世界樹の迷宮 光求めし者達   作:鞍馬山のカブトムシ

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二七話.エトリア生誕祭

 晴れた日の翌朝、エドワードはロディムとコルトンに剣の稽古をしないかと誘った。

 

「突然どうしたのだ」

「深い理由はない。ただ、ここ最近の俺はどうも、女々しいというか、芯がぶれている気がしてな。ちょうど、一時農閑期に入った訳だし、季節も真夏と身体を鍛えるにはうってつけ。ひとつ、己の心身を鍛え直して喝を入れようかと思った」

 

 そういうことならと、二人は同意した。怪物対人ではなく、競い合うことにより、向上心が生まれる。そして、もっと強くなりたい、相手よりできるようになりたいと思い、身体を鍛えることにより、迷宮における生存率も上がるから、人と人で鍛え合うがほうがいいと先達の者たちの多くが言っていた。

 人は多い方がいいだろうとコルトンが言い、ホープマンズ以外にも、グラディウスの六人にも一声かけたら、ゲンエモンもついでにいいかと付いて来た。用心して、ゲンエモンのパーティメンバーであるメディック・ヘンリクも行くことにした。

 彼はゲンエモンの仲間ではあるのだが、ニッツァやラクロワと比べたら、印象が薄い。話し方や素振りは普通。悪い人柄ではないのだが、濡れた感じの暗色な金髪と痩けた頬、前髪で隠れ気味なギョロ目が見る者に良い印象を与えなかった。医術の腕前は確かであり、棒術やナイフ裁きもそれなりに心得ていて、戦闘の腕もまあまあ。暗い印象が災いし、個性と我の強い他の冒険者たちに押されて、金鹿の酒場で冒険にいかず暇を持て余していたところ、五年前に拾われる形でゲンエモンの仲間になった。

 父親がエトリア人で母親は他国人だという事以外、エドワードらは知らなかった。ヘンリクは口を酸っぱくして注意した。

 

「良いですか、ゲンさん。素振りは許可しますが、私が止めと即座に止めてください。たかが腰痛と侮らないように。怪我一つも万病の元。あなたが人からの介助で楽をしたければご勝手に。本来なら、念を押して後二日休んでもらいたいくらいです」

「気持ちは嬉しいがヘンリク。今のわしは体を動かした方が気持ちが楽だ」

 

 かくして、一四人と大所帯な一行は幅の広い河がある方角を目指して出発した。

 乗馬の訓練もしようとゲンエモンの案で、ゲンエモンとエドワードは少し遅れて出発することにした。

 迷惑をかけず、見られたくないのもあるが、水練で体を鍛えるためでもあった。体を鍛える一環、鎧武器も身に付けての行軍となり、傍目から見れば、恰好に統率が無い小規模な兵団に見えただろう。その点、さして武器や重たい防具をあまり付けないキアーラやアクリヴィ、オルドリッチにマルシアは楽だった。

 到着次第、コルトンはシショー。ロディムはベルナルド。ジャンベはカールロに弓術とナイフの扱い方を教えてもらい、マルシアはオルドリッチとヘンリクの三人で棒を打ち合う。コウシチは一人、幾つかの構えを取り、真剣を使って相手が目の前にいると想定した剣の素振りを行った。キアーラは目下、木陰で正座しながら瞑想をしていた。

 重たい装備身に付けた者同士の組合いは、シショーがコルトンの盾と体格を生かした押しに負けた。ロディムとベルナルドでは、ロディムはすっかりベルナルドの素早さに翻弄され、鞭で軽く剣を持つ手を叩かれた。戦場や怪物相手ならば、ロディムのようないけいけどんどんな戦い方は通じるだろうが、タイマンには向いてないとベルナルドは指摘した。三人の棒を打ち合う医師は、やはりオルドリッチが群を抜いていた。二人がかりでやっと同格に打ち合えた相手に、マルシアとヘンリクは素直に力量を認めた。

 

「怪我をさせてはいないだろうな?」

 少々きつくこわいろを変えたロディムに、オルドリッチはせせら笑い、「お前さんのように力任せとは違う。俺を誰だと思っている。修練で無駄な怪我を負わせる間抜けな指導はせんさ」

 

 ジャンベはカールロに礼を言うと、瞑想中のキアーラに一声かけた。

 

「キアーラさん、すみません。少し付き合ってもらいたいのですが」

 キアーラは目を開けて、おもむろにジャンベを見て、何故と問いかけた。

「いえいえ、前から気になっていたことを試したかったのですけど、中々やる機会がなくて。今日、あなたが来てくれて本当によかった。僕のしようと思っていることにお付き合いお願いできませんか?」

「で、何をするの。見てのとおり、私は他の人と違って、武闘派ではない」

「簡単なことです。僕は音を弾き、声を上げる。あなたは言霊を唱える。僕の演奏であなたの言霊を掻き消して、無効化できるか。それだけですよ」

 

 キアーラは顎に手を添えて考え込む姿勢をみせた。面を上げて、面白そうねと言った。

 

「いいわ。やってみなさい。ただし、何メートルか離れてね」

 

 ジャンベはキアーラに良いと言われるまで歩き、二十メートル位まで離れたら、止まれと命じた。

 

「私が鈴を鳴らすのを合図に言霊を唱える。あなたもその時、演奏をしなさい」

 

 了解と言う前に、キアーラはちりんと鈴を鳴らした。ざわざわと耳鳴りがし、足が重たくなっていく気がした。ジャンベは慌ててギターを下ろし、負けじと声を上げ、音を掻き鳴らした。キアーラは眠たげな半目を一瞬、ギョッと開いたが、すぐに落ち着きを取り戻し、ぶつぶつと唱えた。自身の出す音を聞いているうちに耳鳴りは止み、鉛のように重たくなりつつあった足が軽くなってきた。

 ジャンベは演奏しながら、ステップを適当に踏んでみた。足が問題なく動く。キアーラがゆっくりと近づき、蚊でも払うように手の平を上下させ、止めろと示した。

 

「その分だと、動けるようね。本気ではなかったとはいえ、私の言霊を打ち消せたようね」

「でも、前のマンティコアの喧噪やかましい状況では、あなたの呪術は普通に利いていましたよ」

「あれはあれ。そりゃ、でかい音で弱まるのは事実だけど、それだけじゃあ完全には防げない。音楽には力があるというけど、あながち間違ってないわね。世の中の儀式的な物の多くに音楽で精霊や神とかを歓迎することがあるけど、似たようなもの。ジャンベ、あなたは魂を込めてギターで音を紡ぎ、声も上げた。結果、私が念じて鈴を鳴らし、呪術を唱えるのと同じ効果を生み出した」

