世界樹の迷宮 光求めし者達   作:鞍馬山のカブトムシ

25 / 43
二三話.巨人討伐

 冒険者窓口室長執務室にて、エドワードはオルレスと向かい合わせで座っていた。毎度ながら、執務室の緑色のソファは座り心地がいいなと思いながら、エドワードは迷っていた。

 

「儲かってはいるかい?」

 

 エドワードはこくりと頷いてみせる。先日の地竜退治による報酬は相当な額を得られた。全体共用資産に三千回し、一人頭二千エン弱で分け合っても、なお余るぐらい。もっとも、余ったお金は仲間の了承を得て、六千エンは復興資産貯蓄に充てた。

 

「そうか。その分だと、”農閑期”に入っても、大丈夫なようだね」

 

 やや皮肉っぽく、オルレスは農閑期という単語を強調した。普段なら気にしないものの、やや寝不足なのでいらついた。

 モリビトとの合戦、親階層に着いた興奮もそろそろ冷めてきて、ゆっくりと探索していこうではないかという時期に入ろうとしていた。実際の農閑期とは異なり、いつなんどき、そういう風になるかは不明だが、エドワードも無理して進まず、ここらで一旦、一山当ててから、自然とゆっくりと探索していく気になっていた。だからこそ、地竜退治なんていう危険な依頼を引き受けた。

 それをまた、この眼鏡をかけた執務長殿が無謀を承知で引き受けてくれと言ってきた。

 

「人にはゆっくりと仕事をする時も必要。私もようく理解できる。だから、ゆっくりと冒険をする前にもう一回だけ、危険を冒してくれないかね。我がエトリアも大事な時期に入ろうとしているのだ。何も君のパーティだけで倒せとは言っていない。他にも協力を頼んでいる。報酬は山分けとなるが、我々ラーダ側からも払うから」

「誰が協力をするんだ? できれば動機も添えて」

 

 オルレスは待ってましたと、慣れたように参加したパーティの名前。あるいは、パーティ代表者の名を上げた。知っている者も多く、ゲンエモンやグラディウスの名も上げられた。ゲンエモンのように、何とかせねばという物もいれば、グラディウスのように楽しみたいとか腕試ししたいとかいう理由で参加する者らもいた。

 

「一人でも多くの強者が必要なのだ。君らは十分、強者足り得る。頼むから、協力してくれないかね?」

 

 

 

「それで、結局は引き受けたのね」

 

 本を片手にアクリヴィは聞いた。長鳴鶏の館には今、アクリヴィとマルシアしかいなかった。男三人はどこかほっつき歩いていた。

 

「ああ、そうだ。予想より参加人数が多かった。ここで、俺たちが参加しなかったら……」

「面子に関わると?」と、マルシアが先に言った。

 

 一言、そうだと言う。

 今回の一階層巨人討伐による執政院側からの報酬は、一人頭二百エン。以前のエトリア兵案内では、一人案内すれば六百エン支払われた。無事に兵士を案内した時の報酬であり、兵士が死んでしまったり、体に後遺症が残る負傷をさせてしまった場合、冒険者から賠償を支払わらなければいけない。

 対し、今回冒険者に払われる報酬は一人二百エン。しかも、死んだり怪我をしても、執政院側は大した補償をしてくれない。執政院側は自ら、お前ら冒険者の価値はその程度だと公言しているようなものだ。冒険は自己責任だが、それでも、頼んだのはあちらなのだから、もう少し、払ってくれてもいいだろう。国に来た者たちと、国に住んで国を守ると誓う者たちの待遇の差を思い知らされた。

 時季は七月の下旬。夏真っ盛り。

 これより、三ヶ月も先には、次なる年の豊穣祝いとエトリア国家の誕生祝いも兼ねたエトリア生誕祭が開催される。期間は四日間。一日目は豊穣祝い。それ以降の三日間は生誕祭である。一日目のみ、エトリアに居る人間のみ行われて、後の生誕祭で他国の人々を受け入れる。豊穣際は前座。生誕祭が本番である。

 エトリアで最も大規模なイベントであり、自由連合に所属する国々からはもちろん、海を越えて各国の金と暇がある物好きなたちが大勢来る。生誕祭はいわば、エトリアが開放的な風土という事を世界にアピールするチャンスであり、同時に新たな取引先を見つけて、他国の重要ゲストにエトリアへの略奪・戦争行為は一切しないと約束してもらう機会でもあった。

 だが、そんなのはお上の話。一般人は三日間、大きな騒ぎを楽しみにくるだけ。しかし、今年の生誕祭の開催は危ぶまれていた。

 理由は二つある。モリビトとの合戦。以前からある、エトゥら盗賊軍に狙われている情報。

 人の口に戸は立てられぬもので、モリビトとの合戦は多少、近隣諸国に知られてしまった。エトリア側は大丈夫と答えたが、エトゥなる悪辣な者共を率いる悪人に狙われたとあっては、例年より落ち込みが予想された。好機と捉え、生誕祭の最中に襲ってくるのではないか。こういう意見もあった。各国の重要ゲストを危険に晒しては、エトリアの責任を問われ、最悪他国の軍に侵入する機会を与えてしまう。昨年までは、何があろうと開催しようと意気込んでいたものの、今年はモリビトとの合戦もあり、昨年より慎重派が増えた。

 そこで、ヴィズル長は説いた。

 生誕祭を止めるということは、戦う前から我らは悪党に怯えて屈していると主張しているも同然。例年通り、生誕祭を開催し、エトリアはここにありと世界に知らしめなければいかん。

 不承不承な者も多かったが、ヴィズルの言うことにも一理あるとして、例年通り開催が決定した。

 たった二つの理由で開催が危ぶまれたのだ。もしも、後一つか二つ理由が追加されたら、今度はヴィズル長を以てしても説得は難しくなる。

 そこへ、登場してしまった一階層の巨人と二階層の姿無き歌姫の存在。

 エトリア側も冒険者側も、歌姫の方は当面、無視しても構わないと判断した。あれから、パスカル以外にも二組も歌を聴いたパーティがいたが、いずれも会合で言われたとおりの対応したら、何とか切り抜けたらしい。そんなわけで、謎の歌姫はしばし安全と判断された。それよりも、問題なのは巨人である。

 昨日、巨人は二階に出現した。そして、生き物がいるいないに関わらず、あちこちを自由に行進した。巨人に挑む者は当然おらず、皆、血相を変えて他の階へと逃げた。

 証言が確かならば、巨人の体は岩で覆われている。ゴーレムねとアクリヴィは言った。ゴーレムといっても、死体を繋ぎ合わせた物や土人形まで様々。現在、世界樹の迷宮に出現するゴーレムは、多くの人々が想像しやすい体が岩石や鉱物で構築された類のゴーレムである。

 ゴーレムが出現したのは初めてではない。エトリア伝承によれば、エトリアができて間もない千年前と五百年前にも一度、出現していた記録が残る。五百年前の記録はある程度残っており、そのときは街を守る兵士たちも討伐討伐作戦に加わった。冒険者と兵士含めて、実に三百人もの犠牲を出してゴーレムを仕留めたらしく、エトリアの昔話には幾つかゴーレムに関する物が残されていた。千年前のは神など神秘的な物が協力して退治したと、あてにならない記述しかなかった。

 地上ではめっきり見かけなくなり、既に御伽噺(おとぎばなし)でしか語られない伝説的な怪物の出現にエトリア人は不安を募らせた。世界樹の迷宮がある国で生活しているからこそ、他では魔物と形容される樹海生物の恐ろしさを知っていた。カースメーカーなどの呪術を用いたりする者たちは、ゴーレムの気配をひしと感じたせいで安眠できなかった。エドワードがやや寝不足なのは、ゴーレムの気配を感じたからではなく、勘がえ事をしていたからだった。

 実害は出てないが、噂という名の被害を執政院ラーダは出したくなかった。

 ゴーレムが地上に出て、エトリア市街で暴れる。こんな悪い噂が出て、何かしらの勢力に付け込まれる前に巨人を討伐せよと冒険者たちに任務を課した。執政院は百人集まるのを期待したが、現状では四十人足らずと半分以下。執政院から出る報酬の低さとリスクと釣り合わず、一階層探索メンバーでは一組しか応募が来てない。

