分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

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西暦2025年4月
日本有数の海上自衛隊基地を望む高台の上から、数名の女性が眼下の海原を進む
艦隊を見送っていた。

その海原は静かに、春の風をうけ穏やかな姿であった。
しかし、これから彼女達が進む道は、その海原ではなく戦火荒れ狂う海原であった。



1.出港

 

 

 

佐世保湾の出口、湾の一番狭い航路まであと少し。

青い海面を切り裂き、ゆっくりと進む灰色の船体。

大きく直線的な艦橋、船体中央部には排気口と思われる構造物が二つ。そして甲板後部には大型の四角い構造物、中には対潜ヘリコプターが1機搭載される。

その艦の名は、護衛艦こんごう。

 

護衛艦DDG-190「こんごう」は、ゆっくりと僚艦5隻と単縦陣を組んで、佐世保湾の出口を目指し進んでいた。

 

予定時刻通りに、海上自衛隊佐世保基地を抜描した護衛艦こんごうは、

湾内で僚艦の「ひえい」、「はるな」、「きりしま」と合流、

先に抜描して待機していた艦隊旗艦「いずも」、「あかし」と隊列を組み、湾内を進んでいた。

 

4月の春の暖かい海風をうけながら、佐世保の海を進む。

その艦橋で艦娘こんごうは先頭艦として、前方警戒を行っていた。

祖母のトレードマークでもある、あほ毛のあるブラウン色の長い髪を腰まで伸ばした、祖母譲りのスタイルを持つ身長175㎝の女性である。

ちなみにスリーサイズと体重は、艦の性能を暴露する恐れがあるので防衛秘密とされている。

彼女の職種は艦長、階級は2等海佐(艦娘特例)だ。

 

「こんごう」と名の付く戦闘艦としては4代目。

艦娘運用艦としては、3代目となる。

彼女の祖母にあたる日本海軍戦艦 金剛、そして時代は変わり母親の海上自衛隊イージス艦こんごうに受け継がれ、現在の3代目となるスーパーイージス艦こんごうに繋がっている。

 

日本は先代のイージス艦こんごうでようやく艦娘+イージスシステムの運用に成功した。

SPY-1レーダーを使い、同時に200近い目標を捕捉、脅威度の高い12の目標を

同時に攻撃できる機能、それらを効率的に運用できる艦娘の能力を統合させたシステム。

それが、イージス艦娘である。

ただこの段階では艦の運用を艦娘、イージスシステムの運用を有人で行う複合運用であった。

当初は100名近い人間を乗せて就航した初代 こんごうは、その後改修作業を数度にわたり行い、人間の代わりに妖精自衛官が業務をこなしシステムの運用をマスターすることで、最終的には人間の搭乗員は20名程度まで減少した。

 

この「こんごう型」で得たノウハウをバージョンアップさせたのが「あたご型」で、完全な艦娘+妖精自衛官での運用が可能となった。

このあたご型は4隻就役し、こんごう型は退役となり、あたご型をベースに更なるバージョンアップを施し、2年前就役したのが最新鋭の「新こんごう型」別名スーパーイージス艦と呼ばれる彼女達「こんごう」、「ひえい」、「はるな」、「きりしま」の4隻である。

 

艦娘こんごう曰く、僚艦を預かる艦娘 ひえいとは、

自分と同じブラウン系の髪を短く切りそろえた、スポーツ万能アスリートタイプと言えば聞こえはいいが、要は突っ走っていくタイプである。

ちなみに料理の腕はカレーは旨いが、他は・・・まあまあである。

 

はるなの印象は、

黒髪を腰まで伸ばしたどちらかいえばしっとりとしたお嬢様タイプ。

というと、聞こえはいいのだが自己過小評価タイプで落ち着きがないかな?

ただ忍耐力は人一倍あるコツコツタイプでもある。

 

きりしまと言えば、

こちらは黒髪をショートにした髪型で、士官学校時代からメガネを掛けている。

緻密な計算が得意なのだが、たまに没頭する事もあるので喋らなくなったら要注意だ。

 

彼女達、イージス艦隊を統括する旗艦は

護衛艦いずも、艦番DDH-186。

その艦の主は艦隊副司令を務める艦娘 いずも。

長い髪を腰まで伸ばし、後でそれを銀色のリング状の髪止めでまとめている。

シルバーフレームのメガネが特徴の艦娘である。雰囲気的には学校の先生といった感じである。

階級は1等海佐(艦娘特例)である。

いずもの船体の大きさは米国空母 ロナルド・レーガンよりやや小ぶりの全長320m。

本格的なアングルドデッキを持つヘリコプター搭載型護衛艦である。

一見すると米国の航空母艦をイメージさせるが、主な艦載機は対潜ヘリSH-60Kだ。

しかし今回は、特別に航空自衛隊のF-35Jを臨時に1飛行隊搭載する予定である。

ある現職自衛官はこの艦を見た際、「もう護衛艦とは言えん」とぼやいたそうである。

いずもの最大の特徴は艦隊司令部機能だ。

複数のイージス艦から寄せられた各種の情報を、統合CICで管理する事で独立した司令部機能を有する。つまりは全部お見通しで隠し事はできないのだ。

 

