日向の悪鬼   作:あっぷる

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十話 弟の大望

 忍の階級は大きく分けて3つある。それは上忍と中忍、そして下忍である。

 基本的に忍はランクが高いほど難易度の高い任務を割り当てられ、それに見合った報酬を受け取ることができる。

 そのため忍たちは高いキャリアを手に入れるためにより上の階級に昇格することを目指すのである。

 

 そして木の葉隠れの里において、その年の下忍から中忍へと昇格するための中忍試験は実に有望な受験者であふれていた。

 第一試験の筆記試験、第二試験のサバイバル試験を見事乗り越えてきた下忍の数は総勢21人。これは例年の倍近い数字であった。

 

 その背景にはこの年の中忍試験が隣国風ノ国の隠れ里、砂隠れの里と共同で行われたということもあるだろう。

 通常であれば木の葉隠れのような大国の隠れ里は中忍試験を小国の隠れ里とともにしか行わない。現在が休戦期に移っているとはいえ、里の人材情報を他里に見せる行為は極力避けたいからだ。

 しかし今回の中忍試験は風ノ国と火ノ国の和平協定を記念して行われる形となり、砂隠れの下忍も数多く参加したのだ。

 

 そのような経緯で例年以上に優秀な下忍が二つの試験を突破することになったのだが、肝心の第三試験はエントリー人数に上限があった。

 そのため第三試験に進むための臨時の予選が行われることになった。

 

 第三試験予選の形式は受験者同士の対人戦。必ずどちらかが敗退する苛烈なものだ。なかには第二試験のサバイバル戦の疲労が抜けきれず苦戦する者や、実力の半分も出せずに敗退する者も当然いた。

 

 しかしそのような状況下で頭角を現した者もいた。

 その者の名はうずまきナルト。木の葉隠れの下忍であり、アカデミー時代は万年ドベの超がつくほどの落ちこぼれだった。

 そんなナルトと対峙したのは同じく木の葉隠れの下忍犬塚キバであり、キバは獣じみたスピードとパワーを併せ持った実力者であった。

 

 観戦者の下馬評では対人戦において強さを発揮する犬塚キバが勝つと思われていた。アカデミーから何とか下忍に上がれたうずまきナルト程度では犬塚キバに勝つとは到底考えられなかったからだ。

 しかしそんな予想を裏切るかのように最後までステージに立ち続けていたのはうずまきナルトだった。

 

 これは別に犬塚キバが予想より弱かったわけではない。むしろ獣人染みた身体能力と彼の忍犬とのコンビネーションは並みの下忍では決して敵うものではなかった。

 それでもうずまきナルトは勝った。彼はどんな逆境においても決してあきらめず、その根性と執念で勝利を掴み取ったのである。

 まさに忍者を体現する“耐え忍ぶ者”そのものであった。

 

 

 

「ナ……、ナルトくん。これ……」

 

 日向一族宗家の娘である日向ヒナタは犬塚キバとの対戦を終えたナルトのもとへゆき、持っていた日向一族特製の塗り薬を彼に手渡した。

 

「サンキュー! お前いいやつだな、ヒナタ」

 

 ヒナタは目の前の少年うずまきナルトのことを好いている。いや、憧れといってもいいだろうか。

 日向一族宗家に生まれてきた彼女は常に優秀であることを期待されていた。宗家の跡取りとなるべく厳しい修練をしてきた。

 しかしだからと言って必ずしも一族が納得するような成果を出せるとは限らない。

 ヒナタは修行を重ねてもなかなか芽が出ることはなく、天才と囃し立てられる従兄ネジや妹ハナビと比較され続け苦しい思いをしてきた。

 自分には彼らのような才能などはなく、芽が出ないまま一生を終えてしまうと子どもながらに閉塞的な考えに至ることすらあった。

 

 だがそんななか、アカデミー時代の同級生だったうずまきナルトはヒナタ以下の成績にも関わらず決して自分自身をあきらめることはしなかった。

 誰に何と言われたって、絶対に火影になる夢を曲げることはしなかった。

 

 ヒナタはそんなナルトの後ろ姿を見て羨ましいと思った。

 それと同時に自分も彼のように自分を信じ、忍道を曲げない忍者になりたいと心のなかで誓った。

 

 そうして憧れのナルトに傷薬を渡せたヒナタは、今度は同じ班の同僚であるキバのもとにもやってきた。本来ならば班仲間であるキバの方を優先させるべきなのではあるが、恋する乙女の前ではそんなことは致し方ない。

