世界樹の迷宮 光求めし者達   作:鞍馬山のカブトムシ

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十話.ああ、不運

 地上にいるエドワードはお昼前には起床した。のんびりとはできない、細々とした雑用をこなさなければ。

 朝食兼昼食を取ると、動き始めた。まずは溜まった洗濯物。宿の女性従業員に女二人の着物の洗いを任せ、自身は男所帯の選択物を一時間で洗え終えた。室内に戻るとペンを手に取り、帳簿の計算を始めた。

 計算もゲンエモンに教えられた。計算をすれば頭の回転が早くなり、冒険者を辞めることになっても、商人や計算を必要とする職に就ける。昼過ぎにはシリカ商店の使いが来て、例の黄金の角鹿の代金を手渡した。角は百エン、皮は百二十エンの値が付いた。ただし、今後史上価格が下がる可能性は十分にあると、渡される際に要らぬことを告げられた。先週の出費と儲けの比較と合計、考察記の推敲をして終了。考察記とは、エドワードが自らに課したこと。

 樹海の状況、各階層の樹海生物の特徴、マッピング用の地図の走り書き、今後の探索に置けるデータや対策を細々と記した日記のようなものである。いま持っているので八冊目、一冊に付き大体二百頁程度ある。

 エドワードが記すこの考察記のような類は、なにも彼に限ったことではない。大抵のパーティの誰か一人や二人、もしくは全員が付けている。

 ホープマンズの場合は、エドワードがやれと命じてないにも関わらず、仲間が各自日記を付けている。

 とはいえ、日々の出来事を簡単に綴ったロディムのようなものもあれば、ジャンベのように思いついた歌や詩を書くなど、冒険とは直接関係ない事を書く者もいるが、そこは個人の自由である。

 なお、ホープマンズの金額管理はエドワード・アクリヴィ・マルシアの三人で行う。

 次に、執政院ラーダで昨日の案内料金をいただいた。昨日までとは打って変わって、役所は静かだった。

 陳情を述べることを悪いとは言わないが、文句ばっか垂れていては金も稼げず、食うに困る。陳情者たちも今日は労働にいそしんでいるのだろう。

 オルレスから代金を頂いた。エトリアが発行した数字が書かれた金券なる紙幣。

 この金券制度は今後世界の主流になるだろうと噂され、事実、エトリアに近い所に位置する国や地域ではこの金券が使用可能である。金や銀は尽きるが、紙なら樹を植えれば幾らでも増やせる。

 金であることには変わりないが、どうも金を受け取った実感がない。

 エドワードは1000と書かれた三枚の金券と500と書かれた一枚の金券に、純度の高い銀貨と金貨を数枚手渡された。やはり、こちらの方が実感が湧く。三階層から四階層の衛兵一人頭の案内報酬は五百エン、二階層から三階層へ連れていけばもう三百エン金額が上乗せされる。五人で計千五百エン。執政院もどの階層の探索が困難を極めるかある程度は理解していた。

 エドワードは占めて四千五百エンの稼ぎを得た。一回の任務や依頼で得られる報酬としては破格であるが、エドワードはそんなに喜ばなかった。

 彼は金を得ても、単純にそうかとしか思わなかった(十万エンくらいであれば口笛の一つも吹いていたかもしれない)。

 彼にとって金を稼ぐことは最大の目的ではない。それよりも、今回のことで妙な疑いや緩和されたのが一番の喜びであった。完全に払拭しきれたわけではないが、少なくとも、衛兵間の評価は上がったようだ。と、オルレスから聞いた。

 コルトン同様、栄誉を勝ち得ること。勝ち得た栄誉に付いてくる権利と金で一族を復興し、その一族出身である自らと自らを育んだ一族の存在と優秀さを世界に知らしめることこそ彼の目的である。

 金は間違いなく要るが、金を稼ぐ事自体を目標にしてはいない。できれば、金を気にせず突き進みたいところだが、太古より人間は現物のついでに金で世界を回しているので、そうもゆかないのが辛い。

