの謎も解けるという事じゃ」

 

腕を組み、深く息をしながら考慮する山本、じっと前方の海原を見る三笠。

その時、もの凄い勢いでラッタルを駆け上がって来る音がした。

三笠達が振り返ると、そこには戦闘指揮所付の下士官が息を切らせながら立っていた。

 

「しっ、失礼します!パラオ自衛隊艦隊、旗艦いずもより緊急伝です」といい下士官は

1通の電文を三笠へ渡した。

それを受け取り、一読する三笠。

「三笠、どうした?」と聞く山本。

 

三笠は口元に笑みを浮かべ、

「海神の神々は、鈴谷を見捨てなかったという事か!」といい、電文を山本へ渡した。

そこには、

“鈴谷発見、こんごう救助へ向う、以後当方にて保護予定”と記載されていた。

 

「三笠!これは!」と山本が言うと、

 

「神は我々を試しておる、鈴谷を救ってみせよと、彼女なら間違いなかろう」といい、

そして、

「さて、意趣返しといこうかの!」と呟いた。

その眼は遠くに潜む、悪意へ鋭く向けられた。

 

 

こんごう艦載機SH-60K内

こんごうは、戦術士官の横に立ち、水上レーダー画面を見ていた。

「周囲に、他の脅威目標はないのね!」と戦術士官へ聞くと、

「はい、今の所、探知目標はありません、いずも07がソノブイを落としていますが、潜水艦も探知されていません」

 

「いい、救助中は身動きが出来ないからそこを襲われるとやっかいよ、警戒を厳として」

 

「はい、艦長!」といい戦術士官は画面へ向き直った。

直後 FEが、

「艦長。見えました!鈴谷です。」と監視用のバブルウィンドウ越しに前方を見ながら叫んだ。

こんごうは、FEの立つバブルウィンドウまで移動すると進行方向に見える鈴谷の船体を見て、息を呑んだ。

「酷い!」

いずも07から送られてきた映像を見てはいたが、想像以上に損傷が激しい、艦橋部は辛うじて原型をとどめて居るが、それ以外は大なり小なり損傷を受けている、正直ここまでよく持ちこたえたというのが正解である。

 

こんごうはインカムを操作して、

「操縦士!鈴谷の周囲を一周して!」と告げた。

 

「はい、艦長!」と返事が来るのと同時に機体がバンクし、時計回りに鈴谷の上空を一周した。破壊された甲板上に倒れた妖精兵員が見える。こちらに気が付いたのか、もがきながら腕を動かす者もいる。しかし殆どの者が動かない。

 

こんごうは、再びインカムを操作し、

「操縦士、艦首方向へ着けて!降下します。」と告げた。

 

「はい、艦長!」と返事があり、ロクマルはゆっくりと鈴谷の艦体の艦首方向へ移動した。

破壊された第一砲塔付近の上空でホバリングに入る。サイドドアが開けられ、FEがウインチをセットし降下準備に入った。

センサー員が、降下用のスリングベストとレスキューキットの入ったバッグを背負い、準備に入る。

するとこんごうは、自身の安全帯を外し、サイドドアの横に立つと、

「ごめん、先にいくわ」といい 勢いよく外へ飛び出した、

鈴谷の甲板まで100m近い距離がある!

 

「かっ艦長!」とFEが叫んだが、機長の戦術士官は

「艦長、先に飛び降りたか?」と驚きもせずセンサーマンへ聞いた。

 

「はあ、いつものごとく」とセンサーマンが答えた

 

「お前の番だ!準備でき次第降下!」と戦術士官が言うと、

 

「機長、まさか飛び降りろ!なんて言わないですよね」

 

「馬鹿いってないで、さっさとウインチで降下しろ!」と叫んだ

 

センサーマンがドアサイドから眼下を見ると、そこには先程飛び降りたこんごうが、

クラインフィールドを展開し、鈴谷の甲板上に軟着地している姿があった。

 

一言、

「艦長、ずるい!」と言いながら、スリングベストのフックをウインチワイヤーに繋ぎ、

FEと二人で、指さし確認しながら

「スリングフックよし!降下進路障害物なし」といい、一呼吸おいて

「降下準備よし!」と大声で叫んだ

 

「降下救助員、降下始め!」と戦術士官が答えた

センサーマンこと降下救助妖精は、ロクマルの機体を蹴って、身を空中へ投げ出した。

眼下では、こんごうが既に負傷者の捜索を開始していた。

 

ロクマルを飛び降りたこんごうは、即座に

「フィールド展開!」と叫ぶと、左腕にはめたブレスレットが光り、足元に板状の障壁が出来た。それに降りると、少し降下スピードを緩めながら、鈴谷の艦体へ舞い降りた。

「よっ、と」といい、着地寸前、クラインフィールドからおり、霊力を弱めフィールドを解除して、鈴谷の艦体の上に立った。

眼前には無残に破壊された主砲が横たわっていた。

不意に髪が巻き上がった、頭上を見るとロクマルがホバリングし、降下救助員のセンサーマンが、ウインチで降下していた。

 

インカムを操作してロクマルを呼び出し、

「タコー、後続は?」

 

「はい、艦長!いずも08が鳳翔さんの医務官を乗せて急行しています、07はRTB、こんごうにて装備換装中です」

 

「了解、救助員降下後、貴方達は一旦離脱、周辺警戒を」

 

「了解しました!」と機長である戦術士官が答えた

ようやく、降下救助員が降りて来た。接地すると同時に手早くウインチケーブルからフックを切離し、身軽になった。

 

「艦長、お待たせしました。」と降下救助員が話かけてきた。

 

「艦橋へ向うわよ、負傷者は順次救護を」と指示を出し、艦橋へ向い歩きだした。

直ぐに第一砲塔の脇で、倒れている兵員妖精を発見した。

駆けより、声を掛ける

 

