世界樹の迷宮 光求めし者達   作:鞍馬山のカブトムシ

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第五階層攻略編
一九話.超古代文明


 階段を降りたら、あまりの眩しさに目がくらんだ。目が慣れてくると、エドワードが「右を見てみろ」と言う。全員そちらの方を見た。生涯、この時の衝撃と感動を言い表せる者はいなかった。あえて表せば、圧巻の一言に尽きる。

 元は窓ガラスが嵌めてあったと思われるところ。そこから見渡す限り広がる、数多ある山のように(そび)え立つ巨大な建築物。そして、その建築物の上にある、螺旋状に、荒波のごとく複雑に絡みあう樹齢千年の大木よりも太く大きな植物の根と思われる沢山の緑の霊峰。自然と人工物が入り混じった。奇妙で。不思議で。荘厳で静寂な雰囲気がある。

 恐らく、この上と下にある途方も無く長い歳月をかけて成長した世界樹の根が、この第五階層にある都市、遺都(いと)を―――。正確には、第五階層に埋もれた前時代の文明が土中深くに沈むのを防いでいた。

 植物は建物同士も繋げ、上にも下にも、自然の(きざはし)を造り上げていた。

 遠く、何やら黒い鳥の群れの影が見える。鳥にしては、随分と羽根や足が多く、胴体が異常に長いような気もする。

 

「あれは何?」アクリヴィが黒い群れを指した。

 

 五人は余計なことをせず、しばらくはあの群れの動向を確かめることにした。黒い点々とした物体は刻一刻と近づいてくる。視力の利くエドワードとロディムは手振りで窓から離れるよう示し、エドワードは「頭を下げたほうが良さそうだ」と緊張の面持ちで言った。

 誰の耳にも、聞くに耐えない不快な羽虫の羽音が届いた。羽音は凄まじく、地上や世界樹においても、これほどまでに激しい羽音は聞いたことが無い。スズメバチが人間並みの大きさだったら、ちょうどこんな感じの羽音になるかもしれない。錆びてとち狂った弦楽器の演奏を耳元で聞かされてるようだ。

 全員、チラと窓の外を窺った。速くて、集団内でぐるぐると移動しているので分かりにくいが、赤っぽい、体長はおおよそで二メートル前後もあるトンボの群れがホープマンズが居る建物のすぐ近くを旋回していた。

 ロディムが剣を握り締めた。

 

「俺たちの存在を嗅ぎつけたのか?」

 

 不安は杞憂に終わった。トンボの群れは窓から見えなくなり、羽音は段々と遠ざかって行った。

 脅威となりうるものが去った後、五人は改めて、新階層の迷宮の内部を見回した。足元から天井まで十メートルもあり、横幅も数メートルあって広い。道は前と左に別れている。遮る物も無く、見る限り、危なかっしい罠や生物の気配は無さそうだ。また、所々に植物や苔が生えたり、小さいのとやや太めな木の根が一部、道や窓枠に引っ付いている。

 この建物の材質については何とも言えない。コンクリート(石膏ともいう)に似ているが、どこか異なる。ロディムが試しに指先で突っついてみた。とても頑丈である。壁や床の色は全体的に白っぽくも見えて、銀色にも見える。

 

「こりゃ。一箇所壊すだけでも、かなり時間がかかりそうだな」

 

 まずは真っ直ぐ進むことにした。角を曲がると、やはり、地上のどの材質とも異なりそうな、長い歳月で灰色に変化したドアが二つ見えた。と、さきのトンボとはまた違う二種類の樹海生物とも遭遇した。右側は下半身が赤、上半身は黄色、顔は濃い灰色のモグラ。左側は真っ青な色のでっぷりとした体型のウサギ。

