日向の悪鬼   作:あっぷる

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七話 墓穴

世話係のハナが街へ買い出しに向かってから丸一日が経った。

なよたちの住まいから街までは歩いて片道二時間ほどの距離。

いつもならどんなに遅くてもその日のうちに帰ってくるはずであった。

 

しかし日を跨いだのにも関わらず、ハナは一向に帰ってこなかった。

なよはハナが帰ってこないことに心配になるも、肝心の彼女は街までの道を知らない。

何時間も歩き続けることができないほど体の弱いなよは街まで連れて行ってもらったことがないのである。

そのためなよはただ待つことだけしかできなかった。

 

 

 

そしてハナが出て行って三日目。

なよは未だ帰らないハナを待ちつつ、庭で鈴蘭の手入れを行っていた。

その鈴蘭はこの地へ来てから育て始めたもので、世話係のハナが一番好きな花だった。

普段ならばなよではなくハナが手入れをするのだが、彼女不在の今世話ができるのはなよしかいない。

もしほったらかしにでもしたら、花の状態が悪くなってしまう。そうしたらハナが帰ってきた時とてもがっかりしてしまうだろう。

なよはか細い体をせっせと動かし庭作業に従事した。

 

ただなよはなよで花の世話をするのは悪くないと思っていた。

もともと花は好きであったし、土をいじるのも楽しかった。

 

ハナが戻ってきたら庭の隅をなよ専用の花壇にしてもらえないかともなよは考える。

それでなよの好きな花々をそこに植えるのだ。

きっとそれは楽しいことに違いない。

なよはネジへの手紙を書くことと月や花を眺めることしか特にやることがないのだから。

 

 

 

しかしそんな彼女の想いを裏切るかのように、ハナが出て行った道から3人の男たちがやってきた。

 

「おっ、ここがあの女の家か」

「それにしてもボロい家だな。隠れ家にするには最適なんだがもう少しいいところがよかったぜ」

「おい、あそこにガキがいるぜ。あの女の子どもか?」

 

三人の男はいずれも上背が高く、忍が好んでよく着る黒装束に身を包んでいた。

一見すると程よく経験を積んできたベテランの忍のように見える。

だが彼らの額には己の出自を示す額当てはない。

 

「どちら様でしょうか」

 

なよは作業していた手を止めて3人に問いかける。

なかなか人と会うことがないなよでも、彼らがあまり友好的でないことはくらいはわかった。

 

「ほう、俺たちを見て怯えないなんて大した度胸じゃねえか。それとも鈍感なのか? まぁいい。俺たちはその小屋の主様だ。これからのな」

 

「えっと……。ここは私とハナさんのお家ですが?」

 

「物分かりの悪いガキだな。これからそのボロ小屋をいただくって言っているんだ」

 

「ですがここは……」

 

戸惑っているなよに、男たちは下卑た笑い声を上げる。

未だにこの状況を理解できていないなよが可笑しくてしかたないらしい。

男たちはこの地の拠点としてなよたちの家を奪い取ると言っているのである。

 

そしてにやけた男の一人が鞄に手を突っ込みなよに話しかける。

 

「お前、ここは自分とハナとやらの家と言ったな。なら安心しろ。そのハナとやらの女の許可は取っている」

 

「えっ?」

 

そう言って男が鞄から取り出したのは粗末な紐に結わわれた黒い人髪の束だった。

 

「ほら、これがお前の家族のハナさんだろう?」

 

男は髪の束をなよに投げつけた。

そう、不幸なことに街へ出かけたハナは男たちと遭遇してしまった。

そして襲い掛かってきた男たちとハナは戦闘になった。

 

きっとハナのことだ。

もしそこで逃げてしまえば男たちはいずれなよが待つ彼女たちの家にたどり着いてしまうだろうと思ったのだろう。

だから彼女はここから先へ行かせないように戦った。

ハナは元木の葉の中忍だったため、ある程度の相手ならばなんとかなったはずだった。

 

しかし現実は非情だ。

男たちはうちはイタチたちが追っていた抜け忍だったのだ。

いくらハナが元忍だったとしても、相手も同じく忍。それも3人。

そして彼女の髪を男たちが持っているということは、ハナはもう……。

 

「何が許可もらっただよ。そんな許可もらった覚えはねえぞ。あの女、最後まで命乞いすらしなかったじゃねえか」

 

「だが家主を殺したんだからその小屋は俺たちのものであっているだろう? しかしそれにしてもあの女なかなかのやり手だったな。おかげで加減できずに殺してしまった。美人だっただけにもったいない」

 

「なに、あの女はダメでもこの娘がいる。体は弱そうだがそれでも顔はいい。売り物としての価値は十分じゃねえか」

 

「そんな……」

 