輸送支援艦あかし、艦番LST-4100

今回の艦隊の補給、並びに修理を担当する工作支援艦である。

艦娘あかし。ややくせ毛のあるショートな髪をいつも帽子で隠しているので余計にくせ毛が目立つ髪型、身長は160㎝と小柄だ。

階級は3等海佐(艦娘特例)。

あかしの全長は178m、有人艦おおすみをベースに艦娘仕様に設計を変更。

補給、輸送業務以外に工作船としての機能を有する万能艦である。

今回は、エアクッション艇(LCAC)と船外補修船を搭載している。

工作支援艦の主な役割は、通常の燃料等の補給の他に海外での活動中に随行艦に重大な故障が発生した場合、

現地で部品調達が出来ない事を考慮して現地修理が可能な工廠機能を有している。

艦娘のあかしは操船だけでなく工廠、開発作業も行う万能艦娘である。

しかし、たまに趣味に走りすぎてオーバースペックなものを作るのは祖母の家系か?

本人曰く「私は空母ではありません。対潜活動は、いずも副司令におんぶに抱っこです」

という事で戦闘はからっきしダメである。

 

 

この艦隊の目的地はオーストラリア。

太平洋防衛機構の多国籍軍合同演習に参加するため、日本各地の海自基地から集結した。

 

 

護衛艦こんごうの艦長、艦娘こんごうは艦橋で祖母が愛用していた双眼鏡をぶら下げて前方警戒をしていた。

ふと左舷に見える丘の上にある実家をみると、いつもの国際信号旗が風にはためいている。その信号旗の下に見える人影を見て、

「お祖母様だ!」慌てて艦橋横の見張り所に飛び出してきた。

 

「行ってきます」と呟きながら、丘の上にいる祖母に敬礼した。

元々、艦娘としても視力のよい彼女は、祖母の後に艦娘運用課長の母を見つけ、その背後にいる人影を見て驚いた!

 

「えっ 大巫女様、姫提督まで?」

 

こんごうは、昨晩の事を思い出していた。

昨晩、佐世保地方総監部で遠征隊結成式と壮行会が行われた。

私と ひえいは佐世保、はるなと きりしまは舞鶴、いずも副司令と あかしは横須賀の所属であるが、今回のオーストラリアでの演習の為に臨時に結成された艦隊であった。

艦隊の司令は、本省の統合幕僚監部作戦課の出身である。

 

壮行会といえば、有人艦であれば乗組員家族などが来て大規模になるが、艦娘の場合は家族も殆ど海自隊員や関係者ばかりなので少人数である。

そんな壮行会で少しお酒を振る舞われ、やや顔を赤くしながら ひえいと二人で係留桟橋に向かい歩いていた。

何気ない会話をしながら自分の艦の前に来ると、1台の車が止まっているのが目に留まった。

 

自衛隊公用車の黒のセダンである。

 

一瞬、来客の予定は?と思い出してみるが、記憶にない。

「誰かしら?」と思いながら、

ひえいと別れラッタルの前に来ると、車から一人の女性自衛官が降りてきた。

 

こんごうは、その女性を見て一瞬「まずいな〜」と思いながら、即座に敬礼する。

答礼しながら、ゆっくりと彼女が近づいてきた。

こんごうと同じブラウンの髪を肩で切り揃え、切れ長の鋭い眼、特徴的なアホ毛。

こんごうに近づく女性、彼女は、

統合幕僚監部艦娘運用課長のこんごう海将補であり、前級こんごうDDG173の元艦長でもある。

 

「もう!顔が赤くなるまで飲まないの!」と鋭い声で言われて、

 

「以後気を付けます、課長!」と姿勢を正し こんごうは返答したが、

 

「と、言いたい所だけど今日は私用。よかったね」と気さくに話す課長。

 

こんごうは手を下しながら、

「ああ良かった、これで査定が下がったらまた皆に嫌味言われそう。お母さん!」

「寄って行く?皆いるわよ」とラッタルを指し示すと、

 

「じゃ、お言葉に甘えて」と慣れた動作で、率先してラッタルを駆け上がった。

 

艦上では副長と当直妖精が待っていた。

 

「ご無沙汰しております、前艦長!」と副長妖精が敬礼して挨拶した。

 

こんごう課長は答礼しながら、

「副長も変わりないようですね。航海長と砲雷長は?」

副長は、

「二人とも、持ち場にいます。明日の最終確認中です」

 

すると こんごう課長は、

「良かったわね、部下が優秀だと艦長が楽で」母である こんごう課長にそう言われて、しょげる こんごう。

 

しかし、その課長を見て副長が、

「そう言う課長も現役時代に」と言いかけたが、急に こんごう課長に睨まれた。

 

そして右手をひらひらと振りながら、

「昔の事は、記憶にアリマセ~ン」と笑って艦内居住区にある艦長私室へ向い、スタスタと歩き始めた。

 

