分岐点 こんごうの物語   作:スカルルーキー

19 / 81



「先人はその行いをもって後人を導くと考えておる」

「久しぶりですね、巫女」

「儂のこの身に変えてでも 海の安泰を掴む 望みはそれのみ」



18.進水

 

 

パラオ泊地 2階 会議室兼臨時指揮所

 

こんごう達が出港した後、山本 三笠と泊地提督、自衛隊司令はこの会議室へ移動していた。

本来の泊地指令室は 提督執務室であるが、ここ数日の対潜活動などの経験から、ある程度の指揮、分析が出来る場所が必要であるという事で、この会議室が臨時の作戦指令室となっている。なお本格的な指令センターは 自衛隊宿営地に陸自妖精によって建設中である。

 

会議室壁面には 自衛隊が持ち込んだ大型の液晶パネルが数個並んでいる。まず一つには、パラオ泊地を中心とした半径 300km圏域のレーダー情報が表示されている。これは防空当直艦のきりしまのCIC情報を表示してある。勿論 数日前にドローンで撮影した、島の写真情報や3次元レーダー情報を複合的に表示できる。

その他のモニターには 泊地のカメラ映像や、各艦艇の位置情報が表示されている。

自衛艦隊所属艦については 燃料、弾薬などの主要情報が表示されていた。

 

山本や三笠達は 自衛隊が持ち込んだリクライニングシートに座り、椅子を鳴らしながら 由良艦隊が オーストラリア船団へ接触する情報を見ていた。

 

山本は

「この情報量は 凄いな。まるで直ぐそこに戦場があるようだ。」と唸った。

 

パラオ泊地提督も

「はい 長官。この仕組みがあれば、我々は戦場の常識を 劇的に変化させる事ができます。今まで見送るだけでしたが、これで彼女達に責任を押し付ける事は無くなります。」

 

三笠は

「ふん、紐付きというのが 気に要らんが、まあこれが有れば、無駄な動きも減る」

 

すると山本が

「以前 いずも君が、海軍省でお茶を飲みながら、前線指揮ができると言っていたが、実際 体験すると納得できるな」

 

自衛隊司令は、

「山本長官、今回は 電波の到達範囲内の情報ですが、我々の時代は この仕組みを全地球レベルで達成しています、日本にいながら大西洋のど真ん中にいる艦隊へ 数分で指示を出す事も可能です」

 

「昔から 戦争をするには 人、物、金と言ったが、それに情報か?」と山本が問うと、

 

「はい 長官、米軍はこの情報を多角的に分析する能力を飛躍的に向上させました、例えば 暗号解読です、我々の次元では1941年以降 日本海軍の暗号はほぼ米軍に解読され情報が筒抜け状態でした、日本海軍は 砲火を交える前に既に丸裸状態です」

 

「やはりな、我が軍は その辺りの認識が乏しい」

 

すると三笠は

「では 我が軍の暗号情報は? すでに米国に解読されているという事か?」

 

「そう考えるべきと思います、昨年末に失敗した真珠湾攻撃、なぜ米国海軍は真珠湾にいなかったのか、現地米国人だけ脱出に成功したのか? なぜあそこに深海凄艦の艦隊が居たのか?」

 

暫し黙る山本達

 

自衛隊司令は続けて、

「今回の件もそうですが、米国は自国海軍の損害を最小限にしようとしています、その為には 日本海軍と深海凄艦の情報分析が最優先のはずです」

 

「我々は 情報戦という見えない戦いに、これから対応しなければならないと言うことか」

 

「その通りです 長官、諜報だけでなく、それを分析、対応を練るという事です、そして」

 

「そして?」

 

「その戦いは 我々だけではなく、日本国内の関係者、あるいは米国、そして深海凄艦 関わる全てを 巻き込まなくては意味がありません」

「我々は 何処へ向おうとしているのか! その意思の統一が 前提です」

 

「意思の統一」という山本

 

「その通りです長官、統一した意思の為には、統一した判断基準が必要です」

 

「統一した判断基準?」

 

「はい、我々 自衛隊にはすべての行動に関する判断基準があります、それは“国民の生命と財産を守る”です、基準は国民なのです、我々は行動する際、それは国民を守る事になるのか?という事に重きを置きます」

 

すると三笠は

「これは 手痛い指摘じゃな、イソロク、今の日本には その基準が無い、たた漠然と前を進んでいるに過ぎん」

 

すると

「世界の安定は、日本国民の生命と財産の安定という訳か? 司令」

 

「その通りです 長官、世界の安定なくして 日本の安定はあり得ません、国際社会の中の日本であるという自覚こそ、こんごう達に強く求められる自覚でもあります」

 

山本は 深く息をして

「ただ行ってこい! では済まされない時代になったという事だな」と静かに語った

 

 

 

由良を旗艦とした対潜部隊と公試を終えた金剛は、民間船団護衛という任務を果たし 夕焼けに染まる パラオ泊地へ帰還してきた。

由良は 泊地に入る前に 艦隊を解き、はるなは艦隊を離れ、泊地外部の自衛艦隊 停泊地へ向う。

はるなの後方を航行していた金剛であるが、なぜかそのまま はるなの後方を航行し、結局 泊地内からタグボートを呼んで、護衛艦 こんごうの隣へ投錨した。

 

金剛曰く、

「こんごうちゃんの士官に レーダー等の使い方を指導してもらうのに近い方が 便利」という事であったが、本心は 単に こんごうの隣へ並んでみたかっただけである。

 

夕日にそまる 2隻の同じ名前を持つ艦、その目指す所は 海の安泰、それのみである。

 

こんごうは 報告の為に内火艇で司令部へ向った。

既に由良達も司令部の2階の臨時指揮所へ向い、山本達へ今日の対潜活動及び金剛公試の結果を報告した。

 

山本からは、公試と船団護衛をねぎらってもらい、自衛隊司令から明日のスケジュールを通知され、解散となった。

 

こんごうは 退室しようとした際、部屋の片隅にある碁盤に目がとまった。

「碁盤ですね、どなたが?」と誰にともなく聞いてみると、自衛隊司令が

「済まないな、皆が帰還するまでの間 俺と三笠様で 一局打っていた」

 

「で、結果は?」

 

すると、司令は

「コミなしで、6目差で負けたよ、完敗だな」

 

こんごうは 驚きながら

「凄いですね、流石三笠様、彼方の次元の三笠様もお強かったですけど」

 

「ほう こんごう殿は囲碁を嗜むのか?」

 

「はい 三笠様、まあ嗜む程度ですが」

 

「では 儂と一局願おうかの」と席に着く三笠

 

「では お願いいたします」といい 同じく席に着くこんごう

 

すると いずもが

「こんごう この時代はコミの規則がないから、気を付けなさい。」

 

「えっ そうなんですか、う〜 コミなしで三笠様と勝負、厳しい~」

 

すると 三笠は

「なら 先手の黒はこんごう殿でどうじゃ、その代わり置き石は無しじゃ」

 

「では お願いします」といい 一礼してこんごう、先手黒で始まった。

こんごうは 左辺の星、星と打ち、まずは地を固めて行った

 

三笠はそれを追従する形で白を打つが、

“80年も経つと かなり打ち方が変わるものじゃな、星打ちか? 厳しい一手になりそうじゃ!”

しかし こんごうの3手目は三笠の意表をついた

碁盤の中央、天元である。

 

“なに? 天元じゃと!”

三笠は視線を 盤面からこんごうへ移した、いつもと変わらぬ 優しげな、こんごうの表情である、しかし、視点は 天元の一石を見ていた。

三笠は 腕を組み、暫し長考にはいる。

 

それを見た 司令といずもは

「司令、これは長くなりそうですね」

 

「ああ そうだな、どっちが勝つと思う?」

 

「私は 三笠様ですけど、司令は?」

 

「おれも三笠様だな、こんごうは負けるが 勝つという所か?」

 

それを聞いた 山本は

「すまんな 俺は 将棋は分かるが 囲碁は全然分からんのだが、司令 “負けるが勝つ”とはどういう意味だ?」

 

するといずもが

「山本長官 こんごうの黒石を 深海凄艦だと置き換えてください、すると見えてきますよ」

 

山本は暫く碁盤を眺めていたが、

「なるほど、右辺の上部は アリューシャンか! その下部は この付近の事か!

