世界樹の迷宮 光求めし者達   作:鞍馬山のカブトムシ

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三一話.暴露

 本人の状況と体調的にも会いにくいだろうと思い、ゲンエモンとオルドリッチはエドワードの一族が住まう居住区がある、広沃ヶ原(こうよくがはら)と呼ばれる西側を避けて、北側の門に向かった。

 ほんの少し前まで、門を守る衛兵たちは親しげな表情を浮かべていた。初めからいないように無視をするのは以前からなのでともかく。

 いまは、疑い、冷たい、戸惑い気に目を逸らすのいずれかである。エドワードはこれだけで、自分の置かれた現状を痛感した。と、エトリアを囲む高く分厚い壁を見て違和感を覚えた。

 要所で黒く日差しを反射していた。違和感の正体はすぐに気付いた。建築作業員、もしくは兵士達がアジロナ外壁の更なる補強にとりかかっていたのだ。

 橋を渡り、外壁の内に入る。前まで憩の場として使われていた外壁と街を隔てる平地には人が少なく、訓練をする兵士しか見当たらない。

 もっとも、平地の目的は兵士の修練の他、災害時における避難所。有事を想定したものであり、外壁の背後にある広い平地に軍や兵器を敷く。

 老人の散歩コースや子供の遊び場として使われていたのは間違いなのだが、裏を返せば、そうする必要がない平和な時代が続いていた証拠でもある。

 少年時代の昔、戦の準備をしていた周囲の尖った雰囲気を思い出し、エドワードはまた少し暗い気持ちになった。

 

「お前はこれからどうするのだ?」とゲンエモン。

「まずは長鳴鶏の館に居る彼らに事情を説明してきます」

 

 エドワードは荷車から降りた。ゲンエモンとオルドリッチは肩を貸そうかと言ったが、断った。

 

「いつまでも甘える訳にはいきませんよ。それに、今は少し体を動かした方が気が楽です」

「あいわかった。だが、お前を宿に連れて行くよう言われたのだ」

 

 三人は裏道を通り、できる限り人目を避けて、長鳴鶏の館に到着した。

 中には数名の従業員と同業者がいた。従業員はともかく、同業の者たちは話しかけずらそうだったので、エドワードは声をかけるのを控えた。

 ゲンエモンはここでお別れだと言った。

 

「どうしてもというのなら、わしも行くが」

「いえ、これは俺の問題です。それに、あなたにこれ以上、迷惑をかけられない。どうもありがとうございます」

 

 エドワードはオルドリッチに軽く一礼した。オルドリッチは手振りで早く行けと促した。

 二人の背を見送ると、エドワードはまず一階に居るアクリヴィとマルシアを訪ねた。ドアを開けたのはマルシアだった。事前に帰ることはゲンエモンから伝えられていたので、そこまで驚いた様子はなかった。

 二階に来てくれと告げた。マルシアと椅子に座るアクリヴィは首を微かに縦に振った。エドワードがドアを閉めようとしたら、マルシアが押し止めた。

 

「行く前にあなた、身体を洗ったらどう。臭うわよ」

 

 嫌な目を向けられた理由は一つではなかった。言われてみれば、たまに鼻を塞ぐ仕草をする者もいた。

 ジメッとしていて、油虫が何匹もごそごそと出てくる汚い所にいたせいだろう。

 エドワードは二人を先に行かせて、宿の裏にある井戸を借りて、軽く流した。冷たくなってきた秋の水は気持ちよく、身と心を引き締める。清潔なタオルで拭き、灰色の地味な出で立ちに着替えた。

 いつもなら、ノックをせず入るのだが、今回ばかりはノックをした。三回、握り拳で軽くこづいた。どなたですかと、若々しく優しい声の男が答える。ジャンベだ。俺だと答えた。

「エドワードさん」と言って、ジャンベは嬉々としてドアを開けた。こういう状況で、ジャンベの純粋さは救われる。隠しきれない痣や傷を負ったエドワードを見て不安気な表情を見せたものの、何も聞かず、見慣れた愛嬌のある平たい鼻の黒人の青年が笑みを浮かべてリーダーを出迎えた。

 喜びを隠さないジャンベに対し、中にいるコルトンとロディムの二人は予想通りというべきか。ロディムはぶすっとしていて、コルトンの顔付きはやや険しかった。五人に目立った外傷はなく、特に危害を加えられた様子を無いのを知って安堵した。

 別件の殺人の疑いをかけられたのはコルトンだと聞いた。彼の機嫌が悪いのもそのためだろう。

 彼は兵士達の只ならぬ気配を察し、馬首を転じた。

 その判断は正しく、上手く本都市まで着いた彼は衛兵に捕まる前に、オルレスが来たので難を逃れた。

 ゲンエモンから聞いた話だと、彼はその間、表を歩けなかったらしい。ごちゃごちゃと口喧嘩をするのはご免こうむりたい。

 一言謝罪して無用なトラブルを避けられるのなら、そうしよう。ドアが閉められたのを確認すると、エドワードは即座に謝罪した。

 

「すまん。迷惑をかけた。だが、お前達が俺のような目に遭わずにすんで安心したよ。詫びと言ってはなんだが、訳を話そう。愚痴はその後で聞く」

 

 コルトンはなにか言いたげだったが、すぐに謝られて、エドワードの痣と右手小指に太く巻かれた包帯に気付いた時、険しい物思いが消えて、エドワードの眼を真っ直ぐに見つめた。