 昼の二時頃、メンバーが帰還した。既に報告を済ませ、報酬金も受け取ったようだ。

 エドワードはコルトンとロディムが鎧を外すのを手伝い、荷物と装備を一階と二階の部屋に仲間と共に運んだ。

 一行が汗を拭き、一休みして少し経つと、従業員が来て、彼らに食事の用意はできていることを伝えた。エドワードが宿に話を通しておいたのだ。

 当のエドワードがどこに行ったか、コルトンやジャンベが聞く。従業員は困惑した様子で、「お外に用がある、こう言えば通じると言っておりました」

 それを聞いて、一行はああそうかと納得したように食事を始めた。宿の男はなんの意味があるのだと首を傾げたが、余程のことが無ければ、客の事情を根堀り葉掘り尋ねるのは御法度。深くは聞かなかった。

 

 

 

 一通りの雑務と雑用をこなしたエドワードはブケファラスに乗って外壁に出た。エトリアは緩やかな丘に囲まれ、南門を基準に測れば、西南三キロに森と山がある。

 南門の丘を越えた先には牧草地が広がり、西門の先には広大な田畑、東門の近くには共同墓地が並び、共同墓地の先にも農作地と牧草地の一部がある。川が流れ、大地はよく肥え、この肥沃な土地自体がエトリアの財産でもある。

 かのエトゥ王賊連合が付け狙っていると聞くが、賊軍でなくともこの土地と土地に住まう者たち、つまり人的資源も喉から手が出るほど欲しがるだろう。エトリアは教育と技術が発達しているから。

 どこかでエトゥの名を一度聞いたことがある気がするが、きのせいであろう。

 自分が戦好きの帝国の王であったなら、何がなんでもエトリアを傘下に入れておきたいと考える。その上、世界樹と世界樹の下から取れる珍品というおまけ付き。狙われないほうがおかしい。

 エドワードは丘を越え、森から出てきたばかりの金髪の青年に一声かけた。

 縁の円形がくっきりと上に折れた三角帽子を被り、緑のデールという民族衣装をまとい、手には薪割りを持って、粗朶(そだ)を背負い、エドワードと同じ金髪の若者が振り返り、歯の抜けた顔でにこやかに挨拶をしてきた。

 彼はエクゥウスのチノス。エドワードより九歳年下の同族の青年。二年前に流れ着いた一家の一人。

 その頃にはホープマンズはそれなり名の通ったパーティと知られて、それなりに顔を利かせることができた。

 エドワードは街と交渉して彼らの受け入れ許可を貰い、金を工面して一家の生活立て直しに協力した。

 

「エドワードさん。今日はご用があってここに?」

「今日は特別用があったきたわけではない。君と君の家族に、他の方達はどうしているかなと様子を見に来ただけだよ」

「僭越ながら僕の口から申し上げれば、別段代わり映えしませんよ。例の盗賊らしき怪しい輩も見ませんでしたし。そうだ! 用が無いと言っていましたよね? では、ぜひ家に来てください。僕も父も母も兄妹もあなたのことは歓迎しますよ」

「一通り見回った後に訪れよう」

 

 エドワードはそこでチノスと別れた。農耕をする二組の家族と出会った。一組は皆黒い髪、淀みがない綺麗な黒い瞳、ゲンエモンやコウシチらとよく似た顔の者達。

 現代は放浪の民であり、かつての騎馬大国の先祖の血を最も色濃く受け継いでいるカルッバスの部族出身者たちである。彼らは一族と別れ、新天地を目指してエトリアに流れ着いた。もう一組の金髪の者らはエクゥウスの一家だ。南側に行くと、エトリア市民と協力して放牧をする三家族とも出会った。その内 一家族はチノスの身内の者たちであった。

 背後から自分の名前を呼ぶ者がいた。声でわかったが、振り返るとチノスがいた。

 エドワードはチノスに案内されて、住居であるゲルの隣にブケファラスを繋ぎ、中で寛いだ。予定ではすぐにお暇するつもりだったが、ちょうど仕事が終わったらしく、チノスの一家が帰ってきた。