では 中央が!」

 

自衛隊司令が

「そうです、ハワイ、その右横の黒は ミッドウェーです、こんごうは この一局を通じて、深海凄艦対日本海軍を再現しています」

 

すると山本は

「三笠は 気がついているのか?」

 

「ええ 間違いなく、今はまず右辺下のこのミクロネシアの戦いを止める事に集中しているようですね」と冷静に答えるいずも

 

室内に 石を打つ音だけが 淡々と響いた。

戦いは 右辺上部へと移る、ここはやや黒 こんごうが有利となった。

 

こんごうは 紛れを求め 戦場を番の中央へ移した。

 

三笠はここで悩んだ、天元のハワイを抑えるか! それとも その横のミッドウェーを叩くか!

腕を組み、長考し 盤面を見る、ここまで こんごうが手堅く進むのを見て、ハワイを囲み、ミッドウェーを無力化する! 次の一手を打った。

すると こんごうは 三笠の動きに合わせ 天元であるハワイ攻防を遮断しようと動くが、すでに時は遅く、三笠の天元の囲いこみが早く、ハワイは孤立した。

 

その後 数手打ったあと こんごうが長考し、そして

「ありません」と頭をさげ 自らの負けを認め 中押しで 三笠が勝った。

 

いずもは

「こんごう いいの? まだ中盤でしょ? よせで挽回できるのでは?」

 

すると こんごうは

「確かに まだ打てますが 手数が進むほど不利になる事は変わりありません」

 

「見切ったという事ね」

 

「はい 副司令、これ以上 利はありません」とこんごう

 

三笠は ゆっくりと姿勢を戻し、山本振り向くと

「イソロク! 儂は決めたぞ! こんごう殿を連合艦隊参謀として迎える!」

 

それを聞いた山本は慌てて、

「三笠、どういう事だ?」

 

「わからぬか? この戦い 儂が勝ったのでは無い! 勝たせて貰ったのじゃ!」

 

すると こんごうは

「三笠様、そこまで大袈裟ではありません、私が目指したのは 6:4で負ける事です」

 

山本は

「6:4で負けるとは?」

 

すると いずもが

「長官、良く碁盤をご覧ください。確かに三笠様が目算で勝っていますが、こんごうは ハワイ、アリューシャン、そしてミクロネシアでも要所は押さえています。きちんと要所を押さえてあれば 例え負けてもその後の復興は早いものです。こんごうは 負けた後の事を考えていた訳です。」

 

それを聞いた三笠は

「今の連合艦隊に そこまで思慮深い参謀が居るか! 皆 勝つことばかりに目が行っておる、問題は勝った後じゃ、いかに立ち直り 次に備えるか! こんごう殿なら出来ると儂は思うが」

 

するといずもが

「三笠様、こんごうを引き抜かれると、ひえい達が怒りますよ?」

 

三笠は

「なら うちの金剛と入れ替えという事ではどうじゃ!」

 

返事は 意外な所から来た

「お断りします! こんごうさんは 我が二水戦の嚮導としてお迎えします!」と背後からいつの間にか 陽炎が割って入った

 

すると いずもが

「こんごうさん、男にはモテないみたいですけど、艦娘にはモテますね」

 

「アハハ...」と答えるのが精一杯のこんごうであった

 

結局 こんごう争奪戦は 三笠と陽炎の争いとなったが、いずもの

「まあ そのうち 決まりますよ」という玉虫色の言葉で決着がついた

 

 

翌朝、パラオ泊地は朝から大忙しであった。

今日は あの戦艦 三笠の進水式である

 

こんごうを始め、ひえい達、そしていずも、司令も早朝から準備に追われていた。

単純な進水式なら身内で慎ましくも出来るのだが、今回は相手が悪かった。

事は数日前に遡る。突然、パラオ司令部を地元の族長の長が訪ねてきた。

元々 このパラオ泊地を建設する際に、土地の提供などで世話になった事もあり、泊地提督と由良が対応したが、族長の長は開口一番に

「海神の巫女の長である、三笠様にお会いしたい」と言い出したのである。

 

提督と由良は慌てた。なにせ山本と三笠がここに来ている事は 秘密のはずである。

しかし 落ち着いて考えみれば それは無駄な事であった。

当の本人が 毎日の様に 泊地内部を歩いている、おまけに泊地内部には 現地採用の地元民もいる、そうなれば三笠が来ているという事はあっという間に 外部へ漏れる。

ここパラオは 海洋信仰があつい地域だ、海神の巫女である艦娘は 彼らにとっては、神の使い 粗末にできない存在であった。

 

泊地建設当初 用地取得に関して提督が交渉していたが、中々 族長からいい返事がもらえない日々であったが、ある時 由良が、

「私は 長良型4番艦 艦娘 由良、扶桑の国 海神の巫女として、この地域の海の安泰は私達が 守ります、どうぞ泊地建設にご理解下さい」といった所、

族長の長は、

「あの東郷提督が率いた、戦艦三笠を長とする 艦娘艦隊がこのパラオに来てくれるなら、ぜひお願いしたい」と態度を一変させた。

 

要は、彼らにとって日本海軍というよりは、あの強国ロシアのバルチック艦隊を打ち砕き,その後のロシア帝国崩壊の引き金を引いた 東郷提督が率いた艦娘艦隊が来る!という事実が重要であったのだ。

 

当時 既にパラオ近海は 深海凄艦の脅威が日増しに増しており、輸送船団だけでなく、近海の漁船すら襲われ 全く対抗手段がない状態であった。

そこへ 艦娘艦隊が来るのである、島民は皆 喜んだ、しかし一部の族長は日本の統治をよしとせず頑なに拒んだのだ、パラオ提督は

「頭越しに 統治したところで 生み出すのは、憎しみだけだ、ここはじっくり行こうじゃないか」といい 対話路線で臨んだ。

 

泊地開設当初は由良、睦月、皐月だけであったが、その後陽炎が加わり、由良達は精力的にパラオ周辺海域の巡回を行った。時には深海凄艦の前衛部隊と遭遇し砲撃戦になる事も多く、皆、小破、中破になる事も多くあった。

しかし、着実に近隣海域から 深海凄艦の脅威を排除し、約束通り 周辺海域の安全を確保したのだ。

 

傷つきながらも 日々 帰還して来る彼女達を見た、族長達は

「日本軍は まだ信用できないが海軍、艦娘艦隊は信用していいのではないか、彼女達は約束を守った」という意見が出始め、次第に泊地と和解し始めた。

 

その頃、鳳翔が 無理矢理 赴任させられて来た、提督は鳳翔に対し、

「君の経験を買って、主計局をお任せしたい、現地採用についても全権を与える」といい、

積極的に現地人を採用した、彼女は 採用した現地人に教育を行い、地道に指導し、泊地の各所で働く有能な人材を育てた。

 

今では そのうち数人が パラオ自治政府へ出向し 要職として働いている。

着実に 日本軍パラオ泊地は パラオ諸島を近代化する基礎として機能し始めていた。

 

そのパラオ族長の長が 三笠への面会を求めて来たのだ、提督は

「う〜ん やはり予想しておくべきだったか?」と後悔したが、

由良の

「提督さん、ここはパラオですから、彼らの眼を盗む事はできませんよ」と言われ

結局 提督は三笠への面会を仲介した、山本は どうやら三笠のおまけ扱いである、

 

会議室へ 案内された族長の長は 三笠の前まで来ると 跪き、

「海の神の使い、艦娘の長である 戦艦三笠様にお会いでき 光栄です」と挨拶した。

 

三笠は、

「パラオ族長の長、久しいの、まあ堅苦しい挨拶は無しじゃ、さあ席へ」といい手を取って 席を薦めた、

パラオ族長の長は席に着くと 山本へ

「連合艦隊 山本長官 日頃 パラオ艦隊には近隣海域の治安維持 感謝しております」

 

すると山本は

「微力ながら 努力しております、今後とも 皆をよろしくお願いいたします」と挨拶した。

 