 すぐに謝るのは良し。だから、話を聞こうという態度だ。他の者も口には出さないが、こうなった経緯と訳とやらを聞きたいのは明らかだった。

 

「今から語る長い訳を話す前に一つ断っておくことがある。この話を聞いたら、俺だけではない、お前達も一蓮托生で責任を負わせてしまうことになる。だから、俺の話を聞いてもらう前に聞いておくことがある。いや、警告というべきかな。部屋を出るなら今の内だ。今までのような、手強い怪物と戦うとのは異なる。そのことを覚悟して聞いてもらいたい。付け加えれば、何から何まで全てを話す訳ではない。俺が知らないことは答えられない。わかったか」

 

 ジャンベがうんと頷いた以外、誰も反応を示さない。すると、コルトンが口を開いた。

 

「これまで、何度も窮地を潜り抜けてきたんだ。今更、ちょっとやそっとの脅しでびびる者は誰もおらん」

「では、全員了承したと考えていいな。なら、真ん中に寄って小声で話そう。もう一度言うが、離れるのなら今がチャンスだ」

 

 全員、部屋の真ん中に互いに椅子を向けあう形で置いた。エドワードは最後に椅子を持ってきた。

 エドワードは全て話した。受け入れのために諜報員になったこと。殺人の疑いをかけられたことも。ナザルの名は出したが、自分が拘束されていた期間にどういう目に遭わせられたかまでは語らなかった。そして、ゲンエモンにしか言わなかったことをいよいよ五人にも話すときが来た。

 

「今から話すのは、オルレスなど一部の者を除けば、まだ誰も知らないことだ。よく聞いてくれ。今すぐではないが、俺は多分、近いうちに旅立つ。大国サンガットを目指して」

 

 片手を挙げて、なんだと声を上げそうになったコルトンを制した。

 コルトン以外の四人も今度ばかりは動揺を示した。それもそのはずだった。

 大国サンガットはエドワードが居た国と一族を滅ぼし、コルトンの国も亡ぼしかけた国なのだから。

 

「何故、サンガットが? いくらエトリアの資源が豊富だからって、遠い上に、今はそんな余裕は無いはず」とアクリヴィ。

 

 アクリヴィの言ったことにジャンベは頷いた。エドワードやエドワード以外の者からもたまに聞いた。

 近頃は内部分裂をしているらしく、他国を攻めている余裕は無いはず。

 それなのに、エトリアに攻めにくるとは。

 話を聞く限りでは、現在の状況でメリットよりもデメリットの方が明らかにでかいのではないかと、政治に疎いジャンベでもそう思えた。それらの疑問はエドワードがすぐに答えた。

 

「ところで、エトゥは知っているな? 最近、世直しどうのとほざく馬鹿げた盗賊共だ。どうやら、大国と繋がっているらしい。エトゥがどこからか集めたならず者の集団に加えて、サンガットの兵や彼を慕う国民が傘下に入り、他国へとあくまでサンガットとは関係ない王賊連合として侵略並びに略奪行為をしているようだ。そして、これはまだ推測だが、エトゥはエトリアの元冒険者の可能性があるらしい」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 ロディムがおととよろめきながら、立った。

 

「エド、俺はあめえさんの言う話があまりにもでかくて、何度も叫びそうになったぜ。こういう話は余所でしたほうが良くないか」

 

 驚きたい気持ちは誰もが理解した。余所で話した方が良いというのも、一理あるとジャンベは思った。カーテンは閉めているので覗かれる心配はないが、誰かが聞き耳を立てているかもしれない。ジャンベはちらちらと窓やドアを窺った。

 

「そうかもしれんが、俺たちの今の立場を考えろ。帰ってきたばかりの俺がお前達を引き連れて、どこか行くのは逆に目立つ。部屋に集まるほうがまだ自然だ。さあ、座れ。青髪小僧」

 

 青髪小僧と呼ばれて少し眉根を寄せたが、ロディムは大人しく席に戻った。

 

「正体は判明してないが、サンガットに潜入していた工作員と協力者がもたらした情報をまとめれば、可能性は高いらしい。常に黒い仮面を被る男で素顔を見た者は誰もいないが、男であるのは間違いないらしい。年齢は二十代から七十代ぐらいと思われる」

「随分とばらばらね」とマルシア。

「時に若く力に満ちた声を発したと思いきや、長い年月を生きた、叡智に満ちた老いた賢者を思わせる重々しい声を発したりなど。声音を自由自在に変えて話すから、年齢に関してはいまいちわからなかったようだ」

 コルトンがううむと唸った。

「では、かの大国の王はそいつに命じてエトリアを攻撃する腹積もりか」

「ところが、そうではないらしい」

 

 エドワードは間を置かず、話した。

 もしも、談笑できる場で、エドワードが誰に話しても構わんと気軽に言っていたら、大袈裟なリアクションを交えて声を上げていただろうとマルシアを除く四人は思った。

 

「サンガットの一神教に関する像は砕かれ、書物の大半は焼かれ、エトゥなる輩が大国の生ける神として国民以下、王もそいつを信奉しているらしい。王に力は無くなり、彼の言動が王にとって代わった。今やかの大国の政権や軍事力は実質、正体不明の仮面の男の手に握られて、彼の一挙一動に大国の者たちは従っているようだ。にわかには信じ難い事実だがな」アクリヴィが口を挟んだ。「サンガットは一神教を軸にまとまっていた強国のはずだった。だけど、内部分裂で王族だけではなく、国民の血が多く流れたことにより、神という形無きものから、確かな力とカリスマ性のあるそいつに魅かれた結果、国を奪われたか」