「大丈夫!?しっかりしなさい!」と大きな声で話かけた。

 

少し目が開き、そして

「たっ、助かったのか」とよわよわしく答える兵員妖精。

 

「意識をしっかり持つの!今友軍艦艇がこちらへ向っているわ」

 

「かっ、艦長をお願いします!」とその兵員妖精はこんごうの袖を掴んだ。

 

「鈴谷艦長は何処!?」と聞くと、兵員妖精は力を振り絞り、艦橋を指さした。

 

「分かったわ」と言いながら、そっとその兵員妖精を寝かしつけた。

 

「艦長、大丈夫でしょうか?外傷が見当たりませんが、ひどく衰弱しています」

 

「多分、鈴谷艦長からの霊力供給が途絶えている証拠よ、活力が湧かず脱力状態で長い期間過ごしたのだと思うわ」続けて、

「貴方は付近の要救助者の捜索を、私は艦橋へ向います」

 

「はい、艦長。お気をつけて。」と言い、降下救助員は負傷した妖精兵員が居ないか近隣の捜索を開始した。

 

こんごうは、駆け足で艦橋構造物の下まで駆け寄り、入口と思われるハッチの前まで来た。

静かに水密ドアの解除ノブを回し、ゆっくりとハッチを開けた。

まだ、発電機が動いているのか、内部の電灯は点灯してはいるが、光が弱く、通路は薄暗い、ゆっくりと前へ進む。

ふと足元に何かが当たった。

下を向くと、そこには手が、通路脇に一人の兵員妖精が倒れていた。

服装から、幹部の様だ。

そっと体を起こしながら、

「しっかりしなさい!意識をしっかり保つの、そうしないと悪霊に意識を持って行かれるわよ!」

 

「ううう」と呻いていたが、

「ここは?トラックですか?」と訊ねてきた、

「いえ」と答えると

 

「へへ、こんな美人な方に抱いて頂いているという事は、高天原ですか?」

こんごうは呆れながら、

「それだけ言えるのなら大丈夫のようね、貴方は?」

 

「通信参謀です、第三戦隊金剛艦長!」

 

「少し違うけど、まあこんごうよ、鈴谷艦長は?」

 

「そのラッタルを登った先の艦橋操舵室です!」といい、こんごうの腕を掴みながら、

「艦長を! 鈴谷艦長を助けてください!」

 

「何があったの!」

 

「はい、数日前、深海凄艦軽巡を撃沈した後、急に“誰も私を信じてくれない!”と急に騒ぎ出して、そして“トラックへ行く!”と、我々の制止も聞かず、勝手に操艦してトラックへ向けて、そして段々、“皆 私を悪者にして”と言い出して、

急に人格が変わったようになり、“トラックにいる熊野をシズメテヤル!”

と艦橋で暴れだしました」

 

「まずいわね、フェーズ3へ移行しかけてる」そう言うと、こんごうは

「いい、もう少し辛抱しなさい、鳳翔さん達がこちらへ向っているわ」

それを聞いた通信参謀は、必死な形相で、

「きっ! 危険です、今の艦長は!」と言いかけたが、こんごうが

 

「解かっているわ、その為に私が来たの」といい、そっと通信参謀を寝かしつけ、

「任せなさい」と言うと、艦橋上部へ向うラッタルを静かに登り始めた。

 

ラッタルを登った先に艦橋操舵室とおぼしき部屋へ通じるドアがあった。

そっと周囲を見回しながら、右足にあるホルスターから9mm拳銃を抜き、マガジンキャチを操作し、一旦マガジンを抜き、予備のマガジンへ切り替えた、スライドを引き、初弾をチャンバーへ装填すると、デコッキングレバーを操作しハンマーを一旦落として、再度ホルスターへ仕舞った。

「できれば、使いたくないわね」

とつぶやきながら、そっと入口のドアを見ると、

その前にも 一人の幹部妖精がドアに寄り添うように座り込んでいた。

 

「しっかりしなさい!」とそっと声を掛けた

 

「こっ、金剛艦長!ではここはトラックですか!」と呻きながらその幹部妖精が声を出した。

 

「いえ、パラオ近海です」と答えると

 

「良かった」と安堵の表情を浮かべたが、急にこんごうを掴み、

「艦長を止めてください、錯乱状態で自分達の話を全く聞いてくれません」といい、よわよわしく、

「急に、“熊野さえいなければこの体は私の物”と言い出して発狂した様になり」

 

「大丈夫よ、下で少し聞いたわ」とこんごうは答え、そして、

「まだ、大丈夫、自意識があるなら、まだ救い出す事ができるわ」といい、

「貴方は?」と聞いた。

 

「鈴谷副長です、金剛艦長」

 

「副長!いま鳳翔さん達がこちらへ向っています、意識をしっかり持って耐えなさい」

鈴谷副長は 

「はい、金剛艦長」と小さいながらもしっかりとした声で答えた

 

「鈴谷艦長は、この中ね?」

 

「はい、金剛艦長!お願いします」

 

「分かったわ」と言うと、そっと副長を離し、その内部へと通じる大型のドアノブを回した。

 

ぎぃぃいと、金属の軋む音が通路に響く、重いドアをそっと開け、ゆっくりと、静かに中を覗いた、薄暗い艦橋操舵室の前方にある、艦長席と思われる付近に気配を感じた。

その気配は異様であった。

強烈な敵意を持つ黒い意思、そして細々と力なく衰弱する真っ直ぐな意思。

 

静かに艦橋内部へ入る、こつんと靴の音がした。

急に、艦長席に座っていた影がゆっくりと振り返ってきた。

普段なら、薄緑色のセミロングの髪に綺麗な瞳が特徴の彼女。しかし今眼前にいる彼女の姿は、その透き通る程綺麗な髪は煤で黒くよごれ、顔も煤にまみれ、そして服もあちらこちらで破れ、見るも無残な姿であった。その瞳は艦娘の瞳ではなく薄く赤い色をしていた。

