世界樹の迷宮 光求めし者達   作:鞍馬山のカブトムシ

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三話.傍観者

 エドワードは、ジャンベに長鳴鶏の館の留守を任せた。

 

「大船に、とまではいきませんがお任せください。皆さんの吉報をお待ちしておりますよ」

 

 青と緑のストライプ模様が組み込まれた機能と装飾を兼ね備えたベストにズボン、つばのない円筒形えんじ色の帽子、頭を短く刈り込み、肌と同じくらい艶やかに煌めく黒い眼、くるぶしはやや突き出て鼻は平たいが、どこかしら愛嬌がある顔付きであり、物腰柔らかい黒人の青年。

 彼はホープマンズで年齢も経験も一番浅い。チーム内ではバードという職業柄、演奏や歌による戦闘補助、および荷運びなどで活躍している。

 エドワードは彼を最後の一人。六人目の仲間として引き入れたのは戦術の幅を広げるためでもあり、預かり役の者が欲しくなったためでもある。

 冒険者はその職業上、いついかなる命を落とすか知れたものではない。

 特に、ホープマンズのように常に上を目指すパーティにとっては、いざというときは遺書や遺産を分配してくれるような者でもいれば、心置きなく地下迷宮へと挑戦できる。

 もう一つは、エドワード自身がジャンベをお気に召したのだ。放浪の身で、しかも飢えに苦しんでいるような者の眼差しは殺意と不満と絶望で血走り、不用意に近寄るのは危険だ。昔の自分のみたいに。

 あの戦火で宛なく彷徨う自分は獣同然で、人の死体さえ喰いかねなかった。結局、喰う機会は来なかったが。

 ジャンベはどう見てもそういう立場の人間であるが、目からは今だ、活力と理性が失われていない。

 エドワードは金鹿の酒場からの依頼で、エトリア第二都市ソロル・エトリア(ソロルとは、ラテン語で姉妹のこと)を馬で訪れた際、ギターという見慣れもしなければ聞き慣れもしない楽器で演奏する青年を見つけた。彼は自らをジャンベと名乗り、新天地で一花咲かせるために低賃金の労働船に乗り込んだと話した。

 理由はない。運命の糸というか、会うべくして出会ったというべきか。エドワードは直感した。ここで彼を誘っておかなければ、遅かれ早かれ、他の者が彼を引き入れるだろう。そのとき自分は、腕前の良い、将来性のある者を誘わなかったこと大変悔やむことになるだろう。バードが何となく欲しいと思っていた今、彼はピタリと条件に当て嵌まる。

 彼の演奏の匠さと透き通るような歌声。厳しい生活の中でも失われてない瞳の光。青年の愛嬌ある顔付きと裏にある燃える欲の炎と堅固な意志を見てとり、彼を気に入り、冒険者にならないかと誘った。

 甘い言葉で誘い出し、低賃金で働かせようという魂胆があるのではないかと。

 むかし、彼の兄は美女と人の良い顔をしたお年寄りに騙されて酷い目に遭い、ボロボロになって帰ってきて、病気を患い亡くなった過去がある。ジャンベは初め、エドワードを警戒した。

 エドワードはジャンベの猜疑心を感じとり、誠意に懸命な説得に当たった。

 

「ジャンベよ。あんたの演奏の腕前に、その透き通る歌声は素晴らしいが、ここではいくら歌っても、物好きで心優しい奴がコインを一枚投げ入れてくれりゃ上等だ。どうだ、ジャンベ。俺と共にエトリアに来て、冒険者として共に戦ってくれないか。俺はあんたに背中を任せられない。その代わり、俺があんたの背中を守る。私はジャンベその人が欲しくてたまらないのだ」

 

 聞きようによっては、危ない発言にも聞こえる。馬から降りた当人は一切、周囲の好奇と変なものを見る訝しげな目など一向気にせず、ジャンベを説得しつづけた。

 目の前の大きな体躯の黒馬の綱を携えた麦色頭の男は本当に堂々としており、説得のさなか、ちらと投げかけられた問いかける矢のような視線にジャンベは射竦められた。男の言葉や表情に嘘はなく、人の良さそうな笑顔を浮かべず、熱意ある真剣な眼差しで男は本気で自分を冒険者として誘っていた。