 一家はエドワードを歓迎し、彼をもてなした。一家の主、茶色のデールを着たティノフェが始めに挨拶をした。髭と髪をざんばらに伸ばしているものの、無骨さを感じさせなかった。瞳はエドワードとは異なり、澄んだ緑色だった。

 

「ゲロリリオンの倅か。こんにちわ。今日は何の用じゃい?」

「いえ、私はただ様子を見に来ただけなのですが、あなたの息子のチノスに来ないかと誘われてな。こうしてお邪魔させてもらっています」

 

 今更であるが、エドワードの父の名はゲロリリオンという。ティノフェに習い、妻と子供たちも膝を折って一礼した。

 互いに一礼を交わすと、ティノフェが話を始めた。

 

「おんしには感謝しておるよ。あの戦火の後、我らは一族の残された者は離れ離れになり、寄る場所を失った。そんとき、元冒険者の男とばったり出くわし、おんしがそこで避難民受け入れの為に冒険者しとるちゅう噂を聞いた。おんしは何年間もよう顔を合わさんかったわしらに金を貸してくれて、代わりに街と交渉してくれて、こうして生きていける場所をわしらは再び得れた。ゲロリリオンが生きとったら、こんな家宝な息子を持てて光栄に思っていたことじゃろうて」

「お褒めの言葉預り大変恐縮ですが、果たして私の父が生きていたら、きっとこう言うでしょうね。まだ爪が甘いと」

 

 二人はふっと言葉を切り、ゲロリリオンの姿を思い浮かべた。ゲロリリオンは平民階級の戦士であるが、男と戦士としての誇りは気高く、弓と馬の扱いは誰もが認める腕前だった。

 また、誰よりも家族想いでもあった。尊敬すべき父に肩を掴まれ、真剣な面差しで少年エドワードは家族を任された。いつかはお前が一族の者達を率いていけるぐらい、強くなれと言われた。父のあの日の顔と言葉は、記憶にしかと刻み込んである。

 エドワードは自身の野心家的側面を認めていたが、一族再興と存続は彼自身の願いであり、戦火で亡くなった者たちの祈りでもある。

 

「お話に水を差して申し訳ありませんが。エドワードさん、また世界樹でのお話を聞かせてくれませんか?」

 

 エドワードとティノフェはちらと目を合わせた。ティノフェの目は明らかに余計なことは言わないでくれと訴えていた。エドワードは分かっていると、ティノフェとその妻以外には気付かれないような目配せをした。

 

「……そうだな。ほんのちょっとだけならば、な。私はそろそろ街に戻るから」

 

 エドワードは簡潔に昨日の依頼に関する出来事を少しだけ話した。

 語りに抑揚をきかせず、ごく一部を掻い摘んだ程度で細かなことは判らない。

 そんな内容でも、チノスは目を輝かせてエドワードの語りに耳を傾けた。チノスは冒険者とエドワードに憧れている。

 彼自身は覚えてないが、父親と母親から、山中に逃げているときに自分の父と母を敵から救ったのはエドワードと聞いているため、エドワードに尊敬と恩義の念を抱いていた。

 傍目から見てもそれはわかるが、彼の両親がなるのを許さないだろうし、エドワード自身もお薦めしたくなかった。

 ティノフェにもう一人、チノスに近い年齢の息子でも入れば少しは考えてもよいが、いま泥を被るエクゥウスの民は自分一人だけでよかった。この世界のどこかで本当に泥を被って暮らしている者もいるであろうし、まだ生きているかもしれない母と妹が、そういう生活を強いられている可能性が大いに有りうる。

 エドワードは家に入ってから、気になっていた。家族の末の弟の姿が顔を隠しているのだ。悪いことでもしたように、こそこそと。

 

「どうしたのだ?」

 

 エドワードは優しく尋ねたが、出てこない。母親は気になさらないでと言う。母の顔は暗い。エドワードは立って、その子の顔を見た。

 

「これは……」

 

 エドワードは呻いた。子供の右目蓋に、はっきりと石をぶつけられた痕があった。

 

「苛められたのか?」

 

