分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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人は愚かである。
愚かであるからこそ、人である。

彼女達は その愚かな人類の愚行を再び繰り返さないと誓った
そして、この世界 まさに人類は愚かな行いを 繰り返そうとしている



23.人類の愚行

パラオ南部海域を進む 鳳翔対潜部隊が、不明潜水艦を発見との報を受け

仮眠を切り上げ、自艦のCICへ向うこんごう。

 

CICの入口で 敬礼する下士官にIDを見せるが、

下士官に そっと、

「艦長、ID逆さまですよ」と言われて よく見ると上下が逆さまだった、

 

「ありがとう」といいながら CICへ通じるドアを開けると、砲雷長が

 

「お休みの所 申し訳ありません、はるなCIC経由で 鳳翔隊が接敵しました」

 

「泊地司令部から 何か通達は?」

 

「いえ、いずもCICからも 現状待機と通知されています」といい 前方のモニター画面を切り替えた。

 

そこには パラオ南部海域に進出した 鳳翔対潜部隊が、1隻のカ級を捕捉 包囲しようとしていた。

 

こんごうは CICの艦長席へ座り、各種戦術ディスプレイを起動し、表示情報を確かめた、

既にはるなによる音紋照合も終わり、深海凄艦 カ級と判定され、エネミーコードが割り当てられていた。

 

艦長席の通信ディスプレイを開き はるなCICを呼んでみた。

即座に はるなが出てきた、

 

「はるな、いま大丈夫」と聞いてみる、

 

「うん、大丈夫」といつものはるなの返事が返ってきた。

 

「状況は?」

 

「今から 鳳翔隊が発艦するところ、私のロクマルが 接敵を続けているわ」

別モニター画面に 甲板上に立ち、発艦指示をする鳳翔が見える。

綺麗な無駄のない動きで 次々と発艦する九九艦爆隊

 

「じゃ、泊地で待機してるから、何かあったらすぐに呼んでね」といい、通信を受信モードに切り替えた。

 

単縦陣で進んでいた 鳳翔対潜部隊から、睦月と皐月が離脱し、潜水艦の探知海域に向って 速力を上げていくのが表示された。

 

こんごうは 注意深く周囲の海域の情報を見た、

今日 鳳翔対潜部隊が パラオ南部海域へ向ったのには理由がある、

昨日深夜 飛来したB-17の飛行コースを南下したのだ、偵察なら必ず 誘導の為の艦艇がいる、

それも潜水艦の可能性が高い、万が一、日本海軍に発見撃墜された場合は、

乗員の回収の為にも前進してきていると 由良司令は考え、この海域への索敵を進言したのだ。

 

「由良司令の考え ビンゴだったかしら」と思いながら モニターにはカ級潜伏海域へ近づく鳳翔隊が映し出された。

 

はるな艦載機 SH-60K はるなスワロー

機長である、戦術士官は 操縦席後部の管制卓の上のドラッグボールをせわしなく動かしていた、いま眼下の海底には カ級が潜んでいる。

 

「ん、動きが止まったか? いや微妙に沈降しているな。

こちらへ来る睦月達に気がついたか。しかしもう遅い」と言い、

先程から降ろしているディッピングソナーの感度を上げた。

「逃がさん!」と言い、忙しなく管制卓を操作していた。

 

 

航空母艦 鳳翔 九九艦爆隊長機

 

「後ろはついてきているな!」と後席に怒鳴ると、

 

「はい、今 4番機発艦しました!」

 

「よし、このまま現場海域へ向う、空中集合は順次行う」といい機体を カ級の潜む海域へ向けた、すると

「鳳翔1番、はるな航空管制、右10度変針 速度280、同じく2番 右8度変針」と無線指示が来た。

 

事前の打ち合わせで 離陸後、はるなの士官が最短コースを指示してくれる事になっていた。 ふと 右横を見ると ロクマルが2機の零戦を従え飛んでいた。

機体番号を見て、

「いずもさんの 艦載機か」

最終誘導役の いずもさんのロクマルが見える。

無線では後続の機体に 細かい進路指示が行われている。

 

「隊長、無線で誘導もいいですけど、細かいですね」と後席員が話しかけてきた。

 

「ああ、でもそれだけ相手の位置が正確にわかっているという事だ。

今までの様に、相手を探して海上をウロウロして、いざ合戦という時に“燃料切れ”などという無様な真似にならんだけましだ。」

 

後席員が、

「全機発艦しました!」

 

「よし、奴を仕留めて、仲間の敵を討つ!」

隊長機は速力を上げて現場海域へ向った

 

 

はるなスワローの戦術士官は 対空用画面を見て、

「よし、全機発艦したな」

インカムを操縦士へ切り替え、

「鳳翔隊が間もなく来る、最終誘導はいずもスワローが行う、マーカー投下後 離脱だ」

 

「FE マーカー投下用意!」

即座に フライトエンジニアから、

「マーカー投下用意 よし!」と返事がきた

 

「操縦士、マーカー投下後即退避だ、FE忙しいが頼むぞ」

「はい 機長、任せてください」と操縦士から返事が返る、近くにいるFEは 右手を上げ、了解を示した

 

「さあ 来い」と対空画面を見た。

 

 

発艦後、はるな戦闘指揮所の士官の誘導を受け、無事全機集合した鳳翔隊は 3機づつの2編隊、合計6機で進空していた、

 

少し上空を 零戦の護衛の元、二式大艇改が飛んでいるのが分かる

「対潜哨戒機か、鈍亀には厳しい時代になったな」といい 眼下を見た

 

無線に

「こちら、はるな航空管制、最終誘導をいずも艦載機へ移行する、鳳翔隊の武運を祈る、アウト」と無線が切り替わった。

 

「鳳翔隊各機、いずも艦載機 管制を引き継ぐ、進路そのまま、投下まで5分」

機体をバンクさせ、了解を示すと、

「よし、ゆっくり降下するぞ」といい、機体を滑らせ、降下姿勢に入った。

 

右横には いずも艦載機も誘導の為 降下してきた、

「鳳翔隊 投下地点まで3分 投下体形作れ」といずも艦載機から指示が出た、

 

僚機にハンドサインで 投下態勢つくれを指示した、

今回は 2編隊が 複縦陣の形で、海面に漂う目印に向け爆雷を投下する、

相手は動かない、対空砲火もない、難易度的には新兵の訓練課程だ、

しかし ここで失敗すれば鳳翔隊の面目丸つぶれである。

操縦桿を握る右手にも力が入る、ふと後席から

 

「隊長でも 緊張する事あるのですね」と声がした、

 

「ああ、単純な爆撃だからこそ緊張もするさ」と答えながら、

「さあ 気合いれていくぞ」

 

「はい」と後席から元気な返事が返ってきた

左を同じように飛行する第2小隊 4番機以下の機体を見た、5番と6番機は まだ新兵の域だ、少し振らついているが、まあ許容範囲だ。

バックミラーを見て2番、3番を見たが、奴らは心配するだけ無駄な奴らだ 

 

「よし、全機 位置についたな」

 

無線から

「鳳翔隊 進路そのまま、よーそろー、投下まで3分、間もなく目標が見える」

 

前方に視線を集中すると 遠くに別のロクマルが見えた、不意に上昇したと思うと、白い一筋の煙が 海面から上がっているのが分かる。

 

「あれか!」と言うのと同時に

 

「鳳翔隊 目標視認できたか?」と誘導機から聞かれ、バンクして答えた。

「武運を祈る」とだけ言われ ロクマルは戦列を離脱した。

 

目標まで2分を切った。左右2機づつの突入だ。

真横を飛行する4番を見る。4番機の副隊長がバンクして“用意よし”の合図を送ってきた。

「行くぞ!」と操縦桿を前に押し、急降下姿勢に入る。左後方に続く4番機。

「制動板 開け!!」と言い、制動板を開き、降下スピードを調整した。目前の照準器に、海面に漂う緑の目標を見つけた。

 

「まだ、まだ」といい 投下高度まで降下するのをじっと待つ、

「いま!!」といい 投下レバーを引いた、急に機体が軽くなり浮き上がってしまう、それを押さえつけ、ゆっくりと機首を起こし、即座に制動板を閉じる、

水平飛行状態に戻し、横を見ると 先程と同じ位置に 副隊長機が見える。

 

「弾着!」と 後席から声が掛かった、続いて

「後続機も 投弾!」と声がでた。

後を見ると、後続機も次々と投弾しているのが分かる、海面に数本の小さな水柱が立った。

 

ゆっくりと右に旋回しながら、投弾した位置を確かめた。

「よし、全機 目標範囲内だ!」と言うと、

 

「鳳翔隊 速やかに安全高度まで退避」と指示がでた、

 

右旋回で 上昇しながら各機小隊別に編隊を組み直した瞬間、海面が膨れ上がり、直後 大きな水柱が上がった

 

「やったか!!」と後席に聞くが、

「まだ 分かりません!」と返事が来た、

 

海面すれすれに はるな艦載機が降下していくのが分かる、暫く上空で 待機していたが、海面に無数の浮遊物が浮かびあがってきた、重油の様な油膜も見える

 

「鳳翔隊 はるな艦載機、カ級の撃沈を確認した」と無線が入った

 

「隊長!! やりました!」と喜ぶ後席員

 

「ああ、これで奴らの無念も晴らせる。」そう言いながら、いずも艦載機に誘導され、母艦への帰路へ着いた。

 

 

こんごうは CICで中継されてくる映像を見ながら、鳳翔の対潜能力の向上ぶりに驚いていた。

「凄い能力向上、ロクマルとはるなのサポートがあるとはいえ、この短時間でよく装備を使いこなしている」と感心した。

先日、泊地司令部の1階で 鳳翔に 彼方の次元の終戦間際、日本が潜水艦に苦しい戦いを強いられた事を話した時の 彼女の顔を想い出した。

 

「やはり、“やるときは やる〝方でしたね」

 

画面には、いずも艦載機に誘導され帰還し、着艦進路へ着く鳳翔隊、そして平行進路をとるはるなの姿が映っていた。

 

パラオ泊地司令部 2階 簡易指揮所

鳳翔、潜水艦発見の報を聞いた、長波は急いでこの簡易指揮へ駆け込んだ。

“今なら ここに情報が集まる”と思い息を切らせて走り込んで来た。

艦を出る時に、副長に、

「追撃戦があるかもしれない! 缶に火を入れて、抜錨準備で待機!」と指示してきた

以前の自分なら、“関係ない”とか言って遊びに行っていたが、今は自然に体が動く

 

指令所のドアを開けると、司令部要員の他、山本長官や三笠様、そして金剛さん、陽炎教官が席へ着き、はるなさん経由で送られてくる戦術情報を見ていた。

陽炎教官に手招きされ、横へ座った。

「遅かったわね」と教官に言われ、

 

「済みません、追撃戦があるかもしれないと思って、缶に火を入れて来ました」

それを聞いた、陽炎は、

「へ~、やるわね、でも次からはその辺は 副長に任せなさい、部下を信じるのも艦長の仕事よ」

 

「はい」と返事をした。

 

前方の大型画面にはいくつかの表示がある、戦艦三笠様とか 金剛さんとか、自衛隊のあかしさんの改修を受けた艦は 艦の状態が画面上に表示されていた。

既に各艦とも抜錨待機の表示が出ていた。

 

陽炎教官が、

「長波、いい 艦長は色々と指示する事も多いけど、副長を始め、部下を育てる事も仕事なの」といい 少し間を置き

「ねえ、自分が歩く時、右足前とか左足前とかいちいち考えないでしょう、

歩くと思うだけで 自然に体が動くわよね、それと同じ、追撃戦があるかもと思えば、各員やることは決まるわ」

 

「はい、気をつけます」

 

そう言うと、前面の画面を見直した。

鳳翔さんから 九九艦爆隊が発艦し、カ級が潜むと思われる海域へ急行しているのが映し出された、睦月さん達も急行している。

 

「追撃戦は無いかもね」と不意に陽炎教官がいった。

 

「どうしてですか?」と聞いてみた。

 

「既にこれだけの数の敵に包囲されているのよ、逃げ道は無いわ」といい

「いい 良く見ておきなさい、一瞬の判断の過ちが招く結果よ」と言われて 前方の画面を見た、既にカ級は はるなさんの艦載機に捕捉されて位置が特定されている。

新型対潜爆雷を装備した鳳翔隊が現場に急行し、その後は同じく睦月さん達が向っている。

遠くには 噴進魚雷を装備したはるなさんもいる。

正直 カ級には逃げ場がない。

 

“甘い判断は こうなるのか”とつくづく感じた。

 

 

画面では 鳳翔隊が新型爆雷を投下中の表示が出た。

暫し沈黙が続いた、しかし

「カ級の撃沈を確認」と自衛隊の士官が言うと、司令部内では拍手が起こった。

「よ~し、幸先いいぞ!!」と声が上がる

 