なよはハナの最期を知り茫然としてしまった。

 

生まれてからずっと一緒にいた世話係のハナ。

どんな時でも自身を見捨てず面倒を見てくれた彼女は父や弟と同じくらいになよにとって大事な存在であった。

 

「おいおい、今になってぶるっちまったよ。このガキ」

 

大切な人を殺されてしまったのだから動揺してしまうのは当然だ。

それもまだ十歳になったばかりの少女ならばなおさらだろう。

 

しかしなよはしばらく茫然とした後、突然無表情となった。

不安や悲しみといった情さえも感じさせない、全くの無感情。

 

そして直後、彼女は突飛なことを口にする。

 

「お墓を作らなきゃ」

 

「あっ? 今何て……」

 

男たちは思わず聞き返す。

間違ってもそれは身内を殺されたと知りすぐに少女が口にする言葉ではなかった。

ましてやこれから自分の身にも危機が迫っているというのに。

 

「人が死んだんですもの。お墓を作るのは当然でしょう? 父様の時もそうだったんですもの」

 

しかしそれは聞き間違いではない。

そしてその瞬間、少女から強大な気配が放たれた。敵意や殺意とは違う何か。死という概念そのもの。

少女の手にはいつの間にか庭の手入れに用いていたであろう鉄製のスコップが握られていた。

 

「お墓を四つ。全部作るには少々骨が折れるかもしれませんね」

 

男たちは瞬く間に少女が発する気配に呑みこまれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木の葉の抜け忍を追っていたうちはイタチは各地を行き来する行商人からとある情報を入手した。

それは黒装束を身に纏った怪しい三人組が森へ向かったというものだ。

 

情報を手に入れたイタチは他の班員より先立って森へ発つ。

その森は日向家の幼き少女なよが居を構えている。

 

なよたちが住んでいる小屋は森の奥の方にあるため普通に探してもそうそう見つかるものではない。

しかし忍からしたらかすかな足跡や通った形跡から場所を突き止めるなどそう難しいことではなかった。

 

それにわざわざこの森に侵入したというのも気になる。この森はなよたちが住んでいるということを除き、特に目立ったものはない。

そのためもしかしたら彼らはなよたちが住んでいることを知っており、隠れ家にせんとしている可能性も否定できなかった。

 

仮に抜け忍たちが彼女らを襲撃した場合、簡単に制圧されてしまうだろう。

なよの世話係は元忍という情報はこちらにも割れているが、それでも分が悪い相手だ。

 

そしてイタチは急ぐこと数十分、ようやく目前になよたちの小屋が見えてきた。

訪れたのが昼間だったこともあり小屋に明かりは灯っていないが、傍からみたら特に異常な様子はない。

 

ただ気になったのは彼女らが手入れしているであろう庭園に、4つの墓標らしき丸太が突き立ててあった。そのうちの一つには鈴蘭の花が添えられている。

以前来た時にはなかったものだ。

 

ともかくイタチはなよらの無事を確認するべく小屋の扉を叩いた。

 

「あら、イタチさん。どうかしました?」

 

すると小屋の中からなよが出てきた。

一見すると特に何か怖い目にあったとか脅されているといったようには見えない。平時の少女そのもの。

 

だがイタチは彼女の声と表情から違和感を覚えた。

最初にあった時と比べてなよの雰囲気がどこか違っていたのである。

前はつかみどころのない雲のような少女だった。しかし話しているだけで心を落ち着かせてくれるような心優しい印象も持った。

 

しかし今はどうであろうか。

確かに今もつかみどころがないといえばそうだ。だがこの場合、不思議とか神秘的といった言葉で形容できるものではない。何を考えているか分からずどことなく不気味というイメージが強かったのだ。

 

「こちらの方向に俺たちの追っている抜け忍が向かっているとの情報が入った。何か最近怪しい人物を見たり変わったことはなかったか?」

 

「いえ全然」

 

イタチは警戒交じりに少女に問いかける。

しかし少女は無感情に返事をした。

 

「そうか……。そういえばこの家の前に墓標らしきものが4つできていた。同居人がいないようだがもしかして……」

 

「ええ。実は先日亡くなってしまって……。とても残念です」

 

切なそうな声を発するなよ。

しかしその表情は少しも変わらない。

 

「それは無礼なことを聞いてしまった。お悔やみ申す」

 

「いえ、人はいずれ死んでいくものです。ですからこれもしょうがないことです」

 

なよは眉一つ動かさずそう話す。

その様子にイタチはますます少女を不気味に感じる。

身近な者が亡くなったというのにここまで感情を表に出さないということは可能なのだろうか。

忍である自身でさえ完全に隠すことなど難しいというのに……。

 