 

「キバくん……、よかったらこの傷薬使って」

 

「へっ、人の心配をするより自分の心配をしろよ。残りはあと六人だが強い奴ばかり残っている。……砂使いのやつと当たった時はすぐに棄権しろ」

 

 ナルトとの勝負に敗れたキバはムスッとした対応をする。ツンケンした態度ではあるが、それでもチームメイトを想って助言するあたり彼は人がいい。

 

「……それとネジと当たった時も同じだ。すぐに棄権しろ。あいつの強さ……、お前が一番わかっているだろう?」

 

「キバくん……」

 

 日向ネジはヒナタの従兄にあたる下忍。そして彼女は日向宗家で彼は日向分家。あまり多くを話したことはないが、それでも何度か組手をともにした仲だ。そしてすべての勝負において彼に勝てた試しがない。

 もし仮に彼と当たることになったとしても、全く勝てるビジョンが思い浮かばなかった。

 

 そして不運なことに、それは現実のものとなった。

 次の対戦者を知らせる電光掲示板には日向ヒナタの名が表示された。そしてもう一人、同じ日向の名を持つ者も。

 

「次の試合……、日向ネジ対日向ヒナタ。両者は前に出てきてください」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 日向ヒナタは努力家だ。

 内気な性格もあってかおろおろしていて弱いイメージをもたれるかもしれないが、芯は強くひたむきであり続けていた。

 任務の終わりは毎日己の弱さを是正するための修行を行い、それを欠かしたことはなかった。

 なかなか成長はできずとも、着実に一歩一歩前に進めており下忍になりたての頃とは比べものにはならない程の実力を備えることができていた。

 

 

 

 それなのに。それなのに何なのだろうか。この埋め難い差は。

 

「ヒナタ様。あなたの力、そんなものですか」

 

 ヒナタが自信を持って繰り出した連撃が、またいとも容易く捌かれた。ヒナタの目の前にいるネジはまともに攻撃してこないどころか白眼さえ使っていなかった。

 彼女の攻撃は決して生温いものではない。

 脇、腕、膝、胸、顎、腹。ヒナタの打撃は相手の体の部位を的確に射貫くものであった。さらに彼女たち日向が使う体術は柔拳。経絡系に向けて放たれるチャクラの拳はかすっただけでも致命的。

 しかし他者を寄せ付けない連打や日向特有の柔拳をもってしてもヒナタはネジに全く及ぶことができなかった。

 

 ヒナタの掌底は防がれ、突きは躱され、手刀は弾かれた。ヒナタは一打一打渾身の力を込めて放っているのに、ネジはただただ軽く合わせてしまう。

 そしてネジは息が上がり始めているヒナタを見てため息をついた。

 

「ヒナタ様。確かにあなたは成長なされた。下忍になりたての時に比べればかなり実力がついたでしょう。必死に努力されたこともあり、並みの下忍ではあなたにかなわないでしょう。しかしそれだけだ。その程度では俺には届かない」

 

 ヒナタはネジに向かって目にも止まらぬ突進をしかけた。チャクラを脚に練り込み、爆発させる。それは同僚犬塚キバに教えを乞うた初速を格段に上げる歩法術。今まで以上の速度に観衆は目を見開かせた。

 だがそれでもネジの表情は変わらない。ネジは何事もなかったかのような顔で目の前にやってきたヒナタを蹴飛ばした。高速で動いた運動エネルギーはネジのカウンターでそのままヒナタに返り、大きな音を立ててヒナタは闘技場の壁に激突した。

 

「ヒナタ様。あなたには覚悟が足りない。強くなりたいという覚悟が。あなたはなぜ強くなりたいのですか?」

 

 ネジは問う。

 ヒナタは蹴られたお腹を押さえながら立ち上がり前に出た。その瞳には陰りの色が灯っていた。

 

「私は弱いままではいられない……。みんなに追いつくためにも、みんなに並ぶためにも……」

 

 ヒナタはこれまで常に劣等感に苛まれていた。従兄ネジとは圧倒的な差があり、妹ハナビに超えられ、同僚の下忍たちはみんな前を歩いていた。

 だからヒナタは彼らに置いていかれないよう必死でしがみ続けて強さを求めてきた。

 内気で戦うことがあまり好きではない彼女はそれを支えに頑張れてこれたのだ。

 

