世界樹の迷宮 光求めし者達   作:鞍馬山のカブトムシ

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十二話.軍事演習

「いつごろだろうか。我々がこの世界を『土地』と表現するようになったのは」

 

 卓に置いた木の板に墨で文字を書く紫の法衣を着た若いモリビトの女。彼女は四歳の時に神官に才覚ありと認められ、以来、神官のもとで日々厳しい修行の毎日を送っている。

 

「おっしゃる意味がわかりません。我らの住まう世界を『土地』と言い表すことに問題がおありでしょうか?」

「おおありだ。我らの生活を乱し、地上の者と戦う原因を生み出した、我らを堕落せしめたあれと比べたらましかもしれぬが、わしは地上の者たちの世界を『土地』と表現するのを好かぬ。この世界は誰彼の土地ではなく、我らモリビトを含む全ての者達の為にある世界だ。……とはいえ、どんなに厳しく言い渡して律しても、一度根付き、広まったものを完全に省くのは難しいな。かくいう私も、この前の演説のように、興奮すればつい使ってしまうから気を付けねばならぬな」

 

 神官は普段、「私」という一人称を使うが、親しい者に限り、こういう密かな日常においての一人称は自らを「わし」という。樹皮を編み合わせた暖簾の向こうで、ウォリアーの一人が跪いた。

 

「神官殿。準備が整いました。皆、あなた様の号令をお待ちしております」

「うむ、すぐ行こう」

 

 神官が立つと、弟子である彼女は神官の杖、武器、黒い丈夫な皮鎧、見栄えも良く丈夫な頭飾りを運んで来て、彼女は神官がそれらの物を身に着ける手伝いをした。

 あの会議の後、細々としたことを取り決めた。

 まず、本格的な戦場は十八階の広場からそれ以降の階と決定された。十六階は緊急の時の狩場であり、また、彼らの支配域から外れていて、物資と人員の輸送もままならない。十六階は最初から交戦区画から外されていた。

 十七階の半分はモリビトの支配域に入るが、あそこで戦闘を起こせば彼らにとっても危険極まりない存在がいるため、そのことを考慮して、十七階も交戦区画から外された。

 かくして、彼ら自身にとって危険が少なく、尚且つ彼らの支配域が広く及んだ十八階にて本格的な戦闘が行われる。斥候たちの報告によると、地上の者たちの歩みは緩慢で、十八階に到達するまで早くとも一カ月、遅くて四カ月もかかると斥候たちは推定した。二人の若者が惨殺された事件以来、チェチェラとパルッグの二人には失礼だが、モリビトたちの敵愾心が向上したのは喜ばしいことだった。

 ただ、二人の若者が出身した村と隣り合う村は良いとして、他の村は時が経てば、血気盛んに燃え立つ心も消えていくことだろう。同胞を疑いたくないが、神官は演習で戦意の維持・向上を図った。

 十の林村より歩いて二時間。神官の一行は広場に到着した。

 青や紅や青、時折り、白の法衣や角を生やした者や鱗と羽毛で覆われた者も目に付く。今日の演習に集まった者だけでも千人を上回る。明日はまた、別の千人がこの広場に集う。

 この広場を完全に埋め尽くすには、ここに居るモリビトの十倍の数があっても足りない。

 神官は号令を叫び、木製の大きな角笛の形を取った笛が吹き鳴らされた。

 初めは戦士たちによる素手の取っ組み合い。体格的に差がある地上の者に対する格闘術が行われた。

 若くてまだ不慣れな者は相手を蹴っ飛ばしたり、振り上げた拳を止められなかったするが、慣れた者はどんなに勢いをつけても直前で止めることが出来た。即ち、槍の寸止めをきちんと習得していることに繋がる。

 神官は一刻内に組分けを行った。重点的に慣れた者同士の取っ組み合いをする組、指導する者とされる者たちの二組に分けた。

 

「斥候の報告は諸君らも聞いているだろう。少なく見積もって、開戦まで残り一カ月に迫る。だが、罠を張り、細かに作戦を練れ、戦いに慣れておらぬ者を育成する期間として一カ月もあれば十分だ。さあ、乱取りを続けたまえ」

 

 戦士たちが乱取りを行う中、地の戦士は地の戦士の訓練を行っていた。地の戦士同士の取っ組み合いは激しく、見物であり、ついつい手を止めて見る者にはすぐ叱責が飛んだ。彼ら、黒く二対の角を生やした鬼、鱗と羽毛が生えた悪魔めいた外見のモリビトたちは地の戦士と呼称される。