 子供は答えず、傷付いた表情でエドワードを見上げた。カルッバスが王賊連合の手先になった噂。真実か定かではないが、まさか、こんな事態に発展するとは。

 自分たちと関わりのある者たちが悪事に関与している。確証は無くとも、たったそれだけで、どんなに心が広い者たちだとしても、疑いの眼差しや色眼鏡で自分たちを見るようになる。母はどうか気になさらないでと手を振るが、彼女も子供と同じくらい傷付いた顔をしていた。

 

「どうしたこうなったのかのう」ティノフェがぼやく。

「遥か昔、エクゥウスとカルッバスは偉大な騎馬の戦士だった。それが方や、滅亡間近。片や、ごろつき共の下っ端……。終わりは近いかな」

「終わりではない!」エドワードは目を吊り上げた。全体から怒気が滲んでる。

「そして、彼らは悪党共の下っ端でもない。それは、あたなご自身が一番理解しているはず。我らと、散らばった同胞が生きている限り、決して滅びぬ!」

 

 ゲル内に静寂が訪れた。ティノフェは夢から覚めたように、ぱしりと自らの額を叩いた。

 

「一家の主がこう、弱きになってはいかんな。すまん。あんたが一番、骨身を削っていたのを忘れてた。どうか、許してくれ」

「気にすることはない。苦労しているのは、あなた方と世界に散らばった者たちも同じこと」

 

 エドワードは末弟の子に来るよう、促した。おずおずと近寄った小さな子の頭を、エドワードはくしゃくしゃと撫でた。

「泣けるときは泣け。人はそうして、強くなるものだ。家族を大切にするのだぞ」

 逞しく、力強い手。厳しい世界に身を投じる者の内側にある優しさ。それに触れた少年の表情から悲しみが消え、代わりに生きる希望の灯りが少年の眼に宿った。夕陽が大地を染める頃、エドワードはゲルを出た。泊まらないかと勧められたが丁重にお断りした。

 住んでから僅かの期間、一家はまだそんなに余裕はなく。自分とメンバーが泊まれるほど中も広くない。とにかく、余計な世話をかけたくなかった。

 一見、安定しているように見えるが、生活は以前ほど豊かではない。今は復興の途上。このままエトリア周辺に永住するにしろ。いつかは移動するにしろ。人数と財産(主に家畜)が一定数に達するまでは、冒険者を続けなけれなさそうだ。

 エドワードは予定したいたよりも遅く門を潜り、宿に戻った。

 のどかに時が過ぎる地上。一方、地下世界では、あるパーティが憂慮すべき深刻な事態に直面していた。

 

       *―――――――――――――――*

 

 あの報告をしてからすぐ、二十階で宴会が催された次の日には詰所の人員が増加された。詰所の者たちには非常時に備えてとしか伝えられず、チェチェラとパルッグはまたしても長い行程を踏破する羽目になった。二人は平気そうに、素足で針のように尖った植物を踏み締めながら歩んだ。モリビトの足の裏は人間よりずっと硬い。

 

「全く! 何となく想像は付くけど、もう少し教えてくれたっていいのによ」

「まあ、憤るなよパルッグ。俺は少し、例の地上の奴らに興味があるし、俺はむしろ良い機会を与えられたと思ってるぐらいだ」

「ほう、そうか。そんな殊勝な心がけの奴ぁお前だけだと思うぜ。俺は真っ平ごめんだね! そもそも、ここは俺らが住む世界だというのに、あの者たちはのこのこ礼儀も弁えずどかどか入ってきて、俺たちは背が低く、言葉もあまり通じないのをいいことに、地上の者たちは良い人のふりして騙し討ちを幾度なく繰り返してきた。長い歴史が語っているよ、話すだけ無駄な相手だったね。だからこそ、十五階に来たら聖獣コロトラングルをけしかけるなんて荒っぽい対策を講じずいられなかったんだ。それが!この様だよ。この前のあいつらといい、聖獣を殺めてまで来るとは。一体何をしたいのやら、ほんと、理解しかねる。

 チェチェラよ、お前さんの話好きはある意味では美点かもしれんが、地上の者たちとは話をしようとは思うな。良い人のふりして、こっちが気を許して背中を向けた途端、ばっさりやられねかねん」