 モグラは二本足で立ち、爪は鉤爪の形をしており、一メートル以上の背丈もある。水色に濁ったどこを見つめているか分からない釣り目の瞳が不気味である。

 青ウサギのほうはモグラより一回りでかく、口元から覗かせるナイフのような齧歯が恐ろしく、目も怖い。目を凝らして兎の糸目を見ると、角膜の部分は黒く、水晶体は赤い。

 二体は互いに睨み合い、こちらに気付いた様子は無い。縄張り争いでもしているのだろう。エドワードはこう推察した。壁際を歩き、刺激しないよう注意した。

 互いに足を僅かに動かすと、二体は猛烈な速さで攻撃を始めた。モグラは鉤爪を掲げ、ウサギは鋭い犬歯をぐわと向いた。二体は空中で衝突した。ウサギが喉元を狙うのを察知していたモグラは、右の鉤爪でウサギの歯を防ぎ、左の鉤爪で青ウサギの腹を掻っ捌いた。地に足が着く前に、ウサギの腹から臓物と血が溢れ出た。モグラはきゅろぎょお! と、どう例えたらいいか分からない奇怪な鳴き声を上げて、青ウサギの体を何度も切り裂いた。

 語らずとも、ホープマンズはすべきことを理解していた。血の臭いを嗅ぎつけ、他の怪物もやってくる可能性がある。更に言えば、あのモグラは一番近いドアの前に居る。早々に片付けなければ。モグラはようやく、人間の存在に気付いた。せっかく、仕留めた相手を奪われてなるものか。モグラは威嚇のため、上半身を逸らして、声を上げようとした。これが運の尽きである。

 胸に固く鋭い物が当たり、雷に打たれたような衝撃が全身に走った。視界が揺らぎ、モグラが頭を下げたところをロディムは飛び出し、力一杯を斧を振り下ろした。斧の刃はモグラの顔を縦に半分切断した。

 

「こいつらの死体はドアから離れたところに置こう」

 

 エドワードはモグラの胸から矢を引き抜くと、ロディムと二人で反対の壁に向かって放り投げた。青ウサギの死体も同じく。

 ドアに仕掛けはないか? 鍵など要るのか? 警戒しつつ、ロディムはドアノブを押した。開かない。試しにドアノブを引いてみたら、あっさりと開いた。どうやら、外開きのドアらしい。

 ドアを開けた途端、紫の淡い光が部屋からこぼれた。嬉しいことに、樹海時軸は降りたところよりすぐ近くに存在していた。部屋は廊下と比べ、案外狭かった。六人は樹海時軸を潜り抜け、地上に戻った。これにより、ホープマンズの一同は第五階層の行き来が可能になった。誰が残るかで話し合ったが、既に決まっていた。コルトンが挙手した。

 

「俺が残るよ。お前たちが死なずに戻ってくれば、また次の日にでも潜れる。足手まといはいない方が冒険もしやすいだろ」

 

 腕を怪我したコルトンを地上に置いて、改めて、正規の人数で五階層へと向かう。ドアを開けて、あり得ない光景に目を疑った。モグラとウサギの死体から大量の血が噴き出て、そのまま凝固している。赤い血はぼこぼこと湯立ち、体毛と肉を焼いた臭いが漂う。

 血というよりかは、溶岩といった感じだ。溶岩は風船のように膨らんだ。膨らんだ溶岩を見て、五人組はギョッとした。

 風船は天辺のところで左右対称で円みを帯びて膨らみ、そこに真っ赤にペイントした人の目玉が浮かび上がっていた。風船の下には深い窪みがあり、窪みは人の唇を削ぎ落したような、薄気味悪い血濡れた口っぽい形をしていた。

 目玉はぎょろりと五人を睨んだ。五人は息を潜めて、体の動きを止めた。目玉は興味を無くしたように風船内に引っ込み、窪みも消え、膨らんだ箇所は萎み、溶岩はまた二体の死体を覆った。

 五人は忍び足で壁際を移動した。すると、前方から二つの赤く丸っこい液体が迫ってくるではないか。困惑しつつ、身構えたが、二つの液体は五人を素通りし、二体の死体にたかった。そして、新たに来た二つの液体もぐつぐつと湯立ち始めた。湯立った泡が破裂するたびに、硫黄の臭いがした。

 歩いているうちに、広場に差し掛かった。そこまで行くと、あの液体たちは点にしか見えなくなった。ほっとしたロディムが小声で喋った。

 

「なんなんだありゃ? どっかで見たことがあるよう気もするが」

 

 アクリヴィが答えた。

 