 彼らは普通のモリビトより遥かに優れた身体能力を持ち、大地より力と恩恵を賜われた者の称号として「地の戦士」の呼称が与えられた。鬼の容姿の者は類稀なる怪力を。悪魔の容姿の者は火を噴き、高い跳躍力と瞬発力を誇る。

 しかし、地の戦士たちはその強力な能力と引き換えに、涙を流せない。また、彼らには生殖機能が無く、次代の子孫を残すことが叶わない。

 幼い頃は他のモリビトと全く同じ容姿をしているが、産まれた頃から頭には小さな二つの瘤、あるいは羽毛が生えている。そして、成長するにつれてどんどん通常のモリビトとは異なる姿が形成されていく。優れているも、呪わしい体でもある。そんな彼らを少しでも慰めるため、彼らは地の戦士という称号が与えられた。

 取っ組み合いを始めて四刻、半時ほど休憩を挟んだ。時折り、小休止を挟みつつ、演習は順調に行われた。

 槍と槍が打ちあわれた次は、斧が空を切り、剣とナイフで切り結び、棍棒を振るう。何百もの槍が何度も宙を飛び交い、石が投げられ、ブーメランの合唱が鳴らされ、吹き矢が吹かれる。

 地の戦士は角と角を重ね、張り手をし、専用の大きな獲物を振り回し、火が盛大に噴かれる。

 初日の演習は終了した。次も日も、別の千人がここで演習を行う。毎日行うわけではない。

 次の日は別の千人がここに来て、次の日は休み、その次の日で今日の千人がまたここに集う。二日間は演習を続け、三日目は休み。この繰り返しである。

 不慣れな者は一部であり、多くの者は既に一定の技量に達している。大事なのはいかに戦意を高揚し、維持するかだった。一日目の滑りは順調。各林村の長とも相談を重ね、非戦闘員の者らの演習見学も考えた。間近で見ることにより、直接戦うことはなくても影響を与えるはず。

 

          *―――――――――――――――*

 

 多くの兵士と冒険者が広沃ヶ原(こうよくがはら)に集う。アジロナ外壁、外壁外では物見高い民衆や他国からの視察も来ていた。

 広沃ヶ原とはエトリア本都市を囲む牧草地帯と耕作地帯の総称である。

 単純であるが、エトリアの人や文化を受け入れる風土、エトリアの「冒険者」という意味を思い出せば、このどこにでも当て嵌まりそうな総称はある意味エトリアらしい。

 周辺諸国からの招待客を歓迎するファンファーレが吹かれて、華やかな演奏が催される。演者にはジャンベもいた。エトリア市内と外では屋台が立ち並び、物珍しい品には人がこぞって集う。

 高価な銀織物の外套を羽織る長身の黒人は、採掘が盛んな国であり、エトリア同様多民族国家であるメティリルク国の将軍閣下ディアドルゴ・パッチュリオ。

 派手な毛皮の服を着るのは、エピザ・トーティ国の王子ヘイノオン。隣に付き従う二人の偉丈夫は、大戦士と名高いエキアロモとその息子のエキモロノ。国王から国民まで、殆どが白人であり、大半が金髪や赤髪、黒髪と茶髪の者は一部と民族的に統一された国。王子と付き添いの者は全員、豊かな金髪だが、エキアロモとエキモロノの肌は日に焼けて髪の毛は麦茶の色をしている。

 白い純白の肌と絹のドレス、煌めく黒髪の清楚な美女がテントの上級席に腰掛けている。その美女が年老いたような女と、その女と同い年ぐらいで金細工の冠を被った髭を蓄え長い茶髪を編んだ男性は、小国アライランスの王イッフェ。二人の女は彼の娘と妻である。

 平原は兵士たちで埋め尽くされていた。明らかにエトリアの兵士たちとは異なる風体の兵士たちも混じっていた。一昔前まで、エトリアにとって年二回の大々的な軍事演習は一種のお祭り騒ぎ。日常に退屈した市民の刺激であり、兵士には実践に備えた訓練も兼ねられていたが、エトゥ王賊連合の出現から事情が変わった。

 今の所、エトリアの周囲三ヶ国のアライランス・エピザ・メティルリクに実害はない。だが、一ヶ月前、エトリアと交流がある小国の村々が千騎の賊に村が襲われて壊滅する惨事が起きた。

 近隣諸国で起きたこの惨事に近い国の民は怯え、各国の政府首脳陣は被害に遭った小国を同情し、自分たちの国も襲われやしないかと不安を募らせた。

 単体でみれば、かの賊連合はどの国よりも兵力を保有していた。

 これら、小国中国はエトリアを中心として連携を図っている。万が一にもエトリアが倒れるような事態が発生すれば、各地で戦の火種が広がり、大国に付け入る隙を与えてしまうことにほかならない。また、かの大国が賊共のいわば後ろ盾になっているのではないかという可能性も示唆された。海賊を使い、あるいは協力し、他国の商船を襲わせるというのは密かな侵略や戦の常套手段の一つ。無論、盗賊もだ。もっとも、当の国は知らぬ存ぜぬの主張を貫き通していた。

