【完結】桜な日々   作:冬月之雪猫

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第十七話「傾国の魔女」

「いやー、それにしても久しぶりだね、お姉ちゃん!」

「……うん」

 非常に気まずい。教会から引き上げた時、お姉ちゃんも拠点に連れて来た。

 十中八九、私達のお父さんは危機的状況にいる筈だからだ。

 セイバー(アコロン)のマスターは間桐雁夜(おじさん)

 アーチャー(エミヤ)のマスターは衛宮切嗣。

 ランサー(ディルムッド)のマスターはケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 ライダー(イスカンダル)のマスターはウェイバー・ベルベット。

 アサシン(ハサン)のマスターは言峰綺礼。

 そして、キャスター(モルガン)のマスターは間桐桜(わたし)

 残っているマスターは遠坂時臣(おとうさん)だけ。つまり、ファニーヴァンプのマスターは彼という事になる。簡単な推理だ。

 教会で聞いた話やファニーヴァンプの能力を合わせて考えると、少なくとも洗脳状態に陥っている事は確実。お父さんに預けられない以上、お姉ちゃんの身柄を手放す事は出来ない。聖杯戦争も佳境に入り、どの陣営も本腰を入れ始めている筈。特に衛宮切嗣が危険だ。彼は人質を取ったり、建造物を爆破したりとやりたい放題。イリヤちゃん経由で私とお姉ちゃんの関係を知られている可能性がある以上、お姉ちゃんの人質としての価値はべらぼうに高い。

 だから、キャスターやおじさんに懇願して、一緒に居させてもらう事にしたわけだけど……。

「えっと、そうだ! オセロやらない? チェスでもいいよ?」

「……うん」

 お姉ちゃんのテンションが果てしなく低い。罪悪感とか後悔とか、そういう負の感情が駄々漏れになっている。

 ジーザス。こんなネガティブシンキングはおじさんだけで十分だ。

「お姉ちゃん、元気出してよ! ほらほら、可愛い桜ちゃんがダンスでも踊ってあげようか!?」

 自分でも意味不明になって来ているけど、とにかくお姉ちゃんの機嫌を取る為に必死だ。

 歌ったり踊ったり、色々試した。

 結局、お姉ちゃんはピクリとも笑わない。

「……お姉ちゃん」

「ごめん……。ごめんね、さくら……」

 会話にならない。逆レイプした直後のおじさんとどっこいどっこいだ。

 いい加減、一人の力に限界を感じておじさん達に視線を向ける。ところが、おじさんはキッチンに篭って何かを作るのに夢中みたい。

 キャスターとセイバーは帰って来てからずっとイチャイチャし続けている。当の本人にはそんなつもりなど無いのだろうが、愛を囁き続けるアコロンにつれない態度を取りながら頬を緩ませる姿は見事なツンデレだ。まったく頼りにならないけど、思いの外可愛いキャスターの姿にちょっと癒やされた。

 最後の頼みの綱であるモードレッドは思いっきり顔を逸らした。

 ジッと見つめていると徐々に冷や汗を流し始める。

「ねえ、モードレッド」

「……ヒュー! ヒュー!」

 下手くそな口笛を吹き始めた。

「……モッさん!」

「誰がモッさんだ!?」

 出会って数時間しか経っていないけど、なんとなく彼女がチョロい子だと分かった。

 反応してしまった事に後悔しているモードレッドの傍へ駆け寄った。

「ねえ、お姉ちゃんを元気にするにはどうしたらいいのかな?」

「……そう言われてもな」

 困り顔になるモードレッド。頬を掻きながら、大きくため息を零し、そっと立ち上がった。

「あー、おっほん。おい、お前」

 モードレッドはお姉ちゃんに声を掛けた。

「あんまり妹に心配掛けんなよ」

 頼った相手を間違えた気がする。この上、更にネガティブ要素を上乗せしてどうするんだ。

 頭を抱えそうになっていると、意外にもお姉ちゃんの瞳に少しだけ光が戻った。

「……桜」

「な、なにかな?」

 お姉ちゃんは意を決したように言った。

「どうして、怒らないの?」

「はえ?」

 お姉ちゃんは泣いていた。

 

