いつの日か…   作:かなで☆

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第九十五章【再会】

 「すごい。本当に大きいね」

 目の前に広がる雄大な川の姿に水蓮は思わず足を止めた。

 幅100メートルをゆうに超えているであろうその川は、澄んだ水が静かに流れ先ほどと同様に紫陽花が咲き乱れていた。

 計り読めない川の長さに沿って咲くそれは色とりどりで、地平線へと向かって緩く丸みを帯びて色彩を広げている。

 それはまるで大地に描かれた虹のように見えた。

 「今日は川を超える前に宿をとる。超えてしまうと目的の町までは何もないからな。この先にある森へは明日の朝踏み入ったほうが安全だ」

 「わかった」

 二人は川の流れに沿って歩き出す。

 このあたりは観光地なのか宿が軒を並べていて、いくつ目かにようやく空きを見つけ、イタチと水蓮はひとまず荷を置いてから昼食のため外へと出た。

 食事処も多くどれもおいしそうで目を奪われる。

 「何を食べる?」

 「んー。いっぱいありすぎて何か迷うね」

 うどん。定食屋。揚げ物、どんぶり。

 そこかしこからいい匂いが漂い、二人ともなかなか決められぬまま歩き続ける。

 甘味どころも数多くあり、甘い和菓子と抹茶の香りも二人を誘う。

 「あんまりお腹いっぱい食べたらこういうの入らなくなっちゃいそうだよね」

 甘いものに目がないイタチなら昼食後必ず立ち寄るだろうと、水蓮は甘味屋の前で軒先に並べられているまんじゅうを見つめた。

 白いシンプルな物もあれば、季節の花に見立てて作られた創作物もあり、あまりに美味しそうなその見目に、もういっそ昼食代わりに甘味をいくつか食べようか…との考えが水蓮の脳裏に浮かぶ。

 それに感づいたのかイタチは小さく笑って水蓮の手を引いた。

 「そういうのは別腹だろ。ちゃんとした食事をとれ」

 「はぁい」

 甘味を横目に映しながら水蓮は名残惜しげな返事を返した。

 「で?どうする。何が食べたいのか決まったのか?」

 「どうしようかな…」

 くるりと見回し目に留まった店にしようかと思ったその時、少し先に見える店から可愛らしい女性の声が聞こえ来た。

 

 「お弁当はいかがですかー」

 「河原でどうぞー」

 

 その言葉に水蓮とイタチは顔を見合わせてうなづいた。

 

 

 「しかし何だな。言われたとおりにしてしまうというのが」

 「単純だよね。人って…」

 

 

 先ほどの弁当屋で弁当を買い、水蓮とイタチは河原に降りて柔らかい草の上に並んで座った。

 土手の上を見上げると、同じ店で弁当を買った人がちらほらと同じように河原に降りてくるのが見える。

 「みんな一緒だね」

 「ああ。そうだな」

 笑いながら弁当を開くと思いのほか豪華で、野菜のてんぷらや卵焼き。煮物、焼き魚がバランスよく詰められており、俵型のおにぎりは上に具材が乗せられている。

 「あ、昆布のおにぎり」

 「と、オカカだな」

 イタチの好きな昆布とサスケの好きなオカカが偶然にも並んでいて、少しおかしく感じた。

 小さく笑みを浮かべながら二人は『いただきます』と声をそろえる。

 

 湿度を含んだ空気が少し熱さを感じさせるが、川の水を撫でて吹き流れる風がその熱を消してゆく。

 

 水の流れる音

 

 さわわと風に揺れる草木の奏

 

 程よくたなびく雲の隙間からこぼれる日の光

 

 穏やかな時間の中、こうして食べる食事はことのほかおいしく感じられた。

 

 「食べ終わったら少し見て回るか」

 イタチが向けた視線の先には、川沿いに並ぶ出店。

 今夜精霊流しが行われるらしく、昨日から店が出ているのだと先ほどの弁当屋の店員が言っていた。

 「こういったところにはたまに忍具も売りに出されていて、結構掘り出し物があるんだ」

 「そうなんだ」

 ここから見た感じでは食べ物屋が多い感じではあるが、合間に小物屋もあるようで見て回るだけでも楽しめそうであった。

 

 

 ほどなくして二人は食事を終え、川の流れに合わせるようにゆっくりと下流へと歩きながら出店を見て回った。

 様々な場所から来ているようで雑多な民芸品が並びを見せ、彩、形、用途の違うそれについ目を奪われた。

 それでも何かを買うことはなかった。

 普段持たぬものはどこで自分たちを特定する要因となるかわからない。

 まして今イタチは療養中という建前だ。

 見慣れぬものが手元に増えていては鬼鮫の疑心を呼びかねない。

 それは言わずとも水蓮にもわかっていた。

 お互いに買う姿勢は見せず、祭りのようなその雰囲気と鮮やかな品並びを目で楽しんで歩いた。

 いくばか下ったころ、イタチがふいに足を止めた。

 向けた視線の先には【忍具】の文字が書かれたのぼりがはためいていた。

 それならば大きく問題はないだろうとイタチはそちらに足を向けた。

 店にはそれなりの人だかりができていて、品が良いのであろうことが見て取れた。

 どこかの忍か、4人組の客が何かを買いその場を離れてゆく。

 それに続いて徐々に客が買い物を済ませて去って行き、しばしの落ち着きか誰もいなくなり、今まで見えなかった品がいくつか目に留まる。

 