 現状では各国は自分の国を守備するのが手一杯。エピザ・トーティ、メティルリクのような、中規模ながら万近くの兵力を有するような国は精々二ヶ国程度。

 他は、千あるか無いかである。これらの力が無い国々は、自由平和連合と銘打って、エトリアを主軸として昨今の厳しい戦火の状況を生き延びてきた。因みに、エピザ・トーティとアライランスの二国は王政で、メティルリクは議会と民の投票で首脳が決められる。

 エトリアは警戒を強め、このような大規模な演習を年二回から四回に増加。更に、隣国との連携強化を図り、こうして年二回に渡り、他国や周辺地域を招いた合同軍事演習を行っていた。

 兵力はメティルリク。個々の兵士の精度と団結力、戦に対する意欲はエピザ・トーティ。エトリアが誇れるのは兵器力と武器製造ライン。物資の輸送、すなわち兵站である。 

 小国アライランスはどれにも当て嵌らないが、エトリアと隣接する国の中では最も近い。

 税関をかけない代わりに、アライランスは通常より安い値段で作物やエトリア生産の品を手に入れている。逼迫(ひっぱく)した状況では互いに協力し合い、持ちつ持たれつの関係を築いてきた。

 兵士たちの中にはホープマンズなど、冒険者たちの姿も見受けられた。エトリアの冒険者といえば、基本、樹海探索や街からの依頼で金を稼ぐ何でも屋に近い立ち位置。軍事演習に参加しても、報酬金は得られやしないが、彼らもそれを理解した上でこの演習に参加している。

 この演習に参加した冒険者たちの目的は主に三つに分かれていた。

 一つ目は顔を売ること。多くの人々がこぞって見物に来る演習で人々に顔を覚えてもらい、少しでも名声を得て、あわよくば、国やエトリアのお偉いさんのお眼鏡に適おうとする者。

 二つ目は鍛錬。軍事演習を機会に、ベテランの冒険者や他国の兵士から戦闘技術を盗みとろうとする者。他国の武芸者たちと手合せを望む者。

 三つ目は、暇つぶしである。 

 若手のパーティやいまいち成果の上がらないパーティは、一つ目の分類に入る。

 パスカルたち、ホープマンズと宿を共にする赤髪の女剣士アデラのパーティもこの口である。

 二つ目は、コウシチやゲンエモンなどのブシドーたちがこれに分類される。そして、三つ目はホープマンズやグラディウスがこの分類に入るが、エドワードやコルトンの場合は一と二も足した感じになる。

 エドワードやカールロ、ゲンエモンと共に冒険者としての道を歩む若禿げ頭の大柄なレンジャー・ラクロワは弓隊。

 アデラの一行で働く女黒人パラディンのブルーナ。金髪で、サファイア色の聡明さが感じられる瞳の女はグラディウスのシショー。赤髭のモンパツィオ。樺色髪の大男コルトン。彼らパラディンはファランクスの陣形に組み込まれた。

 ロディムやアデラ。ゲンエモンパーティの女ソードマン・ニッツァ。グラディウスのダークハンター・ベルナルド。ゲンエモンやコウシチなどのブシドーたちは混成部隊の歩兵として扱われた。

 マルシア、オルドリッチらメディックは当然、医療班である。

 また、これらの部隊とは別に、アクリヴィやドナ。ゲンエモンパーティのアルケミスト・嫌味屋ブレンダン。グラディウス所属で、淡いバイオレットの瞳、魔女を連想させる黒っぽいローブを身に付けている割には、いやに足の部分が裂けて太腿辺りの露出が目立つ、二つの三つ編みをぶら下げた紫髪の幼い外見をした女カースメーカー・キアーラなどは、魔術部隊の一員に組み込まれた。

 

「……ガキっぽいネーミング……”魔術”はないわ……。安っぽくしないで」

 

 小柄なキアーラのひそやかな呟きに、隣のアクリヴィは心の中で同調した。

 演習が始まる前から汗を流す者もいた。暦は五月。日差しは思いの外強く、鎧を着込む者には辛かった。

 ジャンベらバードは雑用兼演奏家の役割が与えられた。

 ヴィズルが壇上に登り、賓客に歓迎の意を述べ、兵士たちと見物客にも挨拶を述べた。

 エトリア自衛軍総轄隊長ミルティユーゴ。メティルリクのディアドルゴ。エピザのエキアロモ。アライランス騎士団長モルゴンドは号令を発した。

 喇叭が吹かれ、何十もの角笛が高々と吹き鳴らされる。

 一糸乱れぬ隊列で歩兵部隊の隊列が組まれる。

 元傭兵だけあって、コルトンの兵士姿は中々様になっていた。兵士たちは号令が叫ばれれば陣形を組み換え、喇叭と角笛が吹かれれば、槍で壁を作り上げ、一斉に槍を繰り出し、盾で仮想の攻撃を防いだ。