三笠は

「族長の長 今日は何用で?」と問いただすと、

 

族長の長は

「三笠様、聞くところによると、三笠様は このパラオで新しい艦を建造されていると言うではないですか」

 

すると三笠は隠す事もなく、

「ああ、その通りじゃ。このパラオの資源を使い、儂の新しい艦を作っておる。現地工廠要員もよく働いてくれておる。感謝する。間もなく進水するぞ」

 

族長の長は

「三笠様 ぜひ進水式は わがパラオの民も同席させてください、パラオで生まれた戦艦 三笠! これほど島民に生きる勇気を与えるものはありません」

 

暫し 三笠は考え

「泊地提督 それは可能か?」

 

泊地提督の答えは、

「はあ、しかし 百名単位で泊地内部へ入るとなると 警備だけでなく色々と問題がありますが」

 

三笠は

「なんとか ならんかの?」と言うと

 

不意に会議室のドアが開いた、そこには自衛隊司令といずもがいた。

「済みません、立ち聞きするつもりはありませんでしたが、その件については我々もご協力しましょう」と自衛隊司令が言った。

 

三笠は

「司令 頼めるのかの?」

 

すると司令は

「はい 三笠様 島民の皆さまの事は自衛隊でお預かりします」といい

 

いずもは

「司令、これで あれがようやく処分できますね」

 

「ああ これで艦内が広くなるぞ」と笑顔で言った

 

 

進水式当日、早朝より いずもに同乗している、陸自妖精隊員100名はグリーンの夏制服に現地語で“案内”と書かれた 腕章をつけ、泊地の入口から 三笠進水式会場まで 誘導員として 立っていた。勿論 式典なので、武装はしていない。

 

泊地の入口から 式典会場までは ロープが張られ、あちこちに これも現地語で“順路”と書かれた矢印がたち、部外者が他の場所に立ち入らないようにしてある。

 

式典会場の横のテントには “警備本部”と“案内”と書かれた看板がたち、ひえいが無線機片手に 陣頭指揮をとっていた。

 

 はるなは 鳳翔のお手伝いで、朝から食堂に詰めている、きりしまは まさかの為に自艦で 対空および対水上警戒を行っていた。

そして こんごうは、本部テントの中で朝からボード片手にぶつぶつと何かを呟いていた。

そう 彼女は 今日は進水式司会進行役なのである。

 

早朝から 地元島民が集まってきた。

中には隣接する島々から 漁船や手漕ぎの船で来る者もいる。

あっという間に泊地の係留桟橋は一杯になった。

 

そして その島民が見た物は!

 

泊地奥の工廠、海岸線に隣接するスロープ、パラオの日を浴びて輝く巨体、造船台に乗せられた真新しい艦。

 

全長 150m、全幅18m、横須賀にある船体にくらべやや全長を増し、全幅を絞った艦影、遠目でみれば 往年の戦艦三笠をそのまま再現している、特徴的な艦橋、大きな2本の煙突、そしてマスト。

 

しかし 近くで見るとかなりその差が際立つ、主砲は 前後に一門、40口径30.5センチ連装砲ではなく、オート・メラーラ 127 mm砲である。

船体側面の副砲は廃止されているが、その変わり、Mk 32 短魚雷発射管が 装備されている。

艦橋部分も形は 旧三笠のままだが 高さが増し、大型化されている。

そして艦橋の前面 側面には左右に2カ所 白い板の様な物が貼り付けてあった、同様のものが後部にもある。

対空兵器として 20mmCIWSを 左右の側面に2機装備していた。

 

ただし 三笠の希望で VLSと90式SSMは搭載されていない

これには 理由があった、まあ本人は「儂は 砲と魚雷さえあればよい」といっていたが

三笠は立場上、諸外国の要人を迎えたり、または歴訪する事がある、その際 余りにも高度な兵器を搭載していては機密上問題になりかねない。

 

その代わり、司令部機能としての通信、レーダー等はほぼフル規格の物が搭載されている、以前 こんごうが言った「成りは 戦艦三笠、中身は護衛艦 あきづき」である。

 

その真新しい船体を見た島民は皆 唸った、中には手を合わせて日本式に拝んでいる者までいた、それほどこの艦の存在は大きいのだ。

 

 

三笠は既に 新造艦の艦橋にいた。

早朝から鳳翔に手伝ってもらいながら井戸水で禊を行い、はるながこの日の為にと 仕立て直してくれた、提督服を着て、艦橋の艦長席に座り、じっと瞑目しながらその時を待っていた。

ふと 脳裏にあの日、そう1905年 5月27日の事を思い出していた。

当時、ロシア帝国海軍、第2、3艦隊 通称バルチック艦隊はウラジオストクを目指していた、もしバルチック艦隊をウラジオストクへ入れてしまえば 日本海の制海権は絶望的となる、また北の海にいた深海凄艦の動きも活発化する恐れがあり、日本としてはどうしてもこれを阻止する必要があった。

 

日本は当初からこのバルチック艦隊の動向を注意深く見ていた。

これには 当時 同盟関係にあった英国の情報が大いに役に立った。

この当時から英国には世話になっておる。

 

1905年 初頭 東郷と儂、そして姉上は、明治天皇に拝謁する機会を得た。

そこで陛下は、東郷に連合艦隊と刺し違えてもこのバルチック艦隊を阻止せよと命じ、東郷もそれに答えるべく万全を期していく事をお約束した。そして陛下は儂と姉上を傍へ呼び寄せ、

 

「船の魂と心を交わす事のできる 口寄せの巫女として、二人を戦場へ出さねばならぬ、誠に申し訳ない」といい

 

東郷へ、

「二人に傷ひとつ 負わせるでないぞ」ときつく言われた。

 

東郷は、姿勢を正し、

「はっ この老体にかえましても、巫女殿には傷ひとつ つけさせません」と、強い決意をあらわにした。

 

陛下は 儂らの頭を撫で、

「無事に帰ってくるのだぞ」と 優しい笑顔で送り出された。

 

皇居の廊下を歩きながら、東郷は儂らに

「巫女殿、まあ軍艦に乗り、戦場へ向うのに、巫女服のままというのも締まらん、そこでだ、そなた達の為に服を用意させた」といい 海軍神社へもどると、そこには東郷が着ていた提督服と同じ服が二人分用意されていた。

 

「巫女殿達は 連合艦隊旗艦、そして次艦の口寄せの巫女である。それなりの階級をもっていてもよい」と、大将に準ずる扱いにするように通達を出したのである、

こうして、艦娘の基礎は着実に築き上げられていった。

 

東郷と儂ら連合艦隊は バルチック艦隊を迎え撃つべく、拠点を朝鮮半島の鎮海湾へ移し、連日の猛訓練を行った、儂も姉上も連日の訓練に同乗し、艦の魂と会話しながら、この訓練をこなした、その頃になると、儂らも大方の事が分かるまでになっていた。

 

そして運命の1905年5月27日 早朝

連合艦隊に「直ちに出港用意」と命令が下された、儂は 露天艦橋にいる東郷へ、

「東郷司令長官、参りましょう、三笠 準備できております」と告げた。

すると東郷は

「では 諸君、連合艦隊出撃する」と、前方を見た。

 

航進を起こし、出港する三笠で 東郷は、

「今日は波が高いな」といったが、それを聞いた 三笠の艦魂は儂を通じ、

「長官、三笠は 大丈夫と言っております」と答えた。

それを聞いた東郷は、

「三笠が言うのであれば問題ない」と、一路対馬海峡を目指した。

 

午後2時過ぎ、遠方に黒煙を見る、敵バルチック艦隊を発見!

ほぼ2列縦隊とも3列縦隊ともとれる状態で 団子のような感じであった。

東郷は

「奴ら、慌てておるな」と、言いながらやや左舷取舵をとり反航戦の体形をなした。

 

すると東郷は 参謀に、

「Z旗を揚げよ!」と命じた。

 

マストに揚がるZ旗!

事前に全艦に配られた信号簿では「皇国ノ興廃、コノ一戦ニ在リ。各員一層奮励努力セヨ」と記載されていた、艦内に緊張がはしった!