 しかしネジはぴしゃりと言い放った。

 

「そんな中途半端な強さでは俺には勝てない。その程度の覚悟でこの俺を超えられると思うな!」

 

「ひっ」

 

 ヒナタは思わず後ずさる。

 ネジはここにきて初めて白眼を披露した。日向の血を色濃く受け継ぐ彼の白眼は試合を見ていた上忍ですら息を呑むほどに威圧を放つものだった。

 勝敗はすでに決した。ヒナタでは絶対に勝てない。いや、この会場にいる下忍の誰であろうと勝てないであろう。たとえ目にも止まらぬ体術でも、強力な幻術でも、不意を突くような忍術でも彼の白眼の前ではあらゆる効力を失ってしまう。誰しもがそう感じた。

 

 一人の“大馬鹿者”を除いては――

 

「ヒナタ負けるな!」

 

 観衆からの叫び。

 馬鹿みたいに大きな声の主はさきほど犬塚キバと死闘を繰り広げたうずまきナルトだった。

 

「どんな理由であっても強くなりたいという気持ちは変わらねえ。ヒナタ、自分を曲げるな!」

 

 さっきまで張りつめていた空気が一気に弛緩する。真剣な空気が今の馬鹿声で水を差されたのだ。

 だがその声はヒナタを元気づけるのに十分であった。

 

(ありがとう……、ナルト君)

 

 憧れの人からの応援そして何よりも自分を肯定してくれたことが嬉しかった。

 確かに置いていかれないように強くなりたいという願いはネガティブなものなのかもしれない。けれどそれはヒナタの心からの願いであり、偽りのない思い。高尚な願望ではないかもしれないが、決して否定されるものではない。

 その思いが認められたことでヒナタはより一層自信をつけることができた。

 

「ネジ兄さん。手加減は要りません。今度こそ本気の勝負です」

 

 ヒナタは今までとは打って変わってギラリとネジを睨みつける。さっきまでの迷いの感情はもう立ち消えたようだ。

 

「いいだろう」

 

 両者は再び衝突する。

 しかし今度はさっきまでとは違う。ヒナタの動きが先ほどより格段に速く、鋭く変化していた。それに余裕そうにしていたネジの顔はもはや真剣そのものとなっていた。

 

 ヒナタはネジと互角に渡り合っているのである。いや、互角以上と言うべきか。

 ヒナタの攻撃がネジに当たりはじめたのである。まだまだ浅い被弾ではあるが、ヒナタの使うは柔拳。かすっただけでも内臓にダメージを与える。

 

 そしてヒナタの攻撃が続くにつれ、ネジの動きに精彩が欠け始めた。ヒナタの柔拳が着実にネジの体内部にダメージを蓄積させている証左なのだろう。

 ヒナタはこれを勝機と見込んで全力を持ってネジに掌底をねじ込ませた。

 

「ハアッ!!」

 

 練り込めるだけのチャクラを込めた一撃はネジに直撃した。内臓を大きく傷つけるその攻撃は確かにネジに届いた。

 

「ゲフッ……」

 

 しかしどういうことだろうか。ヒナタ必殺の一撃を喰らったはずのネジは苦痛で顔を歪めるどころか表情を一切崩してはいなかった。

 それどころか口から血を吐き、腹を押さえているのは紛れもなく押していたはずであったヒナタであった。

 

 ヒナタが攻撃を放つとともに、ネジも彼女に向かって柔拳を放っていた。

 

 だがそれはネジが全くの無傷であることの理由にはならない。ネジは確かにさっきまでヒナタの柔拳を受けており、最後の一撃は大人の忍でも間違いなく倒せるほどのチャクラが練り込まれていた。

 

「ど、どうして……」

 

 掠れた声でヒナタは問う。

 するとネジはヒナタの腕をつかみ、袖をめくった。

 

「そ、そんな……。じゃあ最初っから……」

 

 袖をめくった先、ヒナタの白い腕にはいくつもの赤い点が浮かび上がっていた。

 

「そうだ。あなたの攻撃は一つたりとも効いてなどいない。すでに点穴を突いてチャクラの流れを止めていたのだから」

 

 点穴は経絡系の上にある小さなツボ。そこを正確に突くことでチャクラの流れを止めたり乱したりすることができる。

 つまりネジはヒナタの点穴を突いていたことで、チャクラを纏う柔拳による攻撃を無力化していたのであった。

 