 お次は弓隊の演習。鉄砲は開発されて間もなく、現在でも弓は主流の遠隔武器である。ロングボウ、短弓、弩の弦が引き絞られ、何千もの弦から矢が解き放たれ、雲霞の群れの如く、矢は空を覆い尽くした。百発百中というわけにもいかず、藁人形の的から外れる矢も多くあった。

 

「俺の矢は肩口に当たったぞ」ラクロワは近くのカールロにそう言うと、カールロは平素な声で「俺の矢は頭の天辺に刺さった」と返した。もう一度、一斉斉射をやって、弓隊の全体訓練は終了した。優秀な弓兵の育成には時間を要し、こんな全体演習では育つはずがない。

 いわば、弓隊の一斉斉射はある意味では祝砲に近いものだった。

 

 その後、混成部隊の歩兵による模擬戦が始まった。模擬戦は盛り上がりをみせて、賓客たちと見物客を大いに賑わせた。

 ブシドーたちの刀が陽で煌めき、ソードマンの斧と剣士が振り上げられ、ダークハンターの鞭が空気を弾くように鋭く打つ。ロディムとアデラが打ち合う。技量・力は共にロディムが上だが、センスがアデラが上であり、中々に良い接戦をしていたが、最後はロディムの渾身の斧の一撃でアデラは剣をはたき落された。

 一方、コウシチとゲンエモンも睨み合っていた。互いに刀の柄に手をかけ、立ち尽くしていた。ベルナルドなど、腕の良い者は邪魔をしないようすぐに離れた。孤自戦流現役と次代跡目の対決に注目が集まる。

「こりゃ、面白いもんが見られそうだ」ベルナルドは軽く口笛を吹くと、自分に斬りかかってきたダークハンターの木剣をさっといなし、木剣を持つ相手の伸びきった手を蹴っ飛ばした。

 真剣の範囲に自分達以外の者が入ってこないのを認識した瞬間、柄からきらりと光が現れた。師と弟子の直接対決。光は互いの首に向かい合う。ぴたりと、首を落とす前に刀が止められる。引き分けに見えたが、先に刀を収めたのはゲンエモンだった。

 

「参った。三センチ分、わしの刀が遅かった」

「いや、若い頃のあなたなら、拙者の方が三センチ斬られていました。それにしても、まだまだ未熟ですな。三センチも猶予与えるとは。せめて、半分なら、敵に抵抗されることもないでしょうに」

 

 コウシチは冗談とも本気ともつかないことを言うと、三白眼を更に細め、ゲンエモンに微笑んだ。ただでさえ鋭い目が細まり、半目を開いているようだ。親しい者ならともかく、知らない者にはコウシチの笑みは近寄りがたいところがあった。

 

「師に対して、なんという口の聞き方だ。調子づいておれ。次はわしが倍の六センチ分、早くお主の首に刀をかけてくれようぞ」

 

 コウシチは言葉には出さず、無言の会釈でこちらこそ負けませんと答えた。

 お次はアルケミストたちによる術式の披露。威力を抑えた氷の術式が放たれ、辺り一体を涼しくした。正午を過ぎる頃、今日一番の催しに人々が注目した。またしても、ファンファーレが吹き鳴らされる。

 鎧を身にまとう兵士たちが馬に乗り、騎士と化した。騎兵隊の演習だ。騎兵隊には弓を装備した軽装騎兵の部隊もいて、エドワードと愛馬のブケファラスも混じっていた。

 各国の騎兵隊の様子はどれも異なる装いだった。アライランスは馬にも重い防具を着せて、旧い時代の騎士を思い起こさせた。

 メティルリクも近いところにあるが、こちらはまだ、軽装・重装に分けられ、近代的な軍容だった。エトリアも軽装・重装に分けられ、近代的な軍容である。エピザ・トーティは重い鎧に身を包む騎兵は少数派で、軽装でやや古めかしく、アライランスと似たような感じであるが、アライランスよりは頼もしさがあった。

 本来なら、ひとつにまとめたいが、その国はその国のやり方がある。エトリアとしては実際の戦闘できちんと連携さえ取れれば良いので、騎兵の恰好に文句をつけなかった。戦士の誇りは尊重すべきである。