 クナイ・手裏剣・札。他にもいくつかが並べられていて、それを丁寧に整理する商売人の姿が見えた。

 さぁっと吹き流れた風がその商売人の髪を揺らし、その光景に水蓮とイタチは息を飲んで店の少し手前で足を止めた。

 

 晴れた青い空、白い雲。そしてこの場を包む自然の織り成す景色の中に、その髪の色は溶け込みながらも美しく映えを見せる。

 

 赤と緑のコントラスト…

 

 風になびくその髪の動きに二人の記憶が呼び寄せられていく。

 

 水蓮の持つ運命が明らかにされた場所…【渦潮の里】

 

 そこで相まみえた血継限界の持ち主。

 今水蓮たちの目の前にいるのは間違いなく彼であった。

 幼さの残る容姿であった彼は、3年の時を経て大人の色を帯び始めてはいたが、命を懸けて戦ったその存在は間違えようもない。

 

 その名が二人の脳裏に同時に浮かぶ。

 

 『つむぎ榴輝』

 

 重なったその声に商売人…榴輝は顔を上げ、自身の瞳に映り込んだ水蓮とイタチの姿に顔をひきつらせながらその身を固めた。

 

 

 しばし黙ったまま対峙する。

 その沈黙に耐えきれず、先に口を開いたのは榴輝であった。

 

 「何だよ」

 

 仏頂面でフイッと目をそらしながら言葉を投げる。

 「なにって…」

 何と言えばいいのかわからず、水蓮は戸惑いながら近寄った。

 「何をしてる」

 スッと水蓮の前に身を割り入れてイタチが警戒の色を見せる。

 「大蛇丸の企みか?」

 その言葉に水蓮は思わず体に力が入った。

 大蛇丸の配下である榴輝の動きには、必ずその存在がいるはずなのだ。

 警戒を深めるイタチの後ろで水蓮は少し身構えた。

 しかし、榴輝はそんな二人に目を向けぬまま少しも警戒のそぶりを見せずに返す。

 「違う」

 「ならなぜここでこんなことをしている」

 間髪入れず問いを重ねる。

 「音忍のお前がここにいるという事は、大蛇丸が絡んでいるに違いないだろう」

 イタチの空気は静かながらピリピリとわずかな振動を感じさせるほど鋭い。

 だがそれを正面から受けても榴輝は気を荒立てることなく、少し面倒そうに息を吐き出して告げた。

 「あのさぁ。ボクもう音忍じゃないんだよね」

 

 思いがけぬ言葉に、水蓮だけではなくイタチも珍しく驚いた表情を浮かべた。

 

 