 エドワードは微かな会釈による返答をして、アクリヴィの言が的を得ていたことを認めた。

「奴はエトリアを世界樹に血を吸わせるため、人の命を捧げる野蛮な国であり、此度の内紛もエトリアが仕組んだことと大ぼらを吹き、国民の不満をエトリアに向けさせた。 奴は世直し、ひいては新天地を築き上げるため、近々エトリアに出向く予定のようだ。大勢のならず者たちに加えて、サンガットの兵士と国民。サンガット付近に度々、身を寄せていたカルッバスの一族を率いてな」

 

 カルッバスといえば、かつては十二の大騎馬民族の難を逃れた一族の一つであり、エドワードの生まれたエクゥウスとは遠い親戚に当たる。

 カルッバスの一家は一組、ここエトリアにもいる。白人寄りなエクゥウスに対し、カルッバスの者たちはゲンエモンやコウシチなど、南や東の黄色人種に近かった。

 また、騎馬民族が国家として発足する前は三つの部族であり、その内の一つである由緒ある一族であり、エクゥウス一族は遅れて派生した一族だとエドワードに聞かされた。

 進んで協力している訳ではないでしょうとアクリヴィが聞くと、エドワードはもちろんだと言った。

 

「彼らは狼藉者に喜んで味方をするほど堕落していない。ただ、状況は不味い。エトゥたちが活動し、奴自身が大国を掌握した時から、協力を求められた。当然断ったが、彼らはその日から脅かされた。数々の嫌がらせを受けた。馬や物を盗まれるのはまだ良い方で、数年の間に何人もの女がエトゥたちに攫われ、かどわかされた。中には帰ってこない者もいるらしい」

「余所へ行かないのか?」とコルトン。

「行こうにも、彼らは大国の領地内。つまり、敵に囲まれているも同然だから、出ようにも出られない。何度か脱出を試みたようだが、その度に、陽の光を遮る大きな翼に阻まれて、出るに出られないらしい」

 ジャンベは目を丸くして、陽の光を遮る大きな翼とは、と呟いた。

「翼竜ワイヴァーンのことだ。信じられないことに、奴ら、伝説に出てくる竜を子飼いのペットにしちまった。だが、それ以上に、彼らはエトゥを恐れている。ある日、一人の若者が交渉の場に出てきたエトゥを殺そうとした。若者の剣はエトゥを貫いたが、エトゥは平然と立ち上がって手をかざすと、若者は干からびたミイラになって死んだ。エトゥは血気に逸る部下を静めたら、今日はこれだけにしておこうと言って去った。その光景を目撃した日から、彼らはいやましにエトゥに対する恐怖を募らせ、生き残るために従うべきだと言う者も出てきた」

「ところで」と、アクリヴィは片手を挙げて、「そいつらはいつごろ来るの?」と質問した。

「わからん」エドワードは即答した。

「全くわからないわけではない。こちらと同じく、向こうも色々と画策はしているだろう。少し前、オルレスから聞いた話では、近い内に諜報員と協力者から最新の情報が送られてくる。それで、多分だが、分かるはずだ」

「規模はどのくらいなの?」

「それもなんともいえんが……自国の護りもあるから、最低でも三万。多く見積もっても、最高六万。あくまで予測であって、具体的にはわからん。多くの船は造船しているのは確かなようだが」

 アクリヴィは更に問いかけた。「他にわからないのは、そいつの動機は? どうして、エトリアを攻め滅ぼす必要がある」

 

 エドワードはアクリヴィの質問にはすぐに応じなかった。少し、迷いながらも、返答した。ジャンベは今度こそは声を上げたかった。

 次々明かされる衝撃的な事実を前に、顔ばかりか咽喉の唾も固まったみたいで、息がし辛い。一言でいいから、なんですとでも叫び、緊張を僅かでもほぐしたい。

 

「奴自身がエトリアに恨みか、憎しみを抱いているようだ。経緯は不明だが、エトリアのせいで地位と名誉が地に落ちて、身体の部位を幾つか奪われた。潰されたというべきかな。話は変わるが、俺が子供の頃、ここに来る道中で山賊の頭と思しき男の目を射抜いたことを話したのは覚えているか」

 

 その話なら何度か聞かされた。襲われそうになった木こりをエドワードが助けた。

 

「奴は昔、片目を奪われた。場所や年数からして、多分、その時の盗賊とエトゥは同一人物の可能性が高い。つまり、俺も奴から身体の一部を奪った一人になるわけだ」

 

 ジャンベはなんですって! という叫びを必死に飲んだ。エドワードは間を置かず話し続けた。

 

「俺自身はそいつの名前は知らん。ただ、かなりうろ覚えで、聞き間違いかもしれんが、手下共の叫び声で、エトゥという名を聞いたような気がする。多分だがな。名を広めるのも考えものだな。どこから聞いたのか。奴は演説の中で、エトリアにはかつて、私の片目を奪ったと思しき者がいると言っていたこともあるようだ。だから、奴の復讐リストにはこの俺もいるんだ。

 それだけじゃあない。エトゥという男は復讐以外にもうひとつ、やり遂げたいことがある。奴は元冒険者の可能性があるといったから、想像はつくかもしれんが」、アクリヴィがまたしても先んじて答えを挙げた。「世界樹の迷宮の踏破ね」そうだとエドワードは肯定した。

 