画面が切り替わり 対潜部隊旗艦の鳳翔が出た。

「長官、三笠様、 カ級撃沈致しました」と静かに報告してきた、後方に映る鳳翔副長以下の兵員妖精も皆 喜んでいる様子が見て取れる。

 

「うむ、ご苦労であった。まだ残存艦艇が居る可能性がある。対潜、対水上警戒を厳としておいてくれ。」と言い、横の画面に映るはるなを見て、

「はるな君、君もご苦労様。済まないがもう少し頼む。」と山本が言うと、

「はい、はるなは大丈夫です。」と静かに返事をして来た。

 

三笠は、画面に映る鳳翔の目元に涙を見て、

「どうした、鳳翔?」

 

「いえ、お恥ずかしい所をお見せしました。」と懐から手ぬぐいを取り出し涙を拭き、

「これで、あの子達の無念を晴らす事が出来ました。」

 

それを聞いた三笠は、

「良いか鳳翔、憎しみだけでは何も生まぬ、この戦いの大義を忘れるでないぞ」

 

鳳翔は、深々とお辞儀をしながら、

「鳳翔、心致します」と告げた。

 

三笠は それ以上語らなかった。

「“憎しみは 何も生まない” 昔、同じ事を北の海で聞いたな」と 一人呟いた

 

鳳翔は、画面の中から、由良を呼び、

「由良さん、お願いがあるのですけど」

 

「はい、なんでしょうか?」と由良が前へ出て来た。

 

「間もなく変針点で 帰路へ着きますが、帰隊予定時間が少し遅くなりそうですので、艦娘寮の夕食をお願いできないでしょうか」

 

すると 由良が、

「はい 簡単なもので良ければ準備いたします」と返事をしてきた。

少し考え、

「何を作ろうかな、野菜の味噌煮込みか、魚の塩焼きかな」と色々考えていたが、

ふと横にいた いずもが、

「あの、もしよろしければ、今日の夕食は 私の艦へ皆様をご招待するというのはいかがですか」

 

「えっ 宜しいですか?」と由良が聞き直すと、いずもは

 

「はい、明日の午後には 長官や三笠様、金剛さんもトラックへ帰還しますし、今日は夕食会というのは如何ですか?」

 

三笠が、

「では それできまりじゃな」

 

するといずもは タブレットを操作し、

「こんごう、聞こえる?」と非番のこんごうを呼び出した

 

「はい 副司令」と即座に返答が来た。

 

「聞いていた? そう言う事だからお手伝いお願いね」と言うと、

 

「はい、時間になり次第伺います」といい 通信が切れた

 

三笠は、横に座る自衛隊司令に 小さな声で

「婿殿、彼女の腕前は如何なものかな」

 

すると由良司令は平然と、

「いけると思いますが。自分は毎日食べさせて貰ってますが、問題ありません。」

 

それを聞いた 三笠は

「聞いた儂が 悪かったの」と笑いながら答えた

 

その時、電子音が鳴り響いた

水上警戒レーダーを監視している自衛隊士官妖精が

「泊地外周部に 油槽船団、間もなく目視圏内に入ります、瑞鳳戦闘機隊、上空直掩継続中、入港まで30分です」

 

泊地司令は 自衛隊士官の横へ立ち、

「済まない、船団の内容は予定通りかな?」

 

「はい 泊地司令、軽巡1 駆逐艦3、油槽船12です」

 

それを聞いた 由良は急にそわそわとしだした。

 

山本は

「由良、出迎え行ってきていいぞ!」

 

「しかし、まだ庶務が」

 

三笠も

「秘書艦の仕事なんぞもう殆ど 終わっておろう、なんなら 今日だけ」といい

周りを見渡し、

「長波、そちが代わりを務めよ」とあっさりと言った

 

「ええええ! 長波がですか!」と驚く長波

「金剛さんとか陽炎教官とか いますよ!」と慌てて抗議するが、

 

「OH 長波、私はトラック所属です、ここではデキマセンネ」とあっさりと切り捨てる金剛、

 

「長波、私これでも、横鎮でも、呉鎮でも 行くとこで秘書艦やったの、横鎮じゃ配属初日に “クソ提督野郎”に砲撃食らって死ぬかと思った」といい、

「そう言えば 彼奴、ルソン北部警備所に配属されたって聞いたけど元気かな」

 

一瞬、山本と三笠の眼がきつくなったが、

 

「長波様、頑張ります」という声で かき消された。

 

泊地提督が、

「では 由良、入港までの間、残りの業務を説明してくれ、陽炎」といい陽炎をみたが、半場 諦め顔で、

「はい、みてます」とだけ答えた

 

由良と長波、陽炎が席を立ち、提督執務室へ消えた後、入港準備に入る油槽船団のレーダー解析画面を見ながら、山本は 三笠へ

 

「今回の油槽船団、確か船団長は」

 

「ふん、宇垣の弟子じゃよ、ルソンで色々してきておるみたいじゃ 後で話を聞くか?」

 

「ああ、もし心配事が真実なら 海軍の一大事、いや陸軍にも波及しかねん」

 

三笠は暫し考え

「そう言えば、姉上が 大本営会議で陸軍大臣に一石 投じたと言っていたな」とぼそりと言った。

 

「なっ なに! いつの話だ!?」

 

ややとぼけて、

「言っておらんかったか? 由良の婚礼の儀の時に金剛に憑依してこちらへ来ておった。そもそもあの金剛が、舞を踊った時点で気が付くと思ったがの。」

 

「それは 確かにそうだが、なぜそんな大切な事を 失念する!」

 

「まあ 歳をとると忘れぽくなるものよ」と笑って誤魔化した

 

「ああ、もういい、宇垣が上手くまとめている事を期待しよう」と諦める山本であった

 

 

 

由良はその後、執務室で 長波に残りの庶務を説明した後、桟橋へ来ていた、後には金剛もいる。

 

今回の油槽船団は 合計12隻 かなりの規模である。

入港する先導の長良型軽巡、その後に続く、駆逐艦3隻 湾内の民間船漂泊位置へ向う油槽船団。

 

軽巡が 投錨したのに続いて、駆逐艦も投錨し、漂泊状態となった。

本当なら 桟橋へ付けてやりたいが、今は満杯状態である。

湾内から 連絡用の内火艇が出て、軽巡、駆逐艦を回り、艦娘達を司令部前の桟橋へ案内してきた。

内火艇が 接岸すると同時に 一人の艦娘が飛び出してきた!

 

「由良姉さん!!」といいながら 両手を広げ由良へ抱きついてきた

由良は にこやかに

「あらあら、阿武隈 どうしたの?」

 

「いや、だって! ルソン南部補給拠点で待機してたら、長良姉さんから電報貰って、由良姉さん パラオの提督さんと“ケッコンカッコカリ”するって」と慌てて喋りながら、

「そしたら、油槽船団の船団長が“それなら出発を早めましょう”って言って、予定より1日早く向こうを出て」

 

由良は呆れて、

「それで急いで来た訳? もうパラオは何処にも逃げませんよ。」と言いながら、妹の頭を撫でた。指には契りの指輪が光っていた。

「白雪さん達も 阿武隈が我がまま言って御免なさいね。」

 

すると白雪は

「いえ、そんな事はありません」

 

阿武隈は 姉の感触を堪能したかと思うと、急に、由良の後にいる 金剛へ向い

「金剛さん、ごめんなさい」と言いながら これまた金剛へ抱きついて来た。

 

「どうしたのです、阿武隈」と慌てる金剛

すると、白雪、初雪、深雪の3人も金剛のもとへ駆け寄ってきた。

「金剛さん、済みません 私達がちゃんとついて行けば、カ級なんかに雷撃なんかさせなかったのに」と白雪が,

 申し訳なさそうに言い 初雪もその横でぶんぶんと頭を縦に振り、同意して見せた。

 

「深雪さまがいれば、カ級なんか蹴散らしてやったのに」と悔しがる深雪

 

「皆、私は大丈夫です、ほら」といい その場で2,3度軽くジャンプして見せた

 

「金剛さん、大丈夫なんですか!」と慌てる阿武隈

 

「ふふ、ダイジョウブデス、それにとっても強い援軍が来てくれましたから」

 

「強い援軍?」と不思議がる阿武隈をよそに、

 

深雪が、

「見ました!! 週刊青葉!」と言うと、

 

白雪が、

「凄いです、金剛さんを雷撃した潜水艦は、救援に向かった由良さん達が撃沈、その後襲って来た 敵艦載機は 全機が撃墜 損壊軽微、そして、追撃して来た リ級を含む空母艦隊は 由良さん達がコテンパンにやっつけたって」

 

すると阿武隈が、

「横須賀で待機中の長良姉さんが、“由良やった!”と電報よこしたぐらいです、ルソン南部補給拠点もその話で持ち切りです!」

 

やや困ったと 由良は金剛を見たが、即座に金剛は顔を横へ振った。

“話を合わせろ”と視線で送ってきた。

あの程度で 大騒ぎならその後の長波の件や鳳翔対潜部隊の活躍が知れ渡れば大変な事だ。

 

「そっ そうね、あの時は大変だったわ」と話を半ば強制的に合わせて、なんとか繕った。

 

由良が話題を変えようした時、一隻の内火艇が近づいてきた、泊地の内火艇だ。

内火艇は静かに桟橋へ着くと、一人の男性が、右手に杖を突きながら降りてきた。

その姿を見た金剛の顔色が明るくなった。

 

内火艇から、杖を突きながら降りて来た男性。

一言で言えば “いい男!”、現代風にいえばイケメンである。

適度に日焼けした肌、ガッチリとした二の腕、鋭い眼光。

しかし、その右手には不釣り合いな杖を握っていた。

 

金剛はいきなりその男性へ抱き着くと、右の頬にキスをした。

そして、

「Hi!中佐。元気だった!?」と破顔してすり寄った。

 

中佐と呼ばれた男性も、

「おう、金剛。元気だったか!」と、金剛の腰に左手を回しながら答えた。

 

その姿を見た 阿武隈達は

「こっ、こん、金剛さん!」と唖然とした。

 

意外に 由良は冷静に、

「中佐。阿武隈達が見てますから、その辺にして頂けます?」と眼光鋭く言い放った。

 

すると男性は

「おう、由良、久しぶりだな、人妻になって少しは落ち着いたか!」

 

「もう 中佐ったら」とやや顔を赤らめて答える由良

 

「由良、それに中佐じゃなくて、元中佐だ、今はしがない民間船団の船団長だよ」

 

「あの~ 由良姉さん」といい 話が読めないで やや顔を赤くしながらぼ〜とする阿武隈達

 

「あら ごめんなさいね、この方は元第三戦隊 指揮官の中佐です、以前この泊地の正面海域へ深海凄艦の侵攻軍が現れた時にね 金剛さん、赤城さんを伴って援護にきてくれたの」

 

「じゃ、今も軍人なんですか!?」と阿武隈が聞くと、

男性は、

「ああ、一応は。予備役だが。海軍はこんな怪我した人材まで必要とはしてないみたいでな。今はのんびり民間船団の艦長様だ。」

 

すると男性は、

「さあ、泊地提督殿へご挨拶と行こう」といい 由良達と揃って歩きだした。

 

金剛は 中佐の左にぴったりと寄り添うと腕を絡ませ 歩き出した。

いつもなら 即座に由良が

“金剛さん!!”と言って 注意する所であるが、何故か由良も黙ったままである。

結局 由良と阿武隈達が先へ進み 少し遅れて中佐と金剛が寄り添ってあるいていた。

 

金剛が、

「中佐、足の怪我は大丈夫?」

 

「ああ、本当は 杖が無くても歩くのには困りはしないが、これをもっていると、皆親切にしてくれるからな」と笑いながら答えた。

 

少し由良達と 間隔があいた頃を見計らって、

「金剛、あの湾の入口、お前の艦の横に停泊している新型の重巡、三隻だな もう一隻は?」

すると金剛は 上目つかいに、

「ふふ、シッテマシタカ? 鳳翔と対潜活動に出てます」

 

「親父さんから、ルソンを立つ前に パラオに新型の重巡4隻、大型空母2隻がいるが 油槽船団には固く緘口令を敷くように直接 文書で通達があった、まあ乗組員の殆どが元軍属か予備役ばかりだ、問題ないがな」

 

中佐は回りを見ながら、

「金剛、青葉の記事の件、もしかして 彼女達の戦果か?」

 

「ふふ、凄かったですよ、襲い来る40機の艦載機を数分で撃破、私を雷撃した潜水艦は一撃で撃沈、追撃してきた艦隊は こんごうちゃんとひえいちゃんでコテンパンでデス」

 

「そっ そうなのか、えっ いま 金剛と比叡と言わなかったか?」

 

「ハイ、中佐、彼女達は 私達の孫娘達です」

 

「なっ なんだって!」と驚く元中佐、

 

