日向の悪鬼   作:あっぷる

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九話 万華鏡

「ああ、草履を汚してしまいました。早く洗わないとシミになってしまいますね」

 

 ひたりひたりと滴る血飛沫が辺りの月見草を真っ赤に染める。

 その中心にいる少女は男の喉元を踏み潰して血に塗れた足から草履を外した。

 男を殺したというのに、そんなことなどどうだっていいとでも言わんばかりであった。

 

 暗部の男は決して手加減をしていたわけでも油断していたわけでもない。

 彼ら暗部「根」はダンゾウの命令が絶対だ。彼らは命令には全力で応える。それはどんなにささいなことでもだ。

 だがそれでも男はあっさりと殺されてしまった。己の半分もいかないような齢の少女に。

 

 この事態に動揺しなかった者はいない。長年不条理な忍の世を生きてきたダンゾウでさえも。

 しかしだからと言ってそれが手を止める理由にはならない。

 

 今度は(きつね)面をした暗部が無数の手裏剣を少女の足元へ投げつけた。

 足元付近の攻撃は捌ききるのは難しい。少女は大きく跳ぶことで手裏剣を回避する。

 その跳躍は人ひとりを優に飛び越えられるほどに高く、彼女がただの少女ではないと証明するには十分であった。

 

 だが少女は見事に誘導されたと言えるだろう。

 空中では人は身動きをとることができない。狐面の暗部の男の狙いはそこだった。

 男は大量のチャクラを練り込み、空にいる少女に向けて口から膨大な量の炎を放った。

 

 その灼熱の業火は空中で避けることのできない少女を簡単に吞み込んだ。

 男が放った術、火遁・大炎弾は口から莫大な熱量の炎を放射するものだ。多量のチャクラが練り込まれたその火炎は鉄さえも溶かす。

 子ども相手にはあまりにも過剰な術であり、骨一つ残るはずはなかった。

 

 

 だが彼らが対峙していた少女は規格外の化け物であった。

 男が放った炎獄は少女のいる中心部からまるで竜巻に吹き飛ばされるかのように霧散していった。

 

「あの技は……!?」

 

 ダンゾウは眼を見開かせる。

 散ってゆく炎の中心で、少女は独楽(こま)の如く体を回していた。

 あれは日向一族に代々伝わる奥義、八卦掌・回天。全身からチャクラを放出し、己の身を激しく回転させることによってあらゆる攻撃をいなす技。

 その術は日向の跡目にのみ口伝されると言われ、他の者は使うことすらできないはずであった。

 

 そして少女は回転していた勢いそのままに、狐面の暗部目がけて手刀を繰り出した。落下エネルギーと回転エネルギーがかけ合わさったその勢いは使い手がただのか細い少女だということを差し引いても強烈だと見て分かるものだった。

 

 男は咄嗟に両腕を前に組んでガードする。その甲斐もあって男は何とかその直撃を免れた。必死と思われたその一撃は男の両腕が千切れ飛ぶだけに留まったのである。

 

 しかしだからと言って男が助かるというわけではない。少女は両腕を失くした男の胸部に軽く手を置いた。

 するとその瞬間、突然男は口から大量の血を吐き出した。

 少女は己のチャクラを男の経絡系に流すことによって内臓をズタズタに破壊させたのだ。それは日向一族が得意とする柔拳に他ならなかった。

 喪腕の男はそのまま倒れ、二度三度体を痙攣させるとそれ以降一切動かなくなった。

 

「あの娘まさか……」

 

 この時、ダンゾウはこの少女の正体にようやく気が付いた。

 少女が用いた日向の技と記憶の片隅にいた少女の存在が結びついたのだ。

 そう、この少女はあの忌まわしい事件の中心人物ではないか。

 

 そしてダンゾウは猛省する。なぜもっと早くこの化け物の存在に気付けなかったのか、と。

 あの事件の際、いくつも不自然な点があったではないか。

 いくら日向一族が優秀とは言え、ヒアシとヒザシの二人だけで次期雷影候補と言われていた忍頭を含む上忍クラスの忍4人を倒すなど難しいはずであった。それも両者は無傷で帰ってきたのである。