 

すると、三笠の魂が 儂に、

「この三笠、この旗の元、扶桑の国を守ってみせます」と語りかけてきた、

 

儂も

「三笠、私と共に、この国を守りましょう」と答え、体に力が満ちるのを感じたものじゃ。

 

両艦隊の距離 1万を切っても 東郷は動かなかった。

バルチック艦隊の先頭艦から 砲撃が開始されても、東郷は動かない。

 

敵の照準の精度が徐々にあがり、砲弾が三笠へ降り注ぎ始め、被弾数が増え始めた、参謀が

「長官、巫女様、艦橋内部へ避難して下さい!」と進言したが、

東郷は

「構わぬ!」といい、儂も

「三笠と海神が守ってくれます」と、そのまま露天艦橋で指揮を執った。

 

相対距離が8000を切った時、東郷は右手を大きく左へ指示した!

 

参謀が、

「取舵ですか!」と確かめたが、東郷はそのまま 敵前で回頭する、取舵約150度を指示した、露天艦橋で操舵手が舵を一気に切る。

 

船体を軋ませながら、回頭に入る三笠、副砲では 右舷砲撃に備え、砲手が一斉に移動し始めた、ふと三笠から

「姉さまは 大丈夫?」と聞かれ、後を振り返ると次艦の姉上も回頭を開始していた。

 

「三笠、姉上も回頭しているわ 大丈夫」と答え、

 

「もうすぐ仕掛けるわよ、今は砲戦に集中して」と言うと、

 

三笠の艦魂は

「大丈夫、巫女と長官がいるなら」と答えてきた。

その時 儂は初めて、艦の魂と心を同調させるという意味を知ったような気がしておった。

 

敵前大回頭、これは偶然にそうなったのではない。

以前行われた黄海海戦での丁字戦法失敗の教訓を生かし、敵単縦陣の先頭艦の動きを抑えなければ、効果的に同行戦へ移行できない。

その反省から 東郷や秋山が考えだした作戦であった。

 

その頃から先頭艦である儂と、逐次回頭で動きが鈍くなった殿の日進へ砲撃が集中し始めた。

 

そして 1発の砲弾が艦尾へ着弾した、突然 三笠の艦霊が

「巫女、舵が効かない! 操舵機構の一部を破壊された!」と叫んできた!

 

「三笠 大丈夫?」

 

すると三笠の艦霊は

「舵は動くけど、操艦できない!」

 

同時に 操舵手が、

「艦長! 舵が効きません!」と叫んだ!

 

東郷は唸った

「まだ回頭半ばだ! ここで戦列を離れるわけにはいかぬ!」

 

続けて降り注ぐ砲弾、破片が露天艦橋にも飛び込んで来た!

甲板には、負傷した水兵の姿がみえる、中には既に絶命した者もいる。

先頭艦である 三笠は集中的に砲撃を受け既にかなりの死傷兵が出ていた。

このままでは 動きが取れない。

 

すると 三笠の艦霊は

「巫女、私の魂を貴方に憑依させましょう、そうすれば、私を自由に意のままに操れます」

 

「三笠、でもそれでは貴方の魂は?」

 

「大丈夫です、私は貴方と一体となって また新しい私を築いていくだけです」

 

儂は暫し考えたが、東郷に向かい

「長官、三笠の魂を 私に憑依させます、そうすれば、三笠は私と一体となり、自由に操艦できます」

 

すると 東郷は

「巫女殿、それはならぬ! 過去に幾たびも魂を憑依させようとして失敗しておる! 仮に成功しても、そちはもう人ではなくなるぞ!」

 

「構いません、三笠と共に新しい道を切り開いて参ります」

 

そう言うと 露天艦橋の最前部へ進み

二礼二拍一礼をし、両手を広げ、高天原に住まう海神に捧げる、祝詞を心の底より奏上した、そして

「高天原に住まう、海神の神々、我は口寄せの巫女、我の魂をもって、戦艦三笠に力を!」と願い奉った。

 

後に東郷から聞いたが、その瞬間 三笠の艦体は青白く光輝き、幾重にも文様が走ったといっておった。

 

儂の人としての記憶はそこで終わった。

 

目を開け、そっと前を見た、左右の海面に バルチック艦隊から放たれた砲弾が振り注いでいた。

「三笠、そのまま取舵を切る!」と儂は命じた、今まで聞こえていた艦魂の声は聞こえなくなったが、その代わり、艦体はまるで自分の手足の様に動いてくれた。

その時 初めて艦魂を憑依させるとはどういう事か理解した、戦艦三笠は もう一人の自分であると。

 

東郷が 横に並び、

「巫女殿 大丈夫か?」と聞いてきたが、

 

「東郷よ、儂はもう巫女ではない、戦艦三笠 その者」と答えた

露天艦橋から甲板を見ると、負傷した水兵たちを 見慣れぬ兵員が運んでいるのが見える。

 

東郷は、

「あの者たちは?」

 

「儂が高天原より召喚した、この戦艦三笠の兵員妖精、艦の使い魔じゃ、艦のすべてを知る、この艦の守り」

 

すると一人の軍服を着た 妖精兵員が露天艦橋へ上がってきた、儂と東郷の前まで来ると、見事な動作で敬礼し、

「戦艦三笠の艦霊より、召喚されました、兵員妖精を統括する者です」と挨拶してきた。

 

「そちはどう呼べばよい?」と儂が聞くと、暫し考え、

「では 副長とお呼び下さい 三笠艦長」

 

東郷は

「巫女殿が 三笠艦長?なのか?」

 

すると副長は

「はい 長官、巫女殿は既に人ではありません、艦の魂を宿す海神の使いです、この三笠は 艦長の命でしか動きません、ですから巫女殿が艦長です」

 

東郷は それまでの艦長の大佐に向かい

「大佐 済まないがこれからはこの艦の指揮は この三笠が執る、いいな」

 

すると艦長だった大佐は

「はい 長官、暫くは補佐をさせて頂きます」

 

「よろしく頼むぞ 大佐」と儂は答え、

「副長! 右舷砲戦用意!」と命じた、一斉に動き出す、妖精兵員、傷つきながらも水兵も砲についた、間もなく回頭が終わる、ふと次艦の姉の船を見た、すると艦橋付近から煙が上がっている!

「艦橋に被弾したのか!」と一瞬目を見張ったが、不意に

「心配するでない、こんなのかすり傷」と姉の声が聞こえた。

この距離で姉上の声が聞こえる、すると姉上も!

 

ここに 戦艦の艦魂を宿す 二隻の艦娘が誕生したのである

 

参謀が 

「間もなく 回頭終了!」と叫んできた。

あいも変わらず バルチック艦隊からは 砲弾が降り注いでいたが、練度が低いのか、この距離でも直撃弾が少ない、しかし時折着弾する度に 体に激痛がはしる、艦と精神を同調さえているのだ、艦が損傷すればその反動を肉体が受ける、着弾の度に襲い来る激痛に耐えながら、必死に正気を保った。

 

「ここで 気を失うわけにはいかぬ!」

苦痛で顔が歪むが、じっと遠方に見える、バルチック艦隊を睨み、その時を待った。

 

バルチック艦隊は 我々に頭を押さえられ、面舵を切り、ダンゴ状態の戦列は否応にも単縦陣へ組み直された、東郷はその瞬間を見逃さなかった!

 

「三笠! 右舷砲戦 始め!」と東郷は叫んだ!

儂は

「副長! 右舷砲戦始め! 遠慮はいらん! 目標 バルチック艦隊 先頭艦!」といい、右手で目標のバルチック艦隊 先頭艦を指示した!