すると金剛はじっと元中佐を見ながら、そっと右手の人差し指を中佐の口元へ這わせ、

「中佐、これは “ヒ ミ ツ”デス」とウインクして見せた。

長年の付き合いから、金剛がこんな仕草をする時は要注意だ。

「なんか、地雷を踏んだかな?」と思いながら司令部へ向った。

 

その姿を 前方で歩きながら見ていた 由良は

“金剛さん、そう言う いい方がいるなら、お得意のあれで速効落とせばいいじゃの、

提督さん口説くなんてもう!”とやや怒り気味であったが、

由良もあの一件があってこそ提督さんとの絆が深まったわけである、

それはそれで感謝しているのだが。

 

 

護衛艦 こんごう 艦橋

こんごうは 艦橋で自身の席に座りながら、はるなの中継データを見て、

「うん、帰路は問題なそうね」といい 画面を船外監視カメラに切り替えた、

そこには 先程入港した油槽船団と護衛の軽巡、駆逐艦が3隻 映し出されていた。

いずも副司令に

「軽巡艦隊に 姿を見られますが、如何しますか?」と皆を代表して聞いてみたが、

 

「いいわよ、長官と三笠様が後で言いくるめてくれるそうだから、それにこれから このパラオは激戦区になるわ、外来艦も増えるでしょうし、いちいち隠れていてもね」といい

問題ないと事であったが、

 

すると副長が

「艦長、眠気覚ましです」とコーヒーを入れてくれた。

 

「ありがとう」と言いながら 自身のマグカップに入れられたコーヒー受け取った

彼方の次元の御祖母様は ついにコーヒーには手を出さず、

「あれを飲む位なら 水で結構デス」といい 決して口にしなかったが こちらの金剛お姉さまもどうやら同類のようだ。

こんごう自身もあまりコーヒーは好きではないが、長い警戒待機時間、眠気覚ましに、まるでコーヒーカップの底が見える位薄めたコーヒーを何杯も飲むうち、何とか飲めるようになった。でも本心では、“紅茶が飲みたいね~”と叫びたい気分である。

 

艦橋で 前方に停泊する、阿武隈達を双眼鏡で見ながら、

「副長、明日からの勤務シフトだけど、準戦闘態勢シフトへ何時でも移行できる様に、先任伍長と相談しておいて」

 

「はい、その件については 既に先任伍長と相談済みです、作戦内容が固まり次第 シフト変更します」

 

「御免ね、これから暫く忙しくなりそう、副長連絡会でもよろしくね」

 

「はい、今の所大丈夫です、多少、はるなさんの稼働率が上がっていますが、戦闘ではなく分析ですので、精神的疲労度の方が大きいですね」

 

「そう、なら次は私が 鳳翔さんのサポートに付こうかしら、あとで副司令に相談してくるわ」

 

「はい 艦長」

こんごう、確かに他のイージス艦に比べて特徴が無いのが特徴であるが、その分、対水上、対空、対潜共にバランスが取れているともいえる、ただ他の艦の能力が各々に特化しているので、こんごうが 目立たないだけである。

 

艦外モニターには 桟橋を司令部へ向い 由良と並んで歩きだした阿武隈達の姿が見える、しかし その後方を歩く 一人の男性と金剛を見て、危うく手に持ったカップを落としかけた。

 

「おっ、おじ...」と言いかけ、慌てて口をつぐんだ。

 

慌てて、カップをカップホルダーへ置き、画面の拡大倍率を上げた、

映し出された男性と金剛、金剛が何かを言い 手を口元へ這わせているのが分かる、

“ちょっと お姉さま すこし大胆なのでは?”と思ったが

 

男性の顔を見て確信した、適度に日焼けした顔 たくましい腕、そして鋭いが時よりやさしい眼差し、数回 写真で見たことがある 間違いない

でも 右手に杖を持ってる? そんな話聞いた事がない、それに右足を少しひきずっている?

 

慌てて 画面を見るこんごうを見て、

「艦長、何かありましたか?」と副長に聞かれたが、慌てて、

 

「いっ いえ何も、それよりそろそろいずも副司令の所へ行きます」と席を立った

今回は ちゃんと自身で内火艇を出して 操船して司令部へ向った。

 

 

由良達は泊地司令部へ着くと、1階の事務所前を通り、2階の提督執務室へ向った。

事務所前を通った際 古手の事務員数名から

「中佐 お久しぶりです」と声をかけられ、

 

「おう、元気か!」と よくとおる声で答えた。

 

金剛が

「中佐は 何処でも人気者デスネ」と聞くと

 

「ああ、しかし中々いい女にはモテないな」

 

すると金剛は

「中佐のハートを掴むのは、私デース!」

二人して笑いながら、階段をゆっくりと登った。

 

提督執務室の前までくると、由良がドアをノックしてた。

中から、元気な長波の声で返事が来た、そっとドアを開けて入室する

 

泊地提督は執務机に座り、書類を見ていた、その横 いつも由良が居る位置に長波がいる、その後方には 今にも寝てしまいそうな顔の陽炎が立っていた。

 

長波が 一歩前へ出て

「本日 秘書艦代行を拝命しています長波です! 皆さんお疲れさまでした」と一礼して挨拶した。

 

その挨拶を聞いた阿武隈達は唖然とした。

「由良姉さん、夕雲型4番艦の長波ですよね?」

 

「ええ そうよ」と普通に答える由良

 

深雪が

「“長波サマだよ” じゃないの?」

続けて

「ドラム缶 長波」と ぼそりと初雪が言った

 

それを 聞いた陽炎は 笑いを押さえながら

「まあ 皆さんそれ位で勘弁してあげてください」

 

泊地提督も

「ああ、こう見えても 鬼教官 陽炎のおかげで、カ級2隻撃沈、イ級1隻撃沈の実績がある」

 

「えっええええ!」と驚く阿武隈達

 

「それだけじゃないぞ、イ級を撃沈した時は、ル級戦艦がいたが、その砲火もかいくぐり、雷撃戦でイ級を仕留めた」

 

「ほう、そんな話があるとは、面白い」と不意にドアの近くから声がした

金剛に付き添われた男性の声だ

 

「おう、久しぶりだな、どうだ新婚生活は」と言いながら 油槽船団、船団長の元中佐が入ってきた。

 

その姿を見た、泊地提督は

「そちらこそ、軍服を脱いだとはいえ 相変わらず女にはもてるな」と横に付き添う金剛を見た。

そして

「足の具合はどうだ?」

 

「ああ、変わらずだな、現役復帰は難しいが生活にはこまらんよ、それに今日は 美人の介添もあるしな」といい金剛の頭を撫でた

 

「へへ」と嬉しそうな金剛

 

「さて 先に事務的な話を済ませるか」といい 持参した書類を 長波へ差し出した

 

「今回の油槽船団、4隻をここで分離する、積荷と船名表だ、陸揚げの打ち合わせを頼む」

 

泊地提督は長波へ

「済まんが、一階の主計局へ行って、積荷の確認をしてくれ、燃料管理課だ、陸揚げは港湾施設課と打ち合わせ、通知文書を作って該当船舶へ配布してくれ」

 

長波は 提督の指示を復唱すると、書類を抱え、一階へ降りて行った、勿論監視役も一緒である。

 

泊地提督は 船団長の元中佐をソファーに誘った

元中佐の横には 金剛が座り、泊地提督の横には 勿論由良が座った

阿武隈達は その後ろで立ったままである。

 

ソファーに二人で座ると 元中佐が一言、

「長波、だいぶいい顔になってきたな」と言うと、

 

「ここ2週間程で 数度に渡り死線をくぐり抜けて来た、一度はカ級に追い込まれて、危うく轟沈する寸前だったよ、陽炎の救援が間に合わなければ、今頃海の底だ」

 

「まあ、経験は 艦娘を育てると言うが、親父さんも見込みがあるから、

お前の所に預けたと思うな」

 

「今の彼女なら、何処に出しても問題ない。ただ、もう少し鍛えたいと思う。それに。」

 

「それに?」

 

「もうすぐここは 激戦区になる、貴重な戦力だ」

 

「やはりな」とだけ 元中佐は静かに語った。

 

元中佐は話題を変え

「明日、ここを立つ時に、追加で護衛が付くと聞いたが、一隻は金剛だな、もう1隻は? 陽炎か秋月か?」

 

「いや、最新鋭の戦艦だ、連合艦隊最強だぞ」

 

「おいおい、まさか大和とか武蔵とかが出てくる訳じゃないだろう」

 

すると泊地提督は

「由良 どう思うあの艦」

 

すると 由良は きっぱりと

「はい 提督さん、間違いなく連合艦隊最強の艦です、大和さんでも怪しいと思いますよ」

 

元中佐は金剛の顔を見た、そこには悪戯を画策する金剛の微笑みがあった

地雷を踏む前に ここは核心をつこう

 

「なあ、さっき工廠前の桟橋に係留してある艦の船影を見たが、あれは元々 横須賀にある艦じゃないのか! そもそももう艦としての機能が無く 記念艦のはずだぞ」

 

泊地提督は、

「ああ、確かにあの艦の原型は横須賀のあの艦だ、しかし中身は最新鋭の機能満載だ」

 

元中佐は やや諦め顔に

「本気か! よく長官が許可を出したな、軍令部や海軍省はどうするつもりだ」

 

「長官の許可は 本人の気合で押し切られた、海軍省は多分諦めてるな、軍令部なんぞしった事かと本人ならそう言うぞ」

 

元中佐は

「ご本人が来ているのか?」

 

「ああ、長官とお二人で来ている、明日は本人が指揮してトラックへ向うと張り切っているぞ」

 

元中佐は

「それと 湾の入口にいる艦隊、その説明も聞きたいもんだな」

 

泊地提督は

「じゃ、挨拶と行こうか」といい 席を立ち隣室の簡易指揮所へ 元中佐、阿武隈達を案内した。

 

隣室のドアをノックすると、聞いた事の無い女性の声で返事が返ってきた

由良がそっとドアを開き、阿武隈達や元中佐を中へ案内した

 

阿武隈達は部屋へ入室した瞬間、驚いた。

以前黒板があった所には数台の板状の物が並べられ、そこにはどういう原理か分からないが、色々と表示されていた。一枚の板には先程投錨した阿武隈達の艦が映っている。

 

「由良姉さん、この部屋は何?」と阿武隈が聞くと

 

「パラオ泊地 臨時戦闘指揮所よ、ここでパラオ艦隊の戦闘指揮や情報分析を行うの」

 

白雪が

「空想科学小説の世界です」

 

初雪が ぼそりと

「秘密基地」

 

深雪は

「あっ 副長! 遊んでる!」

そこには、投錨も終わり、すっかりリラックスして甲板の上で椅子に座る 深雪の副長が映っていた。

 

午前中に並べてあった椅子は全て片づけられ、大きな会議テーブルが中央に置かれていた。

テーブルには 数人の人物が既に座っていたが、テーブルに座る人物を見て 阿武隈達がさっと直った。

 

阿武隈はやや慌てて

「れっ、連合艦隊 山本長官、三笠様、

阿武隈以下 ヒ12油槽船団護衛艦隊、中継地点パラオ拠点集積地へ 

只今到着いたしました」と敬礼しながら報告した。

 

続いて、

「ヒ12油槽船団、船団長です。長官、三笠様、ご無沙汰しております。」

と元中佐も一礼して挨拶した。

 

山本は、

「まあ、立ち話も体に障る。掛けてくれ」と、阿武隈や元中佐に席を薦めた。

上座から元中佐、金剛、そして阿武隈達が座った。阿武隈は護衛艦隊旗艦で、階級は中佐。

しかし予備役とはいえ、元中佐の方が経験豊かだ。実質、ここまで元中佐が全体指揮を補佐して来た。

 

 

山本は 優しい表情のまま

「阿武隈、白雪、初雪、深雪 遠路ご苦労だったな、まだトラックまで少しあるが、残りもよろしく頼む、中佐も体は大丈夫かい?」

 

すると元中佐は

「まあ ご覧の通りですよ」と笑って答えた。

 

 

横に座る三笠が

「明日のトラック行には、追加護衛として 戦艦金剛、そして儂が付く 旗艦は儂が務める、良いな」

 

すると阿武隈は

「三笠様が 旗艦って?」といい 横にいる由良を見たが

 

「あら まだ見てないの?」といい テーブルの上に置いてあったモニターリモコンを操作して画面を切り替えた。

そこには 工廠横の桟橋に係留されている最新鋭戦艦の姿が映った。

 

「戦艦 三笠!!!」と阿武隈達が一斉に声に出した。

 

「ふふ、そうよ、パラオ工廠製、最新鋭戦艦 三笠、新造艦よ」と笑顔で答えた

 

阿武隈は フルフルと震えながら、由良の袖をつかんで

「ゆっ、由良姉さん、嘘ですよね?」と恐る恐る聞いて来たが、当事者の一人である由良は あっさりと

 

「そこの窓から 現物が見えるわよ」と、窓を指さした、慌てて阿武隈達が窓に駆け寄っていく、そして

 

白雪が、

「三笠ですね」

 