こんごうは「副長、後はお願い」と副長を拝んで業務を任せて後を追った。

 

艦内の通路を、まるで自分の家のように軽やかに進む こんごう課長とその娘の こんごう。

 

艦長私室に入り、小さな応接テーブルを挟みながら、二人対峙して椅子に座った。

髪の長さや身長が少し違う位で、面差しもそっくりな二人、まるで写し鏡のようだ。

 

母である こんごう課長が、

「皆、元気そうでなにより」と話を切り出した。

 

「うん、お母さんの元部下の副長とか航海長、砲雷長がよくやってくれるから助かる」

 

「だって私が仕込んだのですから。当たり前です」という母。

 

それを聞いた娘の こんごうが、

「それは、副長たちが苦労したという事ですね」と言うと、二人して笑ってしまった。

 

こんごうは、

「紅茶でいい? お祖母様ほど上手く淹れないけど?」と言い、サイドテーブルからティーセットを取り出した。

 

「おっ、何処まで上手くなったか味見してあげよう」と娘の腕前を確かめ始めた母親。

 

ティーセットを取り出し、紅茶を入れる こんごう。

室内に、甘い香りが漂い始めた。

おそるおそる、母に紅茶の入ったティーカップを差し出してみる。

それを受け取り母親はそっと香りを確かめ、そして一口、静かに口に含んだ。

暫し、沈黙が流れる。

 

「まあ、いいのではないの?」と珍しく褒めて貰えた。

 

「えっ ほんと?」と少し驚いた。

金剛家と言えば、旧日本海軍一、紅茶の淹れ方にはうるさかったお祖母様。そして現役時代に、来艦する海外の士官を唸らせた紅茶を淹れた母親に、合格点を貰ったのだ。

少し嬉しい。

 

娘の嬉しそうな顔を見ながら、

「はい、それとお土産」と母は持参した紙袋を差し出した。

こんごうはそれを受け取ると中身を見た。

中身は紙袋一杯の間宮特製のフルーツゼリーセットであった。

 

「ありがとう、助かる!」と子供の様に喜ぶ。

 

「まあ、役に立つと思うから持っていきなさい」と母に言われ、

 

「?」と不思議がる娘をよそに室内を見渡す母。

 

「でも良かった。娘の私室に入ったら足の踏み場もなかった、なんて事になってなくて」と冗談ともとれる事を言うと、

 

「これでも、最新鋭イージス艦の艦長ですから。頑張ってます!」と胸を張る こんごう。

 

 

母は改まって、

「ねえ、こんごう?」と話を切り替え、 

「貴方にとって守るべきものとは何?」と聞かれ、娘の こんごうは答えに詰まった。

 

「国民の生命と財産」と少し間を置き、答えてみる。

 

 

「それは、自衛官の守るべきもの。私が知りたいのは、艦娘こんごうの守るべきものよ」と母は優しく問いかけた。

 

すると こんごうは、

「仲間かな。元気な ひえい、努力家の はるな、頭脳明晰な きりしま。勿論司令や いずもさんに あかし。頼れる仲間を守りたい」

 

「解かっているなら、大丈夫ね・・・」と母は落ち着いて言った。

 

 

 

「さて帰るか、明日は見送り行けなくてゴメンね」そう言いながら、席を立った。

そして部屋を出て、艦内通路を甲板へと向かいながら、

「お客様を連れてるの。さっきから美味しい物食わせろってうるさいのよ」とあきれ顔で話した。

 

「えっ⁉︎ それなら上がってもらえばよかったのに」と娘はいったが、

 

「あの二人を上げたら、それこそ国防機密がダダ漏れになるわ」と真顔で言った。

 

 

母をラッタルの前まで送ると、不意に母に抱かれた。

「気を付けて、行ってくるのよ」と優しく言われ、

 

ただ、「はい」とだけ答えた。

 

ラッタルを降りた母は、自ら車を運転して走り去っていった。

 

 

昨日はなんだったのかしら?と思いながら、

ふと眼下の甲板を見ると、艦内から出港中にも関わらず妖精自衛官がぞろぞろと左舷甲板に登舷礼の為、整列している。

副長妖精が、

外部スピーカーを通じて「偉大なる戦艦 金剛に対し、敬礼」と号令をかけると、一斉に妖精たちが敬礼した。

祖母をはじめ、母も姫提督も答礼しているのが分かる。

 

ゆっくりと祖母たちの眼前を通過していく艦隊。

佐世保の時は、その日静かに流れていた。

 

 

 

艦隊は、東シナ海を南下していた。

途中、大村基地より対潜ヘリ部隊を収容し、いずもは、築城基地より飛来した第六飛行隊所属のF-35Jを収容中である。

次々と着艦し、格納庫内へ収容する為にサイドエレベーターへ誘導されるF-35Jを見ながら、いずもの艦橋で一人の男性と女性が話をしていた。

 

男性は艦隊司令、女性は艦娘いずも。

身長は180㎝前後の美人。黒髪を腰まで伸ばし肩のあたりでシルバーのアクセサリーでまとめ、きりっと締まる容姿であるが、自衛隊員には珍しくやや色白ではある。それが彼女の特徴でもあった。

