【完結】I_AM_GOD.:異世界で神様はじめました。   作:家葉 テイク

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3.女神の慈悲は、悪神にさえ

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「…………関係ない、だと?」

 

『その因果にシニオン村の人達は関係ないだろ』。

 

 その一言を聞いた瞬間、それまで大人しかったクレルが、ぽつりと呟く。 …………静かだが、確かな怒気が滲む声色だった。

 

「……綺麗事ばっか、言ってんじゃねぇぞ」

 

 顔を上げたクレルは、明らかに、激情に呑まれていた。静かだったが、それでも分かるほどに大きな激情だ。

 

 俺は、こういう顔をするヤツのことを知っている。……こういうヤツは大抵、自分が壊れそうになるまで問題を抱えて、独りで悩んで悩んで悩んで、そしてどうしようもなくなっている。

 

 前世でも、こういうヤツを見たことがあった。

 

「だったらアイツらはどうなる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アイツらだけが悪いのか? くだらねぇ情報操作に惑わされてアイツらを疎み続ける愚かな民衆は悪くねぇってのかよ!?」

 

 …………。

 

「…………やはり、盗賊の連中は……」

「そうだよ、『忌児』だよ」

 

 俺の言葉に頷き、クレルはそう吐き捨てた。

 

 …………やはりか。

 

 うすうす、おかしいとは思ってたんだ。最初に出会った盗賊も魔力を多く持っていた。あの当時はまだこの世界の事情に詳しくなかったから分からなかったが、カレンに会った後なら流石に分かる。ヤツもまた忌児だったんだ。

 

 相乗詠唱(シナジーマジック)にしたって、いくら五〇人が集まったからといって一〇〇メートル級の岩石製の腕を振るったりなんて、常人にできるはずがない。忌児が五〇人集まったからこそできたことだったんだ。

 

 …………酒場で冒険者が盗賊達のことを『呪われた』なんて言って見下していた理由にも、これで確信できた。忌児っていう『忌まわしい生まれ』だから盗賊になった、って考えなんだ。

 

「……てめぇだって、思うところはあるはずだ。可愛い可愛いてめぇの神職者だって忌児だったろう? てめぇらの事情は知らねぇが、あの神職者がてめぇに付き従うようになった経緯にも忌児への蔑視ってのは関わっているはずだ」

「………………」

 

 確かに、それは否定できない。

 

 カレンが忌児だったからこそ、盗賊の襲撃のときに真っ先に目を付けられた。奴隷として扱われていたからこそ、あの場所で俺と出会った。

 

 忌児でなかったら、カレンは今頃、いつ消えるかも分からない神様に付き従って旅をするような生活ではなく、きちんと村で普通の暮らしができていたはずだ。

 

 俺としては、カレンと出会えたことは最大の幸運だったが…………カレンにとっては、俺と出会ったのは『不幸中の幸い』でしかない。それ自体はプラスかもしれないが、あくまで大きなマイナスの中でのプラスであって、カレン自体は不幸なままなのだろう。

 

 …………でも。

 

「……分からないな」

 

 それでもなお。

 

 俺は、カレンが忌児への偏見によって苦しめられてきた現状をしっかりと振り返った上で、そう切り捨てる。

 

「確かに、忌児への蔑視はこの社会が持つ歪みだと思う。そのことで排斥された人達を保護する身になれば色々と苦労もするんだろう。…………だが、俺なら『盗賊』っていう、守るべき人達を傷つけかねない選択だけは決して選ばない」

 

 盗賊として生きる道を選ぶまでには、そりゃ色々な苦労もあったのだろう。

 

 それでも、そこで『争う道』を選んでしまったらもうおしまいじゃないか。

 

 クレルは良いかもしれない。不老だし、不死だ。長い時間はかかるかもしれないが、取り返しはつく。

 

 だが、人間は違う。

 

 人間なんて精々八〇年の――この世界は医療が発達していないかもしれないから、その場合はもっと短い時間しか用意されていない。取り返しはつかないんだ。その取り返しのつかない時間を、争いで消耗させるような選択肢は、俺には選べない。

 

「…………俺だって、救えるものなら救いたかったさ」

 

 クレルは、殆ど泣きそうな声でそう呟いた。

 

「でも、俺の『権能』じゃどうにもできねぇんだよ! 作物を育てることも、民衆を強化することも、役立つ知恵を授けることも……! その上助けを求めるべきヤツらは勝手にこっちを蔑んでくる! これでどうしろって言うんだ!?」

「…………、」

「俺だって最初は我慢した。一〇〇年待った! あの人達との約束を反故にしてまで……。俺がコイツらを……たとえ貧しくたって、守っていれば、導いていれば、いずれ()()()()()()()()()()が現状を変えてくれるって信じてた……」

 

 …………王都に残ったアイツら?