 

 ジャンベはうんと首を傾げた。わからないことも無いが、非常に遠回しな表現でわかりづらかった。

 

「解りやすく言えば、自分のすることに対し、どれほどの意思と力を以て挑んだか。私は中途半端な気持ちであなたを束縛しようとした。対し、あなたは本気で挑み、魂を込めた演奏で私の弱い言霊の力を物理的にも完全に打ち消し、私の呪縛から逃れた。たったそれだけのこと」

 

 キアーラは溜め息を吐いて、上の空で独り言を呟いた。「こういう説明しにくい力は悪い事にも得てして大きく働くけど、最後は必ず良い奴の方に傾くのよね」

 

 どういう意味か聞こうとしたが、キアーラは無言で木陰に戻り、また静かに瞑想を始めた。オルドリッチが一人にしてやれとジャンベに言った。

 

「彼女はたまにこうなる。こんな時に不必要に声をかけたら、仲の良いシショーでも、じろりと湿り気の帯びた上目使いで睨んでくる。俺も丸一日睨まれて、すっかり食欲を無くしちまった日がある」

 

 ジャンベはそれ以上余計なことを聞かず、キアーラをそのままにしておいた。

 一通りの稽古が住んだら、一休みをした。その間にゲンエモンとエドワードが馬を六頭率いて来た。馬を降りたゲンエモンの方へとコウシチは行き、手合わせを申しますと一礼した。

 

「急な奴だ。まあ、良かろう」

 

 ゲンエモンは嬉々としてコウシチに木刀を渡した。二人は真剣時と同じくらい打ち合わせた。激しい剣戟ではなく、一刀一刀強烈に、真剣ならばっさりといってしまう勢いで木刀を打ち合わせた。時に間合いを取り、詰め、一進一退の攻防を繰り広げた。見応えのある勝負だったが、最後にはゲンエモンが途中で自らの負けを宣言した。

 

「止めだ止め! 五十代後半の老骨には響くわい。お世辞抜きでコウシチよ、強くなった。全盛期のわしでも容易くは勝てんだろう」

「それもこれも、あなたの御指導あってのこと」

「最初はそうだが、現在の力の多くは間違いなくお前の努力の賜物。胸に張るがよい。……息子なら、肩を抱いていたかもしれん」二人は互いに一礼をしあった。

 

 エドワードはこの光景を複雑な気持ちで眺めた。父と仰ぐ人が負けたのもそうだが、ゲンエモンはよく見たら、豊かな頭髪と髭には白髪が混じり、眼には烏の足跡が刻まれ、鼻にあるほうれい線も目立つ。改めて、ゲンエモンはお年寄りなんだなあと思った。

 一体、彼は何故、そこまでして世界樹の迷宮に拘るのか。師は納得のゆくまで洗いざらい探るのが目的だと語っていたが、どうも本心には思えない。エドワードやエトリア人らとは違い、ゲンエモンやコウシチ、アヤネにしろ、黄色いっぽい肌に黒目黒髪の者たちはどうも内心を語りたがらない。コウシチも詳しくは知らないと言うし、師と、師と何か深い関係があると思われるアヤネが語ってくれるのを待つしかない。

 

「さあ、乗ろうや」とコルトンが叫ぶ。

 

 乗馬指導に関しては、このメンバーどころかエトリアでもエドワードの右に出る者は中々いない。実戦形式がいいと、武装した格好でコルトンとシショーが乗り(重たいのでエドワードが手を貸した)、コウシチとベルナルド、カールロも乗った。

 五人で周囲を散策した後、コルトンとシショーのみで全速力で走らせた。万が一にも備え、軽装のエドワードも並走した。コルトンは若干、危なっかしかったが、鎧を着たまま乗りこなせていた。シショーは文句なしの合格点。次にベルナルドとコウシチとカールロも走り、まあまあ上手く乗りこなせていた。

 エドワードはコルトンとシショーを褒めた。

 

「二人とも中々だな。コルトンはちょっと危ないところもあったが、大分、上手になったな。鎧を着た者が走ると絵になるな」

「数年にもなるかな。下手糞、馬を傷付けたいのかと言われていた日を思い出すと、あなたにそんな風に褒められる日が来るとは思わなかったよ」

 シショーはしみじみと言い、馬の顔を撫でてやった。

 

 次にそこそこ乗れるメンバーが馬の背にまたがった。アクリヴィ、マルシア、ジャンベ、オルドリッチ、ヘンリクだ。ロディムは最後に回し、ゲンエモンは彼と付き合うと言い、キアーラはあの状態でそっとしておいた。

 さすがに武装した状態での全力疾走は無理なので、エドワードとブケファラスを先頭に、軽装でしばらく辺りをゆっくりと徘徊した。回っている間、残った者たちは雑談しあうか、素振りをしたり、コウシチとコルトンにシショーは鎧を着たまま河を泳いでいた。六人が戻ったら、一旦、昼飯を取ることにした。事前に果物と肉、ゲンエモンはおにぎりなるお米を球体状や三角形に形作った食べ物を持ってきていた。匂いを嗅ぎつけて、キアーラもちゃっかりきていた。

 塩気が利いたおにぎりはよく動いた体に行き渡り、果物の果汁と井戸から組んだ清水が喉を潤す。肉を軽く炙り、頬張る。

 しばし、キアーラをならい、真夏の暑さを避けようと一同はばらばらになって木陰に隠れた。エドワードはゲンエモン、コウシチと共に地べたに座った。

「なんだか、昔思い出しますな」とエドワード。コウシチ、シショー、ラクロワ、ニッツァらと共に河を泳ぎ、競い合った日を思い出す。初めは嫌でたまらなかったが、長い期間をかけて、実戦などで鍛えたことが役立った時の快感に満ちた感動。決して楽しい豊かな青春時代とはいえなかったが、悪くはなかった。

 十数年近く。エトリアに来て、長い歳月が経ったものだ。人によっては、これほど居れば、第二の故郷といっても差し支えないだろうけど、エドワードはそう思えなかった。夢と希望、欲望に満ち溢れていた子供時代では気付けなかった自身の夢の重さ。必然的に関わることになる数々の重荷の多さを昔の自分が知ったら、投げ出していただろうか。

 ぼうっと河のせせらぎを眺めていたら、ゲンエモンがぼそりと話しかけた。

 