初雪も 小さな声で、

「記念艦ですね」

 

深雪が、

「でも、船体 ピカピカの新造! 後で見にいこうぜ!」

 

阿武隈は

「あは、はははは、あの日本海海戦でバルチック艦隊を打ちやぶり...」

 

それを聞いた三笠は

「うん、うん」と上機嫌であったが

 

「その後 佐世保で弾薬庫火災、ウラジオストクでよそ見をして、座礁したり、震災で浸水して着底した三笠ですよ!! それでも復活するなんてなんて悪運 じゃなくて強運!」

 

三笠は 落ち着き払い、

「コホン、阿武隈よ それでは儂がまるで 悪運の塊ではないかの」

 

その声を聴いた瞬間に阿武隈は 完全に固まってしまった。

 

三笠は 由良を見て

「由良、頼む」とだけ言うと、由良は 阿武隈の頭にげんこつ入れて 現実へ引き戻した。

 

「まあ、皆が驚くのも無理はないがの、トラックへ帰れば、正式に公表される、あの艦は 水雷戦隊の戦線指揮艦として 前線へ出る」

 

元中佐が、

「三笠様が 前線に立つのですか!」

 

「ああ そうじゃ、儂には 守らねばならぬものがある」

 

「守るものとは」

 

「海神の御心に従い、この海の安泰を守ることじゃ、このパラオへ来て それに再び気がついた、あの艦は その為の艦」

 

元中佐は それ以上は聞かなかった。

“あの三笠様に そこまで思わせるとは いったい何があったのだ”

 

山本が

「さて、阿武隈も戻ってきたようだし、護衛艦隊に俺から厳命する事がある」

 

それを聞いた阿武隈達が一斉に姿勢を正した。

 

「三笠に関しては トラックへ着き次第、現役復帰という事で公表されるが、

湾の入口、戦艦金剛の横に停泊している 新型重巡と大型空母群に関しては、

連合艦隊司令部直属の特務艦隊である、その存在は暫く隠ぺいする必要があるので、

許可が出るまで口外してはならん」

 

「すまん、中佐、そう言う事だ」と泊地提督が言うと、

 

「はい 心得ております、既に船団には緘口令を発しておりますので問題有りません」

 

すると深雪が

「え〜 秘密なんですか?」

 

「そうじゃぞ 深雪、見ていいが喋ってはならん、勿論 青葉に言っても無駄じゃ」

 

「なんでですか?」

 

「既に 宇垣が押さえておる、大淀の検閲があるぞ」と三笠が言うと

 

「ああ、そうですか」と落ち込む深雪

 

白雪が小さな声で

「ダメよ 深雪ちゃん、青葉さんにネタを売って 羊羹代稼ぐの止めなさい」

 

深雪は諦めて

「は〜い」としょぼくれている

 

三笠の横に座る女性が、クスと笑いを堪えた。

山本が、

「済まない。紹介が少し遅れたようだが、特務艦隊を指揮している、艦隊司令とその秘書艦だ。」と言い、自衛隊司令といずもを紹介した。

 

自衛隊司令は 着席したままで、

「特務艦隊、名称 自衛隊艦隊を預かる艦隊司令です」

 

そして横に座るいずも

「同じく 自衛隊艦隊 副司令 秘書艦を担当しています 護衛艦 いずもです」と

二人揃って一礼した。

 

すると 元中佐は

「護衛艦?」と言うと、山本が

 

「ああ、任務の関係上、艦種別の呼び名はなく全艦種 護衛艦という名称で統一している、いずも君は 対潜航空機搭載型 護衛艦という事だ」

 

「では あの大型空母の大きい方ですか」

 

「ええ、よろしくお願いいたします」といずもが返事をした。

 

すると 阿武隈が

「あの 私達も」と言いかけたが、

 

いずもが

「いえ、皆さんの事はよく存じております」と言い、

「長良型軽巡洋艦 阿武隈さん」

 

「吹雪型特型駆逐艦 2番艦 白雪さん、3番艦の初雪さん、4番艦の深雪さんですね」

 

すつと白雪達が

「はい、よろしくお願いします。」と一礼してきた。

 

いずもは ゆっくりとした動作で 元中佐を見て

「初めまして、元第三戦隊 司令、別名“パラオの虎”と呼ばれた方ですね」

 

元中佐の表情が鋭くなった。

「ほう、いずも殿 その名を知っておったか?

こやつはの、本来なら中佐などいう階級ではなく、

大佐か少将になってもおかしくないがな、

階級が上がる位なら 前線で金剛達を指揮する方が 数倍楽しいなどといって、

昇進をけってまで このパラオで暴れた漢だからな」

 

すると元中佐は

「まあ、暴れ過ぎて 負傷してしまい、今は民間船団の船団長ですけど」

 

すると いずもは

「三笠様、まあ私より、もっと知っている艦娘がほら」と言うと ドアがノックされ、

静かに開いた。

 

そこには トレーを抱えた 護衛艦こんごうが立っていた。

「少し 休憩いたしませんか、金剛お姉さま」と笑顔で話かけて来た

 

「えっ 金剛さん!」と驚く、阿武隈達

 

「金剛がもう一人だと?」と元中佐も驚くが、

「いや、戦艦金剛じゃない」とその雰囲気からほんの僅かの差を読み取った。

“少し雰囲気が落ち着いている、日本語もこの子の方が上手い、日本での生活が長いのか?

背も少し高いか、身体的にもこの子のほうが進んでいる、となると!”

 

元中佐は 近くに座る泊地提督を見たが、視線で

“話を合わせろ”と送ってきた

 

こんごうの姿を見て 驚く阿武隈達を横に見ながら こんごうは トレーをテーブルに置いた。

 

すると 山本が

「紹介する、特務艦隊 重巡戦隊総括 護衛艦 こんごう君だ」

 

「皆様 初めまして 護衛艦こんごうです」

 

すると 白雪が

「英国生まれの帰国子女なんですか?」

 

「いえ、日本生まれの日本育ちですよ」と笑顔で答えた。

 

すると 深雪が

「さっき 戦艦金剛さんの事をお姉さまとかよんでた」

 

すると 金剛が

「こんごうちゃんは 私の姉妹艦デ〜ス、同じ金剛型の艦魂を持つ 最新鋭重巡デ〜ス」

 

白雪達が 今日何度目かの、

「えぇええええ!!」と声を出した。

三笠が 続けて、

「僚艦の名前は 平仮名で “ひえい、はるな、きりしま”じゃぞ」

 

阿武隈達はもう驚きを超えて声が出ない。

 

すると山本が、

「彼女達 特務艦隊は 任務の性格上 戦果を公表できない、そこで戦艦金剛と同じ艦霊をもつ事から 同一名で竣工した、ただし区別する為に、書類上は平仮名明記としている、今の所 このパラオで後方支援と近海の対潜水艦掃海作業を行っている」

 

三笠からも、

「よいな 皆このことは 秘匿じゃぞ」

 

すると こんごうが、

「では お茶にしましょう」といい ティーカップをソーサーにセットし始めた、それを見た金剛が、

「ティーは 私が入れます、貴方は、お手伝いをお願いします」といい 席を立った。

 

「はい、お姉さま」といい こんごうは 場所を金剛へ譲り、脇へ下がった

金剛は 手際よく人数分の紅茶をティーポットに作り、こんごうがそれを 配膳した。

各カップのソーサーには 小さい角砂糖が1つ添えられていた。

 

皆 スプーンの上に乗せられたその角砂糖を 静かに溶かし、暫し紅茶を楽しんだが、

 

「こんごう君、砂糖はまだあるかね」と山本が聞くと

 

即座に金剛が、

「長官 それ以上は NOネ」とこんごうを制した。

 

すると三笠が

「そろそろ お主も諦めた方がよいぞ」

 

すると山本が

「俺は、酒は飲まん、たばこは赤城に乗った時に止めた、女は...だが、これで 甘い物まで取られると楽しみが減るぞ!」と抗議したが、

 

すると三笠が、

「お主には 後は博打が残っておろう、それで十分じゃ」といい

「これから 太平洋で行う大博打、良いオッズを期待しておるぞ」

 

元中佐が

「長官、やはり三笠様が数枚、上手でしたな」といい、皆の笑顔を誘った

 

その後、阿武隈達は 戦艦三笠へと向った

深雪が内部を見たがった事と、明日のトラック行きの航路等の打ち合わせの為である。

一応 機密の部分も多いので、由良が同行して “三笠見学会”となった。

 

司令部には 元中佐と、金剛が残った。

阿武隈達が 退室するのを確かめると、元中佐は

 

「それで、その自衛隊艦隊は 何処からやってきたのですか?」と聞くと

 

山本は

「それは 機密だ」と一言、

 

「長官、これでも自分は造船上がりです、あの艦がただ者ではない事位 見れば分かりますよ、今の造船技術では 到底建造できない」といい

「親父さんから、“参考になるからよく見ておけ”と言われましたが、確かに参考どころか、今直ぐにでも、あの艦をしらみつぶしに見て見たいもんです」

 

すると三笠が、

「イソロク、こやつは 宇垣の弟子じゃぞ、その辺のボンクラ参謀達とは違う、中佐も大体察しがついておるのであろう」

 

「はい 三笠様、船体技術だけで見れば 50年、いや70年は進んでいると思います」

 

「惜しいですね、83年ですね」といずもが答えた

 

元中佐は やや黙った後、

「未来から来た艦隊ですか?」

 

その質問には 三笠が答えた

「イソロクが答えると 問題があるのでな、なあ中佐、平行宇宙もしくは 平行次元という話は聞いた事があるか?」

 

「あの空想科学小説などで 時々出てくる、この星とよく似た別の次元の星があるという話ですか?」

 

「まあ そのような物だ、彼女達の艦隊はその別の次元から来た艦隊じゃ」

 

「なっ なんですって!」と驚く元中佐

 

三笠は冷静に

「別に驚く事でもあるまい、そもそも 我々“艦娘”自体の存在が 人の理から外れておる、同じ時間が分離して 2つの別の歴史を歩む時間が生まれても不思議ではないぞ」

 

「では 貴方は 別の歴史を既に80年歩んだという事ですか?」

 

「はい そうです、元中佐、我々の歩んだ歴史は この次元の歴史と異なるものです」

 

元中佐は 暫し腕を組み 天井を仰ぎながら

「では 向こうの世界でも、三笠様や長官がいたと」

 

「はい、大巫女様や他の方も 勿論 元中佐も いらしゃいました」

 

元中佐は

「金剛、さっきお前、この護衛艦 こんごうさんの事を 孫娘だといったな」

 

こんごうは 内心

“お姉さま 余計な事を!”と思いつつ

「はい、私の祖母は、彼方の次元の戦艦 金剛です」

 

金剛は 元中佐を見ながら、

「中佐、確かに育った次元は違いますケド、同じ金剛型の血を引く 艦娘です、正確には孫ではないですけど、こんごうちゃんは身内デス」

 

三笠が、

「対外的には、金剛型5番艦 新こんごう型という事にする、まあ歳も近い、おばあちゃんと呼ばれるより、お姉さまの方がよかろう」

 

山本が

「まあ、色々と面倒な事があるが、自衛隊の事は 機密扱いだ、頼むぞ」

 

「分かりました 長官、それと長官と三笠様に少しお話があるのですが」といい、

自衛隊司令達を見たが、

 

「ルソンの件かい? 大丈夫だ、彼らも当事者だ 情報漏れの心配もない」

と山本が太鼓判を押した

 

「では。親父さんから指示を貰い、ルソン南部集積地で待機中だった間宮を、

急遽北部警備所へ派遣しましたが、係留桟橋整備中という理由で入港できませんでした。

その後物資を艀で移送後、まあ、なんだかんだで追い出されたそうです。」

 

「ほう、間宮を追い出すとは、よっぽど見られたくないものがあったのかの?」

 

「その後 近海で、無線傍受を暫くしたそうですが、

正体不明の電波を数回 発信しているのを確認しています、

内容について現在精査していますが、数値の乱数とは少し違うようです」

 

「なお 警備所に配属されている 重巡 鈴谷、駆逐艦 曙については、

生存を確認しましたが、曙は近海の定期哨戒以外の作戦はしていないようです、

問題は鈴谷です」

 

「鈴谷がどうかしたのか!?」と三笠が聞くと

 

「はい、現地の諜報員によると、十分な補給、休養なしに度重なる出撃を

繰り返しているとの情報があります」

 

山本が

「それは 本人が希望して出撃しているのかい?」

 

「そこがはっきりしないところで、警備所内に情報員が居ない事や、

非常に閉鎖的な雰囲気の為、内部の事が掴めない状態です

しかし、鈴谷の艦体はかなり損傷があるようです」

 

「その様な状態で 無理に出撃を繰り返しておると、精神崩壊をおこしかねんぞ」

 