 ジャンベは男を一応信用して付いて行ってみることにした。都市部の外まで行くと、男は乗れと、ジャンベが馬に乗るのを手伝う。彼はジャンベの後ろに座った。

 

「彼はブケファラス。彼もまたメンバーの一人だ。重い鎧冑を身に付けていない痩せたあんた一人ぐらいなら楽に運べる」

 

 ブケファラスの足は速く、ジャンベの顔に薄ら寒くなった風がまともにあたる。エドワードとジャンベはブケファラスに鞍に揺られて、マター・エトリア(ラテン語で、母を指す言葉)に到着した。二人は高さ三七フィート程度(十一メートルぐらい)もあるアジロナ外壁の門を潜り、エトリア本都市に入った。

 宿に着くと、エドワードは歓迎されたが、マルシアを除く三名はジャンベに冷たい目を向けた。

 利益配分と戦術と安全性。この三つの観点からして、冒険は五人で挑戦するのが最上とされている。ゆえに、六人目を受け入れるようなパーティはそうない。

 それをこのリーダーは自分たちに断りもなく新顔を連れてきたのだから、ロディム、コルトン、アクリヴィがジャンベに良い顔をしないのも無理はない。

 

「あんたのしんぴ眼は信じているが、これは容赦できねぇな。できることなら、一言相談してから連れてきてくれ。それとも、こいつはお馬屋の見習い小僧かい?」

 赤茶けた眼に青髪の男が即刻、開口一番荒げた。

 

 審美眼をしんぴと言い間違えたのは、ジャンベが来る前ではチーム内で一番若かった青髪の剣士ロディム。ロディムの審美眼という表現は間違っているが、突っ込むのも面倒臭く、誰も間違いを訂正しなかった。

 エドワードはロディムの噛み付くような口調を気に留めず、こう返した。

 

「お前さん方の不安はおおいにわかる。だがな、俺がこれまで身勝手なことをそんなにしてきたか? 数えるほどしかなかろう? しかも、それらの殆どはきちんと清算したつもりだし、後腐れもない。今回のこの判断、今はお前たちからすれば見る目も落ちたものよと思うかもしれんが、いつか、君たちはこの青年ジャンベの存在をありがたかるだろう。ほら、尽きぬ話は鳴きそうな胃を収めてからにしよう」

 

 ジャンベは夕餉(ゆうげ)の席でコルトン、ロディム以外の者に気に入られた。ロディムが意地悪して提案した即興の歌詞もアレンジしてこなし、長鳴鶏の館の夕餉の席を大変賑わいただせた。

 その席で、マルシアはこっそりとロディムに審美眼の使い所が間違っていることを教えた。

 ジャンベはメンバーに弓、剣術、冒険の心得や樹海物(じゅかいぶつ)の採取の仕方を学んだ。望めば、算術、字の読み書き、ついでに挨拶の仕方も教えられた。ジャンベは半年後、試験を与えられた。本人には内緒のうちに。

 その試練は至って簡単なもの、五名が冒険に行っている間、ジャンベがちゃんと預かりの役を果たしているかどうかだ。

 六人目を雇い、その六人目を宿に残していたら、金目の物を取られてもぬけの殻だったという話はよく聞く。メンバーは探索中、怪物への恐怖よりも、築き上げた財産が根こそぎもっていかれやしないかと冷や冷やした。

 一応、隠し財産の場所までは教えなかったが、エドワードとマルシア以外は、諦念の思いに駆られた。

 期待しないまま宿へ直行すると、ジャンベが透き通るような声で五人を迎えた。エドワードは笑顔でジャンベの肩を叩き、「合格だ」と告げたが、ジャンベには何のことかわからず首を傾げた。

 それ以降、二度ほど同じ試験を繰り返したが、ジャンベは勝手に金を持ち出さなかったりしなかったので、コルトンはもちろん、頑固なロディムもようやくジャンベを信用した。

 今日もこうしてジャンベに留守を任すのは、彼を信頼している証でもあり、今日自分たちが行く三階層十五階に巣食うと噂される怪物は、最近になって三階層十一階に連れて行けるようになった程度の腕前のジャンベでは心許ない。