「突然だが、エドワードよ。裏で何をやっておる?」

 

 驚かなかった。ゲンエモンの情報網は半端ない。どこかで引っかかってもおかしくはない。しかし、明かす訳にはいかない。

 

「申し訳ありません。いかにあなたであっても、話す訳にはいかないのです。コウシチもいますし」

「拙者、(まつりごと)の類には興味はない。お主との仲だ。聞いたところで、べらべらと話さん」

「では、コウシチの言を信じ、掻い摘んでお教えしましょう。事実確認した後、道案内をして、私はある危険で大きな一芝居の役者の一員になる。抽象的でなにをおっしゃっているのかわからないでしょうが、私にはこれだけしか言えないのですよ」

 ゲンエモンはうんと頷いた。

「構わんよ。わしにも話したくないことがある。厄介事を全て片付けたら、いつか自ずと語ってくれるのを待とう」

「話は打って変わりますが、今後の探索の予定は?」

「なんせ新しい階層だ。よく解らないことが多い上、怪物も強い。対抗するには体調をきちんと整えて、武器装備もいちいち揃えなければならんし、他の者たちと同じく、今はゆっくりと行くことにしている。そういうお前はどうするのだ」

「俺も同じです。まあ、生誕祭の案内状を送る依頼が金鹿の酒場経由で執政院から来たので、その依頼を受けようかと」

 

 そうかだとけゲンエモンは言った。実は案内状を送るのは建前に過ぎないのだが、一番察しが良さそうな人に気付かれないのは幸い。よしとゲンエモンは立ち上がり、剣の稽古をしようと誘った。

 

「弓や馬術では一歩譲っても、剣の腕前ではまだ衰えてないのを見せてやろう。お前さんがどの程度、鍛え上げているのかも見たい」

「手加減はしませんよ」

 

 エドワードは実に数年ぶり、ゲンエモンと剣の試合をした。休んでいた者たちがこぞって外野に回り、二人の打ち合いを見物した。ゲンエモンは攻めて攻めまくり、エドワードは防戦一方であったが、たまに鋭く大胆な一撃を入れて、ゲンエモンの剣先を緩ませて反撃に転じてみせた。非常に長い、良い試合だった。六分後には遂にエドワードが一本取られて負けた。

 エドワードはひりひりと痛む左手の甲を抑えた。手甲も付けていたので軽い痛みで済んだものの、木刀ではなく真剣なら鉄で出来ていた手甲ごと手首が血飛沫と共に地面に落ちていただろう。

 

「参りました。剣ではまだまだ敵いませんな」

 

 どうだと微笑みながらも、ゲンエモンはエドワードの成長を認めた。

 

「いや、わしも危なかった。後一年か半年もすれば、立場が逆転するかもしれん。では、今度はわしからお前さんに弓と馬術を教えてもらう番だ」

 

          *――――――――――――――――――*

 

 十月一日、全エトリア人には待ちに待った日。次なる年の豊穣祝いとエトリア国家の誕生祝いも兼ねたエトリア生誕祭の開催。祭りは四日に渡り催される。

 豊穣祝いが始まる前にエドワードはオルレスに呼び出されていた。

 エドワードはゲンエモンに言ったとおり、エトリアの方々と近隣諸国にまで入り、地図が無くとも頭の中にしっかりと地形を叩き込んだ。その間、五階層の探索は手付かずの状況であったが、案内状を送る依頼の報酬は普通に探索するより実入りが良かったので、文句を言う者はいなかった。完璧に記憶したのを知り、オルレスはエドワードに満足げな表情を見せた。

 

「エドワード君、よくやった。君の記憶力と行動力、決意は賞賛に値する。後は最後のテストをクリアするのみ。それまでの間、ゆっくりとご家族と仲間たちと祭りを楽しむがいいさ」

「祭りの間は大丈夫なのか?」

「それぞれの国には、連合の平和維持の為、他国を拠点に我らに情報をもたらしてくれる諜報員や協力者などがいる。彼らが調べうる限りでは、賊どもは今の所、目立った活動はしていないらしい。生誕祭開催中に襲来する可能性は低い。行く前にひとつ、聞きたいことがある。あの二人はどうかね?」

 

 あの二人とは、レンとツスクルのことだろう。エドワードは首を振り、大しておかしな様子を見せていないとオルレスに伝えた。

 

「一つ言えるのは、恐ろしくスピードが早いことだ。もう、三階層に到達したようだ。しかも、たった二人で。本人たちは戦闘を極力避けているからと言い訳していたが、相当腕前が立ちそうな二人だ。並の樹海生物では歯が立たんだろう」

 

 エドワードは言うべきか迷ったが、オルレスに二人に関することなら些細な事でもいいから教えてくれと言われて、約束していたので、教えておいた。

 二人は人付き合いに関して消極的であること。人脈作りは冒険の成否どころか生死に関わることもあり、積極的に挨拶ぐらいはしといたほうが良さそうなのに、二人は他人と顔を合わそうとせず、目立たぬよう、街の陰から陰へと移動しているみたいである。エドワードも滅多なことでは二人に会わなかった。最後に会ったのは一三日前で、道で通りすがりに会い、こちらから呼び止めて、短い会話をした程度。三階層到達はその時、レンの口から直接聞いた。ツスクルは相変わらず無愛想に無口であった。

 

「気に留めるほどでもないだろうが、ゲンさんとは一度も顔を合わせてない。二人が来たばかりの頃から大分経つが、互いに顔すらも認識していない。何故だろうな」

 

 オルレスはさあと言い、エドワードの背を見送った。

 レンとツスクルは話を聞く限り、白とも黒とも言い難い。オルレスはエドワードに伝えていないことがあった。人目を盗み、隼などに手紙を括りつけて輸送しているのを衛兵の一人が目撃していた。衛兵の証言はあやふやで、カースメーカー特有の黒や茶のフードマントを着ており、人相風体も確かとは言えなかったが、二人の背丈からして、オルレスは例の二人だと睨んでいた。

 人付き合いを避けるのはともかく、武を志す者として、ゲンエモンなど腕の良い武芸者達ともっと会ってもいいはず。本人も自ら鍛えるとのたまっていたようだから、他の者と手合わせしたいとか、話を聞きたいと思うはずなのでは。人には人の考えがある。本人なりの考えがあり、そうしているのなら、誰かに迷惑をかけている訳でもないし、否定もできない。

