ある日の嵐山隊作戦室。オペレーターの綾辻遥が不機嫌そうな顔でグミを食べていた。
「どうした綾辻?」
気になった、というより、嵐山が尋ねると、虚ろな目で答えた。
「……また彼氏と喧嘩しました」
「よくやるな、お前ら……」
呆れた表情を浮かべる嵐山。
「で、なんで喧嘩したんだ?」
「………デートに行ったんです。そしたら、その先でたまたま知ってる曲のライブやってて、『私も歌いたくなって来たなー』って呟いた直後に全力で止められました」
残念ながら、その彼氏の気持ちを理解できてしまった嵐山は苦笑いしか出なかった。
「……ま、まぁそう怒るなよ。それより、今度のボーダーの宣伝についてなんだが……」
「……嫌です。今は不機嫌です」
普段はキチンと仕事をする癖に、彼氏の事になると子供みたいに拗ねる。困ったねどうも……と、いった感じで嵐山が頬をぽりぽりと掻いていると、嵐山隊に直接連絡が入った。
『嵐山隊、聞こえるか』
忍田本部長の声だった。
「はい」
『近くで門発生したようだ。至急向かってくれ』
「場所は何処ですか?」
『三門市の中学校だ』
「了解」
「三門市……?」
綾辻が思わず声を漏らした。
「どうかしたのか?綾辻」
「いえ……」
嵐山に聞かれ、綾辻は口ごもる。自分の彼氏がそこにいるかも、とは言えなかった。
嵐山は時枝と木虎を連れて出撃した。
*
中学校。三雲修は、空閑遊真と空き教室にいた。
「いいか、空閑。僕にはお前が他の近界民と同じとは思えない。それに、昨日助けてもらった恩もある」
そう言う通り、修は遊真にバムスターに襲われたところを助けてもらっていた。
「でもお前が少しでも悪事を働いたら、その時は僕はお前を庇わないし、むしろ僕が通報するぞ!いいな!」
「ふむ」
少しも反省した様子なく、遊真は頷いた。
「ようするにあれだな。初めて会ったボーダーがオサムで俺は超ラッキーだったってことだな」
「なんだそりゃ……」
呆れたような声を修が出した時、窓の外にポッと黒い穴が出現した。それがバチッバチッと黒い稲妻のようなものを帯びて広がっていく。
「っ⁉︎」
『緊急警報、緊急警報。門が市街地に発生します。市民の皆様は直ちに避難して下さい』
門から二匹のモールモッドが姿を現した。
『繰り返します。市民の皆様は直ちに避難してください』
ズンッと空中から地面に着地するモールモッド。その様子を教室の窓から見ていた修は叫んだ。
「警戒区域の外に近界民が……⁉︎どうなってるんだ⁉︎」
「モールモッド二匹か」
外では先生の指示で地下室へ避難していた。修と遊真は慌てて外に出て、モールモッドの様子を見に行った。
直後、派手に校舎をぶち壊す轟音が響き、その後に悲鳴が聴こえて来る。
「どうするオサム?」
「決まってるだろ。近界民を食い止める!」
*
南館のトイレ。一人の男子生徒が便器に跨って用を足していた。
(………なんか騒がしいな)
外でモールモッドによる襲撃で大騒ぎになっているにも関わらず、まったく無関心にボンヤリしていた。
ポチャンという音が響く。便が便器の中の水に着水した音だ。直後、カラカラカラッと紙を取って肛門を拭く。
(もう少しで休み時間終わりだ)
手を洗ってトイレを出た。
*
廊下。生徒を逃した修の胴体に、モールモッドの前足が突き刺さった。
「〜〜〜ッ‼︎」
直後、大きくトリオンが漏れ出し、修の顔にヒビが入る。そして、ボンッと小さな爆発が起きた。
(変身が解けた……!)
生身の体に戻った修に、容赦なくモールモッドの刃が振り降ろされる。
(やられる……!)