 というより、余計な口出しをして、外交関係にひびが入るのを避けたいのが本音であった。

 ただ、何度か重ねた近隣諸国合同軍事演習により、二国は自国の軍備が遅れていることに身を以て知らせたことにより、少しずつ変格が起きている。

 初期は少々の喧噪もあり、特にメティルリクとエピザは酷かった。この二国、今でこそ同盟を結んでいるが、遥か昔は敵対していた。エトリアは何としても戦火を避けたく、二国の仲介役として仲立ちを図り、二国に同盟関係を結ばせるまで至った。

 各国とエトリアの騎兵隊は息の合った連係をみせた。縦横無尽に平原を駆ける騎兵隊を見て、興奮した観衆から拍手喝采が湧き起こった。槍を構えて突撃をかまし、馬上の鎧武者が弓を弾く。蹄鉄が架空の敵を容赦なく蹂躙する。ホープマンズと彼らと親しい者たちは、エドワードとブケファラスが一心同体に動き、誰よりも上手く手綱を捌き、どの馬よりも力強く駆け、どんな角度からでも矢を的に当てるのを見て、神話に出てくる半人半馬のケンタウロスを連想した。地下にいるときよきよりも遥かに、エドワードは輝いており、楽しそうである。

 騎兵隊の訓練を閉めに、合同軍事演習は終了した。ヴィズル、オルレスは賓客と忙しく別れの握手と挨拶を述べた。

 演習が終了した後、人々は屋台や見世物小屋に足を運んだ。様々な人種が歩き、売り言葉と買い言葉が飛び交い、大声で威勢のいい啖呵が切られる。ヴィズルは賓客の見送りに行っていた。

 はしゃぐ人々、遠ざかる賓客と近隣諸国の兵士たちを尻目に、エトリアの南西にある森の奥へ、密かに人が集められた。森の奥深くに続々と冒険者とエトリアの兵士が集まる。兵士の中には、見慣れぬ筒を抱えた者もいた。

 そう、それは、さきほどの軍事演習ではお目にかかれなかった新式の火縄銃。集まった兵士と冒険者は二百名余りもいた。ホープマンズ。グラディウス。アデラ率いるレッドユニティ。双子と三つ子のトゥー&スリー。ドナの一行、モンパツィオ一行。いずれも、四階層探索組と彼らに案内された兵士たちの姿があった。

 高い樹の根に登るのは、ゲンエモンと冒険者窓口室長オルレスの二人。話し声がピタリと止む。二人に注目の視線が注がれる。

 始めにオルレスが語った。

 

「我が街の勇士の方々と冒険者の方達にこうして集ってもらい、感謝しております。では、前にも述べたとおり、今日から本格的な第四階層攻略会議を実施致します。一回目二回目と同じく、引き続きゲンエモンに議会長をしてもらい、私めも引き続き進行役に徹します。では、議会長から今日の議題の提示をお願いします」

 

 話を振られたゲンエモンはいつもどおりの前口上を述べるかと思いきや、予想外のことを言ってきた。

 

「そのとおり。会議をするには人もいるが、議題も必要だ。だがな、オルレス殿、もう隠し事はよそうや。こんな会議、目的が明かされなければ無意味に等しい。今まで、オルレス殿の顔を立てて、穏便に話を済ませてきたが、わしにも限度がある。オルレス殿、正直に話してくれ。一体、ヴィズル長は如何な目的を持ってわしら冒険者と街の兵士たちを四階層攻略にあたらせようとするのだ? 

 エトリアはエトリアの住民、及びわしのような異国から来た者たちを世界樹の迷宮に潜らせることによって成り立ってきた。わしはその事に関して言うことはない。潜るのも勝手で、来るのも勝手。わしは来たいと思ってここに来て、潜っとる。冒険者は持ち帰った物を金に替え、街はそれを更なる富へと費やす。多少、異なることはあっても、エトリアを含む世界樹がある国と冒険者の関係はそんなものだ。

 それなのに、今度のはなんだ。こんなにも人を集め、おまけに兵士まで潜らせる。これじゃあ、まるで戦争ではないか。悪行三昧を犯すどこの馬の骨とも知れぬあほ盗賊共を相手にするのなら人肌脱いでもいいが、意図も明かされぬまま、死地に送られるなどたまったものではない。

 オルレス殿、街と人を思うお主のが気持ちがまことのものであるならば、せめて、エトリア出身の兵士たちを助けると思って明かしてくれ。何故、これまでどおりの少数精鋭ではなく、無用に大勢で危険を冒す羽目になるかを」

 

 ゲンエモンはオルレスに反論の余地を与える暇なく一気にまくしたてた。これまで、ヴィズルの目と口があり、どんなに問い質しても、老獪なヴィズルに上手くはぐらかされてきた。