 世界樹の迷宮はもちろん、エトリアでの人の繋がり。地形。街角にある穴場の数をゲンエモンは自分以上に知っており、綱もある。しかし、ゲンエモンほど太いパイプを持つ人物ですら、二人をあまり認識していない事実をオルレスは酷く不安がった。

 かくいうオルレスも二人とは直接の面識が無い為、どうにもならず、罪を犯したわけでもないから、執政院ラーダにも呼びつけられない。以前、適当な理由を付けて呼び出そうとしたら、エトリアの法律を列挙して、超越行為を市民に知らせてもいいとさりげに脅しも添えて手紙を突っ返されたので、迂闊に呼び出せない。しばし、密かな監視を続けるほかなかった。

 偶然通りかかり、エドワードの家族を助けた。この話を聞いた時から、オルレスは二人を怪しんでいた。一方、当の本人はあまり二人を疑っていなかった。衛兵からの呼びかけで、オルレスは豊穣祝いに参加する時間が来たのを知った。堅苦しい白い衣装を脱ぎ、灰色のローブをまとう。

 今年が雨雲班であり、オルレスは自らの不運を嘆いた。風邪をひかなければいいけど。

 一日目は豊穣祝い、二日目以降は生誕祭という名のお祭り騒ぎ。エトリア人のみで行われるため、派手に装飾しているわりには、街は静かである。他国の者たちへの配慮で、この日は本都市から離れた町村の宿に泊まるか、もしくはエトリア側が支給した仮説宿営地で待機していた。緑ローブ、黄ローブ、灰色ローブに別れた一団を冒険者などの他国の者らは、窓からじっと眺めていた。緑は大地、黄は太陽、灰色は雨雲をイメージ。三色のローブを着て、エトリアの土地に住む数多の精霊や土地神たちに今年も農作物が取れたことへのお礼、来年の豊穣を願い奉る。

 黄ローブの者たちは、ローブを着ている事自体が祈り届けていることになる為、何かを持ったり、する必要は無かったが、緑と灰色は違う。緑ローブの者たちは土が入った容器を肌身話さず持ち続け、灰色ローブの者たちは水を被り、終わるまでぐっしょり濡れた衣服を着続けなければいけない。エドワードは、オルレスが嫌がる気持ちも理解できた。

 外壁の外ではエトリアの首脳陣が挨拶をして、それぞれのローブの長が代表となり、精霊と土地神へ一字一句間違わずに祈りと感謝の言葉を捧げる。他の者たちも長に倣い、輪唱する。

 一通りの儀式が終わった後、今度は武装した一団が本都市に入り、世界樹の巨木を目指して行軍しだした。

 一軍の先頭を行くのは、ドナ・A・トルヌゥーアの他、武器屋の少女店主シリカまでいる。ドナは女傑(じょけつ)アジロナの子孫であり、エトリアが国として成立する前、古くから住んでいた民族の末裔でもある。世界樹を神と崇める一族が存在しており、詳しく書かれたエトリア伝承では、賢者が地上に現れるよりも前、神を我が物にせんと、無謀にも一族総出で巨躯なる三竜に戦いを挑み、根絶やしにされたと記述されていたが、実際には一握りの者たちが生き残り、今日まで細々と生き延びていた。アジロナの血は引いてないが、シリカと祖父母は原住民の血を受け継いでいた。

 エトリア人には大切な行事でも、そうではない冒険者には、退屈極まりない一日。当然、四日間はエトリア側から迷宮禁足の札を貼られてしまう。アクリヴィは興味津々といった風情で、マルシアも乗り気だったが、男四人は退屈していた。

 祭りの一日目は本当に暇だ。手帳に記録したことを見直したり、雑務をこなしたり、レッドユニティの者たちと情報交換をしつつ、雑談も交えて時間を潰した。早いとこ、馬鹿騒ぎが待ち遠しい。

 

 

 

 翌日はからっとした晴天で、祭りには絶好の日和。豊穣祝いの効果があったかと、エドワードは思った。

 長鳴鶏の館の部屋には、椅子に座ってパイプの煙をくゆらすコルトン以外、誰もいなかった。祭りの日に合わせ、探索のみならず、引っ越しを手伝って欲しいなど本都市や周辺の町村の依頼も受けて、金銭的余裕が生まれた。一人、千八百エンまでの無駄使いなら良いとエドワード自ら許可した。千八百以上は自腹を切れと加えていた。

 ロディムはマルシア、アクリヴィの三人で行き、ジャンベはバジリオら若い連中と同行したと、コルトンはエドワードに説明した。コルトンは窓の外を眺めた。

 

「俺は気が向いたら、適当にそこらの露店でも冷やかしにいくよ。外は人でごった返ししているからな」

 

 エトリアは今、大勢の人で賑わっていた。ありとあらゆる国から人が来ており、様々な国や地方の特色を表した服装を着た異国の者たちが飾り付けた都市をより一層きらびやかなものにしていた。白い顔もいれば、黒い顔、赤っぽい顔から黄色い顔の者もいる。随所で旗揚げされた、緑の布地に黄色く樹の模様に染め抜かれたエトリアの国旗が歓迎するようにはためている。

 建物と建物の間には、一般の者たちが自由に創作した大小様々な提灯が建物同士に結ばれた綱からぶら下がっている。侍たちが普通の形と呼ぶ者もあれば、等身大の騎士を象った者から、ドラゴンに悪魔、かぼちゃを人の顔にくりぬき虚ろな笑みを浮かべた不気味な提灯まである。

 所狭しにエトリア人と異国人の露店が並び立ち、いつもの買い物市とは比べ物にならない艶やかな装飾をし、店主と店員、丁稚たちの威勢の啖呵が轟き、負けず劣らず群衆の声が更なる交響を生み出している。

 今日ばかりは冒険者たちも冒険には行かない。どちらにせよ、要望・要請が無い限り、三日間は迷宮へと足を踏み入れてはならないと執政院ラーダが通達していた。祭りの中、血と汗臭い連中に通行されてはたまったものではないから。

「俺も楽しむか」と言って、エドワードも祭りを満喫することにした。午後の祝宴の演奏には、ジャンベも参加する。それまではぶらぶらと、エドワードは流れに身を任せて歩いた。人々の活性に気圧されつつも、アクリヴィたちやジャンベらは楽しんでいるのだろうかと思った。