 その他諸々の準備も兼ねて、九月に入る前に仕留めよと、期限付きなのもやる気を奪っていた。

 

「お金が全てじゃないとはいえ、雀の涙ほどの報酬しかでないミッションとはね」

 

 アクリヴィは遠回しに、そういうところは老いたのねと暗に仄めかした。

 ゲンエモン、ヴァロジャ、グラディウス、レッドユニティ。五階層探索組でも早々たるメンバーが参加していた。ヴァロジャは三、四階層を行ったり来たりしているが、近々五階層に降りるつもりで、実力もガンリュー・ギルド長並びに、五階層を探索している冒険者たちも見合う実力はあると見ていた。

 昔の自分なら、進みたい時には進み。止まる時は周囲を気にせず止まっていただろう。確かに、面子などそういったことを気にしている辺り、良くも悪くも自分は老いたのだなと実感した。ついでにパスカルも参加していた。

 マルシアはどうするのと聞いた。

 

「巨人さんを倒すにしても、真正面から突撃して勝てる相手とは思えないけど」

「そりゃそうでしょう」とアクリヴィ。

「明日にでも、主だった者たちが来て、空家でも借りて対策会議をすることになった。時間は夕刻から、その前に探索を切り上げる」

「会議ねぇ。やることが決まってるならまだしも、やること決めてない会議なんて時間の無駄」

「その点は大丈夫なはず。ゲンエモンさんが予め、やるべき事の選択肢を幾つか考えてくれている」

「なら、ついでにあれも持って行ったら。いつまでも置いておく訳にもいかないでしょ」

 

 そうだった。五階層で見つけた、あれに書かれた文字をゲンエモンに解読してもらわなければならない。機会に恵まれず、あれよあれよ先延ばしにしていたが、ちょうどいい。早ければ、夜、金鹿の酒場で会えるかもしれない。

 だが、金鹿の酒場にはゲンエモンは来なかった。花桜の館にまで行く気もおこらず、文字解読は明日に持ち越し。巨人討伐依頼を引き受けた件を帰ってきた男三人に知らせたら、やはりというべきか。ジャンベですら、不満気な表情を露にした。

 翌日の探索は探索で呼んで良かったのだろうか。あちこち適当に歩き、身を守る為に一回、戦闘したのみ。地上時間で四時頃には終了した。トルヌゥーア内壁に佇む見張りに訪ねて、一階層の様子を聞いたところ、巨人を見かけた者はいないが、二階のどこか遠く離れたところを歩いていたらしい。明日は三階を歩くかもしれないと見張りは言った。

 とっとと身の回りを片付けたら、会議の場である空家へと行く。目印に赤と黄の垂れ幕を窓から下げていると聞いた。指定された付近を歩いていたら、玄関ドアの左右窓から不自然に赤と黄の垂れ幕が下がり、受付係なのか、ゲンエモンが近くに立っていた。

 一声かけて、前まで来たら師に一礼した。そして、会議終了後でもいいから、鑑定してもらいたい物があることを伝えた。

 

「目利きは他の者に任せてくれ」

「そうではない。私が発見した物には、あなたや花桜の館の女将であるアヤネさんがたまに使う漢字と思しき物が書かれているので、解読していただきたいのです」

 

 それならばと、ゲンエモンは快諾した。中に入ると、先客たちがいた。馴染みのある者たち同士、会釈程度の挨拶で済ませたが一人、立って声をかける者がいた。

 

「エドワードさん、お久しぶりです。その節はお世話になりました」

 

 茶髪で癖毛が目立つ、若いソードマンの男だ。誰かなと首を捻る。

 

「俺ですよ俺。数か月前、あなたが三階層の怪物と戦う前日に一階層で出会った」

 

 そう言われて、ようやく思い出した。モリビトが飼う、蒼き聖獣コロトラングルとの決戦前日。自らの気持ちを落ち着かせる為、一人で一階層一階に潜っていたところ、あまりにも呑気に探索している内に、一階の危険個所である花畑にずかずかと入り、三階層の赤熊の怪物と対面してしまった新米パーティのリーダーであるソードマンの男ではないか。

 

「思い出したぞ。確か、名前は」そうして、また首を捻る。

「リカルドです。あの時はエドワードさんが一方的に名乗るから、僕が名乗る暇はありませんでした」

 

 そうかと、少し口元を緩ませた。自分に対し、多少なり生意気な口を利けるぐらい、成長はしたようだ。顔付きも、幼さは残るが前より男らしく見える。

 

「今の所、一階層探索組で参加するのは一組だけと聞いていたが、君だったのか」

「深い所まで潜っている人たちには負けられませんからね。今はまだ、一階層探索している俺たちも、今度こそはできるんだぞと見せてやろうと思い、任務に応募しました」

 

 他の者たちが来るまでの間、エドワードはリカルドを相手に会話した。リカルドは現在、メンバーが一人増えて、正式な五人参加型のパーティで挑んでいる。二階層にこそ到達してないが、四階の魔狼共相手に激闘を繰り広げていると聞く限り、数か月で随分と成長していることが伺えた。

 最後にヴァロジャが来て、戸口に立ちゲンエモンが中に入り、巨人対策会議を開いた。ゲンエモンは長ったらしい前口上や、本日はお集まりいただきうんぬんかんぬんなどの挨拶は一切せず、自らの考えたするべきことを述べた。

 

「始めにすべきことは二階と三階、どちらの階で重点的に出現するかを探りつつ、ゴーレムの行動パターンを知り。ゴーレムに対して如何な方法で戦うかだが、これはもう考えてある。ゴーレムの行動パターンと重点的に出現する階が判明次第、巨大な罠を作る。罠の数、設置場所はゴーレムのパターンが判明してから決める。以上だ」

 

 何をすべきか考える会議ではなく、何をするか判っている会議だったので、議論は進んだ。

 ゴーレムの行動パターン捜索については、ゴーレムに近づいて行動を監視した後、ある程度周回パターンが判明したら、固定箇所で見張りつつ、いつでも交代できる配置に置いておくことに同意。

 

「ある程度周回パターンが判明するまでは、誰彼がゴーレムの後を追うのだ」

 

 ヴァロジャが最もな意見を述べた。接近による観察は健脚でかつ洞察力がある者が良いとされた。となれば、エドワードやパスカルなどのレンジャーが適任である。また、もう一組、カースメーカーによる離れた場所からの観察もどうかとアデラが提案した。一階層とはいえ、どんな奴が出てくるか分からない。呪術による攻防が主体であり、接近戦に重きを置かないカースメーカーのみでは不安なので、アデラやヴァロジャなど、ソードマンやパラディンの護衛が付くことにした。

 九月までの期限付きだが、エドワードはそのほうが良いと思えた。あまり長く一階層ばかりにいて、五階層探索における勘を鈍らせたくなかった。反面、オルドリッチやアデラは期限があることに不満だった。ゴーレムなるとんでもない相手に討伐期限を設けるとは、万が一、焦って事を仕損じたらどうすると考えていた。

 エドワードも彼らの考えにはいたく賛成だが、下手に期限無しにしたら途中でやる気を無くす者も出てくるはず。期限有りでしたほうが身が引き締まり、何より、少しでもするべき事に関する事はできる限り明瞭にしといたほうがいいと思っていた。

 長鳴鶏の館に帰ったら、早速、二階の部屋に仲間たちを集めて伝えた。

 

「では、エドワードさんが巨人討伐をしている間、誰がパーティを率いるのですか?」

 

 ジャンベの問いかけに、エドワードはうむと言った。

 以前から計画していたことを実行したときに、今の内に自分が不在な状況により慣れてもらえる良い機会だ。

 

「俺がいない間はコルトンがリーダーで、アクリヴィがサブ。俺がいないと行っても、短い間だ。すぐに巨人討伐のお手伝いをしてもらうさ。異議のある者はいないか」

 

 異議のある者はいなかった。たまにエドワードがいない時はいつもそうしていた。だがしかし、読みの鋭いアクリヴィが尋ねてきた。

 

「あなた、何か別のことを考えていない」

 

 エドワードはしばし沈黙した後、さすがだなと言った。

 