 適度な緊張を保ち、意気揚々と出発する先輩メンバーの背をジャンベは見送った。

 ジャンベは部屋に戻り、ベッドに腰掛けるとギターをつま弾いた。がさつで、欲深で、どこまでも冷酷であり、意外にも優しく、仲間思いの彼ら。血こそ繋がってないが、ここに来て心を許せる数少ない者たちである彼らの生還を祈り、ジャンベは静かな調べを弾いた。

 

 

 

 この二年の間の蒼き樹海における探索を一言で表せば、労働。

 断層と断層のずれにより地震は生じるが、ちょうどそれと同じように、樹海内でもずれが起こる。樹海の場合、揺れは世界樹の根っこと根っこの動きで生じる。それは毎年のことではなく、二十年から五十年に一度の間隔で揺れは生じる。

 揺れ自体は大したことはなく、地上にさしたる被害はないが、地下では、主に冒険者たちにとっては大損壊だ。

 この揺れで地形、要は今まで地図に記してきたことの大半が無駄になる。揺れが起きたのは五年前。

 一階層はそこまで地形は変わらなかったが、二階層の変貌ぶりは酷く。当時、ホープマンズを含む二階層探索パーティは骨身を削って探索し、新たな地図を作成した。二階層でそれだから、三階層も当然そうということになる。

 思った通り、三階層も以前の地図はあまり役に立たなくなり、先代の冒険者が築いた道の大半も泥と水の溜まりに化していた。

 三階層自体はそんな複雑な地形ではないが、滔々とうとうと阻むように水がたたえられて、道はぬかるんだ。移動するには小舟か、冒険者たち自らの手で池や川や湖に橋をかけたり一部を土で埋める必要に迫られた。

 固まるとその分、樹海の生物が大挙して襲う可能性がある。このときにはそんなことをぬかしている場合ではなく、三階層探索組の冒険者たちの大半は探索よりも土木工事に時間を割いた。

 また揺れがきて、工事するなんて御免こうむりたい。怪物がどんなものであれ、ホープマンズとしては今日の探索で四階層の樹海時軸を開通させたかった。

 縄で括られた巨大スイレンに頑丈な木の板をかけて渡り、アクリヴィが雷の術式で小島周辺の水生生物を追い払った短い隙に五名は小舟に乗り込み、十五階へと通じる固い土と石で固められた四角形の台地に足を下ろした。

 

「もう、小舟を運ぶのも漕ぐのも勘弁したいね」

 

 小舟を地に降ろし、板金鎧と装備を外す守りの要であるコルトンがぼやいた。

 エドワード、マルシア、アクリヴィの三名で手際よく小舟を解体して、五人で小舟の部品をそれぞれ分担して担ぐ。この小舟のせいで、持ち帰れる荷も一、二階層のそれよりも減少した。

 今日は途中、二本足で立ちはだかる鰐を除けば、敵対視して襲ってくるような輩もたいして多くなかった。

 こういう日の探索は案外いけるものだ。危険で見通しが利きにくい二階層とは異なり、三階層を満たす水の殆どは口にできる。五人はしばし、ここで休息した。

 エドワードが青緑(ろくしょう)のマントを羽織って立った。それを合図に、他のメンバーも無言で装備と荷を背負い上げた。

 暗黙のうちにコルトンとロディムが先頭、アクリヴィとマルシアが中間、エドワードがしんがりを務め、ホープマンズはいざ十五階へと降り立った。

 今日こそは、この上も下も文字通り青々とした世界から脱け出したかった。

 

 

 

 私の役目はここで奴らの動向を探り、必要とあらば、彼の力で不届き者を滅する。気持ちの良い事ではないが、一族の平和を守るには、こういう汚れ仕事も不可欠。実際に遂行するのは聖獣である。聖獣にこの言葉は失礼だな。私は見て、伝え、労い、世話をするだけで、自らの手は汚さないのだから。