「あるわよ。ほら、二階層の密林に居るあの気持ち悪い緑と紫の液体生物たち。あれとよく似ている。でも、やっぱりというおうか。あれらよりでかいわね」

「ああ、あれか。俺だけじゃないだろうが、嫌な思い出しかないぜ」

 

 ロディムはわざとらしく、ぶるると体を震わせた。数年前を思い出す。あれらの毒液にかかって、何度も散々な目に遭ってきた。服や装備を何度か駄目にされたこともあった。マルシアは一回。コルトンに至っては、三回も危うく失明させかけられた。失明に限らず、毒液が体にかかって酷い目に遭うのは、誰もが一度は通る道。

 広場の曲がり角まで行き、左右を見た。左には大きめなドアが二つ。右には両開きの扉が二つある。試しに、右にある両開きのドアに向かったが、おかしな点がある。取っ手やドアノブなど、掴める物がない。中央に筋があるので、それを掴もうとしたが、つるりと滑って掴めない。

 扉の真横、ちょうどジャンベの胸の位置ぐらいの高さに、長方形に綺麗に彫られた窪みがある。窪みには、数字が書かれたガラス細工と思しきボタンがある。ボタンの数は1から25まであった。もう片方の両開きの扉に行くと、こちらにも内側に数字が書かれたボタンがあり、こっちは26から50まで表示されていた。槍や棒、斧で叩いたり、突っついたりしてみたものの、扉は傷一つ付かない。

 

「どうやら、たかが数人の力でぶち壊すのは無理なようだな」とエドワード。

「アクリヴィ、あんたの知識でどうにかならないか?」

「やるだけやってみるわ」

 

 そう言って、アクリヴィはボタンに触れたり、何度も押したりしたが、扉は反応を示さない。アクリヴィは首を振った。

 

「無理ね。推測を述べれば、暗号。あるいは、これを動かすからくりがどこかにあると思う」

「壊す選択肢は無いのか?」ロディムは斧の柄をさすった。

「不可能では無いと思う。だけど、私の勘と学者としての良心が囁いているのよね。これは壊さないほうがいいって。どの道、この扉を壊すには相当な時間を要するでしょうね」

 

 この両開きの扉は後回しにして、前にある大きめなドアに向かった。あちこち錆び付き、あちこちガタついている。このドアは年月の重みに耐え切れなかったらしく、ロディムが軽く引いただけで、ドアノブは壊れてしまった。仕方なく、このドアは破壊することにした。ロディムが斧の柄で蝶番の箇所をぶっ叩いたら、ドアごと壊れた。ドアが向こう側に倒れた際、埃が派手に上がった。

 ドアを適当に捨てて、先を進んだ。今度もまた広場だったが、もしかたら、昔はもっと色んな調度品や家具が置いてあったのだろう。朽ちた椅子や箪笥が遺されている。アクリヴィは椅子に歩み寄り、慎重な手付きで椅子に触れたが、椅子は脆くも崩れ去った。

 広場は向こうの建物とを繋ぐ橋もあった。橋も天井と同じぐらい、太く大きな植物の根で覆われていた。橋に沿って覆われており、渡る分には問題はなさそうである。

 箪笥も同じく、マルシアが取っ手を引くと、ボロボロと崩れた。ガラスの小瓶や手帳などがあるが、息を吹きかけただけで灰になってしまいそうだ。絵の具を取り出し、箪笥のすぐ近くの壁に緑の丸をつけ、縦に線を引いた。

 この印は調査中・手を触れるなを意味する。要約すれば、これは私たちの獲物だと主張している意味が含まれる。冒険者はいつ頃か、絵の具などを携帯するようになり、ここは安全。ここは危険という印を残したする。赤は主に危険な対象・場所などを意味し、青は安全と判断した対象、緑は調査中を意味する。