「さすがは戦う学徒。読みが鋭い。確かに俺は別のことを考えている。それを今、全ては明かせない。ただ、たった一つ教えられることがある。今年になるか、来年になるか。いつかとはまだ決めてないが、近い内、かつては一つにまとまった者たちがいる場所へと行かねばならん」

「カルッバスという、あなたが属する騎馬民族の生き残りの元へ行くの?」

 

 エドワードは固く口を閉ざしたが、それは却って、そうだと肯定しているようものだった。

 カルッバスといえば、今は遠く離れた国と地方を行き来し、着実に人口を増やしつつあるかつては十二もあった騎馬民族帝国の実質、最後の繁栄する部族。そして、更なる繁栄をする代わりに、エトゥなる馬乗りの盗賊共に馬を貸して協力しているという噂がある部族。

 そのせいで、無関係なエドワードとエトリア国に一時在住するエクゥウスの民まであらぬ疑いをかけられている。コルトンがそっと聞いた。

 

「何故なんだエドワード。彼らの口から直接、自分達は無関係だと聞きたいのか?」

 

 エドワードは首を振るった。

 

「違う」

「じゃあ、なんで」

「コルトン、皆よ。俺はお前達を誰よりも信じている。だから、お前達も俺を信じてくれ。これは、俺の使命なんだ。遥か遠く離れた親戚、ちりぢりばらばらになった者たちを集め、今集まった者たちを守る為にはしなければいけないこと。本当に大切なことなんだ。時が来れば、全てを語る。まあ、万が一にも、行く必要がなくなる時もありうる。その時も全てを語ろう」

 

 話はこれまでとした。その後、表面上は普通に振る舞ったが、ジャンベとロディムはいまいち理解し難く、聞きたい気持ちはあったが堪えた。アクリヴィとマルシア、長い付き合いであるコルトンは何となく理解できる気がした。来ないと思っていた。このまま、普通に冒険をできると考えていた。しかし、今日のエドワードの態度を見たら、にわかに現実味を帯びてきた。戦が近づいてる。生誕祭をする余裕こそあれ、そこを境目に来るのだろうか。武装したおびただしい悪人共が。

 いくら考えてもきりがない。もう寝ようと思い、暑いからお腹にだけ薄い毛布をかけた。

 

 

 

 エドワード、カールロ、ラクロワ、パスカルの四人は三階を目指した。今までの行動パターンから察するに、今日は三階と思われた。戦闘は避けつつ、三階に降りる手前、カールロが一人、階段からこっそりと三階の広場の様子を見た。

 

「カマキリは大分、離れている」

 

 その一言で十分だった。林に沿って行き、カマキリがこちらに気付かないのを祈るのみ。三階にいる白カマキリは、低層に出現するとは思えない強さを誇る強敵。厚くしまった筋肉から繰り出される鎌の一撃は鉄鎧さえ抉ってしまう。

 一階層における、スノードリフト並ぶに強敵中の強敵。彼ら四人が全力を以て相手をすれば、なんとかして倒せないことも無いが、無駄な戦闘は避けるに限る。

 見渡しの良い疎らな林を行きつつ、時にじっと彫像のように佇むカマキリに目を向けて、巨人はいないかと探した。やがて、広場の角に差し掛かる地点まで来て、ようやく、微かな震えが体を襲う。いよいよおでましである。他の樹海生物たちも落ち着きを無くしている。震源地へ急ぐ。

「おわっ!」と、ラクロワが足を取られた。切り株近くに隠れて、根っこで獲物を締め殺そうするのは、球根状の、彫られたような虚ろで真っ黒い目と薄ら笑い浮かべた口を持つ下級食人生物のマンドレイク。ラクロワ自らの不注意を恥じて罵りながら、慣れた手付きでナイフを取ると、足に絡みつくマンドレイクの足でもある根を絶ち、素早くマンドレイクの本体を三回切りつけたら、恥をかかせてくれた礼だと口にナイフを突っ込み、右横へと強引に引き裂く形でナイフを抜いた。

 ぱっくりと口が割れたマンドレイクは捨て置き、四人は震源地へと行く。

 邪魔する者あらば、武器も使わず体当たりで強引に押しのけた。

 どうしてもなら、手に持ったナイフを投げ付けてさっさと事を片付けた。長い爪を持つ二足のモグラ三頭の喉、心臓にナイフを投擲したら、またしても現れたマンドレイクの一体をエドワードは全体重をかけて踏み潰し、一体をカールロが蹴り飛ばし、毒蝶はパスカルが横薙ぎで胴体ごと羽根を切り裂いた。

 足元が覚束なくなってきた。いよいよ、巨人との対面が迫ってきた。いや、もういた。

 

「大きいな」

 

 パスカルが率直に感想を述べた。天井を擦るほどの大きさはないが、カマキリよりも、一階層にあるどの樹木よりもゴーレムが上回っていた。ただ、がちがちに堅い岩石や鉱物で出来ていると思っていたが、よく見ると、そうではない。石工職人が精魂込めて切った石を一段ずつ、人の形に積み上げた、そんな感じのやけに人工物的なゴーレムだ。ゴーレム自体、ある意味人工物ではあるが。

 ゴーレムは四人や他の樹海生物に目もくれず、重々しい足取りで歩いていた。ゴーレムが通った跡には、踏みならされた地面と折れた木々の残骸が横たわっていた。 四人のレンジャーはゴーレムが通った跡を見て、すぐに行動パターンの察しは付いたが、念には念を入れて追いかけた。

 とてもではないが、ゴーレムの間近を行く勇気は出ず、頭の天辺が見えるぐらいの距離を保ちつつ、追いかけた。間近にいるゴーレムのお陰で、四人を襲おうという怪物はいなかった。いくら追いかけても、ゴーレムは変わった動きをする気配がない。ゴーレム追跡は中断し、ゴーレムが来た道を逆走する。そうして、長い時間を要すると覚悟していたゴーレム討伐は案外、苦戦しないように思えた。

 足跡と折れた木を注視しながら、パスカルは言った。

 

「みんな、でかいことにばかり気を取られていたな。二、三回程度の偵察でいいだろう。後はどう、対処するかだな」

 

 翌日の偵察ではエドワードが抜けて、アデラ率いるレッドユニティの女レンジャーが交代した。更に翌日ではラクロワが抜けて、代わりにヴァロジャのメンバーが一人入った。パスカルの言ったとおり、三回の偵察で分かった。また、測量技術のある冒険者たちの計算とカースメーカーたちの感知能力が確かなら、二階と三階でほぼ同じルートを周回していることが判明した。

 この報告に、討伐作戦参加者たちと執政院ラーダは喜んだ。途方も無い巨体ゆえ、怯えて近づけなかった敵にいざ接近してみれば、うろうろと決まりきった行動パターンをするのみで、足元まで寄っても、岩石の巨人は攻撃する素振りすら見せなかった。

 この話を聞いて、人によっては「どんな恐ろしい奴かと思えば、驚かせやがって」と、まだ見ぬ怪物に舐めた口を利く始末。

 巨人討伐任務から四日目。大半の者はもう、勝利ムードに包まれていた。穴を掘るなり、適当な兵器を当てれば、勝てると思う者までいた。なんせ、岩石の巨人である。どんな凄い力を以てして、自分達を叩き潰しに来るのかと冷や冷やしていたが、蓋を開けてみれば、うろうろ決まった所をうろつくだけの木偶の棒にしかすぎないとわかり、皆一様にホッとした。エドワードですら、楽に勝てる相手ならばそれに越したことはないと考えていた。

 しかし、ゲンエモンは違っていた。未知の相手と戦うのに、この気の抜けよう。第一、相手がどんな攻撃をして、どれだけ堅い身体を持つとか具体的な事は判明していないのに、戦う前からこの勝利ムードは不味いと思った。

 ゲンエモンは四日目となる報告会議で、威力偵察してはどうかと提案した。簡単な罠を仕掛けるなり、弓矢や鉄砲による離れたところから攻撃をしてみて、ゴーレムの防御力を実際に知り得た上で具体的な作戦を練るという言い分だが、否定的な意見を言う者もいた。パスカルだ。

 

「ゲンさん。あなたの提案に一理あるのは認めるが、下手に刺激して、奴の一定的な行動パターンを崩すことになったら、それこそ余計な犠牲者を出したり、長期化しかねないぞ」