 

副長は即座に 伝声管に飛びつき、

「右舷砲戦始め! 目標 バルチック艦隊 先頭艦!」と指揮所へ伝えた

艦内各所へ伝令が走り、副砲から砲撃が始まった、主砲もゆっくりとであるが目標へ狙いを定め 撃ち方を始めた。

 

当時の儂の主砲は 威力はあるものの、旋回速度が遅く、連射速度も低い、砲戦となればやはり同行戦へ持ち込み、副砲を含む側面火力で押し切るのが一番であった。

儂らはこの日の為に日々訓練を積み上げてきた。標的となった島の形が変わるほど砲撃訓練を繰り返し、数え切れぬほど艦隊運動を訓練してきた。それもこの時の為。

「バルチック艦隊を打ち砕き、日本海の安泰を勝ち取る」その目的の為に日々邁進してきたのじゃ。

 

兵員妖精も水兵も 皆 力の限り弾を込め、炸薬を装填し、撃ちまくった!

どんなに被弾、負傷しようとも最後の瞬間まで 自身の信ずる所、皆力の限り戦い続けた、

そんな中 儂はじっと露天艦橋で 腕をくみ、痛みに耐え、敵艦隊を睨み続けた。

 

ふと気が着くと日は陰り、夕闇が迫っていた。我が日本海軍は打撃は受けているが、

まだ轟沈艦はない。

それに対し相手のバルチック艦隊は、かなりの艦で損害が出ているようだ。

まだ詳細は分からぬが、このままでいけば相手に大打撃を与えているに違いない。

後を振り向くと、次艦の姉上やその他の艦も皆いるようだ。

儂らは一旦 戦場の海域を離れた、遠くに黒煙を吐きながら沈みゆくバルチック艦隊の艦影を見た、中には火災を発生しいまだに延焼している艦もある、甲板上には多くのロシア人水兵が見える、みな疲労し、中には負傷している者、多分甲板上にはもっとむごい者も多くいたろう。

 

夜間に入り、儂らは周囲を警戒しながら対馬海峡を周回する航路をとった。今と違い、夜戦の経験が少なく、ここで下手に戦闘になれば味方打ちしかねない。

昼間戦場となった海域には 水雷戦隊が3方向から夜戦雷撃にはいり、効果がでておった。

 

そして夜があけると 事態はより一層明らかになった。

翌朝 バルチック艦隊の旗艦が 国際法で定められた白旗を上げていた。

ここに 日本海海戦は終わりを告げたのだ。

東郷は 負傷したロシア艦隊の兵士の収容を命じ、帰路へついた。

 

戦果は 東郷始め 皆驚くばかりであった、戦艦など21隻沈没 被拿捕6隻 その他の艦も中立国で拿捕などされ、ウラジオストクへたどり着いたのはほんの数隻であった。

連合艦隊の損害は 夜戦をした水雷艇3隻 と死亡者113名であった。

連合艦隊史上 初めてとなる一方的な勝利であった。

 

帰港後 戦果に湧く艦内で、東郷は 儂と姉上を長官室へ呼び、こう切り出した、

「この度の海戦、ご苦労であった、二人のお蔭で、連合艦隊は勝利を掴んだ、連合艦隊を代表して礼をいう」

 

すると姉上は

「東郷司令長官、儂らは自ら信じる事を行ったまで」といい、儂も同意する意味でうなずいた。

 

「自ら信ずる事?とは」

 

姉上は

「儂らは 人の思惑だけでは、ここまでの力は発揮できん、海神の御加護があってこそ 艦の魂を具現化できる、今回は海神の“海の安泰を守れ”との声を聴いたからこそ具現化出来たのじゃ」

 

「すると 二人は神の使いという事か?」

 

「簡単に言えば そうなるな、儂らは海神の巫女という事になる」

 

すると東郷は

「その“海の安泰を守れ”とはいったいどう言うことなのだ」

 

「今回のロシア艦隊、もし対馬を抜け、ウラジオストクへ入れば、日本海の制海権は混乱を極める、それは北の海に住む深海凄艦の群体を刺激し、この日本海でロシア、日本、深海凄艦の三つ巴の戦いとなる。そしてこのアジアの小国で起きた 小さな波紋はやがて太平洋を越え 世界へ広がる、そして再びその小さな波紋が我が扶桑の国に帰ってきたとき、波は数十倍の大波となって我が扶桑の国を襲うであろう」

 

東郷はしばし腕を組み

「そうなれば、国力の無い我が国はあっという間に飲まれてしまうか」と呟き、

「海神はそれを望まなかったという事か」

 

すると姉上は

「その通りじゃ東郷よ、世界の七割は海である、海で争いが起これば それはあっという間に 陸に住む人を飲み込む、そこに邪心が生まれる、邪心を持った人はまた新たな戦いを起こし、そして戦火を拡大させる」

 

「そして その行きつく先が、世界戦争か」

 

「そう言うことじゃ、我々は 人が人と争う事まで止めようとは思わん、しかし 海はこの世界の安定の鍵なのじゃ、その海の安泰を汚すものは 例え」

 

「たとえ 連合艦隊であったとしても容赦はせんという事だな」と東郷

 

東郷は 自席の椅子にゆったりと掛け直し、暫し腕を組みながら瞑目し、そして

「分かった、お上には そなた達の気持ちは儂から申し上げておく」といいそして

「古来の神話に “七人の海神の巫女”というのがあったが そなた達がその巫女なのか?」

 

姉上は

「あの神話にでてくる “七人の海神の巫女”は 儂らとは別格の上位の巫女である、儂らは 艦の力をもって戦う、精々、戦艦相手が関の山じゃ、しかし神話の巫女は 神を相手に戦ったのじゃぞ、神と同格の魂を持たねばそれは無理」

 

それを聞いた東郷は

「残念だな、しかし神と同格の魂か?」

 

すこし間を置き、東郷は儂らに

「さて そなたらを国民にいかに紹介するかだが、口寄せの巫女ではなく、なんと呼べばよい?」

 

姉上は

「儂らは 艦の魂が具現化した娘、ならば“艦娘”と呼んでいただこう」

 

すると東郷は しばし間を置き、そして 大声で笑いだした、

「かっ 艦娘か、それは良い、男ばかりの海軍に女性がいるとなると、それこそわが海軍の士気も上がろうというもの」そして

「しかし そなた達 艦娘は艦の魂を人に憑依させ具現化したもの、歳は取らぬのか?」

 

それには儂が、

「東郷よ、女子に歳の事を聞くのは 失礼ではないか?」と切り返し、姉上が

 

「儂らは、既に霊体となっておるから、容姿はこのままじゃな、あとは霊体の続く限り具現化する、まあ人よりは長く、数倍は長く意思を持てるから その分長生きはするじゃろう」

 

すると東郷は その答えを待っていたかの様に

「ならば二人に頼みがある」

 

「頼みとは?」と儂が聞くと、

 

東郷は、

「見ての通り、儂はもう歳、現役でいられるのも僅か、しかし今後、我が日本海軍は、その組織力を国力の増加と合わせて確実に増大させていく、そんな中での今回の海戦の勝利、“世界最強と言われたバルチック艦隊”をアジアの小国が打ち払ったとなれば、海軍内部で 増長する者も現れるに違いない」

そして 二人を交互に見て、

「儂に代わり、陛下より賜わりし、日本海軍の行く末を見守って貰いたい」

 

すると姉上は

「儂ら二人に 海軍の御意見番になれと?」

 

東郷は

「その通り、今後の海軍で必要になるのは、広い見識を持ち、自らの力量を知る指揮官であると考えておる、しかし残念ながら我が日本はいまだ発展途上の国、今回の事もそうであるが、“勝った、勝った”と浮かれておる様では 足元から崩れ去ってしまう」

 

そして 席を立ち壁に掛けてある世界地図の前までくると、

「世界に通じる軍人を育成して行くには、5年、10年などいう時間では到底無理、50年、いや100年かかるかもしれん、どんなに時代が変わろうとも、人を育てるのは強き意思を持つ指導者であって機械ではない、先人はその行いをもって後人を導くと考えておる」

東郷は 世界地図の中の日本を指し

「我が祖国は、世界からみればこれほどまでに小さい国家である、資源と呼べる物は殆どない、唯一あるのが、人である、我が国の最大の資源 この“人”という資源をいかに教育し活用していくか それこそが我が日本の活路である」

 

そして振り返り 儂らを見て、

「我が日本海軍の未来、そなた達に託したい」

 