 その頃、マルシアとアクリヴィを連れて祭りを散策していたロディムは少々不満だった。てっきり、二人きりになるのを期待していたが、アクリヴィが行くと言い、マルシアも喜んで一緒に行きましょうと言ったので断れるはずもなく、ロディムは同意した。どちらにせよ、相手がアクリヴィでは、自分がいくら言葉を並べても、言い負かされるのは目に見えていた。

 本人を象徴したかのようなふわりとした緩やかな黄金色の髪、新緑の瞳がたおやかに微笑む白衣の美女。

 美形と言えないことも無いが、真夏で暑いから、リネンの薄めなシャツを着ており、そのせいで余計に鍛えられた肉体が目立つ、尖がったまなじりと金髪ロングストレートの大女。

 デートに見えなくもないが、双方のアンバランスさで奇妙である。サンダル履き、茶色のだぶついたズボンに上着という出で立ちの自分は、さしずめ身分の良い姉妹二人のお付き人に見られているかもしれない。

 実際、そのとおりであり、他国の物売りに呼び止められた際、商売人は二人のほうばかりに喋りかけ、ロディムを見向きもせず。しまいには、凡夫に荷物を持たせればいいとまで言われてしまった。商売人の発言に切れたロディムは喉に金を詰まらせて死んでろと罵声を浴びせたら、ロディムは早足で立ち去り、二人も少し遅れて後を付いた。

 

「黙って去れば、少しは格好が付いたのに。安い悪口は自分の育ちが悪いと言ってるようなもの」とアクリヴィ。ロディムはぴくぴくと頬を引きつらせた。

「じゃあ、なにか気の利かした言い回しをお教えしてくれないか、学者さんよう?」

「色々とあるけど、言いたい奴には言わしておけばいいと言っておくわ。人を外見で決めつけるあの商売人の方がもっと質が悪いから、安心しなさい」

 

 どういう意味だと問い返そうとしたら、マルシアが二人の間に割って入り、にっこりと微笑んだ。

 

「せっかくの縁日ですし、いがみ合うのはやめましょう? ねっ」

 

 同性から見ても、素直に綺麗で可愛いと思える美人。そんな人に微笑まれては、ロディム然り、大抵の男はそうかと引き下がる。

 ロディムは機嫌が良くなったが、直後にまた、少々気が悪くなることが起きた。

 マルシアは紫模様で統一されたエスニック風の露天喫茶を指し、一息付こうと言い、ロディムは喜んでと答え、アクリヴィは会釈した。店の奥では肉と野菜が所狭しに並び、客の注文に合わせて、店員が濃ゆい調味料とトッピングした料理を提供していた。

 グラディウスのベルナルドとカールロが露天喫茶にたむろしており、サイコロで遊んでいた。二人はよくつるんでいることが多く、数字を元にして競い合うのを好んでいた。席が一杯であり、どうしようかと見渡していたら、ベルナルドは三人に手を振った。今回もまた、ゲームをしていたらしく、カールロはロディムをいぶかしみ、ベルナルドはようしと小さくガッツポーズをし、ようと声をかけた。

 

「両手に花とは良いご身分だな」

「それより、なんか嬉しそうだな。俺たちと会えてそんなに嬉しいのか」

「賭けをしていたんだ。この店にいて、知り合いが九人来るまで待つ。男が多いか、女が多いかで賭けていた。今、女は計四人で、男はお前で計五人目。俺は男に賭けていた。だから、俺の勝ち」

 

 さあとベルナルドはカールロに手を突き出した。カールロはああ、とだけこたえた。二人は食事代を賭けており、カールロは負けた。さっきのロディムをいぶかしむ目付きには、そういう意味があったのかと知り、ロディムは不快に思った。賭け事するのは勝手だが、対象にされた挙句、自分の存在を煙たがられるのは腹が立った。ロディムは声を荒げた。

 

「用は済んだんだだろ。さあ、行った行った!」

「悪かったって」とへつらいながら、ベルナルドは五十の数字と森の絵が印刷された金券を三枚置いた。

「ここのマンゴーという果物は意外と美味い。それ食って、機嫌を直してくれや。次行こうや、カールロ」

 

 カールロも無言で立ち上がり、支払いを済ませた。許してやるかと、ロディムは溜まった不満を出すようにふんと鼻息を吹いた。二人に譲られた席に遠慮なく三人は座った。マルシアは思ったことを口にした。

 

「似ているわよね、あの二人」

「誰に」とアクリヴィ。

「エドワードとコルトン。カールロはエドワードをもっとブスッとした感じで、ベルナルドはコルトンをもっと軽薄にした感じだけど」

 

 注文を取りに行くと、自ら席を立ってロディムがカウンターに向かった間、マルシアはアクリヴィに尋ねた。

 

「さっき、なんて言うつもりだったの?」

「奥手ボンクラ童貞くん。下には下がいる。まだあるけどやめておく」

 

 酷い人と言いながら、顔は笑っていた。小悪魔めと思いながら、アクリヴィはマルシアを嫌いになれなかった。彼女の医師としての腕前、自らの職業から来る責任と意志の強さは知っていた。また、相手がモリビトであろうと、病人や怪我人に国境はないと処置をする心広き優しい一面も。強い力と父親的な威圧でロディムを大人しくさせているエドワードと異なり、彼女の前では自然と大人しくなる蛮人の態度も納得できる。

 ロディムと店員が来た。ロディムは手に三つのマンゴーを持ち、店員は両手と頭に皿を載せていた。肉汁沸き立つ赤っぽい野菜料理、マンゴー、続いて店員は果物を絞った果汁入り木製カップも三つ置いた。

 マンゴー代を除き、二つ合わせて二四〇エン。高くはなかった。味も良く、満足のゆく軽食だった。

 食事を済ませたら、ぶらぶらと辺りを散策し、花桜の館に着いていた。紅葉をイメージした艶やかな着物のアヤネ女将、可愛らしい女性と逞しい男性のおもてなし、和洋折衷の宿。物珍しさに異国の者たちが集まり、行き届いた接客に満足な表情をみせていた。係りの者をよく見たら、オルドリッチやコウシチなど、この宿を拠点にしている冒険者たちも手伝っていた。紫の着物のシショーは中々見栄え良かった。

 キアーラは黒い天幕に居座り、占いや人生相談をしていた。白い印象に身を包んでおり、頭には金細工のネックレスを身に付けて、紫の髪と色白な肌の透明さを際立たせていた。キアーラの声と姿、淡いバイオレットの瞳に魅かれて、そこそこ客足があった。