「想定のみして実行に移したら、想定を遥かに越えることをしてくる可能性がある」

 

 威力偵察は人数を絞られた。結果、エドワード、カールロ、ラクロワの三名が当たることになった。手順としては第一矢は先が尖った(やじり)を用い、続く第二矢は分銅や小さな鉄球が付いた鎧砕きを用い、最後は爆発物を括りつけた矢を用いる。カールロ、エドワード、三名では一番火薬の心得があるラクロワが爆発物を扱う。

 決行は翌日の昼前。二階に出没しかけているゴーレムを狙う。事前に一階層探索組と、一階層にて依頼を受けた冒険者たちには可能な限り、ゴーレムに対して攻撃をするよう伝えておいた。叫んだり、妙な動きをみせたら、即座に逃げるようにも。

 三人は二階にて待ち伏せた。ゴーレムの通る道は丸分かりなので、普通の狩りよりかは幾分、楽である。相手が規格外のでかさを除けば。

 徐々に姿が見えてきた。黒々とした二本足が生えた絶壁が接近してくる。明るい地下世界の光が遮られて、夕闇のような帳で林が覆われる。報告を聞いた者たちは気楽そうだが、幾度も間近でゴーレムを見ているレンジャーたちにとって、行動パターンが判った今でも、これほどの巨体を前にしたら萎縮してしまう。大体、ゴーレムの真後ろから五十メートル離れた時点で第一矢を撃ち、命中直前で第二矢を放ち、二本目の命中を確認と同時に爆弾矢を射る。

 いつもどおり、ゴーレムは小さい者たちの存在に気付かず、通り過ぎた。平屋建て一件半分を越してしまうような歩幅なので、動きは鈍くても、ゆっくりしていたら段々と遠ざかってしまう。

 ラクロワが鉄製の筒から火縄を取り出した。三人は自ら離れ、いざ、攻撃開始。

 カールロが矢を放つ、ゴーレムの足首と思われる箇所に矢は直線上にゆく。続いて、エドワードが放つ。小ぢんまりな鉄球付きの矢は、ほぼ同じ場所を目指す。

 予想通り、かつんと音を立てて、カールロの鏃は弾かれた。続くエドワードの矢は、微かに砕いた音を上げて足首近くに落ちた。ゴーレムの動きに変化はない。ゴーレムが右足を上げたので、ラクロワは射るのを止めて、音も立てずに左足首後部に近づく。普通に撃っても弾かれてしまうので、矢の先にはたっぷりとトリモチが丸みを帯びて付着していた。その為、より近づいて射る必要があった。ラクロワは矢を放った。あまり勢いなく、矢はゴーレムの左足首にくっつく。重みで矢が上下にしなり、落ちるかと一瞬、不安になったが、矢は持ち堪えた。

 落ちたらそれまでよと、三人は林に隠れ、ゴーレムの右背後に位置する所で待った。数秒後。ゴーレムが足を上げた時、爆発が起きた。

「どうだ!?」ラクロワが身を乗り出して左足首を見る。ぱらぱらと岩の破片が降ってきた。

 分銅で砕けて、爆発で壊れた事も確認できた。ゴーレムは難攻不落の要塞ではない。人の手で破壊することが証明された。視認が済むと、三人は脱兎のごとく逃げ出した。

 ただの矢二本では無反応だったゴーレムに、異変が見られたからだ。ぐるぐると岩石の頂上が動く。ちらと何度か振り返ったら、赤く光る物が目に入った。やがて、ゴーレムが下ろしていた両手を上げて、三人が逃げる方向へと腕を振り下ろした。

 木々が折れ、枝と葉が飛び散る。「やばい!」とカールロが叫ぶ。

 木片と枝と葉の雨あられを浴びせられて、三人はもう、ただただ逃げるしかなかった。最初の一撃以外、ゴーレムは追撃していくる様子は無かったが、そんなのを気にする余裕など無く。とにかく、一分一秒でも早く、あの巨体から離れたかった。振り返らずとも、音で分かることがある。これまで、ずぅーんと間延びした感じの足音が、ずぅんずぅんと感覚が短くなったように聞こえた。

 地上へ出て、息を切らしながら、どう思うとラクロワが聞いた。エドワードが答えた。

 

「どうもこうも、見かけどおりの木偶の棒じゃないのがわかった。呑気に構えた態度で適当な罠張って仕留められなかったら、もっと酷い目に遭っていたかもな」

 

 三名が到着して間もないうちに、ゴーレムの動向を察知して他のパーティも続々と地上へ帰還した。

 各リーダーが帰還次第、報告会議が開かれた。そして、現場にいた三名とオルドリッチ以外の者からは、ゲンエモンに否定的な意見が寄せられた。ただでさえ、渋面なヴァロジャは口をきつくへの字に曲げて、言葉先を尖らせてゲンエモンを真っ向から非難した。

 

「俺たちが油断していたというが、ゴーレムもある意味油断していた状態だった。油断しているうちに叩けば良かった」

「そうはいうが、ヴァロジャよ。他の者にも聞くが、ゴーレムが予想を上回るほどの順応性と賢さがあるなど、誰が気付いていた。わしはこれで良かったと思う。というのも、近頃、手っ取り早く名と金を得るため、ゴーレムに真正面から戦いを挑んでみようかと考えている愚かな考えを抱く者たちも出てきていたからな。事と次第によっては、今より酷い事になっていた」

「それこそ、あんたのいう想定だ。余計なことをせず、さっさと叩いていれば、面倒事も増えなかった」

「では聞くが、お前はゴーレムを倒す手立てを考えていたのか? ヴァロジャ以外の物も正直に答えよ。具体的にどんなことを考えていたのか」

 

 問い返されて、一同は口を閉ざした。考えてなかった訳ではない。しかし、正直なところ、その手立てといえば、やれでかい穴を掘ったり、強力な罠を張ったり、中には全員で一致団結して戦うという作戦とも呼べない事を考えている者までいた。考えてはいたが、いざ実行しようとしたら、時間以上に大量の人手が要ることばかり。以前のゴーレムの行動パターンからして、四十人足らずで実行して、時間が足りるか疑問である。

 誰も答えないのを見て、ゲンエモンは話を続けた。

 

「わしも同じ事を考えていた。大きな罠を張る必要がある。ただし、実行するにはもう少し、人手と金が足りん。道具もだ」

 どうされるのですかとエドワードは聞いた。

「そこはコネだ。そして、名乗った覚えはないのに、勝手に長呼ばわりされとるわしが誠心誠意を見せなければならん。駄目元で執政院に頼み。足りないようなら、そうさな……ヴァロジャ、オルドリッチ、エドワード、最後に礼も兼ねて、わしの順で港へと買い物に行こう。頼まれてくれるか、ヴァロジャ」

 

 唇を真一文字に結んだまま、ヴァロジャは微かに首を動かした。冒険者よりも前に、一介の戦士の誇りがヴァロジャに関わってしまった戦いから逃げるのを許さなかった。オルドリッチはおうよと一言で応じたが、エドワードは躊躇いがちに、小さく会釈した。

 港がある姉妹都市ソロル・エトリアにはあまり赴きたくなかった。昔は良かったという言葉は使いたくないが、昔はまだ、よくいる一般人として扱われていたのに対し、今では、あちらでは良い意味でも悪い意味でも名が伝わってしまっている。

 

「すまんのう、エドワード。だが、毎回同じ顔を見せるわけにもいかんのじゃ。それに、執政院が望み通りにしてくれるかもしれん」

「かもしれないだけで、侵略に備えて密かに軍事強化を行っている今、我々に回してくれる兵器なぞたかが知れているでしょう。大丈夫です。もちろん、行きますよ」

「ああ、それと、お供を連れて行くのを忘れずにな」

 

 各々の冒険もあるので、次の日からは偵察メンバーはラクロワを残し、全メンバーを交代した。エドワードは何日かぶりに五階層へ潜った。空気の違いに身が引き締まる思いだが、どこか安堵していた。少なくとも、この階層にはゴーレムはいないからだ。

 ゲンエモンはニッツァ、ブレンダン、ヘンリクに三階層の探索を任せている間、自身は執政院ラーダにて、交渉をしていた。冒険者窓口執務室にて、オルレスの他、がたいの良い予算会計委員長の男と新たな副隊長と座談していた。