 

 ひょっとしてコイツ……冒険の神ディレミンと繋がっていたのか? いや、考えてみれば当然だな。そうでなければ、『王都』なんていかにも神様が集っていそうな場所にカチコミかけておいて生き残っていられるはずもない。

 

 とすると……。

 

「だが、結局何も変わらなかった。それどころか、今度は『忌児』なんて風習まで生まれた! だったらこうするしかねぇだろ! 最初に捨てたのはアイツらだ! だったら、同じようにアイツらを捨てたって、誰も文句は言えねぇだろうが!!」

 

 …………。

 

 クレルが盗賊を率いるようになったのは、『忌児』に対する偏見が生まれてからだったのか。

 

 何らかの事情で『忌児』と呼ばれる前の排斥された集団を庇護していたが、いつまでたっても排斥が収まることはなく、それどころか『忌児』なんて呼ばれて、偏見まで始まってしまった、と。

 

 だからクレルは集団を盗賊として率い、民衆から……いや、『忌児という偏見を信じている敵』から、財産を奪っているのか。

 

 それは、ある視点から見れば正当な報復なのかもしれない。

 

「……確かに、神様にも限界はある。それは俺にだって分かるよ。お前の力じゃ作物を育てる為の環境を作ったりすることも難しいだろうな。それでも自分を慕ってくれるヤツの為に考えに考え抜いた結果のこれなんだろう。…………でも、お前のやり方じゃお前を慕ってくれるヤツらを幸せにすることは、」

「――――昨日今日神様になったばかりのルーキーが、上から目線の自己陶酔で偉そうにモノ言ってんじゃねぇぞ!」

 

 直後、クレルは何の躊躇もなく俺に殴りかかり、そして『跳ね返し』によって拳を弾かれた。…………そのくらい、頭に血が上ったってことだろうな。

 

 だから、俺は次に、クレルを労わるように言う。

 

「………………仮に俺がお前の立場にいたって、解決策は見つからなかったと思う。でもな、確実にお前のやり方は間違ってるんだよ」

「何が、何が間違ってるって言うんだ! 無い袖は振れねぇ。開墾しようにも元手もねぇ。なら、持ってる敵から奪うしかねぇじゃねぇか!」

「差しのべられた手を弾いてでも、か?」

 

 たとえば、戦っている最中から何度も『戦うのなんてやめようぜ、協力ならするから』って言っている俺の手とかを、な。

 …………あるいは、仲間だと思っていた神様から裏切られたから、無意識に誰かと協力しようって思考を排除しているのかもしれないが。

 

「…………あ?」

「最初に俺は言ったはずだぞ。何か困っていることがあるなら協力するって。俺は最初から、山崩しさえ阻止できればそれでよかったんだ。お前らを殺したり、必要以上に痛めつけたりする趣味はない」

 

 だから、わざわざ死なないように手加減したしな。

 

 クレルにしたって、うっかり殺してしまわないように『リフレクトキャノン』の直撃は絶対に避けてたし。

 

 まぁ、そのお蔭でよけいに苦戦したって部分はあるが。流石に保険の為に持っておいた小石がなければ詰んでたとか笑えないよ…………。

 

 ともあれ、クレルは俺の言葉に、しばし呆然としているようだった。まぁ無理もないか。何せほんの少し前まで本気で戦ってたんだ。そこで一気に退かれたら、肩透かしを食ったような気分になるだろう。

 

「…………お前、何言ってんだ? 正気か? …………俺はてめぇを殺そうとしてたんだぞ?」

 

 クレルはやはり、戸惑ったような感じだった。

 

 でも、殺そうとしてたってのは嘘だな。

 

 戦ってたから分かる。コイツも俺と同じように、『確実に殺せる手』は禁じ手にしているようだった。何だかんだ言って、俺を殺すつもりはなかったんじゃないか?

 

 だいたい、本気で殺すつもりだったら、『微小な粒子をバラ撒くことで反射を連続で作用させ、信仰Pをどんどん削って行く』みたいな殺し方だってできだはずだ。

 

 もちろん対応できないわけじゃないが、武器としてちらつかされるだけで俺は大分やりづらくなっただろう。

 

 それをしなかったのは、俺が死なないようなレベルで無力化したかったからなんだろう。それを隠すのは、偽悪的だからなのかなんなのかは知らないが。

 

「だったら何だ。心の底から悪意を持ってやってたわけじゃないのはもう分かってるよ。それなら見捨てる理由なんか一つもないだろ」

 

 流石に俺だって、自分の快楽のためだけに他人を食い物にするようなゲスまで助けることはしない。でも、クレルたちはそうじゃない。差別や偏見があってまともに暮らせないから、仕方がなく盗賊になってるってだけだ。

 

 …………ならもう、放ってはおけないだろ。

 

「……無理だ。七人の神様がやっても全員を幸せにすることはできなかった。村長の一族は忌児になって、盗賊になるしかなかった。……精一杯やって、それが限界だったんだ…………」