 

「鈴谷艦長」とこんごうは静かに声に出した。

 

鈴谷と呼ばれた影は一瞬、反応したが、急に動きを止め

「オマエハ、ダレダ」と低い声で唸り上げた。

 

「パラオ泊地所属 特務艦隊護衛艦こんごう」と手短に答えながら、そっと右手をレッグホルスターに沿わせていつでも抜けるように構えた。

 

「金剛」と低い声で唸りながら応じる鈴谷、一瞬目が赤く光った瞬間、まるで獣のように両手を広げこんごうへ飛びかかってきた。

 

こんごうは「うっ」と応じ、一瞬後へ下がったが、背後の壁面に背中からぶつかり、その直後 鈴谷の両手が首元へ迫り、思いっきり首を絞められた

両手で鈴谷の手を振りほどこうともがくが、常人離れした艦娘の身体能力に加え、憑依しかかっている悪霊の力もあり、こんごうの鍛えた腕力でさえ抑え込むのが精一杯であった。

「シネ、コンゴウ!ソウスレバオマエノ魂モイッショ二イタダク!」と鈴谷に憑依しかかっている悪霊が一気に霊気を高めた、鈴谷の背後でうごめく黒い霊気!

 

「こっ!この野郎!」とこんごうは気力を振り絞り、乗りかかる鈴谷を一瞬引き寄せ、

下腹部へ力を込め、巴投げの要領で投げ飛ばした。

首を絞められたせいで、少しごほごほと咳をした後、こんごうは

「女性とはいえ、もの凄い力ね」といい態勢を立て直した。

 

投げ飛ばされた鈴谷は、したたかに背中から床面へ転げ落ちた、一瞬動きが止まったが、

またもやゆっくりと起き上がり、

「シブトイ奴、シネバラク二ナルゾ」

 

「お生憎様、そう易々とあげられる命じゃないわ!」

それを聞いた鈴谷は、

「シネェェ!」と言いながら、再び襲い掛かろうとした瞬間、一瞬動きが止まった。

不意に、赤く不気味に光る眼の色が、鈴谷本来の綺麗な清んだ色へ戻った。

「逃げて!これ以上霊体を押さえられない!」と小さく唸り、その場へ倒れ込んだ。

 

「鈴谷さん!鈴谷さんの艦霊!まだ自意識がある!」

慌てて、鈴谷の横に駆け寄るこんごう。

 

そっと鈴谷を抱きかかえ、耳元で、

「意識をしっかり持ちなさい!諦めてはだめよ!」と力強く叫んだ

 

「駄目、意識を保てない!」と力なく囁く鈴谷。

 

“いけない、このままでは意識を悪霊に取り込まれる!”、不意に脳裏に、

“誰にでも、頼りにする魂はあるものだ”と声がした、心なしか彼女(コンゴウ)の声に聞こえたが、

 

「ねえ、貴方が今、会いたい人は?」とこんごうが聞いた。

鈴谷は、しずかに

「く、く、ま、の」と答えた

 

「そう。思い出すのよ、彼女の事を。」

鈴谷は薄れゆく意識の中で、熊野と過ごした日々を思い出していた。

建造途中で急遽設計が変更されて二人で慌てた事、呉での訓練、迷子になった彼女を何度探しにいったことか、大巫女様に頼んでお守りを作ってもらった事、その後あちこち転戦したし、最上姉さん達との演習では危うくぶつかりそうになったりしたし。

「熊野...」と小さく叫んだ

 

「そうよ、彼女の事を思い出しなさい!」とこんごうは言うと

“今よ!”

不意に左腕のブレスレットが青白い光を放った

「フィールド展開!」といい 鈴谷の回りに自身の艦霊力で保護フィールドを展開した。

 

「うう、出力維持が」と慣れない作業にこんごうも焦った

 

普段は艦隊を覆う様な大規模なフィールドを展開しているこんごうであるが、こんな小さい、艦霊を包みこむような繊細なフィールドを展開したのは初めてである。

出力を間違えば、鈴谷の艦霊ごと悪霊を消し去ってしまいそうになる。

突如、左耳に装備している投影型ディスプレイのインカムが鳴った

「私よ、こんごう!」

インカム越しにいずもの声がした。

「副司令!」とこんごうは答えたが、フィールドの出力を制御するので精一杯だ。

 

「その調子よ、そのまま保護を続けて」と指示した。そして、

「フィールドの状況、こちらでモニターしているわ、そのまままず霊体の保持を最優先にしなさい!」

 

「はい、副司令」

こんごうは鈴谷の胸に左手を当てながら、じっとフィールドを展開し続けた。

インカムを通じて、いずもが

「だいぶ安定してきたようね」と言うと、

「はい、顔色もかなり回復してきました」とこんごうが答えた

その証拠に、先程までどす黒い色をしていた鈴谷の髪は元のエメラルドグリーンへ変化し、時折開く瞳は清んだ色に戻りつつあった。

「いい、これからが勝負よ」といずもが言うと、

「はい、後遺症の出ないようにしなくては」

いずもは、

「その為にも、鈴谷さんの深層意識へアクセスする必要があるわ」といい、

「いい、貴方の艦霊で鈴谷さんの艦霊にアクセスしなさい、彼女を引き留めるのよ」

 

「はい、副司令」そう返答すると、こんごうは深い息をして、一気に意識を深層意識下へ沈めていった。

 

 

 

 