 地上時間にして夕刻に近い時刻に帰還し、早速、報告会議の場である貸家に向かう。今日は七百エン分と、ぼちぼちな収入だった。貸家に入ると、暗い部屋の隅にゲンエモンはいた。別の隅には、六個の木箱とロープの束が置かれていた。エドワードは察した。

 

「お前さんが一番乗りだ」

 エドワードは単刀直入に尋ねた。「執政院の協力は得られましたか」

 

 ゲンエモンは不機嫌そうに眉をひそめた。予想はしていたが、執政院ラーダからは大した協力を得られなかったのだろう。

 

「こいつが、我々が協力したいという気持ちの証だと」

「開けてもいいですか?」

 

 ゲンエモンは答えなかったが、無言で良いと言っているように思えた。木箱は両腕で何とか持てる大きさであり、中々重たい。中を開けたら、張子の紙を糊で固め、紙の上を木で覆い、点火口の回りを鉄で支えた爆弾が入っていた。爆裂弾と呼ばれる、大砲で飛ばして爆発する砲弾タイプの爆弾ではない。城壁や急な斜面から転がすなり、敵が通る道に設置して、爆発させることにより効果を発揮する物だ。

 六個を同時に使い、上手く爆発させれば、ゴーレムの片足ぐらいなら壊せそうだが、倒すには数が足りない。最低でも、一四個は欲しい。後から来た者たちも、一様に不満と不安を浮かべた顔を見せた。自分達の意思でここに来たとはいえ、頼んだのはあちら側なのだから、もう少し、工面してくれても良かったのではないか。ゲンエモンは手を叩き、注目を自分に集めた。

 

「そう暗い顔をみせてくれるな。人手はわしの方が何とかする。買い物の方はお主らに任す。ほれ、受け取れ」

 

 ゲンエモンはヴァロジャ、オルドリッチ、エドワードに金券、金貨一枚と銀貨一枚と銅貨一枚を手渡した。金券だけで四千エンもある。

 エドワードとオルドリッチはすぐに返そうとしたが、ゲンエモンは返却を拒んだ。

 

「それはわし個人の金だ。きにするな」

「あんたはもう、老い先が短い。老後の蓄えはとっておくもんだぜ」オルドリッチはぐいと手を伸ばした。

「よさんか。確かにわしは、後何年もしないうちに六十になるが、心身共にこのとおり健康だ。わしよりまだ、可能性がある者たちに無駄な金を使わせたくないわしの気持ちを理解してくれ。頼む」

 

 頼むと言っている割りに、ゲンエモンは険しい表情で二人を睨んだ。こうなっては、断として受け取らないだろう。仕方なく、二人はゲンエモンの老婆心を受け取った。

 偵察は常時。交代で行い、人手は集めはゲンエモンに一人。エドワードら三名は、港にて買い物に行く。一六年前の借り。対面したら、こう言えばいいとゲンエモンは言った。

 エドワードは宿に帰ったら、コルトンにまず説明した。既に連れて行く相方は、威圧感を与えられそうな背のあるコルトンと決めていた。

「あの人の頼みで、しかも、こうして金まで渡されちゃあ、断れないな」コルトンは快諾した。

 そして、一日目にはヴァロジャは仲間の一人を伴い、ソロル・エトリアに行き、木箱を二つ馬に括りつけて帰ってきた。二日目にはオルドリッチがコウシチを伴い、厩から借りた貸馬に乗り、ヴァロジャと同じく、二つの木箱を馬に括りつけていた。三日目の早朝、エドワードの番である。

 コルトンは馬に必要な装備を付けたが、エドワードは鞍は付けず、一枚の厚い布のみを背に置き、馬の(くるぶし)に太く柔らかい布を巻きつけただけの手綱を付けた。裸馬と呼ばれるもので、馬の背には何も置かないのが基本ではあるが、夏で馬が汗を掻き、濡れた背中から滑り落ちないための配慮だった。

 遊牧民にはこうした乗り方をする者たちはいると聞く。他の所なら、緊急事態で裸馬に乗ることがあるとは聞くが、裸馬を習慣に取り入れるのは遊牧民ならではある。大変危険な乗り方であり、これを走らせて移動するとなれば、相当熟した腕前が要る。エドワードはもちろん、チノスなど、ここにいる馬乗りの一族たちは大体、この技術を習得していた。技術以上に、馬との信頼関係が必要らしいのだが、ある程度慣れた今でも、コルトンは裸の馬に乗る気は起こらなかった(馬術の修練の一貫として歩くぐらいならたまにする)。

 いつも、自分ばかり安全な屋根と寝床があるところで寝食するのは申し訳ないと、エドワードは昨日のうちに、ブケファラスと文字通り、寝食を共にする。要は野宿すると言っていた。

 二人はティノフェ一家のゲルへと行き、コルトンの為に栗毛の種を一頭、貸してくれた。

 馬の背に揺られながらの短い移動はちょっとした旅行気分で、天気もカラッとした湿り気のない暑さであり、殺風な地下世界での冒険をしばし忘れさせてくれた。それも、港町に着くまでである。

 港町のソロル・エトリアは、本都市であるマター・エトリアと同様、石作りの堀が掘られていた。違いといえば、真水ではなく海水が張られている点だろう。堀の前には二重構造の空堀まである。陸の盗賊も警戒していたが、港町滞在の衛兵たちは海からの侵略者、海賊も警戒していた。

 港町を遠く離れて迂回し、近くにある森の小さな集落に行き、一つの掘っ立て小屋の戸を叩いた。

 

「東の老侍のご用事だ」

 

 エドワードは合言葉を言った。窓から感じられた人の気配は戸に移動し、慎重な手つきで戸を開けた。腰の曲がった背の低い、節くれだった顔と手が目立つ小男が現れた。目は油断なくエドワードとコルトンを見た。

 

「何用だ」

「馬を預かってくれ。買い物が済んだら、取りに来る」

 

 エドワードは男に銀貨一枚を差し出した。形は崩れているが純度は高い。男はやれやれと首を振り、妥協してやったという感じで銀貨をポケットにしまった。

 徒歩で森から出て、森に近い北西側の門へと向かう。同国の人間には大したチェックをせず通していた門番たちは、エドワードら他国人には厳しくチェックした。エドワードは、自分が近づくにつれて門番たちの気配が段々とただならぬ物になっているのを肌身で感じた。武器は一つ、サーベルとナイフを携帯している。隠さず堂々と所持していた。コルトンも剣とナイフを一刀ずつ所持し、これも、見えるようにしていた。

 石橋を渡り、門番たちに近づく。門番たちの顔が苦虫を噛み潰したような酷い面になっている。妙な動きをしたら、問答無用に槍で一突きされてしまう雰囲気。

 彼らは怯えていた。いずれ、来るであろう盗賊王となる者たちの来襲に。エドワード自身にはその気は無くても、彼の遠い親戚にあたる者たちが馬を貸している疑惑は、無関係に等しいエドワードに向けられていた。彼が名を上げているのも、盗賊とした化した馬乗り共がここへ来やすくするためにしているのではないか。こう考える者までいた。中には、自国ではなく他国の人間が英雄として持ち上げられているのに、不満を感じている者もいた。自分達に害なす可能性がある者たちを恐れていた。

 虫の居所の悪さに、二人は早くも帰りたくなかった。表情は平静を装い、門番たちのしつこすぎるチェックを受けた。ズボンの上とはいえ、触る必要がない股間までべたべたと触られたときは顎を蹴り上げてやろうかと思った。一人が最後に忠告した。ナイフの携帯は許されたが、サーベルと剣の携帯は認可されず、取り上げられた。門番の一人が槍を持つ手をきつく握り、忠告した。

 

「そこの馬乗りさんよ。わかっているだろうが、買い物をしたら、下手な寄り道をせずに帰ることだな。我々が手をくださずとも、妙な真似をしたら、袋叩きに合うかもしれないので気をつけるのだな」

 

 その前に俺が手を下すという口ぶりである。エドワードはナイフの柄をさすった。

 