 

 何よりなぜ攫われたこの少女は殺されなかったのか。通常ならばただの影武者であり、犯行を見られた少女を生かす道理などあるはずがない。

 それでもこの少女は生きて戻ってきた。それが示すことはつまり一つしかなかろう。

 

「ここは退くぞ」

 

 ダンゾウは残った部下二人に通告する。

 

「放っておいてもシスイはもう助からん。ならもうここに用はない」

 

「し、しかしこの娘は……」

 

 ダンゾウの命令に部下たちは驚く。

 自分たちは暗殺に来ている。ここで目撃者を残して退くというのは上策ではないのは誰にでもわかることだった。

 だがダンゾウは未だ少女を警戒し身構える部下たちの傍に寄りそっと囁いた。

 

「お前たちは知らないのだからしかたない。なぜ初代火影やうちはマダラを始めとする戦乱期の忍が畏れられていたのかを。あれは人の(つら)を被った悪鬼だ。関わるべきではない」

 

 ダンゾウはかつての戦乱期を思い浮かべる。

 隠れ里ができる前の戦乱期、初代五影たちや二代目火影扉間、うちはマダラといった忍たちが数多の忍たちから畏れられた。

 なぜ彼らが畏れられたのかの理由は単純だ。純粋に強かったのである。

 たとえ幾人もの忍が束になろうとも彼らには勝てなかった。もはや同じ生物とは思えないほどに理不尽な存在だったのだ。

 

 そして目の前の少女も彼らと同じ類だ。

 間違いなくあれはうちはマダラと同じこの世の不条理を詰め込んだような理不尽な存在なのだ。

 

 ダンゾウは知っている。そんな人の皮を被った化け物は決して相手にしてはいけないことを。

 世界は道理が通らないことなどままにある。だからこそ賢い選択をしなければ生きていけない。

 ダンゾウはその賢い選択をしてきたからこそこれまで生きてこられ、里のためにあり続けられた。そしてこれからもそれを変える気などない。

 

 ダンゾウは白色の煙玉を投げつけ、部下たちとともにその姿を消した。

 そしてこの場には返り血で真っ赤に染まった少女と死に体の男が残されたのだった。

 

 

 

「あの方たちは行ってしまいましたよ。どうしてあなたが襲われていたのか、あなたがいい人なのか悪い人なのかは知りませんが」

 

 ダンゾウたちが去るのをただただ見届け、少女は膝をついているシスイの傍によった。ダンゾウらに追い詰められていたシスイはすでに虫の息であった。

 

「すまない……、助かった……」

 

「いえ、助かっていませんよ。あなたもうすぐ死んじゃうじゃないですか」

 

「いや……、俺は死ぬわけには行かない。生きてやらなくてはならないことがあるのだから……」

 

 少女の言う通り、シスイはすでに半死半生の状態。

 しかしシスイにはまだ生きなければいけない理由があった。うちは一族を、そして木の葉隠れの里を救うため、彼は立ち上がらなければならなかった。

 

 だが赤の他人である少女にとってそんなことなど知らないし、どうだってよいことであった。

 

「いえ、死にますよ。死んじゃいます。そうだ。どうせ死んじゃいますし、何なら私が介錯をしてあげましょう」

 

 少女はいい提案ができた、というような顔で近くに落ちていたクナイを拾いそれをシスイに見せつけた。

 

「待ってくれ……。俺にはまだ……」

 

「言い残したい言葉はそれですか? ならひと思いにいきますね」

 

 なよはシスイの胸部に狙いを定める。そして確実に一突きで殺せるように大きくクナイを振り上げた。

 

 

 

「待て、なよ」

 

 しかし少女なよのクナイが振り下ろされることはなかった。

 彼女がクナイを降り下ろそうとした直前、うちはイタチが彼女の手首を掴み止めたのである。

 

 イタチはシスイが受けた不自然な単独任務が気になり、この任務のことについて調べ直していた。その結果この任務自体がダンゾウの罠だと知り、イタチは急いでシスイのもとへ向かっていたのだ。

