【完結】桜な日々   作:冬月之雪猫

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第二十話「聖杯戦争」

 令呪が消えた。それが意味する事を理解した時、私は泣き喚いた。さっきまでお笑い番組を見て笑っていた私の豹変ぶりにお姉ちゃんが困惑しているけど、気遣う余裕などない。

 キャスターが消滅した。

「イヤだ!! イヤだイヤだイヤだイヤだ!!」

 いつも優しくしてくれた。私の為におじさんの体を治してくれた。

 彼女といつまでも一緒に居たいと思った。それが私の祈りだ。

 おじさんやキャスターやセイバーやモードレッドといつまでも一緒にいたい。こんな私に優しくしてくれて、幸福になって良いと言ってくれた人達とずっと……。

「ど、どうしたの? 桜?」

 お姉ちゃんが心配そうに声を掛けてくる。

「うるさい!!」

 私はその手をはね除けた。ショックを受けた表情を浮かべる彼女に目もくれず、外に飛び出そうとして、おじさんに止められた。

「どこに行くつもり?」

「キャスターの所よ!!」

 分かり切った事をどうして聞くの?

「……キャスターはもう」

 聞きたくない。

「離して!!」

 会いに行くんだ。私を置いていくなんて事、絶対に許さない。

「キャスターはずっと私と一緒にいるの!! セイバーもモードレッドもみんな一緒にいるの!! もう、一人ぼっちは嫌なの!!」

 魔力で身体能力を強化し、おじさんの手を振りほどく。今の私は一流の魔術師にも引けをとらない技術の魔力量を有している。

 魔術師としては欠陥品もいいところなおじさんなど相手にならない。

 私は拠点を飛び出した。キャスターの居た所を目指して必死に走る。

「キャスター!! キャスター!!」

 孤独(ひとり)にしないで。

 傍に居て。

 キャスター(おかあさん)……。

 

 新都に続く冬木大橋まで辿り着いたところで息が上がった。魔力は潤沢でも体力には限りがある。魔術で誤魔化すには素の身体能力(スペック)が低過ぎる。

「キャスター……」

 それでも歩みは止めない。彼女に会いに行く。彼女の顔を見る。彼女に言う。私と一緒にいて下さいとお願いする。

 母親には二度捨てられた。もう、イヤだ。私だって、優しくしてくれるお母さんと一緒にいたい。他の何よりも私を優先してくれる人。いつも見守ってくれる人。

 彼女を失うくらいなら、私は……ッ!

「――――そこで止まれ」

 首筋に冷たい感触が走る。それが刃物の感触だと少し前に身を持って教えられた。

 近くのミラーに皓々と輝く月輪に照らされた暗殺者の姿が浮かぶ。

 白い髑髏が嗤っている。

「……誰?」

「お初にお目にかかる。私はアサシンのサーヴァント、ハサン・サッバーハ。此度は主殿の名代として、御身の身柄を預かりに参りました」

「主殿って?」

「直ぐに分かります。もっとも、その頃には既に貴女の存在は――――」

 ハサンの言葉が不自然に途切れる。招かれざる客が現れたようだ。

「桜ちゃんを離せ!!」

 最悪だ。これ以上、最悪な事などない。

 セイバー亡き今、彼を守る者は誰もいない。

「逃げて、おじさん!! 私の事はいいから!!」

「そんなわけにいくか!! 桜ちゃんを離せよ、テメェ!!」

 相手はサーヴァントだ。アサシンは最弱のクラスだが、それでも人間の手には余る超常の存在。

「やめて!! お願いだから、逃げて!!」

 私の言葉で止まる人じゃない。そんな事、とうの昔に分かっている。

 それでも叫ばずにはいられない。

「お願いだから逃げて!! 私に構わないで!!」

 泣き叫ぶ私におじさんは語りかけてくる。

「無理だよ、桜ちゃん」

 彼は言った。

「桜ちゃんをここで見捨てられるくらいなら、端からこんな戦いに参加していない」

 知っている。分かっている。それでも逃げて欲しい。

 なのに、彼は走ってくる。戦う手段なんて持っていない癖に勇ましく声なんて上げちゃって……、拳を振り上げている。

「――――貴様は要らない」

 アサシンはおじさんに向けて短刀を投げ放った。 

 サーヴァントなら当然のように避けられる一撃。だけど、人間の目では決して捉え切れないスピード。短刀はおじさんの胸を貫いた。深々と突き刺さり、そこから夥しい量の血が出ている。