儂と姉上は 東郷の前で 二人揃って

「儂と三笠、艦娘となってまだ間がない、しかし東郷の意思は分かった、これから艦魂の続く限り、この海軍を導いてまいろう」

 

東郷は満足した顔で、

「これで また日本は一歩 先へ進んだ」と語った

 

 

 

三笠は 誰もいない艦橋で 追憶の日々を思い出し、一人静かに口ずさんでいた。

 

至誠に悖るなかりしか

 

言行に恥づるなかりしか

 

気力に欠くるなかりしか

 

努力に憾みなかりしか

 

不精に亘るなかりしか

 

 

 

 

ふと 背後に気配を感じ振り返ると、こんごう殿が立っていた。

 

「三笠様、五省ですか?」と静かに聞く こんごう。

 

「ああ、こんごう殿も知っておったか」

 

「はい、三笠様、海上自衛隊、艦娘士官学校では毎日 下級生の当直がその日の課業終了時に唱和しております」

 

「ほう、海軍兵学校の伝統が そなた達の時代まで生きておるとは、不思議なものじゃな」

 

「三笠様。私達は前世大戦を大いに反省すると共に、自らをいかに律して行くか、日々自問しております。」

 

「そなた達の次元の士官学校の指導者がいかに優れておるか、そなた達を見れば分かる」

 

「しかし、その基礎を築かれたのは彼方の次元の大巫女様や三笠です、先人の方々があるからこそ 今の海上自衛隊、艦娘艦隊があります、感謝しております」といい 深々と一礼した。

 

「東郷の遺言は 守られたという事か」

 

三笠は ゆっくりと席を立ち、こんごうへ

「そろそろ時間か?」と問いただした。

 

「はい、三笠様、皆準備できております」

 

「では 始めるとしよう」といい 艦橋後部の艦内神社の前に立った。

 

こんごうは静かに艦橋を離れ、退艦した。それと同時に船体に繋がれていた各種のケーブルが外され、完全に艦体は独立した。

 

こんごうが離艦するのを確かめ、暫し待つ。

艦の外では命名式が行われており、艦名が公表されている。

島民の驚く声が聞こえる。

 

三笠は提督服のポケットから小さな小箱を取り出した、手にすっぽりと収まる小さな桐の小箱、箱の上面には 菊花紋章が刻まれていた。

大切にその小箱の上蓋を開けると中には 小さな石の様な物が 大切に収められていた。

そっと手で触れると、石の表面に 白く文様が浮かびあがった。

艦の魂を 封じた“艦霊石”

「久しいの、もう一人の三笠よ」といい、その艦霊石を神棚へ置き、再びポケットから、 今日の為に あかしといずもが調整したブレスレットを取り出し、左腕にはめた。

 

姿勢を正し、二礼二拍一礼をし、静かにそして心の底から祈るように、厳粛に高天原に住まう 海神の神々を称える祝詞を奏上した、そして 静かに目を閉じ

「高天原に住まう海神の神々、我は三笠 我の魂を新しき船へ導き給え、戦艦三笠に力を!」と願い奉った。

 

神棚に 収めた艦霊石から、凄まじい光が放たれ三笠を包んだ、そして次第にその光は 艦橋から船体全域へ広がり、艦を包み込んだ。

 

何処からか声がした

「久しぶりですね、巫女」

 

「三笠!」

 

「また 貴方と二人この海を渡り歩く時が来ました、共に海神の御心の元 海の安泰を築きましょう」

 

すると三笠は

「いや 今はこんごう殿の自衛隊、そして連合艦隊 艦娘艦隊がおる、皆で 邪神を払い、この海の安泰を守り抜く! 共に進もうではないか」

 

「はい 巫女」

 

 

同日、横須賀海軍神社 社務所 早朝

 

大巫女は 神殿で朝の祝詞を奏上すると、暫し 神殿の前でたたずんでいた。

そして 何かを感じ取ったのか、直ぐに 背後を振り返ると、

「高雄は おるか⁉︎」と叫んだ。

 

静かに 高雄は現れ

「おはようございます、大巫女様」と朝の挨拶してきたが、大巫女はそれにこたえず、

 

「今、動ける艦娘は何人おる?」と問いただした。

 

「はあ、非番を含め 10名はいると思いますが」とやや困惑気味に答えた。

すると大巫女は

「今直ぐ、記念艦 三笠の前に 祭壇を組むのじゃ、急げ時間が無い!」

 

「さっ、祭壇ですか⁉︎」と慌てる高雄

 

「そうじゃ、もうすぐ“艦霊降ろしの儀”が始まる! 急ぐのじゃ」

 

高雄は 大巫女の気迫に押され、

「はい! 直ちにかかります」と答え、まず鎮守府提督私邸へ行き、寝ぼけて抱きつこうとする提督を 足蹴りして叩き起こし、その足で艦娘寮へ行き、総員非常呼集!をかけ、

「総員、記念艦 三笠の前に集合!」と号令をかけ、素早い指揮で 祭壇を組み上げた。

祭壇の前に皆 整列し 大巫女の到着をまった。

 

暫くして、禊を終えた大巫女が現れ、そして祭壇の前に立つと、

記念艦 三笠をじっと眺め、そして静かに、二礼二拍一礼をし、

厳粛に高天原に住まう海神の神々に捧げる、祝詞を奏上した、そして

「高天原に住まう海神の神々、三笠の魂を新しき艦へ導き給え、戦艦三笠に力を!」と願い奉った。

 

その瞬間、記念艦三笠は 船体を青白く光輝やかせ、その光が消えた時、記念艦三笠の艦体は 横須賀の地より消えていた。

消えた記念艦三笠を見て 艦娘達が騒ぎ始めたが、高雄がこれを制した。

 

鎮守府提督は慌てて

「大巫女様、これはいったい。何が起こったのですか⁉︎」

 

すると 大巫女は

「三笠はまた、新しき艦で 海へ出た」とだけ告げた

 

高雄は 漆黒の書類入れを大巫女へ差し出した。

大巫女はそれを受け取ると、静かに上蓋を外して中から 一冊の書類を取り出した

祭壇へその書類を置くと、静かにそれを開いた。

書類には

「日本海軍 艦娘 艦籍簿」と記載されていた

最初の1頁をめくる、そこには

“日本海軍 敷島型四番艦 三笠 1923年9月20日 除籍”と書かれていたが、

 大巫女はその横に 今日の日付を書き入れ

“日本海軍 パラオ泊地にて 新造艦 戦艦 三笠 進水”と書き加えた。

そして 高雄へ

「高雄、これを二重橋へ、至急陛下にご報告頂くよう、侍従長へ申し上げておくれ」

 

高雄は 艦籍簿を受け取ると その足で二重橋へ向った。

鎮守府提督は

「軍令部にはなんと報告しますか?」

 

「そのまま “じゃじゃ馬が海へ出た”と言えばよかろう」

 

「はあ、まあ何とかしておきます 奴ら慌てますよ、で大臣には?」

 

「奴には、言わずとも分かっておろう」

「金剛の孫達には また迷惑をかける事になりそうじゃ」といい、海軍神社へ戻っていった。

 

 

 

パラオ泊地 工廠 戦艦三笠 進水式会場

こんごうは、新造艦 三笠から退艦すると、艦首前方に設営された式典テントに向かった。

そこには 山本、泊地提督、金剛、由良その後方には鳳翔、瑞鳳、睦月、皐月、陽炎、秋月、長波が並んで座っていた。

そして その後方には パラオ族長達、自治政府の代表などが座っている

 

少し離れた場所に 自衛隊司令、いずも、ひえい、はるながいる

あかしは テント横で計測機器に囲まれていた。

 

パラオの島民は 艦体横のスロープに沿うような形で みな思い思いの場所を陣取り、進水式を 待っていた。

 

こんごうは 山本達の前まで来ると、一礼し

「連合艦隊司令 山本イソロク長官、準備整いました、式を始めさせて頂きます」

 

山本は

「こんごう君、宜しく頼む」とだけ告げた

 

こんごうは 静かに、

「只今より、日本海軍 連合艦隊所属 新造艦 命名進水式を開始いたします」と告げ、

「艦名披露」と言うと、山本が立ち上がり、ゆっくりとした動作で 皆の前に立ち、

 

