日向の悪鬼   作:あっぷる

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五話 精算

 あの惨劇から数日、木の葉隠れは危機に陥っていた。

 原因は雲隠れの忍頭を殺めてしまったことにある。

 

 雲隠れは明らかに使者である忍頭を通じて木の葉に対する工作活動をしていた。それは間違いない。

 なよによってズタボロとなってしまったアジトからは盗難にあった木の葉の機密文書や価値ある国宝といった証拠がいくつも挙がっている。

 

 しかし忍頭は雲隠れ代表の使者として木の葉の里に来ていた。

 理由はどうあれそのような人物を殺めてしまっては雲隠れが木の葉に対して強気に出る口実になってしまう。

 

 そして雲隠れはこれを機に、他里を巻き込んでの木の葉に対する宣戦布告をしようと画策した。

 せっかく第三次忍大戦が終わったばかりなのにこうして火蓋が切られるのは木の葉にとって望ましくないことだ。

 

 他里は恐らく雲隠れを支持するだろう。

 もちろん、道義的に考えれば誰がどう判断しても非は雲隠れにある。

 しかし政治とは道徳で左右されるものではない。これは戦後順調に国力を伸ばし他里の脅威になりつつある木の葉を叩く絶好の機会なのだ。

 木の葉を嫉む各国はおおよそ喰いついていくだろう。

 

 この危機を脱す方法は一つ。雲隠れ側からの忍頭を殺めた者の首をよこせ、という要求を呑むことであった。

 

 

 

「兄さん、雲隠れの忍頭を殺したのは俺ということにしてくれないだろうか。向こうも幼いなよの首を欲しているわけではないだろう」

 

 薄暗い屋敷のなか、ヒザシは兄ヒアシにそう告げた。

 ヒザシはなよの首を雲隠れに渡したくはなかった。

 亡きたりねと約束した、どんなことがあってもなよを守るということを実行するために。

 

「お前の気持ちはよくわかる。だがあの子は異常だ。あれは魔か鬼の類じゃないのか?」

 

「たとえそうだとしてもあの子は俺の子だ。何があってもあの子のことを守る。それが俺とたりねと約束したことだ」

 

「ヒザシ……」

 

 ヒアシは恐れていた。なよのあの力を。

 あれは天才という枠組みに当てはめるのも憚られるほどの資質だ。人の理を外れた才能といってもいい。

 何の教育も施されていない(わらべ)が上忍クラスの忍を何人も殺してしまうなどありえることではない。

 

 あの忍の神と崇められた初代火影・千手柱間であってもできはしないのだ。

 

「……本当にいいんだな、それで」

 

「ああ。愛娘を守るためだ。俺の決意は揺るがないよ」

 

 ヒアシはヒザシを見据える。

 ヒザシがここまでヒアシに迫ったのはたりねとの仲を認めるよう求めた時以来だった。

 そしてその時ヒアシは一族のしがらみからヒザシの申し入れを躊躇し、ヒザシとたりねは悲惨な結末を迎えた。

 

「……分かった。なら一族と里にはそうなるよう取り計らおう」

 

 もし、あの時ヒアシが最後まで彼らの味方になっていたのならきっとヒザシとたりねの運命は大きく変わっていたのかもしれない。

 ヒアシはあの一件以来、弟ヒザシに負い目を感じていたのだった。

 

「すまない、兄さん。それとなよとネジのことは……」

 

「分かっている。立場は悪くはなるだろうが、見捨てはしないさ」

 

「本当にすまない、兄さん……」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 後日、雲隠れの忍頭の件について日向と三代目火影猿飛ヒルゼン、そして雲隠れとの外交担当であった志村ダンゾウとで会議が執り行われた。

 

 その際、ヒアシは雲隠れの忍たちを殲滅させたのは自身とヒザシであると言及した。

 なよがやったことを隠すために。

 

「あやつらを屠ったのはお前ら二人だけか?」

 

 ダンゾウがヒアシに問いかける。

 雲隠れの上忍クラスを四人も殺すとなると二人では厳しいものがあると思ったのかもしれない。

 

「……はい」

 

「そうか……」

 

 ヒアシは少し息の詰まらせた返事をする。

 一方ダンゾウはヒアシの所作を少し気にはしたものの、話の論点はそこではないためさして気には止めなかった。

 

「ヒアシよ。向こうは実行者の首を欲しがっている。……日向の首をな。()()としてはどうするつもりだ?」

 

 そう口を開くダンゾウ。

 彼にはヒアシが、日向が何をするつもりなのか分かっているのだろう。

 

 ヒアシはこれまでのことを回想した。ヒザシとの思い出を。

 そしてヒアシは重い口を開き、一族と木の葉のため実弟であるヒザシの首を差し出すことを話した。

 

 

 

 

 

 会議が終わり、日向の集会場から立ち去る一同。

 その一人であったダンゾウは顔には出さずとも今回のことについて忌々しく思っていた。

 

 世の中は実に理不尽である。正しいことがまかり通ることなどほとんどない。

 今回だってそうだ。正義は木の葉にあった。なのに下らぬ政治情勢のせいで理不尽にも木の葉にいらぬ犠牲が生まれてしまった。

 

 しかし、とダンゾウは思う。

 こんな正しいことがまかり通らない世の中だからこそ、自身のような影の忍が木の葉には必要なのだ。

 非道な行いが溢れる世ゆえに、誰かが非情にならなければならない。

 そしてそれは過酷な戦争を卑劣な手を使ってでも勝利してきた自分の役目であるのだ。

 