「はい 三笠様、一番の懸念がそこです」 元中佐はそう答えると続けて、

「それと、これは別ルートから仕入れた情報ですが、鈴谷の出撃する海域には

 必ず深海凄艦の駆逐艦や軽巡クラスの艦がいて 激しい戦闘になっている模様です」

 

「なっ なんじゃと!」

 

「不思議なのは、他の警備所の哨戒網には引っかからないのに、

北部の哨戒網だけに掛かる事です。まるでそこに予め居る事が分かっていたかの様に。」

 

山本と三笠は共に腕を組み、深い思考を巡らせていた

元中佐は、

「これは 先週の話ですが、たまたま 戦闘中の鈴谷の近海を、

 南部集積地の海防艦が通過したので、“戦闘へ参加します”と打電したところ、

“私の獲物に手を出すな、皆シズメテやる”と物凄い剣幕で 無線で怒鳴られたそうです」

 

「鈴谷の性格では 考えられんの」

 

「はい、三笠様。それとその海防艦が観戦していたのですが、

報告によると、鈴谷が攻撃していた深海凄艦なのですが、まるで新兵の様な動きだったそうです。」

 

「新兵?」

 

「はい、全く反撃出来ないまま、撃沈されたとの事です」

 

「益々 解せぬの」と考え込む三笠

 

すると いずもが、

「長官、三笠様 宜しいでしょうか?」

 

「なんだい、いずも君」

 

「はい、長官 考えすぎかもしれませんが、“粛清”ではないでしょうか?」

 

「粛清?」

 

「はい、深海凄艦は基本 姫クラスの長の下に各艦種の長が付き、群体を形成します、

しかし この中にはどの長にも付きたがらない者、または戦闘を嫌がる者

いわゆる“穏健派”または保守と呼ばれる集団がいます」

 

いずもは続けて、

「私達の次元では 北方海域の群体は 長の北方棲姫が 穏健派だった事もあり、

群体自体は 平穏な群体でしたが、戦艦種の深海凄艦の一部が 態勢に不満を抱き、

クーデターを画策、まず手始めに 穏健派の駆逐艦や軽巡、潜水艦などを言葉巧みに騙して、南方海域の群体へ派遣しました」

 

三笠の眼が きつくなった

「いずも殿 まさか!」

 

「はい、南方海域群体では 既に口裏合わせが出来ており、穏健派の子達に、

“ここで勝てば 姫様の手柄になる”とけしかけて、日本海軍の戦列へ飛び込ませました」

 

「なんと」

 

「彼女達は 必死に戦いましたが、元々近海警備しかしたことない者ばかりです、

まともな戦闘になりません、ほぼ全滅です、

ある者は 日本海軍の駆逐艦へ体当たりしたり、機雷原に突入したりと、

もうそれは戦闘とは呼べないものだったそうです」

 

いずもは静かに 話を続けた

「北方棲姫の群体では 徐々に穏健派の数が減り、姫の影響力が弱体化するのと同時に、

戦艦種の一波が内部で権力闘争を開始し、群体自体を乗っ取ってしまった事実があります」

 

「以前 聞いた話だね」と山本が言った。

 

「強硬派による 粛清とは、どこかの国も真っ青の事態じゃな」

 

いずもは それ以上の事は話さなかった。

代わりに自衛隊司令が

「自分も 南方海域群体による粛清ではないかと 考えます、ただ誰が 鈴谷にその情報を与えているか問題です」

 

すると 山本が

「やはり彼奴か!しかし、何故?そしてどこから情報を仕入れた。」

 

「そこで 先程の不明電波です、何らかの形で関係していると推察しています」と自衛隊司令が切り出した。

 

「うむ、大体の事情は掴めた、早急に対策を打たんと、鈴谷が持たんな」

 

「はい 長官、既に親父さんには 文書で報告していますので、お戻りになられ次第 対策をお願いします」

 

「しかし、イソロク、ルソンの彼奴は 確か 陸軍参謀本部付の中将の親戚だったと記憶しておるぞ」

 

「ああ、頭が痛い、前回 女性問題で海軍大臣に左遷させられた時も、

だいぶ突かれたようだしな、ここは慎重に行きたい、

しかし なぜルソンの奴は そこまで深海凄艦へ肩入れする?」

 

暫し沈黙するが自衛隊司令が、

「長官。我々は、少し見誤っているのかもしれません。」

 

「どういう意味だね、司令」

 

「我々は、そのルソン北部警備所の指揮官が 帝国海軍人であるという前提で話をしていますが、そうすると辻褄が合いません」

 

暫し 山本は考え

「おい、おい、まさか 本当か! いつ入れ替わった?」

 

すると三笠が

「入れ替わったのではない、悪霊に憑依されたというのが 正解かの」

 

「三笠、確かめる方法はあるのか?」

 

「いや 普通の人間には 区別はつかんよ、普段は人として暮らし、深層心理を隠しているからの、直接 霊体を確認する必要がある」

 

「では 鈴谷もか?」

 

「いや、彼女は利用されていると考えるべきじゃな、艦娘に悪霊は憑依しにくい、しかし」

 

「しかし?」

 

「精神崩壊を起こせば、悪霊どころか 一番恐れる邪神に惑わされかねん」

 

「早急に 何か手を打つ必要があるな、あそこは 陸軍の息のかかった者も多い、慎重に事を運ばんと厄介な事になる」

山本は 難題をまた ひとつ抱えた。

 

 

すると 元中佐が

「陸軍と言えば、三笠様 聞きましたよ、大巫女様が 大本営会議、陛下の御前で、陸軍大臣を一喝したそうですね」

 

「ふふ、その時の光景が目に浮かぶようじゃ、しかし陸軍参謀本部もこのまま黙ってはおらんだろう」と三笠は楽しそうに答えた。

 

「その件で、内地から来た者からの情報ですが、参謀本部と軍令部の一部の若手に、“大巫女降ろし”の動きがあるそうです。」

 

「なに そんな動きが」と山本が焦るが

 

「イソロク 慌てなくとも、姉上なら それも手の内じゃ、今はまだ様子を伺っているといった感じか?」

 

「はい 三笠様、しかし 最悪はクーデターという事も」

 

泊地提督が

「おいおい 中佐、そこまでするか、たかだか一喝された位で」

すると 元中佐は

「提督、そこが甘いな。奴らならやりかねん。満州事変、ノモンハン事件を見てみろ。奴ら、既成事実を作ってどうにもならなくなってから陛下の御裁可を得るの繰り返しだ。

もう確信犯だよ。」

続けて、

「あんな事を繰り返してみろ、外交なんぞ全く役に立たん、海外での日本の信用はがた落ちになるぞ」

 

三笠は

「姉上が 陸軍大臣を一喝した原因は、“南進政策”じゃな」

 

「はい 三笠様、参謀本部は 陸軍兵力の南進政策の御裁可を迫ったようですが、陛下からは 対米政策を含め、“対話と交渉”をもって臨むようにとお言葉があったそうです」

 

「今回の大本営会議 大巫女様の一喝と陛下のお言葉で ほぼ方針が決まったようなものらしいです」

 

「多分 姉上の事じゃ、陛下の心情を察して、自分が叱り役をかって出たのじゃろう」

 

 

ふと 自衛隊司令が時計を見て

「いずも そろそろ時間では?」

 

いずもは、

「山本長官、三笠様。そろそろ時間ですので、退席させて頂きます。それともし宜しければ、船団長と白雪さん達も今日の食事会へご招待したいと思いますが、如何でしょうか?」

 

「俺は 構わんが、三笠どうだ?」

 

「儂もいいと思うが、かなりの人数になるが、いずも殿大丈夫かの」

 

「はい、三笠様、こういう時は いずも特製カレーでおもてなしさせて頂きます」

 

「ほほう、いずも殿のカレーかの、ひえい殿のカレーは絶品であったが いずも殿はどんなカレーなのかの?」

 

「三笠様、それは食べてからのお楽しみです。」

 

そう言うと、いずもは こんごうを伴って司令部を退出した、元中佐も金剛を伴い一旦 外へ出た

 

「中佐 この後は?」と金剛に聞かれ

 

「ああ、そうだな 夕方まで少し時間がある、久しぶりにお前の艦へ行ってみるか」

 

「OH、副長達も喜びます、金剛は このパラオで最新鋭レーダーを搭載しました、ぜひ見てください」

 

そう言うと 再び中佐の左手に手を絡めて歩きだした。

暫し 黙って歩く 元中佐と金剛

 

急に 元中佐が立ち止まり、

「金剛」

 

「はい 中佐」

 

元中佐は ゆっくりと 横に並んで歩く金剛へ向い

「もし この深海凄艦との闘いの趨勢を決める戦いがあった時、お前の第三戦隊、俺が預かる、比叡達を鍛えておいてくれ」

 

「中佐?」

 

「いずもさんや、こんごう君の様な未来があるなら、その道は俺自身が切り開きたい」

 

すると金剛は 絡めていた手を振りほどき、

 

元中佐の前に出ると、やや頭を下げ、

「第三戦隊 旗艦 金剛、確かに承りました、ご期待に添える様 精進イタシマス」

と静かに答えた、その声は 甘える声ではなく 主に付き従う者の声であった。

 

 

いずも艦内、士官室横 給仕準備室

いずもとこんごうは いずも士官室横の給仕準備室にいた。

いずもの士官室は 他の護衛艦に比較して かなり大きく作られている、

艦体自体が大きい事もあるが、いずもは作戦旗艦でもある、各艦の高級幹部を集め、

全体会議や外国の要人を迎える事もできるように作られていた、

そのため士官室横には 簡単な調理ができる厨房を備えた 準備室を併設している。

 

既に 厨房のコンロの上では 寸胴が火に掛けられ、室内にはカレーのいい香りが漂っていた。

 

実は いずもは元々、鳳翔の帰還が遅くなると予想して 今日の夕食を皆で食べようと思い、予め用意しておいたのだ。

 

いずもの艦内カレーの定番は 寄港地の魚介類を使った、シーフードカレーである。

カレーベースは 野菜のあっさりとしたものだが、やや辛さのあるものに仕上げてある。

そして、肝心の魚介類は 今朝地元の漁師さんから入手したものを使う。

厨房のシンクの前に立ち、エプロン姿のいずもとこんごう。

まあ 遠目に見れば、新婚の奥さんと義理の妹といった感じであるが、二人ともれっきとした 艦長である。

そんな事は気にもせず いずもは手際よく、エビの殻を剥きながら、横で付け合わせのサラダ用のレタスを剥くこんごうに、

 

「こんごう、第一印象は どうだった?」と率直に聞いた

 

「はあ、厳しそうな方です」とだけ答えた

 

「あら、私達には優しく答えたていたわよ」

 

「副司令、時より見せる目が 厳しかったです」

 

「流石ね、彼方の世界のあの方とは 違いは?」

 

「いえ 容姿は殆ど同じです、

御祖母様から 数回写真を見せてもらいましたが、そっくりです、

ただ その御祖母様があまりその事を話して下さらないので 性格までは」

 

「で、どうするの?」

 

「どうするとは?」

 

「上手くいく様に お節介の一つでも焼いてみる?」

 

「副司令、この手の話に手を出して ろくな事がないのは、

我が金剛家の暗黒史で実証済みです、

まあ 今日の雰囲気を見る限りそっとしておくのが一番です」とこんごうはあっさりと答えた。

 

「そっとしておくね~」と言いながらいずもは、

”周りがそっとしておいても、なにか台風の眼になりそうな気配だわ“と 先行きを危うんだ

 

そうしているうちに、いずもは、エビやイカ、貝類を軽くボイルし下ごしらえを終わらせた。

下ごしらえした物を 先程の寸胴の中のカレーベースへ投入して 軽く煮て、火を止めた、後は 余熱で十分火が通る、エビやイカは 火を通し過ぎると固くなり過ぎるのでタイミングが難しい。

「よし、これで味が馴染めば完成ね」といい こんごうもサラダを人数分作り ラップし、冷蔵庫へ仕舞った

いずもは エプロンを脱ぎながら、タブレットで鳳翔達の帰還を確認すると、配膳の準備を始めた。

 

 

夕闇の中、帰還した鳳翔を含むパラオ泊地の面々と油槽船団護衛艦隊の艦娘、そして終始 べったり横に金剛を連れた 元中佐達は 泊地の内火艇でいずもへと向った。

 

阿武隈達は 初めて直に見るいずもの大きさにただ唖然とするばかりである。

ラッタルを登って いずも以下の幹部の出迎えを受け 内部へ進むが

 

「わあ~、凄い。広い、明るい、涼しい。」と白雪達は皆、思い思いの感想を口にしている。

一方。既に数回とは言わず乗艦しているパラオメンバーはスタスタと歩きながら、目的地のいずも士官室へ向った。

 

士官室に入るとそこには、大きな長テーブルに真っ白なテーブルクロス、ゆったりと座る事のできる白いカバーの掛かったイスが並べられていた。

しかし普段は掲示してある、各種の賞状や感謝状、世界地図などは、予め撤去されていた。これは以前、皐月をこんごうの士官室に誘った際の経験から、阿武隈達にあらぬ詮索をさせない為であった。