 冒険者たちはオルレスが何やら事情を知っていると睨み、今日、ヴィズルの監視が無いこの演習の日を狙い、ゲンエモンが代表してオルレスに問い質した。当のオルレスは動揺こそしているが、どこか観念しているような、平然とした装いだった。

 

「……話したらどうだ。ヴィズル長は、わしらがこうしてあんたに詰め寄ることも予想していたのではないか? そして、あんたは話すよう命じられたのであろう?」

「ゲンエモンさん、あなたの言うとおりですよ」

 オルレスにはあまり驚いた様子は見られない。

「あの方には先を見通す目があります。それも、過去賢人と呼ばれた者達より優れた先見の目をお持ちです」オルレスは眼鏡をくいとかけ直した。

「長は私が追求されることを予め予想し、今日、この日を通じ、私にあなた方のみに事情を話すよう命じられました。これから話すことは他言無用です。もしも情報が漏れた場合、罰則者にはエトリアから半永久的に追放されます。……今から、数えて六十以内にこの会議の場から出ていけば、話を聞かずに済みます。その間、退出の方法は個人に任せます」

 

 オルレスはゆったりと、六十を数えた。キョロキョロと探るように視線を送る者もいた。やがて、七名の衛兵と二組の冒険者たちが無言で退出した。オルレスは六十を数え終えた。周囲を何度か見回し、最後にもう一度、退出の意思が有るか無いかを確認した。

 一人もいなかった。ここにいる者は皆、周りの目を気にしたのではない。出ていくのも自らの意思であれば、残るのもまた自らの意思。ここにいる者たちは、自らの意思で残った者だけであった。

 オルレスはひとつ、会釈した。そして、オルレスはヴィズルの意図を伝えた。

 

「私も、恐らくですが、長も全てを知っている訳ではありません。ひとつ言い訳すれば、私も昨日、初めて長から真相を知らされました。これから話すことをよく記憶に留め、絶対に口外しないことをお約束してください。これを」

 

 オルレスは一振りのナイフと羊皮紙を取り出した。

 

「古臭い方法ですが、血印状というものです。最後の証明として、ここに印を押してください。こんなことで傷付くのが嫌という方はどうぞお帰りください」

「舐めるなよ」

 

 誰よりも早く、オルレスの隣のゲンエモンよりも早く、樹にもたれかけていたエドワードが動いた。エドワードは人と人の間を音もなく潜り、ナイフで親指を小さく切りつけ、血が流れる親指をオルレスが持つざらつく羊皮紙に押しつけた。

 さっと、布きれを親指に巻き付けた。

 

「これで満足か? 残った奴らはどいつも大きな危険が伴うでかい山だと理解し、覚悟を承知で残った者ばかり。その上、こんなことまでさせる必要があるのか」

「一応、規則ですので」

 

 オルレスは役所勤めの特徴的な平坦な声で返した。エドワードはその答えを聞いて、微笑した。

 

「そう、それがあんたらしいな」

 

 エドワードに触発されたように次々と冒険者たちと兵士たちが殺到し、主に親指を切りつけ、羊皮紙に血印を残した。

 二百六十名余りの血印が羊皮紙に刻まれた。それではと、オルレスは血染めのナイフで自らの親指を切りつけ、最後に自分の血印も羊皮紙に押した。

 

「今、二百六十名余りの勇士の方々が集まり、私は感激しています。それでは、明かしましょう。その前に、現在地上のエトリアでは目下、エトゥ王賊連合が最大の脅威のですが、彼らとは別に、かの地下世界にも脅威が存在します。今宵、あなた方を収集した訳はその地下世界の脅威からこのエトリア本都市を守ってもらうことです。これは兵士たちに課せられた義務であり、執政院ラーダから冒険者へと課す任務(ミッション)でもある」

 

 オルレスは言葉を切り、静かに一人一人の顔を窺った。帰ろうとする者はいない。安堵したオルレスは小さく納得したように頷き、昨日、ヴィズルから知らされた真相と執政院からの任務を伝えた。

 

「第四階層にはモリビトという人種がいる。死人の如き青白い肌、若葉色の髪の毛、血のような真っ赤な眼。それがモリビトの外見的特徴。モンパツィオ、できれば、あなたからの証言もお願いしたい」

 

 指定された赤髭のモンパツィオはすっくと立ち上がり、一カ月も前に遭遇した人の姿をした二体のことを語った。

 