普段からシルバーの縁取りされたメガネを掛けていて、一見すると学校の教師といった方がしっくりくる。

 

男性の司令は、

「いずも、艦載機の収容状況は?」と いずもへ問うと、

 

「はい、司令。予定機数全機収容し、艦内係留終わりました」

 

「すまんな今回は、副司令を頼んで」と済まなそうに話したが、いずもは、

 

「まあ、貴方の頼みならね…」と気楽に返事を返してきた。そして、

「しかし、司令。今回の演習艦隊、余りに豪華すぎませんか?艦隊旗艦の自分は対潜ヘリ部隊、支援戦闘機1個飛行隊、陸自妖精100名に、最新鋭イージス艦4隻、おまけに工作補給艦あかしまで。まるで演習じゃなくて有事想定です。燃料と弾薬、備品もほぼ満載。あかしはプラントまで搭載しています」

とタブレットを取り出し、搭載品のリストを見ながら話したが、

 

「まあ、上が何を考えているのか分からんが、俺はそれよりも見送りが気になったね」といい、いずもの方へ振り返ると、

「戦闘装束の 金剛さん、娘の運用課長、横須賀のくそば婆に、姫提督までいたな」と言いながら少し考え、

「天変地異の前触れかと思ったぞ」

 

「私もそれは思いましたけど、司令!大巫女様をくそ婆というのはかなり問題がありますよ・・・」

 

司令は再び前方に広がる海原を見ながら、

「まあ、今度生きて会えたら謝っておくよ」と静かに語った。

 

 

艦隊はその後、沖縄沖、台湾沖の公海を進みルソン島、パラオ沖を通過しパプアニューギニアを迂回して、珊瑚海を通過してオーストラリアのシドニー沖を目指す航路を通るはずであった。

 

艦隊が佐世保を出港して4日目。

ルソン島を通過して、パラオ方面に向かっていた。

ここまでほぼ予定通りの航海であったが、今、こんごうは艦橋で唸っていた。

 

チャートデスクに広げられた海図を睨みながら、

「あ~、ここは何処?私はだれ?」とやけくそ気味でぼやく こんごうに、

 

「艦長!アホな事言ってないで、課題出来たのですか?」と副長に聞かれ答えに詰まる。

 

演習航海とはいえ行きも訓練、帰りも訓練な海自である。

艦娘でもあり、艦長で300名近い兵員妖精を抱える こんごうでも例外ではなく、各種の教練が課される。

今日の課題は天測航法。

GPSや電波灯台など電子機器を活用した航海が一般的な昨今、海図と天測儀を使った位置測定なんてアナログ過ぎて、こんごうはさっきから唸りぱなしである。

しかし馬鹿にはできない。なにかの影響でGPSや電波灯台などが使えない時、天測出来なければ海の上で位置を見失って路頭に迷う事になりかねない。

船を預かる者として基本中の基本である。

 

ふと耳元に通信が入る。艦娘専用の「概念伝達」である。

通常通信とは違い、艦娘の間だけで会話できる音声専用の霊波簡易通信である。

人間や妖精さんには聞こえないので、内緒話をする時には便利であるが、欠点もあり、

遠距離では使えない。精々1㎞が限界である。

 

通話の相手は、僚艦の ひえいであった。

 

「こんごう!いまどのあたり?」といつもの ひえいの元気な声が聞こえて来た。

 

「ひえい、それを私に聞く?」と疲れ気味の声で答えた。そして

「さっきから天測やってるけど、どうも位置がずれ始めているの」

 

「やっぱり、はるなも きりしまも同じみたい」

 

「えっ?」と意外な返事に驚いた。

私や ひえいがこの手の作業が苦手なことは分かる。しかし、我慢強い はるなや計算が得意な きりしままで位置を算出できないとは、一体何が起こっている?

 

そう考えていると急に ひえいが、

「ねえ、こんごう。話変わるけどさっきからうねり強くなってない?」

 

「えっ、ほんと?」

ふと外を見れば、さっきまで穏やかだった波が急変して、白波が立っている。

艦の揺れも少しであるが大きくなってきた。

 

こんごうはチャートデスクから目を離すと、艦長席にある艦内電話をとり、気象班室を呼び出した。

電話口には班長が出た。

「あっ艦長!気象班長です」と答えが帰ってきた。背後では班員らしき隊員妖精の声が聞こえるが、なにやら慌てているようだ。

 

「気象班長、このうねりの原因は何?」

 

気象班長の答えは意外な物であった。

「理由は不明ですが、外気圧が急激に降下しています。あと、気象レーダーも不調です」

 

「不調? どういう事?」

 

「レーダー画面の一部が真っ黒なんです!エコーが帰って来ていないようです。CICにも問い合わせしましたが、似たような現象が起こっていて現在原因調査中です」

 

「分かったわ、至急原因を調べて」

こんごうは受話器を戻しながら、何か嫌な感触に触れていた。

 

艦長席に座り直すと、じっと急変する進行方向の雲を見た。

艦長席に設置された各種モニターを素早く確認すると、航法レーダーや対空レーダーの一部に真っ黒い部分が現れていた。完全にブラックアウトの状態だ。

艦橋の内部でも副長や航海長が指示を出し、関連機材の確認を急いでいたが、原因はさっぱり掴めない。

こんごうは長く伸ばしたブラウンの髪を右手の人差し指でクルクルと巻きながら、じっと前方海域を凝視した。

先程まで青空が空を覆っていたが、今はどす黒い雨雲に覆われ初めていた。

そしてその黒い雲は、急速に集まり、前方で渦を巻き始めた。

竜巻の様でもあるが、何か異様な渦である。

空がひずんで見える!