 熊のような髭面が目立つパスカルらも商売していた。パスカルが啖呵を切り、小柄なヤルヴィネンが演奏で人を呼び、太っちょメディック・ティッグロが軍隊バチの軍隊バチの蜜入りタルを運び、褐色肌の美女ダマラスが杯に蜂蜜ジュースを注いでいた。

 宿の入口近辺には、武装した連中もいた。エトリアの兵士もいれば、見慣れない格好の兵士もいる。

 客が積極的に手伝いに回るなど、宿の質と女将の人柄が窺える光景である。アクリヴィは、健康相談と書かれた天幕にいるオルドリッチに話しかけた。

 

「遊びに行かないの? あの二人みたいに」

 オルドリッチが答えた。「馬鹿騒ぎより、気の利いた者同士で過ごすのが性に合ってるんでね。やることもないし、普段、お世話になっている女将さんに恩返しをと。ただ働きじゃないさ。腕によりをかけた料理を振舞ってくれるって約束したんだ」

 

 コウシチは聞くまでもなかった。理由はオルドリッチ同様だが、ゲンエモンに引き取られて以来、アヤネは彼を実の息子のように接した。コウシチは親を知らず、アヤネを実の母のように慕い、祭りの手伝いも喜んで引き受けていた。

 エトリアの兵士と他国の兵士がいる訳も聞いてみた。

 

「物好きな要人が数名、泊まりに来るんだとさ。その打ち合わせていうか、来るまで暇だから、雑談でもしてるんだろ」

 

 要人と聞いて、アクリヴィは思い出した。昼間も過ぎる頃、各国の王や首相が祝いの為、来訪する。歓迎式典はアジロナ外壁の内側で行われる。演奏もあり、その中には今朝、レッドユニティと遊びに行ったジャンベとバジリオも音楽隊の一員として参加するはず。人の流れもそちらへと向き始めていた。

 

「ジャンベも参加するらしいし、歓迎式に行かない?」

 

 いいぜ、いいわよと二人は答えた。

 ヴィズル以下、エトリア自衛軍総轄大隊長ミルティユーゴ、オルレスなど、執政院ラーダの主だった面子がお迎えの場に立っていた。

 民衆は、自分達の国の首席や各国の主賓や行列がどんな物かと期待していたが、それ以上に楽しみなことがあった。山車(だし)(かざり)屋台とも呼ばれる車輪付きの屋台である。

 到着した各国の要人を、どどおんと祝砲が雷のごとく轟き、直後、盛大にラッパが吹き鳴らされた。派手な装いの騎士や戦士に囲まれて、連合を中心にした各国の要人たちが集結した。ヴィズル長が一人一人に歓迎の意を述べ、頭を垂れた。

 エドワードはここで、コルトンと出会い、アクリヴィら三人とも合流した。ジャンベが後列でヴァイオリンを弾いているのをエドワードが見つけた。赤い楽団の衣装は中々様になっていた。近くにはバジリオもいる。

 言葉が国々の代表者たちの長い祝辞が終わり、高く造られた傍聴席を上り、いよいよ山車の登場である。

 巨竜が三頭、現れた。暴虐な火竜、冷徹な氷竜、最凶な雷竜。作り物ではあるけど、精巧に作ってあり、鱗の一枚一枚まで再現されている。

 火竜は火を吹き、氷竜は氷の息吹を模した白い綿毛を時折噴き出し、雷竜は身体のあちこちから、雇われたアルケミストらが極小に威力を抑えた雷の術式を放ち出す。中にいる何十人もが懸命に車輪を押し、回している。山車の一番手は毎年、三頭の巨竜が先導を率いるのが伝統になっている。

 三頭の背にはそれぞれ、弓を持つ屈強な男と年老いた老人がいる。アルソールと彼に助言した賢者である。アルソール役が手に持つのは、サジタリウスの矢。錬金術師が生み出した最高にして最悪な兵器だが、残りの矢は行方知らず。半ば伝説と化したもの。アルソール役の男たちは手を振りつつ、弓を射る仕草をして、賢者はアルソールに助言をしながら、簡単な手品も披露していた。

 その後、続々と山車が通り過ぎていく。山車の上が舞台劇となる物や、単純に豪華絢爛さを追求したものまで。山車の合間には道化師や手品師、曲芸師、音楽家までいる。歓迎の演奏が終わり、着替えたジャンベはバジリオと二人で五人にこっそり近づいた。エドワードとコルトンは察し、後ろを見たが、見てみぬふりをした。ジャンベは息を殺し、ロディムの背をぽんと叩いた。

 

「うぉっ!?」

 

 ロディムは驚きのあまり声を出した。ジャンベとバジリオ、エドワードとロディムは笑い声を上げた。

 

「いくら人が多いからって、まだまだ甘いなロディム」とコルトン。

「うるせえやい!」ロディムはジャンベの首に腕を回すと、こいつめと数回頭をはたき、ついでにバジリオの頭もひっぱたいた。

 銀髪をさすりながら、バジリオは悪びれもせずににやけた面で言い訳した。「濡れ衣だ。見ていただけで、なにもしていない」

「その時点で同罪だ」

 

 では、これにてと、そそくさとバジリオは去った。

 山車は、一日目は本都市をゆっくりと回り続ける。せっかく、六人が揃ったので、金鹿の酒場にでも行って食事をしようとマルシアは提案した。

 道中も混雑していたが、金鹿の酒場の賑わいは想像を超えていた。店の外にまでびっしりと人が並んでいた。美人店主が経営する、味と値段が良い酒場の評判は他国の物見好きな耳に伝わっていたのか。とにもかくにも、一時間では入れそうにない。今回はサクヤ女将も商売っ気をみせて、来た客を逃すまいと、自ら外に出て、指でつまめる小さなお菓子を配り、サービスに勤めた。ホープマンズの所に来たら、エドワードに「忘れないでね」と耳打ちした。

 エドワードは二つの約束をしていた。

 一つは、明日は家族と遊ぶ約束。甥のエウゲドロスは少し、エドワードに慣れてきた。当初は全く懐いてくれず、近寄ろうともしなかったのを思えば、嬉しい限り。歳が近い子にも友達ができて、風評被害で苛めに遭ってないのも良かった。

 そして、二つは荷運び。荷といっても、単なる手紙なのだが、腕の良いレンジャーで尚且つ馬も乗れる人物ということで、エドワードにご指名がかかった。商売上での女将の知り合いらしいが、詳しくは教えてくれなかった。使者を経由して、エドワードを名指しした。断る理由もなく、女将はできればとエドワードに頼んだ。

 