 ダンゾウが屋敷の縁側に視線を向けると一組の親子が目に映る。

 それは今回の事件の犠牲となる日向ヒザシとその娘なよであった。

 

「父様……。すみません、私のせいで」

 

「気に病むことはない、なよ。これはお前のせいではない。しょうがないことなんだ」

 

 彼らは悲劇の一家といっていいだろう。

 里の意向によって身内を引き裂かれてしまうのだから。

 

「なよ、一つ約束してくれるか?」

 

「何でしょう」

 

「たとえどんなことがあっても元気に生きていてくれ。私がいなくなっても。お前が生きていてくれることが私とお前の母が望んでいることなんだ」

 

 ヒザシはなよを抱きしめた。

 

「ふふっ、分かりました、父様。私は何があっても健やかに生きていきます」

 

 そう言ってなよは健気に笑ってみせた。

 

 確かヒザシの娘なよは幼い頃から病床に伏していたとダンゾウは聞いていた。

 そして日向の出来損ないだと。

 

 彼女には日向の象徴たる白眼がない。

 それゆえに一族の間では疎まれている。

 

 いくら優秀な一族とはいえ、才能がないということは哀しいことだ。

 それだけで居場所がなくなってしまうのだから。

 

 ふと、ダンゾウはなよと目があった。

 彼女の空色の瞳は年相応に純粋で、自然と引き込まれるものがあった。

 

 しかし刹那、ダンゾウに悪寒が走った。

 それは圧倒的な存在に対して感じ取る気配。

 かつて魑魅魍魎が跋扈した戦乱の世において、かのうちはマダラと対峙した時にも感じたものであった。

 

 ダンゾウはすかさずこめかみに指を当てる。

 すると悪寒は急速に収まった。

 どうやらただの勘違いだったらしい。きっとここのところ疲れが溜まっているのだろう。そうダンゾウは思った。

 

 だがダンゾウがその悪寒の正体を認識するのはそう遠くはなかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ヒザシの処分が決まった数日後、なよは火ノ国郊外にある日向の土地に移ることとなった。

 

 ヒザシ亡き後、彼女を庇い立てするものがいなくなったのである。

 もともとヒザシとたりねは一族から認められた仲ではなかった。そして彼らの娘なよは日向の象徴ともいえる白眼をもたずに生をなしてしまった。

 

 白眼を持たぬことは跡取り争いから逃れられるという幸運はあったものの、同時に一族の者から蔑まれることにつながった。

 そしてヒザシ亡き今、なよを一族から追い出す動きが起こったのだ。

 

 しかし当主ヒアシはヒザシの娘であるなよを慮って、強硬派を抑えて里から離れた日向が持つ遠隔の地へなよを住まわせることにした。

 

 これにはヒザシの想いを守るため、何とかしてなよを日向の者としてつなぎとめたいという考えがあったのだろう。

 またなよの力が里や一族に悪用されないようにと奥の地へ隔離させたいという思いも少なからずあったはずだ。

 

 

 

「姉上!」

 

 そしてなよが旅立つ日。

 これから立ち去るなよに弟ネジは抱き着く。

 姉なよとは対照的に、ネジは分家の人間として日向に迎えられることとなった。

 

 ネジは幼いながらも天童と言えるほどに優秀であり、これからの一族の未来を担う人材として手元に置いておきたい存在であった。

 

「嫌です! 父上だけでなく、姉上まで行ってしまわれるなんて!」

 

 泣きじゃくるネジの頭をなよは優しく撫でた。

 

「心配しないで、ネジ。そのうちまた会える日はあるわ」

 

「でも私は姉上が心配です。体の弱い姉上が人里離れたところで暮らすなんて……」

 

「大丈夫よ。私はこうみえても辛抱強いんですから。それにお世話係のハナさんもついてきてくれると言っているわ。だから問題ないわよ」

 

 そう言って、なよはネジを宥める。

 彼女らの後ろではなよを連れて行くお供の人間が準備を整えていた。

 

「そろそろお時間みたいね。それじゃあ……」

 

「待ってください、姉上。最後に一つだけ」

 

「何かしら?」

 

 ネジはグジグジと涙を拭ってなよの袖を掴む。

 

「姉上、約束してください。私は必ず姉上を迎えに行きます。今よりももっと強く、もっと偉くなって必ずや姉上を迎えに行きます。ですからそれまで待っていてください」

 

 ネジは気丈に言い切った。

 きっとその言葉の中には宗家の意向をも跳ねのけてやるという意味も込められているのだろう。

 

 分家である彼らは常に抑圧される存在であった。

 だからこそ自分たちはそれに抗い、彼らの願う日常を取り戻していくのだと。

 そこに至るには並々ならぬ困難が待ち受けている。それほどまでに宗家と分家の軋轢は根深い。

 

 しかしそれを知っていてもなよはネジの言葉を正面から受け止め、微笑んでみせた。

 

「分かったわ、ネジ。それまで私は待っているから。必ず迎えに来てちょうだい」

 

 そうして出発の準備が終わり、なよたちは木の葉の里を出た。

 なよとネジの幼い姉弟は一族と里との意向により、父を奪われ離れ離れとされてしまった。

 

 そしてなよは一族からの忌むべき子として里から離れた地でみすぼらしく暮らすことを余儀なくされる。

 この出来事は二人のこれからを決定的に分かつものとなったのだ。

 


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