「おれはびっくらこいたよ。世界樹で死んだ死人が怪物となって甦ったに違いないと思った。だが、奴らの内一体は俺の一太刀であっさりくたばり、もう一体はヌナの矢であっけなくくたばっちまった。ああそれと、あの二体だけかもしれんが、背は普通の大人よりずっとちっこかったぞ。十歳から十三歳ぐらいのガキかな?」

 

 ヌナとは、隻眼のレンジャーの男だ。ヌナはモンパツィオの証言に一言「そうだ」と添えた。

 

「ありがとう、モンパツィオ。よし、では今度こそ、私が明かす番が来たようだ。モリビトとは、先ほども言った通り、世界樹の迷宮第四階層に住まう人種だ。彼らがいつそこに住み、いつそこに来たのかは知る由もない。だがそんなことはどうでもいい。問題なのは、彼が虎視眈々と地上進出を狙っていることだ。

 二百年前、四階層以降の事を記した関連書物紛失により、執政院ラーダも詳しい事情を把握してない。残り少ない資料を確かめたところ、我らが腰を低くし、交渉しようとしたにも関わらず、彼らはその交渉を断り、彼らの方から戦いを仕掛けてきたという記載が残されていた。

 他にも、彼らの口に出すのを躊躇う残忍なやり口を記した記載も僅かに残されていた。残された文献と資料を解読した結果、モリビトはとてつもなく残忍極まりなく、その容姿は御伽噺に登場する怪物オークやウルク=ハイの如く醜悪で、古代より地上のエトリアを制圧せんとしている、と」

 

 オルレスは様子見のため、一息入れた。

 皆、語られた内容が遥かに想像を超えていて、ゲンエモンやエドワードやオルドリッチのような者でさえ、言葉を失っていた。反応に満足したようにオルレスは頷き、先を進めた。

 おずおずとロディムが手を挙げて、オルレスの語りを遮った。

 

「つもり、なんだ、その。モリビトとやらがまた性懲りもなく動き出してぇ……ええと、まあ、あれだ。そいつらをまたとっちめて、ビビらせて地上に来ないようにすりゃいいってことだろ」

「ご理解頂きありがとう、ロディム君。ロディム君風の要約で君らが任務を理解できたら幸いだ」

「お前にしてはえらく的を射たな」とコルトン。

 

 コルトンの言ったことを褒め言葉と好意的に解釈し、ロディムは鼻を擦ってへへと笑った。こういう、歳の割りに子供っぽい面がある分可愛らしい。

 

「モリビトは普段、十八階付近と十八階以降に暮らしているらしい。残された少ない資料の記述が現在でも正しければの話だがな。モンパツィオ君の証言が正しければ、十六階にモリビトが出たということは、彼らの侵略の前触れかもしれない。

 諸君、私は何としてもこの街を守りたいと想う。この気持ちに嘘偽りはない。だから、君たちエトリアの兵士並びに冒険者にモリビトと戦い、エトリアを守ってほしい。もちろん、すぐではないが、それなりの見返りも用意している」

「見返りとはなんだい」

 

 口を挟んだのは、赤いマントを羽織り、黒茶のロングヘア、右手で鞭を退屈そうに弄びながら地面に寝っ転がって話を聞くのはグラディウスの一員のダークハンター・ベルナルド。ベルナルドの言い分に何人がもっともだと同調した。

 

「まだ検討中だ。しかし、君の望む物は概ね想像できる。そこは私も長ときちんと相談するから、安心したまえ」

「安心ねぇ」

 

 オルレスの返答に、ベルナルドは不遜な笑みを浮かべた。オルドリッチがベルナルドを注意した。といっても、本人の語気からして本気で注意してないことがわかる。相も変わらず飄々としている。

 

「おい、ベル。あんまり室長さんを困らすなよ。変に目ぇ付けられたら、仕事に差し支える」

「へいへい」

「諸君、私から語るべきことは以上だ」

 

 オルレスは二人を無視して半ば強制的に話を終わらせた。オルレスはゲンエモンに議題を提示するよう求めたが、ゲンエモンはもう要らぬと言う。

 

「お主の語りで十分だ。最早この場で語るべきことはない。これにて、会議を解散とする!」

 

   ****

 

 会議は終了した。宿に直行する者たちもいれば、祭りの輪に加わるもいた。

 ホープマンズもしばし、祭りの輪に加わった。と、エドワードの肩を掴む者がいた。エドワードはゲンエモンだと察した。仲間たちは気を利かせ、エドワードとゲンエモンを二人にした。

 二人は着物を売る幕屋の裏側に回った。

 

「何か御用で?」

「おおありだ。お主はさきの会議をどう思う」

「気になる点があることは間違いない。第一に、何故エトゥに関してはあれほど騒いでいるのに対し、モリビトに関しては一切情報を明かさないのか」

 