 ◇

 

「恨んでいる筈でしょ?」

 こんな事、言うつもりじゃなかった。だけど、一度動き出した口は意思に反して止まらない。

「養子に出された時、私は何もしなかった……。出来なかったじゃない……、何もしなかった」

 情けなくて、自分が嫌になる。

「あの男に自分の身を差し出す事も出来なかった……」

 守らなきゃいけなかったのに、守られた。

 眼球を抉られ、骨を砕かれ、絶叫を上げる桜を見て、私は只管怯えていた。

 助けようなんて気にもなれず、ただただ、自分の番が回ってくる事を恐れていた。

「……なのに、どうして?」

 ヤメロ。今すぐ、その口を閉じろ。

 私は自分に言い聞かせた。だけど、止まってくれない。

「どうして、そんな風に笑っていられるの? どうして、私を責めてくれないの!?」

 今すぐ、この女(わたし)を絞め殺してやりたい。

 この期に及んで、桜の事を責め立てるなんて、どうかしている。

「……あっちゃー。ごめん、お姉ちゃん」

 私の口は漸く動きを止めた。二の句を継げなくなったからだ。

 頭の中は真っ白。だって、謝られる理由がない。

 謝罪するべきは私の方だ。一方的に謝罪と感謝の言葉を告げて、彼女に責め立てられるべき立場だ。

「何を言って……」

「いやー……、ちょっと空気が読めてなかったって言うか……。というわけで――――」

 桜は拳を握りこみ、腰を落とした。

「桜……?」

「お姉ちゃん、覚悟!」

「え?」

 さすがに予想外だった。私の体は空中に浮き、地面を転がった。

 殴られたのだ。それも相当キレのある拳で。

 痛くて、視界が真っ白。鼻筋にぬめりとした感触がある。どうやら、鼻血を出しているみたい。

「さあ、お姉ちゃん!」

 私は体を震わせた。もっと、何度でも殴られるべきなのに、それが恐くて仕方がない。

 最低だ。涙が止まらない。

「今度はお姉ちゃんの番だよ!」

「え?」

 桜が私の手を掴んで立ち上がらせる。

「カモン!」

「え? え?」

 困惑する私を尻目に桜は両手を広げている。

 何をするべきなのか分からない。困った私は近くの大人に助けを求めた。

 確か、桜は彼女をモードレッドと呼んでいた。

「一発殴れ。それで、全部終わりにしろって事だ。……なんか間違ってる気がするけど、確かに手っ取り早いな」

「な、殴れって、そんな事出来るわけ……」

「お姉ちゃん!!」

「ひゃい!?」

 桜が私の肩を掴んだ。怖い表情を浮かべている。

「私の不満はさっきの一撃に全て詰め込んだよ。次はお姉ちゃんの番」

「わ、私に不満なんて……」

「あるでしょ! だから、さっき色々言ってくれたじゃないの! だから、それを全部篭めて、かかってこいや!」

 わけがわからない。私に桜を殴る理由も資格もない。そんな事をするくらいならいっそ……。

「お姉ちゃん!!」

 桜は言った。

「姉妹は喧嘩をするものなんだよ! それとも、お姉ちゃんは私の事が嫌い? お前なんか妹じゃない! とか、そんな感じ!?」

「そんなわけないでしょ!! 桜は私の……大切な……」

 手放した癖に何を言っているんだろう……。

「お姉ちゃん!!」

「ひゃい!?」

 桜に両手を掴まれた。昔から、結構アクティブな性格なのよね……。

「私は今も昔もお姉ちゃんが大好きだよ!」

 顔が真っ赤になった。真正面からそんな事を言われたら言葉が出て来ない。

「お姉ちゃんも私の事が嫌いじゃないなら、全部解消する為に殴り合おう!」

「……やっぱ、どっか間違ってる気がするんだよなー」