 

即座に こんごうは、

「副長、艦外作業員は至急艦内に退避!警戒配置へ移行、水密隔壁全閉鎖!」と叫んだ!

 

「艦長、どうしたのですか急に?」

 

急に表情を厳しくした こんごうは、

「嵐だわ、それも凶悪な」と言い放った。

 

横に立つ副長は、

「艦長の悪い予感は良く当たりますからな、復唱します。艦外作業員は至急艦内に退避、警戒配置、水密隔壁閉鎖」

 

航海長が素早く艦内マイクを拾い、警戒配置を号令。

艦内に警戒配置を知らせる警報ベルが鳴り響いた!

わらわらと、艦内に退避する妖精隊員。各所で号令が飛び交い、次々と閉鎖される水密扉。

艦内モニターに、閉鎖状況が表示される。

 

艦隊の各艦の状況をモニターしているコミュニケーションシステムの画面でも、旗艦いずもをはじめ、各艦警戒配置へ移行しはじめた。皆何かが近づいて来ている事を察知したようだ。

 

先程から概念伝達を繋ぎっぱなしの ひえいから、

「ねえ、こんごう。私あれに似た雲、見たことある」

 

「えっ、どこで?」

 

ひえいは真剣な声で、

「昔の映画で。確かファイナルカウントなんちゃらとかって、有人艦の原子力空母が大戦直前にタイムスリップする映画の中」

 

「ねえ ひえい、こんな時に冗談よしてよ」と返事をしてみたが、

 

突如、艦隊緊急回線が開き、副司令いずもの映像が映し出された。

「艦隊に緊急指示!全艦至急通常航行から、S(潜航待機)モードへ」

 

「Sモード!!」と こんごうは唸った。

潜航待機、別名Sモード。

こんごう達スーパーイージス艦並びに同時期に建造された いずも、及びに あかしのみが持つ機能で、船体を一時的に水没させて海中に身を隠すのである。

潜水艦ほどの能力はなく、単純に潜るだけである。

当初、この潜水モードを装備した目的は対艦ミサイル防御の為であった。

この時代においても、水上艦が対艦ミサイルに対して脆弱な存在である事には変わりなく、

1発でも命中すれば、機能停止は免れない。

そこで考えだされたのがこの潜航待機だ。複数の対艦ミサイル攻撃を受けた際、防空担当艦以外の艦は一時的に海中へ身を隠し、対艦ミサイルをやり過ごす。その後即浮上し、反撃を行うというものである。

勿論、海自内部や軍事評論家、マニアの間で賛否両論となったが、在日米軍相手の演習では、米軍の放ったハープーン改の模擬弾を全弾躱して見せた。

 

 

いずもが映るモニター画面に艦隊司令が現れ、

「みんな!大波がくるぞ、しっかり構えろ」と叫んだ。

 

こんごうは咄嗟に艦内電話に飛びつき、全艦放送に切り替え、

「緊急潜航用意!Sモードへ緊急移行、各員配置につけ!」と叫んだ。

艦内にSモード配置を知らせるベルが鳴り響く!

 

艦橋内部も潜航配置へ就く。こんごうは、

「航海長!潜航指揮、任せる」と叫ぶと、

 

「はい艦長!主機緊急停止、排気口閉鎖!」と即座に航海長が反応した。

続けざまに号令が飛び交った。

「各所防水シャッター下せ!」艦橋窓に防水シャッターが降ろされ、外界が見えなくなる。

「フィンスタビライザー、展開!」操舵手が制御コンソールのタッチパネルを操作すると、船底の前方と後方に小さな方向舵が現れた。

「AIP切替、完了」

各所から潜航モードに切り替わるための確認号令が伝ってくる。

ディスプレイにはチェックリストが表示され、次々グリーンのOKのサインが表示されていく。

 

艦長席の横にある艦外監視モニターを見て、こんごうは血の気が引いた。

高さ20mはあろうかという、大きな波が真っ直ぐ突き進んでくる。

「津波?」と思いながら、真面に被ればいくら船体を強化したイージス艦といえどもタダでは済まない。

 

「航海長!ダイブ!ダイブ!急いで!」と こんごうの声が艦橋に響いた。

ゆっくりとであるが、ようやく船首から沈み始める。

 

しかし、間に合わない!

 

こんごうは思わず艦内マイクで叫んだ!