 そして何とか間一髪のところで間に合ったのである。

 

「あら、久しぶりですね。もしかしてお知り合いの方ですか?」

 

 なよは久しぶりに出会えた知人に笑顔で接する。

 だがイタチは写輪眼を瞳に浮かべ、なよがどう行動しても動けるように対応した。もしものことがあれば彼は事を構えるつもりであった。

 

「ああ。だからシスイ……、その男のことは俺に任せてほしい」

 

「けどこの人、もうすぐ死んじゃいますよ?」

 

「それでもだ」

 

「……分かりました。それでは私は帰ることにします」

 

 そう言うとなよはイタチたちに一礼をし、そのまま来た道をてくてくと歩いて帰っていった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 なよが帰ってしばらくした後、小屋の扉を叩く音が鳴った。

 なよが扉を開けるとそこには血に塗れたうちはイタチの姿があった。彼の頬には涙が零れた跡が残っており、その瞳は新たな万華鏡写輪眼を(とも)していた。

 

「その眼、さっきと変わりましたね」

 

「いろいろあってな」

 

「ふふっ、前よりもずっと素敵ですよ」

 

 なよはどことなく嬉しそうに微笑んだ。

 万華鏡写輪眼は友殺しの証と言われている。

 親友を殺めてしまうほどの悲しみを背負うことで初めて開眼する瞳だからだ。

 イタチはシスイの最期を看取った。そして彼の背負っていたものをすべて受け継いだのである。

 

「ところでどうしたんです? 以前みたいに世間話をしに来たわけではなさそうですが」

 

「お前に頼みがあってきた」

 

 そう言うとイタチは腰のポーチから一本のビンを取り出した。

 中には保存液に浸かった人の目玉、うちはシスイの万華鏡写輪眼が入っていた。

 

「プレゼントですか? 確かに綺麗ですがそれはさすがに……」

 

「やるわけではない。俺が次に来るまでこれを預かっていて欲しい」

 

 イタチはビンをなよに差し出した。なよはゆっくりとそれを受け取りまじまじと中の眼球を見る。

 

「私でいいのですか? これはあの人のですよね」

 

「俺が持っているよりお前が持っている方が安全だからな」

 

 イタチは漠然とだがこれから自身がどのような運命を辿っていくのか感じ取っていた。

 彼はここから先、間違いなく茨の道を突き進むこととなる。その道中ではきっとあのダンゾウや、木の葉とうちはの動向を調べている謎の仮面の男と関わっていくだろう。

 そんな彼らの目からシスイの万華鏡写輪眼をごまかすにはなよに託すのが一番安全であったのだ。

 

「私がそのまま自分のものにしてしまうかもしれませんし、誰かにとられちゃうかもしれませんよ」

 

「お前に限ってそんなことはない」

 

 イタチはきっぱりと断言する。

 別にイタチは心の底からなよを信頼しているわけではない。彼女が何を考えているかは掴めないし、ふとしたきっかけで敵対する関係になってもおかしくないとも考えている。

 

 だがイタチはなよが約束したことは守る人間であることを確信している。それほどの仲ではないが、彼女が律儀な人柄であることは認識していた。そうでなければこのようなところで何年も弟の迎えを待つなどできはしない。

 だから約束するからには眼を奪ったりしなければ、眼の存在を知った人物が出ても決して渡らせはしないだろう。

 

「分かりました。それではそれはお預かりいたしましょう」

 

「すまない……。それといつ引き取りにくるかはわからないがだいぶ先になると思う。それまでは壮健でいてくれ」

 

「大丈夫です。私は死にませんよ。弟が迎えに来るまでは」

 

 

 

 そうしてイタチはなよに別れを告げてこの地を後にした。

 この事件からしばらくして彼は里からうちは一族抹殺の極秘任務を言い渡されることになり、仮面の男と組んで遂行させる。

 そして一族殺しの汚名を被ったイタチは里を抜け、仮面の男の組織“暁”に所属することになったのだった。

 




次回から原作突入です。

それとちょっとこれから忙しくなるので次更新は遅くなります。
よろしくお願いします。

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