鈴谷は 一人 立っていた。

「ここは何処?」

顔をなぞる風、いつもの潮風、優しい潮風、セミロングの髪が風に揺れていた。

目前には まぶしい海原、真っ青な海原、海鳥が回りに飛んでいる。

時より近づいてきて、こちらを見ている。

上を見ると遥か上空には、小さな雲がちらほら見える

「天気晴朗で、波も穏やかね」と呟いた。

どうやら自分は 船、それも戦闘艦の舳先に立っているようだ。

恐る恐る振り返ってみた。

 

一番最初に目に入ったのは、高い艦橋と思われる構造物

「戦艦!いや重巡!高雄さんより高いかも!」

そっと視線を下した、意外にも主砲が1門、それも単装砲だ

「何?砲が1門?おまけに120mm級の貧弱な装備ね」と言うと後から、

「でも、精度はいいわよ、初弾命中率9割は固いわよ」と声がした

 

声のする方を見た。

真っ白な海軍2種軍装に似た軍服を着る女性。

長いブラウンの髪が、風にたなびいていた、引き締まった体に優しい表情と鋭い眼差し、

長く綺麗な脚に、少し短めのストレートなスカート。

「戦艦金剛さん?」とつい叫んだ

 

「惜しいわね、私は護衛艦こんごう」とその女性は言った、

「初めまして、重巡鈴谷さん」と優しい笑顔で挨拶された。

 

「護衛艦こんごう?」と意外な答えに戸惑っていると、

「まあ、戦艦金剛の姉妹艦よ、同じ金剛型の艦霊を持つ艦娘」

 

「金剛さんの妹?比叡さんや榛名さん、霧島さん以外に妹がいたの?」

 

「まあ、立ち話もなんだから、どうぞ」と案内されたのは、その単装砲の前

なぜかそこには、白いテーブルセットがおいてあった。

 

「さっ、こちらへ」と言われ、椅子を薦められた

白い椅子に座る、きょろきょろと回りを見渡す。

見れば見る程不思議な艦、主砲は目の前の1門のみ、異様に高い艦橋、対空機銃らしきものが艦橋の前方に1つのみ、装備としては貧弱だわ、でもこの人から感じる力は“強い”、

金剛さんや長門さん、いや呉であった武蔵さんより強い“何か”を感じる

そんな私にはお構いなしに、こんごうと名乗った女性は綺麗な手で紅茶を入れて私へ差し出してくれた。

「あっ、ありがとう」と返事をしながらそれを受け取る。

「いい香り」一瞬、紅茶の優しい香りに包まれた。

対面に座るこんごうさんも、紅茶を一口飲み、そして、

「落ち着いた?鈴谷さん」と聞いてきた。

 

「ここはどこ?まさか高天原?」

こんごうは、右手に持ったティーカップをテーブルへ戻しながら、

「概念伝達の上位層の仮想空間」

 

「概念伝達!あの艦娘同士が無線も使わず意思だけで会話ができるやつ!」

 

「その概念伝達の高級版よ」

 

すると、鈴谷は少しむっとして、

「私、あれ嫌い、頭の中に直接話かけてきて」といい続けて、

「呉にいたとき、熊野と二人で呉の提督さんに食事に誘われたけど、熊野がお嬢さんぶって概念伝達で“テーブルマナー云々って”言いだして、もうロクに食事も出来なかったんだから!」

そう言いながら、ふと

「ちょっとまって!概念伝達は精々近距離で内緒話ができる位の能力しかないわ、それにもの凄い霊力を消費するから普段でも使わないのに!こんな空間ができるなんて聞いた事がないわ」

するとこんごうは、

「私も最近までは、無意識のうちにこの空間へ来る事があったわ、でも意識的にこの空間へ来たのは初めてかしら」

 

「どういう意味?」

 

「今、貴方の艦霊を一時的に私の艦霊の中へ取り込んでいるわ」

 

「なっなんですって!」思わず席を立ちかけたが、こんごうさんに手で制された。

 

「そうしないと、落ち着いて話も出来ないしね」少し間を置き、

 

「ねえ、鈴谷さん、ゆっくりと思い出して、ルソン北部警備所からの事を」と言われ、

 

「ルソン北部警備所」と呟き、

「私がルソン北部警備所に配属されたのは半年ほど前の事だったわ、配属後すぐに曙も来たから、二人ともあそこは初めてだった、最初の司令官は退役まじかの白髪の似合う御爺さんで、とても優しい方だったわ、本土に孫娘さんがいるとかで、私達もその孫娘さんの様に大切にしてくれたわ、警備所の人達も人数は少なったけど皆いい方ばかりで、

“ああ、いいところに来た”って実感してたの、現地の人達とも交流があったし、時々米軍の軍人さんも爺様に会いにきてた、なんでも若い頃は米国に駐在武官としていたらしい、

でも、今年の1月に退役する事になって、皆で送別会をしたけど、大勢の人が来てびっくりした、そして彼が来たの」

 

「彼?」とこんごうが聞くと

「そう、御爺さんの代わりに、来たのが今のルソン北部警備所の司令で、元軍令部の出身、

実は曙が、横鎮にいる駆逐艦の子に色々聞いたらしい、でもあんまりいい話が無かったみたいで、御爺さんの時は“じいちゃん司令”とかいって、気楽に話していたのに、彼になってからは“近寄るなクソ司令”とかいって一線を画す様になったわ、寝泊りも食事も全て自分の艦でするから私一人になっちゃって...」

「まあ私は以前と変わらず、司令は司令って思って普通に接していたけど」

 

こんごうは鈴谷の話を聞きながら、

“そこをつけこまれたみたいね、鈴谷さんを孤立させて近づいた”と思った。

 

「最初はごく近海の警備とか哨戒、それもたまにある程度だったかな、私の艦じゃでかいから、曙がよく行ってたけど、それも段々少なくなったわ、その頃かな、

警備所内の人員の入れ替えとかって知らない人たちが来たの、まあ目つきが悪いけど、

無口だし、仕事はするからいいけど。」

 