「忠告ありがとう。あんたも背後には気を付けろよ。気付いたら、頭がトマトみたいに真っ赤に染まってるかもしれんぞ」

 

 エドワードも門番に返してやったら、早歩きでその場から立ち去った。斜面を下り、門が見えないところまで来て、一息付けた。コルトンは怒りを露にして言った。

 

「失礼な奴らめ! 身に覚えのない罪を擦り付けやがって。野郎に股間触れるなんざあ、百害合って一利なしだ」

「全くだ。だが、あいつらの心情もできる。自分の国を襲う可能性がある脅威と関わっていると知ったなら、警戒するのも当然だろう。少々、腹が立ったのは認めるが」

 

 無事に入門を終えて、二人は目的となる店を目指して港町をさまよい歩いた。外国人の行き来が激しいソロル・エトリアでは、多種多様の人種とそれに合わせた色があり、歩いていて飽きがこなかった。石膏、木材、石材、赤煉瓦に灰色煉瓦、泥炭、様々な建築物がひしめき合う。

 やがて、中年の女が営む布売りの屋台店に差し掛かった。他には浅黒い肌の従業員が二人いた。女の方へ行くと、エドワードは小声で「冬に育つ魚は脂身がのりにのっている」と呟いた。女は問うた。

 

「あんたは何があってきたんだい、冷やかしかい?」

「友に魚を食べてもらいたくて来たのだ。お侍の気持ちもある」

 

 客が品物を目利きする台に銅貨を置いた。女は銅貨を受け取ると、片方の髭の薄い男を呼んだ。

 

「これじゃあ、あんたの友達は飢えちまうよ。直接行って、ご馳走してやりな」

 

 従業員は頷き、小さく手招きをすると、二人を店の裏側に通した。そこから、二人を路地裏の方へと案内した。狭く、迷路のような入り組んだ道を歩き続けているうちに、倉庫が見えて、倉庫の隣りには店がある。路地裏通りにある店としては品格のある構えである。

 店の正面にも店があり、こちらは媚を売るのに慣れた風なにこやかな男と、がっちりした荒々しい人相の男がいた。商売ではなく、正面にある店に不穏な輩が入ってこないか見張っている。

 本都市はどの都市にもある闇を世界樹の迷宮が一手に引き受けているの対し、姉妹都市は都市本来の光と闇の部分が混在していた。

 互いに挨拶もしない。案内の男は戸にある鐘を二回鳴らした。帯刀した目付きの悪い男が出てきた。エドワードが先に話した。

 

「お侍からの御用だ」

 

 男は付いてこいとだけ言う。案内の男は椅子に座り、ここで待つと言った。店は整然としており、骨董品が置かれていた。今度は帯刀した男に案内された。店の三階、店長が居る部屋に行く。男は自らの名を告げた後、客人がお侍の御用で来た旨を伝えた。男はドアの横に立つ。

 入れと言われ、エドワードとコルトンは入った。

 店長はぱりっとアイロンがけしたリネンのシャツを着て、頭を七三分けにした小奇麗な紳士の風体をした男。この店の主、エイブラム。どこぞの王様や貴族っぽい名前だ。冒険者以外にも、要人や市民が普通の店では売ってないような代物を欲したとき、エイブラムを通して入手する。彼と会うには、相応のコネが必要となる。無駄話は一切せず、彼は淡々と語った。

 

「用件は解っている。二時間後には森に着くだろう。さあ、代金を支払ってくれ」

 

 エドワードは金券と金貨一枚をエイブラムの机に置いた。慣れた手付きで数えたら、インクに浸しておいたペンでささっと大きな手記に記入した。

 これで終わり。と思えたが、エドワードは不躾なのを承知で一つ質問した。

 

「一つ教えてくれ。一六年前の借りとはなんだ」

 

 エイブラムは顔を引き締めた。こういう商売をしている以上、余計な事を聞く輩に対応する処置も心得ていた。答えてくれそうにもないと思い、引き下がろうとした。しかし、

 

「あんたは弟子のエドワードだな」

「そうだ」

「……そうさな。少し教えてやろう」

 

 珍しいことだ。この男が自ら、無駄話をしてくれるとは思わなかった。

 

「私にも短い間だが、冒険者の日があった。あのお方に何度も窮地を救われた。その後も、何度か助けられた。あの人はこれで、私は借りを返したことになっているだろうとお思いだろうが、私はまだ、返し切れてないと思っている。今回もまた、自分のお金を使って後輩達のため、自分が長年住んでいるだけの者たちを助けるため、何より、愛する者達のために身を犠牲にしている。それにまあ、本都市が困れば、いずれ我々も困る日がくるだろうし、悪い芽を早いとこ積んでおくに越したことはない」

 

 もういいだろうとエイブラムは口を閉ざした。これ以上、例えナイフで指を切り落とそうとも口を開きそうに無かったので、退室した。

 エドワードとコルトンは店から出て、門も無事に通れた。さすがにまた、ごちゃごちゃと余計な取り調べをして騒ぎを面立てないほうが良いと判断し、他の者と同じ取り調べで済んだ。森に向かう中、二人は思った。

 ゲンエモンという人物の人脈の広さ。凄さ。遠く全体を見渡して行動する彼と比べて、目の前の報酬ばかりに捉われて行動する自分達の器量の低さを恥じた。ゆっくりと歩きながら、コルトンが喋った。

 

「支え合いの精神だとか、そんなのは理解し難いが、ここまでされて、あんな話聞いて引き下がったら、男としても人としても価値がないな」

 

 エドワードは何も言わなかった。森に到着して、集落の例の小屋で適当に時間を潰していたら、二頭の牛を連れた四人の男たちが現れた。牛の背には木箱が載せられている。

 二人は木箱を受け取ると、それぞれの馬に木箱を載せた。帰りは馬と徒歩である。平坦な道、なだらかな丘、放牧地と田畑を抜けて、夕暮れにはエトリアに到着した。二人は木箱を会議所の貸家に届けたら、コルトンは長鳴鶏の館へ、エドワードは適当な物を見繕ったら、ブケファラスと共に街の外に出た。

 ティノフェ一家から木製バケツを借りて、エドワードは愛馬の体を洗ってやった。皮袋に汲んだ水をブケに飲ませて、好きに散策させた。夜が来たら、アジロナ外壁から見えないよう森に近寄り、そこで火を起こし、堀にいた食えるカエル一匹を串焼きにし、虫食いのトマトにかぶりつき、干し肉を三切れ炙って食った。ブケには草の他、人参を与えた。

 侍たちが伝えたという、抹茶色の渦巻型の物を地面に差し、火を点す。これで、蚊など悪い虫は寄ってこないらしい。

 これまで、多くの者たちと出会ってきたが、畜生である馬と寝食を共にするのは理解し難いと言われた。人になつくよう、飼い慣らされた生き物だからこそ、時にこうした付き合いはいると一族の者たちは考えており、エドワードも自然とそういう考えを持っていた。

 マントを枕に毛布で身を包んでエドワードは就寝した。ブケファラスは転がってもエドワードを潰さない位置を保ち、彼を守るように寝入った。

 

 

 

 人数を増やしての強化偵察を行い、徹底的にゴーレムのパターンを洗い出す。偵察では他、ゴーレムの測量も行う。ゴーレム討伐における具体的な案を出した。

 当初予定したとおり、穴を掘り、大規模な仕掛けの作成が決定した。穴は二つ作る。巨人の足を引っ掛ける穴。引っ掛かり、こけた巨人を仕留めるための穴。引っかける穴には七つの爆弾を仕込み、転んだ先にある浅い穴にも七つセット。爆弾で止めを刺し切れなかった時は、木と木の間に縄を張り、巨大な尖った杭をゴーレムの頭目がけて打ち込む仕掛けを造成する。

 言うは易しである。穴はともかく、仕掛けは相当数の人手が要る。

 一週間後。八月に入り、巨人討伐から十日はとうに過ぎていた。

 始めにゴーレム行動パターンの報告がされた。会議には、いつもの何倍もの人数が訪れていた。若い顔が多く見られる。

 ゴーレムは以前より速度が増し、二日半から三日かけていた移動を二日と短くしていた。時折り、ゴーレムはいつもとは別の方へと逸れることもあるが、大体、決まりきっていて、行動パターンはそこまで複雑化はしていないとのこと。