「総員!何かに捕まって!揺れるわ!」

 

突如、凄まじい衝撃と共に艦長席から投げ出された こんごう。

「きゃっ」と珍しく悲鳴を上げた。

 

艦内の電源が一時的に落ちて、非常電源に切り替わり、一瞬真っ暗になった時である。

こんごうは不思議な感覚を覚えた。

体が浮くような感じである。

艦娘として、艦と精神が同一化している為か艦が受ける感じを第六感として感じたのである。

 

非常電源から通常電源に自動で切り替わり、艦橋が明るくなった。

 

「副長!大丈夫?」慌てて、副長妖精に駆け寄る。

 

「大丈夫です。航海長、艦橋点呼!」と副長が体を起こしながら言うと、

航海長が、艦橋配置の妖精隊員を呼んでいる。どうやらみんな無事の様だ。

すぐさま こんごうは艦内電話でCICを呼び出した。

 

「砲雷長、そちらはみんな無事?」

 

CICの主である砲雷長は、やや興奮気味に、

「数人擦り傷程度です。唾でもつけておけば大丈夫な状態ですよ。それにしても一体なんなのですか、あれは?」

 

こんごうも困惑気味に、

「よくわからないけど、まあ津波では無さそうね。ソナー生きてる?」

 

「はい艦長! 機能問題ありませんが、システムリセット中です」とソナー担当の妖精隊員が返事をしてきた。

 

こんごうは、

「アクティブピン、僚艦の位置を確認して。そのあとは音響通信で旗艦 いずもを呼んで」

 

砲雷長は

「システム復旧次第ただちに実行します」と返事を返し、部下へ指示を発した。

 

こんごうは艦橋前方に立つ航海長へ、

「航海長、艦の操艦システムは?」

 

航海長は、艦体を管理するシステム画面を覗き、

「今のところ大きな損傷はありません。現在深度30m、アップトリム5で落ち着いてます」

 

「了解。艦を水平に、深度はこのままで」

こんごうも艦長席にある艦体の監視システムをみるが、アンテナマストに損傷があるようで調査中の表示が出ているが、艦の機能としては問題ない。

 

低周波の探信音が、短く1回鳴り響いた。

ほどなく艦長席のディスプレイに僚艦の位置が表示される。

「みんな無事みたいね。概ね1km圏内か」ほっと一安心した。

 

音響通信で僚艦を順番に呼び出す。

まずは、一番船体強度の弱い支援艦あかしから。

「あかし? 問題ない?」と呼び出してみた。暫くして、

 

「あっ、こんごうさん。問題あらへんよ」といつもの元気な あかしの声が返ってきた。

 

続いて、直ぐ後を航行していた ひえいを呼び出した。

「ひえい、無事よね?」

 

こちらも元気に返事が返ってきた。

「生きてるわよ!やっぱり映画みたいになったわね」とふざけて言ってきたが、

「ひえい、こんな時に冗談よしてよ」と受けるのが精一杯であった。

 

次は3番艦の はるなを呼び出した。

「はるなは?」と聞いてみたが、

 

「はるな、ダイジョウブデス…」とやや震えた声で返事が返ってきた。

「全然大丈夫じゃないみたいよ?」とは言ったが、あそこは副長さん以下の隊員妖精がしっかりしているから、まあ何とかなるか。

 

最後に殿を航行していた きりしまを呼び出したが、

「きりしま?」と声を掛けるが、返事がない?

「きりしま?聞こえている?・・・きりしま!!」

中々返事が返ってこない。まさか!?

 

こんごうは慌てて短距離レーザー通信の映像モニターに切り替え、再度きりしまを呼んだ。

すると、ディスプレイには きりしまではなく、きりしま副長妖精が映った。

「こんごうさん、きりしま副長妖精です」と きりしま副長が敬礼しながら答えた。

 

こんごうはその不鮮明な画面を見ながら、

「きりしまはどうしたの?まさか怪我したとか言わないでね」

 

きりしま副長はやや困惑ぎみに、

「それが…」

画面が流れて、床に横たわる きりしまを映し出した。

 

「えっ!どうしたの!意識は?」と慌てて問いただしたが、

きりしま副長は戸惑いながら、

「はい。波の衝撃は耐えたのですが、その後慌てて席を立った時に転んで頭を打ったみたいでして…」といい視線を頭部へ向けた。

 

「へっ?」よくよく見れば額にまんがチックなたんこぶが…。

こんごうは気持ちを落ち着かせ、

「もしかして、気を失ってるだけ?」

 

「今、医務官を呼んでいます」と冷静に答える きりしま副長。

 

ふるふると震える、こんごう。

「艦娘がその位でくたばらないわよ!とっとと水かけて起こしなさい。私が許可します!」

 

こんごうのあまりの剣幕に、きりしま副長は、

「はいぃいい!直ぐに起こします」

 

こんごうは、

「まったく!この非常時に艦長が一番先に気を失ってどうするの!」と叱りつけた。

すると、こんごうの艦長席ディスプレイに司令と いずもが映し出された。

「こんごう、その位で勘弁してあげなさい」と いずもも笑いを堪えていた。

 