「祭りの四日目、夜遅くてもいいから、港に来てほしいと言っていたわ」

 

 祭りの四日目、夜遅く。急な依頼だが、四日目は特に予定も無かったので、ブケの散歩と小遣い稼ぎにでもと気軽に引き受けた。四日目には数々の山車の到着地であり、二百発以上の花火も打ち上げられる予定。夜、一瞬だけ花開く巨大な芸術品を観るのは祭りを見に来た者たちにとって、最大の楽しみだった。家族とも会えるだろう。

 結局、酒場の混雑具合で無理と判断し、適当な露店で飲み食いしつつ、長鳴鶏の館に戻った。

 

 

 

 一方の身内とのお付き合いの次は、本当の身内との付き合い。エドワードは早朝、門を通り、ゲル内の家族に会いに行った。母エウドラがおはようと挨拶した。中と外にも、多くの者が寝泊まりしていた。基本、客人は歓迎という風習があり、この者たちは宿が取れなかったため、一族の者たちが寝床を分け与えていた。

 

「良き日和だ。エドや、エウゲドロスはもう少しで目覚める。それまで、喉を潤しなさい」

 

 ゲル内では妹とフェドラ、夫のヴァンが迎えてくれた。ヴァンは眠たげな甥の顔を拭き、フェドラは炉で火をおこし、調理していた。今でも信じられない。妹の手料理を食べられようとは。

 匂いを嗅ぎつけて、続々と他の者らも起き始めた。「食材をくれたの」とフェドラが説明した。

 遠慮なしにお玉ですくって食べる者もいれば、自前で用意した物を食べている者もいた。エドワードもお椀一杯分をもらった。朝日が昇り、活気がましてくる頃、寝泊りしていた者たちは出て行った。

 

「大変だったな」

「たまには、こんなににぎわうのも良いですよ。色んな話を聞けて、あの子にも良い経験になりましたしね」

 

 ヴァンはにこやかこに答えた。肌は日焼けし、元から逞しい体には更に筋肉がつき、頼もしくなった。妹と甥も幸せそうだし、二人が出会って本当に良かった。エドワードは約束通り、祭りの三日目は家族と一緒に過ごした。普段の殺伐とした光景は忘れ、思うがままに休暇と祭りを楽しんだ。母は精力が蘇り、曲がっていた腰が段々と伸びていき、昔のように真っ直ぐに立ち始めて、杖が要らなくなってきた。フェドラは来た頃よりも断然に表情が明るくなり、ヴァンには安心して家族を任せられる。甥は飲み込みが良く、同年齢の子より技術的には劣るとはいえ、馬術が上達してきた。

 こんな時間がずっと続けばいいのに。そう思わずにはいられない。

 遊び疲れて、帰りではエウゲドロスをエドワードが二人に替わって背負った。小さく、脆そうだが、暖かさと脈打つ命を肌身で感じる。だが、線引きはしないといけない。これ以上は、自分にも良くないし、たまにならともかく、妹の家族の時間に自らが突っ込み過ぎるのはよくない。僅かに遊べる余裕はあるが、一族は完全に復興したとは言えないし、そこで産まれ育った者はこんなにも凄い、決して落ちぶれてはいない事を正銘する為にも来たのだから。

 四人をゲルまで見送り、本都市にある館に戻ろうとしたエドワードに、フェドラが今更な注意をした。

 

「エドワード、見知らぬ人に付いて行ってしまっては駄目よ」

「子供ではないから、さすがにありませんよ」

「親にとっては、今がどんな地位や身形でも、子供はいつまで立っても子供なのよ。それに、あなたが裏でこそこそしているのをゲンエモン様から聞いているのですよ」

 

 これに関しては、余計なお世話と師匠に言いたかった。エドワードは母と妹、甥、義弟にお休みと言って別れた。

 十月四日。祭りの最終日。

 大量の山車が到着し、港町は最も賑わい、本都市のほうは少々人混みが薄れてきた。帰り支度をする者らも僅かに散見された。そろそろ、終宴を迎えつつある。館にある日時計を見なくても、太陽の位置からして、時間にして一三時頃と察した。港町ソロル・エトリアまでは徒歩で平均五時間。馬で行けば十分、間に合う。

 今日もまた、コルトン一人しか部屋にいなかった。三日目の半ばで祭りに飽きたらしく、剣で素振りをしたり、人々の喧噪を眺めて退屈を凌いだ。コルトンは聞かせるようにぼやいた。

 

「こうも平和だと、張り合いがないていうか。物足りないな。まあ、血生臭いのよりかはいいが」

 

 エドワードはそうかとだけ答え、行ってくると手を振った。「夜には帰ってこられるだろう。明日は早いぞ」

 

 コルトンは気怠そうにおうと返事した。すっかり、ふ抜けているが、戦いとなれば人が変わったように働いてくれるのは知っている。いわば、力を溜めている状態。

 金鹿の酒場に行き、女将から封筒に挟まれた手紙を受け取る。

 

「言うまでもないけど、手紙は見ないでね」

 

 行ってらっしゃいと女将に見送られて、エドワードはブケファラスに乗り、港町を目指す。人が多くいる整備された道は避け、森沿いに沿って移動した。例年と比べて幾分、人は少なかったが、こうして無事に祭りが開催されているのを見たら、何万もの盗賊に狙われている事とか、少し前にモリビトと合戦をしたのが嘘のように思える。

 途中で小休止を挟みつつ、少し陽が傾いた頃、港町に到着した。これが最後だと、本都市並みに活気づいている。いつぞやのような、門兵たちによる嫌がらせもなく、無事に到着した。元冒険者であり、ゲンエモンと面識がある信頼がおける宿の番台に馬を預け、歩きで待ち合わせ場所の倉庫に向かう。エドワードはちらりと何度か振り返った。どうも、着けられている気がする。手紙の受け取り人だろうか。

 人が多く、船着き場にある倉庫まで時間がかかった。山車が通り過ぎた後で、まだ人が多い、道を変えようとした矢先、もしと尾行者と思しき人からが正面から近づき、声をかけた。派手な身形、胸元の開いた青いドレスにそそられるうなじ、豊かな金髪をまとめた髪、濃い化粧。一目で水商売の女だと解った。

 

「悪いが用事で来たのだ。他にもっと元気そうな連中とお盛んしてくれ」

「私にだって、人を選ぶ権利はある。あなたは他の男より逞しく、一途。そう思えたから声をかけたの」

 