こんごうは黙って聞きながら、

“それは多分死霊妖精ね、という事は、警備所はすでに”

 

「そう言えば、ある頃からかな、こんな事を司令が言い出したわ」

 

「こんな事?」

 

「そう、“俺は軍令部で活躍してたのに、GF司令部のやっかみでこんな田舎に飛ばされてきた、復帰するにはお前の協力が必要だ、頼む”とか言われちゃった」と少し嬉しそうに話す鈴谷

「そして“戦果を挙げれば、GF司令部も軍令部も俺を認めて復帰できるぞ”といって私に哨戒命令を出したわ、海域を指定してたけど」

 

「海域を指定?」

 

「そう、何でも陸軍の偉い人に親戚がいるとかいって“極秘情報だ、深海凄艦の駆逐艦隊が来ている”と言ってたわ」

 

黙って話を聞くこんごう

「指定された海域へ行ってびっくりしたわ、言われた通り、深海凄艦の駆逐艦が数隻いたわ、ここで頑張れば司令が認められると思ってコテンパンに叩いて撃沈したわ」

 

こんごうが、

「反撃は無かったの?」

 

「ふん、この鈴谷様がそんなへまをすると思うの?反撃するいとまも与えなかったわよ」

と胸を張ったが、

こんごうは内心

“やはり、副司令の予想通りに戦闘経験が浅い子達が粛清されていたのね”

鈴谷は続けて、

「警備所へ戻って司令に報告したらものすごく喜んでくれたわ,頭を撫でてくれながら、

“今後も頼むぞ”とか言われちゃつた」と嬉しそうに話す鈴谷。

 

こんごうは、落ち着き、紅茶を一口、口へ含むと、ゆっくりとそれを呑み、そして

「その後は?」と問いただした。

 

「司令の言う通りに出撃を繰り返したわよ、出撃する度に深海凄艦の駆逐艦とか軽巡とかがいて、戦闘になったけど、損傷もすることがあったわ、でも“被害が出た事がばれると昇進に響く”と言われて、少し我慢して出撃したわよ」

 

「曙さんは何も言わなかったの?」

 

「曙? 最初は“あんなくそ司令のいう事なんか聞くな!”とか言ってたけど、そういえば最近あってなかったわね」

 

「損傷した艦の修理や補給はしてもらったの?」

 

「いえ、司令は“おれはGF司令部からつまはじきにされているから 補給もまともにない、でもここで戦果を上げれば補給もくるぞ”と言ってたわ、まあ砲の一つや二つ壊れた位でこの鈴谷が沈むわけないもんね」と余裕であったが

「でも、最近は奴らも警戒してしぶといから破損も多かったわ、補給や修理も欲しかったけど、トラックの皆から戦果上げすぎで嫌われているって言われて何で私まで嫌われるのって思っちゃった」

するとこんごうは

「ねえ、その貴方がトラックの皆から嫌われているという話は誰から聞いたの?」

 

「警備所司令よ」

 

こんごうは立て続けに、

「トラックにいる熊野さんに確かめなかったの?」

 

「だって、警備所司令、熊野の話するとすごく怒るの、“熊野はトラックでお前の事を裏切り者と呼んでいるそうだぞ”とかいって」

 

「裏切り者?」

 

「そう、GF司令部の意向に沿わない警備所司令にたなびいた裏切者だって」

鈴谷はそう言うと、

「酷いとおもいませんか、こんごうさん、真面目に司令のいう事聞いていただけで、裏切者だって」

「だから、私頑張ったの、毎回、皆沈めて戦果上げて!」

 

こんごうは、静かに、

「そして、司令に褒めてもらいたかった?」

 

それには鈴谷は無言だった。

 

こんごうは、

「鈴谷さん、貴方自分の艦がどんな状況だったか分かってる?」

 

「えっ、私の艦?」

 

こんごうは右手をかざして、投影ディスプレイを起動した。

そこには、無残な姿をさらす鈴谷の船体が映し出された。

艦の周囲には、どこかの航空隊の九九艦爆や零戦、見慣れない航空機が飛んでいた。

 

「なっ、なにこれ」と驚く鈴谷、空中に映像が映し出された事に対する驚きよりも、

無残な姿と成り果てている自分の艦に驚いた。

「私の船、なんでこんなに損傷してるの?」

 

こんごうは落ち着き、

「やはりね」といい、そして

「ねえ、ゆっくりと思い出すの、最後の記憶を」

 

「最後の記憶? 一番最後の記憶は...」といい鈴谷は

「ルソンの沖合で、深海凄艦の軽巡と撃ち合いになって、でも何とか沈めたわ、

その時ふと思ったの、“なんで私だけこんな目に合うのかって”、そしてそれもこれも、

司令を虐めるGF司令部が悪い“って思って、そしたら”GFの言いなりの熊野達も悪いって急に思い出して“」そういい少し黙り、

「頭の中で、“復讐したいか? 自分をこんな惨めな姿にした奴らに”って声がして、

“できるなら”って思ったら急に視界が暗くなって、...あとはうすらぼんやりとしか」

 

こんごうは、ゆっくりと、そして静かに鈴谷に語りかけた。

「貴方は、その心の隙をつかれて危うく悪霊に魂を乗っ取られかけた、いえ正確に言えば今も乗っ取られかけているといえるわ」

 

「えっ!」と驚く鈴谷。

 

「いい、落ち着いてよく聞くのよ」と言いながら、こんごうは姿勢を正し、

「貴方は、上司である警備所司令から近海に出現した深海凄艦艦隊の撃破を単艦で命じられ、それに応じて出撃を繰り返した、度重なる戦闘で船体は損傷、必要物資の補給はなし、次第に強化される深海凄艦の対応、苦戦するなか、不思議に思わなかった?」

 