 また、ゴーレムの身長だが。測量の結果、十六メートル台と判明。横幅は腕の太さ込で十一メートル、縦幅は七メートル。数値だけ見れば小さく思えるが、見た時の威圧感もあり、余計に大きく見える。

 罠については、一つ目の罠には二重構造の穴を掘り、爆弾の上には薄い板を被せ、導火線が消えないようにする。罠はゴーレムが逸れずに必ず通る道を選択する。

 ゴーレムが転んだ時に頭から飛び込む浅い穴には、倒れた衝撃で爆弾が倒れたり消えたり潰れないよう、注意すること。止め用の穴で締めきれなかった場合、吊るした巨大杭を頭に打ちつけ、それでも、止めを刺せないようなら、アルケミストとカースメーカーたちがフルパワーを発揮して仕留める。これで駄目なら、各自撤退するよう角笛を吹く。

 問題となるのが人手だったが、ゲンエモンは案ずるなと胸を叩いた。

 

「執政院が当初予定していたとおりの百人以上を集められた」

 

 これには、拍手が送られた。ゲンエモンに否定的だったヴァロジャなども、真一文字に結ばれていた口元を微かに緩めた。

 ゲンエモンといえば、冒険者の間では知る人ぞ知る人。一階層探索者たちには雲の上のような存在だが、ゲンエモンはそんなことお構いなしに彼らの一人一人に頭を下げて、巨人討伐に協力してくれと頼んだ。一階層の脅威排除のため多額な金を支払ったのを知り、上階下層探索組といった枠組みを超えて、誠心誠意に物を頼むゲンエモンを見て、個を尊重し、報酬の低さから手をこまねいていた冒険者たちの多くが心を打たれて、巨人討伐作戦に身を乗り出した。足りないものが全て揃った。

 ゴーレムは三階から二階へと移動している最中とのこと。よって、明朝前に三階に降りて、一日半以内の突貫工事で作業を完了させなければならない。先発隊は十名ずつ、一人が荷を背負い、一人が警護に付く。荷運びは二階層三階層辺りの者たちが協力してくれた。この協力にはゲンエモンのみならず、ギルド長とオルレスの二人も加わり、協力を要請した。

 

「皆の物、いよいよ巨人討伐作戦の本番だ。帰ったら、すぐに休め。まだ、準備ができてない者は今からでも、食べ物と飲み物を買っておけ。武運を祈る。では、解散!」

 

 解散後、リカルドがエドワードに話しかけた。リカルドはすっかり興奮していた。

 

「いよいよ、その時がきたんですね」

「ああ」

「エドワードさん。失礼を承知で言ってもよろしいですか?」

 

 エドワードはうんと頷いた。

 

「実は俺、以前はゲンエモンさんのことを尊敬とかしてなかったのですよ。長だとか呼ばれても、同じ立場のじいさんだろうって。でも、直にあの人と接していくうちに、なんであの人が長と呼ばれて尊敬されているのかがわかりました。あんなに親しく声をかけてきて、それでいて、全く偉ぶってないのに貫禄があるんですよね。自分は損するというのに、俺たちのためにここまでしてくれるなんて、冒険者と人の両方で敵わないやと思いました。聞くまでもないですが、エドワードさんはご自身の師をどうお思いで?」

 エドワードは笑顔で答えた。

「自慢の師さ。そして、もう一人の父親と思っている。このことは言うよな」

 

 リカルドも笑みを浮かべ、了解と答えた。

 明朝。ホープマンズの六人は起きて、簡単に食事を済ませたら、世界樹の迷宮へと向かった。近づくにつれて、ぞろぞろと冒険者たちが結集し、数秒ごとに間隔を空けて、降りて行った。各自、入口にて待機する衛兵からスコップとツルハシを手渡された。

 三階に降りると、遠くでカマキリの死体が横たわっていた。この日のため、深層に潜るパーティが事前に退治しておいたのだ。

 現場に付くと、既に多くの物が作業に従事していた。ゲンエモンもニッツァ、ヘンリク、ラクロワと共に穴を掘り進めながら、指示を飛ばしていた。アクリヴィは最後の切り札として待機。マルシアらメディックは様子を見ながら、暇があれば手伝う。オルドリッチは全力で穴を掘っていた。

 エドワードたちは留め用の離れた浅い穴を掘るよう言われた。

 少し遅れて、リカルドとヴァロジャも来て、彼らのパーティと共に穴掘りの作業を進めた。作業中、仕掛け用の樹木を切り出すため、ロディムなど斧の扱いを心得た者たちが呼び出された。三人ぐらいが手を繋いで囲める太さの樹が選ばれた。ロディムら数名は、慣れた腰つきで木に斧を叩きつけた。最終的に百二十一人の人数まで達した。九四人は作業に従事し、十名は二人一組で伝令喚起役に回り、十七名のアルケミストとカースメーカーはゴーレムが来るまでは見張りとして待機。

 二時間で大木を切り落とし、運び役に五名が回される。懸命な作業もあり、途中で二回、五分休憩をはさんで六時間後には浅い穴が完成した。浅いといっても、ヴァロジャが埋まりかねない深さの穴だ。一時間かけて、爆弾の設置並びに点火用の木筒を通す穴も完成。

 浅い穴作業班は運ばれた丸太を定位置に配置すると、先が尖るよう削り出した。削り出したら、それぞれの樹に縄を括りつけて、一旦、両班の作業は中止。一度目の一時間の休止を取る。ちょびちょびと摂取していた水をがぶ飲み、食事を貪り、一息つく。浅い穴担当の者たちは樹に縄を引っ掛ける溝を両横と上に六つ作り、縄で緩く縛ったら、ゲンエモンがいる深い穴を掘る作業班の元へと行く。

 人数が増えて、作業効率は上がった。といっても、ゴーレムの足を引っ掛けるには、相当の深さを掘り、形も工夫しなければならない。

 十一時間後。二度目の長い休憩を取る。終了次第、直ちにスコップやツルハシを手に手に取り、黙々と掘り進める。ここまで行くと、会話をする気が起きない。ひたすら、無心に、がむしゃらに土木用具で土を掘り起し、邪魔な土を退けた。十五時間で一旦、穴自体は完成。続いて、二段階目の穴を掘る。十七時間目で三度目の長い休止を取る。疲れていようとも、ゲンエモンは後少しだ。頑張るぞと激励した。

 二段階目の穴は爆弾を確実に爆破できる深さを掘れば良かったので、一段目よりは幾分、楽だった。二十時間目の半ばに差し掛かる頃には穴が完成。小さな溝に爆弾を設置し、薄い板を上にかぶせる。

 二十一時間目半ばで二時間の長い休止を取ることにした。アルケミスト・カースメーカーの者たちが寝ずの番に入り、穴掘りの九十四人は眠りに就いた。予定通り、二時間後には寝ずの番の者たちに叩き起こされた。文句を言いながら、目を擦る者たちを尻目に、五階層など深層を探索する者たちは早くも作業に取り掛かっていた。

 ある程度、冒険をしていれば、並の一般人では到底敵わない体力が付くが、深層にまで到達しうる者たちはそれこそ、体力・精神ともに超人クラスと呼べる。

 ここまでいくと、後はもう体力以上に精神の問題となる。ゲンエモンを中心に五階層探索者たちが牽引する形で、上階探索者たちをリードした。ゴーレムが来るのではないかという恐怖も後押しして、作業のスピードはいやがおうでも上昇した。思考を捨てて、穴を作る機械と化した。人間に戻ろうなら、ぷつりと糸が切れてしまう。傾斜を誤魔化すよう、土を周囲に少しずつ盛り、巨大な布を被せ、何十本もの釘で布を地面に釘付けた。釘は土をかぶせて隠す。茶色い布には適当に、土と根っこがある草をまぶしておいた。浅い布にも同じ隠蔽を施す。途中で一時間の休憩を挟み、三十一時間目には深い穴の導火線設置と調節完了。手を伸ばしても届かない大穴ができた。

 二つの穴は完成した。残すは大杭の仕掛けのみ。

 

「これが最後となる。最後に力一杯作業するため、二時間の休憩を挟む。辛いだろうが、食事を胃に詰めとけ」

 