 

 チェチェラは適当な返事で濁した。パルッグは念押ししたが、難しいだろう。チェチェラは好奇心ある話好きときたもんだ。好奇心あるお喋り者、これほどよくある悪い組み合わせもないだろう。

 チェチェラの場合は話すべきでない事柄は話さない心構えがある分ましに思えるが、地上の者たちとの接触は絶対に回避しなければ。

 なんせ、我ら二人を含む詰所の者たちは殆ど、地上の言語を話せない。

 二人。正確にはチェチェラとパルッグの二人と、彼らとは別行動の二人一組の偵察もいた。

 二人は慎重に慎重を重ねて歩いた。しかし、いくら慎重を期しても、上手くいかないときはよくある。

 運悪く、二人は腹を空かした二匹の白カマキリこと白刀共と出会ってしまう。樹上から豪快に羽音を立て、鎌をかざして降りてきた白刀の攻撃を間一髪で避けた二人は、助けを求め、大声で吠えながら偵察ルートから外れた方向へと逃げた。

 

 

 

 赤髭の三人と黒髭の二人、むさくるしい五人の冒険者が新たに四階層に降り立った。

 豊かなな赤髭を蓄え、タル体型のわりにがっちり締まった強健な男が盾を構え、我が物顔で大股に前を歩いた。この男がリーダーで、名は赤髭のモンパツィオ。

 数年前までは盗賊を生業にしていたので、エトゥ王賊連合との関わりを疑われ、最近は機嫌が悪い。

 エトリアの主要都市で世界樹があるマター・エトリアには売春宿の類がないため、姉妹都市である海洋都市ソロル・エトリアにて、稀に女を買ったりもしているが、弁えているところもあり、売女以外の女。金鹿の酒場の女将や女性冒険者に手を出すような行為は一度たりともしてない。

 モンパツィオの仲間、弓矢を背負い、片目の眼窩が窪み、いかにも荒んだ人生を送った風体の男が右を指した。

 

「来るかもしれん」

 

 彼らは退き、身構えた。数体分、何かが草を掻き分け接近してくる。飛び出したものを見て、大抵の物事において驚くことは無い彼らは、この日、久しぶりに驚愕した。

 先端がほんのり朱に染まった若葉色ざんばら髪を振り回す、死人のような青白い肌と鼻梁とは言い難い面、紅の瞳を持つ人の形をした何かが二体も出現した。

 二体の手にはそれぞれ武器が握られていた。背後には、一階層三階に出没する例のカマキリの近縁種と思われる二匹もいた。迷信深い仲間の一人が恐怖で叫んだ。

 

「し、し、死人だ! 世界樹で死んだ冒険者が怪物になって蘇ったにちがいない!」

「何を馬鹿な」

 

 モンパツィオはそう一喝したものの、彼の言ったことを信じてしまいそうになる自分もいた。

 あの二体はもしかたら本当に、過去この世界樹で命を落とした者たちの亡霊が肉体を持って実体化した超自然的存在かもしれない。だからといって、むざむざと自分達の命をくれてやる道理も義理もない。死人は死人らしく、大人しく墓穴にでも眠っていろ。

 モンパツィオとその子分は戦闘態勢を取った。

 人の姿をした怪物か亡霊は武器を持った手を挙げて、振り返りながら叫ぶ。その顔は半狂判嬉で歪められていた。恐らく、あの白カマキリに指示を出しているのだろう。モンパツィオたちの想像は間違っていた。その人の姿をした者たちが、助けを求めているとは思いも寄らなかった。

 

 

 

 チェチェラは手を振り、地上の者たちに助けを求めた。

 

「頼む! 助けてくれ」

「チェチェラ! 駄目だ! 何とか上手く横へ飛び退きあいつらと戦わよう」

「見ろ、武器を構えた! 戦ってくれるぞ!」

 

 違う! 地上の奴らから見れば、きっと俺たちがこいつらを連れて襲いかかったようにしか見えないはず。そう言う前に、事は起きた。チェチェラが後ろへ、仰向きに倒れた。何を馬鹿な真似をと叱咤しようとした口を閉じた。チェチェラの頭には何か細い棒が突っ立ち、ぶるぶると震えていた。