「口では新天地を築き上げるだの、罪を償わせるだの言っているが、一番の目的は軍勢を率いてエトリアの地下迷宮踏破が真の目的。正確に、いつ来るかはわからないが、数年も経たない内に来襲する可能性は十分ありうる」

「つまり、エトゥという元冒険者はエトリアに並ならぬ敵意を抱いている。自らの才能とカリスマ性を以て、内紛で乱れたサンガットの権力を実質、我が物にして、復讐も兼ねて自らの見果てぬ夢である世界樹の迷宮があるエトリアに戦を仕掛ける。で、あなたはそいつらに協力する女に一杯くわされた。こういうことね」

 

 途中から、現実離れのことに思えて理解が追い付かなかったので、アクリヴィの落ち着いた態度と口調から語られる解りやすいまとめに、ジャンベはありがたいと感謝した。ジャンベは思ったことをそのまま言った。

 

「なんだか、スケールがでかすぎて、本当かなと疑ってしまいましたよ。しかし、その国の人たちは何故、そこまでその人を慕うのでしょうか? 気味が悪くないのかな」

「お前の言うことももっともだ。実際、奴を気味悪い、奴の支配に憂いを抱く者もいる。だが、それをおもてだって言えば、奴自身か。奴を慕う多くの者たちから八つ裂きにされてしまう。それ以上に、奴は竜すらも従わせる力を以てして、大国サンガットの隣国や攻め入るかもしれない国に睨みを利かしていたのだ。形はどうあれ、奴のお陰で取りあえず、国はまとまり、守った事もまた事実。王ですら頭を下げて、国をまとめ、守ってくれた者を自然と慕う者がいてもおかしくはない」

 

 みな、口を閉ざした。今起きたこと、語られたことに対して、各々の考えを整理しようとしていた。

 エドワードが人殺しの疑いをかけられた。それだけでも驚きだったのに、次から次へと、ここまで想像を超えた事実を明かされて、ジャンベは頭の中で思考がぐるぐると回った。

 長く続くかと思いきや、コルトンがその沈黙をすぐに破った。

 

「あんた、愚痴を聞くといったよな。愚痴じゃあないけど、俺たちがどういう目に遭ったかも、少し知ってくれ」

 

 コルトンはエドワードに、残された自分達に遭ったことを話した。

 エドワードほどではないが、五人も大手を振って歩けなくなった。

 街の者たちの見る目が猜疑とあらぬ好奇心に満ちて、同業者からも変な目で見られる。シリカ商店など、一部を除き、利用していた店から来ないでくれと告げられた

 。聞こえる程度に、調子に乗るからだと言う者もいた。尊敬もあるが、その分、成功に対するやっかみや嫉妬もあり、そういうのが徒党を組んで、見えて聞こえる範囲で影口を叩く。

 彼が戻るまでの間、人の目もあり、禄に探索にも出かけられず。こそこそしつつ、無意味に日用品や装備をちびちび整理や掃除する時間が続いた。

 エドワードの殺人容疑騒動は思った以上に、本人の名声も相まって、とても広がろってしまった。

 容疑が断定した言う者までいる。オルレスやゲンエモンは必死に火消しをしようとしたが、さすがに人の口に戸を立てられなかった。執政院ラーダは遠く離れた親戚筋に当たる者たちが王賊の輩に協力している噂は耳にしている。当然、今回の件も。

 エドワードの処遇は検討中だが、本都市の近くに住まう避難民が必ずしも内通してない証拠が無いため、出入りが禁止されたことを教えた。

 ゲンエモンから既に聞いていたものの、事態は色々と深刻である。

 

「ところで、エド。お前はまだ話していないことがあるよな。近いうちに旅立つと」

「俺がここまで長々と明かしてはならないことを話したのは、謝罪と同時にお前達を信じている証だと思ってほしい。では、言うぞ。旅立つ訳を。

 俺はエトリアの使者として二四ヶ国の連合国に有事の援軍要請。並びに、避難民受け入れの支援書を携えて行く。更には、大国サンガットに赴き、敵情視察。引いては、カルッバスの者たちとの接触を図り、いつまでも煮え切らぬ態度は止めて、敵となるか。味方となるか。最後通牒を伝える役目を担った。

 これが、俺がオルレス。いや、エトリアの中枢を担う者たちと繋がるオルレスから下された使命だ。しかし、今回のことでそれどころでは無いな」

「他にも聞きたいことはあるが、俺はあんたが選ばれた理由が知りたいよ」とロディム。

「まず、体力があり、多少のことでは怖気ることなく、異性にあまり興味を抱いてない。もしくは、その暇が無い者。厳しい状況や環境でも適応する心得がある者。一定の礼儀をわきまえている者。乗馬技術に優れた者。エトリアに恩や借りがあり、尚且つ、それに対して返したい。返さなければならない者。自分達が交渉しようとしている者と関わりがある者。最後に、できれば冒険者ないし衛兵など、実戦経験がある者が好ましい。付け加えれば、許可が無い限り、話さない者が良いと、オルレスが言っていた。ついでに言えば、亡くなっても、そこまでうるさく言われない人物がいいとも」

 

 なるほどと、五人は納得した。確かにエドワードは、最後は納得しかねるものの、オルレスが述べた恐らく理想的と思われる条件に当て嵌まっていた。

 ジャンベはエドワードに、「これからどうすればいいのでしょうか?」と尋ねた。

 

「こちらから出向くか、あちらから報せを来るのを待つか。判断には迷うが、俺は今、悪い意味で目立ちすぎる。一日か二日待って、報せや接触が一切ないようなら、こちらから出向く。それまではいつもどおりだ」

「いつもどおりとは」

「俺たちは冒険者だ。冒険以外に何をする? 