 そう言って、ゲンエモンは握り飯にかぶりついた。くたくたになりながらも、食事だけは取り、作業班は寝入った。アルケミスト・カースメーカーたちも、応援に来た二階層と三階層探索のパーティ十名に見張りを任せて、仮眠した。

 三四時間目の半ば。結局、二時間以上も休憩した。残す仕掛けを作るため、浅い穴後方にある大木に集結。上に登って引っ張る班と下から引っ張り上げる班に別れた。エドワードのような身軽に動ける者は樹に登り、大半の者は下から引っ張り上げた。

 

「えいや、そーれ! えいや、そーれ!」

 

 右側の先頭にいるゲンエモンの掛け声に合わせて、樹を引っ張り上げる。三六時間目に差し掛かる頃、僅かに調整を行いつつ、大杭を斜め下方向に向けて空中でピンと張ることに成功。何十にも縄を括りつけて、杭が落ちないよう支える。爆弾で仕留めきれなかったゴーレムを、斜め下から降ってくる杭でひびが入った頭を叩き潰す。樹のそれぞれに二人が配置され、左右から支えるロープを一本ずつ、タイミングを合わせて切断する。

 

「皆、ご苦労。我らの苦労は必ずや報われる。少し休んだら、帰ってちゃんとした寝床で寝よう」

 

 ゲンエモンは疲れを押し隠し、大声で感謝の意を述べた。殆どの者は極度の疲労で崩れた。手が豆だらけの者も多く、潰れている者も当然いた。

 一七名のアルケミストの他、パスカル四人とダルメオとフィリが仕掛けの実行者として残る。見張りに付くラクロワが戻ってきて、彼も仕掛け人として残る。

 応援に来てくれた二、三階層の十名を除き、殆どの者が休憩した。三八時間を過ぎる頃には起きて、一組十二人から九人の構成で順に帰る。比較的安全といえる一階層だからこそ、できることだった。エドワードら五人はアクリヴィの無事を祈ると告げて、帰っていった。地上は暗かった。

 地上に着くと、体を禄に洗わず、汚い服を脱ぎ捨てて、下着とシャツ一枚の恰好で深い眠りに落ちた。さしもの彼らも、往来の時間合わせて四十時間にも及ぶ作業には参った。ここまでして倒せなければ、後はエトリア自衛軍や世界樹の賢者とやらに任そう。

 

 

 

 翌朝。雨が降りしきる日。日が昇る中間の時刻にエドワードは目覚めた。

 エドワードが起きたのが合図のように、ジャンベ、コルトン、ロディムの順で目覚めた。食事を取ろうと階下に降りたら、アクリヴィとマルシアがテーブルにいた。周りにも同業者がいるが、何やらもじもじしていた。アクリヴィが無事に帰還したということは、巨人討伐は成功したのか。失敗したのか。四人は駆け足でアクリヴィに寄った。アクリヴィは申し訳なさそうにやや暗い顔を見せている。まさか。

 

「結果はどうだ!? その表情だと、まさか」

「違うの。これは、私だけ活躍できてなくて、こんな顔になっていたの」

「……では……」

「巨人は……ゴーレムは倒れた。討伐作戦は大成功。あなたたちが起きるまでは黙っていた」

 

 思わず歓声を上げた。彼らだけではなく、他の冒険者たちも叫んだ。四十時間にも渡る無茶ぶりな突貫作業が功を成したのだ。特に関わった者たちの感慨は一際大きい。

 マルシアと四人はアクリヴィのゴーレムの最期を説明してくれと迫った。

 

「わかったわかった! わかったから、そんなに詰め寄らないで」

 

 アクリヴィは巨人討伐の一部始終を語った。

 円筒を使い、紫の煙で見張り役の者たちはゴーレム接近を知らせてきた。私たちは左右に別れて、アルケミストは前へ、カースメーカーは後ろに立った。ゴーレムを見たとき、測量した数値以上の大きさに見えて、さすがに驚いたわ。あんな岩石の巨体に術式が通じるのだろうかと訝しんだ。

 でも、上手く行くときは上手く行くのね。

 ゴーレムはずっぽりと右足が穴に落ちたわ。ゴーレムが右足を上げようとする前に、待機していたラクロワが火薬のラインに点火した。落ちてゴーレムの体勢が揺らいだとき、爆発が起きた。伏せて耳栓をしていた耳を抑えていたけど、爆発の大きさでこっちまで身の危険を感じた。だから、ゴーレムが倒れかけたら、急いでもっと後ろへ下がった。音でわかったけど、ゴーレムは全身を地面に打ち付けていた。見事に浅い穴に頭を突っ込んでいた。パスカルたちが点火して、浅い穴から爆風と爆炎が発生した。天井に炎が届きかねない威力だった。

 あちこちに石の破片が降り注いだ。効果てきめんね。

 いくらなんでも、この爆発には耐えきれないだろうと安心したら、キアーラとか、カースメーカーたちが騒いで、ダルメオに。ダルメオは私がいる右側で、フィリは左の樹にいたの。早く縄を切れと叫んだ。

 二人は息の合ったコンビネーションで杭を支える二本の縄を断ち切った。煙と木々が邪魔で見えにくかったけど、煙が内側から押される形でふわりと歪曲したのは見えた。

 激しく打ちつける音が響いた。どうとキアーラに聞いたら、まだ少し、息があると言った。これほどやって、まだ息があるなんて、ゴーレムの生命力には呆れる同時に畏敬の念すら抱いたわ。というわけで、私たちの番。大抵の物質は温度の急激の変化に耐えきれない。そこで、左右から最大威力の氷の術式を浴びせた。

 そうしたら、ゴーレムは腕を二、三度叩きつけた。指示どおり、撤退しようとしたら、カースメーカーたちに止められた。キアーラが珍しく微笑んで、大丈夫よと告げた。あの笑顔の不気味さを伝えられたいいわね。ひび割れる音の後、ゴーレムの頭が更にぼろぼろと崩れ落ちて、跡には大小様々な岩の破片が残った。ああ、あと、ゴーレムの胴体や腕はほぼ無傷な状態だったわね。私から言えるのはここまで。

 アクリヴィは語り終えた。

 後世の人間が事実を知れば、きっと、地味だなと言うだろう。あるいは、ゲンエモンや誰かが、剣の一撃でゴーレムの頭を粉砕したと捏造された物語が伝わるかもしれない。世に伝わる怪物退治の実態も、実は案外、こういう地味で多大な労力を払った末での成功なのだろう。

 とにもかくにも、地獄の四十時間突貫工事が実ったのは、嬉しい報せだった。だがしかし、次にアクリヴィは更なる嬉しい報告をエドワードにもたらした。

 

「実はね、あなたに知らせたいことがあるの。教える前に一つ言い訳すれば、ギルド長に口止めされていた。ゴーレムの一部始終を伝えてから、教えろって。真意は分からないけどね」

 

 そうして、アクリヴィはエドワードの耳元でささやいた。エドワードはアクリヴィを非難がましい目で一瞥したら、「すまん。外へ行ってくる!」と、長鳴鶏の館から飛び出した。

 

 エドワードの慌てように、彼を知る者は顔を合わせた。彼があそこまで焦り、急がせるとは何用なんだ。

 

「アクリヴィ。あいつに何を吹き込んだ」とコルトン。

「この場で全ては教えられない。だから、じかに行って見てきたほうがいい」

 

 アクリヴィは悪戯っぽく口元を歪ませた。ロディムはいいから教えろよ声を荒げたので、仕方なく少し教えた。

 

「彼に会いたい人が六人いる。そのうちの四人は、彼が会ったら、泣いて喜ぶ人かもね」

 

 六人いて、四人は泣いて喜ぶ者たち。簡単には教えてくれそうにないので、コルトンはエドワードの後を追いかけた。ジャンベ、ロディム、マルシアも宿から出た。遅れて行こうとするアクリヴィを、アデラが呼び止めた。

 

「エドワードが泣いて喜ぶ人とは?」

 

 アクリヴィはウインクをして、「秘密」と言い、宿を出た。

 ちえとアデラは頬杖を突いた。彼と六人も気になるが、ゴーレムの死体が具体的にどうなっているのかも知りたかった。

 

「知りたいことが多すぎて困るよ」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。