 眼窩が窪んだ男は弓で射ったのだ。

 あれほど、余計な口を利くなと言ったのに。幼い頃の思い出がよぎる。大胆ではあるが、奴はどうしてこう、抜けているのだ。だからこそ、今日まででこぼこコンビとしてやってこれたのかもな。

 パルッグはチェチェラの死をすぐに理解し、白刀を無視して奇声を上げて、モンパツィオに突進した。

 モンパツィオは盾で軽く石槍の一突きを受け止め、剣でパルッグの頭を真っ直ぐに切断した。二人は苦しむ間もなく、地上の五人によって殺された。

 一行は二人の死体を踏み付け、白カマキリたちと戦い、勝利を収めた。一行は早速、四体から取れる物を取って帰ることにした。

 そして、一行が四体から採集する光景をじっと眺める者がいた。二人と共に偵察の任務に向かった、チェチェラとパルッグより数歳年上の二人。彼らはしかと見た。手強そうな白刀を強力な武器で倒した五人。倒した後、二匹の白刀の鎌を切り落とした。それだけならいざ知らず。あろうことか、死者の二人から身ぐるみを剥がすという、卑劣かつ、侮辱極まる凌辱行為も平然にやってのけた。

 二人は煮え返る怒りを鎮め、五人を監視した。それしか術はない。彼らの二倍いれば、あるいは勝機があったやもしれぬが、たった二人ではまず勝てない。

 二人は五人の動向を静かに見た。地上の者たちの行為と残虐性を詰所に報せるため。ひいてはモリビト全体に知らせることこそ、彼ら二人の役割であり、後輩二人が無し得なかった任務を、せめて代わりに成すことしかできない。

 五人の地上の者らが帰りを密かに見届けた二人は、狩り組の者とも合流し、四人で詰所に急行した。

 電光石火。油を得た火のような勢いで伝令は各林村に詳細が飛ばされた。

 三日で全階層のモリビトたちに詳細は伝わり、戦いを拒む者、出兵を渋る六の林村の者たちにも戦いを決意させた。

 神官は十日で戦う覚悟がある者がどれだけいるかを報告するようにとの旨を伝えていたが、五日以内には全林村の代表が来た。

 その中でも、例の若者二人、チェチェラとパルッグが出身の、十二の林村の代表二人の到着は早かった。

 同族であり、同林村出身者が殺された十二の林村の代表二人には同情の眼差しが向けられた。

 各林村で戦いを決意した者は全員。文字通り、老若男女、戦える者、戦い参加できない者問わず、全ての者が戦いを決意した。神官はこの報告に歓びを禁じ得なかった。その場で会議が行われた。予定していた通り、出兵人数は百名増員して二千百余名で決定した。内百名は斥候・伝令役に回されることになる。

 

「こたびの君らの決断に私は真に感銘している。しかし、水を差すようで申し訳ないが、私は地上に対し使者を立てることにする。そして、その使者の最後通告すら無視してくるようであるなら……徹底抗戦だ!」

 

 神官が鉄製の穂の槍を掲げる。各代表たちは壁にもたせかけた槍、腰に挟んだ抜身の剣を頭上高く掲げた。

 神官は槍先でそれらの刃先を軽く小突き回り、神官が一周し終えると、全員一斉におうと声を張り上げた。

 新たに決意と団結力が固まり、モリビトたちは大いに盛り上がった。

 普通のモリビトたちとは別に、この報告は巫女であるモリビトのあらぬ決意を揺らがせた。

 まさか。千年経っても相も変わらず、地上のやつばらは変わってないようだな。

 どうする? 教えるか? 駄目だ、やはり地上の者たちの二の舞を踏む可能性が。しかし、勝てる保証も無ければ、負ける可能性もどこにあるというのだ? このままむざむざと今を生きるモリビトを犠牲にしてまで、私の守ろうとする秘密には価値があるのか?

 長い歳月を生き抜いてきた所存か。彼女は悶々と黒雲渦巻く暗い思考に囚われていた。

 


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