 下手な言い訳をして口実を与えるよりかは、普段通り、動くのがいい。師匠からも聞いたが、俺が冒険に出向く事自体は別に制限されてない。どの口が言うのだと思うのを承知で言うが人の目や口を気にするな。

 もちろん、あまりにも過ぎた言葉や行動に出る者には相応の対応をしてやるが、それ以外は構うな。あまりあたふたしていたら、実はそうだったんだという印象を与えて、益々動きにくくなる。俺とお前達にできることは、いつもどおりのことだ。まあ、時間を作り、証言や証拠探しをしても良いだろうが」

 

 コルトンはなにか言いかけたが言うのを止めた。実際、そのとおりだったからだ。

 いつもどおりにするしかない。極端な話、冒険者を辞める選択肢もある。しかし、原因も事実も分からない曖昧模糊な内に冒険を止めることなどできない。

 

「もうひとつ、最後に一番大切な事を言う。これらのことは、執政院の長ヴィズルには内密に行っていることだと一度聞いた。俺から話せることは以上だ。他にないか」

 

 誰ももう、何も言わないと思いきや、アクリヴィがエドワードに。というより、疑問に感じていたことを言った。

 

「ずっと、思っていたんだけど。あなたの殺人容疑が広まるの、早すぎると思わない?」

 

 エドワードはアクリヴィをじっと見たら、そうだなと首肯した。

 

「ここで、あれこれせんじていても仕方ない。それより、夕刻まで大分、時間があるから、少し身内の元に行って話をしてきてもいいか。言っておくが、お前達に語ったことは一族の者には話さない。余計な重荷を背負わせたくないのもあるが、巻き込みたくないのもある。既に巻き込んでしまっているかもしれんが」

 

 コルトン、ジャンベは行って来い、行って来てくださいと言い、他の三人は口にこそ出さなかったが、態度や雰囲気から行っても良いと伝わったので、エドワードは遠慮なく行くことにした。

 出て行こうとするエドワードをコルトンが呼び止めた。

 

「エド。なんで、俺たちにこんな恐ろしく大事な話をした」

 

 エドワードは振り返って答えた。

 

「事が事だから、というのもある。だが、お前達なら、隠していたことに多少怒ることはあっても、明かした事実に怖気ることなく共に来てくれる。そんな気もしていた。しかし、こんな事態で話すとは思わなかった。今はもっと早く話さなかったのを後悔しているよ。すまなかったな」

「俺はあんたが望んで売女を殺したとは信じてない。少なくとも、身を守るか、誰か親しい者に窮地が来る以外では、あんたは好き好んで人を殺す男ではないのを長い付き合いで理解している。俺ががっかりしたのは、あんたが今まで隠し事をしていて、実際にそうだったことだ。本音を明かせば、身に覚えのない罪を被せられて、今も少しむかついている。ただ、あんたは俺たちに巻き込みたくなかったのと、時期が整っていなかったのもあるだろうし、なにより謝ってくれた。だから、もういい。それより、俺たちをもうちょっと頼りにしてくれ。いつかも言っていただろう、一人で冒険をするのは無理だって。俺たちをそんなに弱く頼りないと思っているのか」

 

 コルトンの言葉を聞いて、エドワードは胸が熱くなるのを感じた。互いの背中を守りつつ、冒険をしていた頃を思い出す。

 長い付き合いから来る察しの良さに、コルトンの自分を信じたい気持ちを知れて、素直に喜べた。エドワードは緊張をとき、ようやく、微かだが笑みを浮かべた。

 

「コルトン。俺もお前も……いや、二人だけではない。俺たちは強く、どんな時でも無駄にしつこく生き延びられる奴らと思っている」

 

 エドワードが部屋から出ると、コルトンは複雑な面持ちで、ほんとに行くのかねぇと呟いた。微かに嫌だ、行くなというニュアンスが含まれていた。

 ジャンベは椅子から立ちあがり、疲れた様子でベッドに座った。マルシアが優しくどうしたのと聞く。

 

「なんというか。実感が湧かないのですよね。僕が今も冒険者になり、世界樹の深層に挑んでいるのもそうですが、またしても戦になり、その上、エドワードさんが諜報員で執政院が色々動いているとか。これは、現実なのかと思い、でも、現実で。すみません、何を言っているかわかりませんね」

「気にしなくていいわよ。あなたはどちらかといえば善良な小市民だし、私も話の内容が予想より大きくて、戸惑っているもの。だけど、今は彼の言うとおり、いつもの通りにするしかないわね。ごたごたした事柄で私たちや彼がこれから具体的に動くのは、一先ず待てとね」

 

 善良な小市民と言った意味は気になるが、マルシアの言ったとおりである。あえて言えば、証拠や証言を探すぐらいのことはするだろうが、それ以上はなにもできない。いつもの通りにするしかない。ジャンベは取りあえず安心したものの、微かな不安はまだ残っていた。

 内紛で乱れて、戦争を仕掛けようとしている国に行くだけでも危険なのは子供でも分かる。ましてや、エドワードは向こうからして敵。ばれたら、確実に命を落とす。ジャンベはできれば、エドワードにそんな敵地に一人で行ってほしくなかった。この思いは、自分だけではないはず。

