「でも、よく大蛇丸が許したよね」
榴輝のいた場所からいくらか離れて、水蓮がポツリとつぶやきをこぼした。
イタチは複雑な表情でそれに答える。
「あの男は妙な気まぐれがあるからな。だが、完全に手を離したという事でもないだろう」
懐から先ほど買ったクナイを取り出して見つめる。
「榴輝岩が忍具に使われるのは、軽く強度が高いという事だけではない。なぜかなじむんだ」
「なじむ?」
「ああ。どういった作用があるのかは解明されていないが、おそらくチャクラとの相性が良いのだろうと言われている。使い手のチャクラを覚え、共鳴というか同調するというか、そういう力があるのではないかとな」
クナイを一度ぎゅっと握って再びしまう。
「おそらく大蛇丸はいつか研究しようと思っているのだろう。そのために、榴輝を自由にしたという恩を売っておいて、必要になれば利用する。そういう算段だろう。手に入れたものをそうそう簡単に手放すやつではないさ」
「なるほど」
「その通りだ」
水蓮の返答に重なった声はイタチの物ではなかった。
川とは反対側の深い茂みの向こう。
ゆらりと何かの気配が揺れ、水蓮とイタチは身構えた。
向けた視線のその先にいたのは黄金の毛並みを輝かせるチータ。
榴輝の口寄せ獣であった。
「エクロ、だったか」
イタチは目を細めてエクロを見据え、どうやら敵意はないと見たのか茂みの中に踏み入り近づいてゆく。
水蓮も続き、エクロに導かれて人の目から見えぬ場所へと進む。
しばらくしてエクロが立ち止まり、ゆっくりと二人に振り返った。
「先ほどお前が言ったように、大蛇丸様は必要となれば榴輝に声をかけるつもりでいる」
「お前は監視役というわけか」
エクロはその言葉に小さくかぶりを振るように首を動かした。
「いや。オレはそれこそ自由を与えられた身だ。大蛇丸様からも、榴輝からも好きにすればいいと言われた」
すっと腰を落として姿勢よく座り、エクロは言葉を続ける。
「だがオレは榴輝から離れるつもりはない。元々榴輝のために生み出された命だ。それに、好きにすればいいと言いながらも、そういう目ではなかったしな。オレと榴輝は兄弟のように育ってきたからな」
榴輝がいる辺りに目を向け、エクロは目を細めた。
「まぁ、これも大蛇丸様の計算のうちだろう」
「ああ。そうだろうな」
言わずともエクロが榴輝から離れず守ると大蛇丸は読んでいたのだろう。
「とにかく…」
エクロはすっと立ち上がり、赤と緑…左右違う瞳を厳しく色づけて水蓮とイタチを見据えた。
「榴輝のそばには必ずオレがいる。…手を出すな」
最後の言葉に力を込めて、エクロは静かに姿を消した。
「榴輝も、新しい町も大丈夫そうだね」
エクロが榴輝を守り、榴輝が町を守る。
完全な自由を手に入れたわけではないが、それでも彼らならば強く生きてゆくだろうと、水蓮はそう思った。
後には、大蛇丸はサスケに討たれ、呪印に潜んでいたその存在もイタチによって封印されるのだ。将来自由になれることは知り得ている。
「そうだな」
それを知らぬイタチもそううなづき、二人はしばらくエクロがいた場所を見つめ、再び歩き出した。
少し下ると出店がなくなり、二人はそろそろ戻ろうと河原から沿道へと上がった。
「あれで戻るか」
イタチの視線の先にあったのは人力車。
客を待ちいくつか並んでいるのが見えた。
「いいの?」
あちらの世界でも乗ったことのないそれに水蓮の表情がぱぁっと明るくなる。
「ああ。オレも少し疲れた。たまには楽をするのもいいだろう」
少し表情に疲労が見えてハッとする。
イタチはいわば病み上がり。
歩きづめでいつの間にか疲れがたまっていたのだろう。
「宿に戻ったら、ゆっくりしようね」
「ああ」
初めて乗る人力車は思いのほか乗り心地が良く、水蓮は機嫌よく表情を緩める。
「全然ガタガタしないね」
道はそう平らではないが衝撃をうまく吸収する造りになっているのか、静かな心地。
ふわふわとした感覚が気持ちをゆったりとさせてくれる。
だが、その反面少しの緊張をももたらす。
想像したよりも座席の幅が狭く互いの体がぴたりと寄り合い、日よけに降ろされた屋根が更に空間の限りを感じさせる。
正面には十分な視界があり、引き手や道行く人の姿がみえているというのにまるで二人きりの世界にいるような感覚。
他には身の持っていきようがないその空間での二人の距離が、いつもとは違う緊張感を感じさせていた。
イタチもそれを感じているのか、いつもなら自然とつなぎ合う手がぎこちなく触れるか触れないかの場所で行き場を失っていた。
表情にも少し落ち着かない物が見え、水蓮はイタチでも照れることがあるのかとうれしくなる。
ガタリ…とほんの少しの揺れに互いの手が触れ合い、そのきっかけにイタチが水蓮の指先を少しだけ握った。
強く繋ぎ合う時とはまた違った深い想いが伝わりくる。