 ここ最近、計十人の不届き者どもがこの地に立ち入った。私は彼の力をもってして奴らを葬り、その一人をメッセンジャーとして生かした。が、どうやらメッセンジャーを生かす意味はなかったようだ。またしても、奴らは恥じることなくこの地まで降りてきた。

 溜め息を吐いた。仕方ない。また一人だけ生かして、今度は私自らが生かした一人に直接我らの意志を伝えよう。一応、奴らと同じ言葉は僧侶殿から教えられたからな。話せないこともない。

 この前とその前の不届き者も先頭を行く者は鉄の着物で全身を覆いつくてしていた。今回も動揺であり、鉄の着物で全身を覆う者は先頭を石橋を渡るような慎重な足取りで近づいてきた。彼の目に怒りが宿った。飽きもせず命を落としにくるとは、忌まわしい太陽の光を浴びることができるご身分でありながら、つくづく強欲な者どもよ。

 

「神鳥よ。神官よ。不死の巫女よ。どうか、一介の斥候役であり、蒼き聖獣の世話役を亡き父から継いだ私と聖獣に大地の(さち)が賜われんことを」

 

 彼は笛を吹いた。その笛は犬笛のような作りであり、人間や他の生物には届かず、一定の対象にしかその笛の音は聞こえない。

 今日も聖獣の腹に収められることにより、罪人の魂は清められるだろう。彼は知る術がなかった。

 もしも、五人の一番の後ろを行く者が彼の同族として生まれれば、きっと名だたる伝説の狩人(ハンター)として伝えらるほどの実力を備えた生まれも育ちも生粋のレンジャーとは。

 彼だけではない。

 幾度の戦を生き抜いてきたしぶとき傭兵の男。斧と剣を棒切れのように振り回せる戦士。人に媚びない厳しい目付きの女錬金術師。柔和で、どこか油断ならぬ女医。あらゆる楽器を奏でられる美しい歌声を持つ黒人の青年。一人欠けているが、彼ら六人が揃えば、聖獣二体がかりだとしてもその陣形は崩せないだろう。

 蒼き聖獣は天井の根っこからするするとはいおり、静かに宙を旋回しながら、蒼き樹海の同色に染まり、音も影もなく降りてきた。

 しんがりを務めた者がシッ! と鋭く小さな注意を呼びかけ、歩を止めた。彼はおやと思った。これまでの二組は彼の目から見てもすじは良かったが、聖獣の大胆不敵な接近には気づいていなかった。

 

「俺だけが目を動かすから、お前たちはきょろきょろせず、ナメクジのような速度で歩け。狙われている。こちらから攻撃して驚かしてやろう」

 

 しんがりの者に小声でそう命じられた一行は、再び足を動かした。

 奴らがまた動き出した。だが、今度の足取りは相当に重たそうだ。まさか、気付かれたか! 首を振った。聖獣の存在には勘付いたのだろうが、まだ完全に知られたわけではなさそうだ。

 このまま、おめおめと奴らを見逃す義理立てはない。それに、奴らがいかな武器や腕前だとしても、聖獣の力と威容に前に怖気つくであろう。 

 彼は笛を吹き、聖獣に攻撃命令を下した。

 聖獣よ。警告を与えよ。我らの領土に不法に侵入をしてきた者に対し、死の警告を与えるのだ。コロトラングル。

 風と樹間に不穏な動き! エドワードはさっと矢を引き抜き、迫りくる脅威目がけて引き絞られた長弓の弦が解き放たれた。

 ぐおお! 聖獣の呻きは十五階全体を轟かした。五人は十五階に張りつめる緊迫感の正体を見破った。

 それは、さながらイトマキエイという海の生物と酷似していた。だが、イトマキエイは海を泳ぐのに、このエイは宙を泳ぎ、尻尾は茨のように刺々しく、伸びた触覚には円らな赤い瞳があるのが遠くからでも見て取れた。

 

「あの青っぽいような白い体色は景色と混じって厄介だな。その上、無音での移動が可能ときたものだ。前二つのパーティが抵抗しないうちにやられたのも納得できる」

 