「不思議に?」

 

「なぜ、これだけの艦隊が来ながら、連合艦隊司令部、近隣の警備所が動かないのか、

なぜ自分だけが出撃を繰りかえすのか?」

 

「だって、司令はGF司令部から嫌われているから支援はないって!」

 

「ねえ、あの山本長官や三笠様がそんなことで友軍の支援を打ち切ると思う?」

 

「うぅぅ」と答えに詰まる鈴谷、

 

「そろそろ気がついた、あなたその警備所司令に騙されたのよ」

 

黙ってじっと聞く鈴谷、そしてこんごうは、

「いい。いくら参謀本部に親戚がいるからと言って、軍の極秘情報が簡単にホイホイ漏れるようでは、おかしいと思わなきゃ。おまけに陸の参謀本部からの情報というのは、余りに不自然よ」

 

鈴谷は、

「でもなぜ、私をだますの?」

 

こんごうは 鈴谷を指さし、

「理由は、簡単よ、貴方の“魂”を狙ったの」

 

「私の“艦霊!”」

 

「そう、重巡級の強大な力を持つその魂をね、貴方を精神的に追い詰め、疲労させ、追い込んだところで、“熊野達から裏切者だ”と言われれば混乱し、心に隙ができる、そこを悪霊に取り付かせ、そして心体を乗っ取り、精神崩壊を起こさせ、重巡棲姫へ変質させるつもりだったみたいね」

 

「なんて!」

 

「そう、その警備所司令、“死霊”よ、多分もう人間としての感情とか、思考とはないかもしれないわね」

 

「そんな・・」と言葉を失う鈴谷

「全然気がつかなかった」

 

「まあ、普段は表向きには人として暮らしている、でも深層意識下では悪霊化した深海凄艦の手先だった」

「そして、狙ったのは貴方の魂、計画は上手く行き貴方は精神崩壊寸前までいきかけたけど、最後の一歩でふみとどまった」

 

「踏みとどまる?」

 

「そう、貴方朦朧とする意識の中で、誰かに呼ばれなかった?」

 

鈴谷は落ちつきながら、

「く・ま・の、そう熊野の声を聞いた!“しっかりしなさい”って!」

 

「そう、貴方はその声に反応する事で、辛うじて自意識を保ち、精神崩壊を免れていたわ」

 

「じゃ、私無事なの?」と聞いたが、こんごうの答えは

 

「残念ながら、そうとも言えないわ、まあ外傷的な所はさして問題ないけど、問題は心の病よ」

 

「心の病?」

 

「そうね、一度芽生えた恐怖とか、嫉妬とか、恨みとは中々消えないものよ、今の貴方はそれら負の心を抱えたまま、悪霊と深層意識下で戦っているわ」

そう言うとこんごうは、ゆっくりと立ち上がりそして鈴谷の横までくると、彼女をそっと抱き寄せた。

 

「えっ」と驚く鈴谷

 

「いい、今はゆっくりとおやすみなさい、まず心を落ち着けるの、そしてあなたの最も信頼する人の笑顔を想い出しなさい」

 

そっと目を閉じ、心の中で熊野の笑顔を思い出した

「私、熊野に逢いたかったんだ」と呟いた

鈴谷とこんごうの回りを白い光が包みこんだ

“温かい、優しい心”そう思いながら意識が薄れていった。

 

 

こんごうは意識を身体へ戻しながら、クラインフィールドを徐々に解除していった。

息が上がり、額には大粒の汗が浮かび上がっていた。

一気に力がぬける。

 

「こんごう、しっかりしなさい!」といずも副司令から声がかかった。

 

「はあ、はあ・・・」と肩で息をしながら、一呼吸おいて、

「申し訳ありません、少し気が遠のきました」

 

「こちらでも、モニターしていたわ、何とか鈴谷さんの艦霊を鎮静化する事には成功したみたいね」

 

「はい、今は意識を意図的に眠らせてあります、しかし、悪霊との切り離しが出来ていません、このまま目覚めれば、また錯乱状態になりかねません」

 

インカム越しにいずもが、

「ええ、とにかく其処ではこれ以上の精神治療は出来ないわ、私の艦へ至急連れてきなさい」

 

「はい、副司令」といい、無線を切った。

丁度その時、艦橋入口に気配が!

ふと見上げると、こんごうの降下救助妖精とその肩に担がれた鈴谷副長であった。

 

心底疲れ切ったこんごう艦長の姿を見た降下救助妖精が、

「かっ、艦長!大丈夫ですか!」と声を掛けたが、こんごうは

 

「ええ、ちょっと疲れただけだから、それよりも鈴谷艦長を精神治療の為、護衛艦いずもへ移送します!」

 

「はい、こんごう艦長!」と降下救助妖精が返事をすると、鈴谷副長をその場へ座らせ、

背負って来たバックの中から小型の心拍モニタリング装置を出し、センサーを腕にセットし、モニター開始ボタンを押した。これでロクマル機上のデータリンクを通じて、鈴谷の心拍などのデータがこんごうへ送信され、さらに上空に待機中のE―2Jを通じ、いずもへと送信される。

 

こんごうは、鈴谷副長のもとへ行き、

「聞いたと思うけど、精神治療の為に鈴谷艦長を私の旗艦へ移送します、今、鈴谷艦長は一時的に催眠状態にしていますので、最低限の霊力補給があるはずですが、気分は?」

 

すると鈴谷副長は

「はい、少しぼーとしますが、なんとかします、我々はどうすれば?」

 

「間もなく、駆逐艦陽炎と私の艦が到着します、後続で空母鳳翔さんと長波がきます、

私の艦で鈴谷さんの船体を曳航、貴方は鳳翔大佐の指揮下に入り、パラオ泊地へ向いなさい!」と命じた

 