 ランタンやカンテラがぶら下がり、人々がごったえす。この大賑わいの中、たかだか二人の男がこっそりと密談していても、誰も注目する者はいなかった。

 

「お前さんは呑み込みが早くて助かる。そう、正にそのとおり。悪戯に不安を与えぬ配慮は解るが、何故、住民には一切地下からの脅威を一言も注意しないのか。そこが疑問だ。といっても、仮想も必要であるが、要らぬ空想は却って余計な焦りや不安を生むだけ。わしらが四階層に潜り、地下世界に潜むかの者共の脅威からエトリアを守るのは決定事項。今更それに関してはがたがた言わぬ。とはいえ、オルレスはともかく、ヴィズルの動向にはよく注意しておくのだ。わしは、あの男を好かぬ。わしの話はこれだけだ。仲間との憩を邪魔して済まぬ、さあ戻られよ」

「そうそう、わしの言ったことを覚えるのも忘れるのも自由だと言っておこう。では、興を楽しめ」ゲンエモンは片目をつむった。

 

 そうして、ゲンエモンは人の波へ紛れた。エドワードは一人残された。所在無げに首を動かし、ふと、大樹が目に入る。月明かりと祭りの灯で照らされた世界樹は神秘的だった。

 この街は良い街ではあるが、その下では数えきれないほどの(むくろ)が横たわる。エトリアは人々を世界樹に向かわせ、繁栄した。どんなに良いところだとしても、掘り下げれば、過去に必ずどす黒い秘密の一つや二つはあるはず。エトリアはそのどす黒い秘密を公然と明かし、人々は自らの得たい者を得るため世界樹に集う。

 秘密とすべき事を公然と明かし、人を地下世界に送り込む。どうも、どこかが矛盾しているような気がする。

 エドワードはたまに疑問に思うこともあったが、いつもはここまで考えなかった。ただ、今日オルレスの口から明かされたモリビトの存在を知り、疑問に拍車がかけられた。

 ここまで長い歳月をかけて明かされないのは変だ。一人や二人ぐらい、最下層に辿り着いても良い筈。明かされない地下世界の謎。隠されるモリビトの存在。ラーダ長の奇妙な選出方法。自らの頭をぱんと叩く。何を迷う。俺はエクゥウスの一族を復興し、俺と俺を生み育てた一族の優秀さを世界に知らしめるためにここに来た。

 その土地にはその土地ならではの文化と風習がある。第一、好き勝手ここにきた俺に、エトリアのやり方にけちをつける謂れはない。

 表からアクリヴィがエドワードの名前を呼んでいた。

 エドワードは幕屋の裏から再び表に回り、アクリヴィと合流した。

 

「どうだったの?」というアクリヴィの問いに、エドワードは「宿で明かそう」と言った。

 

 アクリヴィはそれ以上の追及をせず。エドワードを仮設の大幕酒場に連れた。白い大幕内には、ホープマンズのメンバー他、ゲンエモンを除くゲンエモン一行の四人、アデラ一行、グラディウスの面子が勢揃いしていた。

 エドワードは禿げ頭のラクロワにゲンエモンはどこかと聞いた。ラクロワは呂律の回らぬ声で答えた。顔は赤みがかっていて、もう酒が回ってるのだろう。

 

「んー? あー、おぉやっさんなら、ひちょりで散歩したいいいうから、どぅっかいっちまったよー」

 

 エドワードはそうかと言い、アクリヴィとジャンベの間に座った。あの人も落ち着かないのだろう。アクリヴィが酒壺を掴み、エドワードのグラスに水割りを注いだ。

 エドワードたちが大幕内でお祭り騒ぎに興じている頃、ゲンエモンはある者たちと出会った。一人は背が高く、一人は背が小さい。二人して漆黒のマントと仮面を身に着けている。彩色豊かな仮面は不気味にほくそえんでいた。

 

「ひさかただな。前おうたときはわしの膝元ぐらいだったのに、年月が過ぎるのは早いな。親父は元気にしておるか?」

 

 背の高い者が答えた。仮面で声がくぐもり、果たして男なのか女なのか判別し難い。

 

「年寄りの世間話を聞きにここに来たのではない。野暮用があって訪れただけだ」

 

 実に素っ気ない。これで良いと思ったのか、二人はゲンエモンに禄に挨拶もせずに通り過ぎた。ゲンエモンもその二人を引き留めなかった。

 迷いのない、年老いてもなお澄んだ黒い瞳でゲンエモンも世界樹を見上げた。その表情はどこか悲しげだった。ゲンエモンは世界樹目がけて拳を高々と突き上げた。

 

「見ておれよ。必ずやお前の根っこの端から端まで洗いざらい探ってやるぞ」

 


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