「昔と今じゃ、状況が違うだろ」

 

 ……多分、クレルの足を引っ張っているのはその『過去の挫折』なんだろう。どうしようもない状況で、全てを失わない為に『次善の道』を選ぶしかなかった経験。その無力感が、協力って行為を無意味に見せてるんだろう。

 

 実際、俺もそれは分かるよ。

 

 前世じゃ同じように何度も挫折した。でも…………それと同じくらい、誰かの協力があったから成功したってこともあるんだ。

 

 結局は、自分次第。

 

 過去の状況と今の状況は違うんだから、『あのときはああだったから』なんて尻込みに意味はない。

 

「そのときとは、民衆がお前を慕う人達を忌避してた理由も、一緒に立ち向かえる仲間も、全然違う。それならきっと、解決策があるはずだ。俺達なら、それが見つけられる」

 

 そこまで言うと、クレルはもう言い返すのも諦めたのか、一気に肩から力を抜いた。それから、こんなことを言い添える。

 

「…………お前、それ、なんとかしないと早死にするぞ」

「もう、死んだよ。そして神様は不死身だ」

 

 前世じゃそれで死んだんだしな。働き過ぎはよくない。いや、過労で体調を崩すっていう概念がないのは、本当に素晴らしいと思う。

 

 軽口を叩きつつ、俺はクレルに最後の意思確認をする。

 

「で、どうする?」

「…………負けだよ、俺の負け。完全敗北だ」

 

 

 そうして、強盗の神クレルは、女神アルテシアに調伏されたのだった。

 

 神話だったら、そんな風に結びがつくんだろうか?

 

 …………そんなに現実が単純だったら、俺も楽なんだけどな。

 

 

    14(アルテシア=day185606/1896pt)

 

 

 こうして、俺はクレル達の『山崩し』を阻止することには成功した。

 

 協力する、とは言ったものの、まだまだ双方の神職者や信仰者とは話が通っていないし、今後のことを説明する必要もあるからとその日は一旦解散ということになった。

 

 そして、俺はカレンと合流して一緒に山を越えている。

 

 既に日は傾いていて、真っ赤な夕陽が俺達を照らしていた。

 

「で、協力することになったと」

 

 その帰り道。

 

 俺は、カレンの責めるような物言いに襲われていた。けっこういい話っぽい雰囲気だったのに――と目で抗議すると、カレンの怒りが爆裂してしまった。

 

「だって、残り一九〇〇点ですよ! 一九〇〇!! 山に登った時点では三〇〇〇点近くまで行ったのに、あの戦いで一一〇〇点も消費してるってどういうことですか!」

「い、いや、相手は神様だったし……水蒸気爆発の火傷治療がけっこう響いて……」

「それより問題なのは、そんな状態で少しでも信仰Pを獲得したいのに『山崩し』の件を全部秘密にするってところですよ!!!!」

 

 ボルテージの上がったカレンは、俺のこと殺しちゃうんじゃないかな? ってくらいの剣幕で怒鳴る。

 

 …………まぁ、それについても仕方ないと思うんだ。

 

 盗賊達の更生の為には、シニオン村との協調が必要になってくると思う。それなのに、『盗賊達が山を崩して村を潰そうとしたけど未然に防ぎました。あ、盗賊達の更生に協力してね』なんて言ったら、逆にリンチが始まる勢いだろう。

 

「あの盗賊どもの為に秘密にするとか…………アルテシア様の残り時間は二〇日を切ってるんですよ? それなのにあんなヤツらの為に貴重な時間を割くなんて、どうかしてます……」

「アイツらにも、色々とあるんだよ。カレンにも話しただろ?」

 

 カレンには一通り事情を説明してはいるんだが、それでは納得してもらえなかった。

 

 …………カレンが敵愾心ではなく、俺への心配でこう言っているってことは分かってるんだけどな。でも、逆に言えば二〇日はあるんだ。盗賊達の更生をしてからでも十分に間に合う。

 

「更生に成功したらその時に『わしが育てた』とかなんとか言ってしまえば、ある程度ポイントだって回収できるだろ?」

「そんなの、成功する保証なんてないじゃないですか」

 

 カレンは拗ねたように呟き、

 

「…………人助けはほどほどに頑張る、のではなかったのですか?

 

 それから、俺の方をジト目で見ながらそう言ってきた。

 

「ほどほどだよ。手が回る範囲でやってる。それに、事情を知っちまったら、見て見ぬふりなんかできないだろ」

 

 前世じゃそれで身体を壊してしまったわけだが、今世じゃ神様ゆえにそんな心配もないしな。

 

 そんな俺に、カレンは説得を諦めたらしく、溜息を吐いた。

 

「…………………………なんだか、ようやくアルテシア様の本質が分かってきた気がします」

 

 …………だからといって、困ったちゃんみたいに扱われるのもそれはそれでアレなんだけども…………。


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