「はい!金剛艦長、鈴谷艦長をお願い致します。」

と敬礼して答えた。

 

こんごうは、降下救助妖精に、

「貴方は残って、引き続き要救助者の捜索と救助をお願い」

 

「はい、艦長、鈴谷艦長をピックアップ後、救助活動を継続します!」

と答える降下救助妖精。

 

こんごうは、それを聞くと、横たわる鈴谷のもとへ行き、彼女を背負った。

「きりしまよりは軽いかな?」と呟いた、多分きりしまが聞いたら、猛烈に

“計算では私の方が軽い”と騒いだに違いないなと思いながら、

「よし、じゃ行くわよ」といい 救助妖精と共に艦橋を後にした。

 

ラッタルを降りて、甲板上に出ると、既にロクマルが先程の場所でホバリング待機していた。

鈴谷をそっと甲板へ寝かせると、降下救助妖精は背負っていたバッグからスリング機材を取り出した。

本来なら、ロクマル機内で救助用担架を組み立てホイストで釣り上げる所であるが、鈴谷の外傷が少ない事、時間がない事などを考慮し二人同時にホイストアップする事になった。

こんごうだけならフィールドを展開して上る事もできるが、先程、細かい出力でフィールドを展開したばかりで霊力が回復できていない事もある。

こんごうがスリング機材を装着している間に、同じものを眠る鈴谷にも装備、そしてロクマルからホイストワイヤーが降ろされると、こんごうは鈴谷を抱きかかえるようにしてワイヤーに自分と鈴谷を固定した。

 

降下救助妖精がハンドサインを送ると、ロクマルの機上で待機していたFEは、即座にウインチケーブルを巻き上げ、こんごう達を収容した。

機内へ収容され、サイドドアが閉まりこんごう達を乗せたロクマルは 一路いずもを目指し飛行を開始した。

 

鈴谷副長は、艦橋で覚醒する意識の中、鈴谷艦長を移送する為に降下して来たロクマルを見て驚いた

「なんだ! あの航空機は!」

見た事のない形状の航空機が急降下してきたと思えば、次の瞬間、艦首付近で空中に止まった。

眼を見開きじっとその機体を観察した、見た事がない形状の上、なんの装置かわからない物が多数ついている、機体の上にプロペラがついていたので一瞬 カ式観測機かと思ったが、あの機体では空中に止まるなんて芸当はできない。

そう思っていると、背後に気配を感じた、振り返ると通信参謀や他の幹部妖精があつまって来た。

「副長、あの機体は?」と幹部の兵員妖精が聞いてきたが、

 

「分からん、金剛艦長の艦載機のようだが、見た事がない」

 

じっとその機体を見ていたが、細いワイヤーの様な物が降ろされ 先程の金剛艦長と鈴谷艦長が吊り上げられてその機体へ収容されているのが分かる。

ふと機体の後部にある日の丸の所に小さく“海上自衛隊”と記載されているのが目に止まった。

聞いた事のない組織だ?

収容を終えた機体は その場で向きを変え 急加速してこの場を離れて行った。

直ぐ後を護衛の零戦2機がついている、部隊記号をみると鳳翔航空隊だ。

 

「パラオ艦隊か?」と思いながら

艦橋横の見張り妖精が、

「前方2時方向 艦影ふた!」と報告してきた。

手元にあった双眼鏡で覗くと駆逐艦と大型の戦闘艦らしき艦影が見える、しかし

「戦艦金剛ではない?」

副長は一瞬戸惑った。

 

確かに先程、見たのは金剛艦長だ、こちらへ向っている自分の艦でパラオへ曳航すると言っていた、だが?

 

其処へ先程 金剛艦長と話していた兵員妖精が帰ってきた。

「陽炎とうちの艦が見えてきましたか?」と訊ねてきた。

 

「駆逐艦は陽炎のようだが、後方の艦は見た事がない? 戦艦金剛ではないのか?」

 

するとその兵員妖精は暫し考え、

「そうですね、たしかにこんごうですよ、金剛違いですけど?」

鈴谷副長は、狐につままれたような気分で、

「どう言う意味だね?」

 

「自分達は、海上自衛隊護衛艦こんごう所属隊員妖精です」

 

「護衛艦こんごう?」

 

「そう、まあ戦艦金剛さんそっくりの妹分だと思うと早いですね」

 

「なっに、金剛艦長にそっくりな妹さんだと?」

 

すると降下救助妖精は、

「なんせ、同じ艦霊ですからね、性格も良く似てますよ」

 

副長は思わず

「いったいどうなっているのだ?」

 

すると、降下救助妖精は

「鈴谷副長、悩んでも仕方ないですよ、パラオで、ご自分の眼で確かめるのが一番です、

さっ応援も来ました。負傷者の収容作業、手伝って下さい」と外を見るように勧められた。

そこには先程とは別の機体が空中に止まり、軍医らしい兵員妖精をワイヤーで降ろしているのが見えた。 遠くには 近づいてくる陽炎と見慣れぬ艦影

 

副長は

「パラオには いったい何があるのだ」と思った

 

 

戦艦三笠率いるヒ12油槽船団は、鈴谷の一件を受けやや船速を速め、予定時刻より早くトラック泊地への入港となった。

三笠は泊地内部へ入ると船団を解き、まず元中佐の率いる民間船団を分離した。

その後 阿武隈達を分離し、最後に残った金剛を従え、泊地の中央部の戦艦係留用ブイを目指した。

 

遠方に扶桑、山城が見える、その近くには長門、そして際立つ大きさの大和が見えている。

少し離れた所に、第3戦隊の係留地があり、今は比叡達が見えた。

金剛は、艦隊コミニュケーションシステムを起動し、三笠を呼び、

「三笠様、では金剛も係留地へ向います」

すると三笠は、

「うむ、ご苦労であった。鈴谷の件もあるが、今日は待機しておれ。それと」

 

