夕方を回った所で、特訓は終わった。
「小南さん、ありがとうございました」
「いいのよお礼なんて。じゃ、またね」
「はい。あ、でも最後に一つ」
「?」
「イニシャル『A』は木虎藍さんにも言えることですからね」
「………? ……!あっ!」
「では、お疲れ様です」
「ちょっ、待ちなさ……!」
制止を無視して逃げようとした。だが、ガチャッと玄関が開けてもいないのに開く。目の前には迅、修、遊真、千佳が入って来た。
「おっ」
「あっ」
「むっ」
「えっ」
「げっ」
上から、迅、修、遊真、千佳、伊佐の反応だ。
「来てたのか、伊佐」
「お邪魔してます、迅さん。では、失礼します」
「おい待てよ。せっかく皆揃ったんだから……」
「明日にしてください」
逃げた。
*
伊佐家。綾辻も帰って来て、二人でお食事。あ、今回は伊佐が作ったんだからね。
「で、どうだったの?玉狛支部は」
綾辻がアムッと肉を頬張りながら聞いた。
「面白かったよ。初めて戦闘もしたし」
「へぇ〜、誰と?それともトリオン兵?」
「両方。小南さんと」
「………ふぅーん、小南サンと」
「宇佐美さんに色々と教えてもらいながらだったんだけど、ボーダーってすごいね。よくもまぁあんな多彩な武器思いつくもんだよ」
「……宇佐美サンも」
「まるでゲームの中に入ったみたいだった」
「それは随分とお楽しみだったんだね」
「? 何怒ってんの?」
「怒ってません」
プイッと頬を膨らませてそっぽを向く綾辻。
「……ああ、もしかしてあれか。妬いてるんだ」
「や、妬いてないよ!」
「いやー気持ちはわかるよ。二人とも可愛いもん」
「むっ」
「でもハルちゃんのが可愛いし、浮気なんて万に一つもあり得ないから」
「……………」
カァッと頬を赤くする綾辻。
「? 何照れてんの?」
「て、照れてないし!てか、よくそんな恥ずかしいこと堂々と言えるね!」
「? 恥ずかしい?なんで?」
「だ、だって……」
「彼女じゃん」
さらに顔が赤くなる綾辻。
「も、もう!恥ずかしいこと言うの禁止!」
「いや、一回も言ってないけど」
「いいから!」
疲れる、と心から綾辻は思った。
*
翌日、伊佐が玉狛支部に向かうと、ちょうど玄関の所で男二人と出会った。
「んっ?」
「君は?」
「あー、えっと、新入りの伊佐賢介です」
「新入り?」
「そんな話聞いてましたっけ?」
「聞いてたぞ。確かあと3人新入りが入るとか」
「一応、昨日も来てたんですけど。というか、あんたらこそ誰ですか?」
「俺は烏丸京介。ここの隊員だ」
「木崎レイジ。一応、隊長だ」
「これは失礼しました」
「いや、気にしなくていいよ」
「それより中入るか」
中に入った。
「あっ、ケン!来たんだ」
「小南さん。おはようございます」
「小南、知り合いか?」
レイジが二人のやり取りを見て聞いた。
「昨日、生意気にもあたしに挑んで来たからボコボコに返り討ちにしてあげたの」
「へぇ」
「小南さんって記憶する力失ってるんですね。挑んで来たのは小南さんの方ですよ。しかも『あたしが勝ったら彼女の名前を教えなさい』って特典付きで。新入りイジメってどう思いますか?」
「ち、ちょっと!結局教えるのはイニシャルだけって譲歩してあげたでしょ⁉︎」
「いや、新入りに、しかもノーリスクで何か賭けて戦ってる時点でアウトですよ。小南先輩」
「しかも俺オーケーしてなかったですからね。問答無用でしたからね」
「うぐっ……あ、あんたねぇ……!いいじゃない!スカウトされたって聞いたから少し実力も知りたかったのよ!」
「スカウト?」
「そうなのか?」
「そうよ。生身でトリオン兵捕獲したらしいからね。実に小者らしいこそこそした戦術だったけど」
「昨日も言いましたけど、小者が大者に正面から挑んでどうするんですか」
「そうだな。伊佐が正しい」
「うぐぐっ……!」
悔しそうに唸る小南。すると、ガチャっと奥の部屋の扉が開いた。
