日向の悪鬼   作:あっぷる

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四話 惨劇

 日向ヒアシが侵入者の存在に気付いたのは彼らが潜入してから三十分程のことであった。

 雲隠れの隠密たちはすでに屋敷内から抜け出していた。状況から判断すれば非常にまずい事態であるだろう。

 しかしながら幸運なことが二つある。一つはまだ隠密たちの動きを補足できるということ。そしてもう一つは攫われたのが日向の重要な機密である白眼を持つヒナタではなく、影武者としてやってきたなよであったことだ。

 万が一ということを踏まえてなよをヒナタの身代わりとして用意できたことは僥倖だったと言えるだろう。

 しかしだからと言って隠密たちをただで逃がすわけにはいかない。なよはヒアシの弟ヒザシの愛娘。いくら影武者だからと言って切り捨てるわけにはいかなかった。それにここで一連の犯行をしてきた輩を確保すれば日向の株も上がるのである。

 

 ヒアシはすぐさまにヒザシになよが攫われた旨の電報を打ち、自らは隠密の行方を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、日向に潜入した雲隠れの忍たちは杯を交わしていた。何といっても木の葉随一とされる名門日向一族の秘密、白眼を入手したのである。紛れもなく今回の遠征で一番の成果と言っていいだろう。

 特に最も喜びを噛みしめていたのはこのメンバーを率いる雲隠れの忍頭であった。三大瞳術の一つとされる白眼を自国にもたらしたという成果が重なれば、次期雷影も目ではないのである。

 

「頭、それにしてもあんたはやっぱりすげえよ。まさかあの日向の機密を持ち出すことができるなんてよ」

「おいネムイ、安心するのはまだ早いぞ。上手く奪取できたとはいえもう大丈夫とはいえねえ。さっさと撤退の準備をするぞ」

 

 忍頭はそう部下に注意を促すものの、内心は浮かれていた。いくら日向一族が探知に優れた忍とはいえ、このアジトにたどり着くまでにはいくつもの殺人トラップがある。それを何とかすべて掻い潜ったとしても、それだけあれば彼らもアジトを畳むことができてしまう。つまりどう足掻こうとも彼らをとらえることはできないのだ。

 

「あの、ここはどこなのでしょうか」

 

 するとネムイと呼ばれた部下の背後からか細い声が聞こえた。目隠しをされて連れてこられたなよである。

 

「ああ、そうだったな。ネムイ、もうそいつの布を取ってやれ」

「へい」

 

 ネムイは忍頭の命令でなよの目隠しを外す。その時、ネムイは驚きの表情を見せた。

 

「か、頭……!」

「どうした」

「こ、こいつ白眼じゃありやせんぜ!」

「何だって!?」

 

 忍頭は持っていた杯を投げ捨て、なよの目を確認する。綺麗な薄い碧色の瞳は、紛れもなく日向に伝わる白眼ではなかった。

 

「してやられた! こいつは恐らく宗家の娘の影武者だ。くそっ、こんなミス……」

 

 アジトは祝賀ムードから一転、一気に焦燥した空気に変わった。せっかく莫大な成果を得るために多大な準備までして臨んだのに、それもすべて水泡に帰してしまったのだから当然のことだろう。

 

「あの、もう一度聞きますがここはどこなのでしょうか?」

 

 再度なよの声が囁かれる。忍頭は頭を抱えてなよを見る。彼の顔からは見るからにイラつきの感情が表れていた。

 

「それを聞いてどうする」

「いえ、ここからどうやって帰っていいのかわからないもので」

「残念だが嬢ちゃん、その心配はしなくていい」

「なぜ? あなた方が屋敷に連れ戻してくださるんですか?」

「いや、お前はここで終わりだよ。所詮影武者のお前には交渉価値すらない。俺らのところに連れ帰ったとしても使い道がないからな」

 

 忍頭は部下ネムイに指示を出す。そこにいる小娘をひと思いに殺せ、と。

 

「悪く思うなよ、小さな影武者さん」

「そうですか……。残念です」

 

 ネムイは小刀を抜刀し、少女の胸部目がけて突き立てた。そして鮮やかな血飛沫が舞い散った。

 

 

 

 

 

「ゴフッ……」

 

 散った鮮血がなよの頬に滴る。しかしそれはなよの血ではなかった。

 

「ネムイ!?」

 

 心臓を貫かれ、口から夥しい血を吐いていたのはなよではなくネムイだった。

 ネムイがなよの胸に小刀を突き刺す瞬間、なよは目にも止まらぬ速さでネムイに向かって人体を貫くほどの突きを放っていたのだ。

 

「てめぇ、何しやがった!?」

「これですか?これは日向流剛術・蒲公英って言うんですよ。私と弟で作った技なんです。もっともこの方の防具を貫けるよう少々アレンジしたんですがね」

 

目を見開かせる忍頭に、なよは返り血を拭ってそう答えた。もともとはただの突きでしかないこの技を、なよは研ぎ澄ましたチャクラを纏わせることでネムイの着ていた鎖帷子さえ貫くほどの威力に昇華させたのだ。

 

「ところであなたたちは私を殺す気のようですが、私だって死にたくはありません。父様とネジと約束したんですもの。無事に帰ると。ですから私は死にませんよ。あなたたちを殺してでも」

「このガキ、化け物か……!?」

 

忍頭は後ろにいる残り二人の部下にサインを送る。こいつは手を抜いていい相手ではない。確かに死んだネムイは目の前の少女をただの小娘と侮り不覚をとってしまった。

 