「話は終わったから」と、コルトンが一時解散を告げた。といっても、女性二人は部屋に戻り、男三人はリーダーの帰りを待つだけだが。

 

 

 

 西の大門から出た。そちらからの方が近い。

 エドワードは門番から警戒されて、通り過ぎるまで少し離れた位置を保ったまま付いて来られた。

 跳ね橋を渡ったら、二人の門番はそそくさと離れていった。

 身体検査はされなかった。理由を短く尋ねられただけで、探査用の大きく頑丈なブーツを除けば、馬借や厩がよく着そうな灰色の地味な上着とズボンを履いている以外には、何も身に付けてないと判断されたか。それとも、命令が無ければ特に調べなくいいと言われたのか、特に調べられることなく通れた。

 エクゥウス一族の者らが住まう地区に行く。ゲルの数が結構、増えてきた。以前はちんまりしていたのに、一目で群れとわかるぐらいだ。

 話を聞きつけたり、エトリアの者に助けられたり、もしくは出産もあり、人数は自身を含めたら、九七人にも増えた。

 世話になるだけではなく、農耕もし、家畜も飼い、質の良い馬や家畜の群れを提供しており、むしろ貢献しているぐらいだ。

 暗い噂と今回のことで、彼らに害が及ばないか不安である。出入り禁止に関しては、元から本都市の方に入ることは無かったので、中と外で用がある場合、喜んで自分が架け橋になろう。

 一族の者たちは、エドワードに対して冷たく当たる者はいない者の、どう接したらいいのか分からないのか。無視をすると決めたのか。エドワードを避けていた。しかし、どこか申し訳無さそうな表情の者が殆どであり、前者と知り、少し安堵した。中には、冷たかったり、怒ったような顔を向ける者もいたが、仕方ない。

 家族の身内を除く一族の者たちの中では最も親しいティノフェ一家のチノスはエドワードに真っ先に駆け寄り、僕はあなたを信じていますと言った。

 

「あなたが無用に人殺しをするはずがない。なにかの間違いだ。彼も人間だから、間違いを犯すと言っていた人もいましたが、僕から言わせれば、その言葉こそ間違いですよ」

「お前が俺を気にかけてくれていることを知って嬉しいよ、チノス。だけど、今は俺と関わらない方が良い。大丈夫、いずれ容疑は晴れる」

 

 エドワードは妹の一家が住まうゲルにはすぐに入らず、一歩手前で立ち止り、自らの名前を告げて、入っていいかと聞いた。

 おずおずと太い手が伸び、ゲルの戸の役目をする部分の幕が開けられた。手を伸ばした男は思ったとおり、ヴァンだ。表情には不安気であり、自分を見上げた目には一瞬、憤りが宿った。エドワードが失礼をしたと引き返そうとしたら、ヴァンはエドワードを呼び止めた。

 

「待ってください、兄さん。母さんに一言、声をかけてください」

 

 以前、幸せに包まれていたはずのゲルには重々しい空気が漂い、鮮やかな色彩も鬱陶しく思えた。

 甥のエウゲドロスは円らな瞳で母であるフェドラとエドワードを見比べて、フェドラはヴァン同様。憤りが宿った不安気な面持ちでエドワードを見た。

 

「兄さん。私はあなたが罪を犯したとは思っていない。だけど、あなたの無事を祈って、いつも母さんがどれだけ苦しんでいるかも理解して」

 

 母エウドラは横たわっていた。汗を流し、息を弾ませている。明らかに普通ではない。フェドラは布を絞り、母親の額を拭いた。

 

「いつから、こうなった」

「一日半前から。体も熱いの。誤解をしないように言っておくけど、ゲンさんはこのことを知らない。二日前に様子を見に来たのが最後で、後は兄さんを解放する手続きとかで奔走をしていたわ」

「施薬院があるだろう。医者を呼べ」

 

 フェドラは首を振った。「忘れたの。出入りを禁止されて、入るどころか、跳ね橋にすら近づけさせてもらえなかった。医者を呼んで頼んだけれど、あの態度じゃ頼んでくれたかどうか。ある程度、薬草や治療の技術を母さんから教わっているから、治せると思ったけど、一向に良くならなくて。それどころか熱も上がる一方で。このままじゃあ、母さんは」

 

 フェドラは涙声になり、口を閉ざした。

 母は老いている。大体、どこの国や地域でも、平均寿命は五十か六十程度である。ゲンエモンより一歳年下のフェドラは今年で五八歳。相当な高齢である。この分では、出入り禁止の問題は他にもありそうだ。

 今はともかく、母をなんとかしなければ。このまま病気に苦しむ母を見捨てるなんて絶対ない。

 夫を失い、故郷も失い、女手一つで妹を育てるために泥水をすすった母にはせめて、安らかな余生を過ごしてもらいたい。 

 

「マルシアは知っているな。俺の仲間の女医だ。彼女を連れてくる、待ってろ」

 

 エドワードはゲルから出るや、一目散に西の門を目指して駆けた。止めようとした門番には、必死の剣幕で逆に噛み付いた。

 

「俺の母親が死にかけているのだ! あんたは、助けられるはずの家族や友人を前にして呑気でいられるのか!?」

 