 

既に 別便で いずもに乗艦していた山本達が席について 待っていた。

 

「遅くなりました、長官」と 由良が謝ったが、

 

「いや、構わんよ。先に来て色々と艦内を見て回っていた。

いやここはいつ来ても、新しい発見がある。」と言い、楽しそうであった。

 

それに引き換え 三笠は先程から 何やらブツブツと言っている

由良が

「三笠様?」と言うと

 

「おっ 済まぬな、来ておったか」といい

「なに、新しい装備の仕様を 先頃までいずも殿の戦闘指揮所で聞いておったのだが、

中々 理解しがたい、感覚では分かるので、使う分には困らぬが、

最新設備も考えようじゃの」と贅沢な悩みを打ち明けていた

 

「三笠様、それは贅沢な悩みですね」と由良が言うと、

 

「なに そのうちあかし殿が お前に最新電探を装備したいと言っておったぞ」

 

「えっ 私の艦にですか?」

 

「お主は ケッコンカッコカリの後、艦霊力が強化されておる、いまのレベルなら問題ないと いずも殿も保障しておる」

 

由良はいずもを見て、

「本当ですか?」

 

「はい、流石に、こんごう達のような高度なシステムは無理ですが、対水上、対空対応型を搭載できます、後日ご相談に伺いますね」といい 皆に席を薦めた

 

山本や三笠、パラオ泊地のメンバー、油槽船団護衛艦隊

元中佐、横には勿論 戦艦金剛が座った

 

いずもが、横の準備室へ消えると、

ワゴンに 寸胴をのせて現れた、その後に、こんごう ひえい はるな、きりしまがトレーに 付け合わせのサラダや、小皿に入った地元産のフルーツの盛り合わせをもって現れた。

 

白雪が

「えっ 比叡さん」

初雪が

「あっ 榛名さん」

深雪が

「おっ 霧島さん」 と息の揃った反応をした

 

こんごう達が 手際よく、テーブルへ配膳していった、横では 糧食班の下士官が、カレーを 配膳している。

 

すると ドタドタと廊下で音がし、ゴンと何かに当たる音がした、

こんごうが そっとドアを開くと そこにはひっくり返ったあかしが、

 

「あかし そんなに慌てて どうしたの」

 

「すんません! 鳳翔隊の隊員妖精さんと対潜爆雷の改良の件で話込んで 危うく忘れる所でした」

 

阿武隈が

「明石さんだ、そう言えば 明石さんに頼んだ 装備の開発どうなったのかな?」

 

頭を押さえながら入って来たあかしは そそくさと席へ着いた

山本が

「では 皆そろったようだな、まず今日は 鳳翔、睦月、皐月、はるな君 お疲れだった、

新型対潜爆雷の試験も出来、カ級を1隻撃沈できた事は幸いだ、

今後も 輸送路の安全確保の為 頼む」

 

鳳翔は 着席したまま、

「はい、今後もお役に立てるよう 精進してまいります」と返事をした

 

すると阿武隈が

「えっ 鳳翔さんがカ級を撃沈したのですか? 空母ですよ!」

白雪達も 不思議がったが

 

すると横に座る由良が

「鳳翔さんは 今、新型の航空機搭載型の航空爆雷の試験をしてるの、凄い威力よ」

 

「航空機で 潜水艦を攻撃できるんですか!」と白雪が声に出した。

 

「ふふ、パラオの秘密兵器ですよ」といずもが答えた

 

「むむむ、これもネタになりそうですね」と深雪が言うと、

 

皐月が

「深雪、そのネタ 僕がもう記事にしてあるから残念」

 

「えっ 皐月ずるいぞ!」と言うと、三笠が

 

「二人とも、大淀の検閲を無事通過できると思っておるのか?」

 

しょぼくれる 皐月に深雪

 

山本はそんな二人にはお構いなく、

「では、今日は いずもさんのご招待により、ここで夕食会を行う。

明日、油槽船団を護衛して、三笠及び金剛はトラックへ帰路に就く。

この2週間、色々とお世話になった。

しかし今後、このパラオは重要な位置を占めると思う。各員の奮闘を期待したい。」

と言い席へ着き、

 

三笠が

「では 皆 頂こうか」といい 

 

駆逐艦の子 皆で

「頂きます」と大きな声でいいながら 食事が始まった。

 

一斉に 駆逐艦の子達がスプーンへ 手を伸ばして、カレーを食べだした、

 

由良や阿武隈もそっと口へいずも特製カレーを含んでみる。

すこし辛さの効いたカレーと、淡泊な魚介類が合わさってしつこくない、さっぱりとした味である。

 

「由良姉さん、この魚介類のカレー初めて食べましたけど、さっぱりとした口当たりで 何杯でも 食べれそうです」

 

「阿武隈ちゃん、そんなに食べると また太ったとかいって大変な事になるわよ」

 

「うっ」

 

三笠も

「海軍のカレーは 少し濃い味が多いが いずも殿のカレーはさっぱりとした感じで 魚介類の風味が生きておるの」

 

「はい ありがとうございます、できるだけ寄港地の魚介類を使ったカレーを作るようにしておりますので、少しもの足らないかもしれません」

 

すると山本が

「まあ 足柄のカツカレーもいいが、こういうカレーもまたいいもんだな」

 

すると 元中佐は

「若い頃、金剛にカレーを作らせたら、カレー風味のスープが出て来たのには驚きましたけど」

 

すると 金剛が やや顔を赤くしながら、

「もう、中佐 それは 昔の話ネ、今はちゃんとしたカレーです」

 

ふと 睦月達 駆逐艦の子達を見ると 黙々と食べている。

三笠が、

「睦月 どうした?」と聞くと

「みっ 三笠様、物凄く美味しいです、もう毎日 これでもいいです」

皐月や陽炎も 黙々と食べ、あっという間にお皿を空にして、一斉に

 

「お代わり お願いします」と 嬉しそうに声を出した

 

いずもが

「まだ たくさんありますから、慌てないで大丈夫ですよ」

 

給仕係の下士官が 新しい皿に盛られたシーフードカレーを配ると また一斉に食べだした、その表情を見ながら 皆で 暫し平和な時を過ごした、

 

食事会を 終え、皆 順次 内火艇で泊地桟橋や、各艦へ送ってもらった。

結局 駆逐艦の子達はお腹一杯食べ 付け合わせのサラダ、果物もきちんと食べ 何一つ残らなかった。

特に 白雪達は 長期の航海が続いた為 目の色を変えて食べていたので 由良から

「阿武隈ちゃん、白雪さんたちにちゃんと食べさせてるの?」と言われる始末であった

 

そんな 喧騒が過ぎた いずもの艦内

静かに夜は更けていった。

 

由良司令は 自室で 机に座り、パソコン画面に流れる ある映像をじっと見ていた。

 

不意に背後から抱き着かれた。

 

いずもである

「ふふ、今日はお疲れ」と言うと

 

由良司令は

「ああ、君もお疲れだったね、カレー美味しかったよ “ありがとう”」

 

「えっ、そっ そう。」と言いやや驚きながら、

「由良から食事で初めて、“ありがとう”なんて聞いた気がするわ。」

 

すると由良司令は

「そうかい、じゃ今度からは きちんと言うよ」

 

いずもは視線を机の上のディスプレイへ移し、映る画像を見て、

「これ! もしかして、長官や三笠様に話すの!?」

 

「ああ、いつかは話さなければならない、昨夜 飛来したB-17の件もある、

この時代の兵器の開発スピードは少し早いかもしれん、

今話さなければ、次いつ機会があるか分からん」

 

「もし、海軍がこの兵器を持ちたいとか言ったら どうするの?」

 

「その時は...」と言いかけ、

「いや 絶対にそんな事はさせない、その為にもきちんと説明しなければならない」

 

「ねえ、泊地提督、おじいさまには 言うの?」

 

「いや、長官と三笠様だけだ、泊地提督には伏せておく」

 

「由良、明日はある意味 大変な一日になるわよ」

 

由良司令は そっといずもの手を取り

「ああ、解かっている」とだけ 答えた。

 

静かに夜は 更けて行った

 

 

翌朝、いつもの朝が来た、

艦娘寮の前では 早朝のトレーニングに向け、陽炎、皐月、長波、そして秋月が準備体操をしていた、そして

「眠いにゃ」と言いながら 目を擦りながら一緒に体操をする睦月がいた。

 

体操が終わり、各自走りだそうとした時 長波が

「あの せっかく駆逐艦隊が揃ったのですから、一緒に歩調を合わせて走りませんか?」と言い出した

 

「えっ どうして?」と聞く陽炎に

 

「いえ、以前、ひえいさんから、“私達は訓練の時間に制約があったから、艦隊運動の練習は、皆で走りながら号令を掛けてやっていた”と聞きました」

 

「いい考えね、皆はどう?」

 

「僕は構わないね」と皐月が言うと、

 

「なら途中で、防空陣形も練習しましょう!」と秋月が提案して来た。

 

「はい、はい、今日の旗艦は睦月!」と睦月が手を上げた

 

「じゃ、睦月が先頭で旗艦、次艦は皐月に私、長波が続いて、殿が秋月」

 

すると睦月は早速、

「みんな、出撃準備はいいかにゃ~ん」と言いながら

「睦月の艦隊、いざ参りますよー!」と 元気に走りだした。

 

「睦月 早い!」と慌てて後を追いながら、単縦陣を組む 睦月艦隊

皆で 歩調を合わせながら、元気な声で、泊地の外周を走って行った。

 

それを じっと司令部の2階の窓から眺める 山本と三笠、その後方には 金剛がいた。

今日の出発の最終確認の為 早朝から司令部へ来ていたのだ。

 

窓辺に立つ三笠は、

「ほう、皆で歩調を合わせて走りだしたか、いい訓練じゃ、艦娘は 五感で艦を操艦できる、と言う事は、あの様に日頃から訓練しておれば、いざという時、艦体が動く」

 

「誰の知恵かの?」と金剛に聞くと、

 

「多分、長波ちゃんデスネ、こんごうちゃん達に色々と質問していましたから」

 

「金剛、お主達も精進せねば、あっという間に追い抜かれるの」

 

「はい、三笠様、この金剛 第三戦隊をしっかり育てて見せます、

それに、中佐からも“その時が来たら、第三戦隊は俺が預かる”と言われました」

 

「本当か 金剛!」

 

「はい、長官」と金剛は静かに答えた

 

「イソロク、役者が揃いつつあるという事じゃよ」と 言うと三笠は 静かに視線を窓の外へ移した

 

 

その後、山本達は艦娘寮の食堂で 鳳翔の作る朝食を食べ、泊地提督と帰還前の最終の打ち合わせをした。それから山本と三笠だけは いずもへ向った。

表向きには帰還前の最後の挨拶という事であったが、内々にいずもからお話したい事があると言われたのだ。

 

いずもへ乗艦すると 副長に案内され、先日も訪れた士官室へ案内された、

昨日外されていた 各種の賞状や写真が戻され、いつものいずも士官室であった。

すでに自衛隊司令といずもが入室して待っていた。

 

しかし、いつもの穏やかな表情ではなく、険しい表情が見て取れる。

三笠は、

“これから聞く話は 厳しい話なのか”と内心思った

 

山本と三笠が着席すると いずもが席を立ち、予め入れておいたコーヒーを二人に出した

 

いずもが

「毎回 紅茶ばかりですから 今日はコーヒーを入れてみました」と笑顔で言う

 

室内に淹れたてのコーヒーの香りが漂った

山本が

「アメリカに駐在していた頃を思い出すよ、

ワシントンD.Cで好きなだけ砂糖を使えるコーヒーショップがあってな、

よく通ったな」と言うと、テーブルの上の角砂糖を数個 コーヒーの中へ落としいれた、

 

すると 三笠が

「金剛が 見ていないとすぐこれだ、いずも殿、こやつを甘やしては 後々面倒だぞ」

 

すると いずもは

「まあ 今日位はいいのではないですか? トラックへ帰れば それどころではないでしょうし」とあっさりと切り返した。

 

皆で コーヒーを飲みながら、山本は 自衛隊司令へ向い、

「この2週間の間、色々と勉強させてもらった、感謝しているよ、自衛隊司令」

 

「いえ、長官 それほどの事はしておりません」と平然といったが、三笠が

 

「いや 自衛隊の皆のおかげで、このパラオ泊地は10年は進んだ、

最大の進歩は やはり“長波”じゃな、あの御転婆娘が 今や一人前の駆逐艦じゃ、

それ以外にも 陽炎達にも色々と影響を与えておる、

鳳翔は新しく己の生きる道を見出し、

瑞鳳は その可能性を模索しておる、

提督と由良 これは司令達が居て初めて実を結んだ、

そして 儂じゃ、新しい艦を貰い、本来の使命を行う事ができる、感謝しておる」

 