ギュッと目を瞑った時、ガギンッと鈍い音が響いた。うっすらと目を開いたとき、修の目の前に立っていたのは、教室のドアを三重にして盾にしてる一人の男子生徒だった。
「………伊佐?」
「無事?三雲くん」
同じクラスメイトで、さっきまで脱糞してた伊佐だった。伊佐は三重のドアの下から抜け出して、モールモッドのバランスを一瞬崩すと、修の手を引いて退がった。
「三雲くん、逃げるよ」
「ま、待て!僕達がここで逃げたら他の生徒達はどうなる⁉︎」
「ここで逃げなかったら三雲くんはどうなる?」
「………!」
そう短く論破すると、伊佐は階段を上がる。途中、つい最近転校してきた白髪とすれ違った。
「あっ、オサム」
「空閑……⁉︎避難してろって言ったろ!」
「だってお前やられてんじゃん」
「三雲くん、誰?」
「今この状況で聞くことか⁉︎」
「これはこれは。初めまして。空閑遊真です」
「ご丁寧にどうも。俺は伊佐賢介です。よろしく」
「お前ら呑気か⁉︎」
ツッコミを入れる修。そして、3人は最上階の一番端の教室に逃げ込んだ。
「ふぅ……危なかったね」
「でも、どうするんだ。このままここにいると生徒達があぶない」
「俺が手を貸そうか?」
「ダメだ空閑。それじゃお前のことがボーダーに……!」
「? なんで空閑くんが助けようとするとボーダーに捕まるの?」
伊佐の一言に、しまったという顔をする修。遊真が近界民だということは秘密だ。
「それより、まずはあのモールモッドをどうにかする。空閑と伊佐は逃げろ」
「って、三雲くん一人で行く気なの?」
「当たり前だ。僕はボーダーだ。一般人を巻き込むわけにはいかない」
「いやいやいや、オサム。さっきはケンスケが助けてくれたから良かったけど、今度こそ死ぬぞ?」
空閑に言われ、反論できなくなる修。
「それでも、誰かがやらなきゃいけないだろ」
そう言い返すと、遊真は難しい顔をして黙り込んだ。すると、伊佐が口を開いた。
「一応、なんとか出来る方法はあるかもしれない」
「何?」
修と遊真が食いついた。
「どういう事だ?」
「けど、確証がない。三雲くん、あの近界民のこと教えてくれない?」
「………奴はモールモッド。戦闘用のトリオン兵だ。武器はあの脚の鎌。見れば分かると思うけど、校舎をブッ壊すほどの威力だ」
「………武器はそれだけ?」
「え?た、多分」
すると、顎に手を当てて少し考えた後、ニヤリと笑った。
「………うん。いけそう。だけどやるなら注意が二つある」
伊佐は人差し指を立てた。
「まず一つ、これは成功確率は100%じゃない。いいとこ80%かな。でも、誰か一人でも欠けたら無理だ。今から怖くなって逃げ出したいなら、今申し出て」
二人とも黙り込んだ。逃げたいという者がいないと取った伊佐は、中指を立てた。
「二つ目、最悪の場合、成功しても二人死ぬ」
「なっ……⁉︎」
声を上げたのは修だった。
「落ち着いて、最悪の場合は、だから。一つ目の注意をもう一度するけど、抜けたい者は、今言って」
「…………」
「…………」
再び沈黙。脱退者無しと受け取った伊佐は、説明を始めた。
*
三人は三つに分かれた。遊真と修はグラウンドに立ち、伊佐は二階の教室に入った。後ろからはモールモッドが追いかけて来ている。
「来た……!」
あらかじめ用意しておいた、教室のドア三重を構えた。モールモッドは思いっきり伊佐に突進し、前脚のブレードで突きを放って来た。
教室のドアシールドで全力でガードする。だが、トリオン体でもないのに抑えられるはずもなく、思いっきり壁を突き破り、ベランダの外に投げ出された。
「ッ‼︎」
血を吐き出しながらベランダから落下する伊佐。
「オサム」
「分かってる!」
その伊佐をキャッチしに向かう修。そして、モールモッドはブレードに三重のドアを突き刺したまま落下する。
「………おお、ほんとに回転しながら落ちてる」
ドアが刺さったブレードは、当然重くなるため、そこが落下中のモールモッドの一番下になり落下。そして、伊佐の読み通り、地面にモールモッドはひっくり返った。
「ここからは、俺の仕事だな」
そう言うと、遊真は準備しておいたハードル競争のハードルの上の部分を取り出した。
それでひっくり返ったモールモッドの脚を全て地面に固定し、完全に固定させた。
「………ふぅ、これでお終い」
パンパンと手を払う遊真。
「空閑、終わったか?」
「そこでワサワサ動いてるよ」
空閑の指差す先には、動きを封じられたモールモッドがゴキブリのように両腕をワサワサしていた。
「作戦、完了だね」
「伊佐、喋るな!」
壁に叩き付けられ、背中を強打した伊佐は、今は一人では立てない状態で、修の足元で寝転がっている。
「空閑、救急車は呼べるか?」
「キュウキュウシャ?」
「だよな。クソッ……まだモールモッドがもう一匹いるっていうのに……!」
「えっ?」
「えっ?」
「も、もう一匹いるの?」
「え、うん」
「…………」
「…………」
直後、ドゴォッという轟音と共にもう一匹のモールモッドが出て来た。
「! や、ヤバイ……!」
「逃げて、二人とも」
「無理だ!追い付かれる!」
今度こそ終わりだ、と修が思った時、もう一匹のモールモッドに弾丸が降り注いだ。
嵐山隊が突撃銃を構えて立っていた。
「嵐山隊、現着した」
「………今ので終わりですか?」
嵐山の他に、時枝と木虎が立っている。3人とも、捕獲されたモールモッドを見た。
「! これは……」
近くに立っているのは男子二人と寝転がってる男子一人。そこへ嵐山達は慌てて駆け寄った。
「! 彼は大丈夫なのか?」
「怪我をしています。救急車を……!」
「分かった。充、頼む」
「了解」
時枝が携帯を取り出し、嵐山は捕獲されているモールモッドの方を見た。
「………これは、君達がやったのか?」
「はい。C級隊員の三雲修です。同級生の伊佐賢介の作戦に乗りました」
言うと、修は倒れている伊佐を指した。
「C級……?」
モールモッドを再び見た。教室のドアとハードルで固定されている。
「………どんな手を使ったんだ?」
「それは……」
説明しようと修が口を開きかけた時、救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
「………まぁ、話は後で聞くさ。とにかく、よくやってくれた。犠牲者を出さずに済んだのは君達のお陰だ」
「い、いえ」
「いえいえ」
修と遊真が緩い感じで手を振った。
「話は後で聞かせてくれ」
そう言うと、残りの後処理があるのか、嵐山は木虎と共にその場を去った。