 門はよく通るから、衛兵たちとエドワードは顔見知りの者が多かった。そういう事情ならばと、剣幕に押されたのもあり、門番たちはエドワードをあっさり通した。

 長鳴鶏の館に戻り、一階の部屋に居るマルシアに事情を説明した。マルシアは手早く準備を整えたら、患者の元へと直行した。

 ゲルの中に居るフェドラに話を伺い、エトリア製の蜜蝋に灯りを点けて、自らの口元を白い布で被った。フェドラの喉元や目、顔に口などをつぶさに観察した。少しして、マルシアはエドワード、ヴァン、エウゲドロスの三人にゲルの中から出てとマルシアは言った。三人は大人しくゲルから出た。ゲルから出ている間、エドワードはヴァンと会話をした。

 昨日から今日にかけて、仕事の手伝いや取引が殆ど断られて、家畜の世話以外にはすることが無いという。いくら、家畜を殖やしても、取引や仕事に使えなければ意味がない。話しているうちに、マルシアが出てきた。いつになく真剣な面持ちに、エドワードは身を引き締めた。

 

「その子をどこかに預かってもらえないかしら」

 

 そういうことならと、ヴァンは一番近いティノフェ一家のゲルに寄った。ヴァンが戻ると、マルシアは話があるとゲルから離れた位置に立った。二人もそこに行った。エドワードは恐ろしい思いで聞いた。

 

「それほどまでに重たいのか」

「いいえ、多分、助かる。ただ、エドワードより、ヴァンさんに説明する必要があるわ。ヴァンさん、あなたは昨日、息子さんと一緒にティノフェさんの家に泊めてもらったと言ったわよね。ヴァンさん、エウドラさんが治るまでの間、子供とティノフェさんの家で過ごしてちょうだい。医者の話で、治るまでは離れていた方が良いと言われたからとしか言っては駄目」

「どういうことですか! 妻や母はどうするのですか。母はどんな病にかかったのです」

「あなたのお母さんは流行性感冒(りゅうこうせいかんぼう)。略して流感(りゅうかん)。インフルエンザなる名称もあるらしいわ。感染症の類ね」

 

 エドワードもヴァンもマルシアが発した言葉を反芻した。流感、インフルエンザ、感染症。医者の専門用語を並べられても困る。

 

「要は病気。同様の類と思われる似た症状を発していた病は以前から合ったけど、認知されて、名称がついたのは三年ぐらい前。医者でも知っている人はまだ少ないわ。詳細は不明だけど、風邪のように咳やくしゃみでかかって、風邪より一段階上の病気と見た方が良いと言われているわ」

「詳細が不明。では、どうすればいいのだ」

 

 エドワードは平静に保って聞いたものの、心はとても暗くなった。ヴァンも毒でも含んだかのような青ざめた顔をしていた。マルシアは微笑んで答えた。屈託ない女性らしさ満開でありながら、嫌味の無い良い笑顔。こんな状況でなければ、微笑み返していただろう。ロディムならやったと内心喜んでたはず。

 

「特効薬は無いけど、安心して。風邪と同じく、暖かくして、飲み物をよく飲んで、療養すれば良くなる。もっとも、治る時間はその人の体力と症状に寄るけど。とにかく、できることは今以外に挙げた方法でもうひとつあるわ。隔離。わかり易く言えば、誰にも移らないよう、どこかの部屋の一室に治るまで過ごしてもらうのよ」

「わかった。母にもそう伝えておく」

 

 ヴァンは険しい表情のまま無言で頷き、マルシアの案とエドワードの賛同に応じた。

 ヴァンも短い付き合いながら、エウドラの性格を理解していた。エウドラは優しくも厳しい、夫想いの献身的な女性であり、意思も強い。親馬鹿ならぬ子馬鹿かに聞こえるだろうが、母は立派な良妻賢母だと思っている。母が治療方法や薬もない病を患い、マルシアの言った方法しか無いのであれば、家族を守るために迷わず選ぶ。最愛の夫、ゲロリリオンが説得しても、聞かないだろう。母はそういう女性である。

 ヴァンはマルシアに、妻と離れなければいけない訳を聞いた。

 エウドラは自分が病にかかったと知るや、フェドラにのみ世話を頼み、エウゲドロスとヴァンには出て行くよう告げた。休むときもティノフェ一家に身を寄せていた。要約すれば、二人はフェドラと比べて、病にかかっている人と接触している時間が短く、感染している可能性が低い。対して、付きっきりで看病をしていたフェドラは、移った可能性が高い。

 病気の潜伏期間込みでも、二十日ぐらいは積極的に触れ合わない方がいい。空気を入れ替えて、熱湯に浸したタオルで全体を磨くことも指示した。最悪、状況によってはゲルを燃やしてしまうことも触れておいた。ヴァンは諦めた顔で、ただ頷くしかなかった。エドワードも肩を落としかけた。自分だけではなく、身内にまでこのような不幸が訪れるのは、いたたまれない。

 

「絶望するのはあと! 今はできる限りのことをしましょう」

 

 そこで、マルシアはケフト施薬院に向かい、事情を説明しに行く。エドワードは万が一にも備え、ゲンエモンにも伝えに行くことにした。ヴァンは息子のお守り。エウドラは迎えが来るまで安静とのこと。

 

「院長は師と顔見知りで、何度か助けられたこともあると言っていた。門番は俺と師でなんとかする」

 

 エドワードは行く前に、母と妹に説明をした。しばらく会えないことにフェドラは不服そうだったが、分かったわと素直に退いた。エウドラは深く息を吸い、自らの呼吸を落ち着かせてから話した。

 

「すまないねえ、エドワード、フェドラ。お前達に迷惑をかけて」

「いいんだ、母さん。俺はもう少し、あなたには元気でいてほしい」

 