 エドワードは矢で狙いを定めながら、チーム内に説明した。

 

「丁寧に説明されてなくても、あれを見たら一発でそう理解できるわ」

 橙色の色調の服で身を飾る、両手に奇妙な金と鉄でできた籠手を身に着けた金髪の女が答える。コルトンとロディムは剣を抜き、ロディムが吠える。

「さあ、弔い合戦だ!」

 

 

 彼と聖獣は始めての手痛い反撃に一瞬戸惑ったものの、気を静めて彼は笛を吹き、聖獣はすぐさま攻撃を再開した。

 そこからは見るも凄まじい死闘、彼は目を見張った。前二組は決して弱くなかったが、奇襲が成功したのであえなく聖獣の腹に収められた。しかし、今度は相手はいち早く聖獣の接近に気付いたばかりか、前二組より明らかに実力は上であった。

 何度も弦を弾く音、橙色の服を着た者の両腕から発される雷と炎。鉄を着た二人の雄叫びと振り下ろされる剣と斧の刃から反射される光。白衣の女人と思しき者から投げられた短い槍とナイフ。斧で両の尾がすっぱりと切断。聖獣は激痛のあまり呻き、宙で身をよじらす。

 手に汗を握る激闘の末、ついに蒼き聖獣は地に臥した。先頭を歩いていた鉄を着込む者が大剣を頭上にかざし、聖獣に止めをさした。

 彼は全ての世界が停まったかのように思えた。その彼の目を覚ましたものは、更に追い打ちをかけ、彼は嗚咽をもらすのを堪えた。

 なんたることだ! こんなことが許されてもいいのか! 

 あろうことか、不届き者共は聖獣を殺めたばかりか、聖獣の身を談笑しながらナイフで肉を削ぎ、聖獣の遺骸をバラバラに解体したのだ。

 彼はできることなら、槍と棍棒を持って彼らを攻撃したかった。彼は拳を握りしめ、彼は零れ落ちそうになる目元の水を腕でこすってふき取り、彼らが発見するものとは別の十六階へと通じる秘密のルートを目指した。

 彼の肌は死人のように青白くて、髪は新緑の緑で端だけ長さに関係なく(しゅ)がかかり、目は見る者を震え上がらせるような真っ赤な色だった。ここは食うか食われるかの世界。下に降りれば、我らを恐れ、我らの友となる者も多いが、ここは我らの敵となる者が多い。

 蒼き聖獣の存在に怯えて、ここを離れていた獣たちもそろそろ集まってくるかもしれない。せめて、その者らがあの者共を食い殺してくれることだけでも祈ろう。

 いくら後悔してもしきれない。自分の浅はかさで、蒼き聖獣を死なせてしまい、先祖代々継いできた成長した聖獣を育てる誉れ高き職務を与えられた一族の名に泥を塗ってしまった。

 コロトラングル! ああ、蒼き聖獣コロトラングル! 我が物顔で宙を舞い、偉大な力と氷の息吹で我らの敵を砕き、我らの言葉をある程度理解できて、我らより長く生きる、血の繋がらぬ大切な同胞(はらから)よ! 私を恨まないでくれ。恨むなら、地上ばかりでなく、地の下まで益を貪りにきた貪欲な者共を怨め!

 コロトラングルとは、立派に成長した聖獣に与えられる名である。聖獣を仕留めた者たちは、その名を知る由もない。

 

「こいつの骨やヒレは大層立派だ。シリカの娘店主。おっと! 俺が今ここで、娘店主と言ったことは口外しないでくれよ。これを見たら、シリカと鑑定職人の奴らは飛び上がるかもしれん」

 

 ホープマンズの一行は小声で呑気に会話をして、水で綺麗にした戦利品を背負い、船を組み立て、新たなる階層への一歩一歩を踏みしめた。

 ホープマンズと彼らを見張る者が去って少しあと、残された無残な姿に成り果てた聖獣の死体には、沢山の生物たちが寄ってたかってその身を食した。

 地上の世界樹はそこそこの流血に少しは満足したらしく、喜ばしげに葉を風が赴くままに揺らがせた。

 


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