こんごうは気を取り直して、

「報告します。イージス艦各艦、アンテナマスト等に少々破損がありますが機能問題なしです」

そして、いずもの横に立つ司令へ、

「司令、今の波は何なのですか?」と問いただしてみたが、

 

少し困惑気味な こんごう達をよそに司令は落ち着いて、

「こんごう、今何時だ?」と別の質問を返してきた。

 

司令の意外な質問に驚きながらも、艦長席にある戦術情報ディスプレイの画面をみて、

「はい、えっと午後3時半ですね」と時計を確認した。

 

「えっ15時半? うそついさっきまで10時頃だったのに」

経った十数分しか経っていない感触しかなかったのに、5時間以上経過している?

 

司令は続けて、

「何年の何日になっている?」

 

「えっと、1942年4月1日? えっシステムタイマー壊れたのかな?」と横の副長をみて、

「副長、他のシステムは?」

副長はじめ、艦橋の要員が担当するシステムの時刻を確認して、皆青ざめた。

「艦長!間違いありません!1942年4月1日です」

 

こんごうは気持ちを落ち着かせ、

「司令、エープリルフールにしては手の込んだ芝居ですけど…」

 

やや諦め気味の目でモニターを見る こんごうであるが、彼女の希望を打ち砕くかのように司令は、

「いずもを含めて全艦隊のシステムタイマーは、1942年4月1日午後3時半を指している。あまり信じたくないが量子理論を採用したシステムタイマーが狂うとは思いたくないのだがな」とまるきり他人事の様に淡々と語った。

 

 

皆揃って、

「「「「嘘ですよね…」」」」

 

一人、冷静な いずもは、

「現実は、冷酷ですね」と落ち着きながら言い放った。

 

こんごうはすぐさま、

「浮上して、本土の司令部とか、ハワイとかグアムの米軍の司令部とかには連絡できないのですか?」と司令と いずもに問いただしたが、

 

「いずもの通信ブイを上げて連絡しているのだが、うんともすんとも言わん」

「おまけに衛星通信もアウト、というか衛星その物の反応が無い。完全に孤立したな」

と先程と同じく淡々と語っていた。

そして、

「まあ少し様子を見よう。いずも、あかしを中心に輪形陣を形成。水中、水上警戒を厳にせよ」司令はそう言うと後の指揮を いずもに委ねた。

 

いずもの指揮のもと、こんごう達は水中移動をしながら輪形陣を形成した。

元々、水上航行を目的にした艦が簡易型であるにせよ潜水して移動するのはかなり難しい。結局今日の所は無理をせず現在位置で潜航したまま漂泊することになった。

各艦、流木に偽装した通信ブイを上げて情報を集めるが、内容が思わしくない。

 

時折受信するモールス信号は内容はともかく仕様が古い。

短波放送を受信してみたが、やはり1942年当時の放送内容であった。

 

「やっぱり、孤立したかな?」と艦長席でぼやく こんごう。

 

 夜になり通信ブイの監視カメラで撮影した北極星を中心とした星座位置からも、該当する検索結果は思わしくなかった。

 

こんごうはつい、

「ああ、間宮のデザートスタンプ。せっかく溜まったのに、使っとけばよかった」

などと、ちょっとボケがはいる始末である。

当初、艦内にも動揺があったが、元々艦内で生活する妖精隊員ばかりなのですぐに元に戻った。

まあ現状把握が第一である事には変わりはないのだが。

日付が変わった頃、一旦全艦浮上し、電池を再充電、艦体の破損状況を再度確認してもう一度潜航して身を隠した。

 

世界最強と言われたイージス艦隊であるが、状況がよく分からない状態で海上をうろつけば、最悪「国籍不明、所属不明の不審艦隊」として問答無用で攻撃される可能性もある。

もし時代が1942年なら尚更である。

 

我々の日本は、この時代の日本ではない。

 

焦っても仕方ないと、こんごうは当直以外の要員を休憩させ自分も私室へ戻った。

ベッドに潜りこみ目を閉じる。あっさりと寝落ちした。

こんごうの特技。

どんな状態でもくよくよせず、あっさりして、どこでも寝てしまえる事(ひえい談)。

 

司令と いずもは、居住区にある司令官私室でのんびりした時間を過ごしていた。

司令と彼女は防衛大の先輩と後輩である。

ちなみに、こんごう達は一般高校卒業後(とは言え、艦娘の子ばかりの女子高であるが)

艦娘士官候補生試験を受験し士官となったので別コースである。

 

司令はリクライニングシートに寄り掛かり、コーヒーを飲みながら、

「しかし、完全に孤立したな? どことも連絡がつかない」

 

いずもも対面のシートに腰掛け、その長い色白の脚を組み、

「まさか、本土と米国が核攻撃を受けた可能性は?」

 

司令は、

「それは考えたよ。でもいきなり攻撃するか?そもそも常時衛星監視してる時代だぞ。動きがあれば直ぐにわかる。大気のモニターも異常はない」

 