「あっ……、あっ……」

 頭がどうにかなってしまいそうだ。繋げたラインを通じて、彼の命の火が徐々に弱くなっていく事が分かる。分かってしまう……。

「イヤだ!! イヤだよ!! こんなのイヤだ!!」

 喚く私の首にアサシンが手を当てる。すると、意識が遠のいた。

 駄目だ。ここで意識を失ったら、おじさんと二度と会えなくなる。

「桜!!」

 闇に落ちる寸前、お姉ちゃんの声が聞こえた。

 ヤメテ……。もう、ヤメテ……。

「連れて行って……。どこにでも、何でもいいから……」

 それだけを必死に呟いた。もう、誰も奪わないで……。

 

 ◇

 

 気付けば、見慣れた空間に横たわっていた。

 両腕両足を鎖に繋がれている。

「……ああ、そういう事ね」

 気にも止めていなかった。最初の日以来、ずっと姿を見せなかったから、いつの間にか忘れていた。

「思ったより早い目覚めだな、桜」

 蟲が集まり人型を創り出す。

 間桐臓硯。この呪われた屋敷の主が私を見下ろしている。

「ここまでよく頑張ったな」

 好々爺然とした微笑みを浮かべるおじいちゃん。

「お姉ちゃんは……?」

「それを知る事に何の意味がある?」

 初めて、この老獪の事が忌々しく感じた。今までも酷い事を何度もされてきたけど、ここまでの感情を抱いた事はない。

 それは彼が曲がりなりにも私を求め、私と一緒に居てくれたからだ。だけど、この人の目は私を人間として見ていない。

 キャスターやおじさん達とは違う。

「……私をどうするつもり?」

「ほう……。そのような顔も浮かべるのだな。これは愉快。アーチャーの不意を突くために貴様の肉体を貰い受けるつもりであったが……、思わぬものが見れた」

「アーチャーの……?」

「然様。ヤツの真名は衛宮士郎。数奇な運命だ。幾つかの未来でお前は衛宮士郎と出会い、関係を結ぶ事になる。それが家族止まりで終わるか、恋仲になるかは分からぬが、ヤツにとって無視出来ぬ存在となるのだ。最後に残ったサーヴァントがアーチャーである事に一度は焦りを覚えたものだが、お前がヤツの弱点になり得る事が分かった」

 そういう事か……。

 そんな事の為におじさんを傷つけたのか……。

「おじいちゃん」

 目の前の老獪は本体だ。彼自身の知識が教えてくれる。

「なんだ?」

「バカじゃないの?」

 迂闊にも程がある。アサシンが気配を殺して傍に居るのかもしれないけど、近づき過ぎだ。

 魔術回路を励起させる。

 

――――アナタの知識が教えてくれた使い方だ。存分に味わえ。

 

 虚数空間を部屋一面に広げる。私自身もその内側に潜り込む。

「私の肉体を奪う? 違うわ、おじいちゃん。アナタの全てを私が奪うの」

 声を上げる暇も与えない。令呪を使われては厄介だし、もったいない。

「いただきます」

 その存在を喰らい尽くす。肉片を一欠片も残さない。その魂まで全て吸収する。

 知識はもはや不要。その全てを魔力に転換し、令呪だけを奪い取る。

「令呪をもって命じる。アサシンよ、主替えに賛同し、私の命令に従え」

 二画の令呪を使った後、虚数空間から出ると、アサシンが闇から現れ跪いた。

「私に従ってくれるわね?」

「……御意のままに」

 ラインを通じて、おじさんの死を悟った。

「……まだよ。まだ、終わっていない」

 まだ、聖杯がある。聖杯に望めば、どんな願いも叶う筈。

 なら、勝てばいい。残るサーヴァントはアーチャー(エミヤ)のみ。

 おじいちゃんが言っていた。今の私の存在は彼の弱点に成り得る。

「さあ、聖杯戦争を始めましょう」


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