「本艦を 戦艦 三笠と命名する」と告げた。

 

艦首に掲げられていた白い幕が外され 白地に黒くはっきりと書かれた「三笠」という艦名が掲げられた。

 

「おお、三笠だ!」と地元の民から声が漏れた。

 

そして 最大の難関はこれからであった。

 

こんごうは再び、皆の前で一礼すると、

「連合艦隊所属 戦艦 三笠に 艦霊降ろしの儀を執り行います」といい、泊地内部にサイレンが鳴った。

 

こんごうは あかしの横へ並んだ。

「あかし 準備は?」

するとあかしは

「こちらの用意はいいけど、こればかりは三笠様本人でないと出来ないから こちらはじっと待つしかないね」

 

艦霊降ろしの方法は2種類ある。

一つは、この時代の一般的な手法

戦艦や駆逐艦など 先に艦体を作り、神事を行い、魂を艦霊石に宿らせる、その魂を適性者に憑依さえて、艦娘とする方法である。この方法が確立したのは戦艦金剛からで それまでは 宿った魂を口寄せの巫女が代弁する形で人に意思を伝えていた。

日本海海戦で いきなり三笠が自身に憑依させたのは例外に近い。

この方法で問題になるのは 器の大きさである、艦に宿った魂の霊力を正確に見切り、それに合う適性者でないと、適性者の感応力が不足すれば“精神崩壊”を起こしかねない。

三笠の場合は その器が他の口寄せの巫女より数段大きく、戦艦三笠の魂を受け入れるのに十分な容量があった。

三笠達はその時の経験を元に 艦娘適性者を選んだ。

しかし 最初の適性者は 意外な人物となってしまったが。

 

そしてもう一つの方法

こんごう達の次元で 戦後開発された方法である。

まず 艦霊を宿した適性者を教育する、これは艦娘の子孫が殆どである。

この教育は 海上自衛隊員として基本教育から、幹部候補生教育と幅広い段階で進む、その段階で 数度に渡る適性検査をクリアーした者が最終的に 自衛艦娘となるのである。

適性検査段階で 適性艦種を選定し、国家予算などに合わせて 順次建造を行い、建造後、艦霊降ろしの義を行い 護衛艦に魂を憑依させるのである、即ち逆なのである。

この際 問題になるのが 新規に建造された艦と自衛艦娘の艦魂の同期率である。

上手く同期できるかが最大の問題であり、同期出来ない場合は、通常の有人艦となってしまう。

過去に一度だけ、上手く同期出来ていないのではと疑われた事例があった。

こんごうの件である、しかし彼方の次元の大巫女は 同期できていないのではなく、別の原因があるのでは?と研究したが、原因がはっきりせず、一定の制限を設ける事でなんとか同期させていた。

 

 

静かに 待つこんごう達

すると 艦橋から 青白い光が漏れてきた

「あかし! はじまった!」とこんごうが叫んだ

 

その光を見た地元の族長や島民は皆 まるで神を見るような目で その成り行きを見守った。

 

やがて その光は 少しづつ艦体を覆い始めた、まるで優しく包み込むような暖かい光が、

艦体をゆっくりと覆った、そして次の瞬間 艦体に幾重にも青白い文様が走った。

 

あかしは

「イデア・クレスト確認! 識別 戦艦 三笠と判定」 

「艦体に 艦魂の憑依を確認! 精神同調 現在 80% 上昇中!」と報告してきた

皆 息をのみ 成り行きを見守った。

 

由良は横に座る 金剛に

「一体どうなるでしょうか? 新造艦に魂を逆憑依させるなんて初めて聞きました」

 

すると金剛は 落ち着き払い

「ダイジョウブデス 由良、あの東郷提督のもと、日本海海戦を戦い抜き、その後の海軍を作り上げた方デス、私もあの方に見出され艦娘となりました、信じましょう」といい 光り輝く三笠の艦体を見上げた。

 

山本はじっと腕を組み、瞑目してその時を待っていた

 

あかしの

「同調率 90%!」という声が聞こえた。

するとこんごうは

「同調成功!かな」というと 急にあかしは

「いや おかしい安定しない! まだ上昇してる」

 

いずもが 駆け寄って来た!

「危険水域に入ろうとしてる?」

あかしは

「いえ その兆候はありません、精神同調波長をみる限り、問題ないですけど、何か足らない感じです」

 

「足らない?とは」といずも

 

「あのもしかして、横須賀にある記念艦に少し霊力が残っているのでは?」

 

「あかし! どうなるの?」

 

「今のままでは 不完全な同調となります、運用上性能を発揮できるか 不透明です」

あかしがそう答えた瞬間、

 

パラオ上空に 光が降り注いだ、その光は泊地全体を覆いそして 新造艦 三笠へ集まりだした。

 

いずもとこんごうは 同時に

「来たわ!」と叫んだ

 

降り注いだ光は、三笠を包んでいた光と 混ざり、さらに輝きを増していった。

あかしは

「同調率 98%... 99%」というと暫し黙り、そして

 

「同調率 100%! 完全同調艦です! 初めて見ました! 完全体の艦娘艦体です!」

と興奮しながら叫んだ!

 

やがて光は 静かに艦橋の中に集まり、消えて行った。そこに現れたのは、パラオの日を浴びて 光り輝く戦艦 三笠の艦体であった。

 

こんごう達は声を失った。

通常では90%前後の同調率だ。こんごうに至っては80%台、いずもですら95%。

しかし三笠は100%の完全体である。あかしも初めての体験で興奮状態である。

「よっしゃ! あかしやりました!」とガッツポーズを決めた。

 

金剛は 席に座ったまま

「綺麗デス、魂が清らかだからですね、邪念がなく 真っ直ぐだからこんなに綺麗な艦になりました」というと 横に座る由良が

「そうですね、私達だとここまで出来ません」と答えた すると金剛は

 

「由良は 午後から頑張って下さいネ、幸せになるのデスよ」と優しく微笑んだ

 

その笑顔が意外だったのか由良は 珍しく素直に

「金剛さん ありがとう」と答えた。

 

三笠は 艦橋で ゆっくりと目を開いた。

そして 意識を艦首から ゆっくりと艦尾へ向けた、久々に感じる感触を確かめた。

ふと 自分の体を見た、少し背が伸びたように感じ、また胸部装甲も大きくなったかの?

まあ 艦の性能が上がれば それを表すこの憑依体も成長する、確実に以前より強い力を感じる。

 

そして

「来ておるの、では まいろうか」といい、コツコツと足音をたてながら、艦首へ歩いていった。

 

三笠は甲板に出た、ゆっくり側舷を歩きながら前部主砲の前まで来た

 

そこには 甲板を埋め尽くすほどの兵員妖精が整列して 三笠を待っていた。

三笠は ゆっくりとその兵員妖精の前まで来ると、皆の顔を一人一人見た、懐かしい顔が並ぶ。

一人のカイゼル髭を蓄えた兵員妖精が前へ進み出た。そして

「総員、気を付け!」と号令をかけた。

「戦艦 三笠艦長に対し 敬礼!」と号令し 皆一斉に敬礼してきた。

 

三笠も 皆の顔を見ながら 答礼し、直らせた。

そして

「皆 元気にしておったか?」

すると 髭の兵員妖精は

「はい 艦長、この副長以下、皆 今日の日を待ち望んでおりました」

 

すると三笠は 皆を見て 腰に手をあてがい、

「では 諸君! この三笠 再び、海原へ船出する!」

 

総員 揃って

「はい 艦長!」

 

三笠は、

「我らが なすべき事は なんじゃ!」と問うと、

 

総員一斉に

「海神の御心に従い、海の安泰を築く事です!!」

 

すると三笠は 力強く 右手を前方へ振り、

「戦艦 三笠 進水する! 総員 配置につけ!」と凛と命じた。

その瞬間、皆 一斉に敬礼すると 駆け足で持ち場へ全力で向った。

 

艦首に 日の丸、艦尾には 海軍旗が掲揚された。

 

副長は 三笠に

「三笠艦長、長官よりご伝言を預かっております」といい

 