 五人が広場を見て回っている中、ドアを壊したときの音がまずかったのか。五人が居る広場に接近してくるのがいた。

 先ほど死体にたかっていた三体の溶岩のような液体生物。大蜘蛛が二匹、橋からやってきた。エドワードが目敏く液体生物を見つけ、ジャンベは蜘蛛二匹に気が付いた。

 エドワードとマルシア、ジャンベは蜘蛛と対峙し、ロディムとアクリヴィは液体生物と向き合う。

 液体生物たちは互いに間を開けると、ぼこぼこと体が沸騰させ始めた。液体生物たちよりも早く、蜘蛛二匹が先に動いた。山羊より大きな蜘蛛はお尻を持ち上げて、糸を噴出した。白い糸が矢のごとく飛んでくる。エドワードは足元に飛んできた糸を身軽に避け、マルシアは鉄製の杖で糸を絡めた。蜘蛛が糸をたぐる。蜘蛛のあまりにも強い引きにマルシアは必死に抵抗した。

 エドワードとジャンベは蜘蛛に弓を射掛けた。まず、エドワードの矢が土手っ腹に穴を開け、続くジャンベの矢は頭に命中した。しかし、さすがというべきか。虫の一種であり、深層にいるだけあって、大蜘蛛はその程度の攻撃では死なない。背後から冷たい冷風が吹く音と叩きつけられる音がした。多分、あちらは決着がついたのだろう。遅れを取るまい。

 蜘蛛はエドワードに狙いを定めた。エドワードは素早くファイアオイルの小瓶に鏃を突っ込み、大蜘蛛に矢を射る。矢はまたしても頭に当たり、大蜘蛛の顔面内部と外側の肉を焼いた。大蜘蛛はしばらく足をばたつかせた後、ぐったりと倒れた。

 引っ張り合っていたマルシアは、ぱっと杖を手放した。いきなり放されて、勢い余った蜘蛛は僅かにもたついた隙を突かれ、矢を頭に食らい、続いてエドワードはジャンベに持たせていた小槍を更に蜘蛛の頭へと投げつけた。

 液体生物たちは、口から真っ赤な人の頭ぐらいあるゆだる熱湯の弾丸を発射した。ロディムは盾で二発を防いだが、一発は右の脛当に命中した。

 

「あっつ!!」あまりの熱さにロディムが跳ねた。

「どいて!」

 

 アクリヴィはロディムを押しのけたら、両の輝く金の籠手先の手袋から身を凍らせるほどの冷風を真っ直ぐに吹き出し、三匹の液体生物を凍らせて、三匹は風の勢いで壁に叩きつけられた。液体生物共が粉微塵に砕け散る。

 戦闘終了。

 マルシアはロディムの治療にあたる。脛当は表面が軽く焦げる程度で済んだものの、内のロディムの肉は赤く腫れていたが、そこまで酷い火傷ではなかった。

 アクリヴィは砕けた液体生物から、二つの拳で握れる大きさのゴツゴツした赤い水晶核を回収。エドワードとジャンベは、糸の粘り具合から普通のナイフでは無理と判断して、全体的に刃の表面が刺刺にざらついた細かな切り込みがあるナイフで蜘蛛糸を五メートル感覚で切断して束ねた。

 部屋にもう、これという物は見当たらない。一行は橋を渡ろうとしたが、白い骨ばった塊が接近してくるのを見て、踏み止まる。

 ずん! ずん! 我が物顔で橋を渡り、あたかも王者のごとく、足元にいる自分より小さな存在を見下すかのような、白い巨体。全身に骨を貼り付けたような姿は、無骨で厳しい。そいつは二本足で歩き、顔はトカゲっぽい。

「地竜ね」とアクリヴぃが呟く。

 モリビトの共同戦線で目撃した、金色に輝く怪物とよく似ている。あの怪物の亜種か近縁種の類であろう。

 恐ろしいといえば恐ろしいが、伝説の翼があるドラゴンとは異なり、地竜はこれといった特殊能力は持たない。その分、翼あるドラゴンよりは劣るものの体は頑丈で、どの樹海生物や地上の動物よりも、体力は群を抜いている。

 ロディムとエドワードを目を合せた。戦うか? エドワードは首を振った。命を賭して戦えば勝敗は分からない。今回は純粋に探索にきたのであって、戦いや狩りを目的に来たわけではない。装備や道具もやや不足している。無謀な戦いは避けるに限る。