 「音忍じゃないって、まさか里抜けたの?」

 イタチの背中から顔を出し、水蓮が問う。

 榴輝はまた「違う」と否定を繰り返し、気だるげに水蓮をにらんだ。

 「お前らには関係ないだろ?」

 その睨みは以前のように背筋を凍らせるものではなく、きついながらもどこかとげが薄くなったような印象を感じる。

 「関係なくはない。お前の言動が真実であるという証拠は何もない。我々が調べを入れることもできるんだぞ」

 詳しく話さないのであれば組織が動く。だが話すのであれば免れる。

 イタチのその提示に榴輝はしばらく黙していたが、ややあって大きく深くため息を吐き出した。

 「里から出ることを大蛇丸様に許された。今は商売をしてる。以上だ」

 愛想も素っ気も説得力もないその言葉。

 だが飾らぬからこそ、それは本当なのだろうとも思う。

 それでもイタチはじっとその言葉を吟味しているようだった。

 静かに榴輝を見据えていた視線をスッと落とし、並べられた忍具を見定める。

 特に変わった形状の物や特殊な物は見受けられなかったが、忍具のどこかしらに緑と赤の混じった小さな石が埋め込まれているのが見えた。

 「これ…」

 「榴輝岩か」

 彼の故郷である五良町(いつらまち)でのみ取れると言われている鉱物。空気中の水分を使ってこの榴輝岩を作り出すのが彼の血継限界の能力でもあった。

 だが彼の作り出す榴輝岩は時間がたつと水に戻る。と言う事はこれは榴輝が作った物ではなく本物。

 「町に戻ったのか?」

 異端な力のせいで母親と絆を違い街を出、彼は大蛇丸のもとへ行った。

 その後町は榴輝岩を狙う者に乗っ取られ、榴輝の母や住民は殺されたのだと過去にイタチがそう語った。

 だが今こうして榴輝がこの岩を取り扱っているという事はそういう事になるのだろう。

 だが、榴輝はまたため息を交えて「違う」と答えた。

 しばし沈黙し、話さなければイタチが去らないと悟ったのか、榴輝は静かに口を開いた。

 「あの町の榴輝岩はもう尽きかけていたんだそうだ。町の人間は新たな発掘場所を発見してそこに移り住む計画を立てていたらしい」

 一度言葉を切ってイタチをほんの一瞬だけちらりと見る。

 「あの手紙にはその事と、新たな地の場所が記されていたんだ。今はそこで暮らしてる。何とか逃げて生き残った町の住民たちも少しずつ集まってきている」

 

 イタチが榴輝の母から偶然預かった手紙。

 

 そこにはまたいつか一緒に…との思いが込められていたのだ。

 

 会いたいという母の想いが…

 

 

 それなのに、それが叶う前に町は襲われた…

 幾人かが生き残り集まっているとはいえ、もう尽きかけていた榴輝岩のために、多くの命が奪われた…

 

 それはあまりにもむごく、何の言葉も出てこなかった。

 

 「もとの町はすでに資源が尽きて今や無人。廃墟さ。他の奴らは無駄死にもいいところだ…」

 

 嘲笑を交えたそれは、必死にそう取り繕っているようにも見え、水蓮は思わず「違う」と返した。

 

 「そんな事ない。あなたが生きて、その町に暮し守っていることで、亡くなった人たちはきっと報われてる。そして今一緒に生きる人たちの希望になってる」

 なぜなら、今その事は水蓮とイタチにも言えることだからだ。

 あの日イタチが奪わずに生かしたその命が、今こうして新たな道を得て前へ向かって歩き出している。

 未来の希望を見据えて、そこへ向かって生きている。

 痛み、罪、闇。様々な物を背負いながらも、それでも進もうとしている。

 

 それが嬉しかった。

 

 イタチの選択が、行いが、どういった形であれ未来へとつながる物になるのなら、彼の痛みが報われるような気がした。

 

 この世界には、榴輝のように【もう一度】と歩みを選び直せる忍が他にもいるはずだ。

 そうした希望の連鎖が、いつかこの世界を変えるはず。

 一つ一つの歩みの積み重ねが、きっとこの世界を平和に導いてくれるはず。

 

 水蓮はその願いを込めて榴輝を見つめた。

 

 「きっとそう」

 

 榴輝はほんの少し唇をキュッと噛み、フイッとまたそっぽを向いた。

 「もういいだろ!話したんだから。何も買う気がないならどっか行けよ。邪魔だ」

 不愛想なその言葉にイタチがすっと腰を落とした。

 「いや。買う」

 水蓮も続いてしゃがみこみ、品を見てゆく。

 イタチがいくつか手に取って見定め「これをもらおう」とクナイを選んだ。

 持ち手の部分がすべて榴輝岩になっていて、刃の部分がずいぶんと細い。

 「それはかなりいい品だよ。持ち手の榴輝岩は一つ物で継ぎ目がないから握りやすいし、刃が細いから飛距離もスピードもある」

 「削りもずいぶん丁寧だ。これなら命中率も高そうだな」

 「ああ。空中でのぶれも少ない。遠い場所にある物や動いているものを狙うのにはもってこいだ」

 先ほどよりは少しとげをなくした言葉づかいと、丁寧に説明をするその姿にイタチが「すっかり板についてるな」と、ほんの少しだけ笑みを見せた。

 榴輝は顔をしかめてジトリとイタチをにらみ、どこか気まずそうに「うるさい」と小さな声で返した。

 その表情は不機嫌なものの、話を続ける。

 「それに使われてる榴輝岩はかなり大きいものだ。岩の加工も刃の削りもかなりの時間と技術を要した。

 …値が張るよ」

 イタチが普段使う物もそこそこの値がするが、値札に書かれている金額はその3倍ほどする。

 それでもイタチは「構わない」と、代金を払い、クナイを懐にしまって静かに立ち上がった。

 水蓮もそれに続き「じゃぁね」と、榴輝に言葉をかけ、二人は背を向けた。

 「ありがとうな」

 歩きした水蓮とイタチの背に、本当に小さな声が聞こえた。

 驚き振り返ると、榴輝はふてくされたような、照れたような、苛立っているような…。複雑な表情で二人を見ていた。

 品を買った客に対しての礼儀としての言葉なのだろう。

 だがその表情と言葉の中には、それ以外のものが十分に感じられた。

 「ああ」

 「うん」

 返されたイタチと水蓮の笑みに、榴輝は顔をそむけて「さっさと行けよ」と投げつけるように言った。

 二人は顔を見合わせて笑い、静かにその場を後にした。


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