「はい、こんごうちゃん達の事ですね。上手く言っておきます」

すると三笠は、

「任せたぞ。それとだ、ここでは程々にしておくようにな」

 

金剛は少し顔を赤らめて、

「はい、三笠様」とだけ答えた。

第3戦隊係留地を目指し、舵を切る金剛。

 

三笠は前方の長門達を見ながら、

「副長、投錨、係留用意」というと、

 

「はい、艦長」といい、インカムを通じ、

「機関、最微速、投錨、係留用意」と艦橋へ命じた。即座に露天艦橋後部にいる下士官が

入港、投錨用意の号令ラッパを吹いた。

甲板員妖精が一斉に甲板上に集まり、係留用もやい綱などの準備に入る。

「さて、今日は騒がしい日となりそうじゃの」といい、これから山積した問題解決に向け思考を巡らせていた。

 

 

長門は自艦の艦橋横の見張り所で、前方からゆっくりと接近する最新鋭艦を見て息を呑んだ。

「戦艦三笠だと!」

 

先日、大和と二人で泊地司令部へ行った際に宇垣参謀長から、

「明日、最新鋭戦艦が入港する。司令部付きなので、大和の横へ係留するからよろしく頼む」と言われた。

「大和の横?」と聞いて、

「武蔵が来るのですか?本土防衛の為、呉で待機中と聞いていますが」と聞いたが、

 

「いや、パラオ工廠で建造した最新鋭戦艦だ。乗ってる艦娘も凄いぞ」と言われた。

「はあ?」と二人で生返事をした。それもそのはずだ。

現在、帝国海軍では戦艦級の建造は事実上凍結されている。

最大の理由は資材不足と戦費の不足だ。

深海凄艦の海洋交通路の破壊は日本経済に深刻な影を落としている。おまけに言いたくはないが、満州事変以降の陸の戦いは長期戦の様相をみせ、周辺国特にソビエトとは緊張状態が続いている。その為、海軍対陸軍で資源の奪い合となり、軍令部などは資源確保の政争に明け暮れ、まともに機能しているか怪しいと感じる事すらある。

 

そんな折に最新鋭艦?と聞いて腑に落ちない。

まだ空母というならわかる。現在連合艦隊は航空機を使った戦術に移行し始めている。空母の建造は急務であり、現在建造途中の大型艦はすべて空母だった。また戦闘艦も駆逐艦が中心で、戦艦の予定はない。

自分や金剛といった旧世代の戦艦には厳しい時代になりつつあることは、自分としても自覚はある。しかしこの姿で生まれた限りは全力を尽くして戦い抜きたいと思うのも事実であった。

そして今、目前には、大先輩格の戦艦三笠がいる。

 

じっとその姿を、双眼鏡を通して眺めていた、不意に

「美しい」と声に出てしまった。

 

見張り所には、続々と副長をはじめ幹部兵員妖精達が集まり、各々目前を通過する三笠を見ていた。

横に立つ副長が、

「三笠ですよ、艦長! 浮いてます! 動いてますよ」と驚きの声を出した。

「ああ、そうだな」と返事をしながら、よくその艦を見直した。

 

どうやら船体は横須賀の艦ではなく、新造したようだ。という事は、全く新しい艦をパラオ工廠で建造したのか?

いや待て。三笠様が向こうへ行って2週間も経っていない。そんな短期間でこんな艦を建造できるはずがない。もしパラオ工廠で建造したなら最低でも数年は掛かる。

 

つぶさに艦体を見た。

「主砲が単装砲になっている。副砲類が廃止されているな」と言うと、横に立つ副長も、

「見た事のない大型の機銃らしきものが側舷にあります。艦橋回りの電探でしょうか?やけに多いですね」

 

「なりは三笠だが、中身は?」と思った瞬間、艦橋の上部、露天艦橋と思わる所にいる人物に気がついた。

腕を組み、長い髪を風に揺らしながら、じっとこちらを睨んでいた。

鋭い視線、重圧な威圧感。

間違いない。

 

長門は即座に双眼鏡を下すと、

「総員気をつけ!三笠大将に敬礼!」と号令を出した。

 

副長以下、その場にいた全員が姿勢を正し、眼下を通過する三笠に敬礼を送った。

既に目視で三笠を確認できる距離であり、露天艦橋の三笠も答礼し、それに答えた。

 

その姿を見た長門は不意に、

「ふふ」と不敵な笑みを浮かべた。

 

副長が、

「長門艦長どうされました」

 

「やはり、あの方はああでなくてはな」

 

「はっ、何の事ですか?」

 

「連合艦隊一の暴れ馬と呼ばれた戦艦三笠。黄海海戦から始まり、戦いあるところに三笠ありと言われた方が、新しい艦でまた海へ出た。これほど面白い事があるか」

長門は笑いながら、

「時代が動くぞ」といい副長を見た。

 

艦橋のドアが開き、見張り所へ通信参謀が来た。

「失礼します、長門艦長。連合艦隊司令部より通信です。艦娘幹部は至急連合艦隊司令部へ集合との事です」と通信文を渡した。

 

副長は、周りに聞こえないような小さな声で、

「鈴谷さんの件でしょうか?」

長門は、

「それだけではあるまい。色々とお聞きしたい事もある」

そう言いながら、

「さて、どんな面白い話が聞けるか楽しみだな」といい、艦橋を後にした。

 

トラックにまた一波乱ありそうな予感に包まれながら.

 

 




こんにちは、スカルルーキーです

漂流編 本当は上下の2編の予定でしたが、少し長くなってしまい、3編へとなってしまいました(泣)
ほんと、文章力がないのが露呈しております。

そういえば秋、秋と言えば秋刀魚
秋刀魚といえば...

秋刀魚食べてないな〜

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。