「モードレッドは黙ってて!」

「……お前から巻き込んできた癖に」

 ぶつぶつ言いながら引っ込むモードレッド。対して、桜はなにやら構えのようなものを取っている。

「私は……」

「ええい、お姉ちゃんの根性無しめ!! 永遠のぺちゃぱい!! 元祖ツンデレ!! 英霊トーサカ!!」

 何故だろう。わけの分からない罵倒がやけに神経に触る。特に英霊トーサカ辺りに物凄い苛立ちを感じた。

「お前のカーチャン、でーべそ!」

 別にその言葉で怒ったわけじゃない。ただ、それが彼女の望みなんだとわかった。

 迷ってる私に必死に手を伸ばしてくれている。なら、いつまでもウジウジしてはいられない。

 私は彼女のお姉ちゃんなんだから……。

「それを言ったら、アンタの母ちゃんもでべそでしょうが!!」

「もぎゃ!?」

 思いっきり殴った。思いの外スカッとした。

「やったな、お姉ちゃん!!」

 ケリが飛んで来た。滅茶苦茶痛い。完全に本気の蹴りだ。

「やったわね、桜!!」

 私も遠慮無く全力の拳を叩き込んだ。

 周りの大人達がオロオロしているけど、私達は互いの事しか目に入っていなかった。

「大好きだよ、お姉ちゃん!!」

「私も大好きよ、桜!!」

 クロスカウンターが互いの顔にクリーンヒット。

 私達は倒れ伏した。

「……っふ、さすが私のお姉ちゃん。マジで痛い……」

「あはは……。吐きそう……」

 雁夜おじさんがキッチンから出てきて私達の惨状に大慌て。

 キャスターは呆れた顔で私達を治療してくれた。

 

 ◇

 

 いきなり喧嘩を始めた時はどうなるかと思ったが、思いの外良い方向に進んだようだ。

 我がマスターは時折妾の想定を超えてくる。嫌な意味で……。

 雁夜が腕によりを掛けて作った料理をバクバクと食べている姿は幸の薄さを全く感じさせない。無理をしている様子はないし、あれは姉や雁夜の為に演じているのではなく、単に素なのだろう。

 桜は良い子だ。そして、強い子だ。あの子が泣く時は大抵雁夜の為だ。雁夜が苦しむ姿に胸を痛めて泣き、自分の事では一切苦悩の表情を見せない。

 齢十にも満たない幼子がそこまで強くある必要など無かろうに……。

「桜……」

「なーに?」

 もう、十分不幸な目にあった。これ以上、この子に辛い思いをさせたくない。

「聖杯に託す望みは決まったか?」

 戦いが長引けば、また要らぬ苦痛を味わう事になるかもしれない。

「えっと……、うん」

「そうか……。それは良かった」

 聖杯戦争を終わらせよう。

「アコロン。後で話がある」

「……はい」

 準備は整えてある。敵の居場所も把握している。

 中国のことわざに《人事を尽くして天命を待つ》というものがある。

 長い事監視を続け、各マスターの能力や性格を完璧に理解した上で立案した策。兼ねてから準備して来たソレがもう直完遂する。カインを討伐した事で多少の修正が必要になったが、ほぼ完璧な状態だ。

 ファニーヴァンプを敢えて取り逃がした事、ウェイバー・ベルベットに《あのアサシン》をサーヴァントだと判別出来ないようにした事、全てこの為だ。

 言峰綺礼はしっかりとファニーヴァンプを補佐し、衛宮切嗣とアーチャーを支配下に置いた。後は何も知らずにライダーを手に入れようと動くだろう。アサシンが切り札になると確信しているが故に……。

 今宵、決着をつける。残る全てのサーヴァントを殺し尽くし、聖杯を手に入れる。


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