「東郷からか?」というと

 

「はい 艦長」と答える副長。

 

「何と?」

 

「思い存分、暴れるがよい、高天原より見ておる」との事です

 

三笠は不敵に笑い、

「ふふ、東郷は 儂も戻るとダダをこねなかったか?」

 

すると副長は

「はい、ただ黄泉帰りは 禁忌に触れますので、海神の神々が、なだめすかしました」

 

「ならば 東郷の分も 儂が存分に働くとしよう」といい 艦首へ向った

 

舳先に立つ 三笠。

足元の艦首には 曇り一つなく 磨き込まれた 菊花紋章が輝いている。

 

眼下には 山本達をはじめとする 泊地の皆がいた、

 

三笠が現れた瞬間、

「三笠様!」と 島民から声が上がった、

 

その姿を見た 山本は、愛用の軍刀を持ち静かに席を立った。

前方に設置された、舳先から伸びる式典用の支綱の前まで来ると、

そして 静かに 問いかけた。

 

「三笠、今一度聞こう。そなたの進む道は、険しいぞ。それでも行くか?」

 

三笠は、再び腰に手をあてがいながら、

「知れたことよ 儂のこの身に変えてでも 海の安泰を掴む 望みはそれのみ」

 

それを聞いた 山本は意を決したのか、こんごうを見て、静かに頷く。

 

こんごうが

「進水準備!」と号令をかけた。

一斉に 工廠妖精が、造船台を固定していたくさびを取り外し、退避した。

工廠妖精の長が 緑の旗を上げ 準備完了を知らせた。

 

こんごうが 山本の傍まで近づき、そして、

「これより、連合艦隊司令長官による支綱切断を執り行います、皆様 ご起立願います」

泊地提督、金剛達艦娘 島民代表が起立すると、山本は 愛用の軍刀を抜いた。

鞘を こんごうへ差し出すと、こんごうは 軽く一礼しそれを両手で受け取り、数歩後ずさりし、その時をまった。

 

工廠に 進水の為のサイレンが 鳴り響く、

 

山本は 軍刀を構え、呼吸を整えた、そして力強く、

「三笠 進水!」と言うと、支綱を軍刀で一刀両断した。

 

切れた支綱の先端に 結びつけられた 日本酒が 艦首に当たり、見事に砕け散った。

艦首に飾られていた薬玉が 割れ、中から紙テープと紙吹きが、パラオの風に乗って舞い上がる。

 

あかしが、

「進水海面 安全確認よし! 造船台 ブレーキ解除!」と号令をかけ、

解除の指示をタブレットから行うと、造船台はゆっくりと工廠のスロープを下り始めた。

 

泊地提督、金剛達を始め、軍属が一斉に敬礼し、それを見送っている。

 

「戦艦 三笠! 万歳!!」と 工廠妖精や島民から万歳が起こった

 

泊地内部に待機している、由良をはじめと船舶から、祝いの警笛がパラオに響き渡る。

 

三笠は 舳先に立ったまま、ゆっくりと自身の艦が スロープを滑り水面に入水する感触を確かめた。

そっと 顔を天に向け そして両手を広げ、

「海神の神々、感謝いたします、この三笠 艦魂の続く限り 海の安泰を築き、守り抜きます」と誓いを立てた。

 

 

戦艦三笠の船体が十分に工廠のスロープから離れ、安定した頃を見計らい、待機していた2隻のタグボートが近づいてきた。

素早く側舷に着くと、ゆっくりと工廠の桟橋へ誘導を開始した。

ゆっくりと接岸する三笠。甲板から桟橋に誘導索が投げられ、それに続くもやい綱が引き出され、係留作業が完了した。

桟橋より、ラッタルが掛けられた。

 

こんごう達はラッタル横に整列して 三笠を待った

その後ろには 島民が一目 三笠を見ようと待ち構えていた。

 

三笠は 副長を伴ってラッタルまでくると、

「副長、済まぬが儂は もう一仕事せねばならぬ、後を頼めるか?」

 

「はい艦長、明日の公試の準備、及び基本教練を実施しておきます」

 

「皆には 済まぬな、着任早々で」といい、ふと 桟橋にいる島民に目が移った。

 

一人の女性に目が止まった。ヤシの葉で編んだであろう大き目の日よけの帽子に現地島民がよく着ている服をまとっていた。

「招かざる客もいるようじゃが、今日は祝いの日 大目にみるとしようかの」そう言いながら 静かにラッタルを降りた。

 

桟橋では 自衛隊司令を始め 自衛隊艦隊のメンバーが待ち構えていた。

三笠が 彼らの前まで来ると 司令は、

「三笠様 進水、おめでとうございます」といい 敬礼して来た。

 

「司令、なんと礼を申していいか、本当にいい艦じゃ」といい そして島民を見て、

「見よ、あの皆の喜びようを、これこそが この三笠の存在する意義である」

 

そして あかしの前に進み

「あかし殿、この様な立派な艦を建造してもらい感謝しておる」といい あかしの手を取った。

 

するとあかしは

「三笠様、この艦は自分の力だけでは完成できませんでした、パラオ工廠妖精、自衛隊妖精隊員、そして現地島民の協力で完成したのです、私より彼らを褒めてください」とあかしは 感極まったのか 目に涙を浮かべていた。

 

「この三笠 皆の力で 完成した事を心しておく、本当にありがとう」と固く あかしの手を握った。

 

そして いずもへ向い そっと

「どうやら 招かざる客も おるようじゃな」と囁いた、

 

いずもは、

「お気づきになりましたか、いかがいたしましょうか?」

 

「まあ 今日は 祝いの日じゃ、そのまま何もせぬなら 放っておいてよい」

 

そして

「では 本日 最大の祝いの席へ向うとするか」といい こんごう達を伴って歩き出した。

 

 

同日 トラック泊地 連合艦隊 参謀長室

 

宇垣は 書類に目を通しながら、大淀が入れたお茶を飲んでいた。

先日まで、決裁書類に埋もれていたが、結局 艦娘秘書課へ丸投げした所、精査が厳しくなったと噂が広まり、書類は激減した。

今は 日々の業務に関する報告 決済で済んでいる。

 

ドアがノックされた。

大淀が 返事をすると、通信妖精が電文をもって入ってきた。

それを宇垣に渡すと

「パラオ泊地司令部からの通知です」といい 退室して行った。

 

電文を見た宇垣が 一瞬 手にもっていた湯呑を落としそうになった。

 

それを見た 大淀は

「どうされました? 参謀長?」

 

「大淀、大和の横の係留ブイは まだ空いていたな?」

 

「はい 武蔵さんが来た際に使用するつもりで開けてありますが」

 

すると宇垣は

「すまんが 至急 整備させておいてくれ 近日中に使う」

 

「えっ 武蔵さんが来るのですか?」

 

「いや、それよりもっと怖い艦だ、多分日本海軍で 1、2を争うじゃじゃ馬だよ」といい あきれ顔で電文を大淀に渡した。

 

それを見た大淀は 次第に顔面蒼白となり

「ほっ 本当ですか⁉︎」

 

「だろうな、パラオの由良は真面目だから 冗談でこんな電文をよこさんよ」

 

「金剛さんの悪戯とかじゃないですよね」

 

「あいつが あの方の名前を使ってそんな悪戯をしてみろ、それこそ問題だぞ」

 

「では 至急準備します」

 

すると参謀長は

「当日まで これは伏せておいてくれ」

 

「参謀長?」

 

「ふふ、これは面白い事になりそうだ」と 不敵な笑いを見せた。

 

「もう 知りませんよ、その姿を見て 気絶する子がでても!」と呆れて、部屋を後にした。

 

 

トラック泊地に暴れ馬が来るのは、もうしばらく後の事であった。

 

 




こんにちは スカルルーキーです

分岐点 こんごうの物語を 読んで頂きありがとうございます

今回は 三笠様が主役です、次回は 別の艦娘です。
いったい、いつになったら パラオ編が終わるのか?
作者は とっても不安です。

お気に入りなど 登録して下さいました皆様 ありがとうございます、今後も 細く長く頑張ります。

では 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。