すると いずもは声を潜め、

「となれば、あれはやはり?」

 

司令は腕を組み、

「ああ、間違いなくあれは“門(ゲート)”だな。横須賀のくそ婆にやられたかな?」

 

いずもは少し表情を硬くしながら、

「まさか、大巫女様や姫提督が絡んでいるのですか?」

 

「少なくとも、二人がゲートの予兆を掴んでいたとすれば何となく辻褄があう。お前に こんごう達最新鋭イージス艦、自立補給機能の あかし。これだけあればこの時代のどんな国とも戦える。いや国どころか当時最強だった深海凄艦ともな」

 

いずもはじっと司令を見つめ、

「しかし、何の為に自分たちをこの時代に?というか、ほんとにここは私達と同じ次元なんですか?」

 

いずもの指摘に司令は、

「おっ!そこは考えなかったな。次元そのものが違うという事か?」

 

「似て非なる全く異なる歩みを進む時代かもしれませんよ?」と答える いずも。

 

「おっ、いきなりゴ〇ラとかキ〇グギドラとか出てくるなんてなのは、無しだぞ」

 

「それでは、自衛隊が年中、怪獣と戦ってるみたいじゃないですか」と いずもはやや呆れて答えたが、司令は真顔で、

 

「おお、もしゴジ〇がでてきたらどうする? あれって90式とか効くのかな?」

 

「もう。妄想逃避してると、現実に引き戻しますよ!」といい、右腕を伸ばし司令の頬をつねった。

 

司令は遠慮のない いずもの攻撃に一瞬たじろぎながらも、

「まあなんにせよ、事は慎重に進めんとならんな」

 

「はい、司令」

 

司令はデスクの上に置かれた時計を見た。

「さて、今日はもう遅いそろそろ寝るか」とゆっくりと立ち上がった。

 

それに合わせ いずもも席を立ち、そして、

「では、お休みなさい。司令」と挨拶したが、

 

司令は少し残念そうに、

「おっ、今日は一緒に寝てくれないの?」とちょっとふざけて言ってみた。

 

意外に冷静な いずもは司令の腰に手を回し、その細くしなやかな白い右手の人差し指でそっと唇をなぞる。

そして、胸元までゆっくりと指を下した。

 

「私と寝ると、後が大変ですよ。し・れ・い」

そう言うとあっさりと手をほどき、ドアから出て行った。

 

廊下に出て、いずもはひとり、

「まだまだ私も子供ね」と呟き自室へ静かに向った。

 

いずもの後姿が私室から消えてから、

「ちょっとからかい過ぎたな」と言いながら、司令は私室据え付けの金庫を開けた。

 

中から一冊のファイルを取り出す。

ファイルの封印をナイフで切り、中身を確かめた。

 

司令はこのファイルを受け取った時の事を思い出していた。

それは、佐世保基地を出港する直前に佐世保地方総監の海将から呼び出された。

出頭し、会議室へ案内されるとそこには海将ではなく統合幕僚監部艦娘運用課長の こんごう課長が待っていた。彼女は事実上の自衛官艦娘のトップである。

 

敬礼しながら挨拶をしたところ、席を勧められた。

会議用のテーブルをはさむようにして、二人して着席した。

彼女は、階級は同じ海将補であるが、経験も人望も厚い先人である。

 

席に着き自分から、

「出港直前に、こんごう課長自ら何でしょうか?娘さん(こんごう)の件ですか?」と聞いてみたが答えは予想通り、

「司令、私は公私の区別はわきまえています」とぴしゃりと言われた。

 

「では?」と再び問いただした。すると こんごう課長は、持参したアタッシュケースから何かを取り出した。

 

「これを」と一冊のファイルを渡された。

そして司令の眼を見て、

「もし演習期間中に、何らかの形で外部と連絡が取れなくなった場合開封しなさい」

 

運用課長の目を見て、

「理由は聞くな、と言う事ですか」と訊ねてみたが、

 

「流石、いずもが見込んだ漢だけはあるわね」と言われた。

黙ってそれを受け取ると、ゆっくりと席を立って退室しようとした時、椅子に座ったままの こんごう課長から

「あの子達をお願いね」と静かに声を掛けられた。

その声は上司の声ではなく、子を案ずる母の声であった。

その声を聞きながら、足早に会議室を後にした。

 

 

 

デスクの上にファイルを置き、そっと開封したファイル開く。

一番上の表紙の右上に「機密」と朱色の文字が大きく書かれている。

そして、いくつかの指示が記載され、右下に承認者の覧に書かれた数名のサインを見て、

深く息を吐いて天井を眺めながら一言、

「自分のような若造には荷が重すぎませんかね、“くそ婆に姫提督”」

そう呟き、散々な一日はようやく終りを告げようとしていた。

 

 

 

 




架空のイージス艦を考えた時、全く想像が出来なかったので あたごさんを
参考にしましたが、最新のステルス艦はあれはナンデスカ?って思うのは私だけしょうか

2016年10月16日
以前よりご指摘いただいておりましたので、文章を一部加筆し修正致しました。
 

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