「見違えましたよ、ヒナタ様。あそこから這い上がるとは思いもしなかった。あなたの思いはきっと本物でしょう。だがそれでも俺は負けない。負けるわけにはいかない。姉上を取り戻すまでは」

 

 ネジは姿勢を低くして構える。ヒナタはネジの一撃を喰らい、意識を朦朧とさせていた。

 

「ここまでの健闘を称えて俺の奥義をお見せしましょう。柔拳法・八卦六十四掌――」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 日向ネジには願望がある。彼の姉日向なよを日向の(くびき)から解放し、迎えにいくという願いが。

 ネジはなよを取り戻す条件として、宗家にも認められるほどの忍になるという約束をヒアシと交わした。以前、無理矢理にでもなよのもとへ行こうとして止められた際、そう約束したのである。日向一族から認められる功績さえあれば一族から忌み嫌われるなよを連れ戻すことは可能である、と。

 

 ネジはそれ以来必死で運命に抗おうとした。日向家分家は籠の中の鳥であり、宗家の盾にすぎないという運命を曲げようとしたのだ。

 ネジは強くなるべく努力をし続けた。幼年から天才ともてはやされた彼ではあるが決して慢心せずひたすら修練に身を任せた。

 なよの体は決して丈夫ではない、そう長く生きられない体だ。だからこそネジは少しでも早くなよを連れ戻せるようになりふり構わず修行をした。

 その結果、ネジは下忍としては破格の強さを持つに至ったのだ。だが、だからと言って彼は手を緩めることはない。むしろ目標に近づいたことでより一層努力をするであろう。

 

 

 

 日向ネジ対日向ヒナタの試合後、ネジは試合を見ていた下忍すべての注目を浴びながら観覧場へ戻った。日向宗家の娘であり実力も申し分なかったヒナタを、まるで歯牙にもかけずに破ったネジはまるで怪物のように映ったのであろう。

 

 しかしそんな彼の目の前に、一人の少年が立ち塞がった。

 

「ヒナタにはどうして強くなりたいのか聞いてたな。お前はどうして強くなりたいんだってばよ」

 

 少年は試合中、ヒナタを応援し続けたうずまきナルトであった。彼の表情には別に知り合いを傷つけたことによる怒りはない。ただ純粋にネジが強さを求める理由を知りたいようだった。

 

「大切な人を守るためだ」

 

 ネジには別に答える義理などないのであるが、何かの気まぐれか、彼は口を開いた。

 彼の頭の中には一人の少女が浮かびあがっていた。

 

「そうか。じゃあ俺の理由も教えてやるってばよ。俺は将来火影になる! 誰からも認めてもらえるようなすげえ火影に。だから俺も里のみんなを守れるように強くなりてえんだ」

 

 ナルトのその堂々とした発言は会場内に大きく響き渡った。

 あまりにも夢見がちなその発言に、聞いていた者たちは思わず笑ってしまう。

 そして彼の目の前にいたネジもフッと笑った。

 

「今笑ったな!?」

 

「いや、馬鹿な奴だと思ってな。落ちこぼれの癖に無謀なことを言う、と」

 

「何だと!」

 

「だがそういうのは嫌いじゃない。目の前にある運命を捻じ曲げようとする大馬鹿ものは」

 

 ネジはそう言ってナルトの横を通りすぎた。

 一方ナルトは自身から突っかかってきたにも関わらず『馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!』と言いたげな目でネジを睨みつけたのだった。

 

 

 

 このネジとヒナタの試合は下忍たちに一人の天才の存在を脳裏に焼き付けた。ネジは明らかに下忍の域ではない強者。早急に本戦に向けて対策をしなければならないだろう。

 また彼の実力を見て認識を改めたのは下忍ばかりではない。彼らの指導官である上忍ですら彼の実力を認めざるをえなかった。

 

 そしてそんな彼の実力を目の当たりにした一人、音隠れの里の上忍の男は蛇にも似た長い舌をちろりと出し、興味深げに彼を見つめていた。

 




とうとうやってきた中忍試験。
原作とは違い、ネジは諦観的ではなく姉のために運命を捻じ曲げようとしています。すごい主人公っぽい感じになっています。「絶対などない。運命は変えられる キリッ」みたいな。

そして姉ではなく弟に蛇の人が注目しちゃった模様。お姉ちゃん激おこ案件です。

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