「三笠様にそう言って頂けると、自分達も この次元へ飛ばされて来たかいもあるというものです」

 

「それで、司令 儂達に折り入って話があるとは?」

 

由良司令は、静かに二人に向かい、

「今から 複数の映像を見て頂きます、全て彼方の次元の太平洋戦争の末期の米軍の記録映像です、残念ながら 日本の映像は少ししか有りません」

 

「いずも 頼む」と言うと、

部屋の照明が少し落とされ 前方の大型ディスプレイに映像が流れ始めた。

「まず始めに見ていただくのは 日本海軍が記録した映像です」

といい、古い白黒の映像が流れた。

そこには飛行士妖精、そして飛行士兵員が並んでいた。出撃前の訓示を受けているようであるが、少し違うのは皆、表情が硬く、頭には白い鉢巻を巻いていた。

音声が出ないので、訓示の内容が分からぬが、指揮官らしき男性が手短に訓示を述べている

 

そして 飛行士へ 盃がくばられた。

 

それをみた 山本が

「水杯だと!」

 

杯を飲み干すと一斉に 愛機へ駆け寄る飛行士たち、各機体には250kg爆弾が搭載されている。

滑走を始める、零戦部隊、そしてそれを 帽フレで見送る基地隊員。

 

由良司令は、

「この当時、既に日本は東アジア地域の制海権、制空権を深海凄艦並びに米国に奪われ、

戦線は次第に押し込まれて来ています。

ミッドウェー海戦で空母機動艦隊は壊滅、マリアナ沖海戦でも多くの艦載機を消耗し、

既にまともな航空戦力は残っていません。」

 

由良司令は続けて、

「米軍は飛び石作戦を実施し、日本の占領下にある主要な諸島部を次第に押さえ、

補給路は寸断、各地で部隊は孤立、包囲殲滅される事態が頻発します。

フィリピン、台湾と戦線が押し込まれていくなか、この部隊が結成されました。

部隊の名前は “神風特別攻撃隊”!」

 

「神風!」山本が唸った。

 

画面が切り替わり 別の映像が流れ始めた

「これは その攻撃隊が向った先、米空母機動艦隊の記録映像です」

 

ぞこには 激しい対空砲火を超低空飛行でくぐり抜けて行く 1機の零戦、

海面に立つ無数の水柱にひるむ事なく 突き進んでくる、激しい機銃掃射が機体を

追うが間に合わない、不意に機体が少し上昇した。

そして 撮影していた艦、空母の甲板へ向け突っ込んで来た。

甲板上に広がる火球、一瞬 画面が混乱して甲板を写している、

大規模な火災が発生したようで、消火ホースを抱えた米兵が混乱しながら

慌てて消火しようとしている映像が映った。

 

「なっ なぜ投弾せぬ!」と三笠は激しい口調で怒鳴った

 

別の映像に切り替わった

由良司令は、静かに

「これも、その際 別の艦艇から撮影された映像です」

そこには、正規空母とおぼしき船影に向かい、海面を一直線に進む 零戦の姿があった

空母の影に機体が吸い込まれた瞬間 空母に上がる大きな黒煙

 

そして、また映像が切り替わった

そこには、また別の機体が 今度は戦艦とおぼしき船影へ突っ込んで行く映像が映った

もう まともな航空戦でない事は明白だ

 

静かに 山本が

「体当たり攻撃、一体誰が立てた作戦だ、こんなふざけた事をするのは!!」

 

三笠は その目に涙を浮かべ

「我が 帝国海軍はここまで地に落ちるのか」

いずもが そっと三笠の横へ付き、ハンカチを渡した

それを 黙って受け取る 三笠

 

由良司令は、

「1943年 マリアナ沖海戦以後、圧倒的な深海凄艦並びに米軍の侵攻に対し、

有効的な作戦を実行できない連合艦隊は、この特別部隊“神風特別攻撃隊”を結成します。

主な目的は、侵攻部隊により多くの出血を強いて、本土決戦までの

時間を“稼ぐ”事です。」

 

「捨て石だと!」と厳しい口調で山本が言った

 

「しかし、深海凄艦並びに米軍の侵攻速度は遅くなるどころか、

その足を速め、沖縄へと進んできました。

沖縄へ侵攻する部隊に対して、海軍は更なる特攻兵器を投入します。」

 

画面が切り替わって 別の写真が表示された

そこには 魚雷を大きくした様な物が映っていた、しいて言えば、超大型の魚雷に潜望鏡を取り付けた物である。

 

「司令 これは?」

 

「はい 長官、“人間魚雷 回天” 世界で初めて特攻作戦の為に設計された兵器です」

 

「にっ 人間魚雷」 三笠は続ける言葉を失った

 

由良司令は、

「この兵器は、伊号潜水艦などに搭載され、敵艦隊付近へ接近、伊号から分離後、目的艦への体当たり攻撃を前提に設計されています」

 

「当初、この回天は 艦娘伊号へ搭載される予定でしたが イクさん達が猛反対して、結局、有人艦の伊号へ搭載され沖縄へ接近する米艦隊を攻撃しました」といずもは静かに話した

 

写真が 切り替わり別の写真が表示された

大型の爆弾に、主翼と尾翼がついた機体が映し出された。

 

「これは?」と山本が聞くと、

 

「人間爆弾、桜花 乗員 1名、

機体に1200kg徹甲爆弾を組み込み、一式陸攻によって 敵艦隊の前衛まで輸送、

その後 切り離して滑空します、敵艦隊の手前で ロケットモーターを起動、

一気に加速し、敵防空網を突破し 艦艇へ体当たり攻撃をします」

「無論、脱出装置など有りません、体当たり攻撃が前提です」

 

三笠は じっと黙り、その映像に映る 兵士一人 一人をじっと見ていた。

そして

「ここまで! ここまで我が祖国は追い込まれるのか! そちらの世界の姉上や儂は何をしておった!」と テーブルを叩いた

 

由良司令は、

「はい、大巫女様も三笠様も 必死にこの様な作戦を止めようとしました、しかし 既に日本は それを許さない状態まで追い詰められていたのです」

 

そして、別の映像が映った、その映像を見た瞬間 三笠は

「大和! 大和を特攻作戦に使ったのか!」

 

「はい、三笠様。沖縄へ迫る深海凄艦並びに米機動艦隊に対し、海上突入作戦を実施。突入後は沖縄の浜へ自力座礁し、陸上砲台として参戦。そして乗員は沖縄の現地軍へ編入させ、徹底抗戦させるという作戦でした。」

 

「大和は 艦娘大和はこの作戦を承諾したのか!」と山本が聞いたが

 

それには いずもが、

「はい 長官、作戦が軍令部より下命された時、当時の伊藤司令官は、

 艦娘大和に対して“お前は残れ、艦は俺たちが操艦して行く”と伝えましたが、

大和さんは“あの艦は私の半身です、最後までお伴します、

先に散った多くの友人に報い、そして残された友人の楯として 大和参ります”と

伝えたそうです」

 

「伊藤君か、彼らしい」と言葉少ない山本

 

「大和 やはりそうなのか」と言う三笠

 

由良司令は

「1945年4月6日 豊後水道を出撃した大和以下 軽巡 矢矧、

そして雪風や照月などの駆逐艦8隻は 一路南下を続けますが、

出撃直後から米潜水艦に発見され 大隅半島を南下する時点で、

米航空機による監視を受け続けてしまいます」

 

「そして米軍は、大和の撃沈を目論み、日本海軍の哨戒圏から十分離れた

坊ノ岬沖で 米艦載機300機近い航空機の波状攻撃を受け、撃沈されました」

 

「艦娘 大和や 伊藤はどうなった!」と三笠が聞くが、

 

「伊藤司令官は 最後は艦と共に、艦娘 大和さんは雪風により救助されています」

 

「では 艦娘 大和は助かったのだな!」と三笠が聞くと、いずもが

 

「はい、実は この海上特攻作戦が決定された直後、

伊藤司令官は数名の泳ぎの達者な士官を集め、ある密命を与えていました、

坊の岬沖で 米航空機動艦隊に捕捉され 多数の航空機が飛来する事が予想され決戦が

近いと感じた伊藤司令官は、士官に対し密命を実行するように命じます」

 

「密命とは、いずも君」

 

「はい 長官、大和さんは 艦橋にいる所を 数名の士官に羽交い締めにされ、

懐に 艦内神社に納めてあった艦霊石を押し込まれ、そのまま甲板まで連れて行かれ、

一番泳ぎの達者な士官の背中に縛り付けられた後、数名の士官と共に

海へ投げだされました」

 

「なに! それで!」

 

「すぐ後方を 航行中の雪風が 大和さんと士官さん達を救助しましたが、雪風は 戦列へ戻る事なく そのまま呉へ帰還しました」

 

「雪風は なぜ戦列へ戻らなかった、大和なら戻ると騒いだはずだ」

 

いずもは静かに、

「雪風さんは 水雷戦隊旗艦、矢矧さんから、

“拾い物を必ず呉へ届けるように”と念押しされていたそうです、

雪風の甲板上で大和さんが、総旗艦として雪風さんへ“直ぐに戦列へ戻るように”と

命じましたが、雪風さんは “それは出来ません!”と強く反対し

雪風さんは“貴方を失えば 艦娘艦隊は完全に崩壊してしまいます、堪えて下さい”と

涙しながら訴えたそうです」

 

由良司令は 淡々と

「この海戦で 大和の艦体、矢矧、磯風沈没、浜風、涼月、霞航行不能となり、

沖縄突入作戦は中止、この海戦が日本海軍の最後の海戦となりました」

 

「矢矧や磯風は どうした?」と三笠が聞くと

 

「磯風さんは 他の艦に救助されましたが、矢矧さんは・・・」といい

いずもは それ以上は語らなかった

 

「そうか」とだけ三笠はいい、そのまま黙ってしまった

 

由良司令は

「この時期の日本は もう完全に戦争継続が不可能な状態まで追い込まれています、

石油は殆ど底をつき、残存艦艇も湾内から出る事ができず、国民生活は完全配給制、

それも日に日に量が減る事態です」

 

「誰も、講和や敗北を受諾する事を言わなかったのか」と山本が聞いたが

 

「それに関しては、内閣や外務省など積極的に戦争継続は不可と、

お上に上申しましたが、天皇を中心とした国体保持を叫び、徹底抗戦を叫ぶ大本営側と

意見がかみ合わず、平行線のまま 時間だけが過ぎ、被害が拡大して行きました」

 

「なんと 愚かな!」と唸る三笠

 

由良司令は

「ただ この頃になると米軍内部にも焦りが見えだします」

 

「焦りだと?」

 

「長官、既に開戦以来 4年近く経過しており米国内でも、

膨れ上がった戦費、多くの人命の損耗、そして特攻など予想を覆す日本の抵抗です、

米軍は 航続距離の長い大型重戦略爆撃を戦線へ投入し、日本本土への直接攻撃を

行い、日本国民へ対し、戦争の足音が直前まで近づいてきている事を実感させます、

米軍内部でも、現地住民を巻き込んだ度重なる玉砕や徹底した抵抗戦、各種の特攻作戦、

前線の兵士の中には “日本兵は鬼畜”という風潮が広まり、精神的に病む米兵も出て、

日本人、いえ東洋人と見れば、軍民関係なく射殺する米兵まで出てくるほどまで、

精神的に追い詰められていきます。

そして米国は中々 敗北を認めない日本首脳部へ対して ポツダム宣言と呼ばれる、

日本の無条件降伏を勧告します」

 

由良司令は、続けて、

「この頃 米軍内部では 意見が二つに分かれていました、

当初の計画通り、九州、本州への上陸作戦の実施、

もう一つは 新型爆弾を使用した壊滅作戦です」

 

「新型爆弾?」

 

「はい 長官、この当時 米国大統領であったトルーマンは これ以上の米国人の戦争被害者の増加を懸念し、後者の新型爆弾使用へと舵を切ります」

 

由良司令は少し間を置き、静かに

「これからお見せする映像は、米国、いえ“人類最大の愚行”ともいえる物です、

心して見て頂きたい、残念ながらお二人とも この愚行から目をそらす事が

出来ない立場にいらしゃいます。」

 

静かに映像が流れ始めた、

そこに映しだされたのは 広大な敷地に 所狭しと 並べられた、大型の重爆撃機の映像である。

 

「これは? 司令」

 

「テニアン島です。1944年7月、米軍の侵攻を受け陥落。米軍はこの島の基地を整備拡充し、日本本土を直接攻撃できる新型の長距離戦略爆撃機を実戦配備します。名称はB-29 スーパーフォートレス。航続距離は6,600 km。飛行高度は1万メートルに達しました。」

 

「1万メートル 現在の海軍機では到底 対応できない高度だ」

 

「長官、米軍がこの機体で、日本本土各地へ爆撃を実施、東京でも大規模爆撃が実施され

多数の民間人を含む死者10万人を超える民間人が犠牲となりました」

 

「10万人!!」と山本は唸った

 