 彼らは部屋から去った。白い地竜は、嗅ぎ慣れない臭いに首を傾げたが、気にした様子はなく。一行が出た戸口とは違う戸口を使った。

 ホープマンズが五階層から地上へと帰還しようとした時、突如、魔獣の咆哮がホープマンズが居る階を揺らした。ジャンベは驚いて掴んでいた矢を手放してしまい、慌てて拾った。

 

「見つかったのでしょうか!?」

「いや! 部屋の臭いこそ嗅がれたかもしれんが、見つかったり、ましてや挑発行為は断じてしてない! 誰か、別のパーティと遭遇したのかも?」

 

 一行は帰還を後回しにし、通路へと戻った。二度目の咆哮が鳴る。五人組。男四人と女一人の構成のパーティが白い骨の地竜に追いかけられている。内一人は背負われていた。ついさっき目撃した個体よりもっと大きく、体に古傷の跡が見て取れる。

 エドワードやジャンベは、咆哮に混じって、か細く哀れっぽい獣の悲鳴も聞き分けていた。

 多分、さっきのは若い個体で、年齢も力も上の個体の縄張りに踏み入り、怒らせてしまったのだろう。そして、たまたま居合わせた五人組はとばっちりを食らった。五人はいずれも軽装であり、ホープマンズと同じく純粋な探索を目的に来ていた。言わずとも、分かっていた。エドワードは矢を引き絞り、アクリヴィは炎の術式の錬成を整えた。

 五階層に到達しうるほどの腕前もあり、五人もホープマンズが何をするのかすぐに読み取った。牽制に、ジャンベの矢が飛ぶ。鼻面に矢が跳ね返って、地竜は地団駄を踏んだ。動きが止まったところへ、エドワードの矢が地竜の右目を抉った。首を逸らして悲鳴を上げる地竜。その隙に、五人はさっと脇に退いた。

 地竜が態勢を立て直す前に、アクリヴィが術式を放つ。強烈な熱風と火炎が地竜の顔を包み込む。地竜はぶんぶんを尻尾や燃え盛る頭を振り回し、声にならない吠え声を上げ、暴れながら逆方向へ走り去った。五人はホープマンズと合流した。

 

「礼はいいから、行け」

 

 しんがりを務めるエドワードは最後に樹海自軸を潜った。潜る直前、地竜の物と思しき叫び声が聞こえたような気がした。

 翌日。コルトンは完治するまで当然留守役。一行は朝の五時と早い時間帯に出発した。エドワードは昨日の叫び声が耳から離れなかった。悪夢を見たという意味ではなく、何故、地竜は叫び声を上げたかのか。一行は装備を整えて、第五階層の探索に挑んだ。ロディムは欠伸を噛み殺した。

 

「あふぉ……。そんな、深刻な問題かねぇ?」

「とにかく気になる。初めに外を見た時、植物がそう、まるで階段のようにこれや他の建物と繋がっていただろう? いくら樹海生物とて、二四時間眠らずに活動できない。その隙を狙って確かめたいんだ」

 

 奥へ奥へ。エドワードが聞いた、叫び声が聞こえた方向へと向かうと、建物の壁が崩落した場所を見つけた。

 驚いたことに、床から天井にかけて、びっしりと根が張られていた。植物のトンネルだ。五人はトンネル内に侵入した。トンネルのそこかしこに隙間があり、入ってすぐの右側に、ぽっかりと穴が開いてた。エドワードは体に縄を括りつけ、しっかりと仲間たちに縄を握ってもらい、そっと植物トンネルから降りて外の様子を窺う。

 思った通り、遥か真下には小さな蜥蜴のような生き物が横たわっていた。目を凝らしたら、頭が黒焦げてた。明らかに先日の地竜だ。

 

「向こうを!」とアクリヴィ。

 

 前を見上げる。向こうの建物も何個の植物の通路で繋がっており、向こう側でぞろぞと固まって移動する群れがいる。先日戦った大蜘蛛と同種の群れが通路の外側を伝っていた。

 エドワードは引き上げられて、一行は慌てて建物内部に戻った。

 