 女はじっと、青い眼でエドワードを見つめた。エドワードはじゃあなと言って、女を無視した。こんな女を喜んで抱く男の心情がいまいち理解できない。自由を忘れた者に魅力を感じない。とはいえ、金を稼ぐ方法がこれしかないのを思えば、多少、同情はした。しかし、ある一言がエドワードの興味を女に向けさせた。

 

「あなたの一族について知っていることがあると言っても?」

 

 エドワードを女を一瞥した。鉄のような冷たい眼差しで睨まれて、たじろいだが、すぐに平静さを装った。着けていた時から思ったが、ただの商売女ではないらしい。

 

「ここは人が居すぎている。もっと、静かな場所に行きましょ」

 

 妖艶な笑みを浮かべ、右手の親指と人差し指をくっ付けて歪な丸いマークをみせた。金を寄越せと言いたいのか。エドワードは母の注意を思い出したが、話を聞くだけ聞いてみることにした。下手な動きをみせたら、最悪、ナイフでもちらつかそう。この場慣れた感じの女がそれで引けばいいが。

 二人は人目を避けて、どんどんと暗い路地裏に向かった。挟み撃ちされたら不味いなと思ったが、他に自分を見る目は感じない。余程気配を隠すのが上手いのか、女一人だけなのか。

 ここでと女は止まった。比較的表通りの近くである。何故と首を傾げつつ、女の動作を待つ。後ろを向いて、取り出す物があるからと女は言った。エドワードは断った。背後からぐっさりやられちゃたまらん。すると、「ならいいわ。知りたくなければこの話はなしよ」と強気に言い放った。もしかたら、有益な話かもしれない。仕方なく、エドワードは離れて出すよう言った。これなら、対応できるはず。

 六歩離れて、女に背を向けた。女が妙な動作をしても、対処できるよう意識を集中した。そして、女は動いた。ただし、叫んでだ。女はあらん限り、絹を裂くような悲鳴を上げた。このとまんまが自らの愚かさを罵りつつ、振り返ったら、女は凄い勢いで短刀を構えて突進してくる。構えから女が鍛えられた者だと一目で見抜ける。

 頭よりも前に、窮地に身体が本能的に動いた。エドワードは体を横に捻ってかわし、その勢いで女の横面を思い切り殴り飛す。女はナイフを手放した。女は石で舗装された路地にしたたかに頭をぶつけ、動かなくなった。エドワードはハッと、駆け寄り、女を抱き起こした。殴られた勢いで頬と唇が裂けて歯が折れ、石にぶつけた際に額が割れて、血が流れている。それでも、息はあった。

 

「しっかりしろ。死なれちゃ困る。お前には話してもらうことが沢山ありそうだしな」

 悲鳴を聞きつけたのか、人が集まってきた。かなり不味い状況だが、下手な弁明は後だ。

「おい、医者を呼んでくれ! 早く」

 女は喘ぎながら、エドワードに話しかけた。

「く、薬を。腰の袋にあるわ。早くして、痛くて死にそう」

「塗るのか? 飲むのか? 痛みを止めるのか?」

 

 女は三回とも首肯した。とにかく、万が一に備えた薬があるという訳か。エドワードは女の腰を探り、袋の中身をぶちまけた。布に包まれた小瓶があり、液体が入ってる。

 

「塗るのか」

「塗って……飲ませて」

 

 疑問に思わず、エドワードは女の額と頬に薬をかけ、最後にぐいと飲ませた。避けた唇に薬が染みて、女はううと呻いたが、全て飲み干した。

 

「さあ、終わりだ。次は傷を巻……」

「ええ、あなたの終わりよ」

 

 女は引きつった笑みを浮かべた。避けた唇で笑っているため、非常に痛々しい。どういう意味だと問いかけるも、女の異変を感じた。女はか細く、エドワードにしか聞こえないで話した。

 

「失敗すれば、私は用済み。でも、ただでは引き下がらない」

 

 まんまと嵌められたとわかり、エドワードは急いで女に薬を履きださせようとしたら、おいとドスの利いた声で呼び止められ、何本もの槍を向けられた。港町の守備隊だ。たまたま、近くを巡回していたのだろう。何人かには見覚えがある。

 

「これはこれは、英雄さん。人殺しは戦場に限られた事ですぜ」

 

 あのねちっこい、嫌味を言いあった門番だ。法律を盾に、憎たらしい相手を好きなだけ取り調べできるのを知り、醜い喜びで顔が歪んでいる。手には樫の棍棒が握り締められてる。

 

「ようやく本性を現したな。国土を犯す、汚い馬乗りめ」

「それより、この女を助けろ! 薬を吐き出させる」

 

 女ががくがくと震えだした。やはり即効性の毒か。背中を向けて、叩いて吐き出させようとした、二本の槍の柄で痛烈に左肩と手の甲を叩かれてしまった。門番がこいつを連れてけと仲間に命じた。数人のがっちりした男に抱えられ、女から引き剥がされた。

 

「待て、女を助けろ」

 

 驚いたことに、門番は女も連行しろと命じた。エドワードは男を罵倒した。

 

「この馬鹿! あれを見て、なにをしたら良いのかわからんのか、犬畜生の小役人が!」

「演技かもしれん」男は冷たく言い返した。

 

 女にまんまと騙され、男の度を越した態度と頭の悪さに切れて、エドワードは叫び、抱えた男たちを引きちぎるように力一杯振りほどいた。男たちはもんどりうって倒れ、あまりの怪力ぶりに門番はギョッとして身を引いた。

 女の元に駆け寄ろうとしたが、既に手遅れだった。女を抱えた兵士二人が女に声をかけながら、揺さぶっていた。女は揺さぶられるがまま、動かない。口から血泡混じりのげろを吐き、半目に開かれた瞳は虚ろ。手遅れである。相当有益な情報を持っていたはずの者が死んだ。そして、自分の無実を証明してくれる者も。

 エドワードは大人しく、連行された。これ以上の抵抗は無駄。自分の死を早めるだけ。モリビトの時はまだ、人間的といえる扱いをされたが、同じ人間である彼らは、モリビトのようには扱ってくれないだろう。エドワードは絶望しなかった。自分が帰ってこなかったら、仲間が来るはず。ゲンエモンやオルレスも来る可能性はある。一人ではないのだ。

 今の自分にできることは、決して罪を認めず、いかなる取り調べでも必ず耐えることだ。

 




一日連投稿するのはどんな物かと思い、二話分貯めたら、かなりの期間が空いて、申し訳ございません。

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