日向の悪鬼   作:あっぷる

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二話 姉弟

  たりねが亡くなってから早七年。日向ヒザシの屋敷では渡り廊下を走る少年と、縁側(えんがわ)で庭に咲き乱れる花々をぼんやりと眺める少女を日常的に見ることができた。

 

「聞いてください姉上! 今日宗家の稽古場に父上と参上したら、ヒアシ様に褒められました!」

「あらあら良かったわねネジ。さすがは私の弟ね」

 

 日向ネジはもうすぐ四歳になる男の子。日向家当主ヒアシを兄に持つ日向ヒザシの息子であり、幼年ながら早くもその才能を期待されている才児だ。

 

 一方、のんびりと縁側にたたずむはネジの姉にあたる“日向なよ”である。

 とは言っても二人はただの姉弟の関係ではなく、同じヒザシの血を継ぎながら異なる母親から生まれた異母姉弟だ。

 日向の遠戚にあたる人物を母に持つネジとは違い、姉なよはヒザシとたりねとの間で生まれた日向一族に望まれない子どもであった。

 

 本来ならばなよは分家の屋敷とはいえ、名門日向の門下をくぐることすらあたわない。しかしヒザシは生まれてきた子どもに罪はないとして兄ヒアシに(すが)り、なよを養う許可を請うた。なよを育てることはヒザシにとって何が何でも守らなければならないたりねと交わした使命だった。

 

 ヒアシは一族の面子と唯一無二の弟の想いとを天秤にかけ、ヒザシの願いを受け入れた。

 これは一つにヒアシがヒザシに対してたりねを死に追いやったことに負い目を感じていたことがあった。実際にヒアシは加担こそしなかったものの、当主として一族の暴走を止めることができなかった。

 とは言え、当時妾すら持っていなかったヒアシの立場では、同じく日向の子をなす責任があった弟の婚姻に口を出すことははばかられていた。ヒザシとしてもその件で兄を恨むことなどできはしない。

 

 むしろ、なよの養育の許可が得られたのは彼女が白眼を開眼しなかった要因が大きい。

 白眼は薄紫の瞳と、注視してようやく認識できる薄い瞳孔が特徴だ。しかし彼女の瞳は透き通る程綺麗な水色をしており、瞳孔にははっきりとした黒さが顕示(けんじ)していた。

 日向は三大瞳術の一つ白眼を一族の誇りとし、白眼を色濃く継ぐ者が代々宗家に立ってきた。それ故に一族はヒザシが日向家とゆかりのない者と契りを交わして白眼の血継(けっけい)の薄い子が当主候補となる事態を懸念していたのだが、実際に生まれたなよは白眼を持たないただの少女だった。

 日向は白眼を持って初めて宗家と認められる故、なよは一族の跡継ぎ争いには無縁で居られた。

 

 こうした偶発的幸運のもと、なよは日向の楔を逃れ、日向とは名ばかりの居候としてヒザシ家の一員になることができた。

 

 

 

 しかし何もかもが良い方向に進むとは限らなかった。

 なよは生まれながら病弱体質だった。それも幾人もの医者が匙を投げてしまう程の。

 彼女を診た医者はいずれも『何でこの状態で生きているのかさっぱり分からない。奇跡的に生きながらえている状態だ。そう遠くないうちに命は尽きてしまうだろう』と言い、『残念ですが、これ以上その子を苦しませないためにも安らかに死なせた方がいいでしょう』と医者らしからぬことにあきらめる始末。

 そしてその度にヒザシが忠言を呈した医者に手をあげそうになり、ヒアシに(いさ)められるのであった。

 それくらいになよの病弱っぷりは度を過ぎていた。

 

 しかしヒザシはそんな状態の娘を見捨てることなく愛し続けた。盲愛(もうあい)と言っていいだろう。

 なぜなら彼女は彼が最も愛した女性の唯一の形見だからだ。もちろん、今の妻であるネジの母のこともヒザシは愛している。しかしたりねとどちらを愛しているかと問われたら、迷わずヒザシはたりねを選ぶだろう。それほどにまでヒザシのたりねへの想いは強かった。

 そしてヒザシは体が弱くても美しくしなやかに育つよう願いを込めて、彼女に“なよ”と名付けたのだった。

 