「米軍は、この機体を使い、日本の主要都市を空爆し、その殆どを焦土と化しました、

そして、1945年8月6日深夜 このテニアン島から 1機のB-29が離陸しました、

目的地は 広島、」

 

米軍が記録した B-29 エノラ ゲイの映像が映しだされた。

「搭載さているのは 新型の爆弾、核分裂反応を起こす物質 ウランを主材料にした、

通称 “原子爆弾”です」

 

「原子爆弾?」と山本が聞き直した

 

「はい 実際の威力については 映像をご覧ください」といい由良司令は黙った

 

前方の画面には 広島へ向け 飛行するエノラ ゲイの映像が映しだされた。

 

そして、画面が切り替わり、雲の合間から 雲が沸き上がり、高度数千メートルまで

達する巨大なキノコ雲が 現れた

 

「これは 2000年代に 防衛省が、士官教育用に作成した、原爆起爆後から 街が破壊されるまでの 模擬映像です」といい アニメーションが流れた

 

「日本時間 午前8時15分 原爆投下されました。

ほぼ広島の中心部、高度600mで起爆。コンマ数秒単位で濃縮ウランは核分裂を開始。起爆後半径数km以内にいた人は、傷みを感じる事なく、

体内の生命細胞を中性子で破壊され、その段階でほぼ生存は絶望的となります。

そしてその数秒後、数千度に達する、熱線が市民を襲います。

爆心地付近の人間は、瞬時に蒸発。数キロ離れた場所にいた人でさえ

人体が炭化するほどの熱線と熱量です。」

 

画面には 凄まじい光と共に、蒸発する人や瞬時に激火に焼かれ、身動き一つ出来ないまま、火だるまとなる人の姿が映しだされた。

 

「その熱線の直後、爆発のエネルギーによって生じた巨大な衝撃波が、街を襲います。

その威力は、コンクリート製の建物であっても破壊してしまう威力です。

当時の木造家屋など、ひとたまりもありません。」

巨大な衝撃波が広島の町を飲み込み、闇へと導いていった。

 

「この衝撃波と熱線で生じた巨大なきのこ雲は、当時呉にいた榛名さんも目撃したほど、巨大なものです」

 

山本も 三笠も 黙ったまま、じっと壊滅していく広島の映像を見た。

 

別の画面に、2枚の航空写真が表示された

「これは 米軍が、投下前に撮影した広島の航空写真です、そして右横が投下翌日に撮影された写真です」

そこには 一面焼け野原となり、瓦礫と化した広島の姿が映っていた。

 

「この1発の原子爆弾で、広島は完全に壊滅状態となりました、

投下直後の死傷者の数は 80年経った時代でも正確な数字が分からないほど、

被害は甚大な物となり、この年の12月までに 関連死を含めると14万人近い方がお亡くなりになりました」

画像は 投下後、皮膚が焼けただれ、痛みに苦しむ人々を映し出した

 

由良司令は

「この 原子爆弾の特徴として、被害が長期にわたる事があります」

 

「長期とは」と山本が聞くと

 

「原子爆弾は 核分裂作用を用いた新しい理論の爆弾ですが、

その際発生する放射能により、人体への影響が計りしれないものがあり、

仮に爆発の脅威から身を守ったとしても、爆心地付近の高濃度の放射能で

人体の生命活動はほぼ絶望的となり、被爆後1週間以内の生存率は 30%前後と

言われています。

戦後、半世紀以上に渡り、この原爆被災者の方々の苦痛は 計りしる事の出来ない痛みとなって残り続けるのです」

 

三笠は静かに

「司令よ、戦争とは “軍人”がするものではないのか!」

 

「三笠様。この原子爆弾により、

人類は”戦争のパラダイム“を大きく塗り替えてしまいました。

米国は、開いてはいけない”パンドラの箱“を開けてしまったのです。

人類はこれ以後、戦地から後方に離れた地に居ても、

いつこの兵器が頭上に降り注ぐかに恐怖する日々を送る事になります。」

 

「愚かな、なんと愚かな、これこそ“人類の愚行”」と三笠は唸った

 

由良司令は

「米軍は 広島へ原爆を投下した3日後 今度は九州の長崎へ主材料の違う同種の原爆を再度投下しました、

当初は小倉市が目標でしたが、現地の天候不良の為 目標を長崎へ変更、

この投下で 約8万人がお亡くなりなりました」

 

画像は 長崎へ投下されたプルトニウム型原爆が生み出した巨大なキノコ雲を写しだした

 

「なぜ! なぜだ!? 広島への攻撃で、十数万もの被害者を出せば、

日本政府への投降勧告としては、十分すぎる! 何故もう1度投下する必要がある!!」と席を立ち怒鳴った。

 

「見苦しいぞ! イソロク、指揮官が冷静さを欠いてはならん」といい三笠が制した

 

「済まん、つい」といいながら山本は席へ着いた。

 

由良司令は、

「全うな精神を持ち合わせた“人間”なら、山本長官の御怒りは理解できます。

しかし、相手は米国です。以前にも言いましたが、

あの国はヤマタノオロチのような国です。資本主義という胴体に複数の頭を持つ怪物です。

彼らにとって自分たちの次元の太平洋戦争は、資本主義の実戦でしかなかったという事です。」

 

「資本主義の実戦だと!」と山本は声を上げた

 

「ええ、そうです、彼らにとって“戦争は利益を生み出す戦い”でなくてはならないのです、

米国は、既に戦後の世界戦略を計画済みでした、日本を不沈空母として、押し寄せる、ソビエト、中国の赤軍へ対応する計画でした。

そして、広島、長崎へ投下された原爆は、ソ連に対する警告でもあったのです。

世界の主導権は米国にあるという意思表示でもあります」

 

「我が祖国は、米国の踏み台にされたという事か!」と三笠が言うと、

 

「その通りです、この原爆はこの段階でまだ開発中の試作品でした、

広島、長崎へ投下されたのは 表向きには日本への早期の降伏勧告です、

しかし実際はこの原爆の実用化実験と言っても過言ではありません!」と由良司令は

語尾を強めて言い放った

 

由良司令は 暫し間を置き 静かに

「自分達の次元、太平洋戦争以後も世界各地で戦闘が起こりました、

日本の周辺だけでも、南北朝鮮戦争、ベトナム戦争、近年では中東、アフガニスタン、

言い出したら切が無いほど 人類は戦争を繰り返しています、

しかし我が日本は戦後80年他国へ向け、警告以外の発砲を行った事はありません。

世界7大経済国の中で 他国と戦争を行っていないのは 日本だけです。

何故かお分かりいただけますか! 我々は もう二度とこの惨劇を

繰り返してしてはいかんのです、たとえ世界中から卑怯者と言われようとも、

長官、三笠様 戦後80年、この原爆が実戦で使われたのは この広島と長崎だけです、

これが 何を意味するかお分かりですか、もし次に世界規模の戦闘が起これば それは

“人類、いえ地球の終焉”を意味するものです、戦後 米国とソビエトは各々この原爆の開発スピードを加速し、お互いを〝核で威嚇“する微妙なバランスを保ちながら、

進んできました、しかし 経済活動の失敗からソ連は崩壊、その後ロシア連邦が

誕生します そのどさくさに紛れて 多数の核開発技術が第3国へ流失、更なる

世界情勢の不安定化を招きます、」

 

いずもが、

「核技術は 兵器として使えば人類に最悪の事態を招きます、しかし 電力開発など

平和目的で使えば、それは安定した資源となります」

 

そして 由良司令は

「我が日本は 世界で唯一の原爆被爆国として、決してこの兵器を許す事は出来ません、

自分達がこの次元に飛ばされてきたのは、この“人類最大の愚行”を阻止し、

世界の海の安泰を築く為であると考えています、その為なら 自分を含め、いずも以下

こんごう達自衛艦隊を犠牲にしても 致し方ないと考えております」

 

いずも静かに 同意の意思を表した

 

三笠は ただじっと聞き入った、

彼方の次元、姉上や儂が この司令達をいかに”想い“を込めて育て上げて来たか

儂らは一体 どうしたらこの者たちの思いに答える事ができるのじゃろうか!

 

 

三笠は

「イソロクよ、覚悟を決めよ、

人とは 愚かな者である、それは昔から変わりはせぬ、

しかし、これは“愚かな行為”では済まされぬ、神々への挑戦である、

そんな事が許される訳がない!

その証拠に 彼らがその阻止の為 送られて来ておる、

これは日本、いや世界の民の行く末を決める事じゃぞ!」

 

山本は唸った

「米国との戦争阻止、そして原爆開発計画の妨害、その鍵を握るのが、

深海凄艦との和睦と太平洋地域の安定化か」

 

「はい 長官、原爆はすでに米国、英国、ソビエトなど主要な国で開発が始まっております、そして米国以上に危険なのは」

 

「ドイツ ナチス政権か」

 

「長官、ドイツを含むヨーロッパでの不安定な政情は 今後の世界の不安定につながる危険があります」

 

由良司令はゆっくりと

「長官、三笠様、まだ時間はあります、今はこの太平洋地域の安定化に全力を注ぎ、

日本の社会的地位を世界へきちんと示し、世論へこの行く末を訴えるべきです」

 

「世論を動かせというのか」

 

「長官、米国は民主主義の国です、大統領といえども“世論”には勝てない国です、

我が国が 米国の参戦阻止を画策するなら“世論”こそ最大の武器であると考えます」

 

山本は 腕を組み 暫し瞑目した、

「分かった、連合艦隊の総力を掛け、この難局を乗り切ろう、

我々には 陛下や国民の未来、いや人類の未来を切り開く責任がある」

そういい、由良司令を見た

 

「ご理解して頂き ありがとうございます」と由良司令といずもは一礼した。

 

三笠は落ち着き払い、

「由良司令よ、今日ここに 泊地提督を呼ばなかったのは 広島の件があるからじゃな」

 

由良司令は 静かに

「はい、三笠様、あの方は戦後、その事をずっと後悔されていました、“パラオへ両親を呼べば良かったのか、しかしこのパラオも大規模爆撃で悲惨な惨状となった”と」

 

「三笠 どういう意味だ」と山本が聞くと、

 

「このパラオ泊地提督の出身は 広島市内と聞いておる」

 

「はい、広島の市街地です、原爆の爆心地から1kmほどの所に 両親と妹さんがいましたが、...」由良司令は そこまで言うと 下を向き、声を詰まらせた

 

「由良 大丈夫?」とついいずもが言ってしまった。

 

「ああ、大丈夫だ。済まん」と言い、山本達を見直した。

 

「いずも君 今 自衛隊司令の事を“由良”と呼ばなかったか? それに三笠も」と

山本が聞くと、

 

「由良司令 イソロクには話して差し支えなかろう、

この自衛隊司令は 彼方の次元のパラオ泊地提督と艦娘由良の孫にあたる、

史上数例しかいない 男性の艦娘だそうだ」

 

「なっ なに! 男性の艦娘だと!」

 

「長官、今までお話できず申し訳ありません 別に機密でもなく、

ただお話する機会が無かっただけです、自分は三笠様の言う通り、泊地提督と由良との子孫にあたります、ただ“艦霊力”が殆どなく、人として生きる道を選んだだけです」

 

「そして いずも殿は由良司令の許嫁でもある、この意味が分かるか!」と三笠は厳しく言い放った

 

「司令 先程、自衛隊艦隊を犠牲にしてでも、この世界を守るといったが、

君は許嫁を戦地へ送りだすのか!」と山本が聞いた

 

それには いずもが

「長官、勘違いをなさってはいけません、確かに由良と私は将来を誓い合いました、

しかし、今は司令と部下という立場です、それはこの次元に平和が訪れた時に

考える事です」

 

「イソロクよ、心しろ、彼方の次元の姉上達がいかにこの者達に想いを込めて、

育てて来たか、いくら“海神との約束”とはいえ、それは並々ならぬ道であったはず、

そして その想いに答え、強い志をもってこの世界へきた由良司令達を 我が連合艦隊が

裏切っては ならんのじゃ」

 

山本はゆっくりと席を立ち、由良司令の横へ来ると そっと右手を差し出した。

「由良司令、連合艦隊を代表して、共にこの海の安泰の為に進んで行こう」

 

由良司令は 席を立ち、

「微力ではありますが、宜しくお願いします」と由良も固く握手をした

 

それを笑顔で見つめるいずも、そして

 

「これで 日本はまた一歩進んだ」と 三笠は昔 強き意思で日本を救った

漢から聞いた言葉を呟いた。

 

パラオの海で その歩みは静かに進んで行った

 

 

 





こんにちは スカルルーキーです
分岐点 こんごうの物語を読んで頂きありがとうございます。

今回は少し亀更新でした

1945年8月9日 早朝 私の祖父は私用で 旧小倉市へ汽車で向かっていました。
もし 仮にその時小倉の町が雲で覆われていなかったら 自分の存在自体 危ういものでした。

次回は「漂流」です 

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