「おーい四人とも、はよ来てくれ」
迅が顔を出した。呼ばれて、四人はその部屋へ。中には修と遊真と千佳が宇佐美にランク戦について教えてもらっていた。
「あっ、ケンスケ」
「やっ、空閑くん」
「ケンスケも玉狛に入るのか?」
「ていうか、もう入った」
なんて話してると、「おっ」と烏丸が声を漏らした。
「この3人、残りの新入り3人すか?」
「新人?賢介以外にも新人来るの?」
続いて小南が「どういうこと?」みたいなニュアンスを込めて迅を見た。だが、いつもの笑みを浮かべたまま迅は答えた。
「まだ言ってなかったけど、実はこの3人、俺の弟と妹なんだ」
言いながら遊真と修と千佳の後ろで言った。その場の全員は「はっ?」みたいな顔をする。一人を除いて。
「えっ、そうなの?」
小南だ。
「迅に兄弟なんかいたんだ……!とりまるあんた知ってた⁉︎」
「もちろんですよ。小南先輩知らなかったんですか?」
悪ノリする烏丸、
「………言われてみれば迅に似てるような……。レイジさんも知ってたの?」
「よく知ってるよ。迅が一人っ子だってことを」
「………⁉︎」
「このすぐ騙されちゃう子が小南桐絵17歳」
「騙したの⁉︎」
「いやーまさか信じるとは。さすが小南」
一人、ムキーッと怒る小南だが、宇佐美と迅は軽いノリで話を進める。
「こっちのもさもさした男前が烏丸京介16歳」
「もさもさした男前です。よろしく」
「こっちの落ち着いた筋肉が木崎レイジ21歳」
「落ち着いた筋肉……?それ人間か?」
「そこの落ち着いた男前が……」
「宇佐美さん、俺と3人は一応知り合いです」
「そっかー。なら紹介はいらないね」
紹介を終えたところで、迅が全員に言った。
「さて、全員揃ったところで本題だ。こっちの3人はわけあってA級を目指してる。これから厳しい実力派の世界に身を投じるわけだが、さっき宇佐美が言ったようにC級ランク戦開始までにまだ少し時間がある。この三週間を使って新人3人を鍛えようと思う。具体的には、レイジさんたち3人にはそれぞれ、メガネくんたち3人の師匠になってマンツーマン指導してもらう」
「あの、俺は?」
おずおずと伊佐が手を挙げた。
「ああ、伊佐は少し後で決めよう。まだ支部長と話もしてないんだろ?」
「あ、はい」
「じゃ、あたしはこいつもらうからね」
小南が早速、遊真に手を伸ばした。
「見た感じあんたが一番強いんでしょ?あたし弱い奴は嫌いなの」
「ほほう、お目が高い」
「じゃあ千佳ちゃんはレイジさんだね。狙撃手の経験あるのレイジさんだけだから」
「よ、宜しくお願いします……」
「よろしく」
「……となると、俺は必然的に……」
「よろしくお願いします」
と、割とパッパと決まったところで迅がまとめるように言った。
「よーしそれじゃあ、3人とも師匠の言うことをよく聞いて、三週間しっかり腕を磨くように」
*
その頃、ボーダー本部のラウンジ。
「あ、木虎ちゃん」
「おはようございます。綾辻先輩」
たまたま出会した二人がお互いに挨拶をする。そのまま一緒に嵐山隊作戦室に向かって入った直後、ニヤニヤした表情を浮かべる佐鳥が聞いた。
「綾辻先輩、もしくは木虎。彼氏いるでしょ?」
「ぶっふぉ!」
「はぁ?」
「はい綾辻先輩確定!」
「ち、ちがっ……私じゃなっ、ていうか何処から聞いたの佐鳥くん⁉︎」
「昨日、宇佐美先輩がスピーカー持って歩いてましたよ」
その直後、嵐山隊作戦室の至る所から米屋、緑川、犬飼、小荒井、村上、荒船とゾロゾロ出て来た。
「マジで?」
「ガチだったんだ!」
「新入りとだろ?」
「あーあの近界民生身で捕獲したっていう!」
「あれ柿崎さんに聞いたけどバンダーに生身でダメージも与えたらしいよ!」
「マッジかよ!」
「話聞かせて下さいよ!」
群がる男共に囲まれ、綾辻はとりあえず決めた。
(帰ったらあいつ締める)