 

 

 一方、なよはと言うと、もちろん父ヒザシを愛していた。だがそれ以上に弟ネジのことを溺愛していた。

 なよは布団で横になっているか、縁側で庭を眺めることしか許されておらず、いつも暇で暇でしょうがない。そこに毎回嬉しそうに修行の成果を姉に見せようとやってくるネジは、過保護に縛り付けるヒザシよりも愛おしくてしょうがないのだ。

 

「姉上! 見ててくださいね!」

 

 そう言ってネジはヒアシに教えてもらった武術の型を披露した。

 まずは掌底を繰り出しそこから膝蹴りをする。その後拳を二回撃ち、最後には鋭い突きを放った。

 ネジの放った体術は見る者を惚れ惚れとさせるには十分すぎるほど優れていた。もちろんネジのその動きは忍であれば下忍ですら行うことはできる。しかしネジ程の年で今のように動きに淀みがない者はそう滅多にいない。

 

「まぁ、すごいわ、ネジ。いっぺんにそんなたくさん技を繰り出せるなんて」

 

 なよはまるで自分事のようにネジの体術を褒めた。ネジは目を輝かせて修行の成果を見てくれる姉のことが大好きだった。

 

「いえ、これくらい忍びならばできて当たり前です。次はもっとすごい体術を身に付けてきますから楽しみにしていてください」

「うふふ、ネジは頑張り屋さんね」

 

 なよは愛しいネジの頬を撫でた。なよの手は七歳の娘にしては小さく、細い。しかしネジはその力弱い手から安らぎに似た暖かみを感じ取り、頬を緩ませた。

 するとなよはおっとりとした表情でネジに聞いた。

 

「ところでネジ、その技の名前ってそれぞれ何ていうの?」

 

 首をかしげて聞くなよに、ネジも数瞬考えて頭をひねった。

 

「うーん、何て言うんでしょう……?」

 

ネジの見せた連続技はあくまで掌底や蹴りといった基本的なものを淀みなくつなげたにものであり、その技一つ一つにはなよが思わず(うな)るような大層な名前などない。

 

「だったらその技の名前、私が付けてみてもいいかしら?」

「姉上が?」

「ええ。だってネジばかりが頑張っているのに私は見ているだけなんて歯痒いんですもの。だったらネジの技の名前くらい考えたいわ」

「それはいいですね! ぜひお願いします!」

 

 なよは微笑んだ。彼女にとってこうしてネジと遊んでいる時だけが自身が抱える重い病を忘れられる時間なのだ。

 

「そうね。お父様たちが使う柔術に対抗して“日向流剛術”なんてどうかしら」

「日向流とはずいぶん大きく出ましたね……」

 

 苦言をするネジ。なよは「別にいいじゃない。ネジは日向の子なんだし」とさらりと流す。

 

「そしてネジが最後に決めた突きは日向流剛術のえっと……」

 

 フッとなよは庭の野花を見やった。

 

「たんぽぽ。日向流剛術・蒲公英なんてどう?」

「たんぽぽって……。何だか日向流剛術という大それたものから一気に小さくなりましたね」

「いいじゃないネジ。可愛くて素敵よ」

「技に可愛さですか。けど花の名前を付けるなんて姉上らしいですね」

 

 そうしてなよは他の技についても名前を検討していった。しかしなよの付ける名付ける名全てが花の名前しか出てこず、ネジはますます頭をひねることとなる。

 

 

 

 こうした日常はなよにとってもネジにとってもずっと続いて行けば幸せだったに違いない。しかしそうは言ってもネジは分家の子であり、なよは名前だけが日向のただのか弱き少女である。

 故に二人もまた、彼らの父ヒザシのように日向の宿命(しゅくめい)に翻弄されることになる。そして奇しくもそれは数日としないうちに訪れた。

 

 




元ネタ
 ???「――虚○流 蒲公英」ドゥクシ
 虫さん「ば、ばかなぁっ!?」カフッ

 何だかこのままほのぼのでもいい気もしないでもないという複雑な作者心
 その場合なよはただの近所で見かける優しい美人なお姉さんになる模様(R-18的な意味ではない)

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