「……ところで同居人は一人と記憶していたが、他の3つは?」

 

だがその瞬間、無表情を貫いていた少女は唐突ににこりと笑みを浮かべた。

 

「ハナさんを殺した害虫たちです。あまりにも目障りだったので潰して一緒に供養させていただきました」

 

その刹那、イタチに強烈な悪寒が走った。

あの墓標を見た時その可能性を考えなかったわけではない。しかしそれはあまりにも非現実的なもの。あの墓の下に自分らが追っていた凶悪な抜け忍がいるなんて――。

 

「……ちなみにそいつらが持っていたものはどうした?」

 

「何かに使うかもしれないと思って一応とっておいてますよ。ほら、あそこ」

 

なよが振り向いた方向には血が濃く染みこみ独特な光沢を放つ黒い布が無造作に置かれていた。おそらくその布は彼らが着ていた忍装束だろう。

そしてその横には抜け忍が木の葉から持ち去ったとされていた貴重な宝具が転がっていた。

 

「それは俺たちが追っていた抜け忍だ。どうしてさっき聞いた時には言わなかった?」

 

「ささいなことでしたので。顔周りをプンプン飛び回るハエを叩き潰したところで別に誰かに報告しないでしょう? それと同じです」

 

何か問題でもあるのでしょうか、と言わんばかりになよは可愛らしく首をかしげた。

だがそれを見ているイタチからしたら全く笑えるものではない。

 

「奴らを殺したのは本当にお前なのか? 同居人と相討ったのではないのか?」

 

「いえ、私が殺しましたよ」

 

少女は淀むことなくきっぱりと主張する。

その様子に嘘が隠れているとは到底思えなかった。

 

しかしイタチはそれでもこの少女が本当に殺したのか判断に迷った。

確かに少女から発せられるどんよりとした気配はこの少女の異常性を際立たせている。

しかしそれだけだ。彼女のその華奢な体ではとても屈強な忍を殺めたとは信じにくい。ましてや自身と年齢が近いとはいえ、全く忍としての鍛錬をしてこなかったであろう素人なのだから。

 

「あら、その眼……」

 

ふと、イタチの瞳が三つの勾玉が入った赤いものに変わった。

それはうちは一族の血継限界写輪眼。

その眼を宿す者は圧倒的な力を得ると言われている。

 

イタチは眼にチャクラを込めて少女を見据えた。

それは夜を駆る烏が雀を睨みつけるかの如くの威圧だった。

 

イタチは写輪眼を使うことでなよを試す。

本当にこの少女が嘘をついているのか否かを。

もしイタチの威圧に怯える程度なら抜け忍など殺せるはずがないのだから。

 

だがイタチの思惑とは外れてなよは予想外な行動をとった。

なよはするりとイタチの眼に手を伸ばしてきたのだ。まるで写輪眼を抉りだそうとするかのように。

 

「っ!?」

 

寸でのところでイタチはなよの手を掴み止める。そしてすぐさまイタチは彼女から距離をとった。

まるで幼子が光物をつかみ取ろうとしたような動きだった。

なよからはまるで敵意を感じられなかったため、イタチは不意を突かれてしまった。

もしイタチの反応がもう少し遅れていたら、きっと彼は今頃片目の光を失っていたであろう。

 

「何をしようとした」

 

「すみません。綺麗だったのでつい。思わず手を伸ばしてしまいました」

 

なよはぺこりと頭を下げた。

害意などなく、思わずやってしまったとのことだ。

しかし彼女の無機質な表情からはその真意は読み取れない。

本当に無意識でやったのか、それとも何かしらの意図があってそうしたのか。

 

「……とにかく、俺たちの任務は抜け忍の討伐だ。一応奴らが死んだという証拠が欲しい。その遺品を譲ってもらうことはできるか」

 

「いいですよ。手に余っていましたし」

 

「それとしばらく事実確認のためこちらを訪れることはあるが大丈夫か」

 

「ええ。話し相手もいなく寂しい思いをしていたのでぜひ来てください」

 

「分かった。今日のところは突然来てしまってすまなかったな」

 

「いえ、次お会いするときを心待ちにしています」

 

そうしてイタチは少女の住まう小屋を後にする。

ここで彼に起きた出来事は自身よりわずかばかり年少の少女と会話しただけだ。

しかしそれだけにも関わらず、彼は精神的疲労を溜め込んだ。

 

イタチはなよを危険に感じた。

勝てる勝てないと言った問題ではない。あの有り様が問題なのだ。

彼女が里に害なす存在かどうかはまだわからない。だがあれはいずれ取り返しのつかないことになるであろうことは想像に難くなかった。




Q.なよが持っていたスコップの使い道
 庭の手入れ
 武器
→穴掘り(意味深)

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