 エドワードは濃い栗毛の馬を選び、再び直行した。集落からエトリアまで、四㎞ぐらい離れていた。途中でマルシアを拾い、西の門を通った。十月も半ばに差し掛かり、陽が落ちるのも夏と比べたら、若干早い。とにかく急いだ。跳ね橋のところで馬を降りて、門を過ぎたら、馬を中庭に繋げさせてもらい、二人は目的の場所へと急いだ。

 エドワードは花桜の館に入ると、女将のアヤネや同業者への挨拶もそこそこに、ゲンエモンの居る奥の部屋に向かった。靴を脱ぎ、素足で板張りの廊下を派手に足音を立てて走る。

 ゲンエモンはラクロワといた。エドワードは一呼吸入れると、訳を話した。

 

「もしも、お前さんがしょうもない理由でこの中を走っていたら、叱り飛ばしてたいた。あいわかった。できる限り、説得してみよう」

 

 ケフト施薬院にも向かった。入ろうとしたら、ちょうどマルシアが二人の白衣を着た男二人と共に出てきた。一人は折り畳んだ担架も担いでいた。

 

「グッドタイミングだわ。これで、早く運べるでしょう」

「どうやら、私は運搬役として活躍しそうだな」とゲンエモン。

 

 門に向かう頃には、更に陽が落ちていた。門が閉まるのも時間の問題である。ゲンエモンは門に留まることにした。

 

「二人も説得係はいらん。エドワードよ、母親を運ぶのを手伝え」

 

 というわけで、当初の予定通り、ゲンエモンは門番たちの説得に当たり、エドワードたちはエウドラのもとへ駆けた。何事かと注目を集めた。言い訳は後でしよう。ゲルに着くと、エドワードとフェドラでフェドラを運びだし、外の担架に乗せた。

 一人でも数が多い方が良いとヴァンも加わり、フェドラと甥を残して出発した。跳ね橋の前で来たら、エドワードはヴァンに戻れと言った。

 

「君は妻子を守る役目がある。後のことは任せて、戻るのだ」

「兄さん……よろしくお願いします」

 

 一行が入ったのを確認したら、門番たちは跳ね橋を巻き上げ機で上げて、鉄製の門も閉ざした。門の中からゲンエモンが表れた。エドワードは頭を垂れて、礼を述べた。

 

「礼はいいから、はよう行け」

 

 ケフト施薬院の中に入る。中では、院長が直々お出迎えをしてくれた。エウドラは施薬院奥の隔離室の一角に泊まることになった。二四時間、交代で医師や看護婦と看護士が様子を見に行くことを約束した。

 

「まだ謎がある病気だからね。私も興味がある。ただ、分かっているとは思うけど、無料(ただ)というわけにはいかない。一般人や異国の方は、物にもよるが一般病棟の宿泊は一日平均二百エン。隔離病棟の場合だと三百エンかかる。ただし、今回は症状の研究ということも兼ねて、冒険者サービスの百エン引きを適応するよ」

 

 退院するまでまとめて支払ってくれれば良いとも付け加えた。完全ではないが、一応、母は安心である。エドワードはエウドラに別れの言葉を告げて、隔離部屋の扉が閉じるまでエウドラを見送った。施薬院を出たら、エドワードは一旦、マルシアと別れた。

 

「どこへ行くの」

「執政院ラーダに行く。悠長には待ってられん。今すぐにでもオルレスと話をしなければならない」

 

 すっかり陽が落ちているので、もう閉じているかもしれない。そんなことは構わず、エドワードは執政院に足を向けた。執政院の門柱では、長槍を持った衛兵が一人、番をしていた。いくら街中とはいえ、大事な情報が詰まっている執政院を放っておくわけない。近くには、番をする詰所代わりの家もある。

 当然というべきか。エドワードは門番に止められた。

 

「せめて、こちらに来てくれるよう伝えてくれないか」

「あなたにはオルレス殿から伝言を言付かってあります。一週間か十日以内で多分、なんとかしているから、それまでは執政院ラーダには来ないでほしい。冒険や街への出入りは自由だが、執政院ラーダにどうしてもの用事があるときは、門番か誰か別の者に言付かってくれ。あなた様以下、ホープマンズのメンバー並びにエクゥウスなる者たちは執政院に入れてはならぬ」

「それが、オルレスからの伝言か」エドワードは怒気を滲ませて門番に聞いた。門の衛兵は澄ました顔で「はい、そうです。他にご質問は」と返した。

 

 エドワードはそれ以上は何も言わず、憎々しげに執政院ラーダを見上げて門から立ち去った。オルレスや彼と裏でこそこししている者たちの立場を考えれば、当たり前だ。わかっていても、トカゲの尻尾切りをされたみたいでエドワードは不快になり、自由の民とは一体なんなのだろうなと現実逃避でもするかのように遠い思いに馳せた。

 自分の命を狙った殺し屋の水商売女を結果としては、殺した事から段々と狂い始めてきた気がする。それでも、今の自分にできることは自らが言ったとおり、いつも通り、冒険を続けて道を開き、ついでに金を稼ぐしかない。母の命と、仲間の信頼のためにも。

 




まだ、登場人物一覧のみですが、登場人物の一人であるキアーラの容姿を黒髪の女性というオリジナルから変更して、ゲーム上でも選択可能な「虚ろな目をした紫髪のカースメーカーの女(三つ編みっぽいお下げの少女風)に変更しました。
今後投稿する分はもちろん、以前投稿した分でも、キアーラの容姿に関する描写を少しずつ変えていきます。

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