「これで、はっきりした。ここと向こう側の建物は、こうした植物の何十もの植物の通路で繋がって、樹海生物が行き来しているんだ。さもなきゃ、ここに怪物共が居る理由が説明できん」

「いっそ燃やすか? 伐るか?」

「それは駄目よ、ロディム」

 

 マルシアはロディムの案を否定した。

 

「植物の通路は、きっと、建物を支える役目も買っているに違いないわ。何年も観察して、計算すれば、落として問題ないと分かる物もあるだろうけど、今は駄目よ。あなたが瓦礫の山で眠りたいなら別だけど」

 

 マルシアの説得により、ロディムはとても素直に大人しく、納得した。

 

「さしずめ。樹海生物の集合住宅地って感じかしら。この二つの塔は」

 

 アクリヴィがややしたり顔で言う。地上にも怪物の類はいるが、地下世界ほどではない。集合住宅地という言葉は、世界樹の迷宮全体に言えることだ。

 

「正にそれだな。しかし、俺たちのすることはいつもと変わらない。ここに住まう先客とは極力を顔を合わせないようにして進み。昨日のように、向こうから喧嘩をふってきたり、道を塞いだり、求めんとする換金できる物を持っていれば、きちんと出迎えてやる。対応の仕方はいつもと同じさ」

 

 エドワードは改めて、外の光景を眺めた。古代文明の名残が所狭しに並び、その下や上には植物の根が幾層にも絡み合う。薄ぼんやりと、五階層の端が見える。五階層全体を覆う淡い光彩で霞んで見えにくいが、微かに緑と茶の壁が見られる。無理ではないだろうが、人間が行き着くには相当な時間と覚悟を要する。エドワードは勘違いしていた。壁は植物の根ではなく、何千何万年にも積み重なった苔とキノコが土壁に折り重なった物である。そこから、要所で木々が生えていた。

 トンネルを進むか、否か。全員、否で可決した。トンネルの足場は堅いが、要所で節くれだち、つまずき易く、所によって急で視界も悪い。おまけに獣道で、上や前、どこから敵が来るか予測し難い。戦いとなれば、人間が不利なのは圧倒的。

 いずれは、建物の外に降りて探索しなければいけない日も来るだろうが、現状では難しい。よしと、目標を立てた。

 

「まず、第一の目標に、この二つの塔の内部地図を完成させる。二つの塔は並の建物よりでかくて広い。上の天然迷宮と比べれば、若干狭いのは否めないがな。色々と探す余地は多くあるはず。すべきことは他にもあるが、当面の目標としては良いだろう」

 

 一行はエドワードの目標に賛同した。というより、現状ではその当たり前ともいうべき目標しかすることがなかった。一行は探索を開始してすぐに、迷宮は昨日の歓迎では物足りないと考えたのか。五人は二度目となる新階層の歓迎を受けた。

 黄金の角鹿。大蜘蛛。一つ目の歩く毒樹。鋭い槍のような嘴を持つ紅い怪鳥。赤だいだいの三階層に生息するカエルより大きい、醜い(いぼ)が目立つ二体の大王ガエル。

 ロディムは待ってましたと言わんばかりに、にたりと笑い、武器を剣から斧に切り替えた。

 大王ガエルと怪鳥が先制攻撃を仕掛ける。アクリヴィの雷の術式が三体を弾き飛ばす。大蜘蛛の糸をロディムが斧で断ち切り、黄金鹿の角を振りかざした攻撃にマルシアが毒を塗った投擲ナイフと鉄の槍で応じ、毒息を吐きかける樹の怪物にはエドワードが矢で返し、ジャンベはみなの戦意を鼓舞する演奏で盛り上げ、怪物ど共を音波で動揺させる。ホープマンズ以外にも、グラディウスなど、他ひと組みのパーティが五階層における歓迎会に参加していた。

 五階層だけではない。各階層で樹海生物と人間達による死闘が行われていた。多くは樹海生物の悲鳴で占められているが、少なからず人間の悲鳴も混じった。今日もまた、世界樹の迷宮は通常運転。

 無事に戦闘を終えたホープマンズは、怪物の死体から採れる物を取ったら、建物内部の探索を開始した。

 


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