 部下の一人は予備動作なしに素早くなよに向かって無数のクナイと手裏剣を飛ばす。彼らとて雲隠れの上忍クラスの忍たちだ。いくら目の前で幼い少女に仲間が殺されるという衝撃的な場面を目の当たりにしてもすぐさま意識を切り替えた。

 

 なよは飛び道具が飛んでくると見るや、死んだネムイが持っていた小刀を奪い無駄のない動きでそれらを全て捌く。

 そして自らの斜め横、何もない虚空に向かってなよは小刀を突き刺した。

 

「ば、馬鹿な……。こいつ視えているとでも言うのか……」

 

 (くう)に位置する小刀からはみるみると真っ赤な血が滴り落ちた。姿を現したのはチャクラを纏い自身を見えなくする“迷彩隠れの術”を使ったもう一人の部下だった。

 

「こいつ本当は白眼を持っているのか!?」

 

 “迷彩隠れの術”は術者の姿を隠す術。破るには術者が残すわずかな音の残渣を拾うか、それこそ白眼といった特殊な瞳術を使うしか方法がない。なよに殺された部下は隠密のスペシャリスト。ならばこそ前者のような見破られ方はあり得るはずがなかった。

 

「いいえ。私は白眼を持っていません。だからこそ私は影武者に抜擢されたんです。ですが視えてしまうものにはしかたないでしょう」

 

 その時、サクッと小気味のよい音がアジトに響いた。忍頭が振り返るとそこには最後の部下の一人が額を小刀に貫かれて死んでいた。あまりにも自然で一瞬の出来事だった。なよは迷彩隠れの術を使った男から小刀を抜いた勢いでそのまま離れていた部下の一人へ投擲したのであった。

 

「き、貴様……、いったい何者なんだ」

 

 一瞬のうちに三人の部下をすべて殺された忍頭はなよに問う。その声色には怒りとともに恐れの感情が込められていた。

 

「私ですか? 私は日向分家日向ヒザシの娘、日向なよと申します」

 

 ザッとなよは後ずさる忍頭のもとへ歩み寄る。

 

「そしてこれで終わりますね。父様風に言うのなら、あなたはすでに八卦の領域内にいる、と言ったところでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、日向ヒアシは弟ヒザシと合流し、速やかに侵入者の行方を追うこととなった。なよの父ヒザシはそれはもう形相が変わるほど取り乱していた。愛娘が攫われたとあっては当然のことだろう。

 

 幸運なことにヒアシは侵入者のアジトの目星をつけることができた。というのも前もってなよに場所を知らせる(マーキング)をしていたからだ。

 

 二人はその(マーキング)を頼りに険しい山道を進んでいく。道中には一歩発見が遅れたら首と胴が離れてしまうような凶悪なトラップが所せましと設置されてあった。逆に言えばそれだけ用心深く、忍具に精通した忍、様子から見るに上忍クラスが何人かいるだろうことが簡単に予想できた。

 

 そして二人はアジトと思しき洞穴を見つける。二人は白眼を保有しているため、それを通じてなかを探ろうと透視してみたが、何やら複雑な結界術式が施されているのか中を見ることができなかった。

 そう考えるとこれは罠という線もある。中に入った瞬間に爆破によって生き埋めにされてしまうことだってあるのだ。

 しかしヒザシはすぐさまに駆けつけるべきだと兄に具申する。今すぐにいかなければなよの命が危ないかもしれないのである。何せなよは彼らにとって何の価値もないのだから。

 

 そうこうしているとアジトの入り口から一人の男が出てきた。ヒアシはその男を見て驚愕する。なぜなら彼は雲隠れ代表として木の葉にやってきた雲隠れの忍頭だったのだから。

 だがその男の様子はおかしかった。この場にいるということもそうなのであるが、彼は体を引きずり逃げるかのようにアジトから出てきたのだ。

 

 そして次の瞬間、ドゴッという鈍い音とともに彼は大きく吹っ飛び先にあった大樹に衝突した。

 

「まだ父様みたいに上手くは行かなかったようですね。胴から頭を千切り飛ばすつもりでしたのに」

 

 その声にヒアシは体を震わせ振り返った。そこには返り血で全身真っ赤になったなよの姿があった。

 あれは間違いなく日向の奥義とも言える“八卦空掌”。近距離主体の日向の戦法の弱点を補うために作られた、超高速の掌底による柔拳を纏った真空の砲弾である。そして物言わぬ亡骸となった忍頭からは点穴が赤く浮かび上がっていた。それは紛れもなく点穴を突いた柔拳の跡だった。

 

 つまりなよは日向の秘密とも言える技をまだ七つにしてすでに会得していることになる。まごうことなき天才の証だ。

 しかしそれは誰から教わったのか。彼女の父ヒザシという線は薄い。病弱ななよにあんなにも盲愛しているヒザシが体の負担になるようなことをするはずがない。するとなよは独力で身に付けたと考えるほかない。だがそれは実際に可能なのか。否、常識的に考えて不可能だ。

 

「父様にヒアシ様、来てくださったんですか。良かったです。私ここからどうやって帰っていいか分からなかったもので」

「なよ! 無事だったのか……。良かった……。万が一お前に何かあったらと思ったら……」

 

 ヒアシは弟とその娘の熱い抱擁を見つめる。その光景は美しくもどこか(いびつ)なもののように思えた。

 

 

 


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