水蓮はイタチの体にそっと頬を寄せて身を預けた。
人力車はただ一本道をゆくのではなく、いくつかの名所を回るコースになっており、二人は引手の説明を聞きながら景色を楽しんだ。
紫陽花はもちろん季節の花が咲き乱れ、竹や柳も美しい緑を輝かせている。
レンガ造りの建物や、大きく枝を伸ばした松の木のアーチ。
どれも心を和ませ、何もかもをほんの少し忘れることができたような気がした。
途中で買った団子とお茶でおやつも楽しみ、元の川に戻ってきた時にはすでに夕陽があたりを赤く染めはじめていた。
「きれいだね」
「きれいだな」
人力車から降り、二人は川の向こうへと沈んでゆく夕日を橋の上から見つめていた。
地平線の向こうへと消えゆく夕陽が川にオレンジ色の光を伸ばし、まるで空へと続く道のようであった。
その光の向こうに、何か不思議な世界があるような気にさせられる。
何もかもをなかったことにできるような世界が…
だが実際にはそんな世界はないのだ。
二人はただ黙って夕陽の沈みを見送り。
すっかり日が落ちてから宿へと戻った。
夜には精霊流しのために大勢の人が河原に集まり、いくつもの光が川を流れてゆくさまが宿の窓から見えた。
よく見るろうそくを使ったものではなく、丸い透明の容器にヒカリゴケをつけた石を入れて流すのだと人力車の引き手が話していた。
その容器には様々な色が塗られていて、川の上は華やかに色づいている。
時折その光がふわりと浮きあがりまたゆっくりと川に降りてゆく。
風遁を使える忍が、誰に言われたでもなくそうして夜の闇に美しく幻想的な光景を作り出しているらしい。
水蓮とイタチは窓からその光景を静かに見つめ、最後の一つが完全に見えなくなるまで身を寄せ合って時間を過ごした。
その後もしばらくは話をしていたが、イタチの体調も考え早めに眠った。
深夜を回ったころ。水蓮は不意に目が覚め身を起こした。
イタチはやはり疲れがたまっているのか気づく様子なくよく眠っている。
何とはなしに窓辺により川を見つめる。
先ほどまで彩りを見せていた川は真っ暗で、せせらぎだけが聞こえてくる。
暗い川面を見ながら、水蓮はこの二日間を思い起こす。
二人で歩いた道。目にした光景。食べたもの。話したこと。感じたこと。つないだ手のぬくもり。
そのすべては本当に穏やかで、温かくて、優しくて…
だけれでも、幸せと呼ぶにはあまりにも切なく、胸の奥がちくりと痛んだ。
この時間を、感情を、何と呼べばいいのだろう…
水の流れる音を聞きながら水蓮はその答えを探す。
だが、何も当てはまる言葉がなく、やはりこれは幸せなのだろうと、そう思う。
思うと同時に、涙がポタリと落ちた。
無意識に流れ落ちたその涙はどんどん数を増やし、ポタポタと小さな音を響かせてゆく。
ぬぐう事が出来ずに次々とあふれ出る涙…
そのいくつ目かを、背中から包み込んだぬくもりが掬い取り水蓮を強く抱きしめた。
耳元で柔らかい声が揺れる。
「一人で泣くな」
さらに力が込められたその腕を水蓮がぎゅっと握り返す。
「イタチ」
愛おしげに名を呼ぶ。
窓に映る水蓮の瞳からは涙が止まらず溢れている。
それでも、その表情は柔らかく笑んでいた。
「私幸せよ。すごく」
もう一度イタチの腕に力が込められた。
「ああ。オレもだ」
もしかしたら、イタチも泣いているのかもしれない…
自分を抱きしめるイタチの腕のかすかな震えに水蓮はそう思った。
だが、自分の涙で視界がにじみ、窓に映るイタチの表情は見えなかった。
ゆっくりと指を絡めてつなぎ合わせたその手に水蓮が口づけると、イタチは水蓮の首筋に頬を摺り寄せて静かに言った。
「オレも幸せだ」
イタチの心からあふれたその言葉を水蓮は深く深くしみこませた。
この時間を…
その言葉を…
その想いを…
今ここにあるぬくもりを…
決して忘れない
二人は互いに心に誓った…
こんばんは(*^。^*)
え~…と。インフルで死んでました(^_^;)
この話は大方書けていたのでなんとか投稿ですが、いつもより遅れてすみません(>_<)
相変わらず切ない二人ですが、お互いに【幸せ】と口にできる時間…。
特にイタチには感じてほしい物ですよね…。
このシーンはこの小説を書きはじめてすぐくらいに頭の中にはあった物で、ようやくのお披露目です…。
ちょっと嬉しい反面、あぁとうとうこのあたりまで来たかぁ…という気持ちも…。です。
二人の二日間に関しても昨年のGWに京都に行って材料集めした情景が結構使われていて、それもやっと使えたな…という感じです☆
次回はいよいよ二人があの場所に…です。
ちょっと病み上がりで頭が働かないので、少しお待たせするかもしれませんが、あまり間を開けずにお届けできるよう頑張ります~(*^。^*)
いつも読んでいただきありがとうございます。
今後もなにとぞよろしくお願いいたします(^○^)